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2012/05/23 第180回国会 参議院 参議院会議録情報 第180回国会 政府開発援助等に関する特別委員会 第5号
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2012/05/23 第180回国会 参議院

参議院会議録情報 第180回国会 政府開発援助等に関する特別委員会 第5号

#1
第180回国会 政府開発援助等に関する特別委員会 第5号
平成二十四年五月二十三日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         藤井 基之君
    理 事
                石橋 通宏君
                谷  亮子君
                水戸 将史君
               北川イッセイ君
                小泉 昭男君
                竹谷とし子君
    委 員
                大久保 勉君
                大久保潔重君
                大野 元裕君
                武内 則男君
                轟木 利治君
                中谷 智司君
                姫井由美子君
                藤谷 光信君
                舟山 康江君
                米長 晴信君
                赤石 清美君
                大家 敏志君
                川口 順子君
                岸  宏一君
                中原 八一君
                中村 博彦君
                長谷川 岳君
                水落 敏栄君
                魚住裕一郎君
                小熊 慎司君
                吉田 忠智君
                浜田 和幸君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        矢嶋 定則君
       常任委員会専門
       員        工藤 政行君
   参考人
       独立行政法人国
       際協力機構前理
       事長       緒方 貞子君
       独立行政法人国
       際協力機構理事  渡邉 正人君
       独立行政法人国
       際協力機構アフ
       リカ部長     乾  英二君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○政府開発援助等に関する調査
 (我が国の国際協力に関する件)
    ─────────────
#2
○委員長(藤井基之君) ただいまから政府開発援助等に関する特別委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 政府開発援助等に関する調査のため、本日の委員会に参考人として独立行政法人国際協力機構前理事長緒方貞子君、同理事渡邉正人君及び同アフリカ部長乾英二君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(藤井基之君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#4
○委員長(藤井基之君) 政府開発援助等に関する調査のうち、我が国の国際協力に関する件を議題とし、参考人の方々から御意見を伺います。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。
 緒方参考人におかれましては、豊富な国際経験を生かし、独立行政法人国際協力機構理事長として長年にわたり御活躍されてこられました。これまでの我が国におけるODAの推進に対する御貢献に心からの敬意を表したいと思います。
 本日は、短い時間ではございますが、忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず、緒方参考人から二十分程度御意見をお述べいただきたいと存じます。そして、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 御発言の際は、その都度委員長の指名を受けてからお願いいたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、緒方参考人、お願いいたします。緒方参考人。
#5
○参考人(緒方貞子君) 本日は、参考人として出席させていただき、ありがとうございます。
 この参議院ODA特別委員会におきましては、毎年のように参考人として出席させていただき、本当にありがとうございます。御関心といろいろ御協力を心から御礼申し上げます。ちょうど私、就任して以来八年六か月たちまして、JICAからの退任をさせていただきました。理事長就任中は、いろんなこともございましたが、皆さん方の御理解と御協力において本当にいろいろな仕事をさせていただいて、JICA一同、大変皆様方の御関心に厚く御礼申し上げたいと思います。
 在任中の時代的な背景と申しますと、やはりグローバル化というものが非常に進んだ時代だったと思います。そして、その意味では、国際協力、国際協調等が重要であるということが現実にもまた理解の上でも進めさせていただいた時代というふうに考えております。
 ただ、グローバル化によって新しいいろいろな課題ももちろん生じました。運輸、交通、情報通信技術の発達、そういうものが国境を越える時代、これが私が仕事をさせていただいた時代の大きな特色であったと思います。ともかく、人やお金や、特に情報がすごいスピードで国境を越えていくと。それに対して、これは経済成長のチャンスとしてとらえもいたしましたが、それとともにリスクも当然たくさん生じました。感染症、これも国境を越えてどんどん広がります。環境の汚染もございます。また、犯罪、テロ等もやっぱり国境を越えて世界中に広まった時代であったと考えております。
 それと同時に、一番私ども事業をしながら痛感いたしましたのは、非常なスピードで進歩していく一方、特にいろんな格差が生じると。その格差の拡大というものにどういう形で対応していったらいいのかということで、大変いろんな、考えさせられもいたしましたし、また開発援助のいろんな調整をしなきゃならないということも痛感いたしました。
 何と申しましても、国内、国家の中においていろんな格差が出るわけでございます。そういたしますと、その内部に、国内における社会的な違い、そしてまた経済的な違いからくる格差が顕在してまいりますと、いろんな形で対応が求められると。その現実にも随分直面いたしました。
 特に昨今、情報革命によりまして、実態というものがすごいスピードで伝わっていきます。これが、流動化、複雑化ということから、特に通信技術の発達の、ツイッターとかフェイスブックだとか、そういうものが人々の目の前にあらゆる形で格差が分かってくると。そういたしますと、不安というもの、不満というもの、両方とも非常に広がったわけでございます。
 これについては、昨今アラブの春として知られたわけですが、これも、チュニジアにおける教育を受けて高校まで行ったような若い人が仕事がなくて野菜を売る、その野菜を路上で売るのがいけないといって取締りを受けると、それに抗議をして焼身自殺をしたというようなことから非常に広まったんですが、これ、私たち援助をする者にとって非常に大きな教訓を与えさせられました。教育には随分努力いたしましたが、それに伴う形で就業というものがつくれたかどうかと、こういうことを非常に感じまして、私も最後の出張の対象としてエジプト、それからチュニジア等へ回ってきたわけでございます。
 ですから、どういうふうにこれから対応していくかと。簡単に申しますと、やはり人々に焦点を当てた形で全ての事業はしていかなきゃならないと、それを痛感いたしました。
 また、地域的には、今アラブのことは申し上げたんですが、それと同時に、大きくJICAが支援の対象として広げてまいりましたのはアフリカでございます。日本も、アフリカ植民地独立以来、いろんな形で内戦が続き、貧困が集中してくる、そういうようなこともございまして、支援は増やしてはまいりましたんですが、特にTICADの、今回、近く五回目になるわけですが、TICADに対する非常に集中された事業そしてまた関心、そういうことに幸いいたしまして、そういう形で事業は増やしました。
