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2007/05/10 第166回国会 参議院 参議院会議録情報 第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第11号
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2007/05/10 第166回国会 参議院

参議院会議録情報 第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第11号

#1
第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第11号
平成十九年五月十日(木曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月九日
    辞任         補欠選任
     岩本  司君     大久保 勉君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         関谷 勝嗣君
    理 事
                岡田 直樹君
                中川 雅治君
                舛添 要一君
                広田  一君
                前川 清成君
                簗瀬  進君
                荒木 清寛君
    委 員
                岩城 光英君
                太田 豊秋君
                荻原 健司君
                木村  仁君
                佐藤 昭郎君
                櫻井  新君
                中島 啓雄君
                中曽根弘文君
                野村 哲郎君
                山本 順三君
                大久保 勉君
                小林 正夫君
                芝  博一君
                那谷屋正義君
                藤末 健三君
                松岡  徹君
                水岡 俊一君
                澤  雄二君
                山下 栄一君
                仁比 聡平君
                近藤 正道君
                長谷川憲正君
   事務局側
       日本国憲法に関
       する調査特別委
       員会及び憲法調
       査会事務局長   小林 秀行君
   参考人
       法政大学法学部
       教授       五十嵐敬喜君
       東京慈恵会医科
       大学教授     小澤 隆一君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○日本国憲法の改正手続に関する法律案(衆議院
 提出)
○日本国憲法の改正及び国政における重要な問題
 に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法
 律案(小川敏夫君外四名発議)
    ─────────────
#2
○委員長(関谷勝嗣君) ただいまから日本国憲法に関する調査特別委員会を開会をいたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、岩本司君が委員を辞任され、その補欠として大久保勉君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(関谷勝嗣君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 日本国憲法の改正手続に関する法律案及び日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案の両案の審査のため、本日の委員会に法政大学法学部教授五十嵐敬喜君、東京慈恵会医科大学教授小澤隆一君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#5
○委員長(関谷勝嗣君) 日本国憲法の改正手続に関する法律案及び日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案の両案を一括して議題といたします。
 本日は、投票対象及び最低投票率等について参考人から意見を聴取し、質疑を行います。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の審査の参考にしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、五十嵐参考人、小澤参考人の順にお一人十五分程度で順次御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 なお、参考人の方々の御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、五十嵐参考人にお願いをいたします。
#6
○参考人(五十嵐敬喜君) 五十嵐です。今日はお招きいただきましてありがとうございました。
 既にレジュメを出しておりますので、それに基づきまして今回の通称国民投票法案について私の意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 中身は大きく言いまして二点ございます。一つは、国民の立法権といいますか、国民の憲法制定権力にかかわる問題についてこの国民投票法案について若干の御意見を述べさせていただくということです。もう一つは、これは国民投票ですけれども、その投票についての運動についてどのように考えるかと、大きく言ってその二つについてお話をさせてください。
 一つは、国民の立法権の問題でありますけれども、御承知のとおり、日本国憲法は国民主権というものを定めております。国民主権とは何かについていろいろ議論がありますが、一番明確な定義を下しているのがルソーであると思います。そこでルソーは何を言ったかといいますと、主権の究極は国民が立法する権限を持っていることということがルソーの主権の定義であります。私自身もいろんな憲法、世界各国憲法を見てみますと、国民の立法権について定めた憲法が多数ありまして、その意味でいえば、普遍的な二十一世紀を見通し得る原理としてこれを考えてよろしいというふうに思います。
 その立場に立ちまして日本国憲法と今回の国民投票法の関係を見ますと、若干非常に調整的な規定に日本国憲法はなっているということですね。一つは、国民の立法権について日本国憲法自体は憲法四十一条に基づきまして言わば間接民主主義という形である種の限定を加えていると。つまり、国民はその立法権を投票活動によって議員に委託し、議員さんはそれに基づいて唯一で最高の立法機関としての権力を行使するということです。その意味でいえば、日本は間接民主主義の国であります。この例外となっておりますのがこの憲法改正と特別投票でありまして、これはある種の特別な規定を設けまして直接民主主義というのを採用していると。だから、間接民主主義を前提とし、かつ特殊な問題、憲法改正を含むもう一つの問題については直接民主主義を採用しているということです。
 これを国民から見ますと、すべてのことについて、国政レベルですけれども、議会に委託しながら、憲法改正等せっかくの直接民主主義の規定についてもイエスかノーかしか言えないと。そういう意味で非常に消極的な国民主権の発露の仕方になっているというのが日本国憲法の特徴です。
 これを今回、この直接民主主義あるいは国民投票を考える上で、もう少し豊かなものにできないかというのが私の意見でありまして、これをもう少し正確に学問的に分析して申し上げますと、国民改正に関する一連のプロセスというのがありまして、これは発案、発議、投票という形で規定されると思います。御承知のとおり、このうち発議と投票に関しては憲法マターでありますから、正に憲法改正をしないとこれは改正できないと。しかし、発案という部分については、これは言わば法律マターになっておりまして、国会でどのようにこれを考えるかということによって自由になし得る事項というふうに考えてよろしいかというふうに思います。
 この発案権について幾つか意見を申し上げたいと思いますけれども、現在のところ発案権については、この国民投票法によりますと議会あるいは議員の数に限定しておりまして、内閣とかあるいは国民については一切触れておりません。これは全くできないというふうに解釈しているのか、場合によっては、法律の考え方によっては内閣にもあるいは国民にもあると考えていいのかというのが論点であります。
 これは少し比較を、憲法的な考察を加えていただくと分かりますけれども、世界各国の憲法の発案、発議は別ですけど発案に関するいろんな規定がございまして、この中には国民が発案できるという規定を持っているところもありますし、あるいは大統領などある種の政府機関も発案できるというところがありまして、今回、参考人に関して意見を述べる機会がありましたので、この発案権の問題がどのように処理されているかということを私の持っている資料の範囲内で見てきたんですが、何となくあいまいなままに余り触れずにこれを過ごしてきたんじゃないかと思います。
 私としては、この発案権について、国民投票をせっかく作るわけですから、もっと十分な議論をなさっていただいて、いろんな方がいろんな形で発案できるということの方がより開かれた二十一世紀的な憲法改正プロセスではないかというふうに考えますので、できれば内閣からの発案ということ、本当にできないかどうか、あるいは国民からの発案ということ、本当にできないかどうかを考えていただければ有り難いというのが一つです。
 その実質的な根拠を申し上げますと、今の言っていることは、単に国民が立法権を持っているという直接的な理論的な帰結でありませんで、一番の厄介な点は、議会しか発案権がないとすると議会改革は一体だれがやるのかということであります。
 つまり、二院制を含めまして、憲法上、議会に関しても様々な論点、大きく言えば議院内閣制も議会の構造とはっきりかかわる問題でありますし、その他の議会の権限についてもいろんな憲法上の論点あるんですけれども、仮に議会がそういう既存の制度について非常に保守的な態度になりますと、どんなに問題があっても議会が変わらない限り議会の改革はできないという構造になりまして、これ非常に不都合なことではないかと。議論は少なくとも、最終的に発議するかどうかは議会で決めてよろしいわけですけれども、いろんな議論をするとき、正式な憲法改正案として、例えば二院制を一院制にするというようなこともあり得ていいわけですから、そういうこと自体はいろんな形で国民あるいは内閣からも提案されてもいいだろうというのが一つであります。
 それから二番目、もっとこれ原理的な問題でありますけれども、果たして議会がオールマイティーの、憲法改正という最も重要なものについてオールマイティーの権限を持っているかどうかと。
 逆に言いますと、議会も憲法上の一機関でありまして、憲法があって初めて設置が認められる構造というかシステムです。その議会が構造そのものを否定するような議決をしていいかどうかということに関しては非常に論理矛盾があるということでありまして、一七八〇年に今のアメリカの憲法ができる前にマサチューセッツ憲法がありまして、ここでは、議会は少なくとも憲法に関しては、つまり自らの根拠法に関してはオールマイティーではないということを議論いたしまして、それ以来、議会以外にも発案権を認めるということが全世界的に広がっておりまして、このある種のジレンマですね、論理的ジレンマについてやっぱりもう少し深く議論をしていただければよろしかったと思いますし、これからも議論すべきではないかと私は思っております。
