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2005/05/12 第162回国会 参議院 参議院会議録情報 第162回国会 内閣委員会 第9号
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2005/05/12 第162回国会 参議院

参議院会議録情報 第162回国会 内閣委員会 第9号

#1
第162回国会 内閣委員会 第9号
平成十七年五月十二日(木曜日)
   午前十時二分開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月十日
    辞任         補欠選任
     近藤 正道君     田  英夫君
 五月十一日
    辞任         補欠選任
     田  英夫君     近藤 正道君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         高嶋 良充君
    理 事
                市川 一朗君
                小野 清子君
                岡崎トミ子君
                森 ゆうこ君
    委 員
                秋元  司君
                鴻池 祥肇君
                佐藤 泰三君
                竹山  裕君
                中曽根弘文君
                西銘順志郎君
                山崎 正昭君
                神本美恵子君
                工藤堅太郎君
                松井 孝治君
                円 より子君
                風間  昶君
                白浜 一良君
                近藤 正道君
                黒岩 宇洋君
   衆議院議員
       発議者      長勢 甚遠君
       発議者      冬柴 鐵三君
   国務大臣
       国務大臣
       (内閣官房長官) 細田 博之君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        鴫谷  潤君
   政府参考人
       内閣府大臣官房
       長        永谷 安賢君
       内閣府大臣官房
       政府広報室長   林  幹雄君
       厚生労働大臣官
       房審議官     松井 一實君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律
 案(衆議院提出)
    ─────────────
#2
○委員長(高嶋良充君) ただいまから内閣委員会を開会をいたします。
 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、政府参考人として内閣府大臣官房長永谷安賢君外二名の出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(高嶋良充君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#4
○委員長(高嶋良充君) 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案の趣旨説明は既に聴取いたしておりますので、これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#5
○竹山裕君 おはようございます。
 今日は、祝日法改正、いわゆる昭和の日の制定を審議するわけでありますが、質問に入ります前に、恐れ多くも天皇陛下と同じ年、同じ月に生まれました竹山裕の昭和の日に対する思いを少しく述べさせていただきます。
 顧みますと、この法案は五年前、平成十二年に我が参議院に初めて提出されて、参考人審議も十分に実施して、可決、衆議院に送られたわけであります。そのときの付託委員会は文教・科学委員会でありました。その後、省庁再編によって所管事項が変わりまして、現在は我が内閣委員会に付託されていると。正に時の流れを感じるわけであります。このときは衆議院の解散によって廃案になりまして、二回目はおととしの平成十五年に今度は衆議院の方から提出されて、参議院に送付されてきました。これもまた衆議院の解散で廃案になってしまったわけでございまして、正に今回、三度目の正直でようやく成立のめどが立つところまで参りまして、法案の趣旨と同じように、幾多の困難を乗り越えて昭和の時代があったように今日を迎えることができました。
 この法案の当初発案された時代には、国会には超党派で「昭和の日」推進議員連盟がありまして、私ももちろん参加しておりました。国民の代表である衆参の国会議員四百名の多くがこれに参加をしておりまして、昭和の日の実現に向けて積極的に活動を展開してきたところでありますし、法律案成立に向けて努力された先輩議員各位も多く退任されているというような経過がございます。
 これまで、この法案にかかわってこられました皆さん方、そしてまた今日衆議院からお出ましの発議者の方々に心から感謝を申し上げる次第でございます。
 それでは質問に入ります。
 戦後、アメリカの占領を経て、サンフランシスコ講和条約締結によって独立を回復いたしました。沖縄の皆さんは、本土復帰は更に後れること二十一年、この苦しみの中で立ち上がり、高度成長を遂げて経済大国日本に至るまでの六十有余年に及ぶ昭和の時代、法案の趣旨説明にもありますように、我が国の歴史上、未曾有の激動と変革、苦難と復興の時代でありまして、今日我々が平和と繁栄の日本を、正にこのような時代を礎としてその上に築いてきたんだという思いがございます。
 我が国は二十一世紀の時代を生きております。これから新たな未来を切り開いていくに当たって、昭和の時代を顧みてその歴史に学ぶことは、国民と国家の確かな歩みの指針となるわけでありまして、時代を受け継ぐ貴重な財産となるこの昭和の日、皆様方、発議者の方々と認識は共有しているわけでありますが、最初に確認の意味を含めまして本法律の趣旨をお伺いいたします。
#6
○衆議院議員(長勢甚遠君) おはようございます。長勢でございます。
 昭和の日の意義につきまして御理解をいただきまして、有り難く思っております。六十年有余に及ぶ昭和の時代は、我が国の歴史上、未曾有の激動と変革、苦難と復興の時代でありました。今日、我々がある平和と繁栄の日本は、正にこのような時代の礎の上に築かれたものと考えております。
 歴史の教訓に学べという言葉がありますけれども、二十一世紀を迎えまして、我が国は今また新たな変革期にあることから、この昭和の時代を顧み、歴史的教訓を酌み取ることによって、平和国家日本の在り方に思いを致し、未来への指針を学び取ることは、我が国の将来にとって極めて意義深いことと考えております。
 こうした観点から、本法律案は、昭和の時代に長きにわたり天皇誕生日として広く国民に親しまれ、この時代を象徴する四月二十九日を昭和を記念をする昭和の日として新たに祝日として設けたい、こういう趣旨のものでございます。御理解いただきたいと思います。
#7
○竹山裕君 今お伺いし、昭和の日の創設の趣旨からすれば、広く国民の皆さん方に賛同を得られるようにしていかなければならないと思います。
 民間の方々を中心に形成された「昭和の日」推進国民ネットワークによりましても、昭和の日の実現に向けて活発な運動がなされてきたわけであります。四月二十九日を昭和の日としようという運動は多方面で活発に続けられてきたわけでありますが、既に多くの国民の賛同を得ていると思いますが、足掛け六年掛けてようやく今日を迎えているわけでありまして、この祝日を、国民がこぞって昭和に思いをはせて、我が国の将来を考える日とすることを願うために、国民の皆さん方に周知するための方法等についてお伺いしたいと思います。
#8
