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2009/02/18 第171回国会 参議院 参議院会議録情報 第171回国会 国民生活・経済に関する調査会 第3号
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2009/02/18 第171回国会 参議院

参議院会議録情報 第171回国会 国民生活・経済に関する調査会 第3号

#1
第171回国会 国民生活・経済に関する調査会 第3号
平成二十一年二月十八日(水曜日)
   午後一時一分開会
    ─────────────
   委員の異動
 二月四日
    辞任         補欠選任
     植松恵美子君     鈴木  寛君
 二月十六日
    辞任         補欠選任
     浅尾慶一郎君     川合 孝典君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         矢野 哲朗君
    理 事
                大石 尚子君
                亀井亜紀子君
                藤本 祐司君
                岩城 光英君
                吉田 博美君
                松 あきら君
    委 員
                一川 保夫君
                大久保 勉君
                加藤 敏幸君
                川合 孝典君
                川上 義博君
                川崎  稔君
                行田 邦子君
                鈴木  寛君
                広田  一君
                松井 孝治君
                石井 準一君
                佐藤 信秋君
                長谷川大紋君
                山田 俊男君
                若林 正俊君
                澤  雄二君
                大門実紀史君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        今井 富郎君
   参考人
       株式会社日本総
       合研究所調査部
       主任研究員    池本 美香君
       法政大学大学院
       政策創造研究科
       教授       小峰 隆夫君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国民生活・経済に関する調査
 (「幸福度の高い社会の構築」のうち、人口減
 少及び経済・国民の幸福度について)
    ─────────────
#2
○会長(矢野哲朗君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会をいたします。
 委員の異動について御報告をいたします。
 昨日までに、植松恵美子君及び浅尾慶一郎君が委員を辞任され、その補欠として鈴木寛君及び川合孝典君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(矢野哲朗君) 国民生活・経済に関する調査を議題とし、「幸福度の高い社会の構築」のうち、仮説一、「人口減少によって一人当たり国民所得は高まり、国民幸福度も向上する」に関して、人口減少及び経済・国民の幸福度について参考人からの意見聴取を行いたいと思います。
 本日は、お手元に配付の参考人の名簿のとおり、株式会社日本総合研究所調査部主任研究員池本美香君及び法政大学大学院政策創造研究科教授小峰隆夫君に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 御多用のところ本調査会に御出席をいただきまして、ありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております「幸福度の高い社会の構築」のうち、仮説一、「人口減少によって一人当たり国民所得は高まり、国民幸福度も向上する」に関しまして、人口減少及び経済・国民の幸福度について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方でありますけれども、まず池本参考人、小峰参考人の順にお一人三十分程度で御意見をお述べいただきます。その後、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと思います。その後、時間がございましたら、必要に応じて委員間の意見交換も行いたいと存じます。その際、随時参考人の方々の御意見も伺うこともございます。あらかじめ御承知おきいただきたいと思います。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず池本参考人からよろしくお願い申し上げます。
#4
○参考人(池本美香君) ただいま御紹介いただきました日本総合研究所の池本と申します。
 三十分という時間をいただきました。私はこれまで少子化対策を主に調査、研究してまいりましたけれども、その観点から、今日は人口減少及び経済・国民の幸福度というテーマに絡めまして、少しお話をさせていただければと思っております。(資料映写)
 まず今日、大体どんな感じでということで、三十分という限られた時間なので最後までちょっと行き着くかはあれなんですけれども、今回のいただいたテーマに対して、少子化対策から見た場合にはどういう問題が考えられるかということと、実際今の少子化対策で、それの対象となっている親と子は幸せになっているのか、そしてそれがなっていないとすればなぜなのかというような辺り、それから、具体的に親と子を幸せにするための少子化対策の具体的な方向というものを特に諸外国の事例などを踏まえまして何か御参考まで御提供できればというふうに思っております。
 まず初めに、今回、人口減少により一人当たり国民所得は高まり、国民幸福度も向上するという仮説をいただいたわけなんですけれども、二つのレベルがあると思うんですけど、それぞれ個人的にはどうなのかなという問題意識がありまして、そもそも一国の人口減少と国民所得という議論があるわけですけれども、これだけ経済活動がグローバル化する中では余りそこは昔ほどは関係がないのではないかということですとか、実際、マーケットが縮小して企業などはどんどん新しいマーケットをどうするかということを悩んでいる中では、それが本当に収入を増やすことにつながるのかという疑問を持っております。
 それから、あとは、一人当たりの国民所得が高まると幸福度が向上するという関係につきましても、所得と幸福ということが必ずしも連携していないということで、幾つか、これは最近ざっと見ただけなんですけれども、諸外国で幸福度ランキングなんかも出ていますけれども、そこでは、例えば所得というよりは、実際の医療ですとか教育の環境ですとか、あるいはもう少し個人的なレベルで生き方の選択肢があるかとか男女平等かどうかという、そういう細かな社会制度のレベルで幸福度が左右されているということも出てきておりますし、あとは、一人当たりの平均で見るんではなくて、やはり一部の人に恩恵が偏って格差が広がるということも今起こってきていることですので、そういったことも幸福度にマイナスの影響を及ぼしているだろうと思います。
 それで、それを少子化対策のこれまでやってきたものから見てみますと、これまで九〇年代に日本はいろいろ少子化対策をやってきたわけなんですけれども、実際、それで人口も減り始めましたし、少子化も歯止めが掛かっていない、そして親も子も幸せになっていないという、何も進展していないような感じを個人的には持っていまして、ですから、それは、人口が減れば必然的にゆとりができて幸せになるという、そういう自然に任せるということではなくて、それを具体的に幸せにつなげるためのそういう観点での対策、親と子を幸せにする少子化対策が求められているというふうに思っております。それは、これまでがどちらかというと少子化対策は女性が働く権利の保障ということで進んできたところを、もう少し親が子育てをする幸せですとか、あと子供であることの幸せということが政策の中に反映されてこなくてはいけないということを思っております。
 そう思い始めましたのは、いろいろ外国の保育制度とか調べる中で、特にノルウェーの政府のパンフレットで、ノルウェーでどういうことをやっているかというと、何か日本ですと、少子化対策は子育てが負担だからその負担を軽減してあげましょうというようなそんなメッセージがあるわけなんですけれども、ノルウェーでは、ノルウェーの社会で親であること、子供であることが幸せな社会を築くという、そういうメッセージが政府のパンフレットにあって、やはり日本もそういう親子を幸せにするという対策が必要だなと思って、いろいろ外国の例なども調べて日本の少子化対策について今考えているという状況です。
 それで、日本の少子化対策については、皆さんもう改めて申し上げる必要もないのかもしれないですが、ざっと流れを申し上げますと、一九八九年に過去最低の合計特殊出生率一・五七ショックがありまして、その前にちょうど男女雇用機会均等法が入ってきたすぐ後でしたので、どうしても女性が働きながら子供を産めるようにというところで育児休業法ですとか保育対策、つまり男性並みに女性が働けるようにするための対策が重点的にやられてきたということだったと思います。
 もうそれが、約十年ぐらいそんなことをやっていたんですけれども、全く出生率が上がってこないということで、そこから政策的にも少子化対策プラスワンということで、そもそも女性が男性の働き方に合わせるんではなくて、男性の働き方自体を変えるべきだという議論ですとか、あとは、働く働かないにかかわらず、地域で専業主婦であっても子育て支援を充実させていこうという、その二つの論点が出てきまして、それが具体化されつつあるわけなんですが、実際、ワーク・ライフ・バランスというふうなことも大分政策的には強まっていますが、景気後退の影響もあって、ここが今後どうなっていくのかという段階にあろうかと思います。
 それで、最近、少し方向転換しつつも、これまでの保育サービス整備重視の少子化対策で親と子がどうなったのかということで、これもう非常に大ざっぱな議論ではありますけれども、一つは、親の方を見てみますと、保育サービスがどんどん整備されましたので、残業もできるし、子供が病気でも休まなくていいというような環境になって長時間労働が促進されたり、また最近では雇用不安の問題も出てきていますし、また、子供の方は、保育所が数は増えていますけど、質はむしろ低下しているという現状があって、またその質が低下したところに長時間預けられているというようなことで、子供にとっても決して幸せな環境にはなっていないと思います。
 また、家庭の所得格差の拡大ということもやはり問題になってきていまして、最近になりまして子供の貧困問題ですとか教育格差の拡大などが議論になってきています。
 また、医療ということでは産科・小児科医不足の問題も出てきていますし、あとは余り具体的ではないですけれども、精神的な面でのいろいろな問題が各所に現れて、一番大きなのは児童虐待の増加だと思いますけれども、そのほか大人の方もうつ病で欠勤するなどのことも言われますし、自殺対策なども話題になっているところですが、余り幸せになっていない。
 そして、少子化対策で子供を産む以前に結婚をしたくてもできないというような人、また母子世帯が急増していてそこの所得が低いということもかなり深刻な問題になってきていまして、こういった幸福度の低下というのは経済にとっても非常にマイナスになっているのだというふうに思います。
 それで、あとは具体的なデータで改めて申し上げるまでもないんですが、国際的に見て日本の労働時間が非常に長いということですとか、あと、次の保育所のこのグラフは、認可保育所の定員を超えて預かってもいいという、そういう弾力化を認めている市町村が増えているということで、これを政府の厚生労働省などはこれは非常にいいことをしていると、要するにたくさんの子供に対応しているんだ、待機児童を減らしているんだということで評価されているわけですけれども、実際、現場の保育士の方からしてみますと、定員というのは子供に適切な保育をやるのにふさわしい人数が定められているわけで、それを超えて預かるということは子供にとってもまた保育士にとっても非常に負担になっているという現状があります。
 それからもう一つ、認可外保育施設というのは基本的には政府が出す認可保育所の基準を満たしていない、そして補助も入っていないという、そういうベビーホテルのようなところが余り注目されていないんですけれども、そこも増えてきていまして、そのことは待機児童の解消になっているとはいえ、そういう質の十分でない保育所に預けられる子供が増えていて、実際、事故の話なども起こってきていますので、そういうところも子供にとってはマイナス要因になっていると思っています。このベビーホテルは一番下の線なんですけれども、元々数が多くないというのもありますけれども、倍率でいうとかなり何倍にもなってきているという状況です。
 それから、保育だけではなくて学童保育も最近、小学生の保育ですけれども、質の低下が非常に問題になってきていまして、一応ガイドラインというものも最近定められ、一つの学童保育の規模が四十人ぐらいが適当だと言われているにもかかわらず、こういう七十一人以上の大規模施設が急増していて、一部では、本当に収容所じゃないですけれども、非常に問題のある学童保育が出てきているということも挙がってきています。
 それから、家庭のレベルといいますか、もう少し全体的なところでは児童虐待の相談対応件数というものが増えていて、虐待を受ける子供が増えることに対応して、こちらの次のグラフは乳児院ですとか児童養護施設といった家庭で過ごすことが適切でないと認められた子供たちが入る施設ですけれども、ここが、子供全体の数は日本はどんどん減っているにもかかわらず、乳児院、児童養護施設で過ごす子供の数は増えていて定員がむしろいっぱいになってきて、児童相談所でそういう虐待でどこかに措置しなくてはいけないけれども、受け入れる乳児院、児童養護施設がないといったようなケースなども報告されているような状況でして、子供が減ってもその分子供が幸せになっているかというと、逆にそういう家庭で過ごせないような、親がいても過ごせないような子供も増えているという現状があるかと思います。
 それから、未婚率の推移ですとか母子家庭の増加というのもこれも御参考まで挙げてございますけれども、少子化ということで、結婚して生まれないというのではなくて、そもそもその前の結婚がなかなかうまくいっていないというか、それは意識的なのか、したくてもできないというものなのか両方あると思いますけれども。つまり、家族をつくるということがうまくいっていないですし、一回結婚して子供を産んだとしてもそれが継続できないようなケースも増えていて、今、母子家庭の問題というのが政策的にも非常に深刻な問題として対応を迫られている段階にあります。
 それで、それは政策が悪いというだけではなくて、政策をやる対象の今のこういう若いというか親になる世代の人たちが、これまでとは少しちょっと違った価値観なり社会環境にいるということがあって、そこに政策がきめ細かく対応できていないのではないかということを個人的には思っておりまして、なぜ幸せになりにくいのかということで、そういった政策が十分対応できていないところについて少し確認をしておきたいと思っております。
 一つは、やっぱり今なぜ少子化しているかというと、そこには雇用機会均等法というのも入ってきていまして、性別役割分担意識がここでがらりと変わっているにもかかわらず社会がそれに対応できていないということで、女性にとっては、働けばこれだけキャリアも形成できるし収入もあるのに、子育てしていると評価もされない、収入も得られないということで、子育てが何か損という感覚が生まれていたりですとか、逆にそういう、キャリアもやりながら子育てもしたいという人にとっては、やはり男性の働き方が従来と変わっていないために、期待ばかり膨らんでいてもそれとの格差が大きいということで、非常に夫婦の関係というのも難しくなってきて、それがまた離婚の増加などにもつながっていると思います。
 それからあとは、今の人たち、親になる世代が育ってきた環境というのが、やはり効率重視の便利な都市型の社会に育っていて、それが手間の掛かる、思うようにいかない子育てへの抵抗感を非常に強めているという、そういう新たな課題もありますし、また、非常に競争社会、受験戦争ですとかそういう偏差値教育の世代ですので、競争社会の中で何か協力をするといったそういう社会力というのは、門脇厚司先生が定義されておりますけれども、何か、社会を築いてその社会をより良くしていくという、そういうことの意欲だとか力が不足しているということもあるのではないかと思っております。
 それからあとは、効率、競争ということとも関連してきますけれども、選択の自由が保障され、ただし責任は自分で取っていくという、そういう基本的な考え方が強調されて育ってきているということがありますので、何か、自分たちで政治に働きかけて変えていくとか、そういう横につながって何かをするということができない、やる意欲もないしやる方法も知らないというような感じで、どうしても個人で問題を解決しようとして、なかなかそれが政策に反映されないというところもあるのかもしれません。
 それからあとは、社会環境の問題で、個人情報保護で保育園の名簿も作れないとか、非常に人がつながりにくい社会になっていて、情報だけはたくさんあってネット社会になっているんだけれども、そのことが、情報がはんらんして親が混乱しているということもありますし、逆に、人と会って話すという機会が減って孤立化するというようなことも出てきていると思います。
