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1951/05/23 第13回国会 参議院 参議院会議録情報 第013回国会 地方行政委員会 第38号
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1951/05/23 第13回国会 参議院

参議院会議録情報 第013回国会 地方行政委員会 第38号

#1
第013回国会 地方行政委員会 第38号
     公聽会
――――――――――――――――
昭和二十七年五月二十三日(金曜日)
   午前十時五十六分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     西郷吉之助君
   理事
           堀  末治君
           中田 吉雄君
           岩木 哲夫君
   委員
           岩沢 忠恭君
           石村 幸作君
           高橋進太郎君
           宮田 重文君
           館  哲二君
           若木 勝藏君
           原  虎一君
           林屋亀次郎君
           岩男 仁藏君
  政府委員
   地方自治政務次
   官       藤野 繁雄君
   地方自治庁次長 鈴木 俊一君
  事務局側
   常任委員会専門
   員       福永與一郎君
   常任委員会専門
   員       武井 群嗣君
  公述人
   五大市区選挙管
   理委員連合協議
   会会長     中山  幹君
   農業、村議会議
   員       下村金太郎君
   成蹊大学教授  佐藤  功君
   市政調査会理事 小倉 庫次君
   東京都千代田区
   長       村瀬  清君
   日本生活協同組
   合中央委員   野村 カツ君
   新潟県西蒲原地
   方事務所総務課
   長       笹川 作八君
   法政大学教授  中村  哲君
   中央大学教授  猪間 驥一君
   東京新聞論説委
   員       立川 克捷君
   東京都職員労働
   組合都区調整対
   策委員会事務局
   長       小関 晋一君
   東京都副知事  春  彦一君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○地方自治法の一部を改正する法律案
 (内閣送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(西郷吉之助君) 只今より地方自治法の一部を改正する法律案につきまして、地方行政委員会の公聽会を開会いたします。
 開会に当りまして、公述人として御出席下さいました各位に対しまして、委員会を代表いたしまして委員長より御挨拶を申上げます。本日は御多用中お繰合せになつてこの公聽会においで下さいましたことを厚くお礼を申上げます。今回政府提案の地方自治法の一部を改正する法律案は、地方の公共団体に対しまして重大なる影響を與えるものでございます。この法案は本国会におきまする最も重要な法律案件の一つでございまして、参議院の地方行政委員会におきましても今回公聽会を開会いたしまして各界の御意見を伺うことにいたしました。本日の公述の時間は十分でございませんが時間の許す限り御意見を十分お述べ願いたいと思います。なお公述人のかたに申上げますが、各位の公述の時間は大体十五分見当にいたしております。なお公述の内容は本日定めました議題の範囲を逸脱しないようにお願いいたします。又公述に対しましては各委員から質疑があります場合は御遠慮なく十分御意見をお述べ願いたいと思います。
 それではこれより公述を開始いたします。先ず第一に中山幹君にお願いいたします。中山君は五大市区選挙管理委員会連合協議会の会長であります。どうぞ中山君。
#3
○公述人(中山幹君) 本日は極めて政務御多端の中におきまして私どものために公聽会をお開き頂き、国民の真の声を傾聽して国政の基本に反映したいという委員長はじめ各委員がたのこの熱意のあるところを私見聞いたしまして、これでこそ参議院の重大なる、私たちが選んだ立派なかたがたなりと特に私印象付けられております。実は私ども三月三十一日にこの私どもの切実なる問題を市の管理委員会の四名の者たちから聞かされたのでありまして、まるで晴天の霹靂のごとく感じたのであります。私どもは聞くと同時に横浜、名古屋、京都、大阪、神戸五大市の区の管理委員会の委員長のすべてに檄を飛ばし事の重大なることを伝えると同時に、一同日比谷の市政会館に集つたのであります。然るところ異口同音に、まるでこれじや国の政治を作る議員のかたがたと申しましようか、或いはこの案を作られた政府の委員と申しましようか、実にこれは重大である、私どもは実は決してこれを以て本職となし、これを以て生計といたすものではありませんが、各区のいわゆる実情に即し、各都市のローカル・カラーによりまして二十一年の制度のこの結成以来私どもは陣頭に立ちこの立派なる選挙制度にもろ肌ぬいで国のために盡しておるわけでございます。よつて私どもはこれは大変だ、五月の一日の日比谷のあんなメーデーくらいのあんなものではない、選挙に関する限りただごとではないのです。御承知の通りまるでまなじりを逆立て或いはなぐる、けるといつたようなことはきつと先ず投票所においてすでに起るに違いない。これはぼんやりしておつちやいけない、市の管理委員のかたがた曰く、もうすでに何か活版ずりになつたようだ、或いは御時世のようにも聞く、仕方がないからあんまりこれは無理を言わんほうがいいなんと言つてまるでこれは時代逆行の言葉を聞きまして私どもは唖然としたのであります。いずれにいたしましても私どもはかようなことを聞いた以上、少くとも吉田総理大臣初め両院議員のかたがた並びに政府要路者に事の重大なることをお知らせして、かような法案を御作成になることは以てのほかなりということをつぶさに一つ具申しようじやないかというのが私どもこの連合協議会の結成をなした基礎であるのであります。
 今西郷委員長さんから申されました通り何か時間にかなりリミットがあるようでございまするし、一応私どものこの五大市の而も区の選挙管理委員会の委員長の多数の者が、全部が集りまして申合せをいたしましたことを一応皆様がたにお読みいたしまして、私どもの国を思いこの日本の将来を思う愛国精神が那辺にあるかということを皆様がたのお耳に伝えたいと存じます。ちよつと委員長読ませて頂きます。
   陳情書
 このたび地方行政機構簡素化の一環として地方自治法の一部を改め第二百七十六條を削除する法律案を政府案として提出され五大市の区選挙管理委員会を廃止されるとのことでありますが、五大市区選挙管理委員一同は左記理由によりこれに反対しその存続を強く要望するものであります。
  一、五大市の区選挙管理委員会は昭和二十一年発足以来変転常なき大都市住民の選挙思想の普及に努め、不偏不党しかも公正に幾多の選挙を執行し選挙人より絶対の信倚を積み現在に至つております。
  二、なお五大市の区はその区域、人口並びに有権者数においては遥かに他の市町村を凌駕し、且つ又府県及び市議会議員選出の單位的母胎を構成し選挙区の重大な單位となつており、従つて政治的意義においても地方色発現の地域的部面においても欠くべからざる存在を確保しておるのであります。
  三、而も区選挙管理委員会の事務はその質、量ともに大きく責務は洵に重大でありまして、特色ある区の実情に即した選挙人の啓発宣伝に努め、ややともすれば臆測疑惑等を生じ易き選挙の執行面を極めて円滑裡に運営しているのであります。四、然るところ若し区選挙管理委員会を廃止するとなれば、選挙事務の面においては大部分を区の吏員に委任し市選挙管理委員会が直接これを指揮監督することとなり、市理事者が区の吏員の職務執行に対し或る種の制約を加えるかのごとき印象を有権者に與えるにおいてはたとえその執行が公正に行われても円滑に選挙の執行を期待し得ないと存ずるのであります。五、更にひいては市吏員の立場を困難に陷らしめ、投票、開票管理者、選挙長の選任及び民間の投票並びに開票の事務従事者の選任その他單なる啓発運動にさえ疑念を抱かしめ、市区行政の運営に重大なる支障を生ぜしめる結果を招くことは予期し得るところであります。六、殊に選挙法が逐次公営強化の方向に進み立会演説会の開催、氏名掲示、選挙公報の配布等末端執行機関の政治的事務の増嵩を考慮すれば、思い半ばに過ぎるものがあるを覚えるのであります。七、行政機構簡素化は私どもももとより賛意を表するものでありますが、区選挙管理委員会の廃止は地方自治体の紛争を増加せしめ自治行政に悪影響を及ぼし、なかんずく最近の顯著なる傾向と見られる暴力的気配は選挙の機を捕捉して幾多の事故を発生するを予知するとき、却つて自治体の事務を混乱に導くことを憂うるものであります。かかる犠牲を無視してまで行政の簡素化を断行する必要は毫もないと思料するものであります。八、また都市財政の窮乏を緩和するため区選挙管理委員会を廃止して経費の節減を図る御趣旨であるようにも承つておりますが、区の選挙管理委員会の五大都市の財政より見て誠に僅少でありまして或は委員の報酬を減額する等他に対策があると存じます。九、五大都市は地域、人口、財政力において府県を凌駕し、かかる巨大都市において選挙事務を迅速且つ的確に執行するには市の選挙管理委員会のみにては到底完全にその目的が達し得ないのでありまして、殊に地域的特色を個々に有する区選挙管理委員会の存在こそは誠に唇歯補車の大役をなすものと確信いたしております。右のごとく五大都市の区選挙管理委員会を廃止することは大都市の特殊事情を無視した措置でありまして了解に苦しむところであり、且つ又六年間の歳月を費し営々培われて来た民主政治への大逆行でありまして、国家のために真に憂慮に堪えない次第でございます。国事極めて多端の折柄、本改正案につきましては慎重に皆様がたの御審議を重ねられまして、民主選挙の理想的制度でありまするこの区選挙管理委員会の存続を決定いたされまするよう切に懇請申上げましてここに陳情する次第でございます。大変簡單なようでございまするが、切々たる国を思い、永らくこの制度に従事いたしましてあらゆる末端的の実在のことを知つておりまする私たちは、坐してこの法案の或立を忽せにするわけに行かないというこの決意の下に立つた次第でございまして、皆様がたの御賢察を十二分に待ち、かような法案の成立をどうぞ阻止して頂きたいというのが私たちの切望でございます。以上をもちまして私のこの公述といたします。終りに臨みまして、西郷委員長様初め各位の委員先生がたのこの法案に対しまする御熱意と、私どもをわざわざここにお喚び頂きましたるそのお礼と重ねてここに申しまして、私のこの公述に代えたいと思います。有難うございました。
#4
○委員長(西郷吉之助君) 中山君に対しまして御質疑のおありのかたは御質疑を願います。……別段御質疑もございませんか。次に、下村金太郎君。同君は群馬県の村会議員であられます。
#5
○公述人(下村金太郎君) 私は自分の考えをまとめました草案によつて公述さして頂きます。私は今二十七年度積雪寒冷單作地帯地区として特別の指定を受けました群馬県群馬郡倉田村、即ち、上州榛名山麓の一農村人であります。そうした私が本日の公聽の選に浴して考えを開陳さして頂けますことは全く光栄の限りです。去る十九日衆議院委員会における公述者の名前を新聞紙で見ましたが、いずれも知事、大学の教授、新聞社の論説委員、会社社長といつた肩書を持たれましたかたがたであり、本日の公述人のかたも私以外はそうした日本的存在のかたがたであろうと私は思うのであります。そうしてその中に名もない或る意味で公聽会始まつての公述人ではないかと考えられますところの私を、この選に入れて下さつた委員長の措置に感謝の気持で一ぱいであり、感激の情が心の底から湧出ずるを禁じ得ない次第です。私はこの感謝と感激を以て、学問的のことは学識経験者のかたがたにお任せし、私は現実の実際的の観点から具体的に例を挙げまして、折角御配意頂きました責を悔を残さないまで果したいと思うものであります。なお一言私は法案中特に地方団体の規模の擴大強化に関心を持ち市町村合併の特別立法の速かなる実現を希望するものであり、公述もこの線を基調として進めて行く考えでありますことを前以て申上げておきます。今回当局において自治庁の権限強化、市町村の規模の擴大を狙いといいましようか目標といたしまして、地方行政機構改革法案を提出せられましたことは、独立の国家として独り歩きを始めた日本をあずかる政府として必然考えるべきことであつたと思い、この挙に国民の一人として敬意を表します。狭い国土に八千余万の人口を持つ日本は、有限の中に無限を開くという、こうした考えを基調として不合理と矛盾を除去し、一日も早く国力の充実を図るべきだと思いもし、常に考えているものです。今度の地方行政機構改革法案が、この私の考えに一脈相通ずるものがあるを確信し、賛意を表し、これが国会の通過をひたすら祈念し、政府当局、特にここ参議院地方行政委員会の御努力を懇願いたします次第です。なお民主主義国家としてもです、或る程度の指導的立場にあるかたがたが指導力を以ていろいろの仕事を推進し、機運の醸成の誘発に心がけて頂きたいということをこの機会に強調し希望しておきます。冒頭いたしました例を、現実の身近な私の村、榛名の西山麓の群馬郡倉田村人口五千、役場職員十八名と、烏川という幅百米そこそこの河川を一つ隔てましたところの対岸の碓氷郡鳥渕村人口三千六百、役場職員十七名という行政区域を異にせる隣接町村にとつて、不合理と矛盾を指摘し、参考の資に供したいと思います。なお両村の地図を只今委員長さんの手許に披瀝いたしまして、私の公述のより納得頂けるようにお願いしたわけであります。ともあれこの私の町村倉田と隣接鳥渕村とは地形の上から見まして当然合併すべき宿命下にあり、このことは私どもの先輩によつて幾回となく論議され提唱されながら、合併の実現を見ず幾十星霜の今日に及んでいるのです。両村は、農協の建物は本支二基ずつ四基、職員三十四名あり、学校も小学校、倉田側に三ノ倉は三百九十五人の生徒に十四人の先生と、権田が二百七十五人の生徒に十人の教師、相満分校の小学校の三つと、別に中学三百七十一人の生徒に対しての教師十四人の学校があり、鳥渕側にやはり東部百五十六人の生徒に八人の先生、中部百四十六人の八人の、西部二百三十九人の九人、三小学校と中学二百七十六人に十一人の先生、こういつた小学校と二つの中学校とがあり、問題ではないのですが、定時制高校が別に一校設置されてあります。小学校は合流することによつて三校乃至四校、これは分校を含めてですが十分足り、通学等の面からいつても却つて能率的に替えられると思われますし、中学校の二つはあつてもとも思いますが、地形的にこれを交流させることによつて生徒の通学の時間を半分にも短縮することができ、小さいことですが履物等の消粍も半分で済むといつた時間、労力、物質全般に亘つて相当の無駄がはぶけ、生徒の勉学に好影響をもたらすこと火を見るより明らかであります。農協にしましても同じでして建物の二基で十分に足りると考えますし、勿論役場庁舎も一つで済むのではないかと思います。こうした合理化によつて教職員の人員もかなり減らすことができ、村予算の三分の一以上を占めているところの人件費も相当額削減されると思います。役場職員の出張等についても行政区域の違いで一つは高崎で済み、一つは高崎を経由して更に安中という、矛盾と無駄が長い間繰返され消費されているのです。個々について質するときに矛盾と不合理を誰もが認め、合併に異論はなく合併することがいいと認めつつ実現されないといつた割切れないものがあるわけです。ここに私が前述いたしましたところの主導的立場にある機関の人の主導力の或る程度の強調のゆえんがあるわけです。私の申上げました倉田、鳥渕といつた関係と同じ合併すべき宿命の下にある市町村が全国には多数あると思いまして、有限の中に無限を開くべしの持論を主張する私は、重ねて改革法案に賛成の意を表し、この機会に行政委員長さん初め関係皆様の特段の御努力を懇請し、市町村合併の特別立法の速かなるところの発効によつて、宿命下のこうした市町村に存在する不合理と矛盾を除去せられ、文字通り名実ともに兼ね備えたところの理想国家の出現を念願し、公述者としての責をふさぎたいと思います。有難うございました。
#6
○委員長(西郷吉之助君) 下村君に対しまして御質疑がございましたら…。
#7
○中田吉雄君 この町村の合併なんですが、それぞれの関係者の自発的な意思にまつてはなかなか合併できないと思いますが、やはり強制措置が必要だと思いますが。それからあなたの所と倉田と烏渕ですが、新制中学が両方にあるようですが、県の指導はあの当時組合立の中学校を作ることを進めなかつたのですか。
#8
○公述人(下村金太郎君) 行政区域の違つているということでそれができなかつたのであります。それと古い因習のやはり残つている関係で、一は群馬郡であり一つは碓氷郡であるという行政区域が違つているということでそれができなかつたのであります。
#9
○中田吉雄君 それからこれあなたの公述されたのと違うのですが、今度は議会の数ですね、開会の数ですね、前には一月おきにあつたのですが、今度は一年に通常会ですか一遍ということになつておるのですが、そういうことは地方自治の運営にとつてどういうふうにお考えになつていますか。
#10
○公述人(下村金太郎君) いろいろの地方自治なら地方自治というものを掘下げてあれするということに会をふやして開くということを要望いたします。
#11
○中田吉雄君 その新制中学を建てられるときに、非常に五千ぐらいじや大変だと思つたのですが寄附金はどれくらい出しました。
#12
