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1951/03/12 第13回国会 参議院 参議院会議録情報 第013回国会 外務委員会 第11号
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1951/03/12 第13回国会 参議院

参議院会議録情報 第013回国会 外務委員会 第11号

#1
第013回国会 外務委員会 第11号
昭和二十七年三月十二日(水曜日)
   午前十時三十一分開会
  ―――――――――――――
 出席者は左の通り。
   理事
           徳川 頼貞君
           野田 俊作君
           吉川末次郎君
   委員
           杉原 荒太君
           團  伊能君
           平林 太一君
           伊達源一郎君
           中山 福藏君
           岡田 宗司君
           加藤シヅエ君
           大隈 信幸君
           兼岩 傳一君
  政府委員
   法制意見長官  佐藤 達夫君
   外務政務次官  石原幹市郎君
  事務局側
   常任委員会專門
   員       坂西 志保君
   常任委員会專門
   員      久保田貫一郎君
  参考人
   成蹊大学教授  佐藤  功君
   元外務省條約局
   長       柳井 恒夫君
   元東京大学教授 神川 彦松君
   元  公  使 守屋 和郎君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○国際情勢等に関する調査の件
 (モスコーにおける国際経済会議出
 席に関する件)
 (行政協定に関する件)
  ―――――――――――――
#2
○理事(徳川頼貞君) それでは只今から外務委員会を開会いたします。
 国際情勢等に関する調査を議題といたします。
 先ずモスコー国際経済会議出席に関する件でございますが、本件につきまして、前回の委員会の後理事において取計らいました処置につきまして御報告いたします。ちよつと速記をとめて下さい。
   〔速記中止〕
#3
○理事(徳川頼貞君) 速記を始めて下さい。
#4
○兼岩傳一君 只今委員長から御報告にあずかりました件につきましては、委員長、理事各位のお骨折りを非常に感謝するものであります。お骨折りによつて、政府を代表して岡崎国務相が船の入るまでに政府のこの問題に対する態度を明らかにする、つまり徒らに引延しの方法を講じないということを言明された旨今お聞きしたわけでありますが、船はすでに本日入るように私は聞いております。そうして十四、五日には出航する予定のように聞いておりますし、且つは宮腰、帆足そのほかの諸氏も予防注射とかいろいろな準備の都合で非常に日が切迫いたしておりまするが、それにつきまして言明されました政府がまだ本日態度を明らかにしておられませんが、それにつきまして、できれば今日明らかにされるようにお願いをしたいと思いますが、如何でございましようか。
#5
○理事(徳川頼貞君) 兼岩君にお答えいたしますが、政府は今明日のうちにおいて差支えない時間に岡崎国務大臣なり或いは石原政務次官なりが当委員会へ出てくれるように交渉してございます。
#6
○兼岩傳一君 参考人のかたがたもおいでになつておりますので、事前に議事の運び方をお許しを得ました時間内に簡單に意見局長官に二、三の点を質することをお許しを得たいと思いますが、第一に旅券は、政の政治的見解とか、政治的な方針、政略、そういうものによつて左右できないところの基本的な人権、旅行の自由というものから出て来たもので、旅券法というものはむしろ旅行者を保護するという建前からこの法はできておるもので、決して政府の政治的見解、政略、或いはその旅行者の政治的見解等々によつてこれが左右されるものでないというふうにこの旅券法そのもの、及び憲法との関係でさように考えますが、長官はどういうふうにこの点考えておられるか。
#7
○政府委員(佐藤達夫君) 憲法では、旅行の自由ということについて、恐らく居住、移転の自由という條文がありますから、それに含まれて保障されておるものと私は考えております。そこでそれに対する保障について、例えば公共の福祉の要請から、その中には個人の保護ということも入りましようが、そういう観点から若干の制限が加わることもこれは止むを得ないので、そこでこの旅券法という法律において、その旅券の発給せられざる場合を一々事由を挙げて規定しておるわけで、従いまして、政府としてはひたすらこの法律の趣旨を誠実に執行するというのがその責任であることは、これ又憲法の中に法律を誠実に執行することというのが内閣の権限として書れております。その趣旨で執行せらるべきものであるということであります。
#8
○兼岩傳一君 私のお尋ねしておるのは、旅券を出す側の政府の持つておる政治的見解、或いは施行を申請しておる、例えば宮腰氏は改進党である、帆足氏は社会党に所属しておる等々の旅行者の政治的見解、それから主催地がたまたま社会主義のソヴイエト共和国であるという、そういう政治的事情、政府、本人、行先、この三種類の政治的傾向、見解等々が果して旅券を発行するのにこれを許したり拒否したりする條件になり得るかということをお尋ねしておる。
#9
○政府委員(佐藤達夫君) 政治的云々という言葉は当りませんが、客観的のあらゆる事情、條件というものを総合してそれは判断されるべきものであると思います。
#10
○兼岩傳一君 僕の聞いているのは、そういう妙な回答でなくて、政府の政治的見解、旅行者の政治的見解並びに主催地として場所を提供しておる、これは勿論ソヴイエトの主催でなくて、パリに本拠を置くところの国際的な経済会議ですが、たまたまソヴイエト社会主義共和国の首府においてそれが行われるという、そういう政治的、性格、これが旅券発行について関係があるかないか、こういうことを聞いておるのです。
#11
○政府委員(佐藤達夫君) これは今も申しましたあらゆる客観的の條件というものを総合判断しなければ法律の誠実な執行というものはできませんからして、すべての條件を取入れて判断されるべきもので、その判断は我がままな判断であつてはならないということははつきり申上げられると思います。
#12
○兼岩傳一君 何という答弁です、君の答弁は……。僕は客観的な條件のうち最も重要である……この問題はすでに一月十四日以来の懸案であり、これは日本国内の注目を浴びているだけではなくて、日本の民主主義の尺度を見る意味において世界の問題になつている。だから君はわざわざ意見長官として碌を食んでいるのだから公正な、時の政府の見解に左右されないで、公正な法律の見解を堅持する意味で国民の税金から碌を受けているのではないか。何たる答弁だ。君は屈従的なそういう態度をやめて、法律專門家らしくもう少し法律的な答弁をしなさい。僕はもう一遍質問を繰返しますが、旅券は、その旅券法による許可に当つては、時の政府の政治的見解、旅行者の政治的見解、或いは主催地の国柄の持つているところの政治的傾向、そういうことのために、旅券を出すか出さないかという基準になり得るか。客観的に、今君のいう客観的事情を審査する意味でどういう役割をなすのか、君の意見を聞きたいのだ。
#13
○政府委員(佐藤達夫君) 兼岩さんのおつしやる政治的という言葉が、定義がはつきりしませんから、私としてはうつかり(笑声)それについてお答えはできないので、要するに政府が我がままな恣意を以て、ほしいままな気持で以てこの法律を運用するということは、これは絶対にいけないことであることははつきり申上げました。その中に盡きていると思います。
#14
○兼岩傳一君 一般論から申せばいつも特殊なものを含んでいるのだから、特殊なことを聞いているのに一般論でごまかそうとするのは、法律的な專門家として恥ずべき詭弁じやないか。僕はそういう一般的なことを聞いているのではなくて、政治的ということが君はわからないで国会に答弁に来ているのか。君が政治的ということがわからなければ、君に僕は説教しなければならないのか。それほど教養が低い人間なのか。僕はほかの委員諸君に判断してもらいたい。明確に答えてもらいたいのだ。ただあなたの言われる、つまり勝手に政府が解釈することは許されない、その答弁がせい一ぱいですか。君の法律的教養は哀れじやないですか。どうです、明確に答えなさい。それでなければその職を辞すべきだよ。意見長官の値打があるか。
#15
○政府委員(佐藤達夫君) 具体的な個個の事件を審査し、判断することはこれは裁判官なり、或いは国会の御職務でありましようが、今兼岩先生おつしやる通り、私は一介の法律の專門、專門と申しては語弊がありますが、法律書生と申したほうがいいと思いますが、法律書生の立場として一般の抽象的なことを申上げるのがその職務に忠実なゆえんであると確信いたしております。
#16
○兼岩傳一君 具体性を含まぬような抽象論を私は聞いていない。そんな書生を国民の税金で養う意味はない。あなたは学究の徒として、我々も無論死ぬまで学徒として道を究めなければならんけれども、我々はジレツタント的な研究が目的でなくて、現実に船が今日入つて来る。そうして十四日か十五日に船が出る。そうしてモスコーに行くまでには実に二週間かかる。こういうことに対してはこれは日本だけが注目しているのではなくして、世界が注目している経済会議である。だからこの旅券の発行についてあなたに聞きたいのは、旅行というものは憲法二十二條の基本的人権から発生するもので、勿論旅券法は旅行者を妨害するものでなくて、旅行者を保護し、旅行の目的を達成するために政府がこれに対して保護の手を差し伸べるというところに重点があるのでありまして、政府が最近とつている政治的の見解のためにこれを妨害するということは、これは明らかに旅券法の精神に反し、憲法に反するかどうかということなのでありまして、もう少し骨の……入らなくてもいいが、小骨ぐらいある答弁をしたらどうですか。(笑声)男として恥しくないですか。
#17
○政府委員(佐藤達夫君) どうもその具体的なお話はお門違いだと私は思うような気がしてなりません。現に外務省の所管として問題が継続しているのでありますからして、そのことは外務省の当局者にとくと聞いて頂けばいいのでありまして、法律論を私と鬪わせるというのであれば、私は一日でも二日でもお相手はいたしますが、これは余り効果がないのじやないかと私は思います。
#18
○兼岩傳一君 そういうつまらん時間をつぶすことはごつちで御免こうむる。(笑声)では、第二の質問に移りますが、そういう君の答えたことを記録に残しておくから……、そういうことで意見長官の役割が果せますか。又これは将来に発展させることとして、次に第二に、旅券法の第十九條の四号の問題、旅行者のその旅行先が危險であるということで、荏苒と調査々々調査と言つて日を費やして、とうとう船が入つて来る日まで態度を明らかにしないで、こういう旅行先の危險、第十九條の四号の「生命、身体又は財産の保護のために」云々というような、こういう字句を濫用して調査々々調査と言つて、嚴として三十有余年社会主義共和国であるソヴイエトが独ソ戰争においてドイツを破つたソヴイエトの、これは好むと好まざるはその人の立場であるが、その首都で全世界の注目の的になつている国際的な意味の経済会議に出席する人に、漁夫がどうした、漁船がどうした、満洲のときの戰死者がどうしたというような、そういうことで調査々々調査と言つている態度をあなたは意見長官として正しいと考えますか。それが正しい旅券法の運用と考えますか。
#19
○政府委員(佐藤達夫君) これは最初に申上げました通り、法律を誠実に執行することが憲法によつて命ぜられた内閣の重大な責任でございますからして、それを誠実に執行するために愼重な態度をとるということも、これは一面から言つて止むを得ないことであり、又当然のことでありまして、私は部外におりますからそういうことを申上げたのであります。
#20
○兼岩傳一君 つまり当然だと言うのですね。意見長官はそういう法の運用……憲法二十二條に基礎をおいた旅券法の運用で……抽象論ですか。それは一九五二年の三月十二日という現在を離れた議論ですか。百年前の一八五二年でも当てはまる議論ですか、あなたの議論は。
#21
○政府委員(佐藤達夫君) 私は古今東西を通じて誤らざる事柄であると思いますけれども、殊に私の只今の説明は、新憲法の七十三條を援用して申上げましたから、憲法上からも当然内閣の責務である、これははつきり申上げられると考えます。
#22
○兼岩傳一君 責務を理由にして勝手に旅行を妨害してもいいのですか。
#23
○政府委員(佐藤達夫君) 妨害するとは申上げませんので、忠実に執行すべく愼重に調査をしているということがどこが惡いのだろうかと私は思います。ただ先ほども申上げましたように、私はとにかく当局者でありませんから、外から考えておればそう申上げるほかはないのじやないか。これは兼岩先生も御了解を願えると思います。
#24
○兼岩傳一君 ちよつとお尋ねしますが、まだ数分お許しを頂いた時間がございますから……。あなたは何のために国民の税金をもらつて一体法制意見長官という公正な立場と称するものにおられるのですか。今のような答弁ぶりのために、国民はあなたを養つていることを非常に遺憾に考える。具体性のない抽象性、特殊性のない一般というようなことは何ら真理に値いしないじやありませんか。あなたの意見を聞いていると、政府を保護弁護するだけじやありませんか。時の政府を皆弁護されるということになるじやありませんか。もつと公正な常識のある、国民の持つ大らかな、健全な常識からいつて、こういう政府の政治的見解、旅行先が危險であるというような理由で、調査々々調査といつて理窟にもつかないようね態度でこの旅券法を運用していることに対して、あなたは意見長官としては当然それは正しくない法の運用であるということが私は当然出てこそ、あなたが意見長官であると考えるのですがね。意見長官というものは、そういう時の政府のやつていることを、そういう形で、一般論で弁護することですか。
#25
○政府委員(佐藤達夫君) 私ま今までこの席で申上げたことは一言半句といえども時の政府を弁護しておりません。ただその正しいと思うところを申上げておるだけで、私自身についていろいろお言葉がありましたが、遺憾ながら私は国務大臣ではございませんから、私の進退については総理大臣なり、或いは木村法務総裁のほうへとくとお申出を願います。
#26
○兼岩傳一君 そうするとあれですね、あなたは吉田総理なり、木村法務総裁なりの意見に忠実なように法律の意見を吐いて、古今を通じて誤らずというような言葉で以てするところの職責であると理解してよろしいのですね。
#27
○政府委員(佐藤達夫君) そういうことは決して申しておりません。私は私としての良心に従つてここで御答弁申上げております。ただ吉田総理、木村法務総裁の名前をついうつかり私は洩しましたけれども、それは私の進退問題についてお言葉があつたようでありますから、総理や法務総裁の名前がちよつと口がすべつたのであります。(笑声)
#28
○兼岩傳一君 もうお始めになつていいと思いますので、私はこれ以上意見長官に聞いても無意味と思いますので、もうこれ以上時間を潰すのはやめますが、どうか今明日のうちに大臣をお呼び願いまして、そうしてあなたに対して、及び理事のかたがたに対して約束されたところを実行いたしますようにお願いをすると同時に、その機会にその政府の態度の如何によつて、今の問題、或いは資格の審査の問題、会議の性質の問題、生命の安全等の問題等々につきまして、もう一度しつかりとした、政府の態度如何によつてはしつかりとした回答を求めるという機会をお與え下さるようにお願いして、私の今日の質問は終ることといたします。
  ―――――――――――――
#29
○理事(徳川頼貞君) 次に行政協定に関する件を議題といたします。本日は前回の委員会の決定に従いまして、参考人の諸君から御意見を伺います。参考人として成蹊大学教授佐藤功君、元條約局長柳井恒夫君、元東京大学教授神川彦松君、元公使守屋和郎君の四君が御出店下さいました。
 参考人の諸君にはそれぞれ御多忙中にもかかわらず本委員会のためにわざわざ御出席下さいまして有難う存じます。日米安全保障條約第三條に基く行政協定は、御案内の通り我が国にとりまして重要な幾多の問題を含んでおります。本委員会におきましては、先般来この問題に関しまして愼重且つ活溌な調査検討を続けて参つております。参考人の諸君にはどうぞ忌憚なく、御自由にこの問題につきましての御意見を述べて頂きたいと存じます。なお諸君の御意見に対しまして後ほど外務委員のほうからもいろいろと御質疑があるはずでございますから、各委員の疑問とされる諸点につきましてお答えを頂くことができますれば仕合せに存じます。時間の関係もございますので、最初の御意見の開陳はお一人三十分程度におとめ願いたいと存じます。
 皆さんにお諮りいたしまするが、各参考人の御意見を伺いまして、一人一人御質疑を願いましようか。それともかためて御質疑を願うことにいたしましようか、如何なものでございましようか。ちよつと速記をとめて。
   〔速記中止〕
#30
○理事(徳川頼貞君) 速記を初めて。それでは総括して後に御質疑を願うように願いまして、最初に佐藤功君から御発言を願いますれば仕合せと存じます。
#31
○参考人(佐藤功君) この行政協定の問題につきまして意見を述べるようにという御指名で参上いたしましたが、私は国際法、或いは外交関係、或いは政治的な観点からではなくて、主としてまあ憲法の観点から申上げることといたしたいと思います。
 そこで先ず第一の問題は、この憲法第七十三條第三号の條約というものに今度の行政協定が入るか入らないか、つまり国会の承認を得なければならないのか、それとも得なくてもよいのかという問題が中心であろうと思いますが、その点から申上げたいと思います。一般にこの七十三條で申しております「條約」という言葉は広い意味の條約であると言われております。で、それはその通りでございますが、ただここでこの広い意味の條約と言われておりますのは、その名前が何であろうとも、つまり協定という名前、或いは例えば議定書とか、宣言とか、取極とか、そういうような條約という名前が付いておらない場合であつても、広い意味の條約と見られるものはこの七十三條の「條約」であるということでありまして、それがこの国会の承認を得なければならんというわけであります。併しそれでは今申しましたこの広い意味の條約とは何かということでありますが、それはこれ又一般的にはこの両国間の文書による意思の合致であるというふうに言われておるわけであります。ただここであらゆる外交上の取極がすべて広義の、広い意味の條約ではないということは注意しなければならないと思うわけでありまして、広い意味の條約に入らない外交上の取極というものもあるわけであります。つまり外交関係を処理して行く上に当然認められるところの外交上の取極というものがあるわけでありまして、七十三條三号は、このあらゆる外交上の取極について国会の御承認を要するとしたわけではないので、その中の或る種類のものを取出して、それを国会の承認にかからしめたということが言えるだろうと思うのであります。それでつまり例えば憲法の規定で申しますと、七十三條の二号には「外交関係を處理する」、こういうことを内閣の権能としておりますが、この外交関係の処理というものの中には、ただ事実上の処分だけではなくて、文書を取交わすというようなことも入るわけであります。で、それとその「條約を締結すること。」という第三号との関係ということが問題になるわけであります。つまり外交関係を処理することに伴う外交上の取極の中で、第三号によつて国会の承認を得なければならないものがあるわけで、その国会の承認を要しないものは何であるか、その区別ということが問題になるわけであります。その区別はなかなかむずかしいと思うのでありますが、まあ考えて見ますと、先ず第一は純然たる日常の、ルーテイーン的な外交文書というものが考えられる。これはおよそ問題の外であろうと思います。第二の種類といたしましては、條約の純然たる実施細目、或いは事務的、技術的な実施細則というようなものが外交上の取極の中にある。それから第三番目には、将来権限のある機関によりまして正式な形式で、つまり條約というような形式で取極められる。その場合に変更されるかも知れないということを認めた上で両当事者が一応の取極をするというような場合の外交上の取極もあるだろうと思います。それから第四番目には、今の三番目のものが更にはつきりした場合でありまして、将来條約ではつきりきめるということをはつきりさせて、そしてその事項について一応取極をしておくというような場合もあるだろうと思います。それでこういうような四つのもの、まあその中で第一のものは除きまして、そういうものはこれは実質的な條約ではない。つまり外交上の取極ではありますけれども、実質上の條約ではない。従つて七十三條三号による承認を要しないというふうに考えるわけであります。
 それで、それが前置きでございますが、そこで問題の行政協定でございますが、第十二国会以来、政府の今までの説明は、行政協定はこの安保條約三條に基く純然たる事務的実施細目であると言いながら、他方第二番目に、それは実質的な條約だ、従つて七十三條三号によつて承認を得べきであるけれども、安保條約三條によつて委任されているから承認を要しないというふうに説明をしているように思われます。そこで考えますと、若しもこの純然たる実施細目であるといたしますならば、本来それは今申上げましたように実質上の條約ではないのでありますから、それは実質的な條約だというようなことは言わなくてもよいわけであります。それでそこにどうも私は外から見ておりまして議論が混乱しているように印象を受けるわけでございます。で、恐らくこの政府の考えは、こういうことではないかと思うのでありまして、つまり行政協定は、若しも安保條約が存在しないといたしますと、それは実質的な條約で、七十三條三号の條約である。即ち実施細目ではない。併し安保條約三條があるから、それは国会の承認を得なくてもよいという考え方なのではないだろうかと思うのでございます。併しそうだといたしますと、この実施細目であるということを一方で強調するのは却つてこの議論を混乱させるように思われます。政府も純然たる実施細目だけであるとは言わないで、それプラス駐留に必然的に伴うところの事項、或いは国際慣例によつて認められる事項に限られているのだというふうに言つておりますのは、政府自身もそのことを認めていることを示すものではないかと思いまして、そうならば一層この純然たる実施細則だというようなことを言わないほうがいいのではないかというふうに感ずるわけでございます。その同じことでございますが、もう少しその点を申上げたいのでございますが、この第十二国会以来の政府の説明は、今述べましたように行政協定は純然たる施行細則であるということを一方において言つておるわけです。そうしてそれは若しも次のような意味だつたとすればそれは正しいと思うのでございます。つまり純然たる施行細則であるということは、それは国民の権利義務に関する規定は行政協定の中にはないということを、それを純然たる実施細目だと言うのなら、それははつきりしておると思います。それは委員各位が御承知のことと存じますが、第十二国会で二十六年十一月十五日に当参議院の両條約特別委員会におきまして曾祢委員と大橋法務総裁との間に応答がございまして、その速記は述べませんが、要するに大橋法務総裁はその際に、行政協定の中には国民の権利義務に関する規定は入らない、若しそれが入るとすればそれは法律で定めることを條件として協定を結ぶつもりであるというようなことを言われたことがございます。それで、それならば話ははつきりしておると思うのでありまして、つまりそれならば実質的なそれは條約ではないわけですから、それは承認を要とないということははつきりしておるのでございます。ところが実際の行政協定はそういうふうにはならなかつたわけでございまして、権利義務に関する部分があるわけです。例えば十八條、十九條、二十五條というあたりがそれでございます。そうしてこの行政協定の二十七條に、この協定の規定中その実施のため立法上の措置を必要とするものについて、必要なその措置を立法機関に求めることを約束するという規定がございますが、この規定は、今の大橋法務総裁が言われたような條件としての法律を作るということではございません。そこが私は変つて来ておるというふうに思うわけでございます。そこで純然たる実施細目だけではない。つまり権利義務に関する事項もあるというわけです。つまり安保條約第三條を実施するに必要な事項として権利義務に関する部分も入つて来た。併しそれは配備を規律する條件に関連ある事項であるし、又駐留を認めた以上、国際慣例として当然に伴う事項だと言わざるを得なくなつておるわけでございます。そうしてそれは安保條約三條によつて包括委任があるから承認を得なくてもよいのだというふうに説明をせざるを得なくなつて来ておるのでございます。ところが、この駐留を認めた以上、当然に関連する事項と言いますと、これは非常に範囲が広くなるのでございまして、およそ何でもそこに含まれると言わざるを得なくなつて来る。例えば駐留軍を誹謗すると申しますか、駐留軍を誹謗するような言論というような問題もそこには出て来る。つまり言論の自由というようなものも、駐留を認めた以上、それに伴う事項であるというふうに説明される危險があるわけであります。今例として申しましたようなことは、現実の行政協定の中には含まれておりませんけれども、そういうものもその中に含まれる危險があるというように考えられるわけであります。
