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2013/11/27 第185回国会 参議院 参議院会議録情報 第185回国会 国の統治機構に関する調査会 第2号
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2013/11/27 第185回国会 参議院

参議院会議録情報 第185回国会 国の統治機構に関する調査会 第2号

#1
第185回国会 国の統治機構に関する調査会 第2号
平成二十五年十一月二十七日(水曜日)
   午後一時一分開会
    ─────────────
   委員の異動
 十一月二十六日
    辞任         補欠選任
     高階恵美子君     大家 敏志君
     森本 真治君     石上 俊雄君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         武見 敬三君
    理 事
                岡田 直樹君
                片山さつき君
                宮沢 洋一君
                風間 直樹君
                谷合 正明君
                井上 義行君
                倉林 明子君
    委 員
                井原  巧君
                衛藤 晟一君
                大家 敏志君
                古賀友一郎君
                酒井 庸行君
                堀井  巌君
                石上 俊雄君
                江田 五月君
                尾立 源幸君
                徳永 エリ君
                吉川 沙織君
                杉  久武君
                江口 克彦君
                東   徹君
                浜田 和幸君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        宮崎 清隆君
   参考人
       明治大学法科大
       学院教授     高橋 和之君
       駿河台大学法科
       大学院教授兼法
       学部教授     成田 憲彦君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国の統治機構等に関する調査
 (「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
 方」のうち、議院内閣制における内閣の在り方
 (議院内閣制の現代的課題))
    ─────────────
#2
○会長(武見敬三君) ただいまから国の統治機構に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告をいたします。
 昨日、高階恵美子君及び森本真治君が委員を辞任され、その補欠として大家敏志君及び石上俊雄君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(武見敬三君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
 「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「議院内閣制における内閣の在り方」について調査を行うに当たって、本日は「議院内閣制の現代的課題」について参考人から意見を聴取いたします。
 御出席いただいております参考人は、明治大学法科大学院教授高橋和之君及び駿河台大学法科大学院教授兼法学部教授成田憲彦君でございます。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考といたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず高橋参考人、成田参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、高橋参考人からお願いいたします。高橋参考人。
#4
○参考人(高橋和之君) ただいま御紹介にあずかりました高橋です。よろしくお願いいたします。
 今日は、議院内閣制に関する見解を述べる機会を与えていただきまして大変光栄に感じております。日ごろ考えてまいりました私の憲法理解を御披露させていただき、少しでも皆さんの参考になるとすれば大変幸せに感じます。
 憲法は、統治機構に関して二つの種類のルールを定めております。一つは、政策を決定していく方法についてのルールであり、もう一つは、法律化された政策を執行していく方法に関するルールであります。議院内閣制は前者に属し、後者は法の支配とか法治国家というものを制度化する領域に属するものと私は考えております。国の政策を決定し執行可能な状態にするには、政策を予算と法律の中に具体化する必要があり、それを行うに際して依拠すべきルールとして議院内閣制と呼ばれるメカニズムが定められているのであります。日本国憲法は、国会が内閣総理大臣を指名し、衆議院が内閣を不信任する権限を持ち、これに対して内閣が衆議院を解散する権限を持つことを規定しておりますから、典型的な議院内閣制を採用したと言うことができます。
 しかし、議院内閣制の運用の仕方は、選挙制度や政党制の在り方などによって異なりますから、国により様々であります。その特徴を比較するために提案された分類で、私が日本の問題を考えるのに非常に示唆的であると考えているのは、直接民主政と媒介民主政という区別であります。
 直接民主政といっても、古代ギリシャ的な直接民主政を意味しているのではなく、制度的には代表制を前提にした区別でありまして、国民が選挙で代表者を選ぶのでありますが、それを通じて、実際上、国民が直接、首相とその政策を選択したと言えるような具合に議院内閣制が機能する場合を直接民主政的運用といい、イギリスの議院内閣制の機能の仕方がその典型例だとされます。
 これに対して、選挙の結果、首相とその基本政策の選択が明確には表れず、その決定が議会内の諸党派の間の話合いによりなされるという在り方を、決定が代表者に媒介されるということから媒介民主政的運用といい、ヨーロッパの比較的人口規模の小さなベルギーとかオランダ、あるいは北欧諸国などの議院内閣制の運用の仕方がその例とされております。
 この分類は、議会における政策決定の在り方に着目するという視点からは、対決型と協調型と呼ばれることもあります。イギリス型では、選挙の結果、基本政策の選択が終わっておりますから、勢い、議会での討論は、与野党の妥協を模索するというのではなくて対決する形のものになるのに対しまして、媒介民主政では、党派間の妥協と合意を模索する協調型になるというわけであります。
 この直接民主政と媒介民主政、あるいは対決型と協調型のどちらが民主政治の在り方としてより優れているかということは、これは一概には言えません。しかし、各国の政治文化の在り方や歴史の違い等との関連で、その国にとってどちらがより適しているかということはある程度議論できるのではないかと考えております。
 この分類を頭に置いて、戦後日本の議院内閣制の運用の仕方をとらえるとすると、いわゆる五五年体制という形で日本では議院内閣制が運用されてきたわけですけれども、この五五年体制下においては媒介民主政的であったと私は考えております。
 選挙の結果、自民党が多数を獲得していたという点のみに着目いたしますと、国民が直接選択をしていたのであり、直接民主政的であったのではないかというようにも見えますが、しかし、そこで国民が行っていたのは体制選択にすぎず、現実の首相と基本政策の決定は、選挙後に自民党の派閥間の話合いで行われるというのが通常でありました。派閥が政党内政党という性格を持っていたということを考慮いたしますと、これは媒介民主政的であったというべきであろうと思います。
 当時、学説やメディアの支配的論調が、日本国憲法が想定する政治の在り方をどのように理解していたかといいますと、議会制民主主義論がそれでありました。憲法は、国民主権を掲げ、国会を国権の最高機関と宣言し、国会が内閣総理大臣を指名すると定めていますから、国民により直接選挙された国会こそが政治の中心に置かれ、国民の間に存在する様々な意見を忠実に反映した国会が討論を通じて政策決定を行い、それを内閣が官僚機構を使って忠実に執行していくんだという政治の在り方こそ憲法が想定し得るものであるという理解であります。
 この考えを基礎にして、国民の意思が議会に反映されていないといって腐敗選挙や定数不均衡を批判し、あるいは代表者による討論と合意形成が適正に行われていないんじゃないかといって強行採決とか議事妨害などを病理として批判してきたのであります。これは媒介民主政的な理解を基礎にした批判であったと私は考えております。
 他方、戦後の現実の政治は、戦前と同様に官僚機構を中心に行われてまいりました。この実態は、議会制民主主義論からすると、本来国会が政治の中心となって政策決定を行うべきであるのに、実際は官僚が実質的な政策決定を行っており、これは憲法に反する非民主的な在り方だということになります。
 議会制民主主義論者には、官僚が実質的に策定した政策を実施するための法律と予算が官僚の要請を受けて内閣によって国会に提案され、それが十分な審議、討論を経ないまま与党の数の論理により承認、可決されており、議会による決定が形式にすぎないものとなり空洞化されているという批判になって表れたのであります。官僚に対する批判が特に強くなるのは、経済成長が停滞し、分配がゼロサムゲーム的になることを契機にいたしましたけれども、国民に痛みを与える決定を民主的正統性を欠く官僚が行うことは許されないんではないかというふうに感じるようになったのであります。
 では、このとき官僚に取って代わるべき主体として想定されたのは、議会であったのでしょうか。議会制民主主義論からいえば、そうなるはずでありました。しかし、議会は、その組織と行動の準則からして、現代政治の要請には的確にこたえることが困難な機関であります。国際化がますます進展する中で、現代国家は臨機応変の対応を迫られます。それにこたえ得る機関は、日本国憲法上は議会ではなく、内閣以外にありません。そうだとすれば、内閣により迅速な対応を可能とする権限を与えると同時に、その内閣が暴走しないように民主的コントロールを行うという戦略が必要になります。議会制民主主義論は、そのような目的から構成された理論ではないのであります。
 私は、現代日本国家の課題により良くこたえ得る議院内閣制の在り方につき、国民内閣制論という考え方を提案し、主張をしてまいりました。これは、イギリス型をモデルにし、それを日本の現状の改革に適用させようとしたものであります。
 政治には、まず誰かが国家、社会が必要としている政策の提言を行い、その支持者を獲得していこうというアクション、イニシアチブを起こすことが必要です。しかし同時に、アクションの暴走を防ぐためにコントロールも必要です。この政治におけるアクションとコントロールのバランスという見方を議院内閣制の運用の仕方に投影いたしますと、アクションの主たる担い手は内閣であり、コントロールの担い手は国会であるという役割分担になります。議会制民主主義論が決定と執行という図式で議院内閣制をとらえ、したがって、議会に決定、内閣に執行の役割を配分したのとは、役割のとらえ方が異なっております。
 そこで、新たに重視されることになった内閣によるアクションにデモクラシーが要求する民主的正統性をどう確保するかということが問題になってまいりますが、それを議会による選任だけに見ていたのではアクションが必要とする強固な基盤は得られないと考えまして、国民による事実上の直接的選択と関連付けようというのがここでの戦略ということになります。内閣は、議院の信任よりは国民の直接的信任に基礎を置くべきだということで、これを私は国民内閣制的運用と呼んでおります。
 国民に支持された基本政策の選択を基礎に、内閣が官僚の協力を得てそれを強力に実施、執行し、国会、特に野党がこれをコントロールするというのが私の描く議院内閣制の運用の在り方であります。
 国会の役割を基本的には内閣のコントロールという観点から理解するとした場合、憲法の採用している二院制はどのように理解すればよいのでしょうか。国会の役割を議会制民主主義論のように政策決定というところに見る場合には、国会をアクションの担い手と見るわけでありますから、二院制は相互の抑制、均衡を通じてアクションの行き過ぎを防止する制度だという理解になるでありましょう。
 これに対して、国会の役割をコントロールに見る場合には、アクションを担う内閣の立場から見れば二つの院のコントロールを受けるということになりますから、コントロールが強化されるということになります。したがって、アクションとコントロールの適切なバランスを考える場合、このことに留意する必要があると考えております。
 このことを頭に置いて衆議院と参議院の役割分担を考えますと、両院のコントロールを異なるものと考える必要があります。同質のコントロールと考えたのでは、屋上屋を重ね、コントロールがアクションに優越し、バランスを失するということになるでありましょう。そうならないためには、衆議院によるコントロールで生じ得る不十分な審議を参議院で補完し、適正なバランスを回復するという説明になるかと思います。
 より具体的には、衆議院で十分に議論されなかった論点を補足し、国民に内閣が提案し、衆議院の多数派が支持をしている政策の意味と問題点をよりよく知らせるためのものという理解になります。
 いずれにせよ、コントロールの役割を遂行する中心主体は野党ということになりますから、特に衆議院において十分に代表されていなかった少数派の視点から論点が解明されるような議論が十分に行われるということが必要だということになります。
