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2002/03/06 第154回国会 参議院 参議院会議録情報 第154回国会 国民生活・経済に関する調査会 第3号
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2002/03/06 第154回国会 参議院

参議院会議録情報 第154回国会 国民生活・経済に関する調査会 第3号

#1
第154回国会 国民生活・経済に関する調査会 第3号
平成十四年三月六日(水曜日)
   午後一時二分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         勝木 健司君
    理 事
                魚住 汎英君
                北岡 秀二君
                鶴保 庸介君
                内藤 正光君
                日笠 勝之君
                西山登紀子君
                島袋 宗康君
    委 員
                太田 豊秋君
                加治屋義人君
                小斉平敏文君
                山東 昭子君
                伊達 忠一君
                中島 啓雄君
                藤井 基之君
                松山 政司君
                朝日 俊弘君
                榛葉賀津也君
                辻  泰弘君
                本田 良一君
                松 あきら君
                畑野 君枝君
                森 ゆうこ君
                山本 正和君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        村松  帝君
   参考人
       上智大学文学部
       社会福祉学科教
       授        山崎 泰彦君
       慶應義塾大学商
       学部教授     城戸 喜子君
       埼玉大学名誉教
       授        暉峻 淑子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国民生活・経済に関する調査
 (「真に豊かな社会の構築」のうち、国民生活
 の変化に応じた社会保障制度の在り方について
 )
 (派遣委員の報告)

    ─────────────
#2
○会長(勝木健司君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。
 国民生活・経済に関する調査を議題とし、「真に豊かな社会の構築」のうち、国民生活の変化に応じた社会保障制度の在り方について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、上智大学文学部社会福祉学科教授山崎泰彦君、慶應義塾大学商学部教授城戸喜子君及び埼玉大学名誉教授暉峻淑子君に御出席をいただき、御意見を承ることといたします。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人の皆様におかれましては、御多用のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております「真に豊かな社会の構築」のうち、国民生活の変化に応じた社会保障制度の在り方につきまして忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず山崎参考人、城戸参考人、暉峻参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただきました後、二時間半程度、午後四時三十分までの間、各委員の皆様からの質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。
 この質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行いたいと存じます。
 また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくようお願いいたします。
 なお、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、山崎参考人からお願いいたします。
#3
○参考人(山崎泰彦君) 本日は、本調査会にお招きいただきましてありがとうございます。心からお礼申し上げます。
 後で質疑にお答えする時間が十分にあるということでございますので、お手元のレジュメに沿って、要点のみお話しさせていただきます。
 第一点は、高齢者や女性の雇用を促進し、次世代の育成を支援することによって、支え手を増やすという視点が大事だというふうに思います。
 これは総合的な施策が必要になりますが、社会保障政策としてこれにどうかかわり得るかという点で私見を述べさせていただきます。
 高齢者や女性の雇用に関しましては、現在の社会保障制度に内在する雇用抑制的な要素を解消し、雇用に対して中立的ないし促進的な制度に改める必要があると考えております。
 高齢者の雇用につきましては、事業主の年金保険料負担を企業の雇用貢献度に応じたメリット制に改めるべきだと考えております。企業が高齢者、この場合には六十歳以上七十歳未満ということになりますが、その高齢者を雇用すれば、給与の水準によって年金額の全額または一部が支給停止されますから、年金財政に貢献することになります。しかし、現行制度ですと、保険料負担は高齢者を雇用すると否とにかかわらず同じでございますから、企業の貢献度が年金制度上は評価されていないということになります。企業の雇用貢献度に応じて事業主の保険料負担を増減させ、雇用を促進する機能を組み込むべきだと考えております。
 女性の雇用につきましては、税制や社会保険における専業主婦に対する保護的な扱いが雇用の拡大を阻害しているということがしばしば指摘されているわけでございます。
 昨年十二月の女性と年金に関する検討会の報告書では、短時間労働者への適用拡大により、第三号被保険者の範囲を縮小する方向が提案されています。しかし、第三号被保険者制度それ自体の見直しにつきましては、六つの案に分かれ、引き続き検討課題とされています。
 私自身は、世帯の所得は夫婦で共同で獲得したものとみなし、夫婦の所得を合算した上でその二分の一を夫と妻に帰属させ、それぞれが個人単位で保険料を納付し、個人単位で年金権を取得する、いわゆる所得分割方式による個人単位化が最も合理的だと考えています。当然に医療保険も同じような扱いにして、税制もいわゆる二分二乗方式にすべきだと考えております。
 この案の最大のメリットは、専業主婦であっても社会保険や税制面では自立した個人として扱われ、就業阻害的な要因が解消されるということであります。
 次世代の育成支援に関しましては、今後の社会保障の最大の課題で、育児の社会化という観点から本格的な施策が必要だと考えます。我が国では、老後の保障につきましては、年金、医療、介護ともに大きく社会化を進め、いずれも現役世代が財源のかなりの部分を支える世代間扶養の色彩が強まってきています。この世代間扶養は、次世代が継続して安定的に生まれ育たなければ成り立ちません。老後保障の社会化を維持するには、並行して育児の社会化を進める必要があり、少なくとも育児の価値をきちんと評価するということが必要だと思います。
 社会保障での育児支援の施策には、大きく分けて二つあります。一つは、福祉制度によるもので、児童手当や保育サービスがこれに該当します。いずれも事前の本人の拠出を要件とせず、低所得者に重点を置いた選別的な給付であります。
 もう一つは、社会保険制度によるもので、所得を要件としない普遍的な給付であります。具体的には、医療保険の出産育児一時金、健康保険の出産手当金、育児休業期間中の社会保険料免除、それに雇用保険の育児休業給付があります。
 このように、福祉制度と社会保険制度が併存している状況は、介護保険制度導入前の介護に類似していますが、どの子も次代を担う社会の子だと考えますと、普遍的な支援を基本にすべきだと考えています。
 その場合、介護の社会化がそうであったように、我が国で本格的な育児の社会化を進める上では、社会保険の仕組みを活用して施策を一元化し、事業の拡大を図るのが現実的な対応だと考えています。福祉制度では、財源の性格上から普遍化が難しく、本人負担を欠くため、参加意識、連帯意識も醸成されにくいなど、施策の発展性が乏しいからであります。
 第二点は、高齢世代の負担を適正化し、世代間の公平を確保することであります。
 今日の高齢者は、一般的には決して経済的弱者ではありません。高齢世代は、収入面では現役世代に比べて遜色がなく、預貯金や住宅等の資産保有では現役世代よりも恵まれています。その結果、平成十二年の国民生活基礎調査によれば、世帯主の年齢別に見た生活意識で、「苦しい」とする者は、六十歳未満ではすべての年齢層で五〇%を超えています。特に、四十歳代が「苦しい」とする者が多くなっています。それに対して、六十歳以上の年齢層では「苦しい」とする者が五〇%をやや下回っています。
 今後の課題は、医療や介護でも、利用者負担として定率一割から二割程度の負担を求めることと、病院での長期入院や介護施設に入院、入所した場合の部屋代、食費等、ホテルコスト分の応分の負担を求めるべきだと考えています。現状では、厚生年金や共済年金の受給者とかその遺族年金の受給者では、長期に入院、入所して年金がたまるという給付の重複があります。
 また、医療保険での高齢者の保険料負担も見直しが必要です。医療保険の被扶養認定の収入基準は原則百三十万円未満ですが、六十歳以上の高齢者と障害者は百八十万円未満とされています。そのため、年金を含めて月収十五万円近い収入がありながら子供の健康保険の被扶養者となり、保険料を負担しないで医療を受けている人たちが相当あります。国民健康保険や介護保険では、たとえわずかな年金収入の人であっても個人単位で応分の保険料負担をしているわけで、大きな不公平があります。これは、高齢者医療制度の見直しに当たっても大きな課題だと考えます。
 さらに、高齢者優遇税制の見直しも課題になります。夫婦二人世帯の所得税の課税最低限は、給与所得者が二百二十万円であるのに対して、六十五歳以上の公的年金受給者で配偶者が七十歳以上であれば三百五十四万円となっています。住民税でも同様に、給与所得者が百九十五万円に対して公的年金受給者は三百二十三万円という格差があります。これは、公的年金等控除、老年者控除という給与所得控除を上回る優遇税制によるものであります。その結果、六十五歳以上の高齢者の七四%は住民税非課税の低所得者とされ、しばしば保険料や利用者負担の軽減対象になっています。給与所得であれ年金所得であれ、同じ所得には同じ税、社会保険料負担という仕組みに改めるべきだと考えます。
 第三点は、制度の枠組みの見直しです。
 我が国の近年の改革論議で、基礎年金を始めとして高齢者医療や介護でも税で財源を賄う税方式の主張が高まっていますが、私は、先進主要国の社会保障がすべてそうであるように、我が国でも社会保険を基本に置いた社会保障の発展を図るべきだと考えています。
 社会保険方式のメリットは多々ありますが、一点だけ申し上げますと、社会保険料を理由なく滞納した者には給付制限があることと、それゆえに拠出意欲を確保できることであります。一方、税方式では、租税負担と社会保障給付の間の個別的な関係が断ち切られていますから、たとえ社会保障財源に充てるとはいっても、負担増について合意を得ることは非常に難しいのが現実であります。
 実際に、我が国では、租税財源の社会保障給付には、現金給付であれば所得制限、医療や福祉サービスであれば所得に応じた費用徴収があります。税方式に改めた場合、いわゆる弱者に対して重点的に給付を行うという選別的、救貧的給付にならざるを得ないように思います。それを防ぎ、普遍的給付を基本にして社会保障の発展を図るには、基本を社会保険に置く必要があると考えています。その場合の前提になるのは、社会保険料の徴収強化であります。
 国民年金だけでなく、最近では厚生年金までもが空洞化問題が指摘されています。保険料を納めるべき人や企業が負担を逃れていること、それに対して効果的な対策を講じていないことが国民の不信感を高め、社会保障に対する信頼を低下させているように思います。
 なお、国庫負担等の公費負担については、一律に配分するよりも、財政基盤の弱い制度への助成、低所得者の負担軽減あるいは介護や育児支援などの二十一世紀の社会保障の重点課題とされている分野に重点的、効率的な配分を行うべきだと考えます。
 以下、社会保険方式を維持することを前提に、社会保険の個別分野の主要課題について申し述べます。
 年金保険につきましては、平成十六年の改正に向けて社会保障審議会年金部会での検討が始まったばかりですが、最大の課題は、私は、次世代の育成支援事業の創設だと考えています。
 具体的には、全国民共通の基礎年金の事業の中に新たに次世代育成支援事業を創設し、出産関連給付、保育サービス、児童手当、それに埼玉県立大学の宮武教授が提唱されています積立金を活用した奨学金制度を設けて、次世代の育成を積極的に支援すべきだと考えています。社会保険の事業ですから、当然に所得制限はありません。財源は、現役世代が負担する子育て負担金と国庫負担です。
 介護保険のように新たに育児支援のための育児保険を創設するということも考えられますが、純粋に順送りの世代間扶養の仕組みになっています基礎年金の中にこういった事業を組み込むのが最も理解を得やすいし、若い世代の年金への加入促進にもなると考えています。
 介護保険につきましては、施行後五年を目途に見直すこととされていますが、その際には、法制定過程からの懸案事項がテーマになるように思います。
 四十歳以上六十五歳未満とされている第二号被保険者の範囲につきましては、二十歳まで年齢を下げて、支える世代を拡大するというのが第一点だと思います。そして、老化に起因する特定疾患に伴う要介護者等に限定されている第二号被保険者の給付対象を一般の障害にまで拡大すべきだと考えています。そしてさらに、家族介護を評価する観点から、ドイツと同じように、現物給付を補完する現金給付を導入すべきだと考えています。
 医療保険につきましては抜本改革が叫ばれています。
 抜本改革が何を意味するのかはよく分かりませんが、医療保険制度の枠組みの改革につきましては、高齢者医療制度改革が最大のテーマになっています。審議会でこれまでに集約された改革論は四つに分かれ、容易に合意できるとは思えませんが、手掛かりは、高齢者医療に隣接する介護保険にあると思います。
 介護保険の最大の価値は、市民運動を含む幅広い国民的支持を得て、国政レベルでも、野党第一党の民主党までもが推進勢力になり創設されたということにあります。今もこの支持者の広がりは変わりはないと思っております。だとすれば、この介護保険と類似の仕組みで高齢者医療制度を仕組むのが最も合意が得やすいのではないかというふうに考えております。すなわち、市町村を保険者として、高齢者の一人一人を被保険者として応分の保険料の負担を求め、これに現役世代の保険料負担と公費負担を加えて財政運営をすることであります。
 また、制度的にも、高齢者医療と介護保険の整合性を図ることが必要になっています。医療保険制度から見た介護保険制度の一番の意義は、医療で抱えていた介護部分が介護保険に移行することによって医療が身軽になることにあったはずであります。しかし現実には、介護保険を推進する人たちの間にはそれを歓迎しない雰囲気があります。
 端的な例は、療養型の医療施設の介護保険への参入であります。療養型の参入が進めば介護保険料が高くなるからであります。こうして、介護報酬の設定等を通して療養型の医療施設の参入が抑制され、予定の六割程度しか介護保険施設の指定を受けておりません。医療保険の赤字と介護保険の黒字が今併存している状況であります。マクロ的に見れば、医療保険で引き受けるか介護保険で引き受けるかの違いであって、国民の負担であることには変わりはないはずであります。
 これは一つの例にすぎませんが、要するに、両者の整合性がないがために負担を押し付け合っている関係になっているということが決定的な問題だと考えています。
 最後に、医療保険制度改革の論点となっています政府管掌健康保険の在り方について述べます。
 医療保険制度改革論の中に全制度の統合一本化という主張があります。その主張が正しいとすれば、それに一番近い医療保険制度は政管健保だということになります。中小企業の労働者が全国レベルでリスクを分散し、助け合う医療保険制度だからであります。年金制度ではこれが正しい主張だと思います。
 しかし、年金と違って、医療には地域性があります。医療費にこれだけの大きな地域差がありながら同一保険料ということでは公平性が確保されません。むしろ、負担と受益の関係で見た公平性の観点からすれば、市町村国保の方が望ましい形態ではないでしょうか。
