くにさくロゴ
2002/12/04 第155回国会 参議院 参議院会議録情報 第155回国会 共生社会に関する調査会 第4号
姉妹サイト
 
2002/12/04 第155回国会 参議院

参議院会議録情報 第155回国会 共生社会に関する調査会 第4号

#1
第155回国会 共生社会に関する調査会 第4号
平成十四年十二月四日(水曜日)
   午後一時四分開会
    ─────────────
   委員の異動
 十一月二十七日
    辞任         補欠選任
     広中和歌子君     郡司  彰君
     山本 孝史君     千葉 景子君
 十一月二十八日
    辞任         補欠選任
     辻  泰弘君     岡崎トミ子君
 十二月三日
    辞任         補欠選任
     千葉 景子君     和田ひろ子君
     弘友 和夫君     渡辺 孝男君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         小野 清子君
    理 事
                有馬 朗人君
                清水嘉与子君
                橋本 聖子君
                羽田雄一郎君
                山本 香苗君
                吉川 春子君
                高橋紀世子君
    委 員
                有村 治子君
                大仁田 厚君
                大野つや子君
                小泉 顕雄君
                後藤 博子君
                椎名 一保君
                段本 幸男君
                山下 英利君
                岡崎トミ子君
                小宮山洋子君
                鈴木  寛君
                和田ひろ子君
                風間  昶君
                渡辺 孝男君
                林  紀子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        岩波 成行君
   参考人
       桃山学院大学社
       会学部社会福祉
       学科教授     北野 誠一君
       明治学院大学社
       会学部社会福祉
       学科教授     中野 敏子君
       社会福祉法人日
       本身体障害者団
       体連合会会長   兒玉  明君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○共生社会に関する調査
 (共生社会の構築に向けてのうち障害者の自立
 と社会参加に関する件)

    ─────────────
#2
○会長(小野清子君) ただいまから共生社会に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る十一月二十七日、広中和歌子君及び山本孝史君が委員を辞任され、その補欠として郡司彰君及び千葉景子君が選任されました。
 また、去る十一月二十八日、辻泰弘君が委員を辞任され、その補欠として岡崎トミ子君が選任されました。
 また、昨三日、千葉景子君及び弘友和夫君が委員を辞任され、その補欠として和田ひろ子君及び渡辺孝男君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(小野清子君) 共生社会に関する調査を議題といたします。
 「共生社会の構築に向けて」のうち、障害者の自立と社会参加に関する件について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、桃山学院大学社会学部社会福祉学科教授北野誠一君、明治学院大学社会学部社会福祉学科教授中野敏子君及び社会福祉法人日本身体障害者団体連合会会長兒玉明君に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変御多忙の中を本調査会に御出席をいただきまして誠にありがとうございます。
 参考人の方々から、「共生社会の構築に向けて」のうち、障害者の自立と社会参加に関する件につきまして忌憚のない御意見をお述べをいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 議事の進め方でございますが、まず、参考人の方からそれぞれ十五分程度御意見をお述べをいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
 それでは、北野参考人からお願いいたします。北野参考人。
#4
○参考人(北野誠一君) 皆さん、こんにちは。桃山学院大学の北野と申します。
 ふだん大学で講義をしておりますので九十分が慣れておりまして、十五分というのは非常に大変な時間で、このレジュメを見ますと、これを十五分で説明するのはとても恐ろしいことなんですけれども、簡単に私の話をさせていただきますけれども。
 最初に、今回の皆さんの御討議される部分は障害者の自立と社会参加というふうになっておりますけれども、最近は私たちの世界では、社会参加・社会参画という言葉を使っております。
 その意味は、参加という意味とは少し違いまして、参画というのは決定権に参与する、障害を持っていらっしゃる当事者の方が決定権に参与する場合を参画というふうに申しております。ですから、決定権に参画しないことを含めた全体の場合を参加、決定権に参与する場合には参画というふうな言葉を使っておりますので、両方を併記させていただいております。
 最初に、私の四枚もののレジュメを作らせていただいたんですけれども、私の方は権利擁護のことを主にというふうに言われておりますので、最後の方にはそういう形で収れんしたいと思っております。
 まず最初に、障害者の地域での自立生活であるとか社会参加・参画の背景の全体像を少し説明させていただきます。
 最初に、これは歴史的おさらいでありますけれども、一九六〇年のノーマライゼーション、このころから北欧を中心にノーマライゼーションの理念が発展してまいりまして、一九八一年には例の国際障害者年、それから一九八三年から九二年には国連障害者の十年の理念であります「完全参加と平等」という、これが私たちの障害者支援のキースローガンになっております。
 まず、ノーマライゼーションの定義は、一番有名なのはバンク・ミケルセンという方の定義でありますけれども、障害者をその障害とともに、障害があっても受容することであり、彼らに他の市民と同じ生活条件を提供することであるというふうに定義されております。これは当然、バンク・ミケルセンも例の一九三〇年代にナチスの迫害に遭われまして、そのナチスの迫害に遭われた方々の中には、ユダヤ人だけではなくて障害を持っている方が数十万人抹殺されたというふうに言われております。
 その中で、基本的に障害を持っている方、あるいは人種、そういう差別に基づく迫害が非常に人類の平等に対する危機を催したということで、今後、戦後、障害者に対して同じ生活条件と同じ市民としての権利を付与するということがこれからの社会にとって不可欠であるということで、こういうノーマライゼーションの考えが生まれてきております。
 それから、二番の一九七〇年代以降の欧米及び日本における自立生活運動の展開でありますけれども、これは詳しくは先週、自立生活センター協議会の中西さんが話をされたと思いますので私の方は余り細かい話はいたしませんけれども、私の自立生活の定義は、障害者等が自分、等というのは我々も入っておりますけれども、障害者等が自分でやりにくいときや分かりづらいときに、仲間や支援者等の支援を生かして自分で選んだ当たり前の市民生活を生きること。それから、個人の次元を超えて施設でありますとかあるいは政策決定のレベルに及びますと、その計画から実行に至るすべてのプロセスに中心的に参画し、コンシューマーコントロール、当事者主導を行うことというのが自立生活の定義であります。
 少しやりにくいときとか分かりづらいときという表現が入っておりますけれども、これは例えば私の授業を学生が聞きまして北野先生の授業は分かりづらいという場合、これは私の授業の方に問題があると。ですから、障害を持っていらっしゃる方が理解できないというときに、理解できないのはだれが生み出しているのか。知的障害の方が分からないというときに我々には責任はないのか。私たち分かりづらい、つまり行政用語を使ったり専門用語を使ったり、システムが分かりづらいという、そういう意味で分かりづらさというのは我々にも責任があるということを意味しております。それから、やりにくいというのもそうですね。やりにくいというのは、つまり本人ができないということではなくて、社会がやりにくい社会だと、つまりシステムが使いにくいんだという、そういうことを意味しております。
 ですから、障害を持っている方に責任を押し付けるんではなくて、私たちの方が分かりにくい、やりにくい社会を作っているんじゃないかということがこの表現には含まれております。
 三番目に、一九九〇年のアメリカの障害を持つアメリカ人法、ADAと、それ以降、イギリスのDDA、それからオーストラリア、ニュージーランド、香港、世界の四十か国以上で現在障害者に対する差別を禁止する法律が展開されております。
 なぜこういう法律がこの十年にわたって着々と世界じゅうでできてきたのかという背景は、ここに書いておりますけれども、欧米を中心にノーマライゼーションと自立生活の理念の高まりの中で、地域で当たり前に暮らす障害者の方が増えてきたということが決定的な理由であります。つまり、施設にいらっしゃったり、あるいは家で閉じこもっていらっしゃる場合にはそういうトラブルは大きく起こりませんけれども、地域で当たり前に暮らす中で様々なトラブル、例えば交通、電車に乗る場合のトラブルであるとかアパートを借りる場合のトラブルであるとか商品を買う場合のトラブルであるとか、様々なトラブルというのは障害者の方が地域で当たり前に暮らすようになったからこそ生まれてきた問題なんです。
 ですから、現在、日本の社会はこういう様々なトラブル、あるいは差別、偏見に基づく人権侵害が多発しております。そういう意味で、日本の社会においてもこのような規制緩和された、つまり施設の中に障害者を閉じ込めてしまう、そういうことではなくて、規制緩和された市民社会において明確なルールを作るために障害者差別禁止法のような法律が是非とも必要になってきておるということであります。その辺の認識をお願いしたいと思います。
 それから、次、二番目に、少子高齢化社会の展開でありますけれども、政策大学大学院の研究者によりますと、二十二世紀の日本の人口は三千八百万人という統計が出てきております。これは現在の一・三の出生率のままでございますけれども、現在の特殊出生率のまま人口が推移いたしますと、日本の人口は二十一世紀半ば、二〇五〇年には一九四五年の人口八千万人を割ります。
 それから、そのまま行きますと、二十二世紀には江戸時代の末期の三千八百万人になるというのが、これが専門家の統計操作上、人口統計学上の調査であります。つまり、現在の人口の三分の一以下に百年後にはなるということですね。ただし、これはもちろん出生率は社会の動向によりますので、将来世代がどれだけ子どもを産むかということは現在の数値のままでは測れません。しかし、現在のまま行ったら百年後には人口は三千八百万人になるという統計が出ております。
 ともあれ、現在の愚かな公共事業の割当て支出による道路、空港、港湾等への莫大な支出は、それを使用する人間がいない、ゴースト化する可能性が非常に高いんであります。ですから、間違った政策を打ちますと、二十一世紀の人間にとっては非常に困ることになってくるということ、二十二世紀ですね。ですから、そういうことを、非常に人口統計上の問題も勘案していただきたいと、今後の政策を打つ場合ですけれども。
 それから、次、二番目に、障害者と高齢者がマイノリティー、少数派からマジョリティー、多数派になる社会になります。今後の衛生、栄養、医療、福祉等の進歩によって二十一世紀の後半には、半ばあるいは後半には障害者と高齢者は過半数を超えてマジョリティーになるものと思われます。
 私たちの社会の実態は着々と壮年男子社会から多様多彩なシチズンシップに基づく社会に移行しておるのに、私たちの意識と政治、経済、社会の仕組みはそれに追い付いていないのが現状です。ですから、時代の変化に私たちの意識とシステムが全く追い付いていないというのが今の日本の現状だと思います。
 三番目は、障害者、高齢者を社会のお荷物から社会の主体的な担い手へということですけれども、障害者や高齢者が社会の過半数になる時代が来るわけですから、彼らが社会から支援される受け身的な存在ととらえておったんでは、その社会は政治的にも経済的にも成り行かなくなります。その際、税の負担のみを彼らに求めるのではなくて、地域社会の中でそれぞれの役割と活躍が可能なシステムを構築する必要があります。つまり、彼らが社会のお荷物として、要するに、してもらう存在である限り、日本の社会の展望はありません。
 四番は、では障害者、高齢者が自由でかつ十分に活躍できる社会作りはどうすればいいかという問題であります。
 障害者、高齢者がそれぞれの地域社会で十分に貢献、活躍できる社会を創出するためには、彼らが関係する分野での参加・参画できるシステム、例えば各種計画審議会への参画、各種事業運営委員会への参画と、バリアフリーでユニバーサルデザインな地域社会作りが必要不可欠であります。つまり、障害を持っている方が自由に使える社会作りが不可欠であります。一般就労はもちろんのこと、地域に根付く子育てであるとか介助、あるいは教育場面でのサポート、あるいは地域社会の諸施設、例えば老人ホームであるとか諸機関のモニター、オンブズマン等の活動が求められています。もし、時間があれば後でアメリカでどういう仕組みを取られているかということを御説明いたします。
 次、三番ですけれども、グローバライゼーションと規制緩和、そして社会福祉基礎構造改革。
 一番は、多量で多様なニーズに対する多様で多元的なサービス供給体制の必要性。支援を必要とする障害者、高齢者がマジョリティーになったといっても、保育・養育支援を必要とする子どもたちを含めれば、常に社会は支援を必要とする人は多数派であったと言えます。問題は、家族や近隣や地域社会で、子どもたちを含めて支援を必要とする人たちに対する支援力、福祉力が低下している問題であります。
