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2021/06/02 第204回国会 参議院 第204回国会 参議院 憲法審査会 第4号 令和3年6月2日
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2021/06/02 第204回国会 参議院

第204回国会 参議院 憲法審査会 第4号 令和3年6月2日

#1
令和三年六月二日(水曜日)
   午後一時三分開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月二十六日
    辞任         補欠選任
     下野 六太君     安江 伸夫君
     井上 哲士君     山下 芳生君
 六月一日
    辞任         補欠選任
     古賀友一郎君     山田 太郎君
     平木 大作君     高橋 光男君
     安江 伸夫君     下野 六太君
 六月二日
    辞任         補欠選任
     衛藤 晟一君     清水 真人君
     山田 太郎君     徳茂 雅之君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         林  芳正君
    幹 事
                石井 準一君
                石井 正弘君
                西田 昌司君
                藤末 健三君
                那谷屋正義君
                白  眞勲君
                西田 実仁君
                松沢 成文君
                矢田わか子君
                山添  拓君
    委 員
                赤池 誠章君
                有村 治子君
                磯崎 仁彦君
                衛藤 晟一君
                岡田  広君
                片山さつき君
                上月 良祐君
                佐藤 正久君
                清水 真人君
                徳茂 雅之君
                中川 雅治君
                中曽根弘文君
                古川 俊治君
                堀井  巌君
                舞立 昇治君
                山下 雄平君
                山田 太郎君
                山田  宏君
                山谷えり子君
                石川 大我君
                打越さく良君
                江崎  孝君
                小西 洋之君
                杉尾 秀哉君
                福島みずほ君
                伊藤 孝江君
                下野 六太君
                高橋 光男君
                矢倉 克夫君
                浅田  均君
                東   徹君
                足立 信也君
                浜野 喜史君
                吉良よし子君
                山下 芳生君
                渡辺 喜美君
   事務局側
       憲法審査会事務
       局長       岡崎 慎吾君
   参考人
       近畿大学法学部
       教授       上田 健介君
       名古屋学院大学
       経済学部教授   飯島 滋明君
       大東文化大学法
       学部政治学科教
       授        浅野 善治君
       弁護士      福田  護君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改
 正する法律案(衆議院提出)
○日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基
 本法制に関する調査
 (日本国憲法及び憲法改正国民投票法を巡る諸
 課題について)
    ─────────────

#2
○会長(林芳正君) ただいまから憲法審査会を開会いたします。
 日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案の審査のため、四名の参考人から御意見をお伺いいたします。
 御出席いただいております参考人は、近畿大学法学部教授上田健介君、名古屋学院大学経済学部教授飯島滋明君、大東文化大学法学部政治学科教授浅野善治君及び弁護士福田護君でございます。
 この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多忙のところ御出席をいただき、誠にありがとうございました。
 皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。
 次に、議事の進め方について申し上げます。
 まず、上田参考人、飯島参考人、浅野参考人、福田参考人の順にお一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度会長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず上田参考人からお願いをいたします。上田参考人。

#3
○参考人(上田健介君) 上田でございます。
 本日は、本憲法審査会で意見陳述の機会を与えられましたことに感謝申し上げます。
 早速意見述べさせていただきます。
 一、まず本改正案についてでございます。
 まず、(1)、いわゆる七項目についてでございますが、この共通投票所制度の創設等七項目は、公職選挙法と平仄を合わせ、投票環境の整備を行うものと理解しています。
 憲法改正国民投票は、国民主権の権力的契機の現れであるとするのが通説的見解であり、有権者が投票しやすい環境を整備することが望ましいことは言うまでもありません。また、投票事務を担う地方公共団体の担当者の立場からも、国政選挙の場合とできる限り平仄を合わせておくことは事務の混乱を防ぐ上からも合理的であり、その点からも望ましいと考えます。
 次、附則についてです。
 次に、修正案に言う附則四条一号の二項目については、さきの七項目と同様に考えます。二号の広告制限等について、国民運動投票等は、表現の自由で保障される、言わばど真ん中の行為でありますので、誰もができるだけ自由にこれを行うことができることを原則に考えるべきだと考えます。
 ただ、いわゆる金の力により言論空間がゆがめられるのは問題だとの意見は、これは昔からございます。また、近年は、インターネットの発達に伴い、エコーチェンバーやフィルターバブルを通じた世論の二極化、フェイクニュース、ひいては世論操作といった問題も指摘されてきていますので、これらへの対応を検討することは望ましいと考えます。
 今後の議論に委ねられますので、ここでは二点だけ申し述べます。
 まず、イ、ロですが、自由にするとどういう弊害が生じるのかというのを論証する必要がございます。この点、公職選挙法はいわゆるべからず集で、もう規制されていますので参考になりませんで、一つ参考になるかと思いますのは、いわゆる大都市地域における特別区の設置に関する法律に基づくいわゆる大阪都構想の住民投票、これはイ、ロの規制なしに行われていますので、まあ一地域の住民投票と憲法改正の国民投票とでは完全に同視はできませんが、イ、ロについて自由に委ねたときに弊害が生じるのか、どういう弊害が生じるのかを判断、検討する際の一つの材料になるのではないかと考えました。
 次に、ハのインターネット等の適正な利用を図るための方策は、国民投票に限らず選挙の関係でも検討すべき難問です。
 ここでは、案に方策とあるとおり、法的規制については諸外国でもなお検討中の段階であり、例えばイギリスではインターネットの広告主の表示の義務付けが現在検討されてはいるようですが、検討中の段階でして、それゆえ日本でも、法的規制の方法も探りつつ、差し当たりはそれ以外の方法、メディアリテラシーに関する教育、啓発、あるいは人々がインターネット空間の内外で多様な意見、情報に接することができるような環境の整備といったことが想定されます。
 一つ思いましたのは、国民投票法では、国民投票広報協議会及び政党による放送、新聞広告が定められていますが、特に若年層に対してはインターネット、SNSを通じた情報提供が大事なのではないかということです。
 いずれにしましても、これらは専門家の意見も参考にされて議論を進めていただければと思います。
 次に、二、憲法に関する議論の在り方について、やや法案から周辺的な話に行くんですけれども、関連する話だと思いますので、論じさせてください。
 今見ました広告規制等も含め、国民投票法の規律対象は発議後のものです。それゆえ、議論の焦点が発議後の議論の在り方に当たるのは当然のことです。しかし、それ以前の段階、すなわち国会での発議原案の審議の段階、さらには調査の段階における議論の在り方もまた憲法をめぐる熟議を可能とするために重要でありますから、以下、意見を述べさせていただきます。
 なお、今、それ以前の段階と申しましたが、これは論理的に、発議の前には発議や改正原案の憲法審査会そして本会議での審査が行われ、更にその前には、何の前触れもなくいきなり改正原案が出されるというのはおかしいですので、憲法に関する調査が行われるはずであるという程度の意味にすぎません。後で述べますとおり、調査を行えば必ず原案提出に至る、あるいは原案提出するために調査を行うというような関係にはないと私は考えております点、念のため申し添えます。
 私は、憲法に関する議論は、憲法に問題があるとの認識があるならば、その認識が正しいのかどうか、また、問題があるとして、その原因はどこにあり、何をどのように改善すればよいのかという観点から丁寧に行われるべきものと考えます。
 日本の憲法をめぐる現状の問題点、その原因、改善すべきポイント等々といった事柄に関する情報を専門家の知見も生かしながらできるだけ多く収集、整理し、そして様々な立場から意見をぶつけ、議論するべきです。そして、そのような情報や意見を議論の大前提となっている憲法の意義や価値と併せて、調査と並行しながらできるだけ多く丁寧に国民に提供し、国会の中だけでなく国民の間でも冷静に熟議を行えるようにするべきです。
 (2)議論の対象ですけれども、今、憲法に関する議論と申しました。ここで憲法と言うとき、私は、日本国憲法、憲法典、講学上の形式的意味の憲法ではなく国家の組織や作用に関する基本的な規範の内容そのもの、講学上の実質的意味の憲法、論者によっては憲法秩序という言葉も使ったりもしますが、そちらをイメージしています。
 実質的意味の憲法はもちろん憲法典にも含まれていますが、それらに限らず、法律やあるいは判例法理、あるいは国会でしたら議院規則や先例、あるいは例えば理事会で議論するだとか、そういうような慣行も含めて、様々な不文の慣行や運用など、様々な形で存在していると考えられます。憲法をめぐる論議というと、専ら憲法典、そしてその文言にだけ目が行きがちです。しかし、私は、むしろもっと広く、実質的意味の憲法、規範の内容に着目して検討を行うべきだと考えます。
 現に、憲法審査会の任務には、日本国憲法に密接に関連する基本法制という文言の調査も含まれております、国会法百二条の六。ここには、後段で法案審議の対象として例示されている憲法改正国民投票法に限られず、先ほど申しました実質的意味の憲法が広く含まれるものというふうに読むことができます。実質、中身が大事だということです。この実質的意味の憲法、国政に関する基本的な規範の仕組み自体に問題がないのか、あるいは社会や国民意識の変化に対応しなければならない点がないのかは不断に検討するべきだと考えます。
 ここで重要なことが二点あります。
 一つは、憲法は国政の基礎となる仕組みに関わる規範の集まり、集合体ですから、ある部分を見る場合でも、全体の中での位置付けやほかの部分との関係を意識する必要があるということです。特に、統治機構に関わる規範の場合、一部の規範を動かすと、権力の行使と抑制のバランスが崩れて別の部分に悪影響が出ることがあります。憲法はまた基本的な仕組みですから、局所的な議論は避けて、少なくともある程度まとまった固まりを見ること、さらには日本の社会、国家はどうあるべきなのかという大局的な見地から見る姿勢も大事だと考えます。
 もう一点です。日本国憲法は、諸外国の憲法と比較して、憲法典としては文字数の少ない簡素なものであるという特徴を持っております。憲法典として簡素であるということは、上記の国政に関する基本的な規範を法律や判例などで補足をして具体化して、憲法典が定める骨格あるいは憲法の基本原理、これを損なわない限りで発展させていく余地が大きいことを意味します。
 このように、良く言えば柔構造、柔軟性を備えていることが、日本国憲法が現在でも世界水準で通用する立憲主義の諸原理をいち早く備えていたことと併せて、七十年余りにわたって機能してきた理由なのではないかと見ています。日本国憲法のこの特徴を前提にする限り、実質的意味の憲法を検討して仕組みの改善を図らなければならないことが認識されても、法律の改正等によって実現できる事項が多いのではないかと考えます。
 もちろん、法律改正等によっては改善できず、憲法改正が必要だという結論に至ることがあり得ることは否定しません。また、ある規範を、従来は例えば法律レベルだったものを憲法レベルのものに引き上げることによって保障の度合いを高めるということもあり得ると思います。さらに、憲法典全体について、先ほど申しました柔構造を改めて、もっと規範の、何というか、規律密度といいますか、それを高いものにするという見直し、これもあり得るかと思います。
 しかし、議論のやり方として、実質的意味の憲法に着目を、もう少し意識をして着目をすることによって、結果としてその憲法改正を行う必要性だとか、あるいは法律改正等による方法を取った場合と比較してのメリットやデメリットのようなものが議論の中で明らかになり、結果としてもし憲法改正の発議になった場合にはより説得的な理由付けをもたらすでしょうし、あるいは、憲法改正の発議には至らず、法律制定等別の方法の方で解決ができるということになっても、これはこれで、もう大事なことはその中身が良くなること、悪くなりかけているものが戻ること、あるいはもっと良くなることが大事ですので、そういう法律制定等の方法になってもよいわけです。したがって、こういうアプローチというのは有用なものじゃないかというふうに私は考えております。
 繰り返しになりますが、憲法に関する調査を行う際には、憲法典、形式的意味の憲法、条文だけではなく、より広い憲法秩序、実質的意味の憲法に意識を向けること、それから、条文よりも、まず今憲法規範に関係する現状、そこにどういう問題があるのか、そういうところに焦点を合わせるべきだと考えます。
 (3)議論の主体です。
 憲法改正にもつながり得る憲法をめぐる議論は、憲法九十六条また国民投票法の定めから見ても国会での議論が中心になります。これについて三点申し述べます。
 まず、憲法をめぐる議論は、政党本位ではなく、各議員が主体となり自由に行われることがあってもよいかと考えます。通常政治は、諸政党が政権を取り政策を実施することを目指し競争をし、言わば対立モードで行われるものであるのに対して、憲法は通常政治を行うため党派を超えて共有する土台です。もちろん、その中には通常政治における政策と密接に関わる条項もあり、通常政治における政党間の対立がそのまま持ち込まれる場合があることは否定しません。しかし、党派を超えて意見が一致することも多いはずですし、また、できるだけそうあるべきであると考えます。
 他方、憲法は統治機構や基本的人権に関わる多様な論点を含みますから、特に人権に関わるものなどは同一政党に所属する国会議員の間であっても個人の信条というレベルで意見が分かれることがあって当然だと思います。論点によるのかもしれませんが、政党による縛りを掛け過ぎず、様々な意見を持った議員間での自由な議論をしていただきたいと願います。
 次に、憲法は通常政治を行うための共通の土台ですから、憲法に関する議論それ自体もできるだけ幅広い合意を基礎に進められるべきです。憲法改正の発議要件が各議院の総議員の三分の二以上とされているのも、単に過半数の賛成でよい法律制定の場合よりも現状からの変更に慎重であるべきであるという趣旨だけでなく、党派を超えた幅広い合意に基づくべきであるという含意があると解することができます。その意味で、この憲法審査会がこれまで与野党を超えた合意を基本として慎重に審査を進めてこられたことに敬意を表する次第です。
 最後に、国民との関係です。
 言うまでもなく、主権者、憲法改正権者は国民であり、国会は発議を行うにすぎません。しかし、日々の生活の中で憲法について考えることが少なく、また関心を持っていない国民、方々も多いと思います。最近ではポピュリズムの弊害も指摘されています。国民の代表者である国会議員の方々には、国民の分断をあおるようなやり方ではなく、国民が憲法をめぐる諸論点について冷静に熟議することを可能とするよう、憲法の基本的な意義や価値と併せて、日頃からできるだけ多くの良質な情報を国民に提供する責務があると考えます。
 繰り返しですが、国会には、憲法をめぐる現状に問題があるのか、問題があるならば、その原因はどこにあって、何をどのように改善すればよいのかという観点から議論をして、議論の基礎となる豊かな情報と多様な意見、そして大前提となる憲法の意義や価値と併せて分かりやすく国民に示していただければと思います。
 以上で、私の拙い意見を申し述べた次第です。
 ありがとうございました。

#4
○会長(林芳正君) ありがとうございました。
 次に、飯島参考人にお願いいたします。飯島参考人。

#5
○参考人(飯島滋明君) この度は貴重な機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。
 経済学部の教員ですけれども、憲法を専攻しています名古屋学院大学の飯島と申します。
 資料の方をお配りさせていただいていますけれども、これ多分、授業でも多分九十分で収まらないのを作ってしまったなと思いましたので、かなりはしょって話の方はさせていただきたいと思います。
 今回、私は七項目の、限定して話をさせていただきたいと思っていますけど、関連することについては発言の方はさせていただきたいと思います。
 この七項目に関してなんですけれども、例えば、五月二十六日、憲法審査会ではですけれども、投票環境の向上だと、あるいはメディアでは、利便性の向上、そのために変えるんだということが言われることがございます。五月二十六日の憲法審査会でも、その外形的事項については公選法並びとすることが合理的だという発言があったと思います。
 ただ、確かに向上する側面もあるかと思いますけれども、やはりここで先生方に考えていただきたいなと思いますのが、人を選ぶ選挙と憲法改正というものの是非を問うやっぱり国民投票には制度的あるいは趣旨に根本的な違いがあります。そういった違いもやっぱり適切な配慮をしないで、単純に同じ投票だからということで横並びにしてしまえということでは、やはり投票環境の悪化あるいは利便性の悪化をもたらす可能性がございます。
 結論からいいますと、繰延べ投票の告示期間の短縮あるいは期日前投票の弾力的運用に関しては、明らかに投票環境を悪化させる、その可能性というのがございます。
 本当、十五分でかなりはしょって話をさせていただきますけれども、法案の説明もちょっとできないところというのもございますけれども、御了解いただければと思います。
 例えば、この繰延べ投票の告示期間の短縮ですけれども、これこそまさにやっぱり選挙と国民投票の違いというのが明確に表れる項目ではないかと思います。
 結論からいいますと、日曜日に投票できないと、だけれども、まあ台風が来て投票ができない、今までの憲法改正国民投票であれば木曜日以降になるんですけれども、公職選挙法に合わせて翌日の月曜日投票できるようになってしまうと。これも考えていただきたいんですけれども、日曜日が台風です、あるいは大地震です、投票できません、翌日の月曜日投票できる制度、これが果たして投票環境の向上になるのかというと、私はそれはならないんだと思います。ですので、この項目に関しましては削除あるいは修正というのが必要ではないかというふうに考えます。
 あるいはですけれども、選挙の際の繰延べ投票、これは例えば小選挙区とかであればそこだけやればいいのかもしれませんけれども、憲法改正国民投票のとき、一か所だけ繰延べ投票になりましたといったとき、やっぱりこれ全国に及ぶ可能性があるんじゃないでしょうか。そこもやっぱり先生方に御議論いただきたいというふうに思っています。
 次ですけれども、期日前投票の弾力的運用ですけれども、これも例えば朝六時半から夜十時までできるという意味で向上になる可能性もないわけでもないですけれども、ただ、今の実際の運用を見ていますと、むしろ悪化する可能性の方が高いかと思います。
 これ、本多平直議員が衆議院の憲法審査会で、二〇二〇年の十二月二日と二〇二一年の四月十五日にパネルなんか示して紹介されていたかと思いますけれども、やっぱりこの弾力的運用というのをやると五十一時間三十分から五十時間三十分に減ってしまうような事例があると。
 私、現状を前提とすればという話をさせていただきましたけれども、例えば二〇一九年の七月の参議院選挙では、約三人に一人、三三%が期日前投票しているんですよね。三人に一人、三三%が期日前投票をしているにもかかわらず、期日前投票の時間を少なくしてしまう可能性があると。やはりこれ、投票環境の悪化の可能性があるんではないかと。
 ですので、少なくとも一か所に関しては朝八時半から二十時までずっと開いているという仕組みというのはやっぱり残しておくべきだと思いますし、衆議院でもやっぱり議論がございましたけれども、確かに地域の実情というのはいろいろ違いますので、弾力的に運用するというのは必要がないとは言いません、合理性はあるんでしょうけれども、ただ、全体としてその時間が短くなってしまうようなことがないように、そういったためのやっぱり法案の何らかの手当てというのは必要じゃないかと思います。
 あと、今回の七項目の改正に関して申し上げさせていただきますと、期日前投票の事由として、天災又は悪天候により投票所に投票することが困難であること、これが期日前投票の事由として追加されます。自然災害で、言い方は悪いですけれども、投票できない、じゃ、期日前投票行こうというときに、その期日前投票の時間が短くなってしまうということであれば、やはりこれ投票環境の悪化になるということが言えるんではないかと思います。
 そういった意味で、期日前投票の弾力的運用でありますとか、繰延べ投票の告示期間の短縮に関しては、投票環境の向上どころかむしろ悪化をもたらす可能性があるということを申し上げさせていただきたいと思います。
 じゃ、その次ですけれども、憲法上問題がある問題ということについて話をさせていただきます。
 二〇〇五年の九月なんですけれども、最高裁判所が、外国にいる日本人が投票できない、こういった公職選挙法は憲法違反だというふうに最高裁判所が判示しています。つい最近、最高裁判所の事例ではないですけれども、最高裁判所の裁判官の国民審査に関しまして、外国にいる日本人が投票できない、こういった事例に関しまして、二〇一九年の五月には東京地方裁判所が、二〇二〇年の六月には東京高等裁判所が憲法違反という判断を下しています。投票できない国民がいるということ自体、それが主権者の権利である参政権を侵害するということで憲法違反だというのが最高裁判所以下の裁判所の基本的な立場です。
 これも後で、もしかしたら時間があれば申し上げたいと思いますけれども、やっぱり憲法というのはもしかしたら一回国民投票になってしまえば一生国民投票はないかもしれない。その効力というのはずっと続くわけですけれども、そういった国民投票のときに投票できない人たちがいるというのは、これは普通の選挙以上に憲法違反となる可能性、最高裁判所の二〇〇五年の在外投票のものを見ても憲法違反となる可能性というのは否定できないんではないかと思います。
 そうした観点からですけれども、洋上投票の問題と、あと不在者投票の問題について先生方に提示させていただきたいと思います。
 衆議院選挙あるいは参議院選挙の場合ですと、船員というのは洋上投票を行う場合には事前に選挙人名簿登録証明書というのをもらいます。例えば、急遽ですけれども、衆議院が解散されましたということになったとしてもですけれども、その選挙人名簿登録証明書の有効期間というのは七年間ですので、それは投票用紙があればという条件になりますけれども、対応できます。
 ですけれども、これ、横並びにすればいいのかという話なんですけれども、憲法改正国民投票のとき、実は法の二十条一項を見ますと、国民投票が行われる場合に投票人名簿というのは作られるというふうに条文では書かれています。もっと言いますと、憲法改正手続法五十三条一項を見ますと、投票人名簿又は在外投票人名簿に登録されていない者は投票することができないというふうに書かれています。この規定を見ますと、じゃ、洋上にいて、いきなり憲法改正の発議になりました、投票もそのとき行われますと。これ、先生方はよく御存じだと思いますけれども、この国民投票の期間というのは六十日から百八十日間、ある意味で非常に短いです。その間に国民投票が行われてしまう可能性があると。
 ですから、船に乗っかっている間に実は憲法改正の発議がされて投票ということもあり得ると。そのとき、この投票人名簿というのはどうやって作るんですかと。この手当てが実は法でなされているのかどうかといいますと、私、ちょっと何回も見たんですけど、よく分かりませんでした。ですから、これ、参議院の先生方にはちょっとここら辺も御審議いただければというふうに考えています。
 私、ここでちょっと例を挙げさせていただきたいんですけれども、海上自衛隊員はどうなんですかね。今、政府の命令で例えば半年間洋上に出ているような場合があると。その出ているときですけれども、憲法改正の発議がされました、国民投票もその間に行われますと。そのとき、この海上自衛隊員というのは果たしてこれ、できるのかどうか。そこら辺に関しては、本当に先生方に参議院で十分な審議というのを尽くしていただければと思います。
 これができないということになりますと、先ほど最高裁判所の私、裁判例というのを紹介させていただいたかと思いますけれども、投票できない主権者がいるということであれば、やはり最高裁判所の判例に照らしても憲法違反の可能性というのは出てきます。もっと言いますと、今、憲法改正のいろんな議論がされているかと思います。自衛隊を明記するんだと、それが自衛隊員のためなんだということを言っていらっしゃるかと思いますけれども、じゃ、その当の自衛隊員が投票できないということになれば一体何のためなんだと、そういう話になりかねないんではないかと思います。
 ですので、そうであれば、結局、憲法改正のために自衛隊員を口実にしただけか、そういうことがないようにしていただきたいと思いますので、ここに関しては、本当、そういった仕組みがあるのか、あるいは私の見落としなのかというのを先生方に御検討いただければというふうには思います。
 次に、不在者投票になります。
 二〇一六年の十一月二十五日の参議院の倫選特ですけれども、要介護五に限定している郵便等による不在者投票に対して、当時の高市早苗総務大臣は、やっぱりこれは不十分だということをおっしゃっていました。今ここにいらっしゃる浅田先生も、これに関しては賛意を示されたと思います。私もそうだと思います。
 個人的な体験になりますけれども、つい最近要介護三という方に接していますけれども、一人で投票行くなんてやっぱりむちゃです、見ていて。その方は働いているということで、要介護二にされるかもしれないということも言っていました。そうであれば、本当に要介護三でもいいのかどうか、ここはやっぱり認識、議論する必要があるんだと思います。
 ましてや、今コロナ感染が拡大する中、投票できない人がいるという状況に拍車が掛かっています。保健所の指示で、宿泊療養あるいは自宅での療養を余儀なくされて投票できない人たちというのがいるわけです。この人たちが放置されているということであれば、先ほど申しました二〇〇五年の最高裁判所の判例に照らしても、やはり憲法違反ということになるかと思います。
 今、急遽特措法を作って、七月の都議選にという話ありますけれども、確かに法的な手当てというのは私は必要だと思いますけれども、ただ、選挙の要請というのは不正な投票というのも防ぐと、これは民主制の根幹に関わります。ですから、余りいいかげんなものを作ってもらっても正直言って困ると。
 ですので、もちろん投票できない人がいるというのはまずいんですけれども、不正投票を防止するという観点からも、そういった観点からも適切なものをしっかり時間を掛けて作っていただければというふうに思います。
 時間の関係がありますので、あとのことに関しては簡単に申し上げます。
 例えば、公選法並び七項目に関して言えば、投票人名簿の閲覧の導入というのがございます。これに関しては私、評価できる点はあるかと思います。ストーカーやDV対策ということで、やっぱり簡単に個人情報を渡さない、それは評価できる点はあるんだと思いますけれども、これも実は宿題があるんではないかというふうに考えています。
 衆議院がですけれども、二〇一八年六月に作成した資料ではですけれども、実は受刑者に関しては、要するにそれを見られることによってどこにいるということが分かってしまうと、刑務所にいるということが分かってしまうということで、結局は受刑しているんだということが分かってしまうと、これに対する対応が必要だということが書かれているんですけれども、衆議院の憲法審査会でそれが議論された形跡というのはございません。衆議院の憲法審査会で検討が必要だと言われたことを衆議院でやっていないというのは果たしてどうなんだろうかという辺りも、やっぱり検討の課題として残るんではないかと思います。
 今度、ほかに必要なことということで紹介させていただきますけれども、在外投票、これ、今数字見ていただければ、参議院の資料も出て、先生方も御覧になったかと思いますけれども、百三十万人ぐらい日本人がいて、大体二万人ぐらいしか投票していないと。二%弱です。これでいいんですかね。むしろ、やっぱり、何でこんな少ないんだと、こういった辺りを検討するということが非常に必要なんじゃないかと思います。
 ホームページ見ていただければ分かるかと思いますけれども、正直言って、投票制度分かりづらいです。憲法改正国民投票法ではちゃんと何時から何時までって書いてあるんですけれども、この外務省のホームページ見ますと、朝九時半から七時だったかな、五時だったかな、ちょっと正確な時間忘れましたけれども、そこに投票します、場所によってはもっと短い可能性がありますとしか書いていないんですよね。外国にいて、ただでさえ大変なときに、日本よりか短い時間で投票なんかできるのかと。
 そういった辺り、実はいろいろ、もろもろあります。むしろ、外国にいる日本人が投票しやすい環境というのをしっかり調べた上で対応するべきだと思います。出国時の申請制度を簡単にしましたという、そういう小手先だけではやはり問題ではないかというふうに思います。
 今度、共通投票所の話もさせていただきますけれども、今年の四月十五日、憲法審査会で本村伸子先生が指摘されたかと思いますけれども、七か所あった投票所が結局三か所に集約されてしまうと、そうすると、投票所に行く距離というのが長くなってしまう、こういった事例があるということを本村先生は紹介されているかと思いますけれども、これで果たして投票環境が良くなったと言えるのかどうか。むしろ投票環境が悪化しているんじゃないかということが言えるかと思います。そこでやっぱり十分な検討というのが必要ではないかというふうに考えます。
 簡単にあと、まとめの方をさせていただきます。
 公選法並び七項目の目的というのは投票環境の向上でありまして、確かにそういう側面がないとは全く言いませんけれども、繰延べ投票の告示期間の短縮、あるいは期日前投票の弾力的運用に関しては、かえって投票環境を悪化させる可能性があると。洋上投票や不在者投票に関しては、これは先生方に十分御検討いただきたいと思いますけれども、投票できない人がまだそのままになっている可能性があると。そうであれば、最高裁判所の判例に照らしても憲法違反状態が放置されている状況でありまして、この状況で国民投票なんていうのはもってのほか、憲法違反になる可能性もございます。在外投票や共通投票所に関しても、投票環境の向上という視点からやはり検討すべきことが検討されていないと言えるかと思います。
 これもちょっと、まあ過ぎてしまうのでやめます、短くしますけれども、私、二回の先生方の審議見させてもらって、非常にやっぱり先生方がいら立っている、頭に来ているの分かりました、衆議院は何でこんなもの送ってくるんだという。法の専門家から見ても、今申し上げましたとおり、やっぱりちょっと問題多過ぎますよ、これを通すのかどうか。
 実は、これを通してしまうということは、先生方が感じたのと同じこと、衆議院が何でこんなの通してくるんだというのを感じたと思うんですけれども、それを国民に対して先生方がやることになるかもしれないと。そうならないようにするために、しっかりした審議、場合によっては衆議院に反省を迫る意味で、何だ、これと送り返すぐらいのこともやっていただければというふうに思います。
 ありがとうございます。