○衆議院議員(長勢甚遠君) 先生にも御支援をいただいてまいりましたが、平成十二年でしたか、初めてこの法案を出します際には、衆議院の過半数、また参議院の過半数の方々の御加入をいただきまして議員連盟をつくり、その総意をもって法案を提出した経過でございます。また、お話ございましたネットワークの方々も広範に国民運動を展開をされまして、当時百七十万人の署名活動もいただいてこの法案を提出させていただいたという経過がございます。
 その後、御指摘のような経過で今日に至りましたが、私どもも選挙区等であの話はどうなったとよく聞かれる状況でございまして、国民の皆様にもそれなりに相当広範に御理解をいただいておるものと思っております。
 是非今国会でこの法案を成立させていただいて、この昭和の日の意義、特にこれからの我が国の平和と安定について考えるという姿勢を皆さんに、国民の皆さんに共有していただくように各般の努力を更に強化をしていかなければならないと、このように思っておる次第でございます。
#9
○竹山裕君 一方で、みどりの日でございますが、この趣旨は「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。」とされて、正に緑豊かな我が国にとって極めて有意義な国民の間にも定着した日でございます。
 ただ、五月四日は労働時間の短縮やゴールデンウイークにおけるいわゆる谷間出勤の非効率性への配慮等で昭和六十年の祝日法改正によって休日とされているわけでありますが、既に休日であるこの日にみどりの日としての祝日にするには、その趣旨も合致しているものでありますが、その辺をお伺いさせていただきます。
#10
○衆議院議員(長勢甚遠君) 今まで四月二十九日はみどりの日とされております。みどりの日は、今お話ありましたように、その趣旨は「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。」とされておるわけでありまして、緑豊かな我が国にとりまして極めて有意義であり、また国民の間にも定着をしている祝日でございます。
 本法律案では、こうしたみどりの日の意義にかんがみ、しかも祝日の増加による影響にも配慮しつつ、青葉若葉の時節でありゴールデンウイークの一日である五月四日をみどりの日とすることとしたものでございます。
 なお、五月四日は労働時間の短縮やゴールデンウイークにおけるいわゆる谷間出勤の非効率性への配慮等の観点から休日とされているところでございますが、みどりの日をこの五月四日とし休日とするということは、こうした当初の趣旨にも合致するものと考えておるところであります。
#11
○竹山裕君 今お話しのように、みどりの日、全国的に既に、現在は四月二十九日でありますが、国においてもみどりの感謝祭、あるいは自然とふれあうみどりの日の集い等、いろいろな催しがあるわけでありますが、この法律案が成立して施行された場合に、こうした諸行事についても今後は当然五月四日に開催されることになると思うわけであります。
 そこで、この間二年ほどの猶予期間はございますが、こうした意義ある行事が支障のないように万遺漏のない対応をしていただきたいと思いますが、その辺についてのお考えをお願いいたします。
#12
○衆議院議員(長勢甚遠君) 先ほどもお話ありましたように、五月四日は従来からも休日とされてきたところでありますので、したがって、みどりの日を五月四日として祝日というふうに名称を変えたといたしましても、我が国における経済活動や国民生活等への支障は特に生じないものと考えております。
 なお、御指摘のように、例年四月二十九日には全国でみどりの日にちなんだ各種の行事が開催をされております。国においても、農林水産省等でみどりの感謝祭とか、あるいは環境省等で自然とふれあうみどりの日の集いなどというものが開催されておるというふうに承知をいたしております。
 本法律案が施行された場合には、こうした行事も今後は五月四日に開催されることが多くなるものと思うわけでございますが、関係省庁、団体等にもお話を聞いておりますけれども、これらの諸行事の実施に格別の支障が生ずるということはないものと考えておる次第であります。
#13
○竹山裕君 いろいろ今後の対応に御配慮をよろしくお願いしておきます。
 現在、国会においても憲法改正論議、そしてまた政党間あるいは国民の間でも活発な議論が取り交わされている状態でございます。我が国の歴史上、初めて国民が自ら主体的に憲法を定めていこうとする大きな行事のタイミングに、こうして昭和の在りし日を顧みて日本国の来し方を考えていこうという意義ある祝日が制定されることは、誠に時宜にかなっているものと感じているところでございます。
 この間の発議者の皆さん方の御苦労、そしてまた私も立法府の一員として意義深い法案の成立にこうして立ち会えることの感銘を深くして、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
#14
○松井孝治君 おはようございます。民主党・新緑風会の松井孝治でございます。
 今、竹山先生の方からこの法案の趣旨についての御質問がございました。私もその御答弁を聞かせていただきましたので、最初にまずその趣旨を伺おうかと思ったんですが、それは省略をさせていただきます。
 今年は戦後六十年の節目でございまして、そういう節目の年にいろいろ、先ほど竹山先生おっしゃったように足掛け六年でしょうか、この法案が国会において提案されてから、こういう六十年という節目の年に今審議が大詰めを迎えているというのも何かの奇縁のような気がいたしております。
 私自身も、昭和天皇のお姿に自ら近くは接したことはないわけでありますが、先ほどおっしゃったように、日本の近現代史における昭和という時代の持つ意味というのは非常に大きな重みのある時代であった、それを記念するという趣旨においてはこの法案の趣旨というのはよく理解できるわけでございます。しかしながら、これ非常に重要な私は国会審議であると思います。今回の法案に対するメディア、国民の各層の意見を調べてみますと、やはり多様な考え方があると。それはやはり国会審議の上で記録に残し、国民的な今後の理解の糧にしなければいけないという、そういう思いで御質問をさせていただきたいと存じております。
 まず最初に、この祝日法の趣旨でございますが、自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、より良き社会、より豊かな生活を築き上げるために、国民こぞって祝い、感謝し、また記念する日を定め、これを国民の祝日と名付けるという定義になっております。
 今回の昭和の日でございますが、これは祝日法で言うところの「国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日」、これのどれに当たるのか、あるいはすべてに当たるのか、これについて、一番基本的なことでございますので、提案者の方から御説明いただきたいと思います。
#15
○衆議院議員(長勢甚遠君) 祝日法における祝日の定義はおっしゃるとおりに書いてあるわけでありまして、今提案いたしております昭和の日はこのうちの「記念する日」に当たるものと考えております。そして、この「記念する日」において国民がそれぞれの立場、考え方から昭和の時代を顧み、これからの国の将来に思いを致すというのがこの創設の趣旨と思っております。
 なお、記念という言葉は、広辞苑によりますと、「後々の思い出に残しておくこと。」とされておりますけれども、これは今回提案いたしております「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」という昭和の日の意義とも十分に合致するものと考える次第でございます。
#16
○松井孝治君 昭和の日、昭和という激動の時代を国民の記憶にとどめ、そして平和という気持ちを持つというこの趣旨は理解できるんですが、それを、四月二十九日という日を昭和の日としての日にちとして選ばれた理由ですね、この辺りについて、まあ当然のことながら四月二十九日というのは昭和天皇の誕生日であるということは大きく影響していると思うんですが、具体的になぜ昭和の日を四月二十九日として定めるという御提案をされているのか、御答弁いただきたいと思います。
#17
