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2009/02/25 第171回国会 参議院 参議院会議録情報 第171回国会 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第3号
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2009/02/25 第171回国会 参議院

参議院会議録情報 第171回国会 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第3号

#1
第171回国会 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第3号
平成二十一年二月二十五日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         田名部匡省君
    理 事
                相原久美子君
                下田 敦子君
                羽田雄一郎君
                岡田  広君
                南野知惠子君
                鰐淵 洋子君
    委 員
                梅村  聡君
                岡崎トミ子君
                神本美恵子君
                佐藤 泰介君
                千葉 景子君
                那谷屋正義君
                松浦 大悟君
                柳田  稔君
                石井みどり君
                礒崎 陽輔君
                塚田 一郎君
                古川 俊治君
                丸川 珠代君
                義家 弘介君
                浮島とも子君
                紙  智子君
                福島みずほ君
                松下 新平君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        藤川 哲史君
   参考人
       淑徳大学総合福
       祉学部教授    川上 昌子君
       尾道市医師会会
       長
       岡山大学医学部
       臨床教授     片山  壽君
       特定非営利活動
       法人福祉亭理事
       長        元山  隆君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○少子高齢化・共生社会に関する調査
 (「コミュニティの再生」のうち地域コミュニ
 ティの再生(都市におけるコミュニティの問題
 点))
    ─────────────
#2
○会長(田名部匡省君) ただいまから少子高齢化・共生社会に関する調査会を開会いたします。
 少子高齢化・共生社会に関する調査のうち、「コミュニティの再生」を議題といたします。
 本日は、「地域コミュニティの再生」のうち、「都市におけるコミュニティの問題点」について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、淑徳大学総合福祉学部教授川上昌子君、尾道市医師会会長・岡山大学医学部臨床教授片山壽君及び特定非営利活動法人福祉亭理事長元山隆君に参考人として出席をいただいております。
 この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から、「地域コミュニティの再生」のうち、「都市におけるコミュニティの問題点」について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていきたいと存じます。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、川上参考人からお願いいたします。川上参考人。
#3
○参考人(川上昌子君) 川上でございます。よろしくお願いいたします。(資料映写)
 皆さんのお手元にレジュメのプリントがあるかと思います。それも見ながらということで進めさせていただきたいと思っております。
 まず、レジュメのプリントを見ていただきたいと思います。
 ちょっとお手元暗いかもしれませんが、一といたしまして、一九九〇年ごろの都市高齢者の典型的な姿としております。大きな二として、バブル崩壊、社会保障改革の中での生活の近代化、核家族化の進展、老人福祉ニーズは質、量ともに変化、質の変化による量の増大に特に注目すべきというふうに、一九九〇年までとそれから近年、これを対比しながら現在の老人の状況というものを皆さんにお話ししたいというふうに思っております。
 ここでお話ししたいと思っております材料は、一つは、一九八六年から一九九〇年までかけて千葉の習志野市でかなり詳しい調査をいたしました。それを基に一九九〇年ぐらいまでの高齢者の状況の特徴をお話しし、そして国勢調査あるいは国民生活基礎調査などを用いながら現代の特徴をお話ししたいというふうに思っております。
 まず、習志野市の調査から高齢者の典型的な姿を示したいと思っております。
 第一番目に言えることは、高齢者と一口に言いましても生活の格差があったということ、それから第二番目に典型的な姿としては年収が低い、しかし持家があると。それらを基礎にして、同居しながら高齢者が経済的な面あるいは介護の面で支えられていたということ、この二つの点が特徴であるというふうに思っております。
 その状況を具体的に示していきたいと思います。
 次に、表が出ております。年金百八十万円以上と以下ということで大きく分けております。そして、縦軸が持家、自分名義、そして二、子供名義、三、借家というふうにしております。そして、百八十万円以上の方を同居、そして別居後同居、そして別居というように、それぞれの金額の中を三つに分けております。
 赤い印を付けております三か所がございます。一番左上のところ、ここは非常に恵まれている人々のグループということでございます。そして、次に右の上の方でございますが、このグループが日本における一九九〇年ぐらいまでの最も平均的な姿、都市における典型的な姿というふうにとらえられる人々というふうに考えております。先ほど言いました、収入は低い、しかし持家を持っている、そして同居で生活が支えられている人々。これらの人々が、これを足し算しますとほぼ四八%ですね、約半数を占めていたということでございます。
 右下に、小さなところ、また赤で囲んで赤い色を付けておりますけれど、これは収入も低い、そして持家でもない、そして同居でもないということで非常に生活が苦しいグループということになりますが、これは約八%という状況でございました。
 こういうふうに格差があるということと、それから右上の同居で収入が低いということがカバーされている、それと持家でカバーされているというのが典型的な姿であったというふうにとらえております。
 次は、グラフでございますが、年齢が上がっていくに従って同居している世帯類型が顕著に変化していたという状況を示すグラフでございます。
 普通、だんだんに子供たちが出ていってしまうという傾向にありましたので、夫婦のみ世帯というものが形成されてきたわけです。年を取っていきますと一方が亡くなります。それで単身になるわけですが、ヨーロッパであれば、夫婦のみが減れば単純に単身世帯が増えていくということになるはずです。
 ところが、一九九〇年までということで見ますと、夫婦のみがだんだん加齢とともに減っていきますけれど、単身世帯は一割程度しかないということです。その代わりに、老人単身プラス既婚の子供というところ、ここのところですが、年齢が上がっていくとぐっと増えていくという傾向が見られたということでございます。
 ですから、年を取って要介護状態になっていく、そうすると既婚の子供と同居ということで余り大きな問題は生じないで、何とか家族の中で問題を解決していくことができていたということでございます。
 次の表は、同じことを示したにすぎません。大きく七十四歳以下と七十五歳以上に分けて、世帯の類型がどうであるかということを示しております。
 七十五歳以上になりました場合に、老人単身プラス既婚子というのが四二・三%でございます。そして、老夫婦と既婚子一四%、合わせて五四%というように半数以上が、七十五歳以上になりますと既婚の子供と同居していたということでございます。
 それとともに、この時点での問題としてやはり指摘しておきたいと思いますのは、その未婚の子供と同居、あるいはここに子供欠損家族と書いています。この欠損家族という言い方が社会学の人たちからは批判されるのでございますけれど、母子世帯、父子世帯のことです。経済的な意味で欠損というふうに言っているにすぎないのですけれど、そういう既婚の子供というような正規な同居形態ではなくて、いろんな形の子供たちと同居しながら老後生活を送っていたということだということでございます。
 次に、では同居であれば問題解決していたかということでございますが、この点はパワーポイントにすることができませんで、お手元に資料が配られていると思います。
 これの二ページ、三ページ、主に三ページから、四ページ、五ページ、六ページというふうに、ADLが低下していく、日常生活の能力が低下していくと生活がどう変化していくかということを示したものが三ページ、四ページ、五ページ、六ページというところでございます。これを丁寧にお話しする時間はないものですから、後でゆっくり見ていただきたいというふうに思います。
 家族によって支えられていたというふうに、まあ収入は低いということであるけれども家族によって支えられていたというふうに先ほど申しましたけれど、その具体的な生活としては、家族ができる範囲での介護、そしてまた老人も、世話をされる人として分をわきまえた日常生活の態度といいますか、介護の中身あるいは生活の中身としてはかなり貧しいものであったというふうに、既婚の子供と一緒という場合でもそのようであったということでございます。
 さらに、資料といたしまして八ページ、それから九ページというふうに、老人病院に入院している人の家族構成、あるいは家族の続き柄であるとか、あるいは九ページの方は入院したときのADL、あるいは特別養護老人ホームに入所したときのADL、あるいは入院時の身体状況、入所時の身体状況というようなものを九ページに示しております。
 これらを見ていただきましても、かなりADLが低下した状態で入院あるいは入所している、そしてまた、入院、入所している人たちの家族は介護力が非常に落ちている人たちということであります。特に、特別養護老人ホーム、特養に入所している人たちの家族というのは多問題世帯であったということでございます。
 以上が、一九九〇年ごろまでの状況ということで申し上げてきた特徴でございます。
 次に、今度はバブル崩壊、社会保障改革の中でどう変化していったかということについてお話ししたいと思います。
 今こちらに出ている表がそれでございます。
 一九九〇年以降、大きく変化してきています。高齢者のみ世帯が急増し、既婚子と同居の世帯が顕著に減少したということでございます。実に高齢者のみ世帯が五〇・三%になっております。そして、老齢単身と既婚子、これが合計で見まして一三・八%。特に七十五歳以上になって子供と同居できたかどうかということが重要な点だと思いますけれど、ここに赤印を付けておりますように二一・四%。
 一九九〇年時点では子供をひたすら頼りにすることができた、それが現時点では頼りにすることができないということがこれらの表から示されていることでございます。
 それを図示しておりますのが、次の図でございます。
 これも、一九九〇年から二〇〇五年までの世帯類型の変化を示しております。高齢者のみ世帯の方が増えていって、そして老齢単身プラス既婚子のタイプがどんどんパーセンテージとして減っていったということが明確に示されております。
 とはいえ、夫婦のみあるいは単身のみという世帯の割合は今のところ二割、二割で、合わせて四割ということなんですね。夫婦からすぐに単身という形には必ずしもなっていないということなんですね。単身になるには多少の抵抗があるということがこの図に示されていると思います。
 私に与えられたテーマが都市における高齢者の生活状況ということでございましたので、都市ということで東京都のデータを取らせていただきました。それで、全国と東京都を比較しております。
 それで見ていただきますと、東京都の方が全国の傾向よりももっと激しく高齢者のみ世帯あるいはその中でも単身者世帯というのが増えているということがお分かりいただけるかと思います。そして、老齢単身プラス既婚子という形、これはもう実に少なくなっていっていまして、七十五歳以上では一一・九ということでございますから、一割の人しか子供をある意味頼りにできないというように減ってきているということでございます。激しく、この二十年間の程度のことで非常に大きく変わったということを分かっていただきたいと思います。
 今の表をただ円グラフにしただけでございます。これは、まずは全国の六十五歳から七十四歳の家族構成です。左下に薄い色、水色と黄色があります。これがその既婚の子供と一緒というグループでございますけれども、その次、七十五歳以上になりますと多少増えますということです。
 次は東京ですが、東京は全国と比べてタイト、随分細くなっております。
 次は、七十五歳以上で一一・九%と二・二%という状況でありますということです。
 それを、今の四つの図を一枚の図にしましたということで、全国と東京の違い、そして七十四歳以下の人と七十五歳以上の人との違いというものが分かっていただけるかと思います。
 次は、先ほども、一九九〇年までということで、年齢が上がっていくに従ってどういう家族構成になるかということを図でお見せしたわけですが、同じような変化、二〇〇〇年のデータでこれは示したものです。
 夫婦のみは加齢とともに減っていきます。それに対して、単独が増えないということを先ほどの図でも申しましたけれども、単独世帯が増えていくわけではないんですね。かといって、老人単身プラス既婚の子供という形が顕著に一九九〇年までのように増えるということでもないということです。八十歳以上になって初めて増えているということでございます。
 昔は七十歳までの間に同居を決めておりました。いったん子供と別れて住むようになると、子供が独立していく。しかし、また還流してきて同居するという傾向が見られたわけなんですが、同居世帯のほぼ四分の一がそうでございました。しかし、その同居を決める年齢が七十歳以下だったんですね。それが今では八十歳以上で同居を決めるというふうになってきているということ。
 ですから、要介護度が明確になってきたとき、介護してもらわなければいけないというようなことが明確になってきたときにやっと同居しているということがこの図から分かっていただけるかと思います。
 単身が増えないわけですから、単身者というのは、いろんな家族形態の子供あるいは親族と同居しているということになっているということでございます。
 以上から、最近、老齢単身の問題それから老老介護の問題というのが非常に注目されるようになっておりますが、それが注目されざるを得ないという背景はこれまでの説明でお分かりいただけたかと思います。単に高齢者である人の人数が増えた、高齢者人口が増えたということではない、高齢者を取り囲む家族の形態が変わったのだということを御理解いただきたいと思います。
 ここに、社会的介護を必要とする高齢者の量が増大したというふうに書いております。家族の中で介護できないという、社会的介護を必要とする高齢者の量が増大したのだというふうに理解すべきというふうに考えております。
 そういうことから、従来ですと介護というものは家族機能として担われてきたものでありますが、明らかにもう社会的なもの、社会化する必要というものが考えられなければならないということでございます。
