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2002/04/03 第154回国会 参議院 参議院会議録情報 第154回国会 共生社会に関する調査会 第3号
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2002/04/03 第154回国会 参議院

参議院会議録情報 第154回国会 共生社会に関する調査会 第3号

#1
第154回国会 共生社会に関する調査会 第3号
平成十四年四月三日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         小野 清子君
    理 事
                有馬 朗人君
                清水嘉与子君
                田浦  直君
                羽田雄一郎君
                風間  昶君
                吉川 春子君
                高橋紀世子君
    委 員
                有村 治子君
                大仁田 厚君
                大野つや子君
                後藤 博子君
                段本 幸男君
                中原  爽君
                山下 英利君
                岡崎トミ子君
                小宮山洋子君
                鈴木  寛君
                平田 健二君
                弘友 和夫君
                山本 香苗君
                林  紀子君
                田嶋 陽子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        岩波 成行君
   参考人
       東京大学大学院
       教育学研究科教
       授        汐見 稔幸君
       徳永家族問題相
       談室室長
       保健師      徳永 雅子君
       日本弁護士連合
       会子どもの権利
       委員会委員
       東京弁護士会子
       どもの人権と少
       年法に関する委
       員会委員
       弁護士      坪井 節子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○共生社会に関する調査
 (派遣委員の報告)
 (共生社会の構築に向けてのうち児童虐待防止
 に関する件)

    ─────────────
#2
○会長(小野清子君) ただいまから共生社会に関する調査会を開会いたします。
 共生社会に関する調査を議題といたします。
 先般本調査会が行いました委員派遣につきまして、派遣委員の報告を聴取いたします。清水嘉与子君。
#3
○清水嘉与子君 去る二月十八日から二十日までの三日間、香川県及び岡山県において共生社会に関する実情調査を行いました。
 派遣委員は、小野会長、有馬理事、田浦理事、羽田理事、風間理事、吉川理事、高橋理事、有村委員、大野委員、小泉委員、後藤委員、郡司委員、山本委員、田嶋委員及び私、清水の十五名です。
 以下、調査の概要を御報告申し上げます。
 一日目は、最初に、香川県庁において児童虐待に関する取組の概要を聴取し、意見交換を行いました。
 初めに真鍋知事から、児童虐待への対応を県民総ぐるみの運動として行っているというあいさつがあり、次いで県より、児童虐待の実情に関し、相談件数の増加、通報経路の多様化、学校からの通報の増加という傾向が見られること、施設入所ではなく在宅指導中心のケアを実施していること、また、平成十二年末にかがわ虐待防止アクションプランを策定し、県西部に児童相談所を新設するとともに、短期間のホームステイ等多様なメニューによって被虐待児童を受け入れるファミリーホーム制度や、虐待原因の調査分析を実施する予定であること、さらに、新香川子育て支援計画(かがわエンゼルプラン21)においても、児童虐待防止を主要事業として位置付け、社会全体で子育てを支援するみんな子育て応援団プロジェクト等、各種施策を実施しているという説明がありました。
 また、DVに関しても、法施行後の昨年十、十一月は相談件数が前年度比で三倍以上になり、保護命令の発出件数も既に七件になっているという説明がありました。
 説明終了後、派遣委員との間で、児童虐待やDV相談におけるEメールの活用、児童虐待防止における保健婦の役割の重要性、ファミリーホーム制度の数値目標及びその有効性、みんな子育て応援団プロジェクトの具体例、児童虐待のような家庭内の問題への行政のかかわり方、児童委員の役割と配置等について活発な意見交換が行われました。
 次いで、県の東部の白鳥町にある児童養護施設恵愛学園を訪問しました。恵愛学園は社会福祉法人恵愛福祉事業団に属し、同事業団は、児童家庭支援センターけいあい、恵愛保育所等、多数の施設を有しています。
 恵愛学園では、まず松村理事長から学園の沿革と概要についての説明があり、児童相談所との緊密な連携が必要であること、事業団内の異なる施設において職員の兼務ができないため職員のやりくりが難しいという意見が述べられました。
 説明聴取の後、施設の見学を行いましたが、委員との間では、施設での生活の実情、虐待を受けた子どもの心身への影響、児童養護に必要な心構え等を中心に意見交換が行われました。
 二日目は、まず香川県子ども女性相談センターを訪問しました。同センターは、平成十二年に児童相談所と女性相談センターが統合されて発足した施設であり、児童相談部門と女性相談部門それぞれが一時保護施設を併設しています。また、知的障害者相談所も併設し、香川県における児童、女性に関する相談事業の中核的存在となっています。
 施設見学後、同センターから概要説明を聴取するとともに、県内で児童虐待問題に携わっている子ども虐待防止ネットワーク・かがわ及び香川CAPとの意見交換を行いました。
 子ども虐待防止ネットワーク・かがわは、二〇〇〇年六月にNPOの認定を受けた団体で、虐待防止や子育て中の親の支援に向けて普及啓発活動、電話相談などを行っており、六十名の会員のほとんどは子育て中の母親です。同団体からは、市民レベルで活動しているネットワークへの支援や父親の育児参加への援助等が必要であるという要望がありました。
 香川CAPは、一九九五年に設立され、二〇〇〇年十一月にNPO法人格を取得したCAPセンター・ジャパンの支部です。CAPは、子どもの大切な権利である自信、安心、自由を守るためのワークショップの実施や各種教育プログラムを行っていますが、このようなプログラムを小学校の授業で行いたいので、教育委員会、学校の理解が欲しいという要望がありました。
 説明終了後、委員との間で、NPO法人としての資金面、認証手続の問題点、NPO法人格取得の効果、NPO法人間の連携体制等について意見交換が行われました。
 午後は、瀬戸内海を渡り岡山県に移動しました。
 最初、岡山県庁において、児童虐待に関する取組の概要及びDV条項を取り入れた岡山県男女共同参画の促進に関する条例の説明を聴取しました。
 まず石井知事から、岡山県は物流、情報の先進県として創造と共生を目標としているというあいさつがあり、次いで県より、児童虐待問題については、児童相談所の体制強化、関係機関・地域との連携強化等により早期発見、早期対応に努めている、また、男女共同参画の推進については、おかやまウィズプラン21を策定して共同参画を進めており、相談件数が平成八年の約三十倍になったDVに関しては、参画条例の中に男女共同参画を阻害する行為の禁止として明確に規定しているという説明がありました。
 次いで、婦人相談所及び児童相談所における実際のDV相談事例及び児童虐待に関する事例の説明と、岡山市よりDV条項を持つ男女共同参画条例の説明を聴取しました。岡山市の参画条例は、同伴家族を含む被害者の緊急一時保護を義務付け、被害者の自立支援にも配慮したものとなっています。
 これらの説明に対して、委員から、DVに関しては、相談件数増加の原因、女性相談所の相談事由で「心身の健康」が五年間で五倍弱と急増した理由、DV被害者の自立支援とウィズセンターにおける就業支援事業の関連性、加害者のフォローアップの必要性、役所の執務時間外のDV被害者に対する対応方法について、また、児童虐待に関しては、体罰容認論に対する見解、児童虐待を行った夫婦ともにカウンセリングを受ける必要性、児童相談所の介入の在り方、児童相談所関係者の心のケア、DVと児童虐待の相関関係など、活発な質疑がなされました。また、岡山市に対しても、DV法に対する要望、関係情報公開の在り方などに関する質疑が行われました。
 三日目は、まずOG技研株式会社の視察を行いました。現在、ノーマライゼーションの考え方の下に、障害者や高齢者に優しい社会の確立が図られておりますが、同社はこのようなニーズにこたえる物理療法機器、機能訓練機器、特殊入浴装置、作業療法器具等の製造販売を行い、この分野では全国でも高いシェアを持つ地場の研究開発型企業であります。委員からは、製品開発の方法と大学との研究交流、価格の設定方式、福祉部門以外の市場への進出可能性等について質疑がなされました。また、生産工程を視察し、福祉機器の体験も行いました。
 次いで、岡山理科大学福祉システム工学科の視察を行いました。岡山理科大学は昭和三十九年に創設され、現在、理学部、工学部、総合情報学部を持つ中四国で有数の理系の総合大学です。工学部福祉システム工学科は二〇〇一年四月に設置され、人間工学、福祉情報工学、福祉機器、ユニバーサルデザイン等の研究を行っています。
 初めに大学側から、障害者や高齢者が自分自身で意識しないで生活できるという設計の理念を具体化したものがユニバーサルデザインであるという説明があった後、入試の状況、福祉機器の研究に必要な医学、心理学の教育方法、産業界との連携、大学と専修学校との連携の実情、若年層の理科離れと現状の対策、福祉機器の設計思想と女性の役割の特色等、委員との間で活発な意見交換が行われました。
 以上の日程を通じて、日ごろ最前線で児童虐待やDV問題と取り組んでいる方々及び高齢化社会に当たってますますその重要性を増している福祉関連機器の研究開発を行っている方々の話をつぶさに伺い、また意見を交わすことができ、本調査会として極めて充実した内容の濃い調査を行うことができました。
 最後に、今回の調査に当たりお世話になった関係各位の御協力に対し、心から感謝を申し上げ、報告を終わります。
#4
○会長(小野清子君) 以上で派遣委員の報告は終了いたしました。
    ─────────────
#5
○会長(小野清子君) 「共生社会の構築に向けて」のうち、児童虐待防止に関する件について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、東京大学大学院教育学研究科教授汐見稔幸君、徳永家族問題相談室室長・保健師徳永雅子君及び日本弁護士連合会子どもの権利委員会委員・東京弁護士会子どもの人権と少年法に関する委員会委員・弁護士坪井節子君に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙の中を本調査会に御出席をいただきまして誠にありがとうございました。
 参考人の方々から、「共生社会の構築に向けて」のうち、児童虐待防止に関して忌憚のない御意見をお述べをいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 議事の進め方でございますけれども、まず、参考人からそれぞれ十五分程度御意見をお述べをいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
 それでは、汐見参考人からお願いをいたします。汐見参考人。
#6
○参考人(汐見稔幸君) 汐見でございます。よろしくお願いいたします。
 私は、現在、東京大学の教育学研究科に勤務しておりますので、児童虐待防止のためのシステムづくり及びそのための施策の在り方のうち、主として教育の側面からどのようなハードを整備していくべきなのかということについて、日ごろ考えていることを少しまとめて申し述べさせていただきたいと思っております。
 これまで虐待防止については主として、既に虐待をしてしまったケース、あるいはそのおそれが極めて高いケースに対してどうサポートしていくのかということが中心に議論されてきたように思いますが、これから申し述べますように、虐待は現実にはどの家庭にも起こり得るという可能性がございまして、それを防ぐためには虐待に至るかなり前の段階から幾つかのきちんとした防波堤を作っておくということが大事であるという実感を私は持つに至っております。
 そこで本日は、虐待を防止するために予防的な教育をどのように社会的に実施すべきであるかという側面と、それから、最近各自治体で進んでいます育児支援の施策の中で虐待の防止にもう少し積極的につながるような支援の中身について少し深めていく必要があるというそういう側面と、それから三つ目に、実際に、虐待が現実に起こりつつある、あるいは起こしてしまった、そういうケースの当事者に対する支援の在り方と、この三つのレベルでハードを整備しておく必要があるというふうに考えている次第であります。
 それぞれについて簡単に申し述べさせていただきます。
 まず、虐待に至るもっと手前の親になる候補の人間に対する予防的な教育でありますが、私は、かかわっている限り、虐待には三つの、まあつながっておりますが、区別されるレベルでの要因があるというふうに思っております。それは、私の報告レジュメにあります2の1)のところでありますが、個人的な要因と、それから家庭、夫婦要因と社会的要因の三つのレベルがあります。
 個別的要因と申しますのは、その親、保護者がどのように育ったのかということや、あるいはその人の性格、それから育児知識をどの程度持って親になるのか、あるいは育児の技法を実際に持って子育てを始めているのかどうか、あるいは困ったときに頼れる友人関係がどれほどあるのか、あるいは友人関係を作る能力があるのかと、そういうふうな問題であります。
 それから、二番目の家庭、夫婦要因と申しますのは、実際には虐待に至ってしまう家庭の夫婦の関係あるいは男女、カップルの関係にはかなりゆがんだもの、あるいはこの程度のことも話し合っていないのかというようなケースがかなり見受けられまして、困難が生じたときの言わば危機管理の能力がその夫婦にどの程度備わっているのかということがかなり大きいように思っております。それから、特に夫の方の育児責任意識というものが十分にない場合にまた虐待に至っているケースもかなりあるように思われますので、妻、夫の育児責任の意識というものがどう育っているかということもまた関係しているように思います。等々のことが家庭、夫婦要因でございます。
 それから、社会的要因と申しますのは、家庭における育児に割ける時間、あるいは土日に疲れて休むしかないというような働き方を克服するというような問題とか、あるいは男女共同参画は当然だというふうな意識をどの程度まあ特に男性が持っているのかと、あるいはそれを醸成するための社会的な機運が高まっているのかと、それから育児支援のための様々な今制度が拡充されていますが、その中身、質、量が十分であるのかどうか等々のことがやはり関係しているように思います。
 そこで、その三つの層の要因に応じて、それぞれ個別に異なる予防的な教育を施していく必要があるのではないかというのが私の提言でございます。
 2の3)のところでございますが、まず、個人的な要因が原因で起こってしまうその虐待を防ぐために、差し当たり学校教育において育児を体験するという教育をこれから深めていく必要があるのではないかというふうに思っております。
 その際、現実に少しずつ始まっている教育を見てみますと二つのタイプに分けられます。一つは、子どもたちがボランティア活動の一環として幼稚園や保育園の保育に参加するという形であります。もう一つは、逆に幼い子どもを母親や父親が学校に連れていって、そしてそこで育児の大事さやあるいは面白さ、楽しさというものを子どもたちに説明したり、実際におむつを替えたり子どもと遊んだりするという行為を子どもたちにしてもらうという、そういうやり方を取っているところも出てきております。
 ただ、それぞれにまだまだこのやり方を発展させるための課題がございまして、幼稚園、保育園に中学生たちが来るというのは大変いい体験になるのでありますが、実際にはそれの受入れ側が大変苦労するということもまた事実であります。忙しい中で体制がなかなか取れない、あるいはそのための予算が全く組まれていない、保育園、幼稚園側の、まあ熱心なところが受け入れてくれるだけで、全体が受け入れてくれているわけではない等々、様々な問題がございます。それから、もっと細かく申しますと、その後のフォローが十分還元されていないというようなこともあります。もしやるのであれば、これも少し制度化していかないと広がらないだろうというふうに思っております。
 それから、逆に最近少し出てきているのが、子どもたち、赤ちゃんや幼児を学校に連れていってということでありますが、これは例えば中学校の保健の時間だとか家庭科の時間だとか、あるいは総合学習の時間に幼児を連れていってそこで遊んだりすることであります。
 これは、ここに書いてありますが、ルーツ・オブ・エンパシーというカナダのメアリー・ゴードンさんという方が始められた方法でありまして、そこで、ルーツ・オブ・エンパシーと呼んでいることにありますように、子どもたちが幼児と共感していくという能力を鍛えることが目的になっております。
 幼いころに子守をする習慣がなくなった現代の日本社会で、幼い子どもたちと楽しく遊ぶために一番大事なのは赤ちゃんあるいは幼児と共感するということの楽しさを体験することだということで広がっているわけですが、我が国もこういうやり方を少し励ましていく必要があるのではないかと。ただし、これも実際に子どもを連れていくわけですから、様々な問題をクリアしなければなかなか広がらないとは思いますが、これが大事だと思います。
 それから、2の4)のところでありますが、今度はもう少し大きくなって、結婚するという段階に至ったカップルの教育をこれからもう少し充実しなければいけないんじゃないかというふうに私は考えております。
 プレマリッジクラスと書いておりますのは、これはアメリカで既に始まっているやり方であります。ここに内容、課題として書いてありますのは、そのプレマリッジクラスのやり方であります。
 数組の結婚予定カップルが結婚十年以上のホストカップルの下に集まり、結婚のイメージだとか子どもを育てることのイメージ、それから家事をどういうふうにこなすのか、家庭の、どういう家庭を作るのかの夢、それから夫婦がけんかした場合にどういうふうにそれを収めていくのか等について様々にフランクに話し合っていくわけであります。それからマッチングテスト、性格の。それぞれの性格をよく知って、こういうところについてはお互いに克服しなければいけないなどということについての様々な情報も提供していく。例えば、期間は週一回程度で数回から十回程度行っているものが多いようですが、これを体験した人に聞いたら、これは大変役に立ったというふうに言っております。