 アフリカにおいては、私が参りました二〇〇三年度から昨年まで入れてまいりますと、技術協力においては一四%だったのが技術協力全体の二〇・九%にまでアフリカが広がりました。無償援助につきましても二五・六%が四二・八%になる、ほぼ倍になりました。特に円借につきましては、これはアフリカではどこまで伸びるんだろうというような疑いは、あるいは疑問は持っていたんですが、実は一・八%だった円借が一〇・七%にまで増えました。つまり、経済成長を遂げたアジアの新興国はこれはもう相当どんどん経済的に進んでいますが、そういう成長をしてきたアジアの国々とは、特にこの中国の場合はそういう話合いもさせていただいたんですが、協力者として、一番必要なアフリカ等へ事業を展開していくと。そういう結果が今申し上げたような数字として出てきたわけでございます。
 もう一つ、意識的にいろいろ強化を図ってまいりましたのは、やはりアフリカにおきましても、アジアはかなり安定はしてきていたんですが、特にアフリカ等においては、やはり紛争、植民地解放から独立したけれども、それがただ平和的に全て進んだわけではない。いろんな紛争も伴ってきた場所が多かったんですが、そういう紛争においては誰が一番危険にさらされるかと申しますと、人々なんです、一般の普通の人々。ですから、どうかしてこの大きな変化という中では、人々に注目して、人々の危険というものを意識して対応していくということを随分試みてまいりました。そういう形では、いろんな形で安全の対策というものは工夫しなければならなかったのでございます。
 平和構築支援とよく呼ばれますが、国が独立し、あるいは独立した中でいろいろな新しい方がリーダーとして出てくる、そうすると、その実施体制は多様でございます。そのような実施体制が多様な中でどうやって一番効果的な実施体制、平和構築をしていくかというと、やはり人々の安全、人々への恩恵の波及、そういうものを意識してやっていかなきゃならない、これはJICAがここ十年近くの間に一番意識して試みてきたことでございます。
 例えば、アフガニスタンの復興におきましても、あるいはイラクも戦争から平和へのあの過程において、随分私ども、新しく水だとかそれから電気とか大きい事業をしなきゃならなかったんですが、そういうことをなるべく早くすることによって人々が恩恵に触れることができるということを試みました。
 特に、アフリカではスーダンに最近自衛隊の施設部隊も出ていただいたんですが、スーダンのジュバというところでは、これはナイル川のブルーナイルとホワイトナイルと言われているのが合流します、非常に大事なところなんですが、紛争の結果、ようやく人々が帰ってきたというようなところに波止場を造りまして、これもほとんどJICAの職員の手仕事のような形で、銅板の板を持ってきて造ったんですが、そこが、人々が帰ってくる、あるいは食料品が対岸から来る、そういう大きな役割を果たすことになりまして、だんだん南スーダンの復興の中心的な場所となっていく。
 その中で、JICAが自分たちの手仕事の形で造った波止場が一つの契機になって今や中心的な南スーダンの都市になる、そしてまた、その重要性から政府の方からも自衛隊の施設部隊を出してくださるというふうなことも出てまいりました。
 そういう形で、いろんな形で復興に、またそして復興を中心とした、復興を最初の足場としました経済開発への努力ということをアフリカではかなり広くやってまいりました。また、この点は引き続き、来年の第五回のTICADでは大きく発展ができるように、先生方の御理解と御支援を是非お願いしたいと思っております。
 こういうようなやはり試みといいますのは、人々を大事にして、人々中心、人々への恩恵ということを中心として考えてきたのでございますが、この人々に対する保護とその能力向上、これは技術協力の面からかなり広くやってくることができました。でも、技術協力だけではなかなか効果というものが一気に広がらない。そういうところからこの円借というものが私どもの事業の対象の中に入ってきて、このJBICとJICAの統合というものの成果がこういう形で非常に現れたということは大変幸いでございました。大きなチャレンジだったんですが、やはり人間を対象として考えながら、技術協力から、それがいろんな形で、円借まで含めた形での大きな支援の形が取れるようになったことは、私も、この八年間の間でよかったなと思うことを一つ挙げよとおっしゃいましたら、多分この統合がうまくできたということを御報告できると思います。
 こういうふうな形で、日本のやっぱり仕事としてのODA、そういうことを通しての世界の、特に貧しい地域、人々に対する恩恵が広まったということは、先生方の非常な御支援と御了解をいただきまして、ともかくあるところまでは進めることができたと思います。ですから、非常に広く、そういうことになると地域的な事業ということに広めていくことができたと思うんです。そういう、人間を対象にしながら地域に恩恵を広げていく、そしてそれを通してアジアの国々、そしてアフリカの国々、そしてまた今アラブ連合の国々にもだんだんではございますが影響力を発揮していくことができたと。まだまだ今後も、援助潮流の中でこういうアプローチというものがどこまで生かされていくかということを試みながら進めていきたいと考えております。
 それから、あくまでも平和構築、そして弱い人たちを対象とした人間の安全保障のアプローチ、そういうことを私ども心掛けてきたんですが、世界的にも、世界銀行におきましてもワールド・ディベロップメント・リポートと、昨年度出しましたんですが、世銀が脆弱国の支援を重要であるという意識を持ってこういうリポートを書かれたのは、JICAが試みてきたと同じような線で両方相互に裨益するところが多かったと思うんです。そしてまた、こういう形でもう少し私どもの経験というものを、国際協力事業の現場において得た知見をこの報告書あるいは政策提言という形で広くこれからも皆さんに理解していただくようにしていきたいと考えております。
 従来、国際協力事業というものは、私たちとしては、一番援助の対象となっている裨益者、人々、国々、地域ということを中心に考えてきたんでございますが、昨今やはりこういうことをやっている欧米、世界銀行の例を今お出ししたんですが、欧米諸国、特にヨーロッパの国々、あるいはアジアの国々とも多少試みていますが、こういう事業をする国々あるいは事業体とももっと協力してこの影響力というものを広めていかなきゃならないんじゃないかと。援助潮流というものをつくっていく役割ということを意識するようになってまいりました。
 また、そういうことを意識する大きな契機となりましたのは、実は東日本大震災の被災国としての日本に対する、いろいろな開発途上国はもとより、それから先進国も、広い世界からのいろんな支援を経験いたしまして、やはり本当にこの世界は持ちつ持たれつなんだなと。私どもも援助できることはたくさん援助すると、しかし私どもが困っているときには、やっぱり援助を受ける国であり人々であるということを非常に痛感いたしました。援助を受けることによって、さらに、援助をするときの考え方、アプローチ、そういうものがまた、習ったことが非常に大きかったと思います。
 ですから、国際協力に対する国内、特に震災後のいろいろ経済においても、それから生活においても厳しい状況にある中で、何とかこれを進めるということに広く努力を、努力を広めていくことができたんじゃないかと思っております。その点、先生方の御理解とそれから御支援は非常に大きなものであったというふうにお礼も申し上げたいと思っております。
 国際協力の実績は、あげるだけじゃなくてもらうんだと。あげたりもらったり、それが、連携がこの世界全体をより良くしていくのだということを誠に強く感じた私の八年半でございました。
 ODAの予算的には、一九九七年をピークとして年々減少しております。その予算の面から見ると、実績的には日本の場合は、昨年度、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスに次ぐ第五位の国になっております。これは私としては、実績を幾ら上げても、効果を幾ら上げたとしても、やはり協力の量そのものがある程度減っていくというのは日本としては大変残念なことでもありますし、世界的な期待、これは被援助国も、それから援助をしていらっしゃる国々からも、日本がもっと広く今の力を持って更にこれを倍加していただけるといいという声はやはりよく聞こえてまいります。
 そういうこともあって、先生方の御理解をいただいて、そしてまたその御理解の下に、ODAについては、やはりこれが私たちが内的にも国際的にも生きていく一番非常に大事なツールであるということで、是非後押し、あるいは先に立っていろいろ御推進していただきたいというふうに考えているので、最後にひとつお礼として申し上げたいと思いました。
