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2002/05/22 第154回国会 参議院 参議院会議録情報 第154回国会 国際問題に関する調査会 第8号
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2002/05/22 第154回国会 参議院

参議院会議録情報 第154回国会 国際問題に関する調査会 第8号

#1
第154回国会 国際問題に関する調査会 第8号
平成十四年五月二十二日(水曜日)
   午後二時五分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         関谷 勝嗣君
    理 事
                世耕 弘成君
                山崎  力君
                山本 一太君
                藁科 滿治君
                沢 たまき君
                緒方 靖夫君
                田村 秀昭君
    委 員
                入澤  肇君
                小林  温君
                西銘順志郎君
                野上浩太郎君
                森元 恒雄君
                吉田 博美君
                今井  澄君
                小川 勝也君
                木俣 佳丈君
                佐藤 雄平君
                山根 隆治君
                若林 秀樹君
                高野 博師君
                井上 哲士君
                大田 昌秀君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        鴫谷  潤君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
 (「新しい共存の時代における日本の役割」の
 うち、イスラム世界と日本の対応について)

    ─────────────
#2
○会長(関谷勝嗣君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、前回に引き続き、本調査会のテーマである「新しい共存の時代における日本の役割」のうち、イスラム世界と日本の対応について委員の意見表明及び委員間の意見交換を行いたいと思います。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、意見表明を希望される委員から御意見を表明していただき、次に、意見表明が終わりました後、午後四時三十分ごろまでを目途に委員相互間で意見交換を行っていただきたいと思います。
 いずれも自由討議方式により、あらかじめ発言者を定めず、発言を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って発言を行っていただきたいと存じます。
 また、できるだけ多くの委員が発言できますよう、委員の一回の発言時間は五分以内でお願いいたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず意見表明を行っていただきます。
 意見の表明を希望される方は挙手をお願いいたします。
#3
○入澤肇君 それでは、短くやります。
 今までこの調査会を中心にいろいろとイスラム・中東情勢の勉強をさせていただきましたけれども、もう一つ表面的でよく分からない面がたくさんあります。一方で、マスコミ等では、アフガンにおける紛争の後、多くの情報がはんらんしております。何が一体真実なのか、何がそういういろんな事実の背景にあるのか、よく分かりません。例えば、新しい政権ができた後も、地方によっては知事部局と元知事部局とが部族間の争いをやっている。一体、その背景は何なのか。それから、いつ収まるのか、どのような手段、方法を講じたら円満に解決するのか、よく分かりません。
 私は、そういうふうな状況は、日本の外国を見詰める姿勢、外国を研究する、調査する姿勢そのものにも影響しているんじゃないかというふうな感じを持っているわけであります。
 実は、マクナマラ元国防長官とOBサミットの後、会談をすることがございました。そのときにマクナマラ長官が、いずれ本を書くから読んでくれと言われて、その本は、ベトナム戦争はなぜ負けたかということを分析し、ベトナム戦争は間違っていたという表題で本を書くということなんですね。アメリカは、従来、中国に対しては相当のお金と人をつぎ込んで研究をやっている、ベトナムについては研究が抜かっていた、特に民族の背景にある深層心理等にまで及ぶような研究はやらなかったと言っておりました。