 そして、それとともに高齢者のみ世帯として自立していかなければいけないのですが、その自立の中身が、身辺自立だけではなくて生活全面における自立だということ。子供と一緒であれば経済的にそれほど十分でなくても、あるいは、場合によっては持家でなくても子供と同居ということで生活できたわけですけれども、そういう面まで含めて生活のあらゆる面における自立が求められるようになってきているということでございます。そういう状況の変化に対して地域社会がどのようにかかわれるかということでございます。
 私の持ち時間としてはもうほぼ過ぎているのでございますが、皆さんのお手元のレジュメに四としまして、裏側です、紙一枚のレジュメがあるかと思いますが、その裏側に印刷されております。
 その後ろに、港区におけるひとり暮らし高齢者の生活実態と社会的孤立に関する調査報告書というものの内容を簡単に説明しております。箇条書的にばっと書かれていたことをここに列挙しているわけでございますが、これは二〇〇五年に調査されたもので、港区の社会福祉協議会においてされたものです。明治学院大学の河合先生という方が担当されておりました。
 この中で述べられていることは、単身者の生活、高齢単身者の生活は大変苦しく、不安を抱えている者が多いということ、その中でやはり頼りにしているのは別に住んでいる親族や子供だということで、地域でのお互いのかかわりというのはまだ非常に弱いということがこの調査で指摘されていることでございます。
 ちょっと時間をオーバーしてしまいましたけれども、そしてまた早口でしゃべってしまいましたけれども、私の報告、以上ということにさせていただきたいと思います。
#4
○会長(田名部匡省君) ありがとうございました。
 次に、片山参考人、お願いいたします。片山参考人。
#5
○参考人(片山壽君) 片山でございます。
 かなり量の多い、ボリュームのある資料をお示ししておりますので、それと同じ内容についてはこのパワーポイントにおいては余りダブって触れないようにいたします。それと、この内容と同じ順番でしゃべるわけではございませんので、後でまた補完していただけたらと思います。(資料映写)
 私は、医師でありますし、医師会の立場ということがありまして、地域コミュニティーの再生について医療抜きには考えられない立場にあります。
 そこで、医療が動けば地域が動くという概念を持っておりますので、それから、やはり高齢化に対応する地域医療のモデルを転換した結果が新・地域ケアと、いわゆる新・地域ケアという言葉がありましたけれども、なかなかその実存性がなかったということであります。これにつきましては、もう医療圏の配備を示しているだけでございますので、資料と同じものです。
 ただ、一市二町ありますが、このピンクのところが旧尾道市で、ここは一応都市部と呼んで差し支えない地域であります。市制百十一年です。ここは、だから同じような医療密度ではなくて、中山間地域から島嶼部まで今、尾道には入っております。高齢化率は今三〇%を超えたところです。一応九〇年から、ただ、もうその当時から高齢化の進展、これは全国平均を十年は上回っていると言われていましたので、そこに向けての医師会としての地域医療の整備として作業を開始しております。
 これが、その医療モデルとして尾道市医師会方式と言われているもので、急性期病院に入られた方がちゃんと退院のときに退院前ケアカンファレンスをして家に戻られる。あるいは、急性期医療の後、平均在院日数が今短縮していますから、後の追加の治療あるいはリハビリテーションをして回復期以後ということであります。それから、老健施設はすべて在宅復帰プログラムというもので動いています。
 この絵でいくと、医療と介護はケアマネジメントでつながるということであります。左に向いている矢印が太いのは在宅を重視しているシステムということで、これはアクションチャートです。結局は、この高齢化の問題だけではなくて、すべての全領域に対応する、神経難病を含めてですね、急性期、回復期、生活期。維持期という言葉は大変失礼な言葉なので使わないようにしています、生活期としています。この連携のマネジメントをきちっとやるための連携図であります。
 これは長期継続的に、一回目は脳卒中、二回目は転倒、骨折、三回目は肺炎と、そのようなことでこのチャートを何回も患者さんは行ったり来たりされる可能性が高いわけです。その都度システマチックに必要なことを行うと。これは患者さん本位にシステム化された相互補完のできる地域完結型の地域医療と思っております。ここにあるのは、すべてリハビリテーションを最重視している生活期の機能改善、生活支援プログラムです。
 これが、絵で見ていただければ、これは退院の前のカンファレンスで、意識のない方が、もう帰って家でみとりたいと言われた方で、じゃ帰りましょうというのを病棟のカンファレンスで、ナースステーションで行っています。
 ここで、こういうふうに帰られたところがこうですが、まずスタートは退院前ケアカンファレンスです。在宅ではこのように気管切開をされて、意識がなくて、既往疾病がいろいろあって、泌尿器系のがんがあるということで、このようなことで訪問看護ステーションの業務が一番大きいですね。
 それから、高齢介護者で、介護力が弱いので二十四時間の訪問介護が入っています。こういうメンバーが、この右下の在宅の多職種協働チームがモニタリング、カンファレンスを繰り返しながら現場を展開していくと。
 これが、一枚で見える言わば尾道方式ということですけれども、本体は在宅医療の中に開業医がチーム医療を行っていて、周りに必要な、訪問看護は必須ですけれども、必要な資源を分け合って、いわゆる多職種協働というものを成立させていると。これを急性期病院がよく理解していなければ、退院支援という言葉は絵にかいたもちになります。
 これは、在宅で、その同じ方のモニタリング、カンファレンス、ちょうど退院して一年たちましたというカンファレンスです。このとき、ちょうど尾辻さんが厚生労働大臣でおいでになったときです。これで一年十か月で御希望どおりきれいにみとりまして、非常に満足であったという奥さんの言葉でした。
 このように、今問題は、二〇三八年に総死亡者数、年間百七十万人を超えるというのが国の一番の大問題です。ここに向けてどういう整備ができるのかというのが問題ですが、この三分の一は、今でもそうですけど、がんによる死亡です。
 ここで、やはり、がんだったら全部病院なのかということではいけませんということですね。開業医によって、あるいは地域医療連携によって在宅緩和ケアの推進は必要。それでなくても世界一の高齢国家ですから、必然的に高齢多死時代を迎えます。そのピークが二〇三八年ということですね。
 これは、がんの方で、八十七歳の高齢の方で相当重度の末期の方ですが、家に帰りたいということで、病院で緊急にカンファレンスをやっています。こういう場合、朝、これをちょっとやってくれないかということを病院の主治医が言ってきて、その日の十八時まで手術があるからということで、じゃ十八時四十五分からやろうと。その日のうちに開く。これはもう緊急性があるから、残っている時間がない方ですからタイミングを外してはいけないと。こうやって御長男、御長男のお嫁さん、御次男、それからお孫さんと、ちゃんと参加されています。在宅を支えるチームが全部ここに出ています。これを十五分間のカンファレンスできちっと話を集約しますけれども、私は何度も病室をその前に訪れています。
 これは、その後、カンファレンスが終わった後、じゃ、もう先生が迎えに来たんだから家に帰ろうという御本人の一言で退院が決まったときのすばらしい家族写真ですね。こんなすばらしい家族写真が撮れる家庭はなかなか、今の先生のお話からすると、家族機能というものがいかにすばらしいかということです。
 これは、実際、家に帰られたところです。御本人の顔も全然違います。これは、その翌日、夕方帰られたので翌日の十二時半から一時にカンファレンスをやりまして、緊急カンファレンスですね。このチームがここにいます。これは、数々の患者さんを、いろいろ重度な方をみとっている長年のチームです。これは、そのカンファレンスの後、すぐ患者さんのところへ行って、みんなで、このメンバーでチームで行きますからということですね。患者さんの在宅生活には在宅医療という生活支援の医療空間があるのだということが必要です。どのような状況においてでもですね。
 御本人は大変喜ばれております。それで、この方がとうとう誕生日、八十八歳をお迎えになりまして、これはいい顔になられていますね。誕生日のお祝いを皆さんでされていると。これは究極の個人の尊厳の重視がかなった瞬間です。広島テレビで、この後の番組でやりましたんですが、インタビューだけですけど、御長男が、亡くなったことは寂しいけど、おやじの満足が我々の満足ですというインタビューでした。
 これは患者さんをお送りしているところです。片山医院では二十年以上、これはどの時間帯でもこのようにしております。グリーフケアですね。
 在宅で過ごすことが難しい困難な理由は、このようにありますけれども、これは現場の体制で対応することは可能です。結局、このチャートの中で、ここはすべて在宅療養のバックアップ機能だという位置付けをしています。最終段階がエンド・オブ・ライフ・ケアですね。自宅で最期を過ごしたいという方の希望をかなえるために、個々の在宅主治医がこのチームを持っていなくてはなかなか難しいです。
 それと、急性期病院としてはタイミングを外さないでちゃんと退院させてあげる、家に帰ることを認めてあげることが必要です。先ほどのように、連携のスピードなくしては、残っている時間が短い方ですので難しいことになります。
 これも資料に示していますから余り言いませんけれども、今どこでも、医師不足というのは御多分に漏れず尾道でもそのようになって、公的病院で市民病院が内科の医師の派遣が減りまして、夜間救急診療所の当直、日直が大変になってきました。
 では、どうしようかということで委員会をやって、すぐ即決したのが開業医の有志が出向いて応援しようと。開業医の三十五人、まあ高齢の先生は抜いて若い、といっても僕より少し上ぐらいまでで、三十五医療機関のアンケートで二十二人がすぐオーケーし、やろうと。別に尾道市医師会では、日曜休日当番医で内科系、外科系、小児科系、AEDを配備してずっと行っております。これと別ラインです。それから、隣の町の松永沼隈地区医師会から六人が応援するということです。合計三十一名の内科開業医。それと、もう一方のJA尾道総合病院から二名の勤務医が応援する。これは救急蘇生委員会というものをつくりましたこと、九一年から十七年目の成果でありますね。
 尾道市医師会では、この連携の結果、勤務医と開業医というのは地域医療を最高レベルに創造するチームメートなんだから、困ったときはお互い様だということです。
 これは、私が実際八月十七日に一日フルタイムで日直をやっているところです。これは、実際、在宅で急変した患者さんを、僕とよくチームを組んだことのある先生が救急搬送で連れてきて、一応蘇生をしてうまくいったので、もう病棟に上げようと。ここに救急隊員がいます。私は別に救急は苦にならない方です。実際の実績は、ここは全部開業医がやっているというところです。
 だから、医師不足で病院がなくなるというのは、こういう方法をどこでも用いるだけの、開業医が協力する力があればそういうことは回避できます。
 結局、この後、これを皆でやっていると、あと五人が新たに、私たちもやるからねということで、二十七名になりました。実に、だから八割の開業医が今応援して、ずっとこのスタイルを続けています。
 救急蘇生委員会というのは九〇年に立案し、九一年に設置しました。この三つの急性期病院から緊急出動で、医療機関で何かあったというときに緊急出動して救急蘇生を行うと。ところが、それだけを頼むのではなくて、状況に応じては近隣の開業医同士がサブシステムとして互助、要するに助けに行くというか、簡単に言えば、さあどうしようということで、ここには消防と、最初からずっと話を詰めた警察も合意しています。一応これなりに、救命救急システムを地域システムとしてここに構築したことにはなります。これが全部一緒に三つの病院が動くときは災害時のときです。
 それから、年に二回、救急研修会を毎年医療スタッフにやっております。尾道は、だから高齢者医療がメジャーなのか、優先政策かといえば、そうじゃありません。今でも外さず救命救急です。いかにこのレベルを高くするかということでやっていますから、救急車のたらい回しは一件もありません。
 これは、結局、医師会がプランした一つの地域医療政策に対して急性期病院が理解を示して、そこで一緒にやろうということになったので、医療の基盤の一番ベーシックなところをつながっていますから、先ほどのような、困ったときは開業医が応援に行くということになっています。
 これは保健文化賞を去年いただきまして、おととしです、この文言が非常にうまくまとまっていると思いますが、在宅医療を推進して開業医と急性期病院の連携を図り、だからさっきのようなことができますね、それから、民生委員や社会福祉協議会などと協働し医療と介護を包括的に提供する体制整備云々ということであります。これは、やはり地域をつくることが同時に進行しているからこれができています。
 これは新・地域ケアのロゴですけれども、これは結局、地域そのものがシステマチックに動かなくちゃいけないと。結局、こういうものはどこにでもあることです。都市部には絶対にあります社会福祉協議会も民生委員さんもいるし、公衆衛生推進協議会もありますね。こういうもので、救急も当然あります。
 ただ、これがばらばらで動いていては、単なるエリアですね、地域だけです。これがコミュニティーケアとして成立するためには、長期継続ケアができるためには、これが連携して一つのマネジメント機能を持たなくては駄目です。ここでは緩和ケアもできればリハビリテーションも系統的にできて、在宅緩和ケア、認知症治療ケアは必須です。家族機能のサポートと個人の尊厳の重視を理念とした新・地域ケアの空間です。こうやって、医療が動けば地域が動くということですね。
 結局、多職種協働というものが新・地域ケアの本質です。結局、ここにエンド・オブ・ライフ・ケアに対応する、終末期対応ですね、こうやると、この委員会の地域コミュニティーの再編システム化ということになっている。地域がん対策プロジェクトもあります。これは国の医療構造改革に係る都道府県会議の資料に載っているものそのものです。これも非常によく書いてくれていまして、これも資料に載っていますから後で読んでいただければ、今言ったようなことが書いてあります。
 要するに、急性期病院の勤務医と開業医が同じミッションを共有しているし、地域の社会福祉協議会、民生委員さんもそこの同じ地域で同じ住民の皆さんを対象にしていることからすれば、地域のミッションというのは同じだということです。こういういろんなものがあります。だから、連携をすればどこまで力が出るかということをやっていないところが地域医療崩壊に陥っている原因じゃないかと思っています。
 結局、施設、在宅の二元論はやめて、統合概念で地域というものを高齢者介護研究会のときに出しました。個人の尊厳を重視するためには、この両方がなくてはこれは難しいです。これで、難病でも重度障害があっても独居でも認知症でも末期がんでも同じように個人の尊厳が重視されて、できれば最期まで自分らしく暮らしたいということになります。これだけのいろんな病気がありますけれども、この家族機能の維持・向上サポートというのは非常に必要です。だから、支援型医療の中でこういうものができていくということです。
 これは高齢者介護研究会のときに示したものですけれども、三つの課題です。これについては、こういうもので尾道は対応しています。すべて新・地域ケアで対応すると。要するに、高齢化対応ということですね。地域一体型です。名簿としたらこういう名簿で、医師免許を持っているのは僕と本間先生だけでした。
 これは堀田座長ですけれども、このときには、新・地域ケアというのはさっきから言っているけれども、それは何なのだと言われるのでこれを出したんですけれども、これは二〇〇三年の四月十六日の私の委員としてのプレゼンテーションのときに新・地域ケアの概念を出しました。
 これは、保健文化賞をいただいた後、十一月に市民公開講座を尾道でやりまして、そのときには、医師会だけがもらっているんではなくて、社会福祉協議会、民生委員、児童協議会、それから公衆衛生推進協議会の皆さんと一緒にやった結果いただいたんだからということで、感謝状を贈呈をしました。こういうようなカーテンコールでスタンディングオベーションでした。
 これは、社協と医師会が合体したとき、二〇〇二年ですね、社医連協がスタートしました。