○衆議院議員(長勢甚遠君) 昭和の日を設ける趣旨というのは今申し上げたとおりでございますが、これはいわゆるあくまでも昭和の時代を記念をするという趣旨でございます。歴史の教訓は日々学ばなきゃいけないのでしょうけれども、この昭和の時代を記念する一番適当な日はいつだろうかということを考えました。昭和天皇の誕生日である四月二十九日といたしましたのは、昭和の時代に長きにわたり天皇誕生日として広く国民に親しまれ、またこの時代を象徴する日であるというのが一番四月二十九日がふさわしいと考え、この日を昭和の日として提案を申し上げておる次第でございます。
 一部にこの日を選んだことについての御批判もあるようでございますが、これはあくまで昭和天皇を記念するという趣旨ではございませんで、昭和の時代を記念をするという趣旨でございます。よろしく御理解をいただきたいと思います。
#18
○松井孝治君 これはいろんな議論が過去にもございました。今回の提案について唐突だという意見も世の中にはあるようですが、しかし私個人的には、過去この参議院の委員会でも、当時は文教委員会でございましたでしょうか、議論をされていますし、幅広い議論はされているとは思います。ただ、その議論の中身が多様な議論があったことは事実でございます。
 例えば、これ、私、個別に通告しておりませんので、提案者の議員のお立場で自由な御意見を伺いたいわけでございますが、過去に幾つか非常に重要な質疑がございます。これ、参議院でございますが、橋本龍太郎総理大臣がこういう答弁をされているんです。これは平成十年の三月の参議院の予算委員会でございますが、橋本龍太郎総理が、
 昭和天皇をしのぶ、その気持ちにおいては私は議員にまさるとも劣らないものを持っていると思っております。そして、昭和という時代は将来ともに日本の歴史の中で考えていくべき非常に大事な時代であったとも思います。
  ただ、明治天皇の御誕生日、これも日本にとって忘れてはならない方でありますけれども、このお誕生日が御承知のように文化の日として定着をいたしております。そして、みどりの日を祝日とする法律、これが多数の政党の賛成によって成立をしたということ、こうしたことを考えますと、慎重な対応を必要とすることであると私は思いますが、それ以上に、私は実は、みどりの日という名称が決められましたとき、いかにも昭和様にふさわしい名前が選ばれたなという思いを本当に持ちました。自然を愛され、学者としてもその道の尊敬を集められる、そして、それこそ陛下が御出席をされる年間の行事の中で特に植樹祭というものを非常に大切にされ楽しみにして、そのたびに緑のふえていくことを喜んでおられた。そのようなことを思い起こしますと、みどりの日という命名は昭和様をしのぶ非常にいい名前だったという気持ちが私はするんです。
ちょっと中略をいたしますが、
 私個人としては、いかにも昭和様のお人柄、御人徳というものをしのぶ上でふさわしい名前が選ばれたのではないかという感じを持っておりますことは申し添えたいと思います。
と、こういう御答弁を時の内閣総理大臣がされておられます。
 平成元年の正に御崩御の年に、内閣としてこの四月二十九日をいかにするかという議論を、有識者会議も開かれています。そこの有識者会議でもいろいろな議論があったと伺っております。議論を経て、今恐らく総理大臣がおっしゃったような、当時の橋本総理大臣がおっしゃったような趣旨を恐らく踏まえて、このみどりの日というものが祝日法の中に位置付けられた。このことについて、提案者として、そのみどりの日を昭和の日というふうに変えるということについては当時の、平成十年当時の内閣総理大臣は慎重な思いを、亡き昭和様の御人徳をしのぶという意味においてむしろ慎重な思いをされていたということを今提案者のお立場としてどうとらえておられるか、お伺いしたいと思います。
#19
○衆議院議員(冬柴鐵三君) 国民の祝日について国民各層がそれぞれにいろいろな思いをするという、そういうことで昭和の日を顧みたらいいと思います。橋本内閣総理大臣のお考えもその国民の中の一つの考え方であろうというふうに思いますが、我々は、昭和様、昭和天皇をしのぶという趣旨で昭和の日を祝日とするという考えには立ちませんでした。それは提案の理由にも明確に述べているように、昭和という時代を、激動の時代を国民が顧みる、しのぶではなく顧みると、そういう趣旨で今回提案をしているわけでございます。
 ある昭和の一時期には、国策を誤って我が国は戦争へ走り、国民を存亡の危機に立たせてしまいました。また、侵略あるいは植民地支配ということで多くの国々の人々に多大の耐えることのできない苦痛や被害を与えたことも歴史的な事実でございます。そのような反省に立って我が国は新しい憲法を定め、そして自来、残された昭和の時代は平和国家として名実ともに今日まで歩んできたことも事実でございます。そのような激動の時代、反省、そしてまた苦痛、そしてまた繁栄、こういうような歴史的にも未曾有のこの昭和という時代、こういうものを常に国民は顧みて、そして失ってはならないのは、その歴史をかがみとして将来も平和に、平和を我々はあくまで追求するという立場、そういう日でありたいという提案でございます。
 もとより、この国民の祝日をどのように感じ、考えるかということは、橋本内閣総理大臣のような考え方ももちろんありましょうし、また戦後生まれの人々は、ある人はオリンピックを思い浮かべ、ある人は万国博覧会の成功を思い浮かべる人もあると思います。それでいいと思うわけでありますが、いずれにいたしましても、昭和という激動の時代、年代を顧みる、そのような日にちとしたいというのが我々の提案の理由でございます。
#20
○松井孝治君 今、冬柴先生から御答弁いただいた内容、昭和の日の意味、趣旨、非常に私もよく理解できるわけでございます。
 他方で、やはり議論のためにもう少し続けさせていただきますと、これは平成十二年の参議院の文教・科学委員会において実は参考人質疑をされています。で、この昭和の日について反対の立場の方も賛成の立場の方も参考人としていろいろ意見をおっしゃっています。その中で佐高さんという参考人がおっしゃっておられる内容で、これはちょっと目に付いたものがございまして、先ほどの橋本当時内閣総理大臣の発言とも多少関連するんですが、この方が冒頭発言されているのが、「昭和の日というのは、私などから見ますと、天皇というものを何か利用しようとしているのではないかという感じがいたします。」という趣旨のことをおっしゃり、そして愛国心というようなことにも触れ、結論からいうと、例えばかつての大正天皇の祝日移動とかいうことも含めて、こういう形で昭和の日ということを制定することに慎重な御意見を述べておられるわけであります。
 こういう御意見に対して、この方は決して皇室に対する国民の尊敬の念を否定されているということではなくて、むしろそういう思いを持って逆に余り、本当に昭和天皇がそういうことを望んでおられただろうかということに思いをはせると、むしろ昭和の日という制定に慎重な御意見を述べておられる。先ほどの橋本当時の内閣総理大臣の御発言の趣旨は、私も直接伺ったわけではありませんけれども、ある意味では、昭和天皇が非常に緑というものをこよなく愛しておられた、その人徳をしのぶということで議論を経て、昭和の日の意義とは別に、その四月二十九日という日をどういう形で残すかという意味においてはむしろみどりの日として残すという判断をしたと。
 しかし、そのみどりの日は例えば五月四日、これは同じ新緑のシーズンですから、それから、先ほど御説明あったように、ゴールデンウイークで国民にそこの連休としての定着がありますから、これは大事にしようという趣旨はよく分かるんですが、昭和天皇の御人徳をしのんでみどりの日にするという意味においては、その四月二十九日とみどりの日の関係を、ある意味では別の日に移すということにおいてはやはり若干デメリットがあるというようにも感じられるわけであります。
 逆に、この佐高参考人の御意見、逆に天皇陛下を利用するということになりはしないかという疑念に対して提案者としてはどういうふうにお答えになられるのか、このことも御答弁いただきたいと思います。
#21
○衆議院議員(冬柴鐵三君) そのような佐高さんの意見も国民の意見であろうと思いますけれども、私ども提案者といたしましては、激動する昭和という年代、時代というものを年に一回、国民は本当に少なくとも年に一回は顧みて、そして将来の平和国家建設というものを考えていくべきだという考えに純粋に立っているわけであります。