 この世の中、やはり今、世界は非常にグローバル化しているというふうに申し上げましたのですが、グローバル化している世界というのは相互依存の世界なわけでございます。ですから、相互依存の世界においては、相互依存を更に深化する、そして拡大していくと、それしかよりいい世界をつくっていく方法はないんだろうと思うんです。
 ただ、何と申しましても、効果的にやること、無駄を省くこと、そういうことは重々JICAとしても職員一同強く意識しながら働いてまいりました。ですから、私たちとしてはそういう形で、世界の中で最も事業を効果的にやっている、それと同時に、世界の人々のために役に立っている国という形で日本の将来というものを世界的に認められるように是非ならなきゃならないし、なりたいというように私も考えてまいりました。
 ですから、やはり日本としては、私どもはやっぱり、軍事力を持って立つ国ではないということを国民も政府も決めているわけでございますが、やはり外交、開発、そういうツールを持って相互依存の世界で大きな役割を果たしていくのが日本であり、いける国が日本であるというふうに痛感いたしました。ですから、その意味では外も内も一つの考え方ということでまとめていきたいというふうに心掛けてまいりましたし、私もその八年半をそういう形で努力の一端を担ぐことができて非常に幸いだったと思っております。
 国際協力の事業からたくさんのことを学びました。いろんな形で国内でも事業をしておりますし、震災が起こりましたときに一番最初私どもがいたしましたのは、日本に来ているたくさんの開発途上国の研修生なんですが、約千名おりましたのを、一人一人の安全確認を最初にいたしまして、最後まで安全だということを確認して、本当に大きくほっとしたのを覚えております。そしてまた、その多くの方々は日本のためにいろいろな、パレスチナの子供が絵をかいたのを送ってくださるとか、本当に考えたこともないような広い範囲の方々から支援をいただきました。
 そして、私たちは本当にそれにこたえる形で、JICAとしては、グローバルに役に立つ人材を育てていく、そしてまた役に立てるような部署においてみんな働くようにすると、そういう形で国際協力機構としては事業を試みてまいりましたが、ますます先生方からいろいろな御指導をいただきまして、また御協力をいただいて、大げさに申しますと、日本と世界をつなげる大きな仕事としてのODA、国際協力の事業ということに御支援をお願いしたいということで、御挨拶に代えさせていただきます。
 ありがとうございました。
#6
○委員長(藤井基之君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行いたいと存じます。
 質疑の進め方でございますけれども、まず、各会派一名ずつ大会派順に質疑をしていただき、その後は自由質疑といたします。
 質疑を希望される方は、挙手の上、委員長の指名を待って、御起立いただいた上で御発言くださるようお願いいたします。
 参考人の方々の御答弁につきましては着席のままで結構でございます。
 また、質疑の内容によっては、御同席いただいています渡邉理事及び乾アフリカ部長からも答弁をいただくことがございます。
 なお、質疑の時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくよう御協力をお願い申し上げます。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
#7
○米長晴信君 民主党の米長晴信です。
 本日は、お忙しい中、本当にありがとうございます。
 緒方特別顧問におかれましては、理事長として長年お務めになって、引退というわけにはいかないと、今度はまた特別顧問ということで、本当にまた引き続き御指導を賜りたいというふうに心から願っております。
 そんな中で、本当に質問することはいろいろあるんですけれども、今のお話の中でアフリカに絞りまして質問をさせていただきたいと思います。
 アフリカは、今の特別顧問のお話からもありましたように、TICADWから、いよいよ来年、次の五年後のTICADXがやってくると。この前のフォローアップ会合では、目標としていたアフリカに対するODAの倍増計画、これがドルベースで九億から十八億ドル、これを、円高というのもちょっと手伝ったと思うんですけれども、達成をしたと。ただ達成しただけじゃなくて、去年、我が国では東日本大震災というものが起きていながらそういうことを達成したということで、アフリカ諸国から非常に高い評価を得ているということは御承知かと思いますけれども。
 ただ、じゃ、来年の横浜はどうなるのかと。さすがに更に倍というわけにはいかないと思いますし、現状を維持するというのもまた、まあその辺をどうするのかというのは恐らく外務省、政府、頭を悩ませているところだと、期待感はあるというふうに思うんですけれども。
 仮にそれが引き続き十八億ドル五年間で出すというわけにはいかなかった場合に、ちょっと縮小というようなことをしなきゃいけない場合に、緒方さんが理事長をしておられた期間でやってきたことで、これは引き続き絶対になくしてはならないという分野や方法、プロセス、あるいは今後全体的な予算が縮小する中でより効率を求められた場合に、今の援助の在り方からどのように進化をさせていくべきなのか、その辺をお伺いしたいというふうに思います。
#8
○参考人(緒方貞子君) ただいま、特にアフリカにつきまして、倍増はなかなか無理としても、何を達成したいかという御質問でございました。
 確かに、アフリカにおいて昨今非常に努力してまいりますのはインフラでございます。それは、アフリカの国境を越えた道路でございますね。そういうものを手掛けておりますが、その道路を良くすることによって物流が非常に進んでいると。しかも、このお話で、ワンストップ・ボーダーポストと、つまり、国境での人とそれから物と両方の通関の場所を一つにしまして、両側でしないで一つにすることによって、効果は同じように上がるはずなんですが、速度がうんと進むと。そういうワンストップ・ボーダーポストの試みを始めております。
 それから、やはり水も大事なんでございますが、地域的にはやはり西アフリカの進展が遅いんです、いろんなことがございまして。ですから、地域的に言いますと、アフリカ大陸の中でも遅れている西アフリカに集中していくということになるかと思っております。
#9
○米長晴信君 ありがとうございました。
 私は、二十二年度の当委員会の派遣団のうちのアフリカ班ということで、ガーナ、ルワンダ、そしてチュニジア、三か国を訪問してまいりました。これまでの成果をチェックするという作業と、必ず各国で、現場の皆さん、JICA及び必ず青年海外協力隊の方に集まっていただいていろいろお話を聞いてまいりましたけれども、一つ不安要素といいますか、皆さん感じておられるのは、本当に我々が見たものは、現地の大使館員というと、大抵英語かフランス語圏ですから、ハイレベルの仕事は大体その二か国でやるわけですけれども、現場に末端まで行っておられる若い方は、国としていろんな方言がありますけれども、その赴任した場所での方言を学習するところから始まって、本当の国際交流といいますか、そういったものをやっていたと。そういうことを二年間きっちりやって帰ってくれば、非常にたくましい皆さんが育っているというふうに思うんですが。
 一方で、じゃ、協力隊で行って帰ってきた皆さんが我が国の社会ではどのように評価されているかというと、非常に、一旦仕事を辞めた方が例えば再就職するですとか、そういった制度にまだ不備があるんじゃないかというふうに感じておりまして、その辺の、せっかく国際貢献でしっかり頑張ってきて、現場を通じて国際協力を果たした人間が我が国の中で評価をより高めていくというにはどのようなことをすべきかということをお伺いしたいと思います。
#10
○参考人(緒方貞子君) ありがとうございます。
 今おっしゃったポイントは非常に大きな問題というふうに理解しております。帰ってきた人々が役に立てるものは実はたくさんございまして、例を挙げますと、福島県、東北においては、現場で働いた協力隊の人たちは、非常にいろんな形で多方面にわたってボランティアあるいは市役所の人たちと一緒になってその地域のためにお役に立っている。そして、それを通して、いかにそういう協力隊で得た経験というものは国内でも役に立つかということが痛感されているところがかなりございました。
 そういうことも一つございましたし、私、四国、中村先生の四国で拝見したことなんですが、外でこの方たちは協力隊でも医療の方をしていた方たちなんですが、日本の国内において、やはり医療が十分届かない、老人が多い、子供には手が回らないというようなところで自分たちが一緒になって医療センターみたいなものを造って、そして地域の医療に貢献していらっしゃる方たちがありました。
 そういうことで、外で得たことは、日本が全部それが要らない、卒業したことじゃなくて、実は国内にたくさんの、人々を中心とした、医療にしてもあるいは生産にしても、そういう余地が非常にあるんだなということを実は私、昨年辺りでは痛感いたしましたので、改めて協力隊での経験というものを広めるということを考えたらどうかというふうに考えてございます。
