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1951/02/27 第13回国会 参議院 参議院会議録情報 第013回国会 決算委員会 第10号
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1951/02/27 第13回国会 参議院

参議院会議録情報 第013回国会 決算委員会 第10号

#1
第013回国会 決算委員会 第10号
昭和二十七年二月二十七日(水曜日)
   午前十時三十八分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   委員長     岩男 仁藏君
   理事
           高橋進太郎君
           長谷山行毅君
           溝淵 春次君
           飯島連次郎君
           小酒井義男君
           棚橋 小虎君
   委員
           秋山俊一郎君
           大矢半次郎君
           郡  祐一君
           瀧井治三郎君
           團  伊能君
           西山 龜七君
           山田 佐一君
           伊藤 保平君
           藤森 眞治君
           森 八三一君
           栗山 良夫君
           小林 孝平君
           カニエ邦彦君
           小林 亦治君
           菊田 七平君
           石川 清一君
           紅露 みつ君
  事務局側
   常任委員会專門
   員       森 莊三郎君
   常任委員会專門
   員       波江野 繁君
  証人
   東京地方検察庁
   検事      渡辺 留吉君
   東京地方検察庁
   検事正     馬場 義續君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○委員長の報告
○小委員の選任の件
○特別会計、政府関係機関及び終戰処
 理費の経理並びに国有財産の処理に
 関する調査の件
 (昭和二十三年度会計検査院決算検
 査報告批難事項第三百九十七号足利
 工業株式会社に対する二重煙突代金
 支拂及びこれに関連する事項)
 (右件に関し証人の証言あり)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(岩男仁藏君) 只今より委員会を開会いたします。
 先ず昨日の委員長及び理事打合会の結果を申上げます。先般カニエ委員から資料の提出要求がありましたので、委員長において手続をいたしておりましたが、その調査報告書が全部私の手許に提出されております。然るに本件は個人の内容、人事に関することでございますので、これが取扱いは最も愼重を要することであると思うので、理事会において打合せた結果、必要のおかたはこちらに揃えてございますから、御覧願う、これを印刷して各委員に配付することは遠慮したがよかろうということに話合いが決定いたしたのであります。それから決算に関する小委員の選定について、自由党割当の一名がまだ決定いたしておりませんでしたが、自由党のほうから郡祐一君を指名してもらいたい、こういう申出がありました。証言を求める順序は東京地方検察庁の渡辺検事を先にして、検事正を後廻しにする、こういうことに話合いがつきましたので、御報告申上げます。
  ―――――――――――――
#3
○委員長(岩男仁藏君) 次に決算審査に関する小委員がさつき申述べましたように一名欠員になつておりますが、これの選任は委員長において指名することとして御異議ございませんか。
   〔一異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(岩男仁藏君) 御異議がないと認めます。よつて委員長は決算審査に関する小委員に郡祐一君を指名いたします。
  ―――――――――――――
#5
○委員長(岩男仁藏君) 次に、昭和二十三年度一般会計歳入歳出決算、昭和二十三年度特別会計歳入歳出決算、そのうち昭和二十三年度決算会計検査院検査報告批難事項第三百九十七号足利工業株式会社(契約当時は足利板金工業組合)に対する二重煙突代金支払及びこれに関連する事項について、東京地方検察庁検事正からの報告に関する件を議題に供します。本日出頭の証人は東京地方検察庁検事正馬場義續君及び同庁検事の渡辺留吉君の両名であります。証人に対する御注意は先般申上げてありますので今回は省略いたします。両君とも先に御出頭になりまして宣誓をなさいましたが、念のために本日も宣誓をお願いいたします。総員起立を願います。渡辺証人から宣誓書を朗読してもらいます。
   〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕
   宣誓書
 良心に従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 渡辺 留吉
#6
○委員長(岩男仁藏君) 御着席願います。宣誓書に御署名御捺印をお願いいたします。
 それでは只今から渡辺証人に対して証言を求めます。
#7
○小林亦治君 証人にお尋ねいたしますが、本件を担当されたのはいつ頃であるか。その事務の分配はどういう系統で証人が担当するようになつたか、それを伺いたいと思います。
#8
○証人(渡辺留吉君) 私がいわゆるこの二重煙突事件の担当を命せられましたのは昨年の四月の末でありました。それまで私は東京地方検察庁の経済部の係検事をしておつたのでありますが、特にこの事件のために特別捜査部に配転替となつて、四月の末に命せられて、五月の初めから本件を担任いたしました。
#9
○小林亦治君 今伺つたのは、証人が本件を特に担当するようになつたのは、本来の事務分配の上から当然に証人が扱う事件であつたのか、或いは上司の特命によつて特に証人が担当するようになつたのか、それを伺いたいと思います。
#10
○証人(渡辺留吉君) この事件は委員会からの要請ではありましたけれども、検察庁といたしましてはいわゆる特命事件ということになります。特命事件と申しますのは、特に検事正或いは上司から特別の命令によつて捜査を開始する事件であります。特命事件として特別に私が係検事を命せられたのであります。
#11
○小林亦治君 この前の馬場検事正の証言によりますと、渡辺検事の前にすでに鈴木検事或いはもう一人の、これは上司の検事かと思いますが、それらのかたがたが最初担当されたように聞いておるのです。証人はそれらの前の担任者から引継がれたのであるか、直接検事正から只今の特命事件として特に担当されたのか。
#12
○証人(渡辺留吉君) この事件はたしか昨年の四月の初め頃であつたと思いますが、特に決算委員長からの要請に基きまして、検察庁といたしましては、特別捜査部の部長検事の岡崎格を主任検事といたしたのであります。次いで私がその補助検事といたしまして、岡崎主任検事の補助を命せられて五月の初めから捜査にかかつたのであります。その後事件の進展に伴いまして、鈴木利夫検事が補助に参加し、次いでこの事件を中心といたします私どもの捜査の観点からいたしますならば、むしろこの事件は特調が事件の本体となるべきものであつて、むしろ特調の腐敗を摘発すべきであるという観点に立つに至つたのであります。その後平山長検事を補助検事に加えたのであります。ところが事件の一段落と申しますか、田中平吉及び高橋正義、本名正吉を公文書変造行使、詐欺で起訴いたしたのであります。その後続いて特調のいわゆる汚職事件の摘発に入ることにいたしました。七月のたしか九日と考えておりますが、昨年の七月九日頃から平山検事及び鈴木検事をそのほうに廻しましたので、残つたのは結局主任検事の岡崎検事と私ということになつたわけでありますが、岡崎検事が八月から三カ月の予定で渡米をいたしましたので、その間私が単独で事件の捜査に当つたという形になつた。岡崎検事の帰国と共に再び主任検事と私がこの事件の捜査に当つたという形で参つて、大体私が昨年末で一応の捜査を終つて、本年の一月から刑事部に移つて現在に至つておるという事情であります。
#13
○小林亦治君 証人が特命事件を、本件の事件を捜査せられるに当つて、この捜査の端緒となるべきいろいろの資料なんですが、それらは当決算委員会から回付されたものを直接の材料にせられたのか、或いは検察庁単独でそれらの資料を収集せられたのか、それを伺いたいと思います。
#14
○証人(渡辺留吉君) 捜査の要請を受けましてから、委員会からの会議録その他の参考書類を私どものほうに廻して頂くことができたのであります。それを十分検討して捜査にかかるということになつたわけでありまして、只今の小林委員のお尋ねによれば、捜査の端緒は当委員会の会議録その他が資料であつたということが言えると思います。
#15
○小林亦治君 そうすると、当委員会から廻された、つまり当委員会がまとめ上げた資料を第一の端緒にしたと申しますと、その点はわかりますが、それならばなせ大橋のみを一番最後に廻して、私どもの狙つた、狙つたということは語弊があるかも知れませんが、小物を先に取扱つたということ、先ずそれから伺いたい。
#16
○証人(渡辺留吉君) 当委員会の会議録その他の資料を拝見いたしましたところ、事件の本体をなすべきものは二十三年十二月二十八日に、高橋、田中らが受けた四千百万円の点にあるというふうに考えて、先ずここに私どもの捜査の主眼を置いたわけであります。と申上げますのは、委員会のほうのまあ小林委員のほうのお話もあつたのですが、先ずこの関係において大橋がどの程度の関係を持つかということが事件のまあ山になるというふうに考えて、実はその点の先ず捜査に当るということになつたわけであります。ところで委員会の会議録その他によりますならば、四千百万円余の金の使途が全く不明である。で、若し大橋に関係があるとするならば、この金の使途から何らかの糸口が得られるのではないかということを考えまして、先ず金の使途を明らかにするということが私どもの最初の取りかかりであつた。そのために先ず私から第一銀行の足利支店に出かけまして、当時の足利工業及びこの関係者の預金元帳関係、更に銀行内にある預金取引或いは送金その他一切の関係書類を先ず調べるということになつて、私が直接これに当つたわけであります。これにかかつております間に、間もなく高橋正吉から田中及び第一銀行足利元支店長の梶川保に対する告訴が出されたのであります。そこでこの告訴事件の扱いと並行いたしまして、先ず告訴の趣旨を考えて田中に対する取調べを私が開始いたしました。田中を調べておる間に四千百万円が詐欺と認定すべきものであるというふうな建前が、そういうふうな事情がはつきりして参りましたので、田中を取調べ、更に田中を強制処分請求をするというような事情で田中の取調べを進めておる間に、この請求はむしろ高橋が主体をなすべきものであるという事情もはつきりして参つたのであります。そこで高橋を勾留処分に付しまして調べを進めている間に、すでに御案内のことと思いますが、請求当時に作られた納税証明、これは足利税務署長作成名義の納税証明書が変造されておるという事情もはつきりいたしまして、これに関與いたしました高橋政雄或いは羽鳥元章を勾留請求に付しまして、この調べをいたしたのであります。かようにして足利工業関係の田中社長、高橋専務、東京支店の高橋政雄、羽鳥元章の四人を強制処分をして取調べており、更に関係者の取調べを進めると同時に、銀行関係の取引きを明細にいたしておる間に、この四千百万円の請求に大橋が関係のない事実が明らかになつて参つたのであります。従いまして私どもといたしましては、この四千百万円を中心とした捜査を進め、更にこれを完了するというような事情におきまして、大橋の取調べというものが相当先になつて来るという事情になつて参つたのであります。そのためにその捜査の経過からして、問題の四千百万円に大橋が関係をしていない、これは関係していないと申上げるのは、詐欺の共犯関係或いは幕助関係に関係がないという意味でありますが、それに関係がないということが明らかになつて、従つて一応これらをめぐる関係者の取調べを終つた上で大橋を取調べるという段階になつたわけなんで、大橋の取調べが遅れたという事情になるわけであります。
#17
○小林亦治君 最後に遅れた事情は今伺つたことで一応呑込んで置きますが、大体この検察当局では調べる場合に、書面による取調べというものは、これは殆んど類例のないことでありますが、かような間接な方法で、而も決算委員会から要請せられた事項について、委員会は何回もこれらの被疑者を喚問して宣誓を命じ、或いは交互尋問といつたような方法でしておるのであります。その要請を受けた検察当局が一片の書面の回答によつて捜査の結末を付けるということは、これは一体どういうことなんですか。
#18
○証人(渡辺留吉君) 大橋の取調べは、書面の回答のみを以て結末は付けておりません。丁度岡崎検事が渡米いたしました間もなくから、大体周囲の関係が明らかになりましたので、取りあえず大橋に対して答申書を取る、その上で答申書の如何によつて大橋を取調べをするという私の態度を決定しておつたのでありますが、ところで十月二十五日に私の名を以て大橋に対して答申の提出方を求め、これを求めるについては十項目の質問事項と言いますか答申書の内容をなすべきものの目標を示して答申を求めたのであります。十一月九日に答申書が私の手許に入りました。その答申書を検討いたしました結果、新たに捜査を必要とすべき事項も出て参つたので、その取調べの終了を待つて大橋を取調べするという方針が決定せられたのであります。その後これが例の三十万円の顧問料なりや、贈與なりやの問題の捜査に入つたのでありますが、これが予想以上に捜査を食いまして、それが終る頃になつて、これは十二月十七日と記憶しておりますが、十二月十七日に大橋に対して取調べの日時の打合せをいたしたわけであります。その結果大体二十日に大橋の取調べをするということが決定されたわけでありますが、たまたま大橋が病気になつて出頭ができないという事情になりましたので、止むを得ずその回復を待つて、十二月二十六日に取調べをしたという事情になつておりまして、大橋は單なる書面の回答によつて終つてはいないのであります。
#19
○小林亦治君 直接の取調べの前に書面による十項目の回答を要求するということは、これ又異例なんで、私も司法官としての経験があるのでありますが、殆んどそういうことがないのであります。なせ大橋に限つてそのようなことをやつたか、その点をもう少し明らかにおつしやつて頂きたい、ここが重要なんです。
#20
○証人(渡辺留吉君) 先刻も申上げたように、取調べの進むに従つて、先ず我々が狙いとしておつた四千百万円の詐欺事件に大橋の刑事責任が認めがたい事情になつたということ、それからその後要請のありました所得税法違反並びに政治資金規正法の関係、これにつきましては、結論的に法律の違反が殆んど成立する見通しがない、仮に三十万円が顧問料の性格を有したとしても、当時の所得税法の違反は殆んどその見込がないということ、政治資金規正法の関係におきましては、公訴時効が消滅しておるという事情が、すでに法律的な見解として明らかになつて参つたのであります。従つて大橋の刑事責任の問題は山下との関係において残るべきものがあるかどうかということになつたわけであります。ところが山下の供述が極めて曖昧模糊としておつて、供述が常に変つて来るというので、山下の取調べに相当の日数を要するという見通しがはつきりいたしましたので、私が山下の取調べに専念しておつた、ところで山下の取調べに専念しておつては大橋の取調べが遅れるという見通しが付いたので、その山下の取調べの間において、取りあえず書面の回答を見ておこう、その上でその書面の回答が固まる頃には、山下関係の取調べ、或いは高橋の三万五千株の問題、或いは藤原英三の関係の取調べは大体終了するであろうというような見通しを付けて、私一人が捜査に当つておつたというような関係で、周囲の事件の見通しを付けて、取りあえず書面の回答を求めようということであつて、それ以上何ら疑義はなかつたわけであります。
#21
○小林亦治君 その見通しを付けて捜査の順序をきめるに当つて、主任検事である証人が単独てそれを決定したのか、或いは検事正或いは部長検事の指図或いは指揮を受けたかどうか。
#22
○証人(渡辺留吉君) 勿論私一人が決定すべきものではなく、而も私はこの事件では主任検事ではなくして、岡崎主任検事の補助として捜査に当つておつたというような関係にありましたので、常に部長或いは次席検事正の指揮を受けつつやつておつたわけであります。
#23
○小林亦治君 只今のこの三十万円の問題なんですが、証人は検事としてこれを贈與と見られるか、或いは顧問料か何か、そういつた有償関係、償いの関係に考えられるのか、如何でしよう。
#24
○証人(渡辺留吉君) この点はこちらに送付いたしました不起訴処分理由書にあるように、積極消極の証拠はそれぞれあつていずれとも決しがたい、俄かに決しがたいという結論に達したわけであります。
#25
○小林亦治君 この点はあとで検事正からお聞きしたいと思つているのですが、本件は告訴とか、或いは告発に基かない單なる決算委員会の要請に基いて捜査せられたということにあるのですから、従つてこの不起訴処分に対する検察審査会に対するところの再審査の要求権というものが本院にはないわけなんです。そこで本件の不起訴処分を不当として、更に我々の政党或いは我々個人から同一内容の告発が出た場合、検察当局は一旦不起訴処分にしたのだからと言つて本件の捜査を投げるか、或いはその告発に基いて新たなる捜査をせられるか、それを伺いたいと思います。
#26
○証人(渡辺留吉君) この不起訴処分についていろいろ疑義がおありならば、できる限りの私ここで説明はいたします。なお告発があつたら捜査をすべきものかどうかというお尋ねでありますが、検察庁としては、告発なり、告訴があれば当然に措置を決定すべきものでありますので、必要ならば捜査をするというようになると思います。
#27
○小林亦治君 その際に既存の資料を用いられるのか、或いは新たな提供した資料或いは新たな活動によつて得られた資料、それらをお用いになるか。念のために伺つておきたい。
#28
○証人(渡辺留吉君) 勿論検察庁といたしましては、従来の既存の資料があればそれを利用することは当然でありますが、なお新たな証拠があるとするならば、それを取調べることは、これ又検事として当然のことだと考えます。
#29
○小林亦治君 わかりました。それでこの三十万円の点を贈與に見られるという積極的な点を一つ伺いたいと思います。なおその前に私の意見を申上げておきますが、この前大橋証人を喚問した場合に、あの三十万円というものは社会的、経済的に見るならば顧問料であり、法律的に見るならば贈與という詭弁を伺つたのですが、私どもは前回申上げましたように、何としてもこの三十万円というものは、常時会社の諮問に応じ、或いは相談に答えた、それらの労苦に対する奉仕で有償所得と考えるので、これは贈與にあらずと思うのであります。大橋証人も弁護士であり、若し第三者から顧問料なるものが贈與なりや或いは給料なりやと聞かれた場合に、恐らくそれはただでもらう無償のものだとは答えないと思うのであります。そのようなことが常識の上から言つて通用にならないことは、これはもう一般人の通念に訴えて当然だろうと思うのであります。証人はこの点に関して贈與と見られる性格の点がありますならば、二、三おつしやつてもらいたい。
#30
○証人(渡辺留吉君) 積極的な証拠と申上げるならば、これは高橋正吉の証言が最も大きいものと考えます。それでいいですか、もつと詳しく説明しましようか。
#31
○小林亦治君 それと却つて逆なのでして、私どもは高橋の証言を聞くと、あれは顧問料であると高橋は何遍も言い切つている。決してただでくれたとは言わない。ただでもらつたようなことを言うのは大橋たけで、それから贈與なりと断定したのが国税当局であり、検察当局なんです。この点が腑に落ちないので伺いたいのです。
#32
○証人(渡辺留吉君) 私が積極的証拠と申上げたのを顧問料だというように認められるならば、その積極証拠は高橋の証言であるという意味であります。それで……。
#33
○小林亦治君 そこで贈與と見るということの積極証拠ですね。
#34
