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2007/04/25 第166回国会 参議院 参議院会議録情報 第166回国会 少子高齢社会に関する調査会 第4号
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2007/04/25 第166回国会 参議院

参議院会議録情報 第166回国会 少子高齢社会に関する調査会 第4号

#1
第166回国会 少子高齢社会に関する調査会 第4号
平成十九年四月二十五日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         清水嘉与子君
    理 事
                荻原 健司君
                中原  爽君
                足立 信也君
                島田智哉子君
                鰐淵 洋子君
    委 員
                有村 治子君
                岡田  広君
                沓掛 哲男君
                坂本由紀子君
                山崎  力君
                神本美恵子君
                主濱  了君
                林 久美子君
                松下 新平君
                森 ゆうこ君
                蓮   舫君
                小林美恵子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        岩波 成行君
   参考人
       青森市長     佐々木誠造君
       島根大学名誉教
       授        保母 武彦君
       慶應義塾大学総
       合政策学部教授  大江 守之君
       日本女子大学家
       政学部教授    小谷部育子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○少子高齢社会に関する調査
 (「少子高齢社会への対応の在り方について」
 のうち高齢期の住生活環境)
    ─────────────
#2
○会長(清水嘉与子君) ただいまから少子高齢社会に関する調査会を開会いたします。
 少子高齢社会に関する調査のうち、「少子高齢社会への対応の在り方について」を議題とし、高齢期の住生活環境について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、青森市長佐々木誠造さん、島根大学名誉教授保母武彦さん、慶應義塾大学総合政策学部教授大江守之さん、日本女子大学家政学部教授小谷部育子さんに参考人として御出席いただいております。
 この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございました。
 参考人の皆様方から、「少子高齢社会への対応の在り方について」のうち、高齢期の住生活環境について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 まず、議事の進め方でございますけれども、参考人の皆様方からそれぞれ大体十五分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めませんで、自由に質疑を行っていきたいと存じます。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますので、よろしくお願いを申し上げます。
 それでは、佐々木参考人からどうぞよろしくお願いいたします。
#3
○参考人(佐々木誠造君) 私は、御紹介いただきました青森市長をしております佐々木でございます。
 お手元に資料を配付をさせていただいていますが、それに沿ってちょっと御報告をさせていただきます。
 青森市は、まず一昨年の四月に市町村合併で新市になりました。そして、昨年十月に中核市に移行させていただいたところでございます。合併によりまして、人口がおよそ三十二万弱、面積が八百二十四平方キロと大変広い市域をいただいておりますが、その七割強が林野、農地面積でありますので、自然、大変豊かでございます。
 青森市の何としてもの特徴は気象の問題でございまして、雪が非常に多く降ります。県庁所在都市として全国ただ一つの行政区域全域が特別豪雪地帯に指定されているという市であります。それがこれからの話に関連してくるわけであります。
 なお、少子高齢化の現状についてでございますが、平成十七年の国勢調査による高齢化率でありますが、全国平均並みの二〇・四%というふうになっておりますが、ごく最近の住民基本台帳ベースでいきますと、それが既に二一%を突破しておるということで、非常に右肩上がりで高齢化が進みつつある都市であります。また、合計特殊出生率が全国平均並みの一・二五ということで、少子化については恐らく全国平均よりも少子化が少し早めに進行しているのではないかというふうに承知しております。そういう中で、六十五歳以上の単独世帯割合が八・一ということで全国平均よりも高いということと、住宅の空き家率も一二・五と、全国平均よりも高い水準になっておるということでございます。
 こういうことから、青森市における少子高齢化の問題は、社会保障とか福祉政策上の問題だけではなくて、地域の空洞化を進行させる深刻なまちづくりの大きな課題であるというふうに私は思っております。
 そういう中で、次の二ページにございますが、コンパクトシティーの問題であります。
 そういうことからコンパクトシティーという発想を私どもはいたしました。特に豪雪になりますと、積雪による家屋の倒壊が多数発生する、この写真にあるとおりでございますし、また交通渋滞が大発生するということでございます。そんなことから防災上も大きな課題でございます。
 また、除排雪経費も、この運営コストの費用、大変な大きな課題でございます。市街地の拡大が道路管理延長の拡大につながりますので、それによって費用も大変増えていくということであります。ちなみに、現在の私ども除排雪する管理延長は一千三百十九キロということでございまして、これは青森市から岡山までの距離に当たる、これを雪が降ったらすべて空けなくてはいけないということでございまして、今年は暖冬少雪と言われた中でも十一億円を費消しております。ちなみに、昨年は二十三億掛かりましたし、一昨年は三十一億掛からざるを得なかったと、こういったようなことでございます。
 こんなことから毎年の降雪に対応した持続可能なまちづくりを進めていくことが正にコンパクトシティー発想の原点でございます。その目標は、自家用車に依存しない、人と環境に優しい歩いて暮らせる快適なまちづくりを実現する。つまり、高齢化社会に対応したまちづくり、こういうことで私どもは取り組んでいるところでございます。
 コンパクトシティーの都市構造の考え方は、その下の写真にありますように、市街地の拡大に伴う新たな行財政需要を抑制し、併せて既存のストックを有効活用した効率的で効果的な都市整備であると。市街地の周辺に広がる自然、農業環境と調和する、こういうことがその目標の一つであります。
 そういうことから、平成十一年に青森市の都市計画マスタープランを作りまして、雪に強い、また高齢・福祉社会に対応した、また環境調和型の都市で災害に強い都市、効率的で快適な都市というものを掲げて、その方向を定めたところであります。そういうことから、それぞれのエリア特性に応じた土地利用の配置方針を定めて、都市マスタープランを活用させていただいておるところでございます。
 次のテーマは中心市街地の活性化であります。
 このコンパクトシティーの方向性は、今申し上げたように、郊外の自然豊かな環境、これを保全、再生するということと同時に、みんなで利用する中心市街地はしっかりと元気なところにしていこう、こういう二つの方向性を持っているものであります。そして、その中心市街地のいわゆる活性化の問題でございますが、ついこの二月八日に、青森市の中心市街地活性化基本計画が内閣総理大臣から第一号として認定をいただいたということでございました。これは、私どもは平成十年ごろから中心市街地活性化計画を作り、そしてこれまでずっと進めてきたわけでありますが、それを更に内容を付けまして認定をいただいたということでございます。
 青森市の中心市街地というのは港から発した町でありまして、正に都市のかなめ、また青森市の顔ということでございます。本市の発祥の地であります。県庁とか青森駅とか公共施設、中心商店街、これが集積しております。およそ百十六・七ヘクタールということでございます。これは正に、これまでつくられてきた歴史的なストック、あるいはまたインフラストック、あるいはコミュニティーストックというものがありますので、これを活用していくことがコンパクトシティーの大きなかぎであるというふうに考えておりまして、活性化によって目指す中心市街地の姿は、快適な町歩きを楽しむことができる新しい歩行者空間、また回遊動線の整備、交流機能の強化、そして公共交通の利便性の向上や定住人口の増加を図ることで、歩いて暮らすことのできる質の高い生活空間を目指そうとするものであります。一言で言えば、ウオーカブルタウンの創造でございます。
 この中心市街地の活性化基本計画では三つの目標を定めております。町の楽しみづくり、交流まちづくり、町暮らしという方針を掲げて、現在この事業を展開中でございます。
 特に、平成二十二年の東北新幹線青森駅開業、これが控えておりまして、これまで不足しておりました都市観光交流拠点としての文化観光交流施設とか、あるいは青森駅前広場の総合交通ターミナル化とか、あるいはまた新幹線効果を最大限享受できる環境整備と街なか居住推進のための住み替え支援事業など、これを活性化計画の中に盛り込ませていただいているところであります。
 その中心市街地で歩いて快適に暮らせる環境の実現のところについては、その先導的な事業として図書館等の公共施設との複合型商業施設、写真にありますようなアウガ、また四季を通じて快適な歩道環境を整備する冬期バリアフリー計画、中心市街地内の居住、人口増加を促進する街なか居住の推進、こういったようなことの整備に合わせて、医療機関、商業施設、鉄道や路線バスの公共交通機関の充実などの既存社会ストックによって中心市街地は生活に必要な衣食住環境が整って、歩いて快適に暮らすことができる質の高い生活空間へと転換しよう、こういうことで今準備し、また進んでおるところでございます。
 時間があれば、アウガとかそのことについては申し上げる機会があったら報告させていただきます。
 次は、街なか居住の問題に入らせていただきますが、街なか居住は特に青森市の貴重な、環境負荷であります雪への対応がほとんど必要なく、生活に必要な多くの都市機能が今申し上げたように集積しておりますことから、コンパクトシティーの象徴でございます。
 平成十七年には、郊外の老朽化した公営住宅の建て替え事業として、中心市街地に民間事業者による借り上げ型のシルバーハウジング機能付市営住宅を整備をしました。これまでもこの中心市街地の近隣に市営住宅を開発し、三百五十戸ほどの市営住宅を配置をし終わったところでございますが、現在はこの中心市街地に民間の施工のマンションが今林立し始めておるところでございます。平成十九年度まで、この数年間で九百十四戸のマンションが中心市街地に整備されることで今進んでおりまして、既にその八百五十戸ほどはでき上がって生活が始まっておるところでございます。このことによって、商店の様々なイベントと相まって、結果として中心市街地地区の人口が徐々に回復しまして、昭和六十年以前の水準に現在では回復したところでございます。
 ここまで参りまして、今度の、今問題は、これからの問題でございます。街なか住み替え支援事業であります。これは、単独高齢者世帯数あるいは空き家家屋の増加など、少子高齢化の影響での住宅環境変化に対応した住宅施策が必要というふうに考えております。そこで、青森市では、高齢者世帯と子育て世帯との交流によってこれらの課題解決に取り組もうとしておるところであります。
 実は平成十七年度に都市再生モデル調査というものを行わせていただきました。青森市の郊外の戸建て住宅所有者の意識として、将来的に条件が整えば街なかへ転居したいという意識が高い、これは下の図にあるとおりでありますが、しかし転居のための資金難等が大きな課題である、こういうことが調査結果で出ておりまして、具体的に街なかへ転居できる人はなかなかすぐには出てこない。一方、貸家に居住する子育て世帯の約六〇%は現在の住宅より広い住宅に転居したいという意向もお持ちであると。そこで、街なかへ転居したい郊外戸建て住宅所有者、そして広い住宅へ転居したい子育て世帯、このような潜在的需要に対して、さらには中心市街地の活性化と単独高齢世帯・空き家対策として、仮称でありますが、住替えバンクの設置と公営住宅制度等を活用した住み替え支援制度の充実など、これまでに行政ができる住宅施策を再検討し、今年度実験的に住み替え支援を実施しようとしているところでございます。
 この住替えバンクをもう少し具体的に申し上げますと、いわゆる中古住宅の情報ネットワークの整備、それから中古住宅市場の活性化のための支援制度、これを構築しようと。一つは、リフォームに関する相談需要が非常に多く、安心、信頼できる相談窓口が求められていること、それから福祉対応型集合住宅や高齢者向けの賃貸住宅情報のデータバンク機能が必要なこと、それから現在の住宅の処分に関する悩みへの対応ができること、こういったような機能を持つもの、これを住替えバンクとして設置をすべきではないかと、こう考えているところでございます。
 そんなことで、最後のこの写真にありますけれども、これは参考に付けたんでありますが、かつて、昭和三十年代に合併した村落がぐっと取り巻いておりまして、そこにはそこなりのコミュニティーを持たなければいけないということで、そこには市民センターとかあるいは市役所の支所とか置いて、徒歩圏内で生活に必要なサービスを受け取ることができる都市構造を形成してまいったところでありますが、一方で、今申し上げた医療機関、百貨店等の商業施設、また県庁、裁判所、高度な都市機能は中心市街地に集約されておりますので、そういうことを、この都市サービスを受ける場合、郊外部から中心市街地へ路線バスでアクセスできる公共交通体系、これも持っておりますが、そのバスが大変これは今経営に難渋しておりまして、これをこれからどうするかということによってどの地区にいても住みやすい町をつくらなければいけない、これが私どもの大きなテーマであります。
 いずれにしましても、循環、持続、協働、自立というためには、身の丈に合った都市構造を形成することで、市民が安全、安心、快適に歩いて暮らすことができる持続可能なまちづくりを目指したいと考えております。