 最近では帰国後一年間ぐらいで九割前後が就業したというふうな記録が出てきておりますので、皆さんのいろんな御尽力がこういう形で効果を出したんじゃないかというふうに考えておりますので、引き続き協力隊で得てきた経験というのは実は日本のためにとっても大変役に立つものだというふうにお考えいただき、そしてこの実態というものを御覧いただきたいというふうに考えております。
#11
○米長晴信君 あと二分ありますので、もう一問だけ。
 国内では、ODAそのものの予算というのもありますけれども、国内における例えばJICAの予算、当委員会では二月に、既に仕分、いわゆる事業仕分の対象となってしまった地球ひろばというのがありまして、そこを視察したんですけれども、実はこの前の週末、日曜日に、アフリカの各国の大使の奥さんが主催したチャリティーバザーのような、現地の民族衣装のファッションショーをやったり、私、そこを視察をしてまいったんですけれども、そういったことを頻繁に開いて、これが非常に有益なんだという認識を国民の皆さんが持てばいわゆる仕分の対象にはならないと思うんですけれども、その辺、こういった活動を国民の皆さんに理解してもらうための方法あるいは活動というものについて、まだやり残したことがあればお話しいただければと思います。
#12
○参考人(緒方貞子君) 今のお話、実は私もいろんな形でJICAにおいて要らないものあるいは節約できるものはもっとやるようにということは努力いたしましたんですが、私自身最も残念だと思っているのが実はあの広尾の地球ひろばなんです。
 と申しますのは、二つのことであそこが一番、一つは、協力隊の発祥の地であるという、非常にそういう気分の上で、その中心地が今度没収されるのかなと、あるいは国庫に返す対象になっているということで、気持ちの上でひとつ大変残念だと思うところがあるんですが、実は二つ、先生方皆さんおっしゃっていらっしゃるように、一番大事なのは、やっぱり一つは、NGOの方々の活動、これが日本におけるいろんな活動を広める上で大事なことなんですが、NGOの活動の実は拠点になっております。
 もう一つは、外交団なんです。今、アフリカの奥様方とおっしゃいましたが、たくさんのアフリカの外交団があそこでいろんな集まりをされたりボランティアと一緒に交流したり、外交団の活動の場所に実はなっているんでございます。それをどうして国庫に、まあいろんな理由であそこが非常に大事な土地であるということ等々もあるのかと思っておりますが、外交団からの訴えは実は非常に多いんでございます。
 それからもう一つは、今申し上げたように、NGOの方々、それは東京だけじゃなくていろんな地方から皆来られる、そういうNGOの方たちの集会であり相談であり、時によってはいろんな展示の場所にも使っていただいておりまして、かなり古い小さな建物なんですが、あんなによく使われているところは実はないんでございます。それをどうしてもお返ししなきゃならないという、まあいろんな形で国の方の事情がおありかと思うんですが、もしもこの地球ひろばの価値というものを先生方の間でもう一度御覧いただいて何かの対応をしていただければ、私が一番心残りのものは、ひろばがああいう形でなくなるのがいいんだろうか、それが本当に国にとって役に立つことなんだろうかという強い自信を払拭することができないでおりますので、よろしくお願いしたいと思います。
#13
○米長晴信君 ありがとうございました。
#14
○赤石清美君 自由民主党の赤石清美と申します。今日は本当にお忙しい中、当委員会に出席いただきましてありがとうございます。
 先生のプロフィールを見させていただきましたら、昭和二年生まれということで、私の長兄がちょうど昭和二年生まれでございまして、何か先生に諭されるような気がいたしてなりませんけれども、今日は幾つかの観点から質問させていただきたいと思っております。
 まず最初に、緒方先生がこのJICAの理事長としてやられた功績の中に、現場重視、そして人、お金よりも現場へシフトさせ、意思決定も現場に任すことによってJICAの活動を効率化するとともに、現場の要請に早くこたえる、ニーズにこたえるということにあったというふうに思います。
 多分、この辺にヒントがあると思うんですけれども、これからの我が国の国際貢献、国際協力のあるべき主要なポイント、特に私は民間企業出身なものですから、もう少し民間企業の活用を、私も二月にモンゴルと中国に行ってきましたけれども、まだまだそういうところが足らないんではないかなということを感じておりまして、その点について御示唆をいただければと思います。
#15
○参考人(緒方貞子君) 現場重視でも、この事業は、先ほど何回も申し上げたように、人々なんですが、全ての人々というよりも、やはり支援の必要な人々を対象にしてこの事業を進めるというのがJICAの事業の本質だろうと思うんです。
 ところが、その全ての人々といっても、確かに世界広うございますし、いろいろあるが、どういうところに一番大きな支援によって変化が来される、支援によって人々が幸せになれるかというと、開発途上国、まだ貧困の層が広い、大きい、深い、開発途上国なわけです。そこでの必要なことというものが東京の中で分かるわけがないんです、正直申し上げますと。幾らいろんなものを読んだり聞いたり、そしてまた見たりしましても、現場においてそういう人々との生活に接し、そしてそれをきちっと分析できる頭を持っていることが非常に事業をする上で大事なわけです。
 それで、確かに私、現場シフトは大分いたしました。かなり、七割ぐらいが現場に移って仕事をしております。もちろん、それは大事なこと。というのは、現場に行って人々を見て初めて本当に分かるんですね、やはり。そして、分かった上での行動、それは、いろんな形でそれをまとめたり分析したりすることで、取りまとめるのに本部は必要ではございますが、現場からのインプットなしにやれるのは机仕事で、これはやはり、机の仕事はとても大事なことはよく承知しておりますが、この開発途上国を対象にしている仕事においては、日本でやっている、日本の分かっていることじゃ十分じゃないから、そこで現場へのシフトということを随分試みました。そして、それは、やはりJICAの職員も、かなり現場に行きたいと思っている者も多くなっております。そういう形で、現場の中からいろんな新しい事業が出てきたんです、今。
 例えば、蚊帳でございますね。開発途上国、アフリカなどではかなり蚊がたくさんいて、そこから蚊が病気を広めると。そうしたら、どうしてもこの蚊帳、蚊が来ないような蚊帳が必要なんじゃなかろうか、そしてまたその薬も必要じゃないかということがございまして、この実は仕事をしたのは、こういう蚊帳のための、蚊帳を作り、蚊帳に蚊を寄せ付けない薬を付けるようなことをしたのは住友化学なんですが、住友化学の会長のお話では、それをやり出したのは実は協力隊で、アフリカに行っていた協力隊員が帰ってきてからいろんな科学技術を使いながら蚊帳のことを考えて、そして、住友化学としては、このアフリカ等における特別な蚊帳ですね、そういう蚊よけの薬が入っている繊維の蚊帳というものを作ったというようなお話を伺って、やはり事業の上においてもいろんなこういう形の現場からの直接のインプットというのが大事なんだなと、役に立つんだなというようなことを痛感したことがございます。
 今申し上げたように、そういう形で、その国がもちろん収入が良くなることも大事なんですが、最も役に立つということを知るには、やはり必要性が高いところで計画するということかなというふうに考えております。まだ新しいことがいろいろできてくることを期待しております。
#16
○赤石清美君 どうもありがとうございました。
 続いて、先ほど米長委員の質問とも少しダブるところがありますけれども、先生は今年の三月の朝日新聞でこのように述べております。
 長い間、自民党の一党支配だったので、政権交代で日本が変わると期待していたが、期待外れのところもあった。とりわけJICA事業をターゲットにした事業仕分には驚いた。仕分人は途上国支援の中身への関心が薄く、経費を切れ切れという話ばかりで、とても残念だったと。
 これは、多分、我々国会議員、与野党関係なしに国会議員に対する不信感でもあるような、この文面を見て感じました。先生の率直な、やっぱり国会議員にこうしてほしいということを、率直なところをお聞かせいただければと思います。よろしくお願いします。
#17
○参考人(緒方貞子君) 読んでいただけたのは大変幸いでございました。