 政管健保の最大の問題点は、全国一本の制度であるがために、保険者である社会保険庁が地域の医療の在り方に関心を持たないで済んでいるということであります。かといって、政管健保を例えば都道府県単位のように地域単位に分割するべきだとは必ずしも考えておりません。現在のように全国一本の保険者であっても、地域ごとの実質的な医療費の高低が保険料に反映する仕組みにすればよいのではないかと考えています。
 ヒントになりますのは労災保険であります。労災保険は、全国一本の単一の制度でありますが、保険料率は業種ごとに、さらに事業所ごとに、過去の災害発生率に応じて異なっています。したがって、個別企業ごとに災害の発生を防止しようという努力を促す仕組みが組み込まれているわけでございます。政管健保もそのような仕組みにすればよいのではないかと考えています。
 以上が、私が特に申し上げたいことでございます。
 御清聴ありがとうございました。
#4
○会長(勝木健司君) ありがとうございました。
 次に、城戸参考人にお願いいたします。
#5
○参考人(城戸喜子君) 山崎参考人のお話が非常に実際的にどこから改革に着手したらいいかというようなお話であったと思うんですが、私は、少し経済情勢とか社会情勢がどのように変わってきたかと、社会保障とのかかわりの部分をお話ししたいと思います。
 こんなにたくさんその二十分の間に話せるかとお思いになるでしょうけれども、一、二の部分は簡単に済ませたいと思います。
 私が、なぜ一の話を持ち出しているかといいますと、一つは、やっぱり社会保障制度というのができてきた過程というのは第二次産業が普及してきた時期、工業化過程で未熟練筋肉労働者が大量発生したと、供給過剰であって、その人たちの労働条件とか生活条件を守る必要があったというところから出てきたと。しかしながら、そのときに、重労働、長時間労働、瞬発力の必要と、それから雇用機会が余りない、資本蓄積が余りないところだったものですから、女性がそこから、雇用からはじき出されるというようなところがありまして、性別役割分担と社会保障の成立というのが同時に進行してきたんだということを特に申し上げたかったわけです。
 時計文字のTの中のその一はそういうことで終わらせていただきまして、それから二番の方の「脱工業化社会の到来と経済の成熟化」というところは、要するにブルーカラーの比重はもう低下してきていると。それから、サービス産業の比重が増大してきまして、女性の就労がしやすくなったとか、雇用形態が、就労形態が非常に多様化してきたということですね。正規労働者中心の社会保障、社会保険ではやっていけなくなっているということを特にお話ししたかったと。
 それからもう一つは、やっぱり賃金・給与体系というのが年功序列型生活給から仕事給、それから能力給の方に変わってきているということを受けまして、短時間労働者とそれからフルタイム労働者の時間当たり賃金をそろえていくと。そこら辺のところから出発しないと、社会保障の枠内だけで問題は解決しないんじゃないかというお話をしたかったためにアラビア数字の二を書かせていただきました。
 それから、時計文字のUのところなんですが、「生活水準の上昇と疾病構造の変化」というのは、これはもう皆さんよく御承知のことだと思うんですけれども、要するに、所得水準が上がってきて、後で年金制度のお話と絡むんですけれども、今非常に失業が、失業率が高くなって、失業者が増えていると、それから若年失業者も多いというような状況にありますけれども、全般的に見ますと、敗戦後すぐの状況に比べますれば、老後の生活にある程度備えられるんじゃないかというようなことを考えておく必要があるということです。
 それから、疾病構造の変化というのは、もちろん生活習慣病とか成人病が中心になってきているということだけを申し上げればいいと思うんです。
 それから、「少子・長寿化と世帯形態の多様化」というのは、これは家族機能が低下してきているということと同時に、世帯形態の多様化というのは、この間、女性の年金の在り方に関する懇談会というのが、共働き世帯をモデル、標準世帯にした年金の給付水準をちゃんと提示しろというようなことを言っておりましたけれども、まあ共働き世帯が増えてくることは間違いないと。しかしながら、生涯未婚率というのを見ていますと、男性の場合には一九九五年の国勢調査で既に一割近くまで行っているんですね。そういうことを考えますと、女性の結婚した人も一人残される、遺族になるということだとか、それから女性の生涯単身者とかあるいは離婚者とかいうことを考えますと、世帯形態が多様化してきている中で、夫婦二人そろった世帯だけを標準にして考えていいのかということを私は述べたいと思ってここに書かせていただきました。
 それから、三番目の「家族機能の低下と社会保障制度の重点領域の変化」といいますのは、これは社会保障制度自体の歴史的な発展を見てきますと、まずどうしても所得保障というのが先立ちます。それと同時に、公衆衛生から医療保障というのがだんだんに形成されていくと。で、最後に残るのは何かと申しますと、先ほど申し上げました家族機能の低下であります育児とか介護に対するサービスが未整備だということが残るわけですね。これは一九八四年にILOが二十一世紀への社会保障という提言を出しましたけれども、その中で、二十一世紀は社会サービス中心の社会保障になるというようなことを提言しておりまして、先ほど山崎参考人の方から次世代育成の問題が出ましたけれども、それを含めまして家族へのサポートということが非常に大事になってくるんじゃないかということでございます。
 それから、四番目の「各生活周期における危険・事故の予防と保障の必要」といいますのは、お配りしております資料の三枚目を見ていただきますと図表の四というのがあると思うんです。これは高齢者と非高齢者への給付を比較、先進各国について比較したものですが、やや時点が古くて物足りないと思われる方もおありでしょうけれども、高齢化率から見ますと、決してこれらの時点で比較することは問題ないと。で、一九九六年の日本を見ていただきますと、高齢者給付というのが五〇%になっております。ほかの国を見ていただきますと、例えばフランスですと四三・六、四四・二。ドイツですと四三・七、四二・三。それからスウェーデンですと三三・九、三五・八。スウェーデンの場合に対非高齢者給付というのが非常に多いのは、これは育児休業とそれから保育所に非常に力を入れているということであります。それからイギリスの場合も四〇%台の前半、それからアメリカの場合も四〇%台の前半。高齢化率が日本の場合に一五・一である一九九六年に五割で、しかもこの中の、保険給付の中の高齢者給付を足しますと三分の二近く、社会保障給付の三分の二近くが高齢者給付になっている。これは少し異常な姿ではないかということであります。
 先ほど申し上げました社会保障が年金、医療から社会サービスの方向へ動くべきだというILOの勧告といいますか提言と全く整合的に、日本の場合には現金給付、高齢者給付といいましても年金給付の割合が非常に多いと。それはその前のページの二ページを見ていただきますと、日本の場合には社会保障給付費の五〇%以上が年金給付に割かれている。医療が四割弱なんですね。そうしますと、その他というのがごく、一割弱ぐらいなんです。社会福祉関係はこのその他の中のまたごく一部だということになりますので、どうしても社会保障の中での資源配分というのはこれはまずいというふうに私は考えております。
 各生活周期におけるといいますのは、幼児期、それから就学期、それから若い就労期、それから中年期、それから高齢期というふうに、それぞれの人の各生活段階における生活上のリスクに対応する保障がきちっとできていなきゃいけないと。
 今の時点で言いますれば、多分失業に対する保障というのが十分にできていないということがあると思いますが、一九九〇年代の前半までは、幸いにして日本の場合には失業率が低く、しかもその結果、雇用保険の給付とそれから生活保護の給付が非常に少なくて済んだという事情がありましたけれども、これからはそういうのんきなことは言っていられないんじゃないかということで、余りに高齢者給付に比重が掛かり過ぎている社会保障の姿というのを知っていただきたいということでございます。
 それから、時計の数字の、ローマ数字のVの「今後における社会保障制度の在り方」というところなんですが、これは、一つはやっぱり社会保障だけで完結できる生活保障ではない。先ほど申し上げましたように、雇用の問題がありますし、それから住宅の問題がある。例えば、郡部で持家に住んでいる高齢者と、それから大都会で賃貸に住んでいる高齢者の同じ年金給付額というのが全然違った意味合いを持っているだろうということを考えなければならないということであります。
 ですから、年金給付をそれに応じて調整せよというのではなくて、住宅そのものを保障していかなければ、大体生活する場所自体が保障され得ないということであります。高齢者の単身の場合には、家賃の問題以前に、人々が貸したがらない。その結果、自治体の責任で高齢者に住宅保障をしているというところがありますけれども、これを国の制度として考えていってほしいということであります。
 それから、三番目の「年金・医療・社会サービスの総合効果点検の必要」といいますのは、先ほど山崎参考人が少し触れられましたけれども、年金で受給したものを例えば医療保険の方に回すとか、利用料を患者負担に回すとか、あるいは保険料に払うとか、あるいは介護保険の保険料に払うとか、介護保険の一部負担に利用するとか、そういう循環が必要だという一つの側面がございますけれども、もう一つは、年金だけを保障しても果たしてそれでは医療、社会サービスというのが保障されていなければ生活が保障されないのではないか、生活のリスクに対応できないのではないかということであります。
 先ほどから私が申し上げておりますことは、もう少し年金制度というものを、何といいますか、何というんでしょうね、スマートにして、それから職域間の分立した制度ですと、そうすると、一つの職域から退出すればほかの年金制度からの受給ができる。しかも、なおかつ給与を受け取ることができる。在職老齢年金というのは一つの厚生年金制度の中にいる限りの話でありまして、例えば国家公務員共済から抜け出た人は民間の企業とか大学に勤めている場合には国家公務員共済の年金を受給できるというようなことがありまして、世代間の不公平というのがいつまでも残っている、世代内のですね、世代内の不公平が残っていると。
 ですから、世代間の負担の在り方を考えるときに、世代内の不公平というものをクリアしていかなければいけないと。それには、やはり年金制度というのはもう少し透明で公平であるかどうかということが見やすい制度にしていくべきではないか、簡潔な制度にしていくべきではないかというふうに考えています。
 それから、年金の給付水準自体も、実現可能性ということについて疑問を持たれる方があるかと思いますが、ILOが考えておりますことは、稼働世代の四人世帯の可処分所得の少なくとも二分の一を高齢者夫婦世帯に保障することが望ましいというふうに言っているわけですね。
 私は、ちょうど去年の今ごろ、稼働世代の可処分所得と高齢者夫婦世帯の、厚生年金の場合ですが、年金給付額がどのくらいの割合になるかというのを計算してみましたら、平均で六二%だったんですね。これはまだ年金加入期間が十分でない人たちも含めた平均の姿ですから、標準的な姿でなくても、これはかなりまだ給付水準が高過ぎるんではないかというふうなことを考えております。
 先ほどの社会保障制度の中での資源配分の不均衡ということと絡めまして、若いときから備えることができる。それから、平均寿命もある程度分かっているわけですね。六十五歳からの平均余命というのが、男性の場合十七年、女性の場合に二十一年というふうに分かっているわけですから、ある程度の備えができるのではないか。ということは、年金の在り方について根本的に見直すべきではないか。
 今年の二月に公表されました人口推計によりますと、合計特殊出生率というのは回復しないと、一・三九ぐらいまでしか二〇二五年ですか、に戻らないというふうなことになりますと、公的年金の財政再計算をやり直す場合に非常に大変なことになる。そのときに、私は、基礎年金を手厚くして、それを消費税で賄って、そしてその上積みの部分を民間、民営化するという意見には反対です。公的年金を根底から報酬比例の年金にしまして、ただし最低保障額は付けると。この最低保障額というのも、生活保護の場合と同じなんですが、所得が少し増えるにつれて少し増やしていくと。グラフで書きますと、原点から四十五度線を引きまして、そこに向かって縦軸の最低保障額、所得がゼロの人のときの最低保障額を決めて、右上がりの斜線を四十五度線に向かって付けていくというような最低保障の制度というのを公的年金制度の中に付けるべきではないかというふうに思っております。
 それから、年金を個人単位化するということについては賛成なんですけれども、それは先ほどの社会保障の生成過程を顧みた場合に、女性が雇用される機会が少なかった場合と現在では全く違うから、現在のような時点、それからこれからの共働き世帯が増えていくという社会になっていった場合に、個人単位化するということについては賛成なんですが、二人世帯の場合と一人世帯の場合の年金給付水準と保険料の差を付けるべきではないかというふうに思っております。
 個人単位化するんだから、じゃ二人世帯の場合の保険料の払い方とか、それから給付というのはどうなるんだとおっしゃると思うんですが、これは経過措置としまして、やはり専業主婦世帯というのは残ると思うんですね。その場合に、保険料の拠出水準を、専業主婦を抱える夫の場合と、それから単身の男性あるいは単身の女性、あるいは共働きの夫婦の場合には保険料の水準を変えるべきだ。私は、むしろその単身、共働きの人たちの保険料水準というのを三分の二ぐらいに引き下げるべきだと。給付水準ももちろん、二人の場合と一人の場合ではスケールメリットが働きますから、それは変えなければいけないというふうに思っております。
 それから、医療改革についてですが、医療保険については十分な議論がされているんですが、医療保険というのはあくまでも医療費ですね、出てきた医療費をどう賄うかという話になりまして、医療費が高騰していく原因というものをまず除去していくべきだと。そのためには、医療提供体制というものの改革がまず前提条件にならなければいけないと。そこら辺の議論をもう少しきちんとしてほしいという話であります。
 それから、介護保険の話ですが、二号被保険者の範囲を広げる。現在、四十歳以上ということになっておりますけれども、例えばこれを二十歳以上の人にするということについては私も同意見でございます。ただし、その場合に、保険料を拠出している人は必ず給付を受けられる、だから六十五歳以上にならなければ介護保険の給付を受けられないというような事態は避けなければいけないというふうに思っております。
 それから、児童・家族福祉の重要性につきましては、これは山崎参考人の方がお詳しいと思いますのでこれで終わりにさせていただきます。後で御質問に答えて詳しくお話をさせていただきます。
#6
○会長(勝木健司君) ありがとうございました。
 次に、暉峻参考人にお願いいたします。
#7
○参考人(暉峻淑子君) 暉峻でございます。
 この調査会に招かれましたのはこれで二度目で、この調査会がとても政党のいかんを問わず国民生活のために大変まじめにいろんな勉強や議論をしていらっしゃるというのはよく承っております。お招きいただいてありがとうございました。
 私は、失業者の生活保障の問題をここで取り上げたいと思います。
 といいますのは、日本は失業率というのがこれまで大変低くて、例えば一九六〇年から七四年のオイルショックまではほぼ一%前後しか失業率はなかったんですね。七四年のオイルショックの後もほぼ二%前後で推移してきまして、九四年に三%になり、そこからがもう雪崩のように多くなってきて、九八年四%、現在は五・五とか五・三というところですけれども、失業者の状態は全然よくなっていく状態にありません。
 不況の中で大体日本の社会の下支えになっている部分が、もろかったところが表に今出てきているところだと思うんですけれども、例えばその一つが、日本の社会は大変平等な社会だという神話があります。しかし、この神話は既に一九八〇年の真ん中ごろから崩れてきていまして、所得分布から見ても上下の格差が非常に開いてきているんです。
 それで、例えば親が管理職であった子供はどういう職業に就くかというと、子供は割合いい職に就いていて、親が余り階層の上で上の方にいなかったところの子供がまた上に上れないという状況になっています。それは、六〇年から八〇年ぐらいまでは親の職業いかんにかかわらず子供は勉強をしていい職業にも就けたというところが、日本の社会の階層移動が非常に自由であるというところがいいと考えられて、日本の社会は平等化に向けて進んでいっているというふうにいい評価を受けていたんですけれども、八〇年の半ばごろからこれが止まっています。階層移動というのが止まってきたということなんです。
 国民生活基礎調査、これを見ましても、第一分位と第四分位、これは七〇年代には大体三倍とか三・五倍ぐらいだったんですね。これが九〇年を見ますと六・七五倍に開いてしまって、九五年で六・九五倍、九九年で七・八六倍というところまで格差が開いてしまっているんです。これは、社会的なやっぱり不安定な要素が表にどんどん出てきているわけで、それから皆様も例えば国債がもう六百兆円以上あるといっても、ああ国民の貯金は千四百兆円もあるんだからという神話を信じていられると思いますけれども、これも貯蓄動向調査で見ますとせいぜい八百兆円ぐらいしかないんです。こういう日本の社会に何かちゃんとした根拠もないのに信じられていたことが、一つの神話的なものが今どんどん崩れていっている。その根幹になっているのがやっぱり失業問題であると思います。