 しかし、コントロールはアクションを不可能にするものであってはなりません。国民の支持を得て選択された政策は、原則的には実施される権利を持つと考えるべきであります。政治にはあらかじめ判定できる正解というものがあるわけではないと考えておりまして、常に試行錯誤していく以外にないと思います。したがって、施行される権利が認められると考えるべきだということであります。
 そこで、このような考えから、憲法の定め及びその現実の運用を見ますとどのような問題があるかということを最後に簡単に指摘させていただきたいと思います。
 本日のテーマは内閣の在り方ということでありますが、内閣自体の問題についてはほかの意見陳述が予定されておりますから、私は内閣との関連で見た国会の在り方に焦点を当てることにさせていただきたいと思います。
 第一に、内閣のコントロールが国会の最も重要な役割であるということから、行政をコントロールする制度、例えば情報公開制度とか行政手続法というような制度、こういった制度の制定は国会が自らのイニシアチブで積極的に行うべきものであるということであります。情報公開法や行政手続法というのが、本来国会の側で提案すべきものであった、にもかかわらず内閣提案として制定されたということは、国会の側としては反省すべきことではないかと私は考えております。
 第二に、国会によるコントロールの中心的主体となるのは野党であるということを考え、野党がその役割を効果的に果たし得る権限と手続を確立する必要があります。例えば、憲法が議院に与えている国政調査権は行政のコントロールのための重要な権限でありますから、これを野党が発動し得るようにする必要があります。
 国政調査権を発動するかどうかを多数決で行うということになりますと、野党にはこの権限を十分に活用できないということになりますから、調査自体は少数派による決定ができるようにすべきであります。しかし、もちろん、調査の結果を踏まえて議院の意思を議決し、表明するという場合には、当然多数決により行うということになります。
 第三に、参議院によるコントロールは衆議院における討論により十分に扱うことのできなかった論点や視点を明らかにすることが中心になるべきことを考えますと、そういった点を最も鮮明に意識し得る立場にいるのは野党でありますから、審議の主題と時間配分、議事日程の決定については野党のイニシアチブを最大限尊重する必要があると考えております。
 第四に、しかしコントロールが強くなり過ぎてアクションが不可能になってしまうということは避けなければなりません。これが特に問題になるのは、いわゆるねじれ国会となったときでありますけれども、日本国憲法は参議院に非常に強い権限を与えておりますから、参議院の多数を制している野党がその権限をとことん行使する場合には、こうした問題が生ずるということになります。
 これを解決する方法としては、一つは、憲法が想定する衆議院で三分の二を形成するという方法が考えられますけれども、それが困難ならば、協調型の運用を目指す以外にありません。最も極端には大連立の形成ということになりますけれども、それが民主政治の在り方として好ましいかどうか疑問があります。
 私は憲法が改正されない限り、野党の見識に期待する以外にないと思っております。少なくとも予算関連法案については、予算の承認に衆議院の優越が認められているという憲法の精神からいって、参議院の野党はその問題点を明らかにするための十分な審議を行った後は、法案に賛成しないまでも可決に至り得るような配慮をすべきではないかと考えております。
 具体的な方法としては、無記名投票とか党議拘束を外すとか、あるいは投票を棄権するとかいろいろ考え得ると思いますけれども、こうした野党の賢慮、賢い思慮に期待ができないというのであれば、憲法改正をして参議院の権限を弱める以外にないということになります。参議院の役割としては、内閣及び衆議院多数派に再考を求めるというのが基本であります。一定期間の停止的拒否権のようなものにする必要があるのではないかと私は考えております。
 第五に、ねじれ国会に関連しますが、参議院による内閣に対する問責決議は憲法上問題があると思います。決議をするだけならまだしも、問責した内閣とは一切の交渉を拒否するというのは、内閣総理大臣その他の国務大臣の議院出席の権利を規定した憲法六十三条に反するのではないかと考えております。
 以上、簡単でありますけれども、私の意見陳述とさせていただきたいと思います。
 御清聴ありがとうございました。
#5
○会長(武見敬三君) ありがとうございました。
 次に、成田参考人にお願いをいたします。成田参考人。
#6
○参考人(成田憲彦君) 成田でございます。
 私の方からは、政治学の立場から議院内閣制における内閣の在り方を考える前に、どのような検討課題があるかということにつきまして、特に諸外国の議院内閣制の国との比較を通じて考えていきたいというふうに思います。
 大変けばけばしいパワーポイントで恐縮でございますが、パワーポイントを使いまして御説明をさせていただきます。(資料映写)
 まず、議院内閣制の構造ですが、基本的に、言うまでもなく、主権者たる国民による選挙、この構造は代表制の構造ということで、ここをどういうふうに制度設計するかということは大変重要な問題でございますが、今回は扱わないことにいたします。議会の多数派の信任、政権基盤の提供によって内閣が成立する。それから、内閣がその行政を、国民に対する行政を行うために必要な予算、法案を議会に対して提案する権限を持つ、こういう構造になっております。
 この議院内閣制を理解するために大統領制と比較してみますが、大統領制は国によって大変多様でございますが、これはアメリカの例でございますが、最大の特徴は、議会が国民によって選挙されると同時に、大統領、行政権の長も国民によって選挙される。両者とも自分は国民から選ばれたということを主張することができるということでございます。
 したがいまして、この議会と大統領との関係が問題になりますが、アメリカの場合は、大統領というのは世界で一番影響力の大きい政治家というふうに考えられているかもしれませんけれども、アメリカの大統領はそういうふうに思われているかもしれませんが、それはアメリカという国が大国であり、強力な軍隊を持っているからでありまして、制度的には非常に議会の方が強いと言っていいと思います。三権分立で、議会は行政監督権を持っておりませんが、その代わり、自律的な立法権、法律を自由に作るという権限を持っておりまして、その法律で大統領の行動を縛る。これに対して大統領は、教書で議会に立法を要請するということができますし、実際には依頼立法という形で議会に法案を作ってもらいますが、しかし議会はそれを大幅に修正するということで、極めて自律的な立法機関であるというのがアメリカの大統領制の特徴でございます。
 その結果、大統領制と議院内閣制を比較してみますと、これは議院内閣制の特徴というものを御理解いただくために比較しているんですが、まず行政府につきましては、大統領制は、国民から直接選挙されているために非常に強力なリーダーシップを発揮できる、その一方で、議会とねじれた場合には活動を非常に制約される。現在、民主党のオバマ大統領と下院の多数派の共和党、ねじれているわけで、こういうねじれた場合の政治が停滞するという問題がございます。それに対して議院内閣制は、国民が直接首相を選ぶわけではありませんので、リーダーシップは必ずしも強力に発揮できるとは限らない、これは首相のパーソナリティーにもよりますけれども。しかし、必要な予算、法案は成立する、基本的に成立するという関係にございます。
 重要なのは、大統領制の場合と議院内閣制の場合で議会がどういうふうに性格が変わるかということでございます。
 大統領制の場合は、大統領が国益の実現を図る、議会の方は、国益は大統領に任せて、極めて地元への利益誘導型あるいは有権者を意識した議会になりやすい。例えばアメリカの議会も、国内政治、内政の面では地元利益優先型の議会です。フランスもそうです。先日、九月いっぱいで次年度の予算が成立しませんで、しばらく政府機関が閉鎖ということになりました。なぜあれほど議会が頑張ったかというと、議会は国益を考えない、あくまでも地元利益。この間のアメリカの場合は、地元の有権者、自分に、共和党に投票してくれる有権者たちの政策選択、イデオロギー選択、そういうものを非常に意識したために妥協が成立しない。議院内閣制ではこういうことはあり得ない、大統領制の議会であるからそういう対立が、極めて強い対立が生じたというふうに考えることができます。逆に、政権競争の場としての議会の性格はそれほど強くないということが言えます。
 それに対して議院内閣制の場合は、議会は単に地元利益の誘導ばかりではなくて国益を実現するという要請を果たさなければならない。自民党の長期政権の時代には、ここは自民党システム、大変うまくできておりまして、若手議員は地元利益専念、それに対して派閥の長とか総理経験者のような大物政治家は国益を代弁するというような役割分担がございました。いずれにしても、議会が国益も見なければならないということがございます。同時に、議会は政権競争の場としての性格も帯びるという特徴がございます。
 政党制につきましては、大統領制というのは全国を一区とする小選挙区制でございますので、二大政党ないし二大ブロック制、例えばフランスのような二大ブロック制になりやすい。議院内閣制の場合は選挙制度によって大変異なりまして、一般的には、デュベルジェの法則と呼ばれておりますように、比例代表制は多党制、小選挙区制は二大政党制になると、こういうことでございます。
 これが大統領制と比較した場合の議院内閣制の特徴でございます。
 それで、これから議院内閣制における内閣の個別的なテーマについて見てまいりますが、まず、議会と内閣との関係が問題になります。極めて大ざっぱに言いまして、内閣が強いタイプの議院内閣制、それから議会が強いタイプの議院内閣制、両者が非常に協調しながら折り合っている議院内閣制、非常に大ざっぱに分ければこういうことになるかと思います。
 内閣が強い議院内閣制は、代表はイギリスでございます。イギリスは与党の執行部というのはありませんで、即政府が与党の執行部で、議事日程を決めるのは政府です。それから、議会の審議において動議などを出して例えば議長に採決を求める、そういう動議を提出するのは、これは閣僚でございます。政府が議事進行の動議を出す。
 それから、フランスは伝統的に議会が強い政治体制ですが、第五共和制になりまして非常に政府の強い体制になりました。議事日程も、従来、第五共和制においては政府が決めた議事日程が優先されるということが続いてまいりました。ただ、この点につきましては、二〇〇八年にサルコジ大統領による憲法改正がありまして、政府の定めた議事日程が優先されるのは四週間のうち二回だけというように議会の権限及び野党の権限を強化する憲法改正が行われましたが、その他、政府の権限は大変強いという形でございます。
 日本は議会が強い、国会が強いというのは、先生方におかれては意外と思われるかもしれません。実感として、政府は強いんだ、こういう恐らく実感があると思います。しかし、類型論的にいいますと、日本は大変議会の強い議院内閣制でございます。
 議院内閣制につきましては、第一次大戦後に議院内閣制の第一次合理化ということが行われました。これは、内閣が議会に対して責任を負うという体制が大ざっぱに言って第一次大戦後に成立をいたしました。第二次大戦後に議院内閣制の第二次合理化ということが行われました。これは、第一次合理化で強くなり過ぎた議会に対して政府の権限を強化するという改革が、第二次大戦後に例えばドイツであるとかフランスであるとかいうところで行われました。日本国憲法というのは、私の感想では、第一次大戦後の第一次議院内閣制合理化の形の議院内閣制でございまして、したがいまして、内閣が議会に対して責任を持つけれども政府は弱い立場に置かれるという体制でございます。
 議会と内閣が協働関係にあるのはドイツ、イタリアでございまして、それぞれ議事日程につきましても、議会と政府の意見もしんしゃくして議事日程を決める。ドイツなどは委員会審議も、政府、具体的には官僚の政府委員ですが、政府委員と与党、野党、三者が話し合って法案の修正を図るという協働関係に立っております。
 日本が議会が強いということの内容について御説明します。
 現在、内閣は国会のスケジュールには全く関与できません。諸外国では、内閣、政府が審議スケジュールを決定できるか、先ほど申し上げましたように、イギリスとかフランス第五共和制です、あるいは何らかの形で関与ができる。しかし、日本は全くできない。それから、内閣は長時間国会出席を強いられる。これは現在問題になっております、総理の国会出席の日数を減らすという、あるいは大臣の海外出張の間は副大臣が答弁をすると。
 これは、御承知のとおり、日本アカデメイアという団体が各国の議会における首相の拘束時間のデータを出しました。これは、日本は百二十七日、それからフランスが十二日、イギリスが三十六日、ドイツが十一日ということになっております。これは日数ですから、例えばイギリスでは一日とカウントしているクエスチョンタイムは中身が三十分ですが、日本は一日というのは朝九時から昼休みの一時間を除いて五時まで拘束されるということで、時間で考えますと、はるかに日本は拘束が強いと、こういうことでございます。
 なぜ日本では政府の国会出席がそれほど長いかといいますと、国会の審議が内閣に対する質疑であるということです。諸外国の場合は、政府に対する質疑ではなくて、与野党でこの法案をどういうふうに修正するかということを検討するのが中身でございまして、先ほども申し上げましたフランス、イギリス、ドイツにおける首相の国会出席も、多くは質問、対政府質問とか質問時間ということで、日本では党首討論という形で党首だけが総理と議論ができますが、諸外国では総理及び大臣に対して質問ができます、口頭質問ができます。日本では現在、文書質問になっておりますが、諸外国は口頭質問がございまして、それに答えるために出席するという程度で、質疑は与野党が法案の修正を検討するという形のために、諸外国では首相、大臣の国会出席時間が短いということでございます。