 これは、図1を少し見ていただきますと、皆さんのお手元に図1というのが行っておると思うんですけれども、図1で現代社会と福祉ニーズの増大の要因を幾つか挙げておりまして、これは社会学の論者によりましてはいろんなほかの要因を挙げる方もいらっしゃいますけれども、非常に一般的な議論を申します。
 高度産業化と高度消費化の中で、例えば人口の流動化、それから宗教、社会的規範意識の衰退が地域の福祉力、支援力を低下させていると。それから、モータライゼーションであるとか公害、薬害、ストレス社会、あるいは医療の技術の向上が障害者や慢性病者の増大を引き起こしておると。それから、少産化それから医療技術の向上が高齢化社会の登場を招いていると。それから、高学歴化、女性の就労、核家族化が家族の福祉力、世話力の低下を呼んでおると。
 ですから、福祉ニーズはそういう意味で全体として増大しておるというのが、これは一般的な社会学的認識でありますけれども、こういう一般論を考えますと、基本的にはその必要性が増しておると。その中で、新しく、措置制度から二〇〇三年以降、障害者の場合は利用契約制度ですね、支援費制度というふうに変わります。
 もちろん、介護保険においても支援費制度におきましても、措置制度から利用契約制度となりまして、指定施設やそれから指定事業者は極めて事業を起こしやすい仕組みに変わります。このことは、つまり、これまでのような仕組みから、届出制度に近いような制度に変わっております、今回は。
 ですから、このことは規制緩和の中でも高く評価できます。できる限り事業を起こしやすくすることによって、多様で多彩な事業者が提供されることは必要です。今後、在宅支援のみならず、病院や入所施設も規制緩和によって営利企業の導入を認めるかどうかという問題は、しかし、非常にこれは微妙な問題でありまして、そのためにはかなり細かい法整備とかなりの権利擁護システムが不可欠であります。それがなければ非常に危険なことになることは、アメリカを見れば分かるとおりであります。
 次、三ページですけれども、では、社会福祉基礎構造改革では十分なのかどうかという問題がございます。
 社会福祉基礎構造改革は、利用者保護として一連の政策を提起しましたが、極めて不十分であります。我が国は、アメリカのグローバルスタンダードや規制緩和の政策の輸入については非常に熱心ですけれども、そのことがもたらす様々な弊害を阻止するために、アメリカが構築した極めて多種多様なルール作りと人権侵害に対する権利擁護のシステム作りが全然できておりません。これでは信号のない様々な規格の道路を歩行者も車も自由に移動し、運転しろというのに等しいです。非常に危険な状態になります。
 例えば、ルール作りの中心はもちろん国会でありますので、例えば参議院のこの特別調査委員会というのは非常にすばらしい制度でありますけれども、例えばアメリカの会計監査院は、会計問題を含むすべての分野、特に現在、高齢者問題に非常に力を入れておられますけれども、両院の議員が調査委託をしますとどんな問題にでもこたえますけれども、現在四千人、かつて一万二千人の職員と、毎月百本以上のレポートを提出しております。ですから、議員さんのニーズに応じて調査権限に基づいて調査し、勧告し、証言するということを行っております。そういう仕組みが今後必要であると。
 ですから、ルール作りであるとか、権利擁護については後でもう少し説明します。これが全体の日本の社会が今抱えている、障害者の方が地域で当たり前のように暮らす仕組みを作るために必要な前提の条件といいますか、それは社会的背景であります。
 あとは、中野先生や兒玉先生も御説明してくださいますので、簡単にしておきます。
 地域での自立生活をするために必要な支援、どんな支援が要るのかという問題であります。
 まず最初に、これまでの施設であるとか病院中心のサービスから、地域生活支援サービスに構築する必要があります。
 これまでの日本の障害者支援は、基本的に親と一緒に暮らす障害者に対する在宅支援中心でありまして、そのために、親が亡くなったり介護できなくなれば入所、施設に入ることを余儀なくされておりました。今後は、図2にあるように、地域生活支援の仕組みを充実することによって、親亡き後の支援ではなく、本人が成人すれば同じ市民としてグループホームやバリアフリーの住宅で地域のケアの仕組みを使って暮らせる仕組みを作ることが大切であります。
 一応簡単に図2や図3を挙げておりますけれども、図2というのは、そういう仕組みが非常に実は簡単な仕組みとして、それが可能であることを説明しております。実は……
#5
○会長(小野清子君) 先生、大体そこまでにしていただきまして、後ほどまたフォローさせていただきます。
#6
○参考人(北野誠一君) はい、済みません。では、ここらで終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#7
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 それでは、中野参考人にお願いいたします。中野参考人。
#8
○参考人(中野敏子君) 中野でございます。
 北野さんのお話からぐっと具体的なお話をさせていただこうと思います。
 私は、これまで障害のある、特にお子さんを育てていらっしゃる家族の方の支援について、現場の方、親御さんとともにいろいろ考える機会が多くありました。その中から、今日はちょっと特に新障害者基本計画案の中に家族支援のことが触れられておりますけれども、そこら辺をもう少しこのように考えていただきたいというような辺りで意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 新障害者基本計画案の中には、活動し参加するための基盤整備の中に、先ほど北野さんもおっしゃいました、自立生活のための地域基盤の整備ということが載っております。そこに、家族に対する支援の充実ということが述べられておりますし、また分野別施策の基本的方向の中にも、生活支援として相談体制の充実ということで家族への配慮がなされております。しかしながら、これが本当に、先ほど、もし、北野さんがおっしゃったように、使えるようになるためにはどうしたらいいんだろうかというところが大変難しくもあり、そこを何とかしたいと思っているところでもございます。
 まず最初に、先生方のここで調査をなさる前提となっています共生社会ということですが、これはなかなか難しいものと考えますが、その中で、やはり家族の方の暮らしをずっと傍らから拝見しておりますと、正に家族というのは共生社会の縮図のような状態で暮らしていらっしゃるというふうに言えないでしょうか。
 要するに、長い長い家族介護と、それから当人の方が向き合うだけの生活を余儀なくされた場合は、それは共生社会にはなり得ないわけですね。共生社会の大事さということで、その基本計画の考え方にも載っておりますけれども、相互に、基本計画の考えで言うと、個性を尊重し支え合う共生社会と書いてあります。一番小さな社会である家族、家庭生活の中で相互に尊重し合う共生社会は成り立たないんですね。介護者と介護される者、そういうだけの関係で、社会とのつながりがなく、孤立化し、そして介護に疲弊してしまっている、最後に親御さんがもうどうしようもなくなったときに施設にお願いする、それまで共生社会と触れ合うことがなかったということが長い長い歴史の中にあったと思います。
 ですから、私は、一つの糸口として、生活実践と私は申し上げたいんですけれども、家族の方が自分たちの暮らしの中で、どうやったら社会と一緒に自分たちの個を大切にし合いながら暮らせるんだろうかということを暮らしの中で見付けてこられたという歴史がかなりあるということで、私はそこからかなりのことを学ぶことができるんじゃないかと常々思っております。
 ところが、その家族の方に対して、確かに専門的支援ということは発展してきました。それは大変な発展ぶりを示しております。特に、専門職による支援ということは目覚ましいものがございます。しかし、その専門職が支援をしていく中で実は様々な課題も発見されてきているというふうに思いますので、稚拙な図ではございますが、プリントの二枚目のところに、専門的な支援が家族に対してどのような支援をしてきて、その中で家族や障害のある方自身がどのような位置付けとして見られてきたかということを簡単に御報告させていただきたいと思います。
 極めて簡略化しましたので、その図1から図2に至るまでにはまた細かい説明も必要かと思います。それはちょっと省かせていただいて、まず最初に、図1をごらんいただくと、まず専門職が家族とそれから障害のある方の家族の暮らしに向かい合ったのは本人を隔離するということでございました。その本人を隔離しながらということは、家族と引き離すという中で専門の療育機関が訓練支援をすると、その訓練支援をしたのをまた家族に戻すという形で、言わば家族の介護力を保ちつつ、その御本人の療育をしていく、こういう形で家族から離すという形をやっておりました。
 それに対して、いや、それはまずいんじゃないかということを気が付いた専門職たちが次に考えましたのは、図2でございます。それは、一言で言えば、母親指導・訓練という形の時期がございます。あるいは各自治体等のサービスでは、この図1から、これからお話しします図5までが一つの時代に同時的に進行している場合もあるというふうに御理解いただきたいと思いますが、図2の母親指導と訓練というのは、実は今までは子どもさんだけを隔離して、隔離という言葉は強烈ですけれども、離して支援をするという形に母親を付け出しました。それはなぜかというと、母親に療育の責任があるという、母親は育てる責任がある。ここで家族の中から、家族メンバーで障害のある人と家族が切り離されながら支援を受けるということが歴史として起こってまいりました。
 その中からもう一つ問題になりましたのは、その母親と障害のあるお子さんとがどういう支援を受けているのかを知らない家族員が残ってしまうわけです。つまり、それはだれだったか。最も知らないのは父親でございます。なぜならば、母親と療育をするお子さんが通うその場は昼間でございますので、父親は特に知りません。そのことが、例えば働きたいと思っていた母親が就労を断念しなければならなかったり、あるいは兄弟をつくってみたいなと思っても、その障害のあるお子さんの療育をしなければならないので子どもをこれ以上持てないということであったり、あるいは兄弟がいるそのお子さんにしっかりと向き合う時間がないというような様々な家族の中に課題を生んできたのも一方でございました。
 そのことに関して、また専門職たちは考えまして、次に準備しましたのは図4にございます。これは少し地域社会を視野に入れるようになったということです。つまり、それまでは療育の専門機関の中にすべて障害のある方とその家族を吸い込む形で支援を行ってきたんですが、いやいや、自分のところだけでスポンジのように吸い込んでしまうんではなくて、実は地域社会の中でこそ家族が住んでいるのだから、その中にも支援の拠点を作る必要があるんじゃないだろうかということに気が付いてくるという時代があります。しかし、なおかつその中心になるのは、専門職を中心とした療育サービスということが中心になっていたということであります。
 そこまでをまずお話をさせていただきまして、こういう中でまず家族というものが家族としての共生社会を形作るというよりは、障害のある方のサービスを利用することを中心にしながら生活が回っていってしまうということ。そういう障害という特別な括弧が付いてしまう中の暮らしがそこに成り立ってしまうということは、そうではない人たちとの共生社会ということが遠のいてしまうということでもあったと思います。
 現在、やはり地域の中で暮らしたい、生活がしたい、そして障害のある方がしっかりと自立した豊かな生活ができるためには、それと一緒に暮らしている家族のすべての人がやはり豊かな一人一人尊重される生活が保障されなければならないということで、家族の支援ということが考えられるようになっております。
 ですから、障害がある方だけの支援というよりは、その支援ということとともに家族が力を出して生きていけるための支援、そういう中で一緒に暮らしていくことが将来の障害のある方の自立にもつながるし、家族の方が障害のある方の自立をしっかりと支援できる力を付けていくことにもなるだろうというような考え方に変わってきています。それは、やはり専門職と言われる人と、それからそれを利用する家族の人が一緒になって模索してきた結果だと思います。
 三番目のレジュメのところに書かせていただきましたけれども、今求められている家族支援とは何かということでございます。
 この家族支援という言葉が日本の中で大変注目されるようになりましたのは、二枚目のプリントの一番下のところにファミリーサポートという形で書きました。日本語で家族支援ですが、英語で言えばファミリーサポートとでも言いましょうか。このファミリーサポートという言葉が入ってきました一九九〇年代辺りからですけれども、アメリカのリプスキーという研究者の方がファミリーサポートの枠組みというのを提示なさって、その中のレスパイトサービスということに大変関係者が注目いたしました。Cというところですね。今でもかなりこれは現場サイドあるいは家族にとっては日常的に利用するようになりました。元々は家族が介護に疲れて一時的にほっとできる、そういうレスパイトサービス、英語読みで言うとレスピットという言い方もあるようですけれども、そのサービスが必要なんだということがあります。
 それで、日本の中でも親御さんを中心にして、このレスパイトというのがあれば何とか家族介護で子どもさんをいつまでも介護できるんじゃないかということを言っておりましたけれども、最近は、いつまでも自分たちが介護するのではなくて、社会とともに一緒に育てていくというふうに変えよう、そういう中のレスパイトサービスという位置付けにしたいねというふうに思ってきているようです。
 このファミリーサポートという考え方は一番から十一番までございます。家族支援というのは極めて大きな大きな枠組みの中でとらえられるべきことだと思いますので、単に家族の介護が楽になればいいというだけの話ではないということではございます。けれども、本日申し上げることは、その中でもやっぱり家族がどんなふうに御自分たちの子育てを考えていらっしゃるかというところに焦点を当ててお話ししようと思いますので、その家族の暮らしから見えてくることということで一枚目の3のAというところに書きました。
 これは、私がかつて調査をさせていただいた中で出てきた親御さんたちの言葉です。その中から出てくるのは、やはり親の悩みの受け止め、それから混乱を整理する、それから見通しが持てる機会、それから兄弟への支援とかサービスを使っているときに、そのサービスとトラブルがあったときにもう逃げ場がない、そういうことを支えてくれる、そういうのが欲しいんですという言葉を投げ掛けてくださいました。
