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2007/02/07 第166回国会 参議院 参議院会議録情報 第166回国会 少子高齢社会に関する調査会 第1号
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2007/02/07 第166回国会 参議院

参議院会議録情報 第166回国会 少子高齢社会に関する調査会 第1号

#1
第166回国会 少子高齢社会に関する調査会 第1号
平成十九年二月七日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員氏名
    会 長         清水嘉与子君
    理 事         荻原 健司君
    理 事         川口 順子君
    理 事         中原  爽君
    理 事         足立 信也君
    理 事         島田智哉子君
    理 事         鰐淵 洋子君
                有村 治子君
                岡田  広君
                狩野  安君
                沓掛 哲男君
                坂本由紀子君
                田浦  直君
                山崎  力君
                神本美恵子君
                主濱  了君
                羽田雄一郎君
                林 久美子君
                松下 新平君
                森 ゆうこ君
                蓮   舫君
                山本 香苗君
                山本  保君
                小林美恵子君
                後藤 博子君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         清水嘉与子君
    理 事
                荻原 健司君
                川口 順子君
                中原  爽君
                足立 信也君
                島田智哉子君
                鰐淵 洋子君
    委 員
                岡田  広君
                狩野  安君
                沓掛 哲男君
                坂本由紀子君
                田浦  直君
                山崎  力君
                神本美恵子君
                主濱  了君
                羽田雄一郎君
                林 久美子君
                松下 新平君
                森 ゆうこ君
                蓮   舫君
                山本 香苗君
                山本  保君
                小林美恵子君
                後藤 博子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        岩波 成行君
   参考人
       聖路加国際病院
       理事長・名誉院
       長        日野原重明君
       特定非営利活動
       法人寝屋川あい
       の会代表     三和 清明君
       株式会社マイス
       ター60取締役社
       長        平野 茂夫君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○委員派遣承認要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○政府参考人の出席要求に関する件
○少子高齢社会に関する調査
 (「少子高齢社会への対応の在り方について」
 のうち生涯現役社会の推進)
    ─────────────
#2
○会長(清水嘉与子君) ただいまから少子高齢社会に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員派遣承認要求に関する件についてお諮りいたします。
 少子高齢社会に関する実情調査のため、二月十九日及び二十日の二日間、広島県に委員派遣を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認めます。
 つきましては、派遣委員等の決定は、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#5
○会長(清水嘉与子君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 少子高齢社会に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#8
○会長(清水嘉与子君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 少子高齢社会に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続については会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#9
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認めます。さよう取り計らいさせていただきます。
    ─────────────
#10
○会長(清水嘉与子君) 少子高齢社会に関する調査のうち、「少子高齢社会への対応の在り方について」を議題とし、生涯現役社会の推進について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、聖路加国際病院理事長・名誉院長日野原重明さん、特定非営利活動法人寝屋川あいの会代表三和清明さん、株式会社マイスター60取締役社長平野茂夫さんに参考人として御出席いただいております。
 この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、大変御多忙のところを本調査会に御出席いただきましてありがとうございます。
 参考人の皆様方から、「少子高齢社会への対応の在り方について」のうち、生涯現役社会の推進について忌憚のない御意見をお述べいただきまして、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 まず、議事の進め方でございますけれども、参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めませんで、自由に質疑を行っていきたいと思います。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、日野原参考人からお願いいたします。日野原参考人。
#11
○参考人(日野原重明君) 私は、座って講演したことないですから、立った方が楽ですから立ってまいりますが。
#12
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございます。どうぞ。
   〔資料映写〕
#13
○参考人(日野原重明君) 結論を申しますと、少子、明るいままにしてください、明るいまま、全部明るくしてください。
#14
○会長(清水嘉与子君) 電気をつけてください。
#15
○参考人(日野原重明君) 少子高齢化の日本はどうなるかということで、どうすればいいかというと、四十五年前に老人の定義が六十五歳以上という文化国の間でされたんですが、そのときは日本の平均寿命は六十八歳でした。
 ところが、今はもう二十年も延びているんだから、老人の定義あるいは高齢者の定義は、六十五というのは不適である時代である、七十五に十年底上げをすべきだということと、それから高齢者ということを厚生労働省が老人の代わりに使ったんですが、これは年による差別用語ですから。ですから、むしろ老人、だから私は新老人という名前を使っているわけです。それが私の一番大切な結論で、そうしないとどうしようもないということ。
 最初のこのオーバーヘッドでは、日本人の平均余命は、男性は七十八・五、女性は八十五で、平均八十二歳ですが、日本は一番長寿と言われたんですが、今や男性は長寿から下りて、この香港やアイスランド、スイスに次いで四番目に下がりました。そして、女性だけが世界で一番高いという状態でありますが、この女性も続くかどうかは分かりません。
 そこで、その次の六十五歳での、平均寿命というのは、零歳のときに何年生きるかということですね。今、六十五歳の人が何年生きるとなると、男性は十八歳、ただですね、だから七十八歳。女性は二十三ですから、八十八歳まで生きるのが今の六十五の人の平均余命だということを考えていって、これは考えていただきたい。
 その次のこのスライドは、人口の、六十五歳以上の人口が全人口の七%であったのが一四%に、倍に増えるまでにどれぐらい年数が掛かったかで老化のスピードが分かるわけですね。これによりますと、フランスは百十五年掛かって人口の七%が、一四%が六十五歳以上になったんですが、日本はこのわずか二十五年でこの一四%を過ぎて、この方向からいくと、世界で一番老人が多い、そうして子供が少ないという老人の大国になるということは間違いないわけであります。
 同じことが、その次の、日本の子供の出生率をしますと、あのひのえうまというのは届出がごまかされたからそうなっただけで、どんどんどんどん、第二次ベビーブームで少し上がりましたが、今やずっと下がって一・三に下がって、二五にこれは下がっているわけでありますが、これと同じことが今韓国に起こってきた。
 次のスライド。韓国の出生率は、今、日本の出生率よりも下回ってきたというんで急速にこういう状態になっているから、韓国の老人化は日本と同じことで大変なことになる、こういう状態になったんであります。
 その次。そこで、韓国は少子対策で兵役を短縮して生産人口にもっと入れないと、これはもう消費、いろんなことが、生産力が落ちるからってこういう対策をもう既に立てております。
 次に、少子化の国はどうかというと、アメリカは、子供は日本の二倍ですからまだまだアメリカは老人国にならないんですが、アメリカは仕事と私生活が両立できる労働環境の整備に向けてワーク・ライフ・バランスを重視した政策を拡充することを発表し、フランスは、急に子供の数がこれは二人以上になりました。フランスは、子育て家族に、あるいは乳幼児あるいは新学期の手当などを、中学以上の子供がいる家庭には月に五千円を支給するということを始めている。スウェーデンは、産前産後の休暇を取りやすくするような育児休業法を制定。英国は、全国保育戦略による保育サービスや、父親にも権利を与える育児休暇制度をやる。日本は、子ども・子育て応援プランを刷新して新しい戦略をやろうとするというところで、アクションは非常に日本は後れているわけであります。
 その次のスライドを見ると、各国の出生率を見ますと、アメリカは、一人の女性が生涯の間につくる、産む子供の数がアメリカでは二名でありますが、フランスも二名、ずっと下がって日本は一・二六、韓国は一・〇七、香港は〇・九七ですから、こういう国が急速にこれは少子化になって、その次のスライドのように、日本においては国民の医療費が、老人が増えるから非常に増えて、三十兆を超えて、そして国民所得の比率が九%近くになっていて、もう医療費でこれは赤字がどうしようもなくなる、こういうことはもう分かり切ったことであります。
 そこで、その次のスライドを見ますと、日本の死因というのは、日本とアメリカとを比べますと、左のアメリカは心臓が約三〇%、がんが二三、脳卒中は余りない。日本は、心臓病はアメリカの約半分であるけれども、脳卒中はアメリカのこれ二倍以上になる。そうして、がんはアメリカよりも多いですし、今、日本では、アメリカは肺がんが激減しました、たばこで。ところが、日本は肺がんは増加しつつある。これは当分日本の状態は続くわけですが、アメリカは心臓病が三〇%ですが、今から四十年前、三十年前は半分は心臓病で死んだのが、だんだんだんだんと脂肪を、節食して肥満をコントロールしたために半分になりました。ですから、非常にいい線ですが、日本は心臓病はこれからまだ増えます、外国のフードが入ってきますから。そうして、がんもまだ増えます。そうして、医療費は非常にこれは要るという状態が迫っているわけです。
 その次。これは年を取ると脳がどうなるかということですが、記憶力は二十歳が一番いい。それから、新しいことを考える創造力は三十歳前後。それから、判断力はずっとこれが続きますから、判断力を要するような職業やそういうことは六十五以上、七十五以上になってもこれはいいです。
 ただ、痴呆になる場合には駄目ですが、八十以上の痴呆は二割。そうして、痴呆の遺伝子があります。五人に一人は痴呆の遺伝子を持っておりますが、環境が良いと、つまり食物が良いとか社会活動がいいとかという老人の環境がいいと、遺伝子が出ないで痴呆が眠ってしまう。今私は、それで、何が遺伝子を眠らせるかという研究を四年、五年前からやって、十年間で発表をするわけですね。ですから、この十年間、私自身も含めて、私も痴呆の遺伝子を測っていますが、結果は全然みんなに知らせないで五百人のこれはスタートをやるんですよね。で、国から研究費を取るのは大変ですから、私の「生きかた上手」の印税がうんと入りますから、それでこの研究をやって五年後に、発表するのは私が百歳のときに発表する。
 はい、その次。老いというのはどういうことかというと、体の健やかさはだんだん落ちて、そうして脆弱な体になるという、病気じゃないけど非常に脆弱な筋肉、脆弱な骨。ですから、この脆弱になるのを先延ばしにするのが医学ですね。これを止めることはできないから、できるだけ脆弱化を遅くするということ。しかし、心の豊かさはこの教養的なことで年を取るとこれは円熟していくという、そういうことがいいと。これは私たちのことですね。
 その次のスライドを見ますと、人口の五〇%、これはつまり六十五歳以上の老人の健康度ですが、人口の半分は典型的な老人です。それで、右側、恵まれた老人というのは二五%で、私はその恵まれた老人の一番右端にいて、九十五という。そうすると、これ七五でしょう。それで、介護を要する人が二五%いるんですね。そして、その五%は寝たきりなんですよ。それですから、方法としては、この二五%の介護を要する人を一五%に下ろす、そのために何をするかという政策をすれば、この典型的な老人で自立できる老人、ですから、関節が悪いとか糖尿病があっても自立できればいいんだから、そうして無駄なお薬を飲まないでやれば、これを、この左の二五%を一五%に持っていくためには何をすればいいかという、自立を教えるということがこれ一番大切なことです。
 その次のスライド。これは成人のライフサイクルでありまして、ABCがあります。そうして、今私がどこにあるかというと、八十の線がありますね、右から九十、八十五。私は今九十を超えていますからね、九十五を超えて生産的な、創造的な仕事をし自立をしていますから、私は一番右の端を行っているんですよね、右を。それをどこまでこの下がってくるのをこの右の方に寄せていくかというふうなことで、私は今、新老人運動をして、七十五歳の人が実際は六十五ぐらいの若さを持つような運動をやって、今これはもう五千人を超えて、来年は一万人になります。その次には二万人になって政治力を持つようになります。
 そこで、その次。第一の人生というのは二十歳までで、受けて伸びるグローイングの時代。第二の人生は、若い成人と成長したアダルト、これは社会に貢献しつつ生きるソーシャルライフ。そして、六十五で引退をすることをしないで、それから自分の中にあるポテンシャルを、遺伝子を引き出すことを助走を始めて、七十五以上になるとそのジャンプをするという。ですから、七十五以上は第三の人生で、最も自由に、奥さんにも影響されない、主人にも影響されないで、持っている個性をそこで発揮をさそうという、そういう運動です、この新老人運動というのは。はい。
 新老人会議のスローガンは、愛することが、愛が必要だという、これはフランクルの、夜の霧を書いたフランクルの考えを受けた。
 第二番は、やったことのないことを六十五を過ぎてから、七十五を過ぎてからやりなさい、やったことのないことをやりなさいと。今まで遺伝子があっても、その奥さんと結婚したから遺伝子が出なかったとか、その主人と結婚したから出なかった人があるんだから、もう自分の遺伝子をいろいろ開発しなさいというふうなこと。それから、破産をする人があるかも分からないけど、それには耐えることによって感性が豊かになって、より不幸な人の友になることができるという、耐えるということは絶対にこれは必要である。
 そうして、子供に接近して、戦争の知らない子供に平和と愛を教えるために、私は毎週、小学校の十歳の子供のクラスに四十五分間行きまして、子供に命は何であるかと言う。命は見えない、命は君が持っている時間だと言う。時間が寿命なんだから、その時間を君はどう使うかと言うと、ほとんど自分のために使っている。自分以外のために自分の与えられた時間を使うことが君たちが生きる方法だということ。そうして、戦争のひどさを、人を許すことが必要だ、つらくても耐えて、いじめを受けてもいじめを返さない、愛というものは寛容である、許すということなしには愛の運動は駄目だということを、子供に今、もう私は忙しい中に言っている。