 そこで問題は安保條約三條の委任ということになるわけで、そこが問題でございますが、私はその点について次のように今思うわけでございます。つまりこの行政協定は少くとも前に引きましたような大橋法務総裁の説明から人々が受け取るような純然たる事務的実施細則ではない。それは相当に範囲が広い。形式的には配備を規律する條件という三條の規定を拡大して解釈することはできないわけではございませんが、むしろそういうよりは、駐留を認めたことに伴う事項として説明しなければならないような事項が多いと思います。十八條、十九條、二十三條、二十五條というようなものであります。従つてそれは立法論的に申しますと、別個の両国間の正式の独立した條約として国会の承認を得るものとして協定し得ないものではない。優にその資格を持つというふうに思います。そうしてそうしたことのほうが政策的にはより望ましいことではなかつたろうかと言えると思うのであります。それでその場合に政府が十二国会以来、必要なものは立法化する、或いは予算化する、従つて行政協定自体は承認を得なくてもいいのだというふうに繰返して言つておるわけでございますが、若しそうするならば、安保條約三條で包括的な委任をとつたということの意味がなくなつてしまう。つまり私は繰返して申しますが、そこに純然たる実施細則であると言いながら、他方国民の権利義務に関する事項もあると言わざるを得ない。政府の議論の混乱がそこに現われているというふうに思うのであります。政府が独断でやるというのではなくて、法律或いは予算という形で国会にも諮るのだというのでありますならば、それらの事項は別個の協定として国会の承認を得ればいいわけでありまして、而もその場合に、前の大橋法務総裁の説明とは異なりまして、その法律が條件となると定められているわけではございませんから、この法律なり予算が協定実施の上で果すべき役割と申しますか、つまり條件となつているわけではございませんから、その法律、まあ法律のことだけについて申しますと、その法律は協定を実施する上に選択的な事柄がある場合にだけ立法化し得るというわけでありますから、そういう限られた範囲になつて来るわけです。その場合に若しも国会がその法律を否決したらどうなるかというようなことは、昨日も問題になつたようでございますが、理論的にはそれは可能である、つまり行政協定そのものが施行されなくなるという場合もあると思うわけでありまして、若しそうだとするならば、むしろそれはあらかじめ協定の中にそれを含めておいて、そうしてそれで国会の承認を得るということのほうがよりいいのではないかというようなふうに私は思うわけでございます。ただこれは立法論でございまして、前に述べましたように、法律的に申しますと、配備を規律する條件という安保條約三條の文字は、それは広い内容を含ませ得る文字であります。つまりそれは駐留を認めたことに伴う当然に伴う事項ということと不可分になつて参りますから、それは非常に広くなり得るわけでございます。つまり字句の解釈としては、従いまして相当に広い委任を認めたこととなると言わざるを得ない。従つて安保條約三條を認めました以上は、以上私が述べましたような立法論或いは議論というものは、率直に申述べますと、私は余りもう強く主張し得ないことになるのではないかというふうに考えております。
 それから次は第二の問題といたしまして、アメリカのエグゼクテイヴ・アグリーメントのお話を簡單に申上げたいと思います。これはすでに委員各位よく御承知のことであろうと思うのでございますが、アメリカ憲法におきまして、第二章、第二條、第二項に條約の締結権というものを大統領に認めまして、その場合に上院の三分の二の賛成を要するという規定があるわけでございます。そういう三分の二制度によつて締結される條約を仮に正式の條約と申しますならば、そうではないつまり上院の三分の二の賛成を要しない実質上の條約というものがエクゼクテイヴ・アグリーメントと言われるものでございまして、その数が極めて多いということは、これ又御承知の通りでございます。信頼し得る統計によりますると、一九三〇年から一九四八年までの間に正式の條約として成立したものが二百十に対しまして、エクゼクテイヴ・アグリーメントが八百三十八というような数字を現わしておるわけでございます。そうして一般的にエクゼクテイヴ・アグリーメントによつて單なる條約の施行細則ばかりではなしに、どのような重要な事項をも定めることができるという考え方のほうが考え方が強い、そうして又現にそうであるということが言えるわけでございます。重要なエクゼクテイヴ・アグリーメントの例というようなものもすでに御承知のことでございましようから申上げませんが、いずれにいたしましても、安保條約三條と睨み合せて考えて見ますると、安保條約三條は施行細則的なものを予想して書かれておるということ、それから殊更にアドミンストレーテイヴ・アグリーメントという言葉を使つておるのに何か特別の意味があるかどうかということに興味を持つのでございますが、そこはわかりません。ただアメリカ側にはやはりアメリカにおいて支配的である今申しましたようなエクゼクテイヴ・アグリーメントの考え方があつて、従つて両国当事者の間に何か考え方の相違があつたし、或いは今でもあるのではないかというふうなことを想像いたすわけでございます。併しながらアメリカにおきましても、このようなエクゼクテイヴ・アグリーメントが憲法違反ではないかという議論が激しく鬪わされた。これも又御承知の通りでございます。それが特に問題になつたのは、一九四〇年九月にアメリカが老朽駆逐艦五十隻と引換えに、イギリスの植民地に海空軍事基地を九十九カ年の租借をしたという、それを行政協定で結びましたということに対して大いに議論が起つたわけでございます。それでそもそもこのアメリカ憲法におきましては、行政協定を認めた明文の規定はないわけでございますが、その行政協定としてそういう事項を大統領が結び得るという場合に、それは問題はないと、つまり争われない場合というものは次のような場合だと言われておるわけです。第一は、議会による立法若しくはすでに作られた條約によりまして明示的、或いは默示的に許されたもの、或いは大統領に明白に委任されたものである場合であります。それから第二は、大統領の陸海軍の最高司令官としての権限に基くものとされる場合、これは言葉を換えて申しますれば、戰争遂行上の必要と認められる性格のもの、或いは、例えば休戰條約でありますとか、カイロ宣言、ポツダム宣言等々のようなものでありまして、初めに挙げました一九四〇年のイギリスとの行政協定というものも、これはいろいろ議論がございますが、それは戰時中の陸海軍の最高司令官として大統領の権限だということで理由付けられたとまあ考えられるわけであります。そこでこの一番問題になりますのは、その性格がこの二つの丁度中間にあるものが一番争われるわけでございます。それでそこにいろんな議論があるわけであります。そしてその場合に、成るアメリカの憲法学者がこの点について次のように言つておりますが、これは非常に要領よく言つておると思うのですが、ちよつと読んで見ますと、「この点について解釈の基準として適当な規定が憲法にないことから見て、憲法の註釈者がそれぞれ彼らの欲する結論に従つてその立場をとることは驚くべきことではない。行政部の人々、特に国務省の官吏や、上院によつてその努力を水泡に帰せしめられた人々は行政協定を條約に代えることを憲法は広く認めていると考える。又憲法の命ずるところや権力の分立の保持に注意深く固執することよりも、行政部の達成せんとする特定な目的の達成のほうに関心を払う国際関係の多くの学者も同じ立場をとる。これに反してこの分野において行政部が抑制されない権力を行使することに不信の意を抱く人々は、国際間の交渉の大部分に條約締結に関する要件が適用されるという根拠を憲法に見出するのである」というのですが、つまり実際の行政部の人々、それからいわゆる国際法学者は行政協定について割合に甘く考えるということを言つておるわけでございます。それでそのアリメカの最高裁判所におきましても、そういう議論が起きたことがあるわけで、例えば一九三六年の合衆国対カーチスライト輸出会社事件、或いは一九三七年の合衆国対ベルモンド事件というようなもので、この最高裁判所、まあ特にスザーランド判事という人でありますが、この人がこの行政協定を非常に広く認めるべきであるという意見を強く主張したとまあ言われておるわけでございます。で、そのように、今申述べましたことは、大体においてアメリカでどんなことでも行政協定できめ得るというような、傾向が強いということを申したことになるわけでございますが、併しそのような態度が完全に支配的であるというわけではございません。まあ細かなことを申上げる時間がございませんが、いろいろな点で、例えば行政協定としてきめたものを今度は立法化するとか、或いは行政協定できめたものを一度やめにして、今度それを正式の條約に直すとかいうようなことが何度も行われておるわけでありますから、必ずしも行政協定が広く認められておるというわけでもないということを注意しなければならないわけでございます。要するに結論的に申しますと、アメリカにおきましても、理論的にも実際的にも必ずしもはつきりしていないというよりほかはございません。ただ一般的にこのアメリカではエクゼクテイヴ・アグリーメントで何でもできるのだという考え方は必ずしも正当ではないし、前に述べましたように問題のない点は別といたしまして、丁度その問題のある中間のものにつきましては、立法による委任の形をとるとか、或いは爾後に條約化したりしまして、要するに議会の参加を認めるという方法がとられておる場合が少くないということを注意すべきだと思います。
 そこで以上のようなアメリカのエクゼクテイヴ・アグリーメントを今日の日本の行政協定等に当てはめて考えて見ますとどうなるであろうかという問題でございますが、先ず第一には、今申上げましたように、エクゼクテイヴ・アグリーメントも、決してどんなことでもできるというわけのものでもありません。議会が相当にこれに対して統制を及ぼしておるのだということは忘れてはならないと思います。それから第二番目には、エクゼクテイヴ・アグリーメントが認められる理由の大きなものとして、アメリカにおきまして、それが大統領の戰争指導権ということに求められておるということが重要なことだと思います。つまりこの点はアメリカ憲法の三権分立の特殊な性格な現われでございまして、アメリカの三権分立と言いますのは、普通に考えますると立法部に対して行政部を牽制させる、行政部を言わばチエツクをするという面も持つわけでありますが、併しそれは必ずしも執行権、つまり大統領を弱くするというわけではない。却つて大統領に安定した強い地位を與えることになるのだ。而もそれが国民による直接の公選だということによつて、民主的の責任を大統領が負うのだ、そういう特殊な三権分立或いは大統領制というものを注意する必要があるわけで、そういう大統領に強い安定した執行権を與えるということが、それがこの戰争指導力というものに現われて、それが行政協定というものを理由付ける大きな部分を占めて来たということは十分に考えなければならん点だと存じます。それで、つまりこの点は日本国憲法には私は移すことはできないことであると思うのでございまして、日本国憲法は三権分立でございますが、議院内閣制という形をとる。率直に申しますと、議会を、国会を強くして、政府を、内閣を弱くする、内閣が弱いと申しますと語弊がございますが、内閣は国会の支持の上にあるときにのみ強くなり得るという、そういう恰好を日本国憲法はとつておるわけでございます。従つてアメリカのエクゼクテイヴ・アグリーメントの考え方を日本にそのまま移すことは私はできないのではないか。それで憲法の七十三條二号に、先ほど申しましたように「外交関係を処理すること。」というのが内閣の権能として認められておりますが、それを以てアメリカ大統領のように外交権が広く内閣に属しておるのだということを理由付けることは、私はむずかしいのではないかと思います。つまり国会から離れてどんなことでも行政協定でなし得るのだということは言えない。アメリカではそれが安定した強い執行権という考え方から是認される余地があつたけれども、日本の場合にはそれは言えないということでございます。従つて制度的に申しますと、そこは日本の場合では国会の委任という方法をとるよりほかになくなつて参ります。安保條約三條はその方法の現われと言えるでありましようが、そこにその委任の範囲と、それから委任をする方法というのが、アメリカの場合よりも一層明示的に且つ嚴格に行われなければならんというふうに言えると思うわけでございます。そうして法律的に申しますと、先ほど述べましたように配備を規律する條件という、安保條約三條の文句の解釈として、行政協定を委任によつて正当化することはできないわけではございません。即ち行政協定を国会にかけないということは直ちに憲法違反であるとは言えないと思います。ただ政策論的に申しますと、もつと望ましい方法もあり得たであろうということを前に述べたわけでございまして、それが私の考えでございます。
 なお細かな点につきましては後ほど申上げる機会がございますならば、申上げることにいたします。
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#32
○理事(徳川頼貞君) 有難うございました。それでは次に柳井恒夫さんにお願いしたいといます。柳井君。
#33
○参考人(柳井恒夫君) 本日お呼び出しを受けましてお尋ねになりました問題は三つあるようでございますが、先ず第一点の今回の行政協定と憲法との関係、この点につきましては、只今佐藤さんから詳細なお話がございました。私は、私の意見としては結論を申上げます。私も佐藤さんと同じく、今回の行政協定は安保條約の委任によつたものであつて、その意味において憲法には違反しておらないというのが私の意見でございます。私はなおこの点につきまして或いは皆様の御参考になるかも知れないと存じますので、今日までに起りました事実、つまり理論でなく事実について若干の過去の事例を申上げたいと思います。それは旧憲法時代のことでございます。御承知の通り旧憲法時代におきましては、條約は天皇の大権によつて締結せられ、その條約締結に当りましては、枢密院に御批准になるということでございまして、当時は枢密院がみずから憲法の番人と称し、又條約大権の番人と称しておつたのでございます。私は当時外務省におりまして、條約関係をいろいろ担当して実は枢密院が怖くて仕方がない立場にあつたのでございます。その枢密院の官制にはどういうことが書いてあるかと申しますと、枢密院官制第六條の四「列国交渉の條約及び約束」、こうございますので、現在の憲法より一層広い形をとつておるのでございます。そこでいわゆる陜い意味の條約以外に、いやしくも国際約束が何でも彼でも枢密院の御批准を経なければいけないのではないか、いわゆる天皇の條約大権の干犯になるのではないかという問題が当時あつたのでございます。これにつきまして、我が国の慣行、慣例と申します、それはどういうことになつておるかと申しますと、大体において次のような標準で、或る種の国際約束がこれは枢密院に批准せられ、或る種の国際約束は枢密院に批准せられなかつたのであります。枢密院に批准を要せざる国際約束は大体次のようなものでございました。第一は條約又は法律の委任のあつた場合、第二は條約の実施に関する場合、第三は既存條約の細目手続等を定むることに関する場合、第四は慣例上又は法律の解釈上純然たる行政事項に関する場合、第五は行政上の專門的又は技術的事項に関する場合、大体こういうものは枢密院の御批准を要しないものということで当時の政府及び枢密院はこれを処理しておつたのでございます。その結果、例えば枢密院の御批准を経なかつた国際……広い意味の條約、即ち国際約束はどういうものであるかと申しますと、仮に大正六年から大正十一年くらいまでの分をあさつて見ますと、日本とメキシコとの間の医術自由開業に関する協定、日独混合仲裁裁判所の手続準則、日英船舶満載吃水線証書及びこれに相当する標示互認に関する交換公文、日支山東懸案細目協定、これはワシントン会議において日支の間に山東懸案解決の條約ができまして、これは枢密院の御批准を経ましたその細目協定でございます。これが非常な浩瀚なものでございます。又臣民の権利義務にも相当関係のあつたものでございます。次は日支山東懸案鉄道細目協定、こういうようなものでございます。私は実際の慣行の上から申上げましたが、これがたまたま只今の佐藤教授のお話の理論と丁度合致したということは非常に興味があることと存じます。
 次にいわゆる行政協定についての外国の事例でございます。アメリカの行政協定につきましては、只今佐藤さんから詳しくお話がございましたから私はあえて蛇足を添えません。問題はアメリカ以外に、ヨーロツパ等においてやはり行政協定というような観念があるかどうかという問題でございます。これが近頃ちよいちよい話に出おりますから一言申上げたいと思います。ヨーロツパにおきましては議会にかけるべき国際約束、議会にかけないでいい国際約束というものが大体法律できまつておりますので、その点から見ますと行政協定という観念は余りないように見えるのでございますが、実は観念としてはやはり存するのでございます。この点につきまして私が在職中、現にヨーロツパにおいて実験と申しますか、体験いたしましたる実例を一つ申上げたいと存じます。それは国際連盟規約の第八條でございます。国際連盟規約の第八條はこういうことを言つております。すべての條約及びすべての国際約束はこれを連盟に登録しなければならない、登録しない條約は無効である、こういうことを言つておるのでございます。これは現在の国際連合規約の第百二條におきましても、その精神を踏襲しております。そこで一九二一年ジユネーヴの連盟においては非常に困つたのであります。すべての国際條約及びすべての国際約束、これは皆登録しなければ効力は出ないのだということでありますので、そうなりますと一切の国際約束、つまり実質的の條約でないものまでも登録しなければならない。一体そういうことが妥当であるかどうかというので、ヨーロツパの法律專門家を集めまして、国際連盟の下に法律專門委員会を作つたのでございます。これは国際連盟でございまするからアメリカは入つておりません。アメリカ以外のヨーロツパ諸国が入つたのでございます。その法律專門家は種々研究いたしまして、一九二一年にこういう結論に達したのでございます。行政的又は技術的の條約であつて、すでに登録された條約を変更するものでないもの、又はこれを実施するもの、こういうものは何もその全文を登録しないでよろしい。ただその成立の日にちと、條約の当事者、目的、それだけを通報すればいい、こういうふうに解釈しておるのでございます。憲法の問題はこれくらいにいたしまして、次に行政協定の内容の問題について若干申上げたいと思います。
 行政協定の内容につきまして一番問題となりますのは、裁判管轄権の問題でございます。この点につきまして、国際法上と、次は国際の実例と両方から簡單に申上げたいと思います。国際法の問題は更に神川先生からあると思いますから、極めて簡單に申上げます。私として申上げたいのは、国際法上、外国の領土にあつてその国の裁判管轄の免除を受けるものは何であるかと言いますと、第一に国の元首、次は外交使節、次は軍、軍は軍艦と軍隊とでございます。この四つのもの、或いは元首、外交使節、軍といえば三つでございますが、このものが国際法上所在地の裁判管轄の免除を受けるという慣例が成立しておるのでございます。ところが元首と外交使節に関する裁判管轄の免除というものは、これは数百年の古い歴史を持つておりまして、十分発達した国際慣例でございます。これに反しまして、軍艦及び軍隊の裁判管轄免除というものは非常に新らしい国際慣例でございまして、十九世紀の後半以後確立されたと言つていいのでございます。アメリカにおいては十九世紀の初め頃軍艦の裁判管轄免除ということで慣例がございますが、イギリスは一八七九年にかの有名なるコンステイテユーシヨン号事件というので初めてこれを認めたというようなわけでございまして、まだ軍に関する裁判管轄免除の国際法というものは極めて発達しておらない。これを憲法九十八條の言葉で申しますならば、いわゆる「確立された国際法規」といたしましては極めて生なものでございます。従つてその内容を見ますと、軍は所在地国の裁判管轄の免除を受けるということはきまつておりますが、実は如何なる範囲に亘つて免除を受けるのかということに至りますると、国際法学者の間に諸説紛々たるものがあるのでございます。国際慣例が確立していないほど学者の議論は盛んでございます。それによつて又国際慣例が発達するのでありますが、現実私ども国際法の実際を扱つておりましたものから申しますと、実は学者の説はどこまでも説であつて、各国に認められたる国際慣例、即ち憲法にいわゆる確立せられたる国際法の法規とはおのずから別なものがあるのでございます。然らば現在国際法の慣例として、果してどれくらいの程度のものが裁判管轄免除になつておるか、軍についてはどういうことになつておるかということになりますと、いろいろの説がありますが、大体は次のようなものと思われます。第一は軍に属する者の職務上の行為、この職務上の行為については、民事事件においても、又刑事事件においても、裁判管轄の免除を受ける。次は軍に属する者の私の行為、これについては刑事はやはり免除をされる。併し民事は免除されない。尤も民事について軍の所有物を差押えなんかしてはならない。大体これが多くの学者が国際慣例として認めており、成立しておる原則でございます。併しこれに対しては又それぞれ有力な反対論もあり、訂正説もある、こういうようなわけでございます。この中で一番問題となりますのは、軍の構成員が私の行為として不法の行為をなした場合、これに対して所在地国法は如何なる裁判管轄権を持つか、或いは持たないか、こういうことでございます。只今申上げましたように肝腎の具体的に細かいところに参りますと、現在の国際法はただ学者の論争に任せております。確立した慣例がないのでございますが、若干の先例を申上げまするならば、次のような先例がございます。先例はいろいろ学者によつて引き方も違いますが、私はアメリカの国務省が特に重要税しております先例を二つほど、刑事事件について申上げたいと思います。一つは、一九二四年におけるいわゆるパナマ事件と申すものでございます。これはパナマの運河の出口のコロンという町において、アメリカの兵隊がパナマの市民を殺した、こういう事件でございます。この事件はパナマの最高裁判所において、パナマ国裁判所は裁判管轄権を有しておらない、この兵はアメリカのつまり所属国の上官の管轄に属するものである、こういう判決をいたしております。次はアメリカの領土内、これはメキシコに極めて近接した所でございます。この場所においてメキシコの兵隊数名とアメリカの兵隊数名とが衝突してお互いに殺し合つたという事件でございます。これは一九一七年くらいに起つたと思いますが、アメリカの下級裁判所はこの下手人たるメキシコ兵に対して死刑の判決を言渡しましたので、これがテキサス州の控訴院の裁判にかかつたのでございます。一九一八年にテキサス州の控訴裁判所はこの裁判はいけない、メキシコの兵隊はメキシコ軍の上官の管轄のみに服するものであるという理由で、アメリカの裁判所には管轄権がないという判決をしております。一方メキシコの裁判所もアメリカの兵隊でメキシコ側に飛び込んだものを捕まえて裁判する問題が起つたのでございます。メキシコの裁判所は初めからアメリカ兵を裁判しております。先例としてはこういうようなものがございます。そこでこの現在の国際法の慣例の発達の状況及び先例から見ますと、今回できました行政協定の扱い方は、大体行政協定が扱つておる裁判管轄権の問題は大体この筋に沿つておるようなふうに思うのでございます。只今申しましたように国際法がはつきりしておりませんので、この現在の裁判管轄権の問題につきましては、各国とも條約を結んで具体的に解決するという方法をとつております。前回の世界大戰のときには、フランスの国内に各国の軍隊がおりました。フランスとイギリス、フランスとベルギー、フランスとセルビヤ、フランスとイタリー、フランスとポルトガル、いずれも條約を結んで各種の場合に備えておるのでございます。ただその場合には駐留地たるフランスが戰場となつておつたのでございまして、この点におきまして、今回の我が行政協定とはおのずから趣きを異にするものかあるのでございます。そこで今回の行政協定につきまして比べる 或いは参考とするものといたしましては、一九四一年の英米基地協定、或いは一九四七年の米国とフイリピンとの協定というようなものになるのでございます。これはいずれも平時の駐留でございます。少くともその駐留地は戰火の巷になつておらないのでございます。更に新らしいところで、昨年できました、まだ批准を経ておりません一九五一年の北大西洋協定があるのでございます。一九五一年の北大西洋協定は、今回の行政協定においてもこれに倣つて新たに協定を作るということになつておりますだけでありまして、これは非常な新らしいやり方で、実に進歩したものでございます。