 こういう中で今一番私が注目したいことは、実はそのBのところに書きました障害児・者地域療育等支援事業ということと、市町村障害者地域生活支援事業というものがあります。これは地域に暮らす人々の福祉の向上のために、相談を主にしたサービスです。別の言い方をするとコーディネーター事業などということで、地域に暮らす家族の具体的なサービスの使い方や日常的な相談に乗ったりすることでございますが、しかし、特に申し上げたいのは、障害児・者地域療育等支援事業が実は療育という枠組みから出切れていないというところがちょっと気になるところなんです。
 といいますのは、身体障害の方を対象としました市町村障害者地域生活支援事業につきましては、社会参加、社会自立ということを大変前面に出した事業です。ところが、障害者地域療育等支援事業には知的障害者の方が入っております。そのほかに重症心身障害児、身体障害児、知的障害児と児童期の方が入っておられます。知的障害者の方はなぜか子どもさんと一緒の扱いであるということでございます。ここでは、社会参加ということよりは家族がより豊かに支援できるようにという、家族が面倒を見る、つまり児童期の問題と同じようにこのコーディネーターの支援がとらえられているというところに、どうも私は、社会参加・自立ということを見通した場合には、知的障害者の方の基本的な生活を支えるコーディネーターの役割ということは別建てで必要ではないかと考えております。
 最後の4のところに参ります。障害のある人の自立と家族の自立。
 つまり、障害のある方の自立は幼少期からしっかりと支援を受ける中で初めて可能であると思います。
 そこの資料のところに、平成十二年度、重症心身障害のある子どもを持つ家族の介護をなさった当事者の親御さんの実態調査があります。その中で、丸ごと家族を支援できるパーソナルソーシャルワーカーが欲しいと言っておられます。それは、権限を持っているんではなくて、家族に寄り添える、そういうソーシャルワーカーが欲しいんだ、これはコーディネーターでもない、もっと柔軟な、動きのいい、そういう役割が欲しいねという言葉もございます。
 時間がないようですので、いったんここで切らせていただきます。終わらせていただきます。
#9
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 次に、兒玉参考人にお願いいたします。兒玉参考人。
#10
○参考人(兒玉明君) 本日は、障害者の自立と社会参加に関する件の参考人としてお呼びいただきまして、ありがとうございます。
 先生方は既に御承知ではございましょうが、我が国にはどのくらいの障害者がいるんでございましょうか。身体障害者が三百十八万人、知的障害者が四十一万人、精神障害者が二百万人、その中では、手帳を持っておるのが十九万人おるわけでございます。
 本日、当事者団体として私どもの団体をお呼びいただきまして、本当に感謝しております。障害者の自立と社会参加ということは本当に一番大事な問題でございまして、私ども協会は全国五十九の都道府県に所在しておりまして、中でも全日本ろうあ連盟、また日本盲人会連合も私どもの協会の中に、三つの障害別の団体として入っております。そのような中で、このような提言ができたりお願いすることができますことは、本当に喜びでございます。
 私どもがいつも思っておりますことにつきましては、レジュメにも書いてございますが、我が国の障害者の沿革とか当事者の視点からこの問題を論じるということになりますとまた時間が長く掛かりますので、まず、課題と提言につきまして、二、三お話を申し上げたいと存じます。
 前述のとおり、障害のある人々の施策につきましては、障害者基本法を始めといたしまして法整備が行われてきたところでございますが、真の共生社会を実現するという上におきまして、今後、特に重点を置くべき課題として私どもは考えておるんでございます。
 まず第一に、教育の分野でございます。
 共に生きるために不可欠なことは相互理解でございます。障害とは何か、障害者とはどんな人々でどんな問題を抱えているのかといった、障害についての基礎的な知識の習得は、一般教育の場面で学齢期から適切な教育が行われるべきでございます。現在のところ、こうした取組をカリキュラムの中に組み込んでいる公立学校は皆無でございます。
 社会の中には、障害のある人も共に生きて社会を支え合っているという事実を知る機会もなく、成人してから実際に障害のある人と対しましてどう接していいかというように戸惑ってしまう人が少なくないのでございます。相互理解を進めるには、相互に理解し合い、助け合う関係をまず最初に構築することが大切ではないかと思っております。
 第二に、バリアフリーに関する課題について述べさせていただきたいと思います。
 現在、全国各地で進められております建築物などのいわゆる物理的なバリアに対するバリアフリー化については、ハートビル法、交通バリアフリー法などの制定によりましてバリアフリー化を進めまして、障害者の自立と社会参加を推進するための条件が、条件整備が整ってきております。
 この物理的なバリアの除去に関する今後の課題といたしまして、まず現在、既存の駅舎や学校、共同住宅など、バリアフリー化することが努力義務となっている施設に関し、いかに完全義務化を進めていくかということをまず主張したいと存じております。
 障害者の一般教育への参加の必要性につきましては前段のとおりでございますが、我が国の障害のある人々の一般教育、一般社会への参加を阻んでいる大きな要因の一つに、学校施設、校舎や体育施設などの物理的なバリアの問題が極めて大きいことは改めて強く要望したいと思っております。
 物理的なバリアフリー化の最終的なゴールは、すべての建築物、住宅も含めまして利用施設における一〇〇%のバリアの解消でございます。その実現までには最低二十年又は三十年以上掛かるかもしれませんが、引き続き国を挙げた粘り強い取組をお願いしたいと存じております。
 また、住宅に関して申し上げますれば、障害のある人々が地域の中で安心して暮らすための住宅政策、例えば障害者グループホームの整備や公営住宅への単独入居条件の緩和など、大きな生活面へのバリアのフリー化施策の一つとして考えていただきたいと思っております。
 第三の問題として申し上げたいのは、雇用・就労の問題についてお願いしたいと存じます。
 未曾有の経済不況によりまして、障害の種別を問わず多くの障害者が働く機会を失っておるのは現実の問題でございます。障害者の自立と社会参加を考えるとき、雇用・就労の問題は最も重要で避けては通れないテーマの一つでございます。働く場の確保は、障害のあるなしにかかわらず、単に生活を支えていくだけではなく、障害者本人の生きがいを生み出していくのでございます。人間として不可欠なことでございます。多くの民間企業では、経営環境の悪化によるリストラを敢行しており、真っ先にその対象となるのは障害者でございます。障害を理由に解雇される結果、社会の片隅に取り残され、目標を失い、ひっそりと生活している障害のある人々は本当に数多くいるものと私ども協会では推察しております。
 昨今は、障害者の雇用・就労を支援するジョブコーチ制度も実施されており、また省庁再編により、これまで別々でございました厚生行政と労働行政が厚生労働省で一体的に行われるようになったため、今後、国レベルでも福祉の視点と労働の視点を兼ね備えた施策が展開されることが期待されております。
 次に、障害者の雇用・就労の問題を語る際、特に強調したいのは、地域社会の中で長年にわたり障害者の自立と社会参加を支援してきました無認可の障害者小規模作業所、以下、小規模作業所と呼ばさしていただきますが、全国に三千以上もある施設の存在の大きさの再確認と、国として支援をしていただく必要性があると存じております。身体障害者関係だけでも、年間百か所を超える小規模作業所が続々と新設されております。
 小規模作業所について、そのあれを申し上げますと、働く意欲はあっても働く機会に恵まれない障害者が地域の中で働く場を保障し、共同作業を通じながら社会での人間関係を構築し、豊かな社会生活を送ることのできる非常に貴重な環境でございます。無認可のこうした小規模作業所に対しましては、現在国の指導により社会福祉法人化が進められております。しかし、社会福祉法人格を取得するためには、資産要件は一千百万円と非常にハードルが高いのでございます。
 問題は、社会福祉法人化を進める引換えに、これまでの小規模作業所に対し国庫補助金として一か所当たり百十万円年間支給されております。これを、数年以内に全面打切りとなる可能性が強くなっておりますので、何とか、小規模作業所の多くが資金的に社会福祉法人格を取得するのが困難な零細障害者の作業所でございますので、不況で行き場を失いました障害者も多く受け入れてきました小規模作業所に対しまして、更にこの廃止という追い打ちを掛けるようなことも懸念されております。
 私ども日本身体障害者団体連合会を始め関係障害者NGOにおきましては、どうかこの小規模作業所に対します国庫補助制度の存続を強く要請しておるところでございますので、先生方のお力も是非おかりしたいと思っております。
 第四の課題でございます。
 障害のある人々の権利・人権保障について提言いたしたいと存じます。
 まず、現在、人権擁護法案の審議が行われておるところでございますが、日本の障害者NGOでは昨年より同法案につきまして各協会へ集まりまして検討を重ねてまいりました。同法案につきましては、いわゆるマスコミの報道規制に関する点ばかりがクローズアップされてきておりますが、法案の内容や趣旨などが障害者団体の会員にも十分に浸透していない感がございまして、また、法案に対する要望や賛否につきましても障害者団体間で一致した見解を見いだすことができておらないのが現状でございます。
 そうした現在の状況を断った上で指摘したいのは、人権擁護法案は果たして障害のある人々が日ごろ受けております周囲の差別、また偏見から生まれる人権侵害についてきちんとカバーできるのかというような基本的な疑問でございます。
 この法律による仲裁の対象となる差別の範囲に障害という、障害者を位置付けるということは評価に値しますが、新たに中央に設置される人権委員会の委員五名という体制で、多種多様な障害者の人権侵害のケースを処理できるのかということが懸念されるところでございます。どうか障害のある人々の権利・人権保障に関する法整備の在り方につきましては、障害者NGO間におきましての議論だけに終始するのではなく、政官とも情報交換を緊密に行いまして、障害者に対する差別や偏見を制限、禁止する国内法制定の賛否に関しまして、早い段階から国レベルでの検討を始めていただきたい。また、障害のある人も安心して生活できる共生社会の礎となる制度が作れるよう、是非是非準備を急いでいただきたいと思っております。
 また、私どもが考えております障害者施策、制度の企画、立法につきましては、是非これを実現することによりまして、本日のテーマでございます共生社会の実現と障害者の自立と社会参加というこの新しい姿に対しまして、私どもはいろいろな意味におきまして共生社会を構築していくには人と人との相互理解、信頼関係の構築ということが不可欠でございます。
 是非とも本日おいでいただきました先生方にもなお一層の御協力、またこの懇談会には私どもが、済みません、ちょっと飛ばしてしまいました。
 私ども、将来的には障害者NGOと政治、行政の連携と一層の相互協力体制の整備が必要になっていくんではないかと思っております。
 現在、国では向こう十年間の障害者施策の指針を決めるため、新しい障害者基本計画に関する懇談会、京極先生を座長といたしまして開催してまいりました。十一月二十九日には私も委員で参加しております最終の懇談会を開催いたしました。この懇談会には、実際に障害者NGOの代表の多数当事者が出席して意見を陳述する機会があったものでございますが、どうか計画を策定するための参考であるという程度にとどめられないよう、しっかりとその基礎としてそれを受け入れていただくよう先生方の御努力もいただきたいと存じております。
 以上で私の参考人としての意見を申し上げます。
#11
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね三時三十分をめどとさせていただきます。
 なお、質疑者及び各参考人にお願いを申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただきますようお願いいたします。
 また、多くの方々が御発言できますように、一回の御発言はおおむね三分程度とさせていただきます。
 質疑のある方は挙手を願います。
#12
○渡辺孝男君 公明党の渡辺孝男でございます。
 先ほど中野敏子参考人の方からレスパイトサービスというのが非常に大事だというお話を聞きまして、私もそのとおりだと思うんです。で、今の、障害者の家族の方といろいろ話をしておりますと、例えば人工呼吸器を使っておられる、気管切開をしている方の吸引行為というものが医療行為であって、それをヘルパーさんがすることはできないという法体制になっておりまして、私も昨年度そのヘルパーさんに特例として吸引行為を認めるようにという質問主意書を出したんですが、当時は厚生労働省もそのことは検討していないということでありましたが、最近、坂口厚生労働大臣が検討しようということでありました。
 そういう意味で、医療的ケアと言われるものを少し訓練を受けたヘルパーさんには許可をしていく方がよろしいのではないか。
 あと、人工肛門とか人工膀胱をされている方のそういう手当てがあるわけですが、これもやはり医療行為ということで本人、家族の人がやっているということでありますが、重症になった場合に、家族がいつもしなければいけないというのではなかなか疲労が取れないということで、やはりこれもヘルパーさんにしていただけるようにしてほしいという要望もいただいております。そういう意味で、医療的ケアというものをヘルパーさんにも許可をすることが大事ではないかというふうに思っておりますが、その点についてお伺いをしたいと思います。
 それから、次の点でございますけれども、兒玉明参考人の方に、今、私もまた別な観点で家族の方、障害を持っている家族の方と接しますと、高次脳機能障害というのが非常に今問題になっておりまして、身体障害者とは扱えない方もいらっしゃる、精神障害者として扱うこともできないような人もいる、あるいは知的障害者としては年齢が高過ぎるということで制度のはざまにあるということを聞いておりまして、こういう高次脳機能障害の方々をきちんと障害者として位置付けていろいろなサービスを受けられるようにしてほしいという話を聞いておりますが、この点に関してどのように進めていくべきか、御意見を伺えれば幸いでございます。
#13