 以上、まず参考までに、イタリア憲法などでは、例えば国民の五万人、日本に換算すると十二万人の国民の署名があれば憲法改正案を発案できる。請願との違いは、請願は審議するかどうかを却下することができますけれども、正式な発案権を国民に与えればそれは審議しなければいけない。ただ、採用するかどうかはもちろん議会ですから議会で決めてよろしいということで、こういう憲法なども国民主権、憲法制定権力にかかわる問題としてもっと深く議論すべきであろうというふうに私は思っております。これが第一点であります。
 第二点は、投票運動といいますか投票に関する運動の問題であります。私、原則的に、憲法改正に関しましてはすべての国民がすべての方法で参加してよろしいというのが最も望ましい、国民主権の姿では望ましい姿だというふうに考えております。ただし、今回の国民投票法案について見ますと、二つの面で非常に制約があるという感じをしました。
 今日は投票年齢のことについては触れません、まあ十八歳がいいか二十歳がいいかはいろいろ問題あると思いますけれども。もう一つ、大きく言って公務員の政治活動とそれからマスコミ規制に関して幾つかの問題があると思います。公表されている限りで資料を読んできましたが、幾つかの非常にあいまいな言葉、法律らしからぬ定義がなされているということを感じました。
 まず、公務員の政治活動に関して申し上げます。
 国民投票法はある種の選挙とは違いますので公職選挙法は適用にならないと、これはまあ原則、ルール、共通原理ではないかというふうにまずは思います。しかし、公務員に関する言わば設置法とか存続法がある。例えば国家公務員法とか地方公務員法がありまして、これと国民投票法の関係はどうなるかということが必ずしも分明でないということです。
 投票法によりますと、国、地方公務員、特定独立行政法人等の役職員は、その地位にあるため、特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用して国民投票運動をすることはできないということです。法律家としてちょっと気になるのは、投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用してと、これは一体どういうことなんだろうかということが非常に抽象的で、法律論としては必ずしも明確でないというふうにまず思います。
 一方、例えば国家公務員法を見ますと、公務員の活動に関しまして人事院規則というのがありまして、これに政治的行為というのがあります。それを見ますと、その政治的行為にどういうことが当たるかといいますと、特定の政党その他政治的団体を支持し又は反対することというのが一つです。それから二番目に、政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し又はこれに反対することというのがありまして、この憲法改正案には賛成と反対ありますけれども、これを言うことが特定の政治の方向に影響を与えるということになるのかならないのかですね。この辺が非常に法律同士の間でよく分からない。ほとんどよく分からない。恐らくは実質的には物すごく影響を与えるものだと私は思いますけれども、しかし、いわゆる投票と違って必ずしもどの党派を支持するということともイコールではありませんので、そういう意味ではこういうことに当たるのかどうか分かりませんけれども、こういう関係、よく分からないのです。
 それで、非常に具体的にこの問題を提起しますと、こういうことです。これは皆さん答えられるんでしょうか。例えばある国立大、独立特定行政法人の大学の教員とかあるいは国公立の学校の先生、特に十八歳も仮に対象になりますと高校の先生などはじかに有権者を抱えるという立場になりますので、その場合、例えば授業の中でこの憲法改正について理論的にこっちがいいとかこっちが悪いと説明することは、まずその政治的な行為に入るのかどうか。あるいは教授会若しくは教員会ですかね、高等学校の教員会議でこれについては賛成であるとか反対であるとかと決めることは当たるのかどうかですね。
 あるいは、これを学校を超えてある種の集会みたいなところへ行きましてこの憲法改正に反対だとか賛成だとか言うことが当たるのかどうか。あるいはそれと関連して、憲法改正に賛成する党派、政党に投票しろとかするなとかそういうことを言う。あるいはその集会を超えて自分たちでビラをまくと。例えば、何々大学教授会あるいは何々大学教授で、こういうことについては賛成しろとか反対しろというビラをまく。あるいはデモに行きまして、自分は反対だとか賛成だとかいうことについて看板を出しましてデモをする。あるいはまた戸別訪問をする。あるいはインターネットで自由にいろんなことを言うというようなときに、恐らく現在のここの理解によりますと、国民投票法では刑罰に処せられることはない。
 しかし、そういう行動についてそれぞれの機関の中で、例えば何々大学なら何々大学、何々高校なら何々高校の中でこれをどのように処置するかは自由といいますか、全くここは白紙委任するという形に読める形になっています。その際、例えば投票法では自由だけれども、つまり刑罰はないけれども、その大学から高校の範囲内で職務命令でこういうことをしてはいけないと、無視したら、これについて懲戒処分に付すというようなことが起きてきたらどうするかということです。
 現にこういうことは、これはいろいろな意見があるかもしれません。日の丸・君が代でもこういう問題が起きております。原則自由なんだけれども、しかし職務命令でこういうことをやりますと、ある種強制があったり強制にやらしたりすると職務命令で懲戒解雇になると。もう後それは裁判になって、少なくとも君が代に関して一審で違憲判決が出るというようなことが起きております。
 こういうことについて、今回の国民投票法を考えるときにこういうことを本当に議論したのかどうか、どこまでどうなっているのか。少なくとも法律家としての感懐で言うと、先ほど言いました効果的に行い得る影響力又は便益を使ってと、これは一体、憲法教授が憲法の理論を言うというときに、これ、こういうことが当たるのかどうか、こういうことがほとんど分からない。これはやっぱりある種の不安と恐怖を与えるもので、これは立法府の責務としてはっきりしないと、なかなかこういうことを一概に、余り議論をしないで通過させてはいけないと私は思っています。
 それから、二番目はマスコミです。時間がありませんので簡単に申し上げます。
 マスコミについても、発議以降と発議前に分かれていろいろ対応なされています。このマスコミといってもいろいろありまして、テレビジョンもありますし、新聞もありますし、週刊誌もありますし、その他インターネットの世界もある、あるいは公的なある種NHKみたいなものと民営があると、様々な媒体があります。それから、マスコミ内部で報道をする、あるいはキャスターが何かを言うというのと、コマーシャルがあります。
 それで、この中で何が報道良くて何が悪いのかを、これを見ますとよく分かりません。一般的に言えば発議前は自由と。しかし、これは放送の公平性ですか、中立性を損なわない程度というふうになっておりますが、発議以降は原則禁止されますけれども、その少なくとも前についていいますと、これ、ある種、党派が無限大に金を掛けてコマーシャルはいいのかどうか、それから、政府広報と新しくできるある種の委員会がどういう関係に立つのかというようなこと、そういうことについてほとんど議論をされません。
 それから、放送の公平性とか中立性といいますけれども、実は選挙と違いまして、今回の国民投票は若干ニュートラルとかを考える場合にちょっと選挙と違うところが一つあります。それは、この今回の投票が問題になるのは、国会で既に三分の二の決議を得ているということが前提です。だから、それに反対する政党とか議員の数というのは、少なくとも国会レベルで非常に少数です。
 そうすると、公平にというとき、例えば時間的公平とか費用的公平をやるときに、この三分の二対三分の二以外というときに公平とは何なのか、そのまま議席数やら何やらを反映してやることが公平なのか、あるいは全く平等に、三分の二であろうとなかろうと全く平等に賛成論、反対論をやらせるのか、その辺も公平中立の概念について普通の選挙とは違うある種の工夫が必要だと思いますけれども、少なくともマスコミの動きなどを見るとこの点についてほとんど議論をされていないということがありまして、この国民投票運動に関して今の公務員とマスコミについて問題があると。
 私としては基本的にいろんな、もう一回二つまとめて言いますと、国民からの立法権を多様に認めること。だから、憲法改正だけじゃなくてその他のことについても国民投票法というようなことを含めて考えてもらいたいということと、もう一つは、今言ったマスコミとか公務員の活動についての規制をできるだけ自由にして、国民的に討議できるような形に改正してほしいと思います。
 以上です。
#7
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、小澤参考人にお願いいたします。小澤参考人。
#8
○参考人(小澤隆一君) 東京慈恵医科大学の小澤です。専攻は憲法学です。
 参考人にお呼びいただき、光栄に存じますが、ちゅうちょもしました。私は、配付資料のとおり、三月二十二日に衆議院で公述人として意見を述べています。重ねて登院することへのためらいを感じながら結局お引き受けしたのは、この間の国会での審議からは私がさきに指摘した法案への疑問点は払拭されていないという思いからです。以下、配付資料の意見と重複しない形で、法案への現時点での意見を与党案を中心に述べさせていただきます。
 資料の一枚目をごらんください。
 第一は、意見を求められている最低投票率制度についてです。
 その導入を否定する論拠には、憲法論的正統性を見いだし難いと思います。主権者たる国民の国の最高法規たる憲法の改正の是非についての判断という実質を投票が持つためには、むしろこの種の制度を採用することの方が憲法適合的であると思います。法案の根本的な再検討を求めます。
 いわゆるボイコット運動の可能性は、この種の制度を退ける根拠にはなりません。そうした運動はこの制度と無関係に起こり得るし、また、憲法改正案に反対する人々が必ずボイコットの誘惑に駆られるわけではありません。不正確で過剰な想定を持ち出して憲法の趣旨の実現を妨げるのはやめるべきです。
 また、憲法に規定されていない要件を加重することはできないという理由が挙げられてもいますが、この種の理解を貫くと、およそあらゆる憲法附属法は成り立ちません。憲法附属法は、いずれも憲法の趣旨にのっとり、それを補充しつつ具体化するものとして制定されているはずで、憲法の規定以外のことを定めていけないならば、現行の公職選挙法などはかなりの部分が憲法違反となってしまうでしょう。私は、そういう理由で公選法を違憲とした判例を寡聞にして知りません。
 第二は、国民投票運動の規制についてです。
 法案には、主権者国民が憲法改正という極めて重要な問題を判断する際にはふさわしからぬ数々の運動規制の規定が見られます。これらは、罰則の有無にかかわらず、その規制、禁止の対象、内容のあいまいさによって国民の運動に萎縮効果を及ぼすと思います。
 公務員と教員の地位利用による国民投票運動の禁止は、地位とは何か、利用とはどういうことか、法案百三条に言う効果的に行い得る影響力又は便益とは何のことかなど、著しく不明確です。懲戒処分を恐れる公務員や教員が結局、個人としての意見表明を控えることにならないかと危惧します。
