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1947/02/03 第2回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第002回国会 文化委員会 第1号
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1947/02/03 第2回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第002回国会 文化委員会 第1号

#1
第002回国会 文化委員会 第1号
昭和二十三年二月三日(火曜日)
    午前十一時二十分開議
 出席委員
   委員長 福田 繁芳君
   理事 佐藤觀次郎君
      馬場 秀夫君    原 彪之助君
      森山 武彦君    高橋 長治君
      並木 芳雄君    平澤 長吉君
      田口助太郎君    竹尾  弌君
      山名 義芳君    小枝 一雄君
      川越  博君    受田 新吉君
      木村  榮君
 委員外の出席者
        專門調査員   武藤 智雄君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 國政調査承認要求に関する件
 祝祭日に関する件
    ―――――――――――――
    〔筆  記〕
#2
○福田委員長 それでは会議を開きます。
 新年最初からは、第二國会劈頭第一囘の本日のこの会議にあたりまして、まずもつて委員諸君の御健康を祝し、御身上にますます幸多からんことを、ひとえにお祈りいたす次第であります。御承知の通り常任委員に対する各派の割当は、このたび多少改訂せられることになつておりまするが、本文化委員会の構成委員はほとんど異動なく、たまたま榊原委員の補充が問題となりますだけで、大体第一回國会におけると同じ陣容で臨むのではないかと存じております。全員二十五名の人の和こそは、実に非常な強みであると申さなければなりません。國会の新しい性格と、文化の委員会が占める國政上の地位に対する國民の期待は、依然としてきわめて大きくかつ切実なものであります。われわれの職責はいよいよ重大であり、不肖委員長の職を汚しておりまするが、諸君の御協力によりまして、無事に任務を果し、もつて本委員会の使命が十分に達成せられんことを念願してやまない次第であります。殊に本会期におきましては、わが文化委員会に付託審議せらべき重要法律案も相当にあることを予想せられますので、何とぞ一層の御支援あらんことを切望いたす次第であります。簡單でありますが、この際一言御挨拶申し上げる次第であります。
 本日の議題は、公報で御示した通り、祝祭日に関する件となつております。本件につきましての前会期における十二月六日開会の両院文化委員同合打合会の経過概要は、專門調査員室より、すでに刷物として御手もとにお届けいたしておりますし、その後の推移につきましては、越えて十二月八日開会の委員会において、私から詳細に御報告いたしておりますので、ここでは一切説明を省略いたします。
 それでその後の話になりますが、十二月十一日、総理廳事務官島重信君が、衆参両院の文化委員長を來訪、挨拶せられるところがありました。話の要点は四つありますが、第一点は、これまで文部省で扱つていた祝祭日問題は、爾今総理廳で取扱うということでありました。第二点は、本件はもつぱら國会で研究せられる由であるが、総理廳官房審議室としても、國会の休会中、準備研究を進めたいとのことでありましたので、これを了承いたしました。第三点は、それがために正式のものではないが、とにかく関係各省より成る委員会のようなものをつくつて相談したいので、國会からもオブザーヴアーを派遣してほしいとのことでありましたから、これも承知いたしました。この経過は、このあとで武藤專門調査員より報報告いたすことになつております。それから第四点は、新春一月下旬を期して祝祭日に関する輿論調査を行いたいので、これに関す國会においても質問事項に注文があるならば申出てほしいとの希望がありましたが、この点につきましては、早速專門査員室より、委員各位に御連絡いたしたはずであります。この輿論調査につきましても、これから武藤專門調査員より簡單に一應の御説明を申上げたいと存じます。
#3
○武藤專門調査員 今、委員長から御話がございました、休会中に総理廳が主になりまして、祝祭中に関する関係者会議というものを開きましたのですが、その大要は刷物にして皆樣のお手もとにお届けしてございますので、簡單に補足だけしておきます。
