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2002/11/05 第155回国会 参議院 参議院会議録情報 第155回国会 法務委員会 第3号
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2002/11/05 第155回国会 参議院

参議院会議録情報 第155回国会 法務委員会 第3号

#1
第155回国会 法務委員会 第3号
平成十四年十一月五日(火曜日)
   午後一時二分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         魚住裕一郎君
    理 事
                市川 一朗君
                服部三男雄君
                千葉 景子君
                荒木 清寛君
                井上 哲士君
    委 員
                柏村 武昭君
                佐々木知子君
                陣内 孝雄君
                中川 義雄君
                野間  赳君
                江田 五月君
                鈴木  寛君
                角田 義一君
                平野 貞夫君
                福島 瑞穂君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        加藤 一宇君
   参考人
       司法制度改革推
       進本部顧問会議
       座長       佐藤 幸治君
       弁護士      四宮  啓君
       日本放送協会解
       説委員      若林 誠一君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○法務及び司法行政等に関する調査
 (司法制度改革に関する件)
    ─────────────
#2
○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 法務及び司法行政等に関する調査のうち、司法制度改革に関する件を議題といたします。
 本日は、本件の調査のため、お手元に配付の名簿のとおり、三名の参考人から御意見を伺います。
 御出席いただいております参考人は、司法制度改革推進本部顧問会議座長佐藤幸治君、弁護士四宮啓君及び日本放送協会解説委員若林誠一君でございます。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず佐藤参考人、四宮参考人、若林参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し添えますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いしたいと存じます。
 なお、参考人の方の意見陳述及び答弁とも、着席のままで結構でございます。
 それでは、佐藤参考人からお願いいたします。佐藤参考人。
#3
○参考人(佐藤幸治君) 佐藤でございます。
 平成十一年五月十八日、司法制度改革審議会設置法案の審査に関連しまして、当委員会で参考人として意見を述べる機会を与えていただきました。また、昨十三年六月二十八日、またこの委員会において審議会の意見書の趣旨について説明する機会を与えていただきました。その後、議員の皆様の御尽力で司法制度改革推進法が成立いたしまして、司法制度改革推進本部が立ち上がり、精力的に意見書を具体化するための作業が進められ、今国会にこの司法制度改革を現実化する上で基礎中の基礎となる法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律案など三法案が提出され、審議されるという運びになりましたこと、この間の様々のことを思いますと深い感慨を覚えますとともに、ここに至ることができましたことにつきまして議員の皆様及び関係者の並々ならぬ御努力に対して心から敬意を表したく存じます。
 去る八月五日、文部科学大臣に提出されました中央教育審議会の答申の一つであります「法科大学院の設置基準等について」と題するその答申の中に、こういう一説がございます。「ここに「答申」として公表するに及んで、法科大学院の実りある実現のためには未だ道半ばとは言え、当審議会として些かの感慨を禁じ得ない。と言うのも、法科大学院構想は、大学改革と司法制度改革に関するそれぞれの関係者の長い努力と労苦の積み重ねが、司法制度改革審議会という「時」と「場」を得て交錯し、実を結んだものととらえることができるからである。」ということでございます。
 戦後復興と高度経済成長に合わせるかのようにひたすら量的拡大を追求してきた日本の教育、とりわけ高等教育の在り方が質的な面で相当深刻な問題を抱えているということは関係者の間で早くから憂慮されておりました。特に文系の場合が深刻でございまして、貧弱な教育研究施設と大量の学生数という環境にあって、教育の体をなしていないのではないか、安かろう悪かろうだという、自嘲ぎみに、そういうように語られることもありました。
 しかし、社会は大学のブランド性に関心を示すことがありましても、大学で施される教育の内容、質には殊更に気付かぬ風でありました。あるいは、社会は大学における教育にそれほど期待していなかったというのがより正確な言い方かもしれません。
 企業や官庁等は、できるだけ潜在的能力があると思われる者を早く採用し、必要な教育は採用後、言わば徒弟的に施せば良いといった趣がありました。バブル期、大企業は競って主としてアメリカの大学に巨額の寄附を行い、社員を留学させるなどいたしました。けれども、日本の大学の現状を見、日本の将来に暗たんたる思いを抱いたものであります。現実の大学をどう評価するにせよ、大学における質の高い教育研究なくしては独創性と活力に満ちた良き社会を築くことは不可能であります。
 もとより、関係者は手をこまねいていたわけではありません。とりわけ、臨教審の提言を受けて一九八七年に大学審議会が設置されて以来様々な取組がなされ、今回の法科大学院構想もその延長線上にあるということを強調しておきたいと思います。
 他方、司法制度改革も日本の社会の長年の懸案でありました。御承知のように、既に一九六二年、臨時司法制度調査会が設けられ、二年後、司法制度の在り方に関する答申を出しました。しかし、いわゆる法曹三者の思惑の違いなどで改革は進展しませんでした。法曹人口が少な過ぎるということが司法をめぐる様々な問題の根底にあるということが広く認識されながら、低いレベルにとどまり続けました。
 調査会の答申がなされた一九六四年、司法試験合格者数が五百人台に達しますけれども、その後は増えず、五百人前後という状況が何と一九九〇年まで続くのであります。経済大国と称せられるにまで至った国がこうした状況にあるということは全く信じ難いことであります。
 こうした状況を許した要因として様々なことが考えられますけれども、何といっても我が国社会が戦前と同様に行政主導、各省主導で運営されてきたということによるものと思われます。が、更に言えば、日本の社会の部分部分がそれぞれの垣根を作って自足しようとする傾向を持ち、それを前提にあうんの呼吸で相互の調整を図ることで済まし得たという時代環境によるものではなかったかと思われてなりません。部分部分で自足するということはそれぞれの構成員にとって居心地の良いということもありますし、部分部分が相当質が高かったから経済大国と称せられるところまで上り詰めることができたのであろうというように思われます。
 極端な言い方をすれば、真の政治は不要であり、透明なルールによる意識的調整も不要であるというわけであります。
 しかし、経済大国とまで称せられる大きな社会がこうしたやり方で押し通し続けることができるのかという問題が内在しておりました。このことは一九八〇年代半ばごろから法曹関係者の中でも次第に強く認識されるようになっていきます。そして、冷戦構造の終えん、グローバル化の進展、我が国のバブル経済の崩壊とその処理問題等に直面して、その問題が一気に顕在化することになります。従来の日本の統治システム、社会経済システムが大きく変化した時代環境に適合しなくなったのではないかという苦い認識を我々に迫ることになります。
 例えば、グローバル化はいろいろな面を持っておりますけれども、国家主権の垣根を低くし、国家社会の透明性を求めるという面があります。スイスにあるビジネススクール、IMDが発行している世界競争力年報、これは二〇〇一年版でありますけれども、によりますと、政府の透明性、これは政府がどれだけ明確に政策意図を伝えているかという度合いでありますが、その透明性は日本は比較対象国四十九か国中最低であると言われております。我々の実感と合わない感じもありますけれども、これが世界が日本を見る目であるということは否定すべくもありません。
 我々としてなすべきことは明らかであります。単純化して言えば、一つは政治の復権であり、第二は法の支配の拡充であります。
 まず、政治の復権との関係で言えば、我々は各省割拠主義体制の蹉跌を二度にわたって経験したのだということを明確に認識することから始めるべきであります。政治改革、行政改革、より具体的には行政権のとらえ方、内閣総理大臣及び内閣の位置付け方、国会と内閣との関係の在り方等々がこの課題にかかわっておりますけれども、今日のテーマとの関係ではこの問題に深入りすることは避けます。
 次に、今日のテーマであります法の支配の拡充との関係であります。
 御承知のように、司法制度改革審議会意見書は、正にこの法の支配の拡充という観点、つまり自律的個人を基礎とするより自由で公正な社会を築く、国民が統治主体たる立場でこの社会を築くのだという観点に立って、第一に国民の期待にこたえる司法制度の構築、制度的基盤の整備、第二に司法制度を支える法曹の在り方、人的基盤の拡充、第三に国民的基盤の確立、国民の司法参加という三本の柱から成る抜本的な司法制度改革案を提示しました。それは、審議会が次のような諸点についての認識を共有した結果であるというように考えております。
 第一点は、行政主導体制から脱却し、事前規制調整型社会から事後監視救済型社会への転換を図るため、その受皿として抜本的な司法制度の整備が必要であるということ。第二は、政治の復権を図る中で、同時に十分に機能する抑制、均衡のシステムを構築する必要がある、そのために司法の強化が不可欠であるということであります。第三点は、グローバル化の進展する中で、法的サービスの自由化が現実化するということも視野に入れて、司法の質の向上、国際的競争力の確保に努力しなければならないという、以上の三点であります。
 この意見書を受けて具体化の作業が始まりまして、最初に申し上げたように、今回の三法案は正にその大きな第一歩であるということでありますが、これにより、意見書の描くように、まずは二〇一〇年ころには新司法試験の合格者数の年間三千人の達成が可能となるということに大きな期待を掛けている次第です。意見書の提言は一体的なものであり、一体的に実現していただかなければなりませんけれども、とりわけ、法曹が増え、弁護士事務所の法人化が進む中で弁護士任官が期待どおり大きく前進すること、それから裁判員制度についてしっかりした具体的制度設計がなされ、実現に向けて着実に進むことに重大な関心を持っております。
 司法制度改革を進めていく上で、国民の理解を得ることが何よりも重要であります。そのためにも、これからの司法はこのように変わり、国民の生活にこのように役立つものになるということを折に触れてできるだけ具体的かつ明確に示していく必要があります。
 そのような観点から、推進本部における検討状況を見守り、本部長である総理に意見を述べる立場にある顧問会議は、七月五日の第五回会議で、「国民一人ひとりが輝く透明で開かれた社会を目指して」と題するペーパーをまとめ、総理に手渡しました。二十一世紀の日本を支える司法の姿として、第一は国民にとって身近で分かりやすい司法、ファミリアな司法、第二に国民にとって頼もしく公正で力強い司法、フェアな司法、第三に国民にとって利用しやすく速い司法、ファストな司法、この三つのFの司法を描き出しました。もっと端的に象徴的に表現すれば、ペーパーでも述べていますように、「裁判所で二年以内に判決がなされるように、制度的基盤の整備や人的基盤の拡充を十分に行い、国民が必要とするときに真に役立つ解決を得られるようにします。」ということになるかと思います。
 審理の充実と迅速とはともすれば分離してとらえがちでありますけれども、真に充実した審理とは迅速な審理であるはずであります。長期化しているのは一部の事件にすぎず、裁判はおおむね迅速に行われているという声もありますけれども、長期化する裁判にこそ従来の司法の特質が出ているのではないか、一般の事件について本当に充実した審理が行われていると確言できるのか。二十一世紀に向けた発想の転換を行い、それを可能とするための条件、基盤の整備に意を用いるべきではないか。情報技術の活用も考慮に入れて積極的に考えようではないか。これが顧問会議が二年以内に判決がなされるようにと提言した心であります。
