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2005/02/16 第162回国会 参議院 参議院会議録情報 第162回国会 少子高齢社会に関する調査会 第2号
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2005/02/16 第162回国会 参議院

参議院会議録情報 第162回国会 少子高齢社会に関する調査会 第2号

#1
第162回国会 少子高齢社会に関する調査会 第2号
平成十七年二月十六日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 二月十五日
    辞任         補欠選任
     小川 勝也君     高橋 千秋君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         清水嘉与子君
    理 事
                中島 啓雄君
                中原  爽君
                山谷えり子君
                神本美恵子君
                羽田雄一郎君
                山本 香苗君
    委 員
                岩城 光英君
                荻原 健司君
                坂本由紀子君
                岡崎トミ子君
                加藤 敏幸君
                高橋 千秋君
                柳澤 光美君
                山本 孝史君
                蓮   舫君
                山本  保君
                鰐淵 洋子君
                小林美恵子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        岩波 成行君
   参考人
       お茶の水女子大
       学名誉教授    袖井 孝子君
       東京学芸大学教
       育学部教授    山田 昌弘君
       国立成育医療セ
       ンター名誉総長  松尾 宣武君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○少子高齢社会に関する調査
 (「少子高齢社会への対応の在り方について」
 のうち少子化の要因及び社会・経済への影響に
 関する件)
    ─────────────
#2
○会長(清水嘉与子君) ただいまから少子高齢社会に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨十五日、小川勝也さんが委員を辞任され、その補欠として高橋千秋さんが選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(清水嘉与子君) 少子高齢社会に関する調査のうち、「少子高齢社会への対応の在り方について」を議題といたします。
 本日は、少子化の要因及び社会・経済への影響に関する件について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、お茶の水女子大学名誉教授袖井孝子さん、東京学芸大学教育学部教授山田昌弘さん、国立成育医療センター名誉総長松尾宣武さんに参考人として御出席いただいております。
 この際、参考人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところを本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 参考人の方々から、「少子高齢社会への対応の在り方について」のうち、少子化の要因及び社会・経済への影響に関する件につきまして忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方でございますけれども、まず、参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと思います。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
 それでは、袖井参考人からお願いいたします。袖井参考人、どうぞ。
#4
○参考人(袖井孝子君) 袖井でございます。よろしくお願いいたします。
 本日は、少子化の要因とその社会経済的なインパクトということですが、私に頼まれましたのは主としてその要因の方というふうに理解しておりまして、特に、なぜ結婚をしない、若者が結婚しないかという辺りのことをお話ししたいと思います。
 少子化につきましては、私は幾つか書いたりしゃべったりしているんですが、本当の関心というのはむしろ既婚女性の就業継続と出産行動というところにありまして、未婚者の方は、これは続いてお話しになる山田先生の守備範囲なのでちょっと今遠慮しておりまして、今日お話しするところはちょっと私の思い付き的なところがございまして、ちょっと専門の山田先生に後で訂正していただかなければいけないかなというふうに思っております。
 一応レジュメをお配りしてありますので、それに沿ってお話ししたいと思うんですが、この調査会、少子高齢化ということですけれども、やはり今一番問題なのは少子化という出生率の低下だと思います。
 既に皆様御存じですけれども、お配りした資料の図の一というのに「日本の出生数の推移」というのがございますが、そのグラフでお分かりのように、第二次大戦後、三回ぐらい出生率の低下ということがあったんですね。
 その一つは、第一の低下がベビーブームの直後から五〇年代前半ぐらいまでに起こって、これはもうすごい下がり方で、合計特殊出生率が二分の一になったんですね。でも、このときは日本が経済的に大変で、第二次大戦で本当にダメージを受けまして、そして生活も苦しい、食料もない。食べていかれないということで、夫婦が出産を抑制した。政府としても、保健所を中心にして家族計画を推進したり、あるいは優生保護法を改正して経済条項を入れて中絶をしやすくしたというようなことで物すごい勢いで下がって、一番ピークのときが五〇年代前半なんですけれども、生まれる赤ちゃんと中絶される赤ちゃんとがほぼ同じぐらいというすごいことだったんです。これ、やみ中絶を入れると中絶される赤ちゃんの方が多いんではないかと言われたぐらいだったんですね。ただ、そのころはもう本当に出生率の低下はウエルカムだったんで別に大騒ぎもしなくて、ああ結構ですという感じだったんですね。
 その後、ずっと五〇年代半ばから七〇年代半ばまでほぼ合計特殊出生率が二ぐらいで安定していて、非常に安定していたということですね。夫婦に子供二人という、俗に言う標準世帯というのがこの辺で確立したんですけれども、そういういい時代が二十年ぐらい続きまして、七〇年代の後半あるいは末ごろからじりじりと出生率が下がり始めた。このころからちょっと日本経済も低迷期に入ってくるわけなんですが、この七〇年代終わりから八〇年代ぐらいまでは未婚化、晩婚化が原因と言われたんですね。ですから、いずれは結婚するだろうと。この時代は、結婚した夫婦について見ると大体二人産んでいましたので、いずれ結婚するだろうと、今ちょっと遅れているだけだというようなことが言われていて、余りまだ危機感なかったんですね。
 ところが、九〇年代に入って、特に騒がれたのが一九八九年の合計特殊出生率が九〇年に発表になって、一・五七と言われて一・五七ショックになったんですが、九〇年代に入って、特に九〇年代後半ぐらいから危機感が高まって、少子高齢化というよりも少子人口減少社会と言われるようになって、このまま行くと日本人口が減ってしまうと言われたんですね。この辺のところの理由は、未婚化、晩婚化ではなくて非婚化という、結婚しない人が増えてきているとか、それから夫婦当たりの出生児数も二を切るようになってきたということで非常に危機感が高まってきて、少子化社会対策基本法なんというのもできたり、それから政府、各省庁挙げて少子化対策に力を入れるということになったわけでございます。
 なぜ一番、原因はやはり結婚しない、未婚化、晩婚化あるいは非婚化か分かりませんが、なぜ結婚しないかというのを大きく二つに分けて考えたいと思います。
 一つは、主体的あるいは本人側の要因あるいは需要側の要因ということで、一つはやっぱり結婚の必要性とか魅力とかメリットが少なくなってきたということですね。これまでの結婚というのは、男性は身の回りの世話を期待する。いわゆる男性は生活自立ができないということで、お手伝いさん代わり、そういう身の回りのお世話をしてもらわないと生きていかれないということがあったんですけれども、最近では、家庭電化製品もできて、コンビニもあります、二十四時間営業のコンビニもありますし、クリーニングもあるし、家事サービスも普及したということで、身の回りの世話をしてもらわなくても暮らしていけるということになったんですね。
 それから、女性について申しますと、これまでは、やはり経済力がなかったので相手に経済力を期待していたんですね。ですから、二十年か三十年ぐらい前ですかね、未婚女性に調査すると、配偶者に何を期待するかというと、やはり経済力とか生活力というのが一番だったんですが、そういうのは、大体経済力が付いてきて、すべてうまくいっているとは言えませんけれども、やはり雇用機会均等法とかいろんなのができまして、経済的自立の可能性が出てきた。ですから、一人でも食べていかれるとか、無理して結婚をする必要もないんではないかということですね。
 それから、行動や生き方の自由が失われる。これは国立社会保障・人口問題研究所が五年置きぐらいに行っている独身者の調査で必ず出てくるんですね。これが男女とも一番たくさん占めています。ですから、本当に自由が失われるのか、あるいは自由が失われると思っているのか分かりませんが、これが一番大きな理由として挙げられています。
 それから、三番目としては、女性にとっては結婚によって失うものが大きいということで、一つは機会費用ということで、結婚、出産による退職ないし配置転換によって賃金の低下やキャリアの中断が起こってしまうということですね。これは生涯賃金について見ますとかなりの、三千万とか何か、かなり大きな数になってしまうということです。
 それから、仕事と家庭の両立が困難で、これはずっと言われていますけれども、なかなか解決しなくて、仕事も家庭もの二重負担になっているということで、仕事と家庭の両立支援ということが厚生労働省、旧厚生省を中心にずっと十年以上も叫ばれてきたけれども、なかなか解決しないです。
 それから二番目に、結婚に対する社会的圧力の低下ということで、結婚して家庭を持って一人前ということではなくなって、していなくてもいいんではないかということですね。今、小泉首相ずっとお一人ですけれども、別にだれも変だとは思いませんので、構わないんじゃないのという感じですね。
 それから、親や周囲の先輩たちの結婚生活が魅力的ではない。これは若い世代からかなりそういうことが言われております。
 それから、親もあえて結婚を勧めないということ。これは自分の結婚がハッピーではないということとか、やっぱり親子の相互依存関係が非常に心地よいということで、山田先生がパラサイトシングルというお言葉を作られましたけれども、親の方も子供にパラサイトしていて非常に心身ともに心地よいという、そういう状態が続いていると思います。
 それからもう一つは、これは私が外国なんかへ行ったりして感じたんですが、一人でも困らないのが日本の社会ではないか。欧米はカップル文化なんですね。それで、キリスト教に基づく異性愛を社会的な基礎単位とするというような感じがありまして、どこへ行っても一人だととても居心地が悪いんですよね。例えばレストランとか何か、一人だと非常に悪い席に連れていかれちゃうとか、それから、一人で何か音楽会とかショーなんかに行きにくい。ところが、日本は全然構わない社会で、とても居心地がいいし、むしろ最近のマスメディア、女性誌などは一人でも泊まれる宿とか一人でも困らないバーとか、そういうのを宣伝しているんですね。ですから、こういうのもやはり非婚化を促進しているんじゃないかと思いますが、カップルでなくてもちっとも構わないという、これは日本の特色です。
 それから六番目。これは私もちょっと自信がないんですが、性的欲求の低下ないし異常な性欲というふうなことを書きましたけれども、最近の子供、幼児さんの誘拐、殺人というようなそういう事件もありまして、大人の女性と付き合えない男性が増えているのではないかということと、それから、外国の方に日本の少子化現象について話しますと、なぜなのかって聞かれるんですね。若い男性がそういう性的欲求がないのかって聞かれて、さあと言うよりない、しか分からないんですが、非常にこれは不思議だって言われます。多分、その原因として、ストレスとか環境ホルモンとかビデオやゲームの影響とか何か考えられると思いますが、こういうことは本当にちゃんとお金を出して調査研究した方がいいんではないかなと思います。
 それから次に、なぜ結婚できないのか、客観的ないし供給側の要因、あるいは環境的な要因ですけれども、生涯未婚を望む人は少ないんですけれども、未婚率は上昇しているということで、これは表の一とか二にありますように、ずっと、いずれ結婚するつもりという人が、減ってはいるけど九割近くあるわけなんで、一生結婚するつもりはないという人は少ないんですよね。それから、表の二辺りに、ある程度の年齢までには結婚するつもりという人がいて、適当な相手が見付かるのを待っているという状態なので、生涯未婚という人は余り、少ないんですね。
 その原因として、一つは適齢期人口のアンバランスということですが、これはやはり女性が男性より二、三歳年下ということを考えれば、出生率がどんどん下がっていっていますので、どうしても男の方が人口があぶれる、余るということになるんですが、年齢差にこだわらなければこれは問題がないんですよね。スポーツ選手など年上の奥さんをもらっていますんで、この辺のところは余り問題じゃないと思うんです。
 それから二番目は、結婚相手に求める条件のミスマッチ、これがかなり大きいと思います。高学歴女性と学歴の低い男性とが結婚難になっていますが、やはり相手に求めるものが与えられない。高学歴女性はやはり自分と同程度の人を求めるし、学歴の低い男性は優しい気のよく付く奥さんを求めるということで、なかなかうまくいかないということになります。
 それから三番目として、恋愛結婚が増加してきて、結婚市場において勝ち残れない人、つまり負け犬が増えてきたということで、これは図の二をごらんいただきますと、ちょっと右肩上がりに三角形になって、これが恋愛結婚、右肩下がりの黒い丸が見合い結婚ですが、大体一九六〇年ごろに逆転しておりまして、今は圧倒的に恋愛結婚なんですね。ですから、恋愛結婚というのは結婚市場における自由競争なわけですから、これに勝ち残れない人ができてきてしまう。だから、むしろ見合い結婚が多かった時代の方がだれかが世話してくれるということで結婚するチャンスがあったんですが、いわゆる強い人が勝ち残っていくという形です。
 それから、もう一つ興味深いのは、出会いの場が少なくなっているということで、これは同じ図の二のグラフを見ていただけると分かると思うんですが、一つは、日本では学縁婚といいますか、学校で知り合って結婚するということが非常に少ないんです。アメリカなどはハイスクールの同級生と結婚する、ハイスクールとか大学の同級生と結婚するというのがかなり多いんですね。カーターさんとかニクソンさんなんかもそうでした。ところが日本は、高校は受験競争でクラスメートはライバルですし、大学はサークル活動や学生運動が衰退してきたということで意外に知り合うチャンスがない。かつては、学生運動が盛んだったころは、運動の中で知り合って恋に落ちて結ばれるというケースもあったんですが、今は余りそういうチャンスもないんです。
 それからもう一つ、職場結婚が減ってきたということで、日本では職場結婚が非常に多いというのが諸外国との違いで、これも外国の人から見ると不思議で、職場というのはお金を稼ぐところなのに何やっているんだとかいって外国の人に言われるんですが、このグラフごらんになりますと、ずっとこの黒いところで、一番多かったのは一九九〇年から九四年で、三六%あるので一番多かったんですが、それがこのところ減ってきている。つまり、これは不況によって仕事が過密化してきて、そんなのんびり恋を語っている暇がないとか、それから、正規職員をどんどん減らしていますので、非正規の人が増えてきてなかなか出会いのチャンスもない。それから、企業内福利厚生制度が縮小して社員旅行とか運動会なんか減らしているということで出会いの場が少なくなるということで、日本の恋愛結婚の場であった職場結婚というのがなくなってきているということがあります。
 それから、五番目としては、仲介役が減ってきて、まあ見合いですね、お見合い結婚をする人が減ってきた。かつてはプロの仲人というのもいましたし、それから近所のおばさんとか親戚のおじさんとかが寄ってたかって結婚したくないような人までさせちゃったということで、大体八〇年代ぐらいまでは日本人の大部分が一度は結婚するという社会だったんですけれども、だんだんそれが少なくなってきている。
 それからもう一つは、日本的な経営の終えんに伴う職場の上司のあっせんが減ってきたということで、御存じのように日本は経営家族主義と言われて、本当に経営家族主義とか経営一家主義ということで、その中でかなり結婚もその中に組み込まれていたんですね。ですから、上司の方が自分の娘とかあるいは自分のめいとか親戚の娘をできのいい部下にくっ付けると、そういうようなことがありました。
 私の学生のころなども大学の先生の中にもかなりそういう方いらっしゃって、恩師の娘を押し付けられてとかいって非常に大変だというふうな方ありまして、そして、その恩師の方が定年になるとその後ポストをいただくという、金日成さんみたいな社会になっていたんですが、それがなくなって、今はやっぱりノーと言う人が増えてきたようですね、見込みのある弟子に声を掛けても。それから、そういうこともしなくなっちゃったということで、ますます結婚できなくなってきたということです。