 これは、民生委員さんとケアマネジャーの合同研究会、勉強会をしまして、二百人以上が集まって、私が講演をして、「高齢者介護における関係者の新たな連携について」ということであります。
 これは使う義務のあるスライドなので。全盲独居の方が支援費から移ってきて不安がいっぱいだったけれども、カンファレンスですごく納得して良かったと。だから、こういう場合は医療チームよりはむしろ福祉系の皆さんですね。福祉系というとなんですが、特にボランティアの皆さんが非常に強いです。一番ポイントは民生委員さんですね、ここは。やっぱり社医民連協なので、医師会、社協、民生委員とかがちゃんとそろっているところ。このカンファレンスはもうフラットな設計ですから、ボランティアさんがちゃんと出てきます。だから、重度の人の管理だけではなくて、こういう全盲の独居の方の支援もちゃんとできると。だから、約八割の主治医が民生委員さんとカンファレンスをしたことがありますということです。
 尾道は高齢化率、独居率高いです。こういうふうに、社協、医師会、連民児協、それから行政です、県の部長ですね、新・地域ケアの設立総会で。そこに今度は公衆衛生推進協議会の保健推進員の研修をしてくれというので、認知症早期診断マニュアルの研修で四百人来られました。これを契機に公衛協が入りたいということで、こういう段階で入りました。大きな団体です。健康政策ですね。そうすると、これが二〇〇二年、これは二〇〇四年、新・地域ケア二〇〇七、これはこういう分担をしている地域団体ですね。
 これは、老人クラブ連合会が今度入るということで、プロダクティブエージングの確認をしました。ここで市長を囲んで新・地域ケア二〇〇八のスタートです。
 今度は警察との連携協議会を始めまして、これはいろんな、地域でやらなきゃいけない、振り込め詐欺のあれも結構多かったものですから。こういう協議会を起こして、ここに教育長、それから副市長、歯科医師会長が入っています。この次長の方は、救急蘇生委員会のときの準備を一緒にした地域課長です。だから、十七、八年でまた尾道に戻ってこられた。こうやって共有、協議をしながら、今は医師会と警察が持っている地域の安全のための仕事はもうほとんどダブっています。
 だから、地域の安全を最重視しています。今後予想される社会不安への対処も視野に入っていると。そうすると、この絵が、こういう生活の安全を確保ということになると、ここに警察署が入って何ら不思議ではないということです。
 いろんなプロジェクトが動いているからこれができているということですが、この子育て支援のエンゼルプロジェクトも九八年から動かしていますけれども、尾道も少子化で母子手帳が七百まで減ってしまった。多いときは千二百ぐらい母子手帳が出ていましたけれども、八百を切ってしまったことがあって、それからプロジェクトを起こして、こういうふうなことです。結局メンバーは同じなんですけれども、ここをどうやってクリアするかということは、アセスメントを使ったりいろんなことをしています。
 ここでは、今までは高齢者モデルだったので、小児科の先生、産婦人科の先生は余り関係がなかったんです。ところが、この高齢者支援モデルを母子支援モデルに切り替えたので、産婦人科と小児科が主治医機能を担うわけです。医師会でこういう会合をしています。これは療養の、療育施設、すばらしい成果を持っています。これはいつも行政の子育て支援課をサポートしながら、周りが動いている。ここにも社協のスタッフも、民生委員さんは児童委員ですから、います。
 これは、その全体の子育て支援の行政に対して、行政、市議会に総体説明をして、医師会館でやったところです。関係者が全部集まっています。
 周産期については、尾道総合病院の周産期センターが大変機能していますから、万全にできています。開業医のと有床診の十九床の産婦人科でも五百例近いお産ができています。NICUが大変高度に機能をしていますので安心して産めるところです。この市議会議長は、まさにその救急蘇生委員会の設置準備を一緒にした当時の消防の警防課長ということで、地域は脈々とつながっているということです。
 これは介護保険全国サミットで記念講演をやったとき、基調講演をしたときのスライドですけれども、結局コミュニティーということになるとこういうことになろうかと思います。
 以上です。
#6
○会長(田名部匡省君) ありがとうございました。
 次に、元山参考人、お願いいたします。元山参考人。
#7
○参考人(元山隆君) 福祉亭の元山です。座って説明させていただきます。
 今日はこういった場所に福祉亭を呼んでいただいたことに大変戸惑っておるわけですけれども、多摩ニュータウンという新しい町の中で市民が支える地域の福祉の一部、それの実態を、現場の声をこちらに届けたいということでお話を引き受けさせていただきました。
 福祉亭の実態は、隣におります寺田のほかに二人、女の方がおりまして、三姉妹というふうに言われていますけれども、この三姉妹が福祉亭全体の運びを一切取り仕切っています。私はその下でコーヒーを入れたりお運びをやったりと、三姉妹の手下で働かせていただいているわけです。(資料映写)
 資料はパワーポイントを焼いたものと、それからいきいき新聞、それからサポート隊のパンフレット、この三つを使いまして御説明をさせていただきます。
 説明も隣の寺田の方が数十倍うまいんですけれども、なぜか口下手な私が大役を仰せ付かりましたので、お二人の先生とはちょっとスケールが違うお話になるかと思いますけれども、お聞き届けをお願いします。
 お話の内容は、まず、多摩ニュータウンというのは御案内だと思いますけれども、昭和四十年代、一九六五年辺りから始まりましたニュータウン開発が現状どういうふうになっているか。その中で福祉亭の位置付け、実際の活動の内容、それから活動から見えてきた課題、問題点、それから一番最後に、このコミュニティー再生について、我々市民レベルでは手の届かないいろいろの問題がございます。
 その辺りについて是非先生方に聞いていただいて、国政のレベルあるいは都政、市政という行政のラインでそういった再生についての下支えをお願いしたいということでお話をまとめてまいります。
 まず、多摩ニュータウンの位置については御案内だと思います。都心から三十キロ圏で、一九六〇年代からの開発で、ちょうど〇五年ですか、基盤整備事業としての面的な開発事業は終わっております。
 次に、これは市政地域別に人口を表にしたものと、図面は施行者の色合いを分けたものですけれども、この開発事業は新住事業及び区画整理事業で行われまして、黄色い部分が現在のUR、当時都市整備公団と言っておりましたけれども、それが担当し、緑の部分は東京都の開発本部、茶色の区画整理を含めて東京都が施行しております。
 現在人口は、この下の表にございますように、ニュータウンの中だけでとらえますと、昨年の十月現在ですけれども、二十一万人の人口が張り付いているという状況です。その中でも多摩市が九万七千八百という数字になっております。
 次の図、五番、六番の諏訪・永山の町を大きくしたものですけれども、永山駅がございまして、諏訪と永山は幹線道路で分離されております。福祉亭の位置は永山駅から歩いて約十五分、この住区センターと言われる近隣センターの中に位置しております。
 住宅は、この諏訪・永山が多摩ニュータウンの中で一番最初に入居がされたところでございまして、一九七一年、ちょうど万博が終わった年だったですかね、約三千戸ぐらいの大量供給がされました。したがって、その当時の二DK、三DK、住戸面積にして約五十平米近い狭小な住宅が大量に供給されたという地域でございます。
 当時はまだ周辺が工事中でございまして、当初入った人たちはこの永山駅が使えませんで、京王線の本線の桜ヶ丘という駅まで、バスで約十五分ぐらいですか、通って都心に通勤あるいは通学されておりました。
 ただ、当時入った入居者の方々はほとんど団塊の世代。お子様を一人か二人連れてお入りになって、そのお子様たちを通じたコミュニティーが、生活環境が劣悪だっただけに緊密なコミュニティーがつくられていったというところでございます。それが四十年近くたって、現在そのお子様たちはすべて、ほとんどの方が親から離れて、残されたのは老夫婦あるいはお独り住まいということになっております。
 次の絵が、この近隣センターの中の図面でございますけれども、福祉亭は一番左側のスーパーマーケットの横にあります二階建ての店舗の中にございます。永山が全体で三十店、諏訪が二十八店、その中で空き店舗は諏訪に五店ありまして、その中でも中央にございますスーパーマーケットがここ二、三年空きっ放しでございます。諏訪の近隣の店舗を経営している方々は、拠点になりますスーパーがないために大変経営は苦しい状況に置かれております。
 次の表と図は、多摩市における高齢者の現況、それから高齢化率の推移を右の図で示してございますけれども、多摩市では、団塊世代が大量に入ったということで、今後の高齢化の趨勢が極めて高速度に進むという状況を表してございます。
 左の諏訪・永山の高齢者の数ですけれども、高齢化率そのものは全市的には一九%、諏訪・永山だけ取ってみまして二三%と、全国的に見れば問題なさそうに見えるわけですけれども、今後の推移が極端に高齢化率が進むと、団塊世代が一挙にそのメンバーに入ってくるということで世界最速ではないかということを多摩市では言われております。
 その中でも、独り暮らしの方がこの諏訪・永山だけ見ますと千五百三十五人、市全体の高齢者の中でも約四分の一を占めるというような状況に至っております。中でも、その独り暮らしの中の三分の二の方は女性の方です。
 福祉亭の歩みと目指すものですけれども、福祉亭が生まれたいきさつを多少説明いたしますと、ここに書いてはございませんけれども、〇〇年一月、これは東京都のいきいき事業というのが十四年度から始まっていますけれども、それを立ち上げるための準備的な懇談会が市の方で呼びかけがありましてスタートして、翌年の八月、多摩市高齢者社会参加拡大事業運営協議会と長い名前ですけれども、高事協というものがスタートしております。この中に文化部と福祉部というのができまして、文化部はイベントをやることによって高齢者の社会参加を促そうと、福祉部の方がやがてこの福祉亭に変化するわけでございます。
 東京都のいきいき事業を、十三年度、十四年度、十五年度と三か年にわたって東京都及び多摩市から補助金をいただきまして、各年度四百万ずつだったですけれども、それをベースとして福祉亭が開業したわけでございます。
 十三年度、十四年度、それから十五年度の一部、約一千万近くを使いましてハードの面の整備をいたしまして、ここの福祉亭が入っているお店というのはURの賃貸店舗です。床から、ファサードの仕切りから、天井、トイレ、厨房、一切合財テナントが負担をするという形での整備になっております。実質的には一千万のお金で何とか形を付けたわけですけれども、実際的には、地域の皆さん方のそれぞれのお宅から持ち込んだ食卓とかテーブルとかあるいは食器とか、そういったもので何とかスタートが切れた状況になりました。
 あと、いろいろメディアの方々に、ああいったものが珍しいということで取材の対象になりまして、ここに書いてありますようなNHK、日本テレビあるいは地元の方々の自主制作映画の舞台とさせていただいております。
 次の写真がお店のファサードでございます。お店は全体で六十六平米。そのうち厨房を含めましてトイレ等を整備して、家賃は、NPOになったおかげで一般の店の二分の一の扱いで入らせていただいております。
 次は福祉亭の目指すものなんですけれども、この新聞は、今お配りしたいきいき新聞の創刊号でございまして、ここに「広がれ、広がれ、笑顔の輪」というふうに書いてありますけれども、これが福祉亭の基本コンセプトです。地域の皆さん方のきずなを何とか調整していく舞台になればということで、こういった新聞を毎月発行しております。
 当初は、この右側のカレンダーを、ちょっと細かい字でお読みにくいかと思いますけれども、休みなしで、時間も十時から十九時まで営業しておりました。この辺も寺田たちのスーパーウーマンのなせる業じゃないかと思います。目指すところはそういったことで今日までやってまいりました。
 現在の福祉亭の運営体制ですけれども、すべてボランティアで運営をしております。ただ、ボランティアさん方も、〇三年から数年経過しておりますので高齢化が進んでおります。一番最高齢の方は七十九歳。七十九歳から六十歳ぐらいまでですかね。五十七だそうです。そういう人たちが、福祉亭の一番メーンであります定食を作ったり、あるいは喫茶の給仕をしたり、御利用者のお話の相手をしたりということをやっております。
 〇八年の実績でいいますと、ボランティアの登録人数約七十人、稼働の延べ時間にしますと約六千時間にわたります。中には年に一回しかお入りにならない方もおりますけれども、週に数回、まあ毎日という方はおられませんけれども、それに近い方がこの寺田でございます。
 キーメンバーの稼働延べ時間というのは、キーメンバーというのは現在の福祉亭の、NPOの理事をやっているメンバーですけれども、先ほどの三姉妹と私ともう一人ぐらいが年に延べ時間で四千六百ぐらいの時間、この運営に当たっております。
 下の図は十時開店の十八時閉店ですけれども、その中でいろんな催し事をやっております。食事を提供するのは当然のことなんですけれども、皆様方のお集まりを促すために、囲碁、将棋は日常的にやっていますし、水曜日にいきいき事業として唱歌なり算数なりあるいは健康体操なり、そんな講座を持ちまして、皆さん方の、高齢者の方々の頭の活性化であるとか、そんなことにお役に立てるんじゃないかということでやっております。また、自主的な活動についてもその場の提供をさせていただいておりまして、お茶をやったり布細工をやったりということもやらせていただいています。
 そのほかに、いろんなメディアさん、あるいは周辺に大学がたくさんありますので学生さん、あるいは小中学校の体験学習、そんなお客さんが飛び込みでたくさんやってまいります。そういったものの対応もせざるを得ないということで、てんてこ舞いの毎日を送っております。
 次の写真が高齢者支援事業としての居場所づくり。定食のメニューは五百円で、大体こんな皿数が並びます。できるだけ栄養バランスに気を使った、野菜を多めにしたメニューが並びます。男性の方々は、囲碁、将棋とかマージャンとか、こういった道具立てがないとなかなかコミュニケーションが取れません。下の左の写真は唱歌をやっている場面、右側はお茶の練習をしている場面でございます。
 次の生活サポート隊の活動というのは、私どもの福祉亭は、福祉亭だけが運営をしているわけじゃなくて、この生活サポート隊、それから若人塾という精神障害者の方々の作業所の団体ですけれども、その三者が共同で運営を担当しております。サポート隊は月に四回あるいは五回。若人塾さんは月二回を予定しておりまして運営に当たっております。
 その生活サポート隊ですけれども、いわゆる介護保険対象者になる前の段階の高齢者の在宅支援あるいは子育て世代の保育、そんなものを対象としまして、有料のボランティア活動になっています。任意団体でございます。内容はこのピンクのチラシにございますので、後ほどお目通しを願います。
 現在、利用会員は二十五名、サポートするメンバーは二十人というような状況で、この諏訪・永山の地域限定といいますか、余り遠い方の御利用はないようでございます。三千時間の実績は昨年度、十九年度の実績でございます。
 次に参ります。福祉亭の活動として、直接的なそういった場を提供する以外にまちづくり事業、地域の福祉全体に多少お手伝いができないかということで、リボン活動、これは、最近いろいろ世間も物騒ですので、なかなか高齢者の方々が救いの手を、出したいんだけれども、出すサインが分からないということで、福祉亭を中心にいろんな団体に呼びかけをしまして、今日ちょっとお持ちできませんでしたけれども、リボン活動というものを展開しております。これは支え手側にも、それから、そういうサポートを必要とする側にもリボンを付けていただいてコミュニケーションを取りやすくしたという活動内容です。
 それから、「おそばに置いて」という冊子作りは、約三十ページ程度のものですけれども、お独り暮らしの方々のために、生活便利帳といいますか、緊急のときにはどうするんだと、あるいは社会参加の機会はどういうところにあるのだといったようなインフォメーションを差し上げるための冊子作りです。こういったものを一昨年辺りから展開をしておりまして、ただ、地域の中に広がるかといいますと、なかなか難しいものがございます。