○証人(渡辺留吉君) その点は先ずこれは大橋の証言、それから更にこの関係につきまして澁谷税務署の回答書、ここに挙げてある通りでありますが、その内容を少し敷衍して申上げますと、大橋の証言の内容はこの不起訴理由書に挙げてある通りであります。このほかに澁谷の税務署の関係でありますが、これはかなり大橋の供述と食い違いが出て参ります。併し一応その間の事情を説明申上げます。先ず昨年の四月十九日に、高橋名義の三十万円の贈與の申告が出ております。これにつきまして高橋は私のところの調べにおいては、当初その申告は昭和二十三年の六月に大橋に贈つた三十万円ではなくて、昭和二十四年一月に出雲市において大橋に渡した二十万円であるはずだということを述べておつて、この点は最後まで高橋の証言が変つておりません。ところで澁谷税務署の直接の担当者、元の、現在はやめておりますが、元澁谷税務署の資産税係をいたしておりました松木功という者でありますが、これについて取調べをいたしましたところ、松木は高橋から事情を聴取する前に、酒井直税課長から、高橋の問題について上のほうから要求があつたから、高橋の関係の税関係すべてを調べて欲しいという要請があつた。そこで所得税係長と一緒に高橋から事情を聽取した。その結果所得税係長のほうの担当部門については、昭和二十三年度に約三十万円の所得があつたということで、三十万円の所得税の申告をさせるということになり、続いて自分の、松木のほうの事情を聴取した部分については、他の税関係には関係なくして三十万円を贈つたという問題が出て来た。そこでいろいろ事情を聞いておる間に、高橋の言うところに五万円だけ相当疑問とすべきものが出て参つた。ただその五万円の疑問とすべきものがどういうものであつたかについてははつきり記憶はないけれども、ともかくこの贈與を二十五万円と認定すべきか、三十万円と認定すべきかに迷う五万円の問題が出て来た。そこで高橋に、今日は直税課長が留守であるから、二度三度足を運んでもらうのは惡いから、取りあえず二十五万円と三十万円の二枚の申告書を出してもらえんかという話をしたところが、高橋がこれを了承したので、自分が二十五万円と三十万円の二枚の贈與税申告書を代筆した。そのときに高橋との話合いでは、課長に相談をして、いずれか一方がきまつたならば、一方は自分の責任において破棄するからということを高橋に話して、高橋の了解を求めた。そのあとで直税課長にその事情を説明したところ、高橋が三十万円を贈つたというならば、三十万円をとつておいたらいいじやないか、若し問題が生ずるならば、あとで減額更正をしたらいいじやないかということを言われたので、結局三十万円の贈與の申告をとることにしてこれを徴収台帳に登載をした。当時高橋からは二十万円を贈與したという話は全然聞いていないということをはつきり証言しておるわけであります。ここに先ず松木の証言から、一応三十万円を贈與したと認むべき根拠が出て参つたのであります。この松木に関連いたしまして、当時の酒井直税課長、現在京橋の直税課長をやつております、この酒井と、この申告前に、更に当時この委員会で証言をされた忠佐市、当時の査察課長だと考えておりますが、現在の国税庁調査査察部長の忠氏から、関信越国税局の鈴木調査課長に調査方の指示があつて、鈴木調査課長が更に高橋のほうの取調べに当つたわけでありますが、この鈴木半三郎の取調べをいたしましたところ、鈴木のほうでは、二十万円は高橋がカメラを売つて贈つた金だと言い、大橋はこれをもらつたということは国会の会議録で明白であり、その点は問題がない。と同時に、関東信越国税局の所管外であるというので、その点の調査はしなかつた。ただ三十万円の問題が、法人税の関係で、関信越国税局の管轄内になるわけで、その点を中心にして高橋から事情を聞いたところ、高橋はこの金は自分の個人預金から大橋に贈つたものだということであつたので、それではその金はどこから出たのだということを聞いたところ、この金は会社の仮払かも出ておるという説明であつたのであります。そうすると、これは個人の贈與と認められるかどうか念を押したところ、高橋はさように認められても仕方ないというふうな答弁であつたので、これはこの三十万円は贈與と認めるに至つたということを鈴木が証言しておるわけであります。更に先刻申上げた酒井に対して連絡をいたしました当時の東京国税局の所得税課長の永井岩、これについても酒井との連絡報告の関係を聞きましたところ、三十万円の贈與の申告があつたという事情が出て参つておるわけであります。それからいま一つの問題は、この三十万円の出所でありますが、すでに御承知のことと存じますが、東京銀行銀座支店の高橋正吉名義の預金口座から、昭和二十三年六月二十八日に三十万円出ております。若しこれを顧問料として会社が支払うべきものであつたとするならば、高橋の個人口座の預金から出ておることについて疑問が生じて来る。殊に高橋は当時東京銀行銀座支店の預金口座には四口の取引口座を持つております。高橋正吉名義で四口の個人口座を持つております。これがABCDの四つに分れております。Aは大体会社関係、Bは純然たる高橋の個人の目的に使うべき預金であるという事情が明らかになつておるわけであります。従つてこの預金口座から、出された金が三十万円出されておるということになるならば、高橋の個人的な使途に使われたものと認めることができる事情にあるわけであります。従つてかような観点から眺めて参りますと、一応これを贈與と見るべき資料としてかなり有力ものになつて参るわけであります。一方では高橋は飽くまでもこれを顧問料の前渡だというふうに主張しておるわけでありますが、この三十万円のほかに、実はなお会社の帳簿によりますと、会社と申上げますのは会社の東京支店でありますが、東京支店の帳簿によりますと大橋に対する顧問料として或いは顧問手当としての記載のある出金が相当額出ております。これを詳しく申上げますならば、二十三年の八月二十三日に二万円、これは第一銀行の銀座支店の小切手で出ております。それから同月二十六日に五千円、これは現金で出ております。それから十月の十六日に二万円、これも現金で出ております。それから十月の二十一日に六万円、これは山陰合同銀行出雲支店の振込になつております。それから二十四年の三月八日に一万円、これは現金で出ております。三月十一日に三万円、これは第一銀行銀座支店の小切手で出ております。更に四月の三十日に一万円、これも現金で出ております。それからなおこのほかにやや疑問ではありますが、十一月の一日に三万円が第一銀行銀座支店の小切手で出ておる。これらは帳簿の記載によれば八月分の顧問手当と書いて括弧して大橋氏となつております。成いは明確に大橋弁護士謝礼という記載が出ております。これについては高橋は私のところで三十万円は純然たる顧問料であるが、これらの金、一万、二万、三万渡した金はこれは車馬賃だという説明を実はしておるわけであります。これらの金を通算いたしますと、大体二十万五千円、十一月一日の疑問の三万円を含めて二十万五千円になるのであります。かように一応帳簿上、この帳簿は二十三年の八月一日からしかありませんので、それ以前の分は判明いたしませんが、とにかく八月一日以後の帳簿の中にかような登載が出ておるといたしますと、大橋と高橋の間に顧問料として月額三万円という定めがあつて、勿論この金額は先ほど申上げた金額では月額三万円の割合にはなりませんけれども、一応かような登載があつて。而もこれが五千円或いは一万円という、月額三万円に満たない金額が出ておることにつきましては、当時の経理当者の大谷明供述によりますと、これは田中社長が三万円、或いは大橋を顧問とすることを認めなかつた。当時会社にはいま一人の平井という弁護士がおつたわけであります、これに対しまして月額一万円を払つておるのに、大橋に三万円を払うのは多過ぎるということで、大橋の顧問を田中社長が認めなかつたというような事情があつて止むを得ず少額の一万円或いは二万円という金を出しておつたということを供述しておるのであります。かように帳簿上にも顧問料の問題が出ておるわけでありまして、その点も考えますと、三十万円というものは果して顧問料であるかどうかについての多大の疑問が生じて参るということになるわけであります。高橋は非常に強く顧問料であるということを主張しておりますけれども、反面にさようでないと認められるような多くの証言なり、或いは供述或いは物的証拠というものが出ておりますので、かような事情を勘案いたしますと、にわかに顧問料である、或いは贈與であるというような断定が下しがたい事情に立ち至つた、こういうような事情になるわけであります。
#35
○小林亦治君 本件については四名の起訴をみたものの、大橋初め三名の不起訴の者が出たのですが、この不起訴処分にした理由がいろいろあると思いますが、嫌疑が全然ないという場合と証拠が不十分である場合、それから性格とか、境遇、年令、或いは犯罪の状況等により、つまり情状酌量として起訴猶予というような場合を算えますと、丁度不起訴の理由にはおよそ三つか四つの理由があるわけですが、大橋の場合は全然嫌疑がないのか、成いは証拠が現段階では未だ不十分であるというのか、或いは大橋が証人等の上司としての立場を考えて、或いは国務大臣の身分を考えて情状を酌量した上で不起訴にしたのか、その理由を伺いたいのであります。
#36
○証人(渡辺留吉君) 大橋が国務大臣であるというようなことでそれを酌量するということは絶対にありません。これははつきり申上げておきます。本件の場合の嫌疑なしという裁定でありますが、この嫌疑なしの裁定には全くの嫌疑のないという場合と、証拠が不十分であるというのと、いずれも嫌疑なしという裁定になることになります。本件の場合は今申上げましたように積極、消極のそれぞれの証拠があつて現在の我々の手持の証拠を以てしてはいずれとも断定しがたいという点があるわけであります。もう一つは今申されました中には出て来ませんでしたが法律関係であります。法律関係はすでに小林委員は專門でありますから私からくどく申上げる必要はないかと考えますが、私のほうの所得税法違反の事実についての嫌疑なしの裁定は、仮にこれを顧問料と認めたにいたしましても、当時の所得税法には単純無申告を処罰する規定がない。従つて大橋が届出をしないのについて詐偽又は不正の方法によつて所得税を免れる行為があつたかどうかという点について、これを認めるに足る証拠がないから嫌疑なしという形になつたのであります。従つて論議のあります顧問料であるかどうかについては、その正確な判定は困難であるけれども、仮に顧問料であると認めてもなお法律の違反、殊に詐僞又は不正の方法によつて免れたかどうかについて、詐偽又は不正の方法によつて免れたと認めるに足る証拠がないから嫌疑がない、かような結論で嫌疑なしという裁定になつております。誤解のないようにお願いいたします。
#37
○小林亦治君 所得税と新規正法のほうはわかりましたが、横領についての不起訴の理由。
#38
○証人(渡辺留吉君) 自動車売却代金の経路につきましては極めて複雑怪奇であるということを先ずあらかじめ申上げておきます。この関係を申上げますには、先ず自動車関係を運用するに至つた前後の事情を最後まで申上げないとはつきりいたしませんので、非常に長い説明になるかと存じますが、あらかじめお含みおき願いたいと存じます。先ず高橋がモーリス自動車を提供するに至つた事情から御説明申上げます。特別調達庁で二十四年の一月にいわゆる過払の二千二百万円余を発見いたしまして、これを足利工業の田中及び高橋に対して返納を命ずるようになつたのでありまするが、この返納の方法といたしまして前の二十五年の十二月の委員会に証拠が出されておりますが、昭和二十四年二月の二十三日に高橋と田中の間に大橋立会の上で覚書が作成されておるわけであります。この覚書は高橋と田中の間の特別の契約になるわけでありますが、この覚書によりますと、高橋はその所有或いは管理にかかわる足利寮の所有権、それから尾張町ビル七階事務所の賃借権、それからモーリス自家用自動車の所有権、それから東武鉄道株式会社の三万五千株の所有権、これを会社に無償にて提供して、田中の会社のためにする処分に一任するということになつております。この契約に基いて続いて特別調達庁に対して誓約書と称する返納方法を特調との間に契約いたしました誓約書が出されておるわけであります。この覚書と誓約書に基いて高橋がモーリス自動車を三月の初め頃に会社に提供いたしました。この法律関係を特によく御理解願いたいと思いますのは、高橋はこの契約で自動車の所有権を会社に無償で提供する、そうしてその処分は田中が会社のためにする処分に一任す回るという形になつております。従いま関して高橋がモーリス自動車を会社に提供いたしました時に、この自動車の所所有権は高橋の手を離れて会社のものになつた、会社に帰属するということになります。そこでこの高橋が三月の初めにモーリス自動車を会社に提供いたしましたあとでこの処理について田中、高橋、大橋の間で協議がなされた。当初この三人の間に自動車を損料をとつて他に貸して損料を稼ごうという話があつたわけでありまするが、それでは面白くないからいつそこの自動車を他に売つてその売却代金を以て運用しようじやないかという話が、三人の間になされたわけであります。三人の間と申上げてもその処分関係は田中にあるわけで、高橋にはその処分権限はすでになくなつていることに御注意を願いたいと存じます。ともかく三人で協議をいたした結果、この車を大橋に処分させるということになり、大橋は更に山下をしてこれを売却せしめるという話が進んだわけであります。この話が進むと同時に特調の三浦及び川田のほうに話かけを進めまして、大体六月の上旬頃までの間にこのモーリスを売ることになつた。その売却代金を運用して百万円は特調に納める、残余はその差額が出ればそれは高橋の生活費に当てる、なお運用して利益が出るならばその利益のうちから月に一、二割ぐらいを高橋に廻す、その余利益が出れば特調に納めるというような大体の話ができたわけであります。その後特調との了解に基きまして処分権を有する田中が大橋にその処分を委任した、その委任に基いて大橋は山下をして自動車の売買をさせるということになつたのであります。その頃には先刻も申上げましたように高橋はその売却代金については、すでに何らの所有権を主張することはできなくなつている。但し田中及び特調関係との話合によつて、モーリスを百万円以上で売るならば、その差額金は高橋に帰属するという新たな契約関係が発生したということに御注意を願つておきたいと思います。そういう経路に基きまして山下がこのモーリスを売りに出しておつたわけで、このモーリスが五月の二十日に、虎ノ門の中村宗平の手を経て東宝株式会社に売られた。これは百五十万円であります。ところでこの百五十万円のうちから山下の手数料五万円と、車庫費或いは試運転用のガソリン費、更に一部修理費を含めて十五万円がかかつておつて大橋の了解を得ております。ところがこの十五万円の了解を得たあとで、これは六月の二日でございますが、六月の二日に名義書替のために山下が宇都宮の道路管理事務所に出かけておつたときの費用、これは一泊しておりますが、その費用二万円かかつたということで大橋の更に了解を得て、その二万円を加えた十七万円というものが諸経費として差引かれるという形になつて、モーリスの売却代金は百三十三万円が残つたということになつたわけであります。ところでこの頃、大体五月の二十四、五日になりますが、その頃に山下が高橋から五十万円を借りております。これはいろいろと問題があるのでありますが、この際説明を申上げておきます。これは当時パツカードという車の払下物が約百万円余りであるということで、山下がこの話を高橋に持込んでおるのであります。これは交詢社の二階事務所で話をしておりますが、そこでこのパツカードを買つて儲けようという話が出て、高橋に金策方を申込んでおりますが、その結果百万円を高橋が出そうという話になつておつたところ、五月の二十六日になりまして高橋が五十万円しかできなかつたというので五十万円の小切手を山下に渡しております。山下は五十万円ではそのパツカードは買えないということで、取りあえず同日虎ノ門自動車株式会社の有城重吉の口座にこの五十万円を預けております。ところで山下は五十万円だけではパツカードは買えないというのでいろいろ奔走し金策に当つたのでありますが、金策ができないということでこのパツカードはのちに思いとどまつておりますが、ともかく高橋から借りた五十万円を虎ノ門自動車に五月の二十六日に預けておつた。この五十万円と先の百三十三万円、併せて百八十三万円を基金として自動車の売買をするということになつたわけであります。その結果二十年の七月の二十八日にデソート百万円を買つて、これに修理費を約三十四万円かけて、十月の一日に虎ノ門自動車の木村元樹の手を経て大和証券株式会社に売却しておりますが、木村との間において百二十九万円という契約になつたためにこの間に五万円の損失を生ずるということになりました。ついでこの車の代金を以て二十四年の十月の二十一日にナツシユという車を大草勲の手を介して百三十万円で買つた。ところがこの車が非常に惡かつたということで約六十七万円、これは正確に言えば六十七万四千八百二十円という修理費をかけておりますが、その修理費をかけた上で余り時日が長くなるので止むを得ず越えた二十五年三月の二十八日に虎ノ門自動車を介して関東電機通信局にこの車を売却しております。虎ノ門との関係は大体五十万円ということになつておるので、この間に四十七万四千八百三十円という赤字を出した結果になつております。そこでこの問題はナツシユを売つてからになると存じますが、ナツシユを売つて得た金の処分の中に山下の問題が生じて来るわけであります。山下はナツシユを百五十万円で売つておりますが、先ずこの赤字の四十七万四千八百三十円を差引いた残余を有城重吉に約二十七万五千百七十円を支払い、更に齋藤政吉に三十三万円、田村金太郎に約四十万円を支払つたために、遂にこの金が全部なくなつてしまつたという形になります。このうち有城に対する二十七万五千百七十円のうちで二十五万円は、これは大坪に対する十五万円の貸付の際に有城から借りたものであり、十万円は渡瀬昌勝に貸す際に有城から借りた金の穴埋めであります。これはともかくとして二万五千百七十円というのが有城に対する高橋の個人的な借財であります。それから齋藤政吉に対する借金は、これは高橋正吉に二十四年の十月十二日に三十万円渡した際に借りた金であります。これは一応高橋の下に渡つているのであります。この穴埋めでありますから、これは法律上問題はないと思います。田村に対するもののうち二十五年二月十五日に二十八万円ほど高橋の借金の穴埋めに使つておりますが、この二十八万円を高橋に渡す際に、これは田村から借りたものの穴埋めでありまして、これも法律上問題なく、ただここに田村から借りた十万円ほどの穴埋めというのがあるのであります。この個人的な穴埋めに使つたもの、これが一応山下の横領が観念上認められるという形になるのであります。これは理由書には約三十八万円とありますが、細かに数学的な計算をいたしますと、三十七万五千百七十円ということになります。それからナツシユの代金のうちで、齋藤政吉と田村金太郎に返した、田村の中には三十万円ありますが、それを除いた有城に対するもの、それから田村の約十万円というものが問題になつて参つております。でこの山下に認められる理念上の横領罪はいつ成立するかということが問題でありますが、これは私どもの見解といたしましては、山下がナツシユの金をもらつて個人的な用途の借金に充当した際に、山下の横領罪が認められるということになると思います。そこでこの観点からいたしますならば、山下はこれを大橋の了解を得ずして勝手にやつておつたという事情が明らかになつております。そうすると、山下の横領罪をここで認めたといたしましても、大橋はこれには関係しなかつたということが明らかになるわけであります。そこで山下の横領罪は一応認められるけれども、これには横領罪の成立する時期において大橋は関係してないということについて、この点では大橋に刑事責任がないということが言われると存じます。かような次第で、山下と大橋の関係は横領罪の成立する時期、法律上の時期というものを特に強く御判断願いたいと存じますが、さようなわけで一応山下には認められても、その法律上犯罪の成立する時期には大橋は関係しなかつたということで、大橋にはそのときの刑事責任はないという形になるわけであります。なおこの点について非常にこれはデリケートな問題が種々ありますので、これについて個々の御質問があれば詳しく御説明申上げますが、一応私の説明をこれで終りたいと思います。
#39
○小林亦治君 検事は国家的には法律の代表者であられるはずなんであります。その法律の代表者が本件を見られた結果、殊に只今の御説明の横領の点については複雑怪奇であると仰せられるんですが、法律上の結論が結局そこに落着いてしまつた、国家の法律の代表者であられると同時に、これは社会的には正義の代表者でもあられるはずなんであります。その点から大橋という人間が綱紀粛正をスローガンとするところの内閣の閣僚の椅子に坐つており、みずからも本会議の席上では、いやしくも嫌疑ある、疑いのあるような官吏が所管部下にあつた場合には断固これらを処分するということを申されており、かような複雑怪奇な事件に關與して、而もこれは検察当局と違いまして、本会議の席上でもその疑惑が前後四回に亘つて中間報告、或いは質問演説というような形で責任を問われておるので、かような人間が一体内閣の閣僚として便々として今日なお存在するということは、これは社会正義の上から見て、正義の代表者として証人はどのようにお考えになられるか。只今まで伺つた点はこれは法律上の結論なんであります。それは一応伺つておくことにしまするが、あなたは人間として、或いは一国の検事として、正義の代表者としてこの政治責任を如何ようにお考えになるか。只今までの法律上の責任とは別個に、一つ裸の意見を御供述願いたいと思います。(「それは無理だ」と呼ぶ者あり)無理だとは何だ、余計なことを言うな。
#40
○高橋進太郎君 私は今の小林委員の証人に対する質問は証人喚問の趣旨を逸脱しておると思うんです。要するに証人喚問の趣旨は、我々決算委員の審議上必要なる事実関係を聞くのであつて、従つてその間一つの政治意見なり、或いは道徳観なり、そういうことの意見を求められることは証人喚問の趣旨を逸脱するものと思いますので、この点は適当に委員長において調整せられながら議事の進行を図られんことを望みます。
#41
○小林亦治君 今自由党の諸君の仰せられる気持はよくわかる。(笑声)これを言われれば自由党が面目がないのだから、(「そんなことはない」と呼ぶ者あり)それはわかるんでありまするが、今の高橋君の意見というものは三百代言の意見であります。証人が過去の事実について記憶を述べるということは、これは刑事訟訴法上の、いわゆる裁判上の証人は然りであります。この場所は国家最高機関であるところの国会の審議の場所なんであります。司法上の一般の証人の規定に従うものではない。従つて証言の範囲というものはその証人の考えるところの意見、包壊するところの思想、その点まで聞いて差支えないのであります。ようがすか、(笑声)君の意見は、気持はそれはよくわかる、従つてこれは三百代言的な議論なんであつて、ここでは通らないということを申上げておきます。
#42
○高橋進太郎君 私はどうも小林委員の証人喚問に対する質問なり今の御意見を非常に怪奇に思うのは、私の言葉をとらえて三百代言的な意見であるとか、こういう個人を誹謗するがごとき言辞を弄せられるということは非常に不適当なことと思うので、私は賢明なる小林委員の言い違いであろうと思いますので、速記録等を見まして適当なる機会にこれは取消して然るべきだと思います。私はいわゆるどういう意味で三百代言という言葉を言われるのか、その点は腑に落ちないのですが、結局結論は私は証人喚問というのは事実関係をこれは究明し、我々の審議の資料にするのでありまして、従つてその範囲を逸脱しないようにして頂きたいと思います。
#43
○小林亦治君 只今の高橋君の言葉なんでありますが、適当な機会をとらえなくても只今お答えできるのであります。高橋君の人格を誹謗する考えは毛頭ないし、ふだん尊敬しておる高橋君の人間の立派なことは、私はどこに行つても証明します。但し高橋君の今発言せられた事項そのものが三百代言だということであつて人格を申上げたのではない。あなたのおつしやる証言の範囲というものは、それは司法裁判所におけるところの証人の証言の範囲内であります。国会が最高の機関として証人を喚問する場合に、その訊問の内容が過去の記憶する事実の範囲外全部に亘り得るというのが私どもの持つておるところの法解釈なんであります。あなたが国会の証人の例をとつてその範囲で押し切ろうとなさること自体が三百代言式であると言つただけであります。あなたの人格そのものを誹謗したのではないのであります。私は高橋君が立派な人間であるということは、これはもうふだん信じておるのであつて、いささかもあなたの名誉を毀損する意思もなければ、あなたの名誉を毀損したことには帰せられないのであります。只今の解釈の上から御理解を願いたいと思います。(「議事進行」と呼ぶ者あり)
#44
○棚橋小虎君 只今の小林君の御質問は少しも証人喚問の範囲を逸脱しておらないということは、検察当局としてこの大橋を不起訴処分にした理由を尋ねておるのでありまして、その理由にはこれこれの政治責任があるということを考慮に入れて不起訴にしたかどうであるか。この政治責任に対しては法律問題とは又別個に考えなければならん問題であるが、それに対して検察当局はどういう考えを持つておつたかという不起訴理由に直接関係しておる問題でありますから、決して小林君の只今の問題は証人喚問の範囲を逸脱しておらんものと思うのであります。御進行を願いたいと思います。
#45