 その次。これは、マッカーサー研究というのがありまして、心身の機能に対して遺伝子はどのような役割をするかということの結論は、年を取ってからは、成長のときには遺伝子が非常にお父さん、お母さんの遺伝子が利きますが、年を取ってからは遺伝よりも環境や生活習慣の方が重要である。それから、年齢を重ねるにつれて遺伝子の重要性は低下して、環境の重要性、環境というのは、どういうものを食べるかということと、どういうふうな生活のスタイルをするかということと、どういう友達と生活をするかということ、社会生活あるいは宗教、そういうものがこの環境で、自分が選び取れるから、習慣を。
 ですから、人間というのは何でも食べられるから病気になるんですね。いろんな動物というのは、ササしか食べないとか、コアラでも特別なユーカリしか食べないけど、人間は何でも食べるから病気をするんで、やはり選択をして食べるということをするということと、それからこのマッカーサースタディーでは、年を取ればカロリーは激減した方が良いというので、私は千三百キロカロリーで毎日生活をして、一日が夜ぐらいで、朝、昼というのは牛乳とかジュースとかで、そういうものだけで、それで集中していますから、集中するというのは習慣ですよ、集中する習慣。そういうふうな生き方の習慣を錬磨すると、私たちは空腹感はなくて、そしてちゃんと十分な仕事ができる。私は一日十八時間は完全に仕事をしている。ですから、過労が、六十時間以上あれをして亡くなった場合には過労死と言うんですが、私は十時間ずつ過労ですから一週間に一回死ななくちゃならないぐらいですよね。そんな状態でそれができているというのは、やはり私のこの選択した生き方、それがそうです。
 その次。私は長野県中野市で指導をしました。減塩運動をしました。一日の食塩を十グラムまでにしなさいと言って、尿を取って、そうして今から二十年、一九七〇年から九五年までに脳卒中があんなに減りましたよ。もうとにかく方針をすれば、心筋梗塞を減らす、糖尿病を減らすことは決して難しいことではない。
 はい、その次。そこで、今は厚生省は、メタボリックシンドロームと言うんですが、ウエストを男性は八十五センチ以上にならないように、女性も九十を過ぎないように、血圧も百三十と八十五を理想とする、そして血糖も調節をする、コレステロールも若干調節をするというんですが、コレステロールについては最近はあんまり年を取った人は制限しなくても大体いいというふうなことを聞いて、私は割合にコレステロールを取っているわけです。
 成功加齢という言葉があるんですね。エージングに成功するというんですね。年を取るというのはエージングですね。年を取る。ですから、高齢者というのは、年を取ることを差別することとして高いと。だから、この言葉を厚生省はやめて、もう一度新しい意味で、尊敬の意味の老を使ってほしい。日本には、老に悪い言葉を付けて老廃物とか老醜とか、さけへんに鬼ですね、嫌な言葉でしょう。そうでなしに、長老とか大老とか中老とかという言葉がいるんで、中国のいい老という言葉を受け継ぐために、ジ・エルダリーというふうに、英語で言えばジ・エルダリー・シチズン、そういうふうにして、日本語では新老人と言うんですね。ですから、新老人が、六十五歳以上でも、もう新老人であって、リタイアしないで仕事ができる、だから九十五になったら神様の老人にしようかと思っているんですがね。
 人生は百。野球に例えて人生を九回戦とするならば、野球は七回から勝負だという応援団の声を受けて、七十五からの人生に有終の美を持たせるためにここで作戦を立てよう。野球の延長戦に持っていけば人生は百になるという。ですから、私は今もう五年先には小澤征爾と平和のコンサートを広島でやろうということになっておりまして、そして森光子さんとは十年先に放浪記のところの幕で一緒に写真を撮ろうということになっているんです。
 生きることでなく、良く生きることが何よりも大切だというソクラテスのクリトンの中から、イット・イズ・ノット・リビング・バット・リビング・ウエル、お釈迦さんが生病老死の苦しみと言ったんですが、どう良く生きるかという、どう良く老いるか、どう良く病み、どう良く死ぬかというその生き方が私たちの生き方であると。四つの苦しみで終わらないで、それを、苦しみを取って生きることが、あのフランクルがあれだけのナチスの収容所で生き延びた、あのように私たちは生きなくちゃならないということです。こういうような状態を私は言うんですが。
 最後に、子供に。それで全部最後ですね。そこで、私は、小学校の十歳は猛烈に命のことを分かってくれるということが分かりました。もう命は何かと言うと、君たち持っているだろうといって言いますと、持っていると言う。どこに持っていると言ったら、ここだと言う。それは心臓だと言うんです。心臓は、酸素や血液を脳に送り、手足に送って人間が活動するための機械で、モーターで、心臓は命じゃない。だが、これは大切だ。命は体じゅうにあるんだけれども、君たちが使うことによって命が分かる。君の持っている時間を君はどう使うかという、それを考えたまえと。これが、「十歳のきみへ」という、人に対して私は本を書きまして、今度、毎日新聞で、その読んだ本の感想を集めて、四百万ぐらい集めて、その中のトップが、「十歳のきみへ」という私の本を読んで命が分かったと言うんですよ。それで、彼らの、私の手紙には、命というものは、寿命という空間の中に私の瞬間瞬間の命を入れるのが私の命だということを十歳の子供が書くほど成長している。だから、十歳よりも超える歳で、中学生が悪い、高校生が悪い、会社員が悪い、いろんなですね、議員さんが悪い、あるいは知事さんが悪い。だから、モデルが悪いからイチロー選手のようなモデルを持つべきだと。それで、新老人の会というのは、六十の人は八十五の人を見てあのようになりたい、八十の人はあのようになりたいというふうに、四十のサポーターの人は六十になったらああなりたいなという、そういう友達を探すための運動であるという、これが私の運動になっておりますが。
 取りあえず、もう六十五をリタイアのエージとするのはもう時代後れで、十歳底上げして、そうして、六十五以下でも体が悪ければ医療をすればいいわけですね、介護なんぞ言わないで。そうして、今言った、一番左の、二五%を一五%にするという。メタボリックシンドローム症候群なんて、みんな聞いたら分かりませんよ、ああいう言葉を使っても。難しいですよ、そういう言葉。それよりも、食べる食事を選択をし、運動をすることによって自立しようじゃないか。そうして、足が悪くても関節が悪くても車があるんじゃないですかね。いろんな、糖尿病でも薬があるんじゃないですか。心臓病でもいい薬があるんじゃないですか。だから、ちゃんと自立できますというふうに、病気があっても気力が強くて精神力を持つことが健康であると。
 健康というのは、幸福と同じように、貧しくても幸福感を持つ人があるように、病気を持っても健康感を持って、朝起きたときに、今日はここに行ってこうやるんだなというふうなことで目覚める、それが本当の健康であるということを申し上げて、私の講演を、発表を終わります。
#16
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。大変示唆に富むお話をいただきました。
 次に、三和参考人にお願いいたします。三和参考人、どうぞ。
#17
○参考人(三和清明君) 座ってやるのをお許しいただきたいと思います。
#18
○会長(清水嘉与子君) どうぞどうぞ。
#19
○参考人(三和清明君) こんなところへ出ますのは全く初めてでございますので、緊張をいたしております。うまく話せるかどうか分かりませんが、私がやっていることを御報告を申し上げたいと思います。
 資料といたしましては、そこに、お手元にございます。一枚目が、私の今日話をしたかったレジュメでございます。あと四枚は、私が今NPO活動をやっておる事例の内容でございます。最後に一枚紙、本日意見を言えということでございますので、考えてまいりまして、四つほど意見を申し上げたいと思います。あとはパンフレット類でございますので、ごらんいただきたいと思います。
 二十分ということでございますが、できるだけ早く終わりたいと思います。
 レジュメをごらんいただきながらお話をお聞きいただきたいと思います。
 私は、平成十年に定年退職いたしました。現在、六十八歳でございます。定年のときに私が感じたことをそのまま申し上げて、なぜこんなことをするようになったかということを一つだけ申し上げたいと思います。これ、私の、自分の事実でございますので。
 まず一つは、定年しまして、何も考えておりませんでして、ぬれ落ち葉になって、女房と二人でスーパーへ買物に行きました。まあ何と、スーパーへ行きまして、びっくりしました。何とぎょうさんの、私と同じような人がうろうろしているわけですね。手持ちぶさたで、女房の買物の手伝いしながら、広場でぼんやりしていると。こういう世界を見まして、元気な人がこのままでええのかしらということを自分ながら反省をいたしたわけでございます。これは社会的損失やなということを感じたのが一つでございます。
 それから、もう一つは、家におりましても、まあ何もすることがないわけです。たまたま、私たちの市の行財政改革の公募委員、市民の公募委員というのがありまして、それで、それに挑戦してみようということで、紙一枚書いて出したわけでございます。初めて、市としては初めてやったんですが、それに行きまして、そこで約二年間ほど勉強をしたということでしょうか、何と地方の財政というのは大変なことになっているんだなと。財政難であるし、当時は不況でございまして、企業ももうリストラばかりですから、企業にも限界があると。こういうところで果たして地域は良くなるんやろうかというふうなことを素直に感じたわけでございます。だれがすべきなのかということで、元気はないけれども時間が一番ある、この定年退職者である私でございますが、こういう男が何か世の中のためになったらどうやろうかというふうな思いになりました。
 仲間を募って、そしてやり始めたわけですが、定年の退職者だけではあきませんので、地域の心優しい中高年の主婦の方と一緒になりまして、女性の力は非常に強いですから、地域では、男性の力は、全く初めてでございますので、そういうものを一緒にしてやらしてもらおうということで始めたのが私たちのNPO活動でございます。
 何するんやということになりまして、できることからしたらいいわけですから、議論をしましたけれども、最初は十五、六人でしたんですけれども、できることといったら、女性群は、もう一番初めに出ましたのが子育てと、それからその次は高齢者ですね。男性群でございます。何もすることあらへんと、こんなことになりまして、草引きぐらいかなと、あるいは商店街のビラまきかなと、あるいは車での送り迎えかなと、こんな話になりまして、さっぱり分かりませんでしたが、まちづくり支援という言葉にしまして、とにかくスタートしようということで、高齢者と子育てとまちづくり支援と、こんな形でスタートをいたしたわけでございます。
 そのときに、いろんな人の価値観、こういうのが集まりますから、価値観が違います。どうしようかということで、今から考えますと、もう六年目に入っているんですが、一番大切であったことは思いを合わせることやなということを感じました、これはいまだに良かったなと思っていますが。出会い、触れ合い、助け合い、これで寝屋川を心温まる地域にしたいなと、こういう、今で言うミッションですね、こういうものができ上がったわけでございます。たまたま、そんなことは考えていませんでして、それが一つのミッションとしてやり始めたのであります。それは結果として非常に良かったと思います。
 そういうことと、こういうNPO活動は継続せにゃいかぬわけでございます。継続するには、やっぱり事務所の経費も要りますので、通信費も要るなというようなことから始めてどうしようかということで、継続するにはどうしたらいいかと。やっぱりちょっと有償にしたらどうやろうかという、ボランティアを、そういう話になりまして、いろいろけんけんがくがくしたんですが、一時間八百円ぐらいで、御本人たちが二百円ぐらいで、二百円ぐらいを経費にもろうたらどうかと、一つのルールを決めたわけでございます。
 それでやり始めまして、その中でやって、いろいろ現金でやり取りするというのは非常にこれはボランティアとしては後ろめたい感じがすると、これはもう事実でございます。そこで、何か方法ないかということで、実は地域通貨というのを使って、事前に利用者に買っておいてもらって、そこへ活動会員が行って、それをいただいて帰ってくると。非常にソフトタッチな感じになりまして、これがうまく功を奏しまして、利用会員も喜ばれ、活動会員も喜ばれていると、こんな感じでずっと推移をいたしまして、そこに書いておりますように思わぬ発展になりまして、最初十四名ぐらいでやっておったんですが、だんだんだんだん年々活動会員が増えまして、今百二、三十人というような形でしておるのが現在の形でございます。
 特にその中で、活動しております中身で目立ったことを申し上げますと、私たちは、基本はそういう助け合いの活動でございますが、それ以外にも市の方の委託事業ということで、駅前の自転車の放置事業を、これが平均年齢七十歳ぐらいの男女でございますが、家におってもしようがないということで、ぱあっとみんな出てきまして、今四十名ぐらいが三つの駅を楽しくやっております。一時間五百円ということで決めまして、やっておりますが、非常に喜んでおります。それが一つでございます。
 それからもう一つは、寝屋川市の市民会館がありまして、これの指定管理を受けようということで、これも市民がやらな意味ないなと、行政との協働という話でございますが、市民がやろうということで応募いたしまして、それもいろいろやらしてもろうた。ここは、中身は定年退職者の男性群のワークシェアリングでやっております。もうそれぞれ一か月の予定決めまして、十人ぐらいが、実際要るのは三人か四人なんですが、それをワークシェアリングして都合のいい日に出てきてやると、こんな感じでやっておるのが実態でございます。
 そんなことで、細かく、もう時間ありませんので御説明しませんが、楽しく非常にやっています。もう無理せず、地域はもう女性が強いわけです。そこへ男性が入るわけです。しかし、男性はもう皆、最初はもう気楽にいけと、自然の姿でいけという形でいっています。そうすると、いろんなことやってみて、そのうちに何か役に立つものがあるやろうと、自分にフィットするものがあるやろうと、こんな感じで、今、大体四割ぐらいが男性でございます。ほぼ定年退職者でございます。
 そんなことやっていまして、今の関連したNPO活動を四つ御紹介しておきますと、地域通貨が一NPOと一商店街でやっておりましたんですが、寝屋川市全域でやろうということになりまして、今、大分盛り上がっております。それが一つ。
 それから、私がこんなことやっていて、収益も上がってきているわけですが、一つの地域課題を解決するという、今で言う社会起業家というんですかね、コミュニティービジネスの一つの小さい、小型版だなということでございまして、これを支援する側で今は中間支援としてやっておりますのが、これは大阪府全体でございます。
 それからもう一つは、後で平野さんのところから話が出ますが、私のところで、こういうボランティア活動に、男性群は定年というのが二つあるんですね。一つは、まあ気楽にいってもう楽しみたいわという世界と、現役時代のスキルを生かしたいと、こういう二つあるんですね。その二つ目が、そこに書いていますように、地域経済の振興ということで、北大阪支援マスターいうことでつくったんですが、企業の大手のOBが集まって中小企業を応援していくと。ややボランティア的精神でいくんですが、まあ技術屋さんに多いんですが、そういう世界で、今それも、書いておりますように、こつこつと実績が上がっているというふうな状況であります。それから、まあこんなことやっていまして、今はまちづくり支援ということでやっております。
 それから、以上が私の活動報告でございます。
 あと、団塊の世代は、先ほども先生から話がありましたので飛ばさせていただきます。もう気軽にやって、私、一言だけ言いますと、六十歳で定年になって、第二の学生に戻りましたんで、これからは拘束、束縛されへんなと、大手企業におりましたものですから、非常に拘束されていましたから、もうここから後は好きなことやりたいなということで、非常に楽しんだ世代になりました。
 それから、最後ですが、私の方の提案として一枚の紙に書いております。一番最後をごらんいただきたいと思います。
 私は、地域コミュニティーの活性化というのが私の生きがいでございます。いかに定年退職者が入るかということですが、簡単に申し上げますと、まあいろいろ考えてみたんですが、今日来るということでいろいろ自分なりに考えてみました。
 一つは、団塊の世代がやっぱり私たちのときと違って働きに行かざるを得ないと、六十四歳までですね、まあ年金の問題ですね。で、みんなそれは言うんです、来る人が。したがって、本当に地域活動をやりたいんだけれども、生活を片一方でせないかぬと。だから、そのところに物すごくハードルを高くなってきておるんです、今。まあ六十五歳になればそれだけ年金入りますから動けるんですが、六十歳からすぐというのはなかなか難しいと。
 そういう意味で、その人たち、そういう団塊の世代の優秀な人材が是非入ってほしいと。そのためにはインセンティブがやっぱりどうしても要ると思うんですね。これは、NPOの場合は経営責任者なりあるいはリーダーです。それから、自治会の場合は、まあいろんな会合、セクションありますから、それのコーディネーター役というような感じで入っていただいたら、こういう人を是非入れるような仕組みを工夫いただきたいなと、これが私の今日の一点でございます。
 二つ目は、私がやっておりますが、この生涯現役ですから、先ほど言いました指定管理者なんかはそういうことで定年退職者にもってこいの仕事やなと思っておる。官の、行政はコストを安くしていきますんで、人件費も安くせないかぬという問題が出てきます。しかし、市民に対してサービスせないかぬと。そうなると、こういう人たちがうってつけやなと実感をいたしております。
 それから三番目には、先ほど言いましたように、コミュニティービジネス、あるいはもう社会起業家と言う方がいいと思いますが、こういう人が一生懸命やっておられます。これは女性と高齢者が多いです。非常に経営に苦労しておられます。こういう人たちをアドバイスしながら、うまく地域で活動すればなと思います。
 それから最後に、私はちょっとお願いしたいんですが、私先ほど申し上げましたように、私たちの活動は有償ボランティアになっております。これは会の継続ということでやむを得ぬわけですね。しかしそれは、現在、世の中、私やっていまして、六年間やって分かりました。やっぱり人間は助けられ、助けるというのはそこにやっぱりお礼の気持ちがあると。はっきりしています。したがって、この有償ボランティアイコール謝礼金というふうな形なんですね。だから、これをひとつきちっとしていただいて、この謝礼の世界、これをどんどん人と人とのきずなを結ぶために使うと、こういう形に是非お願いを申し上げたいというのが第四点目でございます。
 以上、簡単でございますが、終わらしていただきます。ありがとうございました。
#20
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 それでは次に、平野参考人にお願いいたします。平野参考人、どうぞ。
#21
○参考人(平野茂夫君) ただいま御紹介をいただきましたマイスター60の社長をしております平野でございます。よろしくお願い申し上げます。
 年齢は背番号、人生に定年なしと、こういうふうな語り掛けをいたしまして、社員の方が創業時二十名より現在は六百名になりまして、累計十七年で三千名の雇用を創出をしております。
 以下、レジュメに従って話をさせていただきます。
 平成二年の二月につくりましたこの会社、十七年になるんですけれども、親会社のマイスターエンジニアリングから六割の出資を得て、それから中小企業投資育成株式会社法に基づく設備投資を四割受けまして、この資本の構成をしております。
 社員が初め二十名だったんですけれども、現在は六百名と。そして、平均年齢が六十三歳で、最高の年齢の方は七十五歳の方でございます。
 事業の内容は、建築設備のメンテナンス、プラントのメンテナンスの技術で始まりまして、最近では営業や総務やホワイトカラーの部門に事業を展開をしておると。
 売上高が去年の三月期で十七億一千七百万円上げているんですけれども、税金を払う前の経常利益が千八十九万ということで、極めて、利益としては随分低い会社であります。大体、十七億上げて一千万の税引き前利益しか出ないということは、会社はまあ会社じゃないんですね。これでは資金繰りも付きませんし、それは後で申し上げますけれども、そういう状況でございます。
 大阪で実は出ました後に、名古屋、そして東京というふうに事業展開を進めております。
 次に、よくお尋ねをいただくわけですけれども、このマイスター60という事業会社をどうして創業したのかということをお尋ねいただくわけですけれども、私が四十七歳の折に、平成元年九月の十五日、敬老の日にNHKが敬老の日特集というトーク番組をやっておったんですね。それを聞いていたところ、「サラリーマン、会社辞めればただの人」と、こういう川柳が流れた途端、ああ、そうかと、知識も経験も体力も働く気もある方が定年の日を迎えた途端ただの人になってしまうという、これはおかしいなと思ったんですね。
 私は、親が中支で戦死をしておりまして、生まれて一週間目で親は中国へ行きましたから、母一人子一人で育ったもんですから、頭の白い方とか、薄い方とか、そういう方が自分の父親のような親近感を持ちまして、常々御年配の方と話しておった折には、平野君、おれは働きたいんだということを、酒を飲んで飲んで飲みまくったいうふうなときに思わず、平野君、おれの不満は仕事をしたいんだと、こういうことが相当聞いておったんですね。それから、その当時も、大学や総理府やシンクタンク等がいろいろ高齢者の方の定年退職者の方の就労意識を調査しますと、六割以上の方がやっぱり働きたいというふうに言うているということを聞いておったんですね、見ておったんです。
 ですから、この川柳を聞いた途端、それが私をしてぱちんとはじいたんですね。四人に一人が先々高齢者になるという、十七年前の状況から、そういう状況からしますと、ああそうだなと、定年という制度が既に陳腐化を迎えたんだなと。だったら、働く人を堂々とぴかぴかの新入生として迎える会社を起こしたらどうかと、こういうふうに私は思ったわけです。ですから、そこに、会社定年制に風穴を空けるビジネスモデルができないかと、新しい仕組みの発明が変わる環境に新しい価値を生むのかというふうなことでの思いが創業のきっかけでありました。
 次に、退職者の皆さんの就業意識というものをお尋ねしてみますと、最近は特に年金の受給が、私が始めたころには満額六十歳からいただけたわけですね。大体二百五十万ぐらい、働かなければ二百五十万ぐらいもらえたというものが、だんだんだんだんこういうふうな財政の問題からしまして先送りになるというふうなことからしまして、やっぱり退職金はあるんだけれども、それは使わないで、何か事があったらいかぬから、いろいろこれから何があるか分からぬから取りあえずためておこうと。で、日常的に生活するその生活費は働いて自分の生活をしようじゃないかと、資産の目減りをできるだけ防止しようじゃないかというふうなことで働こうという方も随分出てきていますよね。
 しかしながら、これまで、最近はこういう傾向もありますけれども、皆さん、私にお会いしてお話をいただくことは、おれは働きたいんだと、働くことが生きがいだというふうなことなんですね。
 で、こういう変わった会社ですから、テレビの取材や新聞の皆さんがよく来られますから、私は最初話はいたしましたけれども、私はいいことしか場合によっては話はしないと、どうぞどうぞ社員さんに話をして聞いていただきたいということを言うて社員さんにインタビューをしていただきますと、社員さんは、僕は若い人に技術を教えたいと言うんですね、おれは元気だから世の中の役に立ちたいとか。何とこの皆さん、どうでしょうか。自分のことじゃなくて、自分が働いてきたこの実績というものを社会の中に役に立てたい、立っていきたいという、こういうお気持ちなんでしょうかね。
 先生からの話も今ありましたように、だんだん年を取ることによって心の豊かさがそういうふうにこう進展するんでしょうか。あのマズロー博士が言うていますように、初めは、若いうちは安全の欲求、生存の欲求、それから偉くなりたいとか、家を持ちたいとか、当然の欲求でもあるわけですけど、それがだんだん六十も過ぎるころから、社会とか他人のためとか、そういう物の見えない世界の中に自分の生きがいを持とうとするんですかね。精神が昇華過程に入って仏心になるんでしょうかね。そういうふうなことが結局、僕は、賃金の多寡より働くことが生きがいであるし、家庭の健全性もそれによって堅持できるということですね。
 お父さんが、おお、帰ってきたぞ、夜七時八時に帰ってくれば、奥さんが、お父さん、初ガツオ今日はあるよ、買っておいたよ、こういうふうなリズミカルな生活が続くわけですね。ところが、うちでごろごろしておるとそういうことじゃ全くなくなるわけですから、これは女性がいいとか男性がいい悪いとかいう話、そういうことじゃなくて、やはり元気な限りは家庭も、おやじは、これまでの我々の世代はおやじが働いて奥さんが守ると、こういう状況の延長線上からすれば、やはり健全な家庭というふうなもののありようは、男が働いて大黒柱だと、奥さんがそれを支えるというふうなことが近ごろ定年を迎える方々の一つの家庭の風景なのかなという感じがいたします。
 それから、社員、今六百名、約、おられますけども、その中で六十五歳以上の方が百九十四名、三〇%を超える社員が働いておるわけですね。高齢者雇用安定法改正法も、だんだんだんだん六十五歳まで雇用を企業は継続しなさいと、こういうことを求める法律ができておるわけですけども、それも年金が支給されるまでの間、政府としては働いてほしいと、あとは国家財政で面倒を見ますよというふうなことでもありますよね。年金受給までのことをどうするかということですよね。
 しかし、ここを見ますと、六百名中、二百名近い方が働いておるということは、働くということは何も経済的な問題だけじゃないんですね。勤勉、実直、克己、それがおれの生き方なんだというふうな、そういう精神といいますか、そういう中に満足感を求める方がいるということは、我々としても、どうでしょうか、私は、一人の、一つの会社の経営者ですけども、皆さんにお考えいただきたいことは、働くということの保障といいますか、働くということをどう担保していくかということですね。称賛をする、表彰をする、顕彰をするというふうなことも含めて、お金の世界を超えた人たちをどう国家として働くことへの担保をしていくかという、かなり精神的になるんですけども、この精神というものを皆さん求めておるし、その中で大いに生きようという方が多いんですね。是非この点を、六十五歳以上の方が三割以上いるということに御注目をいただきたいと思います。
 次に、マイスター60の経営コンセプトでありますけども、年齢は背番号、人生に定年なし、六十歳でぴかぴかの一年生、そして七十歳選択定年と。選択定年というのは、自分で定年を決めなさいという、決めてくださいということですね。おれは働けるのか働けないのか。耳が遠いから辞めようと、うちのかみさんが、奥さんがどうも腰の調子が悪いから僕が面倒を見ようということで辞めるのか。自分でまず主体的に判断をしてほしいと。もちろん会社も、その方が働きたい気持ちがあっても、働きに堪えない健康状態であるし能力の具合であれば、お辞めになったらいかがですか、お辞めくださいという話はしますけども、まずは自分が七十歳でどうするかということですね。そして、それ以上働くということをお客さんも会社もいいんであれば、今現在いるように、七十五歳の方が働いておりますから、事実上無定年で大いに働いてもらおうという考え方です。
 それで、この会社は高齢者の会社ゆえに、今はやりの時価総額とか利益の極大化の経営じゃなくて、それで社会への貢献ではなくて、この社会的責任のうちの中で雇用というのがありますね。利益を上げてそれを国に貢献をする、社員に月給をたくさん上げるということのほかに雇用の確保、このマイスター60はたくさん月給を上げることができない会社ですから、雇用の創出をもって少なくとも企業の社会的な責任というものを果たしていきたいと、こういうふうに考えております。
 それから、高齢者の方が働きたい、僕は働くことがもう楽しいんだという方に対して、その方が働くことの正当性というものを、何かうらぶれて、陰に隠れてとか惨めに働くというふうな、そういうふうなことじゃなくて、働くことの正当性というものをきちんと位置付けを会社としてしていきたいと。会社の組織の中で働くことによって、マイスター60をしてそういう位置付けを訴えていきたい、あるいはその認識を作っていきたいと思っておりまして、ですから、高齢者のニーズに適応した経営モデルの実現ということを考えております。あとは、技術立国を下支えするための熟練技能とか技術、そういうふうなものを大いに備えた方のダム造りと、こういうふうに考えております。
 それから、具体的なマイスター60の雇用制度と諸条件は、特に申し上げることは、身分はアルバイトとかパートとか、何か名刺がないんではなくて、全員がシニアマネージャーという肩書、いわゆる称号ですね、私の気持ちからすると、六十歳を超えてなお働こうという方々をたたえるということで、称号ということで正社員として名刺をお出ししています。営業部門の方はすべて部長。課長はいません。現場の方はすべてシニアマネージャー。何か珍奇な雰囲気かもしれませんけれども、これが非常にその方のモチベーションを高めるということですね。こういうことをしてやっております。
 それから、給料は、日給月給ということもありますけれども、これも場合によっては誇りを失ってもらっては困りますから、大企業、上場企業と同じように完全月給制で、風邪でお休みになっても月給は引きません、日給月給じゃないですから。完全月給制とか、そういうふうなことをしております。
 それから次に、六ページ目、マイスター60の経営をして私がつかんだものといいますか、教えていただいたものは、高齢者は国の宝、随分昔からこういう話があったようですけれども、現在はこういうことになるのかなと。活用とか活性化は国家の安定に結び付くのかなというふうに思います。
 高齢者雇用で出現する老壮青の職場環境、三世代同居の疑似家族的組織編成がもたらす経営秩序、人の情緒、情操教育、企業風土の醸成と、これが私は気が付かなかった、やってみて発見したことです。技術の伝承、技能の伝承、仕事の伝承は初めから想定していました。しかし、想定外だったことが、この第一項目ですけれども、今マイスターエンジニアリンググループ、千五百名ほどの社員がおられるわけですけれども、その中で六百名の方が平均年齢六十三、四歳の高齢者ということになりますと、二十歳と四十五と七十、こういう三世代が、僕とお父さんとおじいちゃん、三世代が同じ仕事をするわけです。十人の、ある仕事をするとすれば、六人が若者、四人が高齢者ということになると、そういう組合せですね。
 かつて日本の国は、高齢者がおるし、じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん、僕みたいな孫がおるといって、三世代ないし四世代の同居をする大家族だったんですね。これがどういうことを生んできたかというと、封建的な堅苦しさや非常にぎすぎすした家族関係もたまには出たと思うんですけれども、それが、じいちゃんの働く姿や、じいちゃんのこぼす姿やじいちゃんが文句言うことを見ながら、僕たちはああなってはいけないなとか、若い夫婦がけんかしておれば、何でおまえ、いつまでけんかしているんだというふうなことを、場合によってはじいちゃん、ばあちゃんが注意をし、孫にと。そういうふうな一見抑圧された堅苦しい家族の状況も一面はあったんでしょうけれども、それがやはり三世代の中に、きちんとした人間の情操とかしつけとか、失敗と成功なんというふうな人生劇場がこの中にできておったかなと思うんです。
 ですから、私は、各職場に高齢者を大いに積極的に入れてもらうことによって、六十で打ち切るんではなくて、七十のおじいちゃんがおることによって、若者、それから中年、高齢者で、そこで改めて人間としての一つの完成された人生を目指す、そういう環境ができるのかなというふうに私は特に感じました。感じております。
 それから、目先の経済社会の話ですけれども、人口これだけ減ってくるわけですから、これから中長期的、少なくとも十年スパンで考えたときには、人手不足が急速に進んでいます。各企業とも若者にまだ注目していますけれども、団塊世代どんどん表へ出ますから、この高齢者を起用しなければ企業業績は落ちます。場合によっては人が採れませんから企業の存亡にかかわるということまで、間もなくこれはきちんとした議論に出てくるのかというふうな感じがいたします。
 それから三つ目は、経済大国、理念国家づくりに期待できる高齢者の人生経験と精神基盤、喜怒哀楽を踏み越えたゆえの次代に対するあるべき王道の提唱者、オピニオンリーダーになっていただけるのかなと、またなってほしいというのが私の考え方でございまして、それで、御年配の方に私は職場でお願いしていることは、技術を教えていただく傍ら、落語の師匠の師、師に畳表の表、働き方、技術のこと、人生のこと、働き方の師表になってほしいと、是非これだけは譲ってほしくないと。技術が場合によっては若者よりも劣っても、仕事に立ち向かう姿勢、経営姿勢、人生姿勢、これこそ皆さんに師表になっていただいてあるべき姿を正してほしいと、こういうことをお願いをしております。
 企業コンプライアンスの問題なんかも、是非御年長の方に大いに引っ張ってほしいと。御年長の方だからこそ、いろいろ御苦労して失敗もして過ちも、場合によっては失敗したなということが経験していますから、日本の国の立て直しといいますか、やや経済社会の中に論点が移っているこの日本の社会を、大いに年長の方は立て直すといいますか、大いににしきの御旗を掲げていただきたいというのが私のお願いでもあります。
 それから、一番最後、マイスター60からの高齢者雇用にかかる政策提言という、生意気なことを書いてありますけれども、一番目に、現在、年金の問題では、六十歳以上六十五歳未満の在職老齢年金が働くとカットされますよね。二十八万円を、月額二十八万円以上いただくと年金は一切出ないというようなことでの、二十八万円上限、年間三百三十万を超えると年金がもう出なくなるというようなことからいたしますと、やっぱり六十から六十五というふうなこの方々は、この目先の経済社会の中に大いに取り込んで企業戦力にする価値がある方ですから、この方々に大いにやっぱり働いてもらうということについては、やはりここで削るんではなくて再び企業戦士として送り出すと。うちでぶらぶらされたら困るわけです、やっぱり労働力足らぬわけですから。
 ですから、若いこの方たちをぐんとやっぱり押し出していくためには、私は、年金はカットせずにきちんと出していくといいますか、六十五歳を超えると四十八万までそのカットのあれが延びますけれども、四十八万まで月例の給与を出す、年金を出さなくても、財政のことを考えたら、まあ三十万ぐらいまで出していったらいいかなと思うんです。そうすると、大体年間四百万ですね。四百万を超えて手取りがありますと、夫婦二人の生活は適度にやれます。まあまあやれます。四百万を、とにかく六十以上の方が働いて、あるいはプラス年金で確保するということが、私は意欲を相当高める、労働市場に高齢者を引っ張り出す大きな力になるのかなという感じがいたします。
 それから、あと四番目について一つだけ申し上げますけど、私は、高齢者の方を大いに起用するということを法律でいろいろ決めて、そういうふうなことで企業にお願いするということ以上に、それを超えて働きたいという方が出てくるわけですから、その方たちを六十五を過ぎて、場合によっては七十まで働いてもらおうというそういう政策で決めた後も、七十からでも働きたいという人生がおるわけですから、その方たちを大いに採用して活躍の場を与えているという企業や団体や組織に、大いに高齢者の方を使っていただいて、雇用していて大変立派だなというような、そういうふうな顕彰をするということを国の政策として、消防のマル適マークじゃありませんけれども、こういうことというのは結構経営者は、おれの会社は社会のために役に立っているんだなということの誇りになりますから、社員さんもそれによって、うちの会社は大いに世間に胸張れるなと、こういうふうなことで、この四番目の高齢者雇用優良企業マークなんということもいかがかと思います。
 あと最後、我々マイスター60、時々フォーラムを開いておりまして、我々の、六十を過ぎた後もこんなに働いているよということを求めに応じてフォーラムで出て言っているんですけれども、千葉ロータリークラブでやっていただいた我々社員さんのフォーラムの状況、それから、私のところに先週金曜日にロイターから送ってきました、ヘラルド・トリビューンにロイターから発信した記事、マイスター60出ましたからと送ってきたものを付けております。
 これで取りあえず説明を終わります。ありがとうございました。
#22
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどにさせていただきます。
 なお、質疑者及び各参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただきますようお願いいたします。
 また、多くの方が御発言できますように、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきます。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかお述べいただきたいと存じます。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#23
○中原爽君 自由民主党の中原でございます。
 平野参考人にお尋ねしようと思います。
 いただいておりますカラーのパンフレットの一ページ、最初の一ページでありますけれども、ここで事業内容が明示されております。建築設備それから各種プラント、それと営業から経理等の専門事務職の人材派遣と、有料の職業紹介と、こうなっておりますけれども、ここで人材派遣というのは、いわゆるその紹介派遣業、派遣業を営んでおられるのかどうかということをお尋ねしたいと思います。
 現在、厚生労働省は、短時間労働者の雇用の改善を図るということで労働基準法の改正を行うということになってきておりますけれども、派遣業といいますと、年齢に関係なくこの派遣業の会社に登録をいたしまして、そこから派遣先に仕事に行くと、どちらかというと短時間労働者が多いという形になると思うんですけれども。ですから、このマイスター60の会社でやっておられる人材派遣の内容について少し御説明をいただきたいということ。したがって、社員が六百名おられるということでありますので、この人材派遣の部分は六百名の中に含まれないだろうと思うんですよ。まあ自社の社員を派遣するというのはまた別の話でありますけれども。そういう意味で、今後、この短時間労働者にかかわる少なくとも高齢者についてどのようにお考えなのか、あるいは現在の社長さんのところのこの派遣の状態について御説明いただきたいと思います。
 それから、ページ少しめくりまして四ページでありますけれども、六十歳新入社員とそれから七十歳で選択定年と、こう書かれておりますが、まあ用語だけ、言葉だけとらえて申し訳ありませんけれども、通常の選択定年というのは、例えば定年が六十歳であれば、五十五歳ぐらいで選択定年を選んでその代わり退職金は多めにいただくと、こういうのが選択定年と言っておるんですが、社長さんの会社で言っておられるこの七十歳選択定年の意味を教えていただきたい。
 以上でございます。
#24
○会長(清水嘉与子君) それでは、平野参考人、どうぞ。
#25
○参考人(平野茂夫君) お答えいたします。
 ただいまの中原さんの御質問についての関連の、この七ページ、私がお配りしましたレジュメの七ページの政策提言のA高齢者派遣対象事業の種別制限の緩和、派遣期間制限の撤廃ということでここに掲げてあるんですけれども、高齢者がゆえに何でもあらゆる職種に制限の緩和をしていただきたいと、すべての分野に今は少し制限がありまして、その制限を取り払ってもらったらいかがかということと、派遣期間もこれも高齢者であれば働けるまで働かせてほしいということがここで言っていることですけれども。
 その中で、今御質問がありました、当社は派遣事業もしてますし、それから請負事業もしてますし、紹介派遣もしてますし、どういうふうな、法律が許される範囲の中でお客さんが、人材派遣法に基づく派遣をしてほしい、あるいは請負契約で例えばこの建物の設備のメンテナンスをしてほしいとか、お客さんのそれぞれの要望がありますから、法律に許された状況の中でいろんな形でとにかく高齢者を働いてもらおうという、方式はお客さんの御自由に決めてほしいということでお願いしています。
 それから、この社員六百名のほとんどが正社員です。正社員というのは、うちの社員として雇用して、それから派遣をしたり請け負ったりしますんで、途中で、一年間の契約で行ってて半年で場合によってはお客さんの方から、親会社から人が来るんで、マイスター60さん、引き揚げてほしいというときは引き揚げまして、残された社員の六か月の雇用保障、賃金は保障しております。正社員です。ですから、派遣期間だけ行って帰ってきてというふうなことではなくて、これは特定派遣というふうな科目に入りまして、ただの派遣であればこれは一般派遣というんですよね。当社はほとんどの方が正社員として派遣をしております。あるいは請け負ってます。
 それからもう一つ、この七十歳選択定年ということは、六十歳から入っていただいて七十歳になるころには、自分も場合によっては耳が聞こえないとか、家庭に事情があるとか、国へ帰らにゃいかぬとか、いろんな事情が皆さんありますから、七十歳のときに初めて自分で人生を考えていただいたらいかがですかと言うんです。
 それから、私、これは日野原先生から話が出ましたけれども、私は高齢者の方を大いに働いてもらうということを奨励をしておるわけですけれども、老いて老醜をさらさせたくないと思っているんですね。老いて老醜をさらさずという言葉があるでしょう。老いて老醜をさらすということの惨めさというものを私はここでぬぐいたいんです。やっぱり働くからには、どこどこ、どこどこ一流会社の部長さんで働いてきたけども、ただ働きたいがゆえに、もうよたよたしているにかかわらず、僕は働きたいんだからずっと仕事をするんだということは、その人をして、何だあのおやじさん、もういい加減辞めたらいいのに、あんな一流会社で常務やったのにという、そういうふうなことの見方がされますから、老いて老醜をさらさせないということを、特にまた七十歳選択定年というところに節目を置いて、そして働く方にそれを問うておるんです。いかがですか、お辞めになりますか、働きますかということでの選択定年です。
#26
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか、中原さん。
#27
○中原爽君 はい、分かりました。
#28
○会長(清水嘉与子君) ほかにいかがでしょうか。
 それでは、じゃ、山本香苗さんから、どうぞ。
#29
○山本香苗君 三人の先生方、大変にありがとうございました。大変貴重なお話をお伺いさせていただきました。
 日野原先生にはもう圧倒され通したわけでございますけれども、何から本当伺っていいかなとちょっと悩んでおったわけなんですが、本当に、我々、ずっとずっと下の者でもしっかり頑張っていかなくちゃいけないなというメッセージを受け取ったわけでございますが、今先生がやっていらっしゃる新老人運動という形の中で、七十五歳未満の方々にもお声掛けをして今活動もスタートをされていらっしゃるわけですよね。
#30
○参考人(日野原重明君) 四十以上はサポーターになっています。
#31
○山本香苗君 その若い人たちはどういう形で活動をして取り込まれていこうと。
#32
○参考人(日野原重明君) もうあらゆる……
#33
○会長(清水嘉与子君) 日野原参考人、どうぞ。
#34
○参考人(日野原重明君) どうも失礼しました。
 あらゆるプログラムは、東京などはもう四十ぐらいのプログラム、小グループ、十人、二十人、三十人。もちろん音楽の好きな人もあるし、語学もありますね。自分が好きなところに入って、その役割を演じて、そしてあの年齢でもあんなにやれるんだというモデルを探して、そしてその活動に参与をするという、そういうふうにやっておりますから、今全国にグループがもう二十以上ですよ、各県に一つずつそれを持つように努力して、遠いから行かれないということはしないように努力しております。
#35
○会長(清水嘉与子君) 山本さん、山本香苗さん、どうぞ。
#36
○山本香苗君 是非そういう活動もちょっとまた見させていただきたいなと思いますが、三和代表にもちょっとお伺いしようと思っていたんですが、本当に地元で一生懸命頑張っていただいておりまして、この間のサラリーマン川柳の中にも、定年で慌てて地区に、何でしたっけ、あいさつ回るみたいなような形で、定年前になって急に男性の方々が、地域で生きていかなくちゃいけないからということで、何かしなくちゃいけないと。私の父親もちょうど六十五前でございまして、本当におっしゃられたように、生活する中で急に何をしたらいいんだろうかという、特に地域とは離れたようなところで働いていたものですから、地域とは全くかかわりがないと。やっぱり女性と一緒に動かなくちゃいけないということでなかなか大変だなと。時間が余裕ができても難しいところがあるんだなというのを実態として見ているわけでございますが、そういう中で、本当に寝屋川で一生懸命やっていただいているわけでございますけれども、お伺いしたかったのは、今六年やってこられたと、継続性というものも非常に重要だと思います。
 そこで、特にどういう課題を抱えていらっしゃるのかということとともに、お金とかなんとかというよりも人の問題、人材確保の問題というものも課題として出てきつつあるんではなかろうかと思います。その辺りでお伺いをさせていただければと思います。
#37
○会長(清水嘉与子君) 三和参考人、どうぞ。
#38
○参考人(三和清明君) 二つの話、継続性の課題ということで、まず人材の問題でございますが、六年たちますと大分年齢層が、六年上がってまいりまして、それで病気の人はどうしても帰りますが、病気以外の人はそのままずっと継続をしております。ボランティアをすれば若返りますので、もう大体五つか十ぐらい若返りますので、そのままずっと来ていますね。これは男性も女性も同じでございます。
 したがって、人材面での悩みは今のところはないんですが、一つは、話題になっています団塊の世代の人ですね、この人たちの出方が最近、我々のときと違って遅いと。先ほど申し上げたような六十五までの間は、このままいくと六十五まで来ないんちゃうかなという感じが今物すごく課題でございます。ここを何とかしないと地域が活性化しないなと。地域は元気な老人でもって、若い人はどっと都会へ働きに行ったらええと、こんな感じもいたします。
 それから、資金面につきましては、おっしゃるとおり、これは私一人の仕事でございまして、いかに経営を、入りと出をどうやっていくかということで、基本的な活動が今の助け合いの世界ですから、これを維持したいと。そのためにいろんな委託事業を取っていったわけでございます。結果としてそれがウエートが非常に高くなりましたけれども、そういう中でこのボランティア活動に使う原資を確保してというので、一番最新ですと、指定管理者制度になったのも、果たしてそれで利益が出るかどうか分かりませんけれども、それでもって私たちの経営を、収支をしていこうと、こういうことを自分で考えております。
 以上でございます。
#39
○会長(清水嘉与子君) 山本さん、よろしいですか。
 それでは、小林美恵子さん、どうぞ。
#40
○小林美恵子君 日本共産党の小林美恵子でございます。今日は、大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございます。私は、皆さんの御意見をお伺いしまして、逆に元気をちょうだいするといいますか、大変快活のオーラを感じた次第でございました。
 最初に、三人の参考人の皆さんにお伺いしたいと思うんですけれども、今日は、高齢者といいますか、高齢者とおっしゃいましたら日野原先生に御指摘あるかもしれませんけれども、生涯現役社会というのがテーマですので、少し大きい観点でお伺いしたいと思うんです。
 それは、国連が、高齢者のための原則ということで、その内容に独立、参加、ケア、自己実現、尊敬ということを提起したことがあったと思うんですけれども、そういうことを考えますと、私は、人生のベテランの皆さんといいますか、高齢者の皆さんが自分の生き方を自分で決めるといいますか、そういう自己決定権というのをやはり尊重することは大変重要だと思います。同時に、それを尊重してその自己決定権を保障できる社会と政治というのが求められるんかなというふうに思っているんですけれども、この点で、参考人の皆さんがそれぞれかかわっているお立場で御意見があったらお聞かせいただきたいと思うんです。
 これが大きく一点なんですけれども、続けてよろしいでしょうか。
#41
○会長(清水嘉与子君) はい、どうぞ。
#42
○小林美恵子君 あと、日野原先生と三和代表にお伺いしたいんですけれども、日野原先生、お医者さんという立場でもあるかと思いますので、それこそ高齢者の皆さんが安心して生活できる医療や介護という点でも不可分だと思うんですね。安心して医療や介護を受けることができるようにするという点でいきますと、現状の医療、介護の制度について先生はどのような御感想、御意見をお持ちかというのをお聞きしたいと思うんです。
 あと、三和代表には、私も大阪でございまして、北大阪商工会議所とか寝屋川にもお伺いしました。お伺いしたときに、地域通貨の話をもう既に伺ったことがございまして、三和さんのお話を聞きますと、大変地域通貨が寝屋川市全域で活用されているということでございますので、その地域通貨がいわゆる商店の活性化にどのような影響を与えているかということと、もう一つ、NPO法人の活動とかかわりまして、いわゆる政府が毎年出しております高齢化の現状という報告書を見ますと、そういう高齢者の皆さんが、NPO等のボランティアの活動に関心はあるけれども、実際はなかなか参加が少ないという結果の報告出しておりました。その点でいきますと、どういうことを是正すればそういう思いにこたえたものになるのかという点で御意見あったら教えていただきたいと思います。
 まとめて言いましたけれども、よろしくお願いいたします。
#43
○会長(清水嘉与子君) それでは、二つ御質問がございましたけれども、最初に、高齢者の自己決定権の保障という問題でどうお考えになりますかという問題をお三人の先生にと、参考人の方にということでございました。
 そして、お三人にお答えいただいてから、日野原先生にはまた次の、現在の医療保険制度の問題、そして三和代表と、また三和参考人というふうな、御質問にお答えいただきたいと存じます。
 よろしいでしょうか。じゃ、日野原参考人の方から、まず自己決定権、高齢者の自己決定権という問題につきまして御意見をちょうだいしたいと思います。
#44
○参考人(日野原重明君) 私は、六十五歳以上になると介護保険がもらえるという依存性にまずなることが間違いだと思います。自分で学習をするということ、そして上手に行動をどう選択するかという教育でないと、知識の教育ではないんです。
 だから、動機付けて、そしてあなたがやってくださいというふうなことをしますと、医療を受ける場合でも、今は日本はこの文明国の中で大体三、四倍受診率が高いんです。ですから、今はコンピューターもいろんな情報があるんですから、自分で本当にその情報で判断をできるようなことと。それから、余りに医師依存型です、日本は。もっとナースが日常の指導をすることによって受診の回数をずっと少なく、そうして服薬その他もおおよそ過剰な処方せんと、過剰なんです。日本は保険診療ですから、もう何科でも受けますね。そうすると、十五ぐらいの薬を飲んでいます。一つ一つやめたら元気になったという、もう非常に多いんです。
 ですから、そういう、つまり健康を保つためにはどうするかということをお説教的でなしに、自分で自分の病歴を書いて、それでコンピューターで渡せば先生にすぐ伝達されるというふうなことで、もっと医療従事者との会話ができるという中で要領よく医療を選択をするということを慣らす、そういう訓練が必要で、これは小学生から始めなくてはなりません。
 以上。
#45
○会長(清水嘉与子君) それでは、三和参考人、いかがでしょうか。
#46
○参考人(三和清明君) ちょっと私には非常に荷が重い答えでございますが、私がNPOをやっております中で感じますのは、やはり自分で決めぬと駄目です。すべて自己決定というのは自らが決めるという、そういう自律的な人があってほしいと、こんな思いをしております。
 答えになるかどうか分かりませんが、お許しいただきたいと思います。
#47
○会長(清水嘉与子君) それでは、平野参考人、いかがでしょうか。
#48
○参考人(平野茂夫君) 高齢者ゆえに自分の人生は自己で決定できる、この自由を手にすることができますよね。高齢者はその点、子育ても終わり、家のローンも終わりとかいうふうなことからしますと比較的自由ですよね。しかし、自由なるがゆえに選択する余りに、どうやって生きていいのかなというふうな話題が出る中では、特に識者の方なんかの意見を聞きますと、働くばかりが能じゃないんだと、大いにニュージーランド行ったらいい、別荘生活したり、いや芸術の世界に入ったらいいと、あるいは学問の世界でとか、趣味やそういうふうな中に人生というものを楽しむことが豊かな人間をつくるんだという意見が相当出ていますけれども、それはそれなんですね。
 私は、随分、働くことが惨めだというか、働くことが、何で死ぬまで働くんだという、こういうふうなことを言う方には私はどうかなと思うんです。働くことがうれしいんだという方はおるんですから。働くことが、勤勉、実直、克己というそういうことの中に僕の生きがいがあるんだという方に私は徹底的に、そういう自己決定権を持つ方に対して職をつくって実はいきたいと思っておるんです。
 そんな中で、このマイスター60というのは、六十歳からのいぶし銀のような技術者集団、シニア集団をということで名前を付けたマイスターというのは、ドイツの技術者の育成制度、マイスター制度をドイツ商工会議所、在日ドイツ商工会議所にお断りをして、貴国の制度をおかりして名前を付けたいというふうに、あっ、どうぞということだったんですけれども。
 それを英文表記にするときに、マイスターのこの文字をMYSTAR、アイ、マイ、ミーのMYとSTARの星ですね。主役ですね、自らが主役である、自らが輝く星であるということからして、この臨済禅の中に、随所に主となれば、立つところ皆真なりと。自分自身の人生というのは、どんなことがあろうが自分でそこで幸せになろう、一生懸命やろうということになれば必ず道が開けるという、いわゆる自律の人生、自己決定権を自分で自分がつかむことができるというような言い方がありますよね。
 それから、四書五経の大学の中には、天子よりもって庶人に至るまで、自ら、家庭を良くするのも、国を良くするのも、会社を良くするのも、まず自分を修めることが、それをもって本となすという、この大学の教えがありますよね。こういうことを私はこのマイスター60の、自らが主役、自らが自己責任で生きようと。社会にはもちろんお世話になるんですけれども、お世話になるんだけれども、なおその中で自分自身の幸せというものは、いろいろ目まぐるしく動くわけですから、世の中は、その中で自分自身は絶えず希望を持とうというふうな精神活動というものをするならば、自己決定権は十分得られますよというふうなことですね。そういうことを私はこの企業活動を通じて社員さんに訴えておるわけです。
 終わります。
#49
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございます。
 日野原参考人には先ほども少し触れていただきましたけれども、今の医療保険制度に対する問題というようなことを御質問があったように思いますけれども、何かお触れくださいますでしょうか。
#50
○参考人(日野原重明君) 私は、日本の皆保険は非常にいいと思いますが、無駄な診療が非常に多いです。そうして、いろんな科の先生を勝手に、家庭医がないんですから、ですからもうばらばらの先生が診察をして自分の意見をやって、全体の健康管理の責任者がないんですね、ファミリードクターがないんですよ、日本は。そして、大体病院に信頼性がありますから、なかなかみんな開業医に行かないので、幅広い健康問題を解決して方向付けをするような医学教育に変えてしまわないと、そして、今の日本の医学教育は高校を出てから六年です、まだ子供です、医学教育に入って、教養はまるでありません。
 ですから、私は、もう韓国もそれからオーストラリアも全部大学院大学になって、アメリカと同じように四年のメディカルスクール、ロースクールと同じようになっていますし、医師を変えるということと、修士コースを経たナースが医師と同じようなことができるように法律を変えるということを早くすれば、今の日本の非常に医師中心のこの医療制度が、これがもっと良くなると思います。
 以上。
#51
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 それでは、三和参考人には二つ目の質問を、どうぞ。
#52
○参考人(三和清明君) 地域通貨の件が商店街にどう効果があるかと、こういうことだと思いますが、基本的には、この地域通貨は私どもでこういうやつでやっているんですが、これは百円と二百円なんですけれども、どうぞごらんいただいたら結構でございます。
 助け合いの券なんですね。それがお互いに謝礼の中で利用者から、住民から生まれてくると、それを地域通貨で買ってもらってやると。結果としてはすべてこれが商店街へ行くわけでございます。したがいまして、商店街の方も非常に喜びまして、是非参加しようということで、サポートしようということでなっています。
 よく誤解があるのは、商店街の活性化のために地域通貨を使うという発想があるんですね。これはもう絶対間違いです。私の思いですよ。コミュニティーの活性化した結果としてそれが商店街の方に行くということです。
 したがって、その商店街の方はそれで、まだ数は今少ないです、金額も少ないです。しかし、将来は商店街共々、地域、いわゆる郷里を、郷土を支えるという形でまちづくりの話に展開していくだろうと、こういうふうに考えております。
 したがって、今現在、商店街をもう挙げて積極的に応援してくれまして、寝屋川では約八百か九百の商店街、個店があるんですが、量販店とかあるいはチェーン店とかいろいろ難しいところは除きまして、地域の店が約四百店ほどが受皿としてなっていただいています。結果として、特区でやりまして、十七年度と今年が十八年になるんですが、まだまだ金額は少ないです。去年は百五十万ぐらい、発行額でですね、今年が二百万ぐらいと。今そういうことで、コミュニティーの方が動かないと駄目なんですから、コミュニティーを動かして、動かすと結果として商店街へ行くわけですから、非常に商店街はそういうことでは歓迎して受けてくれています。
 以上です。よろしゅうございますでしょうか。
#53
○会長(清水嘉与子君) 小林さん、よろしいですか。
#54
○小林美恵子君 どうもありがとうございました。
#55
○会長(清水嘉与子君) ほかに御質問ございませんでしょうか。
 それでは、岡田広さん。
#56
○岡田広君 自由民主党の岡田広です。
 今日は、三人の参考人の皆さん、本当にありがとうございました。
 初めに、日野原参考人さんにお尋ねをしたいと思いますが、資料を見せていただいて、この六ページに人生の旅路という資料があります。これでいきますと、第三の人生まで書いてあるんですが、第一、二十歳、第二、六十五、ここまで旧老人ということで、第三の人生、七十五から新老人というくくりで表が出ているわけですけれども、この六十五から七十五までの十年間の過ごし方というのが日野原参考人が提唱する新老人運動、この三つのスローガンの中に「創めること」という項目があるんですが、新しいものを始めるという、これはもう私、とても大事なことだろうと思うんですけれども、この十年間の間に何かそれぞれの方が始めるものを考える期間ということで理解をしていいのか。
 そして、去年ちょうどいろんな議論はありましたが、教育基本法が改正になりまして、その中で生涯学習という考え方、理念が新しく書き加えられたんです。正に私は人生、生涯学習という考え方はとても大事であり、これがもう健康づくりであり生きがい対策につながるというふうに考えているんですけれども、先ほど平均余命の表も見せていただきまして、これは正に二〇二五年問題という言葉ありますけれども、あと十数年、七年後ぐらいには女性も八十九・三歳ということで、もう九十年時代が来るという、そういうことを考えると、これからの人生の設計というのは、八十歳あるいは九十歳、八十年、九十年の人生設計というのを考えなければならないと思うんですけれども、そのためにも、この新しく始めるというのは、正に私は生涯学習の考え方そのものかなと思うんですけれども、このことについて一つお尋ねをしたいと思います。
 二つ目は、これ簡単に申し上げます。医療費、国民医療費が四ページに書かれていますが、国民医療費、年々増え続けています。そういう中で、来年から七十五歳以上の後期高齢者の医療制度というのも始まるんですけれども、これがうまくいくかどうか、私とても、保険料一割負担でスタートするんですけれども、とてもこれは心配ですけれども、そういう中で、この高齢者の医療費の増嵩に対してというのは、何かこう、減らす、減らすというんですか、という考え方があるのかどうか、そういうことをちょっとお尋ねをしたいと思います。
 そして、医師、私、聖路加病院も視察に行かせていただきましたけれども、五百ベッドあって三百人ぐらいのお医者さんいらっしゃると。地方の国立病院行っても五百ベッドで七十人とか八十人という、お医者さんの数だけですけれども、これだけでは比べられないと思いますけれども、どうしても医師の偏在というのが地方では問題になっていますけれども、こういう問題の何か解決策があるのかどうか、ちょっとお話しいただければと思います。
 それから、平野参考人ですけれども、生涯現役社会ということで、これ非常に、マイスター60とかあるいはマイスターウーマン事業部とか、是非これも更に広げていただきたいという考え方を持っていますけれども、全く人生、生涯現役で働くということに対しては、私はどうなんだろうかという考え方を一つ持っています。
 人間というのは人と人との間に生きるということを言われていますが、私はもう一つ、人は時間で生きる、時という言葉も隠れているんだと思います。だから、人上錬磨って、人と人に、人に添って磨かれるとか、あるいは事上錬磨という言葉もあります、仕事によって磨かれる。そしてもう一つ、書上錬磨という言葉あるんですけれども、やっぱり生涯学習の考え方というのはとても、私は人生の中ではすごく大事だと思うんですけれども、そういう中で、仕事で生涯現役で終わるということはないんでしょうけれども、そういう生き方をするのとこの生涯学習の考え方と、ここのところのすみ分け、もしお話しいただければ。
 以上です。
#57
○会長(清水嘉与子君) それでは、日野原参考人から、よろしいでしょうか。
#58
○参考人(日野原重明君) 私は、人生を三つ、成長期とそれから社会的活動とそれから第三の人生というふうに分けたんですが、日本は、社会的なアダルトとして働くときに、自分の生活のためとそれから会社のため、役所のためというふうになっているんですが、物すごく自分を伸ばすようなチャンスがなくて、割り当てられた役を忠実に、間違えなければよいというふうなコンサーバティブなことで、非常に人間として成長しない。成長しないで定年に来るんですから、もう自分を自分でどうこうするということはないです、大きな船に乗って、そうして六十、六十五になるとボートに降ろされて、どうやっていいか分からないというような状態ですから。ですから、私はそこで、どこに方向に行けばいいかということを考えられるような、考えるように、その定年の五年前ぐらいから自分の方向付けを準備をするということがあると思います。
 そうして、今までは、銀行に入るとかあるいは学校に入るとかというふうなことで、狭いそこだけですから、今度は自由人ですから、それから時間は若い人や会社やなんかに勤めている人よりもはるかにある。だから、ゆっくり時間を使いながらやったことのないことをやりますと、初めて自分に才能があるということが分かるんですね。そうして、私たちの頭と筋肉は、骨は使わないと廃用症候群になっていく、ですから考えられないような人間になる。だから、私たちは、物を考えて意思決定をするという訓練が小学校から不足して、言われたことを習って答えるという小学校からのずっとですから、独創的な研究もないし、ノーベル医学・生理学賞は、医学校を出た人は百年の間に一人もそれを得てないほど、そういうふうなタレントが出てこないんですね。ですから、持っているんですよね。しかし、畑が悪いんです。
 ですから、もう自由な第三の人生というのは、いよいよ拘束できないから、初めから自分で探そうというときにモデルがいないとよくはないから、私はこういうふうなグループ運動に入って、あのような人のようにやってみようじゃないかとやっているうちに自分の行く方向が発見をされて行くことができる、これが私の新運動、新老人運動の意図です。
 それから、日本の医療の状態は、これから長寿が増えますと、医療費は完全に増えます。もう今のような医療であれば、今のような医療体制はこれはもう増える、もう物すごく増えます。これはやはり、今の日本の医療制度は、余りに健康保険制度は世界一だというふうに思い過ぎているのでみんながそれを利用するというわけで、無駄な医療はもう半分以上あるんです。ですから、それをするためには全体のコンサルタントなりに、あなたはこういう問題であったらこういうふうに行きなさいというふうなことを示すような、ナースあるいはその他の人がもっとその手前で報告をするということ。
 大体四国は、例えば高知などは医療費一番高いんですが、三人の人に必ず診ています。どうも食欲がないと診てもらう、お医者さん、そうするとちょっと胃に何かあるかも分からないというとなるとまた別のところに行って、そうするとがんの疑いがありますと言われる、そうするとまたよそに行って第三の意見を求めるという、そうして今までのデータが生かされない。アメリカでは、一回心電図を撮ったらだれに診てもらってもそれを使います。レントゲンも使います。日本は検査でもうけるんですから。で、診察が安過ぎる。だから会話がほとんどない、三分診療。で、聖路加病院は、外来は、プラスの外来というのは眼科。そして、眼科以外はほとんど赤字です、三分診療をしないでもっと話をしようと思えば。
 ですから、聖路加病院ははっきり言えば、去年は十九億の赤字ですよ。それは、看護師さんの数がよその二倍、お医者さんの数が三倍、それで個室でしょう。だからそれは高くなるから、医療以外の方で私たちは収入を得ている。それは差額の部屋もありますけれども、個室で差額でないというところはもうその人が入ると赤字です。それから、外来はもうほとんど赤字です。
 それですから、私は今の医療を、病院を健全にしようと思えば、人間を少なくするよりしようがない。そうすると非常に粗末になる。大体、日本における医療実施は、アメリカのお医者さんというのは、五百の入院患者であればアメリカは二千五百人、日本は、公立などは五百の病床であれば七百人か六百人です。聖路加は千二百人、アメリカは二千五百人、だから医療費がアメリカは高い。しかし、アメリカではもうデイサージェリーがはやっています、その日に。私もヘルニアの、腸のヘルニアを受けて十二時間で退院しましたよ。これはやっぱり一週間ぐらい入っていますね。そうして延ばさないと、病院としては手が足りないから、だからどうしても長く延ばすというんですけれども。
 もっともっと、そういう基本的なシステムと医者中心の医療をやめることと、プライマリーケアを勉強するような学校の卒業生でないために何かの専門家になって、開業するときは何でもやるというわけですね。手が震え出したら外科をやめて内科になるとか、そんな状態であるわけですから、基本的なプライマリーケアを医学校では教えることが非常に後れていたんで、専門の医学ばっかしを教えまして専門を十年やって、開業するときは専門は全然ない。だから、素人がやっているというふうな状態ですから、ナースがやった方がよっぽどいいわけです。だから、私が今やろうとしているのは、四年制の医学校に変えることを提案を文部科学省にして、そうして教養が済んでから四年制の医学校に出て、そうして二年の研修を完全に終えてから臨床をやるというんですが、今、日本では卒後二年の研修が義務化されましたが、この制度は私が言って三十五年前にできたんです。義務化されるのに三十三年掛かったんですね。だから、日本は法律は、作ること、変えることが難しいんです。だから、保助看法を変えてしまって、ナースにそういうふうな現場で診断ができ、そうしてもう大体の方向性、これはここに預ければいいとかというふうな仕分をするようなことをすることでナースの小児科、ナースの麻酔、ナースの助産婦をつくることが医者を増員するよりもはるかにはるかに私はいいと思いますけれどもね。
 そういう教育制度にやはりどうしてもタッチしなくちゃならないんですが、韓国は今度は六年制を全部やめて、そして大学院制の四年に四十の医学部は全部変わります。オーストラリアも変わります。日本は非常に後れて、そうして、今私たちの聖路加病院で優秀な人が研修医に来る、二年目の研修医がアメリカの学生の三年ぐらいにいかない。非常に効力がこうなるんですが。日本は、大体出席を取るのは日本だけですよ。遅刻する医学生はないんですから。
 日本は、そういう意味では非常に今の教育自体、そしてプライマリーケアが発達しないから家庭医が、今家庭医の専門医がまだないんですね、ほかの専門医があっても。そういう意味で、私は医療制度を、そして法律を変えてナースの仕事をもっともっと、ナースの数をもっと多くして、そうして医者はこれ以上増やさない、そういうふうなことが、そして医者とナースとがチームとなって地域のどういうところでも行けばもう地域医療で問題があるということはないわけですから、そういうことが私の全体の意見でございます。
 以上。
#59
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 それでは、平野参考人、どうぞ。
#60
○参考人(平野茂夫君) それでは、お答えいたします。
 マイスター60に勤める方は今六百名おられるわけですけれども、近く千名になってもらおうという、このことが社内の目標でやっておるわけですけれども、この方たちを私は、徹底的に使って使って使い込んで、そしてぼろぼろになって、そして人生を終えていただくなんということではないんですよね。
 私は、マイスター60は、高齢者がこんな会社があったらいいなというふうな、高齢者がゆえに考える会社をつくりたいと思って、実は利潤ではなくて、もちろん利潤は上げるんですけれども、上がった利潤は事業所をつくったり営業の方を採用したり、奥様全員お呼びして全員でパーティーやったりですね。うちのお父さん、三十年も一流会社に勤めておったけれどもパーティーに呼ばれたの、私、初めてです、社長さん、ダンスやっていいですかと。ああ、どうぞ、ダンスやってくださいと。うちの主人、働く限り是非もう働けるように私も一生懸命応援しますから是非やってくださいというふうなことでの、そういうふうな雰囲気の会社ですね。
 それから、この私は、マイスター60は働くことも善であると、それから遊ぶことも善であると、この価値を二つ訴えています。
 マイスターエンジニアリングの、上場企業の社長としては、これは利潤の追求ですよ。徹底的に利潤を上げて、その成果によってステークホルダーに分配をするわけですね。しかし、60は、その付加価値を稼ぎ上げられる年代ではありませんから、上がった利潤というものは高齢者自身のために全部使っていこう、大きく、大ざっぱに言えばですね。上がった利潤は、会社の立派なじゅうたんにしたり建物にしたりではなくて、労働分配率一〇〇%みたいな雰囲気で、私はこのマイスター60はそういう事業であっていいと思うんですよ。
 なぜならば、高齢者の方はこれから出世しようとか、これから大いに金もうけようとか、これからというふうなことは一応卒業しているんですね。持家を持って、五十坪の持家持って、そして大企業の役員になったというふうな方に対して、いや、おれは家も貧乏だったし大学も行けなかったと、高校を出て都営住宅に今でもおると、しかし、子供二人はおかげさんで元気にして高校を卒業して専門学校へ行って、そして工場に勤めておると、残された我々夫婦は都営住宅でもいいんだと、二人で、二人が仲良く健康的に生活を送れればおれは満足だというふうな、そういうふうな境地を開いている方ですよね、人生をどうするかということをもうそれぞれ考えておる方ですから、その方たちが私は安心してこういう会社があったらいいのかなという。
 奥さんと例えば二週間ぐらいヨーロッパに行きたいと。普通の会社であれば、二週間も休んだら、あんた辞めてほしいみたいな、そういう職場の雰囲気ですけれども、当社の場合は、ああどうぞ行ってらっしゃいと。それから、御家庭で何かおばあちゃんが倒れたと、それを三か月看病しなきゃいかぬと、どうぞ看病してくださいと、終わったらまた正社員として入ってくださいという出入り自由の正社員とか、そういうふうな、こんなことあったらいいなというふうなことで、自由に選択できるような、そういう会社を私はつくろうと思っているんです。
 ですから、そういうふうなことからするならば、普通の会社と違った、もう全く伝統的な資本主義社会、自由経済の中のこれまでの会社じゃなくて、新しい会社といいますか、わがままな、わがまま言いたい放題の会社みたいなものを私は理想としておるんです。それは、世の中変わりますからね、そういう会社があっていいと私は思っていますから。
 ということは、マイスター60の方は、働くことが僕はうれしいんだという方が入っていただくということなんです。それを徹底的に働かせてその利潤というんじゃなくて、それは放棄しているんですね。
 それからもう一つ。働くということは、今日も朝会議があったんですけれども、二十名ぐらいの方、女性も含んだ二十名ぐらいの方、朝議論があったんですけれども、がんがんやり合ってますからね。がんがん課題についてやり合っておって、わあっとやり合っているということは、この働くということは、生涯学習、仕事をすれば新しい次から次へと課題があるし問題があるし、お客さんからたたかれるし、そうすると、くそ、ということで前頭葉が大いに活性化して、そこで、何くそ、闘争心が生まれるというふうなことからいたしますと、これは生涯学習のOJT正にそのものですね。
 ですから、それが苦痛であればひとつリタイアするのもまたいいし、そういうことに立ち向かう、そういうこと、忍耐をしてなおおれはやるんだというふうなことが結果としてその人の人生を活性化させるしというような、そんなことなものですから、学問で、学校へ行って勉強するということに加えながら、働くということは、一面でそういうふうな生涯学習、OJTという側面も持っているということを御理解いただきたいと思います。
#61
○会長(清水嘉与子君) よろしいでしょうか、岡田さん。──続けてどうぞ。
#62
○岡田広君 ありがとうございました。
 平野参考人の御意見聞きまして、大変うれしく思いました。是非また、更にこのマイスター60、発展することを願っています。
#63
○参考人(平野茂夫君) ありがとうございます。
#64
○岡田広君 日野原参考人には、大変大所高所の御意見伺いまして、やっぱりなかなか日本、法律一つ改正するのも時間が掛かるということで、現場は待ってくれないということで、いろいろ一人で三つの病院を守るとか、データが生かされないとか、大変参考になりました。これまた私ども生かしていきたいと思っています。
 ありがとうございました。
#65
○会長(清水嘉与子君) 日野原参考人、どうぞ。
#66
○参考人(日野原重明君) 質問の一つは、聖路加は外来は全部赤字である、入院もですね、そして十何億の赤字をどうしているかということは、予防医療ですね、人間ドックのようなものを百八十人、毎日これはずっとやっているということと、中に高級老人ホームがありまして、その老人ホームに対するケアを与えることでお金をいただく以外に、老人ホームの建物を持っている、土地は聖路加の土地ですから、それの地代、そういうふうなものを使ってやっと何とかバランスをやっているというふうなことで、患者の収入からではこれはもう赤字になる。これは人間が多過ぎるんですから。
 以上。
#67
○岡田広君 ありがとうございました。
#68
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。
 ほかに。
#69
○参考人(平野茂夫君) 一つよろしいでしょうか。
#70
○会長(清水嘉与子君) はい、どうぞ。平野参考人、どうぞ。
#71
○参考人(平野茂夫君) 今先生から赤字の話が出ましたけれども、マイスター60も、つくって十七年たちましたけれども、十四年ぐらいはずっと赤字でした。そして、助成金を、三番目、七ページの三番目に掲げてあります、高齢者雇用ベンチャー会社の創業相当期間の雇用者賃金の大幅助成、同継続会社への賃金一部助成と入れましたけれども、ずっと赤字でした。で、助成金をいただきまして、そして資金繰りを付けました。
#72
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございます。
 ほかに御質問ございますでしょうか。
 それでは、森ゆうこさん、どうぞ。
#73
○森ゆうこ君 民主党・新緑風会の森ゆうこでございます。今日は三人の先生方、大変ありがとうございました。
 特に、日野原先生におかれましては、私ども参議院厚生労働委員会で、昨年、医療制度改革に関連いたしまして、聖路加病院、視察をさせていただいた折には大変意義深い御講義をいただきまして、改めて御礼を申し上げたいと思います。
 また、今日のこの新老人の会のパンフレットを見させていただきますと、七十五歳以下はジュニア会員ということで、まあそれぞれ何というんでしょうか、やはり考え方を百八十度転換していけばこれからもますます人生を生き生きといつまでも現役で生きることができるんだなということで、改めて感銘を受けたところでございます。
 さて、今日の三人の先生方はそれぞれのやり方で、日野原先生は社会活動として、三和先生はNPO法人、そして平野先生は株式会社ということで、生涯現役社会に向けた活動をやられているわけですけれども、特に平野先生の、これ会社に、株式会社にこだわっていらっしゃる、先ほどのお話を聞きますと営利を目的としていないんだというふうなお考えであれば、私は特定非営利法人のような形態も考え方としてはあるのかなというふうに思いましたので、やはり株式会社にこだわるというところのその理由と、先ほど、私もさっきからひょっとしてどこからか助成金が出ていないとこれだけの経営はできないんじゃないかなというふうに思ってお聞きしておりましたら、先ほどの意見表明がございましたので、どの程度の助成金がないとこのような事業がやはり立ち行かないという現状がおありになるのかどうか、その辺のところを忌憚なく御披露いただきたいと思いますし、また、同じように私も地域で様々な活動をしてまいりまして、単純なボランティアの団体がいいのか、NPO法人という形にしていくのがいいのかというのを悩んだ時期があり、またそれぞれの活動をしてきたんですけれども、やはりNPO法人の運営も様々な課題があるかと思います。特に財政面、人材面。そういうところで具体的な課題、またそして政策提言などを三和先生にお願いをいたしたいと思います。
 また、日野原先生は、様々な問題に対して造詣が深くいらっしゃいますので、今日のこの三人の先生方のお話からは農業というようなことについては特段お話はなかったんですけれども、私、全くとっぴもない質問で申し訳ないんですけれども、生涯現役社会というものを構築する上で、私はもう少しこの農業というものについての別な視点というんでしょうか、農業の活用、社会政策として農業を活用していくという、そういう視点も必要なのではないかなと思いますので、これは日野原先生、そして三和先生、平野先生ももし御意見がございましたら承りたいと思います。よろしくお願いいたします。
#74
○会長(清水嘉与子君) それでは、まず平野参考人からどうぞ。
#75
○参考人(平野茂夫君) 先生、ポイントを突いている。私も実は、三和さん、お差し支えがなかったら教えていただきたいんですけれども、ボランティア活動でやるのか、組合組織でやるのか、何の組織でもって高齢者の働きたいというその場をつくるかと、これは非常に悩んだんです。非常に悩んだ。
 そのときに、うちの近所の話なんですけれども、隣のおうちに立派な松があるわけですね。その松の剪定というのは、ばさばさばさっと植木ばさみでやるんではなくて、松は一本一本抜いて剪定をしないと、松は駄目になっちゃうんですね。一本一本抜くと相当手間が掛かるんですよ。それをおじいちゃんが、まあ隣のおじいちゃんがやってあげたんですって、こう、抜いて。そしたら、その隣の奥さんが、まあおじいちゃん、ありがとうとはおじいちゃんに言ったようですけれども、しかし、ああ、おじいちゃん、あんなに一生懸命やってあげたのに隣の奥さん何のごあいさつもないわねというふうに奥さんが言っていたというのを家内が聞いてきたものですから、ああ、そうだなと。おじいちゃん、親切心でやって、まあボランティア精神、親切心でやってあげたのを、それでありがとうだけでは、何か持って、そういうふうな、親切心でやったものにもかかわらず、何かいろいろやったけど、お返し要りません、お返し要りません、いろんなことやってお返し要りませんとよく言うんですけれども、しばらくしてお返しがないと、何だ、お返しがないななんてね。
 これは私はうまくないなと思ったんですよ。ただで、無償でやったのに、なぜ松のむしり方が下手だと、何だ、じいちゃんは下手だなんて言って、これはやっぱり、いや、ただでやってあげたのに何でそんなことを文句言うのかと。これはやっぱり市場経済にマッチしないなと思ったんですよ。たとえ千円でも、千円もらって、御本人に会社経費三百円で七百円お支払しても、とにかくお金をやり取りするということは契約がそこに成立をして、仕事が駄目だったら、何でこれ駄目だ、千円払ったのにきちっとできてないじゃないかというふうに追及できると。で、もらった本人も、ただじゃないから、よし、そういうふうに言われたんなら一生懸命やる、そういうふうな契約関係が非常にこれ整理整とんされるでしょう。
 そして、だからお金のやり取りは結局、そのごちゃごちゃごちゃごちゃしたようなことを、やってもらった、やってやったというふうなものをきちっと整理すると。で、契約の形に非常にマッチングする形で、そして資本主義経済の中に、これそうするときちんとソフトランディングするわけですから、それで私は、お金ですべて清算をすると、これが分かりやすいなというふうに思って株式会社にしたわけです。
 それからもう一つ、農業の話ですけれども、これは私の個人的な思い入れですけれども、私、農業大好きで、高齢者の方々を、ですからマイスターファーマーでも、ファームをつくって、遊休農地をあれ貸していただけるというような、そういうところに参入できるのであれば、この農業なんていうのは非常にやっぱり高齢者の方やりたいんですよね。これは社会政策としては面白いと思います。
 以上です。
#76
○会長(清水嘉与子君) それでは、三和参考人、どうぞ。
#77
○参考人(三和清明君) NPOの課題ということと提言ということでございますが、先ほど申し上げましたように、まず人材の問題が二つに分かれます。一つはリーダーとしてやる人、それからボランティアとして参加をする人、この二つのやり方をうまく分けてやらないといかぬなと、どちらも少ないということなんですね。だから、したがって、それについてはそれぞれのリーダー養成あるいは一般に参加すると、こういう二つのインセンティブが何か一応必要じゃないかなと、望むらくはですね。そんな感じがいたしております。
 それから、活動面で二つ問題があります。一つは外の問題ですが、NPOは草の根の活動から始まっています。そうしますと、地縁組織がございます。事業型と地縁型とこの二つの整合性の問題があるわけですね。自治会とかそれから社会福祉協議会、この辺の課題をうまく連携をしていかにゃいかぬと。これは地域の一つの課題だと思います。私も一生懸命頑張っております。いい方向へは向いているんですけれども。
 それからもう一つは内部的に、コミュニケーションの問題ですね。この活動員のコミュニケーション。ともすれば、価値観が違う人がたくさん集まっています、そうすると、みんなばらばらになる可能性があるんですね。これは、先ほどちょっと申し上げましたが、ミッションというものを明確にしてやっていくと。例えば山を登るのに登り方もいろいろあるわけですから、そういう価値観を、各自の価値観を否定しないで目標に対して到達をしていくと、こういうことに対するコミュニケーションが非常に必要だなと、こんな感じがいたします。
 それから、資金の問題はおっしゃっているとおりです。これはいろんなNPOが皆苦労しているわけです。私ども、大阪でもやっていますが、どうやって資金を獲得するかというのは、補助金の問題もあるし、あるいは市民団体からもらうやつもあり、もらいますし、とにかく自主財源をつくらにゃいかぬわけですね。それが非常に苦戦をしていることは事実です。
 だから、例えば今有償ボランティアということを私申し上げましたが、例えばこれも一つの自主財源の一つなんですね。それで全部賄われたらいいんですけれども、それではちょっと無理です。したがって、どこかから収益事業をやってやらにゃいかぬと。例えば介護事業をやるとかいろんなのありますけれども、これはそれぞれによってその人が考えないとしようがないと思います。継続するためには、何か資金をうまく確保する方法でございます。何らかのいい工夫をしていただいたら非常に有り難いです。以上です。
 それから農業の問題は、私たちの方でもそういう、やっておられるところありますので、今日は私は福祉の問題を中心に申し上げましたが、環境の問題とかあるいは農業をやっている人もおられますので、まあまあそういう活動が始まってくると思います。
 以上でございます。
 あの、済みません、ちょっと……。
#78
○会長(清水嘉与子君) それでは、日野原参考人には、農業の問題についていかがでしょうかという御質問でございます。
#79
○参考人(日野原重明君) 私は、農業をやりますと、生物が成長するでしょう、そうして、それはとても、子供が成長することは問題が非常に多いんだけど、農業は、何か野菜を作るというのは非常に自然の力を活用するという、非常に精神衛生上いいんです。ですから、このごろ屋上庭園や何かありますね。ちょっとしたところで大体新鮮な野菜はもう自前でできる。そうして、余分にあれば近くに分けるという、そういうふうな運動をやはりもっとすることが精神衛生に非常に私はいいと思います。
 それから、私は、日本人は世界で一番、六十五歳以上の持っている資産を計算すると千二百兆ぐらいお金がたんす預金になっているんですね。これをどうして政府は、私は目を付けないかというんですね。私は、そのお金を六十五歳以上の人にはもう二%の利子とか三%にして、それを政府が活用化すればいいと思うんですが、アメリカはみんなローンでレベルの高い生活をして貯金の蓄えはないんですね。ところが、日本は使わないで、そうしてそれは子孫や子供にどうこうするんですが、それがあるために子供は資産を分ける場合に非常に難しくなってくるんで、私は、もっと老人の持っている資産をもう少し活用するためのことをやはり経済学者は考えてほしいと思うんです。
 それから、今、日本は、健康保険だと日本の医療費は少ないというんですが、日本はアメリカに比べて謝礼とかいろんなことの習慣がありますから、それに対する費用は絶大なものがあります。それから、今、代替療法がはやって保健のいろんな食品や薬が出ておりますね。そういうふうなものを計算すると、保険の医療費よりもそっちの方が多い。ですから、アメリカの医療費と日本の医療費は考えられない。アメリカは医者の謝金というのは請求したものを払うというだけですが、日本はそういうふうなことがないという古いしきたりがありますから、そういうことで日本の、お金は相当出ているんですね、それは。
 ですから、それはみんな自前で出しているんですが、それは、やっぱり教育によってそういうふうな無駄なことはないようにしようということと、もっとビジネスライクに医療をするというふうなことで、先生への謝費ももっともっと考え、ですから、ベテランの人が三十分診ても研修医が五分診ても同じですから、診療費が。だから、こんなことはないですね。弁護士でも、もう駆け出しの人と弁護士会の会長とは違うんですね。音楽の先生でも全部違うんですね。しかし、医療はそういうふうになっているんですね。
 医療の質を良くするためには診察、方向付けをやるところに医療費をもっと出して、検査とか薬ではもうけることがないような医療をやはりしないとよくないと思いますので、日本の医療費を外国の医療費と比べることはできないようなことがあるということと、老人が持っている資産をどうしてもっとこれを活用しないかということを私は非常に考えております。
 それと、私は、基本的なことの医学の研究がないんですね。私は、日本人が肩が凝るとか腰が痛いとかということを、うつ向け療法にしてそれが解決されるのはもうざらにあるわけです。だから、今その研究をやっております。何のメリットがあるかというふうなことを、やっぱり、この間東大で講演しましたが、そんなことを研究する必要はないんで、日本の医学の研究は非常に末梢的なことですね、ユニークはないんで、もう少しそういうふうなことに対して医療の研究者も変えないと。まあそういう意味で、私は九十五になってからいろんな研究や遺伝子の研究を始めているわけですが、これできるんですから、発想を変えれば。
 だから、人間の発想というものをどうするかといったら、教育で非常に問題ですが、今の小学校、中学のあれでは、やはり教訓的なティーチング、講義が主であって、自分で意思決定をするということは教育はされないんで、もっと、ああいう並べ方がよくないという。グループ学習にするというふうなことを小学校からやれば、私は、大正年間に私の先生は、グループ学習で、八人ずつグループして勝手に勉強するようなことをやってもらったのが、私は勉強の仕方を小学校で覚えたんですよね。そういう意味で、今の在来の小学校の教育の仕方は非常に私は古いと思い。
 それから、二年、三年、四年と一緒になって教育することが必要ですね。という意味は、もう二年すれば私はそうなれるんだなという、姉さんや兄さんのように思うというふうな、そういう一つのクラスだけじゃよくなくて、前後のクラスと一緒になって、お互いに上は下を助け合うというふうな、そういうふうな発想で小学校の教育を変えないとよくないと思います。
 そして、子供は私の四十五分の時間、完全に集中していますよ。大学生のようにうとうと居眠りをすることはないんですから。日本のもう大学の教育というのは本当に駄目だということ。出席を取らないと来ないということはもう恥ずかしいんですね。
 以上。
#80
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 このメンバーには、厚生労働委員会のメンバーもたくさんいますし、文教科学委員会のメンバーもおりますので、大変参考になったと思います。
 森さんよろしいですか。
 ほかにいかがでしょうか。じゃ、足立信也さん。
#81
○足立信也君 民主党の足立信也でございます。本日はありがとうございます。
 一問一答よりも、もう三人とも質問内容を言った方がよろしいですね。
#82
○会長(清水嘉与子君) はい、そうですね。
#83
○足立信也君 では、三人の先生方に一問ずつお伺いします。
 まず日野原先生、先ほどの件でちょっとだけ。私どももメディカルスクールの必要性はずっと考えています。これは、やっぱり大学院大学になるときに、文科省が大学生を大学院大学が手放さなかったということですね。メディカルスクールになるためには、やはり文科省から手を放して厚生労働省の管轄になっていかないと無理だということが障壁が大きいものがあったんだと私は思っています。
 もう一点は、看護師数が、先生がおっしゃられたとおりだと思いますが、これ、政府の方ではあと三年で需要と供給はもう均衡するんだという大変残念な報告結果が出ておりまして、ここら辺が私としては、先生がおっしゃられたことに対する問題意識としてちょっと先にお伝えしておきます。
 今日は、生涯現役社会の推進ということですので、先生のもう私、個人的な意見を伺いたいんです。
 私も、今四十九ですけれども、高齢な患者さん随分診てきて話はしていますが、やはりその年の人間の感覚は自分自身は本当には理解できていないとそう思っています。そこで、人生五十年の時代からも、今人生八十年の時代でも、やはり最初の三割はまだ育つ段階で、六割は働く段階で、残りの一割がリタイアした、この形というのは変わってないと私は思うんです。
 ところが、最近、やはりぴんぴんころりんでありたいとか、あるいは終末期医療の在り方のアンケートによりますと、あと一年ぐらいの寿命と告げられた方が私としてはいいと思うんですけれども、最近の傾向では、そういうことは一切知りたくない、家族に迷惑を掛けたくないということで、すぐに亡くなった方がいいという考え方があるんですが、先生としては、ずっと生涯現役を続けた場合に、やはり私は、後半部分一割程度はリタイアの時代があって、今までやられた仕事と違う角度からということが必要だと私自身は思っているんですが、そこら辺の先生の個人的な御意見を後で伺わせていただきたいと思います。
 それから、三和さんは、私、地域通貨のことをお伺いしたいんです。先ほど小林さんからありましたけれども、私は、地域間格差をまずなくすための一つの手段として地域通貨があるとずっと思っているんですけれども、先ほどの御意見で、これはコミュニティーの中から自発的に出てきたものでないと通用しないというお話を先ほどされましたけれども、これ、自治体の取組として地域通貨ということをやっていくのはかなり無理があることでしょうか。その御意見をお伺いさせていただきたいと、そのことです。
 それから、平野さんにお聞きしたいのは、日野原先生がおっしゃる七十五と、平野さんのおっしゃる六十から六十五を中心のところ、六十五以上の方もちょっと三割いらっしゃいますけれども、ちょっとずれがあると思うんですよ。私は、男性も女性も年齢を取ってくると中性化してくるという認識があります。日野原先生の中に、夫婦も第三の人生では友人だという言葉がございますし、平野さんの取組の中では、これ例えば、働き続けた場合にその配偶者の方ってどうされているんですか。今までと同じような生活を継続されているということなのか、あるいは夫婦で平野さんの会社に登録されていて、そういう生活をされている方がどれぐらいいらっしゃるのかということをお伺いしたいと思います。
 よろしくお願いします。
#84
○会長(清水嘉与子君) それでは、皆さんそれぞれの御質問でございますが、まず日野原参考人、どうぞ。
#85
○参考人(日野原重明君) 私は、厚生労働省と文部科学省がやはり縦割りになったために今の医学教育から卒後の診療体系がひどくなったと思います。これはインテグレートしなくちゃならぬのです。幸いに、ごく最近、厚生省のお役人が文部科学省の医学教育課長になって入り乱れた。やっとそうなったので。ですから、学生の教育は病院の中で教育しないと駄目ですね、基礎のあれではないという意味でですね。それが、インテグレートが、やっとその方向がなって、両方が一緒にやるということはなかったんですが、それが少しずつ私は望みができて非常にいいと思いますが。
 今言ったこの医療自体が余りお医者さんに集中し過ぎるということと、ナースの努力、アメリカは、日本は今麻酔医が不足して非常に困っているんですよね。ですから、地方の病院は手術はウイークデーはできないで、土日に、町のいろんなお医者さんがアルバイトで土日、手術をするということが非常に多いんですが、アメリカは手術の八割はナースが麻酔はやっているんですね。それで、小児科はないということですが、アメリカは小児科医のやっていることをナースが事実やって、患者さんはどちらでも選ばれるというふうになっているという意味で、このシステムを非常に変えなくちゃならないというふうに私は思っていて、非常に日本はやはり無駄な医療があって、そして国民の皆保険だということを、それに余り寄っているような状態でありますけれども、もっともっと、そしてこの非常にお金の要るような検査法を求めるというふうに、その診ているお医者さんや奥さんなどはそんな検査はしないのに、患者さんはそれをやってくれと言い、やりましょうと言うんですよね。
 だから、機械があるから検査をするんですよ。日本ほど医療機械の多いところはないんです。そういうふうにして、機械があるから、それをもうけるためにやるということですね。私は、そういうことが統制は日本は全然ないわけですから、もっと、その機械を造るんだったらそれを多くの人に使えるようにするということと、それはやはり、その人の費用でやるんだったらそれは受けてもよいという意味で若干自由診療がそこに入っていかないと、英国は全く税金で医療ですが、しかしドクターは一日は自由診療してもいいというふうに、そういうふうになりますし、ドイツの皆保険が今度変わって自由診療が入ってきました、ドイツは。そういうふうに、よそは財政上やはりそういうふうにいかなくちゃならないというふうに向いておりますので、日本もそういうふうにしないと非常に無駄があるんじゃないか、そういうふうに思います。
 以上。
#86
○会長(清水嘉与子君) 先生、最後の方いいですか、リタイアの。
#87
○足立信也君 それをお聞きしたいんです。
#88
○会長(清水嘉与子君) もう一つ、先生、じゃ、もう一回、どうぞ。
#89
○足立信也君 先ほどの三割、六割、一割の考えで、後半部分の一割の、今までの働いてきた時代から、その一割のリタイアした部分というのが私は必要だと思うんですが、先生はどのようにお考えですか。
#90
○参考人(日野原重明君) だから、リタイアした人が全部ボランティアです。私の新老人運動は全部ボランティアです。そして、子供の教育にもっと老人が入りおるじゃないかというふうなことをやり、子供の、十歳の子供の算数を教えるのに、七十を過ぎた人で算数のできた男女が十歳の子供に算数を教える教え方を勉強して、そして小学校で行っているんですね。語学を教えたり、音楽を教えたり、書道を教えたり、歴史を教えたりということはみんなボランティアです。
 私の運動はもう全くボランティアですが、その生きがいを非常に感じて、そしてその効果が上がることを見て、そして非常に達成感があるんです。ですから、仕事を、何もないんでなしに、達成感のあるプロジェクトがあるということを知らすことによって、彼らに一緒にやりましょうというふうに私は勧めている。
 ですけれども、私は、六十五を過ぎてからは私のやっていることはすべてボランティアです。聖路加病院もそうですし、もう六つの理事長も全然何にも私はもらっていないんですが、私は、そういう達成感のために元気が出てくるというふうなことですから、その喜びを、達成感の喜びをやはり体験をさせる。それには、あっ、あの人のようになりたいなというモデルがないとですね。そういうグループ、だれと接近をするかというその環境ですよ、環境を良くするということを、人間の環境、そういうふうに思っております。
#91
○会長(清水嘉与子君) それでは、三和参考人、どうぞ。
#92
○参考人(三和清明君) あの、御質問の中で、自治体ですか。
#93
○足立信也君 はい。
#94
○参考人(三和清明君) 自治体が参画をするのに。
#95
○足立信也君 そうですね。コミュニティーから自発的に出ていったものにしか通用しないんではないかと先ほど発言されたと思うんですね。それを自治体ぐるみの取組としてやることはそれほど困難なことでしょうかということに対する御意見を伺いたいと。
#96
○会長(清水嘉与子君) 三和参考人、どうぞ。
#97
○参考人(三和清明君) はい、分かりました。
 自治体が参加することは、いろんなやり方がありますけども、大いに結構だと思います。ただ、この活動が市民主体でやるということが一番まちづくり、地域の活性化になるんじゃないかと思います。したがって、自治体はバックアップの方に回っていただくということの方がよりうまく進むんじゃないかなと。
 もっと具体的に言いますと、補助金なんかは、例えばその発行元をつくって、その発行元の、印刷代や何か要りますから、そういうものを自治体が出して、補助金を出されて、そして民間で動いていくというのが一番いいと思います。自治体がやりますと、行政がやりますと、どうしても市民は文句を言います。これは残念ながら、要求・批判型という言葉がいいのか分かりませんが、そういうふうにどうしてもあるんですね。だから、それを民間でやるとお互いにそういうトラブルが減ってくると。いろんなことはあるんですけれども、そのケース・バイ・ケースの対応も非常に民間でやりますと楽というのか、スムースにいくような感じします。
 したがって、例えば地域通貨の使用先ですね、使えるところに、例えば介護保険に使うとか、あるいはいろんな市の、住民票を取るのに三百円ほど掛かるとか、そういうところへ使えるようにすれば、もっと市民の活動が活性化すると思います。やっぱり利用する方、それから活動する方、みんなどこで使えるんかなというのはやっぱり百貨店の商品券と一緒なんですね、そういう意味では。地域でどこで使えるんかなというのがあれば、非常にインセンティブにはなります。
 したがって、私は、官がやってもよろしいですが、民でやった方がベターであろうと、こういう感じをいたしております。
 よろしゅうございますか。
#98
○会長(清水嘉与子君) それでは、平野参考人、どうぞ。
#99
○参考人(平野茂夫君) これからは男女雇用平等法が、こういうものが定着をして、男性も女性も能力ある方は大いに仕事で人生を送ろうというふうなことでの女性がどんどん職場に出てくると思うんですけども、これは、男女の権利の主張、男女、男も女も一緒だというふうなこと以上に、また、そういう二人で働くことによって家計を支えるというふうな経済的な側面というのが、特に日本国はこれから出てまいりますよね。
 そういうことの中で、じゃ今定年を迎える方たちはどんなふうな男女の働き方があるかといいますと、大体は奥様は専業主婦ですよね。かつてのアメリカが、戦後のアメリカが専業主婦が七五で、二五の女性しか働いていないと。しかし、アメリカもだんだんだんだん、やっぱり日本が繊維やいろいろなことで、ということからして、経済が日本から、日本の経済の復興がアメリカの職を場合によっては奪ったということからすれば、その間の御主人の収入のやっぱり減るのを奥さんが働いてそれまでの家計を支えたみたいなやはり要因もあるわけでして。
 ですから、いよいよ日本もそういうふうなグローバル経済の中に巻き込まれますから、奥さんが働くことによって御主人と両方合わして一つの経済を成り立つというのがこれからまた、男女雇用平等法もそこに役に立つんでしょうけれども、これまではやっぱり男は働いて女性はうちで家計が成り立ったんですね。家を買える方も、買えたんですよ。家計、家庭はそういうモデルが自然だったんですね、これまでは。
 しかし、そういうことからしますと、当社のマイスター60の働いている社員の方の奥さんはほとんどが専業主婦です。一部働いている方もおります。それから、御夫婦でマイスター60に勤めている方は一切おりません。ウーマン事業部がありますけれども、そこは女性だけが、独身の女性とか、御主人がうちにおって、そして自分が働いているというふうなことであって、御夫婦ではまだ勤めが始まっておりません。
 ですから、今定年になっている方とか定年迎える方の大多数は、奥さんはやはり家庭の仕事をしたり、それから奥さんは趣味に走ったり、そういう状況でしょうね。だから、豊かですよ、まだまだ日本はね、その面では。そういう家計が支えられるんですから。
#100
○会長(清水嘉与子君) 足立さん、よろしいですか。重ねてもしあれば。よろしいですか。
#101
○足立信也君 ありがとうございます。
#102
○参考人(三和清明君) ちょっと発言してよろしいですか。
#103
○会長(清水嘉与子君) はい。それでは、三和参考人、どうぞ。
#104
○参考人(三和清明君) 今の話なんですが、定年退職をいたしました後、一番何が大事かといいますと、やっぱり自分の健康ですね。これがないと絶対駄目ですね。健康でないともう活動できませんから。
 それから二つ目は、やっぱり夫婦仲良くですね。もうこれらがあって、夫婦、奥さんの理解。まあ要するに、奥さんは奥さんで女性の世界があるわけですから、そこへ我々が帰っていくわけですから、邪魔になったらいけませんわね。邪魔と言ったら語弊ありますけれども。そうすると、先ほど平野さんもおっしゃっていますように、男性は自分の生きがい、現役時代のスキルを生かしてやっていくと。それも女性から見たら非常にいいわけですね。そういう意味で、やっぱり私たちの活動、元気な老人の活動というのは、奥様方と仲良くするということから入らないと長続きはできませんと思います。
 えらい変な発言をしまして大変恐縮でございます。
#105
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございます。
 ほかに御発言ございますか。よろしいでしょうか。
#106
○後藤博子君 ちょっとだけ。
#107
○会長(清水嘉与子君) それでは、後藤博子さん。
#108
○後藤博子君 ありがとうございます。国民新党の後藤博子と申します。今日は、ちょっと途中抜けまして大変申し訳ありませんでした。
 今、今日はもう質問をよしておこうと思ったんですけれども、今先生が、三和参考人がおっしゃったように、私たちも、もちろん私たちも団塊の世代でこれからどんどん年を重ねていくわけですけれども、今、男性は老後はどう、まあ老後というか社会からリタイアしたときにどう生きていくべきか、じゃ奥さんはどう生きていくべきか、じゃその子供はどうなのかこうなのかという、こう交互に見ていく要素が多いんですけれども、じゃ家族ということであれば、家族の幸せ指数みたいなものがないんだろうかとずっと思っていまして、それぞれ健康であることはもちろんすばらしい。しかし、健康であっても、先ほどおっしゃったように、家の中がぎくしゃくしていたら何にもならない。じゃ、その一番最小単位である、形成しているこの家族というもの、今すごく、家族の崩壊だとかそのつながりだとか親子の関係とか、兄弟でさえも殺し合うような時代になってまいりました。
 そういうときにそれぞれが、お父さんが幸せ、お母さんが幸せということではなくて、家族がどうあれば幸せかということに視点を置いて、家族の単位で何か物事を考えられるような、家族の今言ったように平和的な指数がどうあれば日本はどういいのかというようなこと、私もなかなか深くまだ研究しておりませんけれども、家族単位で何か一つの幸せのものを達成できるようなことがもうもっともっとこれから逆に必要になってくるんじゃないかと思うんですけれども、十分でないかもしれませんが、その辺についてのお考えはおありになるでしょうか。よろしかったら、三人の先生方にお尋ねしたいんですけれども。
 よろしくお願いいたします。
#109
○会長(清水嘉与子君) それでは、お三人の先生ですね。
#110
○後藤博子君 はい、一言ずつでいいです。
#111
○会長(清水嘉与子君) それでは、いかがでしょうか、まず日野原参考人からでよろしいでしょうか。
#112
○参考人(日野原重明君) 年を取りますと、残るのは女性の方が残るんですよ、男性よりも七、八歳。ですから、女性の方が強いんですね、その生活力は。ですから、私はこの運動には夫婦で一緒に入ってくださいと言うんですが、だんだん健康が悪くなって、積極的にできなくなるのはもう圧倒的に男性が多いんです。それで、そのときに、御婦人は未亡人になると猛烈に元気になって、そうして活躍をされるんで、私は、女性、高齢者になりますと女性の良さが、もう御主人も遠慮なしに本当にやりたいだけやろうというふうな、後、そういう未知の世界が残っているということを、女性は、やはり初めから覚悟した方が私はいいと思いますからね。以上。
