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1951/05/23 第13回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第013回国会 電気通信委員会 第27号
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1951/05/23 第13回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第013回国会 電気通信委員会 第27号

#1
第013回国会 電気通信委員会 第27号
昭和二十七年五月二十三日(金曜日)
    午後二時三分開議
 出席委員
   委員長 田中 重彌君
  理事 橋本登美三郎君 理事 長谷川四郎君
   理事 松井 政吉君
      石原  登君    井手 光治君
      庄司 一郎君    辻  寛一君
      福永 一臣君    椎熊 三郎君
      石川金次郎君    田島 ひで君
      稻村 順三君
 出席国務大臣
        電気通信大臣  佐藤 榮作君
 出席政府委員
        電気通信政務次
        官       平井 太郎君
        通気電信事務官
        (大臣官房審議
        室長)     大泉 周藏君
        電気通信事務官
        (大臣官房人事
        部長)     山岸 重孝君
        電気通信事務官
        (業務局長)  田邊  正君
        電気通信事務官
        (業務局国際通
        信部長)    花岡  薫君
        電気通信事務官
        (経理局長)  横田 信夫君
 委員外の出席者
        電気通信事務次
        官       靱   勉君
        専  門  員 吉田 弘苗君
        専  門  員 中村 寅市君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 日本電信電話公社法案(内閣提出第二一二号)
 日本電信電話公社法施行法案(内閣提出第二一
 三号)
 国際電信電話株式会社法案(内閣提出第二一四
 号)
    ―――――――――――――
#2
○田中委員長 これより開会をいたします。
 日本電信電話公社法案、日本電信電話公社法施行法案、国際電信電話株式会社法案を一括議題とし、質疑を続けます。稻村順三君。
#3
○稻村委員 昨日ちよつと一、二問質問しましたところ、政府委員の答弁によりますと、公社をつくる理由といたしまして、国家財政のわくをはずして、財務、会計制度上、予算に弾力性を與えること、收入支出予算の勘定別区分をすること、予備費を設定すること、継続費を認めること、郵政大臣の承認のもとに予算を流用すること、同じく郵政大臣の承認のもとに予算を繰越すこと、その他こういうようなものをあげておつたのでありますが、私はこの政府の説明を聞いておりますと、聞けば聞くほど、それによつてどうしても公社にしなければならないという特別の理由が、はつきりしなくなつて来るのでございます。なぜかと申しますと、このくらいのことであるならば、たとえて申せば現在の電気通信特別会計法あるいはこれに関連するところの会計法の一部改正というような形でもつて、こういう特色を與えることが何ゆえできないのか。むしろそつちの法案の一部改正をすることによつて、こういう特殊な企業体の活動を敏活にする、自由にするということの方が手取り早いと考えるのに、わざわざ全然別個な公社というものに再編成して、非常に大きな機構いじりをしなければならないのか、その理由が一体どこにあつたのか、私にはわからないのですが、その点ひとつ御答弁願いたいと思う。
#4
○横田(信)政府委員 昨日私が申し上げたのは、公社のできるゆえんは、国営事業における問題について、国営事業としての長所公益的な面はこれを残しながら、すなわち公益的な意味においては、国会あるいは政府において必要なる決定をし、あるいは監督をする。しかし経営管理自身においては、この分離された公企業体において経営管理をより能率的に上げて行く、こういう線においては、今の国営よりはこちらの方が進歩した案であろうということを申し上げまして、引続いてそのうちの経営管理の能率を上げるためには、財政上の自主性もできるだけ確保した方がいいし、あるいは人事上の自主性の問題もあるし、そういう問題はいろいろあるわけですが、そのうちの財政上の自主性について、具体的にどういう問題が違つておるかというようなお話であつたように存じますので、財政上の自主性の問題だけに限つて、現在と違うところにつき申し上げた次第であります。今事業予算としての弾力性予算の本質というようなものは、国営のままできるじやないか、こういうお話もあつたわけでありますが、御承知のように国家行政は大体行政が中心であります。従いまして会計法において、あるいは財政法において、そういう主たる行政活動を中心にいろいろ規定がつくられるということも、ある程度やむを得ない。そういう意味において私、理論的に絶対できないとは申しませんが、こういう事業予算としての弾力性予算の本質を持たすことにおいては、公企業体とすることによつて、よりこれを容易にそういう方向に進め得るということが当然言えるのである。これは非常にこまかいことだとおつしやいましたが、こういう事業というものは、行政と違つてそうはででない。そのこまかいことにおいて問題が非常にたくさんあるわけであります。そういうふうに御了承願いたい。
#5
○稻村委員 御説明を聞いておると、公企業でなければこういう性格が持てないということではなくして、公企業でやつた方が持ちやすいということである。企業性の方は確かにその通りだと思う。しかし公共性という問題につきましては、それだけぼけるのである。こういうことになるのでありまして、従つて公共性が重要であるということを中心として考えると、むしろ現在の国営に、現実の問題を勘案して企業性を持たしめるように、理論的には可能だと言われるのだから、その理論的に可能な方向にひつぱつて行く必要があると思う。ことに今の答弁でありますと、私の聞いておるところによると、現行法のもとに問題になつておるようである。私はやはり一部改正、あるいはほかにこれに関連する法律の改正を前提とするというと、今日の国営に非常に企業的活動を自由ならしめる性格を持たしめることは不可能ではないと考える。それを非常に大きな機構いじりになる公社制をわざわざとらなければならないという理由がどこにあるか、これをもう一度お尋ねいたします。
#6
○横田(信)政府委員 お答えいたします。ただいま公共企業体にすることによつて、公共性がぼけるというお話でありましたが、本法案におきましては、この点はぼけないようになつていると思います。すなわち国営事業として公共性の必要のある問題は失わずに、経営管理としては公共企業体にして経営能率を上げるという方法の方がいい、こう考えてこの案を提出したわけで、公共性がぼけるというのはどこでぼけるのか、われわれはぼけないようになつていると考えております。
#7
○稻村委員 そのぼけないところはどうかというと、国家が経営して来たところと少しもかわつていないところがぼけない。ですからたとえて申しますと、予算の編成に対する手続の問題だとか、あるいは人事権の問題だとかいうものは、公社になつたからといつて本質的な差異はほとんど発見できない。公共性を非常に強調しているとあなたの方で思われているようなところは、本質的には従来と同じなんです。そういうところに私は非常に疑問を持つておるのでありまして、その点一つ一つお尋ねして行きたいと思います。
 まず第一に、本法案において従来の国営事業と非常に異なつている点をあげますと、公社の議決機関として経営委員会が設けられている。これは今までとはよほど違つております。そしてその経営委員は一応政府が国会の議を経て任命するというのですから、これもよほど従来の形とは違つております。ところがこの経営委員会の性格が、石原君からも何度もつかれたように、きわめてあいまいである。と申しますのは、第十條の第二項にはこの議決を必要とする事項が四つか五つあげられております。ところがこの必要だという議決権をこの委員会が持つているというだけでは、実を言うと経営委員会は実質的な力を持ち得ない。やはり第十條に規定してあるように「公社の業務の運営に関する重要事項を決定する機関とする。」という、この役目を果して行かなければならないと思うのであります。ところがこの役目を常時的に果すということになれば、常勤制でなければならぬはずであるが、常勤制は全然とつておりません。しかも私の考えるところによりますと、おそらく公社運営に関する重要事項を決定する議決機関でなくて、そのうちの第十條二項に指定されているものを形式的にただ議決するくらいで、この経営委員会は精一ぱいだと思うのです。ことにこれが無報酬だということになりますと、うつかりしたら第二項にあげられているぜひとも議決を経なければならぬ事項に対してすらも、百パーセント議決に参加することがなかなか困難だというような事態が生じて来ることになりはしないか。しかも常時見ておらないから、公社の内容などはわかるはずがない。常勤でないし無報酬であつて、しかもその四つか五つの議決をするときになると文書を持つて来る。その文書にざつと目を通してみますと、内容がほとんどわからない。そうすると第十條第二項に規定されたことも形式的になり、その他のこともほとんど關與しないということになる。これはもう今までの委員会で大体わかつていることなんだ。それではこの議決機関は一体何を議決するか。これは結局五人の委員のうち総裁、副総裁が二人まで入つている。従つて総裁、副総裁が、事務当局といいますか、そういうものの持つて来たこの第二項にきめられた案をまるのみにすることになる。あるいは意見があつたところで結局説得されてしまう。そうすると議決機関とは名ばかりで、実は諮問機関になつてしまうのではないか。ことに委員長が一人とられますので、二対二であります。三人のうち一人欠けますと、委員会は常に公社側が多数決になります。そうすると委員会というものは実質上において、ただ公益性を代表しておるのだから、一般の意見を取入れるのだという形式をふんでおるだけのことなんだ。こういう非常に無力な、単なる形式上の諮問機関になつてしまう結果になると私は思うのであります。ほんとうにこの決定というものが実質的に決定し得るという自信を持つてこれをつくつたのかどうか、私にはどうもそれがふに落ちない。その点ひとつ御返答をお願いしたい。
#8
○横田(信)政府委員 ただいまのお尋ねの点についてお答えいたします。公共企業体につきましては大臣からも御説明がありましたように、公共性を保持しながら、できるだけ民間で発達いたしました経営技術を採用して、能率的な合理的な経営をやつて行こうということが目的であります。この経営委員会の問題につきましても、同じプリンシプルから出た一つの問題であります。御承知のようにこれは取締役会ではありませんが、取締役会に準ずるというような方法を実は採用いたしたのでありまして、民間の事業、ことに大きな事業会社におきましては、株主総会でいろいろな政策はきめるわけでありますが、この経営管理の問題につきましては取締役会以下にまかして、取締役会で経営管理の基本方針をきめるということに相なつておるわけであります。その取締役会は、御承知のように大きな事業会社におきましては常勤重役と非常勤重役と両方参加いたしております。この民間の大きな企業における非常勤重役の参加は、ある意味においてしろうとではありますが、しかしこの経営管理の基本方針になりますと、経営内部における専門的な狭い知識に加えて、深い経験と広い社会的な接触と視野を持つておる人が参加するということが非常に大切なことでありまして、ことにこういう公共企業体においては、そういう深い経験と広い視野を持つた人が経営管理の基本方針について参加されることは、まことに妥当であろうと思うのであります。
