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2007/06/07 第166回国会 参議院 参議院会議録情報 第166回国会 文教科学委員会 第18号
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2007/06/07 第166回国会 参議院

参議院会議録情報 第166回国会 文教科学委員会 第18号

#1
第166回国会 文教科学委員会 第18号
平成十九年六月七日(木曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 六月五日
    辞任         補欠選任
     坂本由紀子君     荻原 健司君
     那谷屋正義君     林 久美子君
     風間  昶君     福本 潤一君
 六月六日
    辞任         補欠選任
     小泉 顕雄君     岸  信夫君
     松村 祥史君     北岡 秀二君
     福本 潤一君     山本 香苗君
     小林美恵子君     井上 哲士君
 六月七日
    辞任         補欠選任
     北岡 秀二君     野村 哲郎君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         狩野  安君
    理 事
                中川 義雄君
                中島 啓雄君
                佐藤 泰介君
                蓮   舫君
    委 員
                荻原 健司君
                神取  忍君
                岸  信夫君
                北岡 秀二君
                中曽根弘文君
                野村 哲郎君
                水落 敏栄君
                吉村剛太郎君
                鈴木  寛君
                西岡 武夫君
                林 久美子君
                広中和歌子君
                水岡 俊一君
                山本 香苗君
                鰐淵 洋子君
                井上 哲士君
       発議者      西岡 武夫君
       発議者      鈴木  寛君
   国務大臣
       文部科学大臣   伊吹 文明君
   副大臣
       文部科学副大臣  池坊 保子君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡井 敏雄君
   政府参考人
       文部科学省初等
       中等教育局長   銭谷 眞美君
       文部科学省高等
       教育局長     清水  潔君
       文部科学省高等
       教育局私学部長  磯田 文雄君
       文部科学省スポ
       ーツ・青少年局
       長        樋口 修資君
   参考人
       兵庫教育大学学
       長        梶田 叡一君
       教育ジャーナリ
       スト
       教育再生会議委
       員        品川 裕香君
       東京私立中学高
       等学校協会会長
       学校法人八雲学
       園理事長・校長  近藤 彰郎君
       教育評論家
       法政大学キャリ
       アデザイン学部
       教授       尾木 直樹君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
○地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一
 部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を
 改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○日本国教育基本法案(西岡武夫君外四名発議)
○教育職員の資質及び能力の向上のための教育職
 員免許の改革に関する法律案(西岡武夫君外四
 名発議)
○地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律
 案(西岡武夫君外四名発議)
○学校教育の環境の整備の推進による教育の振興
 に関する法律案(西岡武夫君外四名発議)
○政府参考人の出席要求に関する件
○公聴会開会承認要求に関する件
    ─────────────
#2
○委員長(狩野安君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、那谷屋正義君、風間昶君、坂本由紀子君、小林美恵子君、小泉顕雄君及び松村祥史君が委員を辞任され、その補欠として林久美子君、荻原健司君、井上哲士君、山本香苗君、岸信夫君及び北岡秀二君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(狩野安君) 学校教育法等の一部を改正する法律案、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案、教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案、日本国教育基本法案、教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案、以上七案を一括して議題といたします。
 本日は、七案の審査のため、参考人として兵庫教育大学学長梶田叡一君、教育ジャーナリスト・教育再生会議委員品川裕香君、東京私立中学高等学校協会会長・学校法人八雲学園理事長・校長近藤彰郎君及び教育評論家・法政大学キャリアデザイン学部教授尾木直樹君の四名の方に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ、本委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様には忌憚のない御意見をお述べいただきまして、七案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 本日の会議の進め方でございますが、まず梶田参考人、品川参考人、近藤参考人、尾木参考人の順でお一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、御発言は、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
 それでは、まず梶田参考人から御意見をお述べいただきます。梶田参考人。
#4
○参考人(梶田叡一君) 梶田でございます。よろしくお願いいたします。
 それでは、着席したまま意見を申し上げさせていただきます。
 私は、学校教育法、地教行法、教育職員免許法、教育公務員特例法、この四つの法律の改正につきまして、主として私の意見を申し上げてみたいというふうに考えております。
 私の見るところでは、二〇〇〇年を一つの大きな節目にいたしまして、二〇〇一年から教育の引締めというのがずっと日本で進んでまいりました。まあ引締めといいますか、責任のある教育といいますか、きちっとした、安易な議論を排した、そういう結果の出る、あるいは未来を展望できる、そういう教育をつくろうということで二〇〇一年からやってきたというふうに思っております。
 この二〇〇〇年というのは何だったかといいますと、教育改革国民会議であります。これがありまして、この報告が二〇〇〇年の十二月に教育を変える十七の提案ということで出ました。これを踏まえまして、二〇〇一年、これは省庁再編もありまして、文部省と科学技術庁が一緒になったわけですけれども、文部科学省も発足し、同時にそれまでの教育関係の七つの審議会が合併した新しい大型の中央教育審議会というのができました。中央教育審議会は、私もそのときからずっと中央教育審議会に参加させていただいておりますが、二〇〇〇年に、ずっと議論されました、本当に日本の教育を責任あるものにするためにはどういう手を打っていかなきゃいけないのかと。これをめぐって六つの分科会、そしてその一つずつの分科会の下には一杯また部会があるわけですけれども、多分、私の概算ですけれども、中央教育審議会というのは千人ぐらいいろんな委員がいるわけです。これが分担しながらいろいろと議論をし、それを次々に報告とか答申という形でまとめ、そしていろんな手を打ってまいりました。そういう中で、今回の四つの法律の改正というのは非常に重要な意味を持つ、そういう次の時代につなげていく重要なステップだと、こういうふうに考えております。
 なぜ二〇〇〇年なのかといいますと、御存じのように、日本の社会、八〇年代、九〇年代とずっと緩み、たるみがどんどん横行してまいりました。これは日本だけじゃありません。どこの国でも、豊かになって十年、二十年しますと緩み、たるみが出てくるんです。アメリカでは六〇年代、七〇年代がそうでした。イギリスも同じことでした。そういう中で、日本の場合は八〇年代の後半にバブルの景気がありまして、まあみんな浮かれたわけですね。もう緩み、たるみ以上のことがあったわけですけれども。
 そういう中で、九〇年にバブルが崩壊して経済の方は引き締まった、どう言いますか、責任をきちっと自覚した経済の運営の方に移っていきましたけれども、残念ながら教育の方はバブルの気分がずっと九〇年代続きまして、いわゆるゆとり教育という名前の下に、子供に指導してはいけない、あるいは教えてはいけない、子供が好きなことを好きなときに好きなようにやるのが一番子供にとって幸せなことだという、そういう、私どもからいうととても教育論にはなじまないような議論が横行し、そしてそれが学校現場にも深く深く浸透いたしまして、きちっとした授業研究もしない、教材研究もしない、そういう教師がほとんどになってきて、結局どうなったかと。十年間で学力は大幅に低下する、そして子供中心であれば子供は喜んで学校へ行くはずなのに、九〇年代十年間はどんどんどんどん不登校が増えたんです。非常な勢いで増えました。こういう子供の育ちに大きな問題が出てくる。
 学力と不登校だけじゃありません。いろんな問題行動も出てくるようになりました。これは同じことが実はアメリカ、イギリスでは六〇年代、七〇年代、進行したことであります。子供中心の個性を伸ばす教育というキャッチフレーズの下にいろんな規制をなくした。子供が好きなことを好きなときに好きなようにやるのがハッピーだという、これでアメリカもやりました。
 で、どうなったか。アメリカも八〇年代、みんなで悲鳴を上げ出したんですね。学力の大幅低下、生徒指導上の問題の大幅な増加、例えば暴力事件あるいは麻薬、あるいは当時、八〇年前後のアメリカの厚生省の数字でいいますと、アメリカの高校生のうち、もちろん未婚でですけれども、年間百万人が妊娠する、あるいは中学生で年間八万人が妊娠するという数字が当時言われてたわけですけれども。
 そういうことをどうするかということで、アメリカの場合はちょうど日本の教育改革国民会議と同じような有識者会議を八〇年前後につくりまして、一九八三年にア・ネーション・アット・リスクという報告書を出します。危機に立つ国家と。このままアメリカの自由で放任型の教育を進めていったらアメリカの社会は崩壊するという、そういう報告書であります。この危機に立つ国家、ア・ネーション・アット・リスク、この後、八〇年代のずっと半ばごろから引締めに来て、今、アメリカは、御存じだと思いますけれども、例えばほとんど中学生、高校生の妊娠事件もなくなりました。なくなったといっても日本よりは多いんですけれども、大幅に少なくなりました。あるいは学力も大幅に上昇しました。いろんな暴力事件も非常に少なくなりました。
 ただ、少なくなってないのが麻薬関係ですけどね。ドラッグというのはこれは怖いもので、本当、一度染まりますとなかなかというところがあります。いずれにせよ、アメリカの場合はうまくいきました。
 イギリスも、御承知のようにサッチャー政権の下で教育の引締めをやりまして、それ以降非常に学力も高くなり、問題行動も少なくなりました。
 私ども、教育改革国民会議で、今日も中曽根先生も来ておられますけれども、御指導を受けながら御一緒に議論させていただきまして、それで、そういう他山の石ですね、アメリカ、イギリスがどうだったか、日本というわけじゃないけれども、日本の子供たちも同じ、とんでもないことが起こっているんじゃないかと。アメリカ、イギリスほどではないけれども、学力は確かに低下している、不登校は増えている。あるいは学力は、まあ学習意欲ですね、これも落ちている。これを何とかしなきゃいけないということで、教育を変える十七の提案ということをまとめたわけです。
 私の理解するところでは、二〇〇一年から中教審の各部会でこれを言わばベースにしてどうするかということを考えてまいりました。例えば、もう既に指導要領が、簡単で、レベルを下げて、時間数も下げてということだったものですから、指導要領を超えて内容も時間も増加できるような策をこれは二〇〇一年から少しずつやり、同時に、二〇〇三年十二月二十六日はそういう通知を文部科学省から各都道府県教育委員会に出していただき、同時に指導要領の一部改正を告示しまして、総則を変えて、内容も時間も指導要領を超えてやる。つまり、学力向上のためにはやっぱりそれが必要だということでやってきたわけです。そういうような流れがあります。
 今、豊かさのことを言いました。豊かさというのはとっても大事なことですけれども、しかし大人の側が、社会の側がよほど気持ちを引き締めてこれを考えていかないと、どうしてもそこにたるみ、緩みが出てまいります。
 私は今でも覚えておりますが、教育改革国民会議のときに、前に文化庁長官をやられました河合隼雄先生がこういう発言をされたわけです。ゆとり教育、とってもいいと、だけれども、日本のゆとり教育は単なるたるみになっているんじゃないでしょうかということをおっしゃった。カウンセリングの言わば親玉である河合先生がおっしゃったものですからみんな驚きました。中身についてはみんな同じように思っていたんですけれども。というのは、河合先生が何でも、いや、いいよ、いいよ、これでいいよということを言いそうな雰囲気があったわけですけれども、その河合先生でさえそういう御発言をなさいました。これが豊かさの問題であります。
 しかし、もう一つあるんですね、日本の場合、不幸な事情が。それは何かというと、六十年前の敗戦によって、まあこれをどういうふうに考えるかはいろいろとありますけれども、戦後、その後、日本のものは全部捨てようという、あるいは伝統や文化、それよりもアメリカやらヨーロッパからまたいいものを持ってくればいいじゃないかと。そういう中で、価値観というものが、これ多様化したんじゃないんですよ、価値観なくなっちゃったんです。本人がこれでいいと思えばそれでいいんじゃないのというような、そういうような雰囲気になってしまいまして、みんなで人間としてこういうことを大事にし合おうじゃないかということがなくなってきた。
 もちろん六十年間の間に、いろんな責任のあるお立場の方々がそれをどう再建するかということを議論され、いろいろと提言されてきましたけれども、なかなかそれがうまくいってきていないというのが私は現状だと思います。今、本当に私は、価値観の多様化ではなくて、価値観が実は個別の人の主観的な感情に言わば還元されてしまった、価値観ではなくなっちゃったという、そういう私はやはりまずい点が出ているだろうと思いました。これも国民会議で随分議論いたしました。
 この面を、といって一つのもので、ちょうど昭和初年から昭和二十年までのように一つの価値観でがんじがらめにするという意味じゃありません。ただ、人間として、例えばモーゼの十戒だろうと、あるいはバビロンの法典だろうと、あるいは中国の古典だろうと、人間として大事なこと、大事にしようとするものはそう違うものじゃないんですよ。そういうものはやはり必要ならば教えていかなければいけないし、あるいは子供の中にそれが育つような教育的ないろんな手を打たなきゃいけないということを議論しました。これも私は、二〇〇一年以降いろんなことで具体化が図られてきたんじゃないかと思っております。
 そういう流れの中でいいますと、今回の四つの法律の改正、これはまず、去年十二月、教育基本法が改正されて、今私が申し上げたようなことが盛り込まれた教育基本法が私は成立したと考えております。
 といって、今、民主党から出されておりますもの、これが悪いと言っていません。私はこれも大好きです。大急ぎで言っておきます。私は、この民主党案もとってもいいものだと思っています。余り変わらないです、私の目からいうと。ほぼ同じです。とっても大事なところ、細かいところはありますが、大事なところは、今私が申し上げたような大事な歴史観、本質的なところについては両方とも踏まえている。この両方とも踏まえたものを言わば一つ具体にするために学校教育法が、今、改正案が出ている、そういうことだと思います。
 そして、教師の問題。これは教育は人なりでいつも話題になるんですけれども、今私が申し上げたような流れの中で、本当に責任ある次の世代を育てていく、つまり日本の次の社会あるいは子供一人一人の自分の人生、こういうものを学校でやっていこうと思いますと、教師が大事です。教師にも、これは言いたくありませんが、やはり一部緩み、たるみがあったんじゃないか。それならばということで、ほとんどの、九十何%の教師は頑張っているんですけれども、仕組みとして、それを例えば十年に一回、自省、自戒するような、あるいは新しい研修をするようなことも含めてやろう、あるいは地教行法ということで教育委員会がそういう学校のお世話ができるようにしようということで今回出ていると、こういうふうに思っております。
 非常に内容的には広範囲にわたっておりますので、私の最初の意見陳述といたしましては、細かいところには触れることはできませんが、ただ、私が強調したいと思っておりますのは、やはり今、国会におかれましても、本当に日本のこれからのことを、特に教育というのはこれからのことですから、明日ということですから、これをこれまでのいきさつ、やはり教育にこの六十年見ただけでも非常にまずいことは一杯ありました、このいきさつを踏まえつつ、一歩でも二歩でも前進させるにはどうしたらいいかということで議論しておられる。
 こういう中で、繰り返しますが、この四つの法律の改正ということは極めて重要な意義を持つ一つのステップだと思っております。これでもちろんすべてが解決するわけでも何でもありません。しかし、すべて一歩一歩やれるところから歩を進めていかなきゃいけない。踏み固めて前進しなきゃいけないという意味で言いますと、非常に重要な意義を持つ四つの法律の改正案の今審議だというふうに私は理解しております。どうか審議を尽くしていただきまして、一日も早くこれを成立させていただきまして、そしてまた次のステップへ向かって議論を進めていただきたいと、こういうふうにお願いしたいと思います。
 終わります。
#5
○委員長(狩野安君) ありがとうございました。
 次に、品川参考人お願いいたします。品川参考人。
#6
○参考人(品川裕香君) 品川です。よろしくお願いします。着席させていただきます。
 お手元に資料をお渡ししておりますので、資料をごらんいただきながらお話しさせてください。
 教育の現場について現状と課題をお話しする前に、私はずっと子供の取材をしております。教育現場を知るということは、やはり今現場で子供たちがどういう状況に置かれているかということを知ることがとても大事だと思っております。私、虐待されている子供たちをスタートに、不登校とか非行とか、それからいじめたりいじめられたり、あるいは帰国子女とか外国籍の子供とか、それから発達障害のある子供とか、そういったいろんな子供たちを取材しております。今日は、そこから見えてきているお話をしていきたいと思います。
 およその数字なんですが、例えば不登校ですと、今先生のお話にもありましたけれども十三万人、引きこもりですと三百万人以上、もちろん準引きこもりも含みますけれども、発達障害児ですと六十八万人とか、ニートだったら六十四万人、若年フリーターだったら二百万人以上とか、非行少年十七万人、若年ホームレスに至ってはまだ未確認という、非常にすごい数字が現場には今あるわけです。
 それから、発達障害児あるいは不登校、それから、引きこもっていたり非行少年の子供たちを取材して分かることは、当事者が抱えているのにある程度共通の思いがあるということです。
 一つは、自己理解が非常に低い。つまり、できないところはよく分かっているんですね。これは駄目だ、これはできないということは分かっているけれども、ここができるということの理解はなかなかない。
 それから、セルフエスティーム。セルフエスティームというのは、自尊感情とか自己評価とかいいますけれども、やっぱりいじめがあったり、いじめられたりしていたり、それから不登校になったり、リスカしたり、摂食障害を起こしたりするような子供たちだけではないんですね。どうせ自分は駄目な人間だと思っている子供が本当に多い。もちろん、普通、簡単に口では言いません。二時間、三時間話を聞いて、じゃ、もう私帰るわと言った帰り際にぽろっと言う。僕なあって、一生懸命やっているけど駄目かもしれへんねんというようなことを言う子供が本当に多いです。それから、所属する集団の中にやっぱりなかなか仲間がいないということです。これはいじめがあるとか、いじめがないとか、それだけではないんですね。
 規範意識というのが安倍内閣でも大きなテーマとして掲げられておりますけれども、やっぱり規範意識というのは集団の中ではぐくまれるわけですし、それが発達課題に応じて成功体験がなければ、なかなかセルフエスティームは上がらない。今の学校システムがそういうふうになっているかというと、それもやはり検討していかなければいけないことだろうと思っています。
 それともう一つ大きいことは、生きるスキルですね。よく生きる力という言い方をしますが、力ではなくて具体的なスキルを身に付けていないということが挙げられると思っています。
 今申し上げたのは、私が取材するような、そういう引きこもっていたり、不登校であったり、いじめられていたり、発達障害が診断されていたり診断されていなかったりというような子供だけではなくて、東京都が青少年意識調査を二〇〇五年七月にやっております。自分は何をやっても駄目だと感じることがあるという質問に対して、はいと答えた十五歳から十八歳が五六%います。それから、日本青少年研究所が二〇〇四年の二月に高校生の意識調査をしておりますが、全体として見れば私は自分に満足しているという問いに対して、余りそうは思わない、全くそうは思わないと答えている子供が日本では六三・九%もいるんですね。アメリカではわずか九・七%、中国でも三九・八%です。
 中学生に至っては、自分に大体満足しているという問いに対して、イエスと答えた日本の中学生、九・四%しかいません。十人に一人いないんですね。これは二〇〇二年の調査なので、その後また新しい数字が出ているかもしれませんが、アメリカでは五三・五%、中国でも二四・三%という数字なんです。それから、私はほかの人々に劣らず価値のある人間であるという問いに対して、はいと答えている日本人は八・八%しかいないんですね、日本の中学生は。アメリカ人は五一%、中国でも四九%という数字が出ています。
 この数字を私は講演とかでお話を申し上げますと、いや、日本人はみんな総じてセルフエスティームは低いんだよとか、自尊感情が低い民族だからとかというような形でおっしゃる専門家の方々が少なくないんですが、私は、大人はこの数字をやっぱり重く受け止めなければいけないというふうに考えています。つまり、自尊感情、セルフエスティームが低いというのは、何も、いじめられたりいじめていたり、非行があったり、発達障害があったり、診断されていたりされていなかったり、虐待されていたりという子供だけではないということなんですね。日本の子供たちの理解する大きなキーワードが、実はこの自尊感情が低いということだというふうに感じています。
 それで、自尊感情だけを上げればいいわけではないんですね。だから、そこに大事なのは、やっぱり社会的スキルをいかに身に付けていくか、そして体力等をバランスよく獲得させていくことが、幸せな大人にしていく我々の責務ではないかなというふうに考えています。
 セルフエスティームがなぜ私が大事だと申し上げるかといいますと、規範意識にしても学力向上にしても、自尊感情があって初めて入ってくるものです。セルフエスティームの下位概念はここに書いてありますが、例えば社会的要因であったり、学業が達成されているとか、対人関係能力がいいとか、ボディーイメージが上がるとか、達成感の有無ですね、それは役割遂行の中で他人と協働して学んでいくというものですので、そういったところにターゲットを当ててプログラムしていく、しかもエビデンスのあるプログラムをしていくということがすごく大事だなと思っています。
 そういった子供たちをめぐる状況を踏まえた上で、じゃ今の教育現場がどうかということを簡単に申し上げます。
 一つは、成長発達権を保障するという視点がやはり欠如しているということです。それから、教育は社会のルールと生きるスキルを組織化して教えるという視点がやっぱりないと。それから、エビデンスに基づく教育を行うという視点もまだまだ足りないと思っておりますし、子供の認知や学習スタイルといったニーズベースの教育を行う視点もないのではないかと。それから、年齢に応じて発達課題があるという視点を教育に導入するということですね。これもまだまだ足りないと思っておりますし、それから、社会不適応を起こすリスク因子と予防する保護因子を視野に入れて教育するという視点ですね。これは、矯正教育はやっているわけですが、なかなか一般の教育では入っていない。これはもう予防教育につながると思っています。
 そして、一番大事なのはレジリエンシーという、つまり弾力のある子供を育てるということだと思っています。これは、失敗しても乗り越える力とか、人と人のきずなを結ぶ力とか、そういったことを付けさせることだと思っているんですが、情緒変容だけを目的とするプログラムは社会的スキル等を向上するのを目的とするプログラムに比べて有効ではないという説も、論もしっかりあるわけで、やはりそういった視点がなかなかないのかなというふうに考えております。
 現状の制度上の課題がじゃ何かということですが、虐待からニート、あるいは出生から就労までを視野に入れた子供のトータルでの指導がなされていないと。これはやっぱり福祉と教育と司法がどうしても、本省レベルですと例えば人事交流があったりいろいろと情報交換があるのですが、いざ地方自治体の教育現場に行ってみますと、なかなかうまくいっていないというか、情報が分断されているということを痛感しております。
 それから、児童生徒の学習を阻害する等、学校のそういう規律を乱す子供が増加しているということばかりが言われるわけですが、じゃ、そういった子供たちをどういうふうに教育していくのかとか、そういった第二の学びの場がないというようなことも感じております。
 それから、二次的な障害ですね、適切な指導を受けられなかったことによる二次的な障害。非行もそうです。それから、今の子供がうつ状態になったり、いじめたり、いじめられたり、そういったいろんな課題がございますけれども、そういったこと。
 背景には、例えば、学校長のマネジメントの問題もあると思いますし、ドクターあるいは専門家の不足もあるでしょうし、それから先ほど申し上げたような各関係機関の連携がなかなか不足していると。
 連携というのは、今の教育において非常な大きなるキーワードになっておりますけれども、やっぱりシステムになっていないと、頑張る人だけが頑張っていって、やっぱり先生方が追い詰められていってしまうという現状もございます。それがこの四番に書いていることなんですが、無理難題を迫る保護者とか養育放棄をしてしまう、そういった義務を果たさない保護者が一方で増加しているわけで、法的強制力がないので学校は非常に追い詰められていると。
 この間、教師のうつを取材したんですが、もう本当に先生方大変だという一面もあるんですね。やはりそういうのを視野に入れていかなければいけないなというふうに感じています。
 それから、また一方で、教育現場に対する権利侵害に対して、あるいは個人情報保護法を理由に情報が隠ぺいされてしまうと。これは、いじめなんかが起こったときがいい例だと思います。
 六つ目の課題としては、学び切れていない大人のための教育機関、それは例えばニートであったり若年ホームレスも含めて、そうした人たちがもう一度学ぶ場が実はないと。大人になってから発達課題があると分かった方々が、対人関係を学ぶ場、読み書きを学ぶ場が実は日本の中では用意されていないというようなことがあります。
 そして、そういった今申し上げたようなもろもろの課題を克服する一つのブレークスルーになるのは、私は特別支援教育だと思っております。
 特別支援教育というのは、イコール障害児教育というふうに考えていただくと、それはとっても、もっと大きな可能性があるもので、それは是非イコールにしていただきたくないと思うんですが、まず特別支援教育の場合は対象となる児童生徒が非常に多い。欧米では大体一〇%と言われております。
 そして、二次障害になってからでは遅いんですね。虐待とか、いじめられたり、引きこもってうつになったり、リスカしたり、非行になったり、二次障害になってからでは遅いということ。
 そして、三つ目の大きいポイントは発達的な視点を持って指導する。つまり、相手の多様性を知るツールを大人が手にするということですね。これは、すべての子供にとってメリットのある教育になります。
 特別支援教育に期待される効果については、この間の再生会議でも申し上げたんですが、大きいことは多様性を認める。教育現場が多様性を認める社会になるということは、日本社会が多様性を認める社会になる大きな一歩になるというふうに私は考えております。
 それから、予防的教育による国家予算のコストが合理化されるということです。例えば、子供たちの能力を伸ばすことによって新規のビジネスが開発されたり、アメリカでは、ADHDがあると言われたら、ああ、アントレプレナー、起業家になるんですねというふうに言われます。アスペルガーがあるということが分かったら、研究者ですねと言われたりするわけですね。いろんな可能性があります。
 また一方で、二次障害を防ぐことによって医療費の削減にもつながります。それから、反社会的行為等を抑えることによって社会保障費の削減にもつながっていくわけです。それから、科学的根拠のある指導の導入をすることによって教育力の向上、これが期待できます。
 安倍総理に視察された広島少年院なんかは正にこの科学的根拠に基づいた指導をしているわけですし、それからこの間、理研とオックスフォードの共催でディスレクシアと脳についての研究会というか国際シンポジウムがございましたけれども、フィンランドとか香港とか、もう既に先進国ではそういったものを進めているわけです。そういったことも期待できるというようなことがございます。
 そういったことを含めまして、これから科学的根拠のある指導を徹底していくとか、現行制度の不備を解消していくとか、分断された情報とか予算の一元化していくことによってすべての子供の成長発達権が保障されるということを非常に今後の教育に期待するわけです。それができること、すべての子供がハッピーで自立した大人になって、そして我々にとって立派なタックスペイヤーになってくれるということが、それは結局子供だけの幸せではなくて、私たち大人全員にとっての幸せにつながるだろうなというふうに考えております。
 どうもありがとうございます。
#7
○委員長(狩野安君) ありがとうございました。
 次に、近藤参考人、お願いいたします。近藤参考人。
#8
○参考人(近藤彰郎君) 皆さんおはようございます。それでは、着席して発言させていただきます。
 私は、東京私立中学高等学校協会の会長をしております。また、自身も、小さな女子校ですけれども、そこの理事長、校長として、現場で、今回、未履修問題に発端として地教行法の改正につながっていったというそういう視点もございますので、現場から見た実直な発言をさしていただきたいというふうに思っております。
 私ども、私立学校、全国で高等学校を三割近く占めております。東京においては五六%が私学ということで、公立よりも私学が多いという状況がございます。そういう中で、私学らしさ、公立と私学があるわけですけれども、私学らしさってこの際何なのかなということを私自身考えてみたわけです。突き詰めていきますと、私立というのはやはり建学の精神に基づく独自性、自主性、それに尽きるわけですね。その独自性、自主性を行うことによって子供たちのために尽くしていくということが私立学校の私は役割ではないかというふうに思います。この独自性、自主性について考えますと、それがもし薄れていくんであれば、私学というものの存在意義は全くなくなっていくだろうと。第二の公立的な、いわゆる升合わせで私学がそこに存在しても私は意義がないというふうに考えております。
 公立、私学が厳然として存在しているわけです。その役割分担というのは間違いなくここにあるわけでございまして、公立の役割は何かなというふうに考えましたら、全国どこに行っても、ある意味最低限の標準的な教育が受けられると、こういう権利を国民に保障しているのではないかというふうに思います。ある意味、骨格になっているわけですね。非常に大事だと思います。
 また、予算的にいっても、私学ではできないこと、弱者の問題もあります、LDの問題もあります、不登校の問題もあります。様々な問題がそこに存在しておりますけれども、お金が、一人当たりの単価が掛かっても、やはり公立でなければできないということもあるはずだと思います、様々その他にあると思いますが。
 私立学校は、そういう意味でいうと、建学の精神もそれぞれ違います。そして学校の形態も違います。例えば、男女共学の学校もあれば、男子校、女子校もあれば、男女別学もあれば、宗教系の学校もあれば、いわゆるインディペンデントの学校もあると。様々な価値観がそこに用意をされているということですね。これはもちろん、建学の精神に基づくところが私は大きいと思います。
 それから、ある学校は進学校と言われて、いわゆる大学進学に非常に力を入れる。ある学校はスポーツ、いわゆる健全な心を育てるという意味も含めてスポーツに力を入れている学校もある。そして人間として全人教育を行って、マナーを非常に大切にしている学校もある、もうそれぞれの学校によって多分価値観が違うんだろうと思います。その用意された価値観を国民、いわゆる子女ですね、保護者に考えてみれば子女ですけれども、子女がどういう教育を受けたいかということを望んで私立学校を選んでくるわけですね。ある意味で最低限の基準というのはもちろん必要なんですが、それにプラスアルファされた形での価値観がそこに存在するというふうに言っていいというふうに思います。
 もちろん建学の精神がそこにあり、なおかつこの何十年間で日本の教育というのは、先ほど梶田先生のお話にもありましたように、いろんな意味で変わっていかなきゃいけない状況になりました。いわゆる社会における要請、社会の変化に対応していかなきゃいけないと。そういう意味で、その対応についても私立学校の役割というのは私は非常に大きいものだと思っております。
 それはなぜかといいますと、例えば東京の場合ですと公立の高等学校百九十校ありますけれども、それを一法人、いわゆる教育委員会が一つで管理をしているわけです。ですから、何かシステムを変えるとなれば、これは大掛かりであります。しかし、私立学校は小さいです。学校法人、理事長がいて理事会があるわけですけれども、その中で意思決定をしていく。例えば、うちの学校なんかで必要があれば、今日理事会開いて、あした、昨日までやっていたことを変えていくということも可能です。そういう意味では、時代の要請をいち早く取り入れてそれをやってみる。結果が良ければ続けていく。そして、その結果を見て、例えば他の学校も、ああ、いいことやっているなと思えばそれをまねをしていくということで、ある意味ベンチャー的な役割を私立学校というのは私はしているんではないかと、その機敏性においても、それから創意工夫においてもしているというふうに思います。
