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2006/12/14 第165回国会 参議院 参議院会議録情報 第165回国会 総務委員会 第11号
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2006/12/14 第165回国会 参議院

参議院会議録情報 第165回国会 総務委員会 第11号

#1
第165回国会 総務委員会 第11号
平成十八年十二月十四日(木曜日)
   午前十時一分開会
    ─────────────
   委員の異動
 十二月十三日
    辞任         補欠選任
     高橋 千秋君     円 より子君
 十二月十四日
    辞任         補欠選任
     木村  仁君     野村 哲郎君
     円 より子君     松下 新平君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         山内 俊夫君
    理 事
                景山俊太郎君
                二之湯 智君
                森元 恒雄君
                伊藤 基隆君
                那谷屋正義君
    委 員
                小野 清子君
                尾辻 秀久君
                河合 常則君
                木村  仁君
                世耕 弘成君
                野村 哲郎君
                山崎  力君
                山本 順三君
                吉村剛太郎君
                今泉  昭君
                芝  博一君
                高嶋 良充君
                内藤 正光君
                松下 新平君
                円 より子君
                澤  雄二君
                遠山 清彦君
                吉川 春子君
                又市 征治君
                長谷川憲正君
   委員以外の議員
       発議者      谷  博之君
       発議者      円 より子君
   衆議院議員
       発議者      宮路 和明君
       発議者      宮下 一郎君
       発議者      桝屋 敬悟君
   国務大臣
       総務大臣     菅  義偉君
   内閣官房副長官
       内閣官房副長官  鈴木 政二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        高山 達郎君
   政府参考人
       内閣府大臣官房
       審議官      竹澤 正明君
       総務大臣官房審
       議官       綱木 雅敏君
       外務大臣官房審
       議官       木寺 昌人君
       外務大臣官房審
       議官       猪俣 弘司君
       厚生労働大臣官
       房審議官     荒井 和夫君
   参考人
       軍人軍属恩給欠
       格者全国連盟長
       崎県連合会長   元島 和男君
       全国抑留者補償
       協議会参与    有光  健君
       独立行政法人平
       和祈念事業特別
       基金理事長    増田  弘君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する
 法律の廃止等に関する法律案(衆議院提出)
○戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関
 する法律案(谷博之君外十一名発議)
○独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する
 法律を廃止する法律案(谷博之君外十一名発議
 )
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○檜原郵便局の外務業務を廃止し、あきる野局に
 統合する計画の白紙撤回に関する請願(第三九
 八号外四件)
○郵政民営化時における新会社への雇用の承継の
 保証に関する請願(第六一二号外八件)
○シベリア抑留問題の早期解決に関する請願(第
 六六二号外三〇件)
○継続調査要求に関する件
○委員派遣に関する件
    ─────────────
#2
○委員長(山内俊夫君) ただいまから総務委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告を申し上げます。
 昨日、高橋千秋君が委員を辞任され、その補欠として円より子君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(山内俊夫君) 独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案(第百六十三回国会衆第二号)、戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案(参第二号)及び独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案(参第三号)、以上三案を一括して議題といたします。
 本日は、三案の審査に関し、参考人の方々から御意見を賜ることといたしております。
 参考人の方々を御紹介申し上げます。
 軍人軍属恩給欠格者全国連盟長崎県連合会長元島和男君及び全国抑留者補償協議会参与有光健君、以上の方々でございます。
 この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
 皆様方から忌憚のない御意見を賜り、三案の審査に反映させてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますけれども、まず、参考人の皆様方からそれぞれ十分以内で御意見を述べていただき、その後、委員の質疑にお答えをいただけたらと思います。
 なお、参考人の皆様及び質疑者の発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず元島参考人からお願いいたします。元島参考人。
#4
○参考人(元島和男君) 独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案を御審議、可決してくださいますよう陳情申し上げます。
 注釈を加えながら陳情書を朗読させていただきます。
 不肖私たちは今次大戦にお国に召され、家も家族も忘れ、祖国のために一身をささげ、御奉公に努めてきました。
 終戦の詔勅に男泣きしながら、祖国の再建を誓い合ってまいりました。
 敗戦後のあの苦しみの中、みんなが助け合って、祖国の再建に一生懸命努力し、今日の日本の繁栄の礎を築き上げてくださいました。にもかかわらず、兵役年数十二年に足らずの一言で国の恩典を何ら受けることはできませんでした。ただ、通算三年以上の勤務者には一時恩給として一万五千円程度を支給され、三年に満たない者は何一つ恩典はありませんでした。
 戦争に負けながらも通算十二年以上の者には多額の軍人恩給が支給されており、その格差が余りにも大きく、この状態の中では日本の将来に大きく影響するのではないかと心配される人たちが、年数の少ない人たちにも何らかの国の恩典を与えてくださらねば、今後国にいったん緩急があった場合、だれが国のためにと一身を投げ出し国を守ってくれる者があろうかと心配され、国に陳情しようと呼び掛けられた結果、恩給欠格者運動が全国に展開されてきました。
 その過程で、役所に勤務する者は兵役年数が通算され、農業者、自営業者や民間会社に勤務する者には厚生年金や国民年金には通算されないのは一体なぜなのか、官民格差があり過ぎるのではないか。官民格差の是正まで叫ばれるようになりました。
 陳情陳情を続けること十年余、何の反応もなく、残念無念と叫びながら国を恨み多くの人たちがこの世を去っていかれました。誠に申し訳ないことでございました。
 平成元年九月一日からやっと受付が始まりましたのは左記のとおりでございます。
 三年以上外地勤務した者、内閣総理大臣の書状と銀杯、それに記念品。平成七年から、一年以上外地に勤務した者、内閣総理大臣の書状と銀杯。平成十二年から、一年以上内地で勤務した者、内閣総理大臣の書状のみ。ここに、三年以上のが間で挟まっております。平成十四年、やっと以上の資格を有資格で死亡されました方々に内閣総理大臣の書状のみ。一年以上内地で勤務した者、内閣総理大臣の書状のみ。
 以上のような誠に惨めな恩典にみんなががっかりいたしました。
 これが十年以上陳情した結果かと不満の声もありましたが、現在まで約五十五万人の人たちが申請され、内閣総理大臣の書状を受け取った人は約四十五万人ぐらいと聞いております。この人数にもまた問題があります。
 該当者の平均年齢は八十六歳と言われますだけに、受け取りになられました後に死亡されました方も多くいらっしゃると推察されます。私自身の推察では、半分以上の方が死亡なされているんじゃないかと思っております。
 生存している方々は、わずかの金品であっても、国の最後の恩典であろうと楽しみに首を長くして待っておられます。このたびの法案は、恩給欠格者、シベリア抑留者、引揚者と三者が含まれておりますだけに、多くの方々が一日も早い法案の成立を待ち望んでおられると思います。
 八日、衆議院では先生方の御温情により可決成立いたしております。参議院におきましても、先生方の御温情により、趣旨を御理解くださいまして、御審議の上、可決成立さしてくださいますようお願い申し上げます。
 日本の将来のためと無報酬で二十有余年お世話くださっている方々も、八十五歳以上の方々ばかりで、一番若い私も満八十三歳でございます。一名でも多くの方々に最後の恩典を一日も早く与えてくださいますよう、関係者一同に代わりまして伏してお願い申し上げます。
 以上のとおり陳情申し上げます。
 平成十八年十二月十四日、軍人軍属恩給欠格者全国連盟、参考人元島和男、長崎県連合会長、八十三歳。参議院総務委員会委員の皆様方へ。
 以上でございます。よろしく御審議をお願いいたします。
#5
○委員長(山内俊夫君) ありがとうございました。
 次に、有光参考人にお願いいたします。有光参考人。
#6
○参考人(有光健君) 今日はお招きをいただきましてありがとうございます。
 私自身は、一九五一年、サンフランシスコ講和条約の年に生まれておりまして、抑留当事者ではもちろんございませんが、この間ずっと多くの全国の元抑留者の方々と一緒に当時のことを勉強させていただき、そしていろいろな問題を提起をさせてきていただいております。今日、傍聴席の方にも同じ団体に所属をしておられる多数の元抑留者の方が来てくださっております。
 衆議院の総務委員会のやり取りも傍聴させていただきました。与党の方から主張されている、野党が提出をしている戦後強制抑留者特別給付金に反対をされたという理由が大きく二つございました。一つは、この法案は恩給欠格、引揚者との公平性に問題があるということと、二番目に、戦後処理に早く幕を引きたいという御主張がポイントであったかと思いますが、この点に重点を置きながらお話をさせていただきたいと思います。
 このシベリア抑留というのは、お手元にカラーのコピーが配られているかと思いますが、地図がございます。ユーラシア大陸、カムチャッカ半島から、いわゆるこのシベリアだけではなくて中央アジア、モンゴル、そしてモスクワ近郊、北極圏まで、大変広範な地域に、約六十万と言われておりますけれども、元日本軍の兵士、軍属、そしてその中には若干民間人も含まれておりますけれども、が一九四五年の八月二十三日以降に移送されて、そこで大変なシベリア三重苦という過酷な歴史を強いられたわけでございます。食料がない、大変厳しい寒さ、そして過酷な労働という結果で、残念ながら約一割、六万人前後の方が亡くなられたということでございます。
 最初に申し上げたいのは、平和祈念事業特別基金が一九八八年にスタートしておりますけれども、そのスタートした時点から、いわゆるシベリア・モンゴル抑留と恩給欠格と引揚げの三つの課題を一括して取り扱おうとしてきたわけでございますが、その辺りにそもそもちょっと無理があったというふうに考えております。したがって、基金の速やかな廃止ということに関しては私も賛成でございます。シベリア抑留と恩給欠格と引揚げの問題というのはそれぞれ問題の次元と申しますか、筋が違うというふうに考えております。
 まず第一に、シベリア抑留は、先ほども申し上げましたが、一九四五年八月二十三日に発せられたスターリンの秘密指令によって始まったことでございます。戦後の大事件であり、戦時中の様々な戦争被害や戦闘中の犠牲とは異なっております。
 第二番目に、シベリア抑留はポツダム宣言あるいは国際人道法違反の重大な人権侵害でございまして、恩給欠格、先ほど元島参考人のお話ございましたが、は敗戦に伴う戦後処理の中での不公平感への対応でございまして、いわゆる重大な人権侵害という範疇のものとは少しレベルが異なるというふうに考えております。ルールをつくりますとどこかで線引きをしなければならないわけで、その結果、ぎりぎりのところで不公平感を持たれる方というのは、これは必ず出てまいります。例えばこの戦後強制抑留者特別給付金支給法案でも、二年と十一か月の方と三年の方との間では、一週間の差があってもそこで金額的には大変大きな差が出てまいりますので、それをどうするかというレベルの問題と、その格差をもって国際人道法違反の重大な人権侵害という範疇の問題と一緒に議論するということにはちょっと無理があると思います。国際人道法違反、国際法違反については時効もないわけでございまして、法的なレベルも異なるということをまず申し上げておきたいと思います。
 それから、シベリア抑留の場合は更にその労働の対価が支払われていないために、南方の捕虜との間で大きな差が生じたままになっております。これは明白な差別であろうかと思います。これに当事者の多くが大変大きな憤りを感じ、そして裁判にまでなって、いまだに解決をしておりません。
 平和祈念事業特別基金やその総務省が使っておられる表現で非常に私ども違和感がございますのは、労苦という言葉を使われます。労苦を伝える、労苦を心に刻むというふうによく表現されておりますが、何かまるで津波とか地震の被災者に同情しているような印象を受けます。シベリア、モンゴルの抑留者というのは、これは拉致あるいは国家犯罪の被害者なわけですね。一九九三年に来日をしたエリツィン大統領も全体主義の犯した罪について謝罪するというふうに明確に述べておられますけれども、被害者側の日本の社会で、抑留者は犯罪被害者であるという視点が、そういう観点が非常に弱かったと思っております。もっともっと不正に怒り、冷静にその犯罪の全容を明らかにし、ただしていく必要があるのではないかというふうに考えております。
 被害者の被害回復に必要なことは、真相究明、それから補償、救済あるいは社会復帰やリハビリの支援、責任者の処罰、再発防止、これは北朝鮮の拉致の例でも全く同じでございますが、そのいずれを取っても極めて不十分、あるいは全く手付かずでございます。基金を廃止するとともに、こういった拉致被害対策と同じように、官邸かあるいは内閣府に一本化した対策室をきちんと新たに設けていただいてしっかり対応すべきであるというふうに考えます。現状の厚生労働省、総務省、外務省あるいは内閣府に、言ってみればたらい回し、あるいは縦割り行政でばらばらでやっているというふうな方式はやめていただきたいというふうに考えます。
 三番目に、そもそもその真相究明がほとんどできていないということが大変大きなことでございます。
 全体で一体何人が拉致、抑留され、何人が亡くなったのか、あるいはその後に北朝鮮に約、これは二万七千人とも言われておりますが、逆送されたのは本当は一体何人で、その中の何人の方が途中で亡くなったのか、あるいはなぜこんな惨事が起きてしまったのかというふうなことが、今現在も一万三千人もの死亡者名簿がないということを含めて、その辺りの解明が情けないほどできていないということでございます。遺骨収集に関しても、あと何年やったら終わるということになるのか、あるいは厚生労働省の四階にたくさんの御遺骨が保管されていますけれども、DNA鑑定にあと一体何年掛かるのかという、実はそういうその先の見通しというのがこれだれにも見通せていない。ひたすらぽつりぽつりとロシア側から資料が時々もたらされるのを待っていると、そういう状態でございます。本気でやるには人も予算も不足をしております。その辺りのことを是非改善をしていただきたいと思うわけでございます。
 そういった意味でのこれらの問題についての積極的な意思あるいは国家戦略というものがないんではないかということを、当事者、遺族は痛感をしておりまして、大変納得をできない。亡きがらを現地に残したまま帰ってきた元抑留者も、戦友や遺族の方々に本当に申し訳が立たないという気持ちが大変強うございます。
 そして四番目に、恩給欠格・引揚者の問題もしかしながらきちんと再検討されるべきではないかと思っております。そして、その中でのそのバランス、公平性ということを言われるのであれば、その際、併せて考慮しなければならないのは、例えば中国残留邦人とか日本国内の民間空襲被害者らの問題です。またさらに、戦後補償あるいは援護政策の中での旧軍人軍属と民間の戦争被害者、いわゆるこの官民の格差の問題、それから旧軍人軍属の中でも日本国籍所有者と植民地出身、外国籍の被害者の間の格差の問題、そういったことについても併せてお考えをいただかなければならないと思います。ほかの国のことを余りよく知らない、関係ないという言い方はちょっと暴論過ぎるという感じがいたします。国際的な水準への配慮や検討が必要であるというふうに考えております。
 時間になりましたので、また後ほどの質疑の中で少し補足的に申し上げさせていただきます。
 以上でございます。
#7
○委員長(山内俊夫君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#8
○二之湯智君 おはようございます。自由民主党の二之湯智でございます。
 今日は、両参考人の皆さん方、お忙しいところありがとうございます。特に、元島参考人には遠路わざわざありがとうございます。
 まず、元島参考人に対しまして御質問いたしたいと思います。
 戦後六十二年たちまして、関係者の著しい高齢化を考慮して、戦後処理の解決が求められているわけでございます。そのために、戦後強制抑留者及び引揚者の問題、それといわゆる恩給欠格者の問題、そういう問題につきまして、最終決着を図るために独立行政法人平和祈念事業特別基金に関する法律案の廃止が今提案されているわけでございます。
 しかし、シベリアに抑留され、かの地で亡くなった方々の死亡者の名簿の整理とか、あるいは遺骨収集も完全に終結したとは言えません。元島さんは、戦後ずっとこの恩給欠格者のために一生懸命陳情を繰り返されてこられまして、今お話しになりましたように、なかなか成果が上がらず残念な気持ちで亡くなった方々もいらっしゃるわけでございますし、またシベリアの、あのかの地で不遇の死を遂げられた同胞の皆さん方もたくさんいらっしゃるわけでございます。
 そういう昔の戦友たちに対して、今どんな思いを持っておられますか。まずお聞きをいたしたいと思います。
#9
○参考人(元島和男君) 私も、シベリア抑留の一人でございます。誠に非人道的なソ連のやり方について、怒りを覚える者の一人でございます。
 確かに八月九日、一方的に日ソ中立条約を破棄し、怒濤のごとく満州になだれ込み、豊富な資源を略奪し、挙げ句の果てには、ウラジオから日本に帰すとだまして六十万名以上の方々をシベリアに連れてきて強制労働をさせ、五万四千人の方々が亡くなっておられます。本当にあの当時のことを思い起こしますと、何と言葉では言い表せない苦しみであったことも事実でございます。にもかかわらず、ソ連は労働賃金一円も払わずして今日まで過ごしておるということは、何と非人道的であろうかと怒りを覚える者の一人でございます。
 私が欠格者運動に手を染めましたのは、元々抑留のお世話をしておりましたけれども、東京の本部から島原に説明においでになり、お国のために一生懸命一身を捧げながら、年数が足りないということで何の恩典も受けない百万以上の人たちがおるのだ、こういう人たちを是非助けてほしいという約四十分にわたっての念願を、とうとう熱意に負けまして、抑留の問題は副支部長にお願いをし、この恩欠問題のお世話をすることになったわけでございます。抑留者の皆さん方の御苦労も同じように体験をしてきましただけに気持ちはよく分かりますし、有り難いことだと思っております。
 しかし、それ以上に、恩欠者の皆さん方が、ビルマにおいて、南方の島々において、フィリピンにおいて我々以上の苦しみを味わっておられることを耳にいたしまして、涙で語る以外には道のないことも知りました。シベリアだけが苦しいと思っておったら、こんなにも南方各地で苦労なさったのかと、そう思いますときに、何としても恩欠者の皆さん方に、抑留者の皆さん方にも最後の国の恩典を与えていただきたい、こう思いまして、本日のこの参考人も引き受けたわけでございます。
 以上でございます。
#10
○二之湯智君 ありがとうございます。
 限られた時間でございますので、用意しておった質問を一つはしょりまして、有光参考人にお伺いしたいと思います。
 ソ連政府による残酷非道な強制労働、国際法を無視し、まるで日本人を大量に奴隷のごとく酷使した事実が現実にあったこと、日本人の同胞が彼の地でいかに苦しい生活を強いられたことを、これを風化させることなく事実を後世に伝えるのは今に生きる私たちの努めではないかと思うわけでございます。
 現在、平和祈念事業特別基金では、慰藉事業の一環として関係者の労苦に対する国民の理解を深める事業を実施され、資料の収集及び展示、記録の作成、催物、調査研究などを行っておられます。基金解散後も是非これらの事業をやるべきだと思います。特に、シベリア抑留者の九割近くが上陸した京都府の舞鶴市では昭和六十三年に引揚記念館を開設し、毎年約十五万人近い方々がその会館を訪れられておるわけでございます。舞鶴市では、基金が実施してこられた強制抑留や引揚げ体験者の労苦を語り継ぐ事業、資料収集、展示事業などを既に行っているわけでございます。
 私は、基金が解散に際して資本金の一部を配分し、積極的に取り組んでおられる地方自治体に基金事業を継続してやってもらったらどうかと、このように思っているわけでございますけれども、それにつきましてお考えをお聞かせいただきたいと思います。
#11
○参考人(有光健君) ただいま二之湯先生の方から御指摘、御提案のあったこと、私も全く賛成でございまして、舞鶴の引揚記念館、私も、先月も先々月も行ってまいりました。あそこは建てるときに、やはりシベリアからの引揚者の歌手の三波春夫さんが全国でチャリティーコンサートをやってくださって三千万ほど集めて建てたわけでございます。そして、現在も、先生がおっしゃったように年間で十五万という、新宿の平和祈念事業特別基金の資料室よりもはるかにたくさんの方が全国から見えておられます。
 そして、ところが、御承知のとおり、地方は大変財政難でございまして、自治体から非常に、人件費程度しか出ておりません。国からは一銭も実は入ってございません。あそこの記念館でも、展示スペースも非常にもう手狭になっておりまして、例えば、語り部の方がおられますけれども、そういった方の話を聞くようなセミナー室とか会議室、そういったスペースもないわけでございます。それから、学芸員も置いておりませんで、資料が大変十分にまだ整理をしたりするということができておりません。