 国公法、地公法の政治的行為の制限が公務員による国民投票運動のうちどのようなものに適用されるかを今後検討していくという趣旨の附則第十一条、これも同様の萎縮効果を持つと思います。法案の中では、適用が想定される事例として、憲法改正の賛否への勧誘が特定の公職の候補者を支持するなどの政治目的を持つ場合などが挙げられていますが、そういう極端な例を持ち出して適用の可能性を残しておくこと自体が自由濶達であるべき国民投票運動の意義を損ねることを恐れます。
 第百九条の組織的多数人買収利害誘導罪の規定もあいまいさがあります。
 買収や利害誘導をそれ自体はあってはならないこととして、組織によりとは一体どのような場合をいうのか不明確です。買収については、多数の者に対する意見の表明の手段として通常用いられない利益等の供与に限るとされていますが、さきに述べたボイコット運動や別の政治的目的を持った勧誘行為など、別の場面では通常のものとはとても言えない想定を持ち出しているようでは、確たる基準で通常用いられる手段か否かを判断すると本当に信頼してよいか不安になります。
 総じて、国民投票運動が主権者国民の憲法についてのしっかりとした判断を促すよう、自由濶達かつ民主的道義に基づいて行われるよう、制度を基礎から構築するべきです。その際、この国民投票が、候補者や政党を選ぶものではないし、個別の国政上の施策についてのものでもなく、ほかならぬ国の最高法規の改正に関するものであることを踏まえなければなりません。
 憲法第十五条が定める公務員の全体の奉仕者という地位は、公選に係る特別職公務員は別として、その所掌する公務執行の政治的な党派からの中立性を基本として理解されるべきものです。憲法改正の国民投票に際しては、この投票の事務を担う公務員は別として、公務員はさきに言う政治的中立性が一般的に問題とされる立場にはないと思います。すなわち、国民一般と同等の立場でこの投票の運動に臨むことができると解するべきです。
 第三は、国民に対する広報についてです。
 法案の審議では、提案者から十分な広報をする旨の答弁がなされていますが、法案第十八条四項によれば、国民投票公報の配布は国民投票の期日前十日までに行うとされています。憲法改正の発議の正確な内容は、この国民投票公報によって知らされるはずです。仮に期日の十日前に国民投票公報が配布された場合、それで憲法改正案についての国民への周知は十分と言えるでしょうか。
 法案第六十条によれば、期日前投票は期日前十四日からできます。国民投票公報を見ずに期日前投票を行うことができるとするのは、日常的な政治の延長の中で候補者や政党を選ぶ公職選挙とは違う憲法改正投票において妥当な制度設計と果たして言えるでしょうか。この問題は、元々、国会の発議から投票期日までを最短で六十日としたことに原因があるように思われます。再度、この期間の抜本的な延長を求めます。それこそが国民主権にふさわしい制度と判断します。
 なお、国民の判断に資する広報を行うためには、憲法改正に関する賛成、反対の両論が公平に示される必要があります。そのためには、広報協議会の構成は、法案第十二条三項のように、反対の表決を行った議員会派からの委員選任につき、できる限り配慮するという程度にとどめるのではなく、必ず含むようにすることの方が妥当と考えます。さもなければ、国民には不公平で一方的な広報との疑いを抱かせることになるでしょう。
 憲法改正の発議に国会の三分の二の多数を要求しているのは、国の最高法規の改変の重要性にかんがみて、その時々の議会における単純多数の判断にゆだねることをしないという配慮から出たものと解するべきです。その趣旨からすれば、広報を担う機関はむしろ賛成、反対の意見の公平な反映にこそ重きを置くべきであって、多数、少数の比率のストレートな移入は、この問題に関する限りは多数の横暴のそしりを免れないと思います。
 第四は、発議における両院の関係です。
 憲法改正にかかわる衆参両院は、主権者国民による投票を仰ぐ憲法改正案を準備する機関です。法律や予算などのように自足的な議決をする機関ではありません。それゆえに、二院制という仕組みを前提にした衆議院の優越に基礎を持つ両院協議会の制度を採用するのは適切とは思われません。また、院の自律を損ないかねないような役割を合同審査会に与えるべきでもありません。この点も制度の再考を求めます。
 第五は、放送や新聞を利用した意見広告についてです。
 法案は、政党に無料による意見広告を保障し、国民投票期日前十四日間の広告放送を禁止していますが、果たしてこれらによって国民の判断に資する十分かつ公平な情報の提供が期待できるでしょうか。政党や政党が指定する団体以外の者の意見広告への配慮や投票期日前十四日以前の広告放送の在り方について検討が尽くされたとは言えないように思います。
 以上述べた点を勘案すると、この間の衆議院、参議院での審議を経る中で、現在提出されている法案の憲法上の疑義、制度設計上の不具合が多々散見されます。こうした法案をこのまま成立させてしまうようなことがあれば、それは日本国憲法の下での憲法附属法の中で、最も憲法に密接にかかわるものが憲法の趣旨に最も背馳したものになってしまうのではないかと懸念します。貴委員会にはそのようなことを招来せぬよう切に望むとともに、重ねて法案の廃案を含む憲法原理にのっとった根本からの慎重な審議を求めて、私の意見陳述を終わります。
 どうも御清聴ありがとうございました。
#9
○委員長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、大変恐縮でございますが、各委員の質疑時間は限られておりますので、簡潔に御発言いただきますようお願いを申し上げます。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#10
○野村哲郎君 自由民主党の野村哲郎でございます。
 今日は、五十嵐参考人、そして小澤参考人、大変お忙しい中御出席いただきまして、示唆に富んだ今お話を伺いました。本当にありがとうございました。
 この私どもの参議院における特別委員会も今日で四十時間をもう超えていると思いますが、衆議院でも五十八時間、そういう審議の経過をたどっておるところでございます。
 私は、学者でもあるいは専門家でもないものですから大変平べったい御質問になろうというふうに思うわけでありますが、ただ、この憲法問題というのを考えた場合に、六十年たつわけでありますが、今まで本当に国民の皆さん方が関心を持っていただいていたのであろうかということを一つ考えるわけであります。そういう意味におきまして、昨年の五月に与党案、そしてまた民主党案が出されて、衆議院なり、こうして参議院で審議を重ねているわけでありますが、マスメディアの影響もありまして、私は大変国民の皆さん方が憲法問題に対する関心というのが非常に高まってきているというふうに思います。
 私は鹿児島でございますが、地元紙でちょうど憲法記念日に世論調査の結果が出ておりましたけれども、六八・数%という高い関心があると、こういう結果が出ておりました。そういう意味におきましては、大変国民の皆さん方と私どもがこの今審議している、議論していることが共有できつつあると、こういうふうに実は思うわけであります。
 ただ、一つ危惧しておりますのは、どうもこのマスコミの取上げ方が、国民投票法案の内容とか、あるいは、今私ども与党とあるいは野党の皆さん方との争点が何なのかという、そういう報道じゃなくて、むしろ改憲という視点での報道というのが非常に色濃く出ているのではないかなというふうに思います。
 その証拠にといいますか、地元でいろいろ聞きますと、我々が今この国会で審議している国民投票法案について御存じですかというこの問い掛けをしますと、憲法の条文を改正するんでしょうと、こういう話がよく出てまいります。ですから、もう少しこの国民投票法案というものについて、マスコミの皆さん方にもお願いしたいわけでありますけれども、要は今回の、先ほども五十嵐先生からもありましたように、手続法案なんだということを是非ともしていただかないと、どうも国民投票法案イコール改憲なんだという、そのことがどうも国民の皆さん方の目に映っているのではないかなというふうに思います。
 それで、実はファクスも来るわけです、一杯来ます。そうしますと、そのファクスの中にも第九条の改憲は許さぬと、こういうようなのがあったり、あるいは、その国民の声で改憲に対する機運が盛り上がっていない中でのこの投票法案は廃案にしろとか、こういったようないろんなファクスもいただいております。ですから、私がどうも考えるに、国民の皆さん方の目に映っているのはやはり国民投票法案イコール改憲と、こういうことじゃないのかなというふうに実は思うわけであります。ですから、そのことについての先生方の、参考人のお二人のちょっと御認識をお伺いしたいというのが一つございます。
 それと、先ほどお話がございましたけれども、私どももこの地方公聴会なりあるいはここの場での参考人の皆さん方のいろんな公述を聞いておりまして、どうも、先ほど申し上げましたように、反対の方々は改憲だから駄目だという方もいらっしゃるし、いや、そうじゃないと、これやっぱり主権者たる国民が憲法改正の権利を行使するためのその具体的な法律なんだと、だからこれを定めないのは立法府の責任だと、こういう方もいらっしゃるわけであります。ですから、国民投票法案を定めることの是非について、この今の時期に作る是非について、基本的な先生方の、参考人のお二人のお話をお伺いしたいと、こういうふうに思うわけであります。
#11
○参考人(五十嵐敬喜君) まず、憲法改正の中身と今回の投票法がどのように受け止められているかということです。
 認識は、これ先生と私同じです。ただ、受け止められるのもしようがないという部分があると思うんですね。
 それはどういうことかといいますと、今回の安倍政権は明らかに参議院選挙において憲法を争点にすると、それは国民投票法の手続を争点にすると言っているんじゃなくて、やっぱり九条を含めたあの内容について参議院の争点にするということを言っています。これは七月です。今回、この投票法案が五月に審議されているのは、当然のことながら、そういう憲法改正の中身と連動してその手続を定めると、国民はほとんどの人が受け取っていると思います。だから、その改憲かどうかについての議論が主になっていて、この投票法どうあるべきかについて余り具体的に議論されていないというのも、政治がそういう状況をつくっていると私はまず思っています。
 それから二番目は、ちょっと外側から見て気になることがありまして、国民投票ということのイメージが、国会を含めて、きちんと国民の皆様方にうまく宣伝されていないんじゃないかと思うんですね。身近なところでは、実は住民投票というのはいろんなところでもう既に日本でもやっております。これは地方レベルですけど、そういうことありますね。そういうものの全国版を国民投票と言うんだろうと思うんですね。
 それからもう一つ、小泉さんが行った郵政民営化選挙もある種の、衆議院の選挙に絡めたある種の国民投票に近い部分があるということです。
 それからもう一つ、憲法改正、憲法そのものについていえば、EU憲法条約案についてフランスやオランダがやった国民投票ありまして、そういうものの功罪がちゃんと国民の方に伝われば、この手続をどうすれば一番いいのかということについてのもうちょっと確かな評価が出ると思いますけれども、これがこの国会からは一向に発信されないといいますか、だから、国民投票というのは自分たちのリアリティーをほとんど持っていない、むしろその安倍政権の政治姿勢と関連して、国民投票法制定イコール改憲議論ということがあってむしろ改憲の方に議論が行っている、そういう状況だろうと。それを覆すためには、覆すというかちょっと修正するためには、国民投票というのはどういうものかということをもっとまじめに、もっと大々的に宣伝したらどうかということです。