 この会合は十二月の十七日と同じく二十三日、それから一月の八日と二十日と、四回にわたつて開かれております。最初の十二月十七日には、私が出席いたしました。それから二十三日には委員部の徳永主事に代つて出席してもらつております。それから一月八日には本委員会の大津書記に出てもらいました。それから最後の二十日の会合に私が出た次第でございます。國会側といたしましては、この会合に今も委員長からお示しのあつた通り、オブザーヴアーとして出席いたしておるのでございますので、この報告書が國会を拘束するものではないのでございます。それから私自身も、この報告書に対して責任をわかつものではございません。私、実はこの報告書については、頭から疑問を持つている点もございますし、また多少見解を異にしておる点もございますので、お含みまでに申し上げておきます。
 この報告書には、最初に「はしがき」がついております。ここだけ簡單に申上げます。朗読いたしてみますと「昨年十二月上旬閣議において祝祭日改正の問題が取上げられ、新しい日本においては祝祭日も新憲法の精神に基いて再檢討することが適当であるとの考えの下に、現行の祝祭日について審議された結果、政令を以て改正し昭和二十三年一月一日よりこれを実施する方針にて一應の試案を得たので、これにより同月六日、國会衆参両院文化委員会同打合会に諮つたところ、委員会側の意見は、祝祭日は國民の関心事であり、國民の生活感情と密接なつながりがあるから、政府側において一方的に政令を以て決定することは好ましくない、國民の代表たる國会において決定することが適当であり、また將來永く行われるものであるから、この際速急にこれを決めるべきではなく愼重に調査研究の上、決定すべきものであるとして、政府案に挙つた反対した。よつて、政府としては國会の意見を尊重して、政令を以て定める方針を撤回した。総理廳審議室においては、すでに十二月初めからこの問題を取扱つて來たのであるが、十二月十日両院文化委員長と協議の上で、祝祭日と官廳休日との関係もあり、國会において議員提出の法律案として審議されることとなる場合においても、政府側事務当局として、本問題について研究を進めておく必要があり、かたがた国会における審議の際の資料に役立たせる意味をも含めて、國会側の参加を得て本問題を調査研究するため関係者の会議を開くこととなつた。祝祭日に関する関係者会議は、総理廳審議室宮内府、文部省、外務省の各係官並びに國会両院文化委員会関係者(但し参議院は調査部職員)を以て構成し、昨年十二月中旬より本年一月中旬にかけ四回にわたり会合を重ね、この間関係省の意見をも徴し、このほどようやく一應研究の結果をとりまとめ得る段階に達したので、ここに報告する次第である以上が冒頭のはしがきであります。
 ここに報告書の現物がございますが、先ほど申し上げましたように、私どもはオブザーヴアーとして出たわけであります。なおここに書いてありますように、「もとよりこの報告書は関係者会議において得た一應の結論であり、本会議に設けられた目的より見ても了議されるように、國会における審議の際の資料として役立たせる意味も多分に含んでおり、もちろん政府の決定案というような性質のものではない。從つて祝祭日の目称、日取等については、考え得られる範囲において多くを網羅し、これらのうちから適当なものを選び得るようにしてあるが、ただあらゆる観点から考えて、おそらく國民の大多数が賛成であろうと推察されるもの九つを選んで、これをその外のものと区別して列挙した」そう書いてその次には「祝祭日改正方針」というものがありますがこれは昨年の十二月六日の衆参両院会同打合会で、文部省側から示されたものと同じものが載つております。これも祝祭日とするのが適当とせられるものとして、二枚目からあとに正月以下列挙してございますが、これはこの審議室における会合において取捨選択したのではなく、関係各廳から持ち寄つた物を網羅しただけであります。
 その一、新年正月。二、紀元節、建國祭、建國記念日建國の日二月十一日。関係各廳から申し越しました名称がいろいろ違つております。それをここに並べてあるわけでございます。三、彼岸(春)彼岸祭、春分祭、春の祭、春分の日。四、天皇節、天皇御誕辰、天皇誕生日、天皇御誕生の日。五、労働祭、労働記念日、メーデー、勤労祭五月一日。六彼岸(秋)、彼岸祭、秋分祭、秋分の日。七、憲法祭、憲法記念日、明治節十一月三日。八、新穀祭、收獲祭、新穀感謝の日、十一月二十三日。九、クリスマス、キリスト降誕祭、國際親善日、十二月二十五日。その他三として二にあげたもの以外に、祝祭日を定める場合に候補として考えられるものとして、一、七草、一月七日。二、節分、立春の日の前日。三、ひな祭、ひなの節句、桃の節句、三月三日、四、子供の日、兒童祭、兒童愛護の日、それは日取がいろいろになつております。三月三日、四月一日、五月五日、七月七日、十一月十五日。五、植樹祭、植物の日、四月四日四月三日、と二つの意見が載つております。六、花祭灌佛会、釈迦祭、四月八日。