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2002/02/13 第154回国会 参議院 参議院会議録情報 第154回国会 共生社会に関する調査会 第1号
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2002/02/13 第154回国会 参議院

参議院会議録情報 第154回国会 共生社会に関する調査会 第1号

#1
第154回国会 共生社会に関する調査会 第1号
平成十四年二月十三日(水曜日)
   午後一時一分開会
    ─────────────
  委員氏名
    会 長         小野 清子君
    理 事         有馬 朗人君
    理 事         清水嘉与子君
    理 事         田浦  直君
    理 事         羽田雄一郎君
    理 事         吉川 春子君
                有村 治子君
                大仁田 厚君
                大野つや子君
                小泉 顕雄君
                後藤 博子君
                段本 幸男君
                中原  爽君
                山下 英利君
                岡崎トミ子君
                郡司  彰君
                小宮山洋子君
                鈴木  寛君
                平田 健二君
                風間  昶君
                弘友 和夫君
                山本 香苗君
                林  紀子君
                高橋紀世子君
                田嶋 陽子君
    ─────────────
   委員の異動
 二月六日
    辞任         補欠選任
     田嶋 陽子君     大渕 絹子君
 二月十二日
    辞任         補欠選任
     岡崎トミ子君     千葉 景子君
     吉川 春子君     八田ひろ子君
 二月十三日
    辞任         補欠選任
     千葉 景子君     岡崎トミ子君
     八田ひろ子君     吉川 春子君
     大渕 絹子君     田嶋 陽子君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         小野 清子君
    理 事
                有馬 朗人君
                清水嘉与子君
                田浦  直君
                羽田雄一郎君
                風間  昶君
                高橋紀世子君
    委 員
                有村 治子君
                大仁田 厚君
                大野つや子君
                小泉 顕雄君
                後藤 博子君
                中原  爽君
                山下 英利君
                郡司  彰君
                小宮山洋子君
                鈴木  寛君
                千葉 景子君
                平田 健二君
                弘友 和夫君
                山本 香苗君
                八田ひろ子君
                林  紀子君
                大渕 絹子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        岩波 成行君
   参考人
       駿河台大学法学
       部教授      吉田 恒雄君
       筑波大学心身障
       害学系教授    宮本 信也君
       エンパワメント
       ・センター主宰  森田 ゆり君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○理事選任及び補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○共生社会に関する調査
 (共生社会の構築に向けてのうち児童虐待防止
 に関する件)
○政府参考人の出席要求に関する件
○委員派遣承認要求に関する件

    ─────────────
#2
○会長(小野清子君) ただいまから共生社会に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告をいたします。
 去る一月十七日、渡辺孝男君が委員を辞任され、その補欠として風間昶君が選任をされました。
 また、去る六日、田嶋陽子君が委員を辞任され、その補欠として大渕絹子君が選任されました。
 また、昨日、岡崎トミ子君及び吉川春子君が委員を辞任され、その補欠として千葉景子君及び八田ひろ子君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(小野清子君) 理事の選任及び補欠選任についてお諮りいたします。
 本調査会の理事割当て会派の変更に伴い、一名の理事の選任を行うとともに、委員の異動に伴い現在欠員となっている理事の補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(小野清子君) 異議ないと認めます。
 それでは、理事に風間昶君及び高橋紀世子君を指名いたします。
    ─────────────
#5
○会長(小野清子君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 共生社会に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○会長(小野清子君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○会長(小野清子君) 異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#8
○会長(小野清子君) 共生社会に関する調査を議題といたします。
 「共生社会の構築に向けて」のうち、児童虐待防止に関する件について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、駿河台大学法学部教授吉田恒雄君、筑波大学心身障害学系教授宮本信也君及びエンパワメント・センター主宰森田ゆり君に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして誠にありがとうございました。
 参考人の方々から、「共生社会の構築に向けて」のうち、児童虐待防止に関して忌憚のない御意見をお述べをいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 議事の進め方でございますが、まず、参考人からそれぞれ十五分程度御意見をお述べをいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えをいただく方法で進めさせていただきたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
 それでは、吉田参考人からお願いをいたします。吉田参考人。
#9
○参考人(吉田恒雄君) こんにちは。吉田でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 本日は、このような席で児童虐待についてお話をさせていただく機会をいただきましてどうもありがとうございます。
 私は、今御紹介いただきましたように、駿河台大学に籍を置いておりますけれども、児童虐待に関しましては、子どもの虐待防止センターというNGOの機関に身を置いたり、また現在、児童虐待防止法の改正を求める全国ネットワークの事務局、また日本子どもの虐待防止研究会の運営に携わるなど、いろいろな方面から虐待についてお話を伺っております。
 今日のお話は、これらの経験を基にして、児童虐待防止制度がどのようにあったらよろしいのかということをお話しし、同時に、その前提として虐待防止法施行後どのような状況にあるのかということもお話ししたいと思います。時間が限られておりますので、あらましだけをお話しして、詳しいところは後ほど御質問をお受けしたいと思います。
 お手元のレジュメにございますように、まず最初、児童虐待防止法の意義と限界ということですが、これを簡単にお話しさせていただきます。
 児童虐待防止法が平成十二年五月にできまして、この法律ができたことによって、今まで行政通知等によって行われていた対応が法的根拠として大変明確になったと、現場が仕事をするという点で大変やりやすくなったという声が一つございます。また、二点目として、連携が法文化されたということで、これもかなり確実な連携が迅速に行われる。資料にございますように、ある調査によりますと、特に警察の援助に変化があり、対応が早くなったというような調査がございます。さらに、児童虐待の禁止が法文上明記されたということで、虐待に対する関心が大変高くなった。それに合わせて通告件数が増加したということも言えるかと思います。
 ただ、虐待防止法の限界ですけれども、当初の立法時の状況から、時間的に大変差し迫っていたことが一つございまして、必ずしも十分な立法とは言えなかったのではないか。スタートラインに立ったということは言えるかと思いますが、この法律の持つ実効性という点ではなお疑義が残る点であります。それからもう一つ、民法その他、親権とも関連いたしますけれども、他の法律との整合性、これが十分に図られていないということを見ていきますと、虐待防止制度に関しましては今後の見直しが非常に重要になるだろうと。防止法の附則にも規定されておりますけれども、三年後の見直しというものに対する期待は大変大きいというふうに言ってよろしいかと思います。
 さて、虐待防止法施行後の状況でありますけれども、この調査会でも既にお話があったかと思いますけれども、私どもの方で耳にしているところをお伝えしたいと思います。
 児童虐待について通告件数が増加しているということは御承知のとおりかと思いますけれども、それにつれて児童相談所の機能がかなり限界に近づいてきているということも指摘できるのではないかと思います。児童相談所によっては、バーンアウトした福祉司さんがいらっしゃるということも聞いております。
 その背景として、虐待の認識が高まったことで通告が増えましたけれども、その通告のありようが、児童相談所にただお願いするというだけで、後は頼みました、これを丸投げ通告と言うんだそうです。ほとんど情報もないまま調査に入るということで突撃調査というふうに言う人もいますけれども、こういうところで大変児童福祉司の方のストレスが高まっているということも言えるのではないか。また、関係機関との連携、ケースコンファレンス等で親子分離の圧力が大変強くなっていると。その中で、もう一方でケースワークとどう両立させるかというところで苦労されているということも聞いております。
 そのほか、家庭復帰をめぐる問題、特に死亡ケースなどが出ておりますけれども、こうした問題であるとか連携の難しさがあると。
 こうした児童相談所の在り方を考えていく場合に、現在、児童相談所に権限がかなり集中していると、これでよろしいのかどうか。特に、今後の制度の在り方を考える上では、市町村の役割、地域の役割というのが大変重要になるのではないかと思います。
 また、児童相談所の対応ということでは、親からのトラブルも大変増えている。これも一月末に新聞報道がありましたけれども、児童福祉司に対する加害行為がかなりあると。昨年の上半期だけで三百五十二件の加害行為があったということであります。
 それと並行して、今度は保護者の方からの法的主張も増えてきた。行政不服審査法に基づく不服申立てが六十九件。そのほかに、子どもに対する人身保護請求であるとか、子どもの居場所を教えろという情報開示の請求でありますとかもちらほら出てきているということを考えますと、こうした親の権利主張に対する対応というのも今後考えておく必要があるだろうと思います。
 それから、児童福祉施設の状況ですけれども、これも特に大都市圏ではかなり満杯状況に近づいている、これも皆さん御承知のとおりかと思います。これは省略いたしまして、その次、電話相談の変化です。
 これは東京、大阪等の民間相談機関で行っております虐待者からの電話相談についての調査ですけれども、目撃者や一般市民からの通報が若干増えたほかに、親からの反応が少し変わってきたと。自分の子どもの泣き声に大変ナーバスになる親御さんが出てきたということであるとか、また、相談をすると子どもを取り上げられるのではないかというふうに恐れる親御さんも出てきたという報告がございます。
 こうして見ますと、社会全体として児童虐待について大変過敏な状況になっているのではないかというふうに思います。これをどのように受け止めて今後の制度改革につなげていくかということかと思います。
 その他としては、警察の連携の在り方でありますとか、誤って通告された親御さんの名誉回復の問題でありますとか、こういう問題もちらほら聞かれるようになっております。
 さてそこで、児童虐待防止法制度をどのように組み立てていったらよろしいかということですけれども、基本的な考え方としては、我が国が批准いたしました児童の権利条約、これを基盤に据えるということが大事かと思います。最終的には親の権利制限というよりは親の養育をどのように支援していくのかと。国や自治体と親とのパートナーシップの下で子の養育支援をし、その結果として子どもの権利につなげるという、こういう方向を目指すべきではないかと思います。
 そして、児童虐待施策ですけれども、これは広く言えば児童福祉施策の中に位置付けられるべきではないかと思います。言い換えれば、虐待施策だけ突出して独自の分野を構成するというよりは、広い児童福祉の中の一環として、一部として児童虐待施策を位置付ける、基本はあくまでも育児支援にあるというふうに考えた方がよろしいのではないかと思います。
 その場合の虐待対策ですけれども、これも総合的な虐待対策が必要だろうと。プリントで、@として虐待対応の五段階とありますが、これは六段階でありまして、これはアメリカのある学者がおっしゃったんですけれども、社会の対応の仕方として段階を経ていく。一つは、虐待なんかないんだという段階から始まる。それから、身体的虐待があるという認識が高まり、被虐待児を今度は施設に保護する。そしてその次に、親の治療への挑戦が始まり、性的虐待の認識が出てき、最終的に予防への取組に進む、こういう段階があるんだという考えです。
 これから見ますと、我が国の場合には今、親治療がやっと始まった段階ではないかと。最終的には児童虐待をなくす、児童虐待の発生をどう予防するかということを究極の目標に置くべきではないかと思います。
 そのためには、基本としてはあくまでも在宅の支援ということ、いかにして親子がともに安心して暮らせるようにするか、これを確保することが大事かと思います。親子分離というのはあくまでも例外ですし、虐待するというのも、これも例外的なことでありますので、法制度を考えるときには、こうした親子が安心して安全に暮らせる状況を作り、そして例外的な場合に対して強制的に介入するという、こういう仕組みが基本かと思います。
 したがいまして、親子分離に当たりましては、親や子どもの意向が当然重視されなければいけませんし、それに反するような、またその手続については裁判所の関与というものが必要になってくるというふうに思われます。
 さらに、虐待の概念の多様性というふうに書きましたけれども、総合的な対応ということで関連しますが、それぞれの虐待の程度、内容が異なってまいりますので、虐待施策についてもそれに応じたものが必要だろう。
 ここに挙げましたように、これはある保健婦さんの報告なんですけれども、健康な親子群に対する対応、これは発生予防ということになるでしょうし、育児不安がある親子については発生予防やその進行を予防する。虐待の不安があるという人に対しては進行を予防し、現に虐待しているという人についてはそれが更に深刻化しないように、さらには世代間連鎖が起こらないような対応が必要だろうと。ここで初めて法的な、また強制的な介入というものが出てくるわけで、全体の位置付けとしてはこの一部にしかすぎないわけですね。
 先ほど申し上げましたような主客転倒することのないような虐待施策を構築することが大事かと思います。その意味では、児童虐待を現在の防止法のように一律に定義するというのが適切なのかどうかというのは、もう一度考えてみる必要があるかと思います。
 そして、児童虐待施策の構築ということですけれども、長いスパンで見れば、先ほど来申し上げましたように、虐待をどのように発生予防するかということが究極の目的であるかと思います。そのための人員の整備なり物的な整備というのがなければいけないだろうと。ただ、それを待つ前に、現在急増している虐待事件についてどう対応するかという短期的な課題があるかと思います。このための整備ということで児童相談所や児童福祉施設、また治療的なかかわりというものを育成し、充実するというのは急務かと思います。
 法的な課題ですけれども、短期的に見れば、先ほどお話ししましたような施行後の状況から見ますと、一つは、司法的な関与、裁判所の関与という点が乏しい部分が少なくない。
 例えば一時保護については、裁判所の関与、また、親、子どもの同意なしに行い得るということですけれども、こうした行政権の行使というのが適切かどうかということです。
 さらに、二十八条審判によるとありますけれども、家庭裁判所の審判によって子どもが児童福祉施設等に入所した場合、その引取りを求めるということが現在、法制度上、大変難しくなってくる。この辺りの親の側の主張する場の保障ということがあってもよろしいのではないか。
 さらに、親との関係で考えますと、施設入所中の子どもの監護について、これも公の場で公正中立に争える場所があってよろしいのではないかと思われます。
 その次のページ、実効性の伴わないということですけれども、児童福祉司指導との関係で、これも児童虐待防止法の十一条で設けられましたが、なかなか実効性に乏しいというのが現場の声として上がっております。これをどうしたらよろしいかというのも大きな課題かと思います。
