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2012/02/22 第180回国会 参議院 参議院会議録情報 第180回国会 共生社会・地域活性化に関する調査会 第4号
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2012/02/22 第180回国会 参議院

参議院会議録情報 第180回国会 共生社会・地域活性化に関する調査会 第4号

#1
第180回国会 共生社会・地域活性化に関する調査会 第4号
平成二十四年二月二十二日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 二月二十一日
    辞任         補欠選任
     前川 清成君     藤谷 光信君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         直嶋 正行君
    理 事
                中谷 智司君
                平山 幸司君
                石井みどり君
                岡田  広君
                横山 信一君
                上野ひろし君
    委 員
                有田 芳生君
                池口 修次君
                小川 勝也君
                金子 恵美君
                芝  博一君
                徳永 エリ君
                難波 奨二君
                藤谷 光信君
                石井 浩郎君
                岩井 茂樹君
                加治屋義人君
                渡辺 猛之君
                浜田 昌良君
                田村 智子君
                福島みずほ君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        野中 茂樹君
   参考人
       北杜市長     白倉 政司君
       特定非営利活動
       法人多摩ニュー
       タウン・まちづ
       くり専門家会議
       理事長      戸辺 文博君
       株式会社ユーデ
       ィット代表取締
       役社長      関根 千佳君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○共生社会・地域活性化に関する調査
 (「地域活力の向上と共生社会の実現」のうち
 、活力ある共生・共助の地域社会・まちづくり
 ―被災地の復興に向けて―(地域ネットワーク
 をいかしたまちづくりの視点))
 (派遣委員の報告)
    ─────────────
#2
○会長(直嶋正行君) ただいまから共生社会・地域活性化に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、前川清成君が委員を辞任され、その補欠として藤谷光信君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(直嶋正行君) 共生社会・地域活性化に関する調査を議題といたします。
 「地域活力の向上と共生社会の実現」のうち、「活力ある共生・共助の地域社会・まちづくり―被災地の復興に向けて―」について調査を行うに当たって、本日は「地域ネットワークをいかしたまちづくりの視点」について参考人から意見を聴取いたします。
 御出席いただいております参考人は、北杜市長白倉政司君、特定非営利活動法人多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議理事長戸辺文博君及び株式会社ユーディット代表取締役社長関根千佳君の三名でございます。
 この際、参考人の皆様方に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 また、参考人、質疑者とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、早速でございますが、白倉参考人からお願いいたします。白倉参考人。
#4
○参考人(白倉政司君) 国会議員の先生方、日ごろから国家国民のために国政での御活躍、心から敬意を表したいと思います。
 今日は、当調査会に御下命をいただきまして、大変光栄であります。感謝申し上げます。日本もいろいろ大変な時期ですが、先生たちが頑張っていただきたいと思います。私どもも地方におって全力で頑張りたいと思います。
 昨年の三・一一、いわゆる東日本大震災、重ねてお見舞いを申し上げます。いろいろと私たちに教えてくれました。大自然の力の前で、人間の無力さ、限界さ、新しい防災の物差し等であります。日本人の持つきずな、連帯感の美しさも見せていただいております。やはり日本人は、きずなだとか心だとかふるさと、大変言葉が好きであります。好きということは大切にしたいなとも思ったところであります。今日のテーマの一つに、共生社会、日本人にとって過去も今もこれからも大切にしたいテーマだなと思います。
 北杜市の紹介と行きたいところでありますけれども、時間がありませんので、私どもが作ったメモ、パンフレット等々を見ていただければ有り難く思います。もう一つ、それぞれテーブルへこの私ども北杜市のボールペンを置かせていただきましたけれども、ちょっとつめでこうやっていただくと更に私ども北杜市のPR材料が分かると思いますので、北杜市の紹介は時間の都合でカットさせていただきます。
 今、私たちが自治体の首長としてかじ取りをしていての課題、備えを披瀝してみたいと思います。
 一言で言えば、地方が財政的にも、あるいはまた少子化等々で大変疲弊している現実があります。そしてまた、時代背景として、地方への分権が進む、あるいはモデルなき時代へ入っている等々であります。困難な問題を先送りしないで現実の課題に逃げずに向き合うことが大切だと、これが基本的スタンスであります。一言で言えば、改革、見直しをして新しい時代を築こうと。ある面では市町村合併もその一つだと思います。地方の小さな市でも頑張ればできる、市民と共に北杜市も地方に活力を生む一翼を担いたいと職員と一緒に頑張っているところであります。
 地方にあって一丁目一番地は何だろうか。国と地方を表すのに地方への分権が一丁目一番地、こんな言葉を引用しながら一丁目、二丁目を語ってみたいと思いますが、やっぱり財政の健全化が一丁目一番地だと思っております。現実を直視して、後世に負を残さない、持続可能な自治体、未来に責任を持つかじ取りが大切だと思っております。
 具体的な取組として人事の硬直と財政の硬直が怖いということで、人事の硬直に至っては、私どもは、問題が大変あると思いますが、定員適正化計画十か年で五十八歳で役職停止、実質辞めてもらっているわけであります。八百八十人いた職員が、病院とか学校を持っていますからちょっと数が多いんですが、八百八十人いた職員が今七百九十人くらいに減ってきました。
 もう一つの財政の硬直の問題ですけれども、その結果、合併して七年たちますが、そちらの表にも書いてあるとおり、市債残高、合併時一千九億円あったんですけれども、この三月末には八百二十八億円ぐらい、百八十一億円ぐらい借金を減らしてきました。基金も五十億あったのが今百四十億でありますから九十億円くらい。差引き二百七十億円くらいの改善がされたと。痛みも伴っておりますけれども、この数字は大変職員に自信になっていることは確かであります。いろんな意味で改善の意欲も大きくなっていることも確かだと思います。
 せっかくですから先生方にあえてお願いするとするならば、市中銀行は言ってみれば繰上償還をいろいろな意味で努力しています。政府系金融機関は今五%まで、いろいろな意味で下げてくれました。でも、何とかこれを四%なり三%にしていただかないとなかなか返せない。日本中の自治体がそういう意味で努力をしていますので、借金を減らすためにこの辺を何とか研究していただければ有り難いと思います。
 一丁目二番地としては超少子高齢化社会へのスタンスであります。いろいろな意味で、政策を立てるときには人口構成と政策は重ねて見なければならないわけでありますけれども、右肩上がりの人口増を前提にした社会経済システムが構築されてきましたが、今は申すまでもなく人口を始めとして右肩下がりになっておりますので大変であります。
 今、国でも頑張っていただいておりますけれども、社会保障と税の一体改革、国も大変頭が痛い話で、各政党、知恵を出しっこしているわけですけれども、地方にとってもこの問題は大変避けて通れない大きな課題であります。
 日本人のきずな、田舎の連帯感やふるさと感を生かしながらこれからは協働型社会の形成を図ろうということで北杜市は対応しています。月並みな言葉ですけれども、自助、共助、公助であります。自分でできることは自分でやろう、できるだけ自立しよう。共助、地域の連帯感を支え合い身近な共同体として頑張ろう。行政等であります。
 今、私ども、市長をやっていてもつくづく思うんですけれども、やっぱり団塊の世代の皆さんが働けるうちは働くよという意欲をうんと感じます。ですから、私どもはシルバー人材センターの活用は積極的にやって、そして地域の連帯感を深めようという思いで頑張っています。
 余談でありますけれども、北杜市は新百歳になる人が非常に多くて、昨日もお祝い行ってきたんですけれども、新百歳になった人が合併七年間で五、六十人います。共通して言えることは、自分でやることは自分でやっているよということ、そしてもう一つは圧倒的に女性が多いことと、共通して耳が遠くなったというのがよく聞きます。笑ったついでに笑わせていただくと、政治家も余り耳が利かぬ方がいいのかもしらぬ。これは極めて雑談で、カットさせていただきます。
 いずれにしましても、人と人とのつながりを大切にして、支え合うネットワーク化を図っていきたいと思っております。
 そんな話をしていると感じると思いますけれども、やはり生活優先だとか生活大国を目指してとか文化成熟の時代へ向かうと、住民に最も身近な自治体である市町村に求められる役割はますます増大してくるような気がします。それを肌身で感じます。課題も多いけれども、知恵や汗ややる気で頑張ろうと職員にも檄を飛ばしているところであります。
 課題が一丁目だとするならば、二丁目はやっぱり行政のロマンだと思います。いつの時代でも政治は希望を持つ、夢を追うことが大切だと思います。目標がないと混迷が続くと思います。
 市民にロマンと目標をどう与えるか、地域にあるものをどう生かしていくか、素材をどうする、存在感をどのように示して高めていくか、この辺についてはあと後段でも述べてみたいと思います。
 そして、仮に三丁目とするならば、愛郷心だと思います。北杜市を知り、愛すること。知ると愛するは相関関係にあるような気がします。愛することによって知ることができる、知ることによって更に愛することができるということであります。地域に愛着を感ずるほど地域づくりが熱心になることは確かであります。地域の連帯感も深まり、更にネットワーク化も進んでまいりました。ふるさと北杜市に生まれ育ったことを誇りに思い、自信を持つ、愛する、そんな思いであります。
 そしてまた、来る人たちが最近うんとそう言ってくれます。第二、第三のふるさととして北杜市を位置付けたいなんていう有り難い評価もいただいているところであります。
 ここで、地域力を高めるに触れてみたいと思います。
 地方への分権が進むと、自主、自立、自己責任の時代であることは確かだと思います。結果として、自治体の知恵比べということで地域間競争が激しくなると思います。よって、地域力を高めることが大きなテーマになってくると思います。今何に力を入れ、どう取り組んでいるかということであります。多分これは、北杜市ということでなくて、日本中の自治体が今から言うことは対応しているような気がします。
 何といっても、人材の育成だと思います。日本には教育力という大きな塊がありました。一人一人の日本人が、日本人の教育力が、世界の人が驚くような今の日本になったと思います。地方にあっても、人づくりがふるさとづくりの原点であることだけは間違いないような気がします。
 急いで具体的に子供たちには原っぱ教育を提唱して、心身共にたくましい北杜っ子を育てよう。皆さんのそれぞれふるさともそうだと思いますけれども、いや、日本人全体がそうであります、子供たちの基礎体力ががた落ちだという時代であります。不屈な精神と大志を持った人材の育成を目標に若者の人づくりをしております。
 じゃ、大人としての位置付け、生涯教育としては、ふるさとにいながらにして本物に触れ、北杜市にいながらにして一流に接する機会をできるだけつくろう。北杜市のグレードを高めて、そしてまた市民のやがてそれが肥やしになるという思いからであります。
 私はもう一つ、つくづく思うんですけれども、日本人はいろいろな意味で貧しさに対する教えは幾つかありました、御飯粒を残しちゃいけないとか、川へ向かっておしっこをしちゃいけないとか。それが極めてきずな感ということだと思います。でも、豊かさの時代の教えが欠けていたのではないかと率直に思います。
 そういう意味では、社会というフィールドで学ぼう、その中に生きがいを見付けていこう、一人の力では限界がある、支え合う時代をつくろうということを強調しているつもりでありますけれども、ある面でいうならば、一人という意味からすれば、ある雑誌にも書いてありましたが、歌舞伎型でなくて、みんなでという意味からすればオーケストラ型なんていうことが今地方にとって必要なことであるような気がします。
 次に、存在感の問題であります。前段で地域力の話も話さしていただいた部分と重なるんですけれども、やっぱり存在感を高めていくことがこれから地域力アップのポイントになるような気がします。
 早稲田から日本ハムへ行った斎藤佑樹選手が二年ほど前に、何かを持っているというコメントをしました。全く何かを持っている自治体でなければこれからは大変だなと率直に思います。私どもも、北杜市は何かを持っているぞと、あるいは何とかでおなじみな北杜市、北杜市といえば何とかだと、そういう意味の存在感を高めていきたいと思っています。それはさっきも言った、地域住民にとって自信にもつながるし、そしてまた、ある面でいうならば、北杜市に行ってみたい、住んでみたいという人に結び付くと思います。参考までに、毎年毎年、北杜市にリタイア組を中心として毎年二百人から三百人くらいが住所を移してきてくれていると。別荘とか二地域居住は別個でありますが、おおむねそんな数字であります。
 北杜市の存在感を高めるためのアドバルーンを紹介してみたいと思います、そういう意味で。
 北杜市といえば、天地人に恵まれている。中身を見てください、時間がありません。
 北杜市といえば、山紫水明の里だ。そこに書いてあるとおりであります。
 そして、北杜市といえば、ベンチャー自治体だ。ベンチャー企業を使ってのベンチャー自治体でありますけれども、常にチャレンジ精神を持って、小さくとも光り輝く自治体という意味合いであります。おかげさまで、経済産業省からは特色を持って企業立地に取り組んでいるとか、総務省からは頑張る地方応援賞だとか、去年は環境大臣表彰等々もいただきました。
 次に進ませてください。
 北杜市といえば、一流の田舎町だ。私ども、バブルの時代に、東京をまねしようとは言わないけれども、東京の豊かさを、追い付こうとしたことも確かですけれども、都会の豊かさを求めるよりも、肩を並べるよりも、自然を生かした文化の薫りのする北杜市に位置付けよう。具体的には、長期滞在型リトリートの杜宣言もしました。これは、成熟社会で重視されるのは心の豊かさではないか。都会の人たちよ北杜市でリフレッシュしてみませんか、そしてまた、リタイア組よ北杜市へ来てもう一っ花咲かせませんかと、リフレッシュ感とそして一っ花感で一流の田舎町を訴え、長期滞在型リトリートの杜宣言もしたところであります。
 最後に、北杜市といえば知的財産集積の杜だというふうにもアピールしているところであります。下を読んでください、済みません。
 最後に、連携でありますけれども、ネットワークをどう生かすかということです。これまでの地域経済を支えてきたのは地方交付税だとか公共事業、補助金等が中心でありました。これらは効果的に機能してきたわけですけれども、財政の現実を考えたときに限界もあります。これからは、これらの手法に加えて、今日のテーマのとおり、連携、ネットワークの時代だと思います。個々の地域で行われるだけだと大きな実を結ばないような気がする。連携、ネットワークの必要性であります。産学官、農工商、あるいは共存的競争だとか共生の時代ということになります。
 都会の人たちの目で北杜市を見てください。若者の感覚で北杜市を語ってください。それらを市政に生かしたい。大学と市民との交流をしたり、率直な意見を市民が聞いて刺激されていることも確かであります。急いで言うと、早稲田、東京芸大、東京工大、山梨大学、横浜商科大学、東大やパナソニック、中日本高速道路や丸紅やNTTファシリティーズ、三菱地所、企業の森等々でいろいろ北杜市に心を寄せていただいて大変有り難く思っているところであります。
 結びに、北杜市のユニークな事業、取組を語ってみたいと思います。
 食と農に対する関心が非常に高まっていることは地方で肌身で感じます。平成二十年から二十二年度にかけては、総務省で推進した食育教育のモデル地域、西の小浜市、東の北杜市、位置付けていただきました。農林水産省の方では、地産地消のモデル地域として、西の唐津市、東の北杜市として位置付けてくれました。私どもは大変いい機会でした。