七、婦人の日、女性の日、四月十日。八、招魂祭、追憶の日うら盆祭、八月十五日、九、端午の節句、端午祭、しようぶの節句、五月五日。十、母の日五月の第二日曜日、皇后御誕生の日。十一、動物愛護の日、動物の日、五月二十八日。十二、時の記念日、六月十日。十三、七夕、星祭、七月七日。十四、盆祭、うら盆、七月十五日、八月十五日。十五、海の記念日、水産の日、七月二十日、四月十二日。これはこの間、一月の二十日に農林省の方からギリギリの締切の時に申し入れてきたものです。十六、重陽、菊の節句、九月九日。十七、体育祭、秋季。十八、藝術祭、秋季。十九文化祭、月日未定。二十、七五三。二十一平和祭、平和記念日、月日未定。それから「主として民間の意見を調査するためにとつた措置」という項目がありますが、そこでは第一に、新聞及びラジオ放――これは新聞にも載せて、ラジオのスポツトニュースで意見があるならば、総理廳審議室に投書してくれということを言つております。それから輿論調査、あとで簡單に申し上げます。それから十二枚目のところに参考資料というものがございます。これは私が現行祝祭日の典拠となるところを示してほしいということを申し出たので、それによつて総理廳が調べたものが載つております。それから十五枚目以下は官廳休日に関するこれでまでの法令が載つております。今日の法令は非常に古いものであります。それから十六枚目から以下はアメリカの祝祭日、イギリスその他中華民國、フランスなど諸外國の祝祭日が載つております。これは参考資料として外國の例を載せたわけであります。以上は刷物として差上げてありますから説明はこれだけに止めてきおます。
 それから輿論調査であります。これはこの間二十三日から始めた輿論調査のことでございます。内閣の審議室の輿論調査班と申しますのは、終戰後昭和二十年の十一月一日にダイク代將の指導によりまして、まず情報局に輿論調査班というものが設けられまして東大の戸田貞三教授が指導せられて、小山栄三君が班長になつたのですが、その輿論調査班が情報局の解体とともに内務、大藏、農林等の各省に移管されておりまして、それがやがて内閣審議室に移されるようになつたものであります。これまで農地法に対する影響を輿論調査するとか、あるいは経済白書に対する影響を輿論調査するということをいたしてまいりましたが、今度は第三番目として祝祭日に関する輿論調査を手がけたわけであります。この輿論調査をいたしますためには、まずもつて今度の祝祭日に際しましては、予備調査を三回いたしております。祝祭日改訂について、民衆は知つておるか知らないのか、関心の度というものをまず調査する。それから調査するためにはどういう方法がよろしいか。面接式がよろしいか、記入式がいいか、あるいは祝祭日の数を限定してみた方がいいか、無制限に言つてもらつた方がいいか、あるいは特に重要なものは二重丸をつけた方がよろしいか、そこにはいろいろ技術思な問題がありますが、三回の予備調査とも、一々その後で司令部の指示を受けて、本極りの案ができまして、司令部で一月十六日に、それならば本格的の調査をしてよろしいというので許可を得ましたから、調査の実施をこの間の一月二十三日から始めております。これは二月十五日までにわたつて、調査する計画になつております、そのあとで集計は二月十六日から二月二十三日までに行い、報告書の作算を二月二十三日から二月二十六日までに行い、そして報告書の提出が三月一日というところを予定しております。この祝祭日輿論調査の対象となるものは、全國の大衆の中で六千人を選び出しております。これはアメリカのギヤロツプの輿論調査の経驗で申しますと、大体二千五百人に当つてみると、まず全体の意見というものがわかるそうですが、今度の輿論調査は、單なる政治上の事柄を調査するのではなくて、國民大衆が関心をもつものとして、年寄りも子供を関心をもつものを一緒に調査するのでありますから、これは二十才以上ということは限定しておりませんで、もう少し下げた方がよくはないかということで、十八才以上の人を対象としております。それで二千五百人を殖やして六千人を一應の対象としたわけであります。日本の総人口が七千八百九万、その内から六千人を取るのでありますが、六千人を取るときに、二三個所だけで調査すれば最も簡單でありますが、しかし祝祭日に関する輿論というものは、おそらく地方により場所によつて、違いはしないかというような見透しのもとに、北は北海道、南は九州と、全國各地から輿論の調査をしてみようということで、まず六大都市というものを選り抜いて、それからそのほかの都市を選り抜いて、最後に郡部というものを選り抜いております。そういたしますと総人口七千八百九万のうち、六大都市の人口数は九百万、その他の都市の人口は一千六百八十四万、郡部の人口が五千二百二十三万となつておりますので、これを按分比礼いたしますと、全國の総人口を百パーセントとすれば六大都市は一一・五%、その他の都市は二一・六%、郡部は六六・九%となります。