 日本の場合に、結婚するまでに結婚後の生活について丁寧に議論するということが大変少ない印象を持っておりまして、こういうことを少し習慣化する、あるいは制度化していくということも考えていかなきゃいけないのではないかというふうに私は思っております。
 そして、2の5)のところでは、企業等が、仕事と育児を両立しようとしている自らのメンバーに対して、仕事だけじゃなくて育児を担うという意識を高めていくような教育を始めるということもまた大事になってきていると私は思っております。
 これが予防的な教育でありますが、次に、現在行われている育児支援について、その機能を高めることによって虐待防止のもう一つの防波堤を作っていくというテーマであります。
 育児支援の様々な細かなことについては省略いたしますが、ここでは五点だけ提案いたします。
 一つは、育児支援の中で子育て支援センターを作って、そこを親のたまり場あるいは相談の場としているところはかなり大きな成果を上げているように見受けられます。そこで、この子育て支援センターをもう少し拡充するという施策を是非取っていただきたいというふうに私は思っております。現実には、まだ東京でも十一、二か所しかございませんで、数が少ないと。
 それから、十分な予算措置のないまま保育所や幼稚園あるいは児童館でそれを兼ねてほしいというようなところも実はかなりありますが、実際には人員が増えなくて、あるいは予算が増えないままこの機能を担うと、どちらの仕事にも無理が生じているというところがかなり多いわけであります。
 それから、保健所の母子保健行政を拡充するという方向でやるということが大事だという印象を私は持っておりますが、これもまだ十分に手が付けられていないように思います。
 それから、行政の子育て支援として、子育てサークルを作りましょうという呼び掛けをして、その後放置しているというところが実は逆にいろんな子育ての困難を生み出しているということが、ケースがございます。そういう意味では、子育てサークルづくりを呼び掛けるだけの育児支援というのはもう過ぎたと、今は子育て支援センターあるいは子育てたまり場を豊かに作っていくというようなテーマに移ってきているんだということを強調する必要があるのかなと思っております。
 それから二つ目は、育児支援士を養成するというテーマであります。
 この名称は私が勝手に呼んでいる仮のものでありますが、社会の中に、様々なところに派遣されたりする育児支援を専門にするようなソーシャルワーカーを養成していく必要があるのではないかということを強く感じておりまして、私も個人的には始めておりますが、そういう育児支援士養成あるいは派遣というものを制度化していくということを考えていく必要がある、これが二番目であります。
 それから、アウトリーチ的支援と書きましたが、実際に支援を必要としている人は自分の方から訴えてくるという力がなかなかないことが多いわけです。したがって、こちらからアウトリーチする、出掛けて、言わばお世話を焼くという支援が必要になっています。
 カナダでは、出産後半年間、ボランティア組織が出向いて必ず援助するという、そういう地域が多くて、これがかなり手助けになっているというふうに聞いております。助産師、保健師さんたちが行政と手を組んで、出産後週に一回ぐらい回っている自治体も出てきていますが、これも大変役に立っている。そういう点で、アウトリーチ的な支援ということについて本格的に社会的にバックアップしていくということがそろそろテーマになってきているというふうに私は考えております。
 それから四番目に、子ども家庭支援センターを拡充する。
 児童相談所が虐待を今どちらかと申しますと専一的に処理して、あとは民間のボランティア組織にお願いしているわけでありますが、児相がかなり困難な専門的な事例を処理するとしますと、日常の気軽な相談段階で虐待を防ぐためにはもう一つ別の相談機関が社会的に必要になってくるというふうに私は考えておりまして、これを子ども家庭支援センターと呼んでいます。詳しくは省略いたします。
 そしてもう一つは、企業が、例えば育児中の親には、早く帰して家庭を切り盛りする、そういうことを義務付けるような、そういう社会的機運を作るということが大事だというふうに私思っております。
 以上が育児支援の中で虐待を防止していくシステムを強化するというプランでありますが、もう一つ、虐待を実際に起こしてしまったケースについての支援についてであります。
 これについては、今日、別の報告の中で詳しく述べられると思いますので、私は簡単に申しますが、虐待の事例に接してみますと、虐待した親、保護者へのフォローが今極めて手薄になっております。虐待をした親、保護者のためのカウンセリング機関あるいは再教育機関、あるいは個別のケースワークでも構わないのですが、これをきちんとしていくということをしないと必ず再発するという、そういうことがかなり多く見られています。このシステムをどう作るかということについて是非議論していただきたい。
 それから、児童養護施設がかなり満杯状態になってきておりまして、施設の中での虐待問題もかなり深刻になってきております。そこで私は、児童養護施設だけではなく、家庭で虐待を受けた子どもたちの養護を行う里親養育制度というものを拡大していく、拡充していくということが緊急の課題になってきていると感じております。その点で、養子縁組型の里親ではない非養子型の里親制度の柔軟な発展を是非期待したいところであります。
 以上、大急ぎでお話しいたしましたが、虐待防止のためには、個別のケースに対応するだけではなくて、それが起こり得る過程に至るプロセスで丁寧な防止のための教育プログラムというものを充実していくということが、私はこれからの基本になるのではないかというふうに思って提言させていただきました。
 どうも失礼いたしました。
#7
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 それでは、次に徳永参考人にお願いをいたします。徳永参考人。
#8
○参考人(徳永雅子君) 徳永家族問題相談室の保健師の徳永です。
 私は、昨年十二月まで、保健所などで三十数年保健師の仕事をしてまいりました。また、社会福祉法人子どもの虐待防止センターの評議員として民間団体の運営にもかかわっております。このたびは発言の機会を与えていただきましてありがとうございます。保健師の立場から、特に子どもの虐待の予防にどのようにかかわるかということについて述べていきたいと思います。
 児童虐待防止法では、第四条で、虐待に関する地方自治体の責務として、関係機関及び民間団体の連携強化その他児童虐待防止などのために必要な体制整備に努めるとされています。また、第五条においても、早期発見に努める職種として保健師も挙げられています。さらに、平成十二年に報告された健やか親子21では、これまで明確になっていなかった児童虐待対策を母子保健事業の一つとして位置付け、積極的な活動を推進するとあります。
 我が国の母子保健は世界に例のないすぐれたシステムを持っております。それは、全国ほとんどの市町村に保健師が配置されて、その上、五百九十三か所の保健所にも保健師が配置されています。網の目のように配属されて、同じ資格で同じ資質を持つ保健師は、市町村又は保健所管内を公衆衛生の単位として、住民の健康行政の企画から実践を行うことができるように位置付けられております。
 さらに、日本は乳幼児保健システムが大変整備されております。昭和四十年、母子保健法の制定により、母子の健全な育成を図る上で全国すべての保健所、市町村で、生後一か月、三、四か月、一歳半、三歳児健診などが実施されています。未受診児の把握もほとんどの市町村で行われています。
 ただ、このシステムは障害児や疾病の早期発見には大きな力を発揮しましたが、昨今の少子高齢の時代を迎えてからはシステムにほころびが出てきております。これまでの母子保健システムが、子どもの体、発育、発達の促進に重心を掛けており、心や子どもを育てる親の支援に目が向けられていなかったことが原因と思われます。近年、虐待によって子どもが死亡する事例や通告件数も増加しておりますので、この虐待の早期発見ができる保健機関の体制整備が急務と思われます。
 レジュメをごらんください。
 保健センターにおける子ども虐待発見の場としまして、保健師は表のようにライフサイクルのすべてを対象とし、健診や電話連絡、面接相談、訪問などの手法を使って援助を必要とする対象を発見し、対応することができます。妊娠・出産期、乳児期、幼児期、児童・思春期、成人期、それぞれ発見の場があると思われます。
 次に、子ども虐待予防のための早期発見と対応施策について述べたいと思います。
 一つは、望まない妊娠、ハイリスク妊婦や産婦を周産期から早期発見するということです。望まない妊娠とは、妊娠届出が遅いとか、妊婦検診の受診回数も少ない、妊娠を拒否する言葉や態度、アルコールや薬物乱用などの否定的言動、これは妊娠のネグレクトです。あるいは墜落分娩、出生届を出さないなども出産のネグレクトとして発見し、フォローしていきます。また、妊婦の背景に二十歳未満の若年であるとか一人親、あるいは経済基盤を持たない、知的障害、精神障害、DVなどがある場合もハイリスクとしてフォローすることによって虐待の発生を予防することができます。
 対応策としましては、妊娠届出時、相談時などで望まない妊娠が予測されるハイリスク妊婦が早期把握できるように各自治体の担当者が連携する仕組みを作ります。母子健康手帳の発行時に保健師のアセスメントが入るような仕組みが必要です。また、未熟児、障害児、多胎児などのハイリスク児や、不妊治療で生まれた貴重児は、保健所の保健師や助産師が早期に把握して専門的にきめ細かくかかわっていくことで虐待の発生が予防できます。そのためには、周産期医療センターや医療機関との連携、情報共有ができるように関係機関のネットワークを形成する必要があります。
 次に、産後うつ病の早期発見です。先に参考資料として文献に載っておりますが、育児不安群として考えられていた親の中にマタニティーブルーズと産後うつ病があります。マタニティーブルーズは一過性の産後うつ状態ですので、自然に軽快します。産後うつ病は、出産後数か月以内に発症するうつ病ですので、広義の産褥期精神病に含まれます。産後うつ病は、早期発見され早期介入されれば予後は決して悪いものではありません。しかし、まだ産後うつに対する知識や対応策が一般的にも理解されているとは言えず、産婦や家族を含めた適切な助言やサポートがされていないのが現状です。
 産後うつ病は産婦の一ないし二割に発症すると言われております。さらに、このうち二割は治療が必要です。重症になると自責感が強くなり、自分自身を傷付けたり、子どもへの虐待のリスクも高くなります。母子心中の危険もあります。現在の母子保健に産後うつ病を早期発見できるシステムはありません。早急に発見できるように、保健師、助産師、看護師、医師等が正しい知識と適切な対応策が取られるようになれば予防や治療も効果的になることは明白です。
 早期発見の一つとしましては、新生児訪問指導や乳幼児健診などでエジンバラ産後うつ病質問票を活用します。対応は、母親の話を支持的に傾聴していくという精神保健的アプローチをしていきます。保健師の家庭訪問や電話、面接などのフォローは欠かせません。また、母性神話で子育てを強要しないようにして、父親や周囲の理解によって情動的な問題を検証していきます。
 三番目は、生後一か月前後の育児不安に対応するということです。生後一か月は最も育児不安の強い時期です。一か月をピークとして徐々に軽減していきます。この時期はマタニティーブルーズや産後うつ病の発症以外にも、少子社会になって育児体験が少ないので、子育てに自信が持てないとか、育児の方法が分からないと訴える親がほとんどです。特に、第一子の場合は、表のように虐待のリスクが高いことも判明しております。この調査は、ある保健福祉センターで虐待の疑いがある事例七十六例を分析したものです。
 この時期の施策としましては、新生児訪問指導がありますが、旧来の方法論では虐待予防にはなり得ません。各区市町村が実施している新生児訪問指導の位置付けを更に強化し、第一子は全員実施できるように予算の配分と人的配置を行う必要があります。母親が困っているとき、悩んでいるとき、生後一か月以内に家庭に入ることができるのは保健師、助産師だけです。
 しかしながら、現実には訪問指導の評価は低く、介護保険訪問調査員と比較すると、表のように四分の三程度しか支払われていません。新生児訪問指導員は国家資格を持っている在宅の助産師や保健師が従事している市町村がほとんどです。母子保健の有用性と専門性を評価し対応することが虐待予防になります。例として三区市の料金が出してあります。
 四番目は、乳幼児健診でグレーゾーン、つまり虐待予備軍であるとか育児困難を早期発見し介入するということです。
 乳幼児の健診は、平均的にどこの市町村でも受診率は八〇から九〇%を超えていますので、育児困難や虐待のグレーゾーンの発見の場としてとても重要です。しかしながら、親が悩みを相談できる体制にするには、相当の意識改革と研修、人材の配置が必要と思われます。早期発見するには、健診を丁寧に行うように仕組みを変えなければいけません。
 地域保健法制定以後、保健と福祉が統合され、高齢者部門に中堅の保健師が多く配属されております。予防部門の母子保健担当は、若手が多く、数も減らされております。ゆっくりと話を聞く時間も取れないとか、旧態依然のマニュアル的な指導やパターン化された対応に終わっているのが現状です。
 グレーゾーンの発見は、虐待の視点でスクリーニングする子ども虐待予防システムのモデル事業を試行中です。これは、四か月健診で、スクリーニングシートを活用し、虐待の予備軍を早期発見し、虐待予防検討会でアセスメントとケアプランを立てフォローしていく子どもの心の危機管理システムです。子どもの虐待防止センターの一般人口調査などから、この予備軍は約三割ぐらいではないかと推測しております。
 もう一つは、虐待家族への支援についてです。
 虐待家族への支援、特に虐待予防には、保健師の家庭訪問が有効であると思います。保健師はどこでも家庭訪問ができる独自の機能を有しております。今の親たちは孤立しておりますし、子育てが楽になる情報が不足しております。ハイリスクケースに、タイミングを失しないで、早期に、定期的に、根気強く信頼関係を取り結ぶ対応をして親の相談相手になるということと、子どもの状況を把握し、安全の確認をしていきます。国がもっと母子保健活動を積極的に行うように指導していけば、現在低下している母子の訪問率に歯止めが掛かるのではないかと思います。
 保健師は、このグレーゾーン以外にも、児童相談所が保護者と対立し援助的介入ができない場合とか、乳幼児への育児支援が必要な場合、あるいはネグレクトケース、保護者に心の病気がある場合、保健師が以前からかかわりキーパーソンになっている場合などにもかかわって、親機能のアセスメントをしながら専門的に医療や福祉とも連携して対応することができます。
 次に、二番目としまして、在宅の被虐待児は保育所が育児支援の中心機関になるということです。
 在宅児は施設入所児に比べて死亡率も高いので、家族が孤立しないように見守りができる体制を作る必要があります。保育所は現在、就労している親のための育児支援機関になっておりますが、虐待やネグレクトされている子どもも優先的に利用できるようにならなければ親は助かりません。現在の入所基準を見直して、柔軟な育児行政対応をすることが必要です。虐待を予防するには、社会で子育てをするというような仕組みにしなければ、子どもの成熟や成長は助けることはできないと思います。
 三番目に、育児困難・虐待母のグループミーティングを身近な場所で実施するということです。
 親支援の一つとして、グループセラピーがあります。これは、グレーゾーンから軽度、中等度の虐待している母親を支援するものです。月に一ないし二回、身近な保健所か保健センターに集まり、自分の人間関係や課題や子育ての悩みなどを順次話していくのですが、同じ悩みの仲間と出会うということ、それから悩みを言葉にしていくというグループミーティングによって心がいやされるとともに、ひいては親子関係の修正をしていくということにもつながります。
 グループセラピーは、再発の予防、連鎖の予防に効果があると思います。地域でやっているのは、保健所MCGと言っておりますが、MCGとはマザー・アンド・チャイルド・グループの略で、母と子の関係を考える会のことです。これは、ビデオを作成しております。援助者向けと母親向けのビデオです。
 虐待予防は次のように考えております。
 つまり、発生を予防するということです。子育て支援を通して育児相談、育児不安の早期発見、虐待予備軍の発見と支援で、日ごろやっている保健師の活動が発生予防につながりますが、そこにはやはり虐待の視点がなければ、従来からやっている単なる育児指導に終わってしまいます。
 もう一つは、進行の予防ということです。虐待群の早期発見と危機介入です。子どもを緊急に一時保護する、親の治療を勧める、親の養育支援やそのために必要な人的資源や社会資源を導入することです。
 もう一つは、再発予防。母親のグループ治療、子どものプレーセラピーなどによって虐待の再発を防止し、重症化を予防するということです。
 最後に、連鎖予防。これは非常に重い虐待をしている場合ですね。親のトラウマケア、子どもの成熟を支えるケアです。特に、被虐待経験のあるケースはグリーフワークなども行うというようなグループミーティングもあります。こういう親のグループセラピーやカウンセリング、被虐待児のグループセラピー、あるいは育児のデイケアなどが連鎖予防になるのではないかと思います。
 このような子どもの虐待予防は、保健師の関与なくしてはできないと思います。児童虐待防止法と地域保健法の中にも虐待予防や育児不安予防対策の文言が入ることが、全国同じようなシステムになっていくのではないかと思います。虐待については、まだ行政の職員の中には福祉の仕事ではないかという意見を持っている人も数多くおります。
 今後の課題としては、早期発見、早期対応の体制の整備がまだ不備であるということです。保健婦の増員、あるいは予算の拡充などが必要と思います。もう一つは、親と子どもの心のケアプログラムの開発。これは、グループケアとかカウンセリングを行う能力を向上していくと。それから三番目が、家族調整や社会資源開発をどの機関が行うか、こういうケアマネジメントの機能が不明確であります。それから四番目は、各機関の連携が不十分だと思いますので、連携がもう少し機能するような働き掛けが必要と思います。
 以上でございます。
#9
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 次に、坪井参考人にお願いいたします。坪井参考人。
#10
○参考人(坪井節子君) 弁護士の坪井です。今日は発言の機会を与えていただきまして、ありがとうございました。