 そこで、「おはよう!朝ごはん宣言」をしまして、健康な暮らしの第一歩は朝御飯からだ、家族のコミュニティーを深めるためにもと、こんなキャッチフレーズで宣言させていただきました。そして、市役所の中にも組織として食と農の杜づくり課を位置付けました。今年は、食と農の杜づくり条例を制定する予定であります。そして、「食べて農って」、つくっては農業の農ですね、「食べて農って健康に暮らしていける杜づくり」を実現することを基本理念に今年定める予定であります。
 今大きな課題に環境の問題がありますけれども、環境とエネルギー、北杜市の最大の誇りとしているところであります。私も私なりに、人類は産業革命以来、エネルギーを化石燃料に偏り過ぎたと思います。だから、絶えず、なくなっちゃうという枯渇の問題、北極にシロクマがいなくなりそうだという、誰が見ても地球的規模の環境、枯渇と環境はどうしても解決しなければ人類先が見えないと思います。そんな思いで考えているときに、去年の三月十一日に東日本大震災が発生して、福島原発事故が起こったのであります。新しいエネルギーは必須の課題です。
 太陽光発電は、代替エネルギーとして、また地球温暖化対策として二酸化炭素削減に資する重要なエネルギーとして位置付けられると思います。でも、太陽光発電は意外にフィールド、土地を必要とします。ある面で言うならば、東北の被災地の復興の一助になると、経験からも信じております。
 北杜市のクリーンエネルギーをちょっと拾ってみたいと思いますけれども、戒名長いんですが、大規模電力供給用太陽光発電系統安定化等実証研究、国家プロジェクトとして、平成十八年度から五年間、平成二十二年度まで、NEDOからの委託事業としてNTTファシリティーズとの共同で二メガ規模の実証研究を行いました。
 今日は傍聴していらっしゃいます小野次郎先生が小泉内閣のときの秘書官のときにも御相談して今日を迎えておるわけでありますけれども、偉そうに説明しちゃいけませんが、二メガっていうとおおむね六百軒から六百五十軒分の電気が賄えるそうであります。面積は五、六ヘクタール並べております。役割が終わって今は北杜市にいただいて太陽光発電所として稼働しておりますけれども、銭金の話はくすぐったいけれども、毎年四千万円くらい入りそうであります。
 もう一つ、この北杜サイトというのが外国語になっておりまして、外国からの視察団を始め多くの皆さんが見学に訪れており、太陽光発電への関心の高さを肌身で感じています。
 また、スクール・ニューディール事業もありました。市内二十二校の小中学校に太陽光パネルを並べて、さっき言った国の事業が二メガです。どうせ並べるならメガソーラーがいいやということで、市内の学校に一メガ並べさせていただきました。順調に稼いでいるというか、稼働しています。これをエコ教育やらさっき言った原っぱ教育に北杜市としては役立てています。農林水産省の事業としても、のり面へ太陽光発電パネルを並べようということで、今、農林省にもお願いしたりして頑張っているところであります。
 時間の都合もありますからこれで失礼させていただきますけれども、是非ひとつそういう意味で、太陽光発電パネルと言わず、クリーンエネルギーを更に一層推進してみたいと思っているところであります。
 たたき台として報告させていただきました。ありがとうございました。
#5
○会長(直嶋正行君) どうもありがとうございました。
 次に、戸辺参考人にお願いいたします。戸辺参考人。
#6
○参考人(戸辺文博君) 御紹介いただきましたNPOまちづくり専門家会議の戸辺文博と申します。こういう席で多摩ニュータウンの話を紹介する機会を与えていただきまして、どうもありがとうございます。
 それでは、パワーポイントに沿いまして、多摩ニュータウンにおける地域共生に向けた取組を御紹介させていただきます。(資料映写)
 順番としては、少し私の背景になるようなことをお話しして、あと、組織がどうやってできたか、それからプロジェクトとして共生の取組を二つほど御紹介しますが、それが二、三。それから、地域共生への、この調査会のテーマとなっています、そういうことを我々としても地域で取り組んでいるわけですが、それなりの展望をどう今見ているかというような順序で説明させていただきます。
 ちょっと簡単に自己紹介ですが、私はもう六十過ぎています、過ぎました。団塊の世代の一番、二十四年生まれで、最後でございます。ちょうど高度成長の真っただ中で建築・都市計画を学んで、昔の日本住宅公団にちょうどオイルショックがあった四十八年に入りました。二十二年勤めましたけれども、民間に変わって、そこでもまちづくり、地域づくりをやってきたわけですけれども、私自身が多摩ニュータウンにもう二十年ほど前に移ってからは、働くばかりでなくて、いい場所に住んだということでそこで何か自分もやりたいと、ちょっと、地域デビューという言葉がありますけれども、やや早めに五十歳過ぎぐらいでそういう地域にかかわり始めました。そういう仕事をやりながら、その縁でNPOを立ち上げることになって今に至っています。
 あとは、多摩ニュータウンの位置ですが、御存じな方もいらっしゃると思いますけれども、分かりやすく言えば新宿から三十分ぐらいのそんな遠くない場所でございます。昔は高遠狭で、すごい交通が不便だった時代は遠いと言われましたけれども、すぐに今電車が便利で行きます。
 ただ、ニュータウンは非常に長くて、一言で多摩ニュータウンと言ってもいろいろな顔を持っております。自治体としては、一番新宿に近いところから稲城市、それから多摩市、八王子市、それから町田市というふうに並んでおりますけれども、その中心は多摩センターがある多摩市でございますし、私も多摩市に住んでいる者でございます。
 テレビでは多摩ニュータウンイコール高齢者の町と言われていますが、実はそうではないということは後でちょっと説明したいと思います。まだ一番新宿に近い稲城とかそれから八王子の一部では住宅の供給が進んでいます。町田の方でもいろいろな住宅以外のそういう施設づくりもまだ動いている段階で、非常に、四十年たちますけれども、いろいろな顔を持った町だということをまず頭に入れておいていただきたいと思います。
 ちょっと今どうなっているかなんですが、これは私が学生時代に撮った写真です。たまたま移り住んでちょうど数年前に撮ったんですが、こんなになっています。随分やっぱりこの三十年以上たって、緑が豊富で、場合によってはこういう、屋根が見えますけれども、これはタウンハウスといって、二階建てで屋根付きの集合住宅なんですが、それと緑が交じって非常にいい景観を成しています。これはニュータウンの一部ですけれども、全体として、ここが一番古いところですけど、その後で造られたところなんかは都市計画のやっぱり結晶で、非常に住宅と緑が相まった景観が形成されている場所でもあります。その辺は今日は写真は持ってまいりませんけれども。
 あと、人口ですが、ちょっとこれ、時間の関係で、長くなっちゃうとまずいのでさっと飛ばしますが、まだ全国の平均よりは高齢化率は低いです。そこが非常に誤解です。というのは、高いと言われるところは最初に四十年前に入った一部のところです。そこは当然、どこの町でも古いところは高齢化率高いですけれども、平均としてはまだ全国よりは低いです。東京都の平均ぐらいです。
 それから、造られた時期もありまして、後期高齢者のところはまだ少ないです。問題は、六十代は確かに多いですけど、私みたいにこれから六十五になる、これから高齢化が本格化するというか、でも日本全体もどんどん高齢化していますから、特別に高齢化の町ではないということだけは、ちょっとくどいようですけど認識しておいていただきたいと思います。そこが非常にマスコミではニュータウンをオールドタウンとやゆするところで、みんなステレオタイプで語られることが多いんですけれども、そうではございません。
 ちょっと前置きが長くなりましたけど、NPOをつくった背景としては、ちょうど十年ほど前ですが、当時ニュータウンの原動力になった東京都とか公団が開発から手を引いて民間に住宅づくりを任せるというときからに遡ります。我々、地域でニュータウンに憧れて住み始めた中に専門家が多くいまして、今まで自分たちのつくった町を誇っていたわけですけれども、民間だけで任せたんじゃ、やっぱりそういうニーズに、これからもう住んでだんだん町が成熟している段階でのニーズにこたえ切れていないと。我々が、当時五十代中心だったんですが、何か地域の専門家としてできないかというところで仲間が集まって話を、そういう場をつくり始めたところがきっかけでございます。
 それで、今までは子育て世帯中心にニュータウンというのはつくられてきましたけれども、これからは大分もう子供も育ったような年代も増えてまいりまして、それから高齢者もそれなりに、高齢者の単身なんかもあります。
 そうすると、ファミリー世帯だけではなくていろんな世代が住めるようなものを、民間はやっぱりファミリー向けといいますか、そういうところが中心ですから、それにカバーし切れないところを供給することで、地域全体として住まい、移り住みも含めて住まいを循環させていって、今までの住宅ストックも生かせないか、地域がそういうことで活性化していく、地域で住みこなしていくというようなことができないかということで、従来の団地ではない住宅づくりを始めたことがきっかけです。それが、居住者が参加するコーポラティブハウスという形でやっていこうということで取組を始めたのがNPO設立の背景でございます。
 では、そのきっかけになった取組を次に紹介したいと思います。これが共生の取組の一ということでございます。
 ちょっとダブりますが、永山ハウスというコーポラティブハウスは、多様な世代が共生できるものを目指したいと。つくる段階、人、仲間を集める段階からNPOが企画してやりましたので、いきなりできたものを売って、住み始めて初めて会った人たちという集団ではありません。いろんな意見を取り入れながら実は六年掛けてまとめたプロジェクトでございます。
 ちょっと、じゃ、具体的に御紹介します。
 最初から六年なんて掛けるつもりなかったんですけれども、もっと、二、三年でできるかなと思っていたんですけれども、実際には随分掛かりました。そのおかげでといいますか、その仲間、集まってきた参加者が随分お互いに知り合うことに結果としてなりました。いいコミュニティーができて、今もう住み始めてから三年目になりますが、いいコミュニティーができていると思います。
 途中は、こういう計画作りの段階で私ども専門家が加わって、子供なんかも入れて、どんなものを造るというところを勉強したり、それからキッチン、これはショールームに見学したりというようなことを活動をしながら進めてきました。ようやく四年半ぐらいたって工事のめどが付いたら、ちょうど工事費が上がって非常に大変な、お金が足りなくなったとか、そういうことも乗り越えまして、ようやくこれで着工に至りまして、その一年後には完成したと。こんなものでございます。ニュータウンの中にある団地とはちょっと違った形態のものでございます。
 特徴としては、普通の、これ二十三戸の世帯なんですけれども、このくらいの小規模のマンションだとほとんど共用部がなくて住宅だけで、住民が集まる場所もないんですが、実はこの建物、一階は全部お店とそれから集会施設、全部共用部分で構成しています。そのお金は住民が出しましたけれども、お店のお金も出して、その賃料の一部を管理費に充てるような仕組みも導入して、かなりユニークな仕組みをつくってでき上がったものでございます。
 実は先ほど、いろんな多世代が交じるという話を申し上げましたけれども、じゃ結果としてどうなったかということを御紹介します。
 家族構成も、当然単身が多いんですけれども、夫婦、それから子供もいます。世帯でいうと単身の数多いんですけれども、実はファミリー世帯というのは数人ですから、人数にするとやっぱりファミリーの世帯の数は単身と比べたら多くなります。ですから、バランスとしては非常にいいバランスで、子育て世帯が三分の一いますので全体としては非常にバランスが取れていると思います。世帯主年齢は少し高めですけれども、そういう家族構成と世帯主年齢でいいますと、三十代から四十代、五十代、六十代、まあ六十代はちょっと人数が多いんですけれども、全体として非常にバランスが取れたものになります。新しい生命がこの中で誕生したりということも起こっていまして、非常に多世代が共生するものができたかと思います。
 こういうものを我々NPOとしては第二、第三ということで取り組みたいんですけれども、なかなか土地がなくて、そういう、希望されている方はいるんですけれども、これは今パートツーを取り組み始めたところでございます。
 それから二番目に、共生の取組としてもう一つ紹介したいと思います。
 困助プロジェクトと書いてありますけれども、じゃ困助とはどんなものかということですね。ちょっと赤く、一番下にありますけれども、「住まいとまちのお困りごと」をお助けするということで、困る困と、助ける助をいって困助と我々名付けました。
 どういうことをお助けするかということで、「住まいとまちのお困りごと」といってもどんなものがあるかということなんですが、普通、売るときはいいんですけれども、何かいろいろ壊れたりする場合、昔の人たちは自分たちでそういう技を持っていましたし、隣近所の助け合いでできたわけですが、今集合住宅みたいなところだと割合孤立していてなかなか、それで近くにその職人さんもいない、気軽に頼めないと、頼むとしたら、どこかの業者というかリフォーム業者に頼むと高いなと、気軽に頼みにくいなというのがあると思います。ちょこっとした修理だとか、そういうものを誰に相談したらいいか分からないとか、特にインターネットを余り使いこなせない人というのはそういうのを探しにくいんですね。そういうものを、相談を受け止めて、我々が直接やるだけじゃなくて、地域のそういう専門家を介在してできないかという仕組みでございます。
 その辺が、最初は困っている人を当然探すんですが、その困ったことを解決する人も探すというような形でやっています。それが、コミュニティービジネスとしてと書いてあるところの困助の工房ですね。そういう職人の集まりというのも立ち上げまして、数人の専門の、例えば植木だとかペンキ塗りとか、それから家具の修理だとか、それから設備とか、みんな現役時代にそういう経験を積んだ方が地域で六十代を中心にしていらっしゃいますので、そういう人たちで、もうけというよりも有償のボランティア、お金も要らないと言われる方もいらっしゃるんです。そういう一生懸命やっていただける方を公募して、何とかつかまえたと言うとおかしいですけれども、そういう人に手を挙げていただきまして、今そんなに数を多くこなしているわけじゃないんですけれども、一時間千円プラス材料費という非常に安い値段でこなしています。
 こんなものは本当は我々がかかわらなくても地域の中でうまくそういうシステムができ上がるともっとよろしいんですが、立ち上げる段階は我々NPOが今頑張ってそういうプラットホームをつくろうとしています。
 いろんなものができて、実は、だけど、照明器具の取替えというのはなかなか、我々もそんなに若くないので学生さんを使ってやりたいとは思っています。ですけど、庭木の剪定なんかは職人さんも見付かりましたし、家具の修理なんかもこれ具体的にやっています。
 その一端としては、ちょっと複雑なといいますか、水漏れなんというのはよく起こるわけですけれども、それには、そんなの簡単にできますよという経験の人にお願いしたり、それから、ちょっと凝った話だと、昔のたんすが壊れたままでもう丁番もなかなか新しいものがない場合に、何とか応用させて丁寧にもう本当にやっていただいたと喜ばれている、こんなのもあります。これ以外にいろんな、カーテンレールを付けたり、ちょっと応用問題で猫の通り道をふすまに空けたり、そういういろんな依頼が来ますので、それの対応をしています。
 ビジネスとしてはNPOの財政基盤として確立するようなものではないんですが、我々としては、地域とのつながりのきっかけになる、これは非常にいい、きっかけとしてはいい取組でもあります。これをつながりにしてまちづくりということにつながっていけばと思っています。これが二案目のプロジェクトです。
 最後といいますか、結びになりますけれども、地域共生への展望として、事例を二つ取り組みましたけれども、これ以外に、永山ハウスの事業化というのは先ほどのですけれども、月に一回、地域の人が集まって食事をしながら交流をできるようなものをNPOを立ち上げてからやっています。話題提供は地域の人がいますし、それから地域の大学もありますから先生方、それからちょっと遠くから来ていただく方、必ずゲストを招いてそこで交流をして、このすくらんぶるーむという、これは商店街の一角を我々NPOが家賃を払って借りているんですが、そこで地域、いろんな交流をつくろうとかということでやっています。
 それから、比較的オリジナルなのは、学生研究発表会といいまして、多摩ニュータウンは結構学生が発表をする題材として取り上げてもらっています。首都大とか中央大とか大学がありますから、そこで、研究室でもそういうのをやっていただいておりまして、今年で四回目、三月二十五日に計画していますけれども、多摩ニュータウンを卒論のテーマとした学生に地域の人に発表する場を設けて、そこで意見交換をするというようなこともやっています。卒論を大学の中だけじゃなくて地域に開いて、研究の段階では随分地域の人が協力しているので、それをお返しするというような場をつくったということでございます。
 あと、地域の一員として、我々も商店街のメンバーとして、以前は会計をやりましたし、今は広報担当といいますか、古い方がいますがパソコンとかそういうのを使えない人も結構いまして、その辺を我々がカバーしているというようなこともやっています。
 今後、試行錯誤でやってきているわけですけれども、さらに、そうですね、地域を、いろんな人が、拠点をつくって何年かたちますけれども、いろんな人がいるということが分かっています。でも、我々の組織、そんなに大きくありませんし、財政力もありませんので、そのつなげる触媒なり接着剤というようなことも心掛けていますけれども、更に一層いろんなグループと連携し、地域にいろんなグループがございます、NPOも福祉のNPOも含めていろいろございますので、何かそういう得意のところをつなげた連携をしたいと思います。その中で、私どもはやっぱり都市住宅の専門家なので、そういう中で専門の職能を生かした展開というのも、さらにこれは我々が主体的にやっていきたいと思っています。