○参考人(中野敏子君) 渡辺委員の御質問でございますけれども、ヘルパーに医療のスキルをどの程度期待をできるかということだと思うんですが、前提といたしまして、とにかくヘルパーの数がおられないということをどうするかということが最も大きいと思います。特に、高齢者の方の方にヘルパーの方が取られてしまって、市町村レベルではほとんど障害のある方の方に回っていかない状態ということを、まず医療行為をするという以前にすそ野をどうやって広げていったらいいのかということが前提にはあると思います。
 それから、ヘルパーさんに医療行為をしていただくことは、確かに家族が行っているということである程度のことはできると思いますけれども、その行為がやはり不安なくしっかりと支援ができるためにはそれを支える組織が必要だと思います。ですから、訪問看護のバックアップあるいは医療システム等の部分を地域の中にどのように作り上げていくかということをきちっと整備をしていただきたいということでございます。
 それから、医療行為についてのいろいろなトラブルに対して、先ほど北野参考人がおっしゃいましたけれども、やはり権利擁護といいますか、ヘルパーがしっかりと仕事ができるためにそれを支えられるバックアップの組織というものをどのように作るかということがあって、そういった要素が必要ではないかと考えております。
#14
○参考人(兒玉明君) ただいま渡辺先生からの御質問でございます高機能障害者の対策はどうかというような御質問かと存じます。
 現在、私どもの協会の中におきましても、この高機能障害の皆さん方をまだ認定をしていないというような現在の、障害者として認定していないというような嫌いがございまして、私の方としては障害者としてその方の認定の促進について今検討している段階でございます。
 また、本人の方からもいろいろな電話なども入ってきております。御家族の方から、何とか認定してほしい、早くひとつそれをしていただけないかというような案件も来ております。十分私ども考えておりますので、どうかよろしくお願いしたいと思います。
#15
○渡辺孝男君 ありがとうございました。
#16
○清水嘉与子君 北野参考人にお伺いしたいと思います。
 少し時間が、最後の方まだ十分お話しいただけなかったんですけれども、来年始まります支援費の制度について、いろいろ今までの措置から選択できるサービスというようなことで大変期待は大きいわけですけれども、しかし、対象になる方々にとってはまた非常に不安もある、どういうふうになるんだか大変不安もあるというお話でございます。
 ちょうど先週のこの調査会の議論の中でもかなり、委員の中からは就労の話が随分出たんですね。そのときに、自立支援センターの中西さんの方から、ただ就労場所を作って同じ封筒作りずっと何年もやっているなんていうんじゃなくて、そういうために就労、就労というんじゃなくて、もっと違った形でというようなこともおっしゃられたんですけれども、そのときに後で伺いましたら、自分のところで、例えばこの支援費制度を生かして自分のところで事業をして、例えばヘルパーさんを派遣するとかいろんな事業ができるんじゃないかみたいなことをおっしゃったわけですけれども、やはりそういった面で、新しい事業を自分たちができるというようなことが非常に大事なことではないかと思うんですけれども、この支援費についてもうちょっと詳しく、詳しくというかお考えをいただけたらというふうに思います。
#17
○参考人(北野誠一君) 会長、よろしいでしょうか。
 この三ページのところで少しその支援費のことを書きましたですけれども、一か所間違いがありまして、2の@の「支援費制度の最大の問題は、ニーズに応えるサービス料を確保するシステムがビルトインされていない」という「サービス料」というのはこれは量が多い方の量でありまして、料金の料ではございません、変換ミスでありましてですね。
 実は、この支援費の制度は、介護保険制度と全く違う制度であるということが余り認識されていないようなんですけれども、介護保険の場合でいいますと、要介護認定の仕組みというのがございまして、これは全国一律でありますので、例えば北海道から沖縄まで同じような高齢者の障害程度の方が受けられますと基本的に同じ、八十五項目のチェックに基づいてほとんど同じ要介護認定の仕組み、つまりパソコンのソフトに入りますので、ソフトは同じソフトでありますから、北海道から沖縄まで要介護認定三なら三の方は同じ、ほぼ認定を受けられます。
 ところが、問題はこの支援費なんですけれども、支援費の、居宅生活支援費は市町村の自由裁量になっておりまして、どのような項目をどう使うかということは市町村が決めることになっております。つまり、はっきり言いますと、市町村の市町村なりの統一基準判断でオーケーと。ですから、自由裁量が非常に大きいんであります。そのために、国の一律化された介護保険の要介護認定とは全く違う仕組みでありますので、極めて地域間格差が大きくなる可能性が高いんであります。
 ですから、私は一番心配しておるのは、市町村によって大きな地域間格差を起こすときに、それで果たしてよいのかという、そんな状態のままで、やらない市町村はやらないままでいいのかというですね。
 これは今、兒玉会長もおっしゃいましたけれども、やはり国の障害者計画の中できっちり、各市町村で障害者計画をきっちり起こしていただいて、そして障害者計画は障害者のニーズに基づく調査をしていただきまして、やっぱり必要なサービス量はこの障害者計画の下で確保しておきませんと、この確保する仕組みが全く介護保険とは違って、この支援費はビルトインされておりません。ですから、非常にある意味で地域間格差が大きい、つまりナショナルミニマムが保障できない仕組みであるという問題がございます。
 しかし一方で、おっしゃるように、この支援費制度のいいところは、民間事業者なり、特に障害当事者の方であるとか、NPOの方が非常に事業を起こしやすい、非常に制度が起こしやすくなっておりますので、これから障害当事者の方や様々な市民団体の方々がこの事業に参入されていろんな仕組みを起こしていかれると。起こされる仕組みはできましたので、あとはそれに必要な支援費が下りる仕組みを是非とも作っていただきたいと思います。
#18
○林紀子君 日本共産党の林紀子です。
 今日は三人の先生、ありがとうございます。
 私はいろいろお聞きしたいことあるんですけれども、一番根本的なといいますか、法律の問題ということで三人の先生にお答えいただけたらと思うんですけれども、障害者差別禁止法、ADAのお話がありまして、もう四十か国にもそれが及んでいるということで、是非日本にも必要ではないかということだと思いますが。
 それと関連いたしまして、高機能障害のお話、今ありましたけれども、障害のはざまになってしまうような問題もあるということで、総合的な障害者福祉法というか、そういうものも必要だろうとお聞きしているわけですけれども。
 その二つの法律というのは、やはり別建てになるんだと思うんですが、その関連といいますか、それぞれどういう観点で別建てになっていくのかと、法律の形としては。
 そういう問題と、それから兒玉参考人から今お話がありましたが、新しい障害者基本計画に関する懇談会の話ですけれども、そこで十一月二十九日に最終になったといいますけれども、その障害者基本計画の案には障害者差別禁止法とか総合的な障害者福祉法というのは全然触れられていないということを聞いておりますので、これからそれをやっていく上には、ここでどうして入れなかったのか、そこをどういうふうにしていったら前へ前進させていくことができるのか、そのお考えもありましたらお聞かせいただきたいと思います。
#19
○参考人(中野敏子君) まず、差別禁止法と総合的な障害者福祉法の関係性ということでございますけれども、私は、障害者福祉法というのは、生活を支援するための様々なシステムや、その具体的な展開を規定していくという部分であると思います。
 それに対して、やはり多くの、すべての国民が差別をしないということでありますので、こちらの方はより理念的といいますか、あるいは日本国憲法にいうところのすべての人の尊厳をきちっと守っていくという、そのことの具体的な法律の一つとして重要ではないかというふうに考えております。
#20
○参考人(北野誠一君) 皆さんに、私の資料の九ページというところに、私の方が全体の仕組みの資料を提起しておりますけれども、今御質問いただいたとおりでありまして、二つの法律が二つとも要るんですけれども、全体の関連なんですけれども、まず、真ん中を見ていただきますと、障害を持っていらっしゃる方が、この大きな丸は障害を持っている御本人の方なんですね、御本人の方は住宅なり行政なりいろんなところでいろんなサービスを使ったり、いろんな関係ができていらっしゃると。
 ですから、まず法律でいいますと、それぞれの、例えば住宅なら住宅の中で起こる差別については、アメリカでは公正住宅法という法律がありますし、行政に関しては行政手続法があると。それから、商品の売買では消費者契約法が今もうできております。医療に関しては医師法が、少し甘いんですけれども。本当は患者の権利をきっちり、あるいはインフォームド・コンセントを義務付けるという、どこまで持っていくかという問題。それから、移動・交通は交通バリアフリー法と。それから、家族・近隣に関するハラスメントの問題をどうするかというのは難しい問題でありますけれども、職場では障害者の差別を禁止する法律が要ると。学校ではやっぱり教育の支援の法律が要ると。
 ですから、アメリカの場合でいいますと、ばらばらな様々な障害者の差別を禁止する法律がございます。アメリカの場合、職場の部分と移動・交通の部分が抜けておったものですから、一九九〇年にそれを障害者差別禁止法という形で制定いたしました。
 ですから、個別ばらばらで各法律に障害者の差別を禁止するという方法が一つありますけれども、物すごく多くの分野にわたりますので、これを統括して、まとめて障害者差別禁止法という法律を作ることが日本の場合には望ましいんじゃないかというのが私の考えであります。
 もう一つは、個別のサービスでありますけれども、当然、この下の方ですけれども、地域生活をされる場合には幾つかの問題がございます。
 一つは、市民生活に必要な資格であるとか情報であるとか移動・交通であるとか建物の全体のサービスがユーザビリティーがあり、そしてアクセシビリティーであるような、全体的なものを保障するいわゆる総合のバリアフリーなりアクセスの法律という。
 もう一つは、そういうものがあってもやはり個人的な介助が要る、医療が要る、それから手話通訳が要る、家事援助が要る、ガイドヘルパーが要る、日中活動、見守りが要るというような場合には、やっぱり障害者総合サービス法なり社会サービス法といった法律がきっちり規定されていなければならない。この二本立てが必要であるというふうに考えております。
#21
○参考人(兒玉明君) 高機能障害者の制度というものにつきましては、今私ども協会でも、どの法案に当てはまるかなどというような研究もさることながら、やはり障害者であるということについての認識をきちんとお願いしていくという方法で現在進んでおります。
 それで、今、先生御質問でございましたが、先ほどの私の申し上げた新障害者プランの中に新しい権利擁護の問題が入っていないんではないかというように聞いておるというようなお話でございます。
 私どもの団体といたしましては、その懇談会の中でこの権利擁護、権利条約の制定ということを一つの目標として是非取り上げてほしいという要望はきちんとしております。恐らくその中で、最終案の中で座長もそれを組み入れてくれるものと信じておりますが、まだはっきり分かっておりません。それが実情でございます。
 それからもう一つでございますが、障害者の法律というのはもう五十年たっております。理念がもう本当に変化しております。その辺につきましては、私どもの協会といたしましても、中身につきましても精査すると同時に、現在の障害者に対する理念というもの、新しい理念というものを確立する法整備が必要だということも申し上げております。
 大体、はっきりちょっと申し上げられないところもございますが、お酌み取りいただきたい、そういうふうに思います。
#22
○岡崎トミ子君 今日は本当にすばらしいお話を伺うことができまして、ありがとうございます。
 今、政府の方は新しい基本計画ということで、これからの十年ということで、政府の方で内閣府の中での懇談会を持って審議が行われているところでありますけれども、既に示されております新障害者計画案に書かれております自立と参加の共生社会づくり、この政府の取組に関しては、私たちは全面的にバックアップしていきたいというふうに考えております。
 ただ、二十一世紀に新しい基本計画を作ってプランを示すということであれば、最も強く変更を求めている点がございます。それが教育です。
 障害を持つ子どもの学校教育というのは、現在、盲・聾・養護学校あるいは特殊学級、あるいは障害に応じた分離・別学教育ということが原則とされてきておりましたけれども、私たちが求める共生社会にするのであれば、その社会の中で学ぶ力を持っている学校、ここが共に学んで共に育つ、そういう生きる力の場にしていかなければいけないというふうに思っております。
 国際的な潮流を見ましても、国連の標準規則ですとかサラマンカ宣言などを見ましても、国際的な機関の中でも統合教育、統合保育というこのことが学校教育の原則とすることを言っているわけなんですけれども、是非これを新基本計画の中に盛り込むようにというのが私ども民主党の政策でもございます。これから官房長官のところにこの要求を持っていこうというその前段のところにありますので、是非参考人の皆様からお話を伺いたいと思います。
 その際、今、参考人の方々もお触れになりましたけれども、バリアフリー化ですね。これは学校の校舎にもバリアフリー化が大切だと思いますし、障害に配慮された教科書や教材、この学習支援機器の配備などの環境整備は非常に遅れているというふうに思いますので、少なくともこれからの十年ということを期限としたものであれば、政策とその目標というものを、この十年間を期限きっちりとそのことができるように盛り込むべきだというふうに考えておりますし、また教員の方も、教育免許の取得に障害児教育ということを義務付けていってほしいし、それから障害を持つ人たちの教員の採用も強力に推し進めていっていただきたいというふうに思っておりますので、三人の参考人の皆様からこのことに関しての御意見をお伺いしたいと思います。
#23
○参考人(北野誠一君) 国の流れですね、国連の流れとかあるいは世界の先進国の流れを見ますと、障害を持っていらっしゃる方と持っていらっしゃらない学生さんとの統合教育というのは、原則的には非常にそれが原則になっております。
 ですから、例えば日本でハートビル法の問題で学校の問題がかなり議論されて実際にどうするかというので、最初あれを義務化するかどうかというので議論があったと思うんですけれども、今度の改正でそれが議論されたと思いますけれども、結論的にはどうなったのかちょっと私も記憶して……