#6
○会長(林芳正君) ありがとうございました。
 次に、浅野参考人にお願いいたします。浅野参考人。

#7
○参考人(浅野善治君) 大東文化大学の浅野善治と申します。今日はこのような機会をいただき、大変感謝をいたします。
 日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案及びこれに対する修正案に対してということで意見を述べさせていただきたいと思います。
 内容についてもいろいろ意見があるわけでございますが、まあそれはちょっとそれといたしまして、また後ほどということにいたしまして、むしろこの法案の審議の仕方ですね、それについて少し考えるところがございますので、その辺りのことについて少し意見を述べさせていただきたいと思います。
 ほかの参考人の先生方がレジュメを用意していらっしゃるんですが、私は、ちょっと済みません、レジュメは用意していなかったものですから、参考資料がございません。配付資料はございませんが、お聞きいただければと思います。
 この改正案ですけれども、提案されたのが平成三十年の六月、百九十六回国会ということでございます。もう既に三年が経過しようというような時間がたっております。こういうように、長い時間が掛かりましたこと、これは大変残念に実は思っております。また、こうした改正案の審議が憲法改正の実質的な審議そのものと関連があるかのように取り扱われているとすれば、やはりこれも非常に残念なことだというふうに思っております。
 憲法改正というのは、やっぱりその国の基本である憲法の内容を主権者たる国民が国民の意思によって決定するという、国民に与えられた非常に重要な、国民主権の本質を確保するための極めて重要な権利というふうに思っております。ですから、これが実質的に十分に機能するようにということというのは常に配慮されていなければならないというように思います。
 憲法改正の議論に絡んで、立憲主義ということがよく問題にされます。立憲主義とはということですと、その憲法を守って、権力者の権力行使を憲法に従わせることによって国民の自由を守るというようなことが言われて、憲法を守るこそが重要だと、こういうように説明されるわけですが、これは一面正しいところもあるわけですけれども、その従わせる憲法自体が主権者たる国民の意思によって決定されているものでなければ、この立憲主義というのは全く意味を成さないということになるかと思います。そういう意味では、現在の国民ですね、過去の国民ではないです、現在の国民が、その国民の意思に従って今の憲法を検証し、また改正が必要であれば常に改正ができるように、それを確保しておくことということが極めて重要なことでありまして、これが確保されなければ立憲主義というのは成り立たないというふうに思っております。
 ですから、そういう意味では、憲法改正の審議というものはできるだけ常に行われなければならないというふうに思っております。
 ですから、法案の審議というものがあって、その法案の審議の都合によって憲法改正の実質の審議が遅れる、あるいはそれが後回しになるということがあるとすれば、これは立憲主義というものについて、国会のその法案審議が立憲主義を阻んでいるというようなことを言ってもいいぐらいと思っております。そういう意味では、国民の憲法改正の権利、これが実質的に確保されるようにということ、これをまず最優先にして、こういう関連法の審議というものも進めなければならないというように思っております。
 そういう意味では、憲法改正の実質的な審議をこの法案の審議と関連させるというようなことはあってはならないというふうに実は思っておりまして、全く別に切り離して行うこと、これが極めて適切なことではないかなと実は思っております。
 よく憲法は国会に対して唯一の立法機関だという地位を与えている、国権の最高機関であり唯一の立法機関だという地位を与えているということが言われます。これはよく承知されていることなんですけれども。
 唯一の立法機関というのは、国会じゃなければ法律が作ることはできない、あるいは国会がほかの誰にも拘束されずに法律を作ることができると、こういうことでございますから、法律を作るという局面では、国会は自由にその審議の仕方を決めてもいいし、その内容を決めてもいいわけです。ですが、憲法改正の発議ということは、これは実は立法活動とは全く違った機能を憲法が国会に与えているわけですね。ですから、これは立法機関として国会は活動しているわけではなくて、実は、憲法改正を行う国民、主権者たる国民の総体、国民の有権者団と言ってもいいかもしれませんが、その国民の有権者団が持っている憲法改正権、それを、その準備をする、そのための原案を作成し、憲法改正の発議をする、これが国会の役割ということだと思います。ですから、そういう意味では、国会が立法活動として行っているわけではなくて、むしろ国民の憲法改正権、それを受けて国会が活動しているということになると思っております。
 そういうことからすると、国民が憲法改正についてどのように考えているかということを的確に反映して審議をし、またその審議の運営もなされなければならないというように実は思っております。
 そういうことからしますと、例えばNHKがこの五月に行いました憲法改正の議論についての世論調査、この中では憲法改正の議論を進めるべきだという国民が五四%、進める必要がないという国民は二七%です。さらに、この三月から四月に読売新聞が郵送によって行った世論調査、これはもう憲法審査会の審議の在り方についてそのものを聞いているわけですが、憲法審査会の審議が予算案や他の法律の審議など国会の状況に影響されず議論を進めるべきだとしているのが七二%、そういう予算案やほかの法律の審議など国会の状況によって議論が進まなくてもいいと言っているのが二二%という数字です。ですから、国民の七二%は、国会の予算案やほかの法案の審議などの都合によって憲法審査会の審議が進まないということについておかしいというふうに思っているわけです。
 さらに、その同じ読売新聞の世論調査では、各政党が憲法改正に関する議論をもっと活発に行うべきだというのが六五%、そうは思わないが三〇%です。さらに、憲法改正をする方がいいかということもその世論調査は行っているわけでして、憲法改正をする方がいいという数字が五六%、憲法改正をしない方がいいという数字が四〇%なんです。
 ここでちょっと注意して見てもらいたいことは、憲法改正をする方がいいという数字が五六%なんですが、憲法審査会の審議が予算案や他の法律の審議など国会の状況に影響されずに議論を進めるべきだと言っているのは七二%なんです。ですから、憲法改正をした方がいいと言っているのは五六%なのにもかかわらず、憲法審査会の審議は進めるべきだが七二%なんですね。ということは、憲法改正に反対の人もこの憲法審査会の審議は進めるべきだという人がかなりいるということなんですね。ですから、そういう意味では、憲法改正の実質審議をこの憲法審査会がほかの法案の審議などには影響されずに進めるということを国民が期待をしているんだろうと思います。そういう国民に応えることこそが国会の与えられた重要な責務だと実は思っております。
 ですから、こういう改正案の審議が憲法改正の実質的な審議に影響を与え、あたかも改正案の審議が優先されて、それが終わってから憲法改正の審議をしなければならないというふうなことだとすれば、これは極めて国会の在り方として問題があるのではないかというように思うところです。もし憲法改正に反対ということであれば、国会の憲法改正の実質的な審議の中でいかに憲法を改正すべきではないかということをしっかり議論するということも国民は期待しているわけでして、まさにそういう憲法改正の審議の中で、国民に対して憲法改正の論点、問題点、あるいは憲法改正をいかにしない方がいいかということも含めて、そういったことの内容をしっかり議論をして国民にそれを見せていくことというのがまさに国会の憲法審議の在り方ではないかなというふうに思います。
 先ほどほかの参考人の方からも御意見がございましたように、こういった憲法改正の審議というのは、国政の政策選択という形で選ばれてくる選挙での投票、そういったものとはかなり性質が違うというふうに思いますので、政党選択をして政策選択をしている、そういうその国会議員の活動ということとは切り離して、やはり国民の代表という一人一人の国会議員の立場、ですから、そういう意味では政党を離れた議員個人の立場、そういったもので議論が進められるべきだと思いますし、党派性とかそういったものを抜きにして国会の憲法審議というものがなされるべきだというように実は思うわけです。
 そういったことで、国会の憲法改正案の審議というのは、その関連法案の、例えば今回の憲法改正の手続に関する法律の一部改正案の審議の国会の在り方とはかなり性格が違うものだというように思うわけでして、ですから、そういう意味では、そこは切り離して別な考え方で審議が進められるべきだというふうに思います。ですから、そういう意味で、この改正案の審議の在り方ということについてはそういった面から強く意見を申し上げたいと思うところです。
 そういう審議の在り方を、全く、性質のものを、別に、一緒のこの憲法審査会で行うということ、これ、ほかの、憲法審査会とは別に憲法審査の、憲法の実質的内容を審査する機関と関連法案を審議する委員会と分けてあれば非常に問題が少ないわけですけれども、それも同一の憲法審査会で行うということだとすれば、やっぱりそこはきちんと区別できるように、例えば小委員会というような形で分離をするとか、あるいは分科会というような形で分離をするとか、そういった形で明確に分けてその審議を進めることというのが望ましいんじゃないかなというのが私の意見です。
 この改正案の内容自体につきましては、やはり投票機会というものをできるだけ保障しよう、あるいは投票権者の利便性をできるだけ確保しようというような形で様々な議論がなされているところでございまして、ある意味、公選法の審議の中で十分な議論も尽くされているというふうに思いますと、この七項目については、公選法に、これ、投票のときに表れる意思、これをできるだけ正確に、またできるだけその利便性を確保しながらそれを聞き取るというような意味での内容というふうに思いますので、これは速やかに改正をすべき、決定をすべきだというふうに思いますし、また、広告規制、その他のインターネット規制、広告放送、有料広告規制、こういったことにつきましては、やはりそれは憲法審査、憲法改正の審議というものといわゆる選挙で候補者を選ぶということ、その性格の違いというもの、それを十分に踏まえた上で、この国民投票の、国民投票運動と言っていいのかどうか分かりませんが、そういったものを制限することというのは、まさに政治的な意見表明自体を止める、あるいは制限するということにつながるものというふうに考えられますので、できるだけそこには制限を掛けないということが望ましいというふうに思います。
 ただ一方、さはさりながら、例えば資金力による意思がゆがめられるとか、そういった弊害というのがもし仮にあるとすれば、具体的にこの政治活動の自由、そういったものを制限する弊害としてどういうものがあるのかということ、それをきちんと洗い出した上で、その政治活動の自由を制限してでも止めなければいけない弊害、それを除去するという限度で制限を掛けていくということが望ましいんだろうというふうに思います。ただ単に、選挙運動の規制というような形で共通の土俵をつくる、一つのルールをつくるという形でその内容、制限の内容を決める、そういうものではないというふうに実は思っております。それが今回の改正案の内容ということの意味というふうになるかと思います。
 いずれにしましても、一番意見として感じておりますところは、こうした改正案の審議が憲法改正の実質的な審議というものとは全く性格が異なるものだということでございまして、そこはきちんと分離をして、憲法改正の審議というものは、いつでも国民が望むのであれば、それをきちんと受け止めて、国会が審議をしていくことが重要だということ、これは強く意見として申し上げたいと思います。
 どうも御清聴ありがとうございました。

#8
○会長(林芳正君) ありがとうございました。
 次に、福田参考人にお願いいたします。福田参考人。

#9
○参考人(福田護君) 弁護士をしております福田と申します。
 本日は、憲法改正手続法についてのこの場で意見を申し上げる機会、与えていただきまして、大変ありがとうございます。
 今日は、資料として、私のレジュメと、それから日本弁護士連合会、日弁連と申しますけれども、日弁連が作成、発表している意見書を二通御用意いたしましたので、適宜御参照をお願いしたいと思います。
 最初にお断りをしておきたいのですけれども、私は日弁連の憲法問題対策本部というところに所属をして、日弁連の意見書作りなどにも関与をしてきております。本日も先ほどの資料をお配りをさせていただいております。しかしながら、本日は、日弁連の委員としての立場ではなくて、弁護士個人としての意見を申し述べさせていただくということにしたいと思います。それは大筋において日弁連の意見と重なりますけれども、一部異なるところもございます。そのようなものとしてお受け止めをお願いしたいと存じます。
 私からは、憲法改正手続法の質的な面、これを中心にお話をさせていただきたいと存じますが、まず最初に、私としての結論的な意見をまとめて申し上げさせていただきたいと思います。
 現行の憲法改正手続法は、仮に今審議されている公選法並びの改正がなされても、根本的な部分に欠陥があって、その対処がなされない限りは公平公正な国民投票が保障されず、このままでは実際に適用されるべきものではない、国民投票が実施されてはならない、このことを強調させていただきたいというふうに存じます。
 公平公正な国民投票の実施、実質的平等の確保された国民的熟議の下での国民投票の実施、これは憲法改正というこれ以上ない重要な選択において必ずや確保されなければならない憲法上の価値だと存じます。憲法九十六条も憲法十四条もそれを要求をしていると考えます。これは、衆議院において提出をされた修正案の附則第四条、特にその第二号に基づく措置がとられても、なお十分ではないのではないかと考えております。
 もし仮に現状のままで国民投票が実施された場合、特に国民に極めて影響力の大きいテレビ、ラジオのCMを含む有料広告においては、賛成派、反対派の間でその量、放送時間帯等に圧倒的な格差が生じます。極めて不平等な事態が現出すると存じます。また、現状で規制のないインターネットの使用や広告というのは、全く無秩序な状況を呈するのではないかと危惧をされます。さらに、これは最低投票率の問題に関連しますけれども、選挙での投票率が大きく低下してきている現状では、根本規範たる憲法改正の正当性、これを基礎付けるに足る賛成票というのがないままに憲法改正がなされてしまうおそれ、これも感じないではいられません。
 憲法改正における国民投票の性質という点についてですが、改めて強調させていただきますけれども、著名な憲法学者、芦部信喜先生はその著書において、国民投票による憲法改正決定の方式というのは、国民主権の原理と最高法規としての憲法の国民意思による民主的正当化の要請とを確保する最も純粋な手段と言うことができる、こういうふうに述べておられます。
 このような憲法改正というのは、まさに憲法制定権力ないし改正権力の発動でありますから、立憲主義の理念に支えられ、それを具現したものでなければならないと存じます。憲法改正国民投票は、それによって国民が自らの権利、自由を確保すべきものであって、国民が権力に対して何をどう守らせるのか、その規範の新たな定立でございます。そして、それは国と国民との在り方、これを将来の長きにわたって決定付けるものになります。憲法改正手続は、そのようなものとして憲法改正の正当性を十分に根拠付ける、そういうものでなければならないと存じます。
 国民投票がそのようなものであるためには、幾つかの最低限の要請ないし条件が満たされる必要があると存じます。一つは、国民投票手続が国民の主体的、能動的参画を保障するものでなければならない。二つ目は、主権者である国民間でその参画の機会、これが実質的な公平、平等を保障される必要。そして同時に、その制度が公正なものとして用意をされ、その公正な運用が確保される必要というふうに考えております。
 日弁連は、憲法改正手続法について、二〇〇四年に与党がその法案の検討を始めたその時期から検討を行ってきておりまして、二〇〇五年二月には法案に対する意見書を発表し、その後も数次にわたる意見書を公表して提言を行い、また、その時々の状況の推移に応じて会長声明なども発表してきております。
 本日は、私の意見を申し上げる参考資料として代表的なものを二つ、既に御覧いただいているかもしれませんけれども、改めてお手元に配付させていただきました。
 一つは、二〇〇七年五月に制定された憲法改正手続法において残された必要な検討課題、これは何かということを指摘したものでございまして、二〇〇九年十一月十八日付けの意見書です。
 これは、八項目にわたる問題点を挙げて、例えば公務員、教育者の地位利用による国民投票運動、この禁止規定の削除、あるいは組織的多数人買収の、あるいは利益誘導罪の削除などを求めておりますけれども、特に重要な点として指摘をしているのが国民に対する情報提供の在り方の改革でして、一つは国民投票広報協議会、この構成等の見直しをし、二つ目、公費によるテレビ、ラジオ、新聞の利用の拡大、公の費用によるですね。それから三つ目、有料意見広告放送の賛成派、反対派の実質的な公平の確保、そして投票期日前十四日間の禁止期間の再検討の必要性、これを強調しております。また、最低投票率の規定は必要不可欠であるという立場を取っております。
 もう一つお配りした二〇一九年一月十八日付けの意見書は、自民党の改憲四項目など憲法改正が具体的に提起される政治状況の下で、憲法改正手続法の適用がなされることがある場合に必要と考える最低限の措置を提言したものとなっております。
 そこでは、改めて、テレビ、ラジオの有料広告放送について、賛成意見、反対意見の公平性を確保するため、国民投票運動のための広告、いわゆる勧誘CMだけではなくて、意見表明のための広告、いわゆる意見表明CMですね、これも含めて規制の必要性の検討、そして対処を求めております。同時に、公費によって、公の費用によって広告を含む放送について平等かつ必要十分な放送枠を確保することを求めております。また、ここでも最低投票率の規定を新設すべきものと提言をしております。
 なお、私、参考人といたしましては、二〇一九年意見書中、広告放送の規制は意見の表明も含めて積極的に実施すべきであるというふうに考えておりまして、またインターネットによる広報及び広告規制の検討も必要不可欠だというふうに考えております。
 そこで、公平公正な国民投票を実施するための不可欠の条件でございますが、一つ目、憲法改正案について、主権者国民間において情報の共有、賛成、反対運動の意見表明の機会の実質的平等の確保、そのための措置が必要不可欠であり、また、インターネットを含めて有料広告規制と、その反面としての公費による国民投票運動の制度的保障のための措置、こういうふうにまとめて申し上げたいと思います。それから二つ目として、将来に禍根を残さないだけの憲法改正の正当性根拠、その根拠としての多数国民の賛成が制度的に保障されることが必要であって、そのための措置として、まずは最低投票率制度の導入が求められると考えております。
 少なくとも、これらの措置を欠いたままでの憲法改正手続には、憲法制定権力である主権者である国民の意思の表明であるべき国民投票として根本的な欠陥がある、現行法のままで国民投票が実施されたら、その欠陥が露呈し、憲法改正という国の根幹を誤ることになりかねない、その意味で現行法は欠陥法であり、憲法十四条、九十六条に違反した状態であるというふうに考えております。
 以上申し上げた意見を補強するものとして、これまでの国会審議から二点を指摘しておきたいと思います。
 一つは、法制定時の参議院調査特別委員会の十九年の附帯決議、それから二十六年の六月の附帯決議でも再確認されておりますけれども、最低得票率制度の検討と、それからテレビ、ラジオの有料広告規制、これについての検討はいずれも本法施行までになされるべきこととされておりました。逆に言うと、この検討や措置がとられない限り、この法律は実施してはならないということになろうかと存じます。
 もう一つは、法律の制定の前提とされた、日本民間放送連盟、民放連ですね、この考え方とのそごがその後明らかになって、このままでは法律の広告規制の不備の問題が顕在化してしまうということへの危惧でございます。
 二〇一九年五月九日の衆議院憲法審査会では、野党側の立案担当者であられた枝野幸男先生が次のように述べておられます。すなわち、立法当時、民放連参考人の答弁によって有料広告に関して量的な自主規制がなされるものと受け止めていたけれども、その前提が違うとなると、現行法は欠陥法だということにならざるを得ない、したがって、現行法のままで国民投票は施行できないということになります、当時の民放連の御発言が真意と違っていたという受け止めをした中で法律が作られたということで、もう一度当時に戻って議論をし直さなければならない、このままではこの国民投票は使えません、こういうものでございました。
 現行法のままでは、法は所期の目的を達成できず欠陥法のままであり適用できないということが率直にここに述べられております。
 テレビの有料広告放送の規制の問題、これについては国会の内外でも相当程度議論がなされてきており、その内容や表現の自由との関係の問題、ここでは改めて申し上げることは差し控えたいと存じます。
 ただ、諸外国においても国民投票において有料広告を禁止している国は相当多くて、特にイギリス、フランス、イタリア、ポルトガルなどでこれを禁止する代わりに、無料広告放送枠を用意をするという、そういう制度づくりがなされているということは私たちも十分参考にできるのではないかと思います。
 私自身は、その公費による意見の広告の十分な機会を保障する制度、これが非常に重要だと思っておりまして、国民投票広報協議会の組織構成を賛否平等なものに改編をするとともに、政党等に限らず国民に広くこれを開放し、国民が無償で、必要十分な質と量の意見の広告、これを発信し得るようなシステムづくりというのを御検討いただきたいと存じます。これが有料広告の禁止に代わるものに、それに足りるものとして、憲法改正課題にふさわしい放送時間、この枠を保障するものでありたいと考えております。
 これらの措置はインターネットの意見の広告についても同様だと思います。これはこれから十分に検討すべき課題だと存じますが、付言を申し上げておけば、広報協議会による憲法改正案のその他参考事項の広報の手段は、現在、放送と新聞についてのみ法の百六条、百七条で規定されておりますけれども、インターネットのホームページ開設による広報というのは、これは規定されておりません。これは必須だろうと存じますので、御検討をお願いしたいと存じます。
 最後に、最低投票率制度の問題について触れておきます。
 国政選挙の投票率の長期低下傾向は明らかでありまして、最近は五〇%を切るケースも生じております。国の最高法規の現状を変更する、そういう国民の意思表示は明白かつ積極的なものでなければなりません。
 低投票率の場合に、加えて、有効投票の過半数でよいとする現行法の下でなおさら、国民のごく一部の賛成意思で憲法改正の効果が発生するとしてよいのか、それでこの憲法改正の正当性が肯定できるのかという問題であります。例えば、四〇%の投票率で二〇%程度の国民の意思によって憲法改正がなされてよいのか、大変疑問に感じます。
 この問題は、日本国憲法制定審議の当時から既に意識をされ、学説上も通説的見解としてこれを肯定してきております。この制度についてのいろいろな批判や問題点、この指摘は承知をしておりますけれども、最高法規改正の国民の意思の担保のために最低投票率の導入が望まれるというふうに考えております。
 以上、御清聴ありがとうございました。