 それから国際競争力、これが叫ばれておりますけれども、その原点はやっぱり教育から力を付けていかなければいけないと思います。そういう意味でいうと、国際間の価値観というのは多様なわけですから、その多様な価値観を受容して、なおかつ日本人としてのアイデンティティーを確立して、多様な価値観を理解しつつも自身の国の意見を言っていくというような、そういう力を私は生徒たちに付けなければいけないと。そういう意味でも私立学校の役割というのは大きいものがあると思います。
 ところで、この会はいわゆる教育の法律の改正について述べよということですけれども、私はやはり地教行法の改正第二十七の二に対する意見に限らせて関連付けてお話をさせていただきたいと思いますが、この問題は、先ほども言いましたように未履修問題、これが発端となったわけです。未履修問題については、私自身は、教育現場に身を置く者として、受験期を控えた生徒たちに大変な不安と迷惑を掛けたと、そういう点においてはもう率直に申し訳ないというふうにおわびを申し上げたいと思います。
 ただ、このことが発端となって、二月の十六日に中教審に提案された案は、教育委員会が私学に関与して、指導、助言、援助するという形で提案をされました。これは、私ども私学関係者にとっては本当に青天のへきれきというか、愕然としたと。大変申し訳ないけれども、私立学校、一生懸命やっていることも事実です。そういう中で、もちろん未履修問題があったということも事実です。そういうことの中で、教育委員会そのもの、制度そのもの、教育そのものが見直されなきゃいけないという中で、その教育委員会の下に我々が入れられてしまうということについてはいささか疑問がありました。
 そこで、私どももいろんなところで発言をし、中教審でも私は発言をさせていただきましたけれども、そういう中で御理解をいただいて、直接の教育委員会の関与というのはなくなりました。しかしながら、知事が必要とあれば教育委員会に私学の行政のことで助言を求めることができるという形でこの二項が入っているわけですけれども、ちょっと不安があるんですね。私学の独自性、自主性にまた影響するんじゃないかという不安があります。ですから、私はそこのところをきちっと担保されるような状況で是非法案を審議されればなというふうに思っております。
 今回の未履修問題を考えてみますと、これ冷静に考えてみます、現場から。実は、学習指導要領が法的拘束力を持つということで全部を一くくりで言われていますが、そうすると現場は動けなくなっちゃうんですね。我々はどういうふうに解釈しているか。法律違反だと思って法律を破っていたつもりはないんですね。私立学校というのは、先ほど言いましたように私立学校法もあります。そこに、学校教育法の十四条を除外する第五条の規定もあります。そういう中で最低限、私立学校の独自性というのは法によっても担保されていると。何でもやってもいいということじゃないですよ、これは。
 学習指導要領というのは、もう本当に重要な位置付けとしてどの学校も位置付けていることは事実です。しかし、その時代時代の判断があったことも事実です。法律家の見解も分かれているという部分もあるし、また行政の高官の方も、いや、あれは法的拘束力はないんだよと、私、直接聞いている方もいらっしゃいますので、私立学校としてはその法律の論議をするつもりはないんです。しかし、実際に何が子供たちにとって有益かを考えて、現場で、社会的要請、子供たちの要望にこたえて落とし込んでいったときに、その学習指導要領がちょっと合わないことあるんですね。
 これはどういうことかといいますと、九七%の人が例えば今、高等学校に全国で入ってきます。百何十万人という同じ世代がいるわけです。そこに学習指導要領という一つの基準だけで当てはまるかというと、もちろん大学受験のために必修科目を全くやらなくていい、そんなことは全く思っていません。しかし、数Tを教えろということになっています。でも、数Tを教え始めて、うちの学校も二十何年前そうでしたけれども、計算できないんですよ。分数分からないんですよ。そしたら、数Tやめて、当然履修としてそれでやっているけれども、実際には教えちゃいけない算数を教えているんですよ。
 それは子供たちのためだと、あくまで子供たちのためにということを考えていった結果、逸脱していたというのがほとんどの学校だろうというふうに思います。ですから、この辺のことは是非、言い訳するつもりありません、私立学校は自己責任でいきますから。でも、現状はそういうことがあるんだということを御理解をいただきたいというふうに思います。
 もっと私学を是非信頼していただきたいんですね。私立学校、うまく活用していただきたいんです。国のために、国民のために学校法人として許認可されて、私学審も経て、現調も受けて学校存立しています。公序良俗に反したり、反社会的だったり、カルト集団であったりするはずはないんですね。行き過ぎがあれば、それは注意してください。でも、子供たちの教育を奪うような形での、全体を縛ってしまうと、これは動きが取れなくなる。行き過ぎた是正というのは私は問題だというふうに思っている次第でございます。
 それから現場での裁量。これも、学習指導要領、今見直されていますけれども、一番大事なことはやっぱり現場での裁量権、これを校長の責任においてしっかりと広めていくことだろうと。それがうまくいかないときは校長を首にすればいいんですから、私はそういうふうに思っています。自身も校長ですけど、校長自身の責任を感じながら、実際に目の前にいる生徒たちに何をしたらいいのかということをやっぱり学校ごとで考えさせるような状況があっていいんではないかなというふうに思います。
 いずれにしましても、成熟した時代だと私は思っています、日本というのは。その時代に合った、多種多様な価値観に対応した教育を行って、私立学校はすべて、責任転嫁することなく自己責任で学校運営をしていきたいというふうに考えておりますので、まあ教育の内容まで他者に踏み込まれるのは何となく納得できないんですね。責任を負うからにはやはりしっかり責任を負う体制を取りたいというふうに思っております。
 終わりになりますけれども、創立者は高邁な理想と、そして寄附行為という善意によって創立した私学でございます。長い学校は百七十年以上の、寺子屋から数えて歴史も持っております。東京においては、八十年以上の歴史を持つ学校は五〇%です。この長い間学校が続けられてきたのは、その建学の精神と独自性を守り、時代の要請を取り入れて、時代に支持をされてきたから、だからこそだというふうに自負をしているところでございます。
 子供たちは学ぶ時代を選べません。今できる良い教育とは何かという原点を見失うことなく、時代の要請にこたえて、多種多様な価値観を大切にする教育を国家国民のために命懸けで行っていきたいと考えておりますので、是非、私学の独自性、自主性に十分配慮された法案となることを望みます。
 以上です。ありがとうございました。
#9
○委員長(狩野安君) ありがとうございました。
 次に、尾木参考人、お願いいたします。尾木参考人。
#10
○参考人(尾木直樹君) おはようございます。教育評論家で法政大学の尾木直樹です。よろしくお願いします。
 僕はいつも立って話すものですから、立っても座っても余り変わりないんですけど、立ってお話しさせていただきます。
 僕の基本的な立場というので、レジュメとそれから資料を準備しておりますので、その両方を使わせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
 僕の基本的な立場についてですけれども、今大学の専門は臨床教育学です。これまでの経歴でいいますと、中学、高校の教師を二十二年やってきました。そして、臨床教育研究所「虹」というのを立ち上げて十五年になります。その間、全国の現場の先生方のところとかPTAなんかはもう二千回を超えて講演とか視察活動を進めています。ちょうど現在は教育実習生を十六人大学で預かっていまして、実習先にお願いしていまして、今日なんかも早く終わればすぐ駆け付けて指導に行こうと思っているんですが、そういう進行形の現場からの報告ということで、レジュメは三つの法律に対して自分の考えをそれぞれまとめたんですが、中心的には教育職員免許法のところにかなり特化してお話ししていきたいというふうに思います。よろしくお願いします。
 それで、その教育職員免許法の改正のことで随分いろんな報道もされています。今日も審議されているわけですけれども。基本的には、僕、三つのことを大事にしてほしいなというのがお願いであります。一つは、指導力不足教員というのが五百六人というふうに言われていますけれども、そういう一部の指導力不足教員だとか、あるいはセクハラ教員の問題というのは大変なひどい報道がありますけれども、そういう教員にだけ目を奪われてはならないんじゃないかと。そういう問題が発生する背景的な分析だとかしっかりして、丁寧に、そして総合的な対策を立てていくというところを重視すべきだというふうに思います。
 それから、僕も元教師のせいか分かりませんけれども、教員政策というと、社会的な風潮が物すごくバッシングしているみたいに思えるんですね。教師というともう敵みたいな感じで、先生方も非常につらい思いをされています。で、出てくる政策が何かきついんですよね。それで、北風の政策みたいに見えますので、やっぱり今、これからお話ししますけれども、もっと太陽的な温かい政策こそ僕は現場を活気付けさせて勇気付けて、いろんなことで挑戦していただけるんじゃないかなというふうに思っています。
 それから、教師論でいえば、そんなに僕、難しくはないと思うんですね。子供から愛され信頼される素朴な先生づくりの政策、そこでいいんじゃないかと、昔からそんな変わらないんじゃないかなというふうに思っています。
 今日の資料の一番を見てほしいんですけれども、子供たちの状況がどうなっているかということで、さっき品川委員の方からセルフエスティームの我が国の子供たちの異常な低さということは随分おっしゃっていただきましたので、それに加えてですけれども、実は、資料の一番のところで、これは今年の二月十四日に発表されたユニセフのデータなんですけれども、日本の十五歳の子供たち、孤独を感じるというのが、資料の一番ですね、孤独を感じるというのを、日本のところ、ごらんいただきたいんですよ。この突出ぶりですね。ほとんどOECD傘下の国は五%から一〇%以内で収まっているのに、我が国は三〇%です。突出しているわけですよね。これは先ほど品川委員のおっしゃられたセルフエスティームの低さの問題と連動しているというふうに、イコールだと思いますけれども。
 それで、一番低い国はオランダで二・五%しかありません。それから、日本より二番目、第二位に孤独を感じている国はアイスランドになりますけれども、そこは一〇%ですよね。第二位の国に比べて三倍も多いような実態があるわけですね。こういう子供たちのやっぱり現実をしっかりとらえなきゃいけないだろうと。
 そうすると、多分反論として、じゃ、一番孤独を感じていない国ですね、それから学校ストレスの調査なんかもWHOでやっておられるんですけれども、オランダは調べてみると、北欧とかロシアなんかのヨーロッパ三十五か国の中で三十五位と極めて子供たちのストレスは少ないと。
 ところが、学力がじゃ低いんじゃないかと、そんなに圧力を加えなければ、子供たちの言いなりにしておいたら、付け上がってしまって学力が落ちるんじゃないか、モラルも落ちるんじゃないかという私たちの大人の不安というのは当然あるわけですよね。
 ところが、ごらんいただきたいんですけれども、オランダの方は、PISA調査、二〇〇三年の、あのずっと騒がれている調査ですけれども、あれで、例えば読解リテラシーは、我が国は十四位に落ちてしまったと衝撃を受けているわけですけれども、オランダ九位なんですね。日本よりも高いです。それから、数学的リテラシーは、日本は一位から六位に落ちましたよね、学力低下と言われていますけれども、何とオランダは四位です。日本より高いんですよ。一見、手抜きのルーズなような体制を取りながら、高いです。フィンランドだって、世界一と言われていますけれども、日本よりも授業時間は全部少ないですよね。
 私たちは焦り過ぎじゃないかと思うんです。何かうまくいかないとぎゅっと締めればいいんじゃ、それは企業論理だろうと思うんです。教育は違うんですよ。逆のようなところがたくさんありますので、焦ってはいけないというふうに僕は思います。そのことですね。
 それで、これは五月に発表されましたけれども、厚生労働省が静岡県で調査されたデータが出ました。中学生の四人に一人がうつ状態だというデータが出ましたよね。僕はショック受けました。ここまで来ています。二年前に、十二月に発表されましたけれども、北海道で、これは文科省の系列で調査されたのでは、中学三年生の三〇%が抑うつ症状にあって、そのうちの二割から二五%がうつ病であるというふうに出ているわけですね。小学生でも七・八%が抑うつ傾向にあると出てきました。大規模な調査です。政府関係の筋のデータでも、子供たちの精神的なストレスはセルフエスティームが低いなんという段階をはるかに超えてしまって、病理的なところに来ていると。
 ここのところをケアしてくださる、毎日向かい合っておられるのが先生なわけですよね。そこへの政策として僕は考えていただきたいというふうに思います。それが大前提です。
 それから、そうしますと、今度はレジュメに従って、一番の教員の採用試験をめぐる問題、つまり教員になろうとしている、入口に入ろうとしている状況のところの危機的な状況と現在の教師たちの危機的な状況、二つに分けてちょっと御報告したいと思うんですけれども。
 一つは、新採教員の参入が危機に瀕しているという問題なんです。資料の一番目の読売新聞の五月八日付けなんかにも書かれていますけれども、優秀な先生、争奪戦というので、地方で採用の説明会が行われていると。東京なんか岩手まで出掛けて教員を一生懸命集めようとしています。
 それで、そこのところをもうちょっと詳しく言いますと、いわゆる二〇〇七年問題というのは教育界でも非常に深刻な問題なんですね。それで、団塊の世代が大量に退職をします。その後、マンパワー不足が完全に起きるわけです。ですから、今、東京都の教育委員会だって焦っておられて、再任用制度というのを取り入れようかということを今現場には提示されています。つまり、六十五歳まで、月当たり十六日間働いていただこうと。給料はもちろん安いですよ。結構安い労働政策だと僕は思いますけれども、そこまで追い詰められておられる状況なわけですよね。
 それから、教員採用試験倍率が急低下したんですよ。実は、そこにも書きましたけれども、小学校でいいますと、東京都は去年の夏、試験おやりになりましたけれども、二・三倍です、わずか。それから千葉県は二・二倍です。大阪市に至っては何と一・七倍なんですよ。これもう皆さん御承知だと思いますけれども、教員採用でまともな質を確保できるのは、失礼な言い方になりますけれども、三倍はなければ質は確保できないわけですよ。もう既にデッドラインを割っているわけですね。
 そういう危機的な状況で、全国平均はじゃどうかといいますと、二〇〇〇年は十二・五倍もあったんですよ。教師になるのは大変な時代だったんです、ついこの間まで、二〇〇〇年。それが二〇〇六年は何倍かというと、全国平均でも四・二倍しかありません。もう確実に三倍を切ります、全国平均も。ここまで来ているんですよ。その中での教員政策なんだということを是非考えていただきたいということですね。
 それからもう一つは、応募倍率をじゃアップさせないと教員の質が確保できないというので、各教育委員会は一生懸命今取り組んでおられるわけですね。その中でいいますと、例えば試験科目の受験生の負担を軽減させて人数を増やそうという作戦も今考えられています。だから、あるいは受験年齢の制限、取っ払ってしまって、六十未満まで採用、試験受けていいよというところが何と自治体が十もあります。ここまで追い詰められているんですよ。
 例えば、一次で教養試験を廃止してしまったり、小学校の二次試験を、例えば東京の話ですけれども、小学校で二次試験で水泳だとかピアノの鍵盤実技というのがありましたけれども、これは今年の七月からはありません。今度の、七月七日、八日、九日ですか、ありますよね、それからカットされました。で、応募者を増やそうとするわけですよ。その意図はすごい痛いほど分かりますけれども、質が落ちるんじゃないでしょうか。それから、大阪市は二次の試験の論文は廃止しました。それから他県への募集活動、大阪は東京に来られますし、東京も大阪に行くし、限られたところで取りっこしているわけですよね。こういうふうな事態に陥っているというようなことですね。
 それから二番目、二枚目ですけれども、今度は教員養成大学の志願者倍率がこれも急低下したということです。教員になろうと思ったら養成大学ありますね。そこが急低下していて、二〇〇五年は四・九倍ありましたけれども、今年は四・四倍に落ちています。
 それから、ついこの間発表されて僕は悲しくなったんですけれども、財務省試算によると、国立大学の運営交付金予想配分表というのが出ました。これでごらんいただきたいんですけれども、国立大学八十七校のうち下位十校ですね、東京芸大を除いて九校が教員養成関係なわけですよね。一生懸命いい教員を養成しようと思って頑張れば頑張るほど、こういうところの数値は低くなるわけですよね。これは大変な矛盾だと思います。僕はこういう大学に対して失礼だと思いますよね。
 それから三番目の問題で言いますと、教職課程そのものを受けるのをやめようかどうかという迷いの学生が大量に出てきたと。もうこんなことは僕、十数年大学教育にかかわっていますけれども初めての現象です。今年の四月も、たまっちゃうわけですね、講義終わったら。何だろうと思ったら、先生、教職課程の受講をどうしようかと、登録しようか迷っていますと言うんですよ。
 つまり、そこの入口のところまで子供たちは逃げ始めているわけです。逃げていますよ、はっきり言いまして、優秀な子供たちは。これはどうしてって聞いたら、だって免許十年しかもたないんでしょうと言うんですよ。これは、じゃ厳しいかと言ったら、厳しいと言うわけですよ。だって就職活動だとかも大変だし、教員の免許を取るだけでも、これは履修歴で取れるわけですけれども、免許取るだけでも私たちの時代とは今すっかり変わっているんです。委員の先生方の時代とは激変していまして、ここにも書きましたけれども、教育実習は四年生で、今やっている最中ですよね、三週間やります。私たちのころは二週間でした。三週間やりますし、介護体験も、この六月にお世話になって皆が行くわけですけれども、二日間、施設にそれぞれ、介護体験もやらなきゃいけません。
 それから、教職の単位も今増えてしまっています。五十九単位プラス語学、プラス法学を取らなきゃいけないんですよ。今、いろんな資格も学生たちはダブルスクールして取っているわけですよね。その中で教員の資格まで取っていくというのは大変なことになっていて、そうしたら、今は就職戦線が回復してきましたから、やめちゃおうという学生が出てくるのは当然です。昨日もゼミをやったんですけれども、学生が来年の教育実習先に面接に行ったら、先生が、今教師は本当に大変だと、あんた本当にやる気あるのかと何回も念を押されたというんですよ。
 実は、僕、今お世話になっている十六人の学生、その中で本気で教員になろうと思っているのは三人しかいません。一応免許を取っておこうと。それでも大変なんですけれども、たった三人ですね。僕なんかは去年十四人卒業させましたけれども、ゼミ生、教師になったの一人です。先生、もうちょっと様子を見てみますというわけですね、もうちょっと安定するまで。こんなところへ飛び込んでいけないというわけですよね。なってほしい子がぞろぞろいるのになってくれない。で、民間企業に勤めてしまうわけですね。もうもったいないと思います。だから、そういう子を励ますような、わあ、社会も応援してくれているんだというふうな僕は政策が必要だろうと。
 それで、調整手当とかいろんなことで一般行政職よりも教員の給料は二・六七%ですか、高いと言われていますけれども、それも今度はフラットにされるわけですよね。僕、お金が欲しくて教師になる人、見たことありません。だけれども、それは社会がそうやって応援でしているんですよというメッセージ性なわけです。そこにプライドを持つわけです。お金じゃありません。僕もちょうど人確法が通った辺りのときに教員になったんですが、教頭から、尾木さん、僕たちは、教員はたくさん給料もらっているんだから社会的責任果たさなきゃいけないよと言われて、本気でそうだと思いました。そういうメッセージ性が大事なんであって、何か痛め付けるような政策、もちろん先生方そういうふうに思っておられると思いませんけれども、そればっかりのような感じで学生は受け止めるわけですね。
 それから、現場の教師はどうなのかといいますと、見てください、現職教員をめぐる問題では四つあります。もう長時間労働のこの広がり、拡大と、それから心の病が急増してしまっているという問題ですね。
 これもこの間、文科省のデータとか労働科学研究所とか幾つかの貴重なデータが出てきました。四十年ぶりで調査が行われたというようなことも報道されていますけれども、大変な事態ですよね。公立小中学校の勤務時間は、夏休みを除いて五か月平均でいいますと約十一時間です。そこら辺は資料の三の朝日新聞にありますけれども、「先生ヘトヘト どう解消」するかと。こういうようなのが新聞でも大きな特集になるような状況ですね。休憩時間、いつも取れなかった、ほとんど取れないことが多いというのは八六%おられます。それから、休日出勤をしている方が中学校では八五%です。お休みの日も学校へ行っています。それから、じゃ代休を取れたのかといえば、代休が取れないという方が八〇%いるわけですね。これは本当に過酷な労働になっているわけです。こういう中で、精神的な疾患になる先生が文科省のデータでも二〇〇五年度、四千百七十八人に達しています。何と十年前の三倍になっているわけですね。
 ですから、東京都の教育委員会なんかついにたまらずにどういうことをされているかと。これ、見てください。「こころの窓を開けてみませんか」というパンフレットなんです。「こころの窓を開けてみませんか」と。明日をさわやかな気持ちで迎えたい、そのために覚えておいていただきたい心の健康管理について御案内します。心の窓を開けて風を入れてみませんかというふうに、いろんな専門家がお書きになっているパンフレット、リーフレットと言うんですか、あるわけです。そして、念入りにこんな小さなコーティングしてあって、お茶をこぼしてもぬれないようになっているこれがありまして、「こころにも休み時間を」という、これみんなに配られているんですよ。そして、このカードをお手元に置き、たまには心の窓を開けましょうというので七つ書いてあります。
 一番、何でしょう。まず、深呼吸、好きな風景、写真を見詰めて一分間。二番目、何事も、結論を急がずいい加減。三番目、次のこと、明日のことを考え過ぎずに今は楽しく。四番目、職員室、出てみて少し居場所変え。五番目、一人悩まずだれかに話し、一休み。六番目、自信がなければ相談窓口へ連絡を。七番目、早めに受診、上手に処方薬といって、裏に相談先の電話番号がずらっと書いているんです。
 ここまで今実態がなっている中で、僕は先生方が一生懸命考えてくださって、十年で免許を変えたらどうか。社会的な支持も親の方は結構あると思います、確かに不満が一杯ありますから。だけれども、追い詰めるだけでは僕は駄目だということを申し上げたいなというふうに思います。
 それから、時間が来てしまいましたので、あとのほかの二つの法案についても意見はレジュメに一応まとめてありますので、よろしくお願いします。
 ありがとうございました。
#11
○委員長(狩野安君) ありがとうございました。
 以上で参考人の皆様からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 各参考人にお願いを申し上げます。御答弁の際は、委員長の指名を受けてから御発言いただくようお願いいたします。
 また、時間が限られておりますので、できるだけ簡潔な御答弁をお願い申し上げます。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
#12
○中川義雄君 自由民主党の中川義雄と申します。選挙区は北海道選挙区でありますので、よろしくお願いします。
 四人の参考人全員にお聞きしたいんですけれども、教育の正常化という言葉がよく聞くわけですが、それを学校教育の場でどのように認識するかということがありますが、私も北海道なものですから協定書問題その他いろんな大きな問題があって、私もある卒業式に出て、北海道から国に上がった報告書ですと、国歌はもう一〇〇%近くちゃんと歌っていますという報告なんですけど、異常に感じたのは、国歌の斉唱になったときに、ピアノの伴奏をしていた先生が席を立って、急にテープが掛かりまして、そして国歌の斉唱になった。聞こえてきたのは参加した大人たちのだみ声でありまして、期待していた子供たちのきれいな国歌というのはなかった。そんなことを、それを見たときに本当にまだまだ学校教育の現場での正常化というのは成ってないんだなという感じをして、非常にショックを受けたわけですが。
 そこで、学校教育の現状について先生方はどう認識されているのか、また、それを踏まえて、公教育の再生を図るために何が最も大切なのか、お聞かせいただきたいと思います。
#13
○参考人(梶田叡一君) 非常に難しいといいますか、非常に重大な今、問い掛けだと思います。
 まず、私も、正常化という言葉を使うべきかどうかというのは別としまして、少なくとも教育の場にあるまじきそういう現状が長くいろんなところにあったということは、私は直視しなければいけない。これをどう言いますかね、言葉で。例えば、思想信条の自由とかそういう高邁な言葉で教育現場の混乱を、それを合理化して、あるいは覆い尽くして見るということはまずいと思っております。私も大阪ですから、今、北海道の例を出されましたけど、同じようなものを見ております。
 ただ、しかし、全体的に言いますと、急速に今、学校が教育の場として本当にその名にふさわしいものになりつつあるという、まあ楽観的過ぎるとおしかりを受けるかもしれません、私は本当に急速にそういうふうになってきたという、そういうふうに思っています。私も北海道から沖縄まで毎年現場をお邪魔いたしますが、そういう気持ちを持っております。もちろん濃淡がございます。濃淡ございますが、そういうふうな流れだと思っております。
 そういうことで、これから何をしなきゃいけないかということで、ここで大事なんですけれども、先ほど尾木先生もおっしゃったけれども、私は、何というかな、取締りの発想では無理だと思うんですよ。どうやってもう忍耐強く忍耐強くやはり話合いをしながらやっていくかということが一番大事じゃないかなと。
 今、私、少し本当に性急なあれがあって、例えばある厳しい枠組みつくれば何かぴしっとなるというものでは必ずしもないんじゃないかな。すると、これがうっくつした形で残っていって、またもっとまずい形で子供の前で出てくるといけないなという、そういう気持ちを私は実は持っておりまして、ですから、簡単に言ってしまいますと、学校たたきあるいは教師たたきにならないような形を、大人の知恵で良識を持って工夫しながら、やはり本当に学校というものが教育の場としてふさわしいものに全国津々浦々なっていくような、そういう努力をしなければいけないなと、そういうふうに思っております。
#14
○参考人(品川裕香君) 今の質問に関連しまして、三つ申し上げたいなと思います。
 まず一つは、報道も含めまして、教育現場の何か悪いところばっかりが強調されているような気がするんですが、私もちょうど週末、釧路で講演していたんですけれども、本当に全国いろんな、都会も山間部もいろいろ行きますが、決して悪いところばっかりではないんですね。本当に学校の現場は、先生方すごく頑張っておられて、地域と一緒にコミュニティースクールつくったりしているところもあります。確かに報道に上がってくるようなとんでもない学校あるいはとんでもない先生がいらっしゃるのもまた事実ですが、その一つを取って全体が悪いというようなことは、やはりそういった判断というのはちょっと考えなければいけないなというふうに感じています。
 じゃ、いい学校がどういう学校かということは、それは共通して言えることがありまして、やっぱり学校のマネジメントがすごくいいということです。校長先生がやっぱり非常に自分のところの、どういう子供たちがいるのかとか、どういう保護者がいるのかとか、うちのところのニーズは何なのかということをよく分析されておられて、さらに、うちの学校はこういうゴールだというゴール設定をしっかりされているところは、例えばこの間、教師のうつを取材したときにも、例えばいい、先ほど尾木先生が見せておられたああいったチラシがないところでも、校長先生が先生方のチームを上手につくられていてバックアップしています。なので、私はやっぱり学校現場の大きい課題は実はマネジメント、学校長のマネジメントは大きいだろうなと思っています。それが一点です。
 もう一つは、子供の学力を上げていくというところについては、やはり先ほどもちょっと申し上げましたけれども、エビデンスベースの教育をやはり導入していく。日本の学校の先生は、アメリカとかイギリスとかスウェーデンとかの公教育の先生方を取材していますと、私は日本の先生はすごくポテンシャルは高いと思っています。日本の先生、四十人学級を相手にして、四十人の生徒を相手にしたり、いろんな保護者がいるわけですよね。給食費を夜の十時に取りに行かなきゃいけない先生方もおられます。その中で頑張っていらっしゃるので、ポテンシャルは全然高いなというふうに思っています。
 ただ、地域によってはやっぱり制度疲労を起こしていたりとか、本当に保護者が過大な要求を学校側にしたりとか、あるいは学校の中でマネジメントがうまくいっていないとかというような問題もあります。そういった状況をクリアにしていく一つは、やはり先生方が元々脈々と持っておられたいい指導方法を更にエビデンスベースで補強していくことだろうなというふうに考えています。そうすることによって、今やっているプログラムの評価ができて、よりいいものは更により良くすればいいし、ああ、これ効果がないなというものはやめていけばいいのかなという、そういう取捨選択ができるんだろうなと思っています。
 三つ目は、先ほどちょっと時間がなくてお話しできなかったんですが、実は教育のパラダイムシフトをしていくことだと思っています。それは、二〇〇一年にWHOがICFモデルというものを出したんですね。これは障害の社会モデルという言い方をします。従来は、障害というのは個人因子があって、何かディスオーダーがあって、それがディスアビリティー、つまり何か生まれ付きできないことがあったことが社会参加をさせていけないという発想なんですが、そうではなくて、個人因子があっても環境因子が整えば社会参加できればいいであろうというのがそのICFモデルなんですね。これ、厚労省のホームページには出ているんですが、文部科学省の方には出ているかどうか、毎回講演で言うんですが、ちょっとそれはごめんなさい、確認していないんですけれども。
 教育ということ、それから子供における現場ということを考えたときに、それはやっぱり環境を整えるということがとっても大事だというふうに感じています。なので、環境をどうやって整えていってあげるかということが、例えばすべての子供にとってメリットがあるということなんですね。それが先ほどちょっと私がその特別支援教育を障害児教育の新しい呼称にしないでほしいと申し上げたことにつながるんですけれども、右利きの人も左利きの人も使いやすいはさみ、ユニバーサルデザイン、いいますよね。やっぱり教育もユニバーサルデザインにしていくべきだろうというふうに思っています。していった方がいろんな人が、先生もハッピーになるだろうし、やりやすくなるし、それから子供たちも助かるというふうに思います。
 それの一つのツールが、やっぱり子供の学習スタイルと認知の多様性、認知と学習スタイルの多様性ということをじゃ知って、それをどうやって集団の中で落とし込んでいくかということなんですね。そういったことが教育の中で落とし込むことができることによって先生方がすごく教育もうまくいくし、それから子供も楽になっている。
 実際に不登校、うちの学校、不登校いませんとか、いじめがあってもすぐ見付けますというような学校は、学校長がすごくマネジメントもいいし、そこにはごくごく普通に発達課題のある子供も教室にいるし、あの子供は多分虐待あるかもしれないんだよね、でも集団の中で学校にできることをやっていくんだというふうに先生がおっしゃっているんですね。
 多様性を見る目というものが養われることによって多くの教育課題は解決されていくんではないかなというふうに思っています。
 以上です。
#15
○参考人(近藤彰郎君) 正常化ということでいうと、学校の現場が、やっぱり教職員が一丸となって生徒に、事に当たるような状況がつくり上げられていなきゃいけないということだと思います。そういう意味で、今、非常に難しい問題ですけど、国歌といわゆる国旗の問題が挙げられましたけど、私はこう考えます。私、誤解ないように私のことをまず言います。
 うちの学校は六十九年間、六十九年目の学校ですけど、日の丸ずっと揚げ続けています。君が代も歌っています。これは私どもの学校の意思です。ですから、法律があるなしにかかわらず、日本にいる学校、人間として、いわゆる思想的なことは別としまして、思想はいろいろあるでしょうけれども、学校としてそういう形でやっています。
 しかし、私立学校は様々です。ですから、それを強制することは本当にいいかどうかということはよく考えていただきたい。実は、宗教系の学校もあると言いました。宗教系の学校については、思想的なこととは別に、体験的な、心情的なことがあります。これは戦争中にマリア像をどけられて日の丸掲げさせられたということもあるわけですから。そういう学校にとってみれば強制されることは、例えば入学式、卒業式というのは非常にプライベートな空間ですよね、私学にとってみれば。そこに揚げろと言われると抵抗感があると思います。ただ、私自身は常掲というのは何も構わないと思うので、建物の一番上に日の丸を揚げるか揚げないか、それは決めればいいけど、それを非常にプライベートな空間まで持ち込んだ場合には、私学の場合にはまだまだ一部体験的なことから抵抗を持つことがありますので、そういう問題だけで対立をしても、これはいい教育、全体になっていきませんので、その辺は私は配慮をしていくべきだろうというふうに思います。
 東京都も、実は東京都の公立は日の丸を揚げなかった教員あるいは立たなかった教員ですが、これ処分までしていますね。これはいわゆる業務命令の中で経営者が決めたことを守らないという、そういう意味での判断だというふうに私は理解しています。ですから、私どもの学校でも、もし私どもの学校として決めたことに従わない先生がいれば、それはそれなりにやっぱり対応せざるを得ないと、自由ではないんだろうというふうに思います。ただ、強制するかしないかというのは大きな問題だというふうに思っております。
 以上です。
#16
○参考人(尾木直樹君) 僕の基本的な考え方というのは、教育の正常化ということに対して言えば、やっぱり強制はあってはならないという、近藤先生と同じ考えですね。この前提に基づいて、じゃどうするのかという問題ですけれども、やっぱり教育条理というかしら、教育の条理にのっとって考えていくべきだろうと、合意していくべきだろうというふうに思います。
 その場合の、例えば卒業式、教育条理からいえば何だろうというと、これは現場で私たちはよく使うんですけれども、卒業式というのは最後の授業なんですね。その最後の授業に混乱があったり不快な思いがあったりするということは、これはどういう形であっても僕はよくないと思うんですね。だから、その最後の授業がみんな気持ち良く、先生方も来賓の方も気持ち良く迎えていけるように。