 最後に、どうしたら良いか。どうしたら良いかというのは、特にその主語を付けなかったんですが、少子化対策としてどうしたらいいかということだと思います。
 行政主導による出会いの場の設定というのが、自治体が幾つかやっているんですが、ほとんど効果がないんです。バーベキューパーティーやったり、あご足付きでスキー旅行やったりしても、女性たちが来て、ちゃっかり遊んで、はい、さようならというのが多いんで、これはほとんど効果ない。ですから、基本的には結婚や家族に対する考え方とかあるいは社会全体を変えないと、この今の非婚化現象、解消しないんじゃないかと思います。
 一つは、結婚とか家族の在り方をもうちょっとフレキシブルに考えたらいいんじゃないかということで、今は日本では法律婚重視ですけれども、それをもうちょっとフリーに考えて、法律婚であろうと事実婚であろうと同等の権利を保障するということ、あるいは夫婦別姓とか血縁主義のこだわりを捨てるということで、もうちょっとフレキシブルに考えていいんじゃないか。北欧などでは生まれる赤ちゃんの半分強が未婚の母から生まれておりますし、こういうことをもう少しフレキシブルに考えれば、今、十代の中絶かなり多いんですが、中絶しなくて済むんではないかと思います。
 日本の場合、江戸末期とか明治時代は離婚も再婚も盛んでしたし、未婚の母や養子も多かったということで、法律婚にこだわって入籍の時期が早まったのは高度経済成長期以降くらいなんですね。これは別に昔の日本人が非常に今の北欧のようにリベラルだったというわけではなくて、そういうことはほとんど関係なかったということなんですね。ですから、未婚であろうと非婚であろうと、生活には余りかかわりがないということとか、それから子供が、乳幼児死亡率が高かったので子供が育つのを見届けてから、子供ですね、出生届を出すなんということだったわけなんですが、もう少しこれを自由に考えれば出生率は少しは上がるのかなと思います。
 それから、二と三はほとんど同じですけれども、安心して暮らせる社会あるいは将来に不安のない社会を作るということで、私は日本の若者が結婚しないのは先が見えないからじゃないかと思うんですね。
 内閣府などがやっている青少年の国際比較調査見ますと、日本の若者の将来不安、非常に高いんですよね。諸外国に比べて非常に高い。その理由は将来に対して夢が持てないからで、詳しく聞くと、社会保障制度ですね。特に年金の不安感、つまり自分たちが年取ったときにもらえない、年金もらえないんじゃないかというような不安とか、それから、どうせ生きていても将来いいことがないんではないか、それなら今を楽しもうとか、かなりせつな的になっているんですね。それから、今日の新聞などを見ますと、社会保障なんかでもう本当に、若い世代と高齢というか六十以上とでもう愕然とするぐらいの格差がある。こういう現実を突き付けられると、とてももう結婚して子供を産みたいなんて思わないんじゃないかと思うんです。
 それからもう一つは、敗者復活を可能にするような社会になったらいいと思うんですね。つまり、日本の場合、いったん失敗するとなかなか戻れない。戻るというか、スタートするときに一段低いところから出なくちゃいけないんですね。ですから、仕事を失っても離婚してもやり直しの利くような社会、あるいは脱落者を差別しないような社会ですね、あるいは性差別、年齢差別のない社会ということを書きましたけれども、特に女性なんかの場合はいったん仕事を辞めると元のキャリアトラックに戻れないということがあって、それが結婚しないというところにもつながっているような気がしますので、もう少しその辺ができる、例えばアメリカなどはかなりそれができるんですね。結構子育て中家庭に入る人が多いんですけれども、でもまた戻れるということがあるので、この辺が変われば結婚も増えるのかなと思うんです。
 つまるところ言えば、こういう社会を作っていただくのは政治あるいは政治家の責任ではないかというふうに思っておりますので、皆様方に是非頑張っていただきたい。もちろん国民の責務でもありますけれども、やはりこのシステムを変えていくのは政治の力だと思うんですね。ですから、やはりどういう社会を構築していくかということを明確なビジョンを持っていただいて、それに向かって大胆に、こんなことを言っちゃいけないけど、ちまちまとした構造改革ではなくてベーシックな構造改革を私は心から望んでおります。
 以上でございます。
#5
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 次に、山田参考人にお願いいたします。山田参考人。
#6
○参考人(山田昌弘君) 東京学芸大学の山田昌弘でございます。今日はお呼びいただきまして、どうもありがとうございます。
 私は、袖井先生の、同じく家族社会学というのをやっておりまして、ただ私は経済的な面から家族を見てみたい、つまりお金の面から家族を見てみるとどうなるかというのをずっと考えて調査してきてまいりました。最近、私の本は社会学のコーナーというよりも経済本のコーナーに置かれることが多くなってきたのですが、社会学をベースにしております。
 まず、袖井先生の続きということにもなるんですが、特に若者調査を私はやっておりますので、今の若者の状況というものを皆様に知っていただきたいというのが一つの思いです。
 昔は若者代表として発言していたんですけれども、もう私も四十七歳になったんで、もう若者代表とは、先生、勝ち組の方、逃げ切り勝ち組の方ですよなんて言われる世代なんですけれども、若者はどう感じているかというのをなるべく代弁してやっていきたいと思います。
 まず、レジュメに従って進めさせていただきますが、まず子供を産み育てる経済的条件というのを考えてみますと、袖井先生の図にもありましたけれども、結婚したいとか子供を持ちたいという欲求は決して弱まっていない。これは私が若者調査なりした実感でもありますし、統計的にも、先ほど見たように、未婚者の九割ぐらいは結婚したい、さらに結婚しなくても子供を持ちたいと思っている人は結構、結構というか更にいるということです。だから、ほとんどの人は結婚して子供を持ちたいという欲求は弱まっていないと考えていいと思います。
 よく個人化とか言いますけれども、一人でずっとやっていきたいと思っている人は今の若者でも少なくて、むしろ信頼できる関係性というのは、この個人化している世の中でますます大切になっている。だけれども持てない。私、先日、ペットを家族とみなして生活する人々の調査の本を出したんですけれども、余り売れなかったんですけれども、いや、もう家族よりもペットの方が信頼できますよと、裏切らないしとか、子供や奥さんは帰ってきても、あなたお帰りと言うだけだけれども、ペットの犬の何々は玄関を開けた途端に私のところにばっと抱き付いてきてくれるとか、そういうようなことを言っていますので、子供の代わりにペットがなっちゃまずいんですけれども、実際そういう欲求が強くなっているということは実感できます。
 しかし、お金と相手がいなければ子供は生まれてこないわけです。つまり、子供が欲しくても、将来的に育てる、育てていくお金がなければ産まないし産めないし産みたくないと思っているわけです。つまり、私が受けてきた以上のお金を掛けられる経済的条件を整えなければ、産んだら子供がかわいそうだというふうに言う若者にも何人も出会いました。つまり、子供を愛するから産まない、産めない、こんな経済条件で育てたらかわいそうだから産めないという人も出てきているわけです。
 さらに、相手がいなければ生まれないわけで、先ほど袖井先生が事実婚などが増えればというふうにおっしゃいましたけれども、事実婚したくても相手がいなければ同棲も事実婚もできないわけです。国立社会保障・人口問題研究所の調査では、やはりここ十五年間の間で恋人も異性の友人もいない若者がどんどん増えているんですね。つまり、結婚しなくなったから恋人がいる人が増えたんだろうと考えるのは、実はそうではなかった。実は、配偶者もいなければ、異性の友人も、欲しくてもですよ、欲しくてもできない人が多くなってきているというのがあります。
 結婚・出産の条件というのを考えてみますと、結婚・出産後に期待する生活水準、いや、これぐらいの生活ができれば子供を産んでみたいなという生活水準と、じゃ自分たちでどれだけ稼げるかなと思う将来見通しを比べてみて、ああこれぐらい稼げるから結婚して子供が産めるんだろうというふうに思えれば産むわけです。
 ポイントは、結婚後に期待する生活水準は、未婚者がどれだけの生活水準をしているかに連動しているわけです。つまり、戦前、物が何もない時代は、結婚しても何もなくても全然構わないわけですけれども、今の若者は、後で私がパラサイトシングルと言うように、もう車も持っている、年に何回も海外旅行に行っているというような状態が当たり前になってしまいましたので、結婚して生活水準が下がるというのは、それは耐え難い選択になるわけです。そして、その反面、カップルが稼ぎ出せる将来見通しというものが、今度は若者が将来どれぐらい収入を稼げるかというところに依存するわけです。
 そういう観点から戦後の出生率の変化というものを見てみますと、高度成長期は大体ほとんどの人が結婚して、子供の数も二・二人と安定していた。それは、もちろん結婚に期待する生活水準も上昇しましたが、それと同時に男性の収入も増大していたから、その期待する水準以上に生活ができるから子供が産めていたわけです。
 しかし、オイルショック後、出生率が低下します。それは、結婚に期待する生活水準は逆にどんどん上昇するんだけれども、男性の収入の伸びが鈍化している。そのために未婚化、晩婚化で結婚を先送りするという人が増えたので出生率が低下した。そしてさらに、一九九〇年代後半には、結婚に期待する生活水準は変化がなくても、将来の所得見通しというものがどんどん不安定化している。そうすると、ますます出生率の低下は加速するということを私は思っています。つまり、高度成長期というのは、夫は仕事、妻は家事ですね。妻は家事で豊かな生活を築くというのが若者の目標であり、実際にそれは実現していったわけです。それは、結婚前の生活が豊かでなかったというのが一つの条件です。もう一つの条件は、ほとんどすべての若年男性の収入が上がり続けることが期待できたというのが第二の条件です。
 しかし、安定成長期に入ると、結婚の先送り、親に基本的な生活条件を依存してリッチに生活を楽しむ未婚者というものが現れてきました。親も豊かになったので、子供に豊かさを享受させようと思うわけです。そうすると、結婚前の生活、結婚する前の生活というのが相当豊かになっていますので、結婚して豊かになるというような夢を見にくくなったわけです。
 下に一九七三年と九七年の暮らしに対する満足感の年齢別グラフを挙げておきましたけれども、七三年は、若いころは生活に対する満足度が少なくて年を取るに従って満足度が多くなる。こういう状況だと、若者は結婚して子供を産んで豊かになっていこうという期待を持って結婚できるわけです。しかし、九七年は未婚者が多くなりましたので、若い人が一番満足をしていて、子育て期の四十歳、四十代の人が、特に四十代男性、私の世代ですね、私の世代が一番不満が高くなっているというような状況が出てきているわけです。それは、結婚に夢を抱けといっても、結婚して貧乏になるくらいだったらしばらく待ってみようと思う人が増えるのは、それは当然の話でございます、いつかは結婚するにしろということですね。
 第二の条件として、男性の収入の伸びが鈍化してきた、つまり将来豊かな生活ができるという見通しが徐々に鈍ってきたわけです。
 しかし、事態はそれだけでは済まず、やはり一九九〇年代後半からやはり統計的に二つの変化が出てきました。これは後でも述べます、袖井先生も述べましたけれども、一つは、今までは結婚したら二人の子供は産んでいたわけです、九〇年代前半ぐらいまでは。しかし、近年の厚生省の、厚生労働、社会保障・人口問題研究所の分析だと、九〇年後半から一人っ子が増え出してきた。別に戦後一人っ子が増え始めたわけではなくて、一九九〇年代後半から夫婦の間で持つ子供の数が減り始めた。
 第二点は、予定子供数が減り始めた。これも私、実は大きな変化だと思っています。以前は希望子供数と予定子供数、予定子供数、大体結婚したら二・何人産むというのは変わらなかったんですけれども、ここ五年の間に予定子供数が、何人予定するつもりかという子供数が減少傾向にある。これは何かやはり大きな変化があるというふうに私は考えたわけです。つまり、若者が稼ぎ出せる将来の収入の見通しが低下したということが一番大きい。
 それにはフリーター化とかがかかわってくるわけですけれども、これは私が厚生労働省の助成で東京と青森の調査を行った、左側の図はそうなんですけれども、将来日本社会は経済どうなるか。今以上に豊かになるという人は四%しかいないわけです。別に私がそう言ったわけではなくて、若者の四%しかいない。同じような豊かさが三一%、いや今より豊かじゃなくなっているというのが六四・五%いるわけです。じゃ、あなた自身はどうなるかというのがその一番下の図ですけれども、今以上に豊かになるという人も一四・二%いますけれども、今より豊かでなくなっているという人は、若者は四〇%しかいないわけです。こういう状況で安心して子供を経済的に育てていけるかというと、やはりそれは無理なわけです。
 そうすると、未婚化が更に進展してきます。つまり、酒井順子さんが、「負け犬の遠吠え」というのがありましたけれども、私が、パラサイトシングルの高齢化という現象が起きている。つまり、九〇年ごろまではいつかは結婚するんだけれどもと思っていたのが、未婚男性は、待っていてもおれの収入で嫁さんに来てくれる人がいない、なかなか収入が上がらない。未婚女性の方は、期待どおりの年収を稼ぐ未婚男性が現れない。
 それは現れないわけで、その一番下の図を見てください。これは青森と東京で先ほどの同じ調査なんですけれども、未婚女性はどれぐらいの収入を男性に期待するかというものと、実際に二十五歳から三十四歳までに未婚男性がどれぐらいの収入を稼いでいるかというものの比較の表です。青森では、何と未婚男性の四七・九%が年収二百万以下、二百万から四百万までが四九・六。つまり、逆に四百万以上稼ぐ青森の未婚男性は私の調査ですと二・六%、五十人に一人しかいないわけです。しかし、未婚女性の期待は、こだわらないという人も三〇%くらいいますけれども、四百万以上なきゃ嫌、六百万以上なきゃ嫌という人はそれぞれ三九・八、一三・六。つまり、まあざっくり言いますと、青森だと四百万以上の男性じゃなきゃ結婚をしないという人が二人に一人なのに、それを稼ぐ未婚男性は五十人に一人しかいないということですね。これはもう宝くじを当てるぐらいの確率でしか出会わないわけです。でも、いつかそういう人が現れるのかもしれないと思いながら、待ちながら三十、四十になってしまっているというのが負け犬の実は実情なわけです。
 それは東京でも、東京ではもちろん未婚男性の収入も増えますけれども、それ以上に未婚女性の期待も高まりますので、事態は余り変わっていないということです。
 先ほど袖井先生が、高学歴の女性と学歴が低い男性が特に三十代になると未婚者が多くなってくると言いましたけれども、私、学歴というよりも、やはり収入が安定してない男性が、未婚者は少ない。いや、若者の収入こんな少なくないと思っていらっしゃる先生いると思いますけれども、収入の高い男性はもう既に結婚しちゃっているわけですよ。結婚しちゃっているから、未婚男性の年収は、低い男性が残っているわけなんですね。
 このままだとなかなか、ミスマッチが起きているわけですから、私は、あるところというか専業主夫を増やせばここら辺は解消できるのかな、つまり高学歴の女性がフリーターの男性と結婚するというのを逆に増やさなければ三十代の結婚というのは増えないというのは、これはデータを見れば、事実を見れば明らかでございます。
 次には、結婚している夫婦の産み控えで、先ほど言ったように既婚女性出生率の低下、予定子供数の低下があるわけですが、これはどういう要因かなというのを同じデータを使って検証したんですが、これは今度は既婚者で調べたんですけれども、やっぱり今以上に豊かになると考えている人は今後産もうとする子供の数が青森も東京も増える。しかし、今よりも豊かでなくなっていると思う結婚している人は今後産もうとする子供の数が減るというのは状況があるわけです。
 つまり、今後、ではどういう問題が予想されるかといいますと、まず、少子化と経済停滞のスパイラルが続くのではないか。経済的縮小、若者の雇用が悪化、若者の将来見通しが悪化、結婚、出産先送り、経済的縮小というマイナスのスパイラルが出てくるのは非常に懸念しています。
 第二番目には、パラサイトシングルの不良債権化という問題が起きています。
 私のたまたま「希望格差社会」という本が結構支持をいただいて売れているんですが、なぜ売れているのかというと、自分は取りあえず豊かだけれども、自分の子供がフリーターやニートやパラサイトシングルになってしまったらどうしようと思う中高年男性にどうも売れてるらしいということが言われていました。つまりそれは、中高年の人本人はいいかもしれないけれども、やっぱり自分の子供がどうなってしまうかというのは心配です。
 実際にそういうケースが現れてきまして、いつか結婚できると思って親にパラサイトしている不安定な雇用の女性、親が亡くなったとき年金にパラサイトできなくなると生活手段がなくなるわけです。おととしに長野県で、親が亡くなったんだけれども、亡くなってないことに、届けを出さずに親の年金で生活をしていたという事件が発覚しました。実は、今後こういう問題がどんどん起きてくると思います。
 結婚相手が見付からない不安定雇用の男性というものも出てくると思います。企業社会が悪いといいますけれども、結局企業で安定した雇用の下にいるというのは精神的な安定をもたらしていました。つまり、職場に仲間がいるということがいろいろな問題行動を起こすことを抑制しているわけですけれども、不安定雇用が増えてきますと、職場にも仲間はいない、家族もいないとなると、社会的孤立が生じてしまうわけです。そうしていきますと、ある人はニートになったり引きこもったり、ある人は問題行動を起こしたりするということが増えてくるわけです。