#10
○会長(林芳正君) ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
 質疑のある方は順次御発言願います。

#11
○古川俊治君 それでは、最初に自由民主党の古川俊治から質問をさせていただきます。
 私は弁護士でございまして、今年で二十二年目の弁護士になります。ずっと執務を行っております。いわゆる五大事務所という事務所の一人でございまして、どういう弁護士かというのは大体お分かりいただけると思うんですけれども、そういう中でやってきました。
 私の経験から申し上げさせていただきますと、憲法というのは実は司法修習中もほとんど扱わないんですね。あれは、民事そして刑事、それぞれ弁護士で修習する、あるいは裁判官やるという手続だけで、実は憲法の話というのは司法試験以来ほとんどやらなくなるんですね。
 実際、弁護士になった後も、これ私、憲法で何か訴訟するということは今までなかったです、正直申し上げると。ほかは全部使うんですね、これは民法、刑法、民事訴訟、刑事訴訟。大きい事務所ですけれども、刑法はちゃんと、収賄とかやっていましたので、そういう中で使うんですけれども、これ残念ながらその憲法というのが本当に国民生活とどのぐらい密接に関係あるかというと、これほど離れちゃったものはないなというふうに感じております。
 一つ申し上げたいのは、例えば憲法の中にも書いていないところ、学問の自由であれば大学の自治、あるいは信教の自由であれば政教分離、その下の効果目的基準、あるいは様々決まっているものってありますよね、例えば横出し条例、上乗せ条例の話とかですね。そういうものについて、例えば民法ではやったわけですね、この間、債権法で変えました。
 その基本法である憲法の中にそういう、少し規律密度を厚くして、もうちょっと現行の判例を入れたような分かりやすい憲法、実質的意味の憲法と上田参考人の方からありましたけれども、そういうものに近づけていくということをまずやるべきではないかというふうに思っておりまして、私は自民党でありますけど、別に自民党の原案というのがそれほどいいとは思っていません。どちらかというと、もっと使いやすい憲法、我々が普通に弁護事務やっていて出てくるような憲法の方がいいのではないかと思っているんですね。
 その点について、ちょっと四人の参考人から御意見をいただきたいと思っています。

#12
○参考人(上田健介君) 何というか、私、先ほど申しましたように、やっぱり憲法、日本国憲法は規律密度というか、それがやっぱり低いのは確かです。ですから、余り、何というか、例えば裁判の場で憲法を使う機会というのが少ないというのは、多分それは関係していると思うんですね。だから、あと、ただそれを条文を増やして規律密度を上げるというのは、それは、何というか、論理的にはあり得ると思います。
 ただ、要するに、そういうような改正をすると、これもちょっと言わば大手術になります。それはそんな簡単に、何というか、ほいほいと議論をしてほいほいと案を作れるようなものでは多分なくて、まず、その前提のところからやっぱり、まず、何というか、多分国民の方が、皆さんがそういうことを認識して共有していらっしゃるかというと、多分怪しいんじゃないかと思うんですよね。だから、そういう前提のところの、今憲法がどういう働きをしているのかとか、そういうところからしっかり議論をして、知っていただいてというか、そういうところなのかなと思います。
 あと、もう一つ関連して申し上げると、憲法を裁判の場で生かそうと思いましたら、今のもちろん違憲審査制度ございますけれども、いわゆる法律上の争訟というか、入口がすごく狭いというのが日本の裁判の仕組みですので、やっぱりそこを広げなきゃいけません。そのためには、多分、憲法裁判所をつくるというのは、これはそういう案も、考え方もありますけど、これまた大手術になりますし、私のような立場からいくと、例えば法律を改正して間口を広げるということはある程度までは可能なので、例えばそういうような議論もできるんじゃないかなと思います。
 済みません、長くなりました。

#13
○参考人(飯島滋明君) 私、法の専門なんですけど、なぜか経済学部にいます。余り変なこと言ったら怒られるかもしれませんけれども、ちょっとお金のことだけまず考えちゃいますと、総務省の試算でも、憲法改正国民投票というのは八百五十億円すると言われているかと思うんですよ。頻繁にそれをやっていくって果たしてどうなんだろうかと。済みません、余り算数得意じゃないですけれども。
 何が言いたいのかといいますと、憲法というのは基本的な国の在り方を定めるものですので、よっぽどこれはもう使い勝手が悪い、あるいはもうこんなことをしたらとんでもないというときであればそれは変えざるを得ないということあると思うんですよね。じゃない限り、あるいは解釈とかあるいは裁判所の判例なんかでこういった趣旨だということが読み込めるのであれば、それを読み込んでおいて、そこで先ほど上田参考人もおっしゃったように裁判とかで充実していくと、一種の判例法みたいなのを作っていくという方が現実的なのかなという感想は持っています。

#14
○参考人(浅野善治君) 憲法にどの程度物を書き込むかと、こういう話になるわけですけれども、憲法は、やはり日本国憲法、七十数年も改正されていないということがあるわけですけれども、やっぱり国民が使い勝手がいい憲法である必要があるんだろうというふうに思います。そういうことからすれば、もっと国民がいろんなことを考えながら頻繁にその内容を改正できるというようなこと、そういう内容も書き込まれていいんだろうというふうに思います。
 ただ一方、ふだんの生活において憲法が常に登場してきて、憲法に違反するかどうかということが裁判所で争われるという姿というのは、これは決していい姿ではないんだろうというふうに思います。やはり、憲法を受けて作られているところの法律ですね、その法律の中で解決ができるということが望ましいわけでして、その法律が憲法の枠を超えているんであれば、またそれは憲法が登場してきて、そこはということだろうと思いますので、ふだんの生活の中に憲法がすぐ表れるような内容まで書き込むかというと、そこまでは必要ないんじゃないかというように思います。
 ただ、憲法というのは、御存じのように硬性憲法で改正しにくいようにということで作られているわけでございまして、やっぱりそのときの政治状況とかということの中でその内容がころころ変わるということというのは避けなければならないというようには思います。
 以上です。

#15
○参考人(福田護君) 済みません、御質問の趣旨なんですけれども、憲法というのが必ずしも身近な存在ではない、もう少し身近な存在として、国民の意識あるいは場合によって裁判とかに使い勝手のいい憲法というのが望ましいのではないかと、そういうふうな御意見と伺ってよろしいでしょうか。(発言する者あり)

#16
○会長(林芳正君) 指名を待って御発言をお願いします。

#17
○参考人(福田護君) 私自身は、憲法が日常生活に意識をされない状態で社会生活が送られている状況というのはむしろ望ましい状態なのだろうというふうに思っています。例えば、それこそ憲法九条で、それが議論の焦点にならざるを得ないような状況というのは余り望ましい状況ではないのだろうというふうに思っています。
 ただ、それが必要不可欠なそういう社会状況や政治状況になった場合に、その是非や、それから、それが日常生活にどういう影響を及ぼすのかということについては、もうこれは本当に日本の平和憲法の根本原理に関わるものですから、徹底的に、それこそ国民全員が議論に参加できるような、そういうものとして位置付けをされていく必要があるんだろうと思います。
 裁判所というのは、憲法九条もさることながら、一般に憲法の判断というのを非常に嫌がりますね、避けようとします。だから、なかなか裁判所、憲法についての判断を示そうとしません。私たち弁護士でありますけれども、もう少し裁判所も日常的に憲法というものにそれこそ気楽に触れて、判断の中に書き込むということがあってもいいのかなというふうに思います。そうすれば、少しずつ国民にとっても身近なものになってくるような、そういう思いを持っております。
 以上です。

#18
○古川俊治君 ありがとうございます。
 次の質問もちょっと二問同時に質問しますので、全ての参考人にお答えいただきたいと思います。
 一つが、先ほど上田参考人から政治活動の自由というお話がありました。これは浅野参考人からもございました。精神的自由権の一つでありますので、その意味では極めて制限をしていけないという権利ですね。これ、今まで例えば憲法訴訟でもいうと、LRA、レス・リストリクティブ・オルタナティブと、ほかにより抑制的でない手段があったらそっちを取らなきゃいけないとか、あるいは目的と規制のやり方が完全な関係になきゃいけない、あるいはもう明白な本当に具体的な危険がなきゃいけないとか、そういう考え方で捉えるわけですけれども、この場合に、インターネットあるいは政治資金という問題が出ております。
 それが、今そのぐらい自明な、正直申し上げるとまだそれほどの根拠があるのかどうかということは、先ほど大阪都市構想の話を確かめたらどうかということあるんですけれども、やっぱり精神的自由権の規制ということになってくると、かなり合理的な何か根拠がなきゃいけないということになってきそうなんですね。この点について、今我々のこの手続でも決めているわけですけれども、どうお考えになるか、ちょっとそれをお教えいただきたい、これが第一問です。
 第二問として、憲法の問題としてよく言われるのが、これは今、国家の在り方どうこうという話もあります。ただ、人権の今の在り方を考えると、もはや憲法の趣旨を生かすためには、これは国家と国民という関係ではなくて、例えば私企業、大きな私企業対私人関係においてもこの趣旨が生かされなきゃいけないと。今は間接的に民事訴訟法、民事訴訟でやっているわけですけれども、不法行為でですね。ただ、そうではなくて、よりこれ私人間に生かせるような法制というのを考えた方がいいんじゃないか、最近こうも思うときがあるんですけれども、この点について先生方、今現状としてどう思われているか。今の法律、法制、ほかの法律も入れて、それで十分なのかどうか、その辺をちょっと御意見をお聞かせいただきたいと思います。

#19
○参考人(上田健介君) 大変難しい御質問で、すぐにきれいなお答えできる自信はないんですけど。
 まず一点目ですが、先ほどおっしゃった違憲審査基準というのは、要は学説が主張をしている通説的な見解でして、必ずしも日本の判例がそういう立場に立っているとは限らないというか、かなり怪しいと私は思っています。
 と申しますのは、要するに公職選挙法というのはべからず集で、大変規制が厳しいんですけれども、学説は、やっぱりそれはおかしいんじゃないかということを多くの先生はおっしゃるわけですけれども、判例は違憲だと判断していないわけですね。合憲だと判断してきていますので、緩やかなんですね。だから、それを前提にすれば、こういうような、今回の場合のような検討するかもしれない規制についても判例は合憲だと判断する可能性はあると思います。
 あと、じゃ、おまえはどう考えるんだというところは、ちょっとこれ大変難しくて、ちょっと無責任に言うと、比較憲法によっても、多分アメリカ憲法を中心に見られている先生方は割と厳格に考えられると思います。こういう精神的自由というのは、表現の自由すごく大事なので、やはり厳格に見なきゃいけない、だからできるだけ自由じゃなきゃいけない。
 ただ、欧州、ドイツ、フランス、あるいは私はイギリスですけれども、欧州の方だと割とこれ、福田参考人の資料にもございましたように、割と規制を認めるんですね。だから、ここは国柄によってもちょっと考え方が分かれるところかなと思いますが、じゃ、日本はどうなんだろうというところなのかと思います。
 次、二点目ですが、これも大変難しい御質問でして、最近の若いというか中堅、若手の論者の中には、憲法の見方というのはやはり社会全体についての、やはりもっとそういうような何というか規範を含むものじゃないかという、そういう見方が出てきております。フランスなんかがそうだと思うんですけれども。
 ただ、私、割とちょっとそこは古い考えでして、そこまで広げてもまあありなのかもしれないけれども、まず基本は国家対私人というか、そこのところで国家を、国家の側あるいは公権力の側を縛るものだというところをやっぱりもう少し大事にしたらいいんじゃないかなというのが、今、基本的には。
 ただ、やっぱり、その例えば平等とかという観念というのは国家も縛りますけれども、じゃ、それは私人間同士だったら平等はなしでいいのですかという話になってきますので、まあ全く同じじゃないでしょうけど、やっぱりそういう精神というのは社会の中でもやっぱり価値が共有されなきゃ、された方が望ましいという部分もありますので、ちょっとやや膨らみはあると思いますが、基本は国家と私人の関係で考えていいかと考えております。
 以上です。

#20
○会長(林芳正君) 時間が限られておりますので、大変恐縮でございますが、参考人の先生方には答弁を簡潔にお願いをいたしたいと思います。

#21
○参考人(飯島滋明君) ありがとうございます。
 これ、授業でやってもどっちも一時間ぐらい話せそうな内容なんですけれども、すごい簡潔に話させていただきます。
 最初の話というのは、本当アメリカの憲法判例の裁判所の流れで、本当よく先生も失礼ながら勉強されているなという感想を持ちました。申し訳ないです。そういうわけじゃなくて、ばかにしているとかじゃございません。
 なぜ表現の自由が英語で言うプリファードポジションを与えられるのかといいますと、民主制に資するというのが一つ根拠として挙げられると思うんですよね。他の権利、自由とは違って民主政治に資するからプリファードポジション、優越的地位が表現の自由を始めとする精神的自由に与えられているという考え方からしますと、もしその民主制というものに逆行するような効果を与えるものであればそこは規制をしていいだろうという考え方は、実はアメリカにもないわけではございません。ですので、その観点からいうと、じゃ、そのCM規制なんかどうなのかというのは、やはりいろいろ議論があるんだと思います。ちょっと時間の関係でこれぐらいにさせていただきたいと思います。
 二つ目の質問ですけれども、これもドイツなんかでは非常に問題になっている問題でございまして、あくまで憲法というのは国に対するアプヴェアレヒト、要するに防御権だという感じなんですけど、ただ、そうはいっても、今おっしゃったように、企業なんかに対して、じゃ、人権保障をしなくていいのかというのは、やっぱりドイツでも第三者効力ということで議論されているところもあります。余りこれをやり過ぎてしまうと、じゃ、国が何でもかんでも入っていってしまう、家庭の中へ入っていってしまうということで、そこはいいんだろうかというのは非常にやっぱり議論難しいところだと思います。
 ですので、ちょっと私も余り入り過ぎるのはどうかなと思いますけれども、やっぱり児童虐待防止法とか高齢者虐待防止法というのはむしろそっちの方に入り込んでいる法だと思いますので、そういう傾向は、多少はやっぱりやむを得ないのかなというところは思っていますけど、国対個人の権利というのは、やっぱりそこは崩さない方がいいというのは私の考えです。

#22
○参考人(浅野善治君) 二点とも大変難しい問題で、なかなか答え方に困るんですけれども。
 一点目、最初のその政治活動の自由あるいは表現の自由ということに対する制限というものについてどれだけの根拠というものが必要なのかと、こういう話だろうと思いますが、先ほど上田先生からもお話があったように、アメリカとやっぱりヨーロッパってかなり考え方が違うんだろうというふうに思います。そういう意味からすれば、じゃ、そこはその制約を、制限掛けてもいいのかと、こういう話になるんですが、こういう政治活動の自由とか表現の自由というのは極めて恣意的に制約が掛けやすい内容でもあるんですね。
 ですから、そういう意味では、なるべく厳格なその根拠というものは求めるべきだというふうに思いますが、余り厳格過ぎると、じゃ、それ動かないじゃないかと、こういう話になるんですが、やはり国民全体から見て、これは制限されることはやむを得ないよねということが説明できる根拠というものは必要なんだろうという、そこがやっぱり決め手なのかなというふうに思います。
 それから、二点目の、私人間の関係について、そこにも規制を及ぼすべきじゃないかと、こういう話なんですが、やっぱりそこは権力というものを規制をするということが一番基本なんだろうと思います。
 ですから、その私人間の関係であっても、権力的な、まあ権力的なということをどういうことかというと、やっぱり一方的、形成的に関係がつくり上げられてしまうようなそういう関係があるとすれば、そこは何らかの形でそこに規制が入っていくというのはいいんだろうと思いますが、そういうことではないんだとすれば、やはりその私人間のそれぞれの立場というものが尊重されるべきというふうに思いますので、その私人間の関係がどれだけ権力的になっているのかというところというのが一つ決め手になるんじゃないかなと、そういうふうに思います。

#23
○参考人(福田護君) 一点目ですが、特に今当面している広告規制の問題と、それから表現の自由の問題、ここが大きな焦点になってくるのかなというふうには思っておりますが、これは、その問題について言えば、憲法改正という非常に重要な価値と、それから表現の自由というこれも重要な価値、その中で、憲法上の価値同士の衝突の中でどういう折り合いを付けていくのかという問題なのだろうなというふうに思っております。だから、そういう意味でも、外形的な規制で内容の規制にわたらないような方法とか、いろいろ論理の問題、議論がされておりますけれども、その点を参考に、そういった点を参考にしながら検討していきたいなというふうに思っております。
 二点目の問題については、最近の、例えば民法というのの役割というのは、憲法がその日常、私人間の中で生かされていく、そういうものとしての民法だという、そういう議論というのも有力にされているというふうに存じております。そういう意味では、私人間の効力の中でも憲法の精神が、ストレートではないかもしれないけれども、生かされていくことは非常に重要だというふうに感じております。
 以上です。

#24
○古川俊治君 終わります。

#25
○江崎孝君 どうも先生方、ありがとうございました。それぞれに大変勉強になりました。
 時間の制約ございますので、私は飯島先生に意見を少し深掘りしていただきたいという、そういう思いで質問させていただきます。
 人を選ぶ選挙と憲法改正の是非を問う国民投票には制度の目的、趣旨に根本的に違いがあると先ほど説明をいただきました。国民投票法と公職選挙法を並びにすることは極めて問題だと私も考えています。その部分の先生のお考えをもう少し詳しくお話しください。よろしくお願いします。