○公述人(下村金太郎君) 寄附金というものよりかもむしろ村財産としての山林の伐採所得によつて充てたわけであります。
#13
○委員長(西郷吉之助君) ほかに御質疑ございませんか。次に佐藤功君にお願いいたします。佐藤君は成蹊大学教授の職におられます。
#14
○公述人(佐藤功君) 今回の地方自治法改正は非常に論点が多いのでありまして、その中には非常に技術的な問題もあり又地方の実態ということと関係のあるような問題も多いわけでありますが、私はまあ私の専門といたしまして特に憲法との関係というような点だけについて、時間もございませんので簡單に述べたいと思います。それでその問題と申しますのは、いうまでもなくこの特別区制度の改革、つまり特別区の区長公選を廃止するということが憲法違反ではないかという問題であります。これは特に今日最も強く激しく争われている問題の一つであるわけでありまして、その論点はすでに御承知のことと思うのでありますが、この問題は一つは政策論的にそれがいいか悪いかという点と、それから憲法上それが違憲であるかどうかという問題であろうと思うのでありますが、まあ私は特にその憲法上の考え方を申上げるわけであります。その結論を申しますと、私はその問題にはいろいろなむずかしい点があり解釈上非常にむずかしい点だと思うのでありますが、私はそれは憲法違反ではないというふうに考えるわけであります。それでその点を申上げるわけでありますが、先ず第一は、御承知のように憲法の九十三條二項で、地方公共団体の長は、住民が直接に選挙するというその條文が直接の問題であります。それで又九十二條に、地方公共団体の組織及び運営は、地方自治の本旨に基いて法律で定めるという規定があるわけで、その二カ條と区長の公選廃止ということがからんでいることは御承知の通りであります。それで問題は、憲法が今の二カ條で地方公共団体といつておりますのはどういうものを地方公共団体と言つているのかということに帰着するわけであります。言葉を換えて申しますと地方自治法上、地方公共団体なりとされているところのもの即ち普通地方公共団体、特別地方公共団体のすべてがこの九十三條二項或いは九十二條の憲法上の地方公共団体であるのかどうかということであるわけです。それで少し理窟つぱい書生論になるようで抽象的なお話になるようで恐縮でございますが、お聞きを願いたいと思うのでありますが、その問題は根本的には地方公共団体というものの本質論に遡らねばならないと考えるわけであります。地方公共団体と申しますのは、これはまあ一番広く申しますと地域的な共同体とでも申すべきもので、つまり人間が人間社会の発達の中において一つの社会的な事実として一定の地域の上に住んでおる住民の一つの団体ができて来た。そういうものに一定の自治権というものを與えたところに地方公共団体というものができて来る。それは従いまして一つの歴史的な或いは社会的な事実であると言つてもよろしいと存じます。ただそれがこの近代或いは現代の国家におきましてそれがこの国家の制度として取入れられた、地方公共団体というものが国家の制度として取入れられたということは、国がそういう社会的事実を認めましてそれを国家の制度としての地位を認めたということになるわけであります。でありますから、そういうふうに考えますと、そういう地方公共団体の法人格であるとか或いは自治権というようなものは国家が認めたものである。国家から伝来したものだというふうに考えねばならんことになると思うわけであります。それで若しそうだといたしますと、今述べましたようなそういう社会的、歴史的な事実の上に立つてそうしてそれを尊重しながら、国家がどういう地縁団体を国法上の制度たる地方公共団体として認めるかということは、それは国家の政策の問題であるということになると思うわけです。併しそう申しましても、その場合に勿論国法上の制度として地方公共団体として認めるという場合に一つの基準があるということは当然でありまして、合理的な或いは一般に承認されるところの一つの基準があるのだと考えるわけであります。その基準とは何かと言いますと、それは要するにそこに一つの共同体的な意識というものがあつてそれを基礎にして社会的な一つのまとまりのある団体と認められるようなものを、それを地方公共団体と認めるということになるだろうと思います。従つて社会的事実としてあります地縁団体というものに今言いましたような基準を当てはめるということは国家の政策の問題になるというふうに考えるわけであります。そこで憲法九十二條や九十三條二項というものを見ますと、そこには地方公共団体という言葉が使つてあるわけでございますが、それは今述べましたようなことをそこに前提として書かれておる。つまりこの二カ條に地方公共団体と言つております場合に、そこに今述べましたような考え方が含まれて書かれてあるというふうに考えるわけであります。つまりあらゆる地縁団体というものを地方公共団体としてしまつてそしてその組織や運営を法律できめるんだというふうに言つておるのではない、あらゆる地縁団体というものを、地方公共団体なりと認めるということではないのでありまして、どのような地縁団体を今述べましたような基準で地方公共団体として認めるかということをも含めた規定であるというふうに考えるわけであります。
 従いまして今度の政革は、都道府県と市町村というものが、以上述べましたような基準に照らしてみまして、憲法のいう地方公共団体に当るものであるという立場をとつたわけでありまして、それで都と特別区という問題に限つて申しますと、つまり特別区を含みますところの都というものを憲法にいう地方公共団体であるというふうに考えた結果であるわけであります。従つて九十三條二項でその長を直接公選すべきものときめておりますところの地方が公共団体というものは、それは都である、つまり特別区をも含んだところの都という地縁団体であるという考えに至つた結果であるということになると思います。従来はこの都に包含されるところの特別区というものも、又九十三條二項の地方公共団体であるという、そういう政策を国家がとつておつたというわけでありまして、従つてその政策を法律で改めるというわけであります。だからつまり、特別区の長を公選にするかどうかということは、それは立法政策なり自治政策の問題でありまして、それは法律で以て定め得ることである、憲法九十二條や九十三條は、それをも禁止したものではないということになると思うわけであります。そう申しますと、問題はそれならば、そういう政策が、つまり特別区の長を公選にしないということ、即ち特別区をも含んだ都というものを九十三條二項の地方公共団体なりとするその政策が果して適当であるか。即ち前に述べましたような基準に照してみて、特別区には私が申しました共同体意識というものがない、そういう判断よりする政策が適当であるかどうかという問題になつて来るわけであります。そして私は結論的に言いましてそれは適当である、つまり適当な政策であるというふうに考えるわけであります。それでこの点はいろいろ詳しく申し上げねばならないと思うわけでございますが、簡單に申上げますと、要するに現在の特別区というものには、共同体意識、それをまあ区民意識という名前でよんでもいいと思いますが、区民意識というものはないとまあ考えるわけでありまして、これの一番いい例は終戰後三十五区が三十三区になつたというときに、それが現われていたというふうに私は考えます。それは結局は大都市行政というものの特殊性ということになることは改めて申上げるまでもございません。要するに区の地域をこしらえたいろいろな社会的、経済的、文化的生活というものを我々東京都民は、営んでおるわけでありまして、そういう一体的な運営ということが要求されておる。そしてそれは現に今までも特別区という制度を認めておりましたときでも、そういう一体的運営というもののためのいろいろな措置がとられていたということは御承知の通りであります。そう申しますと、それならなぜ現行法では特別区の長を公選にしていたのかという問題があろうかと思うのでありますが、それは私は、この地方自治法制定当時における地方分権或いは地方自治という、そういう大きな要求の影響を強く受けたためであつて、地方分権、それからその長を直接に住民が選挙をしなければならないというようなそういう面が強く出て来ていた結果である、私をして言わしめれば、それはその当時においてもすでに適当ではなかつたというふうに思うのであります。今度の改革は、そういう東京都というものを基礎的な地方公共団体であるといたしまして、そして特別区をその下部組織として包含をする、而もそれを純然たる行政区というような考えではなくて、一定の自治権を認めるということが今度の改革であるわけで、それは今申しました特別区の実態或いは区民意識という点に照してみてそれは実態に即した改革であると私は思います。それで、憲法論の第二点は、この憲法十四條の問題、即ち選挙権の平等であるということで議論をされておるようであります。つまりそうなりますと、八王子等の三多摩の市町村は、自分の市長なり町長なりの選挙権のほかに都知事の選挙権を持つ、二軍の選挙権を持つ。ところが区の存するところの住民は、東京都知事の選挙権一つしか持たない。でそれは平等の原則に反するという議論が言われているようであります。併しこれは改めて申上げるまでもなく、平等ということは機械的な数学的な平等ではないわけでございまして、合理的な標準、合理的な理由があれば機械的な不平等というものは許されるというふうに考えるべきであります。要するにそれも又大都市行政の特殊性ということでありまして、つまり全体としての都ということを考えなければならない。即ち区の存する区域の住民の共同意識というものはその区に対してあるのではなくて、全体としての都に対する共同体意識である。つまり区民意識ではなくて都民意識であるというふうに考えるわけであります。併し八王子市等の住民はそういう八王子市の住民意識というものをもプラスして持つておる。つまり区の存する区域、即ち大都市の中枢的な区域から八王子市というようなものの住民はいろいろ影響を受けはいたしましようが、併し同時にそういうところの歴史的な或いは伝統的な理由から住民意識なり町民意識というものをも持つておる。そうして又その社会的実態がそこにあるのだというふうに考えるわけであります。つまりそもそもそこにこの東京都という全体ができて来た理由があるというふうに考えるわけであります。従いましてそういうこの実態に即した基準、合理的な理由というものがある以上は、数学的な二対一という平等論というものは成り立たないのではないかというふうに考えるわけであります。それから急いで申上げますが、あともう一つ残りました大きな問題は国と地方公共団体との関係、或いは地方団体相互間の関係につきまして、総理大臣なり知事なりのまあ二種のコントロールの制が設けられたということであります。つまり技術的な助言だとか、勧告だとか、或いは自治紛争調停委員というような制度が設けられたということが大きな点でございます。これは要するに地方分権と中央集権との調整という問題になることは改めて申上げるまでもございません。それは大きな問題でありまして、殊に東京都に限らず日本のあらゆる地方行政、或いは世界のあらゆる国の地方行政に関係の存するところの一つの大きな時代的な問題であるわけでありまして、それの一つの解決の試みであると考えます。それでそういうコントロールを認めるということは、それは私は危險なものもあるということは忘れてはならないと思うのでございますが、併し素朴な地方分権に対する反省ということは私は認めていい、考え方として正しい考え方だと思うのであります。つまり今日の地方行政、地方自治というものにおきましては、素朴な中央集権というものは許されないと同時に素朴な地方分権という考え方も許されないというふうに考えられるのであります。抽象的で恐縮でございますが、いわば共同体的な自治という考え方になるべきである。又そういう方向に今日の地方自治というものはできているのだというふうに考えます。それが素朴な地方分権という考え方になりますと、そこにまあいわばエゴイズム的な考え方が出て来る。そういうことは私は今日の地方自治の原理ではないというふうに考えるわけでありまして、そこに私は憲法の九十二條に「地方自治の本旨に基いて」とありますが、その地方自治の本旨というもののつまり現代的な意義というものはそういう共同体的な自治というところを目指しているものだというふうに考えるわけであります。
 以上述べましたのは、この国と地方団体との関係についてそういう共同体的な自治いとう方向に行くべきだということについて述べたのでございますが、その考え方は都と特別区との関係という点にも私は同じように当てはまると思うわけであります。つまり国と地方団体との有機的な、共同体的な調整ということと、それと同じことが今度は一段下に下りまして都と特別区との間にも同じように適用せらるべきである、そうしてそこに適用されたのが今度の特別区制度の改革であるというふうに思うのでありまして、そうして私はその方向というものを支持するものであるわけであります。ただ注意しなければならないのは、それが今も申しましたように危險な点というものもあるということであります。つまりそういう考え方はいわば両刃の刀のようなものでありまして、やはり素朴な中央集権というものに移つて行く危險というものがそこにはあるということであります。そういう危險を排除する、そういう方向に行かないようにするということは大いに努力をしなければならない点であると思うのでありますが、その方向そのものとしては、私はそれが今日の地方自治の正しい行き方であるというふうに考えるわけなのであります。以上述べましたところから、特に特別区の制度の改革という点につきまして申上げたわけでございますが、要するにそういう考え方から申しまして、私は今度の改革には賛成であるということになるわけでございます。
#15
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑がありましたらお願いいたします。御質疑はございませんか。それでは次に小倉庫次君にお願いします。同君は市政調査会の理事でございます。
#16
○公述人(小倉庫次君) 今回の自治法改正案はいろいろの問題点を含んでおるようでございますが、その中でも一番世間でも又衆議院におきましてもいろいろ問題になつております区長の選任の問題、これが一番只今問題になつておりますので、この点についての私の考え申上さして頂きます。
 少し講釈めいたことを申上げて恐縮でございますが、自治体というものを構成いたしますのは、やはり一つのまとまつた地域社会を申しますかコンパクトな一つのコミユウニテイ、それを自治体を認めて初めて本当の自治が発達する。これは学者が言つておるばかりではありません。現実の自治の姿がそういうふうにどこでも発達して来ておるのであります。そういう意味におきまして東京という大都市は一つのまとまつた大きな地域社会を構成しておるのでありまして、二十三の区がばらばらに一つ一つの地域社会を構成しておるのではないと思うのであります。まとまつた地域社会と申しますのは、先ほど佐藤さんから申されましたように、住民の共同の意識若しくは住民の共通の感情というようなものがそこに流れておらなければ本当の一つのまとまつた地域社会とは言えないのであります。曾つて東京市が昭和七年に隣接五郡八十二町村を編入いたしました。そうして旧来の東京市の十五区の上に新しい区二十を設けたのでございます。この隣接区五区八十二町村を二十の区に分けましたのは、全く行政の便宜のために区分いたしたのであります。勿論従来の町村の境界、或いは郡の境界というようなものを参考にはいたされましたけれども結局は行政の便宜のために二十の区を画したのでございます。それが三十五区でずつと東京市を形成して参つておつたのでありますが、戰争のさなかに昭和十八年でございますが、御承知のように官治都制が布かれまして、従来の自治体として東京市が擴大して東京府の区域をもつて東京都とするということになりました。これは戰争時中の誠に特別な立法でございますいまして、当時国会におきましても余り多くの御意見がこの点にあつたことを承知しておりません。従来東京市を特別市制と申しますか、都制と申しますか、要するに一つのまとまつた東京市という地域社会をもつて府県を離れた特別市を構成しようと、こういう運動なり案というものは数十年来衆議院におきまして、要望され、論議されて来ておつたのでありますが、それが大した論議もなしにこういう官治都制が通つたということは当時の客観的情勢が然らしめたものであるのであります。実はこの都と区のあつれきと申しますか、争いというものは本当にこの官治都制を作つたこのときに胚胎しておると、こういうふうに私は考えております。終戰後非常に制度の改正がまりました。実はこの機会に本当は東京都という官治都制、戰時の非常立法でできた都制というものはむしろ解体いたしまして、新らしい考えで民主的な大都市制度というものを考えるのが本当の行き方ではなかつたかと思うのでありますが、当時は何しろ混乱の時代でありましたので、僅かに都長官を都知事にするとか、或いは区長を公選にするというようなこのがん首を変えた、形式的に民主的に変えたということだけで、戰時中の都制そのままを踏襲いたしております。そこにこの非常に従来の官治的な進み方と、これから戰後の新らしい民主的な進み方との摩擦が生じている。その大きな面がこの都区の関係に現われているのであります。そういうわけで本当はその際に民主的な大都市制度というものを考えるべきであつたと思うのでありますが、それが行われなかつたのは非常に遺憾に思います。その後これは昭和二十二年でございますが、やはり従来の三十五区あつたものをこれも行政の便宜のために二十二の区に減らしております。そうしてそのあとで又板橋区から練馬区というようなものを独立させまして現在の二十三区になつているのであります。このような区の廃置分合を勝手に申しますか自由にいたしておりますことは、とりも直さず行政の便宜のためにいたしているのでありまして、これが区の実態は行政府であると、こういうようなことを明らかに証明している証拠と私は信ずるのであります。特にこういう十五区のような例えば徳川時代からの或いは集落から発達したようなこの神田とか下谷、浅草或いは芝、そういうふうな本当の旧十五区には、或いはこの区民としての神田つ子であるとか、或いは浅草つ子というそういう一種の共通の感情が残つておつたであろうと思うのでありますが、現在のようなこの下谷、浅草を合せて台東区とする、或いは、この麹町と神田を合せて千代田区というようなことになりますと、全くこの区民感情とかそういうものは考えられないで行政の便宜のために作られたと申して差支えないと思うのであります。私はですから、この根本論としましては東京の区は行政区であるべきだ、その代りには今の二十三区の地域の実態はもう少し広くなるかも知れませんが、この東京という大都市を形成している区域に、東京市でもよろしうございますし東京都でも名前はとにかくとして、そこに一つの一体としての自治体を形成させる、これが最も望ましいこの大都市のあり方ではないかというふうに考えております。それは併しなかなか理想でありまして容易にその実現にはいろいろ困難もございましようが、方向としてはそういう方向に進まなければならないというふうに考えております。