それを六千人を配分してみますと、都市部のうち、六大都市が七百十人、六大都市以外の都市が一千三百五十人、郡部が四千百人となります。更に六大都市を一部市ごとにわけますと、東京が三百三十人、大阪百二十人、京都八十人、名古屋七十人、横浜六十人、神戸五十人となります。東京の三百三十人というものをさらに各区の人口に應じて割り当ててみますと、このときにはパーパスサンプリング即ち東京都の中の場所によつて、工業地帶があり、住宅地帶があり、商業地帶があつて、そういうふうに一應わけて見た方がよくはないかという意図のもとに、これを五つにわけて、第一に都心商業地区、これは千代田区、中央区、新宿区、豊島区、台東区、澁谷区、文京区、港区、第二に型南工業地区として品川区、大田区、第三に城西住宅地区として目黒区、世田ケ谷区、中野区、杉並区、第四に城北住宅地区として板橋区、練馬区、北区、足立区、荒川区、最後に江東工業地区として、これが江戸川、墨田、江東、葛飾となつております。これを人口によつて三百三十人を割り当てますと、第一の都心商業地区で九十名、城南工業地区は四十名、第三の城西住宅地区は八十名、城北住宅地区として七十名、江東工業地区は五十名という数が出てまいります。それに町の台帳を取上げてそこに按分して割り当てますと、この割当については技術的にはいろいろなやり方がありますが、できた結果を申しますと、第一の都心商業地区は中央区二十名、澁谷三十名、文京区二十名、港区が二十名当つております。中央区は日本橋、文京区は本郷、港区は赤坂が当つております。こういうふうにして全然作意なしに、たとえばここはある政党の地盤だからと、それを意識的に輿論調査するということでなしに、作意なしに機械的にカードを取上げて輿論調査をしようという仕組であります。このようにしまして、あとは東京以外の六大都市、またそのほかの都市に及ぶのでありますが、郡部の方は、省略いたしまして刷物に讓ることにいたします。
 それで全國百三十九の調査区に調査班が出かけて行きまして、そうして面接、インタービユーの方法と記入の方法、この両方を併用して調査するわけであります。それで面接と記入によつて調査をいたすにあたりましては、今囘の祝祭日の輿論調査はおまわしいたしましたこの紙によるのでありますが、内容は大体関係筋の了解を得てでき上つておるのであります。大体この集計は三月一日までに行うことになつております。
#4
○福田委員長 諸君に申し上げます。ちよつと、先日の委員会の打合会で申し上げてあつたはずでございますが、お手もとに差上げました今、調査員が説明いたしました報告書、これと併せて委員諸君の独自な御見解から、なおまた学識御経驗を生かされて適当な案をお作りなすつて、そうして本日まで大体一年十五の祝祭日を試案としてお作りなすつて、委員長の手もとまで提出してもらうということになつておつたのでありますが、それが徹底しなかつたと見えまして、本日まだ二人、三人の諸君の御提出があつたのみでございますが、次回の委員会までに、それ以外の方はぜひとも御提出願いたいと思うのでございます。委員諸君におきましても、おのおの所属政党がありますので、党は党としてのお考えもありましようし、同時に党の政務調査会、あるいは議員諸君のお考えもあられると思いますので、お帰りなすつて、代議士会にも議当な御意見をお聽きなすつて、次囘の委員会までに各委員諸君が一つの試案としてぜひ出してもらいたいと、こう思うのでございます。それを中心にいたして、出てくるところの輿論調査、そういうところも基準にいたしまして、大体休会明けの委員会ぐらいで、わが衆議院の文化委員会の案を討論の結果まとめてみたい。その上ちようどそのころには参議院の文化委員会も、やはり今申し上げましたような順序で、参議院の文化委員会独自の案をまとめるように承つております。そういたしますと、そのときに衆参両文化委員会合同審査会で、國会の案は大体これであるというものをまとめるのが一番適切じやなかろうかと、かように考えておりますので、ぜひともさようにお願いいたしたいと思います。
    ―――――――――――――
#5
○福田委員長 なおこの際議事進行の都合上お諮りいたしたいのでありますが、先ほど御報告いたしました祝祭日に関する件は、文化委員会といたしましては、最も愼重に取扱うべき問題と考えますので、早速國政調査の承認を求め、調査研究を進めたいと思います。調査方法としては、まず資料の收集、あろいは関係各方面より意見の聽取、次いでは輿論の調査等ももとより必要と思われます。なお法案の起草等の段階に至りますれば、小委員会の設置も考えられますので、以上の諸点をとりまとめまして要求書を提出いたしたいと思うのでありますが、要求書を提出するということに対して諸君には御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○福田委員長 御異議がなければ、さよう決定いたします。