#26
○参考人(飯島滋明君) 御質問ありがとうございます。
 まず、人を選ぶ選挙と憲法九十六条で定められた憲法改正国民投票について何が違うのかと。これも授業なんかやったら一時間で終わるかどうかという題になってしまうかもしれませんけど、簡潔に三つ言わせていただきたいと思います。
 一つは、主権者として意思表示ができる機会の話、二つ目として、どうやってその国民投票あるいは選挙にかけられるのかという対象の話、三つ目として、影響が及ぶ期間あるいはその地域の話をさせていただきたいと思います。
 主権者として意思表示ができる機会の違いですけれども、選挙の場合というのは、必ず数年間に一度というのはあるんですよね。投票者がやりたくないということを言ったとしても、必ずこれ、数年間に一度、投票の機会というのはあります。万が一そこで投票できなくなったとしても、数年後に、あいつはということで、いい政治家だから入れよう、あるいは悪い政治家だから落とそうという、その機会というのはあるわけです。
 ですけれども、これ、先ほど申し上げさせていただいたかと思いますけれども、憲法改正に関しては、一回そこで投票し損ねたら、もしかしたら一生できないかもしれないと、取り返すということが果たしてできるのかどうかという、そういった点でまず一つ大きな違いというのがございます。
 ですので、憲法改正の国民投票法を作るに当たっては、もちろん公職選挙法も綿密に作らなきゃいけないというのは当然ですけれども、それ以上に、本当に抜かっている人がいないかということに関しては綿密に点検する必要があるというふうに考えています。
 二つ目ですけれども、その投票の対象の提供のされ方ということですけれども、選挙というのは必ず、例えば今年の十月までには衆議院選挙があるといったように法律に定められていますので、必ずこれも提供されます、法的に。
 ですけれども、憲法改正国民投票に関しましては、衆議院の先生方、参議院の先生方、三分の二以上が賛成して、じゃ、これを出そうといったその題だけなんですよね。国民がこの題について投票したいとかということは、今の憲法九十六条ではそうなっていません。そうであれば、対象の提示のされ方というのも違います。
 これはフランスの憲法学でプレビシットということが言われますけれども、例えばナポレオン一世、ナポレオン三世、ドイツの場合ですとヒトラーですけれども、国民投票を使って自分の地位とか権力というのを強化していったんですよね。よく政治的独裁者ほど国民投票を好むということが言われますけれども、フランスに関しましてはそういった考え方があって、プレビシット、国民投票というのは権力者に悪用される可能性があるということで非常に警戒的に見られています。
 ドイツでは、ワイマール憲法時に国民投票というのはいろいろやられていましたけれども、あるいは、ヒトラーというのは、一九三八年のオーストリア併合も国民投票で正当化しています。国際連盟脱退、一九三三年もですけれども、国民投票で正当化しています。そういった形でどんどん自分の地位を国民投票で正当化していったという歴史がありますので、実はやっぱり国民投票には警戒的な歴史があります。今ドイツの憲法、グルントゲゼッツ、基本法ですけれども、一切国民投票はやられていません。
 ですので、権力者が出したものに関して、本当にそれでいいのかというのをしっかりする、確認する機会というのが必要なんだと思います。そこは二つ目になります。
 今度、三つ目ですけれども、投票の及ぶ期間あるいは地域ですけれども、選挙の場合は、例えば参議院の場合は六年後に必ず選挙があります。国民の審判を受けるわけですけれども、繰り返しになりますけれども、これも憲法改正の場合は何年になるか分からないと。
 地域の話、今度させていただきますけれども、衆議院の小選挙区であればそこの地域だけかもしれませんけれども、憲法改正といえば沖縄の投票が実は北海道まで関わると、全国に関わるわけです。こういったように、だから、地方だからとかいう話じゃなくて全域に関わると。いろんなところでこういう違いがあるということは紹介させていただきたいと思います。
 この問題で、ちょっと済みません、長くなってしまいますけれども、繰延べ投票の告示期間の短縮のことを考えますと、やっぱり先ほど私申し上げさせていただいたかと思いますけれども、例えばどこかの地域で繰り延べましたといったときに、そこだけ繰り延べればいいのかという話が出てくると思うんですよね。少なくともですけれども、開票に関してはこれできないと思います。そこら辺もやっぱり御議論いただければというふうに思います。
 ですから、外形的事項だから単純でいいということは言えないんじゃないかということは、先ほどから申し上げさせていただいている内容になります。

#27
○江崎孝君 ありがとうございます。
 私も、国民投票は、例えて言えば日本国全体を選挙区とする最大の小選挙区制度みたいに考えるわけですね。
 どこかの地域で自然災害が発生した場合、投票実施が困難になった場合は、その地域の国民だけ繰延べ投票することはできない。なぜならば、既にほかの地域の投票結果が判明しているからです。繰延べするならば、全国一律、ある程度の期間を設けて行わなければならない。そうしないと投票の公平、公正性が保てない。都道府県単位が最大の選挙区である公職選挙法とは全く違うと私は思います。それと並びに扱うことでよしとした発議者の意図が全く分かりません。
 先生おっしゃったように、二〇〇五年の最高裁判決で、在外投票に関して公平公正、法の下の平等に違反すると違憲判決が出ました。私は、今回の提出の国民投票法案も、このまま成立すれば違憲訴訟となり、再び違憲判決もあり得ると思っていますけれども、飯島先生のお考えをお聞きします。

#28
○参考人(飯島滋明君) 先ほどの私の主張とちょっと重なってしまうところがあるかもしれませんけど、御容赦いただければと思います。
 ちょっと二〇〇五年の九月の最高裁判所の判例というのを、私、読み上げさせていただきます。こういうふうに言っています。憲法は、前文及び一条において、主権が国民に存することを宣言し、中略、点々々になりまして、国民に対し、主権者として、両議院の議員の選挙において投票することによって国の政治に参加することができる権利を保障していると、こうやって判示しています。その上でですけれども、やむを得ない事由がない限りを除き、外国にいる日本人が投票できない、これは憲法違反だというふうに十五条一項なんかを挙げていますけれども、だけではございません、最高裁判所は憲法違反だというふうに言っています。
 先ほどから申し上げさせていただいているかと思いますけれども、やっぱり選挙と違いまして、一回投票したらもう一生できないかもしれないと。こういう機会を逃さないように綿密な制度設計というのが必要だと思いますけれども、実はそういった観点から見ますと、先ほど申しましたけれども、洋上投票であるとか不在者投票というのはやっぱりどうなんだろうかと。やっぱりそこが問題になるのではないかと思います。やむを得ない事由だと言えるのかと、やっぱりそれは言えないのではないかと思います。
 こう考えますと、実はこういった状況がないのに投票できないということであれば、最高裁判所の判例に照らしても憲法違反とされる可能性というのはあるのではないかと思います。
 繰り返しになりますけれども、要介護五の人たちに今の郵便投票というのは限定されていますけれども、やっぱり三でも正直言って私は厳しいんだと思います。新型コロナウイルスに感染して保健所の指示で投票できない人たちがいる、自宅でいろ、あるいは宿泊施設にいろと言われている人たち、これがやむを得ない事由と言えるのかどうかと、こういった人たちに対する投票できない状況を放置しているということは、これは裁判所の言葉を使えば立法不作為であって、最高裁判所の判例に照らしても憲法違反とされる可能性というのは私は否定できないんじゃないかと思います。
 あとですけれども、国民が投票できるということに関してもちょっと言わせていただきたいなと思いますけれども、二〇一六年のあのイギリスのEU離脱に関する国民投票、あるいはアメリカの大統領選挙に関してですけれども、ケンブリッジ・アナリティカ社が影響を与えた事例というのがやっぱりあるかと思います。外国政府、あるいはですけれども外国の企業なんかが日本の憲法改正に対して影響を及ぼすような事態、これが国の在り方を決めるのは国民という国民主権から正当化されるのかというのは私は真摯に考えた方がいいんだと思います。
 そう考えますと、なぜこの話をしたかといいますと、こういった状況が放置されているままで、じゃ国民投票やりましょうなんて言ったら、場合によっては、やっぱり国の在り方を決めるのは国民だという国民主権から正当化できるのか、憲法違反ということになりかねないんじゃないかという辺りも発言させて、証言させていただきたいと思います。

#29
○江崎孝君 ごもっともだと思います。
 先生今言われたように、非常に憲法違反の疑いが強い本法案です。これほど不備な法案が衆議院で成立して参議院に送られてきたことに対して、私は立憲制に基づく法治国家としての議論の未成熟さにもう極めて驚くばかりです。加えて、法案が成立すれば、憲法改正の審議や発議が可能になるとする、歓迎する声も聞くわけです。
 先生は、この法案の内容のままで憲法審議あるいは発議が可能だとお考えですか。そこを明確にお答えいただけますか。これは飯島先生にお聞きします。よろしくどうぞ。

#30
○参考人(飯島滋明君) 逆にこれ、先生方に私考えていただきたいなと思いますけれども、さっきケンブリッジ・アナリティカ社の話、させていただいたかと思います。外国政府、外国企業が日本の憲法改正にネットなんかの情報を使って操作して、世論操作をしてしまう、そんな影響を国民投票が受けるかもしれないという状況が放置されているのに、国民投票やりましょうとなるんでしょうかね。私、そこは参議院の先生方に十分御審議いただきたいんだと思います。
 やっぱり国の在り方を決めるのは国民だという国民主権からすれば、非常に問題があるのではないかと。そんな状況で国民投票ができるのかどうかというのは言わせていただきたいと思いますし、これも先ほどから申し上げさせていただいているかもしれませんけれども、投票できない国民がいるというのは、最高裁判所の判例に照らしても憲法違反なんですよね。そこが、私、今の法で、言い方ですけど、解消されているというふうには私は思えません。ですから、こんな状況で憲法改正の発議なんというのは、それこそやった段階で憲法違反になる可能性が否定できないということはまず紹介させていただきたいと思います。
 憲法改正の審議の話なんですけれども、これ、法的審議ができないかどうかというのはやっぱり議論あると思います。ただ、ちょっとやっぱりここも考えていただきたいなと思いますのが、今それをやる時期なのかということをやっぱり非常に考えていただきたいなと思うんですよね。
 私、余り個人的なこと言うのはどうかなと思いますけれども、今日、父親が緊急に入院しました。この後、本当だったらお見舞いに行きたいんですけれども、行けないんですよね。なぜかというと、コロナです。こういう国民の人って今たくさんいると思うんですよ。まだ、言い方ですけど、お見舞い行けないというぐらいならいいのかもしれませんけれども、コロナにかかっているにもかかわらず、病院に入れません、自宅で待っていてくれ、亡くなっている人なんというのも報じられているわけですよね。こういう状況の中で、果たしてやっぱり憲法改正だ何だという議論、今やるべきなのかというのは本当に考えていただければというふうに思います。
 もっと言いますと、先ほど国会法百二条の六という言葉が紹介されたかと思います。これは憲法改正の原案、あるいは国民投票に関する法律案、これを審議するということになっていますので、法的にこの審議ができないと私は思いません、この条文を見る限り。ただ、それと並んでですけれども、先ほど紹介があったかと思いますけれども、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合な調査を行うこと、これが憲法審査会の任務とされているんだと思います。
 さっき私は医療体制の話もしましたけれども、実は昨日、大学からここに来るとき、学生の相談を受けまして、もう経済的に苦しいんだ、何とかしてくれ、どうにかならないかという学生から相談を受けてきました。一人や二人じゃありません。もう授業料、バイトがないということで、やっぱり、授業料どうしようかという学生、少なからずいるんですよね。その学生たちが憲法二十六条に言う教育を受ける権利が保障されていると果たして言えるのかどうか。聞くだけでやっぱりこっちは心が痛いですよ、正直言って。バイトがもうなくなってしまっている、ですからもう働けないんだという学生。あるいは、親が倒産して数千万円の借金を抱えているという人たち。そういった人たちに対する対策の方が私は先なんではないかというふうに思います。
 さっき、世論調査で新聞が五〇%だ七〇%だという議論見ましたけれども、先生方の周りでそう言っている方ってどれぐらいいるんですかね。私、学生見ていても、いないですよ、まず。ですから、やはりそこを少し考えていただければというふうに思います。

#31
○江崎孝君 今度、上田先生にちょっとお聞きしたいんですけれども、先生、論文読ませていただきました、ありがとうございました、イギリスの憲法改正の論議を。そこでも先生、熟議ということを結構書かれていますし、これ、今日も熟議という言い方をされました。やっぱり先生の論文の最後に、国民の間で丁寧な時間を掛けた議論が必要であると、こういうことも言われています。
 今ちょっと議論を聞かれて、あるいはこの間の衆参でのこの憲法の改正手続の法案に関する熟議の在り方も含めて、果たしてこれが先生が言われる熟議がなされているのか、丁寧な議論なのか、どうお考えですか。

#32
○参考人(上田健介君) よろしいですか。
 熟議にはなっていないんじゃないですかね。ただ、この法案については、何というか、ただ、その憲法本体のやっぱり議論とこの手続の在り方についてのやっぱり議論というのは、私はもちろん全く別とは言いませんけれども、やっぱりちょっと次元は違うとは思うので、しかも、今回の改正案についてはすごくテクニカルな話ですので、何というか、そういう意味では、何というか、そんなに問題はないのかなとは思います。

#33
○江崎孝君 精いっぱいの回答、ありがとうございます。熟議なされていないということですよ。よろしくお願いします、皆さん。
 最後に、飯島先生にお聞きします。
 今議論されていただいて、最後、これからの我々のこの審査会でやるべきこと、どういう考え方、どういう方向性がいいかということだけお聞きして、私の質問を終わります。

#34
○参考人(飯島滋明君) いろいろ言わせていただいたので、余り繰り返しになるのもどうかなと思いますけれども、やっぱり今の憲法改正国民投票法に関してはまだ審議尽くすべき、あるいは法的対応すべきところというのは少なからずあるような感じがします。国民主権という以上、多くの国民ができる限り適切な状況の下で投票できる環境を整えるというのは、やっぱりこれ国会議員の先生方の本当に役割だと思います。今日、耳に痛いこと、頭にくることも言ったかもしれませんけれども、そこら辺を踏まえた上で審議いただければと思います。
 正直言って、衆議院の審議というのはもうずさんもいいところだと思います。ですので、良識の府として参議院の審議で、やっぱり数の政治に対する理の政治ということで、ここがおかしいんだというところはしっかり審議していただければというふうに思います。

#35
○江崎孝君 終わります。

#36
○伊藤孝江君 公明党の伊藤孝江です。よろしくお願いいたします。
 四名の先生方、本当にお忙しい中、大変、それぞれ個性的なというのか、本当に様々な価値観の御意見を聞かせていただいて、本当に勉強になりました。ありがとうございます。
 まず、上田先生にお伺いをさせていただきたいと思います。
 今も少し言っていましたけれども、先生の方でイギリスの方の憲法を含めた勉強をされていると、研究を、済みません、研究をされているということで、先生の論文も読ませていただいたんですけれども、イギリスの憲法と日本の憲法で一番違うところが成文化されているかどうかというところだと思います。
 イギリスの場合には、憲法典という日本でいう憲法みたいな文書というのはもうないというような中で、判例であったり慣習であったりいろいろなものを含めて憲法として捉えて、皆さん、国民にも検討いただくということなんだと思うんですけれども、その成文がない憲法と比較をした場合に、日本には憲法典という形で明確に文書としてはまずあると。こういう中で、憲法の改正、その前提となる憲法の意義だったり解釈だったりというようなことをしっかりと議論をしていくに当たり、日本の憲法の議論の中で、成文だからこそできることであったり、また、そのイギリスと比較をして、こういう点を成文だからこそ気を付けていかなければならないんじゃないかとか、そういうような観点でもしこれまでに御検討されたことがありましたら是非教えていただきたいと思います。

#37
○参考人(上田健介君) ありがとうございます。
 先ほど申し上げたこととちょっと、やや矛盾したことを言うかもしれないんですけれども、日本は成文憲法がございますので、もちろんそれが、やっぱり大事なことが書かれているわけです。だから、それが文字になって書かれているということは、やっぱり、先ほどは条文ばかり見ない方がいいと申し上げたんですけれども、それはもちろんやっぱり大事なことが書かれていますので、それはやっぱり議論をするときの基本にはなるんだろうと思います。そこはイギリスと違う大きな特徴だと思います。
 ただ、逆に、私が見ているとイギリスは本当に、日本人は謎なんですけれども、成文がないことに、ないけれども、やっぱり何が大事な価値なのかとか何が大事なものなのかというのはやっぱり長い歴史の中で、国政の当事者だけじゃなくてマスコミだとか国民だとかやっぱり広い範囲で何かその価値観は共有されているように外部からは見えるんです。
 日本は、逆に、日本国憲法がありますけれども、そこに、あるいはそこの奧にあるような基本的な価値観というか、そういうところが、何というか、本当にきちんと共有されているんだろうかというところは逆にちょっと心配なところもありますので、何というか、どっちもどっちだと思うんですけれども、そういうところでございます。済みません。

#38
○伊藤孝江君 ありがとうございます。
 価値観の共有って本当にすごく難しいところなのかなと。まず、そのいろんな価値観があるということを、例えば今日であれば四名の先生方がそれぞれ御見解をお話しいただいて、ああ、こういう考え方ができるんだということを教えていただくことができる。でも、なかなか通常の場合であれば、ある価値観に基づく見解を、解釈論を聞くことはあっても、じゃ、それと対立したらどうなんだろう、対立までは行かなくても違う価値観が少し入ったらどうなんだろうというようなことを国民の側からすると学ぶ機会であったり触れる機会というのが少ないかなというふうにも思うんですけれども。
 そういう点で、国民の皆さんにいろんな価値観に基づく考え方ということを触れていただく、知っていただくということに当たり、もっと今私たち国会側が努力をしなければならないんじゃないかと思われる点について、是非四名の先生方に一言ずつ教えていただければと思うんですけれども、いかがでしょうか。

#39
○参考人(上田健介君) 先ほども申し上げた繰り返しになりますが、国会でやっぱり先生方が多様な意見を出して議論をしていただくと、それは、でも、先生方の議論がやっぱり国民がそれをやっぱり耳、目にして、またそれで意見を持ったり、あるいは新しい情報を得てまた考えを展開させたりと思いますので、議論をやっぱりしていただきたい、それを国民に見せていただきたいと思います。

#40
○参考人(飯島滋明君) ちょっと私が質問の趣旨捉え違えていたら申し訳ございません。
 憲法に関しても多分いろんな考え方があるんだと、それを提供するというのが国会議員の役割なんだという質問の趣旨かなというふうに思ったんですけれども。
 先ほど、私、福田参考人の話を聞いて思ったんですけれども、フランスの憲法学者と話しているときなんですけれども、憲法が国民の間で議論になっているなんというのはよっぽど政治がおかしい証拠だということを言われたことがあるんですよね。憲法というのは何かといいますと、権力者がどうあるべきかというのを縛るものであって、基本的に国民は関係ないと、それが国民に下りてくるというのはよっぽど政治がおかしいんだろうということを言われたことございます。
 ですので、もちろんそれは国会議員の先生方いろいろお考えあると思います。今の憲法のままじゃ国民生活を守れない、だからこういうふうにやるべきだという考え方があるかもしれませんけれども、国民の間からその声が私は上がっているというふうには、ちょっと私はやっぱり思えないんですよね。そこも価値観の違いかもしれませんけど。
 そうであれば、国会議員の先生が何とか火をおこして、やろうよとやるのが適切かどうかというのはやっぱり検討の必要があるのかなというふうに考えています。

#41
○参考人(浅野善治君) 憲法というものについてどう考えるかと、こういうことになるんですけど、例えば、その憲法典が決まっている、憲法の条文があるということだとしても、例えば安全保障法制の議論で見て分かるように、同じ憲法に合憲だといいながらも物すごく考え方に幅があるわけですね。そういったことで国民がもう大きな議論になると、こういう話がありますよね。
 いろんな多様な価値観の議論というものが、じゃ、どこでどういうように国民が取り上げられ議論されることが望ましいのかということなんですけど、まさにそれはこの憲法審査会の場なんだろうというふうに思います。
 ですから、日頃から憲法に関するいろんな考え方の対立があればここでその議論をしていただいて、自分たちの考えている憲法価値観が憲法審査会の中でしっかり主張されているよね、しっかり議論されているよね、それでどういう形の結論になるんだろうなということが、その憲法の議論を国会が見せてくれること、これが物すごく大事なんだろうというふうに思いますね。
 ですから、そういう意味では、憲法改正のその実質の議論というものをこの憲法審査会の場で常にやっていただきたい。もし国民が感じるんであれば、憲法について変えたいとか憲法について不安だとかと思うんであれば、常にここの場でやっていただきたい、そう思いますね。

#42
○参考人(福田護君) 今現在私たちが直面をしている問題に即して言うと、例えば私が申し上げた広告規制の問題ですよね、この広告放送規制の問題について、それを先送りにして、そして手続部分、形式的な部分だけ合意が得られないかということで、政治的に国会の中で一定の合意ができたように国民に伝えられてしまっているというふうに思います。
 それってやっぱり、もっと本当にどこが違うのかということを、今多分考えていること、それぞれ各先生方で違うと思うんですよ、この国民投票手続法についてですね。そこはやっぱりそれぞれの各党、それから各先生方が自分はこう考えるということを明確に、その附則第四条なら第四条についてしていただくというところから議論が始まるのではないかというふうに思います。
 僣越ながらそういうことを申し上げさせていただきたいと思います。
 以上です。

#43
○伊藤孝江君 ありがとうございます。
 浅野先生にお伺いをいたします。
 浅野先生、今もおっしゃっていただいて、また先ほどのときにも、憲法審査会の在り方について、通常の法案とは違う位置付け、意味付けを持ってしっかりと議論を進めていくべきだということであったり、また今も、間断なくというのか、議論をしっかりとし続けてそれを見せていくことということも一つ大切なことだというふうに憲法審査会の在り方についてお話をいただいたかと思っています。
 ただ、実情は、今年三年二か月ぶりにこの参議院の方は憲法審査会が開かれたというような現状の中で、私自身もしっかりとこの議論は本当に止めることなく、別に改正をいつしますという話ではありませんから、しっかりと、まず何が問題なのか、問題があるのかないのかも含めてしていくべきなんだというふうに、議論をしていくべきだというふうに私自身は思っています。
 その中で、一つ、先生が書かれた論文の方でも読ませていただいたんですが、政治的な状況とは切り離してこの憲法に関しては議論をしていくべきだと、政治的な状況を利用して、例えば人気取りでも駄目だし、国民の皆さんにもしっかりと理解をしていただいて、議論をしていただいて、そういう時間も取り、労力も取り、そういう経過を経た上で国民投票というのが先にあるんだというお話なのかなというふうに思っているんですけれども、この政治的な状況を、その影響を最小限にしていくというのは私自身もそのとおりだと思っています。ただ、現実に、なかなかこの政治的な影響を全く受けない議論というのも、どんなふうにしていけばいいのかというような工夫も含めて悩ましいところだなと思っています。
 この政治的な状況を、影響を受けないという点について、先生が思われる、望まれる方向性について御教示いただければと思います。

