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2009/02/18 第171回国会 参議院 参議院会議録情報 第171回国会 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第2号
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2009/02/18 第171回国会 参議院

参議院会議録情報 第171回国会 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第2号

#1
第171回国会 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第2号
平成二十一年二月十八日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         田名部匡省君
    理 事
                相原久美子君
                下田 敦子君
                羽田雄一郎君
                岡田  広君
                南野知惠子君
                鰐淵 洋子君
    委 員
                梅村  聡君
                岡崎トミ子君
                神本美恵子君
                佐藤 泰介君
                千葉 景子君
                那谷屋正義君
                松浦 大悟君
                石井みどり君
                礒崎 陽輔君
                塚田 一郎君
                古川 俊治君
                丸川 珠代君
                義家 弘介君
                浮島とも子君
                紙  智子君
                福島みずほ君
                松下 新平君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        藤川 哲史君
   参考人
       株式会社日本政
       策投資銀行地域
       振興部参事役   藻谷 浩介君
       長野県栄村長   島田 茂樹君
       株式会社小川の
       庄代表取締役   権田 辰夫君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○少子高齢化・共生社会に関する調査
 (「コミュニティの再生」のうち地域コミュニ
 ティの再生(地域の現状及び取組))
    ─────────────
#2
○会長(田名部匡省君) ただいまから少子高齢化・共生社会に関する調査会を開会いたします。
 少子高齢化・共生社会に関する調査のうち、「コミュニティの再生」を議題といたします。
 本日は、「地域コミュニティの再生」のうち、「地域の現状及び取組」について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、株式会社日本政策投資銀行地域振興部参事役藻谷浩介君、長野県栄村長島田茂樹君及び株式会社小川の庄代表取締役権田辰夫君に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から、「地域コミュニティの再生」のうち、「地域の現状及び取組」について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えをいただく方法で進めたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていきたいと存じます。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、藻谷参考人からお願いいたします。藻谷参考人。
#3
○参考人(藻谷浩介君) では、冒頭に、今日はお呼びいただきまして、ありがとうございます。藻谷でございます。
 座らせていただきます。
 通常、ここでお話をする最初の立場の方は学者の方が多いと思うんですが、今日は一地域振興研究家といいますか、支援者という立場で呼んでいただいたと了解しております。
 手前どもの、肩書の方は株式会社日本政策投資銀行地域振興部参事役(課長)ということなんですが、私が仕事内外で各地の地域振興のお手伝いをずっとしております。
 今朝も朝一便で高知から戻ってきたんですが、昨日は高知で高知県の産業振興会議というのがございまして、その取りまとめの会だったんですが、まさに今日のテーマと同じなんですけれども、もう全県、これ、過疎コミュニティーと言ってもいい高知県で、若い知事さん以下、どうやって活性化をするのかということについて、今までと違うやり方をしなくては無理だろうということを検討する会でございました。そして、その行動計画には、具体的な地区ごとにこの産品をこう伸ばすというようなことが盛り込まれる計画になります。そういう現場に身を置きながら、日々勉強させていただいておる者です。
 それでは、もう前座ということで、この話はやはり具体例が一番重要なんでございますが、私の時間では具体例ではなくて、なぜこういうことが、全国でまとめるとどういうことが起きているのかと、そして、なぜそれがうまくいったりいかなかったりするのかということを御紹介します。(資料映写)
 ちょっと大変画面が小さくてお手元の紙を御覧になる方も多いと思うんです。できれば、恐縮なんでございますが、画面を御覧いただくと話が早うございます。
 さて、ちなみに私のプレゼンは動いたり写真が出たりしますので、是非御覧ください。このとおりいろいろと動いていってお見せするというようなことが多々ございまして、是非前を見ていただくと話が早いです。
 さて、今日本で起きていることというのは、今ここにお見せしたかと思うんですが、人間が年を取るということでございます。景気の波ということが大変話題になっておりまして、物事がすべて景気で決まるんだと言わんばかりの議論がありますが、実はそうではございません。景気の波とは全く別の人口の波というものがございまして、これが大変大きく世の中を律しています。
 これは、今から三十年前の日本に住んでいる人の年齢は何歳の人が多いでしょうかというグラフです。
 今から三十年前というか、日本が一四半期だけマイナス成長になった石油ショックの昭和五十年、日本で一番数の多い人は二十五歳から二十九歳でございました。だれあろう団塊の世代でございます。昭和二十年代前半生まれですね。この方々が二十代でした。
 そして、団塊の世代だけじゃなくて、戦時中生まれの方、二十年代後半生まれの方も大変数が多うございまして、その方々のお子様が大量に生まれていたわけです。この団塊ジュニア、当時ゼロ歳―四歳、今日本を代表する人が大量にいたわけです。松井、イチロー、高橋尚子、伊達公子、谷亮子、そこら辺の方々、あるいはSMAP、TOKIO、みんなこの団塊ジュニアでございます。
 当時、お年寄りがほとんどいない国でございました。明治以降、日本は毎年生まれる子供が昭和二十四年まで増え続けた。三年間の例外を除いてずっと増えてきたので、その結果として、当時は七十を超える人が非常に少ない。古来まれなり。そして、二十代と赤ちゃんが物すごく多い国だった。
 ここに石油ショックが襲ったわけです。たったの一四半期でリカバリーした理由は大変簡単です。当時、まだほとんどの人はクーラーもない、団塊に関してはマイカーも持っていない人がほとんどでした。この人たちが、何とかしていい暮らしをしたい、物を手に入れたいと頑張ったわけであります。
 御覧ください。動きます。
 五年、十年とたつうちに、団塊世代が三十代、四十代と年を取っていく間に、彼らがすべてを手にしていきます。そして、非常に数の多い団塊ジュニアが大学生になるころにスキーが大変はやります。当時の地域振興といえば、スキーとテニス合宿でありました。学生が大変多かったからです。
 ところが、今このとおり若い人が三割減ってしまいました。すると、大変面白いものでございまして、例えばスキーマーケットも大幅に縮小しましたけれども、ゲームのマーケットも三割縮小しています。修学旅行も三割マーケットが縮小しております。皆さんは、そういうものは景気で動くんだと経済学者の方はおっしゃるのをよくお聞きになると思います。何でも自分のところに入れるのを我田引水と申します。景気とは関係なく、やっぱり人間の頭数で決まっているものが多々あるわけでございます。
 そして、逆に中高年の方が大変増えてまいりました。皆さんのお気付きにならない間にお年寄りの方が、例えば特に八十代の方ですね。何歳以上をお年寄りと言うのかというのは人によって意見違って、私の意見では六十五歳をお年寄りと言うのは失礼だと思いますが、八十代がお年寄りであるということに対する異存はないと思います。八十代は三十年間で十倍に増えております。
 それで、このとおりになってまいりまして、今と書いていますが、実はちょっと前でして、来年がこの状態でございます。実は、世界同時不況にならずとも、日本が大きな曲がり角を迎える三年間でございました。団塊の世代が六十歳を超えてしまうからです。一回退職して退職金もらうんですが、給料ががたっと下がる人が大量に発生しているわけです。当然物が売れなくなってくるわけであります。たまたまそれに世界同時不況が重なってしまったわけでありますが、それがなくても、国内で物が売れないという、逆に前向きに申し上げますと、この方々に物を売るのに成功する会社はもうかるという事態が進展してまいったわけであります。
 もう一度申し上げます。今の六十代や五十代が喜んで買ってくれるような商品、サービスを提供している会社は、実は今年史上最高決算をする会社が結構あります。実は世界同時不況に関係がないんです。
 その一方で、今そろそろ、SMAPなんかを見ても分かりますが、若いアイドルだったはずが、大分いいおじさんになって、みんな子持ちになってまいるわけであります。引き続きいい男ですけどね。いい女はいい女なんですけど、年取ってまいるわけであります。スポーツ選手では、その下に松坂だとか、大ちゃんとか遼君とか育っているわけですが、日本人の若い人はどんどん減っています。
 そして、御覧ください。
 六年後、十一年後、十六年後、二十一年後、二十六年後でございます。もちろん私の意見ではございません。国立社会保障・人口問題研究所の中位推計をそのまま私がグラフにしたものです。最近ネットの時代ですので、すごい簡単です。
 御覧のとおり、今いる団塊の世代が八十五歳を超えるころ、日本で一番数が多いのは八十五歳以上になります。ちなみに、その数が一千万人を超えまして、ちょうど団塊の世代と同人数、これを私は新団塊の世代と言っているんですが、になります。そのころにイチローが六十を超えておりまして、どこかの監督をやっていると思います。WBCかもしれません。そのころに日本にいらっしゃる二十歳から五十九歳の人が三割減というのが国の正規の予測でございます。
 ただ、予測と申しましても、外れようがないんです。なぜならば、この棒から右はもう生まれているからです。あと、いつお亡くなりになるのかということは十分予想できるので、というか、ほとんどだれも亡くならないですよ。団塊の世代見ても分かると思いますが、日本人は本当に長寿でございまして、亡くなる人なんていやしないんであります。半分以上の方が八十を超えます。
 ですから、その中で現役が減っていくという、こういう大きな流れの中に我々はおりまして、そして不況と関係なく、前回の最大の不況と言われた石油ショックから、九六年、平成八年まで日本の小売販売額は一回も減っておりません。
 そして、この次の年、平成八年を最後にどんどん日本の現役が減っていく中で、十二年連続で日本の小売販売額は減っています。この十二年間に二回好景気があり、二回不景気があったんですが、いわゆる景気とは関係なく、日本のお店の売上げは十二年間連続で減っています。
 国民の総カロリーという指標があるそうです。国民が年間食べている消費カロリーの計算をしているんですが、十二年連続で減っています。当たり前のことなんです。みんなが年を取ると、そんなにカロリーを使わなくなるわけです。これと世界同時不況は実は違う。
 実は、地域振興、コミュニティーの問題というのは、一には、このとおり若い人がどんどん減っていってお年寄りがどんどん増えていくというのをどう解決するかという問題であります。そして、皆さん、これは田舎のことだとお考えになっているかもしれませんが、大きな勘違いでございまして、東京は日本の団塊の世代が一番たくさん住んでいる地域です。首都圏には日本人の四人に一人が住んでいますが、団塊の世代に関しては三人に一人が首都圏に住んでいます。首都圏で今御存じのとおり、物すごい勢いでお年寄りが増えているわけです。
 しかし逆に、栄ですとか小川で起きていることというのは、それが二十年、三十年早く起きております。しかも、両手ぶらりでぼうっとしていたんではございませんで、お年寄りが大変増えていくことに対して彼らをいかにして元気に楽しく暮らしていただくかと。人間、やっぱり楽しく暮らすにはいつまでも生涯現役と。やっぱりお金も稼げれば稼ぐ、社会貢献もするぞということの意識の高い方が非常に特に地方には多いわけですが、その方々がどうやって社会参加をしているのかという先行モデルが先に高齢化した町、村にあるわけです。
 そして、そのことを今真剣に学ばないと、高齢者の激増する東京では対処策が打てない。いや、東京は若いやつが入ってくるから大丈夫だと。若いやつがいないんです、若い人がどんどん減っているわけなんで。幾ら入ってきても、これちょっと考えたらお分かりだと思うんですが、団塊の世代の方が圧倒的に数が多いんで、最近の若い人が相当たくさん東京に入ってきても団塊の世代の退職は補えません。それどころか、団塊の世代の方がはるかに東京に来た比率が高いので、長男長女が少なかったですが、今の若い人は長男長女が多いですから、そんな来ないんです。実は大変にコミュニティーが狂ってくるわけです。
 これが、今の地方の再生事例に学ぶべき最大のポイントでございます。
 つまり、先んじて高齢化したところで、これからの日本をどうやって生かすかという取組が既に二十年、三十年行われているわけです。そのことを勉強することによって、日本はどうしていくかということが分かる。
 もう一つあります。この増え続けていくお年寄りというか退職された方々が実はみんな元気で、そして少なからずお金を持っていらっしゃるということです。
 どうしても政治の場面にいますと、お金のない方ばかりをどうするかということが議論になります。そのとおりでありまして、政治は弱者を救うのが政治なんですが、ところで、政治に頼らずとも生涯貯金で何とかなる中高年が劇的に増えています。そういう方々がどうやってお金を使ってくださるかということが地域において非常に大きな課題になっているわけです。
 先んじて高齢化した地方には、この中高年の貯金を消費に回してもらうようないろんな取組があります。思わぬ成功例があるんです。それを勉強していくと、日本の大手メーカーが行き詰まってできていないことを実は地方の三セクができているというケースがあるんですね。それをちょっと、恐らくこれから調査会で御勉強されると思うんですが、実際には日本国全体はそのことに成功していません。
 ちょっと成功していないというところを申し上げますが、御覧ください。これは資料どおりに御説明していなくて申し訳ありません、前に時計がありますので、あと五分、六分と思いながら。
 これは、日本人の所得がどう推移していて、それに対して日本のお店の売上げがどうなっているかというグラフです。
 恐らく、これを御覧になったことがある方は一人もいないと思います。学者は作りません。学者は、このとおり全く性格の違うものを並べて一つのグラフにすると学界を追放されますのでできないわけですが、私は学者でございませんのでやります。なぜならば、どっちも金額ですし、どっちも日本円でございます。比較して何が悪いということで同列に比較すると、御覧いただけますでしょうか。
