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1951/05/27 第13回国会 参議院 参議院会議録情報 第013回国会 法務委員会 第46号
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1951/05/27 第13回国会 参議院

参議院会議録情報 第013回国会 法務委員会 第46号

#1
第013回国会 法務委員会 第46号
  公聽会
  ―――――――――――――
昭和二十七年五月二十七日(火曜日)
   午前十時二十六分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     小野 義夫君
   理事
           宮城タマヨ君
           伊藤  修君
           一松 定吉君
   委員
           加藤 武徳君
           左藤 義詮君
           長谷山行毅君
           岡部  常君
           中山 福藏君
           内村 清次君
           吉田 法晴君
           片岡 文重君
           羽仁 五郎君
  政府委員
   法務府特別審査
   局長      吉河 光貞君
   法務府特別審査
   局次長     關   之君
   法務府特別審査
   局次長     吉橋 敏雄君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       西村 高兄君
   常任委員会専門
   員       堀  眞道君
  公述人
   評  論  家 馬場 恒吾君
   共同通信社論説
   委員      牛島 俊作君
   日本経営者団体
   連盟常務委員  宇都宮徳馬君
   法政大学総長  大内 兵衞君
   日本弁護士連合
   会弁護士    島田 武夫君
   日本労働組合総
   評議会事務局長
   代理      塩谷 信雄君
   国鉄労働組合中
   央執行委員   星加  要君
   早稻田大学法学
   部教授     戒能 通孝君
   農     業 原田 好吉君
   全日本海員組合
   組織部長    和田 春生君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○破壊活動防止法案(内閣提出、衆議
 院送付)
○公安調査庁設置法案(内閣提出、衆
 議院送付)
○公安審査委員会設置法案(内閣提
 出、衆議院送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(小野義夫君) 只今より法務委員会公聴会を開きます。
 先ず公述人各位に対して御挨拶を申上げます。本日は非常に御多端の際、貴重なる時間を本委員会のために御割愛下さいまして御出席の栄を賜わりましたことを厚く感謝いたします。どうぞ国会のため、国民のために貴重な御高見を賜わるようお願い申上げます。簡單でございますけれども御挨拶といたします。
 なお公述人各位に申上げますが、非常に時間が少いので、御発言の時間は大体二十分ぐらいでお願いいたしたいと思います。
 なお委員各位の御質疑は午前はお三方の公述人でございますから、全部終りましたときに、大体一人に対し五分ぐらいな程度において御質疑を願いたいと思います。
 それではこれから開会いたします。先ず評論家馬場恒吾先生の御意見を拜聴いたします。
#3
○公述人(馬場恒吾君) この破壊活動防止法案、極く私のは簡單、これはね、目標とするところは共産党であろうと思うのです。ところで共産党という言葉は何にも書いてない。それは合法政党として今存在しているから書いてないんだと思いますけれども、こういうふうにこの破壊防止法案をちよつと見ますと、いろいろの刑罰が規定されておるんですけれども、この全文を通して共産党という言葉はない。私は思うに、私の意見としては共産党も今非常に戰闘的になつている。それはもう諸君も御承知の通りに、中国においてあれだけの戰争をして、そして中国をすでに共産党の圏内に入れた。北鮮もそうです。で、今までのようにただ宣伝とか何とかいうことで、いわゆる言論の宣伝だけでやる時代はもう過ぎ去つておるのじやないか知らんと思う。すべて実行的になつている。もとよりこの破壊防止法案には共産党ということは三言もないけれども、併しその目的とするところがそれであるとするならば、もう少し徹底した規則をこしらえなくちやいけないと思う。けれどもそれはなかなかこういう立法なんかということも急にはむずかしいだろう。まあ急にはむずかしいならば、この破壊活動防止法案的のものでも、ないよりはあるほうがいい。で、だんだん経験を積んで、これではいけないと思つて政府なり或いは議会なりがもう少し徹底した法律をきめたらいいだろうと思う。だから私は今日の情勢においては、この法案で以て私は果していわゆる治安なり、この法案の目的とするところが達せられるか否かということは非常に疑問があるけれども、先ず幾たびかこういう法案なり、或いは共産党対策というものは変化して、幾たびか改正されて行き、そうして経験を積んで余り遅くならんうちに、もう取られてしまつては駄目だけれども、取られない前に、時期を見てますます補足して行くということが国民を納得せしむる上においても有効であろうか知らん思うのです。私ただ意見を求められれば、先ず結論から申上げればそれだけのことです。共産党というものに対しては対策を講じなくちやならんということは事実だが、それを如何にしてと言えば、徐々に抑えて行くというふうにするより方法はないだろうと思う。私の話はこれだけです。
#4
○委員長(小野義夫君) 有難うございました。それではあとで恐れ入りますけれども……。
 次に共同通信社論説委員牛島俊作君にお願いいたします。
#5
○公述人(牛島俊作君) 日米安全保障條約及びそれに基く行政協定を締結しました現在の内閣が、破壊活動防止法案及びこれに伴うあとの二つの、いわゆる一連の治安立法を作らねばならなかつたという苦衷と申しますか、非常に苦しい状態、そのような国際環境については私十分理解できると思います。併しこの法案の中には私たちの立場から見まして、言論の自由を阻碍する個所が多々ございますので、これは、この点前は大幅に修正して頂きたいと、このように考えるものでございます。
 法律の名称が破壊活動防止法、破壊活動となつておりますが、法案の第三條以下に見られます通り、文書、図画の印刷、頒布、掲示、所持、勿論それには様々の嚴重な制約が付いてはおりますが、とにかく文書、図書の印刷、頒布、掲示、所持、そういうことが破壊活動になつておる。それで文書の印刷と申しますと、新聞は毎日文書の実は印刷をやつておるのであります。新聞を作つておる者といたしましては、いつも言論の自由ということを考えております。文書の印刷というのは言論の自由と非常に重大な関係があるのでありますが、憲法では集会、結社、言論、出版の自由を保障し、更にそのあとで居住、移転そのほかの自由も認めております。併し私の理解しておりますところでは、憲法に書いてあるこれらの自由というものは全部無差別平等のものではない、その間におのずから軽重があり、差別がある。このように私たちは教えられて来ておるのであります。曾つてアメリカでは居住、移転の自由といううものが人民の自由のうちの最高のもの、最も重要な権利であるとされておりました。そうしてその他の自由というものは、例えば言論の自由というようなものは、この居住、移転の自由にむしろ従属的なものであるというように考えられて来ておつたのであります。ところが経済の発展、民主主義の進展に伴いまして、アメリカでは今日は言論の自由が、民主主義の根幹として言論の自由がなければ民主主義はあり得ないとまでされておる。これは終戰後アメリカのいろいろの新聞人や、学者や、これらが来て我々によく話してくれたところであります。それでこの言論の自由を最大限に認めることによつて、社会の腐敗を是正し、進歩をもたらすものとされておる。日本国憲法はこの米法思想を以て
 一貫しておるのであります。憲法を誰が作つたかということは、いろいろすでに書かれておりますが、日本国憲法は誰が作つたにしろ、それはアメリカ法思想によつて一貫されておる。従つて私は日本では言論の自由はやはり最高度にまで保障されねばならないものである、そのように考えるのでございます。言論を非常に自由にしておくと、その結果いろいろの社会に悪い影響が及ぶかも知れないので、そういうことを理由にして言論の自由を、従つて大幅に抑制できると、悪い結果が来るからすぐさま大幅に制限できると考えるのは誤まりではないかと考えるのであります。憲法では集会、結社、言論、出版「そのような順序になつておりますが、言論の自由というものは本来は非常な高い所に置かれねばならない。例えば集会でございますが、集会といえば演説でございます。集会の演説と新聞の社説なり、評論なりとどう違うか。演説というものは直接感情に訴える要素が多いから、治安に影響を及ぼすところが非常に深刻である、直接的である。これは多くの人が言つております。併し文書による場合は読者がこれを理性によつて判断する、読者は選択権を持つておる。これはアメリカの有名なジヤクソン判事の言葉でございますが、文書だけで暴動の起つたことは今までない、このように言つておるのであります。で、この法案の言論は、勿論嚴重な制約は法律的には文書の上では付いておりますが、とにかく言論が破壊活動となつておる、このことは言論に職を持つておるものとして誠に理解ができないと私は考えるのであります。新聞に記載いたしますところの社説、それから署名入りの評論、短評、時評、それらのものはことごとく、いわゆるこの法律に言うところの政治上の主義、若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する行為であります。言葉には新聞によつて、その書く人によつて強弱の差はございますが、とにかく書いておる者は、常時執筆しておる者は、とにかく継続的に政治上の主義の推進、支持、反対をやつておるわけであります。そこで若しこのようなことがあつたらどうする、現在「現内閣が現在のような施策を改めるところなく、これを続けるならば必ずや五・一五のような事件が起るであろうし、又起つても止むを得ない。」というようなことを書いたとすると、これも又この法律にかけられる虞れがあるのではないかの思うのであります。
 法律のほうでは扇動というのは他人の感激を利用して主義を宣伝するものとなつておるそうでありますが、考えようによれば新聞で毎日継続的に論説なり評論なりを書いておるものは、この扇動をまさに職業的に行なつておるのであります。でございますから、現在日本で文筆を業としておる者が、この法案に対して深刻に抱いておるところの懸念、心配というものをよろしく御理解下さるものと思うのであります。現在の内閣の当局者は、決して言論を彈圧するとか、取締るとか、そういうような考えは毛頭ないと申されております。私も又その言葉を決して疑うものではございません。法律の中に字句を残しておきますと、将来局に立つ人がこれを濫用しないとは誰も保障しないのでございます。それは現在の当局者がいついつまでも、何十年も、十数年も二十年も将来まで当局者であるわけではないからであります。昭和十六年に治安維持法の改正がされましたときに、議員のほうから、この法律の実施に当つては慎重嚴粛に取扱うことを政府に要請しました。政府は慎重嚴粛に取扱うことを又約束したのでございます。併し事実そのあとではどういうことになつたか、それは皆様御承知の通りでございます。それは法律の中に法文としてやはり濫用され得るものが残つておつたからではないかと私は考えるのでございます。
 刑法では個人の行為を取締ることはできるが、団体を取締ることができないからと、当局ではこの法案を作つた理由を申されます。併し新聞記者の目から見ますと、刑法では思想、言論、学問を取締ることができない、だからこの法律を作つて学問や言論の自由を取締ろうとするのではないかとさえ申上げたいぐらいなんでございます。曾つて治安維持法は、国体を変革し、私有財産制度を否認するものだけを取締をはずでございましたが、後には自由主義者だけではなく、キリスト教徒まで引張られ、中央公論、改造などのような総合雑誌の編集者も、どうも私有財産制度を否認するものらしいということでぶち込まれたのであります。私も又何らの理由もないのに、單に同盟通信社の東亜部の一部員であるということだけで特高からお呼出しを受けまして思想調査を行われ、最後にはいつでも引張ることができるんだぞと脅迫された苦い経験を有しておるのでございます。このように特高が治安維持法を振廻して猛威を逞しくしたことに対し、あれは当時背景に軍の勢力があつたからである、背景に軍があつたからああいうことができたのである、今や日本にはそのような軍はない、だから公安審査庁や特審局が曾つての特高になる危険はない、又破壊活動防止法が治安維持法になることは考えられないと申されます。併し軍は現在ございません。それから従つて公安審査庁や特審局にとつては利用すべき軍はございません。便乗すべき軍はございません。併しそれとは別の利用すべき、便乗すべき国際情勢というものがあるのでございます。国際環境がございます。反共という国際情勢に乗じて言論の自由が大きく阻碍される可能性が十分あると思うのでございます。内閣のほうでは破防法を恐れるものは共産主義者と無政府主義者だけだと申されます。私はそのどちらでもないのでございますが、この法律を非常に恐ろしいものだと思つております。
 さて、新聞のほうではどのようかと申しますと、一口に新聞と申しましても、経営者と組合員とでは何事につけてもあらゆる場合意見が異なつております。併し今度の破壊活動防止法案については、言論の自由を大きく阻碍するものであるという点ではすべて意見が一致しておるのでございます。具体的に申します。ならば、第三條において言論が暴力主義的力主義的破壊活動の中に入れられている点は当然除かれるべきである、修正されるべきである、又扇動という文句はこれは当然除かれるべきではないかと存ずるのでございます。
 最後に一言申上げたいことがございます。この法案の英語の名前はザ・アンチ・サブヴアーシイヴ・アクテイヴイテイス・ビル、サブヴアーシイヴというのは政府顛覆という意味がございます。外国では日本で政府顛覆を防禦する、防止する法律案を作つておるそうだ、それは世界中どこでもそういう法律はあるのであるし、当然であるというので、実のところ余り関心は引かなかつたようでございます。私毎日仕事として海外電報を見ておりますが、殆んど初めの間は関心がなかつたように見受けられます。この点は法律の名前が破壊活動防止となつておりますので、法案をお作りになつたほうとしては大分儲けておられる思うのであります。併しその後いろいろ国会の審議やその他日本の言論の状況などが海外にもわかつて来まして、私の聞いておりますのは、マンチエスター・ガーデイアンのヘツセル・テイルトマンはこのように言つております。共産主義者の破壊的暴力行為を取締ることは、これは日本においてでございます。日本において共産主義者の破壊的暴力行為を取締ることは勿論必要であるが、問題は法律の運用如何にかかつておる、一旦運用を誤まるならばその害毒は甚大であると言つております。又ロンドン・デーリー・メールのバーナード・カプランは、米国においはマツカラン法にアメリカで秘密裡に活動しているの大物を引つかけることができず、却つてマツカラン法によつてそれらの大物が助けられているかも知れない。こうした法律の規制は却つて破壊的でない勢力に対抗する存在となり、法律を作つた初めの目的と全く反対のものとなるではないかとの疑惑が湧いて来ると述べております。で私はこの法律が若しも無修正のまま通りますと、世界の民主主義的な諸国から非常に批判的、非難的な反響が極めて短かい時間のうちに日本の通信社と新聞社の机の上に打ち返されて来るのではないか。このように考えるのでございます。
#6
○委員長(小野義夫君) 次に、日本経営者団体連盟常務委員宇都宮徳馬君の御意見を……。
#7
○公述人(宇都宮徳馬君) 結論から申上げますと、私どもは破壊活動防止法の急速な成立を希望しているものでございます。破壊活動防止法に対しまして、いろいろ反対する者もあるのでございます。反対者は言論、集会、結社というような人間の基本的人権に重大な侵害があるというような点から反対しておられるのであります。又賛成者は言論、集会、結社、そういう基本的人権を保障する民主主義そのものを破壊するところの極左或いは極右の活動を本立法のごときもので抑えないと、学問の自由も、或いは思想の自由も何もかもみんななくなつてしまうと、こういう点からこの立法を主張しているのでございます。共に基本的人権を尊重するということに関しましては人後に落ちないわけでございますが、結論が相反対であるということは、極右や極左の謀略、これは別問題といたしまして、要するに日本の現状に対する認識の相違から来るのではないかと私どもは存じております。私どもは日本の、先ほども申上げました通り、現在の政治社会の現状においては是非ともこの立法が必要である。止むを得ない必要だ、こう存じております。私どもがここに言う日本の現状、この立法を必要とする日本の現状はどういうことかと申しますると、極左と申しまするのは勿論共産党などでございましようが、共産党とか、極右勢力の破壊活動が非常に強大である。勢いが強いという意味では必ずしもないのであります。最近のメーデー事件とか、或いは蒲田事件とか、いろいろな事件が起つております。彼らの暴力的企図というものは、この事件を通じて真に明らかでございまするけれども、併し要するに兒戯に類するものである。竹槍を持つたり、或いは又唐辛しの目潰しを喰らわすというような点で非常に兒戯に類するものである。原子爆弾という大変な武器を経験している日本の民衆にとつては一種のユーモアであるとさえも感じられるくらいな兒戯に類するものでございます。彼らの暴力的破壊活動の脅威が現実的に非常に広大であるということは私は信じられないのでございます。併し彼らの暴力活動の意図というものは大変に計画的であり、根強い、強烈である、意図は非常に強烈である。それは外国の或る強国の戰略的な意図に従属しており、その軍事的な後方撹乱部隊というような軍事的な性格を多分に持つておるために、彼らの意図は非常に計画的である、こういうことが言えると思うのであります。併しながら、それだからと言つて破壊活動防止法が是非必要だということには必ずしもならない。日本の民主主義社会が十分に成長をしており、民主主義の機関であるところの政党であるとか、或いは労働組合とかいうものが大人になつているという場合には、こういう法律は或いは必要でないかも知れません。又国民の良識が非常に固いという場合には必要でないかも知れませんが、現在の日本においてはそうでない。若しも国民のこういう極右とか、或いは極左に対する、破壊活動に対する抵抗力が強かつたならば、現在の刑法の規定で恐らく十分である。破壊活動防止法などというものは或いは必要でないかも知れないのでございますが、現在の日本の状態においてはどうしてもこれが必要である。その必要というのは先ほど申しました通りに、日本の民主主義というものは敗戰後非常に弱い社会的な土台の上に博きております。急造のバラツクのようなものである。何らかの保護が必要である。この保護の一つが破壊活動防止法であろうと私どもは解釈しているわけであります。でありますから、日本の民主主義が今後非常に成熟する、政党とか、或いは労働組合とかが立派な大人になる、又戰後の非常に不安定である民心が動揺から牧まつて来る、そういうことになりますと、現在非常にこの立法は緊急必要であると存じますが、或いは必要でなくなるかも知れないのでありますから、この立法の意味をはつきりさせるために、私はこの立法には何らかの期限を付したほうがよいのではないか、戰後の日本の民主主義は甚だ脆弱で弱い、この時代にのみ必要であるから何らかの期限を附したらどうか。臨時物資調整法等という臨時立法がございましたが、そういうような期限を附すいうことになると、この立法の趣旨も非常に明確になつていいのではないか。そうして民主主義の保護法であるようなこの立法が、官僚主義のむしろ防砦になるというようなことを防ぎ得るのではないかと、こう私は信じておるものでございます。個々の文句の修正よりも、こういう点が非常に大事であるのではないかと私は信じておるものでございます。結論といたしましては、この法案の急速な成立を期待しているものでございます。
#8
○委員長(小野義夫君) それでは只今の公述のお三方に対しまして、各委員より約五分間の割合を以て御質疑のおありのかたは御発言願います。
#9
○羽仁五郎君 馬場先生にお伺いいたします。先生は現在共産主義がソ連において確立せられ、中国においてもほぼ確立に近く、国際的に新らしい段階に入つているのですが、これを防がなければならないという御意見でありましたが、この法案というものが、そういう情勢を多少でも防ぐというように御覧になつておいでになるのでしようか。或いは却つて反対に、こういう法律案というものは、そういう共産主義の蔓延と言いますか、そういうものを防ぐ民主主義的な言論その他有効な方法を萎縮さしてしまいはしないかというような考えのかたがあるのですが、その点は如何でございますか。
