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1951/08/16 第11回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第011回国会 本会議 第1号
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1951/08/16 第11回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第011回国会 本会議 第1号

#1
第011回国会 本会議 第1号
昭和二十六年八月十六日(木曜日)
 議事日程 第一号
    午前十時開議
 第一 議席の指定
 第二 会期の件
 第三 特別委員会設置の件
    ―――――――――――――
 一 国務大臣の演説
    ―――――――――――――
●本日の会議に付した事件
 日程第一 議席の指定
 日程第二 会期の件
 日程第三 公職選挙法改正に関する調査特別委員会、海外同胞引揚に関する特別委員会及び行政監察特別委員会設置の件
      吉田内閣総理大臣の外交問題に関する演説
    午前十一時五十一分開議
#2
○議長(林讓治君) 諸君、第十一回国会は本日をもつて召集せられました。
 これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
 第一 議席の指定
#3
○議長(林讓治君) 衆議院規則第十四條によりまして、諸君の議席は、議長において、ただいま御着席の通りに指定いたします。
     ――――◇―――――
 第二 会期の件
#4
○議長(林讓治君) 日程第二、会期の件につきお諮りいたします。今回の臨時会の会期は、召集日から八月十八日まで三日間といたしたいと思います。これに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#5
○議長(林讓治君) 起立多数。よつて会期は三日間とするに決しました。
     ――――◇―――――
 第三 特別委員会設置の件
#6
○議長(林讓治君) 日程第三、特別委員会設置の件につきお諮りいたします。公職選挙法改正に関する調査をなすため委員二十五名よりなる特別委員会を設置いたしたいと思います。これに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○議長(林讓治君) 御異議なしと認めます。よつてその通り決しました。
    ―――――――――――――
#8
○福永健司君 特別委員会設置の動議を提出いたします。すなわち、海外同胞引揚げに関する調査をなすため委員三十名よりなる特別委員会を設置されんことを望みます。
#9
○議長(林讓治君) 福永君の動議に賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#10
○議長(林讓治君) 起立多数。よつて動議のごとく決しました。
    ―――――――――――――
#11
○福永健司君 特別委員会設置の動議を提出いたします。すなわち、本会期においても行政監察特別委員会を設け、その委員会の構成、権限及び次の国会召集の日までに支出し得る費用等については昭和二十六年二月六日本院で議決した通りとせられんことを望みます。
#12
○議長(林讓治君) 福永君の動議に賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#13
○議長(林讓治君) 起立多数。よつて動議のごとく決しました。
 ただいま議決せられました三特別委員会の委員は、前会通りの方を指名いたします。
 この際暫時休憩いたします。
    午前十一時五十四分休憩
     ――――◇―――――
    午後四時十七分開議
#14
○議長(林讓治君) 休憩前に引続き会議を開きます。
     ――――◇―――――
 一 国務大臣の演説
#15
○議長(林讓治君) 内閣総理大臣から外交問題に関し発言を求められております。これを許します。内閣総理大臣吉田茂君。
    〔国務大臣吉田茂君登壇〕
#16
○国務大臣(吉田茂君) 本日、ここに講和問題につき報告することを欣快といたします。
 昨秋九月十四日、米国政府が対日講和推進を公式に声明して以来、ここに約一年であります。米国政府の好意と、ダレス特使の努力の結果、遂に九月四日サンフランシスコで対日平和会議の平和條約署名調印式がとり行われることになつたのであります。
