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2002/11/26 第155回国会 参議院 参議院会議録情報 第155回国会 法務委員会 第9号
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2002/11/26 第155回国会 参議院

参議院会議録情報 第155回国会 法務委員会 第9号

#1
第155回国会 法務委員会 第9号
平成十四年十一月二十六日(火曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         魚住裕一郎君
    理 事
                市川 一朗君
                服部三男雄君
                千葉 景子君
                荒木 清寛君
                井上 哲士君
    委 員
                岩井 國臣君
                柏村 武昭君
                陣内 孝雄君
                中川 義雄君
                野間  赳君
                江田 五月君
                鈴木  寛君
                角田 義一君
                浜四津敏子君
                平野 貞夫君
                福島 瑞穂君
                本岡 昭次君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        加藤 一宇君
   参考人
       日本弁護士連合
       会副会長     井元 義久君
       日本労働研究機
       構統括研究員   今田 幸子君
       早稲田大学法学
       部教授      須網 隆夫君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関
 する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律
 案(内閣提出、衆議院送付)
    ─────────────
#2
○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律案及び司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
 本日は、両案の審査のため、お手元に配付の名簿のとおり、三名の参考人から御意見を伺います。
 御出席いただいております参考人は、日本弁護士連合会副会長井元義久君、日本労働研究機構統括研究員今田幸子君及び早稲田大学法学部教授須網隆夫君でございます。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見をお聞かせいただきまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず井元参考人、今田参考人、須網参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し添えますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いしたいと存じます。
 なお、参考人の方の意見陳述及び答弁とも、着席のままで結構でございます。
 それでは、井元参考人からお願いいたします。井元参考人。
#3
○参考人(井元義久君) 日本弁護士連合会の法曹養成担当副会長の井元でございます。
 本日は、このような意見陳述の機会を与えてくださりましたことを深く感謝いたしております。
 早速でございますが、日弁連を代表いたしまして、本国会に上程されております法曹養成関連法案について、若干意見を述べさせていただきます。
 まず、法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度は、今回の司法制度改革の三本柱の一つであります司法制度を支える法曹の在り方、すなわち人的基盤の拡充を図るための制度として極めて重要な制度であるという具合に理解しております。司法制度改革審議会の意見書におきましても、制度を生かすもの、それは人であるという具合に言われております。この人を養成する機関が法科大学院であります。
 法科大学院にある法曹養成制度は更に三つの大変重要な意味を持っております。その一つは、今回の司法制度を支える質の高い二十一世紀の司法の担い手を養成するということでございます。二つ目は、各方面に指摘されておりますが、法曹人口不足を解消し、さらに法曹、特に弁護士が大都市に集中していることによって生じている司法過疎の問題を間接的に解消するということでございます。三つ目は、法曹養成の枠を超えた、我が国の高等教育改革の試金石となるということでございます。
 日弁連は早くから法科大学院設立に積極的に取り組み、かつ数々の意見表明を行ってまいりました。今回上程されております法曹養成に関する法案の内容は、これまで日弁連が取り組んできた成果や、あるいは意見が相当程度反映されているという具合に考えておりまして、その意味では基本的には評価しております。
 しかしながら、本法案が目指す新しい法曹養成制度が真に価値あるものとしてスタートするには、幾つかの前提条件の整備あるいは確認が必要でございます。これまでの審議会の経過を拝聴しておりまして、日弁連が特に重要と感じた点、そして、関係省庁にはいろいろと御事情がおありとは思いますが、この国の形をつくる司法を担う新しい法曹の養成制度の重要性を再確認していただき、さらに、真剣かつ具体的に検討していただきたいという点について意見を述べさせていただきます。
 まず、法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律案について申し上げます。以下、これを法科大学院法という具合に略称して申し上げたいと思います。
 本法律案では、法科大学院を法曹養成のための中核的機関という具合に位置付けております。これは、新司法試験に合格し、現状の言わば点による選抜の法曹養成が、二十一世紀の司法を支えるにふさわしい資質と能力を備えた法曹養成制度として必ずしも適切でないと、このような観点から、二十一世紀の司法を担う法曹をプロセスにより養成すること、言い換えれば法科大学院での法曹養成制度が本筋であることを明らかにしたものでありまして、極めて重要な規定であると考えております。
 この点については、衆議院、参議院の質疑におきまして、司法制度改革推進本部や法務省からは、予備試験の具体的な運用のイメージについて明確な答弁をいただいておりません。しかし、法科大学院での法曹養成が本筋であるということにつきましては、再三にわたり、これを確認する答弁をちょうだいいたしております。
 予備試験は、司法制度改革審議会意見書が述べておりますとおりに、経済的事情や、あるいは実社会で十分な経験を積んでいるなどの理由によって、法科大学院を経由しない者にも法曹資格を取得する道を確保するために導入されたものでございます。日弁連は、予備試験がこうした当初の趣旨を逸脱したものにならないよう、そして法科大学院が法曹養成のための中核的機関であるとの理念が絵にかいたもちにならないように、その運用に十分配慮されるよう強く要望するとともに、厳しくその運用を見守っていきたいと考えております。
 また、法科大学院法の附則で、施行後十年を経過した場合において、法科大学院における教育等の状況を勘案し、検討を加え、その結果に基づき所要の措置を講ずるという具合に明記されております。したがいまして、適切な時期に予備試験の受験資格を限定するなど、見直しを検討する必要があるという具合に考えております。
 財政措置について申し上げたいと思います。
 法科大学院法には、法曹養成のための施策を実施するために必要な財政的措置を取るべきことが政府の責務という具合に明記されております。新しい制度を円滑に運用し、かつ充実したものにするためには財政的措置が是非とも必要でございます。したがって、この規定は極めて重要な規定であると考えております。
 財政的措置は、三つの点について必要でございます。
 まず一つは、法科大学院に対する財政的支援でございます。現在、法科大学院の授業料は、私立の場合、大学院生一人当たり年間二百万前後と言われております。そして、法科大学院修了までの負担は、この間の生活費等を加えますと約一千万程度という具合に言われております。私たちは、富裕な者しか法科大学院を履修できない事態を是非とも回避したいという具合に考えております。そのためには、まず各法科大学院の授業料の高額化を回避するために、各法科大学院に対する財政的支援が十分になされるべきであると思います。
 次に、法科大学院に対する財政的支援は、教育機会均等を確保するとともに司法過疎を解消し、地方に根付いた法曹を養成するために、法科大学院の全国適正配置の実現という観点からも極めて重要でございます。
 二つ目は、法科大学院生に対する財政支援であります。法曹を志す優秀な人材が、経済的事情により法科大学院の入学を断念せざるを得ない状況を作り出しては決してならないものと考えます。法科大学院に対する十分な財政支援は絶対に必要であります。その方策として、まず既存の育英会等の奨学金制度を拡充すべきであります。現在、有利子貸与である日本育英会による「きぼう21」の貸出し上限は大学院で月額十三万円という具合に聞いています。貸出し上限が現在のままですと法科大学院生の学費部分には届きません。育英会の貸出し限度額の拡大とともに、不足分については国民生活金融公庫の教育ローンの貸出し限度を拡充し、さらには民間の教育ローンを最大限活用できる仕組みを作って対応すべきであります。
 二〇〇四年四月には法科大学院が開校されます。法科大学院の受験志望者は、来年早々にはその受験準備に掛かる必要があります。したがって、法科大学院の受験志望者が安心して受験準備に取り掛かれるよう、早急に検討を始めていただき、一日も早く法科大学院受験者・志望者に具体的制度を示していただきたいと考えております。
 三つ目は、第三者評価機関に対する財政的支援でございます。
 法科大学院の第三者評価の問題につきましては、複数で、かつ民間の評価機関が認められたことになった点については、日弁連としてはこれを評価しております。しかし、民間機関が現実に第三者評価事業に参入し、民間活力によってこのシステムを発展させていくためには、公的機関との間に真に公正、公平な競争が実現されることが大前提であります。
 現在、第三者評価機関として、公的機関である大学評価・学位授与機構がこれを担うと言われております。そして、文部科学省は、大学評価・学位授与機構の評価事業を独立採算とすれば不公正な競争条件にならないと答弁されているようでございます。
 しかし、第三者評価事業には、そもそも評価方法等の調査研究が不可欠であります。例えば、大学評価・学位授与機構は多額の予算を得て、実際の評価部門のほか調査研究部門を備えております。民間の第三者評価機関が発展する条件といたしましては、このような調査研究に掛かる経費の点も考慮する必要があります。この点を十分御認識いただきまして、民間の第三者評価機関に対する財政的措置を積極的に講じるべきであると考えております。
 財政支援に関する今国会での質疑を拝聴いたしておりますと、関係省庁からは必ずしも具体的な答弁をちょうだいしておりません。しかし、この問題が新しい法曹養成制度の立ち上げにとって極めて重要であるとの十分な御認識をお持ちであることがうかがえます。したがいまして、日弁連としては、これが必ず実現されるものと期待しております。
 なお、この点につきましては、配付資料の中に日弁連の会長声明がございますので、御高覧いただければ幸いでございます。
 次に、新司法試験の在り方について意見を申し上げます。
 新司法試験の在り方につきましては、日弁連は、法科大学院で厳格な成績評価と修了認定が行われることを前提として、法科大学院での学習を適切に履修したか否かを確認する程度の試験とすべきであるという具合に主張してまいりました。しかし、この運用いかんによっては現行司法試験同様に極めて厳しい試験となって、法科大学院が司法試験の予備校化してしまうおそれがあります。このようになってしまいますと、せっかく新しい法曹養成制度を作ろうとしている目的が損なわれてしまいますので、このようなことにならないように十分な御配慮をちょうだいいたしたいという具合に考えております。
 日弁連は、新しい法曹養成機関である法科大学院での教育が充実したものとなり、前に述べたような役割を十分果たせるような種々の取組を行ってまいりまして、現在も更にこれを行っております。日弁連のこれまで、そして今後の取組を御参考までに資料として配付してございますので、御高覧いただければ幸いでございます。
 以上でございます。
#4
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、今田参考人にお願いいたします。今田参考人。
#5
○参考人(今田幸子君) 今田でございます。本日は、このような場で意見を述べる機会を与えていただいたことを大変光栄に思っております。
 私は、私の専門は社会学でして、これまで産業社会学とか教育社会学というものを基礎に、職業移動とキャリアに関する研究とか、勤労者生活に関する研究とか、女性の労働等を研究してまいりました。また、本年一月から司法制度改革推進本部の法曹養成検討会の委員として、新しい法曹養成制度に関する検討にも参加しております。我が国のこれからの、今後の社会におけるキャリア構造の変化という、そういう観点からこの議論に参加させていただいておりまして、いろいろ興味深い勉強をさせていただいているというところです。
