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1951/06/19 第13回国会 参議院 参議院会議録情報 第013回国会 法務委員会 第60号
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1951/06/19 第13回国会 参議院

参議院会議録情報 第013回国会 法務委員会 第60号

#1
第013回国会 法務委員会 第60号
昭和二十七年六月十九日(木曜日)
   午後四時五十一分開会
 出席者は左の通り。
   委員長     小野 義夫君
   理事
           宮城タマヨ君
           伊藤  修君
           松浦 定義君
   委員
           加藤 武徳君
           左藤 義詮君
           玉柳  實君
           長谷山行毅君
           岡部  常君
           中山 福藏君
           内村 清次君
           吉田 法晴君
           片岡 文重君
           紅露 みつ君
           羽仁 五郎君
  国務大臣
   法 務 総 裁 木村篤太郎君
  政府委員
   内閣官房長官  保利  茂君
   内閣官房副長官 剱木 亨弘君
   法務政務次官  龍野喜一郎君
   法制意見長官  佐藤 達夫君
   法務府法制意
   見第二局長   林  修三君
   刑 政 長 官 清原 邦一君
   法務府検務局長 岡原 昌男君
   法務府特別審査
   局長      吉河 光貞君
   法務府特別審査
   局次長     関   之君
   法務府特別審査
   局次長     吉橋 敏雄君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       西村 高兄君
   常任委員会専門
   員       堀  真道君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○破壞活動防止法案(内閣提出、衆議
 院送付)
○公安調査庁設置法案(内閣提出、衆
 議院送付)
○公安審査委員会設置法案(内閣提出
 衆議院送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(小野義夫君) これより委員会を開きます。
 先ず御報告いたすことがございます。本日午前及び午後に委員長及び理事打合会を開き、各派の委員各位の御出席も願つた上で左の二件を決定いたしました。一つ、破壞活動防止法案及び関係二法案につきましては本日中に討論採決を行うこと、三案につきましては本会議における修正案の準備、委員長報告の準備の都合上本会議上程は二十三日とすること、以上であります。つきましてはこの決定通りいたすことに御異議がございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(小野義夫君) 御異議がないと認めてさよう決定いたします。
 次に破壞活動防止法案、公安調査庁設置法案、公案審査委員会設置法案、以上三案を便宜一括して議題に供します。
 先ず総理大臣の出席に関して官房長官から発言を求められましたから許可いたします。
#4
○政府委員(保利茂君) 昨日当委員会におきまして各委員の熱心なる御意見に基きまして、私は今早朝総理大臣にお目にかかりまして、当委員会の委員各位の御意見、併せて委員会の空気をお伝えいたしました。重ねて出席かたを御相談申上げましたところ、自分としても社会的に極めて大きい問題として扱われておる重要議案のことでございますから、出席をいたして自分の所見も申したいという気持であるけれども、所労により今週は是非静養をさして頂きたいと抂げて委員各位に御了解を得てくれるようにというお話でございました。この段御報告を申上げますと共に、今日まで委員各位の御熱心な長期に亘る御審議の期間に総理大臣の、委員長の要請がありましたにもかかわりませず御出席を見ることができませんでしたことは、これは私の努力の至らざるところでございまして衷心遺憾に存じております次第でございます。総理大臣の出席のことは右申しました事情でございますから御了承を頂きまして、御審議をお進め頂きますようにお願いを申上げる次第であります。
#5
○内村清次君 本破壞活動防止法案の重要性の点につきましては、私が更にここに語を継いで申上げないでもよくおわかりのことでありますが、ただ衆議院が四月の二十八日から本会議においてこれを参議院に送付いたしましてからこのかた、約一カ月半以上に亘るところの本委員会の審査に当りまして、総理がこの法案の重要性に鑑みまして、国民に対しまして現下の治安問題及び又この治安に重大な要素を持つておりまするところの国内経済の問題、国民生活の問題、こういう問題についての連関した所見を吐露せられまして、そうして真にその必要性の所見、これが我々委員会といたしましてはその所見の真意によりまして、そうして私たちは又この法案に対するところの態度についても大いに考慮を要する点もあつたと存ずるのでありまするが、このような終戦後の又独立後の日本の重大な段階におきまして、このような法案の提出に対しましての総理の意見が委員会を通じて聞かれなかつたということは、私はこれは総理が平素国会に対するところのお気持において、国会の審議に対する熱意、この点に欠けておるということを私は率直に認めざるを得ないのです。この点に対しましては、私はなお只今の官房長官の御説明又陳謝の意によりましても釈然としない点があるのであります。事いやしくもこれは国民の大きな関心を持つておるところの法案でございます。こういうような重要な点につきまして国会を軽視せられたところの総理……、これはどうしても一つ総理自体御反省頂くということが私たちの最も念願するところでございまして、この立憲政治の下におけるところの国会の重要性、この国民の国会の重要性をよく一つ認識をして頂くということを重ねて私は申述べまして、不満ではございまするが、只今の釈明に対しまして了承をいたす次第であります。
#6
○委員長(小野義夫君) 三法案に対する質疑は終局したものと認め、直ちに討論採決に入ることに御異議がございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○委員長(小野義夫君) 御異議ないものと認めます。これより討論に入ります。
 その前に先ほど私が、委員長及び理事会において決定いたしましたことを御報告申上げましたうちに誤解があるかも知れませんからこれを訂正さして頂きたいと思います。本日討論採決して二十三日の本会議に上程と申しましたのは、国会が会期が延長されたる場合のものでありますので、そのことを申添えておきます。
 それから御発言の時間につきましては、打合会におきまして御了承を願いました範囲内で成るべくお願い申上げたいと存じます。
 先ず中山君の発言を許します。
#8
○中山福藏君 私はこの場合破壞活動防止法案並びに公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案に対しまして次のような修正案を提出したいと存じます。つきましては便宜上口述することをやめまして、朗読させて頂きたいと考えます。
  破壞活動防止法案の一部を次のように修正する。
  目次中「(第一条―第三条)」を「(第一条―第四条)」に、「(第四条―第九条)」を「(第五条―第十条)」に、「(第十条―第二十五条)」を「(第十一条―第二十六条)」に、「(第三十六条―第三十三条)」を「(第二十七条―第三十四条)」に、「(第三十四条―第三十六条)」を第三十五条―第三十七条)」に、「(第三十七条―第四十三条)」を「(第三十八条―第四十五条)」に改める。
  第一条の次に次の一条を加える
  (この法律の解釈適用)
 第二条 この法律は、国民の基本的人権に重大な関係を有するものであるから、公共の安全の確保のために必要な最小限度においてのみ適用すべきであつていやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあつてはならない。
第二条第一項中「前条」を「第一条」に、「必要且つ相当な限度」を「必要な最小限度」に改め、「思想」の上に「いやしくも権限を逸脱して、」を加え、同条を第三条とする。
  第三条第一項第一号を次のように改める。
 一イ 刑法(明治四十年法律第四十五号)第七十七条(内乱)、第七十八条(内乱の予備、陰謀)、第七十九条(内乱等の幇助)、第八十一条(外患誘致)、第八十二条(外患援助)、第八十七条(外患誘致及び外患援助の未遂)又は第八十八条(外患誘致及び外患援助の予備、陰謀)に規定する行為をなすこと。
  口 この号イに規定する行為の教唆をなすこと。
  ハ 刑法第七十七条、第八十一条又は第八十二条に規定する行為を実行させる目的をもつて、その行為のせん動をなすこと。
  二 刑法第七十七条、第八十一条又は第八十二条に規定する行為を実行させる目的をもつて、その実行の正当性又は必要性を主張した文書又は図画を印刷し、頒布し、又は公然掲示すること。
  ホ 刑法第七十七条、第八十一条又は第八十二条に規定する行為を実行させる目的をもつて、無線通信又は有線放送により、その実行の正当性又は必要性を主張する通信をなすこと。
  同条同項第二号中「反対するため」を「反対する目的をもつて」に改め、同号ヌを次のように改める。
  ヌ この号イからリまでに規定する行為の一の予備、陰謀若しくは教唆をなし、又はこの号イからリまでに規定する行為の一を実行させる目的をもつてその行為のせん動をなすこと。
  同条第二項を第三項とし、第一項の次に次の一項を加え、同条を第四条とする。
 2 この法律で「せん動」とは、特定の行為を実行させる目的をもつて、文書若しくは図画又は言動により、人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめ又は既に生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えることをいう。第四条第一項第二号中「頒布し、又は頒布する目的をもつて所持ずること」を「又は頒布すること」に改め、同条を第五条とする。
  第五条を第六条とする。
  第六条中「第四条」を「第五条」に、「第三条」を「第四条」に改め、同条第二号中「せん動して」を「これを実行させる目的をもつて人をせん動して」に改め、同条を第七条とする。
  第七条を第八条とし、第八条を第九条とする。
  第九条第一項及び第二項中「第六条」を「第七条」に改め、同条を第十条とする。
  第十条中「第四条第一項及び第六条」を「第五条第一項及び第七条」に改め、同条を第十一条とする。
  第十一条を第十二条とし、第十二条を第十三条とする。
  第十三条中「審理官」を「受命職員」に改め、同条を第十四条とする。
  第十四条第四項中「審理官」を「受命職員」に、「審理」を「弁明の聴取」に改め、同条を第十五条とする。
  第十五条中「第十三条」を「第十四条」に、「審理官」を「受命職員」に、「審理」を「弁明の聴取」に改め、同条を第十六条とする。
  第十六条第一項中「審理官」を「受命職員」に改め、同条第二項中「第十三条」を「第十四条」に改め、同条を第十七条とする。
  第十七条中「審理官」を「受命職員」に改め、同条を第十八条とする。
  第十八条中「第十一条」を「第十二条」に、「第十条」を「第十一条」に改め、同条を第十九条とする。
  第十九条第一項中「第十条」を「第十一条」に、「第四条第一項又は第六条」を「第五条第一項又は第七条」に改め、同条第二項中「証拠で取り調べたもの」を「すべての証拠にに、「第十六条」を「第十七条」に改め、同条を第二十条とする。
  第二十条を第二十一条とする。
  第二十一条第二項中「前項」を「第一項」に改め、同条第三項中「第六条」を「第七条」に、「第四条」を「第五条」に改め、同条中第二項を第五項とし、第三項を第六項とし、第一項の次に次の三項を加える。
 2 公安審査委員会は、前項の取調をするため、左の各号に掲げる処分をすることができる。
  一 関係人若しくは参考人の任意の出頭を求めて取り調べ、又はこれらの者から意見若しくは報告を徴すること。
  二 帳簿書類その他の物件の所有者、所持者若しくは保管者に対し、当該物件の任意の提出を求め、又は任意に提出した物件を留めておくこと。
  三 看守者若しくは住居主又はこれらの者に代るべき者の承諾を得て、当該団体の事務所その他必要な場所に臨み、業務の状況又は帳簿書類その他の物件を検査すること。
  四 公務所又は公私の団体に対し、必要な報告又は資料の提出を求めること。
 3 公安審査委員会は、相当と認めるときは、公安審査委員会の委員又は職員に前項の処分をさせることができる。
 4  公安審査委員会の委員又は職員は、第二項の処分を行うに当つて、関係人から求められたときは、その身分を示す証票を呈示しなければならない。
  同条を第二十二条とし、第二十二条及び第二十三条をそれぞれ一条ずつ繰り下げる。
  第二十四条第一項第二号中「第四条第一項又は第六条」を「第五条第一項又は第七条」に改め、同条を第二十五条とする。
  第二十五条を第二十六条とする。
  第二十六条中「規制に関し、」の下に「第三条に規定する基準の範囲内において、」を加え、同条を第二十七条とする。
  第二十七条を第二十八条とし、以下第三十一条まで順次一条ずつ繰り下げる。
  第三十二条第一項中「第三十条」を「第三十一条」に改め、同条を第三十三条とする。
  第三十三条を第三十四条とする。
  第三十四条中「第四条第一項又は第六条」を「第五条第一項又は第七条」に改め、同条を第三十五条とする。
  第三十五条を第三十六条とし、第三十六条を第三十七条とする。
  第三十七条を次のように改める。
  (内乱、外患の罪の教唆等)
 第三十八条 刑法第七十七条、第八十一条若しくは第八十二条の罪の教唆をなし、又はこれらの罪を実行させる目的をもつてその罪のせん動をなした者は、七年以下の懲役又は禁こに処する。
 2 左の各号の一に該当する者は、五年以下の懲役又は禁こに処する。
  一 刑法第七十八条、第七十九条又は第八十八条の罪の教唆をな
   した者
  二 刑法第七十七条、第八十一条又は第八十二条の罪を実行させる目的をもつて、その実行の正当性又は必要性を主張した文書又は図画を印刷し、頒布し、又は公然掲示した者
  三 刑法第七十七条、第八十一条又は第八十二条の罪を実行させる目的をもつて、無線通信又は有線放送により、その実行の正当性又は必要性を主張する通信をなした者
 3 刑法第七十七条、第七十八条又は第七十九条の罪に係る前二項の罪を犯し、未だ暴動にならない前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
  第三十八条中「反対するため」を「反対する目的をもつて」に、「又は第二百三十六条」を「若しくは第二百三十六条」に、「、教唆又はせん動」を「若しくは教唆をなし、又はこれらの罪を実行させる目的をもつてするその罪のせん動」に改め、同条を第三十九条とする。
  第三十九条中「反対するため」を「反対する目的をもつて」に、「、教唆又はせん動」を「若しくは教唆をなし、又はこれらの罪を実行させる目的をもつてするその罪のせん動」に改め、同条を第四十条とする。
  第四十条を第四十一条とする。
  第四十一条中「第七条又は第八条」を「第八条又は第九条」に改め、同条を第四十二条とする。
  第四十二条中「第四条第二項又は第五条」を「第五条第二項又は第六条」に改め、同条を第四十三条とする。
   第四十三条中「第十四条」を「第十五条」に改め、同条を第四十四条とし、同条の次に次の一条を加える。
(公安調査官の職権濫用の罪)
 第四十五条 公安調査官がその職権を濫用し、人をして義務のないこを行わせ、又は行うべき権利を妨害したときは、三年以下の懲役又は禁こに処する。
附則に次の一項を加える。
 6 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の一部を次のように改正する。
   第二百六十二条第一項中「刑法第百九十三条乃至第百九十六条」の下に「又は破壞活動防止法(昭和二十七年法律第   号)第四十五条」を加える。
以上は破壞活動防止法案に対する修正案であります。
 次に公安調査庁設置法案に対する修正案を朗読さして頂きます。
  公安調査庁設置法案の一部を次のように修正する。
  第七条第十二号中「審理」を「弁明の聴取」に改める。
  第八条及び第九条中「第三条」を「第四条」に改める。
 次に公安審査委員会設置法案に対する修正案を朗読させて頂きます。
  公安審査委員会設置法案の一部を次のように修正する。
  第四条中「四人」を「六人」に改める。
  第十一条中「二人」を「三人」に改める。
  附則第三項中「それぞれ一年、二
  年及び三年」を「二年」に改める。
以上の通りでございます。何とぞ御審議の上御協賛賜わらんことをひとえにお願いいたします。
#9
○委員長(小野義夫君) 次に伊藤委員、御発言を願います。
#10
○伊藤修君 本案に対しましてはすでに五十日に亘るところの審査のその過程において、その欠点を審さに指摘してあるはずであります。この法律は一たび成立することあるならば、それは曾つての日本のあの姿に立戻るという不幸な事態を招くことは必然であると考えます。折角我々が新憲法において民主化を確立し、基本人権を保障されたこうした建前がことごとく本法において破壞せられるところの結果をもたらされることは必然であると思うのです。あたかも今日の情勢は曾つての戦争前夜の政府のとつた態度と何ら異ならないと私は確信する次第であります。若しさようなことがありますとするならば、これこそ折角我々は新憲法の下に新らしい日本を建設しようというこの心構えは、根底から破壞される結果を見ることは火を見るよりも明らかであると思うのです。かような観点からいたしまして、我々が曾つて指摘しております本法の持つところの各欠点を修正するにあらざれば、到底本法に対しまして容認することはできない、かように考えまして、私はこの際修正案を提出いたしたいと存ずる次第であります。只今中山委員よりなされましたところの修正案の定義に対しましては、これは勿論その一部におきましては私の考えと相照応するものもあります。併しその基本たるところの、即ち輿論においてかしましく指摘されるところの扇動においては、却つて拡大されたところの結果をもたらしておる。何となれば外患に対しましてこれを扇動罪を適用しようとする、乃至は扇動罪に対するところの意義を定めるために定義を置かれたことが、却つて扇動と教唆の混同をそれ自体証明して余りあるものと言わなくてはならん。又本法において指摘されるところの文書図書の問題に対しましてはただ所持を削られたのみであつて、その文書図画において表現せられるところの思想についての制約というものは、何ら改めておられない結果であると言わなくてはならんと思うのです。又公務執行妨害罪に対しましては、何らこの点について触れることなく、原案をそのまま支持せられる点におきましては、国民と共にこの点に対しましては不満に堪えない次第であります。その他挙げて参りますれば、只今の修正案に対しましては国民の強く要望するところの輿論の大部分を無視した考え方であると言わなくてはならん、少くとも今日の国政の上におきましては、ひとり国民は参議院に対しまして深く信頼をいたしておる次第です。参議院はこの国民の信頼に応うべく、少くとも輿論を無視することなく、輿論のすべて、若くは大部分をここに取入れまして、国民の期待に副うことが我々議員に与えられたところの当然の義務であろうと、かように考える次第です。私は原案に対しましては、先にも質疑中において申上げましたごとく原案そのものに対しましては、到底これは修正の余地のないというほどの不出来の法案であると考えるのでありますが、仮にこれを成立すると仮定いたしますれば、この法案に対しましては、少くとも国民が指摘するところの部分は取入れて、以て法案を大修正をなすにあらざれば国民としてこれを受入れるところの態勢にはあることはないと、かように固く信じておる次第であります。故に以下修正の要旨を申上げまして皆様の御意見に問いたいと思うのであります。