○証人(渡辺留吉君) 先ほども詳しく申上げたように、大橋の不起訴理由の中には、起訴理由は飽くまでも法律的な視野に立つて刑事責任があるかどうかということについての我々の見解に従つての処分であつて、政治責任の有無ということは毫も考えていないということをはつきり申上げます。但し先ほど小林委員のお尋ねの中にあつた政治責任云々ということは、私は政治責任はわかりませんが、山下が自動車の売却をするに当つてその監督の地位にあつた大橋がその監督の責を果したかどうかということを考えますならば、その点において非難をされても止むを得ない事情があるのではないか。善良なる監督者の注意義務を以て管理したかどうかということを考えてみるならば、それについてのそしりは免れがたいものがありはしないかということは考えております。
#46
○棚橋小虎君 只今の検事の御答弁は少し腑に落ちないところがあるのであります。若しこの事件を検事が論告されるという場合が仮にあつたとしまするならば、大橋その人の罪状の軽重いろいろに対しまして、やはり政治責任ということを私は論及されていたろうと思う。又本件のみならずいろいろな場合において、検察当局がその一つの事件を起訴するとかしないとか、或いはそれに対する論告をされる場合におきましては必ず一般の輿望であるとか、その観点はどういうふうになるのであるか。或いは一国の相当な重要な地位にある人がこういうことをして果してそれでいいのかどうであるか、こういうこともやはり論告の中にも入つて来るのでありましようし、起訴するかしないかという考察の上にも十分一つの観点になるだろうと思うのです。であるからして純粋に法律的な意見ばかりが起訴、不起訴、或いは論告の科刑の上に考察されるばかりじやないと思う。只今の検事の論告は、論告じやありませんが、いささか腑に落ちないのであります。その政治責任についてはどう考えられるかという小林委員の御質問に対しましては、もう少し謙虚な御答弁があつて然るべきだと思うのであります。
#47
○証人(渡辺留吉君) 犯罪が若し認められた場合にこれを起訴するかどうかということについては、いろいろの諸般の事情の考慮が必要になつて参ります。然しながら私どもの調べた結果におきましては、大橋に刑事責任を追及して起訴すべきものを認めがたかつたという結論に達しておりますので、起訴するかどうかということは全然考慮外にあつたわけであります。従つてその際に政治的な責任を考慮するかどうかということはすでに問題の圏外にはずれて来ているということをよく御理解願いたいと思います。とにかく我々は飽くまでも刑事責任を追及すべき立場に立つて、その刑事責任があるかどうかということを捜査したわけでありまして、その捜査の結果、刑事的な責任を追求すべきものを認めることができなかつたということで嫌疑なしという裁定になつているので、決して起訴猶予という裁定になつているのではないということを御了解願えれば大体おわかりだと思います。
#48
○カニエ邦彦君 先ほどの小林君が言われた質問の中で、三十万円の贈與であるか、贈與でないかという問題、それから二十万円の政治資金規正法違反に対する回答書の理由というものについては、これはまだ私は納得はしておりません。従つてこれについては個々の事実に基いてお尋ねいたしますが、一応報告書を順序を追つてお尋ねしたほうが非常に皆さんにもわかりやすいし、又検事のほうもそのほうがわかりやすいと思うので、私はこの報告書の第二、不起訴理由というところ、「捜査するに大橋武夫、山下茂、田中平吉、高橋正吉、及び虎ノ門自動車株式会社員中村宗平の各供述を綜合すれば田中平吉及び高橋正吉が昭和二十四年三月頃本件自動車の売却方を大橋に依頼し同人は更にこれを山下に依頼したこと及び山下は同年五月二十日頃、右自動車を虎ノ門自動車株式会社社員中村宗平に百五十万円で売却し、その代金として車庫費、試運転費、修理費等合計十七万円を差引き残額百三十三万円を同年七月十九日頃」……七月とこのプリントにはなつておりますが、七月か六月か、私は多分六月ではないかと思うのですが、「同年七月十九日頃までの間三回に受領したことが認められる。」こういう御回答になつているのです。そこで先ずこれは六月十九日か、七月十九日かということをお尋ねすることが一点と、それから虎ノ門自動車株式会社社員中村宗平に百五十万円で売却したということですが、これは何ですか、中村宗平が百五十万円の金をいつ売主の山下に支払つたか。それは百五十万円を一度に支払つたのか、或いは数回に支払つたのか、どういうことになるのか、その点を先ず伺いたいと思います。
#49
○証人(渡辺留吉君) 今のお尋ねの七月十九日か、六月十九日かという点ですが、これは七月十九日なんです。最終は七月十九日。それから百五十万円の授受の点でありますが、これはこの書き方がやや妥当を欠いておると申しますが、ちよつと私から説明を加えておきます。これは中村宗平に云々とありますが、これは法律上、一応中村宗平の手を経て、手に渡つてそれから東宝に行つたという形になりますが、代金は東宝から受けてその金を虎の門が山下に渡したという形になつておる。この金は三回に入つております。で、これは七月六日に五万円、七月八日に四万円、七月十九日に百四十一万円、合計百五十万円という金が入つて、そのうちから先ほど申上げたような経費十七万円を差引いて結局百三十三万円というものが残つたという形になります。
#50
○カニエ邦彦君 それは少し……お調べになつておるのか、どこを調べになつてそういうふうなのか、その点どうなんですか。
#51
○証人(渡辺留吉君) これは最終に車の入つた東宝株式会社、中村宗平、それから更に有城重吉の工作、これは千代田銀行芝支店における有城重吉の工作を調べております。
#52
○カニエ邦彦君 この問題になつておりますモーリス自動車は事実は東宝に対して百五十万円でなく二百万円で売られておる。そうしてその調べたのには、代金を東宝は第一銀行の銀座支店の小切手で、二十四年五月の二十一日に八千二百四十九号の小切手を以て五十万円を先ず支払つておる。その次には千代田銀行の銀座支店の東宝振出の小切手で二十四年五月三十一日にこれは二千二百二十四番の小切手番号で五十万円支払つておる。それからその次は同じく千代田銀行銀座支店の東宝振出の小切手で二十四年の六月十五日に小切手番号は二千三百五十九号を以てこれは百万円支払われておる。そうすると合計二百万円の金でこのモーリス自動車というものは売られておると、こういうことが事実なのです。そこでこの金は今度はどこに入つて行つておるかというと、これは虎ノ門自動車の代表者である、会社でなく、有城重吉個人の口座に二十四年の五月二十日に五十万円入つておる。それから同じく二十五年六月四日に五十万円入つておる。それから六月十六日に最終の百万円が入つておるというのがこれが事実なのであつて、ここに書れておるように中村宗平は山下に百五十万円の金を支払つたことはないと、ただ自分はこの間において山下を通じてブローカーをしたのであつて、自分が買取つてそれを東宝に売つたのでなく、東宝に世話をしたのである。東宝に世話をして、そのブローカー賃として手数料はもらつたというのがその事実である。先ずその点については、こういうように金の動いた事実から見てさように思われるのですが、その点はどうなんですか。
#53
○証人(渡辺留吉君) 只今カニエ委員から御説明があつた通りに金が動いておつたことは、私どもも知つております。そこで今のこの金が五月二十日に五十万円、五月三十一日に五十万円、六月十五日に百万円が東宝から支払われて、これが有城重吉の口座にそれぞれ入つておる点は御指摘の通りであります。ところでこの金がそれではいつ払われたかということを申上げますならば、先ほど私が申上げたように、有城重吉の口座を若しカニエ委員お持ちでなければ、私のほうで申上げますから、これは七月六日に有城重吉の小切手の九百四十六で五万円が支払われております。これはあとで自己割小切手に組まれております。ついで七月の八日、これは七日の締め後に四万円という現金が出て、これが山下に渡つております。更に七月の十九日の小切手の百九十七という番号で百四十一万円という小切手が切られて、これが一旦千代田銀行芝支店の別段預金に組まれて、そこで自己割小切手に組まれて山下に渡つておるという事情になつております。従つて、東宝から入つた金は成るほど五月から六月にかけて入つておる。ところが実際に山下の手許に有城のほうから渡されたのは、先ほど申上げたように、七月の六日から七月の十九日の間であるというの事情になつております。それからもう一つは、中村宗平はお説の通りブローカーをしたのでありますが、これについては法律的に私どもが考えた場合に、一応百五十万と二百万の開きは、これはブローカー手数料という社会常識的な見方もあると思いますが、一応百五十万円で中村が引取つて東宝に転売したと見るべきが法律的には至当ではないかという観点からかようになつたのであります。
#54
○カニエ邦彦君 この点では、この報告書によると、どう解釈してもこれは山下が中村に百五十万円で売つたという事実のようになつておるが、実際はそうでないということはお認めになるわけですか、事実とは相違しておるということは……。
#55
○証人(渡辺留吉君) 事実を我々の面では法律的な視野から眺めてかような抽出をしたという形になるわけであります。常識的な見方ではなくて、常に我々は法律的な視野から物事を判断して行く、その法律的な結論がかような結果になつたというふうに御理解願いたいと思います。
#56
○カニエ邦彦君 この点は各同僚議員によつて御判断を願うといたしまして、次に修理費の十七万というものの明細根拠はどういうところから出ておるのですか。
#57
○証人(渡辺留吉君) これは、この修理費から、試運転費、車庫費等と、等とありますが、これは手数料が入つて参るわけでありますが、これは一応山下の供述に則つたものであるというふうに御理解願いたいと思います。
#58
○カニエ邦彦君 当時のこの自動車はでき上り品であつて、俗にいう仕上り品であつて、修理を施すべき必要がなかつたというのが一般の虎ノ門自動車におる人たちの意見である。而も、これは修理をしたようなことはないと思うということが一般に言われておる。それから先ほど山下が言つた、宇都宮の道監に行つて廃車の手続をするのに二万円を要したと、これは長らく專門家として検事であるあなたがお考えになつて、一体宇都宮に行つて、あの書類の廃車手続をするのに二万円要るかどうか、さようなことをそのまま山下の言うことを御信用なさつて、そうしてここに報告書に挙げられておるということは、いささか腑に落ちん。而も山下という人物が信用するに足り得る人物と御判定をなすつておるかどうか。本人は我々の調査によつても非常に何というか、無頼漢というか、惡党というか、非常に評判が惡い、いわゆる自動車屋仲間においては非常に評判が惡い、のみならず博奕打仲間においても非常に評判が惡いということで、非常にこれはもう信用するに足りないような人物である、而もそういつた者の言うことを聞いて、そうして重要な今回の報告書にそのまま生でお出しになるということでは、いささかこれは親切味が足りないのではなかろうかと、私はまあこう思うのですが、その点はどうなんですか。
#59
○証人(渡辺留吉君) 大分強い御指摘なのでありますが、これについてもう少し詳しく御説明申上げます。実はこの東宝に車が売れて、五月の二十日に第一回の金が入つております。ところが、当時この名義の書替えについては、高橋が山下に書類を渡すということを言つておつたにかかわらず、遂に高橋が書類を渡さなかつた事情を確かめると、足利の高橋が書類を持つておつて山下に渡さないのだということが判明して、六月の二日の日に日を約束して、羽鳥元章が足利に廻つて、田中の所から書類を持つて宇都宮に行くということで、山下が会社の事務員、これは名義書替えを常時行なつておる專門の事務員でありますが、これを連れて一日の晩に宇都宮に出掛けて、一泊した上で翌朝羽鳥と落合つた。ところが羽鳥が田中の所から書類を持つて来なかつたのです。事情を聞くと、直接でなければ渡せないと、そこで山下に足利まで来てくれという要求があつて、止むを得ず三人で再び足利まで出掛けて行つて、足利で田中の所に山下名義で一札預り書を入れた上で書類をもらつて、同日更に宇都宮に出掛けて行つて名義の書替えをしたと、その上で翌日更に東宝への名義の書替えをしたという事情になつております。従つて、その間の経費といい、宿屋料といい、山下一人ではないという事情になつております。そこでその関係の諸費用としてこれを山下から大橋に話をして、結局二万円を大橋が了承したということで、この二万円が生れたという形になるわけであります。従つて、この十七万円の中の二万円だけが今申上げた宇都宮の経費という形で、決してこれが単純に宇都宮に行つて名義書替えをしたものではない。高橋に欺されて長い間待つておつて、名義書替えができなかつた。最初宇都宮に出掛けて行つて、それから足利に行つて、更に又宇都宮に帰つて名義の書替えをしたというような複雑な事情になつております、さような事情まで私どものところで調べた上で山下の供述を一応信頼したわけなのでありまして、ただ単純に山下のみの供述によつてこれを認めたというわけではなく、又この百三十三万円というのが、すでに御承知だと思いますが、これが基本となつて高橋との関係において金銭の貸借上のいろいろの問題が起つて来ている。こういう事情にあるので、百三十三万円という基本的な数字に動かしがたいという形になつて来ているのであります。
#60
○カニエ邦彦君 そうすると、大橋君が昭和二十四年六月一日に自分の直筆を以て、モーリス自動車一台見積価格百万円処分方小生において引受け御預申候という預り証を田中に渡しているのですが、それは当時足利の高橋でなく、田中が事実上この自動車の権限を握つておつた。従つて田中がこれは了承せなければ名義変更ができ得なんだ、こういう事情にあつたので、そこで大橋がこの預り証を田中に渡して、初めて田中からその必要なるナンバーのなにをもらつて来た、そうして宇都宮に持つて打つて、そうしてそこで初めて手続ができた、これが真相であると私は思うのですが、その点はどうなんですか。
#61
○証人(渡辺留吉君) これは私も今度の事件で初めて知つたわけでありますが、成るほど御指摘のように、大橋が一札持つておつたということ、その名義の書替えはそれじやなくて、この名義の書替えの自動車関係の書類が幾つもあるわけで、それを田中が保管しておつたわけであります。これは高橋が足利へ行つて田中からもらつて来て、これを山下に渡すという話があつて、暫らく名義書替えを待つておつた。ところが高橋が渡してくれないというので、東宝からはやんやと請求されるので、止むを得ず羽鳥を田中の所に使いにやつて、羽鳥が足利からもらつて、宇都宮へ行つて、宇都宮で山下と落合つた上で名義書替えをするという順序になつておつたのが、高橋が破約した、そんなわけで、田中の所へ三人で宇都宮から折り返し行つて、そこで必要書類をもらつて、宇都宮に行つて手続をしたということになつております。
#62
○カニエ邦彦君 田中が本当に了承してこの自動車を引渡したのは、二十四年六月一日に大橋が預り証を渡すことにおいて本当にそこでそういう話合いができ、法律的にも、形式的にもそういうことになつたと思うのです。ところがそれ以前の、実際はもう二十四年の五月に、約一カ月余り前にすでに東宝へ売られておるというこの事実関係では、法律上は一体どういうことになるのですか。
#63
○証人(渡辺留吉君) その点は六月の一日附の書類が大橋の所にあつたとして、これは私どもの調べた関係人の供述から、大体三月頃からその話が進められて来て、特調の最終的な承認を得たのが六月上旬という形になつております。従つて六月になつてから田中が認めたのでなくして、先ほど申上げたように、損料をとつて貸してくれという話が交詢社の二階の事務所で話が進められておつたわけであります。これは田中、高橋、山下、大橋の供述を大体総合して、三月頃から話が進められたというふうに我々は認定したわけであります。
#64
○カニエ邦彦君 どうもこの点についても、先ほどの中村宗平に百五十万円で売つたという、この売却をしたという報告書のなにが、法律的に見て、実質的にはそうでなかつた、ブローカーをしたのであるが、法律的にそうなるのだという御解釈があつたので、これはそういう御解釈で行くなれば、やはりこの場合も、六月一日に実際話は事実はそういう工合にあつたかわからない。併しながら六月一日に本当にこの文書を以て授受が行われたなれば、やはりそれをとらえて、そうしてその関係を明白にしなければならない、こう私は思うのです。併しこれはまあ議論になりますから、あなたのほうで適当にまあ御解釈をなさつておられるのだろうと私は思いますが、これは議論いたしません。そこで問題も、モーリスを売つた金があなたの今の説明によると、事実は六月十五日に入つておるにかかわらず、そこに一カ月半、二カ月余りも置いて、最終の七月十九日に百三十何万円が三回に入つたというお話ですが、事実そうじやないのじやないですか。あなたのおつしやるようなことじやないのじやないですか。
#65
○証人(渡辺留吉君) 我々は証拠に基いての判断をしておる。銀行の関係の調べからしてその点は極めて明瞭であり、而もこの七月十九日に大体百四十一万円の裏書きまで私どもは調べての認定であつて、決して事実を曲げてさように認定しておるのじやありません。
#66
○委員長(岩男仁藏君) 速記をとめて……。
   〔速記中止〕
#67
○委員長(岩男仁藏君) 速記を始めて……。暫らく休憩いたします。午後一時半から開会いたします。
   午後零時二十七分休憩
   ―――――・―――――
   午後一時四十四分開会
#68
○委員長(岩男仁藏君) 休憩前に引続きこれより開会いたします。
#69
○カニエ邦彦君 引続いて前回の問題でありますが、形式的には成るほど中村宗平に百五十万円に売つたということになつておるのでありますが、実質的には中村が百五十万円の金を山下に渡して、そうしてその車を買つたということには事実はなつていない、こういうことなんですが、その点はさようお認めになるわけですか。
#70
○証人(渡辺留吉君) 成るほどこの金は中村から直接には山下に渡つておりません。併し一応中村の所属する会社の社長名義の口座に入金されて、その上で売却代金、売買代金の百五十万円というものが手渡されておるのであります。ただ形式的のみではなく実質的にも一応中村の手にこれが入つたというふうに見て差支えないのではないかと思います。
#71
○カニエ邦彦君 そうすると、この中村がいついつかの日に百五十万円の金を山下に支払つたかということですか……。
#72
○証人(渡辺留吉君) 午前中にも申上げたように中村が直接手渡したというよりも、むしろ虎ノ門の会社から山下に渡されておるという形になつております。これは午前中申上げたように有城の口座から、当座預金から金が出て、その金が山下の手に渡つておるという形です。
#73
○カニエ邦彦君 それでそれはいつ幾らと幾らになつておりますか。
#74
○証人(渡辺留吉君) 午前中申上げた通り、七月の六日に五万円、七月の八日に四万円、七月十九日に百四十一万円ということになつております。
#75
○カニエ邦彦君 そこで虎ノ門自動車というものですが、これは有城重吉が虎ノ門の自動車の社長ではあるが、ここに現われて来る人々は全部この会社にまあ何というか雇われておるものではなく、そこに毎日ぶらぶらと集まつて来ておる。そうしてそこでそのブローカーをやつておる、こういうような状態であつて、実際はそれぞれ皆その給料をもらつてその会社の社員として雇われておるものでないという事情にあるということは、これはお調べになつてどういう関係になるのですか。
#76
○証人(渡辺留吉君) おつしやるように、会社の正式な社員というよりもむしろ嘱託という形になつておつて、会社の自動車売買業の免許を利用して個人が売買に当つておる、これは個人と会社と両方に免許証があるようでありますが、とにかく会社の名前を使つてやることによつて彼らが社会的な信用を得るということで、虎ノ門自動車株式会社の嘱託という形でやつておる。それなるが故にここで中村と山下という間に、この両当事者の間に売買がなされたというふうに認むべきであるというふうに考えております。
#77
○カニエ邦彦君 その点ちよつとあいまいに聞えたのですが、中村宗平も又山下も個人としてのこの故物売買の免許を持つておる、こういうことなんですか。山下の場合もそうですが。
#78
○証人(渡辺留吉君) これは山下にもそれから中村にも個人の名義で許可を受けておるようでありますが、むしろ個人の、これは売買に当る以上は当然でありますが、この際は彼らは会社の嘱託という立場において売買をしておる、そこでなせ嘱託という形をとつておるかと申上げますならば、嘱託という地位におることによつて虎ノ門自動車株式会社に相当の金が入るという事情になつておるのであります。従つて彼らは嘱託という名義をもらつて、社会的な信用を得つつ取引をする、その代価として会社のほうに相当の金を入れるという事情になつておるのであります。
#79
○カニエ邦彦君 それからこの自動車はそうすると二百万円で売つたが、そのほかに五十万円というものは、これはそうするとどういうことになつたのですか。
#80
○証人(渡辺留吉君) これは中村と会社のほうに入つておるようでもありますし、又その五十万円はそこまでは詳しく調べておりませんが、ただ中村なり、山下の供述によると、売先への運動費にかなり使つておるというふうに言つております。
#81
○カニエ邦彦君 これは実際は問題になつておる自動車の金でありますから、先ほどあなたが申されたようにその金の行方については愼重を期して調査をしておる、こういう話であつたので、私は当然実際二百万円で売れたところのものがあと五十万円は何に何万円使い、何には何万円取られたと、そうしてここに百五十万円浮び上つて来たということがここに明記されなければどうもおかしいのじやないか、そこまで調べる必要があるかないかということですが、問題はこのモーリスの売つた金がどうなつておるか、こういう点にあるので、この点はもう少し慎重にお調べになつておらなければならないと思うのですが、この百五十万円はここに浮び上つておりますが、あとの五十万円がどうなつておるかということについてもう少し詳しく御説明願いたいと思います。
#82
○証人(渡辺留吉君) 山下と中村との間の取引価格が百五十万円である。これはその結果が有城の口座面にも現われておるということ、更にこれについてその後の百三十三万円という問題が生じて来る計算の基礎もこの百五十万円に置かれておるという事情で、一体山下が幾らの金を得たかということが問題であつて、それから先の取引関係については山下には直接の関係が生じて来ない、我々のほうの視野からするならば山下が幾らで手放し、幾らの金を得たかということが問題になつて来るわけでありまして、それ以上については中村の供述を一応聞くということで、中村から先についてはあえて調べる必要はないというふうに考えて、その先については捜査を打切つたという形になつております。
#83