#44
○参考人(浅野善治君) 国会議員の先生方、皆さん選挙で選ばれてくるわけですよね。国会議員の選挙というのは、やっぱり国政に関する重要な政策対立とかというものがある中で、各党がそれぞれの政策を打ち出されて、それに対して支持を得られて、それで当選してこられるわけですよね。ですから、そういう意味からすると、国政に関する政治的な判断ということの中で国会議員は選出されてくるんだろうというふうに思います。そういう意味からすると、各党の国会内での活動ということも、そういった背景を受けて政治的な力関係の中で動いている、これはむしろ当然のことだろうというふうに思います。
 ですけど、それがそのまま憲法の審議に影響していいのかというところなんだろうとやはり思うんですね。ですから、例えば、こういう憲法審査会の審議ということの中でも、その党を離れて議論をする、先ほど古川先生が、自民党ですけど自民党案についてはとかいうような御発言がありましたですよね。そういうように、その政党の考え方と離れて自由な討議をされるということ、それがやはり重要なんじゃないかなというふうに思います。
 そういったことを見ることによって、国民はまたいわゆる選挙で選ばれるところの政治的な判断とは違った憲法の判断というのがあるんだろうなということも考えるでしょうし、また、その憲法の改正をしていいかどうか自体もここで議論をしていただければ、国民は憲法に対する理解がより深まるんじゃないかなというふうに思うところです。

#45
○伊藤孝江君 ありがとうございます。
 上田先生にお伺いをさせていただきます。
 先ほど来、国民の皆様にどう理解をしていただくのかというようなことも含めていろんな議論がなされている中で、先生が見ておられる、注視しておられるイギリスでは、先ほども少しありましたけれども、EU離脱の関係での国民投票で、憲法改正とは違いますけれども、国政の大きな重要課題について投票がなされたという経緯があります。
 問題自体が複雑なのか簡単なのかというと、シンプルに見えて、やっぱりいろんな論点もあって複雑な問題だとも思いますし、それに見合う形で、議論であったりいろんな取組が国としてなされたかどうかというのは、私自身がそこまで詳しく分かっているわけではないですけれども、国民投票をイギリスという国がしたと、その今回の経過の中で、日本がこれから国民的議論を、何かをしていくときに、しっかりと提示していこうという中で、学ぶべき点、考えるべき点というのを、先生がお気付きになられた点がありましたら、是非教えていただければと思います。

#46
○参考人(上田健介君) ちょっと私もEU離脱の経過について詳細にというか調べたわけではないので、ちょっと少し一般化して申し上げますが、やっぱりいきなり例えば案が出るわけではもちろんないわけですね。その前にやはり議会で議論があり、そして、例えば憲法委員会、貴族院には貴族院憲法委員会という、ここと同じような組織がございますが、そこでは例えばテーマを決めて議論をして、様々な専門家の意見も聞いて、そのテーマについてその問題状況がどうだとか、あるいはそれについて改善すべき点はこういう点はあるんじゃないか。それは、先ほど、憲法の改正という話ではありませんけれども、そういうようなものを報告書にまとめると、記録に全部まとめると。それで一旦終えて、ところが、何年かするとまた同じ問題というのが継続していれば、またその前の報告書を基にして次また議論をしていくと。
 そうしたら、やっぱりだんだん記録が積もり積もってきますし、それが全部やっぱりオープンになりますので、もちろんそれを一般の国民の方が全部見ていると思いませんけれども、マスコミ等を通じて、先ほど私申し上げた、豊かなあるいは様々な意見というのがその議会の場から公の場に提出されているわけですね。そういうようなことというのは参考になるのかなと思います。

#47
○伊藤孝江君 ありがとうございます。
 以上で終わります。ありがとうございました。

#48
○浅田均君 日本維新の会、浅田均と申します。
 今日は、四人の参考人の先生方、貴重な御意見を聞かせていただきまして、本当にありがとうございます。
 私ども日本維新の会、この憲法審査会に参加しているグループの中では一番遅れて国政に参加したグループであるというふうに思っております。私どもが国政に進出するに際して、国政議論ということで、憲法ももちろん、党を立ち上げるとき、あるいは国政に進出するときにいろいろ議論させていただいているんですけれども、中で、今日もまた四人の参考人の先生方、とりわけ福田先生、それから上田先生、飯島先生、それから浅野先生、皆さん全員ですけれども、立憲主義による政治ということを御発言いただいております。
 私どもが国政進出するに際して憲法議論して、今の現行憲法の一番の問題点というのは、その憲法制定権力者である国民がまだ一度も参加していないと。憲法議論に参加していないし、現行憲法に関して何か評価をしたということもないと。だから、現行憲法に対して日本国民の皆さんが、すなわち憲法制定権力者がどういうふうに考えているのかということをまず国民投票にかけてオーソライズすべきであるというところからスタートしているんですね。
 だから、この憲法制定権力者の評価を得ずして今に至っている現行日本の憲法に関して、その憲法制定権力者の評価を得ていないという観点から見て、四人の参考人の先生方は現行憲法をどういうふうに評価されているのか、お聞かせいただきたいと思います。

#49
○参考人(上田健介君) ありがとうございます。
 その憲法制定権力者とは誰か、何、実際どこまでそれが表れるのかというのは、学説、対立があって難しいんですけれども、私は、もちろん、例えば仮に憲法改正の国民投票がなされることがあれば、結果として、結果としてというか、オーソライズ皆がしたということにはなるのかもしれませんが、でも、実際そこまですっきりしたことというのはなかなか難しくて、例えば現状も、憲法が制定されてから七十年以上これで動いているわけです。
 三分の二の発議で国民投票ですけれども、いまだに一度もそれが行われたことがない。それは、もちろん要件が厳格だからということもありますけれども、やはりそれ、要件を乗り越えることもなく、結果として国民がやっぱりそれを認めてきているのではないかと、暗黙の、黙示のうちにそれを承認してきて七十年たっているのではないかと私は理解、すっきりはしないですけれども、そういう形で承認はしてきているんじゃないかというふうな評価をしています。
 以上です。

#50
○参考人(飯島滋明君) 質問ありがとうございます。今日は本当、何か九十分じゃ語り尽くせないような議論をいただきました。
 恐らく今の憲法が法的に無効なんじゃないかという問題意識があるのかなという感じは受けたんですけれども、今の憲法ですけれども、やっぱりポツダム宣言を受諾した以上、やっぱり憲法改正というのは一つの条件とならざるを得ないのかなというのが私の認識でございます。
 権力者は、だけどそこは変えたくないということで、天皇主権であったり、そういうものを残そうとしたんですけれども、多分あの明治憲法を残したとしたら、余りここで言うのは不謹慎かもしれませんけど、天皇制がどうなったか分からないとか、そういうことに国際情勢上はなったと思います。その中で、権力者としてはあれを受け入れざるを得なかったということで受け入れた。ただ、押し付けられたんだという認識が恐らくあるんだと思います。そこで、正当性というものに関して疑問を持たれるという見解もあるかなという気はするんですけれども。ただ、事実上の押し付けがなかったということは私言うつもりはもちろんございませんけれども、法的にやっぱりポツダム宣言を受諾した以上、何らかの形で民主的な政府の樹立というのは必要だったんだと思います。
 そう考えますと、今の憲法が果たして無効とまで言えるのかというのは、やっぱりいろいろ考える必要があるんだろうというふうに思っています。プラス、もしかしたらもう少し、今の話かもしれませんけれども、今だって国民投票やっていないじゃないかという問題意識もあるのかなと、違ったら申し訳ないんですけれども。やっぱりそれも、本当に国民がこれ必要だと思ったらそれぐらい言い出すんじゃないかなと思うんですよね、そこは違うと思われるのかもしれませんけれども。
 ですので、こんな憲法じゃやってられぬというふうに国民の声が上がってきた、それを政治家が受けて、じゃ、やりましょうというのなら、私はそれはいいかなと思うんですけれども、今そういう感じにはなっていないんではないかというのが私の認識でございます。

#51
○参考人(浅野善治君) 今の日本国憲法をどう評価するかという問題があるんですけれども、例えば、憲法の前文には、日本国民はこの憲法を確定するというようなことが書いてあるわけですよね。それについて、それはおかしいよという国民がいるかというと、ほとんどいないわけですよね。そういう意味からすると、やはり今の日本国民といいますか、今の国民は今の憲法というものを受け入れているんだろうというふうには実際基本的には思います。ただ、憲法改正の議論が起きるとか、あるいは今回緊急事態条項が必要だというような議論が起きてくるというようなことというのは、やっぱり憲法的に見ても、その辺のところは少し考えた方がいいんじゃないかという国民の声が上がっているんだろうというようにはやはり思うわけですね。
 ですから、そういうところについてはしっかり国民の意思を確認するという意味で、仮に国民投票をやって、今の憲法が一番いいんだから改正しないという結論が出たとしても、そういう国民の、憲法についていろんな意見が対立しているようなところが出てきたところというものについては、それは国民投票をしてしっかり確認をするということは適当なんだろうというふうに思います。
 ただ、全く国民が受け入れていて何の議論もないようなところまで含めて全部国民投票しなきゃいけないのかということについては、それはそれで国民は受け入れているんで構わないんだろうというように思うわけですが、やはり憲法改正の議論が出てきているところ、特に世論の中で憲法改正、あるいは憲法についての加憲をしようとかそういった動きが出てきているところということについては、やはり国民の意思というものを確認する何らかの手段があっていいんじゃないかなというふうに思うところです。

#52
○参考人(福田護君) 私も、戦後七十五年、日本国憲法が改正なしに現在に至っているということ自体は、やっぱり評価として国民が基本的にそれを受容してきているというふうに理解をしております。
 憲法制定権力である国民、これは確かにそうですし、その制定権力としてある意味消極的な権限の行使をしてきているのだろうというふうに理解をすればいいことなのではないだろうか。そのことを、仮に何らかの形で憲法の改正論議が出てきたときに、それはきちんと国民の意思を、それは実質的に公平公正な形できちんと国民が意思表明をできる、そのためのベースづくりといいますかシステムづくり、それをしていただくことが国会の責任ではないかというふうに思います。
 以上です。

#53
○浅田均君 それでは、飯島先生、何かお話し足りないような印象を強く受けますので、飯島先生にお尋ねしたいんですが。
 投票できない国民がいる状況は憲法違反となりかねないと先ほど来御主張されておりまして、それで、私どもも投票と選挙運動に関して、例えば投票に関しては選挙権、公民権が例えば奪われている方とか、あるいは責任能力がないということで措置入院されている方とか、もっと身近な例でいうと、後見人はいるけれど認知症であるというような方ですね、こういう一般的に投票に関して投票する権利を言わば奪われた状態になっている方々がおられる。
 他方、そこに至る前に、国民投票運動ですね、選挙運動に関して、例えば警察官とか選挙管理委員とか選挙運動をできないと規定されている方々、こういう一人でも多く参加するという場合、そういう制限を外していく必要があると思うんですけれども、選挙運動に関しては、この人は選挙運動はできないと、どこまでその範囲を広げていけばよいとお考えなのか。あるいは、投票に関して、これはどこまで広げていけばいいとお考えなのか。先生のお考えを、あと五分ぐらいありますから、御存分に教えていただきたいと思います。

#54
○参考人(飯島滋明君) 質問ありがとうございます。
 浅田先生の国会審議というのを私も実は拝見させてもらいまして、非常にやっぱり政策に精通された方だなと思います。本当、長い時間議論させていただければと思いますので、もしかしたら途中で返しちゃうかもしれません。
 ちょっとこれも余談になりますけれども、フランスでやっぱり消防と警察か何かがお互いデモして、どっちかがデモしてそれを収めるということで戦っていたこと、テレビで見たことあるんですよね。例えば、日本の場合というのは、例えば警察官というのは労働三権というのは全部ないのかなという気はするんですけれども、やっぱり今のやり方としてそれはやり過ぎなんじゃないかと私は思っているところがございます。
 選挙運動に関しても、やっぱり警察官が警察の服装を着てやるというのはこれは問題だとは思うんですけれども、一回そこから離れて私人として行動することまで制約されるというのがやっぱり国公法上いいのかどうかというのは、やっぱりこれは議論した方がいいんだと思います。
 もちろん、選挙の公正というのを脅かされてしまうということであれば、そこはやむを得ない事由として制限ということはあると思うんですけれども、ちょっと日本の場合、先ほどの古川先生のアメリカの話じゃないですけれども、ちょっと過剰にやり過ぎているという感じは実はいたします。
 そういった観点で、私もちょっと、今ここで、どこまで広げればいいかと具体的に挙げるということはちょっとできないところございますけれども、例えば自衛隊員もそうですし、一歩離れれば本当、一般市民ですので、ドイツの場合、裁判官だってデモに参加します、そういった感じで、やっぱり公務員だから全部何でもかんでも駄目なんだというのはやり過ぎで、そこはもう少し検討して、この人はここまでいいというのはやっていった方、広げていった方がいいんだろうなと思います。一般論でしか答えられなくて申し訳ございません。
 そういった方々に関しても、やはりさっきの、受刑者の話もちらっとされたのかなと思いますけれども、やっぱりそこは憲法改正と選挙の違いだというふうに立法者も認識されていたと思うんですよ。だから、公職選挙法上で懲役なんか食らった人でも投票できる、憲法改正に関してはというふうにしていたと思いますので、そこに関してやっぱりもう少し広げるということは、本当これも参議院の先生方にお願いになりますけれども、広げるということをやっぱり御検討いただければいいのかなというふうには感じています。

#55
○浅田均君 先生、もういいんですか。
 それでは、あと三分しかありません。上田先生に質問させていただきます。
 先生、このレジュメの中でも大阪都構想の住民投票についてちょっと言及していただいていまして、これ、私ども日本維新の会として二回住民投票を経験しております。憲法改正の国民投票というと、約、投票する方が一億人を超えると思いますけれども、それに比べると五十分の一ぐらい、二百万強を対象にした住民投票でしたので、しかしながら、国民投票をやっていないという中にあって一番大きな規模の住民投票であったというふうに自覚しております。
 そこで、この弊害ですね、規制がないとどういうふうな弊害が生じるのかということを、ここから学ぶべきだというふうなことを書かれておりますけれども、先生が周りで見ておられて、その大阪都構想の住民投票に関してどういう規制があればもっと良くなったのかというふうなお考えがあればお聞かせいただきたいと思います。

#56
○参考人(上田健介君) 私、何というか、大阪府民でございませんので、直接、何というか、大阪市民ではございませんので直接関わっておりませんが、近くで見ておった印象ですけれども、いや、だから、その目に見える弊害があったのかなというのが外から見た印象です。
 その当事者である、例えば維新の会さんも含めて政党中心にやっていましたから、その方々がいろいろ大変だったということがもしあるんだったら、それが弊害になり得るのかとは思うんですけれども。そういう印象を持っております。

#57
○浅田均君 私ども、実際にその運動を進めた立場として、公職選挙法の何を準用するというふうな決め方を同時にしたわけですけれども、例えば、そこで、最高裁判所裁判官の投票のようにバッテンを付けるとか丸を付けるでなしに、賛成と書く、反対と書くというふうなことにしたのはちょっと問題があったのかなというふうな、ごく簡単な例なんですけれども、そういう体験はしておりますので、今回のこの国民投票をするに際しても何らかの参考になる知見は得たのかなというふうな気がしております。
 私からは以上でございます。

#58
○浜野喜史君 国民民主党の浜野喜史でございます。
 参考人の皆様方、ありがとうございます。まず、全ての参考人の皆様方にお伺いしたいと思います。
 この憲法審査会の進め方についてお伺いをいたします。
 憲法改正ありきということではなく、様々な論点について議論をして国民に判断材料を供していくことが大切であるというふうに考えております。そこで、議論の進め方につきましては、自由討議を積み上げていく方式、また、改正案を持つ各党がその内容を提示して議論をする方式などが考えられるんだろうというふうに思いますけれども、参考人の皆様方はどのような進め方が適切とお考えか、お伺いをしたいと思います。

#59
○参考人(上田健介君) 大変これも具体的にお答えするのは難しいんですけれども、改正案を幾つかの政党は持っておられます。それを出すと、あるいは改正イメージですね、を出すということになると、やはり先ほど申しましたように、そこに何か議論が集約されてしまうのを何か、あるいはそれがすごくかえって党派的な何か議論に、何か対立になってしまうようなことを恐れます。
 何というか、その案が、プランがあるということは、その前に、私のあれでいいますと、何か現状に問題認識、問題があるんじゃないかと認識していらっしゃるはずなんですよね。だから、そちらの方の、どういう問題が今あるのかということを認識しているのかという、そちらの方で、それがあって論理が積み重なってそういう案にあるいはプランになっていると思いますので、そのそもそものところのどういう問題があるのかというところを何か焦点を当てて議論をされれば、もう少し何というか、しかもそれを余り狭くせずにある程度広い範囲で、テーマということにはなるかもしれませんけれども、それで議論をされれば、何というか、もう少し、いろんな見解があるかないかは知りませんけれども、議論がしやすいのではないかというふうに考えます。まあ自由討議になるかもしれません。
 以上です。

#60
○参考人(飯島滋明君) 御質問ありがとうございます。
 どう答えようかと一生懸命考えていたんですけれども、済みません、多分法律家として言うという感じなので全然参考にならないと思いますし、実は学生の話になってしまうかな。学生と一緒にするなと言われたらあれですけれども、やっぱり学生もグループによって進め方ってすごい違うなというのを感じていまして、だから、案を出せというときもありますし、自由にやれというとき、私どっちもあるんですよね。
 これに関しては、だから、どっちがいいと機械的に決まっているという話じゃなくて、今、上田参考人がおっしゃったこととかなりかぶるのかなと思ったんですけれども、何が問題になって政治状況がどうなっているのかということによってどういう形式になるのかなというのは変わるのかなというのが私の意見です。申し訳ございません。

#61
○参考人(浅野善治君) 国会に与えられた役割というのは、憲法改正の発議をすることなんですね。ですから、そういう意味では、憲法審査会の議論も、議論を尽くしたところでどういう案にしましょうねということで一つの案をまとめてその案を作る、国会としての案を作るというのが望ましい姿なんだろうと実は思います。
 ですから、そういう意味からすれば、憲法改正の原案が出てきてそれに賛成か反対かという質疑ではなくて、憲法改正の原案が出てきたその内容についてどう思うんだということで、その内容について賛成の議員、反対の議員にその質問時間を例えば均等に割り振って議論をするとか、そういうその内容そのものをどうするかということを議論して、それは内容を変えない変えるということも含めてですけど、最終的に一つの案をまとめて国会の案にする、そういう姿が望ましいんじゃないかな、そういうふうに思います。

#62
○参考人(福田護君) 御質問のうち、憲法そのもの、本体についての議論をどうするのかという点と、それから、憲法改正手続法についてどうするのかというところの議論と、それは随分違うんだろうと思うんですよね。
 自由討議で憲法の本体について御議論をなさる、そして、それこそ先ほどお話が出たいろんな価値観を国民に提示をするということは、それはそれで意味のあることだろうというふうに思いますが、それは、まずは国民を拘束しないものとして議論をなさるということになるんだろうと思うんです。片方で、手続法というのがこれは成立をすれば、国民が拘束されます。その拘束される、そういう法律を作るんだということであれば、それはきちんとその手順を、手順も含めて内容面それから形式面、きちんと議論を順を追ってしていかなければいけないんだろうと思います。
 だから、その点の議論が曖昧なままで法案が成立をし、国民がそれに拘束をされるということは私はあってはならないんだろうというふうに思います。
 以上です。

#63
○浜野喜史君 ありがとうございました。
 この憲法審査会の進め方は、なかなかどう進めるのか難しいところがあるんじゃないかなと思います。
 我々国民民主党は明確な案を持っているというわけではありません。ただ、昨年ですかね、憲法改正に向けた論点整理というものを取りまとめをいたしました。緊急事態条項と言われるものについてはこういうそれぞれ見解があるのではなかろうかといったような論点整理をしたということです。この憲法審査会においても、論点様々にあろうかと思いますので、合意できる点についてそれを見出して議論をしていくことが必要ではないかなというふうに考えているところでございます。
 もう一問、全ての参考人の皆様方にお伺いをしたいと思います。
 改正案附則の広告規制等の在り方についての検討についてお伺いをいたしたいと思います。
 これに関する議論は、なるべく自由にという考え方と、一方で規制が必要であるという考え方がそれぞれあります。それぞれの考え方が成り立ち得るというふうに思いますので、一致点を見出すのは簡単ではないというふうに推察をいたしております。そこで、この辺りが合意できる一致点ではないかということを参考人の皆様方から御提言をいただければ大変有り難いかなというふうに思いますので、是非よろしくお願い申し上げます。

#64
○参考人(上田健介君) それはもう合意は先生方でやっていただくことになると思うんですが、私自身の、おまえはどうなんだというのは難しくて、基本的には、私は自由を原則に考えた方がいいんじゃないかというふうに思っておりますので。
 ただ、やっぱりある程度、何というか、類型的に、類型的にというか、ある程度具体的にというか、やはり問題があるということなのであれば、それを理由にして規制を掛けるということもそれは憲法には違反しないのではないかとは思いますが、だから、そこはもう何というか立法政策の話になると思いますので、そこで何がベストなのか。
 あと、完璧なものってなかなか難しいと思うんです、これ。だから、その完璧を探るというよりかは、何が今よりかベターなのかというところで合意を形成されたらよいのではないかと考えます。
 以上です。

#65
○参考人(飯島滋明君) どのレベルで答えようかなというのをちょっと今考えていたんですけれども、例えば、どうなんですかね、この内容についてここら辺だったら合意できるんじゃないかと。
 私も、二〇〇四年とか五年から国会の議論というのをずっと拝見させていただいています。CM規制とか最低投票率に関してはいろいろ御議論あるというのも実は存じ上げているところですけれども、これも、合意できるのかどうかというのは分かりませんけれども、やっぱり外国政府の影響が生じるようなことはまずいという辺りは合意、先生方はできないんでしょうかねというのは、ちょっと私の感想でございます。
 それこそ、CM規制に関しては表現の自由があるから駄目だという見解もあるというのももちろん存じ上げているつもりですし、やっぱり公平公正だということで規制すべきだという意見もあるのは分かるので、ここは本当に議論していただくと。個人的に言えば、国民主権の要請という観点からいえば、CM規制はあるべきだというふうに、私の、フランスとかの憲法国民投票ではそんな感じですのでそうなっていますけれども、それは先生方の御議論あるんだと思います。
 ただ、その外国人の影響を、さっきじゃないですけど、ケンブリッジ・アナリティカ社みたいなことが起こるのであれば、そこに関してはやっぱり法的規制は何らかの形で必要だろうという辺りは、これは合意していただけるんではないかなというのが私の感想です。