 対日講和につき、終始指導的な地位に立つた米国政府は、昨秋の声明後、対日平和の基礎原則を関係諸政府に通達して意見を求めたのであります。それは十一月下旬に公表されて、いわゆる対日平和七原則として世に知られておるものであります。これは膺懲的な、監視的な、また敗者に対する平和條約の観念に基かざる、また将来に対する制限などを含まぬ、戰争の善後処理に必要な最小限度の規定にとどめるとともに、全体として平等友好の協力関係を確立する性格の平和條約をつくろうとする思想をもつて一貫しておるものであります。
 米国政府は、七原則に対する関係諸国の意見をしんしやくして、これを條約案の形につくり上げるよう外交交渉を続けて参つたのであります。その間、ダレス特使は二回日本に来訪し、日本政府及び朝野各界代表に対し意見を開陳する機会を與えられました。正確に申せば、平和問題について日本は交渉の相手方ではないのであります。交渉は連合国の間に行わるべきものであるのであります。日本は、この交渉の主人役ともいうべき米国政府の好意によつて、意見を開陳する機会を與えられたのであります。しこうして、この立場の許す限り、自由にわれわれに意見ないし要請を開陳する機会を與え、また虚心坦懷にこれを聽取して、努めてわが希望を取入れんとする態度をもつて終始せられたのであります。その結果、米国政府と日本政府の間に、平和條約の構想及び平和條約成立後における日本の安全保障の構想について相互の理解と意見の一致が広範囲にわたつてできた次第は、当時特使及び政府の声明または私の国会報告で明らかにいたした通りであります。ダレス使節団の帰米後においても、米国政府の條約案作成が進行するにつれ発生する諸問題についても、随時日本政府との間に意見の交換が行われ、かようにして作成せられた條約案は、本年三月下旬に関係諸政府に通達され、二十七日、日本政府も交付を受けたのであります。ここに至つて初めて対日講和問題が平和條約草案の形をなすに至つたのであります。この條約案は、ダレス特使より直接聽取した、構想に近いものでありまして、政府はただちに草案の研究に着手し、わが所見を遅滯なく開陳するの自由を與えられました。
 四月、連合国最高司令官の更迭に関連して、同月十六日、ダレス特使はさらに日本を訪問せられ米国政府の対日平和促進の根本方針にごうも変化なきことを明らかにせられるとともに、平和條約に関し日本政府として回答すべき諸問題の研究を促されたのであります。当時、ダレス特使は、さきに英国政府からも條約案が提示せられたこと、場合によつては英国に渡つてみずから協議する意のある旨をも漏らされたのであります。
 米英会談は、六月四日ないし十四日、ロンドンで行われました。会談に参加したアリソン公使は、パキスタン、インド、フィリピンを経由して、六月二十四日に東京に来着せられました。同公使は、ロンドンにてでき上りたる米英集合同案の大綱を説明せられ、また合同案は米国案に英国案を加味したものである、少しく長くなつたが、技術的には正確になつたということを述べ、また英国政府は全体として経済問題に深い関心を持つておる旨を告げ、中国代表問題に関しては、米英両国案を調整するため多大の苦心が拂われたということを申しておられました。よつてもつて対日條約案成立に至る米英両国政府の首脳者の拂われたる努力と苦心とをわれわれはよく了解することができた次第であります。なお、英国政府が漁業問題について深い関心を有することが明らかになわましたため、本年二月のダレス氏への私の書簡と同様な声明を日本政府よりあらためて出すことにして、平和條約には特別の制限を設けないことに話合いがきまり、日本政府は、七月十三日の閣議に諮つた上、政府声明を出すに至つた次第であります。
 七月十三日、米英合同案が公表されました。その前に政府は條約案を受領し、これに対する政府の見解を先方に通じておきました。
 サンフランシスコ会議の正式招請状は、七月二十日接到いたしました。招請状には條約草案が添付されておりました。同案は、七月十三日発表の草案に十八箇所ばかり形式的な修正を加えられたものであります。招請状によると、この條約案に対する各国政府の意見をしんしやくして、八月十三日ごろに最終案を日本政府に送付するとのことでありました。しかし、関係諸国から提出された意見の調整に時日を要したために多少遅れるかと考えましたが、昨夕、政府は最終案なるものを受領いたしました。最終案は今朝七時公表されたものであります。
 この最終案は、七月二十日の草案に対して、約八十箇所に及ぶ修正または追加を加えております。しかし、これらの修正または追加の大部分は形式的なもので、條約の本質に触れるものではないのであります。
 おもなるものを指摘いたしますと、第一條に、連合国は日本の完全な主権を認める旨の一項が挿入されました。元来これは米国案にあつた條項で、当然のことであるが、疑問の余地をなからしむるために挿入されたものと思います。
