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2021/10/11 第205回国会 衆議院 第205回国会 衆議院 本会議 第3号 令和3年10月11日
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2021/10/11 第205回国会 衆議院

第205回国会 衆議院 本会議 第3号 令和3年10月11日

#1
令和三年十月十一日(月曜日)
    ―――――――――――――
 議事日程 第三号
  令和三年十月十一日
    午後一時開議
 一 国務大臣の演説に対する質疑
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 永年在職の議員原田義昭君、竹本直一君、平沢勝栄君、今村雅弘君、菅義偉君、田中和徳君、中川正春君、佐藤勉君、下村博文君、近藤昭一君、原口一博君、渡辺周君、安住淳君、河野太郎君、棚橋泰文君、田村憲久君、古川元久君、根本匠君、伊藤達也君及び遠藤利明君に対し、院議をもって功労を表彰することとし、表彰文は議長に一任するの件(議長発議)
 国務大臣の演説に対する質疑
    午後一時二分開議

#2
○議長(大島理森君) これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
 永年在職議員の表彰の件

#3
○議長(大島理森君) お諮りいたします。
 本院議員として在職二十五年に達せられました原田義昭君、竹本直一君、平沢勝栄君、今村雅弘君、菅義偉君、田中和徳君、中川正春君、佐藤勉君、下村博文君、近藤昭一君、原口一博君、渡辺周君、安住淳君、河野太郎君、棚橋泰文君、田村憲久君、古川元久君、根本匠君、伊藤達也君及び遠藤利明君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。
 表彰文は議長に一任されたいと存じます。これに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

#4
○議長(大島理森君) 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決まりました。
 これより表彰文を順次朗読いたします。
 議員原田義昭君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員竹本直一君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員平沢勝栄君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員今村雅弘君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員菅義偉君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員田中和徳君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員中川正春君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員佐藤勉君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員下村博文君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員近藤昭一君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員原口一博君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員渡辺周君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員安住淳君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員河野太郎君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員棚橋泰文君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員田村憲久君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員古川元久君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員根本匠君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員伊藤達也君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員遠藤利明君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
    〔拍手〕
 この贈呈方は議長において取り計らいます。
    ―――――――――――――

#5
○議長(大島理森君) この際、ただいま表彰を受けられました議員諸君の登壇を求めます。
    〔被表彰議員登壇、拍手〕

#6
○議長(大島理森君) 表彰を受けられました議員諸君を代表して、原田義昭君から発言を求められております。これを許します。原田義昭君。

#7
○原田義昭君 原田義昭でございます。
 この度は、院議をもって永年勤続表彰の栄誉を賜りましたことに、心から感謝を申し上げます。
 総員二十名、また、その中には総理大臣の激務を務められた菅義偉先生もおられる中、年長のゆえをもって私に代表謝辞の機会を与えていただきました皆様の友情にも心から感謝を申し上げます。
 私は昭和の最後より政治活動に飛び込みました。選挙は中選挙区制の神奈川県で始め、小選挙区制では現在の福岡県で落ち着くという、恐らく他に例を見ない選挙経験を経てきましたが、そこで得たことは、日本人はどこでも一緒、真心さえ伝われば都会も田舎も皆同じ日本人だということでございます。
 平成二年、一九九〇年に初当選をいたしました。政治家としては、経済産業、エネルギー政策、中小企業政策を重点的に目指しましたが、党と議会では、外交関係、安全保障問題を中心に活動いたしました。環境大臣、原子力担当国務大臣にも就任し、現下のカーボンニュートラル、地球温暖化対策の基礎づくりにも関与いたしました。福島原子力発電所の汚染処理水の海洋投棄方針には先鞭をつけ、レジ袋の有料化を決断し、また、鹿児島県馬毛島について、数十年に及ぶ地元紛争を解決して国有化できたことは、自らの秘かな誇りでもあります。(拍手)
 さらに、地元では、太宰府市に九州国立博物館を誘致し、また、四年前の北部九州大豪雨からの復旧復興にも正面から取り組ませていただきました。
 さて、中国の覇権主義的、人権じゅうりん的対外活動は、我が国や東アジアの安全保障からも極めて深刻なものでございます。
 近年、中国は、経済的拡大とともに一層その危険度を増していると思います。尖閣諸島の日本帰属について、ほかならぬ中国政府自身が一九六九年に作成した海洋地図を私は予算委員会で公表いたしました。また、近年では、中国の習近平国家主席の国賓来日には、あえて先頭切って反対をいたしました。近年では、尖閣諸島へ常駐公務員の設置を議員連盟の諸君と一緒に訴えることなどをやっております。
 国としては、安倍、菅、岸田内閣が、日米豪印、クアッド四か国で開かれたインド太平洋組織をつくり、G7サミットでは中国包囲網を結成し、英仏独を含む欧州までが共同して戦線を張ろうとしております。いわゆる台湾有事ももはや現実のものとなってきました。我が国は、国際連帯による徹底した外交関係、安全保障体制を確立することが重要であります。中国危機は今や全ての分野に及んでおり、米中の対決は、昔の米ソの冷戦時代をはるかにしのぐ地球規模の危機になっております。
 この二年間、国と国民は新型コロナという国難に耐えてまいりました。国民は疲弊し、明日への希望を失いがちになりました。国民生活を含む全ての分野でポストコロナ、ウィズコロナを早急に模索する段階に来ていると思います。我々、政治、行政に関わりを持つ立場の人間の真価が問われておる時期でございます。
 私は、これら国家の基本的問題について、その解決こそが自分に与えられた使命、ミッションであると考えて、今後とも更なる努力を重ねていきたい、こういうふうに考えております。
 最後に、繰り返しますが、私が今日こうして本会議演説までできるのも、全て多くの多くの皆様のおかげであります。全国の皆様、とりわけ私を国会に送っていただいた選挙区福岡県、神奈川県の皆様、後援組織の皆様、私の事務所のスタッフたち、ひいては愛する家族たちにも心からお礼を申し上げたいと思います。妻の知子さんにも随分と苦労をかけました。(拍手)
 以上で私の謝辞といたします。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)