#10
○公述人(馬場恒吾君) よく聞えないのです。どういうことだつたかしら……。
#11
○羽仁五郎君 簡単に申上げますと、馬場先生の御意見である共産主義を防ぐ、そのためにこの法律案は余り役に立たないかも知れないが、まあこういうものでもやつて、だんだんいいのを作つて行つたらいいだろうという御意見でしたが、共産主義と戰う最もいい方法としての言論ですね。その言論がこの法律案で非常に制限されますが、その点は如何でしようか。
#12
○公述人(馬場恒吾君) そうですね。言論というけれどもね、共産主義の言論はね、私の考えではそういう言論に終始している間はね、僕は大したことじやないと思うのですね。恐るべきことはないと思うけれどもね、共産主義者がやる今のテロとか、或いは集団行動というものになればね、集団行動ならまだいいけたどもね、テロとか、その他のいわゆる刑法上の行動をとることがあると思うね。それは各国の例でだね、或る一つの段階に入つたと思うね。もう言論で以て終始、それは共産党がどういうふうに決議したか、それは知らんけれどもね、けれども中華民国を取つてしまつたり、朝鮮に来たりするものはね、これはもう何じやないね、言論で戰うという段階ではないように思つていますね。だからそれは今出ている法案なんかで取締るということはできないでしようと僕は思つているのです。
#13
○羽仁五郎君 そうしますと、この法律案では共産主義は防げないのです。それで言論は非常に制限されるのです。それでいいのですか。
#14
○公述人(馬場恒吾君) 今僕は前に言わなかつたけれども、言論を制限する何があれば、その規定があれば、それはよほど注意すべきだけれども、この普通の言論はそう制限できないと思う。まあ主なる新聞なんかの、新聞紙とか、スタンダードというわけではないけれども、相当の地位のある雑誌なり、編集者というものが、それは注意しますよ。相当に注意を拂つているのだから、それは商売だから……。だから扇動といつて、本当にこの法律に触れるような扇動というものはなかなかできないと僕は思つている。それは小つぽけなパンフレツトだとか、百か、二百刷るようなものなら、それは変なことを言うかも知れないけれども、大衆を動かすような大きなスタンダードな新聞雑誌というものに、そういうふうな、この法律で取締るような言論は滅多に起らないと思うね。
#15
○内村清次君 宇都宮さんにちよつと……。先ほどの公述の中で、極左及び極右に対しても当然この法律は必要であるという前提の下に、外国の軍事的な意図と繋がつておるのだ、こういうようなことは、これは相当危險であるから防止しなければならん、こういうお話ですが、極右極左の外国の軍事的な意図と繋がつておるというこの事実、これをはつきり認識されてのお言葉でございますか。そういう仮定の下でございますか。この点一点。
#16
○公述人(宇都宮徳馬君) これは、私が言うたのは現在そういう外国の軍事的意図と繋がつておるために、その破壊活動の意思は非常に強烈なものがあると私は考えるのです。併しそれがあつたとしてもこの法律は必ずしも必要でない。ただ日本の現在の民主主義社会がなお非常に弱い、何かですぐ破壊される虞れがある。その保護立法という、いろいろな可能性を防がなければならんという意味で賛成している。だから……。
#17
○内村清次君 ただ軍事的意図との繋がりの点ですね、この点は今日は日本経営者団体連盟として、こういう経営者団体というものはいろいろ組織的にこういう御研究もなさつておると思うのですが、そういう繋がりがあるという事実がはつきり認識され、証拠立てられた上においてそういう公述をされておるのかどうか。
#18
○公述人(宇都宮徳馬君) これは勿論この結論に対しては関係がありませんけれども、そういうことを十分に立証し得る事実を知つておるわけです。
#19
○内村清次君 そうすると、これは極右も極左もでございますか。どちらのほうですか。あなたの知つておる外国の軍事的意図と繋がりのあるというのは、どちらのほうでございますか。
#20
○公述人(宇都宮徳馬君) いずれにいたしましても、私の結論とは関係がないのです。そのことはただ文句の中に出て来たことです。そういうものがあつてもなくても意図は非常にそういう点があるから強い。併しそれであつても日本の民主義社会が非常に強ければ、こんな立法も必要はないという意味です。
#21
○内村清次君 それから先ほどの民主主義がまだ大人になつておらないのだ、それでこの法案に対しては期限を附して置くべきだ、そうすると、公述者は大体どのくらいで民主主義が大人になる、そういうような期限はどうですか。
#22
○公述人(宇都宮徳馬君) これは私は先ほど申上げた通り、もうそういう勢力との対決は十年間くらいで済まなきやしようがないと思つていますがね。
#23
○羽仁五郎君 私からお伺いしたいのは、その保護という点ですが、経営者団体もやはり保護が必要だというふうにお考えになつておいででしようか。この日本の民主主義の一翼を担われます意味において……。
#24
○公述人(宇都宮徳馬君) そうでございます。現在の日本の民主主義が非常に弱い基盤の上に立つているということを認めておるわけでございます
#25
○羽仁五郎君 我々の考えでは保護ということになると、やはり代償がどうしても生ずるのではないか、ただ保護してもらうというわけにはとかく参りにくいので……。
#26
○公述人(宇都宮徳馬君) 保護というのは一つの比喩的な表現です。民主主義を守るというような意味でございます。
#27
○羽仁五郎君 最後のお言葉に、期限でも附して民主主義を保護するほうが官僚の城砦になることを防ぎ得はしないかというお言葉がありましたが、どうも我々は保護ということになりますと、やはりそれはそちらの力が大分強くなつて来る虞れがあるのじやないか、官僚主義が強くなるのじやないかというふうに思うのですが、その点については御心配は、その期限を附する暫定法ということにすれば大丈夫だというお考えですか。
#28
○公述人(宇都宮徳馬君) 非常に防げると思うわけでございます。
#29
○羽仁五郎君 それからもう一つ伺つておきたいのは、政党なり、政治団体、それから労働組合、それからまあ評論家とか、新聞とか、学者関係ですが、その中に起つて来ます破壊活動というものを一番防ぐ有効なのは、まあ例えば私自身で考えますと、学者の中の破壊活動というものと闘い得るのはやはり学者じやないか。又労働組合の中で労働組合のメンバーが或いは武器をとろうというふうに考えても、それを説いて、君の気持もよくわかるが、今武器をとるべきじやない、民主主義が壊れてしまうというように説いて防ぎ得るのは、やはり同志と言いますか、労働組合の人たちじやないか、又政党の中でもそうじやないか、よそから官吏がそれを防ごうとしても却つてむずかしいのじやないかというふうに考えますが、それらの点についてはお考え如何ですか。
#30
○公述人(宇都宮徳馬君) それが何と言いますか、十分国民の間にも、官吏の間にも、労働者の間にも、或いは経営者の間にも、学者の間にも民主主義を守る決意、良識というものができればいいわけですけれども、一種の戰後の民心が非常に過敏になつていますから、そういうことが可能じやないのじやないか。すぐ乗ぜられるのじやないか。今度のメーデー事件なんかでも非常に單純な人が参加しているわけでございますが、そういうことがありまするから、やはり暫らくの間はこういう立法が必要じやないか、こう私は信じております。
#31
○片岡文重君 宇都宮さんにちよつとお尋ねいたしますが、先ほど来のお話を伺つておりますと、日本の民主化が極めて低いという点を強調されまして、その民主化を守るために、民主主義を守るためにこういう法律が必要であるというお話でございましたが、御趣旨は私ども同感でございますが、問題はその民主主義が低いということを憂えられるということ、は同時に民主化を抑制しなければならないというところに御趣旨があろうと思います。こういう点で私は同感でありますが、そういたしますると、この民主主義を育てて行くために、少しでもよりよい方法をとることが一番我々としては望ましいのではなかろうか。例えばプラス、マイナスをして、プラスのほうが多ければ、若干のマイナススがあつても、それはプラスのほうが多いほうをとるべきじやないかと考えるのですけれども、只今のお話で、この民主主義は一日も早く、より高度のものにしたいという点になりまするというと、こうした消極的なものよりも、もつと積極的に民主主義を育成する方法をとるべきであるということに当然なつて来ようかと思います。そうするとこういう一方を抑え付けて民主主義が立ち上つて来ることを待つよりも、言論の自由、集会、結社の自由というものを與えて、その間に若干の危險や、マイナスがあつたとしても、より一層これを大らかにやつて行くように、萎縮せしめないような方法をとることのほうが私たちとしてはむしろ望ましいのではなかろうかと考えるのですけれども、それらを比較考慮された上で、なお且つこのような方法、法案が必要であるとお考えになられるのであろうか。その点についてもう少し御意見を伺いたいと思います。
#32
○公述人(宇都宮徳馬君) 民主主義的政党及び民主主義的労働組合が十分にそういう責務を果し得れば、この法案は必要ないと思うのでございますが、遺憾ながらなお不安があるという点から私らは賛成しているわけでございます。
#33
○片岡文重君 民主化された政党或いは民主化された組合がそういう懸念がないか、あるか、非常に不安があるからという御懸念でありますが、私どもにはちよつとそれだけでは納得が行かないところがありますが、そういう点、そう今の政党或いは労働組合等において比較考慮した上で、なお且つ不安があるという何か具体的のお考えでもございますならば、ちよつとお聞かせ願いたいと思います。
#34
○公述人(宇都宮徳馬君) これはちよつと意見の相違でありますが、私はそう信じておるのであります。まあ具体的な例を挙げろとおつしやればいろいろあるわけでございますが、まあ現在明らかに破壊活動の対象と見られている勢力に引きずり廻わされて、或いはその組合にしろ、政党にしろ、殆んど活動能力がなかつたり、いろいろ具体的な例はあり得ると思いますが、要するにこれは意見の相違であると思いますので、その点……。
#35
○羽仁五郎君 いま一つ伺つておきたいのですが、日本の民主主義は非常に若いというようなお話なんですが、私の聞いておるところでは、例えば明治初年に福澤先生が、「誰か銭を出して政府を雇つて、そうしてその政府に向つて、我らに向つて永世の道を教えろと言う者があるか」ということを喝破しておられますが、私はやはり明治時代にも民主主義というものはあつたのであります。併し今お話のような保護ということが少し強く出過ぎて、福澤先生のようなお考えが圧迫されまして、それだけの相当年はとつているのだけれども、ちよつと潰されたのじやないかとふうふうにまあ見られるのじやないかと思いますが、そんなふうには御覧になりませんですか。
#36
○公述人(宇都宮徳馬君) 一度民主主義というものは亡びたわけでございまして、戦後やはり非常に不安定な社会基盤の上に急造されているバラツクのようなものであることは、これは間違いないと思うのでございますが、これが本当に日本人が守つて行く力がなお不十分である場合には、やはり特殊な立法というものも必要じやないだろうか。でありまするから、やはり一定の期限を附すと言うほうが立法の趣旨もはつきりしていいのじやないか、こう私は思います。
#37
○羽仁五郎君 牛島さんにお願いをいたしたいと思いますが、今お聞き下さいましたように、私どもが言論界の先輩として非常に尊敬とておられます馬場先生が、この法律案は言論、新聞の自由を制限するものではなかろうという御意見でありましたが、別にあなたに馬場先生を批評して頂きたいわけではないのでありますが、あなたの御意見と大変違うのでありますが、その点について若し御所見がございましたら伺わして頂きたいと思います。
#38
○公述人(牛島俊作君) 馬場先生は新聞界において私たちの大先輩でございまして非常に平素から御指導頂いております。併し先輩である、後輩であるということと意見とは又別個のものでございますので、教えて頂くことも新聞のことだけではございませんし、意見というものは私たちは自分で考えて絶対に間違いないと確信しておるところを申上げておるわけでございまして、馬場先生と非常に意見が違いましても、それは何ともいたし方ないと思いますし、例えば私たちの会社の中でも、会社の最高首脳部の何人かの人は、時として我々とはまるで意見の違う場合もございます。それは今度の破防法を言うのではございません。いろいろの問題について意見が違う場合もございますが、そういうものじやないかと思うのでございます。
#39
○羽仁五郎君 いや伺いましたのは、その馬場先生とのことでなくて、又政府もそう言われるわけなんです。つまり私の質問の要点は、あなたはこの法律案を誤解しているのじやないかということなんです。若し政府から言わせれば、又馬場先生から言わせれば……。私自身はこの法律案は言論を制限するというふうに見ておりますが、或いは我々は誤解しているのじやないか知らんというふうにも考えて見る必要があるのじやないか。その点でさつき十分にお述べ下すつたのでありますが、その点を考慮にお入れ下さつて、いいえ、決して誤解していないという御意見を御説明下されば非常に有難いと思つております。
#40
○公述人(牛島俊作君) 本日ここへ出席いたします前に、私たちは新聞協会に集まりまして、いろいろ資料を見ましたり、或いは自分でいろいろと人の話を聞きましたり、物を読みましたりいたしました。特に私たちの会社では、先日保利内閣官房長官をお呼びいたしまして、この破防法の問題だけではなしに、広汎に最近の国会において問題になつているいろいろの労働法その他の問題についても御意見を伺つたのであります。そのときも本当のことを申上げますと、新聞のほうでは法律を思い違いして読んでおりはせんか、間違つておりはせんか、よく読んでおるのかということを言われたのでございますが、併し私は法律の専門家ではございませんが、及ぶ限り法案は読んで参つたつもりでおります。
#41
○羽仁五郎君 有難うございました。
#42
○委員長(小野義夫君) 有難うございました。
 それではこれで御発言もなければ、お三方に対する質問は終つたものと認めて異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#43
○委員長(小野義夫君) 異議ないと認めます公述人のかたに申上げますが、本日は誠に有難うございました。厚くお礼を申上げます。
 これで休憩いたします。
   午前十一時二十三分休憩
   ―――――・―――――
   午後一時二十七分開会
#44
○理事(伊藤修君) それでは午前に引続きまして公聴会を再開いたすことにいたします。
 本日は公述人のかたがた公私御多忙のところを御出席を煩わしまして有難う存じます。先ず法政大学総長大内兵衛君の公述をお願いいたします。
#45
○公述人(大内兵衞君) ここに問題となつております破防法につきましては、久しく天下の問題でありまして曾つての治安維持法の戰後版であるということ、従つてその被害者は言論人及び労働者であるということ、そうしてそれの運用は長期のうちには、そうして政府の治安関係の機構が整備すればするほど、ますます多数の人がこの法律に引つかかる危險があるということ、その結果は我が国の言論、結社を非常に不自由にするものであるということ、その半面において政府、政治の性質が独裁的となるという危險があるということ、更にその半面におきまして、言論及び結社がどうしても反抗的、暴力的になる虞れがあるということ、要するにこの立法はデモクラシーそのものの自己否定でありまして、みずから暴力革命を作り出す原動力となる虞れが十分にあるということはすでに十分に論じ盡されておると思います。併しながら折角の御指名でありますから、それらの点について私が最も基本的であると考える疑問の二、三の点を述べることを許して頂きます。
 第一に問題といたしたいのは暴力主義と言論の自由の関係であります。この二つが全く相反するものであるということは申すまでもありません。話がわかるというのが言論の自由でありますならば、話す必要なんかはない、ぶて、殴れというのが暴力主義であります。併しここに不思議なことは、如何にデモクラテイツクな国家でありましても、国家みずからは或る点まで暴力を持つているということ、それを行使するということであります。警察、軍隊と申しますと、その目的はそういう決して暴力ではありませんが、併しそれ自身は無論物理的な暴力であります。そうして不幸にもすべての場合において国家がその警察力、軍隊を使用しないということは決して言えないのであります。例えば先日のメ―デーにおける宮城広場、例えば早稲田大学における学生のなぐりつけ、ああいうものは警察が出動した場合であります。例えば満洲、特に柳條溝における事件、盧溝橋における事件、ああいうものは日本の軍隊が出動した場合であります。こういう場合において反対側、即ち学生又は満洲側、中国側の軍隊のほうから暴力が起つたといたしましても、それは或る点は、すべてではなくても、或る点はどうしても止むを得ないことであり、正当防衛であるというふうに言わなければならないのであります。無論国家としてはこういうような誤まつた暴力の行使をできるだけ避くべきでありまして、それに基く国民の一部との衝突は特に避くべきであります。
 その方法は然らばどうかと申しますと、申すまでもなく、平素からそれらの行動は如何なる條件の下に如何なる場合に行使し得べきかということを十分に国民にも納得させておく必要があると思います。そうしてこれを納得させる方法は言論以外にはないと思います。即ち警官の場合、市民の場合、兵隊の場合、それぞれを別々に十分な訓練をしておくということが必要であります。そうしてその訓練の教育自体の中には無論暴力というものが入つていなければ、その教育もできませんし、その行動の指針も作ることはできないのであります。こういう意味において我々は常に日本の悪い政治の悪い面を指摘することを、特に警察や軍隊のイデオロギーや行動のその間違つた点を指摘するということが必要であります。即ち国家それ自身の暴力に対しては言論のみが正しい道を教えるものであります。然るにこの破防法は一切の内乱の正当性、必要性を主張する文書を書くことは勿論、これを所持しておつても皆処罰されるということになつております。言換えますというと、一切の革命的な、若しくは現在の制度を改革するような言論はこれを罰するということになる危險が相当に大きいのであります。こういうことは全く無茶なことであると思います。誰でも知つております通り、クリストでも、モハメツトでも、孟子でも、いやしくも類の本当の正しい理論を教えたという人は、その教えの中に必ず革命思想を持つておるのであります。そうして革命には止むを得ない場合、万止むを得ない場合は暴力を使つても、それも又止むを得ないということを明らかに書いておるのであります。これは決して彼らが暴力をほめるのではありません。暴力を主張するのでもありません。併し暴力は止むを得ないことがあるというのは、これは人間社会の自然の有様でありまして、誠に残念ではありますが、如来ともしがたいところであります。その限りにおきましては暴力は正当であるという議論も、必ずしも間違つておる、人類の誤まてる思想であるということは言えないと思います。若し一切の社会の進歩、或いはどんな暴力を與えられても国民はすべて黙つていなければならないということは、暴力を以て、或いは権力を以て絶対的に強いられますならば、人間は恐らくは絶対的な無抵抗主義に陥るしかないのであります。それは人間自身の否定であろうと思います。こういう意味において如何なる言論に対しても、たとえ政府は内乱の正当性をそのうちに含んでおるというような、或いはそういう危險な文書でありましても、それがいやしくも思想である限りにおいては、そうして思想として暴力それ自体を主張しておりましても、そのこと自体、その思想を持つた文書自体を人に頒布したりすることを絶対に禁ずるということは頗る危險であります。特にそれを書いた人を刑罰に処するというようなことは国家の非常に慎重にやらなければならんことであつて、つまりそれを広く許すということは、現在国家の現存権力を独裁に導くものであると考えます。