 共生社会に関する調査会が子どもの虐待問題を取り上げたという視点、敬意を表したいと思います。共生、正しく子どもと大人が共に生きる社会を目指すという意味で、子どもの人権保障の視点から子ども虐待をとらえるという非常に重要な問題提起をしていただいているというふうに思います。
 これまで、二回にわたります参考人質疑の中で、法的観点からの問題点に関しましてはかなり網羅をされていると思います。したがいまして、私からはこれまでの発言と重複をしない範囲で幾つか発言をさせていただきたいというふうに思っております。
 私は、今日は個人として参っております。日弁連や東京弁護士会の意見として申し上げるのではございませんので、その点、御承知おきくださいませ。
 一つは虐待をとらえる視点なのですが、虐待問題と少年犯罪という問題をつなぎ合わせて考えていただきたいということです。往々にして、少年犯罪というのは子どもたちが悪い子、虐待をされた子どもたちはかわいそうな子という形で、全く別の子どもたちというようにとらえられがちであります。
 しかし、例えば、昨年、四十四回日弁連の人権擁護大会で虐待と少年犯罪という形で全国的な調査をいたしました。この中で、一九九七年以降に起きました少年事件、殺人、傷害致死、傷害事件などの重大事件十四件に関しまして綿密な調査をいたしました。この中で、八件ないし九件に重篤な虐待が幼児期にあったということが判明しております。
 それから、私自身も非行少年の付添人活動ということをメーンの仕事にしておりますが、その中で、重大な事件を起こした子どもたちの背後に虐待が見えなかったことがないと申し上げて過言でないというのが実感でございます。その意味で、虐待という視点を少年犯罪と切り離してしまうと、それを放置された子どもたちが今度は少年犯罪に陥ったときの支援の仕方に間違いが生じてしまうと、その辺のことを是非とも念頭に置いていただきたいと思います。
 その意味で、犯罪少年の処遇に被虐待児ケアという視点を是非取り入れていただきたい。それは、子どもたちの犯罪の再発を予防するためにはどうしても必要なことです。子どもたちが厳しい処罰を受けただけでは犯罪の再発を防げない。虐待を受けたそのトラウマが回復されなければ同じ犯罪を犯し続けるというその危険性に注目をしていただきたいということです。
 家庭裁判所や鑑別所の中で調査を行い、あるいはその鑑別を行うときに、この子が虐待を受けていたのかどうかという視点の調査が行われているか、あるいは少年院教育や児童自立支援施設等の中でこの子の被虐待児としてのケアという視点のプログラムが行われているかといいますと、現実は非常にお寒いという状況であります。もちろん、最近はこの視点が重要だということは認識され出してはいますけれども、まだまだその視点は貧しいものがあります。
 例えば、児童自立支援施設に収容されております女子の非行少女、この子たちの背景を探った調査を伺いました結果、ほとんどが性犯罪ということにかかわっているんですが、この子たちが、おおよそすべての子どもが性虐待の被害者であったということも判明しております。そういった意味で、その被虐待児ケアという視点が入らなければ少年犯罪の再発予防ができないということをお考えいただきたい。
 その意味におきましても、子どもの対策というものが、虐待は例えば厚生労働省、少年犯罪は法務省、教育改革は文部科学省というような縦割り行政の中で行われる。一人の子どもが実はすべての問題を抱えているということが現実なのであります。しかし、それを分断した側面からしか対応できないような施策の立法あるいは施行、そういったことから脱しましてもう少し縦断的な形で子どもたちの問題を見ていただく、そしてその核となるような省庁を作っていただければなというふうに思うのが一つの希望でございます。
 それから、虐待が起きてしまったときの子どもたちの救済という視点で私は特に申し上げたいと思いますが、前もってお配りしておりました私のペーパーに目を通していただいてくださってありますと有り難く思いますが、性虐待を受けた一人の少女に法的支援をした事件について詳しく御報告をしたペーパーを配っております。
 そうした私は虐待を受けた子どもたちの付添いという活動をこれまでしてきましたが、その中で非常に強く感じてきました点を二つばかりお話をしたいと思います。
 子どもたちに対する司法手続、特に家事審判手続というのが、例えば児童福祉法二十八条、子どもが虐待をされている、親はしかしそれを否認をする、子どもを児童養護施設に措置しなければいけない、その場合に家庭裁判所の許可を必要とするという児童福祉法二十八条という問題があるわけです。あるいは、親権を停止させるとか親権喪失というような手続などもあります。こうした家庭裁判所の手続の中で、あるいは、性虐待を受けた子どもたちが、父親、祖父、そうした加害者を強姦罪で告訴をするという形の刑事事件手続というようなこともございます。そうした司法手続の中で、子どもたちから事情を聴取するということ、このことがいかに必要であり重要であるかということを痛感してまいりました。
 虐待をされていた子どもたちが自分の虐待の事実を司法関係者にきちんと話すというのは、これは本当に困難なことであります。特に被虐待児が幼い子どもであればあるほど、それを自分の言葉できちんと表現をするということが難しい。私が今までかかわった事件の中でも、本当に、一歳の赤ちゃんの虐待事件で、亡くなってしまった赤ちゃんで、しかし親は虐待をしていないと言った場合、だれも目撃者はいません、物的証拠もありません、赤ちゃんは何も言えません。その中で、これが虐待であるということを裁判官に分かってもらうということがどれほど困難かということを感じてまいりました。
 もちろん、赤ちゃんから事情聴取をするということはほぼ不可能に近いわけですけれども、ある程度の年齢に達したときに、子どもたちが本当に安全な環境で守られるということ、そして自分が虐待の事実を訴えることによって何らの不利益も受けないということ、それによって救われるという展望を持つこと、そうしたことの中できちっと事実を語れるようにする、そうした手続が今の日本の司法制度の中では全くと言っていいほど準備をされておりません。そういうことの、まず立件をするための重要性ということを一つ申し上げておきたいです。
 また、子ども自身にとって、虐待をされた事実を語るということ、往々にして、つらい記憶は封印をするということの方が子どもにとっていいのではないかという発想法があります。これは治療現場とももう少し私どもも研究を続けていかなければならないとは思いますが、しかし、封印されたままでは、つらい記憶はどろどろになったままいつまでもうごめき続けているというのが私の受けている素直な実感です。子どもたちも、やはり、つらい過去ではあっても、きちんとそれを見据えて、きちっと自分の言葉で語り、整理し、それを抱えて一生を生きていくことができるだけのエンパワーメントをされなければならないというふうに思うわけです。その意味でも、子どもたちが記憶を整理し、供述することの意義ということを知っていただきたいというふうに思います。
 また、警察や検察庁での刑事事件としての立件になりますと、大抵の場合、大人の側の強い否認ということにぶち当たります。そして、密室の中の事件ですから物的証拠がない、唯一の証拠が子どもの供述だけということにもなります。その意味で、子どもの供述が立件する証拠としても非常に重要になっていくということも知っていただきたいと思います。
 しかし、そうした子どもから事情聴取をすることがどれほど困難か。まず、幼ければそれだけ言葉を持っていないということがありますが、ある程度言葉を持つようになった子どもであっても、虐待をされた子どもの記憶がいかに混乱をしているか、理路整然と何月何日何時何分何をされたということを子どもたちは供述することができません。それから、つらい過去を無意識に隠ぺいをしようとします。ですから、本当は起きていたのに忘れてしまったようなことになってしまう。
 私の書いたその原稿の中にもありましたが、その少女は五年間記憶を隠ぺいし続け、もう不起訴寸前になりまして劇的に記憶がよみがえったという、そういう体験がございました。それほど子どもたちは忌まわしい過去を隠ぺいし続けるという、無意識なこともあります。表現力も未熟であります。
 それから、度重なる事情聴取に対して非常に嫌悪感を覚えます。何度も何度も聴かれる。児童相談所で聴かれ、警察で聴かれ、検察庁で聴かれ、裁判所で聴かれる。私ども大人だって、嫌な過去を何度も人前でしゃべること自体はやはりつらいことがあります。にもかかわらず、現在子どもたちがどれほどの聴取に耐えなければならないか、この辺りも考えていただきたい。
 それに対して、聞き手側がどうなっているかといいますと、現在の聞き手側に、虐待がどうして発生するのかと、あるいは被虐待児がどのような心理状態にあり、精神状態にあるかということに対しての無理解というのがまだまだ現場の中の大勢であります。
 それから、物事を立証し立件するためには、合理的な立証を必要とする、合理的な供述が欲しい。前後に脈絡が、きちんとつじつまが合っているということを要求する。そうすると、混乱した子どもたちの供述は全く非合理的になりますので、証拠能力がないということでたくさんの事件がやみに葬られていってしまうということです。そういう意味で、合理的な供述ではなくても、子どもたちの供述は真実なのだということを受け止める姿勢というものも必要だと思います。
 また、子どもは、供述を引き出すために上から問われて、厳しい質問をされますと口を閉ざしてしまいます。被害者であっても、残念ながら現在の例えば司法現場では大変厳しい調査をされるという現状にあります。子どもたちの言葉を引き出す能力というものがいかに重要か。
 また、子どもの人権侵害がどうして起きているかということに関しての誤解もあります。特に、性虐待あるいは性搾取、子どもの買春問題等における被害者ですね、被害者にもかかわらず被害者側に落ち度があったのではないかというこの問題が付きまといます。これは強姦被害者が苦しめられるのと同じことなんですが、この被害者に落ち度があった、小さな子どもたちに落ち度があったという視点で、子どもたちが被害者であるにもかかわらず責められるという問題も起きております。
 こうした問題を運用面で改善をするためには、子どもの事情聴取に当たる人たちの研修の充実、子どもの人権論、虐待のメカニズム、被虐待児の心理などを十分に知っていただく。そして、虐待を受けた子どもたちをインタビューする専門家を育成していただきたいと思うわけです。
 更に進めまして、制度面では、子どもに優しい刑事司法制度というものを実現していただきたい。参考例としまして、一九九九年にできておりますタイの刑事訴訟法、これは子どもからの事情聴取の回数を減らすために、ソーシャルワーカーと警察官と検察官が一堂に会して、一度だけで子どもの尋問を終えようという制度でございます。
 こうした制度は、日本の中ではまだ構築されておりませんが、是非ともこうした刑事訴訟法の改正、あるいは法廷における負担を減らすために、例えばスウェーデンの法廷では十五歳以下の子どもたちは法廷に来る必要がない、ビデオで聴取した尋問、それを法廷で証拠能力があるものとして採用できるという法律ができております。そういった外国の例なども参考にしていただきまして、子どもに優しい刑事司法、被害者を救うための刑事司法を実現していただきたいというのが一つであります。
 それから、これは私たち弁護士自身への要求ということになるのですが、子どもの法的支援をするという担い手、これを育成をしなければいけない。子どもたちと法律というのは縁が遠いと思われてきております。しかし、子どもたちが保護をされ、救済をされ、医学的・心理的治療を受ける、そして最後に子どもたちは自分たちが受けた被害を堂々と法廷で語ることができるまでにエンパワーメントをされなければいけない。
 これは、フィリピンで子どもの、性虐待を受けた子どもたちの支援に当たっていらっしゃいますシェイ・カレン神父から私どもが教えを受けたことでありますけれども、子どもたちが法廷で堂々と被害を恥じずに加害者を告発できるようになることが子どもたちの最後のエンパワーメントである、その最終目的であるというふうにおっしゃっていらっしゃいました。そういう意味で、法的支援ということの重要性を認識していただきたい。そして、法的支援をするための弁護士あるいはそのための財政的な支援ということもお考えいただきたいというふうに思います。
 現在、司法改革という形で問題がいろいろ論議されております。しかし、子どもの問題にかかわる本当の弱者を救済するための弁護士の育成というようなことは隠れてしまっております。その意味でも、この法的支援を行うための弁護士の必要性や、あるいはその財源の必要性などもどうぞ御配意いただきたいと思います。
 虐待の中でも、次に申し上げたいのですが、子どもの性虐待について、特に具体的な事例を支援をしていまして感じたことを申し上げておきます。
 どんな虐待の場合でも、確かに被害発見が非常に困難であるということはあるんですが、性虐待は特に被害発見が困難です。したがいまして、被害告知ということが容易にできるための性虐待を受けた子どもたちへの窓口システム、これは大変難しいのですが、システムをいただきたいし、日常的に子どもたちに、性虐待を恥ずべきことではない、きちっと支援を求めていいのだという子どもたちへの日常的なエンパワーメントをしていただきたいということが一つであります。
 立証の困難性については、先ほど申し上げました。
 そして、回復への道のりの困難性も、身体的虐待に比べまして性虐待を受けた子どもたちの心理的なトラウマというのの深さというのは私も慄然としております。やはり、体だけではなくて心と体の接点である性というものを、尊厳、人間の尊厳にかかわるそのものを侵害されるということが子どもにとってどれほど深い傷を与えるかということではないかと思います。その意味で、この回復に寄り添える今のシステムというのはなかなかないのですが、性虐待については特に特別な配慮が必要だというふうに考えています。
 また、再統合という問題につきましても、身体的虐待の場合ですと、いずれ親元にということを考えるということはあるのですが、私の実感としては、性虐待を受けた子どもが親元に帰りたいということはまず言わない。これはやはり性を侵害されることによって、親子ではない、その違った関係になってしまっているところに、また親子として戻ることができないということがあるのだと思うのです。したがって、再統合を考える上でも、性虐待の場合はやはり非常に困難だということを念頭に置いて再統合問題も考えていただきたい。
 また、性虐待につきましては、親以外の教師あるいは児童養護施設の職員等からの性虐待というのも実は大変多く隠れております。虐待防止法は、親、保護者等からの虐待について触れておりますが、現実に子どもたちが苦しんでいるのはそれ以外の人間からの性虐待も多くあります。十三歳未満であれば、暴行、脅迫が伴わなくても強姦罪にはなるとはいえ、なかなかそれが虐待として認定されにくいという実情がございます。そういう意味で、性虐待の深刻さを、現実をもう少しきちっと調査の上、立法等にも反映をしていただければと思うわけです。
 最後に一言、直接、性虐待という中で、虐待防止法の中には取られていないのですが、子どもに対する商業的性的搾取、子ども買春、子どもポルノという問題が、昨年の十二月、世界会議が開かれたことなど御承知おきいただいておると思いますが、この性的搾取という問題が性虐待の一態様として位置付けられるべきだということを私は意見として持っております。
 やはり性虐待として位置付けないと、悪い子どもたち、非行少女たちという形で、この買春被害者、ポルノ被害者たちがいつまでたっても救われないという現実があります。これはお金を用いた、経済力を駆使した性虐待であります。その意味で、性虐待の一端としての子ども買春、子どもポルノ問題も位置付けて、この子ども買春、子どもポルノ禁止法の見直し等々とも連動させた形で御審議をいただければというふうに思っております。
 以上です。
#11
○会長(小野清子君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどとさせていただきます。
 なお、質疑者及び参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただきますようにお願いをいたします。
 また、多くの方々が御発言できますように、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきたいと思います。
 それでは、質疑のある方、挙手を願います。
#12
○中原爽君 自保の中原爽でございます。
 汐見参考人に伺おうと思いますが、先生のお出しになりましたレジュメの二ページ目、3)がございまして、アウトリーチ的支援という項目がございます。
 この点につきまして関連でございますが、現在、政府は国民生活白書という白書を出しておりまして、その中に、専業主婦と専業主婦でない、いわゆる共働きの主婦の、両者の子育てに関係のある意識調査をいたしております。
 そこで出てきた問題は、専業主婦の方が子育てに対して非常に大きな不安を持っている。ところが、共働きの主婦の方は専業主婦に比べてそれほど子育ての不安がないと、こういうようなデータが出ております。このことで、内閣府の答弁は、専業主婦の方は二十四時間子どもと接触している、そのためにかえってストレスが大きくなるのではないかと、こういうことを言っておられます。
 そうしますと、専業主婦の立場で二十四時間子どもに接触しているために起こってくるストレスを何とか解消するということでありますと、汐見先生がおっしゃっておられるように、アウトリーチ的に出掛けていって支援をするという形のものが本当に必要なのかというふうに私も思うわけでありまして、このところの支援の仕方を例えば具体的にどう考えるのかと。
 例えば、徳永参考人が言われるように、もう既にグループ的に、いろいろグループのテラフィーのところへ参加してしまっているのであれば、もちろん専業主婦も共働きの主婦も同じ形になると思うんですけれども、ただ、そういうところへ参加できない状態にあるだろうと思われる専業主婦についてのこのアウトリーチ的な支援の方法ということについて、汐見先生の何か具体的なお考えがございましたら御説明いただければと思います。
#13
○参考人(汐見稔幸君) 今おっしゃっていただきましたように、専業主婦と共働き家庭の主婦と、育児不安がどちらが強いかという調査についてはかなり以前からございまして、私も八〇年代の前半に行いましたときに、既に専業主婦の方が強いというデータが出ておりました。
 その理由は、恐らく、朝から子どもから解放されることがない、昔のように子どもを少し家の近所に解放する、ちょっと遊んでおいでという形で出せないんですね。そのために子どもの行動がすべて見えて、見えるためについ言ってしまう、言ってしまうと子どもがまた反発するという悪循環が始まって、いるだけで本当にいらいらしてしまう、それがたまりたまっていくということだと思うんですが、その意味で、むしろ救われなきゃいけないのは今は専業主婦かもしれないと、全くおっしゃるとおりでございます。