 十月二日の第六回顧問会議で推進本部事務局から、次の通常国会にそのための法案を提出したいという考えとの意向が明らかにされ、また今国会での総理の所信表明演説で、「司法制度については、第一審の結果が二年以内に出ることを目指すなど、総合的かつ集中的な改革を行います。」と述べられていたところであります。この問題は正に、意見書の全体の趣旨、提言を具体的な数値目標の下に改めて固め直そうというものでありまして、顧問会議として引き続き重大な関心を持って臨んでいきたいというように考えている次第です。
 最後に、一大学人として一言申し上げておきたいと思います。
 最初に触れた中央教育審議会答申はこう述べております。法科大学院は、「大学(大学院)が社会との対話の中で自らを変革し、国民の期待に応えて「知の再構築」を図っていくことができるか、今後の大学改革の行方を展望する上でも重要な試金石と言うことができる。」、「大学関係者にあっては、法科大学院での教育が従来の法学教育の単なる延長ではないことを十分に認識し、厳しい自己改革の努力の上に立ち、その個性や特色を生かした法科大学院を設立されるよう、強く期待したい。」という文言でございます。大学人の一人として、このことを肝に銘じ努力する所存でございまして、引き続きエンカレッジしてくださるよう切にお願い申し上げて、私の意見とさせていただきます。
 ありがとうございました。
#4
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、四宮参考人にお願いいたします。四宮参考人。
#5
○参考人(四宮啓君) 四宮でございます。今日は意見を申し述べる機会を与えていただいて感謝申し上げます。
 いつもは先生方に大変お世話になっておりまして、傍聴の許可をいただいて傍聴をさせていただいたりしておるんですが、一度、先生方用のお水を飲んでしかられたことがありまして、今日は私の専用のがちょうだいできて大変喜んでおります。
 私、今日は、弁護士会の代表としてではなく、一弁護士として、司法改革について、推進体制がちょうど一年を迎えたという節目に、私なりの考えるところを申し述べさせていただきたいと思います。
 今から八十年前の一九二三年、大正十二年の三月二十一日にこの議事堂で我が国の陪審法が成立をいたしました。今日、ここに一つのバッジを持ってまいりました。これは、当時、陪審員を務めた、陪審員に与えられていた記念のメダルでございます。日本で陪審裁判が行われたということを示す貴重な証拠の一つでございます。
 陪審法の成立に最も寄与いたしました政治家は、御案内のとおり、かの原敬であります。原は首相として、一九二一年の一月に、枢密院の陪審法審査委員会の第一回会合で、陪審制度の政治制度としての意義を次のように説明をしております。「陪審の現実は、人民をして司法事務に参与せしむるにあり。我国に於ては議会を設けられ、人民が参政の権を与えられたるに、独り司法制度は何等国民の参与を許されざりき。憲法実施後三十年を経たる今日に於ては、司法制度に国民を参与せしむるは当然の事なり」。この憲法というのは、もちろん大日本帝国憲法のことであります。
 東大名誉教授の三谷太一郎先生によれば、当時、陪審法は幾つかの動機が合流して生まれたと言われております。
 一つは、原の、当時拡大してまいりました司法権力、特に検察権力ですが、これを政党の側から牽制する仕組み、これを設けるということであります。三谷先生は、原は、陪審制を政党制のサブシステムとして考えていたと述べておられます。つまり、原は、陪審法を司法制度としてだけではなく、政治制度として考えていたということであります。二つ目は、司法部による人権じゅうりんを理由とする人権擁護のための陪審論でありました。そして三つ目は、立法における代表制、行政における地方自治、これに相当するものとしての司法における人民参加でありました。
 今回の司法制度改革の理念は、今、佐藤先生からお話がありましたとおり、法の支配でありますけれども、その具体的内容としては個人の尊重と国民主権と言われております。天皇主権の時代であった大正前半期から、実は明治維新の前後からあったのでありますけれども、人権擁護という側面、つまりは個人の尊重という側面と、代表制や地方自治制からの国民参加という側面、つまりは国民の自律、自治という側面ですが、今回の司法改革の理念と共通する二本の柱が当時既に我が国で強調されていたということは驚くべきことであろうと思います。
 司法制度改革審議会の意見は、新しい世紀における新しい司法を国民と法律家がどのように担うべきか、次のように述べております。国民一人一人が統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画すべきである、このように述べて、国民を新しい司法の担い手として位置付けております。
 他方、法律専門家につきましては、これまでの司法の独占者から社会生活上の医師、お医者さんですが、として、国民の主体的、自律的な営みに貢献しなければならないとしております。言葉を換えて申し上げれば、より自由で公正な社会を作るために、国民は明治以来のお上意識から抜け出して、新しい正義の仕組みを担い、そして法律家がそれをサポートするという姿であろうと思います。
 このような新しい仕組みを最も端的に示すのはいわゆる裁判員制度であろうと思います。裁判員制度は、御案内のとおり、広く一般の国民が裁判官とともに責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与するという制度であります。この裁判は、これまでのように専門家が専門家のやり方で、正義を言わば上から下すのではなくて、国民が正に担っていくというものであります。
 まず、司法を担う者は一般の国民であります。選挙人名簿から無作為に選ばれます。特定の階層とか特定の経験を持つ者だけが担う制度ではなく、正しく国民が全体として担う制度であります。
 次に、判断者である国民の前では真に充実したスピーディーな審理が行われる必要があります。そのためには、法律家による内容のある周到な準備、言わばおぜん立てが不可欠になります。また、審理そのものも、判断者である国民が法廷で見て法廷で聞いて分かる裁判へと変えていかなければなりません。裁判官の役割もまた、自ら判断するという役割から、国民の意見を聞いて国民の判断をサポートするものへと変わってまいります。
 このように、裁判員制度を中心に考えていただきますと、新しい司法における国民、法律家、制度、手続、これらがどのように変わらなければならないかということをお分かりいただけるのではないかと思います。つまり、言わば裁判員制度は今回の司法改革の姿の縮図とも言えると思います。
 裁判員制度が端的に示しますように、国民が法律専門家の十分でスピーディーなサポートを受け、正義を主体的に実現することができるためには、それなりの人的・制度的仕組みが新たに作られなければなりません。
 例えば、今国会で御審議をいただく法科大学院における新たな法曹養成教育、その創設と確立は、国民をサポートする法律家を量的にも質的にも十分供給できるものとして極めて重要であろうと思います。
 また、裁判官についても同様で、多様で豊かな知識、経験を備え、国民の立場に立ってサポートできる裁判官を多数、安定的に確保するということが緊要であります。そのためには、弁護士から裁判官への任官、いわゆる弁護士任官を積極的に推し進めることが大事だと思います。
 弁護士会が関与するようになった弁護士任官制度というものは一九九一年からスタートをいたしました。二〇〇一年度までの十年間に、弁護士から任官した総数は四十六名でございました。しかし、審議会の意見を受けて、二〇〇二年度は、四月から現在まで、任官した者、それから任官する予定の者を含め、既に三十一名を数えております。弁護士会としては、なお引き続き総力を挙げて取り組んでまいると思います。
 なお、弁護士任官の一層の促進のために、今月の十五日一時から、弁護士会館におきまして司法シンポジウムというのを開催いたします。日本のシステムと同じように、キャリアシステムと弁護士任官システムをほぼ五割ずつぐらい取り入れたオランダから、弁護士から裁判官になり、現在、アムステルダム高等裁判所長官のシッパーさんという方をお招きして講演をいただくことになっております。
 また、充実した迅速な手続に変えていかなければなりません。国民の視点から見れば、迅速というのは正に充実した手続のことであり、その内容は、充実した公明正大なおぜん立てとフェアで分かりやすい審理ということになるだろうと思います。
 私は、私自身も含め、従来、司法を担ってきた法曹三者、そして法学教育を担ってきた大学は、新しい司法の担い手としての国民に貢献するものへと質的に自己変革する必要があると思います。したがって、現在正に途上にある改革の推進におきましては、旧来慣れ親しんだ発想や実務の枠組みをいったん取り払って、新しく、そして正しく国民に貢献できる仕組みを国民の視点から構築し直すことが求められていると思います。
 司法制度改革推進法案に付せられた貴委員会の附帯決議にありますように、審理の過程をリアルタイムで一層透明化し、国民の声を具体的に反映できる仕組みの下で、国民と一体となって制度設計が行われるべきであります。なぜなら、新しい司法制度は、法律専門家のためのものではなく、国民のためのものだからであります。例えば、先ほど述べましたように、裁判員制度も、参加される法律家の立場ではなくて、参加する国民の立場から制度設計が行われる必要があると思います。そして、国民に最も影響のある議論ですので、発言者名も含めた議事の一層の公開が望まれるところであります。
 これも三谷先生に教えていただいたのですが、夏目漱石に「素人と玄人」というエッセーがあります。その中で漱石はこう書いております。
 玄人は局部に明るいくせに、大体全体を眼中に置かない変人に化けてくる。そうして彼らの得意にやってのける改良とか工夫とかいうものはことごとく部分的である。そうして部分的の改良なり、工夫なりが毫も全体に響いていない場合が多い。大きな目で見ると、何のためにあんなところに苦心して喜んでいるのか、気の知れない小刀細工をするのである。素人はばかばかしいと思っても、先が玄人だと遠慮して何も言わない。すると、玄人はますます増長し、ただ細かく細かく切り込んでいく。それで自分は立派に進歩したものと考えるらしい。高い立場から見下ろすと、これは進歩ではなくって堕落である。
 私自身への頂門の一針として読みましたけれども、漱石の言う高い立場とは正に国民の立場であろうと思います。
 今回の司法制度改革は、単なる従来の司法の改良ではありません。国民をこの国の正義の主体的な担い手とし、その国民を十分にサポートできる人的・制度的体制を新たに作り上げるものであります。人的・制度的サポート体制がもし不十分に終われば、それは結局、日本国民の正義の形成、つまりは政治の主体としての日本国民の公共観念、公共精神の形成自体を不十分にしかねません。
 三谷先生が今回の司法制度改革を我が国のデモクラシーの質をいかに高めるかという問題だとおっしゃっているのは、そういうことであろうと思います。その意味で、司法制度改革審議会の意見の趣旨は、我が国の民主主義の質を一層高めるものとして、一体として確実に実現されなければならないと思います。
 また、新たなものを創造するという意味では、財政的な手当ても新しい発想で行っていただきたいと思います。先ほど御紹介した我が国の陪審法の施行のためには、当時、五百万円というお金が使われました。当時の総理大臣の月給が千円だったそうでありまして、現在は二百三十万円ぐらいということですので、その単純比較をいたしますと、当時、百十五億円以上の税金が陪審制度だけのために使われたということになります。
 終わりになりますが、陪審法の制定に主導的な政治家としてあれだけ尽力した原敬は、八十一年前の昨日、一九二一年十一月四日、陪審法の誕生を見ることなく暗殺されました。しかし、彼の遺志は後の内閣に引き継がれました。
 一九二三年、陪審法公布の前日、やはり陪審法の制定に大きな貢献をした穂積陳重は、現在の国民は陪審制を望んでいないという意見に対して次のように述べております。陪審の制度は国民の希望にあらずとの論もあれど、この論は社会的観察の方法によってその当否が分かれるものと思います。現時の社会は過去の結果とも見ることができるし、また将来の原因とも見ることができます。もし現在を過去の果てと見ますれば、あるいは今日の陪審法は国民の要望にあらずと言うことができましょう。これに反し現在を将来のもとと見ますれば、立法における選挙権、行政における自治権と相並んで、司法参与の要望は国民全体の胸中に潜在し、潜勢力の状態において存在することは明らかであります。ゆえに過去の果てたる現在のみに注目して国民の要望にあらずと言うのは、盾の一面のみを見た偏見であると言わなければなりません。すべて立法は将来のためにするものであります。
 先生方におかれては、将来の我が国の民主主義の質の向上のために、今次司法制度改革の確実な実現により一層の御尽力をいただくことを司法の一隅にある一弁護士として切望いたしまして、意見とさせていただきます。
 どうもありがとうございました。
#6