 その中で一番中心はだれかというと、子供が主役なんですね。主役は子供だと思います。そこのところが本当に輝いて、希望に満ちて次の学校とか社会に巣立っていけるような、そういう中身であるということが大事なんであって、例えば君が代がどうであったかとか歌声が小さかったかとか、そういうところで僕は単純に形式的に判断するべきではないだろうと。
 ただし、学校というのは非常に先生方はまじめなんですね。そうすると、一生懸命やろうとすると、例えば行政的に言いますと、声の大きさをじゃ調査するとか、起立はちゃんとしたのかとか、形でどうしてもやっぱりとらえがちになるわけですよね。そうすると、ある自治体なんかは、声量調査というので校歌よりも大きな声で君が代が歌えたこととかいうわけですね。そうすると、変なずるい先生がいて、校歌は余り大きな声で歌うなと言う先生がいるわけですね。これはばかばかしいことだと思うんです、いずれにしても。だから、座っていればいいということでもないでしょうし、そこのところをやっぱりもっと大人の判断で、子供を主役にして気持ち良くどうするのかというところで僕は議論していただきたい。教育条理というのをやっぱり前面に出していただきたいなということを思います。
 それから、どうも今のこの法律ですね、学校教育法の改正のところでそういうふうなこととも関連するのか分かりませんけれども、副校長とか主幹教諭とか指導教諭を置くことができるというので、第三十七条で四項、五項で書かれています。これが僕非常に気になったんですね。意図するところは分からないわけではないんです。そういう中間管理職的な先生をたくさん配置してマネジメント効果を上げていこうとされているんだと思うんです。それは企業論理というかしら、会社なんかでは僕は大いにあるんだろうと思うんですね、僕は経験ないので分かりませんけれども。ただし、僕はやっぱり現実から立ち上げるべきだと。物すごい現実主義者なんですけれども。
 例えば東京都、資料の六番に挙げてあります、一番最後のところに。これは六月四日付けの日本教育新聞のコピーなんですけれども、東京都は主幹になる人がいなくて、来年から二人小学校で置いていたのを一人にしよう、それから中学校では三人を二人にしていこうというふうにして今考えておられるわけですね。それで、充足率でいいますと、小学校で六割強なんです。主幹が置けと言われているのを置けてないわけですよね。中学校では八割弱。受験倍率、じゃ主幹になりたいというので受験する人、東京でいうと一・一倍です。ほとんど全員受かるわけですよ。
 それで、年齢制限も、東京は今度三十八歳だったのを三十六まで下げるというので、実際、今現在手当が支払われているんですけれども、月たったプラス二万円ぐらいなんですよ。年間二十五万そこそこでやってられる仕事かといって、だれもならないわけですよね。大阪も、首席という言い方で、主幹とは言いませんけれども、同じことをやっておられると。やっぱり応募者いなくて、首席の代理というのを設けて何とか乗り越えたりとか、めちゃくちゃな状況なんですよ。それをあえて国が後追いしてやるのかというところが僕は分からないんですよね。
 それに代わる、もっと違う、そういうリスクを負わないものがあるというんなら分かるんですけれども、それは管理を強化するだけで、現場に負担は恐らく三十時間ぐらい時間数が多くなります。というのは、副校長は教育に携わると書いていないんです、よく見ましたら。授業を持たないんです。教頭は授業を持つんです、八時間ぐらい持ってくれるんですよ。そうしたら、その分が皆現場に、平の先生にしわ寄せるでしょう。ますます忙しくなって、職場の同僚性というんですか、連帯感とか、教頭を支えよう、副校長を支えようという気持ちもなくなりますよ、もうこれは。僕も現場でそういう経験しましたけれども。そこら辺、ちょっと実態から立ち上げていく必要があるなというふうに思っています。
#17
○中川義雄君 時間が余りなくなったものですから、梶田参考人にお聞かせいただきたいと思いますが、今回の改正案では、規範意識や公共の精神、伝統と文化を尊重し、我が国の郷土を愛する態度などを育てていくために、そういうことになっているんですけど、これでどのような具体的な教育がなされるのか、考え方を教えていただきたいと思います。
#18
○参考人(梶田叡一君) これは非常に大事なところだと思うんです。これは民主党の方の教育基本法のあれにもきちっと書かれておりまして、やはり今、多くの国民の方々が、どうも公共の精神とかあるいは日本の伝統や文化についての理解が敗戦後六十年、著しくやはり弱化してしまっているんじゃないか。この日本という一つの共同体ですね、日本の社会という、こういうところでやっていくときに、自分さえ良ければという、何でも主張して自分の個人的な利益さえ図ればいいという、こういうことだと共同体というのはやっていけませんわね。みんなで手をつなぎながら、みんなでうまくいくという、みんなでハッピーになるという、これがなきゃいけない。
 同時に、この共同体が今ここでできているということは、実は前の先人たちの御苦労のおかげなわけですよ。御苦労のおかげなのに、それを顧みようともしないというのはまずいだろうと、こういうことでみんな考えていると思います。
 で、それを教育の中でどうするかと。これは、私ども中教審で、今度、指導要領の改訂をこれが終わりましたら行きますけれども、教育課程部会というところがこれを担当いたします。この中でやっていく中で、簡単に言いますとこういうことを考えております。
 一つは、やはりいろんな教科で日本の伝統や文化に関係するものを材料として入れていきたいよねと。同時に、公共の精神ですね、みんなで力を合わせて何かをつくり上げていくということ、みんなのためにやることが自分のことにもなるという、その往復作用を教えていきたいよね。
 そういうことをやっていく中で注意しなけりゃいけないのは、やはり昭和初年から二十年までの痛い、非常に一面的だった、日本の歴史の中でごくごく短かったそういう一面的なときがあった、これに落ち込まないようにしようよねと。これは何かというと、エスノセントリズムですね。つまり、日本の国のことだけ考えて、日本の伝統のことだけ考えて、開かれていない。
 日本のことを考えるということは、共同体として、公共的なものとして考える場合にも伝統を考えるときもそうなんですけれども、それは実は日本という現実に足を下ろしながら、しかし世界の人類社会に開かれるというそういうものでなきゃいけないということをいろんな形で言い合って、ですから、日本のこと、公共の精神というのも、これは実は日本の社会だけじゃなくて、これは世界のという、特にアジア、アフリカ、ラテンアメリカという、そういうところに目を向けるようなことは必要だろう。同時に、伝統といいましても、日本の伝統をやりながら、そしてそれを土台にしながら、同時にヨーロッパやアメリカやアジア、アフリカ、ラテンアメリカ、そういうことの伝統、文化、こういうことも同時に学んでいける、そういう開かれた、そういうことをやらなきゃいけないよねということが常に話し合われております。そういうことで生きていきたいなというふうに考えております。
 どうもありがとうございました。
#19
○林久美子君 民主党の林久美子でございます。
 本日は、四人の参考人の先生方、ありがとうございます。本当によく現場を知っていらっしゃる先生方の御意見を本当に有り難く拝聴をさせていただきました。
 今こうして教育をめぐる問題について法改正が行われようとしている中で、委員会の場などで私たちも議論をしているんですけれども、やはり大切なのは、この法律を変えることで現場がどう変わっていくのかということであるというふうに思っております。先ほど来、先生方からも御指摘ありましたように、今、本当に子供たちも追い詰められている、そして学校の先生も追い詰められている、さらには家庭でもあるいは地域でも、みんながこの教育を何とかしていかなきゃいけない、子供たちをきちっと育てていきたいと思いながらも非常に苦しいところに置かれているということは、多分みんなが一致して持っている見解ではないかなというふうに思っております。
 非常に貴重なお話を聞かせていただきましたので、それぞれの参考人の先生方にいろいろな点で御意見を賜れればと思っております。
 それでは、まず品川参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。
 この教育を、子供たちが非常に自己評価の意識が低いという状況の中で、いろんな形を考えたときに、やはりポイントは特別支援教育ではないかという御指摘もございました。限られた時間でもございましたので多分思いのすべてをお話しいただいたわけではないと思うんですが、では、じゃどうすればそのセルフエスティームが高くなっていくのかということと、このレジュメを拝見させていただいておりますと、いろいろな制度的な問題であるとかについても御意見をお持ちでいらっしゃるようでございますので、その点、もう少し詳しくお聞かせをいただければと思います。お願いします。
#20
○参考人(品川裕香君) ありがとうございます。
 自己評価が低いということと、それで特別支援教育がポイントになるというのは、特別支援教育を従来の障害児教育というふうに取って、診断があるから支援するというふうにしてしまっては多分駄目なんですね。今すごくうまくいっている学校をいろいろ見ていますと、本当に温かい雰囲気の中で先生が、その子供たちが個々、一人一人どういうニーズがあるかというのをごらんになって、凸凹を見て、凸のところは引っ張り、凹は押し上げるというようなことをやっているわけですね。
 特別支援教育の発想というのは、個々には、一人一人、人間一人一人、認知と学習スタイルに多様性があるということの前提を踏まえています。その前提を踏まえて、その多様性に応じた教育をしていく。
 例えばこういうケースがあるんですね。読み書きがしんどい子供がいたわけです。LDと診断されている小学生がいたんですが、その子のためにその先生がプリントにルビを振ったわけです。平仮名を、漢字にルビを振りました。それでそれを受けて、ここでポイントは、その子供だけにやってしまうとこれがまたいじめにつながっていく、何でおまえだけそうなるんだとなっていくわけですね。ところが、その学校の先生は何をされたかというと、クラス全体に配るプリントにルビを振るわけです。そうすると、子供は小学生なんですけれども、最初、何でこんな簡単な漢字に平仮名が振ってあるんですかって聞くわけですね。先生は、あのなと言って、みんな、学校というのは間違える場だから、これをやることによって君たちに力が付くんだというような、全体を正にユニバーサルな発想で教育されたわけです。
 そうすると、どういうことが起こったかというと、黒板に字を書くときも子供たちはルビを振っていったというケースがあって、結果的に何が起こったかというと、その学年のそのクラスだけ漢字の力がぐんと上がったそうなんですね。上がったんですね。それを受けて、今度はほかのクラスの担任が、なぜあのクラスだけみんな、あんなに漢字漢字言うんだろうと。子供たちは漢字検定も受けたりもしているわけです。すごく、それがきっかけで、温かい雰囲気になって、いじめもなくなっていったという、その一つのケースですけれども。
 その学年は、あのクラスとうちのクラスの違いはどうもプリントにルビを振ってある違いだけじゃないかということになって、じゃ、うちもやろうじゃないのといって。もちろん、それがすべてとは言いません。いろんなケースがあるから、一つの事例を取って、それが絶対だと言うつもりはないですが、例えばそういうことなんですね。そういった一人の子供が助かるやり方が結果的にほかの子供の学力を上げていく。そして、その子が凸凹があるということを理解するということによって、いろんな子供いていいじゃないという雰囲気が浸透していくんですね。
 セルフエスティームを上げるということについても、先ほど私が今の教育の課題で発達課題に応じた教育をしていくことが大事だということを申し上げました。学童期というのは発達課題を考えますと集団を学ぶ時期なんですね。いかに温かい集団を作り、その集団の中で個々の力を付けていくか。これをエビデンスベースでやったのが、先ほどもちょっとお話ししましたけれども、広島少年院だったわけですね。そのプログラムを作られた向井さんという方は、結局、マネジメントをどう作り、個々の先生の力をどう上げ、そして子供たちの凸凹、認知を見ながら、かつ温かくやっていく。そうすると、学校でおまえなんか学校なんか来なくていいと言われていた非行少年が、十六歳になって初めて分数が分かったりする。そうすると初めて、学校って先生楽しいんですねって、勉強って楽しいんですねって言ったりしていくわけですね。
 それが、私が申し上げている特別支援教育的な視点を教育に導入する。それが結果的に先生方、新しい教育をやることがお金が掛かるとか大変だと思われる方がいらっしゃるかもしれないんですが、そんなことはないんですね。本当に発想をばんと変えるということ、それがすごく求められていて、それをやることによっていろんな子供たちが、すべての子供たちが助かるだろうと思っています。
 それから、先ほどちょっと申し上げられなかったことは、とはいっても、やはりまだまだ制度上のニッチなところに落ち込んでいくということはあるわけです。例えば虐待の取材をしていると、ああ、じゃ、それは福祉課へ行ってください、じゃ、学校教育の問題は文科省ですよね。その子供が非行に走ったら法務省という形になって、やっぱり連携がなかなかうまくいっていない。ところが、個々の、法務省には法務省、警察には警察、文科には文科、厚労には厚労、それぞれやっぱりすごい知見があるんですが、ここの交流をやっていくことによって現場の先生を更に支え、それがひいては子供たちを支えていけるような制度改革になるであろうというふうに感じています。
 もう一つのポイントは、先ほどお話ししませんでしたけれども、子供の権利を守るために紛争解決をしていくようなやはり行政審判所みたいなものは私は必要だと思っているんですね。問題教師のことばかり言われていますが、やっぱり先生が保護者に物すごく責められたりしているケースがあって、学校で一致団結して何とかしましょうといっても、できない場も正直言ってありますよね。もちろん問題のある先生方もいらっしゃいますよね。やっぱりそういった問題、虐待を見付けてもすぐ手が出せないということもありますし、いじめもそうですよね。子供の権利を守るためのやっぱりそういったシステムということは私は必要だろうなと思っています。
 そういうことも併せて是非御検討いただければいいなと思います。
#21
○林久美子君 ありがとうございました。
 本当に正におっしゃるとおりであるなと思いながら伺っていたんですが、子供をめぐる政策がそれぞれの縦割りの壁に阻まれていると今御指摘もいただいたわけでございますが、正にそうした意味でも、例えば学校の安全なんかでも、例えば小学校だったら文科省だし、保育所だったら厚労省だし、通学路になったら国交省で、塾は経産省みたいな世界の中でかなり行政の壁に阻まれているということで、やはりそういった政策を一元的にやっていくべきではないかなということは従来も我々も考えてきていることではあるんですけれども、いただいた御意見も参考にさせていただきながら、本当に子供たちにとって一番いい教育環境がつくられるように尽くしてまいりたいというふうに思っております。
 では、次に近藤参考人にお伺いをしたいというふうに思います。
 正に、私学の独自性、建学の精神ということも本当にお話をいただいたわけでございますけれども、我々もやはり学校の主体性というのは非常に大切であるというふうに思っております。これは、私学であれ、あるいは公立であれ、それぞれには地域に応じた学校の姿というのはあるというふうに思っておりまして、我々もこれまでいろいろ議論をしている中で、教育委員会に依存をする学校から、学校理事会という、いわゆる地域の方、保護者の方も、いろんな方が入ったその学校理事会とともに学校の主体性を尊重していく、そういう学校づくりというのが大事なのではないかというふうに考えておるわけでございまして、ある意味ではもっと主権型の学校を目指していくべきではないかというふうに考えておるんですが、近藤参考人の御意見を聞かせていただければと思います。
#22
○参考人(近藤彰郎君) いわゆる主体性がどちらに重きを置くかということですけれども、これはやっぱり責任の問題とやはりダブって考える必要があると思います。主体性がどっちになるかということも大事なんですが、私はやっぱり現場というものとそれから例えば教育委員会があるとすれば、経営者ですよね、経営者が現場をどれだけ知るかということが大事だと思います。
 ですから、これは公私は違いますけれども、私学の場合でしたら、例えばいわゆる学校経営者である理事会、それから校長ですね、これは当然何かあれば現場へ出ていきますね、実際見ますね、先生たちどうなんだろう、生徒どうなんだろうと。その中からどうしようという発想がやっぱり結び付いてくるというふうに思いますので、公立のことは私はすべて分かっているわけじゃないので、いい加減なことは申し上げられませんが、少なくとも私は現場主義というのを例えば学校現場でもある意味大事にしないといけないと。現場だけでやろうと思うと、今度責任との兼ね合いがありますから、その辺のバランスだというふうに思いますけれども。
 私は企業で勤めたこともありますが、そのときに感じたのは、やっぱり責任と、現場のくみ上げがどうなるかというのはこれはすごく大事なんですね。大きな会社になればなるほど現場の状況が社長まで伝わらなければもう判断ミスになるわけですよ。それを伝えていくのはどういうことなのかと。課長、部長を通じていく、それが非常にスムーズに血管の大動脈みたいにうまく流れていればいいですけれども、それが詰まるとうまくいかないわけです。そのときはバイパスでいくとかいろいろな方法があるわけですね。そこを大事にした方がよろしいんじゃないかなというふうに思います。
#23
○林久美子君 ありがとうございました。
 そして、先ほど、今回の地教行法について、二十七条の二についての御指摘ありましたけれども、要するに独自性を守るための担保をしっかりとしていただきたいという御指摘あったかと思うんですが、具体的に何かお知恵があれば、お聞かせいただければと思います。
#24
○参考人(近藤彰郎君) 私立学校にかかわることですから、ですからやっぱり助言を求める場合に、私立学校に協議するなり、私立学校の求めに応じてとか、そういう形で御判断をいただきたいというふうに思います。
 要するに、公立は公立で専門的な知識、当然教育としてあるわけですが、しかし私立学校の専門家というのはいらっしゃらないはずなんですね。先ほど言いましたように、多種多様な状況がそこにあるんで、その意味で私は私立学校というのは自己責任を負うしかしようがないと。社会的な指弾を浴びることに対しても、教育効果についても、これは自己責任を負う以外にないんだと。ただ、他者から言われて、その価値観を入れて失敗したらだれが責任を負うんだろうということがありますので、そういう意味で責任の明確化ということでいえば、やはり何か助言を求めるときには、私立学校と協議するなり、そういう努力を是非入れていただきたいというふうに思っています。それが担保することに恐らくつながるんではないかというふうに思っております。
 以上です。
#25
○林久美子君 ありがとうございました。
 では、続きまして尾木参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。
 非常に分かりやすく、ユーモアを交えてお話をいただきまして、ありがとうございました。先ほどおっしゃいました教育に企業の論理は当てはまらないという御指摘なんですが、私も正にそういうふうに感じております。競争社会ということが言われて、国際競争力ということもよく指摘をされるんですけれども、それの原理にそぐうものとそぐわないものというのがやはり世の中にあるというふうに思っておりまして、とりわけ義務教育、公教育におきましては、例えば、今財政破綻した夕張市なんかでも教育予算がもう半分になってしまっている現状がある中で、じゃ、そういうときにどうやって国があるいは行政が学校を守っていくのか、子供たちの学ぶ権利を保障していくのかというのは本当に非常に重要な課題であるというふうにも思っております。そこにはいわゆる経済論理だけでは計り知れない世界がやはりあると思うんですけれども。
 そうした中で、一方で、やはり北風政策ではなくて、学校の先生にもやる気を持ってもらうようなメッセージ性であり、政策が必要だという御指摘がありました。優秀な学生たちがもう入口のところで足踏みをしてしまっていると。正に人づくりは国づくりであり、そのベースはやはり教育であるということを考えると、優秀でそしてやる気があって子供たちと向き合っていきたいという思いを持った人たちができるだけ多く教育現場で力を発揮していただくことが非常に重要であると思っているんですが、では具体的にやる気を起こさせるような政策が必要であるとか、教師を追い詰めるだけではなくてもっとインセンティブを働かせるようなことも考えなきゃいけないと思うんですが、その点について具体的にお話をいただければ有り難いと思います。
#26
○参考人(尾木直樹君) 本当に先生方は子供のことを大好きで、子供のためにあれだけの残業をして身を粉にして働いておられるわけですよね。ここのところへの政策的な支援というのは、僕、一番、物すごく単純なんですけれども、金と人という二つだと思うんですよ。しっかりやっぱり予算をたくさん配当してあげるということですね。
 これはもう先生方御承知のとおり、日本の教育予算というのは先進国の中でGDP比に占める割合は最下位なわけですよね。しかも、ずっと毎年連続して下げている国は本当に日本だけですよね、見てみますと。これは文科省も一生懸命予算要求されていますけれども、残念ながら国の全体の枠の中で厳しい状況というのは続いているわけですけれども、やっぱりお金を出さないで何にも動かないだろうと思いますね。ここのところを、先ほど調整手当の件なんかも言いましたけれども、わずか四%や二・六七%であっても、そういうまなざしでバックアップされているというようなことはすごくうれしいわけですよね。そこのところのお金の問題。
 それから、例えば今東京なんかで言いますと、事務なんかも五、六校がまとまって、統合して模造紙とかあるいは画用紙の発注なんかもやるわけですよね。それは財政が逼迫している中でいろんな工夫というのは僕は必要だろうと思うんです。ところが、例えば直前になって運動会でこれが要るといったときに買えないで現場は困っちゃっているわけですよね。だから、一見、企業的な論理とか何か僕らよく分からないんですけれども、何かの発想で言うと、そういう統合センターみたいなのがあって何かやっていくとうまくいくように思われるのか分かりませんが、現実は全部裏目に出ているんです。全部というような言い方、ちょっときついですね。ほとんどが裏目に出ているんですよね。これを何とかしてほしいと。
 だから、教育予算をせめて、僕、昔みたいに世界で四番目、五番目ぐらいとまでは言わない、国際平均水準までは戻してほしいと思いますね。そのことに対しては、国民的な僕は反論はないだろうと思うんですよ。そんなところに金を使うなという声は僕ないような気がします。だから、教育の領域だけはこれは聖域にしてほしいなという気がしますね。
 それからもう一つは、実は習熟度別授業だとかいろんな工夫を今やってくださっているわけですけれども、なかなかこれが効果を上げていません、実を言いますと。やっぱり一番必要なのは、結論からいいますと少人数の学級なんですね、学校の現場が求めているのは。
 もうこれも御承知のとおり、東京都以外はすべての県で、今自治体が財政逼迫している中で工夫して皆少人数学級をやっておられるわけですね。大変な人数制限のところでは二十五人でやっている、工面しながらやっている市もあるわけですよね。つまり、これだけ大変な中で教育のところで少人数学級でこれだけやっているということは、それだけの効果があるからであって、例えば先頭を切っておやりになった山形県なんかは、近隣のそういう県を集めて、やっぱり県民に対する説明責任があると、それだけ金を使っているんならば効果は上がっているよと言わなきゃいけないだろうというので、研究会も開かれて何回か発表もされていますけれども、圧倒的に不登校だとかいじめは減っているし、学力も上がっているという成果まで出ているわけですよね。それから学ばない手はないだろうと、国家規模として、ということを僕すごく思いまして、だからお金をたくさん、きちっと教育には予算を掛けるということ。
 よくブレアさんの、イギリスの政権、日本に、議論されますけれども、ブレア政権なんか、自分が就いたときからこの間二〇〇五年までですか、で比較しても五倍も増やしているわけでしょう。我が国は急速に減らしているわけですから、幾ら事情があるといえ、教育のところだけは僕譲ってはいけないというふうに思います。
 それと、少人数学級をやっていったときのその効果の絶大さというのははっきりしています。習熟度別授業、これはもう梶田先生の方が専門かも分かりませんけれども、我が国はもう本当に大失敗ですね。これ十年やったらもう日本の学力、回復できないと思います。現場入ってください。学力が低い子のゆっくりコースと普通コースとスピードコースの三つに分かれていますよね。東京なんかでは、こだまコース、ひかりコース、のぞみコースと言っているところが多いんですけれども。
 見てくださいよ、先生方。易しいところは本当に易しいことしかやらないから、八十点、百点取れて満足しているんですよ。満足感を達成させているだけです。じゃ、できる子のエリート教育、僕は基本的に反対ではありませんけれども、エリートが育つのならいいですよ、スピードコースで。やっておられるのは、塾でやっているプリントをたくさんやって、丸付けやっているだけじゃないですか。あんなのでどうして分かる力とか応用力につながっていきますか。真ん中の子だけですよ、何とか上がっているのは。だから、二〇〇三年のPISA調査で日本の学力ががっと低下した。ゆとり教育だとかいろんなところ問題があるかも分かりませんが、習熟度別なんか、これやっていたらもっと加速します。
 日本は、二〇〇〇年の段階で二・四%しか落ちこぼれの子はいなかったんです。それが、二〇〇三年の段階では七・四%まで増えています。国際的な平均は六・七%ですから、国際平均よりもできない子を大量に生むような教師の力ではないんです、我が国は。ものすごくうまいの、できない子を上手にひっくるめて教えていくの。それを、人数が四十人いては大変ですから、二十人だとか二十五人とか減らしてくだされば、いじめ問題から学力問題から、いろんな問題が六割方僕は解決すると思っています。
 現場感覚で申し訳ありません。
#27
○林久美子君 ありがとうございました。
#28
○鰐淵洋子君 公明党の鰐淵洋子でございます。
 今日は四人の参考人の皆様、それぞれのお立場での貴重な御意見、大変にありがとうございました。今、当委員会で教育の課題、またこの関連法案につきまして様々審議をさせていただいておりますが、本日、本当に貴重な御意見又は指摘等もいただきまして、今日のこの参考人質疑、これを基に引き続きしっかりと審議もさせていただきたいと感じました。
 初めに梶田参考人と近藤参考人に、私立学校に関する教育行政ということでお伺いをしたいと思います。
 これは、先ほどから近藤参考人からも様々御意見をいただいておりますが、改めて私立学校の意義ということでお伺いいたしまして、本当に、教育分野はもちろんですが、日本社会における私立教育の意義、役割、大変に大きいものがあるということを改めて実感をいたしました。
 そこで、私立学校といいましても公教育の一端を担っているということでございますので、その中で、一定ルールの中で更に長所を伸ばしながら独自性、私立学校の独自性とかそういったものを発揮していく、そういった取組が私立学校ができるようにするためには、この教育行政、これからどのようにかかわっていけばいいのかということで、また更に御意見がございましたらいただきたいと思います。
 同じく、梶田参考人にも私立学校における教育行政の在り方ということで御意見をいただきたいと思います。
#29
○参考人(近藤彰郎君) 公教育の一端を担う私学がということで、私立学校は、私どもは元々、私立学校設置を認可されているわけですから、公教育、私学と呼ぶのが合っているのか、学校法人立学校ということだろうというふうに思います。
 そういう意味でいうと、当然、法的な社会ルールの中、その長所を伸ばしていくということは非常に当たり前のことなんですけれども、先ほど申しましたように、やっぱりそこに公立とそれから私学との役割分担というのはありますから、できるだけ活用をうまくしていただきたいと。そういう意味で、私立学校に対して行政がかかわり合っていくときには、やっぱり私立学校の独自性を損なわないようによく御相談をした上で、本当に私立学校がやっていこうとしている教育が国家国民のために、あるいは市民のために役に立つのかどうかという判断をしながらやっぱりしていくのがいいと思います。
 行政判断でこう決めましたからそうやってくださいという、これは責任がすべて行政の方に行ってしまいますから、先ほど言ったように、言われたとおりやったんだよと、でも結果についての我々責任を負いませんよという形のスタンスはやっぱり私立学校というのは取るべきじゃないというふうに思っておりますので、自己責任を取れる範囲で、もちろん社会の役に立ちたいと思って学校運営をしているわけですから、そこのところでの接点を持っていただければ非常に有り難いというふうに思っております。
#30
○参考人(梶田叡一君) ありがとうございます。
 今日、近藤先生から非常にるる述べられたように、私は、私立学校ということの重要性をもう一度日本の教育全体の中で再確認しなければいけないんじゃないかと、こう考えております。
 公立も、もちろん当然ですけれども、これ大事です。ただ、公立で今一つ一つの学校は、自主的に、自律的に、個性的にということでやって、今そういう努力が進んでおります。これもとっても大事なんですけれども、やはり公立ということで余り学校間に違いが出てくるのはなかなか難しいところもあります。また、小回りも利かないところもあります。
 ところが、私立というのは個々の学校でどんどんどんどんいろんな試みを大胆にやっていくことができます。もちろん公教育ですから、教育基本法、学校教育法、学習指導要領等々、そういう大きな網はみんなに同じように掛かってきますけれども、ただ、この私学というものは、私、本当に先ほどの近藤先生のお話じゃないけど、言うのはちょっとまずいかなと思って、いずれにせよ、私学と言われているようなものは、学校法人立の学校はそういう言わば公立でやれないところをどんどんどんどん乗り越えてやっています。
 実は私は、今国立大学法人は非常に自由になりましたので、私は国立大学法人の学長をやりながら、同時に仙台と松江で学校法人の理事長もやっております。仙台の幼小中高を持っているところ、これ高等学校全クラスで週一時間、仙台藩作法、これ入れております。こういうのを非常にいち早く取り入れてやれるとか、あるいは小学校でなぎなたを全部にやらせるとか、これは公立でやれないことはないんですけれども、それを校長先生以下、これはやっぱり必要だね、やろうねと思ったら次の年度からすぐやれるわけですよ。
 こういう私学の言わば小回りの利くところ、あるいは公立をどうやってひとつ乗り越えていくかという、そういう発想があるところ、これが日本の公教育の全体の多様性を担保するものになっているんじゃないか。だから、公立だけで本当にやれないとは言いません。だけれども、私立が大胆に、しかも小回りの利く形でどんどんどんどん新しい工夫をやっていくから、国民の皆さんに言わば非常に多様な形での教育機会あるいは教育の実際のプログラムが提供できると、こういうふうになっているんじゃないかと思います。
 したがって、今の鰐淵先生のお話もありましたように、やはり私立に対しては、法的に最小限のもちろんいろんなチェックは必要ですけど、それ以上超えて具体のところでできるだけ干渉がない、これが大事だと思っております。
 私立学校法を改正していただきまして、私立学校を公法人として、公の法人として、これは社会的に責任を持つ形で運営する、そういういろんな条件が付けられております。これを守っている限りは、私は十分やっていける、また現実にも十分やっておられるというふうに思っておりますので、是非その点についてこの機会にもう一段御理解をいただきたい、そういうふうに思っております。
#31
○鰐淵洋子君 ありがとうございました。
 続きまして、学習指導要領の運用についてお伺いしたいと思います。これも先ほど近藤参考人の方からもお話ししていただきましたが、この点につきまして、改めて近藤参考人と、梶田参考人にもお伺いしたいと思います。
 学習指導要領を遵守することは当然のことでございますが、その中で私学の自主性、独自性を十分配慮することも重要でありますし、また、これは公立の学校も同じだと思うんですけれども、しっかり学習指導要領の枠内で、学校ごとの実情に応じた、先ほども近藤先生もおっしゃっておりましたが、個人、生徒の実情もございますし、そういった柔軟な教育をもう少し尊重していってもいいんではないかと私も思っております。
 その点におきまして、この学習指導要領の運用に当たりましてまた改めて御意見をいただきたいと思います。梶田参考人にもお願いいたします。
#32
○参考人(近藤彰郎君) 法律的な論議は私は避けようと思います。
 ただ、現場からのいわゆる状況ですね、どういうことが教育的に有効かという観点から学習指導要領というものを考えてみますと、今までも恐らく学習指導要領というのは一つの基準として我々はとらえていたということがあります。だからこそ、その運用の中で生徒、教育にとっていい方法は何かということで純粋にそれを追っていった結果、例えば中高一貫教育、これは中学校と高等学校というのは違う学校ですね、同じ学校法人の中だけれども違う学校です。だけれども、教育の効率性とか生徒にとってプラスになることは何かということでその連携を図ったということですから、法律的に言えばもしかしたら連携しちゃいけないのかもしれないし、連携していいということにはなっていません。今は公立の学校の中高連携、いわゆる併設校型あるいは中等教育学校型というのは法律で決められてますから、それで担保されているというふうに公立は考えていらっしゃいますけど、我々はそれがない時代からやっているわけですから、そういうものを、要するにこれ、私は創意工夫だと、教育現場における創意工夫だと思っているんですが、それを取り上げないような形で学習指導要領というのを運営されていかなければいけないんじゃないかと。
 一つの例で申し上げますが、例えば未履修と一口に言いましても、先ほど言いましたように、必修科目がそもそも入ってないという未履修もあります。中学校においては、実は東京では三十校近くが未履修だということで、私学七十校あって、国公立は一校もないということで国会でも言われたんですけれども、じゃ東京の未履修問題、どんな問題なのかと。よくよく中身を見ますと、実は美術がほとんどなんですよ。ほとんど美術です。美術の授業が、いわゆる学習指導要領では、中学校一年生四十五単位、二年生三十五、三年生三十五と、百十五単位をやりなさいということになっているんですね。
 私立学校で指摘された学校は、実は、じゃ美術をやってないのかというと、百十五単位以上やっているんです。ある学校は百四十単位以上やっている学校あります。ただ、美術というのは、例えば五十分授業やるときに、準備をして、絵の具からキャンパスから準備をして、そして授業をして、そして最後、後始末しなきゃいけないんです。筆を洗ったり、工作をしたらそのごみを片付けたりしなきゃいけない。そうすると、実質的にできる時間というのは三十分ぐらいしかないんですね。それを効率的にやるために、一、二年生のときに二時間連続でやるわけです。だから、実際にやっている時間は多いんですよ。百四十時間やっているんです。でも、三年生のときにはもう終わっていますから、当然、別のことをやっているわけですよ。学年配当されたものを、これは基準としては「別表第二に定める授業時数を標準とする。」というふうになっていますから、その中での運用を私立学校としてはしたわけです。