 絵手紙も、これもNHKのテレビで紹介などをされましたけれども、福祉亭においでになる御利用者の方々は皆さんお元気なので余り心配がないわけですけれども、ああいったところに出てこられない引きこもりの方が多数おいでなんですね。我々が心配するのはむしろそちらの方々でございまして、昨今の孤独死みたいな現象もすぐ足下で昨年起こりました。そういった方々へ絵手紙を通じてコミュニケーションのきっかけをつくろうということで始めたんですけれども、なかなか鉄のドアをノックしても開けていただけない、そんな状況がございます。
 いきいき新聞は、先ほど御紹介しましたように地域情報を、この原稿作りはほとんど利用者の方々から原稿をいただいてそれを福祉亭がまとめるというような形で、皆さん方のコミュニケーションの道具として使っていただいております。
 それから、ほかの団体との連携、協働ですけれども、たまたまお隣に保育園がございますので、この寺田が働きかけをしまして、保育園の前の植え込みを花壇に変えるというような活動も手を出しております。
 大学との連携、協力については、先ほどちょっと触れましたとおりでございます。
 次の、活動から見えてきた課題ですけれども、先ほどからお話ししていますように、高齢化が進み、中でも単身者の数が増えてきていると、またさらに外国の方もお住まいになってきていると。そういう中での地域のきずなが、入居当初と比べますともうずたずたな状態になっているということで、それを何とか修復する、再生させるためにこういった福祉亭という場所、これがあるのではないかということで今日までやってまいりました。
 ただ、なかなかそのきずなづくりというのは難しゅうございます。先ほどもお話ししましたような、閉じこもりの人たちに対して直接的にアプローチする、手をつなぐということが、この地域の場合は八割近く、八割を超えていますかね、集合住宅で五階建てあるいは十一階建ての住宅です。鉄の扉があって中をうかがうことはなかなかできません。そんなことが環境としてありますので、このコミュニティーのきずなをどう再生していけばいいかということが大きな問題でございます。
 それから、先ほど来も触れましたけれども、ボランティアで運営をしているということで、ボランティアさんのモチベーションがなかなか持続することが難しい。高齢化ということもありますし、御自身のお体の問題の方が先に来てしまうわけですね。そんなことから、新しいボランティアを開拓するということについても、これもエネルギーが要ることでございますので大変難しいということがございます。
 それから、三番目としてセーフティーネット。先ほどお話が出ました孤独死というものをなくすためにはネットワークをもっと緊密にしないと、そういった方々の見守りあるいは気配り、そういったものができないわけですね。
 ただ、なかなかここの地域の自治会あるいは管理組合あるいは老人クラブ、社協、民生委員等ございますけれども、それが横になかなかつながっていかないという現状がございます。ようやく最近、社協の方でそれに対する呼びかけが始まりつつございます。私ども福祉亭という小さな力では何もできませんので、できるだけそういった横の連携を取らせていただいてセーフティーネットをつくることがこの地域の福祉のために絶対に必要だと、そういうふうに考えております。
 次に参りますけれども、ちょっと時間が押していますけれども、ここにございます絵は、多摩市市政世論調査というのを毎年やっておりまして、市の二十年度の調査結果がこの一月の広報に載りました。多摩市に住み続けたいという方が八三・四%もおられます。住み続けたいというよりは、もうとにかく転居できないと、引っ越しができないというような状況に至っているんじゃないかというふうに思います。
 ただ、実際にここに住み続けるためには、インフラの更新とか、あるいは自分たちのおうちの近くのインフラのバリアフリー化とか、そういったものが急務でございます。
 といいますのは、もうニュータウン開発から既に四十年近くを経過しておりまして、インフラそのものがもう更新の時期に近づいていると。なおかつ、多摩市の財政事情からいいますと、国策でやったインフラそのものが大変立派な、あるいは量的にリッチなものができております。ところが、それに日常の管理をしていくだけの財政力がない、なおかつ既成市街地が四割ぐらいまだ残っておりますので、そちらに対してもインフラ整備をしていかなくちゃいけない。そんな状況で、ニュータウンのインフラ更新に手が伸ばせないというような状況もございます。
 この辺りについては、国策でやったニュータウンの再生みたいなものを国としても是非お力添えをいただきたいというふうに思います。
 それから、一番最後ですけれども、近隣センターに、現在、こういう福祉亭というものはニュータウンの中に一か所だけでございます。ほかに類似した施設が落合あるいは鶴牧にございますけれども、いずれも日常的に毎日開けているという状態ではございません。是非こういった場所づくりをコミュニティー再生の核としてお考えいただいて、ニュータウン全体の再生のためにも役立つ、こういった福祉亭づくりをお願いできないかというふうに考えました。
 福祉亭が生まれたときの初期投資が約二千万でございますので、その程度のお金があれば店を開けることはできると思いますけれども、実際の運営については、こういった寺田みたいな特別な人間がいないとなかなかできないということですので、そういった面でも運営補助をお願いできればと思います。
 大変時間を超過しまして、失礼しました。ありがとうございました。
#8
○会長(田名部匡省君) 大変ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどに終了させていただきます。
 質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言をいただくようにお願いいたします。
 また、一回の質問時間は答弁及び追加質問を含めまして最大十分とし、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますように、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくよう御協力をお願いいたします。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかをお述べください。
 それでは、質疑のある方は挙手を願います。
 松浦大悟君。
#9
○松浦大悟君 民主党・新緑風会・国民新・日本の松浦大悟と申します。
 今日は、貴重なお話、どうもありがとうございました。私の地元は秋田県でございまして、まさに高齢県でございます。都市と地方の違いはございますが、今日のお話、大変参考になりました。
 そこで、今日は、三人の参考人の皆様それぞれに質問をさせていただきたいと思います。
 まずは、川上参考人。
 川上参考人からは、時代とともに家族が変わってきたのだということ、家族による相互扶助ができにくくなっているというお話を伺いました。そうした中で、高齢者の貧困問題、これは早急に取り組まなくてはならない、制度がサポートすべき問題であるというふうに認識をしております。
 ただ、私は、制度は制度としてやっていかなければならないとは思うのですが、社会の側も変わってきているのではないかというふうにも思います。例えばヨーロッパであれば、不況になると、家から出ていった子供が再び家に戻ってきて家族間で相互扶助を行うということがあり得るわけですけれども、日本ではそうはならないと。一体、日本の家族はどうなってしまったんだというふうに思います。
 これは一体何なのか。どうして家族はこのように変わってしまったのか。先生の研究でお分かりになることがあれば教えていただきたいと思います。
 それから、片山参考人に伺います。
 片山参考人からは、本当に地域医療のすばらしい姿、理想の姿を見せていただきました。特に印象に残ったのが、あの笑顔の家族全員で写った写真であります。ああいう介護ができればなというふうに私自身も思いました。
 ただ、それを支える家族の負担というのも大きいものがあるのではないかというふうに思います。地域医療、在宅医療となると、それを支える家族のケアも同時に考えていかなければならないのではないかと。家族が頑張り過ぎて壊れてしまっては何にもならないので、その家族に対するケアについてはどのように考えていらっしゃるのかということをお聞かせください。
 それから、元山参考人。
 元山参考人自身もおっしゃっていましたが、確かに永山福祉亭のようなコミュニティーがあれば、そこに積極的に参加できる方はいいのですが、できない人も確かにいらっしゃいます。そうした人をどうすればいいのかというのは本当に大きな問題だと思います。会社一筋で働いてきた方が定年退職をされて、気付いてみれば地域には友達はだれもいなかったと。年を取ってから友達づくりをやろうと思っても、なかなかそのスキルというのは身に付けることはできにくいというふうに思います。
 特にニュータウンでの孤独死というのは、五十代、六十代の男性というのも少なからずいらっしゃいます。こうした男性に対して友達をつくるスキルというのはどうやって身に付けていけばいいのか、そもそもそのスキルというのは身に付けることはできるものなのかどうか、御経験からお分かりになることがあれば教えてください。
 以上です。
#10
○参考人(川上昌子君) 松浦議員さんというふうに言ってよろしいのかどうか、どういうふうに呼びかけていいのかがよく分かりませんが、私も今日の話を引き受けましたときに最も考えた点なんです。
 もしかしたら、二〇〇〇年に介護保険ができましたですね、介護保険ができたことが家族を大きく変えたのかということも一つ考えました。しかし、今日は、一九九〇年、それから二〇〇〇年、そして二〇〇五年と、この三つの時点を結びながらお話ししました。一九九〇年から二〇〇〇年の間にもう変わってしまっているんですね。二〇〇〇年の後ではないので、その前。ですから、介護保険のせいではないというふうに考えることができるだろうというふうに思っております。
 レジュメの下の方、下から六行目辺りですけれども、子供、親双方の生活条件と意識の変化を反映して変わってきたのかと、ここに書いております。条件と意識と両方だろうと。その条件としては、プラス、マイナス両方あるだろうと思っています。子供の収入それから親の年金も多少それぞれ上がったということが、相互に寄り合わなくてもそれぞれ独立して生計が営めるという面はかなり強まったのだと一つ考えます。
 それと、子供の生活の環境が、子供の仕事の環境が変わってきたのではないか。一つは、非常に長時間労働になってきていまして、若い世代が都心志向に非常になっておりますよね。私は千葉市に住んでいます。都心まで一時間半のところに住んでいるんですが、私のうちの周辺、一時間半のところでは、若い世代はやってこないんですね。それは多分忙し過ぎるのだと。都心にマンションを買ってそこで住むというような、そういうことの変化も起きてきているのではないか。
 それと、もう一つは意識だろうと思います。皆さんがおっしゃるのは、娘を持っていればよかった、息子は当てにならないと。周りを見ましても、まさにそのとおりなんですね。娘さんとはうまく同居ができている、あるいは隣居ができている。だけれども、息子さん夫婦とはかなり離れてしまうというようなこと。嫁がしゅうと、しゅうとめを面倒見なければいけないという、この意識はもう明確になくなってきたというふうに思っております。
 以上です。
#11
○参考人(片山壽君) 今日お示しした家族の風景は最も理想的なものです。
 それから、やはりがんの方で在宅で緩和ケアをされる場合、病院から帰られた後、非常にこれは短期なんですね。だから、短期集中の家族の機能がそこで示されれば、そう何か月もというケースは少ないですから。ここに置いてなるべく家族の方が、例えば子供さんが仕事を休んででもということも、一週間、二週間ということはあり得ます。今日、この資料の五ページでもお示ししているように、家族機能の維持・向上サポートというのを一番上に出しているのはその意味です。
 在宅医療というのは、御本人一人で成り立つものではなかなかないんです。それは、いずれにしたって、医療が行われるにしても介護力ありきです。だから、長期継続的な多重な介護ですね。例えばALSの方、人工呼吸器が付いている、奥さんが十四年間見られている方を知っています。その奥さんのサポートなしには医療も通用しないわけです。
 だから、いかに病状と、そこに投下されるべきサポート体制は何が必要かということは、それがケアカンファレンスの一番の議題になります。
 だから、レスパイトケアという、要するに介護者に休んでいただくということだけを念頭に置くんではなくて、やはりもうそばを離れたがられない一生懸命されている奥さんとか御主人とかおいでなわけですから、そこに安心して介護ができる環境をつくることこそが、支援型の医療と言っているのはそういう意味です。
 理科系の考えではなく、文科系の考えということもあります。理科系と文科系のフュージョンでなくては在宅医療というのは成立しませんから。医学というのは科学ですけれども、医療というのは物語だと。これは河合隼雄さんが言われたすばらしい言葉ですけれども、これは一人一人全部違うんですね。定型的な家族介護だとか長期継続の医療というのはないです。
 家族環境によったり、あと所得の、今日、その資料の最後にお示ししているのはまさにその費用の問題。だから、東京水準に合わされて負担金とか決められているというのでは困ると。地域はやはり低所得です。その方は医療費に負担を感じながら長期に介護される。これを今日は、時間があればそこのところをお考えいただきたいところですけれども。
 やはり長期の方については、本当にバーンアウトしないようにするということを一番最初からそこをプログラムを組んだのが、いわゆるマネジメントをきちっとやって、その方、奥さんがバーンアウトしないようにと。そこが、だから、周りが一生懸命やって、カンファレンスでいつもそばでやって周りがみんないますと、非常に奥さんが周りに助けられているから頑張れると。そういうことこそが多職種協働のなせる業なんですね。
 だから、一応これは、家族の負担というのは当然ありますから、今日のスライドの中にも何枚も家族機能の維持、サポートということを入れています。
 それから、特に認知症の方について、家族の方が悪化要因になっている事例もかなり多いんですね。だから、認知症治療だけではなくて、家族医療学というものを今言っております。良くも悪くもなるのもあなたの愛情次第ですよと。例えば、高齢者のおばあさんが認知症になられて、おじいさんが結構いじめる人がいるんです。あなた、これだけ六十年も付き添っていて、今この方が治るか治らないか、薬より効くのはあなたの愛情ですよ、どうしますかというようなことを毎日言っているんです。
 だから、これは家族の問題、夫婦の問題、人間対人間の問題、いろんなことがありますけれども、家族の中がうまく、今日出たような、理想的な家族の場合のものを一枚出しましたけれども、あの方が非常に立派な方で、家族の方をよく育てられた。そこにはやっぱり家族教育というものがなされている。結果、すばらしい家族ができていると。
 そういうことは、だから家族の問題を考えるときには、やっぱり教育とかいろんな、就労環境だとか、すべてを含んだもう国家最大の問題だと思っております。
#12
○参考人(元山隆君) いつも悩んでいる話ですので、お答えがなかなか見付からないんですけれども。
 行政では、公民館を中心に、団塊世代の方が多いので、そういう人たちが地域に下りるためのいろんな講座あるいはイベントをやりまして、呼びかけはしております。ただ、なかなかそういったものに乗っていただけない方がほとんどです。
 地域の中で自主的にラジオ体操とかあるいはウオーキングとか、そういったことをやられている団体もありまして、そういったところに出かけていかれる方はまだそういうコミュニケーションを取れますからいろんなチャンスがございますけれども、そうじゃない人に手を差し伸べるのは、お答えがありません。済みません。
#13
○松浦大悟君 ありがとうございました。
#14
○会長(田名部匡省君) 石井みどり君。
#15
○石井みどり君 自由民主党の石井みどりと申します。
 本日、お三方のスピーカーの方には心から感謝を申し上げたいと存じます。
 本日のテーマは、「地域コミュニティの再生」、特に「都市におけるコミュニティの問題点」ということでお三方のお話を伺って、それぞれの課題、そしてお示しいただいた実践例、その中に少しずつヒントがあったかなという気がして私はお聞かせいただきました。