 ところで今回の自治改正におきましてのこの区の性格、或いは区のあり方並びにその区長の選任の方法というふうなものは、大分私どもの考えております行政区に一歩どころではない数十歩あゆみよつているというふうに見られますので、差当りこの程度の改革でも行政区に近ずくことは非常に私は望ましいと思いまするので、今回の改正案には賛意を表したい、こういうふうに考えております。
 なおいろいろ今日この地方制度再検討の必要に迫られている今日、あわてふためいてこの問題だけをなぜ早く解決する必要があるか、こういうことがよく言われておりますると、そういう疑問を持つことは当然でありますし、私も同じような疑問は持ちます。併し現在の都区の間の実態を本当に皆様御覧頂きますれば、一日も早くこの都区の間の調整、あつれきというふうなものを取除くことが、どの区の区民のためでもなく、全体の市民の幸福のために最も望ましい、一日早ければ一日だけ市民にとつては幸福である。そういうふうに考えられますので、方向が間違つていない、正しい方向に進んでいる以上は、一日も早くこういう問題を実現して頂きたい、それが私の念願でございまして、そうするのが本当に東京市民の幸福を図るゆえんだと思うのであります。それから二十三区というものを以て東京市とか一つの自治体を構成したらよかろうということを申上げましたが、それにつきまして極めて卑近な事例でございますけれども、東京都の渉外部で「東京ニュース」というものを発行いたしまして諸外国に東京の実情を紹介いたしてあります、それの一週年記念号ごいうのをたまたま私は手にいたしました。その中に各国から東京都知事若しくは東京都の渉外部に対しまして一週年記念号のお祝いの言葉を寄せて来ております。そのお祝いの言葉の中を見ますると、おおむね半数以上は東京市という言葉を使つております。例えばロンド・ンカウンテイ・カウンシルの議長さんはやはり東京市と申しております。又サンフランシスコの市長も東京市ということを言つております。又シヤトルの市長、これはこの間日米市長会議で東京に来られて、よく東京の制度を知つておるはずなんですが、それでも「あなたの市」という字を使つております。それからドイツのミユンヘンの市長も東京市という字を使つております。それからコペンハーゲンの市長も東京市という字を使つております。このように外国の相当な人たちが皆東京市という言葉を使つておりますのは、これは日本の制度を知らないということを我々は笑うわけには行かない。そういうふうに外国人も東京というものはやつぱり東京市があるのだろう、東京市長があるのだろう、こういうふうに思うのは常識でありまして、こういう常識に合わない制度を作つておるというところに我々は静かに考えてみなければならない点があるのではないか、こういうふうに考えられるのであります。以上今度の地方自治法の区長の選任方法についての改正案の賛成の趣旨を自治政策というような面から賛意を表する理由を申上げた次第であります。
#17
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑お願いいたします。御質疑ございませんか……。次に村瀬清君にお願いいたします。同君は東京都千代田区の区長の職におられます。
#18
○公述人(村瀬清君) 私は一年半ほど任命の区長をいたしました。その後五年間二回の選挙を経ていわゆる公選区長の体験を持つ者であります。そこで私は本日はもつぱら区の自治、区政を行う上におきまして任命による区長が適当であろうか、或いは住民の選ぶ公選区長のほうが適当であろうかということにつきまして、体験から生ずる所見の一端を述べて御参考に供したいと思います。私は任命区長を一年半やりまして、その後選挙による公選区長になりましてから、如何に任命区長というものがたあいのない、浮草のごとき根のない、区民に血の通わない、魂の通わないくだらないものであるかということを痛切に感じた者でありました。住民の選ぶ自治の長こそが本当に血の通つた情熱を注ぎ得る政治を行い得る者であるということを痛切に感じた者であります。丁度昭和二十二年の自治法によりまして東京市が廃止されまして、さてこの市政を曾つての東京府である都が行うか、或いは区が市政を行うかという問題につきまして自治法制定当時いろいろの議論がありましたが、当時その法律制定の委員会の一員でありました安井現知事は、三百万も四百万もある東京を一つの自治体とするなんていうことは到底できることではない、これは適当な自治区に分けて区民の自治によつて首都の復興を促進しなければならないのだ。それには三十五区を適当な自治区にまとめる必要がある。つまり自治の基盤を確立する上において人口、地域等を参酌して大体人口二、三十万の程度の区を作つて、しつかりした自治の基盤を作る必要があるという非常な熱意を持たれまして三十五区の区域の統合をやつたのであります。私たちもこれを極めて適切な意見であると信じまして非常な熱意を持つてこれに協力いたしまして、私は神田、麹町の七十年の歴史のある区を区民の愛着にもかかわらず無理に区を統合いたしまして千代田区というものの建設に努力したのであります。そうして市に準ずる自治区ができるというので非常な希望と情熱とを持つて第一回の公選区長に打つて出まして当選いたしたのでありますが、爾来この特別区は果して立派な自治区として育つたでありましようか。政府も都も決してこれを立派な自治区として育てようとはしなかつたのであります。むしろ従来からありました数十年区でやつておりました保健衛生の事務は都に取られ、又社会事業は都に取られて福祉事務所となり、又都税の徴收も税務事務所という出先機関を作つて都が直接やるというふうになつた。或いは清掃事務は清掃事務所という出先機関を作つて都がやるというようなふうに特別区の事務は四分五裂をされ、そうして区役所のまわりに都の出先機関がだんだんと乱立をされ、而もその機構は区役所にあつたときよりも二倍も三倍もの職員を擁して立派な役所を作り、幾つかの課を置いて複雑な機構になつておるのであります。都の言うにはこれは大体二十億からの冗費がこれに費されておるそうであります。これは都が言うのでありますから間違いありません。そうして最後に今回現われた自治法では特別区の区長は公選を廃して任命にしようという非常な乱暴な案が出て参つたのであります。私は公選区長になつてみまして、自治というものは決して学者先生たちが机上で考えてもわかるものではないということを感ずるのでありまして、その自治制の中にひたつて町の感情に入つてみなければ本当の自治というものの気持がわからないということを痛切に感ずるのでありまして、私は任命区長の頃は、果して区内にどんな困窮者がどんな生活をしているか、又学校のガラスがどこにどんなふうに壊れているかなどということにはそれほど関心を持つことができなかつたのであります。任命の区長は大体都知事或いは都の役人の意見を尊重して、そのごきげんをとつておれば大体よろしいのでありまして、区民のために全身を打ち込むような気分にはなれないのであります。そこでどうして都は区との連絡を図るために任命にしなければならないかを私は疑うのでありまして、都政といい区政といい目的は全く一つでありまして、都民、区民の福祉を向上することに目的は帰一しておるのでありますから、その責任の分担を明確にし、事務並びに財源を立派に法定さえすればそこに一つも紛争は起らないのでありまして、都区の紛争の解決はこうした点にあるのでありまして、決して区長を公選にするとか任命にするとかいう点にあるのではないということを私は確信をいたします。むしろこの民主的な制度をできるだけ助長するためにそれらの障害となるところのいろいろな法規を改正するほうが近道であり、適当であると信ずるのであります。よく都は有機的一体であつて、区が自治をもてばバラバラになるというような議論が行われるのでありますが、私はこれほど実はこつけいに感ずる議論はないのでありまして、若し自治体によつてバラバラになるならば、日本という有機体は、完全な県や市町村に分れておるのでありますからバラバラになつてその発展は阻害されるはずであります。又東京といえども幾つかの市町村に分れておるのでありますから都の一体性なんというものはあり得ないのであります。恐らく二十三区のある区域が有機的な一体だという御議論だろうと思うのでありますが、それはむしろ現実的には川崎、横浜などという地域のほうが社会的にも経済的にも一体をなしておるのでありまして、東京の二十三区のみが強固な一体をなしておるということは言えないのであります。第一、今回の改正のように特別区の自治を廃して東京都が市を兼ねるなどという考え方が実にこつけいであります。東京三多摩や島から出て来るところの都議会議員が市会議員を兼ねる、そういう人たちが東京のまん中の市政についていろいろ政治をするなどということが誠に不合理、不自然であると思うのであります。東京の知事が市長を兼ねる、これも誠にこつけいな話でありまして、先ほどのお話のありましたように、むしろ太平洋市長会議をやつたり或いは市長知事の使い分けをすることが外国人をしてこういう混乱に陥らしめた結果であると私はむしろ思うのであります。でありますから、東京市というような自治体があるならばともかく、ないならば都が市の自治制を行うべきではなくして、特別区にこそ自治制を行うことが最も住民の幸福になると私は確信をいたします。
 よく反対論者は、今度の法案によつて二重行政が撤廃される、我が国の地方自治制は全都二重行政になつておるのでありまして、府県、市町村という二つの自治体によつて運営をされておるのでありまして、東京だけが都と区が二重行政であるのではないのであります。又非常にこれによつて簡素化、経費の節減がされるというような説明をされておりますが、決して中央集権制によつて事務は簡素化されないのであります。東京都は事務を区から取上げて中央集権したために、昭和二十二年に局が八、職員が二方九千であつたものが、昨年は十二局二部二室、三万九千という職員、一万人も役人を殖やしていかなければならない状態であります。而も各区にいろいろな出先機関を設置して非常な多くの経費をかけておるような状態であります。このことはむしろ民選区長の下に自治区に統合することが最も簡素化になり、又経費の節減になり、事業が効果的になることを私は信ずるのであります。高度の行政の集中こそは誠に不経済であり、非能率であり、不経済不明朗になることは、皆様がたも、例えば請掃とか道路等を見てもわかるのであります。東京都が十七億の予算を使つて清掃を引受けておりますが、皆さんがたの台所のごみ、或いは屎尿などが円滑に処理されておりますか。又裏道の道路の穴などは活発に直つたでありましようか。到底私はそういうことは不可能だろうと思うのです。地域的に処理できることは各区の自治に委ねて、そうして区民の自治の熱意によつて処理することが最も適切でありまして、従らに中央に集めることばかりが簡素化であり経費の節減であると思うのは非常な間違いであると私は思うのであります。
 更に今回の眼目である区長の任命でありますが、これはどう考えても私は憲法違反であると思うのでありまして、先ほども憲法違反でないというお説もあつたのでありますが、非常にむずかしい俗耳に入りにくい御議論のように思われるのであります。憲法の明文で地方公共団体の長は住民の直接選挙によるということが明白になつており、又今回の改正による特別区も地方公共団体であることは極めて明白であり、政府もそういうふうに言明をしておるのであります。その地方公共団体という言葉は内容がいろいろあるから一概に言えないのだというような解釈は、我々法治国の下におきましては到底安心してこれを許すことができないのであります。いつ基本的人権にる選挙権を剥奪されるかわからない、極めて不安な状態に置かれることになりまして、法治国民としては到底承服できない解釈であると私は思うのであります。而も今回は昨年選挙された二十三の区長を任期半ばに知事が任命したものとみなすという、こういう乱暴な修項を含んでおるのでありまして、これは区民の選挙権、或いは当選者の意思を全く蹂躙するものでありまして、憲法にきめられました基本的人権である参政権の冒涜であり、蹂躙であると私は思うのであります。こういうことを一片の法律でいたしますれば、今後の日本の国民は如何なる公職の選挙も安んじてできないと思う。いつ勅選とみなされ或いは政府が任命したとみなされるかわからないのでありまして、こういう憲法無視の乱暴な法案を起草される政府当局の頭脳を以てしては、到底私は自治なんというものは理解できないと思うのであります。美濃部博士を初め最近法学協会から出されました二十数名の少壯憲法学者の書籍にも、明白に地方公共団体の長、特別市、特別区、財産区、地方公共組合、すべてその長は公選すべきものであるということがはつきり言われております。美濃部博士のごときは曾ての市制第六條の市の区であるところの大阪の区もこれは公選にすることが憲法の趣旨に合うのだということを、その日本国憲法概論第百九十九に明白に説かれておるのであります。いわんや東京都の特別区の区長を任命するということは私は全く乱暴な解釈であると思うのであります。
 結論におきまして、今回の区長任命が実際的にも何らの実益をもたらさないし、又法律的にも非常な憲法違反を侵している。こういうことをなぜこの際急いでやるかは私どもは理解に苦しむのでありまして、せつかく東京の植民地的な、自治を知らないこの都民が区長選挙を通じ、地方選挙を通じて自治に非常な関心を持たせる四年に一回唯一の民主的な教育としてのこの選挙を剥奪するなどということは、非常に日本の自治制の将来にとつて悲しむべきことであると私は思うのであります。どうぞこういう法案はできるだけ慎重に御審議の上誤りなきを期せられるように希望する次第であります。
#19
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑ございませんか……。それでは次に野村カツ君にお願いいたします。同君は日本生活協同組合の中央委員の職におられます。
#20
○公述人(野村カツ君) 只今御紹介にあずかりました野村でございます。実は今日の公述の通知を受けましたのが一昨日でございまして、それから大急行で参議院に参りまして資料を頂きまして、やつとこさ昨日改正要綱のアウトラインを一読するのが関の山でございまして、時間がございませんでしたものですから十分に勉強する暇がございませんでした。又他のいろいろな資料や又他のいろいろなお母さん方のお声を十分聞いて、そうして自分の意見をまとめるという時間が全然ございませんでしたために、非常にこれから申上げます点につきましても随分改正案の内容につきましても、解釈の点、理解の点で間違つたことを言うことが多いじやないだろうか、こういうことも心配いたしますが、どうぞお許し頂きましてお聞き下されたいと思います。私は別にこれという専門の職業も持つておりませず、専門の知識もございませんために、頂きました改正案の要綱を通読いたしまして、自分が感じましたことを率直に申述べてみたいと思うのでございます。