 私は、アメリカが対日戦争をやるときに、相当前から日本の研究をやったことを指摘いたしました。戦後、その研究の成果が「菊と刀」という題名で出版されまして、私も何度か読んだことがございます。事実に食い違いもありましたけれども、非常に多方面からの研究でなかなか参考になりました。
 私は、このことをいつも念頭に置いていまして、日本の外交の基本姿勢として、他国を深く広く重層に研究、調査することが外交の基本に据えられなくちゃいけないんじゃないかというふうな感じを持っているわけであります。
 特に、欧米を中心、英国、欧米を見ている我々としては、イスラムの慣習なり宗教なり、それから生活ぶりというのは奇異に映ることが多くて、その実態に迫るような情報が余りありません。最近でこそいろんな本が出てきましたけれども、それはすべてを必ずしもとらえているとは言い難い。
 そこで、今までの勉強会の結論の一つといたしまして、是非我が国政府は十分なお金を出し、それから調査人員を養成してイスラム世界の研究を強化していただきたい。現在、中東調査会等がございますけれども、その報告書や研究人員の陣容を見ましても、必ずしも十分ではないと私は思います。
 そのことを一つ要請いたしまして、私の意見表明とさしていただきます。
#4
○木俣佳丈君 民主党・新緑風会の木俣でございます。
 ずっとこのイスラム世界と日本のかかわり方ということで勉強さしていただきまして、大変いろいろ学ばしていただきました。
 私、個人的に行った国ということで、イランという国でありますけれども、ここの取扱いで、いわゆるブッシュ大統領が悪の枢軸ということで三つの国を挙げた一つになっておるわけでありますけれども、ちょうど湾岸戦争が終わったすぐ直後に、これはアメリカの要請が事実、財界の方にありまして、その結果、イランのホルムズ海峡沖の島を経済特区にして、そこに日本の代表的な企業が何百億という投資をしたと、こういうことをしむけた一人としまして、それは果たして、今、ハタミという民主化路線を歩む大統領が懸命に、表面的かもしれませんが懸命に民主化を実行しておると私は思っておりましたところを、水を差すように悪の国であるということを言うのを聞きまして、いかがなものかなということを思いました。
 日本も、結局、外交があるようなないようなところがございまして、全くその言葉に対して余り反論的なものは私は聞こえてこないという感じがしておりまして、事実、私が確認を、数か月前ではありますけれども、しておる中にも、契約がほぼ決まっておったようなガス田もイランの方で却下されたと、こういうような話もありまして、イランというのはイスラムの中でもいわゆるペルシャでございます。アラブの国とは違う国でありまして、文明としても、いわゆるペルシャ文化というのはじゅうたんだけではございませんでして、おおよそあの辺りのいわゆる文明の発祥の地でございます。そういった大変大事な国を、日本として、そしてまた人口も六千万人で、サウジアラビアが約今八百万から九百万と言われております。こういった国と比べても、このイランをどう扱うかというのはかなり慎重にしなければならないのにもかかわらず、日本の外交がいま一つであるということを非常に最近感じておるわけでございます。
 ただ、もう一つありまして、内々、外務省等々情報機関から聞こえてくるものは、表面的なものとは違ってかなり大量破壊兵器、これは核も含めたものであるということでありますけれども、武器の提供を他国にしていると、内々、というような話も、実はかなり確証のある話として米国経由で聞いておりまして、この辺りはどうなのかなと私も疑問に思っておりましたものですから、もう少し例えばこういう場でその辺りが明確になるのかなと、このように思っておったんですが、なかなかその辺り明確になっていないということで、イスラム、丸めた話ではございませんけれども、非常に重要な、イラクをたたくときに明確に、私どもも財界の方に、米国からイランに行ってくれというので行ったということを重ねて申し上げながら、ちょっと日本のイスラム政策という丸めた話はなかなかできません。でありますけれども、このイランに対しての政策はどういうふうになっているのかなということをもう少し追求したいなと、かように感じたわけでございます。
 意見になったかどうか分かりませんが、以上でございます。
#5
○緒方靖夫君 私は、イスラム社会にとって非常に大きな影響を持つ問題として、今も続いているアフガニスタンの戦争の問題について述べたいと思います。