 基本的な課題としては、先ほど来申し上げました児童虐待の程度や状況に応じたきめの細かい総合的な施策が必要でしょうと。そして、強制的な介入に関しては、節目ごとに司法的な関与ができるような制度が望ましいのではないかと思います。その前提として、当然、人的、物的資源の質的、量的な充実をしていかなければいけないだろうということです。
 具体的な課題、これはごくごく具体的な課題ですけれども、一つは通告の制度についてです。
 現在の虐待防止法の六条では、児童虐待を発見した者、これは通告しなければならないとなっておりますが、現在、いろいろな調査を見ますと、虐待かどうかの判断が難しい、そのために通告できないという答えがかなり多いとすれば、条文上は、発見した者というよりは、児童虐待の疑いのある児童を発見した者とした方が適切ではないかと思います。
 また、守秘義務との関係で言いますと、この六条で守秘義務の免除がなされましたが、それ以外の法的な責任、例えば民事上の責任でありますとか、これらについても免責規定が必要ではないか。ただし、悪意とか重大な過失の場合にはその限りではないという留保を付ける必要があるだろうと思います。
 そのほか、家庭裁判所の承認による入所措置の解除、それから入所中の親権について、一時保護については先ほどお話ししたとおりであります。
 児童福祉司指導の実効性の問題ですけれども、これは制度的に治療命令という制度を作るということも考えられないではありませんけれども、果たして現在の法制度全体から見てなじむのかどうか。当面は運用によってこうした治療を動機付けるということも考えられてよろしいのではないかと思います。
 それから、その次の民間機関の活用ですけれども、この点につきましては、援助の部分についてもそうですし、それから治療の部分についてもかなり先進的な取組がなされております。これらが保健所等に広まっているという現状からしますと、こうした民間機関を今後、虐待の防止、また治療にどのように組み込んでいくか。単に組み込むだけではなくて、確実に行うことができるような財政的な支援というものまで含めた活用が必要かと思います。
 今後の中長期的な課題としては、親権や未成年後見制度の見直しが必要だろうということです。
 終わりにですけれども、先ほど申し上げましたように、見直しの機運が大変高まっている。児童相談所関係者、施設関係者の声も大変高くなっておりますし、それからお手元のチラシにありますような、今日お配りした児童虐待防止法の改正を求める全国ネットワークというものですけれども、今度第三回目のシンポジウムを開きます。虐待にかかわるそれぞれの分野の方から現状とそれから改正の方向の在り方についてのお話をいただいております。こうしたものを踏まえながら、今後の防止法の見直しにつなげていきたい。
 特にお願いしたいのは、児童相談所、児童福祉施設等の現場の人の声に耳を傾けていただきたいということであります。それから、もう一つは当事者ですね、虐待を受けた被害者、虐待をする、やむなく虐待をする親、これらの当事者の声にも耳を傾けていただきたいと思います。防止法の見直しに当たりましては、成立当初のような時間がないまま発車するということなく、じっくり時間を掛けて法制度の充実に努めていただきたいと思います。
 そのためには、我々民間の者も含めて、厚生労働省を始めとする公の機関、また先生方の国会の動きとともに、民間もその中に加わりながら法改正の見直しに努めていきたいということを最後にお願いして、私のお話とさせていただきます。
 どうもありがとうございました。
#10
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 それでは、次に宮本参考人にお願いいたします。宮本参考人。
#11
○参考人(宮本信也君) 筑波大学の宮本と申します。
 本日は、本調査会で発言の機会を与えていただきましたことに感謝申し上げます。
 私は小児科医でございます。小児科医で子どもの心の問題を扱っております。その関係で、虐待を受けた子どもたち、あるいはその家族と接する機会がございまして、本日の機会を与えていただいたものと思います。
 本日はスライドを用いてお話しさせていただきます。お手元の資料はスライドの内容と同じものになっておりますので、適宜併せてごらんいただければよろしいかと思います。
 本日の私のお話は、主といたしまして虐待を受けた子どもたちへの心のケアと、そしてその親への対応を予防的な視点からお話しさせていただきたいと思います。私は医者でございますので、どちらかと申しますと極めて具体的な、どのようにするのか、何をしたらいいのかということをお話しさせていただきたいと思います。
 最初に、導入でございますが、虐待が子どもたちにどのような影響を与えるのかというのを、御承知かと思いますが簡単にお話しさせていただきます。(OHP映写)
 虐待が子どもたちに与える影響は、体の面への影響と心の面への影響がございます。
 体の面への影響の最も大きなものは死亡でございます。虐待を受けた子どもたちがどのくらい亡くなるのかということに関しましては幾つかの調査報告がございますが、必ずしも一致しておりません。今からもう十五年ほど前の大阪府の調査では、五%という驚くべき数字が出されております。最近では一%前後、それでも虐待を受けた子の百人に一人は亡くなるという非常に大きな事実がございます。法医解剖例で見ますと二週間に三人、一週間に一人から二人、虐待で死んでいるというのが現在の日本の実情です。また、障害に関しましても、後遺症としての障害がかなり起こることが知られております。
 一方、心の方の問題につきましては様々な問題行動という形で見られることがございます。小さい子どもでは、食行動の異常とか、反応がない、集団から外れるとか、それから大きい子になりますと非行であるとか、性的虐待に関しましては売春を含めた性的な逸脱行為等が起こりやすいことが知られております。
 さらに、御理解いただけますように、虐待というのは子どもたちの心に非常に大きな傷を与えます。様々な精神障害が虐待を背景として発展することが知られております。最近はやりの、小学校あるいは小さい子どもたちが集団で外れる、学校の中で教師の言うことを聞かないというような集団行動が取れない子どもたちも、虐待が背景にあることがかなり多いことが知られております。また、拒食症であるとか神経症、さらには阪神・淡路大震災で有名になりましたPTSD、そして大人になりますとアルコール依存、覚せい剤、そしてそういう言い方はどうか知りませんが、反社会的な行動、いわゆる犯罪という、こういった様々な問題の背景に虐待があることが知られております。
 子ども虐待と反社会的行動の間には極めて密接な関連があることが知られております。米国での調査、千人近い子どもたちを二十年以上追い掛けた調査では、約半数が軽犯罪、約五人に一人が暴力的な犯罪で逮捕されたという報告があります。我が国でもようやく最近法務総合研究所が少年院に入っている子どもたちを調べた結果、十人のうち七人が虐待を受けていたという驚くべき報告がございます。
 結局、虐待を受けた子どもたちは、一〇〇%、必ず何らかの心の問題を持つと言うことができます。今申し上げました問題行動、精神障害、犯罪のほかに、心の不安定さという特性がございます。
 このような子どもたちの状態に対してどのように対応するか。これはただいま吉田先生もお話しされたことですが、子ども虐待への対応というのは、大きく子ども虐待状況への対応と予防と二つに分けることができるかと思います。
 初期対応といたしましては、子どもの安全の確保、安全が確保された後の対応は、子どもの心のケアあるいは子どもの成長、発達の保証、そして親のケア、それをもって家庭への復帰、さらに復帰した子どもが大人になって自立して子どもを持って上手に育てることができる、ここまで追い掛けて虐待の対応がうまくいったと言えると思われます。
 一方、では現在の我が国はどのような状況かと申しますと、初期対応に関しましては、ようやくそのノウハウがある程度検討が終わった段階かと思います。まだもちろん地域によって温度差がございますが、それはこれから普及していく段階というふうに考えます。しかしながら、それ以後の子どもの心のケアを中心とした予防まで含めた対応に関しましてはまだこれから、ようやく手を付けるという段階かと考えます。特に、この子どもの心のケアと親への対応、そして予防、これが今現在緊急に検討する必要があると思われる課題です。
 子どもたちの心のケアに関してお話しさせていただきます。
 心のケアに関しましてはどのように行うか、あるいはどのようにするかということですが、虐待を受けた子どもたちが持つこの四つの心の問題に関して、それぞれ青で示したようなこういった技法を用いた、あるいは対応方法が考えられます。そして、それを行う場所がこちらのオレンジのこういったところで行うという、そういうシステムになります。
 一方、子どもたちは、心の問題ではなくて子どもたちの健全な人格形成そのものも保証されなければいけないわけですが、これに関しましては、生活の中で子どもたちを支えていくという対応が必要かと思われます。それがこういった機関で行われるということになります。
 ところで、実際の現在の日本の状態はどうかといいますと、養護施設における生活・環境療法に関しましては、先ほどお話ししましたように、これは子どもたちの心を育てる意味では意味がありますが、問題の治療という点に関しましては極めて限界がございます。里親制度に関しましても、御承知のように、極端な言い方を申しますと、里親さんによって非常にその結果が異なるという欠陥があります。養護施設そのものにカウンセラーを配備するという事業が平成十一年度から開始されておりますが、これもカウンセラーの数の不足、そしてそういった子どもたちの、虐待を受けた子どもたちの心のケアの研修体制がないということから、残念ながら今まだ極めて不十分な状態です。専門家による個別治療が細々と行われておりますが、圧倒的な物理的な数の不足によっていまだボランティア的にやられているという状況でございます。
 結局、現在の我が国における子どもの心のケアの問題点は三つにまとめることができるかと思います。
 一つは、対応機関の役割の混乱でございます。本来、子どもたちの心を育てる場であるはずの養護施設や里親に治療の役割を求めているという状況がございます。これではなかなかうまくいかない。結局、むしろ本来のその育てるという役割すら低下してしまうというおそれがございます。一方では、治療機関の絶対的な不足というのがございます。これは結果といたしましては早期治療が困難となりまして、非常に問題が深刻化して、もうこのまま見過ごしてはいられないという状況になって初めて対応が考えられるという状況を生み出すことになります。また、虐待の問題は、心を育てる問題から犯罪まで非常に幅広い問題を抱えております。そういった幅広い問題に対応する方法論が確立されていないという状況がございます。
 このような問題に関してどのような対応をしていったらいいかですが、対応機関の役割の混乱に関しましては、それぞれの治療機関と養育機関の役割を明確にし、そしてそれぞれの地域における資源の整理が必要かと思われます。その上で、それらの有機的な連携体制を作るということが必要かと思います。具体的には、地域ごとに子ども虐待に対する対応資源のマップを作る等のことが想定されます。
 一方、治療機関の絶対的不足に関しましては、これは昨今の社会状況を見ますと、数あるいは人、人的資源を早急に増やすということはかなり困難かと思われます。そういたしますと、既存資源をいかに活用するかという対応方法が望まれるかと思います。具体的には、教育領域に関して昨今スクールカウンセラー等が多く配備されているわけですが、こういった施設、資源を有効に活用する方法を考える、また、現在あるカウンセラーや養護施設の職員等への研修体制を強化することで彼らの治療能力を高める等の対応が考えられるかと思われます。
 また、対応方法の未確立ということに関しましては、これは虐待を受けた子どもたちの心の問題がどのように生じてどのような経過をたどるのかということを把握した後に、現在私たちが持っている対応方法の適応と限界を明確にした手引を作るということが望まれるかと思われます。
 そのほか、子どもたち、虐待を受けた子どもたちの心のケアをすることの経済的効果の試算が望まれるかと思われます。ある精神科医が申しておりましたが、子ども虐待へ的確に対応することができるようになれば、恐らく警察と大人の精神科医はかなり暇になるだろうと言っております。恐らく私はそれは事実だろうと思います。ということを考えるだけでも、子どもたちに十分お金を掛ける社会的な意味があるかと思います。
 そのような心のケアをいつから始めるのかということですが、これは幾つかの文献あるいはまた私自身の臨床的な経験からも言えることですが、非常に劣悪な養育環境から子どもたちを救い出した場合、六歳までに子どもたちを救い出しますと、その子たちはほとんど全例知能が正常に発達いたします。しかしながら、六歳を超えてから救い出された子どもたちは、これは逆にほとんど全例が永続的な知能の遅れを来します。
 また、これはアメリカでのある早期介入のプログラムの結果ですが、赤ちゃんのころから五歳から八歳までずっと続けて介入していった場合には、その子たちの知能は全員正常になった。ところが、赤ちゃんから幼児期は何もしないで五、六歳から初めて介入した場合には、九割近い子が正常範囲以下の知能を持った。何も介入しない場合には全員が知能障害を持ったという、このような報告がございます。
 こういったことから考えますと、これは知能面の問題ではございますが、就学前までの介入が極めて重要であるということが考えられます。具体的には、日本の制度を考えますと、幼稚園、保育所、そしてつながりという意味で小学校、ここでの介入が極めて効率的というふうに考えられます。
 実際問題として、普通の集団生活、学校生活を送るということは、子どもたちの心の健全な発育には極めて有効なことです。ということは、子どもたちのメンタルヘルスに関して、保育・教育機関は現在日本の社会において最も強力な資源の一つであるというふうに考えられます。これを使わない手はない。
 ということで、結局、今後考え得る一つの方法といたしましては、今、幼稚園、保育所、小学校に虐待を受けた子どもへの対応の能力を持たせることで、六年後の虐待を受けた子どもたちの心の問題の軽減を図ることができるかもしれないということが推定されます。そのためには、幼稚園、保育所、小学校での対応を検討するモデル事業が強く望まれると思われます。
 最後に、予防に関してですが、虐待の予防というのはどこでだれがすることなのか。
 これの前提といたしましては、通常の産科的ハイリスク要因はすべて子ども虐待のリスク要因であるというふうな調査結果がございます。通常の産科的ハイリスク要因と申しますのは、例えば妊娠中毒症が強いとか、あるいは母親の精神的な安定がないとか、あるいは望まれない妊娠とか、あるいは未婚の妊娠とか、あるいは非常に若い妊娠とか、そういう様々な心身両面の要因でございます。
 一方、だれが考えても分かることですが、虐待が生じる直前までその親子が楽しさと幸福に満ち足りていたということはあり得ないことです。虐待が起こる前に、必ずその育児状況に何らかの混乱が生じています。ということは、育児の問題として虐待の問題を早期に発見できる可能性があるということになります。
 このことから、妊婦健診、周産期診療、周産期というのはお産の前後という意味でございますが、そして乳幼児健診の場が虐待のハイリスク群の発見、対応に適していると考えられます。これに従事するのは産科医、助産婦、小児科医、小児科看護婦、保健婦が考えられます。
 子ども虐待への予防に関しましては、大きく二つの、医療の方からは二つの形式が考えられます。子どもが生まれる前と子どもが生まれた後のことでございます。
 ここでは生まれる前の予防を超早期予防というふうに申しました。超早期予防と申しますのは子どもの出生前にハイリスク群の把握、対応を行うということです。具体的に申しますと、妊婦さんが、妊娠している母親の心理的な不安定感ないしは夫婦間の問題、DVが一番そのいい例ですが、あるいは妊娠状況、不幸な妊娠状況、望まれない妊娠であるとか、そのような状況があった場合、それはもう既にその時点で虐待のハイリスクであるというふうに把握し対応を考えるということになります。対応に関しましては、母親の精神的な安定と妊婦さんが抱える様々な問題への支援体制を整備するということです。そのための具体的な対応方法の一つの案としてこういったことが言えるかと思います。
 一方、もう一つの出生後の予防に関しましては、このように考えられます。問題とされる養育状況すべてが子ども虐待とは言えるわけではございません。また、虐待につながる状況は、通常の子育ての問題から親が精神障害を持つ病理的なものまで非常に幅が広いものでございます。また、これが忘れてはいけないことですが、虐待している保護者はほとんどが自分は虐待しているとは思っていないということです。ここから始めなければいけません。と考えるならば、通常の育児支援の流れの中で虐待状況への予防を考えるのが現実的かと考えられます。
 結局、母子保健活動としての子ども虐待への対応ということが考えられるかと思います。日常の育児支援活動が結局はそのまま子ども虐待の予防、対応につながるというふうに考えることができます。日常の子育て支援の一つであると認識すること、そして虐待予防も考慮した母子保健の方法論の開発が必要かと思います。具体的には、妊娠した妊婦さんに配付されます母子手帳に、子どもに対して親がネガティブな感情を持つことがあること、それはおかしくはないこと、そのような感情の対処方法や相談場所等を掲載する等が考えられるかと思われます。これがまとめになります。
 以上です。
#12
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 それでは次に、森田参考人にお願いいたします。森田参考人。
#13
○参考人(森田ゆり君) 森田です。私のレジュメがありますので、是非見てください。
 最初に、私がどんなことをしているのかということをちょっとお話しすることで、どういう現場の人たちの意見を私は代弁しているのかということを分かっていただけるかなと思います。
 私は、児童虐待とかドメスティック・バイオレンスあるいは人権と多様性社会、こういった問題にかかわる専門職の研修プログラムを開発、作成しまして、それを実施する、研修するトレーナーという仕事を過去二十二年間やってきました。最初の十七年間はカリフォルニア州でそういう仕事をしていました。五年前に日本に帰国しまして、専門職研修を提供する機関としてこのエンパワメント・センターというのを設立しました。現在、大体二日から三日間ぐらいですから二十時間ぐらい、二十四時間ぐらいの集中的な研修を年に二十回から二十五、六回やっています。東京と関西と二つの場所でやっています。大体、毎年千二百人ぐらいの修了生を出しています。
