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2009/11/17 第173回国会 参議院 参議院会議録情報 第173回国会 外交防衛委員会 第2号
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2009/11/17 第173回国会 参議院

参議院会議録情報 第173回国会 外交防衛委員会 第2号

#1
第173回国会 外交防衛委員会 第2号
平成二十一年十一月十七日(火曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         田中 直紀君
    理 事
                喜納 昌吉君
                佐藤 公治君
                山根 隆治君
                山本 一太君
    委 員
                犬塚 直史君
                大石 尚子君
                北澤 俊美君
                榛葉賀津也君
                徳永 久志君
                福山 哲郎君
                岡田 直樹君
                岸  信夫君
                西田 昌司君
                舛添 要一君
                浜田 昌良君
                山口那津男君
                井上 哲士君
                山内 徳信君
   国務大臣
       外務大臣     岡田 克也君
       防衛大臣     北澤 俊美君
   副大臣
       外務副大臣    福山 哲郎君
       防衛副大臣    榛葉賀津也君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        堀田 光明君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○外交、防衛等に関する調査
 (日米関係に関する件)
 (自衛隊の統合運用に関する件)
 (自衛隊の人材確保・養成に関する件)
 (普天間飛行場移設問題に関する件)
    ─────────────
#2
○委員長(田中直紀君) ただいまから外交防衛委員会を開会いたします。
 外交、防衛等に関する調査を議題といたします。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#3
○大石尚子君 委員長、御指名ありがとうございます。民主党の大石尚子でございます。
 この委員会で初めて質問に立たせていただきますが、どうか、この委員会が実り多い、波静かな委員会として、大変私も大きな期待を持っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、今日は、まず外務大臣、ちょうど鳩山政権が樹立されましてから約二か月でございます。両大臣を始め政府の皆さんにおかれましては、毎日、寝る間を惜しんで東奔西走、本当に公務に御尽力いただいておりますお姿を拝見しておりまして、感謝申し上げております。
 私たちのこの政権交代後、初の委員会に臨ませていただいて、私自身も身が引き締まる思いで、正直のところ与党として何をどう質問してよろしいのか、やや迷っておりますけれども、まず、さきに、十一月十二日に国立劇場で行われました政府主催の天皇陛下御在位二十周年記念式典、これにつきまして、天皇陛下のお言葉を伺わせていただきました。大変思いを尽くされて、そして御心をきめ細やかにお話しいただいて、私もびっくりいたしました。
 岡田外務大臣は、あの天皇陛下のお言葉をお聞きになられてどのような思いを抱いておいでになられますでしょうか。
#4
○国務大臣(岡田克也君) 十一月十二日の陛下のお言葉は、私も大変感動しながら聞かせていただいた一人であります。非常に短いお言葉でしたけれども、その中に様々な陛下の思いが込められたものだったと思います。
 もしお許しをいただければ、若干私自身が感じたところを申し上げたいと思いますが、一つは、さきの戦争で多くの方の命が失われたということを言われた上で、そして戦後、大変な苦労の上に戦後の成長が成し遂げられたということを言われた上で、今日の日本がこのような大きな犠牲の上に築かれたことを忘れることなく、これを戦後生まれの人々に正しく伝えていくことがこれからの国の歩みにとり大切なことではないかと考えますというふうに言われたくだり。
 それから、ベルリンの壁が崩れられたときの感動を述べられた上で、その後の世界は人々の待ち望んだような平和なものとならず、今も各地域で紛争が絶えず、多くの人命が失われているのは誠に残念なことです、世界の人々が共に平和と繁栄を享受できるようになることを目指して、すべての国が協力して努力を積み重ねることが大切であると思いますと言われたくだりですね。
 それからもう一か所。ちょうど平成二年の御即位のその式典が終わった後、赤坂御所に戻るころ、午後の日差しが国会議事堂を美しくあかね色に染めていた光景を思い出しますと言われました。これは別にどういう意味が込められているかというのはそれぞれが感じ取ればいいことだと思いますが、国会議事堂を美しくあかね色に染めていた、あの日沿道で受けた国民の祝福は、この長い年月、常に私どもの支えでしたというふうに言われました。
 今、私が申し上げた三点いずれも非常に心に残る部分だと、全体としてすばらしいお言葉だったと思っております。
#5
○大石尚子君 ありがとうございました。