 さらに、これはこの次の松尾先生のところに少しつながることですけれども、日本はいわゆるできちゃった結婚は約十五万組です。もう結婚が今大体七十万組強ぐらいですので、五組に一組は子供ができたという理由で結婚をしているカップルなわけです。そこでは経済的に不安定な層がかなり含まれています、これ。
 私、毎日新聞の人口調査会で実際にできちゃった結婚をした人とそうじゃない人の比較調査をしましたら、やはりできちゃった結婚をした人は夫の収入が低いというようなデータが出てました。そうすると、私、東京都の児童福祉審議会の委員をやって虐待家庭の審議をしているんですけれども、やはり若くしてできちゃった結婚をして夫が失業しちゃってという中で子供の虐待が起きている。これはもちろん印象ですけれども。つまり、もう将来、生活してても生活の見通しがない、子供は邪魔だとかいうふうなことが起きているんだと思います。
 ただもちろん、韓国で今出生率が強力に低下、すごく低下しているのは、韓国ではできちゃった結婚はない、ほとんどないと言われているので、逆に出生率を押し上げているという側面もあるんですけれども、不安定な中で出生率を押し上げるのもまた問題かと思います。
 ちょっと、もう一分ぐらいしかなくなりましたので、何ができるのかということで、昔に戻ることはできない。つまり、男は仕事、女性は家事で豊かな生活を目指すというのはもう無理なんですね。それは、子育てに期待する生活水準が高く、それが男の収入では維持できないということは明白なわけです。
 じゃ、すべての男性に年功序列賃金、終身雇用の復活を図るのはもう今の経済情勢で無理なわけです。もちろん、となると、もう共働きで将来の生活の見通しを立てるという方策は基本的には正しいんですけれども、そもそも女性の雇用も二極化していまして、お金を稼ぐ女性もいればフリーター女性も大量にいるわけです。つまり、キャリア、共働きだとそれは豊かに見通しを持って生活できますが、そうでなければやはり不安定なまま留め置かれるわけです。
 逆に、保育所や育児休業というのは安定雇用の女性のみに当てはまりますが、ここまで雇用が不安定した中で育児休業といったって、それは正社員女性の特権になりつつあるわけです。だから、まず就職をさせた後に育児休業なり保育所の整備というのを両方進めなきゃいけないという状況にあるわけです。
 だから問題は、若者の、特に不安定雇用の若者の将来の生活の見通しを立てられるようにする。准安定化するとか、資金給付、貸与、逆年金、出産一時金、マイナスの所得税といったような、親保険といったようなものが必要になっているというのは、少子化対策のために必要だと同時に、できちゃった結婚等不安定な中で子供を育てざるを得ない人、特に私、最近離婚の研究をやっているんですけれども、最近リストラ離婚が増えているんですね。つまり、男性がリストラされて失業したんで子供を連れて親の実家に帰ってくる。私が調査した中では、引退していた父親が娘と孫のために再雇用されて働き出したという例まであるんですけれども、離婚が増加というのもそういう側面が、まだ男性が収入を支えるという意識がなかなか離れないという側面もあるということはあると思います。
 あとは袖井先生の言っていることと同じ、ベーシックな改革というのがそうだと思います。私がガダルカナルと言っても御存じの方はもう少ないと思いますが、私、戦史オタクなので。つまり、戦力を逐次投入していったんでは、まあ負けてしまうと言ったらいいでしょうかね、別に私、戦争を肯定しているわけではありませんですが、二百三高地とかガダルカナルみたいにちまちまと戦力を投入していったんでは、それは効果はなく吸収されていってしまうと、一気に対策を進めていかなくてはいけないと思っております。
 ちょっと長くなりましたが、ここで失礼さしていただきます。
#7
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 次に、松尾参考人にお願いいたします。松尾参考人。
#8
○参考人(松尾宣武君) 今日はお招きいただきまして大変ありがとうございます。ふだんいろいろ御指導いただいております清水委員長に厚く御礼申し上げます。
 私、小学校のときに国会の参観に来まして以来、国会の敷地に足を踏み入れましてすごく緊張しております。
 自分の専門は性の分化、分化というのはカルチャーではなくてディファレンシエーションというふうに、男と女がどうしてでき上がってくるかという、そういうことを専門にしております。この少子化の問題につきまして小児科医の存在感が非常に薄いということを責任を感じておりましたが、今日こういう発言の機会をいただきまして大変うれしく思っております。
 お手元のレジュメに従って話を進めさしていただきたいと思います。
 結論から申し上げまして、少子化対策として非常に有効な対策というのはないということを我々は認識して次世代に対する対策を考えなければいけないというふうに思います。一番まずい方法は、山田参考人もちょっと触れられましたが、効果のはっきりしないたくさんの対策を打って借金を次世代に先送りするということが一番少子化対策としてはまずいことだというふうに思います。
 最初に、少子化社会の意味と書きましたが、日本だけではなくて、すべての先進諸国が少子化社会を迎えているわけでございますけれども、単に子供が減るというだけではなくて、子供の質が低下するという現象がすべての先進国において同時進行しているということを我々は理解する必要があると思います。
 ここに我が国の子供の半数は心身不健康であるというふうに推測されると書きましたが、決してこれはオーバーな評価ではないというふうに思っております。ですから、数を増やすということよりも、子供の健康の質をどうやって確保するのかということに主眼を移すべきではないかというふうに思います。
 少子化の要因でございますが、いろいろな分析がされていることは確かでございますけれども、最も根幹の問題というのは、我々が子育てにそれほどの価値を見いだせなくなってしまったということだと思います。価値を見いだしていないというわけではございませんけれども、大きな価値を見いだせなくなった。
 これは岸田秀先生の表現で、育児思想というふうに彼は述べておられますけれども、昔は親孝行であるとか家の継続であるとかという、そういうかなり親の利己的な物の考え方が入っている、その育児の理由というのがあったわけでございますけれども、今はそういうものが完全になくなりましたので、育児に対して親が意味を見いだし得ないということが、どういうふうにこれに対応するかという問題がございますけれども、新しい育児思想をどういうふうに確立していくかということについて、もし時間があれば私の見解を述べたいと思いますけれども、その問題がございます。
 それから、家庭機能が極めて低下してきたということがあります。結婚したときに親としての準備性がない若者が多い、子供が生まれてもまだそういう状態にあるという人が多いわけでありまして、これは小児虐待でありますとか小児の非行であるとか、様々な子供の問題につながっていくということが言えると思います。
 少子対策でございますけれども、国や自治体が打ってきました少子対策というのは、すべて出生率の向上をどういうふうにして図るかということに視点が限定されているように思われます。私は子供の健康と幸せが確保されるために何が必要かということに是非視点を移していただきたいというふうに思います。特に、この実効ある少子対策というふうに、実効あるという言葉の意味についてこの調査会のコンセンサスが得られることを期待しております。
 子育てにおいて非常に重要なのは乳幼児期と思春期にあるということは、これは言をまたないことだと思いますけれども、この乳幼児期の重要性というものが非常に無視されておりますし、三歳神話というような非常に空虚な言葉が広まって、母親の重要性というのが非常に軽視されたということは小児科医として非常に残念に思っております。
 この乳幼児期の子育てにおきまして、母親が持っている偉大な力というのは、これは男子が代行できない部分が非常に多いわけでございますが、思春期の問題、思春期の親の責任としては、これは父親の果たす役割は大きいわけでございまして、乳幼児期は母親が主体になる、思春期は父親が主体になるというような役割分担というものを将来の我々の社会において考えなければいけない問題であるというふうに思います。
 仕事と家庭の両立でございますが、この問題は先進諸国がすべて共通して抱えている問題でございまして、すべての国において子供の健康障害がその結果起きていると。これはまず認めるところからスタートすべきで、これを昔に戻すということは不可能でございますけれども、仕事と家庭の両立というのは非常に困難なことだということをまず理解する必要があると思います。
 特に、キャリア女性に対する対策としては、復帰したときの支援パッケージというのを充実させるということは非常に重要であると思っておりますし、私、小児科医として、女性の小児科医が出産、子育てをした後の復帰ということについて学会で今取り組んでおりますけれども、こういうものをそれぞれの業界において考えていく必要があるというふうに思います。
 最後に、まとめでございますけれども、少なくとも二つの問題が大事ではないかというふうに思います。
 一つは、やはり社会的規範というのをもう一回取り戻していかないと、人間に自由に、自主性に任せるということをいたしますと、果てしなく社会が混乱していくというふうに思います。ですから、社会的規範をどうやって取り戻すかということを考える必要があると思います。
 第二点は、人間というものはどういう動物であるかということですね。人間性というものをもう少し我々は深く学ぶ必要があると思います。
 そこに書きましたが、我々の歴史がどういうものであったのか、それから人間の様々な行動がどういうふうに遺伝学的に制御されているのか、そして自己の形成というのがどういう社会心理学的な機序によって起きてくるのかということにつきまして、すべての大人がより深く理解、する必要がある、これがつまり親教育であるというふうに思っております。
 最後に、この「付」として書きましたが、我が国の医療計画というのは、子供という視点が完全に医療計画から脱落しております。これを是非取り戻す、見直す必要があるということで、これを私たち小児科医の重大な役割というふうに考えております。
 以上でございます。
 御清聴ありがとうございました。
#9
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどにさせていただきます。
 なお、質疑者及び各参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようにお願いいたします。
 また、多くの方が御発言できますよう、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきます。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかお述べいただいて御質問いただきたいと思います。
 では、質疑のある方、どうぞ。
#10
○中原爽君 自民党の中原でございます。
 袖井先生に伺いたいと思います。
 先生御説明いただいた資料の一番最後のページ、図二がございまして、結婚年齢別の夫婦の出会いのきっかけでありますが、サークル・クラブ、街中や旅先、アルバイト、職場、学校、友人・きょうだい、幼なじみ・隣人と、こうなっております。これはほとんど当事者、御本人たちがかかわっていることですけれども、あと結婚相談所とそれからお見合いという形であります。まあ結婚相談所も一種のお見合いということで見れば、三角形の恋愛結婚というのが幼なじみまでの自分が直接関与した問題で、これが伸びているということでありますが、結婚相談所とお見合いというのが、もう黒い丸印がどんどん減っているというカーブになっているわけですが、この中で、この結婚相談所という役割というのがこの図ではちょっと分かりかねるものですから、結婚相談所について、先生どのようなお考えをお持ちか、伺いたいと思います。
 それから、あと山田先生にお話を伺いたいんですけれども、先生の御説明ですと、年収六百万以上、少なくとも一千万でも収入があれば周りの未婚の女性がほっておかないという格好になるということだと思うんですけれども、これは今も昔も変わらない状況だと思うんですが、年収はあった方がいいわけであります。ないよりはあった方がいいということですから、まして美男子で背が高くて年収が一千万もありゃ、それはだれも周りの女性はほっておかないということになると思うんですが、このギャップを埋めることが、これは数字上ギャップが出るわけなんですけれども、これは今も昔も変わりないというふうに私思いますので、このギャップをどういうふうにして埋めるかということが、今の問題で、例えばフリーターが増えているというデータをお示しいただいているんですけれども、このフリーターが不安定な雇用だという形であれば、これは、現在、終身雇用制というものはなくなっている、しかし一部は定年を延長しようという動きもあるわけなんですね。ですから、こういう関係でもって、このフリーターというような形のものが増えながら、不安定雇用を政治が解消していくという必要性はもちろんあると思うんですけれども、この政治に期待する部分について、先生の御意見、何かございましたらお願い申し上げたい。
 それからもう一点、パラサイトシングルの高齢化でありますけれども、これは本人が高齢化することも含めて、その両親、寄生されている方も高齢化するわけですから、今後このパラサイトの状況が子供と親がともに高齢化していくと、行き着く先についてどのようなお考えをお持ちか、お聞かせいただきたい。
 以上でございます。
#11
○会長(清水嘉与子君) 袖井参考人、どうぞ。
#12
○参考人(袖井孝子君) 結婚相談所ですが、戦後、第二次大戦後はかなり活躍したようですけれども、ほとんど今はやっているところが少ないと思いますね。
 ただ、この相談というか、あっせんについて申しますと、近年、ビジネスとして結婚あっせんするというのが非常に増えてきている。余り統計はよく分からないんですが、こう新聞広告の一面広告がツヴァイとか何か出るんで、あれだけやっているところを見ると、かなり増えているんじゃないかなと。
 ですから、やはり先ほどもお話ししましたように、御仲人というか、その出会いの場を設定する人がだんだんいなくなってきた代わりにそれがビジネスになってきているということで、その統計資料なども本当は欲しいんですけれども、結構職業別で、医者、弁護士グループとか、何とかに限るというようなふうに分けて、そしてその入会金とか参加費をかなり高く取っているということもありますので、私はこういう形態がこれから新しいというか、形での一種の見合いの場、見合い結婚という形で出てくるんじゃないかというふうに思っております。ですから、恋愛結婚が増えてきたとはいえ、見合いというのが一定程度ずっと残っていくというふうに私は考えております。
#13
○参考人(山田昌弘君) まず、袖井委員に対する、質問に対してのちょっと補足でもよろしいですか。
 私、今、経済産業省で結婚産業研究会というのが立ち上がっていまして、そこで結婚産業の実態と優良なところを保護して、出会い系サイトみたいな、変だと言っちゃいけません。ちょっと変だと言うと語弊がありますが、ところを峻別しようというのがありますが、やはりそこで話されているのは、まずやはりミスマッチはなかなか解消しない。つまり、女性が望むような、収入が安定していて格好よくてというような男性がなかなか集まらないのが苦慮するというのがまず第一点でございます。
 あと第二点は、やはりここは強調したいんですが、結婚産業の中では、やはり中に参加しているうちに、そんな高い期待持ったって無理だなというのを分からせる機能があるというのが一つと、あとコミュニケーション下手な男性を教育してコミュニケーションを付けさせて何とか成功にこぎ着けるというのもやり始めているという話がありますので、そういうことにも多少、プラス、結婚難解消にはプラスにはなるのかなというふうに思っております。
 次に、私に対する中原先生の御質問なんですが、やっぱり今も昔も変わらない、それは年収は高い方がいいよということ、女性にとってですけれども。なんですけれども。やはり今と昔で変わったことというのは、昔は格差があったとしても量的な格差であったと。つまり、例えば中卒であっても企業に入ればそこそこに出世して、企業の中で課長、係長とか職長とかそういうところまでにはなれた。つまり、若い男性で企業に入っていれば、若しくは自営業であっても農業であっても、少なくとも安定して多少は収入が上がる期待が持てたということで結婚していったんだと思います。しかし今は、今のフリーターとか不安定なことが、いや、五年、十年後にはもう就職してうまくいくんだというふうな見通しがあればいいんでしょうけれども、今その見通しがない状態でほっておかれているというのが状態でございます。
 もちろん、企業の中でも、中核的で専門的な人は、企業は終身雇用、年功序列でやはり男性でも女性でも抱え込もうとするんですけれども、やはりそういうところからはじかれた若者、実はフリーターの女性も結婚しにくいというデータが最近出てきていまして、男性も、いや、どうせ共働きするんだったら収入の高い女性と共働きしたいというふうになって、フリーターであれば男性はもちろん女性であってもなかなか結婚相手としては選ばれにくい状況というのは何とかしなくてはいけないかなというふうに思っていますが、私もいろんな政府の委員等もしていろいろ提案とかもするんですけれども、なかなかうまい手がないのが現状でございます。
 ただ一つ、企業に終身雇用を復活しろというのは私は無理だと思います。だから、社会全体で、別に政府はやらなくてもいいわけですが、自治体なりコミュニティーなりNPOなり、そういうところで、少なくとも五年先、十年先にこれだけの収入があるんだという見通しが付くような方策というのが若い人は一番求めている。つまり、収入は高くなくてもいいから見通しを持ちたいというのが若い未婚者の願望でございました。