#8
○議長(大島理森君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君の挨拶につきましては、これを会議録に掲載することといたします。
    ―――――――――――――
    竹本 直一君の挨拶
 この度、院議を持ちまして永年在職表彰を賜り、身に余る光栄であり、八期二十五年の活動を温かく見守り、惜しむことなく支援を寄せて頂いた南河内地域の皆様、諸先輩方、同僚議員各位、皆様の温かい志が今日の私を作って頂いたのだと心より感謝申し上げます。
 中央省庁に入省後、何としても米国の本質を見たいという思いが強く、政府派遣留学にてカリフォルニア大学バークレー校大学院及びコロンビア大学大学院に留学しました。この時、米国の風景を見て、なぜこんな国と戦争したのだろうと考えました。すべてが大きい。まさにEverything is greatで、まるでコンクリートの厚い壁に小石を投げるような戦争だったのではないかと感じました。今でもそういう思いです。三百十万人の同朋を亡くした悲惨な戦争。その決断を下したのは誰か。それは政治家です。ならば政治家になることで日本にとってさらに役立つ仕事ができるという考えに至りました。
 帰国後、政界への踏み出しを考えました。四十代の後半で役所を退職し選挙準備にかかったのですが、現職に気を使う役所の一部から強力な立候補の引き止めがあり、中選挙区制の選挙には出られず、三年後の平成八年、最初の小選挙区制での出馬となりました。私はこの期間のことを麦踏みにあったと言っておりますが、それが私を強くしたのだと思います。
 当選後は、初代の経済産業大臣政務官、厚生労働大臣政務官、そして財務副大臣、内閣府特命担当大臣を拝命致しました。経済を基盤とする国のあり方について深く勉強し、日本の国土の均衡ある発展を図るためには、東京一極集中を是正し、関西の経済活性化をさらに図らなければならないという考えに至り、特に二つの政策に尽力しました。
 ひとつは、リニア新幹線早期開業です。超電導リニア鉄道に関する特別委員長として、東京大阪間の三十年の工期予定を最大八年短縮することに成功しました。
 もうひとつは二〇二五年大阪・関西万博の誘致です。党大阪・関西万博推進本部の事務局長を務め、本部長の二階俊博幹事長と結束して世界各国に誘致を働きかけました。二〇一八年十一月二十三日、パリのBIE総会にてロシアとの決選投票が行われ三十一票差で万博の開催権利を獲得しました。無上の喜びでございました。
 政治家は社会の医者であります。人間みな孤独で、人々が悩んでいることに対して温かく相談を受ける政治家が必要であり、人々はそれを望んでいます。私が二十五年間に渡ってご支援頂けたのは、「夢の実現―それが政治です」という信念のもと、社会の医者であるという自覚を持って努めてきたことを評価して頂いたのだと思います。誠にありがとうございました。
    …………………………………
    平沢 勝栄君の挨拶
 私はこのたび、永年在職の表彰の栄に浴することとなりました。身に余る光栄であり、今はただ感激で胸が一杯であります。
 私は小選挙区制の下で初めて行われた平成八年の総選挙で初当選し、以来今日まで連続当選八回を重ねました。これも故後藤田正晴先生、そして地元葛飾区と江戸川区の皆さんなどのご支援、ご協力のお陰であり、心から御礼を申し上げます。
 私が官房長官秘書官をつとめた後藤田先生はよく「戦争だけは絶対にダメだ。戦争を知らない政治家が今後、国のリーダーになった時が心配だ。」と口癖のように言っておられました。私は今後ともこの後藤田先生の教えをしっかりと胸に刻んで国政に励んでいく決意です。
 地元選挙区の皆さんも今日まで私を力強く支えて下さいました。地元の皆さんは落下傘で降り立った私を温かく見守り、そして政治家として育てて下さったのです。人情味豊かな東京の下町で思いやりのある支援者に囲まれて政治活動を行ってきたわけで、私は本当に幸せ者だったと思います。
 今振り返ると多くの思い出が去来しますが、中でも強く記憶に残っているのが平成二十一年八月三十日に施行された第四十五回総選挙です。この選挙で自民党は大敗し政権を失いました。しかし、そうした厳しい闘いの中でも私の選挙区の皆さんは、自民党の私を支持して下さいました。
 支援者の皆さんがこの時言われたことを私は今でも鮮明に覚えています。それは「私たちは自民党というより平沢党の応援団だ。」ということでした。支援者の方は私を信じて応援して下さったわけで、こうした皆さんのお陰で私は在職二十五年を迎えることができました。
 私は最近まで復興大臣の職にありました。三・一一東日本大震災の被災地では今なお多くの人が苦しみ、そして悩んでいます。保守政治の原点は「誰一人見捨てない、誰一人忘れない、誰一人ひとりぼっちで寂しい思いをさせない。」ということです。私はこれからもこの原点を忘れることなく謙虚かつ丁寧に政治に取り組み、国民の皆さんの期待に応えていきたいと思います。
 二十五年間にわたり、ご支援、ご協力下さった皆さんには本当に有難うございました。どうぞこれからも変わらぬご指導ご鞭撻を宜しくお願い申し上げて御礼のご挨拶とさせて頂きます。有難うございました。
    …………………………………
    今村 雅弘君の挨拶
 およそ親族には政治家一人もいない中での国政出馬でありましたが、このたび院議をもって永年在職議員表彰の栄誉を賜り誠に感無量、お世話になった多くの方々と御霊そして家族に深く感謝御礼申し上げます。
 多くの戦友が戦地に倒れたが自分は奇跡的に復員出来お前が生まれた、だから腕白でもいい、どんな辛い時でもキリッとして生きろ、が父の口癖でした。そのせいではないが硬く真直ぐなレールの途を選び機関車のハンドルを握ったり、労組の猛者諸君と激しく渉り合いながら国鉄の近代化再建、JRの誕生へと全力で突走りました。時に失速や脱線しそうにもなりましたが、不思議とも言える多くの人との「出会い」により何とか生き抜くことが出来ました。国鉄民営化に伴う過激派扇動の千葉動労ゼネストでは国労動労の皆さんが、今村を助けよう!とスト破りにも近い乗務変更に応じてくれ危機を乗り切りました。
 神様の試練とご加護「出会い」は政界でも続きました。小渕総理との総裁室での面通しでは白い百合が飾ってあり、谷間の百合ですね、と言ったら一瞬怪訝そうな顔をされたが、全く偶然だよと破顔一笑、これで一発合格!ビルの谷間のラーメン屋なんて言ってたら即アウトだったでしょう。ご自宅での棺にも何故か私一人でお別れ対面出来ました。人一倍郵政を愛されており、その思いに応えるべく、郵政民営化では神様とも尊敬する綿貫民輔先生(楠木正成公のご子孫)の馬引きを務め、敗れはしたが最後まで戦った同志は今も強い絆で結ばれ最高の宝物です。絶望的な比例順位三十一位とされた時も大病も、神風が吹き医師先生方のお陰もあって今日があります。
 政策面では、得意の建設運輸以外でも地元の為に農林水産等で頑張って来ました。国土強靱化や食料安保は喫緊の課題であり全力をあげて取組んで参ります。外交防衛分野では、日和見主義の外務省に合せず、カンボジア、ベネズエラ、トルコ等米欧から睨まれた国に寄り添って議員外交に励み成果をあげて来ました。今や我国は内外共に厳しい状況を迎えています。流動化、激動する国際情勢、少子高齢化や地方の衰退、産業競争力低下の中、安全保障、防衛力強化や東南アジアとのアライアンス構築にも、豊かで力強い経済力が不可欠です。その為には科学技術の振興や教育の充実、貧しくても頑張れば這い上がっていける生き生きとしたシステムづくり、かつての肉体労働に基く労働価値説を知的労働に代えて高度産業国家づくりを進めていかねばなりません。特攻や硫黄島等で命がけで国を守った先達、その思いを胸に戦後復興と発展に全力をあげて取組んだ方々に負けてはいられません。マッカーサーは言った、老兵は死なず去り行くのみ、と。しかし我々は違う、最後まで汗を流して子や孫をサポートし輝かしい日本国の未来の為に全力を尽くして行こうではありませんか。
 改めて己が生かされている意義を問い、感謝し、皆様のご健康、ご多幸を衷心より祈念して結びと致します。
    …………………………………
    菅  義偉君の挨拶
 この度、院議をもって永年在職議員表彰を賜りましたこと、心より厚く御礼申し上げます。
 私は、雪深い秋田の農家に生まれ、高校卒業後に就職のため上京しました。二年遅れで大学に進学し、紆余曲折を経て、二十六歳の時に一念発起し、横浜選出の国会議員、小此木彦三郎先生の秘書として政治の世界に飛び込みました。
 秘書を十一年務め、三十八歳で横浜市会議員に当選し、地方政治に携わる中で、「国民の生活を更に良くしていくためには、地方分権を進めなければならない」、その思いから国政を目指し、四十七歳で衆議院に初当選させていただきました。以来、地方出身であることを誇りに、国民の皆様にとって何が当たり前かを見極めながら、政治活動に邁進してきました。
 総務大臣時代に創設したふるさと納税、内閣官房長官として力強く進めてきた外国人観光客の誘致や、農産品の輸出促進などの取組も、地方の活力なくして日本の発展はないと考えたからです。
 この一年余りは総理大臣として、ワクチン接種の加速化など新型コロナ対策に全力を挙げました。そして我が国の重要な課題である「デジタル」、「二〇五〇年カーボンニュートラル」の将来に向けた方向性を示すことができました。さらには、携帯電話料金の値下げ、不妊治療の保険適用、憲法改正手続きを定めた国民投票法など、国民生活に密着した課題、先送りすることができない課題にも挑み、改革に道筋をつけることができました。
 この二十五年を振り返ると、特に官房長官、総理大臣を務めた約九年間は緊張の連続でした。重責を務め上げることができたのは、諸先輩方や、地元神奈川県や故郷の秋田県の皆様、そして事務所スタッフや家族、全ての皆様のお支えのおかげであり、この場をお借りして心より感謝と御礼を申し上げます。
 日本の未来のためには、グリーンとデジタルを原動力に成長を実現し、日本全国どこにいても、誰もが豊かに暮らせる社会をつくる。そして、日本の次を担う世代が、古き良き伝統や文化を守りながらも、多様性と創造性、新しい価値観を携えて、世界の中で、堂々と歩んでいける道を切り開いていかなければなりません。そうした社会の実現に向けて、これからも国民の皆様との約束を果たしてまいります。
 この度はありがとうございました。
    …………………………………
    田中 和徳君の挨拶
 今般、私、田中和徳は院議を以て在職二十五年表彰の御決議を賜りました。身に余る光栄でございます。
 私は、昭和二十四年一月、山口県豊浦郡豊田町(現下関市)の山村の農家の長男として生を受け、昭和四十六年、大学在学中に斎藤文夫(当時神奈川県議、後に参議院議員)先生のスタッフとなり、同時に川崎市民となりました。その後、川崎市議、神奈川県議を経て、小選挙区制初の総選挙に神奈川県第十区(川崎市川崎区・幸区・中原区)より出馬、平成八年十月、激戦の中、比例区で初当選を果たしました。
 我が選挙区は、今も人口増加が続き、頻繁に住民の移動がある不安定な地盤で、連続八回の当選は、私を温かく受け入れ、育くみ、熱心に支援を続けてくださいました地元の皆様のおかげでございます。
 政府では、復興大臣、財務、環境の副大臣、国交、財務、外務の大臣政務官などを歴任しました。復興大臣は、東日本大震災の発災から十年が目前となり、復興庁存続のため五本の法改正を行いました。また、千葉県から青森県までの被災した各県と五十三市町村を、コロナ禍でしたが訪れることができ、特に福島県内の原発事故による被害は極めて深刻で、改めて政治家としての責任を痛感しました。
 また、外務大臣政務官を務めていた平成十五年十一月、イラクで外交官二名が殺害される事件が起き、米軍から遺体を受け取る責任者としてクウェートに急遽赴きました。遺体と家族の慟哭の対面に立ち会った私は、非命に斃れたお二人の無念さと、遺族の深い悲しみに接し滂沱の涙が止まりませんでした。
 国会では財務金融委員長、予算委員会筆頭理事などに就きました。平成二十七年十二月、フランスでCOP21が開かれ、地球温暖化抑制に向けたパリ協定が締結されました。同時に世界各国の議会代表による会議も開催され、私は衆参の超党派議員派遣団の団長としてフランス国民議会本会議場で日本代表として発言をしました。
 議員立法の成立にも数々関与し、特筆すべきは、原子力規制委員会設置法です。私が環境委員会の野党筆頭理事の時に東日本大震災による福島第一原発事故が起き、その反省に基づき、新組織は独立性の高い三条委員会としました。他にも、犯罪防止対策の特効薬と評され、犯罪の激減に大きく寄与している再犯防止推進基本法、不当廉売に苦しむ酒販店を守る酒税法等の一部改正法、世界遺産屋久島の視察で着想を得た国立公園や自然遺産などの保存に資するため、入域料徴収を可能とする自然資産区域法などがあります。
 記したい想い出は数々ありますが、命ある限り国民の多幸を願い、我が日本の発展に一身を捧げる決意を新たに誓い、感謝の言葉といたします。
    …………………………………
    中川 正春君の挨拶
 国政にチャレンジして、ひたすら歩むうちに、すでに二十五年という歳月が流れたのかと思うと、感無量です。この間、私の政治活動をご支持、ご支援いただいた皆さん、支えてくれた歴代の秘書陣はじめ、事務所スタッフの皆さん、そして、何よりも、運命共同体として一緒に歴史を刻んでくれた妻と、両親、家族に、心からの感謝をささげます。
 二十五年前、一九九六年は小選挙区制が初めて導入された選挙でした。「五五年体制が崩壊し、与党の分裂によって生まれた二大政党制による闊達な議論を尽くした政治が実現される。」そんな希望に満ちた思いで、当時の挑戦者、新進党から国政に初めてチャレンジしました。国民が選挙を通じて直接政権を選択することのできる政治体制を実現することは、日本政治のダイナミズムと真の民主主義を可能にするためには必要不可欠だと思っています。そして、この思いは今でも変わらず、これからも貫いていきます。
 大学時代をアメリカで過ごした経験が、私の政治人生に大きく影響を及ぼしているように思えます。三重県の高校を卒業し、日本人の留学生がまだ物珍しい中、人種のるつぼと言われていたアメリカに行ってみると、そこは、るつぼではなく、パッチワークでした。様々な人種(ルーツ)や宗教をはじめ多様な価値観を持った人々が、パッチワークが様々な色・柄・形の小布がはぎ合わさって一つの大きな布になるように、一つの共存・共生社会を形成している。これを、民主主義を基盤に、目に見える約束事や法律でまとめていました。自由の国アメリカが体現しているのは、まさに「和して同ぜず」なのではないか。以来、私の座右の銘は、「和して同ぜず」です。
 この二十五年、私自身の取り組みとして一歩でも二歩でも前進させて具体的に実現させたい課題も、追い続けています。少子化やグローバル化を超えて、次の世代がしなやかに生き抜く基盤を作り、日本社会の多様性や人権意識の醸成を深めるための取り組みです。議連での活動を基軸として、「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」や「日本語教育の推進に関する法律」を成立させました。また、「ミャンマーにおける軍事クーデターを非難し、民主的な政治体制の早期回復を求める決議」を採択することができました。
 未来の日本の形を見据えて追い求めていかなければならない課題は、与野党の垣根を越えて協力して実現していかなければならないと思っています。これからも、必要な議員立法を立案・提出し、成立させていくことで、足元から、できることを着実に実現する、そのような政治人生を全うしていきたいと思っています。
    …………………………………
    佐藤  勉君の挨拶
 このたび議員在職二十五年の永年在職表彰を賜りました。これまで支えて頂いたすべての関係者の皆さまに深く感謝申しあげます。
 私の政治活動は三十四歳で栃木県議会議員に初当選したことにはじまりました。県議として三期目の四十四歳の時に、当時の自民党幹事長であった加藤紘一先生にお声かけ頂き、急遽衆議院選挙に臨むことになりました。まっさらな状態から臨んだ選挙戦で、期間も四十日間しかない状況のなか、後援会の皆さまの後押しにより当選を果たし、国政進出しました。
 以降二十五年の間に様々な紆余曲折を経て現在に至りますが、私の国政活動は国会対策委員会(以後、国対)と共にありました。国対でたくさんの偉大な先輩方から義理人情の大切さと、お世話になった方にはとことん尽くすことを学びました。そうした積み重ねにより与野党・役所を問わず信頼出来る仲間を築けたことが、私の強みであり、大きな財産となりました。
 国対委員長当時には、サイバーセキュリティ基本法や秘密保護法などの重要法案の制定に携わり、議運委員長当時には、天皇の退位等に関する皇室典範特例法の制定に携われたことが特に大きな記憶に残っています。
 国対のイロハはもとより、政治家としてのイロハを教えて頂いた大島理森衆議院議長より永年在職表彰を受領出来ることは最上の喜びであり、巡り合わせの妙も感じております。政治家人生も折り返し地点はとうに過ぎておりますが、大島議長はじめ偉大な先輩方の意思を受け継ぎ、次の世代に繋いでいくことを、残りの政治活動の命題として取り組んでいきたいと思います。
 私は初当選してから今日に至るまで、大臣就任時や在京が必要な時をのぞいては、地元栃木から通勤を続けています。気持ちの切り替えに加え、小さな変化にも気づくことが出来るからです。今後もこのスタイルは変えず、国はもとより故郷栃木の発展に寄与出来るよう、職務を果たしてまいります。
    …………………………………
    下村 博文君の挨拶
 本日、院議をもって永年在職議員表彰の栄誉を賜りましたこと、誠に身に余る光栄でございます。平成八年十月の総選挙にて初当選以来、連続八期小選挙区で当選できたのは、地元板橋区の皆様、ご支援ご協力を賜りました皆様方のお陰であり心より感謝いたします。また、私のために献身的に協力をしてくれた今は亡き母、妻、家族、事務所のスタッフにも感謝の思いを伝えたいと思います。
 私が政治家を志したきっかけは、九才の時父が交通事故で亡くなったことによります。それ以降母子家庭で育ち、高校、大学とあしなが育英会の奨学金で進学することができ、社会に恩返しをと考えてきました。
 政治家として、院においては法務委員長、政府においては文部科学大臣・教育再生担当大臣、初代オリパラ担当大臣を務めさせていただき、自民党においては幹事長代行、選対委員長、政務調査会長をさせていただきました。文科大臣の時には、二年八ヶ月の期間で、六十七の改革行程表を実行して参りました。トビタテ!留学JAPANや日本遺産の設立等が入っています。
 私の政治のモットーは「人を幸せにする仕事。それが政治だ。」です。日本には国難がいくつも迫っています。コロナウィルスの感染症、少子高齢化に伴う人口減少、格差社会の拡大、そして外交防衛の危機、この国難を突破するには根本的には教育立国しかないというのが、私のこれまでの政治家としての歩みであり、これからの志でもあります。
 これまでも著書としても、『教育投資が日本を変える―すべての人にチャンスがある社会を!』、『日本の未来を創る「啓育立国」』、『GDW興国論―幸福度世界一の国へ』など、教育を中心に多数の本を著してきました。人が幸せとなるための教育や経済や、福祉、そのための国家ビジョンが今問われています。これまでの延長上に日本の再生も発展もありません。抜本的な日本の建て直しが必要だと私は考えています。人創りが国創りです。そして国難に際し、政治家としてのその覚悟と自覚が問われている時です。引き続き多くの皆様のご指導をいただき、すべての人に居場所と可能性があり、幸せを実現する国の創造に向け、全力で努力精進をして参ります。そのことをお誓い申し上げ、感謝の言葉といたします。
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    近藤 昭一君の挨拶
 このたび、院議をもって永年在職表彰をいただき、心より感謝申し上げます。
 私の父は名古屋市会議員を務めておりました。その意味で私は政治を身近に感じてきましたし、父の活動に敬意を抱いていました。しかしながら、選挙活動には関心を持てず、大学卒業後、社会の公正の実現のために働きたいと地元の中日新聞社に入社しました。決して裕福でない家庭に生まれ苦学して大学を卒業した父の信条は、社会とは、一人ひとりの尊厳が護られ、誰もが安心して暮らせる、公平公正なものであるべきだということでした。
 私は、新党さきがけを立ち上げた武村正義さんが唱えた「小さくともキラリと光る国・日本」に大きな親近感を持ちました。遡れば、石橋湛山の「小日本国主義」であり、「決して軍事大国を目指さず、経済成長至上主義に陥らず、美しい地球を継承させるため、国内外で積極的な役割を果たす平和国家」です。
 中学生の時に見たユージン・スミスさんの水俣の写真は衝撃でした。人の命よりも経済成長を優先した、あのようなことを二度と起こしてはならないとの思いで、当選後「水俣」の問題にも取り組みました。しかし、未だに道半ばです。現在もまた同じことが繰り返されています。十年前の東日本大震災の被害においても、政治は被災者に寄り添い遂げていません。私は、二〇一二年、原子力規制委員会設置法の与野党協議の責任者として発電用原子炉の運転期間を原則四十年に制限する条文を法文化しましたが、最近では、事故のことを忘れたかのごとく、期間延長の例外規定により空文化されつつあります。
 あっという間の二十五年でした。しかし、インターネットなどは、大きな変貌を遂げました。個人で映像を載せるなどということは、かっては考えもしなかったことです。それが今では、ライブで映像を流したり、双方向でのやり取りも出来るようになりました。民主主義のツールは圧倒的に多くなったといえます。
 一方で、政治をどれだけ変えられたのでしょうか。初当選から二十五年、まだまだ多くの政治課題があります。私自身、何をしてきたのかという忸怩たる思いです。しかしながら、多くの方に支えられてここまで来ました。心から感謝しています。改めて直面する課題の克服のためにこの経験を生かし、あきらめることなく努力を続ければ、最後には成功するという「愚公移山」の精神で、二十五年前に描いた夢の実現のために頑張りたいと思います。
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    原口 一博君の挨拶
 院議により永年在職の栄を賜り誠に有難うございます。お支えくださいました全ての国民の皆様へ謹んで御礼申し上げます。
 政治を正さなければ日本は良くならない。松下幸之助塾長、稲盛和夫塾長の薫陶を受け二十七歳で政治の道に入りました。初代後援会長松林寛之先生は、罪をおかした人たちを自らの「こども」とされ何百人もの人たちに「自分も生きていていい」と心の拠り所を与える方でした。
 国会に送っていただいた後も多くの師そして友、支援者に恵まれました。ことに青年海外協力隊をお創りになった末次一郎先生は、沖縄返還をなし遂げられ、北方領土返還運動の先頭に立たれました。私は、同郷の若輩である私に世界の同志を創り日本の真の独立と繁栄に尽くす道筋を教えていただきました。
 もう一つの政権政党をと自民党を飛び出し、人間の尊厳と自由を守る政党を創って活動してきましたが、金融危機や安全保障上の危機においては、超党派で行動できたのも幅広い先達や友人の支えがあったればこそだと思います。
 総務大臣、地域主権改革担当大臣、政府税調会長代行など政権の中枢で働けたのも地元佐賀はもとより世界各国の先達や友人たちのおかげです。十九歳のころから支えてくれた最愛の妻、直子。どんな困難に出会っても負けない勇気を与えてくれました。その妻を亡くし自らも院内感染により七回もの手術、そして死線を彷徨う事態に陥りましたが、多くの皆様のお力で病院にいながらの当選を果たし復帰することができました。