 私も陛下のお言葉を伺っておりまして本当に感動いたしました。天皇陛下、皇后陛下、両陛下は御成婚五十年、その間に世界各国を回られて皇室外交の任務をもお果たしになり、私ども国民の象徴として、統合された象徴として、本当に有り難いことだと思っております。
 私もその一節を一つここで読まさせていただきますと、陛下のお言葉の中に、「今日、我が国は様々な課題に直面しています。このような中で、人々が互いに絆を大切にし、叡智を結集し、相携えて努力することにより、忍耐強く困難を克服していけるよう切に願っています。」とおっしゃってくださいました。私も陛下のその御心をしっかりと胸に受け止めて、忍耐強く困難を克服していきたいと思っております。
 ありがとうございました。
 それでは次に、外務大臣はさきのごあいさつの中で、中期的な課題に触れられましたときに、日米同盟の一層の深化、米国との信頼関係の強化に努めますというようなことをおっしゃっておられました。
 昨今の日本とアメリカの状況を、例えば十一月の十二日のこれはニューヨーク・タイムズの記事の論調などをかいま見ましても、大変いろいろな面で外務大臣もお心を煩わされ、いろいろと気配り多く頑張っておられるんだろうと存じます。
 それで、特に日本のお立場で、外務大臣の岡田克也大臣とそれから米国で交渉相手となられるヒラリー・クリントン国務長官、このカウンターパートと申し上げたらよろしいんでしょうか、このお二人のこれからの、何というんですか、お付き合いというか交渉というか、これはやはり歴史をつづっていくお二方ではないかと思っております。
 ヒラリー・クリントンという方は、私もマスコミ報道等々から理解するだけで大変理解が浅いかもしれませんが、大変聡明な、本当に知的な、そして元大統領クリントンさんと御一緒に世界各国を歴訪されて、そして現場感覚で地球のあちこちを見てきた方でございましょう。そして、その中で多くの女性が、子供たちが、本当にわずかの収入っきりなく、飢えに耐えそして貧困に耐え、そして平等に生きられないその生活の中でたくさんの女性、子供たちが頑張っている姿を見てこられて、そのような人たちに対して大変強い思いを持っておられる方のように理解いたしております。
 何度かヒラリー・クリントン国務長官とお会いになられてお話し合いなさる中で、岡田外務大臣はヒラリーさんをどのように理解され、受け止めておられるのでございましょうか。どんなお方とお思いでございますか。
#6
○国務大臣(岡田克也君) まず、現在、日米関係についていろいろな報道がなされます。もちろん厳しいものもあるわけですが、基本的に私は、政権交代が戦後本格的な、選挙で選択されたという意味ではほとんど初めてだと言ってもいいぐらいの政権交代、大きな変化が日本にありましたので、その結果として日米関係、今までと違う面がいろいろ出てくることはある意味当然のことであり、それが民主主義の結果であって、そのことについて今の米国政府はしっかりと理解をしているというふうに認識をしております。
 先般の鳩山総理とオバマ大統領との、また東京で行われた二回目の首脳会談、その後、食事も共にされたわけですけれども、私も身近でおりまして、この二人は本当に気持ちが通じているし、そして信頼関係ができているということを改めて確信をしたところでございます。もちろん民主主義ですからいろんな意見はあるのは当然ですけれども、基本的に両国政府の間にその信頼関係があるということは私は自信を持って申し上げたいというふうに思います。
 クリントン国務長官との関係といいますか、私、二回、長時間お話をする機会がありました。一度はニューヨークで、そして二度目は先般、シンガポールで。シンガポールでの会談は四十五分の予定でしたが、六十分を超えるような会談になりました。
 その間、様々なことを議論いたしました。もちろん、マスコミが非常に注目していた普天間の問題もありました。しかし、議論の大半は、日米両国が協力をしながらアジア太平洋地域の中で、あるいはグローバルな問題に対して何ができるかということを議論させていただきました。
 アジア太平洋の中でという意味でいうと、これからのAPECというものを、ちょうど二十年たちますが、来年は日本が議長国、再来年はアメリカが議長国です。この二年間の間にこのAPECをより機能するようにするために、あるいは新しいAPECの目標をどのように据えていくのか、そのことを両国でよく議論しようということの確認でありますとか、あるいはミャンマーの問題に、これは従来はアメリカは制裁ということを前面に立ててやってまいりましたけれども、最近、政策が変わってまいりました。そういう中で日米が協力して、来年ミャンマーで行われる総選挙をいかに開かれた民主的なものにしていくか、そのための協力の話でありますとか、そしてグローバルな問題としてはアフガニスタンの支援の問題とか、そういった様々な問題を議論させていただきました。
 議論しながら私は、やはり日米関係というのは非常に成熟した同盟関係になったなというふうに改めて感じていたところでございます。
 クリントン長官がどういう人かというのはなかなかコメントすることは難しいんですが、非常に物事を深く考えられ、そして同時に次々にテーマを繰り出してこられる、非常に交渉者としては手ごわい、しかし非常に信頼できる、一緒に力を合わせてやっていけば世界に対してかなりのことができるんじゃないかと、そういうふうに思わせるだけの存在であったというふうに思います。
#7
○大石尚子君 ありがとうございました。お話を伺っておりまして、ちょっとほっといたしました。
 私、大変ヒラリー・クリントンさんは原理原則を大事にされる方のようでございまして、そのようにお見受けいたします。私、岡田大臣と似ていらっしゃるんじゃないかと思うんです。それで、似た者同士で、天皇陛下のおっしゃる、また私どもの鳩山総理もおっしゃるきずなを結んで、そのきずなを強く結び合って協力して世界の平和を構築していかれる。これはお立場が仕事をするのと同時に、やはりお人だと思いますので、是非、手ごわい女性かもしれませんですけれども、そこはもっと手ごわさを発揮していただいて、お二人のパートナーシップで世界の平和構築に大きな歴史を残していただきたい。