 第二は、政治上の主義は主義として、議論として争うべきものであるということでありまして、特定の犯罪を直ちにその主義に由来するごどく強いる、若しくはそういう事実を簡單に作り上げることは危險あります。申すまでもなく人間は政治的動物ではありますが、併し又人間は経済的にも文化的にも動物であります。それよりも何よりも生活をせねばならん動物であります。彼らが、人間がいろいろの犯罪を犯し、汽車を壊し、電車を壊し、或いは強盗をする、或いは放火をするというような、そういう恐るべき罪悪をすることの動機如何と申しますならば、今言つたような人間それ自身の存在の事情によりまして極めて複雑であります。それより、そういう犯罪を犯した者があつたために、それを他の原因に求めずして、それを政治上の動機にのみ帰着せしめるということ、そしてその政治上の動機に基いたという理由を以てそれを特に重く罰するというようなことは、恐らくは人間の判断力以外、判断力を超越する実に危險な裁判の方法であろうと思います。即ちそれは思想のために罪をつ作るということになるであろうかと思います。例えば労働者がストライキをしたときに、群衆心理の上で止むを得ず電車の焼打ちをするということは好ましいことでは勿論ありませんが、起り得ることであります。そのことを罰するのは無論よろしい、大いに罰しなければなりません。併しながら不幸にしてその男が共産党のパンフレツトをポケツトに入れていたといたします。この場合、この労働者が反対の事実を証明し得なかつたならば、彼はこの破防法によつて普通のそういう犯罪人よりは重く処罰せられる危險が十分にあります。そうして若し彼が一旦処罰を受けたとなりますと、共産党とは全く関係のない、併しそのストライキを計画した労働組合の幹部は勿論のこと、組合の会議においてストライキを主張する演説をした人はこの法律の第三條第三項、ヌに該当するのでないかと私は恐れるものであります。要するにこれは共産主義者は何をしても、例えば子供を生んでも、例えば御飯を食べても、それは共産党のためにするものであるという誤まつた前提、その前提を法律的に正当化する法律のように思えるのであります。それに似た危險を持つておると思います。勿論私の右のような解釈に対しましては、政府は決してそんな濫用はしないと答えるであろうと思います。併しすべての政府及びその與党というのは、反対党の勢力が小さいほうを希望するのであります。そうしてこの希望を実現するためには、国民が例えば共産党の暴力主義を危險視するという感情がある場合にはそれを利用する。政府反対の言論をなす者をあれは共産党だ、あれは共産主義者だと言うのであります。そういう手が一番よい方法であります。現に今から百年前にすでに共産党宣言は次のごとく述べておるのであります。政府の反対党にして、政府党から共産主義者と罵しられなかつたものがどこにあるか。政府の反対党に対して、自分より少しでも進歩的な反対党に対して、又はより反動的な政敵に対して共産主義の烙印を押付け、悪口を投げなかつたものはどこにあるかと、こういうふうに言つておるのであります。これは世界どこでも、政治をするものは悪口を言う場合には、国民の秩序破壊に対する反対感情を利用するというのが一番普通の政治の途であるということであります。諸君は昭和六年から昭和十四、五年におきまして、日本の進歩的な自由主義批評家がすべて共産主義者として治安維持法に引つかけられたという事実を御承知であります。又昭和十七、八年から二十年にかけて、すべて平和工作に熱心であつた天皇様の側近者その他の人々が、あれは共産主義者であるとして憲兵に引張られたという事実をも御承知であろうと思います。この破防法は治安維持法よりも規定は面倒でありまして、随分巧みにできております。併しそれだけより多くこれが濫用される危險は多いものと考えなければならんのであります。
 第三に、この法律は内乱、騒擾その他の団体行動を鎮圧するという政治的目的を持つておることは申すまでもありません。それを端的に申しますというと、共産党彈圧法であると言つていいと思います。私は日本の共産党には賛成でありません。特にその暴力革命の主義には絶対に反対であります。併し日本の政府の今の共産党対策は間違つたところがないかどうか。殊に進駐軍のそれが大いなる間違いでなかつたかどうかにつきましては、国民として大いに考えるべき余地があると思います。と申しますのは、共産党を大いに非合法化したということ、彼らを地下に追込んだということ、そのことが果して正しい政策であつたかどうかということはAT我々の真剣に考えなければならん問題であります。戦後の共産党政策、対策なるものを見まするいうと、共産党自身のほうの政策を見まするというと、彼らは最初は愛せられる共産党たらんとしたのであります。次はブルジヨア進歩主義者と共に日本を担当しようとしたのであります。そうして今はどうかと申しますと、一面においてはその暴力主義を強化したかのごとくに見えるのであります。この三つの変化を考えて見まするというと、これはまさしく進駐軍の政策の反映であるということがわかります。その丁度反対であるということがわかるのであります。そもそも共産主義が本来暴力主義であるというようなことは断じて嘘であります。共産党の政策はロシアの政策でありましても相手次第、或いは協力主義となり、或いは平和主義とるものであります。その点で私は世界に非常に誤解があると思いますが、併しアメリカほどそれを誤解している国はないと思うのであります。アメリカは一概に共産党を暴力主義と規定しているように思いますが、これは多分独占資本主義又は金持の行過ぎの心配病であろうかと思います。併しこの心配が暴力を、或いは実力を伴つたときには頗る危險な結果を生ずるものであります。私はこの今の破防法の基礎にそういうようなアメリカとは同じじやなくても、似たような日本の恐怖心というものが動いているのではないかと思うのであります。即ちそれが余りにも共産党を恐怖して、而もその恐怖する余り自分が、政府のほうが実力を以てこれを彈圧すればそれが治まるというふうに考えているのではないかと思います。若しそうでありますならば、それは非常に危險な政策であると思います。今や若し日本で事が起りますと、その鎮在に出動するものは日本の警察隊だけではありますまい、日本は絶対にそういう不祥事が起らないように注意せねばなりません。それはどうしたならばよいかというと、日本の警察力、司法力の発動を権力的ではなく、実力的ではなく、最も合理的公明正大なものとするという以外にはないと思います。即ち日本の政府は自分の政策に対する批評に対して飽くまで寛容でなければならんと思います。国民の納得するような議論を盡させるということが政治の要諦でなければならんと思います。然るにこの法案は、この日本の大切な転換期において政府みずから、みずからが強い権力の上に立とうとしている、そういう虞れが十分あります。国民はその点に疑いを持つているのでありまして、国民はその点を過去の経験に照して深く憂えているのであります。私の考えでは、日本が本当にデモクラシーの国となりたいというならば、もう一度共産党にもう少しの自由を與えてやるという寛大な試みをしてはどうかと思うのであります。彼らの言うことをもう少し聞いてやつて、そうしたならば或いは彼らの暴力主義がもつと清算されるのではないか、そう思うのであります。これはちよつと考えると危險な政策でありますが、このところを踏み切るということが日本の将来にとつて極めて重要なことであろうと思うであります。私は日本の共産党をロシアの共産党の一派とすることを非常に虞れるものであります。日本の共産党員といえども日本人でありますから、本当に言論を盡させるならば、たとえ共産主義を維持いたしましても、もう少し柔らかな愛せられる共産党となり得ないというふうには考えないのであります。今それをなすべき時期であると私は思うのでありまして、それとまさに反対の用のがこの破防法ではないかということをひそかに憂うるものであります。私はこれ以上細目に亘ることをいたしません。
 そこで私の申上げたことをもう一度申しますと、第一には、この法律は社会制度の進歩に対するデモクラシーによつて社会の進歩と変化と改革とが行れるようにするか、或いは長い将来に亘つて常に繰返して暴力主義の革命を喚起すかということの転換点に立つていると思います。そういう意味においてもう少し慎重にこの破防法を研究するという機会が国民に與えらるるべきでないかと思うのであります。それが第一点。第二点は、言論に対する罰則というものを目的にかける、一定の政治目的にかけるということは極めて危險であります。或いはもつと突進んで言えば、一定の政治目的を持つた現在の国家では、不当なる目的であると思われる、破壊的な目的であると思われる言論であつても、それが言論であり、紙に書れたものであり、口に述べられるものであり、そうして直ちに実行でないものであるならば、たとえ実行を内容とするものでありましても、そういうものとして別に処罰すべき、別に取締るべきものでないと思うのであります。即ち本法律の第三條、第四條における言論に関する規定は不当であり、不当なる言論圧迫である、そういうふうに考えるのであります。それは若し必要ありとするならば、全く別個の法律として、言論取締法として規定すべきものであり、その場合特に目的意識についてかれこれ言うことは危險であると思うのであります。第三には、普通の刑法の犯罪、それと特に或る政党、或いは政党主義的目的等を絡ませて処罰するということは無用のことであり、非常な危險を伴うものであると考えるものであります。第四に、現在の刑法における内乱、騒擾の規定は恐らくは時代遅れでありましよう。それは現在の大きな政党主義を、団体主義を基礎とする社会においてはいろいろ改正すべきものであると思います。そうしてその改正の内容が、将来の日本が平和的に進むか、或いは動乱を重ねて進むかの分れ点であろうと思います。それらの点につきましては、この法律が他のいろいろの規定と混淆することによつて非常に奇妙なことになる危險があると思うのでありまして、一層慎重な御研究をお願いすべきであると考えるものであります。
#46
○理事(伊藤修君) この際大内先生に各自五分以内で御質疑をお願いいたします。
#47
○吉田法晴君 私失礼をして前のほうを少し聞き漏らしたのですけれども、最後に行つて要約せられましたところによりますと、第二点として、言論に対する取締法規はこの法律では不当だと、ところが別に考えるべきだというお話になりますと、言論を取締るということになると、別の法規でも民主主義の基本原則を制限する点においては同じじやないか、こういう議論が起つて来るわけですが、もう少し具体的にお示しを願いたいと思います。
#48
○公述人(大内兵衞君) お答えいたします。言論に関する罰則或いは行政規定について絶対的な自由を主張する人がありますが、私はそれは総体的に成るべく広いほうがいいというだけにとどまりまして、絶対的なことは国家の存立上不適当であると思うのであります。併し反対に言論はできるだけ自由にしなければならんと思うのでありまして、多少危險なことでも、或いは相当目的においては危險なことでも、社会が平穏であるような場合はそれを大いに論じさせるがいいと思うのであります。併し又現実に或る危險が起りつつあるときに、奇妙な宣伝のようなことがあつて、警察目的のためにそれを禁止するのが適当と思うようなときは、その人を罰せずして、言論そのものを処罰するいろいろな方法があろうと思います。例えば差押え、例えば禁止、例えば反対論を盛んにする方法を講ずる等、或いは特定の場合に特定の人にはそれを頒布することを禁ずる等、そういうものでありまして、そういうものについて現在の規定が十分であるかどうかということを詳しくは論じ得ませんですが、全くこれを自由にするというのではなくして、適当な方法があろうと思うのでありますが、そのために重く人を罰するというようなことはしなくていいという考えであります。
#49
○吉田法晴君 それから、その点はまあ議論はやめまして、四点の内乱、騒擾等の規定が時代遅れに或いはなつておるかも知れんから云々というお話は、刑罰法規、今の刑法なら刑法について考えるべきじやないか、こういう御議論であつたと……。
#50
○公述人(大内兵衞君) そうであります。刑法の内乱罪、騒擾罪その他については時代遅れではないかという考え、従つて刑法を変えるか、若しくは別にいたしましても刑法的見地において変えるべきである。
#51
○吉田法晴君 それからそれに関連しましてですが、要約せられます前にお話になりました国際的な考え方或いは政治的態度の関連性でありますが、国際的な、或いはアメリカからソ連その他に対します考え方が、この法律案の中にもその精神が入つておるのでないか、こういう御議論であつたかと思うのでありますが、私どもも法案のできます最初のいきさつと申しますか、団体等規正令から或いは破壊活動防止法案の最初の原案ができて来たのじやないか、こういう感じがしておるのでありますが、その結果が国際的にも米ソ並立し得るかどうか、或いはこれは武力的な態度で片付けなければ片付かないかどうか、こういう問題と、それから国内的にも共産主義に対しす問題が、或いは民主主義的に併存ということも言い得るかも知れんと思いますが、これは繋がりがあると、こういう感じがいたすのでありますが、そういう意味の御趣旨でございましたでございましようか。その辺もう少し承わりたいと思います。
#52
○公述人(大内兵衞君) 大体そういう含みであります。今の米ソ対立における考えにつきましても、必ず強権的に力を強めるということのみに考えるのは国内的にも非常に危險でないかという考えであります。
#53
○羽仁五郎君 大内先生に二点伺いたと思いますが、今お述べ下すつたことで大体その点についての御意見を伺うことができると思うのでありますが、一つは破壊暴力的活動というものの原因には、お述べになりました中にも、生活しなければならないという問題があるのですが、国民が生活するために十分の措置をして、而も破壊活動が起る場合にはそれは取締らなければならないというように政府から説明を我々はしばしば聞いておるのでありますが、先生が学者として御覧になつて、現在の政府、現在の政府與党の政策において今日行なつている以上の国民生活保障ということが学問上可能であろうというふうに御覧になつていますか、これ以上は無理かも知れないというふうに御覧になつていますか。その点が第一。第二は、特に先生が現在法政大学の最高責任者としておられまして、この法律案がこのまま通過して行く場合には、大学教育というようなものに特にどういう影響があるというふうにお考えになつておられますか。その点について先ほどの御説明をいま少し詳細にして頂ければ有難いと思います。
#54
○公述人(大内兵衞君) 第一の点につきましては、やはり日本を合理的に、平和的に進めさせるのには、国民の生活程度を上げるということが非常に必要であると思うのみならず、それはほかの費用を節約いたしますならば、そうして主力をその点に注ぎますならば、日本の今の経済力を以てしても十分にまだ生活水準を上げることが可能であると考えております。それで破壊思想なるものが一般に大きくなるのは、やはり大体においては生活問題の困難さに比例いたしますので、それらの点につきましては、今の点をよくするということのほうが権力を強めるということよりは有利であろうという考えであります。それから第二の点は、日本の言論界は、先日の学術会議におきましても、この法律が非常に危險である、それに対して学者は大いに憂慮するということを非常な多数を以て可決いたしました。これは日本の大学の上のほうの年のいつた教授を主体とするものでありますから、大体そういうことが日本の学者全体の意思であろうかと私は想像いたします。
#55
○理事(伊藤修君) どうも有難うございました。
 次に日本弁護士連合会代表といたしまして、島田武夫君。
#56
○公述人(島田武夫君) 日本弁護士連合会人権擁護委員会は、三月二十八日に暴力主義的破壊活動防止法案の立法に反対する決議を行いました。反対の理由はいろいろありました。かような法律は必要がないという説もありましたし、又立法は必要であるが法案自もありましたし、その他あまたの反対意見があつたのであります。併し結論におきましては濫用される虞れがあるからこの立法には反対するということに一致いたしたのであります。そこでこの一々の説をここで御紹介するのは煩に堪えないのでありまして、大体この線に沿いまして私個人の意見を申述べたいと考えておるので、さよう御了承を賜わりたいのであります。
 最近破壊的な暴力行為、脅迫行為が各所に頻発し、更に裁判所に対してさえ暴力の矛を向ける不安極まりなき情勢がかもし出されていることは御存じの通りであります。これを取締るということにつきましては、我々は何ら異存がないのであります。併し我々は現在我が国におけるいわゆる「暴力主義的破壊活動」なるものが革命を目的とする一定の組織の下に構成されておるのであるかどうかということについては多く知らないのであります。暴力的な団体には労働者の団体があり、又朝鮮人の団体があり、学生の団体があり、出版印刷の団体もあると思うのでありますが、これらの不穏団体がどんな綱領、目的の下にどんな組織で結合し、どんな方法で破壊活動を企てようとしておるのか、具体的な事実について我々は甚だ知識が乏しいのであります。我々の知つていることは、その時時の新聞の報道によつて個々の暴力的活動を知る程度で、その間の脈絡や或いは組織や目標等について正確な事実は知つていないのであります。若し暴力的破壊活動の目標や組織が明らかになれば、それに対する対抗の手段も考えられるでありましようが、それがわからないために対抗策についてあまり多く考える余地がないのであります。今回問題になつている破壊活動防止法案は、右のような暴力的破壊活動に対する一つの方法として立案されたものでありますが、果してこのような罰則や処分を以てせねばならないのであるかどうか。破壊活動の実情がわからねば、法案に対する具体的な批判ができないと思うのであります。今まで政府側からなされた破壊活動防止法案の概要や、破壊活動防止法案に対する説明は、抽象的な説明であつて、具体的な説明ではないと思つております。議会の皆さん方は或いは具体的に御存じかもしれませんが、一般の国民はその具体的なるものを知らない者が多いと思うのであります。巡査がおびき出されて暴行を受けたとか或いは殺されたとか或いは火炎びんが税務署に投げられたという事実は頻々と報道されますが、それが果して一定の思想団体の首脳部と如何なる関係があるかということについては、未だ曾て詳しく報道されたものを見ないのであります。この程度で破壊活動防止法案の必要性とその限度を決することはむづかしい。我我にとりましてはむづかしいのであります。政府はすべからく暴力的破壊活動の白書を発表して、若しこの法案を通そうとするならば、
   〔理事伊藤修君退席、委員長着席〕
かくかくの危險の状態にあるということを広く知らしめる必要があるのではないかと思うのであります。
 そこで破壊活動防止法案と題する法案について、これ以上具体的な問題について触れませんで、主として法律的、司法的な立場から見た私の意見を申上げたいと思うのであります。法案全体を一瞥したところによりますと、体に欠点が多いから反対するという説その内容は大体刑法的な條文と行政処分的なものとに分れるということであります。この行政的な部分、即ち公安調査庁や公安審査委員会に関する規定は、往時の治安維持法時代の特高警察を想起せしめるものでありまして、国民に陰惨な感情を考えるようであります。ややもすると、人権蹂躙を公認する法律になるのではないかということが危惧されるのであります。できるなればこの種の行政処分は検察庁に與えて、検察庁は公安検事をきめて、公安検事をしてこの種の行政処分を行わしめては如何であろうかと思うであります。そうしてこの行政処分に異議がある時には、直ちに裁判所に対して異議の申立てができるようにしておけば、この法案の要求を賄い得るのではないかと考えるのであります。現在地方警察と国家警察とが対立してしばしば問題になつているということであります。そのほかに公安調査庁、公安審査委員会というものを設ける時には、検察庁及び裁判所を加えて破壊活動防止のために五つの機関が関與することになり、機構が極めて複雑で、果して迅速に円滑にその運用ができるか否か甚だ疑問であると思うのであります。これを單純にして強力な機関に取締りを委ねるということにするほうが適切であると考えるものであります。