   〔理事徳川頼貞君退席、理事吉川末次郎君委員長席に着く〕
 現在英米の間を律し、又現在米国とフイリピンとの間を律しておるところの英米基地協定、或いは米国とフイリピンの協定と今回の我が行政協定と対比いたしますると、私は我が行政協定のほうが遙かに結構なものだと思うのでございます。私は行政協定ができまする前から非常に心配しておりましたのは、行政協定の結果、日本にいわゆる基地の制度ができるのではないか、基地の制度ができて英米基地協定、或いは米国とフイリピンの協定にあるようになりますと、結局その基地においては日本国民も米軍の裁判を受けなければならない、又日本国民に対しての民事事件の送達をすることもできないというようなことになりまして、いわゆるエクストラ・テリトーリアリテイ、訳して治外法権ですが、治外法権的の場所ができる。元の中国にあつた租界式のものができて、日本国の中にありながら、日本国の領土にあらざるがごとしということになるのであります。これを非常に恐れておつたのでございます。今回の行政協定を見ますと、これがいわゆる属人主義であつて、少くとも英米基地協定よりは優つておる、我がほうにとつて優つておるというように感じられますので、この点は私は実に安心いたした次第でございます。なお英米基地協定でなく、今回の北大西洋協定におきまして、ちよつと見ますと、軍の構成者でなく、いわゆる軍の人から扶養を受けている者、妻君とか或いは子供の被扶養者については何ら規定がない。被扶養者は如何にも、例えば、イギリスで言うならば、イギリスの裁判権に服するというように見えるのでございますが、これに反して日本の行政協定で暫定的制度となつているいわゆる属人主義の下においては、被扶養者も軍人、軍属と同じように取扱つてある、こういう点につきまして、いささか不満なところがあるように思われますので、私も最初は行政協定と北大西洋條約の第七條を対比いたしましたときに、これは違うぞという気がいたしたのでございます。そこでよく読んで見ますと、北大西洋條約の当事者間の協定の第七條の第一項の(a)、これにはこういうことが書いてあるのでございます。派遣国の軍当局は派遣国の軍法の支配下にあるすべてのものに対して裁判権を行使する、刑事裁判権を行使する、こういうふうに書いてあります。そこで派遣国の軍法の支配下と書いてある以上、この軍法なるものを見なければならん、こう思いましたので、私は商売柄、というのは、現在の弁護士としての商売柄ここに持つております。これは一九五〇年にできましたアメリカの軍法でございます。この軍法を見ますと、これにはちやんと書いてある。どういうことが書いてあるかというと、軍人、軍属のみならずその扶養を受けておる者又は軍に随伴した請負人等も入るような広汎なる字句が書いてございまして、いやしくも軍と一緒に来ておる者、そうしてこれが米軍が駐留し、或いは米軍の用に供せられておる場所におるときは、これはいずれもアメリカの軍法の下にある、こういうことが書いてあります。これによつて見ますと、北大西洋協定におきましては、第七條に極めて抽象的にあつて、これをずつと見ますと、米軍のほうは扶養者については裁判管轄権がない、そうして受入れ国、例えばイギリスとかフランス等では、軍隊又は軍属の構成員及びその扶養義務者について裁判権を有するということでかなり違つておるようでございますが、つぶさにこのアメリカの軍法を研究して見ますと、これも対等の立場になつておるのであります。この点はちよつと私が気が付きましたので附け足して申上げる次第でございます。どうも事実論が多くなりまして恐縮でございますが、私の商売上この点は御勘弁を願います。
#34
○理事(吉川末次郎君) 有難うございました。それでは引続きまして神川彦松君の御証言を伺いたいと思います。
#35
○参考人(神川彦松君) 私は多年国際政治史及び国際政治学を專攻いたしておるものといたしまして御諮問にあずかりました問題の一について私の意見を申述べたいと思うのであります。私は自分の專門からいたしまして主として行政協定について申上げたいと思います。
   〔理事吉川末次郎君退席、理事徳川頼貞君委員長席に着く〕
 行政協定は言うまでもなく日米安保條約と一体をなしておるものでこれを分つことはできないのでありますが、そのうちの主なる点が三つ四つあると思いますが、そのうちの第一点は、行政協定では第二條になつておりまするが、日本においてまだその数の確定しておりません陸海空軍の施設及び地域、私はこれを簡單に基地と申しますが、基地を租借することができ、そうして駐屯軍を置くことができるという点であります。それから第二は、その裁判管轄権、特に刑事裁判管轄権の問題であると思います。第三は、敵対行為があつた場合にその駐屯軍が発動する場合の規定であります。こういうような点について私は私の意見を申上げたいと思いますが、今回の行政協定のように多数の基地を外国軍に提供したという例は第二次大戰以前にはございません。第二次大戰以前におきましては、半植民地とか又は植民地とか言われる所におきましては若干外国軍隊が駐屯いたした例もあります。例えば支那でありまするとか、今日の中国でありまするとか、或いは満洲国でありまするとか、更にアメリカ大陸のカリビアン海に臨む諸国というような所には外国軍隊がおつたことがありまするが、普通独立主権国と呼ばれまする所で多数の外国軍隊が相当長く駐屯したというような例は一つもなかつたのであります。無論講和條約なんかでその履行の担保として駐屯したというような若干の例は勿論ありますが、そういう例はもとより除きまして、今申したような他国の軍隊が駐屯しておるというような例はいわゆる半植民地又は植民地以外にはないと、こう申してよろしいと思います。ところが第二次大戰後に至りましてその例が若干できたのでありますが、それでも私の知つておる範囲では二つしかないのでありまして、その一つはフイリツピンであります。フイリツピンは独立を與えられました翌年に米国との間に軍事基地の使用に関する協定というものを結びまして、そうして相当多数の陸海空の基地を米国に提供いたし、且つ米国軍隊の駐屯を許し、而もその期限は九十九カ年という長い期間に及んでおるものであります。これが今回の日本の場合と最もよく似ておる例でありますが、それに若干似ておりまするのがバオダイのヴエトナム国、バオダイ帝を頂きまするヴエトナム国がフランスとの協定によりまして多数の基地及び駐屯権を供與いたしております。但しヴエトナムは法制上はフランスの一部をなしております。ユニオン・フランセーズ、フランス連合の一部をなしておるものでありますから純然たる独立国とは申せませんが、とにかくそのヴエトナム国のうちに多数の基地と軍隊を置く権利をフランスは持つておるのであります。私の知つております範囲ではこの二つのみと申してよろしいのでありまして、それ以外には今回のような多数の陸海空軍の基地を外国に提供した條約はないと思います。或いは多くの人は感違いいたしまして、今日大抵の国がアメリカに基地を提供しておる、であるからして何も今度の條約はそう珍らしいものではない、こういうふうに説明をしておる人があるようでありますが、これは一と百とを一緒にした議論でありまして、極めて粗漏なる意見と私は考えるのであります。成るほど北大西洋條約その他によりまして、ヨーロツパの諸国も若干の基地を、主として空軍の基地でありますが、空軍基地を提供するという約束はできておるようであります。併しながらこれは同盟條約に基き、又共同作戰計画を基礎といたしまして、そうして若干の空軍基地の共同使用を提供しておるものであつて、決して独占的な使用、即ち基地として提供したものではないと私は理解しておるのであります。でありすから、こういう同盟條約に基き共同作戰計画に根拠して、そうして若干の空軍基地を提供するにとどまるものと、日本のような殆んど全土に亘りまする多数の陸海空三軍の基地を提供するものとは断じて同一に語ることはできないと私は信ずるのであります。でありますからこの点において、今度の協定は戰後においても誠に珍らしいものであります。第二次大戰前になかつたのは勿論、第二次大戰後におきましてもフイリピン、私は唯一の例はフイリピンと思いますが、フイリピンを除けば例がないと言うて、私の專門の範囲内では断定し得ると思うのでありまして、この点が今度の行政協定の一つの特点と申さなければならないと思います。
 次に第二の裁判管轄権の問題でありますが、これについては只今柳井さんから大変詳しい法制上或いは先例上のお話がございましたが、これについては遺憾ながら私は柳井さんと見解を異にいたすものであります。この外国における軍隊若しくは軍艦というものの特権について国際法上学説がまだ確定していない。従つて諸説が分れておる。或いは又その慣例がそうたくさんはないという点においては柳井さんのお説の通りと考えております。ただ併しながらこれにつきましては戰後相当多くの実例が出て参つております。又第二次大戰中から戰後にかけて、若干これに関する協定ができており、それらと比較して今回の行政協定の裁判管轄権の問題を考察することができるわけであります。これらの例のうち最も近いと言われておりまするのは、一九四一年及び二年に英米の間に交換されました空軍基地に関する公文交換であるようであります。これはそういうものがあるということは聞いておりまするが、併しながら秘密協定になつておるのでありまして、未だそれが世界に公表されたということを私は聞かないのであります。でありまするから、それについてイギリス本国の人民も恐らくその内容を知つていないのではないかというふうに私は考えておるのであります。でありまするから、その内容が何であるかということは私も申すことはできないのでありますが、ところが丁度それと同じ年に英米の問に大西洋における海空軍の基地に関する協定というものができておるのでありまして、丁度同じ頃に英米の間にできたものでありまするから、それについて英米間の慣例を考えることができると思うのであります。この英米間の海空軍の基地に関しまする協定は、丁度その前年の九月にルーズヴエルト、チヤーチルのいわゆる駆逐艦と海空軍基地との物々交換の結果としてできました一つの協定であります。この大西洋に並んでおりまする七つくらいの極く小さい海空軍の基地でありますが、これは我々の国際常識では九十九カ年の期限にはなつておりまするが、実際はイギリスがアメリカに提供したものであるというふうに考えておつたものであるのでありますが、ところがそれにつきましてもこの裁判管轄権につきましては、相当詳しい規定が置かれておるのであります。もとよりそれは戰時でありまして平時ではありませんから、アメリカの裁判管轄権が広く認められておるわけでありますが、又基地がありまするからその基地の内外の区別であるとか、そういうようなものではつきり区別をされておりまするが、併しその戰時における協定におきましても、原則といたしましてはやはりアメリカについて基地内における裁判権というものを戰略的に認めておる。基地の内外に亘りまするものにつきましては軍事的性質その他相当種類を限定いたしておるのであります。でありまするから、そう極く簡單に裁判管轄権をきめたものではないのでありまして、相当細かいところまで規定をいたしております。ここで一々全部を挙げて申上げませんが、決してそう簡單に定めたものではないのであります。ところがそれは戰時の協定でありましたので、戰後一九五〇年に至りまして、米国駐在のイギリスの大使とアチソン国務長官との間に公文交換によりまして、その裁判管轄の規定を一層詳細にいたしておるのであります。この場合にはやはり戰時と平時を区別いたしまして、そうして戰時にはもとより広く裁判管轄権を認めますが、平時にはこれを相当限定するという方針によつてできておるわけでありまして、戰争中の規定よりは一層具体化されて、且つ又アメリカ側の裁判管轄権も限定されるという形を示しておるのであります。これから判断いたしまするというと、一九四一、二年に英米の本国における空軍の根拠地なんかについて交換されました交換公文というものも、恐らくそう今回の行政協定のように簡單明瞭に行くものであるかどうかについては私は疑いを持つものであるのであります。たとえ今回の行政協定のような規定になつておつたといたしましても、それは戰時のことでありまするし、又英米両国は同盟関係にある共同作戰計画に従つて現に共同戰争に従事しようという際でもあつたわけでありまするから、従つてそういう点で今回の行政協定のような平和の際に結ばれたものと同一に論ずることはできないと考えるのであります。ところがその他に至りますると、例えば先に申しました一九四一年三月の米比協定にいたしましても、或いは又一九四九年のフランスとヴエトナム間の軍事協定、裁判協定、基地協定によりましても、今回の規定よりは更にこの駐屯軍の裁判管轄権、私はそれを治外法権と言うのでありますが、裁判管轄権を制限いたしておるのであります。でありまするから私の考えるところによりますると、今回の行政協定の認めておりまする米軍に対する治外法権、即ち裁判管轄権というものは、今までの事例におきましてはただ戰時においてのみ許されたものでありまして、戰時以外に認められたというような例を寡聞にして発見することができないのであります。
 そこで然らばどういう点が、今度の行政協定がそれほど広汎なる裁判管轄権を認めているかというと、今度の行政協定におきましては、言葉は施設及び地域となつておりまするが、要するにそれは基地のことでありまして、基地というものを認めて、そうしてその基地におきましてはもとよりこのアメリカの独占的管轄権というものを無論認めておるのであります。これは多くの点において独占的な権利というものを認めたわけであります。裁判管轄権のみには限りません。それのみならず基地の内外を問わず軍人軍属及びその家族に対しましては米国側が裁判管轄権を持つ、又公務中と否とを問わず、公務中であろうが私用中であろうが如何なる場合にも軍人軍属及びその家族の犯しました犯罪につきましては米軍が裁判権を持つ、こういう規定であります。戰争中以外には私は如何なる法律も協定もこれを認めたことはないと思うのであります。で、これによく似ておりますものは旧時代の領事裁判権と見てよろしいのでありますが、旧時代の領事裁判権は属人主義を認めているという点が今回の行政協定と類似いたしておりまするし、又今回の行政協定が治外法権であるかないかというようなことと関連いたしまして、この領事裁判権との比較というものが興味ある問題となるわけであります。この領事裁判権は申上げるまでもなく、外国人居留地という若干のその地域がありまして、尤も中国ではその居留地に又いろいろ種類がございますが、日本では一律に外国人居留地と申しております。この居留地なるものがございます。この居留地内における外国人、いわゆる居留民であります。居留民というものに対してその本国の裁判管轄権が及ぶというのが根本でありまして、従つてその点においては今回の場合と同じでありますが、ただ領事裁判権の場合には、その居留地以外には領事裁判権は及ばない。治外法権というものは及ばない。その点が非常に違つておるのであります。又今回の行政協定では、その治外法権の特権を受けまするものは、軍人、軍属、家族ということになつておりますが、領事裁判権の場合にはそれに限らず、およそ居留民でありまする以上は、誰でもその適用を受けるという権利があるわけであります。併しながら昔の治外法権におきましては、その居留民の数はそう何方、何十万には及びません。極めて限られたものであります。ところが今回の行政協定におきましては、その軍人、軍属及び家族の数が何万に及びまするか、何十万に及びまするか、これを限定することはできないのでありまして、その適用を受けまする人数の上から申して昔の領事裁判権とは比較にならんほど重大な結果を持つものと私は考えておるのであります。ところが今回の行政協定が認めました裁判管轄権というものもやはりこれは国際法上、従来申して来ました治外法権と同じものでありまして、決して違つたものではありません。政府当局は議会において今回の行政協定は治外法権ではないということをしばしば説明されておるのでありますが、それは我々学問の立場から申しまするというと子供騙しの詭弁である、こう申上げるほかには批評の仕方がないのであります。治外法権というのは言うまでもなく領土外にあるというようなそういう考えではなくして、要するに外国におりながら、外国の裁判管轄権を受けない、外国の法権の管轄を受けないということを意味するにほかならないのでありまして、従来は、先ほど柳井さんの言われましたように、外国におります国家元首、或いは外交使節、或いは軍艦、軍隊というものに大体限られておつたのでありますが、大体それと同じような現象でありまするために、領事裁判権も又普通には治外法権と言われておつたのであります。そこで今回の行政協定の認めます裁判管轄権の免除というものが、治外法権であるか、領事裁判権と同じような意味の治外法権であるか、或いは又国家元首、外交使節又は軍艦、軍隊に対する治外法権と同じようなものであるが、こう申しますると私は全然同じものである、こういうふうに考えておるのであります。これが異なる論拠といたしまして、政府当局の説かれまする点は、今回の行政協定においては、その第十六條に、米国の軍人、軍属、家族というものは日本の法律を尊重するのである。又第十七條の四項において、軍人、軍属又は家族が日本の法律を犯した場合には、米国がこれを裁判し、処罰する、そういうふうに書いてあるから、これが治外法権であるはずはないじやないか、こういうふうに説かれるのでありますが、これは思うに昔日本に行われましたところの治外法権時代の歴史を知られないから言うことであると私は考えるのであります。又簡單に今回の行政協定と、そうして昨年の六月十九日に調印されました北大西洋協定とを同視された誤りではないかと私は考えるのであります。およそこの治外法権かどうかということは、その国の法令を尊重するかどうかという問題ではないのでありまして、要するにその在留国の裁判管轄権を受けるかどうかという問題、その法律の適用及び執行を受けるかどうかという問題でありまして、尊重するかどうかということは問題ではないのであります。それで昔日本に行われました領事裁判権の下におきまして、米国の公使は、常にアメリカ人は日本において日本の国法を尊重するのである、ただ日本が米国人に対して日本の国法を適用し、執行することができないだけのことである、尊重することは尊重するのだということをアメリカの公使は常に主張しておつたのであります。これはイギリスや、フランスの公使などと違つておるものであつて、イギリスやフランスはそうではない。日本に在留する自国民というものは、日本の法令には初めから従わないのである、従つてその執行も受けない、処罰適用執行も受けないのだ、こういうふうに申しておつたのであります。ところがその結果はどうかと申しますと、全然同じことに帰着いたしたのであります。如何にこの法令を尊重するとか、尊重しないとか申しましたところで、その日本の法令を外国人に対して適用し、執行する権限はないのでありまするから、結局結果においては全然違いがないということが実証されたのであります。でありまするから、日本の法令を外国のほうで尊重しようというような場合には、日本の法令と同じようなものをつまりその外国が作りまして、そうして自国の居留民にこれを適用するということになつたのでありまして、例えば検疫規則なんというものは、コレラとかチフスとか何かが入ります場合に、やはりこの外国の船も又外国の軍艦もこれを実施してくれなければ困りますので、日本が特にこのことをイギリス、その他の公使に頼んで、同じような検疫規則を作つてもらつたことがあります。そしてそれをイギリスその他の居留民に適用したという例がありますが、要するにそれは日本の法令が適用されたのではなくして、結局やはりその国の法令が適用された、直ちに日本の法令を尊重したということはできないのであります。でありまするから、法令を尊重するかどうかということは、実際上單なるいわば道徳的な義務であつて、法律的効果はない、こういうふうに言わざるを得ないのであります。北大西洋條約の第二條には、非常に広く駐屯軍の軍人、軍属及び被扶養者、つまり家族と同じことでありますが、家族は駐屯国の……受入国という字を使つてありますが、受入国の法令を尊重するということを謳い、そうしてその次に日本の行政協定にはない字が一句あるのであります。又その末段におきまして、又派遣国はこのために必要な措置をとる義務を負う、第二條の末段に又派遣国はこのために必要な措置をとる義務を負う、こういう末段の規定があるのであります。ところがどういうわけでありまするか、行政協定の第六十條には、この末段の規定が拔いてあるのでありまして、私は何の故にこの必要なる規定を抜いたか、その理由を明らかにすることはできないのでありますが、とにかく第二條において今申したように、法令を尊重する、又その協定の精神に合致しない活動、特に受入国における政治活動を愼しむ義務を負うと同じような條文を置きながら、特に末段の規定を拔いたということに何か意味があるのではなかろうかと私は考えるのでありますが、それは主に北大西洋條約におけるこの裁判管轄権のきめ方が、日本のとは違いまして、北大西洋協定におきましては、すべての犯罪について、駐屯派遣国も、受入国も平等の裁判管轄権を持つのであります。でありますから、その点において立場が全く今回の行政協定とは建つておるのでありまして、あらゆる犯罪について一応受入国は裁判管轄権を持つということになつておるのであります。でありまするから、どうしても受入国の法令を尊重するということを書くことは当然であり、又その義務を実行せしめるために、これがために必要な措置を、多くは立法措置だろうと思うのでありますが、措置をとるという義務を負うということになつておるのであります。ところがこの点が日本の行政協定第十六條には拔けておる、又第十七條の第4項には地域内における犯罪とか、地域外において、或いは又日本の法令に反しました軍人、軍属、家族の犯罪というものを米国の裁判所がこれを処罰するということが、裁判処罰するということが書いてあるのでありますが、これも決して日本の法令そのものを適用するものでないということは言うを待たないのでありまして、アメリカの軍事裁判所であろうが何であろうが、日本の法令をそのまま適用するというには当らないので、適用するものはアメリカの法令にきまつておる、従つてたとえ日本の法令と同じようなものが適用されるといたしましても、やはり適用されるものはアメリカの法律でありまして日本の法律ではありません。