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2013/10/15 第185回国会 参議院 参議院会議録情報 第185回国会 本会議 第1号
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2013/10/15 第185回国会 参議院

参議院会議録情報 第185回国会 本会議 第1号

#1
第185回国会 本会議 第1号
平成二十五年十月十五日(火曜日)
   午前十時一分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議事日程 第一号
  平成二十五年十月十五日
   午前十時開議
 第一 議席の指定
 第二 会期の件
 第三 国務大臣の演説に関する件
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、日程第一
 一、常任委員長辞任の件
 一、常任委員長の選挙
 一、特別委員会設置の件
 一、日程第二
 一、請暇の件
 一、日程第三
 一、二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピ
  ック競技大会の成功に関する決議案(中曽根
  弘文君外八名発議)(委員会審査省略要求)
 一、元本院副議長松尾官平君逝去につき哀悼の
  件
 一、議員中村博彦君逝去につき哀悼の件
     ─────・─────
#3
○議長(山崎正昭君) 第百八十五回国会は本日をもって召集されました。
 これより会議を開きます。
 日程第一 議席の指定
 議長は、本院規則第十四条の規定により、諸君の議席をただいまの仮議席のとおりに指定いたします。
     ─────・─────
#4
○議長(山崎正昭君) この際、常任委員長の辞任についてお諮りいたします。
 内閣委員長相原久美子君、経済産業委員長増子輝彦君、国土交通委員長加藤敏幸君、国家基本政策委員長藤田幸久君から、それぞれ常任委員長を辞任いたしたいとの申出がございました。
 いずれも許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○議長(山崎正昭君) 御異議ないと認めます。
 よって、いずれも許可することに決しました。
     ─────・─────
#6
○議長(山崎正昭君) この際、欠員となりました常任委員長の選挙を行います。
 つきましては、常任委員長の選挙は、その手続を省略し、いずれも議長において指名することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○議長(山崎正昭君) 御異議ないと認めます。
 よって、議長は、
 内閣委員長に水岡俊一君を指名いたします。
   〔拍手〕
 経済産業委員長に大久保勉君を指名いたします。
   〔拍手〕
 国土交通委員長に藤本祐司君を指名いたします。
   〔拍手〕
 国家基本政策委員長に長浜博行君を指名いたします。
   〔拍手〕
     ─────・─────
#8
○議長(山崎正昭君) この際、特別委員会の設置についてお諮りいたします。
 災害に関する諸問題を調査し、その対策樹立に資するため、委員二十名から成る災害対策特別委員会を、
 沖縄及び北方問題に関する対策樹立に資するため、委員二十名から成る沖縄及び北方問題に関する特別委員会を、
 政治倫理の確立及び選挙制度に関する調査のため、委員三十五名から成る政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会を、
 北朝鮮による拉致等に関する諸問題を調査し、その対策樹立に資するため、委員二十名から成る北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会を、
 政府開発援助を始めとする国際援助・協力に関する諸問題を調査するため、委員三十名から成る政府開発援助等に関する特別委員会を、
 消費者の利益の擁護及び増進等に関する総合的な対策を樹立するため、委員二十五名から成る消費者問題に関する特別委員会を、
 東日本大震災からの復興に当たり、その総合的な対策樹立に資するため、委員四十名から成る東日本大震災復興特別委員会を、
 また、原子力に関する諸問題を調査するため、委員二十五名から成る原子力問題特別委員会を、
それぞれ設置いたしたいと存じます。御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#9