 次に刑事的な規定でありますが、この法案の目的とするところは暴力主義的破壊活動を防止するというのでありますが、そのいわゆる暴力主義的破壊活動の意味が明らかでありません。このことは本法案のために誠に惜しむべきことと思うのであります。この法案は暴力主義的破壊活動の意義を第三條に掲げております。それによると第一は刑法、内乱罪の行為及びその教唆、従犯、扇動、第二は政治活動をするため騒擾、放火、殺人、強盗等の行為及び予備、陰謀、教唆、扇動であるとしております。ところがこの表現方法では、暴力主義的破壊活動の意味が十分には汲み取れないのであります。第一に内乱罪でありますが、内乱罪の定義は旧憲法におきましては国家の政治的基本組織を破壊することで、例えば政府を顛覆し又は邦土を僣窃するということであると一般に説明されて、これが通説になつております。新憲法の下におきましても内乱が国家の政治的基本組織を破壊することであるというこの根本観念は変らないと思うのであります。併し新憲法の下における国家の政治的基本組織は、旧憲法の下におけるそれとは変つて来たのであります。新憲法の下において何をその基本組織とするかは必ずしも今日のところ明かでないのであります。新憲法の下において、例えば第一、天皇制を否定することは朝憲紊乱の目的になるかどうか。これはまだ判例に明らかにされておらんのであります。これも両論が対立することと思うのでありますが、とにかく明らかでない。第二に、再軍備を主張する人を今日相当我々は見受けるのであります。再軍備を主張して暴動を起したときには内乱であるかどうか、新憲法は戦争放棄、永久平和を国家の基本組織の一つとしておるのであつて、最も誇るべき国家組織の特徴としておるのであります。従つてこれを否定することは朝憲紊乱になるように思えるのであります。このことについても又判例を何にもないのであります。ただ疑問として私は考えておるのであります。又第三に、刑法七十七條は政府の転覆を朝憲紊乱の一例としておりますが、との点について旧憲法時代の判例によりますと、内閣総理大臣初めあまたの閣僚を暗殺しましてもこれは内乱罪ではない。つまり閣僚を殺す場合には承継内閣ができますが、内閣制度そのものを破壊するのでなければ朝憲紊乱といのではない、かように判例が説明いたしておるのであります。このことが新憲法の下においても依然承継されるか否か、これも一つの疑問であります。国会制度を否認するのは朝憲紊乱でありましよう。裁判所を否認するのはどうか。最近裁判所に対して暴力的な不穏行動を行う者が増加しておりますが、これを朝憲紊乱と見れば内乱罪となる。そうでなければ騒擾罪になりますが、その判断もなかなかむずかしいことと思うのであります。旧憲法の天皇主権が新憲法の国民主権に代り、国家組織の大綱も異なつて来たのであるから、朝憲の意味内容も自然変化して来たことは言うまでもないのであります。然るに新憲法下においてはまだ内乱罪というものが起つておらず新らしい判例も出ていないのであります。かような次第で本法案が破壊活動の内容として内乱罪を挙げただけでは破壊活動の意義が判然しないのであります。それは内乱罪そのものの内容が今日の状態では未確定であるからであります。朝憲紊乱という言葉は感じといたしましては簡略で語意に蘊蓄があるいい言葉でありますが、その内容を正確に表わす言葉とは受けとれないのであります。その解釈は結局裁判例を待たねばならないのでありますが、その判例がまだないのであります。朝憲紊乱をどんなふうに解釈するかによつて、教唆、扇動、嵜助、その意味がおのずから異なつて来ることは言うを待たないのであります。
 第二にこの法案第三條第二号に破壊活動の内容として「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため」行うあまたの刑法的犯罪を挙げておりますが、その未遂罪を挙げていないのはどういうわけであるか、ちよつと合点がいかないのであります。又その中に傷害罪、逮捕監禁罪或いは住居侵入罪というようなものが、相当重要な犯罪と思うのでありますが、これも掲げていない。これはまあ末節なこととして暫くおき、法案の言うところの「政治上の主義若しくは施策」というのはどういうことを意味するのであるか、その意味がよくわからんのであります。「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する」というのは一種の政治活動であろうと思うのであります。最高裁判所は公職追放令違反事件の判決として、政治上の活動について昭和二十四年に判決をしたことがあります。この二十四年の判決が日本で政治活動についてなされた最初の判決であります。これによりますと「政治上の活動とは原則として政府、地方公共団体、政党、その他の政治団体又は公職にある者の政治上の主義、綱領、施策又は活動の企図決定に参與し、これを推進し、支持し、若しくはこれに反対し、或いは公職の候補者を推薦し、支持し、若しくはこれに反対し、或いは日本国と諸外国との関係に関し論議すること等によつて現実の政治に影響を與えると認められるような行動をすることを言うと解するを相当とする」と、かように判決しておるのであります。この法案の「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する」というのは政治上の活動を言うのであるか、若し、そうであればこれは今述べた最高裁判所の判例と同趣旨に解すべきものであろうかどうか。同じ趣旨とすれば、例えば市町村会議員の選挙のときに、選挙のことで喧嘩をして相手を殺したり、怪我をさせたというときには本法で罰せられることになるであろうか。法律規定に使用される文句というものはその法律の立法目的からおのずから特異の意味を持つのでありますから、破防法における政治上の活動は追放令の政治上の活動とはおのずから異なつた解釈が生れるものと思いますが、その解釈がわからないのであります。従つてその予備、陰謀、教唆、扇動の解釈が判然しないということに相成るのであります。
 第三條の一項ロは内乱の予備、陰謀の教唆、扇動、幇助を取締つております。併し予備の教唆は予備行為とみられますし、陰謀の教唆は陰謀と見られるのではなかろうかと思うのであります。扇動と教唆、幇助の区別は判然しないのであります。このロの狙いはその後段に書いてあるところの文書の印刷、頒布、所持を取締るために書かれておると思うのであります。併しかように広汎に亘つて教唆、扇動、幇助を取締るときには、例えば大学その他学校で歴史や経済の講義をし、新聞や雑誌に政治的な論評を書くときにも本條に触れるものとして検挙される危險がないであろうか、このことは同條第二号の予備、陰謀、教唆、扇動についても同様であります。ここにある扇動という文字は御存じのように刑法上にはその文字がない。その意味があいまいであります。第一に相手かたに犯意がある場合、相手かたに犯意のない場合、行為者の側に相手かたに犯意を生ぜしめる意思のある場合、ない場合が考えられるのであります。その限界を明確にしておく必要があると思うのであります。
 第三條の一項二号のヌは「イからリまでに規定する行為の一の予備、陰謀、教唆又はせん動をなすこと」を取締つておりますが、これに奇異に関するのはイからリまでの行為の未遂を取締つていないことであります。予備や陰謀まで罰するのなら未遂は不問に付するということはどういうわけであるか。私のちよつと見たところでは書いてないよう見えたのであります。
 最後に第三條の第二項には『この法律で「団体」とは、特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体をいう。』とありますが、これによると会社、組合、学会、医師会、弁護士会、その他いわゆる二人以上の共同体は悉く破防法の「団体」であるということになり、かように広汎にわたる団体を取締る必要があるのであろうか。或る特殊の団体だけを取締るだけで事足りるのではなかろうかと思われるのであります。で今まで述べて来ましたように、暴力主義的破壊活動の意義は不明瞭なもので、これを曲解したり、或いは擴張解釈される虞れが十分にあるのであります。そうして法律上は非常にむずかしい概念であります。これを調査するのはだれがやるかというと、第一に公安調査庁の調査官がやることになつております。このむずかしい法律問題を調査官は判断できるであろうか。これは非常に私疑問に思うのであります。かような問題は先ず最高裁判所が判決で以つてその意義を明らかにしなければ本当は法律的な意義が明瞭にならんのであります。それを調査庁の調査官がこれを自分の考えで検挙する、或いは取締りに乗り出すということは甚だ危險に感ずるのであります。調査庁の調査官の判断と審査委員会の意見が食い違つた場合にはどうするのであるか、又審査委員会の判断と検察庁の意見が食い違つたときにはどうするのであるか、検察庁の意見と裁判所の意見が食い違つたときにはどうするのであるか、こういうふうに考えて来ますると、この法律が仮に成立いたしましても、その運用は甚だむずかしいものがあると思うのであります。私は現今の社会情勢に鑑みて暴力的な破壊活動を取締ろうとする政府の意のあるところは認めるのでありますが、併し今回国会に提出されている、いわゆる破防法案は暴力主義的破壊活動の意義が漠然として捕捉しがたく、この法案が成立してもこれを運用する場合にはあまたの疑義が生じ、その運用には極めて困難であることが予想されるのであります。で、この法案に規定する犯罪行為は目的犯で思想犯であります。即ち一定の行為を取締るというよりも、一定の思想を表現する行為を取締るという趣旨であると思うのであります。この思想がどんな思想であるかを法文の上で明らかにしておけば、取締りの範囲が限定されて一般人に危惧の念を起さないで済むと思うのであります。然るに本法案は真にどんな思想を取締るのであるか明らかにしていないために、徒らに国民に恐怖心を注ぐ結果になつているように思われます。どんな目的でどんな行為をするのが破壊活動であると、こういうふうに破壊活動の意義を簡單率直に條文の上に表わすべきだと思うのであります。すべて目的罪というのは一定の目的が極めて判然と規定されておるのであります。御存じの通りに、行使の目的で通貨又は文書を偽造するとか、或いは刑事又は懲戒処分を受けしめるために百謹告をするとか、その目的の範囲が極めてはつきりしておることが書いてある。ところがこの破防法に至りましてはその目的がはつきりしておらんのであります。で以上のようにごの法案では暴力主義的破壊活動の意義が明確でないのに、第四條、第六條によると、暴力主義的破壊活動を行なつた団体に対して団体活動の禁止又は解散を命ずることになつておりますが、暴力主義的破壊活動の意義が判然していないためにこれを如何ようにも解釈され、擴張解釈され、曲解される虞れが十分にあると思うのであります。かような次第で本法案は時勢の要求であつて公安を維持するために必要であるとするならば、暴力主義的破壊活動の意義を明らかにし、これを曲解、擴張解釈される余地がないように立法せねばならんと、かように考えておるものでございます。卑見を申述べて御清聴を煩わしました。
#57
○吉田法晴君 大変法理的な公述を頂いて有難いのでありますが、お述べ頂きました「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対し。」というこの「政治上」の問題でありますが、委員会において質疑をして参りました際に説明書にはございません、この内容と申しますな政府の考えを特審局のほうで述べてくれたのであります。それをあとで資料でもらいたいと言つたところが、政治資金規正法の逐條解説の中の文句を私の、手許にくれたのであります。今公述を頂いております中に、追放令の解釈を、こういう別の目的を持つた法律の場合に追放令の場合の概念をそのまま持つて来ることは危險じやないか、こういうお話でありました。規正法の中におきましても、政治資金規正法のできましたその目的その他から考えますと、その目的をそのまま持つて来るということはやはり危險があるのじやないか、こういう感じがいたします。内容を読上げることが困難でありますけれども、一応政府のほうではそういう説明をしておるが、これについてどういう工合にお考えになりますかということを一つ。それからもう一つその中に政治上の主義として「資本主義、社会主義、共産主義、議会主義、独裁主義、無政府主義、国際主義、民族自決主義というように、政治によつて実現しようとする比較的に基本的、恒常的、一般的な原則」、これが政治上の主義というのであります。それから施策、云々というのには「炭鉱の国家管理、物価体系の改訂、軍事公債の利拂停止、農地の再分配、金本位の停止、平貨切下げというように、政治によつて実現しようとする比較的に具体的、臨機的、特殊な方策」、これは施策ということになると、こういう説明なんであります。そうすると前の共産主義或いは独裁主義云々ということになるとそれじや朝憲紊乱ということとこれはどういう工合に違うのか、こういう疑問が起つて参るのであります。これらの点について御意見を承わることができれば大変結構だと思います。
#58
○公述人(島田武夫君) この法律の用語でありますが、政治活動ということ、或いはほかの言葉でも同じでありますが、これは朝憲紊乱にしろ、或いは政治活動にせよ、これは各人各様の定義は下し得るのでありまして、弁護士の立場とすれば被告人の利益のような定義を下す検察官のほうは又それが被告人に不利になるような定義を下す。恐らく調査庁のかたは検察官と同じように被告人に不利な定義を下されるのではないかと思うのでありますが、結局のところこれは裁判所の判断に待たねばならんのでありまして、議会で政治活動の意義を政府のほうで説明されたといたしましても、これが不動の解釈というわけにも参らんと思うのであります。そうするといつまでもこう疑ぐつてかかるということになりますが、議会において如何に懇切丁寧に政府のほうで説明されても、裁判所はそれには拘束を受けないのでありますから、結局のところ裁判所が先ず判決を下して、而うして後に意義が確定すると私は考える。ところが破防法においては裁判所に行く前に調査庁或いは審査委員会のほうでその意義をきめてかかる。そうしますと後になつて裁判所がこの審査委員会の決定を取消したという場合にはどうなるかですね。その人は非常な不利益を受けるということになるだろうと思うのです。これが逆に行くなら非常にいいのですが、本筋でない。ですから私は只今質問になりました事柄、定義もあながちそれが不当だと申上げる勇気がないのであります。併しそれかというてそれが不当なものである、こういうことは申上げることはできないのであります。これは何ぴともこれはできないものと考えますそれから次は何ですか。
#59
○吉田法晴君 朝憲紊乱とか、共産主義とか、独裁主義とかといつたものは重複する面がありはせんかというのです。
#60
○公述人(島田武夫君) 朝憲紊乱ということは国家組織の機構を否認する、攻撃するというのでありますから、それは要するに憲法によつてきまることであつて、憲法に規定する国家組織を破壊するという目的であれば朝憲紊乱、大体抽象的にはそうなります。然らば裁判所を否定すればどうとか、て会を否定すればどうとか、天皇制を否定すればどうとか、軍備を主張するのはどうか、こういうことになりますと、それはなるようにもあるし、ならんようにもあるし、どうもこれは、結局これも裁判所で判決によつてきめるよりほかに途はないと思います。如何に政府委員のかたが説明されてもこれはただ一個人の意見にすぎないのであつて、裁判所の判決に対してはこれは無力であります。こういうわけで私はこれは不明瞭だと申上げたわけであります。
#61
○吉田法晴君 その点をお尋ねしておるのじやなくて、実は朝憲紊乱というなかにお挙げになつた項目が一応考えられる。そうすると政治上の主義という中に政府が説明しておるなかに、資本主義、社会主義、共産主義、或い議会主義、独裁主義、無政府主義、国際主義、民族自決主義、こういうものが入ると、こう考えるなら、例えばこの主義のなかには国の基本組織に関連する考え方が入つております。例えば国家の組織、国家のあり方については云々という考え方が入つておると思います。そうするとこれは論理的に裁判できまる云々という問題でなくして、論理として、朝憲紊乱というものと政府の言う主義のなかには重なつて来るものが出て来るのではないかということが論理上考えられるが、それに関連して一応御意見を承わりたいと思います。
#62
○公述人(島田武夫君) これは御質問の趣旨御尤もでありまするが、資本主義とか、或いは共産主義とか、民主主義とか、そういつた主義を主張するというだけではこれは国家組織には直接に何も関係はないと思われるのですがね。これを現実に国家組織に結びつけて議会制度を否認するということにまで行けば朝憲紊乱でありましようが、そうでなしに主義、主張、この主義を通すためにやつた主義の実現の結果は、或いは国家が破滅する、否定されるということになるかも知れませんが、ただ主義としてそれを主張するというだけでは必ずしもそれは朝憲紊乱でないじやないかと、こう思うのですが。
#63
○吉田法晴君 勿論三條の一号には内乱ということで朝憲紊乱とか、それを目的とする暴動とか、こういうことがあります。それから二号のほうでは「政治上の主義、施策を推進し、」云々ということで、例えば政府の言うようなものが政治上の主義だとしますならば、主義に基いた実際の行動は騒擾罪だ、そうすると騒擾罪、内乱と、こういうことがありますが、その点はこれはあとから判断する場合に、それが騒擾であるか、内乱であるか、それは目的にかかつて来ると思いますが、そうするとその目的が政府の説明でははつきりしないのではないか。ただ朝憲紊乱ということ政治上の主義ということとはどれだけ違うかという問題が起つて来るのではないか、その辺について御意見を承わるのです。
#64
○公述人(島田武夫君) 例えば共産主義を実現して独裁政治を布こう、こういう目的で現在の政府、国家の組織を否認する、攻撃するというのでありましたら、これは明らかに朝憲紊乱であろうと思うのですが、そうでなしに、ただ現実の国家制度に関係のない主義、主張だけで、そうして騒擾、暴動を起した、或いは放火をやつたというのであれば、大体二号のほうへ入ると思いますが、併しながらその区別というものは非常に微妙でありまして、これはちよつと具体的の問題についてでないとお答えができんし、又実際問題が起つた場合に、これは一号か、二号かということについては相当の疑問の余地があることで、非常に争いになるところだと考えるのであります。
#65
○吉田法晴君 それからもう一つお伺いいたします。そうすると先ほど例えば再軍備問題、その他新憲法による基本的組織という点が判例にもない。或いはそういう事実もなかつたし、はつきりしておらん、こういう趣旨はわかるのでありますが、或いは新憲法の下で何が基本的組織であるかということもこれもはつきりしない、はつきりしないという点を承われば、それより以上の質問は困難になるわけでありますけれども、事実天皇制の問題のごときも多少委員会で政府側と或いは天皇制という問題は新憲法の下にないじやないか、こういう議論もいたしました。再軍備問題、或いは平和主義と申しますか、そういう点も問題になることと思うのであります。それから或いは国民の基本的人権に関連いたします第三章なら第三章、或いは裁判に関連いたしまして行政裁判なら行政裁判についても裁判所にやらせるという建前、こういうものも或いは基本的組織としては論理的には考え得るのじやないか、こういう問題が起ると思うのでありますが、まだたくさんあるかも知れませんけれども、大体まあその辺は疑問として御提出になつたという程度でございますか。
#66
○公述人(島田武夫君) そうです。私は疑問として申上げました。
#67
○羽仁五郎君 御意見の結論は、そういうふうな事件が起り、そうしてそれによつて判例が生じた、然る後に成文法というものが立派にできるのであつて、明治時代以来日本ではそういう事実、或いはそうした判例というものもなしに盛んに成文法をいきなりこしらえて、それでその世の中を治めて行こうという考え方がここにも現われている。もう少しいろいろな事実が起つて来るのを……こういう事実が起るのはなかなか大変でしようけれども、それでもじつとして待つておつて、そしてそれによつて判例が確立し、然る後に成文法を作れ、こういう御意見なんでしようか。
#68
○公述人(島田武夫君) 順序から言いますと、法律がなければ判決ができないわけでありますが、大体立法をする場合には、多くの場合には慣習とか、或いは條理とかいうものが一般に存在しておつて、それを成文法化するというのが、これは立法の建前ではないかと思うのであります。それでこの破壊活動防止法案、これは一部には破壊活動を国民がいやがり、不安に感じ、取締りになることは一般に認めておるかとも思うのですが、これをどういうふうに処罰するかということについては先例も何もないけれども、出し抜けにここに持つて来て作るということは、これはちよつと現実飛躍の憾みがあるのではないかと私は考える。刑事訴訟法及びこれに関連する法律によつて犯罪者を取締り処罰する慣習的なものは日本ではもうすでに確立されておると言つてよろしいと思うのですが、これになぞらえたものであればともかくも、そうでなしに全く新らしいものを出し抜けに持つて来る。これが果して円満に運用できるかどうかということについて少なからず危惧を持つている。又一般国民としましてもそういう扱いが仮に認められても、新らしいものに対しては危険視するのがへ情であります。この点が如何なものかと私は考えて申上げたわけであります。
#69
○委員長(小野義夫君) 次は日本労働組合総評議会事務局長代理塩谷信雄君の御意見を拝聴します。
#70