 今回の議論の対象になっています問題は、我が国における法曹人材の養成、キャリア形成をどのようにするのかという、そういう問題でありまして、従来の司法試験という点の選抜から、プロセスとしての養成への転換というふうに理解しております。そして、重要な点としましては、法科大学院というものを中核的な教育機関として位置付け、法科大学院における教育をコアにしながら、司法試験と司法研修というものをつなげていくという、プロセスとしての養成制度への転換というふうに理解しております。
 そういう今回の改革議論に参加した者として、この改革について私自身の考えておりますことを若干述べさせていただきたいと思います。
 まず、第一ですが、今回の改革というものでは、その中核ともいうべき法科大学院の教育内容をいかに充実させるかということが最大の問題ではないか、絶対条件になるのではないかと考えております。そのための教育内容の充実というものをいかに担保するのかということが重要課題であります。
 これまでの我が国の教育システムというのは、入学試験ということで入口の選抜に厳しい力点を注いできて、いったん入学してしまえば、その後の教育期間、教育のプロセスにおいてはそれほど厳しい課題を課すわけではなく、その後、次の段階へ進学するときにまた再び入学試験という厳しいチェックが掛かって選抜されるという、そういうシステムであるということが特徴として言えるかと思います。つまり、教育というのは選抜と育成というものが両面で機能していくものなんですが、どちらかというと選抜に重点が置かれているということが特徴であったと言い換えることができます。
 そうすると、我が国のキャリアシステムにおいて重要になることは、それぞれの学校の中での成績評価というよりも、次の段階へ進む入学試験や司法試験とかいった、そういう試験への受験勉強というものに重点を置くようなものになってきたということがこれまで指摘されてきました。問題点としても指摘されたことです。そういうことからいいますと、従来の日本型エリートというのは、このような入口での選抜を何段階も重ねて養成されてきたという、そういうふうに言うことができます。
 そこで、私が懸念しておりますのは、この法科大学院というものの構想の中で、法科大学院の自主性というものも極めて重要な点ではありますが、法曹養成のための教育というものを法科大学院の自主性のみにゆだねるだけでは、結果として司法試験というまた選抜に依拠するという、そういう弊害が繰り返されるのではないかと。司法試験に合格さえすればよいのではないかという従来型のそうした特性というようなものを引きずらないようにすること、そうでないと、法科大学院が司法試験への予備校化ということを招くのではないかと懸念されるわけです。
 そのためには、今回の制度では法科大学院について第三者評価、適格認定というものが実施されるということになっていますけれども、従来からの弊害を繰り返さないためにも、法科大学院の教育内容について厳しい厳格な評価というものが実施されるということが不可欠であるというふうに思います。法科大学院生が、法科大学院の卒業生が司法試験への合格戦争に邁進するというのではなくて、きちっとした厳格な第三者評価に基づく教育内容に邁進できるようなそういう制度にする。そのためにも、法科大学院における教育内容の充実ということが最大の課題であるというふうに考えます。
 第二の点は、法曹養成制度の中に可能な限り随所に機会の平等という、機会均等、公平性というものを担保すべきであるという点です。
 点による選抜からプロセスによる養成への転換という今回の改革というものは、司法試験の受験の機会という面では、従来のすべてに開かれていた制度とは異なり、少なくとも法科大学院経由という、そこに集中するという、機会の面では限定的な制度への転換であるというふうに言えるわけです。もちろん、これまでの制度が開放的であり、すべてに開かれたといっても、それは形式的ではないかという批判ももちろんあるわけですが、仕組みとしてはそうした開かれた制度であったわけです。したがって、今回の改革においても、こうした機会の均等というものを可能な限り担保することが必要であるというふうに思われます。
 法科大学院の入学者選抜、この点からいいますと、法科大学院への入学の時点での選抜、それから修習認定、こうしたステージにおける機会の平等、均衡、公平性というものももちろん重要なことではありますが、法科大学院経由でない、法科大学院に行かない人たちにも機会を担保されるという、そういう法曹資格を取得するための機会が確保される制度設計というものが必要であると私は思います。
 今回の改正では予備試験制度というものが設けられていまして、この予備試験制度というものは、あらゆる、法科大学院経由をしなくても受験資格が得られ、受験機会が得られるというルートの担保ということの意味があるわけです。
 予備試験については、法科大学院との関係で予備試験ルートがかなり太いものになるんではないかという、そう心配される御意見があることも承知しておりますが、この問題は法科大学院の教育内容の充実いかんの問題であるというふうに考えます。当然、法科大学院、二年、三年という法科大学院での教育に同等するものが予備試験というものに期待されるものであるわけですから、予備試験の水準というものはかなり高いものになるということは当然のことだと思います。そういう意味で、二年、三年という教育によって丁寧に教育されたレベルは予備試験ルートというものに劣るというようなことは当然ないと思われますので、そういう意味で、法科大学院の教育を充実させる関係者の方の御努力というようなものによって、この懸念はそれほど深刻なものになるとは私には思えませんということです。
 この機会均等の問題との関連で申し上げますと、恐らくいろいろの評価というようなものもあるかと思いますが、法科大学院の経由という、法科大学院による養成制度というものが制度化されることによって、例えば女性の法曹人への機会拡大というようなものにつながるのではないかというふうに私は予想します。それは、その根拠は、法曹人への養成のプロセスが制度化されますと、これまでのような一発勝負というような不確定なことではなく、法曹人へのゴール及びそれへの養成の過程というようなものが可視的であり、予測可能になるという、そういう面があろうかと思います。不確かな挑戦に比べてある程度確定したそういう挑戦であることの効果というものは、男性にももちろんあると思いますが、より女性にとってそれは意味があるというふうに思います。
 というのは、もちろん司法試験というものは大変高いゴールである、アンビシャスな挑戦でもありますし、ということから、不確かなそういう挑戦というものは、女性においては、本人及びその周辺、親、周辺の人たち、そうした支援者においても非常にちゅうちょするものになるわけですから、こうした形で制度化されることによって、それへ向けてより積極的に女性がなるという、そういう効果が当然あると思いますし、第二点としては、育成プログラムの中においては、これまでの女子学生のいろんな優秀さというのも指摘されておるように、教育のプログラムの中で適切に学習を積み上げていくという意味においては、男性において女性が劣るとは決して思えないわけで、ここにおける女性のきちっとした達成というものが期待されるのではないかという、そういう二点から、この制度改革というものは女性の法曹進出への追い風になるものであるというふうに考えます。
 もちろん、これまでのそうした女性の法曹人育成という観点については、例えば家事をやりながらとかというような、家庭の主婦がそうしたものへチャレンジできるという、そういう面もあったわけで、そうしたこれまでのルートが狭いものになるという面もあろうかと思いますが、そうした女性にとっては、更にこうした改革によってメーンのルートへ挑戦するという、そういう方向へと転換できる、するべきであると、そういう意味でそうした人たちを十分救える制度になっているんではないかというふうに考えます。
 最後に、財政的な支援についてですけれども、プロセスによる法曹養成が制度化されることによって、当然、さきの参考人の御意見にもあったように、これは長いプロセスにおける長期間の経済的な負担というものがあるわけで、当然それによる経済的な下支え制度というものをきちっと作るべきで、さっき申しましたように、機会の均等という原則からいいましてもこれは最重要課題であるというふうに考えます。
 しかしながら、財政的ないろんな制約というようなものも当然ある御時世でありますから、法科大学院の全プロセスについて効果的な経済的な支援が、制度ができるように、これまでの財政的な支援をすべて総合的に問い直して、新しい制度、財政的な支援が可能なような制度設計というようなものを構想されていく、そのためにも積極的な財政支援というようなものの視点が重要であろうというふうに考えます。
 以上、私が法曹養成検討会というものの中で検討、議論をした結果として私がこの制度について考えたことについて述べさせていただきました。
 以上です。
#6
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、須網参考人にお願いいたします。須網参考人。
#7
○参考人(須網隆夫君) 早稲田大学の須網でございます。
 お手元に一枚レジュメが行き渡っているかと思いますが、これに沿ってお話しさせていただきます。
 最初に、法科大学院を含めた司法制度改革の問題についてこれまで発言してまいりまして、また所属大学における法科大学院の設立にも関与してきた者といたしまして、こういったような場で意見を述べる機会を与えていただいたことを大変に光栄に存じます。また、感謝申し上げます。
 私は、結論から申し上げますと、現在、意見を求められている二法案の制定に基本的に賛成であります。特に、この連携法案といいますか、法科大学院法案、これは法科大学院を法曹養成の中核的な教育機関であるというふうに位置付けているわけですけれども、これは正に正当な認識であるというふうに評価しております。
 やはり、法科大学院制度には幾つかの意義があると考えているわけです。
 まず、法科大学院の第一番目の意義というものは、法曹養成を大学が中心的に担う制度がこれによってできるということだろうと思います。
 一般的に申し上げて、諸外国の場合には、それが学部であるのか大学院であるのかということは別にいたしまして、法曹養成は大学が主に担っているというのが現状であろうと思います。しかし、日本では、例えば法学部卒業の学位と法曹資格自体がリンクしていない。そもそも、法学部卒業の学位と受験資格自体もリンクしていない。
 それと裏腹になりますが、法曹志望者以外の者がたくさん法学部に在学するということから、法学部の教育というものは法曹養成に焦点を絞っておりません。本委員会にも弁護士である先生方が大変多いと思いますので、もし違っていたら御訂正いただきたいと思いますけれども、現在の日本の法曹の多くは、法学部出身者であっても、大学のおかげで法曹になれたというふうには思っていないというのが現状なのではないかと思うんですね。
 しかし、日本で大学が法曹養成を担わなくてよいという、こういう結論を正当化することは、これはどう考えてもできないというふうに思うわけで、その意味で、この法科大学院制度の基本的なアイデア自体は正しいものであるというふうに思います。
 法曹養成をこれまで大学が中心的に担ってこなかった一つの結果として、いわゆる実務と理論の乖離という現象が生じております。法科大学院の二つ目の意義としては、大学が法曹養成を迫られることによってこの両者が否応なく架橋され、新しい実務、また新しい研究を発展させるという、そういう契機になることだろうというふうに思います。
 こうした実務と理論の乖離という結果、多少誇張して言えば、現在の日本では、理論に弱い実務家と、それから実務に関心の薄い研究、こういう両者が併存しているということが現状だというふうに思います。率直に申し上げて、研究者と実務家は全く別の人種だというふうに認識されて、現在でもそのことを前提とした議論が少なくありません。
 しかし、両者は私は本質的に異なるものだというふうには考えておりません。法科大学院ができることによって、実務を批判的に検証し、その改革を指向するといったような研究が発展する条件がやはり一つ整えられるだろう、こういうふうに思います。
 三つ目の意義は、教育制度全体へのインパクトですね。法科大学院の入学者選抜に当たっては、学部成績を含めて、社会経験など多様な要素を考慮していくということが現在予定されております。これは、先ほど今田参考人も述べられましたけれども、試験合格のみを重視して事実上編成されている現行の教育制度に非常な、その改革に好影響を与えるのではないかと思います。大学生が授業に出席しないというようなことはつとに指摘されてきましたけれども、この法科大学院の議論が始まってから、授業への出席率が改善しているような印象を持ちます。
 こういったような大学院、言わば高等教育の最後にある出口と言ってもいいかもしれませんけれども、そこが変わることによって、大学以下の、高校であったり、さらに中学、そういったような教育の在り方も変更を余儀なくされるという、そういう可能性はあるのではないでしょうか。
 こういったようことが法科大学院の意義だというふうに私は考えております。
 もっとも、以上のような立場から検討しますと、現行法案にも幾つか留意すべき点があるであろうというふうに思います。もう少し言い方を換えると、現行法案の中には、法科大学院の成長、発展と矛盾しかねないと思われる内容も含まれている、制度の運用に当たっては、それらの点に十分に留意すべきであろうというふうに思います。
 以下、それを一つずつ指摘していきたいというふうに思います。
 第一番目の点は、法務大臣と文部科学大臣の連携でございます。
 この連携法の内容を拝見しますと、一つの柱として、文部科学大臣から法務大臣への通知であるとか、また法務大臣から文部科学大臣への意見であるとか要求といったように、両者が連携することがいろいろ規定されています。これらの連携というのは、法務省が司法試験に責任を負うことから設けられた制度であるというふうに考えます。