○議長(山崎正昭君) 御異議ないと認めます。
 よって、災害対策特別委員会外七特別委員会を設置することに決しました。
 本院規則第三十条の規定により、議長は、議席に配付いたしました氏名表のとおり特別委員を指名いたします。
    ─────────────

    ─────────────
#10
○議長(山崎正昭君) これにて休憩いたします。
   午前十時七分休憩
     ─────・─────
   午後二時四十一分開議
#11
○議長(山崎正昭君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。
 日程第二 会期の件
 議長は、今期国会の会期を五十三日間といたしたいと存じます。
 会期を五十三日間とすることに賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
#12
○議長(山崎正昭君) 総員起立と認めます。
 よって、会期は全会一致をもって五十三日間とすることに決しました。
     ─────・─────
#13
○議長(山崎正昭君) この際、お諮りいたします。
 蓮舫君から海外渡航のため明十六日から八日間の請暇の申出がございました。
 これを許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#14
○議長(山崎正昭君) 御異議ないと認めます。
 よって、許可することに決しました。
     ─────・─────
#15
○議長(山崎正昭君) 日程第三 国務大臣の演説に関する件
 内閣総理大臣から所信について発言を求められております。これより発言を許します。内閣総理大臣安倍晋三君。
   〔内閣総理大臣安倍晋三君登壇、拍手〕
#16
○内閣総理大臣(安倍晋三君) まず冒頭、過去に経験したことのない豪雨や、台風、竜巻により亡くなられた方々に心から哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方々に対しお見舞いを申し上げます。
 高齢化や過疎に直面する被災地域も多く、そうした実態も踏まえながら、早期の復旧に向け全力で取り組んでまいります。
 この道しかない。
 三本の矢は、世の中の空気を一変させました。今年に入って、二四半期連続で年率三%以上、主要先進国では最も高い成長となりました。昨年末〇・八三倍だった有効求人倍率は、八か月で〇・九五倍まで来ました。
 景気回復の実感は、いまだ全国津々浦々まで届いてはいません。日本の隅々にまでこびりついたデフレからの脱却はいまだ道半ばです。
 この道を迷わずに進むしかありません。
 今や、世界が日本の復活に注目しています。ロック・アーンでも、サンクトペテルブルクでも、ニューヨークでも、そしてバリでも、そのことを強く実感しました。
 日本は、もう一度力強く成長できる、そして世界の中心で再び活躍することができる、そうした未来への希望が確実に芽生えています。皆さん、共にこの道を進んでいこうではありませんか。
 強い経済を取り戻すことは、被災地にも大きな希望の光をもたらします。東日本大震災からの一日も早い復興に向けて、取組を更に加速してまいります。あわせて、将来の大規模な災害に備え、強靱な国づくりを進めてまいります。
 被災地では、今も二十九万人の方々が避難生活を送っています。高台移転は、ほぼ全ての計画が決定し、用地取得や造成工事の段階に移りました。今後、市町村ごとの住まいの復興工程表を着実に実行してまいります。
 福島の皆さんにも、一日も早くふるさとに戻っていただけるよう、除染やインフラ復旧を加速してまいります。
 私は、毎日、官邸で福島産のお米を食べています。折り紙付きのおいしさです。安全でおいしい福島の農水産物を、風評に惑わされることなく、消費者の皆さんに実際に味わってほしいと願います。
 汚染水の問題でも、農業者の方々が事実と異なる風評に悩んでいる現実があります。しかし、食品や水への影響は、基準値を大幅に下回っている、これが事実です。
 抜本解決に向けたプログラムも策定し、既に着手しています。今後とも、東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策を全力でやり抜いてまいります。東京電力任せにすることなく、国が前面に立って責任を果たしてまいります。