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、若林参考人にお願いいたします。若林参考人。
#7
○参考人(若林誠一君) NHK解説委員の若林でございます。
 司法制度改革がいよいよ法案の国会審議の段階を迎えたという節目のときに当たりまして、こうした発言の機会をいただきましたことを感謝をいたします。
 本日、私がお話をしますのは一司法ジャーナリストとしての意見でございまして、NHKの公式的な見解ではないということをまずお断りしておきたいというふうに思います。
 司法制度改革に関する論点、大変多いわけですけれども、本日は、裁判員制度とそれから法曹養成制度につきましてその意義をもう一度確認をしつつ、現在私が感じている留意点といいましょうか、ちょっと気に掛かるような点についてお話を申し上げたいというふうに思います。
 まず、裁判員制度であります。
 今回の司法制度改革で最も重要な改革を一つだけ挙げたら何かというふうに問われますと、私はちゅうちょなくこの裁判員制度だというふうに答えられるというふうに思います。先ほど両参考人がるるこの意義についてお話しになりましたので、その大きな意味については私は触れませんけれども、もう少し具体的な点からこの制度の意義を見てみたいと思います。
 一つは教育的な意味ということであります。
 陪審裁判、陪審員制度につきましてはよく民主主義の学校であると、こういうふうな言い方がされます。市民が陪審員となって審理に参加をし評議に加わることによって、例えば議論の仕方でありますとか適正手続でありますとか、あるいは法的なルールあるいは罪ということについて様々学んでいくという意味で民主主義の学校だというふうに言われますが、この裁判員制度も正にそうした面を持っているというふうに思います。実感的、体験的な民主主義の学校になるに違いないというのが第一点であります。
 教育的な側面で二つ目に私は注目したいのは、子供たちの目にこれがどういうふうに見えるんだろうかということです。
 例えば、小学校の子供に、将来、君は裁判員になるかもしれない、その事件はひょっとすると死刑になる事件かもしれない、しかし被告人は無実を叫んでいる、君はそれをシロかクロか判断をしなければならないんだということを小学生から、あるいは中学生にも教えるということになります。
 現在の社会科と言うんですか、今は公民と言うんでしょうか、この教育というのが非常に表面的で形骸化をしているということは大変危惧されているところです。個人と社会とのかかわりというものをもう少し本当の意味において教えられないかといったときに、こうした裁判員制度というものが持つ意味を、そしてその重さということを子供たちに教えるということがどれほど教育を豊かにするんだろうかということを感じます。
 教育という効果としてもう一つ、三点目としては、私は公共意識というものについての観点が非常に重要ではないかと思います。
 裁判員に指名されますと、裁判員になることは国民の義務というふうに制度設計をされようとしています。義務といいますと、お上が無理やり押し付けたというふうな印象もありますけれども、私はそうは考えません。そうではなくて、個人が共同体の一成員としてその責任を果たすということであろうと思います。
 日本人は戦後、自由あるいは権利というものを大変謳歌をいたしましたけれども、公共というものについての意識は大変低いというふうにもまた言われております。本を正せば、いつもお客様扱いにされる、お上任せといった社会のありようがその根本にあろうかと思いますけれども、個人が責任ある主体として自律的に共同体にかかわる、これは契機になるのではないかというふうに思います。
 この裁判員制度のもう一つの効果の側面としましては、刑事司法の抜本的改革の第一歩になるという面であります。
 かつて平野龍一先生が、日本の刑事裁判は絶望的であるとおっしゃいました。日本の刑事司法には、非常に懇切丁寧であるとか人に優しいといった諸外国にはない特質もありますので、頭からすべて否定するというつもりは毛頭ありませんけれども、平野先生が喝破されましたように、多くの問題を抱えているということも事実だろうと思います。
 裁判員制度を実現するには、先ほど四宮参考人もおっしゃいましたけれども、様々な努力が必要です。そのことは、今の刑事司法というものを抜本的に変えていくということにほかならないというふうに思います。分かりやすい言葉で述べる、あるいは争点をきちんと整理をする、調書の扱い、あるいは証拠開示の仕方、さらには長期間の勾留の在り方といったところにもメスを入れていく必要がある、そうした契機になるのがこの裁判員制度だろうというふうに思っております。
 そこで、こうした重大な意義を有する裁判員制度ですけれども、制度設計をする上で重要なポイントは何かといいますと、私は、第一点は無作為抽出ということだと思っています。そして、第二点は裁判員の数の問題だろうと思います。だれもが裁判員になる可能性があるということが実感できるような制度として、そして自分がその裁判員に当たったらそれを引き受けなければならない制度だというふうに制度設計をしなければならないということです。
 検討会の議論を私も傍聴して聞いておりますけれども、この議論の中では、できるだけこの制度を小さくしようという意見がどうも優勢のようであります。これは、そうした考え方を持つ人が多く検討会のメンバーに選ばれたということなのかもしれませんけれども、その理由として幾つか気になる点がありますので、その点について述べたいと思います。
 第一は、国民の負担を軽くするために、今、できるだけ裁判員の数を少なくした方がいいんだという議論がございます。
 ちょっと私が試算をしてみました。最も少ないケース。裁判員を二人とし、また対象となる事件の数も一番絞り込みますと、年間で裁判員になる数は約五千人ということになります。有権者からしますと、二万人に一人が裁判員になるチャンスがあるということです。一方、いろんな意見の中で、一番裁判員の数を多くし、事件の範囲も広げますと、これが約十倍近くになります。そうしますと、二千人とか三千人に一人が裁判員になるということです。二千分の一と二万分の一にどれほどの差があるのかということです。いずれにしても、ほとんど当たらないということでいえば宝くじ並みということだろうと思います。問題は、負担というのは、審理の進め方ですとかそのスピードでありますとかあるいは内容の問題であって、結局、数の問題ではないというふうに私は思います。
 第二点目は、日本人は議論が下手だ、だから数を少なくするという議論がございます。
 確かに、日本人にそうした面があるのかもしれませんけれども、しかし被告人を有罪にするのか無罪にするのか、事は人の一生を左右するようなことです。そうした重要な問題の決定に関与するとき、本当に日本人は何も言わないのでしょうか。例えば、検察審査会の議論の様子あるいは過去の陪審裁判の経験などをいろいろ聞いてみますと、日本人は十分に意見を言ってきているというふうに私は思います。あるアメリカの裁判官は、アメリカ人にできることが日本人にできないはずはない、日本人の知的レベルを考えれば絶対にできると、こういうふうに言っておりました。
 第三の点は、憲法論であります。
 憲法は職業裁判官による裁判を前提にしているから国民参加には違憲の疑いがあるという考え方があります。机上の憲法解釈論としてはあり得る議論かもしれませんけれども、私は、要はこれは国民の選択の問題であるというふうに考えています。
 さて、最も重要な点は、国民の合意をいかにして形成するかという問題であります。
 国民は裁判員になることを今、全く実感をしていないと思います。これを実感するようになればすさまじい議論が私は起きてくるんだろうと思います。検討会の議論はなかなか国民に伝わってまいりません。私たちにもその原因の一端があるのかもしれませんけれども、情報をどんどん提供して、問題提起が重要だというふうに考えております。
 昨年、私は沖縄に参りまして、復帰前に沖縄で行われました陪審裁判について取材したことがあります。数少ない経験者の一人にインタビューをいたしました。この方は、アメリカ軍に勤務をしていた。もちろん日本人の方なんですけれども、自分が陪審員に選ばれて参加をした。その裁判自体はそれほど難しい裁判ではなくて、全員一致で有罪の評決をしたそうですけれども、陪審員は皆活発に意見を述べたそうであります。そして、真剣に討議をしたということです。そして、その方は、自分が陪審員を経験して本当に良かったというふうに言っておられました。何が一番良かったかといいますと、私が先ほど述べましたが、公共ということだというふうにこの方は言うんですね。自分はやはりこの社会の一員なんだ、その社会の一員としてやはり共同体の一成員としての責任を果たす義務があるんだと、そのことをこの陪審員となって実感をしたというふうに言っておられました。
 さて、二つ目のポイントは、法曹養成、法科大学院についてであります。
 具体的な制度設計の段階になりますと、ややもすると本来の目的、趣旨というものが忘れられがちになることが往々にしてございます。この法科大学院の制度設計についてもそうした危惧をどうしても感じないわけにはまいりません。
 第一の点は、今回の制度といいますのは、点としての選別ではなくてプロセスとしての教育ということにしよう、そして法科大学院というものを本当に意味のある法律家教育の場にしようということでありました。本当にそういう意味での法科大学院になるためには、やはり質をどのようにして担保をするかというところが私は生命線だろうと思いますけれども、その質の担保措置が大幅に後退をしているのではないかというふうに危惧せざるを得ません。当初、厳格な第三者評価によって適格認定をするということになっておりましたけれども、それを、その必要はないんだということになりました。本当にどうして質を担保できるのか、私はよく分かりません。それが第一の危惧の点であります。
 二つ目の危惧される点は、バイパス論ということであります。
 政党、与党レベルの議論を聞いておりました。私も、自民党の調査会で意見を述べる機会を与えられまして、そこで意見を申し上げましたけれども、本来は、資力などの点において、あるいは社会でいろんな仕事をしているということからなかなか法科大学院に行くことができないというやむを得ない事情の人のために予備試験というバイパスを設けるというのが審議会の趣旨だったろうと思います。本当であればバイパスは必要ないというふうに言い切ればその方が良かったのですけれども、どうしてもそうした人のためにチャンスを残すということでこのバイパスが設けられました。このバイパスをもっともっと太くして、バイパスを通るのか大学院に行くのか自由に選択できるようにしてはどうかという議論が行われたように思います。しかし、これは、何のために法科大学院を作るのかという、プロセスとしての養成という根本理念に反するものではないかというふうな気がいたします。
 受験エリートというのは、少々難しい問題を出してもすべてこなしてしまうという者です。頭が良いということなのかもしれませんけれども、人の悲しみや苦しみ、あるいは社会の複雑な紛争といったものを相手にする法曹にとって、この頭の良い者だけがすいすいと試験に受かってしまうということがあってよいのだろうかということを本当に危惧しております。
 この法科大学院の質が担保されない、そしてこうしたバイパスを設けるということになりますと、勢い司法試験というもので選別をしていく、司法試験を大きな制度として設計しなければならなくなります。そうしない限り質が担保できないということになりますと、結局は今の制度のもくあみになってしまうのではないか。司法試験には七割から八割の学生が受かるような、そうした充実した教育をするというのが今回の改革の目的であったわけですけれども、そうした目的が本当に果たせるのだろうかということを大変危惧をしております。
 制度上、ではそうした制度設計をすれば十分機能するのかというと、実はそうではないというふうに思っています。今の大学の現状を見ておりますと、本当に実のある教育ができる教育者を確保できるのか、これは大変重大な問題でありますし、実務家の教員の確保の問題もあろうかと思います。ここは行政としてそれに介入するということがなかなか難しい部分でありますし、それはしてはならない部分なのかもしれませんけれども、大いに考えていくべき非常に重要な問題点だろうと思います。
 最後に、改革の推進の体制について一言申し上げたいと思います。
 司法制度審議会の議論もずっと傍聴してまいりました。また、現在の検討会の議論も傍聴しておりますけれども、今、検討会の議論を聞いておりまして、かつてのような熱気というものがなかなか伝わってこないということがございます。十一の分野に分かれてそれぞれ部分設計をやっているわけですけれども、それを組み合わせると本当に当初予定されたようなものに完成をしていくのかなという感じがいたします。
 顧問会議というのが設けられておりまして、佐藤座長を前にして誠に言いにくいわけですけれども、この顧問会議の開催の頻度あるいは議論の深まりなどを見ていますと、全体をきちっと、その十一の検討会の議論を集約をするというところまでやはり至っていないというふうに思います。審議の、検討過程の公開という大変重要な問題もありますけれども、もう少し全体をコントロールできるような推進体制が取れないものかな、こんな印象を持っています。
 以上です。
#8
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#9
○佐々木知子君 自由民主党の佐々木知子でございます。
 今日は三人の参考人の先生方、お忙しいところ当委員会にお越しくださり、貴重な御意見をお述べいただきまして、どうもありがとうございました。
 ちまたには構造改革という言葉があふれていて、改革がなかなか進んでいないという非難も随分聞こえますが、独り司法改革については随分進んでいるのではないかということも言われております。弁護士会の方が陳情に来られて、この話をいたしますと、それは弁護士会の力が非常に弱いからだということをおっしゃっておられましたけれども、そんなことはないと思いますが、外国人弁護士というのが十年ほど前に日本に来て、もう今度は外国人弁護士が単独で日本人弁護士を雇えるというようなところまで来る、グローバル化はここまで来ていると、そういう意味では非常に司法制度改革というのはある意味では進んでいるだろうというふうに思います。
 ただ、考えなければいけないのは、だれのために司法制度改革を進めているのか、あるいは進めなければいけないのかという視点だろうと思います。
 一般の弁護士の方々と私も職業柄よくお話をいたしますけれども、何で弁護士を増やさないといけないのだ、一般市民が困っていて、弁護士がいない、だから訴訟ができないというようなことはよもやあり得ないと。ただでさえ今、弁護士の質も落ちている、裁判官も非常識な人が増えている、これ以上数を増やして質の悪いのを作ってどうするんだと、こういうような議論が随分ございます。
 法律家をなぜ増やさなければいけないのか。それは、本を正せば企業が欲しがったからだ、企業にとってみて廉価な企業内の弁護士を雇えるということは、そもそも弁護士の数がなければそれはできないことだからということが発端だったというふうに私もそれは理解しているところでございます。量を増やすというのが来れば、次に、量を増やして質が落ちてはいけないので、質をどういうふうに担保するか。そのために、ロースクールというのを機能させなければいけないということでロースクール構想というのが出てきたというふうにも聞いております。
 弁護士の数を増やすかどうかということは別として、私は、やはりグローバル化ということは、これは刑事でも民事でも避けられないことですし、これからいよいよ発展することでもございますので、例えば民事であれば知的所有権やMアンドAなど、多岐にわたる専門家が必要とされるだろうということは、私もこれは当然のことだというふうに思います。
 三人の先生方からいろいろと御意見を賜ったわけですけれども、お三人の共通の課題というところでは、陪審員ないし裁判員制度、つまり国民が司法に参加するというシステムについての御意見の陳述がございました。
 日本に陪審員制度があったというのは、これは事実なんですが、そのうちに事実上やらなくなってしまった。民主主義という理念においては、陪審員制度はいいというふうにも言われますけれども、日本はその歴史上、民主主義を自らかち取ってはきていない国民性だということも皆さん御存じのとおりだと思います。
 参加する国民の立場からということを四宮先生も言われましたし、同じようなことを若林先生も言われたかと思うんですけれども、今回は陪審員ではなくて裁判員、参審制度に近いものだというふうに考えておるわけですけれども、まだ具体的には定まってはいないんですね。どういう事件に参加させる、そして若林先生もおっしゃっておられましたけれども、何人参加させる、手続をどうするということも全然定まっていない。
 若林先生は刑事司法改革の第一歩になるというふうにおっしゃっておられる、刑事司法はもうむちゃくちゃだということもおっしゃっておられましたけれども、陪審員を入れるとなりますと素人を入れるわけですから、書証だけでは済まないでしょう。鑑定書をぱっと出して、はい、理解しろというわけにはいかないでしょう。やはり、いろいろな手続も変えていかなければいけないと思いますし、二年も三年もたってしまったら素人は分からなくなってしまいます。それこそ、鉄は熱いうちに打てで、裁判の迅速化ということと裁判員を入れるということが私は表裏一体の関係になろうかというふうに思いますけれども、そこら辺りで参考人の先生方の御意見をもう一度お聞かせいただければというふうに思います。佐藤先生からお願いいたします。
#10
○参考人(佐藤幸治君) いろいろなことをおっしゃったわけですけれども、法曹人口の増員とか、御質問のあれは裁判員制度ということでございますか。
#11
○佐々木知子君 そうです。
#12
○参考人(佐藤幸治君) 私自身は、裁判員制度を採用しなければならないという理由については、先ほど来、二人の参考人がおっしゃったことに全く共感するわけでございまして、これは一言で言いますと、従来、これは和辻哲郎という哲学者が戦前に、日本人というのは社会の秩序というのは人ごとだと、人が与えてくれるものだと思っている、それが議院内閣制にせよ何にせよ、うまく機能しない根本的な理由ではないかということをもう既に戦前からおっしゃっておられる。戦後、民主主義化して新しい憲法ができて、その下で本当に取り組もうとしたんですけれども、なぜか、これは一つの象徴です、これに、陪審制、裁判制に限りませんけれども、なぜかこれが等閑視されてきて、結局、今もってなお社会の秩序というものは人が与えてくれるものだという思いを強く日本国民はなお持ち続けているんではないかと。これを突破する上で、この裁判員制度というのは極めて重要な役割を持っていると。これが迅速な裁判にもつながっていき、いろんな余波を持っていると。
 それから、今、中教審でいろいろ教育の在り方を議論しておりますけれども、先ほど若林参考人もおっしゃったように、若いときから、子供のときから公共の問題について関心を持ってもらう一番大きなきっかけになるというように私は信じて疑いません。
 もう時間もあれでしょうから、もっと何かありましたらまたお答えしたいと思います。
 以上でございます。
#13
○参考人(四宮啓君) 佐々木先生は検察官でいらっしゃいますので実務にお詳しいと思いますが、私自身も、裁判員制度を導入した場合に手続が迅速に行われなければいけないと、全く賛成でございます。恐らく、多くの事件では、裁判員、一日来ていただいて終わる事件が多いと考えております、つまり争いのない事件が圧倒的に多数でございますので。一日で終わらない場合も連日やらなければいけなくなると思います。
 その意味で迅速にはなるわけですが、そのような連日的な開廷をするためにはやはり前提が必要で、さっき私、おぜん立てと申し上げましたけれども、毎日できるだけの準備が不可欠であろうと思います。それは、裁判所と検察官と弁護人がそれぞれフェアに、公明正大に、それぞれの例えば証拠を十分開示し合って、そしてポイントを確認し合って、そしてそこから裁判員に来ていただいて迅速な裁判が始まるということで、さっき若林参考人がこの制度が手続を変える契機になるとおっしゃったのは、正にそのことを示しているのではないかというふうに思います。
#14
○参考人(若林誠一君) めちゃめちゃで、もうとんでもない制度だというふうに言ったというふうに受け止められると、それは私の言葉がちょっと行き過ぎたかと思います。いろんな意味で限界に来ている部分があるということを申し上げたいというふうに思うわけです。
 一つは、事件が多くなっていって捜査が大変困難になっている。従来のような自白を中心とした捜査というのがなかなかしにくくなっていて、現場はそこで大変くたびれているという現状もございます。
 また、人権のグローバルスタンダードという観点から見ても、やはり日本の刑事手続については改善をしていかなければならない点が多々あろうかと思います。このままでよいのかといえば、やはりそうではないだろう。また、刑事手続がやはり捜査段階に余りにも重点が置かれ過ぎて、裁判というものが後の、何というか、事後処理的に扱いしかなされていない。そこにもう少し充実をさせる必要もあるという側面もあろうかと思います。
 そうしたもろもろの面の改革というのは当然必要なわけですし、また被疑者段階から弁護人が付くということによってその辺の面も変わってくるかと思いますけれども、そうした刑事司法制度全体をもう一度、日本的な特質も踏まえながら、そして今の時代、今の犯罪状況、治安状況、あるいは国際的な人権という問題もあります。そうしたものを全体をバランスを取るものにもう一度リニューアルしていく時期に私は来ていると思うんですね。その契機にこの裁判員制度はなるのではないかという趣旨で申し上げたわけです。
#15
○佐々木知子君 もう時間押しておりますので、これで終わります。
#16
○江田五月君 三人の参考人の皆さん、司法制度改革という、これからの日本をどう作っていくのかと、重要なテーマの現段階での状況について、それぞれこれまで司法制度改革にかかわってこられた立場からの御意見を伺おうということで今日は来ていただきましたが、お忙しい中、本当に時間を割いていただきまして、ありがとうございます。
 昨年六月に司法制度改革審議会の意見書が出されたわけですが、その前二年間でしたか、精力的な審議をされたと。私どもも、その審議の過程でその都度いろいろな意見を申し上げました。かなり熾烈なやり取りがあったかと思います。そして、これは若林さんがおっしゃったんでしたかね、一定の成功を収めたと。それはこの審議会の経過が正にリアルタイム公開で行われたからであるということだったと思いますが、にもかかわらず、私はそれは不満があるといえば不満があるんです。
 例えば、今の裁判員、もういっそのこと陪審だとはっきり言い切って、そして、しかし世界じゅうのこれまでの陪審の歴史の中でいろいろ経験も経たわけだから、日本的にそれを上手に制度設計するというふうにした方がむしろよかったんじゃないかと。あるいは裁判官にしても、もう法曹一元だと言い切って、しかしいろいろと日本に合うように制度の設計をするという方がむしろよかったんじゃないかと、そんな気もするんですが。
 しかし、いろんなやり取りの中で、そうしたことも踏まえながら、今の裁判員制度とか、あるいは裁判官の給源の多様化であるとか、もちろんその下にある法曹人口の増大であるとか、大変な御苦労をされて意見書をおまとめになったというのは本当に敬意を表しておりますし、同時に、この意見書の問題提起が最大限実現をされなきゃいかぬと、一歩も後退してはいかぬ。むしろ、これは私の勝手な言い方ですが、私どもが考える方向により一歩進んで実現することの方がいいんじゃないかと思ったり、いずれにしても、意見書の内容が最大限実現をするということが今大切だと思っておりまして、そういう意味から、この推進計画、そしてそれを実現する推進本部、その中で作業を進める十一の検討会、それをしっかりと見張る顧問会議、そしてそれらを助ける事務局、本当に大切な仕事をされていると思いますが。
 さてしかし、政府も約束をしているわけですが、この意見書を最大限尊重すると、そうなっているか、あるいはいささか危惧があるか、その辺りについて率直な、なかなか率直なことをおっしゃりにくい立場の方もおられるかと思いますが、率直なところ、更に一層頑張る決意ということなのか、いや、うまくいっているからもう本当に安心して見ていられるということなのか、それぞれ佐藤参考人、四宮参考人、若林参考人から伺いたい。
#17
○参考人(佐藤幸治君) それではお答えします。
 先ほど若林参考人がお触れになったことですけれども、審議会の意見が出て、推進本部ができてから検討会が十、それからこの間十一番目ができて、十一の検討会ができて、やはりそれぞれ専門的な議論をするということと、十一もあるものですから、何となく議論が焦点が拡散してきていると、これはもうやむを得ないところがあるかというように思います。それだけに顧問会議が全体を掌握して、そして国民の皆さんに今の状況がどうあって、どういうような方向で考える必要があるのかということを顧問会議として示す責務があると。
 先ほど若林参考人からおしかりを受けましたけれども、まだ顧問会議としてやるべきことはあるんでしょうが、先ほど申し上げた二年以内に第一審判決を出すようにしようというのは、今までややちょっと議論がばらけていたといいますか、そういう印象を持たれた、持たれているということをこの二年以内という中でやりましょうという、そういう制度を作りましょうという中に、もう一遍全体の議論を集約して固め直そうという趣旨でございまして、この二年以内というのは今後非常に顧問会議として重視して取り組んでいきたいと。その中で、今、江田議員さんの方からおっしゃった点も留意しながら精一杯その点について努めてまいりたいというように考えております。
#18
○参考人(四宮啓君) 私自身、一つの検討会の委員を務めておりまして、江田先生のおしかりを肝に銘じたいと思いますけれども。
 今十一の検討会で議論をしております。私、思いますのに、やはり先ほど若林参考人もおっしゃったとおり細分化されてしまって、言わばもっと悪い言葉で言えばタコつぼ状態になっていないだろうかという危惧はあります。それはつまり、私、さっき意見の中で申し上げましたけれども、専門家中心になり過ぎていないかということです。私どもの裁判員制度・刑事検討会は十一名委員がおりますけれども、そのうち九名は刑事裁判の専門家と言っていいと思います。その意味で、やはり専門家の議論が中心になりがちでございます。
 事務局の方では、国民の意見を集約するということでインターネット等で集めてくれてはいるのですが、ある私、国民から聞いたところですけれども、インターネットで意見を寄せようとしたけれども、質問の意味が分からなかったというふうに言われました。これはつまり、正に聞く、聞かれる側、つまり裁判員でいえば参加する国民ということになりますが、そういった配慮をもっとして国民の意見をどのように取り入れて、どのように反映させていくかということは、これからもより一層努力していく必要があると思いますし、私自身もそのように努力したいというふうに思います。
#19
○参考人(若林誠一君) 昨年、推進法の審議に当たりまして衆議院の法務委員会で参考人として意見を述べさせていただいた際に、先ほど江田委員の言われたような趣旨のことを申し上げました。
 この審議会の意見書が一つの到達点に行っていると思うんですが、その幾つか理由がありますが、一つの重要なポイントは両論併記にしなかったという点なんですね。法曹三者のそれぞれの立場などを考えますと、思惑、利害が相当対立する問題が随分ありましたけれども、そこはとにかくぎりぎり頑張って幅寄せをしていって最大公約数というものをまとめていった、そして全会一致の意見でまとめたというところが非常に重要なところなんです。
 その意味でいいますと、いよいよ実施段階になりまして、それぞれやはり今の仕事のやり方をがらっと変えなければならないといったことでいえば、それぞれ非常に現場には不満がうっせきしているんだろうと思うんです。その不満をそのまま表に出していって、いやここは都合が悪いから、いやこれはこうなんだと言い始めるとこの改革は私は崩壊するんではないかというふうに思います。そうした危惧が全くないかといえば、幾つか気になる現象が起き始めているなという気がしています。そこのところは法曹三者は非常に重要な責務を負っているわけでありますし、推進法にもその責務は書かれています。
 是非、この改革の趣旨、そしてどうしてこういうふうな一致点、合意したのかということをきちっと理解をしてほしいというふうに思っています。
#20
○江田五月君 お三人の参考人に、残りの時間、短く一問ずつ聞きますので短く答えていただければと思いますが、佐藤参考人、二年以内にという制度設計ですが、これは民事、刑事、むしろ民事なんですかね、刑事の方も入るんでしょうか。二年以内にということはもちろん数値目標としては重要なことだと思いますけれども、しかし、ただ二年以内ということができればいいという話じゃない。もっと早い判決だってあるんですけれども、それは二年に延ばすなんということはもちろんあっちゃいけない。
 どういう手続でこの二年以内ということをやるんですか。また検討会作るんですか。
#21
○参考人(佐藤幸治君) お答えします。
 現在のところ、この問題については顧問会議が主体的な責任を持って取り組んでいこうと。またもう一つ検討会作るとなるとそれは少し、性質上、横断的に全体にかかわっている、人的基盤の拡充、制度的な、これは証拠収集だとかそういうことにかかわってまいります。
 ですから、全体にかかわっているので検討会はできるだけ作らないで、顧問会議として主体的に責任を持って臨んでいこうと、そういうように考えております。
#22
○江田五月君 刑事もですか。
#23
○参考人(佐藤幸治君) 刑事も民事も含めて、長くても二年以内に得られるようにしたいということです。
#24
○江田五月君 四宮参考人に伺いますが、裁判員制度・刑事検討会ですが、これは名前を出さないですよね。十一人の検討会の委員のうちの九名が刑事の専門家で、名前を出さなくてよかったなというような、何かそういうことが今までありましたか。あるいは、ほかの検討会で名前を出してこんな困ったことになったというようなことをお聞きですか。
#25
○参考人(四宮啓君) 私自身、またこの裁判員制度・刑事検討会で名前を出さなかったことでよかったということは多分ないと私は思います。
 それから、ほかの検討会、五つの検討会、今度六個目の知財も名前を公開することになりましたが、そのことによる弊害というのは私自身は聞いておりません。
#26
○江田五月君 若林参考人、最後のところで熱意が欠けてきているんではないかという言い方をされましたですね。いや、私も何かそんな感じはするんで、去年、おととしでしたかね、日弁連などが主催をしてよみうりホールでシンポジウムをやった。有楽町の駅からよみうりホールまで行列でつながっちゃったんですね。それも、弁護士事務所さんが動員をしたんじゃなくて、本当に一般の人が駆け付けて、それが証拠に、弁護士に対する不平不満が出たら拍手が起こるというようなこともあったりで、あのときは、まあこういうテーマですから、それはテレビをひねればいつも司法改革というわけにはいかないけれども、しかし大変な国民的な熱意があったと思うんですが、このところ、だんだん事が具体化する、具体化するに従って言わば専門化するということもあるんでしょうが、熱意というものが不足をしてきているというのは私も感じます。
 一つは、やっぱりもっと議論が百家争鳴といいますか、だれがどう言ったという、せめて検討会のメンバーの名前ぐらいは明らかになって、マスコミの中あるいは専門家の中でも、もうちょうちょうはっしで議論をすると。裁判員制度なんというのは特に専門家の中で議論したんじゃ駄目なんで、専門家以外の皆さんが大いに裁判の在り方について、もう床屋談義でもいいから大いに議論が起こると、そんなことが必要かと思うんですが、そういう熱意不足になってきたことの原因、特に公開との関係をめぐって、若林参考人の御意見を伺います。
#27
○参考人(若林誠一君) 熱意がないというか、熱気がうせているという言い方をしたんです。
 それは、審議会の場合は、白地に一つの地図を描いていくという、そこで本当にいろんな意見がぶつかり合う中で調整をする、意見を闘わせて一つのものを作り上げていくという意味で非常に熱気のある議論だった。今はもう一つの型がありますので、そこの中での議論になっているから、その意味での熱気というものはなかなか感じないということで申し上げたんです。
 裁判員制度につきますと、やはり先ほども言いましたように、国民的合意というのが最大のポイントだろうと私は思います。できれば議論が巻き起こるような、そして中身がどんどん伝わるような仕組みが望ましいわけですけれども、今は少し時期としてそういう段階なのかなという、ある程度致し方ない面があるのかなと思います。
 ただ、顕名なのか名前を秘すのかという、名前を隠さなければならない理由というのは私は全く理解ができないということだけは申し上げておきます。私が傍聴席で、できる限り出て聞いておりますけれども、聞いている限りにおいて、一人一人の方、お名前をお出しになっても全く問題がないというふうに感じています。
#28
○江田五月君 熱意でなく熱気でした。訂正します。
 終わります。
#29
○荒木清寛君 公明党の荒木でございます。
 まず、佐藤参考人にお尋ねをいたします。
 このたび法科大学院にかかわる法案も国会に出ておるわけでありまして、この法科大学院がいよいよ開校していくということにつきましては、佐藤参考人の私は強いリーダーシップがあったからできたというふうに思っているんです。
 そこで、予備試験のことについてお聞きをしたいんですが、改革審議会の意見書を拝見をしますと、この法科大学院についての一通りの議論をした後に、しかしそういう経済的理由等で行けない人もいるんだから救済措置も必要であろうというようなことから、この予備試験というのが議論をされ、提言されるに至ったんだというふうに私は承知をしているんです。
 そういう改革審議会の意見書の立場からいきますと、今回、制度設計されまして法案になってきました姿と、この特に予備試験の問題について乖離はないのかあるのか、その点につきましてまずお伺いしたいと思います。
#30
○参考人(佐藤幸治君) 今御指摘のように、審議会では、法科大学院を出た人がなっていくということが本流であると。しかし、さはさりながら、いろんな事情でできない人のためにも配慮する必要があるだろうということで予備試験を別に少し考える必要があるんではないかということであったかと思います。その後、様々な議論があったということは私も承知しております。
 結論だけ申しますと、今回出ている法案を拝見して、予備試験についての試験の中身を拝見しますと、結果的には法科大学院を経た人と同じような資質を求められる試験になっているんではないかというように考えておりまして、そういう観点から考えると、審議会の意見と実質的にはそう変わらないことになるんではないか。
 言わずもがなですけれども、先ほど来出ていますように、これからの日本の法曹というのは、グローバル化に堪え得る、国際競争力も持った、そういう法曹を作り出さなければなりません。そういう意味で、法科大学院があって、そこできちっとした教育がやられて、そしてそれと見合うような試験の内容で、そして実際にそれが実施されていくならば、審議会の意向とそうそごすることではないんではないかというように私自身として考えておるところです。
#31
○荒木清寛君 若林参考人に同じことをお尋ねしますが、私も、その予備試験のバイパス論につきましては、参考人と全く同じ問題意識といいますか危惧を持っております。したがいまして、法案提出に際しまして与党としてもいろいろ意見を述べたわけでありますけれども、そうしたことを十分考えて法科大学院が中核としてきちんと位置付けられるということに配慮した法案になっているのではないかというふうに私は思っているんですね。
 そこで、参考人に、それを前提に、しかしなおかつ、いわゆるこの予備試験の在り方等につきまして、今設計されている制度で改善をすべき点が具体的に御提言いただけるのであれば教えていただきたいと思っております。
#32
○参考人(若林誠一君) 私は法学部も出ておりませんので、なかなかその辺になると専門的なことはよく分からないんですが、法科大学院の課程を修了したのと同程度の能力を見るテスト、試験ということでありますけれども、それが本当に具体的にきちっとできるのかなということになると、なかなかどうもすとんと腹に落ちてこないということは事実としてあります。
 これは、これからの実際に試験のやり方の問題だと思いますし、実際に行われるのはまだ相当先の話ですので、それまでには法科大学院というものの実像、そして教育の実績というのは見えてきていると思うんですね。それまで時間的なゆとりはまだかなりありますので、本当にきちっとできるものになるような仕組みというものを是非考えていただきたいなということです。
 じゃ、具体的に何かいい知恵があるかと言われても、ちょっと私、専門的なことではないので、これ以上のお答えはちょっと難しいということです。
 ただ、一つだけ言えることは、今、理工系ではもう大学院に行くのは当たり前なんですよね。そのまま学部で卒業して技術者として企業に入る学生というのがむしろ少ない。そういう時代に、文科系の学生が大学院に行くことが何か特別な負担になるというふうな発想というのが、ちょっと少し時代後れかなというふうな気もしたりしています。パラサイトの子供たちが一杯いる時代に、二年、三年というのはちっとも長過ぎないというふうに私は思っています。
#33
○荒木清寛君 佐藤参考人にお尋ねをいたします。
 法科大学院を設立するかどうかは大学が設置主体になるケースが多いかと思いますけれども、私学、公立含めてそれぞれ自主的に考えることであろうかと思いますが、ただし、全国各地域にできるということが法律実務家の偏在をなくす上でも重要だと思うんでありますが、この点につきまして、何かいい取組といいますか、いい工夫ができないものでしょうか。
#34
○参考人(佐藤幸治君) いや、もう意見書では、全国適正な配置ということを非常に法科大学院設置に当たっての重要な要素として挙げておりますが、一つの方法として、国策的にと申しますか、そういうやり方もあるのかもしれませんけれども、理念からしてやはり自発的に作ってくる、作られていくということを待たなければならない。それぞれ個性を持った大学を作っていただきたいということでございますので、余り上からどうのとしにくいところもございます。
 正直申しまして、これから本当にどういう大学院が、それぞれ各地にできてくるのかというのを正に今見守っているという状況でございまして、その結果いかんでは、また先生方、皆さんにいろいろお考えいただく必要が出てくるかもしれませんけれども、今の段階ではかたずをのんで見守っているという状況でございます。
#35
○荒木清寛君 四宮参考人にお尋ねいたします。
 参考人は陪審制度あるいは裁判員制度には大変お詳しいわけでありますのでお教えいただきたいのでありますが、今回の裁判員制度というのは、本当に国民が主権者として、統治の客体でなくて主体として司法に参加していくという意味で画期的であろうかと思います。
 ただ、国民にとって法律とか司法というのは非常に縁がないといいますか、最近はいろいろ法律相談のバラエティー番組等もありまして、若干意識も変わってきているのかもしれませんけれども、なかなか、いきなり裁判員としてやってくださいと言っても戸惑うケースが多いんではないかというふうに思うんですね。
 したがいまして、本当に国民が主体的に裁判に参加していける仕組みが必要であるかと思いますけれども、そういう意味ではどういう視点が必要なのか教えていただきたいと思います。
#36
○参考人(四宮啓君) 幾つか重要な点があると思います。
 一つは、まず参加すること自体への障害を少なくするということですね。
 この時代の国民はそれぞれ大変忙しいわけで、仕事も家庭もいろいろあるわけです。そういったものをある意味では犠牲にして公のために、公的なもののために仕事をしていただくということです。そのような仕事への参加をしやすい仕組み作り、例えば会社に勤めている人にとってはそれは公休、公の休み、公休とするとか、その間、収入のカットをされないとか、そういったものも必要だろうと思いますし、あるいは、例えば子供のケアを要する場合には、実際にアメリカなどではもう始まっていることですけれども、裁判所が託児所を設けたり、あるいはベビーシッターの費用を州で負担する、そういうことによって女性たちも参加しやすくするというような仕組みもあります。そういった社会整備、社会的な基盤の整備というものが一つ必要だろうと思います。
 もう一つは、今、荒木先生おっしゃった仕事の内容にかかわることです。ただ、これは、今度の裁判員制度もそうですし、典型的にはアメリカの陪審制がそうでありますけれども、何らの教育とか経験とかいうものを要求しないわけですね。
 それはなぜかと申しますと、一般の国民が担う仕事というのは法律の仕事ではないからです。先生も弁護士でいらっしゃいますのであれですが、事実認定と呼ばれている証拠から一定の事実を判断していくというプロセスでありまして、ここは法律的な知識、経験なしにできる分野であります。
 今度の裁判員制度も、特徴的なことはこのように参加する国民に何ら知識、経験、教育を要求しなかったという点であります。私は、すべての制度設計はそこからスタートすべきではないかと思っておりますけれども、その意味で、ますます重要になるのは法律専門家、特に裁判官の役割で、法律的な知識、手続的なプロセスの十分な分かりやすい説明をする責務が飛躍的に増大すると思います。
 もう一つは、先ほど若林参考人がおっしゃった子供の時代からのいわゆる司法教育ということでありまして、この重要性もまた強調されるべきであろうというふうに思います。
#37
○荒木清寛君 四宮参考人にもう一つお尋ねしますが、裁判員制度というのは、要するに裁判官と一般の国民の方が共同で事実認定するという仕組みですね。そうなりますと、言われているように、何人対何人にするかということも、技術的な問題のようで非常に重要であると思いますけれども、この点は望ましい姿はどうお考えでしょうか。
#38
○参考人(四宮啓君) ここは正に検討会で議論している、またこれから議論するところなんですけれども、私の個人的な意見を申し上げますと、一つは、国民から見たときに私でも分かるという裁判ですね。もし審理そのものが非常に難しくて、裁判官にここはどうだったのか、あそこはどうだったのかということを一々聞かなければならない審理の内容になってしまいますと、これは一般の国民から意見を率直に言うことが難しくなります。その意味で審理そのものを一般の人に分かりやすくするということがもう極めて重要だろうと思います。
 それからもう一つは、やはり若林参考人もおっしゃった数であります。数の問題は、ある意味では私はこの制度の中核的な問題と言ってもいいと思っておりますが、つまりそれは参加した国民が自分の意見が言える、もちろん裁判官がいれば言えないのかというと、そのようなことは必ずしも直ちには言えないわけですけれども、少なくとも安心できる仕組みが必要だろうと思います。
 私、今年の二月にフランスの、フランスでは陪審と呼んでいますが、裁判官が三名と陪審員が九名の裁判を見てまいりました。そのときに裁判長になぜ国民が九人いるのですかと聞きましたらば、その裁判長が、このぐらいの数にすることによって国民は安心できるのだと言っていました。もちろん、これは個々の裁判体では裁判官のリードの仕方によって安心するかしないかというのはあるのかもしれませんが、仕組みとして、制度として、やはり初めて行ってその一件だけを担当する国民が安心して意見できるそれなりの仕組みというものがあるように思いまして、このフランスの裁判長の言葉は大変参考になると思います。
#39
○荒木清寛君 終わります。
#40
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
 今日は、三人の参考人の皆さん、本当にありがとうございます。
 まず、佐藤参考人にお尋ねをいたします。
 最近の雑誌で、司法改革の魂を忘れるなという対談に出ていらっしゃるのをお読みをいたしました。その中で、司法審が比較的地味なテーマにもかかわらずあそこまでたどり着けたのは、徹底的な情報公開をして国民に関心を持っていただき後押しをしてもらったからだと、こう述べられておりまして、私も大変同感なわけですが、現状では、先ほど来問題になっている例えば裁判員制度の検討会は、議事録、議事概要の公開というのはリアルタイムにはちょっとほど遠いものになっておりまして、六月十一日の検討会の議事録が二か月以上遅れて八月二十日に公開をされたということもありますし、いわゆる発言者名を伏せているということになっております。発言者名を伏せますと、例えばこの裁判員制度の検討会でいいますと、裁判員の人数を少なくしようという発言をたくさんの人がされているのか、それとも一人の人が何回もされているのか、なかなか議論の全容が分からないというような声が随分出されております。
 最高裁の一般規則制定諮問委員会ですら顕名公開ということになっている下で、一層の情報公開を進めることが必要ではないかと思うんですが、現状についての御認識と御意見はいかがでしょうか。
#41
○参考人(佐藤幸治君) 御指摘のように、あの審議会、司法制度改革審議会の場合には、最初から顕名で議事録をできるだけ速やかに公開すると。同時に、しかし一般の国民に傍聴できるようにという意見も当初からございましたが、そのとき私は、言わばセンス・オブ・ミーティングといいますか、お互いに気心が分かってその段階で御相談しましょうということで、半年後、マスコミの皆さんでございましたけれども、すべてリアルタイムでごらんいただくという手法を取りました。そういう手法を取ったことが、今、先生御指摘のように、審議会がいろんな激しい意見の対立がある中で最終的には全員一致の合意にたどり着けた一番の大きな理由だったと私は今もそう確信しております。
 今の検討会の状況ですが、様々な立場の方がおられて、顕名にすることについてはいささかちゅうちょされるということもあったんではないかと思いますけれども、現状では検討会、十一ございまして、この間の十月にできた知財の関係の検討会は公開に顕名でもう出すということになっております。今、五つの方がまだ顕名になっておりませんけれども、聞くところによりますと、いずれ顕名でもいいんではないかという方向でお考えいただけるんではないかという感触を得ております。
#42
○井上哲士君 一層の公開を期待をしたいと思います。
 次に、若林参考人にお伺いをするんですが、国民的関心を高めるという点でこういう情報公開とともにマスコミのいろんな報道というのは大きかったと思うんです。先ほど来、少し熱意が薄れて、熱気ですか、が薄れているんではないかという御議論があるわけですが、その点でジャーナリストのお立場として今もっと報道が後押しをするべきではないかと私など思うんですが、その点いかがでありましょうか。
#43
○参考人(若林誠一君) 私自身に突き付けられた質問というような感じが実はしています。
 確かに、今の報道がなかなかこの問題を取り上げていないというのは事実でありまして、それが国民的な関心を、あるいは議論を起こしてこない一つのというか最大の理由かもしれません。なかなか、議論の過程を報道するという場合に、報道しにくいというか、なかなか興味を持ってもらえないということから、取り上げにくいということはあるというのは事実だろうと思うんですね。これからは節目がだんだん出てまいりますので、徐々にその報道の量も増えてくるでしょうし、議論もまた活発になっていくんではないかと思います。
 やはり、最終的にはこの姿がある程度見えてきたときには、恐らく相当程度関心を持たれることは私は間違いないというふうに思っているんですね。今はまだちょっとそこまで行っていないということではないかと思います。
 そして、この制度がいよいよ本当に動き出すということになりますと、その時代をちょっと想定しますと、多分、テレビの番組なんかで裁判員になったことを前提としたような裁判の番組なんて一杯出てくるんじゃないかというような気がしますし、裁判員の裁判になりますと法廷が活性化しますから法廷ドラマも一杯出てくるんじゃないか。今の日本の裁判はあれ、ドラマになりませんので、面白くも何ともないから。しかし、本当に法廷でやり取りが、生き生きとしたやり取りが行われるようになればドラマも一杯作られるという、そういうことがお互いに相乗効果として関心を高めていくのかなという感じがしています。
#44
○井上哲士君 是非、制度設計の段階でのこの関心を高めるという点で、是非お力をお願いをしたいと思います。
 次に、裁判員制度について佐藤参考人と四宮参考人にお伺いをいたします。
 検討状況を聞いておりますと、来春からいわゆる第二クールの議論に入って、四月ぐらいから法案化作業に入っていくというようなことをお聞きをいたしました。ヒアリングは一度行われたようでありますが、その対象は法曹三者と警察、経済界、労働界、被害者関係の有識者ということになっておりまして、必ずしも一般市民の声を広く聞いたとは言い難いんではないかと私は思うんです。今のところ、二度目のヒアリングは予定もされていないようですし、市民団体などが求めている地方公聴会なども予定をされていないとお聞きをしているんです。
 ただ、審議会意見書は、この制度が機能するためには、国民の積極的な支持と協力が必要になるので、制度設計の段階から、国民に対して十分な情報を提供し、その意見に十分耳を傾ける必要があると、こう言っているわけですね。といいますと、今のやはり現状というのは少しこの意見書が示した方向からは私は懸け離れているんではないかなと思いまして、せっかくできた制度が十分に機能していくんだろうかという危惧も感じております。
 その点で、現状とこうすべきだという点でそれぞれに御意見を伺いたいと思います。
#45
○参考人(佐藤幸治君) 御指摘のように、あの意見書の百二ページ、百三ページにおいて制度設計の段階、それから実施するに当たって、それから実施後もこの国民の強い関心と参加の下でこれをやっていかなければいけないということを強調しているところです。
 率直に申しまして、今の検討会は、今までの検討会は、今回、三本法案が掛かっておりますけれども、まず法科大学院、養成の方に、まず法曹養成検討会ですね、そこのところに非常に力点があって、そこで重点的に行われて今回、三法案ができたわけですが、提出されたわけですけれども、これからいよいよ国民参加のこの問題が非常に重要な課題として登場してくる。そして、それによってまた国民の関心を司法制度改革に持っていただく、そういう重要なきっかけになると思っております。
 ですから、今のヒアリングのやり方なども含めまして、顧問会議としても国民の様々な意見が十分反映されるように、関心を引き付けるように、そういうやり方でやっていただきたいということを、これから顧問会議としても検討会に、あるいは推進本部に注文していきたいというように考えております。
#46
○参考人(四宮啓君) 井上先生御指摘のとおりで、私も、先ほど申し上げましたように、国民の声を具体的にどのように確実に反映させていくかということは非常に重要だと思います。ヒアリング、この間行われまして、その意味では参加する国民の側としますと、経済界の代表の方と労働組合の代表の方ということになってしまうのかもしれません。その意味で、私個人としては多くの国民の声を今後とも吸収することを検討会としても努力していってほしいと思います。
 本当は公聴会も司法制度改革審議会のときには全国四か所で大変実りある公聴会をなさったわけで、特に、国民が直接参加をし、ある意味では国民が直接義務を負う制度については、直接国民の声を聞く機会をなるべく多く設けることが私も望ましいと思います。弁護士会が全国八か所でこの問題に関する民間の公聴会をいたしましたけれども、その中でもやはりいろいろな希望が具体的に出てきております。なるべくならばそういった機会をこれからも、また今度年が改まりますと具体的な制度設計の議論が始まりますので、一層の民意の反映ということを心掛けていきたいというふうに思います。
#47
○井上哲士君 佐藤参考人にお聞きいたしますが、先ほどの「論座」の中でも、裁判官の増員とか法科大学院の発展のためにも一番大事なのは財政的な裏付けだというふうに述べられております。本委員会でも附帯決議も付けて強調したことでありますけれども、例えば法科大学院などに本当に経済的事情の悪い方でも進むことができるんだろうかとか、それからその後に、司法修習生の給費制すら維持するのかどうかという検討の声も上がっている状況がありますけれども、本当に今一番大事なと指摘をされた今の財政的な裏付けという点で、先ほど四宮参考人からも御意見ありましたけれども、現状をどうお考えで、どの程度の更に裏付けが必要かと。この辺いかがでしょうか。