○公述人(塩谷信雄君) 只今御紹介を頂きました塩谷信雄でありますが、総評といたしましてはすでに代表も他に出て公述をいたしております。私は本日再び機会を得まして総評の大綱方針に副つて私個人の見解を若干申述べたいと存じます。申上げるまでもなく私ども民主的な労働組合といたしましては、本法に言うような概念とは、多少その概念は嚴格になるとは思いますけれども、いわゆる社会通念上、破壊活動、暴力主義的破壊活動というものに対しては、現にこれを自主的に労働組合運動の立場において排除をし闘つて参つておりますることは皆さんすでに御承知の通りでございます。そういうような意味での考え方からいたしまして、当然これは又日本国憲法もこのような行動を容認いたしておるとは存じておりません。併しながら憲法上この種の行動が許されないということ、そのために直ちに本法のごとき法律が合憲的であるといこうとは、これは別個の問題であろうと思うのであります。従いましてこういう意味でこのような法案というものは新らしい憲法の下においては許さるべきものではないであろう、当然又この意味からいたしますると、いわゆる日本国憲法の民主性というものを蹂躙する危險性がある、民主主義を圧殺する危險性があるという意味で、我が国の民主化と日本の健全なる労働運動の発展ということを阻害する危險性が極めて大きいのみならず、現行法においても必ずしも取締れないものではないと解釈されまするので、そういう意味から総評は先般来これの撤回を求めましていわゆる闘争と称するものを運動として展開しておりますは御承知の通りでございます。
 私は主として労働運動というものと極めて近い関係を有するような問題を拾いまして若干申上げたいと存ずるのでありますが、その一つは調査庁の調査活動に関連する問題であります。この法案と共に調査庁の設置法、或いは審査委員会の設置法も共に付託されているわけでございますが、いわゆる破壊活動というものは、本法によればこれは当然犯罪になる。勿論行政上の認定ではありますけれども、司法上においても犯罪になる危險性は多分にあるものと考えられる。従つて行政上この種の行為が行政処分として取られた後において初めて……更に将来再びこういう行為を繰返す危險があるという意味で、規制の対象になるということからいたしますならば、このような状態の下においては当然いわゆる私は検察庁の強制捜査の活動というものが開始されるものだと思うのであります。更にそういう活動と実は恐らくその面においては併行いたしまして、この特審局が横辷りをいたしました調査庁というものの活動が行われて行くとうことになろうと思うのです。公安調査庁の設置法案第三條には「破壊的団体の規制に関する調査及び処分の請求等に関する国の行政事務を一般的に遂行する責任を負う行政機関とする。」と書いてございます。そういたしますと極めて全国的に網を張りました厖大なる調査機能であります。この機能がいわゆる犯罪捜査の機能と共に併行して存置されるということになるのでありまして、私ども調査いたしました資料によりますると、いわゆる公安局というものは八つ、地方公安調査局が四十二、これだけ厖大な機能ができ上つて参るわけであります。こういう調査活動というものは本来ならば、外国の民主国においては多くそうだろうと思うのでありますが、裁判の結果を待たずして行政上の処分というものをこの種のものについて行うということは余り開いておらないのであります。従つてそういう機構上の立場から言いますならば、司法機関の活動の結果に待つてもこれは決して処分ができないというものはない。私どもはそういう具体的に問題の生ずる場合はもとよりでありますが、更にいわゆる一般調査活動というものに対して多大の危惧な持たざるを得ないのであります。そのことは説明書の中にもあるのでありますが、木村総裁は、破壊行為をやつたことのない労働組合に対しては規制の対象には勿論ならない。これに対する調査もおのずから限界があるというお言葉で、これを表明いたしているのであります。当然この種の機関は一般の労働組合に対して、又労働組合に対して相当全国的に張られました網のごとき目を通じて調査活動がなされるものと考えるのであります。法規の解釈の立場から言いまするならば、いわゆる当然執行ができると言われております喚び出とができる、又徹底的な調査も出て来るわけでありまして、こういう調査活動というものが相当に労働組合の運動というものに対して影響を與えることは申上げるまでもないと思うのであります。私ども最近二、三年来今日のような現行法の下におきましても、警察の官憲の諸君が組合に頻繁に出入りいたしているのを体験いたしているのであります。十分に委員会等をも開くことができないようにさへ頻繁に出入りをいたしておるのであります。況してや労働組合が一つの行動を、例えば闘争というような形で起して行きまする場合には、極めて密接に頻繁に入つて参りまして、いつの間にやら資料を抜き出して行くというようなことも、往往にしてありがちなことなんであります。こういうときにこの種の法的な基礎を與えるということになりますと、労働組合はその活動極めて退嬰的になり、萎靡沈滞をせざるを得ないということは誠に理の当然であろうと考えるのであります。一般の調査活動において然り、勿論又或る問題があり、それとは全く関係のない組合において、その種の意味の調査活動というものが猛烈に行われて来るという危險性がある。私どもは先般労働省で労働大臣との会談及び木村総裁との会談の席上において、いわゆる先ほども前の公述人から御説明がありました正常の主義若しくは施策を推進するということを、これを読み替えしたらどういうことになるのか、例えば現在の私どもの立場から言うと悪法と称するもの、こういう悪法を撤回するという立場で闘争を進めるということが、この言葉を裏返して読むと、この我々の闘争に当て嵌まつて来ることになるのだが、これはそれでいいのかと念を押した際に、表現上は確かにその通りだということを答えておるのであります。私どもは表現上そういうことに該当して参るということになりますと、この法案全体に盛られた極めて権利の濫用をしやすい法規の建前からいたしまして、今後の労働運動、端的に申しまして今の法案闘争というものは極めて困難であろうということを心配いたしておるのであります。勿論今日総評は、いわゆるストライキという形を以てこの撤回闘争を展開いたし、更に労働法をも兼ね合せまして、来るべき機会において第三波のストライキを組織しよう。こういう状況にあるのでありますが、私どもは約一年に亘つてあらゆる方法を通じて民主的な言論活動を通じ、ときには又集会若しくは示威等の穏便な方法を通じて、政府與党に対しては最善の誠意を以て善処方を要望して参つたつもりであります。併しながらこういう要望に対しては何らの、私共の考え方からいたしますると誠意を持つたいわゆる処理というものはとられておらないのでありまして、組合の立場から言うならば、むしろ政府の責任においてストライキにまで追込んでいるという状態であります。私どもはストライキを通じてこの法案をとことんまで撤回するために闘う。こういう立場をとつているのではございません。あくまでも政府に抗議し警告し、世論に対する注意を最後の伝家の宝刀を抜くことを通じて促がしておるつもりであります。世論を喚起し、世論の正しき指導によつて政治の正しい方向付けをいたそうがために、国会の論議にいたしましても大いに傾聴をいたし、その鞭達をいたす意味におきましてストライキを行なつておるのであります。どうか労働組合はそういう立場において今日この法案に対しては遺憾ながら最悪の事態においてストライキの方法を通じて注意を喚起しなければならないという状態にあることを御了解願いたいと思うのであります。
 その次に最近皆さんも御承知の通り、いわゆる労使関係というものは必ずしも安定いたしておりません。一般的に申しまするならば二十四年度におけるドツジ・ライン下の組合が極めて下向傾向を見せる前後から資本の攻勢は極めてきびしいものがございます。最近の争議は端的に申しますると簡單には片附いておらないのでありまして、争議の形態も勢い大規模にならざるを得ないという状況であります。昨年度における三越の争議は皆さんもよく御存じであろうと思います。又先般宇部窒素の争議の問題についでも多少は御了解になつて頂けるかと思うのでありますが、三越の争議事件を通じて見られましても、あの官憲の圧力というものは尋常ならざるものがあると思うのであります。これは法廷において争つた最終的な決定は勿論出ておりませんけれども、労働組合の正常な活動と我々は考えておる。そういう行動に対して、場合によつては道路交通取締規則の違反の疑いがある。或いは威力営業妨害罪に該当するり疑いがあるという立場で検察庁を初めとして警視庁は一種の声明に似たものまで出して、大きな圧力を加えて参つたのでありましたが、勿論今日民主的な労働組合と申しましても、共産主義政党が合法の政党として憲法上保障されておりまする限りにおきましては、労働組合員の中には若干の共産主義者がおることはこれは止むを得ないことであろうと思うのであります。若しこれらの法案が成立した場合においては、若干のその種の人々がおるからと言つて、そうして純粋な労働組合の争議というものがこういう問題を一つの要素としつつ大きく規模が組まれて展開しました場合において 私はこの事態に対するこの法案の悪用というものは誠に恐ろしいものがあると思うのであります。我々は三越争議のもとにおいて多くの苦い経験を嘗めておりまするが、更に宇部窒素の争議においても爆薬事件等を通じて民主的なり労働組合、宇部窒素をしての主体的な立場の労働組合は、何らそういう行為には關與しておらないのでありましたが、やはり相当の挑撥をかけられまして、非常な迷惑を蒙つておるのであります。こういう争議が最近経営者側の必ずしも善処がないために大規模争議になつて行くという状態にあるのでありまするが、この法案は勢いこの種の争議に対して力を背景として彈圧を加えて来る危險性というものは極めて濃厚であるということを指摘しなければならんと思うのであります。
 更に調査の問題と集会、示威運動等に関連する問題でありますが、第三條の第一項第二号のリにこれは特に私どもは注意をせざるを得ないのでありますが、「検察若しくは警察の職務を行い、若しくはこれを補助する者、法令により拘禁された者を看守し、若しくは護送する者又はこの法律の規定により調査に従事する者に対し、凶器又は毒劇物を携え、多衆共同してなす刑法第九十五條(公務執行妨害、職務強要)に規定する行為」、この行為は集団或いは示威集会等において私どもがしばしば具体的に体験をして参つておる事柄に関連する條項であると思うのであります。その前に調査に関連するものといたしましては調査の責任者が集会、例えば大会に向つて調査官の立場から会合の調査をせよという要求に乗込んで来る危險性は多分にあるでありましよう。この法案が通れば当然その権限があると見なければなりません。これは当然私は現在破防法等に対する労組関係の反対的な立場から言いまして、そう簡單に調査官に易々諾々としてお入り下さいということになるかなならなないか、もとより我々は民主的に成立いたしました法律に対しては大いに尊重する立場ではありますけれども、感情の高まるところ、私は必ずしも保しがたいものがあるのであります。今日公務執行妨害に関連する問題といたしましては集会や示威等において警察官の袖に擦れ違つたとか或いは手を持つたとか持たれたとかいうことから、しばしば我々の経験をしておるところであり、日常茶飯事にむしろ起きる行動であるときさえ考えられるのであります。集会、示威等においてはそのように考えられておると思うのでありますが、この種の行動において極めて大きな権限がこの法案を楯として毅然としてでき上つて参るのであります。これは今日のようなデモや集会等の状態ではなかろうと存じます。この法案を背景として強権を以て常に行き過ぎた行動に出易い彼らの立場が作り上げられる可能性があると心配いたすのであります。ここでは検察若しくは警察の職務を行い若しくは更に調査に従事する者等となつておりまするが、これらのかたがたが最もその対象になる危險性がある。勿論凶器又は、刷つたものは毒劇物となつておりますがを携えとなつておりますが、皆さんも御承知のように労働組合は旗竿を持つておる。旗竿の頭には金属物が着いている場合がある。この金属物の着いたものを称してこれは凶器であると認定したことさえあるのであります。バズーカ砲は武器でないと言うかも知らんけれどもこういうものを凶器であると保証する私どもは政府を頂戴いたしておるのでありまして、誠に私は本條の適用から申しまして決して安心のなる條文であるとは考えられないのであります。
 次に団体について規定でございまするが、これは三條の二項に規定されてございまして、極めて簡單であります。このような表現を以て団体を規制されました場合には恐らくあらゆる団体が、その辺の同窓会まで入ることになるとは思いまするが、労働組合の立場においては各種の機関があるのでありまして、これは日本の労働組合の場合には極めて複雑な形をとつておるのでありまするが、その上下の組織或いは横の機関の連絡形態というものが、この団体というものの概念規定の如何によりましては全く無関係なところまで影響力をこの法案によつて及ぼして来るということは決してできないことではないと考えるのであります。この種の法案によつて団体を規制され、そうして上部団体若しくは下部団体が非常な迷惑を蒙るという危險性は多分にあるものと考えるのでありまして団体等の規制につきましても十分にこれを掘下げて規定をしなければならんものと考えるのでありますが、私はそのためにこの種の、各條に亘つて多少りの説明をいたしておりまするけれども、條文を修正すればよろしいという立場で申上げておるのではございません。これらの法案についてはかくのごとき労働組合運動の健全なる発展を阻害するものであるという立場において申上げておるりであります。私ども先般労働省でこの種の会合を木村法務総裁及び労働大臣と持ちました際にも濫用の危險があるということについてのかなりの押問答がございまし、政府は閣議決定を更に修正いたしまして第二條に二項という規定を挿入いたして参りました。これで安心できるだろうということでございました。併しながらこの第一條並びに第一條の一項、二項を通じて感ぜられますものは正しくこれは單なる宣言規定であり注意規定であり掲示規定にしか過ぎない。これに対する具体的な裏付、保障とするという規定は何にもないのであります。勿論警察官と、いわゆる権限ある諸君が故意にこの種の行動をとつた場合におきましては当然職権濫用罪は適用されると思うのでありますが、職務の遂行過程において殆んど多くが行過ぎとして起きておることは皆さんが東大事件等を通じて如実に御承知のことと存ずるのであります。従いまして單にこの法規が作り上げられたから、特にこの二項において調査活動等において労組を対象として規定はされておりませんけれども、これを以て労働組合の運動に対して何らの支障を来すものではないという総裁の言明は遺憾ながら私ども了承することは困難なのであります。こういたして参りますと、一連の法規に対しては労働組合運動の立場からいたしまして極めてその健全なる発達を阻害し、日本の民主化を低下せしめ若しくは抹殺させる危險性があるものと断じなければならないと思うのでありまして、若し大正十五年の五十議会における若槻首相が本法案の説明をするとするならば、恐らく木村総裁と同じ言葉を以て我々を納得せしめるための犬馬の労をとられると思うのであります。併しながら若槻首相がなんぼ安心せよと速記録にまで残してくれましても、この悪法を土台といたしまして、この悪法を頂点としつつ積み重ねられましたところ幾多の悪法、そうしてその法律の上に積み重ねられました近代日本の汚辱史というものは、私は誠に戰慓すべきものがあると考えるのであります。今日新しい憲法の下においては法律を以てこの種の法律を作るということは、違憲の疑いが極めて濃厚であるときに、敢えてこの法案を多数を以て押し切らんとする。そうしてあまた国民の反対意見を無視しつつ押し切らんとする政府の態度に対しましては、私は甚だ遺憾に堪えないと信ずるのであります。我々はこのような意味合いにおきまして、日本の民主化の一大支柱でありますところの民主的労働組合の健全なる発展を阻害するというこの種の法案は、すべからく皆さまの御協力によつて握り潰して貰わなければならない、こういうことを総評の立場において、意見として公述いたして終りたいと存じます。
#71
○委員長(小野義夫君) 塩谷君に対する質疑を許します。
#72
○吉田法晴君 公述人は総評として可能な民主的な方法、言論或いは集会、その他の方法でもつて政府の反省を求める、こういう努力をして来たけれども、聞かれないで、最悪の事態になつたというので、問題になりましたいわゆる政府の改正態度と申しますか、その点について第二條第二項の挿入の点は、お話になりましたそのほかに、或いは労働者の代表は審査委員会に一人でありますか、いくらでありますか入れる。なおその他の点もあつたわけでありますが、述べられました第二條第二項以外の点について、従来のいきさつと、それからこれについての総評の解釈と申しますか、態度と申しますか、その点を一つ述べて頂きたい。
#73
○公述人(塩谷信雄君) 実はかなり広汎に亘つて総評の見解は見解としてまとめてございます。昨日だと思いますが、長谷部法対部長が公述をいたしたかと考えておりまして、本日私は詳細な資料は持つて参りません。総評という立場で発言をするということになりますると、食い違いを来たすと困りますので、その点は一つ御容赦を願いたいと思います。
#74
○吉田法晴君 詳細な点をお願いしておるのではなくて、例えば三点政府のほうから話がありました。その一点の第二條第二項の点は、先ほどお触れになりましたので、その他の労働者代表の云々の点、それから扇動であつたかと思うのでありますが、これはついて政府側では、労働組合の言い分は十分に聞いて来たのだから、こういうこれは態度説明であろうと思うのです。扇動の点については、閣議で木村法務総裁ががんばつて入らなかつた、こういうことでありますが、この問題になりました点だけについてお述べを頂きたい、こういうことです。
#75
○公述人(塩谷信雄君) それでは簡單に申上げたいと思いますが、四つばかり政府側は修正をするという態度で参つておるのでありまして、私共はこういう修正態度に対して意見を表明するという態度はとつておりませんけれども、内部的に検討をいたしました考え方としては、大体次の通りであります。つまり第二條第二項に挿入をいたしました組合の調査活動に対する規定いございますが、具体的裏付けを持たないこのような宣言規定によつて濫用の危險は取除かれてはいない。而もその正当性の判断は取締り当局に任されておる、こういう考え方で反対でございます。更に第一條、第四條、第六條等に、特に団体の行動ということを入れて来ておるのでありますが、個人の行為と団体の意思決定との関係は、実際上区別は極めて困難であり、治安維持法の廃止このかた前例のない本法の適用については、これらの修正だけではその実効を期待することはできない。第三点に第二十四條の第三項の挿入、これは裁判の敏速処理をうたつたものでありますが、裁判の敏速処理を行うことは当然に過ぎることであり、公安審査委員会によつて破壊活動として行われた行政処分の停止請求が、行政訴訟特例法第十條但し書に代るであろうことは十分に予想される。これは行政訴訟特例法による総理大臣の異議申立によりまして、処分の執行の停止ができないということを謳つたものでございます。又本條のごとき禁止規定によつてその実効を期待せられないことは刑訴法、その他の法令中の同種規定の運用状況においてすでに明白である。第二十七條の削除、これは規定の内容をちよつと覚えておりませんが、削除は一歩改善であるが、削除されても刑訴法の運用によつて殆んど目的を達成せられたから、実際は尻抜けである。確かに調査官に関連する問題であつたと思います。以上の政府の修正に対して、総評、労闘挙げて反対である、こういうことを決定いたしておるのであります。
#76
○羽仁五郎君 お述べ下すつたのを拜聴しておりまして、非常に容易ならないことだと思つたことが一つありますので、その点について今御説明が願えますか、或いは後に書類などによつて教えて頂きたいと思うのでありますが……。この法律案ができますと、お言葉の中にもありましたが、現在の特審局が横辷りをしたようなものができるわけので、勿論いろいろな点で違いますが、非常によく似ておりますから、それはどういうふうな活動をするものかとい2と義ぶいろいろ想像する場合に、今までの特審局がどういうことをやつたのかという事実を、学術的な事実を得たいと思うのであります。で、今お話の中に労働組合の平生の活動に絶えず取締りの官憲が出入していた。そのために場合によつては委員会などの開催も困難であつたということをお述べになつておりましたが、これらは確実な証拠によつて立証なさることができる事実であるのでしようか、如何ですか。
 それから挑撥のことについてお話がございましたが、これについても確実な証拠によつてお示し頂くことができるのであるかどうか。若しそれらの事実で、確実な証拠で立証して頂けるものがございましたらば、今お話して下さいますか、或いは後に文書によつて教えて頂きたいと思うのでありますが、如何でしよう。
 それからもう一つ伺つておきたいのは、この法案の第三條の二項というのでしようか、いわゆる団体というものが非常に広汎に規定してあるために、無関係のところへまで取締りが及ぶのじやないかということのお話がございましたですが、その点についても何か実例を以て御説明が願えると、私どもの頭に一層よく入るのじやないか、どういう場合にどういうふうなとこへまで、どんな無関係なところへまで行くかということが御説明願えれば幸いだと思うのでありますが、以上二点について御意見を伺いたいと思います。
#77
○公述人(塩谷信雄君) 一括して一つあとで書面でお出ししたいと思います。
#78