 バブルのころ、日本人の所得がすごく増えた。これは実は所得と販売額が二年ずれるんです、統計の性質上。だから、ちょっと本当は個人所得をこっちへずらして考えていただくといいんですが、そのころお店の売上げもすごく増えた。そして、失われた十年、バブル崩壊後の失われた十年ってみんな言うんですが、私、これを言っている人は一切信用しないですね。経済成長率も小売販売額も個人所得も見てないんです。バブル崩壊しても増えてたんです、個人所得もお店の売上げも。
 何分、これは税務署の数字と通産省が全部の店に聞いている商業統計でございます。どっちも全員に聞いている数字なのでとても確かです。特にこの税務署の所得というのは、ありもしない所得を申告する人は絶対いませんので、あっても隠す人はいるかもしれませんが。実際、バブルが崩壊しても、一年所得下がっただけで、日本人の所得どんどん増えていったわけです。そのころお店の売上げも増えていました。
 問題は、平成八年をピークに日本のお店の売上げがどんどん減るわけです。このころ戦後最長の好景気は二回あるんですが、平成十八年までずっと日本のお店の売上げが減り続けているんです。なぜか。先ほどお見せしたとおりです。六十を超えて物を買わなくなる人がどんどん増えているのに、新しく成人して物を買う人が年々減っているんです。日本人の現役が減り始めて、十二年間連続でお店の売上げは下がっています。
 ところで、今般、好景気がございました。日本の輸出が激増したために、日本人の個人所得にいわゆるトリクルダウンエフェクトが起きたのであります。実は私、いつまでたっても輸出が増えても個人所得が下がる一方なんで、トリクルダウンエフェクトがないじゃないかと、マクロ経済学者のうそつきと思っておったのですが、さすがに平成十七、十八、十九年の三年間、税務署まで把握できるところまで日本人の個人所得増えてまいりました。そして、とうとうバブルの最盛期を上回ったのでございますが、一向に実感がありませんでした。
 なぜか。全く日本の国内のお店の売上げは増えなかったからです。なぜでしょう。それは、輸出が増えたことによる所得の増加が主として高齢富裕層に起きていて、つまり株を持っている人たちですね、彼らは実は買いたいものがございませんで、何も買わずに貯金してしまったわけです。そのことにより消費に回らなかったということがどうもこの数字から見て取れます。
 もっとすごいのが東京なんでございます。同じグラフを首都圏一都三県だけ取り出したものですが、首都圏一都三県はバブルの最盛期以降長らく低迷するわけでございますが、まさに失われた十年というのは首都圏に関しては当てはまるんですね。バブル以降一回もその数字を上回っていない。地方はむしろバブルの後に繁栄しているんですが、首都圏はバブル以降一回も上回っていない。
 ところが、今回の好景気で首都圏の住民の所得が劇的に増えたのでございます。一部学者さんは、これをもって地域間格差の拡大と言っているわけです。私は、それはちょっと考えが足りないんじゃないかということを申し上げたい。地域間格差が拡大しているのなら、どうして伊勢丹と三越が経営統合しなきゃいけないのか、どうして東京で百貨店がたくさん閉まるんでしょう。答えは、東京の人は、確かに所得が一部の人は増えたんです、一部の人はですよ。合計しても増えていますが、東京のお店の売上げは全く増えていないんです。
 ちょっと増えたじゃないかという、一兆円だけ増えたじゃないかという御指摘があるかもしれませんが、これは通信販売の売上げが入っているもので、全国どこに行こうと通信販売の売上げは増えていますので、それを入れてこれだけしか売上げは増えなかったんです。首都圏の人の所得が約七兆円増えたときに、お店の売上げは一兆円しか増えていません。
 つまり、所得を見ていると地域間格差ということになるんですが、実際の商売をやっている人の売上げからいうと、首都圏は全く商売成り立たないという状態が続いておったんです。この二〇〇七年、平成十九年、そして二〇〇六年、平成十八年、好景気の一番のピークでございます。全く実感のある好景気ができていないんです。
 そういう中で、物によっては売上げを増したものもあるわけです。例えばこういうことが起きるわけなんですが、時間もないんですが、ちょっとセンセーショナルなんですが、不況の元凶のアメリカよりも日本の方が株価下落が激しくなる理由というのがありまして、それは一体なぜなのか。
 日本人がどんどん年を取っていくことで生産年齢人口、現役の人が減っているわけですね。企業がそれに対処する、つまり人減らしをする。要するに、退職者を補いようがないんで機械に替えていくわけです。そうすると、どんどん生産性が良くなりまして企業の収益が良くなって、数字上景気が良くなるんですね。ということが実はずっと続いていたんです。
 先生、申し訳ございません、紙、是非御覧いただかないでいただきたいんですが、紙でいうと最後から三番目でございます。
 ちなみに、二〇〇一年から二〇〇七年に日本の輸出が八割、貿易黒字が五割増えたということが起きました。ちなみに、だれも知らないんですけれども。ですが、同じ十年間に日本の上場メーカーの従業員数は二割減でございます。どんどん退職するんですね。退職するのを補っていないんじゃなくて、自然体で新しく来る人を新卒採用しているんですが、新卒者が少ないので選んで採っていると自動的に二割従業員が減ってしまったわけです。人件費が一四%下がりました。
 言っている意味は、一人当たり人件費は増えているんですね。賃上げしているんです。していますけれども、幾ら賃上げしても従業員が二割減ればやっぱり人件費は減るわけです。ということは、どういうことかと。人件費がどんどん減っているということは、お店の売上げが下がるということなんです、消費者が減っているわけですから。日本の小売販売額が十二年連続で減少する。
 そして、現役しか買わないものがいっぱいあるんです。例えば何でしょう。戸建て住宅、ファミリーカー、オフィス、通勤定期、職場旅行、ちゃんちゃんの、観光旅館、結婚式。基本的に六十五歳過ぎてから消費しないものの売上げが自動的に下がるわけです。
 車が今大変だと言っていますけれども、日本車の日本における国内の車の販売は昨日今日減り始めたわけではございません。二〇〇一年から減っています。まるで、去年から急に車が売れないみたいな報道をしていますけど、全くのでたらめでございます。国内のメーカー、自動車ディーラーにお知り合いがいらっしゃる皆さん、全員分かっているはずです。新聞やテレビは知り合いがいないんでしょうけれども、皆様であれば御存じだと思います。なぜ減るのかと。要するに、現役がどんどん減っているからなんです、人数がですね、車を買う人が。
 個人所得が幾ら増えても、六十五歳過ぎてからお金稼いでも車を買わないんですね。つまり、資産効果がなかったんです。すると、外国しか物を買ってくれないので、輸出だけ頼みで食ってきたわけです。つまり、資産富裕層の方、ためたお金を米国債に回して、アメリカに金を貸すことによってアメリカの消費によって売るという、すごい迂遠なことをしていたわけです。本当は国内のお金持ちが買ってくれる、そのまま直接国内で買ってくれればいいんですが、何も買わないので、その結果、世界同時不況で、もうそもそも内需が年々人口減少で減っていくときに外の人が買わなくなりますので、内需がない分、アメリカ以上の低い評価を受けてしまうという大変心外な、極めて不本意なことが起きてしまったわけであります。
 実は、逆に申し上げますと、このわなから逃れている会社があるわけです。つまり、日本のお金を持っている人が買ってくれる商品を作っている会社は関係ないわけなんです。皆さん、今年史上空前の増収増益になっている会社、いっぱいあるのを御存じでしょうか。
 例えば、八年間連続で売上げが下がっていたのに今年度から増えた典型がコンビニなんです。コンビニはずっと下がっていたんですけど、増えるわけです。それで、そのおかげでセブン&アイも増収するんですが、タスポ関連のたばこ売上げ増加というだけじゃなくて、お年寄りなど、遠くまで車で買いに行くの面倒だなという人がついでにいろんなものを買ってくれるというやり方をすることによって、例えばセブンイレブンの場合、売上げの二割は既にお年寄り相手だという新聞記事がありましたが、そういうことで実はもうけていると。
 あるいは、ユニクロ、任天堂、東京ディズニーランド、いずれもヒートテック、Wii、ディズニーシー、これが高齢者に受けている商品なんです。孫を連れて遊びに行く場所、お年寄りが健康のために遊ぶゲーム。今のカジュアルなお年寄りが、それこそおしゃれで暖かい、冷え症のところに着れる洋服、こういうのを売っている会社がいずれも史上最高の利益を出しているわけです。
 御存じでしょうか。去年の十一月に発売された日産フェアレディZ、予定の二倍売れています。そして、これは世界的にそうなんですが、フェラーリ、年間世界で六千五百台ぐらいしか造っていない車ですが、フェラーリの売上げが世界で二五%増、国内でも一五%増です。聞いた話では、ロールスロイスも売上げ増だそうです。なぜか。退職した人が退職金つぎ込んで青春の記念に買うからなんです。
 何でこんな地域コミュニティーに関係ない話をしてきたのかと。関係あるんです。地域にもまさにこれと同じような商売ができている地域がたくさんありまして、そういうところはうまくいっているんです。皆さんが、むしろ輸出産業中心で食っているところが田舎にはありませんので、国内相手にしっぽりと商売できているところというのはどんどん人口が流れ込んでいます。
 もうこの辺りで最後にしますが、これをちょっと御覧ください。
 これは、細かい字で恐縮なんですが、日本の地域の成績表でございます。この縦線から右側に行けば行くほど、縦線から右側に行けば行くほど、引っ越して入ってくる人が出ていく人より多いと。人口が流れ込んでいる地域ほど右側に行きます。この縦線の左側に行けば行くほど、引っ越して出ていく人が入ってくる人より多いと。人口が流れ出している地域です。元々国勢調査をベースに作りましたので、住んでいる人の数でございますので、観光客の数ではございません。
 住んでいる人が増えるか減るかということはいろんな理由があります。気候がいい、教育がいい、安心、安全、病院がある、はたまた、もちろん仕事がある、引退してから住みたい、何でもいいんですが、いろんな理由から人が流れ込んできて住む人が増えている地域が右に来るわけです。これを私は足による投票とも言っていますし、地域の総合指標成績表とも言っております。
 結局、いろんな人が、やれ工場が来て出荷額が増えた、税収がといろんなことをおっしゃいますけど、最終的には住んでいる人が増えているか減るかということが最大の評価基準ではないでしょうか。
 この時期、輸出企業が非常に多かったので、トヨタ周辺の豊田、刈谷、安城といったところが大変な人口流入でございました。ですが、御存じのとおり、この多くが期間工の不安定雇用によるものでした。
 そして、御覧ください。その豊田と並んで石垣と書いてあります。これは沖縄の石垣島です。石垣島に物すごい人口流入が起きていた。あるいは、ここに東京があるわけですが、東京と石垣に同レベルの人口流入が起きている。そして、伊東温泉に大量に人口が流れ込んでおる。本当ですかと。九州の黒川温泉に流れ込んでいる。暖かいところばっかりですねと。違います。軽井沢に物すごい人口流入が起きている。
 あるいは、今日は来ていらっしゃいませんが、小川と栄と並んで地域振興の世界で大変有名な隠岐島の、海の士と書いてアマと読みますが、海士町。大変有名なところですが、こういうようなところに人口がどんどん流れ込むという、隠岐島です、もう本当にここは不便なところです。流れ込むという現象が実は起きているわけです。
 屋久島、世界遺産に人口が流れ込んでいます。東京近くの温泉地でも、伊東だけじゃなくて湯河原ですとか、はたまた日本で一番高齢化率の高い山口県の周防大島、高知県の地の果て中土佐町、同じく首都圏で一番不便な温泉とも言える草津、こういうところに流れ込んでいる。
 じゃ、リゾート、なぜこの辺りに人口が流れ込んだのか。いずれも中高年の消費がされている場所なんです。中高年の人が好んでやってきてお金を使っている。それが必ず地元に若者の雇用を生みます。若者の雇用を生んで初めて人口が流入するわけです。中高年が遊びに来るだけでは人口流入になりません。現実に中高年が使っているお金が若者の雇用を生むところまでに至ったところが結構あるんです。
 他方で、同じ条件のはずなのに全然そうなっていないところが無数にあるわけです。軽井沢が日本の新幹線沿線で一番人口の流れ込み率が高いんですが、では一番低いところはどこか。一番流れ出しているところ、越後湯沢でございます。軽井沢と越後湯沢は一体何が違うのかと。いや、そっくり同じ条件なんですが、やり方の方針が違いました。都市計画をやらずにリゾートマンションを激増させた越後湯沢と、四階建てまでしか建てさせなかった軽井沢にこんなに差が付くとは。
 石垣島と宮古島。宮古島は地域振興に熱心です。トライアスロンも最初にやりました。プロ野球キャンプも最初に誘致しました、沖縄で。非常に熱心にやっているんですが、なぜか、不熱心とは言いませんが、余り何もしていない石垣、竹富にたくさん人が流れ込んで、いろんな既存メニューを駆使している宮古からどんどん人が流れ出すと。実際は海は宮古の方がきれいでございますが。
 伊東温泉にどんどん人が流れ込んでいるのに、下田や、ずっと手前の箱根から壊滅的に人が流れ出しているわけです。はるかに交通が便利な箱根からどんどん人が流れ出して、何で伊東に人が流れ込むのか。どうして湯河原に人が流れ込んで、箱根から流れ出すのでしょう。
 同じ世界遺産でも、屋久島にどんどん人が流れ込んでいるのに、大阪からすぐ行ける吉野山、高野山からどんどん人が流れ出している。交通が大変不便な草津温泉に人が流れ込んでいるときに、鬼怒川温泉からどんどん人が流れ出している。
 もうちょっとで終わりますが、この辺りの評価をどうするかということですが、合併しないと言って頑張っている矢祭、何の名所もございません。寒いです。はっきり言って、行く用事はございませんが、人口は流れ出しているじゃないかと考えるべきか。いや、私の意見では、矢祭が日光や箱根に比べてはるかに右側に来ていると。長野新幹線の来ている長野と同じぐらいの人口流出にとどまっていること自体が奇跡に近い。更に言いますと、ダイハツの本拠地、大拠点、竜王町のある近江八幡と矢祭が、輸出経済の真っ盛りに近江八幡の人口動態と矢祭の流出が同じということ自体がすごいことでございます。これは、実はほっとけば、はるか左にいるのが大幅に右に来ていると考えるべきであります。
 同じく、徳島の山奥で葉っぱを集めているので有名な上勝ですね。これも、当時、お年寄りの雇用中心なのでまだここまで来ていませんが、私の推測では、次の国勢調査で右側に来ると思います。上勝では、お年寄りが入っていた寮からみんなが元気になって出てしまって空いてしまったところを、若者向けの、Iターン向けの町営住宅に変えたという現象が起きております。これがごく最近の話でございます。恐らく、この上勝は右側に来ると思います。
 同じく高知の山奥でユズを一生懸命作っている馬路村。人口流出しているのは、若い人がたくさんIターンしてきたので子供が生まれまして、高校がないので高校以降は出ていっちゃうもので逆に流出になったんですが、若い人が出ていくというぐらい生まれているということでございます。
 これは、一つ申し上げると、率で見ているので実数では大したことはないんです。数十人レベルの話が大きく出るのでありますが、そうはいっても、学歴のいい人たちがどんどん出ていっているにもかかわらず、それを補って流入があるということ自体がすごいことなんです。
 こういう流れというのは一体なぜ起きているか。御覧のとおり雇用が増えていて、そして、その結果、人口が流れ込む。どうして雇用が増えるのか。
 もう終わりますが、それは、実はこの日本で劇的に増えている一部富裕層や、多くの高齢者、中流の高齢者の、実は使ってもいいけれども特に必要がないから使われていないお金を、集客交流及び地産地消、それが発展して地産外消と申しますが、御当地で食べているすばらしいいいものを、よその人も通販ややってきて買うようになるということが現実にお金の流れを生んで、一部地域において、その地域から見ると劇的な、その地域においては劇的な雇用の増加をもたらしていて、劇的な雇用の増加が人口増加に逆転で結び付いているんです。