  法律のことはよくわからないのでございますけれども、この改正案の提案の理由或いは又改正の基本方針など読まして頂きまして感じましたことは、大変結構なことだ、そうして非常によくまとまつていると、地方自治法の基本法として非常によく整理されたというような点を非常に深く感じたのでございます。それから提案理由にしは基本方針にしろ、それ自体としては非常に結構な点が多い。例えば提案の理由といたしましても、国民の負担を少しでも軽くするために地方公共団体の組織、運営の簡素化、能率化、合理化を図ると、これはなかなか結構な趣旨でございます。又基本方針を見ましても今までいろいろ委員会等その他の執行機関が乱立してそれぞれ独立しておりましたものが、この自治法の基本法の中にきちんときれいにまとめられている。それから又公共団体の自主性とか自律性の保障、組織の簡素化、運営の能率化或いは合理化と、住民の福祉の増進に寄與するために大臣や知事の助言と又勧告、情報の提供などをすることができる。別に提案の理由にしましても基本方針にいたしましても、それ自体として見ましたときには何ら私たち素人の法律のわからない者が疑義をさしはさむ余地がないのでございます。ところが改正案の内容に少し立入つて読まして頂きましたところ、何だか法衣の袖口からちらちらと鎧が見えるような節々が随分あちらこちらにあるように見受けたのでございます。その例といたしまして、いろいろな事務を法律や政令で委任ができる、こういうようなことが書いてございますが、こうなりますとどういうことを法律やそれに基く政令でその事務を押し付けられるだろう、何だからよつとこわいような気もいたしますし、それから又総理大臣や知事が地方公共団体に対して或いは市町村に対して非常に統制的な権能というものを強く持つてくる、そういうことは例えば市の廃置分合とか境界の変更、市町村の規模の適正化、境界に関する紛争、そういう点におきまして強く出ております。又局部に助言をするときには知事は総理大臣に協議しなくちやならない、こういうようなことも出ておりますし、総理大臣や知事は地方公共団体にその資料の提出を求める、助言勧告をすることができる、こういうようにしております。又執行機関の長は委員会とかその他の執行機関に対して所轄することができる。一体所轄というのはどういう意味かよくわかりませんのですが、これも非常に統制的な権能の現われだと思うのでございます。更に又区長の任命制という点におきましてはそれがはつきり出ております。このように改正案の内容は少し素人的にちよつと見ましただけでも、何だか国家権力が地方自治の上に非常に強くのしかかつて来はじめている。逆に申しますと地方自治が国家権力に隷属させられる傾向が強くなるじやないだろうかということでございます。私は二、三年前にアメリカへ行く機会がございましてまあアメリカで別に大したことを勉強して来る機会は何にもなかつたのですが、一番感心しましたことはやはり末端の家庭の主婦などが非常によく婦人団体などのために働いている。そうしてあちらへ行つてもこちらへ行つてもグラス・ルート(草の根)ということをよく言つておる。草の根つこは民主主義の基本であるという意味でグラス・ルートということがあつちでもこつちでもよく言われております。私はこの草の根こそ民主主義の基であるとこう思うのでございますが、改正案の内容にちらちらと見受けられますこういう総理大臣や知事の統制的な権能の強化ということは、本当に民主主義の精神によく合うものだろうかということを国民の一人として率直に素直にそういう印象を受けられるのでございます。
 それから私たちにとりまして問題になりますのは議員定数の縮減ということでございます。これは機構の簡素化と経費を節減するためだと申しておりますが、若しも経費を節約するために議員定数を縮減しなければならないのだつたら、何故もつと地方公共団体は国家に対して地方平衡交付金を要求しないのか、又国家は何故に地方公共団体に対して地方平衡交付金をやらないのか、何が故に、あんなたくさんの軍事予算をとつておるのか、その一部分をさいて平衡交付金のほうにもつと金を廻してやればいいじやないか、そうすれば議員定数を減す必要はないのじやないか、私はこう考えます。又地方議会の年六回の定例会をたつた年一回の通常会とするようなこと、これでは一体私たちがいろいろな要求や希望を持つておるものを、年一回くらい開かれる定例会に持出して処理してもらえるだろうか、こういうことも非常に不安でございます。更に又先ほどから論ぜられております区長任命制のことでございます。これは憲法違反であるかどうかというようなことは私は学者でないからわかりませんが、先ほど来憲法違反でないというお説、憲法違反だという二人の方のお立場を聞いておりまして、私は何も法律に対して知識のない一国民として率直に感じましたことは、やはりこれは憲法違反ではないか、憲法の解釈というものはそれほど勉強しなければわからないような解釈だろうか。九十二條に書いてあるのをそのまま率直に素直に国民は解釈できないのだろうか。若しそんなむずかしい憲法ならば私たちには要らないと思うのです。私はお二方の議論は聞いておりまして、率直に感じましてやはりこれは憲法違反だ、そうして区民意識がないとか何とかそのようなお言葉がございましたけれども、私はやはり自分の住んでおる区がかあいいものでございます。或いは利己主義と言われるかもわかりませんけれども、自分の住んでおる区に子供たちの遊ぶ託兒所ができたり幼稚園ができたり、二部制を廃止できる校舎ができたりできれば本当にいいと思います。自分の区をよくしたいものだと思います。そうして自分の区をこの人は本当によくしてくれる人だ、この人は区長に適任な区長だというような人を私たち自身もきめて選ぶべきだと思うのであります。私はむずかしい法律上の議論とかそういう憲法上の解釈は知りませんが、私は区民の一人としてそういう感じを持つております。このように考えますと、やはり国民の意思の尊重ということを非常に欠いている面が多くあるじやなかろうか。こういうふうに私は改正案の内容をざつと目を通しまして感じた点を申述べたのでございます。併しながら最初にも申上げましたように、本改正案は全体を貫きまして非常によく整理されている。地方自治法が非常によく体系化されている。地方公共団体の執行機関の規定が非常によく整理されている。立法技術としては非常に立派だと、こんなに思つたのでございますけれども、この地方自治法の改正案というこのたつた一つのそれだけの木を見ておりますと、成るほど今も申上げましたように、立法技術としては非常に優秀なものを持つていると言つて何か感心したくなつちやうのです。けれども少し離れて、一体この地方自治法の改正案というこの一本の木が、どういうものの中に立てられようとしているのか、どういうものの中に植えられようとしているかということを少し離れて見て参りますと、そこに非常に多くの問題点が含んでいるのではないであろうかと感じたのでございます。言い換えますと、今度の改正案の問題点は一つ一つの具体的なその内容の検討にあるのではなくて、その改正案が結びつけられている、或いは又改正を要請しいてるところの客観的な條件との結びつきにおいてこそ問題点があるのではなかろうかという点を私は強く感じたのでございます。そこで一体この地方自治法の改正案というこの一本の木は、今どういう客観的な情勢の中に植えられようとしているかということを自分で考えてみますと、先ず時期的に、時間的に、どういう制約の中に置かれているかと申しますと、この改正案が提案されている理由の中にもはつきり出ておりますように、独立後の新情勢に対応するために先ず時間的な制約を受けているということです。独立後の日本の新情勢の擡頭、これは一体何を意味するか、これは單独講和、行政協定が結ばれて、いよいよこれは実際の軌道に乗せなければならないという時期でございます。これをもつとざつくばらんに一口に申しますと、いよいよアメリカの国土防衛の一環として日本が再軍備に乗り出さなければならないという、この時期的な制約の中にこの木が植えられようとしているという点です。再軍備という言葉を用いましたが、お前は再軍備というが決して再軍備じやないと吉田さんはおつしやるかも知れません。再軍備か否かというようなことも勿論議論の問題ではなくて、現実の実態そのものが私たちに再軍備を要求しているのでございます。そのことは又二十七年度の国家予算にもはつきり現われております。私は四月の初め参議院のやはり予算委員会の公聴会において本年度の国家予算について私見を公述いたしましたので、多少国家予算につきましては勉強いたしましたが、今度の国家予算を見ましても防衛関係費に歳出の二九八%が用いられる、国民所得の中の占めるその割合は五一%、これは満洲事変が勃発いたしました昭和六年の歳出に対する国防費、国民所得の中の占める割合と丁度匹敵するのでございます。このように再軍備であるか否かというようなことは国家の予算の数字の面においてはつきりと如実に出ている。又私たち日常のいろいろな生活の実態の中で再軍備であるということはもはや疑う余地のないほどでございます。このように客観的な時間的な制約と申しますか、こういうふうに日本が單独講和、行政協定を結んで再軍備に乗出さなくちやならん、こういう時期の中にこの改正案が要請されているという点が一つでございます。
 その次に又じや、一体この改正案という一本の木が植えられようとしているところの更に恒久的な制約とは何であるか。この木が植えられようとしているところの土壌は一体どういう質のものであるかということを考えてみますと、それは地方財政委員会が地方財政の状況報告の中ではつきりと述べていますように、地方財政は史止未曾有の危機という言葉を使つておりますが、全く地方財政が今日未曾有の危機に瀕している。養分がすつかり干上つてしまつて危機に瀕している、こういう財政上の枠の上で、こういう財政的な危機の土壌の上にこの木が植えられようとしているということでございます。地方財政の逼迫ということは新聞にもよく出ておりますが、本当に私もちよつと数字をひもといて見ましたが、四十六都道府県の五大都市の全部或いは市町村の四割というものが二十六年度において赤字を出しております。更に地方財政というものは昭和二十年から二十六年にかけまして非常に膨脹を示しております。昭和二十年五十三億であつたものが二十六年は七十六億に膨脹している。こんなに地方財政の規模がふくれ上つて行く。なお且つ地方財政は非常に赤字を出している。これは一体何だろうか。こんなにふくれ上つた地方財政は一体私たちの溝の水をきれいにしてくれたり、お便所の汲取りをたびたびしてくれたり、どぶを掃除してくれたり、本当に民生を安定するためにこんなに地方財政がふくれ上つたかと考えてみますと決してそうじやございません。やはりこの地方財政が膨脹して来ている、而も赤字を出して来ているその原因は国家予算の要軍備に用いられるところの予算のしわ寄せである。それが地方財政へしわ寄せされて来ているということ。それから又地方財政そのものも又再軍備のために拍車をかけられなくちやならんという点。こういうことのためにふくれ上つて来ていると思うんです。これは木村禧八郎先生の何でしたか、経済通信でございましたか、あれをこの間ちよつと読んでおりましたが、例えば横須賀なども行政協定が結ばれたために道路とか、衛生の設備とか、その他いろいろな諸設備のために二十九億八千万円の支出が要る。ところが收入の面では收用された土地とか建物というものは課税の対象にならないために固定資産税だけでも九千五百万円の財源が減つている。財源が減少して失われている。こんなに書いてございましたが、こんな例はあちこちにあると思うんです。このように地方財政の危機が非常に濃くなつている。こういう枠の上で、こういう土壤の上で地方自治法の改正案という木が植え付けられようとしている。従つて地方財政を最も経済的に少い費用で最も能率を挙げるにはどうしたらよいかというような問題でこういうところから出て来るのじやないだろうかと思います。このように私はこの改正案という木が植えられようとしているところの時間的な、空間的な、客観的性格は何であるかということを考えてみますと再軍備の強行、それをますます国民的な規模へ大がかりにやつて行かねばならないという、こういう客観的制約の中に地方自治法改正案というものの木が植付けられようとしているのだ、この木が植えられようとしているところの背景、つまり森全体の姿だと思うのであります。このように考えましてこの森全体という見地からもう一度地方自治法改正案という一本の木を眺め直して見ますと、先に述べましたこの法衣の袖からちらちら見える鎧の意味ということがはつきり浮べられて来るのじやないかと思うのであります。つまり国家権力の統制的な権能の付與が何故必要になつて来るか、これに伴つて地方公共団体の組織とか運営の簡素化、能率化、合理化も何のために必要なのか、そういうこともわかると思います。それから又住民の福祉の増進ということを地方公共団体が事務を処理して行く最も大切な目標に掲げておりますけれども、この住民の福祉の増進ということも、私先ほどから申上げておりますように、私たちの考えておる子供の学校の二部制を早くなくするとか、どぶをきれいにするとか、汲取りをたびたび来てもらうとか、そういうことが政府の考えておられる住民の福祉の増進ではなくて、一月一人の警察予備隊を抱えるのに三万円も四万円もその維持費を使う。そういう人たちを十一万人も置く。更にそれを十八万人も殖やそうとする。又私たちの家の前に流れておる汚いどぶをきれいにする代りに、軍港とか或いは軍用道路の整備、修理にお金をうんとかけるということ、そういうことが政府のお考えになつていらつしやる住民の福祉の増進のような気がするのです。こんなにして私たちの考えております本当の意味での住民の福祉の増進ということと、政府のお考えになつていらつしやるそういう福祉の増進ということとは、実際は非常に内容的に食違いを来たしております。非常に違つておりますけれども、この改正案全体を貫いておる、又改正案全体をおおつておりますところの表現は、如何にも住民の福祉を増進するのだと、そうして国民の負担を軽くするためにできるだけ事務を簡素化してあげるのだと、何とかかんとか非常にうまいこと、きれいな言葉、きれいな表現を用いておられる。そうして立法技術としては非常に巧みな表現を用いておられるということが全体をおおつておる。それが一つの魔術的な、何と言いますか、国民をたぶらかす魔術的な技術と申しますか、そういうようなものがどうもたくさんあるように見受けられて仕方がないのでございます。私は、こんなに考えて参りまして、ふと昨夜も寝ころんで新聞を手にしたのでございますが、自分の切抜きましたスクラップ・ブックの前のところを読んでみますと、朝日新聞の四月二十三日に、吉田首相が岡野国務相に言つておられます。「地方自治は市町村のみとしてこれを地方行政の中心にする。都道府県庁を国の出先機関とし、その長は政府が任命する。全国を八ブロツク程度に分けて、国の総合行政機関を置く。」と、こういう談話を発表していらつしやいますが、この談話の中にもはつきりと、都道府県庁を国の出先機関とするという、この国家権力の統制ということが強力にはつきりと謳われておるという点を見まして実に驚いたのであります。私が先ほどから、この改正案という一本の木が植えられようとしておる客観的な、時間的、空間的な制約というものがそういう再軍備の強行にあるのだということを自分で考えておりました矢先、この吉田首相の談話を見まして本当に私はその自分の考えた印象付けられた点が間違いでないような気がいたすのでございます。で私は、時間がございませんので、要するに、この地方自治法の改正案というものは、それだけを見ておりますと最初にも申上げたように非常によく整備された立派な基本法であると思いますけれども、そうして如何にも国民負担をできるだけ軽くして住民の福祉に努めようとする優れた改正案のように見えますけれども、木を見て森を見失う魔術に陥れられてはいけないと思うのであります。それほど国民は今愚かではないのではないかと思います。改正案の問題は決して一つ一つの具体的な内容の問題にあるのではなくて、この改正案というものが一体何に通ずる途であるか。日本が当面する最も差迫つた客観的な要請との結び付きにおいてこそこの改正案というものは更に専門的に検討されなければならないという点を私は本日の公述で私の申上げたいポイントとして、私の公述を終らして頂きたいと思います。
#21
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑ございますか……。それでは午前中はこれにて休憩いたしまして午後一時半再開いたします。
   零時四十五分休憩
   ―――――・―――――
   午後二時九分開会
#22
○委員長(西郷吉之助君) それでは只今より午前に引続きまして公聽会を再開いたします。笹川作八君、同君は新潟県西蒲原地方事務所総務課長の職にあります。
#23
○公述人(笹川作八君) 只今御紹介を頂きました笹川でありますが、本日ここで公述申上げることは笹川個人の資格において申上げることであります。と申上げますのは、私がこれから申上げることを知事の承認を得ておりませんので、そのように御承知願います。