 私、ここでアウトリーチと申し上げましたのは、先ほどの報告の中で、まずそういうストレスのたまった親のストレスを解放する場を地域社会の中にかなりたくさん作っていかなければならない、そういうたまった親に対して育児サークルを作りなさいというふうになるとまた一つ仕事が増えるわけであります。そういう形でやるのではなくて、ここに子どもを例えば乳母車で連れていくと、必ず何人かがぺちゃくちゃしゃべっている場に出くわして、いつでもそこに自由に出入りできるという、そういう場をもう一方で作っておく、それがまず一番大事なことだろうと思っているわけです。
 しかし、そういう場を作ったとしても、実際に強いストレスを感じている親はそこに行くということ自体がもうなかなか大変な行為になってしまいまして、家の中からなかなか出てこないという、それで実はひどいことになってしまうというケースがかなり多いわけであります。そういう場合を念頭に置いて、私はアウトリーチをしなきゃいけないというふうに考えたわけであります。
 現実には、先ほどの徳永さんの方からの保健師さん、保健師さんたちの働きは私は大変大事だと思っております。それから、最近では、助産婦さんの中にフリーに行っておられて、行政と提携して、申し込んでおけば週に一回回っていくという、しばらくの間ですけれども、これで救われている事例を私はかなり聞いております。
 ただ、保健婦にしても助産婦にしても本来業務がございまして、母子保健でもやはりこれをやろうとしたら、相当多くの人がかなり定期的に回っていかないと、例えば一週間に一回来るだけであって、そのうちの大部分の時間はやはり来ないわけですね。しかし、そこで子どもとうまくいかなくなって、ついやってしまうということは実はかなり多いわけです。
 ですから、保健婦、助産婦だけではないような、そういうことを専門にするようなソーシャルワーカー的な人を養成していかなければ無理じゃないかと私は考えておりまして、それで育児支援士のようなソーシャルワーカーを公的にも、非公式でも結構なんですが、養成していって、それを活用していくというような新しいシステム、それを作れないかということを提言申し上げていまして、まだ具体的な例は十分日本の場合にはないんですが、そういうやり方に切り替えていかないと無理だということを今ちょっと考えているという段階であります。
#14
○中原爽君 ありがとうございました。
#15
○岡崎トミ子君 岡崎トミ子です。
 今日は本当にありがとうございました。三人の参考人からお話をお伺いしまして、虐待に至る前の親たちのSOS、そして子どもたちのSOSも本当に十分こたえていかなければいけない、その予防というのがいかに大事かということについても教えていただきましたが、親への援助、家族への援助、子どもへの援助、総合的に援助していくことなどもこれから本当に大切だということを教えていただきまして、ありがとうございました。
 ところで、親子という関係において、先ほど坪井参考人の方からは、性虐待の場合にはもう親子ではないから親子には戻れないという、このことについては私も理解をいたしましたが、親権喪失宣言をされた場合、民法上の親子関係について、親子関係が持続されるとすれば親がいることの効果というのはどのようなものなのかを坪井参考人にお伺いしたいと思います。
 それから、児童福祉法に基づく一時保護というのは民法の親権とどちらが優位に立っているのかについて教えていただきたいと思います。
 それから、性虐待のことについても坪井参考人に伺いましたけれども、虐待を受けてしまった子どもたちのケアというのは具体的にどのようにしていくのが一番大事なのか。例をこちらで書かれたものについては、十二歳で性虐待を受けて十七歳である程度解決する、それは五年の歳月が掛かったわけで、大変長い年月が掛かりましたけれども、ただいまのお話では、そのつらい記憶は封印。しかし、封印してしまうということはどろどろになったままで、そのつらい過去というものを自分の言葉で語っていかなければならないというのは相当の力量がないとそういう言葉を引き出すことは大変難しいと思いますけれども、性的虐待の場合には、殊に救うために、ケアするために、両方ともどのようにケアするのかということと、どのようにしてそういうふうな指導をしていくのか、それは弁護士の方だけではなくて、社会にどういう人たちが必要なのかについて教えていただきたいと思います。
#16
○参考人(坪井節子君) 親権喪失をされた場合の親がいることの効果、大変難しいんですが、私が経験をしたある心理的虐待の事件があります。
 両親ともに精神的な疾患も抱えた親だったのですが、どうしても親権喪失をしなければこの子を元に戻せないという状況の中で、長い時間掛かりまして、最終的には親権喪失ではありませんでしたが、後見人選任という形を取って、準禁治産宣告、禁治産宣告、後見人選任という形で親権を奪って、弁護士が後見人になったという事件がございます。
 現在、私はその二代目の後見人としているんですが、この子が二十歳になりました。親はいわゆる親権を持った親ではないのですが、最近になりまして、この子は心理的虐待だったということもあるんですが、赤ちゃん返り的に母親を恋しがり始めました。そして、今まで拒否をしていました母親が施設を訪問することを待ち望むようになってきたのですね。それから、ひどい心理虐待をしておりました父親に対しても、今までは会うことを全く拒んでいたんですが、最近、父親の会いたいということに対して会うことは構わないということを言うようになってきているのです。
 私自身、それをどう理解をしていいかというのは、今まだ自分が経過観察をしているところですから何とも言えません。しかし、ともに親子として育てるということにおいては大変難しい、これはもう切り離して別々に生きていくしかない、親子だったのではありますけれども、子どもにとって自分をこの世に生み出した親という存在があるということを確認するということは、自分の存在がここに守られてあるのだということを確認するために、やはり最後は必要なのかなというふうに思うのですね。
 そういう意味で、法律的に子どもを守るために親権喪失は必要であっても、親がいなくなったらそれで幸せかということとはまた違うのだということで、今感じております。そういう意味で、法律と、やはりそこの出生を、子どもに生まれてきてよかったんだということを確認させることの大事さということと分けて考えなければいけないということはあるなというふうに思っております。
 それから、児童福祉法の一時保護と民法の親権規定ですが、一時保護、この場合、一時保護というだけでは親権に対しては法律的な規制は掛からない、そして二十八条の申立てをして児童養護施設に措置をされても親権自体は停止されるわけではありません。
 ただ、現在はかなり、運用上もあります、厚生省の通達もあります、あるいは児童虐待防止法の効果もありまして、親権者が子どもを返してくれと言ったときに、例えば二十八条の許可が出ているということでこれを拒むということができるようになりましたのですね。ですから、その意味では、法律的にもこの二十八条の許可が出ますと大分強くなってきているということが言えます。
 ただ、一時保護の段階で、例えば親が面会を求めてきたときにこれを拒絶できるというだけの法的根拠が今しっかりない。これは磯谷参考人も言っていると思いますが、そうした意味での面接、通信制限などができない。やはり親権があるということを法律できちっとそこで制限ができないと民法の親権の方が強い、強いといいますか、その効果が残っている部分が多分にありますので、その辺についてはやはり親権規定そのものを見直していくということがないと難しいと思います。
 それから、性虐待を受けた子どものケアについても、これはあちこちで少しずつ研究されているところです。もちろん弁護士だけではどうにもなりません。ですが、個人名を挙げることもできるんですが、お医者様の中で、子どもの性虐待ということをメーンにして治療法を研究していらっしゃる方たちが数名日本にも、始められました。
 私どもはそういう方たちと連携を取りながら、治療的なケアと法的なケア、私たちも試行錯誤の繰り返しなのですが、そうした中で子どもたちから学びながら作り上げているという状態です。ですから、そういったネットワークの中で少しずつ生み出していくしかないというふうに思っていますが。
#17
○岡崎トミ子君 ありがとうございました。
#18
○林紀子君 林紀子でございます。今日は三人の参考人の方々、ありがとうございます。
 何度も質問ができないので、申し訳ありませんが、三人の参考人にそれぞれ、かなり中身がばらばらで申し訳ないんですが、伺いたいと思うんですが。
 まず、徳永参考人にお伺いしたいのですが、先ほど機関の連携というのが不十分な点があるんじゃないかというお話がありましたけれども、これは最近発生した子どもの虐待死、これは家庭の中ではなくて、香川県の例ということで話を聞いたんですけれども、保育園で、ほかの親から虐待があるんじゃないかと通告をされたんだけれども、県は立入りをして、一回目、二回目したんだけれども、虐待はないというふうに判断をしてしまって、一歳二か月の赤ちゃんだったんですけれども、県警は自然死だというふうに判定をしたということなんですね。
 まだ、いや、そうではないだろうということで、もう一度調査を始めているらしいんですけれども、これが連携と言えるのかどうか分かりませんけれども、やはり県が立入調査したという、その県というのは福祉の部分なのかどうかよく分からない、県がというニュースになっているものですから分からないんですけれども。
 是非、虐待というのは非常にいろいろな面にかかわっているので、一個人とか一機関では判断も対応も難しいんじゃないかというお話もこの場で伺ったことがあるんですが、その連携というのはどういうふうにしていったらいいのか。
 愛知県に行ったとき、私は、愛知県が、保育関係者に対するマニュアルとか医療関係者に対してのマニュアルとかというのをいただいたんですが、いただいただけで説明を聞いていないものですから、これを見ただけではよく分からないということがあるので、その辺というのを、どのように、どういう部分で作っていったらいいのかというのをお聞かせいただけたらというふうに思うんです。
 そして、坪井参考人には、この連携の中に例えば弁護士さんとか司法の部分とかが入っていく余地、余地というのはおかしいんですが、あるのかどうかということを併せてお聞きしたい。
 それから、先ほどの性虐待の場合ですが、今までこの共生社会調査会では、DVの問題とか、それから子どもということには限らないで女性に対する性虐待とかいうことも話をしてきたんですけれども、その中でもやはり二次被害といいますか、警察であったり検察であったり、そういうところから二次被害を受けるという話というのが度々出てきたわけですね。ですから、そういうところに対する教育というのももちろん必要だと思うんですが、子どもというのは特にそういう問題というのがあると思います。先ほどタイとかスウェーデンの例というのを教えていただきましたけれども、そういうふうに司法制度を変えていったら少しは子どもたちが救われる部分があるのかどうかということ。
 それから、そこで参考例として、法律扶助協会の東京都支部の子どもの人権救済援助制度というのが書いてありますが、お時間の関係かその御説明がなかったので、それがどういうものかというのを説明していただきたいということです。
 それから、最後に汐見参考人にお聞きしたいのは、また全然違うんですが、私、汐見参考人が「編」ということで出されている岩波ブックレットの「里親を知っていますか?」というのを読ませていただきまして、ああ、こういう制度があって、そして実際に里親となった方たちの座談会というのがあって、本当に感心をしてしまったんですね。自分の子どもを育てるだけでも精一杯なのに、里親という形でこういう虐待を受けた子どもたちにかかわっている人たちがいるんだということは非常に私は新鮮な驚きであったし、すばらしい人たちだなということも含めて思って、その後に、これをもっと振興するためにというふうに幾つかの課題というのも書いていただいておりますので、その辺もちょっと御説明をいただきたい。
 それから、つい最近、厚生労働省が、最近ですけれども、近親者の里親ですかね、それと、それから専門里親というものに対して、今までの制度をもっと前進をさせるというか、そういうのを発表いたしましたけれども、それに対しての評価というか、コメントもいただけたらと思います。
#19
○会長(小野清子君) それでは、徳永参考人の方から、できるだけ手短にしながらお願いいたします。
#20
○参考人(徳永雅子君) 連携についてお答えいたします。
 児童虐待に関する機関同士の連携は、十数年前から比べますと随分良くなってきているとは思いますが、ただいろいろな死亡例の展開などを見てみますと、やはりその機関にお任せになっている感じのところがまだまだあるのではないかなと思います。
 ですから、連携といいますか、ネットワークを組んでいくには、まずその地域の機関同士の援助者が顔見知りになるという場を一つ作るということですね。どこのだれがどんな仕事をして、どういう役割や特徴があるというところの、やはり顔見知りにならなければ、特に虐待などに関する情報の共有というのは難しいのではないかなと思います。
 それともう一つは、ケースに関する、関係者が集まるネットワークの会議を機会があるごとにといいますか、何か困ったことがあったら即開くような連携のシステムを作っていくと。関係者同士がまずつながり合うというネットワークづくりをしなければいけないんですが、これをどこのだれがやるかと、そこがまだ不十分だと思うんですよ。児相にやってほしいとか、いや、児相は今必要ないとか、それぞれ押し付け合ったりとかしまして、なかなかネットワーク会議を開くということもできていない部分もあると思います。
 それからもう一つ、ネットワークの中で援助者がサポートされるネットワークを持っておかないと、やはり孤立して対応するのが一番しんどいのではないかなと思いますので、機関の中でやっぱりそういう連携、情報共有ができるような仕組みを作っていくということが大事ではないかと思っております。
 以上です。
#21
○参考人(坪井節子君) 司法関係者も、今、徳永さんお話しになったような連携の中に現在具体的に入っております。
 私ども、例えば弁護士は、児童相談所の協力弁護士に、例えば東京都の場合はありますし、大阪もかなり進んでいるんですが、そうした形でネットワーク会議がありますと必ず弁護士も呼ばれます。児童相談所が法的措置を取るとき、二十八条申立てなどをするときの代理人になることもありますし、一時保護をされたり、あるいは二十八条で児童養護施設に措置された後に、例えば性虐待で告訴をしなければいけない子どもが出てきたり、あるいは保護されてみたら外国人の子どもでビザがない子どもが出てきたりと、いろいろな法的な問題が出てまいります。そうした場合に、私どもがその子どもたちの代理人となって動くというような事件が次々と起きております。
 したがって、司法関係者ももちろんそのネットワークの中に入らなければならないし、入っているということができるようになったというのが現在、ここ数年の状況です。
 それから、性虐待被害者の二次被害ですが、これはもちろん日本でまだ制度改善がされていない以上、それで子どもが救済されますという形を私も申し上げられません。ただ、諸外国の例を見ていますと、やはり子どもに優しいというまなざしが出てくることによって、司法制度だけではなく、それにかかわる大人たちがみんな優しいまなざしを持てるようになっていく、それが子どもの救済につながっているというのは事実だろうというふうに思っています。
 そして、私たちとしても、そういう制度であれば子どもたちにもっと勇気を持って訴えようよと言えるようになると思う。今はちゅうちょするわけですね。この子どもを、訴えようと言ったらばもっともっと傷付くなというふうに思うと我慢させようかなとちゅうちょしなきゃいけないという。しかし、本当はそうではない。子どもにとって、非常に虐待をされた子どもは自分を責めていまして、自分が悪い子だからと思っているんですね、自分が悪い子だからたたかれたんだ、自分が過失があったから性虐待されたんだと思っている。その子たちに、あなたが悪かったんじゃないんだよ、これは加害行為自体を犯罪行為だったんだよということを分かってもらうのは、法的支援の形で加害者がきちっと責任を取るというのは非常に必要なエンパワーメントの方法だと思っているんですね。ですから、子どもに優しい刑事司法制度ができることによって子どもたちがそこに行き着くことができればというふうに願っているということです。
 それから、子どもの人権救済基金ということなんですが、今申し上げたようなネットワークに私どもが入っていく場合、あるいは子どもの代理人になる場合、弁護士の費用はどこからも出ないのです、今までは出なかったわけです。だんだんに児相も予算措置がない中で一生懸命に予算措置をひねり出そうとはしていますが、まだまだそこまでは至っておりません。弁護士は、こういう虐待にかかわる弁護士は持ち出しというかボランティアでやってきたわけですが、それではなかなか弁護士のすそ野は広がらないわけですね。やはり、たとえ少なくても実費程度だけでも保障される制度が欲しいというのが一つの念願でありました。
 法律扶助協会というのは、やはり裁判を受ける権利を保障するために、弁護士を付けられない人たちのために作られた財団法人ですが、ここで、何とか子どもたちに、法的支援が受けられない子どもたちに弁護士が付けられないかということの制度を構想してきたわけです。そして昨年の十月、虐待には限りません、いじめや体罰、そうした問題も含めてなんですが、親が協力をしてくれない、親に見捨てられた子どもたちで、しかし弁護士の助力が必要な子どもたちに弁護士が代弁者となる、そのときに扶助協会が何がしかの援助を弁護士に出すという制度が立ち上がりました。そういう意味で、あちこちの扶助協会の支部で、東京都支部だけではありませんが、虐待問題に限ってのこうした基金もできつつあります。
 そういう意味では、本当は国全体がこの法的支援の必要性というものをきちっと踏まえていただいて、法律扶助制度の中でも位置付けていただけるようになれば大変うれしいというふうに思っています。
#22
○参考人(汐見稔幸君) 私に対する御質問は、こういう「里親を知っていますか?」というブックレットをしばらく前に私は編集して出版したんですが、これはなぜこういう本を書かざるを得なかったかということを含めてお話し申し上げさせていただきますが、今、虐待を受けた子どもたちが親から切り離された場合にどこで養護を受けるかと申しますと、実は、これまでの児童福祉法体制の下では虐待を受けた子どもたちを預かるという特別な施設があったわけではなかったわけであります。
 それで、暫定的に児童養護施設に措置することが多いわけですが、元々親の愛情に恵まれなかった子どもたちを養護する場合に、家庭的養護と施設的養護の二本柱になっているのが現在の児童福祉法なんですね。ところが、その家庭的養護ということは戦後ほとんど深めてこられなくて、様々な施設的な養護についてはたくさんつくられてきたのですが、余り発展させてこられなかったわけですね。ですから、今、虐待を受けて親から離された、親権を一時停止されたりして離された子どもたちは、大部分がまた児童養護施設に預けられるわけであります。
 ところが、そこではまた子どもたち同士のいじめがあったり、虐待を受けた子どもは御存じのように逆に虐待を挑発するようなことをたくさんやります。御飯を一生懸命食べないから食べさせてやると、ぱしゃっと掛けてしまったり、このやろうというようなことをしょっちゅうするわけですね。それがまた原因で虐待になってしまう。ところが、子どもの方はそんなしたくてやっているわけじゃなくて、とにかく大人を信じられなくてやっているわけですね。
 したがって、そういう子どもたちに対しては施設的な養護よりも、むしろ家庭の中で、おまえを愛している人間はここにいるんだよということを示してあげるというような形で回復を図るということが実は大変大事なんですが、そのための里親制度というのが残念ながら戦後余り発展してこなかったわけです。一九六〇年ごろの里親は、今ちょっと正確に数を覚えていませんけれども、全国でとにかくかなりいたんですが、現在は、全国で登録されている里親はその六分の一ぐらいしかいません。
 なぜ里親制度が発達しなかったかと申しますと、最大の理由は、里親制度は各都道府県単位で一応制度化されているんですが、要するに基本は養子縁組が前提となった里親になっているわけです。将来養子縁組をするかあるいはとにかくその段階で養子縁組をするということで、要するに自分の子どもにするということですね。そうなりますと、扱いが難しいことが分かっている被虐待児をわざわざ養子縁組で子どもにするという人はほとんどいないわけでありまして、そのために余り発展しないわけですね。
 多くの国では、親から離されて養護を受けなきゃいけない子どもをどちらで見るか、施設で見るか家庭で見るかというのは比率がかなり異なっていまして、日本は大体九対一ぐらいで施設、もっと多分今は施設が多いと思います。ところが、アメリカは大体五分五分ですね。スウェーデンは逆に一対九ぐらいになっていまして、むしろ国によっては家庭で見ているところがかなり多いわけですね。
 それはどういうふうにしているかといいますと、実は養子縁組が前提ではなくて、例えば一か月でもいいとか二週間でもいいだとか、あるいは土曜日だけでもいいから、土日だけでもいいから私の家へ来なさいという形で契約して見るという、そういう多様な短期型の里親制度。場合によっては一年いても二年いてもいいということで、更に延長していくということになっているわけです。ただし、養子縁組を前提としない、先々に養子縁組することはあるんですけれども。そういう制度が柔軟に発展してこなかったことが大きいんじゃないか。
 ただ、そういう制度をある程度発展させてきたのは東京都なんですね。東京都は一九七二年に養育里親制度というものが必要だという答申が出まして、たしか七三年からそれが具体化されています。この場合は、養育里親という里親に申請して認定されれば、実際に条件に合う子がいるかどうかということがかなり大きいんですけれども、養育里親となれば短期に子どもの面倒を見てまた施設に返すことができるわけですね。それが十分発展されてこなかったために、どうも里親が振るわないんじゃないかと。そこで、里親制度を発展させるためには、特に虐待をされた子どもを養護していくためには、短期ないしは非養子型の里親制度を発展させないと、すべてを施設、養護施設に預かるという形だけでは問題は簡単には解決しないんじゃないかという思いを込めてこういう本をちょっと出してみたわけであります。
 実際には様々クリアしなければいけません。というのは、問題がたくさんあります。特に、虐待を受けた子どもの扱いはその里親さんも大変戸惑うわけです。相当専門的な教育、研修をやっぱりやらなきゃいけない。里親になった場合、現在は児童相談所というところには里親をフォローするような部署は実はないわけです。そのために、東京では養育里親センターというのを特に別に作っているわけですね。これは、里親さんたちを専門的にフォローする機関なんです。財政的なためにちょっと今それがなくなるかもしれないという局面なんですけれども、やっぱりそういう意味では、もし作ったら里親さんをしょっちゅう回るケースワーカーがいて、そして相談を受けたり、そしてかなり専門的な研修を受けたりするということもしなければいけませんし、それから預かるときの費用ですね、今のところ数万円でやっていると思うんですけれども。正確な額、各都道府県で少し違うんですけれども、実際には修学旅行へ行かせようと思ったら、行っておいでということになるとまた小遣いを与えなきゃいけない、それは数万円じゃとっても足りないわけですね。その費用を少しアップしなきゃいけないだとか、幾つかのハードルがやっぱり今あります。
 でも、私は、この制度が柔軟に、たとえ一か月でも二か月でもやってみたら、子どものいない家庭がすごく潤ったというようなことがあったり、感謝してくれたということが出てきたりすると、かなり発展する可能性があるし、それがうまくいきますと、子どもをみんなで育てていこうというふうな社会的な機運が少しは進むんではないかというふうに思っておりまして、それでちょっと戦略的にこの里親ということに少し注目して見ているわけです。是非その辺を御理解いただきたいと思います。
 ただ、専門里親というものがどういうものかといいますと、里親が増えないけれども、国の方は、やっぱり里親をもっと重視しなきゃいけないというふうに厚生労働省考え始めているんですが、里親が増えないでやるためには、現状の中で、一人の里親がたくさんの子どもを見るというのが専門里親なんですね。今は一つの家庭の中で、一人の子どもを見たり二人の子どもを見たりすると。ちょっと原理が違うんですね。
 アメリカで専門里親というのがかなりあるわけですけれども、やはりその里親の能力によって、難しい問題を抱えた子どもをたくさん抱えるわけですから、非常に逆に虐待を起こしてしまうケースもかなり実はアメリカで報告されています。
 ですから、私は、個人的には少し慎重に扱った方がよろしいかなと思っております。
#23
○会長(小野清子君) 質疑者が多うございますので、一点に絞って、一回りしてからもう一度とお願いしたいと思います。
 質疑のある方。
#24
○田嶋陽子君 性的虐待について坪井節子さんにお伺いします。
 恩寵園という千葉県に児童養護施設があって、そのことは坪井さんも論文で取り上げていらっしゃるんですけれども、その中の少女の発言に、両親を失って養護施設で育って、そして独りで生きていくために売春を続けるしかなかった少女の事件。養護施設で育って、そして売春をしていくという。この少女が言っていることは、大人は悪魔だと思っていた、大人にはなりたくないと思っていたということですが、実際その恩寵園で起きたことは、施設長の息子が施設の児童に対して強制わいせつや婦女暴行をしていて、二〇〇〇年には懲役四年の実刑判決が言い渡されたわけですね。実際、この施設長の息子は、判決によると、一九九九年九月には十二歳の女の子の手を両手で触ってカメラで撮影して、別の日には強姦していたという、そういう事件で、この人は懲役四年になったわけですけれども。
 もう一つ坪井さんが言及していらっしゃるので、おじいさん、義理のおじいさんから性的虐待を一年以上受けていた十二歳の少女なんですが、これは先ほどもちょっとお話にあったように五年後に、時効二日前でこのおじいさんがきちんと罪を犯したことを認めて、そして懲役四年の実刑判決が出たわけで、そのときに、その少女は坪井さんに対して大人を信じて良かったと。大人を信じて良かったと言うのにこの少女の場合、後者の少女の場合でも五年掛かっているわけですね。
 これからまだ質問はいろいろあるんですが、今一つと言われました。三分以内なら二つでもいいんですね。
 一つは、坪井さんはこの少女と五年間かかわっていらしたわけですけれども、性的虐待を受けた子どもから話を聞くときにはどのような点に注意されているのか。これは先ほど不合理な話にも耳を傾けるとかいろいろありましたが、そのほかにもあったら教えていただきたいと思います。そして、同時に、被害者の子どもとの関係で最も重要視してきたことはどういうことなのかということです。
 それで、もう一つは、厚生労働省は被害を受けた子どもはその間各児童施設などでケアを続行してもらうと書いているんですけれども、私に言わせれば、施設長とか施設長の息子、実はさっきの恩寵園では施設長や職員が罰と称して子どもたちを乾燥機に入れたり、かまやバットや竹の刀で殴ったり、鳥の死骸と一緒に寝かすとか、そういうことをやっていたんですね、しつけの名において。
 そういう雰囲気のあるところで、たとえ加害者が罰を受けてそこにいなくなっても、私が思うには、その養護施設でそういう行為を全体に容認する何かの雰囲気とか何かがあると思うんですね。ですから、厚生労働省はそこでケアを、いろんな心理カウンセラーとか何かを出してケアをそこで受けさせるとあるんですけれども、私はそのことを非常に疑問に思うんですね。お三人の方、どなたかにお聞きしたいこと。
 それからもう一つ、厚生労働省はこういうことを言っているんですね。児童福祉施設内に苦情解決の仕組みを作れと言うんですが、私はこういう虐待を受けた子どもは、例えばオンブズパーソンのような人が来たって告白できないと思うんですね、後で、おまえ何言ったんだろうといじめられたら終わりですから。
 すると、この厚生労働省が言っていることは、もしかしたら血で血を洗うようなことを推薦するようなことにもなるんじゃないかと。私が子どもだったら非常に怖くてこんなシステムには乗れないなと思うんですけれども、その辺りもお話を伺えたらと思います。
#25
○参考人(坪井節子君) 虐待を受けた子どもたちから話を聞くというのは、最初は言葉が全く出てこないところから始まります。それで、まずは自分がどういう人間かということを子どもに分かってもらう。そういう意味では、私は、弁護士として大人の相談者の前に座るより子どもの前に座るときの方がずっと緊張をします。子どもたちが私を選んでくれるかどうかというところから始まるという、そういう意味では非常に緊張するんですが。
 しかし、特に子どもたちが陥っている状態というのは、虐待を受けた子どもたちは、先ほどもちょっと申し上げましたが、自分が生まれてきたことは意味がなかったというところに陥っています。そして、自分が悪い子だから殴られたのだ、自分が間違った存在だったからそういう虐待を受けたんだという、物すごい自分を責めているのです。先ほど出た女の子も、私は生まれてこなかった方が良かったんだ、私はまともな大人にはなれないんだ、私は汚れ切った子なんだ、まともな恋愛もできないんだということでずっと自分を責め抜いて、そして自殺まで図った子だったんですね。ですから、私たちはまず、あなたが生まれてきたことは間違いじゃなかったんだよ、生まれてきて良かったんだよという、まず話を聞く前に、そこにあなたがいてくれること自体私たちの喜びなんだという、それを手を替え品を替え子どもたちに伝えるというところから始まっているというのが現実です。
 そうした中で、自分はここで受け入れられているんだ、虐待をされたことが間違っていたんだ、本当は生きていていいんだというところにまず行き着かないと子どもたちは重い口を開いてくれないんですね。ですから、そこまでの信頼関係を作るということが、ゆっくりゆっくり時間を掛けて、しゃべりたくなかったらいいんだよという中で話をしていく。
 でも、不思議なことに、一回二回これをやりますと子どもたちは話し始めますね。やはり子どもたちが人に対する、傷付けられるのも早いけれども、これは大丈夫だと思ったときの信頼回復は大人たちよりもずっと早いという、そこに私は希望を持っています。その意味では、子どもたちの回復の早さというのに、逆に言うと勇気付けられてこの活動をしているんですね。だから、全く絶望することないんです。いつも子どもに助けられます。
 それで、被害者の子どもとの関係の重要という、何を私がしていかなければいけないか。支援者としてと言うよりは、初めは、まず必要なのは、私なんかが体験したこともない苦しみをこの子は独りで耐えてきているという、敬意を払うということなんですね、子どもに対して。よくぞ生き抜いてきたねという敬意を払うという視点でまず子どもたちに対応することと、そして、この子どもたちが傷付けられた人間としての尊厳を回復したい、そのために私が何ができるかという視点で子どもたちと一緒に歩いていこうということだと思っています。
 その中で、子どもたちの中で最後に自分たちの中に持ってほしいのは、生まれてきて良かったんだという確信と独りぼっちじゃないんだという確信を持ってくれるようになれば、それが支援の最終目的じゃないかなというふうに思っているんですね。
 そういう意味で、傷付けられた人権の回復と言っちゃえばそういうことなんですが、別の言葉で言うと、生まれてきて良かったんだ、生きていていいんだ、自分の人生なんだ、独りぼっちじゃないんだという意味での人権の回復ということになろうかと思います。
 それから、ケアの問題なんですが、虐待が行われているような施設の中で、ケアという本当に矛盾した状況が今の児童養護施設の中にあるというのは事実であります。確かに、もちろんそうじゃない施設もたくさんあるわけで、すべてが恩寵園のような施設だとは言いません。ですから、大変難しい。ですから、とにかくまずは、施設の中でどのような状態に子どもたちが置かれているかをたくさんの人に知っていただくことからしか始まらないかなと。
 何人の子どもたちが一体何人の職員に見てもらっている状況か、その中で虐待を受けた子どもたちが今六割、七割を超えるような状況で職員の人たちがどれほどバーンアウト状況になってしまっているか、そして、今必要な支援は何なのか。物的、人的な施設の基準を上げないことにはもうどうにもならなくなっているというまず現場を知っていただいた上で、その中で虐待ケアは、もしかしたら養護施設に入る前に情短施設のようなところで短期的なケアも必要なのかもしれないというような気がしているんですね。養護施設に入る前のケアも必要なんじゃないかというふうに思っています。そうした意味での制度的なケアを考えていただきたい。
 それから、苦情解決の仕組みについてもちょっと申し上げておきますと、おっしゃるとおりなんです。それで、私もある養護施設の第三者機関の委員をしているんですけれども、ただ、毎月のように子どもたちに会いに行きます。そして顔見知りになっていって、なかなかそれを、子どもたちが自分の受けている苦しみをそこでよその第三者に語るというふうにはならないだろうとは思うんですが、そういった中でもしかしたら小さな声でも聞こえてこないかなということ。私に限らず、今、第三者委員になった人たちはそうした形で少しずつ動きを取り始めています。
 それから、東京都を始めといたします子どもの人権ネットというような電話相談ですね。施設の子どもたちに、匿名でもいいから施設名を言って相談ができるんだという、そのことを子どもたちに知らせておくという、そのシステム。ここで虐待が大分発見されてきましたので、施設内虐待が発見されたという実績がありますので、こうしたことの仕組みの整備も必要かというふうに思っています。
#26
○大仁田厚君 これは現場を見てきた感じなんですけれども、汐見先生にお聞きしたいんですけれども、中間世界と言われるように、現場、高校を見てきて、精神的に悩んでいる子どもがやっぱり多いんです、精神的な悩みというのが。それで、自罰的、他罰的というようなことをおっしゃって、僕が付けたんですけれども、坪井先生が言われたように、物すごく自分の中で自分が悪いんだという方に持っていく人間と、他罰的に、人に対して急に、授業中今までいい子だった子が急に先生にかみ付いていくんですね。そのときに現場にいまして、おい、どうしたんだよというような現状を見ているものですから、それで、自分ながらにそういったところをちょっとひもといてずっと見たときに、ちょうど僕らが子どものとき、個性を尊重しようとか個性を育てるという意味で国が打ち出した方針というのを、やっぱり親が間違った部分で、勘違いした親が子育てをして、その子たちが今子どもを育てているわけですね。
 それで、たまたまテレビの取材でこの間出掛けまして、小学校四年生と二年生の子を持っている奥さんなんですけれども、最終的に、自分の子なんですけれども子育てが分からないと言うんですよ、子どもたちの考えていることが分からないって。そこら辺を解釈すると、現実社会が親にストレスを与え、またそれを、やっぱり自分の世界観の中に入っているのは子どもですから、子どもですから、やっぱり一番当たりやすいわけですね、ぶつけやすいわけですね。それにやっぱり、自分の子どもだから何でもしていいだろうというところまでは行かないけれども、そのぐらいの気持ちだと思うんです。
 それで、ちょっと考えたんですけれども、病気、病気を治すには薬が必要なんですけれども、その前にやっぱり原因解明というのが一番重要だと僕は思うんです。それで、そこで考えたのはカウンセラー、精神的なカウンセラーがやっぱりポピュラーじゃないし、欧米諸国、先進諸国に比べて、社会的地位の位置付けというのがはっきりしていないと思うんです。やっぱり十年後、二十年後を見据えてそういったものを考えていかなければ、この問題はどんどんどんどん膨らんでいくと思うんですけれども。
 そこで、質問なんですけれども、法的措置も視野に入れながら僕は考えているんですけれども、汐見先生が具体的に考えていらっしゃる解決方法というのを聞かせていただきたいなと思っているんですけれども。
#27
○参考人(汐見稔幸君) 私、虐待に至ってしまう、それが氷山の頂点だといたしますと、その下に隠れている部分に、このままではちょっとしたことで追い詰められたりして虐待に至ってしまうような精神構造というのが日本人、特に若い世代に増えてきているんじゃないかという危惧を持っているわけです。それで、それが今、大仁田先生がおっしゃった精神の中に、いいとか悪いとかということに先にこだわって、いいも悪いもないという、そのどちらでもいいんだというところで安住するような中間世界というものが非常に弱くなっているというような表現を一応してみたわけですね。
 これは、現在の社会が、例えば子どもを育てるときに母親はずっと子どもを見ていまして、教育熱心になりますと、子どもにこれをしなさい、これはしてはいけませんということを先に示しますね。そうすると、子どもは自分で好きなことをやりながら、これは痛いんだとか、これは危ないんだとかいって自分で意味付けていく前に、先に意味を与えられて、いいか悪いかを定められた世界に適応していくわけです。
 そして、駄目だという世界はやっちゃいけない、いいという世界を一生懸命やらなきゃいけないんだということで、精神の中にこれはいい世界、これは悪い世界とあって、それはどちらでもない、自分で意味を作ればいいという世界がなかなか育たないという、私はこれ鉄亜鈴型の精神だと思って言っているんですが、両横が、両方が大きくて真ん中が小さいというですね。