 その中で三点だけ、私どもはこれをチャレンジする上でどうしてもこれは必要だなと思っている問題点を言わせていただきますと、高齢者、子育て世帯という特定世帯に公的な補助等の支援策、これをやはり持つべきではないかということであります。幸いにして高齢者についてはそれなりのものが準備されておりますけれども、子育て世帯への、いわゆる特定世帯への公的補助等は非常に今盛られておりません。
 それからもう一つは、先ほど申し上げた交通の足の確保、高齢者の交通を確保するための公共交通機関の役割、これが重要でありますので、その運営に関するやはり国の支援が何としても必要になるのではないかと、これが一点です。
 それからもう一つは、空き家等の住宅ストックが増加傾向にある中で、新たな公営住宅に関する支援事業は充実しておりますけれども、空き家等の中古住宅市場を活性化するための支援制度は不十分であります。したがって、街なか居住を促進するためには、住み替えを促進するための既存の住宅ストックの活用制度の構築、また中古の市場を活性化するための情報提供に関する行政の支援、これは欠かせないものでございます。
 特に、今までは子育て世帯に対する優遇措置制度、これは非常に少なかった。これからはあるものを有効に使うということで、いわゆる住宅をリフォームして、それを、郊外の住宅をリフォームしたものを子育て世帯に提供する、こういったような住宅バンクの構想をしておりますので、そのリフォーム助成とかそういったような制度を住宅政策の中でいかに付けるかということが大変大きなテーマだというふうに考えておりまして、そういったようなことができれば、今申し上げたこの循環がうまくいけるんではないかと。
 したがって、高齢者にとっても子育てにとっても、両方にとってメリットがあるというシステムが組めるであろうと、こう考えているところでございます。
 一応私の報告はこれまでとさせていただきます。
#4
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 次に、保母参考人にお願いいたします。保母参考人、どうぞ。
#5
○参考人(保母武彦君) 島根大学の名誉教授の保母でございます。
 私の専攻は地方財政学、そして地域経済論です。主に農村の経済問題を今まで扱ってまいりました。今日、私の方は、高齢期の住生活環境についてという中で、とりわけ農村、中山間地域の問題について陳述するということでございます。
 今、青森市の佐々木市長さんの方から陳述がありましたコンパクトシティー、こういう制度ができないのが農村部の特徴であると。農村部というのはやはり孤立分散という、これは農業、林業等々とのかかわりがありまして、そうならざるを得ない宿命があると。この中でどのようにしていくのかというのが、あるいはどういう問題が出ているのかというのが課題だと思います。
 かつて昭和五十年代のころに過疎対策を行いまして、この中で集落移転を行いました。そのときには通勤農業という形で、住居は役場の近くに置いて、そして通勤をして田畑を管理していくという方法が幾つかのところで取られましたけれども、これについては、例えば水田は朝夕、水見をしなきゃならないし、あるいは畑については収穫も朝早くあるいは夜中にしなきゃならないと、こういうようなところから、なかなか居住地と農地、農業の空間とを分離することが難しいというところから、この集落移転という形ではなかなかできないと、ここのところをどのようにしていくのかということが課題ではないかと思います。
 私の方でお配りしておきました中山間地域における課題というのですけれども、この中でいきますと、事例としては二つここでは挙げました。一つは島根県の旧匹見町、現在益田市に合併しておりますけれども、この地域です。それからもう一つは、これも人口も割と少ない高知県の事例です。
 この旧匹見町、ここはかつて七千人ほどおりましたけれども、人口が今千六百名という、非常に過疎化の典型的な地域だったわけですけれども、それがその後も下がっております。原因としてはいろいろありますけれども、特に、二週間ほど前に現地に行きまして聞いた中では、米価の下落が非常に大きな打撃になっておるということを言っておりました。かつて三十キロぐらいで一万五千円、現在六千円と。農業をやればやるほど赤字になっているという話も出ております。あるいは建設業、これは島根県、一生懸命やってこられたわけですけれども、これが六割方建設業カットという中で仕事がないというような事態になってきております。
 そういう中で、特に私が注目したのは、農村の場合、集落です。集落がどうなっているかということをしっかりと見なきゃなりませんけれども、四十六の行政区があります。そのうちで三十一の行政区、すなわち六七・四%、これが高齢化率が五〇%を超えていると。限界集落という言葉がありますけれども、この町全体が限界町村になっていて、高齢化率が五一・三%という高い状況になっているということです。行政区においては高齢者の割合が一〇〇%というところが三か所ほどあります。
 その中での問題点といたしまして、年金者が年金の収入が非常に低くて、これ自体が問題になっております。隣の旧柿木村にも行きましたけれども、大体、月の収入が四、五万円というのが年金の収入です。そうしますと、これは年間、計算上は多くて八十万円ですけれども、そこまでは行かない、到底、という状況の中で暮らしておりますので、デイサービスも提供しても、特に一年前から月額制になって、そのために利用回数を減らしているというような世帯もあるし、配食・給食サービスですね、これ月二回やっておりますけれども、三百五十円を四百五十円に引き上げて、百円引き上げて、月二回ですよ、であるのに配食サービスの利用をやめた人が十人以上いると。
 こういうこと、こういう実態を見ますと、生活環境という場合に、生活費の必要レベルの確保というのが、これが最低限なされなきゃならない、そういう状況に置かれていると。
 医療、福祉の問題、四番目ですね。
 この問題については、町の中に医院がありますけれども、大体は小一時間掛かる益田市まで出向いていると。そのときに、まあ医療費の負担の問題もありますけれども、ここで書いておきましたような交通費の問題、この問題は非常に大きな問題があって、一番奥地の三葛という地域から行きますと片道が二千円ということですから、これは頻繁な通院はなかなか経済的負担にも大変だと、この辺りの制度をどのようにしていくかということが一つの大きな課題であろうと思います。
 それから、福祉サービスも、これは農村部というのは非常に不効率なところです。ホームヘルパーの方にもヒアリングしましたけれども、片道四十分掛かると。そうすると、一人の介護のために半日は掛かってしまうようなところもある、吹雪があれば行けない、こういうような問題も出ていると。この旧匹見町のところは一つの典型的なところですけれども、そこでは問題は孤独死、今年二件あったと、こういうような状況も出ております。
 次に、高知県のところを一週間ほど前に調べたところですけれども、ここでいきますと、高知県の政策企画部、ここが相当よく調査をしておりまして、その最低レベルの住生活環境としては三つの点が欠かせないというのが調査結果として集約されておりました。
 一つは、生活用水の確保の問題です。それから、二つ目に買物の問題ですね。それから、三つ目に移動手段、交通手段の確保の問題です。
 具体的な例を少し話しておきますと、生活用水の問題では、大体は谷水を引いてくる、それから簡易水道で供給するということですけれども、これもなかなか、雨が降れば濁るという中で、例えば、この2の@の谷水と書いたところで、管理に非常に苦労しておりまして、水源まで歩いて二時間も掛かる家があって、ここでは週に三回も水源管理に行ったこともあると。こういう中では、共同化しないと到底、高齢化したら飲み水も確保できないということが出ております。あるいは、Bのところで、これは水源地から貯水槽まで道役、みんなが出て作業するわけですけれども、これを今、老朽化しておって、これをどう取り替えるかと、地元の負担だけではできないという問題も出ております。このような、一番の最低限のところでいえば飲み水の確保というような問題も深刻な問題としてあると。
 二番目の問題として指摘されていた買物の問題ですけれども、デイサービスに行った帰りに買物をするとか、あるいは、一人の人が買物に行くときに声を掛け合って隣近所のも買ってくると、言い付けという言葉だそうですけれども、こういうのがなされたりしておると。しかし、人口が減ってまいりますと、当然、民間の商店もあるいは農協の移動販売の車もだんだん回数も少なくなるし、そこにおける住民の消費生活の質の低下と、こういう問題が危惧されておるというのが高知の実情でした。
 それから、三つ目のところの移動手段の問題ですけれども、これはかなり深刻な問題で、どのようにその対策をするのかと。具体例はそこに書いておいたとおりですけれども、これについては、今、新型交付税の問題ともかかわりがありまして、普通会計のところでの赤字の問題と、それから病院やそれから交通の特別会計の赤字、これ、ひっくるめてどのように、実質公債費比率の問題が出てまいりますので、そうすると結局は、例えば一八%以下に下げていくとか、この努力をするためには交通を切ったり病院を切ったりしなきゃいかぬと、こういうような問題もあって、この農村部での移動手段をどう確保するのかということはもう少し国会の方で考えられるべきであろうと思います。
 その上で、まあ時間がちょっとありませんけれども、何点かだけ、ポイントだけ申しておきますと、どのように今後やっていくかと。
 たくさんの集落が今消滅の状況にあります。国土交通省の方の調査資料の中でいきますと、約二千六百集落ほどがすぐか、いずれは消滅するということが報告されております。
 この辺りから考えてみると、六点、これ、箇条書的に言って終わりにしますけれども、一つは相互扶助的な地域共同体の整備の問題です。農村共同体がかつてありました。そこをいかに活性化するかというのは、やはり農村部の重要な課題です。行政だけではできない問題をどのようにして地域のネットワークなり連携でやっていくのかと。いい例は高知県の大月町で見てまいりましたけれども、これはそこに専門の職員まで、有給の職員まで配置してしっかり、行政とは別個にやっているようなところもあります。
 二つ目に、集落調査を基に政策を持つことと。この調査が遅れておると思います。ほとんどやられていない。国土交通省の方も数字は出しておりますけれども、実態がどうかという点は、そこまではまだ行ってないんじゃないかと思います。これは、行政の方にやれというのも一つですけれども、こういう参議院の調査会のところで、予算があればそこで独自に調査をすることもいいかもしれません。
 三番目に、既に少人数になった集落についてはその連携をすることと。合併していくとなかなか難しい問題もありますので、緩やかな共同体をつくっていくという方式は一つの方法だろうと思います。
 四番目に、年金制度、先ほど言いましたような、供給をしても、福祉サービス、辞退されるような事態ではどうしようもないわけで、そうしますと、その最低限のところを確保するということが必要か、あるいは、かなり高齢者の方と話し合いまして出てきたのは、一生懸命農産物やその加工をやるんだけど、それ全部税金が掛かる、何とかしてくれというような話もありました。そこで、ここでは高齢者の特別減免措置できないものかということを書いておきました。
 五番目に、先ほどの生活用水、買物、移動手段、この三項目、これが重要であると。その上で、これは前から農村部では出ておりますけれども、地域の商店がなくなるとか、そういうような状況の中では、もう役場で小売からあるいはタクシー機能から持つぐらいの、そんなことも考えてもいいんじゃないかというような話も出ております。全国一律の規則ではこれはもちろんいけない話で、もう少し実態を、先ほど調べろと言ったんですけれども、調べた上で柔軟な対応を考えていったらいいと。
 最後に、六番目に、中山間地域の実態に合わせた財政制度の問題。先ほどこれは言いましたので省略いたしますけれども、やはり赤字でも置かなきゃならない交通だとか病院だとか様々あります。その辺りは公共サービスの必然的な問題として、金の問題で解決できない問題で、いかにして集落移転等できない農村部の現状の、そこでの高齢者の生活権を確保するのかと、これが課題かと思います。
 ちょっと長くなりました。失礼しました。終わります。
#6
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 次に、大江参考人にお願いいたします。大江参考人、どうぞ。
#7
○参考人(大江守之君) 私は、大都市の郊外地域における高齢化問題を中心にお話をいたします。(資料映写)
 最初、ちょっと迂遠な話から始まりますけれども、我が国に限らず近代化を遂げた国というのは人口転換というのを経験しておりまして、多産多死状態から少産少死へという転換をいたしました。それが日本では大体一九二五年から五〇年の間に起きまして、その人口転換が起きた時期といいますのは多産少死といいまして、出生率が、死亡率も、高い時期があるために、この時期に非常に大きな人口がここで生まれるということがありました。それが現在の高齢化問題につながっている。日本はこの人口転換のスピードが非常に速くて、また落差が大きいということを経験したことが現在の高齢化問題にダイレクトにつながっている。つまり、半世紀以上前に起きた人口転換が現在の高齢社会の基にあるということです。ですから、それは避けられない事態であるということです。
 これはよく皆さんごらんになります合計特殊出生率のグラフですけれども、少子化問題というのは、一九八九年の一・五七ショックから今日に至るまでのところを皆さん注目されますけれども、もう一つ大きな出生率の低下がありました。これがちょうどその人口転換終わる時期の状況です。つまり、一九五〇年以前では合計特殊出生率四以上、つまり、簡単に言いますと、当時生まれた平均兄弟数が四人以上であったのが、五〇年代半ば以降は二人になるという、兄弟二人という形になりまして、大きく家族構造が変化するということが起こりました。
 これは二〇〇〇年の人口ピラミッドなんですけれども、人口転換期世代というのはこの二〇〇〇年時点で五十歳から七十五歳になっておりまして、その一番最後に団塊の世代がいるということです。そして、その次のポスト転換期世代は親子、親二人子二人という、まあ大体そういう平均的な家族構成でありましたから、ちょうどこの人口転換期世代と同じようなボリュームで子世代がいるというふうになっています。