 次に、この経営委員会はそのしろうとばかりの集まりではないかというお話でありましたが、これはそうでなくて、常勤の総裁、副総裁と非常勤の委員とをもつて構成することに相なつております。なお委員長が一人とられるから、またよけい薄弱になるのではないかというお話でありましたが、委員長も当然議決権を持つておりまして、後になお同数のときには委員長がこれを決することになつておりまして、二重に持つているということであります。そういう意味におきまして、この経営委員会は執行に当る総裁、副総裁という事業の内部に詳しい人と、広い経験と視野とを持つた人をもつて構成しており、従つてこの経営委員会の中での議論は、相当地についた議論ができる。いろいろな質問に対してもすぐ、実際やつている状況をよく把握した人の説明もあり、その結果いろいろ決議をして行くということになりますので、今のお尋ねのような問題はないかと存じております。
#9
○稻村委員 取締役と同一というのは、たとえ話だとそうなつてしまうが、これは非常に違います。なぜかといいますと、一つは国家機関を代表したものが総裁になつている。それから経営委員会は、国家機関の代表ではありません。ところが取締役の場合には、そこの会社の資本系統を代表しております。これは同じ一つの利益を代表しております。国家の機関を代表した者と、それから一般産業を代表した者との間の関係と、それから同一資本を代表した関係、これは社長であつても取締役であつてもまた常務、専務というようなものであつても、同一資本を代表しているのです。そういうような関係を一緒にするというのは、取締役云々というのはたとえ話であつて、本質をごまかすことになるのではないか。これは全法違う関係だ。この点は認めますかどうか。
#10
○横田政府委員 私は今同一と申し上げた覚えはないのでありまして、準ずると申し上げたのであります。これは経営管理のいわゆる事業経営学と申しますか、事業経営の理論からいたしましての構成として、準ずることがあるということを申し上げたので、同一たということを申し上げたつもりはありません。
 それから今のお話の会社については、社外重役というものは必ず資本家であるといういろいろお話がありましたが、これはいろいろな形においていろいろな場合がありまして、そういう場合もあります。今の社外重役が大株主から出ている場合もあるし、あるいは社会的な有名な人から出ていることもあり、いろいろあるのです。必ずしも株式会社の場合でも、一つの型にはまつていることはないのです。要は準ずると申し上げましたのは、こういう公共企業体においての重要な政策については、国会並びに政府がおきめになり、あるいは監督をされる。しかし事業の経営管理については、経営委員会並びに執行機関にまかして行く、こういうことがいわゆる事業経営においての成果を上げるゆえんである。そういう場合に、経営委員会の構成としては、非常勤の広い社会的な視野のある者、経験のある人を入れて、この経営管理の基本政策においては専門家だけでなくして、こういう人たちを加えたもので決定して行くことが、最もこの事業の本質に沿うゆえんであろうということを申し上げたのであります。
#11
○稻村委員 それにしては、五人といつてもたつた一人の――先ほど石川君からも指摘されたところでありますが、たつた一人の差でもつて多数決を構成する、こういうような形でこの運営に当つて行くということは、運営上結局常務を執行しておりますところの総裁、副総裁の意見というようなものが、実質上諮問されるという形の方向になつてしまうのではないか。少くとも私は、常にいかなることがあつても多数決が存在する、そういうような形式の経営委員会がなければならないことが一つ、それから経営委員会というものは、むしろ常勤的な人間が経営委員会として執行するのでなくて、ほんとうにその議決をするという、常に執行に対する議決との関連をよく見定めて行くというような、いわゆる非常勤的立場にある人間でないと、常に重要なるものの議決はできない。おそらく第二項に定められた四つか五つの事項を、年に何回か招集されまして形式的に決議する、あるいは議論したところで、その程度のものに終つてしまうのでないか。そうでないにしても、政府の諮問機関である役割しか果さないというような委員会がたくさんあるのでありますが、それと同じことになつてしまうのではないか。こういうことを私はお尋ねしているのです。そういう危険がないのですか。
#12
○横田(信)政府委員 御質問にお答えいたします。今のお尋ねは二つあるように思います。第一点は、そういう意味で非常勤と常勤と両方でもつて構成して行くとして、それが多数決で行くといたした場合に、定足数の問題もありますが、そういう場合に一人の違いしかないじやないか。一人の違いしがなければ、もつと非常勤を多くして行くべきではないかというお話があつたわけであります。この点はいろいろ考え方の問題があるわけでありますが、先ほどお話がありましたように、この委員会をして單に形式的なものに終らせないためには、この常勤、非常勤の数がある程度接近した方が、その議論も相当地について来るのではないかということも考えられるのであります。そういう意味で、やはり非常勤の方が一名だけ多くなつているわけであります。しかしそのときに、今のお話の趣旨はこういう点を心配された場合もあるのではないかと思うのでありますが、定足数が三人だ、三人になつた場合に、非常動が一人出て常勤が二人出る。定足数の最小限の場合は逆になることがあり得るではないか、こういうことも御指摘になつたようであります。われわれは、経営委員にお願いする以上は、まずよほどのことがない限りにおいては、出席されるものだと一応想定いたしております。従つてそういうようなことはないように思つております。しかし理論的に考えれば、そういうことも起り得るではないか。それを非常にこまかく考えて行けば、そういう定足数のときに、委員長あるいは委員長代理のものを除いて、あと特別委員と普通の委員一人ずつにして行く。こまかく考えればそこまで行つた方が一番正確かと思いますが、そういう経営委員にお願いする方は、あまり欠席されるようなことはまずあるまいということを想定いたしまして、こういう原案になつているわけであります。
 次に、この経営委員会はそういう意味におきまして、単に形式的なものとはわれわれ考えておりません。そうなると議決事項が今の四号よりまだほかにあつていいのではないかという意味におきまして、この五で、そのほか必要なことは随時経営委員会でもつと報告しろ、あるいはここで議決しろということが、当然経営委員会の運行上出て来るであろうと考えているわけであります。
#13
○稻村委員 そうすると、この委員長は他の公職を兼ねることができるのですか、できないのですか。それから公職でないにしても他の重要な、たとえば会社の役員や何かを兼ねることができるのですか、できないのですか。
#14
○横田(信)政府委員 先ほど御説明の中にその意味を言つたつもりでありましたが、総裁、副総裁等の役員は兼ねることができません。ただ郵政大臣の特別な認可があつた場合には、この限りでないことになつております。あとの非常勤の委員は、当然兼職はできます。ほかの方の仕事を持たれながらこの委員を兼ねられる、そういう意味において非常勤になつておるわけであります。ほかの仕事を兼ねることは当然できるわけであります。それを予想いたしております。
#15
○稻村委員 そうしますと、とにかく有識者といえば、ほかに相当重要な、たとえば公職、あるいは他の職についているということを前提としなければなりません。そうするとその人間が責任を持つて、この経営委員会を常に招集するということは、これは非常にむずかしい問題じやないかと思います。結局これは事務当局が世話をして、委員長というのは形式的なものになつてしまうのではないか。これは政府のつくつたあらゆる委員会がそうなつていると思います。そうすると、結局第十條の第二項に掲げた五のものは、これはつけたりというか、それが必要か必要でないかという判定までが、非常勤の経営委員の中から発案されるということは、きわゆて少いのじやないか。そうしてほかの仕事が非常に多いものですから、結局この四の事項以外のことは、これはしばしばこういうものについて重要な問題があるからというので委員会を開くなどということは、ほとんどなくなつてしまうのではないか。特にこれは無報酬だということを與党の石原君も指摘していたように、こういうことのために、この案自身がもうすでに経営委員会が形式化しているというふうにとれる。もつと議決力が大きくなければならない、こういうふうに考えるのでありますが、その点の御意見を伺いたいと思います。
#16
○横田(信)政府委員 経営委員につきましては、先ほどから御説明いたしましたように、事業に相当な経験のある人が最も妥当だと思うわけでありますが、そういう経験のある人でありますならば、やはり事業経営というものは相当類似したところを持つております。ことに経営管理の基本方針につきましては、相当類似したところを持つております。そういう意味において、お話のごとく、この経営委員というものが経営委員会に出たときに、これはもうわけがわからぬというようなことばかりお考えになつているのは、少し誤つているのではないかと私は考えております。その点におきましては、民間事業経営においての外部取締役が他の常任取締役に準じて、やはり相当の発言力を持つために、お互いに力を持つているというのは、やはりそういう事業経営において似通つた点があるということが、同じようなそういう力を発揮するゆえんだろうと思います。
 もう一つ、経営委員というものは非常に出席をしないのではないかというおそれを持つておられるようでありますが、実は鉄道の監理委員会はこれほどの権限を持つておりませんが、しかしあの監理委員の出席をずつと調べましたところ、ほとんど熱心に出ております。そういう意味におきまして、あれ以上に権限を付與したこの委員会は、人選さえよろしければ、当然この委員会は相当の効果を発揮するだろうと考えております。
#17
○稻村委員 それからもう一つ伺いますが、経営委員会において発言力を持つて決議したものは、執行する方の責件を持つている。普通の会社であるならば、その際の執行責件者である者は、株主総会なら株主総会と同時に、同じ形で取締役というようなものが、一つの会社の代表者として同じ基盤の上に立つております。ところがこの経営委員会の場合になりますと、片方は政府が任命している。しかもこの経営委員会の中から代表したという形でもつて執行に当つているのではないのでありまして、その点非常に違つておりますが、何がゆえにこの経営委員を代表して執行部に入つたという形をこの法案の中にはとらなかつたのか。その点もう一度御返答願いたいと思います。
#18
○横田(信)政府委員 お話のありましたように、普通の株式会社におきましては、そういう取締役会が株主総会に対してはつきりした責任を負うわけであります。しかしこの経営委員会は、国会並びに政府に対して責任を負うわけであります。その中の特別委員と普通委員との任命の方式が幾分違いますが、この経営委員会というものは、全体として国会並びに政府に対して責任を負うものでありますので、おのおのの特性に照した方法がとられてもさしつかえない、こう思つております。