#24
○岡崎トミ子君 明記されていません。
#25
○参考人(北野誠一君) 明記されなかったんですね、最終的には。かなり議論を、我々も要求して議論をしていただいたんですけれども。ですから、基本的にはバリアフリー化を進めていくと。その中で、建物だけではなくて、全体としてバリアフリーの社会を作っていくということなんですけれども。
 アメリカでいいますと、大事なことは二つあります。一つは、これはアメリカの障害者教育法の中にあるんですけれども、障害を持っていらっしゃる本人と家族の方が、一人一人が個別のサービス、個別の支援の計画、教育計画を受ける権利がありまして、その権利の中で彼がどういう教育を受けることが最も望ましいかということを家族、本人が基本的にそれを主張したり決定する権限を持っておるというところが非常に大きな意味があります。
 ですから、もちろんある方、例えば完全に、外界に触れることによって非常に例えば炎症を起こしやすいとか非常に厳しい状況の方で、普通学校で生活ができるかどうかというような問題はまだ残っておりますけれども、基本的にはそういう特殊なケース以外の方でかつ本人が普通学級で教育を受けることを希望される方の場合に、その方がそれが可能な場合には普通学校で教育を受ける権利というのがアメリカの教育法でも保障されておるということであります。
 ですから、その方向で基本的に物事を進めていくのが正しいというふうに私は思っております。
#26
○参考人(中野敏子君) 統合教育につきましては長い長い歴史が、望みながらもなかなかできないというところでございますけれども、基本的にはそうすべきだと思います。
 ただ、これまでの分離教育の中で起こったことか、それは分かりませんけれども、十二年間がブラックボックスであるということをよく家族の方がおっしゃっていて、学齢期は全く生活の部分の支援がなくなってしまうんですね。その切れた後に突然成人になってサービスをということになってしまう。そこで親子共々困ってしまうということがありますので、統合教育になったときにその地域の中でやはり一緒に暮らしていく、資源を一緒に使いながら教育の場を共有していくという辺り、つまり学校教育だけを切り離した形で統合教育を幾らしていただいても、これはそこだけの話になってしまうんですね。やっぱり一人一人違うと思います。その違い、暮らしぶりの違いを教育という場だけでは十分ではないというふうに思いますので、お進めいただくときに、家に帰ったとき、あるいは学校で頑張って楽しく遊べるための支えは何かというところを是非一緒に御検討いただければうれしいなと思います。
#27
○参考人(兒玉明君) 障害のある児童や生徒が希望すれば特殊学級ではなくて一般学級でともに学ぶことができるシステム作り、先生がおっしゃるとおりでございます。私どもも、是非そういうような機会の拡大、教育を受ける権利の保障という点のみならず、一般の児童生徒の障害への理解と促進の観点からも、是非共生社会を実現するという意味からも非常に有効ではないかと思っております。
 つい最近でございますが、JRの山手線に私と小児麻痺の足の悪い障害者を二人連れまして、優先席の前に私立ちました。前に高校生がまたを広げて踏ん反り返っておったんですが、済みません、私どもちょっと足が悪いので座らせてくださいと言いましたら、その高校生はすぐ素直に立つということじゃなくて、おじさん、おれもくたびれているんだ、そういうふうに言いました。もっと時間を選んでください、私たちも部活でもうくたくたなんだよ、それは分かるけれども、僕も本当に疲れているんだから、もっと時間を選んで乗ったらどうだというようなことをはっきり言いました。今の若い子どもは本当に怖いですから、私もそれ以上追及はしないでひっそりと終点までつり革にぶら下がって通ったんでございますが。
 まず、そのバリアという、心のバリアですね、それを学校教育の中から是非皆さん方と同じように考えていきたい、これをまた学校の先生方にも是非その辺を普及していきたい、そういうふうに常々私ども考えておることでございますが、どうかひとつ大きな声で、妊婦とか年寄りとか体の不自由な人にはそういうようなことを是非実行していただくような方向付け、また教育の面でもその辺を強調していただくようにひとつお願いしたいと。この場をかりてお願いいたします。
 ありがとうございました。
#28
○段本幸男君 今日はどうも意見聞かせていただきましてありがとうございました。
 二つ質問したいんですが、まず北野参考人に、北野参考人もいろいろやるためには法整備もやらにゃいかぬけれども、一方では地域社会がそれを受け入れてどれだけ社会そのものを変えていけるかということをおっしゃっているんですけれども、その場合の地域社会、単にアメリカ的な社会というよりは、日本は日本の、これは文化論みたいなものかもしれませんけれども、農耕文明という中で非常に助け合いの社会を以前作って持っていたものを、ある段階で封建社会だということで、それを崩して新しい形での社会を作ってきた。その崩したときに、いい持っていたものも非常に捨ててきて、それが恐らく今日の問題の原点を成している部分も決して少なくないというふうな感じがするんですね。
 だから、やはり単にアメリカ的なものだけではなくて、もう一度日本的なものの中にも見直しをして、どういう社会を作っていくか、その辺についてのお考えをひとつお聞かせ願いたい。
 そして、もう一点質問は、中野参考人にお聞かせ願いたいんですけれども、かつてはこれを、障害者の方を隔離する方向でやってきて、それを徐々に社会の中でみんなが見守れる方向でやっていくことがいいんだというふうにおっしゃっているんですが、ただ、そういう中にも今度また同じ悩みを持った者同士が、少しは家族ばっかり、自分らで働けるようになれば、少し緩やかな形での囲い込みと言ったら変なんですけれども、コーポラティブハウスとかいろんな形での協働、共に働くじゃないですね、協働してという、そういうようなものがあるんですね。そういう協力し合いながら働く、協働という、そういう意識を持ちながらうまくお互い意識が通じるような形での、また逆の動きも一つ必要なんではないかというような気がするんですが、その辺についてのお考えもお聞かせ願いたいと思います。
#29
○参考人(北野誠一君) 非常に大切な御質問をいただいたんですけれども、一つは、私もアメリカのサンフランシスコにしばらくおりましたですから分かるんですけれども、アメリカという国は多民族、非常に宗教も様々なんですけれども、やはりベースにキリスト教文明があるということは非常に大きな役割を果たしております。
 つまり、地域活動が非常に盛んなんですね。私は行って驚きました。本当に、例えば子どもに関する、ボーイスカウトを含めて、子ども会活動なんというのは非常に盛んでして、ばらばらな民族がばらばらに住んでいるだけにかえってそのことを強調している。つまり、地域社会を作るために非常にボランタリーな活動に汗水を垂らしているというのがよく分かるんですね。
 その意味で、私は福祉の進んでいるスウェーデンに行って思うんですが、スウェーデンの国なんかは、例えば障害者の支援の中で近隣関係を問いますと、近隣関係というのは、ほかの人もそんなん何やと、障害者の方だけに近隣関係という話は余り出ないと。逆に言いますと、物すごい意識的に、例えばスウェーデンの場合なんかは、知的障害の方が地域で暮らすときに相談されるためのコンタクトパーソンというんですけれども、相談される方だとか、金銭の管理を支援されるためのグッドマンとか、本当に様々な社会資源を上手に使って意識的に知的障害の方が地域で暮らすための仕組みを作り上げている。非常にこれは意識的に作っていますよね。つまり、それだけある意味では近隣関係というのが希薄なんだと思うんですね。
 アメリカの場合、今言ったようにかなりボランタリー、NPOを含めてボランタリーな力を使って非常にある意味で地域の中でそういう仕組みを作ることに対して熱心にされておられますので、私は、今、議員さんおっしゃったとおりなんですけれども、元々日本は助け合いのそういうものを持っていた。しかし残念ながら、そういうものは地域社会の中で今残っているのかといいますと、むしろスウェーデン、デンマークに近づいて、つまりはっきり言いますと意識的にそういうものを作る必要がある、意識的にね。これから知的障害の方が暮らすときに、私たちはこれサークル・オブ・サポートというんですね、サークル・オブ・サポート、つまり支援の輪ですよね、支援する輪を作っていかなあかんと。
 一人一人の障害を持っている方が地域で暮らすときに、その方々を支援するためのサークル・オブ・サポートをどう構成するか、構築するかということをかなり、自然に任していても無理なんですね、意識的にそういうものを作っていくということが必要じゃなかろうかと。もちろん、そのために必要な文化はありますから、それに基づいて意識的にそういうものを構築することが今後の課題だというふうに思われます。
 以上です。
#30
○参考人(中野敏子君) 今、段本先生がおっしゃったコーポラティブハウスというのは、それは重要だと、一つの選択肢として重要だと思います。ただ、私が申し上げたかったことは選択、自由意思で選択して、結果として与えられた環境ではなかったというところでございます。
#31
○段本幸男君 分かりました。
#32
○小宮山洋子君 今日は三人の皆さん、ありがとうございます。
 お三人に伺いたいんですが、先ほども法律の話出てまいりましたけれども、国連の障害者権利条約の制定をする際に、それを担保するために国内法をという形でやるのが、いろいろ足りない部分がたくさんあるんですけれども、一番現実的な方法だと思います。それで、先ほどそれぞれお話にあった中で是非国内法の中にこのポイントだけは落とさないで入れてほしいということがあれば伺っておきたいと思うんですね。
 北野参考人は先ほど、アメリカの場合には移動・交通と職場のところが落ちていたのでそれを禁止法の中に入れたいというお話がございましたが、日本の今法体系の中で足りなくて、この点だけは国内法に是非入れなければいけないというのを学者のお立場から伺いたいと思いますし、中野参考人にはファミリーサポート、家族への支援ということをおっしゃいましたので、この中にこの際、この点だけは入れてほしいということがあると思いますし、兒玉参考人は障害者団体連合会の方のお立場からいろんな提案ありましたが、特にやはり雇用の、小規模作業所への補助金が打ち切られそうだと、そういうことに対する、もう今補助制度というのはだんだんに地方分権の関係もあって切られてしまうかもしれませんので、そういう場合に国が財政を支援するという、また違う形の仕組みを入れることもできるかと思いますので、それぞれのお話のポイントの中で是非こういうこと、視点は入れてほしいということがあれば、伺っておけると大変参考になるかと思います。
#33
○参考人(北野誠一君) ありがとうございます。
 今日の私の資料の今使ったのは何ページだったかな、最後の資料なんですけれども、九ページに図表を載っけておりますけれども、それを見ていただきますと、要するに大事なことは一つなんです。それは、例えば女性差別なら女性差別の問題を考えますと、確かに女性差別の中で、会社に行ったら男のトイレしかないと、女性トイレがないというような問題がある会社があるかもしれませんけれども、基本的に女性トイレがないというのはもう今の日本の社会ではほとんどなくなっていますよね。つまり、トイレがあるないの問題じゃないですね、女性の方に対するやっぱり意識の大きな問題ですよね。
 ところが、障害者の支援の場合、合理的な配慮というものが一番大事な問題なんです。ですから、障害者の方が会社に行かれる場合に、その会社が使える仕組みかどうか、あるいは車いすの方が使うトイレが本当にあるのかと。最初の合理的な配慮の問題がなかったら、学校でも住宅でも行政でも、あるいは商店でも医療でも、それから交通でも、それから職場でも、実は最初にやっぱり意識改革をより、大きな問題として合理的な配慮が最低要るんですよ。これがなかったら障害者の方は地域で当たり前に暮らしたり社会的に活躍できないです。
 ですから、やっぱり一番大きな問題は、障害者を支援するときに合理的な配慮をしないことが差別に当たるんだと、合理的な配慮をすることが最低必要なんだということを入れていただきませんと、結局、いや、別にあなたを差別していませんよ、でも残念ながらうちの建物はエレベーターおませんから、あんた来れませんねんというような形では障害者の差別は終わらないです。
 ですから、合理的な配慮義務をきっちり義務化すると。もしそれに違反する場合に何らかの罰則といいますか、を設けるぐらいのことを考えない限りこの仕組みは進まないということが一番大きなところです。
#34
○参考人(中野敏子君) 支援費制度の中で扶養者の負担ということが消えたということは大変大きかったと思います。それとの関連ですけれども、やはり、どんなに障害が重い方でも、成人になったら一人の生計者として自分の生活を切り盛りするんだという、そういう人格としてきちっと法律で認めていただきたいと強く思います。
#35
○参考人(兒玉明君) 先生御指摘のように、まず権利条約、今、国際連合で来年の五月をめどに本会議に上程というような情報も聞いております。
 私どもといたしましては、まず、先般も私どもの協会の委員会の中でこういう話がございました。日身連の会長、ちょっとお尋ねいたしますが、私たち障害者になって、その法律ができてもう既に五十年たちました。障害者という名称を何とかなりませんか。字を見ると、差し障り、具合の悪い者、こういうような、いつまでも障害者という名称を私たちの協会の中にも付けたり、そういうような形が果たしてこれからの新しい福祉制度の中にふさわしいのでしょうか。どうかひとつ日身連、私ども日身連と略称しておりますが、どうか考えてください。私たちは手を失ったり足を失っても補装具を付ければ一般の社会の人と同じように歩くことも、またスポーツの大会で見れるように駆け足もできます。もうそれだけ復帰しているんです。どうかひとつ、権利条約とかいろいろな条約の中において障害者のこの字を何とかなくす方法を考えてほしい。涙ながらに訴えられました。
 どうかひとつ先生方におかれましても、この障害者という字を、何とか新しい名称をひとつお考えいただくようにお願いしたいと思います。先生の御質問からは外れるかもしれませんが、一番の大きな問題としてお願いしたいと思います。
 以上です。
#36
○会長(小野清子君) 北野参考人、何か。
#37
○参考人(北野誠一君) 一つ忘れておりまして。合理的配慮の中でもう一つ、物理的なバリアの問題だけを言いましたので、忘れておりまして。
 例えば聴覚障害の方の場合の手話通訳などは、これは基本的にやっぱりそれがなければコミュニケーションができませんので、当然必要な配慮であります。ですから、必要な配慮という概念は、物理的なバリアだけでなくて、そういう様々な支援の仕組みも一定入っておるというふうに考えていただけたらと思います。