 住宅でいえば分譲住宅と賃貸住宅とありますけれども、分譲住宅も管理組合が実際に運営しているわけですが、もう高齢化も進んで、徐々に高齢化し、六十代が増えています。ですので、これからはやっぱり健康に長生きするというようなことと省エネとを併せて実現できる外断熱改修ですね、断熱を外にくるむことによってエネルギーも使わないで春夏秋冬を過ごせる快適な室内環境が得られるような手法です。これも取り組んでみ始めました。いろいろ管理組合に提案して、市の事業に乗っけてやっています。
 それから、賃貸住宅は公団住宅、公営住宅、いろいろ、都営住宅、あるんですけれども、これは我々ではなかなか自らの主体にはなれないんですけれども、もう三十年四十年たった住宅多いですから、やっぱり再生をして少しリニューアルをして新しい時代に役に立つような使い方が必要かなという提案をしています。それが一番下にあるDANCHIルネサンスで、ちょっと御紹介させていただきます。
 これは、私個人がここにある提案募集に応募して優秀作に選ばれたんですけれども、いや、実施というふうに行くのかなと思ったら実施に至らなかったものでございます。
 ちょっと二、三分あといただきたいんですが、多摩ニュータウンを中心にして四十年代に多く造られた団地は、当時の住宅不足で、地方から出てきた若い世代の受皿として日本の社会の成長を担う、その住まいとして供給されたと思います。今それが、もう随分そういうものが狭い、五十平米あるかないかぐらい狭いですから、なかなか一人二人でしか住めないようなものになってしまったんですけれども、でも、そういう何十万戸そのストックがございます。そういうものを活性化しないと、やっぱりそこがスラム化しているようじゃ駄目ですし、せっかく国から相当の、何千億、全部で言うと何兆のお金を掛けてやったものですから、それを復活させるという必要があるんだろうというコンセプトでございます。だから、団地はその時代時代に必要な社会の問題を解決する存在でありたいということで提案したものでございます。アニメーションはちょっと省略しますね。ごめんなさい。
 コンセプトはこういうことですが、具体的にじゃどういうことかといいますと、一番典型的な団地の典型が、階段に挟まれた二つの住宅が幾つかつながっているものがあります。これを少し改造して、一番問題になるエレベーターを南側に付けて、それで高齢者世帯と子育て世帯が同居、隣居なり近居できるというような仕組みでございます。こんなものを、ちょっとした改造で手を加えればできるので是非我々は提案したいんですけど、なかなかまだこれが実現になってないと。是非これが、団地が、何といいますか、高齢者を大切にする親孝行の町としてまた再生するようなことを願っています。これがDANCHIルネサンスの主な考え方でございます。こんな感じです。
 ちょっと時間がオーバーしたようですけれども、最後に展望として、我々はこのような考え方を持ちながら、NPOとしての活動基盤を強化しながら多摩ニュータウンで頑張っていきたいと思います。特に我々、私も含めて団塊世代が多いですから、高齢化世代の中でどうやって最後まで元気で生き生きと暮らしていけるか、自分の専門も生かしながらやっていくかということをこれからも模索していきたいと思います。
 どうも、時間ちょっと超過したようで申し訳ありません。ありがとうございました。
#7
○会長(直嶋正行君) ありがとうございました。
 次に、関根参考人にお願いいたします。関根参考人。
#8
○参考人(関根千佳君) 恐れ入りますが、電気つけていただいてよろしいでしょうか。この時間は皆さん眠くなってしまいますので、明るい方がいいのじゃないかなと思います。申し訳ありません。
 関根と申します。では、二十分ほどお時間いただきまして、お話しさせていただきたいと思います。
 のっけから議員の先生方に大変失礼かもしれませんが、手を挙げていただきたいと思います。ユニバーサルデザインって知っている人、手を挙げてください。──はい、大体七割ぐらいですね。ありがとうございます。この数字は多分熊本県か佐賀県の県民と同じぐらいの認知度ではないかなと思います。(資料映写)
 では、今日は、このユニバーサルデザインで進める共生社会・地域活性化という題でお話をさせていただきたいんですが、私は基本的には、この日本の震災復興復旧をユニバーサルデザインという概念を知らないままで進めたら必ず日本は沈没するだろうと思っています。そういったメッセージを今日はお伝えしたいと思います。
 お手元の資料を見ていただければお分かりだと思いますが、もう今日は七割の方がユニバーサルデザイン御存じだとおっしゃってくださったので、余り詳しくはお話ししません。まあ復習としてでしたら、そうですね、簡単に説明したいんですが、今回のテーマである共生社会、それをどうやって実現するかという基本的な考え方になるかと思うんですけれども。
 年齢や性別や、能力、これをよく障害の有無と間違って覚える人いるんですけれども、本当は英語的にはアビリティーですので、能力です。環境、言ってみれば背景ですね、こういったものにかかわらないで、より多くの国民が最初からできるだけ使えるように町やものや情報やサービスをつくっていこうという考え方、そして、そのプロセスです。そこにどうやって市民を、包摂という言い方皆さんしていらっしゃるようですね、インクルードしていくのか、その考え方がユニバーサルデザインなんですね。でき上がったデザインだけではない。言ってみれば、国土のグランドデザインとかいうふうに形をつくることだけがデザインではなくて、これからの日本のコミュニティーをどんな形にしていこうかという非常に大きな意味のデザインだと思っていただけるとよろしいかと思います。
 これまでバリアフリーデザインと混同されることも多かったのですが、高齢者や障害者だけではありません。むしろ皆さんたちのように若くて元気で力のある人たちも全て含まれる、皆さんも一緒にハッピーになれるデザイン、それがユニバーサルデザインだと思ってください。また、多文化共生のように、日本にやってきた外国人の方、子供たちも妊産婦もみんなができるだけハッピーになれるような日本をどうやってつくるのか、その基本がユニバーサルデザインだと思っていただければいいと思います。
 さっき、佐賀や熊本の話をちょっといたしましたが、例えば熊本は潮谷知事の時代にこのユニバーサルデザインを県のマニフェストとして動かれました。今も古川知事がユニバーサルデザイン佐賀という形で全面的に動いていらっしゃいます。ほかにも、ここにある福島や岩手、静岡、岡山、非常にたくさんの地域で地域活性化の切り札としてユニバーサルデザインを考えていらっしゃるところがありますし、企業さんも同じですね。ひげの殿下が総裁を務めていらっしゃる国際ユニヴァーサルデザイン協議会というのがございますけれども、そこの中には、トヨタ、パナソニック、TOTO、日立、富士通、NTT、NEC、非常にたくさんの企業が、二十一世紀にこのユニバーサルデザインを理解していなかったら生き残れないということを理解して、自分たちの会社の製品を例えば子供たち、例えば高齢者にちゃんと使えるようにしていこうというふうに、自分たちの会社の基本的なデザインルールとして取り入れていらっしゃいます。
 次のページお願いいたします。
 弊社は、私、情報のユニバーサルデザイン研究所という名前を使ってはいるんですけれども、基本的にはまちづくり、町おこし、そういったものもかなりやらせていただいております。元は、私も外資系のIT企業におりましたけれども、元はIT機器、ウエブサイト、こういったものをできるだけ使いやすくするにはどうすればいいかということで、例えば皆さんも関係していらっしゃるような電子政府や電子自治体、これをちゃんと使いやすくしましょうなんという内閣府の委員会にもいたりしました。
 社員は全員在宅勤務です。ですから、ワーキングマザー、障害を持つ人、高齢者、こういう人々がきちんと家で仕事ができる、それをベースにしながら、十二年前に会社をつくりまして、みんなそれでちゃんと仕事をしております。この前の震災のときも、そしてインフルエンザが起きても、大雪が降っても、ちゃんと事業計画は万全であるというふうに、いわゆるBCPと言われていますけれども、これは全く問題なく続けられるという形になっております。言ってみれば、市民の視線で未来をデザインするというのがこの会社のコンセプトなんですね。
 何でこれが必要なのか。次のページお願いいたします。
 このチャート、イメージだけ見ていただければよろしいんですが、一番端っこが一九五〇年です。このとき、世界の人口の大体一四%ぐらいが子供でした、五歳以下の子供でした。そして、六十五歳以上の人々は五%だった。これが二〇一五年で逆転いたします。二〇五〇年になったら全く反対の割合になっている。世界が膨大な勢いで高齢化に向かっております。
 二〇〇五年に、御存じのとおり、日本はイタリアを抜いて世界一の高齢国家になりました。既に二十歳以上の半分が五十代を超えております。皆さんたちにとって、有権者、納税者、消費者の半分は既に五十代を超えているという、こういう日本は人類始まって以来という未曽有の状態になっているということなんですね。
 ただ、私はそのことを全く悲観してはおりません。なぜかというと、言ってみれば、大変知恵のある、そして時間と向学心のある人々がたくさんこれから地域に戻ってくることを待っているからです。
 中国の高齢者は二〇一四年には実は二億人を超すそうです。我々日本の人口を超える、言わば企業にとってはマーケットがあるという、そういうふうな見方もできるわけですね。ポジティブに考えたら全くこれは問題ないわけです。
 次のページお願いいたします。
 もう一回質問して申し訳ありません。ジェロントロジーという言葉を知っている人──ジェロントロジー。今回いらっしゃいませんね。ありがとうございます。
 実はこれは、加齢学とか高齢学とか、若しくは私は今、高齢社会学という言葉を当てたいと思っているんですけれども、欧米の大学では既にもう本当に百年以上前から大学には必ず講座のある学問領域なんですね。高齢社会になったら世の中はどうなるか、人間はどうなるかということを学ぶ学問って、いわゆるインターディシプリナリーと言われる学際的な学問なんです。これは、残念ながら日本では東京大学と桜美林と本当に幾つかしかまだ講座がなくて、何とか日本でも増やしたいと思っているんですけれども、これからなんですね。
 私もこの東京大学のジェロンのプロジェクトには四年ほどかかわっているんですけれども、小宮山先生のときにミシガン大学から秋山弘子先生という方を本当に三拝九拝して引き抜いていらっしゃって、今はこの秋山先生が中心になりながら産官学民のプロジェクトを起こしています。
 ここでも、千葉県の柏市ですとか福井県などで様々な実証実験を行っているんですけれども、震災日本の立場から、これからは世界に対していろいろな発信をしていこうという、そういったプロジェクトが幾つも起きております。
 私も実はアドバイザーを務めておりますが、JST、すなわち科学技術振興機構の中にRISTEXというセンターがあるんですね。これは何かというと、社会技術研究開発センターと申します。この中にコミュニティで創る新しい高齢社会のデザインという、そういうグループがあるんですね。ここでやっている、今年予算を付けましたプロジェクトの中に、震災復興をユニバーサルデザインで進めていこうというのがございます。
 次のページお願いいたします。
 先日、皆さんも釜石の方にいらっしゃったと思いますが、私も大槌、釜石、遠野と幾つか回ってまいりました。その後も何度もお邪魔しているんですが、ここにある写真は、皆さんよく御存じのように大変一般的な仮設住宅でございます。玄関のところが一方方向で、下も砂利道で、なかなかここに子供たちが遊んだりするような場所もございませんし、高齢者が集まってお茶を飲むようなところもない。阪神・淡路のときにも、最初こういった仮設が多かったために、その中で孤独死が起きる、孤立が起きるという、そういった問題がございました。
 私どもも、ユニバーサルデザインの観点、もう少しアクセシビリティーを増やしていくという観点から、釜石の大方先生のプロジェクトなんですけれども、次のページのようなものに対してファンドをしております。元々これ、東大の方で鎌田先生や大方先生はやっていらしたんですけれども、そこに何らかの形でRISTEXから支援ができないかということでファンドさせていただいたものなんですね。
 前のページと違うのがよくお分かりだと思うんですけれども、玄関が相向かいになっております。それによってお互いが、ああ今日天気いいよねとか、それから、ちょっとおかずを作り過ぎたからこれあげようかとか、そういったきずなのコミュニティーが持てる、そういう場所になっているんですね。
 次のページもお分かりかと思うんですが、デッキから玄関に対しても、これくいが打ってあるところで分かると思うんですが、この部分がデッキになっているんですよ。ですから、玄関に真っすぐ車椅子やベビーカーで入っていける、そんな仕組みになっております。最初に造られたアクセシブルでない仮設では、実はベビーカーや車椅子が入れなくて、実際には、入居したんだけれども、すごい使いにくいという声がたくさんあったんですね。そういうことがないようになっております。
 九ページの方では、これ遠野の写真なんでね、ちょっと、私が撮ってきたものじゃなくて東大からお借りしたんですけれども、こんなふうにユニバーサルデザインになっています。もちろん、ベビーカーも、おじいちゃん、おばあちゃんのお買物の車もここに入りますし、この真ん中で子供たちが遊んだりお茶をしたり、おばあちゃまたちがお茶をしたり、そういうことができるような環境になっているわけですね。ですから、仮設住宅においてもユニバーサルデザインの考え方というのが本当に必要だったわけです。しかし、残念ながら、まだそれが日本の中では完全に行き渡っているとは言い難いものがあります。
 十ページをお願いいたします。
 これから日本は超高齢未来になってまいります。シニアが、六十五歳以上のシニア、七十代、八十代になっても、実は六割、七割は元気なんですよ。確かに二割ぐらいは弱っていきます。でも、残り七割は元気。この人たちを社会資源として見直すことができるかどうか、そこが日本が生き残れるかどうかのキーになるんですね。残念ながら、これがまだ日本の行政の中では理解されていないところもあって、時々惜しいなと思うんですね。男女共同参画の基本でもございますし、企業にとっては新しいビジネスモデルでもある。言ってみれば、ユニバーサルデザインの旅館はたくさんのお客様を満足させることができるんですね。行政にとっても地域活性化の切り札でございます。
 例えば、次のページを御覧ください。観光のユニバーサルデザインの事例を御紹介したいと思います。
 左の写真は、稼働率九〇%の三重県の温泉旅館なんですね。ここは、全盲の方も車椅子の方もたくさんいらっしゃいます。えっ、だって、全盲の人といったら普通は、あの点字ブロックでしょう、あれって車椅子で乗るとがたがたして嫌なんだよ、リューマチの人は痛いしさとかいうふうによく言われる。だから、関根さん、ユニバーサルデザイン、誰にもハッピーなんてあり得ないでしょうと言われたときには、私はこの写真をお見せするんですね。これは、言ってみれば全く点字ブロックのない旅館なんです。でも、視覚障害者には分かるように、床に素材の違う石で方向が示されている。とても薄いので点字ブロックのようにがたがたしないから、車椅子の人が通ってもすごく素直に通れる、そして和風で美しい。こういうのがユニバーサルデザインなんですね。
 右の方の、これは岡山の旅館、こちらは全部が畳敷きになっていて、子供たちに大変人気です。それによってシニアの皆さんたちが、お年を召されても、三世代になっても、また来るからねと言って毎年来ていただける。そうやって、社会全体の高齢化にちゃんと対応できたところが生き残っていく、それがユニバーサルデザインなんですね。
 次のページお願いいたします。
 もちろん、乗り物、公共交通、建築、これはユニバーサルデザインの様々な事例があるわけですね。ヤマハの電動アシスト自転車PASも、最初は高齢者のために作られた。でも、物すごく格好いい、若い女子高校生があれ欲しいねというような、そういうコマーシャルを打つことによってお化け商品になりました。富山のライトレールは、こうやってベビーカーもちゃんと乗れるようなこのパターンに変えてから高齢者がお買物に行きやすくなって、これが地域活性化に役立ったケースなんですね。同じようにして、横浜や福岡の地下鉄もユニバーサルデザインを入れたがゆえに町が元気になっていっている事例はたくさんあるわけです。
 次のページお願いします。
 佐賀県はパーキングパーミットという制度をつくって、今年からようやくこのように全国で展開するようになりました。京都の山田府知事が全国でやりましょうよと声を掛けてくださって、九州全般とか関西でもやっと少しずつ始まっていっているんですけれども、実は、御存じかもしれませんが、海外ではこの障害者用の駐車場に関係のない人が車を止めると目の玉が飛び出るぐらいの物すごい高額の罰金が来ます。日本では全くおとがめがございません。こういう点でも日本人はどうなのというふうに海外から見られるところもあるわけですね。
 ICTに関しても、同じようにいろいろな事例がございます。例えば、ドコモのらくらくホンは、これは富士通で二千万台作っているわけですけれども、このように、これは右の写真ですね、三つのボタン、使っていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません、これによってドコモさんは本当にドル箱の市場を得られたわけです。auさんは、スマホをユニバーサルデザインにすることによって大変たくさんのユーザーを獲得しています。セブン銀行のあのATMはNECが作っているんですけれども、あれがとてもUDということで、シニアの皆さんは銀行口座をセブンに移すケースが非常に増えてきた。それくらいライフスタイルに影響を及ぼすのがユニバーサルデザインなんですね。
 次のページをお願いします、時間がだんだんなくなってきましたので。