でありますからこの点において日本の法令が基地その他において尊重され、或いは行われるということも言えないことは言うを待たないのであります。聞くところによると一九五〇年に米国が作りました軍人裁判統一法とかいう法律においてこういうような場合のことが規定してあるそうであります。私は遺憾ながらまだそのテキストを見ることができませんのでどういうふうに規定してあるかは存じませんが、とにかく如何なるふうに規定してありましても、アメリカの軍事裁判所その他が日本の法令を適用するというようなことは立法上あるはずはないのでありますから、従つて適用するものはアメリカの法律である、こういうことになるわけであります。結局この日本の今回の行政協定におきまして、治外法権を認めておると言うて何ら差支えないのであります。のみならずその範囲が従前かつてない広汎な治外法権を認めておるものでありまして、私の知つておる限りでは、戰時は別といたしまして、先き申しましたように同盟條約に基き、又共同作戰計画によりましてそうして戰時、例えば戰場というようになつておるような場合は別でありますが、それ以外においてこういうような広汎な治外法権を認めました協定というものは未だかつて知らないと、こう断定いたさざるを得ないのであります。この点におきまして先ほども申しましたように、昔日本が強制されておりました軍事裁判権、即ち治外法権などとは比較にならないのでありまして、決してこれを同様に論ずることはできないのであります。政府当局としては昔の治外法権というものは違う、これはただ一般居留民に適用されるものであつて、今度は軍人だけであるから範囲が狹いのだ、こういうふうに言われるようでありますが、これは事実を正視しないためのことで、成るほど一般の居留民に及びますが、先ほども申しましたようにその居留民の数は限定されておる、居留地というのは全国に数えるほどしかないのでありまして、その居留地内に住んでおる居留民というものはその数は極めて少い。ところが今度はそうではなくして、その人間は何万、何十万に及ぶかわからないのでありまするから到底比較にはならない。のみならず昔は居留地内のみに治外法権が行われておつたのでありますからその弊害は少かつたのでありますが、今度は地域を問わず治外法権が行われるのでありますから、その影響は恐るべきものがあると、こう私は申さなければならぬと思うのであります。或いはこれに対していや、それはそういう規定は止むを得ず認めたが、併しながらそれはじき改正する、修正するという約束がついておるではないか、であるからやがてそれは修正されるのであつて、單に一時のことに過ぎないと、こういうふうに政府当局は説いておりますようでありますが、私はそういうふうに簡單に楽観することはできかねるのであります。今回の、ちよつと行政協定のテキストを……、これによりまするというと第十七條でありますが、その第一項におきまして「千九百五十一年六月十九日にロンドンで署名された「軍隊の地位に関する北大西洋條約当事国間の協定」が合衆国について効力を生じたときは、合衆国は、直ちに、日本国との間に前記の協定の相当規定と同様の刑事裁判権に関する協定を締結するものとする」。と、こういうふうになつておるのであります。ところがこの点につきまして、この北大西洋條約諸国間の協定というものは、昨年の六月十九日にロンドンで十二カ国間に調印されたのでありますが、そうしてその後今日まですでに十カ月たつておりますけれども、未だ一国も批准したことを聞かないのであります。そうしてこの條約はその調印国のうち四カ国が批准しました折に初めて効力を発生すると、無論四カ国の中にはアメリカをも入れなければ意味をなしませんが、とにかく四カ国批准すれば効力は発生するということになつておりますが、未だ一国もこれを批准したことを聞かないのであります。なぜ十カ月もたつておるのにまだ一国も批准しないかという理由ははつきりはいたしませんが、私の観測するところによりますると、この北大西洋條約国間の協定というものも、成るほど軍隊その他の治外法権というものを明確には規定しておりまするが、ところがこの協定で以て権利乃至特権を獲得するのはアメリカ合衆国だけでありまして、その協定の相手国というものは殆んど何らの権利は得られない、ただ義務のみを負うのであります。これはこの協定上の当然のことでありますが、アメリカはただ特権を得るだけでありまして殆んど義務を負わない。ところが軍隊の駐屯されまする国は義務のみを負つて殆んどその権利というものは得られないということになつておるものであります。でありまするからどこの国の政府も進んでこれを議会の批准に問うということを急がないわけでありまして、かたがた十カ月たちました今日なおこれが一国すら批准しないのではないかと思うのであります。でありまするからこういう形勢で行きまするならばいつ條約が、この協定が発効いたしまするか想像はつかないのでありますが、でありまするからこういう第一項の規定がありましてもこれがいつ適用されるかはわからないのであります。のみならずこの條文をよく見まするというと、「日本国の選択により」、アツト・ザ・オプシヨン・オヴ・ジヤパン、「日本国の選択により、」という一つの條件付きになつておるのでありまして、日本国が選択しなければそういうことにならんということになつておるのであります。ところが果して日本が選択するかどうかということはわかりません。選択しない場合もあり得るのでありまして、現に選択しない場合を予想いたしまして、この條の第五項に「日本国が1に掲げる選択をしなかつた場合には、2以下に定める裁判権は、引き続き行われるものとする。」というふうにちやんとその選択しなかつた場合のこともはつきり規定いたしておるのであります。更に又この第一項の末段を見まするというと、「協定を締結するものとする。」とこう書いてありまするが、原文をよく見まするというと、締結するであろう、ウイルという字を使つてあるのでありまして、單なる締結するであろうという、いわばアメリカの任意的の規定になつておつて、決してアメリカを義務付ける規定にはなつておらないのであります。若しアメリカを義務付けるためには、「締結するものとする。」とうのではいけないので、締結する、シヤルという字を使わなければいけないのでありますが、ウイルを使つてある。このウイルとシヤルとの使い分けはこの行政協定全文を通じて守られておるのでありまして、他の條項と比較いたしますると非常にはつきりいたすのでありまして、ここには單にウイルという字を使つて、せねばならんという意味に書いていない。或いはそのことを約束する、アンダーテイクとか、或いはそのことが合意されたというふうに書かなければ、義務付けたということにはなりません。これはこの條文の両方を比較して見まするというと、明確にこの義務を負います場合にはシヤルを使いますが、或いはアンダーテイクとというこを、或いはイツト・ウオズ・アグリードという字を、合意されたという字を使つておるのでありまして、單なるウイルという字を便つた場合には單なる任意的な規定、それはアメリカの合意に任された規定という意味に解するほかないのでありますが、遺憾ながらこの場合はやはり締結するであろうというふうに書いてあるのでありまして、義務付けたようにはなつておらないのであります。でありまするから日本がたとえ選択いたしましても、アメリカが締結するかどうかということはアメリカの合意によるわけでありまして、アメリカが嚴格な義務を負うているというふうには解釈することができないのであります。又この北大西洋條約が容易に発効いたさない場合を予想いたしまして、第五項の終りには「前記の北大西洋條約協定がこの協定の効力発生の日から一年以内に効力を生じなかつた場合において、日本国政府の要請があつたときは」……日本国政府の要請があつたときは、「合衆国は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族が日本国で犯した罪に対する裁判権の問題を再考慮するものとする。」と書いてありますが、それもやはり同じ書き方でありまして、日本国の政府の要請があつたというこの條件付に従つて、要請がなければ再考慮しない。要請があつた場合に初めて再考慮する、そして再考慮するであろうとやはり書いてあるのでありまして、ウイル・リコンシダーという字が使つてあるのでありまして、やはり任意的な規定になつておる、こういうふうに実に嚴格に書き分けてありまして、決してこの行政協定にきめてありまする刑事裁判管轄権に関する規定をアメリカがどうしても修正しなくちやならんとか、或いは再考をしなくちやならんということは義務にはなつておらないのであります。でありまするから、果してアメリカが修正説に同意するや否や、修正を再考するや否やということは、アメリカの任意に属することと、こう解釈しなければならないのでありますから、遺憾ながらこの條約がそう簡單に再修正されるものと期待することはむずかしいと私は感じておるものであります。
 まあこういうわけでありまして、この刑事裁判権の管轄というものは誠に従来例のないものであり、又その修正のそ他の再考慮についても幾多の憂慮が、心配があるわけであります。又たとえこれが北大西洋協定と同じように修正されたと仮定いたしましても、北大西洋協定というものはこの期限が明確に規定されておりまして、期限は四年、四年たてばそれを廃棄するということができる。通告後一カ年間で失効することができるということになつておりますから、要するに五年であります。五カ年の期限が規定されておるのでありますから、たとえ北大西洋條約が不満であつたとしても、五カ年のうちにはそれが廃棄されるという見通しがありまするから我慢することができるわけでありまするが、ところが日本のほうはそうではないのでありまして、言うまでもなくこの行政協定は安全保障條約と同一期間有効であるということになつておる。そうして安全保障條約の期間というものは限定されておらない。はつきり限定されておりませんから、要する無期限の條約と言わざるを得ません。従つてこの行政協定は又無期限と言わざるを得ないのでありまして、そういう点において北大西洋協定と又大きな開きがある、こう申さざるを得ないのであります。でありまするから、この刑事裁判管轄権という問題にいたしましても、これは要するに戰争というものを前提し、又それが戰場にあるということを前提にしたときにのみ考えられる問題でありまして、平時の場合には考えることのできない私は規定であると思うのであります。これと、先に申しました日本において数のきまらない、多数の軍事基地を租借し、且つ駐屯軍を置くという点とを併せまするというと、結局この條約及び協定というものが、日本を戰争前におけるならば半植民地若しくは植民地、又民族の例によりますならばフイリピンとかヴエトナムと同一の列に置いたものでありまして、決して本当に日本を独立主権国と認めたということはできないのであります。若しもヴエトナムのような国が独立主権国であると言うならば、無論日本も独立主権国でありましようが、ところがヴエトナムのごときは独立主権国ではなく、事実においてフランスの植民地である、或いは属国であるというように多くの人が認めております以上は、日本も又それと同じようなふうに見られるということは止むを得ないことではないかと私は考えるのであります。こういうような條約及び協定というものは、思うに軍事当局者でなければ考え得られない政策ではないかと思うのであります。若しも外交当局或いは米国の大統領府というようなものが考えましたならば、決してこういうような條約を作ることはなく、恐らく北大西洋協定と同じようなものを作ろうと考えたに相違ないと思うのでありまして、又それができなければならんのであります。ところが思うに従来数年間に亘りまして、日本に対してどういう條件を強制すべきか、どういう條件を課すべきかということについて軍事当局と大統領府と、そうしてマツカーサー司令部との間に扞格がありましたが、その扞格がやつと朝鮮戰争の教訓によつて一致点に利達いたしましたが、遺憾ながら日本にとりましては結局この軍事当局の意見が全勝を占めたということを立証するものと私は考えるものであります。この点については我が国にとつて不幸であるのみならず、米国の政策といたしましても、私は決して当を得たものではないのではないかというふうに考えておるのであります。
 先ず一応……時間も過ぎたと思いますから、私の説明はこれだけにいたしておきまして、又あとでいろいろ御質問にお答えいたしたいと思います。
#36
○理事(徳川頼貞君) 有難うございました。午前の委員会はこの程度にとどめまして休憩いたします。午後は二時から開会いたします。
   午後零時五十分休憩
   ―――――・―――――
   午後二時三十二分開会
#37
○理事(徳川頼貞君) それでは午前に引続いて会議を開きます。
 最初に守屋和郎君にお願いいたしたいと思います。守屋さんは午前に御出席ございませんでしたので、申上げておきまするが、一応三十分でお話をおとめ願いまして、その後各委員から御質疑があることと存じますので、お答えが願えれば仕合せと存じます。
#38
○参考人(守屋和郎君) お許しを得まして行政協定に関する私の意見を申述べさせて頂きます。
 最近行政協定ができましてから新聞その他で大分議論されておるのでありますが、この協定に関しての法律論からの批判は二点にあるように考えるのでございます。一つは憲法上、この行政協定を議会の承認なしに締結したのはいいか惡いかという問題であります。第二点は、特に第十七條等において規定しておりますところの軍隊の特権、治外法権と呼んでもいいのでありますが、その権利に関しての批判でございます。これは議論を見ておりますと脱線した部分もございまして、政治的の議論が甚だ多いのでありますが、私は純理論的にこの法律論からのみこれを見たいと考えておるのであります。法律的純理論からして、いいか惡いかということについての私の意見を申述べます。
 第一の問題は憲法上の問題でございますが、憲法の規定によれば條約は議会の承認を経なければならないようになつております。この條約はあらゆる條約を指すのでありまして、一切の條約という意味でございましよう。條約、協商、協約その他いろいろな名義を以ちまして国際間の條約が呼ばれておりますが、この一切を指したものと考えるのであります。従つて行政協定が議会の承認を経なかつたことについては常に議論になると思うのであります。然るにこの行政協定につきまして、安保條約第三條に予見しておるところの行政協定でありまして、すでにその基本的の條約を議会は承認したときに、この附属協定は併せて承認されておつたのではないかという議論を私にさせるのであります。若しも議会がこの附属協定を承認しないならば、留保を付して條約を承認する方法があつたろうと考えるのであります。又或いはこの問題につきまして、行政協定の定める治外法権に……軍隊の治外法権に関する幾多の規定が、厖大なる権利を米国軍隊に與える非常に重大な内容のものであつて、而も新たにこの行政協定が創設したかのごとき感を與えるのであるから、基本條約の予定しないところに来ておる。従つて、これは議会の承認を経なければならないという議論をされるのでありますが、それにもかかわらず私は、安保條約三條が国会によつて承認されておる以上、軍隊の治外法権的地位に関する規定は行政協定に包含されておるのであるが、これは必ずしも議会の承認を得なくてもいいのではないかという考えであります。なぜならば軍隊の駐在を認める以上、軍隊には治外法権的立場というものが付きものなのであります。軍隊の駐屯を認める限り当然に行われる問題であります。これは国際法上疑うことができない、軍隊が駐屯すればその地域が治外法権的である、これはきまつた原理でありまして、軍隊が治外法権を持つたからと言つて否定することはできない。その内容が広きに失するという点はやや非難に価いするかと思いますけれども、一旦安保條約において承認を與えた駐兵の、いわば施行細則的な行政協定については法律的に見て議会の承認を得ることが必要なものだとは考えないのであります。基本條約がすでに承認されておる、その予定するところの附属協定でありますから、あらかじめ議会はこれを包括的に承認したものと見て差支えないのではないかと考えるのであります。但しこの扱い方につきましては、政府の扱い方についてはもとよりやり方がまずい、こう考えておるのは当然でありまして、これは政治理論的になりますから省きますが、法律論としては今私が申上げたような意見を私は持つているのであります。次に治外法権の規定に関しての世論は相当ごうごうたるものがありますが、私は軍隊の駐屯する限りさような特権が認められるのは当然であると考えておりまして、やや世論が悲観に傾いておると見るものであります。もとよりこの規定の中には米国軍隊の持つ特権が広きに失すると認められる点がございます。併しこれとても経過的には、僅かな期間の間の措置としては万止むを得ないものではなかろうかと考えるものであります。軍隊の治外法権というようなものは一般の治外法権、即ち軍隊とか軍艦とか、外交使節とかいうものでない一般臣民の駐在国において受ける治外法権、即ち往年トルコにおいて見たような、又中国において最近まであつたような、又日本も一時その束縛を受けたような治外法権とは甚だ異なつたものであります。そのものは主として非常に鄭重な様式によりますところの條約がこれをきめまして、トルコのごときは特にカピテユレーシヨンズという非常に鄭重な形で條約をきめられましたし、中国におきましても阿片戰争以後幾多の重要な條約がこれを規定したのであります。併しそれは軍隊の治外法権とは甚だ趣を異にする、似ても似つかないところでありまして、特に私が中国における治外法権撤廃の問題に長い間思いを馳せまして、研究した結果から判断いたしますと、この制度が制度を存置されている国に対して與えた束縛というものは非常に大きい。トルコ然り、中国然りであります。中国は百年前、トルコのごときは四、五百年も存続しておつたのでありますが、このいわゆる治外法権制度、或いはこれを特に領事裁判制度などとも申しますが、それとこの軍隊の駐屯に関連しての治外法権というものは非常に違う。そこで軍隊が駐屯する限り、当然にその職務遂行のために不可侵的な地位を認められなければならないという理論から言えば、今度の行政協定の定める治外法権的の軍隊の地位、これは止むを得ない、又当然である。日本国家はこれを甘受しなければならないと考えるのであります。特に再声大きくして、裁判権を米国軍が持つのは不当だというような声を聞くのであります。これはそういう負担がないに超したことはありませんけれども、これを作り出すことについては米国の側にも相当の理由がある。今言つたように軍隊の使命達成の上においては、その地位が不可侵でなければなりませんし、その他いろいろな理由があるのでありまして、長い間国際公法上この地位が是認されて来ていると考えるのであります。ただ先刻私が申上げましたように、今度の規定による軍の治外法権的地位というものはやや広きに失すると考えるのでございます。併しそれも等分の間であれば是認せざるを得なかろう、こう考えるのであります。その広きに失する部分は何であるかと申しますと、第一に軍人の家族に対して特権を拡張したことは、軍人の家族は軍人でありませんから、軍隊でありませんから、これは観念上なかつたほうがいい、法律論としてなかつたほうがいいと、こう思うのであります。又軍人が職務外の行動につきまして、定められたる駐留地域外にありましてもその裁判権がアメリカにあるという点も非常にこれは広きに失するのではないかと考えております。又駐留地域の附近の土地、即ち駐沼地外の土地に対してアメリカの軍隊の、アメリカの捜査、逮捕等を認めた点も、一般の場合よりも枠が拡がつていると思うのであります。併しこれも経過的には止むを得ないだろう、こう私は考えます。経過的に止むを得ないだろうというのは、どういう理由でありますかと申しますと、第一法制上、米国と日本との間には相当の相通がある。異体法が違うばかりでなく、手続が相当違う、これを咄嗟の間に調整して、お互いに紛争がなく、こういう問題を解決するということは困難だと思うのであります。私今まで申上げましたことは、刑事裁判管轄権について主として言つていると御了解を願います。又現在の占領軍が占領軍としての地位を失つて、條約に基く駐留軍隊と代るのでありますが、これまで日本官民が占領軍に対して抱いたところの感情、急に中和になりましてからのこれら官民の感情、そういうようなことを考慮に入れますると、急激な変化は両国民の感情の対立を来たす慮れがないでもありません。又日本の警察官等が米国の軍人を逮捕する、捜査するといつたような場合におきましても、手続が違うし、言葉が通じないし、感情が対立しておるというような場合には予期せざるところの不祥事が発生しないとも限らないのでありまして、これらのことを考慮に入れますれば、相当の期間便法を設けることは止むを得ないものと考えておるのでございます。
 次に民事裁判権の問題につきましては、これはもう言うことがありません。裁判手続があの規定によつて非常に簡便になつておる、普通の日本における裁判手続等によりましては時間がかかつてしようがない、又手続上の相違があつたりして調整が困難であるというときに、あの便法を認めたことは、至極結構とすら考えております。民事の規定についてはさように考えております。早く民事の訴訟をされるという点に重点を置いて申上げるのであります。こう見ますと、刑事及び民事の裁判権に関する行政協定の規定は、まあそれでよかろう、こういうのでありますが、但し刑事裁判権の広きに失する点、これはやはり上つの非難せらるべき点でありまして、将来は必ずこれは改めなくちやならない。これは私の立法論でありますが、将来これは改めなくちやならない。それは北大西洋條約関係のあの規定を持つて来るということは、協定の中に謳つてありますから、あれを実行すればよろしい、その他これに関連して政府の見解が披瀝されておりますが、あの通りでこれはよい、こう思う。そういうような制度までも、軍隊に治外法権を與えることはよくない、こういうように考えるのは正論だとは思われません。北大西洋條約の定めるこれらの規定は、英米というような世界でも文明国と言われる国の相互の間のバイラテラル、双務的な約束でありますから、これまでも批判するというようなことがあつてはいけないと考えております。それに近ずくことは非常に必要である、日本国政府は将来成るべく早くこの北大西洋條約の規定に合うような改正を試みるべきだと固く信じております。先刻軍隊の治外法権というものは、いわゆる一般的な治外法権つまり人民の恩惠をこうむるところの治外法権、即ち領事裁判権と呼ばれているものと非常に違うということを申上げましたが、この点につきまして一、二附言をして御了解に便したいと思うのでございます。一般領事裁判権といわれるところの治外法権制度は、非常に大きな主権に対する制限でございまして、身体の不可侵、財産の不可侵それから税の免除等がありますし、又居留地制度とかいろいろなものがくつ附いております。これはトルコにおいても中国においても同様であります。これは忍ぶべからざるほどの制限でありまして、中国やトルコが如何に苦しんだか、特に中国が如何に苦しんだかは、これは今更申上げるまでもありません。然るにこの軍隊の治外法権というふうな問題は先ず存続期間がわかつている、数えられる、いつ廃止せられるかということは大体見通しがついているのであります。そう大きな負担として永続するものとは考えられません。又この制度を認めたからと申しまして関税の面だとか、内地の税の面なんかにおいて軍隊が非常に大きな利益を享受するということはない、中国におきましては関税、内地税等の免除によつて非常に利益を外国が受けまして、それこそ中国の財政を危うくするほどであつたことは今更言うまでもない、こんなことは軍隊の治外法権についてはありません。又この領事裁判的治外法権制度というものには、文明が異なつているとか、或いは劣等の文明であるからこれに従うわけにいかんとか、その他東洋を侮辱するような観念が基礎になつております。これは惡いことでありますが、軍隊の場合はそういうことはない。英米相互の間にもこういう制度があるということから考えますれば、二者の相違はおのずから明らかだろうと存じます。