#66
○参考人(浅野善治君) やはりこれも国会が何をやるのかということに関係してくるんだろうと思います。
 国会は、やっぱり憲法で与えられた役割というのは改正の発議なんですね。ですから、発議をした後、国民の中で自由に意見を言い合うということ、それで、その最後に国民投票があるんだというのが一つの考えられる姿ですから、発議をきっかけとして国民があらゆる意見を言い合っているという状況、それが国民投票運動ということになるのかもしれないなというふうに思うわけです。ですから、そういう意味からすれば、その国民の自由な意見の言い合いということなんだろうと思いますので、できるだけそこは自由にやらせるべきだろうというのは基本だと思っています。
 ただ、そうはいいながらも、圧倒的な力関係があって、そこで最後の結論がゆがんでしまうようなそういうものがあるとすれば、それは何らかの形でやっぱり制限せざるを得ないんだろうというふうに思うわけですが、先ほど古川先生のところからの御質問にもあったように、そういったときに、じゃ、どういう根拠があればいいんだと、こういう話になるわけですけれども、やっぱりそのときに、これを止めなければ結果がゆがんでしまうよと国民全体が思うような弊害があるのであれば、それは制限をするということなんだろうなというふうには思いますが。

#67
○参考人(福田護君) 御質問が広告放送を中心とした規制についてどう考えるかということであろうかと思いますが、私自身は先ほども意見としてまとめて申し上げましたように、この憲法改正というのは、まさに国民の憲法改正権力の発現として、本当の意味で国民が正確な、こういうふうに憲法を変えていいんだという、あるいは変えるべきなんだというそういう判断、意思形成がきちんとできるようなその条件づくりというのが必要不可欠だろうというふうに思っています。それは、公正公平な条件づくり、公正公平な判断ができるそういうシステムづくり、それが必要、やっぱりこれは必要不可欠だし、国会の責任ではないかというふうに思っています。
 その公平公正というのは何なのかといったら、やっぱり憲法改正というそういう課題に即した理性的な判断の自由が確保をされること。だから、例えば片方の広告がそれこそ蔓延をして、片方の広告がほとんどできないとか、そういうような実質的な不平等がある中での自由な判断能力の形成というのはそれはできないだろうというふうに思いますから、問題はやっぱりその本来あるべき理性的な判断の自由というのをどうやって国民に確保をする、そういう手続法を作るのかということの価値というのは、表現の自由はもちろん片方にあるんだけれども、その表現の自由前提としての知る権利を確保する、そういう意味でも規制が必要であれば、それはきちんとした規制をつくるべきであるというふうに考えます。

#68
○浜野喜史君 ありがとうございました。終わります。

#69
○吉良よし子君 日本共産党の吉良よし子です。
 参考人の皆様、本日は貴重な御意見をありがとうございます。
 それでは、初めに飯島参考人と福田参考人に伺いたいと思います。
 菅首相は、五月三日の憲法記念日に、国民投票法改正案の成立は憲法改正への議論を進める最初の一歩と位置付け、新型コロナウイルスの対応を受け、緊急事態への備えに対する関心が高まっているとおっしゃいました。さらに、下村博文自民党政調会長も、今回のコロナを、ピンチをチャンスになどと言い、改憲と一体にこの法案の議論を進めるんだと言っていると。
 こうしてコロナ対策の失政を憲法のせいにして、緊急事態宣言とは別物の緊急事態条項をちらつかせながら、火事場泥棒的に改憲と一体に本法案の議論を進めているこの事態について、状況についてどう思われるか、飯島、福田両参考人の御意見をお聞かせください。

#70
○参考人(飯島滋明君) 質問ありがとうございます。
 どう答えようかなってちょっと考えさせていただきますけれども、やっぱり憲法改正の手続というのは、やっぱりどんなものが出されてこようと、まあ言い方は悪いですけれども、公平公正にやっぱりできる、そういったシステムづくりであって、あくまでそれに関しては色が付いているというのはまずい気がするんですよね。ですけれども、やっぱり総理大臣がそういうことを言ってしまうと、どうしてもそのために作っているんじゃないかというふうに、それこそ政治と関係あるんじゃないかって、これ国民に疑わせる要素になってしまうと思うんですよね。そこがやっぱり非常にまずいところなんだろうなと思います。
 どんなものが出されようと、やっぱりそれはちゃんと国民投票、主権者の意思を聞くというのであれば、それに適した制度づくりというのがどうもゆがめられちゃっているんじゃないかという、誤解を与えている発言という意味では非常にまずい発言だと私は考えています。人が亡くなっているかもしれない、苦しんでいるかもしれないのに、ピンチをチャンスになんというのはちょっとどうなのというか、これはやっぱり、それは思います、正直言って。
 緊急事態条項に関して一言、ちょっと私も国会の議論見させてもらって感じるところを言いますと、例えばドイツやフランス、緊急事態条項あります。ですけれども、今のドイツやフランスは緊急事態条項は危険だからこれは使うのやめようということで、あえて法律でやっているわけですよね。そこら辺の議論が全然ないという気はします。
 例えば、一九六一年、フランスでも憲法十六条の非常大権が使われましたけれども、そこでは警察官が四十八人も虐殺しているわけですよ。戦後ですよね、これ。ですから、実はそういったのは危険だということで、わざと今は公衆衛生緊急事態法というのを使って憲法を使わないようにという、そういうことで対応しているんですよね。そういった、要するに危険だという考え方が全然、ちょっと感じられないなというのがあると。
 例えば、ドイツのメルケル首相であったりフランスのマクロン大統領なんかは、例えば法律でやるけれども、それでもやっぱり個人の権利、自由、民主主義にとって危険だからということで、これを濫用させないようにしたい、政府が濫用させないようにしたいということをさんざん言っているわけです。メルケル首相というのは東ドイツの出身なので、自分がその移動の自由を行使できないということが非常に、どれだけまずいかというのを分かっていると。だから、今回、法律でやるとしても、それでもやっぱり危険なんだという、その認識を持って対応しているわけですよね。
 実は、国会議員の先生方の発言を聞いていますと、私権の制限、私権の制限だという発言はあって、政府の対応、緊急事態を使われるということは危険だという議論が余り聞かれないなというのがドイツやフランスとの違いだというのは一つ感じますし、私権の制限がないという言い方もちょっと私、違和感がありまして、そもそも今休業要請とかでさんざん大変な目に遭っている人たちっているわけですよね。それで、これ以上私権の制限と言われて国民が果たして納得するのかどうかという辺りはやっぱり考えていただきたいと思いますし、あくまで憲法改正権力の主体というのは国民ですから、国民がこれを変えなきゃということにそれでなるのかどうかという辺りはやはり考えていただく必要があるんだと思います。

#71
○参考人(福田護君) 私も今、この日本、私たち、まあ日本だけではなくて世界、新型コロナの問題で大変な大きな、何というのかな、苦難、人類全体の苦難に直面しているのだろうというふうに思います。そういう中で、今その憲法の問題についてどこまでどういうふうに優先をすべきなのかという、そういう問題の大局的な判断というのがあってしかるべきなのかなというふうに、前提として思います。
 その上で、緊急事態宣言というのが鳴らされていて、飯島参考人もおっしゃったように、そのこと自体で国民に対する権利の侵害というのも不安、あるいは危惧をされる、そういう状況にございます。そういう中で、更にその政治、政府に対して権力を付与する必要があるというふうな議論が、それがあっていいのかというところについては大変大きな疑問を感じます。
 今現在でも国民の権利侵害の危険というのがある、あるいは緊急事態宣言をどういうふうに活用するのかというその活用の仕方の問題というのが指摘をされている、そういう中で、緊急事態条項が更に必要だというような議論に進むだけのその合理的な理由というのは、私は今の日本にないんだろうというふうに思っております。
 既に、例えば災害対策基本法などで十分に政府が国民を義務付けるような、そういう体制というのが既にかなり非常に整備をされている、そういう中であえて、権限はあるのに、それがどれだけ十分に有効に行使できるかということが問われているのに、更に憲法上の緊急事態条項が必要だというふうには私は全く思いません。
 以上です。

#72
○吉良よし子君 ありがとうございます。
 やはり、国民の権利の侵害があり、また私権制限による危険性の議論などもないままに緊急事態条項についての議論を進めるということはあり得ないと思いますし、同時に、その改憲と地続きに一体に国民投票法案の議論を進めるということもあってはならないという認識を改めて思ったわけですけれども、この国民投票法自体も、先ほど来参考人のお話を聞いていても、やはり問題があるんじゃないかということも思ったわけです。
 先週の審査会では、法案発議者から、国民投票法は投票環境整備など投開票に係る外形的事項と、国民投票運動に関わるCM規制などに代表されます投票の質に関する部分から構成をされているとの発言があって、本法案については外形的事項に関して公選法に合わせた改正であるという旨が述べられたわけですけれども、しかし、現状の公選法の下で行われている国政選挙においても、先ほど飯島参考人からも御指摘ありましたけれども、投票所の数が減らされたり投票所の閉鎖時刻を繰り上げたりする自治体も多くあるわけで、こうした投票機会が縮小されていると。
 こうした投票機会の縮小を止めることこそ必要だし、投票機会の縮小に対する歯止めがない現在の公選法並びの法改正で本当にいいのかというのが問われていると思うんですけれども、この点について、飯島参考人、福田参考人、両参考人の御意見をお聞かせください。

#73
○参考人(飯島滋明君) 質問ありがとうございます。
 外形的事項だから公選法並びで合理的だと説明があったというのは私も議事録等で拝見をさせていただいています。それについては答弁させていただいたとおりで、選挙と国民投票というのはやっぱり質的に違うところがあるので単純に横並びにすればいいという話ではないということも実は答えさせていただいたかと思います。
 今先生がおっしゃったように、やっぱりその期日前投票の弾力的運用というのをやることによって、結局、期日前投票できる人たちが減ってしまうかもしれないと。しかも、その期日前投票の事由に自然災害なんかが入っているということであれば、自然災害で投票ができないにもかかわらず、それで投票時間が減らされてしまう。今災害の対策しなければまずいので投票できませんなんてやられたら、それこそ大変なことになると思いますので、そこの法的な歯止めというのは私は必要なんだと思います。
 その法的な歯止めが今の公選法並びのところにあるかといいますと、ないと。ですから、その危険性があるということは指摘させていただきたいと思います。
 繰延べ投票に関しましても、繰り返しになりますけれども、日曜日に自然災害があった、で、土曜日の段階で、じゃ、今の改憲手続法であれば木曜日以降に繰り延べるという話になりますけれども、それに関しては月曜日にということ可能になると。一応、衆議院の審議なんか見ていますと、いや、そんなことはしませんという言い方が、答弁されていたんですけど、できるけどしないとできないはやっぱり違うんですよね、法的には。ですから、やられたときにやっぱり大変なことになってしまうと。
 言い方ですけど、余り国民に知らせたくないから早くやっちまえみたいなことをやられてしまう、これはフランスでよくプレビシットになりますけれども、そういったことがないように、やはり投票できる機会というのはできるだけ多く設けるという趣旨から、やっぱり繰延べ投票の告示期間の短縮というのは、やっぱりここ修正か廃止かどちらかだというふうに考えています。

#74
○参考人(福田護君) 御質問ありがとうございます。
 外形的な事項というふうに整理をされた中にも、今日も飯島参考人を始めとして御指摘あったように、いろんな問題があるように私も考えております。
 その中で、ちょっとだけ、特にこの点は興味のある問題だなというふうに思ったのは、刑務所における受刑者の国民投票権とそれから選挙権の問題でして、今現在その両方が違う制度になっている。その場合に、受刑者が選挙権がなくて本当にいいんだろうかというところまで含めて議論をしていい問題ではないかと。これはやっぱり参政権、人権の問題に関わるので、今回のそういう違いから更に進んで、受刑者の選挙権というのをもう一度考え直してみる機会にしていただいてもよろしいのではないかというふうに思います。
 そういうふうに外形的事項というふうに整理をされた、あるいはされてしまった中にも、実質的に内容的に人権に関わる問題というのがたくさんあるように存じますので、その点を参議院においては更に解明をしていただくということを私としては是非望みたいと思います。
 それから、投票の質に関わる問題につきましては、先ほどもまとめて私の方で申し上げさせていただいたように、今の現在のこの附則の第四条だけでもまだ不十分というか、それをきちんと審議をし、そしてそれが中身が詰められるまでなさったとしても、まだ例えば私どもの方で少し申し上げましたように、例えば最低投票率の問題ってどういうふうに考えるんだとか、それから国民投票協議会というのをどういうふうに構成するのが本当は望ましいのかとか、それからその投票協議会、これを通じて、政党等というふうに規定されていますけれども、その政党等を含めて国民が、有料広告放送とか有料広告インターネットではない、無償の公費の発言機会、そして議論をする機会、こういうのをどういうふうに保障していくのかということを、外国でも幾つかあるようですけれども、それをきちんと国民投票法の中で位置付けをしていただきたい、それが私の国会に対する強い希望でございます。
 以上です。

#75
○吉良よし子君 ありがとうございます。
 外形的な事項だといっても、そこにも人権の問題もあるし、やはり丁寧な議論が必要だということは改めて分かりました。
 先ほど福田参考人からもありましたとおり、この投票の質に関する議論は、じゃ、どうなのかというところも問題だと思うんです。
 先ほど御指摘もありましたけど、修正案附則第四条でCM規制、資金規制などについて法律施行後三年をめどに検討を加えるとされたのみで、二〇〇七年の法制定時、二〇一四年の改定時や改正時に参議院で付された附帯決議の中身である公務員の国民投票運動の在り方や最低投票率については本法案では触れられてもいないわけで、そういう意味での欠陥法という指摘もあったと思うわけですけれども、この投票の質を確保するための議論や検討を置き去りにした本法案のままでは公平公正な国民投票にはなり得ないと思うんですが、この点について四人の参考人皆様のお考えを是非伺いたいと思うんです。とりわけ、この投票の質向上、確保に必要な課題とは何かという点も併せてお答えいただければと思います。

#76
○参考人(上田健介君) ありがとうございます。
 これ、投票の質というのが、じゃ、要するに何をもって投票の質が確保されているのか、何をもって投票の質が、まあ何というか、ねじ曲げられていて、これは不公平な投票になっているのかというのの判断はすごく難しいです。
 私は、基本的には、自由に選挙運動ができて、自由に、できるだけ、もちろん全員がということでありますけれども、投票の機会が与えられ、自由に投票ができれば、基本的にはそれで、そこでベースに考えていいんじゃないかなと考えています。
 ただ、本当にねじ曲げられているんじゃないかという話であれば、もちろんそこに規制を掛けて整序するというか、そういうこともあってよいとは思いますけれども、それはより良くしていくのが何なのかという、そういう話になるのかなというふうに考えております。
 以上です。

#77
○参考人(飯島滋明君) 御質問ありがとうございます。
 いや、これもちょっと何分で答えろという話なのかって、ちょっとあれなんですけれども、いや本当、検討すべきことはたくさんあると思います。
 最低投票率あるいは最低得票率と。一七九三年、フランスのジャコバン憲法ですと、もうそれこそ十何%の投票で成立してしまったと。これが国民主権の発露と言えるのかということになりかねませんので、やっぱり最低投票率というのは必要だというふうに思います。
 あるいは、CM規制ですけれども、賛成でも反対でもどっちでもいいんですけど、一方の見解だけが大々的に流されて、片一方は流されない、その状況で国民が影響を受けて投票に入るということがあれば、やはりこれは投票の質というのも、どちらかというと、言い方ですけど、つくられた世論、要するにマインドコントロール受けたような状況で主権者が投票するとなると。
 これでは非常に問題だと思いますし、そういった意味でCM規制というのがあってしかるべきかと思いますし、まして、何か操る、裏にいるのが外国企業だったり外国政府であれば、これこそ国民主権の観点から問題となると思いますので、やっぱり外資規制、あるいはそういったことも非常に問題だと思います。
 あるいは、公務員に関しては運動できないみたいな、こういった規制、先ほどもそういった質問ございましたけれども、これも問題だと思いますし、広報協議会に関しても、やっぱり公平に資料なんか提供されるのかどうかというのも非常に疑問なところがあります。
 こういったことをやっぱりいろいろ議論していくと、やっぱり三年でも足りるのかどうかという辺りはやはり感じるところでございます。

#78
○参考人(浅野善治君) これ、どう考えるかということになるわけですけれども、この憲法改正の改正手続をどういうものにするかということについては、やっぱり国民の意思というものが的確にまた適正にきちんと表れること、ねじ曲げられることなく表れること、これがまず一番の基本だというふうに思います。
 そのためにはどういう制度をつくったらいいか、どういうことを検討しなきゃいけないか、いろんなことがあるんだろうと思います。今、吉良先生おっしゃられたいろんなテーマもそれもきちんと検討されるべきことだろうともちろん思うわけですね。ですから、そういったことの検討が、仮に今回こういう形で一つ仕切られたとしても、今後ずっとそれが継続して検討されていくべきことというように思います。ですから、そういう意味では、今後、この検討というのがこれで終わるわけではなく、できるだけ丁寧に、また慎重にやられるべきだろうというふうに思います。
 ただ、それが憲法改正の論議に影響するのかというところ、これが一つ大きな問題でして、別に、それは憲法改正の論議とは別に憲法改正の手続を慎重に検討すればいいだけの話であって、それが両立し得ないということだとすれば、これはやはりおかしな話だなというように思います。
 むしろ、その憲法改正の手続については、憲法改正のその発議の議論が十分に行われ、それが発議されるときにきちんとしたものができていればいいわけですから、そのときまで十分時間掛けて検討してもいいわけだと思っています。
 ですから、どちらが先とかというのではなくて、並行してそれ十分な検討がされればいい、そういうように思います。

#79
○参考人(福田護君) 不十分な、問題のある国民改正手続法によって憲法改正国民投票が実施された場合に、それは場合によって本当に取り返しの付かないことになってしまうのではないかというふうに危惧します。
 やってみないと分からないというところがあるのかもしれませんけれども、合理的に予測できる範囲で、財力のある側が広告放送をたくさん打ち、財力のない人が、ない側がそれができない、そして、これは大阪の住民投票の例でもはっきり数字として出ているわけでありますけれども、その格差というのはやっぱり覆い難いものがあるわけです。
 特にCMというのは、その人の情緒に訴えるという側面が非常に強いわけですから、本来、憲法の改正の問題というのは理性的な熟議に基づいて判断がされるということが必要不可欠なんだろうと、そのための条件づくりをするという、そのことの国民投票改正手続法、失礼、憲法改正手続法の内容の重大さということはやっぱり改めて強調させていただきたいというふうに思います。
 そういう意味でいうと、憲法の改正、憲法本体の改正の中身について、それは先ほど申し上げたように、自由討議をなさり、それから国民に対してその価値というものを提示をなさる、それが国会の一つの役割だとは思いますけれども、まずそれに至る前に手続法を、十分に公正公平な投票ができるためのそのテーブルづくり、システムづくりというのを先行させるべきだと私は思います。
 以上です。

#80
○吉良よし子君 ありがとうございます。
 熟議が必要だということを申し上げて、終わります。

#81
○渡辺喜美君 みんなの党、渡辺喜美でございます。お疲れさまであります。
 今から十年近く前でしょうか、一院制議連というのがございまして、まあ別に参議院廃止するという意味ではないんですけど、衛藤征士郎先生が会長で、まあ私もメンバーの一人だったものですから、当時の横路議長のところに、衆議院百人以上、参議院五十人以上の署名を集めて、一院制の憲法改正の原案提案ですね、発議の前の段階、原案提案。原案提案権が各議員、それぞれの議員個人ですね、各議員に属するというのは、これは異論のないところだと思います。
 そこで横路議長閣下が何とおっしゃったか。国対の許しがありませんと言ったか、正確には覚えていないんですけど、国対のつるしが下りていないと言ったんですかね。ちょっと私はその話聞いて、非常にリスペクトしていた横路議長の発言にがっかりした記憶があるんですよ。
 先ほど、上田先生のペーパーの中で、憲法秩序という話が出てまいります。憲法典も含むが、法律、規則、先例、そして不文の慣行というような話が出てまいりますけれども、国対のお許しがないとこの議員提案が認められないのかと。じゃ、それ、先例集か何かに載っているんですかと、まあ最近聞いたんですけどね、そんな先例はありませんと。つまり、不文の慣行でやってきているという話なんですね。
 まあ世の中、建前のルールと本音のルールというのが二通りあるのは私も十分承知しているんですが、たしか私の記憶だと、二〇〇七年にこの国民投票法というのを作ったんですね。同時に国会法を改正して、何条でしたかね、六十八条の二というのを付け加えて、それで先ほど申し上げた要件、衆議院百人、参議院五十人以上とこのハードルを上げたわけですね。
 そこで、ちょっとお尋ねしたいんですが、ちょっと時間の関係もあるので、元衆議院法制局におられた浅野先生と、上田先生にお尋ねします。
 こういう原案提案というのは、私は党議拘束は廃止してもいいのではないかと思うんですよ。先ほど来議論がありますように、各議員の判断に任せるという憲法論議があってしかるべきと思うんですが、その辺りはいかがでしょうか。浅野参考人に。

#82
○参考人(浅野善治君) ありがとうございます。
 まさに今日お渡ししてあるんだろうと思いますが、私の参考人資料の中にもそのことが実は書いてありまして、そういった人数制限を設けるのは反対だと、議員一人でもそれは原案、改正原案の提案ができるようにすべきだということも書いてあります。また、この国会法の改正自体があたかも法案審議と同じように憲法改正の審議というものを考えていること、これもやはり少し話が違うんじゃないかということも実は書かせていただいているところでございます。
 そういう意味では、今、国対のルールということで横路先生がそれをお止めになったという話がありましたけれども、それはやっぱり政治が政治を決定するときのルールなんですね。ですから、ある意味では、国政を決める、あるいは国会が法律案を決めていく、可決していく、その政治の議論のルールであればその政治の慣行というのもある程度はあるのかなと思うわけですけれども、その憲法改正案の審議というのはそういう政治のルールとは切り離されたところで議論すべきだというふうに思っていますので、そういう政治の慣行もそこには及ばせてはいけないんだろうと実は思っています。その慣行自体が悪いというんではなくて、それは政治の慣行であって、政治の慣行はそこに及ぶものではないというふうに思います。