 それで、特に片山壽先生と元山先生にお伺いしたいんですが、実は片山先生とは、私は、一九九四年、広島県の歯科医師会の仕事をしておりましたときに、既にもう当時は尾道の医師会副会長でございまして、尾道における包括ケアをどう発展させるかというところで一緒に汗をかいた記憶がございます。
 今日伺ってみて、さすがに包括ケアをこれだけ発展充実させたすばらしいお取組に心から敬意を表したいと存じますが、まさに尾道は一日にして成らずだなという気がいたしました。
 実は尾道というのは、今、尾道の医師会の圏域は一市二町、あの平成の大合併、広島県は極めてドラスチックな合併をいたしました。八十六市町村が今二十三ということでございますので。
 以前、月刊介護保険の中で、尾道のなぞという特集が組まれました。言わば地域医療の最高級のメニューをお見せいただいたということかなと。大変失礼な物言いかも分かりません。おわび申し上げますが、まさに三つ星の、もし医療ミシュランがあればもうまさに三つ星の最高級だろうというふうに思いました。私が存じ上げていた、特に高齢者を中心とした包括ケアから、まさに保健、医療、福祉に至る包括ケアが、周産期からターミナルまで更に発展されたということは、この間の御努力がすごいなという気がいたしました。
 ただ、大変これは失礼なんですが、いきなり先生方も今日お聞きになって、本当にこれほどすばらしいところは日本でもほかにそうそうないだろうと。そうしますと、いかに日本全国を尾道化していくかというところがやはりこれからの日本の社会保障のかぎだろうというふうに思っております。
 非常にすばらしい御努力をしてこられた片山先生から見たら当然というふうにお受け止めかも分かりませんが、同じ広島県の中の政令指定都市である広島市、私は住んでおりますが、そこでの実態は、例えば、主治医意見書をもらうのも、ケアマネが主治医にもらうのは非常に敷居が高くてお願いできないから是非家族からもらってくれとか、そういうこともございますし、非常にケアカンファレンスの開催率、じゃ広島市では幾らかというと、非常にこれも、まあ正直言って開かれてない方が多いんではないかという気がしておるわけであります。
 そうしますと、すべて包括ケアということになりましたら、一番のキーはやはり医療なのかなという気がいたします。そうすると、それが果たして地域の医師会だけの力で可能なのか。もちろん、医師会が機能しなければそれは全く半歩も前へ出れないんだろうというふうに思いますが、最高級のところから御覧になって、日本をいかにレベルアップさせるかというところで、片山先生の御意見をお聞かせいただければと存じます。
 そして、先ほどの川上先生の御発表の中に、やはりこれから特に都市部は単身世帯が増える、特に高齢化が進展すれば高齢の単身世帯も増える。それをどう地域の力、まあよく今地域力と申します、それによってどう補完するか、公的なサービス以外のもので補完していくかだろうというふうに受け止めました。
 それの一つのお答えがまさに今多摩でおやりになっている元山先生のところだろうと思いますが、ただ、それにしても、多摩の取組にしてもやはり多くの課題をお持ちだということ。特にきずなづくりというところ、非常に処遇困難みたいな閉じこもりのケースとか、あるいは例えばうつ傾向があるとか、やはり医療のサポートが要るようなケースがおありになるだろうと思います。また、それから集合住宅の問題もある。
 そうしますと、例えば先ほどの御提案の中で、初期投資だけでもこれがある程度行政支援、それからその後立ち上がって運営していっても、その運営に対してもやはり様々な支援が要るんだというふうに私は受け止めたんですが、それを公的なサービスと完全に民間との間というようなところでこれは政策的に少しやっていく必要があるのかなというふうに私は受け止めたんです。
 特に、地域には様々な力があります。お示しになられました老人会とか、例えば集合住宅であれば管理組合とか、それから自治会、社協、民生委員。社協とか民生委員、それから片山先生の中にも出た公衛協というのは、公衆衛生協会というのは非常に伝統のある、やや公的なボランティア団体だと思うんですね。戦後のあのハエと蚊を退治するところからスタートしたわけですから。
 そういうところをいかにうまく連携をするか。これはやはり私は一つのキーは市町村、自治体がどこまで関与するかかなという気がいたしましたので、これから先、今の課題を解決していくための、例えば政治に求める、地方自治体に求める、そういうところの御意見があればお聞かせいただければと存じます。よろしくお願い申し上げます。
#16
○参考人(片山壽君) まず最初に、今、石井議員のお話で尾道のなぞというのは、あれは月刊「ケアマネジャー」という雑誌が「尾道の謎に迫る」という取材記事を書いたことで、私が命名したわけでは全くありません。尾道に一週間ぐらい取材に来まして、ケアカンファレンスをずうっと見て、その結果、そういう記事を向こうが仕上げたことで、そのネーミングに、そのタイトルについては一切相談も受けておりませんので、私が関与したことではございませんが。
 それと、よくそういう御質問をいただくんですけれども、尾道の医師会、私たちとして特別なことをしたこととは思っていません。九四年にそのコンセプトをつくるというのは、これは当時もう高齢化率が尾道旧市街で一九・二四%ありました。全国を十年じゃない、十五年先行していると。だから、八九年のときと考えたら、もう十年先行が十五年先行にその五年間に変わってしまったんですね。
 そこで、やはりこのまま高齢者医療に今の配備ではそれでは駄目だと。やはりそういう地域医療に対してのプロポーションを変えなくてはいけない。そういうことで訪問看護ステーションと。やっぱり在宅医療をベースに考えるということで、訪問看護ステーションを九五年。九七年に老健施設、認知症専門棟を三十床そのときに取っています、八十床です。同時に在宅介護支援センター。それから、九八年に、尾道になかったですから、二十四時間の訪問介護ステーション。それから、九九年に地域一体型の研修機構として尾道市医師会ケアマネジメントセンター。ここまでを整備しまして、一応そこで、地域に背骨が一本あればそこで地域水準を上げれるという考えできました。
 これができるのも、今日しゃべりました九一年の救急蘇生委員会、救命救急システムあらばこそです。医療の土台があるから上にいろんなものが乗っかります。老健施設も通常の老健ではなくて、在宅復帰を目指す施設、元々中間施設としてできたもので、老健施設は医療施設ですね、特養は福祉施設ですけれども。スタートして一年、二年は、介護保険に変わるまでは在宅復帰率が七六%、老健で。リハビリを強化しまして、PT、OT、STを入れて五人の配備で、人員配置を厚くしております。
 そういうことで、結局は患者さん本位であるかどうか、それから、皆さんの生活機能に着目をしているか。これはCGAをベースにしています。CGAというのはイギリスのマージョリー・ウォーレンの概念です。コンプリヘンシブ・ジェリアトリック・アセスメント。老年医学のすばらしい概念です。その機能という問題、これを学際的な手法で、客観的には多職種協働でプログレッシブ・ジェリアトリック・ケアと言いますが、ケアの流れを適切に流していくと。そこでちゃんと時系列的な改善度の検証を行う。
 やはり、科学性を持ち込むことです。医学で、さっきは科学だと言いましたけれども、介護に科学性を持ち込むことが必要と。その中でいろんなものが、系統的にスタッフのレベルが上がりますから。だから、そういう科学性を持ち込む研修を多くしたことが、やはりそういうことをやっていない地域とは差が付くことだというふうには思っています。
 それから、やはりキーワードは連携しかありません。あらゆる職種が連携したら、もうできないことがないぐらいなことができます。だから、神経難病の人でも、病院看護師のOBが読書ボランティアをやってくれたり、考え付かないことを考えてやってくれる。だから、地域の力は無限にあると。それをどうやって同じ場で考えてくれるか。これがケアカンファレンスです。フラットな設計ですからどなたでも入れます。それにサポートされて安心を感じない家族はいないですね。
 だから、そこは特別なレシピをしたわけではなく、本来の医師会業務の中で地域医療をレベルアップすることを常に考えておるだけです。一日一日進歩しなければ、後退は一切許されません。
#17
○参考人(元山隆君) ちょっと、お答えになるかどうか分かりませんけれども、先ほどお話ししましたように連携がなかなか難しいということで、行政にもそういったことを働きかけをしたいわけですけれども。
 先ほど、多摩ニュータウンは国策で仕事がされて、町づくりの大半を公団とか東京都とか、そういったところが物をつくってしまったわけですね。それによって行政の体力が成長しなかった、あのニュータウンづくりの中で。そういった経過がございます。ただ、四次総計の中では、市民自治の町づくりということで、市民が町づくりの主役になるんだという柱を立てまして、自治基本条例も〇六年にできています。そういう面で、市民が主体になるという考え方はまだなかなか浸透は難しいんですけれども、そういう意識にはなりつつございます。
 市民側がああいった福祉亭みたいなものを立ち上げる動きが少しずつは出ておりますので、そういったものに下支えをする行政の姿勢が出てくればつながるのではないかというふうに思いますけれども、現在の、高齢化をしてまいります今後の市の財政、それを考えますと、先ほどインフラの更新の話もしましたけれども、ああいった大きな課題を抱えながらなおかつ年金生活者が大半を占めるというような中では、なかなかお答えが見付からないんではないかというふうに思います。
#18
○石井みどり君 ありがとうございました。
 まさに、身近な自治体である市町村がどこまでこれから先、町をつくっておしまいではなく、長期的なビジョンを持ちながらやっぱり人々の本当に暮らしをどう支えていくか。
 その中で、やはり本当に一日にして成らずだなと思いましたのは、片山先生の今のお答えを聞いてなるほどな、少しずつつくってこられたんだなと。そのときの、やっぱりこれからのキーワードは、何度も先生方から出た連携ということ。そしてその連携が、医療がまさに急性期の医療をしっかりさせることによって、今度は生活全般を支える生活医療、支援をする医療だというところまで発展した形のものをお見せいただきましたので、これから先やはり本当に社会保障を考える上での大きな今日はヒントをちょうだいしまして、ありがとうございました。
#19
○会長(田名部匡省君) 鰐淵洋子君。
#20
○鰐淵洋子君 公明党の鰐淵洋子でございます。
 三人の参考人の皆様、本日は大変にありがとうございました。
 三人の参考人にそれぞれお伺いしたいと思いますが、まず川上参考人にお伺いいたします。
 今日のお話の中でも御指摘ございました。これまでは高齢者の方を含む同居世帯が多かったけれども、ここ二十年の間で高齢者夫婦世帯また単独世帯が増加をしてきているということで、この変化の中でやっぱり同居が生活を支えていたということが一つの大きなポイントかと思うんですけれども、その生活を支えている中での住居ですね、これも大きな課題の一つかとも思っております。同居であればほとんど負担がないと思うんですが、高齢者の夫婦世帯また独居世帯になりますと自分たちで住居を確保していかなければいけないというところで、とても負担が大きいと思うんですね。
 ですので、川上参考人も、このいただいた論文の中にもそういったことを、いろいろ変化してくる中でそれを補完する諸施策の重要性ということでお訴えをされておりますけれども、住宅施策、生活の場、これをこれからどのように確保というか、していけばいいのか。具体的な御提案というか、高齢者の住居に対する何か御提案がありましたら、御意見をお伺いをしたいと思います。
 続きまして、片山参考人にお伺いしたいと思いますが、先ほどもお話の中で認知症のことを少し触れていただいておりましたが、これから高齢社会が進んでいく中で認知症の方も増えるでしょうし、最近若年者の認知症も一つの課題として挙げられておりますが、先生は実際に現場で感じていらっしゃる認知症ケアの課題ですね、今お話ししていただいた以外のことで何かありましたら教えていただきたいと思います。
 最後に、元山参考人にお伺いいたしますが、閉じこもりがちな人への対応ということで、閉じこもりがちな人でも様々いらっしゃると思います。本当に人付き合いが苦手な方とか、あと、ほかの地域から引っ越してきてなかなか溶け込めないとかいろんな、課題それぞれ違うと思うんですけれども、そういった個々の対応をしていく上で、やはり福祉亭の皆さんのような方とか、あと、ここにもありますけど、自治会だったり民生委員の方だったり、いろんな方のやはり協力が必要になってくるかと思いますが、しかしそれが難しいということで先ほどからそういったお話を伺っておりますが、具体的に連携が取れないネックというか課題となっている部分を教えていただきたいと思います。
 以上三点、お願いいたします。
#21
○参考人(川上昌子君) 住宅が非常に重要ということで、住宅の問題をどう考えているかという御質問でございました。
 持家の方とそうでない賃貸の方がいらっしゃいます。持家の場合でも、多摩ニュータウンのように古いところは賃貸、持家もあるんでしょうか、でもかなり狭いあるいは四階、五階にお住まいの方がいらっしゃいますですよね。四階、五階にお住まいの方はできるだけ低層の方へ移すということをもっと積極的に住宅政策として進めてほしいなと。特に公営住宅、公団住宅ではそう思います。
 私が知っているボランティアとして活躍していらっしゃる方は、四階、五階からお年寄りをおんぶして下りるというボランティアなどをなさっている方がいらしたりします。非常に簡単な装具でそれが可能なのだというふうに、私まだその装具なるものを見せていただいていないのですが、おんぶひもで四階、五階から抱え下ろすことができるのだというふうに私の知人は申しております。
 そういうことも多少は可能なのかなとは思いますけれども、やはりもっと公的に低位の階層に、一階、二階、まあできるだけ一階に順番に下りていけるようにということが非常に重要なことではないかというふうに思います。
 家賃の負担が老後生活においてあるということ、これは非常に大きな負担なんですね。家賃の負担がない場合とある場合では、年金の金額の中で暮らせるか暮らせないかということになってきますので、この間、日本では持家政策で来たわけですけれども、独り暮らしの場合には半数の人は賃貸に住んでいるという傾向です。それは、この間変わったのかと思いましたら、その点もやっぱり変化していないんですね。独り暮らしの方は収入も少ないし、賃貸に住んでいらっしゃるということでありますから、そういう方たちに優先して住宅を保障する。賃貸でできるだけ、ゼロ円もあり得るというような運用の仕方というのが必要なのではないかというふうに思っております。
 以上です。
#22
○参考人(片山壽君) 資料の十七ページにお示ししておりますが、今日時間の関係でここまで行きませんでしたが、「認知症は地域医療に与えられた神の試練である」というのを去年の認知症フォーラムの記念特別講演でやってまいりましたが、これは要するに類型のない疾病だということを国民がひとしく理解する必要がありますし、医療、家族、地域と、この三つを並べていますが、特に医療にとってそこが試されています。
 やはり、この治療がうまくいけてなくて遠方からうちに来られて、私が今投薬している人は二百五十人ぐらいになりますけれども。そこで、急性期病院がまず理解をしていないことと、単なる精神疾病の一疾患としか扱っていない場合もあります。特に、レビー小体型認知症というのは今すごく日本は増えています。これは、通常の治療をすると猛烈に悪化をするといった問題がありますね。致命的なダメージを起こすこともあります。だから、そういうことについて、アイオワ大学のナンシー・アンドリアセン教授というのは非常に優れた解釈をされていますけれども。
 あと、だから統合失調症すら、これは若年者はその認知症なのだと。とにかく普通の概念では取り組んではいけない、多様な疾病群であると。高齢者に多く発症するけれども若年者にもちゃんとそういうものがあるんだということで、ブレーンマッピングとか、そういうものをやりながら今大分検証が進んでいます。
 そこで、やはり結局、日本の医療の中で遅れている部分というのは、緩和ケアも遅れているとは言えますけれども、一番やっぱりこの世界一の高齢国家の中で深刻なのは医療がまだ十分に対応できていないということです。