 ところが、それが未履修だというんですよ。各学年配当されているんだから、そのとおりにやれと。これは、幾ら何でもはしの上げ下ろしまで全部規定されて、いい教育しろと言われても、これは教育現場の先生たちは思考停止に陥りますよ。言われたとおりにやらなきゃいけないんだと。私は、それはやはり何かの運用の段階で認めていくか、あるいは要するに法律というのは強行規定、任意規定があるわけですから、その中で判断をすべきだと。我々、法律を犯したというふうに言われるのは非常に心外なんですよ。経済犯とか刑法犯と同じように悪いことしたみたいに言われる。いい教育求めていったのに、結果的にこの表からは外れていたと、けしからぬと言われると、ちょっと先生たちも動き取れなくなっちゃうのかなと。
 これは、ですから、極端なものは注意してくださいと。でも、運用でやっぱり教育大事だということで、現場を中心に考えているという点では是非御理解いただいて、方法論二つあると思います。運用でいくか、いわゆる先ほど言いましたように現場での裁量権というものを最大限認めていただくか。責任はそれぞれの現場の長が負うということでいいと思うんですが、是非お願いしたいと思います。
 終わります。
#33
○参考人(梶田叡一君) 私は今、中教審の教員養成部会部会長をさせてもらっておりますから、指導要領というのは大事な一つの法令としてみんなこれを守っていかなきゃいけないですよねと、こういう立場で申し上げます。
 ただし、これ、そうなんですけれども、二〇〇〇年までは標準ということが非常に強調されてきたんですね。で、二〇〇一年からは、先ほど言いましたように流れが変わりましたんで、最低基準というふうな言い方にしております。標準ということは、標準は最低基準ですという、そういうことになると。どういうことかといいますと、やはり長い間に、本音と建前じゃないんですけれども、指導要領に書かれてあるそういう事柄と、実際に子供たちが教室で学ぶ、授業で学ぶことが、やはり一部乖離している部分が出てきた。乖離せざるを得ない部分があるんですよ、上に行けば行くほど。
 私の息子が、十年ほど前に一年間、大阪の府立高校の定時制の理科の先生をやりましたけれども、そのときに驚きましたのは、その高校は半分が夜間中学から来られた生徒、それから半分がそうでない普通の、普通のといいますか、若い生徒だったんですけれども、ともかく数学と理科はほとんど分からないという生徒たちでした。ということで、どういうことが起こっているかというと、しかもそこでは出席も取らないそうなので、授業で分かったら来ると言うんですね、充実感があれば。分からなきゃだれも来なくなると、そういうところだったわけですけれども。
 そういうところで、理科をやるのに、教科書は高校の教科書を取っているわけですけれども、しかし、実際に教える中身としては、一生懸命毎日毎日息子はパソコンで小学校の理科の教科書からいろんなことを抜き出して、高校の理科と関連ある部分を何か抜き出しては毎日毎日教える。そうしないとかみ合わないわけですね。そういうことが、例えば九七、八、九%が高等学校へ行っている、そういう実情の下では現実に起こっているわけです。
 それから、中学でも、地域によっては、教科によってはなかなか、教科書は取っているけれども、それをそのままそのとおりに教えたんでは分からないということもあるわけですね。
 というようなことで、私たちは今二つの方向を推し進めようとして教育課程部会で話しております。一つは、最低基準ということを大事にしていくという方向です。これは何かというと、指導要領は、これだけは押さえましょうというものを書く、これは時間数にしても内容にしても。それを一応クリアしておれば、あと、子供に合ったいろんなことをプラスアルファしてやったらいいと。もう既に二〇〇一年に教科書につきましては検定要領を変えまして、そういう方向になっておる。つまり、指導要領どおりの教科書じゃなくて、プラスアルファが入っている教科書になっております。先ほど言いましたように、二〇〇三年十二月からは、授業においてもそういうことをやってください、内容を指導要領どおり、教科書どおりでない部分、どんどんどんどん子供に即して、あるいは学校の理想に即して工夫してくださいねということが内容についても時間数についても入っております。
 同時に、これから指導要領を改訂する、今これが終わればやるわけですけれども、その中で、そういうふうな最低基準にするものでできるだけ少なくしたいねと、あるいは柔軟にこれ扱えるようにしたいねと。そうしないと、どうしても建前と実態が乖離したままでいくことになりますので、学校に即して、子供に即してということでやれるような、そういう指導要領の表現の仕方、あるいは中身の込め方ですね、ということをやりたいねということでずっと話合いをしております。
 こういうことも少し流れとして御報告しながら、私の考え方を申し上げてみたいと思います。
#34
○鰐淵洋子君 ありがとうございました。
 済みません、時間になりましたので、お二人の参考人しか御意見伺えませんでしたが、冒頭も申し上げましたが、今日大変に貴重なすばらしい御意見いただきましたので、それを基にしっかりとまた当委員会で審議をさせていただきます。
 大変にありがとうございました。
#35
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
 今日は、四人の参考人の皆さん、本当に貴重な意見、ありがとうございます。
 最初に、梶田参考人に、教員養成と、そして免許更新制にかかわって質問をいたします。
 教員養成、そして免許更新、いずれも教員養成大学の役割は大変重要になってくるわけでありますが、尾木参考人の資料にありましたように、一方で財務省が国立大学の運営費交付金にいわゆる競争主義を持ち込むということの試算が出まして、教育系大学は軒並み下位に並んでいる。実は、最も最下位になった兵庫教育大学の学長を先生されているわけでありますよね。私、一方で教育は重視ということを言って、教員が大変大事だということを言いながら、その一方で財務省がこういうことを出すこと自身が何たることかという思いを持っておるわけですが、そのことへの思いと、併せて実際にこの教員養成を充実をしていくという問題や、この更新制度が実際できた場合に、大学にとってはどういうことが今後必要になってくるのかということについて、まずお願いしたいと思います。
#36
○参考人(梶田叡一君) ありがとうございます。
 まず最初に、今非常に私にとって大事な御質問をいただきました。読売新聞、それから地元では神戸新聞が大きく出していただきました。兵庫教育大学、運営交付金九割削減という、それを出していただきました。もう地元の市長さんからもすぐお電話をいただきまして、どうなりますかという話でした。県の関係者あるいは県教組の書記長等々、いろいろとお電話をいただきました。
 こういう世の中を騒がせる理不尽な話が横行する時代なのかというのが私の率直なあれです。なぜ理不尽かというのはお分かりいただけますね。科研費というのはごく一部分の、研究の成果を測るごく一部分の話なんです。例えば、GPという形で大学でいろんな研究費を取ります。これは兵庫教育大、随分取っております。あるいは、大体そういうもので本当は研究の成果というのは測るべきではなくて、本とか論文とか学会発表なんです。これは随分我々やっております。よく私ども言っておりますが、教育で科研費で取ったって一件百万、二百万ですよ。工学部で取れば一件五千万、一億ですよ。そういうものを比較されてどうなるかというのがまず理不尽なということです。
 成果で私、測っていいと思うんです。じゃ、どういうことを教育系で見ていただきたいか。簡単です。
 例えば、兵庫教育大は三十年前、新構想大学ということで特別につくられた大学なんですよ、何にもないところに。もう師範の伝統も何にもないところなんですね。じゃ、何のためにつくられたか。現職の先生を大学院レベルで二年間マスターコースで勉強してもらって、新しい力を付けて現場に帰っていただいて活躍してもらうということ。
 じゃ、それやっていないのか。これはミッションですよね、ミッションその一ですよ、やっていないか。今年度も三百人の現職の先生が北海道から沖縄まで来て、そのうちの二百十何人は給料をもらいながら、出張旅費をもらいながらという派遣で来ておられます。三百人なんということはほかにありません。これは今までの成果が積み重なってなきゃ、だれが都道府県こんな財政不如意のときにあの兵庫教育大に、一人出すと二千万掛かると言われているんです、代わりの先生の給料も含めていろいろと考えますと。だれが出しますか。三百人来ているということは、これまでの成果があるからなんでね。ついでに言っておきますと、あと二つの上越と鳴門も百何十人のレベルですね。しかし、その中で一番あれです。もちろんほかの教育系でこんなに来ているところはありません。三大学以外にありません。これが一つですね。
 それからもう一つ、その後、学部を付けていただきまして、教員養成もしております、普通の。これは、ずっと兵庫教育大は教員採用率ナンバーワンです。つまり、ちゃんと教育した人が現場に行ってやるというのは兵庫教育大に肩を並べるところはないんです。
 すると、その二つの、現職の先生を大学院で勉強してもらって活躍してもらうということ、そして兵庫教育大学で小学校や中学、高校の免許を取った人が現実に採用されてそれが現場で活躍すると、この二つをずっとやってきた。これがなぜ評価されないで、とんでもない、理不尽な、非本質的な、全く違うところでああいう新聞記事が出なきゃいけないのか。普通の人はあれで兵庫教育大は来年からなくなると思っております。こういうことは私は、成果主義という名前の下にこういう議論が横行するのは困りますので、是非皆さんの、先生方のお力で本質的な議論をやるようにお願いしたいというふうに思っています。これが一番目です。
 それとのかかわりで、更新制とそのほか今幾つか言われていることについて簡単に申し上げます。
 これは、昨年七月に中央教育審議会で答申を出しました。やはり現場の先生方にもっと力を付けてほしいということで、三本柱の答申を出しました。私は教員養成部会の部会長でもありますので、私の責任で審議をしてまとめました。いろんなこれ議論があります。ですから、私が部会長だからこの答申と同じ意見だと、必ずしも、ではない部分あるんですけれども、しかし立場上、どういうふうなことがあったかと申し上げますと、まず三本柱。十年の更新制と、それから教職大学院を発足させるということと、もう一つが学部段階の教員養成のカリキュラムを全面的に見直すということです。これは全部、大体、教職大学院は二十年度から、それから今の更新制と教職課程、これの見直しは二十一年度からいくということで準備をしております。
 その中で、更新制、十年一回、これは非常に議論がありました。かいつまんで言いますと、これで、先生方、嫌になるじゃないかというのはこれは当然あります。しかし同時に、専門職というのはそういうものなんだと、十年したら子供も変わる、親も変わる、指導要領も変わる、社会からの学校に対する期待も変わる。じゃ、やはり更新というか、十年に一回リニューアル、もう一度新しい知識やら新しい状況についての認識やらをインプットして、新しい気持ちでやる必要があるんじゃないか。
 これは、実は教師だけではなくて医者であろうと何であろうとそういうことであって、これから専門職の免許には全部それを入れていかなきゃいけないんじゃないかと。例えば、お医者さんで七十、八十のお医者さんが子供を診てくださる、うれしい話です、これはいいおじいちゃんが。でも、やはり病気も少しずつ変わっていく部分もあるでしょう。特に治療法も変わっていきます。やはり医者だって本来は十年に一回やってもらわなきゃいけない、そういうことで入れた。最後に、いろいろと議論ありましたけれども、それに落ち着きました。
 私は今回、これを本当に今回の教育職員免許法の改正に入れるかどうかということについてまた改めて、御承知のように三月十日までずっと中教審議論いたしましたので、改めて皆さんで議論しましたけれども、やはりリニューアルという意味での更新制はこれから必要だろうと。これはしかし、教師だけではなくてあらゆる専門職にこれから免許を考えなきゃいけないだろうという、そういう結論が出て、なったということを申し上げておきたいと思います。
 それからもう一つ、ちょっと違うようですが、先ほど尾木先生もおっしゃいました学校に副校長とか主幹とか指導教員、これも随分、三月十日に答申出すまでに議論がありました。しかし、やはり今度文部科学省が先生方の残業の実態調査をしました。これでごらんいただくと分かるように、今すごく多いんですよ。同時に、教頭さんがぬきんでて多いんです、残業が。だから、校長を支えるというのは大変な話なんです。これを、今までは校長がおって教頭が一人、大きいところで時には二人、あと教諭ということで、なかなかうまくいってない。そこを、教頭を助けるいろんな職が要るだろう。校長を助けるいろんな職が要るだろう。しかし、これは強制じゃない。学校教育法に書いておいて、そして、これが設置者において必要があればそれに応じてつくっていくというそういう枠組みをつくる。
 もう一つ大事なのは、それによってやはり給与の、やはり今までは教諭は教頭にならなければ給与は改善されなかった。やはり、中間的にいろいろと上がっていく、給与表は別にしまして、はっきり言うと中だるみといいますか、管理職にならなければ給与は上がらないという、そういう問題をこれを解決しよう、これを突破口にしようと。
 もう一つは教員の定数の問題であります。毎年毎年減らされております。もっと言いますと、改革推進法の中に書かれておりますけれども、子供の減少の数を超える程度の教員の数の削減というようなことが言われておる。これ私はもう、これもちょっと私は暴論じゃないかと思っております。だんだん難しくなるんですよ。そうしますと、やはりそういう副校長、主幹ということをつくって、これも別枠にしながら、そして教員の定数の改善にここからもアプローチできるんではないか。
 ですから、待遇と給与の問題を副次的に入れながら、しかし一番大事なのは、学校が自主的あるいは自律的にやっていくためには、校長を助けるいろんな職があって、それをやっていかなきゃ結局ごく一部の人にしわ寄せがあって、結局破綻してしまうと。そういうところで踏み切ったということでありまして、その辺も御理解いただきたいと思います。
#37
○井上哲士君 次に、尾木参考人に伺いますが、いわゆる北風でなく南風をというお話がありましたが、先ほどのお話の中で、教員の資質向上、いわゆる指導力不足教員問題というところまで少し話が十分に行かなかったと思うんですが、この点で先生お考えの点をお願いしたいと思います。
#38
○参考人(尾木直樹君) レジュメの方でも書いて、先ほど時間がなかったんですが、二ページの下の方に、教員の資質及び能力の向上の問題で、第九十二号にあることで僕が気になったところをちょっと書いたんですけれども、一つは、一年以内の指導改善研修という教特法の改正と連動して述べられていますけれども、これが、悪気があって思うわけではありませんけれども、例えば指導力不足教員の基準というのも各今都道府県によっていろいろありますよね、それを国で決めるとかいうことも言われていますけれども。
 一番僕重要なのは、それが、基準を設けてはいけないというふうには思いません。基準を設けられるのはあるだろうと。ただし、僕は教師のやっぱり基本的な人権だとかいうことを、あるいは働く権利とか考えたときに、当然、反論権だとかきちっと保障すべきであろうというところがあるんですね。何か、この間の教員政策がいつも上から下を見下ろすような管理強化みたいなので。管理強化するんであったら、今度は反論もきちっと保障していくというのが当然僕は成熟した国家のあるべき姿だろうと思うんですけれども、そこがなくて。
 それで、資料の五番にも入れましたけれども、これついこの間の新聞なんですけれども、何日でしたか、五月二十八日付け見ていて驚いたんですけれども、年内にはILOとかユネスコの合同専門家会議が、日本の教員の地位の保全というのがどうも怪しくなっているんじゃないかということで調査に入ってくるという報道があるわけですよね。
 つまり、国際的な視野で見たときに、日本のこの教員バッシングというのがかなり行き過ぎていると。バッシングしてもそれにちゃんと立ち向かっていける保障というのを差し上げていればいいのか分かりませんけれども、ないままで行ってしまっている危険があるんじゃないかというところ、やっぱりそういう調査団が入るというようなことも含めて、これは重大な問題であろうというふうに思います。そこのところが僕、今教員の政策のところでは非常に問題になっていると。
 それからもう一つの、二本目でいいますと、教員の資質をどう上げていくかとか、現場の教師たちの力量をどう上げていくかということでいえば、基本に座るのは、教員の自主的な研修がどれだけ盛んに行われるようになっていくのかと。
 もちろん、教育行政が責任を持ってやってくださるというのも有り難いことなんですけれども、それはそれで進めながら、教師の自主的な研修をきちっと保障していくということですね。だけれども、これ現場の感覚でいいますと、今それがほとんど奪われていくような状況で、自主的な研究サークルだとかいうのがほとんどそれへの参加が認められない状況があります。だから、官製の、教育委員会のおやりになるのはもちろん認められるわけですけれども、非常に視野が狭く、先生方のいろんな興味、関心に基づいて研修していくというところが十年前、二十年前に比べると極めて細ってきた、やせてしまったというふうに思います。
 だから、梶田先生がさっきおっしゃった心配事とかいろんなこと、すごく僕も分かるんですけれども、現状のやっている研修体制だとか中身というのをもっときちっと丁寧に検証しながら、そして、どういうふうにして研修体制を整えていくのかという、そこのところをもっと先行させるべきだと。先行させるのを例えば後ろ押しするような新しい制度だとかあるいは十年の免許の見直しだとか、そういうものであるんならばいいんですけれども、どうもなしで、その制度を導入したら何とかなるというのは僕は違うと。甘過ぎるというふうに思いますね、現場を見ますと。
#39
○井上哲士君 ありがとうございました。
 近藤参考人にお伺いします。
 建学の精神に基づき自主性、独自性を尊重してほしいというお話がございまして、大変同感をするところなんですが、今回の学校教育法では、文部科学大臣の定めるところによっていわゆる学校評価が盛り込まれました。これもかなり私学では正に建学の精神にかかわる問題で、既にいろんな様々な取組がされていると思いますが、その辺の中身と、同時に、言わばこの「文部科学大臣の定めるところに」という条文になっているわけでありますけれども、これも運用上求めたい点についてお願いしたいと思います。
#40
○参考人(近藤彰郎君) 私立学校のそれぞれの学校の評価というのは、私は大事なことだというふうには思います。しかし、評価というのは当然基準があるわけですから、その基準というのが私学に当てはめる場合に非常に多様性な価値観を持っているわけです。
 先ほど言いましたように、例えば東大にもう一生懸命受験生勉強して入れるという学校もあれば、全人教育をやって受験というものについては余り興味がない、むしろ人間的な成長を期待して育てようと。それは、それぞれの建学の精神によって違うわけですから、当然目的が違うわけですよね。目的が違う私学をそれぞれ文科大臣の求めによって評価するということになるんですけれども、非常に私は難しいと思います。
 逆に、評価というのが大事だと言った意味は、どんなに我々がそういうふうに目標を掲げていても、私立学校というのは時代の背景として支持をされなければ受験生来ないわけですから、ですから、どんなに一生懸命やっていても受験生来ないと。そのまま学校を閉じるのか閉じないのかということも含めて、自己責任で私立学校というのは判断していくんだろうというふうに思いますので、一番大事なことは、明確に学校の建学の精神、目標、こういうものをやっぱり開示をしているわけですね、ほとんどの学校がしていると思いますけれども、それによって学びたい生徒たちが受験してくるという構図をしっかりしていれば、おのずとその教育がなされているかどうかということは一般的には評価されていくんだろうというふうに思います。
 ですから、そういう意味で、私立学校というのは、学校法人というのがあって、経営者として理事がいまして、そして評議委員会というのがあります。これは学識経験者、卒業生であったり、一つの定款、寄附行為によって決められておりますので、その人たちも実際には見ているわけですね。今、公立でも学校評価ということを地域的にやっていくと。評価委員会つくったりしていますね。それが既にありますので、その中で自己評価は今までも行われてきているというふうに思いますので、他者から教育の内容について、もっとこうしろというふうに言われることが果たして的を射ているのかどうかということも含めて、非常に難しい問題だと思います。
 ですから、評価をすることは大事なことだと思いますが、一校一校の評価というのは非常に難しいと。私立学校の独自性、それはもう極端な場合のことは別ですよ、先ほど言いましたように、社会に有益でない、反社会的だとか、こういうことはもう論外なんですが、そうでなくて、本当に効果が上がっているかどうかということについてこれを確認をしていくというのは、それぞれの求めがありますから、その辺のことは是非御理解をいただきたいというふうに考えております。
#41
○委員長(狩野安君) 井上哲士君、微妙な時間でございます。
#42
○井上哲士君 あと一分しかございませんので、梶田先生、ごく簡潔に。
 当初の中教審の議論では、更新制度、いわゆる修了試験はやらないと言っていましたけれども、今回やるということを言っている、その点について御意見、ごく簡潔にお願いします。
#43
○参考人(梶田叡一君) 中教審答申二回出しまして、最初のやつはやらないという、もうこれは五、六年前でしょうかね、それから、やるということを出しました。そこの更新制の前提が違っていたんですね。前は、不適格教員の排除と絡めるという形での更新制だったんです。これはやらないという結論を出しました。今回我々出したのは、そしてこの改正案にも盛り込まれているのは、これと切り離した話です、リニューアルなんです。ですから、もう一つ今回の、教育公務員特例法の改正として、不適格というか、指導力不足というか、そういう方の問題はそちらでまた違う論理で扱おうと、そういうことであります。
#44
○井上哲士君 ありがとうございました。
#45
○委員長(狩野安君) 以上で参考人に対する質疑は終わりました。
 参考人の皆様に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 午後一時二十分に再開することとし、休憩といたします。
   午後零時二十五分休憩
     ─────・─────
   午後一時二十分開会
#46
○委員長(狩野安君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、北岡秀二君が委員を辞任され、その補欠として野村哲郎君が選任されました。
    ─────────────
#47
○委員長(狩野安君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 学校教育法等の一部を改正する法律案外六案の審査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、文部科学省初等中等教育局長銭谷眞美君外三名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#48
○委員長(狩野安君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#49
○委員長(狩野安君) 学校教育法等の一部を改正する法律案外六案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#50
○岸信夫君 自民党の岸信夫でございます。
 まず、教育職員の免許法の改正についてお伺いしたいと思います。
 今日の午前の参考人の質疑の中でも、尾木参考人から、今優秀な先生方を確保するのが大変厳しい状況にあるというようなお話がちょうどございました。この委員会でも、これまでもいろいろな、質の高い教員を確保するにはどうしたらいいかということも議論がされてきたわけでありますけれども、その中で、例えば資質として、例えば修士を取得した方というような話まで出てきたわけでございます。そのハードルを非常に高く設定をすることで、高い資質の方をより分けていくということも一つあるわけですけれども、一方で、多様な人材を確保するという意味ではまた非常に厳しくなる。特に、教員を目指す方が非常に少なくなっているような状況の中ではそういうことも非常に難しくなってくるのかなというふうに思うわけです。
 特別免許制度につきましては、教職課程を修めない方を教壇に立たせると、立っていただくと、こういうことにもなるわけですから、そこに矛盾といいますか、専門性についても矛盾が生じないかという、こういうこともいろいろ出てくるんじゃないかというふうにも思うわけです。この辺りについて御意見をいただきたいと思います。
#51
○政府参考人(銭谷眞美君) ただいまお話のございました大学の教員養成課程を充実していくという考え方、それから特別免許状等による社会人の活用の促進を図るという考え方、いずれも学校現場に優れた人材を確保するための方策というふうに考えております。
 まず、大学の教員養成課程についてでございますけれども、大学における教員養成の質の担保を図るために、今後、教員養成を行う大学に対する是正の勧告や認定の取消しを制度化をするといったようなことを考えております。また、高度な専門性を備えた力量ある教員を養成するために、平成二十年度から教職大学院を開設すべく既に必要な措置を実施するなど、教員養成課程そのものの充実を図っていくということといたしております。
 また、特別免許状についてでございますけれども、優れた知識経験を持つ社会人を教育界に迎え入れるための制度でございます。特別免許状制度を活用いたしまして、様々なバックグラウンドを持った優れた人材を教員として登用することによりまして、全体として教員の質の向上を図り、学校教育の充実を図っていきたいというふうに考えているところでございます。
#52
○岸信夫君 学校の先生といいますと、教職という非常に専門性のある職業でございますけれども、一方で、子供たちを教えていく、本当に、いわゆる人格の完成を目指すという教育の目標に対して子供たちを教えていくということですから、先生御本人も、その社会人としての広い見識、常識とか社会性とか、そういったものも一方で求められるわけですけれども、その辺りをどういうふうにバランス、両方取っていかなきゃいけないわけだと思います。
 子供たちの教育というのはもうもちろん時間が掛かるわけですけれども、一方で先生が育っていくといいますか、新任の先生からずっとこう育っていくにも、それは一方で物すごく時間が掛かっていくものだろうというふうにも思うわけです。例えば、大学を出てすぐ先生になられる方もいらっしゃると思いますし、一方で、一回社会に出て会社勤めをされていろいろな社会性を身に付けられて先生になられると、こういう方もおられる。私は、そういった方が本人の将来のキャリアということも考えても望ましいのではないかなというふうにも思っているわけです。
 国として、政府として先生をどうやって育てていくかということについて、特に十年、二十年先、あるいはもっと先を見据えて教師の養成ということをしていく必要があるというふうに考えるわけですけれども、この点について政府の御意見をいただきたいと思います。
#53
○政府参考人(銭谷眞美君) ただいまお話がございましたように、教員には専門性のみならず幅広い識見や社会経験、こういったことが求められる側面もあるわけでございます。
 そこで、まず専門性の向上という観点につきましては、教員養成の充実や採用の改善のほかに、国や都道府県、市町村の教育委員会等で行われる様々な研修の充実によりまして個々の教員に応じた専門性の向上を図っていくということが肝要でございまして、こういった観点からの研修の充実を図ってまいりたいと思っております。
 また、現に教職にある方の識見を広げるという観点から、長期にわたり民間企業等に教員を派遣する長期社会体験研修というものを実施をいたしております。
 また、加えて、先進的な取組を行っております諸外国に教員等を派遣をし、いろいろな学習をしていただく海外派遣研修という事業も実施をしているところでございます。
 このほか、教員に専門性のみならず幅広い識見を持った方を登用するという観点から、先ほどもお話のございました特別免許制度や特別非常勤講師制度の活用によりまして、民間において様々な経験を持った方を教育界にお迎えをするといったようなことや、採用時における年齢制限の緩和、面接試験の改善などによりまして、既に幅広い社会経験を有する社会人の方の採用、活用ということも行っているところでございます。
#54
○岸信夫君 今、様々な研修制度について御説明がございました。いわゆる法定研修としての初任者研修、そして十年経験者の研修というものがございますね。このほかに、今お話がございましたようにいろいろな研修がございます。国のレベル、あるいは都道府県、市町村、そういうレベルにおいて様々な研修制度が用意されておるわけでございますけれども、それも実施主体によってもう中身というものは様々なのかなと、こういうふうにも思っているわけです。
 問題は、一人の先生がずっとキャリアを重ねていく中で、そういった研修制度、それぞれのレベルでの研修制度というものがうまく本当に機能的に組合せができているのかどうか、その辺の全体的な連携というものについてしっかり取られているのかどうか。せっかく貴重な先生の時間を取るわけですから、しっかりとそこで資質を上げていってもらわなければいけないわけです。
 ですから、一つ一つのプログラムとしては目標はございますでしょうし、それなりにしっかりした内容でやっているとは思うんですけれども、それが一つの流れの中で、これをやったらまた何年かしたらこれと、こういうような組合せがきっちりできているのかどうか、研修同士で連携が取れているのかどうかということをお伺いしたいわけでございます。
 また、もう一つは、この研修を経ることによって先生方の資質が上がるということを期待するわけですけれども、教員の評価ということに対してどのようにこの研修が活用されているかについて、お伺いしたいと思います。
#55
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員の研修につきましては、まず任命権者でございます都道府県、指定都市の行う研修、そして服務監督を行っております中核市の教育委員会が行う研修、いろいろあるわけでございます。
 基本的には、都道府県、指定都市、中核市の教育委員会におきましては、まず初任者研修、それから採用後三年ないし五年程度の時期に行う経験者研修、そして十年経験者研修など、教職経験に応じた研修を実施をいたしております。このほか、教務主任あるいは生徒指導主事などの職能別の研修ということも適宜織り込んでおります。加えまして、校長、教頭等になりました際の管理職研修の実施、こういったようなことで教職経験や役割に応じました体系的な研修が実施をされているところでございます。
 また、国におきましても、独立行政法人教員研修センターという機関を中心といたしまして、各地域の中核的な役割を担う校長、教頭等の宿泊を伴う研修、また各教育委員会の、先ほど申し上げました研修の担当者や指導者を養成するための研修といったことを実施をいたしております。言わばリーダー研修というふうに呼んでよろしいかと存じます。
 こういった国、都道府県、指定都市、中核市の教育委員会の行う研修が、それぞれの教職経験、立場に応じまして組み合わさって体系的な教員の研修が実施をされているという状況にございます。
 なお、もう一点のお尋ねでございます研修の効果といったようなことにつきましては、各教育委員会で受講者や管理者へのアンケートを実施をいたしまして、評価をし、その研修の改善に役立てているという例が多いと承知をいたしております。
#56
○岸信夫君 今の点についてなんですけれども、それぞれの職に応じて研修が用意されておるということですけれども、そこに、本来研修に参加すべき先生方が実際にどれぐらい参加されているかというようなものというのはございますでしょうか、もしあれば。
#57
○政府参考人(銭谷眞美君) 公立学校の教員の場合、初任者研修と十年経験者研修、これは該当する方は全員が参加をしているわけでございます。それ以外の研修につきましては、いろいろと研修内容によって様々でございますけれども、一年間の間に、県によりましては、何らかの研修の機会を設けるといったようなことを目指している県もあれば、何年間に一度はこの研修は受けてもらおうとかそういったことで、都道府県によりまして若干の事情は異なるかと思いますが、いわゆる先ほど言いました初任研、十年研を始めとする教職経験に応じた研修というのは、これはすべての先生が受講されているという状況でございます。
#58
○岸信夫君 今度の免許更新のための十年ごとの講習でありますけれども、最新の知識と技能を身に付けることということを目標に行われるわけですけれども、今お話がございましたいろいろな研修制度、各レベルでの研修でございますけれども、そことの整合性、位置付けというもの、こういったものはどういうふうにお考えでしょうか。
#59
○政府参考人(銭谷眞美君) 先ほど御説明申し上げましたように、公立学校の教員につきましては、教職経験や職能に応じまして各教員のまた状況に応じた研修が適宜実施をされているところでございます。一方、この免許更新講習は、国公私立すべての学校の教員が生徒に教えるべき最新の知識と生徒を把握をして効果的に教える技能を身に付けるようにするために、教員となるための資格でございます教員免許そのものの更新の講習ということとして十年に一度課されるものでございます。
 先ほど来お話に出ております各教員の状況に応じまして適宜行われます研修と、今回御提案申し上げております免許取得後十年ごとに受講いたします免許更新講習、この両々が相まって教員の質の向上に資するものと考えているところでございます。
#60
○岸信夫君 その十年ごとの研修が免許更新の必要条件と、こうなるわけですけれども、今、全員の方がこの更新の講習を受けられると、こういうことでございましたけれども、一方で例外の規定も設けてございますね。講習を受けなくてもいい場合、特に優秀な先生方と、こういうことになるんだと思うんですけれども。最新の知識、技能を身に付けているという判断をするからこの講習は受けなくていいと、こういうことに恐らくなるんだと思うんですが、非常に難しい判断になるのか、あるいは何らかの基準を設けることになるんでしょうか。また、結果としてどれぐらいの先生方がこの免除の対象になるのか、教えていただきたいと思います。
#61
○政府参考人(銭谷眞美君) 改正法案の第九条の二第三項におきまして、知識、技能その他の事項を勘案をして免許状更新講習を受ける必要がないものとして文部科学省令で定めるところにより免許管理者が認めた者は免許更新講習を受講することなく更新ができるということとなっております。
 今回御提案申し上げております免許更新制の目的を考えますれば、既に知識、技能が十分であると認められる方に重ねて免許更新講習を受講させなくても制度の目的が達せられるというものと考えておりまして、具体的には免除の対象者としては、優秀教員として表彰をされた者、校長、教頭など教諭を指導する職にある方、勤務実績を勘案して受講する必要がないと認められた方などが考えられております。