 で、パラサイトシングルが、ただ両親が高齢化するというのも大変なんですけれども、今の、まあこんなことを言うのもなんですが、今の六十、七十のパラサイトシングルの親たちの世代というのは年金的には最も恵まれている世代でございまして、親がたとえ介護状態になっても、親の年金が入っている限りパラサイトシングルは世話しながら暮らせるというふうに言うんですよ。だから、その不安定な雇用にいるパラサイトシングルたちが恐れているのは、その親が亡くなって年金が入らなくなったときに自分自身の生活が成り立てるのか、成り立つのかどうなのかという不安とともに暮らし始めている三十代、四十代の親同居未婚者というものが今後増え始めているというふうに私は判断しています。もちろん、全員がそうというわけではないですので、そういう人たちが何十万人というレベル、オーダーで出てくるというふうに思っております。
#14
○中原爽君 ありがとうございました。
#15
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。
 ほかにいかがでしょうか。
#16
○小林美恵子君 日本共産党の小林美恵子でございます。
 私は、まず松尾先生にお伺いしたいんですけれども、小児の医療の体制という問題なんですけれども、私、もうそれは本当に少子化を考える上で大切だなというふうに思っております。それで、今小児科の医師が不足しているというような現状もあるかと思いますけれども、先生、その専門の現場におられまして、その不足を生み出している要因は一体どこにあるのかということと、そこをどこを変えれば改善できるかという、そういった御意見をひとつお聞きしたいというふうに思います。
 それと、袖井先生と山田先生にお伺いしたいんですけれども、先生のお話をお伺いしていますと、共通してやっぱり少子化の要因に将来に対する不安があるというふうにお話があったというふうに思います。それはすごく重要な御指摘だなというふうに思いまして、その不安の解消にやっぱり政治の分野では乗り出さないといかぬ、ベーシックな改革が必要だというふうにおっしゃいましたけれども、本当にそういう立場にいる者としては、その解消に向けたものが大事だなというふうに思っています。
 そこでお伺いしたいんですけれども、袖井先生は、その将来不安をもたらしているその政策的、根本的要因はどこにあるのかというふうにお考えかなということと、それをどう取り除いていけばいいかということをひとつお聞きしたいんですね。
 山田先生には、収入の見通しが若い方にないというふうにおっしゃっていました。先ほど不安定雇用の問題もございましたけれども、その不安定雇用をやっぱり生み出している社会構造といいますか、というのがあるかなと思うんですけれども、その点でどういうふうに分析をされているかということをお聞きしたいというふうに思います。
#17
○会長(清水嘉与子君) では、松尾参考人からどうぞお願いします。
#18
○参考人(松尾宣武君) 小林先生から小児科医が不足しているかどうかという御質問でございますが、小児人口当たりの小児科医の数という指標を取りますと、我が国の小児科医は決して不足しているということにはなりません。何が小児医療の場で混乱している一番大きな原因かといいますと、小児科医が勤務しております病院の数が極めて多いということが、たくさんいろんな問題がございますけれども、最大の問題であるというふうに認識しております。小児科医を集中させるということが必要不可欠だと思っております。
#19
○会長(清水嘉与子君) それでは、袖井参考人、どうぞ。
#20
○参考人(袖井孝子君) 本当に将来不安、どこから来ているかというのはちょっと余り分からないんですけれども、私は一応社会保障とか年金などを専門にしていますが、やはりその一番最近端的に表れているのは、年金制度とか社会保障制度がやっぱり持続可能ではない、将来が見えないということで、やっぱり昨年年金改革が行われましたけれども、あれで本当にいけるんだろうかということが見えないわけですね。そして、本当に、例えばその年金をめぐる国会議員たちの未納、未加入の問題とか、それから社会保険庁のいろんなスキャンダルとか、いろんなそういうものが続々と出てくることによって、やはり日本の社会がどこへ行くのかがはっきり見えない、そして政治家に対する信頼が置けないという、そういうことなんですね。
 社会保障などについて申しますと、本当に私は個人的には一元化して、明確な、いいというか、完全所得比例のシステムにするのがいいと思いますが、そういうふうにする場合には、やはり北欧などで行われているような国民総背番号制にしなくてはできないと思うんですね。このいろんな税にしろ社会保険にしても、何か逃れている人、落ちこぼれている人が物すごく多いわけですよね。それを許している社会というものに対して、やはり安心が持てない、信頼が持てないんですよね。
 北欧などがなぜいいのか。私も非常に不思議で、北欧の方、スウェーデンとかデンマークとかフィンランドとかの方に聞いたんですね。そういう国民総背番号制、生まれたときに番号が付いちゃって、それが一生付きまとうというんですね。医療も教育も年金も全部それでいくというんで、そんなことして嫌じゃないのかってね。政府に管理されていて、のぞかれているようで嫌じゃないのかと聞いたら、そうではないと、誇りに思うと言うんですね。えっと思った。私は、日本人が例えば住基ネット一つにしてもあれだけ反対するというのは、政府というかお上が何をするか分からない。これで、あそこで、住基ネットというか、あれでさえあんなに反対して、例えば総背番号にして税や社会保険も全部統一的に把握するといったら物すごく反対ですよね。やはりそれは政治が信頼されていないからだと思うんですね。
 ですから、やはりもちろんベーシックな改革もすることが大切ですけれども、やはり政治家の方々もやっぱり国民一般のちゃんとルールに従ってちゃんとやっていっていただかないと、変なところでルール破りをして、政治家だから許されるみたいなところがある。やはり、これはとても、若者だけじゃないですけれども、国民一般の信頼が得られないというふうに思っております。
#21
○参考人(山田昌弘君) 収入の見通し、不安定雇用がなぜ生み出されているのかというお話だと思うんですけれども、すごい専門家ではないのですが、やはりニューエコノミーと言われるような社会構造的な大変化というものが今全世界を覆っているというふうに考えています。つまり、不安定雇用が生み出されたのは日本だけではなくて、アメリカ、ヨーロッパでも生まれていて、それが大問題になっているわけです。
 日本で大問題にならなかったのは、私が言うパラサイトシングルで、親が子供を抱えてしまっているために若者のホームレスの群れがあふれるということが起きていないだけで、だから今対策を、親がまだ元気なうちに対策をしておかないと、将来に先送りされるというふうに私が強調しているところでございますが、基本的には物作り経済から、情報なりサービスなり知識なり、そういう新しい経済への転換が起こっている、その転換に制度等がなかなか追い付かない。別にこれは日本だけではなくてあらゆる先進国がなかなか追い付かないわけだと思います。
 つまり、物作りというのは、たくさんの人が一杯かかわって物を作るわけですから、企業に入って熟練をする、仕事を覚える、IT化されていなかったら商売関係を覚えるという意味で熟練が必要だったわけですけれども、今は、IT産業というのはコピーできますから、つまり単純にコピーができるということは、コピーの元を作る人とコピーしたりそのコピーを配る人というものの生産性がすごく拡大してしまうわけですね。ファストフードとかスーパーなどではマニュアルを作る人とマニュアルどおりに動く人の格差がやはり拡大していくというのは、これは産業構造の変化に伴う必然的な流れだと私は解釈しております。
 だから、あらゆる国、日本だけではなくてあらゆる先進国では、いかに生産性が低いままほうっておかれている若者を何とか多少なりとも見通しを立てられるような方策をするということに関しては様々な工夫をしている。もう日本でももちろんなされているわけですけれども、様々な工夫がなされていますが、この流れを止めることは不可能かと私は思っております。
#22
○山本香苗君 今日は大変貴重な御意見、三人の先生方、どうもありがとうございました。
 まず最初に、山田先生の方にお伺いしたいと思うんですけれども、非常に聞いておりまして納得するところもたくさんあるなとお伺いしていたわけなんですけれども、実際、自分の周りでいろいろ話を聞く中で、子供が欲しくても、結婚したくても相手がいなくちゃできないし、相手がいなければ生まれないわけで、また産めないわけでという話はいろいろ同世代の中で話をしていると出てまいります。
 そうした中で、育てるお金がなければ産まない、産めないという話ではございましたけれども、単にお金を渡したことによって産むというインセンティブがぱっと生まれるわけではないと思うんです。お金という中に多分物理的な何かいろいろと支援というものが入っていると思うんですけれども、具体的に、そのお金と言われたところでどういうものが頭の中に想像、考えていらっしゃるのか、もうちょっと詳しく教えていただきたいと思っております。
 袖井先生の方には、女性の就業形態ということで、御専門、いろいろと本を読ましていただきましたけれども、最近女性の中で派遣労働というものが大変多い。若い女性の方々は大抵派遣でということをよく言われるわけなんですけれども、そういう女性は今の少子化対策の中では余り恩恵を被るところがないわけですが、どこをどうやはりこれから改善していかなくちゃいけないか、すぐ手を打たなくちゃいけないのか、お考えか、お伺いしたいと思います。
 そして、松尾先生の方、最後、御説明の中で最後に小児科医の女性の方々が再就職のパッケージという話を今考えていらっしゃるということをお伺いしました。私の友人も小児科医で大変勤務の厳しい中働いているわけなんですけれども、こういう有能な女性がきちっと再就職できるようにいろいろとしなくちゃいけないけれども、結婚もできていないような状況ではあるんですが、具体的に今どこまでお考えなのか、検討状況についてお伺いしたいと思います。
#23
○参考人(山田昌弘君) 確かにお金というとすごく抽象的で、ただお金を配ればいいというふうに受け取られがちなので、質問をしていただいて本当にありがとうございます。
 お金、ただ単に現金が欲しいとか、そういうことを私が言いたいのではなくて、何らかの形で将来的に子供を育てながら生活が成り立つ保証が欲しいというのがその私の言うお金の意味でございます。
 そうしますと、将来的に生活できる保証、それも別に生活保護のように、何もしなくてもお金があればいいということで私は全く思っていません。むしろ、そういう形を取りますと勤労意欲をなくしていくと思いますので、とにかく働き口があって、働いていたら普通に子供を育てて、子供をもし行けるなら高等教育に上げられる保証が欲しいということだと思います。
 だから、それはここからは政治的判断になるんだと思いますけれども、アングロサクソン、アメリカ、イギリス方式でいくか北欧方式でいくかの選択になってくると思います。
 つまり、北欧方式というのは、たとえ自分が失業しても、一時的に職を失っても、社会保障で何とか子供を育てられる。子供の教育費は国なり社会なり保険なりが払われるという安心の下で子供を産めるので、そこそこの出生率を保っているわけです。
 逆にアメリカは、それを市場で調達するということは、つまり、正規と非正規の区別が余りなく、年齢差別、性差別なく働けますので、とにかくある程度能力が付いていさえすればどこでも雇ってくれて、それ相応の賃金が得られるという保証が市場でなされている。そうすれば、一時的に職を辞めたとしても、また次に、能力、相当能力があれば雇ってくれるという見通しがある。つまり、市場が将来の生活できるということを保証している。
 日本の場合ですと、余りにも正社員と非正規社員の待遇が違いまして、正社員から非正規社員に移るのは簡単ですが、逆は非常に非常に難しいというところがあるので、そこのミスマッチが起こっているんだと思います。
#24
○参考人(袖井孝子君) ちょうど今、山田先生が日本では非正規と正規の格差が大きいとおっしゃいましたけれども、正に女性の場合そうでして、女性は今、働いている、就業中の女性の半分以上が非正規なんですね。男性も非正規が増えてはいますけれども、でも七割強ぐらいが正規ですけれども、女性はもう半分以上が非正規なんです。ですから、今の労働政策が正規雇用者を対象にして作っているというのはとてもおかしいことだと、現実に合わないと思っております。
 非正規の女性、何が一番多いかというとパートが一番多いんですが、その次が派遣なんですね。それで、ここら辺もかなり格差が出てまいりまして、パートは既婚の中高年の、子育ての手が離れた女性が多いんですね、四十代から五十代ぐらいまで。そして派遣は、私も最近調べて驚いたんですけれども、意外に若くて高学歴の女性が多いんですよね。ですから、本当に何か才能の無駄遣いじゃないかななんていう気がしたんですよね。
 どういうふうにしたらいいかということですが、一つは、例えば育児休業など、今、正規の雇用者しか適用されない。最近ちょっと改正されまして、有期の雇用者にも適用すると言いましたけれども、ただこれも、就業継続が見込まれるということで、かなり条件を付けているわけですね。ですから、私は、本当に少子化対策とか子供が産み育てやすい社会を作るということであれば、正規の雇用者だけじゃなくて非正規の方も、そして自営業の方も全部本当に、育児休業中の所得保障だとか社会保険料の国庫負担とか、そういうふうにしていくべきだというふうに思っております。
 それから、私は厚労省の女性と年金検討会の座長をしたんですが、そのときに短時間労働者への厚生年金の適用ということを提言したんですが、厚労省の案でもかなり最後まで残っていたんですけれども、パート労働者に依存する依存度の大きいコンビニとかスーパーとか外食産業とか、そういう方たちの業種というか経営者の大反対で結局流れてしまったということなんですね。ですから、派遣に限らず、今こういうふうに雇用が非常に多様化しているので、正規の人だけを保護するんではなくて、むしろ、ちょっとどういうふうになるのか細かい技術的なことは分かりませんけれども、非正規の方の立場からいろんな、社会保障制度とか雇用保障とかいろんなものを考え直してはどうかというようなふうにも個人的には考えております。これはまだ思い付きの段階ですけれども。
#25
○参考人(松尾宣武君) キャリア女性の育児、子育て後の職場復帰についての御質問でございますけれども、小児科医の場合は、一番大事なことは教育、再教育であるというふうに思います。再教育をやるメカニズムというのは今全くないんですけれども、やるべき主体はやはり各大学の教室にあるというふうに私は思っておりまして、それを細々と今までやってきました。それから、日本小児科学会もこの問題を重要課題の一つに取り上げておりまして、今日も厚生労働省でこれからその問題について会議が行われる予定になっております。
#26
○会長(清水嘉与子君) では、坂本さん、よろしいですか。
#27
○坂本由紀子君 自由民主党、坂本由紀子です。
 まず、松尾参考人にお伺いしたいのですが、親教育の必要性を御指摘されました。今、出産適齢期と申しましょうか、団塊のジュニアを始めとする若い人たちの親は恐らく、母親は専業主婦で子育てをしたのではないかと思いますので、そういう意味で、母親が間近にいて育った子供が今大きくなっている。その子たちが結婚しない、子供を産まないというようになってきていたり、あるいは親としての意識が欠けるところがあるというような問題があるかと思うんですが、そういう意味で、乳幼児期に必ず母親がそばにいなければ、しっかりとした子供が育たないと必ず言えるんだろうかというところに私はやや疑問を持っております。
 そして、特に今の若い人たちが自分たちで子供を十分に育てられないとすれば、それじゃ親の教育をしようということもありますけれども、同時に、親が家庭の中で育てる力が足りなければ、それを社会の側でサポートすることによってトータルとしての子育ての力をしっかりと作っていくということが有効ではないかと思うのですが、この点についていかがお考えでしょうかという点であります。
 それと、袖井参考人、山田参考人、ともに大学で若い人たちと御一緒しておられると思うんですが、今の若者について、将来への不安感を持っているというのが大きいのは御指摘のとおりですが、逆に、人生というのは自ら切り開いていくものであるという、自己の社会に対する決意というか、精神的な育ちの点においてやや甘いところがあるのではないか。何か社会がやってくれるとか、自分が自らやるよりも、そうでないことに対する不満が先に来ていて、育ちが遅いとすると、もっと学校時代に、社会に対する、社会に出る前にその辺の精神的な育ちをしっかりしていかないと、幾らいろいろな制度を整えても十分若者には有効に機能しないのではないか。例えば、非正規雇用のところの条件を同じにするというのもありますが、それだけで本当にいいんだろうか。例えば、社会に出るときに、自分の好きなときに働けるから派遣がいいとか、もっと気楽だからこれがいいとかいうようなことで、割合責任のない働き方を志向するようなところが若者の意識として気になるんですが、この点についてどうお感じになっているか、それぞれお伺いしたいと思います。
#28
○会長(清水嘉与子君) では、松尾参考人、どうぞ。
#29
○参考人(松尾宣武君) 坂本先生の、親の役割というか、親の価値というか、そういうことに関する御質問だと思いますけれども、イギリスの精神医学者のウィニコットとか、それから、アメリカに後年移りましたけれども、マーラーという人たちの乳幼児精神医学の研究というのは、社会的に非行になった子供たちとかあるいは社会的に適応できなくなった子供たちの生活史を追跡することによって、その乳幼児期の母子関係に重大な問題があったということからこういう研究が進展したわけでございまして、最近ではアメリカのCDC、NIHが非常に多数の子供の長期追跡研究をやっておりまして、二年ほど前にその中間報告が出ましたけれども、やはり母親がどれだけ子供の要求にセンシティブに向かい合っているのかということが、子供の社会的適応に最も重要にかかわっているということを示しております。
 保育園に預けられた時間が長い、短いということも問題になるわけですけれども、その場合は、親が母親としてのセンシティブ、センシティビティーを欠いた場合に、長い他人による保育というのが非常に大きく影響するということで、結論的には、母親の価値ということがその研究によっては再認識されているというふうに思っております。したがって、親になるべき若い世代に対して、どれだけ家庭や親が子供の人格形成に影響を与え得るかということをよく教えるということが親教育の一番大事な柱だというふうに思っております。