#19
○稻村委員 それならば、なぜ総裁は国会の議を経て、そうして政府が任命するという形をとらなかつたのか、この点をお尋ねします。
#20
○横田(信)政府委員 この執行機関は、経営管理の基本政策の決定に当ります経営委員会の議決に従つて、業務を執行いたすわけでありますが、この執行機関の長として、同時に経営委員会にも参加する、こういうことに相なつておるわけであります。その執行機関を兼ねております総裁、副総裁を、国会の議決を経るという手続にするかどうかということは、これは一つの政策問題でありますが、御承知のように執行機関について、執行機関の長に当る者が、一日も職をむなしゆうするということは、なかなか問題であります。そういう意味におきまして、国会の議決を必ずしも基本的な條件にいたさなかつたのは、執行機関としてこれを公職にするということが、非常に事業経営上に及ぼす影響が大きいのでありますから、執行機関の長につきましては、政府の任命ということにいたしたわけであります。
#21
○稻村委員 これは少しおかしいのです。もしも執行機関が急ぐからといつて、執行機関だけつくつてしまつたら、それで議決機関がなくてできるのですか。やはり議決機関と執行機関というものは、これは両々相まつてやらなければならぬ。私はだからさつきも言つたでしよう。十條の第二項に掲げられた事項以外のものに対して、重要問題を片つぱしから議決をするという権能を、この経営委員会は持つているかと言うと、持つているという。持つているならば、その議決を経なければ執行できないことなんでしよう。それなのに、執行部は急ぐから、国会を離れて任命する、国会の議を経ないで任命するというのは議論になりません。やはりこれは有効に経営委員会の議を経て、執行部をもつて執行させるというならば、これは同時に並立して行かなければならない。そうすれば、これは両方とも国民に対して責任を負う、国会に対して責任を負うということになる。ところがあなたの解釈で行きますと、経営委員会は国会及び政府に対して責任を負うが、しかし総裁は国会に対して何ら責任を負わなくてよろしい。総裁、副総裁は政府にだけ責任を負えばよろしい、こういうことになるのですか。
#22
○靱説明員 公職になるから特に国会の承認を得ないでやるというふうに答えた点については、今稻村委員のおつしやつたように、そういう理由ではないと私は思うのであります。結局経営委員といたしましては、国会の承認を得るという点は、これは電気通信事業を公共企業体に移しまして、国の直接管理していたものを、新たな独立法人に管理を移行する。これでできるだけ経営能率を上げさせるという意味でありますが、しかしながら非常に公共的なものでありますし、国の今まで直轄しておりました事業の経営を委任いたしますので、経営委員といたしましては、内閣はもちろん責任を持つて任命するのですが、あくまで国会の協力を要件といたしております。総裁、副総裁は、これは執行機関でございますが、この経営委員会におきましては、要するに執行機関と議決機関との調整でありますが、そういう意味合いで、特別委員として、総裁、副総裁も経営委員会の議決に参加するという形態をとつたのであります。大体執行機関につきましては、国鉄等におきましては、総裁は監理委員会の推薦したものを内閣が任命する。別段国会の同意を得てない。副総裁は総裁がきめて、監理委員会の同意を得るというような形になつておるのであります。この際本公社法案においてとりました一つの方針といたしましては、両方とも内閣の任命であるという点においては、経営委員の方も、総裁、副総裁も同じでありますが、一方は国会の承認にかけ、片方は内閣の責任において結局執行機関を選ぶ。こういうことで経営委員会はそういう混合のものである。先ほど来からいろいろと御質問がございましたが、大体におきまして、一体だれを代表しておるかというような形になるわけでありますが、その点一つの社員というものを考えてみますと、これは国会、政府というものが国民の代表という形で、だれを役員として選ぶか、そういう形になつております。その源泉においては、ともかく社員の代表的なものをだれにするかということを、内閣が中心となり、一部については、国会の同意を得てきめる。また理事のごとく、役員でありましても、これは総裁にまかしてある。こういうふうないろいろの方針のとり方でございまして、私ども本質的に国会の承認を得る必要はないというような原則は立たぬかと思いますが、また絶対に得なければならぬというようなものでもない。これは一つの方針の問題かと存じます。
#23
○稻村委員 今次官の説明を聞いておると、ますます私はわからなくなる。なぜかというと、事実これは経営体であれば、国鉄のように監理委員会が、議決でも諮問委員会でも、一つの形式をとつて、企業体の推薦したものを任命する。これはあたりまえのことである。しかしながらさつき言つたように、これがそうでないという形になつて、これは国家の一方的な任命ということになりますと、こういうことになる。その問題は、国民を代表しておるかどうか。これは官吏の問題と同じだ。何らの議会の同意も何も得ないで、そうして一個の行政的な任命をもつて行くところに、私たちはやはり官吏というものの特性を持つていると思う。その官吏の特性をこの公社の中にそのまま生かすことになれば、これは局長を総裁にしたり、事務次官を総裁にしたのと、本質的にどこが違うか。一体独立の公共性を持つた企業体として云々ということを盛んに言つていますが、その点においても、むしろ国鉄よりも徹底しておらぬ。何か知らぬけれども、官庁の局長や次官などと同じように、任命した者が、いきなり総裁になつて、執行権を持つ。これは会社経営と申しましようか、企業体として見ても、私は非常に不徹底だと思う。企業体が自由な活動をするならば、その企業体を代表したものの推薦というならば、これは意味がわかる。一体それをどこが承認したのでもなければ、内閣の一方的な任命をもつてなつて行くというから、これは、むしろ民間どころではない。非常に官僚化している。企業体としても、こんなことではまつたく官吏が運営した昔とどこが違つているか。やはり何々長官とか、あるいは電気通信大臣が責任をもつて任命したのとどこが違うか。むろん大臣などは、まだそれでも一個の内閣というものを代表しているが、これは全然官吏が代表しておる。こういう姿をとつているところに、むしろ私は国鉄よりも後退しているのじやないか、そう考えるのですが、その点どうですか。
#24
○靱説明員 企業体を代表するというようなお話が、今の御質問の中にあつたのでありますが、先ほど申すようにこれは国のものであつた。従いまして電信電話というものは国民のものであるという考えで申しますれば、企業体の中におるものが代表ではもちろんない。国家なりあるいは国会が代表しておる。それから内閣が国会のもとにおきまして、行政機関としての権能を持つている。こういう形になる。そこでこの公社に対する監督機関というものは、あくまで行政執行上、これは内閣、あるいは主管大臣をきめて、こういうかつこうになつておる。経営委員というものは、先ほどからお話した通り、また稻村委員のおつしやつたように、これは国会の承認を得ておるという意味において、経営委員三名の人は、これは代表的な方である。総裁、副総裁をそれにするかしないかということは、内閣の一つの方針といたしまして、経営委員会を構成するについても、三対二の割合でそういう構成にした方が、経営執行上便利であるという考え方から、こういう規定がなされたのでありまして、本質的にこれが單に内閣が官僚をきめるごとくきめるというのと違うと思います。その点において企業体としての最高の意思決定機関というものは、経営委員会にある。それがさらに行政官庁からの監督を受け、国会の全体的な施策の対象になる、こういうかつこうになる。要するに経営委員会はそういう混合体にいたした、こういう形でございます。
#25
○稻村委員 私は常に内閣が直接任命して、国会にも何も諮らずに使い得るのは、これは官吏だけだと思います。従つて、それは事実には嘱託とか、そういう名誉職みたいなものが上下についておるのは、官吏だけだと思います。そういう任命の仕方をやつておつて、これが国を代表しておるということには私はならぬと思う。国を代表しておるならば、これはどうしたつて国の代表機関である国会の承認を得なければならぬと思う。そうでなければ、企業体を代表している。企業体の代表じやないというけれども、企業体の総裁は企業を代表しておることは明らかである。国を代表しておる性格と、企業を代表しておる性格と、二つの性格を持つておる。そうすると、企業を代表しているという性格が明らかであるならば、その企業のある種の機関の推薦という形をここに出さなければならぬ。いずれにしても非常に不徹底で、官吏任命と同じ形式をとられて来ておるのじやないか。そういうことを私は言うのであります。その点、私にはどうしても次官の説明を聞いてみても、ふに落ちないのでありますが、その点もう一度明確にひとつ……。
#26
○靱説明員 経営委員なり総裁、副総裁が、国を代表しておるというのではないのでありまして、この企業の本質からしまして、国を代表している機関が選ぶことが必要であるというものについては、選ぶ人が国を代表する。経営委員というものは、法律によつて與えられたる責任、任務を持つわけです。総裁というものは、公社を代表するということになりますが、その地位について代表するということです。国民を代表しているのでは絶対にありません。そこで内閣というものが、現在の政治の形態におきまして内閣というものが推薦する。そこが国として事業の重要性を考えまして、経営の執行の最高責任者をきめて行く、こういうような形であります。
#27
○稻村委員 そこでますます私には奇怪な意見に聞えるのです。国を代表するというようなことにしても、少くとも国家資本を投ぜられて、それを代表しているという意味で、私はやはり国を代表した者がこの中に入つて来る、国家資本を代表した者がこの中に入つて来るということでなければ意味がないと思います。そうなると内閣が代表であるから、内閣が任命すると言うけれども、内閣は間接的なものでありまして、内閣に任命されたのは、行政的な措置として行政官を任命して行くだけで、企業体というものは単なる行政ではないのです。企業体というものは、国の資本を代表してある程度企業の自主的な活動というものを認めて行く。そうしますとその自主的な活動を認ゆ、しかもそれが経営委員会に入つて経営委員たる役割も果すのです。そうしますと、その者は単なる官吏たる性格を持つているだけではならないのであつて、やはりこれは自他ともに国を代表したという性格を持たなければいけない。それには直接的に国会の承認ということがなくてはならぬ。これでは単なる官吏です。一体それなら官吏と性格がどこが違うのか、それをここに明確に述べていただきたい。総裁、副総裁というものを官吏と一体どう違うのか、その点を明確にしていただきたい。
#28
○靱説明員 官吏とおつしやいますが、公務員のことであるかと存じますが、公務員といいますのは公務員法によつてきめられております。どうも答弁になつていないかもしれませんが、要するに公務員法によつて明らかになつておるわけであります。公社の総裁といいますのは、公共企業体の執行機関の代表者、こういうことでございます。それで先ほど来からの御意見で、もちろん国会が国を代表しているので、こういう事業に対する経営の意思決定機関は、だれにまかせるかという意味合いにおきまして、内閣は国会の同意を得て任命する、こういう形になりますが、執行機関についてまでそういうことをしなければならぬというのは、一つの御意見であるかと思いますが、先ほど申したように混合形態で経営委員会を構成しなければ、国会の同意を要するということを強く御主張にならないかもしれませんが、経営委員会を構成する意味合いは、執行機関との調整というような意味で、混合形態でこの経営委員会をつくつたのですが、ひとしく内閣の任命であるが、一方においては国会の同意を得て片方は内閣だけの任命という一つの方法といいますか、形をとつた、こういうことであります。