 法案全体を見せて頂きまして特に感じた点を申上げるわけでありますが、私地方事務所におりまして、地方町村の行政の事務を担当しておるというようなことからいたしまして、つたない体験を基といたしまして、而も我々は国の法律を忠実に守つて行かなければならない、こういう立場に置かれた関係上、只今審議されております法案が成立したものとして、これを町村へ実際当てはめた場合どうなるか、こういうことを考えまして、つたない体験を基といたしまして意見を申上げたいと思うのであります。勿論私は県の職員でございますが、先ほども申上げましたように、町村の仕事をしている関係上、申上げることは大体町村に限られるというふうになると思いますので、この点も一応御了承願いたいと思います。先ず第一に申上げてみたいと思うのは、議員の定数の問題でございます。市町村の議員の定数を減らすと、こういうのが建前であるようでありますが、私は市町村の議会の議員の定数を減らす必要はない、いわゆる現行法を改正する必要はない、こういうことを申上げたいのであります。なぜならば、市町村の議会が議員を成るべく多くして、そうしてよりよい政治をする、いわゆる民主的な政治をとつて行くということにつきましては、いわゆる万機公論に決すべしという言葉があるように、成るべく多くの議員のかたがたから慎重審議願うことがよろしい、かように考えておるのであります。ただ反対するということにつきましては、或いは先ほどもおつしやつたように、経費がかかるというようなことをおつしやるかも知れません。併し私の調べによりますと、今私の地方事務所の管下には三十四カ町村、人口十九万を持つております。その三十四カ町村の総数でございますが、議会の費用というものは総予算の僅か一・二%にしか当つておりません。これを住民一人に計算いたしますと、僅か二十六円でございます。ところが今回改正されようとするところの数字から申上げますと、議員の数は約六五%に減りますが、経費はどうかと申しますと、僅か一人当り六円しか減つておりません。こんなことでたつた六円くらいの経費を減らすために、いわゆる議会の経費を節約すると称して議員の定数を減らす必要はないというふうに私は考えるのであります。そういう意味におきまして、又具体的に考えますと、例を申上げますが、今の現行法で行きますと、人口二万の町村は二十六人の定数でございます。ところが今回改正のやつを見ますと、人口二万で二十三人ということになつております。たつた三人の開きしかございません。而も現行法におきましても、九十一條でありますか、議会の議員の定数は條例によつて減少させることができる、こういう規定があります。そういたしますならば、例えば二十六人のやつを二十三人にしたいというならば二十三人にできるわけであります、現行法におきましても……。そういうふうに考えてみますと、何のためにこの法律を改正せにやならんかということが私はわかりません。いわゆるこれを称して私は朝令暮改と申上げたいのであります。そういう意味で私は反対であります。次に議会の定例会の改正でありますが、現行法におきましては、年に六回定例会を開かなければならんと、こうきまつております。ところが現実の問題からしますと、年六回開く必要がないのであります。そこでどうしても開かなければならんとするならば、議案がないのにわざわざ議員が寄つて、今日は議案がないから散会だと、こういうようなことをやつておる現状であります。勿論先ほどもお話があつたように、成るべくいろいろな議案を審議してもらうためには、相当回数は必要でございましよう。併し私はそれは臨時会でよろしい、現にいろいろの、例えば災害があつたとするならば、直ちに議会を開きまして、そうして臨時会を開きまして、そこで適当な措置をしなければならんということも、現在の法律に載つております。従いまして、定例会は必ずしも六回やらなければならんということは私は必要ないということからいたしまして、今回の定例会の数を一回にするというような法案について賛成でございます。ただここで一言附加えて私はお願いしたいことは、百八條によりまして、議会は議長並びに副議長各一人を選挙しなければならんと、こう書いてあります。ところが選挙した議長が不幸にして自分たちの意に反したという場合、いわゆるやめさせることができないのであります。常識から考えまするならば、不信任案を出す、議長不信任だと、こういうことを出すかも知れません。併し、それは法的に何ら効果のないものであります。従いまして、どんなことがありましても一旦議長になればその任期中は議長の職責でいられるわけであります。そういうところに問題があるのでありまして、市町村会議員におきましても、若し選んだ人たちが、選んだけれどもあの人たちはよくなかつたという場合におきましては、御承知の通りリコールの制度がございます。そうして悪い或いは民意に副わない議員があつたとするならば、やめてもらうという方法があるのでありますが、一人議長に限つてそういうことがないということであります。そのために紛議を釀しておる例が相当あります。勿論不信任案を出されるならば、政治的良心に訴えまして潔よく職を辞するのが政治道徳かも知れませんが、法的にはそういうことを謳つておりませんので、法的には私は一向拘束される必要はありませんというので、依然として議長席に座つておる。そのために粉議を釀しておるという例がございますので、この改正につきまして、議長の不信任案というものを條項に書いて、仮に意に副わなかつたならば、いつでも不信任案によつて議長をやめさせるということを附加えてもらいたいということを希望するのであります。それから適正規模の問題であります。御承知の通り、自治ということは自分たちの郷土を自分たちで治める、これが自治の根本だと思います。ところが、現在におきましては自分たちの問題は果して自分たちで治めていられるかいられないかという問題であります。これは財政的な面が極めて多いのであります。一例を申上げますと、私の管下に百七十戸の村がございます、漁村でございます。その総予算が百八十万円でございます。その百八十万円のうち、税金として徴収する分が四十万円、あと百四十万円は平衡交付金を以て賄つておる村がございます。この村に、たまたま海岸でございますので津浪が参りまして、どうしても十万円程度の金を大急ぎで出して修理をしなければ人家が流れると、こういう事件が起つたのであります。ところがこうした村におきましては、四十万円しかいわゆる税金が入りませんので、どういたしましてもその十万円を出すことができないと、こういう実態でございます。こうした村が果して自治体としての意義があるかないか、自治体としての真の機能を発揮しておるかどうか、こういう問題でございます。こういうことを考えますと、勢い成る程度大きな村にしなければならない、この狙いは、私は最小限度人口七千を以て一つの村というふうに考えておるのであります。こういうようなふうに考えまして、いろいろ町村合併というものを進めたのであります。ところが、隣に村があつたのでありますが、その村に合併してもらいたいというふうに私のほうで申入れをしましたところが、あすこはたつた税金が四十万しか入らん、だからあの村を合併すると私の村が損をするから困ると、こういうような例がたくさんあるのであります。こういういわゆる町村の適正規模を、今回の改正によりますと、知事が勧告をするのだと、こういう改正案でありますが、私は誠に結構だと思うのであります。ただここで疑問を感ずるのは、勧告というのはどれだけの効果があるか、例えばこの村はこの村と合併しなさいというふうに知事が勧告したといたしますと、その勧告がどれだけの効果があるかと思うのであります。勿論、勧告でありますから、私の常識から申上げますならば、申上げてそういうふうに仕向けものが勧告だと思うのでありますが、今までの例から申上げますと、例えば進駐軍から日本政府が勧告を受けたと、こういう場合はこれはどうしても実行しなければならんと思うのでありますが、この改正法に言うところの勧告の意味は私にははつきりわかりません。恐らく私の想像するところでは、申上げるだけだと、言い放しになる虞れがあるのではないかと思うのであります。そこで私は、そうしたいわゆる適正規模の問題について、この村とこの村、この部落と或る一つの村を一緒にしたほうが最も住民の利益になるというようなことがはつきりしたならば知事が勧告をし、勧告したならば直ちに従う。若しどうしても従わないというような場合につきましては、私は政府に向つて一つもう一回調べてもらいたいという異議の申立をすると、こういうような方法をとりましてやつてもらいたいと思うのであります。と申上げますことは市町村合併をしてもいいんだ、いいんだけれども、これはちよつと卑近な例でありますが、今ここで合併しますと、来年私は村長になるつもりだけれども、あの村と合併すれば私は村長になれない、こういう問題、又私は一生に一回だけ村会、町会議員になつてみたい、こう思いましてもあの村と合併したのでは駄目だということで、あの村と合併すれば役場が遠くなる、学校が遠くなる、何でもいいから少しぐらい経費がかかつても今の村でやつて行こうじやないか。こう申しますと、あえて学校が遠ければ一年間通学すればゴム靴や雨具なんか考えますと少しくらい経費が減つても同じだ。それよりも今のままでやつて行こうじやないかというように導かれる場合が相当ございます。又市の場合を考えますと、或る市が誕生しようとした、その際に来年その市から県会議員が出ようとする、ところが市が独立しますと自分が県会議員に出ても上りつこない、当選の見込がないという、こういうことからいわゆるその県議会の議決を否認しようとしたような場合も出て参ります。こういうようなことを考えますと、やはり本当に住民が欲しておつてもできない場合も多分にあるのであります。これは卑近な例でありますが、そういうことを考えますと、いわゆる知事や或いは内閣の総理大臣が勧告する、その勧告によつて或る程度実現さして行く、これが本当に住民の幸福になることじやないか、こういうふうに考えるのであります。そう申上げますとあたかも中央集権のごとく、いわゆる知事や政府が力を持つんだとこういうふうな反対の御意見があるかも知れませんが、私はあえてそれを申上げることは、法律というものは我々の住民の福利を増進する、国民を幸福にするのが法律だと思うのであります。そうしたならば今ここで二カ町村なら二カ町村、三カ町村なら三カ町村合併して、それが住民のためになるとするならば、幾ら中央集権になるということがあつても、住民の幸福のためならば私はあえて差支えない、こういうふうに考えるのであります。そういう意味におきましては、私は今回の改正につきまして勧告という言葉はいいのでありますが、その上に更に勧告に応じなかつた場合の措置ということについて、一つ御研究願いたいというふうに考えているのであります。それから次に国と地方公共団体との関係であります。現在におきましては、県は地方財政委員会に対しまして、いわゆる財務報告とそれから出納の検閲を受けるだけであります。又知事は市町村長に対しましてやはり財務報告と出納の検閲をしているだけであります。これが国と地方公共団体との関係でございます。ところが先ほどもおつしやつたように非常に町村の予算が厖大になります。或いはいろいろの団体ができて来ます。経理が非常にうるさいのであります。而も税金が殖えているという関係から、住民が町村の会計につきまして非常に関心を持つております。ところがその半面現在の町村の会計というものは必ずしも私は立派に行つていないということを申上げたいのであります。これはひとり私のみならず、私たちが毎年一回町村の会計の検閲、いわゆる御指導申上げているわけでありますが、新潟県におきましては殆んど全部がそういうことを言つております。そこでこれを何とかしなければ真に住民の幸福にならないということが言われまして、或る程度会計につきましては助言とか、勧告とか、そういうことではなくて、いわゆる国の会計検査院が会計検査するごとく、一年に一回ぐらい会計検査をするのだと、こういうふうな一つ條文をつけてもらいたい、こういうことであります。そういたしますと又知事に権限を與えるのじやないかということになりますが、私はこの際知事にその仕事をさせるのじやなくて、県の監査員にその仕事を與えてもらいたい、そうして県の監査員というものは一年に一回ぐらいずつ町村の会計を監査するのだと、こういうふうにしてあるとすれば、それは実際に実行しなくても町村のほうでは相当やはり考えて経理をやるだろう、こういうことを私は考えたのであります。これも私のつたない過去の体験から考えまして、そういうふうに改正になつたほうが住民の利益になるであろうというふうに考えているのであります。それからもう一つ、自治体の紛争問題であります。甲の町村と乙の町村が喧嘩をする、利害関係に立つて争う、こういう場合であります。そのときにここに自治紛争調停委員というものをこしらえるという改正案が出ております。誠に私は結構だと思うのでありますが、遺憾ながらその内容をどうするかということになりますと、政令で定めるということになつております。その政令は私まだ見せて頂きませんので、どういうことになるか存じませんが、とにかく我々が今まで事務処理をやつておりましても、先ず一カ月の三日ぐらい或いは四日ぐらいは町村間の紛議の調停、それから部落間の紛議の調停で、例えば学校を建てる問題につきましての部落と部落との争い、或いは又甲と乙との争いというような問題で費しているのでありますが、その際にこのほうがいいのでございますと言いましても、あれは誠に結構だけれども、住民がなかなか承知いたしませんから駄目でございます、こう言われておしまいでございます。そういうようないわゆる紛議があればあるほど、その村がいわゆる進歩的な仕事ができないのであります。そういう面からいたしましてこの調停委員の設置は誠に賛成するのでございますが、これも政令におきましてどのように変えるか存じませんが、或る程度の権限は持たして頂きたいというふうに申上げるのであります。以上私の体験から割出して申上げたのであります。法全体からみますれば、地方公共団体が処理する事務につきまして国が行政再配分と申しまして、ややもすると市町村に仕事をぶつかぶせるという嫌いがないでもありませんが、今回の改正によりまして或る程度未然に防ぐという趣旨のように見受けまして、賛成でございます。事務処理の理念ございますが、これに住民の福利増進をやらなければならない、そのためには最小限度の経費によつて最大の効果を挙げるということだつたのでありますが、誠に御尤もであります。賛成であります。
 市町村の廃合につきましては先ほど申上げた通りであります。但し町が市になる場合には総理大臣に知事が報告すればいいのでありますが、今度の改正案をみますと事前に打合せるということになつておりますが、これは余り私は感心しません。従前通りでよかろう、こういうふうに思つております。副知事、助役の問題は、これも論議する必要はない、従前のままで、現行法で私はよろしいと思つております。
 それから地方公共団体の共同事務につきましては協議会を作るという案があります。誠に結構であります。職員の共同設置、例えば小さい村に公平委員を置かなければならないという場合におきまして、五ケ町村とか一部まとまつて公平委員を置く、こういう案でありますが、誠に結構であります。或いは職員を研修したい、こう申上げましても、先ほど申しましたような百七十戸の小さい村の職員が五人、六人ぐらいしかおりません。そのとき研修すると言いましても町村でやるわけには参りません。そういう場合に県に委託するということ、誠に私は賛成であります。そういたしますと、私は今回の改正案に全面的にまあ賛成というような恰好になるわけでありまするが、特別区の問題はこれは東京都だけの問題でありまして、全部の問題から言うならば私はそう論ずる筋合いのものと政府の間で相談すればいいのであつて、ここでわあわあ言う必要はないと考えております。誠に手前味噌かも知れませんが、以上申したようなことによりまして、恐らく笹川の言うことはこれは中央集権……尤も公務員だから当り前だとおつしやるかも知れないのでありますが、私は先ほど申上げましたように、飽くまでもいわゆる中央集権を排除いたしまして、本当の自治によつて日本の国がやつて行けなければならない。併し住民を幸福にするためには今申上げましたようなことでやつて行く、こういうように私は結びたいのであります。もともと昭和二十二年にできました地方自治法規現行法はいつか改正されましたけれども、あの当時は日本の住民の考え方、政治意識と法律では十五年も二十年も違つておつたのであります。法律が進んでおつたのです。日本の住民が下だつたのです。それが今若干上りつつありまして、法律も少し直してそうしてマツチさして立派に発展さして行こう、こういうようなふうに私は存じて努力しております。そういうような意味におきまして私は大体今回の案につきましては賛成申上げました。以上早口でありますし、駄弁でありましてお聞きにくかつたであろうと思いますけれども、以上を以ちまして私の公述といたします。
#24
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑ございませんか。
#25
○中田吉雄君 この点はこのたびの改正は出ていないのですが、地方事務所をどうするかという問題は行政簡素化に非常に大きな問題なんですが、この中間機関の配置はどういうふうにお考えになりますか。
#26
○公述人(笹川作八君) 手前味噌のようでありますが、地方事務所の廃止ということについてはいろいろ議論があるわけであります。成る県のごとく、ハイヤーで以て六時間たてばぐるぐる廻れるような小さい県と、新潟県のように南の端から北の端まで八時間も汽車に乗らなければ行かれないような県と同じ考えではいけない。任意制度の現行法でよろしいと思います。又仮に地方事務所が廃止せられましても、現在の県民税の徴収とか、或いは平衡交付金の運営とか、いろいろの事務、或いは選挙ということから考えますと、勿論先ほど申上げました、小さい郡のような県は別でありますが、新潟県のような大県は、やはり地方事務所がなければならないと私は思います。これは職掌柄止むを得ないかも知れませんが。……(笑声)
#27
○委員長(西郷吉之助君) 他に御質疑はございませんか。……次に中村哲君。法政大学の教授であります。
#28