 このうち優秀教員として表彰された方や校長、教頭等については、基本的には、その方は全員が免除の対象となり得るものというふうに考えております。また、勤務実績を勘案して免除される方につきましては、どのぐらいの割合というのはなかなか明確には想定していないわけでございますが、やはりこれは例外的な人数になるというふうに思っております。
 いずれにいたしましても、この国会における御審議も十分に踏まえまして、国民の皆様の納得が得られる案を策定をしていきたいというふうに考えております。
#62
○岸信夫君 ほとんど、例外の方というのは本当の文字どおり例外といいますか、ごくわずかな方で、逆に言いますとほとんどの方はこれを受けていただくと、こういうことだと思います。
 本来、教師ですから、常に最新の知識なり技能なりを身に付けるように日々研さんを積んでおられるものと、こう期待をしているわけでございます。その中でも、それを着実なものに、確実なものにしていくための講習制度と、こういうことだろうとは思います。ただ、一方で先生方は非常に今でも大変忙しいわけですね。十年ごとの、三十時間とはいえども、先生方にとっては、生徒と向かい合う時間をどうしても圧迫をしてしまうようにならないだろうかと、こういうことが不安になっておられる方というのも結構おられると思います。
 そういった中で、この免除される対象の方、特に勤務実績からして免除してもいいだろうという判断をされる対象の方というのは、本当に最新の知識、技能が備わっているというのが分かると、こういうことだろうと思うんですけれども、いわゆる優秀な教員ということになるんだと思うんですが、この点といわゆる教員の評価制度との関係、どういうふうになるのかということについてお伺いしたいと思います。
#63
○国務大臣(伊吹文明君) これはやはり先生、両々相まって運用していく、そこに運用の妙がやっぱりあると思います。
 それで、ただいま御指摘の十年研修あるいは初任研修、その他もろもろの研修以外に一番大切なのは、やはり学ぶより慣れろというんでしょうか、日々教壇に立ち、先輩に教えてもらい、自分も努力をしながら己を磨いていくと。そしてそれも、やはりその先生の御努力を評定者が十分見極めてあげるということもまた大切で、先ほど来御指摘があったように、知識だけあっても困るわけでして、やはり生徒を全体としてうまくくるんでいかれるし、組織体としての一員としてうまく行動していただける、そういうことを日々やはり評定をする中で優秀教員というものがやっぱり出てくるわけですね。これを、この前、安倍総理にも来ていただいて、初めて表彰を全国からいたしました。こういう方は当然私は研修の対象から外して構わないと思いますし、ですから、単に校長だとか教頭だとかという形式基準以外に、日ごろ御努力になっているということをやはり評定の中で評価をしてやっていくと。
 そして、生徒と向き合う時間が減るんではないかという心配を持っておられる先生もいらっしゃるということですが、これは勤務時間中にやりますと、これは業務命令を出さないといけませんのでね、基本的には休暇を取っていただく、だから、夏休み、土日ということを考えておりますので。限定的に、この研修を受けなくてもいい方は極めて限定的にはいたしますが、やはり励みになるようにこの制度も運用していきたいと、そういうお願いを各教育委員会にしたいと思っております。
#64
○岸信夫君 ありがとうございました。
 ちょっと教職課程のことについてお尋ねしたいんですけれども、昨年の中教審の答申にも、教員として必要な資質能力を責任を持って育成しているとは言い難いような教職課程を持っている教育機関が増加していると、こういうことが指摘をされております。このことが、教員の免許状は希望すればだれでも簡単に取れる資格というようにみなされてしまっているんではないかと、いわゆる社会的な評価の低下につながっているんではないかということも懸念されているというふうにされております。
 この点について、実態をどのように把握されていますでしょうか。教職課程を設置している学校に問題があるのかないのか、その点も含めてお聞かせいただきたいと思います。
#65
○政府参考人(銭谷眞美君) 大学におきます教員養成につきましては、文部科学大臣が課程認定ということを行って、その課程認定を受けた大学が教職課程として学生の養成を行うということを行っているわけでございます。現在、この課程認定につきましては、中央教育審議会の教員養成部会におきまして審査をいたしまして、その結果に基づいて認定をしているということでございます。
 ただ、ただいま先生からお話ございましたように、大変遺憾ではございますけれども、御指摘のような批判があるというのも事実でございますので、それを払拭するためにも、文部科学省として、この教員養成課程の充実ということは大切な課題だと考えております。具体的には、免許更新制の導入とともに、教員養成につきましても幾つかの改善を講ずるということといたしております。
 第一点は、先ほども申し上げましたけれども、大学等における教員養成課程の質の向上を図るために、教員養成を行う大学に対しまして是正の勧告とか認定の取消しを行えるような制度化を今検討して、省令改正でもってこれを実現しようと考えております。
 また、教職課程そのものにつきまして、総仕上げの科目として教職実践演習という科目の必修化を検討いたしております。これは、教職の意義や生徒理解、教科指導力等の教員に必要とされる基礎的な資質能力について最終的に確認を行う科目として考えております。これも省令改正で実施をしたいというふうに思っております。なお、このほか、教育実習の改善充実ということにつきましても取り組んでまいりたいと思っております。
 それから、これも先ほども申し上げて恐縮でございますが、いわゆる専門職大学院、これを制度化をいたしまして、二十年度から開設できるように今必要な措置を講じているところでございます。
 なお、今回の免許更新制の導入におきましても、免許更新講習の質の確保を図るために、講習開設に当たっては文部科学大臣の認定を受けることや、受講者のニーズを反映した内容を確保できるような方策などについても検討していくことといたしております。
#66
○岸信夫君 今、免許更新の講習についてもお話があったわけです。
 心配をしておりましたのは、結局、そういう教職課程で問題がなしと言えないようなところが、同じようにこの更新の講習の実施機関になり得るのかどうかということだったわけです。いわゆる教職課程と違って、免許の更新講習といいますと、即そのまま続けてその先生が教壇に立ち続けるかどうかということになるわけですから、非常に高いレベルのものが求められるのかなとも思います。また、いわゆる子供たちの人格の完成ということに直接かかわっていくわけですから、大変重い責任を持って行っていく仕事でありますし、そのことを先生自身が自覚をしてもらわなければいけないわけです。そういうことを考えますと、更新講習というのは、通常の教員養成とかあるいは教職、そういったものよりもはるかに厳しいものであるべきなのかなと、こういうふうにも思うわけであります。
 ですから、そういったところが、大臣の認可を求めると、こういうことではございますけれども、きっちりとその講習をやっていただけるところ、またその講師の方々の質も相当求められると思います。単に知識や技能というものを教えられるということだけではないのかなと。むしろもっと広い意味での、先生方をこの十年、次の十年間、子供たちを任せていいのかどうかということも含めて判断できるような方を講師にしていく必要というのもあるんじゃないかなというふうにも思うわけです。この辺りもしっかりとやっていっていただきたいというふうに思っております。
 一方で、指導不適切教員に対する指導改善研修についてであります。
 子供たちにとっていい先生と巡り合うということは、これは大変なすばらしい経験にもなるわけですよね。生涯にわたって尊敬できる先生を持つことができるというのは本当に幸せなことだと思うわけですけれども。一方で、逆に言いますと、指導が不適切な、ふさわしくないような先生方が教壇におられる場合は、逆に言うとその先生に従う子供たちというのはせっかくの機会を失ってしまうわけですから、速やかにその措置がとられるということが大変重要なんだろうというふうにも思うわけです。人にバッテンを付けるようなことになるわけですから、これは非常に慎重にならざるを得ないというのは分かるんですけれども、一方で、今言ったようにいつまでも時間を掛けているような状況でもないはずであります。
 具体的に、不適切な先生を研修してもらうと、あるいは先にやっぱりもう駄目だから辞めていただくのかどうか、その辺りのプロセスをやっぱりきちんと踏む必要はあると思うんですけれども、これは迅速にやっていかなきゃいけない、決断も早くやっていただかなきゃいけないわけですけれども、この辺り、どのようにお考えでしょうか。
#67
○国務大臣(伊吹文明君) これは、先ほど研修の除外の際に先生が御指摘になりました日々の仕事ぶりの評定との裏腹、ちょうどこのことについても同じことが言えると思います。
 現在の制度の下でも、教育委員会あるいは教育長によっては、非常にうまく現在の制度を運用して、いわゆる不適切と思われる評定を受けている教師を教育現場から他の現場へ、他の職場へ移しておられる教育委員会もたくさんあるんですよ。ところが、なかなかやはり、今おっしゃったように、人にバッテンを付けて、資格を持っている人を動かすのは難しいと。これは人情として、あるいは職場の中の人間関係として非常に難しいんですね。ですから今回こういう規定を置いたということでして、この規定を置いたからすべてがうまくいくということにはやはりならないんで、おっしゃるように運用の妙を得ないといけませんから、教育委員会に対して文部科学省としては、こういう成功事例があると、こういうやり方をしておられると、これでうまくいっているということを十分お話をして、そして人間関係をやっぱりうまくやっていただくようにお願いをしていきたいと、こう思っております。
#68
○岸信夫君 大変難しい御判断になるというふうには思うんですけれども、是非、子供たちにとってどうなのかと、これが何よりでしょうから、子供たちにとっていい先生なのかどうか、本当に子供たちの教育にふさわしい先生なのかどうかという観点から御判断をいただくようにお願いしたいというふうに思います。
 次に、学校教育法についてお伺いしたいと思います。
 このたび設置されます副校長、主幹教諭、指導教諭、この役割についてなんですけれども、教員が子供たちと接する時間をできるだけ増やしていこうと。それから、一方で校長先生に掛かる負担を少しでも分散、余り一人の方にストレスが掛からないようにということだろうというふうには思うわけですけれども、その目的に本当にこの制度がつながっていくのかどうか。非常にまだこれからの制度ですから難しいところというのもあると思うんですけれども、まずこの点について御所見をいただきたいと思います。
#69
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回お願い申し上げております学校教育法の改正案の第三十七条におきまして、副校長、主幹教諭、指導教諭を新たに設置することができるようにしているわけでございます。
 これがお認めをいただきますれば、これらの職員が権限と責任を持って校務を組織的に取りまとめ、効率的に処理をするということが可能となるわけでございますので、教員の負担の軽減につながるものと考えております。また、このことによりまして、校長がよりリーダーシップを発揮をいたしまして学校の課題に的確に取り組むことを可能といたしまして、円滑な学校運営に資するものと考えているところでございます。
 これまで、既に副校長あるいは主幹、指導教諭といった制度を導入した教育委員会等の回答、状況を見てみますと、やはり学校の組織的な課題解決能力というものが向上したという評価もいただいているところでございます。
#70
○岸信夫君 これは午前中の参考人の方からの御意見でもあった話なんですけれども、先日、東京都の例が、主幹についての例がございました。なかなか人が集まらないと、こういうことだと思います。
 主幹の制度、運用などを見直すということでございますけれども、これから、今度はこの主幹教諭の制度、ほかの副校長、指導教諭と併せて全国で展開をしていこうと、こういう時期ではございますけれども、東京においては非常に、実際に任用するのが難しいような状況というのも出ているということについてどのようにお考えか。このことを生かして全国でどういうふうに展開していこうとお考えでしょうか。
#71
○国務大臣(伊吹文明君) 新しく置かれる職の果たすことが期待されている役割については、参考人が申し上げたとおりだと思います。
 そこで、まず給与の問題をどうするかですね。それからもう一つは、そのポストというのは、やはり教師として認められた人が就くポストであり、そのポストに就くことによってやはり将来が開けていくんだという人事の運用をやっぱりしないといけないと思います。
 ですから、何も副校長になり、教頭になり、校長になりということだけがいい教師ではなくて、実は児童生徒と向き合っていることが一番楽しいという先生もたくさんいらっしゃるわけですね。新聞社でも、社長になるのを目指す人もいるけれども、論説主幹になるのを目指す人はいる。社長には絶対なりたくないという人もいるわけです。
 ですから、やはりその職があらゆる意味で尊敬を受けるというか、立派な職だということが、給与、人事の運用その他においてなるほどと思われる職にしていくということでないと人はやっぱり集まりません、それは。ですから、その辺りのことを、予算が伴いますし、かなり厳しい予算編成の壁が待っておりますけれども、そういうことも考えて私は頑張ってみたいなと思っております。
#72
○岸信夫君 この間の報道においては、この主幹制度というのが大体年間で収入にして二十五万円程度しか変わらないということが出ておりまして、それに対して責任、仕事の増大というのが非常に重い、その辺の判断でなかなかなりたいという人がいないと、こういうような報道だったと思うんですけれども、本来であればそれを上回るような、そこに主幹として活動したいと思えるようなそういう制度にしていかなければいけないと、こういう大臣のお話だったと思います。
 次に、この制度、特に教員の事務の負担の軽減と、こういう部分での主幹教諭の設置ということだと思いますけれども、この委員会の中でも、学校の事務についてはアウトソーシングについての議論などもここまで行われてきたわけです。生徒と向かい合う時間が足りないという中で、少しでも先生方から事務の作業時間を外していかなければいけないと、こういうことだと思います。
 ただ、これを主幹教諭にほかの先生方の事務を全部押し付けるようなことになると、かえって忙しくなってしまうということになるのかな、それが先ほどの東京都の例とも重なってきてしまうのかなというふうにも思うんですけれども、いかがでしょう。
#73
○政府参考人(銭谷眞美君) おっしゃるとおりでございまして、新たな職の設置に当たりまして、その主幹教諭等に過重な負担が掛からないように、適切な校務の分担ということは、校長等、これからよく考えなければならないことだと思います。
 主幹教諭は担当校務を権限と責任を持って処理する者でございますけれども、このことは、主幹教諭が単独で校務を担当したり、主幹教諭のみの負担を増大をさせるということを意味しているものではないわけでございます。主幹教諭が担当する校務につきまして、必要に応じて他の教員に指示を行ったり、他の教員も主幹教諭に協力をして効率的に校務を処理することによりまして、組織体としての力を発揮をしていくということになるわけでございます。
 校長、そして教頭、主幹教諭、そして一般の先生方、この適切な役割分担の下で組織的な校務が分担され、鋭意協力して執り行われるということになることが大切なことだと思っております。
#74
○岸信夫君 今実際に先生方が負担をしておられる事務作業のために、校務と言ってもいいのかもしれません、どれぐらいの時間が取られているんでしょうか、もし数字があれば教えてください。
#75
○政府参考人(銭谷眞美君) 文部科学省で、昨年、教員の勤務実態調査を行いました。この中で、先生方の一日当たりの勤務時間を大きく四つに分けて業務を分類をしてみたところでございます。一つは授業など児童生徒の指導に直接にかかわる業務。二つには授業準備とか成績処理など児童生徒の指導に間接的にかかわる業務。三つ目が学校の運営にかかわる業務その他の業務ということで、ここがいわゆる事務負担ということになろうかと思いますけれども、会議、報告書の作成、打合せ、そういったようなことになります。
 この業務に取られる時間は、勤務日一日当たり約一時間四十分程度ということになっております。
 なお、四番目の業務としては外部対応ということでございます。
#76
○岸信夫君 一時間四十分がそういったことに使われて、逆に言うと、子供と接する時間もその分縛られてしまうと、こういうことだと思います。
 事務を専門家に任せる、アウトソーシングをするということについてなんですけれども、今、高校には事務長の制度というのが規定をされておると思いますけれども、小中学校にはこの制度がないわけですね。
 三月二十九日の中教審の答申、「今後の教員給与の在り方について」の中でも、教育委員会の判断により大規模な学校や事務の共同実施組織に事務長を置くことができるように制度の整備をしていくことが必要だという趣旨のことが盛り込まれております。自民党の中でも同様の議論があったわけでございますけれども、この事務を先生自身がされるんではなくてそういった専門家に任せていく、これはアウトソーシングと併せて、事務長を設置するなり、あるいは既存の事務職の方をもっと活用を図っていくことを考えるべきじゃないかなと、こういうふうに思うわけです。
 事務の方の中にも、本来であればもっと責任を持って仕事がこなせると、本当に先生方が忙しいのをもうすぐそばでごらんになっていて、切実に感じておられる方も大変多いわけでございまして、その責任とともに、任せられる仕事を、事務長、事務職に任せていくべきじゃないかなと、これは小中学校でも進めていくべきだと、こういうふうに思うわけですけれども、大臣の御所見いただきたいと思います。
#77
○国務大臣(伊吹文明君) 現行学校教育法では、小学校は、校長、教頭、教諭、養護教諭及び事務職員を置かなければならない。ただし、特別の事情があるときは、教頭又は事務職員を置かないことができるというふうに書かれているんですね。ここがやはり高等学校の規定と違うところで、事務職員を置かないことができると同時に、事務長制というものは小中にはございません。
 ですから、現行の事務職員にプラスアルファをして事務長を置くということ、あるいは現行の事務職員を事務長という名前にすること、二つあると思うんですが、名前だけ変えたって実際は先生方の負担は変わらないわけですから、多分御指摘のことは、新たに職を起こしてということで、事務とそれを担当する人の数との比較からすれば、アウトソーシングをするか人を入れてくるか、どちらかなんですね。
 人を入れてくる場合は、定数の問題がございますので、これがもう最大の難関なんですね。予算であれば、従来の骨太方針のような閣議決定を覆す、そして内閣の責任において予算を編成して国会へお出しするということで済むわけですが、法律ということになりますと、各内閣で政府として御提案を申し上げて、同時に国会の御議決を得なければならないという大きな障害が実はあるわけです。最大限私は努力してみたいと思いますが、そういうことが前提としてあると。その前提の上で事務長を置けば、先生方の児童生徒と向き合える時間は当然御指摘のように増えてくるということになるんだと思います。
#78
○岸信夫君 ありがとうございます。
 予算の制約というものがどうしても付いてきてしまうのは、これはこれで分かるんですけれども、やはり学校として、先生の中には、本来この校務は先生自身がしなくてもいいものというのも多分たくさんあるんじゃないかなというふうに思います。でも、任せる人がいない、あるいは任せられないというところもかなりあると思いますので、そういったところをもう少し、今いる方も含めて活用する方法を是非前向きに考えていただきたいというふうに思っています。
 続きまして、教育委員会についてお尋ねしたいと思います。
 先ほどの先生のことですね、不適切教員の問題もそうなんですけれども、教育委員会の責任といいますか重要性というものはますます重くなっているわけです。ただ、一方で教育委員会のメンバーの中には名誉職的に入っている方というのもかなりおられるわけでありまして、その辺りをこれから本当に実効性のある委員会にしていかなければいけないというふうに思います。
 その教育委員の資質ですね、教育委員長、教育長などもおられるわけですけれども、その委員に求められる資質というものはどういったものであるとお考えでしょうか。
#79
○国務大臣(伊吹文明君) これは御承知のように、教育委員会が戦後できましたのはいろいろな理由があってできて、最初、公選制であったわけですね。公選制なんですけれども、当選の教育委員の定数が大体平均して五名という現状でありますと、昔の中選挙区制度と同じような選ばれ方になって、党派の推薦がばらばらになっちゃって、なかなか決定ができないというようなこともあったようで、結局、任命制で地方議会の承認を条件とするということになりました。
 ですから、任命に当たってはやはり、地教行法の四条に書いておりますように、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関する識見を有するもののうちから云々とこうあるわけで、そして教育行政に深い関心と熱意を持ってやっていただかなければならないわけですが、未履修の問題、いじめの問題を見て、任命される方も、承認される方も、承認された後の地方住民の代表として教育委員会をチェックしていただくための地方議会の役割がどこまで果たされていたのかというのが私は率直に言って残念な気持ちがいたしておりますので、やはり法律の趣旨にのっとってやっていただくと。
 それから、同時に、今回、保護者の立場も大切にしなければいけませんので、保護者代表を入れていただくとか、あるいは従来の選考の枠の中で結構ですから、地域住民の代表を入れていただいて、社会教育の拠点としての学校を考える視点を強く出していただくとか、いろいろな期待を私は込めて今回の御提案を申し上げております。
#80
○岸信夫君 ありがとうございました。
 今回、大臣おっしゃられたとおり、保護者が入られると、こういうことでございまして、私もこれについては大変賛成をしております。
 学校というものを考えるときに、例えば学校の評価というときに、単に学校自体とかあるいはそこにおられる先生とか、そういったところだけではなくて、やはり学校を支える地域、保護者、住民など、もう本当のコミュニティーの中でその学校の位置付けというものが決まってくるんだろうというふうに思います。地方においてはその色彩というのが正に強くなっているわけでございます。特に、その中でも子供を抱える保護者の方の役割というのがこれからも大変大きくなってくると思います。
 先日も地元でPTAの方なんかともお話をしたときにも、学校での問題点、いろいろ出ました、先生の問題点もございました。ただ、やっぱり突き詰めれば、家庭あるいは保護者の協力といいますか、そういったものがなければ学校の運営というものもうまくいかないんだと、こういうことだったと思います。
 このたび、昨年の教育基本法第十条で保護者の教育に対する第一義的責任ということが明記されましたけれども、本当に保護者の方の意義といいますか重要性というものがしっかりと意識されてこなければいけないな、こういうふうに思います。再生会議でも社会総掛かりで教育再生を言っておりますけれども、家庭と地域を巻き込んでの学校の評価、これを上げていく必要があると思いますけれども、この点について大臣の所見をいただきたいと思います。
#81
○国務大臣(伊吹文明君) 御指摘のように、やはり学校の評価というものを学校自体がやってもらう、第三者にやってもらう、そして学校の協議会その他の皆さんに参画をしながら学校というものはどうあるべきかと。単に児童生徒を教える場所であると同時に、地域コミュニティーの中の生涯教育の拠点のような役割を持っておりますので、今先生のおっしゃったような形の評価というものは非常に大切だと認識しております。
#82
○岸信夫君 ありがとうございます。
 地方におりますと、人口の減少というものもあるんですけれども、そうした地域のコミュニティーの力というのがだんだんだんだん低下してしまっているというのが現状であります。その中で学校の統合とかそうしたことも行わざるを得ないような状況というのも生まれていまして、どっちが先かの議論もあるんですけれども、是非、学校はできるだけそれぞれの地域で残してほしいと、こういう声も大変強いわけであります。
 そうした、特に地方における力を維持するためにどういうふうにしていったらいいのかという、これは非常に大きな問題になるわけでございますけれども、ボランティア活動というものが今注目をされておるんだと思います。教育再生会議の第二次報告でも、すべての学校段階における体験・奉仕活動の実施というものが提言されておりますし、一部の高校においてはボランティア活動が必修の単位としているところもあるわけです。学校教育の中心、中にしっかりと位置付けられるようになってきているということだと思います。
 ボランティアを義務化するというのもおかしな話かもしれません。ただ、若い人たちの意識というのはかなり、それなりに高いものがございますし、ボランティアはしたいんだ、だけれどもその取っ掛かりがない、どうやってボランティアをしたらいいか分からない、こういった子供たちも多いのかな。そうしたところを、ボランティアを道を付けてあげるという意味でも、学校で取り組むということの意義は私はあると思いますし、一人一人の意識が更に高まって、公共心、規範意識、社会性というものをはぐくむためにもこれは大切な取組ではないかなというふうに思うわけですけれども、このボランティア活動を教育活動に組み込むということに対して大臣はどのようにお考えでしょう。
#83
○国務大臣(伊吹文明君) 今、西岡先生と先生の御質問を伺っていて、たまたま二人とも何となく笑いがこぼれたのは、ボランティアというのは本来自発的にやる行為なんですよね。ボランティア、自発的にやる奉仕活動を義務化するというのはどうも語意からいうと非常におかしいなといって二人で笑っていたんですけれども、やはり義務化するというんじゃなくて、学校でやはり公共の精神を教える中で自発的にそういうことをやっていくんだよという体験をしたり、そういう姿勢を身に付けていくということを考えて再生会議はおっしゃったというふうに理解しております。
#84
○岸信夫君 ありがとうございます。
 本当におっしゃるとおりで、本来自分の心の中からわいてくるはずなんですけれども、そこをそういう形に持っていってあげるということもこれは必要なのかな、特に最近の子供たちには必要なのかなというふうに思います。
 先ほどもちょっと触れましたけれども、地方の地域の力というのがだんだんだんだん落ちてきている、それは子供たちが少なくなり、人口が減ってきていると、こういうこともあるわけですけれども、是非、こういう野外活動、特に都市部の学校の子供たちには地方に行って地方の体験をさせてあげると。これはもう本当にそれぞれの地域の人たちの生活を実感してもらう、例えば農作業をするでもいいですけれども、そうしたことを通じて農業の大切さとか地域の持っている役割とか、そういったことを身に付けてもらわなければいけないなと。都市と農山漁村の交流というものも随分言われてはおりましたけれども、是非これは子供たちを中心に盛り上げていただきたいと、こういうふうに思うわけですけれども、もう時間が少なくなりましたが、この点について一言大臣よりいただければと思います。
#85
○国務大臣(伊吹文明君) 非常に大切なことだと思います。改正教育基本法にも、勤労を重んじ、生命を尊び、自然を大切にする態度、我が国の郷土を愛する態度というようなことがずっと書かれております。
 一つの例を挙げると、武蔵野市という市で東北の方の小学校とお互いに交流をして、町の人たちは向こうへ行く、農村の方は武蔵野市へ来られると。セカンドスクールというんですか、自分たちの学校はここにあるけれども、もう一つ学校が田舎にある、田舎の人は田舎の学校のほかにセカンドスクールとして都市に学校がある、そして、お互いに交流をしてお互いの生きている環境を知り合うということをやっていらっしゃいます。これは武蔵野市がかなり裕福な団体であったからできたということだと思いますが、こういう試みは非常にいいことでございますので、我々も何かそういうことをお手伝い、財政的にもお手伝いできるようにひとつ頑張りたいと思っております。
#86
○岸信夫君 ありがとうございました。
#87
○水岡俊一君 民主党の水岡俊一でございます。
 今日は九十分時間をいただきましたので、しっかりと質問させていただきまして、また正面から是非お答えをいただいて、実りのある質疑にしていただきたい、まずお願いを申し上げたいと思います。
 最初に、先ほどの質問の中にも教員の多忙化をいかにして解消するかという観点で御質問がありました。文科省の勤務実態調査のお話、局長から若干御紹介がありました。児童生徒の指導に直接的にかかわる業務とそれ以外の業務をどういうふうにとらえているか、どういう調査の結果が出たのかということは御案内のとおりでありますが、改めて今申し上げると、会議とか打合せとか学校経営、事務、報告書作成とか、そういったものについては先ほどのように一日一時間四十分程度あるようだと。それから更に言えば、児童生徒の指導に間接的にかかわる業務、例えば授業の準備をするとか、それから成績処理をするとか、それから学年・学級経営のことについて仕事をするとか、そういったものはどれぐらいあるかというと、これまた二時間ぐらいはあるんですよね。
 そうすると、一日のほとんどを授業でつぶしている中にあって、これらの業務をやっていく。文科省の実態調査によれば、一日の平均的な超過勤務が二時間にも及ぶような、そういうようなお話がある中で、文科省はいろいろその多忙化を解消するために考えていただいたと思いますが、そういった意味からすると、どういうふうにその勤務実態を具体的に改善するお考えなのか、その点についてお伺いをしたいと思います。
#88
○政府参考人(銭谷眞美君) ただいま先生からもお話がございましたように、昨年の文部科学省が実施をいたしました教員勤務実態調査におきまして、一日当たりの教諭の残業時間が平均で約二時間程度、一月当たりでは約三十四時間の残業時間という結果が出ております。また、小学校と中学校を比べますと、中学校は部活動指導のために残業時間が長くなっているという結果も出ております。また、一番残業時間が多い方は教頭先生という結果も出ております。そのほかに、先ほどお話がございましたように、デスクワーク的な会議、打合せ、事務処理、報告書作成といった事務負担が大きいという結果も出ているわけでございます。
 私どもといたしましては、今後こういった教員の負担を軽減をするためには、もちろん教職員の増員ということができればそれは一番いい面もあるわけでございますけれども、同時に、教員の事務的な職務のアウトソーシングといったようなことを考えていくとか、あるいは外部の人材のボランティア的な活用といったようなことも考えていかなければいけない。そして同時に、副校長、主幹教諭、指導教諭といったような学校の組織体制の整備による事務の効率化、適正化といったようなことも考えていかなきゃいけない。加えて、事務職員等にもかかわりますけれども、事務処理の効率化といいましょうか、こういうことも考えていかなければいけないということで、私ども、こういった観点をこれからの大きな課題として取り組んでいきたいというふうに思っているところでございます。
#89
○水岡俊一君 具体的にということはいろいろとらえ方があると思うんですが、今、アウトソーシングとかボランティアの活用であるとか、そういうお話がありました。大臣のお嫌いな片仮名語でありますが、そういった何かしらはっきりしないようなもので問題の解決を図るというのはなかなか難しいんではないかと私は思っています。
 そこで、前回、私質問させていただいたときに、大臣、ワークロードアグリーメントという合意書のお話をしましたが、覚えていただいておりますでしょうか。──よろしいです、後でいいです。
 イギリスで、教育技能省というところと、それから教員、働いている者の団体であったり、あるいは校長会であったり、そういった多くの方々が合意をした文書があるわけですよね。その文書を私この間紹介をしたわけですが、正確に言うと、ライジング・スタンダーズ・アンド・タックリング・ワークロード・ア・ナショナル・アグリーメントと、こう書いてあります。要するに、多くの国民がこのことに関して合意をしたんだという、そういう文書ですね。日本語に訳したのを見ますと、水準向上と教員の負担軽減に関する国民合意と、こういうふうに書いてございます。その中の一部を私御紹介したんですね。
 それは、教員がしなくてもいい業務というのがどんなものがあるかということを御紹介をしました。例えば、学級の中で集金業務をやることとか、あるいは大量の印刷をするということであるとか、あるいは連絡文書を作ったり、あるいは教室の掲示をしたり、こういったことをたくさんたくさん、教員の事務の仕事としてはこれは当たらないのでほかに任せたらいいですよというような、そういう具体的な話がそこに書いてあるということを私は御紹介したんですね。
   〔委員長退席、理事中川義雄君着席〕
 さらに、この文書の中でどういうことが書いてあるかというと、学校教員調査委員会は過度の仕事量の軽減に関する一連の提案を行った。その中の一つなんですが、まず第一に何て書いてあるかというと、教員の勤務時間の削減は今後四年以上の期間にわたり教員の就業時間の縮小を行うと、こういうふうに書いてあるわけです。期限もきちっと書いてあるわけです。そして、具体的にも書いてあるわけです。
 ですから、今、日本がイギリスをお手本にしながら、サッチャーであるとかそういった教育改革をお手本にする中で、イギリスがこういった教育改革の一つの大きな流れの中できちっとしたものをとらえて今出しているわけで、もう既に出されているわけでありますが、こういった具体的な取組について大臣としてはどういうふうにお考えか、是非お聞かせをいただきたいと思うんですが。
#90
○国務大臣(伊吹文明君) まず、この前先生からお話を伺ったのは覚えておりますが、大体、横文字の話はすぐ忘れることにしております。しかし、お話の趣旨は十分承っておりました。
 それで、まず英国の教育改革というのも、特に安倍総理の著作の中にも書かれておりますが、これは英国に限らずいろいろな国の教育改革を参考にして作業は進めねばなりませんが、今進めている作業は日本の教育改革を私の判断でやっているわけです。ですから、今までの制度と全く違ったことを、理想としては良くてもなかなかやりにくいということは、やはり現実を混乱させないように政府を預かっている限りはやっていかねばなりませんので、今の御提言は、英国の場合はどうなっていたのかもう少し詳しく見てみないといけませんが、最終的には、今のようなお話は、基本的な基礎は、基礎というか骨格は、これはやはり日本の統治のシステムからいえば、この場でいろいろ御意見を承る、そして政府がどうしていくか、その枠の中で今度は教育委員会が地方議会の監視を受けながらどうしていくのかということであって、労使協約的な運用というのは私は取らないつもりです。
#91
○水岡俊一君 大臣は世界の様々な国々の教育制度にも御精通をされていて、いろいろ御存じな中で、いいところは取り入れて、基本的に日本は日本の国内での施策をやっていくんだと、こういうようなお立場だろうとは思いますが、しかし、それはやはり論理の展開として都合のいい、いいとこ取りだと、あるいはそのことを指摘をされたら、日本は日本だ、外とは違うと、外国とは違うというようなそういうかたくなな姿勢に取られる可能性が強いと私は思うんですね。ですから、いいことはいいと言い、やはりそれが今の現状として取り入れられるかどうか、その可能性であったりあるいは将来的な展望であったり、そういった観点で是非大臣にはお答えをいただきたいなと私は思っています。