 それから、子育て、子供や親を取り巻く環境としては、やはり環境汚染ですとか都市化といったことで、これまでとはまた、新たな課題として、子供のアレルギーだとか障害のこと、また体力不足ですとか、そういったこれまでになかったような、子供はほっておけば育つというふうなところとはちょっと違う子育てが要求されるようなことにもなっていて、また、子供自体、兄弟も少ないですので子供たち同士で育ってくれるということもできにくいために、その分、親などの負担が増えていくという。このように、いろいろこれまでとは違う親子を取り巻く環境、価値観があるにもかかわらずそこに政策がきちんと対応できていないことが、私は少子化対策の一つの問題かなというふうに思っています。
 それで、こちらのグラフは、価値観が大きく変わっているんだということなんですけれども、やはり女性が子供ができてもずっと職業を続ける方がいいというのが今では最も多くなってきているわけなので、ただ、それに対応して社会制度が変わっていないというところが一つ大きな問題として挙げられるかと思っておりまして、今はスーパーウーマンであれば働けるけれども、そうでなければ専業主婦になるという選択肢しかないような環境があるということが言えると思います。
 それに対して、そうではない国をいろいろ私は見て、幸福度が高い国を、いろいろどんな状況なのかということを調べてみているわけなんですけれども、幾つか目立つものを今日は御紹介していますけれども、一つ、スウェーデンが少子化対策の中では非常に注目されている国です。
 そして、そこはどういうことで成り立っているかというと、やはり親とか子の幸せを実現するためにはみんなが高い負担もするという、そういう合意があるために本当にきめ細かな制度が整えられているということです。例えば、育児休業のことにしてみますと八〇%ぐらい所得保障があって父親も休暇も取れていますし、子供がいる人の労働時間短縮の権利も保障されていますし、向こうに日本人の知り合いが就職して一番びっくりしたのは父親が子供の病気で本当に頻繁に休むんだということでして、それがあって、そういうことがみんなが当たり前だと思うような雰囲気があるからこそ子育てと仕事が両立できているということなんだと思います。
 それからあと、保育所の方で、先ほど日本では質が余り十分でないと申し上げたんですけれども、スウェーデンはここに投じられている金額も、後でグラフも出しておりますが、日本の何倍も掛けられていまして、そもそも自治体はそういうものを整備しなければいけないということが義務付けられていますし、また幼児教育部分については無償化の制度も入ってきていますし、また保育所の質の前提が日本と全然違っていて、私もスウェーデンに最初に見学に行く前には何か一歳ぐらいから全員が保育所に預けられていて女性も全員働いているというイメージなので、さぞかし労働強化でみんなへとへとなんじゃないかと思って日本のイメージで行ったんですけれども、結局、みんな労働時間が短くて、保育所も一日六時間ぐらいが大体限度でしょうという前提になっていますし、また子供が過ごす保育所も、日本ですと大体一部屋にずっと一日中いるんですけれども、一グループ十五人ぐらいに大体三部屋、四部屋ぐらいがあって、ですからその十五人ぐらいで一つの家庭の家にいるような、そういうゆったりとした空間の中で過ごしているということで、労働時間も短くて保育所の環境も充実していれば女性も働くというのが普通になるんだなというのを実感したところです。
 そのほか、医療費、教育費は無料になっていますし、児童手当も十八歳ぐらいまで全員に出ていますし、そのほか移動ということでも、ベビーカーを利用している人はバス乗ったら大人のバスの利用料が無料になるといった感じで非常に手厚くなっていますし、また、日本で今母子家庭の問題が注目されていますけれども、お金を負担するというだけではなくて、精神的なケアの面で、コンタクトファミリーというのがあったんですけれども、親が子供と離れてちょっとほっとする時間を保障し、そしてそれを、単に親を支援するというだけではなくて、その間その子供を、普通の家庭というものはどういうものか、両親がいたりとか兄弟がいる家庭というのはどういうものかを体験できるように別の家庭で過ごすという体験をさせ、そのことによって、また母子家庭の子供がまた母子家庭になるという、そういう再生産みたいなことを何か防ぐというのもあれなんですけれども、子供にいろんな選択肢をまた保障していくという、そんなきめ細かなこともやられています。
 それからもう一つ、デンマーク。今回、先ほどの諸外国の幸福度ランキングで両方とも一位になったということで取り上げられていて、このデンマークについては私は少子化の方では余り調査入っていないんですが、以前、医療制度の満足度が一番高いというのでデンマークに調査に行ったことがあるんですが、行ってみたら実は制度が全然いいわけではなくて、何が満足しているかというと、不満があったら自分たちで変えられるという政治の意識の高さというか、それが背景にあるんだなということが非常によく分かりました。向こうで会った日本人の方からは、日本でもっと女性が政治に参加しなきゃいけないんだとハッパを掛けられたような状況もありまして、このように何か自分たちが政治に参加して変えられるということも、一つ幸福度の尺度になるんではないかなというふうに感じています。
 それからイギリスは、特に幸福度が高いというわけではないんですけれども、今急速に少子化というか子供分野で政策を変えている国で注目されていまして、これは、日本と同じように虐待ですとか貧困などの問題が非常に問題になってきた中で、子供について総合的に力を入れていこうということでやっていまして、すべての子供の福祉向上を目指すということで、二〇〇五年には子供の権利保障に向けて子供コミッショナーという権利擁護の独立機関なども設置するなど、今急速に変化をしているところです。
 それで、あと少しデータを御紹介しておりますけれども、これが先ほどスウェーデンがいかにこの分野にお金を投じているかというので、日本が一番下でスウェーデンが一番上ですけれども、保育の部分あるいは現金給付の部分、育児休業の部分など、非常に手厚くこの部分に投資をしていて、ですから、投資することによって幸福度というか子供の福祉が維持されているという関係になっていると思います。
 あとスウェーデンでは、やっぱりライフスタイルが全然日本と違っていて、小さい子供がいるカップルの帰宅時間のこれ調査ですけれども、大体五時、六時ぐらいになるとお父さん、お母さんが家にいて、みんな夕飯を一緒に食べるわけなんですけれども、日本の場合は、小さな子供のいる家庭は、お父さんは大体十時以降で子供に会わずに、それでお母さんの方はずっと家にいるという感じで、食事もほとんど毎日、平日は子供と食べていないというようなことですので、こういう現状がある限り、やはり子供を持って楽しい家庭生活というのがなかなか日本の中ではイメージできないために、結婚する意欲というものもなかなかスウェーデンのようには高まっていかないんではないかなということを思っています。
 実際、男女共同参画の観点から見ますと、この日本の男性の家事・育児時間の短さはショッキングなデータというか、やはりヨーロッパなどでもまだまだ足りないということは言われていますけれども、日本では女性がその部分を一手に引き受けていて、男性が非常に少ないということがあると思います。
 そして、そういう現状もあって、六歳未満の子供のいる母親の就業率が日本は極めて低く、そして諸外国も、元々低い国がどんどん最近、いろいろ保育制度ですとか育児休業制度、労働政策の方を変えることによって上がってきているにもかかわらず、日本はむしろ低下しているというような状況もありますし、男女の賃金格差も諸外国と比べて非常に大きいということがあろうかと思います。
 それで、今回のテーマの国民の幸福度を向上させるためにというところで少し考えてみたんですけれども、やはり私は少子化対策の在り方として、今は国の経済力向上のために子供が増えなければいけないとか、そういう経済力を第一目標にしたような議論があるわけですけれども、国民の幸福度向上をむしろ政策の第一目的として議論し、そのために経済が必要だということにしていかないと、なかなか保育所の質の議論などにもつながっていかないですし、実際にこの福田先生の文献の中では、少子化対策ということではなくて、そもそも子育ち、子育て支援を進める法律自体が必要ではないかというようなこともありまして、そういう元々の、基本的に立つところが少し日本はずれているんではないかなということを感じています。
 あとは、格差に対する配慮ということが非常に諸外国の対策の中ではとってもきめ細かく、少数派のところに対して何をすべきかということがいろいろ出てきているんですけれども、そこが余り議論されていなくて、その辺は個人の責任でやれというような雰囲気があるんですけれども、そこを何か政治で解決していくということが必要ではないかと感じています。
 それから、もう一つは幸福度ということで、所得とかその辺のこともあるんですけれども、一番問題なのはつながりが分断されてしまっているというのがあって、今社会関係資本、ソーシャルキャピタルのことがいろいろ諸外国でも注目されていますけれども、それを、どう社会関係資本を蓄積していくかということを考える必要があるのではないか。つまり、家族だとかコミュニティーがつながるためにはそれなりに時間も必要なわけでして、そのために労働時間の短縮、あるいは、たとえ時間ができてもそれでみんなが集まったりとか家族が心地よく過ごせる空間が日本では十分ではないという問題もあって、そこを軸足というか社会の目指す方向として、もっと人がつながってみんなで協力し合えたりという、そういう方向を目指すことで労働時間の短縮、空間の議論なども必要になってくるのではないかと思っております。
 それで、あと、今回のテーマの中で人口減少と持続可能な経済という言葉がありましたので、それについてちょっと考えたことを御紹介させていただきますと、今持続可能な経済というと、どうしても環境問題、エネルギー、自然というようなことで、そっちの方はかなり議論されているんですけれども、何か今の少子化問題は人間社会が持続可能でなくなってきているんではないかという気がしていまして、環境だけ守るのではなくて、環境と併せて子供の問題もセットで持続可能な経済の議論の中で考えていくべきじゃないかと思っていまして、例えばなんですけれども、今、経済活動が環境に対してどれだけ負荷を与えているかということでいろいろ影響評価などもされてきていると思うんですけれども、それと同じように子供への影響評価というものをもっとできないかというふうに思っていまして、それで、例えば経済活動で親が長時間労働になったり保育が長時間になったりとかいろいろ問題になってくることも、子供にとってそれが良くない影響を及ぼしているということで、経済活動の質を変えていくというそういう議論をしていき、それは、子供の影響を考えることで逆に大人にとっても幸福度の向上につながるんではないかというふうに感じています。
 それで、あとは、それと同じような観点なんですけれども、日本は子供の権利のための第三者機関の設置の議論もないですが、先ほど挙げたスウェーデン、デンマーク、イギリスなど多くの国で、やはりそういう子供の福祉が進んでいるところは子供オンブズマン、子供コミッショナーなどの、子供の観点からそういう様々な制度をチェックする機能があるわけでして、子供の意見を聞く、子供にどういう影響を及ぼしているかということをチェックする仕組みが必要ではないかと思っていますし、あと最近、企業の方で環境報告書ですとか社会的責任投資というようなことでいろいろそういう仕組みが出てきていますけれども、そこに子供という視点、子供に対する責任というようなことも盛り込めないかというふうに、今ちょっとそのことを考えています。
 それから、あと、今私が基本的に問題意識を持っているのは、少子化対策は子供の数を増やそうとしていますけれども、実際数が増えても、一人一人が健康でなかったり能力を伸ばすことができないような、そういう教育、医療の体制では人の数だけ増やしても意味がないわけで、ですから人口が減少しても一人一人が健康で能力を発揮できる、そのための医療、教育の環境を充実していくということが非常に重要になってくるのではないかと思っております。
 もう時間も過ぎましたので、あとは皆さん御覧いただければと思うんですが、最後には親と子を幸せにする少子化対策ということで、子育ての時間を確保するということ、それからまた、時間だけあってもあれですので、子育ての時間を豊かなものにするために、ここに挙げました親参加型のいろいろな保育スタイルをもっと日本で入れていけないかということも考えていまして、特にニュージーランドの協働保育活動、プレイセンターというのがありまして、これを個人的にも今、日本の中で普及させようと思っておりまして、初めて今年北海道の恵庭市でつい最近プレイセンターが設置されたところであるんですけれども、やはり親が保育に参加して親同士がつながる、そして子供にも豊かな、そういういろんな大人がいたりいろんな子供がいたり十分に遊べるような環境を保障していくというふうなこと、そういう空間、機能を社会の中に取り入れていく必要があるんだと思っております。
 これは、あとはもう時間があれですので飛ばさせていただきますが、あとは、もう少し、親の観点からはいろいろあるんですけれども、子供にふさわしい環境が何かということで、例えば自然だったり遊びだったり、異年齢、多世代というような空間を取り戻すというような、そういう議論も諸外国では非常に活発に出ているところでして、そんなことも個人的には、こういうことをやっていけば、別に人口減少というよりは、こういう環境があればどんどんみんなも子供も産みたくなるんじゃないかなというふうに思っているところでして、あとは、格差縮小へ向けた配慮として具体的なものをここに幾つか挙げておりますけれども、例えば放課後の格差に対して、韓国では放課後の学習に対する補助金を出すですとか、いろいろそういう格差をどうするかの議論もあるところなので、そこも今後少子化対策の中で議論していく必要があろうかと思います。
 以上、ちょっと時間を超過してしまいましたが、いったんここで終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#5
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。
 それでは次に、小峰参考人、よろしくお願い申し上げます。
#6
○参考人(小峰隆夫君) 法政大学の小峰でございます。
 本日は、当委員会におきまして意見を申し述べる機会を与えていただきまして、誠にありがとうございました。委員長から忌憚のない意見をということでしたので、忌憚のない意見を申し上げさせていただきます。
 ふだん講義等で立ったまま話をすることが多いので、最初の三十分は立ってお話をさせていただきます。(資料映写)
 それで、私が日ごろ考えておりますのは、私は経済を専門としているんですけれども、今日、私のお話も経済が中心なんですけれども、経済というのは何のためにあるのかというと、これはまさしく国民を幸せにするためにあるということですので、当委員会が幸福度ということを中心に掲げて検討されるということは大変時宜を得たすばらしいことだというふうに考えております。
 人口という点から見てこれをどう考えるかということを少し考えてみたいと思います。
 まず経済から考えますと、経済と国民の幸せというのを考えたときに、基本的には、やはり一番重要なのは所得だろうというふうに思います。一人当たり所得が基本的に重要だということで、これは所得さえ高ければ、じゃ幸せかというと、今、池本さんもお話しになっておりましたが、決してそうではないということですが、所得が低いままで幸せになれるかというと、これはかなり難しいということだと思います。
 例えば、これは為替レートの影響を排除するために購買力平価というのを使って、経済規模と一人当たり所得の順番を並べて、国際比較をして並べたものです。左側が経済規模です。
 購買力平価で見ますと、実は、アメリカに次いでもう既に中国が世界第二の経済大国になっております。日本を相当上回っているということなんですが、日本は第三の経済大国、続いてインド、ドイツ、ロシアというふうに続くんですが。
 右側に一人当たり所得、一人当たり所得が高い順番に国を並べているんですが、ノルウェー、ルクセンブルク、スイス、デンマーク、アイスランド、スウェーデン、こういった国が出てくるということですが、今の池本さんのお話にもありましたけれども、幸福度の高い代表的な国として、スウェーデンですとか、それからデンマークですとか、そういった国が出てまいりましたが、これはいずれも一人当たり所得の高い国です。いずれも左側には出てきません。経済規模は大きくないんです。ということは明らかなことで、一人一人が幸せであるかどうかということと左側の経済規模というのは関係がないということですね。逆に、右側の一人当たり所得と幸せであるかどうかというのはどうもかなり関係がありそうだということになると思います。
 ちなみに日本は十七位ですので、余り高くないということですね。よく日本の議論をしますと、日本は世界第二の、本当は第三位なんですけれども、第二位の経済大国なのに、余りどうも国民の幸福度というのは高くないように見える、北欧の国の方がどうも幸せそうだという議論をするんですが、これは当たり前の話でして、我々は一人当たり所得は余り高くないんですが、人口が多いので経済規模が大きいだけの話なんです。
 じゃ、経済規模が大きいから幸せかというと、そういうことはないんですね。先ほど、経済というのは国民の幸せのために経済があるという発想が非常に重要だというふうに言いましたけれども、人口も全く同じです。よく、人口が減るのが困る、人口が減るのが困るので少子化対策をやるということが言われますけれども、じゃ人口が増えると国民は幸せになるのか、人口が減ると国民は不幸せになるのかという問いを発すると、これは結構答えるのが難しいと思います。