 それでお答えになっているでしょうか。要するに、乳幼児の母親と子供のきずなというのは非常に強いものがあると。その人の将来の社会的性向に深くかかわっているということが示唆された研究成果であると思います。
#30
○会長(清水嘉与子君) 坂本さん、よろしいですか。
#31
○坂本由紀子君 それは、母親が常に一緒にいなくてはいけないということとイコールではないという意味で理解してよろしいですか。
#32
○参考人(松尾宣武君) はい、そうです。
#33
○会長(清水嘉与子君) 松尾参考人、よろしいですか。
#34
○参考人(松尾宣武君) はい。
#35
○会長(清水嘉与子君) 坂本さん、よろしいですか。
 それでは、袖井参考人。
#36
○参考人(袖井孝子君) 確かに、おっしゃるように、今の学生、私は、主として女子学生ですけれども、非常に見通しが甘いというふうに思います。頑張らない、無理しない、楽したいという、本当に山田先生の調査に出てくるような人が非常に増えて、本当に、でも中には、ごく少数ですけれどもちゃんとやるというふうなのもいますけれども、本当に見通しが甘いです。というのは、今の学生たちの世代というのはもう既に少子化に入っている、少子化時代の子供たちですので、やはり親に非常に大切にされているということですね。ですから、家事もやらない、お手伝いもしない、勉強だけしていればいいということですね。
 そして、やっと文科省もいろいろ教育の、見直すようになったようですけれども、私なんかずっと教育をやっていてつくづく感ずるのは、日本の教育において自分、いわゆるアイデンティティーの確立ということですが、自分は何なのかとか自分は何をしたいのかとかどうすべきかとか、あるいは社会人ではどうあるべきかとか、そういう教育はないんですね。非常にテクニック的なことをずっと教えられてくるので、速く計算することとか、何か物理の何とかの問題を解くこととか、歴史の何だか、千何百何年に何をしたとかと、そういうことはもう頭にしっかり入っているんですけれども、先ほど何か松尾先生が人間教育のようなことをおっしゃいましたけれども、そういうのはずっとないんですよね。それで、それがずっとどんどんどんどん今先送りにされていて、学部の学生どころか、大学院の修士課程、博士課程ぐらいまで行っても、私は何なんでしょう、私は何をしたらいいんでしょうというようなことが分からないんですよね。
 ですから、例えば一年生に入ったときに、昔の、私は三十年近く教えたんですが、十五年か二十年ぐらいの学生は、入学式のオリエンテーションに、私は大学でこういうことを学びたい、卒業したら何になりたい、例えば官僚になるとか役人になりたいとかジャーナリストになりたいとか言っていたんです。ところが今は、一年生へ入ったとき何したいかというと、自分探しをします、何をしたいか探しますと。二年生になったときに何をしたいと言うと、自分探しをします、何をします。三年生になっても四年生になっても、修士課程に行っても、博士課程に今行って、ずっとこうなってきているんですよね。
 ですから、本当に恐ろしいというか、本当に松尾先生のおっしゃるような人間教育とか人間とは何かとか、そういう正にベーシックな基本的な問いがないんですよ。知識は物すごい、どんどこどんどこいろんな知識は持っていますね。ですから、本当におっしゃるとおりで、条件さえ整えればいいかというと、私はそうでもないと思うんですね。
 それで、この不況というか、景気が悪くて女子の学生の就職とっても悪いんですが、でも昔の学生は、女子学生の就職問題を考える会だとか労働省にデモを掛けたりとかやっていたのがいたんですよね、十五、六年前。ところが、今は全然そういうのないです。ですから、マスコミなんかで大変だ大変だって騒いでいますけれども、本人はいいじゃないという形で派遣になってみたり、外国へ留学じゃなくて遊学してみたり、何かふらふらふらふらとこうしていて、でも全然深刻ではないんですよね。ですから、本当におっしゃるように条件を整えちゃうとかえってまた甘やかすかなという、そういう危惧の念もなきにしもあらずでございます。
#37
○参考人(山田昌弘君) 私は、その袖井先生が感じているような現象がなぜ今の時点で起こってしまったのかなというのを考えてきたわけですけれども、ちょっと本の中に希望というキーワードを出したんですけれども、努力が報われるという体験なり、努力が報われるという見通しが今の若い人にはなかなか付きにくい社会になってしまったというふうに分析しています。
 まず一つは、袖井先生もおっしゃいましたけれども、やはり親へのパラサイト化というものがどんどん進んできて、やはり人のお金で学ぼうったってなかなか一生懸命になれないわけですね。つまり、アメリカの大学の水準が非常に高くて、日本の大学の水準が低いというのは、アメリカはたとえ相当の親が余裕があったとしても自分で学費を稼いで、足りない分を、奨学金を取って足りない分を親から出してもらうぐらいのつもりでいますから、それはこれだけ自分で身銭を切って出しているんだからこれだけのことを学ばなきゃいけないとか、自分の将来を考えなきゃいけないというふうにやはり一生懸命になります。日本は、大学どころか、大学院の費用まで親が何とかなるんじゃないかといって出してしまう。留学の費用も、とにかく外国へ出しゃ何とかなるんじゃないかと思って何百万親が出してしまって、結局日本人同士でほとんど買物しているみたいな留学生、海外に留学生が多くなったと聞きます。
 やはり、そうですね、親ももう少し厳しいといえばなんですが、もうちょっとエピソード絡みで話しますけれども、受講票を、子供が熱出したからといって大学に母親が受講票を出しにくるというのが出てきているわけですよ、実際に。かわいそう、娘、息子からこういう今日が締切りだと聞いていますので私が出しに来ましたというようなのが、聞いてみたら私立ではそんなのしょっちゅうだよという話も聞くわけで、つまり、そこまで親が面倒を見続けているというのは、やはり自立を促進してないというのが一つあると思います。
 あと、教育の面に関しても、袖井先生は何も受験勉強がと言いますけれども、私、受験勉強は結構良かったと思うんですね。それは、努力して、一生懸命やって、競争に勝ち抜けば将来が見えるというような見通しが付いたという意味で、かつ机の上に何時間も何時間も勉強して我慢強く、忍耐強く物事を成し遂げれば最終的に合格、そして次の上のいい企業に入れるというようなインセンティブがあったと思うんです。今はとにかくそういう、学校では競争をなくして、みんなとにかくどこかに入れますからというふうにやると、勉強のしがい、努力のしがい、競争のしがいというのがなくなってしまっている。
 そして、あとは袖井先生と一緒なんですけれども、もっと実社会はこうなっているということをやはりもう本当に、小学校とは言わないまでも、中学校、高校から、実社会は実は競争があって厳しい社会なんだよということを中学、高校ぐらいから教えていく必要があると思うんですね。つまり、いきなり学校を放り出されたときに、これからは市場競争で自己責任でやっていきなさいといっても、いや、学校の中にいるときはそういう厳しい訓練を受けていない、家庭の中では親が全部やってくれるという中でいきなり実社会に出てしまっては、それは楽な方がいいやとか引きこもったりとか、そういう人が出てくると思うんですね。
 だから、まあただ親の態度をどう変えるかというちょっと難しい問題が非常にあるんで、多少の意識啓発が必要かと思いますし、学校でのもう少し実社会が厳しいんだよということをプログラムの中に組み入れるとか、そういうことは効果的ではないかと思っております。
#38
○会長(清水嘉与子君) たくさんお手が挙がっていますので、山本保さん、そして中島さん、蓮舫さん、山谷さんの順に御発言いただきます。
 山本保さん、どうぞ。
#39
○山本保君 ありがとうございます。
 じゃ、短く。時間もありませんので、全員の先生にお聞きできないかもしれませんので。
 そうですね、今のお話の山田先生の続きのようなことをちょっと考えてみました。やっぱり日本の場合はいい学校へ入って、いい会社へ入るという考えがあって、そして入れない人は絶対いるわけだけれども、それは全く無駄遣い的であったが、それが許される社会であったという気がしておるんですね。戦前ですとやっぱり国のためとか、もっと言えばそれこそプロテスタンティズムの倫理であるとか、まじめに汗して働くとかというもう明治なりアメリカなどの、今全然ない、ないわけじゃなくて、いい学校に入ればいいと、こういう形だったわけでしょう。
 それから、先ほどおっしゃったように、具体的にどういうふうに学校で夢を持っていくのかということを、それを昔のように一つの基準をぽんと示せばいいというものじゃないような気がするんです。国のためにとか公共のためにと、こう言えばいいという方もいるかもしれないけれども、私はそれじゃなくて、もう方法が違っていて、そういう大きな大目的みたいなものを提示すればいいというんじゃなくて、その人に合ったまた個別の小さな、大企業なんか入れなくたって、その地域の会社に入ったとして、そしてそこでどういう生きがいと働きがいを持って、そして自分の能力も高め、地域との連帯だとかみんなで励まし合ったりとか、そういう価値観というのを持っていく。
 そのために、具体的には、例えばこんな仕事をこうしたらこうなる、NPOですね、先ほどちょっと言われましたけれども。何かそういう具体的な像をもう小学校高学年、中学生ぐらいからどんどん進めていくべきではないかなという気がしておりまして、何かこの辺についてもう少し、先ほどNPOのことをちらっと言われましたが、実際、経済学的に考えてそういうことは可能なのか。
 つまり、先ほどパターン化されて、北欧型というのとアメリカ型という、こう言われましたけれども、日本の場合も、やはり両方とも、両方のいいところを取ったような形を追求していくしかないと思うんですね。それが可能なことなのかどうかということをちょっとお聞きしたいんです。
 特に、私、インターンシップ一生懸命やっているんですが、今のインターンシップも非常にいいんだけれども、ちょっとどうしても、今ある状況にいかに適合させるかというようなところがどうもちょっと中心になりそうなんで、この辺のやり方も、どうあるべしというものがない、インターンのそういう実際体験型学習というのはどうも流れてしまうなという気がしていて、参考になることはと思いました。
 それから、もし時間があれば、松尾先生、先ほど、今も親教育について出ていましたが、特にその中で育児思想、新しい育児思想とさっきおっしゃいまして、子供を育てるということについて先生どういうことをお考えなのか、できましたらもう少し詳しく教えていただきたいと思っております。
 二点、お願いします。
#40
○参考人(山田昌弘君) 私も、山本先生がおっしゃったように、これからはすべての人が大きい家を持ってといったような同じような生活を目指すということはもう無理だと思っております。山本先生がおっしゃいますように、やはり自分らしい生き方、そんなに豊かではなくても自分の工夫が生かせたり、努力が生かせたり、周りの人とコミュニケーションをしながら楽しく生活できる生き方というのを広めていかなくてはいけないと思っております。
 私、私事、私事でもないんですが、内閣府の生活達人選定委員会というものの委員をやっておりまして、つまり、今までどおりじゃないような生き方をしている人、例えば企業を辞めて田舎に引っ込んで農作業をやりながら生活をしている人とか、そういう人を生活達人の見本として示して、この社会にはいろんな生き方があって、すべての人がいい企業に入ってお金持ちになって大きい家を建てるんじゃなくても楽しく暮らしている人がいるんだよということを見本として示すというのをやっているつもりなんですけれども。でも、ただやはり、若者の方は割とそれに乗ってくる人も多いんですけれども、やっぱり親が変わらないというのが私の第一印象でございまして、五十代、六十代の親は、自分の娘がいれば、自分の夫よりも収入が高くて偉い人と結婚できるはずだ、息子がいるとすれば、自分よりもいい会社に入って、いい学歴に行っていい会社に入って自分よりも出世するはずだというふうな思い込みというのがすごく強くあるんだと思います。
#41
○参考人(松尾宣武君) 今の御質問でございますが、人間というのは何か人為的な理念とか基盤がないと子育てができないという、そういう動物だと思うんですね。今更、過去の親孝行であるとか家の継続というような育児思想で子育てをしようということは全く無理なわけでございますから、何らかの新しいそういう育児思想を必要としているわけです。
 私が考えておりますことは、一つは、親である自分たちのアイデンティティー、あるいは親であるということ、あるいは人間としてだんだん成長していくという、親の立場を裏付けてくれる存在が子供であると、子育てによるそういう自己像の確立というところに一つのポイントがあるんではないかというふうに思っております。
 十分なお答えにはならないかもしれませんけれども、言いたいことは、人為的な育児思想なしには子育てができない動物であるということを我々は知る必要があるんじゃないかというふうに思います。
#42
○会長(清水嘉与子君) 山本さん、よろしいですか。
#43
○山本保君 まだ一点、ちょっとだけ。
 おっしゃることは分かる気がするんですけれども、つまり子供を育てていくことが自分自身も育てていくことであるという、物すごい安っぽい言い方しますと。私は実は子供がいないものですから、非常に今お話を聞きながらうらやましい気がしておるわけですけれども、ただ、子供の側に立って考えるという視点も要るかと思うんですが、その辺についてはいかがでしょうか。
#44
○参考人(松尾宣武君) 自分の過去を振り返ってみても、親になったとき非常に未熟で、子供にさぞ迷惑掛けただろうなというふうに今思うわけですけれども、皆それぞれに不完全な親として子供を育てるということは、これはもう避けて通れないと思うんですけれども、やはり夫婦が仲良く暮らしているということが子供に見せられれば、見せることができれば、それで親の責任は果たしたのではないかというふうに思いますけれども。
#45
○山本保君 分かりました。どうもありがとうございました。
#46
○中島啓雄君 今日はありがとうございます。
 袖井参考人と山田参考人にまずお伺いしたいと思うんですが、将来不安とか、何か安心して暮らせるような社会が望めないとなかなか出生率は向上しないというか、子供が生まれないというのは、常識論としては誠にそのとおりだと思いますし、ガダルカナル方式では駄目だよというのもよく分かるわけなんですが、ちょっとこれから先は怒られるかもしれませんが、じゃ、何かどんとマイナスの所得税でも逆年金でもいいですが、お金を与えればそれで出生率が高まるのかなというと、どうも世界の情勢を眺めているとそうでもない。
 というのは、貧乏人の子だくさんじゃないですけれども、所得水準の低い国ほど出生率は高くて、所得水準の高い国の方が出生率が低いというのがごく一般的な傾向だと思うんですね、国によって差はありますけれども。どうしてそういう状況が生じているんだろうと。必ずしも所得だけの話ではないという感じがいたします。
 それから、一つの要素としては、昔は、特に農業なんかは将来の働き手あるいは老後の養い手として子供が欲しいという必然の要請があったんですが、社会保障が比較的充実してきて、もちろん不満はあるわけですけれども、何とか食っていける、フリーターでも食っていけると、こういう社会になってきて、ちょっと中途半端な社会ではないかという気がするので、出生率を高めるために大いにお金を費やしましょうという、逆になりますが、独身だとうんと不利になる、所得税の面でも社会保障の保険料の面でも不利になると。子供を持っている、あるいは結婚していれば有利になるというような制度というのは考えられるかどうか。ちょっと御意見があればお聞かせいただきたいと思います。
#47
○会長(清水嘉与子君) お二人にですね。じゃ、袖井参考人からどうぞ。
#48
○参考人(袖井孝子君) お金をばらまけばいいのかというのは、それはどの程度ばらまくかによって違ってくると思うんですね。
 日本で今やっているのはとても中途半端で、例えば児童手当一つ取っても本当に額が少なくて、第一子、第二子五千円で第三子に一万とか。だから、かなりたくさん出せば効果があるんじゃないかと思います。フランスなどは何か四人だか五人だかいれば左うちわというか、働かなくてもいいというんですから。ほんの、何というか、日本の社会保障制度はちょっと正におっしゃるように中途半端なんですね。ですから、どんと出せば私は効果が出るんじゃないかと。でも、やってみて駄目なら責任を取りなさいと言われると困ってしまうんですけれどもね。
 それから、確かに貧乏人の子だくさんというのは言われていましたけれども、でも世界的に見ても、やっぱり経済発展を遂げてくるとどこも出生率が下がってきて、これは歴史的な事実としてもう避け難いんですね。
 昨年、アジア・オセアニア老年学会というのがあって、びっくりしたんですけれども、アジアのほとんどの国がもう高齢化社会入りしている。七%なんですね、バングラデシュとかああいうところも。そして、今インドの出生率も下がってきている。まだほかに比べれば高いですけれどもね。
 ですから、これはもう本当に避け難い現象で、ですから、少子化に歯止めを掛けるなんというのは私はかなり無理だとは思いますけれども、でも、そういう子育てなどにたくさんお金を掛けている北ヨーロッパ、フランスとか北欧などは、二は超してないけれども、一・八ぐらいの合計特殊出生率を保っているので、中途半端になら私は出さない方がいいと思うんですね。出すならちゃんとしたものを出すということで。
 そしてもう一つ、これはちょっと話がずれるかもしれませんけれども、そういう北ヨーロッパの国々は確かに国民負担率、とても高いですよね。日本は五〇%、税と社会保障で合わせて五〇%で抑えるということを何か決めちゃった。実際にはそうではないんですけどね、もう超えているんですけれども。だから、出すんなら大幅に出してやった方がいいし、本当、ちまちまというのは先ほども言いましたけど、そんなものだったら私は出さない方がいいというふうに思っております。