#83
○参考人(上田健介君) 私も今の浅野参考人と基本的には同様でして、その政治の慣行というか、私はその政治の慣行自体もいかがなものかと思っておりますけれども、党議拘束は。ただ、それをこちらにそのまま持ち込むというのは違うのかなと思います。
 ただ、五十人、百人の発議要件についてですが、その議員個人に、何というか、原案の提案権というのがあるとするならば、余りそれを過度に制約するのはよくないかなと思う反面、ただ、やはり今までないことで、じゃ、ちょっと言い方は失礼ですけど、気楽にその案を出されても、またそれはそれで後、審議が、取扱いが大変になるのかなとも思いますので、元が最終的に三分の二の議決ですから、百人、五十人で発案するということ自体は、何というか、そういうふうにお決めになられているし、まあ穏当なところなのではないかと今考えております。
 以上です。

#84
○渡辺喜美君 今のエピソードは、国会の用語でいきますと、機関認証がないから駄目ということなんだろうと思うんですがね。まあしかし、国会は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織するというのが四十三条に書かれていますね。この国民代表原理というのは、言うまでもございませんけれども、近代議会制の根本理念だというわけですよ。
 飯島先生は、先ほど、ナチスの非常大権を使って、ワイマール憲法四十八条ですか、これを使って相当むちゃくちゃなことをやったというお話をされましたが、戦後、ボン基本法の時代に西ドイツの人たちはかなり真剣に議論したと思うんですよ。つまり、全国民の代表たる国会議員と、政党の党議拘束に従わざるを得ない言わば代理人ですよね、代表というよりはね、そういう議員との矛盾相克というのを相当真剣に議論をして、政党法という法律を作り、なおかつボン基本法でたしか政党条項というのを入れたと思うんですが、その辺りについて御見解があれば教えてください。

#85
○参考人(飯島滋明君) さっきの古川参考人のやっぱり問題意識と非常に重なるのかなと思いますけれども、やっぱり政党というものを憲法で規定して、政党の中も、今の例えば政党条項ですと、党内は民主主義じゃなきゃいけないなんという規定があったりして、それはナチスに対する反省ということなんですけれども、政党が例えば民主主義じゃなきゃいけないと。本来、政党というのは、実は公的機関ではなくて、あくまで私的な人たちが集まって政治的な集団をつくったものだと思うんですけれども、それを憲法上規定してしまって、憲法でこうすべきだと定めてしまうと、かえってやっぱりいろんなことに対して政党が口を、政党に対して公権力が口を出すことになってしまうと、それがいいのかどうかというのは非常にやっぱり問題があるんだと実は思っています。
 ですので、やっぱりそこまでやるのはやり過ぎじゃないかという意見が、多分、日本の憲法学者では多いんだと思います。やっぱり政党というのは、やっぱり自由にいろいろ議論してもらうため、例えば今おっしゃったような問題も、それはやむを得ないんだという議論にもしかしたら行きかねないなという気もしますので、そうじゃなくて、あくまで政党というのは憲法二十一条に言う表現の自由あるいは結社の自由で認められている団体であって、あくまで憲法とは距離を置いた集団なんだという理解、だから、その中でどう自由に物を決めるというのはいいんだというのが、多分その方がいいんじゃないかというのが憲法研究者の多くの見解だと思います。
 ちょっとまた話を変えてしまうかもしれませんけれども、確かに先生がおっしゃったとおり、ボン基本法に至るとき、緊急事態条項というのは入れているんですけれども、これに関しては四回案を作っているんですよね。十年以上やっぱり議論を掛けています、ドイツの場合。これじゃ危険だ、あれじゃ危険だということで。
 そういった意味で、非常にやっぱり議論をされてきた中で、逆に国民から、これでいいんだ、あれでいいんだといういろんなやっぱりあつれきの中でできてきたんだということは先生の多分御存じなことだと思いますけど、紹介させていただきたいと思います。

#86
○渡辺喜美君 福田先生に御質問したいんですが、かなり高名な弁護士の先生方が一人一票運動というのをやっておられまして、最近どうか知りませんけれども、以前は新聞の一面広告で大々的にやっていたと記憶しているんです。つまり、投票権の行使というのは住んでいるところ、住所によって差別されてはいけない、一票は一票なんだという非常に分かりやすい論理だったと思います。
 かつて、みんなの党のアジェンダには、この一人一票の理念を体現した選挙制度の提案がありました。つまり、選挙区割りは何でもいいと、小選挙区であろうが中選挙区であろうが大選挙区であろうがね、区割りごとに当選者を決めなければいいんですね、全国集計をしてしまうと。で、当選者を各政党ごとに配分をし、各政党ごとにそのあらかじめ届け出たルールでもって、例えば過疎地域からの選出を増やして、増やしたければですね、そういう人を名簿順位の上にするとか、あるいは選挙の得票率で順位決めるとかね、まあ何でもいいんですよ、党内ルールですから、それがね。ですから、その方が一人一票の理念にはかなう、全国集計の方式がね、と考えますが、福田先生、いかがでしょうか。

#87
○参考人(福田護君) 私自身は、その一人一票運動というか、投票価値の平等の問題についていわゆる直接関わりを持っているわけではないので、はっきりした見識を持っているわけではございません。ございませんが、先生のお話を伺っていて、国会議員という地位、立場というのは、やっぱりそれぞれの、全国区だけという方法は、それはあり得ないわけではないかもしれないけれども、やっぱりそれぞれのフェース・ツー・フェースの関係というのがやはり必要不可欠なんだろうというふうに思います。
 そういう意味でいうと、地域の代表、選挙は地域ごとに行い、そしてその行って当選をした方が全国民を代表するという、そういうシステムはそれなりの合理性があるんだろうと思います。だから、それを全部否定をして、完全に一対一の、平等であればいいんだという考え方は私自身はちょっと取りにくいなと考えています。

#88
○渡辺喜美君 上田先生のペーパーにメディアリテラシーの話が出てまいりました。実は、前回の質疑でもって私も似たようなことを取り上げております。
 飯島先生が御指摘になったケンブリッジ・アナリティカの話なんですが、フェイスブックはもう既に二〇一五年にお友達APIの制限をやっております。この友達APIはオバマ大統領の選挙運動でも使われていたんですね。告発者のブリタニー・カイザー女史は、実はそのオバマ陣営のフェイスブックを担当していたという経緯がございます。
 もう時間がありませんので端的にお聞きしますが、メディアリテラシーというのは非常にこれから大事になると思いますが、上田先生は、かいつまんで言うと、どのような具体策をお持ちでしょうか。

#89
○参考人(上田健介君) かいつまんでというか、要するに、ネットに出てくるものというのは、やっぱり一方的なものがどんどん上がってくるんだよということをやっぱり若い頃から教えるということなのじゃないかと思います。簡潔で済みませんけれども。

#90
○渡辺喜美君 ありがとうございました。

#91
○会長(林芳正君) 以上をもちまして参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の皆様に一言御礼を申し上げます。
 参考人の皆様におかれましては、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。審査会を代表いたしまして、厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 参考人の皆様には御退席いただいて結構でございます。
    ─────────────

#92
○会長(林芳正君) 次に、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する調査を議題といたします。
 本日は、日本国憲法及び憲法改正国民投票法を巡る諸課題について委員間の意見交換を行います。
 発言を希望される方は、氏名標をお立ていただき、会長の指名を受けた後、御発言願います。
 発言が終わりましたら、氏名標を横にお戻しください。
 一回の発言時間は各三分以内でお述べいただき、時間が超過した際はベルを鳴らしますので、あらかじめ御承知願います。
 意見交換の所要は四十五分を目途といたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、発言を希望される方は氏名標をお立てください。
 片山さつき君。

#93
○片山さつき君 御指名ありがとうございます。
 ただいまの議論でも七二%の世論がこの憲法審査会で憲法に関連する議論を進めるべきというお話がありましたけれども、このコロナ禍と言われる一年半が過ぎて、やはり現行憲法でどこまでのことができるのかという国民の非常に大きな思いがあると思います。
 東日本大震災のときに、当時の政権は、法律は存在しておりましたが、おりますが、災害緊急事態の布告というのをなさらず、緊急政令も出しておられません。政府見解は当時も今も国民の権利義務を大きく規制するからということで、これ、法律だけでは全てに対応できない状況だということと解されているわけですが、現在我々自民党が出しているたたき台素案につきましてはコロナのことを入れているわけではありません。震災関連でこの緊急政令制度を認める案でございます。
 しかし、今、例えば公共の福祉で、受忍義務ですね、で収まる範囲内の移動の自由、二十二条であったり、二十九条の財産権であったりということで、特に水際の検疫において、入国後、例えば十四日間の自宅や宿泊施設等での指定場所での待機、あるいはいわゆる停留というところで、今よりも大幅にハードな措置をどこまでとれるのかという議論をいろんなところでしております。私、野党の方とのいわゆる討論番組を、よく出ますが、そういうところで野党の方から、もっと厳しくしなきゃ駄目じゃないですか、何をやっているんですかとか言われるんで、あのう、でも、ということを時々申し上げるんですが。
 やはり今、例えばこの二月にインフル特措法の改正があって、その議論でもやはり罰則なのか過料なのかという話もあったし、その大きな私権の制約になるということを政府側が、まあ我々与党ですけれども、やっておりますので、そういう答弁をしておりますので、やはり今以上のことをできるのかどうかということ、今以上のことをしないと命が守れないんじゃないかというその意見が非常に強いことが世論調査等でも表れているのであるとすれば、我々国権、要するに国会にある者としては、その法制度面も含め、必要な見直しというこの改正法の附帯決議で求められた、しっかりと明記されていることを踏まえて、これはきちっと、この私権の制約がどこまで現行憲法で許され、現行憲法の壁に当たってしまうこのパンデミックの状況への対応策というのがあるのかないのか、その場合はどうするのかをしっかりと話し合うべきだと思います。

#94
○会長(林芳正君) 白眞勲君。

#95
○白眞勲君 立憲民主・社民の白眞勲でございます。御指名いただきまして、ありがとうございました。
 先ほど、片山委員から緊急事態に関するお話がありましたけれども、これについてはまた同僚議員がまたいろいろとお話しさせていただきたいと思います。
 我が党の立場をまず申し上げながら話をさせていただきたいと思いますが、先ほど参考人の方々から国民投票法に関する大変貴重な御意見を伺うことができました。それぞれの参考人の御意見、様々な党派からの推薦にもかかわらず、現在の国民投票法が抱える根本的な問題点、それぞれ鋭く指摘されており、私がこれまで懸念してきた問題意識と全く軌を一にするものであり、大変参考になりました。
 先ほどの御意見でも、国民投票が時の権力者によって悪用される危険性があることを過去の歴史を踏まえて警告をされた飯島参考人の話もありまして、だからこそ国民投票が国民の意思を正確かつ適切に反映されることの必要性を強調されており、まだまだ議論すべき課題が多々あるんだなということも改めて感じさせていただいた次第であります。
 今回の改正国民投票法は、とりわけテレビ、ラジオの有料広告の適正化については、本院でもこれまで、平成十九年、二十六年の附帯決議において、憲法改正案に対する賛成、反対の意見が公平に扱われるようその方策の検討を速やかに行う旨の決定がなされていますが、今般の改正案の附則によってようやくその欠陥是正のための道筋が開かれようとしております。
 また、先般の当審査会において、私は、現行の繰延べ投票制度がより冷静な投票環境を必要とされる国民投票においてそもそも妥当しない可能性があることを指摘しましたけれども、飯島参考人も同じように、この災害が起きたときに一部の地域でそれが繰延べ投票されることによる公平性の問題についてやはり指摘をされておりました。
 やっぱり人を選ぶ選挙、憲法改正の是非を問う国民投票には、制度の目的に、趣旨に根本的な違いがあるということ、そういったことから、冷静な投票環境の確保のためには、こうした発議から国民投票までの期間の妥当性についても改めて検討する必要性があるのではないかなと思いました。
 与党の一部の皆様には何かマッカーサーあるいは進駐軍の押し付け憲法論ということを指摘されておる方もいらっしゃいますけれども、今回の参考人の皆様も、外国勢力によってCM規制が、CMとか何かでゆがめられてしまったら、これは大変なことになるということからすると、やはり特に与党の皆さんからも、この国民投票法についてしっかりとした議論をしていかなければいけないんではないかということを改めて私は御指摘申し上げたいと思います。
 最後に、国民の主権行使である国民投票は、徹頭徹尾、公平公正なプロセスの下で行わなければなりません。国民投票法に不備があるままでは国民の主権行使を、結果を正しく反映することができず、改正自体の正当性が問われる事態となります。
 皆様と一緒になって議論していこうじゃありませんか。
 ありがとうございました。

#96
○会長(林芳正君) 矢倉克夫君。

#97
○矢倉克夫君 公明党の矢倉克夫です。
 先ほどの参考人の御見解を踏まえた意見は後ほど述べるといたしまして、まず私からは、先週の本審査会の質疑を踏まえ、憲法改正国民投票法改正案について意見を申し上げます。
   〔会長退席、会長代理那谷屋正義君着席〕
 衆議院段階の修正によりまして追加された検討条項の解釈が焦点の一つとなりました。すなわち、CM規制等の議論に結論が出るまでの間、憲法本体の論議や憲法改正の発議ができるかどうかという点であります。
 この点につきまして先週の議論では、まず、北側議員などの原案発議者から、検討条項には憲法本体の論議や憲法改正の発議に関する言及は一切なく、法制的に憲法本体の議論も憲法改正の発議もできる旨の明快な御答弁がありました。特に、北側議員からは、制定時に付されていた十八歳投票権とのリンクのようなものは今回付けられていないという大変重要な指摘もあったところであります。私も、法律家の一人として、そのような解釈に大いに納得をいたしました。
 次に、修正案提出者の山花議員からも、法制的に憲法本体の論議や憲法改正の発議ができることについて北側議員などと共通の認識を持っていると明言されており、原案発議者との間で何らそごはないという理解であります。その上で、政治的には、現行法のままでは投票結果に対する信頼が揺らぐので、憲法改正の発議は難しい旨の言及がございましたが、これが政治的観点からの御主張であることは明らかであります。ただ、憲法本体の論議を行うことについては政治的にも異論が示されておりません。
 また、同じ修正案提出者の奥野議員も、憲法本体の議論は妨げられないと明言をされておりました。議事録で確認をしております。
 憲法改正について、各党各会派それぞれ様々な立場があることは理解しておりますが、したがって、国民投票法改正案の原案や修正案に賛成したからといって、個別的規定に関する政治的観点からの主張まで完全に一致することが難しいことはよく分かるところでありますが、先ほど述べたように、このような政治的観点からの主張の前提である法制的解釈については、原案発議者と修正案提出者の間で完全に一致しており、何ら揺らぎはないということが明らかになったわけであります。
 以上の下で、改めてでありますが、まず、本改正案につきましては早急に可決、成立をさせた上で、CM規制等について速やかに議論を進め、結論を得るとともに、同時並行で国民のための憲法論議をしっかりと深めていただくべきであるというふうに考えます。
 先ほどの浅野参考人が言うように、主権者たる国民の意思による憲法を検証することが立憲主義とのお言葉もあったところであります。過日、十九日、当審査会で私も申し上げたとおり、国民一人一人が憲法を自分のものと捉えるため議論は必要であり、また、上田参考人が先ほどおっしゃっていただいたとおり、イギリスと比べ、成文法がある日本であっても憲法の価値観が共有されているか疑問があるというお言葉もありました。
 特に、三原理を真に国民のものとするためにもしっかりと議論を深めていくべきであるということを申し上げて、私からの意見とさせていただきます。
 以上です。

#98
○会長代理(那谷屋正義君) 松沢成文君。

#99
○松沢成文君 日本維新の会の松沢成文でございます。
 今回の国民投票法改正案の最大の問題は、衆議院での修正部分の解釈が定まっていないということであります。
 先日の質疑の中で自民党の議員は、附則第四条の規定は原案の審議と改正の発議を妨げるものであってはならないという私の主張に、もろ手を挙げて賛成すると言明しました。私たちはその趣旨を体現する修正案を提出しますので、自民党の皆様には是非とも御賛同をお願いします。
 一方で、立憲民主党の議員は答弁の中で、憲法原案の審議と国民投票関係の審議を同時に行うことは、法的には可能だが政治的には難しいという趣旨の発言をしました。
 しかし、そのような立法者の相反する、あるいは曖昧な解釈を残したままでは、今後の委員会審議が、審査会審議が混乱するのは必至です。このままでは、これまでの三年間に加え、今後も最大三年間、合計六年間も改正議論が行われないという最悪の結果を招くことになりかねません。
 こうした状況を打破するために、既に申し上げたとおり、日本維新の会は修正案の提出を考えています。是非とも各会派の皆様の御理解、御賛同をお願いします。
 次に、小委員会設置について提案します。
 憲法審査会で改正原案をまとめるには、意見発表ではなく、議論の集約が求められます。審査会規程、憲法審査会規程第七条にも小委員会設置ができることになっています。そのメリットは、集中的あるいは継続的に特定の案件の審査又は調査を行うことにより、委員会自体の効率的、効果的運営が図れるというところにあります。国民投票法関係の議論はこの小委員会制度の効用にぴったりと当てはまります。
 これまでも衆参両院の委員会において数々の小委員会が設けられ、一定の成果を上げてきました。また、平成十六年の第百五十九国会において、参議院の当時の憲法調査会にも二院制と参院制の在り方に関する小委員会を設置、活用して成果を上げた前例もあります。
   〔会長代理那谷屋正義君退席、会長着席〕
 今後の憲法審査会の運営を滞らせることなく、憲法本体の改正論議と、改正審議と国民投票法関係の審議を分業的に同時進行するために極めて有効な手段です。是非とも各会派において御協議、御賛同をお願い申し上げます。
 この件については幹事会でも提案しましたが、改めてここで林会長に当審査会における国民投票法検討小委員会設置の取りまとめをお願いしたいと思いますが、会長、いかがでしょうか。

#100
○会長(林芳正君) ただいまの件につきましては、後刻幹事会において協議いたします。

#101
○松沢成文君 ありがとうございます。
 以上でございます。

#102
○会長(林芳正君) 矢田わか子君。

#103
○矢田わか子君 国民民主党・新緑風会の矢田わか子です。
 憲法改正に関する国民の意識は、例えば安倍前総理が憲法改正を公約にされた二年前の参議院選挙の際のNHK世論調査では、選挙に当たってどのような政策や争点を重視しますかという問いに対し、一番が社会保障の三四%で、憲法改正は五番目の七%でありました。一方、先月の憲法記念日に合わせて実施された世論調査では、どの新聞社も、憲法を改正した方がよいとする意見が改正しなくてもよいを上回っています。これは、コロナ禍にあってより強力な感染防止対策を求める意識、あるいは尖閣諸島の、尖閣列島の領海内への中国公船の侵入など国際情勢の不安などが背景にあるのではないかと分析されています。直近では、憲法四十九条に抵触するとされる公職選挙法違反により当選無効となった国会議員の歳費返納の問題も指摘されています。
 いずれにせよ、この国会の場で憲法についての議論を深めるべきと考えますが、以下、二点ほど留意点を述べたいと思います。
 一つ目は、各党の憲法改正の目指すものが現時点では大きく違っているということであります。
 私ども国民民主党は、私たちが目指すものとする文書で、立憲主義と国民主権、基本的人権、平和主義を断固として守り、国民とともに未来志向の憲法を構想しますとしています。
 昨年秋に、憲法学者を始め有識者からのヒアリングや一般の国民の方を交えての討議を繰り返し、現行の憲法の基本原則を堅持しながらも、一つ、デジタル社会におけるデータ基本権の確立や同性婚の保障など、人権保障の見直しと追加、二つ、地方自治の発展、強化に向けた自治体の機関、権限の自主性の確保、三つ、三権分立の空洞化を是正し、統治の在り方を再構築するための衆議院解散権の制限や自衛隊の統制などについて課題整理をしているところであります。
 各党それぞれに憲法改正案あるいは憲法改正に臨む姿勢は違っていると思われ、一致点を見出すことは難しいと考えますが、この国会の場でより相互理解を深める努力をすることが大切であり、国論を二分し、家族、職場、地域で無用な対立や分断を起こすような憲法改正発議は避けるべきと考えます。
 もう一点は、憲法に関する学校教育の推進であります。これまでの附帯決議においても、投票年齢の引下げに対応するため、学校教育における憲法教育等の充実を図ることとしてきました。これがどれほど実行されているのか疑問であります。この課題をより強力に推進すべきことを訴え、意見表明とします。

#104
○会長(林芳正君) 山添拓君。

#105
○山添拓君 日本共産党の山添拓です。
 国民投票法改正案について意見を述べます。
 本法案は、改憲のための手続法であり、改憲しようとするのでなければ改定する必要はありません。菅首相が改憲論議を進める最初の一歩と述べ、発議者も当審査会で改憲議論の大前提として審議してきたと認めたとおり、本法案は、自衛隊明記の九条改憲を含む改憲四項目の議論を進めたいがために、呼び水として提出されたものでした。
 ところが、政治の優先課題として改憲を求める世論は一向に広がらず、発議者自身、一つの大きな反省点と述べるに至っています。国民が求めていないにもかかわらず、改憲ありきで前のめりの姿勢こそ反省すべきです。安倍、菅両首相が、首相に求められる憲法尊重擁護義務と三権分立の原則に反して改憲の旗を振るのは異常な姿であり、国民世論との乖離はいよいよ深刻だと言わなければなりません。
 この下で、本法案は重大な欠陥を含んだものとなっています。発議者が投票の質に関わる部分と述べたCM規制や最低投票率、公務員の国民投票運動などは、本審査会が過去に附帯決議で検討を求めた事項であるにもかかわらず、本法案では置き去りにされています。
 本日の参考人四人全員が広告規制などの議論の必要性について言及され、五月二十六日の質疑では、発議者自身も今後議論すべき重要な課題と述べ、不完全であることを認めました。
 福田参考人は、国民投票手続は憲法改正の正当性を根拠付けるものでなければならないと指摘し、主権者である国民間で公平、平等である必要性、制度や運用の公正を確保する必要性を強調しました。具体的には、インターネットを含む有料広告の規制とセットで公費による国民投票運動等の制度的保障が必要であること、最低投票率制度の導入が必要であることを挙げ、これらの検討を欠いた改憲手続には根本的欠陥があるとの批判です。
 公選法並びとされる本法案によっても、公平公正な国民投票手続が保障されず、実際に適用されるべきものではない、憲法違反の欠陥であるという指摘は重く受け止めるべきです。また、この点は衆議院の修正による附則第四条によっても解消されません。飯島参考人が指摘したように、改憲国民投票は一度行えば一生できないかもしれないものです。投票できる機会はなるべく多くすべきであり、現在、公選法の下で投票機会が減少していることへの法的歯止めこそ求められます。
 法案審議で、発議者は、本法案を今国会で急ぐ理由を語ることができませんでした。上田参考人が熟議になっていないと述べるのも当然です。重大な欠陥を抱えたまま採決ありきで審議を進める必要性はどこにもありません。ましてや、コロナ対策を理由に改憲を論ずるなど言語道断です。
 コロナ危機で脅かされている基本的人権を保障するために憲法を生かした政治へ転換することこそ急務であることを申し上げ、意見表明とします。