 人口が増えると当然経済規模が増えるんですけれども、人口が増えて経済規模が増えると我々は幸せになるでしょうかということですね。もちろん、経済規模は大きい方が多分いいだろうということは分かります。例えば、国際的なバーゲニングパワーですとか影響力が強いと、当然国連等での発言力も高いということになりますから、これは大きい方がいいということは分かりますけれども、それでは、国際的なバーゲニングパワーを高めるために我々は少子化対策をやるんですか、我々はもっと子供をつくらなければいけないんですかというと、それは明らかにおかしいというふうに思います。
 それからもう一つ、将来性ということなんですけれども、よく、我々が幸せかどうかというのは将来に対する希望があるかどうかということと非常に関係があるという議論がありますが、もし一人当たり所得というのが幸せであるかどうかと非常に関係があるというふうに考えますと、所得がこれから伸びていく希望があるのかどうか、これからどうも先行き暗いんじゃないか、どちらが幸せかというと、これは明らかに希望がある方、これから経済はますます元気になりそうだ、いいことがありそうだという状態の方が明らかに幸せになりやすいだろうというふうに思います。
 こういうふうに考えてきますと、ここに結論が書いてありますけれども、人口の大きさが経済の規模に影響するということですね。一人当たり所得が国民の幸福を決める、これはちょっと言い過ぎなんですけれども、決めるとまではちょっと言ったのは言い過ぎかもしれませんが、幸せを決める大変重要な要素であるというふうに思います。そうすると、幸せであるかどうかというのは一人当たり所得によって決まるんですから、人口の大きさとは無縁であるということになるというのが私の考え方です。さっき言ったように、人口が減るから国民が不幸になるわけではないということです。
 結論は、要するに、一人当たり所得が増えていけば我々は幸せになりやすい環境になっていくということですから、人口が増えても減ってもどちらでも、一人当たり所得が増えていくということが重要だというふうに考えた方がいいというのが私の考えです。
 それでは、一人当たり所得というのはどうやって決まるのかということが大変問題になりますが、ここで実は人口問題が非常に関係してくるんですが、この一人当たり所得というのは何によって決まるかというと、普通、一人当たり所得というのは一人当たりでどれだけ稼ぐかということによって決まるはずだと。そうすると、これは生産性ですから付加価値生産性ということになるんですが、一人当たりでどれだけの付加価値を生み出す力を持っているかと。これは、教育水準ですとか国全体の技術ですとか、いろんなものが影響するんですけれども、それが高いほど一人当たり所得も高くなるでしょうということなんですが、実はもう一つ大変重要な要素があるんです。
 というのは、労働参加率、つまり人口の中で働いている人の割合がどれぐらいいるかということが大変重要です。ですから、簡単に言えば、平均国民一人当たりの所得というのは、人口の中で働いている人の割合が高ければ高いほど、高くなる。
 これは分かりやすいと思うんですけれども、例えば、五人家族で今までお父さん一人しか働いていなかった。しかし、子供が成人して子供も働くようになって、二人、三人と働くようになった、これは家族の中で働く人の割合が増えていくということですね。そうすると、家族全体の平均所得は上がっていくということになりますから、国でも同じことです。国全体の中で働く人の割合が高ければ高いほど一人当たり所得は高くなる。それからもう一つは、働いている人が一人でどれだけの価値を生み出すかということによって決まる。この二つによって決まるというのが基本です。
 これをちょっと式に直すとこういうふうになるんですが、一人当たりGDPというのは全体の付加価値を人口で割ったものであって、これは、人口の中で労働力人口はどれぐらいいるかということと労働力人口が平均どれだけの付加価値を生み出すかということによって決まるということになります。
 これを簡単に国際比較をしてみますと、日本は比較的高齢者の方も働いたりしますので、労働参加率は国際比較をしてみると比較的高いという国に入るんですが、肝心の働いている人が一人でどれだけの付加価値を生み出すかということを見ると、先進国の中ではむしろ低い方になってしまうということですね。先ほど出てきた国々は、こういう一人当たりの所得、付加価値生産性が高いということになります。
 それで、そうしますと、人口減少社会ということがよく言われますけれども、それでは、人口が減るということの本当の問題点は何かということなんですが、先ほど申し上げたように、人口が増えても減っても、要は一人当たり所得が増えればいいんだから人口が増えても減ってもどっちでもいいじゃないかというのが一時的な結論だったんですけれども、実はそうではないということになります。
 というのは、人口が減るというときに、各年齢層が全部減るということはあり得ないわけですね。必ずお年寄りから順番に減っていくということになりますから、人口が減るということはどういうことかというと、若い人が減っていってお年寄りが増えていって、その増えていったお年寄りが亡くなる数が新しく生まれる数よりも多くなるから人口が減っていくということですね。
 そうすると、人口が減るということは、人口総数が減ることだけではなくて、必ず人口構成が変わるということをもたらすということです。つまり、人口の割合が変わってくる。こちらの方が重要だと。人口総数が増えたり減ったりすることは、これは簡単に言えばどうでもいいというふうに言ってもいいんですが、人口の中身が変わってくるということの方が重要だということになります。
 そうすると、これが標準的な人口推計を見たものですけれども、老年人口、六十五歳以上の人口はこれから増えていって、どんどん増えるわけじゃないんですが、減らないと。若い人の数は少子化でどんどん減っていくということになりますと、若い人がどんどん減っていくことが、生産年齢人口、働く人の人口に新しく入ってくる人がどんどん減ってくる中で高齢化が進みますから、生産年齢から抜けていく人がどんどん増えていくということになりますので、生産年齢人口、働く年齢層の人たちというのが物すごい勢いで減っていくということになるというわけです。
 そうすると、さっき一人当たり所得を決める一つの重要な要因は人口の中で働く人がどれぐらいの割合を占めるかということだということなんですが、これから少子化、人口減少が進む中で、働く人の割合がどんどん減っていくということなんです。これはさっきの逆を考えればいいわけで、今まで五人家族で三人働いていたと。ところが、お父さんが引退して辞めてしまった。子供も一人働かなくなってしまって一人しか働く人がいなくなったという状態を考えれば分かるんですけれども、これは一家の平均所得はどんどん下がっていくということになる。こちらの方が大問題だということです。ですから、人口減少が問題なのではなくて、人口の中で労働力人口の割合が減っていくことが問題だということです。
 そうすると、やはり人口が減っていくときには働く人の数が相対的に大きく減りますので、ほっておくと一人当たり所得が減ってしまうという結論になって、結論はもう一回戻ってきて、人口減少はやっぱり問題だということになります。人口減少は一人当たり所得を減らすので問題だという結論が出てくるということです。ですから、もう一回元に戻ると、人口減少がやっぱり困るというのは、実はそういうふうに考えてくるとやっぱり困るということになるというのが私の理解です。
 大変申し訳ないんですが、当委員会の、人口が減れば一人当たり所得は増えるんじゃないかという仮説は、これは私は怪しいというふうに思います。
 というのは、さっきの式でいいますと、この付加価値というのはGDPなんですが、GDPを人口で割ったものが一人当たりGDPなんですが、人口が減ると分母が小さくなるので一人当たりGDPが増えそうな感じがするんですが、これはそうはいかない。というのは、人口が減れば当然GDPも減ってしまいますので、一人当たり所得は増えるということはないんですね。人口が減ってもGDPは変わらないという前提を置けば、それは人口が減ればそれだけ一人当たり所得は増えるんですけれども、そうはうまくはいきませんということではないかと思います。
 そうすると、我々が考えなければいけないのは、人口が減る中でも一人当たり所得を維持する、又は高めていくということが重要だと。我々は世界の先進国に比べれば一人当たり所得はまだ低い方ですので、もっと高くしてもよいというふうに考えられますので、もっと高くしたいと。そうすると、労働参加率を引き上げる、つまりもっとたくさんの人に働いてもらうようにするか、働いている人の付加価値生産性を上げるか、どちらかしかないということになります。
 この問題は、人口オーナス問題ということだというふうに一言で言えば理解できるということですので、この点をちょっと御説明したいと思うんですが、人口オーナスというのは何かというと、これは人口ボーナスという考え方がありまして、それの逆だということなんですが、じゃ人口ボーナスとは何かということなんですが、このグラフがそれを見たものです。
 これは、従属人口指数というのがあるんですが、従属人口指数というのは、下に式がありますが、十五歳から六十四歳人口、これが働いている人口だというふうに考えると、働いている人口に対して働いていない人口がどれぐらいいるかという比率ですね。ですから、これが上がっていくということは働いている人に対して働かない人がより相対的に増えていくということです。下がっていくということは働いている人が相対的に増えていくということです。それは、働いている人に対して子供が何人ぐらいいるかということと働いている人に対してお年寄りが何人ぐらいいるかということの合計だということなんですが、こういう二つに分かれて、こちらが年少従属人口指数、こちらが高齢人口指数なんですが、これから働いている人に対して高齢者の割合がどんどん増えていきますので、人口全体に対しても働かない人の割合がどんどん増えていくということになります。
 今までは、九〇年ぐらいまではこれは全く逆でして、働く人の割合が増えていたということなんです。特に、これ急激に下がっている、これは高度成長期なんですけれども、高度成長期というのは、私なんかがそうなんですけれども、団塊の世代が、たくさん生まれた人たちが次々に労働力人口に入っていくということですので、しかもまだお年寄りはそんなに多くないということですので、人口の中で働く人の割合がどんどんどんどん増えていったということですね。これはさっきの五人家族で働く人が二人、三人と増えていったという状況でしたので、高度成長期のときには、つまり人口構成の変化というのが経済をプッシュした、追い風であったということです。
 ところが、少子化が進んでいきますとさっきのメカニズムが働いて、新しく労働力人口に入ってくる人が減っていって、お年寄りがどんどん抜けていきますから、今度は従属人口指数が上がっていく、働いている一人に対して働いていない人の割合がどんどん高まっていくということが起きるということになります。
 実は、これが我々が今直面している人口問題の象徴的な姿を表している。つまり、人口構成の変化を表しているわけで、働いている人に対して働かない人、つまりお年寄りの割合が増えていくということが年金、医療、介護問題の基本的な問題であるということですし、それから、今はちょっと景気が悪いので労働力が余ってきていますけれども、長期的に見れば労働力が足りなくなるということはこの中で従属人口指数が上がっていくということを表しているということですので、この従属人口指数がこれから上がっていくという人口構成の変化の中で、ほっておくと一人当たり所得が減ってしまう、これにどう対応したらいいのかというのが人口問題に対する対応としては大変重要だと。それがまさしく国民一人一人が幸せになるためにどうしたらいいのかということであるというふうに思います。
 しかも、これは労働力率、さっき人口の中で働く人の割合がどれぐらい変化していくかということが重要だということを申し上げたんですが、労働力率の将来展望というのを見ると、これは二〇二〇年までのプロジェクションをしてみますと、先進国の中で日本が一番働く人の割合が減る率が高いということなんです。これは高齢化がどんどん進むからなんですけれども。
 それから更にもっと幅広く見て、国際ランキングを作ってみると、二〇〇五年の段階では従属人口指数は日本はまだそんなに高くないという状態なんですが、二〇五〇年、これ国連の人口推計を使って推計しますと、二〇五〇年になると日本が世界で一番従属人口指数が高くなる。九五・九ですから、これは要するに働いている人一人に対して働かない人が一人いるという状態になるということですね。ですから、この人口オーナス問題というのは実は世界の中で日本が一番深刻だということなんです。ですから、世界の中で日本が一番真剣に考えなければいけないという問題だということで、私自身はこれを非常に深刻に受け止めているわけです。
 では、こういう人口オーナスの中で一人当たり所得を高めていくというためにはどうしたらいいのかということですが、さっきのところに出てきましたが、基本的には人口の中で働く人が増えてもらうというのが一つの非常に有力な手段なんですが、これは女性とか高齢者に働いていただくということが非常に重要だということなんですが、これちょっと計算してみると、これは労働力人口で見た従属人口指数なんですが、さっきのように、これは高度成長期ですね、高度成長期に下がって、もう一回上がって、その後ずっと下がって、九五年ぐらいからどんどん上がっていくんですけれども、仮に、日本の女性の労働力率がスウェーデン並みに上がっていくというふうに考えると、この従属人口指数はここまで下がる。それからさらに、高齢者の雇用を促進するということで、これ非常に乱暴なんですが、五歳若返ると。今の六十五歳の人は六十歳ぐらいのつもりで働いてもらうと、七十の人は六十五のつもりで働いてもらうというような前提を置くとここまで下がる。この二つを両方満たせばここまで下がりますので、今と余り変わらないということになるということで、そういう高齢者とか女性が働きやすい環境をつくるということが大変重要だということになります。
 ただし、その中で、ただ、今のまま女性がもっと働いてくれということで働け働けというのでは、恐らくますます少子化が進んでしまうということになりますので、これは働き方を変えながらこれを進めていかなければいけないということで、これはワーク・ライフ・バランスですとか、同一労働同一賃金ですとか、そういったことが重要になってくる。
 それから、もう一つ大変重要なのは、学歴別に見た女性の労働力率というのをこれは見たものなんですが、簡単に学歴で女性を分けていいのかというのは一つの問題ですが、非常に大ざっぱに言えば、学歴の高い方が高度な、質的に良い労働力であるというふうに簡単に考えると、これは年齢と労働力率の対比を見たものですが、これを足すとM字型のカーブになるんですけれども、この太いラインが大卒の女性、点線がそれ以外ということですので恐らく高卒女性ということなんですが、ある年齢を過ぎると、二十代後半から三十代になると結婚とか出産のために辞めていくわけですけれども、これは学歴と余り関係なく辞めていくということなんですが、その後もう一回、子育てが一段落して入ってくるときには、大卒の女性は余り帰ってこないということになる、高卒の女性が中心に帰ってくるということなんですが、これは恐らく、いったん退職した女性がもう一回働きに出るというときに、高学歴の人にふさわしい就業の機会が非常に限られているということが原因ではないかというふうに思います。これは非常にもったいないことなんですね。せっかく高い教育を受けて、質的に高いレベルにある女性が家庭にこもったままになってきて社会に出てこないということは、この人口オーナスの中で大変無駄をしているということですので、こういった人たちにもっと出てきてもらうということが大変重要で、もしそういった人たちが出てくれば、これは質の高い労働力が出てくるということですので、生産性を上げるということにも大変効果があるということで、一石二鳥だというふうに思います。
 その中の、じゃ何がキーになるかという点でも、ちょっと私のところで調査をしたことがあるんですけれども、要するに基本は少子化と女性の就業というのは両立するようにしなければいけないということですが、そのときにちょっとたくさんアンケートをして、何が一番効くのかというのを調べたということなんですが、これは育児休業をもっと取りやすくするとか、育児休業中の賃金をもっと上げるとか、短時間勤務をしやすくするとか、育児費をもっと支給するとか、いろんなオプションをやって、どれを動かせば子供を持つ数が一番増えやすいかというのをやってみると、一番効果があるのはこの短時間勤務、正規雇用のまま短時間勤務を選択できるというオプションが増えると非常に女性も安心して子育てと就業が両立しやすいということが出てくるということで、これはさっきの高学歴女性がとどまりやすくなるような環境ともつながると思うんですけれども、こういったことが必要だというふうに思います。
 それから、人口構成が変わればマーケットの構成も当然変わるということになりますので、当然日本では高齢者向けの需要というのが新しく出てくると。これはいわゆるシルバーマーケットという部分ですけれども、そういった部分が世界に先駆けて日本でまず最初に出てくるということですので、そういったところで重要な技術革新なり産業の発展分野というのが現れれば、それは世界の中でこれから伸びる分野を日本が先取りするということにつながるはずだということですので、そういった人口構成の変化というのを一つのチャンスだというふうに考えて産業を伸ばしていくということも必要だろうというふうに思います。