 そういう立場でいえば、最後の質問です。私自身は、国民投票法についてはいずれ必要だし、いいものを作ったらいいと私は思っています。ただ、今言ったように、明らかに次、その参議院選挙でも九条改憲の話題にするという前提でこれ急ぐというのは、それはよく分からないんですね。だから、それは慎重にやったらいいと思います。しかし、絶対国民投票をやらないという議論では私はありません。むしろ、住民投票条例とかあるいは国民投票条例とかあるいは国政課題でもいろんなことについて、憲法に準じるような問題については国民投票していくというような法案をどんどん作るべきであると私は思っています。
 ただ、政治的にはいかにもその九条改憲論議とこれは結び付いてやられているので、非常に誤解を与えているし、そういう意味では余り良くないと私は率直に思います。
#12
○参考人(小澤隆一君) まず、憲法改正の中身と今回の手続法を絡めるそういった議論や世論についてどう考えるかという点ですけれども、この間の安倍総理の御発言を国民が聞いていれば、そのように受け止めるように世論がなるのはある意味では自然なことだというふうに私は思います。
 そしてまた、二〇〇五年の十一月に、自民党さんは新憲法草案をお作りになり発表されているわけですから、そのことを覚えている国民もまた、今この時点でこのような法案が審議されるということの意味は、やはり主権者としてそれなりに感じているというふうに考えます。ですから、そのことについてはごく自然なことだというふうに思っています。
 そしてまた、過去にも、一九五三年に自治庁が作った投票法案が結局お蔵入りになった。あの翌年は、改進党や自由党が憲法案を発表した時期です。ですので、そういう憲法案が示されたときと、これの手続法が同時に政治の場に出れば今のような事態になるということは十分に五十年前からも想像が付いていたというふうに私は理解をしております。
 そして、第二番目の御質問ですが、国民投票法を定めることの是非につきましては、私は本当に必要になるときまでにでき上がっていればよろしい、そういうふうに理解をしています。議論は十分に尽くして、そして憲法原理にのっとった、これに適切に従った法律を作る、それまで徹底的に国民も含めた議論をしていくべきだというふうに思います。
 ですから、今この時点で作らなければいけないとか、あるいはできてないことは立法の不作為で国会の怠慢だというふうな議論には私は同調いたしません。そうではなくて、本当に国会がなすべき任務は、憲法原理にのっとった、それにふさわしい手続法をいつの日にか定めるということであって、今作るということが国会の任務かと問われれば、必ずしもそうではないというふうにお答えしたいと思います。
#13
○野村哲郎君 時間がありませんので、あと一問だけお願い申し上げたいと思います。
 小澤参考人が最低投票率については、最低投票率を導入することが憲法に適合していると、こういうお話を伺ったわけであります。
 ただ、私どもも、今までのこの議論の中で、あるいはまた地方公聴会等々でいろいろ皆さんの意見も聞いているわけでありますけれども、要は投票権というのは、あくまでもそれぞれ国民主権、国民たるその主権者が、行使するしないというのは本人の意思であると。要はこの投票所に行って賛否の意思表示をするのが当然であって、また棄権するのもこれもまた意思表示じゃないのかということで、私もそういう意見を持っているわけでありますけれども、棄権する人たち、投票率が下がったからといってそのことについての問題というのは余りないのではないか。
 例えば、いろんな今公職選挙法に基づく選挙もあるわけですけれども、これも非常に高いところ、低いところあるわけでありますけれども、そのことで大きな問題というのは、これは最低投票率は別にしましてあるわけでありますので、そういう意味においてこのことが問題にそうなるのかなと。
 ただ、もう一つの意見として私どもが聞いてきましたのが、要はこれは法律で定めるべきではないと。むしろ、もしこの最低投票率を定めるならば、憲法のやっぱり九十六条の中で入れるかあるいはそこを改正するか、そういうところにいくのではないのかなと、こういう御意見もありました。
 ですから、今のこの法律で最低投票率を定めることについて、それからもう一つは、先生はもう専門家でいらっしゃいますが、憲法に定めると、この意味についてどういうお考えをお持ちか、小澤参考人にお聞きしたいと思います。
#14
○参考人(小澤隆一君) 後の御質問からお答えします。
 まず、憲法で定めることの意味についてですが、確かに諸外国を見れば、憲法で定めている憲法を持っている、そういう国もあるようです。しかし、そのことから憲法で定めなければいけないという理屈が出てくるかどうか、これについては、私は先ほど申したようにならないだろうという考えでいます。
 憲法の下での法律は、憲法の原理にのっとった、この場合であれば国民主権原理にのっとった法律を作ればいいことでありまして、そして憲法改正国民投票の場合はできる限り国民の神聖な意思の帰結がこの投票で示されることが求められているのではないか。その場合には、最低投票率のようなこの種の制度を設けるということはそれの趣旨に従っているというふうに考えます。
 それと、あと棄権を意思表示としてどう見るかという問題ですが、これはどういう理由で投票所に足が向かなかったかは、これはおよそ判読不可能なことだろうと思います。結果として外形的に表示されるその意味というのは、要するに、その方々はこの問題は今判断したくないという意思表示をしたのだというふうに理解せざるを得ない。そういう人が多いということは、これ正に、今、国民にこの問題を問う機が熟していないというふうな評価もなし得る場面ではないか。仮に六〇%、七〇%の方が投票所に足を運ばなかったような場合は、機が熟していないというふうに判断するようなことが政治をつかさどる方々には求められるのではないか、そういう場面が出てくるのではないかというふうに考えます。
#15
○野村哲郎君 終わります。
#16
○芝博一君 民主党の芝博一でございます。
 まずもって、私からも五十嵐参考人、そして小澤参考人に、大変お忙しい中を御出席いただきましたことを感謝を申し上げたいと、こう思っております。
 本来ならば、私どもの委員会、国会の中ではいろんな形で参考人の皆さん方から御意見をいただくわけでありますけれども、各党若しくは与党、野党、いろんな形の中でいろんな立場の専門の先生方の御意見、さらには国民の皆さん方の御意見を聴かせていただくという形で、本来は今日も四人の予定をされていたわけでありますけれども、残念ながら与党側の参考人の皆さん方が御出席をいただいておりません。大変残念ではありますけれども、私から、そんな中でお越しをいただきました先生方に感謝を申し上げて質問をさせていただきたいと、こう思いますが。
 いろんな形で先生方から御指摘をいただきました。正に、この手続法が多くの問題を含んでいることは重々承知をした上で、その上で御質問させていただきたいと思いますが、根本的に、原則的に、これまでこの憲法に定められている国民投票の手続法が六十年間本格的に議論をされてきませんでした。このことについて、その背景とか要因はどんなことがあったんだろうか、具体的にまとめて端的に先生方のお考えをお聞きをしたいと思います。
#17
○参考人(五十嵐敬喜君) 少し観点を変えて言いますと、日本は余りにも中央集権国家で、国民の意思を問うということについて無関心過ぎたし、そのことについて国家も自覚的でなかったと。いろんな場面で国民の意思を聴くことを、単なる参考人とかという形ではなくて、いろんな形で聴いた方がよかったと思います。その方法として、例えば国民投票というようなものもいろんな形で、憲法だけではなくてやるべきであったし、地方自治体でも住民投票などの国民が政治に参加する、具体的に参加する方法をやるべきだったと思います。
 この議論がなぜうまくいかないかというと、中央集権という以外にやっぱり議会の保守性というのがありまして、何かその立法権が国民に移るとそれは議会の軽視につながるという議論がありまして、こういうある種の議会の権威主義もその中央集権的なことと重なってこういう事態を生んだと私は理解しています。だから、そういう意味で言えば、こういう形で遅きに失したって国民投票法の論点がきちんと議論されることは非常にいいことだと。六十年掛かったのはちょっと残念ですけれども、私はそう思っています。
#18
○参考人(小澤隆一君) 今まで議論されなかったことについて、私が憲法研究者として戦後の憲法政治の歴史を少し考えてみますと、まず日本国憲法が制定されて数年たつと憲法九条を変える変えないの議論が始まります。そして、五〇年代の半ばには、先ほど申しましたように、自治庁が投票法案を作りながらも、しかしそれは閣議で決定するまでには至らないような、そういう状況がやってまいります。実際の憲法の明文改憲論議が起こる、そういう時代です。ところが、この一九五〇年代の明文改憲の動向が一段落しますと、今度は歴代政府は解釈による憲法運用の変更という、こういうことをやるようになります。六〇年代、七〇年代辺りは、自分の任期中には憲法改正はしないというふうに総理も明言されるような、こういう状況になります。そういう状況の中ではこの手続法をあえて作ろうという議論は沸き起こらなかったというのは不自然ではないというふうに理解をしております。
#19
○芝博一君 ありがとうございます。
 続きまして、今参考人の皆さん方お二方も御発言いただきましたように、今こうして手続法が議論されている背景には政治的な発言なり主導があってと、こういう趣旨の御発言もございました。そのことはおいておいて、今の日本の現状の中で、そして流れの中で、歴史の中で、参考人の皆さん方は個々には改めて、今この憲法改正につながる、また憲法改正ありきの手続法の議論が必要だと考えてみえるかどうかということの御自身のお考えを端的にお述べください。
#20
○参考人(五十嵐敬喜君) 端的に言いまして、私自身は現在の憲法改正論議と併せて憲法国民投票法を考えること、もう連動することについては反対です。むしろ切り離してニュートラルなものとして作るべきであるというものです。
#21
○参考人(小澤隆一君) 先ほど来申しましているように、憲法改正の手続を定めるこの法律は憲法原理にのっとったそういうものにふさわしいものとしてしっかりとしたものを作るべきである、そのためには多少の年数が掛かってもそれはいいのではないか、このように考えています。
#22
○芝博一君 ありがとうございます。
 先生方も今、衆議院の状況、そしてこの参議院の状況もいろんな形で情報としてまたお知りをいただいているものとお考えをいただいております。その中で大切なことは、憲法の基本は国民主権であります。すなわち、それは国民のより多数の声が反映をされる、そして意見が届けられるというのが大原則だろうと、こう思っております。
 そういう原則を踏まえた上で、これまでの衆議院の審議の状況、運営のされ方、そしてこの参議院での審議の状況、運営のされ方等、先生方から見られまして、国民の声、そしてすなわち民意が、多数の民意が十分に反映をされている、届いているとお考えかどうか、その点についてお答えください。
#23
○参考人(五十嵐敬喜君) 私の大学で学生にこの国民投票の、参考になるかどうかは別にしまして話したことがあります。ほとんど投票法については知りません。それから、二十歳か十八歳がいいかなんという非常に身近なところですね。これはどこで区分かというと、学生に言わせると大学生か高校生かで区分するらしいんですけれども、これ高校生に与えていいかどうかについていろんな意見があるということも分かりました。
 総じて、私のところは政治学科であります、政治学科の学生ですらほとんど知らないという状況でありまして、審議としては極めて不十分と私は思っています。
#24
○参考人(小澤隆一君) 何をもって国民の世論と取るかというのはこれは難しい問題ですが、例えば私の見聞きしているところでは、私が前回衆議院で公述人として出席させていただいたときには、公述人の半数以上の方が慎重審議を求めていらした、これも一つの民意かと思います。それと新聞などの世論調査で、例えば朝日新聞の世論調査で、七割でしたか八割でしたか、それぐらいの数で最低投票率の制度は設けるべきだというこのような回答が返ってきている、これも一つの世論ではないか。