 リハビリの語源はリ(再び)、ハビリス(自分らしさ)。つまり自分らしさを取り戻すという意味だそうです。総務大臣時代に提案した協働教育・未来の学校も全国に普及してきました。一人ひとりの子どもたちが、自分らしくお互いを支えあい、共に問題を解決していく教育が拡がっていく。とても嬉しいことです。
 長引くデフレとコロナ危機。衰退する日本を再び必ずや日出る日本に変えて参ります。明るく温かい日本。そして核なき世界の平和を創造することを誓い、二十五年の長きにわたりお支えいただいた全ての方々への感謝と誓いの言葉とさせていただきます。
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    渡辺  周君の挨拶
 本日、院議を持って永年在職表彰の栄誉を賜りましたことに深い感慨を抱き、心から感謝を申し上げます。
 平成八年の十月、初めて導入された小選挙区による衆院選挙に民主党公認で立候補、以来連続当選し、今日まで歩んで来られましたのは、選挙区内外のすべての支援者の方々のご縁とご恩によるものです。二十九歳で静岡県議になり、県政国政あわせて十回の選挙を勝ち抜かせて頂いた後援者、今は亡き方も沢山いらっしゃいます。関わりある恩人お一人お一人の顔と声を思い出して御礼を伝えさせて頂きます。
 私が一貫して主張してきたことは政権交代可能な選択肢を作り上げることでした。二〇〇九年九月に民主党政権が誕生し、私は総務省で副大臣に就任し、全国から要望を受け地方自治体の裁量で予算執行の優先順位を判断出来る一括交付金が導入され、地方議員の年金を廃止しました。東日本大震災の時は党の震災ボランティア室長として被災地の要望を首相官邸に直接伝える役割を務め、野田内閣での防衛副大臣時代は北朝鮮によるミサイル発射に対応し、ハイチPKO撤退、南スーダンPKO派遣や海賊対処のジブチ訪問、尖閣国有化の最前線で国防、危機管理に取り組みました。三年三ヶ月政権を担った経験は次の政権交代時の国家運営の糧であります。
 民主的な国家発展のためには政権交代可能な健全な緊張が必要です。理想とする政界を作り上げるには未だ道半ば。見えないものを信じて頑張っている人達が、頑張ってきて良かった、と実感する世の中と活力ある郷土を創るため、まだまだ仕事をしてまいります。
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    安住  淳君の挨拶
 このたび院議をもって永年在職表彰の栄誉を賜りましたことは感謝の念に堪えません。小選挙区制が初めて導入された一九九六年十月の総選挙で初当選以来、連続八回にわたり惜しみない支援をいただいた地元宮城県や全国の支援者の皆さまに心より御礼申し上げます。
 私は一九六二年一月、牡鹿半島の小さな漁村に生まれました。本屋やレコード店まで片道三時間。魚には天国でも、人間には不便でした。
 父と母がともに僻地の中学教師だったこともあり、下宿をして石巻高校に通学しました。その後、早稲田大学を経て一九八五年にNHKに入局。最初に配属された秋田支局で事件を取材するうち、自らの努力ではどうにもできない不条理の中で生きる人々に思いを馳せるようになりました。東京の政治部に移ってからは、腐敗した政治の根源が、政権交代のない硬直した五五年体制にあると確信いたしました。
 取材を通して見つめた社会のありさまが、決して豊かではない我がふるさとで懸命に生きる人々の姿と重なったのです。この日本の状況を変えるために政治の道に進む決心をしました。
 衆院解散と同時に三十一歳でNHKを退職し、立候補。当選には及びませんでしたが、支援者の輪が広がり、地盤も看板もない身で次の選挙で初当選させていただきました。
 政治は必ず変えられる。当時、結党間もない民主党に籍を置いたのは、二大政党制を実現するためでした。以来二十五年間、その信念を曲げずに政治活動を続けてまいりました。
 二〇一一年三月十一日、東日本大震災がふるさとを襲いました。最大の被災地となった石巻市は多くの人々のいのちやかつての街の姿を失い、私はただ呆然とするしかありませんでした。しかし与党の国会対策委員長として考え得る全ての復旧事業に取り組み、その後財務大臣に就任してからは、与野党の賛同を得て特別会計を創設しました。今、復興は目に見える形で進んでいます。
 私の政治生活は、まだ旅の途上にあります。二大政党制を定着させ、大きな政治勢力が政権を交代し得る仕組みを実現したい。権力の横暴や行政の不正をただす力を、議会が持たねばならないのです。政治が正しい姿を取り戻す日が来るまで、私の旅は続くことになります。
 最後に、落選中から支えてくれた妻、子どもたち、多くの親類、事務所スタッフ、そしていつも見守ってくれる母に心からの感謝を述べ、謝辞といたします。
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    河野 太郎君の挨拶
 一九九六年十月の初当選から二五年が経ちました。その時々に国の課題だと思っていることに全力で取り組む、そしてまた、与えられた役職で一生懸命、力を尽くす、これを積み重ねてきた二五年です。
 小泉純一郎内閣で、総務大臣政務官、法務副大臣、河野洋平議長の下、衆議院外務委員長、安倍内閣で国務大臣、国家公安委員会委員長、行政改革担当、国家公務員制度担当、内閣府特命担当大臣(防災、規制改革、消費者及び食品安全)、そして外務大臣、防衛大臣、菅義偉内閣で国務大臣、行政改革担当、国家公務員制度担当、内閣府特命担当大臣(規制改革・沖縄及び北方対策)、新型コロナウイルス感染症ワクチン接種担当と、おかげさまで、政治家としていろいろな仕事をさせていただきました。
 目まぐるしく動く不確実な現代社会にあって、常に、最も望ましい選択は何かを模索しながら、多くの方々のご協力を得て、仕事に取り組んだ毎日でした。
 私がまだ当選一回のころ、かつて祖父・河野一郎の派閥に属していた元議員の告別式の中で、やはり河野一郎と近しかった方が弔辞を読まれました。
 その弔辞の中で、「君は河野一郎の三つの教えを忠実に守っていた」と故人を称えるくだりがありました。
 第一に、衆議院議員の肩書きを最も大切にしろ。
 衆議院議員という肩書きは、選挙で選ばれて、国民から与えられるものである。大臣だの党三役だのという肩書きはそうではない。だから衆議院議員という肩書きを最も誇りに思い、その肩書きが泣くようなことをするな、ということでしょう。
 第二に、陽の当たらないときも胸を張って歩け。
 祖父・河野一郎は、戦時中に軍部に反対して非推薦で立候補したり、逮捕されて選挙中牢に入れられたり、戦後も除名されたり、離党して八人の侍で戦ったりと波瀾万丈の政治家でした。まともに公認をもらって選挙をやったのは、最後の数回しかありません。だから不遇のときも卑屈にならず胸を張れ、ということなんだなと思います。
 第三に、仲間を大切にしろ。
 議員一人ではできなくても、仲間のおかげで実現できることがたくさんあります。
 それ以来、この三つを心に刻みながら、政治活動をしてきました。
 衆議院議員として申し上げれば、もっともっと国会で、「議論」をすべきだと思います。現在の国会では、自分の身を安全地帯に置いたまま、大臣に質問するということにほとんどの時間が費やされています。「討論」の時間も、あらかじめ用意された原稿を所定の時間内に読み上げるだけ。わかりやすい政治を実現するためには、国会の場で、議員同士が、さまざまな問題について議論を戦わせるということが必要だと思います。
 日本を前に進めるために、これからも議席をいただける限り、全力を尽くして参ります。
 ありがとうございました。
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    棚橋 泰文君の挨拶
 本日、院議をもって永年在職表彰の栄誉を賜りましたこと、深く感謝申し上げます。
 私の物心がついた頃には、父が通商産業省の職員、祖父が衆議院議員として、両人とも国家・国民のために働いており、その背中を見て育ちました。小学校五年生から中学校二年生まで、当時の西ドイツのデュッセルドルフで過ごしましたが、多様な価値観や文化に触れながら、日本国が豊かで自由で平和であるよう、そして日本に暮らす人達がそれらを享受できるよう、自分も何か貢献したいという思いを強く持つようになりました。
 社会人の第一歩として、通商産業省に入省いたしました。現在のデジタル社会を見据えた情報通信政策等、二十代でありながら大変やりがいのある仕事を任せていただいたと感じております。一方で、皆が同じように豊かになる高度成長期から、価値観が多様化し、また世界が大きな経済の荒波にさらされる時代に変わりつつあることを強く感じ、これらの中で国民の皆様方の幸福に貢献するには、役所の枠組みではなく政治の道でしか実現できないものがあると考えました。そこで、二十九歳で通産省を退職し、一九九三年の総選挙に立候補しました。初陣は敗れましたが、一九九六年の初当選以来これまでに八回連続当選させていただきました。
 当選後、自民党青年局長、政調会長代理、幹事長代理、行政改革推進本部長等、衆議院では国家基本政策委員長、予算委員長等を拝命いたし、また二度国務大臣を拝命いたし、いずれの職においても、全力で職務を全うしてまいりました。とりわけ、直近では国家公安委員会委員長としてオリンピック・パラリンピックの警備、また、防災担当として七月の大雨、重なる台風、さらには八月の大雨等による災害対応等に強い緊張感を持って臨みました。
 衆議院議員を二十五年務めさせていただきましたが、選挙のたびに痛感しますのは、選挙というのは自分の力で得られる票は自分自身の一票だけであって、多くの方々に応援していただくことによって初めて当選できるということです。私の今日がありますのは、ひとえに地元西濃地域の皆様のご支援の賜物であることを身にしみて感じております。心より厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございます。
 国家及び国民に少しでもご恩返しできるよう、これからも更に精進し、そして、全身全霊を傾けて職責を果たしていく決意を申し上げ、謝辞とさせていただきます。
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    田村 憲久君の挨拶
 本日、院議をもちまして永年在職議員表彰を賜りました。大変な名誉であり、誠に身にあまる光栄でございます。
 これもひとえに、平成六年に二十九歳で政治を志した時から私を支え、育てて下さいましたふるさと三重の皆様や、初当選以来、ご指導いただきました多くの諸先輩方、同僚議員の皆様方のお陰であり、感謝の念に堪えません。あわせて本日まで陰に日向に私を支えてくれました妻や娘、両親をはじめとする親戚の方々、後援会の皆様、そして事務所のスタッフには、平素からお世話になりながらも、謝意を伝えることができておりませんでしたが、改めましてここに感謝の意を表する次第です。
 もちろん、私の政治の父でもある伯父の田村元元衆議院議長には筆舌に尽くしがたい想いがございます。幼少期から田村元の身近で育ち、大局的な国家観を持ちながらも、地元の皆様のお声を傾聴する姿勢等、様々なことを学びました。
 私が国政を目指すこととなりましたのは、バブル経済崩壊後、地元青年会議所の活動に携わり、当時の国政に閉塞感を感じていた頃でした。平成八年十月二十日、多くの皆様と初当選の喜びを分かち合っている際、引退を決意した伯父が衆議院議員として最後に付けていた、裏面に第四十回総選挙と刻印された議員バッチを胸から取り外し、私の胸に付けてくれたことは、昨日のことのように思い出されます。
 第四十一回総選挙での初当選以降、政府内閣では、厚生労働大臣政務官、文部科学大臣政務官、総務副大臣、そして厚生労働大臣は二度、務めました。国会では裁判官訴追委員会委員長、衆議院厚生労働委員会委員長、自民党では政務調査会会長代理を務めました。
 私の政治家としてのライフワークは、少子高齢社会における社会保障問題、雇用問題、子どもの貧困対策、障がい者福祉政策等に真摯に取り組むことです。自民党が下野した時期にも、野党の立場でしたが、「社会保障と税の一体改革」を取りまとめました。
 昨年より、新型コロナウイルス感染症が世界中に猛威を振るっておりますが、自民党では対策本部長として、そして厚生労働大臣として、全身全霊をもちましてその対策を講じて参りました。今後とも、コロナ禍を乗り越え、安心安全な社会を再構築するべく、しっかりと取り組んで参ります。
 結びに、今後は更に精進いたし、愚直に政治に向き合い、国家の繁栄と国民の幸福を実現するために、私の座右の銘でもある「我以外皆我師也」の気持ちを忘れることなく、国民の皆様に寄り添った誠実な政治を実現することをお誓い申し上げ、感謝の言葉といたします。
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    古川 元久君の挨拶
 本日、院議をもって永年在職議員表彰の栄誉を賜りましたことに、深甚なる感謝の意を表します。
 平成八年十月に行われた第四十一回総選挙で、当選者の中で最年少の三十歳で初当選させていただいて以来、連続八期、今日まで二十五年にわたって衆議院議員を務めることができたのは、ひとえに愛知二区、名古屋市千種区・守山区・名東区の有権者をはじめとして、私にご支援、ご協力下さってきた皆様のおかげです。心より感謝を申し上げます。
 また妻をはじめ両親やその他の家族、事務所スタッフには、この間、日々、大変な苦労をかけてきました。こうした人たちの支えなくして今の自分はありません。この機会に心からの感謝の意を表したいと思います。
 二十七年前、二十八歳の時、「これからの日本が良くなるのも悪くなるのも自分たち次第」ということに気づき、この国を良い方向へと進めるために政治家をめざし、当時、勤めていた大蔵省を辞めて生まれ育った故郷、名古屋に戻ることを決意しました。
 志一つ、他に何もない私の挑戦に、当時、ほとんどすべての人から「あまりに無謀」と諫められました。しかし私は決意を行動に移し、大蔵省を辞めて名古屋に戻って政治活動を始めました。
 まったくの徒手空拳、暗中模索の中での活動は、なかなか思うようには進みませんでしたが、そうした中で私の志に共感して応援して下さる方が少しづつ出てきました。しかしそれでも最初の選挙に臨む段階では、完全な泡沫候補でした。
 その私が、初めて臨んだ選挙で当選できた、そして今日まで議員を続けてくることができたのは、まさに奇跡以外の何物でもありません。
 私にこの奇跡をもたらして下さったのは、ひとえにこれまで私を支え、応援して下さってきた方々のおかげです。
 在職二十五年という節目を迎えた今、こうした皆様に恩返しをするためにも、私は政治をめざした原点に立ち戻って行動して参ります。
 そして「政治は国民のためにある。政治の使命は、国民のいのちと暮らしを守ることにある」という、この当たり前の政治を実現して、前の世代から引き継いだこの社会を、より良いものにして次の世代へと引き継ぐという、私が政治をめざした時に立てた志を何としても実現する、との固い信念を持って精進していくことをお誓い申し上げて、御礼と決意の表明とさせていただきます。
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    根本  匠君の挨拶
 この度、院議をもちまして永年在職議員表彰の栄誉を賜りましたこと、望外の喜びであり、心より感謝申し上げます。私を国会へ送り出し、力強くお支えいただいている地元福島の皆様、国政の場において厳しくご指導いただきました先輩や同僚の国会議員の皆様、国会や諸官庁、自民党本部の職員、そして後援会の皆様や友人、事務所スタッフ、親族や家族、あらゆる皆様方に御礼を申し上げます。
 特に、家族とりわけ妻芳子には大変な思いをさせ、育児を始め、私を支え続けてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。愛情豊かに育ててくれた両親、家族の絆なくして政治家根本匠の今日はありません。
 国会議員の使命はなんでしょうか。平成五年の初当選以来、自身に問い続けてきました。「国民、国益のために全身全霊を捧げ、ほんのわずかでも昨日よりいい明日を実現する」。そういうことだと信じ、愚直に政策本位の政治を貫いてきたつもりです。真摯に国民に耳を傾け、政策の端緒を見つけて政治に生かす。これしかないとの信念だけでここまでの政治人生を歩んできました。
 厚生政務次官時代には年金や医療の制度改革、子育て支援、介護保険の導入に取り組みました。小泉内閣で内閣府副大臣・総理大臣補佐官、第一次安倍内閣では総理大臣補佐官として経済成長や国家戦略に取り組みました。国会では衆議院経済産業委員長、党では広報本部長などを経験させていただきました。
 特に思い入れがあったのは第二次安倍内閣の際の復興大臣兼福島再生総括大臣です。大地震、大津波、原子力発電所の事故という未曾有の複合災害をもたらした東日本大震災の直後です。多数の死傷者が出ただけでなく、震災前と後で日本は一変したと思います。自身や家族が生きる意味さえ問うた人は私以外にも多いでしょう。冒頭で「全身全霊」と掲げましたが、当時は自身の魂が全て抜けてしまうのではないかと思うほど力を注ぐ一方、直面する課題の巨大さに比していかに自身が微力かを悩みました。
 住宅再建・復興まちづくり、産業・生業の再生など復興加速の陣頭指揮を執りました。東日本大震災からの真の復興は、私の人生をかけた課題です。復興大臣を辞した後も党の東日本大震災復興加速化本部長代行として取り組んでいます。
 党においては、現在、中小企業・小規模事業者政策調査会長として、新型コロナウイルス感染症の克服とともに、コロナ禍に苦しむ中小企業等への支援に全力を注いでいます。金融調査会長、憲法改正推進本部の事務総長も務めてきました。同事務総長では憲法改正四項目の条文イメージをまとめました。自民党の政治家として改憲に向けた議論が進むことを切に求めます。
 平成三十年には第四次安倍改造内閣で厚生労働大臣を拝命しました。二〇四〇年を展望した社会保障改革、働き方改革、厚労省改革などを推進しました。厚生労働大臣退任後、現在まで新型コロナウイルスの感染が世界的に広がったことは残念でなりません。医療体制や感染防止、検査などはまだ不十分です。厚生労働大臣経験者として厚生労働行政の立て直しができるよう努力するとこの場で誓います。
 政治は信義、信頼です。目先の利益にとらわれず一途に国民と国益を考える。決断し実行し責任をとるのが政治家だと信じています。ここにその発言を残したのは、残りの政治家人生で「本当に約束を果たしたか」を検証される覚悟と受け止めていただきたいと思います。政治家は歴史の法廷で裁かれる。身命を賭して使命を果たしていきたいと考えています。
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    伊藤 達也君の挨拶
 この度、院議をもって永年在職議員表彰の栄誉を賜りましたこと、誠に身に余る光栄で心より感謝申し上げます。
 私を国政へと送り出し、その後も支え続けて下さった調布市、三鷹市、狛江市、稲城市を始めとする三多摩地域の有権者の方々のご芳情の賜物と存じます。また、厳しくご指導を頂いた先輩議員、同僚議員に厚く御礼申し上げます。家族や事務所スタッフにも感謝の意を表します。
 平成五年七月、最後の中選挙区制度の下での初当選から、平成二十一年総選挙での落選を経て、現在八期目の任期を頂いています。
 この間、平成十二年には、通商産業政務次官としてIT基本法の制定に携わり、その後、自民党でIT政策を担当しブロードバンド戦略を推進する等、今日に至るデジタル社会の基盤作りに努めました。
 また、十四年から十七年の三年間にかけて、金融担当の内閣府副大臣、大臣を務め、バブル崩壊後の日本を長らく苦しめてきた不良債権問題と正面から対峙しました。多くの関係者のご努力により、大臣在任時に、不良債権問題の終結を世界に宣言することができました。
 さらに十八年には、経済成長による増税なき財政再建を掲げ、経済財政の一体改革を取りまとめ、骨太二〇〇六につなげました。
 二十年には、福田康夫総理補佐官として、社会保障を担当し、少子高齢化社会を乗り越えることのできる社会保障制度改革の設計を担いました。
 二十五年には、自民党国際局長として、外交を党側から支えました。
 二十六年には、地方創生を担当する大臣補佐官として、ゼロから政策の体系を組み立てました。
 また、中小企業政策は、小規模飲食業を営みながら政治に挑戦してきた私のライフワークです。ものづくり補助金や、コロナ禍にあっての持続化補助金の創設などを主導し、中小企業・小規模事業者を応援してきました。
 この間、常に心掛けてきたのは、国家経営の重責を担うという松下幸之助さんの教えです。
 引き続き多くの皆様のご指導を頂きながら、日本を前へ進めていくことができるよう精進して参ることをお誓い申し上げ、感謝の言葉と致します。
    …………………………………
    遠藤 利明君の挨拶
 このたび、衆議院議員在職二十五年の表彰を賜りましたことは身に余る光栄であり、感激にたえません。この日を迎えることができましたのは、長年、ご支援いただいた郷土・山形県の皆様のおかげです。特に後援会や親戚会の皆さん、また、時には寝食を忘れるほど熱心に私の議員活動を支えてくれた事務所スタッフの皆さん、本当にお世話になりました。とりわけ、徒手空拳の選挙を支えてくれた親父、お袋、また、兄と妹、更に、心身ともに支えとなってくれた家内の真理子には心から感謝しております。
 振り返れば、小学生の時、山形県議会議員であった伯父の鈴木行男の地域に対する熱い想いが私の政治家に成ろうとした原点でした。その後、代議士の秘書を経て、「同じ目の高さの政治」を信条に、山形県議会議員として政治の道を歩み始めてから今年で三十八年になります。
 国会議員としてのライフワークに掲げた文部科学行政では、時代に合わせた「チーム学校」という仕組み、「教育委員会制度の改革」などを成し遂げることができました。更に、スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは「全ての人々の権利」と位置付けた「スポーツ基本法の策定」も感慨深い出来事です。この考えを取りまとめた『「スポーツ立国」ニッポン』というレポートは、今ではスポーツ政策のバイブルと言われています。
 なにより印象深いのは、招致活動から携わったラグビーワールドカップと、東京五輪・パラリンピックの開催です。特にオリパラでは、オリパラ大臣や大会組織委員会会長代行として、日本の素晴らしさを世界に発信できる大会にしようと思い、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大という未曾有の困難の中でしたが、大会関係者がワンチームとなって協力し合い、安全・安心のうちに終えることができました。そして、世界から集った選手は、コロナ禍に苦しんだ世界中の人々に勇気と感動を与える素晴らしい活躍をみせてくれました。各国からは「日本でなければできなかった」と称賛もいただき、日本の底力を示すことができました。
 長年取り組んできた「アジアの子ども達に学校をつくる議員の会」では、議員有志のポケットマネーを集め、これまでに十八校の学校校舎を教育機会の恵まれないアジアの子ども達に贈呈して来ました。
 「有志有途」。今後も郷土やわが国の発展に全力を尽くすことをお誓いし、お礼の言葉といたします。
     ――――◇―――――
 国務大臣の演説に対する質疑