#29
○石原(登)委員 関連して……。経営委員会については、私もたびたび質問したのですが、どうも法文の表わし方がおかしいと思う。しかし私の質問に対しての政府の答弁で一応了承したのですか、それはこういうような答弁です。いわゆる執行機関である総裁、副総裁その他のいわゆる役員は、経営委員会に対して責任を持つのだ、だから経営委員会を通じて国家国民に責任を持つのだ、こういうような答弁をされたので私は一応了承したのですが、今の稻村さんの議論によると、どうしてその執行機関も国会の承認を経ないのかということでありました。それに対して総裁、副総裁という執行機関が国会にも責任を持つ、直接経営委員会を通じて責任を持つというような答弁でしたが、どうも私は任命の形式からいうとおかしいと思う。だから私は少くとも答弁された面から行けば、形はこれでいいと思うけれども、しかし法文に現われた表現というものは、どうも不十分のような気がするのですが、ここのところをはつきりと、執行機関は経営委員会に対して責任を持つ、経営委員会はすべての責任を国会を通じて国民にも持つということが、さらに明確にされることを希望するのであります。そうなれば何も総裁、副総裁を内閣が国会の承認を経て任命するということは必要はなく、むしろ二重の手続になつて、責任の帰趨がはつきりしない、こういうような結果になると私は考えるわけであります。
#30
○靱説明員 ただいま仰せの通り経営委員会というものは、公社におきましてはこれが公社の事業を経営管理する最高機関であります。そういう意味合いにおきまして、経営委員会というものが政府に対しても、国会に対しても責任を負う、そういうことは当然だと思います。総裁、副総裁以下の役員は執行機関であります。経営委員会の決定したところに従つてそれを遂行して行く。従つてその遂行上の責任が生じますれば、それは当然それぞれ責任を負わなければなりませんが、経営管理の責任というものは、経営委員会が持つということはお説の通りでございます。
#31
○石原(登)委員 そこで問題になるのは、なぜそういうような経営委員会を通じて責任を持つ総裁、副総裁の任命を、ただ單に政府の任命にしたか、そこに稻村委員の主張もある、とのように私は考えるのですが、国鉄の場合は監理委員会が推薦するというようなことになつておるようであります。ここのところが、何か別々に分断されて、一つは国会を通じて経営委員会をさつと持ち上げ、一方は内閣を通じて執行機関を持ち上げる。事業自体を何か両方にそれぞれ相対抗させておるような感じを持つので、そこに大きな問題があると思うのです。私の推測では、おそらく今まで政府の機関であつたから、そういうような形をとつて、内閣がさらに一段と監督を強化して責任をとつて行こうというような、いわゆる進んだ考え方からであろうとは思いますが、この点はどうも法理的には納得できかねる気がするのですが、この点のお考えはどうでしようか。
#32
○靱説明員 大体今おつしやつたような精神になつておるのでございますが、経営委員会の推薦等を経なかつたという点につきましては、本公社案におきましては経営委員会というものは、要するに経営管理の意思決定の機関として設けられたものであります。従つて政府といたしましては、これに直接的な監督を持つという形になつております。従つて内閣が経営委員を選考いたしまして、国会の承認を経て内閣が任命する。総裁、副総裁も内閣が任命するということで、そこに人事の統一性と申しますか、その点は私どもそう毛色のかわつたものが、中で両方でもみ合うという形ではなかろう、こう考えております。
#33
○石原(登)委員 そうしますとこの内閣の推薦する場合、総裁、副総裁その他の役員は当然としまして、経営委員会の委員を推薦する場合は、総裁、副総裁との間のことも当然関連して考慮しながら国会には推薦するのだ、また内閣もつの面を十分参酌して任命するのだ、こういうふうに了解しているわけでございますね。
#34
○靱説明員 そういうことに相なるものと考えております。
#35
○石川委員 一体二十一條の「総裁及び副総裁は、内閣が任命する。」というこの内閣任命の権限というのは、国家の資本を公社に出資するからという考えから来た一つの権利ですか。それとも公共の福祉ということから来た考え方なんですか。それをお聞きしまして、順次ひとつ明らかにして行きたいと思います。
#36
○靱説明員 その点はこの前から石川委員からいろいろ御質問があつたところでありますが、昨日横田政府委員からも御説明申し上げた通り、政府が全額出資であるということは、いろいろな監督権その他の問題に相当内容を持つておることは事実であります。しかしながら一方から申しますれば、こういう公共的の特性を持つた事業でありますので、ここに国家的な公共的規律を加えるということも、これは承認されるものであるというふうに考えておりますので、内閣が任命するという点につきましては両方から入つて来ておる、こういうふうに考えております。
#37
○石川委員 今の御説明によつて、経営委員会は国会あるいは政府に責任を持つということはわかります。これは組織法上そういうふうにできておる。総裁、副総裁、執行機関が経営委員会に対して責任を持つことは、意思機関の決定を執行するのでありますから、当然であります。ところが任免権が内閣にあるのでありますから、政府に対しても御趣旨のようだと責任を負わなければならぬということになるかと思われますが、そのお考えはどうなりますか。
#38
○靱説明員 ただいまの御質問は、総裁、副総裁が政府に対してという意味でありましようか。
#39
○石川委員 そうです。
#40
○靱説明員 その点は、総裁、副総裁の任務というものは執行上の責任であります。従いまして執行上の責任につきまして、監督機関としまして問題があります場合に、総裁、副総裁が間接的と申しますか――経営委員会というものは経営管理について全体的責任がございますので、これはあくまであるということは御了承願えたかと思いますが、経営委員会も総裁もその点におきましては政府に対して責任を持つて行くという関連はあると思います。
#41
○石川委員 そうすると、ここにいうところの総裁及び副総裁というのは、いうところの経営委員会に特別委員として入つて来るから責任が政府にあるのだ、総裁及び副総裁としては政府に直接責任は負うべきものではない、こうおつしやるのですか。
#42
○靱説明員 総裁、副総裁が経営委員会の委員になつておるからという点は、先ほど申しましたように経営委員会の一員として、経営委員会及び責任を持つ場合に、その責任の根限をなすことはこれは申すまでもないことだと思います。そこで執行上の責任は、経営委員会というものはこれにつきましても意思決定をいたして、その通り実施して行くということになりますから、経営委員会が国に対して責任を負う場合に、総裁、副総裁も執行上の責任を経営委員会を通じて負つて行く、こういう形になるわけであります。
#43
○石川委員 通じて負うとおつしやつたのです。なるほどそう説明しなければならなくなるかと思いますが、通じて負うということであれば、内閣に対して直接には責任なしということになるのではありませんか。
#44
○靱説明員 経営管理の方面におきましては、総裁、副総裁は経営委員の一員として責任を負うのでありますが、執行上の責任は総裁、副総裁自身が負うべき問題であります。
#45
○石川委員 そうすると執行上の責任は、本来は総裁、副総裁が負うのでありますが、それは経営委員会に対する責任であるのだ、こうおつしやる。政府に対しては、執行上の責任としてでも何でもいい、政府に対しての責任が直接にあるのかないのかということをお聞きしておる。
#46
○靱説明員 政府の監督の態様なのでございますが、執行上に生じたものにつきましてはこれは執行者の責任だということははつきりいたしておると思います。経営管理としては経営委員会が全体の責任を負いますし、総裁、副総裁というものはもちろん経営委員会に対して責任を持つ、こういう形になるわけであります。
#47
○石川委員 今執行については政府に対して総裁、副総裁も執行機関として責任を負うのだというふうにお述べになつたようでありますが、さようでありますか。
#48
○靱説明員 その点についてお答えいたします。先ほどから申しますように政府の監督の態様と申しますか、企業経営にあたりまして、ただいまのように機能の分化が内部においてなされておる、経営委員会というものは公社といたしましては経営管理の最高の機関である、従いまして総裁、副総裁もその決定に従つて執行もるのでございますから、これに対して責任のあることは明瞭なことでございます。ただその執行した範囲のものは、政府に直接的にどの程度責任を負うべきかという問題は、政府の監督との問題でありますし、経営機関の職能の分化という点から見れば、執行上の責任は総裁、副総裁みずから持つておるということは明らかであると思うのでございます。その場合に経営委員会に責任があるかないかの問題につきましては、経営管理の面からいつて、経営委員会も責任がある、こういうふうに申し上げたのであります。
#49
○石川委員 そこでどうしてこう言へないのか、責任が二本建だ、経営委員会に対しても執行機関として総裁、副総裁が責任を負わなければならぬのだ、執行機関として政府に負う場合もある、こうは言われないのですか。そうなりますとすぐまた質問が続けますがね。
#50
○靱説明員 ただいま申し上げました通り、企業体としましては職能の分化というものがされておるのであります。そういう意味合いにおきまして政府と申しますか全体的に執行上の責任というものは、総裁、副総裁全部が負うのでございますから……。
#51
○石川委員 責任はたれに対して負うのですか。
#52
○靱説明員 責任は経営委員会に対してもちろん当然負うべきことでありますが、政府に直接負うような場合もあると私は考えております。
#53
○石川委員 そこで経営委員会に責任を負うことがあるとしたらならど、経営委員会に対して何らの関連もなくして、執行機関である総裁、副総裁を政府が任命するという理由はどこから来るのですか。これは信任関係が出ていなければならぬ。もう一つ、責任を負うのでありますから、責任を負わせる機関が大体においてこの監督権を持つていなければならぬ。この監督権というものは、任命する権利が大体において現われて来る。それをどうして経営委員会に対して、何ら執行機関に対する監督権というものをなくして置いたか、重大なる監督権をとつて置いたか、それはどういうりくつから来るのですか。
#54
○靱説明員 その点は一つの混合体と申し上げたのでありますが、これは内閣が両方を任命するという形になるのであります。経営委員としましては、国会の承認を得て内閣が任命いたしますが、ひとしく内閣がこれを任命して行く、こういう形であります。
#55