 しかしながら、法務省は事実上、法曹三者の一つである検察庁と非常に密接な関係にあるわけですから、この連携の制度を通じて、法曹三者の中で特に検察庁だけが法科大学院に対して特別な影響力を行使できる可能性があるのではないでしょうか。もしそのような事態が生じれば、それは制度本来の趣旨とは異なるのではないかと思います。
 そもそも、法科大学院の質に対するコントロールというものは基本的には市場に任されるべきであって、各大学が創意工夫によって多様な内容を作り上げて、より良い法曹を生み出すことによって競争するということが保障される必要があると思います。ですから、設置基準についてもそうですけれども、そういったような競争できる自由を制限する規制というものはできるだけ少なく、最低限にとどめられるべきではないかというふうに思います。
 二つ目は、既に前の参考人の方たちも御指摘なさっておりますが、新司法試験の在り方です。
 法科大学院を卒業しても新司法試験に合格しなければ、これは学生としては全然意味がないわけです。
 例えば、法科大学院では知的財産権法であるとか国際人権法であるとか、こういったような様々な先端的な科目の教育を充実させまして、法科大学院を卒業した学生が、将来、専門家として成長していく基礎を確立しようというようなことを考えております。しかし、当然、新司法試験というのがあるわけですから、そんないろんなことをやっているような余裕があるのかと。やっぱり、自分の法科大学院の合格者の合格率が高いという、それが一番重要なのではないかという、そういうようなことを危惧する意見というのはこれは大学の中にも少なくありません。
 一方、法科大学院における教育が司法試験を受けるためだけの教育になってはいけないことは、これは恐らくどなたも異論のないところではないかというふうに思います。
 法科大学院が司法試験、新司法試験の予備校化していくことを避けるためには、やはり司法試験が資格試験であるということをはっきりと確認する必要があるだろうというふうに思います。これまでの司法試験が非常に厳しい競争試験であったことを考えますと、この資格試験化ということには違和感ももしかしたらあるかもしれませんけれども、これまでの司法試験というのは、言わばほんの一握りのエリートを選抜するための試験であっただろうと思います。
 しかし、法科大学院という法曹養成を目的とする教育機関が設置され、また法曹人口自体も大幅に増加するという、こういう二つの変化を考えれば、司法試験の意味というものは変化して、法律実務家としてのミニマムを確認するというものに変わるということを認識しておく必要があると思います。
 なお、新司法試験と現行司法試験の併存期間の時期というのが、これがあるわけですけれども、このときに現行司法試験の合格者を一体何人ぐらいに予定するのかというのも一つ重要なポイントではないかと思います。
 現行司法試験の合格者というのは二〇〇四年に千五百人程度に増加することになっておりますが、法科大学院が中核ということになるのであれば、新司法試験が開始される二〇〇六年以降は、この現行司法試験の千五百人という人数は着実に減少させていくべきではないかと思います。このことは、やはりそのときになって出願者数の動向を見ながら司法試験委員会で決めればいいというような問題ではなくて、やはり前にはっきり確認しておく必要があるだろうと思います。
 三つ目は予備試験でございまして、新司法試験とともに重要なのがこの予備試験の在り方です。
 経済的事情などによって法科大学院に通えない人に法曹となる道を確保するという必要があるということは、それはそうだろうというふうに思います。しかし、予備試験が法科大学院における教育を受けていない人に受験資格を認める以上、その予備試験の基本的なコンセプトというものがプロセスとしての法曹養成というコンセプトと本質的に矛盾する部分があるということは、やはりこれは否定できないんじゃないかというふうに思います。法科大学院卒業者と同等の能力を確認するんだというふうに申しましても、法科大学院の卒業者というのは法科大学院において非常に多様な教育を受けているわけですから、それをどのようにして一体、予備試験合格者が修得できるのかということは依然として判然としないわけです。
 そういうわけで、予備試験ルートというものは必要かもしれませんけれども、やはりあくまで位置付けとしては例外ということなのではないだろうかと思います。もし予備試験ルートによる合格者が相当数に上るような場合には、確かに法科大学院の成長を損なう危険というのはあると思います。連携法では法科大学院が中心であることが明らかにされていますが、司法試験法改正法案の予備試験規定についてもそのような趣旨に沿って解釈、運用される必要があると思います。
 四番目は国の責務でして、法科大学院の成功のためにはまず財政上の措置が講じなければならないと、こういうふうに連携法に規定されていることは高く評価したいというふうに思います。しかし、その内容はまだ少し明確ではない部分があります。法科大学院の場合には、学生には少なくとも学期中はアルバイトなどをする時間的、精神的余裕はないはずですし、またそれを与えてはいけないというふうにこちらでは考えております。ですから、授業料だけではなく生活費を援助できる制度が必要でして、その意味で現在の奨学金制度はなお不十分だと思います。
 また、国の責務の中で一点気になるのは、法曹である教員の確保のための必要な施策を講ずるという部分があります。これは連携法の三条三項ですね。この内容は必ずしも明確ではないのですが、もし現職の裁判官、検察官の教員としての派遣といったようなことを考えているのであれば、それは過渡的なものとしてのみ意味があるというふうに考えます。
 法科大学院というのは実務を伝達する場ではなくて、実務を学問的観点から批判的に検証して教育を行う場です。ですから、教員には、これは弁護士の出身の教員の場合もそうですけれども、本来的に研究者としての業績と大学人としてのアイデンティティーが求められます。単に現職の実務家が来ればよいとか、そういうわけではありません。将来的には、裁判官、検察官から大学教員に転身する者が増えることによってこういったような需要は充足されることになると思います。
 最後に、第三者評価ですけれども、これは、特定の機関だけがこれを担当するということはやはり好ましくなくて、複数の評価機関が確立して、各法科大学院が複数の評価を受ける体制が望ましいと思います。当然、評価機関ごとの評価というのは異なってもよいわけで、言わば一つの物差しではなくて複数の物差しによって測られることによって、より実態が明らかになると思います。
 この際、確かに複数の評価機関が成り立つ条件を整備する必要はあろうと思います。競争が機能するためには、実は規制の撤廃だけでは十分ではなくて、複数の当事者が市場に存在して競争を行うための条件というものをやはり整備する必要があります。例えば、ある当事者だけが市場支配的地位を持ったような場合には、これは事実上競争はやはり成立しないわけですから、そういった意味でこの条件整備ということを併せて考える必要があろうと思います。
 以上、いろいろ問題点も指摘させていただきました。その中には、いまだ存在していない法科大学院における教育に対する不安というものが原因になっているものもあると思いますし、大学の教育能力自体への不信といったようなものも実はあるのではないかというふうに思います。
 法科大学院は恐らく予備試験と競争しなければならないかもしれません。しかし、大学としては与えられた条件の中でとにかく最大限努力して充実した法科大学院教育を実現して、この法科大学院の出身者というものが質的に優越した法律家であるということをこの法曹三者を含む社会に対して示して、そのことによってそういう競争に打ち勝っていくしかないというふうに思いますし、それが大学の責任であると思います。今も多くの大学でそのための努力が続けられていることを述べさせていただいて、終わりにさせていただきます。
 どうもありがとうございました。
#8
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#9
○市川一朗君 自由民主党の市川一朗でございます。
 参考人の方々に、大変日にちが迫った突然のお願いでありましたけれども、それぞれお差し繰りいただきまして今日御参加いただきまして、また大変貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。
 幾つかの質問を同僚議員とともにさせていただきますが、私は自由民主党でございますので、いわゆる与党としてこの法案に賛成し、提案している側に立っているわけでございますが、しかしこの法案に至るまでの過程では党内でも大変いろんな議論がございました。
 基本的目標は、先生方のお話にもありましたが、二十一世紀の司法を支えるにふさわしい、質、量ともに豊かな法曹をどのようにして養成するかと、この問題意識についての基本的な差はないんですが、せんじ詰めて言いますと、現在の法曹の世界を見て、ちょっと司法試験が難し過ぎるんじゃないかと。こういう難しい試験に合格するための非常に努力というのは高く評価しなきゃなりませんが、そのプロセスで果たして実社会で、いわゆる司法の場で働くにはちょっといろいろ問題が生ずるのではないかと。今度の司法制度改革での基本的な問題意識もそういう問題意識だったと思うんでございます。
 いろんな議論の結果、こういう法科大学院という制度を設けることにいたしまして、一つの提案に至ったわけでございますが、全然別な意見というわけではないんでございますが、やはり司法試験が難し過ぎると。ちょうど外務省でもいろんな事件が起きておりますが、外交官試験もどうも語学中心過ぎるんじゃないかと。例がいいかどうか分かりませんが、一般職の国家公務員上級試験制度程度のレベルで試験を行って、そこでそれぞれの適性を見て選抜をし、あとは法曹教育の中でやっていく方が非常にいいのではないかと。特に、日本の場合は終身雇用制というのが、やはりいいか悪いかは別として、現実にずっと続いておりますので、何か余り難しくすると非常に特定な人しかそこに入ってこれなくなるというようなことで、いろんな意見がございました。
 今日、今田先生のお話にもそれに触れるようなお話がいろいろあったようにお聞きしたわけでございますが、これからこういう制度ができましても、司法試験制度をどういうふうにするのか、あるいはロースクール、法科大学院の入学条件をどうするのか、そしてその大学のカリキュラムをどうするのかという、制度ができた後の運用の問題でもこういった問題は続いてくる問題だと思います。
 したがいまして、少し基本的な問題になりますが、同僚議員の口火を切るという意味も含めまして、三人の先生方にそれぞれお答えいただきたいと思いますが、こういった今後の運用での司法試験の在り方、あるいは法科大学院の在り方も含めまして、余り難しい現在の司法試験制度、それから選抜の厳しさ、そして特化された法曹教育といったようなことはかなり大きな問題なのではないかという問題意識に対してどう思っておられるか。司法試験あるいは法科大学院の在り方について御提案的な、そういった問題に絞った内容につきましての御提案的な御意見がございましたら、それも併せてお伺いしたいと思います。
 余りごちゃごちゃ聞きませんので、どうぞ時間たっぷり使ってお答えいただきたいと思います。
#10
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 司法試験が大変難しい試験だということは、私も経験しておりますのでよく分かっております。私は六年掛かって司法試験に合格いたしましたが、これはある意味ではやむを得ないという場面がございます。弁護士あるいは裁判官、検察を含める法曹はいずれも高度の専門職であるという具合に言われておりますので、したがいましてよほど人間的にしっかりした者がそこに携わらなければいけないという意味からは、ある程度しっかりした試験をして、そこで資格を付与するという制度にならざるを得ないんではないかという具合に考えております。
 そこで、今の制度は、司法試験は合格して一年六か月の司法修習ということで法曹資格を取得するわけでございますが、今度の法科大学院制度というのは、この司法修習のいわゆる前期修習を法科大学院でやってしまおうと。さらに、その中身につきましては、法曹としての備えるべき資質、能力をここできっちり押さえ込もうと。特に、法律的な知識をただ持っているだけ、有しているというだけでなくて、言わば幅広い、意見書にも書いてございますが、人間的な素養、すなわち豊かな感受性とか人間性とか、あるいは幅広い教養とかという、そういうものをここで教育していこうというようなシステムになっております。そして、この法科大学院の教育いかんによっては法曹の質が低下するということもございますので、この教育は極めて質の高いものにせざるを得ないだろうと。
 そして、そこで日弁連といたしましては、一つの授業方法を考えておりますが、現在の大学では四年間に決められた単位を取得すればそれで卒業できるということでございますが、今度の法科大学院におきましては、各学年ごとに与えられた単位をきちっと修了していかなければ上に進級できないというような制度を作り出してはどうかという意見を考えております。ちなみに、この件に関しましては、検討会では今後検討するという結論になっておりまして、審議会の意見書ではこの点には触れられておりませんが、日弁連としては、やはり充実した法科大学院での教育をするにはその程度せざるを得ないだろうと。したがって、基本的には、考える力をその法科大学院で学ばせようというような制度設計を考えております。
 大体以上でございます。
#11