 やはり、使い方によっては両刃のやいばである薬を使いつつ、その状況によって、あるいは医療者の中に疾病だということをはっきり言わない医療者がまだいるというふうに、この間NHKの調査でありました。年を取ったらこういうふうになるんだとか、年のせいだとか、まだそういうことを言う医療者がいるということをこの間NHKの去年の番組で出ていましたから。
 これも独自に尾道は取り組んだんですけれども、九二年ぐらいから、小澤先生という優れた、亡くなりましたけれども、先生がおいでで、その方の講演を何回もやった。当時、認知症でその治療法、治療論に及ぶ話ができる方はすべて来てもらいました。私もスウェーデンへ行ったときも、オーストラリアに九九年に行ったときはまさにハモンドが持っている認知症の診断プロセスの検証に行ったんですね。
 そういうことで、やはりこの領域というのは昔置いてきぼりを食っていた領域です、医療の中で。もうあの人はぼけたんだからしようがないと烙印を押されて、その方の尊厳はずたずたにされていましたね。家族も壊れます。
 だから、個人の尊厳を、がんの場合で終末期というのは時間が短いし、この人はがんだからとみんな分かりますよね。がんだから大切にしなきゃ、もう最期、時間がない、この方はと家族も気持ちがそろいますけれども、認知症の場合は、ある意味家族がこの方を攻撃してしまって、自分の身内で肉親で、しかも連れ合いだとか子供、子供が親をと。これは虐待につながることだってあります。この間、富山で老老介護の殺人事件が起きました。こういうのは究極の結局もう壊れた形ですけれども。だから、政策がここに入らないのは絶対おかしいと私は思っています。
 今、だから予備軍で、高齢者介護研究会で初めて認知症を二〇〇三年にどのぐらいのオーダーの数なんだろうかというのを検証しました。そのときにデータがありませんから、主治医意見書の、当時、痴呆ですね、痴呆性老人自立度の二以上、これを引っ張ったんです。そうしたら百四十九万人という数字が出てきました。
 ところが、私のところにおいでになる患者さんで介護保険を申請している人はほとんどいないんですね、かなり進んでいる方でも。だから、そこは完全にデータの読み違いで、多分推定、予備軍を含めたら八百万人以上の数字ということになっています。C型肝炎があのぐらいのレベルですから、まさに国民病と言って差し支えない。特に高齢で、御家族が何家族かあれば、そのうちの半分以上どこかに認知症の方がおいでだと。そういうふうな、もう何百万人いる、しかも一千万に近いオーダーだと。
 これからどんどん高齢化が進んでいって、しかもそこで間違った治療で更に悪化する。これに対してちゃんとした方策が出なければ被害者は増える一方です。これが私の今感じている一番の危機感であります。
 よろしくお願いいたします。
#23
○参考人(元山隆君) 閉じこもりの対処の仕方というのは、はっきり言って私どもではなかなか手が出ません。民生委員の方は一月あるいは二月に一回担当区域のそういう方々を訪問されて状況を把握されてはいますけれども、民生委員の方でもなかなかドアを開けていただけないという方もおられます。
 老人クラブとかそういったところに顔を出されている方々は、老人クラブの方で、その方が例えば病気で出てこられないというような状況になりますと、友愛訪問という形でクラブ側の人が訪問されます。そんな機会もありますけれども、なかなか閉じこもり、特に男性の方ですね、この方々の対処の仕方というのはちょっとなかなか難しいんじゃないかと思われます。
 それから、ちょっと先ほどの川上先生のお話の中で、中高層から低層に移られたらというお話がございましたけれども、URの賃貸住宅で、URさんがもう数年前、高齢者優良賃貸住宅というものを造り始めました。それは、住宅の内部をバリアフリー化して高齢者が住みやすい住宅を提供するということで、政策としては高齢者には優しい政策ではありますけれども、実態、そこに移られた方々の状況を見ますと、一つこういう例があるんですね。
 諏訪二丁目から永山の三丁目に移られました、高優賃で。その方は九十二歳。引っ越しは家族の方がされますから問題ないんですけれども、引っ越された新しい住まいの認識がなかなかできない。そのために、福祉亭を目指して来られた方が、たまたま福祉亭が休みだったんですね、お帰りになった場所が元の諏訪二丁目の方に戻られてしまったと。ところが、そこはほかの方が住んでおられる。そういうことで、その方は深夜になるまで行方が分からず、たまたま通りかかった業者の方の通報で救われたという事例がございます。
 ですから、やっぱり高齢になって引っ越しをされることの弊害、これはやはり御認識いただいた方がいいんじゃないかと思います。
 以上です。
#24
○会長(田名部匡省君) 次に、紙智子君。
#25
○紙智子君 日本共産党の紙智子でございます。
 三人の参考人の皆さん、ありがとうございます。
 最初に川上参考人にお聞きしたいと思います。
 川上参考人がお出しになった資料の中で、高齢化率の高まりを問題視をして改革の必要が言われるんだけれども、そもそも高齢者が社会被扶養者であることは問題なんだろうかと。課題は高齢者を含み込んだ社会をいかに構築するかであろうというふうなことから、この就労の状況や所得の状況や家族扶養などの状況をお話しされているわけです。
 私も、ここのところを見ながら、何か今、高齢化社会というだけで大変だ大変だというようなことが言われるんだけれど、高齢化社会、長寿、長生きしていることは大変なことなんだろうかと。長生きできるようになった、長寿社会になったということは、本来の意味で言えば、やっぱり医療も発達をし、長く生きておられるということはこれは本当は喜ばしいことであって、そういうところに立ってやっぱり問題を考えていかなきゃいけないんじゃないかというふうに思うし、やっぱり問題は、でも高齢者が長生きになったけれども、支えていく仕組みとして少子化という問題が深刻というか大変なのであって、本来的にいえば、やっぱり長生きしていけないのかとか、今現実の問題として長生きして申し訳ないという意識になるということ自体をやっぱり本当に解決していかなきゃいけないというふうに私は思うわけです。
 それで、そういう中でいろいろ問題提起されている中で、ちょっと飛んじゃいますけど、最後のところの「おわりに」というところで書かれているんですけれども、高齢者生活についてうんと多面的にとらえることが必要だということを言われていて、やっぱり年を取っていけばいくだけいろんな経験もしてくるし、年を取れば取るほどというか、やっぱり役に立ちたいという気持ちはずっと変わらずというか、強い情熱というか、あると思うんですよ。それを本当に生かす形でもっと社会に寄与できるようなことなんかもうんと考えながらやっていくし、安心してやっぱり年を取ってからの人生を全うできるように、いかにそこのところをやるかというところが大事なのであって、そういう意味では、多面的にとらえるという、多面的ということの具体的な中身についてどういうことかなということをもう少しお話ししていただきたいと。
 それから、その後のところに、「おわりに」のところの最後のところで、重要な三つの側面ということで述べられて、就労の問題とか、家族の世帯の問題とか、あと生活の水準の問題とか言われているわけですけれども、そういった状況が変化してきている中で、恐らく出されて、先ほど説明された資料のときからいえば、更にもう五年ぐらいたっているからもっと状況は変わっていると思うんですけど、そういう中で補完する諸政策の重要性がもっと増しているということを書いていますよね。徹底した、漏れる者のない生活の社会的な保障が求められるというふうに言われているので、そこのところをもうちょっとお話しいただけたらなということを一つお聞きしたいと思います。川上参考人にお聞きしたいと思います。
 それから、片山参考人にお聞きしたいと思うんですけど、私、いろいろ説明も受け、そして資料も最初読ませていただいて、いや、すごいなと。尾道で実際にやってこられたということでは、すごいやっぱり努力をされて積み重ねてこられたんだなということで、非常に感心して読ませていただいたわけです。
 それで、片山参考人の資料の中でも最初の部分のところで言われているんですけれども、世界一の少子高齢国家となった日本の医療供給体制の大幅なモデルチェンジを医療費削減ベースで断行しようとしているので、医療者は勤務医や開業医を問わず無傷では済まない大転換という表現をされていて、努力が求められていると。そういう中で、乗り切るために医療現場で患者さん本位の多様な連携技術ということと包括的な空間の理解が必要だということでずっと展開されているわけです。
 それで、やっぱり本来、地域のところから積み上げて、こういうことが必要だということで、それに対しての対応策ができればいいんだけど、今はそうじゃなくて、上の方から財政面でばつっと切られちゃうというのがあって、そういうことが様々な、今で言えば、例えば介護難民だとか医療難民だとかという言葉が出るような事態になっていると思うんですけど、そういう事態について、まず一つはどうかということと、それから、その必要な中身、さっきもお話が出ていたんですけれども、国レベルの医療政策としてやっぱり尾道で実現されてきたことを本当にやるとしたら、端的にこれがまず必要なんじゃないかということがありましたら、それをお話ししていただきたいなと。
 医師不足ということをずっと私たちも取り組んできていて、全体にやっぱり医師は不足しているんじゃないかと。ただ、偏在ということも確かに、元は勤務医だったんだけど開業医にどんどん変わっていかれて、じゃ開業医の皆さんはどういうふうになっているんだろうかというのは実はいろいろ議論もしたりしてきたんですけど、そことの連携なんかも、具体的にはどんなふうに努力してやられてきているのかなということももう少しお話ししていただけたらなと思います。
 それと、もう一つ片山参考人にお聞きしたいのが、地域でいろいろ医療だとか介護だとかということでずっと連携してやっていくということをやる上で、今、ケアマネジャーさんというのは私は実はすごく大事な役割なんじゃないのかなというふうに思うわけです。一人一人の実情をつかみ、そして機械的ではなく、やっぱり一人一人の状況に応じて対応策を考えていくということではすごく大事な位置を占めるんじゃないかと思うんですけど。
 実際上は、その今置かれている、ケアマネジャーさんの置かれている状況というのはなかなかそうじゃないというのがあって、その辺のところをやっぱり地域で本当に連携していく場合にもっと大事なんじゃないのかなという気がするんですけど、その辺りのところについて御意見を聞かせていただきたいということです。
 それから、最後に元山参考人なんですけれども、いろいろ私聞きたいなと思っていることはほかの先生が聞かれたので一つだけお聞きしたいんですけど、ニュータウンと言われていても大分古くなって、それでこれを建て替えしなきゃいけないとか古くなってきているという中で、建て替えをしたために今まであったコミュニケーションが途切れてしまうという話を聞いたことがあるんですけど、その辺のところで実態はどうなのかなというのと、それに対しての対応策というんですかね。
 私は、都市ではないけど、例えば、私は北海道なんですけど、夕張で随分大変な事態になっていて、それであそこは炭坑住宅があったわけですよ。もう今はどんどん歯抜けの状態でいなくなっているんだけど、子供たちのところに引き取られていきたいかどうかというと、いや、ここに住み続けたいと。長い間培ってきた友人関係とかもあるし、畑も残っているし、そこで春が来たら花も作りたいしと。
 だから、子供のところに行けば遠慮しなきゃならないということなんかもあって、そういう本当に生活していくということは単純じゃないなというふうに思うわけですけど、その辺のところで、都市においてそういうコミュニケーションの持ち方というんですか、どういうところが大事なのかなということをお聞きしたいと思います。
 以上です。
#26
○参考人(川上昌子君) 随分難しい質問をされましたものですから答えが難しいのですけれども、まずは私が申し上げたかったのは、とてつもなく大きな問題になっておりますよと、その認識をみんなで持つ必要があるのではないかということが最初に一番強調したかったことなんですね。
 これほど大きな問題になっているということを、私自身、今回このテーマをいただくまできちんと分かっておりませんでした、やってみてこれは大変なことだというふうに思いましたということが、一点目、申し上げたいことです。
 それから、よく身辺自立ということを強調されます。身辺自立ではなく生活自立という視点を持たないとこの状況には対応できないということが、大変になっている中でとらえなければいけない点だというふうに思っております。
 生活自立ということで考えますと、年金の金額、今かなり問題になっていると思います。その最低金額、これだけなきゃいけないというようなその最低限を設定する必要があるんではないかというような議論が今しきりと生まれてきていると思うんです。そういう辺りはきちんととらえていかなきゃいけない。それにプラスして、日本でウイークなのが家賃の問題だと思うんですね。その家賃の問題まで含めた最低限というものをきちんとしていく必要があるのではないかというふうに思いました。
 これと少子化の問題と絡めますとえらく複雑になってしまいますので、差し当たりは少子化の問題は別の議論ということで考えた方がいいのではないかというふうに思っております。
 ADL、身辺自立ということでとらえるものですから、今の介護保険が要支援への予防策というふうに今されておりますよね。この改正される前ですと受けられたサービスが、改正後受けることができなくなったと。社会福祉の専門の者たちとしては、生活リハビリという考えを持っていたわけです。デイケアに行くということがリハビリの効果を持っていた。
 しかし、そのデイケアだけであるならば、それはむしろいろいろ訓練をしてというふうな考え方に今なっておりますけれども、そうじゃなくて、ふだんの生活をきちんと支えてもらうことによって普通の能力を延長させるというようなことが可能という、それは非常に重要な視点なのではないかと思うんですよね。後期高齢者になる前の時点で、元気に過ごせるという条件の方をむしろ充実していくことが必要なんではないかというふうに思っております。
 今、昔と比べて考えまして、特に制度の問題として考えますと、地方自治体の中における老人福祉を担当する部署が非常に力が弱くなってきております。昔は老人福祉課というのがありまして、そこのケースワーカーがそれなりの専門性を持って地域全体をとらえていた。今、介護保険になりましたので包括支援センターの方にその機能は移ったようなものですけれども、十分移っていないというふうに思いますね。老人福祉課が持っていたような働きをする部署というものが地方自治体の中にもっとしっかりないと、老人の全体の生活というものをとらえ切れないんじゃないかというふうに思っております。
 ちょっとばらばらですけれども、そういうことを考えました。
#27
○参考人(片山壽君) 医療費抑制の二千二百億の話だと思うんですけれども、日本は元々、診療報酬を国が単価設定をしていますよね。だから、統制経済下の医療が日本の医療だと思います。何も、だから、勝手に医療を行ったことで医療費が爆発的に増えているわけではなくて、統制経済下の中で、医療費を下げるとか薬価を落とすとか、そういうことは国が操作していることの中で、ただもうお題目のように二千二百億削減だというのは、こんな愚策はないと思います。
 世界一の高齢国家という話が今日はずうっと出ている中で、やはり経済が大事とはいっても、国民がちゃんとしっかりしてなきゃ経済もそれは動くわけがないでしょう。不安を感じているところに消費は生まれないし。だから、そこで社会保障に投資することで、健康を担保することでどれだけ国が強くなるかと。少子化対策そのものが、国民を不安に陥れながら、今はもうそれはどん底ですね。今日はオバマさんの演説はすばらしかったですけれども。明暗くっきりという感じがしますが、それについては多分、議員と同じ私は意見です。
 それから、医療政策について、こういうことが盛り込まれたかという御質問でありましたが、二〇〇三年ごろから保険局とか医政局の方が毎年おいでになります。一応現場を見ていただいて、やっぱり政策と現場が乖離してはいけないでしょうというのはいろんなところで書かせていただいていますけれども。