 それは、やはり国際的な事業を非常にしている日本ですし、国際的な中でしか暮らしていけない日本人なんですね、いろんな意味で。日本の中でもいろんな問題があって、それに対応するのが非常に重要であるということは重々存じておりますが、国会議員の先生方には是非、やはり海外には十分お出かけいただいて、話も聞いていただいて、そして日本の国際的な役割というものに対してこれをやれ、あれはやった方がいいと、ここは押さえた方がいい、そういう形での私どもの相談相手にもっとなっていただきたいという実は思いがございましてそんなことを書いてしまったのかも分かりませんが、よろしくお願いしたいと思います。
 特に、近い国と、近い国と申しますのは大洋州の、私もツバルなどに去年行きましたけれども、やはり近いといっても相当いろいろ違ったところの国々がございますし、そういうところから来るいろいろな日本に対する期待も大きゅうございますし、もちろんアフリカへのシフトはいたしましたが、やはり相当遠いところで、貧困も厳しいし、いろいろもう応援していただきたいと。そういう中で日本人もいろんなところにやっぱり依存している部分がたくさんあるんですから、その辺も意識して、もっと世界的な形での日本の役割を主導していただく先生方に是非今後も引き続き先頭に立っていただきたいというお願いを申し上げたくて書いたんだと思います。
 申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
#18
○赤石清美君 どうもありがとうございます。今のお言葉を胸に我々もしっかりと頑張っていきたいと思っております。
 最後の質問になりますけれども、緒方先生は既成の概念を乗り越えた行動の人と言われていますけれども、例えば、特に助けなければならない人がそこにいるので、従来の難民の概念を越えて、イラク領内の多くのクルド難民を救済されました。従来の概念、行動規範を変えることによって大きな成果を上げられてきた。しかし、従来の概念、行動規範を国際機関のリーダーが変更することは容易なことではないというふうに思います。
 そこで、その従来の概念、行動規範を変えてきた先生の源泉というかフィロソフィーというのはどこにあるのかということをお聞かせいただいて、質問を終えたいと思います。
#19
○参考人(緒方貞子君) 別にフィロソフィーがあって変えたんではなくて、難民の定義を申しますと、やっぱり国民が国によって守られない人を難民として国際的に保護し支援するというのが原則になっております。どこでもよその国へ行って、この人が困っているからといって手を出せと言っているんじゃないんですね。やっぱり、国民を守り国民の繁栄を図る、その義務は国家にあるんですから。ですから、国家の責任を越えて外へ出たときに難民というふうに認められるわけなんです。
 ところが、そういう状況を現場で、特にこれはイラクだったと思うんですけれども、ともかく国境を越えていくまで待っていなきゃならないんだろうかと、そして、そういうことで国境の中で非常に苦労している中に飛び込んじゃいけないんだろうかというような疑問を随分、現場にいるオフィサーたちは悩みまして、時にはちょっと境界線を動かしたなんていう話もあるんですけどね。
 だから、国家が自分の国民を守り切れないとき、正しく保護し、しかもその福祉を考えられないときは、やはりそこに入っていかなきゃならないというその考え方は多少、例えば今のシリアの状況などは、それでも国連が出てきておりますのは、ある程度国家の責任ということに注目し、それを尊重しながらも、ぎりぎりのときには国際連合が出ていくとか、そういう形の調整はしているわけでございますが、どこへでも介入しようというんではないと。
 そのために随分、なかなか越えてこない難民が越えてくるようにして何かと国境で待ったこともございますから、そういう中で、国民に対する国家の責任というものを非常に重要なものと認識していただいて、それも人々ですよね。で、それが人間の安全保障というような概念の発展になったわけなんです。
 ですけど、その辺はよろしく、先生方、ここはもう越えて助けてやらなきゃならないというような避難民等については是非よろしくお願いしたいと思います。
 ありがとうございます。
#20
○赤石清美君 どうもありがとうございました。
#21
○魚住裕一郎君 公明党の魚住裕一郎でございます。今日は本当にありがとうございます。
 先生の世界の平和と安定に寄与された本当に御努力と、また我が国の国際協力に尽くされた御功績に深く敬意を表しますし、また心から感謝を申し上げるものでございます。
 そういう御経験の上で何点か質問をさせていただきたいと思いますが、御案内のとおり参議院は第二院でございまして、アッパーハウスでございますが、やはり任期が一定、解散がありませんので長期的視野に立ってしっかり議論しようと、で、決算とODAの参議院にしようという形で実は取り組んでまいりました。
 ですから、かつては国際問題調査会というところがあって、そこで小委員会か何かつくって、ODA基本法を作ったらどうかというようなところまで、一歩手前まで実は来たんですね。ただ、そのときの外務省、いやいや、もうそれ動きづらくなるのでODA大綱にしてくれという話になって、まあまあという形でそこで落ち着いたんですが。
 しかし、今先生がお話しになったようにジョセフ・ナイのスリーDですね、その中で外交と開発と、軍隊は使えないんだからと、そういうことであれば、よりきちっとした法制化をして、予算の規模も下がってきましたし、その予算の確保、あるいは援助実施体制の充実、あるいはNGOとの連携、さらには国民の理解と参加を促進する、そういうためにもこのODA基本法というものをきちっと制定すべきではないのかと私は考えるんですが、先生の御意見、そして、もしそうであるとするのであれば、何を盛り込むのか。もちろん、今のODA大綱の基本原則を中心にするわけでございますが、その辺についての先生のお考えを御教示いただきたいと思います。
#22
○参考人(緒方貞子君) 私、実はそのODA大綱の基本法の在り方について調査とか分析をしたことはございません。
 私はどちらかと申しますと現場の方で働いていることが多かったものですから、大抵の法律をうまく適用させていって、どうしてもしなきゃならないことというのは大体できるという、ちょっと乱暴な考え方に立っている場合が多いものですから、本当に困っていることがあったら、大抵の場合、それほど法が悪いために適用できないために何かができなかったということ、あったかも分かりませんが、何らかの形で対応、大抵本当に、今の難民の方の例なども考えますと、難民が越えてこなければ、国境を越えなきゃ助けられないというようなことについては、国境、石をちょっとぐらい動かすぐらいのことはしたことあると思いますが、遠くを歩いて来る前にこちらから入り込んでいったことはあるんですね、やはり帰ってくる人たちが国境を越えるまでわざわざただ待っていないで。
 そういうせっぱ詰まった人間の命にかかわるようなことは、大抵法が不適当な場合、不適当というよりも不十分な場合はあるわけですね。そういうときには迂回して実施する可能性というのは常にあると思います。それについては、やはり法の番人でおられる先生方の理解というもの、現実というものを知っていただく努力ということが相当大事だと思うんです。
 そしてまた、それを改正していくのは、そういうものの積み重ねの上に是非改正とかいうような手続は取っていただきたいと思いますが、非常にせっぱ詰まった状況においては大抵何かの迂回をしておいて、そして後で訂正するという形で、そんなこと宣伝していいかどうか私知らないんですが、もうお役も終わりましたので、そういう乱暴なことを申し上げて何とか。大体、法によって全てできないというのは言い訳であって、本当にやらなきゃならなくてやりたいことというのは多くの場合対応が可能だというふうな乱暴な自信を持って生きてまいりました。
#23
○魚住裕一郎君 先生、また外務省の特別顧問にも御就任なされているというふうな大きな立場から、やはり国民的理解、そしてまた本当にODAが大事なんだということの我が国の姿勢を示す上でも、ODA基本法を使い勝手のいいように制定していくべきじゃないのかというのが私たちの考え方で、これほぼ各政党、大体共通認識になってきているかなというふうに思っているところでございます。
 今、赤石先生からお話ございましたけれども、従来の概念を越えて、あるいは行動規範を越えてというお話がございましたが、先生は国連の高等難民弁務官もされていたわけでございますが、あれは確かに国連決議等で一つ一つの災害とか紛争とか、それに対処して活動されるというふうに承知をしておるんです、UNHCR第九条でそういうような規定があったというふうに思っておりますが。
 去年、東日本大震災があったわけでございますが、毎年一億数千万の人が災害に遭っているんですね。そして、かつ十万人規模で亡くなっている方も全世界でいるんでございますが、正規の任務として被災支援というものをUNHCRができるようにしていくべきではないのか、そういう規定の改正とかを日本国として発信をしていくべきではないかというふうに私は思っておるんですが、もちろんどこでもこのUNが踏み込んでいってという形にはならないと思いますけれども。