 ごくごく例外的な話で、全国の一%もございません。過疎地がみんなこうだったらいいんですが、これはあくまでも、元気な病気のないお年寄りがいますよという話と同じで、ごく一部にすぎない。
 ただ、そういう人が現に来ているんだと。ちょっと前までそういうことはあり得なかった。リゾート法のころまではなかったことなんです。ようやく二十一世紀に入ってこういう現象が起きているんだということを御報告申し上げまして、大幅オーバーして申し訳ありませんが、私の前振りを終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#4
○会長(田名部匡省君) ありがとうございました。
 次に、島田参考人にお願いいたします。島田参考人。
#5
○参考人(島田茂樹君) 私は、長野県の一番北の、人口二千四百人弱の小さな栄村の村長、昨年の五月十五日からということでまだ一年にもなりませんけれども、今日はお呼びいただきまして、ありがとうございます。
 村の概要等についてお話をさせていただきます。
 今、藻谷先生が言われました新幹線の越後湯沢から私の村は一時間なんです。それなので、私は東京へ出てくるのに長野新幹線にまだ一度も乗ったことがないので、長野の新幹線はどういう新幹線か見たこともないというような、長野県にいて一度もまだ長野新幹線に乗ったことないのが実情でして。湯沢を通って東京まで二時間半で来ますけれども、うちの方は日本一の豪雪地帯でして、ここ二年ほどは少ないんですけれども、今朝なんかは物すごい雪降りで、湯沢までふだんは五十分なんですが、今日は一時間十分ぐらい掛かりました。
 それなので、雪が降ってもらわないといろいろと支障がありまして、スキー場、それから除雪のオペレーター、それからあと屋根の雪下ろしとか、そういうのをやっている商売の人はちょっと困るわけで、ある程度降ってもらわないと困るんですけれども、一般の家庭は降らない方が大変楽だというような村であります。
 ちょっと私の村の、何といいますか、独自の事業というようなことでお手元に印刷したものを差し上げてありますので、それに沿って御説明もいたしますけれども、また後でいろいろと御質問をいただければと思っております。
 今言ったとおり長野県の最北端で、面積は二百七十一・五一ということでありまして、これは日本の、今、一月一日現在千七百八十一自治体がありますけれども、面積の多い方から四百番目であります。ただ、人口の方は千七百番目ぐらいになりますか、人口は二千四百人もありませんので。そういう村であります。県境でして、村役場から五百メーターぐらいでもう新潟県というような村であります。
 それから、二ページにちょっと村の概況がありますけれども、うちの方は、御存じかどうか、先生方、秋山郷という地区がありまして、ここには役場から約三十キロ離れております。ここへ行くには必ず新潟県に出ないとこの地区には行けないというようなところでありまして、うちの職員三分の一は、約百人いますけれども、毎朝晩、新潟県の道路を通って通勤通学を皆しているんですけれども、そんな地形にあるところであります。
 特に、冬はもうずっとJR飯山線を北の方に行って、それから津南町を通って秋山郷というところに行くわけですけれども、役場から約一時間掛かるところにあります。秋山郷はそういうところにあります。その中に三十一集落が点在しておりまして、そのうちの約半数近くは、今言われる限界集落というような村であります。
 次に、三ページに人口の関係がありますけれども、うちの村は昭和三十一年に二村合併したんですけれども、当時は六千五百人からいたんですけれども、この二十一年の二月一日現在ですか、二千四百人を割りまして、二千三百八十人程度になってしまっておる村であります。そこに人口ピラミッドがありますが、お年寄りが多い、今の藻谷先生のお話にもありましたけれども、お年寄りが多くて、六十五歳以上が四五%というような村であります。世帯数が九百三十ぐらいありますので、一戸当たりの、一世帯当たりの人口というのは二・六人ぐらいになりますけれども、そんな村であります。
 それから財政的には、四ページに平成二十年度の村の一般会計の予算の内訳なんですけれども、歳入歳出それぞれ二十六億三千百万という金額でして、うち交付税が六三%というふうなことで、大変交付税に依存をしておる村であります。
 その左にグラフがありまして、平成七、八年ごろ予算が突出していますけれども、これは村でスキー場を造ったんですけれども、スキー場が三十五億ぐらい掛かりまして、そんな関係で借金をしたスキー場でして、これがスキー場のおかげで大変財政的に厳しくて、この借金返しがやっと今年の二十年度で終わりまして、来年からは若干楽になるかと思っているんですけれども。
 ところが、御存じのとおり、平成二十三年七月からテレビがアナログからデジタルに変わるわけで、今言ったとおり広い面積でして、全然映らない、デジタルの電波が入らないところが村の八割ぐらいありますので、今年地デジの対策ということで、全部光ファイバーケーブルで全戸に引いてやる予定でおります。ただ、これは仕方がないんですけれども、国の補助が三分の一しかありませんので、補助残は村が過疎ですので過疎債を使ったりしていくという予定で今取り組んでおりますけれども、五億四千万ほど掛かるというような事業であります。これは今年の予算なんですけれども、今のは二十年度の予算です。そんなわけで、また今年も三億からの起債をしなければなりませんが、これは仕方がないかなという感じであります。
 ちなみに、二十一年度の予算は一応二十八億五千六百万というようなことで、二十年度より二億ほど当初増えますけれども、これは地デジの関係で仕方がないかなという感じであります。
 それから、五ページに広域の関係がございますが、最初の一番は北信広域連合といいまして、中野市から始まって二市一町三村の広域なんですけれども、この広域については、そこにあるとおり、特別養護老人ホームに加入していまして、それはその関係だけであります。それから、二つ目の岳北広域行政組合、これは飯山市と三村なんですが、これについてはうちの方は消防だけに加入をしているということであります。それからもう一つ、三つ目の津南地域衛生施設組合、これは新潟県の津南町、それから旧松之山町と中里村と栄村の四つの町村でやっている広域なんですけれども、ここには、ごみとそれからし尿、火葬場に加入しておりまして、県境にあるというようなことで、長野県と新潟県と両方の広域行政に加入をしているというような状態であります。
 さて、次が村の独自施策というようなことで、結構全国的に有名になっております田直しとか道直し、また村独自の事業がいろいろありますけれども、ちょっと簡単に説明をさせていただきますが、田直し事業、これについてはもうかなり昔からやっておりまして、そこにあるとおり実績等もありますが、七ページにあるとおり、棚田地域が多いもので、いかに機械化ができるようにするかということで前村長が考えた施策でして、何枚かの田を区画整理で一緒にして大型の機械が入るようにするという事業、早く言えばそういうことなんですが。
 だから、設計もない、設計書とかそういうものは作らないで、農家と村と、村のオペレーターがいるんですが、それで話し合って区画整理をするということで田を大きくするというような感じでありますが、一反歩当たり大々的に補助事業等でやりますと百万から掛かる事業が一応四十万ぐらいでできるということであります。それで、一応村で二分の一補助をしますので、農家負担は二十万程度というような事業であります。
 うちの方は特に何かありませんので、そうやって水田を荒らさないで維持していこうということで始まった事業でして、高齢化が進んできて、なかなか田んぼもお年寄りは骨が折れるというようなことで、集落営農ということで一応今十四組合ぐらいができておりますが、これは組合によっていろいろでして、苗作りから収穫までやっている組合もありますし、それから苗作りから田植までというような組合もありまして、いろいろですけれども、一応今十四組合ができております。
 それから、田直しの施工方法、八ページですが、今言ったとおり、これは設計書もなく、ただ田を大きくするというだけの感じですけれども、これによって大変、大型の機械が入りますので労力が削減されるということになっております。
 九ページが平成元年からこの事業でやってきている実績であります。御覧のとおりであります。
 それから、十ページが直営道路改良。これも村単の道直しということでありますけれども、これも田直しと同じで、村のオペレーターがみんな道直しをやっておるわけですけれども、ただ、この道というのは、村内の本当の幹線というか道路でして、この道路をなぜやるかというのは、冬期、今言ったとおり雪が降りまして、機械が入らないと除雪ができないというようなことで、三・五メートルの道路になりますと小型の除雪機が入りますので、そういうことで始めておるわけですけれども、この道路のおかげで、今世帯数が九百ぐらいですけれども、そのお宅で朝、車が入らないというようなお宅がもうほとんどなくなってきておる実情であります。お金も地元負担が三五%というようなことでありまして、費用を余り掛けないでいかに便利にするかということでやっております。
 それから、この実績については十四ページにございますが、この事業については、国とか県の構造令ですか、そういうのとはちょっと懸け離れておりますから、それにのっとってぴしっと設計したりはしておりませんが、そういうわけで、そこに費用の単価等がありますけれども、余りお金が掛かっていないという事業であります。
 それから、十五ページに、先ほどから言っております高齢者の状況等ですけれども、人口は、これは昨年の人口なんですけれども、この一月一日現在は二千四百を割っていますが、一応高齢化率が四五%というようなことになっております。
 それから、うちの独り暮らしは今ここ二百十人というふうになっていますが、世帯数が九百三十ぐらいあるところを二百十人ですから、二百十世帯ということになるんですが、ただ、平成十九年に特別養護老人ホームが村にできまして、これが七十床なんですが、民設民営でできました関係でそこに村外からもお年寄りが大変多く入られたわけで、そんなんで二百十世帯になっていますが、実際は百七十世帯ぐらいが独り暮らしというようなことであります。あと、ここにはありませんが、二人暮らしが百六十世帯ぐらいありますか、全部で三百五、六十世帯は一人か二人の世帯というようなことであります。
 ただ、みんな六十五歳以上の方でも達者でして、そこにあるとおり寝たきりは五名程度ということであります。もっと多かったんですけれども、特養に入りましたんで、そんなことであります。
 それから、老人ホームの入所者数、栄村にあるのは「さかえ」という特養なんですが、ここには栄村の人は二十四名入っているということでありますが、私どもの広域の管内等々で六百八十人の定員に栄村から三十七名入所をしているというのがこの表であります。
 それから、ちょっと有名になりましたげたばきヘルパーなんですけれども、十六ページなんですが、げたばきヘルパーという名前を付けたのは、げたを履いても隣近所へすぐ行けるというようなことでげたばきヘルパーという名前を付けまして、村でヘルパーの養成をしたわけですが、この法律が変わって、そこにあるとおり、三級の資格のヘルパーと二級のヘルパーとあるんですけれども、三級ヘルパーについては、介護保険の関係で、昨年の四月から介護保険請求の設定がなくなってしまうというふうなことで、一年間、この四月までは、三月いっぱいですか、いるようですけれども、ただ、三級ヘルパーが今活動をしている場がほとんどなくて、ここに五十九名資格のある方がおりますけれども、たった一名だけしか三級ヘルパーは今活躍をしていないというふうなことで、派遣というか行く世帯が余りないもので、二級ヘルパーさんだけで足りているというのが実情であります。
 一応八つの地域に分けてそこにヘルパーを張り付けてあるわけですけれども、対象世帯が、常勤ヘルパー二名が行っている世帯が十五世帯ぐらいしかありませんので、それで足りておりまして、このげたばきヘルパーさん等はデイサービス等の、次のところにありますが、デイサービス等に従事されておられます。デイサービス、それから介護予防事業、ホームヘルプサービス、配食サービス、安心コールサービスといろいろあるんですけれども、延べ人数で三百七十九名ほどということであります。
 実人員はその下のとおり百十四人ぐらいが登録をされているんですけれども、実際、働きというか派遣されている方は数は余り多くはないという状態であります。年齢別にも、かなり年した方もげたばきヘルパーとして活躍をしていただいておりますが、そんなところであります。
 支払っている賃金は、前のページにありますけれども、身体介護は千五百円、一時間ですけれども、あと家事支援が千円というようなことでやっておるところであります。
 それから、介護保険なんですが、介護保険については今三期が終わりまして、今度また四期になるんで今見直しをしておりますが、これの認定者数とかサービスの状況等はそこにあるとおりですが、栄村の介護保険料は長野県一安いわけでして、十九ページにございますが、月二千四百円ということで長野県下一安いんですけれども、これが、先ほど言いました介護施設ができましてぐんと上がっちゃうわけで、三千三百円ぐらいになりますか、今度は県下一番上がるというようなことで新聞にも書かれましたけれども、それでも今の長野県の平均が三千八百円ですので、それより上がってもまだ安いわけなんですが、一応そんな予定で今、これは三月議会に議決をいただくわけですけれども、三千三百円。今度第四段階が二つできますので、三千三百円と三千六百円ぐらいの、今の二千四百円の方がそちらに行きますけれども、そんなことであります。これはまあ上がるのは仕方がないかなという感じであります。
 その上に、介護保険事業の概要ということで、平成十四年からの介護給付費の状況がありますが、十四年は一億三千五百万が十九年は二億六千五百万というふうになっておりまして、今年が二億九千七百万。今度の見直しではこれもだんだん上がりまして、平成二十三年、二十一から二十三年が第四期の分ですけれども、三億からになっていくかなという予想であります。そんなわけで、介護保険も上がっていくということであります。県下で今一番低いんですが、十五、六番目になるのではないかという予想でありますが、そんなところであります。
 それから二十ページですが、これが雪害対策救助事業といいまして、栄村は日本一の豪雪地帯というようなことで、各年の最高積雪の表がその右下にございますが、昭和二十年の二月十二日、年度は十九年度ですが、七メーター八十五というような雪を記録したということでありますが、それ以降このグラフのとおりでして、昭和二十年から平成二十年までの六十四年間の積雪の一番多かった日の積雪の平均が、この六十四年間の平均が二百八十四センチというふうなことになります。今年のところは今のところ百二十五センチしか最高積雪はありませんが、平年ですと二百八十四センチになるのかなという感じであります。
 雪はそこにあるとおり屋根に積もるんですけれども、これは平成十八年の豪雪のときの写真かなと思いますが、このときは約四メーターまで行きましたが、そんな状態であります。
 そんなわけで、独り暮らし、それから高齢者世帯が多いということで、もう自分で屋根の雪の始末ができない家庭が百七十戸ぐらいあります。
 それで、そういう家庭は、昔は自分でもう人夫を頼んでやっておったんですけれども、とてもそういうことも大変になりまして、村で昭和五十二年に雪害対策救助員制度というのを、これは村独自の施策ですけれども考えまして、臨時職員を、当時はもっといたかもしれませんが今十五名、十二月の十五日から三月いっぱい臨時の職員を頼んで各その百七十世帯のお宅をもう順番に片っ端から、雪が降ると三人一班ぐらいで回って雪を下ろしていっている制度なんですけれども。
 普通、ほかの市町村は、人を頼んで下ろして賃金を払ったのには補助を出したりしているところはいっぱいありますけれども、栄村のように村が救助員を雇用して、もう片っ端から下ろしていくというのは日本でも余りないかなというふうに感じております。これについては、国それから県の補助も若干はあるんですけれども、まだ余りそういうものはないようであります。
 対象世帯等々の関係はその上の右端にありますけれども、十九年度は百六十一世帯、今年もきっと百七十ぐらいありますか、そんな状態であります。