 しかし、この人口転換期世代の親世代を見ますと、この三角形の非常に上が小さくなっている。これはもちろん死亡していることによっているんですけれども、子供四人で親二人を支える、つまりその子供の中のだれかが親を支えるという構造であったわけですね。ところが、今高齢期に入りつつあります人口転換期世代は、子供二人が親を支えるということになりまして、これは子供がいろいろ働いてどこか別の場所にいたりとか、特に地方に残った親に関して言いますと、子供が大都市に出てしまうということで、子供が親を支えるということがなかなかできなくなっている。そして、これからこのポスト転換期世代が今親になりつつあるわけですけれども、子供が少ないという、少子化をこの人たちが牽引しているわけですね。そうすると、ここも家族構造が違ってくるという形になります。
 つまり、転換期世代の人たちは、長男が田舎に残って親と同居し、それ以外は都市に出て郊外で核家族を形成したと。つまり、郊外の現在の高齢化問題というのは、この転換期世代が、非常に兄弟数が多い人たちが大量に大都市に移動して、そこで初めて核家族というものをつくって、そして郊外に居住したということに始まりがあるわけです。そして、そこで生まれ育ったポスト転換期世代の人たちは、晩婚化を進めて、今子供を産まないという少子化を推し進めている世代になっているわけです。結果として、転換期世代は高齢期に夫婦とか単独で暮らすという傾向が強まってまいります。
 これが、これ日本全国ですけれども、世帯主が六十五歳以上の世帯が家族類型別にどういうふうに変化していくかということなんですが、夫婦と、子供と、単独が非常に大きく増えていくことが示されています。
 東京圏の方に移りますと、大都市圏の代表として東京圏を取り上げますと、東京圏は現在三千四百五十万人ぐらいの人口がおります、非常に世界で一番大きい都市圏でございます。戦後一九五〇年時点では一千三百万ぐらいしかいなかったのが今は三千五百万人近くいるという、非常に大きな成長を遂げた、急速に人口が増えた大都市でございます。
 その次のグラフはちょっとややこしいので飛ばさせていただきますが、これは非常にいろんな情報が入っている面白いもので、もし時間がありましたら後半で御説明できればと思いますが、ここは飛ばさせていただきます。
 そして、皆さん御承知のように、だんだんと郊外に拡大していくということをたどったわけですけれども、最近の人口の増減を見ますと、九〇年から九五年にかけましてまだ郊外地域で人口の増加があったわけですけれども、九五年から二〇〇〇年になりますと都心部の方に人口増加の大きい地域が寄ってきまして郊外地域の方は減少になっていく。それがさらに二〇〇〇年から二〇〇五年では進むという状況になっています。
 こうした中で、我々の問題意識としては、世代交代をしない地域が出てくるんではないかということ、それはどこにどういうふうに出てくるのかということを明らかにしたいということで、世代間バランス係数という尺度をつくりまして、それで地域を評価しております。
 これは所沢ニュータウンといいまして、大規模な計画開発の戸建てと集合住宅から成る住宅団地でございますけれども、ここの母親世代の方から子供世代の、日本全体と同じように子供を産んだとしたらどれぐらい子供が生まれるかという理論値を計算して実際の子供の数と比較してそのGBIというのを出します。一九八一年時点でまだこの所沢ニュータウンが分譲を開始されたころは〇・八五というふうにほぼ全国レベルに近いという状態でございました。この世代が二〇〇〇年になりましてどうなっているかというと、GBIは〇・五五に下がるという形で、子供世代が出てしまっているということが分かります。
 このGBIという値を用いまして、これ東京圏の、この辺が二十三区でありまして、これ横浜ですね、四十キロ圏ぐらいまでのところを取り出してありますけれども、この今青く塗ってあるところが世代間のバランスが崩れているところですね、子世代が出てしまって高齢者が残っていると、そういう状況が示されているところです。そういうところは、これは国勢調査で、通勤の交通手段としてバスを利用している割合でもって示しているんですけれども、やっぱりバス利用率が高いところほど世代間バランスが崩れる傾向があるということが見て取れます。
 そして、今の所沢ニュータウンなんですけれども、空中写真で見ますとこんな状況がございまして、ここがニュータウンの範囲でございますけれども、そこのGBIを計算しますとやはり〇・六とか〇・七とかというところです。しかし、その周辺のスプロール市街地の方に行きますと一を超えているというふうに、新しい世代が入ってきているということが分かります。
 こういった分析に基づきますと、大都市郊外というのはこんなふうに整理できるんではないかと思います。
 郊外の第一世代が高齢化し、世帯の小規模化を経験しつつあると。そして、郊外第二世代は、非婚化、晩婚化、少産化、共働き等の属性によって郊外を選択しない割合が増えている。計画開発地かつアクセスの悪い場所で集中的な高齢化と世代交代の停滞が顕在化しつつある。そして、子供の少ない地域は、子育て世代が更にそこを選択しないという形で負のスパイラルが発生するおそれがある。つまり、高齢化がどんどん進み、そしてそのまま、世代交代できないままに停滞していくというおそれが出てきているわけです。
 そうした状況に対してどのような対応策があるかということで、これは本当に萌芽的なものなんですけれども、二つ御紹介します。
 一つは、高齢者グループリビングといいまして、西條さんという藤沢に長くお住まいの現在七十七歳の方がNPO法人COCO湘南というのをつくられて、COCO湘南台、COCOありま、COCOたかくらと、三つの今グループリビングをつくっています。
 グループリビングは、高齢者の住まいの中で支援型の住まい方というふうに考えることができます。それは、高齢者住宅でもない、高齢者施設でもなくて、高齢者の居住ユニットを持ち、そして共同生活空間を持つんですけれども、そこを施設的に施設管理者が管理するのではなくて、コミュニティーの中から食事を作る人や生活支援をしてくれる人のサービスを購入して、そして生活を成り立たせるという、そういう形の地域支援を掘り起こして生活していくという、そういうスタイルです。ですから、これは、単に高齢者が安心して暮らせるということだけではなくて、地域の中の新たな社会資源の発掘と育成ということを同時に達成する、そういうモデルでございます。
 今この仕組みは、西條さんたちの先駆的な活動が認められて、日本自転車振興会の補助制度になっていて、毎年四件程度のグループリビングが全国にできつつあります。この写真はその二号目のCOCOありまというところなんですけれども、こんなことでございます。最後のところは、これはクリスマス会で、地域の人たちが集まってクリスマスをやって楽しんでいるというところですね。
 それから、最後のところですけれども、コミュニティーの拠点づくりということで、これは横浜市の戸塚区にございますドリームハイツという約二千三百戸の分譲の集合住宅の団地でございます。
 一九七〇年代の初頭に開発されまして、空中写真で見るとこんな状況なんですけれども、このスライドにありますように、一番その左の一九八〇年ごろは親と子供から成る本当に核家族がたくさん住んでいるという状況が見て取れますけれども、だんだんと子供たちが独立して出ていって高齢者だけが残る傾向にあります。最初、高齢者の割合というのは本当に数%しかなかったんですけれども、二〇一五年には五〇%ぐらいになってしまうんではないかという推計も考えられると、そういう推計を出しております。
 ここは、元々、非常に立地条件の悪いところであったために、幼稚園とか保育園も十分にございませんで、そこに住み始めたお母さんたちが自主保育のグループをつくって活動していたんですね。そういうつながりをベースにしながら、一九九〇年代になってからドリーム地域給食の会という配食サービスの活動を立ち上げ、それからふれあいドリームという現在NPOになっていて介護保険事業者になっていますけれども、そういった活動が始まり、それから高齢者サロンとしていこいの家夢ーみんという、このマンションの一住戸を買い取って、有志でですね、そして今NPOになって高齢者サロンを運営しているという形の活動がありました。
 そして、二〇〇五年から、この人たちが集まって、ふらっとステーション・ドリームという町のつながりをつくる拠点を今つくりつつあります。これは横浜市の協働の推進のモデル事業にも選ばれておりまして、中田市長も先日いらして、こういった活動をもっと積極的に横浜市全体に展開していきたいというふうにおっしゃっています。中身としては、サロンとしていつでもふらっと寄れるカフェがあって、お茶とかそれからお昼御飯を出しています。
 それから、カレッジの活動として、主に介護予防に関するいろんな知識とか体験ができる、そういうプログラムをつくって活動しています。
 三番目に、情報・相談センターということで、いろんな困り事をここで相談できると、そういう機能を持っています。
 そして四番目に、ここで演奏会をやったり、あるいは小箱ショップの中で自分たちで作ったものを売ったり、それから壁を使ってギャラリーとして使ったりということで自己実現をそれぞれしながら楽しもうという、そういう活動を支援していこうということでやっています。
 ここも、やはり地域における社会資源を掘り出して、そしてつながりを付けていくという場でやっておりまして、それが今少しずつ実現しつつある。
 こういった活動を衰退しつつある郊外地域においてもこれから進めていくことによって、単に高齢化し若い人がいなくなるからといってそれでその地域が弱ってしまうんだということでなくて、そこをもう一度自分たちの力でつくり変えていこうと、そういう活動でありまして、こういったことを郊外地域の心ある人たちがここで学びながら自分たちのところでも試していく、そういう地域社会をつくっていけたらいいのではないかというふうに考えております。
 以上です。
#8
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 次に、小谷部参考人にお願いいたします。小谷部参考人、どうぞ。
#9
○参考人(小谷部育子君) 日本女子大学の小谷部でございます。よろしくお願いいたします。(資料映写)
 少子高齢社会の住環境の問題というのは、高齢期をどう生きるかということだけではなくて、次世代を担う子供たちがいかに健全に社会的発達を遂げ、正に今、少子化の問題をどうするかということにつながるというふうに思います。
 という視点から私は、高齢者の住宅というよりは、ここにありますように共生型集住といったらいいかと思いますが、コレクティブハウジングという、これは一つのライフスタイルの選択でもあるわけですが、住まいあるいは住まいづくりについて今日は御紹介したいというふうに思います。
 既にテレビだとか新聞などメディアを通して、コレクティブハウジングというそういう言葉は皆さんもう御承知だとは思うのですが、コレクティブハウスという言葉が最初に使われたといいますか、その始まりをちょっと御紹介したいと思うんですが、アルバ・ミュルダール、ここにはスウェーデンの社会学者と書いてありますが、それよりも国際的な政治家、一九五五年にはユネスコの社会学の分野のチェアマンも務めまして、一九八二年にはノーベル賞をいただいた女性の社会学者でありますので、そちらの方を皆さん御存じだと思いますが、彼女が一九三二年に、コレクティブハウスは将来三つに大別される住宅タイプの一つになるだろうということを言いました。
 既にそのころスウェーデンは核家族が進み、今後更に核家族化、少子化、それが進んでいく。そういう中で、コレクティブハウスというのは、一つは家族用の一戸建て住宅、それから単身だったり家族用だったりするわけですが、日本では法律用語で共同住宅というふうに使っておりますが、要するに縦横に集約して都市的なところで集合住宅というふうに言っておりますが、そういうものと、もう一つ住宅のタイプとしてもちろんコレクティブハウジングというものが将来必要になっていくだろうというようなことを言いました。
 そのころの考え方としましては、保育だとか食事その他家事の共同化の仕組みを取り込んだ住宅のタイプなんですが、外で働きたいあるいは働かなければならない女性を家事から解放する、そして家族が小規模化し孤立化していく状況の中で子供たちに社会的に望ましい住環境を与えられるというような考え方で、コレクティブハウスは子供と家族の問題を解決するというようなことを言っております。
 そして、一九三五年にスウェーデンの、そこでは第一号と言われるこんなような集合住宅が造られるわけですが、上階はこんなような小さなミニキッチンもありバスルームもあり、比較的小規模な一人用あるいはファミリー用の住宅なんですが、一階にレストランがあり、中央キッチンがあり、保育所を併設し、あるいはその当時、ミルクハウスとか外部からも使えるような、そういう家事サービスを取り込んだような集合住宅が造られるわけです。
 一九三五年というとこのころなんですが、その当時は、既に十九世紀の終わりからアメリカでは、新しい保育の考え方、あるいは働く女性の家事からの解放というようなことで、新しい型のアパートメントホテルなどが出てきました。それとか、二十世紀の初め、ヨーロッパの機能主義建築思想だとかフェミニズム運動だとか、そういうものに影響された形で今のようなコレクティブハウジングができてくるわけなんですが、その後、その考え方は、そういう住宅がたくさんできてきたということよりも、一九六〇年代、七〇年代、世界的に都市化の中で郊外に大規模なニュータウンが造られていきます。その中に、タウンセンターの中にいろいろ家事サービスを中心的に入れていく、そういうものとも関係しているわけです。
 そういう流れが、一九六九年を始めとしまして世界的に学生を中心とした社会改革運動があるのですが、その辺の影響などもありまして、一九七〇年以降、これからお話しする現代的な形のコレクティブハウジングに転換していくわけです。郊外に非常に大量に画一的な集合住宅が造られていくわけなんですが、その中でバンダリズムの問題だとかいろいろ引き起こしました。居住者の公的住宅へのもっと民主的な参加が必要ではないか。それから、仕事と子育て、それから生活文化の継承と創造、環境共生、そういう視点から、一九三〇年、四〇年代、五〇年代に造られたコレクティブハウス、クラシックな形のコレクティブハウスは、むしろ家事サービスですね、そういうものを取り込んだ集合住宅だったわけなんですが、そうではなくて、もっと、食べること、あるいは子育て、自分たちの親たちがつくってきた生活文化、そういうものを自分たちで継承していく必要があるんだと。
 居住者によって様々な集合的に問題を解決を目指す居住運動、そういうものの中から、BiGでありますが、これはコミュニティーに住むといいますが、現代のコレクティブハウジングに移行していくわけです。小さな、二十から五十戸ぐらいで、そして居住者自らがいろいろなコモンスペースの掃除だとかそういうものを担っていく、自分たちで自主運営、そして多世代の様々な居住者がいる、そういうコレクティブハウジングが公的な形で供給されるべきだと、そういうような運動から現代に至っているわけです。要約しますと、集まって住むことのメリットを最大限に生かした暮らしのスタイルと住まいづくりと言うことができます。