 これは三十年、四十年、五十年振り返ったときに、ああ、あのときの岡田大臣とヒラリー・クリントン国務長官の仕事だったなと言えるようなものを是非残していただきたいと私大変期待しておりますので、どうぞ決意のほどをお聞かせくださいませんでしょうか。
#8
○国務大臣(岡田克也君) 身に余るお言葉をいただいたのでちょっとコメントの仕方が難しいんですけれども、本当に、日米同盟、そしてその中での外相と国務長官ということでありますので、しっかりその責任を自覚しながら、世界にとって、アジアにとって意味のある仕事をしていきたいというふうに思っております。
#9
○大石尚子君 是非よろしくお願いいたします。
 最後に一言、外務大臣に就任されましてからこの二か月、いろいろな難問にも携わってこられました。世界あちこちにもお飛びになりました。その中で一番心に強く残っている事柄というか思いというか、それはどんなものなのか、外務大臣としての思いを一、二お聞かせいただけませんでしょうか。
#10
○国務大臣(岡田克也君) 外務大臣になりまして、当然カウンターパートはほぼ外務大臣であります。そこで感じることは、例えばアジアの、ASEANの外務大臣が集まりますと、最近替わった人もいますが、基本的には何年もやっている人たちばかりで、お互い友人であり意思疎通が既にもうできるだけの下地があるわけですね。そこに私は新人として入っていって、いろいろお話をさせていただいたわけです。
 G8の外相会談でも、それぞれG8の外相同士は、主としてヨーロッパとアメリカですけれども、お互い親しく日々接しているわけであります。そういうことを感じますと、やはり外務大臣というのは、一つはなるべく長くやらなきゃいけないと、余り短期間で、例えば一年ぐらいでどんどん替わるようだとこれは仕事にならないだろうと。それからもう一つは、機会を見てやっぱり直接会う、そういう機会をつくらなければいけないと、いろいろ日程等、国会等もありますから難しい面はありますけれども、時間を見付けてそういう機会をしっかりと増やしていきたいというふうに思います。
 それからもう一点、いろんな国を見る機会がありましたけれども、やっぱり私はアフガニスタンが最も印象に残りました。防弾チョッキを着けたり防弾車で移動ということですから余りたくさん見れたわけではありませんが、そこで、学校といいますか、既存のカブールにある建物を使って学校が行われているわけですね。校庭にはプレハブが建ったりして、雨漏りする中であるいは明かりもないような中で子供たちが一生懸命学んでいるという姿を見る機会がありました。
 考えてみれば、一九七〇年代の前半に今の天皇皇后両陛下はアフガニスタンに皇太子、皇太子妃の時代に旅をしておられて、私の理解では一週間ぐらいおられたはずなんですね。当時はそういう、それだけの平和と豊かさがある国だったのが、その後クーデターが起こり、戦争があり、現状になってしまっていると。
 やっぱり平和の重要さということを改めて感じ、そして日本も大変それぞれいろんな国内問題抱えておりますけれども、しかし相対的には恵まれた国、その日本がアフガニスタンやあるいはパキスタンといった国々に対してもっとしっかり、あるいはアフリカの国々に対してしっかりと手を差し伸べていかなければいけないということを改めて感じた次第であります。
#11
○大石尚子君 ありがとうございます。
 オバマ大統領は子供さんのときに私の住んでおります鎌倉の大仏に訪れられて、それで抹茶アイスクリームを食べたというお話をされておりました。ところが、ヒラリー・クリントンさんは余り日本にそういう思い出がおありにならないのではないかと思うようなちょっとやっかみを持っております。
 是非、お願いでございますが、ヒラリー・クリントン国務長官にもっと日本の情報を細かく提供していただいて、これは拉致の問題もしかり、それから北朝鮮にしても韓国にしても、特にアジアの東の方、日本、それから韓半島、朝鮮半島と申しますか、そこら辺の情報をかなり細かく御提供いただけると、またああいう聡明な方でございますから別な発想が生まれてこられるのではないかという気持ちを持っておりますので、是非しげくお付き合いいただけるように私からもお願いしたいと思います。
#12
○国務大臣(岡田克也君) オバマ大統領の抹茶アイスの話は先般サントリーホールにおけるオバマ大統領の演説の中にも出てまいりましたが、その前夜、首脳会談が終わった後、食事をしたときに抹茶アイスクリームが出たんですね、これは鳩山総理のアイデアで。見た瞬間、これは何だと、これはアイスクリームかと。一口食べた後で子供のころの思い出を彼は語ったわけです。抹茶アイスクリーム、そして鎌倉の大仏様、それからきれいな湖に行ったと、芦ノ湖ではないかという話だったんですが、そういう話も出ました。
 そして、クリントン長官ですけれども、私の記憶では、知事夫人の時代に日本に三回、それから大統領夫人として三回ほど訪れておられると思います。長官になられてからはこの前一度お見えになりました。
 御指摘のように、これからお互い何度も何度も会う機会があるだろうし、つくらなければいけないと思っておりますが、そういう中で日本の状況についてもお話をしていきたいと思います。
 先般、シンガポールでお会いいたしましたときには第二次世界大戦における沖縄の戦いのお話を少しさせていただきました、六十分の短い中ではありましたけれども。それはやはり、米軍再編の議論をする際に、沖縄の人たちが、これは米国に対してというよりはむしろ本土に対してどういうお気持ちをお持ちかということを理解してもらうために私は少しお話をさせていただいたところであります。
#13