 しかしながら、その昭和の日をそれじゃ何日にしたらいいのかということになりますと、我々が先ほども申し上げましたように、戦前は天長節と言われたようですけれども、戦後、天皇誕生日として我が国民に休日として親しまれてきたこの四月二十九日というのは、一つの、昭和を画するについて非常に象徴する一つの日であろう、だれが考えても昭和というのを暦年、三百六十五日のうち、いつを定めれば一番ふさわしいかということになれば四月二十九日ということになろうと思うわけであります。
 私どもは、天皇を利用したりと、とんでもない話でございます。日本国憲法第一条にも、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるということが定められておりますし、その地位は主権の存する日本国民の総意に基づくということで、この象徴、天皇が象徴であるということもそのように日本国憲法第一条に決められているわけであります。
 そういうことから見ましても、昭和の年代というものを顧みるという、そういう趣旨をじゃ暦年のどの日にしたらいいかということを考えたときに、私は、昭和天皇の誕生日というものが国民にとっても多くの人々から支持される日であろう、このように考えるところでございまして、決して佐高さんの説、橋本さんの説を否定するものではありませんけれども、我々の考え方は、そうではなしに、このように考えているところでございます。
#22
○松井孝治君 今、冬柴先生がおっしゃったように、私は、これはそういう考え方がやっぱり国民の中にもある、それについて国会においてやはり議論をし、提案者はどういうお立場であったか、それを踏まえて我々が賛否を決するというのが国会の在り方であろうと思って伺っているわけでございます。
 ちょっと古い記録をひもといてみました。これも、済みません、昨日の夜少し勉強したものですから、事前に通告できておりませんということをおわびを申し上げますけれども、政治家としての御判断を伺いたいものですからあえてお尋ねをいたしますけれども。
 これ、昭和二十三年に参議院、この参議院ですね、文化委員会というのが当時あったんですね。そこで祝日法の議論をしておるんです。その中で、祝日、どういうものを祝日とするかということを議論しているんですが、古いしきたり等国民感情を重視するという原則、それから新しい国家に必要なものを取り上げる、今までの伝統にはないけれども新しい日本の伝統として今後つくり上げるというようなことも確認をされています。祝祭日の数はなるべく多くしないこと、祝祭日に行う国民行事まで考えるべきこと、そのような議論をされています。
 その中で案を出しているんですね、当時。その祝祭日の案として、当時は天長節と、昭和二十三年のことですから、四月二十九日、言っておったわけですが、それ以外にいろいろございます。例えば、春分の日なんかも当時もございますし、憲法記念日はもう既にございます。秋分の日、あるいは文化祭と言っていますね、名称未定、これは明治天皇誕生日ですね。十一月二十三日というのも当時の案にもう既に出てきているわけでありますが、それ以外に追憶の日ということで八月十五日という案が出されています。それから、別に、将来講和条約締結の日を平和記念日としてはどうかという案が出されています。結論からいうと、これはその後合意を見ておらないわけであります。
 今回の祝日法に関してある新聞が論評を寄せておられまして、それは、一九五二年四月二十八日というのはサンフランシスコ条約の締結、発効の日でございます。言い換えれば、戦後の日本が主権を取り戻した日というふうに言うことができます。この日というのは、例えば、さっきおっしゃるような昭和の日として、私は、おっしゃる昭和天皇誕生日を昭和の日にするということについては共感を覚えますけれども、議論としてどういう日がほかにあるかということを考えたときに、この平和条約の締結の日、四月二十八日、これであれば、その新聞の論調でも指摘がありますが、ちょうどゴールデンウイークで国民的にいうとなじみが深いんじゃないか、その新聞はむしろ二十九日に加えてというような言い方もされていますけれども。
 こういう日あるいは八月十五日という終戦の日、平和を誓う日ですね、この辺りを例えば昭和の日として御検討をされた経緯があるのかないのか、今申し上げたような趣旨についてどうお考えか、これも通告をいたしておりませんが、御見解を承りたいと思います。
#23
○衆議院議員(長勢甚遠君) 昭和の日をいつにしたらいいかということについては、我々議員連盟の中でも若干の議論がありました。また、各方面からもいろんな意見があった、例えば五月一日のメーデーにしたらどうだという意見も出された方もおられたことを記憶をしております。
 今お話しのような五月二十八日ですか、あるいは八月十五日ということは特に議論はなかった、あった記憶はございませんが、いずれにしても、この昭和の時代は、六十年有余、敗戦あるいは復興という大変厳しい、また苦労の多い時代、これを全体を網羅的に象徴できる日というのはいつだろうということを考えますと、今、冬柴先生からもオリンピックの話もありましたけれども、そういうことも含めていろんな思いを国民の皆さんがお持ちであり、また我々がこれから日本を切り開いていく上で反省すべき問題というのはどの時点、時期についてでも大変大きな教訓があるわけでありまして、そういう意味では、広く親しまれてきた四月二十九日が最もふさわしいという結論で今日提案させていただいた次第でございます。
#24
○松井孝治君 四月二十九日がやはり昭和という時代を回顧する日として適切であるということについては、私も別に異を唱えるわけではありません。ただ、やはりこれは非常に大事な、やっぱり国民の祝日というのは、国民がこぞってそれを、その日を先ほど申し上げたようなお祝いをする、あるいは記念をする日でございますので、そこについての我が参議院での委員各位のやはり議論を記録にも残し、そして、それはやはり国民に対して説明をしていかなければいけないというふうに考えているわけであります。
 私の持ち時間が三十分余りでございまして、少々時間が少なくなってまいりましたので、若干事務的なことについても伺っておきたいと思います。
 これ、例えば政府、今日は政府参考人もお見えでございますが、こういう議論が国会で、先ほどから御紹介があったように六年間、足掛け議論されている。その中で、当然、国会は国民から選挙によって選ばれた代表でもありますから、そこで、国会で議論してもらう、それを尊重するというのが政府の姿勢ではあると思いますが、しかし、さはさりながら、国民の祝日という法律を持っておられるのは、内閣府が担当しておられるわけですね。この間について何らかの、先ほど来いろんな意見が国民の各層の中にあるというお話が提案者からもありましたが、政府として、過去、平成元年に有識者会議を行ってみどりの日というものを制定した観点から、きちんと国民の意識調査、アンケート、そういったものを行われた経緯はあるんでしょうか。
#25
○政府参考人(永谷安賢君) 過去、そういう懇談会みたいな場で議論、政府として議論をしたことがあるかというお尋ねであります。
 もう先生御案内の、松井先生御案内のとおりでありますけれども、平成元年に政府提案で皇位継承に伴う祝日法の改正案を提案する際に、皇位継承に伴う国民の祝日に関する法律改正に関する懇談会を設け、意見を求めております。これは言うまでもありませんけれども、昭和天皇が崩御されて、その四月の二十九日というのをどうするかという議論を、昭和天皇が崩御された後、天皇誕生日を今上天皇の誕生日に変えるということと、今まで祝日であった四月二十九日をどうするかという議論をするために懇談会を設けたと、ある意味では非常に機械的な話の懇談会であったというふうに理解しております。
 言うまでもなく、国民の祝日をいつ、どういうふうにするのかということに関しましては、もうこれも言うまでもありませんけれども、国権の最高機関であり、国民の意思を最も直接に代表する機関である国会で御議論の上、決定していただくべきものであるというふうに私どもは理解しております。
#26