 ウエブサイトやサービスのユニバーサルデザインというところですけれども、例えば皆さんたち議員さんのホームページは、ちゃんと高齢者や障害者が読めるようにできているでしょうか。自信ある方いらっしゃいますか、手を挙げてください。──どきっ。あれっ、誰もいない。残念だな、残念だな。是非そこは配慮してください。
 この例えばホームページ、公的機関のホームページをほかの国ではどうしているか。済みません、十六ページお願いいたします。
 アメリカにはリハビリテーション法五〇八条という大変厳しい法律がございます。公的機関若しくは公的機関からお金をもらっている人々の組織のホームページは高齢者や障害者にアクセシブルなものでなければ作ってはいけない。例えば連邦政府は、UDなIT機器、電話、ファクス、コピー、パソコン、全てです、購入してはならない。もしそれを買ったら、買った人が処罰されます。
 これが施行されたのが二〇〇一年の六月でございます。既に十年以上たっている。でも、日本ではこれはまだJIS規格でしかなく、内閣府から遵守してねというガイドラインが出ているにすぎません。それくらい日本では、このユニバーサルデザインとかアクセシビリティーに関しては、残念ながら十年以上遅れているという感じなんですね。
 次のページ、例えば、ターゲットという非常に大きなスーパーマーケットがアメリカにございます。ここのウエブサイトがアクセシブルではないという理由で訴えられて、何と和解金が六百万ドルという高い金額になりました。言ってみれば、アメリカではこれが訴訟リスクになっているわけですね。昔、東横インというホテルでそれも起きましたけれども、そういうのがごく普通にICTの世界でも起きている。それが世界の潮流だということを是非ここで御理解いただけるとうれしいと思います。
 例えば、次のページのように、障害者とテクノロジーという感じで非常に大きなコンファレンスがアメリカでは毎年開催されているんですね。ここで名刺交換をすると本当にびっくりします。ここに電動車椅子が四台写っているんですけれども、この人たちが企業の部長さんであったり、ベンチャー企業の社長であったり、ホワイトハウスの高官であったりするんですね。この人たちが言ってみれば五〇八条を進めてきたということになります。彼らはUD以外は買わない、売らない、作らないという、そういったルールの下に動いているわけですね。
 済みません、十九ページお願いします。
 実際、震災の後に私たちも避難所とかそういうところがユニバーサルデザインじゃないために大変困ったという話をたくさん聞きました。節電で駅の明かりが消えて弱視者が道に迷うという事例もたくさんあった。携帯などの情報通信、これが国の最重要インフラの一個であると。届かない、つながらない携帯を握り締めて死んだ人が何人いるだろうと思うと、私はつらくてかなわないです。ですから、エコでUDな解決策というものが日本の中で必要だということをしみじみ感じるんですね。
 次のページは、AJUさんからいただいた資料なんですけれども、実際には、東北の場合、なかなか支援を届けるためには非常に長い道のりがございました。なかなか避難所に行っても障害者に出会えないんですよ。高齢者にも会えない。なぜかというと、そこがUDではないから彼らは行けなかったんです。それが分かれば分かるほど大変胸の痛む思いがいたしました。
 これから、じゃ、復興のためにユニバーサルデザインがきっと東北で進むだろうと思って私は非常に期待しておりました。しかし、先日大変悲しいことが起きた。ユニバーサルデザインの委員会で某観光協会の方が泣く泣くお話をされたんです。壊れた旅館の部屋を何とか一部屋でいいからユニバーサルデザインルームにしようと思って予算を提出したんです。そうしたら、復旧なんだから前と同じ図面じゃなきゃ駄目だ、補助金は出せないと言われたというんですね。スロープを付けたりトイレをちょっとだけ広くするというのも許可されなくて、元に戻したんですと。
 阪神・淡路の後は、阪急伊丹駅のように完全にユニバーサルデザインになっていったところがたくさんある。なぜ東北ではそれができないんだろう。私は、あのバリアフリー新法というものが確かに二千平米以下のものは努力規定になっているということは分かっています。でも、ここでユニバーサルデザインを進めなかったら日本は復興できるんでしょうか。東北は大変高齢化が進んでいます。旅館のお客様は高齢者ばかりです。ここでなぜUDが進まないのか。本当に私は悩ましいなと思います。
 最後のページになりますけれども、我々はこれから必ず年を取ります。ここにいらっしゃるどなた、お一人も、よっぽど若くしてお亡くなりにならなければ、いつかは必ずユニバーサルデザインのお世話になる日が来るんですね。日本は、先ほどから申しておりますように、世界一の高齢国家です。我々の先輩たちを悲しませてはなりません。初めから高齢者だった人なんてどこにもいないんです。
 私たちが私たちの子供たちも苦しませないために、是非日本の中で復興復旧という中にユニバーサルデザインの姿勢を入れてください。これが私が今回皆さんにお伝えしたかったことです。それによって、日本はきっと世界一子育てのしやすい町にもなります。男女共生参画にもつながる。地域活性化、共生社会というものの根本理念の中にユニバーサルデザインが入っていくことを切にお願いいたします。
 そういうわけで、今後とも、ユニバーサルデザイン、今日覚えて帰ってくださいね。このユニバーサルデザイン、覚えた人、手を挙げてください。──はい、いいですね。
 どうもありがとうございました。これで終わります。失礼いたします。
#9
○会長(直嶋正行君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 本日の質疑は、あらかじめ質疑者を定めずに行います。
 挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようお願いいたします。
 一回の質問時間は、答弁及び追加質問を含め最大十分としております。多くの委員が発言の機会を得られますよう、質疑、答弁とも簡潔に願います。
 なお、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくよう御協力お願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手を願います。
 田村智子君。
#10
○田村智子君 日本共産党の田村智子です。
 今日は、質問の順番に御配慮いただきましてありがとうございます。
 三人の参考人の皆さん、大変勉強になるお話、ありがとうございました。
 まず、白倉参考人にお聞きをしたいと思います。
 事前にいただいた資料の中に、子供たちへの教育というので学校林という取組が出ていたんです。学校の林ですね。
 お話にありました、まず自分の生まれた町、ふるさとを知ること、それが自分のふるさとを愛する気持ちにつながり、そしてまちづくりの力になるというのは、本当にそのとおりだと思っていまして、やはり子供たちが自分の町に誇りを持つという上では、例えば農業とかその町の産業のことを、一回学ぶような体験だけでなくて、やはり系統的に学んでいくということが、そういうその町に対する思いやまちづくりの主体になっていくその条件をつくっていくのかなというふうに感じたんですね。
 これ、一回の体験学習でなく系統的にという取組だと思うんですけれども、済みません、もし御説明いただければ、この学校林の取組を含めて、子供たちへの町を愛するという、その気持ちの育てることについて少しお話しいただければと思います。
#11
○参考人(白倉政司君) 私たちの北杜市は、森林に心を寄せて農を基幹産業とするふるさとであることは間違いないと思います。そういう中で、さっき私も説明しました、子供たちがいろいろな意味できずなを深めたり、ふるさとを知ったり、そしてまた、ある面で言うならば、基礎体力、原っぱ教育を推進する上においては学校林の位置付けは大変面白いと思っています。ちょっと山梨県的ですけれども、山梨県には県有林というのが多いんです、財産区の。それを学校林に当てています。
 簡単ですが、そんなところです。
#12
○田村智子君 ありがとうございました。
 実は、日本は大変森林も豊かなんだけれども、林業とそのまちづくりというのを、これからの私たち考えていかなきゃいけないなというふうに思っていまして、一つの参考として是非お話を伺いたいと思っておりました。
 それから、戸辺参考人にお聞きをいたします。
 私も何度か多摩ニュータウンは伺いまして、特に公団住宅の中でのこれからのまちづくりというのは非常に様々な課題があるなというふうに感じています。先ほどDANCHIルネサンスのお話が、恐らく時間がなくて足りなくなってしまったと思うんですけれども、私もその団地に伺いますと、とにかく公団住宅の間取りは、二世帯で住居で子供を育てるというのはまず無理な間取りで、子供さんが大きく育ったら、結婚、子育ての世代になったら出ていかざるを得ない造りで、そうすれば、高齢者が出ていくか、それとも現役世代が出ていくかとなれば、若い人が出ざるを得ない。これはもう、あの間取り上は致し方ない流れが今つくられてしまっているなということを感じていました。
 そこをどう、その公団住宅が、除去ではなく、やはりその町でまちづくりの役割を果たしていくし、若い人も子育て世代もというふうに再生していく上ではどのような取組ができるのかというのは大きなこれからの課題だと思っています。
 先ほど話し足りなかったところも含めて、その団地の再生、まちづくりということでもう少しお話しいただければと思います。
#13
○参考人(戸辺文博君) それでは、資料の方で、ちょっとスライドもありますけれども飛ばしちゃったものですから、資料の方の三十ページといいますか、下に三十と書いてある辺りを見ていただくと分かるかなと思います。
 今、田村先生からも言われたように、大体五十平米前後といいますか、ちょうど昭和四十年代に造られたものが当時の国力といいますか、数をたくさん造らなくちゃいけないのでそういう面積しか取れなかったんですね。しばらくは、子供が小さいときはよかったんですけれども、そのうち多摩ニュータウンも五十年代になって分譲住宅がどんどん供給されて、百平米を超えるようなものもできましたのでどんどんそちらに移っていっています。ただ、実際には、賃貸住宅には次の世代も入ってきていますけど、子育てが終わった世代、高齢者も当然残りますので、平均的にはどんどん高齢化しています。それから、都営住宅はやっぱりどうしても収入の関係で高齢者ばっかりになっています。
 それじゃ、まだ六十代が多いんですけれども、これから五年、十年で相当厳しいかなと思っているときに考えたのが、エレベーターがない五階建てですけれども、何とかその問題を解決しつつ若い世代が一緒に住めないかということで先ほどちょっと、提案をしたわけです。
 普通はエレベーターを付けるとなるとすごいお金が掛かるんですが、それを北側に、プライバシーの関係で北側に廊下を造ってやるんでなくてもっと簡単にできないか。南側に付けて、南側にちょっとした廊下を付けるんですけれども、普通、プライバシーで嫌がるんですが、高齢者だったら逆に見守りになるだろうと。そこを通過して、その端の方に二戸を一戸にした百平米までいかなくて七、八十平米から規模によっては百平米ぐらいのものを付けて、場合によってはそこで同居をしてもいいし、隣に親を呼び寄せてもいいというようなパターンも、いろんなパターンがこの形だとできるんじゃないかなと思って提案させていただきました。
 だから、普通のエレベーター、階段を壊してエレベーターを付けてというよりは相当安くできるので、提案は評価いただきましたけれども、これでさえなかなか実験的に造るということもなくて、是非、多摩ニュータウンでこういうの一棟やってどんなものかというのを実証できれば、これが一般化するという、こういう形のものは何十万戸とございますので、全国に展開できるんじゃないかと思っております。
 これでコミュニティーも、例えば、先ほど御紹介が仮設住宅でありました。これが南側に付きますと、北側から出入りする建物とペアにするとそこで出会いが、またほかの棟との出会いも生まれるんですね。そういうことも考えた提案でございます。
 以上です。
#14
○田村智子君 ありがとうございました。
 最後に、関根参考人ですけれども、大変ユニバーサルデザインが生かされた実例というのが本当に全ての人に対して住みやすい、使いやすい、そういう町や施設になるんだということがよく分かりました。
 御紹介あった平田の仮設住宅、私たちも視察で先日伺いまして、せめて玄関が向かい合わせということぐらい今後は仮設住宅造る場合には、これはやっぱり、仮設住宅仕様の、何ていうんですかね、これを守りなさいというルールにすべきじゃないかなということは感じたんです。もう一歩いえば、その玄関の上に屋根が付いていたらもっといいなということは確かに思ったんですが、これがなかなかできない背景に、ユニバーサルデザインというのは余裕があったらやればいいとか、試験的に行ってみればいいという位置付けにまだなっているんじゃないだろうか。もっと、本来は、憲法にもある基本的人権にかかわる問題としてもっと位置付けるべきではないかというふうに考えているんですけれども、その辺の御意見と、それからこれぐらいは公的施設ではもはや義務化すべきではないかとお考えになっていることがありましたらお答えいただければと思います。
#15
○参考人(関根千佳君) ありがとうございます。
 本当におっしゃるとおりで、せっかく私たちは阪神・淡路のときに、せめて玄関が向かい合っていれば、隣のDANCHIルネサンスと同じで、ちょっとしたときに周りの人がそこを通りかかることによって、ああ、今日は何かもしかしたらおばあちゃん起きていないのかななんていうことが分かるようなコミュニティーの中での仮設という概念を出せたのに、そのことを私たちはしっかり阪神・淡路で学んでいたのに、どうしてこれが東北のときに間に合わなかったんだろうかという深い反省がございます。
 おっしゃるとおりで、これからは仮設を造るときに、コミュニティーを何とか維持するための仮設というもの、こういう意味で、私たちがこれからもう日本だけじゃなくて世界に対しても、せめてデッキから真っすぐ部屋に入れるようにしようよという最低限のアクセシビリティー、ユニバーサルデザインを義務化していくというのは是非お願いしたいと思います。
 それと、先ほどのリハビリテーション法五〇八条のように、あれはICTですけれども、公的機関が購入する様々な調達物資をなぜユニバーサルデザインのものに統一することができないのだろうと思って、私は大変不思議に思います。
 例えば、この建物に車椅子の参考人が来る可能性もあるでしょう。学校におじいちゃん、おばあちゃんがいわゆる、そうですね、参観日にやってくることもあるでしょう。そして、全ての公民館や学校はいつか避難所として使われる可能性もあるわけですね。そのときには、私たちは震災で眼鏡を吹っ飛ばされているかもしれない、手足にけがをしているかもしれない、テンポラリーな障害者になっている可能性も十分あるんですから、なぜ、そこにそういう人々が集まるにもかかわらず、今学校がまだ小さいところは努力規定になっているのか、私には全く分かりません。旅館も同じです。たくさんのものが避難所になった。でも、二千平米以下は残念ながらまだ努力義務です。しみじみ思います。
 ほかの国、例えばアメリカでしたら、ADAのように障害を持つアメリカ人法、そして高齢者、高齢のアメリカ人法というもの、これ一九六五年ですよね。そういった人権法が何十年も前に成立している。どうして先進国日本でそれがないのかと思うと、私は非常に不思議な気がいたします。
 是非この辺り、人権の意識だけではなくてビジネスの観点からも、地域活性化の観点からも、ユニバーサルデザインを義務化するような方向性で進んでいただけると私はこの国で安心して年を取ることができます。
 よろしくお願いします。
#16
○会長(直嶋正行君) 難波奨二君。
#17
○難波奨二君 民主党の難波奨二でございます。今日はお三方、大変ありがとうございました。
 一度にそれぞれの参考人に御質問いたしますので、後ほどそれぞれお答えをいただければと思います。
 まず、白倉市長でございます。ボールペン、大変ありがとうございました。いただきましたから褒めるんじゃないんですけれども、事前にいただいた資料を拝見させていただきまして、非常にバランスの取れた行政を執行されておられるというふうに思います。また、八つの町が一度に合併したという、そういう認識でよろしゅうございますかね。はい。全国的にも数多い町を一度に合併されたということで、これまた大変な御苦労があったというふうに思うんですが、その中で、資料の中にございましたが、地域委員会というのをそれぞれの旧の町単位でつくられて、議会との関係、行政との関係の中でどのようなこの地域委員会というのが役割を持ち、機能を果たしているのかということをお伺いしたいというふうに思います。
 続いて、戸辺参考人でございますが、戸辺さんは、経歴を拝見いたしますと、住宅公団御出発でございまして、今この公団も姿を変えてきたわけでございますが、この後のURが、お答えしにくいかも分かりませんけれども、URがどのような役割を果たしていくべきなのか、そのような御見識ちょっとお伺いしたいと思いますし、今回の永山ハウス、取り組まれたわけでございますが、多くの壁があったと思います。それは規制の壁なんですけれども、この後、永山ハウス方式を展開していく中で、この規制の緩和というものをどのようなところに希望をお持ちかということをお伺いしたいと思います。
 最後でございますが、関根参考人、ユニバーサルデザイン、すばらしいこの後のやはり重要な発想だというふうに思いますが、被災地におけるこれからの新しい町の設計に入っておられるわけでございますけれども、その設計の中にこのユニバーサルデザインの理念をどう生かしていく、どのような町が先生からすると理想的な町というふうに今お考えなのか、お聞かせいただければと思います。
#18
○参考人(白倉政司君) 北杜市の特徴の一つである地域委員会に御質問いただきました。