 それで、救助員の日当なんですけれども、これは、十二月の十五日から三月いっぱい、一応、雪が全然降らないこともありますので保障をしておりまして、十二月は五日間、それから一、二、三月は各十五日の冬期間五十日間保障をしておりまして、そこにあるとおり、日額、班長が一万三千五百円、それから班員が一万三千円、これは一日も出なくても、五十日ですから六十五万は保障しているという制度であります。
 それで、生活保護世帯とかそういう世帯は無料なんですけれども、年寄りだけ置いて子供さんは都会等へ出て結構いい生活をしておられる方等もありますので、雪下ろしの個人負担というのは三割から十割まで、そのお宅によってまちまちですけれども、いただいております。そんなところであります。
 それからもう一つ、二十二ページ、これは道踏み支援ということで、これは玄関から道路まで隣近所の方が踏んでやっているんですけれども、これはかんじきとか小型のハンドロータリーでちょっと道を付けるだけなんですが、これは一応無料でやっております。一時間千八百円、機械の場合は二千四百円というようなことで、隣近所の方がやっていただいております。対象世帯等は、そこにある下の表のとおりであります。
 それから、二十三ページはデマンド交通ということで、うちの方は、昭和五十二年に中学を統合しまして、それでバスで、統合した関係で中学生の輸送に村営バスを入れたんですけれども、だんだん人口も減り、利用者も少なくなってきた関係で、朝晩はお客があるんですけれども昼間はほとんどお客がないというようなことで、どうしたらということで、十九年四月からこの村営バスと民間の委託バスをやめまして、デマンドバスというようなことで、一応二地区にデマンドバスを走らせておりますが、これは村内一回三百円ということで、どこから乗っても三百円ということでやっておりますが、次の表に、次の表というか二十五ページに実績等がありますけれども、余り乗らないというのであります。
 村の中に森宮交通という営業をやっている会社があるんですけれども、そこに委託をしてやっておるんですけれども、余り乗らない、お年寄りでもある程度自家用車等がありますので余り乗らないかなという感じですが、そんなところであります。診療所がありまして、そこに通うというか患者さんは一日五、六十人来るので、その方たちが利用したりしております。
 それから、お医者さんについては、うちの方は、昨年の三月いっぱいまで二十年間、台湾の先生がおられたんですけれども、お帰りになってしまいまして、その後も前村長一生懸命に探しまして、栄村に、お父さんが栄村生まれの方なんですが、八十歳の先生が一年だけ、じゃ頑張るというようなことで来ていただいておりまして、この三月までというようなことで、私も一生懸命医者を探しまして、どうやら決まりまして、四月から六十八歳の先生が来るというようなことに決まって、医者だけはまあ一安心したというような今実情であります。新潟県の長岡の方の先生ですけれども、そんなところで決まっておるところであります。
 ちょっと足早に説明しましたけれども、また後ほどいろいろとお願いします。
 以上です。
#6
○会長(田名部匡省君) ありがとうございました。
 次に、権田参考人にお願いいたします。権田参考人。
#7
○参考人(権田辰夫君) ただいま御紹介いただきました小川の庄の権田でございます。本日は、参考人の御依頼をいただきまして、ありがとうございます。このような場所は初めての経験ですので、どうかよろしくお願いをいたします。
 平成十八年三月、創業者であります権田市郎が急逝をいたしまして、当時専務でありました私が後を継ぎ、今日に至っております。
 何分にも不慣れのため、本日は原稿を基にお話をさせていただきたいと存じます。
 私たち小川の庄は長野県上水内郡小川村にあり、長野駅から車で西に向かい三十分、長野市と大町市のほぼ中間に位置する、北アルプスを背にした、標高五百メートルから千メートルの、ナラやクヌギに囲まれた大変な急斜面の地滑り地帯であります。昭和三十年代には九千二百人を超える人口を有しておりましたが、今日では三千二百人と激減した、長野県でも有数の少子高齢化の進んだ村であります。
 おやき村を開村した昭和六十一年当時の小川村は養蚕を主業に生計を立てていましたが、その養蚕も衰退ぎみになり、現金収入である土木作業も減少して、明日からどうしたらよいのかという混乱の中、仲間で相談の結果、郷土食のおやきを世に出そうという結論に達しました。
 村や農協、そして村民の協力を得て、昭和六十一年五月に、変則的な第三セクター方式による新しい村づくり事業、株式会社小川の庄を設立いたしました。資本金は当初五百万で、民間企業が五〇%、農協が一五%、仲間が三五%を負担し合いました。現在は資本金三千万円で、すべて仲間が負担しております。作業場は集落にあった農協の遊休施設を利用、村には道路などの基盤整備の応援をいただき、三つの基本構想に沿って進めてまいりました。
 三つの基本構想の一つは、変則ではありますが、第三セクター方式であるということです。
 会社は信頼と支援を得ることが重要であり、特に外部に対する信頼が確立されていなければなりません。しかし、資金を行政に求めると、自由闊達な発想や行動が制限される懸念があります。このため、小川の庄は、行政には基盤整備にかかわる支援をお願いし、農協には原材料の調達確保をお願いしております。小川の庄の経営理念であります新しい村づくり事業に対し、官民一体の支えの体制で進展をさせてきています。小川の庄は、正式には第三セクターではありません。第三セクター方式といいます。そこに当社の新しい企業理念が込められております。
 二つ目は、集落一品づくりです。
 集落一品づくりは、村の中心に工場を建てて人を集めるのではなく、若者は村を出て雇用しようにも雇用できず、高齢者しかいない集落ごとに高齢者が歩いて畑に行くような感覚で通える範囲に工房を設けることで、集落に暮らす高齢者が生涯現役で生きがいを持って働けることが非常に重要なことだと思います。毎年その流通経費は一千五百万円を超えておりますが、集落を維持するには必要不可欠なものと考えております。そして、その作業所の責任者を村長、助役、収入役と呼び、集落一品づくりの基本に沿って、今ではおやき村、農園村、山菜村、野沢菜村としています。
 基本構想の三つ目は定年なしということです。
 設立当初は、六十歳入社、七十八歳定年でありましたが、創業十年が経過した平成八年に入社年齢や定年をなくしました。しかし、定年なしといっても、若い人たちに申し訳ないから、ぼちぼち身を引かなければという引退の時期も考えています。
 発足当時の休憩時間は、昼休みを四十五分、午後三時の休憩を十五分としましたが、休憩時間十五分では世間話や愚痴も話せないとの意見があり、昼休みは一時間、午後の休憩時間は三十分としました。
 社内に若者が多くなると、良識や常識が薄れがちな今日ですが、高齢者がいることで社風までもきりりとした空気が流れているように感じます。弊社では、孫のような二十代から最高齢者八十四歳までが同居するとても良い環境が整っております。
 また、集落に暮らす人の数も減少し、工房の維持や工房に通勤することが困難になるという大きな不安もございますが、次の段階としては、原材料の生産者としてかかわっていただき、場合によっては農協又は私たちが集荷に行くことも、少しずつではありますが、昨年から始めており、今後ますます集荷の作業に本腰を入れないといけない状況になってくるものと思います。集荷に行くことでコミュニケーションができ、良い話し相手にもなれることから、高齢者が孤独感から解放され、健康面に関することも目に見えて良くなってきました。
 小川の庄の主な製造品は、縄文おやき、縄文そば、農家の味自慢、御飯のもと、みそ漬け、総菜など、昔から地元小川村で食べられていた味を地元の山野菜を原材料とした製品の製造と全国の生活協同組合、直営店、県内主要駅、カタログ、新聞、テレビ等での販売をしております。ちなみに、前期の売上げは約八億二千万でありました。
 それでは、信州の郷土食でありますおやきについて紹介させていただきます。
 小川村には水田が少なく、村の主食は粉物が多く、うどん、すいとん、そしておやき、お客様が見えるとそばを振る舞っておりました。おやきは、小麦粉を水で練り合わせた皮に四季折々の山野菜を調理、具にしたものを丸く丸め、いろりの灰で焼いたり、蒸し器で蒸したりしたものです。稲作が少ない地域での米の消費を抑えた生活の知恵だと思われます。今でも各家庭ではお客様が見えるとおもてなし料理として、また行事食として作られています。
 おやきに関する細かい統計はありませんが、県の工業課のまとめによると五十億円産業と推測されます。長野県内にはおやきの製造、販売をしている店は四百から五百店舗と言われており、小川の庄はその約一五%を製造しています。
 次に、おやきやそばを製造しているおやき村の状況を紹介させていただきます。
 おやき村は小川の庄の顔であります。ここが高齢者パワーの集結であり、現在の小川の庄をここまで押し上げてくれた原点、底力であります。おやき村は長野大町線という県道から二キロメートルほどつづら折りの急斜面の道を上った峠にあります。集落は十軒ほどであります。正月や盆には子供たちが帰ってくるとにぎわいますが、平生は郵便局員が通るぐらいの非常に静かな集落であります。
 昭和六十一年十一月、養蚕場を改造した工房の入口に看板を設け、近所のおばあちゃんたち七人が集まっておやき作りが始まりました。村内の縄文遺跡にちなみ、縄文竪穴式住居の建物を再現し、中央に大きないろりを設け、縄文おやきと命名しました。おばあちゃんたちがおやきを焼き、おじいちゃんたちが火をたき、来村していただいたお客様にもおやき作り体験をしていただいております。以前は養蚕で栄えた村ですので、養蚕神社と食の神様を合祀しまして、おやき神社を建立しました。村民のおやきへの強い願いが込められております。
 おやき村もマスコミの報道によって徐々に来村者も増えてまいりました。そして、三年ほど経過したころ、東京在住の各国の外国人ジャーナリスト七名のお客様がおやき村を訪ねてこられました。都会に住み、地方の村おこしに関心を持たれ、訪ねてみると、大抵は補助金で建物が新築され、道路が拡張され、観光バスが玄関へ横付けになっているのが一般的だが、おやき村もそのように様変わりしているだろうけれども行ってみようと、訪ねてくれました。
 ところが、擦れ違いも困難な幅三メートルくらいの村道、建物は古い農家の一部ですから、多少傾いた古さも申し分ない、働いている人も六十歳を超えた腰の曲がったおじいちゃん、おばあちゃんたちで、これも申し分ない、このおやきなら世界で評価されると言われました。私たちは、おやきは信州が生んだ世界の郷土食と自負しておりますが、まさにそれを実感した瞬間でありました。
 その話を聞き、長野県農協開発機構、経済連、中央会、ジェトロと訪ね回りましたが、糸口は見付かりませんでした。最後に長野県商工部の方につながりがあり、訪ねましたところ、ロサンゼルスの国際見本市に参加できる大きなチャンスに巡り合いました。ジャパン・エキスポというイベントであります。毎年盛大に行われ、七千坪の会場に日本の先端技術、商工産業、伝統文化の紹介、そして一部の県の特産品など三百四十こまが設置され、現地の人たちを迎え入れて既に十年続いているイベントに参加することになりました。平成元年九月のことです。
 決定とともに、一か月以内に荷物を送り出すことになり、おじいちゃん、おばあちゃんたちは英語の勉強に入りました。集落の神楽ばやしも同行することになり、練習も始まりました。報道関係の取材が毎日続き、行く前から、縄文おやき、海を渡ると、大きな見出しにおやき村はごった返してきました。
 そして一か月後、おじいちゃん、おばあちゃんたちの英語も上達し、平成元年十一月二十二日、七十五歳を筆頭に十五名のおやき派遣団は、初めて見るロサンゼルスの会場に意気揚々と乗り込んでいきました。初めて見る海外、間近に見る外国人の大きさや不自由な言葉、余りにも広い会場にさすがのおじいちゃん、おばあちゃんたちも不安に震えていました。同行した神楽ばやしが会場に響き渡り、我が長野県のブースでは朝から割烹着姿のおばあちゃんたちがおやきを山盛りに積み上げ、極度の不安と緊張の中で開場時間を待っていました。
 しかし、開場と同時にその不安や緊張は一気に吹っ飛び、今度は幾ら作っても間に合わないという忙しさに変わり、一個一ドルのおやきを求め長蛇の列が終日続きました。一日十万人からの入場者になり、三日間ですから、あらしのような忙しさが続きましたが、疲れる様子もなく、日に日に胸を張り、元気になり、目の輝きが生き生きと、見事な手さばきに拍手が絶えない三日間でした。かつて経験したことがない満足感や充実感に体が震え、感激の涙を流しながら一万二千個のおやきを作り、売り尽くしました。
 過疎の村では大きな話題となり、テレビや新聞の取材が連日続いておりました。それ以後、おやき村には来村者が年々増え、年間のおやきの生産量は目標の年間六百五十万個を達成することができ、現在も個数を伸ばしております。業績が急上昇したのは、もちろん高齢者の皆さんの秘めたパワー、底力のおかげです。そして、住民の一人一人が営業マンとなってくれた結果です。
 依然、人口の減少は続き、高齢者の活動の場は減少しております。我が小川村が自立していくためにお手伝いできることはないのか、若者から高齢社員が魅力を感じ、生涯現役を貫くにはどうするか、考えてみました。
 農村らしい景観をつくり上げたく、農山村事業部を設置して、アメリカ、スイス、オランダ、ドイツ、フランス、オーストラリア、シンガポール、そして台湾など、世界の何か国かを若者やおじいちゃん、おばあちゃんたちとともに、おやきやそばを作りながら見聞を広めてまいりました。小川の庄は海外にかかわることが非常に多く、平成五年、二人の青年を六か月間、ドイツで最も美しいと言われているグータッハ村に、景観がなぜ美しく保たれているのかの調査研究に出しました。若者が異国の地に夢や興味を持ち、若者らしい発想や考えを生かし伸ばすことができる機会になっております。そして、世界各国から学んだ知識をどのように小川村やおやき村に生かすことができるのか、考える基礎になりました。
 昔の畑は原野になり、林は森になり、森には人間が踏み込むことができないくらい荒れ果ててしまい、昔の生活道路は朽ち果て、今は歩くこともできない状態になってしまっています。そこで、昔の畑、林、森や小川をもう一度再生したく、観光農山村事業を手掛け始めました。畑の耕作を放棄せざるを得なくなってから約二十五年、山の手入れや植樹に目を向けなくなって約四十五年の歳月が経過しております。
 今年の春には、自社の敷地内にある一反歩程度の小さな畑にトウモロコシを七千本ほど作付けを行い、収穫祭りとして社員に配ったり、DMのお客様にサービス品としてお送りをしたりしてまいりました。現在はタマネギの作付けを行い、春の収穫を楽しみにしており、同じくお客様や社員に配り、残りは弊社のおやきという商品の原材料として活用する予定であります。
 言うまでもありませんが、ここでも人生経験豊かな高齢者の手ほどきを受け、私を含む農業経験のない社員共々、同じ目標に向かい汗を流し、農業のすばらしさや高齢者の知恵に驚きを感じ、少しではありますが、体験から何かを学んだようであり、高齢者と若者が理解し合うようになってきたと感じております。
 また、行者ニンニク二千本、コシアブラ百本も、おじいちゃんたちの知恵に助けられ試験栽培を始めました。地域における高齢者の底力、つぶれかけていた高齢者パワーの知識や知恵は目的や刺激を与えると生き生きとよみがえってきます。高齢者が生き生きと生涯現役を続け、村の活性化が私たちの使命と考えております。
 おやき村を中心として小川の庄がどのように展開してきたかということですが、最高時には村内外に十か所、現在は村内に八か所、村外に一か所、直営店は村内と長野市の善光寺門前町に各一か所ございます。社員は最大百三十七名、現在は八十八名であります。うち六十五歳から六十九歳が十人、七十歳以上は十六人、最高齢者は八十五歳、おやき村の村長であります。
 おやきの具になる野菜、そして漬物になる山菜類は村の有線放送で呼び掛け、最初五人の生産者でありましたが、現在は三百八十人になりました。おやきの製造は社員が行い、原材料の生産者を合わせれば五百人以上の多くの村民の人たちの力によって小川の庄は支えられているのです。日本本来の農業を営み、細々ながらも生計が立つなら、定年退職後又はIターン、Uターンを希望する人の農業そのものが選択肢の一つとなれば後継者不足も緩和されるかもしれません。