#49
○参考人(山田昌弘君) 私も、ただ単にお金を出せば産むというふうには全く考えておりませんで、中島先生がおっしゃったように、また袖井先生もおっしゃったように、経済発展がしてない社会では、やっぱり農業が基盤の社会では、やっぱり子供はたくさん産む方が有利であろうということで産んでたんだと思っております。
 ただ、確かに私も、いきなりお金をぱんと出せば、それはもちろん遊興費に使ってしまう人も多分いると思いますので、まあバウチャーなり、若しくは将来こういうふうに使う、上げるというような保証みたいなものであればよりいいかなという気がいたしております。
 ただ、私は、子供を持ちたくないとか意味がないと考えている人はそんなにいないと、私は逆に楽観的に思っております。つまり、私、家族社会学をずっとやって、インタビュー調査等もやっているわけですけれども、やはり長期的に信頼できる人間が欲しいというような意識というものは、逆にこの個人化した、物質化した社会だからこそ、そういう人がいてほしい、だけれども、理想的な人がなかなかいないので困っているという状況だと思います。
 別に、もちろんそれは子供じゃなくてもいいんですが、やはり結婚して子供を産むというのが手っ取り早いと言ったら怒られますけれども、信頼できる人を、取りあえず信頼できる人を得る、保証がある道。ですから、よく同性愛での結婚をする人が、求める人がいるというのは、逆に、同性愛であっても結婚という形でその二人の関係を長期的に信頼できるものにしたいというエネルギーの表れだと私は理解しております。
 だから、そういうエネルギーがあるうちにというのも変なんですけれども、信頼できる人が欲しい、だけれども条件が整わないというような状況がある中で、やはり条件を整えてあげることが必要だと思っております。
 あと、独身税と、私、昔ある雑誌でパラサイトシングル税、親同居税を取ったらいかがかという提案もしたことがあるんですけれども、もちろんまあそれは半分冗談でなんですけれども、それはただ単に子供を増やすからということではなくて、社会的公平の視点から構築することは可能かなと思います。つまり、子供が育っていって、そしてその人が将来年金や税金を払うんだから子供を育てている人には優遇して、その恩恵を受ける人には多少負担していただくという社会的な公平性の点から、独身者への税金というのは考えてもいいと思っております。
 ただ、それは子供を産ませたいからというのが付くと、ちょっと私も疑問が残るという点でございます。
#50
○蓮舫君 民主党の蓮舫でございます。
 今日は貴重なお話を賜りましてありがとうございます。
 私の方からは、山田参考人と袖井参考人、お二人に一問ずつお伺いをさせていただきたいんですが、まず山田参考人のお話、非常に楽しく、読み物のように聞かしていただきましたが、どうなんでしょうかね、確かに子供を育てるのにお金は掛かると。こども未来財団の研究ですと大体二千万円掛かる、お一人育てるのに、というようなデータもありますけれども、今、情報が余りにもあふれていて、お金がないと何にもできない、教育もできない、豊かになれないというような情報に頭が大きくなってしまう若い方たちがおられて、実際子供というのは車や住宅と違って、何千万、頭金そろえてローンを組んで育てていくものとは全く違うものですから、産んでみて初めて、ああ、これぐらい掛かるんだ、このために頑張ろうと、インセンティブがそこで生まれる。そこで親子関係、情愛とか愛というものができてくるんですから、何か様々なところで委員会をおやりになられて、影響力、アナウンス効果が大きい方でいらっしゃいますから、お金があれば産めるとか、お金がないから産めないという、ちょっと誤解を生むような表現はどうなのかなという気がした、こういう意地悪な感想にどのようにお考えになられるか。
 それと、一つだけどうしてもこだわらしていただきたいんですが、六ページに、「児童虐待の温床」、「できちゃった結婚」のところで文字に起こしておられますが、私は、児童虐待ずっと追い掛けてきて、法律化にも携わっておりますので、児童虐待というのは、何もできちゃった婚の方たちがすべての原因ではなく、世代間伝達とか核家族化とか、あるいはこれ、地域力の低下とか、まあ様々な問題が複合しているものでございますから、多くの方たちが虐待をまだ知っておられないから、できちゃった婚とか、まだ親になる準備のならない人たちがいけないんだという間違った認識が通っておりますので、こういうところは是非お気を付けていただきたいと思います。申し訳ございません。でも、面白く聞かしていただきました。
 袖井参考人、私、ここちょっと本当に分からなかったんで、今日すごくいい機会をいただきまして、レジュメの二枚目の一のところなんですが、「どうしたら良いのか」。多分二と三というのはこれまでずっと話し合われてきたもので、今新しく様々なところで提言されているのがこの結婚そのものの自由化と。つまり、同棲でも非婚カップルでも子供を産むようにして、その子供たちに何らかの法的立場を与えればいいんじゃないかと。メディアでもこういう議論が出てきておりますが、これは、江戸末期とか明治時代というのは当たり前というのはどの程度だったんでしょうか。全く私、これまだちょっと資料を調べていないので分からなかったんですが、そのときのことを簡単にお教えいただいて、その上で、今の日本にこういう例えばフランス論的なものが果たして当てはまるのかどうなのか、夫婦別姓だけでもこれだけ議論が出るような国でございますから、その部分をお教えいただきたいと思います。よろしくお願いします。
#51
○参考人(山田昌弘君) 済みません、どうもありがとうございます。
 まあ私、一研究者のつもりで発言していますので、もう少し社会的な影響力というものに関して、もしあるとすると注意して発言しなくてはいけないというふうに確かに注意しております。私は、本当に全くレッテルというものを張るつもりでもちろんやっているわけではないというのは多分御理解いただいていると思いますので多少補足、ここでの補足として述べさせていただきたいと思います。
 やはりお金が掛かる、まあ掛かるというときの情報があふれているというのもありますが、やはりインタビューしますと、自分が掛けられたぐらいのお金は子供に掛けてあげたいということで、やはりそれは情報だけではなくて現実化しているわけですね。ただ、それも、その同じぐらいのお金を、段階に達するためには幾らなきゃならないかというときのインフレが私起こっていると思うんです。私の大学の授業料、国立大学入ったとき年間三万六千円でしたから、今はもう十何倍に上がっていますから、昔は大学入れるのはこれぐらいでよかったけれども、今の基準がやっぱり多少上がっているから、それが二人が一人になっている一つの理由ではないかと思っております。
 まあ、確かにお金、若い人に聞きますと、そんなに豊かな生活を望んでいるわけではなくて、そんなに一生懸命朝から晩まで残業しなくても、子供とともに楽しく健康に育って、まあ高校なり、よければ大学なりというような見通しが付ければいいと思うんですけれども、残念ながら、やはり私が見ますと、一九九〇年ごろまではそういう見通しが持てたんだと思うんですけれども、二〇〇〇年を越したころから、そこそこでさえも無理なんじゃないかと思う人がどうも増えてきたらしいというのが私の見通しでございます。
 確かに私、できちゃった結婚において、まあ児童虐待がというのは、それはもちろん因果関係ではないということは理解して、蓮舫先生には理解していただいていると思いますし、皆さん理解していただきたいと思っております。
 確かに、児童虐待というのもいろんなタイプがありまして、つまり高学歴の人が何か精神的にちょっと孤立感から起こすものもありますし、さらに貧困でというのもありますし、さらに家庭内、夫婦間の暴力からくる、余波的にくる児童虐待もあるので、必ずしもお金がなくてできちゃった結婚は児童虐待ということではないということはそうなんですが、やはり私、ここは社会学的に見ると、年齢が高くなってからの生活が安定している中でのできちゃった結婚というのは私は何の問題もないと思うんですけれども、やはり年齢がいかないで、不安定な中で子供が生まれたんで結婚してしまうというケースが、やはりここ二、三年の間に量的には増えているというふうな気がしまして、少なくともここを何らかの安定した生活基盤を作ってあげないと、やはりそれは温床につながるんではないかという点で指摘させていただいたんで、今後因果関係としてとらえられないように気を付けたいと思います。
#52
○蓮舫君 ありがとうございました。
#53
○参考人(袖井孝子君) ちょっと正確には、今資料も持ち合わせないんですけれども、例えば、前、お茶大にいらっしゃった大口勇次郎先生というのは江戸の歴史の専門家ですけれども、その先生のお書きになったのを見ると、結構、江戸末期のころなどかなり飛んでいて不倫なども多かったそうですし、結婚、離婚もあって全然今と変わらない、何も今騒ぐ必要ないというようなことを御本にも書いたり、御本人もおっしゃっていました。
 それから、ちょっと正確な本は覚えてないんですが、やはり江戸時代非常に、江戸から明治の初めごろですけれども、非常に、特に漁村などは女性に経済力が強くて夫を追い出してしまうんですね。それで何かこう、札ですね、高札みたいなの出して、五回までにしておきましょうとかというのが出たというのがありまして、そのぐらい激しかったですね。ですから、かなり自由に考えていたんです。
 そして、確かに今の考えとはかなり違うと思いますけれども、例えば家制度があったころなどは家というものが一つの生活保障の場だったので、そこの中にいろいろ取り込んでいたわけですね。だから、親戚の中で子供の育てられない家族がいればそれは本家が引き取って育ててあげるとか、それからお互いに、貧乏な人はちょっとお金のある人が養子に迎えるとか、養子というのは本当に多いんですね。私、八〇年代に農村で調査したんですけれども、まだそのころには結構ありましたね。
 それから、私が子供のころなんかも平気でしたね。クラスにいまして、あの人は養子だなんていって、別にそれで差別されるわけでもなかったんですね。それから、いいうちというかお金持ちのうちに養子に行った人なんてもうクラスメートからうらやましがられて、いいな、養子行ってとかいうような感じもありまして、何かこう、むしろ非常に家族に対して厳しいというかストイックになってきたのは、本当にこれは落合恵美子さんが、第二次大戦後ですね、戦後家族体制ということをおっしゃっていますけれども、ちょうど経済成長のころからだったんじゃないか。要するに、核家族で、夫婦の中で生まれた子供と暮らす、それが正しい家族だみたいな考え方が非常に強くなってきたような気がするんですね。
 もちろんそれは制度上もそういう家族じゃないといろいろ不利な点がある。例えば未婚の母ですね、いわゆる庶子とかそういうのの場合、相続のときに正しい子供と違って何か、非嫡出子ですね、場合は半分しか相続できないとか、いろいろそういう差別、それから戸籍上の表記、住民票の表記、今度変わりましたけれども、そういうようなところで差別があるとか、やはり法制度上そういう差別的なものが非常に人々が意識するようになった。それまでは余りそういうことを気にしなかったんだと思うんですよね。それで、戦後もしばらくの間はかなりいい加減で暮らしてきたんで、やはりむしろ法律婚にやたらこだわるようになっちゃって、そして純血主義みたいなのにこだわるようになったというのはかなり新しいことではないかと思うんですね。
 ですから、一つは、やはりその少子化というようなことを考えると、私は、やはり今中絶がまだ三十万ぐらい、ピークのころは百万超えていたんですが、今三分の一ぐらいには減りましたけれども、それでも、その中でもちろん高齢で健康上の理由で中絶するという方もたくさんありますけれども、十代で、いわゆるできちゃった婚にもならない、結婚しない、できちゃって中絶しちゃうというのもかなりあるわけですが、こういう子供を産んで例えば養子に出すとか、欧米ではそういうのをやられていますけれども、そういうようなふうに、もうちょっと自由に考えられないかなというふうに私は考えております。
 ただ、直ちに今日本の社会でこういうことを実行するというのは難しいと思いますので、やっぱり少しずつ変えていかなくてはいけないと思いますけれども、やはり何というのかな、法律婚、あるいは正しいという言い方はおかしいんですけれども、法律婚から生まれた子供でなければ世の中から入れてもらえないというような、そういう気風は少なくとも変えていくべきだというふうに思います。ですから、少なくとも相続のときは一緒にするとか、そういう辺りから徐々に変えていくのがいいんではないかと思っております。
#54
○蓮舫君 ありがとうございました。
#55
○山谷えり子君 自由民主党、山谷えり子でございます。
 国立成育医療センター名誉総長の松尾宣武さんにお話を伺いたいと思います。
 私、三人の子供を育てながら母性というのはだんだんわき出てくるものだなということと、伝承の母性というか、そういうものが大切だなということを感じました。人間の文化とは子育ての文化と言ってもいいというふうに思うんですが、今労働者としての親を支援するプログラムは充実してきておりますけれども、その一方で保育者としての親の支援ということがやっぱりバランスの中で見落とされてきているというふうに思うんですね。
 松尾先生はジェンダー論とこの乳幼児の育児のことを書いていらして、レジュメの中に、ジェンダー論のことは余り今お話にはなさいませんでしたので、ちょっと読ませていただきますと、ジェンダーフリー、これは和製英語で、社会的、文化的に作られた性を解消しようというジェンダーフリー社会の推進に見直しの機運が高まりつつあることは、当然のこととはいえ誠に喜ばしい。乳幼児期の子育てにおいて男女の役割の違いは明瞭であり、生物学的性差に基づく。母性は授乳、育児行為という技術的側面にとどまらず、母子の心身の一体化、母子のきずなを介し、子供の自己形成に深くかかわる。父性がこの母性の役割を代行、分担することは極めて困難である。乳幼児期における母親との人間関係によって形成される。この事実は人の育児における核心的テーマである。性差は疑いなく存在する。男女の性差、男らしさ、女らしさが人為的な社会的身分にすぎず、生物学的属性でないとする主張は学問的根拠に乏しい。長時間保育や病児保育の要望など育児をなるべく他人任せにしようとする親がますます増える一方、多くの若い母親は育児行為が父親と母親とによって均等に分担されるべきものと考えているように見える。母性の喪失、父性の未熟、母性と父性の役割分担の混乱はどこまで続くか、その行き先は定かでない。母性は母性を支える社会的システムなしには機能し得ない。育児における父性と母性の役割分担についても両性のコンセンサスは得られていない。父性の包括的研究が強く求められるゆえんである。子供たちに帰るべき家を取り戻すため、ジェンダー議論が深まることを期待したいと。まあ抜粋ですけれども、要約で読ませていただきまして、私は大変共感、感銘を受けました。
 といいますのも、三歳までに脳が発達するというような子供白書もありますし、先ほど先生がおっしゃったアメリカとかイギリスのいろいろな乳幼児のどういう育てられ方をしたかというその後のフォローの研究などもあるわけですが、余り日本ではその辺が発表されていなかったり議論がタブー視されているような状況だというふうに思うんですね。べったり三歳までお母さんがくっ付いていなければいけないというふうには私は思っておりませんけれども、やっぱりある程度一緒にいないと、やっぱりお互いのきずなというか子供の育ちがうまくいかないのではないかというふうにも考えておりまして、無批判に長時間保育とかゼロ歳児保育を増やしていくべきではないだろうと、就業形態の多様化とか育児休業を保障していくべきだろうというふうに思っているわけでございますけれども、子供たちは次の時代親になる人たちですから、育児、家族の営みのもったいないほどの神聖さやすばらしさをとにかく伝えないと、次の世代、未来が奪われてしまうというようなふうに考えております。
 そこで、ジェンダーフリー思想のおかしさといいますか、男女同権とは何の関係もないですね、その思想の乱暴さといいますか空想的といいますか、その辺の御説明をもう少ししていただきたいのと、母性支援の在り方、とりわけゼロ歳児あるいは三歳児までの支援の在り方について何か御示唆があればお伺いしたいと思います。
#56
○参考人(松尾宣武君) 男と女の違いというのは、乳幼児期から遊びの違いということを一つ取り上げても非常に歴然としておりまして、数年前、二十一世紀の縦断家庭調査というのを厚生労働省が開始いたしましたが、その成績でも一歳六か月のときに性差は明らかなんですね。ですから、ジェンダーフリーという考え方は事実と全然反していると思います。
 やはり生活の様々な面で男と女が協力して成り立っているということを経験させてあげることが非常に大事だと思います。特に、家庭の中で夫と妻がどういうふうに協力しているか、保育園に行ったときに男の先生と女の先生はどういうふうに協力しているか、あるいは小学校へ行ったときに自分の上級生が男女でどういうふうにかかわっているかという、男と女という立場でどれだけ人間が豊かになっていくかということを経験で知っていくということが一番大事ではないかと思うんですけれども。例えば、幼稚園ですと、ほとんど女の先生になってしまったとか、小学校の教員としては女性が非常に多いというふうに、やはり男が半分、女が半分という、そういう社会形態が将来我々が目指す社会ではないかというふうに思います。
 そこの文献にちょっと付けたんですけれども、最近マウスで見付かった育児遺伝子というのがございまして、これは雌のマウスでしかその育児遺伝子は発現しないんですね。雄のマウスでは発現しない。この遺伝子を遺伝子操作によって欠損させますと、その雌マウスは子供を育児できなくなるということが分かっております。恐らく人間も哺乳動物の一種でありますので同じような遺伝的な基盤があるんだと思うんですけれども、そういう遺伝子を調節している機構というのが分かりますと母性支援というのもより科学的になる可能性があるんじゃないかというふうに思います。