#9
○議長(大島理森君) これより国務大臣の演説に対する質疑に入ります。枝野幸男君。
    〔枝野幸男君登壇〕

#10
○枝野幸男君 立憲民主党代表の枝野幸男です。
 岸田総理に就任のお祝いを申し上げるとともに、会派を代表して、私の所信の一端を申し述べながら、質問いたします。(拍手)
 冒頭、感染症で亡くなられた皆さん、御家族の皆さんにお悔やみを、闘病されている皆さんにお見舞いを申し上げます。
 医療や介護の現場を始め、厳しい状況の中、御協力、御尽力いただいている全ての皆さんに御礼を申し上げます。
 政治の最優先課題はコロナ対策です。これ以上、リバウンドを許してはなりません。
 私たちは、当初から、第一に、水際対策の徹底、第二に、PCR検査の抜本的な拡充、第三に、補償はセットということを繰り返し提案してきました。自民党政権は、この二年近く、これを無視し、感染拡大が繰り返されました。
 これまでの新型コロナウイルス感染症対策について、うまくいったとの認識ですか。どこに反省すべき点があると考えますか。具体的にお答えください。
 多くの皆さんに無理をお願いして感染者数を減らしても、海外からより強力な変異株が入ってくれば、元のもくあみです。
 政府は、九月に、最長十日間だった宿泊施設での待機期間を三日間又は六日間となるよう、対象国の指定を見直しました。そもそもが、宿泊施設での待機を求められるのは特定の感染拡大地域からの入国者に限られており、これでは、また新たな変異株の流入を許しかねません。
 私たちの政権では、宿泊や食事などの費用を国が負担して、全ての入国者を宿泊施設で十日間隔離します。その間に三回のPCR検査を実施し、水際対策を徹底します。
 昨年の初め、春節で多くの観光客が来日することに期待したのか、中国全土からの入国拒否に踏み切ったのは三月五日。米国などが入国拒否を決めたのは二月上旬ですから、約一か月の遅れ。完全に初動の失敗です。
 このとき、総理は自民党の政策責任者でしたが、今、この判断をどう反省しているのか、お尋ねいたします。
 コロナの感染は自覚症状のない方からも広がることがあるため、無症状に見える感染者の早期発見による隔離が不可欠です。
 昨年三月に検査拡大のための法案を提出するなど、私たちは、PCR検査体制の抜本的な拡充と全ゲノム解析の推進を提案し続けてきました。しかし、感染者が増えると濃厚接触者でさえ検査できないなど、検査体制はいまだ不十分です。
 私たちは、新規感染者の周囲に幅広くかつ速やかに公費でPCR検査できる体制を整え、また、希望する人が短時間で安く検査を受けられる仕組みをつくります。
 PCR検査の拡充について指示したことは、遅きに失したとはいえ歓迎しますが、所信も含め、具体策の言及はありません。
 姿勢を変えた理由と、実施時期を含めた具体策の中身を御説明ください。
 私たちの政権では、個人事業主やフリーランスなどを含む、収入が減って困っている事業者に、地域や業種を問うことなく、持続化給付金と家賃支援給付金を直ちに再給付します。一度受給した事業者などへの再支給を含め、給付要件を緩和し、対象を拡大して、事業規模に応じた加算措置も行います。
 住民税非課税の方や新型コロナの影響で収入が大幅に減収した方に、直ちに一人十万円を給付します。
 加えて、低所得の子育て世帯に児童一人当たり五万円の給付金を再支給します。
 総理が私たちの提案に近いことを言い出されたのは歓迎しますが、具体的な中身や実施時期は何も示されていません。
 私たちが三月には法案まで提出して具体的に提案してきているのに、これを審議拒否してきたのは自由民主党です。八月上旬には、予備費でいいから、総選挙前に補正予算を成立させ、支援を急ぐよう提起したのに、これにも応じませんでした。
 選挙日程を考えると、今からでは補正予算の成立は早くても二か月近く先になり、間に合わない人たちが多々出てしまいます。
 選挙後の補正予算を待つことなく、まずは残り二兆五千億程度の予備費について、急ぎこれを事業者、生活困窮者支援に充て、できるところからでも直ちに執行すべきですが、いかがでしょうか。
 九月上旬には、自宅療養者が全国で十万人を超える状況となり、中等症でも入院できない方が多く出ました。十分な治療を受けられないまま自宅などで亡くなる方まで出たことは、自民党政権の失敗と言わざるを得ません。
 反省の思いはないのか、お尋ねいたします。
 ワクチンは、七月以降、需要に供給量が追いつかなくなり、集団接種の中断や予約受付停止が相次いで、政府の想定の甘さと説明不足が大きな混乱をもたらしました。
 このプロセスを、河野前担当大臣のように、百二十点だったと自画自賛されるのか、お答えください。
 この間の対応は、根拠なき楽観論に立ち、司令塔不在で混乱しました。
 私は、自らが官房長官として直面した東日本大震災と原発事故の経験と教訓から、危機管理においては、最悪の事態を想定すること、そして、情報を集約して整理し総合調整する司令塔機能が重要であることを繰り返し指摘してまいりました。
 私は、総理直轄で、官房長官を実質的なトップとする強力な司令塔を、初閣議で直ちに設置いたします。その下で、省庁を横断した事務レベルの連絡調整会議などを設け、迅速で一体的な危機管理体制を確立します。
 所信で、最悪の事態を想定すると言い出しましたが、これまでの根拠なき楽観論を反省しているということでよいのですね。司令塔機能強化についての言及もありましたが、具体策は示されていません。これまでのどこに反省点があり、いつまでに何をどう改めようとしているのか、具体的に御説明ください。
 特に違和感を覚えてきたのは、専門家による分科会が開かれる前に、政府としての方針が伝えられてきたことであります。政治判断ありきで、専門家に忖度を強いることになりかねない手順は、科学性や客観性を軽視するものです。
 私は、専門家による科学的な見解を踏まえて政治が最終判断を下すという本来の姿を取り戻し、科学的、客観的なコロナ対策を進めてまいります。
 長引くコロナ禍は、日本の経済に様々なひずみをもたらしています。外需を中心に好調な業種がある一方で、人の移動や対面サービスなど内需関連の多くの分野では苦しい状況が続き、極端な二極化が進んでいます。
 国内消費を回復させるため、既に述べた緊急支援に加えて、住民税非課税世帯を始めとする低所得者の皆さんに年額十二万円の現金給付を行います。個人の年収一千万円程度まで実質免除となる、一年間の時限的所得税減税を行います。税引き後所得に逆転現象が生じることがないよう、免除額に傾斜をつけます。
 外食や観光、文化、イベントなど、特に売上げが大幅に減った分野で、当たり前の日常に近い消費行動が可能になる時点を見据え、税率五%への時限的な消費税減税を目指します。
 約九年近く続いた安倍、菅政権の経済政策、いわゆるアベノミクスは、株価こそ上げましたが、経済全体の半分以上を占める個人消費は冷え込んだまま。潜在成長率も低下し、期待された効果は生じていません。総理の言う新しい資本主義も、アベノミクスとどう違うのか、抽象的で具体性に乏しいことを残念に思います。
 総理は、アベノミクスをどう評価していますか。アベノミクスの何を引き継ぎ、何を修正するのですか。端的にお答えください。
 バブル崩壊から三十年近く。経済成長を妨げてきた主な要因は、国内消費の低迷です。将来不安が大きいために、財布のひもが固く締められていること、そして、格差と貧困の拡大、固定化で、お金がなくて消費できない人を増やしてしまったことが原因です。
 総理の言う成長と分配の好循環というのは、たしか安倍総理のときもおっしゃっておりましたし、そもそも一般論にすぎず、今の日本には当てはまりません。適正な分配が機能せず、将来不安が広がっていることと相まって成長を阻害していることが最大の問題なのに、成長の果実を分配するのでは、いつになっても好循環は進みません。
 好循環の出発点は適正な分配にあると考えますが、いかがでしょうか。
 私たちの政権では、分配なくして成長なし。公的な支え合いの強化によって将来の不安を小さくし、格差を縮小して貧困を減らすことで、消費の拡大による経済成長を実現して、一億総中流社会を復活させます。
 私たちは、最大の経済対策として、命と暮らしを守る上で欠かせない基礎的なサービス、いわゆるベーシックサービスを、全ての皆さんに保障できるよう充実させます。
 良質なサービスを十分に提供するため、介護職員や保育士、看護師を始め、コロナ禍で不足が明らかになった保健所や、長く人手不足が指摘されてきた児童相談所や労働基準監督署など、大胆に増員増強します。
 予算を重点配分して、原則として正規雇用とし、例えば保育士については当面月額五万円の増額を目指すなど、賃金を引き上げます。
 必要なときに必要なサービスを誰もがためらうことなく受けられるよう、窓口負担を適正化します。
 雇用の安定と賃金の底上げを、全ての働く皆さんへと広げていきます。
 中小・小規模事業者を中心に公的助成をしながら、時給千五百円を目標に、最低賃金を段階的に引き上げます。
 派遣法などを見直して、希望すれば正規雇用で働ける社会を取り戻します。
 雇用類似の形態で働く皆さんの命と健康を守るため、必要な労働関係法などを適用できるようにいたします。
 環境・エネルギー分野や、医療・介護分野、農業・観光分野などで、地産地消を進め、地域のニーズに応じた新たな地場産業をつくり出します。地方国公立大学の機能を強化します。
 基礎研究を重視し、ポスドクや大学院生の処遇改善、女性研究者比率の引上げなどに配慮しながら、公的助成を拡充し、中長期的な視点に立った研究開発力を強化いたします。国立大学への運営費交付金を増額し、大学財政を健全化します。
 所得税の超過累進税率は、上限が四五%で頭打ち。実際の税負担率を見ると、所得が一億円を超えると、高所得者ほど負担率が低くなっています。これは、株式譲渡所得を始めとする金融所得が原則二〇%の定率分離課税となっているためです。
 私たちは、勤労意欲の減退や人材の海外流出などの懸念にも十分配慮しながら、段階的に所得税の累進性を強化します。まずは、最高税率を五〇%に引き上げます。
 金融所得についても、国際標準である三〇%を視野に、まずは遅くとも令和五年度までに原則二五%まで引き上げ、将来的には総合課税化します。
 金融所得課税の強化について、総裁選挙では一億円の壁を打破するために見直しが必要であると言っておられましたが、所信での言及がなく、テレビでは事実上否定してしまいました。見直しの必要だけなら、これまでの自民党政権でも六年前から言ってきていることです。いつまでにどうするのか、総理としての方針を具体的にお答えください。
 企業の利益を増やして賃金を上昇させようと、法人税の実効税率が約五%引き下げられ、租税特別措置が大幅に拡充されてきました。しかし、実質賃金は下落傾向にあり、失敗は明らかです。
 資金が少ない中小・小規模企業にとって恩恵の少ない措置がほとんどで、法人税の負担率を資本金階級別に見ると、資本金百億円を超える巨大企業や連結法人ほど実際の負担率が低くなってしまっています。
 安倍、菅政権下での法人税改革は、減税によって大企業の利益と内部留保を増やした一方で、中小企業や働く人々にとっては恩恵のない、公平性を欠くものであったと言わざるを得ませんが、どう認識しておられますか。
 私たちは、必要な政策減税は残した上で、法人税に累進税率を導入します。
 総理も必要性を認めておられる適正な分配のためには、超大企業に応分の負担を求めていくことが不可欠です。その意思があるのかどうか、お答えください。
 震災から十年半が経過しましたが、ソフト面を含む真の復興はこれからです。原子力災害の被災地域では、帰還困難区域全域の避難指示解除や廃炉にはまだまだ長い年月を要します。
 私たちは、なりわいとコミュニティーの再生を重視し、被災者と被災地に寄り添いながら、東日本大震災と原発事故からの復興を加速いたします。
 私は、官房長官として原発事故対応の先頭に立った者の責任として、福島の皆さんが味わった御苦労と悲しみを二度と繰り返してはならないと固く決意をいたしております。あわせて、深刻化する気候危機に歯止めをかけ、限りある地球を次世代に引き継いでいくことは、全ての大人の責任です。
 原子力発電のない社会と、原子力エネルギーに依存しないカーボンニュートラルを速やかに実現します。二〇三〇年までに、温室効果ガスの排出を二〇一三年比で五五%以上削減します。原子力発電所の新増設は認めず、原子力発電所のない社会に向けて、具体的で不可逆的な方針を速やかに確立し、国の監督と責任の下で廃炉を着実に進めてまいります。
 総理は、これからも原子力発電を続けるのですか。原子力発電所の新増設を認めるのですか。明確にお答えください。
 自然エネルギーの多くは地域にこそ大きな潜在力があり、その活用は地域の活性化にもつながります。
 私たちの政権では、自然エネルギー立国の実現に向けて、自治体や地域の事業者を支援し、二〇三〇年に自然エネルギー発電五〇%、二〇五〇年までに一〇〇%を目指します。自然エネルギーによる電力を最大限活用できるよう、送電網の整備を国の直接かつ独自の事業として推進いたします。
 脱炭素社会に向けて、省エネ機器の普及や熱の有効利用など、エネルギー活用効率の最大化を進めます。特に、新築住宅の断熱化を義務づけ、既存建築物を断熱化するための大胆な補助制度を創設するとともに、公営住宅の早急かつ計画的な断熱化を実現します。
 農林水産業と農山漁村は、生活に不可欠な食料や木材などを安定的に供給しているのに加えて、洪水や土砂崩れを防ぎ、水質を浄化し、多様な生物を育み、美しい風景を形作り、伝統文化を維持し、気候変動に歯止めをかけ、地球環境を守っています。
 安倍、菅政権では、競争力強化に偏重し、産業政策を過度に重視して、地域政策を軽視してきたため、こうした多面的機能への視点を欠き、農山漁村の維持が危うくなっています。このような農林漁業政策をこれからも続けるのかどうか、お答えください。
 私たちは、これまでの政策から転換し、多種多様な従事者が共生する多様な農林水産業を支援して、持続可能な豊かな農林漁村社会をつくってまいります。
 多面的機能の十分な発揮のため、直接支払制度を強化することを基本として、農業者戸別所得制度を復活させ、米の生産調整を政府主導に戻します。作業路網の整備などにより、森林環境の保護と林業振興とを一体的に推進し、木材の安定供給と国産材の利活用促進を図ります。漁業収入安定策を充実強化し、現場の漁業者の声を反映させて、資源管理の実効性を高めます。
 令和三年産米について、生産者概算金の目安額が大幅に下落し、生産現場に動揺が広がっています。
 私たちは、緊急かつ限定的な対応として、民間に保管されている令和二年産米の過剰在庫について、政府備蓄米の枠を拡充して受け入れ、市場から隔離いたします。
 総裁選挙では似たようなことをおっしゃっていましたが、所信での言及はありませんでした。最近の米価をめぐる状況をどう認識し、どう対処しようとしているのか、具体的にお答えください。
 我が国の家族関係政府支出は、先進国の中でも最低水準であり、欧州諸国に比べると半分程度です。
 私たちの政権では、子ども・子育て予算を倍増します。出産育児一時金を引き上げ、出産に関する費用を無償化します。児童手当の所得制限を撤廃し、対象を高校卒業年次にまで拡大します。義務教育の学校給食を無償化します。高校授業料無償化の所得制限を撤廃します。中学校の三十五人以下学級を実現し、将来的には、小学校から高校まで、三十人以下学級を目指します。
 行政の在り方を検討することよりも前に、まずは大幅な予算拡充を行うべきと考えますが、いかがでしょうか。
 私たちは、意欲ある若者が学ぶ機会を確保することができるよう、国公立大学の授業料を半額にまで引き下げます。私立大学生や専門学校生に対する給付型奨学金を大幅に拡大します。独り暮らし学生への家賃補助制度を創設します。ヤングケアラーを早期に発見し支援するための体制を構築します。
 格差、貧困の広がりにコロナ禍が追い打ちをかけ、住むところを確保できない方が少なくありません。
 持家偏重の住宅政策を改め、借りて住むというライフスタイルも同様に重視し、低所得世帯を対象に家賃を補助する、公的な住宅手当を創設します。空き家を国の支援の下で自治体などが借り上げる、みなし公営住宅を整備します。
 持家政策に偏重してきた住宅政策を転換するおつもりはないか、総理にお尋ねをいたします。
 危機管理において司令塔機能が重要なのは、コロナ対策にとどまりません。
 感染状況が落ち着いた段階で、コロナ対策の司令塔体制を、内閣府の防災部局などとともに、総理直轄で官房長官を実質的なトップとする危機管理・防災局へと発展させます。首都直下型地震なども視野に入れ、全省庁を横断して、減災、防災から緊急対応、そして復興まで、一貫した対応を進める司令塔とします。パンデミックや自然災害に加えて、大規模テロやブラックアウトなど、あらゆる危機に対応する組織とし、備えを強化いたします。
 中国公船による尖閣諸島周辺への領海侵入が相次ぎ、接続水域においては、ほぼ常態的に航行しています。このような、一方的な主張に基づく違法な活動は、断じて容認できません。
 私たちの政権では、領域警備と海上保安庁体制を強化する法整備を進めます。海上保安庁の体制強化に向けて、長期的な視野で財源配分していく計画を策定し、海上保安庁と自衛隊が、適切な役割分担の下で連携協力を強化して、グレーゾーンにおいて適切な対応を行えるよう基本方針を定めます。
 私は、二〇一五年のいわゆる安保法制が議論されたときから、こうした法整備の必要性を指摘し、法案も国会提出しました。
 政府においてもようやくその必要性を認識し始めたと伝えられていますが、具体策の言及がないことを残念に思います。
 こうした法整備の遅れと具体策について見解を伺います。
 私たちの政権は、健全な日米同盟を外交・安全保障政策の基軸といたします。
 現状の日米地位協定を見る限り、対等で健全であるとは言い難い状態です。ドイツやイタリアと米国との間の同種の協定は交渉の上改定されてきているのに、日本だけが、一度も改定されず今日に至っています。
 米軍基地内であっても、安全基準や環境基準など日本の国内法が原則遵守され、事故や事件、環境汚染などが発生した場合に日本の当局の立入りを原則許可することや、訓練に関する事前通報を徹底することなど、地位協定の改定を米国側に粘り強く提起してまいります。
 日米地位協定改定の必要性について見解を伺います。
 私も、自由で開かれたインド太平洋地域の平和と繁栄が日本の国益のためにも重要だと考えます。
 中でも台湾は、地理的に近接しているだけでなく、経済的な結びつきも強い上に、シーレーンの確保という意味でも戦略的に重要です。何よりも、自由と民主主義、法の支配など、基本的価値観を共有する重要なパートナーです。
 私は、台湾海峡の平和と安定を重視し、力による現状変更を認めることなく、両岸問題の平和的解決に向けて更に努力いたします。
 台湾と両岸関係に関する認識をお尋ねします。
 辺野古の移設工事は、沖縄の民意に反するだけでなく、軟弱地盤が見つかり、工事費が膨張して、政府の試算でも九千三百億円。前例のない工事は、最短でも十二年かかるとされています。
 本当に使用に耐え得る工事が完成するのか、それはいつになるのか、幾らの費用がかかるのか、明確な答弁を求めます。
 辺野古への移設が合意されたのは二十年以上も前です。アジアの安全保障環境も激変し、米国も世界の軍事体制を見直している最中です。
 私たちの政権では、新基地建設を一旦中止した上で、米国に対し、沖縄における基地の在り方を見直すための交渉を呼びかけ、粘り強く取り組んでまいります。
 今年、核兵器禁止条約が発効し、間もなく第一回締結国会合が開かれます。
 私たちは、まずは締結国会合へのオブザーバー参加を目指します。
 総理は、被爆地を含む広島一区の選出です。広島、長崎の皆さん、特に被爆者の皆さんは、核廃絶に向けた総理のリーダーシップに期待されています。
 少なくとも締結国会合へのオブザーバー参加を決断すべきですが、いかがでしょうか。
 選択的夫婦別姓制度の導入を法制審議会が初めて答申したのは一九九六年。私は、初当選以来二十八年間もその実現を訴え、何度も議員立法を提案してきました。もはや議論は十分です。決断と実行のときであります。
 私たちは、選択的夫婦別姓制度を早期に実現します。
 大部分が女性である婚姻の一方当事者に改姓を強いるという差別的な制度を、急いで改める必要を感じませんか。明確にお答えください。
 性的指向や性自認を理由とした差別を禁止するLGBT平等法の制定と、同性カップルによる婚姻を可能にする法制度の実現を目指します。担当の大臣も設けます。
 これらについての総理の見解をお聞きいたします。
 私たちの政権では、初閣議において、日本学術会議人事で任命拒否された六名を任命いたします。
 いわゆる赤木ファイルと関連文書を開示いたします。
 森友、加計、桜を見る会問題の真相解明チームを設置いたします。
 内閣人事局による幹部職員人事制度を見直し、官邸による強過ぎる人事介入を抜本的に改めます。
 隠蔽、改ざんを根絶するため、公文書管理制度と情報公開制度を抜本的に強化し、公文書記録管理院の設置を目指します。
 生まれ変わった自民党とおっしゃるなら、これらに取り組むべきではありませんか。どの提案に同意し、どの提案に同意しないのか。特に、森友問題に関する公文書の改ざんについて再調査を行うのか否か。その理由を含めて、明確に御答弁ください。
 コロナ禍で、私たちの日常生活が一変して、間もなく二年。
 競争ばかりをあおり、自己責任を強調し過ぎたこれまでの政治。
 その結果、適切な治療を受けられないまま命を失った皆さん、十分な補償がなく廃業に追い込まれた事業者の皆さん、住むところにも明日の食べ物にも困り果てた皆さん、今も多くの皆さんから当たり前の日常を奪い続けています。
 今こそ、当たり前の日常を取り戻す。誰も取り残さない社会をつくる。
 そのためには、今だけ、金だけ、自分だけ、改ざん、隠蔽、説明しないという、時代遅れになった政治を変えなければなりません。
 これまでの政治を否定することなく、その反省もなく、表紙を替えただけでは何も変わりません。
 うそとごまかしのない、真っ当な政治へ。命と暮らしを最優先する政治へ。いざというときに頼りになる政治へ。そして、支え合い、分かち合う社会へ。
 当たり前を当たり前に。
 国民の皆さん、共に変えよう、変えようではありませんか。
 真っ当な政治を取り戻すべく、立憲民主党が先頭に立ちます。
 そして、変えるためには、あなたの力が必要です。
 ありがとうございました。(拍手)
    〔内閣総理大臣岸田文雄君登壇〕