 まあ一言で言えば、今御指摘のとおり八つの町村が一緒になったものですから、ある面では機能の規模から考えれば大変大きな規模になったものですから、それぞれの地域の声を大切にしたい、ある面でいうならば地域のカラーや味も残していきたいと、そんな思いで位置付けております。
 具体的には、四つの定例市議会の後、市は地域委員会を呼んで市政報告をする、それで市政報告に対して地域委員の皆さんからは御指摘というか御意見を伺うと。市長にできるだけ市民の声やあるいはまた行政に対してもそんな思いが届くようにということで地域委員会を位置付けていますけれども、北杜市版のある面でいうならば地方分権みたいなところはあると思います。
 そして、特徴として、さっき私が言いました、できるだけふるさとにいながら本物、一流に接しようという意味からすれば、この地域委員会の、一か月遅れのような地域委員会になりますから、議会の、色あせてきますよ、本音で言えば。ですから、市長のつまらぬ話を聞くよりもできるだけ本物、一流に接しようということで、その地域委員会の市政報告会の後、必ず一時間ばかりいろいろの先生方のしゃべる講演中心に一流、本物に触れる機会をつくって、こっちの方が好評です。そんな思いの地域委員会です。
#19
○参考人(戸辺文博君) 二つの質問をいただいたと思います。URの今後と、それから永山ハウスみたいなものをやる場合の規制の緩和ですか、そういう。
 じゃ、まずURなんですが、ちょっと答えにくいところありますけれども、ちょうど私が、今から、そうですね、もう十数年前に辞めたときにはまだ直接住宅を供給、まあ分譲中心になりましたけれども、まちづくりの主体としてやったので、それを民間からお手伝いするというつもりでやったんですが、随分URも、組織が二度ぐらい変わって、今都市再生機構になってしまいました。そんな状態なので、何といいますか、何とも難しいところなんですけれども、やっぱり事業としてはUR、インフレに助けられて、家賃で借入金も返せたんですけれども、今家賃も上がらない状況だと経営がすごく厳しいことは承知しています。
 だから、後は、先ほどのDANCHIルネサンスで言うように、今、これからはストックにもっと着目してそれなりの投資を入れて、やっぱり今あるストックを生かしていくという。コンクリート住宅はあと何十年もちます。すぐ駄目になるだろうということは全くありませんで、建て替えられたところなんかもよく見てみると、コンクリートはまだ立派に中性化もしていない。だから、我々はいかに生かしていくかということでやっていきたいと思います。
 そういう意味で、実際に住宅の管理はソフトがあります。新宿なり都心にいて住宅の面倒を見るよりももっときめ細かいサービスが必要かと思います。本来は我々、地域のいろんな人が共同管理、公的住宅を中心としたプラットホームをつくって、そこで日常の管理を我々に担わせていただければ、NPOを中心としたそういう組織化で住宅の管理もできるんじゃないかと、そういうような展望をしています。今はあれですよ、単なる鍵の管理と最低限のことしかしていなくて、コミュニティーのことまで面倒見切れないと。地域でやればそういうコミュニティーも目が行き届きますので、大分活性化には貢献するんじゃないかと思います。
 それから、永山ハウスは、実はこれ、URの土地を買ったんですが、民間への売却用地の中で競争して買ったものですから、結構いろいろプロセスがあって時間が掛かりました。ただ、ある公的機関、UR以外の公的機関に土地の取得を助けていただいたものですから、ああいうものができました。
 壁というのは幾つかないわけじゃないんですが、一番はやっぱり土地ですね。本来はああいう土地を買わないで地主さんにも一緒になって、そういう地域で一体になって望まれる住まいができるのが一番いいんじゃないかなと。土地購入のリスクがなくなるだけでも随分事業の幅があります。そういうことでございます。
 あとはちょっと困ったのが、多摩市は車社会のときに建設されたものですから、どこも駐車場率一〇〇%ということで決めたんですね。ところが、コーポラティブ、誰が住むか分かっていてほとんど駅に近いところですから、三分の一ぐらいしか車要らないんですね。そのところで一〇〇%造れと言われて非常に苦労して、最後はちょっとその中間で妥協したんですけど、それにすごく苦労しました。だから、もっと現実に合わせて柔軟な、行政体の問題だと思うんですけど、昔作ったルールをもう少し柔軟に運用するような考え方というのをきめ細かくやる必要があるんじゃないかというのは十分感じました。
 そういうのがあれば、土地の問題さえあれば、こういうものが、我々もまだ元気ですので、こういう第二弾、三弾の住宅造りをできると思います。今、コミュニティーはすごく、永山ハウス、よく活動をされていて、周辺に対しても集会所を公開して、その地域に広がるような形でその周辺でいい環境をつくっていっています。是非一度御覧に来ていただければ御案内いたします。
 以上です。
#20
○参考人(関根千佳君) もう一時間ぐらいしゃべりたいぐらいたくさんの事例があるんですけど、それぞれの町がそれぞれにいいところがございます。
 例えば、そうですね、海外でいえば、アメリカのバークレーであったり、ブラジルにはクリチバという町があって、ここも本当によくできたユニバーサルデザインだなと思うんですね。バスとかの公共交通機関も本当によくできています。
 国内でいえば、例えば高山のようなところ、駅の観光案内の中に、車椅子を貸してくれて、これがあっちこっちで乗り捨てができたりする。あっちこっちにアクセシブルなトイレがあって、そこで、もうどこに行っても安全というところもあります。それから、由布院とかもそういった意味では近いかなと思いますね。コンパクトで歩いて回れて、ちょっと休めるところがあって。そういう町がUDだと思うんですね。だから、そういった取組をしているところはいろいろあると思います。
 それで、温泉旅館という意味では嬉野が十二軒、もう本当に大きいところは全部、UDルームをいっぱい持ってたくさんの御高齢の方をお迎えできるようにしていますし、建物でなくてソフト的に動いているという意味では、神戸のあの町の中、あれフラワーロードと言ったかな、ちょっと覚えていないんですけど、そこはとにかく椅子をたくさん出そうよという、そういう運動をしているんですね。夜はそれぞれのお店が自分の建物の中に、建屋の中にその公共のベンチをしまっちゃうんですけど、朝になったら、例えば植木鉢と一緒にそれを置いて、町の真ん中にはずらっとベンチが並ぶ。それによって、お年寄りの方が疲れたらちょっと休める、お母さんが子供とちょっと休める、そういったまちづくりをしているんですね。
 ですから、いろんな地域でユニバーサルデザインを少しでも進めようということで様々な取組がなされていると思います。本当に、唐津とかも、高齢者と高校生が一緒になって虹の松原のガイダンスをしているとか、そういうふうにいろんなところで多文化共生や多世代共生、そして暮らしやすいまちづくりというふうにやっていますので、あっちこっちでユニバーサルデザインの動きがあるという、それを知っていただけるとうれしいなと思います。
#21
○難波奨二君 ありがとうございました。
#22
○会長(直嶋正行君) 質疑ある方。
 岩井茂樹君。
#23
○岩井茂樹君 自民党の岩井茂樹でございます。
 早速質問をさせていただきたいと思うんですけれども、まず白倉参考人に御質問をしたいと思います。
 今日お配りいただいた資料の六ページの中で、地域力を高めるというようなお話、また愛郷心というようなお話がありまして、キーワードとしては、地域にあるもの、潜在能力、存在感、ブランド又は文化や価値観というハードだけじゃなくてソフトのパワーというようなお話、愛郷心の中では、誇りとか自信を持つとか、多分ふるさとを愛するというようなお話がありました。
 このお言葉を聞いて私思ったのは、風土資産というキーワード、フードというのは、食べ物ではなくて風に土ですね、風土資産という言葉を思い浮かべました。
 よく、景観十年、風景百年、風土千年などと言います。景観というのは、景観づくりをして十年ぐらいたってやっとその町並みになじみ、また、風景というのは、更にそれが百年たってくると風景になじんでくると。風土に至っては、ちょっと極端ですけれども、千年ぐらいその地域に根付いてやっとその風土と一体になってくるというようなことが言われることがあるんですけれども、このような地域力等々の考えを、例えば風土ということで考えると、どのようなお考えというか、お持ちになるかというのをひとつお伺いしたいということが一点。
 あと、また白倉参考人にお伺いしますけれども、同じ地域力を高めるというところで、やはりその地域間の競争があって初めて地域力が高まるというお話があります。一方、十一ページの方に、地域間の、連携のところですね、連携をしなければいけない、ネットワークが大事である、共存的競争という言葉があるんですけれども、その共存的競争というのが少し、もう少し詳しく御説明をいただきたいと思います。
 あと、続きまして戸辺参考人ですけれども、お話の中で、新しいプロジェクトの中で、永山ハウスですか、一階を全て公共施設、公共のエリアというか、共有エリアにされたと。その店舗の収益、家賃収入を管理費に充てるとか、あと困助の工房で有償ボランティア等々をやったというようなお話を伺うと、やはり自助、つまりなるべく自立、自分でお金の方もというような姿が見えました。
 それを踏まえまして、自助、共助、公助というようなお話が白倉参考人の中でもお話出たと思いますが、どのようにお考えになっているかということをお伺いしたいと思います。
 そして最後、関根参考人ですけれども、もう本当に質問ができないほどすばらしいお話だったと思います。
 ただ、ちょっとユニバーサルデザインというと、いろんな規模というか、あろうかと思います。文房具から場合によれば施設等々あります。お伺いしたかったのは、現状でどのようなものがこの日本の中でもう少しそこが進展していけば良くなるかというようなお話をひとつ伺いたいと思います。
 以上でございます。
#24
○参考人(白倉政司君) 私も初めて風土資産という言葉を聞いたわけですけれども、例えて言えば、静岡県、富士山を世界文化遺産になんということもある面では風土資産になるとも思いますね。
 そしてまた、その次の質問と関連してくると思いますけれども、共存的競争なるものも、一言で言えば広域圏で連携を組めないかというようなことなんです。
 だから、私ども北杜市は八ケ岳山麓なんですけれども、この間も菅原文太さんが仲人をしてくれて、佐久地方の高原野菜と北杜市が組んで有機質の高原野菜ブランドは作れぬかとか、観光庁が進めている広域観光圏にしても、私どもは長野県の富士見町や原村と一緒に組んで八ケ岳広域観光圏を位置付けて頑張っていますけれども、そういう意味の共存的、ある面でいうならば妥協なく競争すると、客引きやらね。余り難しく考えているわけじゃないですけれども、あえて言えば共存的競争というのはそんなふうな位置付けをしていただければ有り難く思います。広くは、先ほど来から言っているとおり、連携、ネットワーク、こういうことが非常に大切だということで御理解していただければと思います。
#25
○岩井茂樹君 ありがとうございます。
#26
○参考人(戸辺文博君) 言葉としては自助、共助というような言葉は使わなかったんですが、なるべく自助といいますか、自ら公共に頼らずにプロジェクトは展開しています。補助金も永山ハウスは入っていません。みんな集まった人たちが今までの住宅を処分して、一戸建てを処分して、駅に近いということもあるし、みんなで一緒にコミュニティーづくりというか、高齢者でも寂しくなく暮らせるということに気に入ってわざわざ遠いところからも、マスコミ、新聞に出たこともあって、多摩市以外からも来ていただいています。
 それで、その中で、我々も本当はうまく公共の支援もやりたいんですけれども、その前、今こういう財政事情ですから、なるべく自分たちが動いて、つなげて、何か生み出す中で、何か補助金に頼るわけじゃなくて事業というのが展開できればと思います。
 言われますよね、高齢者はお金を持っていないわけじゃないわけですよね。安心だとかそういうことがあれば、そこに対して思いっ切り出すと。永山ハウスなんかはもう何千万というお金が、みんな分譲ですから、形でなっています。
 それで、その結果、一階が、一階はなぜ全部住宅じゃないかというと、元々近隣センターの用地だったんですけれども、時代が変わってそういうものってそんなに要らなくなって、ややまだ開発されていないところを我々が開拓したといいますか、探して、ここに住宅と施設が建つようなものができないかと。場所としてもちょうどそういう要のところではあったので、そういう形にしました。
 ただ、都市計画的には一階は住宅建てられないような、元々そうだったのでそれを踏襲しながら、それを地域のためとそれから居住者のために使うと。だから、半分はお店にして、レストランとあとクリニックが入っています。それで、在宅の今介護というか、そういうことを志向しているお医者さんを引っ張ってきてテナントで入っている。その辺は地域の人たちのネットワークを我々も使いながらその誘致しています。
 それから残った、そうですね、一階が三百平米近くあるんですけれども、お店で百何十平米あって、残りが集会所と、それから玄関のところにだだっ広いというかかなり広い、何でも使えるような、まあもったいないといえばもったいないですが、そういう空間があります。それがやっぱり全体の事業費なんかの一割ぐらいお金掛けているんですが、確かにそれなくなればもっと安くなるんですが、やっぱりそういうものは、設計上も必要だったということもあるんですけれども、何とか皆さんに出してもらって、それが今、何といいますか、無駄なところが一部あった方がこれから使いこなせるんですね。全部そういう余地がないと、何かするにも何もできないんです。玄関に広いところありますから、集会所ありますけれども、もっと広く、パーティーやるときはそこも使って百人近い人ができる、二十三戸のちっちゃいものでもそんな形になっています。
 だから、いろんな可能性をまだ秘めているものだとは思いますし、人がどんどん入れ替わっていくことも考えられますから、いつまでもそういう多世代の居住が継続できるような形になればなと思う。最初から住んでいる人がそういう気持ちを次の世代に伝承していくような形ができればいいかと思います。本当はこれからの成熟社会ではこのようなきめ細かい住宅づくり、もっともっと広がった方がいいんじゃないかと思っています。
#27
○参考人(関根千佳君) 質問ありがとうございます。
 現状で何が変わったらもっと良くなるんだろうという、ユニバーサルデザインについてと、そういう御質問だと思うんですけれども、一つはやはり法整備ですね。
 残念ながら、日本の例えばバリアフリー新法だって、あれ、二千平米以下は努力規定でしかない。それは諸外国のレベルから考えるとあり得ないという状況なんです。だからこそ、先ほど最後のページでお伝えしたような、新しく旅館をせっかくだからベビーカーも通れるようにしたいんだけどというような要望が却下、補助金は下りませんという冷たい返事になってしまう。これは県に聞いたら、いや、国の方針のようですと言われるし、国交省に電話をしても、いや、それはどこの課か分かりませんというふうに随分たらい回しになっちゃったんですね。これも言ってみればアメリカのそういったADA法のような、一九九〇年にできたような法律が全くないことからくる残念な状態かなと思います。
 先ほどのリハビリテーション法五〇八条もある意味では海外の企業にとってはこれが、まあ言い直しましょう、日本の国際企業にとってはこれが非関税障壁になっちゃっているんですよ。なぜなら、ほかの国は、例えばキヤノンとかリコーとかのコピーを買うときにこの五〇八条が適用されるがゆえにUDのもの以外は彼らは絶対買わないわけですね。言ってみれば入札にも応じることができない。ということは、日本の国際競争力を大変阻害してしまうことになります。
 今ではiPadやキンドルとかああいった様々なIT機器出てきましたよね。あれは大変シニアに使いやすいものが海外からどんどん出てきている。今やあのアマゾンのキンドルという商品は六割が高齢者が使っているんですね。拡大することもできる、非常に美しい音声読み上げの機能が付いているがゆえに、高齢者は、ああ、これで年を取っても本が読めると思って電子書籍を買うわけです。
 言ってみれば、大変大きな市場がこの高齢社会によって生まれているにもかかわらず、日本はこのリハ法五〇八条のようなものがないがゆえに日本の産業界がそちらに目を向ける機会を奪っているとも言えるわけですね。それを考えると、やはり私はこのエリアではせめてほかの国がやっているようなレベルの法整備をすることが日本では喫緊の課題ではないかと思います。
 今、日本の情報産業が、テレビ、ラジオを始めとしてどんどんいろんなところでほかの国、例えば韓国とかに負けていっていますよね。ここにも一つこの問題がある。世界の高齢化に対処していない商品を売り出しても、この高齢社会の中で売れるわけがない。そのことを理解して是非この分野に、最低限これ高齢者に使えるのということを売る側も買う側もチェックするような機能というものを付けていただきたいなと思います。よろしくお願いします。
#28
○会長(直嶋正行君) 横山信一君。
#29
○横山信一君 公明党の横山信一でございます。
 それでは、一問ずつ質問をさせていただきたいと思います。
 最初に、白倉市長ですけれども、市長にお願いしたいんですが、大変に理念と実践が伴っていらっしゃって、すばらしい市政を運営されているということに感銘をいたしました。
 そこで、少しちょっと具体的なお話を伺いたいと思うんですが、財政の健全化のところで、痛みも伴うが職員にも自信が出るということで、これはやはり職員が自信が出るというからには職員自身のかかわりもかなりあったんだろうと思うんですが、そうした取組があればまずお聞きしたいと思います。
#30