 こういった声に対してどこまで憲法原理の、基礎から審議をされているのか、その点についてはやはり私は先ほど申したようにまだまだ十分ではないというふうに考えております。
#25
○芝博一君 ありがとうございます。
 今、小澤参考人からも、衆議院でも参考人として意見陳述をいただいたと、こういう経験もおありでございます。五十嵐先生は初めてだとお聞きをしております。
 そんな中ではありますけれども、参考人の制度また公聴会、今日午後も地方での公聴会が開かれるわけでありますけれども、より広く国民の声、専門的な声を聴かせていただこうと、これが趣旨であります。ところが、特に小澤参考人は一度経験をいただいておりますけれども、この憲法特の委員会の審議過程において、参考人の先生方はその意見や声が反映されているとお考えでしょうか。その点についてお述べをいただけませんでしょうか。
#26
○参考人(五十嵐敬喜君) 私は、この委員会は初めてですが、ほかにも参考人として出席をさせていただいたことはございます。
 それで、簡単に率直に感想を申し上げますと、ここにいることは心地よくありません。これはもう明らかに出来レースで、言わば何かセレモニーとしていつも行われている感じがいたします。現に、この投票法についてもいろんな報道がありますが、もうあしたにはここで決議すると、それから来週にはもう本会議で決議するということになっています。私たちの意見というのはどこでどのように参考にされているのか全く分かりません。そういう意味でいえば心地よくない感じがいたします。
 むしろエチケットとかありまして、やっぱりここでちゃんとみんな参考人はそれぞれの立場で、意見はいろいろありますけれども、述べていますので、例えば各議員、各政党に持ち帰って、こういうことについてどう考えるかということをもう一回審議に反映して、それで決議していくというプロセスを通すべきだと私は思います。
#27
○参考人(小澤隆一君) 参考人も自分の意見をつくるにはそれなりの情報と時間が必要だと思います。私は衆議院の公述人として出席したときはそれなりの時間を確保していただきましたが、しかし地方公聴会などではその日の朝に資料が届くという、こういうような方も公述人でいらしたそうです。このようなやり方では、私は、せっかく呼んでいただいた公述人の皆さんも十分な準備をできずに公述をなさっているのではないかというふうに危惧をいたします。こういったやはり運営の仕方は改めていただければというふうに考えております。
#28
○芝博一君 私は今までの状況から先生方にお聞きをしたわけでありますけれども、御存じのように、実は今日もこれから地方の公聴会が二か所で開かれて、どうも明日は最終的な採決に入る、そんな申出があるようでございます。
 改めて、本当にこの参考人制度、そして公聴会制度というのを国会自体としても考えなければならないと私自身は思っているわけでありますけれども、あえて先生方からも御指摘をいただきまして、大変参考に、勉強にさせていただきたいと、こう思っております。
 そこで、今日の一つのテーマであります最低投票率の問題でありますけれども、この件については、与党案も私ども民主党案もいろんな形で提出をさせていただいております。
 その議論は別といたしまして、実は先生方も御存じのように、世の中のいろんな動向、政治の状況も含め、国民の考えを含めて、世論の調査、すなわちアンケートの調査というのが種々雑多に行われております。その中で一番のポイントは、このテーマに対して賛成ですよ、反対ですよ、もう一つは分かりません、若しくは棄権という部分の中に、これだけでは世論調査、アンケートというのは本当に真実の声を吸い上げられない。だから、どちらかといえば賛成、どちらかといえば反対という、必ずこの項目を入れる。これは世論調査やアンケート調査の原則であり基本だと、このように私ども理解しておりますし、学界ではそのように通っていると聞いております。
 ところが、今回の投票制度でいきますと、投票用紙に、憲法改正の条項について賛成か反対か、それにマルを付ける、二つしかないと。この部分であって、国民の皆さん方が、どちらかといえば賛成、どちらかといえば反対、この部分の表記が全然できない、こんな状況になっております。もう一つは白紙で出すしかない。この部分で、改めて国民主権である皆さん方の民意を十分に反映できるのか。私は、賛成でもないけれどもどちらかといえば、反対でもないけれどもどちらかといえば反対という部分、その皆さん方が動向的には白紙で投票されるということが危惧をされるわけであります。すなわち、それは無効票になってしまって、有効票としてはカウントされないという今の法案になっています。
 この部分について、先生方のお考えと御意見をいただきたいと思います。
#29
○参考人(五十嵐敬喜君) 非常に悩ましい論点だと私は思います。
 ただし、この国民投票の結果は直ちに法的拘束力を持ちます。その際に、やっぱりやや賛成、やや反対というのをどうアカウントするかということをだれが解釈するかというような形のあいまいさを残すことは良くないということだと私は思います。白票はやっぱり有効ではないので、やっぱり有効投票の過半数というので、どこかでこれは腹をくくらないと永遠に議論は決着しないと私は思っております。
#30
○参考人(小澤隆一君) どちらかといえばという項目を設けるかどうかですが、予備的な諮問投票とか、あるいは予備的でなくても結構なんですけれども、ともかく諮問投票のような場合にはそういう項目を立てるということは一つの選択肢としてあり得るかもしれませんが、しかし、拘束的な国民投票あるいは住民投票の制度をつくった場合には、恐らくそういう書き方はできないだろうというふうに考えます。
 しかも、果たして予備的諮問投票あるいは諮問投票の場合に、その後には今度は何らかの法的な決定を控えているというふうなことを考えるとしますと、そのアンケートをどう読むかというのもこれもなかなか悩ましい問題が出てくるのではないかと思います。
 今のどちらかといえばというのは、やはり社会科学の、社会学、社会調査学の世界では有効かと思いますが、余りこの種の制度の中では制度設計としては適切ではないのではないかというふうに、そんな個人的な印象を持っております。
#31
○芝博一君 それで、今お聞きいたしましたどちらかという部分を含めて最低投票率の部分につきまして御意見をいただきましたけれども、今回の法案、私とそちらの二案とも最低投票率については明記をしておりません。
 ところが、投票の部分の、有効の部分の分母の部分は有効投票でいく、しかし、今言いましたどちらかというとという部分の国民の思いは白票になる可能性が大いに強いと、こうなってきます。その部分というのは、投票総数の中には含まれますけれども、有効投票じゃない。そうすると、最低投票率がない、そして投票総数じゃなしに有効投票であると、賛成か反対のはっきりした部分だけだ。無効は、これは棄権といいましょうか、白票は無効になってしまうという、あくまでも低いハードルといいましょうか、国民の声が届きにくい、反映されにくいという制度、この部分のことにつきましてのお考えがありましたらお述べください。
#32
○参考人(五十嵐敬喜君) 有効投票率とそういう論点、非常に悩ましくて、どちらも意見はあり得ると私は思うんです。それぞれ説得的だと思います。
 問題は、やっぱり国民主権の国民を信頼するかどうかということに尽きると思うんです。私自身は、日本国民は十分にこういう問題について周知徹底すれば正確な投票行動を取ると思います。したがって、私自身は白票を投票総数の中に入れて考えるとかあるいは最低投票率を入れることについては余り積極的ではありません。国民を信じるということです。
#33
○参考人(小澤隆一君) この種の制度は、やはり主権者である国民の声を聴いたという、そういう実質をできる限り引き出せるような、そういう制度設計が望ましいのではないかと考えています。逆に、そういう制度設計に少し差し障りのあるような組立てはできる限り避けた方がよろしい、このように考えています。
#34
○芝博一君 時間ですので、終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#35
○山下栄一君 公明党の山下でございます。
 今日は、先生方、余り時間的余裕のない中での参考人としての使命を果たしていただくわけでございまして、恐縮でございます。
 限られた時間でございますけど、私は、先生方の今日のお話の中に直接なかったテーマなんですけれども、今日のテーマは投票対象及び最低投票率等についてということで、この投票対象のことをちょっと確認させていただきたい、お考えをお聞きしたいと思います。
 先生方も、直接投票権者を二十歳にするか十八歳、それ以下にするかということにつきましては非常に御関心があるお仕事をされているというふうに思いますもので、先ほどもちょっと五十嵐先生触れられましたけれども、国民主権、主権者は国民であるという、そういう意識をなかなか持ちにくい状況にあるわけですけど、国民投票法案は主権行使の一つの手続でもありますので、そういう意味で、翻って投票権者はどういう年齢にするべきかということは極めて重要なテーマであると思いますので、この問題に触れさせていただきたいと思うわけでございます。
 憲法十五条は、公務員の、これは公職選挙法にかかわることでございますけど、投票法案とは直接関係はございませんけれども、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障すると。じゃ、成年者とは一体何歳なのかというようなことは憲法には書いてございません。一応民法、今四条になっておりますけれども、この民法、当時は三条だったと思いますけど、最初の民法できるときには、なぜ二十歳なのかという議論は余り深まってなかったように私は思うんですね。
 それは、理由の中にやっぱり各国、立憲制を取っている各国においては二十歳ということが多いということが大きな理由で成年者、二十歳というふうに決まっていったようなふうに私は認識しておるわけでございまして、確かに判断能力、人間の判断能力というのは何歳であるべきなのかということについては、やはり世界各国の状況、有力な判断材料になると。こう考えましたときに、趨勢は現在十八歳になっているということから、十八歳引下げということも大事な考え方だというふうに私は思うんですけど。
 民法においては、行為能力、契約の主体、自立した社会生活を営む、そういう年齢というのは何歳だというような考え方に基づいて、民法は二十歳、もう百年以上変わってませんけど、一八九八年以来二十歳というふうに民法は言っていると。刑法では、善悪の判断能力をする責任年齢は十四歳だと、このように言っていると。同じく別の民法では、婚姻最低年齢は、男女差がある状況になってしまっていますけど、これは同一にすべきだという意見も法制審では既に結論出されておるわけでございますけど、十八歳ということになっていると、親の同意は必要だけれどもと。結婚した以降はもう十八歳、十九歳でも成人とみなすという、そういう考え方もあると。
 いろんな考え方があるわけでございますけど、両先生、この成年って一体どういうふうに考えて、どういう中身を考えて、どういう能力を考えて年齢を考えていくべきかという、そのお考えをお聞きしたいというふうに思います。
#36
○参考人(五十嵐敬喜君) いろんな法律で何をもって成人とするかどうかというのは、非常に端的に言って、その人が主体的に意思決定できるかどうかということに尽きると思います。確かに、今言われましたように、民法では二十年になっているわけですけれども、明治時代は少なくとも小学校、中学校含めた教育について必ずしも十分でありませんでした。それと現在を比べますと、圧倒的に教育の質、量、レベルは今の方が上です。それから、その他の情報についてももう天と地ぐらいの差がありまして、主体的な意思決定をするについて十分な情報や教育は、私は、もう既に明治とははっきり違うぐらいなされていると私は思っております。