 先ず第一に本法の第二条において、ひとり調査官に対するところの規制をなされております。併しこれは本法の持つところの意義は行政処置の場合と司法処置の場合とがその半ばをなしておることは法文の構成上明らかであります。この点に対しましては、ひとり行政官に対するところの規制のみならず、この種の即ち本法案に盛られておるところのこの刑事規定に対しまして捜査を開始する場合において、これらの係官に対しましてもなお本法第二条の規制を掲げる必要があると確信する次第でありまして、この点に対しましては同様捜査官に対しましても第二条の規制を適用しようと考えまして、この第二条を修正することにいたしたいと思うのであります。即ち第二条中において捜査官に対しても同様、本法を守るべきことを示唆することにいたす次第であります。
 次に本法に規定せられるところの扇動、即ち第三条第一項第一号口、第二号ヌ、第六条の第二号、第三十七条、第三十八条、第三十九条にいずれも表示せられておるところの扇動の文字はすべてこれを削ることにいたしたいと思うのです。この点に対しましては、すでに論議において十分繰返されておりますから、この扇動を削る趣旨はあえてここで繰返さないのでありますが、本法が最も危険とせられるところは、この扇動罪を掲ぐることにあるのです。勿論政府のお考えからいたしますならば、扇動こそというお考えもありましようが、国民からいたしますならば、扇動こそ除かなかつたならば、国民の基本人権は易易としてこれを毀損せられるところの虞れは十分あり得ると思うのであります。且つ又社会生活をする上から行きましても、この条文があることによつて我々の生活の安定というものは到底期しがたいと、かように確信する次第であります。又かような条章のあることによりまして、国民のこれに対するところの杞憂、不安又国民の文化向上、思想の現況、こういう面に対しましては多大にこれを制約し、今後におけるところの国民生活の上から言論のすべてを奪い去ると、国民は黙して語らないという状態に置かしむる結果を見ることは火を見るより明らかである。若しさような結果をもたらされるとすれば、それこそ民主主義は根柢から破壞され基本人権は奪い去られるものと言わなくちやならんものと思う。
 次に第三点に修正いたしたいのは、本法の第三条の一号のハの規定であります。この表現は御承知のごとく非常に曖昧模糊でありまして、これこそ今日の文化の面においては非常に阻害をなすことはすでに論議尽されておることでありまして、これは少くともその目的を明らかにし、且つその犯罪構成要件を明示することによつてこそ、初めてこれが是認せられるものと言わなくちやならん。原案のごとく曖昧模糊たる表現を以てすれば、すべての研究というものはこれによつて阻止されるということは明らかであるのみならず、この点において私は八号の修正は当然なさるべきものと考える次第であります。
 次に三条のりの規定、即ち公務執行妨害罪、これは当然刑法所定の規定によつて賄い得る犯罪であり、本法において特に取上げるところの必要は認めがたい。若しこれを本法において特段に取上げると申しますれば、多くの集会、大衆行動というものが、たまたま誤つてこれらの係官等の摩擦、衝突ということが即破壞活動と認定せられまして、微々たるこれらの行為が、それ自体が第四条、第六条の規制を以てせられるというような不合理な結果をもたらすことは、質疑中において明確にされておる次第であります。従つてこの点に対しましては私は削除を求めたいと思うのであります。
 第五に公安調査庁におけるところの審理手続の規定でありますが、これはすでに私が申上げました如く、一つの官庁の下に審理官と調査官とを同一官庁の下に所在せしめて、片手において調査し、片手において審理するというこの在り方は、今日の法規の大勢から申上げましても、到底容認し難いこの構成であるのみならず、又これを以ていたしますれば国民は納得して、これらの調査審理に服するゆえんのものは何ものも認め難い、危険も又甚しい、同一官庁に属するところの調査官の手によつて調査されたその事項は、その同一官庁の審理官によつてこれが審理せられる、すべてがこの手によつて確定づけられる、その範囲において委員会が審理しなくてはならん、この法律構成はそれ自体が書面審理の枠を定めて、公安調査官の考えることが最終決定を証言するものと言わなくちやならん、さような不合理はこの法律自体が証明しておる、これは当然是正されなくてはならんと思う。この点に対しましては只今中山委員の修正案においても取入れられておる次第であります。これは本法においては、当然抹殺さるべきところの制度であります。即ち審理官制度はこれを廃止する、従つて公安調査庁における取調は、単なる取調期日とし、取調手続とし、それに対して容疑を受けたところの団体は、これに対して攻撃防禦の方法を講じ、而して自己の所信を明らかにして、その取調べの杜撰であるとか、取調の間違つておるとか、取調の不当であるとかいうことを指摘してこの反省を促す、かくの如きその結果を審理委員会に持ち込むと、こういう態勢を整えることが当然の法律構成としての在り方だと考えるのであります。
 次に委員会の手続でありますが、これは本法に定めるところのものは、いわゆる審理制度を先ず定めておる審理官においてすべてを確定するという建前をとりまして、委員会はその範囲においてこれを審理決定するという建前をとつておりますから、非常に簡にして要を得ていない。この点は衆議院の修正のみによつては委員会制度の本質というものは明確でない。本法において最も重要な点は、この最後的の決定或いは中間的の決定とも言い得るでしよう。この決定の方式について、国民が納得し、国民の危惧を絶対に阻止し得るという態勢をとられてこそ、初めて安心してこの委員会に任せ得るということが肯けると思う。この意味におきまして、この委員会においての職務権限というものは、先ずその審理手続の半非公開或いは公開という考え方をとり入れること、又委員会は与えられたところの資料に対しまして、独自に、又申立によつてこれがつぶさにその真相を究明し得る、即ち検証であるとか、証人調べであるとか、本人尋問であるとか、その他書類の取寄せであるとか、書類の検閲であるとか、或いは職権を行使して、以て真相を把握することに努め得るような構成にされることが最も正しいと考えるのです。又国民といたしましても、そうした保障あつてこそ初めて本法のごとき法律の建前を認容し得るものと思うのであります。こうした考え方の下に、この委員会制度をすべて変更するというふうにいたしたいと考えるのであります。
 次に本法において最も危険視さるべきところのものは、委員会において決定せられましたその決定が直ちに効力を生ずることであります。これに対しまして、その決定を受けたところの団体が異議を申立てる、執行の停止を申立てる、こうした場合において、総理大臣の異議申立によつてその執行停止はなし得ないという、この行政事件訴訟特例法第十条第二項の但書を本法の場合は適用しないと、こうすることによつて国民の権利を保障するという立て方をとりたいと考えるのであります。この場合において、若しそういうことを許すならば、国家は公共の福祉を守ることが、守る目的が達成し得ないと、こういうところの非難があるかも存じませんが、これが若しそういうような事例があるといたしますれば、即ち行政事件訴訟特例法第十条の二項の前段の、いわゆる公共の福祉云々と、この規定を適用いたしまして、国会自体が、裁判所に対しまして、その仮処分に対するところの異議の申立をいたしまして、裁判所の自由の判断の下にこれが停止するか否かを決定せしめて足ると存ずる次第であります。この点に対しましては、総理大臣の異議申立権が優先ずる、即ち司法権をこの点において制約するという本法の立て方は、絶対に排除すべきものと考える次第であります故に、この本法においてその点を明確にする必要があると考えます。
 次に、委員会の決定がなされた場合において、その取上げられた事案の基礎をなすものは、大体において、第三条において規定せられるところのいわゆる刑事事件、というものが基礎をなすのであります。若し、この刑事事件の全員若しくは一部が無罪となつた場合においては、委員会の決定と司法裁判所の決定とが相矛盾することは明らかであります。かような場合におきましては、すでになされた決定が確定いたしておる場合におきましても、当然これが決定を取消し若しくは変更する規定を置くことは国民の権利保護の上においても認めなくてはならんと思うのであります。又その事案が決定から進んで訴訟の段階において、その判決が確定した場合におきましては、当然これが再審の理由として取上げられなくてはならんと存じます。そのような意味におきまして、この点を本法において修正いたしたいと考える次第であります。
 次に、かような場合におきまして、すでになされた処分に対してどう賄うか、これは当然その不法な決定において、国民は、第四条若しくは第六条の規制処分によつて、不当な行政処分の結果損害を生ずることは明らかであります。この損害に対しましては、当然審査委員会がその額を決定して、その被害者に対しまして賠償するところの責任を認めなくてはならんと思う。若しこの額に対して不服の者は、この場合において初めてその額の決定に対しまして裁判所に訴え出て、その審査を受くる、こういうようにいたしたいと思うのであります。第一段階においては、当然賠償の義務を認める、この考え方を本法において修正いたしたいと考える次第であります、次に、職権濫用の問題でありますが、これは第二条のいわゆる規制の裏付けとして、当然刑法百九十三条乃至百九十四条の規定の適用ある場合もあり得るでしよう。併しそうでなく、その程度に至らざる場合におきましては、本法に言うところの職務の執行行為でありますから、その権限踰越行為に対しましては、単なる訓令を以てこれを規制することは不可能であります。或いは内部的にも懲戒処分という措置もとられ得ることが想像されますが、それを以てしては国民は曾ての憲兵制度或いは特高制度、警察制度、こうした制度に由つて来るところの被害というものを眼のあたりに体験しておるこの日本国民といたしましては、これのみによつては到底安心ができない。故に本法の場合においては、この二条の訓示規定に対しましては、なお裏付けといたしまして、二条の行為を踰越した場合におきましては、ここに特別な独立犯罪を認め、以てその刑罰は百九十三条と百九十四条の中間をとつて、三年以下の懲役に処する、こういう在り方にして、これらの職に対するところの慎重なる職務執行行為を期すると、こういたしたいと考える次第であります。
 本法に対しまして、施行期日についても、これは相当考慮いたさなくちやならんと思うのであります。本法公布後二十日間を経過するということにいたしたいと思います。本法施行前においてなされた行為と、本法施行後になされた行為に対するところの経過規定を持つていない、そういう観点からいたしましても、本法を直ちに施行するという在り方は国民に対しまして、法律を遵奉するところの立場から考えまして、非常な不合理な結果を招来いたしますから、この点はどうしても修正いたしたいと考えます。次に、この修正に伴いまして、公安調査庁の公安審査委員会の制度についても修正いたさなくてはならん事案が相当多数審査委員会に輻湊して来ることが予想される。故に原案のごとき数を以てしては到底賄い得ない、これを六人にするという修正をいたしたいと思います。又これらに対するところの総理大臣の任免権は本法において認められておりますけれども、これに対するところの罷免権も国会の同意を得なくてはならん、こういうふうにすること、或いは同一政党に属する者を二名認めるところの原案は誠に不合理でありますから、これに対して一名以上は認められない、こういたしたいと考えます。その結果公安審査会におけるところの職員の数の変更ということも考えられるのです。これは当然事務の輻湊という点を考え合せますれば修正いたさなくちやならんと存ずる次第であります。かような要旨に基きましてお手許に配付いたしましておるところの修正案を立案いたしまして、これを本委員会において私の修正意見として提出する次第であります。修正案の各条章の修正事項につきましての朗読はこれを省略いたしたいと存じます。本案につきましては皆様の御賛同を得たいと存ずる次第であります。
#11
○委員長(小野義夫君) 次に内村君。
#12
○内村清次君 私は政府提出の三法案に対しまして反対し、両修正案に反対するものであります。
 私はその理由といたしまして、法理論的な理由につきましては、我が党の吉田君に譲るといたしまして、私は政治的な立場からその反対の理由を申述べたいのであります。
 その第一点は、今回の政府提案の理由といたしましてその重要な点は、最近起つておりまする各種の暴力行動というものが、この点を規制せざるにあらざれば民主主義の暢達はなされない、いわゆる現今の暴力行動に対するところの本法適用の必要性を強調せられておることであります。併し私は今日の社会不安の原因は、その根本的な基盤におきましては政府が今回取結びましたところの平和条約及び安全保障条約の締結に至るまでの独善的な強行によつて起るものであると、かように指摘するものであります。御承知のごとく我が国が悲惨極まるあの戦争に敗北いたしまして、その戦争の惨禍を国民全体が血と涙の体験によりましてこれを更正をし、真に心の底から更生をして平和を希求するそのためには、平和憲法の、即ち新憲法の取りきめにおきまして国民はこの憲法を護つて行く、どこまでも護つて行くというこの考え方に打ち立つて新日本の建設がなされておるのであります。然るにこの憲法発布のいわゆる昭和二十一年十一月の三日の記念式典におきまして賜わりました勅語の一節に「この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みづから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するように努めたいと思ふ。」この勅語の要旨というものは、その規定におきましてこの平和憲法を基調としたところの外交方針を打ち立てておる。又国内的には国民の基本人権を擁護してそうして民主主義体制を確立して行くというのがこの勅語の趣旨であります。然るに吉田総理が今回この講和を結ばれるに当りましての方法というものは、ただ吉田総理大臣個人の個性から発しておる。この個性によつて而も独善的にこれを強行しておるのです。而も残念ながら我々が血と涙で打ち立てたところのこの戦争を回避する、或いはこれを忌避するところの理念を裏切つたような一方的な締結になつて来たことを私たちはここに残念に思うものであります。その要因というものが、いわゆる行政協定をこれを締結いたしまして、国内的にその行政協定の実行がなされて行くと、もうすでにその現象は切実にわかつております。国内的に然りであります。国外的におきましてはこれは国際間の即ちこの変動或いは衝撃というものが国内の即ち国民は全体的に身近にその衝撃を受けるように相成つて来ておるのであります。又隣国の状態におきましても、これはもう身近に自分の国民の存立の点におきまして、存亡の点におきましても身近に考えるようになつて来ております。これが大きな国民に対するところの明るいところの、即ち自由をもたらすものでなくして、抑制せられたところの、圧迫せられたところの、この暗黒への道へ行くような不安、この不安というものが今日醸成せられておるのであります。この不安の原因というものが、いわゆるこのような条約の規定から流れておりまして、現実確かに学生の一部におきましては、この法案が両議院にかかりますときにおきましても、相当のこれに対する反対の意思を述べ、或いは学者におきましても、この法案に対するところの恐怖に対する反対を述べ、或いは文化人及び新聞、言論界すべてが、こういう不安のために起るところの、或いは恐怖のために起るところの不安のためにこの法案に対する反対を述べておる点がここにあるのであります。学生のかたがたにいたしましても、政府が只今予備隊は軍隊ならずと言いながら予備隊の増強をやつておる、こういうような点において国際的な不安の状態が国内的に身近に迫つて参りますると、そうするといつ自分たちが徴兵せられるか知れないという不安に怯えておる、或いは又学問の自由というものがこの法案の即ち行動によつて、そうして不安が醸成せられやしないか、真理の探求というものがこれで非常に規制せられやしないかという不安に戦いておるのであります。このような原因になりましたことは、やはりこれはどうしても一方的な一辺倒の外交方針によつてなされたのでありまして、これはどこまでも私は新憲法の精神に立帰る先ず総理の考え方、この考え方の反省がなされ、立帰るところの決断がなされないと、この本法が如何に修正せられましても、これを司りまするところの政府閣僚及び又その一連の官僚の独善に任せるような傾向がある。心配がある。こういう点におきまして私たちはこの案の成立に反対するものであります。
 第二の点におきましては、憲法の基本的人権、即ち基本権が、この法案によつてややもすれば憲法違反の疑いがあるという点を指摘したいのでございます。この法案の第二条におきましては、「思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由並びに勤労者の団結し、及び団体行動をする権利その他日本国憲法の保障する国民の自由と権利を、不当に制限するようなことがあつてはならない。」というような規定が設けてありまするが、これはただ国民に何と申しまするか、鎮痛剤を飲ます程度の封止規定でございまして、これでは決して鎮痛はいたしません。ますます不安というものはその中から起きて来はしないかというこの国民感情というものを抑えることはできないのであります。私はこのような基本権の制限というものが、いわゆる多数の国会の議員勢力によつて、常にこのような法案を出してそうして治安に対しては、或いは又国政に対してはすべて昔に帰るような吉田総理の独善的な権利集中に任せるような方法で法案の制定がなされておりまする今日において、例えば警察法の改正におきましてもその通りであります。警察権の総理の独占或いは保安庁の改正におけるところのやはり総理のこれは将来統帥権の掌握となることと思いまするが、さような考え方、こういうような一連の権力を集中したところの考え方によりまして、この基本的な人権というものが、剥奪せられて行く、こういうような一連の国民不安に対しまして、私たちは政府の今日とつておりまするところのこの強硬政策に対しましては、断乎反対するものであります。私はこのときにおきまして民主主義を擁護するにはどうしても私は国民が不断の努力を以てこの民主主義を護り抜いて行く。勿論伝統的に短い期間の民主主義というものは直ちに花が咲き実がなろうとは考えません。併しながら不断の努力が必要だ、民主主義の確立が必要である。そのために想い起しますることは、アブラハム・リンカーンが申しておりますように、若し多人数の人間が多数の威力を以て憲法に明記された権利を蹂躙し、少数者を無視するに至るときは、道義的見地から革命を肯定せざるを得ない。若しその犯された権利が重要なものであるときは恐らく革命に至るであろうと示唆いたしております。又更に少数の人を永久に欺くことはできる。すべての人を一時だけ欺くことも又できる。併しすべての人を永久に欺くことは何人もなし得ないことであると、これまたアブラハム・リンカーンは喝破いたして民主主義を擁護いたしておるのであります。このような多数が少数の意見を、即ち言論或いは結社の自由、こういうような民主主義の基盤になるような大きな基本的な問題を次々と抑圧いたして行きまするときにおいては、これは民主主義の却つて破壞になるのであります。この点を私は政府は慎重に一つ御反省になつて頂きたい、かように思うものであります。