 以上が私の考え方なんですけれども、若干結論を申し上げれば、今回は人口を中心にお話をさせていただきましたけれども、決して世の中の経済というのは人口だけで決まるわけではないということですので、人口はたくさんある要素の中の一つにすぎないというふうに考えた方がいいかと思います。ただし、その中で、条件が今のままでいったら、やはり少子化、人口減少がこのまま進むということは日本にとって相当問題を引き起こすのではないかということになりますが、これは今のままいったらという条件付ですので、今の条件を変えなければ問題が起きますということですので、その条件をいかに変えるかというのが我々がいかに対応するかという問題ですので、そこを考えるべきだというふうに思います。
 最後に、忌憚のない意見をということですので、忌憚のないところを申し上げさせていただければ、人口が減っても、人口が減ればその分豊かになるんじゃないかという発想は、私から見ると今のままでもいいという発想につながりやすいということです。しかし、そうではなくて、今のままいったらいろんな問題が出てきて危機的だというふうに考えて、そうしないためにどうしたらいいかという発想をした方がいいのではないかというのが私の意見でございます。
 どうもありがとうございました。
#7
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行いたいと思います。
 本日の質疑でありますけれども、あらかじめ質疑者を定めずに行いたいと思います。質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を待って着席のまま御発言くださるようお願いをいたします。
 それでは、質疑のある方の挙手をお願いを申し上げます。
 松井孝治君。
#8
○松井孝治君 池本先生、小峰先生、大変ありがとうございました。それぞれに大変勉強になる御意見を聞かせていただきまして、ありがとうございました。
 私は、民主党の松井孝治と申します。
 ちょっと簡単なコメントと同時に両先生に御意見を賜りたいと思うわけですが、ちょっと直接今日のテーマである人口減少と幸福度の関係とつながらない質問かもしれませんが、幸福度ということを考えたときに、我が党のかつて代表であった菅直人衆議院議員が二〇〇三年のマニフェストで最小不幸社会ということを提言したんですね。それはある種のリベラルな発想でありまして、幸福というのはなかなか規定できないと、しかし不幸というのはある程度その要因が規定できると。具体的に言うと、今日のお話とも絡む話でいうと、貧困であるとか、疾病であるとか、戦争であるとか、差別であるとか。だから、その不幸を除去することが政治の役割であるというふうに、菅直人衆議院議員は当時のマニフェストに規定されたわけでありますね。
 私は、これの考え方に基本的にはそれは理解はできるんですが、その発想自身をひょっとしたら別の視点で見直すことも必要かなと思っておりまして、要は、確かに不幸の少ない社会は幸福度が高いというふうにつながる牽連性はあると思うんですが、じゃ不幸の要因がなくなれば幸せになるかと、幸福度が高まるかというと、ちょっと違う要素も介在するような気がしておりまして、そこが一つは、今日、池本参考人のお話を伺って、最も幸福度が高い国であるノルウェーの話として、親であること、子であることの幸せということをおっしゃった。これはどういう意味なのか。
 さらに、議論として御紹介された中で、これは池本参考人のプレゼンテーションの二十四ページに、「人々のつながりの構築」というようなことが書いてあって、恐らく社会的包摂というようなことの概念につながってくるような議論かなと思っておりましたし、さらに、後ろの方にニュージーランドとかイタリアとかいろんなところの絵入りのいろんな運動みたいなものを御紹介されていて、最後、時間の関係でもう少しここら辺詳しく聞ければいいなと思ったんですが、ある意味ではこういう地域とかいろんな運動へのコミットメント自体が、それはサービスの受益者である、例えば子供たちとか家庭にとっての幸福度であると同時に、そういうサービスをつくり出すこと自体がある種のつくり手の方の幸福度を上げている。
 例えばイタリアの時間銀行のところで、親が支援の受け手ではなく支援する側にもなる工夫が必要というようなところに、そういう僕はニュアンスを受け取ったわけでありますが、私自身のいろんな地域での実例を見ても、今、日本でコミュニティー・スクールというのがすごく増えていまして、私の地元にも一番最初のコミュニティー・スクール、たしか七校か八校あったと思いますけれども、そのうちの一つがあるわけですが、そこに参加をして子供たちを育てることに参画している方々自身が、無償で労働を提供しているわけだけれども、その地域にコミットをする、あるいは子供たちを育てるということ自身によって自らの幸福度が明らかに上がっているわけですね。これはお話を伺って、自分の家内なんかもそういう活動に参加をさせていただいて、その実体験をもって感ずるわけでありますが、要は、労働時間を減らすということが幸福、確かに過ぎたる労働時間は人の幸福を奪うというふうに思いますが、しかしさっきの社会参画とか、あるいは小峰先生がおっしゃったやっぱり労働化率を高めていくというのは、単に付加価値を増やすということだけじゃなくて、その人たちの社会的なコミットメントとか、あるいは社会にきちんとそういう方々の居場所をつくるということも含めて幸福度を高めていく。
 したがって、要するに私が伺いたいことは、不幸を減少する、例えば失業を減少するということだけではなくて、その労働はひょっとしたら労働時間が増えたとしても、その労働をどういうふうにとらえるかということにもよりますが、そのことによって、社会、地域の中に自分がつながりを持つとか、その地域の中での評価を受けるということ自身が、個人個人にとって、あるいは社会にとって幸福度の増大につながるような気がしていて、私が今るる申し上げましたようなことを踏まえまして、池本参考人、小峰参考人、両先生にそもそも幸福というのは何なのか、あるいは先ほどから両先生がおっしゃった、例えば小峰先生がおっしゃった労働参加率を高める中で、単に生産活動に従事する人を増やすということだけではなくて、その人たちの内面的な満足度ということを高めるということも含めてどのように評価をされるか、その辺りのことについて御意見を伺いたいと思います。
#9
○参考人(池本美香君) 先ほどちょっと時間が足りなくて御紹介できなかったニュージーランドのプレイセンターがまさに参加している人を幸せにしている活動だなというふうに思っておりまして、私自身は、どちらかというと、本当まさに偏差値教育、受験戦争をいかに効率的にやるかというような、そういう価値観でずっと過ごしてきまして、保育政策の議論でも、できるだけサービスを安い価格で提供するですとか長時間預かるというところに元々はすごく共感していたんですけれども、その中で、ニュージーランドを担当してこのプレイセンターを知って、また全然違う価値観、つまり自分が人と競争して勝つことじゃなくて、協力してみんなでつくることが一つの価値として社会の中で位置付けられていて、それがまた一つ幸せになる、むしろ競争するよりもそっちの方が幸せになれるんじゃないかということに気付いて、これにちょっとのめり込んでいるような感じなんですけれども。
 今の少子化をもたらしている私たちの世代というのは、すごく競争に勝とうとか効率的にということでやれば幸せになれると思って頑張っているけれども、その先には余り実は幸せでないんでないかというか、子供も結局産めなかったとか、結婚もできていないし、地域にコミュニティーもあるわけじゃない、仕事だけやっていたけれども、仕事の方も何かこういう環境で、そこが駄目になってしまったら何もないというような感じで、それでいろいろうつ病の人が増えたりとか、すごく自殺があるとか、暗い状況が広がってきている中で、逆に、自分が何かというんじゃなくて、人に自分が何かしてあげること、自分の能力をこの社会に生かすということが幸せになるというメッセージをもっとこの少子化対策の中で私は発信できればなと思っておりまして。
 プレイセンター、ちょっと漠然としているんですけれども、要は協働保育のような形で自分たちで子供を育てるというグループで、ただし、突然やろうとしても、日本でも自主保育ありますけれども、それは相当能力、意欲のある人しかできないので、それをだれでも参加できるように親たちが学ぶ学習システムもそこにセットになっていまして、そこで学びながら、そして学び合うというその体験もまた人の助け合いというか、人に助けられたりまた自分でだれかを助けてあげたという、そういう積み重ねがあってコミュニティーができていく、それが小学校の教育などにも参加するきっかけにもなっているということがニュージーランドでも評価しているわけでして、そういう中、日本は今何かコミュニティーをつくろうとすると、すごくつくりにくいです。例えば、人に何かを聞いて助け合うという必要はなくて、何でもインターネットで情報を取ればそれでもう終わっちゃって、だれともしゃべらないけれども一応用は足せているという、そういう環境になってきていますので、あえて自分が助けたり助け合ったりという機会を意図的につくり出していかなければもうコミュニティーの再生はできないのではないかなと思って、こういう協働保育に親たちがかかわる、そこで親がつながるという仕組みを広めていきたいと思っています。
 イタリアの時間銀行の取組も、やはり近所の助け合いというようなことがなくなってくる中で、これもイタリアの面白いところは、単にみんなで集まって助け合いましょうといっても怖くてみんな入れないので、そのグループに入るときは、保証人を三人かなんか立てて、その会議で承認された人だけしか入れないという、一応そういう安全にも配慮しながらコミュニティーをつくって、それで時間で一時間サービスをしたら一時間サービスを受けるというようなやり方なんですけれども、それを何度かやっているうちに関係ができてくると、気軽に昔みたいにちょっと何かやってくれないというようなことで助け合えるような関係が築けるということで、その方が、昔は自然にあったところをあえてイタリアとかニュージーランドはそういう仕組みを入れてつくっていくということが非常に日本でも参考になるんではないかなというふうに思っています。
#10
○参考人(小峰隆夫君) 私は二つ申し上げたいと思います。
 まず、幸福度というものをどれぐらい客観的に測れるかというのは、私は相当怪しいというふうに思っております。
 というのは、一人当たり所得といったようなかなり確立した概念で比較するときにはかなり厳密に国際比較等ができるし、増えた減ったという議論ができるんですが、幸福度というのは一人一人の感じ方の問題ですので、自分たちは本当はほかの国から見れば幸せなのに、自分は幸せでないと思っている人もいるかもしれませんし、逆の場合もあるということで、どの国が幸福度が高い低いというのを一概に言うことはかなり難しいと。特に私、経済をやっていてすぐGDPとか所得とかそういった話をするので、そういった次元から比べると相当難しいのではないかという気がします。それは、決して幸福度を高めることが意味がないと言っているわけではなくて、それを国際的に比較するのがどれぐらい意味があるのかというのが疑問だということを申し上げたいわけです。
 それからもう一つ、今、松井先生がおっしゃった働くということが幸福度と非常に関係があるというのは、私は全くそのとおりだと思います。経済学の問題点は、労働というのは苦役、苦しいことをする対価として賃金があるんだという考え方をするんですけれども、最近の考え方でこれはどうも間違いじゃないかという考え方が随分出てきていまして、つまり労働というのは決して苦しいことばかりではないということで、これはやはり自分の能力が社会に生かされているという実感を得るということでもありますし、それから自分と社会がつながっているということを示すのはやはり労働を通してしかなかなかできないのではないかということですので、そういった意味で重要だと。
 それから、これは一つの例を申し上げますと、私、かつて環境庁でも仕事をしたことがあるんですけれども、そのときの経験で、公害で海が汚染されて、ある企業が、捕れた魚が臭くて市場に出しても売れないということを補償するということで、今までどおり魚は捕っていいですと、その代わりそれを市場価格で買い取りますということを企業が提案したということで、それを実際にやったことがあるんですけれども、実際に漁業関係の人に聞いてみると、これほどむなしいことはないと。つまり、漁業をやって魚を捕っても、それが市場に出ることなく捨てられてしまう。もちろんその所得は得るんだけれども、そういう状態になってみると初めて、今まで自分たちが所得を得ていてうれしかったのは、自分たちが捕ったものがだれかが食べてくれるということにつながっているからうれしかったのであって、今の状態は決して幸せじゃないというようなことを聞いたことがあるんですけれども、それは、やはり単に労働をして賃金を得ればいいということではなくて、その労働の成果がどういう形となって社会につながっていくのかという点が非常に重要だというのは、私もそのとおりだと思います。
#11
○松井孝治君 ありがとうございました。
#12
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。
 その他ございますか。
 山田俊男君。 
#13
○山田俊男君 池本先生、小峰先生、大変ありがとうございました。多くのことを勉強できました。
 両先生のお話をかいつまんでといいますか、こんなふうにまとめていいのかというふうに自分でちょっと整理してみますので、それぞれ両先生の御意見を伺いたいというふうに思います。
 一人当たりの国民所得が向上するというのは、一番の幸福度の対策ではないけれども、まあ一つの要素であると。ところで、我が国は国民所得向上に向けて邁進、邁進を続けてきて、それで間違いなく相当の生活レベルと豊かさを実現してきたというふうに思うんですね。とりわけ女性の、これは小峰先生もおっしゃったように女性の社会進出もそうでありますし、就業の機会の拡大も進みました。当然のこと、女性も男性に負けないように自立します。教育も受けます。当然のことだというふうに思います。
 ところが、例えばこれは女性が子供をどうしてもつくるということがあるわけですが、子供をつくると、これは池本先生がおっしゃったようにキャリアが失われるというような問題があったり、それから、そんな中で、自立心と関連して競争とか、それから長時間労働にどうしても競争の中で陥ってしまうということがあって、要は、働きやすい、それからゆとり実現の政策がもうほとんど付いていかなかったというふうに見ていいのかどうかなんですね。池本先生おっしゃるように、親と子の幸せを実現するというこの政策が十分徹底し切れてこなかったということなのかもしらぬと思います。
 この親と子の幸せを実現することが付いていかなかったというところの背景に、全体の働く女性や男性の意識、それから国民全体の合意みたいなものもなかったり、それから、これは反省点ですが、政党の理念もそこまで追い付いていっていなかったということかもしれませんし、それから、その背景について、これは、池本先生これもおっしゃいましたですが、ヨーロッパで政策をつくるための自覚的な政治への参画みたいなことをおっしゃっておられましたけれども、そうした国民の政治への働きかけがそういう面では不足していたということで、やはり制度的な仕組みを要はこういうことを背景にしてつくり切れてこなかったということを私は両先生からお聞きしたというふうに思うんですが。
 さて、この政治への参画も、それから国民の合意も、それから意識の徹底ということも、とりわけ親と子が共に生きるといいますか、そういう観点からして欠けていた、そういう制度的仕組みをつくる働きかけの中で欠けていたものは何かと、もう一回もっと踏み込んでそこを考えたときにどんな要因があるのかということをお聞きしたいというふうに思ったんですが。
 私は、どうもその背後には、共に生きるということとか、それからそのための社会的意識や公共的な意識という、どうもここが本当に我が国、例えば我が国の場合はちゃんとそういうものが備わっていたのかどうか、これを醸成してきたのかどうかということが第一点と、もう一つは、家族を大事にするとか子供を大事にするとか命を大事にするとかという観点で、これ、宗教心みたいなものがあったのかなかったのかとか、そういう面ではヨーロッパの国々との間の、類型化して物を言うわけじゃありませんが、宗教心の十分醸成されていないという、そういうことが背景にあったんじゃないかなというふうに思うんです。
 十分な理解になっていないかもしれませんので、是非この点について両先生からお聞きしたいというふうに思います。
#14
○参考人(池本美香君) まず、日本でもある程度女性の学歴も高まってきて、女性の参画も進んでいますけれども、先ほど小峰先生の方からもお話ありましたけれども、問題なのは、キャリアというか能力があってもそれが発揮できないという高学歴女性の問題が特にあって、それが、何か日本は長時間働いている人だけが立派な仕事をしているという、一人で何ができるかという、個人でばらばらにしてその成果を図るのがすごく強いような気がしていて、先ほど紹介したニュージーランドのプレイセンターというのはそこの発想が違って、個人で何ができるか、人より自分が何ができるかではなくて、人の細かな力とかいろんな多様な能力を合わせることによっていいものができる、それで社会が良くなればそれも自分に恩恵があるという、そういう能力というか仕事に対する感覚があって、私なんかも、同僚とかで、例えば上司なんかも女性を活用しますと言っても、その活用するというのは、もうばりばりに働いてもらって、子供は全部保育所に預けてというようなことは期待されていても、まだ多様な働き方、それぞれの個人に合った働き方でも能力を生かしていこうというところにまではまだ行き着いていないと思います。
 実際、私たち世代のある程度学歴の高い女性は、そこまでぼろぼろになるまでとか子供に全くかかわれないような働き方をするつもりはないし、それじゃ、そこまで、仕事中心ではなくもっとバランスの取れた生活を送りたいと思っているんですけれども、そういう人たちのルートが本当に社会の中に準備されていないということで、そこはまず女性の本音のところをきちんと聞いてこなかったんではないかなと思います。