 そこで、十八年度報酬については、今日の退院前ケアカンファレンスにちゃんと報酬が付きました。だから、結局、単品でこれが幾らこれが幾らというのではなくて、システム報酬というものができたら一番いいんじゃないですかというのは、二〇〇三年に提言させていただいている。これとここは連携することに報酬が付くようなことで医療システムに動きが出ると。高い低いではなくて、高いからみんながやる、低いからやらないでは、それはもう原理ではないですよね。医療というのは生き物ですから、動いているんですから、だから、そこでどうやったら連携手法を駆使できるのかということを政策で誘導すべきだと思います。
 それから、医術の領域というのは一点も付いていませんよというのはよく言います。我々は一点幾らの医療をやっているのではないのが尾道だと。診療報酬の中で我々は動いていない。我々は医術をやっているんだから、報酬には評価できませんというふうに言っています。そういうことを政府側が理解できればいいんですけれども。
 それから、開業医の問題ですけれども、この開業医がどこまでできるかというのを突き詰めているのが尾道です。だから、主治医機能三原則というのは結構厳しい基準を設けて九四年に作っています。
 これはホームページに載っていますけれども、マルチプルファンクション、多機能を持つことですね。それからフレキシビリティー、これは患者本位にということになります。それから、アカウンタビリティー。一番最初の九四年のはマインド・オブ・ウエルフェアだったんです。バージョン6からアカウンタビリティーにしました。ケアカンファレンスをきちっとやって、計画的に医療を行って、長期継続的に主治医の機能を果たすことは、これはアカウンタビリティーであり、その三原則全部を含んでいることです。
 だから、そういうことをきちっと患者さんに示して信頼を受けることでやはり日本の医療を再生するしかないだろうと。やはり襟を正すべきところは多々あると思います。だから、そういうことをもっと現場で、日本医師会だけの問題ではなくて、現場はちゃんと動いていると。
 だから、地域医療というのは、もういとも大事な、重要なポイントです。だから地域医療に政策を絞っていくと、そんなものが結局、いろんな地域によって違うことがあるけれども、じゃ、それをどういうふうにそろえればいいのか、でも、個々の特性を生かすにはどうやるかということは、医療資源にも差がありますから、それはそれなりにオリジナルが出ていいはずです。
 それから、開業医がどうやったらというのは、ここに、ちょうど十三ページに、さっきしゃべりましたけれども、結局、市民病院で当直がいなくなってきつくなった。そういうところに開業医がこうやって三十名近くが応援に行くと。しかも、在宅医療をちゃんとやりながら、その応援に行っている。応援日直している間は別のサポートチームがやっていると。
 幾らでも、そうやってチーム感覚で多職種協働をベースに、チームで医療を行うことをベースに重症患者の皆さん、重症の皆さんを管理していれば、必ずそれは、その患者さんがお留守になるということは絶対にないですね。むしろ重層的な医療体制になります。
 ケアマネジャーについてですけれども、結局ここで病院難民とか介護難民と言われているのはすべて連携難民です。これは日本医学会総会で、おととし大阪であったときに私が基調講演でしゃべったことですけれども。今、日本で蔓延している医療難民、がん難民、がん難民は朝日新聞が十八年七月に書きました。だから、全部これは連携難民だと私は決め付けて、そこで話をしました。認知症難民でもそうですね。だから、病院難民でも在宅難民でもそこの、要するにきちっとしたシステムに守られないから難民として発生してしまう。
 これはその地域の問題です。個別の地域の問題で、個別に対応するしか方法はないでしょう。ケアマネもそうです。主治医とケアマネが連携できないからケアカンファレンスをしないと。これは介護難民のもう最たるものですね。
 だから、そうやって作戦なしに重度の方のケアを行うことなんか絶対難しいです。それは、一人の能力でできないように元々介護保険で設計されているから、ああやってケアカンファレンスというものを制度に盛り込んであるんですから。個人能力の限界をもうはるかに超えたことをやらなきゃいけない。しかも、職能によってそういうことが分からないところがいっぱいあると。そこで、いろいろな職種がいれば、その職種の専門性を合わせればちゃんとした体制になるんです。その中で医療と介護があって、総合科ができている。
 だから、連携難民が多発していることをどうすべきかということで、各職能ごとにそれは考えなきゃいけないですよね。連携しないという、連携できないというのは自分の中に垣根を持っている人が結構多いです。ほかの専門性を認めないからです。一言で言えば、品性があるかないかということをいつも講演のときは言っております。
 以上です。
#28
○参考人(元山隆君) 建て替えの問題については、多摩ニュータウンではまだ建て替えに至っていません。千里ニュータウンは大分着手されておりますけれども。
 団地再生の問題は、もう既に四十年近く建物が建っておりますので、老朽化による障害といいますか弊害が既に出ております。水道の漏水あるいはコンクリートの剥落、既に御案内だと思いますけれども、諏訪二丁目の六百四十戸の団地が、建て替えの計画について、昨年、一昨年ですか、調査費をいただいて基本計画の策定まで至っております。ただ、なかなか管理組合の合意形成ができませんで、なおかつこういった経済情勢の中でディベロッパーが逡巡するというような状況で、これも進んでおりません。
 ただ、実際に建て替えによってコミュニティーが崩壊したという事例は都内では幾つかの団地で既に明らかにされております。要するに、建て替えによって近隣関係が壊されてしまうということは紛れもない事実でしょう。そういったことに対するケアも建て替えをする際には必要だと思います。
 以上です。
#29
○紙智子君 終わります。
#30
○会長(田名部匡省君) 福島みずほ君。
#31
○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 今日はお三人の参考人の皆さん、あと、地域のコミュニティー再生に極めて努力をし、また提言あるいは成果を上げていらっしゃる奮闘に心から敬意を表します。
 全く個人的なことですが、私も父が十二月に亡くなって、母も独り暮らし、義理の母親も独り暮らし、私も多摩ニュータウンの近くに住んでおりますので、自分のことでもあり、親のことでもあり、非常にいろいろ本当に考えさせられるというか身に迫るものもありました。どうもありがとうございます。
 片山参考人にまず四点お聞きをいたします。
 ちょっとまとめて済みませんが、端的に申し上げますと、まず、今日やはり非常に私も感嘆をしまして、というのは驚いて感心をしました。全国の医療機関を二年ほど回ってきました。どこも本当に疲弊をしていて、現場の医療者のすさまじい努力で何とか医療崩壊を止めているけれども、これはもう政治が身を乗り出して解決をしなければということを強く思い、厚生労働省に対しては、どこどこ病院の医師の派遣について何とかしてくださいみたいな陳情を繰り返していると。
 非常にそういう状況で山積しているために、問題が、どうしていいかといつも思っているんですが、今日は地域コミュニティー再生という形でネットワークを強化することで一つのモデルになっているということ、是非現場にも見に行きたいというふうに思いました。
 それで、まず第一点の質問は、なぜ他の地域でなかなかできないのか。
 例えば、開業医と勤務医の連携が取れている地域と取れてない地域があったり、あるいは、例えば助産師さんと産婦人科医の専門職の関係でのなかなか連携が取れなかったり、あるいは自治体病院同士が町村合併の中でまだなかなか連携が取れなかったり、地域の住民の人に医療機関が持っている問題点がなかなか浸透できない、開業医はもうかっていていいだろうぐらいの認識でしかないとか、いろんなことは聞くんですが、公立病院が非常に勤務医も含めて疲弊をしているとか、他の地域でなぜできないのか、どこをどうするとうまく解決できるのかというのが第一点目です。
 二点目は、連携難民ということをおっしゃいましたけれども、その連携を強化するために政治の場面でどういうことに配慮し、やっていけばいいのか。
 三点目は、医療についてのもうざっくばらんな提言をおっしゃっていただければと思います。
 四点目は、在宅医療についてです。
 私の父も介護保険のお世話になり、最期は病院で亡くなりました。母が看病でもう本当に疲弊をしていたんですが、在宅医療でのやっぱり困難ということもあると思うんですね。例えば、ホスピスを在宅で迎える。医者が在宅医療をするに当たって通勤時間も掛かるでしょうし、設備の問題、家族の体制もあると。あるいは、自宅で亡くなると変死又は変死の疑いということで、検視の可能性までも出てくる、検視をよく行われたりしますけれども、在宅医療で何が問題で、どう克服すればそれはもっと改善できるのかという点について教えてください。
#32
○参考人(片山壽君) 医師不足はもう今、今日お話ししたとおり尾道でもそういう状況でありまして、そのために、先ほどからまた同じ話にもなりますが、公的病院の派遣人員が減ったことで、そこを開業医が当直に行って、日曜の日直、当直とほとんどやっています。これは各地域でも模索されていたことらしいんですけれども。
 これは、だからやはり連携をベースに医療をやって、患者さんを急性期病院に頼んで、また退院時カンファレンスでいくと。だから、いかに現場を共有しているか、そこに尽きます。
 患者さん本位でちゃんと動いていれば、ちょっと緊急で入院と言っておいて受けてくれて、じゃ、ここへと。それで、病院に僕らが行って、その患者さんの様子を見に行く。そのときにその主治医と話をしてと。
 今、地域医療支援病院、両方とも基幹病院は地域医療支援病院ですから、電子カルテの書き込みをこっちもして、病院に主治医がいなくても患者さんを診に行って手術後の経過を見たり、じゃ退院時期はいつごろかなとかそういうふうな話をすることで、やはり開業医が多く病院に入っていく時間が多ければ、その間は患者さんを言わば開業医に任しておける時間です。
 あるいは外科の方とかでも、認知症の、高齢者になって外科で手術する人が認知症じゃないということは絶対あり得ないですから、認知症の治療をされている方が悪化したときなんかは、もう堂々とちゃんと、病院のプライドとかじゃなくて、先生ちょっと往診してくださいと。家族の方がうちに頼みに来られて、今うちのおじいさんが入院しているんですけど病院に診に行ってあげてくれますかということで、はい、行きますよということで、僕が行って、それで僕が処方します。
 だから、そうやって急性期病院というのは、要するに抱え込み過ぎちゃ駄目なんですね。だから、急性期病院は急性期疾患の人を管理するだけの病院でなくてはいけない。だから、外来でいっぱい患者さんを診て、普通の開業医でも診れる患者さんをいっぱい診て、二時半か三時ぐらいまでやって、それから手術室へ入っていい手術ができるはずがないですね。
 だから、急性期を特化するということを先ほどから政策で、医療の提言ということを言えと御指摘ですが、まさにそこです。急性期病院の機能を急性期に特化することで、開業医の仕事がオーバーになることは多分ないと思いますから、開業医でも診れることは開業医が診ればいいし、急性期病院の専門性でなくてはその人を救えない人に、そこに傾注すべきです。
 だから、急性期病院に入院したんだけれども、主治医が来たのは次の日の夜だったなんていうのじゃ、それは急性期疾患を扱っている人間のやることじゃないですね。
 だから、緊急性が高い医療が急性期医療なので、急性期病院の医師は急性期だけの医療に特化することができれば、そんな疲弊もしません。それと、手術も十分にやれて。外来を、だからそれだけいっぱいやった上に手術をやって、夜遅くなってということだと疲弊するのは当たり前ですけれども、それは業務分担ができていないだけの話です。
 この一番の問題、多分すべての問題を通して、今御質問いただいた四点について全部それが当てはまります。
 昔から急性期病院に特化して外来を減らしてということの政策は出ていても、どうしても病院の収益性として云々とかというところで病院側がそこに歩み寄れないし、また、そこで抜本的な政策も出していないです。急性期病院の外来はもうゼロでいいんだと言っている人はいっぱいいるんですけれども。そういう努力しても、患者さんの受診行動ですね。私の主治医は慶応病院だとか、私の主治医は都立墨東病院だとかと、こういう患者さんが多い限り、それはその病院の勤務医の疲弊は取れないでしょう、終わらないです。
 だから、そこで国民的な合意形成の下に急性期疾患じゃない方は、これ救急車の使い方と一緒ですね。コンビニ的に受診する、夜間救急に来る人、それから、ちょっと手をくじいたぐらい、足をくじいたぐらいで救急車を呼んでしまう人、もうそれと一緒です。
 だから、国民がちゃんとそこの、いわゆるトリアージという言葉がありますね、緊急度の高いか低いか。だから、自分が本当に心筋梗塞で一刻を争うときにほかの人が救急車を全部使っちゃっていて、そこで救急車が来なかったらその方は亡くなってしまう可能性があるんです。だから、そこで医療のいわゆる本当にトリアージという言葉が一番いいと思うんですね。だから、災害時に、この方は助かる、赤のタグ、黄色、緑と、こうやって、その助ける順番をやっていくような、助けるというか必要度、順番に優先度。
 だから、優先度の高い方からきちっとやるのが急性期医療なんだから、だから、一緒くたにそこをしていることで必要な人に必要な医療が届かない結果を生んでしまうわけでしょう。
 その点、在宅というのは、信頼関係がなくては在宅医療というのは成立しないですから。だから、在宅医療の難点というのは、僕は在宅医療を進めることこそ日本の医療改革ができる、現場改革ができることだと思っています。それは患者さん本位の視点しかそれはあり得ないし、そこで主治医機能を果たすことだと。絶対、急性期病院との連携を取るしか長期継続的なことはできないです。
 だから、在宅医療を一方の主流として据えることができる日本の医療制度ができれば、医療現場ができれば、必然的に急性期は急性期として特化できて、急性期の医療だけ急性期病院でやればいい。外来はもう任せると。
 それと、そこで連携ベースで、例えば、心筋梗塞までやった後は三か月に一遍はちょっと診てよと。その間のワーファリンとかのコントロールするのは開業医の方でやって、それこそシステマチックに医療をやれば十分分担ができるわけです。
 だから、専門家専門家といって、やっぱり、結局日本というのは、その提言の中にあるんですけれども、アカデミズム偏重主義がプロフェッショナリズムを阻害したんですね。その弊害が多分流れていて、そういうものが、過度の宣伝で患者さんがそういうところに影響を受けてしまって、何でもそろっている病院だと思ったら、この間、救急車で受けてくれなかったと。
 そこまでもう疲弊というか、ミスマッチが動いていること、結果が出ているわけですから、やはり国民一人一人がそこをよく理解して、医療というものはこうだから、今自分に必要な医療レベルはこのレベルだからここでいいと。その代わり、本当に緊急性のあるときは今度はすぐここで診てもらいたいと。
 そういうことにはすべて、結果的に半分以上というか、そういう国民の皆さんの受診行動ですね、あと自分の疾病に対する管理、そういうものをどう考えられるかに懸かっていると思います。
#33
○福島みずほ君 私のいただいている時間は十分なので、済みません、ほかの方にはまた別の機会に是非教えてください。
 ありがとうございます。
#34
○会長(田名部匡省君) 次に、下田敦子君。
#35
○下田敦子君 本日はお忙しい中、お三方先生、お出ましをいただきまして、誠にありがとうございました。
 参議院議員の下田敦子と申します。よろしくお願い申し上げます。
 私のいただいた時間が十分とすれば、四十五分まででございますので、手短に申し上げたいと思います。
 非常に御煩多な中、お出ましいただきまして、全国的につとに有名な先生方ばかりで、敬意を表したいと存じます。
 先ほど来、参考人とか何々君とか国会ならではのアナクロニズムが展開されていまして、私自身も非常に失礼だなと思いながら申し上げておりますので、大変失礼ですが、よろしくお願いします。
 まず、川上先生におかれましては、社会福祉のオーソリティーでいらっしゃいます中で、本当にありがとうございました。