 是非これは平和祈念事業特別基金、あるいはそれが廃止された後は総務省なりしかるべく政府の方からきちっとした形での支援が絶対に必要であろうというふうに私もまた強く感じております。
#12
○二之湯智君 最後に、元島参考人にもう一度お聞きしたいと思います。
 南方からの引揚者が、わずかな日当ではあっても、日当プラス抑留日数で政府から補償金が支払われた。それに比べて、シベリア抑留者に対しては一銭のこういう国家からの補償金もないということ、こういうことに対しまして、非常にシベリアというのは大変厳しい自然環境の下で生き延びてきた方ばかりでございまして、余りにも日本政府の対応が冷たいのではないかと、そういう気持ちを持っておられるかどうか、それについて最後お聞かせいただきたいと思います。
#13
○参考人(元島和男君) 戦争に負けた国が昭和二十八年に軍人恩給を復活させ、命懸けで戦った人たちに差を付けたこと自体に私は激しい憤りを感じます。年数はいかんであろうとも、自分の身をささげ、いつ敵弾に倒れるか分からない、本当に戦々恐々とした気持ちは年数の問題ではないと思っております。それだけに、この軍人恩給をもらっている方々に対して恩欠者の百万に上る人たちがどんなつらい思いをして今日まで過ごしてきたでありましょうか。
 その格差をなくするためにいろいろと陳情を繰り返してきました。このようなことをやれば、将来日本がいろんなことがあった場合にだれがお国のために命をささげるのでありましょうか。このお国のために尽くした人たちをまま子扱いにされるならば今後日本はしっぺ返しを受けますよ。だれが国を愛しよう、国のために命をささげようという者が恩欠者の中におりましょうか。早くその格差をなくして、何らかの恩典を与えて安心をさせてください。これが日本の将来のために第一条件として必要でございますということをずっと訴え続けてまいりました。
 しかし、残念ながら、今申し上げましたように、内閣総理大臣の書状と銀杯程度しかもらえない。内地勤務者に至っては内閣総理大臣の書状のみという誠に貧しいこのやり方につきまして、我々の仲間は残念無念と国を恨みながらこの世を去っていきました。本当に申し訳ない気持ち一杯でございます。この気持ちを御先生方、どうぞ察してやってください。お願いいたします。
#14
○二之湯智君 では、終わります。
#15
○円より子君 民主党の円より子でございます。
 私は本来、総務委員会のメンバーではないんですが、野党から出しました二つの法案の発議者でもありまして、シベリア抑留やこの戦後の問題にずっとかかわってまいりましたので、今日はどうしても参考人質疑に出させていただきたいと差し替えをさせていただきました。
 この野党が出しました、私たちが出しました戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案と独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案、これが衆議院の方では残念ながら否決されてしまいました。
 私は、この八月二十三日に千鳥ケ淵に、今日後ろにずらっと傍聴に来てくださっている方々とともに墓苑で参列させていただきまして、本当に、今、元島さんもお話しなさいましたが、戦争で捕虜になって、そしてシベリア抑留された元島さん、それから南方で死んだ方々、様々な方々のその憤り、無念、それを私も一緒に墓参をさせていただきまして感じた次第でございますが、そうした方たちに、今回の通った与党案は、衆議院で可決されました与党案は、本当に旅行券辺りでお茶を濁すというようなものでありまして、なぜ与党の方々も、私どもの出した、野党が出したといっても、別にそれは党派を超えて本当に皆様方が待たれていた法案でございます、そちらを否決なさり与党案を通されたのか。それに対しても大変憤りを感じまして、新聞にも載っておりますけれども、長い間抑留され、そして南方の方々は、まだ、同じようなもちろん御苦労はあったとしても、南方地域を占領して軍政をしいた米軍や英軍は日本人捕虜の帰国に先立って未払労働賃金の計算カードを発行しました。ジュネーブ条約に基づく当然の措置だったんですが、スターリンの体制下にあったソ連では、強制労働を課すのは当たり前でしたし、ジュネーブ条約は無視され、労働賃金の支払はもちろん、捕虜の所属国に未払労働賃金の支払を義務付ける労働計算カードや労働証明書も発行しませんでした。
 こうした下で、本当に苦労なさってきた方々が長い間裁判や様々なことでやってこられたんですが、今回の衆議院の総務委員会で私どもが作りました法案が否決され、与党案が通ったことに関して、抑留被害者の方々がどのように感じておられるか。そうした国民の本当の実体験をした方々の意見を国会は無視しているのではないか、そのような思いがありまして、もしその反応を聞いていらっしゃいましたら、有光参考人にお伺いしたいと思います。
#16
○参考人(有光健君) 十万円の旅行券で幕を引きたいということが一般に伝わりましたのは、ちょうど二年前なんですが、おととしの十二月の十四日の読売新聞の朝刊が非常に大きな記事を出しまして、それ以来、正直、抑留者の方々の間では大騒動になったわけですね。お手元に資料としてお配りをしておきましたが、今日、傍聴席にも見えておられる全抑協の副会長の平塚さん、それから全抑協の会長、衆議院の方の総務委員会で参考人として陳述をされました寺内会長等の新聞等に投稿された意見をお配りをしていただいていると思います。正直、我々をばかにするなという声が非常に強うございます。
 今回、衆議院の方で特別給付金支給法案が否決をされたということも翌日の朝刊でかなり大きく報道をされておりました。かなり私のところにもいろんな方からお電話なりをちょうだいしております。
 例えば、今、先ほど御質問をいただきました二之湯先生も御存じの方かと思いますが、三重県の員弁町という町の町長をずっと十期お務めになった太田嘉明さんという現在八十五歳の抑留者の方からもお電話ちょうだいしまして、太田さんは、第百四十六だったと思いますが、という収容所に収容されて、これ、抑留者自身でまとめた抑留体験記というシリーズで全部、八巻の本が自費出版で刊行されておりますが、そこの中にもその体験をるる書いておられますけれども、千人の単位で抑留者の部隊を再編成されまして、その大隊長を務められたんですが、その部下たちに対して、とにかく食べ物はないけどみんなで歯を食いしばって頑張って祖国へ帰ろうと、祖国はきっと我々を温かく迎えてくれると、そういうふうに励まし励まし舞鶴まで帰ってこられたわけですが、しかしながら、帰ってきてから現在までのこの国の対応は一体何だということで、何が祖国かという言い方を電話でも再三おっしゃっておられましたけれども、本当にこの期に及んで、まだその送り出した元兵士と和解ができていない祖国というのは一体何なのかと、もうこれが本当に美しい国の姿かなというふうに私も電話を受けながら感じた次第でございます。
#17
○円より子君 再び有光参考人に伺いたいと思いますが、様々な戦後処理の中で不公平が多いという御指摘が先ほどございました。どのような不公平な事例があるか、もう一度言っていただけませんでしょうか。
   〔参考人有光健君「例えば先ほども」と述ぶ〕
#18
○委員長(山内俊夫君) 恐れ入ります。指名を受けてから発言をお願いいたします。
 有光参考人。
#19
○参考人(有光健君) 先ほども申し上げましたが、十二月の一日に神戸地裁の判決が中国残留孤児のケースで出ました。もうそれは記憶に新しいところでございますけれども、あと東京大空襲の被害者、被災者の方も来年の三月ですか、に提訴をされるということを聞いております。その日本の戦後補償、援護政策が旧軍人軍属、公務員に限定されておりまして、民間の被災者には被爆者に対する援護法以外は何もないと。官に厚く、民に冷たいということを先ほど申し上げました。
 もう一つ、同じ軍人軍属の中でもその補償、援護の対象が日本国籍者だけに限られておりまして、当時日本人として戦地に送られました旧植民地出身の方々、台湾、朝鮮半島出身の外国籍の方々に、この戦後補償、援護の枠からこうした方々が排除されているという問題がございます。いわゆる内外人不平等というふうに称されておりますけれども、こういった方々も日本の裁判所に提訴をされましたけれども、残念ながら問題が裁判所では解決をできずに、台湾と在日の戦没者、戦傷病者につきましては議員立法で一部支払が行われておりますが、その金額も少ない、あるいはいまだに不満がくすぶっております。
 それから、韓国・朝鮮人の元BC級戦犯者の問題というのも残された課題の一つだと思っております。これは、日本人として動員されて、連合国の捕虜の俘虜監視員をさせられて、現場の捕虜虐待の責めを負わされて処刑をされたり、あるいは長期刑に服役をさせられているというケースでございます。戦後、巣鴨プリズンに送られて釈放されると同時に、今度はもう外国人だから後のことは知らないよというふうな形での、何らの援護措置もないままにほうり出されているケースがございます。最近になりまして、韓国の政府の真相究明委員会が現在こういった事例の見直しを行っておりますけれども、だれが見ても不公平といいますか、不条理なケースだというふうに考えられます。
 それから、あと例えば国内でも、満蒙開拓団のケースとか従軍看護婦、特に日赤の看護婦ではなくて旧満州国の赤十字に所属をしておられた看護婦の方々への補償であるとか戦後処理といった問題が未解決で残されておりまして、いずれもこのままではまだ幕を引くということにはならないんではないかというふうに考えております。
#20
○円より子君 海外では、一九九九年以降にカナダ、イギリス、オランダ、ニュージーランド、ノルウェーなどが元捕虜に自国で支払を行っておりますよね。こうしたことを日本でもやるべきだと私どもは思っていたんですが、今平均年齢八十五歳になられる元抑留者の方々に旅行券というのがどのような意味があるのかと思うんですね。金額の多寡ではなくて、国が過去の無作為を一言謝罪してほしいというのが皆様方の気持ちだと思うんです。
 そしてもう一つ、抑留の全容が全くいまだに解明されておりませんし、名簿もロシア側から提供されません。また遺骨も凍土の下に眠ったままです。このままでこの問題が解決する、終わったというふうには本当できないと思いますが、元島参考人は今回のでこれで終わったというふうに思われますでしょうか。今後、もっと政府に対してきちんと真相究明や、また遺骨も南方にも残っておりますし、シベリアにいらしたことが、抑留されていた御経験からも遺骨の問題、名簿の問題、きちんと政府にしてほしいと思われると思うんですが、いかがでしょうか。
#21
○参考人(元島和男君) 私たちは、より多くの補償をしていただきたいのはやまやまでございます。しかし、陳情書で申し上げましたとおり、平均年齢八十六歳という高齢者の方々が次々に亡くなっていかれる実情を見ますというと、もう無理を言って日にちを延ばすことよりは、今我々の手で獲得した基金二百億ないし四百億を取り崩していただいて、シベリア抑留者の方々にも引揚者の皆さん方にも恩欠者の皆様方にも一日も早くこれを分けていただきたい。
 確かに、ソ連の労働賃金に対する見返りをという気持ちは私だって同じ気持ちでございますけれども、それを待っておったんでは、もう対象になる人たち、もらう人たちが亡くなってしまう。そういうことでは申し訳ない。たとえわずかな金品であっても、一日も早く平和祈念事業が持っております基金を取り崩していただいて、抑留者の皆さんにも引揚者の皆さんにも恩欠者の皆さんにも平等に分け合ってくださることを心から願っております。
 そういう意味から、私はこの参考人として、衆議院で可決されましたこの法案を一日も早く参議院でも審議、可決していただいて、首を長くして待っております人たちに、一名でも多くの方々に分け与えていただきとうございます。
 シベリアの問題は対ロシアとの問題がございます。この問題を考えますと、まだまだ期日を要すると思います。そのことを待っておったんでは、恩欠者もシベリア抑留者も引揚者もみんな対象者が亡くなってしまうおそれがあるものですから、一日も早くこの基金を取り崩して、シベリア抑留者の皆さん方にも十万円、恩欠者の皆さんにも、外地の方には五万円、内地の方に三万円、そして引揚者の皆さんには銀杯を、その上、抑留者の皆さんには慰霊の碑を建立していただく、引揚者の皆さんにも慰霊碑を建立していただく。もうこの程度で私たちもお願いをやめなければ、戦後六十一年たって経済大国と言われる日本がこのようなざまでいつまでもこの願いを続けるということは世界にも恥ずかしいことだと、そう思っておりますので、どうぞひとつ、この基金の取崩しによって、抑留者の皆さんにも恩欠者の皆さんにも、それから引揚者の皆さんにも一日も早く恩典を与えていただきますよう重ねてお願い申し上げる次第でございます。以上でございます。
#22
○円より子君 最後になりますが、元島さんのようなお気持ちもよく分かりますけれども、傍聴者のシベリア抑留の方々はこの法案では解決にならないと、大変今むなしい思いをしているというふうにも言われております。
 有光さん、先ほどの私の質問に対していかがでしょうか。
#23
○参考人(有光健君) 早く終わらせたいという気持ちは、これはもう与野党あるいは全員の気持ちだと思いますね。
 ただ、この現在の与党の先生方の方からの御提案の中身では、残念ながらこれは解決にやっぱり至らないだろう。
 今まで繰り返し、これはもう佐藤総理、中曽根総理、あるいは鈴木善幸総理も、これで戦後処理は終わりにするんだ、戦後は終わったということを繰り返し宣言してきておられますが、いまだに、六十一年たってまだこういう議論を続けなければならない。
 で、当事者の方、どんどんどんどん高齢化して亡くなられているというのはそのとおりなので、早くしなきゃいけないということでございますけれども、同時に、やっぱりきちんと解決をしなければいけない。そのきちんの部分をもう少ししっかり中身をつくっていただきたいというふうに強く希望いたします。
#24
○円より子君 ありがとうございました。
 終わります。
#25
○澤雄二君 公明党の澤雄二でございます。
 今日は、お二人のお話を聞かせていただきまして、関係者がどういう思いで今までいらっしゃったかということが大変よく分かりました。どうもありがとうございました。
 元島参考人にお話をお伺いしたいというふうに思います。
 参考人が書かれたものを幾つか読ませていただきました。お父上を亡くされて、母上と幼い弟妹を養うために中国に渡られたと。召集をされて、戦後でシベリアに抑留をされたと。先ほどからもよく言われていますけれども、奴隷のような非常に非人道的な扱いを受けられたというお話を幾つか読ませていただいて、正に辛酸をなめられた歴史に対して、もう言葉がなくてただ深く頭を下げるだけでございました。本当に御苦労さまでしたと言うしかないと思いますが。
 与党案、野党案、両案出ておりますけれども、いずれにしましても、要するにいわゆる平和基金を廃止して新たな慰藉事業をする、その新たな慰藉事業をすることでこの問題が最終決着となるわけでございます。
 先ほども少し一端述べられておられましたけれども、これまで長い間同じような体験をされた方たちのために頑張ってこられた思いと、これで決着をするという今のお気持ちを少し聞かせていただけますか。
#26
○参考人(元島和男君) 先ほどから申し上げますとおり、もっともっと補償、慰藉料をいただきたい、この気持ちは持っておりますけれども、これ以上待って対象者の方々が亡くなっていくさまを見ますというと、もうこれ以上の日は延期できない、一日も早く、長年にわたってお願いし続け獲得したこの基金二百億ないし四百億、早く取り崩していただいて、シベリア抑留者の皆さん方にも引揚者の皆さん方にも恩給欠格者にも、不満足ではありますけれども、早く恩典を与えていただいてあの世へ送っていただきたい。今のままでは成仏できない、そういうことを考えるもんですから、不満足ではありますけれども、今回をもってこの基金の問題は解決をしていただく、不満足ではありますけれどももうこれ以上は待てないという気持ち一杯でございます。以上でございます。
#27
○澤雄二君 この法案がいずれにしても通りますと慰藉事業が行われるわけでございますが、それ以外にも何か大事な仕事が残っているというふうに思うんでございます。
 それは、皆様からも御協力をいただいた、いろんな体験をされた、経験をされた、そういう歴史の証明のような資料がたくさんございまして、今資料館で展示をされていますが、そういう資料をどのように保存して、今後もそういうものを皆さんに、風化させないために、知っていただくために公開をしていただきたいとか、そういうお気持ちはどうでございますか。
#28
○参考人(元島和男君) 私は、現在、平和祈念事業が社団法人元軍人軍属短期在職者協力協会の方に戦争体験の苦労話を聞き、それを平和の礎に収録するという仕事を受け持たせていただいております。
 シベリアの方、中国大陸での方、南方、ビルマ、フィリピン、南方の島々、北方四島、そういう方々の苦労話を聞いておりますというと、我々シベリアも苦労が多かったけれども、食うものも食わず、六十キロの体重が三十五キロぐらいにやせ、はいながら、出ない声でお母さんと呼んでそのまま死んでいった人たちがどれだけ多くおられましょうか。五十人逃げ出したのに目的地に着いたのがわずか三名。みんなが食べるものもなく気力を失って野たれ死にしてしまった。もうこういうことは語りたくないと言いながら、私の質問に対して答えていただきました。聞きながら涙をほろほろ流し、それをテープに吹き込んで原稿を作っておりますが、原稿を書きながら、当時のそのさまを思い起こして涙がほろほろ流れるわけでございます。
 そういう語ってくれる人たちも、みんな八十五以上の方々ばかりでございました。こういう苦労をされた方々にもっともっと多く補償をしていただきたいと思うけれども、いつまで生きるか分からないこの現状の中で、もう欲を言っておったんでは、とてもとてもこの方々に最後の恩典をいただくことはできないんじゃないか。欲はあるけれども、もうこれ以上日を延ばすことは許されない、そういう気持ちでございました。
 シベリア抑留者の皆さん方の御苦労も分かります。それ以上に、南方の島々での皆さんの苦労は、私自身の体験からしても、とてもとても追い付かないくらい苦労をなさっている方々がみんな次々に亡くなっていくんです。これ以上延ばすことは申し訳ないという意味からも、今回、衆議院で可決されましたこの基金を取り崩しての恩典を早く与えて助けてください、そういう気持ち一杯でございます。以上です。
#29
○澤雄二君 元島参考人に最後にお伺いをいたします。
 今年の二月に大津の公民館で、戦争体験を語り合う会でお話をされています。その中に、こういうことをおっしゃっていましたね。恩給欠格者やその遺族が平和祈念事業の感謝状を申請をしても、軍隊に在籍した資料が十分にないとして、申請が認められないケースが多いことがあるというお話をされています。
 この実態についてもう少しお話を聞かせていただけますか。
#30
○参考人(元島和男君) 私たちは、先ほど申し上げましたように、五十五万人が申請して、総理大臣の書状をもらった方々が四十五万人、その間の十万という数字は一体何を物語るものであるかということでございます。
 私自身も、鹿児島県、熊本県、佐賀県、長崎県、申請はしたけれども、何年たっても何の音さたがない、我々は一体どうなっておるのか、そういうことをおっしゃる方もおいででございましたが、本部の方からもう一回再検討してくれということで、今申し上げましたように、鹿児島県の方、熊本県の方、佐賀県の方、長崎県の方を調べましたところが、申請した県に関係書類がないということと、もう五十年、六十年たっている今日、本人がその証拠になる品物を持っておられない、そういうことのために、申請はしたけれどもそのままの状態に置き去りになっておるということでございます。
 行ってみて、証拠書類はないですか、こう言いますと、涙を流しながら遺族の方々が、うちのお父さんが兵隊に行かないものを何で兵隊に行ったってうその申請をしましょうか、わずか書状を一枚もらうためにそんなうその申請はしませんよと言って、涙を流して私たちに抗議をなさいます。ごもっともなことだと思います。
 せっかく政府が恩典を与えようということを新聞等で報道されておりますので、それをごらんになって申請をされた方もたくさんおいででございます。その中に、今申しましたとおり、証拠の書類がないからといってそのままの状態になっておるということ、そして、私たちが調べた中で、約四十名近くおられますが、再検査をしてもらった方はわずか何名しかいないんです。その三十何名の方々はそのまま置き去りでございます。こういうことを許されていいものでしょうか。だれが一体うその申請までして紙切れ一枚の書状をもらおうとするんでしょうか。私は、申請された方々の真心を認めていただいて、こういう方々にも早く、書状一枚でもよろしいから差し上げて、遺族の方々に安心してもらいたい、そう思うものでございます。主人も、もう国は、国のやり方はこれはいかぬ、もう日本の国を愛そうとか、日本の国のために頑張れとかとは言わぬ、もう自分たちだけで結構だ、そう言って死んでいきましたよということでございます。
 それからもう一つ。遺族の方々に書状を渡すということになっております。私は、第一議員会館の会議室で宮下会長に涙を流してお願いをいたしました。平成元年九月一日までに一生懸命にこの運動をされた方々が、亡くなった方には何の恩典もないんですか、余りにも国は冷たいじゃございませんかということをお願いをいたしまして、遺族の方々にも書状が申請すれば渡るようになりましたけれども、残念ながら、時既に遅し、平成十四年度にはほとんどの奥様方も亡くなっておられます。私の島原でも、百五十三名おった遺族の方が、平成十四年に申請されたのはわずか三十二名でございます。あとはみんな亡くなってしまっておられます。
 家族の方に、お父さん、お母さんに代わって申請をしなさい、こう言いますと、もう元島さん、結構ですと、もう父も母も国を恨んで、もう二度とお国のためと命をささげるようなことはするな、そう言い残して死んでいきました、もう私どももそういうものは要りません、そういう家族の声を聞きました。わずか、たった一名が、長男さんが申請をなさいました。恐らく全国的にも遺族の方々の申請はわずかだろうと、二、三万だろうと思っております。それだけもうみんなが亡くなってしまっておるんですよ。
 亡くなるときに何と言って死んだか、それが問題なんです。今の日本が、愛国という二字さえも教育基本法に盛るのにやあやあ言わなきゃならないような世の中にしたのは一体だれの責任なのかと、そう申し上げたいくらい私たちは残念でなりません。以上でございます。
#31
○澤雄二君 今度の慰藉事業は本当に最後の慰藉事業になると思いますので、午後の質疑のときに関係者の方に、できるだけ多くの方に渡るように、そういう努力をしていただきたいということを質問させていただきます。
 以上で終わります。
#32
○吉川春子君 日本共産党の吉川春子と申します。本当に参考人の皆さん、今日はありがとうございます。
 私は、この夏、モンゴルへ参りまして、モンゴルのウランバートルにあるシベリア抑留者のお墓に参ってまいりました。また、それに続いて、旧満州へ行きまして、瀋陽からハルビン、方正、チチハルと回ってきました。そういうことと重ね合わせながら今の体験を聞いておりました。
 元島参考人にまず伺いますけれども、もう本当に多くの方が命を落とされ、戦争が終わってもシベリア抑留で六万人の方が亡くなり、生還された後も大変な御苦労をされました。参考人は、旧満州の大連で召集されてシベリア抑留の御体験もあると、恩給欠格者の運動もされてきたということですが、こういう体験を国民に是非語り継いでいく必要があると思うんです。それで、参考人が体験されたことを是非、具体的にお話しいただきたいと思います。