 これは、そういう精神ができてしまいますと、実際には社会、生きていくときにいいと言われている行動をしなければいけないんだけれども、つまりいい子にならなきゃいけないんだけれども、そういうことがなかなかできない自分というものに常に遭遇することになるわけですね。そうすると、結局自分は駄目なんだという形で自己評価をどんどん下げていくということで、そういう精神構造があって、日本ではかなり今そういう意味では、セルフエスティームと言うんですが、自尊感覚をぐっと下げてしまっているような感じがするんです。
 そのまま、今度はそれを持ったまま育児を始めますと、やはり同じように子どもにいいか悪いかということを迫っていって、結局そのとおりやらない我が子に対していらいらしてばちんとやるという、そのことを繰り返していくような社会が今できつつあるような気がします。
 ですから、診断ということでありますと、自分の中にいいも悪いもなくて、自分のありのままの感情をよく見詰めたら、そんなことやりたくないんだとか、育児から解放されたいんだとか、時々子どもに対してかっとなるのはその自分の一部だとかということをもっと認めていいというんでしょうか、そういう意味で私はたまり場を作るということを言っているのは、そこでざっくばらんに自分の弱点だとか、子どもを育て始めて自分は子どもが嫌いだということが分かったということがあったとしても、私って、子どもって嫌いみたいということを言えるような場を何とか作り、そういうことをどんどん言っていいのよというふうな、そういう励ましをするプロがいてくれてというような場をちゃんと作っていかないと、簡単にはそれは取り戻せないような気がしているわけです。
 ですから、今のお答えになるかどうか分かりませんけれども、カウンセラーとかなんとかという前に、もっと自分の本音の何というか、いいも悪いもない世界を自由に出し合えるような表現空間、コミュニケーション空間を社会にどう作っていけるかということが、実は虐待防止にとってもかなり大きな問題だというふうに私は思っておりまして、そういう町づくりと言ったらいいんでしょうか、社会の雰囲気づくりというものを個人的には考えているということです。
#28
○小宮山洋子君 短い時間で伺いますので、汐見参考人と坪井参考人、お二人に伺いたいと思っています。
 汐見参考人がおっしゃったように、学校における育児体験教育、これは今本当に少子社会で自分の妹とか弟を持つ経験の少ない子どもたちが多いですので、何かのそういう訓練の場がないといけないと思うんですが、ここでも指摘されているように、やはりやり方がまだ開発されていない、体制が取れていない、そういう中で子育て支援のNPOとか外から入ってやるような形が必要かなと私も思うんですけれども、この「準義務的な課題にして広める。」とある、その辺をもう少し具体的に伺いたいと思っています。
 それから汐見参考人御専門のというか、保育所の機能も、二万か所以上あるわけですので、子育て支援の方で今既にやっていますけれども、もう少しうまく働かせればいいんじゃないかと思っているので、その点を伺いたいと思います。
 それから坪井参考人は、今日、性的虐待のお話を伺えて、これまで余りこの話題が出てこなかったんで質問が集中しているかと思うんですけれども、御指摘のあった子どもに優しい刑事司法制度、これは何とかしなければと思いますが、タイの例、スウェーデンの例挙げてくださいましたけれども、日本の制度の中ではどういうふうにするとじゃ具体的にいいのか。この調査会でも何とか具体的な提言をしていきたいと思っていますので、是非その辺の御示唆をしていただきたいということと、子ども虐待防止法の見直しより先に、最後に御指摘のあった子ども買春・ポルノの法律の見直しがもうこの秋が三年後の見直しの時期になるわけですね。ここで幾つか挙がっていますけれども、悪い子どもとか非行少女、健全育成にされそうな法律を、子ども買春は犯罪ですという形の法律に何とか作って、まだまだ足りない点がたくさんあると思いますので、ぜひその見直しの中でどういうふうにしていけばいいのか、具体的な御提案があれば伺いたいと思います。
#29
○参考人(汐見稔幸君) 長期的な見通しの中では、これから親になる若い世代が疑似的にでもいいから育児を体験してみるということがかなり大事ではないかというふうに私は戦略的に考えていますのは、実際にそういう現場に立ち会いますと子どもたちの目が驚くほど生き生きしてくるということに直面しているからです。
 例えば、ある幼稚園でやったのにちょっと付き合ってみたら、小学校高学年の子どもだったと思うんですが、来て、最初に何を言ったかと言いますと、あ、しゃべっていると言ったわけです。その小さな子どもがしゃべっているということを、それだけでも驚いているというような、そういう現実がありまして、しばらくやっていますと、最初は緊張している子どもたちが、子どもたちの方がどんどん懐いてきてくれて、それで自分がこの子たちにすごく慕われてとか、役に立っているという感覚が子どもたちの目をすごく輝かせていくわけですね。それがもうある意味では、かつては当たり前だったわけですよね。
 ちょっと私、長く、ある保健センター、保健所で両親学級の講師を十何年やっていまして、毎回、自分が子どもを産んで初めて赤ちゃんを抱く人はどのくらいいるかということを、手を挙げて、アンケートを取ってみたんですが、正確なデータでないですが、七割以上は初めて自分の赤ちゃんを抱くという人が今お母さんになるわけですね。そうすると、やはりとっても緊張するわけですよね。それがもし、子どものころ小さな子どもとしょっちゅう接していて、こうやってあげればいいんだよ、この程度まで大丈夫なんだということが分かっていると、かなり出発点から見て育児の面白さだとかが違うんじゃないかというような気がいたしているわけです。
 それで、もうこれからは、中学生ぐらいになると幼稚園、保育所へ行っていろいろなことをして子どもと遊ぶのがもう当たり前だというような社会にしていく必要があって、そのために教育的に最初はやっぱり少し配慮をしていく必要がある。準義務化というのは、そういうことを必ずやろうという、そこをきちっと呼び掛けていただいて、教育委員会などでね。ただし、受入れ側の体制もありますから、それは細かに相談しながらやっていっていただきたい。
 しかし、進んだところではほとんど、先生来たでという形で、何というか、自由に出入りしていくんですね。そうなったら、僕、本物だと思うんです。一々何か書類書いて、報告書書いてとやっていると、もう保育所の仕事が大変増えてしまうんですね。ですから、そういう形になることを見通した上できちっと呼び掛けていただきたいなというのがあります。それで、むしろ保育所なんかの一つの仕事、子育て支援の仕事というのは、そういう若い世代の子どもと幼児たちが交流する場を提供するということが非常に大事な子育て支援なんだということを少し広めていっていただきたいなと思っています。
#30
○参考人(坪井節子君) 日本の制度の中でどのような方法を取るのかというのは、それこそ私たちも責任を持って弁護士として提案をしていかなければいけないということで、今本当に検討中で十分なことは申し上げられないんですが、一つ例を申し上げますと、刑事訴訟法が改正されまして、被害者のための、犯罪被害者の保護のための刑事訴訟法の改正がありました。この規定が、実務では私どもは非常に被害者を勇気付けている部分があるというふうに実感をしているんです。やはり刑事訴訟法の中で、更に子どもの被害者の補償規定という特例を設けるということは不可能ではないのではないかというふうに考えるのが一つあります。
 それから、子ども買春禁止法の中に、捜査、裁判における子どもの保護というわざわざ条文が入っております。子ども虐待防止法の中にはその条文はないんですけれども、これを連動させることによって、捜査、裁判における子どもの被害者の保護ということを制度化するということをもっと実現できる法的根拠はあるだろうというふうに思っているのです。それが刑事訴訟法の改正によるのか、それとも例えば虐待をされた子どものための特別法になるのか、そこまでちょっと私もまだ詰めてはいないのですが、そうした形での法律の改正をするということは不可能ではないと思っているんですね、発想ができれば。
 そうした中で、是非とも本当に取り入れていただきたいのは、子どもへの事情聴取をするときに付添人をきちんと付けるというシステム、これが私も、例えば先ほどの子どもの場合に、検察庁に行くときに付き添わせてほしいというのを実現するまでに非常に検察官と何度もやり合わなきゃならなかったんですね。被疑者じゃないんです、被害者なんですから付添いをさせてほしいと。それが例えば、被害者である子どもにはきちっと、弁護士に限らなくてもいいんです、ソーシャルワーカーでもカウンセラーでも、子どもが信用できる大人がきちっと付き添うというようなことができるとか、あるいはタイの刑事訴訟法では、これはカリフォルニアでも行われていることですが、虐待をされた子どもたち等の被害者の事情聴取には、窓ガラスがマジックミラーになっていまして、二つ部屋があって、子どもに聴く部屋は非常に温かい雰囲気で、おもちゃなんかがあって、そこにソーシャルワーカーの人と警察官、検察官が入り、こちら側ではその他の人たちも見ていられるんですが、みんなマイクロホンで、こう耳をしながらですね、そこでこういう質問をしてああいう質問をしてと外から言いながら、いろいろな関係者が皆一堂にそこに会して子どもの尋問を一度で終わらせようとするというシステムなわけです。
 これはカリフォルニアでも虐待に関しては随分前から進められていますし、タイなんかはそれを導入したわけで、日本でできないということはないじゃないかというふうに思うわけです。やはりその辺、実地にもっともっとその辺をお勉強しながらそういう制度を入れていただきたいなというのがあります。
 それから、子ども買春見直しに関しては、いろいろな処罰規定の見直しというようなことも言われているようなんですが、私が買春問題にかかわっている側から言いますと、それよりはやはり法律を、抽象規定になっています子どもの被害者の保護という部分をもっと具体化する施策を取っていただきたい。
 今、例えば日本の中で子ども買春の被害者になった子どもたちがどこで保護されているかといいますと、施設はないんですね。例えばフィリピンにありますような子ども買春の被害者を保護する、先ほど言ったプレダという施設とか国立のマリラックという施設が子ども買春の被害者のための施設として、つまり非行少女のためじゃなくて買春被害者のための施設として保護をし教育をするというシステムができ上がっています。そうしたものが日本にはない。児童自立支援施設はやはり虞犯少女として子どもたちを扱うということで、被害者としての扱いはできないわけですね。それを虐待と位置付けた形で子どもたちをきちんと保護をし、そして教育もし、ケアをするというようなハード面、ソフト面での充実ということが非常に欠けているというふうに思っています。
 それから、もちろん司法手続においては、先ほども申し上げました、これも抽象的な条文があるだけなので具体化をしていただきたいということ。
 それから、この間、外国人の子どもに対して日本の国の中で告訴をするという手続を私どもはしてきたわけなんですが、国際協力ということの、国際司法捜査、国際捜査共助、司法共助というものの難しさというのが非常に出てきました。
 タイの子どもが日本の国の男性に強姦された事件、強制わいせつを受けた事件などで、五年掛かって結局不起訴になった事件がございます。これだけ時間が掛かれば子どもの記憶も薄れる、そういう問題はあります。これはやはり捜査機関の相互の関係というものが大変難しい、まだまだ日本はアジアに対してきちんと目が向いていないということもあるんだろうと思います。
 そうした意味で、国際捜査のための、あるいは司法のための共助条約、協定、こうしたことの必要性ということを申し上げたいというふうに思っています。
#31
○有馬朗人君 先ほど小宮山さんが質問しておられたことに関連するんですが、汐見さんにお聞きしたいことが一つ。それから、坪井さんと徳永さんにちょっとお聞きしたいことがあります。
 まず、汐見さんへの質問に関連して、今、正に今月から総合的学習の時間、それから土曜日は完全休むということをやることになりましたね。私はそれを望んでいたわけです、長年。ところが、このごろ、学力問題で大分これが逆に非難の的になってきていることを私は非常に残念に思っている。なぜ私が土曜日休みにしろと言ったか、それから総合的学習の時間を導入しろと言ったかということの中の一つは、正に今日、今御議論になっていることでありますので、そのことについてお聞きしたい。
 それは、今の子どもたちが非常に少子化で、異年齢との交流が非常になくなってきているんですね。ですから、異年齢交流をするそのチャンスを与えるという意味で総合的学習の時間を使うというふうなことがあり得るのではないか。これは、先ほど小宮山さん御質問の中に関連するわけです。これが一つ。
 そして、土曜日及び日曜日が休みになることは、私は非常に結構なことだと思っています。そこでまた異年齢社会が一緒になって地域社会で遊ぶということが必要ではないかと。どうしてこう、皆さん、日本の教育者たちはお勉強させることが好きなんでしょうかね。このことについてお聞きし、今のような異年齢の交流ということが教育の上で重要ではないかということをお聞きいたしたいと思います。そして、これは児童虐待防止にも好転するのではないかという質問。
 それから、もう既にお話が徳永さん、坪井さんから出ておりましたけれども、日本はかなりこの点において優れた面があるという徳永さんのお話があったのでうれしく思いましたが、外国においてやはりこういう問題があると思うのですが、その辺について既にもう坪井さんからお話が多少ありましたが、もうちょっと掘り下げて、外国での児童虐待に対する努力はどういうふうに行われているか、もし御存じのことがありましたらお教えいただきたいと思います。
 そして、坪井さんに、特に日本の男性が多いと思いますが、タイにせよ何にせよ、非常に外国に行って子どもたちに対して悪いことをする。これ、何とか防ぐことができないのだろうか、こういうことについてお聞きしたいと思います。
#32
○参考人(汐見稔幸君) 今、有馬先生がおっしゃってくださったことは、私も全くそのとおりだと思っておりまして、私たちの教育研究者仲間の中には、学力がこのままでは低下するということを盛んにあおるような形で言う人がいまして、私は全く逆に、学力と言っても、例えば対人関係処理の豊かさだとか、その能力の豊かさだとか、あるいは遊びを様々に考案していく力だとか、そういうものの方がむしろ将来役に立つんだということで、なぜそれを学力と言わないのかということを思いを込めてちょっと本も書きまして、総合学習を本格的にこれから展開していくためのサポートをしていこうというようなことを逆に提案せざるを得なくなっている。教育学者の中にも、かなりこういう形で、少し論争がこれから起こるようになっています。私は、まあもう少しきちんと理論付けた本も書くということを考えておりまして、今の有馬先生の御意向を是非少し私たちも酌んで広めていきたいという決意を申し上げたいと思うんですが。
 今申し上げたように、学力が低下すると言うときの学力は、計算力であったりある種の記憶力であったりというようなことがやっぱりまだ強いわけですね。それはある種の知的能力として確かに大事なのですが、しかし実際に社会でいい仕事をしている人というのは、計算が速く正確にできるという人とは限らないわけでして、むしろ一足す一はなぜ二になるのかということを一生懸命考えていて、例えば、水一リットルとアルコール一リットル混ぜたら絶対二リットルにはならないということはしょっちゅうあるのに、なぜいつも二なのかというようなことを考えている子どもの方が多分伸びるわけであります。そういうことは、実は生活の中で発見するということの方が多いわけですから、生活の能力が豊かであることはむしろ学力だと。
 最近はっきりしてきているのは、対人関係に、様々な人間がいる中でみんなが上手にやる気を出していくためには自分はどう振る舞えばいいのかというようなことがぱっと分かるというのが、実はこれはかなり高度な知的能力であるということが分かってきているわけですね。それは、実は遊びの中で、様々な能力の違いのある人間が一緒に活動するということの中でしか鍛えられないわけです。
 ですから、この間、実は八王子市のある小学校、秋葉台小学校というところで異年齢交流の総合学習というのを研究発表でやって、私はちょっとその共同研究者として行ったんですが、授業が三年生から六年生の子どもたちが全部、十幾つの組になって、一緒になって、それぞれが自分のやりたいテーマを議論しながら、例えばあるグループは家を造るだとか、あるグループは外でキャンプをやってみたいだとかということで決めて、半年掛けて取り組んでいくというようなことをやっていました。
 それをこう見ていますと、自然と年上の学年の子どもたちのことを模倣しながら三年生の子どもがするとか、上の子どもと下の子どもがじゃれ合っているような風景というのがありまして、子どもたちは本当は同年齢だとやっぱりライバル的になるけれども、異年齢になると学んだり教えたりするということがこんなに豊かになるんだということを如実に教えられました。それを教育としてやらなきゃいけないような時代なんだということも逆に考えさせられたわけですけれども、例えば、それも一つの総合学習になり得るということですね。
 そういうことが発展していきますと、違う人間同士が一緒にいろいろするということが実は人間の豊かさなんだということで、異文化への一つの共生といいますか、この会の一つのテーマにつながると私は思っています。その意味で正におっしゃるとおりだというふうに私は思っております。何とか私も努力してみたいと思います。
#33
○参考人(坪井節子君) 外国での虐待対応の努力ということでは、私たちも本当に勉強途上ではありますが、例えば先ほど申し上げましたカリフォルニアの例などはかなり綿密に報告をされていると思います。とにかく人的、物的な投入の仕方がもう日本の比ではありません。児童福祉司の数、子ども当たりの児童福祉司の数が日本の、まあ私、ちょっと今日統計の数字は持っていませんけれども、とにかく虐待がそれだけ多いからあれだけ対応するということはあるでしょうけれども、二十四時間もう電気の消えないような建物があって、そこに何と千人単位のケアワーカーがいて、そして電話が掛かれば何時間以内に必ず出掛けていって、何時間以内に調査をして、そして子どもを保護して、その後、裁判でどういうふうに親との間の関係を築き、親に戻すか戻さないかが決められたら、今度は里親に行くか行かないかという、そのシステムがずっと一貫してでき上がっているんですね、虐待対策法が。
 やはりそうしたものというのは学んでいかなければいけないでしょうし、決してアメリカだけではありません。カナダなんかでも子どもたちの人権侵害に対して対応するネットワークの予算措置も大変なものがあります。弁護士、社会福祉の関係、医療関係者たちがちゃんと国の費用で事務所の中で子どもたちのアドボカシー活動をしていると。あるいは、台湾などの児童虐待防止法も勉強させていただいたときも本当にいろいろ感心をいたしました。