 福島出身の若いお母さんから一通の手紙をいただきました。震災の年に生まれたお子さんへの愛情と、ふるさとの福島に戻るかどうか苦悩する心の内をつづった手紙は、こう結ばれていました。「私達夫婦は今福島に帰ろうと考えています。あの土地に家族三人で住もうとしています。私達のように若い世代が暮らさないと、福島に未来はないと考えたからです。」。
 福島の若い世代は、しっかりと福島の未来を見据えています。
 被災地の復興なくして日本の再生なし。その未来への責任を私は総理大臣として果たしてまいります。
 チャレンジして失敗しても、それは前進への足跡であり、大いに奨励すべきもの、しかし、失敗を恐れて何もしないのは最低だ、本田宗一郎さんは、こう述べて社員たちに奮起を促したといいます。先人たちのこうしたチャレンジ精神が日本を高度成長へと導きました。
 しかし、日本人は、いつしか自信を失ってしまった。長引くデフレの中で萎縮してしまいました。この呪縛から日本を解き放ち、再び起業、創業の精神に満ちあふれた国を取り戻すこと、若者が活躍し、女性が輝く社会をつくり上げること、これこそが私の成長戦略です。いよいよ日本の新しい成長の幕開けです。
 果敢にチャレンジする企業を安倍内閣は応援します。日本の持つ可能性を最大限引き出すことこそが競争力を強化する道であると考えます。
 新たに企業実証特例制度を創設します。あらゆる分野において、フロンティアに挑む企業には、新たな規制緩和により、チャンスを広げます。
 事業再編を進め新陳代謝を促し、新たなベンチャーの起業を応援します。研究開発を促進し、設備投資を後押しして、生産性を向上します。
 そのために、今後三年間を集中投資促進期間と位置付け、税制、予算、金融、規制・制度改革といったあらゆる施策を総動員してまいります。
 その目指すところは、若者、女性を始め、頑張る人たちの雇用を拡大し、収入を増やすことにほかなりません。その実感を必ずや全国津々浦々にまで届けてまいります。
 そのことが、更に消費を拡大し、新たな投資を生み出す。景気の好循環を実現するため、政労使の連携を深めてまいります。
 将来の成長が約束される分野で、意欲のある人にどんどんチャンスをつくります。
 電力システム改革を断行します。ベンチャー意欲の高い皆さんに自由なエネルギー市場に参入してほしいと願います。コスト高、供給不安といった電力システムを取り巻く課題を同時に解決できるダイナミックな市場をつくってまいります。
 難病から回復して再び総理大臣となった私にとって、難病対策はライフワークとも呼ぶべき仕事です。患者に希望をもたらす再生医療について、その実用化を更に加速してまいります。民間の力を十二分に活用できるよう、再生医療に関する制度を見直します。
 外国訪問では、私は、安全でおいしい日本の農水産物を紹介しています。どこに行っても本当に驚くほどの人気です。かつて農業が産業としてこれほど注目されたことがあったでしょうか。
 意欲のある民間企業にはこの分野にどんどん投資してもらい、日本の農産物の可能性を世界で開花させてほしいと願います。しかし、狭い農地がばらばらに散在する現状では、意欲ある農業者ですら、コストを削減し、生産性を向上することはできません。都道府県ごとに、農地をまとめて貸し出す、言わば農地集積バンクを創設してまいります。
 あわせて、成長する世界の食市場への農水産物の輸出を戦略的に倍増し、一手間掛けて付加価値を増す六次産業化を進めます。これらによって、今後十年間で農業、農村全体の所得倍増を目指してまいります。
 競争の舞台は、オープンな世界。日本は、世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します。
 七年後には、東京を始め日本中の都市に世界の注目が集まります。特異な規制や制度を徹底的に取り除き、世界最先端のビジネス都市を生み出すため、国家戦略特区制度を創設します。
 TPP交渉では、日本は今や中核的な役割を担っています。年内妥結に向けて、攻めるべきは攻め、守るべきは守り、アジア太平洋の新たな経済秩序づくりに貢献してまいります。
 公務員には、広く世界に目を向け、国家国民のため能動的に行動することが求められています。内閣人事局の設置を始め、国家公務員制度改革を推進してまいります。
 やるべきことは明確です。これまでも同じような成長戦略はたくさんありました。違いは、実行が伴うかどうか。もはや作文には意味はありません。
 実行なくして成長なし。この国会は、成長戦略の実行が問われる国会です。皆さん、しっかりと結果を出して、日本が力強く成長する姿を世界に発信していこうではありませんか。
 経済政策パッケージを果断に実行し、日本経済を持続的に成長させる。その上で、私は、来年四月からの消費税率三%引上げを予定どおり実行することを決断しました。