○松井孝治君 一つ私どもとして気になりますのは、参議院の先ほど引用させていただいたような文教・科学委員会において参考人の議論はしておりますけれども、やはり今回の改正、これはもう非常に国民、すべての国民にとって影響のあるこの重要なことがどこまで国民に浸透しているかということについてややまだ、私は、これを深め、議論をきちんと深めていただかなければいけないという思いがあります。
 法案として国民の幅広い方々の、先ほども御紹介がありました、署名がある、国会議員でも多くの国会議員がむしろそれを推進しようという中で法案を作る。まあこれは一つの判断でありますが、他方で重要なことは、先ほどの昭和二十三年の当時の国会における議論もそうでありましたが、その日を国民にとってどういう日にするのかということをきちんとやっぱり政府として取組を今後進めていかなければいけない。それは、行政府としての政府や内閣だけの責任ではなくて、国会議員の責務でもあろうと思うわけであります。
 今回の法律、これ、施行が平成これは十九年でしょうか。かつて海の日を祝日法を改正して制定したときに、翌年に施行されているわけでありますが、今回、平成十九年ということで、それに比べてもう一年余裕を持っているというのは、あるいは先ほど冬柴先生からもお話がありました、国民各層の中にはやっぱり幅広い意見がまだある、それに対して、この昭和の日というものに対する、あるいは先ほどの提案者の御説明を聞きますと、やはり誤解もあるような気がするんですね。
 社説でも、ある新聞の社説は、復古主義ではないかという社説を掲げておられましたが、提案者の御趣旨を聞くと、そうことではない、むしろちゃんと戒めるべき点は戒めなければいけないという趣旨も含めた昭和の日である。そういう意向を、これ、別のメディアはやはりアジアを中心とする諸外国の意向にも配慮しなければいけないというふうに書いている部分もありましたけれども、やはり国民、あるいは場合によっては諸外国から反応があるとすれば、きちんとその趣旨を伝えるということも必要だと思います。
 施行までの間を、公布から施行までの間二年を取っているということも踏まえまして、この法案、仮に本院で可決された場合に、この施行までの間にどういう取組を行うべきなのか。これ、提案者の政治的御判断と、それから政府側としてそれに対して何を行おうとしているのか。四月二十九日を昭和の日とするとすれば、それは、政府としてそれを国民にきちんと浸透するために例えば何らかの行事を行うとか、そういうことを考えておられるのかどうか。提案者及び政府参考人双方に御見解を伺いたいと思います。
#27
○衆議院議員(長勢甚遠君) 施行を修正をして、あと二年を、逆に直したわけでございます。当然、この新しい祝日の趣旨が十分に国民に理解をしていただいて、この昭和の時代を顧みるという日になるようにするための準備期間としてこれくらいの期間は必要だろうということで修正をさせていただきました。
 同時にまた、具体的にも、いわゆる国民の生活はカレンダーに頼っているわけでございまして、その印刷の状況等々も踏まえながらこういう修正をすることにしたわけでございます。
 お話のように、先ほどお話ししましたように、昭和の日についての理解は我々相当程度に国民にも浸透しておるとは思っておりますけれども、なおこれが成立すれば、民間団体の方々も一生懸命努力されておられますし、我々も趣旨の徹底に全力を挙げていきたいと思っております。
 政府の方でどういうふうになさるかについては、まだ相談をいたしておりませんけれども、成立の暁には一緒になって、この趣旨が徹底され、昭和の日の意義が深まりますように全力を挙げていきたいと思っております。
#28
○政府参考人(永谷安賢君) 今回のこの祝日法の一部改正法案が成立した際には、政府としては、祝日法の趣旨を踏まえながら、政府広報など様々な機会を通じて国民に広く周知されるように努めていくつもりでおります。
#29
○松井孝治君 分かりました。
 私に残された時間があと一分ですので、もう最後に一つだけ、この昭和の日ということと切り離して確認をさせていただきたいことがございます。
 それは、国民の祝日、休日というのが、やや諸外国に比較して日本が多くなり過ぎているんではないかと。特に中小企業の方々などからいうと、ちょっともうここまで祝日が増えるとしんどいという声も正直、聞こえてきます。これはまあ昭和の日の問題とは全く別の問題でありますが、トータルとして十五日でしょうか、これは諸外国に比べても多い水準になってきております。
 政府参考人に伺いたいんですが、国民の祝日、この祝日法に規定する国民の祝日、あるいは休日も含めたこの数について、政府としてはもうこの辺りがそろそろいい水準であるというふうに判断しているのか。なかなかお答えにくい質問かもしれませんが、そこについての政府参考人の御見解を伺えればと思います。
#30
○政府参考人(永谷安賢君) 先ほどの答弁の繰り返しになって恐縮でありますけれども、もう先生よく御案内のとおり、国民の祝日は、国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日として定められているものでございます。正に、国権の最高機関であり、国民の意思を直接に代表する機関でもある国会で十分御議論の上決定していただくべき事項であるというふうに理解しております。
 したがいまして、今御質問のありましたその日数をどう思うかということでありますけれども、これは正に国会で御議論いただくべき事項であり、政府としての見解を申し述べることは差し控えさせていただければと思います。
#31
○松井孝治君 まあそう言わざるを得ないでしょうね。それは我々が判断していかなければいけない。この昭和の日の趣旨とは別に、全体の国民の祝日というものをどうしていくのか、それは国会においてきちんと議論していかなければいけない課題だと思っております。
 いずれにしても、私どもとしてもこの趣旨というものは今の御答弁でよく理解をしましたし、共鳴、賛同するわけでありますが、やはりその国民各層に更に普及し、よく理解していただいて、本当に国民がこぞって記念できるような、そういう日にしていく努力をしなければいけない、そのことを申し上げて、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。
#32
○白浜一良君 発議者の皆さん、御苦労さまでございます。
 公明党の白浜一良でございます。
 この祝日法の改正案でございますが、余り、今いろいろ質疑されておりましたが、余りそういう長時間やることはないわけでございます。私は、ただ一点だけ、発議者の方に質問をしておきたいというか、確認をしておきたいと思います。
 この昭和の日ですね、特に、昭和の日の規定としまして、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」と、こういうふうに書かれているわけでございます。私は、昭和二十二年生まれなんです。それで、まだ戦後、戦争の傷跡というんですかね、記憶がございます。進駐軍もおりましたし、私の母親が農家から食料を買うために着物とか指輪を売ったという、そういうことも直接聞いております。
 そういう意味で、これは私の考えなんですが、これの位置付けなんですけれども、さきの大戦で国民の皆さんは戦争ほどもう悲惨なものはない、残酷なものはないという思い、深い思いをしたわけで、これからの国づくりは本当に平和なそういう日本にしていかなきゃならないという強い思いがあったということ。それから、敗戦の経験したわけですから、特にもう都市部は大変な爆撃をされまして、広島、長崎の被爆地もそうでございますけれども、あの荒廃の地から今日の豊かな、いわゆる安定した日本という国を国民総意の力として築き上げてきたわけでございます。これからもそういう国民が力を合わせて世界に誇れるような、そういう日本をつくっていこうという、そういう思いを込めた記念の日なんだというふうに私は理解しておりますが、発議者の方の御意見を伺いたいと思います。
#33
○衆議院議員(冬柴鐵三君) 私も白浜議員と全く同じ思いで、この昭和の日を過去、昭和という年代を顧みる日としたいと思いますが、国民にはいろいろな考えがありますから、そうであらねばならないということではありません。