 そこで、今の問題からいえば、つまり直接的な仕事以外にたくさんの仕事があるなということが調査で分かった。そして、超過勤務は実態的に毎日二時間以上もあるんではないか。こんなのとんでもない話じゃないですか、労働基本法的にいえば、労働基本権的にいえば。日常的に二時間以上の超勤があるというような、そういった状態の中でどうやって問題を解決していくかということを、これを皆が考えていかないといけない。
 そういう中にあって、連日の超勤がある、土日の出勤もあるということが分かっている。そういう中に、免許の更新だとかといって、土日を使って行ってもらえれば職務命令を出さなくて済むとか、お金を出さなくて済むとか、そういうふうなことをミックスしながら話を進めていくということに、やっぱりこれは、教育の専門家でなくてもその考えの矛盾さにやっぱりこれは気付くんですよ。
 だから、言っていることとやろうとしていることが違うというふうに多くの人が思うと思うんですが、これについて、大臣、どうでしょう。
#92
○国務大臣(伊吹文明君) 自分というか、失礼ですが、水岡先生の考えに賛同しなければかたくなだという御表現はちょっと困りますね。私の考えと違って随分かたくななことをおっしゃるなというふうに私が言うのも失礼なことだと思いますが、大切なことは、ここにいる我々はほとんど、教員の実態というのは大変だと、そして子供と向き合う時間が少ないということは、それは認識を私を含めてしているんですよ。しかし、国民の合意を得ながらこれは進めなければいけませんね。
 ですから、世論調査を見ても、学校の先生が十分役割を果たしているかということについて、必ずしもそうだという答えは多くない。実態は、私は、これは随分ひどい答えだなと私は思いますよ、私自身は。しかし、世論はそういうとらえ方をしている。そして、これ以上の税負担は嫌だということをほとんどの皆さんはおっしゃる。その中で、私たちは今、私たちが受けている公共サービスから比べると、約二十数兆円の負担をせずに、次の世代に借金を残しながら、今楽しみながら生きていると。こういう状況をすべて念頭に置きながら、今先生がおっしゃっている方向へ持っていこうとして私は最大限の努力をしているんですよ。ですから、ある教育なら教育、そして教育の中の初等教育の教員の実態だけをとらえて御議論なされば、私は先生のおっしゃっていることに、そのことだけなら賛成いたします。しかし、国を預かっているということは、それだけでは議論ができないんですよね。
   〔理事中川義雄君退席、委員長着席〕
 ですから、全体のバランスの中で、少し全体のバランスを従来より教育の方向へ変えてもらおうと。そして、変える中で、大学の教育だとか研究開発だとかいったって、初中のしっかりした人がいなけりゃ大学生はいなくなるんですよ。それで、大学生の基礎が駄目になったら応用なんてのはできなくなる。そういうことを主張しながら今懸命の努力をしているわけですから、ある部分だけをとらえてかたくなだって言われるのは、ちょっとせっかく努力をしているのにひどいなという感想を持っております。
#93
○水岡俊一君 私はある一つの部分だけをとらえてそういうふうに言ったつもりはありません。
 例えば、今教員の職務の、勤務の実態が文科省の調査でこういうふうに出ているではないか。実態的に多くの教員が超過勤務を強いられて、子供たちに向き合いたいと思っているけれどもなかなかそれがうまくいっていないという実態があり、そして多くの仲間が病に倒れているという実態もあるではないかと。こういう中にあって、更にいろんなことを課すようなことを考えて進めていくということは、一部のことをとらえて言っていることではないというふうに私は思っているんですね。
 私は、総論賛成各論反対という、そういう考え方は私自身やっぱり嫌いです。大臣も最も嫌われる言葉だというふうに思いますね。ですから、教育が日本の今の政治の最大の課題であるというような今の政府の姿勢の中で、しかしお金が掛かること、あるいは大きな制度を変えていくということはやっぱりしないんだと、結果的に。ということであれば、教育を改革していく、日本の教育力を上げていく、子供たちの学力を上げていくということには賛成だけれども、その方途としてお金が掛かることについてはやらないよと、反対だよと言っているということに私はつながってしまうんだろうというふうに思うわけです。
 大臣は大臣のお立場で努力をいただいているということは私なりに理解はしておりますし、かつての文科大臣経験者の方々が自民党の中での一つの大きな声を上げられているのも存じております。それを是非ともこの文科委員会の中でお互いに一杯意見を出しながら是非前に進めていくべきだと思うし、子供たちは待ってられませんから、子供たちは一日一日成長していきますし、私たちが論議をしている数年の間に卒業してしまいますので、どうやって子供たちを救っていくか、これは考えていくべきだというふうに思っております。
 そこで、先ほどの話に戻りますが、アウトソーシングというお話がございました。これ前から聞きたかったんですが、どの部分を、どんな仕事をアウトソーシングできるのかということを是非この際にお伺いをしたいと思います。
#94
○政府参考人(銭谷眞美君) 学校活動のうちどのような業務をアウトソーシングをしたり、一方またボランティアを活用したりするかにつきましては、それぞれの学校の実情を踏まえながら、学校設置者である教育委員会がその権限と責任に基づいて判断をすべきものだとは思います。
 私どもが承知をしていることをちょっと申し上げますと、教員の行っておられる業務のうち実際にアウトソーシングされていたりあるいはボランティアの活用が行われているものとしては、例えば授業の支援にボランティアの方が随分参加をしているという例がございます。読み聞かせなど、あるいは授業の支援という形で参画をされておられる例があります。あるいは放課後の学校図書館の運営というのをボランティアの方にアウトソーシングをしていると。あるいは部活動の指導もかなり外部の方に御協力をいただいてアウトソーシングをしているといったようなことがあると承知をいたしております。
 また、学校の管理的な業務のうちアウトソーシングされているものとしては、例えば代表的なものは警備といったようなことがあろうかと思います。学校の警備等につきましては、外部委託といいましょうか、アウトソーシングしている例は多いと思います。また、給食の調理等をアウトソーシングをしたり、さらに、旅費とか諸手当の計算、こういったものもアウトソーシングをしているといった例があると承知をいたしております。
 例えば、東京都では学校経営支援センターといったようなものを設置をいたしまして、各都立学校の事務を集約して集中処理を行っている場面がございますけれども、その事務の一部をアウトソーシングをしているといったような例がございます。また、ある市では学校支援ボランティアということで支援者を登録をいたしまして、学校教育の様々な分野に活動していただいていると。あるいは地域本部といったようなものを設置をして多くの方の御協力をいただいている例もございます。
#95
○国務大臣(伊吹文明君) ちょっと今の説明だけでは非常にお分かりにくいと思うんですが──そこで相づちを打たれちゃうと困るんですが。
 いわゆる財政の再建を目指していると思うんですが、骨太の方針等で決めていることは、児童生徒の減少数を上回る教職員のということを決めているわけですね。
 ただ、四十人学級というものがありますから、基本的に。ですから、二十人ずつ生徒が減っていきますと教室は二つに合体できるわけですよ。しかし、こちらで五人、こちらで四人と減っていきますと教室数は減らせられませんから、その教員はきちっと確保されているわけです。そして、それを更に上回る数の教職員というところがほとんど、今政府参考人が申したようなところで切り取られながら来ていると。だから、そこのところを、定数で取られるものをお金でカバーしていると、こういうことなんですね。
 ですから、先生は、実態は分かっているけれども、しかしお金がないからやらないということじゃとおっしゃったんだけれども、お金がないからやらないなんて、私一言も言ってませんよ。お金がないけれども、やるように努力をしているわけです、今。
 日本の憲法からいうと、予算というものは内閣が共同して責任を負うと。つまり、内閣を構成している全国務大臣が共同して責任を負って立法府である国会へお示しして、国会の議決を経て初めて執行されるわけです。ですから、財務大臣には財務大臣の考えがありますよ。内閣総理大臣には内閣総理大臣の考えがあります。私の考えは先生とほとんど違いませんが、私はそれを主張して、私がどれだけやっていけるかというのは、やはり議院内閣制の下で与党を説得し、内閣の各メンバーを説得しながらやっていくわけですね。
 そして、今ようやく到達できたところというのは、まあこれは衆議院で内閣府が答弁をしたから私は申し上げてもいいと思いますが、従来、骨太の方針という中には教育という言葉はなかったんですよ、残念ながら。今回、教育再生という項目を立てることにしました、一つね。今、そこへどう書くかということのせめぎ合いをしております。最終責任者の総理は今海外に行っておりますから、今そこのところは全く空白になっております。
 ですから、ここへどう書き、そして他の閣僚を説得をしながらどうやっていくのかという今状態にあるわけで、私が先生のおっしゃっていることを、各論として結構だけれども総論としてやらないなんというのは一言も言っておりませんので、これは選挙の前ではありますが、文教科学委員会だけはやっぱりお互いの意見をこう正当に交わし合って、児童生徒のために建設的に協力して持っていきたいと思っております。
#96
○水岡俊一君 大臣から今お答えがございましたが、お互いに同じ課題を共有をして求める方向は同じだと、そして大臣も努力をされている、文科省も努力をされているということが委員会の場で共有をされたとしても、よく言われるのがやっぱり政治は結果だと、こういうところあるじゃないですか。ですから、私たちは私たちの、国会議員としてまた文教科学委員としてこの場でそのことについて理解ができたとしても、子供たちにどう結果が行くのかというところがやはり私たちの最大の判断材料だろうと私は思うんですね。
 そういった意味で、私は、大臣に対しても文科省に対しても決して言いたいことばっかり言うているわけじゃないんです。一人の人間として言いたくないことも言わざるを得ないなと思って、その責任感でやっているつもりなんですね。そういう中にあって、安倍内閣が実際に教育の改革をやっていこうとする中で、実際今みんなが努力をしようとしても、学校における多くの課題を解決をし、そして教員が子供たちと少しでも触れ合う時間をたくさんにしようということはなかなか困難だなというふうに言われているわけですよ。
 そこで、国民の、納税者の理解と言われますけれども、しかしイギリスだって、それは大変な大きな政治の問題としながら、国民の反対も押し切りながらいろんなことをやったわけですよ。私は是非紹介もしておきたいなと思ったのは、実際、先ほどのお話をしたそういったことの線上として、実際には、教員一万人増、アシスタント教員、いわゆる補助的な教員ですね、二万人増、訓練を積んだ千人の事務長を確保するとかという具体策をやはり提示をしながら教育改革に取り組んだという、そういう取組もあるということを私たちは理解をしておかなきゃいけないと思うんですよね。
 そんな中でまたちょっと質問を続けたいんですが、局長から警備のお話もございましたが、一見アウトソーシングではあるものの、これ教員の本務ですか、学校の警備をするというのは。そして、その学校の警備に基準財政需要額として計上されて学校にお金が回っているんですか。ちょっとその点、お尋ねしたいと思いますが。
#97
○政府参考人(銭谷眞美君) もちろん、学校の業務のうち教員が主として行うもの、事務職員の方が主として行うもの、いわゆる学校用務員の方が主として行うもの、いろいろあろうかと思います。必要な場合には、やっぱり施設の管理ということで、教員の職務の中で、警備という言葉がいいかどうかあれですけれども、学校の施設管理ということは校長以下の学校の職員の業務ということにはなると思います。実際にだれがどういう警備の仕方をするか、これはそれぞれ異なってくるかとは思いますけれども。
#98
○水岡俊一君 本来の趣旨とはちょっと違いますから余り深くは入り込みたくないんですが、そういうふうに言われますと、学校の教員は、じゃ不審者が乱入しないためにどういった警備を行っていくのかなんていうことを真剣に考えていかなきゃいけなくなりますよね。そんなこと言い出したら、朝の七時から夕方の五時までずっとだれかが立ち番でもしなきゃいけないってなことになってしまうでしょう。
 だから、そういうような、要するに学校は子供たちの安全を確保するという課題はあるけれども、それを今の学校の制度の中で確保するというのは難しいわけですよ。だから、それを、今学校に警備という仕事があって、それをアウトソーシングする、経費がたんまりと出ていて、それを教員がするのを事務軽減をするために外に外注をするんだということであればまた話はちょっと違いますが、その点ちょっと不十分じゃないですか。
#99
○政府参考人(銭谷眞美君) 教員はもちろん児童の教育をつかさどるというのが学校教育法に規定をする教員の職務でございます。したがって、学習指導、生徒指導、学校行事、部活動指導、研修など児童生徒の教育に直接かかわるものが主たる職務となるわけでございますけれども、これに限定されるものではなくて、その他学校の管理運営に関する職務も含まれるわけでございます。学校の仕事全体は校務というふうに通称されておりまして、学校が学校教育の事業を遂行するために必要なすべての仕事を指すものでございます。
 学校は一つの組織体でございまして、仕事全体を校長、教頭、教員、そして事務職員、さらには学校用務員の方、給食の調理員、栄養職員、養護教諭、こういった各種の教職員の方が適切に分担をして処理をしていくと。また、そうでなければ学校教育の事業の遂行はできないというふうに思っております。具体的に各自がどういう校務を分担、分掌するか、これは学校においてそれぞれの職に応じて定まってくるということになろうかと思います。
 教員の職務につきましては、もちろん児童生徒の教育に関する職務、その他学校の管理運営に関する職務があるわけでございます。ですから、具体的に教員が警備に立つとか、そういうのは何かいろいろな事件があったときとかそういうことにはあり得るかと思いますけれども、通常は用務員の方などが行っている、それは事実だと思います。
#100
○国務大臣(伊吹文明君) ちょっと私が横で聞いていてなかなか理解がしにくいなと。
 こういうことだと思うんですよ。骨太の方針で決めているのは、児童生徒の減少を上回る数の教職員を減らすと、こう閣議決定しちゃっているわけでしょう。その中で、教員を減らせないから、教職員を減らす、その職員で上回る部分をみんなかぶりながら減らしていると。教員、児童とそれでもまだ今の調査では向かい合う時間が少ないよと先生はおっしゃっているんだけれども、その教員の数をできるだけ減らさずに、今言っているような給食の調理員だとか何かの数をみんな減らす方に回しているものですから、そこをカバーしている、そこをお金で処理していますよということを申し上げているというふうに理解していただいたらいいと思います。
 もしも、じゃそこを外注せずに置いておいて、教員の数で減らしたらもっとひどいことになるわけですよね。それを考えながらやってきたということを言っていると理解してやっていただきたいと思います。
#101
○水岡俊一君 大臣の今のお答えは、その気持ちとしては分かりますけれども、要するに私がお尋ねをしたのは、アウトソーシングというお話があるから、アウトソーシングって具体的にどんなことがどんなふうに行えますかというお尋ねをしたんですね。そうすると、教員のその職務を具体的に軽減するような外注の業務ということとは思えないようなお話があるから、アウトソーシングって何なんですかという話をしたんですわ。
 ですから、そういう意味からすると、私の問いに答えていただきたいと思いますが、いかがでしょう。
#102
○国務大臣(伊吹文明君) ですから、もしも、骨太の方針が正しいか正しくないかはいろいろ判断ありますよ。
#103
○水岡俊一君 はっきり言ってもらっていいです。
#104
○国務大臣(伊吹文明君) ええ、それは私は私なりの考えがあります。しかし、小泉内閣のときにそういうことを決めて、それに従って行政が動いているときに、予算の査定で、じゃこれ児童生徒の減少数を上回る数の教職員を減らすというのを教員にかぶせたらどうなりますか。児童生徒と向き合う時間はもっと減るんじゃないんですか。
 ですから、そうならないように、本来教師の数を減らさずに、調理あるいは用務その他の人たちの数でそこを調整してきていると、だからそれを結果的に外注に回しているということを申し上げているわけです。
#105
○水岡俊一君 教員を減らすことになってはいけないから、教員以外の職を減らしたり外注に出したりすることによってカバーをしているというロジックにちょっとはまり掛けますけれども、やっぱりそれは違うんだろうと私は思っています。
 というのは、例えばこういうことなんですよ。これは中央教育審議会が平成十九年三月二十九日に出した答申であります。「今後の教員給与の在り方について」ということで書いている。その中の「第二章 教員の校務と学校の組織運営体制の見直し」、そしてその中の「一、教員の校務と学校事務の見直し」の中の四つ目の丸にこう書いてあります。ちょっと資料を配っておりませんので読みます。「教員が抱える事務負担を軽減するため、事務職員が学校運営に一層積極的に関わるとともに、そのサポートにより、教員の事務負担を軽減することができるよう、」、こういうくだりがございます。
 つまり、中教審も、教員の事務負担、いろんな本来しなくてもいいだろうと思われるような事務関係の仕事をサポートするために事務職員をしっかり置くということが大きな課題じゃないですかというふうに中教審は言っているわけですよ。だから、今大臣のお話のあるように、教員以外のところでいろんなことをという考えを推し進めていくことと中教審が言っていることとは相反するんじゃないかなというふうに私は思うんですね。
 ですから、教員の業務を減らすということの中で新しい職を考えていくという方法も今提案をされているわけですが、本来、事務職員がそこにいるわけですから、いや、そこにいるというよりは、先ほど大臣がお話しになった、学校教育法第二十八条ですよね、大臣がおっしゃったのは。つまりは、「小学校には、校長、教頭、教諭、養護教諭及び事務職員を置かなければならない。ただし、」と、こう書いてある。しかし、置かなければならないと一度は書いている事務職員に仕事をさせないで、置くことができるというような新しい職を設けてそれをカバーするというのは、これは論理としておかしいと私は思うんですね。
 だから、元々学校教育法に掲げている趣旨は、学校事務職員がそういった事務についてしっかりと事務負担をするということも、これは論理として正しいんじゃないでしょうか。どうでしょう。
#106
○国務大臣(伊吹文明君) 置くことができるという職を設けてとおっしゃったのは、具体的には副校長とか主幹教諭という意味ですか。
#107
○水岡俊一君 そうですね。
#108
○国務大臣(伊吹文明君) これは、新たな職として設けるということは考えているわけじゃないんですよ。現在教頭である人を副校長という名称を与えるか、あるいは現在の主任、各種教務主任、学年主任の人たちの中で主幹教諭を置くとか、あるいは新たに教諭の中から主幹教諭を置くというので、決められたりあるいはどんどん減らされていく定数の中から新しい職種をぽんとつくると、置くことができるという名前になっている職種を新設するという意図ではございません。ですから、もう先生と私は別にそう違う考えを持っているわけじゃないんですよ。
 ですから、結果責任だと先ほどおっしゃいましたね、政治は。結果責任であるから、政治家として最もやっちゃいけないことは、答弁を逃れるために調子のいいことを言ったり、有権者にできないことを言って票を取るということをやっちゃいけないから、私は先生の言っておられることに一〇〇%そういたしますということを申し上げていないんですよ。私は、私の仕事の与えられている権限の限界をわきまえて答弁をしているわけです。
 ですから、これは政権を持っている者として名誉ある私は義務というか、つらさだと思って今の御質問はみんな受けておりますが、民主党も結果責任とおっしゃるのであれば、選挙のときにお書きになったマニフェストが政権を取れなかったからできなかったという結果はどうなるんですか、それは。やはりそこは協力してやっていくということじゃないんですか。
#109
○水岡俊一君 話がどんどんほかの方に行っておりますが、一言申し上げると、政権を取ったらこういうふうにやりますというのがマニフェストでございます。ですから、政権取れていないのに、つまり執行権も何もないのにそれはできないわけですから。それは一度、そうお疑いになるのであれば是非一度お渡しをいただきたいと、こういうふうに思っておりますが。
 それで……
#110
○国務大臣(伊吹文明君) ちょっと待った、そこは大切なことですから。
#111
○水岡俊一君 いやいや、結構です。まだ私、質問続けていますから。
 それで、事務負担という問題について、これは今私が紹介をしましたように中教審もきちっととらえているわけでありますね。ですから、そういった意味からすると、私は、今の大臣の論理からいって、教員を減らすことはできないだろうと、だからほかを減らすんだと言われると、その論理にはまってしまうから。ただ、中教審はそういう論理とは全然別にきちっと考えていくという立場がここに書いてあるわけです。だから、そのことについてどうお考えですかというふうに申し上げたんです、私は。
#112
○国務大臣(伊吹文明君) ですから、それはそれで、中教審の言っていることはいいことなんですよ。
 私が御答弁を申し上げたのは、政府参考人がアウトソーシングをしている内容についてこうだと言うことについて先生が、いや、それはおかしいとおっしゃったから、いや、彼が努力をしているのは実は過去のこういうことなんですよと。未来、将来に向けては、今、いろいろ閣議決定だとか、既に小泉内閣のときに作った法案だとか、いろんなものの縛りが掛かっているわけですよ。
 掛かっている中で、先生が今おっしゃっていることは、中教審は別に法案を出す権限もありませんし、理想を語っておられるからいいわけですよ。それは私は理想としては、私はその理想は一つの考え方だと思って評価しています。しかし、評価しているだけでは行政はできないんですよ、実現させなければ。実現させるためにはいろいろな壁があるんですよ。その壁に向かって今努力をしていると。
 ですから、これは政権を取ったらやるんだと言っているから、政権を取ってないんだといって何を言ってもいいということじゃやっぱりないんですよ。従来のやっぱり税制だとかいろいろなものとのバランスの上に、国民の負担を考えて、この財源をここへ持ってきてこういうことを自分たちはするから政権を取らしてくれということでしょう。
 だから、一度私どもにとおっしゃっても、私は先生方に政権をお渡しする権限なんて何もないんですよ。それは選挙にお勝ちにならないと駄目なんですよ。だから、マニフェストを国民が実現可能性がどうかということを評価しているわけですから、そこで、なるほど評価をしていると、財源もきちっと付けてこうだということを是非国民にお訴えになって、支持を得られて、今先生がおっしゃっていることを私は実現していただきたいと思っております。
#113
○水岡俊一君 民主党の法案の発議者が今日二人お座りをいただいておりますので、ちょっとイレギュラーでありますが、お伺いをしたいと思います。
 今大臣から、政権を取っていないからといって何を言ってもいいんだというようなことを民主党がやっているようにお話がありましたが、私たち民主党としてはそういった気持ちで法案を出しているつもりは全くないと思うんですよね。実際にはマニフェストの中でいろんな教育の分野はこういうふうにやりますということの中の一つの具体策として私は、民主党の教育四法があるというふうに私は思っておりますが、その点について、民主党の発議者、御意見あればお願いします。
#114
○西岡武夫君 お答えいたします。
 私ども民主党といたしましては、今委員御指摘のとおりに、今国会に日本国教育基本法を始めとする四つの法律を御提案申し上げているわけでございます。
 今、いろいろ大臣と委員との質疑応答をお聞きしておりまして、委員が御指摘になりたいのは多分、多分、せっかく総理大臣が教育問題を国政の最重要課題と言われたわけでございますから、最重要課題であるならば、担当の大臣が、他の施策とのバランス上やむを得ないんだというお話は、私は大臣とは非常に仲がいいわけで、意見もかなり一致しているんですけれども、あえて言わせていただけば、担当大臣がこういうことをおっしゃるのは私はおかしいと思うんです。他の政策よりも教育を重視するというならば、直ちに行政改革の推進法から五十五条三項を始めとする幾つかの条文を外すという法律を、改正案を文部科学省が少なくとも用意して、用意して、閣議でけられたというならば、私は大臣に御同情申し上げ、大臣の応援団に喜んでなる、そういう基本的な考えでございます。
 そして、立ったついでによろしゅうございますか。いろいろ委員のお話承っておりまして、大臣の答弁も承っておりますと、いろいろやりたいのはやまやまなんだと大臣はおっしゃっている。しかし、客観情勢が非常に悪いと、財政再建だと。ところが、今話題になっております、今御質問になっております教育事務職員の問題にいたしましても、実は当初、人確法という法律を作るときに、教育事務職員も対象にしたいと私は大分努力をいたしました。ところが、たまたま、たまたま当時、高等学校の事務職の皆さん方が、県庁との人事交流の問題があって、自分たち学校事務職員がクローズされたところで身分が確立されると県庁に戻れないというようなこともこれあり、関係者の皆さん方がそういうことをおっしゃったものですから、私もそれ以上進めなくなりまして人確法の対象にまではできなかったわけでございます。
 しかし、人確法の対象にするくらいに教育の事務職員のなさっておられる仕事は、教育とも密接な関係があるし、子供たちとも接触するわけですから、児童生徒とも、日々。そういう重要性というものを踏まえて考えますと、今の政府が、行政改革推進法五十五条三項のゆえをもって学校の先生は減らせないと。できるだけ、それでも大分減っているわけですけれども、事務職員とかほかのところを減らして学校の先生に充てるというふうな定数のやりくりで、あるいは予算措置をやることによってやりくりで大変苦労しておられるのはよく分かるわけです。
 ですから、この五十五条三項はおかしいじゃないかというのが私どもの考えでございまして、その点は是非、文部科学大臣、伊吹大臣に、少なくとも省としては、省としては改正案を取りまとめて、そして世に問うというところまでやっていただきたいというふうに私どもは考えております。
#115
○水岡俊一君 ありがとうございました。
 文科省の方、大臣を始めとして文部科学省の方々、また与党の委員の皆さん方も、本当にその部分において大きく差はないんだろうと、思いに差はないんだろうというふうに思っておりますが、いかんせんこういった法案の中で、それから、これからまだほかの関連法案がこれからまだ続々と出てくるだろうというふうに思う中で、教育予算がやっぱり拡充、拡大するという方向が厳しいとすれば、私たちも力の限りやはり議論に参加をし、そして闘っていきたいというふうに思っているところであります。
 そこで、先ほど新しい職のお話をしましたところ、大臣からお話が、お答えがありました。新しい職を設けるのではなくて、今いる教頭を副校長にということがあったり、二人教頭がいる、一人を副校長にしたり、教員の中から主幹を選んだりというようなお話だと、こういうことだったですよね。
 そこでお聞きをしたいんですが、副校長というのは授業をしませんよね。どうでしょう。
#116
○政府参考人(銭谷眞美君) 副校長は、規定上はそういうことは書いてませんが、必要があれば命を受けて授業をするということは可能でございます。
#117
○水岡俊一君 えっ、これは教育をつかさどるという文言は副校長には付いてないんじゃないですか。どうですか。
#118
○政府参考人(銭谷眞美君) 規定上は教育をつかさどるとは書いてございませんで、その点、教頭とは規定ぶりは違いますけれども、命を受けて授業を行うということは可能でございます。
#119
○水岡俊一君 ちょっと、それはおかしいんじゃない。ちょっとそれは、ちょっと……(発言する者あり)
#120
○委員長(狩野安君) ちょっと速記止めてください。
   〔速記中止〕
#121
○委員長(狩野安君) 速記を開始してください。
#122
○政府参考人(銭谷眞美君) 副校長の職務は、校長を助け、命を受けて校務をつかさどるということでございます。このうち、校務には授業や担任を含む学校における一切の活動が含まれておりますので、校長の命令を受けて副校長が授業を受け持つということは、これはあり得ることだと思っております。
 ただし、副校長は校長の補佐役として、また一定の校務を処理する管理職として、専ら校務の処理にかかわる職務を担当することが想定されておりますことから、命を受けて授業を受け持つことはあり得ても、一般に学級担任を受け持つということまでは想定されていないというふうに考えております。
#123
○水岡俊一君 命を受けてと書いてあるところがこの法律の怪しいところだと私は思っていました。これはなぜかというと、ほかの法律は校長の監督の下にとか、監督という言葉がそこにあってしているんですが、命を受けてというのが一体何なんだろうということで私も疑問を持っていたんですが、今のようなお答えだと、命を受ければ校務全般すべて何でもやるのかということになっちゃうから、これはちょっと今までのお答えとは違うんではないかと。
 ただ、私は、学校現場の実態から見て、例えば副校長がいらっしゃるのに、この人は授業する立場じゃないから、教員に欠員ができて、子供が待っているのに、いない中でかたくなに授業を断るということはないだろうと思う。ただ、校長が、今日はちょっと代わりに少し一時間だけやってくれないかという命はあるかもしれない、それは。ただ、私の言う授業を持つことがあるかないかという問題は、年間を通じて何時間か持つということを聞いているんですよ。どうでしょう。
#124
○政府参考人(銭谷眞美君) これまでのこの委員会での審議の中で副校長の職務について何回かお尋ねをいただきましたけれども、副校長が授業を受け持つことができないという答弁を私が申し上げたことはなかったと思っております。
 副校長は、校長を助け、命を受けて校務をつかさどるということでございますので、その校務には一切の学校における活動が含まれるわけでございますから、校長の命令を受けまして副校長が授業を受け持つということは、これはあり得ることでございます。
#125
○水岡俊一君 私としては、今まで銭谷局長がお答えになっていたのは、副校長は授業をしないでしょうというふうにあったと思います。私、今全部その資料を持っていませんから、私も調べてみますが、是非お調べになって、そういったことがないのかというふうにお願いをしたいと思います。
 ただ、そういう、今までやっぱり法律の中のキーワード、例えば教育をつかさどるということは授業をするんだという、こういうキーワードを何かほかの言葉で置き換えてしまうようなことというのは法律としていいのかなと。そんなことし出したら何でもかんでもありだなということになっちゃうと私は思うんですよ。
 だから、だからね、そういうことであれば、副校長と教頭とどこが違うんですか。どこが違うんですか。
#126
○政府参考人(銭谷眞美君) 副校長は教頭と規定の書きぶりがもちろん違うわけでございます。「教頭は、校長を助け、校務を整理し、及び必要に応じ児童の教育をつかさどる。」「副校長は、校長を助け、命を受けて校務をつかさどる。」、こういうそれぞれ規定ぶりになっております。
 これは、副校長につきましては、学校の最高責任者たる校長が学校運営上高度な判断を要する校務、これに集中して取り組むことができるようにするとともに、学校運営におけるより機動的なマネジメント体制を確立する観点から、校長に代わって自らの権限で校務を処理する、そういう職として副校長の必要とされる地域や学校があることから、法律によってその位置付けを明確にするものでございます。
 あくまでも今回の制度改正は、マネジメント体制の確立が必要な学校につきまして副校長を置くことができることとするものでございます。
#127
○水岡俊一君 たくさん説明をいただきましたが、よく分からないんですね。
 じゃ、違う聞き方をしましょう。義務標準法上でいえば副校長はどこに入るんですか。
#128
○政府参考人(銭谷眞美君) 教頭教員等定数の中に入ります。
#129
○水岡俊一君 副校長も入るということですね。ということは、副校長は教員だということですよね。教員ですよね。副校長は教員ですよね。
#130
○政府参考人(銭谷眞美君) 副校長はもちろん教員でございまして、ただし、教員、教諭、これそれぞれ各法律によりまして規定の仕方があるわけでございますけれども、ただいま申し上げましたのは、義務標準法の中におきましては教頭教員等定数の中で副校長の数は読むということでございます。
#131
○水岡俊一君 大臣、私は少なくとも、この副校長を設けるとか主幹制度を設けるとかというその心は、本当に学校のそういった管理運営事項は非常に大変だし、校長の業務、教頭の業務を多少分散をさせながらもっと子供たちに向く、そういった体制をつくるんだというふうに理解はしているつもりなんですよね。だから、副校長は校長と教員という二つの区分け、カテゴリーの中で、その間に位置して新しいカテゴリーができるのかなというふうにも最初は思ったんですよ。ところが、そうではないと。とすると、教員の枠の中に入ってくるわけですよね。
 だから、教員の枠の中に入ってくるということは、標準定数法、義務標準法の中でいえば含まれちゃうわけですよ。そうでしょう。そうすると、小学校でいえば、各学年二クラスで、六学年あって十二クラスだと、教員は十五名ですよね。十五名の中に学級担任が十二名いるわけですよ。それで、あと残り三ですね。この三の中の一人は教頭ですわ。専科の教員があとの二人ですよ。この中に入ってくるとなれば、教員の業務を軽減するといいながら、教員の枠組みの中でそういう人間をつくったら、教員がやらなきゃいけない授業数は変わらないわけだし、業務は変わらないわけで、かえって教員の業務増えるじゃないですか、それだったら。
#132
○国務大臣(伊吹文明君) それは先生、だから先ほど来参考人も申し上げておりますように、教頭を充てる副校長、それから、もし、教頭はいないけれども新しく教諭の中から副校長を置いた場合、授業ができると言っていますが、どの程度授業ができるかという、ほかの職務があるから非常に授業に割く時間が少なくなると、結果的に先生がおっしゃっているような状況が生ずる可能性はありますよ。であるから、そのときは教育委員会が学校現場の状況に応じて置くことをしないでしょう、それは。だから任意の職にしてあるということなんですよ。
#133
○水岡俊一君 置くことができるかできないかという、その文言に関しての質問というのは、ちょっとまた別にしたいとは思うんですが。
 私が申し上げたかったのは、要は、今、義務標準法という法律がある中で、校長という管理職と教頭を含めた教員の数の一つのカテゴリーの中に、数が決まっていますから、そこから一人、その教員の枠の中から授業をしない職が生じたり、あるいはわずかしかしない職があるということを認めてしまったら、これは教員の業務の……
#134
○国務大臣(伊吹文明君) そんなことはありませんよ。
#135
○水岡俊一君 いや、それは教員の業務の負担になるんですよ。