○石川委員 私の言うのは、こういうのです。執行機関である総裁、副総裁が経営委員会に対して責任を負わなければならぬということになる、これが今までの終始一貫したあなた方の御答弁でありまして、私もそうあるべきだと思います。ところで責任を経営委員会が負わなければならぬならば、その任免の権限に対して、経営委員会が何らの発言も、何らの容啄もすることができないという理論がどこから生れて来るのか。たとえば執行機関が経営委員会の決議の通り執行しないという場合において、経営委員会が政府及び国民に対する責任上、執行機関に対する一つの権限を持つておらなければなりません。その権限の最も大きなものは任免権であります。それに対してすら経営委員会は何らの権限も持つておらないというその法律的構成をやつた理由をお聞きいたしたい。どこにこういうような構成があつたか、どこにこういう法律的な構成というものをやらざるを得なかつた理由があつたのか。これで法律構成が完備していると言えるのかどうか。
#56
○靱説明員 その点は一つの理論としまして当然そうあるべきかと考えますが、先ほどから御説明申し上げております通り、特別委員として、やはり経営委員会の責任を総裁、副総裁がその構成分子として持ち、議決権を持つて動いておる形になつておりますので、これは内閣一本の任免権によつた、こういう形になつております。
#57
○石川委員 ところがこの経営委員会が政府及び国民に対して責任を負います場合は、国会の承認を得て任命された委員に限るというように、本法において限らなければなりません。これは特別委員として入つて行くのでありまして、その立場は執行機関たる総裁及び副総裁という形で入るのであります。この場合は委員としての責任は出て来ないのであります。こう読んで行かなければ、この法律は読めないのであります。絶対に、法律をこしらえます場合は従来の理論、従来の概念というものを尊重しながらこしらえて参りませんと、法律というものは読めなくなるのであります。読めない法律を出しますと、混乱いたします。そうなつて参りますから、特別委員に経営委員としての責任が出て来るというりくつは、少し無理ではないかと思いますが、その点の御見解はどうですか。なお付言しますれば、特別委員がこの場合においては執行機関として委員会に入るのだけれども、責任を負うという明確な規定を置くことを必要としないかどうか。
#58
○靱説明員 経営委員の委員会としましての意思決定というものは、この点におきましては特別委員でありましても、普通の経営委員と同じような形に相なつておるのであります。従いましてただいまのお話の通りに参りますと、経営委員の議決というものは何の意味になるかということになるのでありまして、経営委員会の意思決定の議決権としましては、特別委員も経営委員もまつたく同格で、そこに何ら差はない、そこは多数決で決定されるという形になつておるのでございます。
#59
○石川委員 それでは特別委員が何か大きな失敗をして、政府に対する責任を負わなければならないといつたときの、その責任の追究はどうします。それから総裁も副総裁もその委員会に入つていて、そうして責任を同様に問われた場合、その責任追究はどういうような形態において現われて来るか。ここを考えるとまたわかると思いますから、ひとつ御説明を願いたい。靱さんの御説明だと、総裁、副総裁は委員としての適格性というものがないから、特別委員をやめさせるということになつたら、この法律が動かなくなつて来るのです。どうしても総裁、副総裁そのものに対して責任を追究するということでなければいけなくなつて来はしませんか。
#60
○靱説明員 その点につきましては、この法案におきまして経営委員としての罷免の規定、それから役員としての罷免の規定をそれぞれ設けてあるのであります。
#61
○石川委員 特別委員の罷免の規定はありますか。
#62
○靱説明員 罷免の規定につきまして、特別委員としての規定はございませんが、総裁、副総裁としての規定があります。またこの法律によりまして、総裁、副総裁は当然特別委員として経営委員会を構成するのだというふうに、法律で定めるような形になつておるわけであります。
#63
○石川委員 特別委員としての罷免がないから、委員としてはそれは責任を追究することは変になるけれども、そうなるとその総裁、副総裁の罷免というかつこうで現われて参りますか。
#64
○靱説明員 その点はおつしやる通りでございまして、総裁、副総裁の罷免規定によりまして動く、そうしますと当然特別委員たる資格も喪失する、こういう形になります。
#65
○松井(政)委員 議事進行について……。これは官と横田政府委員と打合せをしながら御答弁をされるのもけつこうでありますが、問題を聞いているのは條文のあり方、規定は全部わかつている。どこが任命したから任命したところに対する責任を任命された者は負わなければならないということはよくわかつている。わかつているのだが、その中に総裁、副総裁は内閣が任命するのですよ。これは国会の承認を経て経営委員会の中に特別委員として出て来来ているのです。ところが今石川さんの指摘したような罷免の條項も、総裁、副総裁の責任と特別委員の責任というものは、條文の中に明らかになつていない。すべてこの條文は明らかになつていない。別々になつていないのです。そうすれば内閣が任命した総裁、副総裁は執行上の責任を直接内閣に持たなければならない。さらにまた経営委員会は国会が任命をするのだから、国会及び内閣に対して責任を負わなければならない。任命をした国会はその委員に対する責任を十分に持たなければならない。この順序はわれわれみなわかつている。わかつているのだが、それならば決議機関としての経営委員会が、内閣及び国会に対する責任を持つとはつきり何べんもお答えになつておりますから、これはその通り了解するが、特別委員としてではなくて、総裁、副総裁をいう立場で内閣に直接責任があるかどうかということが疑問なのだ。直接責任があるのならば、條文が一條足らぬ、そういう点を盛んに各委員が、経営委員会及び総裁、副総裁の任命から罷免及び責任問題をついておるのでありまして、それを一々御相談になりますから、答弁願うのもお疲れでしようから、議事進行で私は質問をしているのでなくて、動議を提出いたします。暫時休憩して、一服してから進行を続けていただきたい。
#66
○田中委員長 ただいまの松井君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#67
○田中委員長 それでは暫時休憩いたします。
    午後三時二十三分休憩
     ――――◇―――――
    午後三時四十五分開議
#68
○田中委員長 休憩前に引続き質疑を続けます。稻村君。
#69
○稻村委員 経営委員会のことについてやはり疑問があるのでありますが、これは政府委員の方の説明によりますと、大体経営委員会が議決機関で、それで総裁、副総裁、理事といつたような当局というものが執行機関だ、こういうようなお話であります。こういうふうに簡單に割切つていいのかどうか。株式会社などを見ますと、この点ある程度まで、たとえば常務取締役あるいは専務取締役、それから社長というようなものを集めまして、ある程度の議決の権利を持つておるはずであります。そこで初めて日常の運営ができて行くのに、法律しただこれを議決機関と執行機関とぴしやつとわけてしまつて、はたして運営できるのかどうか、この点まずお伺いしたい。
#70
○横田(信)政府委員 お尋ねの趣旨は、私はつきり了解できませんが、大体こういうことだろうと思います。今会社の例をお引きになりましたが、会社で取締役会がある。取締役会は議決機関であつて、執行機関は別になつておるけれども、代表取締役あるいは専務取締役というような名前がついて、おのおのわけて言つておるけれどもどうだろうか、こういうようなお話のように聞くのでありますが、その点は、これも別に大したかわりはないので、今の取締役会は議決機関である、執行機関は別にある、これは会社の場合も同様だろうと思います。これで十分執行できるだろうと思つております。
#71
○稻村委員 それは概念的にはきわめて簡単ですけれども、しかし会社の場合であつても、団体の場合であつても、執行機関が一定のわくの中において議決権を持つておることは認められておるのです。これはそうでなければ執行できない、ことにこれを見て私たちふしぎなのは、第十條に、「経営委員会は、公社の業務の運営に関する重要事項を決定する機関とする。」とあります。ただそれだけのことでありますが、しかも重要なことは二項の「左の事項は、経営委員会の議決を経なければならない。」とあつて、「一、予算、事業計画及び資金計画、二、決算、三、長期借入金及び一時借入金の借入並びに電信電話債券の発行、四、長期借入金及び電信電話債券の償還計画、五、その他経営委員会が特に必要と認めた事項」こういうふうになつて参りますというと、これは一体経営委員会に委譲するという、その権限を、常時的な組織じやないから、これ以外のものに対してはある程度権限を委譲するという形をもつて、ある程度の議決権を認めておるのかどうか、事前的に法律的に一定のわく内において議決権をやはり持たしておるのか、この点ひとつ伺いたい。これは実際上運営するときに問題になつて来ると思います。
#72
○横田(信)政府委員 お尋ねのごとく、経営委員会で決定する事項があります。そのほかに、これは公共企業体といたしまして、いろいろ法律的に、国会なり政府で定められたところによつて業務を執行しなければならないというわくが、当然はまつておるわけであります。たとえて申しますならば、今の会社活動におきまして、物の値段をきめるというようなことが、一つの大きな問題でありますが、これは料金法で国会で今きめていただいております。その料金のもとに今のサービスをしております。サービスの提供方法などにおいても電信法できまつております。そのわく内でやつておる。経営委員会でそのようにきまつたわく内で業務を執行するということ、そういうことの全責任はこの法律によつて、この執行代表者たる総裁にまかされておる。まかされたその総裁が、この事業を運営するに必要な内部機構をつくつて、これはあるいは全体会議を開くこともあるでしようし、部分的な問題で関連部門だけの者を集めてその補助者として会議をして行く、こういうようなことも当然あるかと思います。これは総裁にまかされておる。総裁は配下の部下を自由に駆使しておる、こういう態勢になつておるわけであります。
#73
○稻村委員 これを抽象的にいろいろとすれば、あなたの言う通りすらすらと解決するのです。しかし具体的になりますと、経済は生きものですし、事業は生きものなんです。会社として、たとえばものを一つ買い入れる場合だつても、ある程度衆知を集めた一定の決議機関を通らなければならぬという場合もあり得る。たとえば方針の変更などというようなものも出て来るわけです。それは部分的に、大蔵大臣や郵政大臣に、一々認可を仰がない範囲内において、こまかいながらもやはり方針をかえなければならぬというような場合に、経営委員会というものの決定なしで、独断でやれるというか何というか、しかも経営委員会に対して責任を負えるという範囲がどうしても出て来るわけなんです。これはもう事業会社であれば私は必ず起きて来る、企業体であれば必ずこの問題は起きて来ると思うのです。それを見越して実を言うと第十條の二項の五の中で、「その他経営委員会が特に必要と認めた事項」というのをつけ加えたんだろうと思うのです。そうしますと、これではまた非常に擴張解釈ができる。経営委員会の多数決で、一般経営委員とそれから特別経営委員の意見の相違などを来たした場合、この問題でごたごたやつた場合などには、会社の運営ができなくなりますよ。だからしてたとえばそれを何らかの形をもつて、こういうふうなものの議決を要するものの範囲というものをはつきりさせるのか、それともこのままでやつておいて、これで運営ができるというふうに考えているのですか、その点を私は聞いておるのです。
#74