 平成十五年、全日空機の機内食に採用していただいたこともありました。現在は全日空のギフトカタログに掲載させていただいております。平成十年、一九九八年、長野オリンピック期間中には長野県からの依頼を受け、選手村ではもちつき、おやき作り、そば打ち、獅子舞が行われ、各国の選手、役員に好評をいただきました。オリンピックで地元の文化や郷土食の提供は世界的に見ても極めて珍しいことだそうです。
 言うまでもありませんが、おじいちゃん、おばあちゃんたちの技と愛きょうで乗り切ってきました。また、選手、役員が来日する機内のテレビにはおやき村のビデオが流され、大きな反響がありました。期間中、おやき村では世界各国のお客様に来村いただき、会話のコミュニケーションは当然ありませんが、堂々と各国の人たちをもてなし、お互いの心は確実に言葉以上に通じ合ったものと確信しております。
 小川の庄のおやきはもちろん家庭の味、母の味です。その他の農家の味自慢シリーズの第一号は商品名にんにく焼き味噌といい、この商品ももちろん家庭の味です。この商品に少々の磨きを掛け、量産体制を確立して全国に出荷することが可能になりました。農家の味自慢シリーズは現在二十四種類ありますが、どれも全部高齢者の提案であり、長野県の小川村に伝わる農家の味、家庭の味です。
 こうして小川の庄が創業して二十三年、こんなおじいちゃん、おばあちゃんたちの頑張りを見ていたのが長野県出身でセブンイレブン会長の鈴木さんです。長野県内のセブンイレブン全店におやきを出したらどうですかとお話をいただきました。もちろんオーケーをし、設備や衛生面においてもセブンイレブンより指導を受けながら全力を挙げて確立をしてまいりました。
 しかし、おやきの販売方法はこれが正しいのか考え抜いた挙げ句、郷土食であるおやきを売るには方法が違うと結論付けました。結果的にはおじいちゃん、おばあちゃんたちの健康面も販売方法においても正しい決断だったと思っております。
 私たち小川の庄の企業のキーワードは、生涯現役だと思っております。田舎の高齢者の技術や知恵が即戦力に結び付き、企業を支え、頑張りや努力を発揮して生き生きと生活をしている現実があります。ただ、その機会や環境をどのように与え、整え、意欲を引き出すかが大きな問題だと思います。自分も会社の歯車として会社の役に立っているものとの自覚を自らが持てるような環境が整い、自分の意見や経験を生かせる場所をつくることが最も大事なことと考えます。
 非常に厳しい現状ではありますが、昔から農業で生計を立てていた地域でありますので、今後も農業を維持し、荒廃した農地は少なくなっておりますが、更に推し進め、天まで届かんばかりに耕した農地に黄金色の麦秋の勢いがあった日本の農山村風景をつくることを理想に精進してまいりたいと考えております。
 私たちは、村に企業をつくりたい、村で暮らす人々が生涯現役で働ける場を提供していきたいと今日まで営業を続けてまいりました。これからの十年、二十年を続けていける企業であるために、高齢者はもちろん、後継者である若者共々、更に努力をしてまいりたいと考えております。
 今後とも一層の御指導、御鞭撻をお願いいたしまして、終了させていただきたいと存じます。
 御清聴ありがとうございました。
#8
○会長(田名部匡省君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどに終了させていただきます。
 質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようにお願いをいたします。
 また、一回の質問時間は答弁及び追加質問を含めまして最大十分とし、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくよう御協力をお願いいたします。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかをお述べください。
 それでは、質疑のある方は挙手を願います。
 相原久美子君。
#9
○相原久美子君 三人の参考人の皆さん、本当にありがとうございます。民主党の相原でございます。
 まず最初に、藻谷参考人にお伺いしたいと思います。
 実は、参考人の「ローカルが生む高級ブランド」という論文を読ませていただきました。私も、もう五、六年前になるんですけれども、実はイタリアの中小企業の視察に参りましたときに、中国の繊維に押されてイタリアの繊維産業が非常に大変だというときに、イタリアのコモ湖のところでしたか、地場の方たちが、もうデザイン力でしか勝負できないからイタリアはデザイン力でいくんだというふうにおっしゃって、小さな企業が集まって協同組合のようなものをつくってデザイン力の発信をしていたというのをちょっと思い出しましたんですけれども。
 日本が、そういう意味では、内需といっても年齢層のこれが動いていくこの状況の中で地域ブランドをつくっていくということで、そこで、地域ブランドづくりというのは国がどうこうするということはなかなか難しいだろうと思うんですが、国としてその地域の部分のブランドづくりですとか産業の育成を支援できる方法を、もし何かお考えがありましたら教えていただきたいと。
 それから、お二人の島田参考人と権田参考人には、それぞれ地域でまた頑張って、具体的な形で動いていらっしゃるということで。
 栄村についてはこの介護の部分ですね、げたばきのヘルパーと。今、寝たきりの方が比較的少ないと、元気な高齢者が多いということでしたけれども、この先を考えていったときに、介護の今度は従事者、この方たちの推移がどうなっていくのか、今お考えになっているところがあればというふうに思います。
 それからもう一点、小川の庄の部分、権田参考人にお伺いしたいと思います。
 明らかにこれは村の皆さんでの総合的な力でやってこられた、まさに行政が主軸ではなくてということの良さ悪さがあったのかなというふうに思いますので、もしそこの部分、何か考えておられることがあればお伺いしたいなというふうに思います。
#10
○参考人(藻谷浩介君) 御質問、ありがとうございます。
 先ほどは時間を大きく取って、大変失礼しました。
 具体的な例を伺う方がずっと面白いんですが、やはり今おっしゃったような具体的な話ですね、イタリアの話を今おっしゃっていただきました。資料からは割愛したんですが、日本が世界中のほとんどの国から貿易黒字を稼いで資源国に今払っていますけど、それ以外のほとんどの国から日本製品が売れまして黒字を稼いでおったわけなんですが、というか引き続き恐らく稼ぐと思いますけれども、中国その他アジアから大幅に黒字を稼ぎ、アメリカから稼ぐ中で、フランスとイタリアとスイス、デンマークに対して日本が黒字を貢いでおりました。恐らくこれは今後とも変わらないと思いますが。
 実は、そのイタリアがまさに日本にやられて、車なんかでは押されまくっているんですが、フェラーリでは輸出し返すと。いろんな安い繊維では、それから高機能繊維でも日本に負けるんですが、デザイン力のある繊維製品で日本に勝つと、皮革工芸で勝つということが現実に起きていて、一国の国際収支ですら地産地消によってイタリアが勝っているという現実がございます。
 これは日本でも必ず起きるであろうと。というのは、日本はそもそもデザイン力だけは江戸時代から非常に高かった国でございますので、まさにジャパン・デザインがヨーロッパを席巻したわけでございます。そういうことが再び起きるであろうと。
 ただ、一つ残念なのは、東京からは起きないんじゃないかと私は思っております。なぜかというと、東京は花鳥風月がない町なので、星一つ、月一つちゃんと見えないところなんですね。こういうところに、私、現実に田舎育ちで、東京へ出てきてからずっと住んでいて思うんですが、本当に感性が損なわれてまいります。やはり日本風のしっとりとしたところからしか出てこないと。まさに日本海側の気候からたくさん出てくるということだと思うんですが。
 それに対して、国ができることとして既に実はやっていることがたくさんあります。基本的には、彼らの持っている可能性を気付いて磨くということが地元では大体できないことが多くて、そういうことを助けるコンサルティングのようなことですね。そしてさらに、それがある程度できるようになると、今のまさに小川の庄で出てきましたが、海外に販路が拡大できて、国の富を増すというところまで本来行くわけであります。
 輸出ということになりますと、ローカルなものには極めてハードルが高い。まさに製品を成り立たせて国内で売るためのまずコンサルティング、そして、まだ例は少ないんですが、輸出のためのコンサル。今の場合、県のブースをお借りになったということですが、本当はそれだけじゃなくて、こうやったら売れるんですよということをできるコンサルティングがあるといいわけです。
 国には実は制度がございまして、中小企業庁を中心にかなり支援メニューがあるんですが、これが機能しているケースとしていないケースがあるんですが、それは、国が機能していないんではなくて、実際にやるコンサルタントに能力があるかないかによります。
 これは厳しい話なんですが、よく広告代理店、旅行代理店、大手商社出身の方を入れるんですが、これに非常に個人差がありまして、基本的には広告代理店、旅行代理店、大手商社の出身の方にはこれはできません。彼らは大量生産品を安く売ることしかできないからです。
 したがって、ローカルなものを売れと言われたときに、一番最初に、安定供給しなさいと、通年でないと駄目ですという指導をします。実際は、北海道の「じゃがポックル」という土産物が通年で売れるようになった瞬間に売上げが下がったという話がありますが、今しかないということが非常に売る大きなキーであるにもかかわらず、日本の大量生産、大量販売やってきた人たちは、毎日そこにないと扱わないという話なんです。
 今遠慮しておっしゃらなかったけど、セブンイレブンに出るのをやめたというお話の恐らく根底には、安定供給をするのかしないのかという決断があって、素材がそれぞれ季節で取れるものが違うものを安定供給するべきではないという恐らく御決断をされたと思うんです。
 つまり、大手の原理とは全く違う原理がありますので、実は、小川の庄のようなところで現実に事業を立ち上げて、かつ、それを輸出されているような、そこで成功された方をコンサルにしてほかの地域に持っていかないと機能しないんです。
 そこのところはまだこれからですが、これからこういう成功例のある方が出てこられる中でやる。今、国の制度では、そういう人を使っているケースと、実は大手をやっていて全然とんちんかんなことを地方で言って歩いている人が交ざっています。ただ、これは国の責任というよりは、現状、人材がいないのでそれはどうしてもしようがないということです。
 もう一つだけ申し上げますと、国にやはりできることとして、優れた事例、こういう方向が正しい、すばらしいよということを褒めるということがあります。いろんな何とか百選ですとか何とか九十選とかそういうのでやっていらっしゃるんですが、これは良しあしもあるんですが、基本的にはいい事例を褒めている場合は大変に効果があります。
 ただ、どうしても役所が毎年単年度事業でやり続けると余り大したことない事例を褒めてしまって、勘違いされるというケースが出てまいります。それで、しかも、東京に座っている分にはどれがいい事例か分かりません。東京で聞こえてくる話は、宣伝がうまいだけで内実がない事例もたくさん伴っております。また、変に顕彰をされたことでおかしくなってしまって、後でセクハラ起こされて辞めたり、そういうケースも出てきます。
 これは、程々にしつつ、しかしやはり、こういうふうな方向が優れていると。つまり、大企業とは全然違うやり方で輸出までできて外貨も稼げるんですよと。地域のお年寄りが元気になって、もうどんどん非常に福祉費用が下がるんですよと、長野県は日本で一番低いわけですけれども。そういうふうなことを国がどんどん言っていくというだけでも大変に地方においては効果がある。
 このような参考人質疑にこういう方々をお呼びになるだけでも実は効果があるんだろうと。私は、評論家みたいな話で申し訳ないんですが、横で見ていて本当にそう思うわけであります。
 失礼しました。
#11
○参考人(島田茂樹君) 確かに今高齢化率が四五%ですけれども、昨年、長野大学の大野晃という先生がおられまして、日本で初めて限界集落という言葉を使った先生ですけれども、二〇三五年に全国でたしか百十四だかが五〇%以上になるという話をされまして、長野県では天龍村と栄村と言われたんですけれども、私は自分で推計すると、二〇三〇年にもう五〇%になる、超えるかなという感じであります。
 これはもう確実になると思うんですけれども、大野先生はもう十五年も前にそういう数字を出したんで、それからずっともう変わってきていますから。そうなると、あとまだ二十年あるといえば二十年あるんですけれども、五〇%以上に確実になっていくわけですけれども。
 私どものげたばきヘルパーの、そこに年齢別人数もありますが、この方たちが二十足すとみんなすごく年になっちゃうわけで、今のところ従事者の推移といいますか、それについて特にどうしたらいいかという考えはありませんが。
 先ほど言った、栄村にも、民設民営ですけれども平成十九年に七十床の養護ができたんですが、特養ができたんですが、今待機が、うちのこの北信広域と言いますけれども、三百人ぐらいまだおりまして、これなかなか入れないというふうなことでもう一つ造るかなというような話もありまして、そこへ入ればそこでみんな見ていただけますから、村が特にあれしなくてもいいんですけれども、年寄りが増えるのはちょっと頭の痛い、幾ら達者でも大変なんですけれども、ちょっと従事者をどうこうという今考えはありません、済みませんが。
#12
○参考人(権田辰夫君) 私たちは先ほど言いましたとおり変則的な第三セクターということで、皆様の手元にこんなカタログが行っているかと思います。このカタログ一つ作るのに、通常はここに大体若い女性のモデルさんか何かを載っけてというのがごく一般的なお話だと私は思います。中には村の観光地等を載せて、そのためにお客さんを誘致しようという考え方が今日本全国のどこの村もそんなことをやられていると思います。我が小川村も同じことをしております。
 私はそれを見たときに、うちは絶対あんなカタログは作らないと、そういうふうに固く心に決めたことがございます。なぜならば、ああいう若い娘がその村にはいないからです。私は、あれは本当にうそみたいな話でありまして、私がもし写真を載っけろと言われたら、おじいちゃん、おばあちゃんの仲の良さそうな御夫婦、そんなものをこのカタログに載っけたら、もっと皆さんがカタログを見てほほ笑んでくれるんじゃないかと思います。
 そんなものが私は行政と私たち一般企業の違いではないかと、これは本当に大まかなことで申し訳ございませんが、そんなふうに感じております。
#13
○会長(田名部匡省君) よろしいですか。
#14
○相原久美子君 終わります。
#15
○会長(田名部匡省君) 参考人の皆さんにお願いしますが、答弁は簡潔にお願いしたいと思います。五人の質疑者がおりますので、大体十分程度に考えておりますので、よろしくお願いいたします。
 次は、岡田広君。
#16
○岡田広君 自由民主党の岡田広です。
 今日は、三人の参考人の皆さん、本当にありがとうございました。
 藻谷参考人にまずお尋ねをしたいと思います。
 先ほど年代別の動態の表も見せていただきましたけれども、昭和三十年、二十歳から二十九歳、団塊の世代が一番多かったということですが、ちょうどさっき三Cというお話もありましたけれども、この三十年にちょうど三種の神器という言葉、はやったんですね。電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビ。
 これが満たされて、三Cという言葉、使われたのが三十九年なんですけれども、四十七年に新三Cという言葉、はやりました。セントラルヒーティング、コテージ、クッカーということなんです。これは全部満たされていませんけれども、現代の三種の神器は新新三Cという言葉で表されているそうです。
 一つ目のCは、カルチャーということです。芸術文化、私は生涯学習ととらえているんですけれども、生涯学ぶことがいつまでも健康の秘訣だと、私はそう思っていますけれども。二つ目は、コミュニティーなんです。みんなで話をすることから、三つ目のC、クリエーティブというのが生まれてくる。新しい何かを創造する。この三種の神器の歴史一つ取っても、全部新三Cまでは物、新新三Cは心なんですけれども。