○参考人(白倉政司君) 先ほど来から言っているとおり、やっぱり合併というのは財政の健全化をしろというのが最大使命だと私なりに思っていました。職員にも訴えてきました。そういう意味で、月並みな言葉で言えば無駄を省いたり、さっきの言葉で言うならば人事の硬直を防ぐ。そういう意味で結構荒っぽく、今でも職員に頭が下がりますよ、五十八歳で辞めてくださいは。そんなこんなの成果だとは思っています。
 もう一つ、勝手な表現ですけれども、経済対策の地域活性化、いろいろな交付金がありましたね、七つ、八つと。あれも大変国の御配慮をいただいて大変たくさんいただいたというのも、財政健全化の上においては大変役立ったと思っております。でも、決して喜んでいるわけじゃありません。合併して十年たつと、毎年、北杜市の例でいうと、今は正直百十億以上交付金もらっているんですけれども、十年目から十五年目にかけては三十億、いや、三十五億円くらい交付税が減るぞというのが現実になっていますから非常に大変なんですけれども。
 くどくなりましたけれども、公共事業を削減したり、そしてまた、いいと思ってもやれないことはたくさん出ています。極めて、さっき言った人口構成を重ねたときに、将来の行政施策も重ねて見たときに、できない事業がたくさんあります。そういう本音、あるいはまた将来に責任を持つかじ取りというのがこういう数字に表れているんだというふうに思っています。
#31
○横山信一君 もう一問、白倉市長にお伺いしたいんですけれども、連携のことでございます。
 これも積極的に様々な連携をされているということで、産学官、農工商ということで、そういったことをされた上でのお話だったと思うんですが、財政の硬直化、それから限界があるという、その具体的なこうした太陽熱発電とか、こうした取組の中で、そうした取組があったからこそ出てくる言葉だと思うんですけれども、具体的にどうしたところに限界を感じられたのかというところも含めてお話をいただければと思います。
#32
○参考人(白倉政司君) どういうところに限界を感じたか。
#33
○横山信一君 農商工連携、それから産学官連携、実際に今、北杜市で取り組んでおられて、そういう中で限界を感じられたから市長がお話しされたのかなと思ったものですから。
#34
○参考人(白倉政司君) ちょっと私の答弁が先生の意にこたえられるかどうか分かりませんけれども、御質問に的を射て答えているかどうか知りませんけれども、一言で言うと、結構連携するといろいろな知恵が出て、そしてまた市民の刺激になって、やる気になってといういい循環を今、北杜市は迎えていることは確かだと思います。
 じゃ、限界というお話がありましたですけれども、限界的には、地方でできることは地方でという一つの国の流れがありました。でも、地方でできないのをどうしてくれるかという議論がもう少し必要ではなかったかなというふうに私ども地方の立場からすれば感じます。
 その典型的が、少子化の中でいうならば、産科医やら小児科医が一人もいないという現実です。山梨県には失礼ながら三区に一人もいないんですよ、産科医、小児科医が。多分、先生方のふるさとの中にもかなりそういう意味があると思います。そういう意味の連携をしながらも、地域づくりをしていく上においても限界感を覚えます。だから、答えかどうか知りませんが、是非ひとつ、地方でできることは地方でもいいけれども、地方でできないのをどうしてくれるかという議論も国で考えていただけると大変有り難いと思っています。答えになったかどうか分かりませんが。
#35
○横山信一君 ありがとうございます。
 続いて、戸辺参考人にお伺いしたいんですけれども、コミュニティービジネスのことについてですが、非常に大変に積極的な取組をされてそれがうまくいっているという、そういう事例を御紹介いただきました。コミュニティービジネスそのものの、実際にされてみて、この将来性というか、について何かお考えがあればお伺いしたいと思うんです。
   〔会長退席、理事中谷智司君着席〕
 それともう一つ、済みません、併せてお伺いしたいんですが、私もこのDANCHIルネサンス、非常に興味深くお話を伺いましてもっと聞きたかったなという思いもあるんですけれども、ここで紹介されている南側のエレベーター設置とか二戸一とか、これ以外に更に特徴があれば、付け加えることがあればお伺いしたいと思います。
#36
○参考人(戸辺文博君) では二つですね。
 コミュニティービジネスということなんですけど、NPOを立ち上げたときには、困助は立ち上げたときからやったんですが、最初は鍵の取替えだとか、結構そういうものを含めて数をこなせば、大量購入をしたりすればビジネスに成り立つかなと思ったんですけれども、現実は、私もまだ、半ばまだ現業という仕事を持ちながら時間を生み出してやっているんですけど、とてもビジネスにはまだ至っていません。ただ、そうですね、ビジネスに成り立つんだったらいわゆる民間事業者がやっちゃうので、今の段階は割り切って、地域のつながりのきっかけになるということで割り切るしかないかなと思っています。そうですね、時間が千円だから来るんですけど、じゃ二千円、三千円になったら多分業者の方に行ってしまうと。だから、もうけることがあれじゃなくて、我々もそういうことだけやるんじゃなくて、それをきっかけにもう少しまちづくりにつなげるような形になっていくと、それも含めてビジネスで将来を考えられないかなと。
 今はビジネスになっているか分かりませんけど、分譲住宅の団地のいろんなお困りごとといいますか、例えば団地全体を建て替えるとはいかないけど少し大規模にリニューアルするだとか、そういうことも含めて都市計画にかかわることだったら、我々専門家ですから、そういうことを含めて相談をして、地域で仕事をできると理想的です。ただ現実的には、そういうところ、管理組合、いわゆる会社じゃない民間さんから何か契約を結んでやるというようなところまでは至っていません。
 例外的に、ちょっともう公にされているので、諏訪二丁目団地という、建て替えが行われ、今はもう着工になっていますけど、そのときに、ディベロッパーを決めるところを地域の専門家が公平に選んでくださいということで、私ども、事業として学識者も入れた委員会で選ばせていただいて、それの結果として今うまくいっているんだと思う。そういう、それも一つ、管理組合と契約結んでやりましたけど、そんなことが多く我々に役割が回ってくれば、そういうのが認知されれば、そういうのも含めてできるんじゃないかと思います。
   〔理事中谷智司君退席、会長着席〕
 それから、DANCHIルネサンス、一応概要としての特徴はあそこでお話ししましたけれども、そうですね、大分改造するので、賃貸住宅というのが造られたままで何もいじりにくいという状況だと、やっぱり愛着心も湧きませんし、定住性も図れないので、あの提案では、二戸一にする部分も含めて、それから高齢者の住まいも含めて、中は自分たちがお金を出して自由に改造すると。その代わり、十年、十五年ぐらいはしっかり住んでもらって、それで世代が替わったら隣に移るとか、住み替えも可能なような仕組みを提案して、それを自分たちがお金出して、スケルトンの部分は公共の家賃で払いますけど、そこは自分たちでやったらどうかという提案も、今日は省略していますけど、資料では提案しています。
 そういう事業的な側面も含めて評価されたと思っています。是非、そういうようなものは、本当はどこかで本気で実現したいと思っています。
#37
○会長(直嶋正行君) よろしいですか。
#38
○横山信一君 はい。
#39
○会長(直嶋正行君) 上野ひろし君。
#40
○上野ひろし君 上野ひろしでございます。三人の先生方、大変興味深いお話をありがとうございました。
 お一方ずつお伺いをしていきたいと思うんですけれども、まず戸辺参考人にお伺いをしたいと思います。
 私も今のDANCHIルネサンスの御提案を、非常に興味深く聞かせていただきました。多摩ニュータウンだけではなくて、こういう取組はうまくいけば全国の団地で本当にいろんな可能性がある、いい取組なのではないかなと思います。
 御提案は、なかなか実施をされなかったということだと思うんですけれども、新築とか建て替えまで行かなくても、リフォームをすることで団地を再生していくというのは非常に魅力的な取組だと思うんですね。例えば、公的支援を受けながら民間が主導でやっていってもいいような話ではないかと思いますし、こういった取組がなかなか進んでいかない原因といいますか、どういったところに要因があるのか、是非そういったことも含めて進めていきたいと思うんですけれども、その辺りの戸辺参考人のお考えをお伺いしたいと思います。
#41
○参考人(戸辺文博君) 団地といっても、分譲と賃貸、両方あって、大分、分譲の方は管理組合とお話合いを進めればいいんですが、我々もそこまでまだ食い込めていない。いろいろ相談は来ていますけれども、これからそういうことを進めて、先ほど紹介した外断熱も含めて、併せて内装を高齢者に、ユニバーサルデザインなんかの要素も入れながらやっていくと。
 結構、タウンハウスなんかは、一戸建てと同じで二階建てになっていて、それから三階建てになっているのもあるんです。結構そういうものなんかも改造というのは潜在的にはありますし、仲間は、何といいますか、本当に動けない、車椅子状態になったときでも何とかできるユニバーサルデザインなんかも取り入れながらというような取組まで始めています。
 それから、賃貸住宅は、やっぱりURと都営住宅という、大家さんがでかいんですよね。地域の隅々まで、怒られるかもしれませんけれども、全然目が行き届いていないんです。そういうものを本来は私はそこにある自治体がちゃんと逃げないで住宅政策に本格的に取り組むべきだと思っていますけれども、そういう住宅の管理をしたことのない自治体だと人材が足りないでしょうから、是非、地域にいる人たちを活用しながら、本当に地域の力を使いながら、地域の人が地域の人を面倒見るような形で、財政を、いきなり補助金だとかというんじゃなくても、多少の支援は必要かと思いますけれども、そういうのを使いながら、共助ですか、そういう形でやっていけば展望が見えてくると思います。
 今までの事業方式だったら採算は合わないです。家賃も高くなかなか上げられないでしょうし。そういうものを、住まい手もお金を負担してもいいかなという仕組みを取り入れながら、自分の中を自分なりの改造でできるとか、何といいますか、自然の素材を使った住まいにしたいなんというニーズもありますし、そんなものを取り入れながらきめ細かくやっていけばかなり展望が見えてくるんじゃないかなと思っています。
#42
○上野ひろし君 次に、白倉参考人にお伺いしたいと思うんですけれども、少子高齢化始めいろんな環境の変化がある中で、地域のネットワークの維持でありますとか強化というのは大変大事なんだと思います。お話の中でも共助という言葉がありまして、身近な共同体という御説明があったと思うんですけれども、具体的にどういうイメージを持っておられるのか。また、こういう環境の変化の中でどうやって地域のネットワークを維持していくか、強化をしていくか。そういった取組を北杜市で例えばどうやられているのか。また、今後の展望といいますか、どういうやり方でやっていったらいいのかということについての御意見をお伺いしたいと思います。
#43
○参考人(白倉政司君) 先生方も同じ認識だと思いますけれども、超少子高齢化社会への力強いスタンスを取るということは大変大きな課題になっているわけです。そういう中で、北杜市にしてみれば、地方にしてみれば、少子化が更に残念ながら進むであろうという現実を肌身で感じています。
 でも、ちょっと明るい材料として、何となくここ、去年、今年と少子化が止まって、北杜市だけでいうならば、たとえ五%でも八%でも少子化に歯止めが掛かったのかなという、数字的な統計では感じます。
 でも、私がその典型なんですけれども、団塊の世代の人間が続々と今度は、十年、十五年後は医療といわず福祉サービスを受けなきゃならないという層がいっぱい生きているわけですから、くどくなりますけれども、この超少子高齢化社会へのスタンスをどう取るかということになるわけです。
 でも、幸いに、さっき私も冒頭言いましたとおり、結構、団塊の世代が、働けるうちは働きたいよという層が、多分皆さんも肌身で感じると思います。だから、この人たちの職を、働く場所をどう位置付けるかということが大切、重要。
 でも、失礼ながら、都会はなかなかそういう場所はないと思うんですけれども、私どもは、逆に言えば農業後継者にも悩んでいるぞ、荒廃農地もあるぞという中にあって、さっき言ったとおり、森林に心を寄せたり、農が基幹産業である我が北杜市でありますので、そういう農、林に対して、働けるうちは働きたいというシルバーの活用をどうやって生かしていくかということが非常に大切だと思います。広域圏ではシルバー人材センターを積極的に活用していく予定であります。
 何しろ、六十歳でリタイアしろとか六十五歳で辞めろとかという時代じゃないと思いますので、くどくなりましたが、働けるうちは働いてもらうということが非常に大切であると思います。そうでなかったならば、人口構成見てもピラミッド見てももちませんよね、そんな思いでスタンスを取っていきたいと思っています。
#44
○上野ひろし君 ありがとうございます。
 最後に、関根参考人にお伺いしたいと思います。
 ユニバーサルデザインという考え方、取組がなかなか進んでいかないというお話がありました。日本は今努力義務なので強制すべきだというお話もあったと思うんですけれども、一方で、ユニバーサルデザインという言葉は知っていても、例えば今御説明いただいたようなユニバーサルデザインを取り入れることの効果というのはなかなか今の日本の中で理解をされていなかったり、そもそもどうやったらいいのかというやり方自体が分からないというケースもたくさんあるのではないかと思うんですね。そういう意味で、強制するというところに至るまでの、間をつなぐ取組というのがまずは大事なのではないかと思うんですけれども、その辺りについてのお考えと、あと日本でどういう取組状況にあるのかといったことをお伺いをしたいと思います。
#45
○参考人(関根千佳君) ありがとうございます。
 おっしゃるとおりで、本当にあしたから強制法規を作ってそれでうまくいくものでもないと思うんですね。様々な取組が行われるべきだと思います。例えば、トヨタさんや三菱電機やそういった企業さん、TOTOさん、ああいったところの中では、やはり高齢者や障害者や妊産婦、子供たちをお客様であるととらえ、その人たちが年齢が上がっても弊社の製品を使ってもらえるようにということで、デザインセンターの中ではユニバーサルデザインの教育というのをずっとやっていらっしゃいます。ですから、一番大事なのはやはり教育ではないかと思うんですね。
 本当に、今、白倉さんや戸辺さんも言っていらっしゃいますけれども、これから一番大切なのは、もしかすると、この団塊の世代を含めた日本全体の中での生涯教育、これを完全に見直すことではないかというふうに私は考えます。
 OECD各国の中では、二十五歳以上の人々が大学で学ぶ率は二一%、国によっては二五%、アイスランドなんかではたしか三四%ぐらいだと思うんですね。残念ながら日本ではたったの二%でございます。ですから、私たちは一度大学を出てしまったらその後もう学ぶという機会をほとんど持ちません。人間が高齢になるとどうなるのか、例えば、高齢者を含むユニバーサルデザインのものづくりやまちづくり、政策をどうやってつくっていったらいいのか、そういうことを考える場を私たちは全く持たないままこの超高齢社会に突入しようとしている。
 ですから、先ほども白倉さん言っていらっしゃったとおり、もう一度元気な高齢者、高齢世代がきちんとユニバーサルデザインを理解して、自分の町をUDで見直そうよ、子育てのしやすい町にするにはどうしたらいいんだろうというふうに市民が考える。戸辺さんのところの永山ハウス、コーポラティブハウスですね、今コーポラティブハウスとかコレクティブハウスとかいろんなタイプのものが出てきていますけれども、それを含めてどんな形の暮らし方をしたら一体市民が幸せになれるのかということを学ぶ場をもっともっと地域につくっていく、それによって市民の側の意識が変わることにより、ようやく日本全体の考え方が変わっていくと思うんですね。
 ですから、時間は掛かると思いますけれども、私は、子供も含めて一番大事なのは大人、それも団塊世代が自分たちの高齢社会を二十年間どうやっていくんだということを理解する中でユニバーサルデザインを進めていただくのが最も、遠回りなようで早いと思っております。
 以上です。
#46
○会長(直嶋正行君) では、福島みずほ君。
#47
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。今日は三人の参考人、本当にありがとうございます。
 まず初めに、戸辺参考人にお聞きをいたします。
 永山ハウスの試みは本当に興味深いものでした。私もCOCO湘南台やかんかん森やいろんなコレクティブハウスに見学に行って、どういう形がこれからの高齢社会でいいのかというのは思っていますので、大変興味深いです。
 率直にお聞きしますが、やっぱりみんなが気持ちよく暮らしたり、オープンスペースをどう使うかとか、結構運営って大変じゃないかと思うんですね。私もマンションに暮らしていて、管理組合の会議とかも結構建て替えも含めて大変ということを何度も経験しているので、運営に関しての工夫や問題点、あるいはそういうことをやっていて、やっぱりお金が掛かるとか費用が掛かるとか、NGOとして大変だとかいうのがあれば率直にその辺の悩みをお聞かせください。
 また、永山ハウスみたいなものをもっともっと広げていくという計画はおありなのかということについてもお聞かせください。
 また、間取りの変更は大変示唆的というか面白いと思うんですが、実際は共有物のマンションの改築や修繕っていろんな法律やあるいは運営の自治会の協議によってもかなり左右されるので、その辺の苦労や展望などについてもお聞かせください。
#48
○参考人(戸辺文博君) 今運営段階なんですけれども、実は建設段階が長かったので、そこで随分、月に一回集めて勉強会というか住まいの勉強をやりながら、それで二十三戸なので集めるのに随分掛かったんです。だから、もう絶えず地域にビラを配ったりしながら、そのコミュニティーづくりと並行して人集めをやってやりました。