○横田(信)政府委員 この経営委員会におきましては、経営管理の基本方針をきめるわけであります。もちろんそういう意味で、個々の細目までここできめるわけではない。これは当然大きな企業になりましたならば、いわゆるベイシツク・ポリシーというものを、いろいろ必要に応じてきめて行く、きめて行つたらそれに従う、これは当然であります。その他必要に応じて経営委員会が決定すれば、これに従つてやつて行くことが当然だと思います。今のお話はいろいろこまかい仕事というものが、平素流れ作業的に行われなければならぬだろうけれども、これがどうなるのか、これは当然執行上の問題としていろいろ起きて来る。これは今のお話にありました一つの建設をやるにしてもどうなのか。これは事業計画できまつた範囲内で、今度は当然内部機構としまして、ある程度の職能別な部門も出て参りましよう。その職能別の部門の長にこの執行上の権限を総裁がある程度ゆだねて、それから本社と地方の機構と当然出て来るわけでありますが、この事項は地方会議できめてよろしい、これからこれは窓口限りやつてよろしい、こういうようなことは当然大きな企業でありますし、これは当然きめられることであります。内部的に総表がきめて行く必要がある場合においては、この事項は経営委員会で取上げてやつて行きたいということになれば、経営委員会がこれをやつて行く、こういうことになるわけでございます。
#75
○稻村委員 先ほど言うように、もうと具体的にお話をした方がいいと思うのです、経営委員会の決定に対しての解釈が、一般経営委員とそれから特別経営委員となつている。総裁、副総裁との間の解釈が、文字の上では一致しておつても、解釈上違うということはしばしばある。そういう争いが起きた場合に一体どうなるのです。
#76
○横田(信)政府委員 これは当然そのきまつた範囲内で、執行機関がやつておる。しかしその解釈が間違いだというので、経営委員会で取上げて、こうすべきだと決定すれば、その決定に執行機関としては従つて行くということになるのが当然だろうと思います。
#77
○稻村委員 その決定に対して執行をする場合に、その執行に対するところの見解の相違ができる場合がしばしばあり得る。こういうようなことはやはりある程度この解釈に対する執行部の解釈の統一、あるいは足りないようなところは補つたような、――事業会社であれば、決議というか決定というか、そういうようなものも必要になつて来る、こういうような場合も考えられる。そこで私はその議決を執行といいますか、この言葉では非常に簡単に解釈できますが、実際上は議決と執行というものはそんなに概念的にはつきりと区別ができない。たとえば漠然たる言葉でもつてこの議決されたものを執行するとき、それの解釈の統一というか、解釈を明確に具体化するというか、そういう決定がなされる場合に、この特別経営委員と一般経営委員の間に意見の衝突が起り得る、こういうようなことも私たち考えなければならぬのであります。従つてたとえば片方で経営委員会ではすでにきまつた方針だから、これは総裁、副総裁が自分の決定によつて執行できる、こういうふうな解釈をした場合であつても、一般経営委員会から言えば、そうじやないというふうな問題が、この企業体になればしばしば起り得ると思う。だからそういうようなところにおいて議決とそれから執行との間において、もう少し詳しい経営委員会の議決すべき事項というものをきめておく必要があるのではないか、こういうふうに考えるのですが、その点意見を伺いたい。
#78
○横田(信)政府委員 お話のごとく執行という問題と、それから管理上の基本政策の決定という問題については、相当密接な関係があります。そういう意味でやはり民間の企業体におきましても取締役会を構成するのに、執行役員としての代表取締役あるいは専務取締役というものが入つておるわけであります。そういう意味でこの場合におきましても経営委員会は非常勤のほかに常勤、いわゆる執行機関を兼ねた者が常勤委員として入つておる、こういうことになるわけでありますが、今のお話の執行機関としての意見を統一するのはだれが責任をとるか、これは当然総裁が執行機関として意見を統一する責任者になるわけです。これをいろいろ経営委員会で取上げて、今のこういう問題についてはこうすべきだというときに、やはり執行機関としての意見は十分述べる、述べてもしかし全体的にこうあるべきだときまつたときには、これに従うのが私は執行機関として当然だろうということが考えられるわけです。そういう問題はこの事業の進行、運営について時々ある問題であります。これは「その他」としてそういう問題は取上げ得るということに相なつておるわけであります。
#79
○石川委員 ちよつと関連して……。政府のお考えの経営委員会の性格が誤つているんじやないかと思いますので、ちよつとお伺いいたします。政府の説明によりますと、こう言つておられる。経営委員会は民間会社のいわば取締役会に準ずるものである。おそらくはこれに似通つたものである。似通つた職務があるというように言われておる。ところが再々今までの御答弁で言われたことは、経営委員会は意思決定機関だということである。そのお言葉がほんとうだと思いまして、さて商法を調べて見ると、二百六十條に、「会社ノ業務執行ハ取締役会之ヲ決ス」とあつて、業務執行の機関で、業務執行をするために必要な意思決定をしてやつて行くけれども、依然として取締役は業務執行の機関なんだ。取締役のことは、御承知の通り商法の二百五十四條の二に、「取締役ハ法令及定款ノ定位二総会ノ決議ヲ遵守シ会社ノ為忠実二其ノ職務ヲ遂行スル義務ヲ負フ、」とはつきりと取締役は執行機関であるということになつている。取締役会はこの執行機関の集団である。そして執行のための意思決定機関である。こうなつておる。そうすると、これを御説明になつているあなた方の見た経営委員会は、取締役会に準ずるものだというこのそもそもの性格の見方が誤られておりはしませんか。これを伺つておきます。
#80
○横田(信)政府委員 取締役会と同じということは申し上げてないので、これは……。
#81
○石川委員 準ずるという言葉で私が申し上げたのは、準ずるということは大体において相似通つたもので、取締役というものは、経営委員会に持つて来ると、似たような職務があるのだということで準ずるというのか。それともあなたが別に準ずるという言葉の解釈をお使いになるのならまた別です。
#82
○横田(信)政府委員 今のお話のそれは、常識的な意味において使われた言葉でありまして、これは執行と申しましても、御承知のごとく会社の取締役会は意思決定機関あるいは会議体で、執行機関ではない。執行上の基本方針を決定する。執行上の基本方針を決定するといいましても、これは常識的にいいますと、経営管理上の基本政策をきめるということであります。そういう意味で、あまり法律的な意味ではなしに、常識的な意味においてこれは御解釈願いたいと思います。これはやはり執行機関といえども、あくまで会議機関であつて、自分が執行するものではない。しかも執行上の基本政策というものは、やはり会議上の根本方針であります。そういう執行上の大きな根本問題をきめておるのが取締役会の現状でありまして、そういう常識的な意味において、いわゆる法律学者が言つているのではなくして、経営学者の言つておる意味においてこれを御了解願いたい。経営学者の書いた本をお読みになりますと、大体そういうように書いてあります。
#83
○石川委員 そういう意味に拝見しておきましよう。それから今稻村委員から熱心に御質問があつたのでありますが、経営委員会と執行機関とうまく行つているとばかりは思われません。意見が衝突したというような場合、どうして解決しますか。その解決の條文をこれに書いてございますが。
#84
○横田(信)政府委員 お話の点は私もまだはつきりしませんが、これは経営委員会が決定した事項について、総裁がそれに従つて執行して行く、これの決定のない事項については、これは公共企業体でありますから、ほかにたくさん制約がありますので、これに従わなければならぬことは当然であります。この決議したところに従つてやつて行くことは当然のことで、もしそれに違反いたしますれば、それは総裁、副総裁が不適格だということで、内閣は罷免する権限も出て来るわけであります。
#85
○石川委員 そのために第二十四條はできたのでありますか。二十四條の使い道をお聞きしたいためにお聞きしたわけです。
#86
○横田(信)政府委員 それも含まれております。そのほかにいろいろ法律的の規制もあります。
#87
○稻村委員 そうしますと、十條の二項の最後の五の中の「その他経営委員会が特に必要と認めた事項」というような場合の特に必要と認めた事項というのは、やはりそういうものというのを予想してつくつたものであるかどうか。今の政府の答弁からしますと、内閣はどこからも申達も何もないのにいきなり罷免する。こんなばかなことはないと思う。これは私たちにとつてこの解釈はやはり重要なものだと思うのですすが、その点伺いたい。
#88
○横田(信)政府委員 私今そういうものと言われる、そのそういうものというのがよくわからないのですが、この五は、その他において経営委員会が経営上重要だと認めた事項であります。
#89
○稻村委員 そういうものというのは、元ほど言つたように、私は衝突はあり得ないと思うけれども、これはたれか判断をしなければ――たとえば裁判なら裁判にかからなければわからないような場合がある。たとえば決定であつても、決定は根本方針ですから、執行するときになると、その解釈のいかんで問題が起きて来ると思う。ことにこれが全部官吏のような性格を持つている。これは国家公務員法に縛られないから官吏でないというのは形式的です。しかしそうじやなくて、どこからも縛られないで内閣が任命するから官吏と同じようなものです。それで経営委員会も総裁、副総裁もそういうようなものだといえば問題は起らぬかもしれないが、しかしそうでなく、ことに民間から経営の練達な人を相当入れるという政府の御意見でありますから、そういう有能な人を連れて来れば来るほど、こういうふうな解釈上の意見の相違が起つて来ることはあり得るのです。そういう場合にはこれを経営委員会なら経営委員会の方で多数決でもつて、この解釈は間違いだからこの決定に従わないといつても、片方はそうじやない、おれの解釈から言えばこれが正しいのだという主張が起きて来て、争いが起つた場合に、経営委員会のこのその他の中に、総裁、副総裁が議決を執行することを怠つた場合、ここで弾劾することを予定して書いたものかどうか。そうでなかつたら、その他というのは一体どういうことなのか。経営委員会が特に必要と認めた事項というのを濫用されまして、何でもかんでも特に必要な事項ということになりますと、これはもうほとんど運営ができないということも起り得る。だから、この点やかましく言うようですけれども、やはりはつきりと解釈を統一して御答弁願つておいた方が、この法運営の将来のためだと私は思うのですが、その点ひとつお願いします。
#90
○横田(信)政府委員 非常にむずかしくお考えになつておるようですが、要するにここの一、二、三、四にあげましたこれに準ずるような重要な事項は、これは経営委員会で取上げて決定していい、こういう趣旨であります。その場合に、お話のごとく執行機関のやり方について、これは重要な問題であるとして経営委員会が取上げ、今後こうすべきだというようなことは、経営委員も同時に現場の実情を見て歩くこともありましようから、これは当然なことだと思います。今のここにあげておる以外におきましても、たとえば窓口の配置方針、場合によつては、あるいは窓口の設計方針を取上げてもこれはかまわないことであるし、これは重要な事項でありますから、経営委員会が取上げることは当然なことだと存じます。
#91