○委員長(小野義夫君) じやこの程度で、これで……。
 次に国鉄労組中央執行委員、星加要君にお願いいたします。
#79
○公述人(星加要君) 私が国鉄の労組の中央執行委員星加でございます。只今より破壊活動防止法関係の問題につきまして所見を申述べます。論旨をはつきりさせますために、最初に結論を申上げておきますが、私は破壊活動防止法案に反対をするものであります。この立場からどういう理由で国鉄労働組合並びに労働組合運動全般として、反対の立場を取るのであろうか、特に私の立場を申上げてみたいと考えます。
 私は破壊活動の防止ということは、究極において輿論がこれを防止すべきであると考えます。で、民主主義は実にこういうものでなくてはならない。で、輿論によつて破壊活動が防止されないという点につきましては、我が国の民主化の程度が未だ不十分なものがあるので、そういう輿論が活溌に沸き上るという施策が最も必要であると考える次第であります。今日の輿論を見てみますと、破壊活動防止法案そのものに対する反対の輿論が沸き上つておりまして、破壊活動そのものに対する反対の輿論というものは余り沸き上つていない。ここが特徴であると考えておりまする併しながらこの輿論は非常に抽象的であり、又は漠然としておるかも知れません。又皆さん方のように法律上の専門であり、又は技術的な面を十分に持つておられるかたからすれば、輿論の理解が不十分であると思われるような点も多々あろうかと思われる、けれどもこの輿論というものはやはり問題の本質は掴んでおると考えます。従いまして国民の民主的な代表者としての皆さん方は、この輿論の動向を察知して、この問題に、破防法案の取扱いに善処されることが、最も正しい民主主義的な政治であり、今日の政治が国民に支持される基になると考える次第であります。この輿論が破壊活動防止法案に対して反対をしておる主な理由と思われるもので、私の信念を以て申上げてみるならば、破防法の必要は、共産主義の破壊行動を取締る必要があるからだと言われております。若しそうであるとするならば、若しその確信があるとするならば、共産主義活動取締法と銘を打つて堂々と提案さるべきであると考えます。そうしたならば、あらゆる曖昧な問題も解消されると私は考えます。従いましてそういうふうになりましたならば、私は五〇%の賛成をしたいと考える。なぜ五〇%かと言いますと、この民主的な基礎が我が国にできていない、輿論というものによつて、破壊活動というものが十分防止されそうにもないと見られる不安の半分であります。で、あとの半分は私は資本主義活動取締法というものでも制定をいたしまして、(笑声)この両案を並べてやりましたら、一〇〇%の支持をしたいと考えておる次第であります。(笑声) 要するに私はこの法案が根本的な致命傷であるところのあいまいさを持つておるので、それを一つ明確にして行く必要があるという点を強調するわけでありますが、それはほかの民主的な団体や、政党の彈圧に繋がらないというようなこともはつきりいたします。且つ共産主義の破壊活動に対する批判というものが、こういう法案の可否を論ずることによつて、若し真剣に論ぜられる場合は、共産党が日本の再建に当つて如何なる役割を果すかについて国民の批判も十分に行われるので、共産党そのものにとりましても、貴重な反省になろうかと思う次第であります。
 もう一つは、私は日本人の立場において、歴史的な変遷を経て昔のことを振り返つて見た場合に、今これが正しいと思われるようなことも、或いは馬鹿々々しいことであつたというふうに、時の経過を経て審判をして見る場合に、人類の歴史というものは必ずしも成功をしておつたとのみは言えない事実があります。太平洋戰争以来今日僅かな期間において考え画して見ても、このことを証明するものは多々あろうかと思うのでありますが、かかる意味合いにおいて、犠牲者をより少くして行くという方法を考えることが、やはり日本人の幸福であろうと考えます。従いまして、この法案が作り出す雰囲気その他等を考え合した場合に、必要以上の犠牲者を又積み重ねて行つて、あとから馬鹿々々しいことであつたというような考えで臍を噛むというようなことのないようにしたいと考える次第あります。
 破壊活動防止法は団体の活動を制限するという権力を持ち、又は解散を命ずるというような権限を持つております。併しながらそれで破壊活動をしたと認定をした団体の活動を制限する。或る期間制限をする。又それに解散を命ずる。こういう措置を施すことによつて我が国を破壊活動から守り得るのであろうかという点を考えます場合に、私はこれは守れないと考える。この法案の所期の目的を私は達するものではないと考えます。で、或る人は確信罪というものには今日の刑法というものも何ら意味をなさない、効果を挙げないということを言うております。実にその通りである。覚悟をして或る行為をやる人間については、今日の刑法さえも無視して行われておるのであります。で、破壊活動が共産主義団体を意味しておる以上、これを対象としておる以上、やはり彼らはその確信を持つてやつておると見なければなりません。然らば、その活動を制限し、又はこれに解散を命じて見ましても、それでそういつた行為なり、信念なりというものが停止されるとは私は考えない。むしろこれは非合法の活動に追いやりまして、そこから犠牲が続出して来るという結果になるのではなかろうかと考えます。従いまして、これらの單なる方法手段というものを無理に強行する必要はなかろうと考えておる次第であります。今日破壊的行動が散見をされる。又破壊的行動を以て扇動されるものもありますし、今日労働組合運動の中に、共産主義者でなくても共産主義的考えに同調する者が多い。民主的労働組合運動と言いながら、一般国民からこれを考えて見る場合に、民主的労働組合運動と、そうでない極左的な労働組合運動との間にどれだけの差があるのかというように、まあ不思議がられるような点も多々あるかと思う。又労働組合運動の内部に立入つてこれを見るならば、民主的な労働組合の幹部が如何に説得にこれ努めて見ても、共産主義的扇動というものが非常な勢力を占めやすいという現状にあります、これは労働組合運動に限つたもののみではない。自由労働者の行動においても、或いは市井の中小企業等の税金闘争というような問題において見ましても、こういう世相というものが非常な力を持つておると考えられるのであります。で、私どもの経験からして毎月の給料袋を見て、税金を見る場合に、若しくは地方税その他がかかつて来る場合に、取付く島がない。これならいつそやるかというような気持に我々といえどもならざるを得ないというような現象が、この破壊活動を国民の輿論を以て防止しない原因を作つておるのではなかろうか。で、メーデーその他の行動等に対しては、もつと国民的輿論が立上つて然るべきであると考えておる次第であります。
 次に、今日、日本が民主国家として再建されつつある。とにかく我々日本が民主主義の国になつたということを言いますけれども、それは各方面において具体的な事実があるものと思います。併しながらその中で日本が民主主義国家であると言い得る唯一の証拠というか、まあ一つの大きい証拠というものは、労働組合運動が活撥に展開されるようになつたということが、私は日本の民主主義を象徴しておるものではないかと思う。若しこれを取去るようになつたら、これはもう日本が民主主義国家であるということを言い得ないのではないかと思います。で、労働組合運動は、国民の中から見るならば、さほどの部門を占めておるものではないかも知らん。或いは国会等からこれを見るならば、大した権限のある団体でないかも知らん。併しながら国民生活の基礎をなすものであり、国民生活の安定を双肩に担つておる重要なものでありまして、それが制約を受ける、或いはこれが政府の強権的な考え方から、若しくは資本家的な考え方から労働組合運動を成るべく一つ制限をしたい。これから来るところの圧力等を軽減したいというような考えをこの破壊活動防止法案に便乗をさせまして、そうして組合運動というものが将来極左的に流れるようなことになつたり、若しくは民主的な労働組合運動が衰亡するというようなことになりますと、我が国の民主国家として再建する方途がここで絶たれると断言して差支えないと考えるのであります。国鉄労働組合は、只今公共企業体労働関係法というものによつて規定されておりますから、明確に罷業権という権限を持つておりません。併しながら組合の要求を貫徹いたしますために、我々の闘争手段は困難を極めます。時に、これは罷業権がないにもかかわらず、その罷業権を或いは行使したのではないかと見られるような、すれすれの線を行くときもまだなきにしもあらずであると思います。こういう問題がときどき起り得ると考えられるのであります。又私鉄等をも含めまして、こうした公共事業或いは国鉄等の労働組合運動が要求を貫徹するためにとりました行動というものが、やはり交通に影響を持つて参ります。交通に影響を持つて参る場合には、第三條の一項二号、これのニ或いはボの適用というような点が、或いは広汎に解釈された場合に適用されないとは保しがたいことも考えられるのであります。この際政治的主張云々のこともあります。けれども私どもは民主的労働組合運動におきまして、政治的な主義主張というものを取り去るわけには参りません。やはり社会改革に対するところの熱意を抱いており、そうして政治的な見解、信條というものをやはり披瀝する機会も多い。今日までずつとそういうふうにやつて来たのであります。従いまして、一般的に政治的云々ということでは、それは常に持つておるのであります。それらとの結付きを以ちまして或る行動が起り、その行動によつて我々は第三條一項二号の二、ホ等の適用の対象を受けることが多いと思うのであります。又一般に第四條におきましては、デモ、集会、機関誌紙に対するところの関係が載つております。これらもデモ、集会、機関誌紙に対するところの一つの制限と私はなり得ると考える。こういうものが組合運動を規制し、制限いたしまして、そうして組合運動の衰退と私はなるであろう。それは当然組合運動が余り隆盛にならないことを望む人が多いからであります。ここにこういう危險が非常に多い。労働組合運動を特に守る意味合い、それが即ち民主主義を守るのであります。日本の国を守るのだ、これが破壊活動を防止するゆえんである、かように考えて参りまして、一応これら一の條文がこういう点で根本的な修正を見ることを望みます。又それらの修正というものが不可能であるならば、速かにこれらのものについて思い切つて撤回をされるということが機宜を得た処置ではなかろうか。我々は独立をして今日まで来ました。併し独立するや直ちにこういう法案を以て我々の前途に暗い影を投げる必要はないと考える。民主的な訓練を経て、そうして我々が立派な民主国家を作り上げる努力をなお今後続けて行くという時期にあるのではないか。私は一応ここではこの法案のあいまい性、そのあいまい性を拂拭し、破壊活動を真に防止するために注意をしなければならんと思われる点を申上げた次第でございます。
#80
○委員長(小野義夫君) 星加君に対する御質疑を許します。御意見のおありの方は……。別に御発言もなければ、星加君に対する質疑はないと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#81
○委員長(小野義夫君) 御異議ないと認めます。有難うございました。
 次は、早稲田大学法学部教授、戒能通孝君にお願い申します。
#82
○公述人(戒能通孝君) 私はこの法案を見まして大変恐しいという感じを持つております。普通の文明国でありますと、演説や文書で内乱を起せなどという人がときどきございますけれども、参それが予備、陰謀という段階に達しなければ誰もが笑つて見ている状態でございます。ところがこの法案によりますと、そうした冷静な神経が消え去りまして、ビラ一枚、演説一つでも何だか危ないというふうな情勢が迫つておるということを現わしているのであります。もつとはつきり申しますと、日本の現在はあたかも革命的内乱の前夜であるというふうなことを証明するような法案になつておると思うのであります。若し仮にこの法案が必要であるということ、そうして又この法案によらなければ日本の現在の状況すらも維持して行けないということが、明白且つ現実に証明できるような状態でございましたならば、これに伴つて人権の保障をするなんてことは勿論矛盾でございます。全然それはできない相談であることは当然であると思うのであります。政府と革命軍との間に生きるか死ぬかの闘争があるときに、とばつちりがほかの人に及ぶことは言うまでもございません。現にこの法案ができない現在におきましてすら、多くの人たちが如何に怖がつているかということは、これは参考のために頂きました破壊活動防止法案についての声明に関する日本学術会議第十二回総会速記録の中に、或る提案に対しまして記名投票がいいか無記名投票がいいかという問題が起りましたときに、この四十二頁に出ておりますが、そういう問題が起りましたときに、伴さんというかたが、自然科学のかたでありますが、こう述べていらつしやいます。「私は記名して頂かないほうを好むのですが、それは、記名されると何だか警察手帳に名前を書かれたような気がするのでありまして、それだけはかなわないのです。幾ら私の名前が警察手帳に書かれてもいいのでありますが、何かのときに、曾つてこれこれのことがあつたというので、それを持つて何かのときにやつて来る、これが気に食わない。ですからむしろ警察手帳に書くようなことはやめて頂いたほうがいい。」とまで言つていらつしやるほどであります。これほど世の中の人たちが、もうこの法案が出ているということだけによりましてすでに神経を使つているのではないかと思うのであります。従つてこの法案が若しそうした客観的情勢を前にして行われることになりますと、憲法無視も先ず必然的な現象ではないかと考えられます。併し若し仮にそうした現実の状況がない、又それだけの証明ができないということになつて参りますと、この法案の中には、少くとも憲法の規定に顧みましておかしいと思われる点が数点ございます。先ず第一点は、法案の第四條によりますというと、集会、機関誌紙の禁止條項が置かれております。これは憲法の言う検閲に該当いたしまして、明らかに憲法第二十一條第二項に違反していると信ぜられるのであります。元来検閲と言いますと、出版物の発行前に行政機関が閲読することのように思われておりますけれども、第四條は、それをもつと擴げまして、どんな性質の集会が行われるか、どんな性質の印刷物ができるかわからないけれども、併し予防的に一定の期間制限するということでございます。で、つまり事前にそのことを抑制するということでございます。これは狭義の検閲よりも遥かに広い、換言すれば一行政機関にとりまして好ましくないという傾向があることを理由にするところの差止め行為でありまして、検閲以上の検閲ではなかろうかという感じがいたすのでございます。現にアメリカの判例法によりますと、一九三一年のニア一対ミネソタという事件がございます。その当時の連邦最高裁判所長官は、ヒユーズ判事でありますが、このヒユーズ判事が裁判官全員一致の意見といたしまして、「特定の條件の下に新聞紙その他の定期刊行物の停刊を命じ得るものとしたところのミネソダ州の法律は違憲である」。ということを述べているのであります。そうしてその理由の中で「何事によらず成る態度の濫用は不可避である。併しさればとて、新聞をして豊かに成長させるには、下らぬ下枝を少しだけ残して置いたほうが、それを切拂うことによつて果実を成らさぬようにするにまさると考えるのが、各州の慣例である。新聞は幾らか権利の濫用によつてしみを付けられたにせよ、世界をして禍誤と圧制に対する理性とヒユーマニテイの勝利に進ませたものである。」というふうに述べております。この判例が大体現在アメリカの判例法になつているように存ずるのであります。そうしてその後集会及び新聞に関する判例の詳細が本年の五月二十二日付の新聞協会報に、最高裁判所調査官の河原順一郎氏も書かれております。河原さんの御意見も私と同意見でございまして、第四條の集会、それから機関誌紙の停刊ということ、これは憲法違反ではないかということでございます。こんなわけでございますからして、一九五〇年にできましたアメリカの国内安全保障法いわゆるマツカラン法の中におきましても「特定団体の出版物たることを特に記入せよ。」という文字があるわけであります。つまりマツカラン法は、別に出版を禁止しているわけではございませんので、特定の団体については特定の団体の出版物たる旨を記入せよという條文がございますが、この記入せよという條文自身が果して合憲であるか違憲であるかどうかということにつきまして相当争いがあるわけなんでございます。これはまだ判決になつておりませんのでどつちに転ぶかわかりませんけれども、違憲論も相当有力であるということができるのであります。マツカラン法におきましてはいわゆる集会の禁止というふうな現象は起つておりません。これが先ず第一に憲法との関連について考えられる点でございます。
 第二番目に、役職員の職権剥奪が認められております。これは団体に関する干渉を意味するのではないか。従つてこのような立法的先例が作られることになりますというと、人に対する検閲という、検閲以上の検閲制度が行われる可能性を持つて来るわけであります。のみならずこうした団体に対する外部的干渉が認められて参りますと、今まで政府が採用して来たところの労働組合政策というふうなものも根本的に崩れて行く可能性がございます。労働組合関係の問題につきまして今回注目されるものは、新聞社と新聞社内の労働組合でございまして、そして昭和二十三年の三月十六日付の日本新聞協会はこの間の声明を出しまして、「新聞の編集権は、外部たると内部たるとを問わずあらゆるものに対して守られねばならない。」こういうふうに述べているわけです。これが言論の自由の本旨であるというふうに言つているわけであります。この新聞協会の声明は、恐らく日本政府も多分支持していた声明じやないかと感じられるのであります。ところが今になりまして突如として新聞社を含む多くの団体から役職員の排除を命ずるという規定を置くようになつて参りますと、これは單に結社の自由とか言論の自由とかだけでなくて、私有財産権の行使につきましても或る種の障害を及ぼして来るのではないかと疑われるのであります。又この破壊活動防止法のような規定が置かれるようになつて参りますと、今まで生産管理を禁止していたあらゆる政策、それから又この新聞労働組合が経営権、編集権に関與することを禁止していたあらゆる政策というものも基本的に崩れるのではないかと思われるのであります。ですから、外部から干渉することを認めるということをここではつきりさせるのでありましたら、やはりこの法案が成立することによつて、従来新聞協会の出したところの声明は否認されなければならない。或いは又昭和二十五年十一月十五日の最高裁判所判決によりますると、生産管理は違法であるというふうに考えておりますが、これも又今後はやめたということを声明しなければならないのではないかと思われます。ですからして、この外部からの干渉による役職員の排除という規定は、これは日本の今までの労働政策とは相当に食い違つたものが現われて来るというふうに私は感じております。私自身としては、生産管理の問題については多少の意見はございます。併しこれが客観的事実であるというふうに感ずるのであります。
 第三番目の問題は、これは言うまでもなく団体の解散というのでございます。団体の解散に至つては、勿論結社の自由というものに対して非常に大きな制限になり、干渉になり、そして又自由の無視となつて参ります。従つて憲法第二十一條第一項の規定とどう関連するかということは、これは非常に重要な問題じやないかと信ずるのであります。のみならず、この団体解散政策というものが果して政策として聰明であるかどうか、利巧であるかどうかということになりますと、これも非常に大きな問題があると思うのであります。言い換えれば、政府が現在、ビラ一枚、演説一つで革命的内乱が起るかも知れないというふうな神経過敏になつている状態におきまして、或る団体を解散しました場合、そしてそれを地下活動に追い込んだという場合、どんな結果が出て来るかということは、これは想像するにも恐しい状態になるのではないかと思います。被解散団体が、政府に対しまして無條件降伏してしまえば勿論問題はございません。併し無條件降伏をしなければ、政府が地下活動を恐れるの余り、誰にどんな迷惑をかけるか、これは全くわからないということになつて来ると思うのであります。疑惑を受けない人でありましても、警察費は徒らにたくさん負担せしめられ、それから自己の身体、財産の安全保障に関する警察側のサービスを受ける機会を失うことになつて参りまして、結局警察も政治犯のほうに熱中し、そうして普通犯のほうが疎かになつてしまうというような状態にならないということは言えないわけなのであります。こうしまして第三番目の少くとも解散の問題は、これは憲法の問題と同時に、政策として聰明であるかどうかということについても嚴密な御検討をお類いいたしたいと思うのであります。