#48
○参考人(佐藤幸治君) 学費とかもろもろの点について、今の若いといいますか、これからロースクールへ入ろうとする人たちが非常に強い関心を持っているということはいろんなところで感じております。
 幸い、今回のこの法案の中で、養成について必要な、法科大学院の関連ですが、必要な法令上及び財政上の措置を講ずるとありますが、そういう文言が入っておりますので私自身は非常に勇気付けられている次第です。これは、いずれこれから裁判官の増員だとか検察官の増員だとかいろいろなものに関係してくる事柄だと思っておりますので、これが一つの重要な取っ掛かりとなって、司法制度改革を進める上についての必要な財政的な措置が講じられていくということを非常に心から期待しております。
 司法修習の給費制の問題につきましては、これはやや、ちょっといろんな考え方がございまして、なおいろいろ考えるべきことがあろうかと思いますけれども、法科大学院の養成、それから裁判官、検察官等のあれにつきましては、是非これから引き続き財政的な問題について先生方に御高配いただきたいというように切に願っている次第です。
#49
○井上哲士君 もう一点、佐藤先生にお聞きをいたします。
 先ほど来、裁判の迅速化の法案のことが議論になっているわけですが、迅速化は重要でありますけれども、裁判官や事務官の増員であるとか法廷自身を増やしていくとか、そういうことの当然、条件整備が前提になろうかと思うんですが、その整備とこの法案との関係というのはどういうふうにお考えになっているんでしょうか。
#50
○参考人(佐藤幸治君) 一体的に考えております。いずれそういう制度的な基盤が整えられていくということは当然の前提です。七月五日に決めましたペーパーでも書いておりますけれども、長くとも二年以内に判決がなされるように必要な人的それから制度的な基盤について全体的にきちっと考えていくべきであるということを強調しておりますので、それは一体的なものとして私の頭の中にはあります。
#51
○井上哲士君 終わります。
#52
○平野貞夫君 国会改革連絡会の平野でございます。
 佐藤先生には数度にわたって御意見をお聞かせ、お教えいただいておりまして感謝しておりますが、最初にお尋ねしたいのは、審議会の委員長としても活躍されて、今回また顧問会議の座長としても就任されているわけでございますが、この審議会の意見書を推進本部でそれぞれに法律化、実現をしておるわけですが、現在のところの進捗状況といいますか、あるいはどういうところにもうちょっと力を入れるべきだとか、そういう評価をして、評価と言うとちょっとオーバーになりますけれども、感想でも結構でございますが、それをお聞かせいただきたいと思います。
#53
○参考人(佐藤幸治君) 率直に申しまして、おかげさまで比較的順調に進んできているというように考えております。今回、この国会に三法案を出していただいて、そして優先的といいますか、真剣に取り組もうということになっていることには本当に心から有り難く思っています。
 これが第一歩、大きな一歩でありまして、これが具体化することによって次の大事な、先ほど来出ている裁判員制度もその一番大きな一つのテーマですけれども、これにまた本格的に力を入れられるというように考えております。
#54
○平野貞夫君 そこで、何かおさらいのようになるんですが、この法科大学院制度というののねらいでございますが、今日もお話がありましたんですけれども、私たちが審議会の法案を審議するときにも、一つはやっぱり法曹人口の増員ということと、これは社会的な要請があるわけですが、もう一つ、法曹人の質的向上というのがあったと思いますが、この部屋には弁護士さんやられた方がたくさんいられるんですが、その人たちの前でそういう質問をするのは甚だ大変申し訳ないんですが、現時点で、法曹人の質という意味でどういうところに問題があるとお考えでしょうか。
#55
○参考人(佐藤幸治君) いや、もうこれは非常に答えにくいところでございますけれども、一つ指摘しておきたいのは、ここにいらっしゃる先生方が教育を受けられたころと、今はもう大学進学率が五割に達しておって、その状況との違いを是非御理解賜りたいと思います。
 その五%、一〇%ぐらいしか大学に進学しなかった時代のそのころは、例えば高等学校といったら文字どおり高等学校で、その時代に、トルストイとかドストエフスキーなんて高等学校時代に読んだ人が多かったと思うんですけれども、もう五割ということになりますと大分事情が変わってきておりまして、何といいますか、大学の学部時代というのは、むしろやっぱり自己発見、それまで入試で一生懸命になっているわけですから、一つの踊り場みたいになって、そこで自己発見と学問の面白さというものを触れていただいて、そしてその中で自分は法曹として生きようと、そういう人が自覚的に法科大学に入ってきていただいて、その代わり徹底的にしごくと、そういう仕組みにしたいというように考えております。
 ですから、今の先生方はもう私は心から尊敬申し上げておりますので。
#56
○平野貞夫君 よく分かりました。余計なことを言いまして、余計なことを言ったついでにもう一つ余計なことを言いたいと思うんですが。
 先生が和辻哲郎先生のお話を引き合いに出して、日本人の秩序意識といいますか法意識といいますか、これに対するお話があったんですが、私は、日本人というのは昭和五十年の中ごろから、いわゆる一九八〇年代から駄目になったと思っているんです。そのことについては答弁求めませんけれども。
 失われた十年というのは、実は失われた二十年でして、これは政治も経済も教育も、あらゆるものが八〇年代からおかしくなっていると思います。その理由は、和辻先生のおっしゃるとおりだと思うんですけれども、しかしそのころまでは日本人は、明治、大正、昭和という激しい歴史の中でそれなりに日本人としての思想といいますか根っこというものをやっぱり義務教育時代からたたき込まれていて、その時代、一九八〇年代までの指導者はそれによって政治をやり、経済をやり、裁判をやり、司法をやっていたと思うんですよ。私は、その論拠というのは論語を中心とする儒学であったと思うんです。そういうことを学んでいない人たちが社会の指導者になってから何もかもおかしくなったというふうな論を持っております。
 ですから、その法科大学院制度も、実は法科大学で先生の理想を実現するということも大事なことなんですが、実は法科大学院までの義務教育の教育というのが大事で、何も私は明治時代の教育勅語を復活せよとは言いませんが、少なくとも二十一世紀に似合う、見合う、儒学の再生のような、デモクラシーといったって、これは西洋人のDNAがなきゃ分かりませんからね。東洋人のDNAというのは、やっぱり日本人が作るデモクラシーだと思うんですよ。そういう義務教育からのものをきちっとやらなきゃ、先生のなかなか理想は実現しないと思うんですが。
 そこで質問なんですが、これは私の意見でして、顧問会議で、やっぱり司法は人なりですよ。ですから、義務教育からのそういう人格教育というものを徹底させるように総理大臣に御提言するように私は要望するわけでございますが、その点は質問になっていると思いますのでお答えいただきたいと思いますが。
#57
○参考人(佐藤幸治君) ただいまの御指摘ですけれども、実は私の三年上の同僚でありました高坂正堯さんが一九七五年に中央公論に「通商国家日本の運命」という論文をお書きになりまして、当時ちょっと景気が悪くなっておったと思いますが、まだ高度経済成長は可能だろう、けれども、ここで立ち止まって、私の言葉で言えば、社会的、政治的基盤整備に取り組むべきだ、辛抱すべきときだということをおっしゃっておられました。その後間もなく、御承知のようにバブル経済にむしろ突入していったわけであります。本当はあの時点で、教育も含めて基盤整備に本格的に我々取り組むべき時期だったのかもしれません。ですから、時期後れということもありますけれども、ただ、ここまで来ているわけですから、本格的に教育も含めて体制の立て直しを考える必要があるというように私は思っております。
 論語の話になりますと、これを議論し出したらなかなか難しゅうございまして、今、正に中央教育審議会で、初等中等教育を含めてどうするかという議論がございますけれども、私自身は、日本国憲法の掲げている個人の尊重ということと国民主権というのは立派に日本人として自分のものにできる事柄であるし、しなければならない事柄だと。問題は、それを国民に根付いてもらうようにいかに仕組みを作っていくか。司法改革の、さっきから出ています裁判員制度というのはその重要な一つの取っ掛かりになるのではないか。その他もろもろございますけれども、そういうように考えております。答えになっているかどうか分かりませんけれども。
#58
○平野貞夫君 そこで、問題は裁判員という制度でございますが、お二人の、四宮先生、若林先生からのお話もよく分かりまして、私も裁判員制度というのは大事だと思います。
 御趣旨はよく分かりますが、なら、余計、国民全体の人格教育というものが広く行われることが一つの条件だと思うんです。やっぱり情報化社会のマスデモクラシーといいますか、非常にテレビなんかに影響される浮ついた最近の日本人の言動を見ますと、なかなか理想的にいけるかどうか。私、賛成ですけれども、若干いろいろ議論して、また制度化に考えなきゃいかぬことがあると思うんですが、裁判員制度を成功させるためには、やっぱり義務教育のときからの人格教育、これが先行すべきじゃないかという意見を持っていますが、四宮先生、若林参考人の御意見をお聞きしたいんですが。
#59
○参考人(四宮啓君) 私、小学校時代からの人格教育は必要だということはそのとおりだと思います。
 問題はその人格教育の中身と申しますか、つまり裁判員としての責務を担う国民とその人格教育との関係なんですけれども、私自身は、例えば司法に対する理解とか裁判員という仕事の理解を小学校時代から教育を受けていくということは重要だと思います。ただ、じゃそういう教育を受ければ裁判員としてふさわしい人間がつくられていくかというと、なかなか人間というのは厄介なものでございまして、必ずしもそうではないと思うんですね。
 そのいい例はアメリカです。アメリカは御案内のとおりもう建国前から陪審を取り入れておりましたし、現在でも小学校からの教育が行われております。では、アメリカの人たちがもう喜んで陪審員になるのかというと、実はそうではないわけですね。大変にやはり忙しい生活をしている人たちですので、免除されると大変みんな喜んで法廷から帰っていきます。ところが、選ばれて裁判官から任務の重要性を教えられ、実際に審理を聞き、評議をし、一つの全員一致の正義に到達した後に彼らは変わっていくわけですね。私はたくさんの陪審裁判を見て、必ずその後に陪審員たちにインタビューを心掛けてまいりました。そうすると、最初は嫌で嫌でたまらないという人たちが、終わった後に、いや非常にいい経験だった、私たちはその当事者だけではなくコミュニティーに、つまり社会に責任を負っているということがよく分かったというふうになるんですね。
 ですから、これは先生おっしゃる点で鶏と卵のような関係かもしれませんが、必ずしも候補者としてふさわしい人間を教育でつくるということはなかなか難しゅうございまして、むしろ実際に担ってもらうことが、若林参考人がさっきおっしゃった、非常にすばらしい公共教育になるというふうに思います。
#60
○参考人(若林誠一君) きちっとした教育をして人格を形成した国民が多数になったときに初めてやるということになりますと、いつになったらできるんだろうかと、こういう気がいたします。正にこれは、そういう制度を作るということが教育的効果というふうに最初に申し上げたのは、それは表裏一体になっているという関係にあるというふうに思っているのが一つです。
 それともう一つは、私は、庶民というか普通の市民というのは物すごくしたたかで、しっかりしているというふうに私は思うんですね。ここ最近、犯罪の被害者の方たちが声を上げるようになりました。拉致被害者の家族の方たちもそうですし、また例えば片山さんといった、子供さんを交通事故で亡くされた方も声を上げている。それが一つの政治を動かし、法律を作り、あるいは外交まで動かすという力になっていっているわけです。一市民、普通の国民が自分の問題としてその問題を考えたら物すごい力を発揮するということなんですね。専門家というのはややもすると、国民というのはばかだから、だからおれたちに任せておけというふうに発想しますけれども、はるかに豊かな感受性も持っていますし、問題の真実を見極める力があると思うんです。裁判員というふうになりますと、やっぱり人一人の人生を左右するという場面に直面するわけですから、そこでいい加減なメディアに流されたような判断をするかというと、私は決してそんなことはないというふうに、それは確信しています。
#61
○平野貞夫君 よく分かりました。
 裁判員制度の導入と発展には私はもろ手を挙げて賛成しますが、裁判員という言葉にちょっと私、引っ掛かりがあるんですよ。裁判官と裁判員で、何かイメージとして裁判員の方が下のような、それから裁判員という言葉は既にありまして、裁判官弾劾裁判所が裁判員というんですよ、裁判官を裁く人が裁判員ですからね。これはもうちょっと国民に分かりやすい、いい言葉をひとつ作られることを提言いたしまして、終わります。