 しかしながら、私の発議者としての意見を申し述べるならば、先ほど申しましたように、昭和という時代のある一定の時期には国策を誤ってしまった。それによって戦争への道を歩み、そしてまた国民を存亡の危機に立たせてしまった。そして、それだけではなく、多くのアジアの人々に対して耐えることのできない、受忍することのできない大きな損害、そして苦痛を与えてしまったという歴史的事実、この深い反省に立って我々は新しい憲法を制定したと思うわけであります。その中では、明治憲法を廃して、そして国民主権、そして基本的人権の尊重、恒久平和という大きな三原則を掲げた全く新しい国をつくり出したのも昭和の年代でありました。
 憲法九条には、言うまでもなく今、白浜議員がおっしゃったように、本当に日本国民が苦痛を、耐えることのできない苦痛を味わったこの深い反省に立って、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する等々、本当にその今までの誤った政策というものの反省に立った平和への大きな希求と、国際社会に対するメッセージを発し、そしてその残された昭和の年代というものは、私は、被爆国でありますから、核不保持を誓った非核三原則というものを国是とし、武器は輸出しない。そして、国際平和のために我々が刻苦勉励してそして世界第二位の経済大国となった、そういうものを発展途上の国々にも分け与えようということで、政府開発援助、ODAは世界第一位を今も、累計額におきましてはアメリカをしのいで第一位を記録をしていると私は思っておりますけれども、国連の分担金も一九・五%と、アメリカに次いで多額を負担しております。
 そのように、日本は徹底したこの昭和の年代の反省、そして苦難と再建という激動の中で国際平和をいちずに求めてきたと私は思っているわけであります。
 したがいまして、昭和の日、この日を憶して私は顧みるならば、将来も、このような短い昭和の年代の歴史でありますけれども、それをかがみとして国際平和のために徹底して尽くしていく国でありたいと、こういう思いを私個人としても持ちたいと思っております。
 冒頭申しましたように、それを押し付けるわけではございませんし、ある人々、人それぞれに昭和という年代を顧みるときにいろんな思いはありましょうけれども、私は今、白浜議員が指摘されましたように、最も昭和ということを思い起こすときに、戦前の過ち、そして再びそれを犯すことはないという誓い、こういう日であってほしいなという願望を持つ一人でございます。
#34
○白浜一良君 御丁寧な説明ありがとうございました。
 それで、関連してちょっと今日は政府参考人に来てもらっているので、ちょっと二、三点確認したいんですが、先ほども出ておりましたが、祝日が増えるというのは、ゆとり生活、国民のゆとり生活という面では結構なことでございますし、労働者の時短という面からも結構なことなんですけれども、私も大阪ですので、特に中小零細の製造業もたくさんございます。それから、現場作業をされている方もたくさんいらっしゃる。もう休みが増えて仕事にならぬという、そういう御批判もこれ実際は一方であるわけで、それで時短ということに関していいますと、大手の企業は取りやすいんですけれども、なかなか中小零細企業は取りにくいということで、時短促進法が今年で終了するんですけれども、その中小企業を促進するために、この中小企業長期休暇制度モデル事業助成金ですか、それともう一つは長期休暇制度基盤整備助成金と、こういうものを予算付けして守ってこられたと、こういうふうに、それなりに役割はあったわけでございますが、これが今年でなくなるということでございますが、一方でそういう大変な仕事を抱えていらっしゃる方もいるんで、そういう助成をきちっと続けていくということも大事だと、このように思うわけでございますが、厚生労働省、いかがなものでしょうか。
#35
○政府参考人(松井一實君) ただいまの御指摘なんですけれども、御指摘いただいた助成金、実は大臣が指定する公益法人を通じて支給するという仕組みになっております関係上、この公益法人の改革をしなきゃいけないんじゃないかと、こういう観点がありまして、実は労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法の改正作業の中で、廃止せざるを得ないんじゃないかというふうになっております。というような御指摘があったかと思っております。しかしながら、この廃止というものは今申しましたように、この助成金の実質判断をちょっとしたわけではなくて、年次有給休暇なども含めまして各企業が休暇を取れるように、その取得促進のための環境整備の重要性、これがあるということにつきましても、認識をこの廃止が覆すとか、影響を及ぼすという関係にはないというふうに思っています。
 また、昨年、この法改正を議論する審議会の中で、特に中小企業などにおきましては支援が欠かせない場合があるということから、むしろ効率的、効果的に実施することが適当だというふうな建議もいただいておりますので、私どもといたしましては、こういったことを踏まえながら、しっかりした支援策、対応を引き続き考えていきたいというふうに思っております。
#36
○白浜一良君 もうこれ以上、議論する場じゃないんで議論しませんけれども、休暇が増えていいという面と、大変な、それは大変だという事業主もいるわけで、時短促進法は今年で終わるにしても、実質的なサポートをしっかり考えていただきたいと、このことだけを要望しておきたいと思います。
 それからもう一点、こういう法改正やると必ず政府広報をやるわけでございますが、今、IT社会になりまして、それなりに政府もいろいろ広報を考えていらっしゃるわけでございますが、一つ御提案したいんですが、オンライン広報通信というのはパソコン用でやっていらっしゃるんですね。これが、十七年の四月は五十六万、アクセス数と、こういうふうに聞いております。ところが一方で、今はもう携帯時代なんで、携帯を使ったiモードのモバイル、携帯端末サイトのアクセスは一千数百万あるというんですね。意外とこのいわゆるオンライン広報通信というのは知られていない。
 確かに、私も見たことがございますが、新聞広告なんかで、政府広報でやられる場合に、小さくこう、こんなんございますと、はありますけれども、実際に携帯でアクセスされている方がこんだけたくさんいるんやから、その携帯の中に、詳しくはこのオンライン広報通信にアクセスくださいというふうな、きちっとこの広告しておけば、もっとこのいわゆる利用が増えると思うんです。これ、やってない。何かこういう紙とかそういうところでしかこういう告知やってないんで、こういう工夫、技術的には私はこういうのは簡単だというふうに聞いていますが、これ、いかがですか。
#37
○政府参考人(林幹雄君) 今の委員御指摘の点でございます。
 私どもは、紙媒体、それから今御指摘の、最近は携帯、いわゆるモバイルを使ってやっております。ただ、私どもが持っております政府広報のホームページ、政府広報オンラインという名前でございますが、これにつきましては主にパソコンで見ていただくという格好になっております。そのために、現在、携帯の方でそこからうまく誘導というんですか、国民に見ていただけるようなルートをうまく使っていないということは、今委員が御指摘のとおりでございます。
 ですから、こういう、現在いろいろ私どもは国民の、今回の祝日法もそうでございますけれども、国民の皆様に関係の深い内容のお知らせをやっていかなければいけないという立場からいたしまして、委員の御指摘も踏まえまして、そういうモバイル、携帯の端末の方に、政府広報オンラインの方へそのホームページのアドレス等を表示するとか、そういう工夫をしながら、国民の皆様に政府の施策をもっと知っていただくという努力をしてみたいと思っております。
#38
○白浜一良君 終わります。
#39
○近藤正道君 社民党・護憲連合の近藤正道でございます。
 この祝日法改正案、今ほどの御議論にもありましたけれども、過去二度廃案ということになっております。それは、昭和という時代に対する国民の思いや評価が様々に分かれていることが背景にあるんだろうというふうに思っております。
 昭和には様々な側面があります。天皇制が軍国主義と結び付いて戦争へと突き進んでいった時代もありましたし、その一方で平和で民主的な国に生まれ変わった、そういう時代でもございました。戦前と戦後の違いはとても大きく、連続一体ではとらえられないんではないかという意見さえございます。