#38
○後藤博子君 今日は本当にありがとうございました。いろいろお伺いいたしまして、何か胸につまされるものがありました。
 私、少し具体的にお聞きしたいんですが、今、意識を高めたり、社会の、先生おっしゃったような周りの学生あるいは若い方々の意識、全く人を思いやる気持ちも何もないですよね、今、情けない社会になってしまいました。もちろんその法を整備すること、いろんなこういうふうに障害者の差別禁止法を作ること、そういう法を定めることは非常に大切でございまして、それはそれで大切なんですけれども、そういう今の社会を何とかやっぱり意識を変えていくことをやっていかなければいけないと常々考えております。
 少子高齢化になりまして、なかなか女性が子どもを産み育てられる、子どもを育てる機会といいますか、そういうのも今なくなってきておりまして、また今度、親も、お母さん方もやはり仕事をすることを優先したり、様々な、もう言っても切りがないほどたくさんございます。
 そこで、ちょっと具体的にお聞かせ願いたいのが、今、社会学部社会福祉学科に学んでいる生徒たち、その生徒たちはどういう方々が来ているのか、その生徒さんたちの意識というのが、学んでいるからそれで終わりじゃなくて、自分たちが学んでいることをどう学んでいない友人、学んでいない社会に訴えていくのか、それを一つの運動として何か具体的に起こすことはできないのか、そういうことが一つ。
 そしてまた、就職率はどうなのか。そういう現場に一〇〇%の方々が就職できているのかどうなのか、余っているのかまたどうなのか。そしてまた入学する生徒さんは本当にもう満杯に、学校の教室が足らないぐらい生徒数、入学したいという生徒の方々がたくさんいらっしゃるのか。
 学校にそういう社会学科を出た、せめて社会学科を出た生徒さん一人でも学校に欲しいという、あるいは地域のそういうセンターに欲しい、公民館でもどこでもいいんですが欲しいという。障害者を抱えているお母様方がよく言われるのは、療育する場がなかなかないという、そして学校に入る前の子どもたちがなかなかそういうところでできないという、その現場が実際あります。そういう方々が、是非学生の方々がボランティアでも何でもそういうことができることを、また学生自身が働き掛けるような運動ができないのかどうなのかということをお聞きしたいと思います。
 どなたということではないんです、よろしくお願いいたします。
#39
○参考人(北野誠一君) とてもすてきな質問を受けまして、それはおっしゃるとおりであります。
 実は、私の学生が一時アンケートを取ったことがございまして、学生がどういう動機でうちの大学に来たのかということですね、福祉の方にですね。これは読んである意味で深刻なんですけれども、うちの学生の三分の一ぐらいは、やはり家族に障害者や高齢者を持っている学生が約三分の一ぐらいいらっしゃいます。やっぱり自らその問題を家族なり肉親に抱えておるという学生さんですね、かなりリアリティーのある学生さんが三分の一ぐらい。それから、あと三分の一は、これは面白いんですけれども、やはり統合教育とか障害者の方と一緒に生きるということに大きな意味がありまして、学校の中でそういう体験をしたということで仲間がおる、障害者の支援をしているということですね、ボランティアをしているというそういう方々が三分の一ぐらいおります。例えば大阪には有名な牧口一二なんという有名な障害者の方がいらっしゃるんですけれども、彼らの講演を聞いているとか、やっぱりそういう講演とか啓発活動も行って意味があるみたいで、そこで感動して障害者の問題をやりたいと思って来たとかいう学生さんが三分の一。あと三分の一は、面白いんですけれども、昔でしたら「キャンディーキャンディー」みたいに、何かテレビの中でそういう子どもさんの応援したいとか、養護施設の子どもたちを支援したいとかいう、こういうすごく、非常に大きな夢といいますか、楽しい夢を描いている学生さんが三分の一ぐらい。その学生はシビアです。大きな夢と福祉の現実は違いますから、非常に、その中でよほどレベルを上げてもらわないと、夢だけでは福祉の世界は生きていけませんので。ですから、そういう感じで学生さんというのは構成されていまして。
 実際に私たちが一番今希望するのは、実は福祉の専門職の資格というのは、これは介護福祉士であるとか、私たちの大学は社会福祉士という資格を出します。それからあと精神保健福祉士さんとかいう資格がありますよね。この福祉関係の資格は名称独占で、業務独占でないということが非常に大きな問題なんです。つまり、医師、看護師、看護師というのは業務独占でありまして、彼らの業務はほかの人間はできないんです。しかし、福祉のメンバーはどんなに勉強しても名前だけでして、ほかの人間もその業務をすることができますので、どうしても専門職としてなかなか成り立っていかない。ですから、彼らを、どうしても社会福祉士なり精神保健福祉士を雇うことを、必置義務を置いているところというのはごくごくわずかでありますから、ほとんどは別に雇っても雇わなくてもいいということでありますので、非常に職場は厳しい条件になっております。その辺を是非とも変えていただければ、我々としてみたら非常に有り難いと思いますけれども。
 ありがとうございました。
#40
○参考人(中野敏子君) 私も本当にすばらしいお話をしていただいたことを感謝しておりますが、ほとんど北野さんのおっしゃったことと重なってまいります。
 ただ、幾つかのお話をさせていただくと、もう一ついる群といたしましては、小学校、中学校、特に小学校のときに同じクラスに障害のあるお子さんがいたということ、それに対する周りの人のかかわりが非常に印象的であったという体験ということが一つございます。早く会えば会うほどその印象が強く持ち続けられていて、十八になったときに社会福祉の現場に行きたいというふうに思い続けるということは、確かに何人か、複数おります。これは一群としていると思いますので、先ほどの統合教育ということがうまくいけばいい成果を上げていくんだろうというふうに確信はしております。
 それからもう一つ、私どもの大学では半数ぐらいが一般企業に参ります。その一般企業に行く人たちを、私どもは福祉マインドを持つ市民というふうに位置付けております。すべての人が社会福祉の現場に行ってしまったのでは共生社会は広がらないよということを申し上げています。それで、とにかく社会福祉ということを知った人が一般の企業に行って、社会福祉って何か、支援をするって何かということを伝えてほしいということで、その人数をしっかりと確保しているという部分もございます。その辺は大事にしているところです。
 それから、学生のボランティアの働き掛けなんですけれども、お預かりをするボランティアということもございますけれども、自分が地域の中に入っていって、市民の人に声を掛けてアンケートを取るということもやってもらっています。ですから、商店街のところへ行って、この地域の福祉サービスはどう思いますかというようなことを、嫌がられてもいるんですけれども、うるさいと、小学校の生活科のような、それの大型版みたいで、みんながいいと思っているかどうか分かりませんけれども、地域の中に入っていって、市民の方に意識を持っていただくためのそういうちっちゃな活動も一つの大学のカリキュラムとして入れております。
#41
○参考人(兒玉明君) 先ほど、私は、JRの優先席のお話を申し上げました。おじさん、おれも疲れているんだよというような高校生のお話の中から、私ども協会といたしましては、これは小学校の、また中学校へ出向いて、車いすで出向いて、目の悪い者は目の悪いなりに出向いて、アイマスクとかいろいろなものを持って、まず学校を訪問する。そして、児童の皆さんに体験していただく。それを移動弱者講座と申し上げておりますが、そういうような形で、まず小学校、中学校の生徒さんに優しい心を、弱者を助けるという優しい心をまず普及するということを協会としてもやるべきだということに気が付きました。
 私どもといたしましては、これからの世の中、やっぱり友達同士、また隣の隣人同士が助け合っていかないといけません。隣のうちでも、おはよう、ありがとう、もうそういう日本語が消えてしまいました。私どもといたしましては是非この優しい心というものを、そういうような意味で私ども自身が実践する、そういう段階に入っております。私ども協会といたしましても、その方向で普及活動、障害者というもの、また弱者というものがどういうものかということを体験させていただく、そういうようなことを実践して、今後も続けていきたいと思います。
#42
○後藤博子君 ありがとうございました。一言だけ、済みません。
 今、おっしゃいました小学校、中学校、できましたら保育園から行っていただきたい。一番小さいところから是非行っていただきたいんです。もう小学校、中学校じゃ間に合いませんので、幼稚園、保育園から是非その運動をしていっていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
#43
○椎名一保君 今日はどうもありがとうございます。
 今の兒玉先生のお話ではないんですけれども、私は、福祉というのは公がやるものだ、公にやってもらうものだということではなくて、基本的にやっぱり自分がやるものだという、その考えがなければ成り立たないんではないかと思うんです。ですから、先ほどの先生の電車の中の学生の話ではないんですけれども、正に権利の平等を、憶面もなく間違った平等を言っているわけですね。
 その辺りのことをやはりきちっと、今、後藤先生の話ではないんですけれども、私は保育園を経営しているんですけれども、小さな子どもたちには手を掛けて一生懸命やっておりまして、少なからず私が接している。三十年近くやっておりますけれども、子どもたちは、就学前の子どもたちはいい子なんですよ。いい子なんです。だんだん駄目になってくるんです。小学校、中学校、卒業式に参加しますと、態度も悪くなってまいりますし、やっぱり基本的に教育に欠陥があるんではないかと思うんです。
 困っている人を見て、助けなければならないと思っても、これは自分の仕事ではないと。町で倒れているホームレスの人を見ても、ああ、大変だな、何とかしなきゃと、でもだれかが電話するだろう、助け起こすのは救急隊員の役目、警察官の役割というような考えになってしまっておりまして。
 ですから、教育の場で、先ほど北野先生がアメリカとの、西欧社会との比較論を、ちょっと比較をなさいましたけれども、基本的にキリスト教がという話もございましたけれども、やはり日本の固有の文化はそういうものではなかったというお話をなされましたけれども、私はやっぱり日本の固有文化というのは、私の考えでは仏教が基本にあったんではないかと思うんですね。明治以降、そしてまた戦後、特に戦後は宗教教育が一切廃止されまして、公立学校におきましてはですね。ですから、その辺りからきちっとやっぱり考え直さなければいけないときに来ているんではないかと思うんですけれども、その辺りについて、いかがでございましょうか。
#44
○参考人(兒玉明君) 私、先般ニューヨークへ行きまして、アメリカの国際連合に傍聴団の団長として伺いました。
 私どもの泊まりましたホテルから国際連合までバスで通うんです。それで、車いすで、電動車いすでございますが、障害者団体の団長が一人入っておりまして、十人ぐらいのグループで毎日、ニューヨーク市内でございますが、バスで国際連合まで通うのでございます。
 あちらで経験しましたことをちょっとお話し申し上げますと、バスの停留所に、運転手は車いすを見ますと、どんな満員の中でも、大きな体した運転手がバスの中ほどまで移動しまして、まず最初に真ん中のところからリフトを下ろします。それで、日本人の私の友達の車いすをまず先に乗せます。それでリフトを上げまして、扉を閉めてから表の入口のバスの口を開けるんですが、開けますと、私ども障害者ばかりですので、まず最初に乗っけてもらいます。上がりますとすぐ、足の悪いのを見ますと、また年寄りの方を見ますと、アメリカの方々はすぐ席を立って、座りなさい、座りなさいと言って座らせてくれます。
 十日間、私、ホテルから国際連合までバスを利用したんですが、どんな時間帯でもそのようにみんなの心が優しいんですね。町はごみだらけです。ですけれども、そういうバリアは本当に皆さんがよく徹底しておりまして、私たち快く毎日を、バスに乗るのが楽しく国際連合まで通いました。
 実際問題として、これは人間のモラルじゃないかと思います。その辺につきまして、なお一層御理解をいただく、そのために私ども協会はこれから一歩進んで共生社会そのものを作るために頑張るつもりでございます。よろしくお願いいたします。
#45
○参考人(中野敏子君) 難しい御質問で、どういうふうにお答えしたらいいかと思いますけれども。
 日本の固有文化とおっしゃると、今がもう固有文化なんじゃないかなと。過去に何かを探ろうと思ってもないかなと思うと、私は、今ある中に否定できないものがたくさんあるんじゃないか、どうしても目に映るのはマイナスのところが目に入りますけれども、実はいいものはたくさんあるはずです。
 その辺のところを探っていく中で、先ほどのような高校生も、いつもいつも否定される中で生きていくというところに出てくるリアクションというのもあると思いますので、大変難しい課題なので即答はできず、申し訳ございませんが、いいものはあるに違いないと思って、探していこうと思います。
#46
○参考人(北野誠一君) 保育所を経営されているという話だったんですけれども、私たちはかなり前から、一九六〇年ですか、もう統合保育という、保育所に障害を持っている子どもさんを入れる活動をずっとしておりまして、その子どもたちが大きくなって、保育所に統合保育されて、普通学校に行ってどうやったと聞いたら、こう言うんですよね。面白いですね。いや、おれの後ろから、席からおれの首を絞めるやつもおったし、おれの車いす押すやつもおったと言うんですね。それが普通学校のおれのええ体験やったと。
 つまり、これ普通の社会で普通に起こるいろんなことが当たり前にあると。ですから、助けてくれるやつもおれば、おれをいじめるやつもおると。でも、それがその中で自分が生きる、生きていく力を身に付けていくんだと。それが、養護学校におったらそういうことが分からぬから、社会へ出てから苦労すると。今、社会の中でいろんなことを学んできた、助けてくれるやつもおるんだということを学んだと言うんですね。
 ですから、そういう形で、やっぱりいろんな出会いの中で人間というのは一人前になりますから、保育所から統合保育されるということは物すごく彼らにとったら大きなエネルギーをもらっているんだなと思いますね。
 もう一つは、仏教なんですよね。これは、日本は儒教なのか仏教なのか。儒教の礼節でも、仏教の、日本の仏教はこれ大乗仏教ですから、慈悲の心ですよね。当然キリスト教の愛と同じで、同じ考えやと思うんですね。基本的にやっぱり隣人愛と言いまして、隣人を愛するということが基本であるというのは、これはもう宗教はすべて大きなものはそういう考え方なんですけれども。