○大石尚子君 ありがとうございました。今後とも是非御健康に留意されて、それで悔いのない活躍をお願いいたしたいと存じます。ありがとうございました。
 それでは次に、北澤防衛大臣にお尋ねいたしたいと思います。
 実は私、ちょうど小泉総理が解散をなさったときの、平成十七年でございましょうか、あの通常国会から私引きずっている課題があるんでございます。随分しつこいと思われるかもしれないんですが、これは、そのときに自衛隊法の改正がございまして、ちょうど自衛隊の統合運用の問題が法律にのっかってきたときでございました。
 それで、何を引きずっているかと申しますと、そのときに、統合運用というのは陸海空三自衛隊を統合して運用しようという、こういう流れというのは、これは世界の趨勢かと存じます。それで、いろいろな国が試行錯誤をいろいろとその国独自のやり方で統合運用をされて、失敗されて元に戻ったり、いろいろなケースがあるんだろうと思いますが、私、そのとき、自衛隊法の特に九条関係の絡みで、九条というのは自衛隊法の九条で、憲法じゃございません、何にびっくりしたかと申しますと、統合幕僚長をつくった、統合幕僚議長を廃して統合幕僚長に三自衛隊の運用を一元化した、これはよろしいんでございますけれども、そのときに、陸海空、この三自衛隊のトップとなっている幕僚長、陸海空の幕僚長、このお三方は各自衛隊のトップでございます、最高責任者としておられるわけですけれども、そのお三方を運用の、それから情報関係の機能から除外してしまったのでございます。
 これは、当時、自民党の防衛部会長さんも私と同じような疑問を持ってくださいました。それで、本来、それで部隊というものは、自衛隊というものはいいのだろうかと。とにかく三幕僚長は供給者である、部隊の供給者、とにかく部隊を育成して、それで自衛官を育成し、装備を備え、そして何か運用しなければならないときにそれらを供給する側、そして統合幕僚長はそれを使う側、あなたつくる人、あなた使う人で線を引いてしまった。要するに、三幕僚長は部隊運用の蚊帳の外、情報収集、解析、整理の蚊帳の外に置かれたわけでございます。
 これが、私のような素人が考えても、それで務まるのだろうか、こういう形が理想なのかどうかということを大変疑問に思いました。そして、さきの、今年の三月のこれは予算委員会で当時の浜田防衛大臣にそのことを質問させていただいたのでございます。浜田大臣のその答弁はちょっとよく分からないところがございまして、それで私どものこの疑問を、これは浜田大臣の答弁でございますが、「当然いろんな意味で、今までの関係も含め、統合幕僚長が運用体制を、これをやっていくと、それを各幕僚長が補佐するというのは、これは今までもやってきていることでございますし、」と、実態として認めておられるわけです。しかし、法律がそうなっていない。
 実態としてはそうなんだとお認めになるんですが、それだったら私は、陸海空三幕僚長は統合幕僚長を自衛隊の統合運用において補佐するという、そういう条文を入れていただきたかったんです。それがまだなされないままに今日に至っております。
 私は、この点を何とか、これから自衛隊の組織を見直されたり法律を見直されたりなさっていく中で、是非その三幕僚長の統合運用においての位置というものを、責任というものを明確に法律にうたっていただきたいのでございます。
 大臣のお考えはいかがでございましょうか。
#14
○国務大臣(北澤俊美君) 大石先生、かねてからこの問題について大変御関心を高くされておりますことはよく承知をいたしております。先ほどもお話しになりましたように、今年三月の予算委員会で浜田大臣と御議論をなさった経過も承知をさせていただいております。
 統合幕僚長は陸海空の運用を所掌すると、こういうふうに定められておりまして、また一方で、陸海空の各幕僚長は各自の自衛隊の教育訓練、装備品の調達の事務を所掌すると。先生よくおっしゃるように、片やフォースユーザー、片やフォースプロバイダー、あなたつくる人、私使う人と、こういうことで表現もされておられますが、この件につきましては、今の段階で特段支障を来しているということはありませんが、先生の問題意識も全く我々がそのことをなしとしているわけではないのでありまして、現在のところ、私もまだ二か月でありますが、度々会議をする中できちんとした運用をされておりますし、特にまた先日の「くらま」のあの衝突火災事案につきましての処理の仕方を見ておりましても、大変スムーズに行われてきたというふうには承知をいたしております。
 いずれにいたしましても、統合運用の実効性を高める上においては大石先生の問題意識を大切にしながらしっかりまた検討していきたいと、このように思っております。
#15
○大石尚子君 ただいましっかり検討してくださるという御答弁いただきましたのでちょっと安心いたしましたが、本当の私の問題意識と申しますのは、これは今の世であれば的確に運用される、当然でございます。今の総理大臣と防衛大臣と統合幕僚長、このお三方で三自衛隊を運用なさる、これは心配はございません。しかし、法律というのは私たちが死んだ後も走ってまいります。私たちがだれもいなくなってからも存在いたします。そうしたときに、どのような世の中になるか分からない、その中でこの実力部隊である三自衛隊を総理と防衛大臣とそれから時の統合幕僚長の進言によってそして動かせるという、そのことが私は心配しているのでございます。それが本音でございます。
 ですから、是非この点は、実情困らないから大丈夫だからと言わずに、法律的に検討していただきたいとお願いいたします。
 それでは、その次の問題でございますが、また長期的な展望で私とっても心を煩わせておりますことが、日本の国を、国民を、国民の財産を、国を守り、そして世界の平和構築に力を注いでいく自衛官の人たちがこれから先ずっと人材として確保できるのかどうか、安定的に採用できるのかどうか、それを心配いたしております。