 ところで、祝日法の第一条は、国民こぞって祝い、感謝し、また記念する日、それが国民の祝日であると、こういうふうに定めております。この国民こぞってという法の趣旨からいたしますと、国民の評価や思いが分かれている昭和という時代を祝日の名称に用いることに違和感を覚える国民は多いのではないか、こういうふうに私は思っております。
 私どもは、この多様な思いを大事にしなければならない、こういうふうに思っておりますが、昭和の日を祝日として定めることはこの祝日法第一条の趣旨から見てそぐわないんではないかと、こういうふうに思いますが、いかがでしょうか。
#40
○衆議院議員(長勢甚遠君) 今回御提案申し上げておりますのは、国民こぞって昭和の日を、昭和という時代を記念をしようということでございます。昭和の時代についていろいろな思いが国民の皆さんの中にあるというのはそのとおりでございます。しかし、そういう思いの中でこれからの日本の平和国家としての将来について考えるということが大変意義深いということは、皆さんにも御理解をいただけるところでございまして、そういう日にしたいものだと考えております。
 私は、昭和の十八年の生まれでございますが、ずっと少年時代から思っておったことは、こういう、あの敗戦でございますけれども、どうしてああいうことになったのか、ああいうところに追い込まれたのかと、また、したのかということを、やっぱりその時代の方々の身になって、これからも反省の材料にしなきゃいけない。今、国内外、大変いろんな事件が起きておりますけれども、正にそういうことを審議するべき時期だろうと思っておりますし、また日本の社会もいろんな問題が、高度成長期でつくった政策が、制度が破綻に瀕しておる、また危機的状況にあります。その時代につくられた考え方、皆さんが考えたこと、こういうこともこの昭和の日に思い起こして、我々が何を考えなきゃならぬかという審議すべき問題だと思っておりまして、いろんな考え方があると思いますが、そのことを踏まえてみんなで考えるというんですか、記念をするという日であると考えます。
#41
○近藤正道君 私の時間は十分でありますんで、限られたものでございます。いろいろお聞きしたいわけでございますが、どなたかが先にお聞きになるかなと、こう思っておりましたら、どなたもお聞きになられませんので、私はあえてこの質問をさせていただきたいというふうに思っています。
 この改正案は、今年の四月の五日、衆議院で可決されました。そして、四月の十三日の日に参議院の内閣委員会に付託をされたわけでございますが、自民党の皆さんは、大型連休の前にこれはやろうと思えば審議はできたのに、今日まで委員会の審議を私は延ばしてこられたんではないかと、こういうふうに思っております。
 新聞報道によりますと、こう書いてあります。四月中旬の日中外相会議や、四月二十二日に小泉首相がインドネシアで胡錦濤国家主席と会談する可能性があるため、日中関係への配慮から遅らせた、こういうふうに記している新聞がございます。私も、そうした事実や経過があったというふうに私は思っております。
 なぜこの法案について日中関係に配慮しなければならないのか、成立するとまずいことでもあるんでしょうか。発議者自身が私はその復古的な側面を自覚されているかどうかは、それはさておくといたしまして、日中関係を悪化させる要素がこの改正案の中に多少なりともあるからではないでしょうか。
 先ほど自民党と申し上げましたんで、あえて長勢委員にお尋ねをしたいというふうに思います。
#42
○衆議院議員(長勢甚遠君) 本法律案の当委員会における審査につきましては、ほかの案件との関係とか国会日程とか、いろいろ御配慮があったんだろうと想像しておりますが、いずれにしても私は詳細存じ上げておりませんので、そのことについてはお答えを差し控えさしていただきますけれども、この法案が成立すれば日中関係に何か影響あるのかという、お答えでございますけれども、法案の趣旨は、先ほど来御答弁申し上げておるとおりでございますので、正しく理解していただければ何ら悪影響が起こるという問題はないというふうに考えております。
#43
○近藤正道君 では、時間がちょっとで、もう一つお聞かせをいただきたいと思います。
 私は今、この改正案の中に復古的側面があるんではないかと、私はそういうふうに考えておりますが、そういう角度から見たときに、昭和という時代の歴史認識として一九九五年の村山談話、これは欠かせるわけにはいかない、こういうふうに思っております。この改正案の発議者の皆さん、いわゆる村山談話を共通の認識とした上でこの改正案を提出されておられますか、それとも村山談話については議論は一切されておられませんか、お答えをいただきたいと思います。
#44
○衆議院議員(冬柴鐵三君) その談話は重く受け止めておりまして、私の答弁の中にもその言葉をちりばめてと申しますか、そういうふうに援用して申し述べさせていただいております。
#45
○近藤正道君 終わります。
#46
○黒岩宇洋君 無所属の黒岩宇洋でございます。
 まずもって、このたびのこの改正案を提案された提案者の皆様に敬意を表させていただくとともに、この法案の審議深めさせていただきたいと、そう思っております。
 それで、私はやはり自分も昭和生まれ、そして昭和の時代を生きた者として、やはりある意味本当に激動の特殊な時代であったと。その昭和というものを記念し、振り返ることによって更にこの国の平和であり未来であるというものを更に進めていくというこの法案の趣旨、私も大変賛同するものでございます。
 そこで、ただお聞きしたいのは、やはりこの祝日法、できてから半世紀ちょっとですが、少なくともここに名を刻んだ祝日というものはその後、名が消えることは今までないわけでございます。そう考えますと、まあ未来永劫とは言わないまでも、先ほど申し上げた私が生まれ、そして育った昭和という時代が、ともすれば何百年、千年、二千年と国民の胸に刻まれるという、そう考えますと、大いなる感動とそれ以上に恐れ多い気さえするわけでございます。
 そこで、私、改めて提案者にお尋ねしたいのは、この昭和の時代という、やはり六十有余年ですから非常に多岐にわたる時代であったと思いますけれども、これについてどのようにとらえているのか、昭和という時代についての認識をまず御答弁ください。お願いいたします。
#47
○衆議院議員(長勢甚遠君) 先ほども若干申し上げましたが、まず少し個人的なお話をせいということだと思いますので、私にとりましては戦争に負けたということを知ったことが大変なショックというか大きな人生の基盤になっております。そういう意味で最も大きいのは、何で、先ほど申しましたが、何でああいうことになったのかと、したのかと、あるいはさせられたのかということをいつも考えてまいりました。いろんなことがあるわけで、それについては国民の方々それぞれにいろんなお考えがあると思いますが、そのことをずっと考えてまいりました。また今、社会情勢も大きく変わって、特に人心が乱れておりますけれども、こういうこと、高度成長を経てどうしてこんなことになったんだろうということも昨今考えておりますが、それが私の昭和の時代のイメージでございます。
#48
○黒岩宇洋君 この昭和の時代論をここで闘わすにはとても時間がないんで、私は、あえて私自身も申し上げたいのは、私は昭和四十一年生まれでございます。物心から付いての私の昭和というのは実は十数年でしかなかったんです。戦前と戦後ということだけでやはりくくられるほど単純なものではなかったと。私の過ごした昭和というものは確かに大変豊かな時代でございました。それこそ昭和六十三年、六十四年、これはもうバブルの絶頂最終期という時代に私は学生時代を過ごしたんですけれども、その豊かな、ある意味光の時代と言えるかもしれない中で、その中で私は様々な拝金主義とかいろんな問題も出てきているんだと、そう思っておるんです。今、平成になりまして、昨今やはり子が親を殺し、親が子を殺すといったような事件も、今日も報道されていました。
 その中で、瀬戸内寂聴さんのある言葉、要は、世の果てというのは飢饉とか飢えに苦しみ、子を売る時代が世の果てだと。ならば、正に今が世の果て、世の末なんじゃないかと、そんな言葉が言われるような今現代を迎える。そのある意味連綿とした助走期間が既に昭和の終わりの方にあったんじゃないかという、私、こういう認識もあるわけです。