 第三の点は、この法案によつていわゆる暴力的な破壞活動、そういう活動は法務総裁の御意見によりますると、これは表面に現われたところのそういう行為については、この法案によつて規制もし或いは又これを抑制することもできるであろう、こういうようなお考えでございまするが、私はここに起つておりまするところのこういう社会不安の要素というものは、ただ取締法規のみを以ていたしては到底根絶ということはできないという確信に立つておるものであります。それは僅かに一部である。若しこういうことはすでに私たちが新憲法の下におきまして基本的人権を尊重した上において、いわゆる社会の秩序を乱すもの、治安を乱すものに対するところのこの適法であるところの刑法及び刑事訴訟法、こういうような基本法を以てこれを取締るし、そうして又改悛させる。又この社会へといたしましての一員に復帰して、社会構成員として社会の繁栄を願うところのこの基本法というものが確立いたしたのであります。これで私はよろしい。そうしてこの治安の本源であるところの国民生活を向上させて行かなくちやならん。私はこの点は実に、総理にも尋ねしたかつたのでありまするが、残念ながらおいでにならない。それでは現今の生産指数というものはどれくらいになつているか、これは法務総裁自体が本当にこの点について、又私たちがお聞きすることも無理であつたろうと考えますが、こういうような生産指数が最近漸やく一三〇・六まで達しているにかかわらず、独立した今日においては来年度はこれは低下する、電力その他の問題で低下して行く、こういう状況がはつきりともう現われているのです。実際又国民生活の基礎になりますところの国民の総所得というものは一体どれくらいであるか。これは日本は一人当り国民所得は百五十三・二ドルです。アメリカは千七百八ドル、日本の十一倍もある。イギリスは六百七十八・二ドル、四・四倍もあります。西ドイツにおいてさえも三百九十七・六ドル、二・六倍であります。こういうような国民所得の少い現状、それから社会保障制度がこれは政府の口ばかりの社会保障制度であつて、実際結核にかかつている人たちがこれは三十四年度の結核死亡者が約百十四万人もある。本年度においては百四十万人と推定せられているというようなこういう悲惨な状態に対しまして、これに対するところの即ち結核対策に、政府はどれくらい出しているかというその額におきましても僅かに、二百三十三億円をこれを必要とするにかかわらず、約三〇%弱、約三〇%弱しか予算に計上せられておらない、こういうようなことでどうしてこういうこの結核の病者或いは父日本の汚名を一掃することができるでありましようか。住宅対策において然りであります。而も又特に最近の犯罪者の多いこと、この統計を見ましても或いは強盗、殺人、窃盗、汚職、こういうようなこの比率にいたしましても、これは昭和十一年度に比較いたしまして、二十五年度におきましても相当な数に上つているのです。私はここに時間の関係もありまするからその数字を申上げませんが、いわゆる自殺の心中者が年に二万人も上つているという現実であります。このように国民政策に対して、国民福祉の政策に対して無頓着であります。私はこれは極言かも知れませんが、これは私たちは何回もこの点政府に忠告いたしておりますが、この点に熱意のないにかかわらず、いわゆる再軍備の費用と考えられるところの予算構成においては予算の二一・七%もこれに割つている、こういうようなことでどうして国民の生活水準というものが向上して行くでありましようか。私たちはこの導因というものが、いわゆる政府の考え方で生産の集中化或いは又この富の再配分に対するところの理念の欠如によるところの富のこの懸隔というもの、間隔というものの、貧富の差が非常に間隙を大になして来ておる、こういう社会要素に対しまして無頓着な政府の施策を以ていたしましては、社会不安のこの大きな導因というものは取除くことはできない。これはただ一方で縛つて行くというようなことでは、私たちは政府の今回のこの法案の真意に対しましてどうしても賛成する気にはならない。これはどうか政府が反省されて出直して、そうしてこの国民の、只今も修正案も出ておりますが、そういうような国民一般の気持を察して出直して来て頂くということを私は特にここに主張いたして置きたいのであります。而も又この最後の重要な点につきましては、想い起しますることは最高裁判所長官でありまするアメリカのチヤールズ・ヒユーズが言つておりますように、われわれの制度を暴力によつて打ち倒そうというような扇動行為に対し社会を保護する重要性が大きければ大きいほど、自由な政治的討議の機会を保持するために、自由な討論、自由な報道、自由な集会等憲法上の権利をおかさないで守りぬくことの必要はますます緊急のこととなる。こうした権利を守りぬくことによつてのみ、政府は人民の意志に応えることができるのだし、また望ましいとあれば社会の変革も平和的手段によつて成し遂げられるのである。わが共和国の安泰はそこにあり、立憲国家の基礎そのものがそこに存するのである、とこういつておられるのです。これは他国のいわゆる民主主義的な先進国ではありまするが、他国の裁判長官がこのような考え方によつてやつておる。残念ながら我が国の行政府の長官は、いわゆる憲法の理念に対しましても、このような民主主義に対しましても、私は遠ざかつたお考え方をしておられる。このような権力を持つたところのかたがたの作りましたところのこの法案というものに、今後私たちは国民が、善良な国民一般大衆というものが、非常な不安を打開することができないという見地に立ちまして、私はこの法案及び又修正案に対しまして反対の意を表したい、かように存ずる次第であります。
#13
○委員長(小野義夫君) 次に長谷山君に御発言を願います。
#14
○長谷山行毅君 私は自由党を代表いたしまして、緑風会の中山、岡部両委員御提出の修正案並びにその修正部分を除いた衆議院送付の原案に賛成し、伊藤委員提出の修正案に反対の意を表明するものであります。
 我が国が、ここに待望の独立を回復いたしまして、我々国民一致して民主主義、平和国家建設に向つて一路邁進すべき時に当りまして、我々が最も憂慮に堪えないことは、国内治安の実情であります。遺憾ながらそこには集団的暴力による破壞活動が全国各地に組織的、且つ計画的に実行せられて、極めて不穏な様相を呈し、而も前途誠に寒心に堪えない情勢にありと言わなければならないのであります。申すまでもなく、この国内不安は、現下の視雑な国際的対立に関連いたしまして、誠に容易ならん背景を持つ問題でありまするが、今日に生きる我々といたしましては、如何なる困難をも克服して、この問題を解決し、子孫に対しまして、幸福なる生活の基礎を築くべき重大なる責任を有するものと信ずるのであります。もとよりこれらの問題の解決には政治に、経済に、教育に、文化に、又国家社会の万般に亘り、総合的施策を実施することが必要であることは勿論であります。併しながらそれがためには、先ず確保すべきは国内の治安問題であります。何と申しましても、我々国民生活安定の基盤は治安の維持にあるのであります。治安の維持なくしては、人権の尊重も、各種の自由権の擁護も決してあり得ないと思うのであります。従いまして我々は先ず現下の事態に鑑みまして、国内治安の確保に慎重な考慮を払わなければならないのであります。而して現下の不穏極まる治安状態に対処する国内法令の整備の実情を見まするときに、遺憾ながら極めて不備であつて、これに鑑みまするときに、この際必要最小限度の新らしい治安立法が講ぜられることが緊急事だと思うのであります。この点に関しまして、およそ世界における独立国家にして今日の我が国のごとき不備な法的体制を以て危険な破壞活動に対処する国は他にその例を見ない実情であります。従つてかような現下の事態に対処する適切な治安立法の必要性につきましては、我が国においても良識ある国民の大多数がこれを承認し、これを希求しておるものと我々は確信しておるものであります。而してこの問題に対する現下の世論の動向を見まするのに、一部の破壞分子の悪質な反対運動のごときは論外でありまするが、真剣に国の前途を思う有識者の中にも一部本法案の成立に反対しておるのであります。そしてこの反対論の理由は大体次の三つのように思うのであります。その一つは、我が国の未成熟な民主主義を育成するために、かかる立法措置を避けて、むしろ他の施策の実施に努力すべきであるとの主張であります。その二は、現下の事態は未だ新たなる治安立法の制定を必要としないというのであります。その三は、およそいわゆる治安立法というものは、すべて濫用せられるものであるからして、この種の治安立法はなすべきに非ずという観点に立つての反対論であるのであります。併し私どもはかかる反対論に対しましては全面的にたやすく同意することはでき得ないのであります。その理由は、この第一の反対論に対しましては、他の社会的施策の実施に努むべきことは勿論でありまするが、この危険な現下の暴力主義的破壞活動をそのままこれを見送り、遂には恐るべき段階が惹き起さるるまで手を拱いて傍観するがごときは、筍しくも治安維持確保が一切の基盤であることに思いをいたすときに到底賛成し得ないところであります。又第二の反対論に対しましては、これは時局認識に対する見解の相違でありまして、我々は決して現在の時勢を甘く見てはならないと思うのであります。正に革命の前夜であると申しても敢て過言でない程の事態であると思います。このときに当りまして、我々は是非とも破壞活動を断乎排撃するところの治安立法がなければならないことを痛感するものであります。第三の反対論は、我が国における過去における治安維持法等の治安立法のにがき経験からして、その濫用の跡に警戒し恐怖しての立論であります。その御趣旨はよく分るのであります。我々も過去の治安維持法が、その運用において誠ににがい経験を持つたことはもとより否定するものではないのであります。かかる経験こそ十分に反省せられるべきものであります。併し我々はこの反省に立脚するも、なお今日の事態に対処するには、本法のごとき必要最小限度の法的措置を講ずるのが必要であると言わざるを得ないのであります。どんな有効な、有益な薬でありましても、その投薬を間違いますれば、とんでもない恐るべき結果を招来することがあるのであります。従つて或る病気に非常に有効によく効く良薬ほど、その使用については万全な周到な注意を要するのであります。併しながらその薬の使用を誤まつて、有害な場合が起ることがあり得るからといつて、人類にとつて極めて有益な薬のできることまで否定するような立論には賛成することはでき得ないのであります。過去のにがい経験は深くこれを反省し、この経験を法律の構成の中に、又その運用の面に十分取入れまして、極力害を防止して公正な運用を図り、以て国内治安保持に資するこそ、今日我々のとるべき最も賢明な途であると確信するものであります。我我は以上のような観点からいたしまして、本法案成立を不必要とする議論に対しては断じて承服し得ないのであります。
 次に法案に対する修正論でありまするが、これは本委員会における公聴会におきましても、その修正意見につきましては、傾聴すべきいろいろの御議論を拝聴いたしたのであります。併しその修正意見の大部分は民主主義の擁護、人権侵犯の虞れからして、本法がこの運用の面におきまして濫用さるることを防止するには如何にすべきであるかという点でありまして、又本委員会の議論もこの点に集中せられたのであります。由来治安立法は、その治安を維持する一面におきまして、必ず個人の自由なり、或いは権利なりが制約せられることは止むを得ないところでありまするが、その人権の制約はこれを最小限度にとどめまして、法自体にその濫用を避ける方策を講じなければならないのであります。従いまして本法はその人権擁護と濫用防止のために如何なる考慮が払われ、如何なる措置が講ぜられておるかという点につきましては、十分これを検討しなければならないのであります。然らば原案においては、この濫用防止等について如何なる点が講ぜられておるかと申しますれば、次の諸点が挙げられると思うのであります。
 先ずその第一点は、原案の第二条に、この法律による規制及び規制のためにする基準を明確にして、その運用は常に必要の限度にとどむべきで、国民の自由と権利を不当に制限してはならないと定めてあるのであります。第二点は、暴力主義的破壞活動の概念を極めて極言いたしまして、而もその意義の明確を期しておるのであります。即ち破壞活動の内容は、第三条におきまして、現行刑法所定の各条規及び判例等によつて、概念の定められていた用語を用いまして、その意義を明確にし、拡張解釈による濫用の危険を極力防止しているのであります。第三点は、団体規制の条件は第四条、第六条に厳格に規定して、これを限定しておるのであります。第四点としては、団体規制の手続を慎重にいたしまして、規制の請求前に公正に団体の意見、弁解を聞く途を開いております。第五点は、規制のための調査及び処分請求の機関と、その決定の機関とを分離しまして、権限の集中化を避けておるのであります。第六点は、規制を受けた団体は、不服であれば一般の手続に従いまして、司法裁判所に提訴する途が講ぜられております。これに反しまして、調査庁においては、一旦公安審査委員会に処分請求をした以上は、それが却下棄却の決定がなされましても、これに対して抗議する途がないのでありまして、この点は調査庁をして慎重なる態度をとらせることを要請されておると同時に、又団体に対しては十分な救済の途が開かれておると思うのであります。更に第七点は、公安調査官に強制調査権を認めない点であります。この点に関しましては、政府の説明によりますれば、調査庁の職員については特別な施設を設けて、十分なる教養、訓練を与えると共に、その職務の執行については厳格な準則を定め、特別な監査制度を設けると言つておるのであります。その他規制の手続におきましては、いろいろの点でこの人権擁護と濫用の防止の方途が講ぜられておりまして、誤まりなき運営を期しておるのであります。
 以上のような点が本法の原案自体の中に取入れられておるのでありまするが、更に本委員会において、これらの点につきましては、あらゆる角度から検討を加え、又言論界、学界等の有識者の意見も徴しました結果、この濫用防止につきましては、最大の慎重を期したのでありまするが、今回緑風会の中山、岡部両委員提出の修正案におきましても、この点を極めて重視せられまして、誠に適切な修正が加えられておると思うのであります。この修正案を拝聴いたしますれば、先ずこの人権の尊重と濫用防止の措置として、原案のほかに、更に第一点といたしまして、拡張解釈の禁止が加えられておるのであります。第二には、この文書の意義につきまして、これを正確化して濫用なからしめておるのであります。第三点は、この文書の所持を削除されたのであります。次には扇動の定義を明らかにし、又第十九条の第二項の処分請求書に添附すべき証拠につきましても、団体の利益を十分取入れるように修正されてあるのであります。次には公安委員会の取調権限を法文上明確に二十一条に規定せられることにしておるのであります。次の二十六条の公安調査官の調査権にも、第三条に規定する基準の範囲内において取調べができるのだというふうに制約しており、又公安審査委員会の決定の慎重、公正を期するために委員を二名増加する修正をされたのであります。更には又この公安調査官の職権濫用についても、現行刑法の百九十三条の一般公務員の職権濫用罪よりも重い特別罰則を設けることにしておるのでありまして、これらはいずれも本法運営に当りまして、適正を期して、いやしくも濫用等に亘ることなきような措置を講ぜられたものと解しまして、これに対して賛意を表するものであります。殊にこの破壞文書の意義を非常に明確に絞つた点、又文書所持を削除せられた点につきましては、これは濫用に対する危惧の念を一掃した感じがいたすのであります。本来この所特の点につきましては、原文をよく読んで見ますれば、解釈いたしますれば、一定の或る目的を以てこれを所持することであるので、理論上は抜く必要もないかとも思わるるのでありまするが、又他の一面、取締りの面等から申しますれば、不備の点もこれを抜くことによつて生ずるかも知れないのでありまするが、他の一面から考えますれば、この所持が捜査の端緒となり、濫用の第一歩がこの辺から生ぜらるる危険も考えらるるので、これを削除するほうがむしろ本法案に対する徒らなる危惧の念を一掃するものとして、これ文賛意を表するのであります。又この修正の中には、第三条第一項第一号イに、内乱罪のほかに外患に関する罪を加え、又そのホ号には無線通信或いは放送等を加えられたのでありまして、これらも現下の事態に照らし、治安立法の万全を期する立場から誠に至当な修正だと存ずるのであります。以上のような点から考えまして、右の中山、岡部両委員修正案に我々は賛意を表するものであります。
 一次に、伊藤委員提出の修正案につきまして簡単に一言申上げたいと思うのでありまするが、先ず第一扇動の点であります。本法のような治安立法におきましては、扇動は極めて重要な点がありまして、本委員会におきましても、又世間一般におきましても、この点につきましては、いろいろ論議せられたのでありまするが、扇動の危険なことは現下の事態に鑑みまして極めて明白であり、このような危険な実害的結果を引起す明白且つ顕在的危険があるのであります。従いまして諸外国の立法令によりましても、本法に掲げるような重大な実害行為の扇動は全部これを取締ることになつており、それは米、仏、独、英等においても、すでに法律上の常識となつておる点であります。我が国の現在の事態に徴しますとき、これを全面的に削除することは絶対承服し得ないのであります。併しながら言論界或いは学界等においては、この濫用の危惧を強く持つておるように見受けられまするが、この運用につきましては、かりそめにも旧治安維持法時代のごとき濫用なきことを強く政府並びに関係当局に要請する次第であります。
 次に暴力行為として、いわゆるリ号を削除せよとの修正案でありまするが、これは現下の事態に鑑みまするとき、かような多衆共同の犯罪は頗る危険性が多いのであります。凶器又は毒劇物を携え多衆共同して行うということに、単純な公務執行妨害に比しまして非常な悪性が顕著に現われまして、いわゆる権力闘争となる破壞活動にほかならない活動であるのであります。且つ現実に惹起せられておりまするこの種の破壞活動を見まする場合に、極めて危険性に富んでおると言わざるを得ないのでありまして、到底これを放任し得ないのであります。
#15
○委員長(小野義夫君) 長谷山君に申上げます。あと十分です。
#16
○長谷山行毅君 更に行政事件訴訟特例法第十条第二項但書の内閣総理大臣の執行停止の異議申立を適用しないという点でありまするが、これは行政事件訴訟特例法第十条第二項但書の規定は、行政権と司法権との対立する関係を明確化したものでありまして、司法権の侵害というがごとき問題はないと思うのであります。団体規制の処分は純然たる行政処分でありまして、内閣は全責任を以て遂行するものであります。従いまして裁判の確定前においては内閣の意図するところが確保せられることが必要であることは行政処分として当然だと思うのであります。