 やっぱり雇用、高齢者の雇用、とても大事なんですけれども、これからの時代、この人口動態の、今高齢者がどんどん増えていくという、そういうことでありますから、これからの時代はその雇用も確保する、そしてもう一つ、地域の高齢者のコミュニティーも広げていくということはとても大事だと思うんですが、私は、生きがい対策という意味では、このコミュニティー、地域のコミュニティーを広げていくというのは最も大事だと思うんですが、なかなか雇用とのバランスがこれは難しいと思うんですけれども、こういう中で、今いろんな研究をしている藻谷参考人から、コミュニティーと雇用をどうバランスよく進めていくかということについてちょっとお尋ねしたいと思います。
 島田参考人さんにお尋ねしたいのは、これは田直しとか道直しとか、まさに地域で自主独立的な地域運営というか行政運営している。大変感心していますけれども、高齢者に生きがいを与えながら地域コミュニティーの機能を維持をしていくという、こういうことだろうと思うんですけれども、これ維持していくためにやっぱり問題になるのは、大都市圏は別として地方では人口が減っている、減少あるいは少子高齢化、そして雇用の機会がなかなかないということになると思うんで、いわゆる、言葉で言うと地域間格差という言葉になると思うんですが、この地域間格差を是正をしていく、そういう中で最も是正されなければならない地域間格差というのは何があるのか、もしお分かりになったらこれをお尋ねしたいと思います。
 最後に、権田参考人には、第三セクター方式で、これもすばらしい事業をやっていらっしゃると思うんですが、この表のデータを見ますと、おやき村で大体生産者含めて五百人ぐらいの高齢者の雇用があるということで、今後、またこれを増やしていくという考え方。それでもう一つは、道路の特定財源の話もよく出ますけれども、これ別にしまして、やっぱり道路を整備することによって、おやき、小川村に来てもらうという。ですから、地域コミュニティーから周辺のコミュニティー交流というのを、私、去年の十月一日から観光庁ができましたけれども、これから交流というのはキーワードの一つだろうと思うんです。
 だから、そういう意味で、今後、外に向かってたくさんの人に来てもらうというそういう政策、そして生涯現役で高齢者が働くことができる雇用を創出をしていくという方策というのが何かありましたら、それをお尋ねしたいと思います。
 以上です。
#17
○参考人(藻谷浩介君) 先ほどは長々と失礼しました。
 雇用と生きがい対策のバランスをどうするか、高齢者の方が増えていかれる中でということなんですが、私、本当のことを申しますと、高齢者の方は生きがいを追求していただいて、それでお金を使っていただくことによって若い人の雇用が生まれるというのが一番いい形態であると思います。
 つまり、お金のある高齢者の方が一生計算してみるともう使い切れない、数千万円持っていると。それを子孫に残すだけじゃなくて生きている間に生きがいで趣味や楽しみに使っていただいて、そのことによって若い人に雇用が生まれるというのが理想なんですが、しかし、ただ遊ぶだけで生きがいがないという現実もございます。
 どうも実際の高齢者の方、身の周りの人あるいは活動家というのが皆さんおっしゃるのは、やはり最低限のちょっとした収入があるということが社会に評価されている実感があると。つまり、何万円、月収何十万円じゃなくてもいいんで、月収一万円あるだけで全然元気になるんだということをよくいろんな方がおっしゃいます。
 そこで、生業、農業でもあるいは福祉の作業でもはたまた何でも、ボランティアでもいいんですが、何かしら月収四万円ぐらい稼げるようなことを、各地で小さい仕事をつくるということを、これ特に都市部で実は大事であると。農業をやっていらっしゃる方はというと、畑で作物が取れて近所の人が喜ぶだけでも生きがいがあるんですが、元サラリーマンにはそういうものがございませんので、これをどう確保するかということは非常に大きな課題で、いろんなことを都市部で取り組まれていますけれども、実際には結構難しいと思います。難しい。
 ただ、やはり今その結果、貯金がたくさんあることが社会からばかにされないことだと思って貯金を抱え込んでいらっしゃるお年寄りの方が非常に多いです。そうじゃなくて、これはある方が言っていたことなんですが、月収四万でもいいから年金以外に収入のある方というのは四万円以上を消費されているというんですね。実は本当は年金だけでも足りるんです。
 やはりその社会から評価されたお金がもらえることで自信を持ってお金を使うようになるという話をよく聞きますので、何かしら特に都市部の方がお金を稼げるような道を小さくつくることが大事ではないでしょうか。
 以上です。
#18
○参考人(島田茂樹君) 高齢者の生きがい対策というか、うちの方は何しろ雪が降りますので、雇用の面で何か工場とかそういうのはなかなか来ないんですよ。それで、長野県は信州そばが有名でして、新潟県に大きなそば屋があって、長野県に来て信州そばという名前で売ると結構売れるらしいというようなことで、うちの方へ小さな工場は建ててあるんですが、なかなか大きな工場は、計画をしたんですけれども、ちょっとまあ来ていないんですけれども、雪の問題がありまして、雪構いしていて全然仕事にならないというようなこともありますから、そんなことで長野は大変なんですが。
 高齢者の生きがいということになりますと、うちの山菜が、これは雪萌え山菜という、この間商標登録できましたんで、そういう名前でこれから売るんですけれども。山菜は大雪の中から春、まあ雪が消えてすぐばっと出るんで、すごく品質が良くて評判いいんですけれども、そういうものをこれから大分栽培もしておりますので増やしていきたいかなと思っておりますが、そんなことであります。
 それから、地域間格差是正ということですけれども、長野県は新潟県と違って全域で雪が降りませんので、この対策がやっぱり遅れているかなという感じがします、新潟県とはちょっと。長野県で一番雪の降るのは十一ぐらいしかありませんか、八十一市町村のうちで。そんなんでどうしても雪対策が遅れているかなというふうに思っておりますが。
#19
○参考人(権田辰夫君) 生産農家を増やすかということにつきましては、私は理想的なものは、村民全員がかかわっていただきたいと、こんなふうに考えております。そうしますと、山野菜がたくさん入ってまいります。入ってまいりましたものは私たちが責任を持って、私たちが消化するのは当たり前のこととしまして、外への販売もしていきたいと、こんなことも今現在少しずつ始めております。
 それともう一つは、生協さんへ生野菜を送るということは今、日本中どこの村や市町村もやっておりますが、そんなことで私たち村が生き抜けるとは思っておりません。私はそれを、私たちは農産加工品を作っているわけですから、その商品で更なる商品を作って、それを産直品として生協の会員さんの方へ届けていきたいと、こんなふうに考えております。
 それから交流方法につきましては、先ほど私が言いました、畑とかそれから山を手入れをしなければいけないというお話をしたと思いますが、我々の村にはお年寄りしかおりません。お年寄りの方に今更手入れをしろと言うのはとても無理です。さりとて、昔のようにそれを仕事としてやることにも私は無理があると思います。
 仕事ではなくてレジャーとして楽しんでもらったらいいんじゃないかというふうに今考えておりまして、今、幸いまきストーブ等が随分はやっているそうですけれども、このまきを欲しい方がとても多くいらっしゃるんです。その家族が子供さんや奥さんや仲間と一緒にまきを取りに来ることによって山がきれいになっていくと。そんなふうにやることで、要するに仕事ではなくレジャーとして結び付けていけばよくて、そういったところに、うちのおやき村に来たお客さん等が入ったり村民が入ることによって交流を更に深めていけるかと、こんなふうに考えております。
#20
○岡田広君 ありがとうございました。
#21
○会長(田名部匡省君) 鰐淵洋子君。
#22
○鰐淵洋子君 公明党の鰐淵洋子でございます。
 参考人の皆様、お忙しい中、国会までお越しくださいまして、大変にありがとうございました。
 まず、藻谷参考人にお伺いしてまいりたいと思いますが、今日のお話の中にもございました、また事前にいただいておりました論文の中にもあったんですけれども、日本社会の課題ということで、消費者不足、この課題については、団塊の世代とか高齢者の方にどのようにお金を使っていただくか。
 それを考えることが重要だということで今お話がございましたけれども、例えば具体例として観光だったり、あと、先ほども御紹介いただいた高齢者向けの商品を開発するとか、様々な分野で様々なことが考えられるかと思うんですが、これを地域で行っていく場合、先ほども権田さんからも御紹介いただきましたけれども、都市部また地方、それぞれ地域によってもちろん課題は違うと思うんですが、大きく都市部、地方と分けた場合に、藻谷参考人が御存じの中で参考になる事例を、ちょっと時間が限られているんですけれども、都市部、地方ということで代表的なものを御紹介していただきたいと思います。
 もう一つ、消費者不足というところでもう一つ。
 就労の部分での課題ということで、これから高齢社会が進み、現役世代が減少していく中で、外国人の就労だけでは補えないであろうと。また、子供を増やしていこうということにしても間に合わないということで、一番、現役世代の減少に対してその解決というか、その道筋として女性の就労の促進が重要ではないかということで、これも藻谷参考人が御指摘されている点で、私も全くそのとおりだと思うんですけれども。
 実際にしかしこの女性の就労の推進というのは課題もありますし、なかなか進んでいないというところもありますので、これも是非、藻谷参考人のお立場から、国の施策、また企業の取組を含めて、この女性の就労が進むための御提案なり御意見もお伺いをしたいと思います。
 あと、島田参考人の方には、これもいただいた事前の資料の中に、この新年の随筆の中に、町民の皆さんからいろいろ御意見をいただく機会を設けたということで、限られた人数であったけれども、そういった意見交換の場を設けたということで掲載されてありました。その中で、いろいろ鳥獣対策とか様々対策を、予算も盛り込む中で取り組まれているわけですけれども、実際にここにまだ載っていない、また紹介されていない部分で、現場の皆さんの御意見、生の声をもう少し具体的にほかにもございましたら伺っていきたいと思います。
 じゃ、お二人にお願いします。
#23
○参考人(藻谷浩介君) 御質問いただいたものに順番にお答えします。
 参考例の事例でございますけれども、地方には大変すばらしい事例が多々ございまして、その本当に代表の一つが小川の庄であると思います。
 それで、それ以外で本当に条件不利なところでやっている例としましては、有名な事例ですが、先ほどちらっと申し上げました隠岐島の海士町のサザエカレーその他、Iターン者を呼んできて島の人口を増やしながらやっているというのが、本当の条件不利地域という意味で極めて参考になると思います。年によってちょっと手を抜くとすぐ人口が減るんですが、また復活すると。つまり、息の長い取組が続いています。海の士と書きまして、海士町。
 それから、もう一つ、これも有名ですが、徳島の上勝も、従来はまだお年寄りが働いているだけで若者の雇用に結び付いていなかったんですが、ここ数年、若者の雇用に劇的に結び付き始めているんじゃないかということなので、大変注目される事例かと思います。
 都市部でございますが、都市部では主に企業がそれをやってしまうもので、都市部の住民手作りのものが高齢者の需要を吸収しているという事例を見ることが非常に少ない。都市部では、逆に栄村のような状況にこれからなっていくだろうということで、こういう栄村でやっている道普請みたいな、そういうようなものを今からやらなきゃいけないんだという取組を、例えば多摩ニュータウンなどで総合的に民間でやろうとしている例があります。
 小川の例じゃなくて栄村の例になるんですが、多摩ニュータウンのNPOフュージョンというものを、大企業を早期退職された営業マンの方をリーダーにしていろんな取組をされているんですが、まさに栄村の都会バージョンのまだスタートラインみたいなものですが、非常に参考になる。ただ、産品で成功している例というのは残念ながらちょっととっさに思い付かないところでございまして、申し訳ございません。
 そして、少子高齢化対策、人口減少対策に対して、私、今日申し上げなかったんですが、女性就労の促進というのは極めて有効というか、二百三十万人しかいない外国人さんの方を幾ら増やしても一千百万人の団塊の世代は補えませんし、今から少子化対策をしても向こう三十年現役が減るのは止められません。ところが、千七百万人いらっしゃる専業主婦の三人に一人の方が就労しますと五百万人か六百万人。これだけで団塊の世代の退職は補えてしまいます。非常に有効な策なんでございますが、これを促進するためにはどうしたらいいかということなんでございますけれども、私は財界の意識を喚起することだと思います。
 例えば、これはある超有名大企業ですね、国内で売上げが下がっていて海外で売れている、国内でどうやったら上がりますかと聞かれました。
 それは女性の就労を促進することですと。女性が働けば、当然、ついでに通勤のために車も買って御社の製品も売れるでしょうと。なぜ財界を挙げてやられないんですかと。いや、そういう視点が今までありませんでしたとまじめな顔をして言われたことがあります。これは本当かどうか知りません。その方が思っていなかっただけかもしれない。ただ、コマーシャル見ている限り女性に売ろうとしか思っていないんですが。
 ある有名な某大手マスコミ、どうやったら部数が増えますかと。いや、女の人のエグゼクティブ増やして御社の新聞読む人を増やすべきですねと。もっと言えば、御社そういう方針じゃないんですかと。ただ、役員さんに女性が一人もいらっしゃらないので、これから、じゃ役員にまず女性入れていかないとどうやったら女性が読むか分からないんじゃないでしょうかと。
 これ、いずれもどの企業もまじめに聞きます。そういうことをきちんと財界で動かしていく。
 もう一つあります。女性が働くと子供が減ると思っている人がいるということです。これは事実と全く逆なので、いろんなところでお話をすると皆さんが驚かれる、数字見せて。女の人が働いている県、若い女性が働いている県の方が出生率高いというのは非常にはっきり数字で出ていますから当然で、理由はと言われて、いや、収入が高くないと二人、三人産む人がいないからです。今どきだんなだけの収入で三人産めるような自信のある人というのは非常に少ないと思います。非常にはっきり女性が働いている方が出産が高いわけなんですが。そしてもう一つ、女性が結婚している方が出産が非常に多いですね。ということは結論は明らかで、結婚しても働き続けられて収入がちゃんとあるようにすると子供が増えるということになります。
 そういうことでして、女性が結婚して働く、ヒラリーさんじゃないですけれども、働きやすくするということをもっとはっきり明確にキャンペーンを打つと。政策としては打たれているんですが、事実として女性が働いて結婚しやすい方が子供が増えるという明確な事実がいつまでたっても世間に広まらないので、私が講演に行くたんびに驚かれてしまう。この間も某県の知事が口をあんぐり開けて驚いていらした。どうして知事なのに御存じないのか。
 それは、その数字を御覧になっていないというところを是非政府としてもっとはっきり言うべきではないかと、学者の先生じゃなくて政策として言うべきじゃないかと思います。
 長い時間失礼しました。
#24
○参考人(島田茂樹君) 先生、今町民と言われましたけれども、うちらは村民なんですけれども、済みません。
 私が五月に村長になりまして、三十一集落あるんですが、随分、集落懇談会を開催いたしまして、これ二年ぐらいやらなかったんですけれども、まあいろいろと御意見ありまして、なかなか、はいはい、すぐできますというのは返事もできませんが、うちらは何しろお年寄りが多いので、農地の荒廃を出さないように何とか村でも努力しているということでやっておるんですけれども、あと、さっき言った秋山の方はもう観光だけなんですけれども、観光は平成十六年の中越地震、それから十八年の豪雪、それから中越沖地震、それと、あれによって柏崎刈羽の原発が何かちょっとおかしくなりまして、そんな風評被害で観光客がちょっと敬遠されちゃって、秋山郷というのは観光で生きているんですけれども、なかなかぱっとしないんで、これをどういうふうにしたらいいかというところなんですけれども。