#33
○参考人(元島和男君) 今、私たちは、平和祈念展と戦争体験を語り継ぐ集いを開催さしていただいております。そのたびごとに私はシベリアで流した涙と題しまして約一時間、出席の皆様方にお話を申し上げております。
 十一月の十日、福岡県瀬高町で平和祈念展を開催しましたところ、小学校の五年生、六年生を先生が引率されて三百五十名、公民館の大ホールで私の話に耳を傾けてくださいました。初めてでございます。平和祈念展のたびごとに、中学校にも高校にも小学校にも是非この平和祈念展を見学さしてください、二度と戦争の悲劇を起こしてはなりません、人間が人間を殺し合う無残なむごい戦争はやめましょう、敵を倒さなければ己が殺される、こういう戦争を二度と起こしてはなりませんということを訴えてまいりました。
 先般、瀬高町で聞いた小学校五年生、六年生の子供二十八名が私に感想文を送ってくれました。感想文を読みながら涙がぽろぽろ流れたんです。あの子供たちがこんなにまで熱心に聞いてくれたのかと、涙がぽろぽろ流れました。元島さん、もう戦争は嫌です、戦争してはなりません、シベリアでの御苦労大変でございましたと、二十八名の子供たちが涙の出るような感想文を送ってくれました。
 願わくば、こういうことを本当に次の世代を背負うてくれる小学生、中学生、高校生、多く聞かせてあげたい気持ちは一杯でございますけれども、案内状を出したって、五百通出して来てくださるのは一割、見に来てくださるのは一割。ましてや、戦争体験の話を小学生が聞いたというのは全国でも初めてではないでしょうか。
 私たちは、今後もあらゆる場所で、戦争を起こしちゃならぬ、こんな苦しみを味わってはならないということを訴えるつもりで今後も頑張る決意でございます。以上でございます。
#34
○吉川春子君 元島参考人が体験されたシベリア抑留の中で一番苦しかったことは何ですか。
#35
○参考人(元島和男君) 私たちは、捕虜収容所の中でまず一番困りましたのは紙がソ連には全くなかったということ、大便に行ってもふく紙がなかったんです。そして、便所がみんな外便所。吹雪の中で外の便所に用足しに行って帰ってきたらがたがたがたがた震えている。また、食事がおかゆであり、実のない水と油と塩のスープです。腹が減っているからそれを飲む。冷えるもんですからまた行く。夜寝る間もありませんでした。
 それと、我々が捕虜収容所の中で感じたのは、私はドイツの捕虜と一緒に一年八か月寝食をともにいたしました。ドイツの捕虜の人たちの整然とした姿、日本の我々は、大いに参考になり、まねしなきゃならないことばかりでございました。
 そういう厳しい中でも、現場の監督の中に一人、日露戦争のときに旅順攻略で二百三高地を防備しておって、そして日本の乃木軍がしかばねを越えて次々次々やってくるその姿を見て、何というすばらしい日本の兵隊さんであろうかと。不幸にして私たちは捕虜になりましたと。もうこれだけの多くの方を殺したんだからとても生きることはできないだろうと思っておりましたところが、乃木将軍のおかげで四国の捕虜収容所に送られましたと。そのときの日本の兵隊さんの親切さは今日なお忘れることはできない、あなた方は戦争もしないのにこの寒いところでこういう作業をさせられておるのを見るとかわいそうでならぬ、あの四国の捕虜収容所で私たちが受けた親切をこのときに返すべきだといって一生懸命私たちのために親切にしてくださいました。親切は国境を越えてと、こういう教訓を学びました。
 また、最後に帰るときになって、ゲー・ペー・ウーの大尉と言われる方が輸送指揮官でございましたが、あの日本人のぶざまな格好を見て、各車両長を呼んで、皆さんにお願いがございます、私はパパ、ママから小さいときから世界を制覇する民族があるとするならばそれは日本民族である、大和民族であるということを教わってきました、小学校に行っても士官学校に行っても世界一優秀民族は日本人であるということを教わってきたけれども、今回、スターリンから命令されて輸送指揮官になって私は無上の光栄と思っておった、何とこのざまは何ですかと。軍隊の中でも一番最精鋭の関東軍と思っておった人たちのこの野蛮的な行為は私は見たくない、父母はうそを私に教えていなかったはずだ、どうぞひとつ父母が教えてくれた世界一の優秀民族の姿を私に見せてくれと。涙を流しながら車両長にお願いをされた輸送指揮官のあの言葉を思い起こしますと誠に恥ずかしい限りでございました。
 シベリア抑留の中で確かに苦しいこともございましたが、ドイツの捕虜が示してくれたお年寄りを大事にすること、家庭を持って常に家庭のことを考え日本赤十字から渡されたはがき一枚、日本人はこんなのもらったってこれが故郷に行くもんか、破り捨てる者もおります。ドイツの捕虜は一枚くれないかと。あんたもらったじゃないか。あれはお父さんに、あなたの一枚はお母さんに、あなたの一枚は兄弟に、ただ元気でおるということを伝えるからもらえないかと、そう言って彼らは日本人が捨てるはがきをもらって家庭に送っておりました。そういうドイツ人のきちっとしたお年寄りを敬う、家庭を思う気持ち、私たちはしっかりと学び取ってきました。
 今回のシベリア抑留は私にとりましては本当につらい、苦しいことではございましたけれども、これほど金で買えない貴重な体験を味わわしていただいたということ、この体験を生かして日本のためにということで、引き揚げた三日目から青年団活動を起こしてお年寄りを大切にする、次の時代を背負う子供たちをというわけで青少年の教育に手を染めて五十二年になります。亡くなられた遺族のお世話も五十二年いたしております。社会を明るくする運動も五十二年いたしております。保護司を務めさして四十三年、たくさんの問題少年を抱えて立派に更生させていただきました。それはシベリアで得た耐え難きを耐え忍び難きを忍んだあの結果が元島という人間をつくってくれたんだと、本当に貴重な体験であったということをしっかりと胸に抱き締めて毎日社会奉仕の一端に微力を尽くさせていただいております。以上でございます。
#36
○吉川春子君 ありがとうございました。
 有光参考人にお伺いします。一九九一年に日ソ協定で抑留者問題を解決することになりましたけれども、身元の確認は進んでいないと聞きます。全抑協の方では名簿のその確認もかなりおやりになっていると聞いておりますけれども、その辺の事情と、もう一つ、シベリア抑留というのはジュネーブ協定、捕虜の協定に違反しているのではないかと思いますが、その二点についてお伺いいたします。
#37
○参考人(有光健君) お答え申し上げます。
 今、死亡者名簿ですが、これが最初はずっと旧ソ連側は我が国には抑留者はいないというふうなことまで主張していたわけですが、一九九一年、ペレストロイカの後、ゴルバチョフの時代になってからあの名簿が届くようになりました。現在まで厚生労働省の方に約四万七千人ほどの名簿が届いているわけですけれども、これもまあ一度に全部ということではなくて少しずつ、八回ぐらいに分かれて届いております。
 全抑協の方でも整理をしておりますが、新潟にお住まいの、もう現在八十歳を超えておられますが、村山常雄さんという元抑留者の方が御自身で、この方七十歳になってから御自分でパソコンを覚えられて、その厚生労働省が持っている以外の名簿も御自分で全部入力をされて、現在ホームページで四万八千人を超える名簿を公開をしておられます。今年、吉川英治文化賞を受賞されましたが。厚生労働省にある名簿というのは全部片仮名の名簿なんですね、ロシアの方から来たデータを置き換えただけのものですが。村山さんは御自身で、それではぱっと見てどこのだれかよく分からないわけで、一生懸命それを漢字に変換する作業をされて御自身のホームページで全部公表しています。ですから、今いろんな問い合わせがありましたら、まずその村山さんのところへお尋ねするのが、厚生労働省の資料室に聞くよりもどうも精度が高い、しかも早いという状態です。
 そのことで厚生労働省の方に私どももずっとこの間申入れをしてまいりまして、厚生労働省の方でもようやくその名簿を、現在、資料室にある名簿をインターネットで公表するということで、今作業はしていると伺っておりますが、しかしその名簿は相変わらず片仮名の名簿ですから、数も村山さんの名簿の方がはるかに多いというのが現状でございます。
 それからもう一点は、ジュネーブ条約違反のことにつきましては、これは日本政府も公式に認めているところだと思いますので、もうはっきりしていると思いますが。
#38
○吉川春子君 終わります。
#39
○又市征治君 社民党の又市です。
 先ほど来の元島さんの、本当に辛苦に満ちた重い歴史の証言の一端、心にしみる思いで聞いておりました。私どもも野党三党で野党案出しているわけでありますが、お話を聞くにつれて本当に、是非とも与党の皆さんにも、むしろこうした悲痛な叫びを上げておいでになる抑留経験者の皆さんにこたえる道というのは、むしろ私たちが提起していることを是非しっかりと酌んでいただく、野党案を成立させていただくことではないかと、こんなふうに、先ほど来確信を持ってお聞きをしておったところであります。
 そこで、お二方に少しずつ御質問をさせていただきますが、まず有光さんにお伺いをいたしますけれども、大変、シベリア抑留者問題、長い間御奔走いただいておりまして、これには敬意を表したいと思います。
 そこで、今も出ておりましたが、労働証明書の問題ですけれども、全国抑留者補償協議会の副会長平塚さんのお名前で、昨年二月、朝日新聞に掲載された投書に、近年ロシア政府によって労働証明書も発行されるようになってきた、しかるに日本政府がかたくなに支払いを拒否するのはいったいなぜなのか、こういうふうに書かれております。
 とにかく補償はしたくない、一つ突破口ができれば、中国残留孤児を始め日本国民また外国人からの様々な戦後補償の要求に根拠を与えてしまうからというのがどうも政府の本音のように思えてならない、こんなふうに思いますけれども。しかし、南方で捕虜になった方々には、不十分ながらも抑留中の労働の賃金を日本政府が払っているわけですね。
 有光さんに質問するのは本当は筋違いかもしれませんけれども、日本政府がどうしてこの労働証明書による支払さえも認めないのか、考えておられるところございましたらお聞かせいただきたいと思います。
#40
○参考人(有光健君) お答え申し上げます。
 恐らく、先生今御指摘のとおりなんだろうと思います。
 シベリア抑留につきまして、先ほど私も冒頭申し上げましたけれども、他の旧日本軍人、兵士の労苦というものとの違いということは、これは、それこそガダルカナルでも、インパールでも、雲南でも、レイテでも、あるいはニューギニアでも、そして今話題になっております硫黄島でも、もう本当にたくさんの方が大変な犠牲を払ったということでは同じなんですが、つまるところ、抑留中の賃金、労働したことに対する対価が支払われていないということが決定的に違うわけでございますね。それで、ですから、先ほどちょっと申し上げました、私が昨日電話で話をした太田嘉明さんなんかも、南方の方々も同じように支払われてないんであれば、我々、何もこんなことを言うつもりは全くないと。やっぱり、そこの差が物すごく違うわけですね。
 それで、労働証明書がないから支払われなかったんだというのが政府の見解でしたので、それじゃということで、全抑協が自分たちで直接、当時のソ連政府と交渉して労働証明書を持ってまいりました。裁判所の方も、結局その労働証明書が届きましたのが東京高裁で裁判をやっていって結審をした後でしたので、実際の証拠としてそれが活用されることはなかったんですが、最近になって、二年ほど前から日本政府も、その労働証明書については、以前は、それは民間団体が勝手に持ってきたもので、外交ルートを通じて入手したものではないから公式なものではないという言い方をしておりましたが、二年ほど前から、一応ロシアの公式機関が発行したものであるということは認めるようになりました。
 結局、ただ、それを認めてしまうと、先生おっしゃるように、ほかに問題が広がってしまうということを懸念しているんだろうというふうに私も思いますけれども、しかし、先ほど元島さんが、もうそれほど無理を申し上げるつもりはないとおっしゃいましたが、ドイツが、ドイツの捕虜というのは大体これ、ソ連だけじゃなくてアメリカとかイギリスとかカナダにもおりましたけれども、大体百七十万人なんですね。そのドイツの捕虜に対して、一人当たり八十万円ぐらいの支払を、これは一九六九年に法律を改正しましたが、最初の法案というのは一九五四年に戦争捕虜者補償法というのができておりまして、これが総額で一千七十五億円ほど、日本円にしてですね、支給をしております。今回、四百億を全部国庫に返済、いったんお返しをした上で支給をしたとしても、これ、三百九十億ぐらいというのが野党案の推定値でございますけれども、それほどの額を今日本国が支給できない、それがそんなに無理なことなのかという気が非常にいたします。
#41
○又市征治君 ありがとうございました。
 続いてもう一度有光さんにお伺いしますが、今年六月の朝日新聞への投書の中で、死亡者は六万人を超えたと見られるという一般的な推計と、これとは別に、ソ連支配下の中国東北部や北朝鮮の収容所での死亡者も含めると計九万人を超すと推定するロシアの研究者もいるというふうにお書きになっていますね。
 実際、中央アジアの旧ソ連圏諸国を訪れて、抑留者だった日本人元兵士に会ったという話も聞きます。いわゆるシベリア以外に一体どのくらいの広がりを持って抑留されていたのかなど、死亡九万人というのと六万人とのこの差の部分、この人たちについてもう少しお知りになっていることを御説明いただけますか。
#42
○参考人(有光健君) お答え申し上げます。
 どれぐらいの広がりかということにつきましては、お手元にお配りしておりますこのカラーの地図を見ていただければ分かると思います。必ずしも国境というレベルではなくて、当時、旧ソ連軍が展開をしていた地域で収容されていますので、したがって、この六万と九万の差というのは、ソビエト社会主義共和国連邦内に連れていかれた抑留者の数でいうと六万、しかし、実際に当時、朝鮮半島の北部、それから旧満州、中国東北部、そしてモンゴルもそうですが、すべてソ連軍の管轄にございましたので、それらを全部含めると推定で九万というふうに主張している研究者もいます。
 ただ、実際問題として、例えば北朝鮮に、体力のない者、それから病気にかかった者をどんどん北に送り込みましたが、そして北に収容されている元気のいい方を差し替えるということをやっていますが、その過程で一体北朝鮮で何人の方が亡くなられたのか、恐らく数千から万を超えるんじゃないかとも言われておりますけれども、その辺りも、その名簿が日本に来たのが昨年の春ですので、まだ全く手付かず、調査もできていないという現状です。
#43
○又市征治君 ありがとうございました。
 そこで、元島参考人にお伺いをいたしますが、先ほど来、抑留の経験の大変きつい、つらい中身をお話しいただきましたけれども、この配付された陳情書の中にお書きになっていますけれども、兵役年数十二年に足らずの一言で国の恩恵を何ら受けることができませんでしたと、この点は私自身も毎年恩給法改定の審議の際には問題だということをずっと提起をしてきたところではございます。年数イコール軍隊の階級でもありますから、職業軍人には厚く、虫けら扱いにされた召集兵には非常に薄い、こういう格好になっているんですが、この給与や恩給の体系がそのままシベリア抑留者にまで反映をさせられているという実態にあると思うんです。
 この点についての元島さんの御主張、御不満ございましたらお聞かせいただきたいと思います。
#44
○参考人(元島和男君) 現在、旧軍人仮定俸給年額、平成十七年四月一日、この表を見ますと、一年間に兵隊で百四十五万七千六百円、下士官百五十九万九千四百円、大将に至っては八百三十三万四千円、こういう、年々ベースアップされまして、多額の金をおもらいになっておられます。これはもちろん計算上ではこの数字のようにはならないとは思いますけれども、わずか十日、一日足らないだけでも全くもらえない人たち、そして、わずか総理大臣の書状、銀杯、記念品、これだけで済まされておるわけでございまして、本当に命懸けで戦った者の値段がこんなに差があるのか、これは恩欠者みんなが考えていることだと思います。
 私たちは、何とかこういうものを少しでも縮めていただいて、御苦労であった、今後も日本のために頑張ってくださいよと、そういう温かい言葉をいただきとうございました。もうしかし、今日に至ってはそう叫ぶ人たちの数も年々減っております。抑留者の問題につきましても、かの地で働かされた労働賃金を幾らでも下さるならば、抑留者の人たちもどんなにお喜びになるか分かりませんが、今の段階で日本の力がロシアに対してそれだけのことを言い得るのであろうか考えますというと、情けないことではございますけれども、当てにはされない、そう思い、一杯でございます。
 かつて昭和五十七年、私たちが九段会館で総会を開いたときに、自民党から渡辺秀央先生、社会党から渡部行雄先生がおいでになって、激励の言葉を下さいました。総会が済んで、私たちは社会党の石橋政嗣委員長のところにお礼に参りました。そのとき、石橋委員長さんはこんなにおっしゃいました。皆さん、御苦労さんでした、長い間大変でしたね、国が命令した以上は国がそれだけの償いをしてくれるのは当然のことではないですか、社会党としては、今日渡部行雄君が激励したとおり全面的に応援しますよ、残念ながら野党の我々ではその力がない、与党の自民党の皆さん方にお願いしなさい、しりをたたいてください、そして一日も早く皆さん方の償いができるようにしてください、そう言って石橋委員長は激励をしてくださいました。先般、第一議員会館で偶然福島みずほ党首とお会いしまして、実は福島先生、石橋先生がこんなことをおっしゃいましたよ、今日はそういう人たちの集まりでございますということも申し上げたわけでございます。
 私たちは、やはり法律でございますから、法律に従わなきゃ、法治国家ですから従わなきゃなりませんが、何としても、この軍人恩給をもらう人とない人との差が余りにも懸け離れておりますためにこのような運動を起こし、二十数年間、無料奉仕でみんなが一生懸命日本の将来を考えて頑張ってきたわけでございます。今回も、実は民主党の方から出されておる法案も分からないんではないんですが、何としてももうその期間がない。たとえ参議院で皆さん方が可決されて公布されましても、もらう段階になるまでは四月の一日以降になります。その間に何万人の方々が亡くなっていくか分からないんです。もうその日その日が待ち切れないんです。
 そういうことから、欲はありますけれども、もう欲ばかり言っておって犠牲者を多く出すよりは、今の基金の取り崩しで早く抑留者の皆さんに十万円、そして慰霊碑の建立、恩欠者に、外地は五万円、内地は三万円、差は付けてもらいたくはありませんけれども、だけれども、世論を考えますとこれもやむを得ないことであろうか、それならしようがない、それでもいい、そして引揚者の皆さん方に銀杯と慰霊碑の建立を早くやっていただかなければ、もうそうそう待ってばかりおれない、そういう実情でございます。
 不満でございます。おっしゃるとおり、確かに不満でございますけれども、もうやむを得ない時期に来ておるということをお知りいただければ有り難いと思います。よろしくお願いいたします。
#45
○又市征治君 時間が参りましたから終わります。
#46
○長谷川憲正君 国民新党の長谷川憲正と申します。
 今日お話を伺っておりまして、日本の戦後は終わっていないなという感を深くいたしました。これは国家の責任において、一日も早くけじめを付けなければいけないなと痛感をした次第でございます。
 そこで、お二人にお尋ねをさせていただきますが、最初に有光さんにお伺いをしたいと思います。
 今回、この基金を廃止をするということになりました場合に、先ほどからのお話をずっと伺っておりますと、まだまだ今後ともやらなければならないことがいろいろあると。名簿の整理にいたしましても、遺骨の収集にいたしても、慰霊事業にしてもしかりというふうに思うわけでありますけれども、その中心となります推進母体がなくなってしまうような感があるわけです。もちろん、今の基金の運営についていろいろ批判があって、役人の天下りの場ではないかとか、非常に皆様方関係者が不満を持っておられるということはよく承知をしておりますが、これがなくなって、政府そのものの手に今後のやるべきことがすべてゆだねられるという格好になったときに、今後に関してうまくいくというふうにお思いでしょうか。それとも、ほっておいたらうまくいかないからこうすべきであるというような御意見がありましたら承りたいと思います。
#47
○参考人(有光健君) 先ほど私申し上げたように、やはりこの問題、ちゃんとやるんだというまずその政治的な意思といいますか、国家的な意思がなければそれこそ器を作っても意味がないということがまず前提としてございます。
 やはり内閣府あるいは官邸にやっぱりしかるべき一本化した窓口をつくっていただかないと、この平和祈念事業特別基金というのは慰藉、慰霊の部分だけでございますので、今までこのシベリア抑留に関して政府に何かお願いをするというときに、必ず厚生労働省、外務省、それから総務省、そして内閣府と、四省庁を別々に回らなければいけない。もう毎年そういう申入れはやっておりますが、もう八十を超えた年配の役員と一緒につえをつきながらタクシーで回るんですけれども、それだけでも大変なことですね。そして、実態としてその四省庁間の連携がほとんど取れておりませんので、本当にこれは時間の無駄でございます。
 もう一つ申し上げたいのは、この平和祈念事業特別基金ができましたのが一九八八年でございますけれども、お手元に、私のレジュメの二枚目に国会の動きについての簡単な年表を付けておきました。この平和祈念事業特別基金で無理があるということは、先ほど三つの問題を同時に扱うという、同じ土俵で扱うというところに一つはその重大な困難な点があったということは申し上げましたけれども、一九八八年というのは、先ほど申し上げたペレストロイカの始まるまだ前なんですね。名簿につきましても、それからこのシベリア抑留がどういうメカニズムで行われたのか、その基点となるのは一九四五年八月二十五日のスターリンの秘密指令だったわけですけれども、そうしたものがあったということが分かったのも、これは一九九三年にこれも読売新聞が一面でスクープしましてばっと出まして、抑留者のほとんどはなぜ自分たちがああいった目に遭わなきゃならなかったか、それまでははっきりしなかったんですが、ようやくそのとき、ああそういうことだったのかということが分かったのが一九九三年なんですね。
 その後の資料の問題含めて、一九九八年の段階で、もうこれで終わりですよ、あとは慰藉、慰霊事業しかしませんよという形で平和基金をつくってしまって、その後の政府の対応というのは、もうこのレールのほかのことはできませんということでずっと排除してこられたんですが、やっぱりその枠組みそのものがこれ時間的な経過をたどってみてもやはり無理があるのではないか。したがって、基金が今回なくなるのを機会に、改めて政府としてこの問題をきちっとすると、対応するという窓口はやっぱりしっかりつくっていただきたいというふうに思います。
#48
○長谷川憲正君 続きまして、元島参考人に申し上げたいと思います。
 経歴を拝見をいたしましたが、戦争に行かれる前には郵便局に勤務をしておられたということが書いてありますが、私の個人的なことでございますが、父親も兄も郵便局で仕事をしておりましたものですから、特別の親しみを感じてお話を今日は伺っておりました。また、おじがインパールで戦死をしておりますので、先ほど来のお話、身にしみてお伺いをした次第でございます。今日午後、法案の審議が行われますので、お伺いしたことは午後の審議、これはもちろんほかの委員の皆様御同様のお考えだと思いますけれども、しっかりと反映をさせていきたいと思っております。