 私は、何というのか、アメリカと日本の違いで一番思うのは、日本人というのは非常に細やかな神経を持っております。アメリカの中で介護を受けたら分かりますけれども、言われたことしかしないです、ほとんど。そういう教育を受けているのかどうか分かりませんけれども、相手をおもんぱかって何かをするということについては日本人がもうずば抜けた感性を持っていますよね。
 ですから、相手をおもんぱかって動くということを、今の若い人たちは恥ずかしいからしないけれども、本当はそれをする能力はあるんです。日本の子どもたちはやっぱりそういうものを身に付けてきているんです、自然に。相手をおもんぱかる能力は、つまり権利、義務がはっきりしている国よりも日本人の方がはるかにそういう、おせっかいなところもあるけれども、人をおもんぱかる気持ちというのは非常に大きいと思います。それをやっぱりうまく育てていくといいますか、うまく恥ずかしくなく出してあげるような、出すことが恥ずかしいのじゃなくていいことなんだ、すばらしいことだということをもっとうまく認められるような、そういう仕組みをどう作るかというのが日本の場合これから大きな課題かなというふうに思います。
#47
○吉川春子君 日本共産党の吉川です。
 三人の参考人の皆さん、本当に目が開かれるような思いでお話を伺わせていただきまして、ありがとうございます。
 北野参考人のペーパーを見まして大変、分かっていたはずなんだけれども、びっくりすることがありまして、江戸時代末期の三千八百万人の人口に二十二世紀の日本は戻ると、このままの出生率でいけば戻るということで少子化問題にも警鐘を鳴らしておられて、今公共事業を一生懸命やっているけれども、果たしてこれを使う人たちが二十二世紀にいるのかと、こういうような御指摘は本当にぐさりときたわけですし、また二十一世紀半ばで障害者と高齢者は過半数を超えてマジョリティーになると、これもそのとおりだと思います。
 それで、私の質問は、3以下にグローバライゼーションと規制緩和、社会福祉基礎構造改革という項目がありますけれども、そこで問題は、家族や近隣や地域社会で子どもたちを含めて支援を必要とする人たちに対する支援力が低下していると、こういう御指摘があるんですけれども、この点を具体的に御指摘いただいた上でどうすればいいかということをお示しいただきたいと思うんです。私も、やっぱり地域力の低下というのは教育の問題でも子育ての問題でも物すごく感じているものですから、それに共通するものがあるかなと思います。
 それからもう一つは、措置制度から利用契約制度ということで、病院や入所施設も規制緩和によって営利企業の参入を認めるかどうかということで、そのためには法整備とかなりの権利擁護システム作りが不可欠というふうに指摘されています。今、参議院の内閣委員会では構造改革特別区域法の審議たけなわでございまして、昨日も医療とか学校、福祉施設に株式会社が、導入するということがいいじゃないかという意見と、それはとんでもないという意見と、両方かなり活発な、大臣を挟んでですけれども行われたわけなんですが、この辺の問題について御意見を伺わせていただきたいと思います。
#48
○参考人(北野誠一君) 最初の御質問なんですけれども、私の資料の五ページのところで現代社会と福祉ニーズの増大の説明をしておるんですけれども、高度産業化と高度消費化の中で、こういう様々な問題の中で福祉ニーズが増大しておる、あるいは地域なり家族の福祉力とか支援力が低下しておるという社会学的な簡単な図を書いておりますけれども、私はこれをどうするかという問題が大きいと思うんですね。
 実は私は、毎週火曜日に、私の住んでおる藤井寺市でカンガルー教室という子どもの教室をしておりまして、大学は週に三回でありまして、あとは地域活動をしておるんですけれども、その毎週やっておる活動の中身は、障害を持っている子どもさんだけやなくて、養育不安のお母さんと子どもさんの支援の活動をしております。すると、小さな六万人の人口の市ですけれども、今、十五人のクラスが三クラスありまして、しかも年三回の入れ替わりでまだ何十人という待機者といいますか、もう本当に深刻な悩みのある方がずらずらといらっしゃる状況なんですね。
 一体これは何なのかと。つまり、これははっきり言いますと、今お母さん方が非常に子育てで悶々とされているという状況が非常に克明に出てまいります。子育ての要因、つまり子育てが困難という、保育に欠ける要因というのは、今や一人っ子を育てるお母さんから子どもさんが二人のお母さんまで、もうはっきり言ったらすべてのお母さんが保育に欠ける要因を持っていらっしゃるんですね。
 それは、原因ははっきりしておりまして、やっぱりこれまで子育てをするときにお母さんたちはどなたかに相談をしたり助け合ったりする仕組みがあったんですよ。ですから、自分一人で子育てをする状況に追い込まれることがなかったんですね。例えば、私のころでいえば、近所のお兄ちゃんお姉ちゃんたちが応援に来たりとか少年探偵団で遊びに行ったりとか、地域のいろんな社会資源が私たちを助けたんですね。だから少々、子育てが余り得意やないとか子ども大好きやないという方でも、別にそれを大きなミスなく、大きなトラブルなく子育てができたんですよ。
 私は、女性の方がすべて子育てのオールマイティーで子育ての天才やというふうに思ってはいかぬと思うんです。子育てが得意な女性もいれば、むしろ社会で活躍することの方が得意な女性もいてるわけですよ。逆に言えば、男の中にも二割ぐらいは、奥さんよりむしろだんなが会社を辞めて家で子どもを見た方がいいんと違うかと、奥さんの方がばりばりしているやんなんて男も二割ぐらいおるわけよね。ですから、そこはもっと柔軟な対応をする必要があって、女性の方に今、日本の社会は余りに子育ての責任を押し付け過ぎていると思うんです。
 彼女たちは、私たちの教え子ですから、はっきり言ったら、大学教育や高等教育を受けて一般社会の中で就労することをトレーニング受けて、そして日本の社会の中で働いたら、途中で結婚したら肩たたきに遭うて辞めさせられたり、子育ての中で会社におれなくなって辞めている人たちばかりですよ。そうすると、彼女たちはやっぱり、つまり自分たちの生き方を全面的に子育てプラス社会の中で活躍するという思いの中で今悶々としているわけよね。その彼女たちを生かすことを社会は間違っているんですよね。
 ですから、私は、彼女たちが子育てするときに悩みを一緒に話し合うグループを作っていったり、その支援をするときの場所を作ったり、彼女たちのセルフヘルプのグループを作ったり、ボランタリーな活動をする仕組みとか彼女たちの相談に乗る仕組みは絶対要ります。
 でなかったら、やっぱり子育ては二十四時間労働なんですよ。会社の労働は八時間とか十時間で終わるけれども、二十四時間労働で子どもとマン・ツー・マンでずっと向かい合っているということは非常に大きなストレスで、しかも責任が全部女性に押し付けられているという社会ですから、非常に今女性は危機的な状態。ですから、私は、会うとやっぱり、先生、もうたまらなくなって手が上がっているときがある、気が付いたらたたいてしまっていると。要するに、虐待すれすれの事例も多々あります。
 非常に深刻な状況に今、日本の社会の子育てが来ている。全部女性に責任を押し付けているという社会の間違いが、今大きなひずみが来ています、彼女たちのアイデンティティーと違うことを日本の社会は求め過ぎているので。ですから、もっと彼女たちが楽しんで保育ができて、話合いができて、疲れたら子どもを少し預けることができたり、レスパイト、正にレスパイトする仕組みを是非とも作らないと後で大きな禍根を残すんじゃないかなというのが今心配している一番大きな私の心配点です。
 それから、二つ目の御質問なんですけれども、二つ目の御質問はたしか営利企業のですね。
 これは私は、今のところ、日本の今の仕組みでは営利企業の参入は反対です。というのは、アメリカで障害者や高齢者のいわゆる施設、ナーシングホームと言います。向こうは、ナーシングホームは今六割五分がアメリカは民間の営利企業が参入してやっております。
 非常に人権侵害が多いんですよね、もうかなり。かつては本当にひどい状態でありまして、アメリカはそのためにかなりドラスチックな仕組み、例えば監査ですよね。強制監査で抜き打ち監査をしたり、五%から一〇%の職員と利用者を別室に呼んで、一人一人から本当に書いてあるとおりやっているのか、うそでないかという形でチェックしたり、うその証言を認めなかったり、あるいは御本人に許可をもらって、御本人に裸になってもらって虐待がないかどうか、本当にちゃんとしたケアが行われているかどうかのチェックをしたりとか、非常にシビアなチェックをやっています。
 ですから、私は、規制緩和をする限り、逆に言えば、非常にシビアなチェック、非常に厳しい監査体制と非常に厳しいルールを守らせるための仕組みを作らなかったら、アメリカは本当に徹底してそういうことをやっていますから、車輪の両方がなかったら、規制緩和だけして一方のルールをざあざあ漏れにしてしまったら、人権侵害どころか非常に大変な状況が起こってくるという、その両方をきっちりやるなら、法制度を整えてからやっていただきたいというのが私の念願です。
#49
○山下英利君 今日は、三名の参考人の皆さん、本当にすばらしいお話を聞かせていただいてありがとうございました。
 北野先生に、さっきちょっと最初のときに、時間が足りなくて最後の方の部分が若干止まってしまったところがあるので教えていただきたいんですけれども、このお付けになっていらっしゃる図4、八ページなんですけれども、欧米、スウェーデン、それから日本と、ちょっと状況等は若干障害の程度とか質とかが違っているのかもしれませんけれども、ぱっと見て横断比較ができると。
 そういう中で、社会の支援とそれから障害を持つ方の自立ということを考えたときに、何を中心に考えていったらいいのかというところをこれで見させていただくと、例えば、日本の場合ですとやっぱり家族の同居というのが圧倒的に高いですよね。欧米でいくと、アメリカの場合には家族の同居というのはそこそこあると、それ以外はグループホームという形。この辺の分散の仕方ですね。
 考えると、やはり障害者の方が自立をする場合に一番いい支援の母体になるのは、地域ということがありましたけれども、地域の中のこれは家庭、家族と一緒に同居をする、一緒に暮らすのが一番いいのか、あるいは、例えばグループという形でむしろ家族から離れて集団生活にした方がいいのか、その辺のところのお考え、ちょっとお聞かせください。
#50
○参考人(北野誠一君) これ、図4で幾つかの国のものを、私の行った国のものを挙げておるんですけれども、大きな問題は、これは知的障害者の成人の方ですね、十八歳を超えた方の図でありまして、これは中野先生や兒玉先生もおっしゃったように、成人前の、要するに十八歳なり二十歳前の方々は当然家族とともに暮らすのがベストなんですよね。ですから、家族に対するレスパイトなり家族に対する支援というのをきっちりやると。家族の方とともに暮らすことがもうごくごく大事なことですから。
 アメリカは実は二十世紀の初めごろ、小さいころから訓練したらいいんだというので子どものころから施設に入れちゃったんですね。それで大きな問題が起こりまして、やっぱり子どもは、障害を持っている子どもさんも子どものときは家族と暮らすという仕組みを作りました。ところが、二十歳を超えた方の場合はどうなのかということなんですけれども、私はやっぱり、きっちり御本人たちが選択できる選択肢といいますか、地域で暮らしたい方の場合は地域で自立して暮らしていける、本人も希望するし家族も一緒に暮らしたいという方の場合は家族と暮らすためにいろんな支援があるという、ちゃんとした選択肢を設ける必要があると思うんですね。
 これは見ていただきますと、スウェーデンの場合、恐らくかなり多様な選択肢があるために入所施設は着実に減ってきていますよね。現在、入所施設は、河東田先生というスウェーデンの御専門の先生によりますと、数十名分しかないと、もうほぼ全くゼロになったということが言われています。公式見解はゼロですけれども、数十人まだ残っていらっしゃると言われています。着実に逆にグループホームが、グループホームですね、向こうは六人以下でなかったらグループホームと言わないんですけれども、六人以下のグループホームが着実に五割近い数になってきております。
 一方、親の同居は三割から二割という形で、恐らく、社会資源が潤沢にある国では家族とともに暮らしたいという方は二割ぐらいなんだろうと、あとの方はいろんなところを希望されるんだろうというふうに思われます。
 ですから、これはスウェーデンは最も進んだモデルでありますので、二割ぐらいの方は当然親も子も一緒に暮らしたいというふうに大人になっても思われるんであろうということであります。
 私のおったカナダのブリティッシュ・コロンビア州は、大胆なことに施設をゼロにしてしまいました。私は疑い深い人間ですから、本当にゼロかどうかチェックに行ったんですよ。そうしたら、実は真っ暗な、ウッドランドというところなんですけれども、もうだれもいないと言うんですけれども、電気が付いているんですよ。これはおかしいと思って調べに行ったら、やっぱりいらっしゃいました。二十人残ってはりました。まだ最後に地域に帰れない方が二十人だけいてはると。だから、全部解体されているはずなんですけれども、公式見解はゼロですけれども、二十名の方が残っておられました。
 お会いしたら、それほど重い障害の方やないんですね。恐らく、御本人の意思確認でなくて、親御さんが反対されたんだと思うんですけれども、御本人が少し自分で自己決定が困難な方ですから、御両親の方がそれに対してグループホームをうんとおっしゃらなかったと思うんです。ですから、そういう説明でした。ですから、今のところ残っていらっしゃると。しかし、許可さえ下りれば全員グループホームでということでありました。
 ですから、施設はゼロでありまして、グループホームが四割、家族同居が一点ありますよね、五割近くあります。
 アメリカはもう見てもらったら、カリフォルニア州は、私はしばらくおったんですけれども、親の同居が増えておりますよね、若干。これ説明を聞いたら、本人と親が共に暮らしたいと希望しているというふうにソーシャルワーカーは言うんですけれども、私はこれはまゆつばやと思います。つまり、スウェーデンを見てみますと、親との同居を希望される方が二割、三割ぐらいじゃないかなと。つまり、グループホームや社会資源が不足していることを言い訳にしている。本当はグループホームで暮らしたいんだけれども、グループホームがないものですから、要するに選択肢がないものですから、親と暮らしているというケースがあるからこのようにカリフォルニアとカナダはちょっと少ないと。