 暮らしの理念、住まい方、住宅類型、そういうものについてちょっと分かりやすく御説明しますと、それぞれ自分らしく生きるために、高齢期であっても、あるいは働きながら子育てをする人でも、自分らしく生きるために、ともに住む、ともに生きる、ともにつくるというそういう考え方で、住まい方としては、ですから現代的な個人の自立とか自由、そういうものを前提にしながら生活の一部を共同化する、あるいはそのための生活空間の一部を共用化する、そういう住まい方であって、そのための住宅の類型としましては、プライバシーが確保された独立した住戸、一人用であれ家族用であれ、そういうものがまずあること、それを前提として、日常生活の自分の住戸の一部として、その延長としての共用空間、そういうものが組み込まれた住まいの形、そこがいわゆる私たちが考える一般集合住宅と違った住宅の形を持っているということを御理解いただけると思います。
 そして、居住者が主体的につくり、またはぐくんでいく、そこには自立、共助、そういうものがある住コミュニティーというふうに言えると思います。
 海外では、特に一九七〇年以降、いろいろ呼ばれ方は違いますが、こんなような住宅がいろいろ展開をしております。今日は時間がありませんので御紹介いたしませんが。
 次のこれもちょっと細かいので今日は省略させていただきますが、いろいろな供給主体、あるいは立地と集合形態、あるいは新築か増改築かコンバージョンかというようなそういう建築の種別、あるいは規模、それから運営モデル、いろんな視点から様々な形で展開しているということだけをここでは御説明しておきたいと思います。
 そして、日本ではこのような考え方の住まいが、一九九五年の阪神・淡路大震災の後、被災者の仮設住宅は正に超高齢社会の縮図であったわけですね、そして、そういう方たちがすべてを失い、コミュニティーを失い家族を失い、そういう中でいかに生活再建をしていくかという中でこのコレクティブハウジングの考え方が取り入れられて、国のシルバーハウジングというそういうプログラムの中にコレクティブ住宅の考え方を入れたものが十プロジェクト、三百四十一戸全部で供給されていきます。
 十年以上たちまして、これも是非その検証がありますので見ていただきたいんですが、公営住宅モデルと言えるんですが、実は高齢者だけではとてもコミュニティーは形成するのは難しい、みんなで年を取っていきますから大変難しい問題を今抱えています。大変やっぱり持続的な福祉的支援システム、そういうものを組み込んでいく必要があると思います。
 そして、今日御紹介したいのは、二〇〇三年に入居があって、もう三年目を超え四年目になるんですが、日本での本格的な民間の多世代の賃貸住宅モデルができていますので、その暮らしぶりをちょっと見ていただきたいと思います。
 ちょっと時間がありませんので、ここを飛ばしますね。
 これは日暮里なのですが、こういう大きな規模の複合住宅のこの二、三階にあるのですが、一階にはレストランだとか保育園だとか地域に開かれた診療所、そういうものが入っております。それから、四階から上が高齢者用の住宅です。介護型の高齢者用住宅、それからまだまだ元気な高齢者住宅。しかしながら、四階から上は有料老人ホームのシステムを持った高齢者住宅。それの二、三階に多世代型の一般賃貸住宅としてのコレクティブハウスが入っております。
 かんかん森という、そういう名称なのですが、この二、三階で、一階からエレベーターでも行けるのですが、独立したエントランスを持っています。
 二階へ入りますと、ワンルームから二DKクラスの、二十五平米から六十五平米ぐらいの様々なタイプの住宅と、百六十平米ぐらいあるのですが、コモンスペース、この赤い部分がコモンスペースです、コモンダイニングあるいはリビング、それからコモンキッチン、それからランドリーがここにございます。
 それから、三階は、ここの森の風という居住者の組合なんですが、そのオフィス、それから、今ここはゲストルームになっておりますが、そんなようなコモンスペースが入っております。
 コモンダイニング。写真をちょっと見ていきたいと思います。
 コモンミール。今一週間に三回コモンミールを、夕食ですね、やっております。
 これがコモンキッチンですね。
 コモンダイニングはこんなふうにいろいろな目的に使われておりますが、たまたまこれはスウェーデンでコレクティブハウジングに住んでいたり活動している方たちがいらっしゃったときに、ここでミーティングをしています。
 リビングコーナー。みんなで何かいても、あるいはこんな一人でいても気持ちのいいリビングコーナーを持ったコモンスペースです。
 これはアウトドアのコモンデッキ。たまにはこんなような外でのパーティーをやったり、それからデッキも、これも自分たちでもってコンクリートの床に、こんな庭づくりを居住者たちが自分たちの手でやったものです。
 これはランドリーですね。ここで子供の、すぐそばにキッズコーナーなどもありまして、子供が遊んでいるのを見ながらランドリーで家事ができる。この向こうに見えておりますのがコモンダイニング、その入口です。
 それから、工作テラスというものを持っていまして、これも外部なんですが、大きな屋根が張り出ていますので雨の日でも使えるんですが、日常的な家具の修理だとか、新しいものをみんなで作ろうとか、そんなことができる。とても個人の住宅では持てないようなこういうコモンスペースが充実して、そして自分たちでマネジメントしているわけですね。
 菜園テラス。季節によっていろいろ、野菜だとかあるいは果物などを育てています。
 これはゲストルームの一つです。これも後でSOHO的に使うつもりのところをゲストルームに自分たちでリフォームをしたと。
 たまたまこれは比較的小さいワンルームの個人の住宅ですが、ここでは子供、二人目の子供を産みまして、ワンルームで非常にうまく使っています。
 このコモンスペース、百六十平米あるんですが、どんな仕組みで生み出したかといいますと、これは賃貸住宅なんですが、各住戸の家賃の中の一三%分がコモンスペースにあるというような、そういう仕組みでこのコモンスペースが生み出されています。
 そして、森の風というこの居住者組合なんですが、こんなような仕組みをつくりまして、毎月の定例のミーティング、年間の総会、そんなことをやりながら進めています。
 二〇〇六年度、現在の活動グループが十五ぐらいあるわけなんですが、一つ以上自分の関心のあるそういうグループに入ってここの生活運営をしていこうと。
 こういう掲示板、重要なわけですね。
 ちょっと時間が過ぎてしまいましたが、最後に、こういう居住者が自ら自分たちの住環境を気持ちよくしていくために、そういうところに価値を置く人を私はコレクティブ人と呼んでいるんですが、こういう人の存在、それからそれにふさわしいコレクティブハウスという物理的環境の設計、計画、そして持続可能な管理運営、これをコレクティブ運営と言えば、そういうものがこういうコレクティブハウスを成立させているものです。そして、住んでいる人の個人の生活の質、あるいは生活の可能性、それを広げるだけではなく、私は、地域の今ある安全とか安心あるいは環境共生、そして防災、減災、そういう点で、これは個人の住宅ではあっても大変社会的に意味のある地域のストックだというふうに私は考えております。
 こういう住宅を成立させるための事業主体の存在、それから専門家の存在、そこに是非私は住宅、福祉、まちづくりの総合的政策・行政の支援、そういうものがこれから必要になってくるというふうに考えております。
 少し長くなりましたが、これで終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#10
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑者及び各参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようにお願いいたします。
 また、多くの方が御発言できますように、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきます。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかをお述べいただきたいと存じます。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#11
○小林美恵子君 日本共産党の小林美恵子でございます。今日は参考人の皆さん、本当にありがとうございました。
 私は、まず青森市長にお伺いをします。
 先ほど、公共交通の経営が厳しいというお話がございました。私もバリアフリーの関係でお話をする機会があったんですけれども、そのときに地方の方がおられまして、私、住まいは大阪なので、地方の方がおられまして、バリアフリーと言うてくれるけれども、そのバリアフリーすべき鉄道とかそれからバスが次々と廃止されたり撤退していくと。これではもうバリアフリーにするものがないというお話の指摘が大変もっともだなというふうに感じまして、市長もそういう点で経営が厳しいというお話がありましたけれども、改めて、公共交通は非常に大事ですので、それを安定的に維持していくために市長としてはどういうことを例えば国とかに求められるかどうか、これが一点です。
 あと次は、続けて質問させていただきますけれども、保母参考人にお伺いをしたいというふうに思います。
 先ほど随分島根県とかそれから高知県の地域の話で紹介をしていただきましたけれども、限界集落地域と言われているところが大変深刻になってきているという状況でございますけれども、元々、保母参考人の九九年四月の地方議会に出されました論文を少し拝見する機会があったんですけれども、それを拝見しますと、例えばそのとき、時の政府が企業誘致政策とかリゾート開発などを進められてきまして、地域の再生どころか巨額の債務が残って、集落の消滅予測の事態が起こっているというふうに既に指摘をされておられました。それが結局、今日も困難にしてきているんじゃないかという私は思いがあるんですけれども、こういうふうにいわゆる地方の地域を困難にしてきたそもそもの背景はどこにあるのかという点をどのようにごらんになっているかということと、もう一つは、それを打開して本当に高齢者の皆さんが地域や農村で生き生きとして生活なさるために決め手となるものは何なのかという点を御示唆していただきたいなというふうに思っております。
 もう一点だけですけれども、これは保母参考人にお伺いしますけれども、保母参考人は一つの地域の活性化の決め手に福祉の経済効果というのも言われていたことがあったかと思います。その点も含めて教えていただければと思います。
#12
○会長(清水嘉与子君) それでは、佐々木参考人からどうぞ。
#13
○参考人(佐々木誠造君) 小林委員からのお尋ねですが、私どもは実は市営バスを所有しております。したがって、正に公営なんですね。これがかなり、今から四十年ぐらい前は年間三千万人ぐらい乗っていただく市民の足としてこれは利益を上げて一般会計に繰り入れしていた時期もあったんですね。ところが、マイカーの普及でどんどんどんどんマイカーに移って、今はその当時の、そうですね、三割ぐらいしか乗っていただけないということになりました。
 ところが、マイカーを持っている方はそれでいいんですけれども、高齢者の方でマイカーを持てない人、これはこれでは大変困るわけですね。そういう人方がいるところは、どっちかというと過疎路線なんですよ。ですから、そういう意味では、過疎路線対策ということで民営のバスには何がしかの援助をするという方法で維持をしてもらっているようですけど、公営については全くそれはございません。したがって、労働組合とのいろんな厳しい交渉の中で組合も非常に協力していただいて、いろんな合理化策をやって、精一杯やっていまして、おかげさまで今、青森市営バスについては単年度でどうやらとんとんというところまではこぎ着けたんですけれども、これ以上好転するという材料は一つもございません。
 したがって、これをこれ以上継続して維持していくためには、何らかのそこに手当てをしないと結局維持していけない。こういう状況に直面しておりますので、したがって、そういう公営交通に対しての何かの維持していくための手だてというものがないものかということを私どもは一生懸命今要求しているさなかにございます。
#14
○会長(清水嘉与子君) それでは、保母参考人、どうぞ。
#15
○参考人(保母武彦君) 保母です。二点プラス一ですか、質問がございました点についてですけれども、一つは集落がこのようになってきた背景の問題です。
 これについては、特に農村の非常に困難な状況、人口減少地域のところ、過疎地域ですね、ここに対する対策が昭和四十五年から行われました。先ほど匹見町の例を言いましたけれども、ここの大谷町長は過疎町長として非常に有名な方でして、今九十三歳でまだ御健在なんですけれども、是非参考人に呼んでくださいという話ではないんですけれども、その方がこの国会でも参考人として話されたりという形でこれは過疎対策がつくられていった地域です、この地域はね。
 そのころ既に大幅に減少しておりまして、私たち、今から三十年近く前からこの農村問題を調査していまして、過疎対策がもう始まったときには手遅れではなかったかという当時から見解を持っておりました。実際に、いったん下り坂になって底まで行きますとなかなか戻らないと、戻るのが難しいという条件があるんですね。過疎対策が遅過ぎたというのが一つの問題と、今、正直なところ、こういう過疎地域、私がここへ出てきて質問してはいけないんですけれども、国の政治の中でこういう地域はどのように位置付けされているのか。様々な過疎対策はあるでしょうけれども、恐らく、正直言って蚊帳の外に置かれてきたんじゃないかという感じが地方におるといたします。
 これはなぜかというと、これは農村というのはやはり食料生産で重要な地域でもあるわけですけれども、ただ日本の食料供給の問題でいきますと、外国から食料を買ってくればいいということも供給の手段の一つとしてあります。そのために、国内で大量の補助金あるいはその他を使って国内生産をしなくてもいいんじゃないかという考えがあるのかもしれません。そのために、こういう集落あるいは農村地帯についての十分な位置付けがなされていないんじゃないだろうかと、いろいろ見る限りでは私はそういうふうには思っております。それが一つの点です。
 したがって、政治の中でこういう地域を今後どうするのか。そこに人が住んでいるから最後までまあ何とか見てやろうという話なのか、あくまで今後の国土計画の中で農村地域は重要だと位置付けるのか。それを明確にするのが国会の重要な役割だろうというふうに思います。それが一つの点と、今後の打開策、決め手、これは非常に難しいと思います。あえて言っておけば、農村をどう位置付けるかということを是非真っ正面から議論していただきたいと思います。