 それで、片山会長先生にちょっとお尋ねを申し上げたいんですが、その前に川上先生に、ここに社会保障改革の中でとあるんですが、二千二百億減についてどのようにお思いでいらっしゃいますか。社会保障改革の中でというタイトルが方々見かけられるんですが、改革ではないと私どもは思っておりまして、大変今思いが様々なところをさまよっておりますけれども、二千二百億減、これがそもそもの始まりで、どのようにお考えか。
 次に、片山会長先生にお尋ねいたしますが、まさしくこの四ページの表彰状のお言葉のとおりを実践されてこられまして、本当に全国的に名をはせていらっしゃるお手本だと思い、私、この資料をよくよく、大変勉強になって、今拝見しております。
 そこで、一つ目なんですが、デンマークに老年精神医学部という学部がございます。もう既に老人医学というものの、しかもその精神分野でこれを取り上げていらした歴史が非常にあるということをどのようにお考えか。
 それから二つ目ですが、後期高齢者医療制度のリビングウイルについてどのようにお考えでいらっしゃいますか。
 それから、この資料の十八ページに、摂食嚥下機能評価・リハビリテーション・NST研究会というのをお持ちになった。何とまあすごいことだなと思いますが、この範囲、それから行政的にはどのように展開されてこられたのか。
 実は、御案内のとおり、釈迦に説法ですが、厚生労働省にはPT、OT、STが一人もおりません、本省には。それで、非常に困ることは、言語聴覚士が、例えば老健の施設の場合に扱いがOT、PTと同列ではなかった。これを昨年五月の二日に個人的な質問をいたしました。それで、ある程度今の法改正の中では同列に扱うということになりましたけれども、この研究会の進め方というのは私は全国に範を垂れるものだと思って、大変感動して、今拝見しております。
 それで、十七ページの、認知症は地域医療に与えられた試練であると。早発性の認知症についての御所見をお伺い申し上げたいと思います。
 以上でございます。
#36
○参考人(片山壽君) 老年精神医学に関しては、デンマークはもう結局、昔から苦い経験を持って、十六世紀、大変な大規模処遇で大失敗をした以後、それは全年齢だったですけれども、その後に、やはりそこでうまく老年精神医学を広い領域で起こしたのは非常に良かったと思います。
 ただ、政策的に、スウェーデン、デンマークで一九五六年以降、共同してうまく高齢者政策、医療福祉政策が動いているベースにあるのは、イギリスのマージョリー・ウォーレンの、さっき言ったCGAを、一九三〇年以降は四〇年、五〇年とスウェーデンのスタッフが研修した結果、要するに学際的な概念でありますから、すべての領域が入っているんですね。リハビリテーションの源流でもありますけれども。
 だから、そこで精神機能評価というものが、日本の老年医学というのがかなり後れを取ったとよく言われて、今は東大の大内教授は大変そこのところを改善されていますが、やはりそこが認知症に対する理解云々に世界中が結構後れて、フランスは割と、フランスは元々そういう精神医学は進んでいますけれども、日本ではやはり随分遅れ過ぎたと。
 これは、ケア論というのが二〇〇〇年前後ぐらいまでずっと、介護保険のときでも認知症は治療じゃない、ケアだと、そういうことでもうどんどん押してくる人たちが多かったので、これは大きく日本が遅れたことです。だから、そこで提言ができなかった老年精神医学会というのも責任があるかどうかですけれども。二〇〇三年の高齢者介護研究会のときに本間昭先生が、もう立派な病気なんだと、病気なんだからケアじゃないんだということを私と二人、委員で入っているときに、あそこではっきりと百八十度ターンしてもらったことです。
 だから、その認識はやはり日本では大分に遅れたと。二〇〇三年以降と言っても不思議ではないぐらい、いわゆる認知症は病気なんだというこの認識が非常に遅くなったのは日本としては大きなマイナスであったと思います。
 それから、リビングウイルにつきましては、この間の調査が出ていましたけど、在宅医療推進会議のときの資料を見ましたけれども、選択肢を提供してない中で、要するに医師と患者の関係ですね、これの中で信頼構築はどうやったらいいのか、あるいは、どのレベルについての法的な代理権があるのかとか、そういうことの整備なしに、いきなりリビングウイルはどうだということになると、それはやっぱり大きく問題があると思います。
 これはやっぱり日本はそういうところがかなり遅れて、いろんな書式そのものについても、アメリカだったらアゲンスト・メディカル・アドバイスの書類までありますね。こういうことを手術を勧めたんだけど私は断ったというのをそこで証明してくださいという、医療訴訟逃れではなくて、やっぱり一応のアカウンタビリティーと、あと、延命拒否の人については絶対触ってはいけない、挿管してはいけないと、もう決まっていますね。
 だから、そういうところまでのきちっとした整備がない中で周辺の、リビングウイルにまつわる周辺のいわゆる医療と、あと医療行為を止める、そういうことについての一定の理解がない中でリビングウイルだけを急に走らせるというのはどうかと思いますが。
 私は、個人的に患者さんに頼まれますと、リビングウイルの書類というのを付けて、病院主治医と在宅主治医とその御本人とサインをして、一切の延命措置は行わないという書類は作っています。法的にそれが効力を発揮するものかどうかあれですけど、一応病院はそれでちゃんと納得をして、御本人が納得されるのが一番ですね。だから、これはまだまだ未整備の中での議論のように見受けます。
 それから、このGEMsプロジェクトというのは、これはCGAの高齢者総合評価の中のもので、これはスウェーデン、デンマークはもう標準化しています、病棟で。僕はスウェーデンへ九六年に行ったときに、このアセスメントの分厚いのがあって、見たら、これはCGAのGEMsをやっているんだと。
 ジェリアトリック・エバリュエーション・アンド・マネジメントというのは、要するに高齢者の、エバリュエーションというのが評価ですよね、だから評価ありきのマネジメント。だから根拠があっての介入です。だから診断ありきの治療と一緒なんです。だから、そこをでたらめにしているとそれは違った介入をしてしまう。だから、これはCGAの総決算として満を持してここに立ち上げて、二〇〇七年に立ち上げました。
 これは、だから誤嚥を起こすことがない地域を目指すということと、先ほど申しました介護の科学性の追求と同じなんです。だから、嚥下の飲み込みが悪いだけでいっぱい亡くなっています。これは食事介助をでたらめにするとそうなってしまいますね。嚥下機能のない人に早く飲み込んでと言うと、誤嚥して肺炎で亡くなると。そういうことがあってはいけないから、嚥下機能評価をちゃんとやる。
 嚥下機能評価だけじゃなくて、結局、嚥下リハビリをして、その人が飲み込めるようにすることが必要です。でも、嚥下リハビリをするんだったら、全身のリハビリをしなければ、それはここだけをやっても駄目なんですね。そうやって全身の機能を上げる中で食べれるように、飲み込みが安全なようにしていくこと。
 それとあと、この右の脳神経・精神機能評価部会というのは、精神科の薬でもう強く強く出されてほとんど寝てしまっている人がいます。過鎮静状態です。過鎮静の人は意識レベルが下がっていますから、飲み込ませようとしても反射が起きにくい状態で、そこで誤嚥してしまう。だから、そういうのを全部、これは施設にも在宅にも全部一元的にこのGEMsのプロジェクトの四部会の評価を入れて、だから、だれも食事介助を一回でもする介護サービスもこの中に全部入っているんです。だから、一回でも誤嚥させたら絶対許さないということで研修をしていますけれども、その中でその御指摘のSTさんはいい仕事をしてくれています。
 やはりそのVF、VEと、嚥下の評価のあれをちゃんとビデオ、DVDに撮って、その嚥下しているところがちゃんと飲み込めているかどうか。VFというのは造影で、VEというのは内視鏡でやりますけれども、それを今在宅で標準化大分してきて、非常にSTさんはよく頑張ってくれていますけれども。特にこの人はSTだからといって差別した気持ちは一回もございません。大変有能なメンバーがやってくれていると思っています。
 早発性のことにつきましては、もうこれは先ほども言いましたように、まだまだ治療モデルが確立していないですけれども、基本的にはやはり若年型のアルツハイマーの方でもまるで違う治療をするということはないと思います。やはりその中に、本当にその方が若年型なのかどうかという診断プロセスがもっとはっきりしないと、もう全部一緒、いわゆる一緒くたに扱われてはいけないし、若年型の人には若年型のケアの仕方もそこにありますので、これはやっぱり学会の議論を待ちたいところだと思います。
#37
○参考人(川上昌子君) 社会保障改革という言葉は通常使われるものですから、使っておりますということで、私も社会保障改革、いい方向へ向かっているとは決して思っておりません。確かに、介護保険などができて利用者の人数が大きくなったということは評価していいかと思いますが、その中で老人福祉関係でも優先的に対応すべき人がむしろはじかれてしまっているという現実ありますから、それを考えますと社会保障改革とは言い切れないというふうに思っております。
 何よりも財政の健全化ということが今表面に出されているわけですね。私は、今それを掲げざるを得ない理由というのは一九八〇年代の放漫財政にあるというふうに思っております。あのとき本当に何で収入が増えた分で第一次オイルショック、第二次オイルショックのときの借金を返さなかったのか。そのことを本当に遺憾に思っておりますし、そのことの責任はきちんと負うべき人が負うべきであろうというふうに考えております。
 今現在、その社会保障財政が十分であるとは決して思っておりません。国民負担は多分というよりは増やさないと今のニーズには追い付かないというふうに思いますけれども、その増やした分が、それが社会保障の方に向いていくというちゃんとした保証というものが必要だろうというふうに思います。
 以上です。
#38
○下田敦子君 どうもありがとうございました。
#39
○会長(田名部匡省君) 次に、丸川珠代君。
#40
○丸川珠代君 ありがとうございます。
 時間も押してまいりましたので、手短にお伺いしたいと思います。
 お三方、大変参考になるお話ありがとうございます。特に元山さん、私、実は東京都選出の議員でございまして、多摩ニュータウンの家賃を値上げしないようにということで、ずっと地元の代議士である伊藤公介代議士とともに働きかけをさせていただきまして、多摩ニュータウンというのは本当に日本の高齢化の一つの先進地域とでもいうような問題をたくさん抱えている地域だと思いますので、私は、是非多摩ニュータウンの問題を解決することが日本の先例になるという気持ちでこれからも取り組まさせていただきたいと思っております。
 ですので、例えば引きこもっている方にどういう対処をするか、あるいは、地域の各種の団体とどういうネットワークを取っていくかというのは今後また詳しく個別にお伺いをしたいなと思っておりますが、もし一点、人育てあるいは人を外から呼んでくるという点で是非これをお願いしたいという点があったら教えていただきたいと思います。
 とにかくボランティアだけでは非常に厳しいと。いろんな団体が手を組んで頑張っていかなきゃいけないんだが、恐らくはコントロールタワーがなかったり、いいモデルが見付からなかったりというようなことだと思いますので、そういう御苦労の中でこういう手助けがあればという点を一点教えていただきたいと思います。
 それから、川上参考人、川上先生に一つお伺いしたいのですが、今高齢者を含む世帯の家族構成ということで円グラフをお見せいただきました。
 その説明の中で先生は、子供に頼れなくなっているというおっしゃり方をしたんですが、実際にそれは本当に頼れないから独りで暮らしているのでしょうか。独りでできる限り、あるいは夫婦でできる限り暮らして、子供の世話になりたくないとおっしゃる方もたくさんお見受けしますので、川上参考人が御覧になった範囲で結構ですので、できれば一緒に暮らしたい人とできるだけ独りで暮らしたい人と、その割合とか地域差というものについて御所見をお伺いしたいと。
 あともう一点。
 住宅政策についてなんですが、おっしゃるとおり、年金プラス何らかの住宅の手当があれば比較的生活に余裕を持てる独り暮らしの方、たくさんいらっしゃると思います。東京は高齢者がどんどん増えていく地域ですので非常に大事な問題だと思っているんですが、先生がいろいろと御覧になる中で、生活保護の住宅単給というものについての利用について生かされていると思われますか、もっと生かせばいいと思われますか、その点を教えてください。
 以上です。
#41
○参考人(元山隆君) ちょっと質問の意味がよく理解できないんですけれども、私ども、福祉亭の運営については、先ほどお話ししましたような体制でやっておりますけれども、周辺にございますいろんな大学から先生方あるいは学生さんが福祉亭を舞台にしていろんな調査をされております。高齢者の生活の実態あるいは人と人とのつながり方、そんなテーマでいろんな研究がされているわけですけれども、そういう先生方の情報をいただくことで、外部的なそんな情報についてはそれなりに今利用させていただいていると申し上げていいんじゃないかと思いますけれども、関連するいろんな団体との連携についてはまだ模索の段階でして、直接的に民生委員の方には運営に参加をしていただいている方もございます。
 その他、先ほどの説明のペーパーの中にもございましたけれども、利用者のいろんな相談業務をそういう民生委員の方あるいは包括支援センターの方あるいは行政書士の方あるいは牧師さん、心の相談というようなタイトルを付けましていろんな悩み事を承る、そんなこともそういう人たちの手を借りてやらせていただいております。
 そんなことでよろしいでしょうか。
#42
○参考人(川上昌子君) まず、子供に頼らないのか頼れないのかという質問でございましたが、両方だろうと思います。
 頼らないで生きることができれば頼らないで老後ずっとやっていきたいと思う方が増えてはきていると思うんですが、でも最後の安心としては、子供を気持ちの中ではかなり頼りにしているということではないかというふうに思います。
 何対何かというふうにおっしゃいましたけれども、そこまではむしろ分けられないのではないかというふうに思います。収入が十分あればむしろ一緒に暮らしています。収入が少ない人が別々に暮らしています。ですから、別々に暮らしている人は強く一緒になりたいなと思っているだろうというふうに思います。
 それから、住宅のことでございますけれども、住宅扶助単給、生活保護の中の住宅扶助単給についての御質問でございました。
 この住宅扶助単給をつくるべきであるという提言は、かなり昔から私なども発言してきております。籠山京先生という生活保護関係の第一人者でいらした、もし今生きていらしたら百歳ぐらいでしょうか、におなりの方ですけれど、その先生が厚生省と強くかかわっていらして、いろいろ政策提言なさる立場にいらしたときから住宅扶助単給にすべきであるというふうにおっしゃっておりました。古くからその研究者の人たちは住宅扶助単給をつくるべきであるというふうに考えてきているのです。
 しかし、それが政策として日本ではつくられないんですね。どうしてつくらないのかということを余り考えたことがありませんので、こういう理由でしょうということを的確に言うことができないのですけれど、通常の一般の生活保護の住宅扶助基準としては非常に小さい金額です、住宅扶助の金額は。実際には特別基準を適用しています。上限を設けていて、例えば東京でしたら六万なら六万程度の上限が設けられていて、それまでだったら実費を支給するというふうになっています。
 すべての保護世帯にその金額を出すということになると、かなり財政的に大きな負担になるんだろうというのが推測なんですけれども、住宅扶助単給ができると生活保護制度はかなり合理的なものになるというふうに私は考えております。
#43
○会長(田名部匡省君) 質疑も尽きないようでございますが、予定の時間も参りましたので、以上で参考人に対する質疑は終了いたします。
 参考人の皆様方には、長時間にわたり貴重で有意義な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表して厚く御礼申し上げます。
 本当にありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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