 と申しますのは、昨今、自衛隊に赴任した後辞めていく人たち、これはいつもあるわけですけれども、若者の中には、特にこれは陸海空比較いたしますと海上自衛官にその率が高いんでございます。これは今の若者の生活、何というんでしょうか、意識というか、家庭人としての自分自身を大事にしたいという思いが以前の私どもよりは強い面もあろうかと思いますが、そういうことを考えますと、これから安定して日本を守るその自衛官の採用を持続させて、そしてその人たちに誇りを持って、意義感を持って、そして世界の平和にも頑張ってもらうようにするにはどのような展望を持っていらっしゃるのか、大臣のお考えを伺わせていただきたいと思います。
#16
○国務大臣(北澤俊美君) 大変に難しい御質問でございまして、今一番自衛隊の中で心配なことというと、今御質問いただいたところが根底にあるのではないかというふうに思っております。
 ここ数年ずっと応募者が減ってきていることはもう間違いのないことでありまして、それとまた、それぞれの社会環境、特に経済環境なんかにもよっても大変変わってきております。私も毎年地元の自衛官の新人の入隊式には出席をしておりますが、本当に新たに自衛隊に応募して合格をした青年たちを見ておりますと社会を反映しているなということをしみじみ、ほぼ二十年、もう少し多いですかね、三十年近く見ておりましてそういうことを感じておるわけでありますが。
 そうはいっても、我が国を守る基盤になる隊員の教育というのは極めて重要でありまして、そういう意味におきましては、部隊の能力向上に直結することから、在職期間を通じて階級や職務に応じた体系的な教育を行って知識及びその技能を習得させると、これが基本になるわけでありますが、更に申し上げますと、自衛隊の国際社会での活動というのはこれから機会が増えてくる、それからまた共同訓練とかそういうものもありますので、こういう中で語学教育というようなものも極めて重要になってきておるわけでありますが、語学教育に対応できる資質の者を集めるということはこれはなかなか大変なことでございまして、そういう意味では、大変、率直に言うと苦労はいたしておるわけでありますが、それぞれ各地区でその担当の者それからまた自衛隊を応援してくれている人たちの御尽力もいただきまして募集に努力をいたしております。
 それからまた、もう一つには幹部自衛官の教育ということがございまして、これは大変に能力の高い者を養成しておるわけでありまして、それに十分堪えていくだけの人員をこれからも確保していくということは、少子化の中で他の大学が入りやすくなってきて、そういう言葉が適当かどうか分かりませんが、そういう中で志を持って防衛大へ入ってくる、あるいはまた幹部養成学校へ入ってくる、それからまた、前は一般の四年制の大学を卒業してきた者が自衛隊へ入ってきて更に幹部教育を受けて優秀な自衛官になっていくというケースがありましたが、こういう多様なものがだんだん、やや絞られてきているんではないかという懸念がございますので、この点もしっかり体制を整えて盤石の体制を取るように努力をしてまいりたいというふうに思います。
#17
○大石尚子君 ありがとうございます。
 今、国際人を養成して、語学教育をというようなお話。私、それの実現につきましても、防衛大学校の教育課程というのを、これを今この機に見直す必要があるのではないかと思っております。
 それで、今、簡単に申しますと、あそこは大学ではなく大学校でございます。だけれども、一般の大学を卒業したと同じ学位が取れるようになっております。これが一つの売り、目玉商品というか、何というのでしょうか、PRの中心になっているのかもしれないんですけれども、そういう中途半端な防衛大学校ではなく、あれを本当に国際人を養う上からも自衛官としてのプロを養う上からも、教育課程を改編して、それで何らかの文部科学省との共管など考えられるのかなと思いながら、難しいのかなという面もあるんですけれども、とにかくあそこで防衛学士とかあるいは総合安全保障学士とか、そういう学位が取れるような大学として改革していって、その中で、これからの国際舞台に使える、それから、ある一定期間自衛隊に勤めたら、その後一般社会に出ても、例えば危機管理にしても情報収集・管理等にしても働けるような道筋も付けながら、日本独特の防衛大学をつくっていったらいいのではないかと思っておりますんですけれども。
 今、大学校であるがために、学位を認定するために、これは文科省管轄の独立行政法人大学評価・学位授与機構、何かそういう機構に一人二万五千円くらいの審査手数料を払うんでございますよ。これ、国費で、税金でそういう独法に納めて学位を認定してもらっているわけでございます。これはちょっと税金の無駄遣いにもなりましょうし、いろんな意味で防衛大学を日本固有の、世界に名立たる防衛大学校に、決して軍国主義の復活とかそういう意味ではなく、考えていただけたらと願っているんでございますが、大臣、いかがでございましょうか。
#18
○国務大臣(北澤俊美君) 大石委員の、先ほどの統合運用の問題もそうでありますが、今の優秀な自衛官を育てていくという、多分、大石先生のDNAが呼んでいるんだろうと思いますが、明治の時代に建軍の中心になった皆さん方の思いと共通するものがありまして、傾聴をいたしたわけでありますが。
 一方で、いささかこれ、恨み節にもなりますが、悩みもありまして、せっかく養成した優秀な自衛官が社会へ羽ばたいていってしまうというようなこともありまして、この辺はなかなか悩ましい問題があるわけでありますが、先ほど来お話しでございますので、十分また検討をさせていただきますけれども、いずれにしても、これからは、国際的に通用する幹部自衛官というのはもう既にかなり育っているというふうに私は、わずかな日数でありますが、そういうことを感じておりますし、さらにその底辺を広げていくということは極めて重要ではないかなというような気がいたしておりますので、御提言としてしっかり受け止めさせていただきたいと思います。