 第六條に、日本の軍隊の帰還に関するポツダム宣言の第九項の規定は、まだ完全に実行されていない場合には、これを実行しなければならないとの趣意の一項が挿入されました。未帰還者に関する日本国民の熱誠なる希望と政府の要請にこたえて、この修正が行われたものであることは、われわれの最も欣幸とするところであります。(拍手)
 賠償等に関する第十四條に若干の修正が行われたのであります。これは実質的の変更を意味するものではないと信じます。
 次に第十五條の修正であります。七月二十日の條約草案第十五條では、日本が制定した法律を引用することになつておりました。元来補償法案は條約の附属書として規定する建前でありましたが、中途から、條約案をできる限り簡潔にするために條約かちはずし、日本で法律を定める便法をとることになつたのであります。しかし、條約案が確定しない、従つて第十五條も確定しない前に日本で法律を制定するわけにも行かないので、法案の内容を協議し、七月十三日、閣議にてこれを決定しました。本件は連合国人の財産に関する事項で、関係連合国の意向もしんしやくする必要があり、かかる次第で、條約最終案には七月十三日の閣議決定を引用することになつたのであります。
 最後に、戰死者り墳墓に関する宣言に、わが方の要請にこたえて、連合国側も日本人の墳墓を尊重する建前で日本と協議すべきことを信ずるとの趣意の一項が加わつたのであります。この修正は、
 問題の人道的な性質にかんがみて、まことに当を得たものと思います。(拍手)
 この條約案は、和解の精神を基調とし、非常に簡単でありますが、ダレス特使の言う通り、将来の日本を他の独立国と違つた地位に置いたり、日本の主権を拘束したりする永続的制限を加えていない、ほんとうの意味の和解の條約であります。(拍手)戰争の勝者がかかる原則を適用したごときことは、史上ないところであります。日本の戰争責任や無條件降伏の事実に触れることなく、監視的な規定も設けない。日本の批准は、條約の効力発生の條件となつておる。日本は平等の地位において取扱われる。日本の将来の行動を拘束しない。日本に信頼を置いてのことであります。もちろん和解と信頼が條約全般の根底をなす精神であるとはいえ、平和條約は日本が敗戰国である事実を解消するわけには行かないのであります。領土條項や経済條項など、ある場合に、重荷であり苦痛であると感ずるものがあるのを免れませんが、草案に盛られた内容は、一般的に過去の平和條約に比べて比類なく更正で、かつ寛大であると断言してはばからないものであります。(拍手)
 條約文はきわめて簡潔であります。関係諸国との交渉の結果が盛り込まれたので、最初の米国案に比べると多少長くなつておりますが、前文と、わずかに二十七箇條の本文からなり、ほかに議定書が一つ、宣言が二つあります。條約は、日本と戰争関係にある連合国がすべて署名する建前をとり、署名をしない連合国があればこれとは将来同様の内容の二箇国間平和條約を結ぶという考え方であります。議定書は、戰争のある種の私法関係に及ぼす影響を調整する基準を定めたもので、これを希望する連合国と日本国との間で署名することになつております。宣言の一つは、戰前日本が参加していた諸般の国際條約の効力を承認し、平和條約の実施後日本がある種の国際條約に加入し、または国際機関に加盟する意思を明らかにするものであります。他の一つは、日本にある連合国戰死者の墳墓に関するものであります。二つとも日本政府の自発的宣言であります。條約の規定として解決することを避け日本政府の自発約措置という方式で解決しようとするものであります。
 この際、従来国民的な関心の的ともいうべき南方諸島の帰属問題について一言いたします。條約草案の第二章は、領土の処分に関する規定でありますここにまずわれわれは、日本の主権が四つの主要な島及び連合国が決定する諸小島に限定されると規定した降伏條件をわが国が無條件に受諾したことを銘記しなければなりません。従つて、わが国にとつて、これちの條件の変更を求める余地はないのでありますが、日本は第二條に掲げられた樺太、千島、台湾等の領域に対してはすべての権利、権原及び請求権を放棄することになつておるのに反し、南西諸島その他の南方諸島の処理を規定する第三條は、特にこのように規定してないのであります。この第三條は、信託統治制度のもとに置くための国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する云々とあるだけであります。融通性のある第三條の規定は、国際の平和と安全上の利益のために米国が行う戰略的管理を條件として、本土との交通、住民の国籍上の地位その他の事項について、これら諸島の住民の希望に沿うために実際的な措置が案出されることを希望する余地を残すものであります。すなわち琉球その他の諸島に関する問題であります。