○カニエ邦彦君 それはどうもおかしいですよ。二百万円の金がそういうふうに虎ノ門の有城個人の名義に入つておる。結局二百万円で虎ノ門が商いをしたことはこれは事実なんで、二百万円で中村宗平が売つておるということもこれは事実なのだから、従つてやはり二百万円の金がどうなつたかということは、やはり一応はお調べになつておいても別にこれは無駄なことではなし、当然しなければならんと、私は飽くまでこう思うのですが、まあその点はお調べになつていないというならそれ以上追及申上げても御説明できないと思うので何いたしますが、併しながらいずれにいたしましても、この金が虎ノ門の自動車に入つたことは事実なんですから、私は飽くまでやはりこの五十万円という金がどこへ消えてどうなつたかということを確かめるべきであるというふうに考えております。それから次にあなたが先ほどおつしやつた三回に亘つて入つて来た金が七月の十九日の日に有城重吉口座から百三十九万円入れられておる。これがモーリスを売つた代金であるというふうにおつしやつておられるのですが、ところが当時の事情から考えてみまして、金を実際受取つて入つたことはこれは山下も知つておるんです。このモーリスを売つた金が入つて来たということは知つておるわけです。そこで入つて来た金をそんなに二カ月近くもそこに置かれておつて、そうして七月の十七日にモーリスの売上代金としてもらつたというようなことは、当時山下もその金には一日、二日を争つてやかましく請求しておる。それから虎ノ門自動車もそんな金を二カ月も或いは一カ月も、否十日も半月も置くということはしていないと言う。当時の会計を担当しておつた者の話によるとそんなことはしていない。そんなことを山下は黙つておる人じやありません。だからこの金が入つて来たときにその都度やはり山下に渡しておりますと、こう言うのです。そこでどうもあなたのおつしやることと一致しないのです。その点はどういう工合にお考えになつておりますか。
#84
○証人(渡辺留吉君) カニエ委員から指摘されるような点については我々も非常な疑問を持つて実は調べたのであります。その結果判明したところによると、これは六月上旬に八十万円の金が入つたということが虎ノ門から山下に伝えられております。残額の七十万というものは六月十五、六日頃に支払うという約束になつておつたのであります。ところがその頃に大草勲が田村金太郎から自動車を一台買つてそれを読売新聞に売つたことがあります。ところが読売新聞ではこれを月賦払いの形にして欲しいというような要請があつて即座に代金を払わなかつた。そこで田村からはやかましく大草に請求がなされたということで、止むを得ず虎ノ門自動車が山下に支払うべき金を以て田村のほうの支払いに利用したという形になつて八十万円は約束の六月十五日には入らなかつたということが判明しております。読売は五月二十日に車を買つて、その後四回に亘つて十万円乃至二十万円、三十五万円、五万円、二十六万四千九百円というような形で分割払いをしておる事実があります。従つて山下に支払うべき八十万円が田村のほうに流用されたということで、山下に払う金がそういうことで田村のほうに廻すことになつて先に延して欲しいという申入があつて、それを山下が了承したということで、その金が御指摘のごとく売買の終つた直後に払われないで、先に延びておつて、その結果七月十七日に百四十一万円というものがまとまつて入つたという形になつております。そこで我々も非常に疑問を持つてこの点は山下をかなり追及したのですが、山下の供述、それから読売を調べた結果、同じく大草を調べた結果、いずれもそういう供述が出て参りまして、我々としてはその間金が売買直後に山下に支払われないで、相当延びた後に支払われたということを認定するに至つたのであります。
#85
○カニエ邦彦君 そうするとあなたの先ほど言われたこの報告書の全文というものは、少しこの間、二カ月ほどの間に一つの工作が行われておる。従つてこれの真相というものは、大草が読売へ田村の持つておる自動車を世話して売つた。売つたところが読売が自動車はとつてしまつて使つておるにもかかわらず金を払わなかつた。これはあなたの言われた通りです。そこで読売が金を支払うまでの間、山下が大草に金を貸してやつた。このモーリスを売つたいわゆる金を大草に貸してやつた。そうしてそのために大草はその金を田村に払つたと、それで読売の問題は一応そこで解決した。だから本事件に関してはデソートというものは一応二つ関係がある。二台あるわけです。そこで大草が山下に対して借りた金を返すために、借りたと同額ほどのいわゆる高利をとられてもうほとほと閉口した。山下というやつは実にひどいやつだ。金を借りたのには違いないが、併しながら高利をとつて、そうしてこの金を返すまでに随分山下に痛めつけられた結果、大草は泣きの涙で山下に金を支払つておるのです。従つてあなたがそういうことを初めからわかつておるなれば、なせこの報告書の中に、これはモーリスを売つた金がこういう形で三回にいつ幾日、七月の十七日を最後として三回に入つたということではなくて、それまでにそういうことが一回転行われておるということを、なぜここに明白にしていなかつたか。私は、勿論これはお調べになつておるあなたにしても、これは人のすることであるから、そういうことは後日発見する場合もあるし、又発見されない場合もこれはあるでしよう。併しながら私はこの点について、この報告書を頂いたときには、すでにそういう事実があるということを知つておつたのです。知つておつたが、併しこの報告書はどうも腑に落ちない。あなたのこの報告書を見ておると、なんでも山下が損をした損をしたという結論で結んでおられるようですが、山下は決して損をするような男でない。決して本件の自動車については損をしていない。こういうのが大体普通一般の周囲の人の言う事柄であり、私の調べた結果もさようになつておると思うのです。私はその点率直に、僅かなことではあるが、やはりここに明確に謳つておいてもらうなれば、そういうような二カ月半の間の空間というものが事実この報告書の中できれいに埋められると思うのです。その点はどういうことか知らんが、僕は遺憾に思つておるのです。
#86
○証人(渡辺留吉君) 我々も当時すでにこの間の事情は判明しておつたわけでありますが、併しこの山下に対する虎ノ門からの話合いは、結果的な話であつて、山下が進んでこれを大草に利用させたという事情が出ていないということであります。それからもう一つは、不起訴の裁定書というものはすべての事情を現わすのではなくして、その間の主流をなすべきものを取上げて来て結論付ける、我々は捜査の結果を全部現わさなければ不起訴の裁定書というものはできるものではないというようなことはないわけです。従つて我々としては、ここであとの問題に糸を引くのは、百三十三万円というものがあとの関係にずつと糸を引いて来るわけでありますから、そのあとの関連、あとで生じて来る百三十三万円というものをここで一応取上げて、この説明を逐次追つて行つたような形で結論を導くための道程を、自由な点を抽出したという形になつておるわけでありまして、不起訴の理由書に必ずしも捜査の経過を全部入れる必要はないのでありますから、入れる必要なしと認めて入れなかつたのでありますから、ここに入れなかつたからといつて我々が捜査の手を省いたというようなことはないわけであります。
#87
○カニエ邦彦君 問題のモーリスが二百万円でとにもかくにも当方に売られて、そうしてそれがここに上つて来ておるのは百三十三万円になつてしまつておるのです。その間の金はどうなつたかということにも疑問は勿論ありますが、今問題になつておる点は、七月の十七日頃までの間に三回に受領しておる。これはそうでなくして、一ぱしはすでに受取つておつて、そうして山下がやはり読売に売るデソートに流用しておつた、こういうこととは私は内容がいささか違うと思うのです。従つてそれはあなたがおつしやるように、結果的に見て最後の結論はそういうことになるかも知れないが、それは別といたしまして、どうもその点は理窟を付けて言つておられるような感じですけれども……。
#88
○証人(渡辺留吉君) カニエ委員はどういう点からさようなことをおつしやるかよくわかりませんが、私のほうでは証拠に基いてかような結論を導き出したのだということは、午前中から申上げておる通りであつて、有城口座の中に動かすべからざる証拠が歴然として出ておる。而もこの点については小切手の裏書まで調べてこの結論を出しておる。飽くまでも我々は証人の証言のほかに物的証拠を求めて、その上で認定した事実であつて、重なる想像を以て結論付けたわけではないということを一つ御理解願います。
#89
○カニエ邦彦君 尤も、これは我々が検察庁に行つてから、事実は三百何十日ほどかかつて作り上げられた調書でありますから、勿論それは今おつしやるようにいろいろな証拠によつてお作りになつておるということは私も認めております。併しながらそれに対して、十二分に足りておるか足らないかという点については、これはいささか私も疑問があると思つております。併しこれは追つて順序を逐つて御質問を申上げますからお答えを願えれば結構だと思つおります。
 それから「大橋及び山下が右自動車の売却代金を直ちに特別調達庁に納入せずこれを他の自動車の買入資金に充当したことについて同人等及び前記田中平吉、高橋正吉、元特別調達庁監事三浦義男並びに元同庁経理局次長川田三郎の各供述を綜合すれば田中平吉、高橋正吉、大橋及び山下の間において同年六月上旬頃までの間に右自動車の売却代金を一時運用し」というのですが、これは当然六月上旬頃までに運用する、こういう意味なのか。そういう話が上旬頃までにととのつたと、こういう意味なんですか。
#90
○証人(渡辺留吉君) よく読んで頂きたいと思いますが、「山下の間において同年六月上旬頃までの間に右自動車の売却代金を一時運用し」云々ということで話合いのできたのが六月上旬頃までの間で、あとはこの運用の関係に入つて来るわけであります。話合いのできたのが六月の上旬頃までという意味です。
#91
○カニエ邦彦君 そこで「この一時運用し」ということは、この「一時」というのは、大体検察庁として、あなたのほうとしては一カ月ぐらいということになるのか。或いは半年ぐらいということになるのか。或いは又一年も二年もというようなことになるのですか。その御解釈はどういうことになりますか。
#92
○証人(渡辺留吉君) 「一時」という言葉が非常に誤解を招いておるわけですが、この点は田中の証言それと高橋の証言、更に大橋、山下の証言を総合いたしますと、大体二十四年の末頃までに自動車の代金を特調に入れるということが認められます。
#93
○カニエ邦彦君 そうすると、「一時」というのは、あなたのほうの見解では同年の末までと、こういうような御解釈であるということで了承していいと思いますが、そこでこの自動車の所有権というものは当時誰の帰属にあつたのかということですが……。
#94
○証人(渡辺留吉君) ちよつとその前に今の「一時」の問題にもう一点附加えておきます。これは運用の話をきめた当時においては、いつ頃までという話合いはなかつたのであります。ところがその後いろいろ双方の間に話合いがあり、結局昭和二十四年の末頃までには納めるという話ができ上つておつたわけで、運用の話ができた当時には二十四年の末頃までという話ではなかつたのであります。そこで私のほうでは「一時」という言葉を使つたのでありますが、結局納入の時期の目標は、その後に二十四年の末項までになつておつたという事情がありますから申添えておきます。
 なお自動車の所有権関係でありますが、今朝ほどもその点については詳細に触れたわけでありますが、カニエ委員も御承知のように、昭和二十四年二月二十三日附で高橋、田中の間に覚書が作成されております。これには大橋が立会人になつています。この覚書に基いて高橋が会社に提供したときに所有権は会社に移つておる。従つて売買当時には自動車の所有権は会社にあつたというふうに言わなければならんと思います。
#95
○カニエ邦彦君 そこでその次に、この「自己の負担分を納入するに応じ、右自動車の売却代金中より百万円を同庁に納入し他に利益金を生じた場合にはこれを高橋正吉の生活費等に充てる旨の協議が整い同年六月上旬頃大橋及び高橋正吉より特別調達庁において前記返納金の回収業務を担当していた前記三浦義男及び川田三郎に右協議の結果を具申して了承を得たものであることが認められる」、こういつておるのですが、この点については三浦、川田の証言におきましても、これは了承をしていない。いわゆるその後においてこの自動車を初めからこうするということを了承しておるのでなしに、自分ですでに他にこれを売却してしまつて、その金であとの自動車を買つて、そうしてそれを了承してくれということで、いわば何といいますか、追つかぶせにやつて来たので、止むを得ず、それでは……、而もその期限は一カ月、或いは三浦のごときは三カ月と言つておりますが、その期間に返してもらうようなことで了承した、こう言つておるのです。これで見ますと、初めからそういう話ができて、そうしてその結果それを特調に持ち込んだら特調が了承した、こういうふうに言つておるのです。この点は非常に食い違いがあるのじやないかという点と、それからもう一つお尋ねしたいのは、ここで言つておる「高橋正吉の生活費等に充てる」ということ、或いは「自己の負担分を納入するのに応じ」というようなことを果して特調が了承するかどうか。当時の事情から推して四千万円からの過払いを生じて、而も一刻も早く国庫に納入しなければならん金なんですね、性質は。にもかかわらず、そういうものを了承するというようなことが常識上考えられるかどうかということ、どうもこの点についてはおかしくお考えにならないかどうかという点、この二点。
#96
○証人(渡辺留吉君) 三浦及び川田が追つかぶせられて了承したのではないかという先ず最初の御質問にお答いたします。これは冒頭にも挙げておりますように、田中、高橋それから三浦、川田の証言を総合すればということになつております。そこで三浦及び川田がこの委員会においてどのような証言をしたかは存じませんが、先ずあらかじめ売買前に了承のあつたということについては、田中、高橋がはつきり言つておりますということと、もう一つは、大橋、山下もこの点を証言しております。そこで三浦及び川田の検察庁における証言ですが、この点はややぼけておりますが、後に川田が大橋宛に高橋のために手紙を出したわけであります。その手紙の内容からいたしまするならば、今申上げたようにむしろ売買のなされる前に、それらの間に一応了承があつたというふうに認定される事情にあります。それから自己の負担分を納入するのに応じということは、ここにありますように、田中正吉が特別調達庁に対する自己の負担分の納入に応じという意味で、高橋平吉が納入する意味ではありません。この点については特認が了承するような事情にあつたかということのお尋ねでありますか、これについては今朝もちよつと触れておいたのでありますが、二十四年二月二十三日に覚書が作成せられたあとで、高橋名義を以て特調の総裁に誓約書が出ております。この誓約書によるならば、それぞれ高橋、田中の間に負担分がきめられて返納計画が作られておる。従つて、特調側は田中及び高橋にはそれぞれ負担分に応じて返納させるということの了解があつたということが言えるのであります。これによりますと、高橋は五百万円、田中は株券の一万五千株それから自己所持品を処分して五百万円、銀行から融資を受けて千二百万円という形で田中及び高橋がそれぞれ負担分を定めて特調に返納させるということで、特調もこれを了承しておるわけです。従つて、当時それぞれの負担分に応じての返納ということを特調が認めておつたということ、それからもう一つは、ここに「田中平吉が特別調達庁に対する自己の負担分を納入するのに応じ」と書きましたのは高橋が覚書と誓約書に基きましてモーリス自動車、東武株の三万五千株、尾張町ビルの七階の賃借権、それから足利寮の所有権、これを全部三月の上旬頃に会社に提供しております。高橋は一応この覚書なり誓約に基いて、自己の負担分に応じての出費を遂げ終つたのでありますが、一方田中が東武株一万五千株を出したのみで、その後自己の負担分に相応するものを履行しなかつたということで高橋が大橋に文句をつけて来た。そこで大橋として見れば、高橋の言い分にも一理あるということになつて、特調にその話を持出したわけてあります。そこで特調に対しては、高橋のさような申入を伝えると同時に、田中もこの際履行さして欲しい、田中が履行しなければ高橋が困るというので大分文句をつけておるという話をした際に、三浦が、田中のほうの関係は足利工業株式会社に特調の仕事を與えて、それによつて生ずる利益を以て逐次納めさせることにしておるからという事情で、足利工業に対してはかなりのゆとりを與えておる事実があつたので、それならば高橋の文句を抑えるために、田中が出すのに応じて出すからという話をして三浦の了解を得たという事情が認められます。従つてここに田中が出すのに応じて高橋のほうにも納入させようという話合いができたというふうに認めたわけであります。
#97
○カニエ邦彦君 それは当時のその事情はあなたも御承知のように、いわゆる国民に対して、税金をかように、よからぬことをして取つてしまつた、そうしてそれを返すのですから、それはそんな、田中であるとか高橋の事情であるとかいうようなことを、取立てる側の国として、国がさようなことを斟酌する必要は毛頭ないのであります。従つて当然それはそういう事情にかかわらず、田中であれ、高橋であれ、どちらからでも取ればいいのであつて、どんどん早く取ればいいのであつて、だから片一方が納めないから片一方も納めないことを了承するとか、或いは片一方が納めると片一方が納めるとかいうようなことは、これは田中、高橋、大橋君の間の話合いのことであつて、特調がこれを了承したとは我々は考えられないし、又特調がこれを了解したとすれば、そこに何か政治的な圧力かあり、或いは又何かの事情が伏在しておらなければ、さようなことにはならんというのがまあ常識的な我々の考え方なんです。それがかように結果的にでき上つて来ておるということについては、どういう工合にお考えになつておるか。
#98
○証人(渡辺留吉君) 特調が了解を與えたことの当否については、いろいろの批判が出て来るのであります。ただ私のほうではそれぞれの証人関係、或いは証拠物件に応じてさような認定をしたわけであります。特調が了解を與えるはずがないというようなことを考えるならば、特調は何故に当時田中の手許の金銭の有無を徹底的に調べなかつたかということが言われると思います。ことほどさように当時の特調の回収方法について、当否の問題についてはかなりの問題が生じて来ると思います。これはおのずから別個の問題であるので、我々は飽くまでも関係者の証言或いは証拠物件に基いて一応かような了承があつたというふうに認定をしたわけであります。従つてこの了解を與えたことの当否はおのずから別個になると思います。
#99
○小酒井義男君 関連して。いろいろカニエ委員のほうから細かい御質問があるのですが、私はやはり決算委員会で問題になる点は、今の質問がやはり問題になるのだと思うのです。というのは、実は私は法律の素人なんで、一つ証人のほうから承わりたいと思うのですが、特別調達庁へ返さなければならない金を、自動車を売つて払うということになつて、自動車を売つてその金を返さなかつた、それをほかに流用しておつたということがやはり問題点だと思うのです。これについて、まあこの二重煙突事件というのがやかましく言われるようになつてから、金が納められている、こういうことで横領ということは成立しないかもわかりませんが、私どもの常識で考えておる例の背任ということです。当然納めなければならんものを納めていないという、途中で流用しておつたというようなことが背任ということにならないのかどうか。一般言われておりますところの背任という事件とこの問題とはどういうところに不起訴になる相違点があつたか、そういう点について一つ御説明願いたい。
#100
○証人(渡辺留吉君) 自動車モーリスの売却代金を運用するということにつきましては、先ほど来説明を申上げましたように、特調の三浦、川田を交えて了解は成立しておる。この運用については、自動車売金の処分権は田中に本来あるのであります。これは今朝も申上げましたように、高橋は田中との契約に基いて自動車を会社に無償で提供した、そこで無償で提供されたあとの自動車は田中が会社のために処分をするという契約ができております。従つて高橋が会社にこの自動車を提供したときにおいて自動車の所有権は会社に移る。その処分は田中がこれを行う。田中はこの処分を大橋に委せた。そこで田中と大橋の間に委員関係が出て来ます。従つて大橋はその委員事務に基いてこの自動車を山下をして売らしめた、こういう形になる。そこで結果から見ますと、この代金がうやむやになつてしまつた。そうすると委員者である田中に対してその背任の問題が出て来るのじやないか。こういう御説だと思います。ところで刑法上背任を規定しました刑法の二百四十七條、これには「他人の為メ其事務ヲ処理スル者自己若クハ第三者ノ利益ヲ図リ又ハ本人ニ損害ヲ加フル目的ヲ以テ其任務ニ背キタル行為ヲ為シ」たる者、こういう定めがあります。この背任罪は通常目的罪というふうに言われております。というのは、「其任務ニ背キタル行為」に対する、行為を行うことの目的があらかじめなければならない。いわゆる他人に損害をかける目的、或いは自己又は第三者の利益を図る目的というのが必要になつて参ります。御承知のように、刑法では犯罪の成立する場合には、主観的要件と客観的な要件が必要になつて来る、その主観的要件と申上げますのは、通常の場合、罪を犯す意思が必要である、いわゆる故意が必要である、これは原則を申上げますが、犯罪を犯す意思が必要である、これが主観的要件であります。客観的要件と申上げますのは、刑法の各本條に該当する客観的事実が必要である、こういうことになります。ところでこの背任罪は、今申上げましたような目的罪であつて、あらかじめ或る委任を受けた者が或る行為を行う場合において、当初から他人に損害を、いわゆる委任者に損害を加える目的があつたかどうかということが非常に大事なことであります。結果的には、成るほど損害を生じたという事実はありますが、これを行う際に損害をかける目的で行なつたか、この要件が満されないとこの背任罪は構成しないということになります。そこで飜つて、運用を行う当時に、大橋の心の中に損害を加えてやろうという、初めから目的があつてこの運用を始めたかどうかということが非常に大事なことであります。ところでこの点については各証人の証言、これはすでにここでも現われていると思いますが、ともかく自動車の売買代金を運用し、儲けて高橋の生活費に当てると共に、更にその上儲けが出れば、特調に納めようということに出発して運用がされたという事情にありますので、損害を加える目的云々ということは当初はなかつたというふうに認めざるを得ない。もう一つは、それならば自己又は第三者の利益を図るという目的があつたかどうか。そこに受任者である大橋が自己の利益を図るという目的があつたかどうか。これも各関係者の証言からは出て参りません。それからそれじや高橋に利益を得させる目的はあつたでありましようか。成るほどこれはあります。併しこれについては、高橋の生活費を見て行くということについては、委任者である田中平吉がこれを了承して許したという事情にありますから、高橋の利益を図ることは、委任事務に反しないということになつて参ります。従つてさような事情からして、刑法に言う背任罪はその目的という点において先ず構成要件に該当しない結果が生じて来る。成るほど結果的には、さような事情にありますけれども、当初にそういう目的というのが認められない。いわゆるこの背任罪を構成する犯意というものは、各人の証拠或いは客観的な事実からは出て来ないということで、背任罪は一応成立しないという結論に達したわけです。