○参考人(今田幸子君) 我が国の教育制度ということを少し触れさせていただいたんですが、試験による入学選抜を厳しくするということで、教育のプロセスにおけるその教育の中身というものが比較的後ろに退いてきている、退いているというのが日本の特徴であるわけです。そういう意味で、今回の改革は選抜ではなく育成だという、その制度に大転換という、そういう意味があるわけで、これは法曹人養成だけではなくて、日本全体の教育システムの大転換を図る上での非常に大きな役割を担うんではないかというふうに期待されているわけです。
 しかしながら、今考えられているこの制度で、本当にそうした選抜ではなくて養成というものへの重点転換が達成されるのかということだと思うんですね。そのことについて、やはり法科大学院での教育の充実ということを大学人が本格的に取り組むということ、それをおいてないんではないかというふうに思っています。
 少なくとも我々の経験からいいましても、大学での教育というのはいろんな知識を学び、そこで訓練されるわけですけれども、とりわけ重要なことは、これからの法曹人にとっては法律というようなものをただ知識でもってルールを当てはめていくというだけでは済まないわけで、重要なことは、やはり日本の社会を、法制度をどう考えていくのかという、そういう考える能力と創造性みたいなものが重要であるということ、そうした資質を本当に教育、法科大学院の教授プログラム、教授課程でそれができるのかということでございます。
 恐らく、それは期待されているための大改革であるわけですから、そういう意味でこの改革の要点は、一番最初に申し上げましたように、法科大学院の教育内容の充実ということ、それなくしては結局はまた司法試験による選抜という、そういうところに力点が行くような制度になってしまうわけで、そうならないためにこれからの中身に関するもっと詰めた議論をされていくということが期待されるというふうに思っております。
#12
○参考人(須網隆夫君) 今の司法試験が厳し過ぎるんじゃないか、難し過ぎるんじゃないかと、これはどなたもそういう問題意識を持っておられると思うんですね。じゃ、これを今のままで緩和することができるだろうか、例えば今の司法試験のままで合格者を増やすことができるだろうかというと、これがやはりまたできないというのがこの法科大学院の議論の出発点だったろうと思うんですね。
 つまり、現在、新しく養成されてくる法曹、つまり司法試験を通って、それから研修所を終わってできた新しい法曹という者に対して、法曹三者とも、裁判官、検察官、弁護士がみんな意見が一致するということは余りないと思うんですけれども、やはり非常に問題があるというふうにどなたも言っておられる。やはり、考える力がないんじゃないか、マニュアル志向ではないか、創造的な思考力が欠けているのではないか、そんなような批判という点では一致しているわけですね。そこで出てきたのがこの法科大学院制度であるというふうに理解しております。
 ですから、これは、その三年間を原則として、しかも法曹を養成するんだということを明確に目的として掲げ、それから教育の中身としては少人数、大体五十人を一クラスとすると。これは今の法学部の授業から考えてみれば、全く質的に違った状態ということになるわけです。そして、そういう少人数を前提として双方向性の授業を行う。要するに、お互いに議論したり、それから場合によっては何か意見を書かせてそれを添削して戻すとか、そういったような内容の教育をすることによって、法的な物の考え方、新しい問題に対して新しい理論を発展させていく力を身に付けていく。
 その一方、クリニックと言われるような臨床教育というものも法科大学院の中に取り入れて、現実の依頼者と接触する機会を与えて、法曹としての使命という、倫理と、そういったようなものを認識させるという、これは確かに今、今田委員がおっしゃったように、大学としては今までそれほど取り組んできていない部分だと言っていいと思います。ですから、これを行うことは大学としては非常に大きなチャレンジになるわけですけれども、これを何とか実現させたいと思ってみんな努力しておるわけです。
 このような法科大学院における教育を受ければ、これは当然、法律家としてのかなりの資質を卒業生は備えるというふうに思えるわけですから、そこで当然、その後に出てくる新司法試験というものは今までのような厳しい試験ではないはずだと。まあ普通言われているのは卒業生の七割、八割、それぐらいは合格するというものになるのではないか、こういうシステムになるのではないかというふうに理解しております。
#13
○市川一朗君 はい、ありがとうございました。
 終わります。
#14
○角田義一君 民主党・新緑の角田義一でございます。
 今日は三人の参考人の先生方に大変貴重な御意見をいただきましてありがとうございます。
 私は、民主党の中でもこのロースクールの問題については随分議論がありましたけれども、最終的には賛成するということになっておりますが、私はどちらかというと古典派、守旧派かもしれませんけれども、いろいろ疑問がありますな。まず、この法律の中に哲学というかな、哲学のにおいがしません。
 どういうことを私は求めているかというと、例えば、まず井元先生にお聞きしたいんですけれども、日弁連は御案内のとおり法曹一元を理想としているはずであります。それは、弁護士から判事、検事を任用していくというのが将来的にはいいじゃないかと。そうすると、あるべき弁護士像というのは、私はやはり人権を守るために闘うという、余り英語、好きじゃありませんけれども、ファイティングスピリットというのかな、闘う魂というか精神というか、そういうものを持っていないと、権利というのは、こんなこと釈迦に説法ですけれども、紙に書いてあるものでは私はないと思うんです。闘いによって初めて権利というものは実現をするというふうに私は思っておりますので、そういう闘う精神あるいは憲法の規定しておる基本的な人権というものは闘いによってかち取られるものだと、こういうのをきちっとしたバックボーンとして法曹に私はたたき込んでいただきたいなというふうに思うんですね。
 今のロースクールは、何となく国際ビジネスマンを養成するような、アメリカの資本主義が世界に蔓延していってそれに太刀打ちするのと、私も必要だと思うけれども、そういうビジネスマン的な法曹の養成を描いているんじゃないかと危惧するんですが、やっぱり法曹の基本は、憲法や憲法で規定されている基本的人権をきっちり守り抜くんだと、こういう魂を持った人が私は欲しいというふうに思っておるんです。
 この法律には、残念ながら憲法のケの字もなきゃ、基本的人権の規定もないんですな、言葉ないですよ。そういう意味ではこれは欠陥法律だな、私は。これ何か、附帯決議か何かできちっと補充してもらわぬと、私、手を挙げられないですよ、挙げたくても。というような気持ちもするんですけれども、先生、どう思いますか。
#15
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 角田先生の御意見、ごもっともでございまして、我々が弁護士法第一条の基本的擁護と社会正義の実現を使命としているということは、我々も、そしてこれからの弁護士もこれには変わりはないという具合に私は考えております。
 今、先生がこのロースクールというものがいわゆる企業法務関係の弁護士のためにあるんじゃないかというようなお言葉でございましたけれども、あるいは一部の人たちが企業法務へ行くかもしれません。しかし、企業へ弁護士が行くということ自体が私はけしからぬのではなくて、その企業へ行った弁護士がそこで何をやるかがやはり問題だと。要するに、企業コンプライアンスをしっかり教え込むのが我々の仕事でありまして、これが正しく社会正義の実現というものにつながってくると、私はそう理解しております。
 もう一つは、すべてが企業のため、企業の弁護士のために行くんではなくて、現在、我が国ではいわゆる司法過疎と呼ばれるところがございます。先ほど私がちょっとプレゼンテーションで申し上げましたけれども、日弁連では、もうずっと前からゼロワン地域というのを作っておりまして、これは地方裁判所の各支部に弁護士がゼロないし一名しかいないという地域がたくさんございます。ここに弁護士をどうやって持っていくかと。いわゆる意見書で書いてあります法の支配がこの国の隅々にまで行き渡るようにしたら、どうしたらいいかということももう一つの大きな命題でございます。
 したがって、この法科大学院で質の高い、量的にも十分な法曹を養成することによって、そしてさらに、過疎地へ弁護士が派遣できるような制度を作ると。これは現在、公設事務所というのを日弁連が各地に作っております。これは恐らく二十弱は全国にあると思います。そして、都市にも、私は第二東京弁護士会の会長を兼ねておりますが、第二東京弁護士会でも都市型公設事務所というのを作りまして、今、新宿にございますけれども、ここでは、この事務所で一、二年弁護士の経験を積んだ若い弁護士を過疎地へ派遣すると。これは、池袋にももう一つ東京弁護士会が作っておりますが、これがよく機能しておりまして、今年の修習、今度、修習を終わって卒業する修習生からは、公設事務所へ行きたいという希望がたくさん出ております。
 ちなみに、私の事務所も公設事務所の協力事務所という具合になっておりますが、私の事務所にも、小さい事務所でございますけれども、是非、公設事務所へ行きたいので先生のところで修業させてくれないかという人間がついせんだっても訪ねてまいりました。
 したがって、こういう数が増えた弁護士を我々の手元に置いて一、二年をしっかりと教育して過疎地へ出していくということにすれば、これは企業法務云々じゃなくて、正しく、基本的人権と社会正義の実現と人権擁護ということをきっちりと学んだ弁護士が各地方へ散っていくという具合に私は理解しております。
 以上でございます。
#16
○角田義一君 須網先生にお尋ねしたいんですけれども、先生は外国の留学の御経験があって、恐らくロースクール、向こうのロースクールでいろいろ学ばれたのではないかと思いますが、私のつたない経験でいいますと、研修所のときに、憲法訴訟を英語で課外授業で、これはアメリカのロースクールではこの程度のことを君らはやっているんだよというようなことで特訓を受けた記憶が研修所でありますが、アメリカのロースクールでは、今、私が申し上げているような闘う精神というのかな、そういうふうなものはどういうふうに教育されているんでしょうかね。
 リーガルマインドというのは論理的に、合理的に物を考える勉強にはなると思いますけれども、僕は闘う精神とかそういう気迫とか、そういうものも大事だと思うんですけれどもね。その辺はどうなんでしょうかな、あちらさんは。
#17
○参考人(須網隆夫君) 私、アメリカとそれからベルギーでロースクールで勉強した経験がありますが、闘う精神と気迫というとちょっとあれかもしれませんけれども、弁護士の仕事というのはやはり当事者性があります。その当事者の立場に立ってその当事者の権利をどう守るのかという、そういうのが弁護士の仕事でして、第三者的にこれはどうであろうかというのは少し弁護士の発想とは違うと思います。
 例えば、アメリカの、今、先生おっしゃったような憲法の授業に私、出ていましたけれども、そこで行われていることは、例えば君が原告の代理人であるとして一体どういうふうにこれを考えるのか、じゃ、逆に君は被告の代理人であるとしたらこれは一体どういうふうに考えるのか、これは一年生の憲法の授業ですけれども、このように常に当事者性を明確にして、また一定の価値判断を前提にして、そこで、じゃ一体どういうふうに物事を考えていくのかということをたたき込んでいくと。
 これは、やはり非常に法律というのはこういうものであるというふうに言わば第三者的に教えている日本の普通の法学部の授業とは根本的な発想が違うと思いますし、やはりそういったような立場で考え、常に考えていく訓練を一年生の最初から学んでいくということは、これはやはり法律家の養成にとって非常に重要なことではないかと思います。そういうような訓練の中で、いわゆる依頼者の利益のために最善を尽くすというアメリカの弁護士のメンタリティーというものができていくんだろうと、こういうふうに思います。
#18
○角田義一君 もう一つ、これは井元先生と須網先生にお尋ねをしますが、やっぱり例えば刑事訴訟なんか、私は国家権力は悪をするという大前提で権力闘争だと思うんですな、刑事裁判というのは、一種の。そうしますと、ロースクールで刑事訴訟のカリキュラムというのはうんと大事なんです。検察官とか、ここにちょっと裁判官出身がおられるけれども、裁判官と全然意識の違う教育をしないといかぬじゃないかと思うんです。
 そうすると、そういう意味では、ロースクールというのも学問の自由をきちっと保障されませんと私はいけないんじゃないかというふうに思うんですが、この今の現行法で果たして大学の学問の自由とかアカデミックな雰囲気とかというのは保障されますかな。余り法務省が抵抗するような弁護士とかそういうのを嫌がっちゃって横やりを入れられると困るんだけれども、その辺どう思いますか、心配ないですか。我々はこれを監視しますけれども、この作った、監視していきますよ、監視、法律を作った後、余り法務省がああだこうだ言わないように監視していきますけれども、どうですか。
#19
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 先ほど須網先生の方から、この関連法の中で法務大臣と文科大臣の関係が記載されておりますと。私も、ここのところの運用については慎重にやっていただきたいということを衆議院のプレゼンテーションで申し上げました。やはり、法務省は正しく検察の側に立っておりますから、あるいはこの権限が過大に行使されますと、先生が御懸念されているような事態が起こりかねないということで、我々はこの運用については極めて慎重にやっていただきたいということを申し上げたいと思います。
 もう一つは、先生の御質問の中で刑事弁護の関係がありましたが、私どもは、現在の研修所に刑事弁護教官を推薦する場合に、極めて質の高い、刑事弁護については極めて造詣の深い弁護士を推薦するということをいたしております。正しく、先生がおっしゃる刑事の方で闘う弁護士を推薦しております。しかし、当会の例を申し上げますと、三回推薦したにもかかわらず三回とも採用されなかったという事実がございます。これが現在の研修所の私は実態ではないかと思っています。
 これはなぜかということをあえて私は申しませんが、法科大学院が仮にできましたらこういうことは恐らくなくなるだろうと。法科大学院には、きちっとした、弁護士会が推薦したしかるべく良識のある、かつ刑事弁護に強い、刑事弁護とはどうあるべきかと、要するにこれは闘いなんだということでしっかり身に付けた教官がそこへ派遣されていきますので、しっかりした僕は教育ができるんじゃなかろうかということを考えております。
 以上でございます。
#20
○参考人(須網隆夫君) 学問の自由との関係については、やはり先ほども私が指摘しました法務大臣からの意見、要求、これについてはやはり注意深く見守っていかなきゃいけないんじゃないか。これが本来の制度の趣旨を逸脱して、具体的な教育の内容にまで関与する、例えばこういったような刑事弁護について闘う弁護士をつくっているからけしからぬというような形で運用されれば、これはどう考えてもおかしいだろうというふうに思います。
 それから、刑事訴訟についてですけれども、例えばアメリカのロースクールなどでは死刑事件を専門に扱う臨床教育とか、そういうものが多くの大学にありまして、そこが弁護士出身の教員が中心となって、それに学生が協力してそういう死刑事件を扱うというような、こういうようなクリニックというものをやっております。こういったようなものはやはり日本でも参考になるというふうに考えておりまして、具体的な教育内容の中に取り入れていくことは十分可能だろうというふうに思います。
 ただ、先ほどちょっと、一点あれですけれども、社会の中には非常に多様なニーズがありまして、企業法務に対するニーズももちろんあります。それから、そういう刑事弁護に対するニーズというのももちろんあります。そういったような様々なニーズをそれぞれの法科大学院が特徴を生かしながら満たしていくということが必要なんではないかというふうに思います。
 ですから、仮に企業法務を専門とするような法科大学院ができてもそれはそれでいいでしょうし、また逆に、先生のおっしゃるような闘う刑事弁護士をつくるということを目的とする法科大学院ができれば、それはそれでいいのではないか。このようにして、お互い法科大学院がそれぞれ個性を持って差別化されて競争していくという、こういう状況が望ましいのではないかと、こんなふうに思っております。
#21
○角田義一君 あと一分。
 井元先生にお尋ねしますけれども、その評価機関が複数あった方がいいということで、私もそうだと思うんですが、日弁連は独自で財団も持っていますけれども、それが評価機関になるというような構想はあるんですか。それに対して財政支援、政府はすぐ金を出すと口まで出したがるので、金は出すが口は出さないということの原則を守らせなきゃいかぬと思うんだけれども、お金をもらわないでやれませんか、アメリカのバーアソシエーションみたいに。そこまで力はない、まだ日本弁護士連合会。どうぞ、ちょっとそれだけ。
#22
○参考人(井元義久君) お答えいたします。井元でございます。
 おっしゃるとおり、この五月ごろでしたか、日弁連法務研究財団というのがございまして、これは日弁連の協力団体とでもいいますか、そういう性質の団体でございます。そして、我々は、先ほどプレゼンテーションで申し上げましたけれども、この第三者評価機関というのは、単に国による一つではなくて、複数の民間団体がこれを担うべきだということをずっと主張してまいりました。したがいまして、その主張した人間が何もできないというんではこれは責任がないことになりますので、法務研究財団の方にこれが担えないかということをお願いいたしました。それで、一応委託という形で今していただいております。
 その中で、法務研究財団の第三者評価につきましては極めて進んだ研究がなされております。恐らく、アメリカのABAに関しましては法務研究財団が最も進んだ研究をしているんじゃないかという具合に自負しております。
 あと、その財政的な面でございますが、これが極めて苦しゅうございます。法務研究財団はもうこれは会員の会費で賄っておりまして、同様に日弁連も会員の会費で賄っておりますので、収益事業がありませんから、おのずと会員の数を増やさにゃいかぬ。日弁連は、今回から弁護士、数が増えて若干会員は増えてまいりますが、法務研究財団はそうもいかない。法務研究財団は今、一生懸命会員を増やそうという努力をしております。
 そこで、その中からこの第三者評価機関を担っていくための費用を支出するとなりますと、せんだってシミュレーションをいたしました。幾つかのシミュレーションをいたしましたが、相当な金額が必要になってくると。そこで、日弁連にこれを何とか援助してもらえないかという申出が来ております。日弁連でも今、これはお金のことでございますので、会員のコンセンサスが必要だということで、現在は正副会長のレベルで一応支持はすると、しかし具体的な金額についてはもうちょっと待ってくれと、こういうようなことで今は終わっております。
 したがいまして、ここのところにも、先ほど私がプレゼンテーションで申し上げましたように、大幅な財政支援をしていただかないと第三者評価機関の競争が成り立っていかないという具合に考えておりますので、この点は是非とも先生方のお力で財政支援ができるようにお願いいたしたいという具合に考えております。
 以上でございます。
#23
○角田義一君 終わります。
#24
○荒木清寛君 公明党の荒木清寛です。
 お三方にお尋ねをしますが、まず井元参考人にお尋ねをいたします。
 参考人がおっしゃいましたように、この法科大学院法の中に法科大学院が中核的な位置付けがされているということは極めて私も重視をしておりまして、また今後の質疑の中でも更に深めていかなければいけないと思うんですが、先ほど参考人が、その意味で予備試験の運用に十分配慮すべきであるというふうにおっしゃいましたが、具体的にどのように配慮していけばいいと、配慮すべきであるというふうにお考えなんですか。
#25
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 予備試験の配慮というのが私は非常に難しいんではないかという実は気がしております。予備試験というものが一体どういうものになるのかと、具体的なイメージが全くまだ出てきておりません。試験科目というものは出てきておりますけれども、それから試験方式ですか、方法は出ておりますが、それをどうやってやるのかということがまだ具体的なイメージが立っておりません。
 これは、予備試験が簡単になってまいりますと予備試験ルートが太くなってきまして、先ほどから申しましているように、法科大学院が法曹養成制度の中核であるというその理念が損なわれる結果となりますので、相当難しい試験をやっていただかなきゃいけないだろうと。
 その具体的な方法はどうすればいいのかというところが極めて問題でございまして、例えば法科大学院では幅広い教育をいたします。例えば、実務的なことからいいますと、交渉能力あるいは法律分析能力とか、あるいは法曹倫理とか、そういうような幅広い教育をやるわけですが、果たしてこういうような実務に直結した、得たような能力を予備試験のペーパーで試せるのかどうかということが非常に私は心配しておりまして、その辺のことをまず明確にしていただきたいということで、慎重に運用していただきたいというのはそういう趣旨で申し上げた次第でございます。
 以上でございます。
#26
○荒木清寛君 井元参考人に次にお尋ねしますが、先ほど、新司法試験の在り方につきまして、法科大学院の講座を適切に履修したか否かを問う試験にすべきであると。逆に言うと、余り難しくすべきではないという御趣旨でありました。ただ、学生の心理からいいますと、試験があるので、試験が難しいから一生懸命勉強するわけでありまして、余りハードルが低いと、本当に朝から晩までしっかり勉強するんであろうかということも心配するんです。
 したがいまして、そういう参考人がおっしゃったような試験の運用の中で運用しつつ学生の質のレベルアップを担保するにはどういう工夫といいますか、ことをしていけばよろしいんでしょうか。
#27
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 これは先ほどちょっと申し上げましたように、法科大学院での教育は、一言で言えば考える力を付ける教育をやるということでございます。単に法律の知識を詰め込むということではございませんで、考える力を鍛えるというのが教育の基本じゃなかろうかという具合に考えております。
 そして、先ほど須網先生の話にもありましたけれども、法科大学院の教育が、充実させることによって司法試験が軽くなる。だから、法科大学院の授業をきちっと充実させて、そして、先ほどもちょっと申しましたけれども、通常、今の大学というのは四年間で一定の単位を取得すればそれで卒業できるというようなシステムでございますけれども、日弁連が考えていることは、要するにそういうようなのんびりしたものじゃなくて、各一年ごとに決められた単位を履修しなければ進級させない、こういうような厳しい判定をしていくということが基本になってきます。
 そうすると、ただ単に三年間法科大学院に在籍したからということだけで卒業はできませんから、だんだんそこのところで、言葉はどうか分かりませんけれども、落後者があるいは出てくる可能性がある、その程度の厳しい試験をすることによって、司法試験を軽いものにすれば、少なくとも法科大学院を卒業した七割ないし八割の学生が司法試験には合格できるという具合に考えております。
 以上でございます。
#28
○荒木清寛君 次に、今田参考人にお尋ねをいたします。
 参考人がおっしゃった、選抜ではなく養成だという理念につきましては、私も一〇〇%賛同するわけでございます。そうしますと、予備試験の運用はやはり注意を要するのではないかと私は思うんですが、参考人は、大学院の教育の内容をしっかりと充実すればこの予備試験制度が太くなるという心配は懸念であるという趣旨をおっしゃったんですが、ただ、学生の心理からしますと、やはりいかに短い期間で、しかも効率的に試験に受かるかということをまず考えるんではないかと思うんですね。そうしますと、やはりこの予備試験については、よほどこの運用に注意をして、太くしないという、そういう配慮した上での運用をすべきではないかというふうに思うのでありますけれども、参考人はそれとは異なったお考えなんでしょうか。
#29
○参考人(今田幸子君) 太くするしないということを考えるよりも、さっき参考人がおっしゃったように、元々この転換は、養成というものを中心とするということの意義は、そこで期待される法曹人の資質というものを選抜試験というようなものでチェックされるものではなくて、それは結果なんであって、基本的には資質はある程度の期間を要してきちっと育成されるという、そういう資質であるという、そういう意味では法曹人に対する期待というんですか、資質の転換なわけですよね。
 そういうことからいうと、確かに予備試験というのは論理矛盾というか、なんですよね。あくまでも旧来型の試験による資質の選抜しかやらないんであって、この選抜が問う中身に関しては一切どういうふうな養成がされたかどうかということについては問うものではない。一回の試験でその資質までをこの予備試験は問わなきゃいけないという意味で、非常にこの予備試験のデザイン、作り、設計というのは難しいだろうと思うんです。けれども、一応予備試験の制度というようなものが、これまでの経緯から、法曹人の育成、キャリアというような観点から見て、予備試験のルートというようなものが意味がある、そういうふうな判断に立つわけです。
 それが太くなるかならないかということに関しては、さっき申し上げましたように、法科大学院の教育が充実して、きちっとした教育がされ、その結果として司法試験にもきちっとした形での結果を出す、つまり合格者をきちっと出す。そういうことが定着した場合には、予備試験ルートというのは、それに比べて、これまで指摘されているように非常にリスキーなプロセスなわけです。そういうリスキーなプロセスを、法科大学院ルートよりもそちらをより選考するということはごくごく限られた状況でしか合理的じゃないというふうな判断ができようかと思います。
 したがって、結果としては余り太くならないであろうと。細くするために何か制度的なことをするというのは実質的には無理であろうし、すべてに合意が得られるような、例えば割り振りみたいな形で何割ぐらいは予備試験というような、そういうことは論理的にかなり難しい作業であるということで、結果として法科大学院の教育内容がきちっと充実したものになれば予備試験ルートというのはごく限られた人にとっての選択ルートになるという、そういう判断をしています。
#30
○荒木清寛君 須網参考人にお尋ねします。
 法科大学院構想が出まして、各法学部がこぞってもうシンポジウムをやり始めまして、そうしたのを見まして、私は、これは法学部の生き残り作戦なのかなと、法科大学院構想はと思ったんです。先生がおっしゃったように、学部のおかげで法曹になっていないということは、逆に言うとそれだけ学部教育に魅力がなかったということでもあるわけですから。ところが、完成された制度を見ますと、逆に私は、今度は法学部が空洞化してしまうんではないかということも思うんですね。法科大学院へ行くことを考えますと、確かに法学部を出ますと法学既修者ということで一年間短縮されるというメリットはありますけれども、しかし最終的に実務家としての付加価値を考えますと、むしろ工学部だとか理学部だとか、そういう幅広い教養を身に付けて大学院に行った方がいいのではないかということになるのではないかと思うんです。
 そこで、参考人にお尋ねしたいのは、今後新しい制度の下での学部教育はどのように変わっていくべきなのか、そういう法曹養成とはもう切り離したところで存在意義を認めていくべきなのか、そこは参考人の御見解をお聞きしたいと思います。
#31
○参考人(須網隆夫君) 今御指摘の点は、法学部としては非常に悩ましい問題であることは事実だろうというふうに思います。しかし、これについてはやっぱり幾つか分けて議論しないといけないんだろうと思います。まず、それぞれの大学が一体どういうような法学部像を持つんであろうか、それからまた中期的、長期的にはどうなっていくんだろうか、時間軸の問題、こういう二つの要素があるだろうというふうに思います。
 一つは、これはどちらも絡み合ってだんだん進んでいくわけですけれども、現在の法学部をどういうふうに位置付けるのか、その内容をどういうふうに充実させていくのかというときに幾つかの方向があるだろうと思います。
 一つは、単に法学部、法学だけではなくて副専攻のような、これは経済学であったり社会学であったり様々なものも一緒に学べるような、法学がやはり中心にはなろうかと思いますけれども、それとともに副専攻を充実させて、ある意味でリベラルアーツ化していくと。当然、そこに出てくるのは、今までの日本の法学部というのは非常に多くの学生を抱えて大教室中心の授業をしていますから、人数をやはり絞っていってよりきめ細かな教育をしていくという、こういうような方向性があろうかというふうに思っております。
 しかし、これはいろんな実は要素がありまして、例えば隣接職種の試験というのはこれは今までどおり残っておりますし、それから企業でも、官庁、自治体などでもやはり一定の法律的な知識を持った人間を欲しいという、こういう社会の需要もあると。そうすると、今までどおりの法学部をそのまま存続させていくという選択肢も当然ある大学によってはあり得るんだろうというふうに思います。
 ですから、恐らく法学部自体を完全に廃止していくというような方向も考えられるかもしれませんし、今までどおりに維持していくという方法も考えられるし、その中間で法学部を副専攻を加えてリベラルアーツ化の方向でより充実させていくと、こういうような選択肢も考えられるし、それぞれの大学がその選択肢の中でどういう方法を取るかを模索しているところでしょうし、また今後の法曹人口の拡大に伴ってどういうふうに日本における法曹の地位、役割が変わっていくかという、そういう時間軸の中でもまた法学部の位置付けというのは変わっていくことになるんではないだろうか、こんなふうに考えているのが現状でございます。
#32
○荒木清寛君 終わります。
#33
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
 今日は、参考人の皆さん、本当にありがとうございます。
 最初に、井元参考人と須網参考人にお尋ねをいたします。
 須網先生が法学セミナーで対談をされているのを読んだんですが、その中で、医学部教育と比較をされまして、法学においても医師と同じプロフェッションとしてそれに足るだけの教育を受けてきたということが重要だと発想を変えようとしているのがロースクールだと、こう述べられております。
 ところが、同じ専門家教育なのに、医師の方は予備試験というルートはないわけでありますが、今度はこちらはできるということになりました。先日の委員会審議でも、このことが問題になったときに、当局の答弁は、臨床などそういう技術、医者の技術は大学の中でないと身に付けれないが、法律家の素養というのは大学の外でも身に付けることができるのでこういう予備試験も結構なんだという趣旨の答弁だったんですね。
 これでいきますと、果てしなく拡大をしていくような気が私はしたんですが、こういう医師養成との比較での予備試験という問題について、それぞれ御意見をお願いをいたします。
#34
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 我々の弁護士の仕事といいますか、これは当事者、依頼者と会いましていろんな話を聞くわけです。これが聞き取り調査とでもいいますか、そういうことを、いろんな話を聞きながら、その中でどの事実がどういう法律に適合していくのかと、そしてさらに、この法律に適合したといった場合に、依頼者のために我々はどういう法律構成をして、なおかつどういう攻め方をすればいいのか、あるいは逆に、訴訟を起こされた立場だったらどういう防御方法をすればいいのかというようなことをやっていくわけです。
 したがいまして、この点からいいますと、単に社会的な経験を積んでいるということだけでは果たしてこういうような能力が備わっているのかどうか、私は、先ほど法科大学院の教育は考える力を養う教育なんだということを申し上げましたが、正しく考える力というものが、考える力というのは法律的な分野での考える力、これが社会的な経験を積んだということだけで果たしてそれができるのかというような大きな疑問がございます。
 もう一つは、法曹といいますのはいわゆる高い倫理性を要求されております。これから法曹人口が増えてきますと、ますますこの倫理性というものが重要になってまいりまして、現在、弁護士会も弁護士人口増加に伴いいろいろな倫理研修制度というものを立ち上げながらやっております。したがいまして、社会経験を積んでいるからということだけで、我々いわゆる法曹としての専門職の高度な倫理性、それが身に付けておられるかどうかということがやはり問題ではなかろうかと。そうしますと、単に社会経験を積んでいるということだけで予備試験でいいのかという問題が私は出てくるんじゃないかという気がしております。
 以上でございます。
#35
○参考人(須網隆夫君) 結局、プロフェッションとは一体何なんだろうかということを考えたときに、やはりプロフェッションになるための専門的な教育を受けてそれを修了している者、それがプロフェッションであるんだという、そういう定義の仕方があるだろうというふうに思うわけですね。
 その意味で、やはり弁護士を含めた法曹、これをやはりプロフェッション、専門職であるというふうに考えるのであれば、当然にそのための教育を受けていなければいけないという、これがやはり筋だろうというふうに思います。その意味で、どうしても予備試験という制度には理論的には説明できない部分というのが残るだろうと思います。
 しかし、今、法科大学院というのはないわけですから、果たしてそこでどういったような教育が行われるのだろうかということに不安もある。この不安は分からなくもないわけですね。それから、今まで司法試験というものがあった。その日本の歴史的な経緯、そういったようなものも踏まえて、理論的には少し説明は付かないけれども、やはり残そうということで残されたのがこの制度だというふうに思います。
 ですから、これはやはり法科大学院が充実して、そこで十分な教育が行われているということが証明されれば、当然に縮小していくものだろうというふうに思います。
 仮に、予備試験から司法試験を受かったとしても、そういったような法曹と、それから法科大学院を修了してなった法曹と、社会の側が一体これをどういうふうに評価するのか。当然、法科大学院を受けた法曹の方が良いというふうに社会が評価するような状況を作らなければいけないと思うわけで、そうなれば、当然、予備試験ルートは今田委員のおっしゃったように大きなものにならず、事実上、最終的には消滅していくかもしれない。また、そういったような方向がやはり本来であれば望ましいであろうと、こういうふうに思っております。
#36
○井上哲士君 須網先生にもう一問お聞きいたします。
 その法学セミナーの対談の中で、ロースクールによっては合格率が低いところが出てきて、学生が集まらなくなって淘汰されていくんではないか、こういうことも述べられております。
 やはり、大学関係者に聞きますと、むしろ第三者評価よりも受験生の評価が怖いんだということを言われておりまして、例えば合格率を確保するために司法試験を受ける前に全国的模擬試験なども行われるようになるんじゃないか、こんなことも言われる方もいらっしゃいました。結果として、新司法試験のための予備校化という先ほど御指摘があった不安があるわけですが、そのためには資格試験にしなくちゃいけないという、先ほど御提案がありました。
 資格試験に新司法試験をするということは、難易度とか中身とか運用、いろいろあろうかと思うんですが、もう少し具体的にお示しをいただきたいと思いますのと、もしアメリカでの御経験で比較ができるのであれば、その辺も含めてお話をいただきたいと思います。
#37
○参考人(須網隆夫君) 資格試験というのは、一言で言えば一定の基準を満たしていれば合格にするという、そういう試験だということですね。つまり、あらかじめ何千人とかという枠があって、上からそこまで取っていくという形ではなくて、一定の基準を満たした者を全員合格にさせるという、これが資格試験と言っていることの本質的な意味であるというふうに思います。ですから、年によって合格者が当然変更する、変わるでしょうし、あらかじめ合格者数を予測するということも正確にはできないということになろうかというふうに思います。
 アメリカの司法試験というのは、これはもちろん州ごとで行われているわけですけれども、たしか合格率の高い州であれば大体九〇%ぐらい合格していたと思いますし、合格率の低いと言われる州でも五割強ぐらいだったでしょうか、ちょっと手元にデータがありませんので記憶ですけれども、五割、六割ぐらい、低くてもそれぐらいの合格率があるという、そういう形の運用になるんじゃないかなというふうに思います。
 もちろん、司法試験の合格率ということを当然、これは法科大学院はそれぞれ気にせざるを得ないということになると思いますけれども、もう一つは、合格した後、いわゆる法曹及び社会からどういうふうに評価されるのかということですね。
 法科大学院の方としては、もちろん合格率も重要ですけれども、確かに合格率は九割かもしれない、だけれども、受かった後、実際の法曹として使い物にならないじゃないかということではこれはしようがないわけでありまして、合格率とともに、その後、その卒業生がそれぞれの裁判官、検察官、弁護士の世界でどういうふうに評価されるのか、そこをもにらんで教育するという、そういう状況になることが望ましいというふうに思っております。
#38
○井上哲士君 今田参考人にお聞きいたします。
 先ほど、財政支援の関係で、そのプロセスでの養成にふさわしい、今までの在り方を見直した総合的な支援が必要だというふうに述べられましたけれども、もう少し具体的に、こんなアイデアなどありましたら、是非お聞かせいただきたいと思います。
#39
○参考人(今田幸子君) 法科大学院の期間、プロセスですから、それから試験の期間があり研修期間という、そういう長い期間が前提とされるわけですね。
 それぞれに大学、学生のときには奨学金という制度があるでしょうし、今、司法修習は給与ですか、支払われているという、そういう今の現状があるわけですから、抜本的に全過程での経済的な支援というものを、個々の学生の負える経済状況、負担という、そういう観点から全プロセスについての制度を作るのが必要である。
 つまり、経済的に十分そういうものが果たせる、下支えがある人と非常にそれが厳しい人というものがあるわけですから、そうした経済条件というようなものに見合った支援、経済的な支援制度という、奨学金とか貸与とか、貸与の制度にするかとか、そういうものを含めて考えるということが必要なんです。ただ、法科大学院だけの奨学金とかその後の研修のときの給与とかという切り離した考え方ではなく、トータルに合理的な制度としてもう一度見直すということが必要なんだろうというふうに思います。そういう視点は是非指摘したいというふうに思います。
#40
○井上哲士君 井元参考人と須網参考人に、時間もあれですので短くお願いしますが、リーガルクリニックを取り入れることです。
 早稲田大学は作られたとお聞きをしておるんですが、こういうことを法科大学院に取り入れていくことの意義、それからアメリカではこのリーガルクリニックの学生が法廷にも立つというようなこともお聞きしているんですが、そういう制度を取り入れていくことについて、それぞれ端的に、よろしくお願いします。
#41
○参考人(井元義久君) 井元です。お答えいたします。
 リーガルクリニックというのは、生の事件に学生が触れるということについては極めて有意義な制度だと思っております。ただ、我が国でアメリカのようにある一定の権限を持たせて単独で法廷に立ったり、あるいは法律相談を受けたりするのがいいのか悪いのかというのは、日弁連内部でも相当議論いたしました。
 これは二つの面から考えなければいけないんじゃないかと思っています。一つは、学生側にとって有意義であるかどうかという問題と、逆に今度は依頼者側がそれをどう思うかということです。要するに、資格のない人間に自分の大事な財産、生命、身体等をゆだねられるかという問題がございまして、やはり日本の国では資格を持った人に頼むということが安心でございますから、それを市民社会が受け入れてくれるかどうかという問題がございますので、この点はもう少し検討を要するかなと。
 一つの方法としましては、指導弁護士みたいなのを、弁護活動の場合ですけれども、みたいなのを横へ付けて、そして主に学生にいろいろ聞かせたりやらせたりすると。もちろん、指導弁護士がそこに立っているというようなことも考えてはおりますが、これはもう少し検討させていただきたいなという具合に考えております。
 以上でございます。
#42
○参考人(須網隆夫君) 早稲田大学には臨床法学教育研究所という、このクリニックについての研究をする新しい組織を作りまして、私が所長をやっております。
 リーガルクリニックの意義というのは、まず第一番目に、アメリカでは特に弁護士にアクセスすることができない貧困者に対してリーガルサービスを提供するという、そういう意義があろうかと思います。日本の場合にもそれは言えると思いますけれども、それに加えて、先ほどお話ししたような乖離している実務と理論の架橋をする、その一つの場所であるという、こういう意義があるだろうというふうに思います。