 これは、九州の宮崎県の寒川という集落が、それが消滅していった記録が農文協という出版社の「ふるさとを忘れた都市への手紙」という本の中で出ておりますけれども、これを同時にNHKの福岡が放映しておりまして、それを私、かつてもらったことがあるんですけれども。
 その中で、諸塚村、東諸塚村、どちらでしたかね、その村長さんが言っておりましたけれども、山の中に一軒の家があって、そこはおばあさんから孫までいるわけですよね。その家に道路を引くために一億円掛かったと。それを村としてはやったけれども、そういうことを国は望んでいるのか望んでいないのか、これをはっきりさせろと、村長だから私はやったんだけれどもという話があるんですよね。それからもう十年以上、もっとたっておりますか、二十年。まだそこらがはっきりしていないということを地方におっては思います。
 それからもう一つ、今回いろいろ、この住生活環境の問題で聞いてきた中では、農村を生産の場として国は位置付けてきたであろうと、食料でありあるいは林産物であり、しかし生活の場としてどう位置付けるかと、この観点で一回農村を見直す必要があるという話を役場といいましょうか支所の方が言っておりました。これも伝えておきます。
 以上です。
 もう一つありましたね、福祉の経済効果。
 これは、公共事業の様々な問題の中でシミュレーションされたのがありまして、どれが一番効果的かという問題で、日本全国から見たら、公共事業、様々違いはないかもしれません。
 地方の一定の限られた地域経済に対する効果となりますと、巨大なダムだとか、あるいは私が島根県におって、これは今やめになりましたけれども、例えば中海・宍道湖のあの淡水化事業ですね。水門を造るだけで百億円。今はもうあれやめましたので、撤去にまた百億円掛けています。そうすると、これは経済効果が高いといえば高いですけれども。ただ、建設などは石川島播磨重工ですから、地元には金落ちません、巨大なのは。
 そうではなしに、もう少し、高齢者などあるいは子供たちが暮らす生活圏というのは非常に狭いですので、その中での環境整備などは地元の土建業者がやれますし建設業者ができますという点では地元にお金が落ちますし、それがまた商業に回ってという循環をしますので、そういった点での、先ほどの経済効果という場合には、日本全体の中ではどうかという問題と、同時にもう一つは、そこでの町なり村の中でどうかと、この両方があって、その町村のところでいえば小さい方が確かに小さな建設会社等もそれを受けることができるというようなことはあるかと思います。
 以上です。
#16
○会長(清水嘉与子君) 小林さん、よろしいですか。
 ほかにいかがでしょうか。
 有村治子さん。
#17
○有村治子君 今日は貴重な御意見をありがとうございます。主に小谷部先生にお伺いしたいのですが、それ以外の先生も、もしこれはということがあれば是非お教えいただきたいと思います。
 コレクティブハウスについてお伺いをしたいんですけれども、大変に面白い先駆的なお話も伺って触発されるのですが、今、私も選挙区である全国を回っていると御指摘を受けるものの一つに、例えば給食費未納問題とかというものがありまして、確信犯的なフリーライダーですね、経済学的に言う。
 携帯電話の料金は払わないと差止めがされるからそれは払う、車のローンや住宅のローンは払うんだけれども、子供の給食費は別に払わなくても差止めされないからいいじゃないという方々が出てきている。給食費未納の中の六割以上が経済的に払えるけれども払わない人たちだということが調査でも出てくる中で、そのようなことに何とかしてほしいという御意見もあります。
 それを御紹介すると、うんうん我が町にもそういう人、本当に私の隣にいるというふうな、そんな御意見も出てきている中で、経済的に払えない方にはしっかりとそのような安全網をつくるということは私は大事なことだと思うんですが、いわゆる確信犯的なフリーライダーということをどうやって少なくしていくかということを考えないと、額に汗をしてまじめに納税したりあるいは給食費を納めている人に対してフェアじゃないなという思いもあります。
 その中では、そのコレクティブハウジングの中で、もちろん自分の個人住宅の住まいの部分は皆様が責任を持たれると思うのですが、その公共の居住部分のリビングなどで、もちろん最初は皆さんそれぞれ頑張ろうと言われて、自分でできる能力の差があるのはもちろん当然なんですけれども、そこに、私はこんなにやっているのにこの人はやっていないとかというようなことは、恐らく時間の経過とともに顕在化してくると思うんですね。そういう方々に対してはどういうふうに対応していくとそれこそ持続可能なコミュニティーができているのか、その具体的なノウハウとかがあれば教えていただきたいなというふうに思います。
 もう一点は保母先生にお伺いしたいんですけれども、やはりもう少し福祉という意味では、高齢者に対してもそうだけれども、これからの子育て世代にという話もありました。私も同じような思いを持っているんですけれども、先生のように農村ということの経済を考えられた方からそういう御意見を伺って大変興味深かったんですが、じゃ、どこにお金を落としていけば、どこに思いを尽くしていけばその世代にしっかりと目に見える効果というか、手が打てていると彼らが感じてくれるようなものになっていくのか、その分野とかアプローチということを教えていただけたら有り難いなというふうに思います。
 以上二点です。
#18
○会長(清水嘉与子君) それでは、小谷部参考人からどうぞ。
#19
○参考人(小谷部育子君) 先ほどちょっと申し上げなかったんですが、今、その事例のかんかん森には、八十代の方が二人、六十代が八人、五十代八人、四十代三人、三十代五人、二十代十人、十代、十代未満ですね、ほとんど生まれたばかりというのも含めまして五人、四十一名。実際には二十八住戸なんですが、ちょっと空き家がまだ今のところ二つぐらいありそうなんですが、四十一人住んでいますが、大変幅の広い多世代なんですね。
 そして、入居三年たちまして、私どもの方も、入居時、それから二年目、三年目、丸三年たってと、いわゆるPOEという、どういうふうにその実態が、運営、それから認識ですね、入居者の、それを調査したりという、そういうことをやっておりますが、やはり自分の住戸、家賃の分の一三%を共有部分にやると、自分の住戸が四十平米でも二百平米が自分の個人の私的な生活の延長でもあるという、そういう考え方です。
 ですから、いかにそこのところを、みんなで何かをやるというためだけではなくて、それぞれがそれぞれの目的で個人的にも使いながらも、気持ちよく共用スペースを維持していくということは、これは一番本当に重要なことなんですね。
 そこで、二つ義務的な、彼らが決めたことがあります。今、一週間三回の夕食を五週間ぐらいで、一か月に一度は担おうという、料理を作ることですね、片付けたり、コモン。一週間三回の夕食、共同化やっているんですが、それを担うのは、作ったり片付けたりするのを一か月に一度は担いましょうということが一つ。それから、共用部分のお掃除、それをやはり一か月に一度ぐらい分担が回ってくる。その二つについては義務的なことですと、ここの暮らしでは。
 あとは、たくさんいろんな活動グループがありますが、それは自分の関心のある、庭づくりとかインテリアの整備とか、あるいは図書コーナーの整備とか、自分の関心のあることをやるということになっています。
 それで、三年目の調査を見ますと、やはり彼らが非常に満足しているのは、一つはコモンミールがあるということ、一週間に三回でも夕食がある。子育て期の人はやはり非常に助かる、家事の合理化ということもあって。高齢者の方は、おいしいと言ってもらえる、大変生きがいみたいなものにもなっているという意味で、大変そういう暮らしの価値みたいなものを彼らがやっぱり認識しているわけですね。
 そういうところで、だれがコモンスペースをだれよりも使っている、自分は余り忙しいから使えないからその部分の共益費的なものを問題だという問題は今のところ出ていません。
 ただ、やっぱり高齢期になってきまして、みんなと同じようにそれが担えなくなってくる、ちょっとしんどいということがやはり意見として出てきます。ですから、今後やはり問題が出てくるだろうというふうに思います。
 最初の御質問、よろしいでしょうか。やはり生活の価値、自分自身にとってのそこに暮らすことの価値をもっと感じられる、そのためには、担うというか、あるいはそれは経済的に負担する、そういうことも共用化されている、共有化されているということが大枠にあります。
#20
○会長(清水嘉与子君) それでは、保母参考人、どうぞ。
#21
○参考人(保母武彦君) 保母です。
 有村委員の方から、どこにお金を使ったらいいかと、こういう話でしたけれども、これについては、今、農村だけではありませんけれども、都市部も見ておりまして、やはり少子化の大きな問題の一つに、なかなか希望の持てる世の中になっていないと、親も子供もというところがありまして、これを何とか解決したいなということを思ってきたんですよね、ずっと。
 大学院生と一緒に一年半ほど一つの集落に、広島の東城町、西城町、城と書きますけど、東の城、西の城、そこへ通ったんですけれども、そのときにその集落の子供たちのアンケート調査をしましたら、十四人おりました。そのうちの十三人までが、何も面白いことないと、こう言うんですよね。アンケート結果ですよ。これ、子供のときは楽しくてしようがないはずなのに、正に深刻な状況ですよ。家で何しておるか、帰って何しておるかというと、そうするとテレビゲームやっておるんですよね。都会のマンションの子と同じかもしれません。なぜ外で遊ばないかなと思うんですけれども。
 そういう希望を何となく絶たれているというか、自分で絶っている、そういうような状況がある中で、今後どうしたらいいのかということはずっと考えてきました。
 兵庫県で一つ、村岡町という、今は合併しましたけれども、そこでやはり総合計画を私頼まれまして、農水大臣を前やっておられた谷先生のふるさとなんですけれども、そこでやったのは、希望を持って子育て・子育ちができるまちづくりと、子育てを中心に置こうと、活性化だとか緑だとかいうんじゃなしに子供を中心に置こうというので、これは恐らく日本で初めてだと思いますけど、そういう総合計画を作ったんですよね。
 最近また、二年ほど前だったでしょうか、合併しない宣言で有名な福島県の矢祭町、あそこの総合計画を協力を頼まれまして行ったんですよね。それで、いろいろ議論する中で、最終的にあそこのテーマは元気な子供の声の聞こえるまちづくりと、これが恐らく総合計画の子供を真正面から取り上げた第二号だと思うんですけど。いろいろ財政的には困難な中で、その中で、やはり次の世代をちゃんと育てていく、そういう地域づくりが必要だと。それは、財政もあるし道路もあるし様々あるんだけど、やっぱり子供だと。
 子供のところで何が必要かと。町民アンケートを取りましたら、一番多かったのが図書館でした。子供を中心とした図書館をつくろうと。これが、多いといっても十数%でしたかね、七%か一四%、ちょっと手元にありませんので。
 それで、図書館やろうとなったんですけれども、お金がないと。じゃ、どうするかと。それで、寄附を、どうせ皆さんの家には本があるから、それで一回読んだ本は家でも邪魔になっておるから、それを寄附してもらおうというので始めましたら、それがちょっと新聞に小さく出たら全国からどんどん集まりまして、高価な本から非常に貴重な本まで三十四万冊集まったんですよ。三十四万冊というのは、福島県でいきますと県立図書館の冊数が大体それぐらいですね。福島市立図書館よりもオーバーしたんですね。
 それで、インターネットを皆さん見ていただきますと、もったいない図書館というのがよく出てくるんですよね。名前が矢祭町もったいない図書館と。もったいない図書館て、私も見て、どんなもったいない図書館をつくったかなと思って見たら、もったいないという気持ちで集めてそうなったと。それを、ちょっとごめんなさい、長くなって、それをボランティアの人たちが、まちづくり委員会がありまして、その人たちが、司書の方がおられまして、その方の指導で整理をしまして、そしてこの一月にオープンしたんですけれども、例えばニーズとしては図書館というのが、そこ、ありました。あるいは、今そのまちづくりが考えているのは、あそこに久慈川という川がありますね。そこで、今危ないから近寄らないようにというのが大体の教育委員会その他の指導ですよね。そうじゃなしに、やはりあの川で遊べるようにしようというので、今考えているんですよね。
 やはり、その地域地域のニーズがあって、そして子供たちを支えるネットワークにどれだけ金をつぎ込むかと。どのような立派な遊び場を造ってやるのかということよりも、そのネットワークを少し支援してやることが、これが非常に大きいんじゃないかなと思いますよね。
 そうすると、お互い、昔はそうでしたけれども、子育ての問題で難しいのは、今、子供、青年を注意すると何かやられるんじゃないかとか、何かそんなような議論がいろいろありますけれども、やっぱり人間関係をどうつくっていくのか、そこにやはりふんだんにお金を使ったらいいんじゃないかと。
 名前が私は保母ですので、そういう話をして終わりにします。
#22
○会長(清水嘉与子君) 有村さん、よろしいですか。
 それでは、中原爽さん、どうぞ。
#23
○中原爽君 自民党の中原でございます。
 青森の佐々木市長さんにお尋ねしようと思います。三点ほどお聞きいたします。
 一つは、青森市の空き家率が一二・五%で、全国平均よりは少しは増えているということですが、平成十年からはこの増加率が非常に伸びているようでございます。空き家というのは結果でございまして、その空き家になる以前に高齢者が亡くなったのか、あるいは前の住人がどこかへ引っ越したのか、いろいろ個々まちまちだと思いますけれども、空いてしまったという結果があるわけですね。そうしますと、計画をされておられるこの優良住宅ストック、あるいは住替えバンク、仮称とおっしゃっていますけれども、これと現在のこの空き家が増えていく傾向との関係、いろいろ調査はやっておられるようですけれども、この関係は今後どう考えたらいいのか、市としてどういう処理をこの空き家に対して行うのか、ここをお聞きしたいと思います。
 もう一つは、準工業地域ですけれども、ここで大規模の集落施設を造ってはいけないという条例をお作りになっているわけですが、このことについて、また、これも地域の計画になっておりますミッドシティーあるいはアウターシティーとの関係、この準工業地域との関係はどうなっているのか、お聞かせいただきたいと思います。
 もう一点ですけれども、青森市は、これは陸奥湾でしたか、海に面しているわけで、港の機能もあるんだろうと思うんですけれども、やはりこのインナーと言われている計画のインナーシティーと、実際にこのインナーのところが海に面して一番近いところだと思うんですけれども、港の機能とこのインナーシティーとの関係、これをお尋ねしたいと思います。
 以上、三点でございます。
#24