#101
○小酒井義男君 まあ結果的にはどうなつても、動機というものが相手に損害を與える動機にはならないという御説明なんですが、例えば金額を自動車を売つてすぐ納めれば、それからそれに対する預金の利子などでももうすぐ付いて行くわけですね。それが遅くなれば、その間に損害を與えるという結果になるのですが、これはまあ結果であつて原因じやないというふうの言い方もできると思うのですが、私はそこに国に損害を與えておるということが、出発点から出て来るのではないかと思いますが、こういう点はどうですか。
#102
○証人(渡辺留吉君) それは先ず運用をするということについて、委任者である田中が了解をしたかどうかということに帰着して参ります。ですからこの代金の処分権を有する田中が大橋に対する委任者になるわけであります。その委任者が運用するということを受任者に許した、而もこれについては特調側も了承を與えておるということになりますので、その間に損害を與えるという目的は出て参らないということになります。いわゆる委任をする田中の側が運用することを許したということ、而も国家の側に立つ特調側もこれを認めたということになるわけでありますから、運用自体は、大橋は委任業務の範囲内でなしたということになるわけでありまして、その間に特に損害を加える目的云々ということは出て来ないというふうに考えます。
#103
○カニエ邦彦君 そういたしますると、その委任をなした田中平吉がその後、これは去年の初め頃でありますが、三月の十一日に、すでにもう非常にこれでは迷惑をしておる。そうして特調にももう未だに金も入らないし、又返してもくれないから、委任を解除するということで、すでに去年の三月に委任を解除をしておるのであります、田中は大橋に対して……。これは所定の手続を経て解除しておるのですが、それまではあなたの税で行くと、そういうことも言い得られるが、それ以後においてもなお且つ金は特調にも入つていないということなんですが、この点は解除をしておつても、一応そういう理論が成り立つかどうか、この点についてはどうですか。
#104
○証人(渡辺留吉君) 成るほど三月十一日附で大橋に対して内容証明郵便が出されておりますが、車はすでに二十五年の三月二十八日を以て最終に売買されております。その後は自動車の売買は行なつておりません。従つて自動車の運用というのは、二十五年三月二十八日を以て一応終つたという形になつております。だから自動車の売買だけを以て運用するということは、二十・五年の三月末にはすでに終つておる。その後この金を引渡すか引渡さなかつたかということについては、これはとにかく一応民事的な問題が出て参るとしても、委任事務の自動車の売買代金の運用ということは、すでは前のナツシユの売買で終つておるということになります。ですから解除後においては、何ら大橋はその継続としての運用はしていないということになりますから、その後について背任が成立することはないということになります。
#105
○カニエ邦彦君 ナツシユが最終であるということでありまするが、ナツシユが果して最終の売買であつたかどうかということについては、まだ幾多の疑問を私は持つております。そこでそれはまあ別といたしまして、三月の十日に委任解除をして、厳密に言えば三月の末にという話でありますが、その間のズレは、あなたが先ほどから言われているように、法律と或いは物的証拠というような点から行きますと、やはり厳密にはその間でもやはり委任に反するということは、これは言い得られるのじやないでしようか、厳密に言えば……。
#106
○証人(渡辺留吉君) 勿論その委任業務の遂行は続いているわけであります。ところが最初申上げたように、背任罪が成立するかどうかという観点に立つて考えますと、初めからとにかくその目的がなければならないということになるわけであります。ただ監督の責を十全に果したかどうかということは、これは別個の問題であつて、これは今朝ほどもちよつとその点に対する意見は申上げましたが、そういうような委任業務について善良なる管理者の注意義務を以て最終まで臨んだかどうかということは、又別個に論ぜられますが、飽くまでも刑法の背任罪というものは、その目的を以て始めるということが必要であつて、客観的に結果においてさようなことが現われたからと言つて、直ちに背任罪は構成しないということになります。
#107
○栗山良夫君 私先ほどからいろいろ拝聴しておつたわけでありますが、その間二、三お尋ねいたしたいと思います。先ず第一に、山下君が三十八万円の横領の事実があつたことを認められておりますが、併しこれを起訴しなかつた理由としまして、すべて債務になつている金額を弁済しているのであつて、従つて情状酌量的に不起訴にしたというお話でありますが、あなたも御承知だと思いますけれども、この金額が返済をせられたのは、一昨年の十二月参議院におきまして非常に問題になり、そうして大橋或いは山下等の証人が証言に立つた後、具体的に申しますと、昭和二十五年の十二月二十八日に三十万円、昭和二十六年四月四日に四十万円というものが支払われておるわけであります。これは若し参議院のこの委員会において問題にならなかつたとしまするならば、仮定の問題でありまするけれども、恐らくこの金は国庫へ入つていなかつたと思うのであります。これは現に過日の証言においても、二、三の人はそういうことを認めざるを得なかつたのであります。そういうような、非常に国に迷惑をかけたようなことにおきましても、情状酌量の意味を以て横領の事実を放免することが適当であるかどうか、この点を一つ明らかにして頂きたい。
#108
○証人(渡辺留吉君) ここに約三十八万円というふうに書いてありますが、これは私が出した飽くまでも計数的な数字であつて、正確に言えば三十七万余でありますが、この金の中にはモーリスを除外して、デソート及びナツシユの売買の間、相当長期にかかつておりますが、この間の山下の手数料は含まれていない勘定であります。そこでこの三十七万円余というのが一応観念的には今朝ほど申上げましたように横領罪にはなる。但し私どもが情状として酌んだのは、成るほど参議院で取上げられたために、特調に対する納入がなされたとも思われますが、私どもに対する捜査要請の前において、山下が自己の経済的な負担において七十万円を作つて特調側に納めておるということと、もう一つはこの取引によつて高橋に対して二十一万円の手形を差入れております。従つて、山下はこの自動車の、モーリスの売買を任されて、これに当つた結果、勿論その間に山下にいろいろの事情はあると思いますが、又いろいろ非難さるべきことはあると思いますが、ともあれ、百一万円という現実の借金を背負い込んでおるというような事情が出て来ておるわけであります。それからもう一つは、この自動車の売買をして、モーリスの売却代金を基金として……モーリスの自動車の売買をするということになれば、当初から、或いは運用の間において損害が生ずるということも、あらかじめ考えられなければならんことになるわけでありますが、そうすると、山下が運用よろしきを得ずして損害を生じたという、この損害はただひとり山下のみに負担さすべきものではなくして、関係者のほうもこの負担に応じなければならないということは言われると思います。従つて、山下のみをその点で責めて行くということは幾分酷になるのではないかというような事情。それからもう一つは、この二十五万円に六万円の利息を付加えて、三十一万円というものについては、すでに関主計の斡旋によつて示談解決しているというような事情、そういう事情を総合してあえて起訴にする必要はないじやないかということになつて、起訴にならなかつたという形をとつたのであります。
#109
○栗山良夫君 先ほど三十万円並びに四十万円は、成るほど委員会で問題になつたあとに事件の円満な処理をするために急遽返納されたものであろうと大体認めるということでありましたが、併しだからと言つて、国会が検察庁に対して捜査の要請をする前であつた、従つて検察庁といたしましては、不当な扱いではなかつたというような御発言のようでありますが、実はこの二重煙突事件はすでに一昨年の夏頃から国会におきましていろいろと問題になつておつた事件であります。又会計検査院等の報告もその前に出ておるのでありますから、検察庁も恐らくこの事件は御承知になつておつたと思うのでありますが、当時そういうものを積極的に捜査せられなかつたのか、或いは捜査をしておられたか、国会の要請があつて初めて捜査にかかられたのか、この点を一つお聞かせ願いたい。
#110
○証人(渡辺留吉君) 検察庁がこの事件を取上げて捜査にかかつたのは、国会の要請があつてからであります。その以前、私どもも平検事として、新聞紙上でいわゆる二重煙突事件があるということは知つておりました。ところが御承知のように、検察庁としては非常に多忙、殊に刑事部の検事のごときは、一人が二十人、三十人という身柄を毎日背負つておるというような事情で、容易にそこまでの余裕がつかなかつたということが捜査の具体的な着手にかかれなかつた事情ではなかつたかと考えます。
#111
○栗山良夫君 これはあとのことからですけれども、少くとも現職の法務総裁が話題になりながら、非常に重要な四千万円というような過払事件が主として会計検査院の報告で明らかになり、それが新聞紙上に報道せられ、国会の問題にも発展して行くというような性質の事件であるとするならば、国会で捜査の要請をする前に、何をおいても綱紀粛正の立場からしても、検察庁というものはこういう事件こそ取上げられるのが正当ではないでしようか。
#112
○証人(渡辺留吉君) 勿論極めて社会の注目を引いた事件でありますから、できるだけ早く事件に着手すべきであつたと今からは考えます。それは私ども自身がこの事件の捜査に長い間かかりましたが、私がかかつた頃には事件が非常に古くなつていて、関係人の記憶も非常に薄れていたというので、非常に苦労をしたのであります。できるだけ、もつと早く、これは今から考えると二十四年早々にこの事件にかかつておればこれほどまで苦労はせずに済んだのではないかと考えております。従つて検察庁としてはもつと早く取上げることができればよかつたと思いますが、如何にせん、検察庁の現在の陣容というものは非常に大きな負担になつておる事情でありますので、それだけは申上げておきます。
#113
○栗山良夫君 これは、私は検察庁のために非常に惜しむのでありますが、最近国会でこういう汚職事件等も若干問題になるわけでありまするけれども、殆んど全部の事件が、検察庁のほうの手が廻つたあとに行われておるのが大部分だと思うのです。ところが、こういうこの事件に限つて相当時期が遅れまして、国会でもすつたもんだして、最後にはもう処置がないから一つ検察庁に捜査を要請しようということになつて、検察庁もやつと捜査にかかられたというようなことは、国民に與える印象は、大橋君が法務総裁、現職の大臣であるが故に検察庁もちよつと尻込みをしておるのだというような印象をとにかく與えたことは、私は国家のために非常に遺憾であると思います。この点は一つ、これは私の主観であるかも知れませんけれども、現実にそういう空気になつておることだけは事実でありますので、御承知おきを願いたいと思います。それからその次にお尋ねをいたしますことは、この自動車を売却してその代金によつて運用し、利殖を図るというこの考え方につきまして、一時運用ということを私がこの前問題にしたわけでありますが、特別調達庁の川田君は一時ということは、二十四年の三月に売却を依頼してから一カ月くらいのことを自分は予定しておつた。一年も二年も長いことは私は予定していない、併しながら大橋さんというのは曽つての上官でもあり、非常に高い地位についておる人のことであるから、催促するにもしにくかつたという証言があつたわけであります。正式な国の行政事務の任務を離れて、偶然的に、任意的に、例えば自動車に乗られたときちよつと顔が見えたので催促をいたしましたというような程度の、極めて官吏としては怠慢に過ぎるというところの催促の仕方であつた。この点は更に煎じつめて行きますると、結果において先ほど背任の問題が云々されましたが、要するに大橋氏の考え方等を忖度いたしますると、こういうことではなかろうかと思うのです。即ち大橋君が前回のこの証言でも言われました、遺憾の意を表されましたが、そのとき山下君というのは人格的にも非常に自分は信用しておつた、こういうことをはつきり言つておる。従つて自動車の売却をして利殖を図るということよりは、彼は自動車のとにかくブローカーをやつておるから、従つてこの自動車で一つ山下の運転資金に廻してやろう、そうして山下の生計を一つ助けてやろう、こういうような私は意図が多分にあつたのじやないか。そうしてそのことが結果において、二年間やつている間に、本当の委任行為の申合せは百万円の金を特調に返し、余分に利益のあつた分は高橋の生活費に当てる、そういう申合せがはつきりあつたにもかかわらず、高橋君にはちつとも生活費の補助はできておりません。全然できておらん。それから国に対しては先ほど申上げましたように相当遅れてからやつと百万円の金が納まつているに過ぎない。この自動車が、国に直ちに返済されるべき自動車代金で、とにかく二カ年の間商売をやつたのは山下君だけです。山下君の生計をとにかく維持したに過ぎない。而もそういうようなことを大橋君が監督してやられたということは事実です。あなたも今、山下君が何をやろうと彼一人で責任を負うべきではなかろうと考えるとおつしやつたのですが、まさに私も同感であります。その上には大橋という監督者がいる、そうして預金のごときも預金の口座に振込むのは黙つておるけれども、払出しに対しては一々許可かなければできないという仕組みになつておるわけです。それは口座だけでなくて、やはり自動車の売却についても現金と同じでありますから、私はいろいろ注意があつたろうと思う。そういうことを考えまするときに、背任の問題はもう少し愼重に私は考えて頂く必要があるのではないか。事件の裏にありましたいろいろな状態は私も一昨年以来もう足掛け三年にも、この事件に関係して相当どこの辺に煙があるか、どこの辺が臭いか、私は検事ではありませんから、検事のような立場でこれは類推することはできませんけれども、素人は素人なりに大体よくわかつたつもりです。従つてその点に対しての今までのお取調べの結果、私の考えておるようなことについて一つお答え願いたい。
#114
○証人(渡辺留吉君) 成るほど特調側としても初めからこんなに長引くとは恐らく何人も予想しなかつたろうと思います。そこで運用の衝に当つた山下の関係でありますが、まあいろいろと山下の言い分もありますけれども、私自身も山下の運用は決してよくはなかつたというふうに考えております。同時に、このいわゆる委任業務を行う大橋が山下の監督に十全を盡したかどうかということも非常に疑わしい問題があり、私自身もそれについて決して妥当な管理をしたものではないというふうに認める節が多分にあります。さようなわけで、成るほど結果的には背任的な色彩が非常に強い。これは私も認めます。但し先ほど申上げたように刑法上の犯罪を構成するかどうかという点になれば、飽くまでも法律的な視野から考えなければならないということで、その点も十分捜査もし、検討いたしました結果、結論的には刑法上の責任、いわゆる犯罪は構成しないという結果になつたのであります。
#115
○栗山良夫君 それでは私は問題が重要でありますから、一つの例を挙げてもう一遍だけ確かめて置きたいと思います。これは或る意味においては一種の浮貸のような性格のものでありますが、仮にここに或る銀行の支店長がおりまして、その支店長が行金を正常の利息よりももう少し、銀行が苦しいので、いい利息で廻したいというので、浮貸を少しやろうということで、自分の親友に何千万円かの金を渡して、これで適当に儲けてくれと、こうやる、その場合にその委任を受けた人は大いに利殖を図りますけれども、無償でやるわけに行きませんから、生活費とすべての経費をその中から出して、そうしてだんだんとやつているうちになくしてしまつたというような問題が起きました。それと全く同じことでありますが、そのときにもやはり罪になりませんが、私はそれをちよつと伺つて置きます。
#116
○証人(渡辺留吉君) 銀行関係におきましては通常内規がございまして、その内規にはさような支店長のいわゆる私的な流用を認めておりません。従つて初めからその任務に背いているという事情が出て参ります。それには初めから自己の利益を図り若しくは第三者の利益を図る目的であつて、いわゆる自己なり或いは第三者の利益を図る目的で以て貸しておるという目的が初めから出て来ます。従つて、その場合は内規の違反と同時に、その目的というものがはつきりしておりますから、これは背任罪を構成するという形になります。
#117
○栗山良夫君 これは銀行のそういう規則があるということならば、それはいけないでしようから、規則のない普通の法人に例をとつた場合に、法人などを例にとつた場合、自己の利益を図るためではないわけです。飽くまで会社の利益を図るため、目的はこれと同じように国へ早く金を返そうという目的なんですから自己の利益ではありません。それから第三者の利益を図るためでもないわけです。人に頼んだわけですから無償でやるわけに行かないので、その人の生活費をその利殖の中から自分でとるのは止むを得ぬ、山下も現にとつておるわけです。そういう全く同じ型の事件をほかに考えて見た場合に、そういうものは成り立つわけです、あなたの論法から申しますと。
#118
○証人(渡辺留吉君) それはその法律解釈の問題と、それからどの程度の証拠が集まるかという問題であるわけで、その場合に、設例のような場合において、会社の全然その委任に基かないで公金を他へ流用するというのか、或いは会社の幹部の承認を得て貸すのかということによつて、おのずから事件は分れて参りますけれども、とにかく具体的な事実を法律的な視野から眺めてどうなるかということを判定すべきであつて、同じ設例を、同じような同種の設例を持つておいでになつても、飽くまで基礎的な事実というものが確定しておつて、その上に法律的な視野からどうかということを判断しなければ犯罪の構成ということはわからないわけです。
#119
○栗山良夫君 まあそういう御答弁になることは大体わかりますが、それでは繰返してもう一遍だけ申して置きます。これはもつと前に遡るわけですが、自動車をどうするかという話題が出ましたときに、真先にこれを売つて利殖を図ろうということを最初に提案した人は大橋君であつたということは証言で明らかになつておりますから、これはあなたは御承知になつておつて、それで不起訴にされたのですから、これ以上問題にせられないと思いますけれども、とにかく一番最初にこういう工合の仕組で物事を運んで行こうということを提案した人は誰でもない、高橋君でもなければ、田中君でもない、特別調達庁の役人でもない、大橋君自身が積極的にそういう工合に説いて廻つて関係者が異議なしということで、そういう工合にしたようでありますから、その辺のところは、私は今後この問題が紛糾した元を作つた人でもあり、従つて結果もまさにその通りになつておるわけです。その点が検察庁が取上げられないのは、まあ法律的な根拠を元にしてやつたとおつしやるわけでありまして、そういう刑法のことについては、私どもは余り深く知りませんから、あなたのお説を拝聴しておるよりしようがないということになるわけですけれども、私どもは政治家として、そして常識を持つ国民として、甚だ以て了解しにくいということだけ申上げておきます。
#120
○証人(渡辺留吉君) これは、特にはつきり御認識願いたいことは、道義的責任と、刑事的の責任の区別です。成るほど只今までのお話で、結果的に不当な結果が生じておるということになりますならば、その間の運用その他についてどうであつたか、若し運用によろしきを得ない、又その監督がよろしきを得なかつた結果、さようなことになつたというような場合に、道義的に批判されて行くことはあると思いますが、我々の立場は、飽くまでも刑事的責任がどうであつたかということ、今度いろいろの問題を取上げて考えますと、多くの場合、道義的責任と刑事的責任が混同され或いは道義的責任と民事的な責任が混同されておるように思います。私どもは飽くまでも法律的な見地から、法律の解釈なり或いは具体的事実を認定する上において、証拠がどの程度出て来るかという問題に重点が置かれるわけであります。従つてその証拠との関係、又法律的な見地からどうなるかということを常に判断するわけでありまして、法律的な見地及び証拠的な見地から、大橋に対する刑事的責任は認められないという結論に達したわけであります。そういうふうに、刑事的責任と、道義的責任の区別を十分一つお考えおき願いたいと存じます。
#121
○長谷山行毅君 昨年の四月に、決算委員長から東京地検に対しまして、捜査を要請した四つのこれらの事実につきましては、本年の一月二十三日附の検事正からの報告書によりまして、私どもは事件の内容はすでに明らかにされたものと考えておつたのであります。又私自身は、これで極めて明快に自分では了承したのでありまするが、本日その取調べに当りました主任検事の只今までの証言を聞きまして、更に明瞭になりまして、この捜査の経過、方針、順序等、誠に周到で愼重、而も克明でありまして、結論におきましても、見解誠に妥当だと思うのであります。従いまして、これらの四つの点につきましては、すでに疑惑が一掃されたものと私は信ずるものであります。ただこの際、更に係検事として取調べられた間において、事実が明瞭になつた点があると思いまして、お伺いするのでありますが、本件は本来この四千百万円の過払金の詐欺ということが中心であり、更にこの過払金の回收方法に問題があるのであります。それが当委員会の取調べの中心をなすものであつて、あとの問題はそれに派生した一つの問題であつたのでありまするが、それらの問題もすべてこれは明瞭になつたと思うのであります。そこでこの事件の捜査中におきまして、この過払金の四千百万円が如何に使われたか、どの方面に流れて行つたか、その点を一つ伺いたいと思うのであります。
#122
○証人(渡辺留吉君) 四千百万円の使途について私の調べたところを申上げます。あらかじめ御了解願いたい点は、非常に複雑になつておりますから、或いは短時間で十分に御説明できるかどうかは疑問でありますが、ともかく四千百万円が入つてからの使途を申上げます。
#123
○カニエ邦彦君 議事進行についてちよつと……。只今長谷山君の御質問で、四千百万円の過払の使途について御説明を願うのも、それはまあ非常に当然である、結構であろうと思うのです。併しそれを御説明願つておりますと、又時間も相当かかるようでありますから、先ず私の本件に関する質問を一つ先にやらして頂きまして、それから後に一つそれを聞いて頂いたらどうかと、こう思うのですが、どうでございますか。
#124
○長谷山行毅君 大して長くないんじやないですか、大体の、おおまかなところを伺えば私はわかりますから……。