 具体的には、実務家出身の教員と研究者出身の教員がともにそのクリニックの場で事件処理をする中で、もちろん学生を指導しながらですけれども、お互いに協働し合うという、そういう形での一つの架橋の場になるだろうというふうに思います。
 学生にそういう具体的な事件を取り扱わせることにいろいろ弁護士会内で意見があることは存じておりますけれども、まず第一番目に、これは弁護士のコントロールの、弁護士出身の教員の厳格なコントロールの下で行うということを前提にしております。つまりは、学生が一人で勝手にするわけではない。その一挙手一投足、弁護士教員がきちっとスーパーバイズするということを前提にしております。
 それから、現在の訴訟法の中でも、例えば簡裁の特別代理人のように、弁護士資格を持っていない人間に一定の訴訟事務を取り扱わせることを認めている制度があります。ですから、こういうような制度を教育目的で活用することによっていろいろなことができるのではないか。もちろん、これは今まではやっていないわけですから、これから関係方面ともいろいろ御相談させていただきながら進めていけばいいのではないかと、こんなふうに思っております。
#43
○平野貞夫君 私、国会改革連絡会という会派がございまして、その中に自由党と無所属の会という会派で構成していますが、私、その自由党の所属の平野と申します。よろしくお願いします。
 この法科大学院を設置するに至る司法改革審議会ですか、この意見書、それから政府の計画書、それからいよいよ法案が出てきていますが、この意見書はかなり問題意識が高くて、我々も非常に評価していたんですが、これ法案化するにつれてだんだん問題意識が低くなって、極めて、角田先生がおっしゃっていたように、アメリカのビジネスローの一種の要請に基づくような、ちょっと私ども心配しているんですが、これがまた実行に移された場合に、また法務省なり文部省の別な形の規制がかかわって、意見書でうたわれた本当の法科大学の必要性というものが生かされるかどうかということを非常に危惧しているものなんですが、そういう問題意識から、三人の参考人の先生方のお話の中で、お三人の先生方も法科大学院に何を期待するかということについて微妙な差があるように私、感じましたんですが、誠に申し訳ないんですが、日本がこれから大変な時代になるという中で、これからの法曹人を養成するに当たって何が最も大切かという、一つだけに絞ってお教えいただければ有り難いんですが。
#44
○参考人(井元義久君) 一つだけということになりますと難しいんですが、やはり日弁連としましては、意見書に沿った制度設計を是非やっていただきたいというのが基本でございます。
 そこで、その法科大学院は、そこに位置付けされておりますのが中核的な機関ということでございまして、ここでは、意見書で書いておりますように、豊かな人間性や感受性、そして深い教養、こういった幅広い人間を育てていくというのが法科大学院の設立目的ではないかという具合に考えております。
 一つということですので、これで失礼します。
#45
○参考人(今田幸子君) とても難しいんですが、確かに意見書には高邁な改革へのそういう思想というものが散見される、よく読むとそういうふうに感じられます。それを具体化していっているのがこの法律であるということで、意見書はもう少し大きな全体構想の中にあって、これはその中の一部ということであると思います。そういう意味で、これがそういう意見書の高邁な思想を代表しているのかどうかということはこれからチェックしていかなきゃいけない場合だってあると。
 今回のこの改革ということに関して私自身が期待するというものは、やはりこれからの来るべき社会の法律家というのは、法の番人であるわけではなくて、社会を構想するという。法律というのはスタティックな、静的なものではなくて、ダイナミックなものである、そういうものをきちっと対応できていく、そういう法律家を恐らくこの法曹改革というものは育てるということが大きな課題にあるだろうし、さらにそのときには、法の番人ではなくて、むしろそういう法律というものの意義というものは社会の、国の基本、根幹ではあるわけですけれども、同時に、人々の、生活者の基本的な生活を支えるルールなわけですから、法律家はそういう生活者のサポーターという、そういう思想、姿勢というようなものが今後期待される。そうしたものを今の、今回の司法制度改革というものは目指しているんだろうということを思い、期待している次第です。
#46
○参考人(須網隆夫君) 確かに、日本の社会ではこれから様々な場面で法律家というものが必要とされているというふうに思います。今までの日本の法律家の活動分野というのは訴訟を中心にした比較的狭い範囲に限られていたというふうに私は考えていますけれども、そうではなくて、もっと社会の隅々に、企業においても政府においても官庁においても法律家がもっと入っていかなければいけない。そういったような二十一世紀の日本の社会の求めている質の高い法曹を、大学における法曹養成教育を確立することによって供給していくという、やはりこれが一番制度の中心的なところではないんだろうかなというふうに思います。
 確かに、意見書から具体化していく中で、様々な困難というか制度をゆがめるような圧力というか、そういう要素というのはあると思います。どうしても、私、当事者なものですから、幾らそういう要素があろうがとにかく頑張るしかないんだというところで終わってしまうわけですけれども、是非御審議の中でそういったような点をできるだけ取り除いていただいて、この制度が順調に発展していくように条件を整えていただきたいと、こういうふうに思っております。
#47
○平野貞夫君 ありがとうございます。大体共通な認識も理解できますので、大変勉強になりました。
 そこで、私は若いころ、法というのは階級社会を支配する道具だという教育を受けておりますので、非常に法律をプロフェッショナルとする人たちに対してアンビバレントな感じを今でも持っていまして、それはやっぱり嫉妬でもあるかも分かりませんけれども、今は、だけれどもそういう考えじゃないんですけれども。
 しかし、よく考えてみますと、世の中が悪いとか政治家が悪いとか、政治が悪いとか経済が悪いという言葉があるんですが、考えてみれば、これは人間が悪いんですよね、別に世の中が悪いんじゃなくて。そうすると、法律のプロフェッショナルというのは、人間が悪いということの判断にかかわる職業だと思うんですよ。となると、特に井元参考人が言われた人間性の涵養ということが非常に大事だと思うんですよ、この法科大学院の中でも。
 そこで、司法試験を受けるについて苦労された井元参考人にお尋ねしますが、私は、やっぱり最近の日本人は、日本人だけでもないんですけれども、やっぱりその精神面の人間の在り方、日本、東洋人で言うならば、司法試験を受ける人は論語をある程度マスターしていたり、あるいは般若心経ぐらいの意味は知っている人間じゃないと、やっぱり人間の悪さを判断することにかかわるという、これが基本だというふうに私は思っておるんですが、その辺について御意見。
#48
○参考人(井元義久君) 私も先生の意見に全く同感でございまして、我々は、私の考え方でございますけれども、法律家は法律家である前に人間であれというのが私の考えでございまして、法律家になったからといっておれは偉いんだというような姿勢を取ってはならない、常に一人の市民として物事を考えていく力を常に持っていなきゃいけない。
 今までの法曹養成過程といいますか、それを見てみますと、大体、幼稚園のころからずっと大学を卒業するまで一貫して試験、試験、試験とやっていると。近くの運動場で見ると、昔は若い子が、男の子、女の子たくさん出てきまして、チャンバラやとかままごとやでやっていたんですが、最近はそういうものがちっとも見当たらない。そういう過程を経て、さらに司法試験というとんでもない難しい試験をやるわけですから、余裕がないわけですね。先生がおっしゃる般若心経を勉強するとか、心の余裕がないと。これではやはり私は駄目なんじゃないかという気がしております。
 ちなみに、私は、私の母親が寺の娘でございますので般若心経は全部暗記しておりますから、ここで申し上げるわけにいきませんが。そういうような、あるいはその心のゆとりを持てるような教育もやはり法科大学院では必要じゃないかなという気はいたしております。
 以上でございます。
#49
○平野貞夫君 政治家の世界も同じでございまして、子供のころ仲間同士でけんかやった人が最近政治家に少ないんですよ。だから、リーダーシップというのは、やっぱりいい意味の子供のころのけんかの掛け合いといいますか、収め合いといいますか、そういうことを知っている人が昔の政治家には一杯いたんですけれども、今は何となくコンピューターが人間になったような人が多いものですから面白みがなくなっておるんです。それは余計なことなんですが。
 そこで、須網先生にお伺いしますが、法科大学院の場合のやっぱり教員の確保というのが非常に問題だと思うんです。それで、例えば参議院の憲法調査会なんかにも、憲法を始め、各いろんな法律の先生ずっと呼んでやっておるんですけれども、最近の大学の先生の、何というか、知識はそれはあるでしょうけれども、技術的な知識は。人間としての魅力がほとんどないんですよ。僕はそれ文句ばかり言っておるんですが。先生は国際的にも活躍されて、立派だと思うんですが、ああいう人たちが法科大学院の教員になるかと思ったらぞっとするんですが、そういう意味で、やっぱり現職の大学の教師として、法科大学院の教員の在り方について意見をひとつ。
#50
○参考人(須網隆夫君) 教員の問題はやっぱり非常に重要なポイントでして、要するに教員が教えるわけですから、教員が十分な能力、識見、人間性を備えていなければ、当然、優秀な人間性豊かな法律家を育てることはできません。これはやはり、法科大学院の教員の中心は現在の法学部の教員ということになるんだろうというふうに思います。しかし、これに加えまして、実務家出身の教員というものを相当数加えるということになっております。この両者がともに協働してこの法科大学院を運営していくことによって、やはりどちらも私はいい影響を受けるのではないかというふうに思っております。
 例えば、研究者の教員の中にもこの法科大学院の話が出てから弁護士登録をしたいと、そして実際の実務をやってみたいということを希望される方というのは、徐々にですが、増えてきております。一方、実務家の側もやはりその研究者の研究というものから刺激を受けるという、こういうことは当然あろうかというふうに思います。
 ですから、実務家教員を加えることによって、また法曹を育てなければいけないという、そういう目的が明確になったということになって、やはりこれは新しい教員集団が、一、二年では無理かもしれませんけれども、中期的にはでき上がっていくんではないだろうかというふうに思います。
 大学の教員に対するいろいろ厳しい御批判は甘んじて受けますけれども、もちろん今までそういう機会がなかったということによる部分というのもかなりあるんだろうというふうに思うんですね。ですから、私はそれほど悲観はしておりません。
 以上でございます。
#51
○平野貞夫君 大変失礼なことを申し上げまして。
 井元参考人にお尋ねするんですが、私は、やっぱりベテランの大学教授も大事だと思うんですが、四十代の優秀な実務家の情熱みたいなものも法科大学院に供給すべきじゃないかという意見を持っております。
 それともう一つ、笑わないでくださいね。財政的基盤というのは物すごく大事だと思います。我々も政治の場でやるんですけれども、弁護士会としてもいろいろ知恵を出すべきだと思うんです。
 そこで、検討していただきたいのは、罰金とか、刑事罰で罰金ありますね、それから民事裁判でいろんなお金の賠償とかいろいろ出ますね。弁護士料からとは言いませんけれども、ああいうものから何%かを拠出して法科大学院用の基金にするというような方法は考えられないでしょうかね。
#52
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 弁護士会に罰金という制度がございませんので……
#53
○平野貞夫君 弁護士じゃなく全体の。
#54
○参考人(井元義久君) 全体のでございますか。それはちょっと関係省庁とお話をしてみないと、弁護士会がお金くれと言ってもなかなか、ただでさえお金をくれないわけですから、非常に難しいんじゃなかろうかなという気はいたしております。
 それで、ちょっとこれ法科大学院に直結するかどうかというと、ちょっと考えなきゃいかぬわけですが、今、私、第二東京弁護士会の会長職をやっておりまして、弁護士会のプロボノ活動をやろうということで、これを当会では現在、義務付けるというような方向で今諮問をしておりまして、もう賛成意見の方が多いという状況になってまいりました。そこで、そのプロボノ活動をやらない人からは年間決まったお金をちょうだいすると、これを二弁ではフロンティア基金というものを作りまして、これを公益活動に使っていこうというような方向付けをしております。
 したがいまして、場合によっては、我が第二東京弁護士会は大宮の佐藤栄学園というところと法科大学院に関する協定を締結しております。これ、九月の三日に締結しておりますが、ここでは当会が教学面で全面的に支援していくと。教学面と申しますのは、実務教員の派遣、それからカリキュラムの提供、それから授業の在り方等々、そういうものを提供していくと、佐藤栄学園の方は学校運営をやっていくということで協定書を結んでおりまして、したがいましてこれは正しく法科大学院の実務家教員というのはプロボノ活動の一環でございますから、このお金がそこら辺に使われるんではなかろうかなという気はいたしております。
 ちなみに、先生、先ほど、むしろ若い元気のあるということをおっしゃいましたが、日弁連では現在二百九十八名の実務家教員を把握しております。そして、この中から各法科大学院の要請に従って実務家教員を派遣していくというようなシステムを取っております。