#113
○後藤博子君 ありがとうございました。
#114
○会長(清水嘉与子君) それでは、三和参考人、どうぞ。
#115
○参考人(三和清明君) 先生がおっしゃっていましたそのとおりでございまして、家族という意味で考えますと、私自身の実感なんですけれども、一つは女房は理解をしてくれたと。問題は子供ですね。子供がどう理解するかということなんですけど、やっぱりそこに、先ほど平野先生がおっしゃったけど、金銭は余りないわけですね、ボランティアなんかやっていますと。やっぱりそこでは精神的な満足感しか自分はないわけですね。そういう達成感ですね。そうなると、やや宗教的な話、別にそんなつもりはないんですけど、人に喜ばれるという姿をやっぱり見ておるわけですね、子供は。そうすると、もう最初はまあちょっと変な感じをしていましたけど、娘や息子は勤めておりますから、現実としてはそのことがだんだん理解をしてくるわけですね。そうすると、家の中は何か丸く収まるというふうな感じ。最初は教育論になるんでしょうけれども、そういうことをやることが、感謝の心で世の中に少しでも役に立てばという気持ちがその家庭にできれば、そういう家庭がたくさん増えれば世の中はもっと良くなるんじゃないかなと、こんな実感でございます。
#116
○後藤博子君 ありがとうございました。
#117
○会長(清水嘉与子君) それでは、平野参考人、どうぞ。
#118
○参考人(平野茂夫君) 若輩ですから、先生方みたいにうまく、分かりにくいわけですけれども、私はやはり今の御家庭の幸せというふうなことは、それぞれがやはり自由な、束縛から、経済を調えなきゃいかぬというものから、多くの方はそれから解放されるわけですから、それぞれの生き方というものを自由に選ぶということができるとするならば、私はやっぱり御主人は趣味の世界に入るなり、そして働くことが僕の人生であれば、そうしてそれぞれがその間は余り束縛しない、そういうふうなことが大事かなと思うんですね。
 そういうことの中で、私は人間というのは数学、科学技術の世界なんかは一足す一は二なんというふうな法則が決まっておるわけですけれども、人間は、人間の生き方に一足す一は二というのがあるのかな、ないのかな、多様性を追求する余りに、個人というものを追求する余りに、おれはおれ、おまえはおまえというふうなことで、百人おったら百人の生き方があってもいいのかなという、生き方はあってもいいんですけれども、どういうふうな幸せというものを自分がつかみ、それをもって家庭や会社や社会という、そういうところにその生き方をやっぱり醸成するのかなといったときに、やっぱりこの生き方の原則、一足す一は二まではないにしても、夫婦げんかしても夫婦げんかの結局決着の仕方が分からないから離婚をしてしまうというふうな、そういうことの中からすると、やっぱり人間の生き方というのはどういうものであるかということを改めてここで歴史の中から、あるいは日本人が日本人としてここへ、ここまで民族として残ってきた中のずっと教えなんかを見てみますと、例えば論語あり、大学があり、孟子がありなんというふうな、そういうふうな影響を相当受けているというふうなことの中に、日本人というのは、寺子屋で学んだそういうふうなことというのが日本人の、中国からいただいた教えを日本人流にやっぱり消化をして、現在の日本人、例えば武士道とかそういうものに、そして残っているわけですよ。そういうことに我々は特に、高齢者はそこに気付いて、それを単なる宗教だとか精神ではなくて、改めて人間の生き方の、人間の生き方はどういう生き方が大事なのかなということを改めてここで考えていって、夫婦もそういうふうな家庭をつくろうという、ここをやっぱり私はつくる上で、特に六十を過ぎた、そういう人生の学習の中から、それはこうだ、こうではないかと、子供に何を残すのか、孫には何を言うたらいいのかということは、きっとそういう議論の中から気が付くと思うんですね。
 私は、そういうふうな精神作興を大いに、そういうふうなことを考える時間というものを夫婦が自由に生きつつ改めて学習し直すということが家庭にとって、それから会社にも、社会にとっても望ましいのかなと思いますね。
#119
○会長(清水嘉与子君) よろしいでしょうか。
 再度、はい。後藤さん。
#120
○後藤博子君 はい。ありがとうございました。
 今本当に元気な、失礼ですけどお年寄りなんということではなくて、社会にこれだけ影響を及ぼすような六十五歳以上の方々が今のこの社会、日本社会を背負っていると思うんですね。今非常に混沌とした中で、人間関係、先ほど言いましたように、今私たちは六十五歳以上の方々に是非かじを仕切り直しで取っていただいて、この今病んでいる日本を何とか健全な社会へと持っていっていただくためのお力を是非よろしくお願いいたします。
 今日はありがとうございました。
#121
○会長(清水嘉与子君) それでは、坂本由紀子さん、どうぞ。
 どうも失礼しました。じゃ、日野原参考人。
#122
○参考人(日野原重明君) 今の家族のことですね。私は、今度六十を過ぎてから就職をしてやる人も、六十までの日本の社会というのはやはり会社ですね。その職場中心で、家族が一緒に食事ができるようにちゃんと帰れるとか、休暇が取れるということはないわけですよ。もう家族は無視される。これが一番子供の教育には良くないんで、この二人の参考人の方々に、家庭で決まった時間に食事ができるように、残業するとかあるいはどうこうでなくて、そして、やはりパーティーをするときには奥さんも呼ばないと。もう日本は職場です。昼も同じ人、それから何でもパーティーでも同じ人ですね。非常に狭いんです。いろんな人と交わるためには、やはり家族のパーティーが会社でもやって、その奥さん同士が友達になるというふうな、そういう今の若い会社では欠けていることをこの皆さんのことで具現をしていただければ非常にいいと思います。
#123
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 それでは坂本由紀子さん、どうぞ。
#124
○坂本由紀子君 自由民主党、坂本由紀子でございます。
 今日は三人の参考人の皆様に本当に貴重なお話を伺いまして、ありがとうございました。感謝申し上げます。
 日野原先生には、私たち日本人にとって理想の生き方をしていらっしゃるように思いまして、だれもが日野原先生のように本当に長寿で常に新しいことに向かって生き続けられたらいいなと思います。本当にそういう人生ができる秘訣といいましょうか、今日のお話の中にもいろいろございましたが、心掛けておくといいというような御示唆をいただけると有り難いと思います。
 それから、三和参考人にお伺いしたいんですが、このNPOを立ち上げるときに、具体的に最初に声を掛けられた方というのはどういう方たちだったんでしょうか。何か活動を一緒にしておられた方とか、あるいは地域が一緒だった方とか、そのきっかけの最初のところを教えていただきたいのと、何年かやっていかれる間に、その会員の拡大はどういう手だてで拡大の道をつくっておられたのか。こういう活動というのはどこの地域にとっても私は望ましいことだと思うのですが、なかなか、望ましいと思っていても、そう現実に広がっていないのが事実であります。
 具体的に、どうしてうまくいったのか、どういうことで広げられたのか、あるいは、中には苦労されたこともあると思うんですが、どんな御苦労があってそれはどういう形で乗り越えていかれたのか、ちょっと参考になるようなことを教えていただけると有り難いと思います。
 それから、平野参考人には、何歳までも働ける、今度雇用対策法の中で採用について年齢制限をしないというようなことが盛り込まれて国会に提案されることになっておりますが、だれもがエージレスで働けるということはすばらしいことだと思いますので、ただ、利益を上げていかないと会社としては更に雇用を増やすことはできないと思いますが、そういう会社を経営するに当たってどこに一番御苦労されているかという点がありましたら教えていただけたらと思います。
 以上です。
#125
○会長(清水嘉与子君) では、まず日野原参考人にお願いします、生き生き、長生きできる秘訣ということでございますが。日野原参考人、どうぞ、長生きできる秘訣ということで。
#126
○参考人(日野原重明君) やはり五年、十年、十年先のゴールをやっぱりつくらないと。そして、私たちは人間ですからミステークやいろんなことがありますね。そういうふうなものを長生きしないと私たちは補うことができないんですよ。ですから、余生を楽しむよりも、今の中で十分でなかったことを長生きによって私たちは具現をするという、そういう意味で、プロダクティブな考えで生活をすれば私は、終わり良ければすべて良しというシェークスピアの題のように、最後が大切ですね。そういう意味で、十分でなかったら長生きして何か、だから延長戦に持っていきなさいというふうなことなんです。
 先のことをやはりお互いに話すような友達関係が必要、今でなくて、もっと先を。そして、大きなことには一緒に協力しましょうといって良い友達になるという、その良い友達を探すことがやはり生きがいを持ってこれ生きられると思いますし、同時に、子供や孫に上手にタッチをすることですね。ああ、あんなおじいちゃん、おばあちゃんだったら本当にいいなということですからね。
 私は、小学校に行って高い台に足を上げるんですよ。そうすると、おじいさん、おばあさんといったら何歳と言ったら六十三とか七十言うんですよ。私は九十五でしょう。昔ハイジャンプをやっていたでしょう。だから足はずっと上がるんですよ。そうすると子供は、何歳まで生きたいと言うと、百歳、百十歳生きたいと言うんです。やっぱりモデル、それが必要なんですね。そういうようなやはり若い人にも達することが必要です、そうして達成感というのが。
 だから、エスカレーターでも絶対に乗りませんよ。エスカレーターに乗っているジャンパーを着た若い人があれば、それよりも先に行こうとだあっと上がって、そうすると下から静々と上がるとやったなあというような気持ちになるんですよ。すべてのことに対してやっぱりそういう目標を持つことが必要です。
#127
○会長(清水嘉与子君) それでは、三和参考人、どうぞ。
#128
○参考人(三和清明君) ざっくばらんに申し上げてよろしゅうございますか。
 まず一つは、NPOが、活動のきっかけなんですけれども、これは先ほどもちょっと一番初めに申し上げましたが、市の行革の懇談会があったんですね。そのメンバーなんです。私どもあいの会のパンフレットを見ていただきましたら後ろに理事が載っておりますが、その方たちが非常にいい方でございまして、女性もおられて、そこがきっかけになったと。非常にそういう意味では、言葉は悪いですけれども、地元の知名人という感じがありまして、相撲で申し上げますとタニマチというんですかね、そんな感じで、会の信頼度が非常に高まったというのが一つです。
 それから、二番目の会員の拡大でございますが、具体的には何もしておりません。ただ一つだけ、十四年の十月だったと思いますが、堀田力先生に講演会に来ていただきました。このときにたくさんの人が集まりました、結果としては。それで五百何人の大ホールが一杯になりまして、これがきっかけで、ちょうど私がそれを、だれもそれを主催する人がいなかったのでやりました。そのときにどっと地域の女性の方が入ってこられました。これは一つ。それ以外はもうすべて口コミでございます。
 それから、どうしてこうなったかというのは私も分かりません。私が思いますのは、余りこんな言葉は言うたら語弊ありますが、やっていることに私利私欲がなかったことと、それから常に相手の立場に立ってボランティアをしていたと。いわゆる専門語、専門用語で言えばマーケット・インという発想でしょうか。とにかく顧客満足ですね、それに徹したことかなという感じがいたしております。
 苦労していますのは、会員のコミュニケーションなんですね。どうしてもばらつきというんか、いろんな人が出てくるわけですね。それをどうやって前へ進めていくかということですが、これは基本は絶対無理をしないと、一人一人が、時間と体調をですね。そういうものは無理をしないでやってもらうと。依頼が来た、依頼が来たことに対して、いったん受けはったらもう完全に、ドタキャンはせぬといてくださいと。相手に迷惑掛かりますからね。そんなことで、それから、やるときには家族の一員としてやってくださいと。この三つしか言うておりません。
 そういうことで、無理をしないで自然で流れておりますので、一切無理を、押し付けをしておりません。請けでしていますので、そういう意味では口コミが広がっていったんかなというふうな感じがいたします。
 以上でございます。
#129
○会長(清水嘉与子君) それでは、平野参考人、どうぞ。
#130
○参考人(平野茂夫君) お答えします。
 汗の報酬はやっぱり利益なんですね。利益を求めない事業は事業じゃないんですね。やはり工夫をし、努力をして、その成果はやはり利潤という形で会社は手にするわけですね。それがなければ無秩序な集団ですよ。規律のないやっぱり事業といいますか組織ですよね。これは駄目ですよ。マイスター60は利益を徹底的に上げるんです。上げた使い方がこれまでの事業会社と違うということをマイスター60の新しいコンセプトに私はしておるんです。
 親会社が、マイスターエンジニアリングが六十歳定年です。七十歳まで雇用を延長すれば、それで雇用の継続をできるわけですけれども、六十までの方と六十過ぎた方の人生に対する生き方の違いがあるんですね。
 六十までは大いに稼いで、家を建てて、子供を教育して、偉くなってと。しかし、六十を過ぎるころから、そうじゃなくて、僕の人生の、私の人生のある生き方というものを、あきらめじゃなくて達観をするんですね。家が持てなくても、貧乏人でも、こういう言い方は失礼かもしれませんけれども、たとえ貧しくても、お金があっても、六十を過ぎるころから、僕の人生はあきらめじゃなくて達観をするんです。そういうときに精神が昇華過程に入るんですね。
 そういう方々がマイスター60は集まる会社ですから、その方たちが大いに稼ぐんだということであれば、その報酬を大いに上げて、そして皆さんに月給を上げるということですけれども、そうじゃない、一つの句読点を打っていますから、僕は夫婦が健康であればいいという方が、そういう方がだんだん集まってきていますから、そうすると、上げた利潤は、そういうふうにだんだん資産価値を増やしていくんではなくて、あと幾ばくも場合によってはない、早く亡くなる方もおるし、そういう方々の、人生の生き方が違うんですから、その方々が望むことというのは、やっぱり元気で働ければいいんだというふうなことからすれば、そういう世界を広げる。
 ですから、上がった利潤は、先ほど先生からお話がありましたけれども、奥様同伴のパーティーをやっています。奥さん、皆さん来てください、どうぞ来てくださいと。御主人と奥さんと、奥さん同士が話し合って、そういうふうな福利厚生行事に使っておるし、それ以上に使っておるのは、雇用の創出のために営業所をつくっているんです、あちこちあちこち。
 雇用を増やす、上がった利潤で雇用を増やすために使っている、厚生に使っているということで、株主さんに配当を余計にするとか、とかいうことをしない。ですから、ステークホルダーに万般に配分するという、これが普通ですよね、株主にも社会にもと。我々は納税もきちっとしていますよ。していますけれども、主に雇用の創出に上がった利潤、上がった利潤はそこに使っているというところがうちの特徴です。
 ですから、利潤はきちっと上げています。損をする事業はしないように努力しています。
#131
○会長(清水嘉与子君) それでは、最後でよろしいでしょうか。狩野安さん、どうぞ。
#132
○狩野安君 自民党の狩野でございます。
 私は質問ではございませんで、三人の先生方のお話を今日聞かせていただいて、大変私自身が、個人的ですけれども、大変感動を受けました。
 私事ですけれども、私、今年で七十二歳になりますので政界を引退するということでございまして、先ほど、日野原先生のお話じゃありませんが、未亡人は元気で、だんなが亡くなった後はすごい元気が出るって言われましたけれども、私も十五年間元気で未亡人として頑張ってまいりました。
 これから政界を引退して、私自身は言葉の中で、第三の人生をこれから私も歩み始めますということで、形で皆さん方に報告をさせていただいたんですが、私の第三の人生というのは一体どういうふうに過ごしたらいいかなということが私、今一番思い悩んでいたところでしたので、先生方のお話を聞きながら、何となく自分のこれから先十年、二十年、日野原先生のお話ですと二十年、三十年先のことが目にというか思い浮かべというか、考えることができたような気がいたします。本当に私自身すごく目が覚めた気がいたしまして、これから第三の人生をどんなふうに生きようかという、そういう自分の生きざまが分かってきたということで、本当に心から感謝申し上げ、それはもう、本当に質問ではございませんので大変あれですけれども、私自身は今日の三人の先生方のお話を聞いて目が覚めたような思いもいたしますし、今度何か新老人の会というものができたそうでございますので、まだまだ私の年代ではジュニアということですので、いろんなことで私もこれからも頑張っていきたいと思っております。
 本当にありがとうございました。
#133
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 私自身も新老人の会のジュニアの会員の一人でございます。
 質疑も尽きないようでございますけれども、予定の時間もそろそろ参りましたので、以上で参考人に対する質疑を終了させていただきたいと存じます。
 参考人の皆様方、本当に今日は長時間にわたりまして大変貴重な御意見をちょうだいいたしまして、ありがとうございました。たくさんいただきました御示唆、御意見につきまして、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 次回は来る二月十四日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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