 なおもう一つこれも國政調査の承認要求でありますが、第一回國会において、観光事業に関する件、及び國宝、重要美術品、史跡名勝及び天然記念物等に関する事項の両件の承認を得まして、調査研究を進めてまいつたのでありますが、今議会においても、おそらく重要なる調査事項として、早速活動に着手したいと考えるのでありますが、これに対して御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○福田委員長 御異議がないようでありますから、それぞれ國政調査承認の要求をいたします。
 つきましては大体先ほど來申しあげたことに対して諸君の御意見がありますればこれを許したいと思います。
#8
○並木委員 今や國の祝祭日の問題がクローズ・アツプされてきまして、國会の方としても、私ども一生懸命やらなければならないと思うのであります。それにつきまして、この前文化委員会打合会のときにも私申し上げたのでございますが、國の行事、特に祝祭日を中心とした國の行事というものを、どういう所で決定し、何によつて作るかということが、はつきりしておらないようであるのです。と申しますのは、この会議報告書にもあります通り、從來太政官の布告とか太政官の達というようなことによつて決められておつたように思われますが、今後は、國の行事というものは法律によつて定めるものとす、こういうふうな根本法的なものを、ひとつぜひ先決問題として作つてみたいと思うのでございます。もしそういうものがありますれば、この間の関係者の会議において起つたような、政令によつてきめるとか、あるいは國会できめようかという問題は起らないで、とにかくこれからは國民の声を率直に代表する國会において、すなわち法律によつて國の行事をきめていこう、そういう根本的なものを眞先に取極めてみたい、こういう希望をもつているのですが、ひとつお諮り願いたいと思います。
#9
○福田委員長 諸君にお諮りいたします。ただいまの並木君の申出になられたことに対して御意見があれば、お述べ願えれば非常に結構だと思いますが、御意見ございませんか。
#10
○佐藤(觀)委員 それについては、法律に定めていけないというようなことはないと思いますが、何か今まで実際の例があつて、法律でやつていけないということがあつたのですが、何か方法はないのですか。差支えなければ、やはり並木君の言われたように、法律としてきめるということが結構だと思います。これは國民の代表である國会がきめるのが当然であるから、そういう意味でわれわれは賛成します。
#11
○川越委員 私も並木委員の御意見に賛成いたします。國会が最高機関なんだから、内閣方面と密接な連絡を保つことは当然なんですが、技術的問題はよく相談をして、結論は國会においてやるというふうにしていただきたいということを申し上げます。
#12
○森山委員 私も並木君の意見に賛成であります。法律をもつてこれをきめるというようなことにしておかないと、過去において軍閥というものが跋扈して、たとえば何とかの記念日というものを勝手にこしらえて、國民に強要したような歴史がありますから、今後もそういうことが起らないように、國会の意思によつて決定するという根本方針を、やはりこの際決定しておく必要はどうしてもあると思います。
#13
○福田委員長 他に御意見はございませんか。それでは皆さんにちよつと御了承を得たいと思いますが、ただいまの並木君のお申出の事項に対して、大体本日の諸君には無理がないように存じますから、委員会としてさようにいたしたいと思います。しかし御承知のように自由党の諸君が一人も参つておりませんので……(「いや、來ております」と呼ぶ者あり」)いかがですか……。
#14
○山名委員 大体賛体です。
#15
○福田委員長 自由党から山名君が來られておるようですから、大体そのように根本方針をきめて、これから移りたいとかように考えます。他に御発言ございませんか。
 他に御発言ないようですから本日はこれで散会いたしたいと思います。なお最後にくれぐれもお願いしておきますが、次回の委員会までには、先ほど申し上げたところの試案を党とよくお諮りなすつて、少くとも所属政党の方は、一人はどうしても出してもらう、なお、より以上各委員全部から二十五の試案が出れば非常に結構ですから、最悪の場合には一党一案をぜひとも出してくれるようにお願いいたします。
 それでは本日はこれにて散会いたします。
   午前一十時五十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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