 それから、個人的な体験ですけれども、私、法学部の教官をやっておるものですから、いろんな各種、入学試験を含めて試験を行います。試験を作成しますし、採点もいたします。十八歳か二十歳かというのは、先ほど言いましたように、実は高校から大学に入る年齢でありまして、そのときの少なくとも社会科学に関する問題はかなり高度です。かなり高度です。かなり国民は解き得る能力、つまり高校時代に既にいろんなことについて判断する能力を私は持っていると思います。だから、いろんな意見あると思いますけれども、私は、できるだけ国民が多く参加するために、それからもっと若い人たちの意見を聴くために投票年齢を十八まで引き下げることについては賛成です。
 ただ、これ十五がいいか十四がいいかといいますと、これはもうちょっとまた考えなきゃいかぬけれども、少なくとも圧倒的な明治時代と比べてみた情報量とか教育量とかということですね、それから個人的な体験を含めますと、十八歳でも十分に今回の憲法改正に対する国民投票をする主体として認めていいのではないかと私は思います。
#37
○参考人(小澤隆一君) それぞれの法律の趣旨に合わせてその年齢の設定というのはされてしかるべきだろうというふうに考えます。
 民法の場合、取りあえず経済的な取引の主体に関することがやっぱり多くなってくるんだろうと思いますので、その場合に成人を二十歳にして、そして未成年者については保護者による保護を求めるという、これはその未成年が言わば経済的な取引において不利にならないような、そういうことを配慮しての規定であればそれなりの合理性が考えられる。その二十歳に投票権をそろえなきゃならないという理屈は出てこないだろうと思います。
 世界の趨勢が大体十八歳選挙権がもう流れであるということであれば、日本も自立して政治的な判断をすることのできる年齢をもう十八にしようという判断はしてもいいと。ただし、それはやはり公職選挙法の規定と一緒でなければならないと思いますので、やはりそこのところはトータルに検討していただいてこの年齢にするということをお決めいただいた方がよろしいのではないかというふうに思います。
#38
○山下栄一君 戦後、普通選挙権、男女、女性も参加できるようになったわけですけど、昭和二十年、二十一年の帝国議会で、衆議院議員の選挙法の改正とか、新しく参議院をつくるための法律の議論されたときに、当時、今まで、それまで二十五歳だったわけですね、男性は、選挙権は。戦後になって二十歳になっていくわけですけれども。そのときに議論された中に、やっぱりこれは今も先生方おっしゃいましたけど、やはり責任感の涵養とか成熟度をどのようにしていくかということは、やっぱり教育、それは別に学校教育とは限りません、社会教育、様々な政治的な訓練といいますか体験、経験、そういうことによって、二十五歳でなくて二十歳でもいいんだという議論をされておりまして、当時、そのときは内務大臣等もそういう議論をおっしゃっているわけですけれども。
 私は、未熟だから十八歳はどうなんだという意見も今もまだ残っております。未熟というんだったら大人自身が未熟になってきているんじゃないかというようなこともあるわけで、やっぱりそれは基本的に国民主権というのがなかなか実感としてわいてこないと。地方議会におきましては、地方自治体におきましては、場合によっては中学生もテーマによっては大事な自治体の決定なりに参加させようというふうな動きもあるわけで、そういう意味で私は、やっぱりそういう日ごろの様々な体験、地域における参加とか学校における自治会への参加とか、様々社会的な問題に関心を持つということも非常に大事だと思うわけです。
 そんな状況、私はそういうふうに考えるんですけれども、特に両先生は現場でそういう十八歳、十九歳、二十歳の方にかかわっておられて、国民主権の行使である国民投票の中に参加するかどうか、十八歳、十九歳をということについての実感として、まあ五十嵐先生は先ほど、もう十八歳でいいんじゃないかとおっしゃいましたけれども、経験に基づいて、特に小澤先生にも、実感の上からどうなんだという、引き下げてもいいかどうかの御意見をちょうだいしたいと思います。
#39
○参考人(五十嵐敬喜君) 今回の投票法によりますと、三年間はある種国民投票は実施しないということですよね。三年間、だからどういう教育なり宣伝なり情報活動をやるかということに懸かっていると思います。そういうことを十分にやられれば、十分に主体的に決断する能力を十八歳の人たちも身に付けることはできると思います。
 問題は、だから、そういうときに高校の教育で、先ほどとちょっと関係するんですけれども、こういう授業をどういう形でやっていくかについて、先ほど言ったように、ある種政治的プレッシャーがあったり職務命令によるプレッシャーがあるとほとんどしないと、こちらの方が問題。これを自由にしていただければ、また大学で試験出すかもしれないし、いろんな答えがあるものですから、こっちの方との関係で考えていただければ、教育をちゃんとできるようにすれば全然心配ないと私は思っています。
#40
○参考人(小澤隆一君) 初等中等の特に社会科を中心にした教育によって基本的な法的あるいは憲法的な知識を持っていることを前提にすれば、高校卒業ぐらいの段階ではもう十分政治に参加する力は一般国民は備わるだろうというふうに想定するのが自然ではないかというふうに考えます。
#41
○山下栄一君 ちょっと早めですけれども、終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#42
○仁比聡平君 日本共産党の仁比聡平でございます。
 お二人の参考人、本当に今日はありがとうございました。
 まず、お二人ともお触れになられました公務員あるいは教育者の運動規制の問題についてお尋ねをしたいと思います。
 五十嵐参考人から、非常にあいまいで法律らしからぬ規定だと、こういった表現で専門家である方から語られたというのは、これは大変重大な問題をこの法案が抱えているということを示しているんだと思うんですね。
 それで、細かい要件のお話をする時間はございませんけれども、非常にあいまいで法律らしからぬ地位利用を始めとした要件、それから政治的行為の制限の問題はこれはこれからの検討だという、そういう枠組みの中で、この国会においては、国民投票の場面において自由を拡大をするのではなくて、今でさえ息苦しい縛りを更に強めよう、そういう方向での発言が様々な方から出ているわけです。
 一方で、あいまいな要件であとは懲戒権者の判断あるいは第一次的に捜査権を担う警察の判断、ここに任せればいいじゃないかと言わんばかりの発言も出ているわけですね。
 こういった議論の中で、今来ているこの法案について、五十嵐参考人が本当に大切なものとしておっしゃられたと思いますが、憲法や憲法的な価値についての国民の意識の多様性ですね、これが本当に十分に尽くされる国民投票運動が可能なのかということについてお尋ねを、まず五十嵐参考人に。
#43
○参考人(五十嵐敬喜君) これは、こちらからお聞きしたいこともあるんですけど、憲法について意見を表明し、あるいはこれ改憲に賛成しろ、あるいは反対しろと言うことは、いわゆる国家公務員法に基づく人事院規則の政治的行為というのに当たるんですか。まず基本的な要件ですね。多分、実質的には当たるんだと私は思っているんです。だって、恐らくそのときは自衛隊に賛成かどうか、こういうことですから、正に政治の絶対的な、もう非常に大きな要件じゃないですか。そうすると、仮に政治的な行為に当たるとすると、政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し、又はこれを反対することは絶対的に禁止なんですよ。だとすると、公務員は絶対何もできないということになりませんかということなんです。
 しかし、公務員は、まず公務員である前に主権者なんですよ。公務に関しては中立でなければいけませんけれども、主権者として憲法改正に賛成するか反対するかは公務と関係ないと思う、端的に言うとですね。だから、自由にすべきだと思うんですけれども、今言いましたように、憲法に関する発言をすること、運動をすることがもし政治的行為のように取られると何もできないと、絶対的矛盾だとまず思います。だから、この件は外してほしいと私は思います。
 同時に、これも少し参考にしたらいいと思うんです。ここにフランスの国民投票とかEUの国民投票の法案を一度審議してほしいんですけれども、そうするとどういう規定の仕方をするかというと、漠然、統括規定するんじゃなくて、これとこれだけはしちゃいけないと、あとは自由ですよと。何をしちゃいけないかということを端的に定めるんですよ、具体的に。そういうものを入れて、投票法に入れればもっと明快になるんじゃないか。それが比較法的な国民投票法に関する、憲法を含めてですよ、憲法を含めて国民投票法に関するある種の比較検討を行わない。ここにフランスの専門家もおりますけれども、デクレで国民投票がどう書いてあるか見ていただいて、何をしちゃいけないかということをはっきり定めて、あとは自由というふうにしなきゃ駄目だと私は思うんです。これを包括的にしておいて、こっちでは罰則しないけどこっちの方に来ると処分権が来て、職務命令が来て、全然動けないというんじゃ全く意味がないと私は思っていまして、ある種の重大なこれこそ戦後レジームだと思いますけれども、公務員の何か特殊な扱いをやめたらいいと、憲法改正でこそやめたらいいと私は思います。
#44
○仁比聡平君 今の点に関連して小澤参考人にもお尋ねをしたいと思うんですけれども、私、今、五十嵐参考人のお話になったテーマについて、昨日発議者との関係で厳しく質疑をしました。そのことをお話しする時間はないのでそれは残念なんですけれども、私が五十嵐参考人のお話をお伺いをしていて、やっぱり絶対にこれは大事だと思ったのは、五十嵐参考人がこの法案あるいはこの経過をごらんになって、極めてあいまいで、そして法律らしからぬ規定だというふうに感じていらっしゃるということだと思うんです。
 もちろん、法律上の議論、理屈、政治的活動というのは一体何なのか、政治的目的というのは何なのかという、その法律解釈の議論はあるかもしれないが、だけれども、現実に国民の皆さんが国民投票に臨むに当たって、これが政治活動に当たるんじゃないだろうか、あるいは地位の利用として自分は懲戒されるんじゃないだろうか、こういうおそれを持つような事態になる条項に今なっているんだということだと思うんですね。それはつまり、法律の専門家がどうこう解釈する問題や、あるいは事後的に裁判では、いや無罪になりましたと言って済む問題ではないということが重大な問題だと思うんですね。そして、そんなことが今この国民投票運動にかかわって国会で議論されざるを得ない事態になっているということが重大だと、私は今日改めて感じました。
 小澤参考人、いかがでしょうか。
#45
○参考人(小澤隆一君) この種の規定は、国民が疑心暗鬼にとらわれるということのないように作るのが私は本来の趣旨だろうと思います。そうでなければ萎縮効果が生じてしまう、そういう問題ではないかと思います。
 それで、私は憲法論的に考えてみて、やはり人や政党を選ぶ選挙と、それと普通の住民投票のような個別の施策を問う、そういう投票と、それと憲法の文言をいじる改正投票、この三つは内容的には区別できるものだというふうに思っています。
 一番最初のものは、これは正に政治的な党派性が問われる投票ですから、そこの場においてはある種の規律というのが出てくるだろうと思います。公務員の全体の奉仕者性を仮に公務執行の中立性の確保というのを基本にして考えた場合でも、それに直接関連するような規律はあり得るかと思います。今の国家公務員法や地公法の規定は、それに照らして少し規制が厳し過ぎるというふうに判断しますけれども、それはともかくとしましてあると思います。