 この間、一月六日の、御存じか、朝日新聞の百三十周年の創刊記念に日本の里百選、今先生何か言われましたけれども、そこにうちの方がなりまして、長野県四か所なんですけれども、小川もそうなんですけれども、全国で四か所は長野県だけなんですが、あと新潟は二か所かな、そんなのを利用して観光振興というのをもっと力を入れていかなきゃいけないということで、新年度から観光は、産業建設課の中の一係でいるんですけれども、新年度から観光係だけ新しい課をつくって、観光スキーの商工観光という課をつくってちょっと力を入れていきたいというふうに思っておるところですけれども、そんなところであります。
#25
○鰐淵洋子君 以上です。ありがとうございました。
#26
○会長(田名部匡省君) いいですか。
#27
○鰐淵洋子君 はい。ありがとうございました。
#28
○会長(田名部匡省君) お願い申し上げますが、答弁は簡潔にお願いいたしたいと思います。
 紙智子君。
#29
○紙智子君 日本共産党の紙智子でございます。
 最初に、ちょっとよんどころない事情で、今日、途中から参加をさせていただいたものですから、藻谷参考人のお話がちょっとほとんど聞けなくて申し訳ありません。
 ちょうど話を、お二人の方のところ聞けて、最後の方の小川の庄の権田さんの方からお聞きしたいと思うんですけれども、ずっとお話伺っていて、本当に情景が目に浮かぶように感動して聞いておりました。おやきは私も実は大好きで、最初に食べたときに感動して、東京でどこか売っていないだろうかと思って探したぐらいおいしかったんですけれども、冷凍になっているのはちょっと余り、ちょっといまいちなんですけれども、やっぱり現場で食べると本当においしくて。
   〔会長退席、理事羽田雄一郎君着席〕
 それで、本当に地域の活性化ということをめぐっては、やっぱり一人一人が生き続けられるというか、生き生きとできる、それからやっぱり住み続けられる、そういうことというのは本当に大事なことなんだというふうに思うんですね。一人一人がそういう生きがいを持っているということがやっぱり本当の意味の地域の活性化ということにつながると思うんですけれども。
 ちょうど昭和六十一年というと、私、北海道なんですけれども、大体どこでも企業誘致企業誘致という話ばっかりだったんですけれども、それが、企業誘致ということではなくて、地域の言わば農業や人で、資源にして仕事を起こしてということで、そのことを選択したというのはどういうことだったのかなというのが一つ思っていることと、もう一つは、基本構想の一つとして変則的な第三セクター方式ということを言われていたんですけれども、これは村が出資する第三セクターという形を取らなかったということなのかなと。
 ちょっとその辺の違いをもう少し教えていただきたいのと、行政としてはどういうふうな役割を果たしているのかなということを、協力関係なりその辺のところをお聞きしたいということがあります。
 それから、もう一方の島田村長さんにお聞きしたいのは、発想というのが、田直しにしても道直しにしてもげたばきヘルパーにしても、この発想自身もやっぱり、何というんでしょう、知恵出し会議とか、何かそういうみんなの知恵を日常的に出してもらうようなことというのは何かやっていらっしゃるのかなということを思いますし、そういうことをやって、農家にしても住民にしても、負担をできる限り軽くしながら、負担を軽くしながら、村内の業者や経営体ということでお金が回る仕組みをつくっていますよね。
 農林水産物も、村が一〇〇%出資して、振興公社が中心となって、農家や林家、サービス業をネットワーク化して、村内で調達すると。村全体が潤うということで雇用も生み出すということでやっているということなんですけれども、その場合のその公社の仕事ですとか村の役割というのが具体的にどういう役割ということになるのかなというのが一つと。
 それからもう一つ、その場合のやっぱり住民の村や行政や国の役割ということについてもお聞きしたくて、確かに、自主的にNPOだとかいろんな形でつくってやる、独自にやっていくということ自体はすごく大事なんですけれども、やっぱり国の責任とか自治体の責任ということが、そうやって地元で大変な中でも頑張ってやっているから、それで、それに甘えてやらなくていいということではなくて、やっぱり当然国がやらなきゃいけないことというのもあるんだろうと思うんですけれども、その辺のところで、何というかな、在り方というか、どんな支援などが必要なのかなということでお聞きしたいです。
 それともう一つは、三位一体改革ということで、随分あちこち回った際に、何というかな、やっぱり非常に厳しい状況に置かれているという話聞くわけですけれども、そういうこととの調整なり整理なり、どんなふうにして進めてこられたのかなということをお聞きしたいと思います。
 以上です。
#30
○参考人(権田辰夫君) 企業誘致につきましては、おっしゃるとおりに、私たち以外に最高、村内に十五の企業がありました。今現在は私たちを含めて二つの企業しかございません。
   〔理事羽田雄一郎君退席、会長着席〕
 そして、なぜ企業を誘致しなかったかと申しますと、今から、うちは創業二十四年目を今迎えておりますが、さかのぼること更に十年先になりますけれども、三十四年前に今のような過疎地になるということを想像したそうです。これは、私は今二代目なものですから、私がそう思いましたということではございません。うちの創業者がそう思ったそうです。今から三十四年前に、絶対に日本は過疎化になるということを思ったそうです。
 そのときに、七人の仲間と、自分たちに何ができるのかということを考えたときに、例えば、外に出てお金を稼いでくる人、それから人材をつくってくる人、それからあと加工品の技術を手に入れるような人、そういったものを、じゃ自分ができるものを手に入れようということで、三十四年前に七人が散り散りになって村を出ていったわけです。そして、十年たったときに集まりまして、そろそろ機も熟しただろうということで今現在の小川の庄を立ち上げたと、こんなふうに聞いております。
 それと、第三セクター方式との違いなんですけれども、正式な第三セクターではなくて、私たちは民間と農協さんの建物を借りているということで第三セクター方式。私たち、小川の庄の理念というものがどうしてもそこに欲しいんです、あったわけですけれども、信頼のないところに商売はできないという社長の考え方から、そんなふうになったと思います。
 それから、村との関係につきましては、お金とかそういったものにつきましては一切のものをいただいてはおりません。雪が降りますと除雪等をやっていただいたり、やや、よそよりも優先的に工事等をしていただくかなという程度でございます。
 以上です。
#31
○参考人(島田茂樹君) それじゃ、余り長くはしゃべるなということなので大変なんですが、今言った、いろいろやっている村独自の事業はもっとほかにもいっぱいあるんですけれども、今日はこれしか言いませんでしたけれども、あとは、雪国ですので村も金貸しをやっておりまして、最高三百万、無利子十年償還。というのは、もう高齢化になって屋根の雪なんか構えないから屋根の雪を自然に解かすとか、それから井戸を掘って解かすとか自然落下にするとか、そういうのに最高三百万貸して直せと、それから新築住宅にもそういうのを三百万使ってやれと。
 そういう知恵を出していろいろやっていますが、これは別にそういう会議をやってやったわけじゃなくて、前村長が五期二十年もやりましたので、その中でいろいろとアイデアを出してやってきております。
 それから、もちろん農家負担の軽減も同じで、田直し、道直し、なるべく農家には負担を掛けないようにということで工事費も安くやっているんですが、ただ、村直営でやりますので、建設業者もありますから少しは文句が出まして、村でそんなのやらぬだっていいじゃないかということはありましたけれども、そんな大きな工事じゃないので、その辺は村でやっておる。
 それから、公社。振興公社については昭和六十一年に全額村出資の寄附行為でやってきているんですが、宿泊施設が今四か所ありますけれども、これがさっき言ったとおり観光がちょっとぱっとしないので赤字経営でして困っているんですが、職員は三十人ぐらい、臨時も入れますといるんですけれども、ちょっと今のところ困っているというのが本当です。
 それからあと、国がやるべきではないかという、今、先ほど言ったとおり、大きな事業はやっぱり国からやってもらわなければとても村でなんかはできませんからお願いしたいと思いますが。
 それと、三位一体改革の関係の交付税の関係。これは先ほどちょっと示したとおり、二十年度は六三%というような大変交付税の依存が高いんですが、今年は五四%ぐらいになっていますけれども、その年によってこれはいろいろ変わりますけれども、来年で、二十一年度で過疎法も一応終わるというようなことになっておりまして、国の方へも要望に来たりしておりますので、これはひとつよろしく継続されるように御努力をお願いしたいと思いますけれども。長野県では二十六ぐらい過疎の市町村があるんです、市はないかな、町村があるんですけれども、国にも来ているんですけれども、ひとつよろしくお願いしたいと思います。
 住民のNPOというのはちょっとありません。
#32
○会長(田名部匡省君) 福島みずほ君。
#33
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 今日はお三方の皆さん、本当にありがとうございます。
 まず、藻谷参考人に、先ほど人口流入があるところとないところでちょっと説明をしていただいたんですが、確かに石垣島に行くと何か開放的で、日本全国からいろんな若者が来ているなとかいろいろ思うんですが、各地を元気にするためにはどういう工夫がキーワードとしてあるのか。何となく分かるような気もしますが、藻谷参考人があの図を作られて、キーワードあるいはコミュニティー、地域が元気になる秘訣みたいなものを三つとかじゃないけれども、もしお分かりになられたら、是非それを教えてください。
 それから、島田参考人には、農業、実にいろいろ工夫していらっしゃるとか、田直しをやっていらっしゃるんですが、私が全国今回ると、農業従事者の人と話をすると、子供を東京の大学にやるのに現金収入が少なくて困るとか、食べていけないとか、後継者をつくれないという声が本当に聞くんですね、畜産やっている皆さんも乳牛も全部。ですから、村から見ていらして、農業、こういうふうなことは問題、あるいはこういうふうにしてもらうともっと村としてもいいというアドバイスがあれば是非教えてください。
 それから、さっきちらっと地デジのことをおっしゃったんですが、うちの母も何かテレビ買い換えなきゃいけないのかなみたいな感じで、これは結構、高齢者に負担になっているというふうに思うんですが、地デジにおける村の対策と問題点というのがもしあったら教えてください。
 権田参考人には、名刺にも第三セクター方式による新しい村づくり事業ということで、第三セクターについては先ほどもちょっと話をしていただいたんですが、私もおやき大好きで、長野に行くともらって喜んで食べているんですが、企業として努力をしていらっしゃる部分と、行政、第三セクターに対して、もっとこういう工夫があればみんなもっと元気になれるのにとか、自社の体験から、各行政、例えばもっとこんなことをやってくれたらもっと企業は楽なのにとかいうのが、アドバイスがあれば教えてください。
#34
○参考人(藻谷浩介君) 人口流入のあるような地域から得られる、勢いのある、元気な地域のキーワードを三つということで今考えたんですが、よく五W一Hというのがありますが、そのうちの三つが関係していると思います。
 まず、ホワット、何をするということなんですが、元気な地域にはもう共通点がありまして、その土地にしかないものを見付けて活用しています。つまり、ほかにもあるんではないと。だから、工場誘致だと土地があって、水があって、人がいてみたいな、それはどこにでもある場合があるんですが、そうじゃなくて、その土地にしかないもので、多くの場合、生活文化ですね、その土地にしかない生活文化です。イタリアなんかが黒字稼いでいるのも、イタリアの生活文化が受けているからですね。その土地にしかないワインだとかチーズだとかが受けていると。同じようにおやきもそうですが、その土地にしかないものが受ける。
 そして、だれが、フー。フーというのが非常にやっぱり、ちょっときついんですが、実際に動いている地域には共通点があって、世代交代がされています。高度成長を知らなかった人がやっているんです。つまり、大量に作って大量に売るということをやったことがない人がやっているケースが圧倒的に多くて、日本で一番成功しているのは沖縄に多いんですが、沖縄は高度成長がなかったので、それがやはり結果的に後のジャンプに寄与している。特に旅館、ホテルですが、高度成長期の旅館、ホテルのノウハウを持ってないがゆえに、いきなり国際標準で造っているのでうまくいっています。
 最後に、ハウ、どうやってということなんですが、必ず既存にあるずたずたに地域に張り巡らされた枠、縛りを取っ払っています。まず、男女の枠を取っ払っていて、必ず男女共同でやっている。それから、商工会だ、役場だ、いろいろなものがあるんですが、既存の組織ではできないので取っ払って、みんなで連携して動く別組織をつくってやっていると。あるいは、栄の場合だと、役場が既存の役場の枠を超えて恐らく組織されてやっているんだと思うんですが、要するに今までの枠とは違う組織で動く、枠を取っ払って共同で手をつないで、できる人が手をつなぐということをやっている。ホワット、フー、ハウの違いだと思います。
 以上です。
#35
○参考人(島田茂樹君) 今言われた、農業が大変なんで、これはまあどこもそうだと思うんですけれども、栄村は特に高齢化で、七十歳以上が作大将みたいな感じでみんな頑張ってもらっているんですが、子供さん、大学というのは村独自の奨学資金制度もありまして、月五万円ですか、大学行っている場合には出したりしていますが、そんなもので応援をしています。
 それで、畜産はうちの方は余りないんで、乳牛は一軒しかありませんし、肉豚も三軒しかありません。豚は委託で一軒飼っているだけですね。昔は物すごいいっぱいいたんですけれども、だんだん畜産も大変になりましてやめてきておりますけれども、今飼っている方たちは結構うまくいっているようであります。全然やめる気もなくて、跡取りもいますし、うまくいっているようですけれども。
 それと、もう一つ言われた地デジの関係。これについてはうちの方もテレビ買い換えないで何とかしようということで、デジアナコンバーターというのを村で付けて、今のテレビでも見れるようにするということでやっていますが、ただちょっと上下が切れてしまうようですけれども、テレビはぼちぼち換えればいいんで、見られればいいという感じで進めております。どうしても、チューナーですか、それを付けなくても、村でデジアナコンバーターというのを付けて、全戸にあれすることにしていますから。だから、負担は、個人負担は全然ゼロでできます。ただ、経費が掛かりますので、電気料とかいろいろ。
 今有線があるんですが、それは千三百円毎月もらっているんですが、それをやめますので、告知放送もできますから、やめて千五百円ぐらいですか、インターネットも全部できるような感じになりますから、そんなふうにやる予定です。
#36
○参考人(権田辰夫君) 行政への要望ということなんですけれども、皆様方を前にして大変生意気な言い方をして申し訳ございませんが、今はそういったことは余り考えてはおりません。
 それと、むしろ村にどうしてほしいかということなんですけれども、一言で言いますと、もっと危機感を持ってほしいということを考えております。
 以上です。
#37
○福島みずほ君 危機感というのはどういうことでしょうか。
#38
○参考人(権田辰夫君) 簡単に言いますと、高齢化、そして少子高齢化ですね、当然、それと過疎、長野県でも有数な過疎地であるにもかかわらず、その危機感というものを感じられませんということです。
#39
○会長(田名部匡省君) 他に御発言ございませんか。よろしいですか。