 更に大きいのは、日本は内閣の自律性が制約されているということでございます。行政機関法定主義、行政機関につきましては、国家行政組織法で行政機関については法律で定めるということになっておりまして、具体的な省庁それから組織、権限等が法律で定められております。その結果、大臣一人増やすにも国会の同意、すなわち内閣法の改正が要るわけでございます。これは諸外国から考えますと大変特殊な例でございまして、諸外国では、例えば大臣の数はイギリスでは首相は勝手に決められますし、諸外国でも基本的には政府の方で決められる。主要国の中で省の設置について議会の法律が必要なのはアメリカでございますけれども、アメリカも大統領府の構成については大統領が自由に大統領命令、エグゼクティブオーダーですることができるということがございます。
 それから、国会同意人事もアメリカ以外にはございません。例えば、ドイツでは憲法裁判所の裁判官は半数が上院、半数が下院が決めるというように議会が人事をすることはございますが、政府の任命を議会が同意を与えるということは、諸外国ではアメリカの上院の同意権以外にはございません。アメリカでも、閣僚等の任命について上院の同意が必要なために、この同意が非常に政争の具に用いられるという現象が起きておりまして、つい最近、上院の人事に関する案件については、上院の抵抗手段として有名なフィリバスターは適用しないという改正が、つい数日前だったと思いますが成立いたしました。そのように、行政の組織それから人事、これらに議会が関与するというのは日本の特殊性でございまして、これが日本が強い議会であるという中身でございます。
 二院制になりますと、この図はフランスでございますが、これは上院のリュクサンブール宮殿、下が下院のブルボン宮殿でございますが、ねじれという問題がございます、高橋参考人からも御指摘がございました。ただ、日本の場合は、私は、参議院は反省の院とか抑制と補完の院とか言っておりますが、憲法四十三条第一項によって全国民を代表する選挙された議員で構成するとなっておりますから、衆議院に何ら遜色のない国民代表機関だと思っておりまして、参議院の方が抑制的である理由は何らないというふうに私は考えておりまして、問題は衆議院と参議院の調整のシステムをどうつくるかということだろうと思います。
 それから、与党、先ほど国会は、議会は日本は例外的に強いということを申し上げました。じゃ、どういうふうにして政府の意思を通すか。ここに与党というものが登場する。与党という存在、これが非常に大きな意味を持つのは日本の統治システムの特徴でございます。
 諸外国では、内閣は与党に対しても自律的です。しかし、日本では与党が政府案の事前審査を行う。なぜ行うか。これは先ほどの強い国会に対して、法案の成立の責任を持つのは政府自身ではなくて与党であるからという、強い議会に対する代償措置として与党というものは強くなると。したがって、日本の統治システムの非常に大きな特徴を一言で言えば、与党という権力機構が成立している。幹事長は大臣五人分に当たる、こんな強い与党はほかの議院内閣制ではございません。したがって、与党という存在をどういうふうに考えるかというのも議院内閣制を考える場合の非常に大きな問題でございます。
 次に、首相と内閣でございます。
 首相は、憲法では内閣の首長になっておりますが、内閣法では閣議至上主義と言っていいと思います。憲法では内閣の首長ということで、例えば行政各部を指揮監督するというふうに書いておりますが、内閣法では、内閣総理大臣は閣議で決定した方針に従って行政各部を指揮監督する、それから所管に争いがある場合には閣議にかけて裁定をする等々、全て閣議で決めなければならないということでございます。
 それから、首相は主任の大臣かと書きましたけれども、内閣法第三条第一項で、各大臣は、別に法律の定めるところによって、主任の大臣として行政事務を分担管理するという、いわゆる分担管理の原則、分担管理の原則それ自体は憲法で定めておりますが、法律で分担管理の中身を定めるということを内閣法で規定しております。
 先ほど、日本は、行政府は自律性を持っていない、何でも議会で、国会で決められなければいけないというふうに申し上げました。分担管理というのは、昨日ですか、成立しました国家安全保障会議設置法、あれもこの法律に言う主任大臣、この法律における主任大臣は内閣総理大臣とするというふうに書いておりますが、普通、あるチームに何かを任せた場合、そのチームの中でどういう分担をするのかということはそのチームで決める、あるいはリーダーがいる場合はリーダーが決める、誰々さんは何をやってくださいと決めると。ところが、日本は、どの大臣がどの行政事務を分担するか、どの行政事務について主任の大臣となるかということについて法律で定める、議会が決めなければいけない、こういうことが、これは先ほどの議会が強いということのさらに例でございますが。
 それで、首相はほかの大臣と同時に行政事務を分担管理する大臣かということにつきまして、私は大変疑問を持っておりまして、内閣の首長というものは行政事務を分担管理する他の大臣の上にあって内閣を指導する、諸外国の場合はそういうふうになっておりますので、日本の総理もそういう地位を獲得すべきだというふうに考えております。
 最後に、現在、内閣官房と内閣府がございます。民主党が計画しました国家戦略局、成立しませんでした。成立しなかったのは残念ですが、内閣官房と内閣府に、さらに国家戦略局ができますと、もう非常に首相のサポート機関が混乱するというふうに私は個人的に思っておりまして、現在の内閣官房と内閣府につきましても整理ができていない。このサポートの仕組み、対象が内閣か首相か、そういうことにつきましても大きな検討課題だというふうに思っております。
 急ぎましたけれども、取りあえずのプレゼンテーションとさせていただきます。
 ありがとうございました。
#7
○会長(武見敬三君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
 質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いをいたします。
 また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくようお願いをいたします。
 なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十分以内となるよう御協力をお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いをいたします。
 それでは、片山さつき君。
#8
○片山さつき君 自民党の片山さつきでございます。
 両先生から大変示唆に富んだ御意見をいただきましたが、自民党は去年、憲法改正案を出しておりまして、私も起草委員の一人でございます。
 現行の内閣に対する憲法の七十二条では、内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、云々、行政各部を指揮監督するとなっておりますが、私どもは、まさに成田参考人が御指摘のような点も考慮いたしまして、総合調整を行うと。内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その上、その総合調整を行うということを憲法上明記すると、条文に明記するということを提案しております。
 一々閣議を経なくても、今の内閣法は本当に閣議主義でございますので、ただ、それを打ち破ろうとしたら、単なる内閣法の改正や組織の新設では足りないと、やはり憲法条文から直さなければ不十分だというふうに考えておりますが、まず第一問は成田参考人に、このように改正することは、今の御指摘も踏まえて有効であると思うか、あるいはこういう方向が逆に必要だと思われるかを伺いたいと思います。
#9
○参考人(成田憲彦君) 総合調整という言葉は大変頻繁に日本の行政改革で使われる言葉でございまして、内閣の総合調整機能を生かすというようなことが行政改革のたびに言われます。これは、各省の権限を残したままその調整を行うと、各省の権限を残しているという、あるいは各大臣の権限を残しているという前提で総合調整という言葉が使われます。
 諸外国の場合はどのようになっているかといいますと、ドイツでは、首相は内閣の基本方針を独自に定めることができると、こういうふうになっておりまして、この内閣の基本方針というのは、日本でいいますと所信表明演説や施政方針演説のようなものでございます。したがいまして、総合調整ではなくて、首相が方針を決めて各大臣はその枠内で各行政事務を行うというのがドイツのやり方でございます。
 それから、フランスの場合は、アービトラージという言葉が使われます。アービトラージというのは、大臣と大臣が、まあ下から始まりますが、課長と課長が意見が対立すると、二人で局長のところに行って両方の意見を言うと、局長がこっちの方がいい、こういうふうに決める。局長同士で意見が対立すると、次官のところ、フランスには次官はございません、大臣のところに行きまして意見を言って、大臣がこっちだ、こうだと決める。それから、大臣同士が対立すると上に行って、首相に言って、首相が決めると。これがアービトラージでございます。これは総合調整とは違って、強いて言えば裁定だと思いますね。
 私は、総合調整というのは実は縦割りを残した仕組みであって、内閣総理大臣は内閣の首長としてもう少し大きな国の基本方針を定める権限を与えられてもよろしいのではないかと思います。
#10
○片山さつき君 縦割りの弊害が全ての行政改革の近年は原点ではないかと私も思っておりますが、今はキャビネット、日本で議院内閣制でキャビネットとして位置されているものは、やはり分担管理の原則にのっとっているものですから、それを抜本的に変えない範囲でぎりぎりの調整を与えようということが我々の意図ではございます。
 昨今、内閣人事局をめぐる議論においての内閣の最新の答弁でございますが、内閣官房は内閣及び内閣総理大臣を直接に補佐する機関であり、その機能の強化の観点から、内閣官房は恒常的に担う事務については局を置くことが可能となるということで、今般、NSCとそれから人事局も置こうということになったんですが、その他府省横断的な政策課題、重要政策はもちろん当然やるんですが、これは今いる三人の副長官補が弾力的に運用して機動的に柔軟的な実施を行うということになっているんですが、増えに増えてしまいまして、平成二十一年と二十五年を比べても、今、室が五年で十六増えまして、減ったものは四で、プラマイ十二で二十九もあるんですね。室、チーム、事務局。これにNSCと内閣人事局を加えますと二千人を超えてしまいます。しかも、大半が併任でございまして、座布団といいますが、どっちを向いて仕事をしているんだと。親元向いて仕事をしていることが多くなるわけですよ、二、三年で替わってしまいますから。
 これと似たような弊害はアメリカにもあるんですが、あちらは独自採用ができているからまだいいんですが、昨今、TPPをやってみますと、アメリカは例えば大統領府の下に社会保障の庁があって、それからまた別に社会保障の役所があるんですね。明らかに相互調整が全くできていないものを海外に向かって投げてきちゃうんですよ。
 だから、縦割りはもっとひどいわけで、日本型でこれを調整し、この二十九をある程度整理していかなきゃいけないということは我々も政府・与党を通じて思っているんですが、成田参考人におかれては細川内閣の知恵袋でいらっしゃいましたから、いかなる性質のものがアドホックなんだから要らないものだとお考えになりますか。
#11
○参考人(成田憲彦君) 私は昔から首相府論者でございまして、首相府というものを一つ置いて全てそこでこなすというのがよろしいというふうに考えております。内閣総理大臣がいろんな会議に次々に出て与えられた原稿を読むということは大変無駄なことだと思っておりまして、首相府で一元的に調整をするということが有効だろうと思います。
 それから、ホワイトハウス、アメリカにつきまして、社会保障関係ですか、二つの、二重のものがあるという御指摘でしたが、私はそれはいいと思います。それは、大統領が各省庁をモニタリングしているということでございます。分担管理の原則がございますから、今は分担管理の原則で各大臣は独立して行政事務を行っておりますが、私は、総理には、各大臣及び各省をモニタリングして、本当に自分の方針どおりやっておるか、モニターする権限を与えるべきだと思います。首相府をつくって各省の行政についてモニターして、総理の方針どおりやっていないということを、そういう権能を持つ首相府をつくるのが合理的だというふうに考えております。
#12
○会長(武見敬三君) ちょっと時間がもう過ぎてきておりますので。一人十分以内。
#13
○片山さつき君 あと何分ですか。
#14
○会長(武見敬三君) じゃ、あと三分。どうぞ続けてください。
#15
○片山さつき君 はい。
 そのためには、よほど強力なスタッフをもって総理府である内閣府だけに忠誠を尽くす形の採用を取らなければならないので、全く変わってくるなと官僚経験者として思うんですが。
 高橋参考人にお伺いしたいと思います。
 強過ぎる国会、参議院野党による問責決議は六十三条に反するのではないか云々のお話がありまして、国民内閣制というのを御提言でいらっしゃいます。
 私は、その国民内閣制もぎりぎり、マニフェストをがちっと縛ってしまうと憲法六十七条に事実上形骸化を与える可能性があるなとは思うんですが、それ以上に、マニフェスト内閣というのが最近倒れたわけですけれども、申し訳ないですけれども、行政の本質というのはある程度裁量であって、政策プログラムで余り細かいところまで決めてしまうと、このように非常に変化が激しい、いつ想定外のことが起こるか分からない事象では、実際に実務が硬直化して国家としてのパフォーマンスが落ちてしまうんじゃないのかなと、この発想を読んで一番最初に思ったのはそこでございますし、やはりメッセンジャーボーイ化させてしまっては行政は機能しないのではないのかなと考えるものでございます。
 さらに、それに加えて、なぜ我が国が今、二院制を取り続けていて、強い国会と言われる制度を取っているかというのは、官僚二十三年、国会に移って九年目になりますが、圧倒的に内閣が法律をほとんど作って、しかも一つの役所が多いときにはワンシーズンに十数本出してくるんですね。その中にはほかの国では法律事項ではないようなものがたくさん入っていますよ。例えば、今日、配偶者が海外に行くときに一緒に行きやすくなるためだけの法律を幾つかの委員会で分掌していますが、こんなもの決定したら終わりというのがほかの国であって、それに時間を取って、しかも非常に細かい補助金や規制や政策誘導だけのものを内閣法制局が今までの積み重ねで法改正が必要だということにしてしまうと、政治家らしいダイナミズムのある議論に掛けられる時間は非常に少ないんですよ。