#106
○会長(林芳正君) 渡辺喜美君。

#107
○渡辺喜美君 みんなの党、渡辺喜美です。
 前回も申し上げましたが、この三年間、国会の不作為によって、この法案、また憲法に対する審査が相当遅れ遅れになってきた、時代遅れ続出という感じなんですね。時代は平成から令和に変わり、また、歴史のゲームチェンジャーとなるかもしれないコロナが全世界的に蔓延をし、そういう中で、例えばネット投票の議論が全くなされていない。セキュリティーの問題だとか、そういうできない理由を出してこういう議論をしないというのは、まさに不作為以外の何物でもないと考えるのであります。
 二〇〇七年の国民投票法案の成立と同時に国会法が改正をされ、国会法六十八条の三においては個別発議の原則が規定をされております。つまり、内容ごとに発議というのはするということであり、また、六十八条の二、国会法六十八条の二においては発案権が各議員に属するということが明らかになっておるわけであります。
 そういう中で、やはり日本の不幸は、憲法改正に関わる議論というのが非常に党派性を帯びてきてしまっているということにほかなりません。せっかくこの国会法まで変えて発案権、原案提出権は各議員にあると定めてあるわけでありますから、こういうところこそ党議拘束というものを排除をして議論を進めるべきと考えます。
 以上です。

#108
○会長(林芳正君) 福島みずほ君。

#109
○福島みずほ君 立憲・社民の福島みずほです。
 今日の参考人四人の方たちは、全員、CM規制などをきちんとしない限り不十分であるということをおっしゃいました。与党が推薦したと思われる上田参考人も、熟議が足りないとおっしゃいました。そのとおりです。今日の四人の参考人の皆さんたちは、今のままでは不十分で、きちっとやらない限りは国民投票法は不十分で、欠陥法案であるということを認めたというふうに思っております。
 申し上げたいことは、今、憲法改正の議論を本当にするときでしょうか。新聞に川柳が載っておりました。森松さんという方ので、「憲法があるのに使わず改憲論」。どうでしょうか。私たち国会議員は、憲法九十九条に基づいて憲法尊重擁護義務があります。憲法を擁護し、尊重し、憲法の価値を生かしていく。生命、自由、幸福追求の権利を定めた十三条、法の下の平等を定めた十四条、二十五条、生存権、みんな本当に生かされているでしょうか。
 私たちが必要なことは、このコロナ禍の中、まさに憲法を生かすことであるはず。平和的生存権の憲法前文はどこまで生かされているんでしょうか。憲法を生かさずして、憲法改悪の、まあ憲法改正、私は改悪と言いたいですが、議論するこの憲法審査会は、憲法九十九条の憲法尊重擁護義務を自ら踏みにじるものだというふうに思っております。私たちは今、憲法を生かすことこそ本当にやるべきです。
 今日の参考人の中で、憲法審議や発議ができるのかという質問に対して飯島参考人は、憲法審議に関しては、それをやる時期なのかと言いました。また、発議ができるのかということについても、参考人の中では、CM規制や最低得票数や、それぞれの問題があり課題があることが指摘をされました。飯島参考人の方からは、公職選挙法にのっとって七項目を変えるということについても、改悪ではないか、むしろ狭まることや違憲訴訟になることや足りないことや問題があること、検討すべきであることなどが言われました。つまり、公職選挙法に合わせて憲法改正のための国民投票法改正法をやるのでは駄目なんです。
 それからもう一つ。そしてさらに、欠陥がある、CMや外資規制や最低得票数や公務員の政治活動や地位利用の問題や受刑者の問題や、本当に国民投票として可能なのか、不公平じゃないかということに私たちは応えておりません。
 驚くべきことに発議者は、与党の発議者は、発議ができると言いました。これだけの大欠陥法案で、憲法改正の発議という引き金をどんなことがあっても引くんだというのは間違っているというふうに思います。
 今の憲法改正のための国民投票法改正法案、大欠陥法案であり、熟議で議論をすべきである、今国会の成立など認めることができないということを申し上げ、私の意見陳述といたします。

#110
○会長(林芳正君) 堀井巌君。

#111
○堀井巌君 自由民主党の堀井巌です。発言の機会をいただき、感謝いたします。
 私は、日本国憲法の三大原則である国民主権、基本的人権の尊重、平和主義について評価しています。社会環境が変化する中にあっても、いかにこの三大原則を機能させ、実効あるものにしていくかが重要と考えています。
 基本的人権の尊重については、現行の日本国憲法の下で様々な取組が進んできましたが、課題もあります。例えば、ハンセン病患者の方々への隔離政策、二〇〇一年の熊本地裁判決をもって謝罪や名誉回復に動き出すまで長く続きました。北朝鮮による日本人拉致は、一九七〇年代から行われていたにもかかわらず、国会でも当初は真摯に取り上げられることはありませんでした。北朝鮮による拉致被害者に対する人権侵害は今でも続いています。これらは、議論をしなかったために守るべき人権を守れなかった事例であり、教訓とすべきと思っています。
 平和主義について申し述べます。
 最近、ASEAN諸国で行われた世論調査によれば、どの国においても、日本は世界中で最も信頼できる国との結果だったと聞きました。戦後の平和国家としての歩みが国際社会で受け入れられている証左であると思います。
 一方で、一九九一年に起こった湾岸戦争の際には、我が国は、自分たちが必要とする石油を運ぶタンカーは紛争地域に送るけれども、支援物資を届ける輸送船を送ることにはちゅうちょし、国際社会での評価を大きく下げました。憲法で国際協調主義を掲げながら、一国平和主義の問題が顕在化した例と思います。
 昨今、我が国を取り巻く安全保障環境が極めて厳しい状況となってきている中、憲法の平和主義の理念を実効あるものにしていくためには、我が国から他国に戦争を仕掛けないという視点とともに、他国からの侵略や攻撃をいかに防ぐかという視点が重要です。また、サイバー空間で攻撃を受け、国民の生命や財産が危険にさらされているという現実もあります。このため、科学技術研究と安全保障の関係についても新たな考察が必要と考えます。海外で紛争が起こった場合の邦人保護も基本的人権の尊重の観点からも重要です。
 このような観点から、私は、抑止力の要となっている実力組織である自衛隊を国の最高法規である憲法にきちんと明記することが、平和主義を維持し、むしろ実効あるシビリアンコントロールを実現することにもつながると考えています。この点、是非、各委員の考えを伺い、議論を深められればと期待しています。
 国民主権、議会制民主主義の根幹は、国会で国民の代表である議員が多様な考えを尊重し合い、丁寧に議論を重ねることと思います。憲法審査会の開催に尽力いただいた与野党全ての関係者の方々に敬意を表するとともに、今後も本審査会で議論が重ねられることを心から期待し、私の意見といたします。

#112
○会長(林芳正君) 小西洋之君。

#113
○小西洋之君 発言の機会をありがとうございます。
 私も、今日の四名の参考人の方々全てがCM規制、インターネットを含む、そして外資規制の問題について、この憲法審査会で法的措置等をしっかりとるように、そのようにおっしゃられたことは誠に意義深いというふうに思います。浅野委員におかれても、資金力によりゆがめられる弊害を精査する必要があると明言をされており、上田委員は、レジュメにおいて、検討することが望ましいと明記をしていただいているところでございます。
 これに関し、附則の四条についての議論がございますが、私は、これは法的解釈論として決着をしているものだと思います。附則を起草したのは我が党の奥野議員でございます。その附則の一言一句書いた議員自らが、その附則の法的趣旨について、このCM規制等の法改正なくして発議はできないと言っているわけでございます。しかも、与党の発議者の皆さんがおっしゃっている解釈論は解釈論ではございません。与党の方々がおっしゃっているのは、CM規制の法改正などがなければ発議はできないと日本語で附則にそう書いていないからできるんだと言っているんでございますけれども、法解釈はそのようなものではございません。
 平成二十六年の我が参議院憲法審査会で、法令解釈の在り方、法令の規定の文言、趣旨等に即しつつ、立案者の意図や立案の背景となる社会情勢等を考慮し、また、議論の積み重ねのあるものについては全体の整合性を留意して論理的に確定するというふうにされております。
 そして、奥野発議者のこの法令解釈の附則の説明は、まさに規定の趣旨、文言が、公平公正を確保するために必要な事項としてそういう文言を書いた、そして立案者の意図や立案の背景について、平成十九年の自主規制の民放連の証言が、崩れて、前提が壊れてしまっていること、それに対して国民民主党が法案提出までして是正をしようとしたことなどとしているところでございます。
 一部、山花議員から奥野議員と異なる発言がございますけれども、この論理的な全体の整合性の観点から申し上げますと、今日の福田参考人のレジュメの三ページに、手続法を作った我が党の代表の枝野議員の発言があるところでございます。現行法は欠陥法であると、現行法のままで発議はできない、もう一度作り直すしかない、このままではこの国民投票法は使えませんと言っているわけでございますので、山花議員の答弁もこの奥野議員の発言の趣旨の範囲内であることを、立憲民主党、公党でございますから、党代表と違う発言を、しかも立法者である、国民投票法を作った立法者である枝野代表の発言と違うことを我が憲法調査会の会長である山花議員が言うようなことはあり得ませんので、そのことは皆様に申し上げさせていただきたいというふうに思います。
 時間となってしまいましたけれども、自衛隊明記の改憲については、昭和四十七年政府見解の外国の武力攻撃という文言を曲解して同見解の中に集団的自衛権を許容する論理を捏造するという、法解釈すらないものであって、それを前提とする自衛隊明記の改憲はうそつき改憲である、これは民進党の会派代表意見としてこの憲法審査会の場で白議員が言っている、申し上げたことであることを付言して、終わらせていただきます。
 ありがとうございました。

#114
○会長(林芳正君) 上月良祐君。

#115
○上月良祐君 自由民主党の上月良祐です。発言の機会をありがとうございます。
 近年、一般論ですが、評価が分かれる、議論が分かれる難しい課題に積極的に取り組む姿勢が失われてきていないか危惧しております。環境変化が加速化する中、難しい課題ほど徹底的、抜本的に議論し、その上で結論を出すよう努める、その姿勢を失うことは国力の衰退につながっていく、言わば社会における精神的な退潮あるいは衰退というべきものではないかと感じます。
 憲法には改正規定があり、それは憲法自身が時代の変遷などを踏まえた改正を織り込んでいくことを予定していることの表れです。経済、社会、自然環境を含め、劇的に変化していく中、七十年以上にわたり全く改正が行われていないこと自体が極めて不自然ではないでしょうか。変化に的確に対応していくことで国の発展を期していくべきだと思います。
 緊急事態への対応条項を含む憲法改正案について、コロナ対策を優先し、今議論すべきでないといった考え方には賛成できません。いつ起こるかもしれない大災害などに備えるための議論は早過ぎることはあり得ません。何年か後、なぜあのときに議論を進めておかなかったのかと議事録を読んだ方々を失望させないよう、今、議員を務める私たちが責任を果たすべきだと思います。
 改正投票の投票率要件については、できるだけ多くの国民に投票してもらいたいという気持ちには同感いたしますけれども、憲法条文にない重要な要件を法律で付加することに私は直観的に違和感を感じます。
 人権は憲法の心臓部、言わば憲法の憲法です。最も重要で繊細に扱われるべきです。しかし、ともすれば個人の権利ばかり強調され過ぎることには違和感を感じます。国あっての社会、社会あっての個人であり、公共、公益とのバランスをいま一度考えるべきときではないでしょうか。
 また、外国資本等への対処対応をめぐり、相互主義と憲法の関係についても議論が必要な点が出てきているように感じます。
 参議院にとって重要なのが一票の較差、選挙制度の問題です。いまだ本格的に経験したことのない人口減少時代を迎え、人口のみで平等原則を論じ、地方の代表を減らしていくことで本当にいいのでしょうか。私たち国会議員は全国民の代表ですが、やはりふだんの活動を通じ選挙区との関係は大きく、当該地方の代表を減らしていくことで過疎過密を一層進め、国力を落としてしまうようなことになれば本末転倒になりかねません。
 今後、人口が本格的に減少していく中、国際社会の中で生き抜いていくこの国の形を真剣に考え、議論を進めるべきと考えます。
 以上です。

#116
○会長(林芳正君) 杉尾秀哉君。

#117
○杉尾秀哉君 立憲民主・社民の杉尾秀哉です。意見表明の機会を与えていただき、ありがとうございます。
 私は、前回の当審査会での議論と今日の参考人の意見を踏まえて、改正案附則四条等と憲法改正発議との関係について意見を述べさせていただきます。
 修正案の発議者である奥野議員は、現行の国民投票法は公平公正な投票が確保されるという憲法上の要請が満たされておらず、法制上の措置が講じられるまでの間は国民投票を実施することは許されない、こういうふうに明言しました。これについて、発議者の一人である公明党、北側議員は、国民投票において公平公正を図るのは当然のこと、コマーシャル規制についても同様で、早急に議論し、しっかり結論を出していきたいと発言。さらに、自民党、中谷議員も、コマーシャル規制に関する議論は大変大事なテーマだと認識しており、早急に改正できるよう議論を精力的に行うべきと、このように述べております。
 こうした発言に見られるように、自民党、公明党の発議者も、国民投票の公平公正さを確保するためにはCM規制は欠くべからざる重要なテーマと認識していることが分かります。
 そもそも附則四条は、テレビやネット広告の制限、外国資本を含めた国民投票運動の資金規制、インターネットの適正利用について検討と措置がなされないまま国民投票が実施されれば、違憲状態の下で憲法改正手続が行われることを意味し、その帰結として国民投票の結果の公平公正に重大な疑義が生じます。
 よって、たとえ改憲案そのものについて議論すること自体は妨げられないとしても、少なくとも、必要な措置がなされるまでは憲法改正の発議と国民投票の実施は許されないと、こう解すべきであります。
 これと同様のことが以前にもありました。
 二〇〇七年の国民投票法成立時に、投票年齢についての附則三条と公務員の国民投票運動についての附則十一条によって、必要な法制上の措置を講ずるまでの間、事実上凍結され、二〇一四年の法改正まで憲法改正の発議や国民投票はできないという共通認識がありました。今回の附則四条もこれと同じだと解されます。
 今日の参考人質疑でも、飯島参考人、福田参考人を中心に、現行の憲法改正手続は、仮に公選法並びの改正がなされても、根本的に欠陥があり、このまま適用され実施されてはならない、取り返しの付かないことになる、また、これらについて衆議院で十分な検討がなされておらず、このまま通すかどうかしっかり議論すべきだと思う、こういう強い意見が示されました。
 例えば、先ほどもありましたけれども、コロナ禍に対する失政の原因を憲法に押し付けるかのような拙速な憲法改正の議論の進め方は厳に戒めるべきであり、七項目の改正と附則四条、さらには最低投票率などほかのテーマも含めて、公平公正な投票環境を尽くすための議論を良識の府として更に真摯に続けるべきであることを申し上げて、私の意見といたします。

#118
○会長(林芳正君) 打越さく良君。

#119
○打越さく良君 立憲民主・社民の打越さく良です。
 私は、弁護士として、人権が侵害された方、差別に苦しむ方々の代理人として伴走するときに、本当に憲法が支えになった実感があります。
 憲法を、国民はほとんどそうした経験がなければ実感しないでいいのです。憲法をしっかりと認識しなければいけないのは、私たち国会に身を置く者、そして行政にいる立場の人たちだと思います。
 先ほど、憲法に問題があるというなら、その認識が正しいかどうかという観点からの検討が大切だという上田参考人の御指摘がありました。そのとおりだと思います。
 例えば、先週も私が指摘したとおり、緊急事態条項がなければできない問題として、菅首相はワクチンの早期承認のことをおっしゃいました。しかし、それは薬機法で手当てされていることです。ワクチン接種の遅れはロジの問題であるのにもかかわらず、そうした誤解が首相にもある。ムードに流されることでは、国民の間の議論を混乱させるばかりです。
 憲法審査会に身を置く私たちは、あくまでも改憲を前提にした前のめりの議論に終始するのではなく、むしろ憲法に根差した政治をしていかなければいけないのではないでしょうか。私たちは、その責務を不断に果たしているかという観点から、諸課題について議論する責任が本来あるのではないでしょうか。
 先ほど、国民投票には、制度の目的、趣旨からして人を選ぶ選挙とは根本的に違いがあるという飯島先生の御指摘、本当に重要なことだと思います。投票機会の、投票環境の悪化をもたらす可能性がある項目はまだ残されているという指摘も重く受け止めなければなりません。
 私たちとしては、附則四条は憲法の基本原理である国民主権の要請を含むことであることから、しっかりとこの点の対応なしに憲法改正発議は許されないということを受け止めなければいけないと考えます。

#120
○会長(林芳正君) 山田宏君。

#121
○山田宏君 自由民主党の山田宏でございます。
 コロナ感染症が広がり始めた昨年四月、初めての緊急事態宣言が発せられる前に、千葉県は、約三十億円を掛けて幕張に一千床のプレハブのコロナ専用臨時病棟の早期設置を計画しました。しかし、医師法など医療関係法令で、医師や看護師の確保がお願いベースで困難であり、また、基礎のないプレハブ病棟設置は三か月間しか認めない建築基準法、酸素の取扱いを定める消防法などの数多くの法令に阻まれ、期待していた二週間以内での設置ができず、五月末に計画の断念に追い込まれました。もし、この臨時病棟の設置が早期にできたとしたら、全国的にも同様な試みが生まれ、パンデミックへの対応も違ったものになったと思います。
 これは、非常事態でも相変わらず平時のルールを適用せざるを得ない、国家としての日本の根本問題を示す一事例であります。もし、他国のように、それぞれの諸法令に非常事態時のルールがしっかり定められていれば、救えたはずの多くの国民の命を救い、国民経済の長期間にわたる打撃を回避できたんではないかと大いに悔やまれます。
 憲法における緊急事態条項は不可欠であります。今回のようなパンデミックに対し、憲法に基づき、政府が非常事態のスイッチを入れれば、全ての法令が非常事態のルールに変わり、速やかに国民の生命や生活を守る手だてを講じることができたはずであり、現憲法にはその規定がないために、国民の命や生活に大きな犠牲を強いることになりました。憲法審査会は、今般の反省を基に、速やかに現憲法への緊急事態条項の導入を議論を開始すべきであります。
 直近の世論調査によりますと、五月二十八日から三十日、日経新聞によりますと、憲法改正の具体的論議をすべきかという質問に対して、そうだと、すべきだと答えた国民は七七%に上りました。また、すべきでないという国民は一四%でございます。一か月前の同じ調査に比べて、この比率、大きく変わっております。前の、イエスと答えた人は増えておりますし、ノーと答えた人は減っております。
 憲法改正に反対ならば、議論の中で堂々と反対すべきであります。改正に反対だからといって議論すらしないのは、賛成する国民の声を国会から封殺し、改正手続を定める憲法九十六条をなきものにするに等しく、立憲主義にこれこそ反する暴挙であると考えます。
 憲法審査会が緊急事態条項導入の是非についての議論を速やかに開始することを強く希望いたします。
 以上です。

#122
○会長(林芳正君) 石川大我君。

#123
○石川大我君 立憲民主・社民の石川大我です。意見表明の機会をいただきまして、ありがとうございます。
 今、新型コロナウイルスに感染したため、保健所の指示で宿泊療養や自宅での療養を余儀なくされ、投票できない人たちが生じています。厚生労働省によると、五月十二日時点で、宿泊療養者は全国で約一万人、自宅療養者は約三万五千人とのことです。
 最高裁判所は二〇〇五年九月、外国にいる日本人が投票できない公職選挙法を憲法違反と判示しましたが、投票できないことが分かっていながら投票できる仕組みをつくらないのであれば、やはり憲法問題が生じます。コロナ療養者が自宅や宿泊施設にいても投票できるようにするための法改正は、憲法上の要請と言えます。しかし、だからといって、拙速な議論によって不十分な制度のままで投票を行えば別の問題が生じます。
 公職選挙法が郵便投票の対象を歩行や外出が困難な人々に限定しているのは、第一義的には不正投票を防止するためです。
 最近、愛知県の大村知事のリコール署名をめぐって前代未聞の不正署名事件が発生いたしました。不正投票も民主主義の根幹を大きく揺るがすものとなります。不正投票を阻止するために、どのように本人確認を行うのか、どのような場合に療養施設や自宅からの投票が行われるのか、また投票に伴う感染対策をどのように徹底するかなど、様々な検討が必要なことは言うまでもありません。投票後、郵便投票の総数やパーセンテージを自治体ごとに公表して、見える化することも必要かもしれません。これらの全てに万全の法的対応が必要となります。
 今の特措法は、七月の都議会議員選挙での実施を可能とするために今国会での成立を目指していますが、上記のような不正投票防止策を含む様々な対応策が適切に講じられる目算が立たない限り、拙速な法改正と適用は慎むべきです。投票権の保障という重要な目的と同時に、不正投票の防止や感染対策などの観点からも、十分な議論と綿密な仕組みづくりが必要です。
 さらに、郵便投票の対象の拡大は、特措法や公職選挙法だけでとどめるべき問題ではありません。憲法改正手続法も同様の改正が必要です。憲法改正国民投票という主権者としての投票権の行使が最も厳密に行われるべき投票行為において、事実上、投票が不可能な状況のまま放置されているのであれば、さきの最高裁判所の判例に照らしても、憲法上重大な疑義が生じます。参議院憲法審査会でも、郵便投票の対象の拡大、その適切な運用などについても十分審議、検討することが必要です。
 そしてまた、最後にお伝えしたいのは、憲法を尊重するのであれば、LGBT差別解消法をしっかり作るということこそ大切だということを申し上げ、意見表明といたします。
 ありがとうございました。

#124
○会長(林芳正君) 他に御発言はございませんか。──他に御発言もないようですから、以上で委員間の意見交換を終了いたします。
 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後四時四十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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