#125
○委員長(岩男仁藏君) 資料で出せますか。
#126
○証人(渡辺留吉君) 一応御説明申上げます。四千百七万六千八百五十円を高橋が特調から受取りますと、これを第一銀行の本店に持つて参りまして、本店に入れた。これについては高橋の主張が多少違います。すでにこの当委員会でも明らかになりましたように、銀行側としては代理事業をしたという立場に立ちまして、この四千百万円の日銀の小切手を第一の足利支店に支店長届金という形で送付いたしました。十二月二十九日に第一銀行足利支店にその金が入金されておるわけであります。そこでこの四千百七万六千八百五十円が二十九日に第一銀行の足利支店に入りますと、即日、これは二十九日でありますが、このうちの千七百万円が足利工業株式会社の当座預金に振込まれまして、このうち、千七百万円のうちで先ず千三百五十万円が足利工業名義の手形の決済に充当せられております。それから二百四十万円が田中平吉名義の手形の決済に充当され、更にこれは会社の関係のあります和泉新吉名義の二十万円の手形の決済、合計千六百十万円というのが手形決済に充てられております。このほかに借入の利息六十三万八千五百二十五円九十七銭もこの千七百万円の金から支払われておるわけであります。一応二十九日に千七百万円の中から千六百十万円という手形の決済と、六十三万余円の借入利息の支払に充てられたということになります。それから四百七万六千八百五十円、これは十二月三十一日田中平吉名義の通知預金にされております。次いでこの金は、二十四年一月四日に足利工業名義の三百五十万円の手形の決済に充てられ、その残額と利息を合せた五十七万四千四百三十円十六銭が田中平吉名義の通知預金にされております。次いで一月十日と十四日にこの金が足利工業の当座預金に振替えられて、会社で以て使われておるということになります。残額が二千万円になりますが、この二千万円は十二月三十日に一口五百万円の無記名定期預金が四口組まれております。結局十二月三十日には二千万円の無記名定期預金――特別定期預金と言われておりますが、これに組まれております。そこで問題となるのは、一体この二千万円がどのように動かされたということになると思います。この五百万円四口の特別定期預金、このうちの一口五百万円、これは二十四年二月二十六日に解約されまして、利息を含めた五百一万一千六百円が田中平吉の妻の田中スイ名義に切換えられております。で、これは次いで六月の九日に解約になつておつて、解約後は利息を含めて五百三万二千四十七円三十四銭が田中スイの普通預金に振替えられております。
#127
○棚橋小虎君 証人の只今答弁されておられることは、事件に全然関係がないというわけでもないのですけれども、まだほかに直接重要な質問を持つておるかたがありますから必要ないと認めます。(「最も根本問題が重要だ」「決算委員会はそれをやるのが決算委員会だ」「進行々々」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)
#128
○証人(渡辺留吉君) そこでこの点は問題がありますので、この際ついでに説明申上げておきます。この二十四年二月二十六日に無記名が解約されて、田中スイ名義の定期預金にされたときには、田中平吉が妻のスイにこの五百万円を贈與しておるわけであります。で、贈與を受けた田中スイはこの金を、後にこれは六月の三十日でありますが、二十四年六月三十日でありますが、明星定期を買つております。で、明星定期を買いまして、二十五年の一月にこれを、このうちから会社に百万円を入れ、残額の四百万円のうちで約半分ほどを、田中平吉が会社の資金に困るからと言つて、スイから約二百万円を取戻しております。で、あとの二百万円のうち約四十万円は、田中スイが、平吉が足利の信用組合から借りた金を返しておる。残りの百六十万円ほどの金はこのまま置いておくと、田中が鬼怒川へ持つて行つてしまうという慮れがあるというので、結局自分の家計費に充てたほか、身内の親族の者に五万、十万というふうに分配して、結局昨年の私どもが捜査しておつた七、八月頃には十万足らずしか残つていないという形になつております。これはなお必要があれば詳しく申上げますが、大体はそういうことになつております。それから他の三品の五百万円の関係であります。他の三口のうちの一口の五百万円、これは三月二十八日に解約されまして、即日四百七十五万一千九百八十円というものを現金で受取りまして、改めて無記名定期預金を組んでおります。この無記名定期預金を組んだものは、九月の十六日に田中平吉名義の手形の決済に充当されております。それから今一口の五百万円と……今の現払いを受けた四百七十五万一千九百八十円と五百万円との差額金、即ち二十四万八千二十円でございますが、この二十四万八千二十円と、それから他の一口の五百万円とを合せまして、新規に銀行から借りた四十万円と合して、五百六十七万一千四百六十円というものを田中平吉名義の決済に充当されて使われております。最後に残つた五百万円でありますが、この五百万円はこれも三月二十八日に解約されまして、田中平吉名義で銀行の当座預金に振替えられまして、そのうちで百五十万円が三月三十一日に田中平吉名義の手形の決済に充当されております。四月四日に残額の三百五十万円が田中平吉名義の手形の決済に充当されておるという形になります。以上を総合して申しますと、足利工業名義の借入手形の決済に充当されたのが千七百万円、それから足利工業の当座預金に入金されたものが約五十七万円、それから田中平吉名義の借入手形の決済に充当されたものが約千六百六十万円、田中平吉名義の普通預金口座に入金されたものが約七十五万円、田中スイに贈與したものが五百万円、それから利息その他が約九十万円というふうに処理されております。そこで借入手形の決済が非常に多くなつておりますが、一体この借入手形の決済によつて浮いた担保、これは担保がついておるのもありますが、又担保に供されて銀行から借りられ、それが田中平吉の普通預金口座に入りまして、これが会社に使われたりその他に使われたりいたしておるわけでありますが、ここで昭和二十四年一月から田中平吉か今申上げたような預金を担保にして銀行から借受けた金額を一応申上げますと、二十四年一月十九日から同年七月二十一日までの間ですが、千二百七十万円であります。そのうち田中平吉名義の普通預金口座に入金されたものが九百三十三万五千五百三十四円になつておつて、この金がいろいろな方面に使われております。その使途を申上げると、非常に長くなりますが、その前に一応申上げて置きたいことは、先ほども申上げましたように二千万円の無記名定期預金は最初に解約されたのが二十四年二月二十六日であつて、その次に解約されたのが三月二十八日であります。従つて本件のいわゆる過払の二千二百万円が特調で発見せられた当時においては、二千万円の無記名定期預金がなお存在いたしておつたという事実であります。そこでこの回収に当つた特調が何故に当時これを看破し得なかつたかという問題が一応出て来ます。どうでしようか、あと細かい説明が或いは必要なれば申上げます。
#129
○長谷山行毅君 いいです、その程度で。更に伺いますが、高橋正吉専務、これが昨年の五月の上旬頃に田中平吉と、それから第一銀行の丸の内支店長ですか、梶川有、この両名を告訴した事実がありますか、ありましたらその内容と今の問題との関連についてお伺いします。
#130
○証人(渡辺留吉君) 高橋の告訴状の内容は実は非常にわかりにくいことになつておりますが、これを要約いたしますと、高橋正吉は四千百七万六千八百五十円の金を特調で受取つて第一銀行足利支店の高橋の個人名義の預金口座に振込み方を頼んだのに、これを銀行が足利工業株式会社の預金口座に入金した事実があるが、これは背任だという点が一点。それから足利工業は二十三年十二月二十八日現在において、第一銀行足利支店から借りておつた金は千三十万円であつたのに、三千八百万円の借財があるというふうに嘘を言つて、支店長と田中が三千数百万円を横領したとこういう事実になつております。ところでこの今の第一点の背任だという点でありますが、この点につきましては、二十五年十二月の委員会において明らかになつておりますように、銀行は二十三年九月二十七日附で会社側から代理受領の権限を委任されております。ところがたまたまこの代理受領の権限を委任された委任状か特調に出ておつたにかかわらず、特調の支払台帳にこれが登載されていなかつたということから、特調では支払いをする際に代理受領の件を忘れて無視してしまつて、これを高橋に渡したという形になつておりますが、当日銀行側は、第一銀行足利支店の和泉好雄と高橋に同道させております。従つて銀行側ではその高橋が持つて来た四千百万円余の日本銀行支払いの小切手は銀行で代理受領をしたものと考えてその手続をしたという事情にありますので、高橋の言うように、高橋の個人口座に振込まなかつたからといつて、銀行側の背任の事実はないという結論に達したわけであります。
 それから第二点の足利工業が第一銀行足利支店から借りておつた借財が千三十万円であつたのに、三千八百万円ほどあると言つてその間の差額の三千数百万円を横領したという点でありますが、この点は私どものほうで十分調査いたしました結果、二十三年十二月二十八日現在におきまして、第一銀行足利支店からの借財は担保付手形貸付で足利工業株式会社名義のものが千百八十四万五千円、田中平吉名義のものか六百五万八千三百六十一円、高橋正吉名義のものが、三百五十万円、それから無担保手形貸付で足利工業株式会社名義のものが千三十万円、田中平吉名義のものが百十万円、これを全部合計いたしますと、三千二百八十万三千三百六十一円という形になります。そこで高橋はこの足利工業株式会社名義の千三十万円のみを以て会社の借財であるというがごとくに言つておりますが、銀行側を調べました結果、今申上げたように会社名義と田中、高橋名義のものを合して三千八百万円余ある。そこで田中なり高橋の個人名義のものが、一体会社と無関係の借財であるかどうかという点につきまして調べましたところ、銀行側では当時いずれも会社の業務を運営しておる田中及び高橋に対して、会社の運営資金として貸したものであつて、会社と離れた高橋及び田中に貸したものではないというふうに強く主張しておりますし、又田中及び高橋名義で借りた金も、会社の用途に使われておるものが多分にあるわけでありまして、一応これらの三千八百万円余の金は、会社のための借財であるというふうに認定されたわけであります。従つて高橋が言うように借財が千三十万円しかなかつたのに三千八百万円も借財があるとして、これで千数百万円を横領したという点の事実は現われて来なかつたということになります。そこで一体そうすると、その後の使途につきましては高橋は関係しておりませんが、田中が一体この金を銀行の支店長と共謀して横領したかどうかという点でありますが、その点について先ほども申上げましたように……。
#131
○長谷山行毅君 今の問題は余り詳しくしないで結論を……。
#132
○棚橋小虎君 ただ漫然としやべらして聞いておいでにならんで、一体この証人の言つておることが、この事件と、本件とどういう関係があるかということをお考え下さいまして、適当に御処置下さるようにお願いします。
#133
○長谷山行毅君 最も関係あり。
#134
○棚橋小虎君 ないですよ、何の必要があるか。
#135
○長谷山行毅君 関係ある。
#136
○棚橋小虎君 関係ないよ。
#137
○長谷山行毅君 大いにある。今のを簡單にやつてもらつていいです。
#138
○証人(渡辺留吉君) それでは結論的には田中と梶川、銀行の支店長の梶川に、高橋の告訴するような事実は認められないということで一月二十三日に不起訴処分にいたしました。但しここで説明を申上げなければならんことは田中が妻のスイに五百万円贈つたのは横領ではないかという点であります。そこで私どもの認定といたしましては、高橋、田中が共謀の上で特別調達庁から四千百万円余の金を騙取した、結局四千百万円余は田中、高橋の共謀に基いて国家を欺瞞して取つた金である。そこでこれは犯罪によつて得た金を事後的に処分したものであつて、高橋、田中が仮にそれを妻に贈與しても新たな犯罪は構成しないという立場から、今の五百万円について横領罪は認められないという結果になつたのであります。これは法律的な見解になりますが……。
#139
○長谷山行毅君 わかりました。次にこの特調が過払金を発見した際に、田中の所には二千万円の無記名預金があつたというのですか、その当時特調でこれが回収になつて交渉した際に、田中或いは高橋がその金の所在についてはどういうふうな答弁をしたか、あなたの捜査の過程においてわかつた点があるならば説明して頂きたい、
#140
○証人(渡辺留吉君) この四千百万円の使途については高橋は直接関係がないのでありますが、すべて田中の処分になつたのであります。ところで発見当時に田中は特にこれを言わなかつたということを言つております。なぜ言わなかつたかということについて追及いたしました結果、大体その一月の下旬から特調が過払問題の回収についての打合せをいたしたのでありますが、その頃特調としては足利工業を潰してまで金の回収は図らない。足利工業を生かしながらその得た利益によつて取上げて行くという非常な寛大な措置を明言せられた、そこで田中はその特調側の甘いお話に乗ずるというような形もあつて、この金を今出してしまうと将来会社の運営に困るという気持があつたので、この二千万円は隠してしまつた、言わなかつたというふうに供述しております。
#141
○溝淵春次君 一点だけ、只今のお話の四千百七万六千八百五十円、この金について一点だけ、その金の使途その他につきまして大橋氏は関係することが一点でもありましたか。
#142
○証人(渡辺留吉君) 全然ありませんでした。
#143
○カニエ邦彦君 非常にいろいろな意見が中途から飛び出て順序が何かこう頭の中で狂つたようですが、順序を逐つて御質問を申して行きますが、この運用するということを認めたと、この調書ではなつておるんですが、三浦、川田等に言わせれば認めたには認めたが、この調書で謳つておるように全面的に何もかも認めたのではないというようなことを言つておるんですが、この点はどういう工合にお考えになつておるのですか。
#144
○証人(渡辺留吉君) 先ほども申上げたように田中、高橋、大橋、山下の供述と、更に川田、三浦の供述を総合した結果さような認定が出て参つたのであります。
#145
○カニエ邦彦君 そうすると、これは皆の言い分を総合して判断した、認めたということであつて、これが確かに間違いないという物的証拠によるものでないということでありますか。
#146
○証人(渡辺留吉君) 我々の総合の判断は各供述、或いはすべての事件に亘る物的証拠、そういうものを勘案しまして総合的に認定をいたす場合があるわけであります。その総合的な判断の結果の認定であります。
#147
○カニエ邦彦君 それからその次に山下は前記百三十三万円と別に同年五月二十六日頃高橋正吉から借り受けた五十万円と合せ、合計百八十三万円を運転資金として同年七月二十八日頃虎ノ門自動車会社の佐藤という者を通じて三七年型自動車デソート百万円を買入れた。この点でありますが、この五十万円というのは、これは当時三万五千株の株を売つた代金から株屋の小切手で山下が大橋の使いに来て、大橋の名刺か何かを持つて来て、そうしてこの五十万円を渡したと、こういう金ではないのか、その点はどうなんですか。
#148
○証人(渡辺留吉君) さような点は高橋の供述には一部出て参ります。この点は高橋が、今朝ほども申上げましたように山下からパツカードの払下げがあるということで、金策その他の申入れを受けた。そこで高橋はこれを了承して、株の売却を依頼いたしました山田久一にその話を持つて行つたところが、当時まだ東武株は全部は売れていなかつた。そこで高橋からの依頼に基いて山田久一が東武株一万一千九百株を山一証券の担保に入れまして山一証券株式会社の岩城正雄から小切手で三十万円と二十万円の小切手を受けてこれを高橋が山下に渡した。その小切手は山一証券株式会社の勧業銀行支払いの小切手が三十万円、ちよつと名前ははつきり覚えておりませんが、たしか日本X線工業株式会社と記憶しております。そこの振出しの小切手二十万円、これを合せまして五十万円を高橋が山下に渡したということになつております。
#149
○カニエ邦彦君 その五十万円は、その株の五十万円であるということはそれではつきりしたのですが、当時山下に高橋が金を貸すということは山下の信用上あり得ない。そこで高橋の使いとして山下が来たので渡した。こういうことを言つておるが、その点はお調べになつてどういうことになつておりますか。
#150
○証人(渡辺留吉君) 只今おつしやつたように高橋はさように主張しております。ところでこれに対する山下の供述は、今申上げたような事情で、高橋とは全く違つておるということ、更に山下は強くその点を否認いたしまして、これはパツカードの話に高橋が乗つてお互いに儲けようということで、百万円を高橋に出してもらうという話があつたが、その一日か二日後、これは五月二十六日になりますが、そのときは高橋から五十万円しかできなかつたと言われて渡したということで、高橋の主張と山下の主張は非常に違つております。
#151
○カニエ邦彦君 そこであなたの御認定はどういうことになりますか。
#152
○証人(渡辺留吉君) 私の認定は、この点についてはこの金が直ちに有城の口座に入つておる事情、それから山下の供述を酌んで高橋の主張をはねて山下の主張が正しいというふうに認定しております。
#153
○カニエ邦彦君 それから三七年型のデソートを百万円で佐藤の紹介で買つて、そして木村に百二十九万円でこれを売つた。こういうことになつて、百二十九万円で売却したが仲介料、手数料、修理等に約三十四万円を要したので、差引五万円損をしたというのですが、三十七万円を要したという、いわゆるその根拠について御説明願いたい。
#154
○証人(渡辺留吉君) この根拠は山下の供述と高橋名義の三和銀行日比谷支店の預金元帳写しに登載しておる事実等と睨合せましてこの数字を出したのであります。
#155
○カニエ邦彦君 これは木村の私に話した点と、それから三和銀行の日比谷支店の入金状態から見て、このデソートは大和証券に百六十万円で売つておる。そしてその百六十万円の金はそのまま三和銀行日比谷支店の、問題になつております。高橋正吉口座の中にこの百二十六万円の金が入つた。これはその通りである。そこでその後三十万円これは出ておるが、この三十四万円というものは修理或いは仲介、手数料というようにここに書いてありますが、さようなものではない。こう考えるのですが、そこでこの三十四万円が然らばここに書いてあるように仲介料が幾らで、手数料が幾らで、修理料が幾らであるか、こういうことについて私はお尋ねしておるのです。それをお答え願いたい。
#156
○証人(渡辺留吉君) 今日持つて来た資料には細かい点はここに出しておりませんが、百六十万円で大和証券に売れたことは御指摘の通りであります。そこで百二十九万円というふうに言つておりますのは、当初百三十万円の売買であつたわけでありますが、この口座にも十月七日に一万円出ておりますが、これはこの一万円がタイヤをつけた代金で、結局これが差引かれて百二十九万円ということになつております。それからあとの三十四万円の算定は、これは山下の供述とそれからこの口座との関係を睨み合せて一応山下の供述を信用した結果この数字が出て来たという関係になります。細かい内訳は今私手許に資料がございませんから……。
#157
○棚橋小虎君 検事と法務総裁というものは職務上の監督関係はどういうふうになつておりますか。
#158
○証人(渡辺留吉君) 検事は法務総裁からは直接指揮命令は受けません。総裁は検事総長まで指揮監督の権はありますが、普通の検事総長以外のものに対して直接の指揮監督の権はないのであります。
#159
○棚橋小虎君 検察の事務に対しては直接の監督関係はなくとも何かその他に監督関係とか、そういうものはありませんか。
#160
○証人(渡辺留吉君) それは検察庁法に定めるところによつてあるわけであります。
#161
○棚橋小虎君 どういう関係になつておりますか。
#162
○証人(渡辺留吉君) 非常に問題が変つて参りましたが、それでは検察庁法を出します。検察庁法の第十四條に、法務総裁は、検察官の事務に関し、「検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」こういうことになつておりますので、検察官を一般に指揮監督するという抽象的な指揮監督権はあるわけですが、具体的な事件には検事総長についてのみあつて、我々にはない。だから我々は法務総裁の一般的な指揮監督に服するという形になるわけであります。
#163
○棚橋小虎君 そこで今度の事件について、証人は大橋に対して書面の提出を最初から求めておられたようですが、その前に大橋に対して直接喚問してお尋ねになつたことはなかつたですか。
#164
○証人(渡辺留吉君) それはありません。
#165
○棚橋小虎君 普通我々長い間刑事裁判なぜにも関係して参りましたが、被疑者に対しては先ずそれを呼出して、直接それについて取調をするというのが普通であつて、一遍も取調をしない者に対して書面の提出を求める。そうしてそれによつて先ず審理をするということは今まで聞いたことはないのですが、そういうことは今取調の方法としてしばしばとられおるのですか。
#166
○証人(渡辺留吉君) その点につきましては今朝ほど説明申上げましたように、七月九日から事件の捜査に直接当つたのは殆んど私一人であります。でこの二重煙突事件が大体この委員会でも明らかになつたと思いますが、非常に捜査が複雑多方面にわたるというふうな関係でありまして、私一人では十分の捜査能力がなかつた。そこで我々といたしましては捜査の順序方針というものを立てて、私が一応関係者の取調を進めて、それが或る程度明らかになつた上で大橋を調べるという方針を実はとつたわけであります。ところがたまたま九月、十月の間私が非常に忙しい思いをしておつたので、大橋の取調べをするとすればまだ他の取調べが終了してないという事情もありましたし、かたがた余り遅れては困るという事情もあつたので、我々の捜査の一つの戦術といいますか、取りあえず書面で大橋の意向或いは大橋の態度を見ようという形を以て書面の答申を求めようということで、そうして他の取調の進展状況と睨み合せてみて大橋の取調をしようという方針を決定した。これは特に国務大臣で非常に忙しい立場におられたので、私どもとしてはできれば一回、これは一日くらいはかかつてもいいという予定でありましたが、一回だけで取調を終えたいというような私の希望的な気持もあつたので、他の取調によつて大体最終的に大橋を調べてそれを一回だけで一日だけで終りたい、そうでなければ多方面に亘る私の捜査が当時余り手を他にかけておつては済まないという状況であつたわけでございまして、さような意味で取りあえず大橋の態度といいますか、大橋の供述をみるという意味で書面による回答を求めたという形であつたのです。勿論すでに私の肚では、大橋を調べるということは、その以前において時期の問題だけであつたのです。そこで私の手のうちを考えつつ調べて行くという方針をとつたために、かなり遅れてしまつたという形になつたのであります。