○稻村委員 そうすると、これはたとえばこの業務執行に関して窓口を見たりなんかした場合に、そういうものに対してこれは不適当であるというはつきりした決議もなし得る権限もその他の中に入つておるわけですか。
#92
○横田(信)政府委員 重要な事項として取上げる事項でありますれば、これは経営委員会として取上げていいと思うのであります。ただ先ほど解釈々々とおつしやいますが、実は経営委員会ですべての解釈を決定するのではないので、公社の執行につきましては、経営委員会以外の法律できまつておる場合もいろいろある、法律の解釈については、有権解釈は政府の方にある、こういうことに相なろうかと思います。
#93
○稻村委員 法律解釈も政府の方にあると言われますけれども、やはりこれは具体的に動いておる場合には、はつきりと企業体自身が解釈を下して執行しなければならぬ場合が、しばしば起きて来ると思います。だからそういうことにごたごたが起るということを私たちは予想して、そんなことはあり得ない、あり得ないとあなたは言うが、あり得ないことばかり言つておりますけれども、しかし世間ではあまりあり過ぎるのですね。だからそういうものを一つ解釈が違つた場合において、政府がそれを執行しなかつたからといつて、たとえば罷免することはできるといつておりますが、しかしそれならばどういうふうな事項に関してどういう場合に政府が罷免するのか。たとえば政府がかつてにそういうふうにきめたときか、それから経営委員会の申達によるものか、この点ですね。やはり任命は條件が全然ないのです。ただ悪いことをしたら首切ると、こういうけれども、一体だれが悪いことをしたといつて判断するのか。それは政府だけでやれるのか。そうだとすれば今度問題になることは、任命ですから、内閣がかわるたびにどんどんかえられるということになると、まつたく政党の手先になるという危険も出て来るわけです。だからそういうものの拘束もこの規定の中に含まれているかどうか、こういうことを私は質問しているわけです。
#94
○横田(信)政府委員 総裁、副総裁の任免の事項につきましては、二十三條に先ほどお尋ねのありましたように、こういう場合というように列挙されてあるわけであります。すなわち第十二條三項第一号から第四号のこういう場合に該当する場合は、これは欠格條項として行く。それから二十四條では総裁、副総裁たるに適しないと認めるときは、これを罷免することができる。今のこの公社といたしましては、最高の意思決定機関はあくまで経営委員会であります。従いまして経営委員会の意思決定に総裁が従わないということは、これが不適格だということに相なるわけであります。
#95
○稻村委員 だからその場合に、政府の一方的な意思だけによるのか、それとも経営委員会の意思表示というようなものも、この任免するための條件になつているのかどうか、こういう点を聞いているのです。政府の一方的意思によるということになれば、先ほど言つたように、これはもう内閣がかわるたびにかわるという性格を持つ。だからそういう点をもつと明瞭に、それに対する拘束條件が、この五にそういう拘束條件は全然含まれていないのかどうか、こういうことを私は質問しているのです。
#96
○横田(信)政府委員 第五号の問題は、先ほど申しましたように、一、二、三、四と重要事項が上つておりますが、それに準ずるような重要事項があれば、決定してよろしいということであります。その意思決定に反してその執行機関が行つた場合は不適格になる、これは当然でありますが、その意思決定をしたかどうか、意思決定の内容はどうかということの判断は、これはあくまで経営委員会が持つておるわけであります。こういう意思決定をしたというこの意思決定の内容の判断は、経営委員会が当然持つている。政府がかつてに認定することはできないのでありまして、あくまでも意思決定は経営委員会がやることであります。
#97
○稻村委員 そうすると経営委員会は総裁、副総裁に対する弾劾権があるというように解釈してよろしゆうございますか。
#98
○横田(信)政府委員 弾劾権はここに規定いたしておりません。
#99
○石川委員 ちよつと関連してお伺いいたします。今の稻村さんの質問に関連してでありますが、第十條です。経営委員会が予算、事業計画及び資金計画をいたし、この予算の執行、事業計画並びに資金計画の執行に、どうも今の執行機関では信任にたえない、やらないかもしれぬ。公社の営業のために、業務執行のために、公社の目的達成のために不適格だ、こう思つた場合、この不適格だという決議ができるかどうか。経営委員会が、執行機関がどうも不適格だ、案を立てて参りますが、どうもこの執行者が不適格だという場合に、それに関連してその他の事項にできるかどうか。
#100
○横田(信)政府委員 経営委員会は、公社の業務の運営に関する重要事項を決定するのでありまして、弾劾権は一応これに入つていない、こう思つております。
#101
○石川委員 運営に関する重要事項じやないでしようか。予算、資金計画、事業計画を立てたけれども、今の執行機関においてはどうもいかぬ、信任を持てなかつた場合、自分の職責を達成するためにこの執行機関ではいかぬということの意思決定がやれるかどうかということです。そういう意味で、この第十條の二項五号ができたということであれば、これはもつともな規定になるのでありますが、それができるかできないかということです。
#102
○横田(信)政府委員 業務の運営に関する重要事項の決定という解釈は、それは入つておらないと思います。
#103
○石川委員 全然ここに入つておらない。それでは全然業務の運営に関する事項中、最も大切な執行機関に対しては、運営に関することであつても何も言えない、こういうふうになりますな。それでは十條をさらに読みましよう。「経営委員会は、公社の業務の運営に関する重要事項を決定する機関とする。」これはかわりますね。
#104
○横田(信)政府委員 この役員の任命は、内閣がこれを行うことになつておりまして、経営委員会がこの役員の任命を行うということになつていない。ただこの経営委員会においては、重要事項を決定する。従つて役員のやることについては、あやまちがあれば、こういうようにやるべきだという決議は、はつきりできる。それについての、それを執行機関が行つてない、決議がはつきりあつたのに行つていないということについては、政府がこれを客観的に認めて必要なる任免を行うということであります。
#105
○石川委員 そこで稻村さんが先ほどから言つているところの、そういう事実があつたならば、意思決定機関が決定したのにかかわらず、執行機関がこれを行わなかつたというような不合理があるならば、その場合には経営委員会は内閣に対して、この執行機関ではいかぬということを言う、かえるか何かするということを言うことができるかどうかということを稻村さんが先ほど言つているし、私も聞きたい。この前もお聞きしている。それもできないのじやないですか。
#106
○横田(信)政府委員 経営委員会がこういうことを決定いたした、それが執行されていない、この事実を政府に事実上言うということは、これは当然あり得ることだと思います。
#107
○石川委員 この執行機関ではいかぬ、やはり政府がほんとうのことを言うならば、これは執行機関をかえるべきだということは言えないですな。
#108
○横田(信)政府委員 先ほど申しましたことの通りでありまして、任免はこれは内閣がいたしまして、その事実を正確に政府が認めるならば、政府は当然善処するものだと考えられます。
#109
○石川委員 そういう御解釈であればよろしゆうございます。
#110
○石原(登)委員 関連して……。私は今の関係をこういうふうに解釈するのですが、経営委員会がいわゆる意思の決定はできる。そうすると意思の決定によつて執行機関が行ううものは、郵政大臣が監督の義務を持つている。だからその決定通りやつていない場合は、郵政大臣はいゆる政府の罷免権の発動がきる。ただその場合問題になるのは、いわゆる経営委員会の決定についての責任が連帶の責任であるのか、あるいはこれは個人の責任であるのかという問題です。たとえば連帯の責任であれば、いわゆる特別委員がこれはどうしてもだめだといつて反対したにもかかわらず、多数決でもつて三対二なら三対二できめられてしまつた。しからばよくないというので執行しなかつたというような場合も、一つの責任として政府のいわゆる権限の発動があるものだと思う。その場合に、この経営委員会のいわゆる決議に対するところの責任が連帶であれば、善意の執行者、いわゆる特別委員も同時に罷免されなければならない。こういうような関係になつて来るのですが、その間の事情がどういうふうに解釈されるのか。私は今ずつと詳しく読んでみると、いわゆる経営委員会は決議だけである。それからそれの執行その他の問題に対するところの監督の義務が郵政大臣にある。だからそれを行わなかつたならば、郵政大臣は当然政府の罷免権をもつて発動することもできるし、罰則を適用することもできる。ただ問題は経営委員会の決議に対して賛成の者だけが間違つた場合は処罰されるのか、あるいはしぶしぶながら反対だつたけれども、多数決によつて従わざるを得なかつた者もその罰則を適用されるのか。そこのところが明らかでありませんが、その辺のところはどうなるのですか。連帶責任であるのか。ただ単なる個人の主張が罰せられるのか。
#111
○横田(信)政府委員 経営委員会は会議機関でありますので、これは共通の責任を負うごとに相なるわけであります。
#112
○稻村委員 これは実際言うと、こんにやく問答みたいなもので、結論はほとんど出ないと思います。もう一つ、これは軽くひとつ行きたいと思うのですが、それは経営委員会、こういうものができますと必ず民間から云々と言うけれども、今は民間人だけれども、かつて電話電信事業において非常に重要な役割を占めておつた人間が任命されるというような、いわゆる高級官吏が任命されるというようなことがしばしばあつたのですが、先ほど何というか、経理局長の話を聞いていると、なるべく民間の専門家でないような、広い視野というような意味から言つて、こういうふうな選定の場合にはなるべく当該事業に関係したところの旧高級官吏は避けるというふうに解釈してよろしゆうございますか。
#113
○靱説明員 お答えいたします。その点につきましては先般公聴会において一公述人からもお話があつたのでありますが、要するに知識経験があり、大企業の経営についてもその知識経験があるというような方なら、これは特別に制限を設けてない。もつともこの経営委員会の職能に適した方というのですから、特別にどうこうというような制限を設けてないわけであります。
#114
○稻村委員 そういう答弁があるだろうと思いました。きつとそういうようなことを、やはり学識経験というと、経験は電信電話に関係のある官吏というものは一番経験を持つております、また学識も持つておりますから、そういうようなことになると思うのでありますけれども、その点は追究しないことにして次に進んで行きます。
 これは抽象的になりますけれども、今までいろいろと質疑応答して来たところにかんがみますと、電信電話事業のこれまでの隘路というものは、私はどうして国営だからというところにあつたのではなく、いな国営事業を束縛しているところの現行法令にその欠陷があつたのだ、こういうふうに解釈されるのでありますが、その点はどうですか。事務当局はこれは国営というものの本質そのものに隘路があるのだ、こういうお考えになつているのか、その点ひとつお伺いしたい。
#115