 もちろん、それが実施されているかどうかという意味で、予算措置ができているかどうかというのは国々によっていろいろな事情はあります。しかし、やはり日本がその意味で対応は遅れているのだ、ある意味では人権、子どもの人権の意味では後進国なんだという意識で臨んでいただいていいんではないかというふうに思っています。
 それから、日本男性の子ども買春を防ぐための方策、それこそ国際会議が一九八七年に開かれ、そして昨年、二〇〇一年の十二月に日本で開かれたという、これが日本で開かれるようになったということが正にそのことを意味している。日本の男性の問題、あるいは日本からのインターネットポルノ、あるいはそうした製造の問題、そうしたことが国際的に非難を浴びていたということの象徴だろうというふうに思います。そうした中で、かなりの意味で、子ども買春という言葉がそもそも市民権を得るようになったということ自体大きな進歩ではありましたし、子ども買春禁止法ということで買春が犯罪だという認識が高まりつつあるというのも私は進歩の一つだというふうに思います。
 ですが、根源的にやはり女性に対する差別にプラスしてアジアという、まあ日本もアジアなんですが、そのアジアの人たちに対する差別と、更に子ども差別が重なったのがこの子ども買春問題でありまして、この差別という意識を払拭するためにどうしたらいいかという人権問題、そして虐待として買春を位置付けるということがまだまだできないために、売る方の子どもたちが悪いのだ、あの子たちはお金が欲しいから売っているのだというところから抜け出せないという、やはり虐待という位置付けがないとこの子どもたちを本当に救えないという、やっぱりその意識の問題というのは大変大きいと思います。
 その意味では、企業内研修も必要でしょうが、私は男の生徒さん、子どもたちに対する性教育の重要性を感じています。性教育と言うと、ともして女性に対する性教育は考えられておりますが、性というものがどれほど大切で侵害してはならないものかというのは、男性に対する性教育がなければ成り立たないのではと。若い子どものうちからそれをきちんと教育をしてほしいと思います。
 また、国際的な法執行、適用、これを国際協力の中できちっと適用をし、犯罪をしても免れないんだということが分かるように、この一、二年、若干ですが、国外犯処罰、買春罪とポルノ罪で挙がってきております。そうしたことも、一罰百戒の意味もあるでしょう。そうしたことで国際協力を高めるということがあります。
 例えば、一つ言っておきますと、外国の航空会社では、アジアへ向かう飛行機の中で映画をやるときにずっと買春のことをやり続けるんです。これは犯罪ですということを乗っている人に言い続けます。そして、あなたはこういう処罰を受けますよということを言い続ける航空機関があります。あれを日本航空でもやってくだされば随分違うんじゃないかなというふうに思います。
 以上です。
#34
○参考人(徳永雅子君) 外国については私も余り詳しくはございませんが、外国と違って日本は、先ほども申しましたように、保健婦がプライマリーに整備されているというところが諸外国とは違うところじゃないかと思うんですね。そのメリットを生かしてやっぱり発見を早期にするということができるのではないかなと考えております。
 それともう一つ、親の治療についてですが、今の虐待防止法では指導するという程度でありますので、なかなか治療まで親が行かないということが一つあります。先ほども申しましたように、虐待している母親の治療プログラムというのは一つできつつあるんですが、加害者が父親である場合のそのグループというのはまだないわけです。日本にはまだそういうセルフヘルプグループというところまでは行かないグループではないかなと考えております。
#35
○吉川春子君 徳永参考人と坪井参考人にお伺いします。
 徳永参考人、マタニティーブルーと産後うつ病の早期発見が非常に重要だという御指摘があったんですけれども、早期発見も重要だと思うんですけれども、まず、そういうマタニティーブルーとか産後うつ病にならない予防という点で御提言があればお聞かせいただきたいと思います。
 それから、坪井参考人には、大分いろいろ捜査上の問題も出たんですけれども、私も少女買春・ポルノ法の提案者でございまして、その立場からもちょっと伺っておきたいことが二、三あります。
 それは一つは、例えば、去年でしたか、裁判官が少女買春をして国会の弾劾裁判所で罷免の判決を出しました。そのときに私は、調書を読んでみまして、警察と検察と両方の調書を読んだんですけれども、署名している人が全部男なんです、男性の捜査官なんですよね。ということは、結局五人の少女についての買春という事実を私たち認定したんですが、もっとたくさんの子どもたちの聴取をしていると思いまして、そして、しかも警察と検察二段階に分けて、男性が三、四人署名していますから、そういう中で一人の少女が陳述をしたと思うんですよ。繰り返し裁判官にどういうことをされたのということを微に入り細にわたって聴かれたと思うと、非常に十三歳とか十五歳の少女ですのでやりきれない思いがしたんです。
 それで、さっき弁護人の立会いという話もされましたけれども、女性の捜査官というものをきちっと付けることが一つ非常に重要かなと思いまして、そういう点での訴訟法上の提言があれば聞かせていただきたいと思いますのと、それから、なかなか大人は自白、認めないから立証が困難だというお話がありまして、立証が困難なものをあえて犯罪に仕立てることはできないので、子どもの事件だ、子どもが相手の事件だからその立証がルーズでもいいということは決して刑事訴訟法ならないと思いますが、お気持ちが分かるんですけれども、その辺の法改正について、刑訴法の改正について御提言があればと思います。
 それから、国連が、日本の裁判官、検察官等に対してもっと人権教育がなされるべきだという勧告をされております。この犯罪を犯した裁判官自身に、あなたは少女買春防止法を知っているか、あるいは女子差別撤廃条約などを知っているかという質問をしましたら、公判廷でしたわけだからいいと思うんですけれども、新聞で読みましたっておっしゃっただけなんですよね。そういう子どもの事件に当たる人が新聞のニュースだけでこういう条例や法律を知るということは非常に心もとなく思ったんですが、やっぱりその専門家の育成、教育という点についてもう少し行うべきだと思いますが、その点についての御提言があればお聞かせいただきたいと思います。
 以上です。
#36
○参考人(徳永雅子君) マタニティーブルーと産後うつ病の発見、その前に予防はできないかということですが、一つは、母親になるときに、母親学級とかあるいは両親学級などを保健所や保健センターでやっているんですが、そのときにこういう産後うつ病やマタニティーブルーズになることがあるという、その教育といいますか啓発活動をするというのが一つと。それから、母子手帳の中にこういう啓発の記事を入れると。そして、EPDSなども母子手帳などに入れて、自分でこう丸をするんですね、これは。自分で丸をして、ちょっと点数が高いときは医師や助産師や保健師などに相談できますよというような、もう少しPRといいますか広報活動があった方がいいんじゃないかなと思っております。
 それからもう一つは、出産後すぐにこのEPDSを病院で退院前に一度やっておくというのも必要ではないかと思います。特に、出産前にライフイベントがあった妊婦さんといいますか産婦さんですね、例えば、だれかが亡くなったとか何か大きな事件があったとか、非常に心にダメージを受けているような方は特に産後うつ病にもなりやすいと言われておりますので、そういう視点でもって出産後にも対応するということが予防になるのではないかなと思います。
#37
○参考人(坪井節子君) 大変難しい御質問なんですが、まず女性の捜査官ということに関しましては、性虐待や強姦の被害者がやはり最初に被害を語るのは女性の方が語りやすいという意味から言って、まず女性の捜査官ということは肯定できると思います。
 ただ、女性であればいいかというと、そうではないというのがありまして、例えばそこに出しました少女の場合も、女性の捜査官に会ったことがあるんですが、質問内容は男性の捜査官と余り変わらなかったんですね。女性であれば理解できるかということではなくて、やはり虐待を受けた子どもの心理状態とかその記憶の状況とか、こういうことを聞いたら更に二次被害を受けるんだということが、研修を受けている人ではないと、女性であればいいということでもない。ですから、女性であり、かつ研修を受ける、専門の聴き取り官というのが養成を必要とするというふうに思っています。ですから、それは、それがまず一つあります。
 それから、質問の内容なんですが、先ほど言ったタイの少年の事件の場合、彼が日本の警察に来たときに、もうとにかく一週間被害者として事情聴取を受けた後、もう懲り懲りというふうに言われたんですね。微に入り細にわたり、そのとき何色の洋服を着ていたか、君はベッドの右側に座っていたか左側に座っていたかなんて、もう忘れてしまったことを幾ら言っても何度も聴かれたと。それは十二歳、十三歳の子どもにとって物すごいつらかったというふうに言っているんです。
 確かに今の日本の裁判の制度ですと、そういうことがきちんと答えられないと裁判に持ちこたえられないという視点で捜査官は聴くわけなんです。ですから、今回、今その刑事裁判の改革というのが司法改革の一つのテーマになっていますが、これは日本の調書裁判、調書が重要視されるという、法廷での証言よりも調書が重要視されるという今の刑事訴訟法の運用の中で起きているということもあるわけなんですね。
 ですから、これが今の司法改革の中で、その調書裁判よりもっと直接主義、裁判官がそこで聴いたことを、実際に自分の肌で感じたことがもっと証拠能力が強くなっていく、あるいは参審制という形で市民が入っていくというようなことで、裁判自体が変わっていくことによって立証を必要とする調書の中身も変わっていくということもあるだろうというふうに思っています。
 それからもう一つは、子どもの証言の証拠能力という、それは弱くていいというわけではありません。これは、その後の問題の、その専門家の育成の、裁判官や検察官に対する教育の問題とも絡むんですけれども。
 私も、この前終わったばかりの裁判で、男性側が性虐待を否定し、女性、子どもが、十八歳でしたが、それを言い続けた。で、法廷で真っ向から対立をしたんですね。その場合に、どちらの証言を採用するかといった場合に、裁判官が子どもの証言というものをどう理解するかということは人格に掛かっているなというふうに感じました。この裁判官は、その子どもの言っていたことをすべて採用したんです。非常に日本の裁判では珍しいんです、こういうのは。
 子どもはうそをつくってまず裁判官は思っているというのが、残念ながら私の受けてきた今までの印象なんですね。そうじゃない、子どもこそ本当のことを言うんだ、大人はうそをつくんだということが裁判官の頭に徹底しますと、子どもの証言の証拠能力、もっと裁判官の中で強くなるだろうなというふうに思います。子どもがうそをつくって大人たちが決め付けているという辺りが、やはりすごく子どもの証言の証拠能力を低くしているということがありますので、子どもというものがどういうものか知ってほしいなというのがあります。
 そういう意味で、裁判官や検察官に、そうした子どもたちがどういう存在で、子どもたちも一人の人間としてどういう気持ちを持ち、虐待を受ければどう混乱し、合理性のない発言もする、しかし、それでも子どもは被害をきちっと訴えることが最終的にはできるんだということを含めて、子どもが一人の人間だという意味での人権教育ですね、これを是非ともしていただきたい。
 その五年間やった最後の検察官に、私は盛んにこういろいろな性虐待被害者のことを書いた本を持っていって、読んでください、読んでくださいって言い続けたんですね。最終的には、分かりましたと、僕は随分洗脳されたんですが、僕の上司を洗脳するのは大変ですって言っていました。
 やっぱり検察庁でも裁判官でも、そうした教育は全く受けてきていなかったというふうにおっしゃっていましたので、そうしたことがこれからの取組として重要だと思います。
#38
○段本幸男君 二点質問をさせていただきたいんですが、まず汐見参考人に、たまり場的な機能というのをおっしゃっていました。私も、この前シンポジウムに行ったときに、虐待している母親は、大半がもうやっちゃいかぬやっちゃいかぬと、よく分かっているけれどもやってしまうとおっしゃった。何かきっかけがあればそういうのはやめるとおっしゃった。そんな意味合いから見れば、非常にこういうふうな形がいいんじゃないかと思うんですが、その同じシンポジウムで、お医者さんの役割を強く言っておられて、例えばどこかの保育所でけがした子どもが出てきたときに、お医者さん持っていくとなかなか虐待と認めてくれない、要するに児童相談所がスタートできない、そういうふうなジレンマを非常に感じているというふうにおっしゃっていました。
 一連、多くの対策を出していただいているんですけれども、お医者さんの役割、あるいはお医者さんそのもの自身が児童虐待に対してどういうふうなかかわりを持っていくべきなのかということをどう考えてどう位置付けていくのか、その辺のお考えをお聞かせ願いたい。これが一点目です。
 二点目は、坪井参考人にお伺いしたいんですが、子どもに対する性的虐待、これは恐らく今非常に増えてきた。それは、情報化社会と言うんですかね、ハイテク産業がどんどんできて、例えば携帯電話が出て、出会い系サイトが出て、そういういろんな背景がすごくあるんじゃないかというような気がするんですけれども、こういう児童買春あるいは一部の法律の一部改正だけでいけるのか。いや、もう抜本的に、二十一世紀社会は変わっているから、その辺をえぐらないとできないのかどうか、お考えあればお聞かせ願いたい。
 以上二点、お伺いいたします。
#39
○参考人(汐見稔幸君) 医者、特に産婦人科医とそれから小児科医の果たす役割というのは、これから大変大きくなってくると私も思っております。
 ただ、どちらの医者にしても、これまで病を持った子どもの治療をするというのが仕事で、そういう教育しか受けてきておりませんから、それを育てている親の心のケアをするということが余り得意でないという方が実際にはかなり多いんですね。子どもがうまく育っていないと、すぐに出てくるのは母親に対する説教になってしまう。心がかなり痛んでいてという状況にいる母親に対して頭ごなしに説教をすると、それがきっかけになって二度と立ち上がれなくなってしまうようなケースもたくさんありまして、実は、医者の育児支援の在り方に対しては、かなり私たちはちょっと引いた形で見ています。熱心なお医者さんの中には、例えば私たちがやっているようなところに来られて、ああ、こういうふうにすればいいんですかというようなことを学んでいかれる方もいるんですが、まだそういう段階です。
 どうしても、何か説教タイプのお医者さんが多いんですね。そうすると、その説教されることに喜びを感じる人もいると思うんですが、実際には、かなり神経質でいる母親にとっては、何というか、傷の上にまた何かされてしまうような感じがありますので、その辺りはこれからいろいろ議論も重ねながら今やっている。実は、若い医者の中に、これからの小児科医は半分は親のキュアじゃなくてケアでなければいけないということに気が付いて、私なんかと一緒に研究会をやっているメンバーも出てきています。
 そういうことを考えますと、将来的にはかなりいい役割分担ができそうな感じがしていますが、今のところはまだ、医者の学会なんかに行きましても、悪いのは母親だという感じの責め方の議論がまだ強いというのが率直なところだと思います。
#40
○参考人(坪井節子君) 性搾取が増加をしてきたか、性虐待が増加をしてきたかということを数字的には私はちょっと言えないと思っています。少なくとも、公になることが多くなったということだと思うんですね。やはり今までの日本の社会の中で恐らくたくさん隠されてきていたというふうに思いますし、そういう意味では、虐待はオープンになるようになってきたというのが一つあると思います、件数が増えたのは。
 それから、性搾取に関しては問題にすらされてこなかった。日本でも性産業というのは非常に大きな巨大産業でありまして、その中で性を売買することは違法などとは考えてこなかったという長い長い性売買への許容をした日本の性風俗文化があったというふうに、これは言えると思います。ですから、その長い売買春の歴史の中で表面にならなかったことが、今やっと人権という視点から新たな光が当てられてきているということが大きいんだろうというふうに思っているのです。
 確かに、おっしゃるように、情報産業、情報の洪水の中でその情報を得て、自分だけじゃなかったんだ、こういうことをやって怖くないと思う人が増えたということもあると思うんです、一点では。ただ私は、やはりこれを抜本的な改革という意味で、例えば情報コントロールというような形で進むのは大変危険だなというふうに思うのです。
 それよりは、性というものがオープンにもっと語られる、一人一人のプライベートの性を語れというのではなくて、性というものがどれほど人間の人権として、尊厳として大切なものなのか、それが売買ということを本当にしていいものなのかどうか、それを傷付けることがどれほど深い人間としての尊厳を傷付けるものかということがもっとオープンに語られるという、やはりそういう人権としての性の位置付けをこの二十一世紀の社会の中に位置付けていける、それこそ抜本的な改革になるという意味で考えたいなと思っています。
#41
○清水嘉与子君 まず、汐見参考人にお伺いしたいと思いますけれども、大変すばらしい御提案をいただきましたけれども、一つ、育児支援士という新しい形が出てまいりました。これのイメージがちょっとまだ分かり切らないんですけれども、これはいわゆるボランティアなのでしょうか。保健婦とか助産婦の活躍を大分評価してくだすったわけですけれども、こういう人たちは、公的な資格を持ったりあるいは開業したりして働いているわけですね。じゃ、この育児支援士というのはどういう感じの人なのかをちょっともう少し教えていただきたいと思います。
 それから、徳永参考人には、保健婦として働いておられた経験が大変すばらしいものがあったというふうに思いますけれども、実際にすばらしいその制度ができていても、そこに来ない人が、受診をしない人が結構いるんじゃないかと。そういう中にこそ問題のある人がいないのかなという、それをどういうふうにして把握していらっしゃるのか。そしてそれを、その中からどういう問題を出しているのかというようなことをもしやっていたらお伺いしたいということ。
 それから、保健師さんたち、保健婦さんたちが確かにすばらしい仕事をしておりますけれども、実際にはいろんな仕事が保健所から市町村に流れ、母子だ、老人だ、もう今は精神まで行っちゃって、もうすごい仕事になっちゃっているわけでして、とてもこれだけでは対応できないと思うんですね。そうしますと、私は、問題の起きているのを保健婦が見付けるのはいいんですけれども、やはりあとはもう少し違った資源を使わなきゃいけないんじゃないか、その場合に、保健師の場合にはかなり地域の住民の方々を活用していると思いますけれども、その辺はどうなのかということ。