 大体私の見方はそうでありますが、今度政府が民間にこの協定を説明いたします時分に、頗る手際が惡かつたと考えるのでありまして、そのために法律の理論が大体私が申述べたようであるのにかかわらず、私の見解によれば非常に政府が攻撃されたということについて甚だ遺憾に思うのであります。これは政府にも落度があつたように考えます。例えば、この刑事裁判権などについて属人主義などという字を使つたのは大変よくない。属人主義というものは即ち治外法権制度で、昔の治外法権制度を示すところのものであつて感じが惡い。むしろ、若しこの字が使いたければ被告主義とか何とかいう字を使えばわかりいい。これは被告主義は現在の司法裁判の大原則でありますから、アメリカの軍人が被告の場合はアメリカが裁判を受持つと言つたらわかりいい。属人主義なんといつて、パーソナリテイ・オブ・ローといつて、これは古い治外法権制度の根本概念なのでありまして、もう古い字だ。それがつまり領土権の属地性、テリトリアリテイ・オブ・ロー……、追い出されてしまつたところのものをわざわざ持つて来て説明するということは、政府の甚だ用意が足りなかつたと考える。属人主義とか被告主義とかいう字を使わずに單刀直入、軍隊であるからこういう制度を持つことは当り前だというふうに説明して行つたほうが余ほど簡單であつたと思うのですが、属人主義とか治外法権とかいう字をたくさん使いましたために世の誤解を受けたのではないかと思うのでありまして、事態そのものがはつきりしなくなつたのは甚だ遺憾であつたと思つております。なお政府は、このアメリカの軍隊も可能な範囲において日本の法律を尊重するということを強調して説明しなかつたように思う。日本の法律を尊重するということは一般の治外法権制度にはないことでありまして、このことは特に数日前の「日本タイムス」に掲げられた。今忘れましたけれども、或いはアメリカの関係筋の弁明にもありましたごとく、日本の裁判権、日本の法律を尊重するが故に、軍隊の特権は治外法権ではないのだという説明をしておりました。わざわざ治外法権ということを強調して無暗に世をいらだたしたような責任を、私は政府に問わなければならない。私の申上げようとすることは以上でありまして、時間がまだ余つておりますけれども、大体要領は申上げ終りましたから、これで失礼いたします。
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#39
○理事(徳川頼貞君) 有難うございました。それでは只今より質疑に入りたいと存じます。
#40
○吉川末次郎君 いろいろ四人のかたから御公述を承わりまして、先ず感謝したいと思うのでありますが、それで二、三のこについてそれぞれ参考人のかたにお尋ねいたしたいと思うのでありますが、先ず第一に佐藤教授にお尋ねいたしたいのでありますが、佐藤教授は極めて明晰な論理を以ていろいろ御公述になりましたことは、大体私から個人的に佐藤教授にお届けいたしました私のこの問題についての意見書の概要を書きました内容と、大体において符合し、共通いたしている面が非常に多かつたのでありますが、ただ特に一点違いまする点は、只今守屋参考人からも御公述になりました点と共通面が若干あるわけでありますが、即ち安保條約第三條によつて、行政協定は両国政府の間において定められたということを、国会がすでに安保條約を承認したことによつて、これを肯定したものであるという点が、私の佐藤教授に手交しました意見書と内容が違うところであります。その他の面につきましては極めて共通面が多かつたのであります。それで各参考人からいろいろとお話になりましたように憲法第七十三條によつて、行政協定は條約であるのであるから、必然的に国会の承認を事前又は事後において経なければならんという見解、これは私の見解であり又多数他の議員もその立場をとつておるわけなのでありますが、そういう観点から只今まで政府当局に、吉田首相、岡崎国務相、その他の諸君に問い質して参りまするというと、佐藤参考人も御引用になつたのでありまするが、初めはこれが條約であると肯定することにつきましても非常に言い澁つておつたのでありますが、まあ到頭今日では條約ということを内閣のほうでも認めたようであります。それでもう一つの、国会の承認を要しないと言つておりますところの理由は、佐藤参考人御引用のごとく、本会議及び委員会等におきまして、吉田首相から、これは施行細則に過ぎないものであるということを頻りに言つたのでありますが、これは我々も反駁し、又佐藤参考人も只今御反駁になりましたが、佐藤参考人の御反駁の通りであると私は考えるのであります。もう一つ政府がこれは條約でない、行政協定として国会の承認を要しないといたしております論拠の一つは、これは岡崎国務相が参議院の本会議にそうしたことの質問に対して答弁いたしました理由としましては、安保條約第三條においては、條約であるならば国と国との間の條約であるという立場から、そういう文言が使われるべきであるけれども、特に行政協定に対しては両政府間の協定という言葉が使われてあつて、国という言葉が使われていない、だからしてただ政府と政府との間で以て締結されてそれでいいのであるから、一般條約に対するところの憲法の條章の適用を受ける必要がないということを非常に強調したのでありますが、併しこれも、政府というのは即ち国を代表するものであるから、岡崎国務相のそういう理由は理由にならないということをたびたび糾問いたしまして、今は余りこれを言わないようであります。結局政府が今日唯一の論拠といたしておりますることは、只今守屋参考人がお話になりましたような、安保條約第三條によつて国会がこれを政府に委任したものである、行政協定は国会の承認を得なくとも、両国政府だけで協定を結ばれても、すでに安保條約が国会の承認を経た以上、それは包括的に委任されたものであるということを、今日では、私の見るところでは唯一のそれに対する拠点といたしておると考えられるのであります。これは今まで政府の、我々の追及に対する反駁論といたしましては、その他の理由はすべて政府みずから今日余り言わなくなりまして、ただその一点に拠点を求めていられるようでありまして、又これは政府の立場として、まあ参考人もお話になりましたように、比較的有力なる拠点として貢献をしておると思うのでありますが、併し私たちは実はそれを認めることができないのでありまして、第三條によつて包括的に国会がこれを政府に委任したものであるというところの解釈には服することができないという建前をとつており、又今日といえども、お話がありましたけれども、我々はその考えを覆すわけには行かないのであります。それで私たちはこれが両国政府だけで結ばれても、包括的に国会から委任されたものであるからして、国会の承認を経る必要がないところのものであるということに対して、我々は委任したものではないという解釈をとつておるのでありますが、若しこれを委任したものであるといたしまするならば、この安保條約第三條に、行政協定に関する文言に先んじて、そういう文言がここに入つていなければならんと考えられるのでありますが、佐藤教授はそれについてどのようにお考えになるかということを一つお答え願いたいと思うのであります。
 それからこれは又参考人に対して申上げる必要もないことでありますが、政府は我々に対するところの反駁の論拠といたしまして、これが国際慣例であるということを頻りに言うのでありまするが、政府が国際慣例という名において議員のそうした反対論に対抗いたしておりまするものは、結局佐藤参考人もお話になりましたと同じように、アメリカの憲法によるところの慣例を以てそのまま日本の憲法に当てはめることができるというふうな錯覚を持つて言つておるものであると考えておるのでありまして、それは又佐藤参考人もそういう点についてもお話になつた通りでありますが、大体政府が今までそれについて申述べておりまする点と我々の意見の相違とをざつと申上げた次第なのでありますが、結局のところ安保條約第三條の承認によつて、包括的に委任されたものであるということを、我々は委任をいたしておらぬつもりなのでありますが、そのことについてもう一度私の申上げましたようなことを基本にしてお答えが願いたいと思います。
#41
○参考人(佐藤功君) 今の吉川先生のお尋ねにつきましては、或る程度は私前に述べたことだとは存ずるのでありますが、最後の辺に仰せになりました点について特に申上げたいと思います。つまり安保條約第三條で「配備を規律する條件は、両政府間の行政協定で決定する」とだけ書いてあるのであつて、それに国会の承認を要しないということがはつきり出ておらないではないかという点だろうと思うのでございます。それで、それはその通りだと思うのですが、若しはつきりそれを入れるようにとしましたときに、どうすればいいかというふうに考えて見ますと、配備を規律する條件は、日本国憲法第七十三條により国会の承認を要しないところの両政府間の行政協定でこれを定めるというようなふうに、はつきり書くより外仕方がない。で、ただそういうことを書くこと自身が問題であろうと思うのでございますが、ともかくそう書けばそれははつきりいたします。で、そういう書き方が書いてないということは確かなのでありますが、併し反対に考えて見ますと、この今の安保條約三條では、逆に「両政府間の行政協定で決定する」としてあります。その行政協定というものが必ず七十三條の「條約」である。つまり国会の承認を経なければならないという趣旨のこともこれ又はつきりしておらないわけでありまして、そういう、つまり両方ともはつきりしていないと言えると思うのであります。若しもその後のほうの行政協定というものは、国会の承認を経るのだという趣旨をはつきりしようと思いますならば、この安保條約三條に、「配備を規律する條件は、両国間で別に協定する」というようなふうにでも書いてありますればそれははつきりいたします。併しそうも書いてないとすれば両方ともはつきりは言えいのではないかという気がするわけでございます。そこで、そういうふうに考えまして、先ほども申しましたように委任ということについてなのでございますが、それはつまり、これは又後で御質問を受ける点かとも存じますが、前に申しましたように、「配備を規律する條件」というのは、それは政治論は別といたしまして、法律的に申しますと相当に広い。従つてそれを委任したということは、現在の安保條約三條のところからも読めないわけではないではないか、そういうふうに考えております。
#42
○吉川末次郎君 それで佐藤参考人の御証言は大体においていずれとも明確でない。政府の見解も必ずしも法律的見地からは明確ではない。又併し、それに対するところの我々の把持しておりまする見解も法律的に必ずしも明確でないという御証言であつたと了解いたしたいと思うのでありますが、そこでですね、もう一つ観点を変えてお答を得たいと思うのでありますが、それはどちらかにも解釈されるというまあ立場の上に立ちまして……私たちはそれには反対いたしております。我々は明確に憲法第七十三條によらなければならないという見解をとつておるのでありまするが、併し今佐藤さんがお話になりましたような見解に基きまして、ここで国会が議決をいたしまして、そうしてその内容の点から考えても、これは極めて重大なるところの内容を含んでおるところのものであるからして、憲法の全面的な、民主主義的な精神、又條約締結に対するところの従来の明治憲法の見解、或いは專制国家におけるところの独裁的な、君主その他が探つておるところの專制的な條約締結に対するところの権限というようなものから離れて、国際條約の締結についても、従つて外交の処理についても、やはり民主主義的な見地からその独裁権を廃し、又いわゆる秘密外交の弊に陷らないように、国会の、国会至上主義の立場からこれを国会に承認を求めるの挙に出ようというところの決議案が、何らかの形において国会に提出せられまして、それが議定されたといたしまするとです、これは毎日新聞に発表されておる臘山政道氏の見解が大体それに似たものであると考えるのでありますが、そういうことの挙に出でるということは、どうかという問題でありまして、私は吉田首相にもその問題について質問をしたのでありまするが、大体において政府が法律的見解の如何は別問題といたしまして、政治的な考慮から国会に事後承認を求めるの挙に今日出でまして、もう衆議院においてはもとより與党が多数なのでありますから、当然行政協定は衆議院は承認するだろうと思うのであります。又参議院においても私の見るところ、大体において反対する者は余り多数でなくしてですね、これを承認するような結果を来たすだろうと思うのでありますのそうすると行政協定が政治的見地からも、国会において多数で承認されたということになりまして、政府にも極めて好都合であり、又国民の感情もそれを通じて昨常にスムーズにこれに対するようなことになるのではないかと思うのでありますが、これは法律問題との関連性はありますが、むしろ政治の問題でありますが、或いは学問としては政治学の問題であるかも知れませんが、そういうことについてまああなたのお父さんは政治学者であつて、同時に憲法学者である、あなたも恐らくその遺髪を次いでおられるのだろうと思いますから、純法律的な立場から離れてそういう点についての御見解をお伺いいたしたい。
#43
○参考人(佐藤功君) 只今の点は法律論を離れてということでございますが、まあ政治論的と申しますか、どちらが望ましいかというような点について申しますならば、私も前に意見として申しましたこととも関係するのですが、要するに国会の支持ということをバツクにするということが日本国憲法における内閣の建前であろうと思いますから、そういう意味におきまして、何らかの方法で国会のまあ承認と申しますか、これは憲法上の承認のことではございませず、政治的な意味での承認でございますが、そういう承認を得とるいうことのほうが、それは望ましいということは私も同感でございます。
#44
○吉川末次郎君 それで今私が申しました問題につて柳井さんにお尋ねいたましすが、柳井さんは先ほど御証言によりまして、今の問題については佐藤参考人と同じ結論であるというお考えでありまして、そうしてそれの論拠としていろいろな実例を御引用になつたのでありますが、併しながら私の承わつた感じからいたしますると、柳井さんの御引例は、これは旧憲法時代のいろいろな実例を御引用になつたので、必ずしも今私たちが問題にいたしておることには、そのまま該当しないような感を非常に受けたのであります。それで柳井さんにお尋ねするのではなくて、これは佐藤さんにお尋ねいたしたいのでありますが、佐藤さんは、柳井さんはあなたと同じ考えであるというような今結論を下されたのであります。而しいろんな明治憲法時代の実例を引用せられたのでありますが、私が今申したように、どうもそれはあなたと同じ論拠に立つていらつしやらないで、少し柳井さんの言は実情からは離れておるんじやないかというような感が強いのでありますがあ、なたは、柳井さんが右のことについて証言せられたことについてどのようにお感じになつているか、そうして又柳井さんは、あなたと意見が同じであるとおつしやるのでありますが、果して同じとお考えになつていらつしやるのかどうかということを、一つ佐藤参考人の建前からお話を願いたいと思います。
#45
○参考人(佐藤功君) 柳井先盗のお話になりましたことが、私の結論と同じだと柳井先生がおつしやつたのは、私はよくわかりませんか、文字通りその結論において同じだという意味でお話になつたのではないかと思います。つまり第三條のやはり委任ということで、何とか説明ができるというその点で一致しているという意味で御意見をお述べになつたのではないかと思います。それで今のこの吉川先生のお挙げになりましたいろいろな実例と言いますのは、恐らく柳井先生がお話になりました枢密院官制の取扱のことであろうと思うのですが、あそこで柳井先生が五つばかり枢密院の批准を要しないとした国際約束というものを五つばかりお挙げになつたのですが、それは大体において私が述べましたこの純然たる事務的な細則、そういうものに大体当てはまるようなものをお挙げになつたように私は考えております。ですから問題はそういうもの以外にも、なお今の日本国憲法の建前で申しまして、実質的な條約と認めるもの以外のものが、なおあるかどうかという問題は依然として残つていると思うのでありまして、そういう点は柳井先生はどういうお考えなのかは私もわかりません。
#46
○吉川末次郎君 それでは簡單に神川博士にお尋ねをいたしたいのでありますが、やはり二つのことをお尋ねいたしたいと思いますが、第一にお尋ねいたしたいことは、先ほど来私が質問いたしておりますことでありまして、これは專ら憲法論でありまして、憲法の專門家をこれ以外に来て頂きましてお話を伺うことになつておつたのでありますが、憲法の專門家としては、実は六人の参考人の中では佐藤さんだけしか来て頂くことができなかつたのであります。これについては後に更に委員長にも申上げたいことがありますが、これは別のことにいたしまして、それで神川博士は国際法学者でいらつしやる、国際法と憲法とは密接不可分の関係にありますから、国際法学者でいらつしやる神川博士は、又先ほど来問題になつておりますところについても御見解が十分におありのことだろうと思いますが、それについての神川博士のお説を、この機会に先ほどお述べにならなかつたようでありますからお洩らしを願いたいと思います。
#47
○参考人(神川彦松君) 今吉川さんから、先ず第一の問題として行政協定は議会の承認を要するや否やという問題で私の意見をお尋ねになりましたのでありますが、実は私は自分一個の勝手を申しますと、余りマツカーサー憲法そのものをそう賛成いたしていないのであります。根本論としてその意見を持つておりますので、従つて余りマツカーサー憲法論は申したくないのでありますが。折角のお尋ねでありますから簡單に私の考えを申上げますが、私は無論行政協定が條約であるという点についてはもう議論の余地がないと思つております。アメリカにおいてこそエグゼキユーテイヴ・アグリーメントとか或いはゼントルマンス・アグリーメントとか、多少名前は変つておりますが、そういう例外が認められておりますが、これも上院の條約議決権の憲法上の脱法行為だろうと思つております。大体百年前に米国とカナダとの国境に関するバゴツト・ラツシユ協定で以てその先例が開かれたのでありますが、爾来約一世紀間そういう惡い先例が積り積りまして、慣例上エグゼキユーテイヴ・アグリーメントというものが條約以外に認められるということになつておる。殊にフランクリン・デイ・ルーズヴエルトは、その行政協定を結ぶこと何万というので、殆んど誰もが想像の及ばんほど沢山作つております。僅かに、現われておりますものは数百に過ぎませんが、それだつて正式の條約に比べれば何倍あるかわかりませんが、全然秘密に付されて何人も知らないものが何方あるかわからないことがアメリカ第一の外交家で且つセネターでありますウイリアム・ランがーがセネートにおいて御明しておりますが、実に夥しい行政協定……私は大統領協定を訳しておりますが、余りにも弊害が甚だしいのであります。ルースベルト時代から非常に非難がありますことは御承知の通りと思うのでありますが、若しもこういうようなものを認めますならば、上院の條約協賛権というものは有名無実、戰時においては有名無実と言つてもいいくらいでありまして、どんなものでも大統領協定でできるということに私はなると思います。又何でもこじ付けて大統領協定でやつてもいいくらいであります。でありますから米国の憲法上の観念といたしましても甚だ面白くないということは、無論言うを待たないのでありますから日本がそういう惡い例を踏襲する必要は全然ないのでありまして、日本はともかく新らしい民主主義政体の慣例を作り行くべきときでありますから、そんなものは全然念願におかず、日本独自の立場からやるということは当然のことであります。さて問題は、やはり結局政府の立場としては、安保條約第三條で委任されたのだという説明をするだろうと思いますので、又それが確かに私は政府としては一番有力と思います。併しながら若しもたつた一條で、こうこうこういうことは両国政府間の行政協定を以てきゆる、インプリメンテイトするということが書いてある、こういうことで委任というならば、もう議会というものは一応簡單な一カ條を通しておけば、インプリメンテイシヨンとして政府は何でもできるということになるから、如何にアメリカの議会であろうが、そうしていないのでありまして、予算であろうが何であろうが、最初簡單に決定いたしますけれども、後にインプリメンテイシヨンで以ていろいろなことを詳しく規定します場合には、予算を初めやはり議決を要するということになつておるのであります。この行政協定のように第三條で以て何をきめたかわからない、又実際これほど重大な條約というものはないのです。実際におきましてこれほど重大な條約というものを、ただそういうことできめるという方法を書いてあるから、それで以て議会の承認を得ないんだということになれば、どんなものでも私は議会の承認を得ないでやつてよろしいと思います。そうすれば政府の、行政府の独裁ということになるのでありまして、全然民主政体とは両立いたしません。でありますから法理的には確かに政府に拔け道があるということも私は認めないわけではありませんが、そういう三百代言式なことを言わずに、政府としては正々堂々と議会の議に付して、そうして立派な先例を作るということが当然のことであろうと思うのであります。でありますからこの点について、私は政治論といたしましては全く議論の余地がないと、こう考えております。
#48
○吉川末次郎君 私ばかり質問して甚だ恐縮でありますが、これで終りでありますからよろしくお願いしたいと思いますが、それで神川博士にもう一度お尋ねいたしたいと思いますることは、あなたのあとに証言せられました守屋参考人の御証言でありますが、あなたがすでに守屋さんがおいでになる前に御証言になりましたことと多少重複いたしましても私としては結構でありますが、あなたのお述べになつたところと、守屋さんが証言せられたところとは非常に違つておる、又反対であるというようなところも相当に、大幅にあつたような感を私たちは持つのでありますが、それで守屋さんのお述べになつたことの前般、特にこの裁判管轄権の問題についてのあなたの御見解の立場から、守屋さんの証言をどのようにお考えになるかということを一つ、守屋さんを前にして或いは多少言い憚られるようなところもあるかと思いますが、そういう一つ感情を一擲して自由に一つ論評して頂きたい、勝手なようでありますが、一つ……。
#49
○参考人(神川彦松君) これは多年御懇親に願つております守屋さんですから別に遠慮も何も要りませんし、これは單に個人的な問題ではありませんし、重大なる国家問題でありますから、私は全然遠慮を拔きまして率直に申上げます。確かに私が申上げましたことと、守屋さんの述べられました御意見とは非常な懸隔があるのでありまして、いろいろな点が違つておりますから一々どうも説明すれば随分時間がとるわけでありますが、(笑声)その主な点について思い出した点を一、二拾つてみます。第一に守屋さんの御意見では、軍隊がおるからこのくらいの刑事裁判管轄権を認めるということは、これはもう止むを得ないことである、或いは当然である、であるからその点をとやかく言うには及ばんというようなことを申されたように思うのでありますが、私はその点についていろいろ実例を挙げて説明申しましたように、幾ら軍隊であるからというて、今度行政協定で認められたような広汎な治外法権、治外法権といつたほうが簡單なんでありますが、治外法権的な特権というものは戰時以外には認められなかつたのということを確信いたしておるのでありまして、それ以外の例を知らないのであります。若しあれば一つ御提示を願いたいのでありますが、とにかく戰時においては確かに私は一、二の例を挙げ得るかと思います。併しながら戰時、而もその戰時は先ほど申しましたように同盟條約を前提し、又共同作戰計画というものを前提しての戰時の協定、その條件下においては軍人、軍属、家族の裁判管轄権というものは基地の内外たるを問わず、又公務中たると否とを問わず、その軍隊派遣国の手にあるということは言えるかも知れませんが、それ以外にどうもどの例をとりましても、基地の内外を問わず、又公務中たると私用中たるとを問わないというような、そういう一切の犯罪について、軍派遣国が裁判管轄権を持つというような例は私は知りません、又実際その必要は私はなかろうと思つております。平時はなかろうと思つておるのであります。でありますからその点について一つお教えを願いたいのであります。私が知つております限りでは米比協定にいたしましても、或いは又ヴエトナムとフランスとの間の協定にいたしましても、或いは一九四一年の英米海空軍基地に関する英米協定にいたしましても、いわんや一九五一年北大西洋條約国間の協定においても同様でありますが、そういうような例においてもどうも広い権限を認めている、治外法権を認めているということは言えないということが考えられます。その点について一つ御意見を御教示を願いたいのであります。
