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2014/02/19 第186回国会 参議院 参議院会議録情報 第186回国会 国の統治機構に関する調査会 第1号
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2014/02/19 第186回国会 参議院

参議院会議録情報 第186回国会 国の統治機構に関する調査会 第1号

#1
第186回国会 国の統治機構に関する調査会 第1号
平成二十六年二月十九日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員氏名
    会 長         武見 敬三君
    理 事         岡田 直樹君
    理 事         片山さつき君
    理 事         宮沢 洋一君
    理 事         風間 直樹君
    理 事         谷合 正明君
    理 事         井上 義行君
    理 事         倉林 明子君
                有村 治子君
                井原  巧君
                衛藤 晟一君
                古賀友一郎君
                酒井 庸行君
                高階恵美子君
                柘植 芳文君
                堀井  巌君
                江田 五月君
                尾立 源幸君
                徳永 エリ君
                森本 真治君
                吉川 沙織君
                杉  久武君
                江口 克彦君
                東   徹君
                浜田 和幸君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         武見 敬三君
    理 事
                岡田 直樹君
                片山さつき君
                宮沢 洋一君
                風間 直樹君
                谷合 正明君
                井上 義行君
                倉林 明子君
    委 員
                有村 治子君
                衛藤 晟一君
                古賀友一郎君
                酒井 庸行君
                高階恵美子君
                堀井  巌君
                江田 五月君
                尾立 源幸君
                徳永 エリ君
                森本 真治君
                吉川 沙織君
                杉  久武君
                江口 克彦君
                東   徹君
                浜田 和幸君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        宮崎 清隆君
   参考人
       元内閣官房長官
       社会福祉法人京
       都太陽の園理事
       長        野中 廣務君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○政府参考人の出席要求に関する件
○国の統治機構等に関する調査
 (「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
 方」のうち、議院内閣制における内閣の在り方
 (内閣の総合調整機能及び国会との関係))
    ─────────────
#2
○会長(武見敬三君) ただいまから国の統治機構に関する調査会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国の統治機構等に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○会長(武見敬三君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(武見敬三君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#5
○会長(武見敬三君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国の統治機構等に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○会長(武見敬三君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。
    ─────────────
#7
○会長(武見敬三君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
 「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「議院内閣制における内閣の在り方」について調査を行うに当たって、本日は「内閣の総合調整機能及び国会との関係」について元内閣官房長官・社会福祉法人京都太陽の園理事長野中廣務参考人から意見を聴取いたします。
 この際、参考人に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず野中参考人から二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、野中参考人にお願いをいたします。野中参考人、どうぞ。
#8
○参考人(野中廣務君) 野中でございます。
 今日は、少々声を痛めておりますのでお聞き苦しいところがあろうと思いますが、あしからず御了承をいただきたいと存じます。
 議院内閣制について、大変重要な問題につき意見を求められたのでございますが、誠に光栄に存ずるとともに、皆さんの参議院としてのお立場に、こういう視点に目を付けられたことに深い敬意を表する次第であります。
 さて、私、野中廣務は、二十五歳で町議会議員、三十三歳で町長、四十一歳で京都府の議会議員、五十三歳で京都府の副知事を経由いたしまして、昭和五十八年、衆議院議員に当選をさせていただき、与党・自由民主党の幹事長、内閣では自治大臣・国家公安委員長、内閣官房長官、沖縄開発庁長官に就任をさせていただきました。これら地方自治の三十三年間、国会議員としての二十年間に参画した経験を踏まえまして、今日的問題点を中心に私の率直な意見を申し上げたいと存じますので、何とぞ御了承いただきたいと存じます。
 何分、浅学非才な私でありますし、また、既に政界を引退して十年を経過するわけでございますから、委員各位の御参考に供することは少ないと存じますし、むしろ不満や不愉快なこともあろうと存じますが、あらかじめ御了承いただきたいと存じます。
 御承知のように、日本国憲法は、立法権と行政権をそれぞれ国会と内閣が担当することを前提に、内閣は国会の信任に依拠して形成され、維持されることになっております。また同時に、内閣は、衆議院による内閣不信任案の可決又は信任案の否決には解散をもって応え、それ以外にも解散を行うことができるものとしております。それが我が国の議院内閣制の基本であると存ずるわけでございまして、今日では世界のモデルとも言われておると聞いております。
 しかし、ここ数年間、政治の実態を眺めておりますと、憲法が規定し、期待するものと相当に異なったことが平然として行われているように申し上げざるを得ないと存ずるのであります。具体的な指摘をいたしますと「議院内閣制における内閣の在り方」というテーマについての意見となりますので、そのように御理解をいただきたいと存じます。
 まず、民主党に政権交代したのが平成二十一年でございましたが、二人目の総理でありました菅直人さんは就任のときに、議会政治は時間を限定した独裁政治と同じという発言をなさいました。このとき、私は我が国の議院内閣制に危惧を持つことになりました。と申しますのは、議院内閣制というのは、内閣は議会の信任に根拠を置いて存在しております。一方に、内閣は、議会の解散権、日本では衆議院でありますが、これを持つことによって議会と内閣との間に連携と均衡の関係を保つことで政治が行われるわけでございます。議会政治は時間を限定した独裁政治と同じという思想ですと、議会で多数を得て信任された内閣は、任期中、国会を無視して政治を行えるという極論を得ることにもなろうと思います。
 内閣が議会の信任を得た多数、すなわち与党の政策を実現することは当然のことですし、しかし、多数決で信任されたといって、与党だけの内閣ではありません。議会が信任した内閣であります。そこで、大切なことは、与党の政策を実現するにしても、少数派の、すなわち野党の意見を表明させる機会を与えることは議会制民主主義の鉄則であります。さらに、必要とあれば、野党の意見を取り入れることも議会政治には期待されるところであります。
 私は、第一次小渕内閣時代に内閣官房長官を平成十年の七月から平成十一年の十月までやらせていただきましたが、この間、参議院が与野党逆転で大変な苦労をしたことを今思い起こしておる次第であります。時の今は亡き小渕恵三総理の政治信条は、自民党から選ばれた内閣という意識は全くなく、国会から信任された内閣だから、野党側の意見を徹底的に聞き、妥協できるところは妥協するという姿勢で臨んでこられました。もちろん、総理の信念の下に、私も独裁政治のようなことができるといった発想は持ったこともなく、反対されても議院内閣制は与野党の国政を運営することが基本だという思いで政治に関わってまいりました。
 若干私が体験した例を申し上げますと、まず、あの深刻な金融不安のときに金融法案をめぐっていろいろと徹夜の議会が続きましたが、最後に、金融再生法につきましては、私が総理の了解を得て民主党の案を丸のみしたという経過がございます。また、平成十一年の自民党と自由党との連立の際に、議員立法でありましたが、自由党が要求した国会審議活性化法を成立させた。これは、党首討論、さらに、政府委員制度の廃止、副大臣、政務官制度の創設等を内容とするものでございまして、官僚側からは強い抵抗もありましたが、国会審議に官僚が関わる機会を少なくし、国会議員の審議の参加を多くする改革でありまして、議院内閣制を活性化する狙いであったと存ずるわけでございます。
 ただ、今振り返ってみて、最近の各委員会、本会議等の答弁等を聞いておりますと、やはり政府委員制度の廃止というのはいささか議会の運営の上に私どもは反省をしなければならないところがあったんではなかろうかと、このように考えることがございます。
 約三年三か月続いた民主党政権において、議院内閣制の運用を見ますと、実態の面でいろいろな変化がございました。それは、国会論議が、裁判所の論争のような特定の意図を持って政府側を攻撃することは、ルールの範囲で審議権の行使です。これに対応する内閣側は、私たちの時代と違って、野党の主張を一旦包み込んで野党を説得的に反論するという方法でなくなってまいりました。最初から野党の主張は誤りであるという対応で内閣が行うという場面が多く見かけられたと存じます。
 この結果、予算委員会の質疑などは民事裁判の法廷闘争のような雰囲気になり、著しく国民に不信感を抱かせてしまったという感じを持っております。これでは、議院内閣制の持つ国会と内閣の連携と均衡の機能を失わしめるものでございます。
 原因は、野党の質問が形骸化したこと、そして、内閣の答弁が理屈だけで野党に勝とうという、いわゆる論点をかみ合わせることがなく、意見の違いから共通なことを合意していくという議会政治の本旨が失われてきたと存ずるのであります。
 その一方で、民主党政権は、総選挙で国民との公約を無視したという表現を、まあ失礼ですが、与えても仕方がない、社会保障の充実をさせるという名目で、自民党、公明党等を含めて消費税の増税を決定いたしました。その後、政権交代があったとはいえ、政党間で合意されたことはほとんど無視されて、現状は社会保障制度の充実どころか劣化させた、消費税の増税だけが先行させるという結果になるのではないかと今危惧をしておるところでございます。国民の政治不信の一因となっていくことを大変私は心配をいたしております。
 平成二十四年の暮れに、自民・公明連立政権に交代をいたしてからの内閣の在り方について申し上げておきたいと存じます。
 民主党政権の時代に比べて、両院で与党が圧倒的に多数となり、野党側が少数で、なおかつ結束がされずに、与党との協力関係を結ぼうとする野党が存在する状況で、我が国の議会、議院内閣制の微妙な変化が始まってきたというように感ずるのであります。それは、与党と内閣の関係希薄化と申せます。内閣、それも首相から突然に発信する重要政策などが与党で十分論議されていないという問題であります。これは、政党政治の在り方に問題となりますし、首相のブレーンが重要政策をまとめ、メディアを利用して正当性を国民にPRし、与党や国会での議論を形骸化するという傾向が現れてきておると思うのであります。
 特に、外交・安全保障問題や経済政策などについて、偏った立場のブレーンを集め、公的あるいは私的諮問機関で首相の主導される政策の事実上の確定を行っておるのではないかと考えるときが多うございます。時には内閣の内部調整も不十分となる傾向が出てきておると感じます。
 議院内閣制という統治形態であっても、政策の内容を実質的に決めるのは諮問機関であり、ブレーン諮問内閣制です。そして、与党での議論と国会での野党の議論が形骸化していけば、議会制民主政治は機能不全となります。野党の状況もあり、今日相当な危険な状態、事態になっておると言えるのではないかと心配をしております。
 次に、内閣の総合調整と国会との関係について申し上げます。
 内閣の役割については、憲法七十三条に一般行政事務のほか七つにわたる事務を規定しておりますが、そのトップに「法律を誠実に執行し、国務を総理すること。」との規定がございます。法律を誠実に執行するということについては、国会が制定した法律が誠実に執行されているかどうかを国会が監視するので、それに応えなければなりません。国務を総理することとは分かりにくい言葉でありますが、私は、国政の在り方が適切な方向を向いているかどうか、総合的に常に調整していかなければならないという意味だと考えております。
 国会との関係で申しますと、内閣として、現存している法律を誠実に執行していくだけでなく、いかなる法律が必要であるか、そのためのどのような目的、性格、内容の法律を国会で制定してもらうか、そのための方途について関係機関の総合的調整が必要となると存じます。
 内閣の総合的機能の内容を難しく言えば、総合管理機能と総合企画機能の二つに分けられると思うのでございます。御承知のように、国政といえば一般日常的な行政事務だけではございません。戦争、紛争、災害、事故、事件、そして政治的、経済的混乱、その他もろもろの問題を処理し、国民の安全な生活を保障するというのが内閣、行政権の役割でありまして、その行使について国会に対して連帯して責任を持つというのが内閣であろうと存じております。
 こういう憲法の要請に昨今の議院内閣制はどう応えているのか、これまで申し上げたことを繰り返しはしませんが、私は極めて不安に感じておるのが現状でございます。
 次に、内閣の持つ衆議院解散権について若干述べておきたいと思います。
 議院内閣制という国会の関係で最も重要な問題は、内閣が衆議院の解散権を持っておるということであります。この内閣の持つ解散権を内閣総理大臣の専権事項として政治家もマスコミも有識者も当然の憲法上の権利のように理解しておるのは、これはとんでもない私は誤りだと存じております。
 憲法七条は、天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事について行為を行うとして、第三項に「衆議院を解散すること。」と規定しております。解散権が内閣総理大臣の専権とはどこにも規定しておりませんが、内閣の助言と承認というのが原則でございますので、内閣に権限があるということを改めて認識をしていただきたいと思うのであります。
 なぜ内閣総理大臣の専権事項と言われるような状態になったのか。それは、内閣を構成する国務大臣の任命権と罷免権を総理大臣が持っておるということから解釈されていくと、今日まで定着したのではないかと思うのであります。内閣総理大臣の解散の意思に反対する国務大臣を罷免して賛成する国務大臣に入替えをして解散権を行使するか、罷免した大臣を内閣総理大臣が兼任するという方法も考えられて、それによって解散権を行使できるから専権事項だという理論もございます。しかし、これは解散をめぐる政治的利用という事実行為に影響されるもので、これをもって専権事項というのは言えないのではないかと思うのであります。
 終戦直後の混乱期に作られた慣行を専権事項という言葉で内閣総理大臣の個人的な権限に解釈することは、正しい憲法運用とは言えないと思うのであります。憲法上の権限は、合議制である内閣に解散権があるということは明確であります。事実問題にして、内閣の閣議で議論して、多数の反対論者を罷免して内閣総理大臣で継続して、この内閣の権限として他のこういう内閣の反対する閣僚を罷免して新しい大臣を選んだり、また、総理大臣がこれを兼務してやるようなことが正しいとしたら、そのときには新しい政治的な動きが出てくると思うのでございます。
 問題は、解散権は内閣総理大臣の絶対的専権事項だとほとんどの政治家が思い込み、信じ切っておることでございます。そのことが解散権を濫用させる原因となり、議院内閣制の適切な機能の障害になっておると思うのでございます。解散は内閣の閣議で議論し、内閣総理大臣の総合的判断ということ、事実行為の中で行使されることになっておると思うのであります。
 最後に、議院内閣制の在り方について、先人の教えを参考のために申し上げておきます。
 昭和五十三年の十二月に第一次大平内閣が成立いたしました。大平正芳首相は多くの有権者に、議院内閣制における統治能力とはいかなるものであるかという意見を求められたと聞いております。いろんな有識者の意見を大平首相はおまとめになって、議院内閣制での適切な統治能力とは戦略的自己抑止能力である、戦略的な自己抑止能力であると、このように位置付けられたということを聞いております。この意味をどのように考えるかは議員各位の御判断にお任せするといたしまして、粗雑でありましたが、私の考えを申し述べさせていただきました。
 失礼をいたしました。
#9
○会長(武見敬三君) ありがとうございました。
 大変長い政治的な御経験に基づいての大変貴重な御意見であったと思います。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
 質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いをいたします。
 なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十五分以内となるよう御協力をお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いをいたします。
 では、岡田直樹君。
#10
○岡田直樹君 自由民主党の岡田直樹でございます。
 本日、野中先生には、まさに忌憚のない御意見を伺うことができまして、誠にありがとうございます。それと、平成九年であったと思いますが、野中先生が自社さ連立与党の訪朝団で北朝鮮を訪問されたときに、私は新聞記者として随行取材をさせていただいた貴重な経験がございます。北朝鮮、御存じのとおり、大変取材規制の厳しい国でありますけれども、野中先生が北朝鮮側と極力交渉をしていただいて、随分我々報道の者は助かった、そういう記憶もございますし、この場をお借りして改めて御礼を申し上げたいと思います。
 ただいま御示唆をいただきました政府と与党との関係についてお伺いをしたいと存じます。
 内閣官房長官として手腕を発揮され、一方、自民党幹事長代理、また幹事長として与党の要であられた野中先生、先ほどいろいろと御教示をいただきましたけれども、大統領制ではない、この日本の国の議院内閣制の下での政府、すなわち総理なり官邸と与党の関係はいかにあるべきか。先ほど、与党と内閣の関係の希薄化ということもお伺いをいたしましたけれども、これ、総理の個性や政権基盤の強弱によって政府と与党との関係というのは様々に異なるとは思いますけれども、先生の御経験から、これが良好に機能した実例等ございましたらお伺いをいたしたいと思います。政府と与党との関係、与党のみならず国会全体、この立法府との関係ですね、それが良好に機能した例というのを何か御教示いただけたら大変有り難いと存じます。
#11
○参考人(野中廣務君) 先ほども申し上げましたように、私は、現在の内閣というのは大変、第一次安倍内閣に比べて困難な中に、連日の国会審議、さらには、各それぞれの関係国を訪問し、また災害地を訪問し、各地の行事に参画し、非常に私ども内閣の一員におった一人としては想像もできないような酷使をするような状態で、大変な困難と直面していらっしゃると思うわけでございます。
 ただ、出てくる法案やあるいは政策について眺めておりますと、特定な、お言葉は失礼になると思いますが、五人ほどのブレーンがそれぞれ総理の行動やあるいは政策について意見をまとめられ、この人たちの動きの上に総理が乗って、そして毎日の忙しい工程がこなされておるというのを現実に私は感じ、また、このブレーンの人たちがそれぞれきめ細やかな、国民に対し、メディアに対し、総理の演出を行うような形になって、結果的には、法案やあるいはその他の政策が、議員のこの一部の人たちのブレーンとしての能力が十分発揮されて、逆にこれが与党の、それぞれ自由民主党あるいは公明党に対して、政策なり国会の法案の論議をいただく前の事前の協議を怠るような結果になって、非常に与党の皆さん方の不満が増幅するのではないかと思うんですが、しかし、それを与党の人たちは、内閣の総理が決めるんだ、官邸が決めるんだという声の中に、善良な与党の人たちの声は不満となって上がらずに、一人、村上議員が不満を申し出るぐらいで、余り目立った批判が出てこないと。これは内閣と議会との在り方に、あるいは内閣と与党の在り方に非常に大きな亀裂を最後には呼ぶのではないかと私は不安を持っておる次第であります。
 以上、長くなりますが、私の率直な考えを申し上げておきます。
#12
○岡田直樹君 そうした政府、官邸あるいは総理の思いというものをどう実現していくか。一つの過去の例として、野中官房長官が国旗・国歌法案に取り組まれた例というのがあると思います。
 あの広島の高等学校の校長先生が自殺をなさったという、痛ましい、そういう事件に触発をされて、野中先生は、これは国旗・国歌法というものをしっかりと定めなければいけないというふうに信念を持たれて、それで、そのときには連立与党の中にも多少の異論があり、また野党は自主投票に近いような形になるほど議論が分かれた。そんな中でも、小渕総理が大丈夫かと懸念を示される中で、野中官房長官はこれは是非やるべきだと言って断行をされたということであります。
 私はこの国旗・国歌法というものを定めたことは大変すばらしい業績であると思いますが、このとき、どのようにして与党をまとめ、また野党の皆さんと向き合われたのか。これは過去における非常にいい政府の手腕を発揮された例であると思いますので、この点について野中先生からじかにお承りをしたいと思います。
#13
○参考人(野中廣務君) おっしゃるように、広島の世羅高校の校長先生が、当時の教職員組合や解放同盟等の大きな反対に遭って、卒業式、入学式に国旗・国歌を掲揚し斉唱するという、そういう広島県の教育委員会の職務命令をどのように実行していくかということで、連日交渉の中で大変御心労をされまして、ついに卒業式の当日に納屋で、これ以上私には道がないということを書き残されて自殺をしておられたという悲惨な事故が私どもに届けられ、当時非常に問題となったわけであります。
 国旗・国歌につきましては、私自身、京都のいわゆる昭和二十四年から昭和五十三年まで七期二十八年間、蜷川虎三という一人の知事で、最後には、共産党を骨まで愛するという本会議場の答弁まで出てくるようなそういう知事の下でおりましただけに、教職員組合を始め激しいまた組合活動に直面をいたしまして、必ず町長時代から国旗・国歌について交渉の矢面に立ち、また非常に苦い思いを続けてきた人間でありますので、この校長さんの痛ましい姿を再び続けさせては政治家としてならないという気持ちを持ちまして、当時、一週間前に、この参議院において、狩野議員からの質問に、国旗・国歌は国民の中に定着しておりますから改めて法制化する意図はありませんと明確に小渕総理がお答えになりました一週間後でございましたけれども、総理、誠に申し訳ありませんが、この機会に国旗・国歌法案を出させてくださいと、このように申しました。
 総理は、君、しかし、一週間前に俺が参議院で答弁したときに君はそばにおったじゃないかと、このようにおっしゃいましたが、命には代えられません、だから是非ひとつ御理解をいただきたいと存じます。特に、隣に有馬文部大臣がおられましたので、文部大臣、どう思われますかと申しましたら、いや、この際にやっていただいたら有り難いですと協力を惜しみなくおっしゃってくださいましたので、何の色づけもなく、とにかく国旗は日章旗とする、国歌は君が代とする、この二条で法案をまとめまして、まず自民党の了解を得、次に公明党の了解を得るために今は亡き冬柴幹事長にお願いをいたしましたら、冬柴さんが、国旗はええけれども、君が代はちょっと我々はなあというちゅうちょをされました。けれども、今更これをセットにしないで君が代という国歌を新しく募集するなんて事実上不可能じゃありませんか、これはセットで考えてくださいと、このようにお願いを申し上げまして、まあ、あんたは言うたら聞かぬから、まあ党内で相談をしてみるということで、非常に難しい状態でありましたけれども、おまとめをいただいたことを今思い起こしながら、おかげで法案は多くの皆さんの賛成でこれを通過することができまして、自来、国旗・国歌についてそれぞれの地域で争いが、あるいは紛争や交渉があったというのを聞かないことを考えると、法制化したことが良かったというように今は、自前で大変おこがましい言い方でありますけれども、そのように感じておる次第でありますし、それをまた許してくれた総理や関係の与党の皆さん方の御理解、御協力があったればこそだというように存じ、また、世羅高校に行った国会議員の皆さんに、是非、世羅高校の校長が野中さんにお礼を言っておったとおっしゃってください、もうあれ以来ああいう難しいことはなくなりましたことを感謝しておるというお言葉を言付けとしていただいたことを今思い起こしながら、今更、私が大変強力にやりましたことは、批判もあろうと思いますが、結果として私は、このことに結論付けられたことが自分の行為としても良かったなというように思っております。
#14
○岡田直樹君 ただいま御教示いただいたように、政権トップである総理やそのブレーンである官房長官が強い不退転の意思を持ってしっかりと与党をまとめ、また野党の方々にも粘り強く説明をして政策を実現していくということが理想の姿であろうと思いますし、今日、野中先生からその好個の一例を承ることができました。先生からこれからも時には手厳しい御意見も承りながら、また我々も国会の参議院の使命を果たしてまいりたいと思います。
 本日は誠にありがとうございました。終わります。
#15
○会長(武見敬三君) それでは次に、風間直樹君。
#16
○風間直樹君 民主党の風間直樹でございます。岡田筆頭理事と名前は一緒ではありますが、私は風間でございます。
 野中先生、今日は本当にお忙しい中、ありがとうございます。
 私は、今日のテーマであります内閣の総合調整機能の観点から三点お伺いをさせていただきたいと思います。
 一つ目は、今、国会で大きな問題になっております内閣法制局の機能の位置付けに関する問題、二点目は、昨年末の総理の靖国神社参拝の問題、そして三点目は、憲法七十二条で規定をされている内閣総理大臣の権能の問題、この三点を野中先生にお考えを伺いました上で、最後に、総合的な危機管理の観点から、現在我が国の法制にもし不足しているものがあれば、御経験を踏まえ、お尋ねをしたいと思います。私の持ち時間はおおむね十五分でございますので、その範囲内で以上のお尋ねをしたいと思います。
 まず、内閣法制局に関わる問題でありますが、昨今、集団的自衛権の行使が可能かどうかといった点をめぐって国会では議論が行われています。
 御案内のとおり、内閣法制局設置法には内閣法制局の権能が明記をされています。まず、その第二条二項におきまして、「長官は、内閣法制局の事務を統括し、部内の職員の任免、進退を行い、且つ、その服務につき、これを統督する。」と、このように規定しております。すなわち、内閣法制局長官が内閣法制局の全てに関して全責任を負うと、このように解釈できるかと思います。二点目に、内閣法制局の所掌事務として、第三条の三項にこのように規定しています。「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること。」と、このように法制局長官及び法制局の所掌事務を規定しているところであります。
 先日、安倍総理が国会の委員会におきまして、この集団的自衛権の行使に関する解釈を改めることは、総理としての責任であり、権限であるという趣旨の発言をされました。そのことについて様々な議論あるいは批判が出ておりますが、恐らく安倍総理のお考えは、今御紹介しましたこの内閣法制局設置法にのっとって御自身の解釈で述べられたものと思います。
 野中先生はこの問題についてどのような考えをお持ちでしょうか、お伺いいたします。
#17
○参考人(野中廣務君) 今お尋ねの問題については、先ほど私、抽象的に申し上げましたが、集団自衛権につきまして、最初は、憲法の中の三分の二条項を二分の一条項に変更するという意向を示しておられました。
 ところが、これが法制局の長官をお替えになって、内閣の方針に従うような答弁をしてくれるであろう法制局長官を新しく外部からお迎えになったわけでございますが、不幸にもその長官が入院をされたという事態が出ましたら、今度は総理自らが、この答弁が自分の答弁として最高のものであり、法制局長官がやるべきものでないという、こういう変わり方に変わってきたというのは、法の下で、憲法の下で行う内閣のトップにある方の変わり方としては、非常に表現は悪いけれども、せこいやり方であり、非常に基本を間違ったやり方であると、このように存じておる次第であります。
#18
○風間直樹君 ありがとうございます。
 時間の関係で、次の靖国の参拝問題についてお考えを伺います。
 昨年の十二月の二十六日、総理が靖国神社に参拝をされました。私自身は、この靖国参拝は非常に大きな衝撃を持って受け止めたわけでございます。といいますのは、私、外交を専門にしておる議員でございますが、昨年一年間を通して特にアメリカ政府の関係者と様々な安全保障問題について意見交換をする中で、彼らからある意味非常に直截な形で日本の歴史認識問題、靖国神社の参拝問題については様々な意見を聞いていたところであります。
 安倍総理が靖国に参拝された、そのこと自体には、支持者に対する総理自身の思い、あるいはさきの大戦で戦火に散った先人に対する思いがあってのことと思います。同時に、私は、安全保障、外交の観点から見れば、今回の靖国神社参拝が東アジアにおける安全保障環境の枠組みに言わば大きな影響、決定的とも言っていい影響を与えた可能性が高いと考えているところでございます。
 この問題について、野中先生のお考えを伺いたいと思います。
#19
○参考人(野中廣務君) 今御指摘の靖国神社の問題は、非常に中国、韓国、北朝鮮を始めとする国々から大きな問題点を抱えておる、特に中国、韓国とは極端な国交の、話合いも首脳会談もできないという非常に不幸な状態である中において、今日的課題として、私は、総理があのときに靖国に参拝されるというのは誠に残念なことであり、我が国の歴史にとっても非常に遺憾なことであったと存ずる次第であります。
 特に靖国神社は、昭和天皇のときに、A級戦犯が合祀されたときに、昭和天皇はそれ以来、靖国神社に参っておられたのをおやめになりました。今上天皇に至りましても、そのまま昭和天皇の決断のとおり、A級戦犯が合祀されてからは靖国神社に参拝しておられません。その実態を見たときに、私は、一国の総理として、天皇陛下がこのように靖国神社の在り方について態度を明確にしておられるのに、総理がなぜ政治家の信念として、また他国との非常に複雑な関係を無視してやるのか。
 あるいは、その前に、米国から来られた二人の長官が靖国には参らずにその手前の千鳥ケ淵の英霊のお祭りしておるところに参拝されて、二人ともここで参拝をすることを事前にやられたというのは、米国にとって総理の参拝が非常に危惧される状態であったから、わざわざ千鳥ケ淵に二人がお参りになって、靖国に参拝しないという態度を事前に示されたという話を後から聞いたわけでございますが、こういうことがあるのに、なぜ総理はああいう行為をされたのか。
 また、中国とは対話の扉を開けている、韓国とも対話の扉を開けておる、開けておると言いながら、連日各国をお回りになり、ODAをまた各国にお与えになったりして、非常に各国に対する信頼や友好は進んでおると思うのでありますが、特に中国との対立国に積極的にお回りになりまして、中国に門戸を開けていると言いながら、ハードルを高く高くしていかれるこの姿は一体何を目指しておられるんだろうと私は思うとともに、戦争は、あの中国との戦いにおいても、両方が緊張した状態で、偶然どちらが撃ったか分からない状態で中国との戦いは始まったわけでありまして、また、その延長線上に、アメリカやあるいはイギリスを含めた各国との戦いが行われる状態になって、やがては、多くの犠牲者と、特に沖縄では地上戦で多くの犠牲者とまた深刻な跡を残し、今日まで米軍の基地がずっとおる、七三%も沖縄に米国の基地が存在するという、そういう過酷な状態をつくってしまったのは、私は、今思い起こして、どうしてそういうものを打開していくのに靖国に参拝されるのか。それが、アメリカからは失望したという外交上の非常にきついまた意見をもたらされるし、今後、オバマ大統領が来てどのように展開されるか分かりませんが、アメリカが何とかして韓国、中国とこの日本との不幸な対立に和睦の手を結ばそうとしてもなかなか今の状態では難しいんではないか。特に、ハードルを高くした上で中国との国交をやろうなどと考えても、長い間中国と交流してきた私にとっては、中国は絶対に応じないんじゃないかというような気持ちを私は強く持っておるわけでございます。
 したがいまして、是非、今謙虚に、戦争がどれだけ悲惨な跡を残したのか、戦争がどれだけの犠牲を強いたのか、あるいは、広島、長崎の原爆を始め、あるいは国内で多くの被災者を出したあの爆撃を思い起こして、そして、その中から、日本が戦争を再び仕掛けないために、また戦争に巻き込まれないために政治家はどうあるべきかというのをもう一度よく考えていただかなければ、今、若い政治家がたくさんお出ましになりまして、過去の戦争の多くの歴史を学び取ることができない今日の状況から考えましたら、私は、戦争の危機が迫ってきておる、戦争は絶対やってはいけない、そういう言葉を皆さんに是非訴えたいと思うのであります。
#20
○風間直樹君 ありがとうございました。
 今、野中先生からA級戦犯の合祀の問題について言及がございましたけれども、靖国神社が持つそうした問題につきましては、今後、国会並びに政府内部で様々な議論と検討を進める必要があると思っております。その中では、特に私自身は、昭和天皇とマッカーサーの計十一回に及ぶ会談、さらにはその後の東京裁判、そしてサンフランシスコ講和条約、これらの分析あるいは検討を十分に行うことが必要ではないかと思っております。
 最後に、時間の関係で二つの質問を同時にさせていただきますが、よろしくお願いいたします。
 まず、憲法第七十二条に規定をされております内閣総理大臣の権能についてであります。
 条文を読みますが、「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。」と、御案内のとおり、このように書かれています。これまで国会では度々この条文をめぐりまして質疑がなされてまいりました。その質疑のポイントは、要するに、総理のこれらの権限が、内閣を代表してと書かれている部分、どこまで及ぶのかということであります。つまり、内閣を代表して議案を国会に提出するところで切れて、その後の、国務及び外交関係について国会に報告し、行政各部を指揮監督するの部分は内閣を代表してという文言が掛からないのかどうか、あるいはそこにまで掛かるのか、この点をめぐって度々国会で質疑がなされてきたところでございます。
 野中先生は内閣官房長官として内閣の実務を執られたわけでありますが、この条文について野中先生のお考えを伺いたいと思います。
 あわせて、これまでの御経験を踏まえて、我が国の法制上、危機管理の観点から、不備な点あるいは改善を要する点があれば御指摘をお願いいたします。
#21
○参考人(野中廣務君) 今御質問の点についてお答えになるかどうかは分かりませんが、まず憲法四十一条が、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」ということを憲法は定めております。
 また、六十五条で、「行政権は、内閣に属する。」と書いております。
 六十七条で、内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、全て他の案件に先立って、これを行うと決められており、六十八条は、内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。ただし、その過半数は、国会議員の中から選ばなければならないと定められておりますし、また第二項で、内閣総理大臣は、国務大臣を任意に罷免することができるというふうに書いております。また、六十六条の三項は、「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」というように書いてあります。
 また、六十三条は、内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に席を有する有しないにかかわらず、いつでも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明するため出席を求められたときは、出席しなければならない。
 六十条は、「予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。」と、それぞれ内閣の在り方を書いておるわけでございますが、そういうことを考えますときに、今、内閣とそして国会との関係は、非常にこの憲法の各項に準拠しておらない不安な状況を表しておるのではないかと、私はそのように心配をしておる一人でございます。
 答弁になったかどうか分かりませんが、以上のことを私が考えておることを率直に申し上げました。
#22
○風間直樹君 ありがとうございました。終わります。
#23
○会長(武見敬三君) では、杉久武君。
#24
○杉久武君 公明党の杉久武と申します。
 本日は、お時間をいただきまして、ありがとうございます。
 私は、昨年の七月に初当選をさせていただきまして、まだ国会議員として一年に満たない経験でございます。また、前職は公認会計士として民間企業にずっと勤めておりましたので、政治の世界に入ってきてまだ経験が浅く、今日も基本的な御質問になるかと思いますが、御所見を頂戴できればと思っております。
 まず、第一点目として、議会と内閣のパワーバランスについてお伺いをさせていただきたいと思います。
 冒頭、野中先生からは、内閣と議会の連携と均衡が非常に大切であるということをお伺いをさせていただきましたが、本当に、議院内閣制、様々な国で採用されている中で、日本においてあるべき議会と内閣のパワーバランスはどういった形が良いのか、また今のバランスについてどう評価されているか、最初と重複する点があるかもしれませんが、もう一度お伺いできればと思います。
#25
○参考人(野中廣務君) 今申し上げましたように、私が本日陳述をいたしておりますように、内閣と議院、議院内閣制という基本に立っておりますことは、我が国の憲法で立法府と行政権をそれぞれ国会と内閣が担当することを分けておりますし、内閣は国会の信任に依拠して形成され、維持されることになっておるのは憲法の各条項で示されておるところでございます。
 特に、先ほども申し上げましたように、内閣に対して、衆議院に内閣不信任案の可決又は信任案の否決について解散をもって応えることができる憲法六十九条以外にも、また憲法七条で解散をすることができると書いておるのは、いわゆる議院内閣制の基本で、いわゆる内閣と議会と均衡にお互いがやれるような状況をきちっと憲法は定めておるという状態で、この憲法に準拠して国会と内閣とはお互いにその分をわきまえて協調し、あるいは連携してやっていかなくてはならないと思っておるのでありますが、今日の状況というのは、それを非常に円滑な形にできておらないことに私は多くの不満とまた不安を持っておる次第であります。
 御答弁になったかどうか分かりませんが、そのように憲法は両方の立場をきちっとして、それが均衡な権力の行使やあるいはバランスを取っておるというように定めておると存じておる次第であります。
#26
○杉久武君 ありがとうございます。
 今お話がありましたように、議会の解散権とそういった形でバランスを取っているという点について、今日は参議院の調査会でありますので、その中において参議院の役割について少しお伺いをさせていただきたいと思います。
 冒頭、解散権の濫用がされているというお話もありましたが、参議院の方でも問責決議案がここ最近非常に多く可決をされるという状況にあります。ただ、問責決議の場合は拘束力がないので実質的な効果はどこまであるかという議論は別にあるとは思うんですけれども、今の二院制の下でやはり参議院が果たすべき役割、またそういった参議院の独自性について今どういった形で御覧になっているか、御所見をいただければと思います。
#27
○参考人(野中廣務君) 一つには、参議院は解散がなくて任期が六年と定められておるというのは、参議院の存在を大きく見て大所高所から任期をあらかじめ六年と定めて安定したチェック機能を果たしてもらう、そういう希望があるんではないかと私は思っております。
 また、内閣で問責決議案が可決をされたことを私は何回か覚えております。しかし、参議院というのは良識的なところで、大所高所から国政をチェックしていただく、そういう場所で期待をしておるんですが、あの問責決議のときは、問責を受ける閣僚が正面の閣僚席に座って、そして、いかにしてこの問責が正しいかを各党の討論を聞いて、そして可決されたら立って丁重にお礼をしてから下がっていくわけでございます。そうなったときには閣僚として、閣僚は辞めていかざるを得ません。今まで全て辞めていきました。
 そう考えると、あの被告席みたいなところに問責決議を受ける人を座らせておくのが参議院としての在り方から本当にいいのかどうかというのは先生方にお考えをいただくべきことではなかろうかと、勝手ながら、経験した人間として思うわけでございます。
#28
○杉久武君 貴重な御意見、ありがとうございます。
 あと、最後にもう一点だけ御質問をさせていただきたいと思います。
 冒頭お話で、委員会等の質疑で民事裁判のような議論をされることが多いと、増えたという形でお話をいただきましたが、私はまだ一年満たないものでいろいろ感じるところはありまして、その中で一つ思うのは、やっぱり国会また委員会の場でも対政府質疑が与野党を含めて非常に多いという中で、やっぱり与野党間の議論というものが国会の中でも非常に少ないのかなという率直な感想を持っているんですけれども、幅広いやっぱり議論を与野党含めて進めていく中で今のこの体制についてどういうふうに評価をされているか、御所見をいただければと思います。
#29
○参考人(野中廣務君) 甚だ失礼な言い方になりますけれども、今日までの衆参の在り方から考えると、参議院というのは衆議院のコピーでないんだと、参議院には大所高所から国政をチェックし、またその行き過ぎを是正する、そういう役割があるんだというように、今の参議院と衆議院との在り方を是非私は参議院の権威を高めるためにもっと高い視野から考えていただいたら、今、我が国の今日の状態は少しでもまた国民の期待に沿えるんではないかと、このように考えておる次第であります。
#30
○杉久武君 以上で終わります。
#31
○会長(武見敬三君) では次に、井上義行君。
#32
○井上義行君 みんなの党の井上義行でございます。
 野中先生には、当時、官房長官の時代に私は内閣第一係長でございまして、まさに上司であったと思います。そして、総理の首席秘書官のときには野中先生にもいろいろ御教示をいただいたことを覚えております。
 そこで、私の経験からして、大きく二つ日本が変わらなければならない、このように考えております。一つは、やはり私は、そしてみんなの党は首相公選制を目指しております。総理大臣は国民が選んで、そしてその総理大臣のリーダーシップの下に行政を進めていく、そして国が持っている機能を道州という形で州に大きく譲っていく、これが行政の形をつくっていくと、今の時代に合った政治のリーダーシップを発揮する機能だというふうに思っております。そしてもう一つは、その行政をチェックするために国会の機能もしっかり強化していかなければならない。その一つが、憲法の調査会でも議論のあった会計検査院を国会に移す、このことをやれば、もっともっと国会が行政を監視できる仕組みになるというふうに思っております。
 この考え方には憲法改正をしなければならない。しかし、私はそれをしてでもやはり国会に会計検査院を置き、そして強力な立法権で行政を監視する、この両方が整って初めて民主主義がしっかりと守られるというふうに思っておりますので、まず、一番最初の首相公選制、そして道州制について野中先生のお話を伺いたいと思います。
#33
○参考人(野中廣務君) 今御指摘の総理の公選制については、私は賛成することができません。
 総理は、憲法に従ってやはり国会がこれを選出するのが今のルールであり、これからも正しい道でなかろうかと自分の経験を通して思うわけでございます。
 それは、我が国は大変、一つの風がざあっと吹いたときには大きな風になって流れていく怖さを持っております。例えば土井たか子さんが党首であった頃、土井さんがちょっと動いたら大体二十万から三十万の票がざあっと動くようなときもありましたし、小泉さんが総理として登場したときもそのような状況がありましたけれども、後から考えると一過性にすぎない風であったというのをまた思うわけでございまして、そういう経過を見ると、総理が公選制で選ばれるという選択は、我が国のような状態のところではなじまないし、また国政上良くないと私は考えておる次第でございます。
 会計検査院の国会に所属する問題等は、十分国会で議論をいただくべきことで、私が個人的な意見を差し挟むべきでないと思うのでございますが、特に選挙制度について、私は、もう一度参議院というような高いところから大所高所で議論をいただき、また総務省には選挙の調査会が存在しておるわけでありますが、この頃、国会議員の定数問題等、また選挙区の在り方等についてこの委員会が動いたというのは全くありませんので、今、衆議院で行われているいわゆる小選挙区制度、さらに比例制度というのは、あの調査会が決められたことであって、その区割りを私は当時自治大臣として国会に出させていただいたことを思い起こしてみますと、今、定数問題等について全くこの委員会が機能したというのを知らないで、与野党で国会の場で決められていくというこの在り方を是非考えていただきたいと思いますし、公選で選ばれる人たちが全て定数は人口割りだけで決められていくという、このことを私は疑問に思っておる次第であります。
 特に、人口が多ければ多いほど投票率は低いわけでございます。この頃の投票率はもう本当に見るも哀れなような状況で、国民がどのように選挙に対して関心を示しているかというのを疑問に思うことが多うございます。けれども、人口の少ないところは八〇%から九〇%の投票率を上げておるわけであります。また、そういう点で、面積の広いところあるいは小さなところにやはり配慮が加えられて、人口割り、面積割り、そして投票率割り、こういうものが選挙の投票の基準になっていくような選挙制度を考えてもらわなければ、私はもう人口が多いところだけが議員の数が増えていくという安易なやり方が今の政治をややおかしくしてきているんじゃないかという疑問を持って、自分が経験した場所でありますけれども、大変今、私自身の大きな願望となって、選挙制度を是非変えていただかなければ日本のこれからは健全な発達がないんじゃないかという、それほど極端な考えを持っておりますので、是非御考慮をいただきたいと存じます。
#34
○井上義行君 まさに、この地方と都会、これがいろいろ、私も小田原に住んでいますので、非常に東京の政策と、あるいはその小田原の、地方の考え方やそして生き方、変わってきているんですね。ですから、国が全てを見るという時代は終わって、やはり地方に任せるところは任せていく、そういう時代だというふうに私は思うんです。ですから、国の持っている権限をいきなり市にあるいは町に落とすということは、できることはできますが、まだ広域的なところが残ります。ですから、広域のところは道州という形で州にお任せをして、そして国は国しかできないことに集中をしていく、私はそういう姿がこれからの時代だということを非常に官邸にいても思いました。
 そして、先ほども申し上げた総理のリーダーシップ、この速いスピードに付いていくには、私も数々の首脳会談に同席しましたけれども、やはりそれぞれ外国はトップとして自分の考えで、そして遂行していくという約束ができるんですね。ところが、内閣の合議体というのは、いいところもあります。しかし、外国との約束を必ずちょっと待ってくれと、国内で調整をしてくる。必ずそういうふうになる。でも、首脳同士の話では、みんな、その民意を背負って、自分の発言が、この人は信頼できるのか信頼できないのか。先ほど外交の話もありました。やはり民意を代表したリーダーが自分のしゃべったその重い言葉を遂行していかなければいけないわけですね。しかし、残念ながら日本の場合には、そこから内閣で、各省でもんで、そして抽象化され、そして国会でまたもんで、与党でもんで時間がたつ。できた頃にはもうその議題さえないものもある。
 だから、やはり首相という権力を持ったリーダーが国民のリーダーとして選ばれ、そしてそれを遂行していく行政が私は必要だというふうに思っています。だからこそ、国会に対して、会計検査院という監視の強い組織を国会に置いて、国民側から見て、本当に無駄があるのか、それとも、これは本来、行政としては分かるけれども、やはり今、この時代にあっては、この予算の使われ方おかしいよねということの資料あるいは調査、そういうものがしっかりと国会において、そこで初めて国会とその行政の権力者がそれぞれ議論を闘わす、それが日本の在り方だというふうに思っておりますので、それぞれ、野中先生と考え方は違いますけれども、国を思う気持ちは同じでございますので、是非、この道州という、地方出身の野中先生だからこそ、国から地方に権力を、そして予算をどんどんどんどん落としていくやり方、これについてはどう考えるでしょうか。
#35
○参考人(野中廣務君) 今、国、地方の在り方について井上委員から積極的な御意見を賜ったわけでございますが、私は既に米寿を超えた老人でございまして、もう国政に向かって何かを申し上げる立場にございませんので、是非、地方が地方としてやっていけるような政治を議員各位が目指していただくよう、特にお願いを申し上げるのを答弁に代えさせていただきます。
#36
○井上義行君 終わります。
#37
○会長(武見敬三君) それでは次に、倉林君。
#38
○倉林明子君 今日は本当にありがとうございます。京都選挙区から参りました共産党の倉林でございます。
 先ほどの陳述の中でも、強く、戦争に巻き込まれない、戦争を起こさない、戦争してはならないと、この教えをしっかり正面から受け止めて、政治家として成長していきたいと思いました。
 さらに、今回の議院内閣制における内閣の在り方を考える場合でも、先ほど来繰り返し指摘されております、憲法の要請にどう応えるかと、大変大事な指摘と観点だろうというふうに思いました。本当にこの議院内閣制における内閣の在り方を考えるという場合、重要だと思うのは、国民主権の下で議院内閣制を採用している、ここは憲法の要請に応えるという点からも大事なところだろうと思います。
 憲法は、民意を正確、公正に反映した国会の形成と、その国会から内閣総理大臣を指名し、民意を忠実に執行する内閣を組織すると、こう命じているということだと思うんですが、内閣を代表する安倍総理大臣が、これまでの憲法解釈を変えて、集団的自衛権の行使について、先ほど御指摘ありましたように、政府が適切な形で新しい解釈を明らかにすることで可能であり、憲法改正が必要との指摘は当たらないと、こういう答弁をされました。
 私、安倍総理の発言というのは、従来の憲法解釈の全面的な否定であるというふうに思いますし、この安倍総理の国会答弁に対して、先ほど参考人はせこいという表現をお使いになりましたが、もう一歩踏み込んで、そういう憲法解釈の全面的な否定という点から見て御意見を伺っておきたいと思います。いかがでしょう。
#39
○参考人(野中廣務君) 憲法上から、今の内閣の歩んでおる道は非常に私は道を誤りつつあるというように心配をしておることを先ほども申し上げましたが、そのように思います。
 先生がお出ましになりました京都は、長い間、蜷川虎三さんが七期二十八年間おやりになったところでございますが、あの頃、京都府下に掲げられた表現は、憲法を暮らしの中に生かすという垂れ幕があらゆるところにございました。しかし、私は、あれは憲法の都合のいいところだけ生かすという、そういうように反論をしておりましたが、そういうことと同じように、今行われておる問題は非常に私自身危惧を持つようなそういうやり方が今行われており、やや内閣は今、自分たちの行動に高揚し、またそれを自信としておるような危険があるのではないかということをあえてこの席で申し上げたのは、私にとって勇気ある発言であったと思いますが。
 是非、諮問機関のブレーンの一人もお替えになりましたので、残念ですが、やはりそういう点を謙虚に考えて、日本のこの行く手を考えてくださらなければ国の形が変わっていき、特にまた先般のNHKの会長や経営委員の発言を考えてみたときに、ああいうことがそれほど大したことのない個人的発言じゃないかという、そういうことに片付けられて、国会もそれを唯々諾々とのんで強く辞任を求めないという状況は、あの私が逓信委員長のときに、大変多くのプレッシャーがありましたけれども、国会における虚偽の発言について徹底して追及して、ついに当時の島会長が辞任をされることがあったということを思い起こすと、もっと国会の先生方が、責任の在り方を内閣に任すんじゃなしに、自分たちがその場に呼び込んで、徹底してこの人たちの在り方を究明していただかなければ私はならないと思うのであります。
 百田さんが、あの人権を無視したような、人間のくずとか、あるいは南京虐殺はなかったとか、そんなことを言われますけれども、非常に中国との関係が難しいときに、一度でもあの虐殺記念館に足を運んだことがあるのかと私は言いたいと思うのであります。百田さんのあのベストセラーになりました「永遠の0」という本を見て、二回も読み直して涙を流した自分が悔しゅうございますし、映画を見に行ってまた涙を流した自分が悔しい思いを今しておるわけでございまして、国会が国会としての機能を果たすためには、唯々諾々としてあのような形で収めるんじゃなしに、会長や経営委員がこういう形でNHKのこれからの経営に関わっていくということを非常に国家の危機として考えていただくような責任を持ってもらいたいと念願してやまない次第であります。
#40
○倉林明子君 ありがとうございます。NHKのことについてまで言及をいただき、ありがとうございました。
 立憲主義の立場からいっても大変心配しているということを率直に言われたんだと思うんですが、集団的自衛権の行使というのは現行憲法の下ではできないものだというふうに思っていますし、そういう意図で発言をされたのだろうというふうに思います。
 そこで、お書きになった著書の中で、「老兵は死なず」だったと思いますが、九九年の通常国会で成立した法律の紹介されているくだりがあったかと思います。その後に感想的に述べられているところがあって、無責任なようだが、官房長官という調整役で法案が次から次へと通っていくのを日々見ながら、小渕内閣が安泰となったことに満足する反面、実は私は怖さのようなものを感じていたというふうに述べておられるくだりがあります。
 今の安倍内閣も次から次へと法案を通過させているという状況がありまして、臨時国会では特定秘密保護法の強行可決ということがありました。この特定秘密保護法そのものが我々は立憲主義を否定し憲法を壊すことにつながるものだという立場から反対もしたわけですが、改めて、臨時国会で強行可決されたこの特定秘密保護法をめぐって率直な御意見も伺えればと思います。
#41
○参考人(野中廣務君) 既に議席をもう持たない私でございますから、そういう点で意見を求められても、私がとやかく申し上げる立場にはございません。
 ただ、私は、一人の国民として、ああいう法案が十分な審議とまた立案のときの詰めが行われないまま国会を通っていくという怖さを、一人として、古い時代に生きてきた人間として感じておる次第であります。
#42
○倉林明子君 最後に、最初の質問とも関連してなんですが、民意を正確、公正に反映した国会の形成、この国会が内閣総理大臣を指名するというところで、改めて今の国会が果たして民意を正確、公正に反映しているだろうか。
 先ほど選挙制度についての御意見が述べられましたが、御懸念の方向性と一致するのかと思いますが、今の小選挙区制、とりわけ衆議院では、衆議院で四割の得票で七割から八割の議席を得てしまうと、こういう選挙制度で、こういう選挙制度には明らかに弊害があるというふうに思います。その上で、鏡のように民意を反映する選挙制度の再構築が改めて必要だというふうに考えます。
 先ほど少しお触れになったところで見解をお示しいただければと思います。
#43
○参考人(野中廣務君) 先ほど答弁を申し上げましたように、現在の選挙制度が、総務省にある、所管される選挙調査会にどのように付与されて審議されておるのか、私は非常に心配をして、定数問題を含め、選挙制度の在り方を含めて、やはりもう一度選挙制度の根本についてお考えをいただく機会ができれば、日本の健全な民主主義の発展に大きく寄与するのではないかと。今のように人口だけで議員定数が決められていくのは、非常に私はこれから地方の声を反映することができなくなってくるのではないかということを、また、政策が今そのように進んでおるところに、やはりその声を代表する議員が出てこないところに多くの問題があると思いますので、先ほど申し上げたように、人口割り、さらには面積割り、さらに二、三回の投票率割りを加味して定数というのは考えていただくべきではなかろうかと、このように考えておる次第であります。
#44
○倉林明子君 先ほど、京都では憲法を暮らしに生かそうという垂れ幕が至る所に掛かっていた時代があったと御紹介がありました。七期二十八年、あれから四十年となります。新しい京都の地方政治に、本当に全面的に憲法が暮らしに生かされるような地方自治体づくりに私も貢献したいということを表明しまして、質問を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#45
○会長(武見敬三君) では次に、東徹君。
#46
○東徹君 大阪から選出しています日本維新の会の東でございます。
 いろいろとお話を聞かせていただいておりまして、今本当に安倍政権は、衆参のねじれが解消して、今まで自民党として公約に掲げてきたことを本当に着実に実現していくことが、選挙において国民に約束をしてきたことに対して国民の負託に応えることになるのではないだろうかというふうに思っておったんですけれども、なかなか野党とうまくいっていないとか。
 ただ、やはりこれまでの政治というのは、どうなんでしょう、議論に議論を重ねて何か先送りしていく、そういう部分もあったのではなかろうかなというふうにも思ったりもしておりまして、今の国会の在り方なんですけれども、やはり内閣総理大臣としての権限をもっと何か強化すべきことがあるのかどうか。
 そしてまた、国会の在り方も、衆議院、参議院と二つあって、総理が衆議院で所信表明演説をしたら、また参議院でも同じ所信表明演説をしてという、そういったこともあったり、これ本当に今、国際社会で大変厳しい環境の中でやっていく中で、内閣の在り方を何か変えるべきところがあるのかどうか。そしてまた、国会の在り方というのも、制度として何か変えるべきがあるのではないだろうか。
 先生の過去の経験から、何かそういうのがあれば是非御教示いただきたいというふうに思います。
#47
○参考人(野中廣務君) 先ほど来申し上げておりますように、もう非常に、国会を離れまして既に十年をたつ私でございますから、今一人の国民として非常な不安を感じたり、この先この国はどうなるんだろう、やがてまた戦争を起こす国になっていくんじゃないかと思うと、戦争を経験した人間としてじっとしておれないような気持ちになるのでございますが、そのことについて国政に何かを申し上げるべき私は立場にありませんが、一人の国民として、やはりもう一度あの悲惨な戦争の一つ一つを思い起こし、勉強し、あの時代の、狂った時代が再び我々のところに近づいているという怖さをもう一度感じて、その中から国の形をつくり上げていく、そういう国政を皆さんに是非お願いをしておきたいと、このように思う次第であります。
#48
○東徹君 ありがとうございます。
 そうしましたら、あと一点だけお聞かせいただければと、率直に過去の御経験から聞かせていただければというふうに思うんですけれども、先ほどからも参議院と衆議院の二院制ということでお話がありました。
 参議院の方は六年間という任期があって解散がないと、そして大所高所からチェック機能が、することができるというふうにおっしゃっていただきました。本来そうあるべきだというふうに思っておるんですが、先生の今までの政治の経験上、そういうチェック機能が、ちゃんと果たしてきたというふうに思われるのか、また、いや、そうでもなかったというふうに思われるのか、その辺は率直にいかがなものなんでしょうか。
#49
○参考人(野中廣務君) 私が今日この会に呼び出していただいたというのは、参議院の一つの良識でなかったかと、このように思うわけでございます。
#50
○東徹君 ありがとうございます。
 以上でございます。
#51
○会長(武見敬三君) では次に、浜田君、どうぞ。
#52
○浜田和幸君 新党改革と無所属の会を代表して、野中先生に幾つか質問をさせていただきたいと思います。
 内閣の在り方ということなんですけれども、やはり今の日本の置かれている、特にアジアの近隣諸国との関係を考えた場合に、中国、そして北朝鮮、またロシアといったところとどう向き合うかということは、内閣にとっても、また総理にとっても一番重要な外交活動だと思うんですね。
 野中先生、北朝鮮や中国とも様々な交わりを重ねてこられた、そういう御経験に基づいて、今もし野中先生が総理の立場でおられれば、どういった関係打開に向けた動きをすることが日本の国益にかなうとお考えでしょうか。お聞かせいただければと思います。
#53
○参考人(野中廣務君) 非常に難しい問題でございますが、私は、中国とはやっぱり尖閣の問題を率直に早く解決しなければいけないと思っております。いつどんなところで戦火が起こらないとは誰も保証できません。
 昨年の六月に私も訪中いたしましたが、そのとき劉雲山常務委員にお会いすることができまして、劉雲山は習近平体制のナンバーファイブに位置付けられた立派な方でありますが、この方が最初に言われたのは、私に渡った記録では、先生は我々が尊敬する曽慶紅元国家副主席と十八回お会いになっておるようでございますが、国内において我々はあの人と十八回も会うようなことがない状態であるのに、先生はどうしてこういう交流を、また友情を深められたんでありますかということを尋ねられまして、もう曽慶紅先生とは組織部長の頃から私は本当の友人としてお付き合いをすることができたことを幸せに思っておりますと申し上げ、私の隣におられる副団長の古賀誠先生は、私が十八回なら十三回ぐらいは御一緒しておると思いますということを申し上げ、また、その話の中で、中国は自ら戦争を仕掛けることはございませんということをおっしゃいましたので、私は、安倍内閣も戦争で中国と戦うという意思はないと信じますと申し上げました。
 そういうことを思うと、この尖閣は、一昨年の四月の十六日に石原慎太郎氏が東京都知事としてアメリカに行き、アメリカのCIAの関係者四十人ほどが集まった席上で東京都知事石原慎太郎がこの尖閣列島を買うという表明をされました。その後、当時の民主党の野田総理が七月に訪米されて、そして、その中身は分かりませんが、米国は慎重な扱いを要望したというのを私は聞いておるわけでございます。
 けれども、一昨年の九月の九日にウラジオストクでAPECの会合がありまして、その際、中国の戴秉国国務相と玄葉外務大臣とが数時間にわたってこの問題でお話をされたけれども、結論を得ることがなく、途中で廊下で野田総理に当時の胡錦濤国家主席がお会いになって、突然このように尖閣を買うようなことをしたら絶対に両国の関係は悪くなるよ、そのときのことをよく考えて、よく自重しなさいということを胡錦濤は言われたそうでありますが、帰ってきて、十日の一日置いて翌九月の十一日に臨時閣議を開き、そして臨時閣議で予備費から二十億五千万を出して尖閣を購入するということをおやりになったというのを私は承知しておるわけでございますが、中国にすると、あのときウラジオストクで慎重な対応を求めて、返事を求めたのに、何の返事もすることなく、けさ懸けに、たった一日置いただけであの尖閣を購入したということに大変な怒りを持っておるわけでございます。
 また、そのままを、突然な政変で自由民主党が公明党とともに選挙結果で政権を持つことになりました。恐らく、安倍総理が、あれは民主党内閣でやったことだという一つの区切りを付けておかれたら、一つのまだ活路があったと思いますが、これを丸抱えにして、そして中国との対立がより強くなってしまったことを非常に政治をやる人の気持ちとして私はどう考えていいのか分からないわけで、その後の状態は、先ほど申し上げたように、対話の門戸は広げているということを積極的に言われる反面、中国が非常に不愉快に思う、そういうことが次々次々と外遊等をめぐって行われておる関係を考えますと、非常に、中国との関係、さらに歴史的に難しい韓国との関係を打開するのはなかなか難しいし、特に中国は、このようにウラジオストクの会合から僅か中一日置いただけでやった暴挙をもう一度深く日本国として反省の上に立って中国と向き合わなければ、私は中国との友好親善の活路はないし、また、多くの犠牲者や多くの先輩たちが困難な道を開いてくれたこの中国との道を閉ざすようなことになれば、日本は孤独なまた道を、困難な道を歩むことになるんではないかと危惧しておる次第であります。
#54
○浜田和幸君 野中先生、ありがとうございます。
 私どもも、日本にとって三千年を超える悠久の歴史を積み重ねてきた中国との間で、たかだか尖閣をめぐる問題で戦争に陥るような、そういうことは決してあってはならないと思っています。ただ、残念ながら、日本の一部にはそういう動きをある意味では増長させるような動きがあることも承知しています。
 そこで、やはり内閣の機能として、先ほど野中先生が御指摘になったような、中国側がどれだけこの問題で悩んでいるのか、それをしっかりと情報を把握するという機能が欠かせないと思うんですね。その意味では、これまでの内閣の情報収集機関、内調を始め、この度、新しく日本版のNSC、これが登場することになったんですけれども、野中先生の御経験からいって、こういった情報収集の機能を強化するために一体何が必要なのか、その辺りについて御示唆をいただければと思います。
#55
○参考人(野中廣務君) やはり内閣には情報調査室がございますし、また外務省が積極的に情報を各国から得るようなシステムは十二分に講じられておると思うんですが、しかし、当時、国交正常化の際あるいは両国の友好条約の締結の際に行われました先送り、すなわち尖閣の棚上げという問題は、当時参加した外務省の中国課長あるいは条約課長が証言をしておるとおりに、田中総理がこの問題は後の問題にしようという先送りをされたことを明言しておるのに、しかし、その中で今我が国は固有の領土であるということで購入する事実をつくり上げてしまったわけでございますから、現状をどのように打開してこの問題の処理に当たるかというのは、やはり中国と深い関係の、今日まである、特に習近平国家主席とは数次にわたって一番たくさんお会いになっておるのが福田康夫元総理であります。この人を私は団長にして、そして中国を訪問して、特使として、総理が首脳会談ができるような土俵をつくっていただくのがこれからの打開の道でなかろうかと、私どももまたその随員としてお伺いすることはやぶさかでないと考えておる次第であります。
#56
○浜田和幸君 ありがとうございます。
 是非、そういう政府の立場をある意味では超えた、民間の英知、福田元総理のそういったお立場をうまく生かせるような動きが野中先生のお力添えもあって実現できればと期待いたしたいと思います。
 それでは、北朝鮮の方はいかがでしょうか。
#57
○参考人(野中廣務君) 北朝鮮は、私は、最初の田辺・金丸訪朝団の際に、通信手段やそういうものを整備するために随員の一員として参加をいたしまして以来九回、北朝鮮に入りましていろんな方と話合いをしましたが、残念ながら、私の本当の信頼できる人は既に亡くなっていきましたし、今日、写真で見ると、ただ一人残っておった国際部長も顔を見ることができませんので、もう時代がこれだけ変わってしまった状態で果たして北朝鮮との道がどのように開くのか心配をしておる一人でありますけれども、しかし、なお、あの国は我が国にとって重要な国でありますし、特に拉致問題やら原発問題やら多くの問題を抱えた国でありますだけに、早く国交の正常化が行われる道が、また拉致問題の解決が一歩でも早く行われ、国際的にもこの問題が取り上げられるという話を聞いておりますが、そういうところに期待して、北朝鮮が世界に開かれた国として、我が国が一番近いところとして国交が正常化するように、是非先生方の御努力をお願いしたいと思っております。
#58
○浜田和幸君 ありがとうございます。
 なかなか外に実態がよく見えない北朝鮮、また逆にそれが北朝鮮にとっては大変有効な外交の手段になっているんではないかという気がするんですね。しかし、そういう状況を何とか早く打開し、拉致の問題にしても核の問題も一刻も早く解決に向けての道筋を付けていく、それが今の政治に問われていることだと思います。
 今、もう一つ我々が注目すべきは、ロシアとの間の北方領土の問題ではないかと思うんです。
 この点について、今、安倍総理はもう五回もプーチン大統領と直接膝詰めの会談を行っておる。どういう手練手管というか、どういうカードを切ることが日本にとってまたロシアにとってもウイン・ウインの関係で、この領土問題を解決し、日本とロシアとの平和条約が締結できるようになるのか。その辺りについて、野中先生の何というか、御所見をお伺いできればと思います。
#59
○参考人(野中廣務君) 私はロシア問題については関与したことがございませんので、軽々しく私の考えを申し上げる知恵も、知恵というよりも何にもございませんので、ただ領土の問題については、中国とのあの国境の川の中にある小さな島について何十年という長い歳月争いを続けてきたロシアでありますだけに、今の大統領がどのように安倍さんと親近感を強めて北方領土を解決をやってくれるのか期待をしておりますし、安倍総理も、自分の任期中に北方領土は解決するということを公にされたようでございますから、その手腕に期待をしたいと思います。
 以上でございます。
#60
○浜田和幸君 ありがとうございました。
 大変参考になるお考えをお聞かせいただき、心から感謝申し上げます。
#61
○会長(武見敬三君) それでは、古賀友一郎君。
#62
○古賀友一郎君 ありがとうございます。
 自由民主党、長崎県選出の古賀友一郎と申します。
 野中先生の先ほど長い政治経験それから深い洞察に基づく御高見を賜りまして、私も本当に感激をいたしております。特に私は旧自治省の出身でございまして、そういった意味からいたしますと、野中先生はもうまさに私にとっては雲の上の存在の方でございまして、そういう先生にお伺いするのも誠に恐縮なんですけれども、非常に貴重な機会でございますので、幾つかお伺いをさせていただきたいと存じます。
 私は少し、今日のテーマである「議院内閣制における内閣の在り方」というところにちょっと話を戻してみたいんですが、まず最初にお伺いしたいのは、国会と内閣の関係において、先ほど野中先生は、国会審議が形骸化をしている、あたかも法廷闘争のような様相を呈していて、国会の審議を実質化していくことが重要であるという旨のお話をされておられました。
 その国会審議の形骸化の原因といいますか、どこにそういう問題点があるのだろうか。個人的な意識の問題もあるかも分かりませんが、制度やあるいはシステムのそういったところに問題があるとお考えであるのか、その原因についてどのようにお考えなのかをお伺いして、そしてその原因を踏まえた上で、もしそういう制度あるいはシステムについて問題があるとお考えであるのであれば、どういうふうに改善をしていくべきなのか、その辺についてお考えがあれば頂戴したいと思います。
#63
○参考人(野中廣務君) 私は、過去のいわゆる族議員と言われる時代が決して良かったとは思いません。ただ、一つの分野に専門的に知見を持つ人たちが相寄って、そしてそういう人が部会制度をつくって政府と対峙して、政府は事前に考える法案等についてその関係部会に報告をし、了承を得て、その後、政調や総務会にかかって法案化するという、こういうルールが今は軽く扱われて、もう出てきたものは全てのみ込まなくちゃならないし、その問題は既にもうメディアを通じて国民に知らされておる、こういう、国会が何か空白化した、空洞化した状態に置かれておるところに現在の問題があるというように私は思っておる次第でございます。
 その問題が最近やや改善されつつあるというのを情報として聞いておりますけれども、是非、私は過去の部会とか族議員というのがいいとは思いませんが、国会とそして内閣とやはり与党との関係、特に与党には十分な事前説明とあるいは事前の了解を得て、与党がむしろ立法を行うような、そういう形に活性化をしていただきたいと念願しておる次第であります。
#64
○古賀友一郎君 ありがとうございました。
 対与党との関係においての問題提起であったというふうに受け止めましたけれども、対野党との関係においての国会審議の実質化の問題、これについて野中先生はどのようにお考えでいらっしゃるのでしょうか。
#65
○参考人(野中廣務君) 当初に申し上げましたように、内閣は国会において選出されるわけでございますから、国会とのバランスを重要に考えなくてはいけませんし、与党とは事前な了解が十分必要でありますし、野党には十分な意見の陳述の時間を与える、あるいは野党の意見もこれをできるだけ吸収する、そういうやり方がこれからの国民の期待に沿える私はやり方でないかというように考えておる次第であります。
#66
○古賀友一郎君 ありがとうございました。
 それでは次に、内閣と国会というテーマに連動して、今度は内閣と参議院の問題についてお伺いをしたいと思います。
 議院内閣制における参議院の在り方、これは私は大きな一つのテーマだというふうに思っております。内閣と衆議院は、先生も御指摘なさったように、総理大臣の指名、それから衆議院の解散ということを通じて行政府と立法府の均衡とバランスが図られている、そういう制度になっていると思いますけれども、そこに参議院という院がどういうふうに関わっていくのかというのは、大変我が国の統治機構の在り方で重要な論点だというふうに思っているんですが。
 そういった意味で、先ほど野中先生は、参議院の役割として、六年間の安定した任期の中での大所高所からのチェック機能というふうに御指摘をなさったと思います。そういった機能を参議院がきっちり果たしていくためには、やはり私も、先ほど来先生がおっしゃっておられたように、選挙制度の在り方というのは大変私は重要なポイントのように思っております。そしてまた、これも野中先生がいみじくもおっしゃいましたけれども、人口に偏った選挙制度に対する司法の姿勢というものを私も大変問題意識を持っておりまして、そこは本当に野中先生と、まさに私も我が意を得たりというところであったわけであります。
 野中先生は、そういった点で、人口割りだけではなくて面積割り、それから投票率割りというような御提案もされましたけれども、よりもう少し突っ込んでお伺いしたいのは、我が国は二院制を取っていて、衆議院と参議院があってそれぞれの役割が異なる、そういったことを踏まえて、衆議院の選挙制度、それから参議院の選挙制度、この二つの院についての選挙制度について先生なりの具体的なイメージ、お考えがおありになれば是非とも拝聴したいと思うんですが、いかがでしょうか。
#67
○参考人(野中廣務君) 私の理想を申し上げれば、衆議院と参議院を、先ほど申し上げたように、参議院が衆議院のコピーであるような印象を与えないような、例えば衆議院が予算をやる、参議院は決算をやるというように明確に分けてやって、そういうところに責任を持っていくというのは非常に明確で、また参議院が大所高所に立ってその他の問題についてチェック機能を果たすような、そういうやり方をしなければ、国民は、同じような二つの院が連日日を重ねて予算が通る、通らない、あるいはそういう個々の問題についてテレビを通じて同じようなことを聞くことが決して私は国民の信頼を得ることにはならないと思っておりますので、是非、お若い皆さん方が参議院の在り方として、特に私のときは参議院が少数でありまして、自由民主党の参議院の幹部の皆さん方に平身低頭してお願いをしなければ何一つ通ることができない、参議院にもうこびへつらって是非お願いをする、平身低頭するという態度を取ってきた時代でありますから、参議院がもっと超然として活躍できる、そういう職責を、そして参議院の存在がより高く国民から評価し信頼される状況というのを制度の中で変えていただくのがこれからの政治のあるべき姿でなかろうかと自分で勝手に思っている次第であります。
#68
○古賀友一郎君 ありがとうございました。
 今先生から平身低頭というお話が出ましたけれども、今一つの論点になっているのが、我が国では長い間ねじれという現象を経験をして、強過ぎる参議院についての問題意識というものが今出てきているように思うんですが、参議院のその権限について、現行憲法下の参議院の権限、これに対する野中先生のお考えというのが何かおありになれば御披露いただければと思いますが。
#69
○参考人(野中廣務君) 先ほど申しましたように、もうひたすらお願いを申し上げる立場にあって、それ以上の経験をしておりませんので、それ以外のことについてお話を申し上げる知識も何も持ち合わせない次第であります。御了承を願いたいと存じます。
#70
○古賀友一郎君 ありがとうございました。
 大変示唆に富んだお話を伺うことができまして、大変参考になりました。また今後ともどうぞよろしく御指導いただけますようお願い申し上げて、私の質問を終わります。
#71
○会長(武見敬三君) では次に、有村治子君。
#72
○有村治子君 本日は、野中廣務先生、貴重なお話を、戦中戦後の動乱の政治の中でやってこられた御経験に基づいて、学ばせていただくことが大変多うございました。心からの敬意を申し上げます。
 その上で、先ほどから、開会からこの調査会の会場を見ていますと、野中先生が気持ちを込めておっしゃっていただけばいただくほど、野党の先生方が我が意を得たりという感じで元気になられて、何か自民党がううんと神妙な顔をしている、そういう感じになってきているところもあるやに観察するんですけれども。やはり、野中先生の政治のすごみというのは、世論が二分する、三分する難しい政治課題に逃げずに直視されて、そしてその中で最も弱い立場で一番犠牲を強いられる方々の声なき声を聞き、そして腹をくくって決断されるという一貫した御姿勢を学ばせていただきます。
 もう一つは、御自身の考えられる信念とか大義というのを非常に強くお持ちの上で、同時に、自分が持っている信念だけが正義じゃないと、相手にも相手なりの正義があるし、経験があるし、痛みにも敬意を表された上で、その中で共通項をどう築いていくかという、まさに政治の真髄を実践してこられたというところで非常に感銘を受けたところも多くございました。実際に野中先生の背中を拝見させて学ばせていただく中で、自民党内にも賛成、反対意見がいっぱいある中、そういう難しいところにもあえて直視をされて、本当に先生の背中を拝見していますと、政治家の九割九分の仕事は耐え忍ぶことだなというふうにそのお背中から学ばせていただいたことが多いように思います。
 その中で、やはり後世の議事録にも残るものなので、先ほどから共産党の先生も我が意を得たりというような感じでしたけど、やっぱり自民党の現職の世代としてお伺いしたいことも幾つかございますので、順を追ってお伺いさせていただきたいと思います。
 国旗・国歌法は今日は質問する予定にはなかったんですけれども、やはり大変大きな法律を難しい中でやっていただいて本当に有り難かったと、まさに礎になったと私も実感をしております。ただ、その後、政権交代をして、先ほど期間限定の独裁だとおっしゃった菅直人政権では、この調査会のメンバーでもいらっしゃいますけれども、菅さんも、内閣総理大臣も含めて閣僚の半分が国旗・国歌法に賛成しなかった、反対をした議員で占められていた、そういう閣僚に占められた時代があったということ自体が残念なことだなと改めて思いました。
 今日は靖国神社ということ自体が、委員会ではなくて調査会ですので、それを議論する場ではないというふうには理解をしておりますが、話題に出ましたのですが、靖国神社に参拝をされたということで、現在、中国、韓国との関係が難しくなっているということは、ちまたよく言われる指摘のことがありますけれども、同時に、靖国神社に参拝しないと宣言された民主党の内閣であっても、中国、韓国、あるいはロシア等、領土問題でも反日デモも起こったということでは、どこにお互いが共存できるラインがあるのかなと、ここは本当に知りたいところだし、何とかラインを見付けたいなという思いもございます。
 特に、欠席裁判になるといけませんので、あえて私も歯を食いしばって御報告をさせていただきますが、今回の安倍内閣総理大臣、まあ、自民党の総裁としてそのお参りをされたときには、内外の戦没者の御霊ということにも敬意を表して不戦の誓いを立てられた、その意図がなかなか中国、韓国に伝わらないという現実がある中で、そういう意味では、やはり野中先生のお話を伺って、中国がやっぱりメンツの国であって、メンツを大事にしなきゃいけない、メンツを大事にされたと思われなかった、その日中関係の傷ということに、直視した上で、私たちは来年終戦七十年を迎えますけれども、このことを外交問題にさせないような努力をしていかなきゃいけないなと改めて思った次第でございます。これは私自身のコメントでございます。
 今日の統治機構ということについて質問を三つさせていただきます。
 特使ということの言葉も出てきました。それから、総理のブレーンとか諮問機関ということも出てきました。トップに立てば立つほどやはり孤独な中で情報を精査して、ブレーンが欲しいというふうに思われるのは、やはりトップの現状だと思います。その中で、やはりその方々がのりを越えるというか、報道に直接出てその総理とのやり取りを報告するというのは、何の権限があってなんだろうかというような指摘もされます。そういう意味で、でも戦後の歴史、政治の中では特使が必ずしも国会議員というわけではなくて、民間の人が本当に密使としてあるいは特使として探って、土台をちゃんとつくって、そして外交をきちんとやり遂げるという歴史もございました。
 そういう意味で、総理あるいは官房長官なりトップに立つ人のブレーンとしてののりというものはどういうものであるべきかというお考えを伺えれば有り難いというふうに思っております。これが一つ目の質問でございます。
#73
○参考人(野中廣務君) それぞれ総理や官房長官が連日御苦労をいただいておりますので、私がとかく申し上げることはございません。
 ただ、余りにも自分が思う方向にどんどんと進んでいくことにやや高揚感があり過ぎるんではないかと。そのことがやはりこの国の前途を誤ることになるんではないか、あるいは、靖国の参拝をあの時期にされたことが大変多くの国々から批判をされることになったんではないかと。
 今度のオリンピックの評価の点数をする際にも、私が見ていて、評価が政治が影響したんではないかという、そういう危惧を持つようなことさえ、私自身のひがみかも分かりませんが、そういうことを感じるような状態がありますので、より謙虚に、より国民の目線に立って、そして国会の意思を十二分に御配慮して今後の政治を目指してもらいたいと存じております。
#74
○有村治子君 ありがとうございます。
 次の質問にも関連するんですが、やはり総理と官房長官というのは非常にいい関係で、その官房長官の力量でその内閣の評価も左右されると言われるぐらいなんですけれども、特に野中先生の場合は、小渕内閣で特に沖縄に対する強い思いを総理が持っておられて、その総理の思いをどう体現するかということに腐心をされて専念をされた官房長官のイメージがあるんですけれども、官房長官あるいは副長官というのは、つまるところ、結局は何をすることだというふうに、あの修羅場を乗り越えられた日々を思い出されて私たちに知恵を残していただけるでしょうか。
#75
○参考人(野中廣務君) 御承知のように、この度の沖縄の名護の選挙は非常に、失礼ですが、やはり党、内閣のやり方に多くの疑問があったんではないか、沖縄の人が多くの怒りを持ったんではないかと、その結果が稲嶺名護市長を当選させたんではないかというように私は思うわけでございます。
 私自身もあの橋本内閣のときに住民投票で負けまして、名護はもう辺野古を諦めなくてはならないと考えたときに、当時の市長が橋本総理のところに来られまして、私が市長を辞めることによって辺野古を受け入れますと、このようにおっしゃっていただきました。そして、辺野古を受け入れて、自分は辞任して助役を候補者としてお立てになり、この市長が二期にわたり名護の振興のためにいろんな施策を提言され、私どももまたこの誠意に応えるために可能な限りの努力をしたわけでございます。
 ただ、今回と違うのは、沖縄については、沖縄の人の心や歴史の痛み、心の痛み、家族の痛み、今日までの苦しみを自分の苦しみとして、そして沖縄のインフラの整備やら、その他の雇用の促進等、誠意を持って、こうしてやった、ああしてやったじゃなしに、静かに沖縄の状態を受け止めて、それを静かに静かにやっていくのが私どもの時代のやり方でございました。
 今回は、沖縄に私も入りましたが、やっぱり一番大きな怒りになったのが、幹事長の下に沖縄の議員を五人並べて、そして辺野古の受入れを了解させたというあの映像がもう沖縄県民全員に、名護はもちろんのこと、沖縄全土に本土から抑え付けられたという非常な圧迫感を与えてしまった。実際はそうではないと思うんですけれども、映像を見る限りそういう状態を与えてしまった。
 あるいは、仲井眞知事がやってまいりまして総理とお会いして、非常にいろんな話がありますけれども、その話はやめますが、総理とお会いして、そして沖縄の振興の経費をこれだけ、三千五百億負担する、長期にわたって負担するという公の約束をされた、それをもって仲井眞知事が辺野古の同意をされたと、こういうように報道機関はやっているわけで、特に沖縄の報道はそのようになって、札束で沖縄県民をしばいて屈服さすのかという、こういう怒りがあの選挙の結果になってしまったと、私は自分で過去の沖縄対策をやった一人として思うのでございます。
 やはり沖縄には多くの問題がありますから、それは口で言わずに、表へ出ないように静かに静かに沖縄のインフラ整備をやる。例えば、高速道は私が行ったときは簡易舗装でありました。これをやはりこちらでできるだけ完全な舗装の道路に変えていく、変えた結果は、割引をして少しでも県民負担を減らしていく、雇用創出にも小さな企業でも持っていく。
 また、NTTの理解の下に、那覇には五百人の二十代の女性たちを番号案内に、あちらに移して、そしてすぐ番号案内の雇用を創出しました。そうしたら、名護の岸本市長が、那覇でやれたら名護の俺のところにも回してくれと、こういうことで、またNTTに頼んで二百人の番号案内を持っていきました。非常に、七百人でありますけれども、これが大きな雇用の姿になって表れてまいりまして、飛行機の割引を含めて、そういう目立たないところで沖縄の人の心に響くようにやってまいった、きめ細やかなやり方が今日までやられてきたことでありますが、今回はそうじゃなしに、表面ではどういうふうになったか知りませんけれども、沖縄で受け止めている気持ちは、札束で沖縄県民を言うこと聞かそうとしたというように、沖縄県民が歴史の痛みに耐えて、あの琉球王国から島津藩になり、島津藩から琉球処分を受けてまた沖縄になり、そして戦場になって、本土でたった一つの戦争の傷痕を残して、またそこで大きな戦争の後は、今日まで六十八年間、基地を全国の七三%負担をするという状態になってきたわけでございますから、そういう気持ちを十二分に理解し、その米軍がまた駐留するために起きた幾つかの犯罪がまた沖縄県民に多くの犠牲と誇りを傷つけてきているということを考えながら沖縄に施策を持っていかなくては、私は県民の支持を得ることができないと、このように思うわけでございます。
 特に、最後の日に幹事長が行かれて五百億の名護の振興基金を約束されたというのは、非常に現地におって、私自身、名護の土地におって、名護の皆さんの大きな憤激を買ったことを今肌で感じておる次第であります。
#76
○有村治子君 時間ですので短くいたします。
 貴重なお話を本当にありがとうございます。勉強になります。
 最後、ちょっと関連するんですけど、官房機密費はどのように使われるべきでしょうか。そして、その機密費を使われる方は良心と倫理観と歴史の評価に堪え得る判断をしていただきたいとは思いますが、その官房機密費の使われようというのはどのように国民に説明責任、結果報告がなされるのが健全であり、国民の安全あるいは平和維持に資するとお考えになられますでしょうか。
#77
○参考人(野中廣務君) 官房機密費は機密費でありますから、この席で申し上げるべきことではございません。
#78
○有村治子君 ありがとうございます。
#79
○会長(武見敬三君) それでは次に、堀井巌君。
#80
○堀井巌君 自由民主党、堀井巌でございます。
   〔会長退席、理事岡田直樹君着席〕
 本日は、本当に貴重な機会をありがとうございます。
 私自身も旧自治省で勤務をいたしておりました。また、生まれ年が一九六五年、昭和四十年ということで、野中先生の四十年後に生まれた者でございます。是非とも、今日いろいろ御示唆いただきましたけれども、また質問にお答えいただく形で、この若い駆け出しの議員に対しまして貴重な御示唆を賜りたいと、このように存じております。
 まず、先ほどお話ございましたが、とにかく日本という国を戦争に、再び惨禍に陥らせない、平和を希求していく、このことが私自身も議会人の一人として最大の責務であるということを改めて痛感をいたしました。そういった意味においても、特に国際環境が様々に変化する中で、いかに我々が知恵を絞り、そして戦略を考え、諸外国としっかりと関係を持ちながら平和を希求していくのか、そのためにも、この国会でより一層、与野党を超えて戦略的あるいは建設的な議論を行っていくことが重要だということを改めて痛感した次第でございます。
 そこで、私からは一つだけお伺いをいたしたいと思います。これまでこの議会制民主主義を代表する議員として、あるいは議院内閣制のまさに要としてこれまで御尽力をされてこられました野中先生から見ましたときに、今後、我々議会人に対しまして、そしてまた参議院として良識の府ということを少しでも我々自身で体現をしていかなければならないという議員に対しまして、先生はこれまでどういう点が重要だと心の中で考えながら議会人として活動してこられましたか、あるいは内閣の要として御活躍をされてこられたのか、我々に、次の世代にアドバイスをいただけることがありましたら、是非ともお願いをしたいと存じます。
#81
○参考人(野中廣務君) 私の時代は、昭和二十年の八月十五日に私は高知の野市というところにおりまして戦争の終結を迎えました。あと一週間もあの戦争が続いておったら、私は今日この場所でこうして先生方にお目にかかることはなかったと、こう思いますと、あの戦争の恐ろしさを、またそれで生き長らえさせていただいた私の使命を強く思うものでございまして、生きた人間が多くの犠牲になった人たちのことを思うと、私より二つも三つも若い特攻隊の諸君がもう行きがけの油だけを持って突入していった姿をこの目で見ておりますから、私はそういうのを見ておりますと、あの戦争のむごい状態をもう一度若い皆さん方が思い起こしていただいて、そして勉強し研さんしていただいて、この国が再び戦争の戦火にまみえることのない、そして戦争に負けた国だという、その状態を常に胸に持ちながら隣国や関係国との平和友好の道を歩んでいただきたい、このことを思うわけでございますし、また、政治家としては、地方で困難な仕事に取り組んでおる地方の議会の皆さん、あるいは理事者の皆さん、職員の皆さんの痛みや苦しみをよく国政でしんしゃくしていただいて、地方の悩みや苦しみを是非軽減してやっていただくことをこの際にお願いしておきたいと存じます。
   〔理事岡田直樹君退席、会長着席〕
#82
○堀井巌君 貴重な御提言、誠にありがとうございました。
#83
○会長(武見敬三君) それでは、風間君。
#84
○風間直樹君 野中先生、本当に長時間ありがとうございました。今日、私が最後の質問をさせていただくことになりました。
 今日のお話をお伺いしておりまして、非常に心にしみるお話を多々頂戴いたしました。その中で、一点、外交問題について歴史の事実として野中先生から経緯をつまびらかに伺えればと思うのが尖閣の問題であります。
 私は、選挙区が新潟でございまして、田中角栄先生の生まれた土地の隣に私は生まれたわけでございます。ちょうど民主党政権の最後、野田三次内閣で尖閣の日本政府による取得という問題が出たときに、あの直後に私、外務省で政務官を務めさせていただきました。この尖閣のいわゆる棚上げ問題というのは、外務省でいろいろ内部で聞いてみましても、実際のところ、歴史の事実がどうだったのかということが、私の在任期間が短かったこともありまして、明瞭には私自身は見えてまいりませんでした。
 先ほど先生は、田中総理のときにこの尖閣に関わる棚上げの話が、恐らく先方ででしょうか、出たという趣旨のお話をされましたけれども、その辺の詳細をもしつまびらかに伺うことができれば有り難いと思います。
#85
○参考人(野中廣務君) 私が去年の六月に中国に超党派で訪中をいたしまして、先ほど申し上げましたように、ナンバーファイブの劉雲山常務委員・書記・政治局長にお会いをいたしました。そのときに話をしたことを中国の新聞が大きく取り上げましたので、帰ってまいりましたら、もう日本のマスコミに囲まれて、いきなりその暴言を取り消すかというような質問をしてきた記者もおりました。けれども、私は、自分がこの耳で聞いた田中角栄先生の話をそのまま率直に申し上げただけであって、それ以上の事実を私は確証したわけでも何でもありません。
 ただ、今日は持ってきていないんですが、私は、田中角栄先生にお会いしたのは昭和二十九年、まだ自分の町の町会議員をしておるときでございました。そして、田中先生の友人に紹介されて田中先生にお会いをして、自来、三十二歳で郵政大臣をおやりになりましたときにも自分の町の郵便局の建て替えをお願いをしたり、そういう中から度々お宅を訪問する機会を得て、結果的に、京都で二議席の、前尾、谷垣両先生がお亡くなりになりまして補欠選挙が行われたときに、くしくも谷垣先生の御令息、今法務大臣の谷垣禎一さんと私が、ちょうど京都の副知事を一期で辞めさせていただいた直後でありましたので、亡き前尾先生が後継者を定めずと決めておられた中で、前尾先生の関係者から、是非、前尾先生が京都の府政を転換してくれた野中君に期待をするという話をしておられたからあなたが出ろという話になりまして、当時もう五十七歳でありまして、今更国政に参画するような立場でない私でありましたが、田中先生、さらに、青年団のときから一緒に親しくしていただき、また家内が島根県でございますから、島根県で代用教員をしておられる竹下先生に教わった間柄でもありましたので、そんな関係で青年団のときから非常に、一緒に東上して、交流を深めて親しくお付き合いをいただいてまいりました。
 そういう中で、ちょうどロッキード事件の非常に激しい嵐が吹き荒れておる当時でありましたけれども、私は田中派から立候補をすることにしたのであります。有権者の皆さんからはなぜ田中派だと言われましたけれども、政治の社会に入ってお世話になったのは、田中先生と竹下先生のお二人に指導をいただいたということを私は申し上げて、そして議会政治を続けてきたわけで、私のように学歴も何もない人間が、地方の政治を三十三年間やってきたということのみが大きな知識になっておる、経験になっておる人間が、僅か二十年という国会議員の生活の中で、私には分に過ぎたポストをやらせていただくことができ、十二分の働きを自分もなし終えたと考えて、小泉内閣の第二次が始まったときに、私は、これ以上おっては、日本の国の改革という波の中に大きな間違いを起こしてこの国の土俵が崩れていくと思って、自分が引退表明をして辞めた人間でございますから、何一つ思い残すことはないわけでございますが、しかし、今の中国、韓国との問題は、北朝鮮を含めて、私には、絶対に改善して、そして平和な友好な道を求めていただきたいというのがもう余命余りない私のひたむきなお願いであります。
 そういう意味において、劉雲山常務委員とお会いしたときに、田中先生が国交正常化の後、お帰りになったときに、お宅へ伺ったときに、おい、大変な仕事をしてきたよ、あのときの北京の空は晴れておったし、俺は北京の空晴れて秋気深しという漢詩を詠んだけれども、しかし本当に周恩来、毛沢東という人は立派な人だったと、そういう話をされまして、最初にあの大きな戦争だからどれだけの賠償を要求されるであろうかというのが心配をしておったけれども、毛沢東主席がいきなり、日清戦争のときには三億数千万という膨大な賠償金を取られたけれども、今次のこの戦争において我が国は賠償は要求をしないで放棄しますと、このことを最初に言われたときに、体が震えるほど私は感激をして感謝をした。やっと自分の重荷が下りたという思いをして会談に臨んで、周恩来首相と話をして、最初に日本から共同声明の案を高島条約局長が出したときに、周恩来首相が烈火のごとく怒って高島条約局長に食って掛かって、厳しくお叱りをいただいた。そのことは、その協定の中に親交の厚かった台湾のことが非常に穏やかに書いてあったので、周恩来首相は、そのことを大変高島条約局長にお叱りになったと。けれども、あれは俺と外相である大平君に厳しく言われたんだなといって一緒に行っておった二階堂官房長官と話をしておったんだと。
 その後、会談が円滑に進んで周恩来首相からこれで終わりですねと言われたときに、自分が、まだ一つあると、それは尖閣の問題で、俺のところにいろいろ言うてくるやつがおるんだということを言うたら、周恩来首相が手で制して、その問題はアメリカもフィリピンもみんな目を光らせておりますから、このことをここで話したらもうこの条約はできかねますから、これは先にしましょう、このように言われて、そのとき俺は何か答えようと思ったら、大平というやつはああいうふうにアーウー、アーウー言うているけれども、あれは頭のいいやつだ、やっぱり大学を出たやつは違うなと。瞬発に、いや、それは田中さんが提案したわけではありません、帰ったときに、日本の右翼の人から尖閣をどうしたと言われたときに何も言っていないということを言われては困るから言うただけで、これは先送りをしましょうと、このように提案して、そして双方先送りを決めた。俺も、それで、そのとおりだといって一緒に同意したんだという話をされまして、非常に私は感銘を受けたわけでございますが、そのことを私はかいつまんで申し上げました。
 けれども、外務省は日本固有の領土であるということを正確には譲ろうとしません。ただ、そういう記録は外交記録の中にないんでありまして、これで終わりだなと言うたときに、田中先生が、いや、ところが尖閣の問題がという、そこで交渉の全ては削る、もうなくなったんです。当時一緒に行っておった橋本中国課長あるいは条約課長が全て手記で明らかにしておられますけれども、あとはもう両方が棚上げしようということでその問題を先送りしたと。
 あと、福田内閣のときにトウ小平副首相が来て、国交正常化の後の友好条約の締結の際にやはり同じことが問題になって、これは先の賢い人たちに任せましょう、これは今やってはできないことですから、先の若い人が知恵を出してくれるでしょうと、このように言われて、当時の園田外務大臣も、このようなことが言われたということを国会の議事録で残っておるというのを聞きましたが。
 そういう経過を私は知っておるために申し上げたのでありますが、それが産経新聞では、もうとにかく怪しき生き証人という見出しを付けて、一京都の府会議員の野中廣務に一国の総理田中角栄がなぜそんなことを言うんだという大変厳しい攻撃を受けました。けれども、私は、写真もありますので、いかに長く田中角栄先生の家に行っておったか、あのお嬢さんの眞紀子さんが五歳のときから私は田中邸に出入りしておった人間ですから、そのことを写真で示して、そして産経に抗議を申し入れました。申し入れましたが、産経は頭から謝るんじゃなしに、我々の取材にもっと正確を期すようにという御示唆をいただいて誠にありがとうございましたという、そういう手紙が常務から来たわけでございまして、それを転載した週刊文春は、事実を確認しないでこれを掲載して誠に申し訳ありません、謹んでおわびを申し上げますと私に答えてまいりました。
 我々は、自分の間違ったことを報道されたときには毅然として闘い、かつそれを訂正するために訴訟も必ずやるという、そういうことを私の場合は繰り返し、また新聞社とも私は裁判をやって勝ったこともありますし、メディアの公正を期すために提訴したこともありますし、全て自分が正しいと思うことについて、マスコミが横暴にこれをやったり、あるいは面白おかしくその人たちが取材をしてそして勝手に書いたものについては、私は徹底してやってまいりました。
 一人の政治家として私は、自分が引退する前に幹事長でありましたので、昭和四十四年以来、当時の高木大阪国税局長、後の大蔵事務次官、そして国鉄総裁、この人が当時の大阪の解放同盟の上田卓三君と交わした協定によって、解放同盟が申請した税金は全てこれをその申請どおり受け入れるという、また監査に入るときは同道をするという申合せについて、私は、野党の予算委員会の細川内閣のときに厳しく訴えたし、あらゆるところでこういうことがえせ同和問題にまで発展して、そして差別が新しい差別を呼び、税が公平な課税がされないようになっておるというのを徹底してやってまいりました。
 非常に厳しいまた攻撃も受けましたけれども、私は政治家の信念としてやってまいりましたので、自分が幹事長のときに、自民党、公明党等の皆さんと話合いをして、幹部の皆さんに御理解をいただいて、そしてあの大蔵の協定書はなかったということを国税庁長官から取ることができ、そして解放同盟も、また上杉委員長が私どもがこの問題についてはこういう確認事項はなかったということを了解をしていただき、さらに、特別措置法をこれ以上続けても改善の道がないと考えて、大きく残っておる地域は別として、この特措法は、もう地域改善の法律は今回の法をもって終了するということで私は法律をやめさすことにして、そういう一人の人間の信念を貫いて、そして引退をさせていただいた次第でありますので、是非政治家の皆さんはやはり自分たちが責任を持って処理することの尊さということを感じていただきたいし、私はそのことが間違っていなかったと今も自分で思って、自分が、もう余命少ないけれども、そのことについてなし得たことを誇りに思っておる次第であります。
 お答えになったかどうか分かりませんが、私の心情を申し上げて、御理解をいただきたいと存じます。
#86
○風間直樹君 ありがとうございました。
#87
○会長(武見敬三君) 他に御発言もなければ、以上で参考人に対する質疑を終了いたします。
 野中参考人におかれましては、極めて長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 それでは、本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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