 次に刑事裁判が無罪となつた場合に、当然団体規制処分を取消す、又無過失的の国家賠償制度をこの法律に設けるべきだという点でありますが、これは一応理論としては考えられるところでありまするが、刑事裁判が無罪となるとき、当然に行政処分を取消すものとするときは、今日の他の法制の体制を乱す慮れがあるのでありまして、この点は俄かに賛同し得ないのであります。又無過失損害賠償制度を設けることも、これも問題であります。これは更に慎重なる考慮、検討の下に解決せられるべき問題だと思うのであります。
 以上簡単でありまするが、申上げました諸点からいたしまして、私は緑風会の中山、岡部両委員の修正案並びにその修正部分を除く原案に賛成し、伊藤委員提出の修正案に反対するものであります。
 最後に、私はかような治安立法を必要とせざる日本となる日の一日も早からんことを衷心より念願いたしまして、私の討論は終ります。
#17
○委員長(小野義夫君) 次に吉田君に御発言を願います。
#18
○吉田法晴君 先に討論をいたしました内村君の討論を補足いたしまして、私の討論を進めたいと考えるのであります。
 私どもが原案と二修正案について反対せざるを得ない第一の理由は、この法案に対しまする世論を十分に反映していないという点であります。この破壞活動防止法の前の案であります或いは団体等規正令であるとか、或いは保安法等について、国民の大多数、労働組合といわず、新聞雑誌出版関係者といわず、学界文筆人といわず、宗教家といわず、法曹界といわず、国民の良知良識あるかたがたの挙げての強い反対があつたことは私が今更指摘するまでもございません。これだけ広汎にして真剣な反対運動が拡げられた法案は曾つてなかつたと言つても、これは決して過言ではないと思うのであります。労働組合は三波四波と、この間においては或いは政府の、或いは資本家陣営の弾圧切崩しの意図が明らかに出て参りました。然るにその中において犠牲を覚悟の上で悲痛な反対運動を続けて参りました。新聞雑誌出版界においても筆を揃えて最後の今日に至りますまで国会に対して反省を求め、この法案の骨抜きと撤回とを求めて参られました。学界文筆家或いは文化人の反対に至りましては、先の学術会議或いは各大学殆んど挙げての反対、それは悪法反対国民運動連絡協議会になり、期せずして国会にも陳情においでになり、或いはこの法務委員と前例のない懇談会を開かれるに至りましたけれども、その間における学界人或いは文筆人の真剣な態度に対しましては、私ども心から敬意を表し、尊敬の念を払わざるを得なかつたのであります。最近に至りましては、或いはミツシヨン・スクールや宗教界まで反対せられております。或いは法曹界の中にも反対がありますことは御承知の通りであります。これらの反対に対しまして、自由党の代表は先ほど杞憂だと言われました。政府ももしばしばそれは杞憂であるという遁辞を設けて来られましたけれども、これらの反対をしております国民各界の理由は決して理由のないものではございません。この関係諸法律によつて言論、集会、出版、結社の自由が制限せられること、規定の中に憲法違反の条章がありますことは明らかであります。この法律によつて行政処分と刑事処分がなされることになるのでありますが、行政機関によつて、或いは公安調査庁によつて調査がなされ、或いは審理がなされ、そして調書と請求書に基いて公安審査委員会の審理がなされるのでありますけれども、いずれにいたしましても、これが行政機関であることには間違いございません。そしてその決定が裁判所に持つて行かれる可能性が残されておると言われますけれども、従来の経験からしますならば、この事前の審理が、或いは公安調査官の調書が最後までものを言つて参ること、これが支配的になつて参ることは従来の経験から明らかであります。そしてそこで行政事件訴訟特例法第十条第二項但書によつて裁判所においてこの処分をストツプすることも、恐らくこれは次々に総理大臣の異議申立によつて抑えられて参るでありましよう。或る人は国家機関の専断と人権の蹂躙がせられる伝統のある日本においては、この行政機関の専断は防ぐことができないということを喝破いたしておりますが、これは私の議論ではなくして、反対をせられて参りました学者その他各界の共通の意見であります。或いはこの行政処分と刑事処分は入り乱れまして、恐らく実際に法の運営にとつて起つて参ります事態は収拾の付かない事態を招来することをこの法案は物語つております。或いは質疑応答で明らかにいたしました基礎条文のあいまいさ、或いは広汎さ、或いは政治目的を持つ犯罪の、刑法各本条に比べて重刑であるということは、これは何人の目にも明らかであります。特に行政機関の中心に特審局であり、或いは特審局の後身であります公安調査庁であるということは、これは政府委員も認めましたけれども、それは治安警察の創設であります。治安警察という言葉をわかりやすく言いますならば、それは思想警察であり、特高警察であると言われておりますが、この三法案の中心は、或る意味においてはこの思想警察を復活するのがその最大の使命であり、破壞活動防止法案はその根拠法文であると言われるのであります。なお行政処分に裁判が事実上影響せられ、或いは拘束せられるという可能性につきましては、質疑の間において羽仁委員等からも明らかにせられたところであります。
 以上申述べました反対の理由、そしてこの法律が濫用せられる危険性を持つておるのではなくして、濫用せられる必然性を持つておるということは反対者のひとしく口にせられるところであります。反対の一番主な理由は、この法案が可能性ではなくして、必然性を持つておるという点であります。このことにつきましては、政府の原案についてももとよりでありますけれども、国会がこの反対の空気に鑑み、若干の修正をせられようとしておりますが、緑風会の修正案はこの輿論に対して名目的に追随したというにとどまりまして、何らこれらの反対について本質的に答えられるところはございません。残念でありますけれども、これは申訳的な修正案であると言わざるを得ないのであります。社会党第二控室、改進党の修正案につきましては、その修正の幅は緑風会に数歩優れておる点は認めるのでありますけれども、なお併しこの反対の理由を十分救い得るほどの修正になつていない点を残念に思うのであります。輿論は国会、特に参議院に対して大きな期待をかけ、ここで或いは否決をせられるか、或いは根本的な修正がなされるかということに大きな期待を持つて参りました。或いは参議院に寄せられます文書、或いは陳情、或いは新聞紙その他を通じて表明せられます期待は、偏えに参議院に集中せられております。今日衆議院においては自由党の絶対多数の下に道理が引つ込んで無理が通るという現状において、参議院こそ国民の期待に副い得る唯一の一院であると考えられておるのでありますが、若し私どもがここで十分にこの国民の期待に副うことができませんならば、これは議会政治或いは民主政治の基本に対する危惧を生ずるであろうと危惧せざるを得ないのであります。参議院は申上げるまでもなく第二院として衆議院の抑制機関であります。立法機関のみならず、国の最高の機関の中において、衆議院における絶対多数を持つております勢力の抑制を、衆議院における無謀を抑制し修正することができませんならば、参議院の存在価値というものは私はないと考えるのであります。そういう意味において私どもこの法案に対して、この法案が政治の基本原則を大きく左右いたしますだけに、大きな責任を感ぜざるを得ないのでありますが、原案はもとよりのこと、修正案についてそれに十分答え得ておられない点を甚だ遺憾に存ぜざるを得ないのであります。
 私どもがこういう態度を持せざるを得ない基本的な第二の点は、民主主義の基本的な原則をここで曲げようとするものである点であります。民主主義の何たるかについては私が申上げるまでもございません。敗戦の結果ではございますけれども、過去の独裁政治或いは軍国主義、これらに対する深き反省の上に不変のものとしてここに打立てた民主憲法がございます。その民主憲法の基本を流れております民主主義、その一番基本的な原則は、何と申しても言論、集会、出版、結社の自由であると思うのでありますが、この民主主義の大原則が行政権によつて制限せられ、規定せられようとしておるところに私どもの重大なる関心が存在するのであります。明治維新の後、不完全ではありますけれども、民主主義への一歩を踏み出しました。それがその後或いは官僚、軍閥の強大化に伴いまして制限せられて参り、或いは大正の初期に普選の実施と共に民主主義政党政治の高揚として一時期を画しました。併しその後更に軍国主義の高揚と共に民主主義は跡形もなく奪い去られて、そうして戦争への道、敗戦への道を歩んだことは私が今更繰返す必要はございません。戦後のこの尊い犠牲の上に打ち立てた民主主義は、十八世紀的な民主主義にとどまらず、社会化或いは社会主義的な要素を含んで、歴史上ワイマール憲法と共に、或いは平和主義を徹底した姿において貫いたという意味において、画期的な憲法でありました。私が社会化の要素或いは社会主義的な要素と言いますのは、土地の解放或いは団結権、罷業権の確立或いは社会保障についての憲法第二十五条の規定、これらは資本主義の制限を含んでおるところの新らしい画期的な要素であります。この民主主義を、民主憲法を捨てるかどうか、大きくその原則を展開するかどうかという段階にこの法律の制定を通じて直面するか否かであります。或いは民主主義を行政権によつて制限する第一歩がここに踏み出されようとするか否かであります。新憲法の下における民主主義或いは国民主権の原則については、各条章のほか、特に憲法前文において明らかにしておるところであります。ここに引用するまでもございませんが、「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」と謳つてあります。この破壞活動防止法その他はこれに反する法令の一つに属すると考えるのでありますが、政府或いは自由党においては、これらの点について党の名前に自由党という名前が付いておりますけれども、御反省のないことを極めて遺憾に存ずるのであります。行政権による国民の権利義務の制限の事実につきましては、質疑を通じて、公共の福祉と基本的人権という問題に関連いたして質問をいたして参りました。政府は公共の福祉のためには、公共の福祉を治安維持という言葉に置換えて、治安維持のため公共の福祉の維持のためには国民主権の原則を覆えし、行政権が国民に優先することを認め、その授権立法を認められようとしておるのであります。公共の福祉と国民の基本的人権については繰返してここで詳論をいたしませんけれども、或いは佐藤法制意見局長官の前任者である金田一氏、或いは東大の我妻教授或いは法学協会等が、それぞれ新憲法発布後に論述せられておるところであります。私はむしろこの新憲法公布後の諸議論に現われました基本的人権の擁護のためには、公共の福祉が従属的なものであるとする、公共の福祉を以てしても基本的人権は奪うことのできないものである。或いは天賦神権説或いは治安法的な観念がございましようとも、基本的人権は公共の福祉を以てしても制限することができないものがあると、これを高らかに強調いたしますことこそが、現在置かれておる私どもの任務だと考えるのであります。なおこのことにつきましては、この法案第三条の朝憲という問題に関連して論議をいたしましたが、政府は朝憲という概念の中には平和主義は入らないのだ、それは政治上の主義、施策にしか過ぎないのだ、何々イズムと言われるものと平和主義とは同じものであるという御答弁がございました。憲法を貫いております平和主義が戦争の放棄、非武装、そうして中外に闡明した平和主義が炭鉱国管やその他の具体的な主義施策と同じものであるという考え方については唖然たらざるを得なかつたのでありますが、これらの点にも明らかに新憲法の精神と反します基本的な精神が流れております。まさにそれは旧憲法的な思想であります。或いは独占資本の利害と同じものであり、独占資本の利害と官僚主義とが結び付きました旧専制主義的な考えであり、全く逆コース的な理念と言わざるを得ないのであります。到底新憲法の確立いたしました民主主義の容認し得ざる原則がこの破壞活動防止法の中を貫いておるということを指摘し、そうしてこの民主主義を擁護することが私どもの今日課せられておる任務であるという点に鑑みて、この三法案には断固として反対せざるを得ないのであります。
 なお第三には、この破壞活動防止法関係三法案の立法の前提になつておりますものは、第一にそれは共産主義が暴力であるという点であります。或いは破壞活動であるという点であります。このことについて大内先生も我々との懇談会において指摘せられましたけれども、共産主義を破壞活動と断定する点について、アメリカの世界的に一番まずい態度が現われて参るのであるということを言われましたけれども、法案の前提になつております考え方が、かかる思想に基いておりますことは明らかであります。殊に木村法務総裁は質疑の過程で、独裁制を実現せんとする全体主義だという表現をなされたのでありますけれども、私は政府なり、或いは与党の考えの中にあります単なるこういう表現に対して非常に悲しみを感じたのであります。共産主義に対する考えがかくのごときものであるか、或いはこの程度であるかということに悲しみを感じたのでありますが、それは共産主義に対して思想的に対抗する自信がないことをはつきり暴露いたしております。申上げるまでもなく共産主義は思想であります。それは政治、経済、歴史各般に亘るでありましようが、私どもは政治、思想に対しては思想を以て対抗すべきであるという民主主義的な原則に立ちますならば、自由党の政府が思想を持たずして、力を以て対抗する以外にないということについて憐憫の情を感ぜざるを得ないものであります。あとで引きますけれども、社会民主党鎮圧法は歴史的において破壞活動防止法と本質的に同じものでございます。この社会民主党鎮圧法は一八七八年五月十一日のベルリンにおけるヘイゼルという気狂い、遺伝黴毒を持つております者が、カイゼル・ウイルヘルムに対して曲つたピストルで、当る可能性のないピストルを発射したという事実を以て直ちにこれを社会民主党員であるとし、越えて六月二日ノビリングがカイゼルを狙撃した事実をつかまえて、そして社会民主党鎮圧法を制定したのであります。この社会民主党鎮圧法に対する当時のドイツの世論は、まさに日本における破壞活動防止法に対する世論と全く同じでありますが、これは政府の事件を政治的に運用しました策略と、そしてその後に国民の中に起きた不敬事件の挑発という問題で以て、遂に一八七八年の十月に成立せしめたものであります。その後これは力で以て社会民主主義を抑圧しようといたしましたけれども、遂に政治的な情勢の変化に押されて廃止せざるを得ない運命に逢着したのでありますが、私は特にこの社会党鎮圧法に対しまして、エンゲルスが言つた言葉を引いて私は政府の参考にいたしたいと思うのであります。これは「改造」に載りましたものの又聞きでありますから、或いは若干不正確な点があるかも知れませんけれども、お許しを頂きたいと思います。「社会民主主義的票数の増加は自然過程の不可抗力をもつて改選毎に進んで行つた。暴圧、警察の擅断、裁判官の悪意、それらの総ては何らの効もなく弾き返された。そうして社会民主党は帝国第二の大政党となつた。そうしてかくの如き場合に、ドイツの労働者が唯ビスマルクを命がけの危難から救い出してやるために、見込みもない暴動に誘導されて、以つて自分自身の事業を挫折せしめるべきであろうか。……社会民主主義者のために働かざるを得ないという様な……此の如き刹那に於て規律、自制が役立たなくなるべきであろうか。そして吾と吾が身を突きつけられている劔に投ずべきであろうか。断じて否。かくするには社会党鎮圧法は吾々労働者を余りによく訓練した。……そうするには彼等の内の余りに多くの戦士が弾丸雨下を顧みず、攻撃の機の至るまで立て銃を忍ぶ事を修得した。」と書いてあります。これを以ていたしますならば、政府或いは自由党の考えられるような破壞活動が共産主義の本体であるということは、これは言えないと考えるのであります。私は思想に対して思想を以て対抗しようとするのでなく、力を以て対抗しようとする前提となつておりますこの暴力であるという点について反省を求め、そして先ほど読み上げましたエンゲルスの言葉こそ、これは現在の共産党も考えられるべき点であると考えるのでありますけれども、この認識につきまして、政府の考え方についての駁論の一つの材料としてここに引くことをお許し願つたのであります。なおこの共産主義を暴力である、或いは破壞活動であるとするこの態度は、これは国際的な繋がりを持つております世界的な閉じ込め政策の国内版をこの日本において生もうというのが私は政府の態度であると断ぜざるを得ないのであります。私は民主主義的な態度であるならば、思想には思想を以て対抗する。或いはそのよつて来たるところの原因については民生の安定、政治を以てこれに善処せられることが政府の責任であると断じ、前提の第一について反論をせざるを得ないのであります。
 なおこの法律、立法の前提の第二は、破壞活動が存在しておるというこれは認定に立つております。政府は公式には共産党の武力革命の方式と、現われておる破壞活動の中に必然的な関係がある、疑いがあるという言葉で表明せられております。成るほど武力革命の方針を決定したということ。或いは武器をとれといつたような五全協の決定、或いは平和と独立、球根栽培法等については、私どももその資料を拝見いたしました。私は併しながら政治家として、政府としてこの破壞活動のよつて来たるところについて考えることなしには、そしてそれに対する対策を立てることなしには政治ではない、政府の責任ではないと考えるのであります。この点については伊藤委員からも質疑の間で指摘せられましたから詳しくは申上げませんけれども、そのよつて来たるところについて若干の考察を試みますならば、終戦後野坂氏が帰つて来られたときには、日本においては、これを凱旋将軍のような恰好で迎えました。この点については或いは監獄から解放して、そしてこれに対して激励までされたのでありますけれども、それの点は遠い昔の話として、この帰還された野坂氏は平和革命方式を、愛せられる共産党の主義を闡明せられたが、その後その民主主義的な態度を、平和革命の方式をなぜ捨てたか、これは一に或いはコミンフオルムの批判もあつたかも知れんと思うのであります。なお国内において、政府の態度についても反省せられる点があるのではないかと考えるのであります。そして現在においては自由党が向米一辺倒になられたのに対して、共産党は向ソ一辺倒になられたのでありますが、この両陣営の対立がそのまま国内に持ち込まれる点に私ども非常な平和に対する危惧の念を抱かざるを得ないのであります。そこでこれらの破壞活動につきましては、破壞活動がなぜ起つたかということについての政治的な反省を求めたいと考えます。或いは自由労働者が破壞活動をやると言われますならば、或いは輪番制によつて二日に一日、或いは三日に一日しか仕事がなくて、或いは盆となり、或いは暮となるならば、正月を越す餅代もないという現実が、自由労働者をしてこの種の行為に向わしめるとするならば、その自由労働者の現実の生活こそが政治の責任の対象でなければならんと考えます。或いは朝鮮人の諸君にして破壞活動がありと指摘せられますが、あの出入国管理令によつて強制送還せられ、そしてそのことが生命にも関連すると危惧せられる今日、弱い者として、最後の場合に多数の力によつてみずからの身を守ろうとすることは、これはひとり戦後の問題のみではございません。私どもはそのよつて来たるところに対して、深い同情と、そしてその事態の起つて参ります原因を考えることこそが政治家の責任でなければならんと考えるのでございます。このことは、言われます学生についても私は言い得ると思うのであります。或いは両条約により、或いは行政協定によつて米軍の駐留があり、再軍備が行われて行き、或いは自由党政府の施策によつて貿易は進展せず、生活は苦しくなり、殆んどすべての学生がアルバイトをやらなければならん、そうして自分たちの過去の半生の大半は戦争によつて空白となり、或いは学友は戦線において、或いは徴用された工場においてその命を失い、或いは生活を犠牲にした。然るにそのわだつみの声がまだ聞える今日、再び徴兵令の第一歩が踏出され、戦争の危機が近付いて、自分たちがあの学友と、或いは同僚と同じ道に進まなければならんのではないかという危険が身に瀕しておりまするときに、学生の動きますことは、これは学生だから政治に関与することが許されないというような言葉で以て対応さるべきものではないと信ずるのであります。破壞活動の前提につきましては、或いはメーデーの事件、或いは早大事件、或いは渋谷の事件等について、ここに評論をする機会はございませんけれども、委員会で論議をいたしましたように、或いは今日現われておりますメーデー事件の第三者の見聞記を見ましても、これらの点について断定をすることができないことは明らかであると考えるのであります。法の前提となりました破壞活動の存在については大きな議論があると断ぜざるを得ません。