 これから実行に移す経済政策パッケージは、かつてのような目先の景気を押し上げるための一過性のものではありません。賃金上昇と雇用拡大などを実現するための未来への投資です。
 世界に誇る我が国の社会保障制度を次世代に安定的に引き渡していく。そのためには、財源確保のための消費税率引上げと同時に、保険料収入や税収の基盤である強い経済を取り戻さなければなりません。こうした取組の下、中長期の財政健全化目標の実現を目指します。
 あわせて、大胆に改革を進め、持続可能な制度を構築しなければなりません。少子化対策を充実し、全世代型の社会保障へと転換してまいります。医療、介護保険、公的年金について、受益と負担の均衡が取れた制度へと具体的な改革を進めてまいります。高齢者の皆さんが安心して暮らせる社会を構築します。
 「心志あれば必ず便宜あり」。
 意志さえあれば、必ずや道は開ける。中村正直は、明治四年の著書「西国立志編」の中で、英国人スマイルズの言葉をこのように訳しました。
 欧米列強が迫る焦燥感の中で、あらゆる課題に同時並行で取り組まなければならなかった明治日本。現代の私たちも、経済再生と財政再建、そして社会保障改革、これらを同時に達成しなければなりません。明治人たちの意志の力に学び、前に進んでいくしかない。明治の日本人にできて、今の私たちにできないはずはありません。要は、その意志があるかないか。
 強い日本、それをつくるのはほかの誰でもありません、私たち自身です。皆さん、共に進んでいこうではありませんか。
 相互依存を深める世界において、世界の平和と安定に積極的な責任を果たすことなくして、もはや我が国の平和を守ることはできません。
 これは私たち自身の問題です。
 戦後六十八年にわたる平和国家としての歩みに私たちは胸を張るべきです。しかし、その平和を将来も守り抜いていくために、私たちは今行動を起こさねばなりません。
 単に国際協調という言葉を唱えるだけでなく、国際協調主義に基づき、積極的に世界の平和と安定に貢献する国にならねばなりません。積極的平和主義こそが我が国が背負うべき二十一世紀の看板であると信じます。
 石垣島で漁船を守る海上保安官、宮古島で南西の空をにらみ、ジブチで灼熱の下、海賊対処行動に当たる自衛官、極限の環境でも高い士気を保つ姿を目の当たりにしました。彼らは私の誇りです。御家族にも感謝の気持ちでいっぱいです。彼らは、現場で、今この瞬間も現実と向き合っています。私たちも、安全保障環境がますます厳しさを増す現実から決して目を背けてはならない。
 私は、現実を直視した外交・安全保障政策の立て直しを進めてまいります。
 国家安全保障会議を創設し、官邸における外交・安全保障政策の司令塔機能を強化します。これと併せ、我が国の国益を長期的視点から見定めた上で、我が国の安全を確保していくため、国家安全保障戦略を策定してまいります。
 さらに、日米同盟を基軸とし、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった価値観を共有する国々と連携を強めてまいります。
 在日米軍再編については、抑止力を維持しつつ、沖縄を始めとする地元の負担軽減を図るため、現行の日米合意に従って着実に進めます。
 拉致問題については、私の内閣で、全面解決に向けて全力を尽くしてまいります。
 総理就任から十か月間、私は、地球儀を俯瞰する視点で、二十三か国を訪問し、延べ百十回以上の首脳会談を行いました。これからも、世界の平和と繁栄に貢献し、より良い世界をつくるため、一層の役割を果たしながら、積極果敢に国益を追求し、日本の魅力を売り込んでいきます。
 「TOKYO」。
 ロゲ会長のアナウンスでブエノスアイレスの会場は歓喜に包まれました。みんなが頑張れば夢はかなう、そのことが証明された瞬間でありました。
 歓喜の輪の中に成田真由美さんがいました。パラリンピック水泳でこれまで十五個もの金メダルを獲得した、日本が世界に誇るアスリートです。
 その成田選手が、かつて私にこう語ってくれました。私は、失ったものを数えるのではなく、得たものを数えていきます。意志の力に裏打ちされているからこそ、前を向いて生きていこうとする姿勢に私は強く心を打たれました。
 十三歳から車椅子での生活となり、その後も、交通事故など数々の困難を成田選手は強い意志の力で乗り越えて、すばらしい記録を生み出してきました。
 今の日本が直面している数々の課題、復興の加速化、長引くデフレからの脱却、経済の再生、財政の再建、社会保障制度の改革、教育の再生、災害に強く安全、安心な社会の構築、地域の活性化、そして外交・安全保障政策の立て直し、これらも、意志の力さえあれば必ず乗り越えることができる、私はそう確信しています。