 それで、失業者が増えても、これは構造改革の途中なんだから労働が自由に移動するのはいいことだというふうに思われる方もいらっしゃると思いますけれども、しかし現在もう働いている人の三分の一が非正社員として働いています。それで、リストラされなかった人も今までより一・五倍ぐらい働かされているんですね。その失業者が一体どういう生活をしているのか。例えば障害者の生活調査、老人の家庭の生活調査というのはありますけれども、失業者の本格的な生活調査というのは行われたことがありません。
 一体どういうことをしたら失業者にとって本当の政策ができるのかということは、日本の失業者の歴史というのが、戦前は別として戦後余りなかったので、その対策も大きく遅れてしまっているということです。例えば、ホームレスが今把握されているだけで三万人ぐらいいると言われますけれども、この七割が職場を追われた三年以内の失業者ですね。それから、自殺者がここ三年連続三万人と言われていますけれども、これも社会的に孤立して経済的にも破綻して、自分はもう社会的に無用な人間になったんだ、自分は人生の敗者だというふうに思って自殺する人たちが大変多い。
 それで、世帯主が失業していますと子供は、今高校中退している子供たちがどんどん増えています。勉強したいのに高校も出られないということになると、これは労働市場に出ていくときにいよいよ就職先がないわけですね。家庭の崩壊というのも失業をきっかけに次々に広がってきています。それから、高校卒業生が半分ぐらいしか就職できないということになると、高校生たちは、じゃ何で自分たちは勉強するんだ、今まで勉強してきたことはみんな無意味になったんじゃないかというふうに大変希望を失うわけですね。
 これは、就職している人が失業したというそこだけでも、その働いている人が持っていた知識とか技能というのはみんな捨てられてしまうわけで、これは国富の、国の富の大きな損失であると思います。だから、労働者が流動化していくのはいいという一面的な見方でなくて、その背後に何があるかということをやっぱり知っていただきたいんですね。
 それで、短期雇用、不安定雇用というのは今非常に多くなっています。これは派遣労働でもパートでもそうなんですが、それが一体何を意味するかというと、今さっき城戸先生がおっしゃったような、人生の生活設計ができないということなんですね。二十歳代から六十歳代まで自分の生活設計もできないということが一体どういう結果になるか。つまり、場当たり的な生き方になります。そうすると、これはモラルの問題としても問題ですね。しかも、社会が、社会不安というのが出てくるということは、テロ事件までは起きないと思いますけれども、社会が非常に不安な状態になって生活設計もできないという状態になってくると、これは企業にとっても最悪のシナリオで、政治にとっても、もちろん私たちにとってもこういう不安定な不安な社会というのはやっぱり好ましいことではない。その不安な中で必死に生き残ろうとして馬車馬のように働くという人もいるのかもしれないけれども、そうでないマイナスの面が非常に多いと思います。
 特に失業保険がもらえない人というのが大変多いんですね。これは事業主が雇用保険に未加入、加入していないという事業がほぼ五〇%あります。それから、失業保険をもらうまで保険の掛金の期間が少ない、あるいは掛金がもうない、つまり事業主が雇用保険未加入だとこれは掛金も、労働者も掛金を払っていないわけで、それからパートとか短期雇用の場合はなおさらそうですね。そうすると、一体そういう人たちは社会の中で今どうやって生きているんだろうかということを考えてほしいわけです。
 よく、若い人はパラサイトシングルと言ってせっせと貯金をした親にお世話になって、部屋代も払わず食費も払わず、一応お小遣いぐらいあればいいという形で生きているという人もいますけれども、親にすがれない若者というのもあるんですね。この人たちは一体、学卒者も、大学の卒業者も半分近くは就職今できていないという、内定ができていないという状況もありますし、それから世帯主の世代でリストラされた人は一体どうするんだということがあります。
 私は、二年にわたってちょっとドイツの失業対策について調査をしましたので、簡単にここでそれを御紹介したいと思います。
 例えばドイツの場合は、これは失業保険その他社会保険すべてはパートであろうと何であろうと同じように掛けることになっていますので、失業保険がもらえないというのは六か月も働かなかった人ですね。最低六か月働けば何らかの保険が付きますので、うんと短期の人というのはないんですけれども、六か月以上働いた人には何らかの形で必ず失業保険が付いています。失業しますと、社会保険、つまり医療保険と年金の掛金と介護保険、この掛金は失業した人には全部国が代わって社会保険の掛金を払っています。
 それから、自治体によって違うんですけれども、失業している人は仕事を探すというので交通費が非常に掛かる。それで定期券を一般の六割引き、つまり四割の定期券を与えているという自治体がかなり多いんですね。ベルリンなどは全部そういうふうにしています。
 それから、高齢者には東京都でも優待のパスというのがあるわけですけれども、その他、失業しているから社会から疎外されてもう孤立感を持って文化的な催しにも参加できないというのは良くないというので、入場料についても失業者の場合は恩典があります。これは半額とか六割引きとかただとか、そういうのがあります。
 それから、日本でホームレスが失業と結び付きやすいというのは家賃補助がないという、これは高齢者も同じなんですけれども、家賃補助がないということですね。
 それから、公営住宅も非常に少ないということなんですが、ドイツの場合はもう直ちに家賃補助がありますし、それから子供の、元々ドイツは御承知のように、フランスもそうだと思いますが、大学まで授業料というのがないんです。勉強したい人間はどこまでも勉強してよろしいという、教育に投資するということほど私は効果がある投資はないと思うんですけれども。ですから、親が失業していても児童手当というのは子供が学校に行っている間は付きますから、二十七歳、大学院に至るまでこの児童手当がずっと連続して付けられます。ですから、失業者の子供で、日本のように高校も中退しなきゃいけないというのじゃなくて、大学院まで堂々と子供たちは行っている。つまり、親の運命とは関係なく子供自身は自分の道を切り開くということがあります。
 それで、小泉首相は二、三年痛みを我慢するということを私たちに言われるわけですけれども、二、三年の痛みとこの失業手当の受給期間が余りにも離れ過ぎているとお考えにならないでしょうか。
 例えば日本ですと、三十歳未満の人は一年未満この失業保険を掛けた人はわずか三か月ですね。四十五歳未満も同じく三か月です。それで、一年未満働いた人は六十歳未満の人も三か月しかもらえません。一年以上五年未満になると、四十五歳までの人は相変わらず三か月で、四十五歳以上になるとやっと六か月です。五年以上十年未満被保険期間があった人は、三十歳以上で六か月、四十五歳以上で八か月です。
 ところが、私が差し上げているこのドイツの失業保険についてのちっちゃな調査報告がありますが、これを見ますと、四十五歳以上になるとこれは十四か月、一年二か月もらえます。それで、四十五歳は一年二か月から一年半もらえるんですね。それから、四十七歳になりますと一年八か月あるいは一年十か月。それから、五十二歳以上になりますと、これは二年あるいは二年四か月。それから、五十七歳以上になりますと、二年六か月から三十二か月ですから、ほぼ三年間もらえるということです。
 ですから、この日本の失業保険の受給期間が余りにも短い。四十五歳から六十歳未満の人で二十年以上働いていても、この人たちは十一か月でおしまいなんですね。しかもドイツの場合は、失業保険が切れた後も、その後失業扶助というのがあります。就職できていないということは国家の責任であるというふうに考えられて、日本でも憲法に労働の権利ということがうたわれていますけれども、ドイツの場合も労働ということは人間が生きていく上で最も大事なことで、これがないということは国の責任であると考えられていますので、失業保険が切れた後、六十五歳の年金受給年齢まで失業扶助が続きます。
 失業扶助というのは、失業保険よりもレベルがかなり下がって五七%、子供がなければ五三%、従前の給与のネットの給与、つまり手取り給与の五七%から五三%まで下がりますので、実際に受給している人は十五万円から十万円ぐらいのところに七割ぐらいの人が固まっているということですけれども、失業保険と失業扶助が年金受給年齢までともかくずっと続いていくということは国民にとってはすごく安心なことなんですね。
 それで、失業扶助の場合は、配偶者が働いていて、大体配偶者が四十万円以上ぐらいの収入をもらっている場合は失業扶助は受けられません。失業保険は無条件に受けられますけれども、失業扶助には多少の条件があります。例えば、すごく大きな豪邸に住んでいる人は、その部屋を人に貸したらどうですかというようなことは言われます。しかし、生活保護とは違うので、生活保護のような厳重ないろいろな審査とか条件がない。そして、失業扶助を受けている間に皆何度でも挑戦できるということがあります。
 それで、ドイツの場合、今年の一月から職業安定所の職員の数を一挙に二倍に増やしました。こういう思い切ったことをしなければ失業者というのはなくなりません。大体、今ドイツの失業者の数と日本の失業者の数は、数からいうと余り変わりません。パーセントからいうとドイツは九%、西だと、昔の西ドイツだと六%から三%、東独が入って九%ぐらいですけれども、それでも失業に対して国がどれだけ大きな力を注いでいるのかということが分かります。
 それから、時間がもう余りないんですけれども、職安の下にトレーガーという制度がありまして、これは連邦雇用庁がこのトレーガーに大きな予算を注いでいて、失業している人が自立していけるようにいろんな指導をしたりお世話をしたりしているんですね。
 例えば、失業者が七人以上集まって、社会福祉又は環境又は青少年問題についての何か自立した事業を始めると、ここで働いている人の給与は、ほぼ十万円ちょっとですけれども、完全に国及び地方自治体から支払われて、その人たちの働く事務所も設備もコンピューターの設備なども全部これは公的に補助される。そして、そこの事業が発展して新たに人を雇うときは必ず職安を通して人を雇うということになっていて、小規模な、まだ国や自治体として抜けているいろいろな事業を失業者たちが始めるときには大きな援助が受けられるということがあります。
 あと、まだいろいろ具体的に日本として学ばなければならない、例えば職業訓練の制度、これはもう非常によく機能しているんですね。日本のように民間委託はたった四割しか、職業訓練を受けた後、四割しか就職できないというような、こういう無駄がないということ、こういうことはまた後ほど御質問があればお答えしたいと思います。
#8
○会長(勝木健司君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑は午後四時三十分までをめどとさせていただきます。
 なお、時間が限られておりますので、質疑者お一人当たりの発言時間及び各参考人の答弁ともに、それぞれ三分程度までにおまとめいただけますようお願いいたします。質疑を希望される委員は、挙手をもってお知らせくださるようお願いいたします。また、質疑は会長の指名を待って行うようお願いいたします。
 それでは、質疑を希望される方は挙手をお願いいたします。
#9
○中島啓雄君 自由民主党の中島啓雄でございます。
 私は、年金問題について山崎先生と城戸先生にお伺いしたいと思いますが、山崎先生にまずお伺いしたいのは、女性の年金権といいますか、二分二乗方式というようなことをおっしゃいましたけれども、この辺もう少し詳しく御説明をいただければ有り難いと思います。
 特に、二分二乗方式にした場合に事業主負担がどうなるかという問題、それからもう一つは、いわゆる厚生年金部分なり、二階なり三階の部分に、今私的年金制度を設けたらどうかとかいろんな意見がございますけれども、いわゆる厚年部分なり三階部分についてどんなお考えを持っているか、以上でございます。
 それから、城戸先生にお伺いしたいのは、今社会保障の配分で高齢者の給付が非常にウエートが高くなっているとおっしゃいましたが、今後の政策的課題として具体的にどういうふうにお考えになっているのか。高齢者の給付を切り下げろというのか、あるいは負担を上げろというのか、その辺も含めてもうちょっと御説明をいただければ大変有り難いと思います。
 以上でございます。
#10
○参考人(山崎泰彦君) お答えします。
 まず、女性の年金に関して私が所得分割、税でいえば二分二乗方式がいいというふうに申し上げましたが、そのときに事業主負担がどうなるかという御質問でございます。
 私は、仮に専業主婦世帯、夫はサラリーマンで厚生年金だという例で申し上げますと、夫の収入の二分の一は妻のものですから、妻は厚生年金の保険料、今でいいますと一七・三五%の半分を払う、厚生年金に払っていただく、当然事業主にも払っていただくと、このように考えております。現在ですと、夫の収入に一七・三五%掛かっていますが、それを半分ずつに分けて払うわけですから、事業主負担も、本人、世帯としての負担も変わらないということになります。したがって、妻は厚生年金の保険料を払いますから、一階、二階を通して独自の年金権を手にすることになります。
 それから、厚生年金、それから三階部分の考え方ですが、私は今の厚生年金、もう少し積立て度合いを高めてほしいというふうに考えております。もう現時点では積立金の取崩しが始まっているような状況ではないかなと思います。将来に備えるといいながら、今、積立金に手を付けるというのは大変な事態だというふうに思います。これは国会でそのようにお決めになったわけですが、速やかに凍結は解消していただきたいということです。
 それから、一つの案として、二階の厚生年金をスリムにして、企業年金なり、今度入りました確定拠出型のような年金を広めてはどうかということなんですが、確定給付型の企業年金が今主流でございます。この場合、一番の問題は通算制度がないということでございまして、二階をスリムにして三階を広めた場合に、時には企業倒産による年金制度の廃止だとかという事態もありますし、職業移動によって通算ができないという問題がありますから、余り過度に三階の年金に期待するのはどうかなというふうに思います。むしろ、厚生年金であれば職業どのように替わっても通算できますし、それなりの安定性があるわけですから、余り過度に三階の私的な備えに期待するのはいかがなものかというふうに考えております。
 以上です。
#11
○参考人(城戸喜子君) お答えいたします。
 中島委員からの御質問でございますけれども、まず第一に、対高齢者給付の比重が大き過ぎるということは、つまりは、余り望ましいことじゃありませんけれども、これから失業給付と生活保護への給付、生活保護給付というのがある程度増えるだろうなというのが、これは望んでいることじゃありませんけれども避けられない事態だろうというのが一つ。それからもう一つは児童関係ですね。例えば、育児休業の有償部分をもう少し手厚くするとか、そういうことを考えております。
 それから、お配りしました、前もってお配りしました資料の中の「社会保障から生活保障へ」というのの中の図表の一―六を見ていただきますと、「高齢者への所得保障と福祉サービス」という表があるんですね。
 日本、九六年の数字ですが、年金が九六・六%で福祉サービス三・四%で、足して一〇〇なんです。これは物すごいアンバランスだと思うわけです。スウェーデンの場合でいいますと、年金が八割で福祉サービスが二〇なんですね。それからイギリスでいきますと、年金は九二%で福祉サービスが七・七というふうになっていますから、つまりは現金給付に偏り過ぎているからもう少しサービスの方に回すべきだというような意味合いもありますね。
 ですから、ある程度私は年金給付というのは削減されざるを得ないだろうという見通しなんです、厚生年金部分を含めて。
#12
○松あきら君 今日は、お三方の先生、お忙しいところ本当にありがとうございます。それぞれ先生方のお話を伺って、もう正にそのとおりだという思いで伺わせていただいておりました。
 私自身は、例えば年金の問題でございますけれども、やはり今後は、いろいろな見方がありますけれども、一概にはどれが一番いいというのは言えないかもしれない、しかし私自身はやはり個人年金にしていかざるを得ないだろうと。離婚という問題もありますし、非婚という問題もあります。様々な問題があると思います。
 それから、年金に対してはそうなんですけれども、例えばそれでは社会保険ではどうなのかと。私、出産育児一時金の前倒し支給をかち取ったんですけれども、無利子貸付けということを実現させたんですけれども、御主人の口座に振り込まれる、困ると。自分の口座に振り込んでくれと言ったら、やっぱり御主人じゃなきゃ駄目だということで、パチンコに使っちゃって出産のときに使えなかったと、こういう例がいろいろございます。ですから、これはお三方の先生、短い時間では難しいかもしれませんけれども、社会保険についての在り方というものをどういうふうに、世帯からあるいは個人へということもあり得るのかどうか、それが一点。
 それから、三分以内でということだったので、申し上げたいことは一杯あるんですけれども、少子化という問題に対しまして、非常にもうこれは本当は子供は二人欲しいけれども、今いろいろな経済的なことを考えて産めないというのが現実の問題であると。そういうことに対して、少子化対策という、これに対してどういう手を打ったら一番有効であるかというお考えがございましたら、お三方の先生にお伺いいたしたいと思います。
#13
○参考人(山崎泰彦君) お答えします。
 年金で、世帯単位から個人単位へという動きがあるわけですが、年金につきましては先ほど言ったような案を考えておりますが、同じように医療保険についても、夫の所得の半分を妻に帰属させて、夫がサラリーマンであれば健康保険料を妻に払っていただく、そして、独自の保険証を手にするということにすべきだと思っております。
 それから、今、出産育児一時金の前借りでございますか。これにつきましては正に運用の世界でございまして、例えば、国民健康保険で擬制世帯主ということで、夫名義の保険証を妻がいただいていたのを妻の名義にもできるということのようでございます、最近は。ですから、妻の口座に振り込んでいただくようなことを正に国会でお考えいただいていいんじゃないかなというふうに思います。
 それから、少子化対策なんですが、これは本当に幅広く対応しないと駄目だと思います。やはり、今の一番の問題は、社会保障としていろいろ手を打っても働き方にもメスを入れないといけないと思います。これだけの長時間労働が一般化しておりますと、幾ら保育所で延長保育なんかを求めましても無理だと思うんですね。ですから、今ワークシェアリングなんて言われていますが、この機会に労働時間を短縮するということに本腰を入れていただきたいことと、それから、そのような制度的な対応をしましても夫の理解が得られないと駄目でございます。ですから、夫の育児参加ということも真剣に考えなければいけないと思います。
 以上です。
#14
○参考人(城戸喜子君) まず、社会保険での世帯単位から個人単位化へという話ですが、これは原則として私は賛成であります。ただ、経過期間があるだろうというふうに考えているわけです。ですから、年金の場合に一番考えやすいのですが、健康保険の場合にはいろいろあり得ると思うんですね。例えば、山崎参考人が言われたようなやり方もありますし、被扶養の配偶者は国民健康保険に加入するという方法もあるかなというふうに今思っております。
 育児出産金を前もって払ってもらったら、それを使われてしまった、他の目的に使われてしまったと。これは現金給付のときにはよく起こることなんですね。ですから、やっぱりこれは個人単位で名義を確立する、受給権を確立する、拠出も個人単位にするということが望ましいと思います。
 児童手当の場合なんですが、ちょっと社会保険と違いますけれども、児童手当の場合も、例えば、オーストラリアなんかの場合には母親あてに振り込むというふうなことになっておりますので、その点は幾らでも工夫の仕方があると思います。
 それから、少子化対策ですが、もう山崎参考人がお答えになってしまわれたんですが、私も基本的にはやはり一般の労働時間を短くすることだと思うんです。育児休業の制度を作ったり、育児休業の有償部分を大きくしても、これはほかの人たちの労働時間というのが非常に長い場合には取りにくいということが起こりますし、それから、長時間働いている夫の方が賃金水準が高かったりしますと、父親の方が取りにくいというようなことがありますから、やっぱり全体的に働き方、それから生活の仕方ですよね。仕事と、それから家庭と地域での生活のバランスの取り方というのをこの際に確立していくことが必要ではないかというふうに思っています。
#15
○参考人(暉峻淑子君) 年金についてはお二人の方が専門的にお話しになりましたので。ただ、一言言えば、私はやっぱり年金は個人年金にしていくべきで、それしかもう方法はないと考えています。
 それから、少子社会の問題については、産めよ増やせよという国のいろいろな政策があったり、年金の基金が危ないから若い人が増えなきゃという、何か、ためにするというんじゃなくて、やっぱり人間の社会というのは、子供が欲しい人もいるし欲しくない人もいて、欲しくない人はこれはもう欲しくないでいいと思いますけれども、欲しい人が欲しいのに子供が産めないという状況はやっぱり非常に病的な社会だと思うんですね。
 だから、一番大事なことは、男の人も親としての責任が果たせるように、男女ともに労働時間を短くする。あるいは、ドイツや北欧の国々でやっているように、小学校の三年生ぐらいに子供がなるまでは特別に労働時間を短く、その代わり給与も少し下がりますけれども、給与が下がっても子供のために早く家に帰ってやりたいというそういう制度を作る。
 それから、今、私は余りにも保育園に長く子供を留め置くということが、これはもう仕方がないからそうしているんですね。社会がそういうことを要求すると、結局親としては保育園にそんなに長く夜遅くまで留めておきたくないと思っても、自分がリストラされないためには仕方なく子供を夜まで預けているという親もあるんですけれども、やっぱり労働時間を短くして、親子で家庭の中で親としての家庭責任が果たせるようにという、こういうことをした方がいいと思います。
 それから、外側には保育園を充実すること、それから、ある場合には子供のための派遣ですね。今、高齢者に対しては在宅の介護というのがありますけれども、子供に対してもそういう派遣の制度も作れるようにする。そういう制度が必要で、子供が欲しいと思いながら競争社会で生きていくために子供が重荷になる。じゃあ、もう産むのをやめましょうというそういう悲しい結果にならないような、そういう社会を作っていくことが大事だと思います。
 それから、子供がいれば親は教育についてやっぱり真剣に考えます。それから未来の環境についてやはり真剣に考えますね。だから、やっぱり自然が残した子供がいる、孫がいるということは人間がいろんなことを考えていく上にも私はとてもいいことだと思うので、ためにするというんじゃなくて、子供が欲しいという人が本当に喜んで子供が産めて育てられるようなそういう社会を望んでいます。
#16
○松あきら君 ありがとうございました。
#17
○森ゆうこ君 国会改革連絡会の森ゆうこでございます。
 今日は先生方、ありがとうございます。
 先ほどからお話が出ていましたけれども、基礎的年金を税でということを一貫して主張しております自由党でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 それで、まず城戸参考人と山崎参考人に、それぞれ税でということについては、税で負担する、基礎的年金を賄うということについては反対ということではっきりと意見を述べていらっしゃいましたけれども、特にまず山崎参考人には、その参加意識、負担意識、社会連携という点で租税方式にするといけないのではないかとおっしゃいましたけれども、税金との関連というのもあると思うんですね。税金も社会の参加料というふうな考え方もありますし、今の税金の仕組みとの連携でまたその辺も考えられると思いますので、その辺についてお願いしたいということと、あと、消費税を充てると結果的に高齢者がその負担を免れるということを今日の資料に書いていらっしゃいますが、そのロジックが私にはちょっと理解できないので、詳しく説明していただけると有り難いんですが。
 そして、城戸参考人には、その税方式の場合に反対ということでしたけれども、その理由を是非お聞かせ願えればと思います。
 よろしくお願いいたします。
#18
○参考人(山崎泰彦君) 例えば、消費税を福祉目的税にという提案がよくあるわけですけれども、そうすると消費税は年金の給付あるいは医療介護の給付に回るんだから、拠出と負担と給付の関係ができるのではないかというふうな意見があるわけなんですが、私は税と社会保険料の本質的な違いは、社会保険料については個々人がいつからいつまで幾ら払ったかという記録が残って、それと給付がリンクするということだと思うんですね。税は、たとえ消費税であっても個人が幾ら払ったのかどうか残らないわけでございます。
 ですから、我々の意識としてはできるだけ税金は払いたくない。社会保険料は、しかし払いたくない、払わないという行動を取ると、将来の給付の権利が発生しません。あるいは、年金が低くなりますから渋々ながらも払うということで、これが本質的な違いだと思うんですね。ということです。
 それから、消費税の問題なんですが、消費税は高齢者いじめの悪税だというよく話があるんですが、消費税が上がりますと物価が上がりますから、一年後に年金額が上がります。したがって、年金だけで生活している人にとっては消費税の増税分はすべて一年後に取り戻すことができます。したがって、年金の物価スライド制を前提にしますと、消費税というのは現役世代が最終的に負担する税ということになって、高齢社会に対応する税として消費税が提唱されました。つまり、増える高齢者にも応分の負担をしていただこうというんですが、物価スライド制を前提にしますと、増える高齢者は余り負担しないで現役世代がかぶると、こういうことになるんだろうと思います。
 こういう問題を避けるためにはどうしたらいいかというと、物価が上がったとしても、消費税が上がったことによって上昇した物価上昇分は年金のスライドから外すということだろうと思うんですが、恐らく現実には国会はそのような判断をされないと思います。
#19
○参考人(城戸喜子君) 私は、少し違った立場からお話ししたいと思うんですが、以前に、ネガティブ・インカム・タックスという制度が生活保護に代わって就労促進的な制度であるというので、盛んに導入が主張された時期があったんですね。しかしながら、現実に掛かる総コストとそれから支給、一人当たり支給される額、世帯当たりですか、失礼しました、世帯当たり支給される額とのバランスを考えるとこれは非常に難しい。同じような問題が基礎年金に一般財源を投入した場合に起こってくるだろうというのが私の心配なんです。
 ですから、余り高い消費税率を掛けられないということになると、今度、給付水準というのがある程度抑制されるんじゃないかということですね。社会保険料の場合には拠出した分に見合って給付を受けられると、そういう考え方をしております。
 それから、ちょっと私、年金というのは何を賄うべきものなのかということを考えておくべきだと思うんですね。先ほど年金を受給して、その中から健康保険料だとかそれから介護保険料を払い、なおかつ利用料を払うというふうにして資金が循環しているというようなことを申しましたけれども、年金というのは重度の障害とか重症の病気にかからない場合の通常の日常生活の基本的な部分を賄うというのが原則じゃないかと思うんですね。
 ですから、先ほどから申し上げておりますように、医療保障とかそれから介護あるいは育児サービスというのをきちんと保障するシステムを作っておいて、年金はそこそこのところで我慢した方がいいんじゃないかと、そういう考え方でおります。
#20
○森ゆうこ君 ありがとうございました。
#21
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝でございます。本日はありがとうございます。
 今、デフレということが大きな問題になっております。物価が下がるのはいいんですけれども、それと同時に不況が進行しておりまして、企業の業績が下がる、収入が下がる、デフレスパイラルの入り口か、入っているかというようないろんな議論があるところだと思うんですけれども、薄利多売で安くなっても物がたくさん売れればいいんですけれども、売れないという状況があるわけですから、その原因になっているのは、一つは雇用不安を始めとした収入が減っているという問題、それからもう一つは将来への不安、年金、医療含めて、介護含めて、そういう二つの要因があるのではないかというふうに思っております。
 これは本当にデフレ対策を進めていかなくてはいけないというふうに私たちも思っておりますが、その上で、こういう今の経済状況の中で失業者対策、もちろん失業にならないための雇用の安定策、そして将来不安をなくす上での対策、社会保障の対策、両方必要だというふうに思います。
 それぞれの参考人の方からその点お話がありましたので、そういう角度から皆様の分野で何か付け加えることがあれば教えていただきたいと思います。
#22
○参考人(暉峻淑子君) やっぱり、それこそ、今エンゲル係数という言葉、皆さん御存じだと思うんですけれども、百何年も前にエンゲルが国の富というのは国民の生活の内容なんだと、生活、どういう生活を国民がやっているかという、これが国富なんだということを言って家計調査を始めたわけですけれども、それはもうどの国にも、現在にも本当に当てはまることだと思っています。
 やっぱり社会が不安定だと、私ももう老人ですけれども、一体何歳まで自分は生きているんだろう、そのときに一体、老人ホームとかそういう老健施設とかそれから介護するのに一体幾ら掛かるんだろうというふうに思うとやっぱりお金は使えないんですよね。だから、あなたの一生を通して国はそういう安定的な基礎的なことはちゃんと人間の尊厳を尊重してやりますよというふうになっていれば、また考えも違ってくると思いますね。その点では日本は決して豊かな国じゃないんですね。
 さっきの大学の授業料のことでも言いましたけれども、高校も大学も授業料がないということであれば人生に何度でも挑戦できるわけですけれども、それがやっぱりできないんですよね。それから、いつも生活、例えば家賃補助というようなものがきちんとしてあればみんな安心してこの家に住んでいられるということがありますけれども、それもお金がなくなればもう追い出されるということだと、ホームレスになるんじゃないかと思ったら、それはもう消費どころじゃないと思いますね。だから、やっぱり社会的に安定したものがあるということがどれだけ大事なことか。
 今、流動化とかそういうことばっかり言われて不安にせき立てられて皆が何か血眼になる、これがいかにも経済の活力のように思われていますけれども、それは全然反対ですね。経済の競争というものは労働の質の競争なんです。企業が何かを発明すればいいというものじゃないんです。最終的に、国際的な経済の競争は働く人の労働の質の高さによるんですね。このために各国はやっぱり一生懸命に今労働の質を上げることをやっていると思います。日本のように、小売業か何かの安いところにパートか何かでちょっと働けばそれでいいというような考えの人が日本にはかなりいるんですけれども、これはちょっとアメリカ式な考え方で、ヨーロッパでは決してそういう考え方は取っていないので。
 ちょっと時間の制限があるので、職業訓練についてはもしまた後で、どういうことをしているかということはお話しできればしたいと思います。
#23
○参考人(城戸喜子君) 私は、就業の機会を作るということが一番大切だと思うんですね。ワークシェアリングというのは確かに一つの方法だと思いますけれども、企業はそれなりにコストが掛かると思うんです。一人雇っていたのを一・五倍にするとか、そういうことになるわけですからある程度コストがかさんでくるということがあると思います。
 それよりも、新しい就業機会を作るということですね。今、自治体の首長が一生懸命になって高齢者の就業機会というのを作り出そうとして工夫しているわけです。例えば、民営の交通機関ではなくて自治体が運営する小型のミニバスですね、そんなものを作って、そこの運転者というのは民間のバス会社の定年になった人たちを雇うわけです。そういうふうな工夫というのが自治体の中で行われていると。ですから、それぞれの自治体で必要なすき間産業みたいなものを見付け出してもらうと。国のレベルで考えていただくことはもちろん大切なので、例えばバリアフリーの住宅を作るとかそれから社会福祉施設が足りないからそれを作るとか、そういうことも大切だとは思うんですが、それぞれの自治体の首長さんがこの地域で一体どういうふうな就業機会があり得るだろうかということを考えたらいいんじゃないかというふうに思っています。
#24
○参考人(山崎泰彦君) 将来不安ということにつきましてはやはりいろいろありますけれども、社会保障の将来不安が非常に大きいと思います。
 それで、人口が高齢化し社会保障が大変になると言うんですが、やはり将来に対して、今厳しいことは十分承知しておりますが、ある程度備えるという部分を組み込んでおかないと大変だというふうに思います。これは、先ほど厚生年金の積立て度合いをもう少し高めてはどうかと言いましたが、介護でも医療でもある程度の積立金を確保しておくということが私は大事ではないかなというふうに思います。
 それから、あえて言いますと、年金の場合には五年に一度まとめて保険料を上げるということになっているんですが、これは非常にきついと思います。せめて毎年少しずつ上げていくという仕組みにすべきだと考えております。
#25
○畑野君枝君 ありがとうございました。
#26
○辻泰弘君 民主党の辻泰弘でございます。
 まず、山崎先生にお伺いしたいと思います。
 先生の御説明の中で、被扶養者の認定基準百三十万のことが、六十歳以上の百八十万の対比の中でおっしゃっておられたと思いますが、先生としては百三十万自体をどのようにすべきかということについてのお考えをいただきたいということが一つと。それから二つ目が、社会保険料の保険料徴収の強化という指摘があるわけですが、それの具体策、論文にも見せていただいたので、そのことについての御説明をいただきたいということ。それから三番目に、これも先生の論文の中で、医療、年金、雇用、労災、社会保険料の一元化徴収、また、所得税と社会保険料の一元徴収もおっしゃっているわけですが、その中で、片や社会保険方式の堅持という御主張になっているわけですが、すなわち、スタイルとしては社会保険方式であるが徴収は税に乗せるという、そういうことなのかどうかという三点でございます。