 この専門職研修の受講者というのは大体虐待の現場にいる人たちがほとんどです。児童相談所、福祉事務所、婦人相談所の福祉司であるとか、臨床心理士であるとか、所長さんたちであるとか医療関係者、それから司法関係の方たち、あるいは養護施設の職員であるとか、あと学校関係、カウンセラー、セラピスト、全く本当に様々な人たちが来られます。地域も沖縄から北海道まで、いろいろなところから来られます。
 その資料として、二番目の、水色の紙がありますので、時間があるときに見ておいてください。どんな研修をしているのかということですね。
 それから、そういう研修に来られてつながりを持った児相のケースワーカーの方たち、婦相の方たち、そういう方たちの相談に乗っています。非常に困難な虐待のケース、どういうふうに動いていったらいいのかとか、いろいろな虐待の現場における問題に相談に乗るという、そういうことをしています。
 かなりの数で、大体電話でしているんですけれども、ここ一年半ぐらいすごく多くなってきたのが児童相談所の児童福祉司の疲れということですね。これは、児童虐待防止法施行になって、当然通告が非常に増えていった。それからさらに、いろんな仕事が今まで以上に児相のケースワーカーの肩の上に乗っていたということと関連があると思います。そして、にもかかわらず虐待死がなくならず、虐待死で特に児相がかかわっていたときには非常に強い攻撃をメディアから受けていく、そういったものを一身に背負ってかなり疲れているケースワーカーの人たちが増えてきたなというのが私の非常にはっきりとした感触です。
 実際に、今、五人、六人ぐらいの方たちが、もう長年福祉の分野でケースワーカーとして力を発揮してきたにもかかわらず去ろうと、分野を去ろうとしている。ほかのところに求職、仕事を回してほしいと、そういうような人たちもいます。そういう相談も受けています。これは一つ大きな問題として真剣に受け止めていかなければならないなと思います。
 それから、日本では、先ほどの吉田さんと宮本さんのお話の中にもありましたように、虐待を受けた子ども、そしてさらには、虐待をしてしまう親たちの治療的なケアということが本当になおざりになったまま今日まで来ました。ほんのわずかのプログラムしか提供されていません。これは何とかしていかなければならないという、そういう思い、ずっと強く抱えてきましたので、私は、去年から、そういう虐待を今している親たち、それから、まずしてしまうだろうと思っているそういう親たちのグループの治療プログラムというのを開発しまして、それをずっとモデル的に実践しています。これはあと一年間続けて、その後、そのプログラムを実施していく人たちを養成する研修を始めようと思っています。
 こういうプログラムを親、虐待をしてしまう親へのケアプログラム、これ実を言いますと今、特にこの一年半ぐらい、児相の心理判定員たちがやりなさい、やりなさいと、こう言われているんですね。というのは、児童虐待防止法で親への指導をしなさいということが書かれたわけですね。それでそういうプレッシャーを児相の方たちはすごく感じているようです。
 ただ、私は、親、虐待をする親へのケアプログラムとかカウンセリングであるとかというのはこれは児童相談所がやらない方がいいと思うんですね。むしろ別のところ、例えば福祉事務所の家庭児童相談室であるとかあるいは保健所、保健センターあるいは民間の団体、そういったところが担っていって、児童相談所はあくまでも子どもの側に立つという、そういう立場を維持していってほしいなと思います。
 ただ、今はその親の、虐待する親の立場にも立ち、同時に虐待される子どもの立場にも立ちという、そういうところに立たせられている。それはとても過酷なことを要求していると思います。そういう場に立たせられてしまうと、人は普通は力のある方にくみしてしまいます。力のある方、当然親ですね。子どもにくみするよりは親にくみしてしまう、そういう対応が出てきてしまうこともよくあります。それはシステムがそれを要求していると言っても言い過ぎではないんじゃないかなと思うんですね。
 それから、別に、皆さんの資料のCなんですけれども、最初のページのCなんですけれども、予防教育プログラムということでCAPというプログラムがあります。これは、学校の授業時間を使って、子どもたちに人権感覚を持つ、そういうことをベースにしながらロールプレーをしたり歌を歌ったり人形劇をやったり、あるいはディベートをしたりとか、発達に応じていろいろな参加型の方法を用いながら、どのように暴力から身を守っていくのか、様々なネガティブな感情を持ったとき、その感情をどういうふうに処理していったらいいのか、そういったことを教えあるいは話し合っていく、そういうプログラムです。
 この調査会の十一月の会の何か議事録を読んでいましたら、文部科学省の副大臣の方がCAPについて言及されていて、とても驚きました。というか、とても注目していると書かれていたので大変うれしい思いになりました。
 私は、そのプログラムを一九八五年に日本に紹介して、そして、九六年から全国を回ってこのプログラムを実施する人たちを養成してきました。現在かなり広がっていまして、沖縄から北海道まで、ほとんどの都道府県に少なくとも一つは、大きな都市では十も二十も団体が存在します。全部合わせると恐らく百十余りは存在すると思います。このグループ、次々と今NPOの認定を受けて組織としてもしっかりしたものになろうとしています。
 皆さんのお手元にこういう黄色いブックレットみたいなものがありますよね、パンフレット。これは、全国百十あるCAPのプログラムの中心的なセンター、研修センターとかトレーニングセンター、そこが出しているもので、このプログラムを簡単にすぐに分かるようにまとめたものです。
 過去六年間、今年までに三十五万人の子どもたちそして四十万人の教師、その子どもたちの教師と親たちがこのプログラムを受講しています。こういうプログラムを、このCAPのプログラムを受けたことで暴力から逃れることができたとか、あるいは、自分の母親が父親からずっと殴られていた、そのことを初めてCAPの人たちに相談したことによって母親の受けてきたドメスティック・バイオレンス解決の端緒に就いたとか、あるいは、今まで学校の先生からずっと、担任の先生から、これはついこの間あった、今まだ進行中なんですけれども、担任の先生からずっとセクハラを受けてきた十数人の女の子たち、その子たちがこのワークショップがあった後に初めてCAPの人たちにそのことを訴えに来たと。それは今まで学校の先生の、ほかの先生には訴えることができなかったと。
 そして、そういうふうになると、CAPの人たちはいろいろトレーニングを受けていますので、そのときに解決してあげてしまうのではなくて、あくまでも、じゃ子どもたちがそこからどう解決していくことができるのかという問題解決を一緒に考えていきます。今回の場合は、子どもたちが学校の中でだれに話せる、だれに相談できる、だれかいるんじゃないのとずっと根気よく探していきます。そして、一人の先生を見付けて、その先生を媒介に結局クラスの半分の子どもたちがその先生に異議申立てをする大きな会を開きます。そういうふうに展開していきました。そういう出来事も決して珍しくはなく、今まで六年間何度も起きてきています。
 それから、あと、私は児童虐待防止法が成立するときに衆議院の参考人として来まして、それを一つの縁にして児童虐待防止法を何とか実効力のあるものに改正していきたいという非常に強い思いを持っています。
 それで、防止法が施行になった二〇〇〇年の十二月、十二月に児童虐待防止法の改正を準備する会という市民の会を立ち上げました。全国に大体二百人ぐらいの会員の人がおりまして、アンケートを取ったり、あるいはシンポジウムを、まだ一回しか開いていないですけれども、開いたり、会報を出したりとかしてお互いのネットワークを強めています。その改正を準備する会の人たちの言葉も思いも是非今日皆さんにお伝えしたいなと思うんですね。
 私は、今回、参議院の共生調査会が児童虐待についてヒアリングをしたいということを聞いて、非常に期待をたくさん持っています。といいますのは、この調査会がドメスティック・バイオレンス防止法を作った調査会だと、私の知っている限りでは三年間掛けて作られたと聞いています。そういう委員会、調査会ですか、が児童虐待の防止に取り組もうとしているということをとてもうれしく、それから心強く感じています。児童虐待防止法の改正についても、是非この調査会が大きな力になってくださったらいいなというふうに思っているんですね。
 特に、その期待はどこからすごく強く来るのかといいますと、ドメスティック・バイオレンスの防止・保護法というんですか、配偶者の何とかという長い名前ですから、ちょっとドメスティック・バイオレンス防止法と言わせてください、その法律、保護命令を入れることができたと。恐らく、推測するだけでもそんなに簡単なことではなかっただろうと思うんですね。いろいろなところからの抵抗があったに違いないと思います。今、私たちの持っている児童虐待防止法はあのようなプロセス、すなわち裁判所の関与するプロセスを必要としています。それはあの法律が二〇〇〇年にできる以前から多くの人たちが主張したことでしたけれども、あの時点では中に取り入れられませんでした。
 今、児童相談所の児童福祉司、ケースワーカーたちが疲れ切っている一番大きな理由というのは、親子分離がどうしても必要なケース、そのケース、しかし、親が子どもを手放すことを拒否している、それにどのように対応するのか。そのためのきちんとしたシステムがないために児相のケースワーカーの人たちはあの手この手、様々な工夫をそのたびそのたびに懸命になって考え出して、そして何十時間も働き続けたりとかしながらやっているわけですね。そうしても結果的には子どもは殺されてしまったとか、そういった事態も起きてきます。そうすると一気に非難が児相に行くと。そういう中でバーンアウトに近くなっていく人たちも増えているわけです。
 この調査会が保護命令を条文化したと。恐らくそれをした方たちの知恵とか、そういったものを私たちはかりなければならないんじゃないかなというふうに思っています。そういう意味で、児童虐待防止法の改正に当たって、とても大きなたくさんの期待をこの調査会に対して掛けております。
 また同時に、子どもの虐待とドメスティック・バイオレンス、非常に重なっています。日々私が直接相談を受ける、あるいは間接的に現場の人から受ける相談もドメスティック・バイオレンスと子どもの虐待が重なっているケース、もう非常に頻繁に起きてきています。そういう意味で、児童虐待防止法の改正においてもドメスティック・バイオレンスというのを念頭に置いた上での改正をしていく、そしてドメスティック・バイオレンス防止法も、三年後ですか、改正があるわけですよね、そこでも子どもの位置、あの法律の中での子どもの位置というのは非常にわずかなんですね。そのことを念頭に置いて改正していくということを是非お願いしたいと思います。
 特に、ドメスティック・バイオレンス法の改正でしたら、やっぱり配偶者を虐待している人が子どもにアクセスできるというここ、このことは、私はもう日本各地、既にいろいろなところから実際に問題のケースを受けています。子ども、中学生の男の子を使って母親を懸命になって捜しているという、そういう父親であるとか、それから、それとはまた別ですけれども、婦人相談所の一時保護所に十代の男の子は泊まれないです。そして、もし児相の一時保護所が一杯だったら、一杯なところがほとんどです、今。子どもたち、行くところがないですね。そういう子どもの保護、ドメスティック・バイオレンスの問題における子どもの保護をどうしていこうか、そのことも法制化の中で是非検討していっていただきたいなと思います。
 ということで、これから本題に入るんですね。
 児童虐待防止法の改正が必要だと思われる点、幾つもあるんですけれども、私は三つの点だけをごくごくかいつまんでお話しして、そして、後、もし質問していただければもう少し詳しく話したいと思います。
 この法律なんですけれども、児童虐待防止法です。私は、この法律はビジョンがない法律だと思います。それがこの法律の一番大きな問題点だというふうに私は考えているんですね。
 子どもの虐待、児童虐待というのは、チャイルドアビュースという英語を翻訳した言葉です。このアビュースという言葉なんですけれども、これは、乱用という元々の意味があります。子どもの虐待というのは、大人が子どもに力を乱用するという、そういう意味なんですね。力で優位に立つ人が子どもの人としての尊厳を踏みにじる、子どもの人として生きようとする力を踏みにじると。それを少し硬い言葉で言うと、人権という言葉になりますよね。人権を侵害する行為です。私は、子どもの人権を擁護するという、そういうビジョン、そのビジョンをこの法律に明記してほしいんです。もちろん衆議院での参考人意見のときもそのことは主張したことでした。
 この私のレジュメの後半の方に児童虐待防止法の法律の文章が載っていますので、第一条の「目的」のところを見ていただければ、ついに子どもの人権という言葉はこの法律には入らなかったんですね。でも、児童買春・ポルノ法を見てみましょう。そこには、子どもの権利を守るんだということが明確に書いてあります。皆さんが作られたドメスティック・バイオレンス防止法、そこにも人権を守ることがこの法律の目的であるということが前文に書いてあります。児童虐待防止法もその改定をしたいと、してほしいと思うんですね。
 それは決して言葉の上で言って、言葉の上で入れればいいんだということだけではなくて、現場にいる者にとって、法律の中にそのビジョンとして、人権、子どもの人権を守るんだということが入っていることが大きな違いをもたらしていきます。その違い、どんな違いをもたらしているかということは書いてありますので、ぜひ三ページの辺りを見てください。
 もうやめなければならないので一つだけ言いますと、虐待をする親がいます。その親に話をしていくときに、法律で禁止されているからしちゃいけないんだよという言い方、それも必要です。
 でも、それだけではなくて、もっとプロアクティブに、何でしちゃいけないのか、それは子どもを大切にしていきたいから、あなたも大切にされたかったでしょう、あなたの子どもも大切にしていってくださいと、そういうことを啓発の、教育の方法として法律を使っていきたいんですね。私は、法律というのは、人の意識を変え、そして人の人権意識をはぐくんでいくための道具であってほしいと思います。そのためにも是非入れてほしいなというふうに思います。
 時間が来ましたので、ほかの点については、もし後で質問していただければお話ししたいと思います。
#14
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わらせていただきます。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどにさせていただきたいと思います。
 なお、質疑者及び各参考人にお願いを申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、私会長の指名を受けてから御発言いただきますようにお願いをいたします。
 また、多くの方が御発言できますように、一回の御発言はおおむね三分程度とさせていただきたいと思います。
 質疑のある方は挙手を願います。
#15
○八田ひろ子君 恐縮でございます。日本共産党の八田ひろ子と申します。
 まず、お二方にちょっと教えていただきたいと思って質問をさせていただきますが、まず最初に吉田さんの方に。
 大変、法改正に向けての今までの大きな運動を背景に御説明をいただいて、ありがとうございました。そこで、ちょっと周辺的というんですか、改正の前提ということで物的、質的な充実が必要だというふうにおっしゃっていただきましたので、シンポジウムとかいろいろなさっていて、そういう中での実情をもう少しお示しをいただきたいというふうに思います。
 とりわけ、お三方ともお触れになりました児童福祉司とか、あるいは児童養護施設の充実という面なんですけれども、さっき森田さんもおっしゃったんですけれども、バーンアウト、あるいはバーンアウトに近いような児童福祉司さんの今の現状は、この法律ができてからとりわけ、形は丸投げとかいろいろあっても、量が増えていることは事実ですね。
 それで、こういう現状の中で、児童福祉司さんの交付税算定基準というのはこの三年間毎年上がってきまして、今年度の予算で言いますと、基準で二十一人、これは約八万人に一人になるんですね。ところが、児童福祉法の施行令の第七条の方の担当区域、要するに厚生労働省の政令の方では昭和三十二年以来今日までおおむね十万から十三万人ということで、これは変えていないんですね。法改正のときの附則とかそういうところの審議の中があれば変わるのではないかという話も厚労省からは聞いているんですが、現実に私は合わないというふうに思うんです。実際にこういった数字をどんなふうに現場では皆さんが受け止めておいでになるのか。
 それと同じように、児童養護施設の職員の配置基準や、あるいは先ほど宮本さんの方からもお示しいただいたんですけれども、何ですか経済的な、財政的な援助ですね、ケースワーカーとかそんなのの配置がきちんとされていないんじゃないかというふうに御指摘があったんですけれども、そういうものをまず伺いたいということが一点です。
 それからもう一点は森田さんに、先ほどちょっと省略もされた部分がありますので、そこのところをもう少し詳しく教えていただくという、ドメスティック・バイオレンスとの関連ですね。
 私もこの調査会に三年間籍を置かせていただいて皆さんと一緒にDV法を検討させていただいた一人として、評価していただいて本当に有り難く、でもまだ改正しなくちゃいけないのは承知しておりますが、このDV環境で育った方が虐待を受けた人と変わらぬ深刻なPTSDがあるということで、これをこの法律の、虐待の方の法律でどういうふうに改正の方向に向けていったらいいのか。
 それから、先ほど、カリフォルニアに長くおいでになったんですけれども、そこの研修、児童福祉司さんや児童養護施設の担当者も含めて、それが日本でもしするとしますと、先ほど宮本先生の方からもちょっと御指摘があったんですけれども、全体の体系ができていないものですから、アメリカと日本の基本的な形が違うんですけれども、どういうふうに持ってきたらうまく、そういった今かかわっている皆さん方の研修が国とか地方自治体の枠の中でできるのかのお考えがもしあったら教えていただきたいと。
 この二点をお願いいたします。
#16
○参考人(吉田恒雄君) お答えいたします。
 児童相談所や児童福祉施設等の物的、人的な充実という御質問かと思いますけれども、今日は手元に資料がございませんので正確なところは申し上げられませんけれども、今お話にありましたように、地方交付税の改定によりまして、自治体によってはかなり児童相談所の職員の増員が図られたということは聞いておりますけれども、ただ、現実には自治体間の格差はかなり大きいようだということで、それはそれぞれの自治体の判断によるところが大きいのではないかというふうに思われます。どの程度が適切かというのは、これはまだ何とも言えないところで、外国の例などとも比較しながらより適切な規模を考える必要があるかと思います。