 何が申し上げたいかというと、ある一定の時期に光と影だというようなものではなく、六十有余年の中には本当に様々なものがあったと。私、このことを伝えてこそ、私は昭和の日という意義が更に深まるのではないかと思っておるんです。この点について、冬柴先生、どうお考えでしょうか。
#49
○衆議院議員(冬柴鐵三君) 私はもう戦前生まれでございますし、戦争の体験もあります。そういう中でずっと昭和を生きてきたわけでございますが、質問者がおっしゃるように、豊かな時代もあれば、失われた十年の一部に入っていた時代もあります。そして、今おっしゃりましたように、平成になってから特に目立つ大きな事件、心を痛める、人間の所業とは思えないような事件もありますが、その助走といいますか、そういうものは昭和の末期にはあったのではないかという指摘は鋭い指摘だろうと思います。
 しかし、この昭和というのはそのような激動の中で一つの時代を画したことは事実でありまして、こういうものを思い致すことによって人それぞれに、私は共通に思い起こしていただきたいのは、日本の再び誤った政策を行うことなく、国策をとることなく平和な日本、それだけではなく平和な国際社会を築くために裨益していく、そういう努力の、後半そういうすばらしい時代だったという、そういう思いを私は思い起こしたい、こんなふうに思っているわけでございます。
#50
○黒岩宇洋君 分かりました。
 それで、お聞きしたいのは、さてこの改正案が仮に成立しました、昭和の日ができましたと。このことによって、すぐにとは申しませんけれども、やはりこの日本社会というものにどういう影響が与え、日本社会というものが果たしてどうなっていくのか、それをどう提案者として考えておられるのか、お聞かせください。
#51
○衆議院議員(長勢甚遠君) 先ほど来御答弁申し上げておりますように、いろんな評価、見方もあるとは思いますけれども、今、日本の国は内外ともに大きな変革期に入っておる、国際情勢の中でも大変微妙な立場になってまいりましたし、また国民生活、経済も従来のままではいかないと。こういう中で、やっぱり歴史に学ぶと。当時どういうことであったのかと、そのことによってどういう選択をしたのか、その結果どうなったのかということをみんなで考えることになれば大変いい国をつくっていく上で有意義なものと考えております。
#52
○黒岩宇洋君 分かりました。
 それで、ちょっと視点をずらして、みどりの日が五月四日に移ると。みどりの日というものもやはり今大変定着し、そしてやはり環境の世紀と言われる中で大変重要なものだと思っておるんですが、ただ若干、私、疑念を生ずるのは、四月二十九日を昭和の日にするということでやはり日にちをずらされたと。それも、例えば五月一日とかいう議論もあったようですけれども、休みが多くなるから、だったら三日と五日の合間の休日の日に、四日の日にしようという、そういう議論だったと思うんですが、やはり環境とか緑に対して私は決してそれを軽視するということではないとは思うんですけれども、やはりずらされたみどりの日というものが私はちょっと立場がないといいますか、そのことについて、ずらしたんではないと思うんですけれども、でも事実上はやっぱり日にちというこれ大変重要な日にちがずれているんですが、このことについてはどうお考えなんでしょうか。
#53
○衆議院議員(長勢甚遠君) 事実として日が変わったことは事実でございます。しかし、みどりの日、ゴールデンウィークの一日である五月四日にみどりの日があるということで、みどりの日の趣旨が変わるということにはならないと思っておりますし、またその日の意義というものも大変高いものだと思っております。一方で、昭和の日は、やっぱり四月二十九日以外に適当な日がないというか、これが最もふさわしいということでありましたので、それぞれを勘案をして五月四日に移させていただきました。
 それを提案しておりますが、決してみどりの日が、意義を軽視をするということではございませんので、これも国民の皆さんに御理解いただいて、それぞれ立派な祝日として定着をさせていただきたいものだと念願をしております。
#54
○黒岩宇洋君 分かりました。決して軽んじられているわけではないということを今日確認させていただきます。
 冒頭申し上げましたとおり、多分、今日この場にいるほとんどの方が昭和生まれなんだと思います、平成生まれの方がいるかどうか知りませんけれども。我々が生まれ、そして育った時代が未来永劫昭和の日として残るという、大変私は、本当に意義深いこの法案審議を今日させていただいた者として、今後、私は、本当に末代までこの昭和という時代をきっちりと伝えていくという、このことを改めて申し上げて、質問を終わらせていただきます。
 今日はどうもありがとうございました。
#55
○委員長(高嶋良充君) 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。
 これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。
#56
○近藤正道君 私は、社民党・護憲連合を代表いたしまして、提案されております祝日法改正案に対する反対討論を行います。
 反対の第一の理由は、この改正案が特定の価値観の押し付けだからであります。
 この祝日法改正案が提案されるのは今回が三度目であり、五年前に、二年前に二度廃案となった経緯があります。それは、昭和に対する国民の思いが様々であり、価値が分かれて評価が分かれていることが大きな背景にあるからであります。
 昭和には様々な側面があります。天皇制が軍国主義と結び付いて戦争へと突き進んでいった時代でありましたし、一方、平和で民主的な国に生まれ変わった時代でもありました。戦前と戦後の違いは大きく、昭和を連続一体でとらえられないという意見もございます。
 改正案は、国民の間にある様々な思いに対し、一つの評価、価値観を押し付けるものではないでしょうか。祝日法第一条は、国民こぞって祝い、感謝し、また記念する日が国民の祝日だと定義しております。この定義に照らせば、国民の思いや評価が分かれる昭和の日を祝日の名称に用いることには違和感を覚えます。
 第二の理由は、この間の経緯から見ると、改正案に隠された復古的な意図が明白だからであります。
 五年前、当時の森総理が昭和の日制定を引き合いに出し、日本が天皇中心の神の国であることを国民にしっかりと承知していただくと発言したことも記憶に新しいところでございます。
 自民党の皆さんは、連休の前にやろうと思えばできた改正案の審議を今日まで先延ばしにしてきました。日中外相会議や小泉総理がインドネシアで胡錦濤国家主席と会談する可能性があるため、日中関係への配慮からというのがその理由であります。こうした配慮をしなければならないところに改正案の本質があるのであり、審議を延期したことによってその本質が明らかになりました。アジアの国々に、アジアの国々にある種の後ろめたさを感ずるような改正案なら、そもそも初めから提出すべきではありません。
 第三の理由は、四月二十九日を昭和の日に変更する合理的理由がないからであります。
 みどりの日を制定するに当たり、当時の小渕官房長官は、緑豊かな自然に親しむ上で最もふさわしい時期であり、ゴールデンウイークの始まりの休日として国民の間に定着していると説明しております。そのみどりの日を今反対意見を押し切ってまで変更する理由はありません。
 以上、反対の理由を申し述べ、私の討論を終わりにいたします。
#57
○委員長(高嶋良充君) 他に御意見もないようですから、討論は終局したものと認めます。
 これより採決に入ります。
 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#58
○委員長(高嶋良充君) 多数と認めます。よって、本案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#59
○委員長(高嶋良充君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時二十五分散会
ソース: 国立国会図書館
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