 それから、城戸先生につきまして、年金について根っこから報酬比例年金にするという御指摘であったと思うんですけれども、その中で、最低保障額を作るんだと、こういう御指摘だったと思います。そこは、そうすると、そこの最低保障額の部分は税が入るんじゃないかと思うんですが、そうすると、それは実は基礎年金と同じようになるんじゃないかというような気もするんですけれども、その辺はどうかということが一つ。それから、先生の論文で、資産所得から社会保険料を徴収することを検討すべしと、こういう御指摘があるんですが、具体的にもう少しどこどこの税目といいますか、そういうことのアイデアをお持ちであればお聞かせいただきたいという二点でございます。
 それから、暉峻先生につきまして、世界も国内も格差が拡大している現状にあるというふうに私も思うんですが、そういう中で、アメリカ並みになっている今の日本の所得税制、これをもっとフラットにすべしという、こういう主張もあるわけですが、そういうことについてどのようにお考えかということをお聞きしたいと思います。
 以上です。
#27
○参考人(山崎泰彦君) まず、被扶養者の認定基準としての百三十万円ということについてでありますけれども、女性と年金の検討会の報告では、これを下げて六十五万円程度、あるいは労働時間でいうと正規の社員の二分の一程度というふうな基準が一つの案として出ておりますが、そのように全体として収入の基準を下げていくというのは一つの案だと思います。
 ただ問題は、きちっと運用されるかどうかということだと思います。今は法人で強制適用であっても、暉峻先生のお話にもありましたが、適用されていないことが結構あるわけで、問題は、的確な運用ができるかどうかということだと思います。
 それから、徴収力の強化ということですが、一番の問題は自営業者層、年金では第一号被保険者なんですが。一昨年でしたか、予算の概算要求の段階で厚生省は、年金の保険料を納めていない人については生命保険料控除ではなくて個人年金保険料控除の対象から外すという提案がありましたが、こういったことは、私、実は十年くらい前から言っていることでございまして、助け合いとしての社会保障に参加しないで、そして生命保険や個人年金に入っている人はたくさんいます。それを税の控除という形で優遇しているわけで、これは筋違いじゃないだろうかと。まず助け合いの制度にきちっと参加していただいて、その上で自助努力をする、それに対して税制上の優遇を与えるということにすべきで、したがって、理由なく社会保険料を納めていない人についてはそういった控除から外すだとか、あるいは、かなり乱暴な意見かと思われるかも分かりませんが、運転免許証を交付するときに、国保や年金の保険料をきちっと納めていることを条件にさせていただくというのも一つの案だと思います。事故を起こして、年金に加入していないから障害年金が出ないという不幸がないようにという意味もあります。
 それから、労働保険と社会保険の徴収一元化は、厚生労働省が作ったというのはそういったこともあるはずですから、速やかにやっていただきたいということと、税との一体徴収ということは、実はイギリスやアメリカは税務署で社会保険料を徴収しています。そういったことかなと思います。ですから、別に税方式というわけではございませんが、税の徴収機構を通して社会保険料を徴収するというのも一つかなというふうに思います。
 ただ、現実には所得税だって住民税だって十分には徴収していないわけでございまして、これは社会保険料だけでなくて税についてもきちっと徴収していただくという体制を整えていただきたいというふうに思います。
#28
○参考人(城戸喜子君) まず、根っこから報酬比例年金にして、そして最低保障額を付ける、最低保障年金の制度を入れると、それは基礎年金と同じじゃないかというふうにおっしゃいましたけれども、基礎年金の場合には年金受給者全員に定額を支給するわけですよね。そうじゃなくて、報酬比例ですから、ゼロの人から始まって、例えば一か月五万円の年金収入しかない人だとか、三万円の人だとかありますよね。そうすると、最低保障年金というのが例えば七万円ぐらいだとすると、差額を支給すればいいわけですよ。七万円と二万円の差、それから、七万円と三万円の差ですから、四万円ですね。それから、五万円の年金収入が月額ある人は、もうちょっと、最低保障が例えば八万円ぐらいだとすると、その差額三万円を支給すると。そこの部分だけ一般財源にするという。だから、基礎年金とは違うと思います。
 それからもう一つ、資産所得からの保険料徴収という部分ですが、例えばどういうものかと言われたと思いますが、例えば土地を持っている、それから住宅を持っている、それを人に貸しているというような場合には明らかに資産収入が入っているわけですから、そういう部分を徴収の対象にするというようなことができるんじゃないかと思います。
#29
○参考人(暉峻淑子君) 私は税制の専門家ではないんですけれども、さっきおっしゃった高所得者に対する税金を、今は日本はそれをどんどん下げていって、低所得の人の下限ももうちょっと下げようということなんですけれども、そうじゃなくて、やっぱりヨーロッパの税制というのは、消費税は確かに一〇%前後取っていますけれども、所得税についても高所得の人からは結構取っているんですね。だから、やっぱり所得の多い人が社会に対して自分の義務を果たすという、この観念は日本人よりもずっと皆進んでいると思います。
 それから、消費税の問題などもやっぱりその人の生活費全体として考えないといけないわけで、日本はやっぱりこういう不況になっても家賃が占める割合というのは家庭生活の中ではかなり大きいですね。それから、基礎的な消費である電気とか水道とかと、こういうものもかなり高いですね。だから、それから物価もそうですけれども、いつも私は不思議に思うのは、日本で消費税が五%であるときの物価と、それからヨーロッパに行って消費税が一〇%も掛かっているところの物価と比べてみると、ヨーロッパの方が安いというものが結構あるんですね。だから、消費税何%というんじゃなくて、物価水準で考えてみて、一体日本は、家賃と教育費が非常に日本は高いですよね、教育費も含めて、一体日本人の生活の中の物価に消費税を上乗せすることが生活にとってどうなのかという、こういう考えでいかないと逆にまた消費不況を起こすということになると思うんですね。
 それで、問題は日本は、ヨーロッパでは既に賃金の低い国に資本がどんどん出ていって、そこに資本投資をするということを八〇年代にもう、片付くという言い方は悪いですけれども、もう既に経験済みなんですね。その中で、安い商品もアジアから入ってくるし、それから、資本が安い賃金を求めて国外に出ていけば失業者というのは、もうこれは半永久的に抱え込むことになるだろうということももう分かっているわけですね。日本は九〇年代になって後ればせに、やれ中国だ、タイだと、そういうところに資本が出ていった。
 例えば自動車産業は、国内で働いている自動車産業の労働者と国外で働いている自動車産業の労働者はもう同じ数です。これは、電気関係の企業でもそうですね。日本の企業でありながら、日本の電機産業で働いている労働者の数と同じ、日本の電機産業の企業が海外で雇っている労働者の数はもう同じなんですね。つまり、こういう条件の下で国民の生活をどう考えていくのかという、こういう視点がないと、古い枠組みの中で何か考えていっていたんでは国民の生活の保障というのはなかなか難しいというのが私の考えです。
 だから、さっき言った海外に企業が出ていって余り税金も払わないとか、そういうようなところももうちょっときちんと捕捉される必要、多国籍企業の中で一体税金をどう掛けていくのかということもこれからもっと考えなきゃ、それから、個人の所得も格差が開いていく中で、何か高い所得の人に税金を掛けると怠け者になるなんて言いますけれども、そんなことはないと思うんですね。松下幸之助さんが生きていられたときに、松下幸之助さんに高い税金を掛けたら彼が何もしなくなるかというと、決してそんなことはないと彼自身が言っていました。こういうこともちゃんと考えてほしいと思っています。
#30
○辻泰弘君 ありがとうございました。
#31
○日笠勝之君 公明党の日笠勝之でございます。
 まず、ワークシェアリングについてお伺いをしたいと思います。
 今、政労使で三月を目途にワークシェアリングについての提言をしようということで今精力的にやっておられるようでございますが、それぞれの三人の先生方におかれましては、私が考えるワークシェアリングという例えばタイトルならばどのようにお考えなのかということでお聞かせ願いたいと思います。
 それから、四〇一kですね、日本版四〇一k、確定拠出年金ですが、やっとこれが始まりましたけれども、これからもう少しこれ自助努力とかポータビリティーということで大きく育てるべきだろうと。裏を返せば証券市場の活性化というようなこともあるようでございますが、それは置いておいて、先ほど申し上げたポータビリティーであるとか、また自助努力とかいうことで日本版四〇一kをもう少し大きく育てるべきだと、こういう声もありますが、もし大きく育てるとすればどのようにやればいいのか、何が阻害になっているのか。
 以上二点、それぞれの先生方から御所見を伺えればと思います。
#32
○参考人(山崎泰彦君) 私は労働問題は全く素人でございますが、一つだけあえて言いますと、先ほど子育てとの関係でも長時間労働を直していかないと難しいということを言いましたが、同じように、例えば超過勤務に対する割増賃金率を高めるというふうなのは一つの案かなというふうに思います。
 それから、確定拠出年金なんですが、どのように育てるかということになりますと、有力な手段は税の優遇だろうと思うんですが、これは現在の制度で十分に優遇措置は講じられているというふうに思います。つまり、十分にというのは、他制度、他の企業年金とのバランスからいうと、ほどほどの優遇措置は講じられていて、あとは個人なりあるいは企業内の話だというふうに思っておりますが、労働者個人としては一概にもろ手を挙げてこれに加入するという意欲は必ずしもわかない制度だと思っております。つまり、基本的に運用のリスクは個人で負うわけですから、かなり厳しいかなというふうに思っております。
#33
○参考人(城戸喜子君) ワークシェアリングにつきましては、私は回答を控えさせていただきたいと思います。
 四〇一kにつきましては、これは自己責任ということが問われておりますし、それから、それは必要なことであるとは思うんですが、自己責任を問うのであれば、情報の開示と消費者教育、市民教育というのが前提条件になければいけないと思うんですね。特に高齢者が、中高年の人たちですね、そういう人たちに対する、あるいは若者に対する証券市場とか金融市場に関する啓蒙ですね、そういうことがない時点で四〇一kを余りに拡大してもらっては困るというのが私の意見でございます。
#34
○参考人(暉峻淑子君) ワークシェアリングのことについては、私は机の上で考える限りにおいてはワークシェアリングというのは必要だと思うんですね。日本は本当に長労働時間で、特にリストラが進んでからは、働いている人たちの労働の密度も物すごく強くなっています。だから、できるならばそれはそうしてほしいんですけれども、それが一応可能なのは、多分国家公務員と地方公務員、ここから手を付けていけば、ここはやろうと思えばできるかもしれませんね。
 それから、これも公務員ですけれども、学校の中で二十五人学級とか三十人学級にしなければならないということが言われているのに、現実にはやられていない。今、学校の先生は労働者の中では一番忙しい、ゆとりが何もないと言われていますよね。それから、看護婦さんの例の二・八なんかでも、もう聞くだけでも何か本当に事故が起こらない方が不思議だというぐらい看護婦さんは疲れ果てていますね。こういうようなところでまず公務員の方から実行していくということが大事だと思います。それから、それと福祉の現場ですね。
 だけれども、一般の大きな大規模な企業でそれができるかというと、結局、人件費を手っ取り早く節約してコストを下げたいというので今どんどんリストラしているわけですから、ワークシェアリングにして多少賃金を落としても、そうすれば企業福利費、つまり社会保険の掛金も掛けなきゃならない、いろんなことがあるから、コスト削減にはきっと余り役に立たないんですよね、ワークシェアリングというのは。だから私は、企業の中に今それが取り入れられるということは、口ではそう言っていても、なかなか実態としては難しいんじゃないかと思います。
 それで、ドイツの場合は、ワークシェアリングするときは使用者側と労働者側がはっきりもう契約するんですね。これだけ人を増やす代わりに例えば賃金を一〇%下げる、でも必ず何人かより多く雇わなきゃいけないという、こういう契約があるからワークシェアリングもうまくいくんですけれども。もうちょっと詳しく言うと、ベトリープスラートという協議会、労働者と使用者側の協議会というのが大きな企業ではずっと前から機能していますから、そこで確実な契約を結ぶわけですね。
 だから、賃金を一割下げてどれだけ人数を多くしたか何かわからないうちに、抽象的にただそうしますといって、どこまでが本当のワークシェアリングだったのか、本当はもっと働く人を元々増やしてよかったのか、そういうことが日本の会社の場合全くあいまいなんですね。だから、そういう点で新しく法律を作るとか、そういうことをしない限り、民間の企業では私はちょっと難しいだろうと思っています。
#35
○会長(勝木健司君) 四〇一kはいかがですか。
#36
○参考人(暉峻淑子君) これは私はちょっと不勉強で、もう既に山崎さんが答えられたことですので。
#37
○西山登紀子君 日本共産党の西山登紀子でございます。
 三人の参考人の皆さん、本当に今日はありがとうございます。
 まず最初に、山崎参考人にちょっとお伺いしておきたいことがありますが、家族介護の評価の問題がございました。──お姿が見えないんですけれども、済みません。
 私は、介護保険の議論をいたしましたときに厚生委員をしておりまして、家族介護の手当、ドイツのように要るんじゃないかという質問をしましたら、当時小泉厚生大臣でしたけれども、女性を家庭に縛り付けるというような御批判もあるし、今すぐにはというふうな御見解で、今、日本の介護保険の中にはこれはありません、評価されていないんですけれども、その点でそういう批判の声をどのようにお考えになるか、またドイツではどのようにその辺がなっているのかということをお答えいただきたい。
 それから、暉峻参考人にお伺いしたいんですけれども、先ほど来言っていらっしゃる職業訓練のドイツの実態など御披露いただければ大変有り難いと思います。
 それからもう一つ暉峻参考人に、ドイツの場合には解雇の規制、これはそもそもどういうふうになっているんでしょうか。先ほど労働は国民の権利というふうな形で御説明をいただいて、失業に対する非常に手厚いネットワークができているということを大変勉強になったんですけれども、そもそも解雇を規制するルール、これはドイツではどのようになっているのかということを御披露いただければ大変有り難いと。
 それから、最後ですけれども、三人の参考人の皆さんに共通して一点だけ。私たちのこの調査会は真に豊かな社会の構築を目指してということを大きなテーマにして調査を三年間ということで続けていくわけですけれども、その点で、日本は経済大国と言われてまいりまして、最近ちょっと傾いているんですけれども、しかし国民が本当に豊かさを感じることができないという状況が長く続いていると思います。その点で、豊かさというのは一体何なのか、何という、どういうものを豊かさとして社会の、これからの未来社会の豊かさの視点に置いていったらいいのかという点で御示唆をいただければ、三人の先生方それぞれからいただければ有り難いと思います。
#38
○参考人(山崎泰彦君) 最初の家族介護なんですが、私は介護保険を導入するときから不可欠だと考えてきました。そういう意味では西山先生と同じ意見かも分かりません。
 医療と違いまして、介護は明らかに家族がかかわれる部分があります。したがって、一定の家族介護を評価し、それに対して給付をするというのは当然だと考えております。ただ、介護する家族にではなくて、ドイツと同じように高齢者御本人にお渡しして、御本人が外のサービスを利用するか、あるいは家族なり近隣の方に介護をお願いしてそこで報酬として支払うかと、こういうことだと思います。ただ、国会でその道はお取りにならなかったわけですが。
 私は、既にデータが大分出始めてきております。介護保険の事業計画を見直すに当たって各自治体みんな調査をしておりますが、明らかに家族がいる人といない人とで利用の仕方が違います。つまり、家族がいる人は全く利用していないというようなことがしばしばあります。それは家族が介護しているからでございまして、これをこのままに放置していいのかどうかという感じがするわけです。ただ、第三者のそれなりのチェックは必要だと思います。家族が虐待しているという例も少なくないからでございます。
 それから、豊かさとは何かというと、私は、非常に難しい話で、暉峻先生、そういう本もお書きになっておりますから、一番適任ではないかと思うんですが。私なりに豊かさというのを考えますと、やはり自分の人生を自分で決めることができる、選択の幅が広まる社会だというふうに考えております。
#39
○参考人(城戸喜子君) 私には介護保険に関する質問がなかったんですが、私はどうしても発言したいと思います。
#40
○西山登紀子君 どうぞ、ありがとうございます。
#41
○参考人(城戸喜子君) それはどうしてかといいますと、個人的な話で申し訳ないんですが、九十七歳の母親が現在入院しておりまして、胃瘻というのをやっております。もうじき退院するだろうと思うんですね。そのときに、家族が介護しないということはあり得ないんですね。ですから、介護に家族が関与できるという生易しい話ではなくて、巻き込まれざるを得ないというところがあるわけですね。介護保険があっても、それはどうしても避けられない事態だと。で、そのときに機会費用を報酬として介護する家族に払ってほしいというふうに思っております。
 それから、これは、都市部を見てみますと、単身の娘が介護しているケースがかなり増えてきているわけですね。そういう人たちは親を一方で介護しながら一方で働かなければいけない、経済的にサポートしなければいけないという、そういう事態に陥っている場合に、労働時間を減らせば、その分、介護のために、充てるために労働時間を減らすとすれば、それは当然保障してもらわないと困るというようなところがあります。
 それから、豊かさとは何かということは、暉峻先生が一番お詳しいと思うんですけれども、私は時間と空間と安心感だというふうに思っております。空間というのは、住居もありますし、それを取り巻く緑の環境もあると思います。
#42
○西山登紀子君 ありがとうございます。
#43
○参考人(暉峻淑子君) 私はちょっと介護保険のことについては余り尋ねられた人間じゃないと思うんですけれども、一言だけ。
 この介護保険が、現物の給付、つまり介護しに行く人がいるというこの現物給付だけが考えられて金銭給付が考えられなかったというのは、私は大失敗だったと思うんですね。これは、まあ割合進歩的な人が、金銭給付をすると、家族が、相変わらず嫁とか娘が家庭の中に縛り付けられるからという反対意見がかなり強かったんですけれども、私はそうじゃないと思うんですね。これ、金銭給付と現物の、実際の介護に出掛けていく人がちゃんといるという、この両方があっていいと思うんです。
 これは必ずしも娘に介護してもらって娘にお金を払うということでなくて、どういうふうになっているかというと、ちょっとこれもドイツの例なんですけれども、自分のうんと親しい友達あるいは子供の親しかった友達のお母さん、それから同じアパートの中にいるもう本当に信用できる人、この人に来てもらって介護をしてもらうと。で、社会保険で事業所から、ドイツの場合は日本よりもはるかに発達しているんですけれども、そこから来てもらうと、人がしょっちゅう替わるというんですね。替わることは老人にとって物すごい不安だと。
 それから、表には出ていませんけれども、ドイツの新聞を丹念に読んでいると、やっぱり貯金通帳がなくなったとか何か物を持っていかれたとか。そうすると、いや、それは老人はぼけているからそう思ったんだとか、もうあれが付かないわけです。でも、もう本当に何十年のお付き合いの人が週に二遍ぐらいなら来てあげますよと言って来てくれる人、この人に頼むと老人は物すごく安心なんですね。もちろん金銭給付は現物給付よりも支払われるものがもっと少ないです。だけれども、それでも安心していたい。それから、自分の年金を少し足してでも本当に自分の心を許せる人に来てもらいたいというこの願いは、もう老人の心理として普遍的なものなんですね。
 それから、ドイツの場合は、金銭給付を半分使い、現物給付を半分使ってもいいんですね。土日は知っている人に来てもらう、だけれども月火水は社会保険で事業所から来てもらうと、こういう自由があるんですね。だから、私は、安心のためには日本も金銭給付を早く作ってほしいというのが介護保険の私の望みです。
 それから、ちょっと職業訓練、ちょっと少し時間がオーバーするので、職業訓練のことですけれども、詳しくは言えませんが、もう時間がないので言えませんけれども、一つ日本に見習ってもらいたいのは、日本は公的な職業訓練の場所と民間に委託してやらせているところとありますよね。公的なところでやっているところは、職業訓練を終わると、まあ半分以上が大体就職できているという調査があります。しかし、委託した民間の学校とか各種学校とか専門学校の場合は、そこでせっかく訓練費を使って訓練しても、四割ぐらいしか就職できていないんですね。あとの六割はもう無駄遣いと言っちゃ悪いですけれども、まあそうなんですね。
 ドイツの場合、職業訓練を二年望めば受けられる。労働の質を高めるためだから、日本のような、雇用・能力開発機構のようにたった一週間とか、一か月とか三か月とか、そんなおざなりなことはしていないんです。もう徹底的に職、労働の質を上げて、経済競争に勝てるような人を訓練していますね。それで、その訓練期間、例えばあるコンピューターの学校に行っていれば、一週間に一日とか二日は、その今職業訓練を受けている種類の労働を使って、ある企業に実習に行かなきゃいけなくなっている。で、受入実習先がないということは、その職種にもう需要がないということなんですね。つまり、受入先があるということは、その職種に需要があるということなんですね。だから、職業訓練とその実習とを連結させて、それで、つまり実習、受入実習が一杯あるということは、この人は付けた能力を社会で使えるということ。こうやっていると、実習に行ったところでもう六五%が就職しているんです。多いところは七割、八割が就職しているんですね。だから、こういう一つのきちっとオーガナイズされた職業訓練をしないと、ペン習字をやりましたとかなんとかをやりましたとか言って何にもなっていないというようなことをすべきでない。
 それから、トレーニングというのがあって、これは十二週間なんです。一年以上失業期間が続くと長期失業は危ないということになって、最初四週間は面接の適性を職安がじっくりやるんですね。次は本人のいろんな訓練をやる。十二週間の最後の八週間というのはもう企業に行って、この職ならこの人は雇ってもらえるという、そういう確定があってその企業に合う実習をやるわけです。だから、職業訓練というのが非常に生きているんですね。
 国の予算も、日本の場合は雇用保険で集めたお金プラス税金のものが例えば三兆幾らかあると思いますけれども、それに対して職業訓練は四千億ぐらいなんですね、全部でも。でも、ドイツはちょうど同じです。雇用保険で失業保険金を払っているお金と職業訓練に使っているお金は同じなんですね。どれだけ失業者の労働の質を国際競争に堪えるように高めるかという、これに国が力を注いでいるというのが本当に現場に行っても分かります。日本もおざなりなことをしないで、長期失業者を出したくないと思うならばもっと本格的にやってくれないといけない。
 それで、ドイツがそういうことをやれたというのは、失業者同盟という、こういう全国組織がありまして、この失業者の人たちが、自分たちはどういうことをしてもらったら社会の落後者にならないで本当に社会の中でやっていけるのかという案を失業者自体が出しているんですね。労働組合もそれに対して同じように出しています。だけれども、日本はそういうのがないから、ただ厚生労働省が何かこうやっているだけですね。これでは十分なことができない。ここのところもやっぱり日本がもっと見習うべきところであるというふうに思っています。
 ごめんなさい、豊かさのことについては、簡単に言うと、やっぱり安心ということですね。人間の安全保障という言葉が今カナダの首相が言い出して使われていますけれども、安心ということがまず土台としてある。そのためには社会保障と社会資本というのがちゃんとなくちゃいけない。それを土台にして何度も自分の人生に挑戦できるということがあるということですね。
 だから、ただリストラして流動化すれば何か挑戦何度でもできるよなんというのはすごく無責任でほったらかしにしているわけで、そうでない、ちゃんと土台があって、学校も授業料なしに行けると、そういうこともあって、そして自分の自由な人生を選んで自分の能力を発揮できるという、こういう社会はやっぱり非常に豊かだと思います。
 それからもう一つ、豊かさの中で大事なのは、自然との共生ということなんですね。自然と人間というのはやっぱり一体になって生きるものだから、自然環境を大事にしないと人間の心の中から優しさとかゆとりとか、そういうものが生まれてこない。特に子供の場合そうですね。コンクリートジャングルの中で競争社会で育てていたのでは思いやりのある子は育たない。だから、自然との共生というのは、何万円と出てこないけれども、絶対に豊かさのために必要なもの。
 それから、未来のことを考える政策があるということね。これは安心のためにとても必要なことであると思っています。
 それからもう一つ、「パパラギ」という本をお読みになった方はお分かりになると思いますけれども、彼は、人間は胃袋だけで生きているのでもない、お金だけで生きているのでもない、頭も手も足も心もみんながどれも犠牲にされないで一緒になって統一されて幸せであるということが本当の豊かなんだという、とてもいいことを言っています。日本はやっぱり経済成長率、金、金、金というので、手とか足とか目とか感受性とか未来への責任とか、そういうところが全部抜け落ちているんですね。
 だから、やっぱり私はこの国民生活調査会というのは予算委員会なんかよりずっと上位に立つべき委員会だと思います。これは今言ったようにすべてのものがあるからなんですね。賃金が増えても夜遅くまで働いて子供の顔も見られないというようなんでは駄目だし、自分がいつも図書館とかそういうところで勉強できないというのも駄目、コーラスなんかに参加して情緒を豊かにすることができないのも駄目、周りの自然環境が荒れているのも駄目というふうに、人間というのはやっぱり全部が調和していないと豊かじゃないということだと思います。
#44
○西山登紀子君 どうもありがとうございました。
#45
○会長(勝木健司君) 質疑を希望される方は挙手をお願いします。
#46
○加治屋義人君 暉峻先生に一点だけお伺いしたいんですけれども、先生の著書を見させていただいて、日本は経済大国だよ、豊かな国ではないよと、こういうことを見させていただいて、正にそのとおりだと、こういうふうに思って。ただ、読ませていただく中で私なりに思ったことがあるんですが、やはり豊かさを阻害しているものは今何なんだろうかと思いますときに、やはり礼節とかあるいは心の部分とか物の考え方とか、そういうものが今現代失われている根本的なことなのではないかと、そういうふうに思ったりしているんですが、ずっと戦前戦後、教育を見てきた場合に、やはりよく言われるのが公徳心とか使命感とか、あるいは人との触れ合いが非常に失われてきていると、こういうふうに思ったりするんですが、やはり先人の残してくれた古き良き精神文化というのでしょうか、今このことを取り戻すことこそが心の豊かさ、先生の言われているそういうものの柱ではないかなと、そう思っているんですが、今日、先生のこの講演の中の前段のこの部分ですね、あるいはホームレスの問題とか、あるいは自殺者の問題、あるいは学校の子供たちの中退の問題とか生活設計が作れない人間が増えているよとか、こういうものと今私が前段で申し上げた精神的な教育の問題とのこういう整合性的なものが今日この先生の講演の中の柱であるんじゃないかと、そう思ったりしているんですけれども。
 今、我々政治をやりながら思うんですけれども、政治家の皆さん何しているの、こうしたらどうなのと助言、もしあるとすればその部分について御助言いただければ大変有り難いなと思います。
#47
○参考人(暉峻淑子君) 例えば、思い付くことなんですけれども、ヨーロッパの学校では大体、北欧は一番進んでいると思いますが、障害者を小学校のときから教室の中に一緒に入れて教育していますね。日本はやっぱりまだまだ、前よりはずっと良くなっていると思いますけれども、それは一つの特殊なクラスとか養護学校とか、そういうところへやっていますよね。子供はもうちっちゃなときから、自分とは違う、そういう障害を持った子供たちもいるのだ、それから外国人の母国語もできないような子もいるのだという中で育ってくるということがやっぱり思いやりというようなものを育てていくことになると思うんですね。日本でやっぱりそういう教育の課程の中に道徳を、お説教するんじゃなくて体験の中で、ああ自分と違うこういう子もいるんだという、だけれどもみんなで仲良くそれを助け合ってやっていこうという、こういう体験がないというのも一つだと思います。
 それから、日本はやっぱり非常に経済競争がすごくアメリカ化して激しくなってきて、心にゆとりがないと自分のことだけになってしまうんですね。子供も成績の競争というのがありますし、会社に入れば会社の中の競争、他の会社との競争。だから、競争のいい点ばかりが日本では主張されるんですけれども、人間というのは、今おっしゃったように競争という面もあるけれども、お互いが助け合っていくという面も人間の原始時代からの働きの中に必ずあるんですね。だから、競争して刺激を与え合うという面と同時に、人間が種として、本能として持っている助け合うということはいいことなんだという、こういうところをもう一遍みんなが自覚していけるような、そういう社会、教育というのを作っていく。
 ですから、私はやっぱり国の予算というのは率先して、みんなが助け合っていける、生活問題とか社会保障に率先して財政支出をしていただいて、国もこうやって国民全体が皆助け合っていけるような、そういう財政支出をしていますよということを模範として見せてほしい。封建社会のように、共同体というのが元々村とか家制度とかであれば、もう好きでも嫌いでも人は助け合っていくわけですけれども、こういうふうにもう個別にみんながばらばらになって生きていこうと思えば生きていける時代というのは、やっぱり人間が持っている相互扶助、こういうものを意識的に作っていかないと、おっしゃったように、自分はお金だけ貯金していればもう一生何となくつつがなく生きていけるんだから人のことなんかどうでもいいやというような、あるいは自然を破壊してもいいやという、こういうのにほっておくとどうしてもなると思います。
 さっき言ったドイツのALVという、アルバイトローゼンフェアバントという、これも国にいろんなことをしてもらう前に失業者同士がまず集まってお互いを助け合ったんですね。私たちは社会の落後者じゃないんだ、アルコール中毒とかうつ病にならないようにといって、そこに弁護士さんたちが無料の法律相談を乗ってあげたり、そういう助け合いが大きくなってこういうジョブアクティブゲゼッツという法律にまでなったわけですね。
 こういう点は、おっしゃるように日本はまだまだ、私たち国民の中に、みんなでまず助け合ってやっていきましょう、そこに財政支出、さっき、七人以上集まったところではもう国が出してくれるという財政支出をちゃんともらえるようにしましょうという、根っこから私たちが助け合ってやっていこうという、こういう気持ちはやっぱり日本人の中からおっしゃったように今非常に薄くなっていますね。
 でも、じゃ、ないかというと、私は今NGOの活動をしていて、もうここ九年、難民キャンプを、大学生たちを連れていって、ずっと援助の実績を持っているんですけれども、そういうことをやってみれば、若い人たちも物すごく自分たちの中に眠っていたそういう本当の豊かな気持ち、これを目覚めさせるわけです。だから、日本人の中に全くなくなってきたんじゃなくて、日本の社会のゆとりのなさ、競争競争と言っていること、こういうことが何か私たちの心の中からそれを失わせてきているのだなというふうに思っています。
 だから、そういう人間の持っているいいものを呼び覚ますということのためにはやっぱり相当意識的にいろんなことをやっていく必要があるなというふうに思っているんですけれども。ですから、おっしゃってくださったことは、私も本当にそういうことを心配しているという。だから、お金の使い方も、富を殖やすところにばっかり財政支出しないで、みんなが思いやり合いやすいような基盤を作っていくところに財政支出をしてほしい。
#48
○加治屋義人君 ありがとうございました。
#49
○榛葉賀津也君 民主党・新緑風会の榛葉でございます。暉峻先生に質問をさせていただきます。
 「シンプルライフのすすめ」と「豊かさとは何か」というものを読まさせていただきまして、大変感銘を受けました。今、これをずっと読んで、いかに自分が貧しいかというふうに思ったんですけれども、正に先生のこの中でおっしゃっている買物依存症であるとか、家計収入に比例して人間の健康や行動が良い結果に出るという方向に、特に高度経済成長の真っただ中に生まれた我々は、家庭環境だけではなくて社会全体からそういったものが良であるというふうに教え込まれた世代でございまして、こんな我々が今、少子高齢化の中で親たちの今後を考え、また子供たちを教育していくという時代になっているんですけれども。
 これから学校が週休二日制がこの四月から完全導入されます。この中で、このような社会の中で生まれ育った我々がどのように、教育制度全体といたしましても、これからの子供たちに本当の豊かさとは何かというものを教えていく。先ほど西山先生のおっしゃったことに多少ダブるかもしれませんけれども、その点についてお伺いしたいというふうに思います。