 それから又守屋さんが強調された一つの点として、昔の領事裁判制度、これも普通は治外法権と呼ばれておるのでありますが、領事裁判制度と今度の行政協定とは非常に違う。昔の領事裁判制度は非常に弊害が多かつたということを強調されまして、その例として中国とかトルコをお挙げになつたのでありますが、中国、トルコよりも実は日本が、半世紀以上に亘りまして苦い苦い経験をなめたのであります。我々こそ体験をいたしませんが、我々の先祖というものは幕末から明治三十一年に至りまする治外法権制度のために、如何に悲憤慷慨したかということは歴史が明瞭に語つておるのでありまして、我々はそれを読みまして常に前人の苦痛を察しておるのでありますが、中国やトルコならず、日本の例が十分にこれを証明いたしておるのであります。ただ中国の領事裁判制度なるものは、守屋さんが御承知のように純然たる領事裁判制度ではなくして、それは慣習や地方的の協定や或いは強大国の無軌道的行為や、いろいろなところからその範囲が非常に拡まつてしまいまして、決して純然たる領事裁判制度ではありません。でありますから、中国のような領事裁判制度を以て例にすることはできないのでありまして、これは全く領事裁判制度という名前で呼ばれておりましても、特別に範囲の広い、弊害の広い裁判制度であつたということは誰もが御承知であると思います。でありますから領事裁判制度は、昔の日本のほうが比較的純粹であつたといつてもよろしいので、日本の例を以て見るほうが私は確かと思うのでありますが、この領事裁判制度は、先ほど私が説明いたしましたように若干の居留地、居留地というのは極く横浜とか或いは神戸とか長崎とか函館とか、極く狹い地域、遊歩地域というのがその周囲に何里かありまして、それが即ち外国人がおり且つ動き得る地域でありまして、それ以外に居留民は一歩も出ることができない、要するに簡單に言えば居留地でありますが、居留地内の特権ということに定まつておりますから、一般の内地はその影響を受けない。内地には外国居留民というものは出ることができない。又その治外法権を持つておる居留民というものも、今申しましたように無論軍人には限りませんけれども、要するに当時の日本におる外国人でありまして、その数はそう多くありません。今は正確に統計は持つておりませんが、中国人なんかを除きますれば外国人は少いです。いわゆる欧米人は少いです。でありますから、それについて適用があつたわけで、ところが今度はそうでなしに基地の内外を問わず、刑事裁判権につきましてはこの適用があるのであります。であるから日本全国至るところそういう治外法権の適用があるのでありまして、日本については従来ないことであります。又その適用を受ける者も軍人、軍属及びその家族、「その」というのは軍人軍属の家族も入つておるのでありまするから、軍人、軍属又その軍人、軍属の家族で、而もその家族というのはただその妻とか子供に限らないので、その両親とか又二十歳以上でも扶養されておるような者とか、扶養されておる者はいわばならず者でありましても……、(笑声)甚だその処置に困る人間なんです。そういう者がこの治外法権を持つておるということになるのであります。而もその軍属というのは実に広いのでありまして、アメリカ軍に雇用されたり、又それに随伴したり、この本文を御覽になりますとよろしいのですが、とにかく北大西洋條約の規定より少し広くなつております。その軍属のきめ方が……。でありますからこの「軍属とは、合衆国の国籍を有する文民で」、いわゆるシビリアンでありまして、「日本国にある合衆国軍隊に雇用され、これに勤務し、又はこれに随伴するもの」というのでありまして、これはもうどこまで拡がるかわかりません。要するに軍人以外の者で軍隊に雇用されたり、勤務したり、くつついておつたり、いろいろなものが皆軍属であります。だからその軍属の又家族が入るわけであります。軍人、軍属の家族と言うのでありますから、若し軍隊が仮に日本に十万入るといたしますれば、その軍人、軍属の家族というものは、又同じくらいになるか、或いはそれ以上になるか、或いはそれを突破するかも知れません。それほどたくさんの人間で、何万になるか、何十方になるか限定できませんです。ちよつと想像もつきませんです。それほどのたくさんの人が治外法権の特権を持つのであります。又そのほかに例えば日本に来ておる米国の商売人とか何かで、一時例えば六週間なら六週間召集されて、そうして軍事調練を受けるとか何とかいうような者も又軍人としての資格を認められることになつております。細かいことに亘りますけれども……、それから軍人、軍属の家族のほかに日本に来ておる普通の外国人も或いは防衛隊に入つておるとか何とかいうような理由で、皆資格を持つことは極く簡單なのであります。そういうふうにできております。細かく意見を申しますと……、でありますから、実際どれだけの人が治外法権を持つかわからない、殊に私どもが最も心配する点は、アメリカだけならばそれも止むを得ません。併しながらこの規定は国際連合に参加しているすべての国が持つのであります。均霑するのであります。少くとも朝鮮なんかで戰つております十何カ国か知りませんが、これらの国は差当り均霑するわけであります。でありますから、日本のみならず何十カ国の人間が、又日本において同様な治外法権を持つということは火を見るより明らかであります。でありますからどれだけの人が今度日本で治外法権の適用を受けるようになりますか想像がつきません。アメリカだけで何十万になるかわかりません。国際連合に入つておる国はこれ又五十何カ国あります。これが均霑するのであります。どれだけ入つて来るかわからない。でありますから、どれだけの特権者が殖えるかわからないのでありまして、到底私は昔の治外法権なんかの比ではないと思います。この実質から申しまして、治外法権の比ではないと思うのでありまして、こういう治外法権は領事裁判制と申すのであります。こういう点から申しまして、これは遺憾ながら主として外交史の研究からそういうふうに結論せざるを得ないのでありますが、この点について一つ守屋さんに御教示を願えればと思つております。
#50
○参考人(守屋和郎君) 第一の点につきまして神川先生の御意見は御尤もでございます。今度の軍隊の治外法権のようなものは、戰時中特に同盟條約を持つておつた国との間に存立した以外に慣例がないというようなことは御尤もであります。先例は余りないと考えるのであります。併しながら私は日本の現状に即して止むを得ない、この日本の特殊の現在の状況を中心として述べたのであります。次に又これを実質的に私は承認しておるわけではありませんで、立法論といたしましては、成るべく速かに北大西洋條約式に直せと今申上げたのであります。この北大西洋條約式に直すという規定を非常に高く買つておるのでありまして、是非早い期間においてここを直さなければならないと立法論として私は希望しております。濫用が認められるような場合には速かにこれを直すために政府が適当の措置をとらなければならんと、こう信じておるのでございます。現状に即してこれは止むを得ずとなすのであるという点、立法論としては速かに北大西洋條約式に直せという、こういうことを先刻申述べたのでありますから御了解を願いたいのであります。
 次に一般の領事裁判的治外法権と今度の治外法権と違うという点、そうして領事裁判的治外法権というものが、この負担を受ける国家に対して苛酷な制限を與えるという点につきまして、神川先生から反対の御議論を承わつたのでありますが、これはなかなかどつちが勝つか、どつちが正しいかわからないのであります。観念的に申上げますれば、神川さんのおつしやることが一応理由があると存じます。併し又私の申上げたところのほうが本当かもわからないと考えるのでありまして、これは将来の成行きによつて御判断が願いたいのであります。但しここで私の申上げましたところにいろいろな條件が付いておるということをお見逃しになつた点を指摘いたしたいのであります。今申上げましたように、この制度は侮蔑的要素というものがない、日本を馬鹿にしているというような点はない、少くとも将来北大西洋條約式の規定に直した場合には、対等平等であつて、相互的であるという点が、領事裁判制度と観念的に非常に違う、優れた文明国相互の間の制度であつて、甘んじてこれを受けてよろしい、こう私は考える、これが一点、次にこの現行の制度は期限があるということ、長くて一年というような予想が岡崎国務相の答弁等から察知せられるのであります。併しそれ以前に、これより以前に現行制度の欠陷が現われますれば、これを北大西洋條約式に改めるのにやぶさかでないというようなことは、又規定の中に見えておるのでありまして、これを考えの中に入れますときには、現在の規定は必ずしも日本にとつて酷であるとは考えないのでありますし、制度そのものとして非常に不当だとは考えられないのであります。若しこの制度が北大西洋條約式に変りますれば、恐らく神川先生も御異論がないでありましよう。第三番目には、軍属及び家族の範囲が拡張せられる、数万、数十万にもなるだろうという御予想でございますが、私はさようには考えないのでありまして、成るほど昔は中国、トルコ等におきましては、妙な観念即ちプローテジエの観念がありまして、治外法権の恩恵を自国民にあらざる一切の使用人に拡げて行つたのがありますが、かようなことは起り得ないと考えているのであります。例えば米国の軍隊においては米国人である家族、米国人である軍属とこうなりますと、その範囲はおのずから限定されることと考えるのであります。又英国につきましても英国の軍人の家族とか、英国人たる家族ということになりまして必ずしも厖大な数にはならないと思うのであります。但し昔ありましたプローテジエというようなことになりますと、米国人、例えば米国の軍人が使つておる日本人、これにすらプローテジエ、被保護民としての治外法権的保護を與えたのであります。かようなことは日本には起り得ないと考えます。若しこういうことが起る憂いがありますれば、ここに私が高く買つておりまするところの北大西洋式に直すというあの約束を米国に向つて要求するのがよいのでありまして、あえて憂うるに足りないと考えるのであります。私が聞き洩らしたかも知れませんが、神川先生のおつしやつたことは以上の点だけであつたように考えますので、私の見解を述べました。
#51
○兼岩傳一君 簡單に二、三の点をお尋ねいたしたいと思います。佐藤参考人のお説は私のメモした程度では、速記そのものはございませんから不正確かも知れませんが、あなたは純然たる事務的細則ではないと、それから個々の法律によつて否決されれば効果を失うものだから、やはり行政協定そのものは国会の承認を求めたほうがよいと、第三にアメリカの行政協定の考え方をそのまま日本に移し植えることは、これは飛躍であるという意味のことを、私言われたように考えますが、只今又その点で何か中間的な結論をお持ちになつているように聞き取れたのでありますが、この点もう一遍明確にして頂きたいと思います。
#52
○参考人(佐藤功君) 今兼岩委員が御指摘になりましたことは、非常に詰めて申しますとその通りでございます。で、最後に中間的な結論をお持ちじやないかというようなふうに言われましたが、どういうことかちよつとわからないのですが、そこのところだけちよつと申しますと、私が午前中申しましたのは、一つは今までの政府の説明の仕方が必ずしも一貫しておらなかつたと、それで不必要な混乱を生したということをまあ割合に強く申したわけでございますが、それは事務的な細則だと片一方で言いながら実質的には條約であるということを言つておる。そこがどうも矛盾なのでありまして、実質的な條約であると言うならば事務的な細則だということは言う必要がないというようにまあ思うわけであります。実質的な條約だと言うならばなぜ国会にかけないかと申しますと、そこで三條の委任ということになつて来る。で、それは配備を規律する條件ということが、駐留を認めた以上、当然それに伴ういろいろな事柄ということと不可分でございますから、実質的にはこの配備を規律する條件というのが相当に拡がる、それは認めなければならんと、で、つまり法律的に申しますと、三條の委任の範囲を逸脱しているわけではないという政府の答弁も、説明も、法律的には憲法違反だとは直ちには言えない。併し政治論的或いは立法論的に言うと、それはむしろ別の協定で定めたほうがよりよかつたであろうというのが、非常に詰めて申しますと私の趣旨でございます。
   〔理事徳川頼貞君退席、理事吉川末次郎君委員長席に着く〕
#53
○兼岩傳一君 そうするとあれですか、あなたは実施細目であるという見解をお取りになつておるのですか、実施細目ではないという御見解をお持ちになつておるのですか。
#54
○参考人(佐藤功君) 現にできておる行政協定を見ますと、それは何と申しますか、いわゆる実施細目ではない、そういうわけです。
#55
○兼岩傳一君 然らば中間的な結論は出ないのじやないですか。やはりこれは国会に付議すべきであるという結論は明確にそこから出て来るのじやないか、あなたの見解では。混乱しておるのは政府である、政府の説明は常に混乱し矛盾し撞着しておる。昨日の説明を聞きますと細則である、同時に委任されておるというふうに言われておるようですが……だから政府の見解はどうでもいいのです。常に変化し、混乱し、同時に矛盾しておる。あなたの見解は如何でしようか、つまり細則を逸脱しておるとすれば、それは当然委任されていないのだから、これは国会に諮るべきだという明確な結論が出るのじやありませんか。
#56
○参考人(佐藤功君) その実施細目ではないから、それは第三條の委任から離れておるというふうには、直ちには言えないのじやないかという気が私はするのですけれども……。
#57
○兼岩傳一君 なぜでしよう。
#58
○参考人(佐藤功君) それはつまり先ほど申上げた通りで、「配備を規律する條任」ということであるわけでございまして、それは必ずしもいわゆる実施細目だけとは限らない。それから先ほども申上げましたが、駐留を認めたことに当然伴う事柄と不可分なわけで、必ずしも非常に事務的、技術的な実施細目には限らない、そういうわけであります。
#59
○兼岩傳一君 ややあなたの御趣旨がわかりましたが、だとすればもう一点お尋ねしたいのですが、一定の方針が決定せられないで任せられるというような任せられ方があり得るだろうかということと、仮に抽象的な文字の上では任せられたような恰好になるとして、この範囲から逸脱した、国民の権利義務を制限し、主権に関係し、統帥権に関係して来るようなことにまで範囲が拡大されておれば……というよりもおるのですが、現実の、現実論ですが、これはやはり当然あなたの論拠から言えばこの二点からいつても国会の承認は受けるべきだというふうな結論になるのではないでしようか。
#60
○参考人(佐藤功君) 同じことをお答えすることになるのじやないかと思いますが、つまり私は国会の承認を受けるべき性質のものだということは申しました。ただその承認を受ける方法でございますね、それはその單独の、独立した協定として承認を得る場合もあれば、委任という形で承認を得る場合もある、そういうわけであります。
#61
○兼岩傳一君 よくわかりました。そこで柳井さんにお尋ねしたいのだが、あなたの見解と佐藤さんとどの点が一致していたのですか、どうもメモをとつておりまして、よくわかりにくかつたのでありますが。
#62
○参考人(柳井恒夫君) 即ち結論であります。安全保障條約第三條によつて委任をされておるが故に差支えない、こういう結論について賛成でございます。
#63
○兼岩傳一君 その点今証言をあらかじめ求めておりますが、承認を求めるべきだと佐藤さんの結論はなつておるから正反対じやないのですか。だからその理由を極く簡單で結構ですから御説明願いたいと思います。
#64
○参考人(柳井恒夫君) 私は只今のお話のように左藤さんのお考えを伺つておりません。
#65
○兼岩傳一君 そうすると、見解は正反対であると了解して、もう一点お尋ねしたいのですが、いいですか。
#66
○参考人(柳井恒夫君) 正反対ではございません。
#67
○兼岩傳一君 どこが一致しているのでしようか。その点簡單で結構ですから……。
#68
○参考人(柳井恒夫君) 安保條約の第三條によりまして、両政府間の行政協定によつてこれを定めるということに委任されているのでございます。佐藤さんも同じ趣旨で申されております。若し委任がない場合には国会の同意を求める性質の條約である。この点も又私は同意見でございます。併し委任があるが故にこれは政府間の協定でできる、こういう意見でございます。その間佐藤さんと何ら矛盾しないと考えておりますが、若し矛盾がございましたら更に佐藤さんから御説明を願えばいいと思います。
#69
○兼岩傳一君 説明を受けなくてももう明白だと思いますから先に進みたいのですが、念のために説明を受ける必要もなく、今はこれはどういう形であれ、国会の承認を受けるべきだという見解だとおつしやいましたから……、柳井さんはよくわからないと思いますから次に進みます。あなたは北大西洋協定を礼讃して、非常にやり方が進歩したものだというふうに御礼讃になつておりました。それで神川先生の御意見を聞きますと、これは進歩していないどころかアメリカの特権を……特権を得るのはアメリカ側で、制限を受けるのは十何カ国のそれぞれの国で、一カ国もまだ批准していないし、近い将来に批准されるかどうかということも非常に疑問である。こういう趣旨のことを御証言になつておりますが、あなたが北大西洋協定を本当に褒めております点は具体的に何点ございますか、御説明願えると結構であります。
#70
○参考人(柳井恒夫君) 元来一国の軍隊がよその国の領土内にいるということが変則的なことでございます。又その軍隊がいる以上、その軍隊がよその国の裁判権に服さないということも、これは軍隊の性質上止むを得ざることでございます。英米の間には前に基地協定がございました。この前の基地協定によりますと、合衆国の軍隊の隊員のみならず、英国の人民でも、又第三国人、例えばソ連人或いは日本人でも、そういう者がいわゆる基地の中にいるときには合衆国の專属的管轄権の中に服するようになつているのであります。更に又民事、刑事の令状を送達することもできないいろいろな規定があるのでございます。然るに、その後できました北大西洋條約において見ますと、双方が刑事問題について管轄権を持つているという原則を先ず立てまして、併しその中で国家に対する反逆、サボタージユ、スパイ、国家の機密、若しくは当該国家の国防に関連する機密に関する法令違反、こういうような場合には、アメリカが優先的に管轄権を持つが、そうでない場合には受入国、例えばイギリスその他の国が優先権を有するということになつておりまして、大体において双方対等であるが、止むを得ざるものだけは駐留国の裁判管轄権を優先させる、これを極めて限定しております。今までの條約に比べますとずつと進歩していると思うのでございます。
#71
○兼岩傳一君 私は神川先生にお伺いしたいのですが、先生の非常に蘊蓄のある御証言によりまして非常に我々は裨益したのでありますが、併し欲をいえば実はこういう二十有余、約三十條の広汎な協定を三十分や四十分の御証言を受けることによつて我々が理解することは非常に困難でありますので、将来逐條審議、その他において再びお教えを受けたいという希望を持ち、且つ御発言は時間の制限で非常に不十分であると思いますが、この際今の柳井参考人がおつしやいました北大西洋條約に伴う軍事基地の当事国の協定につきまして、非常に柳井参考人が礼讃的に申されておりますが、先生は非常に批判的に先ほどもおつしやつておりましたので、極く簡潔にポイントでようございますから、その点についてちよつと抽象的に、あなたは十何カ国のうち……批准が効力を現わすにもかかわらず、一カ国もしてなかつたという内容については、抽象的にアメリカが特権を持ち、他の岡は義務のみしか持たんからといつておられましたが、一、二具体的に御指摘頂ければ結構です。
#72
○参考人(神川彦松君) 只今一九四一年の英米間に交されました海空軍協定について柳井さんから御説明がございましたが、これは私が前回に極く概括的に申上げましたようにいわゆるルーズヴエルト、チヤーチルのバーター・アグリーメントの結果、アメリカが、大西洋上の六つか七つかでありますが、その基地を讓り受けたときの協定でありまして、我々外交史家といたしましては、初め八つか九つありました、その二つはイギリスがアメリカに讓與したのであります。それからあとの残りは九十九カ年くらいの租與即ちリースでありまして区別しております。大体当時の通念では駆逐艦五十隻に対してイギリスがアメリカに基地を讓與したというふうに考えられておつたのであります。
   〔理事吉川末次郎君退席、理事徳川頼貞君委員長席に着く〕
 そうして又、英米は事実上共同してドイツと戰つており、又まさに日本と戰いをしようとしているのであつて、ただ名義のみアメリカに提供しているのではない情勢にあつたことは申すまでもないことであります。要するに戰時を予想してその條件としてきめたリースに違いないのであります。戰後一九五〇年にそれを改訂いたしまして、戰争の場合はどうか、平和の場合はどうか、二つの場合を分けました。そうして戰争の場合には広汎な治外法権を認めるが、平時の場合はそれはいかぬというふうに又詳しく限定いたしたのでありまして、その点において私は今回の行政協定に比べましてきめ方が詳しい。アメリカにやつたと思われるようなものについてさえイギリスはそれほど広汎な治外法権を認めていないのでありますから、その点今回の行政協定のほうが私は日本にとつて不利であるというふうに理解しております。又北大西洋條約が我が行政協定よりも遙かに進んだものであるということは、これも論を待たないのでありまして、若しアメリカが初めからこれも日本に適用しておりますれば、今回我我が考えるような遺憾なことは少かつたろうと思いますが、遺憾ながらそれを適用せずに、その適用なしに、日本に当てはめずに、又将来これに従つて修正するというようなことが書いてありますが、前回詳しく説明しましたようにその約束も條件付であつたり、單なる任意規定でありまして、将来これについての修正を当てにすることができないというような点を考えますと、やはり今回の行政協定は北大西洋條約に比べれば遙かに治外法権の重いものと私は考えるわけであります。それでなぜ十二カ国が北大西洋條約協定を批准しないか、こういう御質問でありますが、私はその点について余り情報は手にいたしておりません。事実この條約がなぜ批准されないか、詳しい事情を明らかにいたしておりません。又私が知つております限りでは、そういう情報を遺憾ながら手にしていないのでありますが、私の專門家としての推測は先ほども申しましたように、思うにこの協定は、確かに北大西洋條約国としてはやむを得ないものには相違ないのでありますが、何分にもアメリカに対して一方的に特典を與えることのみ規定して、アメリカが受ける義務というものは、少くともこの協定についてのみ言えば、殆んどないというようなことになつておりまするために、急いでそれを議会へかける必要もないと、こう考えておるのではなかろうか、又この北大西洋條約の前文によりますると、この北大西洋條約が発効しなければ、やはりこの従前條約国間に行われておつた協定や、或いは又今後結ぶべき特別協定が効力がある。又今後特別協定を結んでもいいという余裕が置いてあるのでありまして、従つて何もそう急いでこの協定を批准しなくても、従前の協定でやはりまあどうにか間に合つておるならば、又糊塗できるし、又将来これより有利な特別協定というものを結ぶ余地もないわけではないのでありまして、何も今後これ以外に同様の問題について談判したり、協定を結んでいかんという排他的のものではないのでありまして、まだ余裕が置いてあるのでありますから、この北大西洋協定をそう急いで批准しなくても事足りるわけであります。又米国が協定を結ぶという意図のある国もあるかも知れません。いずれにせよ、十二カ国のうち一国も、十カ月たつても批准していないところを見ると、政府としては議会の議に付することが思わしくない、こう考えておるのではないかと想像したわけであります。