 それは、やはりマスコミなり、まあ政治家というのかよく分からないですけれども、その政策などを決めていく研究者などの責任なのかもしれないですけれども、そこが、そういう人たちとちょっと感覚が違う特殊な女性が女性のことをリードしていっているようなところがあって、もっと幅広い多様な女性の意見をきめ細かく聞いてやる必要があって、それが、私個人の体験では、これまで例えば新聞記者の方とかは私のようなもう少しゆとりを持ってというのはほとんど取り上げてもらえなかったですけれども、最近私より若い記者の方はすごく共感していただいてそれを記事にしていただいたりということなので、そこのマスコミなりの社会をリードしていくところがそういう女性の多様な本音の部分を吸い上げるということが必要だと思います。
 それは女性のことと併せてあと子供のこともそうで、子供の声を政策に反映させるということを積極的に行ってきていなかったように思いまして、諸外国のいろいろ保育政策などの議論を見てみますと、もう政府がこういうことを考えて、それについてどうですかと何度もやり取りをして、審議会だけで決めるんではなくて、それぞれ個別のタウンミーティングみたいなところで全部意見を集めるような活動をやって、生の声を集めて政策が組み立てられていると思うんですけれども、そこの作業がやはりもう少しきめ細かくやっていかないと、本当の幸せになりたいと思っている子供や親たちのことが対応できないんではないかなというふうに思います。
 それからあと、政治のことは、私も元々は日本と外国でどう制度が違うかしか調査をしていなかったんですけれども、じゃなぜ外国ではこういう制度ができていて日本ではできないのかということが今は研究というか調べなければいけないことになりつつあるわけなんですが、その中でやはりスウェーデンなどだと、どういうふうに自分たちの社会ができていて、それを変えるためにはどういうふうなルートがあるんだ、選挙はどういう意味があるのかというふうな教育がすごく入ってきて、小学校、中学校のところでかなり重視されていて、日本はどちらかというとそういうことよりも、例えば算数ができるかとかそういう受験に有利なところの教育がどうしても優先されてきてしまうので、本来、社会にとって最も必要な部分の教育がそういった国と比べると欠けているか弱いんではないかなと思います。
 私自身も、思っていてもそれを変えるルートというのが、もうちょっと前の世代ですともうちょっと運動をするとか何か行動もあったと思うんですけれども、そういう行動もなかなか起こす、選択肢にそういうのがない世代になってしまっていますので、そこが、最近NPOとかで自分たちで活動して社会を変えていこうという動きも出てきていますけれども、そういうところをもっと育てていく必要があるんだと思います。
 私自身は、なぜこういうふうに変わらないかといったときに、そういうことを変えられる教育をしていないのかなということで、教育の問題も非常に重要ではないかなというふうに思っています。
 長くなりましたけれども、以上です。
#15
○参考人(小峰隆夫君) 今御指摘の公共的意識ですとか宗教心ですとかそういった面については私は余り判断する能力がないんですけれども、私はずっと経済をやっているんですけれども、経済的な発想というのはどういうふうに考えるかというと、何か我々の行動の結果としてまずいことが起きたときに、それは一人一人の基本的な考え方、思想が悪いんだという発想をするのではなくて、一人一人が自由に自分の好きなようにやった結果として問題が起きるのであれば、それはそういう問題が起きるような行為をさせるような仕組み、環境が悪いんだというふうに考えるのが普通の経済的な考え方ですので、人々の行動の本来の公共心とか宗教心というのはふだんから余り考えないという癖が付いていて、余り考えたことはありません。
 むしろ、私自身は、やはり社会的な制度とか仕組み、慣行、人々の考え方、常識的な考え方というのが問題ではないかというふうに思っていて、その最大の問題は私自身はやはり働き方の問題だというふうに考えています。
 この点は、日本で今ちょっと不況になってきているものですから、もう一回終身雇用がいいんだという発想が物すごく強くなってきて、私自身はちょっと、ややまずいかなという気がしているんですけれども。つまり、終身雇用とか年功賃金という考え方をするとどういうことが生まれるかというと、どうしても男性中心になるんです。というのは、女性は途中で結婚退職するかもしれないリスクがあるということですので、どうしても男性をコアの労働力にする、女性は周辺労働力だという位置付けをしてしまうということになりがちだ、正社員を優遇して非正規は調整労働力だということになりがちだということですね。
 それで、日本は先進国の中でかなり残業時間が長くて、それから正規、非正規の賃金格差が大きくて、それから男性の家事参加が低い、これはさっき池本さんが言いましたけど、そういった非常に特徴があるんですけれども、これはすべて私は働き方に原因があるというふうに考えています。
 これが仮に終身雇用的な慣行ではなくて、人々の能力に応じてキャリアが形成できるというふうになっていって同一労働同一賃金だという条件が形成されていけば、女性は、いったん辞めても、能力さえあれば、子育てが終わった後、自分の能力にふさわしい職場を見付けやすくなるということですが、日本ではこれが、どうしてもコアの労働力は、長期雇用でずっと鍛えている人がコアの労働力だということになるので、いったん出てしまうと入れなくなってしまうという、再参入が難しいということになります。逆に言うと、そのために、女性は結婚して子育てをするか、子供を産まないでとどまるかという二者択一が非常に厳しくなるということですね。
 だから、逆に言えば、私はこれは少子化の原因でもあるというふうに考えています。というのは、女性が男性と同じように共同参画してくるということはこれは必然的な流れだというふうに考えると、その必然的な流れと長期雇用中心の雇用慣行というのは合わないというふうに思います。それで、合わないということがいろんな格差の問題とか少子化問題を生んでいるんだ。したがって、少子化問題が問題なのではなくて、男女共同参画社会にふさわしくない雇用慣行を持っているということが問題だというふうに私は考えています。
#16
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。
 それでは、その他、よろしいですか。
 松あきら君。
#17
○松あきら君 公明党の松あきらでございます。
 池本先生、小峰先生、本日は大変にお出ましをいただきましてありがとうございます。外国のいろいろな事例ですとか、本当に様々なお話をいただきまして大変勉強になりました。
 私の雑駁な思い等も述べさせていただきたいと思います。
 両先生とも共通していらしたのは、人口が減少することがすなわち幸福度が下がるということとは直接関係しないということであると。それとまた、経済規模とまた幸福とも関係しないと、それは一人の所得とまた国の所得は別ということもあると思いますけれども。
 いろいろお話を伺っていて大変難しいなと思いましたのは、幸福度というのは本当に人それぞれ思い方でかなり違うと。けれども、もちろん所得がないよりはあった方が、それはもうもちろん幸福度、一般的な幸福度から考えると所得が高い方がいいわけですけれども、近々の調べではないんですけれども、少し前には高齢者の自殺率が、北欧の老人の方の自殺率が高いという統計を見たことがあるんですけれども、これを見たときに、非常に私も、すべてが整って恵まれているはずの北欧の高齢者の方になぜ自殺率が多いのだろうか、そういう諸制度がすべてそろっていても、それと例えば心の在り方というものは必ずしも一致をしないのかなという感想を持った次第でございます。
 それから、今、確かに私は、プレイセンター、親が子育てをする権利というのはすごく大事な権利、これをちょっと見失っているところもある。もちろん、子育てができないという面もあると思うんですけれども、その中で、親も共に育てる、親育てというんですか、それを池本先生おっしゃっていて、私も本当に、実は子供さんを見ていると親御さんの姿が分かるって変ですけれども、今かなり、例えばモンスターペアレンツなどという、先生が少し何かお話をしただけでかっと逆上するような御両親ですとか、親御さんの方を教育した方がいいなんていう例も多々あるようですけれども、日本ではなかなか、例えば親育てなんて、言うだけでいろいろなハレーションが起きるような、そんな状況にもなっているんじゃないかななんていうふうに思うわけでございます。
 例えばいろいろな諸外国の例があって、私も、一つはまさに政治が非常に大事で、どういうふうにこれから子育ての政策あるいは福祉政策を持っていくかというのは非常に大事なことで、けれども今は百年に一度と言われる経済危機の中で、小峰先生もいろいろおっしゃっておられましたように、日本は外需中心の、輸出依存型の日本経済はかなりこの不況のあおりを食っている、御存じのような状況であるわけでありますけれども。
 そうしますと、今この状況で、この百年に一度と言われる経済危機の状況の中で、逆に働き方の見直しとか我が国の経済、あるいはそういうものを見直していくことがこうした子育てやあるいは雇用やそういうことを変化させるもとになるのではないか、まずそこから見直していかないとそこまで行かないのじゃないかと私が思うことが一点であります。
 それについて両先生どう思っていらっしゃるか、どう感じられるか、お話しいただきたいと思います。
 それから……
#18
○会長(矢野哲朗君) 一回そこで切ったらいかがですか。
#19
○松あきら君 はい、分かりました。
#20
○会長(矢野哲朗君) それぞれまだ残っているようであります。取りあえずここで切らせていただいて、ひとつお考えを述べていただきたいと存じます。
 池本先生、お願いします。
#21
○参考人(池本美香君) 今こういう経済環境で、不況になって雇用不安で、雇用機会がどんどん縮小するというタイミングは、私自身も、本当にその限られた雇用をどうやって分けるのか、そしてこれまで雇用、雇用というか経済活動の方ばかりで社会のことを考えていたわけですけど、その見られていなかった子育てだとか地域活動も、それもある意味で仕事なわけですけれども、そことその経済的な、収入を伴う仕事をどうやって人々の間で分けていくのかという議論をまさにするタイミングで、もう一回見直す、私もいい機会だと思っています。
 ですので、今ちょうどこの前には認定こども園の会合に出てきたんですけれども、保育の議論の中でも、日本は今これだけ財政難だから、保育にお金が掛けられないから、保育所はどちらかというと安上がりにしようという議論なども出てきているわけなんですけれども、逆にフィンランドなんかの、これは学童保育の、今調べているところでは、そうやって質のいい学童保育をつくって、そこに質のいいスタッフをきちんとした処遇で雇用することが雇用創出にもつながるということを言っていて、この子育ての分野で逆に雇用創出ですとか人々の生きがいを生み出していくということを併せて今のタイミングでは議論する必要があるのかなと思います。
 それから、あとモンスターペアレントのお話もありまして、私自身もまさに今モンスターペアレントになるのではないかと。今三歳の娘がおりまして、時々かっとなって自分を見失うようなことが多々あって、それはだからなぜなんだろうといろいろ考えてみて、それは教育というだけではなくて、私も頭の中ではいろいろ分かっていても、やはり現実的に、例えば私もほとんど母子家庭のような形で、夫が長時間労働なので、一人で抱えてしまっているストレスですとかそういう、余裕がない、あるいは頭の中でどうしても競争的な価値観が働いてしまって、このことをやっている間に仕事に遅れが出てしまうんではないかという、そういう何かもろもろの思いがあって爆発してしまうようなことも実際にあって、親を教育するというんではなくて、プレイセンターの中でも親がもっとリラックスできるとか、もう少し何か困ったときに助け合えるですとか、そういう、先ほど小峰先生がおっしゃったように、環境をどうつくっていくかということを併せて議論していかなくてはいけないかなと思っています。
 あと、さっきこの中で取り上げて余り触れられなかったところでなんですけれども、自然環境とか例えば建築の空間の問題というのが、外国の例を見るとすごく、それがあるから子育てが楽しいんだなと思えるようなことが幾つもあって、今、日本ですと、保育園の園庭はなくてもいいとか、園も広さだけの話で、そのデザインだとかそれが自然に恵まれているかとかほとんど議論にないんですけれども、本当に自然の中にいるとみんな人の関係が穏やかになって子供もリラックスできますし、この一つ事例で取り上げました学校の森という日本のNPOの活動などでは、学校で子供たちがすごくいじめなどでストレスを抱えているところに校長先生が学校の一角に森を造ったことで、子供たちが何かあるとそこの森に入って自分で心を落ち着けたりということで、すごく学校の教育がうまくいくというか子供たちにもいい影響があったし、またそこに地域の人たちが来て地域のコミュニティーなども生まれるということで、何か自然ですとか空間を考えるということも、今改めて日本の今後の幸せということを考えると、考えるべき点なんではないかなというふうに思っています。
 済みません、長くなりましたけれども、以上です。
#22
○会長(矢野哲朗君) それから、質問の一つに、制度がかなり充実しても自殺者がかなり多いなというふうな問題点はいかがお考えかなという意見もあったと思うんですけれども。
#23
○参考人(池本美香君) 私、済みません、高齢者の自殺率のことは把握しておりませんでしたので、また政策的にも子供のところばかり見ていますので、ちょっとそこのところは分かりませんけれども。確かに、日本というか、ニュージーランドを前調べたときには子供の自殺率が非常に高かったことから政策が動いたというようなこともありましたけれども、ちょっとそこは申し訳ありません、北欧の高齢者のことについてはお答えできません。
#24
○松あきら君 ありがとうございました。
#25
○会長(矢野哲朗君) 次回の課題にいただきたいと思います。
 それでは、小峰先生、お願いします。
#26
○参考人(小峰隆夫君) 私は、現在の経済状況の中で、短期的な問題と中長期的な問題をどういうふうに整理したらいいのかという、ここは実は議論が大変混乱しがちなことなんですけれども、今我々が直面している問題というのは、これは短期的な需要が落ちてしまったという問題で、それで雇用が脅かされているという問題ですので、これ簡単に言えば、病気になって肺炎になりかけているという状況ですので、これはやっぱり緊急治療が必要だということで、そういう人に対して健康になるためには乾布摩擦をやったらいいよとかジョギングしたらいいよというのはずれているわけですよね。ですから、そういうときに、緊急の病気を治療するのか長期的な体力を増強するのかというのは分けて考える必要があるということだと思います。
 ただし、中長期的な問題として出てくるというのは、それがあったために今みたいな危機になったというわけではなくて、危機になってみたら問題点が分かってきたということは幾つかあるわけです。例えば、よく輸出依存だったと言うわけですけれども、じゃ輸出はしない方がいいのかと、国際競争力は高くない方がいいのかというと、これは決してそんなことはないわけで、私は輸出できるものはどんどん輸出した方がよいと、国際競争力はどんどん強めた方がよいと思います。問題は、その輸出で稼いだ所得が国民に十分回ってきて、みんながそれを使って国民生活が豊かになるということが大変重要なのであって、多分そこがうまく回っていなかったのではないかというのが大きな問題だと思います。
 それから、雇用の点では、景気がいいときに雇用を増やさなければいけないわけですけれども、そのときに非正規を中心にどんどん増やしていったと。それで、増やしていったんだけれども、セーフティーネットが不十分なまま非正規がどんどん増えていった中で、今度は景気が悪くなってみると非正規を中心にどんどん雇用を調整していく、セーフティーネットがうまくないということの問題点が分かってきたということですので、そういう問題点についてはこれからも真剣に、せっかくこういう機会で分かってきた問題点にどう対応するのかというのを真剣に考えるべきだと思います。
#27
○松あきら君 ありがとうございました。
 ほかの方がまたあれしてから……
#28
○会長(矢野哲朗君) いえ、途中で私、制止しましたので。
#29
○松あきら君 いいですか。
#30
○会長(矢野哲朗君) はい、どうぞ。
#31
○松あきら君 済みません、ちょっと時間が。会長がいいとおっしゃってくださったので。
 小峰先生、社会保障に関して、世代間対立に対して大変興味深い論文書いていらっしゃって、ゼロ歳児を含めてすべての国民に一人一票を与えて、子供の分を親が投票する、これとても面白いなというか、済みません、私ちょっと興味を持ったのでこの点について一つ伺いたいのと、それから両先生に、やはりワーク・ライフ・バランスというのはもう絶対に必要で、これがないともちろん進んでいかないんですけど、簡単に言えば一番のワーク・ライフ・バランスを進めるためのキーポイント、一言か二言では言えないかもしれませんけど、ここだけは外せないという点、お願い申し上げます。
 以上でございます。
#32
○参考人(池本美香君) ワーク・ライフ・バランスを進める上で私は二つあるかなと思います。