 もう一つは、問題なのは質的なところでございまして、これも児童相談所職員の、特に児童福祉司についてどれだけ専門性が確保されているかということが大きなところかと思います。一般の行政職からの異動等によっていきなり児童福祉の仕事をするということで、こうした困難な問題にどれくらい取り組めるかというのは不安があります。
 前回の児童虐待防止法に伴います児童福祉法の改正によってその辺りが、資格要件が厳しくなりまして、社会福祉士等の資格ということが明記されましたけれども、しかし、それが早急に質的な向上が図れるということではないだろうと。今後も引き続きそうした質の向上を図る必要があるというふうに思います。
 それからもう一つは、児童福祉司さんの急激な増加というのが難しいとすれば、現在置かれているそのほかの制度をどう活用していくか。例えば、児童委員、主任児童委員といった関連する機関の人とともに児童相談所が活動するということも視野に入れなければいけないでしょうし、それから、発生予防という点では、先ほど宮本先生がお話しになりましたような母子保健ということも組み合わせなければいけないだろう。ですから、既存の制度との組み合わせということも非常に重要になるかと思います。これが児童相談所のことです。
 それから、児童福祉施設についてですけれども、これも児童福祉施設の最低基準というのがございますけれども、子どもが施設で生活するに当たってどれくらい適切なのかということ。これも新聞に出たりしますけれども、施設の中での子どもの虐待という問題が出たりします。こういう背景には、やはりその最低基準の問題が絡んでいたり、また職員の人の人権意識や処遇技術の問題も絡んでいるかと思います。
 特に、被虐待児が入所することが多くなりますと施設の中での対応が大変困難を来していくと。そういう点でもやはり専門性が必要になるかというふうに思いますし、ただ、そうした専門的なことをやる以前の段階として、やはり子どもたちが安全に安心して暮らせるだけの環境が適切に用意されなければ、つまり施設の中での子どもたちの生活が常にストレスにさらされているようであっては、せっかく治療的な環境、また治療的な施策が講じられたとしても余り効果はないだろうと。そういう意味で、基本的な生活環境の改善ということは重要になってくるかと思います。
 こんなところでよろしいでしょうか。
#17
○参考人(森田ゆり君) ドメスティック・バイオレンスの被害を受けた人のPTSDということですね。
 児童虐待防止法にどんなふうに取り入れていったらいいのか、ちょっと私まだ分かりません。ただ、一つ言えることは、たとえドメスティック・バイオレンスの家庭の中で子どもに暴力が及んでいなかったとしても、それはもう心理的虐待のかなりひどいものなんだという認識をまず持っていってもらいたい。それは、実際のケースに当たっている人たちにもその認識のない人たちがとても多いですから、まずそのことを、法律の中でそこまで書く書かないは別として、ガイドラインですよね、児童虐待にかかわる人たちの特に初期アセスメントのガイドラインのところではっきりさせていくことで、ああ重要なんだという認識を持っていってもらうと。そのときに、じゃどういう質問をしていくのか、査定するときどういう質問をしていくのかという、それなんかはすごく重要だと思うんですね、質問の仕方によって全然違う答えが返ってきますので。
 ちょっと法律的にどんなふうにしていったらいいのかと、私はそれこそ皆さんに考えていただきたくて、分からないんですね。
 研修の方は、アメリカでも一九九〇年代に入るまで、児童虐待防止という分野とドメスティック・バイオレンス防止という分野は個別に、別個のところで発展していったんですね。そして、お互い同士の協力関係というのはかなり少なかったです。全然なかったとは言えません。それが、九〇年代になって、これは大変なんだということでそれがどんどんどんどん発展していきまして、今とてもいい関係性を持つようになりました。研修も相互にやり合っています。
 私は今、全国の婦人相談所の婦人相談員連絡協議会とかそういうところから頼まれて、ドメスティック・バイオレンスに関する研修、かなり公的な予算であちこちでやっています。そういうとき、どういう研修プログラムにしていくのかとかいう、そこから相談に乗って、三日間の研修とか二日間の研修とかしています。
 今、研修の中でできることは一杯ありますね。現実でまだ追い付いていないのは、児童虐待の分野とドメスティック・バイオレンスの分野の協力関係、連携関係というのは十分にはできていないです。ですから、婦人相談所の一時保護所で預かれないと、この子は預かれない、もう一杯なんだと、だから児相の一時保護所で預かってくださいと連絡して、いやいや駄目なんですと言って断られちゃって、じゃどうしようというようなことは起きていますね。それはお互いの連携がすごく、もっとスムーズにいっていればほかの解決策とか出てくると思うんですけれども、それがまだ十分にいっていないところなんかが多いと思うんです。
 ただ、今、例えば三日間とか四日間という形で、もろにDVのケースに当たっていく婦人相談員なんかの研修というのは、それなりにできることはたくさんありますよね。どういう、まあそれを言ったらたくさんのことになるんですけれども、どうやってその本人の力を引き出していくという形で援助していくのか、そういう援助の方法、言葉の掛け方、ケースワークの仕方、そういったことは今でももちろん十分に日本でできることで、今進行していると思います。
#18
○清水嘉与子君 自由民主党の清水でございます。
 宮本参考人にお伺いしたいと思うのですけれども、この法律ができまして、先生方のお立場から通告がしやすくなったかどうか、これはどうでしょうか。そして、仮に、先ほど吉田参考人からもおっしゃいましたけれども、仮に間違った通告をしたときに親の権利をどう保護するかということもありますけれども、そういったところについてもやはりきちんとした方がいいんじゃないかという御指摘もございましたけれども、そんな御心配になるようなことがございますでしょうかどうですかということが一つ。
 それから、保護者の多くは自らの行為を虐待と思っていないというふうにおっしゃいました。確かに、民法の中でも親が懲戒権を持っているというようなこともあって、これはしつけをしているんだというようなことで暴力を振るっているという、暴力と言っちゃいけないのかもしれません、というようなことがあったときに、それと実際に虐待を受けているんだということの判断ですね。難しい点があろうかと思いますけれども、その辺はどうしていらっしゃるのかということです。
 それと、子どもの教育については随分詳しくおっしゃっていただきまして、小さい、六歳くらいまでの間にきちんと教育すればというようなことをおっしゃってくださいました。それから、特に保育所とか幼稚園とか小学校の中での体制が非常に重要だということをおっしゃいましたけれども、そこにもしもうちょっと何か御意見がございましたら、どうしたらいいのかということを、今の現状からしたらいいのかという御指摘があったら、それも是非教えていただきたいと存じます。
 よろしくお願いします。
#19
○参考人(宮本信也君) ありがとうございます。
 いわゆる児童虐待防止法が施行されましてから、私どもの分野、つまり医療の分野で通告をしやすくなったかどうかと言われますと、これは私の実感でございますが、余りそういうことはないだろうと思います。
 つまり、と申しますのは、もちろん、医療の診療科が様々ございますので、その科にもよりますが、医療の診療科の中で虐待と割と接する機会が多い科は小児科、それから脳外科、それから整形外科なんですね。圧倒的に小児科が多いんですが、小児科では既にその前からかなり広まっておりましたので、私自身小児科ですので、そういう形では自分たちが通告しやすくなったかどうかということは余り実感としてはありません。というか、もう既にやっていたということです。ただ、ほかの診療科の先生方にそういう法律も知らせて、だから通告しなくてはいけないということは話しやすくはなりました。そういう意味では、全体では多少違うのかもしれません。
 それと、二点目の親の意識の点ですが、これは、しつけ云々ということも言われましたが、厳密に申しますと非常に難しい問題でございます。保護者、虐待をする親たちが、これは単に思い違いをしているというのではなくて、本当にそう思っている、むしろ彼らの認知のゆがみがあるというふうに私どもは考えております。むしろこれは、ですから、そのこと自体が治療の対象となるものであると。単に説得すればどうなるものではないというふうに私どもは考えています。そこ自身が実は親の治療の一つの大きな私はポイントではないかと思っております。これは、福祉、児童福祉とか法律の立場の方とは、私は医療の立場ですので、明確に違う。私たちは治療をするという立場ですので。
 そうしますと、先ほども私は、子どもへの心のケアで、治療と心を育てるということを区別してお話ししたと思いますが、えてして子どもへの対応はそれがごっちゃにして語られますので、そこはやっぱり、それをごっちゃにすると何か混乱してしまうだろうと思うんですね。そういう意味では、親へのケアというのも、福祉的な、親の生活や親へのいわゆる一般的な支えと親の治療的なかかわる部分というのは可能な範囲で分けた方がいいだろうと。
 そういう意味では、親の虐待への認識というものは、これはむしろ治療の対象とするもので、彼らの認知様式の問題、いわゆる私どもの用語で申しますと、病識という言い方がございます。例えば、ある種の精神障害の方が自分は病気ではないと言い張る、拒食症でもうだれが見ても骨と皮のがりがりになっているのに、私はやせていないと、本当に彼女たちはそう言い張る、決して強がりではなくてですね。親御さんたちにはそのような問題があるんではないかと思います。
 それは、やはり彼ら自身が、特に非常に強度な、強い虐待をするような親御さんたちに関しましては、逆の言い方をするならば、すごく分かりやすく申しますと、ずっと生まれてから暴力の中で育ってきた人たちはそれが当たり前の世界になってしまいますので、それが普通であって、それ以外のことの比較がしようがないということになるかと思います。そういう意味で、親の意識、認識の問題というのは、実際にかなり難しい部分があるかというふうに考えております。
 それから、三点目の子どもの教育のことでございますが、具体的には、私は、子どもたちは、心を健全に育てていくためには、これは一つの考え方ですが、その年代その年代でその子たちがそういったことを経験することが望ましいと言われるものがございます。これは発達理論で申しますと発達課題というふうに申しております。このような、例えて言えば、赤ちゃんの時期はもう徹底的に受容されてもう無条件に受け入れられる、そういった体験が必要であるとか、そのようなことですが、そういった各年代の、特に幼児期から学童期。幼児期と申しますと五、六歳までですが、その年代、それから小学校のせいぜいが十歳ぐらいまでの年代の発達課題を適切に子どもたちが体験できるような支援をしていく、そのような対応が望ましいんではないかと考えております。
 ちょっと抽象的になりましたが。
#20
○清水嘉与子君 ありがとうございました。
#21
○千葉景子君 今日はお三人の参考人に、大変貴重な御意見ありがとうございます。
 宮本参考人のお話も念頭に置かせていただきながら、まず最初ですので、吉田参考人と森田参考人にちょっとお話を伺わせていただきたいと思います。
 先ほど吉田参考人の方からも、丸投げ通告とか突撃調査とか、そういうお言葉がありました。それから、森田参考人の方からも、現場の皆さんが本当に燃え尽きてしまいそうな状況もあるというお話がございました。私、考えるに、この児童虐待防止法、ようやく児童虐待に対してみんなで目を向け取り組んでいかなきゃいけないと、緒に就いたといいましょうか、そういうところへ何とかたどり着いてきたということなんだろうというふうに思うんです。がために、森田参考人がおっしゃったように、この法律に明確ななかなかビジョンがない、あるいは、一体だれが何をすべきなのか、何に対して何をすべきなのかと、こういうことがそれぞれの制度や法律の中で何かきちっと整理まだされないままに、みんなが何かしなくてはいけないということで頑張っている状況なんじゃないかなというふうに思うんですね。
 そういう意味で、ちょっと先ほど時間がなくてお触れになられませんでしたけれども、森田参考人に、これからの改正の視点というところで、第三点目のところに、これから実りあるものへ積み重ねていく意味では、まず子どもの権利と、それから子どものところへ着目してこの子どもの監護権の制限を取り組む、それから親へのケア、そしてその後で家族を再統合する、そういうプロセスを指摘をされているんですけれども、ちょっとそこをもう少しお話をいただければというふうに思います。
 それから、吉田参考人も、最初に法的な整合性の問題とかあるいは、何でしたでしょうか、私もあれしましたけれども、やっぱり司法の介入とか、非常に基準の明確化、あるいは片方では子ども、片方では親の権利の制限のようなものがありますから、どうやって、だれがどういうふうにすればいいのか。そこを皆さんが安心して取り組めるようにするための法整備というようなことが必要なんだろうと思いますけれども、その辺りのちょっと、どういうふうに今後改正作業などの際に視点を持ったらいいのか、聞かせていただければ有り難いというふうに思います。
#22
○参考人(森田ゆり君) 法律として今回の児童虐待防止法は割と、早期発見、通告、そして緊急介入ということをかなり中心にしているんですね。それももちろん重要ですけれども、私は、一番重要なのは予防だと思っているんですね。だから、予防の視点は絶対忘れないでいきたいし、今ある法律にはもっともっと予防という、最も経済的に安上がりで、そして最も実りのある、先ほど宮本さんもおっしゃられましたけれども、それを取り入れていくという視点は一つ決して忘れたくないなと思うんです。その意味で、今の法律、もうちょっと予防を強く打ち出していく必要があると思っているんです。
 ただ、同時に、虐待、非常に深刻な虐待が起きている、それは緊急介入だけではもう対応できない、その後どうしていくのかという、そこの御質問だったわけですね。
 今の現状は、もし、嫌々子どもを施設に預けるという状態になったとして、嫌々オーケーをした、あるいは、児童福祉法の二十八条ですね、それで措置になったと。でも、そのとき、親の方は一体いつ返してもらえるのかしら、何をすれば返してもらえるのかということが一切ないわけですよ。それがすごく大きな問題を引き起こしていると思います。
 例えば、尼崎で起きた事件も、そういうシステムがあったら、もう少しあの親の対応というのは違っていただろうと。自分は何をすればいつかは子どもと一緒に住めるのか、あるいは、もうあきらめちゃうのがいいのか、おばあちゃんにずっと育ててもらうのがいいのかとか。そして、一体いつという、それがすごく必要なので、この三つの、まず親に対して、何しろしばらくの間、国がというか、実際には国じゃないですね、地方自治体になりますね、地方自治体がお子さんのケアをしますと。しっかり面倒見ますから、その間あなたはあなたのケアをしてくださいと。それは、してくださいと言うだけじゃなくて、先ほど宮本さんのお話にあったように、自分からしようとする人はもうそれだけで十分回復している人ですから、強制していく必要がありますよね。
 こういうプログラムを受けていってください。じゃ、それはだれがモニターするのか。そして、何か月後にどこに出ていって、今私はこれだけ回復しました、これだけちゃんと毎回毎回プログラムに出ましたということを証明していくのか、どうやって自分の努力を認めていってもらうのか。それを、虐待している親にケア受講命令を出すと。そしてさらに、じゃ、それをモニターしていって、一年半とか二年とか、カリフォルニアなんかでしたら一年半、十五か月なんですけれども、その間に少なくとも二回ヒアリングをして、そして、日本で言ったら、児童相談所のケースワーカーみたいな人がモニターをずっとしていって、それを裁判所が判断していくと。そのときに、同時に、どういう状況になって、どれだけのことをすれば子どもとまた一緒に住めますよという基準がはっきりしている必要があります。
 だから、やっぱりどうしてもこの三つが必要になると思うんです。この三つを児童相談所がやっていくというのは、それは余りにも大きな仕事を児童相談所に任せている。これはやっぱり裁判所がやっていくしかないだろうというふうに思います。
 そういうシステムがないことには、今、児相の人たちが懸命になって本当にアイデアを一生懸命考えるわけです。あの手この手ですよ。今回はあの手でやった、今回はこの手でやったという、そういう感じで苦労をしているわけですね。その苦労が積み重なっていかないと、そういう苦労はすべて土台があった上でどんどんどんどん積み重なっていって、それで二十年後にはいいやり方をどんどん広げていけると、そういうふうになっていってほしいなというふうに思います。
#23
○参考人(吉田恒雄君) ただいまの御質問で、まず一つは、裁判所の関与がどのような形で行われるべきかということだったかと思うんですけれども、これは、子どもと親と国との関係をどのように考えるかということになるかと思います。
 基本的にはやっぱり子どもの権利条約の中にありますように子ども最優先ということで、裁判所は常に子どもの利益を図るということを目標に考えなければいけないだろう。それを行うときに、親から例えば子どもを強制的に引き離すというときの親の人権への配慮ももう一方でしなければいけませんけれども、しかし、あくまでも子どもの利益が最優先されなければいけないんだという、これは基本かと思います。
 そのためには、どのような判断基準によるべきかということが一つあるかと思います。例えば、今、福祉の分野ではリスクアセスメントですか、そういう介入基準が作られておりますけれども、それと同じように、裁判所の中でも審判例の積み重ねによっておのずとそういう傾向が明らかになってくるのではないかというふうに思われます。
 とかく親の権利と子どもの権利ぶつかりますけれども、従来、親権というものに対して配慮が多分になされていた。しかし、これを少し方向を変えて、あくまでも子ども最優先だという方向にこれを持っていくべきだ。その一つの方法が、やはり法律の中に子どもの利益また子どもの権利を明記するという、指針としてそれが大事になるのではないかと思います。