○公述人(中村哲君) 只今東京都の特別区の問題は、ただ東京都民の問題であるというお話でありましたが、これは現在の日本国憲法を知らざる言だと思います。(笑声)現在の憲法の第八章には地方自治の原則を規定しております。この中に地方公共団体の長は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するということを朗かに書いてありまして、この問題に関して地方自治法の最近の改正案は抵触するものであると私は考えますので、この特別区の問題を特に取上げまして憲法論をいたしたいと思います。特別区の問題はただ憲法論だけではありませんので、勿論現在の政治論も含まれておりますけれども、は特に憲法論の立場からこれを問題にしたいと思います。改正案の二百八十一條の二を見ますと、「特別区の区長は、特別区の議会の議員の選挙権を有する者で年令満二十五年以上のものの中から、都知事が特別区の議会の同意を得てこれを選任する。」とこう書いております。それは九十三條に言います地方公共団体の長を住民が直接に選挙するという原則と明白に牴触するものと考えますが、現在東京都の区長が、地方自治法によつて特別区の区長とされ、東京都の特別区が地方自治法によつて憲法上の地方公共団体として規定されているのであつて、従つて地方自治法をただ改正すればその問題は解決するのであるというふうに通常考えられる傾きがあるのではないかと思うのです。少くともこの二百八十一條をただ改正したというだけでは、少くとも地方自治法の第一條と牴触して来ますので、第一條の第三項には特別区は特別地方公共団体である、こういうふうに明確に書いてあるのですから、特別区の区長は必ず憲法の九十三條によつて公選にしなければならないわけです。でありますから二百八十一條の二だけを改正して、一條の三項をそのままにしておいて、東京都の区長の公選制を改正できると考えるのは、大きな間違いであります。でありますから二百八十一條を改正する場合には、少くとも第一條の三項も同時に改正しなければならない。併しこの法案を見ますと、第一條の第三項というものはそのままになつておりますから、この点この法案は矛盾したことを規定しているわけです。そこで二百八十一條を改正すると共に、この第一條の第三項の中から特別区を特別地方公共団体としないというふうに改正しますれば、その点は第一條と二百八十一條とは一貫しますけれども、そうなると一体特別区というものを地方公共団体でなくするということが、憲法上可能であるかという本来の憲法上の問題になつて来るわけです。確かに九十三條は地方公共団体と書いてありますけれども、地方公共団体が何であるかということはこれは書いてありません。憲法の規定というものはそんなに詳しく常に書き得るものではありませんので、地方公共団体が何であるかということは、この憲法の制定されたときの事情及び精神及びそれに附属する各法律との連関において解釈すべきものです。それでは東京都が特別区として、これは従来から地方公共団体として認められていたものであるかどうかと言いますと、すでに憲法の制定されます前に、東京都制が昭和二十一年の九月に改正されておりまして、それでこの都制の改正ですでに区長が公選制となつているわけです。でありますからこの区長の公選制というものは、憲法の制定される以前にこれが既成事実として行われていた。それのみならず、この区というものは従来からも旧憲法の下においても地方公共団体として事実上承認されていたものです。そのことは例えば美濃部達吉博士が旧憲法の下における行政法撮要の中で、すでに東京都の区についてはこう言われている。「東京、京都、大阪の三市は、市制施行前より区に分たれ、各区は公共団体として認められた」という言葉が使つてありまして、東京都の区は旧憲法の下においてもすでに公共団体として承認されていたものです。勿論これは市町村とは多少性質は違いますけれども、公共団体という通念によつて考えられていたことは、この美濃部博士の行政法撮要で明らかだと思う。憲法というものは新しくできますときに、それ以前の法の秩序、これを前提として作るのでありまして、それ以前の法上の概念を前提として作られるのでありまして、新らしく憲法ができた場合に、前の法秩序と矛盾するものは、これは例えば九十八條の規定によつて廃止されます。ところがそうでないものは、憲法制定前の法の関係を既成事実として認め、その上で憲法上の概念が使われているわけです。従つて九十三條に言う地方公共団体といいますのは、すでに旧憲法制定前において区が地方公共団体として承認されていたというそれを基礎として地方公共団体という概念を使つているわけであります。その意味から言つて、特別区の区長をただ地方自治法の改正という単なる法律の改正で行い得るかと言いますと、私はそれはなし得ないものであるというふうに考えます。なぜかと言えば、憲法九十三條の第二項に言う地方公共団体の長というものは、すでに区長をその中に前提としているわけであります。その意味から特別区の区長公選制を廃止する法案は、如何なる形においてであるといえども、これは現行憲法に反するものである、こう考えます。それから区長公選制を廃止する理由としまして政府の挙げておりますところは、行政の簡素化と能率化だと思いましたが、そういう行政技術的なことを理由として一度東京都の住民に区長に対する選挙権が考えられたにかかわらず、これを剥奪するというのは、憲法上の積極的な根拠を欠いているというふうに考えます。区長の公選制を廃止する理由としてそういう単なる行政上の技術論からすることは、憲法の趣旨には合致しないところでありまして、地方自治の本来の精神に従つて若しこれが改正されるならば、それは或る程度うなずける。併しながら地方自治の本旨というものは地方の住民に、より多くの選挙権を與える、地方の行政機構を成るべく国の中央の支配から独立させる、これが地方自治の本旨でありますから、そういう方向に向つて区長公選制廃止ということが若し行われるならば、これは憲法上の根拠を多少持つておりますけれども、現在行われようとするのは、そういう意味ではない。殊に憲法の十五條では公務員に対しては国民が選挙し、罷免する権利を持つておる、こういうふうに書いてありまして、地方公務員に対する選挙権は本来憲法上存在するわけで、少くとも潜在的には存在するわけです。それがたまたま地方自治方によりまして具体的に特別区の区長に対する選挙権が與えられた場合、これはまさに憲法十五條の精神に合致することでありまして、それを若し一度與えられたものを住民から剥奪するということになれば、今申しましたように、特別の憲法上の理由がなければならない。ところがその憲法上の理由というものは薄弱であつて、単に行政の技術論からこれを行うというのは、憲法の趣旨に合わない。こういうふうに私は考える。又若し東京都の住民から区長に対する選挙権を奪うということになりますと、地方の農村の人々は自分たちの村落の長の選挙権を持ち、同町に知事に対する選挙権を持つわけです。最も民主化されているはずの首都の住民は選挙権を一回しか行使し得ない。こういうことは民主主義の政治としては甚だ不都合なことで、首都の住民こそ却つて多くの選挙権を持つことが望ましいのではないかと思うのです。以上細かなことを申しましたが、地方自治法の條文を改正することによつてのみ区長公選制を廃止し得るというそういう考え方は、九十三條の地方公共団体というものがすでに特別区を前提としたものであるという意味において、憲法に明白に違反する。従つてこういう法案は当然憲法違反の疑いを生じまして、これは裁判所で違憲の訴訟が当然行われるものと私は考えます。従つてそういうものを、そういうことが明白になつておるものを国会が通過させるとすれば、これは憲法を守るべき国民の代表者の義務としては甚だ遺憾だと私は国民の一人として考える次第であります。
#29
○委員長(西郷吉之助君) それでは御質疑がございましたらお願いいたします。……別段御質疑がなければ次に移ります。猪聞驥一君。同君は現在中央大学の教授の職におられます。
#30
○公述人(猪間驥一君) 専門ということから申しますというと、私今日公述人として立ちますのが果して適任であるかどうかということは問題であると存じます。ただ市民の一人といたしまして生活の体験から意見を申上げたいと存じます。最初に結論を申上げますというと、私は今回の改正に全面物に賛成するものでございます。無論細かいところに多少の疑義はございます。又意見がなくはありません。併し大まかに申しましてそういうふうに感ずるのであります。問題が大体六つあると思うのでございますが、第一は固有事務、委任事務、この言葉は今はございませんが、慣用的に使わせて頂きます。固有事務、委任事務を法令で明定するということ。それから第二が、総理大臣及び知事が地方公共団体に対しまして、その組織並びに運営に関して勧告或いは助言をすることが許される、この点であります。第三が、府県の部局をその府県の大きさによつて小さくする、現在大きくなつておりますのを多少制限するというこの規定です。第四が、地方公共団体の議会の会期の制限。現在六回必ず召集しなければならんことになつておりますのを、定例一回並びに臨時会といたしまして、定例一回、あとは臨時会とすることになつております。第五が、議員の定数の減少と申しますと多少語弊があるかも知れません、制限的な方向に持つて行く規定であります。それから第六が、東京都の自治区に関する問題であります。只今中村さんが主として憲法の立場から述べられました区長の任命制と普通に言われております問題でございます。この第一の固有事務、委任事務の明定、法令にはつきり謳うということは、これは私どもの長らく希望いたしたことで、従来地方の財政が非常に膨脹して負担に堪えなくなるということがあつた、これは委任事務の増助ということ、その辺に原因があつたのであります。これが今度法令で以て必ずその事務の内容が明定される、はつきりきめられる。それを増加しようとすれば法律の改正を要するという制限を設けましたことは誠に結構だと思うのです。それから知事並びに総理大臣の勧告、助言の点ですが、これは私は濫用を慎んで頂きたいと思います。勧告、助言と申しますが、一方に権力がありましてこれを聞かないというと補助金をやらんぞというようなことになりますというと、勧告助言がその度を過ごしまして干渉になる危険がある。この濫用はどうか慎んで頂きたい。併しながらこれが絶対にできないということになつておつてもこれ又困つたことになりますので、濫用を慎むということで賛成したいと思います。それから府県の部局の減少です。これも小さな県でも七つの部局があり他に教育委員会があるというのは少し大き過ぎますので、我々は長い間地方、殊に府県につきましては内務部長、警察部長、あとで殖えまして学務部長ができ、それで大概事が済んでおつたのであります。それが現在著しく膨脹しておりまして、地方財政の負担を大きくしておるのでありますので、これは賛成いたしたいと思います。それから議会の開会の制限です。これも余り私深く府県の実情、市町村の実情を見えおるわけではありませんが、年六回必ず開会しなければならないということは、そこに働いておりますところの吏員の負担が非常に大きいのであります。我々は余りその地方の政治問題について煩わされたくない。我々の実際生活しておりますことについて……、直接のサービスを成るべくこの吏員たちにして頂きたいのであります。それが開会のたびに何だかだという世話或いはかなりの資料を整えることが非常に能率を害しておる。この点も無論例外はございましようけれども、大体において賛成しておきたいのであります。
 それから議員定数の減少につきましては先ほど御反対の御意見もございました。併しこれは私どもといたしましてはできるだけ少くして頂きたい。地方の議会というものは決して政治的に動くべき性質のものではありません。事務を簡単に、家族的に相談して頂きたい、それには四十人、五十人というのは実は小さな団体においては多う過ぎる。外国の例を見ましても、日本のようにこうたくさんの地方議員を持つている国というのはどこにもないのでございます。シカゴが四百万か、五百万かの人口を持つておりまして、そうしてこれがアメリカで一番たくさんの議員を持つております所でも五十人しか持つておりません。ニユーヨークは八百万から……、もう一千万になつておるかも知れませんが、それだけの人口を持つておりながら僅か二十五人の市会議員で以てやつておりますということを見ますというと、日本でそれができないということはどうも考えられないと思うのでございます。只今僅か六円の倹約にしかならんと、こうおつしやいましたが、六円でも実は我々倹約して頂きたいのであります。私は杉並に住んでおりますが、杉並区で税金を取つております区民税が約三億五、六千万円になります。一議員当りの議員の費用、いろいろのものを含めまして約三十五、六万円になるかと私計算しておるのでありますが、そうしますというと、一人当り区民税千円について一円というものは議員さんに差上げておるわけでございます。私は約一万円の区民税を負担しておりますが、そうしますと、一人について十円、議員全員年に約五百円の負担を私一人がいたしております。これらはそう惜しむわけでございません、実際仕事をしていて下さるのですから……。併しながらできるならばこれは半分くらいにして頂きたいという希望を持つのは少しも差支えないと思います。これが多少とも今度の改正で以てできますならば、それだけでも進歩だとかように信ずる次第であります。
 最後に、この東京都の自治区の区長の任命制でございますが、これは今非常に問題になつております。併し市民の一員といたしまして感じますことを率直に申上げますというと、任命制に私は結構として賛成でございます。何故かと申しますと、東京を市と私は申したいのでありますが、区部であります区のあります部分というものは、一体としての都市生活を営んでおるのであります。私自身決して杉並区民としてそう意識を持つておりません。現に私自身は杉並区に住んでおりますが、晝は千代田区で働いておるのであります。子供は文京区の学校へ行つております。そのようにあちらこちらへ勝手に行きまして、そうしてそこで以て施設を使わせて頂いております。これを損傷することもありましたようし、無論そこでいろいろとお世話になつておるのでありますが、これは決して杉並区だけで生活しておるわけではございません。事務的に考えましてもこの各区がそれぞれ仕事を分割しますならば、連絡の上での厄介さということでとても我々の負担におえないものになるだろうということを感ずる次第であります。私どもの希望といたしましては、東京区部が、市と申したいのでございますが、これは一体として一つの意思を持つて、そうして動いて頂きたい、これが私の哀心願うところであります。市民として願うところであります。それにはこの改正を少し飛び越した議論になるかと思いますが、実は私はこの自治区というものを廃して頂きたい、こう感ずる次第であります。行政区にして頂きたい、但し、只今申します特別市の行政区ではありません。旧観念の行政区であります。つまり、我々は都知事を選挙する、都知事というものには絶対の信頼を置きまして、都知事の意思によつて一切をやつて頂きたい。以前には区長は市長の任命するものでございました。あのような恰好のものにして頂きたい、その代りに、この区というものが、今現に東京二十三区ありますが、これは大き過ぎます。我々が何をいたしますのにも、例えば印鑑証明一つもらいますのにも、杉並区なんぞでございますというと、殆んど半日がかりでそこへ出かけて行かなきやならんというようなことになつております。無論これは小さく分けて、支所を設けまして、或いは出張所を設けておるところもございます。この出張所を設け、支所を設けなきやならんということが、実はこの区が大き過ぎるということに原因しておるのであります。そこで私は、この区はもつと小さくして欲しい、もともと東京の市、東京の区部は、これは十五区並びに八十二カ町村が昭和七年に合併しまして、このような大きなものになつたのであります。それが三十五区に分かれて、更に二十三区に縮小されております。こういうようなことになつておりますので、我々の日常生活には非常に不便になつております。もとの八十二カ町村十五区、更にもう少し細かくして、我々が何でも僅か十分か二十分で以て行ける所に、一切の仕事が済むようなふうにして頂きたい。先ほど市民の意識ということについて申上げましたが、我々市民の意識は持つております。東京市民としてそこに育つた市民としての意識は持つておりますが、区民としての意識は全然持つていないと言つても差支えないのであります。私自身のことばかりじやありません。区長の選挙となりますというと、最近杉並区長選挙もございましたが。僅か二割しか投票しないのであります。一旦これが知事の選挙になりますというと、七割まではこれを選挙しております。このベースもよほど違います。こういう意味から申しましても区というものをもつと我々身近かなものにして頂きたい。一方この区が大き過ぎるのに対しまして、我々は大き過ぎるものですから、これを別にどうしようという考えは我々には湧かない。併しながら我々自身は我々の周囲については非常な関心を持ちます。現に出て行かれる区会議員が決してその区全体のことをお考えにならないとは申しません。申しませんが、一番地元のことを一生懸命になされるわけであります。どうも我々のおります所は道を余り直してもらえないというので相談しまして区会議員を選挙いたしましたところが、その次から非常に砂利なんぞを入れてくれる。これは決して区全体のためから言つていいこととは思つておりません。併し我々の生活から行きますと、直接の範囲は非常に我々は又意識を持つのであります。従つてこの区が小さくなるということを我々は希望するのでありますが、併しそれにしてもこの小さな区が全体から離れ、ばらばらのものになつてもらいたいとは決して思わないのであります。ばらばらになるということを私どもは恐れます。現にばらばらになりつつある。今度の最近自治区になりましてから、自治区の権限が少いということで始終この自治区に対して権限を寄こせという運動が始つております。自治振興費三十五万円というようなものが杉並区の今年度の予算にも組上げられてあります。恐らく宣伝騒ぎに使われるのではないかと邪推するような次第であります。こういうようなことにむやみに時間や金を使つて頂きたくない。我々自身の生活のためにもう少し使つて頂きたいと思うのであります。こういうふうに現に二十三区になつておりまして、この区に直接関係されておられますかたとしましてはその権力の増大を図られるのはこれは当然であります。自然そういうふうになるのも当り前のことと思います。これが私どもはわからないのであります。こういうふうにばらばらの施設が行われ、それに統一がないというようなことになるならば、一層その傾向が助長されるならばこいつは誠に残念なことだと思うのであります。又今現にこの区というものが一層その権力が増して行きましてばらばらになるとしまして、果して財政的に成り立つかどうかということを見ますと、これは絶対成り立たないのであります。成り立たない。現に我々のこの東京都民として区部に対して使つております費用が二百七十六億ばかりになつておりますが、そのうちで区が四十八億、都が二百二十八億、これを出しております。これに対して税金がどれだけであるか、一般財源からやつておりますのが、区が大体四十七億、特定財源が一億でありまして、それで四十八億になるのでありますが、都のほうで出しておりますのが百二十六億、これを併せましてそれで百七十三億、それに都の出します特定財源百二億を足しまして二百七十六億というので大体辻褄が合つているのでありますが、これを若し各区それぞれ一般財源からだけやつて行こうとしますと、百七十三億の必要に対して税収入が区で以つて五十八億、都で以て九十五億、併せて百五十三億、二十億円だけ不足が出るのであります。これを各区に一層の権力を與えるようなことにいたしまして、各区がますますいろいろの仕事をするということになりますと、現に今日でも千代田区のごときは三千万円からの地方財政調整交付金を都から受けているのでございますが、ほかの区から上つた金をここへ埋めるということをいたしているのでありますが、これがなくなると各区の財政的均衡を破壊すると思うのであります。今今度の改正によりましてこの区長の権限が増すとか何とか言うのではありませんけれども、その方向に現在の法制というものが向いつつある、これを防ぐという意味におきまして私は区長の任命制に賛成いたしたいと、かように感じているのであります。憲法の問題もございます。これは私多少専門外でございますからここでは申しません。ただ我々は選挙をむやみにするということが決して民主主義の政治ではないと思つております。選挙のペースを広くする。