#73
○兼岩傳一君 この北大西洋條約の軍隊の地位に関する協定は、私非常に重要なものと考えますので、專門の委員部、その他において、神川先生に一つ材料を提供して、次の、将来のこの審議の経過において、この蘊蓄の深い世界外交史の観点から、一つ我々に御教示の機会を與えて頂きたいということを委員長にちよつとここにお願いいたします。いま一つ先生にお尋ねしたい。それはあとで守屋参考人にお尋ねしようと考えております点ですが、守屋参考人は、軍隊に治外法権はつきものだというふうな点が、この御説明の論拠の大前提になつておるようなことでありますが、この点は如何なものでございましようか。
#74
○参考人(神川彦松君) これは国際法の学説からいたしましても、従来、無論これに関して、そう明白な條約ができたという例は少いと思いますが、国際法の学説によりましても、尤もその学説は細かい点では分れております。又慣例によりましても、軍隊というものはやはり一種特別のもので、軍隊の威嚴及び規律というものを保持することが、職務を行う上に必要であるというので、一定の範囲で当然治外法権を認められておるということは、これは認めてよろしかろうと思います。
#75
○兼岩傳一君 そこで私は守屋参考人にお尋ねしたいのですが、あなたは今の、軍隊に治外法権はつきものである、治外法権の内容が非常に問題でありますが、その点は他の委員のかたがたその他の御質問もありますし、もうすでに参考人から詳細承わつておりますから、これは省くといたしまして、あなたのもう一つの参考意見の論拠は、軍隊の特権が強い、アメリカ軍隊の特権が強いが、併し僅かの期間のことであるからいたし方ないというのが第二の論拠になつておるようでございますが、その点は如何なものでございましようか。本当に僅かな期間でしようか、或いは私の聞き違いでしようか。
#76
○参考人(守屋和郎君) お答えいたします。私は短期間という予想を持つてお答えいたしておつたわけでございます。
#77
○兼岩傳一君 私はアメリカの軍隊の駐兵が短期であるか、長期であるかという問題は、まさに私は政治問題そのものであり、国際政治、アジアの状態、朝鮮の返還、民族運動等々、まさに私はこれこそ純政治的な論拠に立たなければ、これは言えないこと、然るにあなたは、純理的且つ法律的な説と称せられるけれども、そういう純政治的な條件が基礎になつておるようにしかとれないのであります。それはあなたの御説から言えば、大きな矛盾をしたことではないでしようか。
#78
○参考人(守屋和郎君) 私は駐兵が数えられたとは申上げたのでありません。この制度は数えられておる、期限が来ることがわかつておると申上げたのであります。
#79
○兼岩傳一君 ところがそれは神川参考人の詳細な御説明によつて、及び私自身の意見を以て、短期ではないという論拠を私は持つておるのでありますが、而も法律的、純理的な根拠を持つておるのでありますが、あなたの、僅かな期間だとおつしやるのは、北大西洋條約の当事国間の協定に移行するまでの期間が一年だから短期だとおつしやいますか。それとも米軍の駐在そのものが純理的且つ法律的な意味で、短期だとおつしやるのですか。その点はどちらでしようか。
#80
○参考人(守屋和郎君) その制度が短期だと予想したのであります。駐兵の点については触れません。
#81
○兼岩傳一君 それは私繰返すことになるから、詳細はむしろこれは神川先生から、私がこれを代弁するよりも、神川先生はこれは短期間ではあり得ないのだ、それはあらゆる條文の内容に亘つて御説明がございましたですが、守屋さんはそれを聞いておられなかつたのですか。短期だということは言えないということは、私明瞭になつているように思いますが、短期であるということの証明を一つ御説明願いたい。
#82
○参考人(守屋和郎君) 私は神川さんが午前中にお話になつたことは聞きませんが、今お話になつたことは聞きました。そうして相当期間こういう制度があるだろうという意味のことも聞いたと思います。神川さんの、長い間現行制度が改まらないだろうという予想と、これは北大西洋條約的規定に移行するのは、余りに長くない期間に行われるだろうというのは、要するに見解の相違でありまして、これは私が法律的に條約の成文を解釈して、かように結論したのでありまして、ここに見解の相違が神川さんとの間にあることは、いたし方ないことでございます。
#83
○兼岩傳一君 それは政治的見解として、見解の差異のあることはよくわかりますが、法律的に見て、神川先生は法律的、純理的に見て、短くないということを午前に発言しておられますので、その点なんですが、それは実は無理なことですから、神川先生自身から極く簡單に一言だけもう一遍その点を……。そうしてそれに対して守屋参考人の意見をもう一遍聞かして頂きたい。
#84
○参考人(神川彦松君) 私は行政協定の第十七條の、一応法律論として議論いたしたのでありますが、それは本文に謳つてあるようなところをこのまま率直に受入れますと、そうしてそれを又善意に解釈しますと、この第十七條の第一項に謳つてありますように、北大西洋條約当事国間の協定が効力を生ずれば、合衆国は、直ちに日本国の選択によつて修正するということになつておりまして、我々もそうあるべきことを期待するわけであります。期待するわけでありますが、希望するわけでありますが、併しながらこの條文を嚴密に吟味して見ますると、必ずしもそう楽観ばかりをすることはできない。なぜなれば先ほども申しましたように、これには日本国の選択によるという條件がつけてありまして、日本国が選択しない場合もあるということを予想している。そうして現にそれは第五項の第一段に日本が選択しなかつた場合にはどうだというふうに、選択しなかつた場合のことも書いてあるわけでありまして、選択しなかつた場合も予想されているわけであります。それと又同様の刑事裁判権に関する協定を締結するものとする。」と、こう訳してありますが、これは私は嚴密な訳ではないのでありまして、締結をせんと欲するように、このウイルという字を使つてあるのであります。ところがこの大西洋協定の英語テキストを嚴密に検討してみますと、ウイルとシヤルということはよく使い分けている。それから嚴密にいう場合はアンダーテーク或いはイツト・ウオズ・アグリードという字を一々書いてあるのでありまして、或いはシヤルという字を使つてあるのでありまして、どうもウイルという字が使つてある場合は少ない。又ウイルとそれだけ使つてある場合には、必ずしも嚴密な義務を負うという意味ではないということがわかるのであります。ところがこの場合にウイルという字を使い分けてあるのでありまして、本来ならば若しシヤルと書いてあれば法律上どうしてもすべきであるという義務を負うわけでありますが、ウイルと書いてある。又アンダーテークと書いてあれば、アンダーテーク・ツー何々と若し書いてあれば、はつきりし且つ正確であります。或いは又イツト・ウオズ・アグリードとか書けばはつきりするわけでありますが、それを書かずにただウイルとやつてあるところに、必ずしも無用意に書いたものではなかろうとこう考えるのでありまして、そうしますればやはりこの修正するということは、必ずしも義務的ではない、希望せんと欲するという、つまりアメリカの意向を示しているに過ぎないので、締結するという義務を明らかに規定したものとは必ずしも解釈できないというのが私の解釈論であります。この点から私は必ずしもこれが半年か一年で変るものというふうに楽観することを許さん、こう申上げるのであります。又一年以内にこの大西洋協定が発効しなければ、その場合には日本国の要請があつたときは、合衆国は問題を再考慮するとこう書いてあります。これも全然同じであつて、一年以内に効力を生じないという場合もやはり考えまして、又これはあり得ることなんです。そういう場合に日本が要請した場合、アト・ゼ・リクエスト・オブ・ジヤパニーズ・ガヴアメント、日本政府のリクエストによつて初めてやる、だから日本政府が要請しなければ駄目である。仮に日本政府が要請したところで「ウイル」「リコンシダー・ゼ・サブセクト・オヴ・ジユリスデイクシヨン」と書いてあります。やはりここにウイルと書いてある。同じようにウイルと書いてあるのでありまして、この場合に本当にリコンシダー、再考慮するということを義務づけるためにシヤルとか或いはアンダーテーク、リコンシダー或いはイツト・ウオズ・アグリードと書くべきで、ほかの條文から比較すればどうしてもそうなければいかんが、不幸にしてそういうふうに書いてない。ところがそれを見まするというと、必ずしも北大西洋條約が一年以内に発効しなかつた場合も合衆国に仮に日本が要請しても、要請しないかも知れない。要請しなければ、このまま……。要請した場合でも、ただ向うは好意的に再考慮するというだけのことで、再考慮しなければならんと義務的に書いてないですね、どう考えても……。これは原文を嚴密に見るとわかるのでありますが、その点で、私は解釈論といたしましてそうして政府が言われますように、そう楽観することはできないとこう申したのでありまして、将来のことでありますから私はそれは断言できませんが、そういうふうに解釈論として申します。又現実論といたしましては、先ほど申しましたようにアメリカの軍部の軍事政策、又あからさまに言えば戰争政策の現れでありまして、今後の国際情勢、又今後の朝鮮戰争その他の戰争経過如何にも非常にデペンドすることでもありますし、又将来アメリカの軍事当局が日本その他の国々をいわゆる中間基地の国々と軍事評論家ハンソン・ボールドウインが呼んでおりますが、中間基地の国々をどう取扱うかということは今後の問題でありますが、私の察するところでは、第三次世界大戰が急に来るとか、そういう大きな変化が来れば又事態は変りましよう。併し第三次世界大戰が来ますまで果して今の状態をそう改善するかどうか、日本側から見て改善するかどうか、そう楽観することは許さないのじやないかと、こういうふうに私は考えております。
#85
○参考人(守屋和郎君) 私は重ねてこういうことを申上げて御了解を……、よく頭に入れて頂きたいのであります。私は現行の規定が理想的とは決して申上げません。現状に即しては止むを得ないだろうというような言葉を用いたつもりでありまして、而してこの軍隊の持つ特権が、広きに失するが故に、できるだけ早く北大西洋的規定に移つて行くようにということを申上げたのであります。そうしてその期間は條約面から判断しますと一年以内に来るようである。こう結論じたのであります。極めて雑駁でありますけれども規定を見るとそういうことになります。そこでこの條約がアメリカの意図によつて、或いは実施を回避せられる、実際はやろうとしないんだというふうに推測すること並びに日本がこういうリクムエストをしないかも知れないというように推察すること、これは頗る危險でありまして、私にはできないことなのであります。ありのままに解釈をいたしまして先刻のような結論を申上げたのであります。
 又ウイルとかシヤルとかいう字によつて云々のことにつきましては、私はよくわかりませんので、日本がこうした場合にはアメリカがウイル、こういうふうになつたのではないかと思つてこの言葉のあや中に、或いは又はかの言葉の使われておる内容の中にいろんな底意が隠されておるとは考えないのであります。ただそれだけ申上げておきます。
#86
○理事(徳川頼貞君) ほかに御質疑はございませんか。
#87
○伊達源一郎君 ちよつと佐藤先生に伺いますが、極めて形式的なことでございますけれども、この條約に国家間の條約と政府間の條約、殊にこのアグリーメントは政府間の條約になつているということでございますが、この国会の承認を必要とするとかしないとかいうようなことに関連しまして、国家間の條約と政府間の條約というものとのウエイトがどう違うか、或いは政府間の條約というものは国会の承認を要しないでもいいとか何とかいうような意味があるのか、はつきりした違いがないとかいうような点について、ちよつと御意見を承わりたいと思います。
#88
○参考人(佐藤功君) その今の問題は、実は私は率直に申しますとわからないのでございますが、まあわからないと申しますと如何にもだらしがないようでございますが、非常にむずかしい問題だと思うのです。それでこのガヴアメントという言葉でございますが、これは改めて申上げるまでもなく、例えばアメリカ、或いはイギリスなどで、例えばかヴアメントのオメガニゼーシヨンというようなふうに申しますと、それは立法、行政、司法全体に亘つてのガヴアメントということは、行政部即ち日本の言葉で申しますと、政府には限らないとまあ一応言えると思います。それが例えば安保條約の「両政府間の行政協定」というところで、それが立法部を除いた行政部の意味であるのかないのかということでございますが、先ほど吉川先生が、政府も初めにはそういうようなことを言つておつたというようなことのお話かございましたが、私はこの「政府」というところだけでそれは立法部を除いた、つまり行政部限りの協定だと言うことはどうも無理ではないかと思うのです。で、それは外交……まあ條約の書き方の問題で、私は專門外でございますが、いろんな條約を見ましても、例えば両国政府がどうするというようなことを言つており、それは何も行政部ということだけだというわけではないだろうと思います。そこで安保條約の三條は、この「政府」というところに特別の意味があるとは私は考えません。それで若しも何らかのそこに意味があるんじやないかというのならば、むしろこの「両政府間の行政協定」という、あとのほうのこの「行政協定」という、その「行政」というところに何か行政部の間の協定というような意味があるというふうに、まあそこも疑問でございますが、強いて言うならば、まあ少しは理由もあるんじやないかと思いますけれども、「政府」というところで特に立法部を除外したということえにはならないんじやないかと、そう考えております。
#89
○伊達源一郎君 柳井先生に伺いますが、この協定を作るのに、平等の立場において作るということが極めて願わしいということであるのでありますが、日本には軍事法律といいますか、マーシヤル・ローがないのであつて、軍法のない国と軍法のある国とで條約を、ああいう細目の協定をしなきやならん條約を作る場合に、警察予備隊と向うの軍隊と喧嘩をするというような場合などを考えまして、如何なる不便があるであろうか、平等の條約はでき得ないものであるか、でき得るとしても如何なる不便があるかというような点についてお考えを承わりたい。
#90
○参考人(柳井恒夫君) 只今お話しの通り、日本には軍隊がございませんから日本には軍法はございません。アメリカのほうは軍隊がありますから軍法を以て軍の構成員を規律しております。仮に日本の警察予備隊とアメリカの軍の者とが喧嘩でもしたという場合には、アメリカのほうはアメリカの軍法によつてこれを処理いたしますし、日本のほうは一般の刑法、その他警察予備隊についてどういう法律が出ておるか知りませんが、そういうもので処理するだろうと思うのであります。日本の警察予備隊を整備いたすために更に軍法のようなものが要るかどうか……、そのほうは私にも軍に在籍した経験が絶無でございますし、又軍法関係のことをやつたこともございませんので、よくはわかりかねます。
#91
○理事(徳川頼貞君) ほかに御質疑はございませんか。
#92
○杉原荒太君 先ほど佐藤教授の御回答、最後の御意見の表示に当りまして、法理的に見ると非常に重要な点だと思うのですが、その点についてほかの参考人の三先生の結論をお聞きしたいと思うのです。
#93
○参考人(柳井恒夫君) 只今のいわゆる国家間の條約、政府間の條約、そういうことでございますね。そういう問題でございますね。
#94
○杉原荒太君 つまり、第三條によつて委任されておる、いわゆる委任されておる、或いは包括承認を得ておるのだということが唯一の根拠になつて来る。それが出て来る。もう一つはそれを具体的にいうとどういうことになるかというのです。
#95
○参考人(柳井恒夫君) 先ほどの佐藤先生のですね。
#96
○杉原荒太君 さようでございます。
#97
○参考人(柳井恒夫君) 私から先ず御答弁申上げます。私はこう解釈しておるのでございます。
 大体日本が外国と條約を結びますときに、條約の文面において日本国はこれこれ、アメリカ合衆国はこれこれというように、両方とも国という名を表示して條約を締結する場合がございます。もう一つは日本国政府とアメリカ国政府とは、次のように條約を締結する。こういうような書き方をする場合がございます。この場合において国と国と書いてある場合にそれが国家間の條約であることは文字の上からも明らかでございますし、日本国政府及びアメリカ国政府、アメリカ合衆国政府と書いてある場合も、これ又同じでございます。その場合の政府は日本国を代表する政府或いはアメリカ合衆国を代表する政府、こういうことでございます。これは條約の書き方でございます。いずれも国家間の国際約束、国際條約であることは同じでございます。ただ條約の重要性又條約を扱う人のその時の留意等によりまして或いは日米両国はとやり、或いは日米両国政府はとやるというようなやり方をいたすものでございます。そこでその條約において、更に細かいこと、或いは重要であつても具体的のことを更に委任して、政府間に委任する場合、そういう委任の場合はどういう文例を使うかと申しますと、双方が国家の名において書いてあります場合には、なおこれこれのことについては両国政府間の取極による。こういうことに一段下げて書くのでございます。つまり国が一番えらい。えらいと言つては語弊がありますが、簡單に申上げますと、一番上位にある国というものが條約の表面に現われておる場合は、委任條項の場合は政府という字を使つておる。又政府という名を用いた国家間の條約でありますとき、そうしてその具体的事柄若しくは細目について更に取極を要するという場合には、どういう使い方をするのが慣例かと申しますと、政府から一段下げますから、権限ある官庁、こういうような使い方をいたします。この使い方の見地から今回の安保條約と行政協定を見ますると、安保條約においては、第三條において「両政府間の行政協定」、こういう文字を使つておる。書出しその他全部は「日本国」と「アメリカ合衆国」と、こういうことになつております。更にその署名のところを見ますと、「日本国のために吉田茂」、「アメリカ合衆国のために」これこれ、こういうように書いてございます。一方これを行政協定のほうで見ますと、「日本国政府のために」誰々が署名、「アメリカ合衆国政府のために」誰々が署名と、こういう使い分けをするのが大体今日までのやり方でございます。ただやり方を申上げたわけです。
#98
○参考人(神川彦松君) 只今杉原さんの御質問でありまして、先ほど申上げましたように、私はこういう議論は余り興味を持たないのでありますけれども、併し折角の御希望でありますから、お答え申上げますが、これはアメリカ側から見ればもう問題が私はないと思います。アメリカ側ではアドミニストラテイヴ・アグリーメント、或いはエグゼキユテイヴ・アグリーメントを意味したものに相違ないのでありまして、又そうでなければアメリカ側としても上院に批准を附議する必要があるとか、或いは又或る場合には、このアドミニストラテイヴ・アグリーメントは全部公表することはできない、全文若しくは一部を秘密にしなければならないというような必要もあるわけでありますから、そういう点から考えて、アドミニストラテイヴ・アグリーメントということが大統領協定という意味であることは疑いないと思います。併しながら、日本側から見ると何もそう解釈する必要はないのでありまして、若し日本側から解釈するならば、日本にはこの大統領協定とか、アドミニストラテイヴ・アグリーメントとか、エグゼキユテイヴ・アグリーメントという例はないのでありまして、むしろこれから先例を開くわけでありますから、そういう先例を開く際には、やはり現行憲法が民主憲法ならば、その憲法の精神に従つて民主的に解釈することが当然である、民主的に解釈するならば、このアドミニストラテイヴ・アグリーメントというものは、とにかく日本側から見れば実に重大な国家の存亡に関するような問題であるからして、これは政府の一存によつてやるべきことではない。とにかく議会が日本においては最高の機関でありますから、議会が参加することは当然である。又アメリカ側から見れば、アドミニストラテイヴ・アグリーメントというのは、ただ特権を得るだけで大した義務を負うわけではないのでありますから、何も議会の協賛を得なくともよろしいのでありますが、日本は重大な義務を負うわけでありますから、まるで立場が建つておるのであります。ですからただアメリカが議会の協賛を得る、セネートの協賛を得る必要がなくとも、日本においてはどうしても議会の協賛を得、又国民の承認を得べきは当然のことでありまして、その点においては私は議論の余地はないと思いますからして、先ほど申上げましたように三百代言的な言い逃れのすべはありますが、併しながらそんなことはやるべきことでなく、政府は必ずこの重大性を認識し、又これが非常な義務を負うのだということを認識してそうして議会に附議し、又国民の理解を得るということは言うを待たないことだと思います。私はそれだけ申上げます。
#99
○参考人(守屋和郎君) 私はもう余り附加えることはないと思うのですが、條約でありますから、理論としては行政協定も議会の承認を得べきものである。然るにこれは安保條約の三條にすでに載つておりますので、包括的に承認を受けてしまつたのだと、こう論じたのであります。もとよりこれは純法律論でありまして、それだからといつて議会の承諾を得てはいけないのだ、これを独立に議会の承認を得てはいけないのだ、安保條約を離れて、親切に、もう少し丁寧に、礼儀を盡して議会の承認を得てはいけないのだ、そういうことをする必要はないのだという意味ではないのであります。純理上からはあれでいいのだ、併し政治的考慮から重ねて基本條約と離れてこれを議会の承認にかけてもそれは別段惡いことはない、こういうような私は見解なのであります。但し包括的にすでに承認を受けておつたのだ、おるのだという法律点は動かないのであつて、若しこれを再び單独に承認を得れば、しなくてもいいことをする、併しながらしたほうが政治的に見ていいのだ、こういうような考えを私は持つておるのであります。
#100
○中山福藏君 四人の先生のかたがたの御意見は大体わかりました。柳井先生と守屋先生は、大体安保條約第三條によつて包括的な委任をやつたのだ、まあまあこれくらいの程度だつたらよかろう、結局憲法第七十三條の三項には抵触しないのじやないかというような結論のように私どもは拜承しておるのであります。ただ佐藤先生は中正的な意見だつたと私は考えておる。神川先生の御意見は結局違憲だというのが結論のように私は拜承した。
 そこで佐藤先生とそれから神川先生にお尋ねしたいのは、先ず神川先生にお尋むしますが、結局この安保條約第三條によつて政府の行政協定に委せるということが書かれてあつて、而もその包容しておるところの内容というものは、條約と同等或いはそれ以上の重大性を持つておるものだ、その点において議会が安保條約で承認したというのは或る意味において要素の錯誤だというような感じを私どもは持つこともできるように思うのです。そこで神川先生にお尋ねするのでありますが、こういうふうな例が国際條約、或いは国際政治史の上にあつたかどうか、私どもの参考のために聞かせて頂きたいのですが、そういうふうな場合があつた場合においては、その重大事項に関して議院というふうな立場にある機関がどういうふうな救済の方法を講じたらよいか、こういうことについての何か参考になる例がありまするか、お聞かせを願いたいのです。
#101