 大臣、ここね、大臣にも是非御認識をいただきたいのは、私はあえて皆さんの前で義務標準法の二つのカテゴリーの話をなぜしているかです。これは、教員の方のカテゴリーには教頭が入っていて、つまり教頭は授業をしなきゃいけないんですよ。文科省は授業をすることを前提に教員の枠の中に人数を配置しているじゃないですか。
#136
○国務大臣(伊吹文明君) だから、授業をするんですよ。
#137
○水岡俊一君 いや、だけど、実態を私は見てほしいと思うんですよ。全国の中でいろいろ、様々です。様々ですが、教頭が授業をきちっと、ほかの教員の分まで、ほかの教員と同じぐらいきちっと授業をしているような学校はほとんどないはずです。
#138
○国務大臣(伊吹文明君) それはないでしょう。
#139
○水岡俊一君 もっと言えば教員の……
#140
○国務大臣(伊吹文明君) いや、だけど、そのことは今のことと何も違わないでしょう。
#141
○水岡俊一君 いや、だから、教員の半分にも満たない数、もっと言えば三分の一か、あるいは全くしない、ゼロという、授業数はゼロという教頭が全国にたくさんいます。ということは、義務標準法では授業をするためにお金を出しているにもかかわらず授業をしないんですよ、校務が忙しいからと言って。だから、そういった裁量をそこにどんどんどんどん認める中で、さらに副校長で、校長を助けて、そして校長の命ですごく動くような人間をつくったら、更に授業をしないじゃないですか、そんなの。
#142
○国務大臣(伊吹文明君) これは先生、論理的に私は先生のおっしゃっていることはちょっと合わないと思いますよ。
 私が今、教頭は授業をほとんどしていない実態があるとおっしゃった、だから、それはそのとおりでしょうと言ったら傍聴席から笑った人がいるけれども、事実を私は認めているだけなんですよ。
 そして、その教頭を副校長というものに任用するわけですから、現状の授業数が更に厳しくなるということはないんですよ。どうして厳しくなるんですか。今していない人にもっと授業をしないようにするということを前提に副校長というのは置いているわけじゃないんですよ。職をはっきりさせることによって、学校内の仕事のラインをはっきりさせていこうというために置いているわけですから。
 例えば、今、教頭先生が教員の枠の中に入っているけれど、学校現場でほとんど授業をしていないと。その授業を更にしないようにするというような答弁をしていますか、参考人は。一度もしていないと思いますよ。だから、この職を置くことによって更に厳しくなるということは、私は論理的には正しいとは思いませんね。
 だけれども、実態が既に教頭先生が授業をしておられないから大変だとか、ほかの先生にしわが寄っていて大変だとかいうことは私はよく理解しておりますよ。だから、先ほど来、西岡先生が言われたような法律だとか何かについてはいろんな努力をしているんですよ。だけど、西岡先生が言っておられるようなことを私がしてごらんなさいよ、民主党は何と言いますか、あるいはマスコミは何と言いますか。閣内不一致と言うのに決まっていますよ。そういうことはできないんですよ、やりたくても。だから、一生懸命今その努力を陰でやっているということぐらいは分かってくれないと困るんですよ。
#143
○水岡俊一君 是非、陰じゃなくて表に出ていただいて是非お願いをしたいと思いますが。
 閣内不一致は私も言います。それは、教育に見識のある大臣だからおっしゃることだというふうに私は思いますけれどもね。
 それで、副校長の議論を長々とやっても意味がありませんけれども、つまり、別枠で新しい職としてそこを保障しながら義務標準法で一人配置をしていくということであれば、これはもう文科省の大英断でしょう、そういう意味では。ところが、金は出さないよ、つまり定数は配置しないよと。今ある中の標準定数法の中でそれはやりくりしてもらうんですよ、それも置くか置かないかは文科省は言いませんよ、各地方自治体がお決めになることですからと。これでは地方自治体は恐らく、恐らくほとんどの自治体が、文科省、勝手なこと言うなと心では思うと思いますよ、これは。それは表では言わないでしょうけれども、これは。実際に学校現場は、それは困るんですよ。
 私が、ここで少し止まっちゃいましたけど、議論が、私、これ野党だけじゃなくて与党の皆さんもそうだと思いますが、副校長が授業するなんて思ってなかったと思いますよ。私たち、法律を論議している我々ですらそのことについて不一致がある中で、法律が下りていくと、それどうなるのかなと非常にこれは危惧するところなんですよ。
 今大臣は、そういう意味では、ほかの人たちの、ほかの教員の事務、業務が増えるようなことにはしないよと、それはちゃんと私は分かってるよとおっしゃったけど、実際には、実際には副校長という立場になる、あるいは二人いる人が、一人が副校長になったりする。そういう中で授業を持つということはまずあり得ないし、恐らく、それから法律の用語の中で教育をつかさどるということが両方にあって、その上での話なら私は分かりますが、片一方は全く教育をつかさどるとは書いてない、書いてないのに命を受けたら校務の一つだからやるんだと。そういうことでは、私は、法を提出をしておられるそれは文科省としては、これはちょっとおかしいんじゃないですか。どうでしょう。
#144
○国務大臣(伊吹文明君) まず、先生、標準法の枠の中で一つ取ってきてやるんなら文科省の大英断だと、しかしそうじゃなくて、この中でやるんだと、それはどうなるか分からないんですよ、これは。これからの予算編成を控えているんですから。そうでしょう。
 だから、余り決め付けずに、これからいろいろ努力することに対して努力をする気持ちをなえさせないように少ししてくださいよ、一生懸命やっているんだから。だから、一方的に決め付けられると、そういうふうにしなくちゃいけないのかなとこちらも思っちゃうわけですよね。
 だから、これからの、先ほど西岡先生がおっしゃった、定数の問題にまず手を付けないとなかなか動きができない。あるいは定数の問題に手が付かないんならせめて予算で何らかの措置をすることをやらなければならない。やっと骨太の方針に教育再生のところまでこぎ着けている、しかし法律を出した、出して、文科省だけで用意して閣議へ持っていってけんかしてこい、けんかした途端にマスコミから何から閣内不一致、安倍内閣はめちゃめちゃだと、そんなことは国務大臣としてはできませんよ、それは。
#145
○水岡俊一君 私、大臣、例えば、こういう文科の委員会の中で例えば野党の一部の人間だけが声高に叫んでいるという論理であれば、それは大臣が、いや、あなたの言うことは心情的に理解できても政府としてはやれませんと、納税者の全体的な意見ではないというふうにおっしゃるかも分かりません。ただ、ただ、この一連の会議の中で、これは参考人に来ていただいてお話をしていただいたり、地方公聴会、この辺の関連する教育基本法の地方公聴会においても、これは、全国の学識のある人たちが会議に呼ばれて出てきておっしゃることは、本当に異口同音に教育にお金を掛けなさいと、そういうふうにおっしゃっているわけです。
 だから、そういう中にあってどうするのかという課題は、それはもう私が申し上げるまでもなく大臣がお感じになっていると思いますが、国民は、あるいはここにいる委員も、参考人に言わすだけ言わせておいて、あるいは地方の公述人に言わすだけ言わせておいて、結局、内閣は全く一言一句変えないじゃないかと、国民の声を聴くなんていうのはポーズだけだということに私はなると思うんですよ。これは、私、野党の一人の議員が言っているんじゃないですよ。本当に、やっぱりここにいる皆さん方、多くの人たちがそう思っているはずです。
 ですから、実際、大臣のお立場は私は分かりますよ。だけど、だからといってそのことを声高に言われても、やっぱり子供たちは、全国の国民はそう理解しないんじゃないでしょうか。
#146
○国務大臣(伊吹文明君) 声高におっしゃっているのは先生の方なんですよ。私は私のやっている努力のことを言っているので、参考人の方々が来られてこういうことをやったけれども、政府は言わせるだけ言わせて何もやらないんじゃとおっしゃったけれども、今それをやらせようという努力を私は私なりにしているわけでしょう。しかし、最終的に政府の中でどうなるかというのは予算編成のときまで結果は出ないんですよ。だけど、それをやらないやらないとおっしゃられるんなら、もうそれはおっしゃるとおり私もやらないように努力をしないとしようがなくなってきますよ、それは。
#147
○水岡俊一君 大臣、ちょっとそれはレベルがどんどん下がっていますよ、そういう論議は。
#148
○国務大臣(伊吹文明君) 一生懸命やっているじゃないですか。
#149
○水岡俊一君 いやいや、そんなことは分かっていますと言っているじゃないですか。
 だから、私は、だれも氏名の分からない人が言っていることじゃなくて、これまでの衆議院を通して参考人の質疑の中で、京都の門川教育長も、新しい職の設置の場合でもトータルとしての人員増、定数増の必要性ということをおっしゃっているし、また福岡県でも芦屋町の教育長もおっしゃっている、富山県でもおっしゃっている。全国各地で開いた公聴会や参考人、今日も尾木直樹さんもおっしゃっていた。多くの人がみんな口をそろえて、異口同音ですわ、口をそろえてじゃなくて、異口同音ですがおっしゃっているということで、私は、そういった気持ちが本当に強いんだということを言っているので、文科省がやらないと決め付けているわけじゃないんですが。いや、だってそうじゃないですか、定数をしないと言うんだから。だから、実際には義務標準法等でやっぱりこれは考えていっていただかないといけないというふうに思っています。
 時間も残り少なくなってきましたが、ちょっと、定数増とは少し違うんですが、賃金、処遇の問題等がございますので、そういったことについてはこれまでいろいろ、様々な論議がされているわけであります。今日、実は人確法の問題も論議をしたかったんですが、ちょっとそれだけの時間がございません。
 一つ伺っておきたいなと思っているのは、私は、今回の免許法関連で、この委員会ではしきりに、文科省の方も含めて、不適格教員の排除ということが主眼にあるわけじゃないですよと、これは免許法というのは違うんですよというふうにおっしゃっているけれども、これは教員の身分だとか雇用だとかということに大きくかかわる問題だと私はとらえてきました。
 そんな中で、実は、ILO・ユネスコ、教員の地位勧告というのがございますね。ILO・ユネスコ、教員の地位勧告の前文では、教員に適用される現行国際諸条約、特にILO総会で採択された結社の自由及び団結権保護条約の教員への適用を明確にして、労働組合としての教育の組織を教員団体の基本に置き、八十二項から八十四項という関連した項目がございますが、こういったものがちゃんと労働基本権として確立されるべきだと、こういうふうに勧告をしているわけです。
 それで、そういう中にあって、今政府は、安倍内閣は、公務員制度など国内法の改正を視野に入れながらいろいろ取り組んでおられるわけです。そんな中で、実際に教員免許制度が教員の身分と雇用に本当に関係する法律であるということを考えるならば、このILO・ユネスコ、教員の地位に関する勧告というのを大臣としてはどういうふうにおとらえになっているのかということについて、大臣の所感があればお聞かせをいただきたいと思います。
#150
○国務大臣(伊吹文明君) 教員の地位に関する勧告というのは私は存じ上げております。これは先生とまた見解を異にしますが、国際法上のこの勧告というのは各国を法的に縛るものではありませんよね、これは国際法上は。これはまず先生も法的位置付けということはお認めになると思います。その上で、各々の国に合った実情、国内事情を考えて、そして国内法とのバランスの中でその精神を最大限に尊重していくということは、これは当然のことなんですよ。
 ですから、今回の公務員改革の中で、正にこれは国民にも聞いていただきたいことだけれども、教職員といえどもこれは教育公務員という地方公務員であるわけですからね。国民の税でもってその給与を得ておられる方ですから、能力とか実績主義の人事管理というものを前提とした地方公務員法というものの枠の外にあるということには私はならないと思いますよ。
#151
○水岡俊一君 大臣、私は、教員始めとして、地方公務員の中でも特別な位置にある部分だろうというふうに思っていますが、そういった職種の人たちの給与について、あるいは処遇について、労働条件について、それらについては今の日本の大きな流れは国際基準に近づけようという部分が私はあるんだと思っています。そういう政府の大きな流れの中にあって、文科省が今教員の身分、雇用にかかわって、こういった免許法あるいはそのほか教特法であるとかいろんな法律がございますが、そういったもので今持っていこうとしている方向とは少しずれているんではないかなと、私は個人的な見解を持っています。
 この問題については、奥が深い問題でもありますし重要な問題でもありますので、今後話してまたいきたいというふうに思っておりますが、よろしくお願いいたします。
 それでは、ちょっと最後の課題に移ってまいりたいと思います。
 学校教育法にちょっと立ち戻ります。幼稚園の部分について、先日、林委員の方から質問をしたところでありますが、少し私も疑問に思っていることがございますので、追加をしてお尋ねをしたいというふうに思っております。
 学校教育法第二十五条、変わっております。その中で、幼稚園での預かり保育、これ教育課程外の活動だというふうにとらえていいと思います。恐らくそうだというふうに思っております。これは、中学校で言う部活動と同じでありますね。なぜ、今回、学校教育法二十五条に「その他の保育内容に関する事項は、」「文部科学大臣が定める。」として規定をしてしまったのか、その心は何なんでしょう、お尋ねします。
#152
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回、御提案申し上げております学校教育法の改正案第二十五条では、「幼稚園の教育課程その他の保育内容に関する事項は、」「文部科学大臣が定める。」と、こういう規定に改めております。このうち、「その他の保育内容に関する事項」はいわゆる預かり保育のことでございまして、この預かり保育につきましては現在も幼稚園教育要領において規定をいたしております。
 文部科学省としては、この預かり保育についても、現在の実態等を踏まえまして、預かり保育について文部科学大臣が必要な事項を定めることを明確にするために、今回、改正案におきまして「教育課程その他の保育内容に関する事項」との規定に改めることとしたものでございます。
#153
○水岡俊一君 私も専門じゃないんでよく分からないんですが、要するに幼稚園教育要領というのは小中で言う教育課程というふうにとらえていいですよね。そうすると、中学校は、部活動は教育課程外だから教育課程の中にそんなことは書いてないわけですよね。幼稚園は、教育課程外であるにもかかわらず教育要領の中に書く、そしてそれを文部科学大臣が定めると書く。これはどういうふうに区切りをするんですか、そういったことは。
#154
○政府参考人(銭谷眞美君) 現行法で規定をされておりますこの保育内容に関する事項につきましては、これまでも、すべての園児を対象とした教育課程に基づく教育のみならず、教育課程外の、希望する園児を対象にいたしましたいわゆる預かり保育も含める取扱いを行っておりまして、先ほど申し上げましたように、幼稚園教育要領で預かり保育に関する規定を置いているところでございます。
 こうした預かり保育は、幼稚園における教育課程外の教育ではございますけれども、教育課程の時間の前後に教育課程の時間と連続的に、かつ幼稚園が主体的に実施をするものでございまして、教育課程に準ずる性格のものでございます。また、心身の発達が未熟な幼児に与える影響は大きいものでございます。こうした幼児を対象とする預かり保育の特殊性にかんがみまして、今回の学校教育法の改正案におきまして預かり保育の法律上の位置付けを明確化したものでございます。
#155
○水岡俊一君 学校という中に幼稚園含まれていて、それは地方公共団体が設置をしているといった状況の中でいえば、やはり学校であるとか園であるとか、その主体性あるいは自治体の主体性それから地域の事情、そういうものがある中で学校園は運営をされているんだろうというふうに思いますね。
 ですから、文科省としては最低限のルールであるとか最低限のガイドラインであるとかいうものを決めながら、あとは地方自治体がその地域の実態に応じたり主体に応じて決めていくというのが今までの考え方じゃなかったんですか。そうでしょう。教育課程も、基本的には最終的には学校に任されているわけだから、そういう意味からすると、ここだけなぜ幼稚園にこの預かり保育をそういう規定をしていくのかというのは、これ全国の幼稚園教諭の人たちが不思議に思いますよ、これは。
 大臣、もっと言えば、幼稚園で、要するに四時間の午前中、午前中か午後に入るのか分かりませんが、その時間と違って、午後の時間、夕方にかけて預かり保育をするというのは全員じゃないですよ、こんなの。でしょう。希望者だけの預かり保育じゃないですか。それを教育課程と同様の教育要領に定めて、そして、こういうふうに第二十五条で規定をしていくということになると、これは明らかにもう預かり保育を全幼稚園でしなさいと言わんばかりの話じゃないかというふうに思うんですが、これは誤解ですか。
#156
○政府参考人(銭谷眞美君) いわゆる預かり保育は、地域の実態や保護者の要請に応じて行うものでございまして、必ず実施しなければならないものではございません。
 ただ、現実には、平成十八年六月現在で約七割の幼稚園で行われております。預かり保育は、幼児に与える影響が大きく、かつ、その内容については教育課程とともに幼稚園で行われる教育活動として一貫性を持つべきものでございます。こういった実態を踏まえまして、今年三月の中教審の答申におきましても、学校教育法に幼稚園が実施するいわゆる預かり保育を適正に位置付けることと提言をされております。
 これまでも、先ほど申し上げましたように、幼稚園教育要領の中で預かり保育については記述を行っていたものでございます。その内容としては、適切な指導体制を整えること、教育要領に定める幼稚園教育の基本及び目標を踏まえること、教育課程に基づく活動との関連、幼児の心身の負担、家庭との緊密な連携などに配慮する旨規定をしているところでございます。
 今回、この三月の答申等を踏まえまして、改正案の第二十五条におきまして預かり保育を念頭に置いた規定を定めまして、適切な運営の確保を図ることとしたものでございます。
#157
○水岡俊一君 時間ですので、もう最後にしたいと思います。
 大臣そして局長、それは文科省としてそういう方向性を求めたいという、その心はあるかもしれませんよ。だけど、現場の実態を見たら、それを全面的に受け入れられるような状態じゃないじゃないですか、教諭の数も職員の数も、園長だって養護教諭だって十分じゃないし。そういった中で預かり保育、この間、おやつを出して、おやつがのどに詰まって悲しくも死んでしまった子供がいたじゃないですか。そういったことも起きるような預かり保育というのは、これは重要な問題ですよ。それを一定の法律改正でばんと出してしまうというのは、これは軽々なやり方だと僕は思いますよ。
 だから、実際には、例えば幼稚園教諭だって給与の問題だってばらばらじゃないですか。教諭職の給与表を使っているところもあれば行政職も使っているところもある。実際にその処遇だってもういい加減だし、だからばらばらなんですよ。でも、百歩譲ってそれは地域の実態だとするんであれば、それは地域の実態に合わせたそういった幼稚園の今後の姿というものをやはり考えていくという観点がどうしても必要だと思うんですよ。
 だから、認定こども園法案で文科省と厚労省と詰めていただいたというものの、やっぱり不十分じゃないかと、私はそういう観点を持っているということをお伝えをして、今日の質問を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#158
○鰐淵洋子君 公明党の鰐淵洋子でございます。本日は地方教育行政の組織及び運営に関する法律の改正案を中心に質問をさせていただきます。よろしくお願いいたします。
 まず初めに、教育委員会の責任体制の明確化、体制の充実についてお伺いしていきたいと思います。
 昨年末にも大きな社会問題になりましたいじめや未履修問題につきまして、国や教育委員会、学校、地域、家庭等のそれぞれの対応の在り方、また責任の所在をめぐりまして様々な議論がございました。
 教育委員会には教育政策や教育行政運営に関する権限が付与されておりますが、名誉化してしまい、非常勤、兼業の形態で、月一、二回の会議といった状況であるならば、その目的を果たすことは難しいと思っております。教育現場で抱える様々な課題や問題を学校や家庭、そして地域が一体となって取り組んで、また解決を図るためには、この教育委員会の活性化が大変重要になってくると考えております。今回の法改正では、この教育委員会の責任体制の明確化、また体制の充実が盛り込まれております。
 それで、大臣にお伺いしたいと思いますが、これまで教育委員会が果たしてきた役割と課題、またどのようにそれを評価、検証していらっしゃるのか、また今回の改正によりまして教育委員会がどのように活性化されるのか、その点につきましてお伺いしたいと思います。
#159
○国務大臣(伊吹文明君) まず、教育委員会ができた経緯、戦後の、これは先生御承知のとおりで、当初はこれはもう公選制によって教育委員は選ばれていた。しかし、いろいろな事情があって、御承知のように、自治体の長が任命をし、そして議会がこれを承認するという枠組みの中で教育委員会というのは存在しております。教育委員会の存在している理由は、正に政治的中立性を担保して、知事や市長が替わる、あるいは中央の政権が替わっても、学校を管理する合議体としては継続性を持って存在するという位置付けであったと思います。
 ですから、これはこれでよかった、私は本来つくった趣旨はこれでよかったと思うんですが、まあ、率直に言うと名誉職的になってきたり、先般のいじめや未履修を見ても、学校現場も何となく隠してくる、そして教育委員会も隠す。それで、学校現場が隠していたのを知っていたのか、知らなかったのか、知っていて知らないふりをしているのか、これもいろいろ議論があって、少しやっぱりこれじゃいけないんじゃないかと。
 本来は、地方自治のやっぱり力というものが一番大切な分野なんですから、特に地域住民の方々、それからお母さん方、お父さん方、保護者の方、こういう方の代表としてお目付役であるべき地方議会がきちっとこれを見てくださるというのが一番いいんです。おかしなことになれば地方議会でけんけんがくがくやっていただかなければならないんですが、なかなかそこのところもうまく機能していない。
 そこで今回、御承知のような地教行法の改正を行って、しかし是正要求とか指示をする場合は、必ず地方議会にその旨を通知し、地方議会の自浄能力に期待すると。同時に、公明党さんもよくおっしゃいますけど、現場主義でやっていただかなければなりませんから、保護者の方、それから地域の代表の方をできるだけ教育委員の中へ入れていただくというようなことを念頭に置いて法律を組み直して、そして国会にお諮りしているということでございます。
#160
○鰐淵洋子君 ありがとうございました。
 午前中の参考人質疑でも話になりまして、教育の主体がどこにあるのか、この議論とともにそれぞれの役割分担を明確にしていく、これも重要な課題であるという、そういったお話もございまして、私も教育委員会の活性化が、これから地域、家庭、学校一体となって教育問題を取り組んでいく上で教育委員会の活性化は大変に重要な課題になってくるかと思いますので、そういった意味でしっかりと私たちも支援をしていきたいと思いますし、また、次の質問にもなりますが、今回の改正で、この第一条の二に地方教育行政の基本理念が今回明記をされております。
 そこで確認をさせていただきたいと思いますが、「教育基本法の趣旨にのつとり、教育の機会均等、教育水準の維持向上及び地域の実情に応じた教育の振興が図られるよう、国との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」、こういったことが明記をされております。教育は、やはり子供たちや地域住民に身近な市町村、学校がそれぞれの地域の実情に合わせた特色のある教育を行っていくことも重要なことでありますので、そういった意味で地方教育行政の役割はますます重要にもなってくると思います。
 それに対して国の役割はどうなのかということで、改めてここで確認をさせていただきたいと思いますが、国の役割としては、やはり義務教育の根幹であります機会均等、水準確保等、こういったことが考えられるかと思いますが、改めまして教育におきます国の役割をお伺いをしたいと思います。
#161
○副大臣(池坊保子君) 教育行政は、今鰐淵委員がおっしゃいましたように、教育基本法改正案の第五条並びに第十六条に、国と地方公共団体が適切な役割分担及び相互の協力の下に行う必要がある、このようにここにもしっかり書いてございますので、それを受けて、今おっしゃいました地方教育行政の改正案第一条二では、地方の教育行政の基本理念というのを規定いたしております。
 それでは、国はどのようなことをサポートしていくのか。言うまでもなく、学校というのは子供たちや地域住民のコアになるものでございますから、それぞれの創意工夫を生かしながら活性化していかなければなりません。
 学校の裁量権を拡大するということがまず大切だと思います。教育委員会による学校の裁量権の拡大というものも私は必要だと思っております。今までいろんな関与がございましたが、教育委員会が学校に関与する、それを縮減していく。あるいは校長先生に何にも予算がないんじゃ、これは目標も定められないと思いますので、学校の判断で執行できる予算を措置する。国の制度改正による学校の裁量権拡大としては、教育課程の基準の大綱化、弾力化です。例えば、総合的な学習の時間、これをどういうふうに使っていくか。それから、選択学習の拡大、これも大切なことだと思います。それから、教職員人事ですが、校長は一番学校の現場を御存じなわけです。その意見が全然人事のときに反映されないということでは困りますので、硬直化しないように、市町村にまず校長がこのような人事をというアドバイスをいたしまして、それを市町村の教育委員会がしっかり受け止めて県の方に持ち帰るということになっております。様々な形でのサポートをこれからもしていきたいというふうに思っております。
#162
○鰐淵洋子君 ありがとうございました。
 国の役割ということで今御答弁していただきましたが、やはり教育の実施主体であります学校また地域、そこを中心とした教育を行う上で、今御答弁いただきましたような国の役割また地方行政の役割、しっかりと責任を明確にした上で、また協力もしながら、より良い環境づくりといいますか、教育のための取組を力を合わせて行っていくことが重要であると思いました。
 続きまして、二十七条の教育委員会のことで少し具体的に伺っていきたいと思いますけれども、この二十七条に、教育委員会は活動の状況の点検、評価を行うこととする、こういった趣旨の規定がございます。まず、具体的にどういうことを点検、評価するのか、中身を少し教えていただきたいと思います。
#163
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回の改正地教行法案の二十七条における教育委員会が行う活動状況の自己点検、評価の具体的な内容でございますけれども、これはその年々、教育委員会が教育委員会としての活動目標、こういうものを大体定めて教育委員会活動を行うわけでございますけれども、学校教育、社会教育あるいは文化、スポーツ、そういった各分野にわたりまして、その年々の活動状況につきまして教育委員会として自己点検、自己評価を行うというようなことになろうかと思います。
#164
○鰐淵洋子君 今御説明いただいた活動目標をしっかりと定めて、それに対して点検をしていくということでございましたが、次に、この二十七条の二に、教育委員会は、前項の点検及び評価を行うに当たっては、教育に関し学識経験を有する者の知見の活用を図るものとするとございます。
 ここで確認をさせていただきたいと思いますが、専門性や識見を持っていることが前提である教育委員であると思いますので、それをなぜこの学識経験者の知見を活用して評価、点検をするのかということをまずお伺いしたいと思います。
 あわせまして、この教育委員会の活動状況の点検、評価は、地域住民、保護者がしっかりと積極的に行っていくことが重要であると思いますが、この点について御見解をお伺いしたいと思います。
#165
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、二十七条の二項におきまして、学識経験を有する者の知見を活用するという趣旨は、自己点検、自己評価の客観性を確保するというために実施をするものでございます。
 それから、地域住民、保護者への説明等についてのお尋ねもございましたが、これにつきましては、まず改正法案の二十七条におきまして、自己点検、評価の結果を議会へ報告をし、公表するということにいたしております。地域住民への説明責任を果たすことになるとともに、住民の代表でございます議会において自己点検、評価に対する評価がなされるということになるわけでございます。なお、これ以外にもアンケートや教育モニターなど各種の広聴活動を教育委員会として自己点検、自己評価に生かすということで、地域の方々や保護者の評価や意向ということを把握をするということもできるかと思っております。
#166
○鰐淵洋子君 分かりました。是非、これから教育委員会として活動状況を点検して評価をするということで、議会にも報告ということでございますし、また地域住民や保護者の方もしっかりと意識を持って教育委員会の活動状況等を見ていくことも重要であると思いますので、しっかり地域住民と保護者側の意識変革も併せて重要であるなと感じました。是非またこの点も、これはまた別の課題になると思いますが、是非地域住民また保護者の意識改革ということも、学校側も含めてしっかり教育委員会を見ていく、一緒に活動していく、そういった意識が持てるような、そういった周知というか、そういうことも必要であると思いますので、それもどこかの何かの形で併せてしていただきたいなと思いました。
 続きまして、この十九条にございます指導主事についてお伺いをしていきたいと思いますが、これはこの市町村教育委員会における指導主事の配置の規定でございますけれども、現行の都道府県の準規定から市町村に配置を具体的に明記することとなっております。この指導主事は教育に対する専門的な指導を行うこととされておりまして、今後市町村におきましても適任者を配置させるために、これもこれまでも様々議論がございましたが、まずこの指導主事をしっかりと確保してまた育成していくこと、これはもう大変に大きな課題であると私も思っております。
 特に市町村におきましては、教育委員会自体も本当に大変な状況の中でやっていらっしゃいますし、その中で市町村にこの指導主事を配置するということは大変なことになるかと思いますけれども、改めてこの指導主事の確保、育成についてどのようにこの課題について取り組まれるのかお伺いしたいと思います。
#167
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回の地教行法の改正案第十九条の二項におきまして、市町村教育委員会がその事務局に指導主事を置くように努めることを明確にしたところでございます。
 指導主事の配置はかなり進んではきておりますが、まだ市町村におきましては、特に規模の小さい市町村を中心に未配置の市町村教育委員会があるのも事実でございます。私どもといたしましては、指導主事の教育行政における役割の重要性にかんがみまして、各教育委員会において指導主事として必要な専門的な知識やあるいは指導の技術の習得のための試みというものを今後行っていただきたいと思っております。
 また、文部科学省といたしましても、独立行政法人の教員研修センター等におきまして指導主事の方々を対象とした研修を実施するなどの取組を行ってきているところでございまして、今後ともこういった研修を進めていきたいというふうに考えているところでございます。
#168
○鰐淵洋子君 今回の規定で指導主事の育成、確保ということで今御説明いただきましたが、今も指導主事の研修ということでもお話しいただきました。やはりまずこの配置を、人材を確保して配置をして、次の課題といたしましてその指導主事の方がしっかり各地域においてその役割を果たしているのか、また機能しているのか、そういったことを検証しながら進めていくことも次の重要な課題であると思っております。
 これはもう御存じの委員の方もいらっしゃるかと思いますが、五月八日の読売新聞にこの指導主事の記事が載っておりました。指導主事、巡回を効率化という題名で川崎市の高津区の指導主事の取組状況、活動の状況が掲載をされておりました。
 簡単に申し上げますと、この高津区は主幹、指導主事の人たちがこの四月から五月にかけまして一度、全部の学校を訪問されます。そして、学校がちょうど四月ですので新体制になっておりますので、しっかりと学校に直接行って確認をして、その後に、特に新しく先生になられたそういった方々を中心に各授業の様子を見て回るそうなんですけれども、そして、その中で、具体的なことにはなりますが、生徒を置き去りにした授業をしていないかとか、生徒は興味を持って学習に取り組んでいるかとか、また、問題のある生徒に対して苦労していないかとか、そういったことを一つ一つ具体的に授業をごらんになって、授業が終わった後に校長先生も交えて気付いたことを意見交換したり、また具体的にアドバイスをしたり、そういったことを活動されているという紹介でございました。
 こういった指導主事の方が現場に行っていただき、そして、学校にそれぞれの問題もあるでしょうし児童生徒一人一人の課題もあると思いますが、こういった現場に行く中で、一つ一つの課題に対してこの指導主事の方が適切なアドバイス等を行ってくださり、また、それがひいては子供たちの成長にもつながると思いますので、是非ともこういった指導主事の皆さんの活躍、活動、こうあるべきだというものはないと思うんですけれども、こういったことができるよと、こういった活動を是非とも進めてほしいというような、配置後のこの指導主事が機能するような取組が次の段階の課題として重要になってくると思います。
 今御紹介したようなこの指導主事の活躍、活動、これを情報公開するとか、先ほども研修会があるとおっしゃっておりましたけれども、そういう中でこういうことを、活動されている方がいらっしゃるよとかそういったことをお知らせする中で、より良い指導主事の皆さんが活動できるんではないかと思いますので、次の課題として、この指導主事の方をどう、機能といいますか、いい方向に持っていけるか、そこも重要な課題だと思いますので、その点につきまして見解をお伺いしたいと思います。
#169
○政府参考人(銭谷眞美君) ただいまは指導主事の活動を紹介いたしました記事についてお話がございました。その記事にもございますように、指導主事は、教育委員会の専門的な職員として、教育委員会の計画に基づいて、あるいは学校からの要請に応じて直接学校を訪問して指導を行っている職員でございます。直接授業を見たり、校長や教員に助言を行ったりしているわけでございます。
 文部科学省といたしましても、こういう学校教育に関する専門的な職員でございます指導主事が集まる会議というものを幾つか開催をいたしております。各教科別の担当指導主事の連絡協議会あるいは生徒指導を担当しております指導主事の連絡協議会、こういった幾つかの会議の開催を通じまして、指導主事の活動の事例の情報交換を行っているところでございます。
 こういったいい取組の共有が図れるように、今後もこういったことを通じまして取り組んでまいりたいと思っております。
#170
○鰐淵洋子君 是非ともこの指導主事の方が使命感を持って活躍できるような体制ということで、今おっしゃっていただいた点の取組を積極的にお願いをしたいと思います。