 先般の参議院選挙で自由民主党及び公明党の連立与党を支持してくださった国民の皆さんに心より感謝します。この選挙により国会のねじれが解消されたことは、困難を乗り越えていけと背中を力強く押していただいたものと認識しています。この選挙結果に、政策を前に進めることでこたえてまいります。いや、こたえていかねばなりません。
 定数削減を含む選挙制度改革について、現在の膠着状況を打破し、結論を得ようではありませんか。
 憲法改正について、国民投票の手続を整え、国民的な議論を更に深めながら、今こそ前に進んでいこうではありませんか。
 皆さん、決める政治によって国民の負託にしっかりとこたえていこうではありませんか。
 国民の皆様並びに議員各位の御理解と御協力をお願い申し上げる次第です。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)
#17
○議長(山崎正昭君) ただいまの演説に対する質疑は次会に譲りたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#18
○議長(山崎正昭君) 御異議ないと認めます。
     ─────・─────
#19
○議長(山崎正昭君) この際、お諮りいたします。
 中曽根弘文君外八名発議に係る二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の成功に関する決議案は、発議者要求のとおり委員会審査を省略し、日程に追加してこれを議題とすることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#20
○議長(山崎正昭君) 御異議ないと認めます。
 よって、本決議案を議題といたします。
 まず、発議者の趣旨説明を求めます。橋本聖子君。
    ─────────────
   〔議案は本号末尾に掲載〕
    ─────────────
   〔橋本聖子君登壇、拍手〕
#21
○橋本聖子君 自由民主党の橋本聖子でございます。
 私は、ただいま議題となりました自由民主党、民主党・新緑風会、公明党、みんなの党、日本維新の会、新党改革・無所属の会、生活の党の各会派共同提案に係る二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の成功に関する決議案につきまして、発議者を代表して、提案の趣旨を御説明申し上げます。
 まず、案文を朗読いたします。
    二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の成功に関する決議案
  一九六四年の東京大会以来五十六年ぶりとなる二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催は、スポーツの振興と国際交流・国際親善、共生社会の実現、国際平和への寄与にとって極めて意義深いものであるとともに、我が国が元気な日本へ変革していく大きなチャンスとして、国民に夢と希望を与えるものとなる。
  国は、二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が円滑になされるよう、環境の保全に留意しつつ、競技場など諸施設の整備その他の受入れ態勢に関し万全の措置を講ずることはもちろん、国民のオリンピック精神の高揚とスポーツを通じた世界への貢献、広く国民すべての一層のスポーツ振興を図るとともに、東日本大震災からの復興を着実に推進することにより、これからの新しい日本の創造と我が国未来への発展のため東京大会を成功させるよう努めなければならない。
  よって、政府は、総合的な対策を確立し、国民の理解と協力のもとに、その推進を図るべきである。
  右決議する。
 以上であります。
 去る九月七日、オールジャパン体制で取り組んでまいりました招致活動が実を結び、二〇二〇年の東京でのオリンピック・パラリンピック競技大会の開催が決定いたしました。改めて、招致活動に御尽力をくださいました関係者の皆様、また、東京招致を熱く応援してくださいました国民の皆様方に心から感謝を申し上げます。
 オリンピック・パラリンピックは、競技力を競うばかりでなく、スポーツを通じた友情、連帯、フェアプレーの精神を培います。そして、スポーツを人類の調和の取れた発達に役立て、人間の尊厳保持に重きを置いた平和な社会を推進しようとするものであります。
 一九六四年に開催された東京オリンピックは、こうしたオリンピックの理念のみならず、戦後の日本が復興を経て経済大国となっていく起爆剤となりました。日本人の忍耐力、勤勉さ、復興に懸ける思いが一つにまとまった結果だと言えます。それから約半世紀が経過し、我が国は社会基盤の充実した国家を築き上げました。しかし一方で、急速に進む少子高齢化や歯止めの掛からない医療費の増大など、先進国ならではの課題や東日本大震災からの復興など、戦後とは異なる課題に立ち向かわねばならない状況に置かれております。
 こうした中で開催される二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会は、二十一世紀の成熟都市たる範を示し、東日本大震災からの復興を着実に進め、我が国が諸課題を克服した姿を世界に示すとともに、スポーツの力と我が国の文化力を世界に発信する絶好の機会となります。大会を円滑に、そして有意義に開催するため、国及び国民が一丸となり、全力で取り組んでいく必要があると考えます。
 施設整備を始めとする開催準備を進めるに当たっては、環境の保全に十分に配慮するとともに、日本全体が健康になるための施策、そして防災、減災に配慮された障害者や高齢者にも優しい町づくりを進めていく必要があります。
 また、世界各国から訪れるスポーツ選手や観光客の皆様をもてなすためのソフト面での対策も不可欠です。
 他方、スポーツ振興につきましても、大会に向けて、選手強化はもちろん、スポーツ基本法の理念を踏まえ、誰もがスポーツに気軽に参加できる環境整備を加速させることが必要であります。スポーツを通じて、青少年の心身をたくましく育て、地域再生、医療費の削減、健康長寿社会の実現を図ることが求められております。
 政府においては、以上のような視点に立って、国民との対話を重視し、情熱を持って諸対策を強力に推進し、二〇二〇年に向け、万全の体制を構築すべきであります。
 以上が本決議案を提案する趣旨であります。
 東京大会の成功に向け、何とぞ議員各位の満場の御賛同を賜りますようにお願い申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
    ─────────────
#22
○議長(山崎正昭君) これより採決をいたします。
 本決議案の賛否について、投票ボタンをお押し願います。
   〔投票開始〕
#23
○議長(山崎正昭君) 間もなく投票を終了いたします。──これにて投票を終了いたします。
   〔投票終了〕
#24
○議長(山崎正昭君) 投票の結果を報告いたします。
  投票総数         二百三十九  
  賛成           二百三十八  
  反対               一  
 よって、本決議案は可決されました。(拍手)
    ─────────────
   〔投票者氏名は本号末尾に掲載〕
    ─────────────
#25
○議長(山崎正昭君) ただいまの決議に対し、下村国務大臣から発言を求められました。国務大臣下村博文君。
   〔国務大臣下村博文君登壇、拍手〕
#26
○国務大臣(下村博文君) ただいまの御決議に対して所信を申し述べます。
 この度、二〇二〇年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催都市が東京に決定したことは、国を挙げての精力的な招致活動と多くの国民の支持が一つの大きな熱意として国際オリンピック委員会に伝わった結果であり、政府としても大変喜ばしく思います。
 御指摘のとおり、二〇二〇年の東京大会を成功に導くためには、広く国民の理解と協力の下、政府と東京都及び関係団体が密接に協力してその準備に当たらなければなりません。
 まず、大会の円滑な実施に向け、競技場など諸施設の整備その他の受入れ態勢に関して万全を期することはもちろん、これを機に広く国民の一層のスポーツの振興を図ることが必要であると考えます。
 その上で、更に重要なことは、国民が広くオリンピックの精神を共有し、おもてなしの心をもって世界中の人々を迎え、スポーツを通じて我が国が世界へ一層貢献していく契機となる大会とすることであります。
 また、この際、東京大会を一過性の行事にとどめることなく、日本社会を元気にし、更なる発展に向かわせるための大きなチャンスとしてとらえ、オリンピック・パラリンピックの開催を契機に、新たな日本の創造を果たすような総合的な対策をオールジャパンで推進することが重要であると考えます。