 第五に、法制定の沿革についてでありますが、この破壞活動防止法その他が団体等規正令の後身として、いわゆる講和後のこの種の法律の空白に対処しようとしたことは明らかであります。ただ大きな差異は、団体等規正令が戦争協力者の追放、或いは平和主義、民主主義の擁護と推進にあつたという事実を完全に無視し、その要素を完全に捨て去つて、法案の中においても破壞活動のうち、右と言わず左と言わず、法所定の行動があつたならばこれを規制すると言われますけれども、或いは政治目的を持つた破壞活動云々の中に、取りあえず或いは眼前においては右翼の問題は問題にせられていないことは明らかであります。団体等規正令に比べて法が歴史的に後退をしておるということ、右でなくして左を指向しておるということは明らかであります。
 第六に、この法律によつて目指しておるところの法体系の問題であります。曾つて戦前においては治安維持法のほか、治安警察法或いは出版法、新聞紙法等弾圧諸法規或いは基本的人権を覆えし、民主主義を奪つた諸法律がございました。そうしてこれらの諸法律が国家警察の基礎をなしたこと、中央集権的国家警察或いは警察国家の基礎をなした法律であることは今更申すまでもございませんが、現在破壞活動防止法を作り、或いはデモ集会の秩序保持に関する法律を制定せんとし、或いはゼネ禁法について制定を進め、警察法の改正を進められておりますが、先に成立いたしました刑事特別法と共に、再びこの旧憲法時代の警察国家を実現せんとする法体系の基本的のものが、この破壞活動防止法ほか二法律によつて出来上ろうとしておるわけであります。戦争勃発前の言論の自由の制限が今から考えまするならば極めて峻厳であつたかのようでございますけれども、顧みてみると、満州事変の勃発前後においては、なお相当の言論の自由が、或いは国会の中において、或いは地方議会の中において、その他許されておつたことを私ども思い起すのであります。現在の環境にいたしましても、或いは戦前の満州事変前後に比べて遙かにかに反動化し、遙かにに言論、集会、出版の自由が事実上制約せられておることを私ども感ぜざるを得ないのであります。こういう環境の中において法律体系を基本的に展開いたします破壞活動防止法その他ができますならば、これは曾つての治安維持法或いは治安警察法、出版法、新聞紙法等があつたより以上の人権抑圧時代が招来せられるでありましよう。或いは現在出版法、新聞紙法等が制定せられておらんだけでありますけれども、この法案の審議の過程で、地下にもぐる共産党に対しては、共産党の本体に対しては、この法律は如何ともしがたいとするならば、別に法律を考えなければならん。或いは議論の過程でも明らかになりましたけれども、破防法の修正拡大の意図すらが政府の答弁の中には散見いたしております。曾つて大橋法務総裁が、如何に修正せられようとも、橋頭堡をこしらえておくならば、修正拡大は容易であるということを言明せられましたけれども、私どもはその後の審議を通じても、この危険を痛感せざるを得ないのであります。なお更にゼネ禁法の構想を非常事態に即応する法律として考慮せられるとか、或いは戒厳令に相当するような法律を考えておるといつたようなニユースを散見するのでありますが、政府がこれを否定せられますけれども、最近の事実は、これらの新聞報道のほうが政府の言明よりも遙かに正確であるということを私どもは教えられて参りました、かくしてこれらの諸法律が整備せられて参りますならば、隣国韓国における国家保安法の下における、或いは反対派を弾圧するための戒厳令の実施を見ておりますような韓国の事態が、この日本に招来せられないと私どもは断言するわけには行かないと言わざるを得ないのであります。
 政府は、アメリカ、オーストラリアその他のこの種立法について参考書類を提出せられましたけれども、むしろ頂かなかつた韓国の国家保安法なり、或いは関連いたします諸法律のほうが、もつとこの破壞活動防止法その他に近似しておるのではないかと考えますが、その詳細は十分知ることはできませんけれども、最近の新聞によりますと、最初のこの韓国版破防法によりますというと、政府に反抗をするだけで民族反逆者として無期又は死刑に処せられる、而もこれに該当する容疑者は令状なしに捜査逮捕することができるというしろものであつた、この草案が若干緩和された形で一九四八年十一月国会を通過したが、これは対外、対内世論的のゼスチユアに過ぎなかつた、或いは令状なしで捜査、逮捕ができるというようなことも破防法に似ておりますが、名前からいたしまして、国家保安法という名前からして、この破壞活動防止法或いは参照せられましたアメリカの国内安全保障法に似ております。その国内……。
#19
○委員長(小野義夫君) 吉田君にちよつと申上げますが、四分超過のところでございますから。
#20
○吉田法晴君 この韓国の国家保安法によりますというと、一九四九年の七月から十二月までに六万人が保安法違反で殺されておる。著名な歴史家或いは植物学者は転向書を書かなかつたという理由で拷問の挙句、全身にガソリンをかけられて焼殺されたと報ぜられております。私はこの破防法によつて更にそれが拡大修正せられて行き、この韓国におけるような今日の事態の招来することを憂えるのであります。
 なお、第七に、この法案の客観的な条件、従つて法の役割と運命であります。両条約の締結、或いは行政協定による米軍の駐留、そうして再軍備、日本の再軍備、アジアの放棄、軍事予算による国民の犠牲、国民の基本的人権の抑圧、これらの関連については、先ほど来内村君から討論をいたしましたから省略いたしますが、これらの環境の中において、民主主義の原則である言論、集会、出版、結社の自由が制限せられ、そうして輿論が沈黙せしめられようとしておるのであります。学者或いは文筆家は、私どもの意見を聞かずに飽くまで強行、押し通せられますならば、我々は沈黙をするでありましよう、こう言つて大きな不満を表明せられましたが、私は、輿論が沈黙するに至るという、この民主主義的な伝統が奪い去られるということについて、非常な杞憂を感ずるのであります。或いは、現在においては、この民主主義を擁護する最大の力であります労働組合さえも、それを分断し、或いは御用化しようという動きがございます。かくのごとくして進みますならば、完全に民主主義は奪い去られ、或いは国家に対する不信は、遂に暗黒時代を日本に招来するであろうと断言せざるを得ないのであります。或いは共産党を地下に追い込んで、そうして対象とするのは共産党の活動ではなくして、無事の民衆を、或いは国民を敵に廻すのではないかという点は、これはひとり私どもの杞憂のみではありません。或いはメーデー事件後の擾乱においても、第三者が、或いは観衆がどういう感情を持つておつたか。或いは渋谷においても、袖の下に隠れたその悪魔、前面に出ておるのは普通の無事の国民であつて、そうしてそれが暴力を加えられ、或いは検束をせられ、拘束をせられる。そうして国民の間に、警察権に対する、或いは国家権力に対する不信と不満とが生じておるという事実は、私ども見逃すわけには行かんと思うのであります。かかる大きな犠牲を払い、国民の言論、集会、結社、出版の自由を奪つて強行せられます法律は、曾つての社会民主党鎮圧法の歴史がここに繰返されて、破壞活動防止法廃止の運命が参るということは、これは今日においてはつきり断言をすることができると思うのであります。
#21
○委員長(小野義夫君) 吉田君、簡単に願います。
#22
○吉田法晴君 第八に、法律の本質につきましては、先ほどもちよつと触れましたけれども、この破壞活動防止法が、警察法、特に治安警察として、治安警察の機関として、公安調査庁を作り、現在の特審局を拡大して、そうして七億に上るところの予算を新たに要求せられ、この点については、我々がこの国民生活の回復しておらんときに、多くの税金を払つて自分たちの口を塞ぎ、耳を塞ぎ、或いは目を塞ぐところの法律と、そうしてそれを実行する警察官を養わなければならないのであるか、こういう批判が、この破壞活動防止法ほか二案に対して寄せられましたが、まさにこの輿論をこの破壞活動防止法の本質として、私ども政府に投げかけざるを得ないのであります。或いは刑罰法の改訂を広く行い、刑法総則の改正までも行おうとしておることは、先ほど来指摘されて参つた通りであります。私は更にこの警察処分に関する規定と、刑罰に関する規定とがからみ合つて、団体の規制と解散とが行われますならば、その翌日から団体のためにする如何なる行為も禁ぜられ、脱法行為も禁止せられて、直ちに捜査或いは拘引が始まる。恐らく蜂の巣をつついたようになるのではないかという点を心配するのであります。なお、団体に対して死刑の宣告をすることが憲法の違反になるということ、或いは機関紙の停刊等、そうして事実上の検閲が生じますることは、機関紙に対する検閲制度の復活であり、憲法違反であるという点が論議せられて参りました。共産党そのものの本体には直接に適用せられずして、その表現活動を狙いますために、表面に現われた言論、出版、集会、行進或いは団体活動の規制せられますことは、輿論の最も心配しておるところであります。警察等、或いは特審局の現在の活動については、質疑においても述べて参りました。これらの現在の活動に根拠法規が与えられ、更にこれが拡大して、今後公安調査庁によつて行われて行くであろうという点が、最も日本の陰欝を、或いは暗黒をもたらす原因であると言わざるを得ないのであります。或いは公安審査委員会が、公安調査庁の調書なり、或いは請求書に動かされ、そうして書面審理の原則と、事務局が僅か十名にしか過ぎないということは、公安審査委員会の審理を事実上公安調査庁の調書に引きずらしめる結果になるであろうことは、先に指摘した通りであります。或いは行政裁判の前進的な役割を演ずるのではないか。従つて裁判権に対して行政権の事実上の優位が生ずるということに危惧を感ずるのでありますが、事実上の前進が行われるならば、好ましからざることであるという言明は最高裁判所の代表も陳述せられました。或いは行政事件訴訟特例法の十条二項但書は、好ましからざるものであるということも言明せられて参りました。私はこの法律の運用によつて、行政権の裁判権に対する優位が生ずるということを心配するのであります。第三条の規定の広範さ、あいまいさ、或いは団体の点については、雑誌であろうと、新聞であろうと、或いは研究会であろうと、文化サークルであろうと、或いは演劇であろうと、一切のものが含まれる点等については、これは委員会で論議をして参つたところであります。濫用される危険性ではなくして、必然性があることは、繰返して申しませんけれども、ただ憲法違反の疑いがある法律は必ず濫用せられるということは、田畑同志社学長が指摘をしたところであります。
#23
○委員長(小野義夫君) 吉田君、時間が大分超過しました。
#24
○吉田法晴君 私はこの審議を通じて、この法律が、選挙運動にも適用せられる危険性を感じ、或いは各政党に対しても、政治運動一般に対しても適用せられる危険を見て参つたのであります。労働組合運動に至りましては、或いは第三条リ号等、その予備、陰謀、教唆、扇動だけでなしに、或いは国鉄の争議に関連して、汽車、電車の往来危険罪に関連する予備、陰謀も指摘せられて参つたところであります。或いは一たび組合が解散せしめられますならば、第二組合しか作ることができない。再び全従業員を、或いは全産業の組合員を包括する組合ができないという点は、労働組合が最も反対する点であります。私は大学教授その他文筆人が喋つたり、書いたり、或いは大衆運動をする者が、この法律の適用を必然性を以て危惧しており、反対しておることは申上げるまでもございません。或いは宗教家、宗教団体さえも、現在の政府原案でありまするならば、適用せられるでありましようし、或いは修正案を以てしても十分にそれを除くということは困難だと断ぜざるを得ないのであります。私ども言論、集会、出版、結社の自由は民主主義の第一前提であり、飽くまで守らなければならんと考えるのでありますが、特に政府を合法的に交替する権利は民下国民の権利であるということ、若しそれを奪うならばこれはフアツシズムへの第一歩であると断ぜざるを得ないのであります。かかる破壞活動防止法によつて、力によつて言論、集会、出版の自由を制限して参りましようとも、歴史の進展は如何なる力を以てしても阻止できんでありましよう。私どもは民主的な方法を以て民主主義を守ることによつてよりよき政治を、よりよき社会を作つて行く努力を続け、フアツシヨ法理、行政フアツシヨをもたらすところのこの種の法律については反対せざるを得ない。そこで私どもは全国の労働組合その他民主団体、民主主義を守ろうとする文化人、あらゆる人たちと撤回の運動を続けて参りましたが……。
#25
○委員長(小野義夫君) 吉田君、古田君……。
#26
○吉田法晴君 そして院内においてはこの法案についての骨抜きの努力を終始続けて参りましたけれども、原案はもとよりのこと、二修正案についても、その十分の期待がこの修正案において実現することができなかつたのを極めて残念に思うのであります。
 そこでここに、この法案の原案に対して、修正案についての反対をし、今後とも二の種の弾圧立法についてはその撤回を求めて飽くまで闘つて参るということをここに表明をいたしまして、反対討論とする次第であります。
#27
○委員長(小野義夫君) 議事進行について御発言があります。伊藤君。
#28
○伊藤修君 私はこの委員会はお互いに紳士的に約束を守つて進行することを終日協議して参つたのですが、この運営につきましては、理事及び委員長としまして責任を感ずる次第です。お互いに約束を守ることを私は希望してやまないのです。それからいま一つ、私はこの法務委員会が持つところの重大使命というものは常に考えまして、法務委員会の与えられた仕事というものは、御承知の通り憲法附属の法規並びにこれに関連する法規を審議する役目を持つておる。従つて他の委員会とは事変りまして、この法務委員会の使命たるや、全国民のすべてに及ぶところの一般法規を取扱つておる。従つて法務委員会の各委員はお互いに政党に属しておることは当然でありますが、併し政党意識というものは第二義的にいたしまして、各人は政党を超越して、真に参議院の法務委員として常に活動して来たことが今日までの実績であります。従つて私はこの法務委員会の運営の場合において、未だ曾つて政党名を申上げたことは公式の場合に一回もない。只今吉田委員の発言の際に、社会党第二控室並びに改進党案と、こうおつしやいましたが、これは改進党はまだ別に修正案若しくはお考えをお持ちになつています。本日の委員会には御提出になつていらつしやらない。私は自分の修正案を提出する場合において、社会党という名前を使つた覚えもない、又さような行動は今日までとつたことはないです。私は修正案に対しまして、伊藤修提出案として皆様のお手許に配付してあるはずでありますから、この点は御訂正を願つておきたいと思います。
#29
○吉田法晴君 私の討論に対する御批判を頂いたのでありますが、後段の伊藤修修正案について間違いました点については率直に取消をしておかなければならんと思います。なお改進党案と申上げましたが、それについても表現不正確であつた点等は率直に認めて取消さざるを得ないと思う。或いは緑風会案につきましても、これは緑風会の岡部、中山氏の名前が書いてありますが、時間を急ぎまして、そういう点になにがありましたならば、適当に御訂正を願いたいと思います。
 それから時間の点につきましては、これは原稿を書く間がございませんので用意をいたしました点が予想外に長くなつた結果であります。その点については従来の経緯に鑑みて止むを得ざるこれは結果であります。結果についての御批判を頂くことは仕方がございませんが、それは従来の経緯に鑑みて了承を頂きたいと思います。
#30
○中山福藏君 簡単に議事進行について発言さして頂きたい。大体お互いに法務委員は紳士と私は考えております。で、申合せを破る人はこれは破壞活動なんです。(笑声)だからこの申合せを破るような人はそういう議論をする資格はないと私は考える。従つて委員長は時間が来たら断固それを制限されるようにお願いいたします。「進行進行」と呼ぶ者あり)
#31
○委員長(小野義夫君) 次は岡部君に発言を願います。
#32
○岡部常君 私は先に提案せられましたる中山委員の修正案に賛意を表するものであります。
 その賛意につきましては先に長谷山委員より詳細にお述べになりました点でほぼ尽きておるように思いますので、その点を援用さして頂きますが、更にそれを少し補足する意味において若干附加えさして頂きます。私もほかの各委員が縷々述べられました通りに、本法案のごときものが生れなければならない現情勢を悲しむものであります。併しながら我々の眼前に現われまする日常の不祥事がこの法律を必要とすることになつたのでありまして、誠にこれは悲しむべきことであります。本法案を検討いたしますに、勿論苦心の存するところは窺えまするが、遠慮なく申せば何と申しても行き過ぎの点もあるように考えられます。又一方足らざる点もあるように考えられますので、私らはその点を補いたいという意味において修正案を出した次第であります。本修正案を作りますに当りまして、我々はいずれにも片寄らざる心持、平らかなる心持を持つて終始して参りまして、良心に問うて恥じないところの態度を持して来たことを私はここに表明いたすものであります。勿論我々独善に陥らざるごとく各方面の言説もよく伺いました。又各委員の言説もよく承わつておつたのであります。勿論言論界の言説も広く伺つたのであります。又公聴会におきましても、そのほかの機会を捉えまして、我我は各方面の言説を入るるにやぶさかでなかつたのであります。又我々の机上に日々積まれますところの書信、電報或いは日々訪れる陳情者、或いは電話の声も聞いております。又街頭に叫ばれる声の中にもその真実性を平かなる心持を持つて聞いておつたつもりであります。そのことは本修正案を仔細に御検討を下さるならば恐らく納得の行かれるところがあると思います。我我はいろいろな方面の言葉も聞きましたが、私は更にここに附加えておきたいことは、街頭の怒号のほかにもなお真の声が、叫ばれざる声が、静かなる声がうしろにあるということを私らは大いに反省しなければならないのであります。私らはそういう点も顧慮して常に中正なる判断を失わなかつたつもりであります。このことは、先ほど申したように仔細に我々の態度を御検討下さればおわかりになることと思います。又、殊に私はこのことは現前でなく、或いは一カ月後であるか、二カ月後であるか、隣におられます中山委員は常に、我々は半年後の成果を考え、或いはそれから後のことも考えて我々の態度をとらなければならない、現前の事象にのみ捉われてはいけないということを常に主張せられておりまするが、誠にその通りで、私はやはりこの修正案において現われたところのものも半年後、或いはそれから後において如何なる御批判を受けるや否や、その点については我々いささか信念を持つておるものであります。