 それから、それに関連しまして、どのようにしてそうした親の権利にも配慮し、しかも子どもの利益も実現するかというときの一つのやり方が、先ほど申し上げました裁判所の関与、それから手続的な透明性ということかと思います。児童相談所は大変苦労して子どものケア、また分離を行っておりますけれども、こうした行政権の関与ということが一方に国民の人権の侵害をもたらしかねないということがあるのだとすれば、これは折に触れて裁判所がそこでチェックをする、児童相談所の仕事をスムーズに行わせるというよりは、むしろ人権に対する配慮という点で裁判所がかかわる必要があるだろうというふうに思います。
 そして、児童虐待防止法ができたときの十分でなかった点の一つとして、ほかの法との整合性が十分でない、これは一番大きな点は親権の問題かと思います。施設入所しているときの子どもに対する親の権利、これが、家庭裁判所の承認によって入所した場合には面会、通信の制限という規定が設けられましたけれども、じゃ、そのほかの問題についてはどうなのか。例えば、入所中の子どもの重大な医療の問題についてはどうかとか、宗教上、教育上の問題については親権者はどのような立場にあるのかと、この点については全く触れられていない。
 ただ、これについては非常に大きな視野に立った議論が必要だろうというふうに思います。親権の問題というのは、もちろん児童虐待のときに大きな問題になりますけれども、それ以外の、例えば離婚後の子どもの親権もありますし、それから別居中の問題、それから婚外子の親権の問題、これらの事柄に共通する問題でありますので、更に突っ込んだ議論が必要だろうと思います。
 技術的にどういう形が望ましいのか分かりませんけれども、緊急の課題として、児童虐待の分野に限って親権の何らかの手直しをするということも考えられますけれども、ちょっと今のところ、どこをどうしたらいいのかといういいアイデアはございませんので、申し訳ございません。
#24
○林紀子君 三人の参考人の皆様方、ありがとうございます。
 まず、宮本参考人にお伺いしたいのですが、事前に宮本参考人の論文を見せていただきましたが、その中で、「子ども虐待とその対応」というのを見せていただいたんですが、その中で、子どもの安全の確保の初期対応ということで、一番大事なのは、「ケース会議を持つのが一番よい。」ということを書いていらっしゃいます。確かに法律の中では、国や地方の責務ということできちんとそういう受皿というのを作るということがうたわれているわけですけれども、このケース会議というか、関係者が全部集まってお互いが持っているその情報を交換しながらその対応をしていくというのは一番難しい面なんじゃないかという気もいたしますけれども、私がなかなかその地方公共団体などがどんなふうにやっているかというのを、実情をまだ余り知らないまま御質問するんですけれども、そういうところをうまくやっているケースというのがあるのかどうかというのを一つお伺いしたいと思います。
 それから、一緒に質問をさせていただいてしまいまして申し訳ありませんが、吉田参考人と森田参考人には同じ御質問をさせていただきたいのですが、アメリカではこの児童虐待ということで、必ずしも保護者が児童に対して行う行為、虐待ということではなくて、もっと広い考え方をしていると。
 例えば、いじめなどについても虐待というふうに理解されるというふうにたしか森田参考人の書かれたものの中で読ませていただいたと思うんですけれども、今の日本の児童虐待防止法というのにそれまで入れ込めるかどうかというのは、かなりがらっと考え方を変えるものなのかなとは思うんですけれども、先ほど最初のお話の中で、第一条に人権ということがうたわれていないではないかというお話がありました。そして、人権ということから考えますと、親から虐待を受けるのも本当に深刻な話ですけれども、今学校で起こっているいじめというのも正に日常茶飯事の問題で、本当に子どもたちにとっては大変深刻な問題だと思うわけです。
 ですから、今度の法改正でそこまで行けるのかどうかというのは分かりませんし、ほかにいい方法があるのかというのも分からないんですけれども、私は、子どもに対する人権侵害という意味では、そこのところも広げて考えた方がいいのではないかという気もするのですが、その辺について吉田参考人と森田参考人のお話を聞かせていただけたらと思います。
#25
○参考人(宮本信也君) 子ども虐待あるいは子ども虐待の状況へ対応することは、先ほど森田先生も言われましたが、対応する側が非常にエネルギーを必要とするものでございます。したがいまして、基本的な考え方といたしましては一個人、一機関では対応し切れない、これが出発点でございます。
 その理由はもう一つございまして、子ども虐待の問題は複合的な問題でございまして、単に親が子どもを虐待するというだけではなくて、その親自身も様々な背景を抱えておりますし、その背景と申しますのも親自身の個人的な悩みから精神的な問題、あるいは経済的な問題、様々な多岐にわたる問題が絡んでおりますので、それを考えましても一機関、一個人では対応し切れない、そのような形で連携を取って対応するというのが、これはもう原則というふうに私自身は考えております。
 ただ、御質問をいただきましたように、そうは言いましても、これまでそういった連携が必ずしもうまくいっていなかったということも事実でございます。その一番の理由は、これは、子ども虐待への対応をするこれまでの主たる機関が児童相談所を中心といたしまして行政機関のみであったという、今はそうではございませんが、これまではですね。行政機関と申しますのは、児童相談所もそれから学校もそうですが、基本的には自分たちの中だけで解決するという、そのような方法論が基本で動いてきているというふうに私は理解しております。つまり、元々構造的にほかの部分と連携して何かに当たるということがなかなかしにくい、そのような形になっているんではないかと思います。そういったことから、これまでは連携が取りにくかったということがございます。
 しかしながら、現在はそういったところの意識、認識が高まってまいりまして、日本でも各地でそういったチームあるいはケース会議を開いて、関係者が集まって検討し合いながらかかわっていくという、そういう活動が広まってきていることもよく聞いております。そして、実際にその実効を上げているところも少なくございません。
 ただ、ありていに申し上げれば、そういった非常に有効に動いているところの多くは、NPOであるとか医療機関であるとか、むしろ外から少しコーディネートしてそういう活動をしているところの方がうまく動いているところが多いということも残念ながら今のところは事実でございます。
 以上です。
#26
○参考人(森田ゆり君) 虐待の加害者の定義ということになるんですけれども、アメリカの場合は法律の中で、私の知っているのはカリフォルニア州の法律なので、カリフォルニア州というふうに限定させてください。法律の中で、だれが加害者かということは全く限定していません。
 ただ、実際に使われている実務のレベルで、子どもが子どもに対してしたこと、それが暴力行為であれ、いじめであれ、性的な行為であれ、それを虐待というふうには言わないですね。言っていないです。だから、私、いじめも虐待というふうにみなしているというふうには恐らく書いていないはずなんですね。ただ、法律の中では、だれが加害者か、それは大人か子どもか、そういうことも一切書いていないです。それは確かなんですね。
 私が日本の児童虐待防止法の加害者の定義で問題に感じているのは、加害者が子どもの場合で、いじめはどうなのかという、そこまでは考えていないんですね。そこまでを虐待という概念に含めることはかなり無理があるかな、それから余りにも問題を大きくし過ぎちゃって、大人が子どもに対する問題に対処するのに実効力が弱くなるんじゃないかなと思うんですね。だから、そこは分けておきたいんですけれども。
 保護者以外から子どもたちはいろんな暴力を受けていますよね。それは、身体的暴力でも、コーチであったり学校の教師であったりとか、あるいはおじさんであったりとかあるわけですけれども、一番それが多いのは何といっても性的な虐待です。
 性的な虐待の加害者が保護者であるというパーセンテージは、ちょっと日本でそういう信頼の置ける調査がないので引用できないんですけれども、ここでも引用してあるのは、アメリカで国際的に頻繁に引用されるダイアナ・ラッセルの調査をこのレジュメでは引用していますけれども、大体九五・五%の性虐待の加害者は保護者ではないです。
 じゃ、だれかといったら、知っているその他もろもろの人ですよね。家庭に出入りする人であったり、兄弟ということも結構あります。それから、おじさんであったり、スイミングクラブのコーチであったりとか、いろんな人たちです。そういう人たちの方が圧倒的に多いわけですね、数としては。
 それを、そのケース、今、日本では余り性的な虐待がまだ表面化してきていないのでそんなに目前の問題というふうに考える人が少ないのかもしれませんけれども、これ、どんどん表面化してきますので、そのときどう対応し、対処するんだろうと。親以外からの性的な虐待、それを虐待と文字どおりこの法律の定義にしてしまったら、親かあるいは施設の所長か職員か、それ以外の人たちからの性的な虐待、どう対応するんだろうかという、その問題を感じています。
 アメリカの場合は、家庭の中で起きた虐待は通告先がCPSといいまして児童保護局、家庭以外で起きた虐待は通告先が警察と一応決められています。ただ、警察と児童保護局、日本で言ったら児童相談所と同じ機能、役割を持つわけですけれども、それは全部交差して情報を交換します。すべてのケース、通告のケースに関して両方で連絡を取り合います。でも、一応通告する側としては、家庭の中だったら児童保護局に通告した方が早いですよね。家庭外だったら警察に通告した方が早いです。どちらの場合も虐待というふうにみなされています。
#27
○参考人(吉田恒雄君) まず、保護者以外の者による虐待をどう考えるかということでいじめの例を出されましたけれども、私も森田さんと同じで、これを虐待の概念に含めるのは少し中身が違うかなと。虐待の発生の機序なり背景なり、またそれに対する対応というものといじめというのはやはり異なるところがあるのではないかというふうに思いますので、児童虐待の問題としていじめをそこに含めるというのは、別の手段によった方がよろしいだろうというふうに考えます。
 それから、人権という点では、確かに子どもの人権をどのように救済するかという点では同じ部分があるかと思います。今、たしか法務省の方で人権救済機関の検討が進められていると思います。その中でも虐待の問題が出てきますけれども、そうした人権救済機関とそれから児童福祉の場面での虐待の救済と在り方が少し違うのではないかというふうに思います。
 例えば、私も少し関連しているんですけれども、子どもの権利擁護機関、例えば子どもオンブズパーソンというものを考えた場合に、これらの機関が果たす役割というのは、適切に行政機関、例えば児童相談所が動かないがために子どもが適切に保護されないというときに、その保護を働きかけるというふうな形で動くこともあるかと思います。それから、子ども同士の場面でもオンブズパーソンが動くということも考えられます。
 しかし、現実に虐待の問題に関しましては、児童相談所という機関がありますので、その専門性を生かして虐待の問題を扱うという方が適切ではないかと思います。したがいまして、人権の分野と、また福祉の分野とそこで連携しながら動いていくことになるんだろうというふうに思います。
 それから、今、森田さんがお話しになった性虐待についてで、加害者をどこまで含めるかということですけれども、将来的にどうなるかは分かりませんけれども、今のところ私は家庭の中での性虐待とそれ以外の性虐待と区別して考えてよろしいのではないか。
 つまり、家庭の中の問題については、言わば福祉的な対応ということが可能になりますけれども、それ以外の分野につきましては、やはり刑事的な対応というのも視野に入れておく必要があるだろう。つまり、加害者に対する治療的なかかわりというのも、福祉をきっかけとしてかかわっていくのか、又は刑事的な対応で入っていくのかで異なってきますので、これを一つにまとめることができるかどうかというのは少し考えた方がよろしいかなというふうに思っております。
#28
○有村治子君 貴重なお話、ありがとうございます。
 森田先生にお伺いしたいんですけれども、やはりアメリカというのは、プログラムをきれいにトレーニングにして、パッケージにして、ちゃんと言語化して皆さんと話し合うという、その研修プログラムが非常に充実していると思うんですが、例えばアメリカの親みたいに、日本の親はアイ・ラブ・ユーということを言って子どもに自信を持たせるということは日本では余りないので、アメリカのプログラムを日本に持っていく中で、どういうことに気をつけられて、この理念の中にも書いてありましたけれども、日本の文化に合うような形にしていきたい、で、子どもに知識を伝えようとか、自分たちで日本の子どもたち一人一人に届くやり方を考えて活動していきましょうということが書いてあるんですが、その文化的な差異を、どういうところに気をつけてプログラムを作っていらっしゃるのかということを一点お伺いしたいと思います。
 それから、三人の先生方にお伺いしたいと思うんですが、私ども何人か有志で十二月に児童福祉に関連のある施設に行きまして、小学生のお子さんと一緒にピアノを弾いたときに、子どもさんがすごく喜んでくださった表情を見て、ああ、こういうことが大事なんだなというふうに私自身学びになったんですが、一番子どもたちが内なる力というか自信というか、ほっとする瞬間、ほっとする表情を見せるときというのは、この児童虐待に関してどんなときなんでしょうか。
 逆に言えば、私たちがヒントとなるような、こういうことをすれば子どもたちが、権利とか義務とかそんなのじゃなくて、本当に喜ぶとかほっとするというのはどういうものなのか、現場のお声を聞かせていただければ有り難いと思います。
#29
○参考人(森田ゆり君) 虐待の問題に関して、私は、一つはCAPというプログラムを日本に紹介して日本でやっていく、それからいろんな親に対するケアプログラムを、アメリカでやっていたものを日本でやっていく、この二つの実務の経験があるんですけれども、どちらの場合もほとんど変わらないんですよね。
 どういうふうに変わらないのかといったら、アメリカでもいろんな問題を抱えている家族あるいは子ども、親はアイ・ラブ・ユーと言えないんですね。言わないんです。感情を表現することがとても下手です。できないんです。ですから、アメリカのプログラムもそういう気持ちを表現していこうよと、そういう練習をしたりしますよね。それは子どもに対するプログラムもそうですし、今私がやっている親向けのグループの治療的なプログラムも、いろんな自分の気持ちに気が付いていってそれを言葉にしていくという、そういう訓練をみんなで練習するんですね。
 で、それは、日本の親たちも問題を抱えてずっとそのまま感情を表現できない。言葉だけじゃなくて、いろんな行動でもできない生き方をずっとしてきた人はできないと。アメリカの場合もそうなんですね。だから、プログラムを日本でしていくときに、そんなに大きな違いというのはないですね。
 ただ、やり方というか、日本の人の方がそんなにすぐに自分をばあっとオープンして、特にたくさんの人がいたときに、その場でばあっと自分をオープンにして語らないですね。学校なんかはそうです、特に中学校、高校。中学校、高校なんかはすごく違います。自分を表現しないというのが日本の子どもたちです。小学生は割と余り変わらないんですけれども、中学になるとアメリカの子どもたちと日本の子どもたちは物すごく表現力が違ってくる。だから、中学、高校のプログラムというのは、もうアメリカのプログラムは使えないので、日本の子どもたち用に私は作ったんですね。
 それは内容は全く同じなんですけれども、そんなに変わらないんですけれども、方法ですね、いかにして子どもたちが安心して、ここで言ってもいいんだ、自分の気持ちを言ってもいいんだというそのプロセスをたくさん、何ステップも取るようなプログラムを使わないことには、アメリカのように最初からみんなの気持ちを言わせるというようなことは日本の学校、中学、高校ではできなかったです。どんなに信頼関係を作っても、子どもたちはなかなか自分を表現しなかったんです。そういう違いがありました。
 それから、どういうときに子どもは一番ほっとするんでしょうかということですね。
 恐らく、子どもだけではないと思うんですけれども、だれかから、私はあなたのことがとても大切だよと、それはあなたが何かよくできるから、あなたが何かいろんなことをやったから、だからすごい、だから大切ではなくて、もうそこにいてくれるだけで、私はとってもあなたがそこにいてくれてうれしい、あなたのことを大切にしている、これからもずっと大切にしていきたい、そういうことをそんな堅苦しい言葉では普通は言いませんよね。でも、何らかの表情で、あるいはちょっとした動作でされるとき、あるいはカウンセラーからそういう一言を言ってもらう、あるいはこのCAPのプログラムの人、地域のおじさん、おばさんですよ、そういう人たちがやってきて、一生懸命になって自分の話に耳を傾けてくれる。
 自分の話、今まで学校の先生も親もだれも聞いてくれなかった、聞いているうちにどこかへいなくなっちゃったとか、そんなことないでしょうとか、あなたも変なことをしたんじゃないのとか、あなたの方がそんなすごい格好をしているからそういうことをされるのよとか言われてしまった、そういう話。それをただただ一生懸命聞いてくれる。そして、ああ、そういうふうに思っているんだ、そうなんだという、自分が受容されるときですよね。そしてさらに、私って結構大切な人なのかなと思わせてくれる相手に出会えたその瞬間、そのときが一番ほっとするとき。そして、いろんな傷を抱えた人たちにとってそういうモメント、瞬間瞬間を重ねていくことによって一歩一歩回復していくということになります。
#30
○参考人(宮本信也君) 子どもたちが一番気持ちが安らぐとき、ほっとするときということですが、基本的には今、森田さんがおっしゃったことと同じになりますが、もう少し具体的にいきますと、一般的にどういう子どもであっても、自分がしかられるなと思ったときにしかられて、自分が褒められるなと思ったときに褒められること、これが子どもたちの心に一番安定を与えます。
 ただ、これはお子さんがおられたらお分かりのように、なかなか大人の方はそうはいきませんで、子どもが何か話し掛けてきたときにどうしてもこちらの思いでそれに答えてしまう、そこのところを今、森田先生がおっしゃってくださったわけだろうと思います。
 私たちの言葉で言いますと、愛着、アタッチメントと申しますが、何もしなくてもその人と一緒にいるだけで気持ちが安らぐ、ほっとするというそういう関係ですね。別の言い方をするならば、その人と一緒にいたら何もしなくても手持ちぶさたでない、そういうふうな関係があったらそれが一番いいわけで、もちろんそういう関係をどうやって作るかということになるわけですけれども、それはもう基本的には何の附帯条件も何もなしで、その人のことを丸ごとそのまま受け止めるということだろうと思います。子どもの話し方や態度や、ピアスをしているかとか茶髪だとかそんなことは一切関係なく、ただ普通に話をするという、それが一番いい方法だろうと思います。