 一つは、よく男性になぜ労働時間短くしないのかと言うと、休んでもすることがないからだということを言う方がいて、実際に子育ての現場で父親参加と言われていますけれども、先ほども、ファザーリング・ジャパンという父親の参加の方も委員会で発言されていましたけれども、居場所がやはりまだ男性を地域に受け入れる体制ができていないということがあって、それは家庭でもそうなのかもしれませんけれども、空間ですとか地域に男性がいると、何かこの人、職がないのかとかそういう余計な心配をされてしまうとか、その辺のことを、もっと男性が仕事以外のことに参加することが普通だと言えるような、思われるようなそういう雰囲気づくりですとか、あるいは具体的にそういうものに参加したくなるようなプログラムというかそういう場をもっと地域の中につくっていくということが重要で、保育なんかですと、プレイセンターのような形で親がどんどん参加するような保育の活動などをやり始めると、父親が言わなくても早く仕事を切り上げてそっちの活動に入ってくるということもありますので、まずそういう拠点というか参加をする場を、それは男性だけではなくて女性もなんですけれども、つくっていく。もっと面白そうなことですね、何か消費するということではなくて、地域で自分たちの地域を良くするとか、自分たちの子供の環境をこうやって良くできるんだというような、何かそういうやりがいのある面白いことを地域に増やすことが一つあろうかと思って、そこにも、私のプレイセンターはそういう意義もあるんじゃないかなと思っています。
 それからもう一つは、やはり先ほども申し上げたんですけれども、仕事の評価について、何か長時間やることが一番いいことというんですか、ちょっと労働時間を短くすることはすごくサボっているとか、その人は信用できないとか、何かそういうのがしみついてしまっているのが非常に問題で、外国で、その辺は私もワーク・ライフ・バランスの方は余り重点的には調べていないんですけれども、ジョブシェアリングという一つの仕事を二人で持つというやり方が結構ヨーロッパやアメリカなどでは聞くらしいんですけれども、それが日本の場合は普及していないので、もしそういう例えば専門的な仕事を二人で請け負うことによって、外国はなぜそれをやっているかというと、二人の頭脳を活用して一人分のお給料でいいというようなこともあって、むしろ企業にとってもメリットがあるという、アイデアをたくさんの人からもらえるんだというようなことから普及しているということなんですけれども、何かそこをもっと、仕事をもっと小さな固まりにして、その人もきちんと働いている人として正当に評価していくことですとか、またチームでやることでも一つの仕事として評価していくような、その評価システムを変えることが一番、まあ大分最近、サービス産業、そういう人を評価しないというような動きもあるんですけれども、まだ働いている側の頭の中には早く帰ったら評価が下がるんではないかとかそういう心配があって、どうしても長時間労働になってしまうというところもありますので、その評価の問題と、あとは仕事以外でやりがいのあるというか楽しいことをもっとつくっていくという二つかなと思っています。
#33
○参考人(小峰隆夫君) どうも御質問をいただきまして、ありがとうございました。
 参考資料でお配りしている私の著書の中でそういった話をしておりますので御質問をいただいたんだと思うんですけれども、その後、更にほかの分析もしておりまして、それも含めてお話をさせていただきたいと思いますが。
 我々、普通、政策と言うときに、どういう政策がいいかということをよく議論するわけですけれども、それに加えてもう一つ重要なことは、それが実行されるかどうかということが大変重要だということです。
 これはどういうことかというと、それが民主主義のプロセスの中で採用されるかどうかということです。民主主義というと、民主主義はいいことだということで、民主主義を批判してはいけないという、何となくタブーになっているような感じがあるんですが、しかし、民主主義といってもいろんなやり方がある。投票の仕方もいろいろあるし、国会議員の選び方もいろんなやり方があるので、どんな民主主義がいいのかという制度を比較するということもこれは非常に重要だということで、これは経済学でも随分取り上げているわけです。私自身も大変興味を持っているんですが、これがうまくいかないケースというのを民主主義の失敗というふうに呼んでいるわけです。
 これはあり得るということなんですが、例えばどういうことかというと、当然選挙権を持っている人は投票するわけですけれども、これから高齢社会になっていくと選挙民の構成がどんどん高齢者が増えていくということになります。しかも、これ単なる投票者のピラミッドではなくて、投票率も加味して計算すると、若い人は投票率が低いので、高齢者は高いんですよね、非常に。二十代の人よりも六十代ぐらいの人は二倍ぐらい投票しますので二人いるのと同じことになるので、ますます高齢者のウエートが高くなるということですね。
 ちょっと、二〇五〇年になるとどういうウエートになるかというのを私計算したことあるんですけれども、物すごく高齢者の比率が高くなるということです。そうすると、高齢者に有利な政策が採用されやすくなる、又は高齢者に有利な政策を掲げた人が当選しやすくなるという一種のバイアスが生まれるということになります。
 それからもう一つ、根本的な大問題は、我々が決めているものの中には将来の世代を縛るものが幾つか出てくるわけですけれども、その将来の人たちというのは民主主義のプロセスに乗ることができないということです。したがって、現役の世代、現在の我々は幾らでも好きなだけ将来の世代に負担を先送りすることができる。それに抗議するはずの将来の世代は議論に参加できないという大問題があると。これはかなり原理的な問題なんですけれども、そういう問題があると。
 それに対して、じゃどうしたらいいのかということで、ここから先が非常にSF的な話になっていくんですけれども、これは私のアイデアではなくて北海道大学の金子さんという人のアイデアですが、国民一人一票制というのはどうかということなんですが、これは要するに赤ちゃんからお年寄りまで一人一票、未成年の分は親が投票するという制度がいいのではないかという提案をしています。これはどういうことかというと、親が自分の一票を投ずる。それから、子供の分も投ずるときに、それはどういうつもりで投票するかというと、子供の代わりになって投票するだろうということですので、さっきのバイアスを多少なりとも、将来世代、まだ生まれたけれども選挙の資格はないという人は少なくとも親を通して参画できるということがあるというのと、もう一つは、これは少子化対策になるんじゃないかということで、要するに子供の多い人ほど投票数が多くなるわけですから、子供を持っている人が有利になるということで、私自身はこれは非常に卓抜な考え方ではないかというふうに考えているんです。
 それからもう一つは、私の考えでは、例えば年齢別選挙区というのはどうかという考えもあるんですけれども、今地域別の選挙区になっていますが、別に地域で分ける必然性もないわけなので、二十代から何人代表を出す、三十代から何人代表を出すという年代別の選挙区にすると。もちろん、六十代の人が二十代区から立候補してもそれは構わないんですけれども、自分は二十代区の人に選ばれた人間だという人が、あとは人口比か何かで各年代から何人出すかというのを決めれば、今よりは高齢者バイアスというのがなくなるのではないかということです。
 それからさらに、若い人の投票率が低いという問題をどう考えるかということですが、これはすぐに若い人は政治意識が低い、政治参加意識が低いということで片付けてしまうことが多いんですが、経済学者はこれはコストとベネフィットの問題だというふうに考えるわけですね。
 つまり、選挙をするには選挙に行くための費用が掛かる。これは時間が掛かるというのが一番大きいんですけれども、つまり、選挙に行くための時間をどうやってひねり出すかということが多いので、ある意味では現役世代は日曜日をつぶすということのコストが大きいと。そう言っては失礼ですが、もう引退した方は余りコストを掛けないで日曜日投票に行くということになるので、これを避けるためには、例えば、一週間いつでも投票できますとか駅で投票ができますとか、そういう現役世代が投票に行くときのコストをもっと低くするということが若い人の投票率を上げるという一つの手段になるのではないかという、これはいかにも経済学者が考えそうなことなんですけれども、そういう議論がありますという御紹介をしておきたいと思います。
 以上です。
#34
○松あきら君 ありがとうございました。
#35
○会長(矢野哲朗君) その他。
 大門実紀史君。
#36
○大門実紀史君 日本共産党の大門実紀史でございます。本日は、お忙しいところありがとうございます。
 先に誤解のないように申し上げておきますと、この調査会の設定したテーマ、仮説ですけれども、「人口減少によって一人当たり国民所得は高まり、国民幸福度も向上する」というやつですが、これは別に国会全体の今の認識がこうだということじゃなくて、国会全体としては、もうずっとお話あったとおり、少子高齢化どう対処するかということで基本的にはそういう議論をしているところですが、あえてこの調査会ではこういう仮説が成り立つのか一度検証してみようという逆説的なことでございますので、みんなそう思い込んでやっているということではございませんので。その上で、ですから大変奇抜な設定をしているわけですよね。その点で余りこの仮説から外れないようにちょっとお聞きをしたいと思いますが。
 今日で三回目になりまして、六人の参考人の方、ずっとまじめにお聞きをしておりますと、大体二つの意見に分かれるのかなと思って聞いています、今日も含めてですね。
 一つは、まずこのテーマそのものが成り立たないと、ナンセンスだということで、ずっと少子高齢化対策としていろんな、女性の子育て、労働環境を含めていろんな示唆に富んだお話をお聞きすると。これはこれで非常に参考になると思います。ただ、国会ではもう少子高齢化の調査会もありましたし、いろいろ研究もそこはやっているということがあります。
 問題は、もう一つのこの仮説に沿った部分なんですけれども、これは、この仮説はあり得ると、やり方によっては可能だというふうにその趣旨で発言される参考人の方もいらっしゃいました。その二つに分かれるのかなと思います。
 後者の、この仮説はやりようによっては可能だという参考人の方の御意見も大体ほぼ大きく言えば一つじゃないかなと思うんですけれども。今日、小峰参考人の方からありました、要するに少子高齢化というのは労働力人口が下がるし、就労人口も下がると。もう生産性と、今日の小峰参考人の言い方だと、参加率ですか、この二つの問題だと。生産性は一遍に上げられるわけじゃないから、参加率と。そこで出てくるのが高齢者、女性、場合によっては外国人労働者で賄っていけばいいじゃないかというのがこの三回の参考人の中で大体共通した御意見で出てまいりました。
 ただ、私は、そこでまさに幸福度との関係でずっと疑問に思っているんですけれども、みんなそこへ行っちゃうというのはちょっと疑問なんですけれども。そうせざるを得ないというか、経済的に見ればそうなのかなというのはありますけれども、それが本当に幸せなのかと思うんですけれども。
 例えば高齢者の方が、何といいますか、死ぬまで働くといいますか、働きたくなくても年金が少なくなる、働かざるを得ないと。前の参考人は、年金が少なくなってタクシードライバーをやっている方の話をされた方がいらっしゃいますけれども、私はそういう高齢者のタクシーの運転手さんと話をすると、本当に年金が少ないからもうおれは死ぬまで運転するしかないんだと。お客さんが怖いんじゃないですかと言いたくなるぐらい、そんな状況がどうして幸せなのかなと思ったりするわけですね。
 そんなおじいちゃん、おばあちゃんが町でいつまでも働いているという日本が本当に幸せな日本なのかなとか思います。そういう点では、そうならないように考えなきゃいけないんじゃないかということをちょっと半分思ったりするわけです。
 労働力足りなきゃ女性もどんどん働いてもらえばいいじゃないかと。しかし、それこそ、今のままのやり方だと、今の環境のままだとかえって少子高齢化を促進してしまう、悪循環になりかねないと。外国人労働者を入れりゃいいじゃないかというのもそう単純な話じゃありませんで、単純労働、低賃金のところにどんどん入れていくと、ヨーロッパで何が起きているかということもよく研究すべきだし、だから、そこのところまで今回の調査会のテーマ、仮説に沿って考えますと、そこのところの次の話をもうちょっとお聞きしたいなと私は思っているんですけれども。
 高齢者、女性、外国人労働者を活用していけば国民所得一人当たりは高まるからいいんだと言えるのかどうか、その辺の問題点で何かお考えがあれば両参考人にお聞きしたいというふうに思います。
#37
○参考人(池本美香君) 私も、今少子化で大変だから女性がどんどん働いてほしいというその少子化対策の方向に対して、やはり女性の立場からしてそんなに働かされてしまうということに対してすごく違和感があるということなんですけれども、でも一方では、やはり女性が自分で仕事をして所得を持って自立するということですとか、あとは仕事を通じて社会に何か自分の能力を発揮するということはそれはそれで非常に重要なことなので、そこのバランスというか、単に働かされる、使われてしまうということではなくて、もう少し女性が希望する、幸せを感じられるような労働時間なり仕事の質なり働き方の選択肢を増やしていくということが必要で、そうでなければ子育てと仕事の両立ということも難しくなってくると思います。
 あと、単純に今大変だから女性の労働力率を上げるという話なんですけれども、もう一つ私重要なのは、先ほどもちょっとお話ありましたけれども、労働生産性が本当に高いのかということですよね。今学校教育なんかの調査をしていて、学力世界一のフィンランドがこの間の何か新聞の調査だと先生の労働時間が最も短いというようなことがあって、長く働けばそれだけ生産性が上がるかということにはなっていなくて、むしろ長く働くことによって生産性が落ちているというところを日本はもっと注目して、生産性を上げるためにどういう働き方がいいのかということももっと考えていく必要があるかなと思っております。
#38
○参考人(小峰隆夫君) 私の考え方、ちょっともう少し丁寧に説明させていただきたいと思いますけれども、私も、人口が減る中で国民が幸せになっていくということはやり方によっては可能だというふうに思います。ただし、これは人口が増えていっても同じことだというふうに思います。要するに、一人当たり所得が上がっていけば幸せになりやすい環境が出るというのが結論ですので、これは人口が増えていても減っていても同じことであるという意味で、人口が減っていても幸せにすることは可能だというふうに申し上げたいと思います。逆に、人口が減ったから幸せになるということは多分ないということです。
 もう一つは、ちょっと誤解があったかもしれませんが、今日は人口を中心にお話ししましたので、人口オーナスとか労働力率が下がるんだという点を強調したんですけれども、実は本当にどちらが豊かさを決めるか、つまり、生産性が決めるのか労働力率が決めるのかというと、度合いとしては生産性の方が高いんです。つまり、働いている人は、効率的に働くという力の方が働く人の割合が変化する力よりもかなり強い。つまり、技術が進歩するとか、より発展性の高い分野で働くようになるとか、又は、もっと我々自身が能力を付ける、より付加価値の高いものを生み出す人間になっていくということが、頭数が増えたり減ったりするよりはかなり重要だということなんです。ただし、さっき申し上げたように、人口の中で頭数が減っていくということもやっぱりマイナスの要素として無視できないということで申し上げたわけです。
 頭数の話になりますと、やはり女性、高齢者に何とかならないかという話にどうしてもなるんですが、私自身も、これは冒頭申し上げたように、経済というのは人々が幸せになるかならないかというのが究極の目標ですから、幸せにならない形で参加率が高まっても意味がないというふうに思います。
 そういう観点で見ますと、しかし女性の中には、もっと機会が与えられれば、又は自分の能力をもっと発揮できる職場があれば是非働きたいという人は相当多いと思います。また高齢者の中でも、もし自分にふさわしい仕事があるんだったら死ぬまで働きたいという人は結構いるんじゃないかと思います。私もそれに近いかもしれません。そういう人がいるんですから、せっかく働く意欲があって能力があるという人にその意欲と能力にふさわしい職場があった方がいい、そうすれば労働力率は高まるはずだというふうに思いますので、幸せになりながら労働力率が高まるという道は恐らく相当残されているというふうに思います。
 更に言えば、今の働き方とか諸制度、例えばよくあるのは、女性の中でこれ以上所得が増えてしまうとむしろ税金とか負担が増えてしまうのでこれ以上は働かないという天井があったりしますけれども、これなんか非常にもったいないですよね。それから、専業主婦というのは日本では比較的優遇されていて、税金もまけてくれるし、企業は扶養手当出してくれるし、年金ただだしという、潜在的に専業主婦を優遇している制度を持っているわけですから、こういう制度を中立的にした上でなおかつ、私は専業主婦がいいですとか、私は六十歳でもう引退したいですという人は、それは自由にそうしてよいというふうに思いますけれども、現実には、いろんな条件を変えたり、それにふさわしい働き方を見直していけば、相当労働力率は高まる余地があると。
 現に、北欧諸国のスウェーデンとかそういった国々、女性の労働力高いんですけれども、これも十数年前までは日本並みに低くて、M字型カーブをしていたわけですから、これはもし北欧がモデルだというのであれば、北欧並みの幸せな国でなおかつ女性の労働力率が高い状態を目指すということは十分可能だというふうに思います。
#39
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございました。
 取りあえず一巡したのでありますけれども。
 一川保夫君。
#40
○一川保夫君 民主党の一川保夫と申します。