 更に私は長く述べる必要がありませんので、結びとして申上げておきたいことは、幸いにして本修正案がとられまして、実施に移る場合におきまして、当局の態度について私は若干注文を申上げておきたいと思います。本法案上程以来、会を重ねること何十回、恐らく国会始つて以来、或いは帝国議会以来でも稀に見るところの長時間の論議を交されました。私はこの長時間の論議において幾多の傾聴すべき論説のあつたことを日々感じておつたものであります。恐らくこのことは政府当局におきましても発明せられるところ、教えられるところがあつたものと思います。恐らくこの法実施に当つて、政府者におきましてもこの点について慎重なる態度を以て過ちなきを期しておられることと思いますが、どうぞこの悲痛なる我々同僚委員各位の熱烈なる叫び、真実の声を具体的に現わして頂いて、この危局を乗り切ることに万全の策を講じて頂きたいと思います。これを以て私の意見を終ります。
#33
○委員長(小野義夫君) 次は松浦君に御発言を願います。
#34
○松浦定義君 私は伊藤委員提案の修正案並びに修正案を除く政府原案に対して賛成をし、更に中山委員提案の修正案並びに政府原案に対しまして反対をするものであります。
 本法案に対しまして、政府は提案の理由によりますると、独立せる我が国の社会情勢に鑑みまして、暴力主義的破壊活動による危険を防止して公共の安全の確保に寄与すると言つておるのであります。更に法律の目的といたしましては、団体の活動として暴力主義的破壞活動を規制する、こういうふうに言つておりながら、本案の審議の過程におきまして、法務総裁並びに政府委員の説明は、その必要性は少数委員には或る程度納得はせしめておりまするが、多数の委員に対しましては、結局満足なる回答を与えていないのであります。それは只今反対理由としてお出しになりました各委員の言を以ちましてもはつきりといたしておる次第でございます。私は本問題の中心点といたしましては、即ち文書の所持、特に扇動の二点にかかつておると信じておるのであります。この扇動につきましては、法務総裁並びに特審局長並びに次長その他政府委員は、破壞の原因はこの扇動にあるとして一歩も譲らないと断言をされておるのであります。然るに繰返し繰返し説明をされた点からいたしまするならば、この裏には何が潜んでおるかという点を疑わないのであります。先ず私は一例として申上げまするならば、例えばAという人がありまして、これがBに対して総理大臣の官邸を焼払え、吉田総理を殺せと扇動いたしたと仮定いたしましても、Bなるものがそんな馬鹿なことができるかと言つてこれを実行しなかつた、そういう場合におきましてもAはこの法の規制にかかることは、これは事実であるわけであります。かようなことから考えまするならば、私は非常にこれは情も何もない。先ほど吉田委員の申されましたような、この法案に対しましては私は誠に遺憾な点が多いと、かように存ずるのであります。併しこの問題といたしまして、政府の回答の内容から考えて見ますると、たとえそれが調査の対象になりましても、その結果これが事実でないという場合には、これは無罪となり、或いはこれは釈放すると、かように言つておりまするが、たとえそうした疑を持ちまして、あとにおいてこれが晴れるといたしましても、一応この調査の対象となつたことは事実でありますし、その結果からいたしまするならば、先ほど吉田委員もお話になりましたように、憲法第十一条によるところの基本的人権尊重に対して全くこれは反するものである。かような点から見ますれば、私は本法案は考え方によりまするならば、憲法違反であるという事実はこの点からいたしましても明白であると申上げたいのであります。私はただこの破壞を目的とする団体に対しましては規制することは当然だと考えているのでありまするが、これが拡大解釈をいたしました場合において、善良なる団体或いは個人がこの法の犠牲にならざるを得ないという点は、只今申上げました理由によつても私はわかると思うのであります。ただこの内容で申上げて見まするというと、扇動のみではない点がはつきりいたしておるのであります。曾つてこの法案が衆議院の法務委員会で審議されておりまする場合に、例えば一般大衆に対する不当なる課税が行われた、これは私はただ現政府のみのものではない、このことは附加えて申上げておきますが、その場合に、個人的の立場でなく、一般的の立場に立つて減税をせよ、更に又これを是正せよといつたような運動が起りました場合に、本法案の第三条第二号の「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため」の条項に当ると言明をされておるのであります。現在の課税が必ずしも私は民主的に決定されておるということは考えられない。このような場合に、こうした問題は、これは当然今日まで起つております。今後も起り得ると考えました場合に、政府にとりましては、このようなことまで政治活動のすべてを取締り対象にいたしまするならば、先ほど吉田委員が指摘されましたように、考え方によりましては、選挙その他の場合を通じましても、或いはこれらのことが併用されて行なわれるということも一応私は考えられる、かように存ずるのであります。特に私は、昨日法務総裁は伊藤委員の質問に答えられまして、或る団体が或いは又個人が会合の場合に持寄つたところの旗竿又はプラカードといつたようなものに対して、これはどう思うかというような質問に対しまして、法務総裁は、人命に危害を加えるような場合が生じたとするならば、これは兇器だと考えると申されておつたのは御承知の通りであります。この法務総裁の言明に対しまして私は思い起すことがあるのでありますが、曾つて警察予備隊が軍隊であるかどうか、或いは又再軍備のための戦力であるかどうかといつたような場合、予備隊の持つ装備、これらに対しまして、これは戦力ではないかというような質問に対しまして、法務総裁は、原爆又は水素爆弾というようなものでない限り戦力でないといつたようなことを申されておるのであります。この本法案の場合は、単なる旗竿又はプラカードが、これが国家を破壞をなすものであると認定される点は、誠に私は大人気ないと考えるのであります。特に警察予備隊をかような場合の事態には必ず私は出動されると思います。これは五・一事件の場合にも実行されておりますし、これがそういう使命を帯びておる点からいたしまして、当然だと私は考えるのでありますが、その場合、予備隊の持つ装備と旗竿を同様だとお考えになるようなことは、誠に私は恐るべき解釈と言わざるを得ないと考えるのであります。
 最後に私は本法案に対しまして、只今伊藤委員の提出の修正案に全面的に賛意を表するのであります。これに反しまして、中山委員の御提案の修正案は、政府原案と考えましたときに、少からず努力をされた点は、中山、岡部両委員に対しまして私は全く感謝の意を表せざるを得ないのでありますが、ただ本法案に対する国民大衆の要望が、挙げて先ほど伊藤委員の申されましたように、参議院の態度にかかつておる点は申上げるまでもないのでありす。特に私は緑風会の態度の決定に対しましては、心ある国民大衆の大多数は、最後の善処を要望いたしておるのであります。この法案が本委員会に提案されまするや、国会の内外より絶大なる希望を残されておる点からいたしまして、これは当然だと考えるのであります。更に昨日も日本を代表する各報道陣の記事を見ましても、緑風会の態度に絶大なる希望を求めておるという事実を考えましたときに、只今の修正案は、これらに対しましてまだ少なからず努力を払つて頂きたいというふうに私はお願いをいたしたいのであります。特に学界の最高機関の反対は、国の基本を方向付ける重大なる教育の責任者を政府は国民を代表して一任をしておる。かような点から考えまして、それらの意見を無視することは、政府は言うまでもなく、立法の責任にある国会はあげて責任を問われなければならない、かように信ずるのであります。その中心の責任は、只今申上げました点から考えましても、緑風会があげて負わされ、又みずから負うと自負されておることは、自他ともに私は認めておる事実でなかろうかと考えるのであります。特に緑風会に所属の各位は、言論界又は経済界等に、特に少なからざる文教人の多数の諸氏がおられます点から考えまして、本修正案は決して世論に応えていないばかりでなく、各界の代表的な各位の総意がここにあると考えましたときに、私は誠に遺憾に存ずる次第であるのであります。この点よりいたしまして、修正案には賛成でき得ないのでありますが、希くば、幸いにいたしまして、本会議上程までには多少の日時もある、こういう機会更に再考をお願いいたしまして、多少でも国民大衆の要望に応えられ、できる限りの再修正をなされんことを特にお願い申上げる次第であります。
 以上を以ちまして中山委員提出の修正案並びに政府原案に反対をいたし、伊藤委員提出の修正案並びに修正案を除く原案に賛成するものであります。以上を以ちまして私の討論を終ることにいたします。
#35
○委員長(小野義夫君) 次に片岡君に発言をお願いいたします。
#36
○片岡文重君 私はここに議題となつておりまする破壞活動防止法案、公安調査庁設置法案及び公安審査委員会設置法案について、政府原案に反対の意を表明し、その撤回を要求いたしたいのでありますが、今日の国会の勢力から止むを得ず次善の策として伊藤委員の提案にかかわる修正案に賛成し、併せて日本が民主主義国家としての明朗な社会建設の途上にある今日、このような悪法が名誉ある本院に上程されたことに対して衷心遺憾の意を表するものであります。
 すでに法理論的にも或いは法体系の上からも、その他各般の立場に立つていろいろと反対の趣旨が進められております、更に又修正の、私の賛成いたしまする修正案のその理由内容等については、先ほど伊藤委員から詳しく述べられました。従つて私は許された時間の範囲内においていささか所見を述べまして、その理由に代えたいと思うのであります。勿論私どもは暴力行為については絶対反対を表明するものであり、如何なる時代、如何なるときにおきましても暴力が是認され、破壞的な行動が容認されてよろしいということはないはずであります。殊に世界の平和を念願し、永久に戦争を放棄した我が国の憲法の下において、平和にして文化的な生活を営むことを熱望しておりまする我々国民としては、暴力や破壞活動が絶対に排撃されることは極めて当然のことであります。然るに最近に至つて、殊に現内閣成立以来破壞的な暴力行動が相次いで起り、今後ますます蔓延して行くのではないかとの不安と恐怖とが次第に人心を暗くして来ておるということは、たといそれが何者の指導により何のために行われておるかということは別としても、今日隠すことのできない明らかな事実であります。政府がこの法案のごとき悪法をあえて上程するに至つた理由も恐らくここに存するのであり、我々も又国民大衆と共にその憂いを等しくいたしておるのであります。併しながら日本国民が国家の名誉にかけて全力を挙げてその崇高な理想と目的を達成することを誓つた我が国の憲法は、その前文において「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と明確に謳つておるのであります。自由にして潤いのある社会にあこがれを持ち、戦争を永久に放棄して、変ることなき世界の平和を念願し、正常な社会秩序と健康にして文化的生活の維持のために、民主政治の健全な発達を願つてやまない日本国民が、故なくして暴力を振い、破壞的行動を行なつて憚らんということは到底私どもには考えられないところであり、更に一般国民大衆がその暴力行為や、破壞行動に対して反対と暴力の撲滅のための世論を捲き起すことなく、いわば手を拱ねいてこれを傍観しておるという今日の状態は、必ずやそこに根拠深き理由がなければならないと考えられるのであります。従つて若し政府が真に民心を収攬し、国民の納得の行く方法を以て、最近殊に頻発するに至つた暴力行動を鎮圧し、国民の不安と絶望とをなくそうと考えられるならば、すべからく国民に対する善意と信頼の念を以て、そのよつて来る原因をつぶさに究明すべきであり、いやしくも権力によつて民衆の不満を抑圧し、塗炭の苦に泣く勤労者階級が耐乏生活の中にいみじくも立上つてけなげに日本経済再建への懸命な協力を尽しておることに対して、衷心からなる感謝の意を表すべきであり、旧態依然たる封建的政治思想を速かに一擲して、近代民主国家の運営に即応することのできる民主的な感覚を以て虚心坦懐に国民の声を聞くべきであると考えるのであります。徒らに政権に恋々として国民の顰蹙を買い、あまつさえ暴に報いるに暴を以てするというがごとき権力政治、警察政治一点張りという政治方式は、政府みずから民生を安定することも、治安を確保することに対して何らの見通しもなく施策もなく、その力さえないということを最も雄弁に物語つておるのであり、このような有様では到底今日の事態を解決し得ないと考えられるばかりでなく、再建日本の前途のために誠に遺憾に堪えないと考えられるのであります。由来人間の性は善なりと教えられております。思い起すだに戦慄を禁じ得ないあの大東亜戦争によつて父を失い、夫を亡くし、或いは杖柱とも頼む我が子を失うなど、天地にも代えがたい最愛の肉親を失つた者、今全国に八百万を数えると言われておる現状であります。日本国民として誰一人みずから好んで暴力を振い、或いは破壞的行動を扇動し、よつて以て社会不安を醸成せしめ、遂には国内に三十八度線を設ける結果を招来し、骨肉相食み、同胞相争うというがごとき事態を惹起せしめようなどと考える者があるでありましようか。この悲痛極まりない惨苦の中から立ち上つた国民の心の中には、期せずして戦争絶対反対、暴力否定の牢固たる決意が祕められるであろうことは容易に推察し得るところであり、我々も又この国民大衆の決意の中に再建日本の前進を推し進めておるはずであります。日本共産党の須藤委員も又過日の法務委員会の席上において、我々も決して暴力を好むものではないとはつきり明言いたしておられるのであります。而もなお今日全国各地において破壞的暴力行動が頻発し、国民の輿論も又必ずしもこれが非難と撲滅のために起ち上らないばかりでなく、却つてこのような暴力的行動を惹起せしめないために設けるというこの法案に対して、政府当局の懸命な釈明の努力にもかかわらず、学者、文化人、ジヤーナリストを初め、あらゆる世の指導的立場にある知識人を先頭として、輿論は今ごうごうたる非難を浴びせております。この法案の否決を求める声はまさに巷に満ちており、我々国会議員の善処を訴える投書や電報は机上山をなす状態であります。私は暴力を以て社会の秩序を破壞し、混乱と不安の中に革命の機会を見出そうとする暴力主義的破壞活動が、堂々白昼の下に頻発する事態については誠に憂慮に堪えん次第ではありますが、更に一層私の心を暗からしめるものは、このような暴力行為に対して殆んど反対と排撃の世論が起らない、換言すればこのような事態に対しても、国民大衆が殆んど傍観しておるという点であろうと思うのであります。暴力を否定しつつ、その起りつつある暴力に対して傍観をしている。一体これは如何なる理由に基くのでありましようか。畢竟暴力には反対であり、これを排撃しなければならないということについては、国民誰もが十分承知いたしておるのではあるけれども、而もなお今日の無能にして萎沈滞し、独立した日本の民意をいささかも暢達することのできない現政府を一日も早く退陣せしめ、溌剌とした民主的な政治を迎えるためにはこれ又止むを得ないとした国民大衆の恐るべき無言の怒りと、又亡国の民にも似た悲しい諦めの姿ではないかとさえ思われるのであります。若し幸いにして今日の吉田政府の施策よろしきを得、国民大衆がその政治に信頼と期待を寄せておるならば、今日頻発するこのような暴力行動は必ずや非難と排撃の輿論によつて一たまりもなく跡を絶つであろうことは火を見るよりも明らかである。かくてこそ政府の言う暴力主義的破壞活動は容易に根絶され、将来も又再びその虞れを見ざるに至るであろうことも必定であり、且つこのような政治こそが真に民主的な政治であり、民衆のための政治であるというべきではないでしようか。政府が今にしてこの暴力行動の頻発するに至つた真相を究めることなくして、これを排撃する国民の輿論が翕然として湧き起つて来ない原因について深い反省と、これに対する民主的にして適切な措置を講ずることなく、徒らに日本共産党の蠢動や、これに連なる一連の国際的指導にのみその原因と責任を転嫁して憚ることのない状態であるならば、百千の禁令、百千の弾圧法規を定めるといえども、決して世相の不安を除き、暴力行動を根絶せしめることはでき得ない。むしろ却つてますます民心の離反と国家秩序の破壞混乱とを助長する結果と相成るであろうことは余りにも明白であり、歴史の教えるところもけだしその例外を見ないのであります。書を焼き儒者を殺さずんば大下の太平期すべからずといつて焚書の令を発し、そして儒者を殺し書を焼いたあの秦の始皇帝は、焚書の令を出して僅かに六年あえなく亡されてしまつたということを我々は教えられておるのであります。この法案のごとき悪法を以て言論、集会その他基本的人権を蹂躙して政治の批判を厳禁し、よつて以て天下の太平を期せようとする吉田総理の構想と現内閣の政策とは、まさに今を去る二千年、秦の始皇帝が行なつたそれと全くその揆を一にするものであると考えざるを得ないのであります。まさに吉田内閣の凋落をみずから表明するものとして、みずからの無為無能の結果とは申しながら御同情に堪えないとさえ考えられるのであります。
 更に本法案に反対せねばならない点は、先ほど我が党伊藤委員によつて厳しく指摘せられ、更に前後数十回に及ぶ本委員会において我々の殆んど限りなく指摘した通り、法案の内容が極めて杜撰であり、類推解釈又は拡大解釈が甚だしく自由であり、従つてこれが実施に当つては忽ち疑義を生じ、穏健且つ民主的な団体も容易に規制の対象となる危険は極めて多いと私は質疑の間に拝見いたしたのであります。学者、文化人、ジヤーナリスト等、世の指導的立場にある人々は、この法案が成立する限りにおいては、まさに蟷螂の斧を振る勇気を持つか、然らずんば本法の成立を知らずして行うか、いずれかでなければ安んじて自己の所信を表明するは勿論、歴史を教え、芸術を説くことすらできなくなるという点、私は極めて遺憾とするのであります。今更申上げるまでもなく、日本は今まさにみずからの意思とみずからの責任において民主政治の育成の途上にある。現内閣の閣僚諸君もしばしばこれを言明されております。併しながらその行われる施策が果して閣僚諸公の言明の通りに行われておるでありましようか。庶民の意思は自由に暢達せしめ、声なき声を十二分に国会に反映し、政府に大きくこだまするよう八方手を尽して、民主主義の徹底と基本的人権擁護の自覚とを国民の胸に周知徹底せしめることこそが極めて重要であり、その段階に今我々は置かれておるということを痛切にお考えにはならんのでしようか。不幸にしてこの法案のごとき焚書の令、或いは宝永式目等にも似た悪法が制定せられて、言論、集会等の自由は勿論、学徒のまじめな研究さえ安心して行えんという事態に至つたのでは、まさに日本の民主化は双葉にして刈り取られる悲境に際会したものである。我々は曾つて武家政治がキリシタン禁制の令を以て今日世界文化史上に我々の肩身を狭くさせておるこの一大汚点にも似たものを残すのではないでしようか。私はこの法案の成立はまさに我我の子孫に対して我々の無知と偏見とを長く伝える結果になるであろうということを心から悲しまずにはおられないのであります。