#11
○内閣総理大臣(岸田文雄君) 枝野幸男議員の御質問にお答えいたします。
 まず、これまでの新型コロナ対策の認識についてお尋ねがありました。
 菅前総理の大号令の下、他国に類を見ない速度でワクチン接種が進み、国民の皆様の感染対策への御協力により、足下では、感染者数は落ち着きを見せ、緊急事態宣言は全面的に解除されました。
 しかし、危機管理の要諦は常に最悪の事態を想定することであり、感染が落ち着いている今こそ、様々な事態を想定し、徹底的に安心確保に取り組んでまいります。
 病床と医療人材の確保、在宅療養者に対する対策、ワクチン接種など、様々な事態を想定した対応策の全体像を早急に国民にお示しするよう、三大臣に指示を出したところです。コロナ病床が十分に稼働しなかったことなど、この夏の反省も踏まえ、近日中に全体像の骨格を指示いたします。
 水際対策及びPCR検査の拡充についてお尋ねがありました。
 水際対策については、これまでも、国内外の感染状況を見極めつつ、政府は、その時点での判断で必要な措置を講じてきましたが、結果的には、改善すべき点があったと考えます。
 実際、感染は落ち着いていますが、危機管理の要諦は最悪の事態を想定することだと考えており、引き続き、国民の皆様の安心確保に徹底的に取り組みつつ、必要な水際対策を講じてまいります。
 また、検査の拡充も重要な課題です。冬に向け、再度の感染拡大に備えて、インフルエンザ流行に伴う需要も勘案しつつ、予約不要の無料検査の拡大など、PCR検査を含めた検査体制を更に強化してまいります。
 事業者、生活困窮者支援についてお尋ねがありました。
 先日の閣議において新たな経済対策の策定を指示したところであり、総選挙後速やかに決定できるよう、政府としてしっかりと検討を進めてまいります。
 また、補正予算成立までの間も、新型コロナの感染状況や、企業や暮らしに与える影響には十分目配りを行い、必要な対策を行うために新型コロナ予備費などを柔軟に活用してまいります。
 健康危機管理の司令塔強化等についてお尋ねがありました。
 喫緊かつ最優先の課題である新型コロナ対応について、国民に納得感を持ってもらえる丁寧な説明を行うこと、常に最悪の事態を想定して対応することを基本とし、万全を期してまいります。
 感染が落ち着いている今こそ、様々な事態を想定し、徹底的に安心確保に取り組みます。
 病床と医療人材の確保、在宅療養者に対する対策、ワクチン接種といった取組の強化について、対応策の全体像を早急に国民にお示しするよう、三大臣に指示をしたところです。
 ワクチン接種は世界に類を見ないスピードで進みましたが、コロナ病床が十分に稼働しなかったことなど、この夏の反省も踏まえ、近日中に全体像の骨格を指示いたします。
 同時に、これまでの対応を徹底的に分析し、何がボトルネックだったのかを検証します。そして、司令塔機能の強化や人流抑制、医療資源確保のための法改正、国産ワクチンや治療薬の開発など、危機管理を抜本的に強化してまいります。
 アベノミクスの評価と岸田政権の経済政策についてお尋ねがありました。
 成長よりも分配を出発点にすべきとの御指摘ですが、岸田政権は、成長か分配かではなく、成長も分配もが基本スタンスです。
 アベノミクスは、六重苦と言われた旧民主党政権の経済苦境から脱し、デフレでない状況をつくり出し、GDPを高め、雇用を拡大いたしました。我が国の経済の成長、体質強化に大きな役割を果たしました。
 成長なくして分配なし。成長なくして分配できるとは思えません。まず成長を目指すことが極めて重要であり、その実現に向けて全力で取り組みます。それが、民主党政権の失敗から学んだことであります。
 今後とも、最大の目標であるデフレからの脱却に向けて、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の推進に努めてまいります。
 その上で、成長と分配の好循環による新しい資本主義の実現を目指します。
 同時に、分配なくして次の成長なしです。働く人への分配機能の強化等を通じ、成長の果実をしっかりと分配することで、初めて次の成長が実現いたします。
 成長と分配の好循環を実現し、国民が豊かに生活できる経済をつくり上げてまいります。
 税制の見直しについてお尋ねがありました。
 金融所得課税の見直しについては、成長と分配の好循環を実現するための様々な分配政策の選択肢の一つとして挙げてまいりました。分配政策としては、賃上げに向けた税制の強化、あるいは下請対策の強化など、まずやるべきことがたくさんあると考えています。分配政策の優先順位、これが重要です。
 まず、法人税について、労働分配率の向上に向けて、現在、一千億円規模の、賃上げに積極的な企業への支援、これを抜本的に強化を検討していく、ここから始めていきたいと思っています。
 いずれにせよ、今後の税制の在り方については、国民の様々な御意見を踏まえ、政府や与党の税制調査会等の場で御議論いただきたいと考えています。
 原子力政策についてお尋ねがありました。
 今後、デジタル化によって電力需要の増加が見込まれる中、二〇五〇年カーボンニュートラルを実現するためには、温暖化対策の観点のみならず、価格、安定供給、こうした観点も踏まえ、原子力を含め、あらゆる選択肢を活用していくことが必要だと考えます。
 こうした中で、まずは、国民の信頼回復に努め、原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた原子力発電所については、その判断を尊重し、地元の理解を得ながら、再稼働を進めていくことが重要であると考えております。
 農林水産政策の基本姿勢についてお尋ねがありました。
 農林水産業や農山漁村は、食料や木材を安定供給するとともに、国土の保全や景観の維持等の多面的機能を有しており、日本型直接支払制度による地域の共同活動の促進や間伐等の森林整備などにより、こうした多面的機能を維持してまいります。
 また、農林水産業が多面的機能を持続的に発揮するためには、国際競争力や、災害にも負けない強い農業、農村を構築することが必要です。輸出力強化、デジタル技術の活用、地域ブランドの確立による高付加価値化など、農林水産業の成長産業化も進めてまいります。
 このように、農業の成長産業化を推進するとともに、家族農業や中山間地域農業を含め、農業、農村の持つ多面的な機能を維持し、多様で豊かな農林水産業を構築してまいります。
 米価についてお尋ねがございました。
 米については、新型コロナの影響による外食需要の減少などにより過剰な在庫が生じていることから、米価の下落が懸念されています。
 新型コロナによる米価の下落は深刻な課題であると認識しており、当面の需給の安定に向けて、産地、生産者の保管、あるいは長期計画的な販売、こうした取組を支援するなど、対策を十分に進めていきたいと考えております。
 子供政策についてお尋ねがありました。
 子供政策については、これまでも、安定財源を確保しつつ、保育の受皿整備、幼児教育、保育の無償化などを実施し、子育て世帯全体の支援を充実させてきたところです。
 また、不妊治療への助成を含む妊娠、出産への支援、待機児童の解消のための新子育て安心プランの実施など、ライフステージに応じた支援策もしっかりと進めています。
 さらに、保育の受皿整備を進めるとともに、幼保小連携の強化、学童保育制度の拡充や利用環境の整備など、子育て支援を促進いたします。
 また、子供をめぐる様々な課題に適切に対応するため、子供目線に立って、縦割りを排した行政の在り方、これをしっかり検討し、実現してまいります。
 住宅政策についてお尋ねがありました。
 住まいは生活の基盤であり、持家のみならず賃貸住宅も対象に、様々なニーズに応じた住まいの確保を支援しているところです。
 具体的には、これまでも、低所得者の家賃負担の軽減策、高齢者向けのサービスつき住宅の供給などを行っています。
 さらに、今後、子育て世帯の住居費への支援を強化することを含め、支援の充実に取り組んでまいります。
 いわゆるグレーゾーン事態における適切な対処の在り方についてお尋ねがありました。
 武力攻撃に至らない侵害に適切に対応するためには警察機関と自衛隊との連携が極めて重要であり、現行の法制の下、海上警備行動等の発令手続の迅速化を図ったほか、海上保安庁等関係機関の対応能力の向上、情報共有・連携の強化、各種訓練の充実など、必要な取組を推進しています。
 また、今後の取組については法整備が必要という声もあります。その中で、各機関の連携を充実させ、円滑にさせるために必要なものがないか、訓練等を通じて、なお一層検討を進めてまいります。
 政府としては、今後とも、あらゆる事態を想定し、我が国の領土、領海、領空、そして国民の生命と財産を断固として守り抜くという強い覚悟を持って、冷静かつ毅然と対応してまいります。
 日米地位協定についてお尋ねがありました。
 日米地位協定は大きな法的枠組みであり、政府としては、事案に応じて、最も迅速かつ適切に対応するために、具体的な問題への対応を行ってきております。
 例えば、私自身、外務大臣として、日米地位協定に環境補足協定及び軍属補足協定を策定する、こうした取組を主導し、迅速な対応を可能としてまいりました。国際約束の形式で得たこの成果は、日米地位協定の締結から半世紀を経て初めてのものでありました。
 日米地位協定については、御指摘の提案も含めて様々な意見があることは承知しておりますが、政府としては、今後とも、このような目に見える取組を一つ一つ積み上げていくことにより、日米地位協定のあるべき姿を不断に追求してまいります。
 台湾と両岸関係についてお尋ねがありました。
 台湾は、我が国にとって、基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり、大切な友人です。政府としては、台湾との関係を非政府間の実務関係として維持していくとの立場を踏まえ、日台間の協力と交流の更なる深化を図っていく考えです。
 また、両岸関係については、我が国として、台湾海峡の平和と安定が重要であると考えており、台湾をめぐる問題が当事者間の直接の対話により平和的に解決されることを期待するというのが従来から一貫した立場です。そのような立場から、台湾をめぐる情勢について、引き続き、関心を持って注視してまいります。
 普天間飛行場の辺野古移設についてお尋ねがありました。
 御指摘の地盤改良工事については、沖縄防衛局において、有識者の助言を得つつ検討を行った結果、十分に安定した護岸等の施工が可能であるということが確認されていると承知をしています。
 また、令和元年十二月、沖縄防衛局から、変更後の計画に基づく工事に着手してから工事完了までに九年三か月、提供手続の完了まで十二年、経費は約九千三百億円との見積りをお示ししております。
 日米同盟の抑止力の維持と普天間飛行場の危険性の除去を考え合わせたとき、辺野古移設が唯一の解決策です。
 この方針に基づき着実に工事を進めていくことこそが、普天間飛行場の一日も早い全面返還を実現し、その危険性を除去することにつながると考えております。
 核兵器禁止条約についてお尋ねがありました。
 我が国は、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向けて、しっかりと取り組んでまいります。
 核兵器禁止条約は、核兵器のない世界への出口とも言える重要な条約です。しかし、現実を変えるためには核兵器国の協力が必要ですが、同条約には核兵器国は一か国も参加をしておりません。
 御指摘のような対応よりも、むしろ、我が国は、唯一の戦争被爆国として、核兵器国を関与させるよう努力していかなければなりません。唯一の同盟国である米国の信頼を得た上で、核兵器のない世界の実現に向けて、共に前進をしていきたいと考えております。
 選択的夫婦別氏制度、同性婚や、性的指向や性自認を理由とした差別についてお尋ねがありました。
 選択的夫婦別氏制度の導入については、国民の間に様々な意見があるところであり、引き続きしっかりと議論すべき問題であると思っております。
 同性婚制度の導入については、我が国の家族の在り方の根幹に関わる問題であり、極めて慎重な検討を要するものであると考えます。
 また、性的指向、性自認を理由とする不当な差別や偏見はあってはならないと考えます。
 多様性が尊重され、全ての人々が互いの人権や尊厳を大切にし、生き生きとした人生を享受できる共生社会の実現に向け、関係大臣が連携して、しっかりと取り組んでまいります。
 そして、日本学術会議人事等についてお尋ねがありました。
 昨年十月の日本学術会議の会員任命については、任命権者である当時の内閣総理大臣が最終判断したものであることから、一連の手続は終了したものと承知をしております。
 いわゆる赤木ファイルについては、原本をそのままコピーした上で、個人のプライバシーなどに限定してマスキングし、全て提出したと承知をしております。
 森友学園問題については、財務省においては、捜査当局の協力も得て、事実を徹底的に調査し、自らの非もしっかり認めた調査報告を取りまとめています。また、会計検査院も、二度にわたる検査報告を国会に提出しています。さらに、第三者である検察の捜査も行われ、結論が出ているものと承知をしています。
 加計学園については、国家戦略特区は、法令にのっとり、オープンなプロセスで検討が進められたと承知をしています。
 桜を見る会については、必要な調査が行われ、国会の場などでも繰り返し説明がなされてきたものと承知をしています。
 内閣人事局の下での幹部人事の一元管理制度は、能力・実績主義に基づく公正中立な人事配置を行う仕組みになっております。各府省の幹部人事は、この制度の下、今後とも適材適所で行ってまいります。
 公文書管理と情報公開は、国民の行政に対する信頼の根幹です。政府においては、公文書管理の適正化に向け、ルールの明確化やチェック体制の整備などの取組を着実に実施してきたところであり、引き続き、公文書の適正な管理を徹底していくとともに、これらの取組を通じて、情報公開の一層の充実を図り、行政の説明責任を適切に果たしてまいります。(拍手)
    ―――――――――――――