 ところが、ほかならぬ憲法改正の国民投票には、そのような政治的中立の問題とか、あるいは公務員がかかわってはいけないような呼び掛けとか判断とか、そういうことはあり得ないというふうに理解すべきだと思います。この投票の行司役の公務員は除いて、すべての国民は同じ土俵、資格でもって運動に参加できる、このようにするべきだという意見です。
#46
○仁比聡平君 一方で、本当に国民の皆さんが憲法を変えるのかどうするのかということについての御自身の自立的な意思を決定をしていくという過程で、テーマが一体何なのか、それに対してどのような意見があるのか、ここをきちんと知り、かつ十分に討議をする、討論を尽くす、国民的議論を尽くすという問題がすごく大切なのだと思うわけです。
 その意見の多様性ということを考えてみたときに、構造上は五十嵐参考人がおっしゃられましたように改憲案に対してイエスかノーかというここ、この選択しかできないという制度になっているわけで、だけれどもイエスという、改憲賛成という人にもいろんな多様な意見があるでしょうし、改憲反対という意見にもたくさん多様な意見があるだろうと思います。仮に自衛隊を自衛軍として明記するという、こういう改憲案が発議をされたとして、私はそれには断固として反対ですが、その反対という意見にも多様な意見があると思うんですね。その賛成、反対という意見をどう扱えば公平だというのか、これは本当に大切な問題だと思うんです。
 この法案との関係でいいますと、まず発議をする国会の側が広報協議会を通じて広報する、先ほど小澤参考人からは、これが実際に届くのは投票日の十日前だと、期日前投票始まってからだというお話さえあったわけですけれども、指摘をされたわけですが、この広報協議会も含めて改憲案の広報あるいは放送についてどういうやり方をやるべきなのかという点についてお考えがもしございましたら、五十嵐参考人、それから小澤参考人にそれぞれお尋ねをしたいと思います。
#47
○参考人(五十嵐敬喜君) 結論から申し上げますと、少なくとも現憲法が予定している国民投票というのは、国会発議の案に関してイエスかノーしかないと、最終的にはそういうことです。
 イエスかノーかを含めて、あるいはその発議案そのものについて多様な意見があり得ると思うんですけれども、それは一つは選挙を通じて、あるいは国会審議を通じてプロセスを経て最終的に絞りなさいということです。三分の二の合意を得る、衆参両院で三分の二の合意を得るということは、そこである種の多様性をクリアしたと、あとは国民の判断をイエスかノーかで結論を出すというのがこの制度です。この制度をありとすれば、この制度自体を変える憲法改正をしないと駄目だということになると思います。
#48
○参考人(小澤隆一君) 国民が投票するのは発議された憲法改正案ですから、その改正案の中身について知らされて、そしてまたそれの持つ意味について国民が熟慮する、そういう時間が必要だろうと思います。
 そのためには、やはり国民による検討は発議の公報が届いてからということになるはずですし、そしてまた、ほかならぬ憲法改正というものは、その一言一句が一体どういう意味を持つのかというのが、これが重要な意味を持ってきます。例えば、憲法十三条の、今の公共の福祉を公益とか公の秩序というふうに改めることとか、あるいは憲法二十条に社会的儀礼はその限りにあらずというような言葉が盛り込まれれば、それでは一体その改定は何を意味をするのかということがまず発議から検討が始まることになります。ですから、そのためには、国民による投票のかなり前の段階から発議の案が届いていなければならないというふうになるだろうと思います。
#49
○仁比聡平君 そのような多様な意見をきちんと国民投票に向けて反映をしていく上で、この法案にかかわっても、メディアの在り方がどうなのか、あるいは国民の中での自由な討論、運動がどのように行われるべきなのか、様々議論が行われてきたわけです。
 時間がございませんので端的に、どのような運動が憲法上求められているとお考えか、五十嵐参考人、それから小澤参考人にお尋ねをしたいと思います。
 最後に、加えて小澤参考人に、その点とプラス、先ほど最終的な国民投票における棄権票をどのように考えるのか、棄権票に込められている意思をどう考えるのかというお話があったんですが、これ憲法の九十六条の規定でいえば、その過半数の賛成という要件があるわけで、もちろん棄権の意思がどうなのかはいろいろ議論あるんだろうと思うんですけれども、棄権票を反対と一緒と解釈するのはおかしいというたぐいの議論は、これは全く当たらないのであって、改憲案に賛成ではないことは明らかだ、棄権をされるというのは、というふうに私は思うんですが、いかがでしょうかという点を小澤参考人に。
#50
○参考人(五十嵐敬喜君) 先ほどから申し上げましたように、ある種の非常に厳格な制約がこのプロセスの中にあると思うんですね。その最大の欠点の方を言いますと、やっぱり国民の意見が議員さんを通じてしか私たちは述べることができないということです、まず発議に関してですね。その段階で国民の多様性を保障するのであれば、発案の段階で国民にも憲法改正案を発案できるという条項を入れていただきたい。そうすると、いろんな案が出ると思います。そこに一つは多様性を保障されるメカニズムが働くというふうに思います。政府が出していいかどうかについては議論はあると思うんですけれども、少なくとも国民主権者の意見が議員を通じてしか正式には発案できないというのは最大の欠点で、その多様性の最大の保障はそこだとまず思います。
 それから、その多様性を保障するについて、メディアの問題ありますけれども、メディア及び運動については原則自由です、原則自由です。それで、できないことだけここで明確にルールとして定めていただきたい。ばくっと大きな網をかぶせておいて、できるかできないか分からぬようなことで何かやっておくというのは一番良くないと私は思っているんですね。仮に裁判官になっても、これどこまでいいのか悪いのかとだれが判断する、裁判官だって全く困ると、正に立法の欠陥だと私は言えると思うぐらいに余りにも漠としていると思うんです。
 だから、できないことで定めてください。できないこと、公務員は何をしちゃいけないと。もっと別な言い方で言います。例えば、自衛隊も公務員なんです。それは正に当事者の問題になりますね、今回の、仮に九条が問題になると。この人たちは何をしていいのか何をしていけないのか、全く分からないですね。そういうことをはっきりと、もうちょっと議論をクリアにしてほしいんですよ。できないことがはっきりすれば、あとは自由ですから、その間で正に多様性が保障されるということになるんだろうと思います。
 だから、投票だけのプロセスだけじゃなくて、発案段階から発議、発議から投票までのあらゆるプロセスにおいて自由を保障するということをできるだけ制度的に構築していただきたいというのが私の意見です。
#51
○委員長(関谷勝嗣君) 小澤参考人、誠に恐縮ですけど、時間が来ておりますので、簡潔に御答弁をお願いします。
#52
○参考人(小澤隆一君) 最後の御質問についてだけお答えします。
 先ほど申し述べたのは、棄権をした、投票所にも行かなかった人の話であります。
 御質問は、恐らく棄権票というのは白票を投じた人のことを念頭に置かれているんだろうと思いますが、その場合は、現在の法案では、除いて有効投票の中で判断するという仕組みになっていますが、投票所に足を運んだけれども賛成票は投じなかったという人が過半数いたら、この改正案はやはり少し待ったをしてもいいんじゃないかという考え方もあり得ると思います。これは制度の組立ての考え方として、一つの考え方としてあり得るというふうに思います。
#53
○仁比聡平君 終わります。
 ありがとうございました。
#54
○近藤正道君 社民党・護憲連合の近藤正道でございます。
 今日は、お二人の参考人の先生、大変貴重な御意見いただきまして、ありがとうございました。
 時間がありませんので、早速質問に入らせていただきたいというふうに思っています。
 今ほどの仁比議員の質問の続きのようなものでございますけれども、お二人の参考人とも、この国民投票運動の規制が大変やっぱり厳しいと、投網を掛けるような包括的、そして無限定な極めてあいまいな、どのような形にでも対応できるような、そういう形になって公務員、教員をやっぱり規制をしている、問題だという御指摘をされました。私も全く同感でございます。
 私は、最低投票率の議論を、今いろいろありますけれども、最低限、最低投票率をもし用いないということであるならば、前提として、運動はもうとにかく徹底徹尾に自由だと、これがなければ私は最低投票率を設けない大前提がやっぱり欠けてしまうんではないか、こういうふうに思っているわけであります。
 この非常に包括的な無限定なケースの一つの代表例として、公務員、教員の地位利用。地位利用ではちょっとまずいということで、今回、影響力あるいは便益を利用した勧誘、影響力あるいは便益を利用したという、こういう概念が入ったんですけれども、これは私はとても、言わばこれでもって何か客観的に外形的にある状況を特定できるとは私はとても思えないんですが、お二人とも言わば憲法、法律の専門家でございますので、この影響力、便益を利用してというこのことで一体どこまでその言わば行為の限定が可能なのか、率直な御意見をいただければ有り難いというふうに思いますが、いかがでしょうか。
#55
○参考人(五十嵐敬喜君) 私が仮に特定行政法人の憲法の先生で、憲法についてこういう改正案が提起されています、私についてはこうこうこういうふうに考えますと、この問題言うだけなら、今の言っている影響を与えるとか何とかを、便益を供与すると言われても、試験に出すと言ったらかなり影響力を駆使しているし、あるいは大学の教官という地位を利用していると思います。だから、極端に言いますと、この便益、この憲法改正の試験に出すと言ったときに、非常に広く解釈すればそれだけでアウトということになると思うんです。
 さらに、試験に出すだけじゃなく、どっちの、とにかく党派があるわけですから、賛成する党派と賛成しない、反対だという党派がいるわけです。これについても触れて、あの生徒は賛成だから駄目だとか反対だから駄目だと、こう言った途端にこれもうかなり政治的な色、濃くなりますね。
 そうすると、学校の先生は何ができるんですかね。多分、自分で講義したら、私は試験に出すかもしれないと思うんです。そうしたら、文字どおり言えば影響力、大学教官という影響力、行使するし、便益も、試験というテクニックを使って何かやっておるわけですからあり得るんじゃないですか。
 それを、さらに、大学から更に外に出て行ったときに、メディアで言うとか、デモに出るとか、集会に参加するとか、あるいは教え子を通じてとか、インターネットでずっと宣伝したときに、どこまでかと。これじゃ全く裁判官もだれも分からない。こういうのは法律として良くないというのが私の立場で、悪くすると主権を抹殺すると私は思うんです。
#56
○参考人(小澤隆一君) この規定がどういうふうな意味を持つのかについては、実際に動き始めてみないとちょっと皆目見当が付かないところがありますが、しかし地位の利用という言葉に加えて、影響力とかあるいは便益とか、更に定義を加えなければならない言葉が数として増えたという印象を持っています。
 例えば、似たような例として裁判官による政治活動の問題がありますが、ある裁判官が懲戒処分を受けた際には、これはその集会でもって、私はパネリストになるつもりだったけれどもやめろと言われてやりませんというこの一言がその集会での主催者を励ましたということで、積極的な政治運動だというふうに分限裁判で認定された例があります。
 こういうことが起こり得るのは非常に困るというふうに私は思います。
#57