 ちょっと自分自身の考え方も十分まとまっていないところもあるんですけれども、今お二方のお話を聞いておりまして、ちょっと切り口を変えて質問したいと思うんですけれども、所得が増え、経済が活力を持ってくると人口が減ってくるといいますか、所得の多いことと人口の動態というのは逆比例しているようなところもあるわけですけれども、そういう観点で、先ほど来の話題の中でもあるように、私自身は田舎に住んでいるわけですけれども、都会と農村地域とを比べますと、高齢化率とか合計特殊出生率なんかでも大きく違ってきておりますし、そういうことを考えますと、大都会における少子高齢化対策みたいなものと、農村地域というか地方の所得の割と低い地域のそういう対策というふうなものを、まあある程度仕分は当然しなきゃならぬのかもしれませんけれども、先ほど来の例えば子育てに関するようなことの問題だとか、幸福度ということを考えてみた場合に、じゃ、そうかといって農村地域が必ずしも幸福度が低いかといったらそうでもないような感じもするわけですけれども、いろんなそういう問題に対する役割分担みたいなものが、都会の方と農村地域の方でそれぞれ果たす役割をもうちょっと明確にしていろいろと評価をしてあげれば、もっとこういう対策に生かせるんではないかなという感じがするわけです。
 先ほど、どこかの外国の例でプレイセンターですか、ああいうことを見ておりましても、田舎の方は強いてそういう施設を造らなくても、もう既にその空間そのものがそういう状況になっておりますから、そういうことからすると、健全な子育てということからしても、農村の果たす役割みたいなものがあるような気がするわけですけれども。そうかといって、現実問題、経済的には非常に苦しいところも確かにあるわけですけれども、これからの我が国の在り方としては、私の言いたかったというか、皆さん方にちょっと御意見を聞きたかったのは、大都会と農村地域とのいろんな対応の仕方を、もう少し何か役割分担を考えながら仕分をした対策があっていいんじゃないかなという感じを持つわけですけれども、その辺りはそれぞれいかがでしょうか。
#41
○参考人(池本美香君) 私もそれは最近気になり始めてはいるんですけれども、まだ十分考えがまとまっていないというか研究ができていない分野ですけれども、今、保育所の待機児童問題を考えてみても、問題なのは都市部だけで、子供が日本全体では減っているんだけれども、結局東京などにどんどん人が出てきてしまうのでそこが保育所が足りない、実際、地方は過疎になっていくというようなことで、待機児童を解消するのは単につくればいいというだけではなくて、地方で分散して住むというそういうライフスタイルも併せて考えていかないといけないのかなと思っています。東京をどうするかという議論ばかりなんですけれども、逆に、そういう狭いところに子供が来るということよりも、本来、自然の中で子供が過ごす方がずっといいこともあるわけで、それがなぜできないかというと、やはり地方に雇用がないということが大きい、あるいはその教育環境が十分整っていないですとか。
 ですから、そこは私自身も今後どういうふうに、もう少しヨーロッパ並みに小さく、いい規模で日本の中で分散して住んでいくようなそういうことができるのか。特に、外国などですとITのようなことで、たとえ地方にいても農業だけでない、いろんな仕事も今では可能になってきていますので、そこをもう少し新しいライフスタイルというか、東京に出てきて待機児童で狭い保育所に行って長時間預けられるような、そういうのがイメージされない、もう少し分散型、ゆとりのあるライフスタイルをむしろ地方の方からつくっていくということも今後やっていきたいなと思っております。
#42
○参考人(小峰隆夫君) 人口と地域というのも大変重要な問題なんですけれども、先ほど、日本の人口全体がどういうふうに変化するかということを申し上げて、これはある程度予想が付くという問題なんですが、各地域別に、じゃ人口がどう変化するかということを考えると、これはかなり難しい問題が一つ入ってくるということなんですが、それは、社会移動がある、人々が出たり入ったりするということですね。
 この点を考えると、実は、人口が流出している県と流入しているところと比べると、人口が減っているところが必ずしも少子化が進んでいるわけではないということが分かります。というのは、地方部の方が出生率が高い。一番低いのは東京なんですよね。だけど、東京が少子化が余り深刻でないのは、よその地域で生まれた人が働く年代になってどんどん入ってくるので、東京にとっては少子化が余り深刻な問題にならないということです。地方にとっては、人口が流出しますので、人口が減るのを何とか止めたいということで少子化対策をやるわけですけれども、実はこれは空振りになる可能性がある。つまり、せっかく子供を産むのを奨励して子供が生まれても、それが成人したら都会に出て行ってしまうということになってしまうので、これがいわゆる東京なんかが地方にただ乗りしているという議論の基になっているわけですけれども、そういう問題が出てきます。
 ですから、政策をどういうふうに割り当てたらいいかというと、実は少子化が余り進んでいない東京こそが少子化対策をやらなければいけない。地方は人口が流出するのを止めるということに力を注ぐべきだということになって、これは自立的な雇用機会をいかに生み出すかということが問題になるという形で政策の割当てをした方がいいのではないかというのが私の考え方なんですけれども。
 ちなみに、ちょっと申し上げると、人口が移動するということをどう考えるかということなんですが、今農村は、結構それはそれなりにアメニティーが高くて幸せな面もあるということなんですが、どこが幸せでどこが幸せでないかというのは、これはさっきの議論で、比べられないということになったときに、じゃ何で比べるかというときに、一つのやり方は人が集まってくるかどうかというので比べようという考え方があります。これはリビールドプリファランスということで、人々の行動が好みを表しているということですね。選挙と同じですよね。何やかや言っても選挙で勝った人が人々の意識を表しているというのと同じことなんですけれども。
 何だかんだ言っても、とにかく人が集まってくるということはその地域に魅力があるから集まってくるのであって、集まってくるということがその地域の魅力を表しているんだという考え方があるということからすると、そういう移動というのを、それが直接幸福度にはならないんですけれども、移動というのを指標にして集まってくるところにどういういいところがある、出ていくところにはどういう問題点があるのかというのを仕分をしてみるというのは一つの考え方ではないかと思います。
#43
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございます。
 その他、いかがですか。
 澤雄二君。
#44
○澤雄二君 公明党の澤雄二です。
 両参考人、今日は大変有意義なお話、ありがとうございます。お二人のお話を今日伺っていて、自分なりの感想みたいなものを述べてみたいというふうに思っておりますけれども。
 当調査会が幸福というのをテーマに選んで、大体今日ここに議員の先生方二十人以上いらっしゃると思いますけれども、幸福とは何かといったら全部意見が違うんですよね。つまり、とらえどころがないものをテーマに選んだという、無謀といえば無謀なんでありますけれども、非常に意欲的でもありますし挑戦的でもあるというふうに思って、僕はすばらしい、国会でこういうことを議論するのはかつてあったかなというぐらいすばらしいことだというふうに思っているんですけれども、ただ難しいテーマであります。
 私自身、今日、両参考人の意見も伺っていて思うんですけれども、お金、所得が増えれば幸せかといったら、多分半分以上の先生は違うだろうと思われるだろうというふうに思います。所得を物差しにしたら際限がないですよね。例えば、賃貸で部屋を借りているよりも持家がいいよと。でも、持家でも戸建てで広くて都心に近い方がいいよ、できれば別荘がいいよとどんどん人間って要求が高くなっていきますから、そんなもの政治がこたえられるはずがないだろうというふうに思います。ですから、幸せをお金で換算するのは難しい。
 ただ、両参考人が言われたように、生活ができないというのはもうこれはとんでもないことでありますから、この格差の増大については絶対政治が解決しなければいけない。社会保障その他についても、少なくとも憲法で保障されているところぐらいのことは間違いなく政治が解決をしていく、できればそれも上げていきたいというのはやっぱり政治の努力だと思うんですけれども、それがでも幸せかというとすごく難しいんだろうなというふうに思っています。
 それで、今日、特に池本参考人のお話を伺っていて感じたんですけれども、それよりも、何か社会の様々な出来事であるとか、自分が人間として生きていく中でいろんなことと遭遇するわけでありますが、その遭遇したことをどういうふうに考えるかという価値観を持つことができるかどうか、それがすごく大事なんだろうというふうに思います。
 例えば、プレイセンターを御紹介されましたけれども、私が小さいときというのは学校から帰ってくると、ただいまと言ってランドセルを家にほうり投げると外へ出るともう十何人の仲間がいて、それは学年全部違うんですけれども、いろんな遊びしました。石けりだとかゴム縄跳びだとか隠れんぼうだとか缶けりだとか、S文字って御存じでしょうか、駆逐水雷って御存じでしょうか、いろんなもう、もちろん野球もありました。
 それは、何が起きたかというと、学年差もありますから自然として上下関係だとかチームプレーだとか、ゲームのルールだとかって覚えるんですよね。それから、けんかの仕方も覚えるんですよね。仲間だからけがをさせてはいけないから、けがをさせないようなけんかの仕方というのをそこで覚えていくわけですよね。だから、自然に社会に出ていくときに必要なものを子供の時代に自分たちは享受していたなと。それが今ないので、こういうプレイセンターみたいなものが必要になってきたのかなというふうな気もするんです。
 一方、今の子供たちは、ただいまとランドセルをほうり投げると自分の部屋にこもって、場合によったら友達が来るんだけれども、何をやっているか、テレビゲームですよね。テレビゲームって基本的には相手を破壊するか殺すかなんですよね。それに熱中している子供たち、外へ出ないで。
 もう一つ僕がいかがかなと思うのは、リセットボタンを押したら死んだやつが全部生き返ってくるんですよね。そういう価値観で頭が刷り込まれている子供たちがつくっていく社会、その子供たちは将来自分たちの価値観を持つことはできるのかなということの方が心配で。
 だから、政治はさっき言った経済だとか所得だとか社会保障を上げることに一生懸命努力するけれども、もう一つ今日勉強させていただいたのは、そうではなくて、もっと大事なところの社会の基盤、自分たちの考え方をきちっと持つことができるような、考えることができるような、そういう社会のシステムをつくり上げることを同時に考えていかないと、国民の幸せということに対して政治家が答えを出せないんじゃないかなと、そういう今日感想を持たせていただいて、大変お二人からすばらしいお話を伺ったと思って感謝をしております。
 意見を申し述べただけでございます。
#45
○会長(矢野哲朗君) すこぶる私も同意見でありまして、それに対するコメントをいただきましょう。
 池本参考人、よろしくお願いいたします。
#46
○参考人(池本美香君) 今お話ありましたように、ランドセルを置いて外に行って地域があったというのは、私は全く体験がないです。家に帰ったら家で過ごしていて、兄弟とテレビを見ていたのか何をしていたのかということで、今の親は、あるいは塾に通っていたとか、親がそういう世代なので、結局子供にもビデオを見せて子守をさせているというのが、ほかのイメージがもうできなくなっちゃっていると思うんですよね。
 ですから、そこはあえて何かこう仕掛けなりをやっていかないといけないなと思いますし、もう一方では学力低下の不安もありますし、あと、そういう教育産業などが、上がどんどん少なくなってくるので、どんどん下の小学生、幼児教育の方にもどんどんマーケティングが入ってきて、どんどん教材なりビデオだとかそういうものが家庭に入ってきて、結局、お金を出してそれを与えておけば親は一応責任を果たしたような気分にさせられてしまうようなところもあって、そういう、ますます子供同士の人間関係、特に異年齢とか、あと、先ほどの認定こども園の議論の中で、やっぱり認定こども園って子供にとってのビオトープではないかというような話があって、要するに多様な生物がいるという、そういう空間が生物には必要なんですけれども、人間にとっても、子供にとって昔はもっといろんな、自然もそうですし、あと、おじいさんおばあさんがいたりとか、いろんな人に囲まれて生活していたのが、今の子供、まあ自分の娘なんかを見ていてそうですけれども、保育園にいた先生と自分の親で、もうそれ以外にほとんど接点がないということで、そういう何か不自然な、生物として不自然な環境を変えていくために、人的なこともそうですし、自然の環境もそうですし、総合的に意識的にやらないと、本当にテレビゲームと幼児教育教材で育った子供が将来どんな国をつくっていくかというのは非常に不安に思っています。
 それで、ちょっとこれも紹介できなかったんですが、今イギリスの先ほど子供の福祉の中でいろいろ取組が活発化しているという話をしたんですけれども、面白いのは、遊びとか、あと、創造性とか、もちろん学力を上げるためにはむしろその周りの教室以外の学びというか体験がなければ学習もうまくいかないしということで、すごく遊び場の充実とか、例えば音楽教育で歌を歌うとか、何かそういう余り日本ではその辺、学力だと学力だけに行っちゃうんですけど、そうじゃない体験をどう充実させていくかということで、遊びの国家戦略なんかも二〇〇八年にできたりとか、すごくそういう総合的な、本当にそれこそ生活のベースのところが議論されていますので、そこをもっと日本ももう少し視野をがっと広げて総合的にやっていかないと、幾ら一部分の例えば保育所だけをやっても、その周りの基本的な家庭だとか地域のことがなければうまくいかないなというふうに思っております。
#47
○参考人(小峰隆夫君) まず、所得と人間の幸せというものの関係はさっき私が申し上げたとおりです。所得さえ高ければみんな幸せになるとは限らないけれども、所得が低い状態ではちょっと幸せにはなりにくいし、所得が高い方が幸せになる環境をつくりやすいということだと思いますので、条件を整えるという意味では所得をなるべく上げた方がよいというふうに思います。
 しかも、日本の一人当たり所得はまだ先進国の中でそんなに高くないわけですので、もしこれが、日本の所得は先進国の中でもう有数に高い、だけど幸せでないというんだったら所得でない幸せの道が何かあるんじゃないかということを考えてもいいと思うんですけれども、まだ所得も十分高いとは言えないので所得を上げるということをもっと考えても当然いいんじゃないかというのが私の考えです。私の周りではもっと賃金上がったらいいなというふうに考えている人は山のようにいますので、所得を上げるということは即かなり皆さんが幸福になる一つの有力な手段だというふうに思います。
 それから、子供の育った環境がどうかということで、私自身も確かに、子供のころは帰ってくると三角ベースボールか何かやって遊び回っていましたけれども、しかし、今の子供たちをそういう昔に戻せるか、戻した方がいいか、その方が幸せかというとかなり疑問が残ります。社会の条件が相当変わってきていますので、みんなマンションに住むようになって、親も働いていて、子供の数も少なくてというような中で、そういうコミュニティーとか責任感とか、そういったものをどうやって育てていくかというのは、昔に戻すのではなくて、恐らくそういう時代にふさわしいやり方というのが別にあるのではないか。今まで、昔のがうまく通用しないで、かといって新しいのもまだ出ていないという恐らく空白状態にあるのでそういう問題点が目立つのではないかなというふうに思います。
#48
○澤雄二君 昔に戻せというんではなくて、多分昔やっていたことができなくなったのでプレイセンター。
 この池本先生の中には老人と子供たちの触れ合う写真があったですよね。つまり、そういうことを知っている老人たちが子供たちに教えることができるとか、今の住環境だとか社会の環境の中で、かつて私たちがそういうふうにして自然に学んでいたことをどういうふうにすれば再現できるかということもやっぱり考えていかなきゃいけない。それを考えないと、今言ったように、殺してばかりするようなテレビゲームをやって、リセットで生き返った生き返ったというような価値観を持った子供たちばかりつくってしまいますので、それは何とか解決していかなきゃいけないなというふうに思っていますので、そういう環境づくり、それは人に対する環境影響評価という言葉をこの中に書いてくださいましたけど、政治家の役割としては、所得を上げることもそうだけれども、同時に人への環境影響評価も考える、どういう社会をつくっていくかということを今日教わったというお話をさせていただいたつもりでございます。
#49
○会長(矢野哲朗君) 御意見でよろしいですか。
#50
○澤雄二君 はい。
#51
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございます。
 その他、いかがですか。
 藤本君。
#52
○藤本祐司君 今日は、池本参考人、小峰参考人、どうもありがとうございました。
 先ほど大門先生がおっしゃったその仮説一の話を、テーマの話なんです、タイトルといいますか、その話なんですが、まさに今回の調査会というのは逆説的というか、みんながえっと思うようなことをあえてやってみようという、そういうテーマでございまして、人口が減少しても一人当たりの国民所得が高まれば国民幸福度は向上するというふうにしてしまうと、多分恐らく、ああそのとおりだろうなと何となく思ってしまうので、あえてこういう表現にしているというところもひとつちょっと御理解いただければというふうに思うんですが。