#62
○福島瑞穂君 社民党の福島瑞穂です。今日は本当にありがとうございます。
 裁判員の制度の導入にはもちろん大賛成で、おっしゃったとおり、大変参考になる意見を言っていただいたと思います。
 ところで、裁判員の制度の導入のためには、前提条件として、全面的事前証拠開示と捜査の可視化が必要であると考えます。
 といいますのは、かつての多くの冤罪事件は、弁護人が長期に時間を掛けてずっと尋問をし、自白の任意性に問題があるのではないかということなどを丁寧に時間を掛けて法廷で明らかにし、それによってようやく、やっとやっとやっと、あの時間を掛けて無罪になるということがあります。ですから、集中審理になったときに果たしてそのことが可能だろうか。証拠開示も、例えば、ある捜査官がある捜査資料があることを法廷で述べる、弁護人の側はでは次回までにその証拠開示をお願いしたいと言い、そこで証拠開示がされる。あるいは、何かのきっかけである資料があることが分かり、その証拠開示をした結果、無罪となるということはあります。しかし、迅速な裁判になりますと、その証拠開示をじゃ次回と言っても間に合わないということもあり得ます。また、捜査の可視化も必要で、代用監獄の問題点や自白の強要などについて果たして裁判員の集中審議でできるかどうかということなども考えます。
 ですから、裁判員制度の導入の前提条件、必要条件として、捜査の可視化、捜査の録音化、イギリスなどでやっていること、それから全面的事前証拠開示がなければ実に危険な、もしかすると迅速な有罪判決、冤罪がなかなかそこで明らかにできないということも制度上あるのではないかというふうに考えます。
 この点について、四宮参考人、いかがでしょうか。
#63
○参考人(四宮啓君) 今、福島先生がおっしゃるように、裁判員制度になることによって大きくいろいろな手続が変わってまいりますし、また変わらなければならないと。これは、先ほど佐藤参考人からもお話がありましたように、それは正にいろいろな人的、制度的な基盤の整備と一体のものだという理解であります。
 意見書も、裁判員制度を他方で導入を提言しつつ、証拠開示の拡充ということを言っておりますし、取調べの可視化についても、なかなか録音、録画までは合意に至りませんでしたけれども、取調べごとに記録を義務付けるというところまでは合意がなされております。
 私自身も、集中した、充実した審理が行われるために事前に証拠が十分に開示されるということは、私自身も、また意見書の趣旨もそうだと思いますが、不可欠であろうと思います。この点も今、裁判員制度・刑事検討会で恐らく次回、今月、今月正にその証拠開示が議論されると思いますけれども、今までとは違ったルール作りが行われると期待をしております。
 それから、その捜査の可視化は、私自身も、刑事弁護人としての経験から申しますと、捜査が可視化されなかったことによる問題点、事件における争点、それが公判に入ってから大変長引いて裁判そのものを長くしているという実態があると思います。
 先ほど、今、福島先生からも御指摘があったとおり、イギリスでは一九八四年から取調べの録音を義務付けました。これには、当初一番反対していたのはやはり警察でありましたけれども、今一番賛成しているのは警察だそうであります。つまり、取調べが客観的に後で検証できることによって、取調べの適正、適法ということが容易にチェックできるわけですね。私自身も、意見書はそこまでは行きませんでしたけれども、いずれそうなることが捜査を担当される皆さんのプラスにもなると思っております。
 余談を申しますと、弁護士会でイギリスにこの録音システムを調査に行ったところ、録音の機械が全部ソニー製で、どうしてお国ではやっていないのですかと聞かれたという。これは余談ですけれども、正にその充実した連日的な裁判員による裁判を可能にするための前提条件がいろいろあるというふうに思います。
#64
○福島瑞穂君 どうもありがとうございます。証拠開示のルール化というよりも、全面的事前の証拠開示と捜査の可視化を是非よろしくお願いします。
 今日、余り出なかったんですが、敗訴者負担の問題なんですが、この点についての四宮参考人の御意見をお聞かせください。
#65
○参考人(四宮啓君) これはなかなか審議会の議論のときから大変難しい問題でありまして、審議会でも大変激しい議論の末、提言のような、意見書のような形で終わりました。
 敗訴者負担、これは、今日は最初から最後まで私個人としての意見でございますけれども、敗訴者負担制度というものが一律に導入されることの問題点はやはりあるように思います。ただ、この制度を一律に入れるべきだ、入れるべきでないという議論は、個々の裁判の特性といいますか、そういったものを無視した議論になりますので、私は意見書が言っているように、裁判を起こすことを萎縮させないように、もし入れることが結局は司法へのアクセスをもし強める場合がある、場面があるとすれば、それはむしろ国民のプラスになることであろうとは思うんです。
 その意味で、非常に何といいますか、緻密な分析的な制度設計、制度導入という議論がこれから必要になるだろうというふうに私は思っています。
#66
○福島瑞穂君 今日、ロースクールのことについてそれぞれおっしゃっていただいたんですが、ロースクールにすることには時代の流れかなと私自身も思うのですが、やはりちょっと二点思っていまして、司法試験は余りいい制度ではもしかしたらないかもしれませんが、国籍・性別・年齢・学歴差別がない数少ない試験で、その点は女性差別なども試験自体にはありませんから、これが大学院に行くということになると、学校の積み上げで大学院に行かなくちゃならず、今、不登校や高校中退の子供たちも多い中で意外と厳しい。要するに、ある種の社会の中で幾つになっても受けられる試験だったのが、大学院に行かなきゃというのは窮屈じゃないかと思うことが若干一点と、もう一点は、ロースクールが限りなく医学部のようになってしまうのではないかという懸念をちょっと持っています。国立大学はまあまあの学費だとしても、私立ですと二百万とか三百万などと言われています。そうしますと、ある程度お金がないとやはり大学院に行けないと。そうしますと、国立の医学部か私立の医学部、それぞれすごく難しいか物すごくお金が掛かる、こういうふうになりかねないかというふうにも思うのですが、ジャーナリストの立場から若林参考人、いかがでしょうか。
#67
○参考人(若林誠一君) 人生の復活戦というんでしょうか、敗者復活戦といったような意味でのそういうきっかけがあるというのは非常に貴重なチャンスだったというふうに思いますし、そのことをやはり否定できないと思うんですね。そういう意味でのバイパス論というのはあり得るんだろうというふうに思っています。
 それから、もう一点は、失礼……
#68
○福島瑞穂君 ロースクールが限りなく医学部のようになって、お金が掛かるんじゃないかと。
#69
○参考人(若林誠一君) 医学部化するおそれというのは、私も実は感じています。幾つかの意味で医学部化の懸念を持っています。
 一つは、大学の序列ができるという意味での医学部化。あるいは、場合によったら、こんなことはないんだろうと思いますけれども、多額の入学金によってそれほど成績の良くない学生を入れてしまうような意味での医学部化。そして、本当にきちっとした教育が行われていないところが数多く生まれてしまうのではないかといった意味での医学部化といった数々の懸念があることは間違いありません。
 確かに、今、法曹界というのは学歴というのは関係ないんですね。どこの大学出ているかというのは全く関係ない社会だったわけですけれども、これからは多分、いや東大出ていますよとか、京都ですよということが一つのステータスになっていくということは恐らく避けられないだろうという、そういう意味での医学部化的な、医学部的な現象が起きはしまいかという心配をしています。
 そこで非常に重要なのは、やはり第三者評価機関がいかにその質を担保していくかという、ここがしり抜けになってしまうと非常に悪い意味での医学部化現象が起きてしまうのではないか、そこを本当に危惧しております。
#70
○福島瑞穂君 裁判の迅速化ということで、二年以内にということは、裁判の迅速は憲法上の権利ですから重要だと思うのですが、ただ、大型裁判や刑事事件でも集団的な事件、あるいはセクシュアルハラスメントでも会社を相手にやったり、例えば公害裁判や、確かに二年ではとても終わらない全体構造を明らかにしなければならない事件も数多くありますし、国家賠償請求訴訟などもかなりやはり長期に時間を掛けてやらないと立証ができないということもあります。
 その二年ということについては非常に疑問というか大変ではないかと思うのですが、その点についての佐藤参考人の意見をお聞かせください。
#71
○参考人(佐藤幸治君) この点は、ある種の発想の転換ではないかという気がいたします。さっきも、最初申し上げたことですけれども、本当は迅速な裁判というのは充実した裁判であるはずであり、充実した裁判は当然迅速な裁判であるはずと。そのためには、証拠開示とかそういうものについて制度的な、ディスカバリーやその問題については審議会の意見では十分は踏み込めませんでした。ですから、その辺も含めて、それから刑事の場合であれば、さっき出た証拠開示の問題もあります。そういう問題全体をトータルに発想を変えようじゃないか。二年で、充実と迅速というのは一緒のことじゃないかと。
 これは例を出して大変申し訳ないんですけれども、例えば法制審議会というのは、これはちょっと具合が悪いのかもしれませんが、従来は非常に長うございました。けれども、これは皆さんの御意見、いろんなきっかけがありましたし、それから行政改革会議で審議会の在り方について相当厳しい注文を出しました。御承知のように、現在は法制審議会の議論は非常に速くなっております。それは決して充実してないということはないと思うんです。むしろ、充実、迅速になっているというように私は非常に高く評価しておりますが、この比喩が適切かどうかは問題ですけれども、さっき申し上げたように、ディスカバリーとか証拠開示ですね、そういうものをきちっとやることによって二年で迅速にやろうという観点から制度全体を見ようじゃないかということを提言申し上げているんです。
#72
○福島瑞穂君 おっしゃる意味はよく分かるのですが、例えば公害裁判など、例えばあるいは原告が千人以上、何千人という、三千人以上とかたくさんありますし、複雑な論点、例えば原子力発電所の国家賠償請求とか差止め請求の裁判など極めてたくさん、地震はどうか何はどうか、もう論点がたくさんある場合、あるいは数十人の刑事被告事件で公訴事実が複数ある場合もたくさんあります。そうしますと、なかなかこれは一律にはいかないというふうには思っているのですが、いかがでしょうか。
#73
○参考人(佐藤幸治君) その点は御指摘のとおりです。ですから、事前手続、さっきと関係しますが、事前手続を非常にきちっとやるということが必要ですし、それから物によってはやっぱり例外、二年以内といっても例外的な事象というのは認めざるを得ないと思います。それをどういうたぐいのものについてどう考えるかという問題がありますけれども、私、申し上げて、顧問会議として提言しているのは、原則として二年以内でやろうと、その観点から物を考えようと。しかし、例外はあり得るかもしらぬけれども、それはそれの個別的な事情によるものであって、それは正当化せざるを得ないものがあろうかと思いますけれども、基本はそういう方向で考えようということを申し上げているわけです。
#74
○福島瑞穂君 医療過誤訴訟などで、例えば鑑定人見付けることすらなかなか難しいこともありますので、是非、二年が、目標だけが余り独り歩きしないように、是非その点はよろしくお願いします。
 先ほどロースクールの話をしたんですが、私は、やはり何百万掛かる、二百万、三百万、四百万掛かるとかいうことで、やっぱりお金が掛かり過ぎる、やはりお金のない人は行けないんじゃないかという危惧もあるんですが、その点についての四宮参考人の意見をお聞かせください。
#75
○参考人(四宮啓君) 私も今、福島先生おっしゃったことと全く同感で、お金があるなしにかかわらず、ロースクールでプロセスとしての教育が受けられる仕組みにしなければいけないと思います。
 その意味で、奨学金ですとかあるいは夜間のロースクールですとか通信制のロースクールですとか、そういった配慮が、新しい正に多様な仕組みとそして経済的な十分な手当てというものが必要だと思います。
#76
○福島瑞穂君 時間ですので、終わります。
#77
○委員長(魚住裕一郎君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。当委員会を代表して厚く御礼申し上げます。(拍手)
 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後三時十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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