#167
○棚橋小虎君 証人が大橋氏に対して回答を求められたその十項目というのはどんなようなことの回答を求められたのですか。
#168
○証人(渡辺留吉君) この点は通常の事例では余り発表をすることは好ましくないと思いますが、併し国会のほうでも非常に熱心にこの点についてお調べのようですから、特に実は検事正の許可を得ましてこの際披露いたします。私がなした質問事項は十項目あります。非常に長いですが、読みます。
 第一は、足利工業株式会社の顧問となられた時期と、その経緯及び顧問をやめられた時期とその事情、同顧問としてどんな仕事を担当しておられたか、これが第一点です。
 第二点は、同顧問としての報酬の定めがあつたか、あつたとすればその報酬を受取つた時期とその金額、及びこれに対する所定の所得申告状況
 それから三点、同顧問当時足利工業のために同会社が特別調達庁より受取るべき代金の支払い請求その他について特調係官に口添えをしたことがあるか、あるとすればその内容の詳細
 四点、足利工業が特調に提出した書類、(例えば別紙物品供給代金増額申請書写のごときもの)の欄外に大橋というサインをされたことがあるか、あるとすればその理由並びに事情
 五、特調の足利工業に対する過払い問題発生後、過払い金の返納について関與されたことがあるか、あるとすればその顛末の詳細。
 六、昭和二十四年二月二十三日付の別紙「覚書」を作成するに至つた経緯、並びに同覚書に立会人として署名された事情
 七点、山下茂にモーリス自家用自動車の売却代金を利用することを許容されたことがあるか、あるとすれば
 (イ)その間の事情、(許容の根拠)、利用の方法、金銭の管理方法
 (ロ) 別紙覚書の第二項との関係
 (ハ) 特調に対する過払金の返納に振替えた金額、時期と返納遅延の理由
 八、右自動車の売却代金を管理保管中その一部を自己のために利用されたことがあるか、あるとすればその時期、金額、若しないとするならば昭和二十四年七月八日に三和銀行日比谷支店の高橋正義の普通預金口座に大和銀行東京支店の大橋宗夫名義の預金口座から二十万円を入金した事情
 九、昭和二十四年一月施行の衆議院議員選挙当時、足利工業又は高橋正吉から金員を贈られたことがあるか、あるとすればその日時、場所、金額、用途並びにその金の趣旨、
 前掲過払金の返納に関連して関主計に金銭貸借の斡旋を依頼されたことがあるか、あるとすればその顛末。
 以上であります。
#169
○棚橋小虎君 実は今お読上げになりましたその項目を聞いて驚いておるわけですが、何か取調べの上の予備的な知識であるとか、或いはその準備になる事項であるということであれば格別でありますが、事件の核心に触れた事実をそういうふうに箇條書にして前以て書面で以て回答するように求められた、こういうことは一般の被告に対して若しそういうことをするならば、恐らく被告としてはできるだけの準備をし、できるだけの弁解の言葉を考えて、適当に弁護士なりなんなりに相談をすることになるだろうと思いますが、そういう取調べの方法は特にこの被告に対する特別な取扱いの方法であつたんじやないのか、そこのところは検事はどういうふうにお考えになりますか。
#170
○証人(渡辺留吉君) 先ほども申上げたように、私の捜査が手一杯の状況にあつたので、取りあえず止むを得ない手段としてかような措置をとつたのであります。
 もう一つその点に附加えて置きますが、今朝ほどこの点の前後の事情については詳しく申上げておりますが、ともかくこの当時の段階におきまして我戎が最もポイントとして狙つておつた四千百七万六千八百五十円の金の請求の際に、大橋がどの程度関與したか、又それに詐欺としての容疑があるかどうかということが山であつたわけでありますが、その辺の調べが関係者の調べによつて関係ないということがもうすでに明らかになつておつたという点、
 それからもう一つは政治資金規正法の問題は終局的に公訴時効が完成しておるという点、それから三十万円の問題につきましては、所得税法違反の問題については、当時は高橋の主張のように一応顧問料ではないかというふうに考えておつたわけで、仮に顧問料と認めたにしても法律解釈上、所得税法上違反を構成しないという見通しがついた、そこでさようなことで法律的な見解からして、仮にそれが顧問料であつたにしても犯罪を構成しないという見通しがすでにはつきりしておつたような関係もあるので、私の手のうちの都合を考え合せて、取りあえず書面で回答を求める、その上で私の手が都合でき次第に大橋を調べるという方針をとつて行なつたわけであります。
#171
○棚橋小虎君 只今の御答弁で意外なことをお聞きするわけでありますが、前以てほかの被告或いは証拠を調べて、大体この被告は罪にならんという考えを持つてこういう陳述を求めた、こういうふうに言われるのでありますが、本人を一度も調べて見なんでこれは罪にならんというようなことを考えられたということは、大きな予断を抱いてこの事件に臨まれたということになりませんか。裁判所も事件を調べるについては、非常にその予断を抱くということについては刑事訴訟法もそういうことのないように法律上でもきめられておるが、殊に検事が被告を調べられる場合に当つて、そういう予断を以てこういう特別なお取計らいになるということは、これはどういうことなんですか。
#172
○証人(渡辺留吉君) この事件の捜査の当初から、大橋についてともかく疑いが相当あるということで、極力証拠收集を実はやつたわけであります。その結果我々が予想しておつたような事情がいずれも消えて来ておる。これは証拠上消えて来ておる。併しとにかく一応捜査要請によつて我々は大橋を被疑者として扱うという考えを持つておつたので、何らか調べた上で容疑があれば徹底的に追及しようという考えを持つておつたのですが、客観的な他の事情からするならば、だんだんそれがずれて来ておつたという周囲の状況もあつたことを申上げたわけで、ともかく書面によると言つたのは、飽くまでも私の手が当時すかなかつた。といつていつまでもこれを放置すべきじやない。ますます世間の疑惑を受ける虞れがあるというような事情に立至つたので、止むを得ず書面によつて一応求め、とにかくそれによつて私の手の工合を見て調べるという態度をきめておつたのであります。とにかく今申上げたのは私がそれまでの捜査の段階において現われた周囲の事情を実は申上げたわけで、そういうふうなあらかじめ予断を抱いたとかいう意味ではなくして、この当時の捜査の段階において現われた状況を今申上げたわけであります。
#173
○棚橋小虎君 どうも被告を一回も取調べずに大体この事件はこういうものであるというふうにお考えになる、殊にこの事件などは非常に影響するところも大きい、そういう重大な事件をお調べになるに当つて、あらかじめそういうようなお考えを以てこの事件に臨まれたということに対しては、私ども公正なる立場にあつたとは考えられん、この点は。けれどもそれをやられるについては検事正或いは検事長と御相談になつて、そういうふうな取調或いは処置をされたか、その点をお尋ねしておきましよう。
#174
○証人(渡辺留吉君) 予断を抱いたというお話が出たわけなんでありますが、予断を抱いてやつたというわけではなくして、これはまだ詳しい説明を申上げれば幾らでもあるわけですが、大橋の身辺の金のことについては、実はかなり詳しく実はそれまで調べて来ておつた。大橋取調の材料にする意味でかなり詳しく又突込んだ捜査をして参つたのであります。一方足利工業関係の関係者の取調から、一応四千百万円の関係には犯罪としての嫌疑は証拠上認めがたいという事情にはありましたけれども、それが直ちに大橋の取調をしないで結末をつけられるというような事情では決してなかつたということをはつきり申上げます。それから大橋に対する答申書を求めた当時、勿論事件はときどきあらゆる面から検討をしておつて、それは最高検の首脳部会議にかけて、私の捜査或いは関係検事の捜査の結果を全部持寄つて報告しておつたわけです。従つて私の手のうちがどうしても都合がつきかねるという趣旨で、止むを得ず書面で一応回答を求めるということについても上司と打合せた結果であることは勿論であります。
#175
○棚橋小虎君 この点は検事としては苦しい御立場にあつたんでありましようから、これ以上追及することは見合せておきます。
 その次にお尋ねしたいことは横領の点についてでありますが、先ほどからして大勢の委員にお答えになつたところによりまして大体はわかつておりますが、一つ大事なことを検事としてお忘れになつているんではないかと思うのです。それは大橋が田中及び高橋と協議の上で特調の許しを得たとも言いますし、本当は許しは得ておらんようでもありますが、この金を預金にしておいて、そうして運用して利殖を図る、こういう責任を高橋に対して負つておるわけなんです。その点は検事としてお調べになつておるときに十分お考えに入れられておつたわけですか。
#176
○証人(渡辺留吉君) 勿論考えておつたんです。今高橋の責任というようなお話ですが、むしろこれは委任者である田中が中心になりますと同時に、一応売却代金のうち百万円を特調に納めるか、その余の差額、更に運用によつて得た利益の点、これらの点については高橋との関係も生じて来るわけでありますが、高橋及び田中に対する、委任者側に対する大橋の責任というものは十分考慮して調べを進めておつたことに間違いはありません。
#177
○棚橋小虎君 高橋、田中又は特調の川田、三浦らの言うところによりますると、高橋から、自動車の売却の許しを得てやつたから、すでにその売却代金を特調に納めるように言つてあつたが、その金を持つて来ないについて高橋を呼んで調べたところが、すでにその金を以て他の自動車を買つてしまつておる。それでその自動車を売つてからでないと特調にお金は納められないが、その売却代金のうち百万円は直ちに特調のほうに納めた。その他の金は利殖を図つて、或いは高橋の生活費に充てる、又特調のほうにできるだけ多くの金を返すようにしたい、こういうことを頼んだので、特調としてはよんどころなく、それではできるだけ早くその自動車を売つて金を納めるようにということで許したと、こういうことを申しておりますが、それは検事のお調べとしてもわかつておるわけですか。
#178
○証人(渡辺留吉君) その点はすでに説明申上げたところであろうと思います。成るほど特調の三浦、というよりもむしろ川田ですが、川田は今委員から指摘されたようなことで、川田は六月十日になつてその話があつた、こういうふうに説明しております。ところがその他の関係者、田中、高橋、大橋、山下の関係者は、それに三浦を加えての関係でありますが、これらの関係からは、今お話のあつたような特調側の言うこととは違つた結論が私どもに出ておるわけであります。ですから私どものほうの認定といたしましては、モーリスを現実に売却する前にすでに特調側の了承があつたというふうに認定しております。
#179
○棚橋小虎君 その点はいずれにいたしましても、大橋としては一面高橋に対して責任を負い、一面百万円を納めるということに対しては国家に対して責任を負つておつたのであるということは、これは明らかだと思いますが、如何ですか。
#180
○証人(渡辺留吉君) 勿論その金が、少なくとも百万円は特調に納入せらるべきものであるということは、これははつきりしております。大橋がその百万円を特調に納めなければならないということは、これは十分知つておるわけであります。国家に対する責任というものは知つておつたということは十分窺えます。
#181
○棚橋小虎君 その金を運用して利殖するということについての委託を受け、又は保管の責に任じたというのでありますが、検事のお考えでは、それは大橋が誰に対して負つた責任であるというお考えでありますか。
#182
○証人(渡辺留吉君) それは覚書と誓約書によるならば、この金は本来田中が国家に納入すべき建前であります。従つて大橋は委任者である田中、間接的には国家になりますが、直接的には田中に対してその責任を負うという形にならなければならんと思います。
#183
○棚橋小虎君 そこで大橋はその金を以て自動車の売買をし、それを運用したのでありますが、実際においてその金を運用したのは、自動車の売買をしたのは田中ですが、大橋はそういう責任を田中、高橋に対して負つておるわけで、又国家に対してもそういう責任を負つておるわけであります。その際大橋の監督の下にその金を出し入れして使つておるうちにそれがなくなつてしまつたとすると、大橋のしたことは刑法上どういうことになりますか。
#184
○証人(渡辺留吉君) それは今朝ほどから大分申上げておるわけでありますが、刑法上の責任については、先も背任罪が成立するかどうかというお尋ねがあつたので、その点は詳細に御説明を申上げたはずであります。
#185
○棚橋小虎君 先ほど背任罪の御解釈について一応の御説明を承わつたのですが、それは証人は法律家でありますから、そのようなことを申上げるのは釈迦に説法だと思いますが、若し証人の言われたように、そういう目的を以てやるのでなければ罪にならんということになりますと、銀行の重役が銀行の背任罪で以て銀行に損害を與えた場合に、初めから銀行に損害を與えようという目的で以てしなければ、背任罪にならんというふうになるんだと思うのでありますが、これは私どもの社会常識と、社会通念と相反することになる。法律というものの解釈は或いはその運用は、我々の常識と余りかけ離れた法律の運用或いは解釈というものは、これは本当の解釈ではないのであつて、よしんば法律のほうが社会の進歩より少し遅れて、古い法律になりましても、できるだけその法律の解釈、運用において社会の実情に適合させるように、その運用の衝に当る人は常に注意をしなければならんということは、法律家の務めであると思いますが、先ほどの検事のような御解釈によるというと、背任ということについての我々の通念と検事の御解釈とは大分かけ離れて来ているようでありますが、その点は如何でしよう。
#186
○証人(渡辺留吉君) その点については先ほども申上げた通りなので、我々の法律解釈は先刻の説明に盡きていると思いますが、勿論今お話のように、法律の解釈ということが、法による社会的正義の実現ということを我々は常に考えているわけでありまして、その意味からするならば、その解釈にも勿論時代によつての多少の変遷はあると思います。勿論この解釈が、一般社会人と我々との間に異つてはならないはずであるわけでありますが、併し法律は飽くまでも法律としての立場があるわけで、我々が法律を執行して行くという上に立つて、ただ一般的な常識からするならばけしからんというふうに思われるものが、必ずしも常に犯罪を構成するものではないという事情があるわけでありまして、我々の見解が世上一般の見解と一致することは望ましいことでもあるし、又そうあらねばならんと思いますけれども、少くとも我我の今までの解釈、この背任罪の解釈、これは判例及び通説の大体一致するところであつて、殊に私のみが異つた解釈をしているのではありませんから、その点を御了承を願います。
#187
○棚橋小虎君 実際の関係者に対する処分を見ましても、この事件の関係者は田中、高橋、もう一人の高橋政雄ですか、それからしてなお山下に対しては微罪というので不起訴になつていますが、そのように関係者は全部法律上の処分を受けておりますが、その中心人物であり、そういう責任を発議した大橋、その人が犯罪の証跡なしということで不起訴になつている。これは社会正義、或いは公平の原則からいつても決して妥当な処分ではないと私ども考えますが、そういうふうにお考えになりませんか。
#188
○証人(渡辺留吉君) 私どもは常に法律的な立場においてのみ刑事責任を追及する、これが私どもの義務であります。従つて仮に道義的に非難さるべきものがあつたにしても、犯罪を構成しない、或いは犯罪を構成するところの証拠がないという者を強いて処罰するということは、これこそ人権蹂躙の甚だしいものであつて、これは忠実に法律を守り、又その犯罪の証明があれば断固として措置するということは当然でありますけれども、ただ道義的責任の上からいつてけしからんと言つてこれを処罰するという、これは我々の法律を執行を担当する者としてそれは許されない。飽くまでも我々は法律的な立場において刑事責任があるかどうか、あるとしてそのことについての証拠があるかどうかということが、我々の処罰をするかしないかの大きな境目になるわけであります。その点検事の立場というものを一般的に、又冷静に一つ御判断願いたいと思います。
#189
○棚橋小虎君 大橋がとにかく監督の責任を負つて、実際に金の運用をしたのは山下でありましたが、大橋は、そういう責任を高橋、田中に負い、又特調に対して持つておるわけであります。その際に漫然大橋は関係がなくて、金の出し入れば、田中がしたのであるから、田中にそういう責任があるというふうに言つておられるようでありますが、大橋と山下の間にどういう意思の通謀或いは関係があつたかということを検事はお調べになつたのですか。
#190
○証人(渡辺留吉君) 金の出し入れにつきまして、この売却代金は三和銀行の日比谷支店に高橋正吉名義で普通預金が設けられておるわけであります。この預金を設ける前に大橋、高橋、山下の三名が三和銀行日比谷支店に有光支店長を訪ねて、そこで高橋名義で普通預金口座を設けて、更にそれについては事情があつて、出すことは出す、金を入れること、即ち預金することはすべて山下に任せるが、出すことについては自分の指示がなければならないということで、そういう話合いで有光の了解を得て、その後、勿論その席には高橋、山下もおつたわけであります。その後の金の出し入れについては山下は、殊に出す場合には必ず大橋の指図を受ける、入れるについては自分で入れておいて、あとで報告するということもあり、又事前に報告することもあつた。ただちよつと日時を記憶いたしませんが、大橋が旅行に出る際に、有光支店長に包括的に指図をしたことも一度あつたわけであります。さようにしてともかくこの金の出し入れ、殊に出すのについては大橋の指図の下に山下がしたという事情にあるのであります。ですからその関係、両者、大橋と山下の関係にはさような指示、或いはこれに対する報告関係というものがなされておつたというふうに認められる事情になつております。
#191
○棚橋小虎君 そこまでお調べになつておるとすれば、即ち金を出すことについてはおれが承認しなければいけない、許可を與えなければいけないということであれば、山下は金を出す場合には、必ずどういうふうにその金を使うのか、何に使うかということについては大橋の了解がなければならないと思うのです。当然そういうふうにお考えになるべきであると思うが、その点はどうしてそういうふうにお考えになれなかつたのですか。
#192
○証人(渡辺留吉君) それは御指摘の通り実は考えておつたわけであります。問題は、その自動車自体が、買入れる際に妥当なる自動車であるかどうか、儲かる自動車であつたかどうか、又売るについてその価格が相当な価格であつたかどうか、又この中間における修理その他についての問題、これは大橋が直接関係せずして、山下が一切やつておつた。金の出し入れ関係については、勿論大橋と山下の間にはそういう連絡があつたわけでありますが、直接の自動車そのものの購入なり、それを又修理してこれを売ることについての問題については山下がやつておつた。結局問題は、これは時期的な問題にもなるわけでありますが、最後にナツシユを販売する当時、買入れてから随分長い間の期間を経ておりまして、これは二十五年の三月頃は非常に自動車の値下り時期に遭遇しておつたのであります。山下とすればもつと早く売りたいという希望は勿論あり、高橋も売りたいという希望もあつたわけなんですが、それが経済取引上相当の値下り時期に遭遇したということと、その車が必ずしもよくはなかつた。これは山下も自分の値踏みを誤つたということを言つておりますが、そういうふうな事情で結局高い自動車を買入れ、而も修理に相当高い金を払つてしまつた。結局売上げが釣合つて来なかつたということがこの運用の失敗の原因になつた。直接その自動車を動かしておつたのは、預かつておつたのは山下であつた。大橋はただ監督者の立場にのみあつたという事情にあるのです。
#193
○棚橋小虎君 直接監督の衝に当り、売買の内容についても相談を受けておる大橋に責任はなくて、山下だけに責任がある。そういうふうなことになりましたら、これは詐疑とか横領とかいうものの共犯は絶対に挙げることはできなくなつて来るだろうと私は思う。これは検察庁の検事のかたにこのようなことを申すのは非常に釈迦に説法のようでございましようが、私はそういうふうに思いますが、併しこの点これ以上言うことは水掛論になりまするからして、その点はこれで打切ります。
 それから次には顧問料の点でありますが、この点についても少し私どものお聞きしたい点がある。大橋は参議院の決算委員会におきまして証言をしましたときには、これは顧問料であるということをはつきり申しております。それから高橋もこれは顧問料であるということを言つておりますが、参議院の決算委員会における大橋や高橋の証言というものは、検事は証拠におとりにならなかつたのでしようか。
#194
○証人(渡辺留吉君) それは証拠にとるわけには、法律的な、訴訟法的な証拠にとるわけには参りませんか、重大な参考資料にいたしておつたことは間違いありません。
#195
○棚橋小虎君 決算委員会における証言を打消す結果になつたという、その積極的な証拠というのは何ですか。
#196
○証人(渡辺留吉君) どうも朝から同じことが何回も繰返されるようでありますが、如何でしようか。ちよつと私も……。
#197
○棚橋小虎君 話の都合上もう一遍その点は言つて頂かなければなりませんが、非常に反覆してお気の毒でありますけれども、事件が複雑でありまするから、もう一遍どうぞおつしやつて下さい。
#198