#19
○大石尚子君 ありがとうございます。
 途中で辞めてしまうということなのですけれども、防衛医学校には義務年限がございます。防衛大学校にも何年間かは自衛隊に奉職する義務年限を設けたらいいのではないかと思っております。それで、何年奉職しない場合は学費を償還してもらう、一部ないし全額、全額というか、そういうことも取り入れてみてはいいかと。これは特にただいま御答弁を要求いたしませんので、検討していただけたらと思います。
 それで、あと一言、大臣、防衛大臣に就任されましてから今までの間で、今一番強く思いをお持ちのことは何でございましょうか。
#20
○国務大臣(北澤俊美君) 先ほどのお話は、防衛医科大学校の方は一定の区切りがありますけれども、防大の方はそれはないわけで、先ほど申し上げましたように、受け止めさせていただきたいというふうに思います。
 今一番心を砕いているというのは、つい先ほどまでは大石委員からの質問が一番私の心の中で心配でありましたが、今は何とか答弁をさせていただきまして、今一番心の中で、素直に言えば、それは素直に言えば沖縄の米軍再編であります。
 これは、沖縄の皆さんの過重な負担をこの機会にどう解決するか。政権が交代したから前政権のやったことが悪いとか何とかという考え方で私は考えていることは毛頭ないんでありまして、橋本総理とモンデールさんが合意をしたあのときは、私は、世の中が変わるんではないか、変わったのかなというぐらいな思いでありました。沖縄の基地の危険性、それから騒音の除去、そういうものに思いを致して、沖縄の負担を軽減するんだというあの思いは大変なことで、その後十三年は掛かったわけでありますけれども、先ほどの衆議院の委員会で議論をいたしましたが、前政権の自民党の皆さん方は、すぐそこまで、解決するところまで来て残念ながら我々は政権を離れた、だからこのままでやれと、こういうお話をされまして、一方で、そういう合意があるにもかかわらず、沖縄の皆さん方は新しいものを選ぶために新しい政権を選んだと、こういうことでありますから、この問題をどう着地させるか、しかも、それは極めて短い時間の間でしなければならぬということで、隣の外務大臣も大変心を砕きながら、これは、ばらばらとかよく言われますけど、官房長官と外務大臣と私は頻繁に会って話合いをしております。それぞれの思いで、こういう方法があるのか、あるいはこういう方法があるのかということを持ち寄りながら心を砕いておりまして、あと、申し上げれば切りがないんですが、防衛予算がここ七年ぐらい徐々に減額をしている中で、日本の国の防衛のために来年度に向けてどういう予算をしっかり獲得していくかというのも大きな悩みであります。
 それにも増して、日々全国で任務に就いておる自衛官の諸君が、自らの任務に精励をしながらも心ならずも事故に遭遇したり、そういう事態を、昼間はいいんですが、夜も頻繁に私のところへ連絡が入ります。そのたびに私も心を痛めておるわけでありますが、事案を一つ一つ見てみると、彼らも任務に精励をしながら心ならずもそういう事案に遭遇するということがかなり多いわけでありまして、そういうことにも責任者として心を痛めているということをまた御認識いただければ有り難いと思います。
 ありがとうございました。
#21
○大石尚子君 ありがとうございます。
 海上自衛隊が一番人数が少ないのですけれども、守備範囲が広うございまして、当然のこと、それで、例えばインド洋の補給部隊などはここ七、八年の間にもう七、八回、少なくとも七回ぐらいインド洋に出ていった自衛官がいるはずでございます。そうすると、大体一年のうち半分はインド洋で仕事をしているということになります。そこいら辺の、ただ、自衛官は命令一下、文句を言わず最大の働きを志す人たちでございますから、人的なバランスというか、作業量というか、勤務条件等についても、これは大臣並びに防衛省の皆さんが心を砕いておられると存じますが、これは私ども国民も考えていかなければならない。どこかがくたびれ過ぎないように、私どももこれからウオッチしていこうと思っております。
 今日は、米軍の家族住宅についてちょっと御質問申し上げたかったのですけれども、時間があと一分半くらいになりましたので、大変申し訳ございませんが、これをもちまして質問を終了させていただきます。
 ありがとうございました。
#22
○山内徳信君 私は、社民党の山内徳信でございます。
 まずは、古巣に帰ってこられて答弁席に座っていらっしゃいます北澤大臣、そして榛葉さん、誠におめでとうございます。
 それから、十五日、十六日、連日沖縄に行かれて、沖縄の辺野古の基地を丘の上から、嘉手納飛行場、そして普天間飛行場はあの嘉数高台から御覧になりました。その結果につきましては、私は、思っていた以上にこれは沖縄の基地問題は深刻だなと、こういう強い思いを抱かれて外務大臣はお帰りになったんだろうと、こう思っております。
 沖縄へ行かれて決意をされた、覚悟をされた、それをきちっと、前政権でさえ十三年掛かってもできなかったその仕事を、是非アメリカ側にも誠心誠意訴えて問題解決をしていただきたいと、こういうふうにお願いをいたします。
 さて、私は、十一月十二日の外交防衛委員会における外務大臣と防衛大臣の所信表明、あいさつの中から幾つか質問をさせていただきたいと思います。
 まず外務大臣にお伺いいたしますが、沖縄県民は憲法の諸権利を享受している他の都道府県民と同じ扱いをされるべきと考えますが、大臣はそういう状況になっておるとお考えでございますか、お伺いしておきます。
#23