 私ども外来では、反抗挑戦性障害、行為障害という非行の子どもたちとも接しますが、彼らはいかにもこちらを挑発してきて、もう斜めの態度で言ってきますが、そんなことは一切こちらは関係なく普通に話をしていると、だんだんと話が通じるようになってきます。どうしても私どもはそういう子どもたちのちょっとしたところを気にして、つい言ってしまう。そこなしで、掛け値なしで、ただ普通に話したいことを話すということにすればいいんではないかと思います。
#31
○参考人(吉田恒雄君) 私は福祉の現場に身を置いたことがありませんので、そういう場面に遭遇したりそういう経験をしたことがないんですけれども、ただ、そういう施設の方のお話や児童相談所の方のお話を伺いますと、今お二人がおっしゃったことと全く同じだと思うんです。子どもがそこにいて安心感を覚えられる、ここは安全なんだということを実感できるということが子どもが一番ほっとできるところだろうと。
 例えば、これは先日あるセミナーで聞いたんですけれども、親から虐待を、身体的な虐待なりネグレクトを受けていた子どもが病院に入院してきたりする、その子どもは泣かないんだというんですね。いろいろ、おなかがすいても、それからおむつが汚れていても泣き声を出さない。ところが、その子どもがその病院の中で、またその施設の中でずっと受け止められていくと、だんだん反応が出てくる。泣いたり、こういう反応が出てくるんだということはその一つの例かと思うんです。
 それから、児童養護施設に保護されるというときに、その保護の理由が虐待ということが明らかでない場合であって、しかしその施設の中での生活が長くて、そして自分はここが居場所なんだと、この保育士さんなり指導員さんなりと安心して安全に話せるんだということが確認、自覚できるようになると、実は私は虐待されていたんだよというような言葉が出てくるんだそうです。
 やっぱり、ほっとするというのはそういうことじゃないかと思うんですね。だから、そういう話なども聞きますと、お二方のお話と同じように、やはり、そのままでいいんだと、自分は受け止められているんだというその実感が持てたときではないかと思います。
#32
○小宮山洋子君 私もこの調査会で三年掛けてDV防止法を作った一人として、そのときの経験と照らし合わせながら、この児童虐待防止法の見直し、何とかこの調査会という機能で超党派でやったからできたわけなんですね、それと同じことを、森田さんが期待していただいたように、ここで是非できればいいと思っています。そうした観点から森田さんに幾つかちょっと伺いたいことがあるんですけれども。
 確かにDV防止法の中でやり残したことがたくさんある、その一つの大きなところが、子どもに対して、その被害を受けた親と一緒にいるときしか保護できないということが足りない点だと思うので、その見直しもここでしなきゃいけないと思っておりますが、裁判所の役割を非常に重視していらっしゃいますよね。確かにこの決定の判定を下すところに裁判がかかわるということは必要だと思うんですが、先ほどおっしゃったような親のケアのプログラムを裁判所が中心になってやるというのは、これまでその保護命令を出す過程で、いかにその人手、手足がないかと。だから、なるべく早い時期に判断を下すためには、それだけのものをそろえて持ってこなければ保護命令は出せないという、そこをクリアするために非常に大変だったんですね。
 そういうことからしますと、このケアのプログラムをどこでだれがやるのかということと、もう一つ、加害者のプログラムを前回のDV防止法に組み込めなかったのは、その効果がどうもアメリカで、あちこちでやっているけれども明らかでないというような点があって、それは内閣府の男女共同参画局のところに宿題で三年後までに是非研究をしてくださいということでお預けをしてあるんですが、この子ども虐待の場合の加害者である親のプログラムの効果というのはある程度アメリカなどでは明らかになっているのかということと、日本で、私は、裁判所がそのポイント、ポイントでチェックとか、そういうのはかなり難しいのではないかと思うので、どういう場でやるといいのかということを伺いたいというふうに思います。
 それから、吉田さんのお話は、ちょっとほかが重なっていて伺えなくて申し訳なかったんですが、以前にいただいた論文でも読ませていただいていて、親の権利、親権と子どもの権利のことをずっと書いていらっしゃいますが、例えばここにある、きめの細かい制度にして、節目に応じて裁判所が関与すると。具体的にはどういうことをイメージしていらっしゃるのかということと、先ほどおっしゃったように、虐待に限って親権を制限するというのは現実的な方法じゃないかと思うんですね。
 実は、子どもの権利条約にそれを裏打ちするような法律が日本にはないので、児童福祉法改正のときに本当はそれをそういうふうに組み立て直したいという意見が大分あったわけですけれども、実際にはなっていない。だから、全体をするのはなかなか難しいのではないかと思うので、虐待に限って制限をしていく、そこの具体的なプランがあれば伺いたいと思います。
#33
○参考人(森田ゆり君) 親へのケア、回復プログラム、私は裁判所がやるというふうには全く思っていないんですね。最初の段階でたしか言ったと思うんですけれども、私が想定しているのは、私自身、今そのプログラムを開発して研修をしていこうとしていて、じゃどういうところに研修していくのかというと、既にやっているところは保健センターです、保健センターの保健婦さんたち。それから、福祉事務所の家児相ですね、家庭児童相談室。
 これは、児童相談所は百七十四か所しか全国にないんですけれども、家庭児童相談室はその七倍あるんですね。非常に地域に密着しています。ただ、すごく優れた家児相とほとんど余り何もやっていないところとすごく差があるんですけれども。ただ、福祉事務所というのは実は通告先なんですね、児童相談所と同時に通告先です。そして、いろんなサービスを提供している、生活保護も含めて、婦人相談もやっていますし。だから、そういう意味で、もっともっと児童虐待のレベルでもう一回役割を確認して、そして提供していきたいなと思うんですね。そのとき、私は、家庭児童相談室をもっと訓練していって、そしてそういう親ケアプログラムというのをやっていくいい母体ではないかなと思います。
 それからもう一つは民間のグループ。そういうところに児童相談所が、裁判所からそういう命令が出て、そして児童相談所が、この地域にはこういうのがあってあなたの場合はこれがいいでしょうと、あるいは、もしかしたらその人はグループのプログラムよりは個人カウンセリングがいいのかもしれません。だから、地域に少なくとも十人ぐらいは親ケアの個人カウンセリングができるセラピストなりカウンセラーなりがいてほしいですけれども、今はそういう状態ではないですけれども。そうしたら、あなたの場合は個人カウンセリングがいいでしょう、あなたの場合はこういうグループがいいでしょうというような形で児相がそれをケースワークしていくというのがいいのではないかなと思います。
 それから、加害者プログラムの効果ということですね。ドメスティック・バイオレンスの加害者プログラム、八〇年代に方法が、かなり行動療法を中心にしてやっていて、その問題点というのはすごく見直されていったんですね。やっぱりもっとそれぞれの過去の子ども時代の体験からずっと見ていくとか、そういった方法を使うようになって、私はちょっとその調査とか数値として見ていないんですけれども、私の仲間たち、ドメスティック・バイオレンスの仕事をしている仲間たちは、今彼女たちがやっているプログラム、加害者プログラムはすごく前の行動療法中心のものよりはずっと効果があるということを言っています。
 ただ、それ数値として、恐らく調査すれば幾つも出てくると思うんですね。児童虐待の加害者、その加害者へのプログラムということなんですけれども、私はそういうプログラムをアメリカでやっていました。そしてその効果調査とか、そういうものもあります。
 今その数値とかを持ってきていないんですけれども、私の経験から言えることは、いろんなレベルの人がいるんですね、加害者といっても。一番深刻な人たち、先ほど宮本さんのお話に出てきた、自分で意識していない、そういう人たち。そういう人たちもプログラムを強制、そういう人たちは強制しないと行かないです、プログラムには。行くことによって少なくとも殴らなくなるんですね。あるいは殴る回数が非常に減っていくと。もちろんいろんな自分の問題たくさん抱えています。でも、殴るとかけ飛ばすとかおふろの中につけちゃうとか、そういう行為というのは、十二週間とか二十週間とかのプログラムを経ていくとすごく減っていきます。それは私たちが、やっている人間たちが認識していたことです。ただ、それを皆さんに説得力を持つためには何か数値を持ってこないといけないかなと思って、今その数値、準備してこなかったんですけれども。
#34
○参考人(吉田恒雄君) 先ほどの御質問で、裁判所の関与をどのようにしたらよろしいのかということがまず第一点かと思います。
 節目に応じてということですけれども、児童虐待で、特に介入を必要とするようなケースに関しましては、例えば現行法で言いますと、先ほども言いました一時保護の段階での裁判所の事前又は事後の関与ということが必要になるんではないかと思います。現在、親、子どもの同意なくして一時保護を取ることができるとされておりまして、それに対する不服審査申立てもあるようですけれども、その不服申立ての制度が利用としては大変狭い道になっておりますので、ここで親の意見が反映されるような仕組みがあってよろしいのではないかというのが一つです。
 それから、現在、家庭裁判所が関与するのは、親が施設入所に反対する場合に関与していますけれども、その前段階として、例えば同意入所の場合についても、そのケアの中身について裁判所がかかわるということがあってもよろしいのではないかと思います。その中で親に対する働き掛けがより有効になされるかもしれない。例えば、親自身の目標設定がそこで行われたり、どういう場合であれば家庭復帰が可能かということも家庭裁判所から示されるということがあるかと思います。
 更に言えば、入所後の措置解除の段階でも公平な判断があってよろしいだろう。特に、家庭裁判所の承認に基づいて施設入所する場合については、こうした裁判所の関与というのはどうしても必要になるかと思います。
 さらに、現行法の枠内でも、そうした家庭裁判所の関与があってもなおかつ親の行動が改まらないという場合には、養子縁組、さらには特別養子という制度があったり、また親権喪失という制度がありますので、これらの制度を有機的に使いながら節目ごとに裁判所が関与するというのは現行法でも可能かと思います。
 ただ、在宅の場合についての裁判所関与はまだ制度としてありませんので、これをどう組み込むかということが課題になるかと思います。
 それから、児童虐待の場面についてのみ親権制限をするということですけれども、先ほどお話ししました現在の児童虐待防止法の中でも、二十八条審判の場合の面会・通信制限ということは、ある意味では児童虐待の場面に限った親権制限かと思いますけれども、これを少し範囲を広げてみると。例えば、児童虐待で入所した児童という限定を付けた上で、入所した児童についての、先ほど申しました医療等について措置権者と親権者との協議をすることができるとか、協議が調わない場合には家庭裁判所の審判によるとか、こういう虐待ということで限定して親権制限の制度を、親権制限と言うんでしょうか、親権者の権利調整ですね、権利調整の制度を作るということも考えられるかと思います。
 ただ、その場合、虐待の定義をどこに設けるかということになれば、かなり程度の強いものでしょうから、重度の虐待というところのものに定義せざるを得ないだろう。緩やかな定義になりますと、逆に親の権利制限が過度になりますので、その辺りは慎重に判断する必要があるだろうと思っています。
#35
○風間昶君 今の、ちょっと吉田参考人に、裁判所関与の前に事例に応じてきめの細かい制度を作るべきという基本的課題をお示しいただいたんですけれども、例えば端的に言うと、例として、きめの細かいのをどうするかということについて一つ教えていただきたい、例だけで結構ですから。
 それから宮本参考人に、済みません、実際に私も、二十年ぐらい前ですけれども、法医学をやっていたときに、いわゆるバタード・チャイルド・シンドロームの剖検を三例ぐらいしたんですが、先生のところで、筑波大学そのもので、小児科だけではこれは対応できない、つまり精神科や、あるいは最初においでになるときはどこの科に来るのかちょっと分からないんですけれども、そこの連携をどうするかという問題と、診療報酬上で、この児童虐待を受けた虐待児の治療に当たるときの診療報酬上の点数が決められていないはずなんですよね。すごくジレンマに陥りながらやられているんではないかと思うんですけれども、お金入ってきませんから、ボランティアでやっていくと。そこをどうしていったらいいのか、ちょっと教えていただければ有り難いと。
 それから、森田さんに、簡単で結構ですから。森田さん、要は、先ほどもお話しされていますように、親のケアは児童相談所じゃなくて、虐待された、プログラムか、プログラムの件について行政がやるべきではない、民間が、ちょっと僕、それ聞き取りが難しかったんですが、そこの連携をうまくやらないと、片方で民間がわあわあわあわあやって、片方で行政がプログラムを立ててやっているという、このそごがいつまでも埋まらないまんまではこれは解決していかない話でないかと思うんですが、そこをどうしたらいいのかちょっと具体的に教えていただければ有り難いと思います。
#36
○参考人(吉田恒雄君) ただいまの御質問で、きめの細かい虐待施策ということですけれども、先ほどの話で言いますと、虐待概念の多様性というところで、虐待の程度であったり内容であったり、非常に多岐にわたるということが現実にあるわけですね。
 その場合に、一つ、虐待の定義を一律にするというのはいかがなものかということと、それからもう一つは、そのレベル、内容に応じて、先ほどのお話で言いますと、健康な親子についての対応、それから育児不安を抱えている親子に対する対応、さらに虐待の予備軍と言うんでしょうか、リスクを持った親子に対する対応、そして現に虐待が生じてしまっている親子に対する対応、こういうきめの細かさが必要なのではないか。現在でもかなりこの辺り、母子保健をも含めて予防ということで行われているかと思いますけれども、そうした総合的な見方が必要だろうということです。
 私が特にこの点を申し上げましたのは、新聞などで虐待ケースがよく出てくる、非常に重度のものが出てきますけれども、それだけを虐待ととらえていいのかどうか。もっと幅広くとらえると、先ほどの宮本先生のお話、森田先生のお話と同じようなところで、それに応じた施策、対応が必要だろうという、そういう意味です。
#37
○風間昶君 そうすると、定義そのものを物すごくきめの細かなやり方に応じた定義にしていかなきゃならなくなってくる話になってくるんじゃないかと思うんだけれども。
#38
○参考人(吉田恒雄君) 虐待の定義についてはいろいろ議論があるところでありまして、現在の虐待防止法のような定義というのも一つ考えられますけれども、その定義は何を目的にしているのかという、目的に応じた定義ということも考えられると思います。
 例えば、育児不安という中に出てくる虐待の定義もあるでしょうし、それから通告ということであれば虐待の定義は比較的広くなるだろうと。しかし、法的、強制的な介入ということでありますと虐待の定義はさらに狭いだろう。そういう目的的に定義を考えてみるのはどうかということです。それを法技術的にどうするかというのは、やはり法システム全体の中で、例えば児童福祉法と児童虐待の防止法の関係をどう見るかということともつながってくると思います。
#39
○参考人(宮本信也君) 病院の中での診療科同士の連携に関してでございますが、まず最初に、個別で私ども筑波大学の大学病院ではこういうことをやっているということが院内に知られておりますので、そうするとどこかに入っても何らかの形で連絡が行く。もっと具体的に申しますと、大体が看護サイドがそういうところには敏感ですので、そこから話が来まして関係する診療科の医者が集まってという、そういう形になっております。
 ただ、全国的には幾つかの医療機関で病院内にそういった虐待の対応委員会をつくりまして、病院内どこの診療科に虐待が疑われるケースが入ってもそこの委員会に届けて、そして委員会で検討するという、そういうところもございます。有名なのは北里とそれから九州の聖マリア病院ですが。それから、行く行くはそういう大きな病院はそういうふうにしていったらいいかと思います。あとは和歌山もそうですね。和歌山は和歌山県全体がそういうふうなネットが組まれております、県立医大のが中心ですが。
 それから、診療報酬に関してですが、これはもう御指摘のとおりでして、ですから私、スライドでも専門家はもうボランティアでやっているというふうに申したわけです。これに関しましては、これは財政的なことが関係しますのでなかなか困難かとは思いますが、将来的にはある程度の公費負担ということを御検討いただければというふうに思っております。
#40
○参考人(森田ゆり君) 虐待している親へのケア、回復プログラムについてですけれども、現在はそういうプログラム、ほとんどなされていないという現状ですよね。すごく小さなレベルですけれども、全国の幾つかの保健所で取り組んでいると。それから、先ほど言いました福祉事務所の中の家庭児童相談室で取り組んでいるところもあります。私が知っているのは関西の幾つかの家児相だけですけれども。
 児童相談所は親指導をしなさいということが今度の法律の中で書いてあるので、それは児童相談所がしろというふうには書いていないですけれども、でもそれがあるので、親へのケアですよね、指導というよりはケアをしなきゃというプレッシャーがあるんですけれども、それは別にプログラムという形で展開してはいないのが現状です。
 それで、私はその親へのケアプログラムであるとか、それは一対一のカウンセリングでもいいんですけれども、それは民間でも公的なところでもいいんですけれども、児童相談所以外のところがするのが一番いいだろうというふうに考えています。それは私の個人的な突出した考えではなくて、児相の方たちも多くがそれに賛同してくれるはずです。
 一つは、先ほど言いましたように、児相の役割、あくまでも子どもの立場、虐待されている子どもの立場に立つと。じゃ、虐待する側もそれなりのいろんなことがあってしてしまうので、そのケアをしていく人たちは別の人たちがやっていくのがいいだろうと。それは民間でもあるいは行政、すなわち保健所や福祉事務所でもいいと思います。東京なんかは民間がそれを児童相談所から請け負って、やってくださいと言われてやっていますよね。吉田さんが理事をされているところです。