 平和條約調印直後、日米間に締結される安全保障條約については、本年、一月のダレス特使との会談で、双方の問にその構想に関して意思の合致ができた次第は、しばしば説明した通りであります。繰返して申し上げますると、日本は軍備がないから、自衞権はあつても、自衞権を行使する有効な手段がない。世界には今日なお無責任な軍国主義が跡を断たない。こういう情勢のもとで平和條約が成立して、占領軍が撤退した後に、日本に真空状態ができると危險である。かかる危險に備えるために、日本は外部からの攻撃に対する防禦手段として日本に米国軍隊の駐屯することを希望する。この日本の希望に応じて、合衆国は平和と安全のために日本と日本の近辺とに軍隊を置こうという構想であります。(拍手)この構想は、最近ようやく條約案としてまとまりましたけれども、いまだ完成するまでに至つておりません。安全保障條約の実施については、いろいろ技術的な細目について了解を遂げる必要があるが、この春一応の意見交換をして以来平和條約草案の作成の方が繁忙をきわめたために、いまだまとまるに至らないのであります。
 終戰後六箇年の歳月は短かくはありませんが、世界大戰の記憶、戰争による憎悪、仇敵、不信等の国際間の悪感情は容易に滅却するものではないのであります。この悪感情は、現に深刻複雑なる国際関係となつて世界の平和の確立を妨げておるのであります。米国政府及び国民の対日好感情は格別といたしまして、多くの諸国、わけて戰時われより侵撃または脅威を受けた諸国の対日感情のいまなお釈然たらざるものあることは当然であります。かかる国際状況のもとに対日講和を進むることの容易ならざることは、明らかなことであります。これは独墺その他東欧の講和条約がしばしば成らんとしていまなお成らざるところに顧みましても明らかであります。旧敵国たる日本に苛酷なる講和條件を押しつけんとするのであれば格別、公正にして寛大、和解と信頼とに基礎を置く現平和條約案の、ごときに対し関係国間の議をまとめんとすることのいかに容易でなかつたかということは、はなはだ明瞭であります。この困難をあえて進んでみずから引受け、現條約案にまでまとめ上げ、かつ日本側の意向、希望をも寛容に取入れんとせられたるダレス特使の苦心、米国政府の好意は、わが国民の長く記憶すべきところであります。(拍手)また米国政府に同調せる英仏その他連合諸国に対しても、多年の国交友情のいたすところとして、わが国民の記憶にとどむべきものと存ずるのであります。
 翻つて、米国政府のかくまでの好意、連合国の同調を得るに至れる理由は、ひつきようわが日本国民が、既往六箇年間、耐乏、刻苦、敗戰日本再建の国民的誠意と、営々努力の事跡が、米国初め諸外国政府の認めるところなるがゆえと私は信ずるのであります。(拍手)かつてわが国を敗亡に導いた軍国主義、超国家主義を拂拭して、自由民主主義の確立に邁進し、さらに財政経済の自立調整に努め来つた国民的努力が事実に着々現われ来れる成果の認められた結果であると私は確信いたします。(拍手)しかして、事ここに至れる国民の誠意、努力の容易ならざりしは言うまでもないことでありまするが、わが国民を失望の間より蘇生せしめ、前途に希望を抱かしめ、国家再建に営営努力せしむるの勇気を鼓吹指導せられたのはマツカーサー元帥であります。(拍手)またわが国再建復興の事実をもつて国際団体復帰を促し、講和條約の結実促進に切実に努力せられたのは、マツカーサー元帥及びリツジウエイ大将へ前後両総司令官であります。私は国民諸君を代表して、ここに両総司令官に対し深厚の謝意を表したいと存ずるものであります。(拍手)私は、平和條約によつて国際団体復帰の日の近きを喜ぶにあたつて、さらに覚悟を新たにして平和民主日本の再建とともに世界の平和繁栄に一段と貢献する国民の誠意と決意をますます固むべきであると感ずるのであります。
 わが国の政治的独立は一応達成せられようとしているのでありますが、今後の経済的独立については、なお一層の考慮と努力を必要とするのであります。私は、まず日米経済協力をさらに具体的に促進するとともに、世界各国とあとう限り友好的な関係を樹立し、有無相通ずるの方法によりわが国の経済を維持し、あわせて世界の繁栄に寄與いたしたいと存ずるのであります。政府は、これらの問題につき、今後随時具体的方針を明らかにいたす所存であります。