 どうぞ、下田敦子君。
#40
○下田敦子君 座ったまま恐縮です。
 栄村のことについてちょっとお尋ね申し上げたいと思いますが。
 特別養護老人ホーム、広域と広域外と、それから養護老人ホームにもまたそれぞれ広域と広域外があるんですが、定員の割にはすごく入っている方が少ないなと非常に不思議に今思っているわけなんですが、これは訪問ヘルパーが盛んだからなんでしょうか、整っているからなんでしょうか。それからもう一つ、有資格者が、ヘルパーの二級とかそれぞれお持ちのようですけれども、介護福祉士はいらっしゃらないんですか。
#41
○参考人(島田茂樹君) この十五ページのところを見ていられてですか。
 うちの方は、栄村にあるのは「さかえ」という施設一か所だけなんですけれども、これは平成十九年にオープンして民設民営でやっておられるんですけれども、あとのほかの施設はみんな公営なんですけれども、栄村だけは民設民営でやっておられまして、この中に二十四人栄村の人が入っているわけなんですが、さっきも言いましたけど、お年寄りは割合みんな達者でして、七十過ぎてもまだ作大将のような感じですから、余りまだ世話にならなくてもいいのかなという感じですね。
 それで、介護福祉士というのは特に村にもおりませんが、施設にはきっとおられるんだと思うんですけれども。
#42
○下田敦子君 特養には看護師さんがいらっしゃると思うんですが、何人いらっしゃるんですか、そちらに。
#43
○参考人(島田茂樹君) ちょっと済みませんが、ちょっと分かりませんけど。
 公営の高社寮から始まってふるさと苑まで、これは全部広域でやっているんですけれども、経営がなかなか大変になってきまして、正規職員じゃなくて嘱託職員に依存しています。大変多くなってきました、嘱託職員が。それで、看護師さん等は正規な方が多いかなと思いますけれども、ちょっと詳細分かりませんけれども、申し訳ありませんが。
#44
○下田敦子君 ありがとうございました。
#45
○会長(田名部匡省君) 他に御発言ございませんか。
 塚田一郎君。
#46
○塚田一郎君 ありがとうございます。自由民主党の塚田一郎です。
 各参考人の皆様には、本当に今日はありがとうございました。
 まず、藻谷参考人にお伺いをしたいんですが、生産力があっても消費力がないというのが日本社会、経済の今の大きな問題だという御指摘を、私、そのとおりだと思っています。その中で、人口動態が変化していくと、高齢化社会を迎えていると。果たしてこれは日本の経済を支えるだけの有効需要、消費ですね、これを維持していけるのかというのが一番の問題だと思うんですね。その辺について全般にどう考えられているか。
 あるいは、それを、できるとしたら高齢者の消費を、かなり大きく消費力を高めていかなきゃいけないと思うんですが、その辺について具体的なお考えがあればもう少し具体的にお聞かせをいただきたいと思います。
 あともう一点は、高齢者が金融資産を大変多く持っているとよく言われる話なんですが、これを世代的には若い世代に移転をすれば消費が進むんではないかという考え方が一般的にありますけれども、それは実際どうなのかということなんですが、その有効策も含めて。
 その三点、ちょっと御質問させていただきます。
#47
○参考人(藻谷浩介君) 御質問ありがとうございます。
 有効需要維持をするためにどうしたらいいかということなんでございますが、これが、私も経済学部じゃないんですけれども、元々マクロ経済で言っていることが舌足らずでございまして、マクロ経済では所得があれば消費に回るんだと決め込んでいるわけですが、現実の日本では所得があっても消費に回っていない。アメリカから見ると規制のせいだと思った。でも、実は規制のせいではなかった。規制緩和しても消費に回らないわけであります。
 これは主として、恐らく高齢富裕層に貯金がたまっていて、かつ、これは新聞記事なんですが、平均相続年齢が六十七歳だという記事が載っておりました。これは、多分兄弟からの相続も含めてだと思うんですが、相続して亡くなる方じゃなくて、受け取る人の平均年齢が六十七だという新聞記事を見たんです、出典はよく分かりませんが。であるとすると、六十七で相続したときには、もうそんなに消費性向がございませんので、また貯金をしてずっとそれがため込まれるという、そういう仕組みが続くということだと思います。
 というわけで、いわゆるマクロ経済的に、ほうっておけば需要が増えるというのはフィクションであって、お年寄りがお金を使いたくなるようなやり方を別途工夫しない限り無理であると思います。
 それで、各企業は、お年寄りが買うような気になる、例えば車でも日産フェアレディZがまさに典型なんですが、趣味として売れる、ビンテージとして貯金の代わりに買ってもらえる、フェラーリのような、そういうものを売るべきであるということなんですが、政策的には、やはりそれだけでは限界があるので、若者に所得移転をするということをやはり積極的に考えなきゃいけないと思うわけです。
 一つは、生産年齢が三割減るわけなんですが、実は、若者の所得、若者というか十五歳から六十四歳の人の所得が平均四割増えると、〇・七掛ける一・四でございまして、〇・九八になります。実は、日本人の人口は、消費上は減らないことになります。つまり、賃上げ四割アップ、所得倍増じゃなく、所得一・四倍増計画ということを本当は考えるべきであると。
 そんなことはできないと、生産性が上がらないとできないと言う人がいるんですが、生産性というのは実は売上げの関数でございまして、物が売れれば生産性は上がるんであります。売れないと生産性は上がりません。
 ですから、これは鶏と卵でございます。一気にどっちかが先にいかないと、ちょっとずつ所得を上げてちょっとずつ消費を増やしてということを鶏と卵でやっていかないといけない。むしろ内需を拡大するためには、公共投資ではなくて、その若者の賃金を上げるということを具体的に官民で知恵を寄せ合って考えると。
 一番最初にできることが女性の賃金を上げることです。女性の賃金は国際的に非常に低いので、これを上げることが最も消費を増やして人口を増やす最大の策でございまして、そのためにできることを政府がやると。賃金を上げながら消費を増やすことによって、結果的に企業の売上げも上がるので賃上げ原資が出るという好循環をつくるということです。
 もう一点だけ、お聞きいただいたことをもう一つ。
 高齢、若者の移転、資産移転ですが、やるべきであると思います。いろんなことがあり得るわけでございますが、相続関係を促進すると、生前贈与の促進ということを具体的に何かできるのではないでしょうか。
 以上です。
#48
○塚田一郎君 ありがとうございます。
 続いて、島田参考人にお伺いいたします。
 私、新潟が地元でありまして、いつも津南町が、十日町市がお世話になっていまして、ありがとうございます。
 大変に今の高齢化の中で自立した村をきちっと事業で守っていただいているんだなというお話がよく分かったわけでありますけれども、さはさりながら、高齢者だけでは村の未来というか存続がやっぱり厳しくなっていくんだろうと思うんですが、いわゆる若年層の流出というんですか、これからの世代の方々の人口的な動態がどのようになられているのか、それを維持するために具体的に何か対策とかやられているのか。その辺のところを、これからの、今の現状から将来、十年、二十年先の村の自立に向けてどういう取組をされているのか、それについてちょっと教えていただけたらと思います。
 よろしくお願いします。
#49
○参考人(島田茂樹君) 先ほどから言っているように、栄村は余り若い人の仕事がないんですよね。そんなんで、村内で働かなくても、津南町はもう十分で行きますし、私ちょっと調べたら、八十人津南町で働いています。
 それで、飯山はもちろん行っていますが、対策として、若者住宅を三棟ほど建てて、これは若者住宅とは言っていないんですけれども、村営住宅と言っていまして、若者向きの住宅なんですけれども、これが三十戸ぐらい入りますか、そこへみんな今満杯で入っております。そんなわけで、その人たちは村内では働いていませんけれども、まあ夜はみんなうちに帰ってくるというふうな感じで、人口は栄村の人口になるんですけれども。
 そんな対策を私がやろうと。今三つなんですけれども、もう一つ、今度、夫婦じゃなくて独身の住宅を建てて若者を残せば、そのうちに奥さんももらうだろうというような感じでやりたいと思っているんですけれども、それはちょっと、いろいろと地デジ絡みでお金がなくなりましたので、選挙のときはやったんですけれども、ちょっとすぐはできませんが、考えております、独身の住宅。それで、独身でもそのうち仲良くなれば栄村に住むようになりますので。
 ただ、仕事の方はなかなか工場が、先生御存じのあの松代の善屋そばというのも来ることにしたんですけれども、なかなか簡単には工場は来ないので、働くところがないんですよね。
 そんなところですけれども。申し訳ありません。
#50
○塚田一郎君 どうもありがとうございました。
#51
○会長(田名部匡省君) 丸川珠代君。
#52
○丸川珠代君 権田参考人と藻谷参考人にお一つずつ伺いたいんですが、まず権田参考人から伺います。
 今、セブンイレブンさんとのお話は結局受けなかったという事例にあるように、安定供給を求められる市場の圧力というものの誘惑を絶って、自らで販路を開拓してこれだけのものをつくるという自信の裏付けになったものは一体何なんでしょうか。
#53
○参考人(権田辰夫君) ちょっと難しい質問ではありますけれども。
 まず、セブンイレブンの仕事は受けました。約半年ぐらいそれをやりました。そして、確かに量はむちゃくちゃ出ます。ただし、量は出るんですけれども、おやきという郷土食というものを本当にそこで売っていいのかどうかということが一番の問題でありました。それと、年間同じものを供給しろということ自体がそもそも無理なお話です。ということも背景にはございました。それと、我々、過疎の村に住んでいる人間というものが、商品が売れ始めた、少し有名になるとすぐ都会に持ってきて売りたがります。それで、それをやったら、我々村は生きてはいかれないと思います。
 要は、お客様が東京にいて手に入れられるんではなくて、そこに行かなければ手に入らない仕組みをつくらなければ、東京一極ということは私は解消はできないというふうに思っておりますから、セブンイレブンもしかりかというふうに思っております。
 以上です。
#54
○丸川珠代君 ありがとうございます。
 藻谷参考人、済みません、今のお話を受けつつなんですが、あるやっぱり地方自治体の方でそうした地域活性化に取り組んでいらっしゃる方が、やはり地域でビジネスを始めても、安定供給にこたえるというところで擦れ違いが起きて、結局ビジネスが成り立たないことがあるのだということで、それを地域の方に理解していただくのが難しいんだというようなことをおっしゃっている方がいたんですけれども、今のような、権田参考人のような姿勢を逆に地域の方に理解していただくためには、そのベストプラクティスを広めていくということだけで十分だと思われますか。
#55
○参考人(藻谷浩介君) ありがとうございます。
 ベストプラクティスを広めていくというだけでは十分ではないと思います。つまり、どこがベストプラクティスかということが実は理解されません。つまり、物すごくたくさんの方が視察に行かれるわけなのでありますが、実はこれ、安定供給ではなくて季節物を季節限定で売っているからもうかっているんだということに気が付かない人が物すごく多いわけでございます。
 それで、あと説明している側も、実は季節物を季節ごとに出す方が難しいです。実は、安定供給は一度システムをつくるとずっと出るんですね。季節ごとに違うおやきを工夫する方が難しいので、難しいことを余り視察に来た人に説明しても分からないというか、実は伝わっていないところがあると思います。
 これについては国自体も決まっていないんでありまして、輸出主導でいくのか内需をもう一回振興するのかも決まっておりませんので、生産性が上がらぬから賃上げもできないという意見も当然出てくるわけでありまして、やはり残念ながら、現状百家争鳴であります。ただ、私は、個人的に聞かれれば、必ず安定供給じゃない方向を目指すべきであるということを申し上げています。
#56
○丸川珠代君 ありがとうございます。
 もう一点、藻谷参考人のお話の中で出てきた女性の就業率を上げるというお話についてです。
 前段の塚田議員からの質問に答えた中で、何らかの形で高齢富裕層から若い世代への所得移転が必要だというお話が基本線かと思いますけれども、家庭の可処分所得を増やす上で女性の就業率を上げるという方法もあるし、あるいは、国を挙げての所得再分配で子育てをしている世代に家族手当などで一定の所得を保障するというような方法もあるかと思います。
 女性の就業率とそれから出生率の相関関係で、あくまで相関関係だと藻谷参考人も断っていらっしゃいますけれども、収入が壁となって出産に結び付かない地域と、それから、収入はあるんだけれどもそれ以外の要因が障害となって出生率が上がらない地域というのがあると思います。象徴的に言うと、都市部とそれ以外の地域ということになるかもしれませんが。
 そういう地域で考えるにつけ、収入が壁になっている地域はおおむね結婚、出産というレールは敷かれているんだけれども、収入が壁になると。そういうところが割と、もし家族手当なんかで収入の手当てができるのであれば、むしろそこの出生率がばっと上がって国家全体で賄うというようなことも考えられなくはないかと思うのですが、その相関関係と実際に効果的な政策の関係についてはどう思われますか。藻谷参考人、お願いします。
#57
○参考人(藻谷浩介君) その分野の専門的研究をしておりませんが、直感的に申し上げます。現場で行き会う人、一番また身近の人間の。これ、実は都市部と地方共通して収入がネックになっているんじゃないかと私は感じております。
 なぜかというと、都市部は見かけ賃金が高いように見えまして、大変家賃が高うございます。それで、実は家賃を、家を持っている、相続している人以外、借りている人とかを比べると、実質的に収入、可処分所得が少ないですね。同じワーキングプアの賃金であれば、地方の漁業の方が都会の工場労働者よりも実は可処分所得が高いんじゃないかと思われるケースが多々あります。
 というわけで、実は日本全体で若い層に収入が足りないということが、子供が少ない一つの大きな阻害要因であると思います。それ以外に別の要因として、やっぱりライフスタイル上面倒くさいとか、そうじゃなくても暮らせるとかいろいろあるとは思いますが、やはり大きな理由は、現実に結婚していてやっぱり三人目を産むのにちゅうちょしている人が非常にたくさんいるという現実ですね。これは収入だと思います。
 その分について収入を増やすことによってそれが促進されるかというと、増やしたからといって、それで、じゃ子供だというふうにいくかどうかは分かりませんが、一般的に、やはりこの時点で、子育てをしている人がしていることによって支出上不利になっていることは否めない事実でございますので、仮に国家的に子供を産んでいる人をもっと顕彰したいと、促進したいと思うのであれば、よりその子供さんの数に応じた何かしらの支援というのは当然あってしかるべきかと思いますし、別の考え方としては、子供がある人でも不要な人もいらっしゃるでしょうから、例えば母子家庭のような、子供を持っているがゆえに非常に苦労されている方を重点的に何か支援するというようなことは、恐らく推測するに消費を増やす非常に即効的な効果があると思います。
 つまり、従来福祉的にしか考えられていないけど、消費促進策としては効果あるんじゃないかなと思いますが、専門的な研究はしておりません。
 以上です。
#58
○会長(田名部匡省君) 他に御発言ございませんか。
 以上で、参考人に対する質疑は終了いたします。
 参考人の皆様方には、長時間にわたり大変貴重で有意義な御意見を述べていただきまして誠にありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表して厚く御礼申し上げます。
 本当にありがとうございました。(拍手)
 次回は来る二月二十五日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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