 続きまして、教育委員の研修についてお伺いをしていきたいと思います。
 今回、国、都道府県が教育委員の研修を進めることとするということで規定をされておりますが、これまでも教育委員の研修は都道府県で実施をされていると伺っておりますが、今回なぜ規定をしたのかということ、また、今後どのような研修を行っていくのか、この二点についてお伺いをしたいと思います。
#171
○政府参考人(銭谷眞美君) 今回の改正地教行法案におきましては、十一条の六項におきまして教育委員の責務を明確化するとともに、常に教育委員がその職務遂行に必要な知識が得られるように、第四十八条の二項第四号におきまして、文部科学大臣、都道府県教育委員会が研修を進めることを新たに規定をいたしてございます。
 文部科学省におきましては、実はこれまでも都道府県指定都市の新任の、新しく任命された教育委員に対する研修会等は主催をしてきていたところでございます。今後とも、教育委員の職務に関連をする文教行政の状況あるいは課題等について研究、協議を行うような機会を設けまして、教育委員の研修を着実に実施をしてまいりたいと考えております。
#172
○鰐淵洋子君 私も以前、何人かの校長先生、教頭先生とお話をしたときに、教育委員会の方がどういう自分にとって存在かということで、ある方はもう何でも相談できて現場にもよく来てくださる、そういった教育委員会があり、また一方では、月に一、二度の会議でお会いするぐらいで全く話したこともない、雲の上の存在のような方だという、どちらかというと本当に二極化、本当にやる気があって頑張っていただいている教育委員会があれば、先ほど申し上げましたが、名誉職になっているなという、本当に二極化だなというのをすごく感じたことがございまして。
 是非とも、この研修内容におきましては、先ほども指導主事のところで申し上げましたが、使命感を持って、本当に自分の意識でどうにでもこの地域の教育が変わる、それぐらいの思いで頑張っていただけるようなそういった研修も、特にこれは地域の実情に合わせた内容ということでも要望させていただきたいと思いますが、そういった観点でこういった研修も是非とも協力的に進めていただきたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。
 続きまして、私立学校に関する教育行政についてお伺いをしたいと思います。
 まず初めに、改正教育基本法に私立学校について規定をされましたが、改めてここで私立学校の果たしてきた意義についてお伺いをしたいと思います。
#173
○政府参考人(磯田文雄君) お答え申し上げます。
 私立学校は、公立学校とともに公教育の一翼を担う重要な存在であり、建学の精神に基づく特色ある教育を展開するとともに、大学生の約八割、高校生の約三割、幼稚園児の約八割が私立学校に在学するなど、我が国の学校教育の発展に質、量両面において大きく貢献してきた、かように考えております。
#174
○鰐淵洋子君 今朝も参考人の方から、私学の意義ということで様々御意見もちょうだいしました。
 この建学の精神又は創立の精神を基に特色ある教育が行われているということで、教育の分野はもちろんですが、この日本社会における私学の意義というのは大変に大きいものがあると思っております。
 しかし、私学も公教育の一端を担っているわけでございますので、一定のルールの下で、またその長所を生かしながら独自性、自主性を更に発揮していく、生かしていく、こういったことが重要になると思いますけれども、今回、二十七条の二で規定されておりますが、都道府県知事は、私立学校に関する事務を管理し、及び執行するに当たり、必要と認めるときは、都道府県委員会に対し、学校教育に関する専門的事項について助言又は援助を求めることができる、こういったことが規定をされておりますが、これに対しまして、何度も、大臣含めて皆様お聞きになっているかと思いますが、この規定によりまして私立学校に対して個別事案についても今後介入をしてくるのではないか、そういった想定があるのではないか、そういった懸念の声もいまだに承っておりまして、ここの規定された意味ですね、この懸念に対する明確な答弁を改めていただきたいと思います。
#175
○国務大臣(伊吹文明君) 私立学校は建学の精神というものがございますから、それは尊重しなければならないことは当然です。しかし、同時に、私立学校といえども日本の国会で決めていただいた法律の下で公教育の一端を担っておられると、このことだけはやはりしっかりと自覚をしていただかなければならないんです。これを自覚された上で十分の建学の精神を発揮してやっていただく限り、これ別に知事が教育委員会に助言、援助を要請して私学に何か関与をするということは本来起こり得ないことですね。
 今回、残念ながら、義務教育と言われる中学において国会がお決めになった学校教育法の下にある学習指導要領どおり授業をおやりになっていなかったというのは、私学以外はないんですよ、中学校では。ですから、そこのところさえきちっとなされば、このことによって建学の精神を侵すなどということは、これはもう一切ございません。
#176
○鰐淵洋子君 一切建学の精神を侵すようなことはないということでございましたけれども、この二十七条の二の具体的運用に当たりましては、我が党としましても、どこまでもこの私学の自主性、独自性が損なわれないように法的な歯止めが必要ではないか、そういうこともずっと主張させていただきまして、それに対してこれまでも大臣や局長からもこのような答弁をいただいております。知事が私立学校と協議をするとともに、助言を求められた教育委員会の方も私学の自主性を尊重するなど適切な配慮をしていくということは当然のことであり、この法律がお認めいただいた後はそのような方向を知事部局の方にも御連絡申し上げます。こういった答弁を大臣や局長からもいただいております。
 この私学の自主性、独自性が損なわれないように、是非ともそういった趣旨を知事部局、現場の方にも徹底して伝えていただきたいと思いますし、また、少し具体的な話になりますが、今後また大臣、また現場の知事が替わったとしましても、今後替わったときに、是非ともこの精神、今大臣が答弁していただいたこと、そういったことも変わらないというか、しっかりとその通達が現場に行き渡るようにもう少し具体的に、例えばこのようなときにこのような内容についてというようなもう少し具体的な、通達の内容の話になってしまうんですが、そういった対応、具体的運用に当たります基準といいますか、そういったものをもう少し明確にして、その上で現場に徹底していただきたいなというのが私の要望というか意見なんですけれども、その点について何かございますでしょうか。
#177
○国務大臣(伊吹文明君) まず、大臣が替わったりした場合に運用が変わるということは、国会が国権の最高機関ですから、ここで議論をし答弁をしたことは大臣が勝手に変えるというほど軽いものじゃないと思って私は答弁はいたしております。
 それから、こういう場合はこうだとかっていうことを通達に個別に細かく書きますと、かえって私は身動きができなくなると思うんです。一番大切なことは、知事が教育委員会に助言を求めて私学を指導しなければならないような状況をおつくりにならない私学であってくだされば一番いいんで、知事はそういうことをなさらないような状態をつくるということが一番大切だと思います。
#178
○鰐淵洋子君 次の学習指導要領のちょっと質問もさせていただきたいと思っておりますが、やはり現場の私学の方々は、先ほどから繰り返しになりますが、建学の精神や創立の精神を基に、それぞれのそういったものに向かって努力もされて、先生方含めて生徒の皆さんも頑張っていらっしゃると。その中でやはり、もう繰り返しになりますが、自主性、独自性を尊重していただく。それは、当事者の皆さんもそうですし、教育界においても日本の社会から見ても重要な観点であると思いますので、そういった意味で是非ともここだけは守っていかなければいけないというところで、通達していただくとかそういうお話もございましたので、その中で是非とも徹底して現場の隅々までそれが行き渡るようにということで再度お願いをさせていただきたいと思っております。
 続きまして、学習指導要領の運用についてちょっとお伺いをしていきたいと思いますが、特に私立学校におけることにもなりますが、この私立学校における学習指導要領の運用につきましては、学習指導要領を遵守していくこと、これはもう当然のことでございますが、しかし、私立学校の自主性、独自性にも十分配慮をしていくことも必要であると考えております。これは公立学校についても同じであると思っておりますが、やはり学校現場の実情、また生徒の皆さんの実情に応じた柔軟な対応をもう少し尊重していくことが重要ではないかと思っております。
 特色ある教育課程を進めることができるような、学習指導要領の枠内でそれぞれの学校、現場の判断でそういった運用ができないかということでちょっと御見解を伺いたいと思いますが、あわせまして、学習指導要領自体も現場ごとの柔軟な運用が確保されるように適時適切な見直しが行われる必要があると思いますけれども、この運用と見直しについて御見解をお伺いをしたいと思います。
#179
○政府参考人(銭谷眞美君) 学習指導要領は、学校教育法等の規定に基づきまして教育課程の基準として文部科学大臣が告示として定めているものでございます。いずれの学校においても、これに基づいて教育課程を編成、実施しなければならないという点で法的な拘束力を有するものであり、私立学校においても遵守されるべきものでございます。したがって、私立学校におきましても、中高等学校の必履修教科・科目については、これは履修をしていただく必要がございます。
 一方、現行の学習指導要領におきましては、国立、公立、私立を通じまして、児童生徒の実態等を踏まえて、各学校が創意工夫を生かして柔軟に教育課程を編成、実施することができるようにしております。
 例えば、学習指導要領上、総合的な学習の時間というのは、文字どおり各学校創意工夫を生かした教育活動ができるような時間として創設をしております。あるいは授業の一単位時間、一回の授業を四十五分でやるかとか五十分でやるかとかこういった一単位時間につきましても、各教科等の年間授業時数を確保しつつ、各学校において柔軟に定めることができることとされております。それから、高等学校においては学習指導要領に示す教科・科目以外の教科・科目を設けまして、その名称、目標、内容、単位数などを各学校が定めることができるといったような取扱いもできることになっております。
 むしろ私どもとしては、各私立学校におきましても、こういった学習指導要領の趣旨を十分御理解をいただき、学習指導要領に基づいて特色ある教育活動が行われるようになったらいいなというふうに思っているところでございます。
#180
○鰐淵洋子君 学習指導要領を遵守することは当然のことで、その中で特に私立に関しましては独自性、自主性を基に授業を進めていくということで、これは今回の私立学校に関する教育行政にかかわるところでもありますので、是非ともそれぞれの学校現場の実情を、先ほど御紹介しましたが、しっかりと私学と知事が協議をするということでも言っていただいておりますけれども、繰り返しになりますが、学校のやはり自主性、独自性を尊重する上で、授業の行い方もそれぞれ工夫をされてやっていらっしゃるところもありますし、学習指導要領を遵守した上での取組ということで、しっかり現場の状況を見ていただいて、協議した上での対応を、運営ということで行っていただきたいと思いますので、それも重ねてちょっと要望させていただきたいと思います。
 最後に、教員の質的また量的確保についてお伺いをしたいと思います。
 これも先ほど御意見がございました。国立教員養成大学の志願倍率が五年連続で減少しているということで、様々要因は考えられるかと思いますが、最近ではいじめや不登校、教育現場が大変な問題を抱えている、教員は大変な仕事である、そういったイメージを、印象を持たれている方も中にはいらっしゃるでしょうし、また今回、教員の免許更新制も導入されまして、不適切な教員の排除が直接の目的である、こういった受け止め方をされている方もいるようでございます。是非とも、このままですと志願者が更に減少していく懸念もございますし、優秀な教員の質の確保とともに、人の確保、量的確保、これも重要な課題になるかと思いますので、しっかりとこれを併せて取り組んでいく必要があるかと思います。
 この点に関しまして、御認識と具体的取組をお伺いして、質問を終わりたいと思います。
#181
○副大臣(池坊保子君) 優れた教員を得ることは生徒にとっては人生を左右するほどの大きな力を有するのではないかと思っております。
 おっしゃいますように、国立の教員養成大学並びに学部というのはほぼ全国に配置されております。そして、これは五年前と比べますとマイナス一・二ポイントの四・四倍。減少いたしておりますけれども、これは十八歳未満の人口の減少ということもございますので、この養成大学だけが減少しているわけではございません。ほかの大学も減少いたしております。ただ、教員の大量退職ということがございますから、大量に採用しなければならないというのは大きな課題ではないかというふうに思っております。
 量的な面では、昭和六十年以降は定員増というのを抑制してまいりましたけれども、今申し上げましたように、大量の教員の退職ということがございますので、平成十七年三月に抑制方針を撤廃いたしました。今、撤廃前の十七年度では九千三百九十人だったのが、現在、十九年度では一万二十八人というふうになって増加をいたしております。それから、新規卒業者の教員就職率は、平成十五年に比べますと、平成十八年度卒業者で四・〇ポイント上昇しております。
 高度な専門性を備えた力量ある教員を養成していくということはこれからも大きな課題だというふうに思っておりますので、力を注いでまいりますとともに、平成二十年度より教職大学院というのを開設してまいりますから、更にいい教員が増えることと思います。
#182
○鰐淵洋子君 以上で終わります。ありがとうございました。
#183
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
 私からも、まず私学の自主性、独自性という問題について質問をいたします。
 私学関係者からは、今朝の参考人質疑でもありましたけれども、今回の法改正で私学の自主性や独自性が侵されるのではないかという危惧の声をお聞きをしております。私学の自主性というのは憲法の学問の自由や幸福追求権にも由来する大変大事な問題でありますが、まずその点での基本認識を確認をしておきたいんですが、学校教育法の十四条は設備や施設その他での変更命令というのを定めておりますが、私立学校法の第五条では、私立学校には学校教育法十四条の規定は適用しないと、こういうことになっております。
 私立学校法でこういう規定を置いた理由は一体どういうことなんでしょうか。
#184
○政府参考人(磯田文雄君) お答え申し上げます。
 私立学校法第五条による学校教育法第十四条の適用除外の趣旨は、私立学校の自主性を尊重する観点から、私立学校に対しては監督庁による一般的な指導、助言にとどめ、変更命令という拘束力のある介入を排することとしたものでございます。
#185
○井上哲士君 そういうふうに、学校教育法、私立学校法でも私学の自主性の尊重というのは大変大事にされていることだと思います。
 ところが、今回の地方教育行政法の改正案、二十七条の二、先ほど来問題になっているわけですが、知事の求めに応じて私学の教育内容に関する助言又は援助を教育委員会ができると、こうなりました。当初、教育委員会が直接、しかも指導ということができるような検討もされているようなことも報道されたわけですが、法文としては出されたものになりました。
 ただ、例えば今朝も参考人からありましたけれども、実際に学力の低い子供たちがやってきた場合に、数Tを教えるといってもその水準にないと、実際上はもう算数の中身を教える。これは正に子供たちのために指導要領の言わば枠の中で自分たちはやっているんだが、やっぱりそういうものにも、この実態を見ずに様々な言わば介入があるんではないかと、こんなおそれの声もあるわけですね。
 ですから、やはり知事を通じて実態が分からない教育委員会があれこれ口出しをしてくるんではないか、自主性を侵されるんじゃないかと、こういう懸念に対して、やはり私学の自主性を損なわないという保障がどこにこの法律上あるのか、この点、大臣、いかがでしょうか。
#186
○国務大臣(伊吹文明君) まず、先生、私学の建学の精神とは憲法にもと一番最初おっしゃった、正に日本共産党も大切にしていらっしゃる憲法の十二条にはどのように書いてあるかというと、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と書いてございますね。ですから、国民の代表であるこの国会が決めた法律に沿った公教育だけはやはりしていただくという義務を果たしていただかなければならないんで、決して建学の精神に介入するとかそんな意図でこのものを作ったわけではありません。
 しかも、例えば東京都などの場合は知事部局に指導主事を置いておりますから、多分教育委員会に助言は求めないと思いますね。知事部局が直接やると思います、必要ならば。だから、教育委員会云々というのは、知事部局に指導主事その他がおられなくて、教育の実態、カリキュラムの実態だとか何かが分からない場合には、知事は教育委員会に、私学とよく協議した上で、私学の意見を聞きながら、法律に合わせて直してもらうようにお願いをするということを書いているわけでして、東京都の場合は多分この規定を私はお使いにならないと思いますよ。
 だから、いずれにしろ、建学の精神を侵すなどということはもう全く考えておりません。しかし、法律を、建学の精神ということを前提に国会が決めた法律を守らなくてもいいんだということにはならないということだけはしっかりと認識しておかなければならないと思います。
#187
○井上哲士君 当初、法案には指導という言葉が入るということも言われておりましたけれども、結果としては助言又は援助ということになっているわけですが、これは先ほど来のやはり私学の自主性を尊重すると、こういう観点からこういう法文になったと、こういうことでよろしいでしょうか。
#188
○国務大臣(伊吹文明君) 当初というのは、我々の立法過程でどういう議論が行われていたかということは私もよくすべてを把握しているわけではございませんので、出てきたものが政府の提案だと御理解いただけば結構です。
#189
○井上哲士君 そこで、実際上どう運用されていくのかということになります。
 衆議院では、知事がこの助言、援助を求める際に私立学校と協議するものとすると、こういう附帯決議もございましたし、先日の大臣の答弁では、知事は私学とよく話し合って、私学の了解を取ってと、こういうことも言われております。
 これは確認をするわけですが、つまり協議というのは、知事が私学に対して言わば教育委員会に助言を求めるよということを通告するということではなくて、よく協議し、しかも了解を得ると、ここまで丁寧にやるんだと、こういうことで理解してよろしいでしょうか。
#190
○国務大臣(伊吹文明君) まず先生、これ誤解のないようにしておかなければいけないのは、教育委員会に助言を求めたりして私学のいろいろな問題について私学とお話をするということが可能にするように書いてありますが、知事が直接やるということは今だってできるわけですよね。ですから、東京都は多分この規定を、先ほど来申し上げたように、お使いにならずに、指導主事を置いておられるわけですから、知事部局に、直接おやりになると思います。
 ですから、何度も申し上げているように、この規定があるって教育委員会が入ってくるから介入するとかいうことではないんであって、例えば学校教育法に違反しているような事例があれば、教育委員会に頼まずに知事が直接おやりになる場合も当然あるわけですね。ですから、そのいずれの場合においても私学の建学の精神というものは十分尊重していただくようにということは私から何度も答弁しているということです。
#191
○井上哲士君 ただ、日常的にやり取りしている知事部局と、そしてふだんは公立学校しか見ていない教育委員会とは、やはり私学の皆さんは違う思いを持っていらっしゃるわけですね。
 ですから、もう一回確認しますけれども、この教育委員会に知事が助言、援助を求めるという場合は、やはり私学と協議し了解をと、これをきちっとしてほしいと、こういうことは今朝の参考人からも出たわけでありまして、もう一回そこを確認したいと思います。
#192
○国務大臣(伊吹文明君) 多分、東京都のように指導主事を知事部局に置かずに日ごろやり取りしておられる方は、国民からお預かりしている私学助成の交付事務でほとんどやり取りしておられるんじゃないでしょうか。カリキュラムの内容等についてやり取りをする能力のある人がおられない知事部局がほとんどだと思います。ですから、多分、知事が助言を教育委員会に求められるのは、学校教育法による必修科目の未履修が起こったような場合とか、そういうことでしょうから、その場合も注意深く、先生が今おっしゃっているようなことも一つの参考になると思いますが、建学の精神は侵さないようにやるということでございます。
#193
○井上哲士君 おとついの委員会の答弁で、必要が生じた場合は、知事は私学とよく話し合って、私学の了解を取って専門家がいる教育委員会の助言、援助を求めることができると、こういう規定にしたんだと、こういう答弁があるわけですが、これはもう一回確認してよろしいですね。
#194
○国務大臣(伊吹文明君) そのとおりで結構だと思います。
#195
○井上哲士君 それではさらに、私学における学校評価についてお聞きをいたします。
 学校教育法の改正案で、これまでは設置基準に盛り込まれていた学校評価が第四十二条に盛り込まれました。文部科学大臣の定めるところにより当該学校の教育活動その他の学校運営の状況について評価を行い、その結果に基づいて学校運営の改善を図るため必要な措置を講ずると、こうなりました。しかし、その学校評価というのはそれこそ建学の精神や教育理念そして教育のシステムの根本にかかわる問題なわけですね。ですから、私学の場合はやはりその自主性、独自性に基づいてこの学校評価というのを具体化を図るべきだと思うんです。
 実際、既に私学では様々な取組が行われておりまして、私もいろいろ聞いてみたんですが、例えばこれは神奈川のある高校でありますけれども、生徒、父母、教職員、同窓生、学園による全学協議会というのをつくられておりまして、正に関係者がこの建学の精神、憲法や教育基本法、子どもの権利条約の理念に基づいてふさわしい学校づくりを発展させるためということでつくられております。この学校協議会として授業アンケートなんかもやって評価をしているわけですね。
 それから、東京のあるところでいいますと、これは三者協議会というのがつくられておりまして、生徒会と保護者と教職員が対等の立場で話し合うことを目的とするということで、これは二〇〇三年につくられております。ここもこの三者協議会の中で授業づくりアンケートというのをやって、正に先生方と保護者や生徒が一緒になっていい学校づくりというのをやられているわけですね。
 これなどは言葉としては学校評価とかいうことはないんです。しかし、非常に優れた私はやり方だと思うんですね。こういう様々行われている私学の独自の自主性を基にやられている学校評価の在り方というのもこれは当然尊重されるべきだと思うんですけれども、この点いかがでしょうか。
#196
○政府参考人(銭谷眞美君) まず、今回の学校教育法の改正案四十二条に規定をいたします学校評価につきましては、これは国立、公立、私立を通じて適用されるものでございます。第四十二条におきましては、各学校が学校運営の状況について評価を行い、その結果に基づき学校運営の改善を図ることを規定をしておりまして、このことは国立、公立、私立の学校に共通の規定でございます。
 実際のその学校評価のやり方や公表の在り方などにつきましては、今後文部科学大臣が定めることにより明確にしていくわけでございますが、その評価項目とか指標とか、そういうことにつきましては、ガイドラインといった形で目安を示すことは考えておりますけれども、全国一律にかくあらねばならないといったような規定を設けるということは今考えていないところでございます。それぞれの学校がいろいろ工夫をしてやっていただくということが大事なのではないかと思っております。
#197
○井上哲士君 もちろん公立高校においても様々な工夫ということがされるわけでありますが、特にやはり私学の場合は、学校評価というものはやはり学園の建学の精神に非常に大きくかかわってきますから、より自主性を尊重されるということを改めて求めておきます。
 その上でさらに、教員評価についてお聞きをいたします。
 今年の三月三十日に初等中等局長名で、規制改革・民間開放の推進に関する第三次答申における教員評価制度、学校評価制度等に係る運用上の工夫についてという通知が出されております。都道府県知事に対しては、この通知を私立学校の実情や独自性に十分配慮しつつ周知していただきますようにお願いしますと、こういう通知になっているわけですね。
 この通知では、私立学校における児童生徒、保護者による教員評価制度、学校評価制度の確立という見出しで、公立学校と同様の事項について学校教育活動に関する児童生徒、保護者による評価というのを求めております。しかし、教員評価制度というのは、学校設置者や管理者がどういう教員管理をしていくのか、そして教員の育成をしていくのかということにかかわる非常に大事な問題でありまして、私学にとっては正に建学の精神や教育の理念を踏まえて検討されるべきだと思うんですね。ですから、どういう教員の育成や管理をするかというのはその学園の権限と責任に属するものだと思います。
 そもそも公立学校の教員とは管理者が違う私学の教員に教員評価制度をやれというのは、私学教員の労働条件への介入にもつながりますし、そもそも私学の自主性の侵害、行政権限の逸脱にもかかわることだと思うんですが、この点いかがでしょうか。
#198
○政府参考人(銭谷眞美君) この三月三十日付けの初等中等教育局長通知の意味でございますけれども、これは、学校評価に関連をいたしまして、児童生徒、保護者による教員評価、学校評価、こういうことを心掛けていただきたいという趣旨のまず通知でございます。
 その際に、教員評価につきまして、例えば子供が、児童生徒が先生の全人格を評価するとか、そういうことはあるわけではないわけでございまして、例えば、あの先生の授業が分かりやすいかどうかとか、そういうアンケートを取ったりするということは通常考えられるわけでございまして、いずれにいたしましても、私立学校における教員評価、学校評価等の実施方法につきましては、先ほども申し上げましたけれども、評価項目等含めまして各学校法人においてこれは適切に判断されるべきものでございまして、評価の実施に当たりましては各私立学校の実情や独自性に十分配慮しつつ行われるべきものであるという趣旨を踏まえた通知のつもりでございます。
#199
○井上哲士君 学校評価については、先ほども議論しましたが、今度の法律の第四十二条に入るわけですね。ただ、今申し上げましたように、教員の評価制度というのは、それは当然教員管理とかさらには労働条件というものにもつながってくるものになっていくわけで、これは正にどうやるかということは全くその管理者である私学に任されるべきものだと思うんですね。それはいかがでしょうか。
#200
○政府参考人(銭谷眞美君) ここで申し上げております教員評価というのは、学校評価の一環として実施をし、その場合、通常、保護者や児童生徒にいろいろなアンケートを取ったり、あるいは先ほど来お話が出ております親、保護者と生徒とあるいはその関係の方々とか教員の話合いの場とか、いろいろな場で話題になることがあるわけでございますけれども、そのやり方はそれぞれあると思いますけれども、教員評価というのはあくまでも学校評価の一環として実施をするというものでございまして、それがそれぞれの私学におきまして法人と教員の間でどういう関係になっていくかと、それはそれぞれの私立学校のそれぞれの考え方でいくということで、私どもがそこにまであれこれ言うということは全く考えておりません。
#201
○井上哲士君 なぜこれこだわるかなんですが、この通知には規制改革・民間開放推進に関する第三次答申が添付をされておりまして、この教員評価、学校評価について、公立学校に準じた措置を講じることを私学助成の交付要件とすることについても検討する必要があると、こういう文言があるわけですね。
 先日も議論がありましたけれども、大体、この規制改革・民間開放推進会議がこういう教育の問題等にあれこれこういう口を出すこと自身が私はいかがかと思うわけですけれども、しかしこういうものが添付されておりますと、こういう言わば教員評価をしなければ私学助成にも影響が生じるんじゃないかと、こういう懸念を私学関係者は当然持つわけでありますね。
 ですから、ここで言っているような、そういう教員評価の有無という問題を私学助成の交付要件とするというようなことについては文科省としては考えていないということでよろしいんでしょうか。
#202
○政府参考人(銭谷眞美君) 通知に添付をしております規制改革・民間開放会議の三次答申について、ただいまお話のありました部分は「問題意識」という部分だと思います。
 ここは、規制改革・民間開放推進会議の問題意識でございまして、いわゆる具体的な施策と書いてある部分が今回の通知にかかわる部分でございます。
 ですから、今回の通知では、私立学校を財政的に援助することによりましてその健全な発展に資することを目的としている私学助成におきまして、児童生徒の教員評価に基づいて交付をするといったような考え方は全く示していないところでございます。
#203
○井上哲士君 やはり私学というのは建学の精神に基づいて、今朝もありましたけれども、日の丸・君が代の取扱いなども含めて様々な自主的な取組も行われておりました。
 やはり、今回の法改正を通じて、この私学助成をてこにして自主性や独自性を侵すような動きがあるんじゃないかということに私学関係者はやはり危惧の声があるわけでありまして、そういうことがないように強く求めると同時に、やはり今やるべきは、私学の様々な教育への援助、助成をやはり教育費という観点でむしろ拡大をしていくということを強く求めておきたいと思います。
 最後、若干時間がなくなったんですが、教育再生会議の第二次報告で徳育を教科化するということが盛り込まれたことに対してお聞きをしておきます。
 戦後の道徳教育というのは、戦前のいわゆる修身教育に対する反省の上に始まっていると思います。これは、文部省が四六年に出している中等学校・青年学校公民教師用書というのがありますが、従来の極端に国家主義的な教育方針の結果、道徳の向かうところもまた一律に国家目的の実現というふうに考えられた。そこで、結局、道徳教育が人間の基本的権利及びその生活条件を無視するような傾きも見られるようになったと、こういうことも当時文科省発行したものの中にも書かれております。正に人間の基本的権利ということをしっかり学校教育の中心に据えていくということが戦後の出発だったと思うんですね。
 特に今、現状でいいますと、例えば、今の道徳教育に対して文部科学省が状況調査をしておりますけれども、道徳の時間を楽しいとかあるいはためになると感じている児童生徒がどの程度いるかと学校に質問したのに対して、ほぼ全員、三分の二ぐらいという答えの合計は、小学校低学年で八七・九%、高学年では六〇・七%、中学校では三九・七%に下がるんですね。ですから、一定の社会体験を積み、そして現実に、例えば道徳を説いていた政治家とか経済界の幹部が様々な不祥事にまみれているとか、そういう社会の実態を見る中で、言わば型にはめて上からお説教するような道徳教育というのは受け入れないという、これが私はこの調査にも示されていると思います。
 そして、むしろ自分が学校の中で大切にされていないと感じる子供が七割いるというような調査もありました。そういう自分の人権が大切にされていないと感じている子供に学校が人権の大切さを説いても心に響かないわけでありまして、むしろそういう自分の人権が大切にされるような学校づくりとかということが私は必要だと思いますし、枠にはめて上からかぶせるような道徳教育というものはむしろ逆行だと思います。
 そういう点で、今回、この徳育の教科化をし特定の教科書で学ばすということは、やはりこういう流れに逆行するし現状にも合わないと思うんですけれども、この点、大臣いかがでしょうか。
#204
○国務大臣(伊吹文明君) 再生会議は再生会議として一つの意見を言っておられるわけですから、これは傾聴に値することもありますし、傾聴に値するけれども既存の法律や何かとの関係でどういうふうに実現するのかなと私が考えなければいけないこともありますし、だから、ここでいろいろ御議論もあることも参考にして、学習指導要領その他はどういうふうに作るかというのは中教審に当然諮って、最終的には私が責任を持って判断いたします。
#205
○井上哲士君 先日の答弁で、大臣は、検定教科書的なものを作るのは非常に難しいと、こういうふうに述べられたわけですが、検定を受けない教科書というものがあり得るのか、教材とどう違うのか、この点いかがでしょうか。
#206
○国務大臣(伊吹文明君) まず、再生会議も教科にするとは言ってないんですね。いわゆる教科にするとは言ってない。いわゆる教科にするということは点数を付けなければいけませんからね、そういうことは私は賛成はできないということは申し上げてあります。
 その範囲の中でどうするかということは、そのときに使う教科書的なものをどうするかということですね、これはいろいろ工夫はあると思います。
#207
○井上哲士君 教科書的なものと言われたわけですが、再生会議は教科書をと、こうなっているわけですが、それは違うお考えだということですか。
#208
○国務大臣(伊吹文明君) 違うか同じかであるかは、いろいろな方々の意見を聴き、中教審の意見も聴き、最後は私が判断をいたします。
#209
○井上哲士君 先日の答弁で、例えばワシントンと桜の木のようにという話とか、二宮尊徳はこういう行動をしたとか、こういうことを教えるものだというふうに言われました。これを学んで自分も、規範などを子供が身に付けてもらうというものだと、こう言われました。
 ただ、私、いろいろ読んでたんですが、これ昭和二十七年復刻の、当時の第三学年の尋常小学校修身の教科書なんですが、この中に正にワシントンが出てきて、二宮金次郎が出てくるわけですね。偉人の行動を学ぶといっても、その選び方とかそして教え方によってやっぱり特定の価値観が入ってくるということをやっぱりこれは示していると思うんです。ですから、やはりあの戦前の修身は正にそうだったということでありまして、教科書を作って教科化をしていくということはやはり一定に枠にはめた道徳観を教えるということに私はつながると思いますし、徳育の教科化というのは行うべきでないと私は考えております。
 そのことを強く申し述べまして、時間ですので終わります。
#210
○委員長(狩野安君) 本日の質疑はこの程度にとどめます。
 暫時休憩いたします。
   午後五時一分休憩
     ─────・─────
   午後五時十一分開会
#211
○委員長(狩野安君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。
 公聴会の開会承認要求に関する件についてお諮りいたします。
 学校教育法等の一部を改正する法律案外六案の審査のため、六月十五日午後一時に公聴会を開会いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#212
○委員長(狩野安君) 御異議ないと認めます。
 つきましては、公述人の数及び選定等は、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#213
○委員長(狩野安君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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