 総理大臣の出席を求めて、私は質疑を留保いたしておきました。この留保された質疑の中にも、只今申上げましたような点をしばしば申上げて、それに対する、法の力によつて政府が意図するところの暴力の禁圧というプラスと、この法によつて日本の民主化が双葉にして摘み取られて行くであろうというこのマイナスとを比較して、何人といえども、少くとも法的知識を持ち、良心と善意とを持つて日本の文化水準向上のために真剣な努力を尽されておるところの芸術家、文化人に対して、責任を持つてその保護をなし得るという決意を私は総理大臣からはつきりと聞きたかつたのであります。併しながら不幸にして御出席にはなれない。最近において本法案のごとく世論を捲き起し、この法案のごとく上下を問わず広い関心を、深い関心を寄せたものがあるでしようか。而もなお昨日は内閣委員会、その前日には労働委員会に出ておられる。而も最も国民の関心を集めておる本法案の審議に当つては遂に一遍の御出席もない、如何にこの法案に対する熱意がないかということを明瞭に物語るものであります。国民の疑惑に対して決然たる行政の最高責任者としての良心を示していないということについて、私は近代史上における稀に見る無責任な内閣であり、国民を思わざる甚だしき政府であると非難せざるを得ないのであります。この法案の重要なる点について更に申上げたいのでありますが、時間がございません。団体の活動、正当なる活動或いは教唆扇動等、幾多重要なる、而も幾多犠牲を国民に強うる虞れのある諸点がございます。これらを重ねて申上げて置きたいと同時に、日本の勤労者大衆が夏季手当では坐り込みをやり、或いは越年闘争では坐り込みをやる、こうして数少い子供らの晴着すら、足袋一足すら買い得ない日本の経済情勢下において、而もなおその生活困窮にも負けずに、けなげに立上つて日本経済の再建を目指して闘つておる、そういう時代において今この法案が新たに二つの機関を設ける、そうして幾多の人々を採用し、更に全国に亘つて多くの出費を行なおうとしております。かれこれ思い合せるならば、この法案を提出するに関連するところの一連の措置が如何にマイナスであり、日本の今後の発展に如何に大きな障害であろうかということが当然心深く、現内閣の閣僚諸公には肝に銘ぜられて然るべきことであると考えます。吉田さんは本会議においても、或いは予算委員会等においても、共産党を排撃し、ソ連を恐れ、ソ連を非難されること誠に厳しいものがあります。併しながらその行なつておる政治というものは、まさにソ連全体主義と何ら変ることなく、而も民主政治を口にし、日本の民主化達成を説きながら、行なつておるところはまさに封建政治そのものである。この法案が学者、文化人、知識階級者の囂然たる非難を浴びるのもけだし当然であります。我々が真に憂慮に堪えないとする点又故ありというお考えを持つて頂くことはできんのでありましようか。私はこの点だけを申上げて、切に現内閣諸公の反省を求めて、伊藤氏の提案にかかわる修正案に賛成の意を明らかにして反対討論を終りたいと存じます。
#37
○委員長(小野義夫君) 次は宮城君に御発言を願います。
#38
○宮城タマヨ君 私は緑風会には属しておりますけれども、今日は個人といたしまして、殊に私は母の立場を守ります意味において立ちましたわけでございます。実は緑風会では勿論是々非非の立場で参ることは申すまでもないことでございますけれども、今度多くの緑風会のかたがたと共に歩まないで、私は私なりの良心に従つて歩んで参りましようということについて、もう緑風会では何ら圧迫もなく、自由な態度を喜んでとらして頂いておるということは、私は今回はよく緑風会に属しておつたんだなあというように感謝しておるのでございます。全く私は個人の立場で申上げるのでございますが、そこで私は政府提出の原案には反対、緑風会の中山、岡部両委員提帯の修正案にも反対、伊藤修委員の修正案に賛成、その伊藤修氏修正案を除きます政府原案に賛成いたします。そのわけは実は私はこの五年間参議院に席を得まして、今度ほど私は法律を勉強したこともございませんし、そうして今度のように頑張ることは今までなかつたのであります。その頑張らなければならないという点数点ございましたけれども、緑風会の中山、岡部両委員の修正案にも大分その点が似通つておりますが、ただどうしても私がそれについて行かれなかつたわけは、この「扇動」という言葉をどうでもこうでも私は削除したいからでございます。そこで私は伊藤案に賛成する結果になつたわけでございます。この「扇動」という言葉につきまして、縛るほうの立場から言いますというと、これは私は大変必要な言葉でございますと思いますけれども、だけれどもそれによつて受けますところのたくさんの人が怪我をしないかという、その怪我を恐れまして反対いたしておるのでございますが、実はこの「教唆」その他をあの法律で何とかしてこれを賄つて頂きまして、或いはこれはこじつけかも知れませんけれども、こじつけでも何でもいいから、私はやはり被害を受ける人全部がいいという立場をとりまして「扇動」を削除することに賛成でございます。
 大体から申しますと国家の治安というものの一番の根本は、私は国民の遵法精神にあり、国民が法律に協力するというところにあるだろうと思うのでございますが、この国民が協力してついて来ますということは、やはり国民の納得の行く法律を作るということではないか、それには私どもいつも立法府にありまして心がけなければならないと思つておりますことは、国民の声を聞かなければならない、輿論に従わなければならないという立場をとりたいという点でございます。ところが今度は実に皆さんがたからもすでに言われましたように、国民の輿論というものはこの法律に対してかくのごとく反対いたしております。そこで私は母の立場をとりまして、法務総裁にもつと大きいお父さんになつて下すつて、この法律をすらつと引つ込めて下すつたらいいじやないかと願いたかつたのでございます。勿論私といえどもこの法律の狙つておりますところの集団的な破壞活動をする団体がありとすれば、これはもう本当に根こそぎに打砕かなければならない、そうしてそれに対して立法措置をとるということに少しも反対するものではないのでございますが、私自身といたしましてはこの法案の審議が始まつて以来世界情勢のことも勉強しなければならない、国内事情も知らなければならないと思つて一生懸命に勉強したわけで、いささかわかつて参りましたけれども、国民大勢の人々がこれに反対いたしますということは、実際国内情勢についてもそれほど心配を認識していないし、又その段階でないと考えているためじやないか、そこで私はこの段階にありましては政府は一遍こうちよつとそつぽを向いて見たらどうだろうか。実は私はよく申すのでございますけれども、少しできそこないの子供を持つたお母さんが、できそこないならできそこないほど真顔になつて真向きになつてその子供を守ろうといたしますから、この手で泥棒をするのだ、この足で悪いところへ行くのだと、手を縛り足を縛つておりますうちに子供はどうなつて行くかというと、どうかして親から逃れよう逃れようと思つて親から逃避する、そのときに私はよくそのお母さんに言うのには、あなたが余り真顔で子供と取組み過ぎて二十四時間子供を守り続けておるからその結果が悪いのだろう、或るときにはちよつとそつぽを向いて御覧なさい、或るときには全くうしろ向きで子供と反対の方向へ歩いて行つたらどうでしよう。ところが母親は決して子供に対してそつぽを向き通してどうしても離れて歩くことはできない。そこに母親は親心として子供を守るだろうと、私はこう思いますけれども、併し余り真向きになつて取組み過ぎるというときにそういう結果があることもあるのでございます。そこで私は少し政府もそつぽを向いて、ときにまあやつてみいというような態度で、大きい国家の親心で一応進んで見たら今日の情勢が少しでも救われるのじやないかということを考えて見るわけなんでございますが、全くこの法律が運営よろしきを得ないで濫用される虞れが少しでもございますというと、国民が非常に縛られますし、非常な大きい不安が起つて参りますということを実は心配しているのでございますが、緑風会なんかでも議員のかたが、わたしも若いときには暴力活動をしたんだよ、それでも縛られなかつたからよかつたんだよというようなことをおつしやつておられるが、ここにいらつしやる特審局長も若いときは赤かつたというようなお話をなさるのでございますが、それはどうかはつきり存じませんけれども、(笑声)そういうかたがたが今日国家のためにこうして役立つていて下さるということは縛られなかつたからこうで、若しこのかたたちが縛られて、そうして青年時代に芽を摘みとられておしまいになつたら、私はこう役に立つて下さらなかつたと、そこでどうしても私は国家の法律が余りでき過ぎているよりも、私はこの法律は少しよくでき過ぎて、余り隅々までも人を縛るようになつているから不賛成なのでございます。だからもう少し私は国家の法律にも穴があるほうがいい、できそこないがいいと思つております。これは法律を知らない者が申すことなんでございますので、そういうことはできないかも知れませんが、そういう意味におきまして私はこの法案から最小限度「扇動」という言葉や「所持」という言葉を抜いて頂きたいということを願つたわけなんでございます。そこで私は法律に穴があるほうがいいということを申上げましたけれども、一体その穴という、私の言う穴は何かというと、私はこの穴埋はほかの方面ですべきで、一体縛るということを土台にされてすべてのものを刑罰の対象にするということ自体がどうか。殊に成長盛りの子供たちに対して、つまり青年層、学生層というものに対しましてはこれは絶対に、少し桃色だと思つても、少し行動が行き過ぎたというときであつても、これは教育の対象にして、刑罰の対象にするということは絶対にやめて見たらどうか、もう少し救われやしないか。丁度中山委員も若いときには少しおあばれになつたような元気のいいお話をときどきなさるのでありますが、ここにもいいお手本がございます。そこで私は今度この法律が通りまして、そうして特審局がもつと大きくなつて公安調査庁設置法ができて、たくさんの職員ができてそれに非常な国家の経費が要ります。その経費は惜しいことだなと思つております。それを私は先ずちよつとそつぽを向いて頂いて、うしろ向でもよろしうございますから、その経費をもつと国民の生活の安定するというほうに使つて頂いて、それから又教育の対象にすべき、これから、現在育てて行かなければならない、指導して行かなければならない、保護して行かなければならないというような者に対しましての予算と、それから努力をそのほうに一応向けて、どうでもこうでもそれでいけないというときにはもう本当にその目的のところに弾が当つて行くような法律を立法して頂いたらどんなものかというようなことを思つて見ます。この間委員会でわかつたことでございますが、今年のメーデーでざつと千人の者が縛られて、そうしてその千人の者が八百人ほど拘留された。そうしてその中で百八十人が起訴になつたという報告を聞きましたときに、勿論その千人も何でもない、そこにまあい合せたという者もありましようけれども、何かかかそこに縛られるわけはあるだろうと思いますけれども、併し起訴にもならないでまあ無罪放免の形をとつて八百人の者が帰されたといたしましても、その間に刑務所に入るなんというようなことは、非常にその人たちにとつては大問題で将来をかけての損失かも知れないと私は案じております。殊にこの中で七十人の者は家庭裁判所に送られておりまして、その家庭裁判所で今お調べを受けております間は小菅の刑務所に入れられておるらしいのでございます。こういう子供たちの中には話を聞いて見ますというと、余りみんな一生懸命に革命のようなそんな恐ろしい場面を見たものだから、ついこわくなつて、お巡りさんが追つかけて来たときには石ででも一つやつてやれということで、その辺の石を拾つて手に持つていたという者までそこに含まれております。これは私はまあ被害の大きいものだろうと思いますけれども、どうかして私はまああんなところでうろうろしております者でも、何かしましたものでも、先ず教育でやつて見よう、指導してやろうというような親心を持つて頂きたいというように念じております。私は法律に穴があるようにと申しましたが、どうか法にも涙がありますように、法にもやはり教育ということをお願いいたしまして、私は伊藤修委員の修正案に賛成いたしますことにいたしますのでございます。
#39
○委員長(小野義夫君) 次は紅露君に御発言を願います。
#40
○紅露みつ君 私は只今議題となつておりまする破壞活動防止法案ほか二法案の原案に反対するものであり、修正案のうち伊藤委員提出の修正案に賛成するものであります。原案反対の理由は、すでに他の委員のかたがたから縷縷開陳されましたので、ここに多くを申述べませんが、本案中最も輿論の指摘を受けておりまするのは扇動の罪であり、その運用に当り認定の如何によりましては、悪意のない国民に対し被害を及ぼすことも容易に想察されるところであります。それは曾つての治安維持法の実例に見ましても明らかなところであります。その他不穏文書の所持の罪、職務執行妨害の罪、その他法案の全体を通じて散見いたしますところの不備の点につきましても、前述の通り、取扱、運用の面からして同じことが言えるのであります。特に婦人の立場から一言いたしますれば、平和憲法が制定されまして、政治面にも進出の第一歩を踏出して来ました現在、このような法が実現いたしまするならば、これが萎靡沈滞を来たすであろうことを深く恐れるものであります。これを要しまするに、本案は基本的人権と公共の福祉とを調整するという意味におきまして不均衡であり、私の到底賛成いたしがたいところであります。伊藤委員提出の修正案がこれを是正するものであるという点を認めまして、該修正案に賛成をいたし、私の反対討論といたします。
#41
○委員長(小野義夫君) 羽仁君の御発言を願います。
#42
○羽仁五郎君 私は元来書斎に生活することを何よりの念願とした者であります。然るにこの国会に今立つておりますたつた一つの理由は、日本においてはこの書斎の片隅に学問の研究をしておる哀れな人間を捕えて、そうしてこれを投獄するという伝統が深く残つておるからであります。私は開戦の年に久しい間警視庁の地下室の中に捕われておりました。僅かにその部屋の中にあるはばかりに行くことだけを許されて、他は固い板の間の上に坐らされておつた。そのはばかりに坐りますと鉄の窓からたつた一ついつも見えたのは、国会議事堂の塔であります。私は毎日三回か四回かそのはばかりに坐つて、僅かに許される短かい時間この国会の塔を眺め、我々のような学者を捕えるという力に対してあの国会は闘つてくれないのだろうか、あの国会は学問を守つてくれないのかと毎日この国会に対して無限の期待とそして無限の絶望とを感じて暮しておりました。我我がどれほど危険な行為をするというふうに考えられて、そして我々の基本的人権を制限されておるのか。現に反対に我々の基本的人権を制限した人々こそが、日本の国の本当の公共の福祉である国民の生活を破壞してしまつたのである。私はこの悲しむべき敗戦と共に、私自身書斎にとどまるという私の最高の希望を捨てても我々のあとに来る若い人たちが安んじて書斎の片隅で学問をすることができるように自分自身は国会において新たに国内及び国際に約束せられた憲法、これを守る決意をしたのであります。然るに以来僅かに五年にしてこのような法律案に対面するということは、実に私は私の考えた以上に意外なことであります。最初に、述べるのを忘れて、お許しを願いたかつたのですが、私は委員各位に向つてどうかこうした種類の法律案を作らないで頂きたいと、ただその一言をお願いしたいのであります。或いは学者というものは余りに神経過敏であり過ぎる、又はこの法律を、学者は誤解している、或いは学者は現存日本がどんなに危険な状態に置かれているかということを知らないのだというようにお考えになつているかたがあるかも知れません。併し学者に限らず、人間が自分の自由ということに対して過敏であるということほど美しい道徳はないのです。そして学者が日本全国の学界を代表するかたがたが連日のごとく、諸君国会議員に対してこの法案の撤回を要求せられておるのは決して単なる誤解に基いておるものではありません。いわんや学者といえども決して国会議員に劣らず、或いは政府閣僚に劣らず、日本の現在が如何なる危険の状態にあるかということを十分存知しております。
 私は第一に反対しなければならないのは、この法律案が明瞭に我が憲法に違反しているからであります。私は国会がかくのごとき法案を制定することは許されないと思います。国会が行政権に対して国民の基本的人権を制限するようなこの種の法律、そうしたこの種の大きな権限を行政権に与えることを国会が許すということはできません。これは戦時とか、いわゆる過去においてしばしばはやつた非常時とか、そういう状態において企てられる立法と同じものです。この法案が憲法に違反するものではないかということは、恐らくここに御列席の皆さんの一人残らずが懸念せられているところであろうと私は信じます。その故にこそこの法律案を立案老みずからができるだけ絞ろうとされているのです。この法律案が我が憲法の命ずるところを実現するものであるならば、絞ろうとするのではなくて、拡大する努力がなされるべきです。飽くまで絞つたというように、政府を代表して法務総裁が常に繰返されるところに絞られたものは何であるかと言えば基本的人権である、即ち憲法違反の問題です。そして法務総裁がこのような法案を提出することを実に悲しく考えるというふうにお考えになつているところにこの法律案が憲法違反であるということを何よりも雄弁に語つております。すでに如何なる点において本法案が憲法に違反するものであるかは、質疑の過程において徴り入り細を穿つて明らかにしたつもりでございますので、今委員各位の前では繰返しません。第二にこの法案に反対しなければならないのは、いわゆるこの法案は何を守ろうとしているのかということであります。本案はその文字の上において民主主義を守り、公共の福祉を守ると言つておられます。併しながらこの法律によつて果して民主主義が守られるのでしようか、果して公共の福祉が守られるのでありましようか、私は文字に書かれ、口で述べられていること現実としばしば反対になつておる現在、この文字のみを信じ、口に述べられる言葉のみを信ずることは極めて危険であります。現にこの法案に賛成されるかたがたが民主主義というもの、公共の福祉というものを具体的に感覚において果してどの程度まで捉えられ、そうしてそれを果してどの程度まで自己の心血を注いだ努力として守ろうとしておられるのでありましようか。憲法は明らかに基本的人権というものは、我々が不断の努力によつてこれを守らなければならないものだ、これを侵す力に対して先ず闘わなければならないと言つているのであります。然るにこの法案は、この基本的人権を制限することから始めようとしているのであります。基本的人権を制限することによつて、基本的人権を守るということは、その言葉自体において意味をなさないことであります。この法案が擁護しようとしているものは、民主主義でもなければ公共の福祉でもありません。これは我が憲法に超越するところの独裁的な権力を守ろうとしているのであります。この法案に反対しなければならない第三の理由は、そのような基本的人権の制限ということが、眼前明白の危険があるために止むなくなされるのであるとしばしば繰返されておりますが、我々がすでに諸君のよく御承知のように、この五十日間、政府に向つて繰返してこの眼前明白の危険を立証することを求めましたが、政府は最後に至るまでその濃い疑いがある、併しその確証を挙げることはまだできないと言つておられます。眼前明白の危険を確証することなくして、どうして基本的人権を制限することができましようか、これが私の反対せなければならない第三の理由であります。共産主義は破壞暴力活動を目的とするものであるか、こういう質問に対して、法務総裁御自身共産主義自体はそのようなものでない、自分は唯物史観に対してもその学問上の内容について、十分に理解を持つておるつもりであるというふうに述べられております。然らば日本の共産党は破壞活動を目的としておるであろうかという質問に対して、政府はそうであると本委員会において答えられたことはないのであります。そうして政府は客観的資料に基いて委員みずからこれを判断せよと言つて、ここにも持つて参つておりますような多数の書類を我々に配付されました。これらを冷静に客観的に読むならば、日本共産党はあらゆる合法的な手段を尽して国民の生活を守りたい、併しながらあらゆる合法的手段が奪われて最後に至つて黙つて屈伏することはできない、そういうことが書かれているに過ぎません。これは日本共産党でなくても日本自由党であつても、或いは如何なる政党であつても、その点において変りがあろうはずはありません。従つて眼前明白の危険を確証することなくして、我が憲法が最高のものとして我々にこれを侵されるな、守れと命じている基本的人権を制限することには国会議員は挙げて反対しなければならないと思うのであります。