○参考人(神川彦松君) 只今中山さんから御質問でありますが、私は行政協定と大体同じ目的で、又確かに行政協定を作りまする折に重大な参考になり、殊に日本側としてはむしろそれを種にして大いに主張したものと想像しておりまするこの北大西洋條約でありますが、これは先ほど申上げましたように條約でできておる。決して大統領協定ではありません。先ほど申しましたように、十二カ国調印しまして、そのうち四カ国が批准した折、初めて批准した国との間に効力を発生する。そうして又その後に批准した国がそれに参加するということになつておりまして、明らかに條約であります。そうして又有効期間までもはつきり規定してありまして、例えば四カ年経てば廃棄の通告をすることができる。その通告後一カ年内で失効するというふうに明瞭にきめてありまして、疑いもなくこれは條約であります。新聞でもよく北大西洋行政協定というようなことが出ておりましたが、これは大きな間違いで、北大西洋協定というものは明確なる條約であります。でありまするから、これは條約できめられるのが至当だということは、とにかくこの北大西洋協定が條約の形をとつておるというだけでもわかると思います。但し一九四七年三月の米比協定になりますと、これはアドミニストラテイヴ・アグリーメント、即ち大統領協定になつておりまして、議会の協賛を経る必要はないことになつております。ただ両国の当事国が調印さえすればいつからでも効力が発生することになつております。但し期限は九十九カ年ということで、恐るべき長い期間になつております。これが一番今度の行政協定に近い例でありまして、この行政協定という形で結ばれております一九四九年のヴエトナム国とフランスとの協定は、コンベンシヨとスタチユーという字を使つておりまして、コンベンシヨンと言えば協約でありますから、本来條約であります。又スタチユーというのは規約と訳しておりまして、本来はやはり條約でありますが、併し何分これはユニオンフランセーズ、フランス連合の一部分と一部分との間の條約でありまして、本当の独立国家間の條約ではありません。又恐らく議会の協賛を経ない、即ち本当の條約としての手続を踏まんのじやないかと私は理解しております。でありまするから、そういう二つの例もありますが、一番とにかく最近であり且つ又一番模範的、いろいろな点で必ずしも模範的と言えませんが、とにかく一番日本にとつて模範的と考えられておりまする北大西洋條約というものは、明確に條約の形をとつておりますから、それと同等のみならず、又日本の行政協定は先ほど申しましたように、軍事基地にせよ、陸、海、空軍のわけのわからない駐屯権というものを認めておつて、その軽重の差は比較になりません。それほど重大なものであれば、当然これは條約の形を以て條約として取扱うべきである。單に委任されたからどうとかいうような法律論で以て取扱いをさるべきものであると私は考えないのであります。私の考えはこれだけであります。
#102
○中山福藏君 神川先生のお説は大体わかりましたが、私がこれは参考人としての御意見を承わる点に逸脱するかも知れませんけれども、念のために伺つて置くのですが、只今の実例はよくわかる。繰返しお述べになりましたからよくわかるのですが、現在の日本の取扱つておりまする行政協定というものの前提條件と申しますか、いわゆる安保條約三條といいますものはすでにでき上つておる。而してこの行政協定が違憲であるかどうか、憲法第七十三條の三項に違反するかどうかということを学者でありまする先生にお伺いしたい。そこで問題は幾分逸脱しますが、今日の日本の議会においてどういう立場をとればいいかということを一つお伺いしておきたいのです。
#103
○参考人(神川彦松君) これは少し法律論とか又政治論と違いまして、議会としての立場とか或いは政策論になろうかと考えますが、私はこういう際には、無論政府が横車を押せば、恐らく衆議院のほうが絶対多数でありますからすぐ通りまするし、又参議院のほうも恐らく通るのじやないかと思います。併しながらこれは非常な惡例でありまするから、必ずこれに対しては議会といたしましては私は決議文を出すべきものだと思います。この決議文は、とにかくこれは少数党であろうが何だろうが出せるのでありますから、政府の取扱方というものがいろいろな点から見て妥当ではない、或いは違憲である。違憲であるならば違憲と申してもよろしいでしよう。とにかく決議文というものを出して、そうして堂々と国民に訴えるべきだ。決議文というものは誰でも出せるのですからして、そうして決議文の提出理由の説明において堂々と天下に向つて政府のやり方が当を得ないということを叫ぶことができるのではないか。又たとえ破れたところで、それについて意見を発表するということは、幾らでも私は議会で、たとえ少数派といえども意思を発表する方法があると思うのです。今どういうような措置をとつているか知りませんけれども、若し私が議員ならば早速決議文を突きつける、こういうような政府の非を鳴らす、こう思うのであります。
#104
○中山福藏君 佐藤さんに最後にお尋ねしておきますが、佐藤先生の御意見は、主観客観の立場を異にした人から見た結論をお述べになつたように私は考えております。それであなたの御意見はあなたとしてのまあ意見であるか意見でないかというようなことがあいまいで、私どもはちよつとわかりかねたのです。行政協定の範囲というものにおのおの例を挙げても、協定のいわゆる條約に該当するものもあるし、或いは條約に該当しないものもあるのだ、二様に分けて御説明になつたようですが、私よくその点を、最後の結論として……、然らば日本の政府の議会に提出した行政協定はどちらに属するか、その点をはつきり一つお伺いしておきたい。あなたのお考えはいわゆるどちらのカテゴリーに入るのか、これを一つお尋ねしたい。
#105
○参考人(佐藤功君) どうも私が申上げることが、どつちにもとれるようでよくわからないということで恐縮でございますが、それは私はわざとそう申上げているわけではないので、私はそう思うよりほかにないからそう申上げたわけでございます。それで今最後に確かめたいということで、一体現在の現実の行政協定というものを国会に出さなかつたということは、憲法七十三條に違反するのか違反しないのか、一体どつちなのかということ。そこの点だけを申上げますなら、私はそれは憲法には違反しないという、そういう立場なんです。それのまあ理由はいろいろ申上げたわけで、又繰返す必要はございませんが、その点はそういうことです。ただそれが当、妥当の問題になりますと、つまり立法論的或いは政治論的に申せば、私はそれは適当ではないと思うのでありますけれども、憲法の解釈としては直ちに憲法違反とはならない、そういうわけです。
#106
○中山福藏君 わかりました。
#107
○平林太一君 神川参考人に質問したいのですが、行政協定に対する考え方でありますが、その前に参考人の御意思を伺いたいと思いますことは、安全保障條約を米国が政府との間に締結いたしたこの安保條約に対しましては、どのように参考人はお考えになりますか、それを伺いたい。
#108
○参考人(神川彦松君) 只今御質問にあずかりましたが、この安保條約というものを日本が調印した……安保條約でありますか、行政協定でありますか、どちらですか、両方ですか。
#109
○平林太一君 いやいや、安保條約……。
#110
○参考人(神川彦松君) 本来安保條約というものは、アメリカの立場から見れば講和條約といつたようなもので、講和條約、安保條約、これは行政協定というものとは切離すことはできません、アメリカの立場から申しますれば……。併しながらこれを日本の立場から申しますると、そうせられては困りますので、講和條約というのはこれは日本が戰争して、そうして戰敗の結果、戰勝国たる連合国との間に結びまする條約でありますから、これは多数国間の條約で、相手は四十八カ国か五十カ国か知りませんが、とにかく多数であります。ところが安保條約及び行政協定になりますと、ひとり両国間の條約でありまして、全然性質を異にするのであります。講和條約ならば、とにかく日本は戰敗国でありますから戰時、占領下において講和條約を結ぶということも或いは止を得ないかも知れません。但し私は忌憚なく言えば、第二次大戰というものは、ドイツにとりましては一九四五年の五月七日、日本については九月の二日にきれいさつぱりと済んだもので、日本と連合国との間には問題は何もない。ただ残つておるのは小国同士の間に衝突があり、鬪争ができて、そうして片がつかないから、だんだん遅れたので、その責は日本にはないわけであります。でありますから、本来ならば日本はもう戰争が済んだ以上、当然すぐに講和会議を開いて講和條約を結ぶべきである。これは国際慣例であります。近来五百年を通ずる国際慣例であります。然るにもかかわらずそれを全然無視いたしまして、とにかく六年、七年というもの戰時占領を続けられましたことは、全く例のないことでありまして、あんなことはこれは近代国際法の蹂躙であると考えております。こんな例は全然ないのでありますから、全く国際法を無視したことであると考えております。でありまするから、とにかくこういう占領が続けられたということは、決して正しくありませんが、併しながらどうも戰敗国としては止を得ない、だから講和條約だけは今日のような状態で調印するということも止を得ないかも知れません。併しながらこの安保條約や行政協定になりますというと、これは日米間の協定であつて、どうしたつて日本が講和條約を結んで少くとも自主独立の国家の体裁を回復した後にやるべきものであつて、今日のような占領下において結ぶべきものでは断じてないと思う。又そう急いで結ばなくても條約発効後九十日間というものはまだアメリカ軍隊を日本に置くことができるわけでありますから、その九十日の間にも安保條約を結ぶ余裕もありますし、又その九十日間にできなければ、多少その期間々延ばしてもいいわけで、何もそう急いで講和條約と同時にむりやりに安保條約を結ぶ必要というものは、日本から言えばないと思うのであります。ところがアメリカは同じ日にこれを調印してしまつたわけでありまして、まあその点において国際慣例上甚だ面白くないという点はあると思うので、こういうことはよくないのであります。でありますから日本としてはあの折には調印すべきものではなくして、又仮に調印すべきものだとしても、必らず一年間に、期限というものは、限るべきものであつて、およそ安保條約のような期限の定めのない危險なものはないのです。これは日本が過去においてそういう期限のはつきりしないものをやつたために、それが五十年なり六十年なり半世紀以上の苦い経験を嘗めたのでありまして、又支那ではいわゆる不平等條約というものがとにかく百年に及んだわけであります。これは全く期限の定めがあいまいであつたからであります。およそ大国と弱国間において期限の定めのないような條約を結ぶほど外交上の大失敗はないのです。ところが安保條約においては期限の定めがはつきりしていない。よく期限がわからない。成るほど日本とアメリカの意見が合致した場合に効力を失うということが書いてありますが、両国の意見が合致するということは要するに無期限ということで、アメリカが認めなければいつまで経つても期限が延びるということで、無期限ということになる。私は無期限の安保條約を結ばれたということは、ほかにも失敗は多々ありますけれども、大きな失敗だと思います。ですから、そんなようなものはちやんと結ぶ必要はないので、一年間に期限を限ればよろしい。そうして一年経てば必要があれはだんだん更新すればいいのでありまして、ああいう危險な條約を、期限を限らずに結ぶということは、外交交渉を全然知らない人のやることだと考えておるのでありまして、そういうことで全然非常な間違いをいたしておるのでありまして、安保條約の締結というものは、日本側から言えばああいうふうにやるべきものではなくして、講和発効後においてやるべきものであつて、又必ず期限をつけるべきものであつて、その点において今までのやり方というものは、米国側から見れば理由もあるかも知れませんが、日本側から見ては極めて不満足なもので、断じてこれを看過することはできないと、こう考えております。そういう点でよろしいかどうかわかりませんが、一応私の意見を申上げます。
#111
○平林太一君 それから行政協定に対する参考人の御意見を承わりましたが、只今安保條約の御見解を承わりまして、私のほうでは肯けるものがあつた次第です。
 第二点は、義務の問題、これは北大西洋條約を御引例になりましてアメリカは全然義務を負つていないというお話でありました。従つて今回の行政協定においても同様の見解をお出しになつておると思われるのでありますが、義務というものの現し方と申しますか、こういうものはどういうものを称して義務としておられるのでありまするか。それをまあ数おありになりますれば、一、二例証して承わりたいと思います。
#112
○参考人(神川彦松君) ちよつと御質問の趣旨がよく聞きとれなかつたのでありまするが、私が申ました点は、北大西洋協定は今度の行政協定と同じように、アメリカ軍が外国に駐屯するときのアメリカ軍が享有する特権をきめた條約でありますから、従つてその條約自体ではアメリカは当然軍隊が占むべき権利、家族のものが享有すべき権利とか乃至特権をきめたものでありまして、それ以外のアメリカの負うべき義務というものはあまり現われていない。これはまあ性質上当然と言えば当然なんでありまして、そういうことにならざるを得ないのであります。でありますからこの條約に関する限りは、やはりアメリカは権利乃至特権を得るだけで、義務は負わない。北大西洋協定及び安保條約その通りであります。若し仮に義務を負う場合がありとしますれば、このうちで義務を負う点も若干細かい点もあるかと思いますが、やはり義務を負うということは、もう明確に謳われてあるわけでありまして、どういう点で、義務を負うておりますか、私も調べて見ればわかるわけでありますが、少くともこの條約に関する限りは余り明確にアメリカが重大な義務を負うというような箇條はないと思います。若し仮にあるとすれば、とにかく明確に書いてある。何々すべきである。何々することを要す。何々することを会議するとか必らず書いてありまして、そうそのルーズには書いてないと、こういう点を先ほど強調したわけなんで、これでお答えになつておるかどうかわかりませんけれども、ちよつと御質問が聞取れなかつたものですから。
#113
○平林太一君 実は義務というお話でありますが、その義務を形の上にこういうものが義務である。それでこの現した方を一つお洩しを願いまして、こういうものをアメリカが負わないのだということを一、二承わりますれば大変参考になると思います。これは全体の表現であるか、具体的な事実としての引例を挙げて頂ければ大変参考になると思います。例えばどういうことが義務になるのか、それを米国が負わないんだ、当然これこれの義務は米国は負うべきものである。併し或る場合は触れてないということに対する具体的の事柄を一、二で結構ですから承わりたいと思います。
#114
○参考人(神川彦松君) この北大西洋協定、それから日本の行政協定についてどういう義務を負うておるか。これは私は細かい点を調べれば出て来ると思いますけれども、今申しましたように思い当らないのでありますが、例えばこういう條約を結びまする場合には、どうしても普通の場合には相互主義でなければいけないのでありまして、或いは簡單に言えば、平等主義と申したらよろしいですか、平等主義でなければいけないので、若しも日本がそれだけの治外法権を認めるならば、アメリカもやはり又或る場合にはそれを認める。又アメリカがそういう裁判権を持つならば、日本も理論としては持たなくちやいかん。日本も日本国内におけるアメリカ人に対しては軍人であろうが誰であろうが、当然管轄権を持つべきであつて、そういう立場を明瞭にすべきであると思うのであります。でありますから、仮にまあ今日本軍がアメリカに行くなんということはありませんけれども、併しながらとにかくそういうような場合には、アメリカは日本と同じような、日本が與えたような治外法権と同じような待遇を日本軍に與える。今日本軍はありませんから、そういうことは事実起りかねますけれども、とにかくそういうレシプロシテイとか或いはイコーリテイという立場がなければ、独立国家と独立国家との條約にはなりません。又北大西洋協定にはそうなつているのであります。立場は全然平等になつております。これは條文を、御覽になればすぐわかるのであります。ただ軍人、軍属については、又或る場合には家族については、一定の場合に派遣国の裁判権が優先する。優先する場合だけ規定してあるわけでありまして、一般的には平等に裁判権を持つているのです。これが私は当然であると思うのでありまして、ところが日米行政協定では、そうなつていない。日本のみが治外法権を與えておるのであつて、アメリカのほうは全然それには触れていないわけですな。ところが、従来英米の間なんかでできました協定では、イギリスはアメリカに治外法権は與えるが、今イギリス軍はアメリカにいないけれども、併し成る場合を仮定して、その場合にはアメリカも同じような待遇をイギリスに與えるということを認めさしておるですよ。これは仮定ですけれども、ちやんとレシプロシテイを認めせしめておるのです。ですから、日本軍がアメリカに行くということはありませんが、今軍隊もありませんが、やがて軍隊を持つでしよう、そういうような場合には、日本軍もやはりアメリカにおいて同じような治外法権を持つべきだということを規定すべきが当然だと思うのでありまして、そう相互主義もとらず、又平等主義もとらず、ただ一方的にのみ日本に治外法権を認めせしめたという点なんかに、今申した権利のみアメリカが獲得して、そうして義務を認めないでおる。こういう一番大きな点でありますね。小さい点などはちよつとよく穿鑿すれば出て来ると思いますけれども、この條約については重要じやありませんです。
#115
○平林太一君 次にお尋ねいたしたいと思いますことは、例えば参考人のお話は、特定なる治外法権乃至裁判管轄権の問題をお挙げになりましてのお話であるのでありますが、それよりも遙かに大きな犠牲とか或いは責務、これをつき詰めて申せば大きな義務というようにも考えられるのでありますが、今度の場合、行政協定によりましてアメリカが日本に駐留をする。そうして取りあえず相当、我が方といたしましては御承知の通り六百五十億の防衛費を只今審議いたしておるのでありますが、その他安全保障條約によりまして約六百億というようなものを出しておりますが、米国側におきましてはより遙かに大きな負担或いはこれに伴う諸費を用意いたしてこれに臨んでおる。それから軍隊のことに対しましても、條約は私の常識を以ていたしますれば、いわゆる我が方と先方とで取極をいたしたものでありますから、一般的にはこれは我が方にも十分の良心と責務とを持たなければならないのでありますが、軍隊というのでありまするから、いわゆる生命の危險を予測いたしまして、そうして生命の危険というものを覚悟いたしまして日本に駐留をいたして、そうしてその目的がいわゆる共同防衛をするという建前であるのでありますが、そうすると、その軍隊に対する犠牲、それからそれに伴いまする経費というようなものを、日本とアメリカ、両方を比較いたしました場合に、これに対する義務というようなことに対しまして、私は常識の判断であるのでありますが、向うも相当の義務を果し、なお且つ義務と表現し得ない大きな犠牲を払つておるのではないか。向うが何か占領して来た場合には、そういうことは成り立ちません。併し行政協定によつて我が方との間にそういう取極め、約定をいたしたのでありまするから、その点どのようにこれを解釈いたしてよろしいか、義務という問題に対しまして、ちよつと伺いたいと思います。
#116
○参考人(神川彦松君) 只今の問題は非常に多端に亘つておりまして、詳しく申しますると時間を要するのでありますが、いろいろな論点が……。
#117
○理事(徳川頼貞君) 神川さんに申上げます。時間も遅くなりましたので、簡單に。
#118
○参考人(神川彦松君) 成るべく簡單に申上げます。第一、日米間の安全保障條約は相互主義安全保障條約ではありません。これはただ米国が日本に対して安全保障のために兵隊を置くというだけであつて、日本の安全保障のために置くということは法律上は規定してありません。でありまするから、若し相互安全保障條約でありまするならば、例えば米比間の協定であるとか或いはニユージーランド、オーストラリアとアメリカの協定であるというふうに大分変つて参ります。あの條約というものは要するにアメリカの安全保障條約であつて、決して日米両国の相互的の安全保障條約でないということは、ダレス氏がしばしば言うたことでありまして、日本はまだ軍隊を持たないのだから、相互安全保障をする資格がないのだ、そういうことを言うておられたことでも御承知と思います。でありますから、要するにアメリカのためのあれは安全保障條約なんです。ただ日本が反射的利益を或る場合に受け得る場合があるたけで、法律上受けるということでなく、受け得るということがあるという性質のことに過ぎないのでありますから、その点で相互的のものではありません。又アメリカが日本に軍隊を置きますのは、第一にアメリカの安全保障のためにおくのでありまして、その一つは、米ソ戰に備えるためである。又第二は日本に備えるためであります。アメリカが日本を抑えるという途は多々ありますが、そのうちでも最も大きな一つは日本に駐兵するということであることは、これはアメリカの識者が戰争中から言うておることである。日本やドイツを抑えるのには、今後五、六十年間日本に駐兵するに如くはない、こういうことを言うておるのでも明らかなことである。外交上の辞令はともかく、これが日本を抑えるためであるという一つの策であることは、言うを待たない。でありますから、無論米国のために置いておるのでありまして、決して日本のために置いてあるのではありません。若し日本がソ連に占領されると困るからアメリカが兵隊を置くというような面もあるかも知れません。それはアメリカが困るからやつておるので、日本人が困るからという同情心から置いておるのでは決してございません。でありますから、駐屯費なんというものはアメリカが全部持つべきで、日本が持つべきものじやない、こんな貧乏国が……。ところがそれにもかかわらず、少くとも今日の程度においては一億五千万ドルというものは日本が負担することになつておるのでありまして、それだけはアメリカがセーブするのです。従来は三億ドルばかりセーブしておるということをアメリカの陸軍当局は議会で証言しておりました。今度はそれが三億かどうか知りませんが、とにかく日本に軍隊を置いておるわけです。一億五千万ドルか、三億ドル、セーヴするので、若し日本がそれたけやらないならば、それだけアメリカの軍事費は殖えるのだということはしばしばアメリカの議会の証言に出ておるのです。それを人道的に、慈善的に解釈するというのは日本人から見ておかしなことでありまして、又守つておるといつても決して守つてもらつておらないのでありまして、勝手に守つておりますから、従つて負担する必要がないのであつて、日本に九千万の人間もおり、たくさんの若者もあり余つておるので、失業も殖えて困る。アメリカの軍隊の二十万乃至三十万人の人間は職を得るわけでありまして、いないほうがどれだけいいかわからない。ところがアメリカの政策からやつておるわけでありますから、決して日本のためでなくて、全然アメリカのためであるということは言うをまたないのであります。でありますから、それがために日本が出すべきアメリカに義務を持つているのじやなくて、アメリカの政策上当然なことであつて、それは甚だ人道主義的な解釈でありまして、現実国際的な解釈であるとは考えていないのであります。(「もういいじやないか」と呼ぶ者あり)
#119
○平林太一君 いや、結論ですから……。只今よくお話を承わりましたが、併し見解の相違と申しますか、参考人と私との間には根抵において全く相異つた見解であるのでありますが、今人道的なというお話がありましたが、共産主義と自由主義との差は、いわゆる自由主義に人道主義があつて、共産主義には人道がないというところに非常な私は間隔があるのだと思うのであります。で、私は見方の相違がありますことは当然のことと思うのであります。いずれ又機会を得まして一つ参考人と相対坐して激論を鬪わしたいというようなことをここに申上げまして、本日は大変感謝しております。
#120
○理事(徳川頼貞君) 質疑も盡きたものと認めます。本日は参考人の各位におかれましては、御多忙中にもかかわらず長時間熱心に貴重なる御意見の開陣を賜りまして、重要問題につきまして種々の有益な御教示を賜りましたことを心から感謝いたします。有難うございます。
 次回は明日十時から開会いたします。本日はこれを以つて散会いたします。
   午後五時二十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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