○会長(清水嘉与子君) それでは、佐々木参考人、どうぞ。
#25
○参考人(佐々木誠造君) 中原先生にお答えいたします。
 空き家率とそれから私ども住替えバンクの関係ということだと思うんですが、実は平成十七年の調査によりますと、空き家率が非常に高いのは、この資料にも書いておいたんですけれども、中心市街地から連檐する外側、近い外側に比較的多いということが分かりました。それからもう一つは、郊外の住宅団地、これは県でやった、住宅供給公社がやった団地ですけど、これは三十年以上たっている団地。ここについてもやはり空き家が出てきた。それは原因がそれぞれでございます。
 つまり、周縁部の空き家についてはやっぱり核家族とかそういう状況が、人口が増えないのに核家族がどんどん進むという状態で、やっぱり親と別々に住むというふうな形。そして、そのうち親が年いってきた、あるいは空き家になるという形になって出てきているもの、これが結構多いと思うんですね。
 それから、郊外の住宅団地の場合は、子育て終わって、ローンも終わって、やはりこれから雪が大変だと、それで街なかに出てくるという、中心部に出てくるような形で空き家が増えるという傾向もございます。したがって、それは原因は別々でございます。
 今私どもが住替えバンクをやろうとしているのは、郊外の高齢者が町に下りてきて、そして空き家になったところ、これについてはまず優先的にやろう。それから、空き家にする前に、まず郊外から行きたいんだけれども、資金難とか、それから現在の家をほったらかすわけにいかないから下りていけないとか、そういったようなものを、住み替えのための住宅バンクをつくろう、こういうのがまず最優先でやろうとしております。
 したがって、街なかの周縁部の空き家については、これは別個の方法でこれから考えていかなくちゃいかぬ、こう実は思っておりまして、それは第二弾というふうに実は考えたいと思っております。
 その際にはやっぱり、さっきちょっとお話ししましたようにリフォームですね、リフォームに対して何かしらの助成をしていかないと、やっぱり新しく住む方は使いっ放しのところにはなかなか意欲がわかない。いかにリフォームして、若い人は若い人向きに住み心地いいようにしてあげるかということでないと回っていかないと思うんですね。ですから、それがやっぱり大変大事かな。だから、バンクと一緒に、そのリフォームをすることに対する応援を、これを何とかできないかなということを実は考えております。それが第一点。
 それから、第二点の準工業とそれからミッド、アウターの関係です。これは直接は関係しないんですが、アウターはほとんど調整区域と考えていただいていいんですけど、準工業地域というのは市街化地域内にございます。青森市だけで八百二十ヘクタールぐらいございますんですけど、これは実は開発行為は何でもできるという非常に緩やかな部分になっておりますので、これにいわゆる大型の集客施設、ナショナルブランドの、これがどかどかどかどかっとできますとやはり町が廃れてしまうということで、この準工業地域については実は私どもは一万平米以上の大型集客施設は造れないという都市計画決定をしてしまってございます。したがって、これからはそういうことは起きないわけですが、そういうことを、これは実はミッド地区に一番多いですけど、ミッド以外にもあるんですが、アウターにはほとんどないという状況でございます。
 この都市マスタープランと必ずしもイコールではないんですが、ちょっと重なったり外れたりしているんですけど、そういう関係がございます、準工業は。
 それから、港とインナーとの関係ですけど、これは、青森市は正に港からできた町でございます。青函連絡船がなくなった後、港が寂れていたんですけども、これを今度は大型クルーズができる埠頭を造ったり、それから観光施設を造ったり、そういう形でウオーターフロントをうまく利用しようということになってきまして、幸いにして青森の港は中心市街地とぴったりくっ付いているという位置にございます。したがって、これは非常に好都合であるというふうなことで、港とウオーターフロントとそれから中心市街地と一体にして、駅もくっ付いていますので、それであの中心市街地の再活性化計画を作っているという状況でございまして、やはり海はフルに使っていこうという構えで今おります。
#26
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。
 ほかにいかがでしょうか。御質問ございますでしょうか。
 それでは、島田智哉子さん。
#27
○島田智哉子君 参考人の先生方、本日はありがとうございます。民主党・新緑風会の島田智哉子でございます。
 私からは大江参考人にお聞きいたしたいと思います。
 中心市街地の活性化、コンパクトな市街地の形成ということで、具体的に山形県の米沢市においてお取り組みのこととお聞きいたしておりますけれども、今後の高齢社会におけるまちづくりについてお聞かせいただければと思います。
 以上でございます。
#28
○会長(清水嘉与子君) それでは、大江参考人、どうぞ。
#29
○参考人(大江守之君) 今日はお話ししなかった点でございますけれども、今私たちは実は東京圏の郊外だけではなくて、北九州市という政令指定都市、それから山形県米沢市という地方の中小都市を対象にして、比較研究も含めながら高齢者の街なか居住、利用ということもやっております。
 米沢は青森と一緒で大変雪が多い場所でございまして、そして青森市と違いまして、かなり公共施設を周辺に移転してしまったために街なかがかなり空いている状況です。それから、米織関係の製造業の事業所がたくさんあったんですけれども、これも繊維の関係の全体的な不況といいますか衰退によってかなり空き地が出ているという状況がございます。
 そこで、私たちはとても立派な呉服屋さんの空き店舗を借りて、高齢者のつながりづくりというのを、さっき御紹介した横浜のふらっとステーション、つまり全く立地も違えば居住者も違えばというものをあえてそこに持っていったときにどういうことが起きるのかということで、実験的取組として米沢市の商工会議所の御支援を受けながらその取組をやってみて、それを青森市もお取りになりました全国都市再生モデル調査の中で試してみました。
 実は、今余りうまくいっていない状況でございまして、一つは、コミュニティービジネスとしてそれがどういうふうに成り立つかということで、会社を地元の方につくっていただいてやってみたんですけれども、やはり経営的には非常に難しい状況で、大体予想したぐらいの人は集まってくださったんですけれども、なかなか人件費を出すまでに至らないというようなことで、空き店舗の利用、それから高齢者が街なかをより使っていくというためには、もう少しやはり何らかの公的な助成が必要かなと。もしそれをそうじゃない形でやろうとしたときに、何かしらの会員組織であるとか、要するに協働してそれを支えるという仕組みをもうちょっと別に考えなきゃいけないということが今分かってまいりまして、次のステップとしてそれにどう取り組むか、今それを考えている最中です。
 それから、高齢者の住まいもつくっていこうということで、これも先ほど御紹介した高齢者グループリビングというものが日本自転車振興会の補助制度になりましたので、それを使ってグループリビングをやってみようというところがないかということで、そういった意欲のある団体にいろいろお声を掛けてみまして、今それが少しずつ動きつつあるんですけれども、そういうものを実際につくっていきながら、少しずつ実態としての高齢者の居住それから利用というものを進めていき、そして、そういうモデルを基にしながらまたいろんなところがそれに取り組んでいくということができればいいのではないかと思います。
 そのときに、いろんな方と今お会いしてお話を伺っている中で、私が余り予測していなかったこととして起きているのは、高齢者の独り暮らしが予想以上に多いということと、それから雪があることで、そういう方たちを宅老所をつくってお預かりしてお世話をするということが民間で予想以上に進んでいる。それは一つには、やはり認知症高齢者グループホームを株式会社もできるように介護保険制度の中でしたということで、そういった事業者がたくさん出てきたことの延長上にそういう動きがあるわけですね。
 ところが、いろんなもちろん形でやっていらっしゃるんですけれども、非常に人によるケアの部分というのに力を入れなきゃいけないという、つまり高齢者をお世話しなきゃいけないという考え方がやはり非常に強くて、そうしますと、既存の民家を使って一部屋に二人ずつぐらいお住まいになるという宅老所でも、月々の必要な経費が十三万ぐらい掛かるということなんですね。
 実はこれ、先ほど御紹介した高齢者グループリビングは、一人当たりの居室面積が二十五平米あって、そして十人で住まっていて、共用部分全体が廊下やリビングを含めて一人当たり二十五平米と同じぐらいあるんですね。それでも月額の家賃やサービスのための費用が十三万円台で藤沢でやっておりますし、初期に払う共用部分の二十年間の家賃が三百七十万ということで、月額に直すと一万五千円ぐらいなんですね。それぐらいで、新築でバリアフリーで非常にきちっとしたハードウエアができる。それを十三万、共用部分の家賃も含めて十五万ぐらいで神奈川の藤沢のいい場所でも住めるわけですね。
 それが、米沢に行ったときに、十三万円で既存の住宅で一部屋に二人でという、そういう住まい方と同じだということは、もちろん高齢者が何を望んでいるかということにもよるんですけれども、できる限りやっぱり自立して暮らしていくという高齢期をつくっていくためには、やはりきちんとしたハードウエアと、それから必要以上にお世話をしないという仕組み、そしてそれがむしろその地域の資源を使ってコミュニティービジネスになっていくような、グループリビングの場合にはワーカーズコレクティブの人たちが食事や生活支援をしていらっしゃるんですけれども、そこでやっぱり小さなビジネスができているんですね。
 そういう形で、その地域の資源を上手に掘り起こしながらやっていくという形のモデルに進んでいくことが望ましいんじゃないかと思いますし、この米沢という地方都市でも、そういった形でそれを中心市街地の方に密度高くつくっていくことによって効率的にコミュニティービジネスが事業を展開できるというふうになっていく可能性はあるというふうに考えていて、是非そういうモデルをどこかで実現してみたいなというふうに考えております。
 ちょっとお答えになっているかどうか分かりませんが。
#30
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。
 ほかにいかがでしょうか。
 それでは、山崎力さん。
#31
○山崎力君 これは四参考人に共通する問題だろうと思いますので、順次お答え願えればと思うんですが、今のお話をずっと伺っていて、共通する問題点があります。
 と申しますのは、一つは、助成というか、補助といいますか、支援、何でもいいんですが、この主体がどこがやるべきなんだろうということですね。まあ簡単に言えば、お金の出しどころがどこなのか、国なのか県なのか市町村なのか、それとも別の団体なのかという。それは、出すところには出すだけの理由といいますか、このお金は国が出すべきであるとか、このお金は県が出すべきであるとかという、そういう理由付けが必要になるわけですが、その辺のところが非常に見えてきにくいところがございます。その辺をどう考えたらいいのかなということが一点、四参考人からお伺いできたらというふうに思っております。
 それで、特に保母参考人のお話の中だったと思いますが、過密過疎の話はもう昔からあったんだよという形で、そういった中で地方をどうするかというのがあの時点ですら手遅れだったんではないかというふうに発言されたように記憶しますが、これが、過密過疎が、それに少子高齢化というのがかぶさってきて今現状になっていると思います。
 そういったときに、それでは行政がそこに何ができるんだと。要するに、過疎化しているところに、あなたそこから出ちゃ駄目ですよという住居移転の自由を奪う形のことは当然できないわけですし、それで取り残されているのが高齢者という現状を見れば、働き手というか生産年齢の人たちが、年老いた両親を田舎に置いて、食うために都市部に出て働いていると。そして、その残された地域の活性化が、子供が非常に少なくなっていくというこの現実は当然共通認識としてあるわけで、それに対して何をすべき、何をしたらいいんだろうかと。
 それぞれの地域で一生懸命やっているところはあるわけです。第一次産業の活性化とか、かつては農村地域に工場を誘致して、働きながら農業をやって何とかそこで定着を図るとか。それでうまくいっているところは当然あるわけですが、それに乗り遅れたところに対してどうしたらいいのかということについてなかなか、何というのか、いい知恵が出てこない。金は出して頑張ってもらいたいんだけど、出す名目を、全国共通で出すとしたら、国が出すとしたら、全国共通でこういうものにはお金出しますという制度をつくらなきゃいけないんですが、それがなかなか難しいというところについてどのようにお考えかということをお伺いしたいと思います。
 それから、大江、小谷部両参考人、これ、どちらがという、どちらでも結構ですしあれなんですが、今、佐々木参考人、保母参考人と違って、都市型の新しい形の、何というんでしょう、共同生活組織体みたいな形のいろいろなアイデアといいますか、そういうモデルをつくっていらっしゃるんですが、これが果たして日本の将来の都市型のモデルになるんだろうかと、広がりを持ってですね。あるグループというか、ある考え方の人たち、何割かはいらっしゃるかもしれませんが、そういった人たちを良くしてみんな生きがいを持ってやる。非常にこれはそれで成功すればいいんですが、これを広げていってこれを行政の施策として展開できるとすれば、ちょっと何か引っ掛かるといいますか、そういうところがありますもので、その辺についてのお考えを伺えたらと思います。
#32
○会長(清水嘉与子君) それでは、四人の参考人の方々に財源の問題について共通の御質問でございました。そして、あと、保母参考人、大江参考人、小谷部参考人にそれぞれということでございますので。
 それじゃ、佐々木参考人からでよろしいですか。はい、どうぞ。
#33
○参考人(佐々木誠造君) では、山崎先生の御質問ですが、助成とか補助とか、こういったようなものについてはどこからのものを期待するべきなのかというふうな趣旨だろうと思いました。
 先ほど小林先生にもお話ししたんですが、少子高齢社会を支えるためには、やはり路線バスを始めとする公共交通機関が大変重要な役割を果たすということから、やっぱりこれについては公共交通機関の運営に関する国の支援というものが重要かつ必要であるというふうに考えております。県に期待するということもこれはなかなか無理があるんではないかというふうに思いますので、やはり国に期待せざるを得ないというふうに私ども思っております。
 それからもう一つは、空き家等の住宅ストックをどう活用するかという、それについても、新たな公営住宅建設に対する支援、これは国の支援が充実しておるわけでございますけれども、今あるストックを有効に使おうという、空き家のストック活用なんということになると、これについては支援制度は不十分だと思っております。したがって、新設するよりはお金が安く付いて、リフォームすれば使えるというものは有効に使うべきではないかというふうに思いますんで、国の住宅政策の中でやはりこれはその部分を拡充していただくことが非常にトータルして得になるんじゃないかなというふうに思いますんで、これはやっぱり国のことを期待するべきではないかというふうに思っております。
 なお、住宅局のもので地域住宅交付金制度というのがございます。これあるんで、例えば安全、安心の住まいづくりということで、例えば住宅の耐震診断とか改修とか、それから密集市街地の整備とか、こういったようなものはもちろん位置付けられておりますし、また住宅情報提供とか住宅相談とか、こういったようなものも制度としてあるわけですけれども、しかし、先ほど申し上げた私どものニーズからするとこれだけではちょっと不十分なんで、むしろそのせっかくある交付金の内容を少しく項目を増やしていただいて充実していただければ、それは使わせていただけるんではないかなというふうに実は思っておりますので、これはやっぱり国の制度の問題ということだと思います。
 それからもう一つは、子育て世帯に対する支援の問題ですけれども、現行の公営住宅法では、子育て世帯に限定するという、公営住宅の入居をですね、子育て世帯だから優先入居という、そういう現行法、住宅法ではなってないと思うんですね。ですから、そこを我々の工夫でしていいのかどうかという問題もありますので、これはむしろ現行の公営住宅法の制約をもう少し緩めるというか、子育て世帯に関してはいいよとか、そういったようなことにしていただくとこれは非常に有効になるんではないかなと、こういう制度上の問題もございます。
 以上です。
#34
○会長(清水嘉与子君) それでは、保母参考人、どうぞ。
#35
○参考人(保母武彦君) 地方分権の時代ですから、教科書的に言えば、地方のことは地方でと、地方が負担するというのが恐らく原理的な回答にはなると思うんですよね。ところが、地方には金がないと。
 最近ある町へ行きまして、町長が憤慨していたのは、国の方は、国の方は財政赤字が大きいけれども地方の方は余りないじゃないかと、国と比べて、赤字が、という話を国の方はどうも、国というか財務省は考えているようだと。あるいは国会議員の先生という話は出てなかったですけれども。それはこういうことなんですよね。地方自治体、地方財政というのは赤字の起債はできないんですよね。したがって、赤字はないんですよ。これは、そのために、結果論から見ると、地方にはそういう赤字がなくて国の方にはあって、だから国が大変だから地方はもうちょっとお付き合いせよと、こういう話になっていて、それは話が違うというので怒っていましたので、念のため伝えておきます。
 この地方の問題について、やはりそれぞれの課題についてどこが負担するのかということなんでしょうけれども、先ほどの私に対する質問との関係でいきますと、こういった点、過疎対策の問題、これちょっと言葉足らずだったんですけれども、過疎対策が始まる一九七〇年、昭和四十五年のときにはこういったことがあったんですね。地元では、先ほどの匹見町などが先頭に立って、そして国会でも島根県の知事と、それから議会も、県議会の議長、これが中心となって全国的な組織をつくって過疎法制定を要求したんですよね。
 このときに、過疎法というのは、皆さん御存じのように議員立法で作られたんです、これは。ということは、その当時の国の行政の方は過疎対策については言ってみれば消極的であって、これは広域的な市町村圏計画が同時に出てきます、そのときに、これで処理しようと。要するに、地方の中心都市に周辺部の農村は任せるというような形の対策が国の行政の中心的な考え方だったわけですね。だから、政府の方から議案が出ずに議員立法でこれをやったんです。
 で、その自治体の方が要求した過疎対策というのは、それは、それぞれそのときにある地域のところをこれをもう一度活性化させる、維持していこうと、こういう発想で組み立てられたんですけれども、それが十年ごとに更新されてきたということですね。
 今何をしたらいいのかという点でいきますと、これは私は食料問題と国土問題と、この問題の中で高齢者の住生活環境問題を考えなきゃならないだろうと思ったんです。これは、食料問題、先ほども言いましたけれども、これは私、先ほどの質問との関係で、ちょっとずれるかもしれませんけれども、地方分権改革の中で、第一次の改革の中で、例えば農地の転用の問題ですね、この問題について全部これも地方に任せるというふうに国の方はしたんですよね。地方分権であればそれがいいような感じになりますけれども、私はそれに反対したんですよ、それは駄目だと。それはなぜかというと、国の食料自給に対する責任が、国が責任持たないことになります。それぞれの自治体が、いやここは住宅にすればいい、道路にすればいい、全部転用していったら、日本の農地にだれがその責任持つのか。国としてこれだけは絶対確保しなきゃいかぬということは、これは地方分権だから地方にというそういう無責任じゃなしに国が責任持てと、この問題は、ということを何度か書いたことあるんですけれども。
 例えば、現在の農村問題の状況からすると、そこに人がおらなくなる、集落がなくなる、村がなくなっていく、こういう事態は、同時にそこにおける農地が、当面は通い農業、通勤農業やるとしても、そのうちに衰退していきます。この問題を、将来的にはそうなることを前提にした話になってきますので、これは何としてでも確保しなきゃいかぬと。
 今、アジアの食料問題でいうと、アジア全体が輸入地域になっております、食料。中国が大量の輸入を今始めましたから。これは季節的じゃなしに、凶作だとか気候的な変動じゃないです。今の工業化の中でそうなってますから、これは戻らないです。そうなってきたときに、日本の食料問題、後から国際的な競合が出てきてどうしようもないという事態になったらちょっと間に合わないです。そうすると、今の段階で無理でもやはり農地を残さざるを得ないです、これは、日本の将来のために。そうすると、これは明確に今の農村問題の、そこに人が住む、高齢者の問題、子供の問題その他、それは福祉の問題かどうかとかそういう話ではなしに、日本の将来のためのこれは国が責任持つ問題だと、私はそういうふうに考えております。
#36
○参考人(大江守之君) よろしいでしょうか。
#37
○会長(清水嘉与子君) はい。それでは大江参考人、どうぞ。
#38
○参考人(大江守之君) 支援の主体をどう考えるかということなんですが、私は今横浜市における様々な取組、あるいは藤沢市も含めてですけれども、神奈川県における取組を見る中から、やはり行政ではない、新しい公共という議論がありますけれども、あるいは社会関係資本というような議論もあって、要するに地域の人々から信頼されるある種の主体というものが高齢期の生活というものを支援していく中心になるべきであろうというふうに思います。
 ただ、それをどういうふうに成立させるかという点でいいますと、横浜市でもパートナーシップの協働のモデル事業をいろいろやっておりますけれども、まだなかなかそういった主体をどう育てるかということに関して明確な答えは出ていないのではないかというふうに思います。
 それは、つまり、これも非常に大ざっぱな言い方をしますと、地方公共団体、つまり自治体というのは住民が専門サービスをそこにゆだねるところなわけですね。その専門サービスの一部を行政が直接やることの非効率性とかいうことを別にしながら、今NPOや、あるいは特に社福であるとかそういった組織が担っている。そこに対して、住民が専門サービスを付託するために払っている税金をどういうふうにそこに入れていくのかということのルール作りが必要だろうと思います。そこが、多くの住民が納得しという形で実現されれば、そういった部分が具体的なその支援の主体として活躍できると思いますし、そういう意味では行政はそれを後方から支援するという、そういった形になるというふうに考えますので、僕はその部分を上手につくっていくということが必要であるというふうに考えます。
 それから、過疎は私に対する質問ではないんですが、私、学生時代から過疎問題に関しても関心がありまして、ちょっと不十分な知識を基にして若干コメントさせていただきますと、私、元々背景が地理学とか都市計画でありましたので、割と現実的にどう問題を解決するかというふうに考えがちでございまして、過疎対策の十年時限立法で今四つ目の法律になっているんでしょうか、ここで実際にその要件で指定されている市町村の人口を全部合計しますと、多分五百万人ぐらいだと思うんですね。つまり、日本の人口の五%に満たないぐらいではないかと思います。
 その部分の中で更に一番限界的な状況に陥っているところは更に少なくなると思うんで、そこの部分を果たしてどうするのかというときに、私は、やっぱり集落移転というか、あるいは個々に住んでいらっしゃる方を、特に高齢者であれば、里に下りてきていただいて、そして必要なときに元住んでいたところに通えるような条件を付けながら、医療とか福祉とかというサービスを受けやすくする、また同時に、そのサービスを提供する側としても効率的に提供できるようにするというような考え方というのは、僕はもう取られていいんじゃないかというふうに思います。
 今住んでいらっしゃる方のお気持ちがどうだからということだけではなくて、さっき事例に出ましたように、一戸だけ残っているために一億円で道路を整備するというようなことではなくて、その一億円が将来にわたって生きるという形の投資の仕方、それを考えるべきだというふうに考えます。そのことは本来自治体が決めていいことですし、いろんな形で住民の声を聞きながらそういった方針をしっかり出して進めていくということが必要だろうと思います。
 それから、私に直接御質問いただきました、例えば高齢者グループリビングといったものは、共同居住組織体というふうにおっしゃいましたけれども、そういったことがどれぐらい普遍性を持つのかということに関しては、私もこういったものが全国津々浦々にできていくというふうに考えているわけではありません、今のところですね。
 といいますのは、これは全く制度に乗っていない自主的な取組であって、そして全部入居者が自分のお金で回しているわけですね。こういった支払は、国民年金だけでは難しいですけれども、厚生年金をもらった方とかあるいは国民年金プラス御主人の遺族年金をもらっている方とかいうぐらいの方であれば支払可能な水準なんですね。そういった言わば日本の高度成長を支えてきた中間層というのは非常に大きな層として存在しているわけであって、その人たちがこれから高齢化していくわけですから、そういう人たちが自分の力で共同しながら暮らしていくというモデルをきちっとつくることが本当に人々の、市民の力を生かすという意味で非常に大事だというふうに思います。自分たちでできるところはやっていくと。そういうものがいい取組だとすれば、それをまた支援するような団体、あるいはそれを更に後方から行政が支援するという仕組みはもっとつくっていいと思いますけれども、それがどういう場所にどういうふうにお金を入れて、どういうふうに活動団体の活性化をしていくかという点についてはまだこれからだというふうに思います。
 認知症高齢者グループホームが介護保険制度の中で予想した以上に爆発的に増えてしまったということは、もちろん何らかの制度的な介入をすればグループリビングも爆発的に増える可能性もありますけれども、そういう形で増えることが果たしていいかどうかというのはよくよく考えてみる必要がありますし、またグループリビングはその建物の中に十人が住まなきゃいけないということじゃなくて、ある小さな地域の中に個別に住んでいても、それをある種のコミュニティーリビングという言い方も私はしているんですけれども、その小さいコミュニティーの中で個々別々に住んでいる高齢者たちがつながり合いながら支援を受けて暮らすという、そういうモデルへの発展も可能なわけですね。
 ですから、そのモデルを基にしながらどういうふうに、その地域地域の実情に合わせながら、あるいは個々の高齢者の生活実態に合わせながらそれをより暮らしやすい自立した高齢期として実現していくかということはいろんな考え方の余地がある、そういうモデルになるものとしてもう少し普及してもいいんじゃないかというふうに考えているところです。
 以上でございます。
#39
○会長(清水嘉与子君) それでは、最後になりました、小谷部参考人、どうぞ。
#40
○参考人(小谷部育子君) 御質問の中で、こういう私のプレゼンテーションのコレクティブハウジングですが、だれがどうやるべきなのか、あるいは行政の展開としてどうこれは位置付けられるのかという、その二つの御質問に答えたいと思うんですが、今日、住生活環境デザインと特に私最初のタイトルのところに付けたのは、こうあるべきだということではなくて、やっぱりだれがどうつくり育てるのかという、その辺が課題ということで、あえてデザインということを付けさせていただいたんですが。
 高度情報社会のこういう環境の中で、時間、空間関係なく、本当に私たちはいろんなネットワークづくりができるわけですね。それと、いろいろな商品経済の発達、食べることから、あるいは家事サービスも含めて大変そういう商品経済の発達の中で、それがやはり個人の生活の個人化あるいは孤立化、それを大変促進しているというのが現状だと思うんですね。それが、少子化、それから子供のいろいろ犯罪の問題だとかいじめの問題だとか、それから高齢期の不安な環境、そういうものをつくっているというふうに思います。したがって、そういう子育て、それから高齢者を福祉としてどうそのサポートするかということで、福祉財政がどんどんどんどん膨らんでいくという、そういうことになるわけですね。生活がどんどん個人化し、地域からの孤立化が進む。
 そういう中で、今大江先生もおっしゃっていましたけれども、コレクティブハウジングというのが、住民、居住者による内発的な人と人との関係、あるいは人と地域の関係を居住者自身がつくっていく、そういうライフスタイルであり、ハウジングであるわけですね。
 ですから、一番重要なのは、そういう集まって住むことによって、本当に孤立しているんじゃなくて、隣の人を知らないのではなくて、少しずつ手を結び合っていく、そういう住環境をつくっていこう、ここで言っているコレクティブ人みたいなそういう人たちをたくさん育てていこうという、それは行政の問題ではないと思います。やっぱりそれはNPOなり、そういうともにつくっていくことの価値、生きがい、そういうもの。ただ、こういうものの情報発信とか、あるいは専門家の派遣、そういうものの後方支援はできるかと思います。