#12
○議長(大島理森君) 甘利明君。
    〔甘利明君登壇〕

#13
○甘利明君 自由民主党の甘利明です。
 私は、自由民主党・無所属の会を代表して、岸田文雄総理の所信に対して質問を行います。(拍手)
 質問に先立ち、今なお続く新型コロナウイルス感染症によってお亡くなりになられた方々に謹んで哀悼の意を表しますとともに、罹患され病床や御自宅で苦しんでおられる方々、また、現在も不安の中におられる多くの方に対し、心からお見舞いを申し上げます。
 そして、国民の命と暮らしを守るため日々懸命に御努力いただいている医療従事者の方々を始め多くの関係者の皆様に、心から感謝と御礼を申し上げます。
 さて、昨年九月に菅総理が選出をされ、この一年、最優先の課題は新型コロナウイルス感染症対策と宣言をされ、感染症という極めてコントロールの難しい問題に政権の総力を挙げて取り組んでこられました。
 さらには、デジタル化の推進やカーボンニュートラルなど、国家百年の計にもつながる大きな政策判断を決断されたその功績は、大変顕著なものであったと思います。
 その後を受けて、第百代内閣総理大臣という重責を担われた岸田総理には、これまでの政権の成果を更に高めて、加えて、日本や世界が直面するであろう課題についても果断に取り組んでいただくような政権運営をお願いしたいと思います。
 質問の第一は、新型コロナウイルス感染症についてであります。
 現在、小康状態にあるとはいえ、感染症は拡大と縮小を繰り返します。これは、強力なロックダウンを行った国や人流抑制を行った国であっても同様であることは統計的に示されております。
 さきの自民党総裁選挙では、感染症の拡大や今後の予期せぬ事態などを想定し、都市封鎖やロックダウンなどの人流抑制に関する法律の在り方も検討すべきとの議論も行われました。
 政府は、新型コロナウイルス感染症に限れば、これまでの海外の状況を見ても、その効果は限定的との見解を示されてきたわけでありますが、岸田総理に改めて今後の法制の在り方について御意見を伺いたいと思います。
 引き続き、懸念される第六波をできる限り抑制する対策を講じていただきたいと思います。
 一部の野党の皆さんからは、当初から、自粛と補償はセットとか、ワクチンの認可に慎重を期すべきとか、ワクチン一日百万回接種は実態を無視したものという主張の下、政府の対応を批判されました。
 しかし、事実として、コロナ禍により世界各国で企業倒産数や失業率が大幅に上昇していく中で、施策の効果で、日本は、過去最少の倒産数、そして、コロナ禍前と同様、失業率は二・八%と低くなり、ワクチンにあっては、一日最大百六十万回接種を達成し、国民全体では一億七千万回接種を超え、六十五歳以上の九割、国民の実に六割超が二回接種を受けております。
 私たち自民、公明の与党は、各地域の声に真摯に耳を傾け、できるだけ早く、一人でも多くの国民を感染症から、そして経済的困窮から守るために、着実な対策を講じ、政府とともにこの未知の感染症に対し対処し続けてきたのであります。
 岸田総理に、改めて、政府がこれまで行ってきた医療への支援、企業、店舗への支援、経済的に困難の中にある人々への支えなどについて、簡潔に、是非国民に分かりやすく御説明をお願いしたいと思います。その上で、岸田政権における新型コロナウイルス感染症対策の今後の方針と出口戦略についてお尋ねをいたします。
 政治の責任は、国家の将来像を示して、国民の皆様に納得と共感をいただくことだと思います。
 総理は、これまで、不安を抱える人々に寄り添うこと、そして聞く力の重要性を堅実に訴えてこられました。政府と与党は、これからも、新型コロナウイルスの感染拡大防止を第一に、国民に寄り添い、総理が訴える政策をできるだけ速やかに実現していく、これが私どもに課せられた使命であると思います。
 このコロナ禍において、世界経済と同様、日本経済も大きなダメージを受けました。
 特に、コロナ禍の経済によって、貧富の格差は広がり、中間層も細くなってきていると多くの国民が感じていることを深刻に受け止めなければなりません。
 総理は、さきの演説において、新しい資本主義の実現を表明されました。政府には、再び所得の増加によって分厚い中間層を復活させていくためにも、労働分配率を引き上げ、イノベーションの社会実装を促進していくなど、成長と再分配の在り方、好循環の実現に向けた政策を総動員されることを期待いたします。
 改めて、岸田総理に、これからウィズコロナ、アフターコロナの経済再生、そして新しい資本主義とは何を目指すのかについて、お考えを伺います。
 世界を襲った新型コロナの感染拡大によって、人の移動や物流が制限をされ、サプライチェーンの脆弱性が顕在化し、ワクチンや治療薬といった医薬品、さらには半導体など、世界各国がそれぞれ脅威にさらされるリスクと隣り合わせであることを改めて認識いたしました。
 特に、昨年、新型コロナウイルス感染症が発生した当初、国民や医療現場が必要とするマスクとか医療用手袋や防護服などの供給が急激に不足をしたことは、記憶に新しいところであります。これらが、我が国と同じ価値観を共有する国が供給サイドにある場合と、そうでない場合を考えたとき、日本の経済安全保障上のリスクは明らかであります。
 今後は、経済が武力以上の力を持つことも十分に想定されます。そのときに、我が国として、どのように国益を、すなわち国家の独立と生存及び繁栄を守っていくのか。そのためには、相手が必要とする技術や物を戦略的にこちら側が持つことで、我が国も、自身のチョークポイントを洗い出し克服する自律性に加えて、不可欠性を戦略的に確保すべきであると考えます。
 総理は、この重要性を理解し、新設の大臣として経済安全保障担当大臣を設置され、日本の独立と生存、そして繁栄を経済面からも確保しようとのお考えだと思いますが、総理には経済安全保障担当の大臣を設置された意義を、そして、その最初の担当大臣として抜てきされ、将来を嘱望される小林鷹之経済安全保障担当大臣には経済安全保障政策の確立に向けた意義を伺います。
 我が国は、世界に冠たる技術立国を成し遂げたという自負があります。そして、これまで世界を変えるような社会変革の製品やサービスを創造してきたのは日本の技術やノウハウであったことを私たちは誇るべきであります。
 ただ、我が国は、先駆的な創造をしても、その先の製品化やサービス化で後れを取り、追随する海外の製品やサービスに世界の市場を席巻されてしまうというサイクルに陥ることが多々ありました。技術で勝ってビジネスで負けるという、日本のお家芸ともやゆされる状況が続いていることは、大変残念なことです。
 この大きな原因は、イノベーションを社会実装していくまでの生態系ができていないことだと私は思います。世界にない付加価値のシーズは日本が一番豊富であるはずなのに、ポテンシャルがあっても生かせない。基礎研究を担う大学から実用化、製品化、社会実装を担う企業までのルートがシームレスにつながっていない。
 この状況から脱するために、岸田政権には、これまでの発想を超え、イノベーションの生態系、エコシステムを創造すべく、大学を経営体として改革を促進するための大学改革ファンドを組成し、そのシーズをスタートアップベンチャーへとつなげ、さらには、大学支援フォーラム、通称PEAKSといいますが、これらを通じ市場へとつなげていく、日本自らが新たなプラットフォームを形作っていくという姿勢を世界に打ち出していただきたいと思います。
 私は、これまで、これからの世界のあらゆる発展とイノベーションには半導体が必須になると申し上げてまいりました。
 二十世紀は、石油を制する者が世界を制すと言われ、二十一世紀は、データを制する者が世界を制すると言われています。それはすなわち、裏を返せば、半導体を制する者が世界を制すると認識をしておくべきです。
 我が国が戦略的に支援、投資を行っていく分野を定め、日本として、世界経済における要所をしっかり押さえておくというポリシーを持つべきだと考えております。
 岸田総理に、日本経済の再生に向けた成長分野への戦略的支援、投資についてお伺いをいたします。
 次に、外交、安全保障についてお尋ねします。
 米国バイデン政権は、国際協調や同盟国とのきずなの強化というスローガンの下、外交を展開しておりますが、日本は同盟国として、そのスローガンが実効性を持つように、これまで以上に緊密な連携関係を築き、同盟を深化させていかなければなりません。
 安倍政権において日本が提唱した外交構想である自由で開かれたインド太平洋構想は、米国を始め、多くの、価値観を共有する国々の賛同を得ているところであり、先般、菅前総理も訪米され、日米豪印の四か国による新たなクアッドという枠組みで、更なる定着化に向けた確認が行われたところであります。
 岸田総理にあっても、その豊富な外交経験を基に、これまで以上に深化と結束が強化されることを期待しております。
 一方、連日、尖閣諸島周辺の接続水域では中国船舶の航行が確認されるなど、隣国である中国とはなお緊張した状況にあり、さらに、軍備においても、中国は米国に次ぐ世界第二位の予算規模で、急激な拡大を続けています。
 また、総理が外相時代に力を尽くされ、最終的かつ不可逆的な解決という合意をまとめられた日韓合意についても、韓国政府はいまだに履行に至らぬ状況が続いています。
 先般の北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイルの発射や、アフガニスタンの邦人、関係者の日本への避難など、我が国の危機管理が問われる事態が続いています。政府として、国民をどのように守るのか。特に、北朝鮮とはいまだ解決に至らぬ拉致問題も抱えております。
 総理の国の守りに対するお考えと拉致問題解決への決意を伺います。
 急速に進む少子高齢化により、年金、医療、介護等の社会保障制度は、給付の面でも負担の面においても、国民の大きな不安要因となっています。
 社会保障制度は、納税をする現役世代がお年寄り世代を支えるという図式が基本となってはおりますが、それに加え、これからは、国民全体で制度を支え合う図式をしっかりと確立させ、現役世代にも社会保障の還元がなされ、子育てのしやすい環境が構築できれば、人口減に歯止めをかけ、次なる国家の成長へとつながるものと考えます。
 総理は、人生百年時代を見据えて、あらゆる方が安心できる全世代型の社会保障の構築を目指すとされ、まず、勤労者皆社会保険の導入に全力を尽くすお考えを示されたところです。
 国民一人一人に影響を及ぼす社会保障の在り方は極めて重要なテーマであり、岸田政権として、将来の社会保障の構図をしっかりと国民に示していただきたいと思います。
 農林水産業についてお尋ねをいたします。
 言うまでもなく、農林水産業は、国民生活に欠かすことのできない食を供給するとともに、国土保全の役割も果たす、いわば国の基であります。
 その根幹を守るため、農林水産業の担い手の確保、育成や農地の集積、集約化を進めるとともに、規模の大小や中山間地域といった条件にかかわらず、農業経営の底上げを図り、幅広く生産基盤の強化を図っていく必要があります。
 総理には、地域に寄り添い、現場を重視した多様な豊かさを持つ農業、農村を実現するとのお考えをさきに表明されておりますが、具体的に、今後どのような施策を展開していく方針か、お伺いをします。
 新型コロナウイルス感染症による外出自粛が続いた結果、農産物の需要が減退をし、在庫の積み上がりなど、コロナ禍は農家の皆様の経営に暗い影を落としています。こうした事態に政府としてどのように対処していくお考えか、総理にお伺いをします。
 特に、米については、米価下落の懸念が生じており、収穫期を迎えた米農家の皆様の不安が高まっております。
 かつて民主党政権は戸別所得補償を導入しましたが、農家の所得向上には結局つながらなかっただけでなく、土地改良事業を財源としたために、同事業に支障を来し、生産基盤の強化も進みませんでした。
 改めて、戸別所得補償に対する考え方と、米価安定に向けた総理のお考えをお尋ねいたします。
 次に、グリーンとカーボンニュートラルについて伺います。
 菅総理が決断をされた二〇五〇年カーボンニュートラルの実現というものは、大変意欲的なものであります。
 しかし、その実現に向けては、今後、産業構造や経済社会の大転換をする必要があり、国民や企業に意識の変革を求めることとなります。
 他方、太陽光や風力など自然エネルギーについても、多くの技術革新が日々進んではおりますが、同時に課題も表出しています。原子力についても、より安全な小型原子炉、SMRの実用化に向けて研究が進んでおります。
 政府として、今後我が国のエネルギー政策を考えていく上で、エネルギーのベストミックスについてどのようにお考えなのか、お尋ねをしたいと思います。そして、総理の考えるグリーン社会の将来像は国民にどのような意識の変革を求めるのか、国民にお示しをいただきたいと思います。
 去る九月一日、デジタル庁が発足されました。菅総理が設置を表明されてから僅か一年足らずで関連法を整え発足させるという至上命題に、政府、与党、共に全力を挙げて取り組んだ結果、実現に至りました。この成果は大変画期的であり、私も党側責任者の一人として感慨深いものがあります。
 コロナ禍では、日本のデジタル分野が脆弱であるということが露呈しました。
 世界に先駆けIT戦略の重要性を訴え、多額の予算を投じてきたにもかかわらず、ベンダーロックインに象徴される事態を招きました。また、マイナンバーを社会インフラとして浸透させていくはずが、ポジティブリストにこだわる余り、使いづらくしてしまったことは御案内のとおりです。
 そのような政策を改め、当たり前のようにマイナンバーを携帯し、日常使いができ、必要な情報がすぐに得られ、利便性の高い社会へと転換させていくことがこれからは必要です。
 デジタル庁では、マイナンバーの在り方や、サイバーセキュリティー、国と地方の情報システムの連携など、これから多くのことに取り組んでいただくわけであり、国民はその成果を心から期待しております。
 大抜てきと言われた牧島かれんデジタル大臣に、まずは、行政のデジタル化の具体的なイメージと、それが国民の利便性にどのように資するものになるのか、さらには、いわゆるデジタル臨調の必要性について御説明をいただきたいと思います。
 教育研究分野についてお尋ねをいたします。
 教育研究分野においても、私が申し上げている経済安全保障の重要性は変わりません。
 先端技術の研究などで、我が国の優秀な研究者が、日本の科学研究費を得ていながら、海外の軍事関連と直結しかねない研究に従事していたことが報道されました。このように、教育研究分野でも研究や人材の争奪戦が始まっています。
 この問題に内在しているのは、我が国の研究助成や研究環境が世界に比してまだまだ追いついていないという点です。この状況を深刻に捉え、政府は、本年創設された大学ファンドを早期に十兆円規模へと拡充し、国際的に卓越した研究環境を整える必要があります。
 同時に、研究には公正さが求められます。米国では、外国から公的資金を受けている場合、その情報を開示する規制も行われております。
 我が国においても、環境整備を進める一方で、知的財産や技術を守っていく方策を検討する必要があると考えています。
 経済安全保障が各国で重視されるようになり、これまで以上に政治と行政、そしてアカデミアとの連携が国家の帰趨を決めていく時代になることを思えば、教育の自律性は当然であるとしても、その組織やガバナンスに透明性や公正性がなければ、学術の信頼性は薄れ、ひいては国民からの信頼や信用を失うことになるのではないかと危惧します。
 公的資金を投入する以上、経済安全保障の側面からも大学の組織体制を強化していく必要性について、総理の見解を伺います。
 新型コロナの感染拡大は、特に観光が産業の柱となっている地方の疲弊を進めました。
 地方は、少子高齢化や過疎化の最前線であります。地方の元気なくして日本の再生はありません。全ての舞台は地方であり、ふるさとであります。総理の掲げる新しい資本主義の象徴も地方にあります。
 かつて、大平正芳総理は、都市の持つ高い生産性、良質な情報と、田園の持つ豊かな自然、潤いのある人間関係とを結合させ、健康でゆとりのある田園都市づくりという田園都市国家構想の実現を目指すことを訴えられました。
 この田園都市国家構想に現在のデジタル技術やビッグデータを活用し、ドローン宅配や自動運転、リモート教育など最新の技術とデジタルインフラを地方に展開していくことで、地方にいても都市部並みの収入を得られ、新型コロナウイルス感染症拡大にも速やかに対応できる社会を実現できるようにするというデジタル田園都市国家構想を、今回、岸田総理は掲げられました。
 また、岸田総理は、政調会長時代に、新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金を創設し、コロナ禍で苦しむ地方の主体的な取組を強力に応援してこられました。多くの都道府県、市町村から高い評価を得ているところであります。
 デジタル田園都市国家構想を掲げる岸田総理の地方創生に対する御所見をお伺いいたします。
 本年三月十一日、東日本大震災の発生から十年という大きな節目を迎えました。この十年、被災者の方々は幾多の困難を懸命に乗り越えてこられました。
 今年七月、自民、公明両党は、復興、創生の新たなステージに向けた第十次提言を取りまとめました。
 この提言では、これからも被災者一人一人に寄り添い続けながら、全力を尽くすことを改めて確認するとともに、福島を始め東北地方の被災地の方々と真剣に意見交換をし、共通認識を持った上で国と県、市町村が一体となって、新しい東北の発展モデルをつくり、創造的復興を成し遂げ、将来の地平を切り開いていくことを目指すとしております。
 被災地復興、創生について、岸田総理自らが先頭に立って当たっていく決意と覚悟をお伺いいたします。
 東日本大震災以降も、我が国では、熊本地震や御嶽山噴火、線状降水帯や大型台風による大雨土砂災害など、自然災害は激甚化、頻発化し、経験を上回る規模の自然災害が国民の命と暮らしを脅かしています。また、前回の東京オリンピックの際に整備をされた社会インフラが耐久年数を超えて、次々と補修や建て替えを必要としています。
 平成三十年、西日本豪雨などの相次ぐ災害を受け、重要インフラの機能維持を図るため、三か年の緊急対策を実施するとともに、今年度からは、風水害や大規模地震等への対策、老朽化対策、デジタル化の推進という三分野について、対策ごとに中長期の目標を定め、五年間で重点的、集中的に対策を実施する五か年加速化対策が進められています。
 引き続き、国土強靱化を、中長期的かつ明確な見通しの下、計画的に実施するため、必要十分な予算を継続的に確保し、五か年加速化対策を含む国土強靱化に対する取組も着実に進めていくことが重要であると考えますが、総理の防災・減災、国土強靱化の取組への決意を伺います。
 平成三十年六月に憲法改正国民投票法改正案が衆議院に提出をされ、本年六月、多くの方々の御尽力により、この改正案が成立をいたしました。
 国民投票法改正案が成立したことを受けて、自民党が既に条文イメージとして国民の皆さんにお示しをしております、自衛隊の明記、緊急事態対応、合区解消、教育充実の四項目など、憲法改正に向けて、憲法審査会においてこれまで以上に活発な議論が行われることを私は期待しておりますが、岸田総理の御所見をお伺いいたします。
 新型コロナウイルス感染症の拡大は、多くの国で社会の分断や不信、怒りや恐れを拡大させ、世界中を苦しませるものとなりました。今こそ、政治がその声に応え、国民に寄り添い、その痛みを共有することが必要です。
 みんなで進めば、もっと遠くまで行ける。
 岸田総理は、国民の声を丁寧に聞き、痛みを共有し、先頭に立つことのできる指導者であると私どもは確信をしております。
 是非、岸田総理の下で、チーム・ジャパンとして、再びこの困難な状況を乗り越え、国民に希望と未来を約束する政治をつくろうではありませんか。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)
    〔内閣総理大臣岸田文雄君登壇〕