 もう一つは、保健婦、保健師というのはみんな公的な性格で、保健所とか市町村で働いております。ところが、徳永さんのを見ますと、家族問題相談室ということをしていらっしゃるわけで、保健婦もいよいよ開業するような時代になってきたのかなと思って大変勇気がわくわけですけれども、こういった方々がどんどん出てきて、そしてお仕事するようになればもっと人材は活用できるんじゃないかと思いますけれども、その辺の可能性を少し教えていただけたらというふうに思います。
 それから、坪井参考人には、一番最初のときに、虐待と少年犯罪を分けてしまってはいけないと、一緒に考えなきゃいけないということで、子どもの問題を考えるときに縦割り行政の弊害をおっしゃいました。そこでの何か核となる省庁をというふうなことをおっしゃったかと思いますけれども、一体どんなことを考えていらっしゃるのか、少し具体的にあったら教えていただきたいと思います。
 以上、お願いいたします。
#42
○参考人(汐見稔幸君) まだこなれない言葉でもっと考えなきゃいけませんが、育児支援士というのを提案しているんですが、具体的には私は今三つぐらいのレベルの支援士を考えておりまして、かなり高いレベルになりますと、一年以上にわたって綿密な講義を受け、そして現場に行き、そして実際に体験もするということをこなした上できちんとテストもしてオーケーというのを出すというレベルから、一か月ぐらいの短期の講座でパスをしたらというふうなレベルまでちょっと今考えているんですが。
 例えば、子育て支援センターの中に相談機能というのが私は大事だと思っているんですが、その相談が、例えば虐待を自分はしているというふうな自覚を持っていて、しかしなかなか言い出せないと、しかし、この人ならば少し相談できそうかなという雰囲気を漂わせている人がいるということが非常に大事なわけですね。そのときに、ちょっと行ったときに、まあその程度はみんなあるんだからというふうな感じで非常に上手に接してくれるためにはそれなりの訓練を受けていなきゃいけないわけですね。だから、そういう意味ではカウンセラー的な訓練も受けていかなきゃいけない。ところが、カウンセリングだけしていたらいいかというと、実はしょっちゅう見に行ったりするソーシャルワーカー的な機能もやっぱり持っていなきゃいけないという、そういうちょっと従来の職種とは違う能力を持った人でなきゃいけない。
 それから、例えば絵本なんか何を読ませたらいいんですかと言ったときに、ああ、それだったらこういうのがあるということについての知識も持っていなきゃいけないということで、やっぱり新しい育児のいろんな問題についての、すべてはプロではないかもしれないけれども、ある程度のことについてはサジェスチョンもできるしサポートもできるし相談もできるというような人たちが社会にたくさん配置されなければうまくいかないんじゃないかということで、例えば、子育て支援センターにいる相談役の人が子育て支援士という資格を持った人であるというふうな形で考えているわけです。
 例えば既に、私は朝日カルチャーセンターというところでそういう名前の打った講座をやっているんですが、例えば行政の中で子育て支援課というのができていますね、そこの担当者が何をしたらいいか分からないからということでたくさん来ておられます。それから保育士さんの中で、これから保育園の子育て支援をどうしたらいいのかということで来ておられる。それから、これまで園長だったけれども、退職したので何か地域でやりたいというふうな方で来ておられる方がいる。そういう方は多分、その資格が別に公的なものじゃありませんから、受けたからといって何か公的な仕事に就くんじゃなくて、多分ボランティア的にやられる方が多いと思うんですが、ただ、そういう一応しっかりした訓練を受けたというあかしがこれからあった方がいいんじゃないかと思ってこういう提案をしているだけです。
#43
○参考人(徳永雅子君) 未受診児の把握ですが、三、四か月健診と一歳半と三歳児健診を公的機関でやっているんですが、その中でやはり未受診児が一割から二割ぐらいは出ますので、どうしているかということは、例えば電話で情報を取ることをする、あるいは全く何の情報も分からない人は訪問をしてみるというようなやり方で把握は一応しています。
 未受診児の中で一番虐待につながりやすい年齢と言いますのは、やはり一歳半ごろになると親もちょっと手が掛かって育てにくくなるので、一歳半のやっぱり未受診児をきちんと調査といいますか、追跡してみて、その中から何人か虐待例が発見されたという県もあります。私どもの勤めていた保健福祉センターでも、未受診児に訪問してみてネグレクトが発見されたというのもありますので、やはり未受診児をどうするかということは虐待の発見としては大事なところではないかなと思います。
 それから、保健婦はいろんな分野でいろんな仕事をしていて、何ができるのかも、本当に浅く薄くというような状況になっているんですが、やっぱり母子保健をもう一度見直して、母子保健で予防活動をしっかりするという人材を育てていくと。そしてこの分野をやはり専門的に、専門性を持たせる位置付けをした方がいいのではないかなと思うんですね。
 大体、これまで母子保健というのは軽視されていまして、新人が母子保健を担当するというような保健センターの仕組みになっていましたので、今のお母さん方が抱えている不安に対応できるような専門職ではないんではないかと思うわけですね。ですから、もう少しベテランで、専門性を持たせて、位置付けをきちんとしていくとやる気が出るんではないかなと思います。
 高齢者の方に、先ほども言いましたが、ベテランが配属されていると。これが非常に今の地域保健活動をやりにくくしているところで、職場のOJTができなくなっているんですね。ですから、先輩に助言も求められないでばたばたした動きになっていて、少し今のやり方では問題があるのではないかなと思います。もう少しその辺の仕組みをきちんと打ち出していった方がいいんじゃないかなと思います。
 以上です。
#44
○参考人(坪井節子君) 子どもの問題というものをやっていますと、いつも自分たちがマイナーな存在なんだというようなことを痛感をさせられてしまうのですが、本当にこの社会の未来を考えるときに、子どもの問題というのはやはり一番大きな柱の一つなんではないかという位置付けができないんだろうか、それは立法、行政あらゆる場面においてそうなんではないかという、まずそういう子どもの問題を最優先に考えることこそ、この社会の未来を考えるという発想ができるかどうかに掛かってくると思っているんです。
 その上で、その子どもたちの問題を縦割り行政的に側面的に考えるのではなくて、骨太に子どもの問題がきちっと対応できる省が欲しい。それを子ども省と言うのか、それはよく分かりませんけれども、そうしたものがあればなと。
 例えば具体的に言いますと、子どもの権利条約の国連に対する報告書を書くためとか、それから、このたびの商業的性的搾取の根絶のための国内行動計画を作るためということで、日本でも関連省庁、外務省、厚生省、文部省、法務省それから警察庁、そうした関連省庁が省庁連絡協議会のようなのを作って、そのプロジェクトのために協力をしていろいろな書面を作ってこられていますね。そうした、何かのために子どもの問題で横つなぎで行われる、で、終わるとまたばらばらになってしまうというのではなくて、恒常的に、そうした各方面の人たちが常に子どもの問題を多角的に考えて施策を考えていけるというようなシステムが欲しいというふうな意味で申し上げております。
#45
○有村治子君 自民党の有村です。
 今日は、貴重なお話をありがとうございます。
 三参考人に同じ質問をさせていただきたいと思います。
 先生方、児童虐待の被害者を一人でも少なくするためには、虐待をした方の人々に刑罰を重くするということが効果が上がると思っていらっしゃるのか、それともそういうのは意味がないと思っていらっしゃるのか、個人的な御経験に基づくコメントをいただければと思います。
 海外からは、麻薬とか殺人とか強姦罪に対して日本よりもはるかに重い刑を科しているところでは、重くなるからということで、厳罰が犯罪を犯す抑止力になっているというようなケースも聞こえてきます。例えば、極刑とか死刑というのをなくすと、技術的には、百人殺しても自分は殺されずに、死刑にならずに死ぬまで三食の食事を税金によって食べさせてもらえるんじゃないかというふうに思ってくるような人も現れるというようなことも指摘されるんですが、この児童虐待というケースに関して、刑罰を厳罰化、刑罰を重くする、厳罰化するというのが意味があるのかないのか、ちょっと教えていただければと思います。
#46
○参考人(汐見稔幸君) 実は、虐待をしてしまうその親、保護者の方にも、例えば自分も同じように育てられたケースというのはかなり高いという現実がございます。それから、現代の社会の中では、専業主婦で条件に恵まれているにもかかわらず虐待するということは、個人原因じゃなくて社会原因で、いつ、だれがやってもおかしくないような状況があるということを考えますと、厳罰をしくだけでこのことがかなり解決されるというふうには私は簡単にはいかないだろうと思っています。
 ただし、子どもの人権ということを考えた場合に、そういうことをするということは最も許されないことであるということについての認識を高めるために罰を厳しくするということはあっていいと思うのですが、その場合も、やってしまった親、保護者の方のその後のケアだとかフォローアップの方、それをもう少しきっちりやる。例えばアメリカなんかに比べたら、はるかに日本はそこは後れているわけですね。そして、やっと自分が虐待したということを認めた後に、自分を初めて客観的に見られるようになって自分を取り戻すというようなことがアメリカなんかではかなりあるわけです。
 そういうことが全然準備されていない段階で、罰だけを厳しくするというふうにしても、私は余りうまくいかない、それはセットで考えるべきだと思います。
#47
○参考人(徳永雅子君) 私も刑罰を重くするだけではいいとは思えません。虐待している親は、やはりその親から虐待を受けてきて、そのまま何のケアも受けないで一生懸命子育てしようと、家族を持とうと思ってきた人たちが多いわけですね。ですから、やはり司法モデルだけでは対応できないんではないかと。司法モデルと治療モデルがあると思うんですが、治療モデルにやっぱり変えていくような仕組みにしないといけないと思います。
 できれば、刑務所の中に入ったら、その中でグループミーティングなどもあるようなセラピーが受けられるといいのではないかなと思いますが。
#48
○参考人(坪井節子君) 私は、やはり同じですが、重罰化自体が犯罪を減らすというふうには思っていません。犯罪を犯す瞬間に、この刑罰は二年なんだか五年なんだかということを考えて思いとどまるという人は余りいないんですね。そのときにはもうそういうことは考えていないというのが犯罪を犯す人が一線を越えるときの思いです。
 それよりは、もし法律がきちっとあるのであれば軽くてもいいんです、刑罰は、とにかく執行をきちんとするということだというふうに思っているんですね。それが犯罪であるのなら、この人は罰せられるけれども何であの人は罰せられないのというのではなくて、きちっとそれは犯罪だということが徹底してきちんとされるということが重要ではあるけれども、重罰化ということで防止はできないだろうというふうに思っております。
 それから、現在の法律を重くするというよりは、今、例えば子ども買春禁止法があるのであれば、それがどうしてこんなにたくさんお目こぼしのままなのかということの方が重要であるんじゃないかなというふうに思っております。
#49
○田嶋陽子君 ペドファイル、小児性愛者についてお伺いします。汐見さんと坪井さん、よろしくお願いします。
 坪井さんは、特に日本人の小児性愛者、ペドファイルが海外で買春をしているその担当弁護士さんでもいらっしゃいますけれども、NGOの国際ECPATのロン・オグレディさんは「アジアの子どもと買春」という本の中で、典型的な小児性愛者というのは専門的な職業を持つ中年男性であるというようなことを言っているわけですね。もちろんすべてというわけではないですけれども、その中にそういう人たちが多いということで、特に、医者は小児科医の医者、それから教師、ソーシャルワーカー、宗教関係者、いずれもこの人たちは子どもたちを救う立場にある人たちですが、その人たちが小児性愛者だということで性的虐待をする可能性があるということですね。ボーイスカウトとか少年聖歌隊とか、最近も司祭さんが少年聖歌隊の少年を虐待していたということがニュースになりましたけれども、例えば、YMCAの子どもに関連した地域活動に参加している大人がそういうことをするということで、こういう人を教える立場、道徳的にしっかりしていないといけない人たちが就く職業に小児性愛者が多いということは本当に、さっき血で血を洗うという言葉を出しましたが、すべての職員がそうであるということではもちろんないんですけれども、児童福祉施設にもそういうペドファイルが、目的として入るかどうかは別として、現にいるということをどんなふうに考えていらっしゃるのか、それに対する対応策は日本ではどうなのか、あるいは外国で知っていらっしゃる対応策など、また御自身の御意見をお伺いしたいんですけれども、お願いします。
#50
○参考人(坪井節子君) 私どもが当たった例でも、例えば外交官であったり、それから大学の助教授でして、それから小児科医を名のっている人、向こうでは小児科のお医者さんで通っていた人とか、ソーシャルワーカー的な人もいます。そういう意味で、おっしゃるとおり現実は、そういう人たちの中にペドファイルが多いかどうかは分かりませんが、いないことはないというのは実感です。
 非常に難しいと思っているんですが、なぜペドファイルになるのかというのも、これも今はまだ研究途上で、生来のやはりそういう人たちもいれば、自分ではそうではなかったんだけれども体験を重ねるうちにそちらにのめり込んでいった人もいるというようなことで、様々なこの治療法を今から考えなければいけないという状況だそうです。
 その意味で、私がすぐにここで解答は申し上げられないんですが、一つには、やはりホモセクシュアルということに関してが特にどうなんだろうかという問題を考えていく。それから、異性愛者であったとしても、とにかくホモセクシュアルであれ異性愛者であれ、そうしたものは別にマイノリティーとしてさげすまれるべきではないんだ、ただ、子どもに対してそういうことをすることが許されないのだというようなやはり社会内の意識を作っていかなければならないのかなというふうにまず思いますね。
 やはり、子どもの人権ということで、性侵害をされることの、子どもたちの被害の大きさというのを多くの人に知ってもらう。それ以上その人の嗜好性というものに関して踏み込んで、例えば就職の採用のときにどうこうするなんというのはとても難しいことだというふうに思うのです。それから、やはりそれを現場の教育の中で子どもの人権教育というものをしていくしかちょっと私も今、治療方法が見出せないというような状況です。
#51
○参考人(汐見稔幸君) 率直に言って、なかなかというか大変難しい問題なんで、私はちょっとまだ判断ができないところがあります。
 今、坪井参考人もおっしゃっていましたけれども、歴史的に見たらホモセクシュアル、当然長い歴史があるわけで、それから小児性愛者も古代ギリシャからずっとあって、それは病的な性格だというふうに判断できるのかということになりますと、性的な関係というのは多様であったというふうな分析も実はあるわけですから、その辺のまず判断が私にはまだちょっとし切れないところがある。
 ただ、いずれであったとしても、子どもとの、例えば合意を全く抜きに、あるいは商売的な関係でそういう関係を強制するということに対しては、これは最大の人権侵害だと思いますので、それは私はかなり厳しい対応をしなければいけないというふうには思っていますが、ただ、そういうふうになる人の、何というか、精神というのがある種のやはり問題を抱えているということであれば、同時に治療的なプログラムということを併せて開発するというか、研究するということなしに断定するということはなかなか難しいので、私は、個人的にはちょっとまだ十分な判断ができないような状況でいます。
#52
○高橋紀世子君 私、汐見さんの文章を読んでいまして、今、子どもたちが、中間がなくて左か右、それから良いか悪いかというような傾向があると書いてあったんですけれども、私、本当にそうだと思って、そして、今の、大変危険なことだと思うんですね。
 私が思ったのは、自分も子どもを三人育てましたけれども、やはり私たちが育ったときと違って大変教育産業が繁盛していますから、右か左か決めさせる、間がどう思っているか、これはどう思っているかじゃなくて答えを出せと。それから、感想文なんかでも、どういう感想を持ったじゃなくて十五文字で書けと。
 だから、何しろ画一的に決めて、中間にあることを、意味、例えばこの答えになる、こういうふうになるということのプロセスなんかが余り深く探られていないとちょっと思ったりするんですけれども、汐見さんはどう思っていらっしゃるでしょうか。
#53
○参考人(汐見稔幸君) 様々な原因があって、先ほど少し申しましたが、それから、日本で塾等々で行われているような教育が、とにかく正しい答えは一つであり、それにできるだけ早く近付くという練習をするという、そういう体質があるということがそれに輪を掛けて助長しているということは正にそのとおりだと思います。例えば、五足す三は幾らというのが日本の教育だとしたら、箱足す箱は八、この中に何入れるという教育もあるわけですね。
 私、実は今月の初めまでちょっとバングラデシュにしばらくいたんですが、そこでバウルという歌人たちを追い掛けていたんですが、その弟子たちの養成の仕方を見ていて大変感心したのですが、例えば、ある刺激の、ちょっとした最初に線をかく、この後自分で好きなようにかいてごらんというような絵のかき方を一杯させるんですね。それはもう本当に想像力の養成としてはなるほどなと思って、それから、最初にちょっと演奏すると、後自分でしてごらんという、そういう教育が幼時からされているわけですよ。大変詩人を愛する国なんですけれども。
 教育の仕方というのが実に多様に本当はあるのに、私たちは、どうも答えが一つで、できるだけそこに早くたどり着くような競争をしてきたということに何か今行き詰まりを感じ始めているんじゃないかと思います。ですから、おっしゃるとおり、これからの教育の中身を、プロセスをもっと充実するような、そういう教育に変えていくということは大変大事になっていると私は思っております。
#54
○会長(小野清子君) 質疑も尽きないようでございますけれども、予定の時間も参りましたので、以上で参考人に対する質疑は終了いたします。
 参考人の方々には、長時間にわたりまして大変貴重で有意義な御意見をお述べをいただきまして、誠にありがとうございました。ただいまお述べをいただきました御発言につきましては、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会をいたします。
   午後四時散会
ソース: 国立国会図書館
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