 いずれにせよ、児童相談所だけが法的な介入の権限を持っていますから、児童相談所がそれをコーディネートしていくということになると思うんですね。それはほかのところはできないですよね。そんなふうに考えます。
#41
○風間昶君 おっしゃるとおり、だから、コーディネートしていくために民間が一生懸命やればやるほど行政の方が少しぐっと引いていく嫌いがあるから、そこのところをどうやってネットワークをつくっていくかということが物すごく大事で、そこの知恵を是非いただければ有り難いということでお聞きしたんです。
#42
○参考人(森田ゆり君) ああ、そうですか。
 どうでしょう、吉田さんの方が御存じかもしれません。東京はまだ特異な例だと思うんですね。児童相談所が民間の団体に親ケアプログラムを委託していくというんですか、そういう形でやっている。私は結構うまくいっているんだというふうに聞いていますけれども。児童相談所の方はまず仕事も多いですし、そこまでもできないですから、何しろやっていってもらうということで、うまくいっているんじゃないですか。どうでしょう、吉田さん。
#43
○参考人(吉田恒雄君) 治療、親への援助を民間が行うということですけれども、児童相談所と親とが対立関係に立ったような場合に、特に親の意に反して子どもを引き離したような場合に、その親に児童相談所に通って治療を受けろと言うのは非常に難しいわけで、その場合にはやっぱり児童相談所以外の機関が、例えば保健所なり民間機関が親のケアに当たるという方が児童相談所としても今後の対応から考えると望ましいのではないかということかと思います。
 そして、東京の例ですけれども、子どもの虐待防止センターと東京都の児童相談所との間に協定を結びまして、特に守秘義務についての協定書をつくりまして、そして児童相談所からの委託に基づいて親の治療を行ったりということが現になされています。MCG、マザー・アンド・チルドレンズ・グループと言うんですけれども、そのMCGが幾つか立ち上がり、その経験を基にして保健所でもそうした親治療グループができ上がっていると。中には、二十八条の、親が反対して児童福祉施設入所になったケース、その親についてもMCGが行われているということを聞いております。
 ですから、今後これをもう少しシステム化して、更にこうした活動に対して行政的な支援があれば、行政とのそごということはまたなくなるし、活動もまた安定的に行うことができるようになるんじゃないかというふうに思っています。
#44
○八田ひろ子君 今いろいろと教えていただいて大変興味深く聞いていたんですが、今東京の例を吉田さん出されまして、東京にはいろいろな、何というんですか、資格を持った専門家の方もたくさんいらっしゃる施設というか、そういうものも集中しているんですが、四十七都道府県あまねくそういった水準のある人的な素材、そういうものが必ずしもあるわけではないんですが、この今の現行法でそういった、何というんですか、児相だけでなく、受け取れるようなシステムを作るためにはどういうものが必要なのか。法改正なのか、それともガイドラインみたいなものなのかはちょっとよく私分からないんですけれども、そういうのをひとつ教えていただきたいということ。
 お話を承って、子どもの人権が法の精神としてしっかり位置付けられることが本当に大事だなというふうに思いました。人権という明文化は、DVの法律を作るときも本文にうまく入らなくて前文に入ったということがあってなかなか難しいんですが、人権に対する配慮としての裁判所の介入というんですか関与というんですか、そういうので、DVのときはなかなか裁判所というふうに、先ほど小宮山さんもおっしゃったんですが、人的受入れが非常に、家裁なんか特に難しいというふうに言われたんですが、どういうふうに組み立てたらそういうものが今までの活動の積み重ねの上にうまくいくのかというのを吉田さんに教えていただきたいこと。
 それから、ちょっと話は違いますが、宮本さんと森田さんに教えていただきたいのは、先ほど六歳までの救出が決定的だというお話を伺って本当に衝撃的に受け止めたんですが、今救出をするため、治療も含めてですけれども、虐待を受けた子どものことですけれども、今何が必要で、どうすればそれが救出できるのか。外国の例もちょっとお示しいただいたんですけれども、日本のシステムの中でどういうふうに私どもが考えたらいいのか、教えていただきたい。
 それから、親の治療というんですか、人格障害とか、ペーパー見せていただくと社会的障害とかというのが何かお母さんとお父さんと違う名前になっていてなぜかなとちょっと疑問にも思ったんですが、そういうのとの治療とのかかわりで、医療的にはどういうことなのかもうちょっと説明していただきたいということ。
 それから、森田さんに教えていただきたいのは、先ほど教育プログラムをお示しいただいて、日本では中学、高校がアメリカとはちょっと、ちょっとというか大分違う、通用しないということをおっしゃったんですが、学校現場でこういった人権教育と言うんですか、人間としてあなたは大事にされるんだよという教育、そういうものが必要だと思うんですけれども、そういう場合にアメリカではどういうふうにやってきているのか。日本の中学、高校だと、受験制度とかそういうのの違いでそういうことになるのか、ちょっとよく分かりませんけれども、教えていただきたいということ。
 先ほど研修のときにもちょっと聞いたんですが、DVだけじゃなくてこの児童虐待で、通告義務のある方に対する研修とか、専門知識取得の、そういうのを前の論文で拝見させていただいたんですが、例えばカリフォルニアではどれくらいの予算を使って、その研修がどういう効果と実績を上げているのかということをもうちょっと教えていただけると。
 それから最後に、恐縮ですが、東京の児童虐待白書を拝見しますと、家庭の経済的困難や親類、近隣からの孤立ということが虐待を生んでいるという分析がされています。貧困と言うんですか、今のリストラ、失業だとか所得が下がっているとかということでますます社会保障や育児への社会的支援体制を求められると思うんですけれども、そういった貧困問題について、日常の御活動の中でお感じになっている点を三人の先生方にお示しいただけたらと思いますが、よろしくお願いします。
#45
○参考人(吉田恒雄君) まず最初に、民間機関の役割ということかと思いますけれども、現在、児童福祉法の中で児童福祉司指導というのがございまして、その児童福祉司指導については、児童家庭支援センターにその指導を委託することができるとか、児童委員に対する委託という条項がありますですね。その委託の内容として、親治療などを含めることができるだろう。
 その委託ということを更に拡大して考えれば、NPOなり民間の病院なり治療施設を委託先として法律の中に盛り込むことはできないだろうかということですね。それであれば公的な費用がきちんと出るようになるだろうというふうに思うんですね。ただそれを、枠をどこまでにするかというのは課題として残りますけれども、指導委託の受皿として民間機関を考えてはいかがかということが一つです。
 それから、家庭裁判所をどのように組み込んでいくかということですけれども、現在の二十八条の運用などを見ていきますと、少しずつ、家庭裁判所が審判を出すときに施設入所後のケアプランを出せというところが増えているようです。単に親の行為が虐待に当たるかとか、児童の著しい福祉侵害に当たるかというだけではなくて、分離した後どういう援助がなされるのかを示して、その上で審判を出すということであれば、運用上そうしたケアプランに対する家庭裁判所のチェックというのは可能ではあるわけですね。
 ただ、その審判段階でチェックはされますけれども、それがどのような法的な拘束力を持つかということになると、現行法はそれはないわけですよね。ただ、制度的にはそうした指導内容そのものを裁判所の審判として出して、それを守らせるということをどのように実効性を持たせるかというのは大変難しいんじゃないか。これはDV法の議論でも恐らく同じことがあったかと思いますけれども、その辺りが課題かと思います。
 ですから、先ほど申し上げましたように、制度化するということのほかに、運用上その親にどのように動機付けるかということですよね。そういう配慮を一方でしておいてもよろしいのではないかというふうに思います。
 それから、三点目の、東京の虐待白書で貧困の問題が出てきていましたけれども、一つは、児童相談所で扱うケースというのは、やはりその児童相談所という場の特徴が出てくるかと思います。言い換えますと、虐待調査を病院で行ったり、それから家庭児童相談室で行ったり、それから民間機関で行ったりすると、そこに現れてくる親像は多分違ってくると思います。児童相談所に上がってくるケースというのは、比較的重度なケースが多いですよね。そういうところの背景として貧困というものがあるのかもしれない。ですから、調査を見るときに、どこがしたかということはやはり大事かと思います。ただ、貧困の問題なり、それからもう一つ文化の問題も虐待の問題としては非常に大きいだろう。
 例えば、外国の方、ニューカマーの方が日本で子育てをするというときに、自国の子育て文化と日本の子育て文化が異なるというときに、日本人の尺度からすればそれは虐待、例えばネグレクトに当たるということにもなりかねないわけですよね。そうした場合に文化的な配慮ということも、今余り問題にされておりませんけれども、今後出てくるかもしれないという、これは一応念頭に置いた方がいいだろうと思います。
#46
○参考人(宮本信也君) 三点御質問いただいたかと思います。まず、子どもへのケアで六歳までに関してということですが、端的に申してしまいますと、六歳までの子どもたちは、幸いなことに虐待の影響と言ってもそれほど周りを困らせる大きな問題には物理的に出てきません、思春期以降の犯罪とか精神障害のように。そういう形で、治療的なかかわりはある意味では必要ですが、むしろより養育的なかかわりのウエートが大きいかと思います。そのように考えますと、母子保健行政のウエートを増すというのが一番いい方法かと思います。
 具体的に申しますと、母子保健にかかわる保健婦の人数を増やす。それから、保育所と幼稚園の加配の教員の数を増やす、そのための助成金を出す、地方に。と申しますのは、保育所と幼稚園には虐待を受けた子どもたちがたくさんおります。特に保育所の方が多いんですね。そういう子どもたちは、そういった保育所の中で非常に様々な問題行動を起こしているわけですが、多くは集団行動を取らない、そして乱暴である。それで、保育士さんや幼稚園の先生方がお手上げで、でも手が、ほかの子も見なくちゃいけなくてと追い回して、あるいはほったらかしという状態ですね。
 これに関して、現在加配の教員が付く場合は、主として発達障害、障害児が入っている場合にはそれに地方から補助が出ますが、そういった問題行動云々では、地方行政によってなかなか差がございます。したがいまして、そこのところに加配を付けてくださるような財政的な援助があれば、結果としてそういう子どもたちが、その中でほかの子どもたちあるいは集団の中での適切な行動を学習しやすくなっていくだろうと思います。先ほど申しましたように、幼児期の発達課題ということを考えました場合も、それは望ましい対応だろうと考えます。
 それから、親の対応、治療ですが、特に、御指摘ありましたように、人格障害がある親御さんが一番大変なわけですが、私は、これはやはり一番多分効果が上がるのは妊婦のときの対応だろうと思います。ですから、先ほどお話ししたように、妊婦健診の段階でそういったハイリスクの方を適切にチェックして、それに産科の中でかかわれる人的な体制を整えるということが一番有効だろうと思います。
 私も、性教育とかもかかわっておりますので感じておりますが、実際には思春期の子どもたちへの人権教育やこういった問題の教育も意味はあるんですが、現実的には余りその有効性に関してはどうかなという点もございます。なぜならば、子どもを持って初めて、自分は子どもが嫌いなんだなと分かるんですね。それまでは自分は子どもが好きだと思っている、それが子どもを持ってみて初めて、ああ、自分はという、そのやっぱり客観と主観は違いますので、ですから、そういう意味では、妊娠するともう明らかにそういった状況が起こります。
 最近の考え方として、女性はだれでも生まれながらに母親ではないとよく言われるわけですが、じゃ、いつから母親になるのか。妊娠が分かった瞬間からだと言われています。決して子どもを産んだときからではないんですね。妊娠経過の途中、妊娠している中でもう頭の中の子育てが始まっているんですね。そこに介入することが、恐らく極めて有効な方法論となるだろうと思われます。
 それともう一つは、もちろん、もう生まれて実際に今虐待が起こってしまった親御さんへの対応に関してどうするかということですが、これは非常に難しい。正直に申しますと、世界じゅうでどこでもこれが絶対だというプログラムはまだないだろうと思います。うまくいったということもありますが、それが、永続的にその有効性が続いているという保証は、私が知っている範囲ではないですね。
 したがいまして、これはむしろ私どもの領域の話になるんだろうと思いますが、どんな技法でもすべてに有効な技法というのはございませんので、それぞれの対応やプログラムの適用、これはどういう状態にはうまくいくのかという、その適用をきっちりと、これはリサーチの問題になりますが、そういった研究を踏まえた上での対応のシステムを作るということが重要ではないかと思います。そういう意味では、結論から言いますと、今の時点ではこれが決定的にうまくいくという方法は、先ほども言ったように、子どもへのケアに比べると、私の方ははっきりとした御回答をすることはちょっとできないかと思います。
 それから三点目ですが、社会的な要因、貧困とかということですが、これは日本よりは欧米の方がかなり大きいのではないかというふうに思います。日本は、もちろん貧困家庭はあるんですが、貧困が関連しているような虐待の多くはどちらかというとネグレクトと情緒的な虐待で、子どもを殺してしまうような虐待は、新聞等の事例で見てもそうですし、私自身の事例で見ても、そんなに貧困で困っているということではなくて、むしろ親御さんの個人的な精神病理の重さの方が大きいというふうに感じております。ですから、貧困がベースであると、むしろこれは介入しやすいのではないかと思っております。
#47
○参考人(森田ゆり君) 幾つかの点があったので整理し切れるかどうかちょっと分からないんですけれども、一つは、東京都の報告に関連して育児支援ということなんですけれども、虐待というと多くの人がぱっとイメージするのが、独りで孤立して赤ちゃんを抱えている母親というイメージですね。確かに数値的に母親が虐待をするという数が多くあるわけです。
 ただ、それはかなり注意をして数値を見ていってほしいなと思うんですね。まず大前提として、圧倒的に日本の社会で、アメリカの社会もそうですけれども、母親が子どもを世話しているというそういう現実の中で、母親の方が子どもを虐待しやすい状況にあるということは一つ現実としてあると思います。ただ、アメリカでは大体いつも半分ですね、虐待者の母親が半分と。残りは父親であったりあるいは養父であったり、あるいはそのほかの人たちであったりと。私は、ちょっと日本ではこの母親の孤立、母親が虐待するというイメージが余りにも強過ぎて、どこからこれは出てくるんだろうなというふうに思うんですね。
 例えば、つい最近、警察庁が児童虐待死のケースをまとめて出しています。児童虐待死、一年間で五十六人いたと。この五十六人のうち、虐待者は実母という、こういうサブタイトルですか、タイトルが新聞は出ているんですね。ほかの新聞もそうだったんです。ぱっとそれを見て、そしてよく読んでいくと、虐待していて殺してしまった保護者は、実母が七十九人、それから実父、それから実母の内縁関係者、合計すると八十八人と。ただ、実父と実母というふうに比較したら、それは実父は四十四人で実母は七十七人ですか、だからそれは実母が多いというふうに新聞は言うわけですけれども、実父と養父と両方合わせると実母よりは多いわけですね。そういうところに私はジェンダーの問題ってすごく見るわけですね。
 私は今、虐待をしてしまっている母親たちの会をやっています、治療的なグループです。その人たちはみんな自分で何とかしたいと思っているから来るわけですね。ただ、私は本当は虐待をしている父親たちに出会いたいんです。でも出会えないんですよ。出会えないんです。多くの父親たちは出てこないんです。多くの父親たちは何とかして変わろうとしていないんですね。児相に通告してくる虐待の圧倒的ケースは母親、それで自分がしているんだという形で言ってきます。
 この辺のところで、例えば今私が見ている、一緒にやっている母親たちのグループなんですけれども、一人一人いろんなストーリーがあります。多くが子ども時代に何らかの大きなトラウマを抱えています。虐待であったり母親がドメスティック・バイオレンスの被害者であったりとか、それをずっとみんなで話していくんですけれども、もうどんどんジェンダーの問題というのが出てくるわけですね。
 だから、その虐待の問題というのをしばしば育児支援、子育て、母子関係という形でくくられてしまうんですけれども、それはそういう側面があるので追求していきたいことです。支援していきたいことです。でも、同時に父親にも支援していってほしいんですね。そのためには、ジェンダーということが虐待にどう影響してきたのか、ジェンダーは暴力にどう影響しているのかというすごく大きなテーマですよね。これは是非この調査会は考えていっていただきたいなと思います。
 時間がなくなってしまいましたけれども、中学生が、高校生がちょっと大分違うというのは、物すごいはっきりとした実感です。大体、中学生ぐらいになると、人はいろんな意見を持ち、そしてそれを発表していくわけですね。ところが、なぜか日本では、少なくとも公的な場面ですね、個人的な関係では知りません、でも、クラスの中とか公的な場では中学生になると自分の意見を言わなくなっていきます。小学生の方がずっと言います。
 それはなぜなのかと、私は最初、何度も何度も中学校とか高校に入っていって、こういうプログラムをやっていて同じ体験をするので、ずっと考えていたんです。いろんなやり方をしてみたんですけれども、私と彼らとの信頼関係がないからではないんですね。周りを気にしているんですね。先生がいるからでもないんですよ。周りの中から浮き上がりたくないというのがすごく強いみたいですね。やっぱり自分をなるべく表現しないでいこうという傾向がなぜか中学校になると物すごく強くなると。
 これはちょっと深刻に考えなきゃいけないんじゃないのかなと思うんですね。なぜかといったら、この年代ですよね、子どもたちがいろんなリーダーシップのスキルを身に付けていく。リーダーシップのスキルといったら、人の前で表現していく、物を語っていく、提言していく、文章を書いていく、そしていろいろ勇気を持ってみんなを率いていこうとする。そういったことを私はアメリカでこの年代の子どものうちにどんどん提供するプログラムをずっと作っていました。でも、日本では何かこの年代になると急にそこが弱くなっていってしまうというのは、ちょっと日本の将来を考えるときに大変に大きな問題ではないかなというふうに思っています。