 ただ、その運営の段階で、我々も手伝いましたけれども、計画の話合いの段階から参加者で特に若い世代も集まってきました。その人たちに世話人になってもらって、一緒にどうするかというのを考える機会を設けたことが割合と結果としてうまくいったのかと思います。
 今、管理段階は、たまたま私どもNPOの仲間が事務所を持っていますので、そこの仲間が昼間は管理人も兼ねて仕事をしながら面倒を見ています。ずっとということではないですけれども、そういう形で今はフォローしています。まだ三年目になっていますけれども、だんだん自分たちで自主的にできるようにというようなことで育ってきているのではないかと思っています。
 それから、間取りの変更については、分譲住宅は中は届けさえ出せばいいわけですけれども、共有物の変更というのは管理組合でいろいろ決めなきゃいけないので、それはなかなか難しいです。あくまで合意形成なので、それはソフトな話が非常にうまくいっていないといかないと思います。
 永山ハウスの場合はたまたま今度は多摩市の太陽光発電の補助金を入れたいということで手を挙げていまして、少し顔と名前、あれが一致していますので、更に改善するような、運営段階でもいろんなことを居住者の発意でやっているということですね。
 あと賃貸住宅はやっぱり大家さんが多いので、そこのところとうまく連携するという道がまだできていなくて、やっぱりそこはこれからの課題だし、何回も言っていますけれども、地域のもう少し公的なセクターといいますか、半公的なセクターがそれを一部担うような形に変わっていけば、もう少し下にケア付きのものを入れたりと、もっと柔軟に地域のニーズに合わせたものができるし、サービスする人もそういう人が、地域の人がかかわっていって、お互いの地域の助け合いというのがもっときめ細かくできてくるかと思います。
 特に都営住宅は高齢者ばかりなので、是非若者を、歩いてもいいから、五階、最上階は若い人に住んでもらう、それは家賃も特別、ちょっと面倒を見て、それを配慮して別のお金を入れてでもいいから、そういう形ですれば、多分上から空いてくると思いますし、エレベーターを付けるのはすごくお金が掛かりますから、場合によったら階段があった方が元気だという話もあるんです。多摩ニュータウンの高齢者は元気だそうです、ふだんから鍛えているので。まあ、本当に動けなくなっちゃったら駄目ですけれども、そういう何でもかんでもエレベーターでカバーすればいいという問題じゃないと私は思っています。
 そういうのをうまく使い分けながら、今あるストックと、それからこれからの新しく造るストックも今までのストックとうまく循環させて活用しながらという形でやっていけば、少ない投資で多くの効果が得られると思います。住まいの循環というのは、そういうコンセプトの下に考えたものでございます。今後もそれはいろんな応用をさせていきたいと思っています。
#49
○福島みずほ君 白倉参考人にお聞きをいたします。
 いろんな取組をされていらして、とりわけ、先ほどもちょっとおっしゃっていただいたんですが、自然エネルギーに関してかなり早い段階から積極的に取り組んでいらして、スクール・ニューディール事業だとか農水省のプロジェクト支援交付金だとかいろいろやっていらっしゃいます。これ、現在どれぐらいの電力を全部で例えば今つくっていらして、将来これをもっとこう増やしたいとか、その辺をお聞かせください。
#50
○参考人(白倉政司君) 思いはさっき私が言ったとおりです。だから、私は私の家にも、偉そうに言うと、自ら十三年ぐらい前に太陽光発電パネルを並べました。
 まず、太陽光発電については、国事業のは、ちょっと専門的になりますけど、二メガですけれども、おおむね、そうですね、二百五十万キロワットアワーくらいの出力になるのかもしれません。そうすると、それが二メガですから、スクール・ニューディールは一メガですから、おおむねその半分くらいということになります。
 そして、ちょっと農林省からは怒られましたが、率先、農業用水路を活用して、そしてミニ水力発電を造らせていただきました。これは年間出力が二百三十万キロワットアワーくらいです。だから、太陽光発電パネルよりもちょっと少ないくらいです。専門的になりますけれども、太陽光発電パネルの方は二メガで、国事業ですから細かくは分かりませんが、ハードの部門で十七、八億円くらい出ましたが、ミニ水力発電の方は、やっぱりまだ水力発電は効果高いと思いますよ、二百三十万キロワットアワーの出力で投資資本は四億三千万円ぐらいです。ですから、まだまだ太陽光は投資効果的には厳しいとは思っています。
 そして、さっき連携で丸紅さんともと言いましたが、丸紅さんが私どもの農業用水路を前後して三つのミニ水力発電をやって、市営の倍くらいの出力の水力発電をやっています。トータル幾らかはちょっとそろばんはじかなきゃ分かりませんけれども、何はともあれ、クリーンエネルギーのトップランナーを目指そうということで、水力発電を利用したり、太陽光発電パネルを特に重点的にやっていますけれども、そうしなければ先が見えないという思いで頑張っています。
#51
○福島みずほ君 関根参考人にお聞きをします。
 震災後の参加、ユニバーサルサービスのまちづくりというのはさっき答えていただいたんですが、資料の中に震災と障害者のことがあるので、一言、今回の震災と障害者の問題点についてお聞かせください。
#52
○参考人(関根千佳君) 本当に今回、避難所で障害者を見かけない、どこに行ってもいない。本当に僅かなところに、例えば脳性麻痺の女の子がいて、その子はコミュニティーごとそこに移住しちゃったケースなんですね。例えばADHD、発達障害の子供たちが避難所の中で大きな声を上げて、うるさいと言われて翌日出ていってしまったという話も聞きました。認知症の親御さんを抱えた方々は初めから避難所に行くことを諦めたというケースも伺っています。
 ですから、まずは地域の中で障害に対する理解が進んでいたところはうまくいっているし、その御近所の人たちと一緒に動けたときには良かったんですけれども、そうでなくて、ばらばらに動いてしまったケースというのがあるんですね。
 それから、こんなこともありました。
 仮設住宅には一番最初はニーズの重い方から入れるということで、障害を持つ人や高齢者から入れたんですけれども、その仮設こそ非常に地理的には不利な場所に建てられてしまったんですね。とても勾配があったりして、もうとても町の中に行けないような高いところにあったりする。
 徐々にユニバーサルデザインが必要だよねという話になっていって、後からできた仮設の方がとっても平たんな場所にできていたりするんですけれども、そこにもう後から移れない。高齢者や障害者の方から先に仮設に入ったがゆえに、その人たちが地域のコミュニティーと切り離されてそこに行ってしまった、そういった課題というものがとても大きかったというふうに伺っています。
#53
○福島みずほ君 どうも、三人の方、ありがとうございました。
#54
○会長(直嶋正行君) 金子恵美君。
#55
○金子恵美君 金子恵美でございます。よろしくお願いいたします。
 それぞれの参考人の皆様から本当に大変参考になる御意見等をいただきました。
 そもそもは、この日本という国には共同体があったと、そして村では相互扶助があり、そして家の中では介護の機能やあるいは子育て機能もあったということですが、それが徐々になくなり、そしてまた地域でも本当につながりが希薄になっているということですので、それを新しい今度は地域社会にしていくにはどうしていくかということだと思います。今回のこの震災というところから一歩も二歩も踏み出した形ですばらしいコミュニティーづくりができればいいんだろうということで参考にさせていただきました。
 私、実は福島県で、今まさに被災地で闘いをしているところではありますけれども、やはり共に生きていこうねというその強い思いを持たなくてはいけないということだと思っております。今回のこの発災ということから学んだこと大変多く、本当に県民も頑張っているところです。その中で、やっぱりいろんな御意見を交換させていただく中で、人を育てるということ、意識を高めていくということ、とても重要だと思いました。
 それで、白倉参考人からも、地域の中でのいろいろな取組というものを、今もありましたけれども、食と農や環境とエネルギー等も含めてありました。しかし、これはそれぞれのすばらしい政策的なところも上手に使っていただいているという様子は見えているのですが、実際に、例えば今年は食と農の杜づくり条例を作っていきます、制定していきますということもありますが、これは、例えばそれを制定した後もやはり人づくりということも含めて進めていかなくてはいけないと思います。また、環境とエネルギーについても、このエネルギー政策あるいは太陽光についての理解を深めるということも含めて、やっぱり人づくりなんだと思いますが、その辺について、まずは白倉参考人からお伺いできればというふうに思います。
 続けて質問させていただきます。
 戸辺参考人も、同じことなんですが、多摩ニュータウン、やはり団地というと人のつながり希薄だろうなというイメージがあるんですが、それを乗り越えるという取組をまさにしていただいているということで、困助というのも、お互いさまなんだよ、お互いに助け合おうよという、そういう部分を示していただいているんですが、やはり人の心をどうやって、そうやってお互いさまであるということを理解していただけるかというような取組が必要なんではないかと思います。教えていただきたいと思います。
 そして、関根参考人ですが、ユニバーサルデザインの本当に根本のところですが、まずはバリアフリーという考え方は障壁を取り除くということでしたので、今度はもう設計の段階、あるいは何かをつくり出す段階からもう本当に壁のないものをつくっていくということなんですが、それは恐らく物理的な環境整備と、それから法的な環境整備と、そして私は最も重要なものがやはり精神的な、心理的な環境整備だと思います。やはり、同じように、どうやったら意識を高めていくか、人づくりをしていくかということだと思いますので、教えていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
#56
○参考人(白倉政司君) 日本の共同体というお言葉の中で御質問もいただいたんですけれども、ちょっと私事になりますけれども、私も私なりに福島の知事やら、茨城の知事やら、滝桜の三春の町長さんやら等とも連携取っているつもりですけれども、いろんな意味で共同体は日本の美しさでもあるし、これからの大きな課題だと思うからこたえていかなきゃならないと思っております。
 これも恩がましく言うわけじゃありませんけれども、そうですね、災害時、去年の今ごろ、去年の今ごろということはない、去年の五月、六月ごろは、北杜市にも東北関連で二百人ぐらい来ていたような気がします。私どもなりに連携あるいはきずな感でこたえたつもりですけれども、今度、食と農の杜づくり課をつくっても、これは基本的には地産地消、食育という問題がありますけれども、参考までに、国も食料自給率を高めようとしていますけど、TPPの関連もあるからいろんな課題はあるでしょう。北杜市だけで限っていうと、うちも地産地消は学校給食でいえば、参考までに、四二、三%くらいが、重量ベースで四二、三%、これを何とか五〇%にしようというのも、実践的なこの条例の中に入っていく予定であります。
 御指摘のとおり、アドバルーンだけでは意味がないと思いますので、それをさっきあちらの先生が、北杜市、理念と実践が重なっていて頑張っているねと有り難いお言葉いただきましたけれども、文字どおりアドバルーン、理念、条例等と現場がイコールになれるように頑張りたいと思っています。
#57
○参考人(戸辺文博君) 困助などの人のつながりの話だと思いますけど、余り適切なお答えになるかどうか分かりませんが、集合住宅というのは、やっぱり囲まれて、ドアの中は全然何をしているのか分からないという状態で、これは、私も含めて集合住宅を造ってきた者の多少物づくりの反省というのもちょっと自分では思っています。そういうことをカバーする意味で、永山ハウスみたいに、誰でもが来れる個室以外の共用空間をやっぱり豊かに取るということが必要かなと思って、そういう造り方にも心掛けたつもりです。
 ただ、もう既にできてしまっているところというのはなかなかつながりをできる場がつながりにくいので、先ほど紹介しました地域で我々が借りたスペースなんかで、毎日というわけじゃないんですけど、うちのメンバーがそこにいて通りすがりの人に声を掛けたりということをやって、少しずつそういう困助の依頼なんかも増えています。
 そこで重要なのが、私は男性メンバーですけど、NPOに女性のメンバーがおりまして、かなりその女性のメンバーが地域の女性と、女性同士のつながりがやっぱり地域の中では男性にかなわないというか、それはすばらしいことで、結構そういうルートで広がりをしています。
 管理組合はどっちかというと男性の社会で、それがなかなか合意が難しいので、本当はそういう管理組合なんかの組織にももう少しそういう女性の声とかが反映すると生活に密着したものになって、割合といい関係になるんですけど、管理組合の中は規則、規約がどうだとか、ついそういうことになっちゃうので、これからもう少しその辺も活性化するといいなと思っています。ただ、高齢化していまして、管理組合、なかなかちょっと逆の面ですごく意見が協調できないような話も聞いています。
 そういう意味で、我々地域の専門家がそういう管理組合のその運営に、管理会社がどこかの中央の管理会社が来るんじゃなくて、我々のような地域にいる専門家をうまく活用していただいてその辺のコミュニケーションを円滑にするとか、そういうことをしたらいいかと思います。
 紹介のあった諏訪の建て替えなんかでも、実はまちづくりデザイン会議というのを建て替えに合わせて我々が事務局でやったんですが、その成果で、建て替え後に地域のNPOが入った場の提供だとかそういうことを管理組合の方で設計に反映していただきまして、建て替えしたときに、そこの団地だけじゃなくて周辺も含めて、今までは単に建物が並んで何もなかったんですが、開かれた空間なり施設なり、それから人が通り抜けるような場も造っています。高い物が建っちゃうんですけど、それはちょっとある程度事業的にやむを得ないところがありますけど、地域にも開かれた空間づくりも併せて実現していまして、ちょっとそれにも関与させていただきましたので、これからそういう地域目線で、できる範囲で、そういうミッションがあればできるだけ関与していきたいと思っています。
 なかなかお答えになっていないかもしれませんけど。
#58
○参考人(関根千佳君) 福島からいらしているんですね。よろしくお願いします。
 心理的な環境整備という御質問だったと思うんですけれども、やはり私は人に対する考え方を変えていくことだと思うんですね。これまで私たちの世の中というのは、いわゆる人間工学的に言うとミスターアベレージといって、十八歳の健康な男性を中心に、ドアの大きさも、ドアノブの曲げる力も、全てがそれを中心になってきた。でも、世の中には子供もいれば、女性もいれば、お年寄りもいれば、いろんな人たちがいる。左利きの人も右利きの人もいる。その人々を含めて世の中を考えていこうというのがユニバーサルデザインだと思うんですね。
 ですから、これまでの日本の福祉政策の中では、高齢者や障害者をどうしても弱者として扱ってきました。皆さんたちの中でも、つい高齢者対策という言葉を使われるかもしれませんが、あれは高齢者にとって失礼です。私たちは台風でもなければ地震でもありません、対策と言わないでほしい。その部分から変えていく必要があるんじゃないかと思うんですね。さっきのヤマハのPASのように高齢者に合わせて作られた商品は、例えば女子高校生にとっても、わあ、これは坂が上りやすくて便利というふうに、若い人にとってもとても使いやすいケースがある。
 ユニバーサルデザインは、言わば一番ニーズが重い人のことを考えて町やものをつくることによって、もう少しニーズが軽い人をハッピーにすることができる、そういう政策なんですね。そういうふうに私たちの視点を、強い男性を中心にしたものから、そうではなくて、町の中には当然、子供連れもいれば高齢者もいる、それが当たり前じゃないかという、まあ皆さんたちの中で社会包摂って書かれていますけど、いわゆるソーシャルインクルージョンというものが全ての町の中に広まっていくような感覚になれば、企業も行政もそうやって多様な人が当たり前にいるんだよというふうになってくれば随分変わるんじゃないかと思います。
 高齢者は全て我々の先輩です。そして、高齢になればみんなどこか障害を持つ。ということは、今障害を持っている人々は高齢者を含む我々全部の大先輩なんですよね。そう思って、彼らが使いやすい町やものというのはほかの人も使いやすいかもしれないというふうに、心理的な環境整備、それはやっぱり人に対する理解というもの、そこではないのかなというふうに感じます。
 お答えになっているかどうか分かりませんけれども。
#59
○金子恵美君 ありがとうございました。
 終わります。
#60
○会長(直嶋正行君) それでは、岡田広君。
#61
○岡田広君 自民党の岡田広です。今日は三人の参考人の皆様、本当に貴重な御意見ありがとうございました。
 私は、白倉参考人にお尋ねをしたいと思います。時間の関係がありますので、ほかの方には申し訳ありません。
 地方でできないことを国が考えてもらうということで医療の産婦人科、小児科の例が挙がりましたけれども、地域医療の安心、安全のためには国が本当に何とかしなきゃいけないんだと私もまた痛感をさせていただきました。
 一方で、地方でできることは地方でやる。地域で、北杜市の地域が多分小学校単位にあるのかどうか、幾つあるか、ちょっと私分かりませんけれども、地域でできることは地域で解決をする、地域でできないことを議員さんや市長さんにお願いをして政策を、地域政策を実現していくというのが住民自治の在り方だと私は思うんですけれども、そういう結果として、地域の防犯パトロールの組織ができたり、いのちの電話の組織ができたり、福祉の支援システムができたりということ、これには当然、地域のリーダー、人材の育成が必要なんだろうと思うんですけれども、そういう中で、地域の人たちがみんなで集まって地域の問題を解決する場所として、私は地域の公民館行政というのがとても大切だというふうに考えているんです。