○近藤正道君 次に、テレビの有料広告の規制もこの委員会で大変議論になっております。今回の法案では、投票日前二週間に限ってテレビの有料広告を禁止をしているわけでありますが、それ以前については全く野放しの状況であります。このことに、この十四日以前についてどうするかという議論が全くない。これについては全面的に禁止をすべきだという意見がありますけれども、それ以外の意見は全く今のところ出ていないわけでありますが、例えば公平な枠組みを、賛成、反対、両派に保障する制度をきちっとつくるとか、あるいはテレビ有料広告については非常に金が掛かるということで、金のない人にもやっぱり利用が可能なような低料金をシステムとして、制度としてきちっと確立するとか、こういうものが私は当然あってしかるべきだというふうに思っておりますけれども、これが全くない。
 こういう状況の下で、投票日前十四日間だけを禁止する、こういうテレビ有料広告の規制の在り方について、お二人の先生方、どういうふうにお考えでいらっしゃいますか。
#58
○参考人(五十嵐敬喜君) マスコミの中には、テレビだけではなく新聞とか週刊誌とか雑誌等もいろいろあると思います。これを含めて、本当は、私はそれこそ、仮にマスコミ界といえば、マスコミ界が自主ルールをやっぱり作って、それで国会とすり合わせをすべきであるというふうに思います。全部自由だとすると、全部お金で左右される危険があります。しかし、いろんなことをいけないというと、それは表現の自由を侵害するおそれがありまして、その妥協点がなかなか難しいんだと思いますね。その当事者であるマスコミ界もこの委員会に呼ばれて少し意見を発表していますけれども、実際的には団体としてはまとまって何もやっていないということを聞いていますので、その辺はむしろ国会の側の方でマスコミ界に率直な意見交換の場をつくったらいいと私は思っています。
#59
○参考人(小澤隆一君) 私も今の五十嵐参考人の御意見のように、やはりこういう広報のやり方がモデルなんだということを少しパイロット的に示して、こういう広報なら十分国民に問題の性格をよく知ってもらうために有益だというふうに判断ができるのではないかと思います。現時点では一体どういう有料広告、広報がされてしまうのか皆目見当が付かないと。結局、それはお金を使ってというふうに疑心暗鬼に今とらわれて議論がされているような、こういう状況になっているのではないか。その辺をやはりもう少しマスコミと国会の側が一緒になって検討してみるという場を設けていくというのが大切なことなのではないかというふうに思っています。
#60
○近藤正道君 小澤参考人にお尋ねをいたしますが、先ほど最低投票率制度を是非盛り込むべきだと、その方がやっぱり憲法の九十六条の理念により近い、合致をしていると、こういうお話がございました。私も同感でございます。
 この最低投票率の問題については、設けた場合の問題点がいろいろこの委員会でも、衆議院のときも含めて議論ありました。私はいずれも理由はないというふうに思っておりますが、ここへ来まして、最低投票率を設ける場合の一つの欠点として、いわゆる民意のパラドックスという、そういう概念が一部参考人に出られた方から指摘をされているようでございますが、小澤参考人は、このいわゆる民意のパラドックスが起こり得るんで最低投票率の制度を設けるのはいかがかというこの議論について、どのような所見をお持ちなのか、お聞かせをいただければ有り難いと思いますが。
#61
○参考人(小澤隆一君) あるルールを設定した場合に、非常に極端な事例を取り上げれば常にパラドックスの成立の可能性はあると思います。そういうものを殊更に取り上げて、だからこの制度は駄目だというふうに理由付けるのは、やはり理由付けの仕方としては少し一方的であり、根拠が薄弱なのではないかというふうに思います。
 なぜ最低投票率か、あるいはイギリスで採用されているような四〇%ルールのようなものを設けるべきか。その根拠には、やはり国民の判断をこれで問うた、要するにこれが真正な国民の意向だという、そういう実質を備えるような投票の結果を常にそっちの方に持っていこうという、こういうオリエンテーションとして最低投票率やあるいは四〇%ルールというのがあるんだろうと思うんです。
 そういう制度があってもなくても、パラドックス現象というのは何らかのルールを設定した場合には必ず起きますから、それでもってこの制度をそもそもつくらないのだと、つくってはならないのだという結論を導くのはやはり一面的ではないかというふうに思います。
#62
○近藤正道君 もう一つ、小澤参考人にお尋ねをしたいと思います。
 法案では、発議から投票日まで最低六十日、長くて百八十日と、こういうことであります。私は短過ぎるというふうに基本的に思っています。最低六十日というのは大変問題だというふうに思っています。
 そういう問題意識の中で、先ほど小澤参考人が、この制度の下で広報協議会の公報が投票日の十日前にしか着かないと、こういう指摘をされました。これは、ごく一部、この委員会で議論ありましたけれども、ほとんど議論されてない問題であります。期日前投票は十四日でありますので、期日前投票はスタートしてもまだ公報が届かない、期日前投票がスタートして四日後に初めて公報が着く、この問題であります。
 まあ公報なんていうのはそのぐらいでいいんではないかという軽く考える向きもあろうかと思いますが、憲法改正の言わば公報が投票日の十日前にしか着かない、このことの言わば憲法的な意味、ここをやっぱりしっかりと押さえるか押さえないかでこの評価は違ってくると思うんですよ。十日前に届けばいいじゃないかという議論と、わずか十日前にしか来ない、これはおかしいじゃないかという議論は、正に公報というものの、国民投票における公報というものの憲法上の意義、このことをどうとらまえるかによって大きくやっぱり私は違ってくるというふうに思うんです。
 そこで、この問題をはっきりと提起をされた小澤参考人に、公報が十日前にしか届かないということの意味をもう一回明確にお話しいただけますか。
#63
○参考人(小澤隆一君) 先日の統一地方選でも公報は直前になって我が家に届きましたけれども、でも、このような公職選挙の場合は、やはり人を選ぶあるいは比例代表の場合は政党を選ぶでもって、日常的な政治を見聞きしている中でもって大体有権者は見当を付けているはずだという想定の下でこの公報の送付がなされている。ですから、公職選挙の場合は二日前までにという、こういうことでかなり直前になります。
 ところが、今回の場合は十日前までにということで、もしかしたらこれは十五日前とか二十日前になるかもしれませんが、しかしそれは保証の限りではない。広報協議会の中で原稿作成に手間取れば、まさしく六十日の場合には十日前きっちりということになる可能性が十分にあり得ると思います。
 しかし、これは憲法改正の案というのは正に発議された案であり、そしてそれについて国民は賛成か反対かを問われるわけですから、これについて、やはり投票よりも、すなわち期日前投票よりもかなり前の段階で公報が届いてないと困るのではないかと。これは憲法論的に主権者国民の判断を問えない制度であるという根本的な問題があるというふうに思っています。
#64
○近藤正道君 テレビの有料広告の規制、当初投票日前七日間だったんですが、期日前投票のときにはやっぱり規制しておかなきゃならぬという形で、期日前投票と合わせて二週間になった。ところが、広報協議会の公報についてはそれが満たされていないと。
 私は、憲法上大きな問題であるし、この法案の欠陥の一つの大きな柱ではないかと、こういうふうに思いますが、両参考人いかがでしょうか。
#65
○参考人(五十嵐敬喜君) 同調いたします。
 できるだけ早く、速やかにそういうものはすべきであると思います。それから、十日前じゃ短過ぎると私は思います。
#66
○参考人(小澤隆一君) この委員会として、是非修正案をお作りいただければというふうに思います。
#67
○近藤正道君 そのためにも、それは関連する問題として、最低六十日、発議から投票まで六十日、ここがやっぱり短過ぎると、ここのところをやっぱり大きく変えていかなければ私はこの問題の解決はできないというふうに思いますが、この六十日をもっと長期化するという点について、お二人の先生、どのようにお考えでしょうか。
#68
○参考人(五十嵐敬喜君) 余り明確な答えは持ち合わせておりません。
 長ければ長いほどいいというわけでもないし、余り短いと駄目だと思いますし、どういう形で六十日から百八十日に決まったか分かりませんけれども、それについて私の明確な意見はありません。ただし、先ほど言いましたように、公報が届くのが十日前というのは良くないと私は思います。
#69
○参考人(小澤隆一君) 広報協議会に三十日大体掛かるだろうという予測の下で今の六十日、十日ということになっているわけですから、やはりそれは六十日をもっと長くすればこの問題は解消できる、そういう問題じゃないかと思います。
#70
○近藤正道君 終わります。
#71
○長谷川憲正君 国民新党の長谷川憲正でございます。
 通常、こうした参考人の皆様からの意見聴取、四人の方々から伺うのが通常でございますが、今日はお二人の先生からお話を伺うということで、先生方、通常の二倍の説明をしていただいているわけでございまして、お考えになっておられることの御趣旨、非常によく分かりました。特に、私どもの審議の在り方に関する御意見などは大変に感銘を受けたわけでございまして、熱意あふれる御説明に心から敬意を表したいと思います。
 個々の論点につきましては既に各委員から質問がなされておりますので、私、屋上屋を重ねるような御質問は今回は遠慮をさせていただきたいと思いまして、今までの御説明に心から御礼を申し上げる次第でございます。
 そこで、私、委員長にお願いがございます。
 お二人の先生方の御意見を伺っておりましても、この憲法改正に関する手続法の審議、まだまだ尽くされていないなということを私は痛感をする次第でございます。先ほども同僚の議員からも御指摘がありましたけれども、今朝の新聞等を見ますと、もう与党は明日のこの特別委員会での採決を打診をし始めているというようなことが各紙に書かれているわけであります。
 私は、再三申し上げておりますように、憲法改正あってもいいという立場でございます。手続法も作ったらいいという立場でございます。しかしながら、やはり審議は尽くさなければいけないと。私は、本当にそういう意味で、何十時間たったからとか、何回公聴会を開いたから、参考人の方々から何人聴いたからという数字ではなくて、中身の問題だと思う次第でございます。
 そういう意味で、少なくもこうして熱心な御意見をちょうだいをして、それぞれの論点についてどう考えるのか、賛成反対はそれはいろいろ考え方はあると思うんですけれども、しかし、そうした議論をきちんと積み重ねて、ああやっぱり国会らしい議論をやったなと国民の皆さんが納得をしていただける、そういう状況をつくらないと、私ども今憲法の手続法を議論しているわけでありますけれども、議論する資格がないんじゃないかと。本当に、国民の皆さんの民意を問うために手続法を作るわけでありますけれども、その審議そのものが形式だけで終わるというようなことがあってはならないと思う次第でございます。
 そういう意味で、委員長のお立場、大変なのはよく存じ上げておりますが、そうした場外からの圧力等に負けることなく、これからも熱心に議論を重ねていただきますようにお願いだけ申し上げまして、発言を終わりたいと思います。
#72
○委員長(関谷勝嗣君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人のお二人に一言お礼のごあいさつを述べさせていただきます。
 本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。当委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時五十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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