 そこで、私が最後の質問者でございますのでお尋ねをしたいと思いますが、いろいろお話しになりました。もし何かまだ言い残しておられることがあればお述べをいただきたいと思います。
#49
○参考人(元島和男君) ありがとうございます。
 どうぞ日本人という立場に立って、党派を超えて、日本の国を守った皆さん方に温かい御同情をいただきとうございます。
 私たちがお願いを申し上げたいことは、先ほどから申し上げますとおり、もうこれ以上の欲を言ってはならないということ、現在の基金を早く取り崩していただいて、一人でも多くの方を喜ばせ、あの世へ送ってくださいということを申し上げておりますが、この法案が通りましても、あと申請をするまでには相当の期日を要すると思います。その期日を、我々残っております組織を活用させていただいて、一人でも多くの方々の生存者を捜し、一日も早く申請ができるような、そういう方法を、せっかくある組織でございますから、この組織を活用させていただいてお手伝いをさせていただきますならば、スムースに早くこの生存者への恩典を、があずかることができるんじゃないかということを願っておるわけでございます。
 どうぞ皆様方、本当にもうここまで、最後のお願いでございます。ここまで辛抱してきた私たちの気持ちをお察しいただきまして、一日も早く基金を取り崩していただいて、シベリア抑留者の皆さんに、恩欠者の皆さんに、それから引揚者の皆さんに、残った現在の生存者に分け与えて、感謝の気持ちを表してくださいませんか。これは本当にもう日本人として、党派を超えて、人間としてお考えいただいて御協力賜りますよう心からお願い申し上げたいと思います。以上でございます。
#50
○長谷川憲正君 ありがとうございます。
 参考人のお二人が長い間戦争で多大の犠牲を払われた同胞の皆さんのために働いてこられたことに心から敬意を表して、質問を終わりたいと思います。
 ありがとうございます。
#51
○委員長(山内俊夫君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の皆様に一言御礼を申し上げます。
 本日は貴重な御意見を賜り、誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 午後一時まで休憩いたします。
   午前十一時四十二分休憩
     ─────・─────
   午後一時開会
#52
○委員長(山内俊夫君) ただいまから総務委員会を再開いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、円より子君が委員を辞任され、その補欠として松下新平君が選任されました。
    ─────────────
#53
○委員長(山内俊夫君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案(第百六十三回国会衆第二号)、戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案(参第二号)及び独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案(参第三号)、以上三案の審査のため、本日の委員会に内閣府大臣官房審議官竹澤正明君、総務大臣官房審議官綱木雅敏君、外務大臣官房審議官木寺昌人君、外務大臣官房審議官猪俣弘司君及び厚生労働大臣官房審議官荒井和夫君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#54
○委員長(山内俊夫君) 御異議ないものと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#55
○委員長(山内俊夫君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案(第百六十三回国会衆第二号)、戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案(参第二号)及び独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案(参第三号)、以上三案の審査のため、本日の委員会に独立行政法人平和祈念事業特別基金理事長増田弘君を参考人として出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#56
○委員長(山内俊夫君) 御異議ないものと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#57
○委員長(山内俊夫君) 休憩前に引き続き、独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案(第百六十三回国会衆第二号)、戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案(参第二号)及び独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案(参第三号)、以上三案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#58
○小野清子君 自由民主党の小野清子でございます。
 本日は、与党法案を提出された先生方に対して御質問をさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 まず最初に、この法案を御提出なすったのは、さきの大戦におきまして筆舌に尽くし難い御苦労をされた関係者の方々を心からお慰めをしたいという厚いお気持ち、そして戦後六十年を経過し、関係者の方々も大変御高齢に達しておられる、そういったことを総合勘案されてのことと承知をいたしておりますけれども、そこには並々ならぬ思いあるいはお考えがあってのことと存じますけれども、まずはその点につきまして詳細にお聞かせをいただきたいと思います。
#59
○衆議院議員(宮路和明君) 今回の法案は、いわゆる戦後の強制抑留者、そして恩給欠格者、そして引揚者、こういった方々に改めて国としての慰藉の念を表そうと、表する、そういう事業をやろうということで今回の法案提出に至ったわけでありますけれども、小野先生御案内のように、この戦後の処理の問題は本当に長い長い歴史を持っておるわけでありまして、それまで幾多のそれこそ変遷を経ながら今日に至っているということであります。
 政府としては、政府・与党としては、戦後処理問題、これまでのその段階その段階に応じて戦後処理というものを行ってきたことは御承知のとおりでありまして、恩給制度による各種の措置、また恩給の対象とならない軍属、準軍属に対しては、援護法に基づく各種のまた措置を講じてきておるわけでありますが、この恩欠者、そしてシベリア抑留者並びに引揚者の皆さんからは、平和祈念事業特別基金によります慰藉の事業をこれまでもやってまいりましたけれども、なおそういった皆さん方から、だんだんと御高齢になるに従い、もっと新たな措置を講じてもらいたいと、こういう要請がもう長年にわたって続いてきたわけであります。
 そこで、我々としても、どうやってこれにお報いする、こたえる措置がとれるかということでいろんな検討をやったわけでありますが、御承知のように、昭和五十九年にこの平和祈念事業特別基金を設置するその背景となりました戦後処理問題懇談会の報告というのがあるわけでありまして、これは政府の要請を受けて、当懇談会、水上達三さんを座長として学識経験者などによってできた懇談会でありますが。
 二年半に及ぶ検討をこの戦後処理問題について重ねる中で、当懇談会は、恩給欠格者問題、戦後強制抑留者問題及び在外財産問題を中心に種々の観点から慎重かつ公平に検討を行ってきたけれども、いずれの点についても、もはやこれ以上国において措置すべきものはないとの結論に至らざるを得なかったと、しかしながら、この際戦後処理問題に最終的に終止符を打つために、当懇談会としては、今次大戦における国民の尊い戦争犠牲を銘記し、かつ永遠の平和を祈念する意味において、政府において相当額を出資し、事業を行うための特別の基金を創設することを提唱すると。
 こういう報告がなされまして、これを受けて当特別基金が設置をされたわけでありますので、私どもといたしましても、いろんな検討を重ねる中で、このやっぱり延長線というか、基本的な枠組みはこれをやっぱり尊重する中で、どのようなことが果たしてできるものかということでさんざん検討を重ねてきたわけであります。
 そして、その結論として政府・与党で合意を見ましたのが、去年の八月の四日だったと思いますが、法案を提出させていただいた現在の姿のもの、これが政府・与党として合意を見て、そして国会に提案するに至ったと、こういうことであります。
 その間、与党としましても、団体の皆さんのいろんな御意見をお聞かせいただきながら、また与党のいろんな議員の皆さんの意見をお聞かせいただきながら、そしてまた政府とも再三にわたっていろんな交渉を重ねる中で、こういった結論を導くに至ったということであります。
 したがって、その中身において、関係者におかれては、一部まだこれではという、そういう御意見もあることは百も承知でありますけれども、我々としては、これをもって大方の関係者の御理解が得られる、そういうことができるんではなかろうかと、このように考えている次第であります。
#60
○小野清子君 ありがとうございました。
 戦後処理の問題というのは、今お話がありましたように、慎重に、公平に行われなければなりませんし、また、それぞれのお立場によって非常に奥が深いと申しましょうか、この提案された内容でも十分ではないというお考えの方々もいらっしゃることは本当に考えられることだと思います。
 要するに、非常に難しい問題をこれまで政府と数回のいろいろの交渉を重ねていただいたということには心から敬意を表する次第でございますけれども、やはり議員が政治的リーダーシップを取って、それを遺憾なく発揮してここまでに来られたということについては、改めて敬意を表させていただきたいと思います。
 それで今度、法案の具体的内容につきまして少し質問をさせていただきたいと思います。
 今回の法案におきましては、基金の資本金の半分程度を取崩しをいたしまして、新たに関係者の方々を慰藉する事業に充てる一方で、資本金の残り半分については国庫に返納するものであると承知をいたしております。しかしながら、基金の資本金は恩給欠格者あるいは戦後強制抑留者、引揚者、この三つの問題の関係者の方々を慰藉するためのものですから、そういった意味では資本金を取り崩すということであれば、新たな慰藉事業というものにもう少し充ててもよろしいのではないかと、こういった声もかなりあろうかと思っております。
 私もこういった声につきましては、その気持ちは十分に理解できるものと思っておりますが、その一方で、基金の資本金は金額が国からの出資金であり、そもそもは運用益を事業に必要な財源に充てるために出資されたものであり、したがって、やはり基金が解散をするということになれば、現在の我が国の厳しい財政状況なども踏まえますと、出資金のすべてを国庫に返すというのが筋ではないかと、こういう声も一方ではございます。
 こういう相反する意見が両方にあるわけでございますけれども、関係方面と相当議論を重ねられて、本日ここに、本当に難しい判断を迫られたと思いますけれども、最終的にこのような結論に至られたという、この辺りを具体的に少々説明をしていただきたいと思います。
#61
○衆議院議員(宮路和明君) 小野先生、もうよく勉強していただいておるようでございまして、あえて私の方からお答えすることもないんではないのかなという気もいたしますが、御質問でございますからお答えさせていただきますと、おっしゃいますように、当初我が与党の中でも、当初の考え方は基金四百億をそっくりそのままと申しましょうか、これは三つの関係者、三つのグループ、抑留者、そして引揚者、そして恩給欠格者、この三つのグループの皆さん方の慰藉の事業にすべてをこれを充てるというような、そういう考え方も我々としては当初取りまとめをいたしたこともございます。
 しかしながら、また御指摘のように、一方ではこれは政府のものであると、元々。この事業が基金の運用益によって慰藉の事業をやるという本来の建前からすると、この事業が終わった暁には、これは政府に当然返っていくものではないかというようなそういう指摘も、これは政府を始め関係方面から多々寄せられたわけでありまして、確かに両方に、そういう意味ではこの言い分に耳を傾けるべきところはあるわけでありまして、そこでいろいろと我々としても検討を重ねる中で、基金の運用益に加えて、これまでも運用益で足らざるところは一般会計からもかなりの部分を基金の方へ交付してもらって、補助金あるいは交付金とかで、そして事業を実際運営してきていると、そういう姿もあるわけでございます。
 そういったことをいろいろ考える中で、我々としては二百億円程度の規模の事業として新しい事業を起こしてはどうかと。こういうことで、政府・与党決着を見るに至ったと、結論を得るに至ったと、こういうことでございます。
#62
○小野清子君 ありがとうございました。
 我が国が置かれている厳しい財政事情があるとはいえ、やはり関係者の方々のお声に対して何とかおこたえをしていきたいという先生たちのお気持ちも十分に承知いたしましたし、こういう難しい状況の中で苦悩された末にぎりぎりの御決断をされたものと承知をいたしております。同じく国政を預かる者の一員といたしましては、その御尽力に対しましては大変心から敬意を表するところでございます。
 さらに具体的に、例えば本当に何とか感謝あるいは慰藉の気持ちを示したいということで、今回特に祈念事業を実施するということでございます。また、関係者の方々は既に御年齢が平均八十四歳くらいまでもうなられているかと承知をしておりますけれども、そういったことから、事業の内容につきましては、できる限り関係者のお気持ちに立った、お気持ちを酌んだそういう形で行っていただきたいと、そのように考えるわけですが。
 そこで、衆議院の方でも議論になったようでございます。関係者の方々に贈呈いたします慰労品に関しましては、例えば旅行券だけに限定せず、などということでございますけれども、例えばおみ足の悪い方に旅行券差し上げてもそれは何の意味もありませんし、また、体の悪い方がお一人ではとても旅行できないというときに、じゃ御一緒なさる方はどうするのだろうかとか、いろいろとやはり考えるところもございますけれども、どういうふうに、どんなものを、どうお考えなのか、その辺をお聞かせをいただきたいと思います。
#63
○衆議院議員(宮下一郎君) 先生の申されたとおり、この慰藉事業につきましては、この慰藉の気持ちをどう表すかということでいろいろな考え方をしてきたわけでございますけれども、もう一度確認の意味で申し上げますと、今後はその具体的な内容について基金の業務方法書で決められることになりますので、その中で多くの方の御意見も伺いながら具体的内容を決めていこうということでございますけれども、現在想定しておりますのは、恩給欠格者、戦後強制抑留者並びに引揚者の皆様のうち生存者の方々に対し、申請期間内に申請のあった方に対しまして慰労の品を支給するということでございまして、恩給欠格者の皆様のうち外地等勤務経験を有して、かつ在職年が加算年を含めて三年以上の方、また実在職年が一年以上の方に対しては五万円相当の物。恩給欠格者のうち、外地等勤務経験を有しないけれども在職年が加算年を含めて三年以上の方、また実在職年が一年以上の方に対しては三万円相当の物と。戦後強制抑留者の皆様には十万円相当の物、引揚者の皆様に対しては銀杯ということでございますけれども。
 それぞれこの旅行券等ということで審議の中で申し上げておりますのは、先生御心配のように、必ずしも旅行券に限ることはないんではないか、例えば食事をされるために使っていただけるような券にするとか、ないしは、中にはそういったものではなくて、しっかり取っておいて身近に置いておける何か記念になる品の方が有り難いというような御意見もあることを伺っておりますので、そうしたことを総合的に勘案いたしまして、幾つかのメニューの中からお選びいただけるようなそういったことを考えていこうということでございます。
#64
○小野清子君 ありがとうございました。
 硫黄島の何かテレビをこの前拝見しましたけれども、年月ではなく、やはり戦争に行かれた方というのは、その御苦労というのは誠に筆舌に尽くし難いと、こういう思いを私も改めて強く思いました。
 そういうことに勘案して申し上げますと、やはり事業内容につきましては、これまでの基金事業の経緯も踏まえまして、恩給欠格者あるいは戦後の強制の抑留者あるいは引揚者の方々に対しまして、希望に沿った形の中で丁寧に皆様方の御意向に留意をして、バランスの取れた内容、事業に関して是非ともお気持ちを割いていただきますように、細やかな御配慮を心からお願いをしたいと思います。
 最後に、基金が解散した後のことについて御質問をさせていただきたいと思います。
 戦後強制抑留者の方々からは、現在の慰霊事業などについては基金が解散した後は国が責任を持って継続してほしい、そのような声もあると聞いております。この点につきましては、私といたしましても是非その声にこたえてあげていただきたい、そのように考えておりますけれども、最後に先生方の力強いお答えをちょうだいして、関係者の皆様を安心していただけるように思いますので、その辺の御検討をよろしくお願いいたします。
#65
○衆議院議員(宮路和明君) 今、小野先生のお話にもありましたように、新しい慰藉の事業を終えた暁には基金の方は解散するということになっておるわけでありますが、それ以後の取扱いについて、例えば慰霊事業だとか、あるいは今基金がやっておりますシベリア抑留者やあるいは恩欠者の方々にかかわるその貴重な資料や展示の保管だとか、それを続けていくこと等、いろんな問題を引き続き、いろんな事項を引き続きやっていってもらいたいと、こういう声も強いわけでありますので、慰霊事業につきましては、戦後抑留者のためあるいはまた引揚者のために千鳥ケ淵に立派な慰霊碑を建立するということも計画をいたしておるところでありますし、また、これまで行われてきておりますその追悼の事業だとかいったものにつきましても、総務省の一般会計において予算をしっかりと計上してこれを引き続き実施していくといったようなこと、それからまた、資料の保管、展示といったことについても、必要に応じてこれをしっかりとやっていこうというような心積もりでおりますので、またどうぞよろしくお願い申し上げたいと思います。
#66
○小野清子君 力強い御答弁をいただきまして、誠にありがとうございました。今後とも引き続きまして関係者のお力になってあげていただきたいということを重ねてお願いを申し上げて、私の質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#67
○芝博一君 民主党・新緑風会の芝博一でございます。
 今年も間もなく十二月の二十六日を迎えることになります。これは、雪降る舞鶴港にシベリアからの最後の引揚げ船であります興安丸が入港したのが一九五六年十二月二十六日と、まさしく半世紀、五十年がたつわけであります。私も一昨年の秋、この舞鶴港にあります引揚記念館の見学に行ってまいりました。そこには、旧ソ連やモンゴルの五十七万人以上の人々の連行された歴史と、そして、過酷な気象条件、寒さの中での労働であったり、飢えであったりする実態が生々しく展示をされておりました。正に長期間の抑留による強制労働のその実態を目の当たりにしてきたわけであります。資料であったり当時の品々であったり、さらには写真や模型に至るまで、まさしく私の胸を締め付け、涙があふれる思いでもありました。その中で、朝からの参考人質疑等々でも議論をされておりますけれども、我が国の戦後処理、すなわちこれの最終決着は付いていないと私は考えております。
 そんな中で、南方へ行かれた方々、南方の地域で捕虜になった方々の国からの捕虜期間中の労働賃金の支払については、これは国の方から支払われております。十分ではなかったといいながら、国の慰藉の念や誠意がある意味では表されていると受け取っております。しかし、このシベリアで抑留をされた方々、この人たちの補償問題は未解決のままであると。なぜ、この南方地方で捕虜になった方々とシベリアの抑留をされた方々とで、同じ日本の国でありながら、そして同じ日本人でありながら、国民でありながら、同様のように扱われないのか、そのことに大変疑念と不満と怒りも持っている立場として、私は、シベリアで抑留をされた皆さん方は、まさしくこの国の慰藉であったり誠意を見せてほしいと、そんな思いを持って今日まで運動してきたんだろうと、こう思う次第であります。
 そこで、私からは、野党三党が提出をしております戦後強制抑留者特別給付金支給法案及び平和祈念事業特別基金廃止法案について発議者に質問をさせていただきたいと、こう思います。
 まず最初は、与党案も野党案も、基金の廃止、この部分につきましては、新たな慰藉事業を行うという点では共通していると思っております。しかし、与党案では、御存じのように一本の法律で、それもたった二条と附則を付けて行おうとしている、こんな内容であります。しかし、野党案では二本の法律で対応をしようと、こういうことでございますけれども、その二本の法律で対応する理由とお考えについてお述べください。
#68
○委員以外の議員(谷博之君) 芝委員の質問にお答えをいたしたいと思います。
 与党案が一本で、野党案が二本というその違いについてということだと思いますけれども、与党案につきましては、端的に申し上げますと、基金の解散と、そしてその一部を取り崩してこれまでの慰藉事業の延長としての新しい事業、つまり、今も御答弁が与党側の発議者の方からもございましたけれども、十万円の旅行券を中心として一律にそれを配付するという、こういうことを定めた法案だというふうに私たちは認識をしております。
 野党案の内容につきましては、この基金を廃止するだけではなくて、戦後強制抑留者の方々が受けた特別な苦労、労苦を慰藉するために国が直接特別給付金を支払うこととしておりまして、そのために基金法廃止法案と特別給付金支給法案の二つの法案を提出している次第でございます。
#69
○芝博一君 野党案で二つの法律を出されている意義、よく理解をさせていただきました。
 そこで、野党案と与党案の違いについてお尋ねをしたいと、こう思います。
 何より大きな違いは、野党案には特別給付金制度が設けられております。特別給付金制度が与党案と野党案ではあるかないか、その有無が大きな違いだろうと、こう認識をしておりますけれども、その発想の違いはどこから出てきているんでしょう、そのお考えと、また、野党案が優れているとお考えのその点についてお述べをいただきたいと思います。
#70
○委員以外の議員(谷博之君) 今、芝委員の御指摘のとおりでございまして、戦後強制抑留者の方々は大変厳寒の、本当に酷寒の地で強制労働に従事させられて、それにもかかわらず労働賃金が支払われてきませんでした。そして、シベリア抑留における最大の問題とは、この未払賃金の補償問題が私は一番の問題だというふうに思っております。
 そして、これなしに、わずか、先ほどの与党案の御説明ありましたけれども、十万円の旅行券を今更配ることでこの問題の最終決着を付けようというところに、私は関係者の当時の艱難辛苦と戦後の差別、そして運動を考えると、これはとても納得のできない内容ではないかと、このように思っております。
 この点、私たち野党案は、未払労働賃金の補償そのものではなく、国からの見舞金的な性格を有するものではありますけれども、帰国時期に応じて三十万円から二百万円までの段階を設けた形で、強制抑留期間、すなわち強制労働させられた期間の長短によって、長い短いによって特別給付金を支給することにいたしているわけであります。それを国が直接給付することで国としてのできる限りの誠意を示すことができると、このように考えております。