○証人(渡辺留吉君) 今朝ほども申上げたのでありますが、高橋は積極的にこれを顧問料であるということを最後まで主張しておりました。恐らく当委員会においても同様であつたと存じますが、ともかく私の調べには何回もこの点を確めたところ、顧問料の前渡しであるというふうに主張しておつたのであります。大橋は前の委員会において顧問料であるがごとき供述をしております。勿論私も実はこれは顧問料であると認めるべきものだというふうに考えておつたのでありますが、たまたま大橋の答申書が私の手許に入つたときに、その答申書の一部に、高橋が三十万円を澁谷税務署に申告しておるということが書いてあります。そこで私どももそれまで発見されなかつた事実でありますので、急いでその点についての捜査を進めて参つたのであります。その結果澁谷税務署に昭和二十三年の高橋正吉名義の三十万円の贈與税の申告があることが発見されたわけです。そこで早速当時この申告を受けた元澁谷税務署の資産税係の松木功を呼んで事情を確めたわけであります。で、松木の言うところを結論的に申上げますならば、松木は高橋から三十万円を大橋に贈つたということを聞いた。二十万円については全然聞かなかつた。ただ三十万円について、三十万円全部を顧問料と認めるか、その間五万円ほど疑問なものがあつた。それで結局二十五万円の贈與と認めるべきか、三十万円を贈與と認めるべきかについ自分で終局的な判断ができなかつた。この五万円は大体これはあとでわかつたことなんですが、当時の東京国税局の所得税課長長井岩から当時の澁谷税務署の直税課長の酒井磨瑳雄に電話で高橋についての調査を指示した後に、何か五万円ぐらい帳簿上顧問料として記載されてあるものがあるようだということを附加した。それが松木に伝わつたもののごとくであつて、ところが松木のほうではそれについて帳簿も何も調べなかつた。そこで今のその顧問料という問題が頭にあつたためであろうと思われるが、その間はつきりしないと言つておりますが、ともかく二十五万円の贈與を申告さすべきか、三十万円の贈與を申告さすべきか、とにかく自分で判断に困つたので、高橋と話会いをして、一応二枚の申告書を書いてもらう、出してもらう。若しいずれか一方を採用することになれば、一方は自己の責任において破棄するということで高橋の了解を得て、あとで酒井直税課長に相談した結果、本人が三十万円やつているというならば三十万円の贈與の申告をとろう。若し問題が生じれば減額更正をしていいじやないかという話があつて三十万円の申告書をとつた。その当時何ら二十四年一月の二十万円の問題については全然話が出なかつたということで、而も三十万円は高橋が自分名義の預金から出したのだということも聞いているという松木の供述があるわけであります。その松木の供述と更にこれを当時報告した酒井直税課長、更に東京国税局の所得税課長の長井岩、これを大体調べ、更にその当時関東信越国税局の調査課長をしておつた鈴木半三郎がやはり当委員会で問題になつたので、高橋について直接事情を聞いた結果、この三十万円を、二十三年六月の三十万円を一応贈與と認めるという結論を出しておりますが、それらの関係者を調べますと、この三十万円を一応贈與と認めるべき事情が出て参つたのであります。更に高橋の純然たる個人用の預金であつた東京銀行銀座支店の高橋正吉名義の当座預金を調べたところ、二十三年六月二十八日に三十万円は出ておつて、高橋はこれが大橋に渡した金であるということを認めている事情が出ているわけであります。従つて高橋は顧問料というふうに主張しているにかかわらず、一方ではさように贈與と認められるような事情がたくさん出て来ているというようこなとになつたので、私どもとしては両方の証拠関係を勘案したところ、いずれとも断定しがたいような事情に立ち至つたわけであります。ところで仮にこれを贈與と認めたにしても、当時の所得税法の規定からするならば、單純無申告は罪とはならない。ただ詐欺又は不正の方法によつて所得税を免かれたもののみが処罰されるという事情にあつたわけであります。そこで仮にこれを顧問料と認めたとして、大橋が詐欺又は不正の方法によつて申告を免かれたかどうかという問題に疑点が残つたわけであります。そこで当時の大橋の住所地を所轄する世田谷税務署について調査した結果は、昭和二十三年度の所得税は全然申告してないという事実、更に大橋についてこの点を確かめた結果、これを詐欺又は不正の手段によつて所得税を免かれたと認むべき証拠がないという結論に達して、この点について私どもは嫌疑がないという結論を導き出した形になるわけであります。
#199
○棚橋小虎君 只今ながながとお述べになりました三十万円の申告書でありますが、かなりこの申告書については問題があるようであります。高橋はこれは二十万円の贈與の申告に行つたところが、その三十万円のことが問題になつて、そうして只今検事も言われましたようにとにかく二通の申告書を書け、そうしてどちらでも一通のほうが有効になつたならば他は申告しなかつたことにしようというまあ話合いの上で、高橋は税務署のお役人の言うことでありますからよんどころなく承知したようであります。而もその三十万円の申告書は高橋がみずから書いたものではなくて、税務署の役人が代書してこれを作つた申告書であります。そういう申告書を以て高橋は終始一貫してこれは贈與であるということを申している。大橋も当決算委員会の証人として調べられたときには、これは贈與である、車馬料ということも一部あるとは言つておりますが、大体顧問料であるということを認めております。そういう確実な、殆んど確実なものに対しまして、非常にあやふやな三十万円の申告書を唯一の証拠として、これを贈與と認められたということは、私ども信頼ができないわけであります。けれどもこの点につきましてもいろいろ申しても、これは見解の相違かとも思いますからこれ以上追及いたしません。だが検察庁のほうのこの大橋に対する御決定に対しましては、かような意味におきまして私は決算委員会の小委員会、この事件を調べました小委員会の一員といたしまして、横領の点についてもこの検察庁のやり方は必ずしも妥当であるとは考えられない。(「ノーノー」と呼ぶ者あり)又所得税の申告の問題につきましても、只今申上げましたような疑点が依然として氷解しない、先ほどから大勢の委員のかたが入れ替り立ち替りお調べになりましたのもやはりその点が釈然としないから何回も繰返し同じようなことをお尋ねするようなことになるのだろうと思います。この検察庁の御報告につきましては、私ども遂に信頼することができないということを申しまして、私の質問を打切ります。
#200
○カニエ邦彦君 今税務署の問題が出ましたが、これは大橋君自体も当初からこれはやはり顧問料であるということを言つておる。それから更に当初顧問料を三万円ときめるということは石破が中に立つてきめておる。それから会社の帳簿にもそういうような記載がやはり顧問料として残ると……、それからその後、この高橋の口座から立替えられておるが、併しその後においてやはりこれは会社からはつきり出ておるというようなことを高橋が申立てておる。又田中の証言から言つても、これは会社から支払つておる、こういうことを突き合せてみて、どうもこれは顧問料であるというふうに我々は解釈しておる。ところがたまたま税務署のほうでそういういきさつがあつて、そうじやない、贈與だというような議論があとにおいて起きて来た。これについては当時そういう疑問があつたので、我々は国税庁を呼びまして、はつきり調べて回答して来いということを申述べておいた。ところがもたもたとして一カ月、二カ月、三カ月、四カ月たつてもこれのなかなか回答をして来ない。そうこうしておる間に何をやつておるかというと、いろいろ税務署のほうでは調べているとかどうとやらということで、未だに何らはつきりとした国会に対する答弁もできないというような点から見て、やはりこれは税務署も行政官庁で内閣の指揮下にあるのですから、勿論これは惡く言えば、この点は何とか一つということででつち上げておるのではないかというような疑いを実は持つておる。率直に言つて……。これはそういうような事情があつて疑わざるを得ないというような国税庁の態度がありましたから、我々もこれはちよつとおかしい、もう一度やはりこれは調べる必要があるというような考えでおるわけで、決してこれは根拠のないものでも何でもない。併しこれに対してはもうくどくどあなたから説明を伺わなくても、我々のほうでは国税庁を呼んではつきりこの点を事実のありましたことに基いて調べればこれは明白になると、こう思いますので、この以上は御質問申上げません。
 そこで先ほどあなたがお述べになりましたる十項目の質問書ですが、これは手が足りないからどうも止むを得んでこういう形になつたのだということを言つておられますが、事これほど重要に社会的にも政治的にも微妙であることは御承知の通りであると、如何に検察庁が手が足りないと言つたつて、一人ぐらいの手はこれは何とかやり繰りがつくものではないかという感じを持つておることと、それからもう一つ、こういつた被疑者に対していわゆる嫌疑の要点を十項目挙げて、そうしてそれを前触れの形でやつて行くというようなことは、どうも取調べの方法として面白くないのじやなかろうか。十二分に相手にその方策或いは事件のやり繰りをする余地を與えておるという結果になりはしないかという点について一応疑念をおくものでありますが、そこでこの十項目の質問書はいつ、何年何月大橋に届いて、それから大橋から今度はそれに対する回答は何年何月にあつたか、それから十項目に対する大橋の回答はどういうものであつたか、この点について。
#201
○証人(渡辺留吉君) ちよつと今棚橋委員から質問の打切があつたので先に答弁をいたします。棚橋委員のお話ですと、三十万円の顧問料のことがその会社の帳簿に記載があるというようなお話でありますが、これはありません。私ども証拠を見てもありません。これはすでに当委員会でお調べになつた東京支店の日記帳がありますが、この日記帳にはその旨の登載は全然ありません。又これは先般私が聞いた話でありますが、高橋がこれについて大矢が立会つて、金を銀行に取りに行つて渡したというような証言をしておるということを聞いておるのですが、ところがこれは金が托されたのは二十三年の五月二十六日……六月二十八日でありますが、そのときには大谷は未だに入社しておりません。大谷の入社は二十三年八月九日であつて、決して大谷は入社しておりません。帳簿に登載のあるというものについては、今朝ほど私が申上げたように、二十三年八月二十三日から翌年の四月三十日までの間に帳簿に登載のあるのがあります。従つて三十万円は帳簿に登載があるということは、これは事実と違つておりますから、その点は私どもとしては証拠上認めがたいという事情になつております。
 それから今の大橋に対する答弁書の問題でありますが、これは成るほど人手が一人ぐらいできはしないかというお話でありますが、かような事件については、当初から関係しておつた者でなければ、事件が余りにも複雑であつて、にわかに応援を求めた検事では、直ちに捜査の完璧を期しがたいという問題があるわけでありまして、結局殊に又、部長検事も渡米しておるというようなことで、私一人が進めておつたという事情もあります。
 それから十項目を質せば相手方に通謀の事情はないかという点でありますが、これについて、大橋への質問事項を私が挙げたものについては、すでに証人及び物的証拠によつて、私どものほうで一応見通しをつけておつたわけです。従つて仮に大橋が他に通謀したとしても、それはその後の取調べによつて判明することであると考えて、さように、通謀によつて煙滅を図られる虞れがあるというふうには考えておりませんでした。
#202
○カニエ邦彦君 いや、その十項目をいつ出して、大橋からいつ回答があつて、そうして回答はどういうものであつたか。
#203
○証人(渡辺留吉君) この点も成るべく皆さんの誤解を避けたいという意味で、本来公にすべき筋合のものじやないと思いますが、特に検事正のお許しを得ましたので、私はこれから読みます。
 第一の点でありますが、これは先刻読みましたように、足利工業の顧問となつた時期とその経緯及び顧問をやめた時期とその事情、日時は今朝ほど申上げましたように十月二十五日に出しまして、これは即日入つておるように考えております。回答は十一月九日に私の手許に入つております。それで、第一点の質問に対する回答ですが、これは、「昭和二十三年四月頃特別調達庁の石破二朗事務官から話があり、足利工業顧問となりました。それより昭和二十四年春頃まで顧問としていましたが、自然にやめたのであります。足利工業においては、主として土木建築部門を指導する仕事を依頼されていました」。これが第一点に対する回答であります。第二点は、先ほど述べましたように、「同顧問としての報酬の定めがあつたか、あつたとすればその報酬を受取つた時期とその金額及びこれに対する所定の所得申告状況」これに対しては、「足利工業より顧問料(車馬賃)として、月三万円の話があり、専務高橋より昭和二十三年六月頃に金三十万円程度受取り、自分では顧問料のつもりでいましたが、現実には私に対する高橋の贈與であつたことがわかりました。贈與税の申告並びに納付は高橋がこれをなしました。」
 第三点、質問事項は、「同顧問当時、足利工業のために、同会社が特別調達庁より受取るべき代金の支払請求その他について、特調係官に口添えをしたことがあるか、あるとすればその内容の詳細」。これに対して「特別調達庁に対して代金支払の責任について法律上の見解を述べて支払の速かなることを願つた」。これだけです。四点、これは「足利工業が特調に提出した書類(例えば別紙物品供給代金増額申請書写のごときもの)の欄外に、大橋というサインをされたことがあるか、あるとすれば、その理由並びに事情。」これに対する回答は、「明確な記憶はないが、価格改訂の話を聞いた記憶はあるから、或いはそういう書類に署名したかも知れません。」
 第五点、質問事項は、「特調の足利工業に対する過払問題発生後、過払金の返納について関與されたことがあるか、あるとすればその顛末の詳細」。これに対する回答、「特別調達庁三浦監事より事情を聞いたので、足利工業の性格上、会社に能力がなければ田中平吉、高橋正吉からも個人として返還することが当然であると考えて、この旨を説得して両名に承知せしめた」。第六点、「昭和二十四年二月二十三日附の別紙「覚書」を作成するに至つた経緯並びに同覚書に立会人として署名された事情」。これは、「右のような趣旨において、田中平吉並びに高橋正吉が相協力して確実に返納するために覚書を作成して参り、その誓約の事実を、私に証人として立会つてくれというので、立会人として署名したのであります」。七点はモーリスの問題であります、「山下茂にモーリス自家用自動車の売却代金を利用することを許容されたことがあるか、あるとすれば、(イ)その間の事情(許容の根拠)、利用の方法、金銭の管理方法。(ロ)別紙覚書の第二項との関係。(ハ)特調に対する過払金の返納に振替えた金額、時期と返納遅延の理由」というのに対する回答、「高橋所有財産を、逐次田中に引渡したが、それが完全に特別調達庁に足利工業から納入されないし、又田中の提供すべき分は全然実行されなかつたため、高橋が自分ばかり先に納めることの不満を述べ提供を澁つたので、特別調達庁への納入は田中の分と見合つて適当の時期にすることとし、併し高橋に管理させてなくても困るので、大橋の責任で、高橋のために山下茂に管理させることに関係者間の話があり、山下茂にこれを管理運営せしめた」「(イ)その間の事情(許容の根拠)、利用の方法、金銭の管理方法」という事項に対する回答、「売却代金は高橋名義で三和銀行日比谷支店に預金し、特別調達庁に対する返納の目的のために、高橋の依頼及び支店長有光氏の了解の下に高橋がこれを監督し、且つ返納並びに高橋の利益のためにこれを運営することになつていた。この運営については山下茂をしてこれに当らしめたが、それは飽くまで上記の目的のためにするものであつた」。「(ロ)別紙覚書の第二項との関係」でありますが、「元来法的には返納責任は法人たる会社にあり、田中及び高橋にないのであるものを、大橋は両者を説得して、おのおのその個人の資格で連帯責任を負うこととし、個人財産を処分して返納せしめるようにした。覚書はこの趣旨を明らかにするもので、自動車についてもその所有権があることは、田中及び高橋が特別調達庁に提出した分担出資分の項目中、自動車が高橋の所有になつていることでも明らかであつて、覚書の第一項に、高橋がその所有権を提出するとあるのも、第二項にこれを田中が処分するとあるのも、返納の目的のための提供乃至は処分の意味である。即ち覚書は返納の目的のために会社の運営を円滑ならしめる趣旨で定められたもので、第二項は田中の会社に対する責任乃至は役割を明らかにすることに意味があり、田中個人の利益のためにする処分権を定めたものではない。併し田中は高橋より受けた財産を処分しながら特別調達庁に納入しなかつたので、高橋は自動車の提供を澁つため更に関係者間に話合い、大橋は元来高橋の所有であり負担分である自動車を、高橋の依頼により返納の目的のため山下茂に処分管理させることになつた。それから(ハ)「特調に対する過払金の返納に振替えた金額、時期を返納遅延の理由」に対するものであります。「昭和二十四年八月に金三十万円也、昭和二十五年十二月金三十万円也、昭和二十六年三月金四十万円也を特別調達庁に持参した。昭和二十四年は山下茂の運営途上にあり且つ特別調達庁の了解の下に上記金額を納入し、昭和二十五年十月以降は、同月成立した調停裁判の結果に従つて納入した」。
 それから八は、「右自動車の売却代金を管理保管中、その一部を自己のために利用されたことがあるか、あるとすればその時期、金額、若しないとするならば、昭和二十四年七月八日に三和銀行日比谷支店の高橋正義の普通預金口座に大和銀行東京支店の大橋宗夫名義の預金口座から二十万円を入金した事情」。これに対する回答、「自己のために利用したことはない。大和銀行東京支店に大橋宗夫名義の預金口座があることも知らなければ、その口座に金二十万円預金された事実も知りません」。九、「昭和二十四年一月施行の衆議院議員選挙当時、足利工業又は高橋正吉から金員を贈られたことがあるか、あるとすればその日時、場所、金額、用途並びにその金の趣旨」ということに対する回答、「高橋正吉から昭和二十四年一月頃金二十万円を島根県山雲市今市町の自宅において贈與を受けた。これを生活費に使用した」。十の質問が「前掲過払金の返納に関連して関主計に金銭貸借の斡旋を依頼されたことがあるか、あるとすればその顛末」。これに対する回答は、「関主計に斡旋を依頼したことはない」という回答でございます。
#204
○カニエ邦彦君 その只今の回答については、一応全部確かめられてその回答に相違ないということをお認めになつたかどうか、その点……。
#205
○証人(渡辺留吉君) この点については、勿論この回答書について大橋に事情を聞いております。ただかなり、回答が非常に短いところもありますので、敷衍して調べをしたのであります。その中で今の顧問料関係の点について、これは顧問料のつもりでおりましたが、現実には私に対する高橋の贈與であつたことが云々とありますが、これに対してかなり詳しい調べをした結果、この大橋の供述は不起訴事由書に載つております。その他の点は大体同趣旨の供述をしておりますか、私どもの調べはこれより更に深くなつておつたようであります。
#206
○カニエ邦彦君 それではその点の個所については後ほどに廻すといたしまして、先ほどの続きになりますが、デソート、これを百六十万円のうち三十万円を手数料の他に支払つた。そうしてその三十四万円の修理費、或いは又仲介手数料、こういうものはこれは全然支払われていないというのが、これが考えられるので、そこでこれを支払つたとすれば手数料のほかに不良貸しのほかにこれだけあるのだということになると、合計合せて六十四万円贈ということになり得る。その点私が調べましたのと非常に相違していると思われるので、そこでこれもあなたにこの三十四万円のこの仲介手数料、修理費の内訳を一つ説明してくれということを言いましたけれども、今ここに細かい資料を持合せないということですが、恐らくこれは資料の持合せがここにないばかりでなく、お帰りになつてもないのではなかろうか。恐らくこれがこういう工合にどうしてもお調査になつた結果、書かねば辻褄が合わないというような結果になつて、こういうことにお書きになつたのかどうか、こういう点に非常に疑問があるわけです。そこで若しかあなたが、これが明確にあるというなら細かい僅かの金は別として、この三十万円の仲介料は幾らで、手数料が幾らで、修理費が幾らであつたということを記憶でもいいですから、別にこれはその記憶が間違つても構わないのですが、お述べ願いたいと思います。
#207
○証人(渡辺留吉君) 三十四万円を、先ほどちよつと申上げたように、ともかく山下の供述と三和銀行日比谷支店の高橋名義の預金の出し工合との関係で一応これはこちらで認めたわけであります。細かい、何が幾ら何が幾らということについては、今のところ私も記憶ありません。ともかく山下の供述と、それから金の動き工合とを睨み合してこの結論を出しております。但し私の今記憶にあるのは備品代というようなものはありますが、これについては山下から買先はわからんというふうに言つておりますから、主として山下の供述によつてこの金額は出ておる。そういう事情になつております。
#208
○カニエ邦彦君 どうも国会にお出しになる調書に、仲介料、手数料、修理費と明確に現わして、金額も三十四万円として出す限りにおいては、その明細は明らかになつていなければならない。先ほどから何遍も私が言つているように、山下というものを非常に御信用なさつて、供述というものに重点を置いてここに現わしておられますが、我々のほうから言わしむるならば、山下というものは信用ならないのだ。実際この前の証言のとき喚びましても、本当にまじめな証言をしていないのです。正確な答えも、事実我々が調査した事柄について考えて見ても正確な答弁をしていないのです。そこでこれは見解の違いである、我々検察庁では山下のほうを信用しているからと言われればそれつきりのものですが、併しそうであればあるほどにこの内容というものはやはり権威あるものとして明確にして頂きたいと私は思うのですが、その点どうですか。
#209
○証人(渡辺留吉君) 山下の供述を我我が全面的に決して信用しているわけではありません。山下は最初は私どものほうの岡崎主任検事が数回に亘つて調べております。ところが岡崎検事渡米後に私が更に実に苦心をして調べたところが前の供述と違う、勿論国会での、ここでの供述とも違う。始終山下の供述はあたかも高橋の供述と同様に信用しがたい事情が出ております。そこで私どもとしては、できるだけ傍証を固めたいという気持であつたのですが、ともかく我々検事といたしましては自白の強要は一切できないのであります。一応本人の供述というものを取らざるを得ない。それを信用するかしないかは別として、一応山下の供述と、更に動かしがたい預金口座の金の動き方、そういうものとを睨み合せて一応私どもはここに認定した形であります。従つて山下の供述そのものを全面的に信用して、こういう結論を出したというわけではなくして、証拠物件になつております三和の預金の動きと睨み合せてこの結論を出したわけです。当時虎ノ門自動車の関係者も随分調べました。ところが虎ノ門自動車の有城は殆んど私どもの要請に応じて仕事をしない、それから又これに関係のあつた中村にしても、或いは経理の担当者であつたものにしても我々の要請には殆んど応じて出て来るということをしなかつたというような事情がありまして、随分苦心はしましたけれども、我々の知り得た條件は結局ここに落着いたということに相成ります。
#210
○委員長(岩男仁藏君) ちよつと速記をとめて。
   〔速記中止〕
#211
○委員長(岩男仁藏君) それじや速記をつけて下さい。馬場検事正及び渡辺検事に対する証言を求める件は本日終了ができませんので、更にこれを続行いたすことにいたします。次の委員会は三月四日午前十時にいたしたいと思いますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#212
○委員長(岩男仁藏君) そういうことにいたします。本日はこれで散会いたします。
   午後五時十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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