 私も水戸で市長をさせていただきましたけれども、公民館造り、一小学校区一公民館ということで公民館造りやって、そこでみんなで集まって地域の問題をみんなで話して、地域でできることはやっていこうという、そういうことで、三十一小学校区あるんですが、三十一番目の小学校ができたときに生涯学習都市を宣言して、生涯学ぶことが地域のきずなを高めていくということになるということだと、そういうことで私はこういう政策をやってきたんですけれども。二十二小中学校あるということですけれども、こういう地域の皆さんが集まる場所、人材、そして住民自治というのはうまくいっているのかどうか、この点について一つお尋ねします。
 二つ目は、環境とエネルギーですけれども、環境教育も進められているということで、太陽光発電とかスクール・ニューディールとか農業用水を水力発電ということで大変感心をいたしましたけれども、私伺いたいのは、北杜市で、各住宅の屋根に個人的に太陽光パネル設置というのを国は進めているわけですけれども、そういう設置について市で補助を出しているとか、あるいは設置が進んでいるのか、そういう点につきまして一点お聞かせいただきたいと思います。
 三つ目は、素朴な質問なんですが、観光・商工課という課がありますけれども、観光を先にしたというのは観光に力を入れるということなのか、別に意味がなくて観光と商工が対等なのか。観光、特に東京から二時間という地域でもありますから、まさにすばらしいふるさとですからたくさんの交流人口の方々がおいでになるんだと思うんですけれども、こういう点、人の、交流人口というか観光もあるんでしょうけれども、観光入り込み客というんですか、こういう推移というのは増えているのか、この辺を参考までにお聞かせください。
 それからもう一点、最後ですけれども、八つの町村が大同団結して北杜市ができたということで、私すばらしいなと思うのは、七年間ぐらいの間で市債残高を減らして基金を増やしています。トータルでいうと二百七十億も改善しているというのはすばらしいことだと思うんですけれども、これは市民サービスを低下させないでやってこられたんだろうと思うんですけれども、職員の不満とか市民の不満、これ人事だけの、定員適正化計画に基づいて人事だけではないと思うんですが、人事以外にどういう形でこの行財政改革をやってきたのか、参考までに教えていただければと思います。
 以上です。
#62
○参考人(白倉政司君) 岡田先生には、市長もされての経験を生かしながらの公民館活動のお話がありましたですけれども、やっぱり地方でできないことは頼むよという思いは今でも、さっき言った医師を始めとして事実です。でも、地方で堂々とやっていこうという問題もたくさんあるはずであります。ある面でいうならば、超少子高齢化社会へのスタンスは地方でも積極的にやれるはずであります。その一つに公民館活動があるじゃないかと、公民館に集まることによってコミュニティーも生まれるじゃないかというような先生の御指摘ですけれども、私どもなりにもそういうふうにやっているつもりですけれども、なお意を強くして頑張っていきたいと思っております。うちもうちなりに公民館活動は、八つの町で温度差、地域差はありますけれども、平均的には頑張っている地域だと思っています。
 それから、環境とエネルギーの問題が出ましたですけれども、結構個人住宅もアドバルーンを上げるとやってくれます。北杜市なりに、多いか少ないかは別にしまして、一キロで二・五万円の補助金を出しています。でも、ちょっと安いですよね、少ないですよね。それで、上限は二十万円ということでやっています。
 それから、観光と商工の話ですけれども、全く先生御指摘の批判を市内の企業からクレームが付きまして、何で観光が先だというクレームはつくった当時結構言われました。思いとしては並列のつもりです。それは別に甲乙でやったわけじゃないですけれども。
 それから、四つ目の質問の財政の健全化ですけれども、偉そうに言うわけじゃありませんけれども、総務省へ行っても北杜市の健全化と数字の実績については評価をしていただいています。私も元がけちなものですから、非常に頑張って数字が見えています。
 これも具体的になりますけれども、やっぱり本音として、県の職員を財政課にしたのが良かったと思っています。何だって、市職の財政課長だと、部長同等職のような人たちにおまえこれやれよと言えばやっぱりやっちゃいますよね、人間関係。でも、県の財政課長を据えたことによって、言ってみれば先の見えない事業といいましょうか、財政健全化のために努力しなきゃ駄目だとかという大上段の立場でいれば、結構財政課長も鬼になって駄目、駄目、駄目、駄目と言ってくれた成果でもあると思います。じゃ、どれだけ市民に痛みと不満があるかというのは計り知れなくあると思います。
 でも、やっぱり次の選挙を意識しなければ結構できるもんですよね、ちょっと言いにくいですけど。そんな思いで財政の健全化をやる、そうでなかったらこういう数字は本音として出てこないと思います。私は十一月に選挙があるんですけれども、次にやるかどうか分かりません。
#63
○岡田広君 分かりました。ありがとうございました。
#64
○会長(直嶋正行君) 石井みどり君。
#65
○石井みどり君 自由民主党の石井みどりでございます。
 今日はお三方の、白倉参考人、戸辺参考人、関根参考人、本当に地に足の付いた地道な長年にわたるお取組をお聞かせいただき、ありがとうございました。
 時間の関係で、関根参考人だけちょっとお伺いします。
 私、ユニバーサルデザインを最初に意識したのは二〇〇〇年のあの介護保険の少し前でした。茨城県の笠間というところですばらしい取組がありまして、笠間焼を使って、どうしても高齢社会になると脳卒中とかが増えてきて、急性期のリハビリが終わった後は、今度はいわゆる生活リハビリという形で歯磨きをしたり食事をしたり、生活の中のその動きがリハビリにつながるという、それで、例えば食事の補助してもらわなくても、笠間焼で、動かないように、そして自分で補助のスプーンを使えば食事の補助しなくても自分で食べれるようなそういう食器の開発とか、そしてよく、例えば高齢になって、それから障害を持ったりして、食べる、かむ、飲み込む、その機能が落ちてきたときによくやりがちなことは、細かく刻んだり、あるいはミキサーみたいなのですり潰してゼリーで固めたりして、何の食品か形態も分からないようなのが、緑色の塊とか黄色の塊とか赤の塊を食事だといって出されるんですね。日本人は、目で見て、香りを嗅いで、そして味わってという、そういう食事を長い間してきたので、果たしてそんなものを皆さんが出されて食欲が湧くかという、こういう問題もあるんですね。
 だから、何でも刻めばいいというものじゃないんです。例えば、余りにも細かく刻むと、逆に、食事で飲み込むときに、食塊というのをつくってごっくんとやるんですね、かみ砕いて。その食塊をつくれないから、逆にむせて難しくなったりとか、いろんな問題がある。そういうことを笠間で保健師さん、医師、歯科医師、管理栄養士、高齢者施設の方プラス、ここにフランス料理のシェフとか和食の板前さんとかが入って、隠し包丁をすれば豚カツでも食べれる、たくあんもうまい具合な隠し包丁をすれば本当に食べれるという、そういうことをやったのにかかわったんです。これがユニバーサルデザインの一つだと思っているんですね。
 だから、よくユニバーサルデザインというとすぐハードを思い浮かべてしまう。そうじゃないんですね。やっぱり、さっきおっしゃった、まさにミスターアベレージじゃない、別に健常者であってもその人が持っている機能は様々ですね。多様な個性と機能、多様性があるわけですから。だから、そういう意味で、最も弱いというか、そういう方に合わせれば、誰もが生きやすい、暮らしやすいわけですね。
 その辺を是非、ソフトをもっと多様な、ソフトといいますか、考え方をいろんなところに、生活全般に広めるような提言をされるのが、私はそのミッションが関根さんのお仕事かなと思っているんですが、その辺りの、ソフトのところの考え方を広めるというところを、何かお考えがあればお聞かせいただきたいと思います。
#66
○参考人(関根千佳君) 石井先生、ありがとうございます。
 今おっしゃっていただいた笠間で行われているその取組というもの、本当に正しいと思います。食器そのものが例えば本当に力が弱い人でも最後に残った御飯粒をきれいに最後まですくえるような取組、これは例えば有田焼の窯元の中では究極のカレー皿とかいうところでもやっておりますし、新潟県の窯でもそういった取組をやっていらっしゃるところもあります。
 そして、今おっしゃっていただいたとおり、ミキサー食を誰が旅館に行って食べたいと思うでしょうかというところなんですね。だから、いろいろな食材は、実はきちんと隠し包丁を入れたら、全く見かけ上は周りの方と同じようなお皿なんだけど、実は食べてみるときちんとその方の年代の歯でもかみ砕けるというように作ることは今は可能でございます。ですから、それは食のユニバーサルデザインという形で私どもも様々な旅館協会さんなんかと一緒に研究会、勉強会をずっと繰り返しております。
 また、そういった意味では、衣食住のあらゆる場において実はユニバーサルデザインって必要だと思うんですね。例えば、今も私こういう小さなネックレスを着けていますけど、ああ、これ後ろに行くと留めにくいなとか、日々感じていることが多いと思うんですね。だから、衣食住の、例えば洋服を着ることに対しても、医療のユニバーサルデザインとか、後ろが開かないとか、そういうのもとても必要になってくると思います。
 それから、ありとあらゆるところでソフトにおいてもユニバーサルデザインの考え方を各地で広げていく必要があると思うんですね。ソフトウエアというところについてもますますそれが必要になってくると思うんですね。
 例えば、障害を持つ子供たちが学校で学ぶときに、もう少しパソコンを使わせてくれたら、入試のときに、全盲の学生が入試のときにちゃんとパソコンで入学試験を受けられたらどんなに楽になるだろうと思うことがある。でも、そういったソフトウエアの部分に関しては、日本では残念ながらまだ全く遅れております。点字の受験はやっと認められるようになったけれども、それでは中途で失明した子供たちで完全にはまだ点字が読めない場合、本当は音声で聞けばちゃんと答えられるのに、そういう子たちは使えない。学習障害の子供たちも同じです。あの子たちは、耳で聞けば分かるけれども、点字は当然ながら使えません。でも、彼らは、彼女らは、パソコンを使って受験をすることは認められていない。残念ながら、その子たちは日本を離れて海外の大学に進学します。なぜなら、ほかの国ではそれは完全に受験として認められるからです。
 そういったソフトウエアの部分で残念ながらまだまだ理解ができていないところもたくさんありますので、是非、生活のあらゆる場において、ああ、これって、こういう人たち、こういうニーズを持っている人だったら困ることはないのかなというふうにいつも考える癖を付けていただければと思います。
 例えば、男性の五%、二十人に一人はいわゆる色覚障害なんですね。だから、焼き肉屋に行って生焼けのお肉を食べてしまう可能性がある。にもかかわらず、例えば、党の機関誌がグリーンの上に赤い文字で書いてあって、これ、色覚障害の人読めないんだけどなとかいうようなのが結構あったりするんですね。
 そういうふうに、やはり人間の多様性について学ぶ機会をもっと増やすというのが基本なのではないのかなと思います。世の中には、おっしゃってくださったとおりいろんな人がいます。それを理解するところから始めたいなと思いますね。
 ありがとうございました。
#67
○会長(直嶋正行君) 他に御発言はございませんか。──他に御発言もないようですので、以上で参考人に対する質疑を終了いたします。
 参考人の皆様方には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 済みません。参考人の皆さん、もう少しお付き合いをお願いいたします。
    ─────────────
#68
○会長(直嶋正行君) 次に、先般本調査会が行いました委員派遣につきまして、派遣委員の報告を聴取いたします。石井みどり君。
#69
○石井みどり君 委員派遣の御報告を申し上げます。
 去る二月十三日及び十四日の二日間、岩手県において、共生社会・地域活性化に係る東日本大震災による被災地域の実情調査を行いました。
 派遣委員は、直嶋会長、中谷理事、岡田理事、横山理事、有田委員、金子委員、徳永委員、難波委員、前川委員、石井委員、岩井委員、渡辺委員、田村委員、福島委員、亀井委員及び私、理事の石井の十六名であります。
 以下、調査の概要について御報告申し上げます。
 この度の東日本大震災により、岩手県では、判明しているだけで死者・行方不明者数約六千名、全壊、半壊の家屋の被害は約二万五千件等の甚大な被害を受けております。
 現地におきましては、一日目は、まず、車中において、岩手県から、地域再生の一環として国際リニアコライダーの誘致活動について説明を聴取しました。
 陸前高田市においては、市役所仮庁舎を訪問し、廣田岩手県理事兼復興局副局長及び戸羽陸前高田市長から、被害状況と復旧復興への取組について概要説明を聴取しました。あわせて、岩手県からは、復興特区制度の柔軟な利用、地方の創意工夫による復興交付金の柔軟な活用、被災地復興のための人的支援、災害廃棄物の広域処理に向けた支援、放射線影響対策の充実強化、暮らしの再建、雇用の確保、被災企業の支援等について要望を伺いました。また、陸前高田市からは、国営防災メモリアル公園の整備、復興道路等の整備促進、防潮堤等の整備促進、JR大船渡線の早期復旧、国民健康保険事業、介護保険の安定運営、学校の耐震化、高田保育所のこども園としての早期整備等について要望を伺いました。
 派遣委員からは、子供たちの心のケア、メモリアル公園の概要、コミュニティー、生活環境を維持する方策、今後の介護保険料の見通し、障害者への差別をなくすための意識面の課題、放射能汚染問題の状況、コンパクトシティーのイメージ、住民意見取りまとめの際の課題、自然エネルギー関連企業誘致の概要、若者の雇用の現状、住民意見取りまとめへの若者、女性の参加、瓦れき処理の現状、仮設住宅住民意見の今後への反映、太陽光発電への助成制度等について質疑が行われました。
 次に、大船渡市のおおふなと夢商店街を訪問し、伊東商店街協同組合理事長から、昨年十二月に開設された仮設店舗街について概要説明を受け、同店舗街を視察しました。
 次に、同市の太平洋セメント株式会社大船渡工場を訪問し、安藤工場長から概要説明を受けた後、関係施設を視察しました。
 同工場は、津波による浸水等の被害を受けましたが、昨年十二月にセメントの出荷を本格的に再開しております。また、瓦れき焼却等により地域の復興に貢献しておりますが、瓦れき焼却のための除塩施設等の設置自体には国等の補助が行われなかったとのことでした。
 派遣委員からは、除塩施設の設置理由、放射性物質及び他の有害物質の除去、これらに関する住民への説明等について質疑が行われました。
 二日目は、まず、車中において、震災時に沿岸地域の後方支援拠点の置かれた遠野市の本田市長から、沿岸市町村及び全国の自治体等との連携、遠野まごころネットワークによる被災者支援の取組、ICTによる遠隔地検診と助産師の採用による出産の安全ネットワーク構築等について説明を聴取しました。
 釜石市においては、釜石市役所を訪問し、野田市長から、被災状況と復興まちづくり基本計画及び住民との調整状況、釜石市の雇用の状況と雇用創出事業等の支援策、生活応援センターによる訪問活動等の被災者支援のための取組について説明を聴取し、あわせて、企業誘致のための土地造成への支援、高台移転に当たっての補助事業制度の柔軟な適用等について要望を伺いました。
 派遣委員からは、高台移転に向けた住民との協議に当たっての住民参加の在り方、若者、女性の意見の反映、浸水の危険が続く市街中心地域の住民協議等の状況、ラグビーワールドカップ誘致に向けての国、県等との連携、高台移転計画の進捗状況、瓦れき処理の課題、太陽光、風力発電等の支援措置、被災者の心のケアの観点からのソーシャルワーカー、精神科医等との連携等について質疑が行われました。
 次に、平田仮設住宅団地を訪問しました。岩手県及び上野平田地区サポートセンター長から、同団地はコミュニティーケア型の仮設住宅であり、入居者の孤立の防止、子育て等に配意したレイアウト等の工夫が施されていること等について説明を聴取した後、仮設住宅等の関係施設を視察しました。
 以上が調査の概要ですが、現地の実情を視察して、被災地が抱えている問題についてより一層理解を深めることができました。
 地域社会の復旧復興に当たっては、震災後十一か月を経てもなお、地域の方々の生活再建、地域産業の再生、高齢者、女性、子供、障害者の方々へ配慮した安全なまちづくりなど様々な課題があり、共生社会・地域活性化の視点を踏まえて、国として被災地の復興に向けて取り組まなければならないと改めて認識した次第であります。
 最後に、復旧復興作業でお忙しい中、本調査に御協力いただきました岩手県、陸前高田市、大船渡市、釜石市及び遠野市の関係者の方々に厚く御礼申し上げます。被災地の一日も早い復旧復興をお祈り申し上げ、報告を終わります。
 なお、岩手県及び陸前高田市の要望書につきましては、本日の会議録の末尾に掲載していただくようお願い申し上げます。
#70
○会長(直嶋正行君) 以上で派遣委員の報告は終了いたしました。
 ただいまの報告にございました現地からの要望書をお手元に配付しております。
 これらの要望書につきましては、本日の会議録の末尾に掲載することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#71
○会長(直嶋正行君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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