○国務大臣(岡田克也君) 憲法上の権利というのは様々ございます。そういう中で、非常に一般的な御質問ですのでなかなか答えにくいところはあるわけでありますが、ただ、私、先日も沖縄を訪れまして、当然のことながら、沖縄本島でいえば二割近い基地の存在、これは沖縄以外の日本の各地区では見られないことであります。そういった、これは戦後の歴史の結果でもあるというふうに思いますが、非常に過重な基地の負担ということについては改めてそのことを認識をし、そしてその負担を少しでも減らしていくために努力をしなければいけないということを改めて感じたところであります。
#24
○山内徳信君 次に、具体的に申し上げたいのでございますが、国土面積の〇・六%しかない沖縄県内に米軍専用基地の七五%が押し付けられております。前政権は、SACO合意として、またその後の日米再編協議の中でも、辺野古新基地建設計画を押し付けてまいりました。これは県民、国民、国際社会の大きな反発、抵抗に遭って、十三年たっても実現しませんでした。
 同じ間違いを三たび繰り返してはいけません。外務大臣として、辺野古新基地建設計画海域は豊かな自然環境の存在する場所でございます、この計画は合理性、客観性、妥当性のあるものとお考えであられるのか。沖縄県民はずっと、辺野古新基地建設は中止をしてほしい、あるいは再考してほしい、こういうふうに訴え続けておるわけでございます。
 まず、あの丘の上に立って、ジュゴンのすむ海、アオサンゴの群落、そしてウミガメが産卵場所として上ってくるあの砂浜を破壊をして新しい基地を造る、そういう合理性、客観性、そして妥当性があるとお感じになられたのか否かということをお伺いいたします。
#25
○国務大臣(岡田克也君) 委員御指摘のように、辺野古のあの海の美しさ、私は丘の上からだけ見たのではなくて、下の基地が建設される予定のところも参りまして、その砂浜も少し歩いてみました。大変美しい砂浜であるというふうに改めて感じました。そこに巨大な構造物を造ることがどうなのかという委員の御質問ですが、それはまさしく今様々な検証作業を行っているところですので、具体的なコメントは現時点で私は言わない方がいいだろうというふうに思います。
 それからもう一点、これは沖縄でも申し上げたことですけれども、全体の米軍再編計画、これはもちろん今の政権の下で決定されたものではなくて、前政権の下で日米の合意がなされたものでありますが、その中には、普天間の基地の危険な状況にかんがみてこれを早期に移転させる必要があるということと、そして、これは法的に一つにパッケージになっているわけではありませんが、全体の中では、八千人の海兵隊のグアムへの移転、その結果としての基地の一部返還ということがうたわれているわけで、それ全体として一つの日米の合意があるということも事実だと思います。この普天間の辺野古への移転ということだけが日米合意ではないということも事実だと思っております。
#26
○山内徳信君 次の質問は、防衛大臣にも答弁していただきたいと思います。
 日米同盟、安全保障の義務と負担は国民全体の問題としてすべての都道府県で公平、平等に負担するのが基本でなければいけないと考えます。
 外務大臣から最初にお答えをお願いいたします。
#27
○国務大臣(岡田克也君) 様々なそういった安全保障上の義務ということを考えたときに、もちろんそれは基地の負担ということだけではありませんので、税の負担もあればそのほかの負担もございます。ですから一概に言うことはできませんが、ただ最初に申し上げたように、沖縄に今余りにも多くの基地が集中しているということは現実であり、そして、その基地負担の軽減を求めなければならないというのは、政府として当然に目指さなければいけないことであるというふうに考えております。
#28
○国務大臣(北澤俊美君) 山内議員のおっしゃることはよく分かるわけでありまして、戦後の歴史を見ましても、岐阜の基地の問題あるいは山梨県の基地の問題、それから内灘の闘争、こういう過去の歴史を見ましても、その結果としてすべてが沖縄へしわ寄せをされてきたという歴史を見ますと、沖縄の皆さん方が憤りを感ずるのは当然であろうというふうに思っております。
 憲法との関係の中でそういうお話を承れば、山内委員の心中はよく理解はできると思っております。
#29
○山内徳信君 これからの質問は、防衛大臣にお願いいたします。
 「現在の最重要課題として、在日米軍再編の問題、特に普天間飛行場の移設・返還があります。」と所信表明で述べておられました。
 私は大臣の所信表明文を何度も読み返しましたが、沖縄への基地の押し付けを打ち消す表現は全くありませんでした。脱官僚依存、政治主導、政治家が判断するという新政権の理念や決意は見当たりませんでした。政権が替わると政策が変わるのは当然であります。十三年たっても実現しなかった前政権の計画した辺野古新基地建設計画を中止されて、新政権らしい県外、国外への選択肢を広げ、日米協議に臨むべきであると思いますが、防衛大臣の御認識をお伺いいたします。
#30
○国務大臣(北澤俊美君) 私の所信で気持ちが十分伝わらなかったということは極めて残念でありますが、私は就任直後、沖縄へ行って現地を視察してまいりました。先ほど外務大臣が辺野古の美しい海の話もされました。私もこの美しい海の上へ滑走路ができるのかということを思うと心が痛むというようなことを申し上げたことを今思い出しておるわけであります。
 それと、私の発言が必ずしも理解されなかったような気がいたしますが、私は、この日米合意の中で重要なのは、まず普天間の飛行場がなくなるということ、それから嘉手納以南の基地がなくなるということ、そして沖縄から八千人の海兵隊員がグアムへ移ると。これは前政権が日米合意の中でつくり上げてきたことでありますけれども、これは沖縄にとっては極めて重要なことだと。しかし、沖縄の県民の皆さん方は、その代替として辺野古へまた新しい基地ができるということに大きな憤りを感じておるわけであります。
 我々が今悩んでいるのは、今前段に申し上げた国外、県外へという道筋はしっかり確保しながら、辺野古に決まった問題をどう日米の間で解決するかと、こういうことだというふうに思っております。岡田外務大臣はあえてそれを嘉手納の中に統合しようとして努力をされております。