 それから、そういうグループホームだとか、あるいはコレクティブ住宅だとか、そういう物そのものは例えば公営住宅ということで供給できるかも、形としてはできるかもしれませんが、それは違う。そういう支援ではない。物をつくる、物づくりではないということですね。あくまでもコレクティブハウジングというのは本当に生きている集住態を言うわけですから、そういう人を育てていく。
 しかしながら、やっぱりこういうのは私は賃貸住宅であるべきだと思うんですが、実は大変面倒な、やはりつくるプロセスあるいは運営にしても結構面倒なことで、なかなか事業主体が現れない。かんかん森なんというのは年間すごい見学者があるんですね。テレビでも新聞でもとてもいい暮らしと言う。なんですが、実は第二号が巣鴨に小さなスケールで建物のコンバージョンという形でできましたが、次々とできていかない。ということは、事業者がいないということですね。やっぱりなかなか事業にならない。やはりマーケットベースでできていく住宅ではない。
 ということは、例えば、それに行政が何ができるかというと、こういう社会的な意味があると、あるいは世帯の一%かもしれませんが、それは大変大きな数になるわけで、それのコミュニティーとしてのスタッフ、高齢者の限りない自立ですね。むしろ福祉財政を節約できるわけですね。コレクティブハウジングの高齢者を見ますと、小さな子供を、ほかの家族のですね、抱くことによって本当に生き生きとする。あるいは面倒を見る、あるいは自分一人ではとても自分の食事なんてやってられないけれども、やっぱりほかの人が喜んでくれる、そういう、高齢者にとっては自立生活をやっぱり限りなく伸ばせるとか、それから、そういうコミュニティーがいざというときに大変地域にとって力になる。
 そういう社会的な価値があるということがやはり認められれば、例えば具体的には公有地、空き小学校がたくさん出てくる、あるいは公有地売っ払うんじゃなくて、優先的に例えば定期借地権でこういう事業をやろうと、あるいは、こういうグループがこういう暮らしを何とかしたいという、そういうグループや事業主体に何か公有地を優先的、そうですね、譲渡というのはなかなか難しいでしょうけど、定期借地ぐらいはするとか、例えばそんなような支援、それから専門家を送る、そういうような支援、そんなことはできるのではないかということで、是非政策的な一つのテーマに取り上げていただきたいというふうに思います。
#41
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 ほかにいかがでしょうか。よろしいでしょうか。
 じゃ、岡田さん、どうぞ。
#42
○岡田広君 自由民主党の岡田広です。
 今日は、参考人の皆さん、本当にありがとうございました。
 青森市長の佐々木参考人にお尋ねをしたいと思います。
 よく、山崎先生からこのコンパクトシティーのすばらしさは私も常々お伺いをさせていただいております。三つのエリアをつくりまして、雪がキーワードになったということもお話伺いましたけれども、また、青森は日本女性会議も大成功させまして、男女共同参画行政も進んでいると伺っております。
 そういう中で、高齢者の街なか居住の促進にいろんな政策を考えていらっしゃるということで、大変私は学ぶべきところが多いんだろうと思うんですけれども、環境が整備をされた後に、その後に、高齢者の生きがい対策というのか健康づくりというのか、高齢者が集まる場所、例えば青森ではこのアウガ図書館をつくりましたら、これは複合商業施設という、公共と複合商業施設ということで、これを建設ができてから例えば図書館をつくって、今、一か月当たりの来館者数ももう四倍強に増えてきたということで、やはり公共施設、高齢者の方々を中心に集まる場所というのは大変重要だと思います。
 そういう中で、コンパクトシティーの青森市の中で、私は、こういう一小学校区、一公民館とか一市民センターとかそういうことで、ここでみんなで集まっていろんな話をして、地域の問題は地域で解決すると、地域でできないものを行政にお願いをするというのが住民自治の在り方だと基本的に考えているんですけれども、青森では、高齢者を中心に集まる場所としての公民館とか市民センターとか、こういう対応、対策はどうなっているのかが一点です。
 それから二点目は、特に青森県は有効求人倍率も低い、雇用が雪というのもあって大変だろうと思うんですが、高齢者に対応した雇用政策というのは、シルバー人材センターなんかもその一つなのかもしれませんけれども、どういうふうに政策としてやっているのか、この二点をお尋ねしたいと思います。
 そして、保母参考人にお尋ねしたいことは、農村地域の位置付けというのは非常に私も大事なことだろうと思いますし、今情報化時代で、都市も農村ももう瞬時に情報が入る時代になりました。そういう中で、国の予算でも社会保障費はどんどん伸びてきて、公共事業どんどん減らされていますけれども、やっぱり農村では公共事業の必要性、地域経済活性化のために私は必要だろうと思うんですけれども、この公共事業、さっき百億という大きな公共事業の話ありましたけれども、小さい生活環境整備の公共事業になってしまうと市町村がやるということになって、市町村もなかなか、国からお金もらっても自分のところの負担分がないという、なかなかできないというそういう現象もあるわけですけれども、この公共事業、農業も駄目になっちゃっている現状の中でどういう政策を展開したらいいのか、もし考え方ありましたらお聞かせいただければと思います。
 以上です。
#43
○会長(清水嘉与子君) それでは、佐々木参考人、どうぞ。
#44
○参考人(佐々木誠造君) 岡田先生からの、生きがい対策ですね、高齢者の。
 先ほど配付させていただいている資料の五ページのところに書いてあるんですけど、それぞれの地域にそれぞれの生涯学習センター的な市民センター、これを大体ブロック別に配置しておりますのと、青森市役所の支所を配置している。大体二キロ圏内でカバーしているという状況でありまして、そこを拠点にして、老若男女、日常的に生涯学習センターとして非常ににぎわっているという状況が一つございます。
 一方では、中心市街地に街なか暮らしということで、九百十数戸のマンションのお話ししましたけれども、そこのいわゆる入居者の状況を調べた結果では、すべて高齢者が移り住んだわけではないと、年代的に非常にバランスよく収まっているということで、三十代から七十代以上まで収まっているという状況がございます。
 そういう中で、そこに移り住んだ方々の今度は高齢者に対して、それから住んでいる方に実は中心市街地の連中がアンケート調査をした結果も出ております。そうしたら、やっぱり移ってこられた方が、さて移った、安住の地と思って来たが一体どうなるんだろうと、いわゆる自分の知り合いもいないとか、そういうことで相当不安がっているんではないだろうかと、こういうことも調査したわけですけれども、やってみたら意外に、地域や同じマンションの人にお世話になりたいとか、同時に自分も何かの役に立ちたいとか、地域の人たちとのつながりが欲しいとか、こういうことが回答として一杯出てきたんですね。つまり、そういうことで、新しいいわゆる街なか暮らしを促進した場合には、やっぱりコミュニティーの再構築というものが求められているんではなかろうかなというふうに思っております。
 ですから、それを町衆が一緒になって今調査をし、そしてこれからそれにやっていこうということで、それでどんどん参加を呼び掛けていくという、その拠点とも言えるものがアウガが拠点になるというふうに思っておりますし、それから子育て世帯の方々にはアウガの中にさんぽぽという、散歩とタンポポをくっ付けて、これはネーミングを募集したらさんぽぽということで、これは子育ての方々がそこに、図書館のすぐ下に広場が、部屋があって保母さんもいるんです。そこに日常的におじいちゃん、おばあちゃんでも孫でも連れていけると、こういうところをつくりましたら、これが大変な人気でございまして、したがってそこにはしょっちゅう子供さんがいるんです。それから、親御さん若しくはおばあちゃんがいて遊んだり遊ばせたり友達になったり、そういう状況もございます。ですから、そういう形でちょっとした工夫をしてやることによってやっぱり新しいいわゆるコミュニティー、これをつくっていけるんじゃないかなと、これからの仕事はそこかなというふうに思っております。
 それから、郊外に住み替えしたときにそこが、子育て世帯の方にリフォームしたところに住んでいただくとすると、新しく行った人は新住民なんですね。ですから、それもやっぱりそこの再構築、コミュニティーの再構築も必要になってくるだろうというふうに思っていまして、そのときにはそこに設置してある、ブロックに設置してある生涯学習センター、つまり市民センターですね、こういったものが拠点になるんじゃないかなというふうに思っております。そういう形で、いずれにしてもやっぱり再構築、これが大変大事じゃないかというふうに思っております。
 それから、もう一つ何かございましたか。
#45
○岡田広君 高齢者。
#46
○参考人(佐々木誠造君) 高齢者は、これについてはいろんな方法があるんですが、シルバー人材センターが非常に伸びておりまして、利用は非常に利用されておりますし、高齢者にとっても大変これは生きがいになっているという状況も出ております。
#47
○会長(清水嘉与子君) それでは、保母参考人、どうぞ。
#48
○参考人(保母武彦君) 保母でございます。
 質問があった件についてですけれども、その前に、今青森市長さんが言われたコミュニティーの再構築、これがだから、都市は都市としての再構築がありますし農村は農村としての再構築があると、都市と農村と、コミュニティーの再構築といえば同じですけれども、もう一つ言えば、都市と農村というのは原理的に違うシステムで動いていますので、この辺りの検討、研究が必要だろうとは思います。
 今日はその話じゃなしに、次の話で、公共事業の問題ですけれども、これについては、今現実の問題としては、大幅にやはり公共事業が減ってまいりまして、それが農業の方の、先ほど言ったような米三十キロが一万五千円から六千円ぐらいになりまして、それを、先祖伝来の土地だから作らなきゃいかぬけれども作ったら作っただけ赤字になるというような、それを埋め合わせる上で、それは年間何十日かの公共事業というのは極めて重要だったんですけれども、そこが縮小したために、これ、そこの村、町におってもなかなか生活が成り立っていかないとちょっと出掛けていこうかということにつながってきますよね。ですから、これは公共事業でいくのがいいか、そのほかでもいいけれども、いずれにしろ、その地域での金回りの問題としてしっかりと考えなきゃならないと。
 公共事業の今の問題で言えば、ちょっと先ほどから思い出してなかなか出てこないんですけれども、私、公共事業を、無駄が多かったからそれは転換せよということをその瞬間では言ったんですよ、もう十年ぐらい前か、もうちょっと前ですか。そのときに、転換するに際して三つぐらいのその転換方法をちょっと考えておったんですけれども、ちょっと思い出さないので、大分前の話で。いずれにしろ、そういった点では、地域経済の中で重要な役割を果たしている問題を考えていかなきゃいけないと。
 これで、一か月ほど前に私調査に行きまして、また行こうと思いますけれども、岩手県で非常にいい事例があるんですね。岩手県の一番南、一関から太平洋側の方に入った、気仙沼の山の裏側と言ったらいいでしょうか、そこの藤沢町というところですけれども、ここが、あれは長い間町長をやった方がおられるんですね、七期。六期、七期ですね。六期じゃない、五期か。違いますね、全部で三十二年ぐらいやった方なんですね、助役二期に町長を何期かね。佐藤守さんという方がおられて、その方のときにいろいろ造ってくるんですけれども、ここは福祉施設も一通り全部町内に置いたんですよ。やっぱり地元でそれがないといかぬというんで造っていくんですよね。役場の上のところの見晴らしのいいところに病院もあり、高齢者の施設が置かれているんですよ。そこは一番見晴らしのいいところだと。今まで地域のために奮闘したお年寄りのためにと、こういう話で、一番いいところにあるんですよね。
 その福祉施設を造るときに、その町長がこういう話を知事のところへ持っていったと。その地域で働いて、そして高齢期を迎えて、それで、その地域で死ねない状況がある、こんなのは自治ではないと。それで、その町長は何をしたかというと、死亡票を持っていって、町民のね、みんな外で死んでおるじゃないかと。これ、住民の希望じゃないと。だから、そこで最期を迎えれるような福祉施設があり、そして最後はそこで亡くなっていける、そういう地域をつくらなきゃいかぬと。
 こういうのでその病院からずっとやってきて、病院も、岩手県の中では公立病院で、そこは黒字になっておると言っていましたね。土日もやっておるんですよ。そうすると、一関の辺りは大きな病院も民間も全部土日閉めていますから、夜もね、そこまで来るわけですよ、一時間ぐらい掛けてね。というので黒字になっていますけれども、いずれにしろ、そういう施設を造っているんですよね。これはすごいと思いましたね。
 それで、その周辺の町役場、村役場、どちらだったかな、そこの収入役さんがこの藤沢町の高齢者のその施設に入りまして、その収入役までやった人が、私の地方自治のつくり方は間違っておったと、隣の町の世話にならなきゃいかぬと、最後、言ったというふうに言っていましたけれども、それを考えてみると、これ、経済的な合理性だけというか効率だけでこういう問題を割り切っていいのかね。やはりそこで愛着を持てるような地域をどうつくるのかという辺りの、ちょっと、心の通う政治をどうするかと。
 そのために、先ほどの公共事業の問題に戻りますと、やはりそういうために、いや、外から見たら無駄かもしれぬけれども、その地域にとっては絶対必要だという、この辺りの要するに選択権というか、それをだれが決めるのかと。十分な情報を行政も出して、そして最終的に、選んで失敗する自由も自治もあると、住民にはね、これが住民自治ですよ。それが必要じゃないかと。
 ちょっと脱線しましたけれども、そんなことを考えております。
#49
○会長(清水嘉与子君) 岡田さん、よろしいですか。
#50
○岡田広君 はい、ありがとうございました。
#51
○会長(清水嘉与子君) はい、ありがとうございました。
 ほかにございませんか。よろしいでしょうか。
 参考人の方々からも特に何か御発言ございますか。よろしいでしょうか。
 それでは、他に発言もなければ、以上で参考人に対する質疑は終了したいと存じます。
 参考人の皆様方には、大変長い時間にわたりまして貴重で有意義な御意見をお述べいただきまして、本当にありがとうございました。いただきました御意見、今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 次回は来る五月九日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後三時三十分散会
ソース: 国立国会図書館
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