 政府といたしましても、ただいまの御決議の趣旨を十分尊重いたしまして、大会の成功に向け最善の努力を払ってまいる所存でございますので、各位の一層の御努力と御支援をお願い申し上げます。(拍手)
     ─────・─────
#27
○議長(山崎正昭君) 元本院副議長松尾官平君は、去る七月三十日逝去されました。誠に痛惜の極みであり、哀悼の念に堪えません。
 同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。
 ここにその弔詞を朗読いたします。
   〔総員起立〕
 参議院は わが国 民主政治発展のため力を尽くされ さきに参議院副議長として憲政の発揚につとめられました 元議員従三位勲一等松尾官平君の長逝に対し つつしんで哀悼の意を表し うやうやしく弔詞をささげます
     ─────・─────
#28
○議長(山崎正昭君) 議員中村博彦君は、去る七月三十一日逝去されました。誠に痛惜の極みであり、哀悼の念に堪えません。
 同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。
 ここにその弔詞を朗読いたします。
   〔総員起立〕
 参議院は わが国 民主政治発展のため力を尽くされ さきに政府開発援助等に関する特別委員長の重任にあたられました 議員従四位旭日重光章中村博彦君の長逝に対し つつしんで哀悼の意を表し うやうやしく弔詞をささげます
    ─────────────
#29
○議長(山崎正昭君) 小林正夫君から発言を求められております。この際、発言を許します。小林正夫君。
   〔小林正夫君登壇〕
#30
○小林正夫君 本院議員中村博彦先生は、去る七月三十一日、多臓器不全のため逝去されました。享年七十一歳でありました。
 中村先生は、療養のため一時休養を取られておりましたが、さきの常会で復帰されたときには、片手を上げながら以前と変わらぬ元気なお声を掛けていただき、安心しておりました。しかし、その後、夏の盛りに届いた訃報は余りにも突然で悲しいものでありました。この議場の中に色鮮やかな赤いネクタイの先生のお姿を見ることができず、誠に痛惜の念に堪えません。
 私は、ここに、同僚議員各位のお許しを得て、議員一同を代表し、故中村博彦先生の御霊に対し、謹んで哀悼の言葉をささげます。
 中村先生は、昭和十八年一月、徳島県麻植郡川島町、現在の吉野川市にお生まれになりました。生家には雄々しきムクの大木がそびえ立っていたといいます。その木は、幼き日の中村少年の誇りでありましたが、御実家の家業が時代の流れをとらえられなくなり、ある日、無残にも切り倒されてしまいました。先生はそのとき、寂しさや悔しさを胸に、何物にも負けない自分をつくろうと子供心に誓ったと御著書「日本再生への道」の中で語っておられます。
 先生からいただいた御著書を改めて拝読し、先生の福祉事業や政治活動の原点がかつて仰ぎ見たムクの大木にあることに思いをはせた次第であります。
 こうして、小学生のころから政治家を志していた先生は、中学生となって汽車通学を始めてからは、毎朝、通勤する大人たちの会話に加わり、世の中を知ろうと努力されました。
 その後、徳島大学に進学された先生は、大きな転機を迎えられます。それは、大学四年生のときの障害者支援施設草の実学園への訪問がきっかけでありました。障害を持ちながらも優しく輝く子供たちのまなざしに心を打たれ、その後の福祉への道、政治への道に導かれていったのであります。
 大学卒業後は、徳島県立城北高等学校において教鞭を執られた後、持ち前の行動力を発揮され、昭和五十四年、三十六歳のときに徳島県に社会福祉法人健祥会を設立されました。
 時を経て、平成十一年には全国老人福祉施設協議会の会長に就任されました。折しも老人福祉の措置制度から介護保険制度への大転換が進む中、現場の代表として政府の審議会や関係部会の委員を務められ、現場の風が制度を変えるとの信念の下、福祉と介護の環境整備に手腕を振るわれました。
 こうして福祉と介護分野のリーダーとして存在感を発揮されていた先生に再び大きな転機が訪れます。平成十六年、第二十回参議院議員通常選挙に比例代表から立候補し、当選されました。小学生のころに抱いた志を果たされたのであります。
 国会議員となられた先生は、本院においては厚生労働委員会や決算委員会の理事を務められ、政府においては総務大臣政務官に就任されました。政務官在任中には、地上波デジタルテレビ放送の日本方式を世界に普及させるべく奔走されました。