 また、与党案につきましては、非効率的な運営によって大変今無駄遣いが指摘をされ、この状態が二十年も続けてきた基金に対して引き続き慰藉事業の仕事をさせることとしておりますが、この点においても関係者の理解を得られないのではないかな、このような考えをいたしておるところでございます。
#71
○芝博一君 野党案の特別給付金制度の部分につきましては、私も、南方の方で捕虜になられた方にはその労働賃金の支払が行われているけれども、シベリア抑留の方には行われていない、しかし、その支払に代わるものとしてこの制度を設けたんですよという、そんな理解をさせていただきました。そして、この特別給付金制度を設けることによって国が誠意をお示しをするんだ、その部分についても十分理解をさせていただきました。
 そこで、野党案の特別給付金法案でありますけれども、特別給付金の金額について今も少しお述べをいただきました。戦後強制抑留者の帰国時期に応じて五段階の区分を設けられております。その五段階に分けた区分の趣旨、それは何だったのでしょうか。それが一点。もう一点は、今も御答弁いただきましたけれども、金額が三十万円から二百万円と区分されております。その根拠は何だったのでしょうか。一つお答えをいただきたいと思います。
#72
○委員以外の議員(谷博之君) お答えいたします。
 いわゆる五段階の区分をしたというその理由は、抑留期間の長短によって、長い短いによって戦後強制抑留者の方々の御労苦にも差があると考えました。すなわち、強制抑留の期間が長ければ長いほどその御労苦は大きかったと、このように考えておりまして、そのような差異をしたがって設けた次第であります。
 また、金額が三十万円から二百万円まで、こういうことについてのその根拠は何だと、こういうことですが、この支給額の差につきましては、他の見舞金的な性格を有する給付金の立法例、具体的には戦没者等の妻に対する特別給付金支給法などの、こういう他の立法例などを参考にしながら、そしてまた支給対象者の人数や、そしてまた所要財源や戦後強制抑留者の皆様方からの御要望等を総合的に勘案をさしていただきまして、それぞれの戦後強制抑留者の帰国時期に応じてその支給額を設定したものでございます。
#73
○芝博一君 今の発議者の御答弁の中で、五段階に分けているのは当然ながら抑留の期間の長短がある、その差に応じて、ある意味では比例してという、このようなお考えの下、さらには、三十万から二百万という金額の設定については十分ではないけれども、しかし他の法との絡み、関係、そして資金の問題等々踏まえて、ある意味では残念だけれども妥当といいましょうか、十分ではないけれどもそんな設定をさせていただいている、そんなお考えをお聞かせをいただきました。
 いずれにいたしましても、大切なことは、私は、抑留者の皆さん方の現状を踏まえて誠意を持って対処をする、処理をしていくことが大事である、そしてそこには国のどうしても慰藉と誠意を見せていただきたい、そんな思いでございます。
 それでは、引き続いて次の質問をさせていただきたいと思いますけれども、野党の特別給付金法案では、その附則の第三条において、国は、特別給付金の支給対象者以外のものに係る強制抑留の実態について総合的に調査を行うとともに、その結果を踏まえつつ、それらの者その他の関係者について労苦に報いる等のための方法に関し検討を加え、その結果に基づき必要な措置を講ずると、こう規定になっております。
 そこで、具体的にはどのような調査や措置を検討、構想されているんでしょうか。お考えのことがありましたらお述べをいただきたいと思いますし、また、この検討条項はどのような趣旨、思いでもって設けられたのかもお尋ねをしたいと思います。
#74
○委員以外の議員(谷博之君) まず、戦後強制抑留された者であって日本の国籍がない者、その他特別給付金支給対象者以外の者についてでありますけれども、これは、戦後強制抑留者のうち朝鮮や台湾出身者や戦後米国の市民権を得た元日本人、あるいはまた抑留されたままで現地で亡くなられた方々、帰国後から現在までに亡くなられた方々などを指しております。あわせて、旧満州、そして樺太、北朝鮮、千島列島等において戦後強制抑留をされたと証言される方々についても調査対象としようといたしております。
 これらの方々の強制抑留の実態について総合的な調査を行って、その実態の把握が終わり次第、日本国籍のない抑留者や遺族等の方々について、その労苦に報いる等のための方策について検討を加えて必要な措置を講ずるものとする、そういう趣旨でございます。
 御案内のとおり、まずシベリアに強制抑留された人数が正確には確定されておりません。五十六万人とも、あるいはもう少し多くて六十五万人とも、いろいろ言われておりますが、そのうち現地で亡くなった数、人たちについては、五万五千人、このように私たちはお聞き及びをいたしているわけでありますけれども、このうち約四万人の現在名簿しかありません。さらに、そのうち収集された御遺骨はわずか一万六千五百七十七柱ということであります。したがって、ロシア政府の協力を得ながらも、残り一万数千人の名簿の発掘に取り組むと同時に、収集した御遺骨の身元特定作業も進めていく必要があるというふうに考えております。
 例えば、現在、遺骨のDNA鑑定、これは墓地に埋葬記録がある方の御遺族にしか鑑定申請案内を通知しておりませんので、名簿のない一万数千名の方の御遺族については名簿が出てこない限りDNA鑑定ができないという、こういう状況になっております。しかし、当時の状況を考えれば、墓地ごとの名簿に漏れがあったことも否めない事実だと思っております。したがって、遺骨収集を行った墓地や今後計画している墓地の名称等をインターネットで公表し、名簿のない方々についても、その墓地の周辺の収容所で亡くなった事実を示すことができた場合は御遺族がDNA鑑定の申請をできるように機会を提供すべきではないかといった、そういうことも検討すべきだというふうに思っているところです。
 そして、身元の特定を進めることで、厚生労働省の四階にあります身元不明の御遺骨の安置所、あるいは千鳥ケ淵に眠る同様の身元不明の御遺族にも安住の地を見付けてさしあげることができるのではないかなと、こんな思いをいたしているところです。そして、それでも身元が判明しなかったり、判明しても引き取る御遺族がいない場合には、満室状態にある現在の千鳥ケ淵を大幅に拡充して、中央慰霊碑の建設も含めた、諸国の元首が参拝することができるような国立墓地ないしはそれに準ずる追悼の場として整備することが必要ではないか、このようなことを考えている次第です。
#75
○芝博一君 確かに、シベリアに抑留された皆さん方の名前が判明をしていない、大変不幸なことだと思っております。一日も早くこの不明の方たちのDNA鑑定なり身元の確認なりを含めてもっともっと取り組んでもらわなければならない、そんな思いの一人でもございます。そして、改めて、引き揚げた後でのこの日本の国内の中で、社会的に多くの悲惨な思いをされたことも事実であります。そこの部分の名誉の回復といいましょうか人権の回復の部分についても、もっともっと取り組まなければならないだろう。残された多くの課題があることも事実であります。
 その中で、野党案の基金廃止法案では、国は、基金が保管する関係者の労苦に関する資料が、基金の廃止後も適切に保存されるよう必要な措置を講ずることとされております。これを特に規定された、あえて規定されたその趣旨、立法趣旨はどこにあるんでしょうか。お尋ねをいたします。
#76
○委員以外の議員(谷博之君) これは、御指摘のとおり、衆議院の野党案ではなかったところでありまして、参議院の我々野党案の独自性の一つの内容であるというふうに私たちは理解をしております。この附則の第二条第二項に、平和祈念事業特別基金がこれまで収集した資料の適切な保存について、国が必要な措置を講ずることを明記いたしております。
 基金はこれまで二十年間近く、関係者に対し遺品とか様々な記録集などを送ってくださいということで呼び掛けてまいりました。その結果として、基金事務局によりますと、基金が設立された一九八八年以来今日まで、整理の済んだ昨年度までに集まった資料は、手記やはがきなどの個人の記録集、そういうものが約一万二百点、公文書類が約千五百件、軍装備品類等が約六百件、千人針や寄せ書きなどの個人の持ち物が約九百件など、合計約三万八千点に及んでいると、このように言われております。そこで、これらを散逸することなく国の責任で保存管理をして展示して、後世にこの悲惨な史実を伝えていくことが関係者の強い要望だというふうに聞いております。
 しかし、私どもの方で独自に問い合わせをしてみると、既存の公的機関、例えば国立国会図書館や公文書館では、それぞれ理由があってこれは引き継ぐことが困難だ、こういうふうな見解が出ておりますし、また日本遺族会が運営している昭和館にも当たりましたが、しかしこれは厚生労働省の所管というふうな施設でございまして、そういう意味では、基金を所管してきた総務省が責任を持って、今後、厚生労働省等他の省庁とも協議をして、これら収集した資料とかあるいは遺品等をどのような形でこれを継承するのかはっきりさせなければいけない、そういう思いを持って、そういう立場から特に規定をさせていただいたと、こういうことであります。
#77
○芝博一君 基金の廃止、その後にどうしてもその基金が保管をしていた資料、これが末代まで適切に保存をされる、そして歴史の事実を伝えていく、そういうことにも当然ながら私どもは労苦しなければならないと、こう思っておりますが、そこに重きを置いて、その趣旨を法案に盛り込んだということの御理解もさせていただきました。
 ところで、この野党の特別給付金法案では、その趣旨として、第一条に、この法律は、戦後強制抑留者が、戦後、酷寒の地において、長期間にわたって劣悪な環境の下で強制抑留され、多大の苦難を強いられたこと、その間において過酷な強制労働に従事させられ、また、それにもかかわらず当該強制労働に対する対価の支払を受けていないこと等の特別の事情にかんがみ、あわせてそれらの者が本邦に帰還した後の状況等についても考慮し、戦後強制抑留者の苦労を慰藉するための特別給付金の支給に関し必要な事項を規定するものとして、この趣旨として詳しく述べられております。
 私は、正に野党の法案の本来の意味するところはこの趣旨にあるんだろう、そんな思いを持つ一人でもあります。
 そこで、発議者として、またシベリアに抑留をされていた皆さん方の思いとして、その思いがこもっている趣旨、この部分を中心に、改めて発議者の方の思いを、この法案に懸ける思いをまとめていただきたいと思います。
#78
○委員以外の議員(谷博之君) この点については先ほども若干触れさせていただきましたけれども、平均年齢が八十五歳という大変高齢の当事者の皆様にとってまず何よりも必要なことは、その名誉の回復だというふうに私は思っております。
 衆議院の委員会の中で参考人質疑として、参考人として出席をされた、今日もあの傍聴席にお見えになっておりますが、全国抑留者補償協議会の寺内会長が次のような発言をされております。奴隷労働をしたという記録を作ってあの世に旅立ちたくない、こういうふうな言葉に表れておりますように、これは大変な重みのある言葉だというふうに私は受け止めております。
 私どものこの野党案では、この未払賃金の補償をするという願いに不十分ながらも最低限こたえることのできる内容になっているんではないか、こういうふうに自負をしておりまして、この点につきましては、是非、与党委員の皆さんにもこの点は御理解をいただきたいと、このように考えております。
 そして、重ねてこの場であえて御発言をさせていただきたいわけでありますが、今年の夏、私のところに新潟県の佐渡市の元抑留者の方から電話がございまして、死ぬ前にシベリア抑留当時お世話になった上官に是非一度会いたい、そして一度お礼を言うために今自分は必死になって捜しているけれどもその方が分からない、こういうふうな相談がございました。この方も厚生労働省に相談をしましたところ、個人情報の保護だといって正に一切の情報を出してくれずに壁にぶつかっていたと、こういうふうなケースがございました。
 私どもは、厚生労働省を説得したり、あるいは全国の各地の地元の新聞社を通じてこの内容を実はPRをさせていただきました。そして、その結果、ついに福岡県でお元気で生活をされておられる九十歳の方が分かりまして、この小隊長を通じてこの佐渡の方が面会をし、地元のテレビ、マスコミも全部入って涙の再会をした、こういうふうなこともございました。
 正に、そういうことを考えますと、まだ関係者の方々にとっては戦後は終わっていない、こういうふうな思いだと思っております。そういう中で、与党側の十万円の旅行券という話もございますけれども、私は、このいわゆる世界史上に残るシベリア問題をこういう形で終わらせていいのかな、こういう思いがございまして、野党案のような提出になった次第であります。
 更に申し上げれば、ここでこのような形でこの問題にけりを付けてしまうと、今後、我が国の対ロ外交、ロシアとの外交の中でもどういうことになるんだろうか。決してこれ、プラスにはならないような気がしてなりません。むしろ、野党案であれば、本来、ロシア政府が支払うべき未払賃金相当を日本政府が肩代わりをして支払ったという事実をつくることができると思うんですね。
 そういうふうな中で、いずれにしてもこのシベリア・モンゴル抑留問題に対する国の施策、体制の基本が極めてあいまいで、先ほども出ておりますけれども、総務省と厚生労働省と外務省とそして内閣府のこの四省府にまたがって、平均八十五歳の元抑留者の方々が政府に要請する際にも、先ほど有光参考人からもお話ありましたように、つえをつきながら、大変御不自由をされながら、これら全部の省庁を別々に要請をして歩いているということですね。こういう過酷な状況を考えるときに、法的な枠組みのあいまいさ、こういうものを残さないまま、私たちはしっかりこの体制をもう一回見直していく必要があるだろうというふうに思っております。
 そして、最後になりますけれども、そのしわ寄せを強制抑留の被害者である当事者の方々が受けてきたというのがこのシベリア抑留問題についての日本の戦後の歩みに大きな影を落とし続けてきたと、こういうふうに言わざるを得ません。
 以上、遅きに失しておりますけれども、生存する当事者の方々がおられる間に何とかできるだけのことをきっちりとしよう、そういう意味を込めて本法案を私たちは提出をさせていただきました。
 どうか、長くなりましたが、芝委員の今御質問をいただいた、その御質問の内容を私たちは踏まえながら、この法案を何としても成立をさせるための努力をしていきたいというふうに考えているところでございます。
#79
○芝博一君 発議者の皆さん方の熱い思いを聞かせていただきました。
 どうぞ、国の立場での法案成立ではなしに、やはりここは、シベリア抑留に現実に遭われた皆さん方のその思いを酌み取った形で、是非とも、与党の皆さん方にも大きな大きな広い温かい心で御支援をいただくこと、御理解いただくことを最後にお願いを申し上げまして、私の質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#80
○那谷屋正義君 民主党・新緑風会の那谷屋正義でございます。
 今、野党案に対して同僚の芝委員の方から御質問をさせていただきました。私の方からは、与党案に対して、そして政府に対して幾つか御質問をさせていただきたいと、このように思っているところであります。
 先ほど来からお話がありましたように、この平和祈念事業基金を廃止し、そしてその資本金四百億円を使って今回の慰藉事業という部分については共通の部分があるわけでありますが、昨年の八月四日に与党合意、政府・与党が合意をしたこの内容というのはシベリア抑留の方々には大変不評であるというふうに言わざるを得ないというふうに思います。抑留者の方々には、慰労品支給とは何だ、ばかにするにもほどがあるというような、そういうふうにまで言われている状況であります。
 特に、十万円相当の旅行券ということで、先ほどもありましたけれども、旅行券といいますと、もうこの対象となられる方々が八十歳を過ぎたお年寄りの方々が大変多く、旅行が不可能な方も多くいらっしゃる、あるいはもう既に今病気で寝たきりの方も少なくないというふうに聞いております。平和祈念事業特別基金のホームページを見るとQアンドAがありまして、恩給欠格者への慰労品のうち旅行券等について、別の金券と引き換えるのも、引換えも可能ですと説明がされている、そういう状況であります。こんなような形では、やはり慰藉とはいえ、シベリア抑留者の納得が得られないのではないかというふうに思うところであります。
 また、衆議院の参考人質疑、衆議院でこの議案について審議が行われたときの参考人質疑では、与党側の招致があった、まあ与党側の要求からの参考人であります相沢英之さんの発言の中に、野党案に賛成したいけれどもという異例の陳述をした上で、与党案にある十万円でなく二十万円にしてほしい、旅行券なんといいましても行けない人もいますし、やはりお金で配った方がいいと率直な思いも込められた要望が出されたところであります。
 そういう中で、今回の与党案の十万円の旅行券ということについてはやはり不評であるというふうに言わざるを得ないというふうに思いますが、この部分について、与党案の発議者の方から答弁をいただきたいと思います。
#81
○衆議院議員(宮路和明君) まず、私ども、与党案におきまして新たな慰藉事業を行うその内容として慰労の品の支給と、こういうことでありますが、その慰労の品の具体的な中身としては、今御指摘のあった旅行券を中心としつつ、旅行にどうしてもお体の関係で出掛けることができないといった方については、例えば食事券といったようなものもこれは支給することが可能となるように、具体的な事業の中身は、これから基金の業務方法書等におきましてその方々にふさわしいものとなりますよう対応していきたいと、このように与党としては考えておるところであります。
 それから、相沢先生も現金のことについてさきの衆議院における委員会においてお触れになったわけでありますが、率直に申して、私どもも当初は交付国債をもって慰藉の品としようということも実は考えておったこともございます。しかしながら、これは衆議院の法制局とも相談したんでありますが、現金及びこれと同等の品ということにするとした場合は、これは現存しておられる方、生存しておられる方のみならず、既に恩給欠格者あるいは抑留者が亡くなった方については遺族がいらっしゃるわけでありますけれども、その遺族を排除すると、対象として、ということはこれは財産権の問題から憲法上もこれは無理があるんではないかという指摘を法制局からも受けまして、それで、生存者に限ってお使いすることができる、使うことができる品ということになりますと、旅行券とかあるいは今申し上げたような、場合によっちゃ食事券とかそういったものとする、そういう慰労の品とするということがやっぱりこれは法律上も適当であろうというようなことになりまして、こういうような慰労の品ということにさしていただいたわけであります。
 ちなみに、かつてこの平和祈念事業特別基金創設の際に、シベリア抑留者に対しまして慰労金というものを出したことがありますが、これは十万円の交付国債でありました、交付国債。これは本人のみならず遺族に対しても同様に支給をせざるを得なかったと、こういうことになっておるわけであります。
#82
○那谷屋正義君 どうも合点というか納得ができない部分が非常に多いなというふうに思いますが、このいわゆる十万円の旅行券ですけれども、要するに旅行社に、旅行券発券の旅行会社に持って行くわけですよね、最終的には。そうすると、どうも今回の措置が、最大のその受益者というものが、苦労された抑留者というよりも、結果的には旅行券発券の旅行会社にそのことが行き着いてしまうなという懸念も払拭できないわけでありまして、だれのための措置なのかというふうに言わざるを得ない、そんなふうに考えているところであります。
 また、戦後処理問題につきまして、この間、何度か終結宣言をされてきました。特に戦後処理問題懇談会というのが一九八四年十二月二十一日に、これ以上国において措置すべきものはないというふうにしながら、政府出資の特別基金の創設を提唱する報告をされました。そして、この提唱に沿って、八八年度内に平和祈念事業特別基金設置に伴う与党・政府の第二回の合意が交わされた、そして今回が三回目の与党・政府合意であります。
 このように、小出し小出しに、そして何かあるとその対症療法的な形でこう出されてきて、そして、それで何となく戦後はもうこれで終わりだと。先ほど、もうこれ今回が最後だというような話も午前中の中にありましたけれども、私はこういうような状況ではまだまだ終わるというふうな形にはならないんではないかというふうに思うわけで、逆に言ったらば、これから先もいわゆる第四回というふうな形のものが出てきやしないかと。本当はそれが望ましいというふうに私も思っていません。
 先ほどもいろいろお話出ていましたように、もう高齢でありますから、そういう意味では、早くこのことについて決着をしていかなければいけないというふうに思うわけでありますけれども、このような形ではまた第四回目の合意というものの可能性が出てくるんではないかというふうに思うんですが、総務大臣、その辺について御意見をいただきたいと思います。
#83
○国務大臣(菅義偉君) 与党案は、戦後六十余年を経過をし、関係者の方々が御高齢になっていることを踏まえて、改めてこの慰藉の念を示した上で基金を解散するというものであって、いわゆる戦後処理三問題について関係者個々人を対象とする事業は今回が最後とするものと承知をいたしております。総務省といたしましては、このような与党のお考え方を受け止めてまいりたいと思っております。
#84
○那谷屋正義君 どうも今の答弁のされ方の様子を見ますと、何となくまだまだこれからもありそうな、そんな雰囲気もなきにしもあらずのような感じでございますので、やはりこの問題は、もうちょうど戦後六十年を過ぎて、そして対象となる方々が高齢であるということ、そうしたことの中で、これは与野党問わず急がなければならないものであるということはきっと承知をされるんだろうと思うんですけれども。しかし、その終止符の打ち方あるいは誠意の見せ方等々について、やはり与党案ではなかなかそのことを、シベリア抑留者の方たちにはそのことの理解が得られないなということをあえてまた指摘せざるを得ないなということを申し上げておきたいと思います。
 一九九二年に、ロシア政府は労働証明書の発給を開始しました。これはちょうど基金設立後四年でありますけれども、ロシア政府の労働証明書の発給について政府は、労働証明書をロシア政府が抑留者個人の要請に基づいて発給したことは承知しているが、発給するか否かは抑留国側の問題であり、それに基づいて抑留者の所属国である我が国が労働賃金を支払う国際法上の義務を負うことはないという、こういう答弁をされているわけであります。
 ロシア政府の労働証明書の発給をもって我が国が国際法上の義務を負うことは仮にないとしても、日ソ共同宣言による相互の請求権放棄によって国家の外交的保護権の発動を不可能にしたというのはそもそも日本国政府の判断、責任においてであったわけであります。東ドイツと統一する前の西ドイツが、帰国した自国捕虜全員に支払った補償金措置の教訓にもやはり学ぶべきところが本当はあるんではないか。この補償金と同じ性格を有する野党案にある特別給付金の在り方がいわゆる戦争への反省、贖罪の意味も込められた民主国家における世界標準でもあるというふうに思います。
 国家補償ではなく、あくまで慰藉であるとの政府の立場を百歩譲って認めたとしても、シベリア抑留者にかかわる労働賃金の一定見合いは日本政府が支払う責務を負うべきだというふうに思うわけでありますが、これが世間に通じる常識ではないかというふうに思うんですけれども、いかがでしょうか。
#85
○内閣官房副長官(鈴木政二君) 那谷屋先生にお答えを申し上げます。