 そう思いますと、日本の場合、これは九五年の統計ですから、新しく二〇〇〇年の統計が今出てきておりますけれども、グループホームがちょっと増えましたよね。一万近くになっていますかね。でも、精神障害者と合わせて一万ぐらいですから、まだ一万行っていないです。まあ七、八千人ぐらいかな。ですから、二%は超えたと思うんですね。しかし、まだほかの国と比べればもう雲泥の違いでありまして、グループホームがたった二%という。そして、施設に入っている方がまだ四割近くいらっしゃって、家族同居が圧倒的で、そして一部会社の寮とか自立生活されていると。
 ですから、やっぱりグループホームが圧倒的に、世界のレベルでいいますと、足らないというのがこれはもう明白やと思いますので、今後、施策の重点として地域で暮らすグループホーム作りを、知的障害の場合ですけれども、どういうふうに展開されるかというのが非常に大きな課題かなというふうに私も思っております。
#51
○山下英利君 中野先生、今の点についてはどんなお考えでいらっしゃいますか。
#52
○参考人(中野敏子君) 基本的には北野先生と同じ意見を持っております。まずは、だれと住もうがそれは自由であるということが前提にあると思います。その場合に、暮らし方を自由に選択できる在り方というのはまだまだ増えていっていいんではないかと思います。先ほどのコーポラティブなハウスとか、いろんな形は模索すべきだと思います。
 現在、選択肢としてあるものの一番いいのはグループホームとなっておりますけれども、ただし、これも地域の中の支援がない限りこれは小さな施設で終わってしまうと思いますので、その辺のところをタイアップした形で、居住の形態ということだけを取り上げていったんではやはり寂しいものがあるかなということは感じております。
#53
○山下英利君 ありがとうございました。
#54
○参考人(北野誠一君) 一つだけ忘れておりまして、アメリカの場合、見ていただきますと、自立生活という、アパートで一人で暮らしたりされる知的障害の方がかなりの数いらっしゃいますよね。これはグループホームからもうアメリカは次のシステムで、グループで他人さんと四人で暮らすとか六人で暮らすのはどうも嫌やと。僕は一人で、あるいは結婚して暮らしたいという形で、地域で一人あるいは結婚して暮らされる方が出てこられております。
 その場合、支援をする仕組みが、外から週に一回なり毎日ホームヘルパーが行ったりとかという形で支援する仕組みができておると。そういう仕組みもアメリカでかなり進んできておりまして、今、スウェーデンでもそういう仕組みが、つまりもう施設からグループホーム、グループホームから普通のアパート生活という仕組みに変わってきつつあるところでございます。
#55
○大仁田厚君 本当に参考人の方々、どうもありがとうございます。出たり入ったりしていまして、ほかに委員会がありまして、本当に申し訳ありません。
 ちょっと質問なんですが、僕はアメリカやヨーロッパに住んでおりまして、いろんな経験を積んで、ヨーロッパやアメリカ、西洋社会が一〇〇%ではないと思っておるんですよ。ただし、弱者に対しての思いやりやハンディキャップの人に対してのその見せ方というんですか、航空会社でも、並んでいて、ハンディキャップの人たちが優先的にファーストクラスのチケットがなくても前に行けるとか、やっぱりホテルにしてもちゃんとハンディキャップの人たちに対しての施設を設けているとか、そういった部分のその見せ方というのが物すごくうまい。ということは、周りの子どもたちも見ているわけですね。周りの社会の人たちも見ているという部分ではすごく僕はいいと思うんです。
 それで、やっぱり何か、僕、思うんですけれども、もう一回日本人が日本人の歴史、人に歴史あり、国に歴史あり、やっぱり家に歴史あり、家族に歴史あり、自分にも歴史があるわけですね。そういったのをもう一回見返す必要があるのかなと。先ほど兒玉参考人が言われた優しい心を芽生えさせる、これはもう大変重要なことだと思います。
 僕は、すごくいいなと思うのは、やっぱり若い人たちでも、オスカーならオスカーを取ったとき、おばあちゃんの人がアカデミー賞じゃなくてグラミー賞なんかを取ったときにスタンディングオベーションをする。人にちゃんと、人の歴史をちゃんと認めるようなああいう、何というのか、構築した歴史の仕組みみたいなのをはっきりと認識させる、子どもたちに。
 それと、まとめなきゃいけないんですけれども、申し訳ございません、ちょっと今まとめますので。
 僕は、いい言葉があると思うんですけれども、子どもは大人の鏡であるという言葉なんですけれども、こうよく言われたんですけれども、僕は。やっぱり大人がちゃんとした姿勢を真っ正面から子どもたちに見せる。そのひずみが今、現代社会で青少年のいろんな問題というのを引き起こしている一部の問題ではないかな、問題の要素じゃないかなと思うところがあるんです。
 そういった部分でちょっと御質問なんですけれども、社会の弱者に対して、僕は、これ自然な行為って必要だと思います。これはボランティアでも、ボランティアティー、自然にやらせる、強制的じゃなく。そうしなければ長続きしません。確かにいろんな意見があります。十八歳以上は強制的に一年間そういったものをさせろとか、そういった意見はたくさんあります。だけれども、僕は自然な行為でなければこれ長続きしないと思うんです。
 そういった部分で、自然に本当にみんながやれればいい社会ができ、本当の民主主義教育というのが芽生えると思うんですけれども、自然にこの仕組みの構築をする方法とか方策があれば、兒玉参考人、中野参考人、お伺いしたいんですけれども。具体的にこういうことをしたいとか、こういうことをすればいいんじゃないかということをちょっとお聞きしたいんですが。お願いします。済みません、長くなりました。
#56
○参考人(兒玉明君) ありがとうございます。
 私どもといたしましても、十分、それ、どうしたらいいかということを今考えているところでございます。
 先ほども申し上げましたように、保育所まで行きなさいという御指摘もいただいたように、やはり子どもさんに対して、小学校、中学校の皆さんに対して、私どもの、障害者のありのままをごらんに入れる。それで、飾らないで、義足なども持っていって、こういうものをおじさんたち付けているんだよというようなことを恥ずかしがらず見せてあげる。そういうことによって、いたわる心、優しさ、そういうものが芽生えていくという方法が一番私は早いんではなかろうかと、そういうふうに思っております。
 協会の運動といたしまして、この弱者移動教室、これはもうどんどん推進していく所存でございますので、どうか先生方におかれましても御支援をいただきたい、そういうふうに思っております。
 ありがとうございます。
#57
○参考人(中野敏子君) もう一言で言えば、一緒に暮らすことだと思います。つまり、例えば大仁田先生が、何の障害の大仁田先生ではなく、大仁田さんはどういう人ということを了解できるということだと思います。それが、途中で出会うために障害から出会ってしまう。そうじゃなくて、何々ちゃんということであれば決して構えることはないというふうに思っておりますので、先ほどの統合教育というところとの連動が大変重要だと思います。
#58
○岡崎トミ子君 今回、新しい障害者基本計画、閣議決定前ですので御意見を伺っておかなければいけないと思うんですが、知的障害者は先進国においてはもう脱施設化ということで、今回もこの新基本計画の中には脱施設化を言っているわけですね。知的障害者の場合には、もう今十万人以上が施設に入っていて、その人たちに対して、今、グループホームの話ですとか、そういう話が具体的に出てきております。
 私、宮城県の選出なものですから、宮城県の浅野知事は、精神障害者に対しても単身で住宅に、公営住宅に入ることができるようにということを今回のこの予算の中でも陳情されているんですけれども、知的障害者の場合、宮城県の福祉事業団において、先月の二十三日に、知的障害者施設で入所者全員を地域のグループホームに移すと、施設解体を宣言しているわけなんです。
 その理由は、入所者の生活においては、これまで、本人よりも家族でありますとか行政関係の希望が反映されていたんだけれども、グループホームなどで自活ということを体験させるためにそういうことを行ってきた結果、みんなその施設に戻りたくないということを言った。そのことをきっかけにして、施設は解体ということにしてやった宮城県の福祉事業団の在り方があるんですけれども。
 今回のこの新基本計画を見てみますと、これよりまた更に、また別の問題となる精神障害者の場合は、現在三十三万人入院しておりますけれども、ここについては一番後れているというのがその中身なんですね。
 これに際しまして、どういうふうにすると共生社会、共に生きる、あるいは生活支援をしていくのかということで、私も探っていってぶち当たったのがカウンセリングとかピアサポートというか、お互いに仲間という形で、仲間同士が支え合っていっていろんな悩みを、感情まで含めたそういう悩みを聞いていく、そういうサポートシステムというのが大変有効なのではないかというふうにぶち当たりましたが、それぞれの参考人の皆さんは、精神障害者に対して生活支援プログラム、こうあるべきだということがございましたら教えていただきたいと思います。
#59
○参考人(北野誠一君) 今回、この新しい障害者の、新障害者基本計画案を私の方も教えていただいておるんですけれども、やはり精神障害の問題が一番表現弱いなと私も思っておりまして、例えば住宅問題なんかでも、住宅の確保というところで、障害者の地域での住宅について、居宅の場であるグループホームであるとか福祉ホームについて、重度の障害者などのニーズに応じて利用できるものを量的、質的に充実すると書いてありますけれども、この表現は精神障害者を含んでおるかどうかは分からないんですよね。ちょっと怪しい表現なんです。
 精神障害者の支援ということをきっちり踏まえた表現にしていただかないと、やはり精神障害者の一番大きな問題は住宅問題なんですよ。地域に帰ってきたときに住む場所がないんですね。ですから、もちろん障害者差別禁止法を作って、入られるときに拒否することを、拒むことを禁止することは大事ですけれども、まずやっぱり精神障害の方が地域で暮らすための居住の場所、グループホームであるとか様々な支援が付いた住宅をどう造るかというのが一番大きな問題であります。
 間違ってはいけないのは、国が今おっしゃっている、一部こんな意見が出ています。七万人の社会的入院がいてはると、その方を福祉ホームB型で支援するという意見が出ていますよね。福祉ホームB型というのは、精神病院の敷地内に造ることが許可されておるんです。ということは、精神病院の敷地内にまた彼らのグループホームを、福祉ホームを造って、そこに閉じ込めてしまうということをやりかねない日本の社会なんですね。
 ですから、是非とも敷地内を許さないと。地域の中で暮らす。七万人の方は社会的入院ですから、もう当たり前に暮らせる方なんですね。その方々が地域で暮らせる仕組み、住宅問題を是非ともきっちり表現していただきたいのが一つですね。
 もう一つは、中野先生おっしゃった、療育等支援事業というのは、知的障害者の支援事業なんですね。相談の窓口なんです。精神障害者地域生活支援事業というのが別に精神障害者に対してあります。これは、三十万人にかねがね、二か所できるはずなんですけれども、まだまだ数少ないんですね。
 ですから、身体障害者の市町村生活支援事業、知的障害者の療育等支援事業、精神障害者の精神障害者地域生活支援センターという、この仕組みを是非とも地域で起こしていただいて、精神障害者の方が地域でふだんに相談したり、くつろいだり、憩ったりできる場所を作っていただきたいんですけれども、反対運動が強いんです。これが一番強いんです。大阪でも、市内でも大きな反対運動があって、むしろ旗が上がったりしたんですね。それを支援する側に、反対運動の中心にお医者さんとか民生委員さんが入っていたりしたものですから大問題になりまして、やはり地域で支援する側が反対運動を、無理解ではとてもいけませんので、やはりそういう方々にちゃんと、専門職の方や地域で支援する方の御理解を深めるための、ボランティア養成を含めて仕組みをちゃんと作っていただきたいというのが私の思いであります。
#60
○参考人(中野敏子君) 今御指摘のピアサポートということについて、大変重要だと思います。
 支援センター等につきましても、専門職が仕切っていくというよりは、やはり体験者として生活のしづらさをどう伝えていけるかというところで、やはりピアグループの育成ということは、今後地域の中で、病院という形ではなくて生活の場の中で、小さいものから作り上げられるような支援を是非作っていただきたいと思います。
#61
○参考人(兒玉明君) 私どもの協会といたしましても、是非、精神障害者の支援、グループホーム、そういうものから地域に出ていく、そういうようなジョブコーチを早急に構築していきたい、そういうふうに思っております。それで、このジョブコーチにつきましては、やはり医療関係者もそれに対して付いていただく、そういうような二重性といいますか、二面性を持ったジョブコーチが必要ではなかろうかと思います。
 私は、八年ぐらい前ですが、イタリアからあちらの方へ行きましたけれども、もう精神病院というものはありません。全部いろんな形で精神障害者の皆さん方が自立しておるという姿を見ました。
 一つの喫茶店などを見させていただきまして、この中に精神の障害者の方がだれだか当ててごらんなさいなんということをガイドの方に言われました。また、その州の偉い福祉の方に言われたのでございますが、だらっとだらしなくレジスターの前でこんなことをしている人がおりまして、あの方がそうでしょうと言ったら、とんでもない、ちゃんとナプキンを掛けて皆さんのところへ茶わんやなんかきちんと運んでいる方がみんな精神の方々です。あのだらっとしている方は偉い人です、健常な方です、何を言うんですかと反対に怒られました。そんなような状態で、もう精神の方も共生社会の中で一端を担っていただく、そういうような社会ができることを望んでおります。
 ありがとうございました。
#62
○会長(小野清子君) 質疑も尽きないようでございますけれども、予定の時間も参りましたので、以上で参考人に対する質疑は終了いたします。
 参考人の方々には、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べをいただきまして、誠にありがとうございました。ただいまお述べをいただきました御発言につきましては、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会をいたします。
   午後三時三十三分散会
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト