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2014/04/02 第186回国会 参議院 参議院会議録情報 第186回国会 国の統治機構に関する調査会 第2号
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2014/04/02 第186回国会 参議院

参議院会議録情報 第186回国会 国の統治機構に関する調査会 第2号

#1
第186回国会 国の統治機構に関する調査会 第2号
平成二十六年四月二日(水曜日)
   午後一時五分開会
    ─────────────
   委員の異動
 四月一日
    辞任         補欠選任
     江田 五月君     石橋 通宏君
     東   徹君     清水 貴之君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         武見 敬三君
    理 事
                岡田 直樹君
                片山さつき君
                宮沢 洋一君
                風間 直樹君
                谷合 正明君
                井上 義行君
                倉林 明子君
    委 員
                有村 治子君
                井原  巧君
                衛藤 晟一君
                酒井 庸行君
                高階恵美子君
                柘植 芳文君
                堀井  巌君
                石橋 通宏君
                尾立 源幸君
                徳永 エリ君
                森本 真治君
                吉川 沙織君
                杉  久武君
                江口 克彦君
                清水 貴之君
                浜田 和幸君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        宮崎 清隆君
   参考人
       元内閣官房副長
       官
       一般財団法人地
       方自治研究機構
       会長       石原 信雄君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国の統治機構等に関する調査
 (「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
 方」のうち、議院内閣制における内閣の在り方
 (内閣の総合調整機能及び国会との関係))
    ─────────────
#2
○会長(武見敬三君) ただいまから国の統治機構に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、江田五月君及び東徹君が委員を辞任され、その補欠として石橋通宏君及び清水貴之君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(武見敬三君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
 「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「議院内閣制における内閣の在り方」について調査を行うに当たって、本日は前回に引き続き、「内閣の総合調整機能及び国会との関係」について元内閣官房副長官・一般財団法人地方自治研究機構会長石原信雄参考人から意見を聴取いたします。
 この際、参考人に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず石原参考人から二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、石原参考人にお願いをいたします。石原参考人、どうぞ。
#4
○参考人(石原信雄君) 本日は、参考人としてお招きいただきましてありがとうございます。
 私は、竹下内閣から村山内閣まで七代の内閣にお仕えいたしましたが、その当時の状況を申しますと、官房副長官は政務と事務の二人でございました。したがって、国会対応といいましょうか、与党、野党の関係との連絡は主として政務の副長官が行っておりまして、各省間の調整は主として事務の副長官が担当するという形で役割分担が比較的明確になっておったと思っております。
 それから、当時は、御案内のように、いわゆる政府委員制度というのがありまして、国会審議の場でも各省の政府委員、具体的には局長級その他の幹部が政府委員に任命されておりますが、政府委員がかなりの程度国会審議に参画させていただいておりました。
 それから、当時は、御案内のように、衆議院については、いわゆる中選挙区制でありまして、今の小選挙区制と少し変わっておりましたので、与党との法案調整その他が今日とはかなり違っておったように感じます。
 いずれにいたしましても、そういう状況の下で、私は主として各省の事務方の総合調整に当たらせていただきました。御案内のように、我が国の内閣制度はいわゆる議院内閣制でございまして、国会の指名によって選ばれた内閣が行政権をつかさどると、行政権は内閣に帰属すると、内閣総理大臣じゃなくて内閣に帰属すると、ここのところ非常にポイントになっていると思います。そして、この内閣に帰属した行政権は、具体的には内閣を構成する各国務大臣が、それぞれ法律の定めるところによりまして、主任の大臣としてそれぞれの行政事務を分担管理すると、これは内閣法に規定されておるわけでありますが、分担管理原則というものが、メリットもあるしデメリットにもなるという点をはらんでいると思います。すなわち、それぞれの大臣の担当する行政事務については最終的な行政責任はそれぞれの大臣にあるということで責任体制がはっきりしていると、それだけに、それぞれの行政分野について責任を持って対応するという意識が非常に高くなっていると、これはまあプラスの面であると思います。
 しかし、同時にまた、今日の行政は、多くの場合、特定の省庁だけでは収まらない内容を含む場合が多いわけであります。いわゆる省庁間の調整というのが必要な場面が近年ますます増えていると思います。その場合に省庁間の意見が往々にして対立すると、いわゆる縦割りの弊害というんでしょうか、省益優先というんでしょうか、そういった傾向がなきにしもあらずであります。その際は、内閣としての方針に基づいて省庁間の意見を調整する必要が出てくるわけでありますが、第一義的には省庁間の意見の相違はそれぞれの省庁同士でまず話し合って調整をすると、しかし、調整が付かない場合には、内閣が、官邸がその調整に当たるという場面がしばしば生じてまいります。私自身もそういった場面はたくさん経験させていただいております。
 省庁間調整で特に苦慮した例としては、たくさんあるんですけれども、代表的な例を申しますと、一つは、海部内閣当時、日米構造協議というものが行われました。これは、当時、我が国の対米輸出が非常に盛んでありまして、日米間の貿易インバランスが、極めて日本側の輸出超過になっているということで、アメリカ国内、特にアメリカ議会においてこれに対する一種の危機感というものがあり、その大きな貿易インバランスというのは日本の市場の閉鎖性が原因ではないかというのがアメリカ議会の関係者の言い分でありました。それに対して、我が方は、当時の我が国の産業の競争力が勝っているから、その結果として日本側の輸出超過になっているんだと。ですから、この問題を解決するんであれば、まずアメリカ側が生産性を高めるための努力をすべきだと主張しましたが、アメリカ側は、いや、それは日本側の市場の閉鎖性が主たる原因なんだと、だから、その市場の構造を直さなければこれは改善されないという認識でありまして、まあ大変激しい議論がありました。
 当時、ブッシュ大統領の時代でしたけれども、ブッシュ大統領から海部総理に対して、もう直接、日米間の将来を考えて何としてもこのインバランスを改善するための協議を成立させたいということで、具体的には、アメリカ側が日本側に対して六項目の市場構造の改善を要求してまいりました。我が方はアメリカ側に対して七項目の改善努力を指摘いたしまして、その議論をしたわけですが、途中では、主として当時の我が国の商慣行とか国内のもろもろのしきたり全体を根っこから見直すようにというふうな要求でありましたので、大変これは難航し、各省庁とも初めは強い拒絶反応を示したわけですが、やはり日米間の将来を考えて何としても合意点を見出さなきゃいけないということで、初めは各省それぞれ、あるいはそれぞれの交渉担当官に任せておったんですが、全体として官邸が調整に乗り出す必要があるということで、最終的には官邸主導の下に最終的な合意にこぎ着けたわけであります。もちろん、その間、これは単に事務ベースだけではありませんで、議会側との調整も並行して行われたところであります。
 それから、もう一つの例は、これは村山内閣のときに地方分権の推進に関する大綱方針というものを閣議決定したわけです。この内容は、我が国の政治体制というんでしょうか、国、地方の行政の在り方を根本的に変えると。具体的に言いますと、機関委任事務制度を全面的に改めるという内容を含んだ大綱方針を決めたわけですが、その決定に至る過程では、各省庁とも、それまでありました機関委任事務制度を変えるということは、国政運営上、重大な支障が起こるんではないかということでこぞって反対でありまして、なかなか閣議に案件を提出できない状況が続きました。これに対して、内閣として事務的な調整が付かないものですから、閣議の場で自治大臣から、内閣としての大きな方針が決まっているのになぜ案件が上がってこないんだという御指摘があり、それを受けて私は、当時は総務庁が主管でありましたけれども、なかなか案件が上がってこないということで、各省の事務次官を督励して閣議決定に持ち込んだという経験がございます。
 ほかにもたくさんケースはあったんですけれども、いずれにいたしましても、内閣としてどうしてもまとめなきゃいけない案件につきましては、個々の省庁の立場を超えて協力してもらわないかぬということがしばしば生じたところであります。そしてまた、大きな案件になりますと、どうしてもこれは、省庁の事務ベースだけではなくて、それぞれ関係の深い国会筋の御理解もいただかなければ結論が出せないという場面が多かったように思っております。
 それから、内閣自身と与党との間で意見が合わないために苦慮したケースもございます。
 例えば、海部内閣の当時ですが、いわゆる湾岸戦争の際に、各国は、御承知のように、イラクのクウェートに対する侵略に対抗するために国際平和協力部隊というものをつくったわけです。それに対して、我が国は憲法の制約がありますから自衛隊を直接参加させることはできないということで、我が国は当時は、経済制裁なり財政協力あるいは物資協力はいたしましたけれども、人的貢献は控えておったわけであります。しかし、国際社会の要請もあり、何らかの人的貢献が要るんではないかということで、そのための法整備を行うということになったんですが、しかし、その国際平和協力活動に従事する人員につきまして、やはり詰めていきますと、組織的に協力できるのは自衛隊しかない、自衛隊を使うしかないという結論になりまして、しかし、当時、内閣としては、特に海部総理としては、自衛隊を海外に使うということは何としても避けたいというお考えが強く、また当時、与党側は、そういっても現実問題として自衛隊を使う以外に方法はないじゃないかということで、大いに議論がこれは分かれたんでありますが、最終的には、自衛隊を国際平和協力隊の隊員として身分を併任すると、自衛隊そのものではなくて、任務を併任するというふうな形で参加させるということで法律案をまとめた経験がございます。このときは与党と内閣の意見が違いまして、その調整に大変苦慮したということを思い起こしております。
 それから、内閣と各省との調整でもう一つ大きな問題は、各省の幹部人事の在り方であります。
 御案内のように、現在は、国家公務員法の規定によりまして、各省庁の職員は幹部を含めて全てそれぞれの大臣が任命権を持っております。これに対して内閣がどう関わるかということでありますが、国家公務員法以前は、各省の幹部人事は閣議で決定してそれを上奏するという仕組みになっておりました。それを、国家公務員法によって各省の大臣が人事権を持つと、任命権を持つということに変わったんですが、その際に、やはり内閣として各省の幹部人事については一定の関わりを持つ必要があるということで、私が在職中は、あらかじめ発令する前に内閣に相談していただきまして、いわゆる閣議了解という形で進めるということをやっておりました。その後、内閣の関わりを強める動きがありまして、現在では御案内のように閣議承認という形になっております。
 今回、本日、参議院にも付託されたそうでありますが、国家公務員法の改正によりまして、各省の幹部人事については内閣が大きく関わるように改正されるようであります。すなわち、内閣総理大臣による幹部職員の適格性審査というものを前提にして、候補者名簿を内閣が作成すると、そして、その内閣が作成した候補者名簿の中から各省大臣は幹部の任命を行うと、その際、内閣と協議するということで、従来に比べて格段に内閣の関与が強まる改正内容になっていると思います。
 私は、このような改正について、いろいろ各省庁それぞれに意見があるんだと思いますけれども、私自身は、やはり幹部人事について内閣の関与を強めるということは、これは内閣機能の強化の面からも必要なことではないかと、このように考えております。
 以上、私が在職した当時の経験を踏まえまして、まず意見を申し上げさせていただきます。
#5
○会長(武見敬三君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
 質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いをいたします。
 なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十五分以内となるように御協力をお願いをいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手を願います。
 宮沢洋一君。
#6
○宮沢洋一君 自民党の宮沢洋一でございます。
 今日は、尊敬すべき石原参考人に質問をさせていただく機会いただきましたこと、誠にありがとうございます。もう官邸で御一緒したのが二十年以上前でございますし、役人の先輩としていろんな御指導を受けてまいりました。
 その中で、幾つか質問したいわけでございますが、まず、最後に内閣人事局についてのお話がございました。私も自民党の行革本部でずっと公務員制度改革をやってきておりまして、ともかく国家のために働く、各省のために働く役人ではなくて、国家のために働く役人がどうしても必要だろうと。何か起こったときに必要な人材を内閣に集めるのではなくて、やはりそれなりの目配りを内閣がして、本当に仕事量が多過ぎて人が足りない役所には人を派遣するぐらいのこともどんどんやっていくためには内閣人事局をつくるべきだと思っておりまして、ちょうど国家公務員基本法の改正で書かせていただきましたけれども、当時の松井民主党の参議院議員と最後議員修正を大幅にやって作り上げました。
 それで、実は、内閣人事局というのはある意味で使い方が大変難しいと思うんです。やはりそういった意味で国家のための人材をどう役立てていくかということもありますし、一方で、政治家におもねるような役人ばかりが出世するというわけにはいかないわけでありまして、その辺の政治と官の距離というものをどう取っていくのか。逆に言えば、内閣が交代したときにでも、そんなに大幅に人が替わらないというようなことにしておかないと、国家の行政機能としては大変なことになると思っておりまして、その辺の、人事局に絡む政と官の距離感といったものについてどうお考えか、まず聞かせていただけますでしょうか。
#7
○参考人(石原信雄君) 政と官の関係、特に今回は、内閣人事局ができまして、そこで従来以上に内閣が深く関わるということに改正されるようでありますけれども、私は、各省の職員はもちろん国家国民のために全体の奉仕者として全力を尽くしてもらうわけで、それぞれの省庁に属しておりますけれども、基本は国民に奉仕するということでありますから、そこは一致しているはずですけれども、やはり、しかし具体の話になりますと、それぞれの担当する省庁の考え方でいく、これはある程度必要なことですが、ただ、しかし、物によっては省庁の枠を超えて時の政権の示す方向に協力してもらわなきゃいけないことであろうと思います。
 そういう意味で、今回、内閣が幹部人事について大きく関わるというのは私は必要なことだと思います。ただ、私自身が長い間公務員生活を続けた経験からいたしますと、組織を束ねる、多くの職員を束ねていくという、そういう管理能力というんでしょうか、これは長い間その人物を見ていないとなかなか分からないと思うんです。ですから、内閣は交代が常にあり得るわけですから、交代した内閣がどこまでそれぞれの省庁の幹部の素質というのを、資質というものを把握できるかということが私はある意味では心配な面でもあります。
 したがって、私は、基本的には内閣人事局が資格審査をし、資質審査をして候補者名簿を作るとしても、その名簿を作る原案の作成過程ではやっぱりそれぞれの省庁の意見をよく聞いていただく必要があると思います。いわゆる思い付きで人事をされるということになると、適材でない人が選ばれる可能性も出てくる心配がありますし、また、何よりも各省庁の職員が安心して職務に精励できるという状況が損なわれる危険がありますから、私は、基本的には職員の資質については長くその職員を見てきたところの意見をまずベースにしていただきたいと。しかし、同時にまた、特に幹部ともなれば、そのときの政権の目指す政策に協力していただく必要がありますから、物の考え方、進め方について違った人では困るわけです。そういう意味では、新しい政権に常に協力していただくということが大切ではないかと思います。
 一番心配なのは、政権交代があった場合に、幹部が前の政権に協力したがゆえに更迭されるということになると、常に不安におびえることになります。戦前の政党政治の頃、そういうことがあったと言われておるんですけれども、やはり公務員は本来は中立でありますし、国民の全体の奉仕者として全力を尽くしているわけですから、あくまでもそれぞれの能力、資質というものを基本にした人事管理をやっていただく必要があると思います。
 しかし、同時にまた、幹部になればなるほどそのときの政権の政策目標というものを理解し、これに協力していただくということは必要であろうかと思います。
#8
○宮沢洋一君 長く行政にいられて、各省にわたって、幹部について、それなりに各省の幹部の能力を把握している人というのは、今の政府に何人ぐらいいらっしゃると思いますか。
#9
○参考人(石原信雄君) これはどこまで個別に、個々の人物の特性というか能力というか、それを把握できるかというのは、これは私も人数で何人とは言えませんけれども、ただ、今後、人事関係の担当は事務の副長官になるのか政務になるのか知りませんが、やはりある程度知っている人がいないと非常に不安になってしまうと思うんですね。
 私は、まあ、幸か不幸か長く官邸におったものですから、各省の幹部になる人というのは課長ぐらいから付き合っていたんで、大体誰がどういう考えであり、どういう能力があるかというのを見てまいりましたけれども、今後、こういう制度的に官邸が幹部人事を管理するとなると、その各省の幹部の本当に資質を十分知った人間が関わらないと、替わった人、ちょっと来た人がまたそのときの思い付きで人事をやるとなると、これは非常に弊害が起こると思うんですね。
 そういう意味で、今回、何か六百人ですか、対象にするのが。しかし、その場合でも、本当に各省の最高幹部になる人というのは数が限られておりますから、やっぱり官邸が直接把握できる人数というのは各省庁の数の二倍か三倍かぐらいじゃないんでしょうかね。本人が、責任者がどれだけ各省の幹部諸君と接触しているかということも関係があると思います。
#10
○宮沢洋一君 ありがとうございました。
 それでは、次の質問に移らせていただきますけれども、二〇〇一年に行政が大幅に変わって今の体制になったわけですけれども、まあ、橋本内閣でいろいろ議論した。恐らく石原参考人もその議論に深く関わった部分がおありだったと思うんですが、内閣機能の強化ということが一番の目標として新しい体制で発足しましたけれども、それから十三年たちますと、我々の政権のかつての政権の時代、また民主党政権の時代合わせて肥大化に次ぐ肥大化をしているわけであります。最初にできたときでも、それはその内閣府の中で誰が何やっているか、いま一つ分からない部分がありましたけれども、その後は、もう誰がどこに何やっているのか、併任に次ぐ併任があって、会議に次ぐ会議があって、大変肥大化してきた。
 これ何とか整理しなきゃいけないということで、これから作業を始めようと思っておりますけれども、大変深い経験を持たれている参考人としては、何か、どういう観点からどう切り込んでいったらいいか、いろんなアドバイスをいただければ有り難いと思います。
#11
○参考人(石原信雄君) 内閣府の現在の状況については、私もかつて官邸におった人間として見ているんですが、率直な感想は非常に肥大化し過ぎていると。それぞれ理由があってそうなったんでしょうけれども。ただ、その時々の状況に応じて一定の組織をつくる、省庁横断的な組織をつくるというのはこれは必要だと思うんですが、ただ、その問題がほとんどもう山場を越してもその組織そのままが、そのままになっているというケースが多いんじゃないかと思うんですね。だからやたらに増えちゃうんで。やはり問題が起こった場合には、その問題解決のために集中的に各省の力を結集する意味で内閣府に一定の組織をつくるということは必要ですが、できればそれは二年か三年の時限的なものにして、それで、一定の期間が過ぎたら自動的にそれは消滅すると、そこの要員は元に戻るという、そういうふうにすることがいいんじゃないかと思います。やはりああいう総合調整機関というのは、望ましい形であれば、意思決定者というのは少ない方が早く結論が出ますから、余り数が多くなるというのはやっぱり決定を遅らせる原因になるんじゃないかと思う。
 そういう意味で、率直な感想としては、今の内閣府はちょっと肥大化し過ぎていると、だから機能をもう一回見直して整理されたらいいんじゃないかというのが感想です。今責任者ではありませんので、ちょっと無責任なことは申し上げられないんですけれども。
#12
○宮沢洋一君 ありがとうございました。
 最後の質問になりますけれども、民主党政権の三年三か月というのは、ある意味で、我々は今政権に就いて、統治機能といった意味で反面教師として実はやっている部分があります。例えば、鳩山内閣のときは大混乱でありましたし、そして菅内閣になって、仙谷官房長官というのは結構よくやられていたと思うんですけれども、かなり空回りをされてしまった。野田内閣になってかなり良くなったなと思っていましたけれども、社会保障と税の関係等々で主にもめた。
 この民主党政権の三年間の印象といったものを伺いたいんですけれども、私なりに整理してみますと、例えば、最初は最低でも県外というようなことで、ある意味じゃ役所の組織と全然違うことが独り歩きしてしまうといったような問題があったし、また政務三役会議というものがあって、省庁によっては全く官の方に情報が来ないというようなこともあったり、また大臣によっては幹部の訪問先を全部報告させるというようなことがあったりということで、大変官が萎縮してしまったんだろうと思っているんです。
 それからまた、先ほどの社会保障と税の一体改革について言えば、決まったはずなのが決まらないということが三回ぐらいあって、私もあの三党協議、参加をしておりましたけれども、結構大変な目に遭いましたけれども。
 その辺、ある意味では恐らく部外者としてこの状況を見ながらいろんなことを思われたと思うんですけれども、感想を一言だけ、簡単で結構でございますので、お願いいたします。
#13
○参考人(石原信雄君) 私は政治家ではありませんから、政権の対応の問題について批判する立場にありませんけれども、ただ、内閣機能の発揮の仕方というか発揮の在り方として申し上げますと、事務次官会議で省庁間の意見調整をするというのは非常に貴重な場であったわけですが、これを廃止するということは非常に行政全体の円滑な推進のためにいかがなものだったかという率直に感想を持っております。
 それからもう一つは、私の時代は、事務方の省庁間の調整は各省の事務次官、それと事務の副長官というレベルで最終的にはできるだけ調整して、その調整した結果について政治の判断を仰ぐという形が多かったと思うんですけれども、いわゆる政務三役が省庁間調整を担当して、事務方はここから排除されるという形は、外から見ておりまして、やはり非常に時間が掛かるし、結局うまく調整ができていなかったんじゃないかという感想を持っています。期間が短かったから、まだ評価をするには時間が短過ぎるんでしょうけれども、そういう感想を持っております。
#14
○宮沢洋一君 どうもありがとうございました。終わります。
#15
○会長(武見敬三君) それでは次に、風間直樹君。
#16
○風間直樹君 民主党の風間です。
 今日はありがとうございます。
 石原参考人のインタビューをまとめた本を読ませていただきました。九七年十月に初版が発行されております「首相官邸の決断」という、御厨貴教授と渡邉昭夫教授がインタビュアーをお務めになったようであります。この中で石原参考人は、内閣総理大臣の権限が法律上思ったより弱いというふうにおっしゃっています。この本の二百十八ページにそういったインタビューが出てまいりますが、私も全く参考人の御認識と同感でありまして、この総理の権限が法律上弱い、じゃ、どの法律上弱いのか、どの法律にそういった根拠があるのかを調べていきますと、いわゆる三大基本法に行き当たると私は感じております。
 一つは憲法、憲法の七十二条、それから内閣法の六条と七条、そして平成十一年に定められた内閣府設置法、この三大基本法がまさに我が国の総理の権限を縛りに縛りに、がんじがらめに縛っているまさに根拠法だと私は思っております。
 今日は、まずこの点について参考人と質疑をさせていただきたいと思います。
 当調査会は、御案内のとおり、統治機構の在り方を審議をするわけでありますが、今年のテーマとして内閣機能の強化を議題としております。五月の連休明けまでにこのテーマに基づいて、いかにして内閣の機能を強化すべきかということを話すわけですが、とりわけ最大のテーマは、私は、総理大臣の権限をいかに強化をして、そのリーダーシップを充実させるかだと思っています。当然、総理のリーダーシップを充実させれば、その行政府の強大化した力をチェックする今度は国会の行政に対する行政監視の権限、チェックの権限、これも拡充が必要でありますので、このテーマはまた次回の、恐らく来年度のテーマになるのではないかと私は感じているところです。
 先ほど挙げましたいわゆる三大基本法に戻りますが、参考人御承知のように、憲法第七十二条の条文では総理大臣の権限を定めております。「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、」、ここからが問題ですが、「並びに行政各部を指揮監督する。」と、このように規定をされています。よく国会で問題になりますのは、この最後の「並びに行政各部を指揮監督する。」というところに「内閣を代表して」という文言が係ってくるのかこないのか、これがよく国会では問われるところであります。
 同じことが内閣法の六条、七条でも問われるわけでありまして、いずれも総理が何かをするときに閣議にかけて総理はすると、こういう規定をしているわけであります。例えば内閣法の七条ですと、主任の大臣の間における権限の疑義は、総理が閣議にかけて裁定すると、こういう文言になっておりますし、六条でもそういった規定がなされております。
 まず、最初のお尋ねですが、私は、やはり総理の権限をいい意味で解き放つには、この閣議というものの制約をある程度緩める、あるいは外す必要があるのではないかと感じています。これは理由がありまして、閣議というものは、今お話しした内閣法の六条、七条等には、総理のこの行政各部に対する指導を言ってみれば縛るという意味で出てきますが、実は、憲法上、この閣議ということは何ら規定をされていません。ですので、この内閣法の六条ないし七条を改正することによって、私は総理大臣の権限をいい意味で非常に強化できるのではないかと感じるんですけれども、この点について参考人の御所見を伺いたいと思います。
#17
○参考人(石原信雄君) 現実問題として、総理大臣は内閣を代表するわけですし、それから閣僚は内閣が任命し罷免することもできるという権限が与えられているんですが、しかし同時に、今御指摘のように、憲法上、行政権は内閣に帰属すると、内閣総理大臣ではなくて合議制である内閣に帰属するという大前提があるわけですね。
 そのことがベースになっておりまして、総理大臣が閣僚、各主任の大臣を指揮監督する場合に、自分で任命した大臣であり、それぞれに一定の役割を、分担を決めて、何大臣を担当しなさいということを総理大臣が決めるわけですから。そういう権限を持っている総理大臣がその主任の大臣の行政執行について指揮監督できるんじゃないかという議論がもちろんあるわけです。実態的には、私はその必要性はあると思うんですが。
 ところが、この憲法六十五条の行政権は内閣にあるというその規定は、総理大臣ではないんだよと、合議制の内閣にあるんだというところから、それから、行政権は閣議で、閣議が行うというんですね。行政の権限というのは、行政権の執行は、内閣の権限は閣議が行うと、総理大臣って書いてないんですね。そういうことがありまして、これは私も法制局と随分議論したことがあるんですけれども、総理大臣の各大臣に対する指揮監督権というのが常に閣議の決定を経てということが関わっていると。閣議は全員一致ですから、そうすると、その指揮を受ける大臣が不満であれば閣議で方針が決まらないわけですね。そうすると指揮監督できないじゃないかと、こういうことを議論したことがあるんですが、それはそうかもしらぬけど、憲法上そうなっているんだからこれはやむを得ないんだというのは法制局の見解でした。
 したがって、そういう意味で、憲法並びに今の内閣法の規定によれば、総理大臣の指導権というのは、常に閣議という合議制の閣議の枠の中でしかこれは行使できないということになっておるんです。しかし、私の経験というか、あれは、実際は、そういう建前論はともかくとして、総理大臣の考え方、国政を預かっている内閣の代表としての総理大臣の考え方というのは、形式的な閣議決定というのを経なくても、それぞれの大臣がそれを踏まえて実行するということが常にあり得るわけです。ですから、法的、手続上の権限が制約があるということは事実なんですけれども、実際の政権運営においてそれがどこまで障害になっているかというと、私は、内容にもよるんですけれども、総理大臣の考えというのは実態的には各国務大臣がこれを理解して実行に移すというケースが多いんじゃないかと思います。
 ただ、内閣法のこの閣議の議を経て指揮監督するとか、いろいろ閣議という枠をはめているのは、法制局の見解では憲法の六十五条のところからきているんだということでありますので、これは法制的には大いに議論していただく必要があると思います。
#18
○風間直樹君 ありがとうございます。
 今参考人おっしゃった法制局とのやり取りなんですが、先ほど御紹介したインタビューにも出てまいりまして、大変興味深く拝見をしました。二百二十四ページに、しかし、ここの部分は内閣法制局が非常に固いんです、総理大臣の権限をそんなに強くするのは憲法違反だというんですと、こういうインタビューが出てまいります。
 私、今日拝見して思い出したんですが、この調査会の初回に参考人として成田憲彦さんをお招きしました。このときにも同様のお尋ねを私したんですけれども、そのときの成田さんのお答えが非常に興味深いものでありまして、戦後、日本国憲法ができたときに、その後、恐らく時を経ずして内閣法の改正をやったと思うんですが、当時のこの内閣法の改正に携わった人たちが、官僚の人たちがその原案をGHQに持っていったそうなんですね。そのときにGHQの担当者が言ったのは、我々が憲法七十二条で想定したものとこの内閣法の規定は違うと。つまり、閣議でこれだけ総理を縛るということはGHQとしては考えていなかったと、こういうコメントをされたということを成田参考人はおっしゃっていまして、非常に関心を持ちました。
 このテーマは、武見会長に御提案ですが、五月の最終のこの調査会で議員間討議をします際に、是非、総理の権限の強化の一環としてこの問題をどう考えるか、また議論させていただきたいと思いますので、よろしくお取り計らいをお願いします。
 続きまして、参考人の御著書を拝見していまして、大体出版された年次が一九九七年前後かと思います。私が拝見したものはその頃のものが多くございました。
 実は、先ほど申しました内閣府設置法というものが一九九九年ですから、その少し後にできておりまして、御著書の中でいろいろと指摘をされている、いわゆる総務省の機能というものをもう少し大きくしたらどうかというような御見識、御指摘が内閣府設置によって幾分か実現したのかなと、このように推察をしたところであります。
 ただ、内閣府設置法を詳細に読んでまいりますと、当初、これ橋本行革のときだったと思いますが、総理の権限をバックアップする、強化する一環として内閣府という組織を設置したものの、実際この条文を見てみますと、総理の権限強化というよりもむしろ官房長官の権限を強化したことになったのではないかと私は感じております。
 そこでお尋ねですが、幾つもの御著書で必要性を指摘されていらっしゃいましたこの総理大臣の権限強化について、内閣府設置法がもたらした意味あるいは意義についての御所見を伺いたいと思います。
#19
○会長(武見敬三君) ただいま風間君から提案がありました件に関しては、後刻理事会で協議をさせていただきたいと思います。
 それでは、石原参考人、どうぞ。
#20
○参考人(石原信雄君) 今の内閣府が設置されたのは橋本行革のとき、省庁再編成の過程でああいうものができたわけですけれども、やはりああいう各省横断的な総合調整機能を主として担当する組織をつくったというのは、それまでは、何というか、官房長官なり官房副長官なり、そういったところの判断で総合調整をやっておったのをもう少し制度的に担保しようという意味合いがあったと思います。
 ただ、私は、そういう組織をつくってそれだけでうまくいくのかなという気はしておりましたが、最近の例を見ますと、率直に言いまして、内閣府というものができたんですけれども、じゃ、総理なり官房長官なり官房副長官なりが実際に動いて調整しなきゃいけない場面というのは余り減っていないんじゃないかと。ということは、やっぱり今の内閣府の規定の仕方、調整の在り方について、今実態との関係どうなのかなという疑問は持っておりますけれども、ただ、私はもう現役でありませんので、この点については。少なくとも、ああいう制度、ああいう組織をつくったというのは、官房長官なり官房副長官なりがそれぞれの人的な努力で調整したものを組織的に制度的にある程度バックアップしようという意味があったのではないかと理解しております。
#21
○風間直樹君 ありがとうございます。時間になりましたので、以上で終わります。
#22
○会長(武見敬三君) それでは、谷合正明君。
#23
○谷合正明君 公明党の谷合です。
 今日は、石原参考人におかれましては、大変貴重な御意見を賜りましてありがとうございます。
 私の方からは、まず、閣議並びに閣僚懇談会、この議事録がこの四月一日から作成、公表されるということについてお尋ねしたいと思います。
 私も、閣議、中に入ったことはございませんので、どういう議論をされているのかというのは全く分からないわけでありますが、この議事録がこれまで作成されてこなかったと、明治の内閣制度が発足されて以来、作成されてこなかったわけでありますが、今回の決定につきましては、内閣の最高の意思決定の場である閣議の透明性の向上であるとか、あるいは情報公開、そして内閣の意思決定過程の国民への説明責任というような観点で、私は、また私ども会派といたしましては画期的なことだと評価をしております。
 そこで、まず、この度の閣議並びに閣僚懇談会の議事録作成、公表の決定についてどのように評価をなされていらっしゃるのかという点と、あと、参考人は、先ほど風間委員からも御紹介があった御厨先生とのインタビュー記事の本の中にも閣議の中身について触れられている部分がございました。
 それを引用いたしますと、閣議の中で問題があった場合には、官房長官は各閣僚に対して、この場限りにして外に出さないようにと言う場合があると。それはそのとき限りの、それぞれの閣僚なり総理の記憶、私たちの記憶、非常に重要な問題は私はよく覚えていますけれども、記録として残すことはしないと、各省を拘束するようなものは案件としてちゃんと残りますからというような一文がありました。
 そこで、この度公開されるに当たって、情報公開という観点でまだ課題となるようなものがあるのかと、この点についてお伺いしたいと思います。
#24
○参考人(石原信雄君) 私が在職中も、閣議の議事録というものを作っていないのかというお尋ねを受けたことは何回かあります。しかし、伝統的にこれは議事録は作っていないということを申し上げてきたんですが、ただ、誤解があってはいけませんけれども、閣議で審議されて答えを出したもの、結論を出したものは全て記録が残っております、政令にしても法律案にしても、それとか条約にしても。要するに、閣議で、閣議としての意思決定になったものは全て記録としては残っております。
 問題は、閣議の過程で閣僚の発言、どういう発言があったかということですけれども、今引用されたように、これまでは閣議の模様は官房長官が閣議後の記者会見で発表しております。その際に、官房長官の判断で閣議の発言の中で記者会見で述べた方がいいと思うものは述べていると、必要なものは述べていると、しかしそれ以外のことは控えているということ、取捨選択を官房長官の判断でやってきたというのが実態であります。
 しからば、今回、政府は閣議の議事録を作成して公表するという方針に踏み切られたようでありますけれども、それは確かに、情報公開といいましょうか、閣議の場でどういう議論が行われているかということを国民が知るということは大変それなりの意義があることであろうと思います。
 ただ、私の経験から申しますと、公表されるという前提になりますと、閣僚の発言がかなり限定されるんじゃないかと。というのは、従来の閣議では公表されないということがあったものですから、比較的フリーというんですか、国政万般についていろんな発言がありました。しかし、その中には官房長官が発表するものもあるし、しないものもあると。そういう意味で、官房長官が政府全体の立場で取捨選択して発表しておったわけですけれども、今後公表されるということになると、全ての閣僚が自分の発言が公表されるという前提で発言するようになるという、そういう意味での閣議の雰囲気というか模様は変わってくるのではないかなというふうに思います。
#25
○谷合正明君 率直な御意見、ありがとうございます。
 むしろ、閣議に至るまでのこのプロセスを今後どう、知る権利との関係でどこまで情報公開できるかということだと思うんですが、まず第一回目がスタートすると。第一回目のその閣議の議事録の公表は、今回の防衛装備品の移転三原則というのがまず第一号として公表されるということでございますので、今後とも、我々としてもこの公表について、この在り方については更により良いものとなるように検討してまいりたいと思います。
 次の質問ですけれども、非常時、例えば震災等の非常時における内閣の機能について質問をさせていただきたいと思います。
 参考人は、村山内閣のときに阪神・淡路大震災を経験されております。当時の危機管理体制を振り返っておられまして、特に情報管理体制、情報伝達体制が弱かったというふうに指摘をされております。
 三年前、東日本大震災また原子力発電事故がございました。このときも、初動が不十分ではないのか、時の総理の個人プレーが目立ったというような御指摘も参考人からあったように伺っております。そして、そうしたことを踏まえて、最近、政府に強い権限を与える国家緊急権の創設を求める意見もあります。
 一方で、総理大臣が命令を出して速やかな復旧を図るというのは今ある法律でもほとんど可能である、ですから別に新しい法律を作らなくてもいいんじゃないかという議論もあるんですね。
 今後、南海トラフ、首都直下型地震が想定される中で、我々としては、この非常事態において十分機能する内閣というのをつくっていかなきゃいけないんだと思いますが、東日本大震災のときに参考人はどのようにこの内閣の機能を見ていらっしゃったのかと。不十分であったとすれば、それは憲法に問題があったのか、法律に問題があったのか、あるいは運用に問題があったのか、あるいは属人的な問題だったのかと、そのような論点があろうかと思いますが、御意見を賜りたいと思います。
#26
○参考人(石原信雄君) まず、大災害の発生等の非常事態に備えて内閣はどう対応するかということですが、私は阪神大震災を経験したわけですけれども、それまでも伊勢湾台風だとか、災害は常に起こっております。災害のたびに、それを参考にしながらいろいろな特別立法を含めて立法が行われておりますが、それでも新しい事態になるとやはり足りないということで、更に立法措置を講ずるということがあります。
 私は、どんなに考えてやっても、大きな災害への対応もその都度変わってきますから、どんなに考えてもあらかじめ準備した法律で万全ということはなかなかないんじゃないかと。そうすると、一応の想定された事態に対する対策はつくっておく必要がありますが、それを超える問題が起こるということを常に考えておかないかぬ。そのときはどうするかということですが、私は、その場合は、内閣の最高責任者である総理大臣あるいは内閣に当面の対応を認めて、それを後で追認するということが必要になってくるんじゃないかというふうに思います。
 阪神大震災のときも、情報伝達の問題について申しますと、実は当時も、伊勢湾台風のときの状況など参考にしながら防災無線というものを準備しておったんですが、その防災無線が地震で倒れちゃったわけですね、兵庫の。そのために震災発生直後、情報が内閣に入ってこないわけです。それで、後で警察電話なり消防の電話なりでだんだん全貌が分かってきたんですけれども。今、情報伝達手段もかなり機能的にいいものができているそうですけれども、やはり状況把握を正確に行う、なるべく早く把握する体制を整備するというのが一番基本だと思います。
 それから、その後の内閣の対応ですけれども、私は、阪神大震災のときと今回の東日本大震災と両方見て、やはり緊急体制をつくるときは総理大臣を中心に極めて小人数の人で意思決定できるような仕組みが必要ではないかと。大勢の人が集まって議論するというと、どうしても結論が遅れます。
 それから、責任体制を明確にすると。どういう分野については誰が最高責任者になるかということを明確にしておくということが大切なんではないかなという感じを持ちました。
 特に、今回は、東日本大震災では、原子力発電所の災害について、外から見ていますと、最終責任者が総理なのか特命大臣なのか経済産業大臣なのか、そこのところがちょっと曖昧だったような気がいたします。ああいう大災害のときには案件ごとに責任者をはっきり初めから決めておくと、それを内閣全体がその責任者をバックアップするということが必要なんではないかなと思います。
#27
○谷合正明君 ありがとうございます。
 そうした非常時に十分に機能する統治機構というのをつくっていかなきゃならないということだと思いますが、非常時に適切に対応するためには、つまり、通常時においても統治機構が円滑に機能するように仕組んでいかなきゃならないんだと思っております。
 これは、私も前回の調査会でも訴えたところではありますが、強い内閣をつくっていくと同時に国会の方も機能を強化していかなきゃならないんだろうと。強い内閣と強い国会を同時に目指すべきではないかと。
 そこで、これはこの調査会の来週のテーマにもなるんですが、二院制において参議院の役割というのは常にいわゆる監視機能だとよく言われております。この参議院の行政監視機能の強化というのがこれからもますます重要になってくるんだと思います。
 そもそも、この国の統治機構を考える調査会自体が衆議院にはなくて参議院にあるということだと思っておりまして、参考人が実際に長くこの政権の中で歴代の内閣を支えてこられたときに、この参議院の役割ということについて、何か御所見なり具体的な御提案みたいなことがあれば御教示いただきたいと思っております。
#28
○参考人(石原信雄君) 衆議院と参議院の役割分担あるいは機能というか、それはどうなのかとしょっちゅう議論されるのを聞いております。私も、まあ政府の中におったものですから関心がありますが、現状では、やはり法律については全く、特別な法律以外は衆議院、参議院対等ですし、ですから衆参の連携がうまくいかないと国政がうまくいかないという面がしばしばありますから、そういう意味で、やっぱり内閣が機能しやすくするためには衆議院と参議院の連携というものがうまくいくということが大切ではないかなという気がいたします。
 直接、参議院がどうあるべきかということを、私はまあ申し上げる立場にはありませんけれども。
#29
○谷合正明君 時間になりましたので、これで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
#30
○会長(武見敬三君) それでは次に、江口克彦君。
#31
○江口克彦君 みんなの党の江口克彦です。
 先生とは、もう十数年前になると思いますけれども、ある経済団体で私が講演したときにわざわざ聞きに来ていただいて、その後いろいろと親しくお話しいただいたと。改めてお礼を申し上げたいと思いますし、それと、今日も非常にお元気で御出席いただいているのは、大変私うれしい限りだと思っております。
 そこで、ちょっと幾つかお教えいただきたいということでお尋ねしたいんですけれども、なぜ、各省庁ですけれども、その出先機関は、出先機関ございますよね、運輸局だとか財務局だとか、各、それぞれありますね、それが、都道府県単位ではなくて広域ブロック単位になっているわけですよ。近畿財務局はありますよね、だけれども大阪財務局なんてないわけですよね。それから、東北経済産業局はありますけれども、宮城経済産業局なんていうのはないわけですよね。これはまあ、もう全てのそういうブロック制に各省庁の出先機関はなっているんですけれども、このことは、既に都道府県の区域を超える行政需要が行政単位じゃないとやっていけないというふうに、官僚の方がそういうふうに考えてそういうブロック制を取っておられるのではないだろうかというふうに思いますし、それに対応するための何らかの体制が必要であるということでそういう体制を取っておられるということも考えられるわけですね。
 そういうことを考えると、その意味しているところ、なぜ四十七都道府県単位でそういう出先機関をつくらないのか、ブロック制にしているのかということについて、先生はどのように考えておられるんでしょうか。どうしてそういうブロック制にしたというふうにお考えになるんでしょうか。
#32
○参考人(石原信雄君) 今のブロック機関が整備されたというのは、主として戦後だと思うんですね。当時、ブロック機関がそれぞれの権限配分を行ったその当時の時点では、それまでの戦前からずっと見ていまして、都道府県が、以前はやはり都道府県がそれなりにその範囲での広域行政を担当してきたと思うんですが、戦後、特に交通・通信手段が飛躍的に発達してまいりまして、経済活動も都道府県単位じゃなくて、もう、物によってはもちろん全国単位ですけれども、各ブロック単位で経済活動が行われるケースが多くなってきたんじゃないかと。だから、行政の面でも、やはり都道府県単位でこれ対応するには限界があるからブロック単位で把握するようにしようと、こういうことで私は、ブロック機関ができ、それぞれの権限配分が行われたと思います。
 ただ、今、現状でいいますと、やはり何というか、実施権というか、実行、実際の行政の執行権は都道府県で、ブロック機関というのは非常に中途半端な存在になっていますね。大きな方向付けはどこの省でも本省が決めておりまして、ブロック機関というのは言わば取次機関、中間機関的な存在ですから、私は、最近の行政の実態あるいは交通体系とか通信体系とか、こういうものをいろいろ総合勘案いたしますと、いずれにしても、今の都道府県制度を前提にした場合のブロック機関というのは非常に中途半端な存在になっていると思いますね。
#33
○江口克彦君 中途半端な存在になっているということであるとするならば、それを何らかの形で変えるとか、変えなければならない、そういう喫緊の必然性というものはあるのでしょうか。
#34
○参考人(石原信雄君) 私は、その一つの調整手段として、やはり執行単位を、行政執行単位を、広域行政については率直に言って今の府県単位では狭過ぎる。広域行政の単位としては、府県は狭過ぎると思うんですね、北海道は別ですけれども。通常の県の場合ですと、その地域だけで処理するものはもう大きな都市では市ができるわけですね。あと、県というものが、今、県単位が、全ての行政が県単位になっていますけれども、中途半端だと思うんですね。だから、やはり執行単位も、望ましい姿とすれば、社会や経済の実態に合うようにするためにはブロック単位に変える方が合理的じゃないかと思います。そうすれば、今の中途半端な各ブロック機関の存在というのが、これは執行機関と一緒になるわけですから、中途半端でなくなると。その代わり、その場合は中央省庁が持っている権限がかなり地方に下ろせると、執行機関が広域で行われますから。
 だから、どっちにしても今の府県制度の下ではブロック機関は中途半端な存在ですけれども、それをいわゆる道州制のような形で行政単位を道州に再編成すれば、これは府県の広域行政機能をもっと円滑にできますし、それから中央省庁の役割をもっと減らせると思うんです、ブロックに任せられますから。そういう意味での道州制というのが、私はこれから向かうべき方向ではないかなと思います。
#35
○江口克彦君 新しい統治機構というか、国の形を考えるときに来ているんだろうというお考えだというふうに私は理解していますが、明治維新後や戦後の復興など、国家を挙げての新しい国づくりを目指す場合には中央集権体制がやっぱり一定の成果を上げたというふうに私は評価しているわけですけれども、ある程度成熟した社会となりまして国民の価値観も多様化してきているわけですね。
 様々な考え方というものが生まれてきているという今日においては、中央集権というのはちょっといささか国の形としてはどうかなと思ったりしているわけでありますけど、改めてこの中央集権体制というものについて、これからの日本にとってこのまま続けて有効に機能するものだろうかということですね。成果を上げる体制だというふうに、先生の方は御理解というか御認識というか、主張をされるということになるんでしょうか、どうでしょうか。
#36
○参考人(石原信雄君) 私は、いわゆる道州制のような、今の府県の単位から各ブロック単位に行政組織が再編成されるならば、いわゆる通常の産業経済行政とか通常の民生行政というのは、人の面も含めてかなり道州に移せるんじゃないかと。
 したがって、中央政府というのは、外交とか防衛とか中央政府ならではの機能というのがありますから、それと全国的な制度設計とか、そういう面は中央政府以外は担当できないと思いますけれども、地域単位で処理できるものは、もう行政能力からいっても各ブロック単位の組織というものが担当できるんじゃないかと。その方が各地域がそれぞれ地域で責任を持ってやっていくという形になっていくと。今、東京一極集中がやはり進んでいるわけですけれども、多少なりともそれに歯止めが掛けられるんじゃないかという、そういう感じがいたします。
 この辺は大いに議論があるようですけれども、私自身は、長い間地方行政担当した経験からいたしますと、いずれにしても、今の府県単位の行政というのはもう広域行政としては限界に来ているなと。市町村は非常に育っておりますから、市町村の行財政能力高まっておりますから、それとの兼ね合いで府県という制度の在り方というのは再検討する時期に来ているんではないかなと私個人は思っております。
#37
○江口克彦君 ありがとうございます。
 サブシディアリティーというか、補完性の原理というものを働かせるべきときが来ているという、そういう御認識だというふうに理解をさせていただきましたけれども。さはさりながら、なかなか中央集権というものを変えるということが難しいという状態でありますけれども、もう中央集権というのは、見方にもよりますけれども百四十年間ぐらい続いているというような状況であるわけですね。百四十年も続けば、官僚制というものも様々な弊害が起こってくるということは、もう先生も十分いつも御指摘されておられるとおりだと思いますけれども。
 アメリカの社会学者のマートンでも、規則万能だとか責任回避だとか前例主義であるとか画一主義だとか、いろいろいろいろ、初めはいいけれど、官僚主義というのは様々な問題が起こってきて国民にかえって不幸をもたらすものだと。それから、パーキンソンの法則なんかも極めて有名で、官僚はライバルではなく部下を、その増えることを望むとか、あるいはまた官僚は相互に仕事をつくり合うとかって、そういう面白いことが並んでいる。皆さんも、先生も十分に御存じだと思いますけど。
 そういうふうに、パーキンソンやマートンが言っているように、初めはいいですけれども、長くなると、先ほど申し上げましたように、国民の生活を損ねていくというふうにこの学者たちも言っているし、私も実感としてそういうようなことを感じ続けている。
 だから、この官僚制というものを何とか変えなきゃいけないんではないか。官僚体制というもの、新しい官僚体制ということも考えられますし、また別の、先ほど先生がおっしゃった道州制というような、そういう方向というものも、要するに地域ができるものは地域だというふうに、そういうふうに持っていくという国の形、統治の形にしていかなければいけないというふうには思うんですけれども。
 取りあえず、中央集権体制というのが今行われている。この中央集権体制の弊害というものがもう存在している。しかし、それを取り除く方法というのはあるんでしょうか。先生、どういうふうにお考えになりますか。
#38
○参考人(石原信雄君) 私は、やっぱり中央で徹底的に権限を集中したいものと、例えば防衛政策なんかはこれはもうその最たるものだと思いますが、防衛とか外交というのは各地が違うことをやったんじゃ困るわけで、やっぱり中央が責任を持って中央に権限集中する方がいいと思うんですね。
 ただ、一般の民生行政とか産業経済行政などについては、やはり各地域は地域の考えでやる分野が広いということの方がいいんではないかと。だから、今中央政府が持っている機能の中で、徹底的に中央に残して強化すべきものと、それからなろうことなら地方に、各地域に任せていった方がいい機能と両方あるんではないかと思います。
 いずれにしても、道州制のようなものをつくるときは、これは当然、今国家公務員が担当している事業の相当部分が道州担当になる可能性がありますから、そうすると中央の官僚組織というものも相当根本的に変わってくるのではないかと思います。
#39
○江口克彦君 今先生のお話をお聞きして、十数年前に親しくお話をさせていただいたときも先生ほとんど同じことを言われていまして、大変私としては心強いというか、先生がそういうふうにおっしゃるんだったら、やっぱり国の統治機構というものを中央集権からサブシディアリティーというか、補完性の原理を前提にした国の形に変えていかなければならないというような、そういうことについて改めて大変私は重ねて強い御示唆をいただいたというふうに感謝を申し上げます。どうもありがとうございました。
 質問を終わります。
#40
○会長(武見敬三君) それでは次に、倉林明子君。
#41
○倉林明子君 日本共産党の倉林明子でございます。
 今日は、参考人、御出席いただきましてありがとうございます。
 最初に、先ほど来、強い内閣総理大臣の権限についての御発言がありました。今ほど内閣総理大臣が強い権限を発揮しているときはないんじゃないかと私は思っておりまして、逆に憲法が求める抑制と均衡、三権分立の下での抑制と均衡、ここにこそ本当に注目して議論が必要ではないかと思っているということを冒頭申し上げておきたいと思います。
 この調査会は、「議院内閣制における内閣の在り方」ということで、自由に意見交流をしようということで始まったと思っておりますので、改めて深めていけたらと思っているところです。
 そこで、内閣の執行権について御発言がございました。内閣総理大臣にはなくて、行政権は内閣に帰属すると。
 そこで、閣議決定で最近は様々な動きが強引に進められているんじゃないかというふうに思っているんですね。昨日、政府は、新たな武器輸出三原則を閣議決定ということになりました。これまでの原則禁止を四十七年ぶりに見直して、原則輸出容認ということになっていくのではないかと思っています。とんでもないことだと思っているんですが、日本国憲法の理念である平和国家としての立場を踏まえ、原則禁止としてきた歴代内閣の方針を大転換するものだと思うんです。
 一内閣が国会審議も国民の合意もないままこれは実施すべきことではないというふうに考えるんですけれども、お考えはいかがでしょうか。
#42
○参考人(石原信雄君) 内閣そのものが内閣に与えられた機能をいかにスピーディーに効率的に発揮できるかというお話と、ただいまの御指摘は、むしろ国会審議を経て、あるいは法律その他によって規制すべき分野まで内閣が決定するということはいかがなものかというふうな、そういう視点からのお尋ねだと思いますが、私は今、問題意識としては、私どもが議論している内閣機能強化というのは、今の現行憲法なり内閣法なりで与えられた、内閣に期待された機能がいかに効率的に発揮できるようにするかという、そういう問題だと思うんですね。
 したがって、そのことは当然、本来、法律その他で国会の審議にまたなきゃならない分野にまで内閣が権限を広げるという話とはちょっと違う問題、これ、ある種、立法政策の問題というか、いわゆる国会と内閣の役割、機能の分担の話ではないかと思います。
 一般論として、もちろん我が国は法治国家でありますから、法律で規定すべきものまで内閣が内閣の決定で決めるということはできないわけですから、この問題は個々具体のケースについて判断されるべき問題であろうと思います。
#43
○倉林明子君 憲法は、内閣は国会に連帯責任を求めているという以上、衆参で本会議での全会一致の決議があるというのがこの武器輸出三原則だと思っているんですね。その場合、国会の決議を無視したような一方的な閣議決定というのは、憲法上も認められるものではないというふうに思っております。
 今の議論は国会のことだということで御指摘もありましたので、次の質問に移りたいと思いますが。
 参考人が、第一次安倍内閣の国家安全保障に関する官邸機能強化会議、この座長として報告書をまとめられております。その中身を見ますと、第二次安倍内閣で国家安全保障会議の設置法、特定秘密保護法という形で成立をしております。そこで、とりわけ特定秘密保護法に対して、可決前も可決後もですが、反対の世論というのは大変大きく広がっているというふうに思っておりますが、こうした民意について、参考人は今どんなふうに受け止めておいででしょうか。
#44
○参考人(石原信雄君) 私は第一次安倍内閣のときに、その安全保障機能についてどう内閣の組織を考えるかという、そういう視点で御下問があったものですから、関係の有識者の方々とともに議論したわけですが、それは主として、国の安全保障に関わるいろいろな問題が起こった場合に、それまでの安全保障会議というのは、何というか、諮問機関的な、内閣が例えば防衛計画大綱を変える、変えようとするときには安全保障会議の議を経て決めるというふうに、要するに内閣の決定にチェック機関として安全保障会議があったんですけれども、それより、それももちろん必要ですけれども、さらに、危機が発生した場合に内閣として直ちに行動に移れるような体制をつくる必要があるんじゃないかと、そういう意味での危機管理に対する内閣の体制強化という視点で議論をいたしました。やっぱりそのときにアメリカにある大統領直属のNSCですね、国家安全保障会議というものが非常に参考になりまして、我が国の場合も、そのような機動的に直ちに対応できる体制が必要ではないかという見地から議論し、その意見を答申したわけです。
 したがいまして、あの懇談会では特定秘密保護法のような議論は直接はしておりません。それはそれに付随して出てきた問題でありますから。私自身は、内閣機能の強化の一環として、安全保障体制を整えるためにはアメリカのNSCのような組織が我が国にも必要ではないかという視点であの意見を取りまとめたところでございます。
#45
○倉林明子君 一定の付随したものとして特定秘密の保持ということでの記載になっていたかと思うんです。セットとして提案されて、それが成立したということだと思うんですが、民意を得られないまま私は強行されたというふうに思っておりまして、これに対して、戦争できる国づくりにつながるんじゃないかと、こういう大きな懸念が表明されているということだと思うんです。これは、前回もここに御出席いただきました野中廣務元内閣官房長官や古賀誠元自民党の幹事長さんなども、我々のしんぶん赤旗にも御登場いただいて懸念の声を上げられているということだと思うんです。
 私は、改めて憲法改定、この問題が一昨年の総選挙、昨年の参議院選挙でも大きな争点となりました。日本共産党は、日本国憲法の全ての条項が遵守されるべきであり、改定には反対と、態度を明確にしておりますが、参考人の、憲法改定についてどうお考えか、伺いたいと思います。
#46
○参考人(石原信雄君) 私は政治家ではありませんので、憲法改正問題について意見を申し上げる立場にありません。
#47
○倉林明子君 これは参議院選挙後の参考人のコメントがありまして、憲法改正についてのコメントです。国民的なコンセンサスを得る努力が必要だというタイトルが付いております。いずれの日か、日本国民の手による憲法改正が必要ではないかと思いますが、この問題は単なる改正手続に終始するのではなくて、憲法の内容を我が国の実情にふさわしいものに変えるということについての国民的なコンセンサスを得る努力が必要であると思いますということなんですね。
 私、この国民的なコンセンサスを得る努力というのが現状では本当にされているんだろうかというふうに思うし、そういう点でのこのコメントを出されたときとお考え、お立場というのは何か変化がおありでしょうか。
#48
○参考人(石原信雄君) 憲法問題については、私もう政治家ではありませんから、今の争点になっているようなことについてどうこうということはありませんが、ただ、私自身は個人的には、日本国憲法が制定された当時、当時は私はまだ大学生でありましたけれども、その経過というものは私も承知しております。占領下において、占領政策の枠の中で、当時、日本国憲法が議論され、制定されたということは御案内のとおりであります。ですから、私は個人的には、独立国家として、やはり日本国民の手で根っこから日本国の在り方としてどうあるべきかを議論して憲法が作られることが望ましいんじゃないかという考えは持っております。
 いずれにしても、内容がいいか悪いかではなくて、今の憲法は、占領下で非常に限られた、日本側の国会その他の意見というものが制約される形で制定されたことは間違いありません。ですから、内容がいいからそのまま、このままで未来永劫いいじゃないかという意見もあるでしょうけれども、私自身は、やはり独立国家として、その基本法である憲法がああいう一定の制約条件の下で制定されたということは大変大きなこれもう事実でありますから、望むらくは、やはり日本国民自身の発想で望ましい法体系をつくるということがいいのではないかという考えは持っております。しかし、これは我々の年代の人間と最近の人たちとは違うでしょうけれども。
 いずれにしても、私は九条が争点になると思いますけれども、九条だけではなくて、全体の法律構成そのものが日本国民の主体性の下につくられるということが望ましいのではないかという考えを持っておりますけれども、私は今の改正論でどちらかをサポートするという立場にはありません。
#49
○倉林明子君 国民が主体的に、国民主権と、ここがやっぱりスタートになっていくんだというふうに思います。
 今、現在の安倍政権が、内閣の閣議決定でこの憲法九条を事実上踏みにじってしまうような集団的自衛権の行使に踏み切ろうという動きもございます。私は改めて、憲法が定めました三権分立の統治機構の原則、これを乱暴に踏みにじるようなやり方は認められるものではないと強調をしておきたいと思います。
 国権の最高機関であり、連帯責任を負う国会との関係、これについて、改めて御意見があれば伺っておきたいと思います。
#50
○参考人(石原信雄君) もちろん内閣というものは、もう申すまでもありませんけれども、議院内閣制であります。国会によって指名された首班が内閣を構成しているわけですから、その内閣の行動というものは常に国権の最高機関である国会との関係を配慮しながら行われるべきことは当然であろうと思います。
#51
○倉林明子君 やっぱり現行憲法は、二度と再び戦争はしてはならないと、この反省の下に統治機構も権力を三権に分立している、抑制と均衡を求めて縛りを掛けている、この原点を国会もしっかり思い出さなければならないなと、改めて議論を通じて感じたということを申し上げまして、終わります。
 ありがとうございます。
#52
○会長(武見敬三君) それでは次に、清水貴之君。
#53
○清水貴之君 日本維新の会の清水貴之と申します。
 本日は、お忙しい中、本当に貴重なお話、経験談、お聞かせいただきましてありがとうございます。
 私は、まずは、先ほど谷合委員からも質問がありましたが、閣議の議事録の公開の件について重ねて質問をさせていただきたいと思います。
 先ほどのお話ですと、やはり公開が前提ということになりますと、閣僚の皆さんも発言に気を遣ったりとか控えたりすることも出てくるんじゃないかと、ちょっと雰囲気も変わってしまうんじゃないかというお話でした。となりますと、そういった内容の閣議を今度公開しても余り意味がなくなってしまうわけでして、とすると、どういった形が一番いいのかなと。やっぱり公開する意味もあると思うんです。これは、内閣とか政府と国民との付き合い方とか接し方にも関わってくると思うんですけれども。
 としますと、今の形のように、ある程度内容を要約したりとか必要だと思うところを官房長官が発言するのがいいのか、そもそも公開しない方がいいのか、いや、それともやっぱり全てオープンにする方がいいのか、この辺り、一番いい形というのはどのような形だとお考えでしょうか。
#54
○参考人(石原信雄君) 従来のような形がいいのか、それとも今回政府が決めたような閣議の議事録を取ってそれを公表する方がいいのかという、どちらがいいかというお尋ねになると、やはり今の御時世ですから、情報公開の時代でありますし、閣議でどういう議論が行われたかということを国民が知るということは大変いいことですから、そういう意味での、何というか、建前論というか原則論からすれば、私は、今回の決定というのは国民の目線から見れば前進というか改善だと思います。
 ただ、私は、実態論として、私自身が多くの内閣の閣議に出席させていただいた状況からいたしますと、やはり閣僚の皆さんが、国務大臣として自分の所管以外のことを、国政万般について比較的自由にいろんな意見を交わしておったように思います。もちろん発言される場合には、後で困るようなことは発言されないという、皆心掛けてはおられるんでしょうけれども、しかし、公表されないという雰囲気の中で非常に自由な発言がなされたと思うんですが、それが全て議事録として記録され、公表されるとなると、そこがやはり、閣僚の皆さんもそれぞれ人間として心理的な影響はあるんではないかと。これは制度論じゃありません。だから、どちらがいいかといえば、そういう建前論というか、並べてどっちがいいかとなれば、それは公表した方が今の御時世に合うという意味で前進だということだと思いますね。
#55
○清水貴之君 となりますと、本音は余り出なくなってしまって、じゃ本音で話す場所がほかで、例えば閣僚懇談会なのか関係閣僚会議なのか。
#56
○参考人(石原信雄君) ですから、そこは閣僚の皆さんが自分の所管を超えて国政万般について意見を述べる場として今まで閣議というのがあったわけですが、そこが少し制約されるというのか、影響が出てくるんではないかと私は自分の経験から申し上げたが、制度論じゃありません、これは。もちろん、やはり閣僚は国務大臣として国政万般について責任があるわけですから、やっぱり自由な議論は大いにやってもらいたいと思いますね。
#57
○清水貴之君 そういった意味を踏まえまして、今度、政府とか内閣の広報全般についてお聞かせいただきたいなというふうに思っているんですけれども。
 内閣官房には内閣広報室というのがありまして、政府の広報室というのもあります。いろいろ今メディアも多様化していますので、インターネットを通じたりとかメールマガジンを発行したりとか、いろんな手段を取ってなるべく情報発信をしようとしているというのも非常によく分かります。さらに、例えば東日本大震災のような災害時、今回はやはり情報公開が余りうまくいかなかったんじゃないかとも言われていますので、ああいう緊急時の情報発信というのも非常に大事になってくると思うんですけれども、いかがでしょうか。政府の今の広報体制というものに対して何か御意見、改善点などありましたら、どう思われるでしょうか。
#58
○参考人(石原信雄君) もちろん、内閣の広報官もおりますし、広報室もありまして、内閣の考えていること、やろうとしていること、やったこと、国民になるべく早く、分かりやすく知らせるという役割を果たしております。
 ただ、災害時、特に大災害の発生のときというのは、通常の広報というセンスよりも、やっぱりその起こっている事態を一刻も早く関係者に、住民一般、その他関係者に知らせるということが使命ですから、通常の広報とは違った、いわゆる危機管理の世界で考えられるべきじゃないんでしょうかね、正確な情報を早く伝えるということがもう最優先ですから。
#59
○清水貴之君 そういった意味で、災害のときにどう対応すべきかと、先ほども質問ありまして、緊急体制をつくるときには小さい人数で決めていくべきだと、責任体制を明確化していくべきだというお話がございました。
 これは、震災直後、一か月後ぐらいに日本記者クラブで恐らく参考人がお話しされたこれは内容かというふうに思うんですけれども、そのときにもお話をされておられまして、まず、どんな政府の、今後、復興に対してどう取り組んでいくべきかという話なんですけれども、まずはやはり時間との勝負だということをおっしゃっています。総理と関係閣僚がスピーディーに物事を決めていくべきだということをおっしゃっています。に加えまして、復興の実施主体は県、市町村が当たるべきだというふうにお話しされています。復興院を新設するのは窓口を二つつくることになる、政府直轄は新憲法の地方自治にはなじまないということで、もっと地方にということ。
 私もそのように、同じように思っておりまして、もっと地方主体で、地方に権限、財源渡して、復興も、それこそ先ほど江口委員からもありましたように、地方分権もそうですけれども、もっともっと進めていくべきだというふうに思っているんですけれども、今、このお話をされてから、震災が起きてから三年がたちました。この三年間を御覧になっていまして、このような、その当時おっしゃった復興の実施主体、もっと地方にというようなお話しされておられましたけれども、この三年間を御覧になってどのように今は思われるでしょうか。
#60
○参考人(石原信雄君) 私は阪神・淡路大震災のときに関わったものですから、そのときのことと今回の東日本大震災とを比べていろいろ意見も申し上げたりしたんですけれども、率直に言いまして、今回の東日本大震災は、御案内のように、被害の程度が阪神大震災と比べ物にならないくらい大きなものでありました。範囲が広いと。それから、何よりも原発事故というものが絡んでおりますから対応が難しいということは、もうこれは間違いないと思うんですね。ですから、一概に今の事態の遅れを、今の人たち、関係者を批判するようなことを私は申し上げるつもりはありません。
 ただ、今回、復旧復興が全体として遅れていることは間違いないですから、それについては、震災直後の段階で、こちらで内閣の諮問機関として復興対策懇談会などがやっておりましたが、やはりあのときの判断と、今、最近になって現地で起こっている事態と比べると若干食い違いがあるようですね。だから、やっぱり現地に対する認識、現地の人たちの気持ちの把握にちょっと若干問題があったのかなという気はいたしますね。
 例えば、あの当時、大きな津波が来たので、千年に一度という津波が来たわけですから、次に千年に一度の津波がいつ来ても耐えられるようにするにはどうしたらいいかといったら、山の上にみんな移った方がいいということで高台移転というのが提案されたようですけれども。やっぱり地域によっては、高台といっても、実際問題として用地の確保が難しいとか、それから移ってしまったら、後、じゃ生活をどうするんだという問題が起こってきているようでありますから、やっぱり地域地域ごとの状況に応じた対策というものがもっと早めに議論されたらよかったんじゃないかなという感じを持っています。
#61
○清水貴之君 としますと、実際に、もちろん当時は本当にああいう状態でしたから、皆さんが一生懸命やって、非難するつもりはないとおっしゃいましたので、もちろんそうだとは思うんですけれども、ただ、やはり次もし同じようなことが起きた場合に、この教訓を生かすためにもお話をいただけたらなと思うんですが、地域地域でやはり話を聞いていくべきだ、くみ上げるべきだというお話でしたが、それをするためにはどういった組織でどういう体制をつくったらよかったんでしょうか。
#62
○参考人(石原信雄君) 私は、阪神大震災のときの経験で申しますと、阪神大震災は東京から離れたところで、都市直下型地震で大変大きな災害になったんですけれども、ただ、現地がどういう状況になっておって、また、後、どう対応するのがいいのかというのは東京ではなかなか分からないわけですね、各省それぞれ努力されても所詮限界がある。
 そこで、あのときは責任大臣として小里国務大臣にお願いして現地に行ってもらって、それで、小里担当大臣に各省のナンバーツークラスの実力者全部付いていってもらって、それで現地で必要性を判断して、そして、現行法令その他で対応できない部分は現地でどうしたらいいかを考えてくださいと、そして、後でその状況を内閣としてフォローすると、制度的にも予算的にもフォローするという体制で臨んだわけです。
 ですから、私はそのことが、幾つか後で法律的な手当てをして、むしろ実行が先行したようなこともありましたけれども、ああいう大災害のときにはそういうことがあっていいんじゃないかと。法治国家だから法律ができるまでは何もしちゃいかぬというんじゃなくて、人命救助のために必要であれば、まずその責任者が現地に行って、現地判断で、ここはどうしてもこれが必要だと思ったらそれをまず進めるという前提で準備をして、それで後で、あのときも国会は緊急な立法措置もやってもらったわけですけれども、後からそれをフォローするという体制があってもいいんではないかと思いますね。これは立法政策と緊急事態への対応の問題になりますけれども。
#63
○清水貴之君 大変貴重なお話、本当にありがとうございました。
 以上で質問を終わります。
#64
○会長(武見敬三君) それでは次に、浜田和幸君。
#65
○浜田和幸君 新党改革・無所属の会の浜田和幸です。
 石原参考人に幾つか質問をさせていただきたいと思います。
 まず、冒頭のお話の中でもございました日米構造協議を振り返って、当時大変取りまとめに苦労されたと。参考人の当時の回顧録を読ませていただきますと、業界、日本のですね、大変な強い反対があったと、日本の各役所もこれに反対だったと。特に外務省が力不足というか、各省の説得が全然できなかったということをおっしゃっていて、実質、石原参考人が責任者になって各省それぞれを説得して構造協議の取りまとめをしましたということを述べておられます。
 それで、私、なぜ我が国の外務省が各省の取りまとめができなかったのか。そして、石原参考人が、その外務省ができなかったことをどういう手段、どういう方法で各省の説得ができたのか。その結果、日米の構造協議がうまく進むことになったんですね。結果的に日本の消費者のためにもなったという評価があるわけですけれども、今現在、TPPの交渉もなかなか難しい局面に達しています。そのTPPに関しても何らかの参考になる御示唆がいただければと思いまして、当時を振り返って、なぜ外務省にはそういうまとめができなかったのかということについてお話をお伺いできればと思います。
#66
○参考人(石原信雄君) 日米構造協議のときだけじゃなくて、その前にも、例えば牛肉・オレンジ問題とかいろんな問題がありまして、もちろん、そういう外交問題ですから、第一義的には外務省がその衝に当たるんですけれども、私が就任してから各省から聞こえてくるのは、外務省は我々の立場を全く理解してくれていないというような声を、特に当時は非常に問題になったのは、建設省とか農水省とか現場を抱えている省庁の置かれた立場、苦しさというものを外務省が余り理解していないんじゃないかと、それでもう対外的に格好のいいことばかり言っているんじゃないかという不信感がありまして、ですから、その不信感を取り除かないと実際の詰めがうまくいかなかったんです。
 特に構造協議の場合には、先ほど申しましたように六つの分野にわたって議論するということでしたので、初めは外務省の外務審議官と、それから通産審議官と、それから財務官と、この三人が言わば政府の代表という形でアメリカ側とやっていたんですけれども、結局、詰めていくと、各省の現場を納得させないと話が詰まらないということになって、その段階では、外務省だけではもう手に負えない、要するに官邸が調整役やってくれということになってやったわけです。
 その場合は、もちろんそれぞれの省庁も政府の置かれた立場というのはそれなりに理解していただいているんですけれども、やはりそれぞれの業界の反対、それから更に言いますと、業界の立場を代弁されております国会議員さんですね、当時は自民党政権ですから、自民党政権でいいますと例えば商工族だとか農林族だとか建設族とかという、そういうところほどベテラン議員さんの御了解をいただかないとなかなか話が進まないという面がありました。
 ですから、そういう面では、単に事務方だけでは話が進まない、やっぱり与党の幹部とも連携取りながら最終的な落としどころを決めていくということがしばしばありました。
 典型的な例がいわゆる大店法問題というので、これは議員立法でできた法律ですので、いわゆる当時の商工族と言われる人たちは絶対これは修正まかりならぬという立場でしたので、当時の通産省も間に立って非常に苦慮をされたんですが、しかし、これを何とかしないと前に進まないというようなこともあって、この点については、与党とも連絡取りながら、関係議員の理解、関係業界の理解を得て、最終的には一定の修正をすると。
 御案内のように、この法律は今はもう廃止されておりますけれども、初めは、もう一字一句たりとも修正まかりならぬというような空気からスタートしたわけですけれども、やはり最終的な結論に至るまでには、関係省とそれから政府・与党と一緒になって結論に持っていくという努力をいたしました。
#67
○浜田和幸君 ありがとうございます。
 それで、翻って、その当時のことを思い起こしていただいて、今現在進行中のTPP、これの交渉に関してどういう今感想をお持ちでしょうか。
#68
○参考人(石原信雄君) 現在は、もちろん、今の内閣もTPPの妥結というものを非常に重視して臨んでおられるようでありまして、直接的には鶴岡さんですか、担当交渉官が、責任者が、役所側の交渉官決まっておりまして、そこを中心に議論し、さらに担当大臣も決まっておられますから、まさに政府とそれから官僚組織と一体になってこれは進めているんだと思います。
 この種の話というのは、やはり関係の、それによって利害関係のある業界の理解をどうやって得るかということが非常に大事になってきますから、その場合も、関係業界の方も一歩たりとも譲らないというのでは結論は出ませんので、そこは御理解をいただく必要があるんじゃないでしょうか。
 実は、日米構造協議だけじゃなくて、私は細川内閣のときにウルグアイ・ラウンド交渉というのを、あれを取りまとめしたわけですけれども、あのときも関係者は大変な苦労をして、御案内のように、あのときは米の問題が一番ネックになったんですが、国会では何遍も米は一粒たりとも輸入まかりならぬという趣旨の決議がありましたので、その国会の御理解を得るのは大変な苦労があったわけですが、しかし、最終的にはいわゆるミニマムアクセスという形で決着して、まあ今はそれが良かったか悪かったか、御批判はあるわけですけれども、当時としてはそこまでこぎ着けるのに大変な努力が要ったと。
 しかし、そのときに私は感じましたのは、単に内閣だけじゃなくて、当時の農水省の幹部諸君ももう一体となってこの取りまとめに奔走したと。もちろん外務省は窓口ですからなんですけれども、そういうその関係者の一体となった協力、努力というのが妥結に至った原因ではないかと思っております。
#69
○浜田和幸君 ありがとうございます。
 次に、中国とのことについてお聞きしたいと思います。
 参考人は、中曽根元総理との対談の中で、中国に対しては批判を恐れずもっと自信を持って、日本の首相、これは安倍総理を前提にのことですけれども、というコメントをされているんですけれども、今の日中間の状況を踏まえて、批判を恐れずもっと自信を持って中国と向き合うということの具体的な意味、総理はいつでも自分は対話の窓を開けているとおっしゃっているんですけれども、それだけでは不十分ということでしょうか。
#70
○参考人(石原信雄君) これはまさに今ホットな問題ですから、私のような過去の人間が評論家的なことを申し上げるのはちょっと控えさせていただきたいと思いますが。ただ、要は、これは日中両国に、それぞれに相互不信感というのが根っこにあるんじゃないでしょうか。だから、その不信感をどうやって、まあ完全になくすわけにいかないんでしょうけれども、その不信感を和らげる努力をどうしたらいいのかということじゃないかと思いますですね。ただ、これは外交問題ですから、私のような人間が評論家のようなことを申し上げるのは控えさせていただきたいと思います。
#71
○浜田和幸君 それと同じ中曽根元総理との対談の中で、石原参考人は政治主導ということに触れておられて、その政治主導という言葉は政治家だけの政治という意味ではないはずだと。やはり、専門知識を持つ官僚組織を排除して政策決定するのは無謀ですということをおっしゃっています。今、ちょうど国家公務員法の一部改正審議始まったところなんですけれども、この政治主導ということの意味、これを石原参考人はどういう具合に捉えておるんでしょうか。
#72
○参考人(石原信雄君) 社会保障分野の問題でも、あるいは産業経済政策の問題でも、あるいは財政問題でも、やはり大きな方向付け、大きな方針というのはもう政治が決めるべきものだと思います。ただ、それぞれの政策決定に至る過程で現実がどうなっているか、そしてまたその選択した結果がどういうことになるのかという、そういう点については、やはりそれをライフワークとしている官僚組織というものを使わないと適正な政治決定はできないんじゃないかというのが私の経験からくる感想です。
 したがって、政策を議論する場合には、やはりその政策に関わる行政を専門にやっている官僚組織の意見は聞いてもらいたいと、決定はもちろん政治がすべきものですけれども。もう役人の言うことは信用ならぬということで政治だけで決めるんだという行き方は、格好はいいんですけれども、私は結論は余り良くないんじゃないかという、経験から申し上げます。
#73
○浜田和幸君 ありがとうございます。
 最後に、マスコミとの関係について、石原参考人、いろいろと長年マスコミの取材対象として、官の側の一員としてずっと接触してきたと。そういう立場を踏まえた上で、役所の立場ですとか行政上の課題について正確かつ分かりやすく国民に知ってもらうことがとても重要なんだけれども、参考人も、私がびっくりするほど勉強をしていない若い記者が多く、そのときのテーマについて取材に来て、その本人の理解の範囲で記事を書いたり報道するということはよくあると、そうすると大変な誤解を国民に与えてしまうこともあると。役所の側とすると、その時々のテーマについてその事柄の内容を正確に分かりやすく国民に知っていただくように記者諸君に丁寧に説明するんだけれども、なかなかそれが伝わらないということを振り返っておられて、新聞社によってはかなり色合いも右寄り、左寄りと分かれていると。
 そういう中で、きちんと内閣あるいは国の方針を正確に分かりやすく国民に伝えるという意味でいろいろと苦労をされてきた、そういう経験を踏まえて、マスコミへのアプローチの仕方あるいは情報提供の在り方、そういうことについて御示唆をいただければと思います。
#74
○参考人(石原信雄君) これは、政府と官僚の関係、あるいは官僚組織とマスコミの関係、これは基本的な問題だと思いますが、私も長い間官邸生活しておりまして、本当に誤解に基づく報道で苦慮したということはもう少なからずありました。
 ですから、今、じゃ、具体的にどういうことがあったかというのを、具体例といってもちょっと適切なものを思い浮かべられないんですけれども、いずれにしても、記者の皆さんの中には非常に専門に詳しい人と、それから比較的経験の浅い人と両方おりまして、しかし彼らは浅い人でもやはり長くやったような形で取材に来ますから、事柄にもよりますけれども、やはり影響することが大きいようなテーマについては、まさに念入りに過去の経緯とか事実関係を説明すると同時に、やはりそれのよってもたらす影響などについても説明するということが必要ではないかと思いますね。
#75
○浜田和幸君 ありがとうございました。
#76
○会長(武見敬三君) それでは次に、堀井巌君。
#77
○堀井巌君 自由民主党の堀井巌でございます。
 質問の貴重な機会をいただきましてありがとうございます。
 私は昭和六十三年に参考人と同じく自治省という役所に入省いたしましたが、もうその当時、参考人におかれては、官僚組織のトップであるとも言える内閣官房副長官を務めておられました。私にとっては非常に雲の上の存在の石原参考人にこのような国会の場で御質問をさせていただきまして、そして、けいがいに接することができることを大変光栄に存じます。よろしくお願いいたします。
 私の方からは内閣人事局の件について御質問させていただきたいと思います。
 参議院に本日付託されて、趣旨説明、質疑が本会議でも行われております国家公務員の制度改革でございますが、先ほど来、もうお話ありましたように、一元管理、各省庁の縦割りではなくて一元管理をしていこうということについては私も肯定的に考えているところでございます。そういった中で、より一層適材適所、またそれぞれの公務員の方の能力の発揮がなされれば、これは官僚組織の活性化にもつながるであろうと期待もするところでございます。他方で、今それぞれの役所に属して仕事をされている方からすれば、もちろんこの法案が通れば受け入れるということを積極的に考えつつも、やはり一抹の不安もあるのが事実だろうと思います。
 それは、やはり人事というのは組織の要諦でありますので、六百人というものを、どういうふうに自分は人事されるんだろう、これまでだったら、それぞれの役所の中で、長年の勤務の中で自分自身の能力や何かについては、実績については見てきてもらった、ある程度のコンセンサスを得られてきた、そのような思いがあったところで、今度は六百人というと、政治家の方からもなかなか自分のことは全然、まあ面識もないなと、知られていないだろうなと、どんなような仕事をしてきたかもなかなか直接は感じてもらっていないなと。あるいは、内閣人事局で実際のその人事の作業をされる、事務をされる例えば他の省庁の出身の様々な方々からすれば、自分自身は全くこれまで一緒に仕事をしたことないので、どのように判断されるんだろうかというようなこともあろうかと思います。
 やはり、これ、この不安というのは、単に縦割りのそれぞれの省庁ごとでやってほしいという、そういう縦割り意識ということだけではなくて、やっぱりそれぞれの役所で適材適所で適切な人事が行われて、いい仕事ができるようにするためにも、やはりこの人事というのは一番の組織の要諦でもありますから、本当にうまく機能してほしいという、そういう思いが公務員の方々の中には強いんだろうと、このように思うわけでございます。
 そこで、仮にこの内閣人事局というものができまして、特に、この各省庁の中で意思形成に中核的に参画をされる幹部の方々、この六百名というものが、人事が人事局を中心に行われていくという中で、どのようなことに留意をしながら人事というものが行われれば適切に機能していくのかということについて御見解を、また御示唆を賜れればと存じます。
#78
○参考人(石原信雄君) 先ほども申し上げましたが、私は、今回の法改正によって、各省の幹部人事に対する内閣の関与の度合いが強まるということは基本的に賛成です。というのは、やはり各省の縦割りの弊害とか各省の割拠主義とか、まあいろいろ言われますけれども、私の在職中でも、内閣の方針に協力してくれる幹部と、それから、それぞれの省の立場を徹底的に主張して、協調、他の省庁との協議になかなか応じない幹部もおりました。もう人によって随分差があります。
 ですから、私は次官会議を主宰する過程で、人事異動で新たに事務次官に就任される諸君には必ず、次官というものはそれぞれの省を束ねる事務方のトップですから、それぞれの省の立場を考えて行動するというのは当然ですけれども、ただ同時に、次官会議は閣議の補佐機関でありますし、事務次官というのは、やはり国政をサポートする内閣の補助機関である事務次官会議のメンバーとして国政万般に対する思いも頭に入れてほしいと。言うなれば、半分各省代表、半分内閣の一員というぐらいの気持ちで対応してほしいということを常に申し上げてまいりました。
 経験からいいますと、多くの方はやはり内閣の一員として、それぞれの省庁の言い分はあるけれども、内閣の方針であればということで協力してくれる人が多かったんですが、中にはやはりいろんな事情で調整に応じないで最後まで頑張る次官もおりました。結局そういう人たちというのは、最終的には任命権はその大臣であって内閣にはないものですから、そういうことが意識の面で多少影響しているのかなという感じすら持つことがありました。そういう意味で、幹部人事については内閣の関与が強くなるということはやはり、個別の具体の人事がどうということではなしに、各省の幹部の心構えの上で一定の影響があるんじゃないか、効果があるんじゃないかと、そう思います。そういう意味で私は今回の法改正には賛成であります。
 ただし、先ほど申しましたように、そうかといって、六百人の幹部人事について時の内閣のスタッフがどこまで一人一人のことを把握できると、これは限界があると思います。ですから、やはり適格審査を行い、名簿を作るときの、何というか、基礎作業というか基礎データというか、それはその個々の幹部職員を採用のときからずっと見てきたそれぞれの省庁の御意見というものを参考にして作られるべきだと思うんですね、知らない人が作るということはもう非常に危険ですし、弊害がありますから。したがって、私は具体的な名簿作成の過程ではそれぞれの省庁の意見を十分参考にしていただきたいなと思います。
 六百人といいましても、そのポストによって、国政全体に影響を及ぼすような例えば事務次官とか主要局長というのとそれからそれ以外の幹部とはかなり現実に違いますから、やはり少なくとも次官なりそれに次ぐようなトップになる人たちについては、官房長官なり担当する官房副長官なり、あるいはこれに当たる人たちが相当程度一人一人の特性、能力、考え方というものを把握する必要があると思います。そういう意味で、私は、具体の、これ内閣と協議して人事の発令が行われるようになるわけですから、協議に応ずる場合には相当程度個々の幹部の資質について十分把握してもらうということが大事だと思います。もうくれぐれもそのときの思い付きでこれが行われるということはあってはならないと思います。そこら辺が各省の官僚諸君が一番恐らく気にするところではないかと思います。
 要は、官僚諸君が国政に全力で取り組むことができるような環境をつくるということがどの内閣にとっても必要なことでありますから、内閣と官僚組織との信頼関係が失われないように、信頼関係がしっかり継続されるような人事管理をしてもらいたいなと思います。
#79
○堀井巌君 貴重な御意見賜りまして誠にありがとうございました。
#80
○会長(武見敬三君) それでは次に、有村治子君。
#81
○有村治子君 石原参考人、本日は貴重なお話をありがとうございます。今日、私は初めて石原参考人のお話を直接お伺いする機会をいただいたんですが、さすが歴代の内閣で本当に必要とされて右肩を担ってこられた事務方エースの御見識だなというふうに改めて感動いたしましたし、また、このお話を伺うこと自体が戦後日本の政治史の貴重な一面を議事録に残すということで意味のあることだなと改めて敬意を持つ次第でございます。
 そこで、限られております十五分の中で四問質問をさせていただきますので、お答えをいただければ有り難いと思います。
 この二月に石原参考人は河野談話について国会の招致をお受けになられました。そのときの答弁というのはかなり引用もされているんですけれども、河野談話が発表をされてから二十年以上たったこの時期に、大変御発言慎重な石原参考人がなぜこの時期に国会の招致に応諾をされて、そして国会にいらしたのか、なぜこの時期にお受けになられたのかということについてお伺いしたいと思います。
#82
○参考人(石原信雄君) 実は、衆議院の予算委員会の方から参考人に出てもらいたいというそういう希望があるということを官邸の方から私は受けたんですが、私も二十年も前の話ですし、記憶が必ずしも正確でないおそれもあるから、なろうことなら御辞退したいということで申し上げたんですけれども、再度、国会審議の都合上どうしても参考人として是非出席してほしいという再度要請があったものですから、それでは国政万般に私が断ることで悪影響が出るのはいけないと思ってお受けした次第です。
#83
○有村治子君 慣例ということから考えると非常に大きな決断を双方がしたんだなというふうに私も印象として持っておりますが。
 そのときに御発言された石原参考人の御発言の中で、日本の善意というのが生かされてこなかった、日韓の関係の中で、河野談話のときに掛けた日本の善意が生かされなかったということで、これは後に菅官房長官も引用をされていらっしゃるところなんですが、日本の善意というのはどういうものを指されるんでしょうか。
#84
○参考人(石原信雄君) 善意という意味は、御案内のように、あの河野談話を出す前に、その前に加藤談話という加藤官房長官の報告というのがあるわけですけれども、それは、当時のいわゆる従軍慰安婦とされた人たちの募集とか管理とかその他の問題についてどういうことがあったのか、客観的な資料、当時の通達とか連絡とかいろんな資料を全省庁を挙げて探したわけですが、その結果は加藤談話として発表いたしました。
 ですから、いわゆる慰安所なるものがあって、それの運営管理について当時の軍が一定の関わりを持ったということは通達その他で立証されたものですから、その限りのことは談話として発表したんですが、やはり韓国側は、慰安婦とされた人たちが自分たちの意に反する形でされたということを非常にこだわっていると、その点が明確にならなければこの問題は収まらないということで、何とかそこはその問題を明らかにしてほしいという再三要請があったわけです。それで、再度その点について調査、国内の資料その他を調べたんですけれども、どうしてもその資料が出てこなかったわけです。
 そこで、韓国側の要望がありまして、慰安婦とされた人たちの証言を聞いてもらいたいと。その証言の結果で、どうするかという、強制性があったかどうかの認定をしてもらいたいという要望がありまして、その点についてどうするかということを内閣の中でも議論いたしました。
 慰安婦とされた人たちというのは日本国内にはいないわけですね。全て韓国内にいるわけですから、どういう人か、どういう状況にいるというのは当方は確認のしようがないわけです。そこで、そうかといって、私どもは初めから反日運動をやっているような人から聞いたって、それではバイアスが掛かっていますから客観的な事実というものは立証されないということで、だから、言わばバイアスの掛からない、しかし自分の過去について真実を語り得るような人を集めるからその人たちの話を聞いてほしいと、そういうことであの十六人の方を選んできたわけです、そのヒアリングを行うということについて。これは、ですから身元調査その他は当方はそれをする手段がないわけですね、国内にいないわけですから。
 ですから、言わば韓国側の、そういう日本側の希望に、注文に沿った人選をするから、そしてまた、この人たちには外部からプレッシャーを掛けない形で真実を語ってもらうという環境の下でヒアリングに応ずるから是非やってほしいという、そういう要望で、じゃ、それに応えてやりましょうということになったわけです。ですから、そこが、やはり日韓両国がいつまでも過去の問題にこだわっているのは良くないと、未来志向でいきましょうという、そういう状況の中で、それならば本人の、当事者の意見をヒアリングしましょうということになったわけです。
 ですから、その最後のヒアリングに踏み切り、その後ヒアリングを行ったということ、それはもう我が国としては大変な、日韓関係のために善かれという気持ちでこれは決断したわけですから、そこのところを私は申し上げたわけです。
#85
○有村治子君 大事なことなので確認をさせていただきます。
 そうすると、ヒアリングをするということ自体、韓国の主張を受け入れたということが善意であること、そして、その韓国からは、いわゆる慰安婦とされる方々あるいは主張される方々が意に反して強制性があったというところをそのとおりに受け止めようという善意があったということですか。
#86
○参考人(石原信雄君) あの十六人の方々はそれぞれ、それぞれの立場でそれぞれの状況をこちらの担当官に陳述していただいたわけです。それらの陳述を全部報告を受けて、トータルとして、この十六人の方々の中にはやはり意に反する形で慰安婦とされたという人がいるということは否定できないという結論になったわけです。それがあの河野談話の表現になったわけです。
#87
○有村治子君 河野談話によって当時の日本は何を得ようとされていたんでしょうか。
#88
○参考人(石原信雄君) 何を。
#89
○有村治子君 河野談話を発することによって当時の日本は何を得ようとされていたのでしょうか。
#90
○参考人(石原信雄君) 日韓関係がやはりこの問題でいつまでもこだわっていては未来志向の関係に移行できないということで、河野談話を発出することで、言わば彼女たちが、意に反する形で慰安婦とされた人たちがいるということを認めるということで、韓国側も、これでこの問題は、過去の問題は一応区切りを付けると、未来志向でいきましょうという条件ができるというふうに韓国側も言っておりまして、我々もそれを信じてあの談話を出したわけです。
 ですから、御案内のように、あの談話を出した後は、少なくとも韓国政府は慰安婦問題というのは一切持ち出すことはなかったわけです。
#91
○有村治子君 それが今再燃するような形になってきていて、今回の二月の招致になったと思うのですが、現在、官房長官が、見直しはしないけれども検証はするということを証言、国会で何度も答弁されているんですけれども、そのときに引用されるのが石原先生の二月の発言で、韓国とのすり合わせが当時あったと思われるという。これは随分強いお言葉だなと、証言だなというふうに私自身も受け止めているんですが、韓国とのすり合わせがあったと当時思われるというふうに国会でおっしゃった、その根拠というのはどこに当たるんでしょうか。
#92
○参考人(石原信雄君) 河野談話の原案作成は、当時の外政審議室の事務方で案を作ったわけですけれども、その過程で、韓国側でいろんな要望を言っているということは私も耳にしておりましたから、だからその文案、よく外交案件のようなものは相手方納得させなきゃ意味ないわけですから、そういう意味で、向こう側の意見も念頭に置いて文案を調整するということはよくあることなんです。
 ですから私は、河野談話の場合も、どの部分をどういう形でというのは知りませんけれども、よくあることですから、あの場合も韓国側がそういうことを言っているということは耳にしておりましたから、そのすり合わせというのはあったのではないかという答弁をしたわけです。
#93
○有村治子君 ありがとうございます。貴重なコメントをありがとうございます。
 私は、菅官房長官として役目を果たすということでは、見直しはしないけれども検証はするとおっしゃっていますが、真実を明らかにするというのは国民の知る権利に応えることになりますし、その真実を明らかにすることは日本の立場を強くすることになる、つながっていくと私は思っております。
 以上で私の質問を終わります。
#94
○会長(武見敬三君) 井原巧君。
#95
○井原巧君 自民党の井原でございます。この七月に国政に参画したので経験浅いんですけれども。
 この参議院議員になる前に首長をしていたんですけれども、よく地方自治を預かるときに、地方自治から国を見るときに、ダーウィンの進化論じゃないですけれども、今これだけ世界の情勢が動いている中に、できるだけ時代の変化に対応できるやっぱり国政をということを特に地方の首長さんなんかは望んでいたと思うんですね。
 それは、やっぱり地方は首長制度ですからある程度リーダーシップが発揮できる、そういうシステムなんですけれども、国の場合は議院内閣制ということでありますから、これはある意味、セーフティーネットという意味ではすばらしい機構なんですけれども、やっぱり地方が求めていたのは、立法権に縛られながらも、しかし行政権のリーダーシップというものをすごく期待していたものですから、今回の改正というのは、一つ、内閣人事局ができて官邸の人事のグリップ力が強くなるわけですから、ある意味リーダーシップが少し前進するのかなということで、私も非常に賛成はいたしております。
 先ほど堀井先生から話あったように、一つ気になっているのは、同じように、六百人の審議官から上を今回は任命をするということですから、現場に下りてみたら、俺のことを余り知らないのになぜあいつがなったんだとか、そういう直接的な人事の納得感のところに審議官から上の方々に不満感が出ないかという一つ心配は少しあります。
 恐らく実際問題は、各省庁からの寄せ集めという言い方は大変失礼かも分かりませんが、そういう中の内閣人事局という、少しその辺の不安は私も持っているんですけれども、一つ前進したことは私も評価したいというふうには思っているんです。
 ただ、これは先生の御見識を聞きたいんですけれども、素人の考えだとよく言われますけれども、私、ちょうど合併したところの市長だったんですね。そうしたら、どうしても元々の出身省庁を引きずりながらの新しい市役所だったんですね。その前に、僕は議員の秘書を、代議士の秘書をしていたんですけれども、ちょうどそれこそ湾岸戦争の頃の海部内閣の大臣の秘書もさせていただいたんですが、そのときにも省庁のライバル意識というのをすごく感じて、縦割り行政の弊害というのはすごく私も感じた一人なんですけれども。
 六百人の審議官級以上の任命権というのもすごく大事なグリップだと思うんですけれども、逆に、やっぱり役所の方の官僚のお話聞くと、本籍地をすごく大事にするわけですね。どんな役所に出向しようとも、採用された本籍地というか、三つ子の魂百じゃないですけれども、総務省から外務省に行ってもやっぱり総務省が本籍地となっているというのが、すごくいいことでもあるし、しかしある意味弊害もあったのではないかなというふうに感じるところあるので、私個人の考えではあるんですけれども。
 キャリア官僚の採用も年間五百人とか六百人程度だと思うんですけれども、例えば、キャリアの採用をやっぱり官邸というか内閣の方でされて、そしてその赴任先を内閣が任命して逆に各省庁に行かせるような、そういう人材の国家全体を見る意識を最初に植え付けることによって、もう少し結果的には、総合調整機能とか官邸のグリップ力の強化とか、そういう人材を育成することが非常にできやすいのではないかと。
 官僚の方の研修というのは、もちろん人事院がやったり各省庁がやったりしますけれども、省庁横断的なそういう機会というのは余り採用された後はないので、私は、どちらかというと、採用の入口の方にもう少し官邸の任命権、採用権というのを置けばもっともっと官邸の機能が強化するのではないかなというふうに考えるんですけれども、先生のお考えを教えていただけたらなというふうに思います。
#96
○参考人(石原信雄君) 今おっしゃるとおり、各省の縦割り意識、縦割りの弊害、その根幹には各省の人事権が各省大臣にあって内閣にはないと、それはもうよく言われることで、私もそれは全く否定できない現実だと思います。
 ですから、これまでも公務員制度改革のたびに、少なくとも、いわゆる上級職というんでしょうか、幹部職員たるべき者は内閣で一括採用して、それでそれぞれの省に配属させるというふうにしたらどうかと。これ何回か議論があるんですけれども、やはり、じゃ、一括採用した場合に、職員が自分はどこの役所に行くか分からないと、政府の役人になるということは分かっているけれども、どこの役所に行くか分からないというのでは、何というか使命感が出てこないと。やっぱり社会保障がやりたいとか、経済がやりたいとか、自治をやりたいとかという、そういう目標があって幹部職員の試験を受けて入ってくる人が多いので、その動機というのか、そういうものが内閣一括ではなくなってしまうという反対が強くてこれまでは実現していないんです。
 その点は、地方自治体の場合は、御案内のとおり、全くもう部ごとの採用というのはありませんで、全て一括採用、幹部も一括採用です。また、多くの場合は、自治体の場合には、幹部職員になるような人はもう若い頃から市長なり知事と接触する機会がありますから、人事をする場合にもある程度市長なり知事は知っているということがあるんですけれども、中央政府の場合には非常に組織が大きいものですから、なかなかそこはできないと。
 そこで、一括採用はできないけれども、それに近い形で何か方法はないかというようなことは今までも随分議論されてきております。ですから、私は、今回、制度改正で人事局が少なくとも幹部人事は名簿に登載した中から選ぶというふうになるわけですから、その過程でいわゆる省庁帰属意識というのを少しでも弱めるというか、そういう工夫はあり得るのかなという気がいたします。
#97
○井原巧君 なかなか難しいことだと思うんですけれども、せっかく内閣人事局をしたら、やっぱり縦割り行政の弊害をなくしてできるだけグローバルに、国家のために、国民のために目線が据わるような方が育てばなというふうに思います。
 いいお話、ありがとうございました。終わります。
#98
○会長(武見敬三君) では、片山さつき君。
#99
○片山さつき君 ありがとうございます。
 議院内閣制における内閣の権限の絡みの中で、内閣官房長官の談話という極めて日本的な性格のものについてお伺いしたいと思います。
 今、有村議員から関連の質問が出たんですが、私自身も官僚を二十三年やっている間に内閣官房長官談話の起案をする立場のところにいたことがございます。外交・安全保障関係が多いですが、各省庁がそれでは手に負えず、かといって閣議決定や総理ということになるといろいろ禍根が生じるだろうなというときにこの形式を使っておりますが、はっきり言って、他の議院内閣制の国にほとんど例がない。官房長官は副総理ではない場合が多いですよ。
 それで、今回のこの河野談話は、その数ある官房長官談話の中でここまで、どういう御意見の方もこの場にいらっしゃいますが、要するにここまで引っ張っちゃっているということは事実ですよ、一官房長官談話がね。
 最近、この外務省アジア局の内部文書ということで報道されたものによると、平成五年の二月に従軍慰安婦問題の今後のシナリオというタイトルのアジア局の文書があって、元従軍慰安婦への聞き取りについて必要最小限の形で言わば儀式として実施することを検討と。その理由としては、一部には軍又は政府官憲の関与もあり、自らの意に反した形により従軍慰安婦とされた事例があることは否定できないことであり、なぜそこまでアジア局が言うかということについては、この文書によれば、韓国側が日本が何とか関与したことを認めてくれないと要は収まらないというのに近いことを言っているというような文書が報道されておりまして、先ほどの有村議員に対する石原参考人のそのお話を伺っていると、まあ、ある程度タイミング的には合っているお話なのかなと思ったんですが、このアジア局の内部文書が情報公開によるものかどうかは知りませんが、情報公開によって外に出ても不思議はないものですが、これ、ほかの国だったらこれは外務大臣がやることですよ、責任持って。その外交が失敗したら、もうそれはそれだという話ですよね。ところが、内閣官房長官が背負ってしまったと。
 この手の話や、それからアジア基金の話が持ち上がったときに、私は当時主計局にいましたから、当時の大蔵省は非常に強くて、およそ新聞に出るようなことは全て入ってくるんですよ。はっきり言って、どう思っていて、どう解していたかというと、とんでもないと、およそ国の金が出るような話は基本条約で全部終わりなんだから、当然ないんでしょうというスタンスだった記憶がありますが。
 なぜこのアジア局の上奏を半ば認める形で内閣官房としての調整が恐らく行われたのかというのは、官房長官談話の中身がこのアジア局の内奏、上奏の形に非常に近い形になっておりますので、もしお答えに差し障りがなければ、なぜそのように思われたのかと。
 それから、先ほど浜田議員がおっしゃっていましたが、我が国の外務省がなぜ内政をまとめられないかの理由は、簡単なんですよ。各省庁の中で国益を正面に挙げずに仕事している唯一の官庁だからです。相手の国見ているからですよ。これは、私はほかの国の外交官がいっぱいそろった学校におりましたが、ほかの国の外交官はうるさいぐらい自分の国の弁護だけ言うんですよ。日本だけはまあまあと言うんですよ。この差は非常に大きいんですね。そこは変えない限りはあらゆることはうまくいかないし、そこができるんだったら、外務省が外交の難しい交渉を一つ上の外交の一元化としてまとめることは、ほかの国でもよくそういうことが行われているように、できないことはないと私は思いますが、いかがお考えでしょうか。
#100
○参考人(石原信雄君) まず、内閣官房長官談話というものの性格というか位置付けというかですけれども、これは御案内のように、閣議決定したものではありません。ただし、その内容については、閣僚の皆さん方には納得していただいて発表しております。そういう意味で、内閣の全体の気持ちを代弁したものだということは間違いありません。
 今の片山委員の御指摘の、なぜ外務大臣談話でなかったのかということですが、これは、先ほども申しましたように、いわゆる従軍慰安婦問題というのが提起されて、この実態を調査しようという段階から、これは初めは戦後処理の問題の一環という意味で厚生省、当時の厚生省に調査その他をやってもらおうということであったんですけれども、厚生省だけではとても調査できないし手に負えないということで、そこで、関係する省庁に次々と範囲を広げて、結局もう最後は内閣が、内閣官房が直接担当する形で、各省の協力を得て資料の収集を行うという形になったわけです。ですから、この問題の取りまとめそのものが内閣がやってきたものですから、当然、その延長線でこの談話というものを発出することになった場合に官房長官談話という形になったと私は理解しております。当時の状況では、やはりこの問題は日韓関係全般に響いてまいりますから、外務大臣レベルではなかなか対応が難しかったと思います。もう初めから、ですから、これは外務省からも官邸で対応してもらいたいということであったわけです。
 そういうことで、外務省に対する批判というのは、私はそれをする立場にありませんけれども、やはり御案内のように、外交というものは基本的には内閣が行うわけであります。そして、その一翼を担って、担当大臣、主任の大臣として外務大臣が一定の役割を果たしているわけですが。もうそもそも外交というのは内閣が行うということでありますので、どこの省というわけにいかないようなテーマについてはやはり内閣が一定の行動をすると。そういうことで、あの場合は官房長官談話という形に自然になっていったということではないかと思います。
#101
○会長(武見敬三君) ほかに発言は。
 それでは、衛藤晟一君。
#102
○衛藤晟一君 石原先生に是非、今道州制の問題だとかいろいろな問題が起こったり、あるいは大阪都構想というような話もありますけれども、今内閣の総合調整機能と国会の関係というお話でございましたけれども、特に、私、今重要なのは、さらに国の在り方の中で、国と地方における統治機構、それを入れて、道州制の問題も議論されていますけれども、それについてどうお考えなのか。
 少なくともやっぱり、我が国は四十七都道府県を持ち、そしてそういう中で二十の政令指定都市を持ち、それからまた三十万前後の中核市を持ち、そして小さな市から小さな町村、まさに限界集落を持っているような状況の中での全体としての、日本の国全体の統治機構に関する、どういう形がいいのかということについて、ずっと地方自治を研究していらっしゃるわけでございますから、それについての御意見を是非いただきたいという具合に思っているんですね。
 まあ、大阪の問題も起こってきた、極めて大きな問題は、大阪府とそれから政令市である大阪市あるいは堺市という問題と、それからまた、全国で見ると、それにかてて加えて大変な大きな過疎地を抱えていると。
 私は大分の出身ですけれども、大分市を除く地域は、ひどいところは人口が、日本の人口が終戦のときは八千万ぐらいだったのが一億二千七百万になったにもかかわらず、大分の地方の人口は大体三分の一とか、平均して大体三分の一になっていますので、この大きなアンバランスを抱えている中で本気で議論しなきゃいけないと思っているんですが、極めて軽く流れ過ぎているという感じがするものですから。そういう意味で、ずっと地方自治をタッチされてこられた石原先生にそれについての御意見をお伺いできればという具合に思っているんですが、どうぞよろしくお願いします。
#103
○参考人(石原信雄君) 地方行政の在り方の基本の問題ですけれども、御案内のように、各地域の行政というのは、いわゆる広域的な問題は府県ですけれども、住民生活に関わる問題は市町村が担当することが望ましいという考え方に立っておりますね。しかし、残念ながら、従来は、市町村によっては行財政能力が非常に限りがあるので、その分はやはり府県が補完せないかぬということで、現実には府県というものがかなりの部分を担当してきたのが実態です。
 しかし、明治二十一年の市制町村制以来、市町村の行財政能力の強化というのは一貫して政府が努めてまいりました。ですから、当時、二十一年当時は、ちょうどその頃、四十七府県というのが確定したわけですけれども、その頃の市町村というのは一万五千以上あったわけですね。それがその後、昭和の合併、平成の合併を経て、現在は千七百ぐらいになっている。約もう一割程度になっておりまして、市町村というものが非常に行財政能力が多くなっております。
 もっとも、その背景には、交通体系の整備とか通信手段の発達とかあるいは経済の広域化というものがありまして、それに対応するために、市町村については、ずっと引き続き、その強化のための努力が重ねられて今日の状態になっております。その結果どうなったかというと、従来府県が担当しておった仕事の相当部分は市町村が担当できるようになっております。現に政令市の場合は、府県が担当するのはもう警察官の人件費と教員の人件費ぐらいで、実際の市民生活の関係の行政というのはほとんど市が担当しております。
 ですから、私は、そういう変化を考えますと、市町村については今のように十分の一まで再編成したのに、府県は四十七のままなんですね。これ結局、府県がそのままであるということは、いろんな意味で問題を提起している。例えば選挙制度の場合でも、やはりいわゆる一票の格差の問題というのは府県制度というものがかなりネックになっているということもあるんだろうと思います。
 いずれにいたしましても、私は、今の行政の実態からするならば、市町村の行財政能力が飛躍的に大きくなったということを踏まえまして、府県というものはいわゆる補完行政、広域行政を担当するわけですけれども、その後の過去百年の変化にほとんど対応していないんですね、制度的には。ですから、やはりここで、少なくとも国内行政、住民行政に関わるものは、今の府県単位からブロック単位ぐらいに広げた方が実態に合うんじゃないかと、効率化にもなるんじゃないかと。そして、そうすれば、当然、中央政府が持っているいわゆる産業政策とか民生安定政策とかというのはかなりの程度各ブロック単位の例えば道州なら道州に任せることができるんじゃないかと。そうすれば、中央政府はもう外交とか防衛とかという問題に専念できるんじゃないかと。
 したがって、私は、道州制の中身をどう構築するか、いろいろ御議論はあるんでしょうけれども、大きな流れとしてはそういう再編成の時期に来ているのではないかと思います。
#104
○衛藤晟一君 地方自治から見るとそのとおりなんでしょうけれども、現実に私ども、ずっと地方を見ていましても、実力でそういうことが、県にあった機能が全部やれるというような市の規模というのは、これは市長経験者もおられますけれども、さて、どれぐらいなんでしょうかね。できればやっぱり二十万前後ぐらいあってもらいたいと思うけれども、田舎ではそれはまた無理かもしれないけど、そのぎりぎりのところというのがやっぱりまだ全然統一もされていなくて、そっちの方のイメージを先に明らかにしながらいかないととても進まないんじゃないのかなと。
 ですから、いわゆる地方自治体の規模とか単位とか広さとか、それをどの程度にして、どの程度持つのかということをしないと。だから、そういう意味では、もう一回、第二の廃藩置県をやるぐらいの覚悟でやらなきゃいけないんだろうと。ただ、何か道州制やればうまくいくみたいな余り軽い議論はしない方がいいんではないのかという感じが正直言ってしているんですね。
 今、一万五千あったものが今一万六千前後ですか、ぐらいにということですけれども、これが本当にどれぐらいの規模であったらやれるのかと。現状における市町村でも、私もいろんなところを見ても、本当に三万や五万というのはやれないですよね、やっぱり。二、三万というところでも。ところが、現実の地方は、今、私どもの大分県も相当合併をしたわけですけど、やっぱり一定の規模は最低要るねという感じを持つんですが、そこのところはどうですかね。
#105
○参考人(石原信雄君) 私は、市町村が住民に最も身近な自治体としていろんな機能を果たすということが望ましいわけですが、その人口規模はやはり三十万程度でないといろんな行政をやるということは無理だと思うんです。
 ですから、現実問題として、道州制の問題というのは御案内のように非常に強い反対があることも承知しております。現在の府県というものを撤廃することについては物すごい反対があることは事実ですが、それと同時に、今のそれ以下の小さな規模の市町村をどうするかという問題を同時にこれは考えていかないと、単に道州にすれば済むという話じゃないわけです。
 だから、私はもう経験的に言いまして、今、御案内のように、中核市は三十万以上が中核市になっておりますが、その辺以上は市単位でもう相当のことをやれると思います。しかし、それ以下の町村なり、小さな二万、三万の市になりますと、これはやっぱり能力に限界がありますから、それを補完する組織を今の府県単位にするのか、どこか要するに、いわゆる対等の立場での連合組織にするのか、やはり補完する組織を同時に考えないと、大きな都市だけを頭に置いて再編成するというのは無理だと思います。やっぱり補完制度をどう構築するかがポイントではないでしょうか。
#106
○衛藤晟一君 ありがとうございました。
#107
○会長(武見敬三君) それでは、以上で参考人に対する質疑を終了いたします。
 石原参考人におかれましては、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十分散会
ソース: 国立国会図書館
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