 先ほど小峰参考人がいわゆる頭数の問題ということで、いわゆる従属人口比率というのが高くなるとなかなか国民所得は高まらないというお話があったんですが、これ多分、日本の今の社会で少子化、高齢化の、この急速な意味での少子化、高齢化を前提にすると確かにそのとおりなんだろうなと、ただ人口減少が増えても減っても今の状況はそうなんだろうなということで非常に納得できるところなんですが、あえて申し上げると、例えば、これも全くの仮の仮の仮の説なんですが、急に出生率が高まって、こういうことは現実的にはないし、これがいいというつもりはないんですが、急速に高まって、生産年齢人口十五歳といいますが、実際にはもうちょっと今の世の中高いんだろうと思いますが、仮に十八歳ぐらいからだと、七十ぐらいまで働くんだと生産年齢人口を設定するとして、仮に出生率がぐっと高まっても、すぐには、十八年たたないとなかなか生産年齢人口まで達しませんので、十八年後になって非常に生産年齢人口の比率が高まったと。しかも、私、今五十二なんですが、十八年後、七十。七十になって私と同じ世代がばったばったと死んでいってしまうということで人口減少になったとしても、急速に亡くなって、あるいは生まれる人が非常に増えてという場合は、いわゆるそういう場合の人口減少という状況になったときはこの仮説は成り立つものなのかどうかということをちょっと、経済学的にということになるんだろうと思いますけれども、それをちょっとお聞かせいただきたいということ。
 あと、お二人の参考人にお聞かせいただきたいのは、実はちょっとフライングぎみなんですが、この仮説一の次に仮説二というのがございまして、先ほど来皆さん、お二人からもいろんな話が出て、働き方とかの問題が出ているんですが、仮説二というのは、実は休日・休暇が多ければ経済力が高まり、経済力が高まりというのがどうか、なくてもいいような気もしますが、国民幸福度が高まるというような仮説を立てているんですね。
 先ほど池本参考人からも、仮に休んでも何していいか分からないとか、家でごろごろしているみたいな話になると、奥さんはかえって迷惑な話かなと、幸福度低くなっちゃうんじゃないかというふうな気もする一方で、長く働けば労働生産性が高まるものではないという、これもまさにそのとおりだと思うので、今の日本の現状と北欧などの現状を見比べながら、もう少し休日・休暇が弾力的に取れる、長く取れるようになれば労働生産性が高まって国民幸福度が高くなるものなのかどうか。これは御意見をお二人にお聞かせいただければと思います。
#53
○会長(矢野哲朗君) まず最初の質疑ということで、小峰参考人、最初にお願いしたいと存じます。
#54
○参考人(小峰隆夫君) 今の御質問は、人口オーナスという従属人口指数が上がっていくという状態に対してどう対応するかというのは実は二つありまして、さっきはそのうちの一つしか言わなかったんですけれども、それは、人口オーナスという状態を前提にして、つまり、少子化は変わらないという前提でうまくやっていくためにはどうしたらいいかということですね。そのためには労働力率を上げるとかそういう対応を申し上げたわけですが、もう一つの対応は、人口オーナスそのものをなくしていくという対応です。
 これは、少子化を止めればいい、また人口が増えるようにすればいい、子供の数が増えるようにすればいいということですので、もしそれが実現すれば人口オーナスの問題はなくなります。今度人口ボーナスというか、その人口オーナスの度合いが、働く人の割合が増えていきますからなくなるということで、それはおっしゃるとおりです。
 ただし、今御指摘のように恐らく二十年ぐらい掛かる。今すぐ子供が二人以上生まれたとしても、人口が減るのは生まれる人の数と亡くなる人の数のバランスなので、亡くなる人の数の方は、お年寄りはどんどん増えていきますから、これは減らないという状態がずっと続きますので、少なくとも二十年間は人口は減り続けると。しかも、その間は今度は従属人口指数は更に上がるんですよね。
 というのはなぜかというと、高齢者が増えて、しかも子供が増えますから、子供の分まで費用を負担することになるので働く人の負担は実はもっと高くなるということなんですが、私はこれは未来のためのコストと呼んでいるんですけれども、これは、どこかで人口オーナスが転換するときにはどこかの世代が新しく生まれた子供たちのコストを負担しなきゃいけないんですね。だから、どこかの世代は二重の負担をすることになると。これは年金の負担の議論と同じことなんですけれども、どこかの世代が二重の負担をすることになるということなんですが、その後は今度は働く人が増えるので働く人の負担は余り多くなくなるんですけれども。そういう意味からは、私は、なるべく早くあえて未来のためのコストを担うだけの覚悟をする世代が現れてこないといけないんじゃないかなという考えをしています。
 それから、労働時間との関係なんですけれども、実は、さっきGDPが変わらないで人口だけ減るということはあり得ないんだという話をして、したがって、人口が減るから一人当たり所得が減るということはあり得ないという御説明をしたんですが、実は生産性についてはそれがあり得るかもしれないということです。それは何かというと、生み出すものは同じで働く時間を減らすことはできるかもしれないということですね。そうすると生産性が高まるんです。それはかなり可能性がある。
 というのは、実際にこれは例がありまして、例えば、ある大田区の中小企業なんですけれども、女性がどんどん、せっかく能力のある女性が育っても辞めていってしまうので、何とかこれならないかということで、女性を引き止めるためにどうしたらいいのかということでいろいろ意見を聞いたら、一番問題なのは時間の管理だということですね。勤務時間の範囲で仕事を終えてちゃんと帰れるようにしてもらえればもっと働きますと、働き続けますということだったので、その企業では、勤務時間の管理を厳密にして、無駄な会議をやめたり無駄な残業をやめたりして定時にもうなるべく仕事を終えようということにしたら、これは男性の生産性も上がったということなんですね。
 ですから、そういう意味で、経済全体で取ってみると、人口が減るとGDPも減ってしまうんですけれども、働く場で時間も入れて考えると、生み出すものは変わらないで時間を減らすということは可能かもしれない。そういうときには生産性が上がるということで、生産性の上昇が実現するかもしれない。これはこの会議の仮説にかなり近いことが実現するかもしれないということです。
#55
○参考人(池本美香君) 私もむしろ本当に、休みとか労働時間短縮することの方が生産性が上がるというふうに思っています。なぜかというと、昔のように、何時間働いたら、工場の生産みたいに時間に対応して生産物ができるというよりは、今ヨーロッパでは言われているのは、アイデアで生産性が高まるということなので、仕事場にずっといてほかのことを何にも知らないでやっていても生産性は上がらないような産業構造になってきていますので、実際、私なんかもそういうボランティアだとか、むしろ仕事以外の人と会ったところでアイデアが得られたりですとか、そこからとの関係でまた仕事につながったりということで、そこの仕事以外の緩やかなというか、いろんな人との交流なりがないと仕事のアイデアも出ない。
 また、一回そこでリフレッシュしてゆっくり休養して健康を取り戻さなければやはりいい仕事もできないと思いますので、健康のこととかアイデアとか人的ネットワークという意味で、また最近、男性の生産性の話では、家庭の、子育てで奥さんが非常に困っているというようなことをだんなさんの方が心配しながら働くことがすごく生産性の低下につながっているというようなことも出てきていますので、家族だとかコミュニティーとか、仕事以外の部分を充実させないと生産性は上がらないというふうに思っていますので、是非休暇ですとか労働時間短縮は進めていただきたいなというふうに思っています。
#56
○会長(矢野哲朗君) ありがとうございます。
 先ほど途中で藤本委員を指名させていただいたのでありますが、自民党さんがまだお一人の質疑しかいただいておりません。どなたか。
 若林正俊委員。
#57
○若林正俊君 池本参考人からも、また小峰参考人からも大変興味のあるお考えをお聞かせいただきました。
 そこで、小峰参考人にお伺いしたいんですけれども、労働の参加と、そしてまたその労働の生産性、そういう組合せなどをお話しいただいたんですが、時代の変化に伴って、例えば省力化、ロボットに代表されるような省力化技術によりまして高齢労働者も参加できるようになるとか、つまり管理労働の部分になっていくとか、労働の幅も広がっていくので、何か六十五歳、お話しになったように、もっとその幅が広がるんじゃないかというお話がございました。そういう年齢とかあるいは性別の差だとか、そういう限界は、私はかなり今後のイノベーションによって変化していくんじゃないか、そういうことへの期待というものを私自身はかなり強く持っております。
 それから、もう一つは在宅勤務なんですけれども、長時間通勤を始めとして、子育てとも関係があるしライフ・ワーク・バランスとも関係があるんですが、人の、企業システムの管理の在り方を工夫することによってもっともっと在宅勤務が広げられるんじゃないか、そのことによって自分自身の時間を相当持つことができるんではないか、そんな思いがしていますけれども、その点についてどのようなお考えであるか、お聞かせいただきたいと思います。
 また、池本参考人でございますけれども、確かに、私は子供が三人おりまして、三人のところにそれぞれ孫が二人おりまして、別々の生活をしていますが、自分が育った時代、私は昭和一けたですけれども、そういう自分が育った環境、親子の関係、兄弟の関係、そんなものとまるで違う世界が今私の家族の中に展開をしております。
 そういう中で、私はやはり両親の私に掛けた期待なり願いなり、非常に分かりやすく言えば、人に迷惑を掛けるなとか、人の嫌がることも避けずにやりなさいとか、うそをついちゃいけないとか、いろいろな分かりやすい親の教えというものを身に付けてきたように思います。格好よく言えば、世のため人のために尽くすような、そういう人に喜んでもらえるような人になれと、こういうことだったのかなというような思いをずっと持ち続けております。
 それは、幸福度との関係でいえば、生きがいというんでしょうかね、生きがいをどこに求めるか、そういうことで、いろいろな生きがいがあるんですが、そのような生きがいを生活環境の中で子供のころから身に付けていくためにはどういうような環境づくり、今現実にある少子化の中で、しかも居住環境も変わってきています、学校の環境も変わってきています、そういう中で生きがいを見出していって、それぞれの能力、個性の差を前提にしながら、その中でなお充足感といいましょうか満足感といいましょうか、そのことが幸福感につながっていくであろう、そういう生きがいというものをどうやって伝えていったらいいとお考えなんでしょうか。
 これは、私は自分の子供あるいは孫、家族のことを考えながら、私自身が今悩んでいることでもあるし、かなり私の同じ世代の人たちも同じような思いを持っているように思うんです。教えていただきたいと思います。
#58
○会長(矢野哲朗君) それでは、質疑順ということで、小峰参考人、お願いいたします。
#59
○参考人(小峰隆夫君) まず、省力化についてですけれども、これは恐らくこれからの経済とか社会を変えていくいろんな要素の中で一番大きいと思うのは、技術革新がどうなるかということが大変重要だと思いますので、それは技術革新はやっぱり必要は発明の母ということですので、どこでどういうニーズがあるかということが新しい技術革新の基になるだろうというふうに考えると、おっしゃったようにこれから高齢者の方が増えていく中で、まあいろんな介護に対する需要ですとか医療に対する需要なんかが増えてくる。その中で新しい技術が生まれてきて、今我々が、今のままだったらこういう大変なことになるという、それを技術がかなり解決してくれる面というのは相当大きいんじゃないかというふうに思います。
 それから、在宅勤務の話なんですけれども、これも私の考えでは日本の働き方がかなり関係していまして、日本はどうもみんなが固まって同じオフィスで仕事をするというタイプのことに慣れているので、一人だけ離れて在宅勤務というのがうまくどうも成立しにくいという面があるようです。
 IT技術が発達したとき、情報通信技術が発達したときに、そういうリモートオフィスとか在宅勤務みたいなのが増えるんじゃないかというのが、意外とそうでもなかったということがあるんですが、これはしかし条件によっては相当増えるかもしれない。というのは、日本の職場の評価の仕方とか報酬体系であるとか慣行であるとか、そういうのが変わっていけば、さっき日本では働く時間の長い短いで勤務状況が評価されるというのがあるというふうに指摘が出たんですが、私もそのとおりだと思います。
 勤務状況の評価を時間で判断するということなんですが、私はこれは大変な間違いだというふうに思います。よく、この仕事は徹夜して頑張ったという、徹夜したということを評価する場合があるんですが、もしかしたら物すごく効率が悪くて徹夜になっちゃったということもあり得るわけですから、徹夜して長い時間を掛けたこと自体は必ずしも評価の対象にはならない。
 問題はどんな成果が出たかということですので、評価体系が時間ではなくて成果、とにかくどんな成果が出たかで評価しますというふうになってきたり、それから、とにかくみんなでボトムアップで、会議をしながら情報を共有して進めていくということではなくて、もっと役割分担を明確にして分業していくというような勤務体系になっていけば、相当在宅勤務のようなバリエーションを持った働き方というのも生まれる可能性はあると思います。
#60
○参考人(池本美香君) 今、親から人のためになることを教えられたというお話で、何か自分のことを振り返ってみてどうだったかなというふうに思いますと、今の私ぐらいの世代というのは、いかにいい学校に入るか、いかにいい仕事に就くかで、自分がいい収入でいい生活をするかを目指してみんな結構頑張っているようなところがあって、社会を良くするとか、そういうことは、家庭なのか学校教育なのか分からないですけど、余り考える機会を与えられてこなかった。特に、高度経済成長でもうまさにそういう時期ですので、みんな収入とか生活が豊かになるということに家庭にもやっぱり関心があったと思いますし、それが今はそんなにどんどん生活とか消費が増えるという時代でなくなったときに、生活の軌道修正ができなくなっているような気もしていまして、やはりそういう価値観ではなく、昔なのか、むしろもっと先にある、人のためになるような、何か自分を生かすようなことに生きがいがあるんだということを伝える必要があるんですけど。
 それを具体的にどう伝えるかといったときに、それは口で言ってもなかなか人には伝わらなくて、やはり私が例えばなぜそういうプレイセンターみたいなことをやり始めたかというと、やっぱりそういうすごいことをやっている人に出会って、その人から直接刺激を受けるわけで、そういういいこと、いいことというか、人のためにやっている人たちに出会う場をもっと子供たちにつくっていくということが、口で教えるということ以上に重要かなというようなことを思っています。
 イギリスでの教室以外の学びのところでもそんなことを言っていて、なぜその子が勉強やろうと思ったかというと、そこの、別のところでたまたま会ったおじいさんの話を聞いてすごく刺激を受けて勉強をやろうと思ったというようなことがあって、その体験がなければなかなか意欲にもつながらないということで、それは偶然、どこで会えるかはそれぞれ分からないですけど、できるだけいろんな人に会うとか、いろんな、学校と家というだけではなくて、地域だとか、もっと豊かな体験を子供時代にできるような環境をつくっておくことなのかなというふうに今の段階では思っております。
#61
○会長(矢野哲朗君) よろしいですか、その他。
 四時に終了させていただこうと思いますので、よろしく御協力のほどを。
 大久保勉君。
#62
○大久保勉君 短い質問なんですが、小峰参考人の方から人口オーナスの問題を聞きまして、非常に整理された形でよく分かりました。特に、少子高齢化におきましてはどうしても人口オーナスの問題がありますから、日本社会としては非常に重大な問題であると思います。
 そこで、反対に人口ボーナスという話もございますが、そこで整理したいのは、人口オーナスの日本が、じゃ人口ボーナスの社会ということで、インド。実際の現実問題としては、閉鎖社会でありませんで、開放社会ですから、日本の資本を人口ボーナス社会であるインドに投資をし、そこで収益を得ると、こういった戦略で人口オーナス問題を解決することはできないのかなと思っていまして、例えば日本の公的年金をインドに投資をし、そこで人口ボーナス社会の利潤を持ってくると、こういった形で新しい社会はできないかと。この点に関して先生の御意見を聞きたいと思います。
#63
○参考人(小峰隆夫君) 今の御質問は、要するに、一人当たり所得を上げていかなければいけないというときに投資でもうからないかという話になると思いますけれども、これは、日本だけがほかの国以上に投資で収益を上げられるかというふうに考えると、これは、日本だからもうけるような投資口をよく知っているという前提がない限りできないので、なかなか難しいのではないかなというふうに思います。それよりは、やっぱり投資で稼ぐよりは働いて稼ぐ方の道を考えた方がいいんじゃないかなというようなふうに私は考えますけれども。
#64
○会長(矢野哲朗君) 予定された時間に間もなくなるようでありまして、以上で参考人に対する質疑を終わらせていただこうと思いますけれども、よろしゅうございますか。
 池本参考人そして小峰参考人には、大変御多用のところ当調査会に御出席をいただきまして、ありがとうございました。
 本日お述べいただきました御意見は、今後の調査の参考にさせていただきたいと思います。本調査会を代表しまして厚く御礼を申し上げたいと存じます。
 ありがとうございました。(拍手)
 次は来週の水曜日、二十五日に取りまとめということで、それぞれの先生方の御意見をちょうだいしたいと思います。御準備のほど、よろしくお願いを申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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