 さらに、我が第二東京弁護士会、宣伝して申し訳ないんですが、第二東京弁護士会では、この大宮の法科大学院については四十名の教員体制で、そのうちの半分、二十名につきまして実務家教諭を派遣すると、現在この二十名のうちの十七名を募集しておりまして、大体やってくれるということでございます。
 ちなみに、この年齢でございますが、年齢というよりも弁護士の場合は司法研修所の期で言った方が分かりやすいと思いますので、一番高い人が二十二期、したがいまして弁護士経験が約三十三年と、年齢にして約五十の半ば、これが一番頭にあると。その後、四十何期とかずっと下がってきますので、現在、実務で実際に活動しておられる先生方をこの実務家教諭で派遣していくというようなことを考えております。
 以上でございます。
#55
○福島瑞穂君 社民党の福島瑞穂です。今日は本当にありがとうございます。
 ロースクールに入るに当たって、LSATという共通試験のようなものを導入して多様な人材を確保したらどうかということを政府参考人は言っているのですが、須網参考人に、このLSATというものに、どういうふうな形でロースクールに入る人を選抜をするのかということ。二つ目は、私は、ロースクールと司法試験って何か高校入試の一発試験と内申書にちょっと似ているような気はするんですね。確かに、一発勝負は風邪を引いていたりなかなか調子が出ないこともあるけれども、内申書はいい面もある反面、実に嫌な面もあって、子供たちを見ていると、やはり先生にどう思われるか、生徒会活動もしなくちゃいけないんじゃないか、あるいは友達がライバルになってしまって、例えば中学校三年間、小学校もそうかもしれませんが、中学校三年間、非常にお利口ちゃんで過ごさなくちゃいけないというのも結構しんどいものがあるなということを非常に思っているんですね。
 そうしますと、先ほど、突然ロースクールの法案が出れば大学生の授業の出席率が良くなったとおっしゃったんですが、大学時代はもちろん、でもサークル活動とかいろんな活動をするとかいうことも大変必要だと思うんですね。そういう点では、ずっと縛られ続ける。先生の御覚えめでたくロースクールに行き、ロースクールを無事卒業しなくちゃいけないんじゃないか。そうすると、結局、面白くも何ともない人が法律家になるんではないか。その点についてはいかがでしょうか。
#56
○参考人(須網隆夫君) お答えさせていただきます。
 これはやはり、法科大学院の入学者選抜の方法全体をお話しすれば今のような疑問は解消していただけるんではないかと思いますが、まず法科大学院の入学者選抜というのは、一つの要素ではなくて複数の要素を考慮して最終的に判定する、しかもその判定の仕方はそれぞれの法科大学院が独自に行うということが基本的な枠組みなんだろうと思うんですね。
 そこで、まず一つ考慮をされる要素として出てきているのが今おっしゃったLSATというものです。アメリカのロースクール・アドミッション・テストという、これの頭文字を取ってLSAT、LSATというふうに言っているわけですけれども、これは要するに、日本では普通、今、適性検査とか適性試験というふうに呼んでいますけれども、具体的に法律知識を試す試験ではなくて、論理的な物の考え方ができるかどうかというようなことをします。例えば、ある程度の長さの文章を読ませて、そこの中からどういうようなことが読み取れるのかというようなことを幾つかの選択肢があってそれを選択させると、こういうようなことを一定の限られた時間内にやるということ、これがこのLSATですね。
 しかし、LSATだけで別に決めると言っているわけではもちろんありません。このLSAT、適性試験の結果というのも一つの考慮要素であろう。そのほかに考慮する要素というのはいろいろありまして、例えば学部の成績であると、それからそれ以外に本人の今までの社会経験、当然、法科大学院は社会経験、社会人を入学させることを前提にしていますから、社会、どういう職種、どういう働いた経験があるかというようなこと、それから大学を卒業してすぐ進学してくる者については、大学時代に一体どういうような活動をしたのかというようなこと、それからさらに小論文であったり面接であったりそういったようなこと、これ各大学によって違いますけれども、これらを組み合わせて入学者選抜を行うと。
 だから、確かに、学部成績だけで足切りされるとか学部成績だけで決定されるというようなことになれば、もちろん内申書のような、何となく悪いイメージがあるかもしれませんけれども、これはその幾つかの要素の中の一つとして考えているわけですから、おっしゃるような弊害は余りないのではないだろうかというふうに思います。
 ただ、成績がいいか悪いかどっちがいいかというふうにいえば、もちろんそれはいい方がいいに決まっているわけですから、当然、出席は良くなるかもしれない。しかし、ちなみに、良くなったといっても、以前に比べれば良くなったといっているだけで、別に登録している全員が出てきているというわけではもちろんございません。
 しかも、こういう形でそれぞれの部分にどのようなウエートを置くのか、また学生時代の経験、社会経験といっても何に重点を置くのかというのは、これは大学によって違うわけですね。そうすると、ある大学では評価されなかったかもしれないけれども別の大学では評価されるという、こういう人が当然出てくる。例えば、アメリカでも、ある学生に会ったときに、これはハーバードですけれども、ハーバードは自分は受かったと。だけれども、ほかのロースクール、実は四校出したら全部落ちてしまったと。こういうようなことが当然あり得るわけですね。
 しかし、逆に、こういったような多様性の中で様々な優れた法曹になるのに適した人が吸い上げられることができるんじゃないか。むしろ、試験というのはあるその人の特定の能力だけしか見ないわけですから、そういう意味でいえば、こういったような選抜方法を取るということは、単に一発勝負だからということではなくて、試験というもの自体でその人の包括的な能力というのを見ることはできないんだと。これは今までの日本とはかなり、日本で行われてきたいろんなやり方とはかなり発想が違うかもしれませんけれども、そういう発想の転換に基づいて今申し上げたような入学者選抜の方法を考えているという状況でございます。
#57
○福島瑞穂君 法務省からの法科大学院に対する介入などが行われないようにという、慎重であるべきだという旨の発言が先ほどありましたが、この法にのっとりますと、法務省との関係もありますが、文部省との関係もあると。つまり、今まで最高裁判所の司法研修所は最高裁によっていたと。今度、ロースクール構想になりますと、法務省とそれから文部省が出てくる。文部科学大臣により認証された機関であることが、認証評価機関は必要で、文部科学大臣による監督下に置かれていると。ですから、文部科学大臣の裁量が広く認められております。文部科学大臣が報告又は資料の提出を求め、改善を求め、ひいては認証を取り消すことができると。
 そうしますと、私は余りよく知りませんが、アメリカのロースクール評価機関は行政の介入、政府の介入の余地はないというふうに聞いておりますが、その点についてはいかがでしょうか。須網参考人、いかがでしょうか。
#58
○参考人(須網隆夫君) まず、法科大学院というものは、当然、大学院でございます。ですから、その意味で、文科省、つまり最高裁判所じゃなくて文科省がそれを主管するということは、これは当然ではないんだろうかというふうに思います。もちろん、アメリカの場合には、アメリカの法曹協会、アメリカン・バー・アソシエーションがこの評価を行っております。その意味では、この制度とは少し違うところがあるわけですけれども、この認証評価機関の活動自体についてはやはり独立性が担保されているというふうに思いますし、またそうでなければいけないというふうに思います。
 もちろん、そういったような全く独立した機関ということの選択肢というのももちろんあり得たとは思いますけれども、現在の日本の全体的な制度の整合性を考えれば、この程度の文科省の関与というのはあっても仕方ないのではないだろうかと、こんなふうに思います。
#59
○福島瑞穂君 では、井元参考人にお聞きします。
 ロースクールは、その準備会の中では大体今百校ぐらい名のりを上げているやに聞いております。入学者の想定、要するにそれから司法研修所に入る人ですね、四千人ぐらいになるのか。先ほど須網参考人は資格試験じゃないからというふうにはおっしゃって、確かにそうなんですが、ただ、司法修習というものがありますから、一定の規模は、これは修習する上で必要だろうと。
 そうしますと、日弁連としては、例えばロースクールが今百校名のりを上げているわけですが、司法研修ということを考えると、入学者の想定はどう考えていらっしゃるのか。あるいは、その数が多くなると財政の援助もすごく必要だと思いますし、それから今議論している中では、難しいからかもしれませんが、予備試験とそれから司法試験を受かる人の数の割合などもまだ全然出てきてはおりません。その点について、数の問題についてはいかがでしょうか。
#60
○参考人(井元義久君) 井元でございます。お答えいたします。
 今、福島先生の方から八十校とおっしゃいましたけれども、今、法科大学院協会というのが、準備会といいますか、正確には、それができておりまして、大体そこに出てきている学校が約九十三校でしたか、その中で八十校ぐらいだと言われておるわけですが、これは文科省の設置基準がございますので、この八十校全部が設置基準を満たせるかどうかというのが一つの問題でございまして、具体的な数字は日弁連の方としましてはとやかく言える数字じゃございませんが、ちまた間では恐らく五十校程度ではなかろうかという具合なことが言われているようでございます。
 数のことになりますと、これは正しく日弁連が関与できるような問題じゃございませんけれども、例えば司法研修所のキャパシティーの問題等々については、従前から日弁連はもうちょっと司法研修所を東京だけじゃなくて大阪にあったっていいじゃないかというようなことも言っておりましたけれども、なかなかそういうものは実現されない。そうすると、どうしても、司法試験に合格者数が司法研修所のキャパシティーをオーバーした場合にはどうなるのかということが出てまいりますが、我々は正しく今そこを懸念している。これを最高裁の方でどう対応してくれるのかなということになろうかと思います。
 いずれにしても、この人数の問題につきましては、日弁連といたしましては、全く不確定な要素がたくさんございますので、今ここでどうこう対応するということは考えられない、要するに考えることができないというような状態になっておるということでございます。
 以上でございます。
#61
○福島瑞穂君 アメリカのロースクールがバーアソシエーションの監督下にあって政府の介入を受けないという話が先ほどありましたが、もう一つ、司法試験管理委員会は、現在、国家行政組織法三条に定める行政委員会で、法務大臣の所轄の下に置かれるものですが、今度できる司法試験委員会は法務省の一機関ということになると。先ほど井元参考人の方から研修所の刑事弁護教官に三回拒否されたという話がありましたが、例えば日本弁護士連合会からの推薦が要件と今まではされておりましたけれども、今後はどうなっていくのか。つまり、今度、司法試験の研修、司法試験委員会事務局の権限が非常に強くなってしまうんではないかという点についてはいかがでしょうか。
#62
○参考人(井元義久君) 私は、逆の方向を考えておりまして、現在の司法試験委員会というものが、管理委員会というものが、これは最高裁の方が大体主導権を握っているような状態じゃなかろうかと思います。今度の委員会は、それぞれの法曹三者からも入ってまいりますのでそうはならないんじゃないのか、むしろ現在よりもオープン化されるようなものになるという具合に私は考えております。その中で、先ほど申し上げたような、いい教官をどんどん推薦できるような制度を我々は目指していきたいという具合に考えております。
 以上でございます。
#63
○福島瑞穂君 経済的なことで、二百万から三百万、年間、生活費も入れると一千万ぐらいということで、あと、ロースクールを卒業して司法試験に合格するまで、四月から十一月まで間があると。今、研修所に入れば最低、たしか公務員の初任給をもらえるんですが、今後それがどうなるのか。
 そうしますと、うっかり法律家として一人前になった時点で何千万かの借金を背負っているという状況も考えられるわけですが、日弁連としてはその点についてどうお考えでしょうか。
#64
○参考人(井元義久君) 冒頭に申し上げましたように、やはりこれは大変な問題でございまして、できるだけ財政的支援をしていただきたい、財政的措置を取っていただきたいと。
 例えば、先ほどプレゼンテーション申し上げましたように、育英会の貸付上限を増やすとか、あるいは民間の教育ローンを充実させるとか、そういうような方法がまず考えられるべきだと考えております。
 さらに、先ほどからちょっと申し上げております弁護士過疎地、いわゆる司法過疎地に行く弁護士、あるいはそちらの方で裁判官、公的な職務に就く人たち、この人たちの奨学金を免除するというような方法も考えてもいいんじゃないかという具合に考えております。
 以上でございます。
#65
○福島瑞穂君 以上です。
#66
○委員長(魚住裕一郎君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変お忙しいところ貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。当委員会を代表して厚く御礼申し上げます。(拍手)
 本日の審査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後零時二十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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