 そして、平成二十二年には、第二十二回参議院議員通常選挙において再び当選されました。福祉を御専門とする先生ではありますが、二期目には、政府開発援助等に関する特別委員長として国際協力の分野においても力強いリーダーシップを発揮されました。平成二十三年には、政府のODA予算の削減方針に異を唱え、与野党の議員に呼びかけて政府に削減の再考を促されたほか、参議院自由民主党政策審議会に設けられたODA基本法検討プロジェクトチームの座長として、ODA基本法の制定を目指した議論を主導されました。
 また、我が国とアジア諸国との関係強化にも尽力され、タイ、フィリピン、インドネシア、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーなど、各国の首脳を始めとする政府要人と会談を重ねられるとともに、国連関係者とも活発に協議を進められるなど、議員外交を積極的に推し進められました。
 さらに、自由民主党副幹事長、介護福祉議員連盟事務局長、外国人材交流推進議員連盟事務局長として党務にも力を尽くされたと伺っております。
 もちろん、この間、ホームグラウンドと言える福祉や介護の分野においても常に第一線で活躍してこられました。社会保障と税の一体改革に関する特別委員会の野党次席理事として、また、厚生労働委員会の野党筆頭理事、政権交代後は与党筆頭理事として、与野党間に緊張が続く中、重責を担われました。
 私は、同じ土俵の上で共に仕事をした国会議員の一人として、立場は違えども、共通した問題意識を感じたことが多くありました。
 これまでの先生の活動を顧みると、草の根闘魂を掲げながら、絶えず闘い続けてこられたことに思い至ります。与党の一員であっても、信念に反することがあれば、政府の方針にもちゅうちょなく異議を表明されました。中村先生の信念を貫こうとする気迫に圧倒されたものです。
 その一方で、ユーモアを欠かさず、温かみのある語り口は、会派を超えて我々の耳を引き付けました。与野党が鋭く対立する法案の審議においても、質疑に立たれた先生が委員会室の空気を一変させたことは一度や二度ではありません。私が新米の厚生労働委員長であったときは、野党筆頭理事のお立場であったにもかかわらず、広い度量で、どんどん進めていこうと支えていただきました。委員派遣の際にも、先生の働きかけで委員のほとんどが参加され、細やかなお心遣いで良い雰囲気をつくっていただきました。当時の委員長として、改めて深い感謝を申し上げたいと存じます。
 昨年の一月、この演壇に羽織はかま姿の中村先生が総理の施政方針演説に対する代表質問に立たれたことを御記憶の同僚議員も多いことと思います。先生は、我が国が直面する難しい転換期を生き抜くには大変革が必要であると説かれた上で、「汗する友、涙する友、貧しき友、日本の友、アジアの友、世界の友、これらの友に光の当たる政治を、」と呼びかけられました。その代表質問は、この本会議場に深い感銘をもたらしました。生涯一貫して現場で汗する人の立場に立ち、全身全霊で政治に取り組んでこられた中村先生の、まさに面目躍如たるものがありました。
 三年に一度の参議院議員通常選挙を終え、その直後に開かれる夏の臨時会は、本院にとって特別な機会であります。新たに当選された議員はもちろんのこと、再選された議員、そして非改選の議員におかれても、国政に臨む責任の重大さをかみしめられたことと存じます。全ての参議院議員が一堂に会すはずの八月の臨時会、その召集の僅か二日前、先生は三年間の任期を残して旅立たれました。
 我が国は、これから諸外国が経験したことのない高齢社会、人口減少社会に突入してまいります。先生は、そうした事態を早くから見据え、現場本位の精力的な活動を続けてこられました。その先生が、これまでの御経験と知見を携え、これから再び大きな仕事に取り組んでいこうとされていた、そのことは想像に難くありません。道半ばの御無念はいかばかりかと存じます。我々にとりましても、この国の未来を切り開く有為な政治家を失ったことは、痛恨の極みでございます。
 残された我々は、先生の御遺志を胸に刻み、全力を尽くして社会保障を始めとする国政の諸課題に取り組み、国民生活の向上を目指していく決意であります。
 ここに、在りし日の中村博彦先生のお人柄と御功績をしのび、謹んで御冥福をお祈り申し上げ、参議院を代表して哀悼の言葉といたします。
#31
○議長(山崎正昭君) 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時三十分散会
ソース: 国立国会図書館
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