 私の反対の第四点は、法は明確でなければならないという近代の原則に本法は背いているからであります。政府は絶えず本法は刑法所定の罪というものを対象としていると言われます。人を欺くも甚だしいと言わなければならない。刑法所定の罪の前には政治上の主義主張をという言葉がついております。又団体として、団体の行動としてという言葉がついております。そうしてそのあとにはいわゆる実行行為を伴わない教唆、扇動というものがついております。そういうものがついて本法に取締の対象とされているものは刑法所定の罪とは少しも似ておりません、全然別のものであります。これは本委員会の質疑の過程においても政治上の主義主張を支持し、推進し、又は実現しようとするところはどういうことであるかという質疑が繰返されて、遂に今日に至るまで明確にならない点から明らかであります。そうして団体の活動としての犯罪というものは一体どういうものであるか、これも今日に至るまで遂に明らかになりません。そうして実行の行為の伴わない教唆扇動というもの、それが取締や刑罰の対象となり得るとは如何なる点にあるのかと、あらゆる議員からの御質疑に対して、政府は遂にこれに納得せられる答弁をされることができなかつた。多くの方は本法は治安維持法とは全く異なるというように考えておられる方があります。併しながら政府がこの扇動こそ本法の中心であるというように言明しておられる。政府はあるときは内乱を防ぎたいのだ、民主主義を暴力で倒すものを防ぎたいのだ、流血の惨事を防ぎたいのだ、危険中の危険、凶悪の犯罪、団体が騒擾の目的を以てなすものを根絶しなければならないのだと言われますが、他面扇動こそ本法の眼目だと言つておられます。併しながら行為を伴わない扇動というのは表現に過ぎません。政府は本法は思想の自由を侵すものではないと繰返し言つておられます。又そう信じておられる方も多々ございましよう。併しながら頭の中で考えられておることだけが自由だということは現在における思想の自由だということではございません。思想の表現の自由こそが、今日思想の自由の主体であります。(「その通り」と呼ぶ者あり)然るにこの我々が生命と等しく貴重としておるところの表現の自由というものを易々、簡単に制限しようとする本法の提案者は、この法によつて民主主義を守るということを言葉の上で言い得る以上に権利を持つておりません。私の反対の第五の理由は、あらゆる法は、この法によつて不当に人権を制限せられた場合を必ず救い得るものでなければなりません。この不当に本法によつて権利を侵害された人々が、果して本法によつて救済の手段を得るでありましようか。第一に最も問題となるのは、いわゆる調査であります。任意調査は何ら基本的人権を侵害するものではない、強制調査ではない、治安維持法と違つて、これはいきなり人を縛つて留置場に放り込むものではない、ただその人の周囲を、その人に知られないように調べるということだけだというように説明されました。これこそ我々の何よりも生命と等しく貴重と考えなければならない自由というものに対する無感覚を表現しているもの以外の何ものでもありません。調査をするということが現実において如何に人権の侵害となる虞れが多分にあるかということは、政府提出の原案についての本委員会における審議の過程においてつまびらかに明らかにされたところであります。現に、この担当の政府委員は、尾行、張込みはやると言つております。これは法務総裁においても決して明るい気持で聞いておいでになるとは思えない。中山委員の御質問において、密告を採用するというようなことをするか、若しそういうことをするならば、日本の社会は暗くなるという御質問に対して、法務総裁は、密告を採用するようなことは断じてさせないと言われたのであります。密告を採用されているかいないかということは、我々にはわからないことです。いわゆる任意調査と同じように、我々自身に直接感じません。私は現在すでに何びとかによつて密告されているかどうか、私はこれを知りません。密告を採用するかしないかということは、尾行、張込みをやるかやらないかという問題と同じ問題です。国民が自己の自由ということに対して敏感であるという感覚を麻痺させようとするものは、民主主義そのものを覆えそうとしているものであります。このいわゆる任意調査によつて、絶えず脅やかされるところの基本的人権の損害は、何によつて救済されるのでありましようか。これは全く救済の余地のないものであります。而も日本には叩けば埃の出ない畳はないという言葉が、まだ我々の耳の底から消え去つてはおりません。のみならず、なかんずく団体に対する規制、即ち団体の集団示威行進、団体の機関紙、団体の活動そのものというものに対する規制は、一たびこの規制がかけられた後には、絶対に救済することのできないものであります。諸君がよく知られておるように、一つの団体が成長するのは、一人の赤子が成長するのよりも遙かに困難にして、その過程において血と涙とによつて初めて一つの団体が成長するのです。その団体に解散を命ずることができるという考え方は、まさに憲法に違反するものであります。
#43
○委員長(小野義夫君) 静粛に願います。(「静かにせんか自由党」「謹聴してくれよ」「演説を聞かずして賛成も反対もするなよ、まじめにやりなさい」と呼ぶ者あり)
#44
○羽仁五郎君 機関紙というものはどんなに多くの人が毎日汗と脂とによつて築き上げるものであるかということは、皆さんのよく御承知のところであります。例えば、アカハタという機関紙が、国際的にどれほどの努力を以て非合法の時代から合法の時代に入つたかということは、その歴史を読む人が自己の立場の如何にかかわらず、同情の意を表せざるを得ないものであります。而も、新聞が内乱を起すという事実は絶対にありません。毎日仮にアカハタが日刊百方の発行を行おうとも、これに対して朝日、毎日、読売等の有力新聞は、日刊一千万を以てこれに対処することができるのです。而も、その取材において、その執筆陣において、又その伝統において、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、そのほか現在日本で発行されておる長い伝統のある新聞が読者に与えておる信頼感というものは、実に大なるものがあります。如何に大であるかは、現に我々国民がそれらの新聞に対する信頼を通じて戦争に導かれたことでさえも明らかであります。それほどの影響力を持つた新聞が現在出ておるのであります。新聞そのものがみずから……。
#45
○委員長(小野義夫君) 静粛に願います。
#46
○羽仁五郎君 国家を転覆するということはありません。ギリシヤ以来言葉が害をなすことはないということは鉄則であります。言葉に対してはただ言葉のみが救い得る。新聞に対してはただ新聞のみが救い得るのです。集団示威行進というものは、人類が多年に亘つて最も野蛮な闘いの方法から近代に至つて発明したところの最も近代的な方法であります。これを抑圧することによつて発生するものは極めてプリミチブな暴力が復活して来るだけであります。これらの重要な権利が侵害されて、これを救うに由がないという状態に持つて行こうとしておるのが本法であります。不当に権利を侵害された人がある場合に、みずからそう思う人がある場合に、それを救う、救済する手段を備えていないという法律は民主主義的な法律ではありません。
 私が反対するその第六でありますか、第六の理由は、本法は何らの効果がないからであります。政府みずから認めておられるように、仮に破壞活動をする団体がある場合、これに対して本法を適用する結果、それらの団体は地下に潜るだけであります。政治上の主義主張というものを以て飽くまで合法的に闘かつて、最後に手段尽きへ言葉尽き、理尽き、筆尽き、口も尽きて、そうして実力行動に移ろうとすることは政治家の最後の悲願です。我々の先輩のそうした政治家の行為が歴史の上に残つています。日本ばかりではない、国際的にそうした政治家が今日民衆の崇拝の的となつておるのです。これは、如何に法によつてこれらの運動を取締ることができないかということを何よりも明らかに示しております。政府は、本法によつて所定の目的を達することができるかという我々の質問に対して、できると答えたことは一回もありません。
 法律としての本法に対する私の反対の最後は、この法は何らの効果なくしてあらゆる弊害があるということであります。この弊害は大別して二種類になります。一つは、本法が規制しようとするところの団体は、地下に潜り秘密活動を開始する。従つて本法を適用しようとする政府機関は、どうしても秘密活動を開始せざるを得ません。この点は我々が政府に向つて質疑をした際に明らかにされたことであります。この政府機関が秘密活動をやるということは即ち特高、治安維持法とこの法とが本質的に共通している点であります。従つて、現に本法によつて設置せられるでありましよう官庁には、恐らくはいわゆる元の特高の関係の人々或いはその警察官或いは検事の諸君がこの中で働かれるであろうということを委員の多くのかたが心配せられて、そうしたことが絶対に行われないことを要望せられたのであります。これは本法の本質が、政府が秘密活動をやる、このことは如何に恐るべきかは委員各位のよく御承知の点です。我々は、秘密政治によつて日本を亡国に陥れられたのです。而もこれは最近のことではありません。実に長い伝統です。徳川時代以来の伝統です。隠密国を亡す。この言葉はまだ我々の眼前から拭い去ることはできないのです。そうしてこの隠密政治によつて如何に哀れな個々の市民が泣かされるかばかりではありません、それによつて遂に国家の政治そのものがこれを指導すべき人々の手から奪い去られてしまうのです。現に、我が憲法は政府の秘密活動を許しておりません。国会が如何なる場合にもこれを審議することができるということを……しなければならんということを命じております。いわゆる技術的な点における秘密というものが最小限度に許されるのに過ぎないのです。然るに本法適用の対象となる団体が地下秘密活動をやる結果は、本法を適用しようとする政府機関は秘密活動自体がその主体となるのです。そしてそこに必ずや国会議員諸君が審議することのできない予算が発生します。この国会が審議することのできない予算が如何に危険なものであるかは諸君の絶対に忘れることのできないところであろうと思います。曾つてこうした秘密費によつて国会議員が買収されたことがあります。政府の首領に……首相によつて買収されたことがあります。諸君はこうした危険が決して復活することがないと心中で断言せられるかたがありますか。而もこの弊害、何らの効果なくそして恐るべき弊害を持つておるところの本法の第二の弊害は本法が対象としているところの破壞活動をなすところの団体というものはこれはあり得ないものであります。これも質疑の過程においてしばしば団体としての破壞活動をやるということは一体どういうことだということが各委員から質疑せられましたが、遂に団体としての破壞活動というものは何であるかが明らかにならないのです。それでは逆に現在日本においてこうした破壞活動をやつている団体があるのか、その確証を示せという我々の政府に対する質疑に対して政府は、その疑いがあるということだけであつて、その確証を示すことができないと言つておられるのであります。断言しておられるのであります。諸君どうして人間の作る団体が破壞活動を目的とすることがあり得ますか。これは人間性に対する実に許すべからざる侮辱です。団体として破壞活動をやる団体なんというものがありますか。こんなものはあり得ないのです。従つてこうしたあり得ないものを探すということから必ずそこに起つて来る弊害が又二つあるのです。その一つはないものを探すのだから日本全国至る所を探し歩くのであります。過日国立国会図書館の館長金森徳次郎博士が、最近は国会図書館にまで何人とも知れず断りなく入つて来てそうして部屋をうろうろと歩いて、そうして最後に断りもしないで出て行く者がいる、館員一同非常な不安とそして不愉快とを感じているということを言われております。ない団体を探すのだからあらゆる所を探し歩くのです。そのために最近大学の中をも探し歩くのです。そうして学問の自由、教育の自由という積極的な意義のある自由を警察の目的、治安の目的という何らの積極性のない行政行為によつて脅やかしているのです。古来未だ曾つて警察によつて国が栄えた国はありません。教育によつて栄えた国があるのです。警察が何らの積極的な意味を持たない、消極的な意味しか持たないということは言を待たない、然るに教育は積極的な意義を持つている。而も大学の自由たるや日本においても国際的にも多年の人類の闘争によつて、努力によつて初めて築かれて来たものである。諸君は如何に立派な警視総監でも、その警視総監が一つの大学の総長として学生と教授との信頼を得て行くことは不可能であることをよく御承知でありましよう。この弊害の最後のものは、どうしても破壞活動をやる団体が見当らない場合にはこの法がそうした団体を作り出すということであります。堂堂たる政党、これに対しては堂々たる政党は政策を以て闘うべし、堂々たる組合、これに対しては堂々と組合を以て闘う、これこそが政治家のなすべき方法であります。然るにその政党、その組合に何ら関係のない犯罪を結び付けて、そしてこの自己の政敵たる政党を犯罪者の団体であるというようにして縛ろうとするがごときことは、これほど恥ずべきことはございません。而もこうした事実が我々の最近の歴史の上になかつたのではありません。我々が決して忘れることのできないのは、一九三三年でしたか、ナチスが政権を取つて、そして共産党員或いは偽共産党員、或いは曾つて共産党員であつた、いずれにせよ精神薄弱なる一人の青年を誘惑してドイツの国会に放火した。これこそドイツの国家の基本組織を破壞するものであるという理由を以て共産党員を、国会議員をも逮捕し、続いて社会党員を逮捕し、続いてあらゆる民主主義者、自由主義者を逮捕してそしてここにフアツシズムの政権、ヒツトラーの政権を打ち立てたことは決して諸君が軽々しく忘れてよい事実ではございません。
 以上が本法の法としての性質において私が、どうか諸君がこのような法を制定しないで頂きたい。否決して頂きたい。政府提出の原案並びにこれらに対して各位がさまざまの苦心をせられてお作り下さいました修正案、その御苦心に対しては私は心から感謝するものでありますが、併しながら根本的にこのような危険を孕んでいる法律案を我々は制定すべきでありません。現在我々は総理大臣に向つてあらゆる権力を与えているのです。その権力によつて総理大臣は社会政策においても教育においても言論新聞の自由においても十分の政策をすることができるはずなのです。国民は総理大臣のためにあらゆる権力を与えている。その権力を握つた総理大臣が、その権力を以てしても内乱が起り得ることを防ぎ得ないということを国会に向つて言つているのであります。そうして自分が政権を取つているために内乱が起りそうだ、従つてその内乱を防ぐ法律案を国会が制定してくれと言つているのであります。かくのごとき恥ずべき行為がありましようか。民主主義政治は政府の交替の原則を示しております。現在国家の全権力をその手に委ねられるならば内乱などの起る余地なく、善政を行う政党が日本に決してないことはないだろう。すべからく総選挙という近代的な方法によつてそうした措置に進まれるべきであります。吉田首相の尊敬しておられる古島一雄翁が、最後に破防法について如何に心痛しておられたかは御承知の諸君もございましよう。古島一雄翁が最後の息を引取られる前に言われたことは、吉田首相は安政の大獄をやろうとしている、この言葉であります。私はどうか諸君がこのような法律、政府原案並びにそれらに類するものをこの際一掃して、そうして全く別個の見地から、若しもこの社会に忌むべきものがあるとするならば、それを法の手によつて防ぐべきではなくして、積極的な政策によつてそれらを攻撃し、そうして真実の幸福を国民に与うべきです。国民はそうした政党にその全権を与えることを決して躊躇しません。全権を与えられながら内乱が起りそうだ、そのために基本的人権を制限してくれというような法律案を出す政府を我々はこれ以上許すべきではないと思う。
#47
○委員長(小野義夫君) 以上を以ちまして討論は終局いたしました。
 これより採決に入ります。
 破壞活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案を一括して議題に供します。
 先ず伊藤君提出の修正案全部について採決をいたします。伊藤君提出の修正案に賛成の諸君の御起立を願います。

   〔賛成者起立〕
#48
○委員長(小野義夫君) 少数と認めます。よつて伊藤君提出の修正案は否決せられました。
 次に中山君提出の修正案全部について採決いたします。中山君提出の修正案に賛成の諸君の御起立を願います。

   〔賛成者起立〕
#49
○委員長(小野義夫君) 少数と認めます。よつて中山君提出の修正案は否決せられました。
 討論中提出されました修正案はいずれも否決せられましたので、三案の原案全部について採決いたします。
 三案を原案通り可決することに賛成の諸君の御起立を願います。

   〔賛成者起立〕
#50
○委員長(小野義夫君) 少数と認めます。よつて三案は否決すべきものと決定いたしました。(拍手)なお例によりまして委員長の口頭報告の内容、審査報告書の内容は委員長に御一任願います。
 三案に反対の諸君の御署名を願います。
  多数意見者署名
   宮城タマヨ   伊藤  修
   松浦 定義   岡部  常
   中山 福藏   内村 清次
   吉田 法晴   片岡 文重
   紅露 みつ   羽仁 五郎
#51
○委員長(小野義夫君) 本日はこれを以て散会いたします。
   午後九時十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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