○靱説明員 この点はしばしばお答え申し上げてあるのでございますが、理論的に申し上げまして、国営で絶対にいかぬということを私ども申し上げておりません。それから法令によりまして、国の機関としましてこういう事業を経営するに最も適した法令を整備するということも、一つの議論として可能であるというように考えますが、ただ国家の行政活動としまして、かかる企業につきましては別の形態にし、その経営責任を別の人格に與えて行くということが、近代の世界のほかの国にも例の見られるところでありますし、また今まで法令をかえて行けばいいという議論もありますが、これは現実の問題としてなかなか実現できなかつたという事実も、これは否定できなかつたのではないかということから、と同時に一般行政を規律するところのものと、また国の企業機関としましての、そこに何と申しますか、統一性というか、同律性といいますか、同じく律するような傾向にどうも陷りがちであり、現在までもやはりそうであるというようなことから、公共企業体にすることが最も適当である、こういうような結論になつておる、こういう次第であります。
#116
○稻村委員 次官の説明を聞いておりますと、抽象的にうまいぐあいに片づけてしまつて、今理論的には法令の改正が具体的にむずかしい問題だと言われるが、そうすると新しく法律をつくつてしまつて、それがむずかしくなく、しかも機構を全部かえるような法令をつくつてそれがむずかしくなくて、そうして現在ある法令の一部改正がむずかしてという、そういうりくつも成り立たぬわけです。事実言うと、この点は本質的な相違じやないということをはつきり私は言つているのです。本質的なものが隘路になつて現われているのではない。私もその通りだと思います。行政官庁と事業官庁とが大体混同されるということを先ほども強調されておりましたけれども、これは私はやはり行政官庁という行政上の権限を持つている官吏と、それから同じ企業体のやはり何といつても事業をやつている団体で、そうしてその労働の性質から言えば、何らの行政権利を持つていない、こういう集団とが、同じような国家公務員法というものに規制されているという事態そのものが、この国家企業というものに非常にどつちかというと大きな隘路をつくつているのじやないか、こういうふうに考えられる。そうしますとこの国家公務員法というものを企業体に従事している従業員と、それから行政的仕事に従事している従事員と、これをごつちやにしているところにあると思う。こういうふうに解釈して、そうしますとこれは国営と公社との間に本質的の相違が出て来ているのではなくて、実に国家公務員法というこの法律の欠陷から、この国営事業を非常に困難にしている、こういうことになつている。そうするとこの国家公務員法というものは、これは現在の状態のもとにおいて企業活動を敏活ならしめるために改正をしようとすれば、国会がその気になればできるのです。そういうふうな解釈をすると、私は隘路というものは本質的なものではなくて、この国家企業というものの活動をある程度縛つている法令にあるという解釈も成り立つと思う。ことに独立採算制をとつている限りにおいて、国営であつても、当然企業活動に順応するような経営形態でなければならぬと思うのであります。それをしていないところに、国営というものが大きな隘路になつて、そうして非常に非難されるというところがある。しかもどうかというと、そこに働いている従業員の人たちは、何らの行政権がないのに、あたかも行政権があるかのごとく、一般官吏と同じように、一つも権限を持たせずに縛られておる、こういう不都合ができて来ていると思うのであります。しかしこの点は、何も公共企業体に切りかえた一からといつて、その問題は解決するものじやない。これはこのほかにもたくさんそういうふうな現場、ことに官庁の持つている現場においてはあることなんです。たとえば土方の親分みたいなものが、公務員という一つのわくの中に入れられているという実例もたくさんあるのですから、そういうところにむしろ重点を置くべきであつて、この公社というものをそういうところにやらずに、公共性を確保して行くためには、国が直接の責任を持つた方が、公共性を確保するという性格は強く出るのです。公社になればそれだけ企業性が強くなるから、それだけぼけて行く。それで先ほど私が質問したように、この法案で公共の企業性を確保しているというが、條文を見ると、ほとんど郵政大臣の監督であり、大蔵大臣の認可であり、任命であるというふうに、すべてが官庁の直接の結びつきでもつて公共性が維持されている。そういうところから見ると、公共性を強く維持し、しかも企業活動を敏活ならしめるためには、むしろこの際企業活動を拘束しているような諸法令の改正というところに行くのがほんとうでしよう。そうして先ほど言つたように、経営委員会の問題についても、提出者自身がはつきりした解釈が統一されていないのです。そうしてまたそれに対して自信ある答弁ができない。実を言うと、法律をここに出して、そうして公社をつくらなければならぬということは、非常な無理があるのではないかと考えておりますが、その点佐藤大臣はどう思われるか、御答弁願いたい。
#117
○佐藤国務大臣 ただいまのお尋ねにお答えいたしたいと思いますが、引続いておるお尋ねでありますので、あるいは要点が場合によるとはずれるかもわかりませんが、もしはずれておりましたら、重ねてお尋ねをいただきたいと思います。
 お尋ねの点は、現在国が直接に経営しておるが、これに独立採算の制度を十分に取入れる、そういう意味で諸法令を改正するならば、あえて公社にしなくても済むのじやないか、こういう御意見のように拝承いたしたのであります。その考え方につきまして、私の所見を申し上げてみたいと思います。この公社案を提案いたしました理由等で、本来のねらいははつきりいたしておると思いますが、別な表現をいたしてみますれば、一つは国の予算の拘束力を緩和できるような点、もう一つはいわゆる官僚機構というものをかえて、そうして新たなる業務形態に沿う機構のもとで事業遂行はできないか、この二つが大きなねらいであるのであります。第一点の予算上の問題は、予算遂行という面から見まして、独立採算の建前はとりましても、必ずしもいわゆる事業会社的な予算にはなかなかならないのであります。これを会社的な事業計画にまで徹底をいたしますれば、私どもの目的を達することに相なるのであります。今回の法案自身は、この観点から見ますと、たびたび申し上げておりますように必ずしも万全のものではない。これは多分に先例に左右されている。鉄道公社なり、専売公社なりというものがすでにでき上つておりまして、その公社の運営にあたつての予算の使い方等、あるいは予算の編成並びに予算の運用、あるいは利益金の処分等の観点から見まして、いろいろ批判を受けておる次第でありますが、何と申しましてもまだ公社ができまして、その試験期と見る方が正しいのではないか、かように考えますと、新しい公社をつくりましても、理論としては一応成り立ちましても、やはり実際の問題としては、できております鉄道公社なり、あるいは専売公社なりの先例を相当多分に取入れざるを得ないということで、ただいま申し上げるようなことに相なるわけであります。
 第二点の官僚機構の改正というものは、これはひとり公務員法だけの問題ではないように私は考えておるのであります。公務員法自身におきましても、事業官庁に対しましては、事業官庁の職員について一般行政官庁とは相当取扱いを異にしておるわけであります。ことに今回御審議をいただいております労働法の改正等におきましても、この事業官庁の職員については、公共企業体労働関係法を適用するような考え方にまで発展をいたしておりますので、これらは明らかに事業官庁の職員に対しましての特殊的な地位を承諾しておるわけであります。しかしながら諸給與の制度等から見ますると、なかなか思うように参らないものが多々あるのであります。これを直せばいいじやないかという非常に明快な結論を出しておられますが、やはり公務員としての共通性はどうしてもそこに認めざるを得ないわけでありますので、給與の予算等におきましても、立て方はほぼ一般行政官庁と同じであるわけであります。しかしこれがいわゆる公務員法の適用から除外をされまして、そうして公共企業体の職員として考えて参りますれば、給與準則等におきましても、在来の人事院が公務員に対して指示しておりますものから見れば、これは根本的な修正が加えられるわけであります。私が申す官僚機構というのは、ただいま申し上げるような労働者の団結権の問題であるとか、あるいは争議権の問題であるとか、あるいは個々の給與の問題ばかりでなくて、長い間の問題といたしまして、官庁の発達には一つの大きな歴史があるわけであります。その意味において、いわゆる官僚機構というもののうちで生活をいたしておるのであります。私自身も御承知のように、官僚の出身だとしばしば言われておるわけでございますが、官僚の機構と申しますのは、多数の従業員を擁しておりますれば、自然に一つのかたぎが生れて来るわけであります。事業官庁には事業官庁のかたぎがそこにできて来る。それが一つの官僚機構としての根強さを発揮して参るのであります。これは必ずしも法規そのものの問題ではないように、実は私は考えております。そこで会社の場合におきましても、会社のかたぎが一つある。会社のかたぎというものが事業遂行に非常に役立つておる。あるいは官僚かたぎであるために、事業遂行に役立つ面ももちろんあるわけであります。問題の主要なる点は、公社にかえることによりましていわゆる在来の官僚機構としてでき上つております従業員組織が、今後は多分に民間組織をも取入れたものにどうしても形をかえて参る、そこに一つの事業遂行上便益があるのじやないか。それを形の上で申せば、たとえば給與の総体の額は決定される。そうしてその給與の総体の額が決定されるといたしますれば、経営者と申しますか、管理者の責任におきまして、また組合の諸君の協力を得るによりまして、これは別に搾取という意味ではありませんが、能率を上げる結果は、この給與総額の運用方法もまた別の方向に向つて参るでありましよう。また部内の人事の交流なり、人事の建前等におきましても、在来のような、主として年限等が主体になつて考えられるようなものではないことになるかと思うわけであります。同時に経営者自身も、在来の大臣、次官、局長、課長というような機構とはまた別の考え方で、会社の場合でありますれば、重役会というものが非常に大きなウエートを持つて参ります。公社の場合におきましてもやはり経営委員会であるとか、あるいは公社の最高責任者であるとか、これらの者の考え方が相当はつきり事業運営の面に出て行くようになつて行かなければならないのじやないかと思うわけであります。こういう点が、今回公社をくふうした基本的な問題でありまして、個々の法律そのものの改正の難易という問題ではなくて、国営自身が持つております面における基本的な批判が相当あるわけであります。もちろん国家経営である場合に、それが非常に能率的であり、また非常にいい点も見のがせないことであります。これは国営であることが全部不都合という意味ではありませんが、今までの批判を率直に伺いまして、その批判の線からくふうをいたして参りますと、この際私は公社にすることが最も事業遂行上望ましいのじやないかと実は考えておるわけでありまして、稻村さんの御意見につきましては、私一面もちろんお話の線その通りのものがあると同時に、やはり本質的なものを相当考えておるということを申し上げたくて立ち上つたような次第であります。
#118
○田中委員長 本日はこの程度にとどめまして、明日午後一時から続開いたします。
 これにて散会いたします。
    午後四時四十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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