#14
○内閣総理大臣(岸田文雄君) 甘利明議員の御質問にお答えいたします。
 まず、人流抑制に関する今後の法制の在り方についてお尋ねがありました。
 危機管理の要諦は、常に最悪の事態を想定することです。この方針に基づき、まずは、病床、医療体制の確保や自宅療養者の対策強化などの全体像を早急にお示しし、徹底的に安心確保に取り組みます。
 同時に、これまでの新型コロナ対応を徹底的に分析し、何が危機管理のボトルネックだったかを検証いたします。
 欧米諸国で行っているような高額の罰金を科す厳しいロックダウンについては、我が国にはなじまないと考えますが、司令塔機能の強化、人流抑制など、危機管理を抜本的に強化してまいります。
 これまでの新型コロナ対策と今後の方針についてお尋ねがありました。
 新型コロナから国民の命と暮らしを守り抜く、このことを最優先に、医療体制を構築するための病床確保や人材確保のための支援、新型コロナの影響を受けておられる方々の事業と雇用、暮らしを守るため、事業規模に応じた協力金や雇調金の支給などの内容を盛り込んだ、三次にわたる補正予算を編成し、かつてない事業規模、総額二百九十三兆円の経済対策を政府・与党が一丸となって行ってまいりました。
 こうした対策や国民の皆さんの協力の結果、我が国の感染者数は欧米諸国と比較して格段に少なく、失業率も先進国で最低の水準にあります。
 今後も、新型コロナ対応は喫緊かつ最優先の課題です。国民に納得感を持ってもらえる丁寧な説明を行うこと、常に最悪の事態を想定して対応することを基本とし、対応に万全を期してまいります。
 具体的には、様々な事態を想定し、徹底的に安全確保に取り組みます。病床と医療人材の確保、在宅療養者に対する対策、ワクチン接種など、取組の全体像を早急に示してまいります。
 同時に、国民の協力を得られるよう、経済支援を行ってまいります。
 大きな影響を受ける事業者に対し、地域、業種を限定しない形で、事業規模に応じた給付金を支給するとともに、新型コロナの影響により苦しんでおられる非正規、子育て世帯など、お困りの方々を守るための給付金などの支援も実行していきます。
 こうした取組を実行していくことで、一日も早く、通常に近い経済社会を取り戻してまいります。
 新しい資本主義についてお尋ねがありました。
 ウィズコロナ、アフターコロナの経済再生と新しい資本主義とは、成長と分配の好循環とコロナ後の新しい社会の開拓を目指すものです。
 新型コロナで我が国の経済社会は大きく傷つきましたが、急速なデジタル化の進展により、地方から変革が起こるなど、社会が変わっていく確かな予感があります。
 成長の果実をしっかりと分配することで、初めて次の成長が実現します。成長も分配も実現するために、あらゆる政策を総動員します。
 このため、新しい資本主義実現会議を創設し、議論を進めてまいります。
 経済安全保障担当大臣の設置の意義と日本経済の再生に向けた取組についてお尋ねがありました。
 安全保障と経済を横断する領域で様々な課題が顕在化している中で、私の内閣では、戦略技術・物資の確保や技術流出の防止に向けた取組を進め、自律的な経済構造を実現すべく、新たに経済安全保障担当大臣を設置いたしました。
 経済安全保障上の課題は多岐にわたることから、新たな担当大臣の下で、政府一体となって、半導体などの生産拠点の国内立地を含む強靱なサプライチェーン構築など、様々な課題にしっかりと取り組んでまいります。
 日本経済の再生に向けては、科学技術とイノベーションを成長戦略の第一の柱とし、十兆円規模の大学ファンドの年度内設置と大学改革、バイオやAIを始めとする重要領域の戦略的な研究開発を推進いたします。また、大学等の研究開発の成果が事業化され、イノベーションが社会実装につながる好循環を生み出すエコシステムの形成を進め、科学技術立国を実現してまいります。
 外交政策についてお尋ねがありました。
 我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、先人たちの努力により世界から得た信頼を基礎に、三つの強い覚悟、すなわち、一、普遍的価値を守り抜く覚悟、二、我が国の平和と安定を守り抜く覚悟、三、地球規模の課題に向き合い国際社会を主導する覚悟、これら三つの覚悟を持って、国民を守り抜く毅然とした外交、安全保障を進めてまいります。
 拉致問題は最重要課題です。全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、全力で取り組みます。私自身、条件をつけずに金正恩委員長と直接向き合う決意です。
 私自身、外務大臣として四年七か月務めた経験も生かして、自ら各国首脳との信頼関係を構築し、首脳外交を展開していきたいと思います。
 農林水産業についてお尋ねがありました。
 岸田内閣においては、輸出力強化、デジタル技術の活用、地域ブランドの確立による高付加価値化など、農林水産業の成長産業化を進めるとともに、日本型直接支払制度の着実な実施などにより、多面的機能を維持してまいります。
 新型コロナによる影響への対策については、農家の経営維持に必要な資金繰りや販売促進、販路の多様化への支援を行っており、今後とも、農林漁業者の声をお伺いし、きめ細かく対応してまいります。
 米については、需要に応じた生産、販売を推進し、野菜などの需要のある作物への転換に取り組む産地を支援することを基本に、当面の需給の安定に向け、新型コロナによる需要減に対応する十五万トンの特別枠を新たに設け、飲食店、子供食堂等への米の販売、提供を支援いたします。
 旧戸別所得補償制度のように米への助成を基本とするものであれば、米の需要が年々減少する中で過剰作付を招きかねず、需要ある作物への転換が進みません。これでは、農家の所得向上にはつながりません。
 農林漁業者の声を真摯に受け止めながら、家族農業や中山間地域農業を含め、農業、農村の持つ多面的な機能を維持し、多様で豊かな農林水産業を構築してまいります。
 エネルギー政策とグリーン社会に向けた国民の意識改革についてお尋ねがありました。
 岸田政権においても、二〇五〇年カーボンニュートラルという目標を掲げた上で、その実現のためのエネルギー政策や成長戦略を推進してまいります。
 二〇五〇年に向けて、デジタル化によって電力需要の増加が見込まれる中、温暖化対策の観点のみならず、更なる経済成長につながる、安定的で安価なエネルギー供給を確保することが重要です。そのため、徹底した省エネと再エネの最大限導入に向けた取組に加え、原子力や水素など、あらゆる選択肢を追求することが必要です。
 地球温暖化対策を進めることは経済成長と国民生活が恩恵を受けることにつながる、こうした意識を国民の皆様と共有したいと考えます。その実現のため、クリーンエネルギー戦略を策定し、強力に推進してまいります。
 経済安全保障における大学の組織体制強化についてお尋ねがありました。
 我が国の成長とイノベーションの創出に当たって、大学の研究力強化は極めて重要です。このため、政府としては、十兆円規模の大学ファンドを年度内に設置し、研究と経営の役割分担など大学改革を進めることにより、世界と伍する大学の研究環境の整備や若手研究人材への支援を強化してまいります。
 同時に、我が国の知的財産や機微技術を守り、国外に意図せざる形で流出することがないようにしなければならないと考えます。そのため、大学において、国際交流や共同研究の際に必要となる審査管理体制の整備をするとともに、外国資金の受入れ等を開示させるなど透明性を確保する取組を通じて、研究が健全、公正に行われるようにしてまいります。
 地方創生についてお尋ねがありました。
 地方は、高齢化や過疎化などの課題に直面しています。まさに地方こそ、介護や農業、観光を始め、デジタル技術を活用するニーズがあります。
 このため、地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めるデジタル田園都市国家構想に取り組むことで、地方を活性化してまいります。
 東日本大震災からの復興についてお尋ねがありました。
 発災から十年を迎え、復興が着実に進展する一方で、被災者支援や産業、なりわいの再建などの課題が残り、福島の復興再生には中長期的な対応が必要です。
 特に、本年七月に与党からいただいた御提言も踏まえ、ALPS処理水、帰還困難区域、国際教育研究拠点などの重要な課題に全力を尽くしてまいります。
 東北の復興なくして日本の再生なしとの強い決意の下、閣僚全員が復興大臣であるという意識を共有し、内閣の総力を挙げて取り組んでまいります。
 防災・減災、国土強靱化についてお尋ねがありました。
 近年、災害が激甚化、頻発化する中、本年も、七月以降、長雨が続き、静岡県熱海市の土石流災害を始め、甚大な被害が各地で発生しています。
 さらに、先週七日の千葉県北西部を震源とする地震では、負傷者が出たほか、鉄道の脱線や水道管の破損による漏水の発生などの被害が生じています。
 こうした災害から国民の命と財産を守り抜くため、防災・減災、国土強靱化の取組を強化していくことが不可欠です。
 このため、昨年決定した五か年加速化対策を含めたこれらの取組について、中長期的かつ明確な見通しの下、必要十分な予算を確保し、計画的に進めてまいります。
 憲法改正についてお尋ねがありました。
 憲法は国の礎であり、そのあるべき姿を最終的に決めるのは、主権者である国民の皆様です。そして、様々な論点について建設的な議論を重ね、国民の皆様の理解を深めていくことは、私たち国会議員の責任ではないかと考えます。
 憲法改正については、国会でお決めいただくことであり、内閣総理大臣としてお答えすることは差し控えますが、憲法審査会において、与野党の枠を超えて、これまで以上に活発な議論が行われることを期待いたします。
 残余の質問につきましては、関係大臣から答弁させます。(拍手)
    〔国務大臣小林鷹之君登壇〕

#15
○国務大臣(小林鷹之君) 経済安全保障の確立の意義についてお尋ねがありました。
 安全保障と経済を一体のものとした新しい政策、すなわち経済安全保障を抜本的に強化していくことが急務となっております。まずは、我が国の自律性の確保と、優位性ひいては不可欠性の獲得に向けた取組を推進するとともに、同志国との協力の拡大、深化を図っていく必要があります。
 こうした観点から、特に、重要技術の保全、育成、基幹的なインフラ産業の安全性、信頼性の確保、サプライチェーン、技術基盤の強靱化に早急に取り組んでまいります。
 経済安全保障の確保に向けて、初の担当大臣として、自らが先頭に立ち、関係省庁と連携しながら、政府一体となって取組を進めてまいります。(拍手)
    〔国務大臣牧島かれん君登壇〕

#16
○国務大臣(牧島かれん君) 行政のデジタル化と国民の利便性向上、及び、いわゆるデジタル臨調の必要性についてのお尋ねがありました。
 岸田内閣が成長戦略の柱の一つとして掲げるデジタル田園都市国家構想、デジタルの活用による地方活性化の実現に向けて、全力を尽くしてまいります。
 国民の皆様が利便性の向上を実感できるよう、行政のデジタル化を推進してまいります。具体的には、マイナンバー制度の拡充や、国、地方のシステム連携などを行い、ワンストップ、ワンスオンリーの行政サービスを目指します。そして、利用者が窓口に出向くことなく、デジタルを活用して、いつでもどこからでも行政手続ができる社会を実現します。
 同時に、デジタル手続を身近でサポートする制度の拡充などのデジタルデバイド対策にも取り組み、誰一人取り残さない、温かいデジタル社会を実現してまいります。
 いわゆるデジタル臨調に関しては、デジタル時代にふさわしいデジタル改革、規制改革、行政改革を一体として推進していくことが重要であり、そのための適切な推進体制についても検討してまいります。
 社会全体のデジタル化の司令塔として、関係大臣と協力し、デジタル社会の形成の実現に取り組んでまいります。(拍手)
    〔議長退席、副議長着席〕
    ―――――――――――――