   〔委員長退席、理事中田吉雄君委員長席に着く〕
広い範囲から公募する。代表者を出しましてこれに我々信頼する。そうしてこれにできるだけ全力を集中する、そうして能率ある政治をいたして頂きたいと思うのであります。むやみに議員を多くすること、むやみに選挙をたびたびすること、これは決して民主政治の本旨ではない、かように考える次第であります。ではこれで終ります。
#31
○理事(中田吉雄君) 何か御質問ございませんか……。それでは次に移りたいと思います。東京新聞の論説委員の立川さん。
#32
○公述人(立川克捷君) 地方自治法の一部を改正する法律案につきましての意見を述べよというお求めなんでございますが、大体この法案の概略を見てみますると、まあいろいろな点で相当問題になるとは存じます。併しながらこの一部改正法案が指向している方向というものは、私としては大体是認できる方向ではないかと考えておるのであります。特にこの法案の改正案のうちで、今一番問題になつております東京都と区の関係でありまするが、これにつきましては、私が現在関係しておりまする東京新聞社におきましても、非常に何と申しますか、紛争が激化しました際に社説を載せたのでございます。それは無論私個人の考えではなく、我が社の論説委員全部が寄つて、各方面からの意見も聞き、種々検討を加えた結果を載せたのであります。従いまして本日私が述べますることも大体その趣旨に則つたものでありまするが、その要旨をまあ簡単に要約して申上げますると、確かにこの改正点で法理論上とか、或いは選挙権の平等を剥奪するものであるとかいうような議論が起ることもあえて否定はしない。否定はしないが、併しこの問題を検討する基準は、あくまで実際的な立場からこの問題を検討して行くのが妥当ではないかという趣旨のものであつたのであります。そこで本日私が述べます意見も、その方針に従いまして、これが例えば区長の任命制が憲法違反になるとか、或いは公選制度が廃止になるとか、選挙権の、平等な選挙権を剥奪するものになるとかいうような、まあ非常に高踏的な、高踏と申しまするか、そういう、法理論からではなく、極めて常識的でありますし、非常に通俗的でありますかも知れませんが、私個人が一部民としまして、或いは区民として考えていること、或いは感じておることを申述べてみたいと思うのであります。先ほどもどなたかが、東京都を一つの、一体の有機体として考えるということは極めて陳腐な考えだと、こういうお説を述べられたかたもありますが、私個人としましては、逆に東京都というものは飽くまで一つの有機体として考えて行くのが当然ではないか、こういうことから、私はこの問題に対する私の意見を始めて行きたいと思うのであります。これをまあ卑近な例でありますが人間の体に例えまするならば、都が頭脳であるならば、区はその手足であるというような関係にあるのではないかと思うのであります。
   〔理事中田吉雄君退席、委員長着席〕
その間の関係が有機的に一体となつて繋つておりまするので、それぞれの根本とする活動ができるのでありまして、これがお互いにばらばらであり、或いはお互いが勝手なことをするというようなことでは、それぞれの持つておる機能が発揮できないのではないかと考えます。例えば現実の問題としまして、現在の東京都の交通について見てみますると、大体その国鉄、私鉄、地下鉄、都電、バスなどという交通機関を毎日利用しておる乗客の平均数というものは、八百六十三万という大きな数字になつております。そのうちから、まあ無論乗つた場合には自分の住居へ帰るのであります。或いは乗換えをする人もあるでしようし、まあそういつたようなものを差引いてみましても、約二百万という人が現在、毎日この交通機関を利用しておるのであります。この数字を見てみましても、まあこの二百万というのは大体において子供を除いて一家の生計を支えておる男女であろうと思われるのであります。従いまして、そういう二百万からの人が毎日これは動いておる。ともかくどつかへ動いておるということになりますと、やはり現在の区というものがお互いにやはりそこに相関性があるというふうにまあ考えられると思うのであります。又これを皆さんすでに御承知でありましようが、この例を千代田区にとつて見ますと、千代田区の晝間人口というのは二百七十九万という数字に達するのでありますが、これが夜になりますと、八十八万という数字に減るのであります。やはりこのほかにも我々が都民として、或いは区民としてこの東京都の地区内において生活を営んで行く上におきまして、それぞれにそれぞれの地区が全く関係がなく、或いは関連性がないのでないというようなことは、まあこの事実を挙げただけでもわかると思うのであります。このほか具体的な例を挙げますれば、無数に挙つて来るわけでありまするが、従つてその東京都の特別区と申しましても、これはやはりそういつた観点から、そこは、その生活につきましてはおのずからいわゆる地方の公共団体というものとは違うものがあると私は考えるのであります。現在のこの都と区のいろいろの紛争は、その性格について現行法が地方公共団体と同様にしておるというようなことが、非常に問題を複雑にしておつたと思う。いろいろの紛争の原因になつておつたものだろうと考えます。これが今度の改正で、区の性格は東京都の内部構造であるというふうに規定されて参りましたのは、私はこれが本当の区のあり方ではないかと思うのでございます。私は今まで区民に與えられておりました区長の選挙権がなくなるというようなことが、全く問題にならないなどということは申しません。これは確かに問題にはなると思います。併しこの問題を論じまする場合には、飽くまで基本的な考えとしましては、特別区というものの性格如何が中心になりまして、それを基にしまして現実的に具体的なことについてお互いに論争する。或いは批判するというのが極めて正当な方法ではないかと思うのであります。そこでまあ東京都というものを一つの有機体というふうに考えますると、有機体でありまする以上、そこに動脈が手足まで通つておらなければ、これは有機体の作用をしないいうことは、これはまあ当然のことであります。併しながらそれだからといつて例えば人間の手足でもそれぞれ独特の活動分野を持つております。そのことまでが、この例えば区長の公選制を廃止して、区長を任命制にするというようなことになりましたら、そうした手足の特別な機能まで全く否定され、その活動が封じられるかということ、私は実際問題としてそういうことはあり得ないと思うのであります。若し仮にその頭脳の中心になる東京都にして、そういう考えがありまするならば、これは東京都自身を麻痺させることになると私は考えております。従いまして今度の改正が実施されまする場合には、むしろ都としましてはますますその手足の活動を盛んにして行くということが当然の任務と申しまするか、義務と申しまするか……だろうと信ずるのであります。まあ一区民の希望として申しますれば、例えばお役所なり、或いは出張所なりに参りますると、大概のことがそこで片付くと、そういつた区ができ上るということは、これはもう誰しも希望しているところであろうと思います。又この区長の公選が廃止されまして、任命制になりまするならば、特別区が持つておりまするその自治的な性格というものが、全く株殺されるかと言いますれば、まあ法案を読みましても、その自治の性格は依然として残されておりまするし、又逆にこの法案を見ただけの感じから、読んだけの感じから申しますると、この改正案が実現しますると、そういう区の自治的な活動というものは、今までよりも多くなし得るというようになるのではないかと考えられるのであります。従いまして若しこの改正が実施されて、そういつた結果にならないというようなことであれば、これは大いに世論を喚起し、批判して差支えないと思いまするし、又それらの、そういうことが具体的に現われないということを批判するというようなことが、私は或いは自治を発達させるという根本ではないかと思うのであります。無論この民主主義を発達させ、或いは治を助長する上において、制度と、それから選挙というものが、重大な役目を持つておることは私は否定いたしません。併しながらそういう自治、そればかりがこの自治の全部ではないのでありまして、本当を申せば私は区民というものが、そういう具体的な問題についていろいろの自分たちの批判を批判し、それを何と申しまするか、その批判を達成するような方法をとつて行くということが、まあいわゆる自治観念というものを発達させる本当の基盤ではないかと思うのであります。それが若し区長が任命制になつたならば、そういうことは全然できないのかと申しますると、私はこの法案を読んだ限りにおきましては、絶対にそういうことはないように思われるのであります。例えば監査制度というようなものもございます。こういうようなものが本当に現在も利用されているかどうか。公選された区長なら、監査制度を利用する必要がないというのでは、私は本当に自治を考えているものではないと思うのであります。今度の改正成案を見た場合におきましても、そういう権利までは全然剥奪されておりませんので、従いましてこの改正案が具体物に行政の簡素化になり、能率の増進になるかということを、この実施された暁において、そういう区民として持つておる権利というものを利用して批判されるなり、或いはその行政の責任者に対してそれを糾弾するとかいうような途は、依然として私は残されておると思います。更に都民としまして、或いは区民としまして、もう一つこの紛争に関しまして率直な感じを申し述べてみまするならば、この紛争というものはすでにもう相当年月に亘つております。従いましてこの紛争が更に来年も続く、或いは再来年も続くというようなことでありますると、これは都民としましても区民としましても、甚だ迷惑だと言わざるを得ないのであります。というばかりでなく、若しこの紛争がそのように続いて参りますと、現在でも相当いわゆる二重行政というものが行われておりまするが、ますます都と区の対立がこの二重行政を促進し、激化するという結果になるのじやないかということを私は非常に恐れております。従いまして今度の改正法案というものは必ずしも完全無欠だとは私は思つのはおりません。併しながら現在の段階におきましてはこれを一応の基準といたしまして、そこに区と都の間にまあ円満な解決策ができ上るということを都民としまして、区民としまして率直に望んでやまない次第であります。
#33
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑ございませんか……。次に小関普一君。同君は東京都職員労働組合都区調整対策委員会の事務局長の職におられます。
#34
○公述人(小関晋一君) 私は都の職員組合の執行委員をやつておりまして、更に現実には区に勤務するものであります。そういう立場から本日公述いたしまして、組合の職員の利益を守るためにその実情を申上げることができるということを非常に責任上喜びとするものであります。従いまして申しますことは、職員の身分上の問題に関連して、都の問題、区の問題等に入りたいと思いますので、この点も御了承して頂きたいと思います。組合といたしましては結成当時から都区の一体性という立場から第一線窓口事務の強化について大会決定その他によりまして方針として堅持して参つたのであります。従つて第一線窓口を強化して事務を第一線に出しまして、郡民区民本位の窓口行政強化してサービス行政を布くということでありますが、こういうような方針からいろいろな対策を組合として堅持して参つたのでありますが、二十二年になりまして自治法施行に基きまして公選区長が誕生したわけでありますが、これに基きまして都の職員の身分は区に移管するというようなことが二十三区から取上げられたのであります。でこの問題は都区調整の問題の中で大きな問題となつて、その際その際ごとに財源等の問題について区側から主張された問題であります。この組合の考え方につきましては、いわゆる二十三区を分断されることは都区の一体制からできない、従つて組合の方針である窓口事務の強化という点と相反する部面もありますし、現実には人事交流の面、並びに職員の勤務條件の面、その他人事の問題等につきまして非常にアンバランスを生ずるということで、当時この問題に対する反対を決議して参つたものでありますが、この問題が二十三区の自治権擴充運動の中に当然取上げられましで、都区調整の問題の中で論議されましたが、裁定によりまして身分は区に移管されるのだという結論が下されたわけであります。この中におきまして組合の実情を訴えまして、更にこの問題については、都議会において組合と円満なる話合いの上でなければ区に移管することは適当でないというような決定に基きまして、三者協議会といいますか、懇談会的なものを持ちまして、都と区と組合側の話合いを進めて参つたのであります。この間におきまして組合側でモットーといたしますサービス行政の問題と身分移管反対の問題につきましていろいろ論議した結果、当時神戸委員会、通称神戸委員会と言われておりますが、地方行政調査委員会議において都に対するいろいろな調査をされまして第二次勧告をされるということでありましたので、これに対して組合側の意向というものを十分訴えまして、職員の署名を四万名、全組合員の署名を取りまして、組合側の意向を訴えたわけであります。更に神戸委員会の勧告が出されまして、これに対する検討を行なつた結果、組合としては都区の一体性、その他の身分上の問題等を通じまして、神戸委員会の勧告に対して全面的な支持をするというような態度を決定して、更にその場合に限定された行政区でもよろしいのだということに決定を見たわけであります。更にここでその実情について申上げなければならないわけでありますが、現在都区の一体性の上からどういう事態が発生して、これが従業員に対してどういう不利益になつておるか、という点を申上げますと、都区調整並びに都区の行政の中からいわゆる税務事務所が分離されておるというような立場、更にその他のあらゆる事務所ができまして、例えば保健所福祉事務所というものができまして、非常に区民はいわゆる区役所の所在地と税務事務所の所在地、その他保健所の所在地等を通じて非常にかけ離れておるところに置いては不便を感じておる。更に実質的にはこれらのものはすべて同じ窓口で行わなければならない。例えば子供が生れましても、誰か死亡した場合におきましても、出張所に行つて、区役所に行つて、更に保健所に行かなければならない。こういうような不便を感じておるわけであります。併しこれがまあ一つの農村であつて、時間的な生活をしておらない、と言うと語弊があると思いますが、特に都におきましては時間的ないろいろの制約その他がありまして、勤めて人等におきましてはそういう余裕がない場合がございます。従つて非常に不便を感じておるというようなことであります。これが一体性を確保されまして、区役所の窓口に、全部第一線の窓口に事務を出されたならば、強化されたならば、すべて区役所の窓口に行けば用事が足りる。従つて私たちとしては第一線窓口というものは、区役所というものはサービース機関でなければならないということを考えておるわけであります。それから身分移管の問題につきましては現実にどういう事情があるかと申上げますと、現在におきましては組合において身分移管を反対しておる。更にこの問題については我が組合においては明確な結論を與えておらない。従つていろいろな区関係の各支部の要請があつて、本部において一任してやつてくれというようなことについても、本部でやつたような場合において相当な圧迫が各区の支部長、組合にあるということであります。こういうような事実がどういう具体的な事項になつて現われておるかというと、例えば、勿論その事実については証拠をつかむことは非常にむずかしい問題でありますが、区長選挙における恩賞人事というものが行われておる、こういうことが相当見られるわけであります。更にもう一つは区役所の職員の身分上の問題で、分断された場合においては、非常にこれは役人的な考え方ではありますが、総務課長乃至は役人、公吏をやめて、場合によつては収入役になるか、その程度の途というか、その上の進級の途というか、向上の途は断たれるということもあるわけであります。更にいろいろな問題を取上げますが、実際の二十三区の一体性で得いろいろな協調性があるにもかかわらず、二十三区の各区が持つておる行政の機構といいますか、こういうものにも相当な変化があるわけであります。例えば或る区におきましては部長制を布いておる。ほかでは部長制がない。更に特別出張所を併つておる。