 しかし国際間には、いまなおわれに対し、わが国の既往の事跡をたどつて平和に対するわが日本の再脅威を云々し、またはわが将来の経済競争の懸念の去らざるものあるを認めざるを得ないのであります。しかし、すでにわが国は海外領土及びその資源を失い、明治維新以来蓄積せる国富を戰争によつて蕩盡せる状況にあつて近時の軍備情勢に照しても、世界平和の再脅威たる條件をまつたく喪失しておる現在に留意し、また国民が深く自由、平和、繁栄を希求する現状が理解されるならば、政治的にも、軍事的にも、はたまた経済的にも、列国がわれに対して畏怖の念を抱くは、まつたく無用なことがわかるときがあるべきことを私は信ずるのであります。
 サンフランシスコ会議において調印せられたる條約は、今後批准につき国会の承認を求めることとなるは御承知の通りであります。その際私は国会の圧倒的支持あることを期待して疑わないのであります。(拍手)
 公平かつ寛大なる平和條約をもつて、わが日本を国際団体に復帰せしめんとする諸連合国の好意に応ずるため、またこの平和條約が日本国民の最大多数によつて受諾せられ、遵奉せられることを内外に宣明するため、強力なる全権団を国会より派遣せられたいと存ずるのであります。幸いに議員諸君の御賛同を希望してやみません。(拍手)
    ―――――――――――――
#17
○福永健司君 国務大臣の演説に対する質疑は延期し、明十七日定刻より本会議を開きこれを行うこととし、本日はこれにて散会せられんことを望みます。
#18
○議長(林讓治君) 福永君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#19
○議長(林讓治君) 御異議なしと認めます。よつて動議のごとく決しました。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後四時四十四分散会
     ――――◇―――――
昭和二十六年八月十六日(木曜日)
    開 会 式
午後二時五十七分、参議院議長、衆議院参議院の副議長、議員、内閣総理大臣その他の国務大臣最高裁判所長官代理及び会計検査院長は、式場である参議院議場に入り、所定の位置に着いた。
午後二時五十九分、天皇陛下は、衆議院議長の前行で式場に出御され、玉座に着かれた。
衆議院議長は、左の式辞を述べた。
    ―――――――――――――
  本日天皇陛下の御臨席を仰ぎ第十一回国会の開会式を挙げるにあたり、衆議院および参議院を代表して式辞を申し上げます。
  終戰以来、われわれは国家主権の回復をめざして、ひたすら経済の自立と、民生の安定に努めてきましたが、いよいよ九月四日を期して、米国サンフランシスコにおいて、待望の講和会議が開催される運びとなリ、去る七月二十日わが政府に対し、この会議に代表を派遣するよう、招請状が参りましたことは、日本民族独立のためまことに慶賀に堪えないところであります。
  われわれは、講和会議にそなえて、諸般の準備をすすめ、もつて、すみやかに講和にのぞむ態勢をととのえる必要を痛感するものであります。
  わたくしどもは、この際、六カ年の長きにわたつて、よく難苦欠乏に耐え、旺盛な精神力をもつて一意祖国の再建に邁進し、講和への機運をひらいた国民諸君の努力に対し、満腔の敬意を表すると共に、連合国の援助と好意に対し、更めて感謝の意を表明するものであります。
  ここに国会は、日本国憲法の精神を体し、最善をつくしてその使命を遂行し、もつて国民の委託に応えようとするものであります。
    ―――――――――――――
次いで、左の勅語を賜わつた。
    ―――――――――――――
  本日、第十一回国会の開会式に臨み、全国民を代表する諸君とともに親しく一堂に会することは、わたくしの深く喜びとするところであります。
  戰争終結以来、満六年を迎えた今日、関係諸国の配意によつて、ようやく講和の機が熟し、近く講和会議が開かれる運びとなつたことは諸君とともに喜びに堪えません。
  この間、わが国民が、永遠の平和を念願する日本国憲法のもとに、連合国の終始かわらない好意と援助とを受けて、窮乏に堪え、困苦をしのび、祖国復興の大業に従つてきたことを多とするものであります。
  世界の情勢は、なお変転を続けており、わが国が文化的、民主的国家の一員として、世界の信頼をえて行くためには、いつそうの努力を必要とすると思います。
  このときに当り、国会が、国権の最高機関としての使命を遺憾なく果し、また全国民が憲法の諸原則をよく守り、互に協力して、各自の最善を盡すことを切に望みます。
    ―――――――――――――
 衆議院議長は、御前に参進して、勅語書を拝受した。午後三時五分、天皇陛下は、参議院議長の前行で入御された。次いで諸員は式場を出た。
    午後三時六分式を終る
ソース: 国立国会図書館
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