 なぜ男女の性差とか役割というのがこんなに否定されてしまったかということをたどっていきますと、厚生労働省の厚生白書にもそういうことがうたわれておりまして、平成十年度の小泉総理が厚生大臣でいらしたときに出された厚生白書というのが三歳児神話を、まあ三歳児神話というのは使う人によって非常にあいまいな内容になると思うんですけれども、母性の価値というのを軽視するような内容になっているのを非常に私としては小児科医として遺憾に思っております。
 さらに、最後に付け加えますと、母親だけに育児をゆだねるというのは、そういう考えとは全く別でありまして、母性をどのように支援していくかというのは非常に大事で、今お産をなさった産後のお母さん方を見ておりますと、うつ状態になられる方が非常に多いんですね。これは育児の中で孤立してしまっているということが大きいと思うんですけれども、妊産婦の支援というのは産婦人科のレベルでかなりできる分野だと思うんですけれども、産婦人科医が急速に今減っているという現状がございまして、母性支援というのもままならないというような状況にございます。ですから、お金を投ずるというよりも、やはりカウンセリングであるとか、本当に子供を育てる重要な時期に少なくともリスクの高い母親に対して支援をするということは非常に大事だというふうに思います。
#57
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。──どうぞ。
#58
○山谷えり子君 産後のうつ病、マタニティーブルーについて、私は、外国人がたくさん産む病院と、それから日本人の病院とで、二か所で子供を産んだんですが、外国人がたくさん利用する病院では、お医者様が夫に向かって、奥さんはマタニティーブルーになるかもしれないからしっかり支えるんだよと、もう三分の一とも三分の二とも言われる人がマタニティーブルーになるんだというようなことを指導しているのが非常に印象深かったです。
 それで、日本の場合は、里帰りお産とかありましたし、あるいはお産婆さんというのが非常に伝承の、母性に対して伝える役割を果たしていたと思うんですね。今、乳腺を開くための乳房のマッサージのサービスすらありませんですしね、その辺を是非、産婦人科、小児科学会が連携してプログラムを提言していただきたいと思います。
#59
○参考人(松尾宣武君) おっしゃるとおりだと思います。
 私の娘がたまたま日本の病院とアメリカの病院でお産をしまして、システムとして日本のは産科医療とは言えないというふうに厳しいコメントをもらいましたけれども、先生のおっしゃる点は非常に重要な点で、是非推進さしていただきたいと思います。
#60
○会長(清水嘉与子君) それでは、山本孝史さん。
#61
○山本孝史君 ありがとうございます。
 今日はありがとうございました。長年母子家庭の方々へのかかわる活動をしてきました中で、母性を発揮したいというか、是非こういうふうに育てたいと思っても、ささやかな望みもかなえることができない、非常に依然として母子家庭への偏見が強いということだけはまず申し上げておきたいというふうに思います。
 今日の質問は、済みません、松尾先生に二点お伺いしたいんですが、一点は、今のその出産期の話ではございませんが、出産期の経済的な費用が非常に掛かるので、それを、今健康保険で三十万円等々ございますけれども、もう少し別途の手だてを考えた方がいいのではないかという意見があります。実態としてどうなのか、あるいはどういう手だてが望ましいと思われるのか。今のマタニティーブルーの点もそうかもしれませんが、そこで教えていただきたいと思います。
 もう一点、今日お書きいただいていてお触れになりませんでした生殖補助医療の点について、「生殖補助医療の無秩序の拡大は、通常の産科医療や新生児医療を窮地に陥れる可能性が高い。」と書いておられます。実態としてどういう危惧を持っておられて、この点についてどういう対応を望まれておられるのか、補足をしていただければと思います。よろしくお願いします。
#62
○参考人(松尾宣武君) 健康保険適用の医療行為をどこの範囲に定めるかというのは非常に難しい問題でございますが、今先生が御指摘のように、正常の出産というのは健康保険の適用外でございます。
 ただ、実態的には、健康保険組合から後から払戻しというのが来て、実質的に支払われるお金は少ないというふうに理解しておりますけれども、これを健康保険の適用にするかどうかというのは、お産が正常な現象であるというふうに、病気ではないというふうにとらえられているものですから、健康保険の適用全体を変えなければならないということで今まで手が付けられなかった問題であるというふうに理解しております。私ども小児科医としては、当然これも健康保険の中に含めていただきたいというふうに個人的には思っております。
 それから、生殖補助医療でございますが、これは非常にリスクの高い医療でございまして、このリスクについて社会的認識が非常に不足しているということを危惧してまいりました。
 対策といたしましては、法的な規制を付けるということが一つ大事なことでありますし、それから関係する人々のコンセンサスを得るということが非常に大事なことでございますが、生殖補助医療部会について最終答申を我々いたしましたが、現在、国会審議には至っておりませんので、是非先生方のお力で御審議に入っていただきたいと思います。
 生殖補助医療が抱えているリスクは、一番大きな問題は超未熟児の出生が非常に増えるということでございまして、超未熟児というのは、あっ、極小未熟児ですね、千五百グラム以下の新生児を言いますけれども、全出生の〇・六%という数でございますが、これがかつては〇・三%だったんですけれども、じわじわと上がってまいりまして、現在〇・七%を超えております。このために、日本じゅうの病院の新生児を扱うNICUという施設は満杯になっておりまして、NICUが満杯になるだけではなくて、その後の後方医療施設が足らないということで大変今混乱しております。
 デンマークはこの生殖補助医療を健康保険適用にした国なんですけれども、その結果起きましたことは、生殖補助医療による出生が三倍に増えたということがございまして、日本の今の体制で生殖補助医療を推進するということは、周産期医療、新生児医療が非常に混乱するということがもう明らかでございますので、これはすべてのシステムをバランス取ってやっていくということが必要です。
 生殖補助医療というのはお金がもうかる医療でございまして、アメリカではこれは巨額な富を生み出す産業というふうに言われておりますし、ワイルドウエストと、秩序なき西部の状態だというふうに人は表現しておりますけれども、日本にこのワイルドウエストの状態をもたらしてはいけないというふうに思います。是非先生方のお力をいただきたいというふうに思います。
#63
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか、山本さん。
#64
○山本孝史君 若干補足的に。
 今、こども未来財団等々で、出産にかかわる経費五十万というような統計数字が出てきますが、先生のその御認識の中で、健康保険適用にした場合というか、それに該当するような行為としてのお産にかかわる費用と、それと特定療養費といいましょうか、周りの差額ベッドですとか個室化ですとかといったようなところと、それぞれどのぐらいで、大体平均してどのぐらい今掛かるという御認識でいらっしゃいますか。
#65
○参考人(松尾宣武君) 正確な数字は、私、把握しておりませんけれども、快適なお産をするということが現在の社会各層の御意見でございまして、当然様々な点で個別化の医療ということになりますが、これは際限がなく発展していくと思いますので、その計算がどうなるかというのはちょっと今申し上げられないんですけれども、現状がどうなっているかということは、掛かられる医療施設で随分違うと思います。
 値段の設定で、国立成育医療センターが値段の設定でさんざんと悩んだんですけれども、微妙な額の設定によって患者さんの数が変わるということを実際に体験いたしましたので、先生がおっしゃった問題は非常に重要な問題だということは理解しております。
#66
○鰐淵洋子君 公明党の鰐淵でございます。本日はありがとうございました。
 松尾先生にお伺いしたいと思います。
 今までの答弁と重なるところもあるかもしれませんが、結婚、育児を含めて、今後自分がどう生きていくかという、いろいろ判断をしたり行動していく上で、両親だったり家族だったり、その地域のかかわりが大事であるということを改めて今日教えていただきましたが、そのことを本当に実感できるような環境作りだったり、何か具体的な御提案がありましたら是非教えていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
#67
○参考人(松尾宣武君) このレジュメにも書きましたが、そういう即効的な良い対策というのは存在しないんだと思います。ですから、先生の御質問に何か肩透かしを食らわすみたいで大変申し訳ございませんけれども、子供の出生率を増やす、そういうことが成功した先進諸国はないということは、まず私たちは理解し、認識する必要があると思うんですね。
 例えば、スウェーデンの対策が成功したとか、現在ではフランスが出生率が上向いていると。それは十分な育児手当があるからだというような主張が一部でなされていると思うんですけれども、もっと長い時代のスパンで見ますと、すべて先進国は出生率が低下しているわけでありまして、この低下している出生率よりも子供が荒れてきたということが非常に怖いことで、私の友人のフランス人の小児科で、ネッカーホスピタルという有名な子供病院がございますけれども、そこの小児科の教授と議論したときに、日本の小児科医はいいなと、患者さんに襲われないというふうに彼は言ったんですね。今学校の先生がいろんなことで襲われますけれども、フランスでは小児科医の診療中に患者が襲ってきて、恨みに思って何か暴力を加えるということがそれほど珍しいことではないということですので、子供の荒廃というのがやはり家庭や社会にあるということをみんなが理解していって、何か空想的な夢のある社会というようなものを模索すべきではないんじゃないかと、もうちょっと現実を見詰める必要があるんじゃないかというふうに思いますけれども。
#68
○神本美恵子君 今日はありがとうございました。
 私は袖井参考人と山田参考人にお伺いしたいんですけれども、今、松尾参考人の方から、北欧やフランス等欧米の少子化対策が成功していると短兵急に考えるべきではないというようなお話、ああそうなのかなというふうにお聞きしましたけれども、先日からこの調査会で参考人のお話をいろいろ聞きましたが、やはり先進諸国の中で、どこの国も少子化になっている中で、様々な対策を取り一定の少子化に歯止めが掛かっている国々として欧米諸国、欧米も英語圏の方で、イタリアやドイツは必ずしもそうではないと、それから北欧諸国というふうにお聞きしたんですけれども、その違いは、やはり伝統的な性別役割分業というようなものを乗り越えてといいますか、男女共同参画の対策を取ってきた国だということも一つの要因というふうにお伺いしたんですけれども、山田参考人のお話の中で、レジュメの七ページに、「男女共同参画だけでは不十分」ということで、「だけでは」ということは、これも一つの対策として必要だというふうにお考えなのかと思うんですが、そこに書かれているのは、そもそも女性の雇用も二極化、不安定化しているし、保育所や育児休業が安定雇用女性のみに当てはまるという、今の日本が取っている対策が不十分であるという意味で、先ほどちょっと話題になっていましたが、非正規雇用が女性ばかりではなくて男性もこれだけ増えてきている中で対策が必要であるという意味でおっしゃっているのか。だとすれば、男女共同参画という対策が少子化に有効に働くためにはどういった点が必要だとお考えかということを山田参考人にお伺いしたいと思います。
 同じことで袖井参考人にもお伺いをしたいと思います。といいますのは、やはり私の周りにいる働く女性といいますか、ほとんどがもう働く女性ですし、私、以前、学校の教員しておりましたが、その教え子たちが働く女性になっていっているんですけれども、やはり子供を産みたい、結婚もしたい、けれども仕事を中断せざるを得ない、あるいはこれでもうその仕事を失うかもしれないと、そのことが一番結婚や出産にちゅうちょをさせている。依然として日本はそうなんですね。
 ですから、そういう点から見ると、やはり男性も女性も働きながら、しかも家庭生活営んで、育児の喜びも両方で味わえるというような対策が日本ではやはり不十分なのではないかということを常々思っておりますので、その点について、こういったことを抜本的にやるべきだと。ガダルカナルではなくて、本当抜本的にやるべきだという意味から、御示唆があれば両参考人にお伺いしたいと思います。
#69
○参考人(山田昌弘君) お答えさせていただきます。
 神本先生がおっしゃったように、私は男女共同参画が駄目と言っているわけでは全くなくって、従来型の男女共同参画というのも、やはり女性が正社員でみんな働き続けられることを前提とした対策だと思うわけです。もちろんそういう対策をすることは必要なんですけれども、その恩恵に被るのはだんだん一部になってきたということが言いたいわけです。逆に言えば、今から十年前のバブルのころに今やっているような育児休業なり保育所等の充実等をやっていれば、日本はここまで少子化にならなかったと私は判断しております。
 それは、あらゆる国で、あらゆる先進国で少子化は起こっているんですけれども、やはりフランスとか北欧とかでは歯止めが掛かっている。イギリスやアメリカやオーストラリアではある程度の歯止めは、アメリカはたくさん生まれていますけれども、歯止めが掛かっている。それに対して日本や、最近は韓国、シンガポール、香港、さらにはイタリア、スペインといった諸国でとどめもなく少子化が起こっているというのは、やはり夫が一人で収入を稼ぐことを、これが悪いと言っているわけではなくて、前提として社会構造がすべて作られていると。となると、夫が一人で収入を支えることを前提とできない若者というものが全部そこからはじかれていって、子供がなかなかつくれなくなってしまう。
 逆に言えば、北欧なりフランスなり、スカンジナビアの、フランスといった諸国では、政府がそこら辺の見通しを立てましょうという形になりましたし、逆にアメリカでは男女、そうですね、アメリカでは専業主婦、主婦もまだ二〇%いますけれども、専業主夫も五%、結構量がいるわけですね。つまり、男性も女性も好きなときに好きなように、ただ給料はそんなに高くないんだけれども働けるという保障、見通し、つまり男、夫一人が収入を支えるということを前提とした仕組みじゃなくなっている。
 どちらを目指す、日本はどちらを目指すか、もちろんミックス的なものを目指す必要があると思うんですけれども、少なくともそれからは離脱しているという意味で、男女共同参画を進めた上で、さらに不安定な雇用対策、つまり逆に言えば日本は今難しいところに立っているわけで、男が一人で収入を稼ぐというのを前提とした仕組みを変えながら、不安定な若者に対してどうしようというのを両方やらなくてはいけないというところが今の日本が抱える難しい状況なのかなと思っております。これは日本だけではなくて韓国や南ヨーロッパ諸国も一緒なんですけれども、南ヨーロッパはECが全部効果を薄めてくれますので──ごめんなさい、私も年ですね、EUが効果を薄めてくれるのでいいんですけれども、やはり日本や韓国やシンガポールといった東アジア諸国はこれから大変になってくるのかなと思っております。
#70
○参考人(袖井孝子君) 確かに先進国はどこでも出生率が低下していますが、私、個人的には出生率を上げること、あるいは少子化に歯止めを掛けることが目的ではなくて、みんなが楽といいますか、いわゆるどこかにしわ寄せが行かないような社会を作ればそこが結果として出生率が上がるかもしれないというふうに思っているんで、男女共同参画を実現すればすべてうまくいくとか、あるいはこれをやったらうまくなるとか、そういうことは全く考えてないんですね。だから、北風と旅人のああいう寓話みたいに、やっぱり無理やりこう何かするということはできないと思うんですね。
 ですから、北欧とかなんかは、北ヨーロッパの諸国はやはり公的な責任でもっていろんなことをやっていくと。そして、例えば本当に、フランスはかなり早くから出生率が下がってきて意図的に出生率を上げようとしてきたんですけれども、スウェーデンの場合は必ず、北欧の場合は必ずその少子化対策というふうに考えなかったというふうに聞いております。
 ですから、男女共同参画の実現あるいは女性が働き続けられる条件を作っていく、そして育児休業を取りやすいように、それから男性も育児休業を取るようにという施策をしたら結果として上がってきたのであって、それを意図したのではないというふうに聞いております。ですから、日本の場合も、何かこれをやれば子供を産むだろうとか、こういうことをしたら結婚するだろうと、そういうのはちょっと本末転倒ではないかというふうに考えております。
 男女共同参画について申しますと、私、この言葉が何かちょっと余り良くないんじゃないか。何か非常にこう荒々しいというか、きついんですけれども、要するに男も女も楽に生きられる社会ということではないかと思いますね。ですから、何か非常に肩ひじ張ったように、こういう制度を作ってこうやっていくということではなくて、先ほど山田先生もおっしゃいましたけれども、専業主婦でもいいし専業主夫でもいいと、こういうふうに非常にフレキシブルに考えていくということがいいんではないかと思いますね。最近、少しそういう動きも出てきてまして、子育てをして、奥さんが働いて夫が育児休業を取るというのも少し出てきておりますし、幾らか変わってきたのではないかというふうに考えております。ですから、何か少子化対策というようなことを言うと、やはりそれはかなり女性の側からの反発も食らうというふうに思います。
 それからもう一つ、言い忘れましたが、北ヨーロッパでは公的な責任でもって、いわゆる税とかいろんなものを投入して社会保障制度を良くして、そして結果として出生率を少し回復させていますし、アメリカの場合は全くというか、ほとんどそういう公的な手段はないんですけれども、やはり労働市場がかなり流動化して自由に動けるということですね。ですから出生率も余り下がらないということで、日本はどっちへ行くか、この辺のところもやっぱり両方のいいとこ取りするわけにいかないので、どっちに行くかを決めた方がいいと思います。