 実は私自身も、もう三十何年前でしたか、小さな町の市会議員をさせていただいたときに、偶然先輩にシベリア抑留者の議員さんがお見えになりまして、しょっちゅうこのシベリアの抑留のお話を十分承った。本当に極寒の地で全く食料も不足されて過酷な労働をしたという話を本当に痛いほど聞かさせていただいておりました。正に筆舌に尽くし難い御苦労をされたということは、私も心痛む一人でございます。
 しかしながら、既に政府としては、民間有識者による公正な検討の場として、御存じのように戦後処理問題懇談会を設置しまして、この懇談会における二年半に及ぶ、あらゆる面から、議論の結果として、もはや国において措置すべきものがないとの報告を受けているところでございます。
 しかしながら、同報告においては、同時に関係者に対し衷心から慰藉の念を示すことが必要であるとの提言もなされておりました。政府としては、この提言を受けて平和祈念事業特別基金を設立し、シベリア抑留者に対して慰藉の念を示す事業を推進してきたところでございます。
#86
○那谷屋正義君 今、戦後処理問題懇談会のお話がございましたけれども、そして二年半にわたって協議が行われ、その報告を受けてというふうに言われているわけですが、しかし、この懇談会は国家行政組織法第八条の審議会等とは異なり、担当大臣が有識者の参集を求めて開催した行政運営上の会合にすぎないわけでありまして、その報告書は合議機関としての意思が公の権威を持って表明されたものではないわけであります。これまで政府は、懇談会報告書に基づいて決めたという説明を今も繰り返されているわけですけれども、政策判断の根拠を報告書に求めること自体がちょっとボタンの掛け違えではなかったのかなというふうに思うところでございます。
 懇談会や平和祈念事業特別基金が実際に役立つ、つまりはリアルな機能として作用してこなかったことは大変残念であると言わざるを得ません。ソ連、ロシア側から死亡者名簿や情報がもたらされ、一九四五年八月二十三日のスターリンの秘密指令の存在などが分かったのは、ペレストロイカが始まった一九九一年以降のことであります。それまでは、シベリア抑留の本当の理由やそのメカニズムもよく分からなかった。にもかかわらず、そのずっと前に出された一九八四年の懇談会報告書や一九八八年制定の平和祈念事業特別基金法にしがみついて、終わりだ終わりだというふうに言うのは全く筋が通らないんではないかというふうに思うわけであります。また、届いていない一万三千人の死亡者名簿あるいはシベリア等から北朝鮮逆送の情報、こうしたことがまだまだ分からないことだらけであります。
 本来ならば、シベリア抑留者対策に関しては、一九九〇年代以降に根本的な見直しを行い、その成果に基づく実効ある措置を講じていくことを最優先の政策選択とする必要があったというふうに思います。要は、特別基金発足の時点からすれば、ペレストロイカ、それが起因となったソ連邦崩壊以降の現在との間で状況が大きく変わっており、この事実を直視してほしいということであります。徹底的な真相究明をロシア側に強く要求するべきなのに、冷淡な対応に終始してしまっていることは到底理解できません。
 例えば、一体、日本の抑留者の強制労働によってソ連の戦後経済の復興にどれほどの寄与、貢献がなされたのか。試算をする気になればきっと驚くほどの値となって算出されるはずではないかというふうに思うわけであります。
 私も、この夏、モンゴルへODAの関係で行ってまいりましたけれども、そこで、やはり抑留者の方々が労働し、それはもう本当にすばらしいものを作って今のモンゴルの人たちの生活に役立っているというふうなことを見たときに、しかしながら、まだその言ってみれば対価といいますか、そうした労働の部分について何の措置もされていないというお話を聞いたときに、本当に何をやっているんだろうかという思いを強くしたところであります。
 現在においても、この抑留者や死亡者の数さえ確定できない状況であるという、こういう状況では、やはりやるべきことをしっかりやらないまんま、ひたすら、もうこれで終わり、幕引きを叫ぶ与党・政府の態度は、安倍総理が執着する愛国的行為とはとても言い難いものではないでしょうか。高齢化などソ連に強制抑留された被害者が置かれている状況にかんがみるならば、戦後補償対策は最後の決定打、決め打ちこそが望まれているんではないかと。安倍内閣の喫緊、最重要政策となってしかるべきではないでしょうか。
 こうした観点からすれば、法令に基づくもの、すなわち内閣総理大臣任命、国会同意人事の委員で構成される、調査機関も附属した、まあ仮称でありますけれども、戦後処理問題審議会のようなものを設置することが求められていると考えます。もちろん、その審議会での調査、審議、報告はできる限り速やかに行われるべきでもあるというふうに思うわけでありますが、これに対して明快な御答弁をお願いいたします。
#87
○内閣官房副長官(鈴木政二君) 先ほど言いました戦後の処理問題懇談会において、シベリア抑留者、恩給欠格者、引揚者の問題については、もはやこれ以上国において措置すべきものはないとされた上で、求められていることは関係者に対し衷心から慰藉の念を示すことであるとされ、そのため基金の創設をすることが提唱されたわけでありまして、この報告を踏まえて設立された平和祈念事業特別基金を通じて、総務省においていろんな事業が推進されてきたところであります。
 これら問題を始めとしまして個々の戦後処理問題については、従来より関係府省が各々の所掌に従って処理をしてきたところでございます。この関係府省というのは、やっぱり個々の案件に歴史的な経緯もありますので、そういう処理を行ってきたところであります。今後とも処理問題については、所掌が明らかでない事案が出てきた場合には、私ども内閣官房がこれを明らかにするなど内閣官房の総合調整の下で、関係府省間での連携を密にして適切に対応したいと考えております。
#88
○那谷屋正義君 いずれにしましても、これも先ほど来から議論になっておりますけれども、先の長い、中期的、長期的なというふうな話にはもう既にならないわけでありまして、やはりそういう意味ではできるだけ早期にこうした戦後の処理をしっかりともう終える、そういうシステムといいますか、そういう取組が必要ではないかというふうに思いますので、是非その分についてはよろしくお願いしたいと思います。
 一九九七年に、シベリア強制労働補償請求事件ということで最高裁の判決が出されました。労働賃金を支払うための立法措置が講じられていないことは違憲とまでは言えないという趣旨の結論でありました。同時に、シベリア抑留者の心情には理由があり、理解できるという被害感情に深く配慮した見解が述べられております。
 そもそも、労働賃金の支払に立法措置は不可欠ということではありません。これは、南方地域帰還者に対する支払が関係行政庁の判断に基づく一時的な行政措置として行われたことからも明らかであります。政府は、最高裁判所の見解を真摯に受け止め、シベリア抑留者に対しても南方地域帰還者と同様の行政措置をとるべきではないでしょうか。
 私には理解し難いところでありますけれども、それについては困難な諸事情が仮にあるにしても、せめて野党案の趣旨に沿った措置、それが法の正義にかなうものではないかというふうに確信するところであります。政治に求められている責務と、行政が果たすべき責任を実践するときが今だという決意を込めて質問をしたいというふうに思います。決意のほどをよろしくお願いします。
#89
○内閣官房副長官(鈴木政二君) 今、冒頭の方に御指摘の最高裁判決では、国に補償の義務はないとされていることは私ども承知しております。しかしながら、政府としては、シベリアの強制抑留者がいろんな大変な体験をさせられたことを踏まえまして、戦後処理問題懇談会の報告を受けて、その労苦を後世の国民に語り継ぎ、関係者に対して衷心から慰藉の念を示すことを目的とする平和祈念事業特別基金を設立し、慰藉事業を推進してきたところでございます。その形でまた今後も進みたいと思っております。
#90
○那谷屋正義君 慰藉というものの表し方はそれぞれあるのかなというふうにも思うわけでありますけれども、しかし、先ほど冒頭申し上げましたように、今回の与党案では到底それは納得ができないという声が非常に多くあるわけでありますので、是非そこのところをもう一度野党案を見ていただきながら、是非うちの案のやっぱり優れている部分というものをきちっと取り入れていただきたい。
 また、今回でそれで終わりというふうな形ではなくて、これもやっぱり可及的速やかな対応が必要でありますけれども、何らかの戦後処理を、もう六十年たっているわけです。
 先ほどからお話が出ているように、六十年たってもまだ戦後が終わってないという、そういう発言もありました。それは、やはり日本という国が次へ次へ前に進んでいく上では、そうしたことをいつまでも引きずっていることは決していいことではないというふうに思いますので、やはりそこはきちっと、はっきりと決着を付けていく。そのための努力、そして誠意が政治に今求められていることを申し上げまして、私の質問、少しいつもより早いんですが、終わらせていただきたいと思います。
#91
○澤雄二君 公明党の澤雄二でございます。
 今日は、与党案の提出発議者の議員の皆様に質問をさせていただきます。
 最初に、今なぜこの法案を提出されるのかということでございます。戦後六十年の節目、これは去年提出されましたので、節目ということもあるでしょう。行革の視点もあると思います。また、対象になっておられる方たちが高齢で、もう後がない、早く手を打たなければという視点もあるかと思いますが、改めて、今この法案をなぜ提出をされるのか、最初に御説明をいただけますか。
#92
○衆議院議員(宮路和明君) いわゆる戦後処理の三問題、恩給欠格者、シベリア抑留者、そして引揚者、この三問題につきましては、委員御指摘のように、幾多の変遷を経ながら、これまで長きにわたってその解決が求められてきたわけであります。そして、去年法案を出したときは正に戦後六十年を経過したときでありまして、そしてまた、先ほど来いろいろお話ありますように、関係者の方々も平均年齢八十四、五歳となられて大変御高齢で、もう余命幾ばくもないというような状況にも立ち至っておるわけでありまして、こうしたことを思いますときに、この時点でこの問題に最終決着を図るべきだというのが我々与党の基本的なまず考え方でありました。
 そして同時に、この方々に対する慰藉の事業を行っております平和祈念特別基金のこの基金につきましては、かねてから委員会においても議論がございましたように、天下りの問題あり、あるいはまた事業内容の割に大変広いスペースを使った事務所の運営が行われて無駄ではないかといった声が各方面から、関係者の皆さん方からもそういう声が強く寄せられておったわけであります。
 したがって、今回、新たな慰藉事業を行うに当たって四百億の基金の一部を取り崩してこれを行うと同時に、この特別祈念事業が終わった暁には、これはもう基金は解散ということが行革の観点からもこれは求められておるなという、そういうことで与党としてそうした方針を決定して法案を出していただくに至ったと、こういうことであります。
#93
○澤雄二君 次の質問は、先ほど那谷屋委員が御質問されたのと同じことでございますけれども、だれが見ても、どうして旅行券なのと。那谷屋委員も言われたように、御高齢でもう旅もできない方もいらっしゃる。はるかに現金の方が使い勝手がいい、現金なら孫にも何か買ってあげる、だったら現金の方がいいんじゃない、だれもが思うことでございます。
 先ほど御答弁がありましたので、もし、なぜ現金でないのかということを付け加えることがあれば、御答弁いただけますか。
#94
○衆議院議員(桝屋敬悟君) 私の方からお答えをしたいと思います。
 もう先ほどから議論が出ておりますから繰り返しませんけれども、我々の与党案、御指摘のとおり現金ではないわけでありまして、これは、改めて関係者の方々が大変な苦労をされたということに思いを致し、関係者の方々が高齢化しているという現状等を踏まえて、正に御苦労された御本人を慰藉しようと、こういう趣旨だという以外にないわけでありますが、恐らく委員は、我が公明党内でもこの議論ありましたものですから、改めてこの場で御指摘をいただいたんだろうと思いますが、それこそ随分議論いたしましたけれども、平和祈念事業特別基金、この創設時の考え方、さらには今日までの事業の性格、こうしたことを考え、なおかつ総合的に戦後処理の全体の問題、他の戦争被災者、被害者との均衡とか、いろんなことを考えて、ぎりぎりのところで、一日も早い決着をということで私ども与党としてはぎりぎりの線で合意をしたということでありまして、先ほど午前中の参考人質疑でもありましたけれども、関係者の皆さんにも何とか私は御理解をいただけるものではなかろうかというふうに考えている次第であります。
#95
○澤雄二君 次に、法案成立後のことについて三つほど確認したいことがございます。
 まず、平和祈念事業特別基金について伺います。
 先ほど御答弁の中にもちょっとございましたけれども、この平和基金は昭和六十三年、総理府の認可法人として設立された。戦後処理問題懇談会の報告を受けてでございます。そして、平成十五年に独立行政法人に移行しましたが、その辺りから新聞その他で天下り先じゃないかと、無駄遣いが横行していないかという批判が一杯出ました。与党の議員の中からもそういう批判が出ました。
 で、お伺いをします。一々御答弁は要りません。本当に天下り先だったのかどうか。現在の理事長は、今日もお見えいただいておりますけれども、東洋英和女学院の教授だった方でございますから、れっきとした民間の方でございます。でも、これは批判が出てから体制が変わった。じゃ、それ以前はどうだったかというと、田久保忠衛さんが非常勤の監査役で一度民間で来られただけで、あとは全部OB、政府の役人のOBでございました。それから、非常勤、常勤の職員の方のほとんども役所から出向されているか若しくは役所のOBの方でございました。
 税金の無駄遣いかどうか。先ほど、こんな広い場所が要るんだろうかと言われました。資料館が三分の一で三分の二がオフィスであります。常勤六十人弱のところにこんな広いオフィスが要るんだろうか。千二百平米以上であります。
 それから、住友ビルというのは、通称三角ビルと言われていて、大変新宿の新都心でも有名なビルなんですね。先日、基金の方にお話を伺ったら、つまり引っ越したときは当時のビルとしては相当古いビルだった。相当古いビルだということは家賃が安いということを言われようとしたんですが、実は家賃は安くありません。大変有名なビルでありますから、周りに比べて高い。私の知人がオーナーをしている会社、ここにこの間までおりましたけれども、半年前に引っ越しました。家賃が高くていられないといって引っ越しました。それぐらい高い。
 ですから、共益費ですね、エレベーターの管理費その他だけでも坪当たり七千円ということで、年間これ幾らですか、二億何千万掛かっているんですか、管理費、ああ、これは結構でございます、保守修繕費。二億円と三千八百万ですから二億四千万ぐらい共益費だけで掛かっていると。こんな高いビルに本当に最初から行く理由があったんだろうかと。
 それから、業務外注費というのが損益計算書見るとあるんですが、これが四億八千万。これはいわゆる広報とか広告宣伝費ですね。つまり、電車の中づりによく広告が出ておりますが、地方で講演をやる、二回か三回やられたそうでございますが、それから新聞広告を出す、これが四億八千万。この四億八千万を使ってこの資料館の来訪者が一日平均百四十人だそうでございます。四億八千万、私は元テレビ局におりましたが、これだけお金いただいたらもっとたくさんの方を資料館に呼ぶぞというふうに思っておりますが、どういう使い方をされたんだろうかと。
 それから、謝金という項目で二千万円の支出がされています。この内訳をお聞きしたら、四人の非常勤の学芸員の方の支払費用だと。四人の非常勤の学芸員にこんなたくさん払うんですかと言ったら、その後言われたのが、いや、厚生労働省関係のOBに頼んで、海洋関係の恩給欠格者の審査を頼んでいます。非常勤で頼んでいる方が五十人、六十人いらっしゃるんですよ。その中に、厚生労働省だけ別に謝金で払わなきゃいけない理由というのは、追及しませんでしたが、ちょっと不明朗だなというふうに思っております。
 それから、資料館の展示品などの減価償却費として、九千二百万円毎年支出をされています。これは、この後、法案が通った後あの資料館をどうするかというのは多分お話合いをされるんだと思いますが、もしあの資料館を閉鎖されるということになると、毎年一億円ぐらい積み上げてきたこの減価償却費というのは要らなくなりますので、きちっと清算をしていただきたいなというふうに思います。
 それから、非常勤職員の方たちでございますけれども、これ主に恩給局OBの方が就かれています。それは、やっぱり専門家でないとなかなか審査ができないと、それはそうだろうというふうに思うんです。それで、この平和基金が設立された翌年、翌々年、二年、三年、四年ぐらいの間は申請者が多いからたくさん雇われたと、それはよく分かります。だんだん申請者の数が減るに従って非常勤職員も減ってくるんですが、平成十五年には二十人まで減少しています。当初、ピーク時は六十人。平成十五年は二十人まで減少しています。十七年、十八年は、もしかしたらこの基金がなくなるかもしれないというので余り募集はされていない。ですから一番数が少ない、申請者の数が。そのときに、二十九人、三十二人と急増しているんですね。これもよく理由が分かりません。
 一つ一つについて御答弁は結構でございます。こういうこともあったので今回法案を出されてこれを廃止するということを決められたんだと思いますが、与党案が通りますと、一番長ければ四年間この基金が存続をいたします。せめてその四年間については無駄をしないと、余ったお金はできるだけ慰藉の事業に振り向けるという決意を、申し訳ありません、総務大臣と発議者の方と、それから増田理事長、お聞かせ願えますか。
#96
○国務大臣(菅義偉君) 委員の御指摘は、私は一々ごもっともな話であるというふうに思っています。所管をする総務大臣として、ある意味では大変恥ずかしく、責任を痛切に感じております。
 私は、この事実を初めて把握したのが先般のこの委員会でありまして、早速賃料の見直し等を指示をしました。徹底をし、合理化できることは合理化をし、そして税金の無駄遣いがないような形で対処いたしていきたいと、このことを強く指導していきたいと思いますし、また、新規事業の実施に当たってもこのようなことがないように、やはり国民の視点から見て余りにもひど過ぎる実態だというふうに私は思っておりますので、このことを徹底をして指導していきたいと思います。
#97
○衆議院議員(桝屋敬悟君) 発議者の方から決意ということでありますが、もう委員から随分言われましたので、多くを言いません。
 一番発議者として思っておりますのは、どうせ廃止をするのだからということで、その言葉でもって、仮にもこれから最後の事業、新しい慰藉事業、更には清算の事業、仮にも国民の信頼を裏切るような処理があってはならないと思っているわけでありまして、幸いにして独立行政法人でありますから毎年当然ながら政独委等の審査を受けるわけでありますので、我々与党としてもしっかりとそこは見極めていきたいと、このように思っているところでございます。
#98
○参考人(増田弘君) 平和基金理事長の増田でございます。
 ただいま大変手厳しい御意見を賜りましたけれども、私ども基金は、申すまでもなく、公的資金、すなわち税金をもって運営されている組織でございます。したがいまして、これまでも、また今後も、あくまでも公平かつクリーンな、そして透明性のある運営を行っていくことが当然の責務であると、こう考えておりますし、これまでもそのように実施してきたというふうに私は信じている次第であります。
 なお、先生からも御指摘いただきましたとおり、私はいわゆる天下りと称せられるものには属さないわけでございます。日中関係、日米関係を専門といたします外交史家としてこれまで学問を中心にやってきた学界に属する人間でございまして、それが言わば畑違いの官界と申しましょうか、こうした独立行政法人の長になったということはいささか異例であるかとは思いますけれども、私自身はこうした言わば学界と官界との交流というものがいろいろな意味で双方に刺激をもたらすものであろうかというふうに念じておりますし、それなりの私なりの立場から、基金の職員の皆さんもこれまでとはいささか違う気持ちの中で取り組んできておられるというふうに私自身は考えている次第でございます。
 以上です。
#99
○澤雄二君 皆様の御決意を伺いまして、本当にありがとうございます。後ろにたくさんいらっしゃっている傍聴の関係者の方々も、多分お気持ちを強くされたんだろうというふうに思います。
 次に、ちょっと贈呈事業の対象者数についてお伺いをいたします。
 慰労品の申請者とそれが認定された人の割合、それについて、それぞれ恩給欠格者、引揚者、強制抑留者についてその数字を教えていただけますか。
#100
○参考人(増田弘君) お尋ねの件でございますけれども、平成十八年三月末現在におきまして、申請者に対する認定者の割合を個々に申しますと、恩給欠格者が八一・八%であります。また引揚者は九五・九%、そして強制抑留者は九六・八%、このようになっております。
 以上でございます。
#101
○澤雄二君 恩給欠格者の方が一番率が低いと。これは申請される方が非常に多いということで、なかなか証拠の書類等もそろっていないんだろうということは容易に想像できるわけでございますが。
 午前中の参考人質問の中で、元島参考人がおっしゃっておりました、総理大臣の紙、書状一つを欲しいために引揚者であるとうそを言って申請してもらう人がどこにいるんだろうかと、そんな人はいない、せめて書状でもいただきたいという気持ちで申請をされているんだというふうにおっしゃいました。
 この法案が通りますと、今度の慰藉事業が最後の事業になります。これまでもその対象者となる方でどれぐらいその贈呈をされているかというと、強制抑留者は六四・五%、恩給欠格者は、一番期限が長い外地三年以上の勤務経験する方で四五%、引揚者については四・一%であります。つまり、書状をもらうためにわざわざそんな申請するのは大変だと皆さん思われているんだろうというふうに思います。その中で申請をされた方というのは、それでもと言って申請をされる方でございます。
 今申し上げましたように、この法案通ると最後の慰藉事業になる可能性がありますので、この最後の慰藉事業については、できるだけ多くの人にその贈呈ができるようにあらゆる努力をしていただきたいなというふうに思います。発議者の議員の方とそれから理事長、御決意を聞かせてください。
#102
○衆議院議員(桝屋敬悟君) 発議者を代表してお答えを申し上げます。
 今、正に新しい、この法案を通していただいた上での話でありますが、せっかくの新しい慰藉事業、成果を上げるようにしっかり取り組まなければならないと、こういう御指摘でありました。
 十九年四月一日から実施されることを想定しておりますけれども、政府、そして今日、理事長いらっしゃいますが、基金には、法の施行後速やかに新しい事業について徹底してPRを行うように求めていきたいと考えておりますし、さらにはまた、申請者と認定者の割合の話も今報告がありましたけれども、一つは、とりわけ今度の新しい事業が基金を取り崩して行うと、原資は税金でありますから、当然おのずから税金を使うという節度は必要ではありますけれども、午前中の審議で御指摘があったように、いささかの私は工夫の余地があっていいのではないかと思っておりまして、そんな御努力を是非とも我々発議者としても要請をしていきたいというふうに考えております。
#103
○澤雄二君 午前中の参考人質疑のときには涙ながらにそのことは訴えておられました。これが、そういうことができるかどうかということは私は詳しくは分かりませんけれども、参考人がおっしゃっていたのは、関係者をボランティアとして、お金なんか要らないからボランティアとしてその審査に加わらせていただいたらいろんな資料をその場で提供することができると、そうするともっと認定者の数が上がるはずだということもおっしゃっておりましたので、そういうことも含んで御検討いただければというふうに思います。