 私はまだきちんとした案を申し上げてはおりませんが、私は何としてもこの普天間、そしてまた嘉手納以南の基地が返還されるということと、一万人に近い海兵隊員がグアムに移っていく、そこに更に何かプラスアルファというものを加える中で新しい道を模索できないかということで鋭意今検討をいたしておりますが、今この時点でどういう解決策をということで御提示はできません。
 山内徳信先生からは硫黄島の活用も御提案をいただきました。このことについても真剣に検討はいたしておりますが、これまたなかなか険しい道のりでありまして苦慮しておるところでありますが、私のただいまの心境を申し上げるとそういうことでございます。
#31
○山内徳信君 SACO合意に至る過程で、アメリカ側から当時の日本政府に国内のある地域が打診されたことがあると言われております。そのことは両大臣ともよく御承知のことかと思いますが、国民の間にもやっと、沖縄県民だけに日米同盟の負担を押し付けてはいけないのではないかと、こういう声が日に日に高まっておると私は感じております。
 したがいまして、そういう状況も踏まえられて日米協議に入っていかれるわけでございますから、これは何としても選択肢を広げてほしい、沖縄から外に。そうしませんと、やはりさっき最初に質問いたしましたように、憲法に保障された諸権利はひとしく沖縄にもこれは適用されておりますし、沖縄だけにあれだけの負担を押し付けておるというのは新政権としては望ましくありません。
 そういう意味で、これは提案という形にさせていただきたいと思います。具体的にはもう既にある特定の場所を申し上げたこともありますから、是非、アメリカ側が望んでいたところはどこなのかと、ひとつよろしくお願いいたします。
 次に、九月三十日、私は防衛省を訪ねまして、防衛大臣にも沖縄の実情をお話し申し上げました。そして、千載一遇のチャンスですと、そういう手紙もしたためてお届けいたしました。その際、私は北澤防衛大臣のお気持ちも聞かせていただきました。私はここに北澤俊美さんの人柄を感じました。復帰前からずっと沖縄を通われて、あの戦跡訪問をされたり、北部まで足を伸ばされて沖縄を知ろう沖縄を知ろうと、そういうことをなさった北澤防衛大臣のお気持ちを拝聴しましたときに、私は人間的に感動いたしました。是非、そういうふうな人間対人間のこの信頼関係、つながりを今後とも私も大事にしていきたいと思います。
 そういうことで、防衛あるいは外務大臣、副大臣の皆様方、全力を尽くして、外交交渉を通して沖縄からの訴えを無にすることなく実現させていただきたいと、こういうように思っています。それについての防衛大臣の決意のほどを伺っておきたいと思います。ごく簡単でよろしゅうございます。
#32
○国務大臣(北澤俊美君) 御案内のように、日米首脳会談の中で、それに先んじて外務大臣が提唱しておりました閣僚級のワーキンググループが正式に決定をいたしました。今日、第一回の会合をこの後開くわけでありますが、山内委員のお気持ちを体して、米側と誠心誠意協議をして実りあるものにしたいと、このように思っております。
#33
○山内徳信君 ありがとうございました。
 私は、両副大臣に宿題みたいなのを提起をしておきたいと思います。
 何ゆえに普天間の代替施設の予定地、辺野古海上基地から今のV字形のあの海域に県民や国民が反対しておるかを、普天間飛行場の現在の機能と、それから新しく造ろうとする辺野古の新基地の機能を比較されると、沖縄の人々あるいは国民が反対しておる、あるいはジュゴンを守っていきたいという国際社会の人々が反対しておる理由が浮き彫りにされるわけです。ただ反対しておるんじゃないんです。そういうことをきちっと比較照合できるように資料を作られて両大臣に出して、適切な判断の資料にしていただきたいと思います。
 そして、次は防衛大臣に、これもお願いになりますが、私は沖縄にいて米軍関係の事故、事件をいっぱい見てきましたし、体験もしてきております。この間、照屋弁護士、照屋寛徳衆議院議員と一緒に、突き飛ばされたその現場へ行ってみました。ガラス破片の落ちておる場所、そしてその二等兵士が住んでおるマンションも行って見てきました。フロントガラスが割れて血痕が付いて、それを持ち込んだその修理工場も行ってまいりました。その後、これは警察当局がこれから手続を踏んでまいりますが、是非、防衛省としても、この種の案件をきちっと補償問題含めて対応をしていっていただきますようにお願いをいたします。
 なぜあえてこの場でそういうことを申し上げるかといいますと、大阪から沖縄国際大学に志を抱いて渡った大学生がアメリカ軍に突き飛ばされて死んでしまいました。海老原鉄平君でございました。その取扱いについて、当時の那覇防衛施設局は……(発言する者あり)
#34
○委員長(田中直紀君) 時間を守って質問してください。
#35
○山内徳信君 弁護士を付けるなと、こういうふうなことまで言っておりましたので、そういうことがないようにきちっと行政指導をしていただきたいと思います。
 以上です。
#36
○委員長(田中直紀君) 北澤防衛大臣、簡単にお願いいたします。
#37
○国務大臣(北澤俊美君) 時間もないようでありますから簡単に申し上げますが、今ちょっと手元にありませんので申し訳ありませんが、沖縄の防衛省の担当者が米軍に口頭で、多分三回だと思いますが、三回にわたって申入れをしておるということを申し上げたいと思います。
#38
○委員長(田中直紀君) 本日の質疑はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後二時十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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