 貧困の問題はかなり宮本さんがおっしゃったことと似ていますね。アメリカの場合は、虐待、物すごい数ですよね、アメリカの虐待の件数。でも、大体六五%はネグレクトなんです。虐待の六五%ぐらい、それはちょっといろいろ変化していますけれども、非常に多くの数がネグレクトです。ネグレクトということを考えると、やっぱり貧困というのはすごく大きなテーマとしてありますね。
 ただ、アメリカの場合、そこに今度、クラックとかコカインとかドラッグとか、貧困の問題とかかわってきますよね、ドラッグ常習になってしまうと物すごい貧困になっていくとか。だから、ちょっと日本の場合はどうなるのかと余り比較はできないと思うんですけれども、大体、公的な機関に上がってくるケースというのは、やっぱりどうしても経済的に貧しい人たちのケースが上がってくるという傾向はあると思います。裕福な人たちはそんな児童相談所なんかに行かなくて済むというところがあるんじゃないでしょうか。
#48
○八田ひろ子君 カリフォルニアの。
#49
○参考人(森田ゆり君) ああ、そうですね、通告の研修ですね。
 私、通告を課せられた、義務付けられた人たちへの研修というのは、カリフォルニア州の社会福祉教育のコンサルタントとしてやっていたんですけれども、全体の予算が幾らだったかというのはちょっと覚えていないんですね。
 ただ、私は、かなりいいペイをされていたということは言えます。それは、たくさんのコンサルタントがいて、そして学校の先生とか医者であるとか、たくさんいるわけですね、通告を課せられている人たち。その人たちに対して、児童虐待について、法律についてどういうふうに通告するのか、そういったことについて研修をしていきます。そのとき、その研修をする人たちはボランティアじゃなかったです。かなりちゃんとした、かなりの収入をもらっていました。だから、それなりの予算は取ってやっていたと思います。
 そして、通告をする人たちはその研修を受けなければならないんですね。アメリカの法律というか、カリフォルニアの法律では通告の対象者というのは物すごい数です。子どもにかかわる人たちはほとんどが通告対象者です。日本のように限られた、今度の児童虐待防止法でもそんなにいろんな職種は出ていないですね。アメリカの場合は、例えばボーイスカウト、ガールスカウトのリーダー、そういった人たちも通告の対象者で、それに通告しなかったら罰せられます。
 ですから、かなりの数の人たちがいて、その人たちに対して通告の研修をしていくというから、相当なオペレーションじゃないかなと思うんですね。
#50
○大野つや子君 ありがとうございます。
 自由民主党の大野つや子でございます。
 今日は、三参考人の皆様方、本当にありがとうございます。いろいろと貴重な御意見を拝聴させていただきました。
 その中で、私、児童虐待防止法、この法整備をしっかりしなきゃいけないんだということもよく分かったわけでございますけれども、今、宮本参考人がお話しいただきました虐待の予防という中で、妊婦にというようなお話をいただきました。
 そこで、ちょっとお聞きいただきたいんでございますけれども、実は児童虐待に関するホームページの掲示板に書いてあったことでございます。ちょっと読んでみます。
 初めまして。どうしてこんなに無能なんだって子どもを見ると思ってしまいます。理想的な赤ちゃんてどんなんだろうって時々考えます。食事や自分の排せつ物の始末もできない生き物なんですよ。ちゃんと自分の考えを伝えることもできないのが神経を逆なでします。うるさいってたたいても黙らないが、またそれがストレスの原因になっていらいらします。やっぱりこれって虐待なのかなと自分を殺したくもなり憂うつです。理想の赤ちゃんてどんなんだろうって悩んでいますというようなことが実は書かれておりました。
 本当にある意味で驚きではございます。私も子どもを二人育てた経験がございます。今のお話、先ほどの宮本参考人のお話の中で、産んでみて初めて子どもが好きか嫌いかということが分かるとおっしゃいました。私は、まずそうではないと自分では思っていたんですね。やっぱりこれは、自分が母親になれるということ、新しい命を産むということの尊さというものをいただけたという喜びを感じながら、妊産婦時代と言ったらいいんですか、もう一生懸命努力してきたような気がするんですけれども。
 このような私は実は記事を読ませていただきましたのと、そしてまた、保育園、実は訪ねたりいたしました。そんな中で、保育園に通っていらっしゃるお母様方にもう一人少子化ですから産んでくださいというようなお話を申し上げたときに、やはり同じような、赤ちゃんて汚いですねという言葉が返ってきました。本当に私、どうしてと思いました。こんなにかわいいものはないじゃないですかというようなお話をする中で、大体、そうですね、半数ぐらいの方が汚い、半数の方は、いや、すばらしいものですと言ってくださいました。
 そんなようなことを見聞きしている中で、やはり予防というのは、先生がおっしゃったように、子どもを宿す前かもしれない、あるいは。母親というより、親になるということの意義、そして尊さというものをやはり、これ教育かもしれませんけれども、本当にこれ伝えていかなければ子どもの虐待というものはなくならないのかなと。このように、かわいい、すばらしい、尊い命というものを、逆に汚いというようなことで片付けられるものでは決してないと私は思うんでございますけれども。
 そのような中で、やはり予防をという意味で、虐待の予防を早い時期から、またお医者様の立場で妊婦の方々への教育というものをしっかりもっとしていただかなきゃいけないのかなというようなことも思っておりますし、森田参考人にもお伺いしたいんですが、数多くのいろいろな経験をなさっていらっしゃると思うんでございますが、この虐待、世界各国であると思うんですね。このような中で、いろいろな方法で虐待が少しでも減った国というのがあるのでしょうか。それもちょっと、私、もしできましたらお伺いしたいなと思います。
 よろしくお願いいたします。
#51
○参考人(宮本信也君) おっしゃられるとおりであろうとは思います。そのホームページのそのお母さんのお気持ちもよく分かります。ただ、私自身は、ある意味で自分の立場というところでお話しさせていただいております。つまり、医療の立場、医療の中でどうやっていくかということで、余り総合的な一般的な立場で今日はお話ししていないつもりでおります。
 そのような形で考えますと、この子ども虐待への対応ということを医療の中で、しかも今のシステムの中で、そして私どもの、医学というのはどうしてもやはり効率性ということもこれは無視できません。いかに有効にやっていくかということを考えた場合に、妊婦さんのところに手を付けるのが予防という意味では一番効率がいいんではないかという、そういう発想でございます。その場合、先生が今おっしゃられました妊婦さんにそういったいろんな命の尊さ、いろんなことの教育をするという、そういうのも一つかと思います。
 ただ、私が今日申し上げたかったのは、むしろ教育というよりは、もう少し治療的なかかわりが妊婦さんのときにもう必要であろうと。先ほど理想の赤ちゃんはどこにというふうなことをおっしゃられましたが、私どもがやっている領域の中に乳幼児精神医学という領域がございますが、この領域で、さっきお話ししたように、子育ては妊娠が分かったときから始まるんだという考え方があるわけです。それで、十月十日、自分のおなかの中で子どもをある意味でもう育てている。その中で頭の中に理想の赤ちゃん像ができていくんだ。そして、それが現実に生まれた赤ちゃんとのギャップがあるわけです。そのギャップをその後の現実の育児の中でどうすり合わせていくか。そのすり合わせに失敗したときに、失敗したときにというか、そのすり合わせがうまくいかないときにその育児状況に何らかの混乱や破綻が生じるという、そういう考え方です。
 したがいまして、理想の赤ちゃんはそれはそれでいいんです。天使のような赤ちゃんもいいんですけれども、そうでない赤ちゃん、あるいは、そしてそうでない赤ちゃんとすり合わせができないところは、やっぱり何かそこにこう持っているんだろうという、そこを何とか手当てしてあげるには、むしろ教育というよりは治療的な、あるいはそこまで行かなくても、ある意味での心の支えが必要だろうというふうに考えております。
 これは別に心の云々だけではなくて、身体的な意味で健康な赤ちゃん、あるいは母子ともに健康に出産を乗り切るためには既に、今はもう周産期、出産前からのかかわりが重要であるというのはよく言われていることでございます。
 以上、そういうことです。
#52
○参考人(森田ゆり君) 虐待が減っている国ってあるんだろうかということですね。
 アメリカでは虐待が減っています。ずっと虐待の件数、通告件数ではなくて、実際に通告の中からこれは虐待であるというふうに認定された、そういう数値、上り詰めてきました。ちょっと私正確には、忘れたんですけれども、たしか二年か三年前から今下降している状態です。それが一体何がそれをそうさせているのかというような分析はちょっと私まだ見ていないんです。ただ、それは今アメリカではしきりに考えようとしているところなんですね。今、どうして減っていっているんだろうかと。
 虐待の数値ではないんですけれども、スウェーデンでは、ちょっとこれも私今資料を持ってきていないので年数とかちょっとあいまいなんですけれども、一九七七年だったと思います。七十何年かです。スウェーデンで、何しろ子どもに対して体罰をしてしつけていくというのを禁止しようという、そういう法律ができました。そのときその法律に反対した人たちというのは、大体国民の七五%反対しました。冗談じゃない、子どもを殴らなきゃならないときだってあるんだよという形でした。それから二十年たって、一九九〇年代の後半です。その法律、今も存続しています。その法律に対して反対する人たちは一五%です。ということは、それで虐待の件数が、ちょっと虐待と違いますので正確なお答えにはならないんですけれども、何かを示唆することかなと思うんです。
 あと、先ほどの妊婦の教育という、それから命の大切さということなんですけれども、どうしてこんなにかわいいものがとおっしゃったんですけれども、恐らくとても幸せな人生を生きてこられたんだろうと思うんですね。しかし、虐待をする人たち、それは男性も女性もそうです。たくさんの痛みを抱えて生きています。必ずしも虐待されたという痛みだけではないですね。いろんな痛みがあります。いろんな痛みが十分にいやされないまま来ていると。
 そうすると、例えば、子どもを見たときに自分の子ども時代の体験を思い出してしまうとか、それから、特にさっき私のちょっと言ったジェンダーのこととかかわってくるんですけれども、若い母親、若くなくてもいいですね、母親たち、今子どもを持ったばっかり、持とうとしている母親にとって、いい母親にならなければというのは物すごいプレッシャーとしてあります。それは、今、私、ずっとその母親たちと付き合っていて、何でこんなにすごいプレッシャーを感じているんだろうと思うほど大変なプレッシャーです。いい母親、例えば三歳までにまだおむつが取れていなかったら大変という、そういうようなことから、あるいは自分の時間すべて犠牲にして子どものためにするんだとか、いろんなプレッシャーですね、いい母親になろうというプレッシャー、このプレッシャーは虐待をすることに影響を与えています。一番大きな要素とは言いません。でも、確かに母親たちが虐待するときの一つの大きな要因にはなっていることは私自身の経験から見ても確かです。
 ですから私は、いつもそういう母親たちのグループ、あるいは母親たちを対象にした講演会のときには、ドナルド・ウィニコットという非常にすばらしいお医者さんであり精神科医ですね、イギリスの精神科医。この人は六万件の、六万人の子どもたちを診た人です。児童の精神発達、それから親子関係、非常にすばらしい対象関係論という、そういう論を発展させた人です。
 この人がこういうことを言っているんですよ。この人はそういう六万人の子どもたちと母親たちを診てきた中で、一番いい母親というのはまあまあの母親だと、まあまあの母親がベストな母親なんだということを言っているんですね。まあまあな母親って、今日はちょっと仕事が忙しくて、今日は会合があって、悪いけれどもピザにしてくれないって電話しちゃう、あしたこそは御飯ちゃんと作ろうと思ったけれども、あしたも何か出てきちゃったから、あしたもまたピザになっちゃった、でも三日目は家に帰って何とか懸命になって御飯作ったと、今日は子どもの何か晴れの日だったのに忘れちゃった、でもその次は忘れないで行った、これ、まあまあの母親ですよ。そういう母親が子どもにとっては一番ベストな母親なんだということを言うと、みんなすごく泣き出すんですよ、泣き出します。それほど大変なプレッシャーです、いい母親であらねばならないと。
 やっぱりそこは何がそういう母親、イメージを作り出していくのかということ、私は共生社会の調査会の方たちの一番ぴったりするテーマではないかなと思うんですね。
 そういう意味で、命の大切さをただ教えても、これはまず無理ですね。こんなに命ってすばらしい、美しいと言っても無理です。それよりもむしろ、あなたの命はどんなふうに大切にされてきたかな、大切にされなかったときにどんな思いだったかな、どんなに苦しかったか、どんなにつらかったか、その思いをだれにも言えずにずっと来た、その気持ちもまたどうだったんだろう、そのときにだれかその気持ちを言える人が隣にいたなら、そのことを話してみたら、聞いてあげるよと言ってくれる人がそばにいたらどんなに違っていただろうかと。そういうことをしていくことが恐らく命をすばらしいと思えるようになることなんじゃないかなと思います。
#53
○会長(小野清子君) 最後に、有馬朗人君。
#54
○有馬朗人君 いや、もう時間が遅くなったから。
#55
○会長(小野清子君) 手を挙げていらしたので。
#56
○有馬朗人君 手を挙げましたけれども、大変今日、三人の参考人の方たち、いいお話を伺って、教えてくださってありがとうございました。
 ただ、最後に私がお聞きしたかったのは、一つは、森田さんに、アメリカで私がいたころはむしろ増えてきて大変だったと。最近減ったということをお話お聞きしてうれしかったということ。ただ、そのときに私が関心を持ったのは、アメリカの中の文化、いろいろな文化のバックグラウンドを持った人がいるので、その間の違いがあるのではないだろうかということをお聞きしたかったんですけれども、時間がありませんので今日はもうお答えをいただかなくて結構です。
 そして、三人の方々に共通してお聞きしたかったことは、結局はっきりした方法が残念ながらないようですね。しかしながら私は、この法律を作ったときに、これができるといい影響を与えるだろうと思って一生懸命お手伝いをしてきていたんですけれども、できて日が短いのでまだ効果が出ていないとは思うんだけれども、何となくこれのきちっとしたアフターケアをしなければ駄目じゃないかという気持ちがあって私はこの児童虐待を取り上げるべきだということを主張した次第です。
 そういうことをお聞きしていて、やっぱりこれは重大な問題だなということを深く感じたということを申し上げたかったことと、質問したかったことは、それじゃ国として何ができるだろうかと。一つ、先ほど宮本さんがおっしゃっておられたことで、母子保健ということに少し力を入れるといいんじゃないかというような御指摘がありました。そういう意味で、何か国としてやれることがあったらどういうことなんだろうということをお聞きしたかったのです。ここでお聞きしなくても、また何かのときにお教えいただければ幸いでございます。
#57
○会長(小野清子君) 質疑も尽きないようでございますが、予定の時間も参りましたので、以上で参考人に対する質疑は終了いたします。
 参考人の皆様方には、長時間にわたりまして大変貴重で有意義な御意見をお述べをいただきまして、誠にありがとうございました。ただいまお述べをいただきました御発言につきましては、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表いたしまして心から厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 速記を止めてください。
   〔速記中止〕
#58
○会長(小野清子君) 速記を起こしてください。
    ─────────────
#59
○会長(小野清子君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りをいたします。
 共生社会に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続については会長に御一任願いたいと存じますけれども、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#60
○会長(小野清子君) 異議なしと認め、さよう取り計らいます。
    ─────────────
#61
○会長(小野清子君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、千葉景子君、八田ひろ子君及び大渕絹子君が委員を辞任され、その補欠として岡崎トミ子君、吉川春子君及び田嶋陽子君が選任されました。
    ─────────────
#62
○会長(小野清子君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますけれども、御異議ございませんでしょうか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#63
○会長(小野清子君) 異議ないと認め、それでは、理事に吉川春子君を指名いたします。
    ─────────────
#64
○会長(小野清子君) 委員派遣承認要求に関する件についてお諮りいたします。
 共生社会に関する実情調査のため、二月十八日から二十日までの三日間、香川県及び岡山県に委員派遣を行いたいと存じますが、御異議ございませんですか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#65
○会長(小野清子君) 異議ないと認めます。
 つきましては、派遣委員等の決定は、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#66
○会長(小野清子君) 異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会をいたします。
   午後四時四分散会
ソース: 国立国会図書館
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