 最後に、増田理事長に質問をさせていただきます。
 この平和基金は、二十二年の九月、最長で、廃止されるわけでございますが、一つ心配なのは、ここで働いている常勤、非常勤の方たちの再就職の件でございます。役所のOBの方とか役所から出向されている方は戻ればいいのでそれは心配ないんですが、多分民間の方もいらっしゃると思います。その方たちの再就職、できるだけの配慮をしていただきたいということをちょっと御質問させていただいて、私の質問を終わりたいと思います。発議者と理事長にお願いします。
#104
○参考人(増田弘君) 現在、私どもの基金には二名の、公務員ではない立場から採用した者が二名おります。ちなみに、一名は大学院を出た者であり、もう一名は二つの大学を出た者でありまして、私自身がその人事にかかわったわけでございます。
 こうした二人の今後は、やはり私、理事長としても大変気掛かりのところでありまして、総務省等々の御配慮もいただきながら、こうした者の再就職の道を何とか模索し、彼らを安心させたいと、このように念じている次第でございます。
 以上でございます。
#105
○衆議院議員(桝屋敬悟君) 今理事長の方からお話がありましたけれども、発議者といたしましても、とりわけプロパー職員の処遇については特段の御努力をお願いしたいというふうに考えております。
 なお、いずれにしましても、行革の観点から国民の理解が得られるような取組が必要だというふうに思っておりまして、我々発議者としても知恵を出していきたいというふうに思っております。
#106
○澤雄二君 基金の方にお伺いしたときには常勤、非常勤入れて十五人ぐらいいらっしゃるということでございましたんで、その二人の方がもし常勤で、あとは非常勤ということでしたら、非常勤の方も含めて御配慮をいただければと思います。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 以上で質問を終わります。
#107
○吉川春子君 日本共産党の吉川春子です。
 私は、自民党政府が平和祈念事業法を提案したときに本院内閣委員会で質問に立ちました。あれから十八年たって、今回、自民、公明両党は廃止法案を出してこられました。今回、平和祈念事業をやめるならば、謝罪の意を表し、何らかの個人補償あるいはそれに代わるべきものを行うべきだと思いますが、参考人質問を伺っておりますと、このことについて、多くの関係者の了解が得られていないように私は思いますが、与党提案者、これは了解は得られたのですか。
#108
○衆議院議員(宮路和明君) 私ども与党として、この問題、議論をするに当たりまして、恩給欠格者には恩給欠格者の皆さんの団体がございます。また、強制抑留者については強制抑留者の団体があり、引揚者の方についてはまた同様の団体もあるわけでありまして、そしてまた、この問題に長い間かかわってきております私ども与党内の議員連盟もあるわけでありまして、そういった議員連盟の議員の皆さん、そして先ほど申し上げた各団体の代表の皆さん、そういった方と長きにわたっていろいろと御相談申し上げ、また協議も申し上げてきたところであります。
#109
○吉川春子君 端的に伺います。
 例えば、シベリア抑留者の団体の皆さんなど、そういう団体の方の御了解がまだ十分に得られてないように思いますが、その点はいかがですか。
#110
○衆議院議員(宮路和明君) 先ほど小野委員の御質問に対してもお答え申し上げましたけれども、今回こうした形で最終決着を図るに当たって、この間、それから相沢先生もおっしゃいましたけれども、必ずしもこれ、十分これで満足だというようなことじゃない、そういう声ではない声も、これは確かに一部にはあるわけでありますが、我々としては、これまでの経緯にかんがみ、大方の皆さんには御理解をいただいているんじゃないかなと、かように思っております。
#111
○吉川春子君 私は、関係者の了解が得られないままにこういう形で幕引きするということは許されないと思いますし、引き続き、この問題はいろんな形で存続し、解決に向かわなくてはならないなと思っております。
 そこで、厚労省にお伺いいたします。
 シベリア抑留者の方々の人数を明らかにしてほしいわけです。生還者、死亡者、行方不明、それぞれ何人でしょうか。また、これらの方々はどの地域から連行されたのでしょうか。数字だけで結構です。
#112
○政府参考人(荒井和夫君) お答え申し上げます。
 まず前提として、これから述べます数字は、復員担当部署が、昭和二十一年以降帰還したシベリアからの抑留者の皆さん方の帰還時に状況を聴取するとか、また留守家族からの未帰還者届などに基づいて調査した結果を積み上げてございます。
 それに基づきますと、旧ソ連等、モンゴルも入りますが、の地域において抑留された者は全部で五十七万五千人と推計しております。ソ連地域は五十六万一千人です。このうち帰還した方々は四十七万三千人、旧ソ連地域は四十六万一千人です。抑留中死亡された方々は五万五千人、旧ソ連地域は五万三千人。その人数と、それから抑留された方々、先ほど申しました五十七万五千人の差が四万七千人ございます。この方々が、健康上の理由などで旧満州若しくは北朝鮮に送致されたと考えられる方々だというふうに推計しております。
 また、抑留者の地域別内訳につきましては、旧満州地域から約四十四万一千七百人、北朝鮮地域から約六万六千人、樺太・千島地域から約六万七千三百人というふうに推計してございます。
#113
○吉川春子君 一九九一年には日ソ協定が調印され、捕虜収容所に収容された者に係る問題を速やかに処理するというふうになったわけですけれども、二〇〇五年三月、ロシアから、病弱のため入ソ後、旧満州、北朝鮮に移送された方々の名簿が入手できたわけですね。その名簿の数と身元が確認できた数は何名ですか。また、身元確認は何名の職員でやっておられますか。数字を報告してください。
#114
○政府参考人(荒井和夫君) お答え申し上げます。
 平成十七年の三月に、ロシア政府から旧ソ連抑留者で北朝鮮に移送された方々、約二万七千名の名簿が提供されてございます。この名簿の記載事項は限られたものでございますので名簿登載者の身元特定は困難な状況にございますが、現在、亡くなられた方を中心に約四つ若しくは三つぐらいの様々な資料を突合させながら、できる限り多くの方々の特定作業を現在行っております。
 その作業とは別に、個別に今回、例えばその名簿について遺族の方若しくは御本人の方にはその情報を提供することになってございますけれども、そういう形で、この名簿に私が入っているかもしらぬという形で名のりを上げられた方を含めて、二十一名の方は現在特定できてございます。
 いずれにしても、私どもの仕事の関係では亡くなられた方が非常に大きな問題だと思っておりますので、その方々を中心にできるだけ早く、幾つかの名簿を重ね合わせながら、その個人の特定をいたしたいと思っております。
 また、旧満州地域の移送者につきましては、現在のところ、ロシア政府から名簿等の資料の提供がございません。したがいまして、私どもとしては、この二万七千名の名簿の更に細かい情報、それから満州地域に送られたと想定される方々の名簿についてロシア政府の方に出していただくことを要請してきておりますし、また今後もしていきたいと思っております。
#115
○吉川春子君 いずれにしても、まだ名簿が来ないと、それを早急にロシア政府に対して強く要求することと、たった二十一名しか判明してないということですので。で、この作業をしているのは二名の職員でやっているというふうに聞きました。そうですね、そうですよね。──分かりました。そうです。たった二名の職員でこんなのをやっていたら何年掛かるんですか。やっぱりこの問題についてもっと熱を入れて、職員も増やして早急に身元判明作業を含めて全力を挙げてやっていただきたいと、そのことを要望しておきたいと思います。
 大臣にお伺いいたしますけれども、一九四五年の八月九日にソ連が国境を越えて旧満州に侵入してきた。当時、中国東北部にいた四十四万一千人の日本人を強制連行してシベリアへ抑留していったと。当時、日本は満州百万人移民計画というのがありまして、大量の日本人が中国の東北地方に農民を含めていたわけですけれども、そういう中でこのシベリア抑留という問題も起こったわけですけれども。恩給欠格者に対する書状の中で、総理大臣の書状は、あなたはさきの大戦における旧軍人軍属としての御苦労に対し衷心より慰労しますと、このように記して送られているわけですけれども、これは日本政府として、極寒の地で、シベリアで強制抑留され労働をさせられた人々に対する謝罪の言葉なのでしょうか。
#116
○国務大臣(菅義偉君) 実は、私の両親も満州鉄道に勤めておりまして引揚者であります。小さいころからそうした引き揚げてくるときの話を私、幾度となく実は聞かされてまいりました。正にシベリアに抑留をされた方々も筆舌に尽くし難い御苦労をされたというふうに思い、そうしたときには正に心の痛む思いであります。
 この基金設立の契機となりました昭和五十九年の戦後処理問題懇談会報告において、この問題についてはもはや国において措置すべきものはないとされたにもかかわらず、関係者に対し衷心から慰藉の念を示すことが必要である、そうした中からこのシベリア抑留の方々の御苦労を踏まえてのものであると、こう実は理解をいたしております。
 総務省としては、これまでも基金を通じてシベリア抑留者の方々に対し慰藉の念を示す事業を行ってきたところでありまして、さらに、今回の与党からの新たな提案を踏まえ、法案が成立すれば新たな事業に誠実に取り組んでいきたいと思っております。
#117
○吉川春子君 大臣、その慰藉という言葉と謝罪という言葉と、日本語でもはっきり違うと思うんですね。やっぱりこういうシベリア抑留者の方々の御苦労を慰藉するというのと同時に、やはりその謝罪の言葉を是非政府から欲しいと、このようにおっしゃる方が多いのですけれども、総務大臣しかここには大臣はいませんので、内閣を代表して謝罪の言葉を是非お述べいただきたいと思いますが、いかがですか。
#118
○国務大臣(菅義偉君) 私ども政府の立場で今申し上げ、先ほど申し上げたとおりのことであります。
#119
○吉川春子君 慰藉はするけれども謝罪はしないというふうに受け止めさせていただきます。そうですね。それでいいですか、大臣、困りますか。
#120
○国務大臣(菅義偉君) 私が先ほど申し上げたことで御理解をいただきたいと思います。
#121
○吉川春子君 いいんですね。
 外務省に伺いますけれども、まあ大臣の言葉はもうちょっと私は納得できませんが、ジュネーブ条約を批准したけれども、後に、批准以前であってもいわゆるシベリア抑留者は国際慣習法によっても捕虜だというふうに思いますけれども、それは捕虜ということでいいんですね。
#122
○政府参考人(猪俣弘司君) ただいま国際法の御質問でございましたので、私の方から御答弁させていただきます。
 捕虜の待遇に関します一九四九年八月十二日のジュネーブ条約、これ今先生の御指摘の条約でございますけれども、いわゆるジュネーブ第三条約、捕虜条約と言っておりますけれども、この捕虜ということには当然定義がございまして、紛争当事国の軍隊の構成員及び……
   〔吉川春子君「時間ないんで。外務省としては捕虜なのかどうかだけでいいです」と述ぶ〕
#123
○委員長(山内俊夫君) 指名を受けてから御発言願います。
 吉川君。
#124
○吉川春子君 済みません、委員長。そういうことなんです。的確に答弁するように言ってください。
#125
○委員長(山内俊夫君) 簡潔にお願いします。
#126
○政府参考人(猪俣弘司君) はい。あと、抑留者ということにつきましては、国際法上定義されておるということは承知しておりませんので、ただいまの質問に対しまして明確なお答えはできないというのが御答弁でございます。
#127
○吉川春子君 明確に答弁してもらわないと、シベリア抑留者は捕虜だったというふうには日本政府は思ってないんですか。そこはどうなんですか。
#128
○政府参考人(猪俣弘司君) もちろんシベリア抑留というのは人道上問題でありますということとか、非常に政府としてもこの行為は問題であったと認識しておりますけれども、ただ、この捕虜かどうかという点に関しますと、シベリアに抑留された方々がすべて捕虜であるかということになりますと、そのときの国際法、正にジュネーブでいいますと今の条約というのは四九年でございますので、その段階では元々ありましたハーグ陸戦法規というのがそのとき当然存在した条約でございますけれども、その観点からいいまして、じゃ捕虜と言えるかというと、捕虜と言えるというふうには判断できないということでございます。
#129
○吉川春子君 そのシベリア抑留者を捕虜だという立場でその国際的なルールに従って扱い、そしてそういう、例えば労働に対する対価も払っていく、そういうことがスタートなのに一番基礎となるべき概念について捕虜だとは言えないと、これは何たることですか。こんな長いことたって。そんなの絶対納得できませんよ。
 外務省、捕虜としてしかるべき国際的なルールに乗っけて日本政府も責任取る、ロシアにも責任要求する、請求権を放棄したら日本の政府はその後はやると、そういう立場に立つべきじゃないですか。大臣、シベリア抑留者が捕虜じゃないなんていう今の外務省の答弁認められますか。とんでもないことだと思いますよ。
#130
○委員長(山内俊夫君) どなたが答えられますか。
#131
○政府参考人(猪俣弘司君) シベリア抑留者の中におきましても当然、軍人軍属という方がいらっしゃったという前提に立てば、その観点でいうと捕虜という該当することもございますけれども、抑留者につきましては国際上特段の定義がございませんので、捕虜等の移動というのを一概に述べることは困難であるという観点からの御答弁であることを御理解いただきたいと思います。
#132
○吉川春子君 時間なので、これは委員長、是非理事会できちっとした答弁を政府から取っていただきたいと思います。
 捕虜じゃなくて、国際ルールにない抑留者なんていう言葉を法律であいまいに位置付けて、それがこの問題の処理の誤りの原点だと思いますので、是非、捕虜じゃない者もいるとか、何か非常にあいまいなので、明確な答弁を、委員長、是非政府から求めていただきたいと思います。
#133
○委員長(山内俊夫君) ただいまの吉川春子君の発言に対して、理事会で協議をさせていただきます。
#134
○吉川春子君 終わります。
#135
○又市征治君 社民党の又市です。
 戦後六十年以上たちまして、六十万人もおられた抑留者も多くの方が亡くなって、御存命の方々は十一万人を割ったという御報告であります。年齢も八十四歳が平均だと、こういうことでありまして、国としての補償の意を表すについてはもう時間的余裕がない、多くの方がおっしゃっております。抑留経験者らでつくる全国抑留者補償協議会の寺内会長は、国家の責任を認めて、我々の目の黒いうちに野党側の法案を成立させてほしい、こう訴えられております。本日午前中の元島参考人の御趣旨も同様だろうと思います。
 そこで、総務省に伺いますが、三年前の独法化に当たって、事業内容について、また機構についてどのような検討をされたのか。とりわけ、野党案にあるような基金を全面的に活用した補償金の交付など新しい事業の検討をなされたのかどうか、この点をまずお伺いをいたします。
#136
○政府参考人(綱木雅敏君) お答え申し上げます。
 基金におきましては、今次の大戦における尊い戦争犠牲を銘記して、かつ、永遠の平和を祈念するために、いわゆる三関係者の労苦について慰藉の念を示す事業を行っております。
 基金の独立行政法人化につきましては、ただいま先生おっしゃったように、平成十三年の閣議決定、特殊法人等の整理合理化計画にのっとりまして、経営責任の明確化、あるいは経営の自律性の確保を目的として行ったものでありまして、あわせて、更なる経費の節減にも努めているところでございます。
 今お尋ねになりました基金の事業内容につきましては、当初の認可法人から独立行政法人にと、当初の基金の設立目的が変わったわけではないことから、移行後も引き続きその当時の慰藉事業を実施して、現在に至っているところでございます。
 なお、独立行政法人化いたしましても、資本金四百億円の運用益をもって慰藉事業を行うという基本的な基金の枠組みは維持されたことから、基金の取崩し等についての検討は行っておりません。
#137
○又市征治君 残念ながら新しい事業の検討はされていないということであります。
 そこで、与党案のことについてお伺いをいたしますが、与党案は我々が提案している案と違って、既に政府が支出している四百億円のうち二百億円だけを今後に使うことにして、対象者を生存者に限り、十万円から銀杯までの段階に区分して支給するというものであります。
 しかし、新事業の検討もされずに、いったん出した基金の半額を国庫に戻すことがなぜ必要だというふうにされるのか、この点の明快な御答弁をお願いしたい。
#138
○衆議院議員(宮路和明君) 私ども与党案における新規の慰藉事業の内容でありますが、その対象者は、今委員御指摘のように生存者ということにいたしておりますし、また、過去の慰藉事業の申請率などいろいろ考慮いたしますと、事業規模にして二百億円程度になるのではないかと、このように想定をいたしておるわけであります。
 元々、基金の資本金の原資は国民の税金でありまして、したがって新規のこの慰藉事業を実施して、解散時にその剰余が生じました場合は、これは当然、国に返還するのが自然な姿ではないか、当然のことではないかと、かように考えて、基金の半額を、ほぼ半額を事業に用い、残ったものは国庫に戻すと、このような考え方に整理をいたしている次第であります。
#139
○又市征治君 低く見積もって、それで余ったから半分は戻しますという理屈は成り立たない。
 私は本当に、何回もこの種の問題、議論、参加したんですが、今日おいでいただいておる、委員でおいでになっておる尾辻先生おられますけれども、先般、大変な御努力をいただいて、ドミニカ問題については、これはもうここにおいでの委員の皆さんみんながもう賛成なさったと思うんですね。ああいう努力を尾辻先生なさっていただいた。私も大賛成でありました。正に、ドミニカの移民をなさったあの人々の御苦労に勝るとも劣らない、こういう状況が、むしろ今、シベリアの抑留者の実態じゃありませんか。そういうこととのアンバランス。
 本当にこういうことを、金銭の多寡というよりも、本当に国がやっぱり、尾辻先生はドミニカまで行っておわびまでなさった。政府を代表しておわびもなさった。なぜこうした抑留者の皆さんに本当の意味で、さっきから言葉付きで慰藉だとかなんとかとか、なぜ謝罪をしないのか。国の責任だったんじゃないですか。そういう問題を本当に今、国会議員は議論しないでどうするんですか。そこのところを私は本当に、このアンバラを言いたいということであります。
 そのときに、もちろんこれは今、議員立法の話ですから、政府にも幾つか問わなきゃなりません。一つ、戦後補償問題について厚生労働省に伺います。
 戦後六十余年たった今になって、戦後補償について、国の内外からいろんな要求が出そろってまいりました。これには、アメリカやドイツなどの外国で補償問題の民主的な解決が進んで、正に人権のあかしとして政府の謝罪と補償を求めることが当たり前になってきたというのが一つあります。また、当事者が高齢化をして、今が国の謝罪、補償の最後の機会になってきた、こういう認識が全体的に広がっていることです。その一つが中国残留孤児への補償問題です。
 今月一日、神戸地裁で、国の責任を認める判決が出ました。私は、昨年の三月に、これは尾辻大臣とその当時やり合ったんですが、中国残留孤児の処遇が北朝鮮拉致被害者と比べても段違いに低いことの不公平は、このことを問題にも取り上げました。そういう点では、正に今度の判決にこれは明記をされて、国家賠償の額の基準としてこの判決は示されているわけです。政府はこの十一日に控訴をしたようですけれども、シベリア抑留者と同様、時間を掛けて亡くなることを待っておるのか、こう私は本当に怒りを持って言わなきゃならぬ、こう思うんです。
 判決を受け入れるように政府に求めたいと思いますが、厚生労働省の見解をまずお聞きします。
#140
○政府参考人(荒井和夫君) お答え申し上げます。
 中国の残留邦人訴訟につきましては、同様の案件につきまして、平成十七年七月六日には大阪地裁で、また平成十八年二月十五日には東京地裁において、論理の相違はございますが、いずれも国側の勝訴の判決が出ております。今般の神戸地裁の判決については、これらの判決における判断とも異なりますので、私どもとしては上級審の判断を仰ぐことが必要であるというふうに判断しております。
 また、判決の内容につきましては、これは私どもの所掌ではございませんが、入国管理法の解釈を誤り、また中国残留邦人の被害の性質を北朝鮮拉致被害者の被害と同視している点が問題ではないかというふうに私ども理解してございます。具体的には、入管の関係では、入管時の身元保証を要求するのは不合理だということでございましたが、身元保証の提出を求めたとしても、入管法での外国人としての取扱いとしては適法な措置だったというふうに考えてございます。
 また、永住帰国された方々に対する問題でございますが、判決では、中国残留邦人に対して、北朝鮮拉致被害者に対するのと同様の支援措置を行う義務があったと、にもかかわらずそれを行わなかったと判じてございます。しかしながら、北朝鮮拉致被害者の被害は平時における北朝鮮の未曾有の国家的犯罪によるものでございます。中国残留邦人の被害はさきの大戦に起因して生じた戦争損害、戦争損失というふうに、その置かれた事情が異なるということだと考えております。
 このような観点から、今回の国に賠償を命じた神戸地裁の判決に対して問題があるということで、上級審の判断を仰ぐということにいたしました。
#141
○又市征治君 あなた方の答弁いつも聞いておっても血も涙もない、政治なんてないんですよ、あなた方は。本当にひどい。政府だけがこういう世論や判決から後れているんですよ。
 残留孤児問題が改めてこの間の十一日、NHKで報道されていました。千葉県の帰国した男性の話が流されておりましたが、彼は最初、訪日調査で来たけれども、身元引受人がいないと認定を延ばされて、ようやく五十代の後半に帰国をして、働けたのは結果的に九年ほどにすぎずに、年金受給資格にも足らなかった、こう言っています。正に判決の言う合理的な根拠なしに残留孤児の帰国を国が制限したんですよ。そして、結局、違法な行政行為に当たる事例なんですね。ところが、この人が退職後、生活保護を受けていたところ、養い親の病気で一時訪中したんだが、生活保護の停止期間に当たるとしてお金の返還を命じられた、こういう話です。
 これ、去年、尾辻さんと御議論させていただきました。尾辻さんは早速、法律じゃないけれども運用を改善する、こう言って御努力いただいたんですね。
 厚生労働省、もう一遍聞きますが、旅費を渡しておいて、もう一方の手で生活保護費を没収するというのは行政上全く矛盾しませんか。六千三百人お帰りになって六割が生活保護を受けているんですから、判決は、生活保護ではない単独の制度が必要だと、こう言っているわけですよ。拉致被害者救済は立法しているんですから、こちらも十分立法できるんじゃありませんか。そういうことに目を向けてこそ政治と言えるんじゃないですか。もう一度見解を言ってください。
#142
○政府参考人(荒井和夫君) 私どももこの残留邦人が日本で定着し、自立していくことは非常に重要な対策だと考えてございます。したがいまして、できる限りの対策を取っていこうということで、この間に対策を充実してございます。