 これは私は官僚時代からそう思っていますし、政治家になったらこれが一番変えたいことだと思いましたが、その内閣法制局的な今の法律事項の積み重ねを崩さない限りは、一年中国会やったって与野党で国会議員同士のすばらしい論戦というのは起きにくいんですね。それが時間はもう限られていますから。その辺の論点が欠けていて、そのまま先生がおっしゃるような形で政府側を強くすると、ますます官僚独裁になることは間違いないと思いますが、その辺はいかがでございますか。
#16
○参考人(高橋和之君) 大変面白い論点を提起していただいたんですけれども、マニフェストについての理解の仕方が私とちょっと違うのかなと思います。
 マニフェストというのは、これは政治にとっては非常に重要なものであると考えていますけれども、しかし、マニフェストというのががんじがらめに拘束するというものと考えると、おっしゃるとおりに政治的な議論が非常に困難になるだろうと思いますね。私はそういうことを避けるために基本政策というふうに言っていて、その細部にまでこのマニフェストで拘束するということは考えていません。
 そこら辺は量的な問題ではありますけれども、しかし、少なくとも国民が基本政策を選ぶということは必要であろうと。基本政策をどう行っていくかという点については、これは政治の場で議論する以外にないだろうと思っていまして、しかも、マニフェストというのは、全てそのとおりにできるかどうかといえば、できない場合もいろんな事情で起こってくると思いますから、したがいまして、それは、できない場合、できない理由を説明して国民の次の信任を得るというプロセスであろうと思うんですね。
 ですから、メッセンジャーボーイと言われましたけれども、メッセンジャーボーイになることを要求しているわけじゃない。日本国憲法では四十三条で、代表者というのは全国民の代表と規定されております。これはメッセンジャーボーイではないという意味に通常理解しているわけでありまして、したがって、単に選挙民が言ったことをそのまま伝達しているのではない。
 選挙民との間の討論というのもあるでしょう。代表者が、たとえ選挙民が個別的な利益を要求しても、それは全国民の立場からいうと駄目だよということは説得しなきゃいけない。そういった代表者と国民の間の討論を通じて基本政策をどうするかということを形成していく。その上で、最終的な基本政策については国民の同意を得て行っていくということを考えており、決してメッセンジャーボーイ化するんだとかマニフェストに非常に強い拘束力を与えるんだというようなことを言っているわけではありません。
 以上です。
#17
○会長(武見敬三君) それでは、次に風間直樹君。
#18
○風間直樹君 民主党の風間でございます。
 私から成田参考人にお尋ねをしたいと思います。
 今日御説明をいただいた中で、閣議至上主義というお話をいただきました。私も憲法の七十二条及び内閣法の六条に象徴される、総理が閣議を経ないと行政各部に対してほとんど何の指揮監督もできないという状況はゆゆしき問題だと考えております。
 実は、先週、国会で地震に関する特措法が成立をしたんですが、一つは南海トラフ地震、それからもう一つは首都圏直下型地震の特措法がそれぞれ成立いたしました。私は、もし現在の日本国憲法下でこの国家の統治機構が危殆に瀕する可能性があるとすれば、それは地震という大災害に際して内閣が機能しなくなるという点が考えられると思っています。
 この大震災に際して、現在の憲法七十二条及び内閣法の六条を前提とした場合、何が問題なのか、どのような点が課題なのか、成田参考人の官邸での御勤務の御経験を踏まえてお考えを伺えれば幸いです。
#19
○参考人(成田憲彦君) 地震等の非常災害につきましては、単に内閣法の規定その他で対応するということではなくて、非常事態法というものが基本的に必要なんだろうというふうに私は思っております。
 ドイツで一九六九年に第一次大連立内閣ができました、キージンガー内閣でございますが、この第一次大連立内閣でやったことは緊急事態法の制定、多くの憲法改正を含む緊急事態法の制定でございました。
 したがいまして、日本でも大連立ということが言われた、ちょっと民主党がちっちゃくなりましたので大連立になるかどうかは分かりませんが、やはり大連立ないしは超党派的にやるべき課題の一つは非常事態法の制定、特に地震の場合の対応というのは超党派的にやるべきことだろうと。単に内閣法の総理の専権事項を増やすとか、そういうことだけで対応できることではないだろうというふうに考えております。
#20
○風間直樹君 時間が十分にあれば、今、参考人おっしゃった点踏まえて今日は深く議論を進めたいんですが、時間が十分という制約がございますので、内閣法の六条を中心に私の問題意識をまずお話ししたいと思います。
 御案内のように、六条では、「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。」と規定されています。これまで我が国で起きた最近の大震災、九五年の阪神・淡路大震災、それから二〇一一年の東日本大震災、様々な大きな災害をもたらしましたが、一点共通している点があると考えておりまして、それは、阪神・淡路の震災が火曜日、東日本大震災が金曜日と、いずれも閣議が開催された日に発生をしたという点であります。つまり、全ての閣僚がこの発生日当日は東京にいたという点が共通だろうと思います。
 私、最近、内閣や政府の様々な諮問委員会のウエブサイトでいろんな議事録を見ていて強く感じる点があるんですが、南海トラフ等の地震に関する諮問委員会に所属する学者の皆さんが非常に強い切迫感を持って南海トラフ地震や首都圏の直下型地震の発生を主張していらっしゃいます。その文面を読むと、私は、数年先あるいは十数年先という将来ではなくて、相当近い直近に発生が迫っている可能性をこうした専門家の皆さんがお感じになっていらっしゃるんだろうというふうに思います。
 例えば、これまでの阪神や東日本大震災のように、大震災が閣議の開かれている日にたまたま発生した場合、これは閣僚がみんな東京にいますから、総理も即座に閣議を招集して迅速に指揮監督をできると。ただ、万一、もしも年末年始の休みのような、閣僚がみんな地元に帰っているような場合に不幸にして発生した場合、これは閣議の招集がままならないという事態になります。
 そうした場合、どういったことを取ることが政府で想定をされているのかと思って調べてみましたところ、平成十五年の十一月の閣議決定でこのような初動体制の対処について決定がなされています。つまり、内閣総理大臣及び国務大臣全員が参集しての速やかな閣議開催が困難な場合には、電話等により内閣総理大臣及び各国務大臣の了解を得て閣議決定を行う。連絡を取ることができなかった場合は事後速やかに連絡を行うと、こういう閣議決定であります。
 現在、閣僚が総理を含めて十九人いらっしゃいますが、調べてみましたら、十九人中、近畿より以西にお住まい、選挙区がある閣僚が、そして同時に東京にお住まいの閣僚、合わせて十九人中十人います。ということは、もし平日並びに閣議招集日以外に震災等が発生した場合、なかなかこれは大変な事態になるだろうなと。
 そんなところから、私は、この国の危機管理において、成田参考人今御指摘なされた処置、必要だという認識同じく持つんですが、あわせて、早期にこの内閣法の第六条については何らかの改正を見なければならないんじゃないかと感じています。
 具体的には、この条文、「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。」から一部削除をして、つまり「閣議にかけて決定した方針に基いて、」を削除し、内閣総理大臣は行政各部を指揮監督するというふうに改めるのが一案かというふうに思いますが、成田参考人の御経験を踏まえてお考えを伺えれば幸いです。
#21
○参考人(成田憲彦君) ただいまの問題は、日本国憲法を制定した後、新しく新憲法の下で各基本法制を整備しなければならないということで、内閣法だとか国会法等を制定をいたしました。
 そのとき、現在のような内閣法の原案を持って日本の法制局がGHQ民政局に行きましたところ、GHQ民政局がそれを見まして、これは我々が提案した憲法とは随分違う、憲法では内閣総理大臣はもっと強い権限を与えられているはずだと、これでは非常に弱い総理であるということで、GHQは日本の内閣法の原案を拒否いたしました。それに対して日本側は、いや、憲法六十五条では「行政権は、内閣に属する。」ということで、総理に属するわけではない、内閣全体で行政権を所有するのだからやはり閣議が必要だという、先ほどの私申し上げました閣議至上主義、こういうものを維持したわけですが、GHQから言われましたので、少し字句を修正したりいろいろ説得したりして何とかのんでもらったと、こういうことです。
 しかし、最初にGHQが現在の内閣法の原案を見たときに、これは憲法で我々が想定した内閣制度とは違うと、首相の権限はもっと強いはずだということを指摘した。それと同じ、認識が重なるものだと思いまして、それは今後内閣制度を考えていくに当たっての非常に大きな課題の一つだろうというふうに考えております。
#22
○風間直樹君 まだ時間はありますか。
#23
○会長(武見敬三君) 大丈夫です。
#24
○風間直樹君 はい。
 ありがとうございます。非常に興味深い御指摘をいただいたと思います。
 当調査会では、御案内のとおり、議院内閣制における内閣の在り方という論点に基づいてこれから一年間議論するわけですが、私は、非常事態におけるやはり総理の指揮監督権というものを強化しなければ我が国の国家体制が危機に瀕する事態になりかねないという強い意識を持っております。この点を是非この調査会で議論していきたいと。
 あわせて、今日、両参考人から、内閣の機能の強化を図る場合に、同時に、当然それをチェックすべき国会の機能強化を図らなければならないというお話をいただきました。全く同感であります。我が国の政治、行政の特徴は、私が見るところ、非常に著しい官僚支配でありまして、今回の秘密保護法にもその一端が表れているように感じておりますが、対応策として国会の行政監視機能の強化が必須であると思っています。その国会の行政監視機能の在り方については、今後この調査会で議論をしていきたいと考えております。
 以上で私からの質問を終わります。
#25
○会長(武見敬三君) それでは、次の質疑者に移りたいと思います。
 じゃ、谷合正明君。
#26
○谷合正明君 公明党の谷合です。
 本日は、高橋参考人、また成田参考人、ありがとうございました。
 本日は、国の統治機構に関する調査会が発足しまして初めての参考人質疑でございまして、まず、私どもの基本的な考え方を表明させていただいた上で、お二人の参考人に御見解を賜りたいと思います。
 憲法の骨格を成します恒久平和主義、基本的人権の尊重、国民主権主義の三原則は、人類の英知ともいうべき優れた普遍の原理であり、平和、人権、民主の憲法精神を国民生活と日本社会の隅々まで定着させ、開花させる闘いに全力を尽くすというのが公明党の基本的立場であります。統治機構改革につきましても立脚点は同じであり、特に国民主権の徹底という視点が重要と考えております。
 この数年、私自身、行政監視委員会や憲法審査会に所属してまいりましたが、統治機構の問題に関して常にこの視点で質疑に臨んでまいりました。行政監視委員会では、事業仕分、検察の不祥事、これは村木さんの冤罪事件のことでありますけれども、また原発事故に関しまして、行政の組織、人事の在り方という観点から議論を行ってまいりました。また、憲法審査会では、東日本大震災の経験を踏まえまして、統治機構の在り方について議論を行いました。
 これらの重大問題への対応におきまして、内閣は十分に機能しておらず、議院内閣制の下、国会は内閣を適切に統制できていないのではないかと。特に、東日本大震災と原発事故では統治機構が機能不全に陥っていたのではないかと厳しい批判もあったところでございまして、改革の必要性を痛感しているところでございます。
 通常時、非常時を通じまして十分に機能する統治機構をつくらなければなりません。非常時において適切に対応するためには、通常時においても統治機構が円滑に機能するよう仕組まなければならないと考えます。そのため、内閣機能を強化するとともに、国会の監視機能の強化を図る必要があります。強い内閣と強い国会を目指すべきと考えております。
 内閣が法律を誠実に執行するよう国会が適切に統制を行うというのが憲法の建前でありますが、実態は官僚主導になっているという点がありまして、そこに注意をしなければなりません。内閣主導の行政を実現するためには、特に官僚機構に対する国会の常時監視が重要と考えております。
 秘密保護法の取扱いにつきましても、今後、国会法や議院規則の改正によって保護措置を定め、これまで政府が国会に出せなかった情報の提供を可能にするなど、国会によるチェック機能向上へ力を注ぐなど、強い内閣と強い国会という視点で仕組みを構想する必要があると考えています。
 なお、二院制の在り方につきましては、先ほどのお話がございましたけれども、参議院の行政監視機能の強化というものが共通の認識になりつつありまして、この議論を更に深めて具体化する必要があると考えます。
 特に、我が会派といたしましては、参議院から国政に進出してまいりまして、伝統的にこの行政監視強化というものを訴えてまいりました。昭和四十五年、今から四十三年前の議事録をひもときましたら、当時の峯山参議院議員が行政管理庁の中にある行政監察局の機能の在り方、機能の仕方について政府に追及をしておりました。この行政監視機能の強化という課題は古くて新しいものとも考えております。
 以上、長くなりましたが、基本的な立場を表明させていただきましたが、そうした以上の論点を踏まえまして、お二人の参考人に御所見を伺いたいと思いますし、特に具体策があれば御教示をいただきたいと思っております。
 以上です。
#27
○参考人(高橋和之君) 今述べられた強い内閣、強い国会という考え方は、まさに私が考えてきたことでありまして、その意味で非常に心強く感じました。内閣と国会との関係で、もっとめり張りを付けた、両方の役割分担をきちっと考えていった方がいいということであります。
 その観点から、先ほどお話しさせていただきましたように、内閣がイニシアチブを取る、アクションを取ると。それに対して、国会は基本的にはコントロールという役割ですね。こういう役割分担で考えていく必要があるんではないかなと考えております。そういう観点から、先ほど述べさせていただいた意見を参考にしていただければ幸いであります。
 以上です。
#28
○参考人(成田憲彦君) ただいま広範な御指摘がございましたが、官僚制の問題が一つ柱であったかというふうに思っております。
 官僚制につきましては、政官関係というのは非常に各国とも問題になっている点でございまして、例えば、これについてはポリティカルアポインティーを増やすとかいうような案がいろいろ出されておりますが、官僚と政治のかかわり方についてはアメリカモデルとイギリスモデルというのがございまして、アメリカモデルは官僚がオプションを提起して政治が選択するというものでございます。日本では割合、官僚の役割はこういうふうに理解されておりますが、それに対してイギリスモデルは、政治が基本方針を出して官僚がそれを実現するというのがイギリスモデルでございます。
 それで、具体的な政策内容として適当かどうかということは抜きにしまして、一応形式論的に言いますと、民主党政権になりまして、鳩山内閣で普天間の移設は少なくとも県外にと、こういうことを言ったわけです。イギリスモデルでいいますと、政治がそういうことを言い出すと官僚が必死にそれを実現しなければいけないというのがイギリスモデルでございます。
 したがいまして、日本はしかし必ずしもそういうふうになっていない。その根源は何かということをいろいろ考えますと、非常に奇異に感じられるかもしれませんが、国家公務員法九十何条か百条辺りのところで公務員は国民全体の奉仕者であるという規定がございます。これは実は私はかなりくせ者だと思っておりまして、政権なんてすぐ替わるんだから政府に従ったってしようがないと、我々は国民全体に奉仕すると。
 イギリスでは国家公務員法はありません。なぜかというと、国家公務員法を作ると公務員機構が独立の王国になってしまうということです。ですから、イギリスの場合は上級官吏は政府の奉仕者です。ポリティカルアポインティーではなくて政府の奉仕者。それは、官僚の中立性というものが実現されている。どうして実現されているかというと、やはり政権交代があるということで、官僚をまず中立化させるためには政権交代というものを根付かせていくということが一つです。
 それからもう一つ、日本の官僚機構の問題の一つは、縦割り行政は省庁別対応ということがやはり根っこにある。そのために省益を図るというビヘイビアをするということが基本であると思いますので、私は、今回の内閣人事局の構想は、構想どおり機能すれば改革としては優れたものではないかというふうに思っております。
 それから、参議院の行政監視機能でございますが、イギリスでは小委員会あるいは省別委員会というのを置きまして、各省を監視する委員会を置いております、特別委員会ですが。日本は常任委員会も併せた機能を持っておりますので、法案のみならず、行政監視、それは単に大臣を呼んで追及するということではなくて、実態を各常任委員会で調査をするということを積極的にやる必要があるんだろうというふうに思います。
 それから、付け加えますと、参議院はともすれば衆議院のまねをしたがるというのが私の印象でございまして、例えば党首討論を衆議院でやると言ったら、参議院もやるというふうになりました。しかし、衆議院で党首討論をやるのなら、政権の所在は衆議院が優先するんだから、党首討論は衆議院でやると、それなら参議院は行政監視をやるということで、やっぱり参議院の独自の役割というものを発見して見出していくということが大切なことではないかというふうに考えております。
 以上でございます。
#29
○会長(武見敬三君) それでは、次、井上義行君。
#30
○井上義行君 みんなの党の井上義行でございます。
 私は、官邸機能である五室を経験いたしました。多分、この五室を全て経験した人は私一人だと思いますけれども。例えば、閣議、人事、国会を担当する内閣総務官室、あるいは内閣の重要政策の企画調整を担当する内閣官房副長官補室、そして、秘書官として内閣官房副長官室、そして内閣官房長官室、内閣総理大臣室を経験いたしました。その経験から、参考人に御質問をしたいと思います。
 私は、現在のこのスピードあるグローバル化社会の中で、今の機能ではいずれ限界が来るというふうに感じました。私自身は民主主義を反映した行政にこだわっておりますので、内閣総理大臣は国民が直接選ぶ首相公選制を目指しております。そして、強い地方の民主主義を反映するために道州制を目指しておるわけでございますが、私が経験して、首脳会談に同席して感じたのは、非常にスピードを求められるということなんですね。首相の決断で物事が決められていくと。特に、日本は、各省庁の全会一致の合意だとか、あるいは与党の了解手続にも時間も要しますし、あるいは国会での審議にも時間が掛かります。結果を分かち合う上ではメリットがありますけれども、その分、国際的にリードする政策がなかなか打ち出せない。そして、せめて私は国際社会に対応するために、最低限、総理大臣官邸、霞が関機能を国際社会に対応する大幅な機能の強化を行う必要があるというふうに考えています。
 私自身、例えばサミット、APEC、そしてASEAN、この首脳会談があります。そして、首脳会談の合間を縫っていろんな日米会談や日ロ会談、様々なバイの会談があります。その中で、外交で決まったことが内政に影響を与えるということも非常に多くなっているわけですね。例えば、昔は一部の官僚だけで考えて政治が動く対応でよかったんですが、それでは場当たり的で国益を守れない、反映できない、こういう状況になっています。ですから、外交防衛関係はNSCをつくるというような発想になりました。
 しかし、例えば、貿易産業、金融、資源・エネルギー、あるいは地球環境、食料問題、人権、こういう問題もやはり俎上に上ってくるわけですね。これを議論していく、そして決断するためには、国益を常に考えて結び付けていくやはり組織が必要だというふうに思っております。
 そこで、私は、霞が関の半分は国際局をつくって内外に対応できる部署を創設して、今まで担ってきた行政の半分を地方に担ってもらうように道州制を創設する必要があるというふうに思っております。先ほど申し上げたとおり、首脳会談で国益をどう勝ち取っていくか、そのために、私はある意味、内閣総理大臣がトップ外交に専念できる体制をつくる必要があるんではないかというふうに思っております。そのために、内閣総理大臣というのは内閣の長という顔のほかに主任の大臣という顔を持っています。様々な場所で総理大臣の時間というものが制約をされてしまう。そのために、戦略やあるいは調整というものをじっくり考える時間が非常に少なくなっている。それを非常に多く経験をいたしました。
 そこで、私は、内閣官房長官を格上げして副総理格の総合調整の職にして、現在の内閣官房副長官、そして総理大臣補佐官、各担当大臣を全て副長官にした上で大臣級にして、高度でスピードある調整機能を発揮させて、内外、外政にしっかり対応できる職にした方がいいと思っております。
 そして、それを支える事務方を、例えば副長官補も副長官級に格上げをして、そして内閣審議官を事務次官級にする、そして内閣参事官を審議官級にして、一段上から調整していく必要があるんではないかと、このように思っております。そのために、今の内閣参事官をやはり特別職にした方がいいんではないかと、このように考えています。
 やはり、私も様々な、いろんな縦割りを見てきました。そして、官邸で長い間勤務していくと、やはりもっとスピードある、そして一段上の角度から短期的、長期的な課題についてスピードある調整をする必要があるというふうに認識をしましたので、その点について、成田参考人と高橋参考人にそれぞれお伺いをしたいと思います。
#31
○参考人(成田憲彦君) 大変広範な問題でございましたが、最近の政治学の世界的な話題の一つはコアエグゼクティブという概念でございます。強いて日本語に訳しますと、執政中枢という言葉になるかと思いますが。
 先ほど、政官関係ということで政治と官の関係ということを申し上げましたが、今世界の政治学で注目を集めているのは政と官だけではなくて、政の周り、例えば具体的には、首相の周りに補佐官がいたり、官房長官がいたり、副長官がいたり、そのスタッフがいて、それが執政の中枢を形成している、コアエグゼクティブをどういうふうに設計するかということが世界各国共通の政治学のテーマの一つでございます。
 ただいまの御指摘は、コアエグゼクティブをどういうふうに制度設計するかという問題でございます。私は、ただいまの御指摘で、いろんなポストを単に一つ格上げすることによって機動性が高まるというふうには考えておりません。
 現在、総理秘書官というのは少なくとも五人あるいは六人いたりしますが、政務秘書官以外は各省庁から来ます。それで、総理秘書官という者は各省庁と総理をつなぐパイプ役です。私がよく出す例は、例えば、安倍総理がオバマ大統領の方に手紙を出そうとするとどこが書くか。これは外務省が書いているんですね。オバマ大統領が安倍総理に手紙を書くとすれば国務省が書くかというと、国務省ではありません。これはホワイトハウスの中で書くわけです。それから、総理が例えば環境問題について発言をすると、記者会見のQアンドAはこれは環境省が書くということで、縦割り行政が総理をサポートして中間の組織はむしろ排除されると、こういう基本構造を日本は持っていると。
 これは、やはりコアエグゼクティブの制度設計としては不十分だというふうに思っておりまして、総理の周りに情報とそれから様々なアイデアというものが集約される、そういうシステムを設計する必要があると思いまして、それは単に副長官とか副長官補のレベルを一つ格上げするということによって実現されるものではないというふうに考えております。
#32
○参考人(高橋和之君) 現実の経験を踏まえていろいろ問題点を指摘された点について、私には全く経験がないものですから非常に参考になりました。ただいまの成田参考人の意見も、これも現実の政治とのかかわりの経験を踏まえた御発言で、そういった経験の全くない、大学の中で研究してきた、外からしか霞が関を見てこなかった者にとっては、こうこうこういう問題があるということを指摘していただくのは非常に参考になります。
 我々ができることというのは、そういうことが憲法上可能になる日本をつくるということでありまして、私の理解では、従来の憲法理論はなかなかそういう内閣の強化といいますか、内閣が主導力を持って迅速に国家社会が要請している課題に対応していくことが非常に困難になっている、従来の理論からいうとそういう問題があるので、新しい考え方でそれが可能になるような考え方を何とかつくり上げていこうということで考えてまいりました。
 ですから、御指摘いただいたような問題点があるとすれば、それを克服するためには憲法上どこまで、どういう形で可能かということを今後も考えていきたいということで、非常に参考になったということしか言えないんですけれども、そんな感想を持ちました。
 以上です。
#33
○会長(武見敬三君) それでは次に、倉林明子君。
#34
○倉林明子君 日本共産党の倉林明子でございます。今日はありがとうございます。
 初めての調査会ということで、国の統治機構に関する調査をこれから始めていくというときに、私、大変大事にする必要があると考えておりますのは、日本国憲法の基本的人権保障、国民主権、平和主義、基本原則をまず踏まえて議論していく必要性があるんだというふうに認識をしております。
 そこで、お二人の参考人にお聞きしたいんですけれども、国家による権力行使を統制すると、これが立憲主義だと思っているんですけれども、統治機構に関する憲法の規定の土台になるものじゃないかというふうに思うんですけれど、御見解をお聞かせください。
#35
○参考人(高橋和之君) 憲法というのは権力を統制するものだという点は全くそのとおりだと思います。
 したがって、どういう形で統制していくのが一番いいかということを一生懸命考えているわけでありますけれども、今日私が強調したかったのは、統制だけでは駄目で、行動というか、政治を行っていかなきゃいけない。政治が法に従って行われることが、これ法の支配でありますけれども、法の支配の前に政治を行っていくということが非常に重要であり、皆さんに期待されているのは立派な政治をやっていただくということであります。それをやっていくための考え方といいますか、それを内閣と国会との関連でどうとらえていくかという、これを今日はお話しさせていただきました。
 憲法による統制という方は、最初に申しましたように、憲法のルールのもう一つの分野で、法に従って決定された政策を執行しているときに、きちっと法に従っているかどうかということをどうやってコントロールし確保していくかと、こういうことだと思います。それも非常に重要な問題でありますけれども、今日はそういうことをお話しさせていただく時間がなかったものですから、立ち入ることができませんでした。
 以上です。
#36
○参考人(成田憲彦君) 憲法が権力を統制していくというものはそのとおりでございまして、これが立憲主義というものでございます。この立憲主義を貫徹するためには、二つの方法がございまして、一つは憲法改正を行うというものと、憲法改正を行わないで対応するというものでございます。
 憲法改正をする場合には、先ほども申し上げましたが、第二次世界大戦後の議院内閣制の合理化ということにつきまして、内閣の権限強化ということを申し上げましたが、もう一つ、第二次大戦後の憲法改正の非常に大きな特色の一つは、憲法裁判所の設置でございます。
 ヨーロッパの憲法裁判所は、専門用語で抽象的規範統制と言いますが、国会が法律を作った場合にそれが憲法に適合しているかどうかというのを憲法裁判所が判断をするという権限を持っている。これは民主主義の非常に大きな修正でございます。つまり、国民が選挙した議員が作った法律を少数の法律の専門家が無効にしてしまうということで、大変大きな民主主義の修正でございますが、フランス、ドイツ、イタリア、憲法裁判所がございまして、憲法裁判所による憲法遵守というのが一つの方法です。
 それから、これはもちろん憲法改正を要するわけですが、憲法改正をしないで憲法を守っていくのは、憲法学者、高橋先生の方がお詳しいんですが、いわゆる芦部憲法の憲法訴訟の論理でございまして、やはり憲法訴訟で対応していくというのが一つのやり方でございます。
 いずれにしましても、最終的には国民がウオッチして選択していくというしか方法がないということになろうかと思います。
#37
○倉林明子君 立憲主義についてお話しいただきました。
 改めて、さきの参議院選挙、総選挙もそうだったんですけれども、自民党さんの改憲案の提案も含めて、国民の中では大きくやっぱり憲法が焦点になった選挙でもあったんじゃないかというふうに思っております。九条を変えるということと併せて一つの争点にもなりました九十六条の改正についてどう考えるのかということで、我々、当然この三分の二の規定については重いものだというふうに考えているわけですけれども、この改憲の発議の問題について、各院の三分の二以上の賛成と、この議決権を二分の一に見直そうという議論に対してのお考えをそれぞれの参考人から伺いたいと思います。
#38
○参考人(高橋和之君) その点について私の見解を述べると多少時間を取るかもしれませんが。
 九十六条で二つの重要な要件を定めております。一つは、国会が各院の三分の二の多数で発議するということですね。そしてもう一つは、国民投票ということであります。
 従来の学会の通説的な見解では、九十六条は自分の根拠規定なんだからそれを変えることはできないんだと言ってきました。しかし、最近は、いや、必ずしもそうではなくて、変えられる部分と変えられない部分があるんではないかなという議論になってきているのかなと私は理解しておりますけれども、その場合に、じゃ、どう考えて、どこが変えられる部分でどこが変えられない部分かということになりますと、私は、日本国憲法が代表制を取っているということでありますから、その点を考えますと、憲法改正については国民投票がありますけれども、これは代表制と整合的に理解する必要があるのではないか。
 そうしますと、代表制というのは、国民が代表者に信託して、代表者が全国民のために行動するという原理でありますから、そうしますと、通常は代表者を信託して通常の法律については過半数でいいと言っているところを三分の二必要だと規定した趣旨は、これはやはり憲法の改正というのは通常の法律よりはより重要であるからそこを重くしたということだろうと思うんですね。したがって、この三分の二というのは、代表制との関連で読めば非常に重要な規定であり、変えるということは改正の限界を超えるのではないかということになります。
 これに対しては、いや、だって、国民投票があるんであって、国民が主権者で、国民が決定するんだから、その発議というのはそれほど重要ではないんだと、憲法改正については、代表制ではなくて、むしろ直接制であり、したがって三分の二というのは憲法はそれほど重要視するものではない、むしろ重要なのは国民投票の方であり、国民投票を変えるということは、これは許されないけれども、しかし三分の二を過半数に変えるのは、これは許されるのではないかと、こういう反論があるところであります。
 私は、ここに二つの見解が対立する。つまり、国民の投票、国民の直接的な決定ということを重視するのか、それとも代表制ということを重視するのか。日本国憲法の基本的な考え方は代表制であるとすると、やはり代表者を縛っていると、憲法改正に関しては三分の二でなければならないという形で縛っているということは、これは憲法の本質的部分であると考えております。
 国民投票というのは、それでも、三分の二でも代表者が間違うことがあるだろうと、だからその場合には国民は最後には拒否する権限がありますよという性質のものであり、国民が自分たちで決定するというようなものではない。国民が決定できるんならば、代表制を基本にする必要はなかったんですね。やっぱり国民は代表者を信頼して代表者に委ねている。しかし、憲法という重要なものについては通常とちょっと違って三分の二まで要求しますよということであり、それでも間違えることがある場合には、我々は拒否をする権限は残しますよということであって、我々が憲法改正をしますよというふうに読むべきではないだろうと考えておりますが。
 じゃ、全然この九十六条を改正できないかといえばそうではなくて、国民主権の読み方によって、いや、国民主権というのは本来は直接制的で、国民が決定するということを重視しているんだと。そうだとすれば、現在、法律については代表制なんだけれども、しかし、法律についてもレファレンダムを導入しようではないかと、国民が直接決定し得るように、イニシアチブ、レファレンダムを導入していくと。それとの一環で憲法についても国民投票を最も重要なものと理解するんだと、こういう説明になれば、三分の二を過半数にすることも可能だろうと思いますけれども、九十六条だけを改正して過半数にするというのは憲法全体の整合性を崩すものではないかと私は解釈しております。
 以上であります。
#39
○参考人(成田憲彦君) 私も、どういう憲法にするかということを示すことなく九十六条のみを改正するということには反対です。
 各議院の三分の二で発議をするという高いハードルがあるから日本は憲法改正がこれまでできずに来たということについては、私は異論があります。非常に高いハードルを持ちながら憲法改正を実現している国は幾らでもあるわけでございまして、問題は、改憲の内容についてのコンセンサスが形成されてこなかったということが問題でございます。
 したがいまして、コンセンサスの形成を図る、あるいはコンセンサスのあることから憲法改正をしていくということが本来の姿であろうというふうに考えております。
#40
○倉林明子君 ありがとうございます。
#41
○会長(武見敬三君) ありがとうございました。
 それでは次に、東徹君。
#42
○東徹君 今日はありがとうございます。
 議院内閣制ということで今回テーマが設定されまして、これまで、前の政権であったり、またその前の政権であったり、総理がどんどんと一年ごとに替わっていた状況もありますし、そしてまた、大臣によれば何度も替わっていくというような状況もありました。
 そんな中で、日本の物事が決まっていくスピードというものも、ほかの例えば韓国とかアメリカとかに比べると、大統領制のところと比べると遅いんではないのかというようなことも聞くことがありました。
 この日本の議院内閣制と、ほかの海外での議院内閣制を導入しているところでも同じような状況があるのかどうか。そしてまた、大統領制をしいているところと日本と比べたときに政治のスピード感というものが一体どうなのか。ちょっとその辺について教えていただければ有り難いのかなと思います。
#43
○参考人(高橋和之君) 私は政治学が専門じゃありませんので、諸外国のそういう政策決定のスピード感というのはよく分からないんですけれども、議院内閣制の運用の仕方として、最初に言いましたように、二つの考え方が区別できるだろうと。一つは、直接民主政的なものであり、もう一つは媒介民主政的なものであると。これは対決型あるいは協調型というふうに呼ばれることもありますけれども、協調型の場合はやはりスピード感という点では多少時間が掛かるんだろうと思います。これに対して、対決型あるいは直接民主政型で議院内閣制を運用している場合には、内閣に対してあるいはその中の首相に対して非常に強い権限を認めておりますから、したがって、迅速に対応するということが可能になっているんではないかなと思います。
 各国が国際政治の場で置かれている位置とも関連して、非常に迅速に対応することがどうしても必要な国と、そうではない、じっくり考えて自国の政治をやっていけばいいという国とでは、そういう点で違いがあるんではないかと。特に、明確な根拠はないんですけれども、人口規模というのが非常に重要なファクターになっているのではないかなと私自身は推測しておりまして、強い行政府というものを認めているような国は割合人口規模が大きい。それに対して、合意型で議院内閣制を運用しているような国は割合人口規模が小さいと。小さいから、合意形成で時間を掛けてもそれほど時間は掛からないということがあるのかなと思っております。
 以上です。
#44
○参考人(成田憲彦君) 特定秘密保護法案が十一月七日に衆議院で委員会付託、十一月二十六日に衆議院通過というのは物すごいスピード感だというふうに私は思っておりまして、物によっては非常に早く進むけれども、物によっては進まないという両方があるということです。
 一般論で申し上げますと、またこれは最近の政治学の話題の一つですが、ミシガン大学のツェベリスなどという学者が提起している理論は、ビートプレーヤーの理論というのがございます。
 ビートプレーヤーというのは阻止プレーヤー、その人が反対をすると成立しない。典型はねじれ国会の参議院です。野党が多数になると法案が成立しない、そういうビートプレーヤー。日本は相対的にビートプレーヤーの多い政治システムになっておりまして、ビートプレーヤーが至るところにビルトインして、官僚機構の省庁が、どこかの省庁が反対をすると実現しない、縦割りの弊害ということもありますが。そういうビートプレーヤーが多い政治システムは物事が決まらないと同時に、ツェベリスが言うのは、財政赤字が拡大する。これはもう日本に非常に当てはまることでありまして、このビートプレーヤーの多い政治システムをどういうふうに改革していくか。これは簡単にできることではありませんけれども、概括的な方向性としてはそういうことだろうと思います。
#45
○東徹君 ありがとうございました。
#46
○会長(武見敬三君) それでは次に、浜田和幸君。
#47
○浜田和幸君 新党改革・無所属の会の浜田和幸です。
 いろいろと貴重な御意見を聞かせていただいて、いろいろと考えさせられました。やはり日本の政治が強い指導力を持って展開していくためには、法律をきっちりと議論した上で決めるというプロセスがとても大事だと思うんですね。そのプロセスの中で、日々我々は経験しているんですけれども、各々の議員がいろんな法案に対してどこまで十分な理解を持って投票行動に臨んでいるのか、極めておぼつかない部分があるように感じています。やはり、党議拘束というものの中で、ある意味では安易に採決に臨むという傾向もなきにしもあらず。
 そういった弊害を乗り越えるに当たっては、私は、アメリカの議会のフォーサイトクローズ、あらゆる法案に対して第三者的なライブラリー・オブ・コングレス、議会図書館の調査部が各々の法案に対して、この法案が通過した場合にどのようなプラスマイナス面があるのか、客観的な立場から国民に示す前にまず議員にそういう情報を提供する。その上で、一人一人の議員が自らの判断でその法案に対してどういう姿勢で臨むのかということを決める。そういう仕組みが確立しているわけですね。
 我が国にも国会図書館調査部、我々も大変お世話になっています。すばらしい経験と情報の宝庫だと思うんですね。ある意味では情報の宝と言ってもいいかと思いますけれども、そういった調査部門の力というものがもったいないぐらいに十分発揮されていない。たくさんの専門の調査員がいて、日々様々な法案についてのバックグラウンドの情報はブリーフとして提供していただいているんですが、個別の法案についてのマイナス面、プラス面の客観的な評価というものに関してはいま一歩踏み込んだ姿勢がある方が望ましいと思うんですけれども、この点について両参考人の御意見を聞かせていただきたいと思います。
#48
○参考人(成田憲彦君) それはスタッフの問題も一つございます。我が国の場合は、浜田委員御指摘のとおり、国会図書館調査局、それから参議院の常任委員会調査室、特別調査室等、スタッフ機構はかなり整備されているんだろうと思います。
 より大きな問題は、私は審議手続の問題だろうというふうに思います。
 一般的に申し上げますと、夕方委員会を通過して夜本会議を通過するという国はございませんで、どこの国でも委員会を通過しますとそれを印刷して、委員会報告を印刷しまして、例えばアメリカの場合はそれを全議員に配付して、二日置かなければ採決、本会議の議題にしないということが行われております。
 日本の場合は夕方委員会を通って夜本会議でございますから、国対委員の今度は立って、今度は座って、今度は白、今度は青という指示に従って投票を行っているわけで、ただいま委員の御指摘のような深い議論は行われていない。
 諸外国を見ますと、やはり委員会報告というものは相当詳細なものでございまして、日本の場合は委員会報告書といっても極めて薄いものですが、一番充実しているのはドイツだろうと思います。ドイツはドゥルクザッヘンというのがございまして、一つの法案に対して非常に分厚い逐条ごとの分析データ、それで、それを修正する理由、そういうものの統計データ、厚いものですともう何百ページ、二、三百ページになるような報告が出ます。
 各国、コミッティーレポートというのは非常に充実しておりますが、日本の場合には、まず法案の提案理由から、極端に言えば、法案の最後にあります、この法律は改正する必要がある、これがこの法案を提出する理由であるという、こういうふうに書いているだけですが、諸外国の場合はやはり分析的なデータが載っているということが必要でございまして、それを受けて委員会報告も十分な内容のレポートを出す。それを全議員に配付して、二日、三日置いて本会議の議題にするという審議手続。
 日本ではなぜこんなに急ぐかというと、やはり会期期間が短くて、なおかつ会期不継続の原則があるというのは、日本の国会、議会制度の非常に大きな特色でございます。ですから、民主党は通年国会ということを言って、これは一案ですが、今の国会のまま一年通してやられたら、総理、大臣、役所はたまらないですね。ですから、ちょっとやり方を整理しまして、じっくりやるということで審議を充実させていく、議員同士の審議、議員による法案の分析を充実させていくということが必要だろうというふうに思っています。
#49
○参考人(高橋和之君) 国会議員が法律案の投票に臨むに当たって十分知って投票しているのかどうか疑問だという御発言がありまして、国民としてはそれこそ不安に感じるところでありますけれども、しかし、恐らく国会議員の方、皆さん非常に優秀な方だと私は信じておりますけれども、全分野にわたってきっちりと理解するということはなかなか難しいことだろうと思いますね。
 ですから、ある程度はやはり党内の専門家に委ねて、その提案を尊重して党議拘束をやるということもあってよいのかなと私自身は思っておりますが、できるだけやはり全ての議員の方にその法案の内容をきちっと理解してもらって投票する方がいいですから、そのためには、アメリカを例にされて、その法律が通った場合のどういう利点、欠点があるかということをきちっと調査してもらうと、そういうのを基礎にして考えているんだとすれば、これもやはり日本で参考にしてやるべきではないかなと思います。
 日本の場合、法案の九〇%以上が官僚機構で作られていますから、官僚機構に対してメリット、デメリットを教えてくれといっても、これはなかなか客観的なデータは出てこないと思います。がしかし、国会図書館の職員、日本の国会図書館の職員も非常に優秀な方がたくさんおられますから、それに対して、これは野党の方も調査を依頼することができるというふうに私は理解しておりますけれども、そういう形で情報を集めて、是非、深い知識を持って本当に全国民の利益になるということを確信を持って投票していただくようにお願いしたいと思います。
 以上です。
#50
○浜田和幸君 ありがとうございました。
 あともう一点、情報の公開について御意見をお伺いしたいんですけれども、昨日来、この特定秘密保護法についていろんな議論があるんですけれども、その内閣、閣議における様々な議論の経緯というか意見を、やっぱり国民も知る権利という立場でいろいろと関心が高いと思うんですけれども、この情報公開、どの程度までその国家機密との関連性の上で明らかにすべきかどうか。やっぱり外国の場合は何か基準があるとは思うんですけれども、日本にとって参考になるような事例、そういうルールということをもし何かお考え、情報をお持ちであればお聞かせいただきたいと思います。
#51
○参考人(成田憲彦君) 具体的には余り承知しておりませんが、アメリカの場合はナショナルアーカイブズという膨大なアーカイブズがございまして、それに比べますと日本は、国立公文書館というのは非常に貧弱でございまして、福田先生を中心に公文書館を充実しようという努力は大変重要だろうというふうに思っております。
 それと、秘密の問題につきましては、国家秘密は私は必要だというふうに思っておりまして、したがいまして、今回、特定秘密保護法案もそれなりの理由はあるだろうと。ただ、それの論点となりました範囲の問題、それから時間の経過による開示の問題、そういうことはもう少し精査する必要があるんだろうと思います。
 それから、閣議の議事録を残すということになりました。今までなぜ閣議に議事録がなかったかというと、閣議は議論の場ではないんですね。閣議書に署名をする場でございまして、各国の閣議というのは閣議書というのはありませんから、閣議に署名をするという行為はございませんので、議論をする場ですから議事録は必要。したがいまして、記録係が入って議論をしている。
 私は総理秘書官をやりましたけれども、秘書官は閣議には入りませんので、閣議の場をのぞいたことはありませんけれども、お仕えした総理に閣議はどういう様子ですかと言うと、一番似ているのはお習字の練習会だと。席に着くなり、みんなすずりから筆を持って署名を始めて、回してぐるぐる署名をしていくということで、閣議書の署名が閣議の中身ですから、傍らでは官房副長官が説明しておりますけど、そんなのは全然聞いていないわけでございまして、閣議の記録がなかったのは閣議が閣議書の作成の場であるということであって、私は、閣議の在り方それ自体、大体、閣議が終わった後閣僚懇談会になるというのは、私は小さいころ、閣議後の閣僚懇談会というんで、閣議が終わったらみんな出てきてお茶でも飲みながら懇談しているのかと思いましたら、事前に閣議整理があった案件が済んだ後の議論を閣僚懇談会と呼んでおるわけで、ある意味で官僚機構が閣議のアジェンダをコントロールしていると、こういうことであったわけですが、自由にやっぱり閣議で議論することが閣議だと。諸外国の閣議はそうなんです。
 ですから、そういう閣議になれば閣議の議事録を作る必要があって、残す意義があるし、そういう閣議にしていくべきだというふうに考えております。
#52
○参考人(高橋和之君) 日本も情報公開法で大分諸外国と比べると遅れましたけれども、現在ではちゃんと情報公開法というのがありまして、それがある程度機能していると理解しておりますが、いろいろ問題もありますから、これをできる限り改善していく努力をしていただきたいと思います。
 特に、裁判になった場合に、裁判手続でインカメラを導入できないかどうかというような学説上いろいろ議論しているところでありまして、こういった点、やはり裁判官がチェックすると、本当にそれがしっかりしたチェックであれば、秘密にする場合でもよくよく考えて秘密にするということになるでしょうから、そういった抑制が働くような情報公開法にしていっていただきたいと考えております。
 国家秘密については、私もそれは必要な場面があると思っておりますけれども、しかし、それを国家秘密にすべきであったかどうかをチェックする第三者機関というのがやっぱりあるべきだろう。諸外国見れば大体そういうのがある国の方が多いですし、最終的には先ほども言いましたように裁判所が第三者機関としてチェックすることになりますけれども、現在は手続上インカメラというのは導入されておりませんから、そういったことで今後考えていってもらいたいと同時に、裁判所以外の段階で中立的な第三者機関というのを是非つくってもらいたいと思います。それと、やはり最終的にはこれは公開されるんだということが大きな歯止めになると思いますから、この点も現在進行形で議論されておりますけれども、やはりきちっとしたルールを作っていただきたいと思います。
 アメリカは情報公開について、これ大統領令である程度決めているわけですね。日本もそれに似たものを決めるんだと言っていますけれども、本来は、それを案として作った上で、国会にかけて法律を審議してもらいたいというふうに思います。法律が、作った後に、これはもう政令なりで定めるんだから作った後でいいんだというのではなくて、もう少し早く、法律ができた暁にはこういった内容のルールを作りますよということを示されると、我々としてもより安心できるのではないかなと思います。
 そういうものがないものですから、どうしても疑心暗鬼になると。私は、現在の対立のかなりの部分はそういった疑心暗鬼が理由になっているのではないかと思いますから、立法者の方々、やはりそういった点、もう少し国民に安心を与えるような形での議論をしていただければと思っております。
 以上です。
#53
○浜田和幸君 ありがとうございました。
#54
○会長(武見敬三君) それでは、そのほか御発言はございませんか。
 じゃ、堀井巌君。
#55
○堀井巌君 自由民主党の堀井巌でございます。よろしくお願い申し上げます。
 私は、役所の出身者ということで、少し視点が違うかもしれませんが、これまで役所勤めをしていた中での感想と、そして質問についてお二方にお願いをしたいと思います。
 私は、ちょっとこれは逆説的であるかもしれませんが、これまで例えば政と官の関係で官僚主導、これは問題だ、確かに官僚主導だったという側面でそれを語ればそうだろうという側面も多々ありますけれども、そういう前提で物を考える、そのことに疑問を持たずに物事を考えることから一旦離れることが必要ではないかというふうに思っております。
 自分自身がずっと官僚の世界で仕事をしてまいりましたですけれども、確かに閣法がほとんどであるということからすると官僚主導と言われるのかもしれません。また、様々なところで全て下書きを官僚がしているじゃないかというふうに言われると、そうかもしれません。他方で、率直な感想として、多分今、多くの私の元同僚の方々も含めて同じような思いを持っている人も多いと思いますけれども、例えば、様々な出している法律案、先ほど片山委員の方からありましたように、かなりファインチューニング、ファインチューニングと言うとおかしいですけれども、そういったものもありますし、非常に大きな課題については、かなり政治の意思を反映したものを作成をしているというのがやっぱり実態ではないかというふうに思っています。
 それからまた、本当に官僚主導であれば、官僚というのは、これはどこの省も多分よく似ていると思いますが、やっぱり財政についての関心が高いわけですから、官僚主導であれば三百兆円の借金が例えば一千兆円超えるまで、それをずっと官僚がそうしようと思って官僚の意思でやってきたわけでは私はないと思うんであります。
 そういった意味では、官僚主導というふうなことでとらえて、何とかこの政と官の関係で官僚が引っ張ってきたものを政がパワーバランスを変えるんだ、そのことがどうも唯一の解答かというと、私はそうではないような気はいたしております。むしろ、官僚の方に昨今あるのは、大きな政策についてなかなかうまくいかないということの焦燥感、この方がやはり共有されているんではないかというふうに思うわけでございます。
 二点目に、よく縦割りの議論がございます。先ほども御指摘ありましたけれども、アメリカなら国務省ではなくてホワイトハウスで原稿を書きます。日本の場合は、これ外務省で書くと。確かにそれは縦割りと言われれば縦割りなんですが、これは、私はむしろ官僚制の問題というよりは議院内閣制本質そのものではないかというふうに思うわけであります。それぞれ、内閣そのもので、内閣の中で分担管理をしていくということからいえば、問題は、外務省が書くのが問題なのではなくて、いかにきちんと内閣総理大臣がそれを、ステートメントを公表するんであれば、意思の集約そして調整が円滑に行われているか、情報の集約が行われているかということだろうというふうに思っております。
 あと、これは大変感想めいて恐縮ですが、官僚組織について、私は、省益だとかというようなことをよく言われますけれども、例えば先ほども具体の例において、民主党政権に替わったときに普天間の問題がありました。あのときに官僚が余り動いていないという指摘もありましたが、私が民主党政権のときに官僚として仕事をしてきたときの感想で言うと、むしろ日本の官僚組織って非常に健全にそのときの政権にきちんとある意味機能していたんではないかというふうな感想を持っています。
 ただ、これまでの様々な経緯等、あるいは外交上の審議とか様々なことが、あるものを超えた部分で政治が意思を示したときに、なかなかその説明責任を持っている官僚組織が付いていけなかったということがあったのかもしれませんが、私は余りそういう個別の事象をとらえて、全てこれが省益だとか縦割りなんだとか官僚主導なんだという言葉で全部アプリオリにとらえるというのは、ちょっと解決方策を見出す上でもなかなか、かえって曇ってしまうというふうな気もしているところでございます。
 意思決定の集約ということでいうと、一つは、まず政府部内でどのように改善していくか、統治機構の在り方として考えていくかということでありますが、恐らく先ほど閣議、これも私も官邸にいるときに、勤務させてもらったときにそういう話を聞いたことがあります、皆さん、いろいろサインをされておられる、署名をされておられる。ただ、それは当然、閣議として内閣が意思を決定するという意味では非常に重要な行為そのものであります。そこが最終的な意思決定の場でありますので、政府としては重要な行為である。
 一方で、重要な政策についてはやはり議論をしていかなければならないということで、今回多くの政党の、例えばNSC法案に見られるように、多くの政党のある意味共通の理解も得ながら、特定のそういった特に重要な分野に、安全保障等についてしっかりと重要な議論をしていくという方向で物事が進んでいると。私は、これは一つこの政治の中でも共通認識があるのかなというふうに思っているところでございます。また、今官邸にとにかく情報集約をしていこうというふうな方向で様々な改革をなされているのもその一つの表れかなというふうに思っております。
 そこで、私は、質問としては、むしろこの国会というものによるコントロールということをどのようにこれから考えていったらいいかということについて質問をしたいと思っております。
 政と官の関係を、先ほども申しました、官僚主導なんだ、だからその官僚主導をコントロールしなければならないということでベクトルが向きますと、大臣を先頭にした、向こう側にある官僚組織に対して、例えば国会答弁を、たくさん答弁を求める、委員会の中でとにかく時間を取って答弁求めるんだ、特に野党の場合ですとやっぱりコントロールしないといけないということで、そういったことが日本の場合、相当行われている。
 これはやっぱり、官僚組織の今の仕事のかなりの部分、この国会調整、答弁作成に使っているということからいうと、そのことが本当の意味でコントロールにつながっていけばいいわけですけれども、その部分について、その時間を例えばもっと倍にするのがいいのかどうかというのはまたいろいろ私は議論もあるところであろう、また別のコントロールの仕方というのがあるのではないかというふうに思うわけでございます。
 それからまた、先ほど時間の話も出ました。国会における時間の話も出ましたが、今、結局は与党の方は、コントロール、もちろん我々もコントロールをする側の国会議員の一人としてはそのような立場にあるわけですけれども、最終的には、議院内閣制の下で与党は法律、閣法は当然通していくという立場にあるわけで、そうすると、野党の方は賛否を明らかにするということを通じて意思を示していく。要するに、そうなりますと、例えば時間付けについても、なかなか国会の時間を、できるだけ長く審議は引き延ばしていくというようなこともあるかと思いますので、というふうに私は思っております。
 こういったことで、この国会におけるコントロール、どのようにこの行政府なりに改善していけばいいのかというのを是非お聞かせいただきたいというふうに思います。
#56
○会長(武見敬三君) 質問及び回答を含めて十分以内でやるというルールでやっておりますので、時間がもう一分残っているかどうかであります。したがって、是非このルールを皆さん御了解いただいて運営をしていきたいというふうに思います。
 それでは、高橋参考人、どうぞ。
#57
○参考人(高橋和之君) 官僚主導では必ずしもなかったのではないかという点ですね。私も、日本の官僚集団というのは非常に優秀な集団ですから、これに協力してもらうということが非常に大事だと思っておりますが、その場合に、やはり官僚によって選択肢を提示してもらって、そこで選ぶというのが政治の役割だろうと、そういう形で運用していくことを考えていくべきじゃないかなと思っております。
 したがって、官僚機構をコントロールするという場合、建前としては主任の大臣が全て質問に対して答えるということかもしれませんけれども、そこまで大臣が全てを把握するということも困難なこともありますから、そんなに、政府委員は駄目だというようなことじゃなくて、その問題について一番よく知っている人を呼んで、その人に質問するということがあっていいと思います。
 やはり、コントロールの仕方としては、これは野党が中心になると思いますけれども、野党が内閣が行おうとしている政策の問題点と代替案を国民の前に提示するということなわけですから、そういう観点から、疑問に思うことあるいははっきりしないことを質問すると。可能ならば大臣がそれに答える。しかし、大臣が十分に答えられなければ、やはり現実にそういう法案を作った人に答えてもらうというのもいいと思います。
 行政官僚の方の方が法律案の作成能力というのは、こう言っては失礼かもしれませんけれども、皆さん議員さんよりはよほど高いだろうと私は見ておりまして、そういう方の協力を得て法案を作ると。政策は自分たちで決める、選択するとしても、それを実行していく法律案を作る、これは法的な技術でありまして、よほど官僚の方の方が高いと思いますから。
 したがって、そういうことをやった方にこれはどういう意味かということで質問したりすると。それを通じてコントロールしていくんだろうと思います。それを見ていて国民が問題点に気付き、このままこの政党に委ねていいのかどうかということを判断するわけですから、そういう形で考えていただければいいかなと思います。
 以上です。
#58
○参考人(成田憲彦君) 最初の官僚主導と省益の問題でございますが、政権が替わると政治の主導によって政策がかなり変わる、今の安倍内閣とその前の民主党内閣、民主党内閣でも三代の総理によって非常に政策に違いがある。これは間違いがありません。しかし、それはある限度の範囲内なんですね。
 私の体験を述べさせていただきますと、公務員の研修に呼ばれます、講師として呼ばれますが、課長補佐級までの研修に出ますと、質問を受けるんです。こんなに我々は一生懸命やっているのに、国民のために我々はやっているんだけれども、何で省益のためとか官僚主導と言われるんだと、課長補佐級ぐらいまで行くとそういう感じですね。しかし、御承知のとおり、課長以上になると、やはり省益の維持がこれは仕事になって、事務次官が最高の省益の維持の任務を担うと、こういうことでございます。
 それから、国会によるコントロールの問題、これは簡単でございます。法律を作ればいいんです。大臣を呼んで追及したって、そんなのは答弁で幾らでもかわせるんです。この追及型の国会というのは、明治の議会ができたときに藩閥政府に対する自由民権派の野党の追及手段としてできた方式、一問一答方式でありまして、ほかの各国の議会は法律を作ることに専念しているんです。法律を作って、それで政権を縛ればいいんです。
 ですから、私は、日本の国会も、とにかく総理以下の官僚を呼んで一問一答方式で追及することよりも、やはり法律をいかに作るかということを、そういう国会をつくるということが基本的に大切だろうというふうに思っています。
#59
○会長(武見敬三君) ありがとうございました。
 それでは、石上俊雄君。
#60
○石上俊雄君 民主党の石上俊雄でございます。
 高橋先生、成田先生、お二人の参考人の方からお話をお聞きして、本当にありがとうございました。これから、法的な観点、さらには政治学的な観点からしっかり勉強していきたいなと思います。そういった意味で、少し勉強のために教えていただきたいと思います。
 まず高橋参考人に御質問させていただきたいと思いますが、国民内閣制モデル、これについてちょっとお聞きしたいんですけれども、今、日本は小選挙区制といったところに移行してきているわけでありますけれども、それは様々な課題を解決するためにそこに来ているわけですが、これは、今大変なことになっていまして、振り子現象とかポピュリズムの助長になるんじゃないかとかといういろいろ課題はあるわけでありますが、世界的に見ると、比例代表制、多民族だったり多言語の国をまとめるには比例代表制がいいんじゃないかなといったところもあるわけであります。
 ということは、やはり政治に今何が求められているかというところでいろいろこういった制度って決まってきているのかなというふうに思っておるわけでありまして、今、日本は、決められない政治からの脱却とか、やっぱりしっかりと、これから大胆な処方箋をしっかり提示するべきだといったところに突っ込んでいくとか、そういったところを求めるために今いろいろ検討がされているというわけでありますけれども、そういった中で、高橋先生が国民内閣制モデルというのを推されておられるわけでありますけれども、その理由といったところ、さらには、日本というところを今どういう観点で見られている、時代というところで見られているかといったところについてお教えいただけると助かります。
#61
○参考人(高橋和之君) 私がそういう問題に関心を持ったのは、やはり日本の五五年体制の政治の在り方を見ていて、国民の意見が余り考慮されないで、政治家の間の悪く言えば裏取引で政策が決定されているんではないかなという印象を持ったものですから、もう少し国民の中に存在する考えがよりストレートに反映されるような、そういう運用の在り方の方がいいんではないかなと、そうするためにはどうしたらいいかということで、たまたま勉強していたときに、そういう直接民主政とか媒介民主政という区別とか、対決型、協調型というような区別をしている議論があったものですから、それを使って日本を見ると、日本の課題はこういうことではないかなと考えた次第です。
 ただ、それが永遠にいいか、いいと思っているかというとそうではなくて、とにかく現状に対して、現状を打開するためにはどうしたらいいか、それをまたしばらくやっていればまた違うものの方がいいということになるかもしれませんけれども、とにかく現状、五五年体制の時期のその現状を見て、こういうふうに変えた方がいいんではないかなということで考え出したものであります。
#62
○石上俊雄君 ありがとうございました。
 成田参考人に御質問させていただきたいと思いますが、成田先生は細川元首相の下で秘書官で御活躍されて、そのときに小選挙区制の導入にかかわられたというふうに、御経験があるというふうにお聞きしました。そのとき、その当時はどのような政治がこの先、その制度を導入することによって、小選挙区制というのを導入することによって展開されていくのかと、そういったところをどういうふうに展望されておられたのか、その辺のところをちょっとお聞かせいただけると助かります。
#63
○参考人(成田憲彦君) 政治改革の目的は政権交代可能な政治ということです。五五年体制の自民党の超一党長期政権は、高度経済成長の果実の分配の政治として大変意味がありました。分配というのは、例えば談合などでも長年務める一人の仕切り屋というのがいまして、この仕切り屋の役割は長年にわたる貸し借り関係を全部覚えておくということで、仕切り役は替えないというのが談合の一つの法則でございまして、同じように、分配の政治では政権党は替えない。しかし、右肩上がりの経済が終わって、分配の政治が終わって政策選択の政治になったときには、やはり政権交代が可能な政治というものを実現する、そのために小選挙区制を導入するという、比例代表と組み合わせてですが。
 ただ、幾つか想定していなかったことがその後起きました。小選挙区制の弊害として一般的に指摘されていることは、アドバーサリアルポリティクス、敵対の政治という、足の引っ張り合いの政治になるということでございまして、これほど足の引っ張り合いの政治になるとはちょっと思っておりませんね。やはり、政権で野党になったら、自分の政党の政策の見直し、組織の点検をして次の政権に備えるという、豊かな、建設的、積極的な野党時代というものが過ごされるかと思いましたら、政権復帰、それはお互いに、民主党も政権が近づくととにかくねじれ国会を使って足を引っ張るということで、非常に敵対の政治が強く出てしまったというのは、一つ誤算というか、想定していなかったことでございます。
 そのほかいろいろありまして、もう一段階、二段階、絶えず政治改革というのは必要だろうと思いますので、引き続き改革をしていく努力が必要だろうというふうに考えております。
#64
○石上俊雄君 高橋先生、成田先生、本当にありがとうございました。
 以上です。
#65
○会長(武見敬三君) それでは、古賀友一郎君。
#66
○古賀友一郎君 自由民主党の古賀友一郎でございます。
 私、高橋先生にお伺いしてみたいと思います。
 国民意見の集約の在り方として、この直接民主政と媒介民主政という、この対比が私も非常に興味深かったんですけれども、その上で、先生は国民内閣制を提唱されていらっしゃるということなんですが、その課題として参議院の強さを課題に挙げておられるということのようです。
 具体的に、先生がイメージされておられる、参議院をどの程度弱めるといいますか、どういうようなイメージをお持ちでいらっしゃるんでしょうか。
#67
○参考人(高橋和之君) 憲法改正するとすれば、私は二院制はあっていいと思っていますけれども、参議院は衆議院に対して再考を求めるということを限度にすべきではないかなと。そういう意味で、ですから、停止的拒否権といいますか、一定期間、衆議院の決定を遅らせると。その間に考え直してくださいという時間を与える。それは、衆議院に与えるというよりは国民に対してですね。国民に対して、これはもうちょっと考えた方がいいということで、考える時間を与える。メディアが国民にもっといろいろ問題点を知らせて、その上で、国民の動向を見ながら衆議院が最終的な決定をすると、こういうイメージで考えておりますから、いわゆる停止的拒否権というものですね。どの期間、どの程度の期間停止できるかということはいろいろ議論があり得るところであるとは思いますけれども、一応そんな考え方でおります。
#68
○古賀友一郎君 私、国民内閣制のお話を聞いていて、いわゆる首相公選制と何かダブって見えてきたんです。といいますのは、アメリカの大統領選でも大統領選挙人を選ぶということでありますので、要は間接的に大統領が選ばれているということでありますから、仮に今の衆議院がそういう首相選挙人を選ぶようなシステムになるとするならば、首相公選制に近いようなイメージになってくるのかなと。
 そういう中で参議院の力が弱まると、システムとして首相独裁といいますか、かなり強い。今、先生のお話だと、参議院は再考を求めるような院になるということにすると、衆議院の意思、ひいては首相の意思が非常に強くなるのかなというふうに思いまして、大統領制だと議会が別にありますのでそこが大統領をチェックするんでしょうが、それで大統領に近い首相をチェックする機関としての第二院の役割というものがどうなるのかなというのがちょっと、かなり独裁的システムになってくるのかなというふうに思えたものですから、その辺も踏まえても、やっぱり参議院は再考を求める、そういう院にとどまるべきなんでしょうか。その辺をちょっとお考えをお伺いしたいと思います。
#69
○参考人(高橋和之君) 二院制自体、議院内閣制で貴族院とかあるいはアメリカ型の上院のようなものではなくて、国民によって選挙された第二院にするんならばない方がいいという議論もあります。ですから、そういう考え方に対して第二院、国民によって直接選ばれる第二院がどういうものであり得るのかということを考えるわけですね。そのときに、私は憲法の解釈として直接国民が選ぶということでなくてもいいんではないかなとは思っています、現行憲法の中でですね。これは憲法が作られた当初、かなり有力に唱えられた説。例えば宮沢俊義先生は間接選挙でも別に違憲ではないという考え方を取っておられたという記憶でありますけれども、その後の学説はこれはもう直接選挙なんだというふうに解釈してきましたから、そうすると、両院共に国民が直接選挙したということになれば、これは参議院がどうしても強くなる。そうすると、ねじれの場合はほとんど政治がストップしてしまうという問題が出てくるわけですね。
 ですから、国民が直接選挙するんであるならば一院でいいんじゃないか、基本的には。その上でしかし、多少衆議院によるコントロールが不十分になる可能性は十分ありますから、それを補うということで第二院を設置して第二院にその役割を期待するということになれば、停止的というか一定期間停止して再考を求めるという、現実にイギリスの貴族院がやっているのはそういうものだと思いますから、それを参考にしてそういった改正をするのがいいのではないか。確かに、それでは内閣が強くなり過ぎるんじゃないかという心配が出てきます。私の理論に対する非常に大きな批判は、それは独裁制にならないかということであったわけですね。しかし、私は、選挙が必ず少なくとも四年に一度は来ますから、したがって独裁制ということにはならないんではないかと。それと、メディア、日本のメディアは表現の自由を持っていますから批判がきちっとできるんではないかと。したがって、内閣の独裁になることは避け得るんではないかなと考えております。
#70
○古賀友一郎君 ありがとうございました。
 終わります。
#71
○会長(武見敬三君) 他に御発言もなければ、以上で参考人に対する質疑を終了をいたします。
 高橋参考人及び成田参考人におかれましては、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時三十分散会
ソース: 国立国会図書館
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