 第四番目の憲法関係の問題は、団体規制手続に関するものでございます。若しこの法案によりまして規制される団体というものの手続だけが法案として取上げられているのならば別でございますが、一定の事柄というものは、これは行政処分の対象になるだけでなくて、刑罰の対象にまでなるのであります。つまりこの法案によりますというと、行政処分の対象たる行為、刑罰の対象たる行為とが明らかに事実上ダブつているわけであります。そうなりますというと、実際上行政機関の認定が裁判に対して影響する効果というものは極めて重大でありまして、公安審査委員会が特別裁判所化する虞れは多大であると言わざるを得ないのであります。すでに昭和二十五年の九月九日付の福岡地方裁判所小倉支部の判決によりますと、「アカハタ」停刊に関するマツカーサー書簡を援用するだけで次のようなことになつております。「日本共産党は憲法の基本的原理たる平和主義、民主主義の原則を蹂躙し、暴力と秩序の破壊を以てその思想を実現せんとしていることが明白な団体である。これは全く公知の事実である。」というふうなところまで申しているわけであります。この判決とそれから政府の態度は非常に違つているごと、これは申すまでもないことであります。共産党が合法団体であることは、これは勿論占領治下といえども容認されて来たところであります。裁判所が如何に行政機関の判断というものによつて拘束されるものであるかを或る程度まで心理的に示しているように思えるのであります。でありますからして、昨年の一九五一年の一月頃のハーバート・ロー・レヴイユーにハーバート大学のスザランド教授がマツカラン法について説明を書いております。その中でも、「裁判官が行政機関の認定からなかなか精神的に独立できるものではない。」ということを強く指摘していることなのであります。然るにマツカラン法の第四條の(f)というものによりますと、同法のいわゆる破壊活動団体、即ち共産主義団体の役職員たることを以て刑事訴追の証拠として受入れてはならないという條項がございます。ところが今度の破防法におきましてはその條項もございません。要するに行政機関の認定がかなり強く裁判所の有罪認定を支配する可能性が豊富じやないかと思えるのであります。現に参議院で問題になつたことについて申上げますと、昭和二十三年十月十七日に参議院の法務委員会が浦和某という者の実子殺し事件に関連いたしまして、浦和地方裁判所の判決について国政調査権を行使したことがございます。ところがそれに対しまして翌二十四年の五月二十日付で最高裁判所か広意見書が提出されているわけであります。そして又、同月の二十五日最高裁判所の本間事務総長の名におきまして、「参議院に対する申入は侵害されつつある司法権の独立を守る行為である。」と述べております。最高裁判所の意見では、裁判官というものの心理状態は非常にデリケートである、外部からの意見に左右されることが極めて大きいからこの点特に注意してくれという要求だつたと記憶いたしております。こういう状態におきましてこの破防法が行政機関の認定というもの、それから裁判所の刑罰の認定というものの範囲を同一平面で蔽つて行こういうことになるのであります。浦和事件の性質は本法案と少し違う点がございますが、この法案によりますると、公安審査委員会が罪となるべき事実の認定を行う結果になるのでありますから、実質的に特別裁判所になる可能性は随分多い。若しそうなれば憲法第七十六條第二項に反するというように考えられる余地も出て参ります。この法案におきまして以上のような憲法違反、若しくは少くとも憲法違反の疑いのある規定が置かれているにかかわらず、団体の規制、その手続及び罰則が非常にルーズにできていることはすでに周知の通りであります。他の点につきましては、今までのかたがたがずつと詳細に御指摘になりましたから、できるだけ省略いたしまして二、三の点だけを申上げてみたいと思います。
 一つは、何ら実害がないにかかわらず、或る行為の扇動、教唆を罰するのは甚だしく不当ではないかという点でございます。殊に内乱につきましては、單に内乱自体の正当性若しくは必要性だけでなくて、内乱の予備、陰謀、幇助の正当性又は必要性を主張した文書、図面の印刷、頒布、所持にるまで処罰いたしまして、そうして且つそれが団体規制の決定の理由にされておるのであります。こうなりますというと、通常の新聞紙、それから雑誌、著述出版というふうなものが果して自由にできるであろうか。自由な気持からできるであろうかということが、これが問題になるかと思えるのであります。例えば或る新聞が公務員の汚職とか、選挙の買收とかというようなものを報道したと仮定いたします。これも見ようによれば、内乱の予備ぐらいやらなければ、そういう弊害は消えないのだというふうに主張するのだということ、こんなふうに解釈されないという保障はございません。言い換えれば、どうも或る人は好ましくない人物である。その好ましくない人物が買収やそれから汚職なんかを報道したひには、内乱の予備、陰謀の正当性を間接に明らかにしているのだからというふうになる可能性だつてございます。つまり人によつて適用が違う。こういう結論になる虞れは十分にあるだろうと思えるのであります。併し自分があと廻しになつたといたしましても、あと廻しというのはどこまでもあと廻しであるというだけに過ぎないのであります。絶対に安全であるという保障はございません。言い換えれば、新聞、雑誌、著作というようなものは、丁度頭上に刀を置かれまして、その中で仕事を継続するというような状況にならないとも限らないのであります。これはこれだけで少くとも新聞の信用というものに対する一般的評価を阻害せしめること極めて多大であります。いわんやこの法案のような形になつて参りますと、革命史を含むほかの歴史というようなものを論ずること、それがむずかしくなつて行くことは言うまでもございません。又世の中には、革命の正当性、内乱の正当性を述べた文書ぐらい幾らでも転がつているわけであります。第十一世紀のお坊さんたちの著作だつてそうでございます。それからアメリカの独立宣言、フランス革命の文書、これら無数にございます。これらのものが我々の手に入らないということになつて参りますと、歴史の学問、研究というふうなことさへ困難になつて来る状態になることは十分に予想できないわけではないと思えるのであります。
 第二に、この法案の中で特にずるいというふうに感ずるのは、これは先ほど塩谷さんから御指摘になつた第三條の第一項二号のリであります。その中には、この法律に基いて調査するものに対して公務執行妨害を行なつたら暴力主義的破壊活動であるというふうにしております。それから又扇動を行なつた場合においても、同じように破壊活動であるというふうにしている規定がございますそうなりますというと、労働組合大会その他に、警官それから公安調査官が入つた場合に、その人たちをつまみ出せということをうつかり言うこと、それと、その辺に棒などが置いてあることは、相当多くの場合に起る現象でありますから、それ自身で破壊活動的なということになるのであります。又追い出そうやという相談をすることも暴力主義的破壊活動であるという可能性も出て来るわけであります。そうしますというと、政府が仮に一、二名の警官の身体の安全などは犠牲にすると決心いたしまして、その警官なり、公安調査官なりをそこの集会に派遣いたしまして調査行為を行わせ、そうして無理にも追い出され、それを口実に破壊活動としてその団体の解散を命ずる、又関係者を処罰する、逮捕するということができる虞れが十分あるのであります。而も今までの経験によりますというと、警官の警察その他の上司に対する報告が常に正確であつたというふうには必ずしも考えられないのでございます。現に私の勤めております早稲田大学におきまして、本年五月八日に起つた事件につきまして、五月十五日付の毎日新聞に「早大事件を語る当事者座談会」というものがございました。その中で田中警視総監が次のように発言しておられました。「今実力行使したら二警官の生命の保障はできないと言つた教授さえある」と、こういう発言をしておられます。それから警視庁側の文書によりますと、その教授の名前として佐々木教育学部長と瀧口学生部長の、この二人の氏名が指定されていたわけです。私両氏を存じ上げておりますが、佐々木さんはもう五十過ぎた文学博士の肩書を持つ国文学者であります。それから瀧口さんはもう少しお若いようでありますが、併し大学の高級職員たるものであります。こういうような人たちが、警官に対して、今実力行使したらあなたがたの生命の保障ができないということを言うとは私には考えられないのでございます。で、学校側の報告によりますと、これは恐らく何かの間違いで、若しくは妄想に過ぎなかつたものであろうというふうに述べております。併し警官が公安審理官の前でこんな妄想を述べたらそれが記録になるわけであります。勿論学校側はそれに対して否認するだろうと思いますけれども、併しとにかくそれらの記録ができた、その記録に基いて公安審査委員会が或る判断をすることになるのでありますからして、これは実に危險の結果を予期しなければならないように思えるのでございます。
 それからもう一つ、本法案が、現在のこの法案が公安調査官に強制調査権を持たせないというふうになつてはおりますが、実質上強制調査に近いような形になることは、これは十分に予測できるわけでありますが、例えばこの間の東大で取られたという警察手帳の中で、数人の教授たちが身元調査等をされているわけであります。このかたは皆私の友人でありますが、医学部の先生は知りませんが、ほかの人たちは友人でしたけれども、これは絶対に棒でなぐるというようなことはしつこない、完全に保証できるかたがたばかりなのでありますが、その身元調査というようなものが行われていることが偶然にもはつきりして来たわけであります。で、幸いにして、私どもでございましたら、少しぐらい変なことを言われても、身元調査の一つぐらいやられましても、これという痛手のある立場ではございません。併しながら公務員であるとか、或いは小、中学校の先生であるとか、新聞社のかたということになつて参りますと、しよつちうそういう人たちがやつて来て、上司に向かつてものを聞くというような状態になつた場合に、果して自分の勤務先に平静に勤務しておれるであろうかという問題が起つて参ります。で、この点は、一般のかたがたにも恐らく職業上の地位保障の問題と非常に強い関連を持つのじやないかと思えるのでございます。又労働組合に対しまして、或る警察署長が、この法案を根拠にいたしまして、そうして女子労働組合の組合員を尾行させるというようなことが起る、その近所でその人の行状を聞かせるというようなことが起る、この場合、結婚の障害になる虞れがないかどうか、こういうような点を十分私どもとしては予測しなければならない気がいたすのであります。で、これらの点につきまして、勿論我々といたしましては、そういう不当な捜索を受ける、身元調査をされたような場合には、国家賠償法の規定によつて賠償を請求するということが理論的にはできるわけでございます。併しながら賠償請求の訴えを起すということになりますと、どうしても四、五万円、或いは十万円くらいの現金を用意しなければなりません。で、弁護士にお願いいたしましても、まさか無料でお願いすることはできかねるわけでございます。で、これらの点は十分な資力を有さなければなりません。そしてやはり判決があるのは数年先ぐらいであろうというふうに予測せられるわけであります。そうなると結局泣き寝入りになつてしまうということが多いだろうと、信ぜられるのであります。
 以上の点の結論といたしまして、私は一九二一年のギツトルー事件と呼ぶ判決が行われた後に、アメリカの最も偉大な裁判官の一人であつたホームスという判事が、イギリスの大学者であるポロツクという先生に手紙を送つた。その手紙の中身をちよつと思い出すのであります。ホームスはポロツクに対して、「近頃共産主義が発達し、個人の人権や運命についての関心が著しく薄くなつた。これが裁判所においてすら行われるに至つたのは嘆かわしい」という趣旨の手紙を送つているのであります。ところが日本の場合でありますと、戰争中からの影響によりまして、個人は政府に対して忠実であるべきもの、公務員や、軍人の汚職なんかを新聞が書くことさえ官民離間、軍民離間というふうな一種の犯罪以上の犯罪を犯すものとして糾弾されて来た、あの一種の上役人意識というものが抜けないのではなかろうか。又この法案を機会といたしまして、恐らく復活して来るのではないかという虞れを私どもはしみじみ感ずるのであります。この法案によりまして得られる直接の効果は、言うまでもなく特審局が公安調査庁というものに昇格いたしまして、公務員が殖え、権威が増すというようなことになるわけであります。果してそれによつて国民の利益というものが保障されるであろうか。十分に保障されるであろうかということになつて参りまして、これは異常に問題が多くなるのではないかと思います。近代民主主義が言論の自由を基礎として成立することは言うまでもありません。併しそうした言論の自由を基礎として成立している近代民主主義国家でありましても、明日にでも革命が起るのだ、ビラ一枚、演説一つでどんなことが起るかわからない。それほど切迫した状態ならば、憲法を無視した意思の自由を……
#83
○委員長(小野義夫君) 戒能先生に申上げますが、時間が大分過ぎましたから……。
#84
○公述人(戒能通孝君) 併しそれらの事実がどれだけの程度まではつきりしているのか、この点私たちには全然わからないわけであります。これに対しまして、数件の事件があつたというようなことも報告されたようでありますけれども、併しながら東京裁判の仕事を私ちよつとやりまして、満洲事変の起るあの前に数百件の排日、侮日事件があつたというふうに言われております。実際資料を見ますと、日本人が車賃を値切つたら近所にいた中国人が集つて来ておどしたという程度であつたのでございまして、それをそのまま証拠に出すことはできなかつたわけでございます。そういうようなことを考えますと、それはどうしてもこの法案ほど強力な法規を今すぐ制定しなければならない理由というものがはつきりしないのでございます。この点根本的に御審査願いたいということを私特にお願いいたします。
#85
○委員長(小野義夫君) 戒能君に対する御質疑のあるかたは……。
#86
○吉田法晴君 国家賠償法の点について金が相当要るというお話でございましたけれども、これは委員会でも相当論議されて、まだ十分明らかにならずにおるところなんでありますが、先生は国家賠償法は適用し得る、こういうお考えで今の公述をせられたのでありますか。
#87
○公述人(戒能通孝君) 若し完全に権力濫用であれば、やはり職権濫用行為になるのでありますから、国家賠償法の適用を受け得る範囲に入りやしないかと私は考えております。如何でございますか。ただ併しそれにもかかわらず、訴訟一つ起すときには相当費用が要ることは弁護士のかたもいらつしやると思いますので、御経験の通りだと存じます。
#88
○委員長(小野義夫君) 次に農業家原田好吉君にお願い申上げます。
#89
○公述人(原田好吉君) 私は実際の農業家でありまして、世論を見まして、も国民の大多数が反対をしていると、かようなことが書かれてありますが、私はこの法案は国民の大多数ではないとかように考えておるものであります。それから公聴会そのものが余りに一部の人に限られまして、日本国民の大多数を擁する農業方面のかたの意見が閉却されているということを我々は非常に悲しむものであります。私どもは国実再建のために歴史上未だ曾つてないところの父祖伝来の田畑を失い、涙を呑んで田畑を失い国家再建に協力して来たものでございます。その点から今度の破防法案の立案について多数のかたがたの意見を拝聴いたしておりますが、私たちはこれがどんなふうに農民に映つて行くか、農民の反響はどういうふうにあるかということを述べて見たいと、かように考えるのであります。先ず第一番に、私たちは、農民自体の思想が一番日本の国の中で堅実であると、こういうことを申上げて見たいと思うのです。而も緑の下の力となつて、日本の再建に協力しておるものは農民である、こういうことをここで大きく強調したいのであります。私たちは田舎から子供を学校に出しますが、早大事件とか、或いは東大事件とか、或いは愛知大学事件とかいうものを見ますときに、非常な心配を以てこの子供の身の上を考えるものでございます。かような日本再建というものの観点から、この法案に対する私の意見を述べて見たいと、かように考えるのであります。
 先ず第一番に、非常に遺憾であつた五月一日の騒擾事件でございます。このメーデーが私たちは独立国の国民にふさわしいところの品位と自粛とを以て行われるのであろうということを希望し、又予測したのでありますが、一部過激分子の扇動によりまして、暴動化するに至りましたことは、誠に遺憾ごの上もない次第であります。この日の暴動がラジオで放送され、新聞に書かれましたときに単純なるところの偶発的事件でなかつた。それにしては余りにも規模が大きかつた。それで先ず帝都の治安状況はどんなふうになつておるのか、かようなことを考えまして、それでこの計画的な暴動を根抵から洗つて見る必要は、これは言うまでもないのであります。暴力によつて事を起すことの悪いことは言うまでもなく、それは民主政治の根基を棄すものでありますから、暴力行為を計画するものであるとか、或いはこれを実行に移すものに対しては嚴に私たちは取締つて頂かなければならんと、かように考えるのであります。一国の社会秩序を守ることは、民主政治の要諦であると思う。私どもは独立直後のこの世界環視の下に行われたメーデー行事が、かような不祥事をもたらしたことを心から悲しまざるを得ないものであります。それは一部過激分子の策動であつたにしても、健全なる勤労大衆は勿論、平和的に独立後の新日本を築き上げようとする決意を新たにしておりますところの日本国民全体の意識とは全然反対であつたということであるので、これは安心いたしたのであります。平和日本を期待しておりますところの民主国家、友好世界各国の期待に背くと共に、独立の第一歩に当つて早くも日本国民の名誉を傷付けたものでございます。暴力行為そのものが今後国内、国際情勢に如何なる悪影響を與えるかということは、これは私が申上げるまでもないことだと考えるのであります。国民大多数の反対があるにいたしましても、このような暴力行為が発生するならば、一部少数分子の策動を抑圧するためには、或る程度の国民の犠牲は止むを得ないというが、ここに止むを得ないというような疑いのないような方法でこの破防法を通過さして頂きたい。
 それからこの労働者のかたのストでありますが、私は先般熊本の駅で労働者のかたがたくさんトラックに乗つてストの運動をやつておられたのでありますが、これは少し考えて頂かなけれぱならんと、かように考えるのであります。農村は御承知の通り、どんなふうな状態で生活をしているかと申しますと、農民は主人も、或いは妻にしても、子供にしても一家こぞつて朝は早くから晩は遅くまで、一生懸命に働いて最低生活の線しか得ていない。而もその生活は文化生活を営むことができ存いほど深刻に迫つておるのであります。併しながら労働者のかたあたりは、そこの御主人がお働きになれば、一家の生計が保てる。而も時間外にお勤めになると、時間外の勤務手当なども取つておられて、その生活は非常に文化水準の高い生活を営んでおられる現状であると我々は見るのであります。かかるときに、そのかたがたの着てござるところの洋服は実に立派な堂々たるものを着ておる。そうして街頭に出て賃金を上げよとか、或いはどうとかとおつしやつておられるのであります。かかるが故に私はその傍に寄りまして、若しあなたがたが国民の真に同情を得るならば、もつと破れた着物でも着てお立ちになつたら国民として納得が行くでしよう。まあかようなことを申上げてお別れしたのでありますが、これはなぜこういうことを申上げるかというと、現在の情勢では、この一部過激分子が民主労組の隙間を潜つて暴動化する虞れが多分にありはしないかとかような考えを持つておるからであります。従つて健全なるところの労働組合のかたがたの運動は勿論私も賛成であります。又これと関連いたしまするが、公益事業に携つてござる労働者のかたがたが電力を切つてしまう、農村は非常にこの供出時期の電力を切られる場合においては、供出意欲を非常に阻害されて来るのです。かような状態が非常に多いのであります。従つて健全な労働組合のかたがたは、この運動をなさると共に、過激分子がこれを利用するところの隙間を與えて頂かないことを私どもは非常に心から希望いたすものでございます。