 また、来年においてもさらに、残留邦人の方々が語学の問題、特に高齢化してきているためになかなか日本語がマスターできないという問題もございます。長期にわたって勉強できる仕組み、また、地域になじむために通訳若しくは指導員を派遣して、日本語を勉強しながら、また地域のいろんな問題が生じたときにすぐに駆け付けるような、そういう手助けをするというような形で、できる限りの支援を講じてまいりたいというふうに考えております。
#143
○又市征治君 あなた方の発想が全然狂っているんですよ。去年も、だから私は、さっき言ったように尾辻さんが厚生労働大臣でしたから、少なくとも役人の皆さんはあなたが今言ったようなことをいつも繰り返した。だけれども、法律でないけれども、法律には運用というのがあるんじゃないですかと、こうお尋ねした。尾辻先生は即、そのことは何かできるかといって、ようやく尾辻さんの判断で、あなた、去年の四月からやっと運用で旅費が出るようになったんじゃないですか。それ以上何もあなた方は判断をしない。
 そういう意味で、尾辻大臣の御判断でようやく運用が少し改善されて、付いていく……(発言する者あり)いや、尾辻さんだけを持ち上げているんじゃないですよ。私はそれが政治だと思う。本当に血の通った政治というのはそういうことだと思う。中国で養い親が死ぬかもしれぬといっておるのに、生活保護を打ち切られて、旅費も出てない、こんなばかな話あるか。そういうことをやるのが政治じゃないですかと言っているんですよ。なぜそれが検討できないかと言っているんです。もうこんなことを言っていたらもう終わってしまうから元へ戻りますが。
 最後に、もう一度総務省に伺いますけれども、シベリア抑留者等への政府の事業の消極性、あるいはそれを引継ぎ、打ち切る与党案と中国残留孤児に対する政府の態度にやっぱり共通の根っこがあるような気がしてなりません。それは、さっきも言われているように、戦争は当時国を挙げてやったんだから被害者は補償を求めるべきではない、こういう態度ですね、まず。そして、現在の政府は過去の戦争に責任を負わないという、歴史から全く何も学ばない、血も涙もない、こういう態度ですよ。
 だから、例えば昨年三月、私の質問に対して総務大臣だった麻生さんは、この種の不幸な話というのは、これはほかにも戦争というようなものにいたしますと枚挙にいとまがないんです、だから補償しないんだと。めちゃくちゃな話です、これ。同じ大臣でも全然違う答弁しているんだ、これ。
 これはまた、どうも最近では戦後レジームからの脱却という言い方で戦争責任を否定をして、国を愛する心なるものを法律で子供に強要し、戦争のできる国づくりへ進もうとする態度とも私、相通じるものがある、こう思う。このことは本当に、午前中の元島参考人の声を何と聞くのか、お互いに肝に銘じるべきではないかと、こう思うんです。
 今や、個人補償は世界の大勢であります。政府は、個人に対する歴史上の責任を認めて、様々な戦後補償に一歩踏み込むべきではないですか。シベリア抑留者あるいは恩給欠格者等についても、政府は我関せずではなくて、この基金の残金を使って補償をするというむしろ野党の趣旨を政治に生かす、そんな努力を求めて、これ答弁求めてもどうにもなりませんから、その点だけ申し上げて、私の質問を終わりたいと思います。
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#144
○委員長(山内俊夫君) この際、委員の異動について御報告申し上げます。
 本日、木村仁君が委員を辞任され、その補欠として野村哲郎君が選任されました。
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#145
○長谷川憲正君 国民新党の長谷川憲正でございます。
 最初に、野党案につきましてちょっと質問をさせていただきたいと思いますが、この四百億の基金の原資を使って強制抑留者の方々に特別給付金を給付をされるという案になっておりますが、恩給欠格者の皆さんに対するお考えというのがありましたらお聞きをしたいと思います。
#146
○委員以外の議員(谷博之君) 長谷川委員の御質問にお答えしたいと思います。
 戦後、強制抑留者の方々の皆さん方については、先ほど来ずっと出ておりますが、酷寒の地で強制労働に従事され、そして大変な思いをして、そしてその労働賃金がまだ支払われていない、こういう特別な事情がございます。そして、関係者の超高齢化という、こういうふうな喫緊性にかんがみて早急にその労苦を慰藉する必要から、先ほど来申し上げておりますけれども、特別給付金支給法案というものを御提案申し上げているところですが、当然、その対象の中には恩給欠格者で戦後強制抑留された方々も当然含まれていると、このように思っております。
 また、それ以外の恩給欠格者の方々についても御労苦が、もちろん十分、多々あったことは我々も十分認識をしております。したがって、その置かれている状況とか、これまでに講じられてきた措置、国の財政状況等を総合的に勘案をさせていただきまして、今後、必要に応じ何らかの措置を検討することを否定するものではありませんし、私どもはそうした措置を講ずるべく努力をしていくと、このように考えております。
#147
○長谷川憲正君 お考えは分かりましたけれども、先ほども参考人の方のお話を伺っておりまして、この問題はやっぱり一刻も早く決着を付けなければいけないという課題でございますので、同時に、恩給欠格者に対する措置についてもお出しをいただければよかったかなというのが私の感想でございます。
 次に、与党にお聞きをいたします。
 先ほど来、大変厳しい御指摘が各委員からございます。与党の発議者の皆さん方は、恐らく心の中では、委員席に座っておったらおれたちももっと言いたいこと一杯あるよというお気持ちかもしれません。そういう意味で、政府・与党の合意というものを受けてこういう法律をお作りになって、実際ここで今説明をしておられるということに対して、心から敬意を表したいというふうに思います。
 しかしながら、しかしながら、やはりこの与党の案を拝見をしますと、恩給欠格者に対する扱いはともかくとしまして、シベリア抑留者に対しても十万円の旅行券ということでは余りに少額に過ぎるのではないかなと、率直にそういう感じがいたします。
 特に問題は、皆様方がこの法案を出される前に、平成十五年の十二月に自民党五役から総務大臣に申入れがなされておりますが、この申入れの中身を見ると、当時は旧ソ連等の抑留者に対しましては慰労金が二十万円、そして恩給欠格者には十万円と、今の案の倍であったわけであります。私、国家財政が厳しい中ですから、幾らでもやりたいといってもなかなか限度があるんだよというのは分かりますけれども、それにしても、一度十五年の段階でこういうものをお決めになって、それが二年もたたないうちにその半分になってしまうというのは一体何があったんだろうか。その辺の事情については、もしお聞きできるものであればお聞きをしたいというふうに思っておりますが、いかがでしょうか。
#148
○衆議院議員(宮路和明君) このシベリア抑留者にかかわる戦後処理問題、これはこれまでの長い長い歴史の中で本当に多くの御議論をいただいておるわけでありまして、そして国会においてももちろん多くの議論をいただいてまいりました。そして、その段階その段階で所要の措置が講じられてきたと、こう思っております。
 例えば、抑留者につきましては、復員するまでの間、復員されるまでの間は、これは軍歴として計算をいたしまして、軍歴に組み込んで、そして抑留加算を御承知のとおりこの恩給の世界で講じておるわけであります。また、恩給の対象とならない軍属、準軍属の方につきましては、恩給に代わるものとしての援護法による援護措置をこれまた講じさせていただいているところであります。そして、その後、この平和祈念事業特別基金の発足に当たりましても、シベリア抑留者に限りましては十万円の交付国債を用いて慰労金を支給するという措置も講じてきておるわけであります。
 そういう中にあって、しかしながらまだ恩給欠格者、そしてまた引揚者も含めまして、この三つの団体の方々からなお新たなる措置をと、こういうことでございましたので、私どもとしては、先ほどお話があったように、御指摘があったように、当初はシベリア抑留者につきましてはその御苦労の筆舌に尽くしがたいその御労苦、その事情にかんがみまして、確かに最初は二十万円の交付国債を支給するという案をこさえたことも、これも間違いございません。
 しかしながら、そのときは、先ほど小野委員の御指摘にもお答え申し上げましたように、まあ四百億をすべてこれ取り崩してといいましょうか、それを財源としてこうした措置を講じようということでの考え方であったわけでありますが、その後いろいろ議論を重ねる中で、元々この四百億はその運用益を使って慰藉事業をやるという前提の下に積み立てられた四百億円であるので、その慰藉事業が終わったとするならば、その時点で当然それは政府に返還すべきものであるという御意見もいろんな方面から聞こえてきたわけでありまして、したがってそういう声にも我々としては耳をかさなきゃならないということで、その後、政府・与党、しっかりと協議を更に重ね、議論を詰めていく中におきまして、まあ二百億円程度のものとしてこの事業を仕組むことにしてはどうか。そうなりますと、事業規模も先ほど申し上げた二十万円がまあ十万円程度かなというようなこととしてこの案を取りまとめ、そして法案として出させていただくに至ったと、かような次第でございます。
#149
○長谷川憲正君 丁寧に御説明をいただいたんですけれども、率直に申し上げて、なるほどなといって納得はできないわけでございます。やはり、本当に国家の犠牲者になられた方々でございますので、せっかくこの四百億円という原資があって、それは事業が全部終わったら国庫に帰属をするというのは当然かもしれませんけれども、この四百億円で何とか救っていこうと、国のために犠牲になられた方々に国としての誠意を示そうということでやってきたとするならば、私はやっぱりこのすべてを原資にして、たとえ二十万、二十万でも決して多いと思いませんけれども、少なくもそのぐらいはおやりになるべきではなかったのかなということで、非常に残念に思います。
 そういう意味で、野党案、与党案と二つの案が私たちの前に示されているわけでありますけれども、本来であれば両者で話し合って折衷案をお作りをいただけたらよかったなと、つくづく残念に思います。最近、教育基本法、今議論されておりますけれども、についてもつくづく思うんですけれども、やっぱり与党、野党で対立をするだけがすべてじゃございませんので、お互いに話をしながら、なるべく国民全体が納得をしていただけるような、そういう合意を作るべきだというふうにも思うわけでありまして、今回そういう意味では大変残念に思っております。何とか早く決着を付けようと、そしてできるだけのことはやろうという、その熱意は痛いほどよく分かりますけれども、意余って力足らずのような感じがして仕方がないわけでございます。
 そういう意味で、今回この法案を作るに当たりましての新たな政府・与党合意というのがありますけれども、これを見さしていただくと、その中で、以上の措置により戦後処理問題に関する措置はすべて確定、終了したものとするという申合せがあるんですけれども、引き続きですね、引き続き、今回はこれでもって取りあえずの手は打っていただくとしても、まだこれから先やるべきことがあるのではないか。是非そこで、発議者の皆さん方に今後とも御努力をいただきたいということを御要望申し上げて、質問を終わりたいと思います。
#150
○委員長(山内俊夫君) 他に御発言もないようですから、独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案(第百六十三回国会衆第二号)に対する質疑は終局したものと認めます。
 これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。
#151
○那谷屋正義君 私は、民主党・新緑風会を代表して、ただいま議題となりました自民党、公明党提出、独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案に反対する立場から討論を行います。
 以下、具体的な反対の理由を述べます。
 その第一は、十万円相当の旅行券支給等に典型的と言えるシベリア抑留者を愚弄するにもほどがあるその発想及び手段のいずれについても、政府が果すべき責任を完遂したとは言い難いからであります。その第二は、一九六七年の与党・政府の第一回合意以降、今回で三度目の措置が講じられようとしていますが、小出しに小出しを重ねた挙げ句のその場しのぎの方策にすぎないためであります。こうしたことの結果、与党案の対象となる方の多くが強い不満を示していることからも、それは明らかであります。
 この間にも、多くの被害者が志半ばでお亡くなりになったという、取り返しの付かない行政府、立法府を問わぬ不作為が現実として存在します。しかるに、これら痛切な反省から見出されて当然の抜本的解決が図られていないことは、政府・与党の無力、無定見さをあらわにするものであります。
 極め付けは、抑留者や死亡者の数さえ確定できないということに象徴される政府の誠意等が余りに希薄なことであります。対策を講じる上で不可欠の要件とも言えるこれら実数の把握すらおぼつかない有様を見ても、やるべきことを放てきしながらひたすら幕引きを叫ぶ与党・政府の姿勢は断じて容認できません。
 戦後処理問題、とりわけシベリア抑留者対策は、高齢化などの諸状況にかんがみるならば、最後の決定打が要請されています。質問の中でも申し上げましたが、戦後処理問題審議会なるものを設置し、一刻も早くこの問題を解決していく姿勢が求められているわけであります。野党案の背骨である特別給付金の在り方こそが戦争への反省、贖罪の意味も込められた民主国家における世界標準足り得る資格を持つことになります。このことを明らかにして、私の討論を終わります。
#152
○二之湯智君 私は、自由民主党及び公明党を代表して、与党提出の独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案に賛成する討論を行います。
 平和祈念事業特別基金は、今次の大戦における尊い戦争犠牲を銘記し、かつ永遠の平和を祈念するため、いわゆる恩給欠格者、戦後強制抑留者、引揚者等の関係者の労苦について国民の理解を深めること等により、関係者に慰藉の念を示す事業を行うことを目的として設立され、これまでに関係者の労苦に関する資料の収集、保管や調査研究、平和祈念展示資料館を中心とした展示や講演会、戦後強制抑留者等に対する銀杯、書状などの慰労品の贈呈及び慰労金の支給などの事業を行ってきたところであります。
 しかしながら、さきの大戦の終結から既に六十一年余りが過ぎ、恩給欠格者、戦後強制抑留者及び引揚者の問題、いわゆる戦後処理三問題は関係者の方々の高齢化が進んでいる状況にかんがみれば、我が国のために多くの犠牲を払い、辛酸をなめてこられたこれらの方々の心情にひとしくおこたえする措置を一刻も早く講ずることが必要であります。
 また、平和祈念事業特別基金は、今般の特殊法人等改革により、行政の効率化が求める中、独立行政法人となったものでありますが、現在、役職員の人件費や展示資料館の維持などの費用が負担となり、折からの低金利も重なって、基金の運営は大変厳しいものとなっており、法人による事業の継続が困難な状況にあります。
 与党案は、新たな慰藉事業に充てるため、独立行政法人平和祈念事業特別基金の資本金の一部を取り崩すことができることとし、さきの大戦により筆舌に尽くし難い御労苦をこうむった方々に対し、衷心より慰藉の念を示す道を開き、本事業の終了を待って基金を廃止するものであり、戦後処理三問題の最終的な決着とともに、行政の効率化を図るため、是非とも必要な措置と言えます。
 以上の立場から与党案に賛成することを再度申し上げ、私の討論を終わります。
#153
○吉川春子君 私は、日本共産党を代表して、与党提出の独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案に反対の討論を行います。
 初めに、第二次世界大戦の終結後、満州、北朝鮮地域の日本兵はシベリアへ強制連行、強制抑留されました。ソ連の指導者スターリンが行ったこの行為は、ポツダム宣言に違反する非人道的な行為で絶対に許すことはできません。同時に、日本政府が行った侵略戦争、満蒙開拓団に続く棄民棄兵政策もスターリン犯罪と表裏一体をなすもので容認できません。シベリア抑留者には強制労働の対価が支払われるべきであり、日本政府が日ソ共同宣言で請求権を放棄している以上、日本政府の責任です。また、シベリア抑留者への謝罪や個人補償を拒み続け、現在に至るも旧ソ連やロシア政府に対して労働証明書の発行を求めず、抑留者の名簿の入手や身元の確認でも全く不誠実な態度を取っています。私はこうした政府の態度に強い怒りを禁じ得ません。
 次に、与党案に反対する具体的理由は、シベリア抑留を始めとする戦後処理、補償問題を未解決のまま一方的に切り捨てるものになるからです。政府と与党は出資金の半分の二百億円を切り崩し、そのわずかな額で元抑留者には十万円相当の旅行券又は八万円相当の品、恩給欠格者には五万円又は三万円の旅行券、引揚者には銀杯を支給するとしています。シベリア抑留者の平均年齢は八十五歳。恩給欠格者、引揚者も高齢化しています。こうした高齢者に対して旅行券や銀杯で一件落着とするのは許されません。政府は、シベリア抑留者が負った極寒と飢餓、重労働という三重苦、帰国後の差別と生活難、こうした深い精神的な苦しみを我が物として受け止め謝罪するとともに、関係者が納得する抜本的対策を行うべきです。その点で、特別給付金制度を設ける野党案はシベリア抑留者の期待にこたえるものです。
 日本共産党はシベリア抑留者の問題を解決するため引き続き頑張る決意を申し上げ、討論といたします。
#154
○又市征治君 私は、社会民主党・護憲連合を代表して、与党提出の独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案に反対の討論を行います。
 なお、私は、我が党など野党三党が提案している戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案外一件の発議者の一人でもあり、これに賛成の趣旨も併せて述べさせていただきます。
 戦後六十年余、六十万人おられたシベリア抑留者の多くが亡くなり、御存命の方々は十一万人を割り、年齢も平均八十四歳に達しています。抑留経験者の方々は、国家の責任を認め、我々の目の黒いうちに野党側の法案を成立させてほしいと訴えています。基金の残金は、与党案のように半額残して涙金を配るのではなく、私たちの案のように全面的に活用し、なお少額ではありますが補償金と言うに足る額の交付に踏み切るべきです。
 戦後補償は、今や国際的に個人補償、人権問題としての見直しの段階に入っているのに、日本のみが後れています。当事者が高齢化して、今が国の謝罪、補償の最後の機会と言うべきでしょう。本件のシベリア抑留者を始め、中国残留孤児と呼ばれた日本人、従軍慰安婦にされた女性たちや、サンフランシスコ条約で突如日本人でないと突き放された朝鮮半島、台湾出身の日本軍兵士、軍属、また強制連行、強制労働など、多様な形で戦争の惨禍をいまだ負っている人たちに対して、現在の日本政府が過去の政府に代わって謝罪と補償を行うことは当然のことです。今月一日の神戸地裁判決は、この法的責任の一端を明らかにしました。かつ具体的に、政府が北朝鮮拉致被害者に行っている支援を中国残留孤児への国家賠償の額の基準として示しました。
 これまでの政府の態度は、戦争を指導した政策責任者と被害者を同列の一億総ざんげ扱いして、被害者は補償を求めるべきでない、現在の政府は過去の戦争に責任を負わないとする歴史からの断絶論であって、これまた戦後レジームからの脱却という言い方で戦争責任を否定し、国を愛する心のある者を子供に法律で強要し、戦争のできる国づくり、新たな戦前体制へ進もうとする態度と通じています。与党案は、こうした政府の態度と一体のものです。今が正にシベリア抑留者の方々に対して国の謝罪と補償の最後の機会です。そして、その策が野党三党案が提案している内容だと確信いたします。
 当委員会所属のすべての皆さんが、抑留者の方々の悲痛な叫びにこたえるため、党派のメンツにとらわれず野党案に賛成いただくことを訴え、与党案に反対する討論といたします。
#155
○委員長(山内俊夫君) 他に御意見もないようですから、討論は終局したものと認めます。
 これより採決に入ります。
 独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律の廃止等に関する法律案(第百六十三回国会衆第二号)に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#156
○委員長(山内俊夫君) 多数と認めます。よって、本案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#157
○委員長(山内俊夫君) 御異議ないものと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#158
○委員長(山内俊夫君) これより請願の審査を行います。
 第三九八号檜原郵便局の外務業務を廃止し、あきる野局に統合する計画の白紙撤回に関する請願外四十四件を議題といたします。
 まず、理事会において協議いたしました結果につきまして、専門員に報告させます。高山専門員。
#159
○専門員(高山達郎君) ただいま議題となりました請願につきまして、理事会における協議の結果を御報告申し上げます。
 理事会におきましては、第三九八号外四件の檜原郵便局の外務業務を廃止し、あきる野局に統合する計画の白紙撤回に関する請願、第六一二号外八件の郵政民営化時における新会社への雇用の承継の保証に関する請願及び第六六二号外三十件のシベリア抑留問題の早期解決に関する請願はいずれも保留とすべきものと決定いたしました。
 以上でございます。
#160
○委員長(山内俊夫君) それでは、理事会において協議いたしましたとおり、第三九八号檜原郵便局の外務業務を廃止し、あきる野局に統合する計画の白紙撤回に関する請願外四十四件は保留といたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#161
○委員長(山内俊夫君) 御異議ないと認めます。よって、さよう決定をいたします。
    ─────────────
#162
○委員長(山内俊夫君) 継続調査要求に関する件についてお諮りをいたします。
 行政制度、公務員制度、地方行財政、選挙、消防、情報通信及び郵政事業等に関する調査につきましては、閉会中もなお調査を継続するものとし、本件の継続調査要求書を議長に提出いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#163
○委員長(山内俊夫君) 御異議ないものと認め、さよう決定いたします。
 なお、要求書の作成につきましては委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#164
○委員長(山内俊夫君) 御異議ないものと認め、さよう決定をいたします。
    ─────────────
#165
○委員長(山内俊夫君) 委員派遣に関する件についてお諮りいたします。
 閉会中の委員派遣につきましては、その取扱いを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#166
○委員長(山内俊夫君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時三十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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