 そしてもう一点、山崎先生にお伺いしたいんですけれども、我々の世代を中心とした国保の未納率が約二五%、二三・四%という数字を先生出していらっしゃいますけれども、正に国民の四人に一人が国保を払っていないという現状なんですけれども、この中には、確かに国民年金制度が世代間の助け合いという理念の上に立っているにもかかわらず、我々の世代が感じている世代間の不公平さというものがこの一つの要因ではないかなというふうに感じるんですけれども、その中で先生が国民年金を活用した育児支援制度について以前触れていたことがあるというふうに記憶しているんですけれども、その点について少し詳しく教えていただきたいというふうに思います。
#50
○参考人(暉峻淑子君) 子供たちの、今、私、日本の子供の大変不幸なことは、経験の中から自分で考えるというチャンスを奪われているということだと思うんですね。その前に、社会が、お金がたまってきたらそれで子供は幸せになるのかと。子供は社会の鏡だと思いますけれども、子供の健康状態が一番良かったのは一九七〇年代なんですね。七〇年代から後になってくると、グルメ料理とかいろんなものが一杯出てくるのに、食材も豊富になってくるのに、子供の健康というのはどんどん悪くなっていっているんですね。アトピーとかアレルギーとか立ちくらみが多いとか、それから成人病をもう子供が持っているとかと。これは非常にいい私は子供から発せられた警告だと思っています。
 そのころから、家計調査を見てみると、材料を買ってきて親が自分のうちでお料理をしないで、既製品を、どんどん調理品を買ってきて子供に食べさせるという家計支出が、自分で材料を買ってきて、ホウレンソウをゆでたり御飯を作ったりという物品の支出よりも、調理品を、ほかほか弁当とか何か食べさせる方の支出が多くなっているんですよね。
 つまり、それだけ母親にももうゆとりがなくなってきている。自分のうちで食事を作るというゆとりさえもなくなっている。それから、食事の食べ方が、孤食といって、みんながばらばらに一人ずつ食べる、家族そろって一緒に食べない。大人も夜遅く帰ってくるし、子供も塾に行って、ちゃんとした夕食時間に帰らない。それがやっぱり、食事を取るという人間の基本的な取り方をもう乱してしまっているという。だから、一体、七〇年代と今とどっちが子供にとって良かったんだろうかというふうに考えると、それは大人の社会の鏡になっていると思います。
 それから、労働科学研究所が家計調査をして、ある栄養とか教育とか、それからいろんな体を使ってスポーツをやるとか趣味をやるとか、そういうものが満たされてくるある一つのレベルがあって、それ以上お金持ちになっても人間の頭も体も全然良くなっていかないという、そういう発表もしているんですね。
 だから、私たちはやっぱり物と金があれば何かそれでいいという考えを転換しないと、もっと精神的な活動というのかな、勉強をしたり助け合ったり、そういうことに富の形を変えていかないと、やれGDPが何%だかと、そこだけで社会を判断して、株の値段がどうだとかというのは、やっぱりこれからのもう社会には合わないと思っています。ですから、おっしゃったことは全く私もそのとおりだと思います。
 それで、子供がやっぱりただ学校に駆け付けていって授業をして、また塾に行くというんじゃなくて、自分の経験の中で何かを考えていくということで子供を育てないと、これからの経済の競争の中でも、大量生産で上から言われた管理どおりに流れ作業で何かやっていけばいいという場合は、子供の創造性とか判断力はまあ余り問われないと思いますけれども、これからはもう第三次産業で知能を働かせてやる企業という、事業が非常に増えてくるわけですよね。こういうときにやっぱり子供自身の考える力、創造性、判断力、そういうものが働く教育をしていかないと、ただ教え込むという教育じゃ駄目ということを感じます。
 それで、一つだけ例を挙げますと、私はドイツの小学校から大学までの授業をもう何年と見学し続けたんですけれども、日本だと、一、二、三、四と数を教えるときは、これが一でこれが二と機械的に教えますけれども、ドイツだと、あなた方の生活の中に一というのがどういうふうにありますかと、そこから始まるんですね。そうすると、階段を一ずつ上がってきましたとか、縄跳びは一遍で一ですとか、歌を歌うと一お休みがありますとか、もういろんな一のまず発表、発明があって、そういうところから教育をしているから、もう教育の形態が日本とは全然違う。
 これは、もうフランスでもそうですし、数学の答案は作文で書くというのがフランスの授業だし、こういう、ただもう追い付け追い越せ型の明治以来の教育制度というのはもう変えていかなきゃいけないということをつくづく感じます。
#51
○参考人(山崎泰彦君) 国民年金の事業として育児支援事業をしてはどうかというのが私の提案ですが、実は国会の先生方の中では、恐らく自由民主党の熊代議員が児童年金という構想を持っておられて、亡くなられました小渕総理が自民党の総裁選挙の際に児童年金構想ということを言われております。ただ、私は熊代議員よりも大分前からでございますから、私の方が本家だというふうに思っておりますが。
 しかし、この児童年金の構想というのは、一番先生方には分かりやすいんじゃないかなと思います。年金の給付として児童手当を出すということでございます。ですから、年金の前払いかも分かりません。次の世代を生み育てるということは、直接的には基礎年金に一番貢献するわけです。それは、基礎年金が世代間の順送りの扶養の仕組みを取っているからでございまして、次世代を育成するということについて年金できちっと評価すると、こういう考え方だと思います。
 ただ、私はもう少し総合的な保険を考えておりまして、今健保で出しております、出産育児一時金三十万円を出しておりますが、これも年金から出してはどうか、その方が説明がしやすいのではないかなというふうに思います。
 それから、就学前につきましては、むしろ保育手当なりあるいは保育サービスを現物で受けられる仕組みにしてはどうかと。つまり、年金にきちっと加入していることを条件に保育料の一律の軽減を受けたり、幼稚園についても使える、ベビーシッターの派遣も受けられるということで、そういう現物のサービスも安い費用で利用できる仕組みにしてはどうかということでございます。
 そして、暉峻先生は、ドイツの例で二十歳を過ぎても大学生であっても児童手当が出るというお話なんですが、差し当たっては義務教育課程まで、中学卒業まで児童手当を、熊代先生のおっしゃる児童年金を延長すると。そして、高校、大学生については思い切って年金の積立金を使って、例えば無利子で奨学金を貸与すると。そして、そのことによって四十代の親の負担を軽減するというふうなことをやっていいんではないか。ですから、出産、育児あるいは修学資金関連の総合的な保険を基礎年金でやっちゃうということでございます。
 先ほど申しましたように、こういった給付を受けられる条件としては加入条件を付けます。若くて加入していない人は一時金も受けられない、保育サービスも軽減された費用で受けられない、あるいは児童手当も受けられない。そして、宮武先生の構想ですと、奨学金を受けるときには、親が若いときに奨学金を借りてそれを返済中か返済し終わっていないと子が受けられない、そういう加入のインセンティブを付けるというのが一番の魅力でございます。
 それから、国会では前回の年金改正で基礎年金の国庫負担を二分の一に上げるという附則を設けておられます。これは刻々とその時期が、平成十六年度までですから迫っておりますが、今の国の財政事情からして極めて困難だというふうに思います。私はむしろ、差し当たって基礎年金の中にこういう育児支援事業を取り込んで、ここに重点的な国庫負担をお願いしたいというふうに思います。それなら財源確保も不可能ではないというふうに思っております。
#52
○藤井基之君 私は、まず少しお休みいただいている城戸参考人にまずお尋ねをしたいと思います。
 城戸先生の今日のプレゼンテーションで、我が国の社会保障における高齢者の給付率が非常に高いよと、国際的に見ても、そしてそれは突出しているんじゃないだろうかと。その中の内訳を見ますと、年金と医療というのが大きいから、その根底がそういう構造になっているんじゃないかというお話がございました。
 ただ、先生のいろいろなお書き物でも読ましていただいているんですが、いわゆる社会保障の適正規模ということを考えた場合、この高齢者の給付が、じゃ、日本で下がるだろうかといったら、絶対的な額として下がっていくとはとても考えにくいんですね、これじゃ増えていくということがあります。そして、率も、今のままのいわゆる給付の状況を考えていったら、その高齢者の給付の割合はもっともっと高くなるんじゃないかというふうに危惧しているわけなんです。
 先生のお考えで、いわゆる社会保障費も我が国における適正な規模というのを、いろいろ御本を書かれているんですけれども、どのようにお考えになっているか。そして、その場合、もしも現在よりも適正規模が大きくなるとするならば、それは財源をどのようにお考えになっているかということをまず城戸先生にお聞きしたいと思います。
 それから、山崎先生にお尋ねさせていただきたいんですが、山崎先生のこの分野は御専門で、いろいろな御本を読ましていただいておるんですけれども、今日、先生のお話を聞いていて一つ若干気になりましたのは、医療保険制度のお話のところで最後に一元化の問題の話をされたとき、政管の一元化というのは一元化構想の目標としていいけれども、ただ実際の医療のことを考えた場合、全国一律というのは地域的な偏在等、特性があってそれは難しいんじゃないかというお話でございました。
 ただ、これは厚生大臣なんかの説によると、例えば政管を例えば都道府県単位ぐらいにしたらどうかというふうなお話あったんですが、その地域偏在ということを考えた場合、別にそれは都道府県によってもそうですけれども、市町村によっても違うし、必ずしもこれを一律に、どれが適正な地域の偏在に対応したものかというのは難しいと思うんですね。ただ、どこかで割り切りをしなければいけないんだろうと思うんです。医療費というのは我が国全国一律に一定の金額で給付する形になっているわけですね、負担もそういうふうにしているわけですね。先ほど先生、労災のモデルのお話がありましたけれども、これについて先生のお考えをもう少し御説明いただけたらと思います。
 以上でございます。
#53
○参考人(城戸喜子君) まず、高齢者への給付割合が非常に高い、それは年金給付の割合が非常に高いからだというふうにお答えしたと思うんですね。
 医療費は、医療保障費というのは社会保障給付費の中で四割弱なんです。ですから、まず年金給付費と医療給付費の間に大きなギャップがあるということが一つありますね。私が先ほど申し上げておりましたのは、一人当たりの年金給付額というのをある程度削減せざるを得ないんじゃないかと。その部分を高齢者介護とかそちらの、育児サービスとか、それから育児休業の有償部分へ回す必要があるんじゃないかという、そういうお話をしておりました。
 高齢者の数が増えるということは、これはどうすることもできませんので、結局は、今過剰であるものをある程度抑制せざるを得ないと。医療費につきましても、一人当たり高齢者の医療費が平均的な一人当たり医療費の何倍になるかというようなことがよく指摘されますけれども、老人保健制度が施行されましてから十年間の動きを見ますと、老人の一人一日当たり医療費というのは下がってきているんです。ただ、高齢者の数が増えているところに大きな問題があると。高齢者が増えた分だけ医療費が増えるという、そういう考え方ではなくて、増えた高齢者が百人いるとすれば、百人の中の健康長寿の人が最初は五十人ぐらいであったのが六十人ぐらいになるとか七十人ぐらいになるとか、そちらの方向に政策を打っていくべきだ、そういうふうに考えております。
 ですから、適正規模はどのくらいであると思うかと言われても、これは一概にはお答えできない問題だと思いますね。まず、資源配分が非常に偏っているということを考えて、社会保障の中でどの制度に力を注ぐべきか。社会保障の制度の発展史を考えても、年金と医療、年金だけじゃありませんね、所得保障から始まって、医療それから社会サービスの方向に動いていかざるを得ないんだという流れの中にあるということを前提にお話ししているわけです。
 だから、高齢者の数が増えるということで高齢者給付がある程度増えざるを得ないということは、これは認めます。ただし、高齢者が百人増えたら百人分だけ給付費が増えるという、そういうやり方はまずいんじゃないか、そういうお話をしているわけです。
#54
○参考人(山崎泰彦君) 政管健保は正に全国一本でございまして、医療費で言いますと長野が非常に低くて、西と、東は北海道が高いという関係になっておりますから、長野の中小企業の労働者が払った保険料が西と北海道に回っている、これは明らかに不合理だということを私申し上げているわけなんですが、その中で、今回の医療保険改革で、例えば都道府県営はどうかという議論もあるんですが、都道府県単位に政管健保を分割した場合には都道府県間の格差が発生してきます。そこで発生する格差というのは、所得が低い地域あるいは労働者の中でも比較的年齢構成が高い地域の財政が悪化します。したがって、都道府県単位にした場合にはまた財政調整が必要になります。
 ということであれば、全国一本の政管健保を実質的に分権化する、つまり、今のは全国一本でもいいけれども地域別に保険料を決めると。その地域別保険料というのは医療費の実質的な差を反映させる、つまり、年齢構成を補正した上でなお実質的に高い地域には高い保険料を求め、低い地域には保険料を下げると。つまり、西が高くなり、北海道が高くなり、長野が下がるという仕組みにするということです。
 さて、その都道府県内でもかなり医療費の地域差があるとおっしゃいました。そのとおりでございます。ですから、都道府県単位でも私は大き過ぎると思っております。むしろ市町村単位の方がいいと言いましたが、今の市町村単位の国保というのは余りにも細分化されているという問題があります。恐らく適正な単位というのは第二次医療圏だろうと思います。
 ですから、ちょうど三百五十くらいあるかと思うんですが、第二次医療圏が。社会保険事務所が三百そこそこでございます。聞くところによりますと、昔の藩の数が三百ぐらいであったということで、何か三百ぐらいというのが適正なのかなと思います。実際に、東京だとか横浜、大都市圏というのは隣の県の医療機関に掛かるということがありますが、全国的に見ますと第二次医療圏でほとんどの日常的な医療は現実に完結しておりますから、適正な単位というのは第二次医療圏かなというふうに思っております。
#55
○内藤正光君 民主党の内藤でございます。今日はどうも本当にありがとうございます。
 そこで、今日は山崎先生に二点質問させていただきたいと思います。
 まず第一点目は、先ほど森さんの方からも既に質問がありましたが、保険方式か税方式かということでございます。保険方式にすれば参加意識が高まるというふうにおっしゃったわけなんですが、これは目的税化すれば同じような効果が得られるんだろうと。では、保険方式と税方式の最大の違いは何なのかと考えたときに、やはり私は権利だと思うんです。よく聞く話なんですが、裕福なお年寄り、孫たちのことを考えると、わしは年金なんて要らぬのになと。だけど、これは権利ですからもらわざるを得ないということになるわけなんです。
 しかし、私は、これは民間レベルのサービスだったら、私はそれはそれでいいと思うんですが、国の役割は何なのかということを考えた場合、ナショナルミニマムを提供、すなわち限られた資源を、リソースを本当にそれを求める人のところへ届ける、これが国の役割なんだろうと思います。そういった観点で考えたときに、果たして保険方式でいいんだろうか。それが仮に税方式であるならば、ミーンズテストを厳しくして、フローとストックをもうくし刺しにして、本当に必要な人はだれなのか、厳しい基準を設けた上で必要な人のところへだけ届ける、そのようにすればこの制度の支出自体もかなり低く抑えられるんではないのかなというふうには思うんですが、こういった観点で、果たして税方式がいいのか保険方式がいいのか、改めてお答えいただきたいと思います。
 そして二つ目なんですが、二分二乗方式、私はこれは本当にすばらしい制度だと思います。社会保険並びに税制の中において個々の自立性を高めていくために本当にすばらしいことだと思うんですが、じゃ、これを導入するに当たってどんな条件整備が必要なのか、お尋ねしたいと思います。
 というのは、簡単にちょっと考えてみますと、今のように累進性が激しいままこれを入れると、場合によってはこれは金持ち優遇だなんていうふうに言われかねないわけですね。つまり、かなり所得がある人が奥さんと半分こすれば、三〇%とか高い税率を避けられるわけですから、ですから、ある程度これを導入するには累進性を緩和しなきゃいけない、あるいはフラットにしなきゃいけないというようなことが必要かと思いますが、こういったものも含めて、どういった条件整備がほかに必要なのか、具体的に教えていただけますでしょうか。
#56
○参考人(山崎泰彦君) 二点御質問いただきましたが、私は、社会保険の良さというのは正に介護保険を推進されました民主党の主張に尽きていると思うんですね。国民は、ただにすれば喜ぶんじゃない、保険料を払って権利としてサービスを受けたい、それを国民が望んでいる、こういうことで推進されましたよね。ですから、年金も同じだというふうに思います。なぜ民主党は介護保険が保険で、年金になると急に税でと言うのか、私は理解できないんですね。ですから、恐らく多くの国民もそうだろうと思うんですよね。ですから、説得力はないんじゃないかなと。むしろ自由党がすべて税金だとおっしゃる方が整合性があると。