 なかなか、例えばハイチであるとか、いや、日本の場合もそうかもしれませんけれども、多くの災害が途上国等であった場合、それこそ人間の安全保障という観点からもそういう活動をしていくべきではないのか、ODAとはちょっと違いますけれども、国連の活動のことでございますが、是非そういうような提案を日本国としても発信すべきではないかと思いますが、いかがでございましょうか。
#24
○参考人(緒方貞子君) 大変大きな問題提起をされていらっしゃると思うんですが、ありとあらゆることを難民高等弁務官がするというのは私は望ましいことではないと思います。というのは、いろいろな組織があって、それぞれの分担がございますし、そしてまたそれぞれの得意がございますから、きちっとした形で分担の役割を、与えられている役割を果たしていくのは大事であると。
 ただ、このごろ、みんな協力しましょうという名の下に誰でも彼でもみんな協力しまして、そのため協力調整の会議ばかりが増えるということもあるんですね、やっぱり国際機関の中では。ですから、きっとお考えになっていらっしゃるのは、安保理でやはりその国の中におけるいろんな状況に対して介入するという問題を、一体どこまで安保理はそれを実行するのか、あるいはどこかでの妥協、交渉の場を設けるかということは非常に大きな政治問題としていろいろなときにございまして、そして、恐らくそういう例をお考えになって、安保理が出ないときはどうやったらいいのかというような形でのいろんな迂回の試み等々はやっぱり政治的に必要なときはございます。ただ、国連に介入されたくないという大国もいろんな事情があって出てまいりますので、その御期待になるほどのことを全部国連ができないということも現実でございます。
 非常にたくさんの人たちがそのために犠牲者になるというときは、やはり国連を動かす世論というものは非常に大事だと思いますし、今ももうちょっと動いてくれるといいなと思っている状況は私も幾つかあるんですが、どこでもここでも飛び込むというと無秩序になっても困るものですから、ある程度それぞれの義務という部分は明確にして、その義務間の調整ということを事務総長あるいは大国も責任を持ってもっとしていただく、それを動かすやっぱり世論というのは大きく必要だと思っております。
#25
○魚住裕一郎君 ありがとうございました。
 ますますの御活躍を祈って、質問を終わります。
#26
○参考人(緒方貞子君) いえいえ、もう私これで退任するところでございます。ありがとうございます。
#27
○小熊慎司君 小熊慎司です。
 緒方参考人、今日はどうもありがとうございます。また、長年にわたる重責遂行されて、本当に感謝を申し上げる次第であります。
 私の方から、いろいろお聞きしたいんですが、一点だけお聞きします。
 もう退任されるということではありますが、まだまだ緒方参考人には何十年も御活躍をいただきたいという気持ちでいっぱいでありますし、また、これまで緒方参考人に我々もある意味では頼り切って甘えていたのかなという反省もあるわけであります。ある意味では、緒方貞子の前に緒方貞子なし、緒方貞子の後に緒方貞子なしというような状況であって、この日本の国際的地位、国際貢献の地位を上げた立て役者の一人でもありますが、やはりそれに続く人材を我々つくっていかなければならないというふうに思っています。もちろん、私の家内もそうですけれども、現場で国際貢献を果たす協力隊の皆さん、またほかのいろんな皆さんは数多く輩出はしているところでありますけれども、緒方参考人並みのそうした後継者づくりを今後、参考人には是非その任務があるのではないかなというふうに思っています。
 そういう意味で、途上国での人材育成ということではなくて、まさに日本人として国際貢献の場の前線で、大きな舞台で働く、そういう参考人並みの人材育成といったものがこれから必要ではないのかなというふうに思っています。まだまだ国内的にもODAの理解というのは誤解されている部分もありますし、昨年もこのODA委員会を中心にこの予算の削減に対しては大反対をしたわけでありますけれども、多くの国民からは非難も浴びたところでもあります。
 そういう中にあって、国内での国際人としての人材育成、これをどう我々が果たしていかなければならないのか。緒方参考人の半生を振り返りながら、緒方貞子のつくり方といったものを御教授いただいて、まさに緒方貞子二世、三世という者が現れたときに本当に参考人の仕事が終わったと言えるのではないかなというふうに思っているところであります。そういった観点に立って御意見をちょうだいしたいと思います。
#28
○参考人(緒方貞子君) 申し上げることは余りないと思いますが、非常に多様な人材を皆様の御努力で、このごろグローバル人材が足りないというようなことが方々で言われているようで、一体どうやってグローバル、つまり多様性というものを認める、そして奨励するという考え方だろうと思うんでございます。そういうような教育というものをどうやったら進めていけるんだろうかと。
 それから、一つJICAの方で試みまして、これは引き続き実行に移していくと思いますが、JICAに非常に入構することを希望してくださる若い方たちは多いんですが、入った後に、数か月後ですね、あれは三か月後ぐらいかな、三か月ぐらいたってすぐ、みんな現地に出すんです。そして、研修を受けてまいります。最初に半年近く行ってから帰ってきて、それからいろいろな部署に就いていくんですが、これは、その人たちがどういう仕事に本当に就くんだろうか、世界がどういうものなのか、どういうことを期待されるかということをやはり身に付ける非常にいい制度をつくっていると思います。そしてもう一つは、現場の方の責任者たちがどうやったら若い人たちを育てるかということを大変みんな勉強するようになりまして、両者にとっていい試みだったと思いますし、これは是非今後も続けていきたいと考えております。
 抽象的だけじゃ、抽象的でも間違っていない抽象化はいいんですが、やはりこういう仕事でございますから、JICAだけじゃなくて、多くの青年、青少年の方たちもいろんな形で現場にエクスポーズされ、国際的にエクスポーズされるという、こういう制度を、それからチャンスをたくさんつくっていただけるといいんじゃないかと。
 何といっても、いろんなものありますけど、本当にこんなににぎやかな島国は少ないと思うんですが、やはり日本の特殊なもののいいものを理解するためにもほかがどうなのかということを理解する必要があると思いますので、そういう意味での青少年の育成は大事なことだと思っております。
#29
○小熊慎司君 ありがとうございました。これからも是非後進の指導に努められますよう、御期待を申し上げます。
#30
○参考人(緒方貞子君) 少し休みたいと思います。
#31
○小熊慎司君 はい、よろしくお願いいたします。
 時間はありますが、常日ごろ皆さんにお世話になっていますので、時間を皆さんにお譲りしたいと思います。
 どうもありがとうございました。
#32
○吉田忠智君 社会民主党の吉田忠智でございます。
 今日は、参考人には質問する貴重な機会を与えていただきましてありがとうございます。また、この間の御尽力に敬意と感謝を申し上げます。
 まず一点目ですが、原発の輸出についてお伺いをいたします。
 未曽有の原発事故が発生をしましたが、その後にも政府は原発の輸出を進めようとしております。先ほど参考人からJICAとJBICの統合が大きな成果だというお話もございましたが、そのJBICがこれに加担をしている面もございます。
 参考人は、自分の国でうまくいかなかったものを外に持っていっていいのかというような発言も新聞のインタビューでされておられますけれども、改めて原発輸出についての思いをお聞かせをいただきたいと思います。
#33
○参考人(緒方貞子君) 原発自体が非常に発電事業の上で重要な役割を果たしてきているということは認めるんですが、原発の犠牲者となった日本のことですから、この原発の安全性については最も敏感である人たちでございますし、そうあるべきだと思うんですね。
 ですから、輸出については、まず国内で、今いろんな形で検討されていて安全性の確保を非常に努力しておられる。これ必要だと思っています。ですが、これを輸出するということになったら、より確信を持って安全性をある程度確保されてなさるということはお勧めしたいと思います。まだ中途半端な状況でそれだけ進めるということには私自身はヘジテーションを感じます。
#34
○吉田忠智君 ありがとうございました。
 続いて、先ほど参考人は、日本は軍事力を持って立つ国ではないと、そのように言われました。これまでの国連難民高等弁務官としての経験、それからJICAの理事長としての経験の中で、日本国憲法、とりわけ憲法九条が参考人にとってどのような存在であったのか。活動する中で、その憲法九条あるいは平和憲法を持つ中でメリット、デメリットをどのように感じてこられたか。そして、それを踏まえてこれからのそういう憲法九条、特に、はどうあるべきとお考えか、お聞かせいただきたいと思います。