#17
○副議長(赤松広隆君) 辻元清美さん。
    〔辻元清美君登壇〕

#18
○辻元清美君 立憲民主党副代表の辻元清美です。(拍手)
 本日は、コロナ禍で苦しむ方々にお見舞いを申し上げますとともに、その皆様の思いをしっかり受け止め、会派を代表して、岸田総理及び関係大臣に質問をいたします。
 岸田総理、御就任おめでとうございます。
 さて、私は、現在、衆議院予算委員会の筆頭理事を務めております。総理、予算委員会、やりましょう。いかがですか。
 私たちは、六月に国会が閉じられて以降、憲法五十三条の規定にのっとって、臨時国会の開会を求め続けてまいりました。
 コロナ禍で多くの方が苦しんでいるのに、国会を開かなくていいのか。オリンピックや自民党総裁選はしはるのに、国会は開かなくていいのか。年末に向けて、景気対策のための補正予算は組まなくていいのか。
 総理は、メモ帳、今日はお持ちでしょうか。国民の声を書いてらっしゃるとおっしゃっていましたけれども、こんな声は総理のメモには入っておりませんか。いかがでしょうか。まずお聞きをいたします。
 やっと国会を開いたかと思ったら、顔見せだけで、すぐに解散するとおっしゃる。
 本日、この本会議場で新閣僚の皆様と初めてお目にかかりました。この三日後に解散されたら、就任から新閣僚の皆様のお仕事は、ただ本会議場のひな壇にお座りになっているだけになってしまうんじゃないですか。各大臣が適材適所なのかもさっぱり分かりません。
 そこで、せっかくですので、今回の最年少、四十四歳で入閣され、期待される大臣、牧島かれんデジタル大臣に質問をいたします。
 先日来、デジタル庁では、接待問題が発覚しました。接待を受けていた平井前大臣は給与を返納され、デジタル庁幹部は懲戒処分されました。
 ちょっと驚いたんですが、報道によれば、牧島新大臣も接待を受けていたということです。何回、どこで、誰から、お幾らの接待を受けて、御自分がお支払いになったのか。
 デジタル庁はこれから莫大な予算を握ります。新しい利権の温床になるという指摘もあるので、まずお聞きをしておきたいと思います。
 やはり予算委員会を開いて各大臣の資質についてもしっかり点検をさせていただかなければ、このままで選挙に突入、大体、大臣が何をしたいのかも分からないのに選挙に突入、これは国民の皆様に失礼じゃないですか。いかがでしょうか。
 さて、そんな岸田総理、自民党の総裁選挙のとき以来、民主主義の危機にあると何回も発言されてきました。
 それでは、具体的にお聞きをいたします。
 例えば、安倍元総理が国会で百十八回も虚偽答弁をしました。これは岸田総理の言う民主主義の危機に当たるんでしょうか。公文書の改ざんが行われ、自殺者まで出しました。しかし、当時の麻生財務大臣始め政治家は、どなたも責任をお取りになっておりません。これは民主主義の危機に当たるのでしょうか。個別に、具体的にお答えいただきたいと思います。
 そして、甘利幹事長にまつわるUR口利き事件の件です。
 甘利幹事長は、内閣府特命担当大臣のときに、二〇一三年から一四年にかけて、千葉県の建設会社から、大臣室などで計二回、合わせて百万円の現金を自ら受け取った。事務所でも秘書が五百万円を受け取りました。
 まず、総理にお聞きをいたします。
 大臣室で大臣が事業者などから現金を受け取る行為を岸田内閣では認められるのでしょうか。
 甘利幹事長は、しかるべきタイミングで公表すると言っていたにもかかわらず、先週、調査報告書は公表しないと文書で表明されました。総理は、幹事長に任命されるに当たり、この報告書を御覧になって確認されたのでしょうか。
 総理、調査報告書と、そしてこの調査の内容の公表を総理から指導いただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
 また、私たちは、甘利幹事長の政治倫理審査会への出席を求めております。
 私は、十九年前に秘書給与問題で辞職をいたしました。辞職後でしたけれども、記者会見では駄目だ、国会で説明しろという自民党の強い求めに応じて、私は、予算委員会の参考人招致に応じました。そのときの自民党執行部筆頭副幹事長が今の甘利幹事長だったんです。
 そして、ある自民党の先輩に、刑事責任のあるなしとは別に、政治家は政治責任も果たさなければならないと諭されて、自分の不明を恥じ、私は、二期生でしたけれども、震えながら参考人招致に応じました。
 その先輩は、かつて岸田総理も御指導を仰がれていた宏池会の加藤元幹事長です、加藤紘一さんです。同時期、加藤先生も御自身の問題で逃げずに参考人招致に応じていらっしゃいました。
 宮沢元総理は、竹下登元総理に対する証人喚問の求めに自民党総裁として応じておられました。
 現在の宏池会の中にも、自ら刑事責任を果たし、復帰され、大臣まで務められた方もこの議場にいらっしゃるはずです。私も、刑事責任と政治責任を自分で負ったからこそ、再びこの場に立たせていただくことができたと思っております。
 岸田総理は、宏池会の先輩方が守ってこられた政治の矜持をお持ちのはずだと私は信じたい。岸田総理こそが率先して、甘利幹事長に政治倫理審査会での説明をするように御指示いただけないでしょうか。いかがでしょうか。
 さて、先日、自民党広島県連は、河井克行、案里夫妻の買収事件の自民党の調査について、このままでは広島県民や国民は納得していないとして再調査を求めました。広島県の自民党の人たちが納得していないのに、全国の国民が納得するはずがありません。総理のお膝元からのろしが上がった。
 再調査するのですか。広島県民の皆様に向かってお答えをいただきたいと思います。
 さて、先週、私は、森友公文書改ざん問題で自殺に追い込まれた赤木俊夫さんの妻、雅子さんにお目にかかりました。岸田総理にお手紙を出されたと報道され、直接お話をお聞きしたいと人づてに申し出て、お受けいただいたのです。
 どんな思いでお手紙を出したのですかとお聞きすると、岸田総理は人の話を聞くのが得意とおっしゃっていたので、私の話も聞いてくれるかと思い、お手紙を出しましたとおっしゃっておりました。
 総理、このお手紙、お読みになりましたか。お返事はされるのでしょうか。お答えいただきたいと思います。
 そのときに手紙の複写をいただきました。ちょっと読ませていただきます。皆さん、お聞きください。
 内閣総理大臣岸田文雄様。
 私の話を聞いてください。
 私の夫は、三年半前に、自宅で首をつり、亡くなりました。
 亡くなる一年前、公文書の改ざんをしたときから体調を崩し、体も心も崩れ、最後は、自ら命を絶ってしまいました。
 夫の死は、公務災害が認められたので、職場に原因があることは間違いありません。財務省の調査は行われましたが、夫が改ざんを苦に亡くなったことは書かれていません。なぜ書かれていないのですか。
 赤木ファイルの中で、夫は、改ざんや書換えをやるべきではないと本省に訴えています。それにどのような返事があったのか、まだ分かっておりません。夫が正しいことをしたこと、それに対して財務省がどのように対応したのか、調査してください。そして、新たな調査報告書には、夫が亡くなったいきさつをきちんと書いてください。
 正しいことが正しいと言えない社会はおかしいと思います。岸田総理大臣なら分かってくださると思います。
 第三者による再調査で真相を明らかにしてください。
 赤木雅子。
 総理は、このお手紙、どのように受け止められたんでしょう。
 赤木さんの死も、赤木さんが改ざんに異議を唱えたことも、そして、どんなプロセスだったのか、一切、財務省の報告にはありません。これで正当な報告書と言えるんでしょうか。皆さん、いかがですか。
 皆さんも、御家族がこのような目に遭わされたら、はい、そうですかと納得はできないんじゃないですか。
 総理、このお手紙で求めていらっしゃる第三者による再調査、実行されますか。
 赤木雅子さんは、この代表質問を見ますと私におっしゃっておりました。先ほどはちょっと冷たい答弁でした。雅子さんに語りかけるおつもりで、御自分の言葉で誠実にお答えください。
 臭い物に蓋をして、その上に新しい家を建てようとしても、すぐに柱が腐ってしまいます。
 長期政権でたまったうみを岸田政権で出すことができないのであれば、国民の皆さんの手で政権を替えていただいて、私たちが大掃除するしかありません。
 さて、コロナ禍でまた痛ましい事態が起こりました。
 コロナ感染の妊婦さんがたらい回しにされ、自宅で一人で出産しましたが、お子さんが亡くなったのです。
 岸田総理、このような、あってはならない事態を招いた原因はどこにあるとお考えでしょうか。
 コロナ前に、安倍政権のとき、公立・公的病院の再編を決めました。岸田政調会長時代です。菅政権は、更に進める法案を成立させてまいりました。その後、四百三十六病院の統廃合を公表し、私の地元、大阪府高槻市でも二つの病院が対象にされ、その一つは、四百人のコロナ患者を受け入れていたにもかかわらず、政府のこの方針によって、百病床の削減と産科の休止をせざるを得なくなりました。
 この統廃合に対して、近畿医師会連合が決議で非常に厳しく批判をしております。
 コロナで病床が足りないのに、政府が病床削減を進める、こんなことをやっているから救える命が救えなかったのではないかという声を総理はどのように受け止められるんでしょうか。そして、政策転換をされるおつもりはありませんか。
 次に、東京五輪の経費についてお聞きします。
 開会式と閉会式を百六十五億円で発注、無観客でニーズがなかったオリパラアプリに三十八億円、お弁当の廃棄に一億一千六百万円。
 二〇二〇年十二月に公表された予算は一兆六千四百四十億円、そのうち国は二千二百十億円。でも、会計検査院によれば、関連経費を含めた国の支出は、二〇一九年で既に一兆六百億円、二年前で一兆六百億円。今はどれぐらい大きくなっているんですか。そして、この関連経費も含めた国の支出を明らかにしていただきたいと思います。
 会計検査院の指摘を受けた以上、関連経費も含めてしっかり仕分をして、国として責任を持って組織委員会を指導して、経費の全体像を国民に示すべきだと思いますが、皆さん、いかがでしょうか。
 組織委員会や東京都が赤字補填できない場合は、国が補填するのでしょうか。国民一人当たり、一体幾らの負担になるのでしょうか。さらに、経済効果はどのぐらいあったんでしょうか。それぞれお答えいただきたいと思います。
 さて、岸田総理は、所信表明の中で、新自由主義的な政策については、富める者と富まざる者との深刻な分断を生んだと述べられました。同感です。
 コロナ以前から、労働者派遣法などの規制緩和が進められ、安くて、いつでも雇い止めできる不安定労働者が増え、格差が拡大。そこにコロナが直撃をいたしました。非正規で働く女性たちが雇用調整に使われ、女性の自殺者も急増したのです。それこそ、岸田総理が言う新自由主義の弊害ではないですか。違いますか。
 先日、総裁選挙でお二人の、高市早苗さんと野田聖子さんが立候補され、私も同学年なんですよね、お二人と。そして、連合も女性の会長が出ました。時代は少しずつ変わったなと思うんですけれども、女性を取り巻く深刻な状況はどんどん悪くなっているように思うんです。
 その原因の一つが、やはりこの労働者派遣法などの問題が女性を直撃していると思います。これを抜本的に見直す、このおつもりはあるでしょうか。新自由主義の脱却と言われているわけですから、しっかりお答えいただかなければなりません。
 次に、カジノです。
 安倍政権、菅政権の成長戦略の象徴が、原発輸出とカジノつきIRでした。原発輸出は、安倍政権で破綻をいたしました。では、カジノIRは成長戦略として継承されるのでしょうか。
 IRは、カジノだけではなく、大きな国際会議場なども造るとされていますけれども、岸田総理も大切なG20までリモート参加で済ませようとされています。大きな国際会議場なんか、これから廃れていく可能性が高いんじゃないでしょうか。いかがでしょうか。今も、ポストコロナの有効なビジネスモデルであるとお考えでしょうか。
 岸田総理の成長と分配の論理では、カジノIRを成長産業とみなし、その果実をみんなで分配する、地域の雇用を増やすとなるんでしょう。しかし、この果汁は下に滴り落ちるのではなく上に吸い上げられる、そして不安定雇用を大量に生み出す、その可能性の方が高いんじゃないでしょうか。さらに、カジノは、一握りの大もうけをする人を生むと同時に、ギャンブル依存症で生活が破綻してしまう人を大量に生み出す可能性があるんです。カジノは、岸田総理が懸念する分断と格差を生み出す、そんな新自由主義の装置のように私には見えるのです。
 コロナ禍で、アメリカのMGMリゾーツ・インターナショナル、この会社は大阪に進出したがっていて、私なんか、大阪に来ていらぬと思っていますけれども、この会社は、一万八千人、アメリカ全体の従業員の四分の一をコロナで解雇したんです。そして、この人たちは、休職させられている間も無給だったんですね。給料をもらえていなかったと言われています。シンガポールのリゾート・ワールド・セントーサは三分の一の人員を解雇いたしました。
 このような現状を総理は御存じでしたか。これでもまだカジノIRを進めたいのでしょうか。
 私たちは、IR関連法の廃止法案を提出いたしております。総理、カジノ解禁は今ここで明確に撤回され、新自由主義からの脱却というその態度を示していただきたいと思うんですが、皆さん、いかがでしょうか。地方に預けないでいただきたいと思います。国としての方針をしっかりお示しいただかなければなりません。
 小泉政権以来、勝ち組、負け組という言葉が生まれました。皆さんも覚えていらっしゃると思います。それ以降、強い者を更に強くする、勝ち組のための政治を推し進め、負け組には自己責任、コロナ禍で多くの人が苦しんでいる渦中に、最後は生活保護がありますからと総理大臣が言い放つ。そして、派閥の親分たちの権力のたらい回し、総理大臣だったら何でもできると言わんばかりの政治の私物化、妻や息子の問題まで出てまいりました。
 これが安倍政権、菅政権の九年間だったと思います。果たして岸田総理に転換ができるのでしょうか。
 岸田総理は、新自由主義からの脱却とおっしゃっている。しかし、一方、党の政策責任者で、安倍総理の全面的な御支援を受けられた高市政調会長は、アベノミクス礼賛。結局、思い切った政策転換は無理で、曖昧になってしまうんじゃないですか。
 金融所得課税、先ほども御答弁ありましたけれども、私たちの格差解消政策と一緒で、岸田さんも本気になったのかと私は思っていたんですよ。当面考えない、先送り。
 私は、お金もうけがあかんと言うているのではないんです。私、商売人の娘で、子供のときから商売繁盛と言うていました。どんどんもうけてください。
 でも、これだけ格差が広がって若者や女性や子供が苦しんでいる、ですから、もうちょっと税金を払うてくださいと国民を説得し、説明するのが総理大臣の役割じゃないですか。最初から、一週間で白旗揚げてどうするんですか。やはりちょっと岸田さんには荷が重いのかなと思います。(発言する者あり)じゃ、やると言ってくださいよ。
 さらに、エネルギー。甘利大臣も原発推進の急先鋒だったじゃないですか。果たしてエネルギーの政策転換はできるのでしょうか。
 私には、岸田総理は、お気の毒なほどにあちこち人事に気を遣って、言葉ではいろいろおっしゃるのですが、結局、既に身動きができないように見えてならないんです。
 最後に申し上げたいと思います。
 世界中、ポストコロナ時代の社会経済の在り方を模索しています。たやすいことではないということは私たちにも分かっています。でも、岸田総理と私たちには違いがあります。それは、私たちにはしがらみがないということです。私たちは、元総理や各派閥の親分の顔色をうかがうのではなく、国民の顔を真っすぐに見て、今までの政策の間違いを方向転換することができるのです。
 私たちが守るのは、新自由主義を進めてきた人たちの既得権益ではありません。国民の普通の暮らしを守りたいんです。不公平な政治を公平公正に変えていく、その役割を私たちに担わせてほしいのです。
 一体どちらが本気で日本の閉塞感と不公平、停滞を打ち破り、未来を切り開いていけるのか、それを御判断いただくのが来る総選挙だと思います。
 最後に、立憲民主党は、国民の皆様と喜びも悲しみも分かち合う、そんな政党として国民の皆さんと一緒に今の閉塞感、停滞を打ち破る、変える、そんな政党でありたい。そして、私たちは変えてまいりたいと思います。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)
    〔内閣総理大臣岸田文雄君登壇〕

#19
○内閣総理大臣(岸田文雄君) 辻元清美議員の御質問にお答えいたします。
 まず、国会の日程や補正予算についてお尋ねがありました。
 国会については、所信表明やこの代表質問を通じて、政権の考え方を国民の皆さんにしっかりと説明してまいります。
 国民の切実な声を踏まえ、新型コロナで大きな影響を受ける方々を支援するため、速やかに経済対策を策定いたします。総選挙後、速やかに決定して、補正予算を提出いたします。
 また、補正予算成立までの間も、事業や雇用、暮らしを守るための支援に万全を期していくとともに、必要な対策は、新型コロナ予備費、これを柔軟に活用してまいります。
 衆議院議員の任期が迫っている中、国民の皆さんに一刻も早く経済対策を届けるためにこそ、十九日公示、三十一日投開票の解散日程を先般宣言したところです。国民の信任、そして国民の理解、協力を得て、総合的で大胆な経済対策を速やかに、そして思い切って実施してまいります。
 そして、民主主義の危機についてお尋ねがありました。
 総裁就任の会見でも、国民の声が政治に届かない、政治の説明が国民の心に響かない、こういった状況を捉えて、今まさに我が国の民主主義そのものが危機である、このように申し上げた次第です。
 国民の信頼と共感を最優先する政治姿勢を堅持し、丁寧な対話を積み重ねることで、真に国民が必要とする政策に取り組んでいく、こうしたことによってのみ民主主義の危機を乗り越えていけるものと信じております。
 甘利幹事長の説明についてお尋ねがありました。
 私自身は調査報告書を見ていませんが、政治資金の取扱いについては法令にのっとって行わなければならない、これは言うまでもありません。その説明責任の在り方については、それぞれの政治家自身が自ら判断すべきものであると思っています。
 政治倫理審査会で説明を求めるかどうかは、国会においてお決めになることであり、私から申し上げることは控えますが、いずれにせよ、政治家はその責任を自覚し、国民に疑念を持たれないよう常に襟を正すべきであると考えております。
 広島の政治資金の再調査についてお尋ねがありました。
 本件については、前執行部において、河井夫妻側が作成した収支報告書について、党の公認会計士、税理士が党の内規に照らして監査をし、そして、領収書等の必要書類を添付した上で、法令に基づき広島県選挙管理委員会及び総務省に提出が済んでいる、こうした説明をしたと認識しております。甘利現幹事長も前執行部による説明を了とし、私も総裁としてその説明を了とした、こうした次第であります。
 森友学園問題の再調査についてお尋ねがありました。
 近畿財務局の職員の方がお亡くなりになったことは誠に悲しいことであり、残された家族の皆様方のお気持ちを思うと言葉もなく、静かに、そして謹んで御冥福をお祈り申し上げたいと思います。
 御指摘の手紙は拝読いたしました。その内容につきましては、しっかりと受け止めさせていただきたいと思います。
 そして、本件については、現在、民事訴訟において法的プロセスに委ねられております。今現在、原告と被告の立場にありますので、このお返事等については慎重に対応したいと思っています。
 この裁判の過程において、まずは、裁判所の訴訟指揮に従いつつ丁寧に対応するよう、財務省に対して指示を行ったところであります。
 いずれにせよ、森友学園問題に係る決裁文書の改ざんについては、財務省において、捜査当局の協力も得て、事実を徹底調査し、そして、自らの非をしっかり認めた調査報告書を取りまとめております。さらには、第三者である検察の捜査も行われ、結論が出ております。会計検査院においても二度の調査を行っている、こうしたことです。
 その上で、本件については、これまでも国会などにおいて様々なお尋ねに対し説明を行ってきたところであると承知をしており、今後も必要に応じてしっかり説明をしてまいります。
 大事なことは、今後、行政においてこうした国民の疑惑を招くような事態を二度と起こさないということであり、今後も国民の信頼に応えるために、公文書管理法に基づいて、文書管理を徹底してまいりたいと存じます。
 公立・公的病院の再編についてお尋ねがありました。
 コロナ禍において、病床の確保が追いつかず、自宅で出産に至り、新生児がお亡くなりになった痛ましい事案が生じました。御家族の皆様方に心よりお悔やみを申し上げます。
 このような事案が決して繰り返されないよう、感染が落ち着いている今こそ、様々な事態を想定し、徹底的に安心確保に取り組みます。公的病院の専用病床化を始めとして、病床と医療人材の確保、在宅療養者に対する対策など、対応策の全体像を早急に示すよう、三大臣に指示いたしました。
 その上で、公立・公的病院の在り方については、病床の削減や統廃合ありきではなく、地域の実情を十分に踏まえつつ、地方自治体等と連携して検討を進めてまいります。
 東京大会の経費についてお尋ねがありました。
 御指摘の会計検査院が公表した一兆六百億円については、令和二年一月にオリパラ事務局において大会との関連性などの観点から改めて整理したところ、大会の準備や運営等に特に資する事業は二千六百六十九億円でありました。
 また、予算事業としては、平成二十五年度から令和三年度までの合計額は、大会運営に直接資することなどの条件に該当する約三千九百五十九億円となっています。
 東京大会の収支については、現在、大会の実施主体である組織委員会において精査されていると承知しており、政府としては、まずはこの精査の進展を注視して、適切に対処してまいりたいと考えております。
 大会の経済効果については、専門家等が様々な試算をされており、今後はそれぞれの検証がなされるのではないかと考えます。
 労働者派遣法の在り方の見直しについてお尋ねがありました。
 労働者派遣法については、これまで、同一労働同一賃金の実現など、労働者の保護に欠けることのないよう十分留意しつつ、多様な働き方を選択できるようにするため、必要な制度改正を行ってまいりました。
 今後とも、制度が適切に運用され、派遣労働者の待遇改善や雇用安定が図られるよう、関係者への制度周知、また指揮監督を徹底してまいります。
 IRについてお尋ねがありました。
 現在、新型コロナの影響で国内外の人の往来は制約を受けていますが、今後、我が国が観光先進国となる上で、IRは重要な取組であると考えます。
 我が国のIRは、依存防止対策などを講じつつ、カジノだけではなくして、国際会議場や大規模なホテルなどを併設し、家族で楽しめる観光拠点をつくるものです。こうしたIRは、多くの観光客を呼び込み、地域への経済効果は大きいと考えます。
 海外における個別の事業者の経営に関する詳細については承知しておりませんが、現在、それぞれの地方自治体が、様々なリスク評価も含めて、IRの申請に向けた準備を進めているところであると承知しております。
 引き続き、IR整備法などに基づき、厳格なカジノ規制の実施を含め、必要な手続を適切に進めてまいります。
 残余の質問につきましては、関係大臣から答弁させます。(拍手)
    〔国務大臣牧島かれん君登壇〕

#20
○国務大臣(牧島かれん君) 私が出席した会合に関する報道についてお尋ねがありました。
 報道のあった会合については、大臣に就任する以前の二〇一九年六月と二〇二〇年六月の二回、一国会議員として、NTTの関連施設内でNTT職員と会食を伴う意見交換を行ったものです。
 費用については承知しておりませんが、先方に御負担いただいたものと認識しております。(拍手)
     ――――◇―――――

#21
○山田賢司君 国務大臣の演説に対する残余の質疑は延期し、明十二日午後二時から本会議を開きこれを継続することとし、本日はこれにて散会されることを望みます。

#22
○副議長(赤松広隆君) 山田賢司君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

#23
○副議長(赤松広隆君) 御異議なしと認めます。よって、動議のとおり決まりました。
 本日は、これにて散会いたします。
    午後三時四十四分散会
     ――――◇―――――
 出席国務大臣
       内閣総理大臣  岸田 文雄君
       総務大臣    金子 恭之君
       法務大臣    古川 禎久君
       外務大臣    茂木 敏充君
       財務大臣    鈴木 俊一君
       文部科学大臣  末松 信介君
       厚生労働大臣  後藤 茂之君
       農林水産大臣  金子原二郎君
       経済産業大臣  萩生田光一君
       国土交通大臣  斉藤 鉄夫君
       環境大臣    山口  壯君
       防衛大臣    岸  信夫君
       国務大臣    小林 鷹之君
       国務大臣    二之湯 智君
       国務大臣    西銘恒三郎君
       国務大臣    野田 聖子君
       国務大臣    堀内 詔子君
       国務大臣    牧島かれん君
       国務大臣    松野 博一君
       国務大臣    山際大志郎君
       国務大臣    若宮 健嗣君
 出席内閣官房副長官
       内閣官房副長官 木原 誠二君
 出席政府特別補佐人
       内閣法制局長官 近藤 正春君
ソース: 国立国会図書館
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