 それから、恐らく、先ほど来議論ありますが、現実に日本はすべて税にすると必ずお金持ちにまで給付するのはばらまきだということになるんですよね。やはり日本の場合には保険という仕組みを持っているから、年金も医療も介護もひとしくみんな権利として同じように利用できるということだと思うんですよね。所得の高い方は保険料の負担あるいは税のところできちっと負担してもらえばいいんだろうというふうに思います。受けるのは同じように受けられるという仕組みの方がいいと思いますし、それが保険の良さだというふうに思います。
 それから、二分二乗方式なんですが、結局、今回の女性と年金の検討会で、離婚時の年金分割は合意しました。恐らくそれは実現されるんでしょう。離婚時の年金を分割するということは、その年金の元になった所得も分割するという方向に向かうのではないかというふうに思います。つまり、樋口恵子さんの説明の仕方によりますと、出口を分けるということは入口の分割まで行くのではないかなというふうに思います。
 さてその場合に、仮に夫の年収が一千万で妻は専業主婦という世帯を取りますと、夫の所得が五百万、妻の所得が五百万ということになります。それぞれに社会保険料が掛かり、税金が掛かるということになります。今の累進課税制を前提にすると税収は減ります。お話のとおりです。ですから、この案に反対するのは財務省だというふうに思いますが。ですから、それは全体としての税収を今の程度所得税を確保したいのであれば、二分二乗を入れて税率を上げればいいと、それだけだと思います。
 ただ、この一番のメリットは、今の例でいいますと、今まで無収入であった妻にいきなり五百万円の所得が生じます。そして、パートに出て五万、十万働けば、その五万、十万の半分が夫のものになります。ですから、妻は五百二万五千円、五百五万円という収入になって、これに税金が掛かります。ですから、就業調整という余地は一切なくなります。ですから、勤労意欲にもプラスだというふうに思います。
#57
○内藤正光君 ありがとうございます。
#58
○山東昭子君 自民党の山東昭子でございます。
 欧米に参りますと、日本と家族制度が全く意識が違うような気がいたします。そして、高齢者が非常に独立した精神力というものを持っているような気がするんですが、日本においては非常に親子とか親類縁者の血を大切にするというような環境が強いような気がするんですけれども、これからもそういう意識というものはますます強くなっていくとお思いでしょうか。まず、山崎先生にお伺いしたいと思います。
 それから、高齢者の方たちが、昔、武蔵野市においてお金を預けて、自分が生きているうちは非常に自分たちの生活をエンジョイして、そして亡くなったときにはそれを市に寄附するというようなことがございましたけれども、そういう意識というものがこれからももっと発展をしていくのかということ、これを城戸先生にお伺いしたいと思います。
 それから、暉峻先生には、外国の人の中には、決して豊かな家庭でなくても、自分に子供があっても養子を取って、しかもなおかつ、どうせ育てるならば障害児をもらおうというような方たちが多いような気がいたします。私も障害児の問題をやってまいりましたけれども、とてもとてもそういう自信はなくて、大変自分自身が恥じ入るわけなんですけれども、これから日本が少子化になっていく傾向の中で、そういう意識というものを日本人が持つようになるだろうかというような、そんなお考えをお聞かせ願えればと思います。
#59
○参考人(山崎泰彦君) 難しいテーマで、本当は答えられませんと言いたいところですが、何か昔と違って新しい形での自発的な支え合いというのは育ってくる余地が、素地があるのではないかというふうに感じます。
 私は横浜に住んでおりまして、今日は、ポスターでしょっちゅうお見掛けする方も今日はいらっしゃるのでございますが、明らかに都市の新住民同士で地域で支え合うという人たちはたくさんおります。ですから、意外に期待できるのかなという感じはします。
#60
○参考人(城戸喜子君) 私に対する御質問は、福祉公社のような土地担保ですか、土地住宅担保の貸付けサービスというのが普及するかということだったと思うんですね。
 これは一九八一年に制度化されまして、既に二十年以上の歴史があるわけですが、現実に市に寄附されたというのはたしか一けただと思うんです、ずっと時系列で見て。ですから、武蔵野市自体で現金清算のケースが多いわけですよね。
 ほかの地域でこういう方式がうまくいくかどうかということなんですが、どうも、私は非常にびっくりしたんですけれども、一橋大学の経済学者の高名な方が、私は経済学者だけれども自分は子供に家を残したいというふうなことをはっきりおっしゃったんですね。ですから、日本人の意識としてこれが果たして根付いていくかどうかということについてはかなり疑問を持っております。
 それから、家族制度のお話が出まして、高齢者が自立した精神を持っていくかどうかという話なんですが、これは尋ねられていないんですけれども、ちょっと補足させていただきたいんですが、介護に関する意識調査というのを総務庁なんかが何度もやっておりました。それを見ておりますと、自分たちは親を介護する、しかし、自分たちの世代は社会的な介護を受けたいという答えが必ず一番多くなるんですね。
 ですから、その人たちが、中年の人たちが、今介護している人たちが現実に要介護の状態になったときに意識がどうなるかということは、それは必ずしもそのとおりだとは言えないかもしれませんけれども、かなり変わってくるんじゃないかというふうに思っております。
#61
○参考人(暉峻淑子君) 親子の関係というのは、親が子供のことを思うという感情は日本人は確かに強いですね、特に子供が小さいときは、親が本当に自分は食べなくても子供に食べさせるというね。それから、自分は学校は出ていないけれども子供はどうしても大学まで出したいという、こういう感情は確かに日本人は強いと思います。
 でも、じゃ子供が親を思う方はどうかというと、これはさっき城戸さんがおっしゃったように、やっぱり公的な援助なしにはとてもやっていけない。第一、両親二人で子供一人しか産まないというのがもう今ですよね。そうすると、一人が二人の老後をどうやって支えていくのかということになると、親が、言い方がちょっと不謹慎かもしれませんが、余り長生きしない場合は支えられると思いますけれども、親がもう九十とか百まで、自治体でも百を超える老人がたくさんいらっしゃいますよね。こういうときに子供一人がそれを一体見切れるのかということになると、やっぱりまれな例だとは思いますけれども、もうとてもたまらなくて、親の首を絞めて自分も自殺したとかって新聞によくありますよね。ああいう状況というのは、私の母も今九十八なんですけれども、私の場合は兄弟が多いので割合に代わり合えるんですけれども、これ一人っ子で、自分もある程度人生の生きがいを持って仕事もしていたい、だけれども親も見なきゃいけないということになると、もうこれはちょっと物理的、科学的に不可能になってくるんじゃないかという気がします。
 よく言われますけれども、施設にいる老人の方が暴力を受けることが少なくて、家庭内に置いておく老人の方が家族から暴力を受けているという調査がしばしばありますね。これも、私はその人が冷酷なんじゃなくて、もうたまらないという、もうとってもしょい切れないという、そういうことだと思います。
 だから、日本人というのは自然の感情に任せるというところが強いんですけれども、そうじゃなくて自然の感情はもちろんいいものは置いておいていいんですけれども、もっと国の制度もそれを助け、しかも親子だけに限らず自分と同じような社会に生きている人たちのことも本当に思いやるということは、少し意識的にそれを確立していかないと、ほっておいて、ただ自然の感情というんじゃ、とてもそういう気持ちは育てられない。
 それで、日本はこの豊かな、この委員会、調査会と重なるんですけど、価値観の中にはどうしてもお金がたまることは幸せだと思っちゃうんですよね、何か日本人って。だけど、そうじゃなくて、周りの老人とか子供とか障害者とか、そういう人のために自分は役に立っていると思うことが幸せだというこの価値観は、日本の中には余り根付いていない。じゃ、全くないかというと、私のやっているNGO活動も、周りの主婦の方で、手伝いたい、手伝いたいという人たち、一杯いるんですね。だから、社会の役に自分は立っている、ほかの人の役に立っているということが生きがいであるという、この価値観をもっと大切なものとして社会も評価するという、こういうふうになることが必要ではないかというのが私の実感です。
 それから、ちょっと余計なことですけど、さっき解雇規制法のことについて私は触れませんでしたけど、そういう意味では、ヨーロッパの方が個人主義的で冷たいと思われているかもしれませんけど、決してそうじゃないんですね。他人の子供にも児童手当をさっきのように二十七歳まで与えるということにみんな同意しているわけだし、それから、解雇するときも日本のように冷酷な解雇をしているわけじゃないんですね。やっぱり、その企業がどうしても経済的にやっていけない、子会社とか関連会社にも出向させられない、そういうことをきちっと説明して、もう前もって、半年前とかそういうときに、きちんとそういう、こういうふうになるかもしれないという説明をする。
 それから、働いている人の場合、解雇規制法は、年を取っている、長くこの会社で働いていた人は解雇の順番が一番びりなんですね。日本のように年寄りから切っていって賃金の安い若者を置いておこうというんじゃなくて。それから、その働いている人が、配偶者がいない、未亡人で自分が子供を養っているとか、そういう場合はもう解雇はしてはいけないんですね。
 企業の中にさっき言ったベトリープスラートという協議会がありまして、その協議会が、まず解雇するときに協議会に使用者は諮らなきゃいけない。その協議会が、いや、解雇してはいけないという結論を出して、それでもなお企業が解雇するときは、労働裁判所というのが外側にすぐあって、短期間にその労働裁判所が解雇して良かったのか悪かったのかという結論を出すんですね。だから、人権、自然の感情じゃないけど、人間の尊厳とか人権ということを配慮するという風潮は、今や私は日本よりもヨーロッパの方があると思います。
#62
○山東昭子君 ありがとうございました。
#63
○会長(勝木健司君) ほかに御発言ございませんか。──ないようでございますので、それでは、以上をもって参考人に対する質疑は終了いたします。
 山崎参考人、城戸参考人及び暉峻参考人には、御多用の中、本調査会に御出席をいただき、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の私どもの調査の参考にさせていただきたいと思います。本調査会を代表して厚くお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。
 それでは、速記を止めてください。
   〔速記中止〕
#64
○会長(勝木健司君) 速記を起こしてください。
    ─────────────
#65
○会長(勝木健司君) 次に、先般、本調査会が行いました委員派遣につきまして、派遣委員の報告を聴取いたします。魚住汎英君。
#66
○魚住汎英君 委員派遣の報告を申し上げます。
 去る二月十九日から二十一日までの三日間にわたって、勝木会長、北岡理事、鶴保理事、内藤理事、日笠理事、西山理事、島袋理事、山東委員、松山委員、榛葉委員、私、魚住の十一名は、熊本県及び福岡県において、経済、雇用対策及び社会保障等に関する実情について調査してまいりました。
 以下、調査の概要を申し上げます。
 まず、熊本県について報告いたします。
 本県は、「創造にあふれ、生命(いのち)が脈打つ≠ュまもと」を基本目標に策定された総合計画「パートナーシップ21くまもと」の実現に向けて取り組んでいるところでありますが、本県の景気の現状は、昨年十二月に九州最大のスーパー寿屋が倒産するなど、非常に厳しい状況にあります。
 県においても、熊本県雇用創出対策に取り組んでおりますが、国の雇用対策に関連して、緊急地域雇用特別交付金制度の、地域の特性に応じた活用と更なる柔軟性についての要望、及び企業誘致に関連して、税の優遇措置のある経済特区の実現についての要望がありました。さらに、少子高齢化が進む中で、空き店舗を活用した保育サービスや介護サービスへの柔軟な取組を可能にする施策についての要望も出されました。
 また、同県では、BSE問題や韓国産トマトを熊本産と称するなど、農産物の風評被害が相次ぐ中、JAS法の適正化についても要望がありました。
 次に、主な視察先について申し上げます。
 まず、ソニーセミコンダクタ九州株式会社熊本テクノロジーセンターを訪れました。
 本センターは、半導体産業の中でも需要拡大が見込まれる映像デバイスの世界最先端工場であります。「九州で世界と勝負する」をキャッチフレーズに掲げ、大幅な生産性の向上とコストダウンを達成したばかりでなく、一〇〇%ゼロエミッション、周辺緑化など、環境面にも取り組んでおります。同センターからは、国内生産の維持に関連し、優遇税制の要望が出されました。
 次に、熊本県立天草高等技術訓練校を視察いたしました。
 本校は、職業能力開発促進法に基づき、離職者及び転職者等を対象にした訓練機関であり、電気設備科及びOAビジネス科を訓練科目としております。
 派遣委員からは、訓練生の平均年齢及び女性の割合、就職率を高める工夫、カリキュラムの編集方針、地域社会との連携の必要性等についての質疑が行われました。
 次に、五和町コミュニティセンターにおいて老人福祉施設関係者と懇談を行ってまいりました。
 老人福祉の重要性が一層増す中で、今般、天草地域の介護老人福祉施設四か所及び介護老人保健施設六か所の代表をお招きし、福祉の現場の生の声を聞きました。
 関係者からは、六人部屋解消に係る施設整備と資金、低所得者の介護サービス利用料の自己負担問題、訪問介護の家事援助等の介護報酬が安価である点、施設内での転倒・事故防止の苦労、施設の努力により介護度が低くなった場合の成功報酬制度の創設等について意見や要望が出されました。
 これらの意見等に関し、派遣委員からは、介護保険導入後に施設入所が長期化している現状の改善策、施設が入所者を選ぶ基準、ショートステイの利用が少ない原因、施設の建築構造に留意した点等についての質問がありました。
 引き続きまして、福岡県について報告いたします。
 本県は、県の総合計画であるふくおか新世紀計画を策定し、新たな時代の潮流に対応した県づくりを進めております。
 その第一は、二十一世紀型の産業構造の構築であります。
 本県では、中小企業の資金調達の多様化を図るため福岡県新金融システムや、ふくおかギガビットハイウエイ等の最先端のIT拠点地域の構築、福岡県リサイクル総合研究センター等の環境産業の推進を進めております。
 第二は、新しい社会システムの構築であります。
 男女共同参画の推進では、県、県民、事業者の責務を明記した条例を昨年制定しました。また、NPOとの協働も進めております。青少年の教育問題では、新世紀を拓く人づくりとして、青少年アンビシャス運動や科学への理解と関心を深めるためのフクオカ・サイエンスマンスを実施しております。
 派遣委員からは、九州全体に産学連携を進める必要性、産学連携を進める上での制度的問題点及び大学の役割、アジアとの交流が盛んになる中での県の治安状況等についての質疑がなされました。
 次に、同県における主な視察先について申し上げます。
 まず、福岡システムLSIカレッジを訪問いたしました。
 半導体産業は現在、アジア諸国との価格競争の影響等により大変厳しい状況にあります。本校は、このような中にあって、付加価値が高く将来有望なシステムLSIの実践的な設計人材の養成を目的に、産学官が一体となって全国で初めて設立した機関であります。
 続いて、厚生労働省福岡労働局による概況説明の後、福岡両立支援ハローワーク及び福岡学生職業センターを訪れました。
 福岡県の雇用情勢は、有効求人倍率が全国を下回り、特に機械、電気機器の製造業の落ち込みが厳しいとのことであります。
 また、育児と仕事の両立に関連して、働く母親からは、病児保育の充実を求める声が大きいとのことでありました。
 福岡両立支援ハローワークは、育児、介護、家事と仕事の両立を求める人の多様な就業ニーズに対応しており、また、福岡学生職業センターは、大学等の卒業予定者と既卒の未就職者を対象に就職をバックアップしております。
 派遣委員からは、四十歳以上の女性の求人状況、ハローワーク窓口業務の時間延長問題等に関して質疑が行われました。
 最後に、九州大学産学連携推進機構を視察いたしました。
 本機構は、九州大学の知の集積が社会で一層活用されるために設立された学内外への知識サービス提供機関であり、特許にかかわる各種相談や大学からの企業支援等、社会と連携した知的創造活動をサポートしております。
 派遣委員からは、文系の産学連携の具体的な事例、産学連携を進める上での障害、我が国の大学研究室の劣悪な環境等に関連して質疑がなされました。
 最後に、今回の派遣に当たりまして、熊本県、福岡県並びに関係者の皆様方から多大な御協力をいただきましたことに厚くお礼を申し上げ、報告を終わります。
#67
○会長(勝木健司君) 以上で派遣委員の報告は終了いたしました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五分散会
ソース: 国立国会図書館
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