#35
○参考人(緒方貞子君) 私は、軍事力を持って立つ国じゃないというようなことを思うし、私自身は実は歴史家なんです。そして、日本の歴史、近代史を勉強してきた者として、やはりああいう国にはなるべきじゃないと思っております。
 ですから、それといって、それじゃ軍事力を持って発展するということではなくて、あらゆる形での知的あるいは財政的、技術的、いろいろ発展することはたくさんあると思うんですが、軍事力、特にこの軍事力を使っての戦争をしてということは、もう私は歴史で勉強してきた限り、二度と日本がそういう方向に行くべきじゃないし、行かないというふうに確信しております。
#36
○吉田忠智君 それが、国際貢献を考えるときにいつも議論になりますのは、日本が外に出ていくときにやっぱりいろいろ障害になるのは憲法九条であるという御意見も中にあります。そうしたときに、これまでの経験の中で憲法九条とのかかわりにおいて何か感じられたことはありますでしょうか。
#37
○参考人(緒方貞子君) 憲法九条を損なう形での海外発展は、今は国民の多くの声にも影響されて出てきていないと思います。
 施設部隊ですけれども、このジュバへの施設部隊、私、施設部隊はティモールで見ているんです。非常に役に立つ、しっかりしてくださる、工事力といいますか、そういう不安定なところですから、ある程度自衛の力は持ちながら工事をきちっとしていく力を持ったものとして日本の自衛隊の施設部隊の役割は高く評価しておりますので、もしジュバにおいて施設部隊のために、ジュバ、今またちょっと不安定になっているんですけれども、そういうきちっとした形で進められるような施設部隊が出ていただいてよかったと思っております。
#38
○吉田忠智君 じゃ、最後の三点目の質問をさせていただきます。
 先ほど理事長は人々に焦点を当てて事業をするべきだというふうに言われました。参考人が書かれたものの中に、今後の開発支援で鍵になるのはインクルーシブ、包含性の概念であると述べられておりますが、先ほど述べられたことがそのことに当たるのではないかと思います。改めて、このインクルーシブの概念をこれからしっかり持ってJICAの活動を進めていく、国際協力を進めていくためには、どのようなところを重点的に考えていったらいいのかという点、お聞かせいただきたいと思います。
#39
○参考人(緒方貞子君) 実は、JICAが統合をいたしましたときにJICAの職員が自分たちのモットーを作りたいと言いまして、あれはインクルーシブ・アンド・ダイナミック、包括性とダイナミズムを持った事業をする機関になりたいというのは職員の中から出てきた言葉なんです。
 この包括性というのは、ただ、どういう状況の下で包括というものが生きあるいは生きないかというような、いろんな状況的なものについての、何というか、試験ですね。それは必ずしもそうしばしば経験しているわけじゃないので、特にこの前のチュニジアにおいて起こりましたような状況については、それじゃ我々はどのぐらいこの包括性ということを言ったときに、教育に随分助力してきたと、だけれども教育をすれば全てそれが報いられるという社会ではない。つまり、就職、望ましい就職、あるいは望むことのできる就職とか、いろんな社会の状況というものの中で包括性ということをどのように理解していったらいいのかという新しい命題にぶつかったんだと思います。その上、じゃこれが不公正であるとかなんとかいうようなことについての理解は、このごろのように情報が物すごく速く動きますと、分からないうちに動いてしまうということが非常に起こりやすいんですね。
 ですから、その辺について、新しく開発援助の責任を持ったJICAにおいては、そういう判断を厳しく、そして迅速にする力を持っていなきゃいけないんだというふうに痛感いたしております。
#40
○吉田忠智君 ありがとうございました。
 参考人には、今後もまたお元気でJICAのまた御指導もいただきたいと思います。ありがとうございました。
#41
○委員長(藤井基之君) 以上で各会派の質疑が一巡いたしましたので、これより午後二時三十分を目途に自由質疑、追加質疑等を行います。
 質疑を希望される方は、挙手の上、委員長の指名を受けてから御発言願います。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。中村君。
#42
○中村博彦君 緒方理事長にはこの八年半、本当に御苦労さまでございました。本当に感謝を申し上げたいと思います。その間、ODA予算は一九九〇年代から減り続けております。残念なことであったと思うわけでございます。
 そして、いろいろな新聞紙上で緒方理事長の御発言をいろいろ見させていただいておると、まさに日本は繁栄の孤島ではあり得ない。そして、先ほどの言葉にもございましたように、グローバル化の中の相互依存と、こういうようなお話もいただきました。
 本当に今、日本の人口が、二〇一一年十月時点でございますけれども、前年より二十五万九千人も減少をいたしております。そして、若年労働者の減少は本当に大きく、日本の経済構造をも崩そうといたしております。そして、今私たちの日本企業は海外への移転、このような中にございますけれども、このような動きをどのようにお考えなんでしょうか。
#43
○参考人(緒方貞子君) 程度問題というんじゃないんですよ。海外に全部行ってしまって、そして日本はそこから来る収益だけで生きていけるとは思いません。それがまた望ましいとも思っておりません。
 ですから、海外において、やはり日本の中で考えているような形での、つまり、人々の、災害にならないとか、先ほどのちょっと原発の話でもあったように、そういうものを踏まえながら、海外において上がった利益というものは海外の方ともシェアするというような形で、非常に多様な事業体というものを持ちながらいくんじゃないかと思うんです。
 ただ、非常に大事なのは、一貫して大事だと思いますのは教育でございます。しっかりした判断力のある国民をつくり続けるということだけは、外に依存だけはできないことで、日本の中でしなきゃなりませんし、それと同時に、レリバンスと申しますか、そういうものを図るためにはある程度、外と中との交流をもっと強めていかなきゃいけない。
 それで、判断力を持ったきちっとした日本人をつくっていくというのは、どんなに国際化しようとしまいと、国際化していく場合にはどうしてもその需要が変わってくるんですね、その構成の。ですけど、もう少しオープンないい教育をしていかないと、繁栄の孤島、孤島であるだけになってきちゃったら大変困ると思うんですね。
 ですから、そういう意味での国際的な教育、つまり、日本、自分のことだけを考えるんじゃなくて、国際的に広い知識と経験を持った人たちをつくっていくというのは、これからの大きなチャレンジじゃないかというふうに私は感じております。
#44
○中村博彦君 今、金や物の移動というのは、本当に大きな移動がされていますけれども、私が一番危惧をいたしておりますのは、人をつくる、人材をつくるということでございまして、それもグローバル人材、アジアの人材も日本でグローバル人材に育てる、日本の人材もアジアや世界の人材に通用するグローバル人材をつくる。そういう意味では、この留学生の問題一つ取ってみても、人の移動の問題を取ってみても、本当に規制というものが日本側にございまして大きな問題点を生んでおるんでないか、こう思っています。
 そして、この人口減少をストップ掛けるのは、この移民という動きの中で、短兵急に移民とは申し上げませんけれども、やはり人の移動を自由にした中でのこの移民という動きがこれから必須でないのかなと、こういうように私は思うものでございますので、緒方理事長の国際的な体験から、移民等について、人の動き、移動についての御見解をお教えいただいたら有り難いと思います。
#45
○参考人(緒方貞子君) 人の移動は非常に大事なことだと思いますし、先生の四国でもかなりの外国の人が、労働者が足りない分だけ、これは研修生という名の下に来ておりますんですね。その実態というものにどう対応するかというのは、実は日本の大きな課題だろうと思うんです。
 みんな、矛盾は幾つかあるんですね。この間のアラブの春の結果、あの状況がヨーロッパに広まっていって、非常にたくさんの労働者が、これは外国人労働者がいろんなデモをしているわけですね。外国からの労働者のために、経済的には必要だけれども、そのために非常に社会的な問題が起こっているところはたくさんございます。
 日本にはそれはないのは、規制が強いからなんだろうと思うんです。ところが、規制でなくてこのままただ行けるかというと、日本の労働人口の実態等々から考えれば、どうしてもちゃんとした形で外国からの労働者を受け入れ、そしてちゃんとした処遇をして、そして相互に利益するというシステムを多分つくっていかなきゃならないのではないかと思っております。