 いま一つ申上げたいことは、この法案を通過させる上に、治安確保の根本というものはどんなものであろうかということを私は考えて見たのであります。独立後のこの治安保持に政府が一生懸命に心を配つておられることは、我々も十分認めることができるのであります。特に先ほど申上げましたように、メーデー当日の騒乱事件がこの政府の心理に多大の影響を與えて、その結果、各種の治安立法の制定であるとか、そのほか治安対策の強化に拍車をかけるに至つた事情も諒察ができるわけでございます。そこでこの立法をして頂く先生がたとか、或いは政府のかたがたに要望したいことは、当面の治安対策のみに没頭なされまして治安維持力を強化擴充する施策のみを推進せしめることが却つて逆効果を来たす結果を招くのでは何もならない。逆効果を来たさないように十分注意をして立法をして頂きたいと、かように考えるのであります。それから一部少数者の破壊活動を防止する名目の下に憲法に保障されましたところの国民の言論、或いは結社その他表現の自由を大幅に制限する虞れがあるということで世論の非常な非難攻撃を浴びているようであります。併しながら私は四十今年五歳になりますが、欧洲大戰時代が丁度私たちの学生時代でありまして、今のように労働運動が盛んであり、或いは治安維持法は制定されていなかつたかと思いますが、取締が極左に対してはひどかつたのであります。私たちもそういうときに相当いろいろな意見を述べたのでありますが、ただの一回として尾行されたこともありませんし、警察に引つ張られたこともない。それで仮に普通のような考え方で進んで行くということになれば、恐らくそれはこの法案というものは余りにも極左に対する法案であつて、一般大衆に、いわゆるおののきを與えるような法案ではないのではないかというようなことを考えるのであります。勿論私も、私の頭ではこの法律の本質というものをどうも極めるだけの力がない。勿論法律そのものについては学んだことはありますけれども、非常にむずかしい法律である、こういうふうな感じを受けるのであります。それから新聞をよく見ておりますると、国際情勢であるとか、或いはイデオロギーの、日本の情勢が非常に危険な情勢にあるということをよく政府のほうで答弁され、閣僚のほうは答弁されておりますが、こういう情勢下に若しあるといたしますならば、これくらいの法案は私は通して置いて差支えない。ただ秘密政治に逆行いたしますとか、或いは官憲の濫用を来たすようなことは嚴に慎しまなければならないものではないかと、かように考えるのであります。社会の、公共の福祉というもののためにはやはり止むを得ない点はあると私は考えるのであります。併しながらこれを制限することが非常に広範囲にあるのであるとか、或いは運用の、取締の官憲の濫用が伴つた場合は国家の基本権で国民の基本権が著しく侵害されるものでありますから、これはよほど今申上げたように、ただ運用の官憲の濫用と基本権を著しく侵害されないような方法を以てこの運用をして頂きたい、かような考えを持つものでございます。私どもは占領下においてさえこの享受いたしましたところの自由を一層制限するような結果を来たすことのないようにして頂きたいという希望は持つておるのであります。なお最近の情勢を聞いて見まするに、力は力を呼び暴力は暴力を呼ぶような底流が非常にひそんでおる、こういうことを我々は衷心から遺憾至極に思うものであります。それで一部の過激なる暴力行動に対して政府自体が対策を急いでおられることはよくわかりますが、取締に余りに急であつてはならなくて、湯と共に赤子を流すという愚かな策はとらないようにお願いしたいのであります。国民の健全なる自由の精神を育て上げることが、いわゆる民主政治の根幹であるならば、政府及びこの立法された法律が国民の自由、民主の精神をよく育て上げまして、そうして祖国日本が立派なる自由、デモクラシーの国家として進むことを私は希望いたすのであります。なお我々の疑問にいたしました点が多々あるのでありますが、これは新聞で眺めて見ますると、衆議院を通過いたしますときに衆議院の公聴会では、このくらいの法案は差支えないというようなことをおつしやつてござるのでありますが、刻下の情勢が木村総裁のおつしやるような情勢に若しも立ち至つておるといたしますならば、これは我々としてもこの法案を通過させて頂かなければならん、かような考えを持つものであります。なお方法上の問題でありまするが、参議院はいわゆる衆議院の行き方を抑圧して頂くというところでございましようが、政党政治のいいところとか、或いは悪いところとかというものを挙げて見まするならば、との法案が自由党、與党で党議を以て決定された、こういうときに個人の意見を許されなかつた、ここは政党の成立のよさもあると考えるのであります、又ここに政党の弊害も欠陷もあると考えるのであります。恐らく自由党の中にもこの法案に対してはいろいろ意見のあるかたもあつたのでありましようが、これが表面に出て来ない。こういうのでありまして、国民といたしまして非常に疑念を持つものであります。なお我々といたしましては総評及び労闘のかたがたが二度までもストをなさいまして反対の意見を表明していらつしやるのでありますが、それがどうも国会のほうへ反映して行かない。こういうようなことは果して政党政治というものがこれでいいものであろうか、立法するものが果してそれでいいものであろうかと、かように考えるのであります。なおこの與党そのものが絶対多数でありますが故に国民の大多数の意思を表明しているということは勿論言えるのでありますが、それは総選挙当時、四年前のことでもありましたし、現在如何なる情勢になつているか、それは国民に問うて見なければわからない。まあこういうようなことから考えまして、この法案は私は本質的なことは今、先の公述人のかたがたからお述べになりましたし、我々のような力で本質的なことを解剖することは困難でありますけれども、結局この方法上の問題をよく御研究頂きまして、そうして国民が真に納得の行くような方法で以てこの法案を原案のままで通過いたさせますか、或いは修正して頂きますか、或いは撤回なさいますか、それは私たちの圏外でありますけれども、国民一般の受ける感じはどうも政争の具に大切な法案がなつて通つて行く。そうして法治国の我々国民はそれを守つて行かなければならんというような、非常な議会政治に対する信頼感というものを国民が失なつてしまいはせんかというような心配をいたすものであります。非常に枝葉になりましたけれども、私自身は大多数の人が反対はしていないというような、大多数の人というと主に農村方面の者は殆んどこの法案には無関心でもありましようけれども、現下の治安状況から考えまして單隊の備えのない、或いは治安維持の方面の少い情勢におきまして、若し一度暴動化したならば善良な国民は如何になるかということを心配いたしているということを痛切に申上げて見たいと思うのであります。従つて私は納得の行くよらな方法でこの案を御審議頂きまして、慎重なる御審議を先生方にお願い申上げて、つたない意見を終りたいと、かように思います
#90
○委員長(小野義夫君) 原田君の何か御質疑のある方は……。別に御質疑もないようでありますからこの程度で、有難うございました。、
 次に全日本海員組合組織部長和田春生君の御意見を伺います。
#91
○公述人(和田春生君) 只今御指名にあずかりました海員組合の和田でございます。破壊活動防止法案に関しまして、その必要とする理由について申されておりますことの一点に暴力と破壊活動を取締らなければならないということが言われております。勿論私どもも暴力と破壊活動に関しては断固としてこれを排除しなければならない、かように信じているものでございますが、かような一般的原則によりまして特別の治安立法を必要とし、あまつさえ行政機関に対して広汎な処分の権限を與えるということが必要であるかどうかということは慎重な検討を要するところであろうかと考えるわけであります。更に暴力破壊活動ということの定義でございますけれども、戦後新憲法によりまして、主権在民を謳い、民主主義を国是といたしまして、戦前においては持たれていなかつた数々の基本的人権が国民に與えられたという現在の日本におきましては、この民主主義にとつて最も必要である言論、集会、結社の自由に対する脅威こそが最も甚だしい破壊的活動である、このように考えなければならないと思います。更に百歩譲つて非常に危険な状態にあるので、特別に治安立法を必要とするということにいたしましても取締に急なる余り、角を矯めて牛を殺すような愚をおかしてはならない。法を作る場合であつても法の濫用に対する明確な防止保障の規定が必要であると考えるのであります。以上の見地から政府原案の破壊活動防止法案を見ます場合に、結論的に申上げまして、これを引つ込めて白紙に返して出直すか、仮に百歩譲つて原案を基礎にして審議いたす場合でも大幅の修正を必要とするものである、このように考えるわけであります。特に我々労働者の立場からではこの破壊活動防止法案のどのような点が悪いかという点について指摘をいたしたいと思うのでございますが、今公述人各位から相当詳細に亘つて述ベられておりますので、私は特に重要であると考えられる数点について申上げて見たいと考えます。先ずこの破壊活動防止法案におきましては全く新らしい法律用語である暴力主義的破壊活動というものが出て来ておりますけれども、この概念が極めて不明確であります。刑法等におきましてはいろいろな法律用語について永い間の慣例或いは学者による研究その他において大体の概念が間違いのないところできまつておりますけれども、非常に新らしい言葉でありまして、而も暴力主義的破壊活動というのは具体的な行動のみを指しているのではなくて、第三條の一号のイ或いは二号のイからリまでは刑法用語の準用でありますからさておくといたしましても扇動、教唆、文書活動に対する諸制限等、一切を暴力的破壊活動の中にこめているという全く新らしい行き方をしているのでございいまして、この点においてこの法案が非常なあいまいさと危険性を内蔵しているということを言わざるを得ないのであります。特に本法において取上げられております扇動という言葉につきましては、一般常識的にはおだてるとか、いろいろ解釈がありますが、法律上の重大な処分の対象とする場合に果してどのような内容を持つかという点については非常にあいまいでございますし、判例も殆んどない、こういうことが指摘されると思うのでございます。過去の例によりますならば扇動の解釈如何は取締る側の判断如何によつてきめられる、こういう例がたくさんあると思います。極端な表現を以てしますならば、およそ思想はすべて扇動の類に解釈され得る危険さえもあるということを言わざるを得ないのであります。更に教唆の文字についてでありますが、刑法六十一條の場合におきましては教唆によつて犯罪を実行せしめた場合というふうに條件がかなり明確に規定されております。併し本法案においては必ずしも教唆の定義が刑法六十一條による教唆とは同一でないように考えられるのであります。それは第四十條の規定によりまして、教唆によつて犯罪が実行された場合にはというような裏からの規定によつて、その教唆により具体的に犯罪の実行がない場合でも教唆が取締、規制の対象にされるということが裏から規定をされておるように私は考えるわけであります。こうなりますと、「教唆」と「せん動」というものの差別というものが殆んどなくなつて参りまして、極めて広い範囲のものが取締の対象になりて来るというふうに思うのであります。教唆、扇動、機関紙の発行、図書の出版、その他文書による活動等一連の関連によりまして、およそありとあらゆる対象がこの法の規制の問題として取上げる危険性を感ぜざるを得ないのであります。特に政治上の主義或いは施策を推進し、支持し、云んというような文句を使つておることによりまして、なお更その危険を感じます。御承知のように我々労働団体は、労働組合として存在するゆえんのものは現在よりも地位を向上させ、我々の生活水準を向上させるということを基本的目的にいたしております以上、現秩序に対して抵抗がそこに生れて来るのは当然でございます。如何に堅実な組合、穏健な組合と申しましても、何もない場合には勿論政府の施策にも協力いたすでありましようし、経営者の事業遂行にも全幅の協力をいたすでございましようが、一旦賃金を上げる、或いは我々に対するいろいろな制限を課して来る法律に対して反対をする、こういう場合には、現存する支配権力に対する対決が生れ、又現存する一般的秩序に対して抵抗をする運動もそこから生れて参るわけでございまして、これら一切が政治上の主義、施策等を推進するものである、このように判断をされまして取締の対象に引つかけられる、こういうことが考えられるわけでございます。すでに手近な例によりましても大阪の選挙管理委員会におきまして、破壊活動防止法、或いは労働三法に対する労働者の反対運動は政治活動であるから、政治資金規正法による届出をしなければならないということを各組合に申入れて来ております。併し私どもの考えによりますならば、労働者のストライキを行う権利、団体行動を行う権利というものは労働組合が存立する基本的な権利でございまして、これに制限を加え圧迫を加えようとするような法律に対して反対のための行動さえも政治活動であると言われ、或いはそのためのストライキが許されないということになつて来ますと、どんなにそれらの諸権利を搾られても泣寝入をしておらなければならない。こういう結論になりますから、団体行動権やストライキを行う権利はあつてなきに等しいものになつてしまうわけであります。こういう基本的な問題に対する労働者の諸活動さえも政治活動である、従つて政治資金規正法による届出をしなければならないというような解釈が現実に行われておる世の中でございます。この中において第三條に使われております諸種の表現というものが、即時労働組合にかかつて来るという危険性を痛感せざるを得ないのであります。およそ治安のためにいろいろな事件を取締ろうとする場合には、治安を著しく乱る明白且つ現実の危険がそこになければならない。これは近代文明諸国家において基本的な原則として採用されておるところである。このように考えておるのでございますけれども、この法案はその虞れがある。将来多分にそうなるであろうというようなものまでも引つくるめて規制の対象にしようとしておるところは、我々がいけないというところでございます。政府が如何に濫用の危険がない、絶対に濫用しないということを百万遍言明で繰返しましても、この法律によつて取締の権限を與えられる行政機関の当事者が、濫用の危険がないということは濫用をしないつもりであるということの表現にしか過ぎないのでありまして、絶対に濫用できないということの保証ではございません。この点に関しまして本法案は全く濫用危険の防止に対する配慮と規定を欠いておるのでございまして、訓示的な言葉においていろいろなことを現わしておりましても、それは先ほど申上げましたように、濫用危険の防止の保証にはなりません。先ほど戒能先生の公述によりまして濫用をされた場合には国家賠償法によつて損害賠償を請求することができるということに理窟の上ではなつておる。併しこれに対しては非常にたくさんの費用と長い時間がかかるということをおつしやいましたけれども、国家賠償法の第一條によりますれば故意又は過失によつて損害を與えた場合となつておるのであります。取締当局の行過ぎや職権濫用によつて取締られる、被害をこうむつたほうの側が裁判で争う場合に、費用の点や時間のかかる問題の更に一つ前の前提といたしまして、故意或いは過失によつてやられたものであるかどうかということを立証することは恐らく不可能でありましよう。このようになつて参りますと、本法の濫用に対して理窟の上ではそうなつておるという国家賠償法によるところの損害賠償の請求の訴えを起すこと、そのものさえも重大な制限を受なることになりまして、全く国民に対してはこの点の危険防止の手段というものが奪われてしまつておると極言いたしましても言い過ぎではないかと考えるのであります。なお先ほどの公述人の御説明の中にもございました。政府もしばしば本法案を必要とする理由といたしまして、先日のメーデー事件を引用いたしております。成るほどあのメーデー事件は言語道断の暴行でございまして、我々もああいう行動に対しては絶対に反対でございまして、許すべき行為ではないと考えておりますけれども、あのメーデーの暴行事件が果してこの破壊活動防止法を必要とする理由となるのであるかどうかということをよくお考え願いたいと思うのであります。現にあの暴行事件に対しては刑法の騒擾の罪を適用いたしまして政府は数百人に亘る検挙者を挙げております。更に間違えて全然関係のない労働者や国民までも検挙しておるという事実があるぐらいに現行刑法の規定さえも十分過ぎるほど活用をされておるのでございまして、むしろ我々の立場から言わぜますならば、メーデーの騒擾事件は特別に破壊活動防止法というような法律を必要としなくても、現行の刑法において立派に取締れるということの証明になつたものと考えるわけであります。更に政府の説明によりますれば、そういう行為を犯した個人は取締れるけれども団体を解散させることができない、団体を取締の対象とすることができないということが指摘されておりますが、この法案によつて意図されておることは如何ような説明を用いましようとも、現在の日本においては共産党によつて起される諸活動を最も主たる取締の対象にしておるということは、立案者側においても、この法案を非難する側においても認めるところであろうと思いますが、その場合に先ほど来しばしば指摘されておりますように、団体の解散を命じることによりまして、共産党或いは共産党系の諸団体を地下活動に追いやつた場合に、これらの諸君は先ほど星加君の証言にもありましたように、確信を以てやつておるのでありますから、目に見えざるところでより気だしい活動を始めることになると思います。占領下におきましてGHQという専制的な支配権力の下においてさえも、地下に潜つた共産党の首脳部の諸君を取締れない状態にあつて、この治安立法を作つたからといつてそれが取締れるという保証はないのであります。むしろこの法を作つてそういうものを取締ろうというようなところまで行きますと、共産党の地下活動に手を焼いて政府や取締当局がヒステリー症状を起して参りますと、罪のない一般の人民、労働者が幾らでも引つかけられて、被害者をたくさんに出す危険が生まれて来る虞れが多分にあるわけであります。又この法案において我々が非常に危険に感じまするところは、規制の手続が裁判によらずして行政官庁によつて決定をされるというところでございますが、その行政機関による調査、審査の場合におきましても、いろいろと不都合な規定がございます。指摘すれば、数多くございまするが、一例を挙げますと、十五條によつて不必要な証挺の取調は不必要であるというような規定もございまして、但書がついてはおりますけれども、但書は飽くまで但書でございまして、主文はそういう規定になつております。更に行訴特例法の第十條によります訴訟の異議申立の件に関しましても、本法には適用しないということが明記されておりませんので、当然本法による行政処分にも適用されるようになつて参ると思います。そうなりますと行政機関が調査をし、規制の手続の決定をし、審判を下す場合には不必要な証拠の取調はいけない。更にそれに対して処分を受けたほうの側から執行の停止等の申立をいたしましたならば、やはり行政機関の最高責任者である首相から異議の申立が出て何にもならないことになる。こういうふうに全部を総合して考えますと、この法律によつて国民は政府に対して基本的人権の重大な制限にもかかわるような治安取締の広汎な権限を白紙委任したというような形にもなりかねないのではないか、このように考えるのであります。濫用の危険がないということは先ほども指摘しましたように政府当路者からは再々言われております。併しこれも卑近な一つの例でございますが、私、労働法関係法令の審議会委員をいたしておりますときに、政府の特審局の一課長が責任を以て当時喧伝されておりましたゼネスト禁止法に対する説明に参つた場合にこのようなことを証言したのであります。それは現在のストライキであつても現行刑法の威力業務妨害罪の規定によつて幾らでも取締れるのであるけれども、取締官庁が遠慮しておるわけである。そういうことでは甚だまずいのでゼネスト禁止法を絶対に必要とするということを説明いたしたのでございます。これは議事録にも明らかに載つておることでございますけれども、こういう考えを持つた人が政府当局の而も特審局という重要な治安関係の行政機関の中の責任ある地位にあるということは、こういうことはかなり問題ではないか、当初に申上げましたようにこの法律は極めてあいまいでございまして、扇動、教唆、文書活動等に対する規定を広汎に包含しております。それによつて来たるところの暴力主義的破壊活動の定義が明確でない。こういうことによつて濫用の危険があるというよりも、私は最後に申上げたいことは、むしろ濫用されたことが濫用として認められずに濫用でないとして見逃がされて行く危険性のほうが非常に多いという点を十分お考え下さいまして、日本の民主主義を発展さして行くためには多少の行き過ぎがありましようとも、民主主義の経験浅き国民の側において理解不足からする行き過ぎよりも、民主主義の経験の浅い日本の国情において支配的権力を持つものの行き過ぎのほうが遥かに恐ろしい結果を招きまして、将来再び日本に暗黒の政情が来たるようなことになつては、何のために多くの血と困難とを拂いまして我々がやつとこさほそぼそと獲得したところの唯一のものである民主主義というものが根底から否定されることになりますので、参議院におきましては議員各位の良識ある御判断によりまして本法案によつて日本の民主主義が脅かされ、国民の基本的人権が制限されないような十分なる御審議をお願いいたしまして公述を終ります。
#92
○委員長(小野義夫君) 和田君に対して御質疑のある方は……別に御発言もなければこの程度で……有難うございました。本日はこれで散会いたします。
   午後五時七分散会
ソース: 国立国会図書館
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