 私は、個人的には北欧の方がいいと思いますけれども、かなり無理だろうというので、現実的な考え方としてはやはりアメリカ型というか、いわゆる労働市場を流動化して、そして、先ほども申し上げましたけれども、やり直しの利く社会、いつでも下りてもまた戻れる社会を作るということで、そしてこれはどこをつっついたらいいかということですけれども、やはり企業ですね。特に経営者の団体にもうちょっと態度を柔軟にしていただかないといけないかなというふうに考えております。ですから、男女共同参画というのは一つであって、これで全部行けるということではないと思います。
 私は、育児休業制度を中心にして出生率と女性の働き方の調査をしたんですけれども、東京都内とそれから富山県で調査したんですが、富山県が比較的女性の就業率が高くて出生率が高いんですが、あそこはやはり保育園がちゃんとあるんですね。待機児ゼロなんです。それから同居率が物すごく高いんですね。おばあちゃん、おじいちゃんがやっている。で、育児休業も取っている人もかなり多い。ですから、女性が働きやすい条件があるということと、家族から、親族からのサポートが得られるということと地域社会のサポートがあるということで、全部が複合的にならないと無理だろうというふうに思っております。
#71
○会長(清水嘉与子君) ほかにいかがでしょうか。
#72
○荻原健司君 自民党の荻原健司でございます。今日は様々な御意見ありがとうございます。
 先ほどお話を伺っておりまして、やはりいろいろな細かいお金の点だとか、いろいろの御意見ありますけれども、大きく考えると、やはり今の例えば若者たち全体に生きる力といいますか、やはりタフネスさというものが何か足りないのではないかなというふうに思う中で、袖井先生、そして山田先生にお伺いをしたいと思うんですけれども、先ほど袖井先生が、今の子供たちは大変勉強ができると、教授、助教授。しかし、自分がなぜ、なぜといいますか、そしてこれから何になりたいんだというようなところがなかなか漠然としていて、なかなか明確な答えを持っている若い子がいないということを考えますと、やっぱり自分が今なぜこういう取組をやっているのか、何になりたいのか、どうなりたいのかということをしっかり自分自身で発見をしてもらわなければならない中で、具体的にどういったことをやらせれば何かそういう自分自身が生きる力を発見できるのか。
 私、スポーツの選手をしていた関係もあって、ばかの一つ覚えなんですけれども、やはりスポーツをすることで、やはり目標を明確にして、それに向かって努力をしたり挑戦をしたり、また挫折もしますし、しかしその中で、やはり今思えば、生きる力といいますか、そういうものを学んできたような気がします。そういう意味では、私はこれから若い人たちには、やっぱりスポーツというものは非常にいいものであるなとつくづく思うんですけれども、ただ、スポーツ、スポーツといって、みんながスポーツ大好きでということではありません、スポーツには拒絶反応する人も当然いますので、スポーツだけではなくて、これからのそういう若い人たちに、やっぱり生きる力、自分自身とは何ぞやというものを発見できるような取組といいますか、どういうことをさせればそういう生きる力を養えることができるのか。
 山田先生に、今の若者たちが、お金の問題があっていろいろ、結婚をしない、できないなんということもありますけれども、結局それも、やっぱり自分自身が、やはり大きな、自分自身の人生の中で、お金を稼ぐこと、それは何で家庭を持つのか、またそういう意味では、やっぱりそれがすべて、自分自身とは何ぞやというものにつながってくるんじゃないかなと思いますし、特に、若者代表の山田先生、たくさん若い方ともお付き合いされると思いますので、彼らに具体的にこんなことをアドバイスしたら、また、こんなことをやらせたら非常に目が輝いて取り組み始めたなんということがあれば、是非お伺いしたいと思います。
 最後に松尾先生には、また多分、それはもう最終的には親の教育だなんて言われてしまうのかもしれませんけれども、袖井先生、山田先生、是非教えていただければと思います。
#73
○参考人(袖井孝子君) 今正におっしゃったように、生きる力というのはなくなっているというふうに思うんですが、近年、価値の多元化とか多様なライフスタイルと言われますけれども、現実にはどうかというと、非常に画一化、一元化してきてしまっているんですね。そしてこれは、情報化というか、情報が余りにもあふれてしまったために、かえって、何というか、情報に動かされて、あるワンパターンですね、いわゆる有名な学校に行って卒業して何かずっと行くということになる、それがいいのだという非常に単線的な価値観になってしまっていると。
 かえって昔の方が多様な生き方をしていた。それは、知らなかったということもあるんですね。山一つ越えちゃうと、隣村で何があったのかよく分からないという、そういう時代だったと思うんですが、みんなそれぞれの生き方に自信を持って生きてきたと思うんですね。だから、職人は職人として、それから農業している人は農業している人、あるいは漁師さんは漁師さんとして、自分のやっていることに意味を見いだし、自信を持って、子供はそれを見習っていったという、伝統的な社会はそうだったんですが、何か今は、メディアが流す情報に踊らされて、そして本当に画一的な人間像に流されていってしまうという気がしますね。
 ですから、私は、スポーツでも何でもいいかと思うんですが、やはり子供のときから、人はそれぞれに生きる、それこそ生きる価値がある、どういう生き方であってもそれが社会的に認められるというふうに子供たちに教えていく必要があるというふうに考えております。例えば、障害児の教育にしましても、日本はどちらかというと隔離してしまいますよね。ですけれども、そういうのを一緒に育てていくとか、やはり小さいころから、他者に対するシンパシーとかエンパシーとか、あるいは他者の人権を尊重して対等な人間として生きるという、そういうことを子供のときに教えていかないといけないですね。
 だから、何か本当に単線的な、学校のお勉強ができればいい、いい成績を取ればいいということで、そしてクラスメートはライバルだみたいな形で、何か全体にぎすぎすしてきてしまったというんで、私は、こんなことを言うといけないかもしれないけれども、少々経済成長は止まってもいいから、もうちょっとゆっくり、経済小国になってもいいから、ゆっくりいろんな生き方を認め合うようにしたいと思うし、これはもう本当に大学に来てからでは手後れですね。ですから、小学校とか中学校のときにそういうことを教えて、そして、できればそういうときに才能を見付けてあげることだと思いますよね。
 だから、本当に荻原さんのように、スキーができるというのは、子供のときに見付けたらすごいことになるけれども、それがずうっと行っちゃって、気が付かないで大学まで行っちゃったら、大学で気が付いてももう手後れだと思うんで、やはり、子供のときにその可能性を見いだせるような教育というか、そういうことを考えていってほしいなと、非常に空想的な、空論に近いんですが、そんなふうに考えております。
#74
○参考人(山田昌弘君) ちょっと、袖井先生とちょっと私、意見違いまして、経済成長はいいからというのは、やっぱり私は経済成長してもらいたい。
 私は逆に、多様化した生き方を認めることこそが、今後の経済的にも活性化させる一つのかぎではないか。つまり、今までは、物作りの社会ですから、とにかく力任せにみんな同じように朝から晩まで働いていけば経済成長していった時代だと思うんですけれども、今後は、IT化とかグローバル化とかありますので、多様な生き方の中から、今後の経済成長を促すようなアイデア、個性的なアイデアが私は生まれると信じております。ですから、私はそこは調和するものだと思っておりますというのがまず第一点です。
 まず、生きる力、荻原先生の生きる力なんですが、確かに私は生きる力が落ちていっているというふうに思うのは、先ほど坂本先生への答弁の中でも触れさせていただきましたが、やはり、努力がなかなか報われるというふうに若者たちが思う場がだんだんなくなっているんじゃないかというふうに思っております。
 本当にスポーツというのは分かりやすい例で、別に一人でやる、スポーツというのも、一人でやるスポーツも多少ありますが、仲間の間で切磋琢磨して、お互いに努力して認め合う、そして努力しなくて駄目だったら、駄目なんだけれども仲間は見捨てないという形で支え合うような仲間集団があったんだと思います。
 私、実は、受験勉強とか学校とか職場というのは、実は努力をお互いに認め合うような仲間集団であったと私は思っているんです。受験勉強が悪者のように言われますけれども、一生懸命仲間と一緒に受験勉強して合格して、駄目でも、おまえ、ここに行けたんだからいいじゃないかと言えた。また、企業共同体というのも良くないとかいう、企業主義で良くないとか言う人がいましたが、やっぱり職場、企業というよりも、そこの職場の中で一生懸命努力すれば評価される、逆に努力しなかったら、おまえは駄目だって言われて直されるんだけれども、ここが重要なんですけれども、見捨てなかったんですね。昔の仲間集団にしろ、企業にしろ、多分スポーツでもそうだったと思うんですけれども、おまえ、できないから、はいバイバイとはなかなか言わずに、おまえなりにポジションがあってやってみろと言えばやっぱり頑張るんだと思います。
 今それがあらゆるところからどうもなくなっちゃっているような気がして、つまり、企業でも中核的な人はいるんだけれども、もし駄目だと言われたらバイバイ、見捨てられちゃうんじゃないかというふうになると、やっぱりお互い仲間という意識はなくなりますし、中学生や高校生の集団でも、結局、仲間外れにされちゃう、捨てられちゃうかもしれないというような意識があるので、お互いに努力を認めて褒め合って、逆に努力しなかったら駄目だと言うというようなことがむしろできにくくなっているような気がするんです。
 特に、荻原先生が聞くとびっくりなさるかもしれませんけれども、やっぱり一等賞を出さないスポーツ例というのも実際あるんですね。この前私が聞いた例は、野球大会で優勝したら、優勝万歳とも何も言わずに、みんな平等なんだからというんで何も褒めないって、そこで優勝した子が文句言って、何のためにおれ努力してきたんだろうとかいうふうに言われたんですね。
 だから、それはまあ難しいところですけれども、もし駄目だったときに見捨てないというような保証付いた上で競争させるというのが、多分若者に対してやる気を出させる一番の方法であり、高度成長期の日本には、受験とかスポーツとか企業とか、そういうところであったんだと思うんですね。
 でも、それが、失っているときにそれをどこに作るかというときに、もう一回学校、もう一回企業といってもやはりそれは無理だし、多様化している中では駄目だと思うわけです。となると、学校の中で、できる人はそこで評価される、スポーツでできる人は評価される、趣味でできる人は評価される、それが大人になっても続くような社会、つまり、仲間集団がいて、何らかの努力をすればそのことに対して周りから評価される。また手前みそなんですけれども、私、国民生活審議会の委員もやっておりますもので、今コミュニティーの再興というのをやっているんですけれども、そういう若者たちが、努力が報われる場としてのコミュニティーをいろんなところで作っていくことがこれからの多様化した社会の中での在り方だと思っております。
#75
○参考人(松尾宣武君) 生きる力のことでございますけれども、二つあると思うんですけれども、一つは、自分が両親から十分に愛されているという実感やその記憶ですね、それからもう一つは、それと同じように大事なのは、自分の存在が両親にとって非常に意味がある、両親に重大な生きがいを与えているという実感ですね、その二つがあれば人間というのはかなりの苦境を耐えられるというふうに思います。それが生きる力についてのお答えですけれども。
 スポーツに関しましては、私も先生と同じ考えでございまして、学校教育の中で是非これを取り入れていただきたいと思うんですけれども、最近、総務省が子供の生活調査というのをされておりますけれども、小学生、中学生、高校生の平均スポーツ時間というのは三十分なんですね。我々が子供のときには本当に一日じゅう野原で遊んだわけですけれども、今の車社会では安全に子供が遊ぶところがございませんので、スポーツをやる場所としては学校が一番適していると思うんですけれども、統計によりますと、過去三十年間で小児の肥満の頻度は四倍に増えているわけです。これは、アメリカの子供たちが肥満になってきたというその頻度の増え方に比べてももっと速い速度なんですね。
 ですから、これを防止するという観点からも、学校で毎日体操の時間を一時間持つというのはそんなに実現不可能なプランではないと思うんですけれども、是非そういうこともお考えいただければ有り難いと思います。
#76
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございます。
 ほかに御発言ございますでしょうか。
 岡崎トミ子さん、これで最後の御発言でよろしいでしょうか。
#77
○岡崎トミ子君 はい。
#78
○会長(清水嘉与子君) どうぞ。
#79
○岡崎トミ子君 今日は参考人の皆様のお話、本当に参考になりまして、我が意を得た思いをいたしておりました。
 袖井先生にお話を伺いたいと思いますが、私は、国民負担をしっかりして、そして男女共同参画社会を実現して、それが少子化対策だという、三題ばなしみたいなものに関して、今先生がずっとお話をされたお話を伺いながらも答えはいただいたというふうに思っておりますが、北欧諸国の中では、スウェーデンよりも最近デンマークが、家族政策が成功したというふうなことを言われております。
 少子化対策ですから、日本の中でも昔のように産めよ増やせよというような、こういう言葉では語られないわけなんですけれども、期待する人たちの中には、伝統的な家族のイメージというものについての復活に活路を見いだそうとするそういうような人たちもおりますけれども、その家族政策というのは、国際家族年以降、何かきちんとこの日本の中でできてこなかったようにも思うんですが、先生のお考えになる家族政策というのはどのようなものがいいとお考えなのかをお聞きしたいと思います。
#80
○参考人(袖井孝子君) なかなか難しいことなんですが、家族政策というのは、確かに日本では、日本というか、いろんな国でも明確に家族政策という形で銘打っているところは余りないと思うんですね、例えば労働政策の中に家族に対してどれだけ配慮しているかとか、そういうふうにして。
 私は何か、家族政策という形で何か固定的な家族、伝統的な家族にしろどういう家族にしろ、一つのイメージを作って、こういう家族がいいとかこういう家族であらねばならないという形で持っていくことは反対ですし、それはできないと思うんですね。ですから、あらゆる政策の中に男女共同参画の視点、それからファミリーフレンドリーというか家族政策、家族の生活を大切にする政策を入れていくということだと思います。
 だから、社会保障などにしましても、例えば、今育児休業中の正規雇用の女性ですけれども、それに対するいろんな配慮がありますけれども、これも先ほど申し上げましたように、ほかの働き方をしている人にもこういうことを広げていって、そして仕事と家庭の両立を可能にするということをしていく必要があると思いますし、労働政策の中にも、やはりその固定的な男女の、職場における男女の差別、性別役割というのを廃止していくような形で、あらゆる政策の中に家族政策的視点、男女共同参画的な視点を入れていくということが必要だというふうに考えております。
 それから、デンマークですが、私も余り詳しくはないですけれども、ちょっとデンマークにも行ったことはございますけれども、日本が参考になるのは多分スウェーデンよりもデンマークではないかという気がしました。というのは、スウェーデンというのはかなり公的ないろんなサポートですね、公的な支援でもって税金でいろいろやっているんですが、デンマークは必ずしもそうではないですね。かなり民活というか民間の力を利用しているんですね。
 そして、幾つかのちっちゃな町を訪ねて、その福祉政策などについても聞いたんですが、公的なところも、あるいは民間も、競争入札みたいにさせて、そこの勝ったところが取るのだというようなことを言っておりまして、非常にそういう点では日本がまねをしやすい国ではないかと思いますね。
 それから、やはり、なぜこの男女共同参画とかそれから出生率もかなり高いかというと、労働時間が非常に短いんですね。大体四時に帰ってきてしまうんで、それからスポーツをして、それから御飯を食べるということですね。
 それから、全くこれはちょっと余談になりますけれども、私どもが行ったとき感じたんですが、飲み屋さんとか夜の楽しい場所がちっともないんですね。だからこれはうちへ帰らざるを得ないんじゃないかとか言って、いや、デンマークの男の人ってこれで満足しているのかねとかいうような声もありましたが、日本は本当に飲み屋さんとか多過ぎるんですよね。もう、だから会社の帰りに真っすぐ帰りたくなくなっちゃうという。これも何か産業政策でこれをやめるわけにもいかないでしょうけれどもね。
 デンマークって本当に清潔ですよね。仕事が終わったらぱっとうちへ帰ってくるっていうんでね。この辺のところも日本はなかなかまねができないんじゃないかと思いました。
#81
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。大変示唆に富んだお話をいただきました。
 質疑も尽きないようでございますけれども、予定の時間も参りましたので、以上で参考人に対する質疑を終了したいと思います。
 参考人の皆様方には、長時間にわたりまして貴重で有意義な御意見をちょうだいいたしまして本当にありがとうございました。ただいまいただきました御発言につきましては、今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 次回は来る二月二十三日午後一時から開会することにし、本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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