 先生方はどういうふうにその辺をお考えなのか、私としては伺ってみたいと思っておりましたんですが、やはりヨーロッパの、アメリカも多少ございましたが、ウォールストリートへデモが行ったりとかいろいろやりますけれども、やはり貧富の差の物すごい激しいものは危険なんですね、それ自体が。それは先進国の中で感じているわけなんですが。それを、危険を防止しながらも、労働力の不足というものをある程度、外国から来た人たちにもそれなりの報酬を与えて、そして彼らにもこの労働の成果というものがプラスに動く、そしてまた受け入れている国においてもプラスにそれが結果が出てくるというような、そういう仕組みをつくっていくのは実は物すごく難しいことだろうとも思うんですが、日本が今までやってきた方法で続くのかなということを感じることはございます。
#46
○中村博彦君 ありがとうございました。
 ODA予算、これはますます今年からはしり上がりするような気持ちで頑張らさせていただくことを申し上げて、感謝を申し上げます。ありがとうございました。
#47
○委員長(藤井基之君) 長谷川君。
#48
○長谷川岳君 自由民主党の長谷川岳です。今日はありがとうございました。
 人に焦点を当てる、そして相互依存性を高めていくという非常に重要なキーワードをいただきましたが、私は二点御質問させていただきたいのは、一つは、グローバル化のやはり課題として格差が広がっていると。一方で、反グローバリズムというような考え方の運動をする方と、もう一つは、今アメリカの経営者でも私に税を掛けてくださいという、経営者がもっと税を掛けろというような運動も始まっておりまして、このように格差を縮めていくグローバル化というのは可能かどうかという先生の御自身の御意見を伺いたいのが一点です。
 それからもう一点は、やはり先生、多く海外で活躍されている日本人にもよくお会いをされていると思いますが、先生を始めとして日本人ならではのこの発想の優れた点、あるいはODAで日本が貢献できる日本ならではの、これはアメリカやヨーロッパにはないような日本ならではの発想というのはどの点かというのを、最も重要視している点を教えていただければというふうに思います。
#49
○参考人(緒方貞子君) だんだん難しい質問になってしまって私としては非常に、格差を縮めるグローバル化というのがあるかどうか分からないんですが、グローバル化のペースであるとかそれから範疇であるとか、そういうものをもう少し丁寧に見ることはできるんじゃないかという気はいたします。
 それから、日本人の優れたもの、優れているところたくさんあるんですよね。こんなに真面目によくきちっと働くという人、余りいないと思うんですね。少なくともかつての日本人、私などが承知している日本人は本当に、さっきの移動労働者なんかのは、やっぱりある程度のスケールと、だからどの程度か、そしてどのようなタイミングかということが非常に大事なんじゃないかと思うんですね。
 急ぐといろんな形での衝突が起こっているんですね、ヨーロッパでも。だから、急がないで、ある程度は入れることによってヨーロッパの国々の必要性も満たすと。だけれど、それが余りたくさんになるために対応し切れなくなる、そうするとそこに格差ができて不満の方が先に出ると。その辺のあんばいの仕方というのは相当な細かい制度的な規制をしないとできないので、それをすることができるのかな、それが正しいのかな、私もその辺は非常に迷いますが、問題は非常に、どうやっても格差が分かるようになってしまったこの情報革命の時代において、急がず、といって必要性にはこたえるというスピードはとても難しいとは思うんですけれども、そういう辺はただただ閉じるのでは続かないと思いますね。
 その辺、先生方も是非いろいろ、全体を御覧になっていらっしゃる方々ですから、是非御判断いただきたいと思いますね。
#50
○長谷川岳君 ありがとうございました。
#51
○委員長(藤井基之君) 石橋君。
#52
○石橋通宏君 民主党の石橋通宏と申します。
 今日は本当に大変貴重な御意見、またメッセージを数多くいただきまして、本当にありがとうございました。
 今日いただいた様々なメッセージの中で私も一番共感を覚えさせていただきましたのが、人を大事に、とりわけ弱い人を大事にというところと、もう一つは現場主義というところでございます。この観点から、是非忌憚のないところでお考えをお聞かせいただきたい点を二点御質問させていただきます。
 まず一点は、それでは、じゃ翻って今の日本のODA政策、国際協力の政策の決定プロセス、決定の在り方というのが、現場主義、そして各国の人を大事にということ、それを踏まえた決定方式になっているのかどうかという観点で率直なところを一つお聞かせをいただきたい。もうこれは政府、外務省、そしてJICA、こういうプレーヤーがいるわけですが、今の現在の決定方式、予算も含めたところが果たして本当にそういう形になっているのかという点についてお聞かせいただきたいのが一点目でございます。
 二点目は、それではJICA自身が、緒方参考人がこの間、長年理事長としてJICA組織を引っ張ってこられたわけですが、今現在のJICA組織がそのような決定プロセスになっているのか。例えば、現場を本当にしっかりと御存じで長年現場で御苦労をされた専門家の方々とか、そういう方々がJICAの中でそういうふうにきちんと政策決定プロセスにかかわり、そしてまた処遇を受けという形になっているのかどうかという観点から、今後我々どうこれを進めていくべきなのか、変革すべきはどう変革をしていくべきなのかという観点から我々にメッセージをいただければと思いますので、この二点、よろしくお願いをいたします。
#53
○参考人(緒方貞子君) 大変難しい質問をいただきまして、すぐお返事ができるとは思わないんですが。
 いい、いろんな現場のことを踏まえた形での事業体にはなりつつあると思います、それは、はっきり申し上げて。それじゃ、何と申しますか、プロセスが遅過ぎるか、はい、遅過ぎると思うことはあります。それから、やはり大きい組織ですと、ある書式に基づいて動かさないと混乱状態になりますから、ある程度の秩序というものは必要なんです。でも、秩序というのはつくればつくるほどその目的から離れるんですね、やはり。
 ということは、どういうことかと申しますと、時間が掛かる、秩序のための犠牲が出てくる、その辺のあんばいはどうやって付けていくかというと、これはまさにリーダーシップなんですね。それ、理事長だというんじゃなくて、いろんな形での、課長であり、部長であり、そういう人たちの判断力、速度と全体に対する理解、そういうものの積み重なりで、どうしてもプロセスを踏まなきゃならないけれども、踏み方において最も妥当な踏み方をすると。そういうものはやっぱり組織の大きなチャレンジでございまして、私もたくさん習いました。ですけれども、やっぱり目的が成果を上げるというところによく絞られることが大事だと思うんです。
 それから、もう一つの今の質問の専門家と事業、これはとても難しいことなんです。専門家というのは、私もついこの間、実はバルカンの方に久しぶりでいろんな事業を見に行ってきたんですが、特に主に欧米の人たち、難民高等弁務官時代の事業の方なんですが、専門家というのは実にすばらしい事業をするんですね。でも、その専門家のした事業が組織の事業にはすぐにはならないんです。専門家がやった専門性というものをどのぐらい組織体の中に吸収して全体の事業に変えるというのは、これ違ったモメンタムと、モメンタムも違うし、全部の専門家の専門性が全部そのまま生かせるものじゃないんですね、本質的に。その辺のあんばいというのは非常に難しいことだなということを見ながら、私も痛感いたしました。
 それから、専門の方はある程度完璧を期するわけですね、専門的な。それと専門の部分で非常に広げるのができるものとのあんばいの取り方は事業体としては難しいことだと思いますし、みんながただ事業家で、みんなができることだけやっていたんじゃきちっとしたいい仕事になりませんから、専門性と事業性というようなものの組合せが非常に難しいものだということは、八年半JICAで働いて、去るのに当たって痛感しているところでございます。
#54
○委員長(藤井基之君) ほかにいかがでしょうか。
 それでは、ほかに発言もないようでございます。予定の時間も参りましたので、参考人に対する質疑はこの程度といたします。
 参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、貴重な御意見をいただきまして、誠にありがとうございました。本委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後二時二十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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