非常に事務を第一線に出すということついてはよろしいのでありますが、又或る区におきましては出張所の上に特別出張所を作つて、その上に区役所があつて、更に企画室を作つて、従つて第一線に仕事を出すというのではなくて、屋上屋を作りつつある。非常にこういう問題があるわけであります。以上いろいろ申上げましたが、先ほどいろいろな都区一体性、それから都市行政上のいろいろな問題につきましては前回の公述人から申されましたので、私からそういうことを申上げるのも重複いたしますので申上げないのでありますが、そういう点は我々の考え方と殆んど同一であります。従つて神戸勧告によるところの第二次勧告の趣旨というものは、現在生じておるところの行財政上の混乱と失費とは一日も放置することは許されない事情にあります。更に現在任期中ではありませんが、その当時の或る区長さんのまああれでありますが、選挙直前等におきましてこの問題が発生したわけでありますが、一つの公民館を作るために自分の選挙地盤等に建てということを策動いたします。このために当時都から交付された百六十万か百七十万の基本財源だと思いますが、それに相当する金を調整費に費しておる。従つて学校の建築その他も相当遅らせまして責任問題が発生しておるというような次第から申上げまして、神戸勧告の第二次勧告の冒頭にありますその趣旨については非常に趣旨としては結構であるというふうに我々は考えておるわけであります。更に現在の都民の政治意識、住民感情につきましては、前公述人から申上げましたので私から申すまでもないと思いますが、都民という一つの住民感情はこれは見逃せない事実であろうと思いますが、政治意識につきましては非常にまあ低い。更に区議会等におきましても都民といろいろな直接関係がある、血が繋がるということを言つておられますが、非常に政治的力量が薄いというようなことから申しまして、当然二十三区の一体性、その他の妙味を発揮するためには中央の指導並びに監督が必要である。更に東京都政というものが布かれて参つたのは、いわゆる都政は戦時中のこれは都政がそのままなされまして出て参つたものであります。特別区というのはそれに附随して当時の混乱状態からあのようになつたのじやないかというふうに考えますと、特別区の妙味というものを発揮して住民へのサービス向上、行政のサービスをするという部面を没却して、いわゆる行財政の権力の主張をした関係から非常にまあ問題が起きておるわけであります。こういうような拙劣な形の政治的力量であつては当然監督、指導というものが必要であるという工合に我々は考えるわけであります。こういうような情勢の中から起る、いわゆる都民の行政から離反して行くということは、今後における民主主義の高揚という部面においては非常にマイナスではないかということを考えるわけであります。従つて先ほど申上げましたように、都民と直接繋がつたところのサービスに改善して行く行政を布いて行くというほうに主力を置く意味において、更にこれらの部面につきましては、先ほど人事交流の部面を申上げましたが、現在或る区におきましては人事交流、配置転換を行うにも非常に困難な状態になつております。殆んど人事交流ができないほどの状態になつておりますので、人事交流の促進を図つて、そうして都と二十三区の人事交流というものを行いまして職員の質を向上して行かなければならんということも我々は考えておるわけであります。それと同時に勤務條件につきましては、税制改革その他で、先ほどその状態を申上げましたが、実情は江東区その他の区におきましては職員の給料を拂うために金を借りたという事実もあるわけであります。従つて財政その他から見まして、現実に或る区においては超勤手当を二百時間以上、或る区においては百二十時間、或る区においては百時間もないというような非常にアンバランスを現在生じておる。それから人事上の問題においても先ほど申上げた通り、そういう問題が発生しておるということであります。そういう関係から我々としては先ほど申上げました通りに神戸委員会に対して我々の意向を十分表明しておりますので、これが神戸委員会によつて十分取上げられておるということで、組合の機関としては神戸委員会を支持するというような形になつておりますので、我が組合といたしましては本案の決定促進を図つて頂きまして、都民が非常に不安に思つております都区の紛争、それから要望しておりますところのサービス行政、更に負担の軽減、それから職員の身分上の安定感を確保して業務に精励させるというような意味合におきましても、本案が国会を通過して一日も早く都区紛争に終止符を打つて頂きたいというのが我々の希望であります。
#35
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑ございますか……。なければ、次に東京都副知事の春彦一君。
#36
○公述人(春彦一君) 私は今東京都の副知事をいたしておりまして、現実にこの問題に関係しておる仕事を毎日いたしております関係上、都区の行政の実情というようなところに重点を置きながらお話をいたしたいと存じます。最初に都区の紛争の状態でありまするが、私は戦前戦後を通算いたしまして東京都に二十三、四年御厄介になつておりまするが、戦争前までは都区の間には何らの紛争というようなものはなくて非常に円満に市と区の間の行政、都と区の間の行政が行われていたと承知をいたしております。それが最近になりまして御承知のような、紛争という言葉は非常にいやでありますが、円満に行かない点がありまして、都民のかたがたに非常に御心配をかけておりますことは、私ども第一線の仕事を担当いたしておるものとして非常に心苦しく存じておる次第であります。この原因は私は今の地方自治法の立て方と都と区が関係しておりまする仕事を規律する関係法規の立て方とに矛盾があることから来ておると思うのであります。御承知のように現行地方自治法は特別区を市並みの扱いをするというように書いてございますが、そのほかに例えば地方税法でありますとか、警察、消防の関係、或いは保健衛生の関係等、関係いたしまする法規は現実には特別区を市としての扱いをしないという建前でできておるのであります。従いまして今の地方自治法に書いてありまする市並みの扱いをするという大原則から見ますれば、爾余の法律が非常に間違つた扱いをしておることになりますし、爾余の法律が今の都区の行政の実情に合つておるということになりますれば、今の地方自治法の書き方が適正でないということになると思うのであります。従いまして区側と都側とではこの点に関し今二つの考え方で相対立しておるというような事情でありまして、何か都が区の仕事を取上げたのだ、最近は取上げるというようなお話も一部にはあるようでありますが、これはいずれも法律によるものでありまして、国会のかたがたがその最高権威に基いて御検討の結果御制定になつた法律によつて都区事務の分掌ができておるのでありまして、私どもはその法律に基くままに実施をいたしておるわけでありまして、何も私は区から仕事を取上げるというようなことは当らないと考えております。然るに殆んど市と同様の権限を殖やして行こうという区の根本の考え方は、機会あるごとに現われておるわけでありまして、その最も極端な一つの例は御承知のように、区が完全なる市制を布こうという運動を起されたことがありまするが、この運動で見ましてもわかりまするように、区側はあの地方自治法の根本原則と申しまするか、それを大原則だとして強調されておるような次第であります。この地方自治法が制定されましてから、殆んど毎年のように都区の間では事務の配分並びに財政の調整に関しまして折衝を続けておりまするが、最近でも二十五、六年と相当折衝を重ねまして、或る場合には国会方面のかたがたの御参画を得まして調整をしてそれを実施いたしておるのでありまして、私どもといたしましては法律の改正を要するもの、及び前の公述人の申されました組合員の同意を得られないもの、或いは軍政府のメモランダムによるもの以外は、私どもで実施をいたしておるような次第であります。それから次に都区の行政の実情でございますが、これはたびたびお話が出ましたように、私は東京都というところは二十三の市が集まつた都市ではなくして、一つの都市であるというように確信をいたしております。そういう意味で私は東京都知事はほかの府県の例で申しますれば県知事であり、市長である。市に関する限りは市長であるというように考えておるのでございまして、東京都知事が市長としてやつておりまする仕事は、ほかの市が市制その他の規定によつて行いまする仕事のうちで、金の面から申しますれば八三%の仕事をいたしておるのでありまして、市長のやる仕事の一七%を区長さんに行なつてもらつているというような実情であります。それから先ほど来たびたびお話が出ました区の意識の問題でありまするが、私は区の意識もあり、都としての意識も持つてもらわなければならんし、又強弱の差はあつてもどちらもあると思うのであります。率直に申しまして今の二十三区を基礎にして区民の意識というものは余り強くないと考えておるのであります。今の区長さんたちのと申しますか、区長さんの御意思は二十三の区民意識を作つて行き、これを高揚して行くということに非常にお骨折になつておるのではないかと思うのであります。実際面から申しますると、三十五区時代の考え方があつて、今の二十三区の行政が非常にやりにくいというような面のほうがむしろ強く現われておるのではないか。具体的に申しますると同じ品川区と申しても元の荏原区との間の感じがどらもぴつたり行かない、というような感じが我々はするというくらいであります。それから都のやつております仕事でありますが、これは先ほど申しましたように、都が一体でありまする関係上都の仕事なり、施設なりは有機的に考えられておるのでありまして、これが運用上どうも二十三区に分断するというようなことを考えてみますると、その運用が本当に殺される面が非常にたくさんございます。二、三の実例を申してみたいと思うのでありますが、例えば授産場にいたしましても、公益質屋にいたしましても、これはこういう施設を利用される人たちの分布というようなものを考えまして私どもは設置するのでありまして、厳密の意味における区の境を基本において設置をいたしておるわけではないのでありまして、そういう点からも私はその地方の人というような意味で設置を考え、運用を考えておるのであります。それから都の施設を有機的に、機動的に運用いたします面から見ましてもこれは一体と考えなきやならんのでありますが、その最も著るしい一つの例は保健所ではないかと思つております。東京都で伝染病が発生したというような場合には、本人の住んでおるところと、勤務いたしております場所と、経過地と或いは食事をした場所、或いはその食品の製造工場、取扱つた商品というようなものが全都内にまたがつておる場合が多いのでありまして、これを有機的に敏速に探索いたしまして、応急の措置をいたすというような場合には、私は二十三区がばらばらで若し捜査するようなことでありますれば、適宜の措置が或いはとりにくいのではないかということを考えておるのでありまして、こういう面などは是非機動性が十分に発揮できるような機構でなければならんということを痛感しておるのであります。それから経済的な運営の面から申しましても気付かれるのでありまするが、例えば最近は授産場の仕事が非常に盛んになつておるのであります。授産場の経営というものは非常に簡単のようでありますが、実際は非常にむずかしいのでありまして、あの人たちにできるだけたくさんの工賃を拂いますためには、非常にむずかしいのでありまして、例えば授産場を利用される人たちの分布と、それから授産場に大口の仕事を出す商人とは全然別な離れておる方面であります。それから大口の仕事を一遍にこなし得るような組織になつていませんと、大口の授産事業は行われないのでありまして、結局町工場の下請になるというような実情でありまして、その間に専門的な技術を高めますると同時に、必要によつてはそれを直ちに動員できるというような機構でなければ、高い工賃が拂えないわけでありまして、そういう面から見ましても私は一体性ということが強調されなければならんと考えております。又尾籠な話でありますが、清掃事業にいたしましてもその施設等は都内全体として必要なことは勿論わかつておるのでございまするが、具体的に塵芥の焼却場なり、肥料の詰込み場所をきめるというようなことになりますと、なかなか問題が面倒であります。そういうことから考えましても、我々は都内のものはとにかく……、或いは農村方面ではそのことは簡単にできても都心区はなかなか困難である、こういうものを全般的に処理いたしまするためには、やはり統制的な見方もしなければならん、こういうふうに事業、事務の上からも非常に一体性が強調されなければならん事情にあるのであります。
 それから一方各区の実情でありまするが、これも先ほど来お話がありましたように、財源が非常にアンバランスでありまして、市町村の税として取り得るようなものを、仮にその区で取れるものと比較してみますと、人口一人当りにいたしまして七割六分ぐらいの、大きな区と小さな区とには開きがあるのであります。それから一方財政需要の面から見ましても非常に違いがあるのであります。而も人口の増して行く区、或いは固定している区、或いは設備の完備しております区と、これから設備をするという区と、非常に開きがあるのでありまして、こういうところの調整というようなことも非常にむずかしい問題でありまするし、区は都に関する限りにおきましては、成るほど一体となりまして事務、事業の移管、或いは財政の裏付というようなことを主張されるのでありまするが、一歩中に入つてみますれば、周辺区と都心区との間にその力の開きがある、これは当然のわけでありまして、区側のそういう間の調整にいたしましても、果して区側だけでこういう財源の調整等がうまくできるかどうかということは、私どもの最近の体験から申しましても非常にむずかしいことではないかと考えております。
 それから今お話が出ました人事交流の行詰りというような点もこれは事務の能率を上げる上から言いましても、是非建直さなければならん大事な点の一つだと考えております。こういう意味で私は都区の行政は一体性ということを強調し、能率を上げ、簡素化するという方向で進まなければならんということを痛感いたしておるのでありまして、そういう意味から申しまして今度の修正案には私は大体この都区の問題では賛意を表しておる次第であります。その第一点は先ほど申しましたように、今度は区で処理いたします仕事を法定いたしまして、そのほかの仕事で、ほかの都市であれば市がやる仕事は都でやるということで、都と区の仕事がはつきり分れたわけでありまして、その意味におきまして仕事の分担についての論議が少くなつたということは、これは都区政の明朗化のために非常に結構なことだと考えておるのであります。
 それから次に区長の公選廃止の問題でありまするが、先ほど来申しましたように、区として処理する事項は法定せられまして、その以外の市長としての仕事は知事がやるという建前にはつきりきめられるわけでありまして、こうしてみますると、区の性格、区長の性格というようなものもはつきりして来るわけでありまして、私は先ほど知事は知事であり市長であると申しましたが、そういう意味で東京都の市長は知事である。ただその中の一部分の仕事を区長にお願いしておるという形になつておるのであります。而もその区長にお願いいたしまする仕事は主として営造物の管理運営というような面が多いのでありまして、営造物につきましては先ほど申上げましたように、その区のみを考えないで、もう少し広い立場で都民を考えて頂いて運用して頂かなければならん面が非常に多い。いま一つは知事が区長に事務の委任をいたす部面が今後だんだん殖えて参ると思うのでありますが、これは知事の権限を区長にお願いするのでありまして、その区長さんは区民のことも勿論でありますが、全体の都民ということも考慮に入れて仕事をして頂かなければならん面があり、出て来るわけでありまして、そういう意味から申しましても私は今度の知事が区会の同意を得て任命するという制度は、今の都区の行政の実情に適合するものではないかと考えておるのでありまして、今度の選び方は逆コースである、或いは官僚の区長ができるのだという御批判もあるようでありますが、私は公選の知事が公選の区会と御相談いたしまして区長をお選びして、それがどうして官僚の区長になるのかわからないのであります。
 それから今申しましたように、今度の制度は都区の一体性ということが強調せられて、それが組織化されることになりまして、何と申しまするか、都区の事務の調整に関しましては助言及び勧告ができる。委任事務につきましては指揮監督ができるということになりますれば、いわゆる都市行政の一体性というものがますます発揮せられることになるわけでありまして、これによりまして私は行政の簡素化も促進せられましようし、或いは経費の節減の面にも大きな期待がかけられるのではないか。或いは問題の人事の交流も一層容易に行われるのではないかと考えておる次第でありまして、私は今度の改正の方向は大体私ども実際に仕事に関係いたしております者として、東京都政が一段と刷新される案ではないかと信じておる次第であります。
#37
○委員長(西郷吉之助君) 御質疑はございませんか……。それではこれで各公述人の公述を終りましたので、御質問がなければこれにて公聴会を閉じたいと思いますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#38
○委員長(西郷吉之助君) それでは公聴会をこの程度で閉じますが、終りに臨みまして委員会を代表いたしまして私より……、公述人各位におかれましては本日御多忙の折にもかかわらずおいで下さいまして、御高見を拝聴いたしましたことに対して厚く御乳申上げます。これにて公聴会を散会いたします。
   午後四時四分散会
ソース: 国立国会図書館
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