 ちょうどインド洋に昨年十一月二十五日に海上自衛隊の護衛艦が派遣されて、そして半年間更に延びると、そういうことも最近決定されているわけですけれども、私、アフガニスタンの戦争、これはもう終わったんじゃないかというふうに言われている、そういうのもあるわけですけれども、確かに続いているわけですね。
 そして、その継続について言うと、結局アフガン市民の犠牲がどのぐらいあるのか、これは数えるのは大変難しいんですけれども、それを一人一人確認された犠牲だけを積み上げて計算しているアメリカの大学の教授がいるんですね。それを見ますと、三千四百人の犠牲が出ているということになるわけです。恐らく実際にはもっとすごい数になると思いますけれども、確認されてそれだけだと。
 片やアメリカの犠牲はどうかというと、最初かなり大きな人数が言われましたけれども、死者と行方不明者合計すると、ニューヨークの世界貿易センタービルの犠牲者というのは二千八百二十三人、そして国防総省などのその他の犠牲者を加えても三千四十七人と、これはアメリカ政府が最近、全部その調査を終えたということで発表している数で、そうすると、アフガニスタンの市民の犠牲の方が今の時点でも多いわけですね。戦争継続中ですから、更に増える可能性もある。そういう性格の問題になるわけで、ですから、そうすると、やはりこの問題というのは、ラムズフェルド国防長官が、私、予算委員会でも言いましたけれども、アメリカ市民が苦しんだだけ、それだけの苦しみをアフガニスタンに与えてやるんだという、そういう発想からすると、正にそういう報復が今行われていると、そういうことになるんじゃないかと思うんですね。
 私自身も現地に調査に行って、アフガン人が最初あのニューヨークの事件を見たときに、大変なことが起こったと、犠牲者に対して本当に心が痛むと言っていたわけですよね。ところが、いつの間にか自分たちのところが攻撃されるということになって大変な思いであるということも聞きました。
 そういう中で、アフガニスタン人がアメリカなどのそうした戦争による犠牲を受けているわけですから、アメリカに恨みを持つということは自然のことわりとして、自然の流れとして出てくると思うんですね。そういう中で、同時にアフガニスタンだけではなくてイスラム諸国全体でアメリカに対するそうした憎悪の念、これが広がっている、このことを私は非常に危惧するわけですね。
 二月に行われたギャラップの調査によっても、主要なイスラム諸国の中でアメリカに対して憎悪を感じるという世論が八割近くを占めるに至っているわけですね。ですから、このことは非常に重大な問題。それに加えて、この間も議論されてきましたパレスチナ、イスラエルの紛争の中でのアメリカ政府の立場というものが更にその憎悪を増幅しているという、そういう関係になると思います。
 ですから、私は、例えば昨年の北京で行われましたAPECの会議のときに個別の首相の会議が行われて、ブッシュ大統領に対してマレーシアのマハティール首相とか、あるいはインドネシアのメガワティ大統領が空爆に対して強く批判する、これ以上この行為が続けられると自分たちのイスラム社会はもたなくなると、そういうことを述べたことも理解できるわけですね。
 ですから、こうしたこれまでの経過と進行中のことを見ると、テロと闘うといって進めた戦争、これが本当にテロに対する効果的な闘いになっているのかどうか、この点はやはりよく見る必要があると思いますし、私は反米感情を相当強め、その点ではテロの温床を客観的には広める役割を果たしているという、そういう見方がもう成り立つ、そんな事態があるのではないかということを痛感いたします。
 更に加えて、イラクに対する攻撃、先制攻撃ということがアメリカの政府によって繰り返し言われている、ブッシュ大統領もラムズフェルド国防長官もそれを繰り返す、そんな事態があるわけで、そうすると、やはりアメリカを中心とする、何というか、日本もこの戦争に、間接的ですけれどもその戦争を支えているという関係になるわけですから、イスラムに対するそういうあってはならない対峙の関係が作られるということにもなってくると思います。
 OICに加盟しているイスラム諸国が五十七か国、人口を全部計算すると十三億になるわけですね。あるいは、OICに数えられなくてもインドのようにイスラム教徒を相当数含んでいて、一説によると最大のイスラム人口を抱える国だとも言われているわけですけれども、やはりそういうこともある。そうすると、この間随分議論してきましたイスラムとキリスト教あるいはほかの文明の衝突という、そういう事態は避けなきゃならない。そして、イスラムを含めて、やはり私たちがそれをよく理解してその平和共存を図っていくということが非常に大事になってくるなと、そういうことを痛感している次第です。
 ですから、その点で私たちとして、このアフガニスタンの事態というのは、結局アメリカの進めている戦争に対してそれを間接的に、テロと闘うという、そういうことを掲げてはあったとしても、彼らから見れば一緒に戦争をしているということになるわけで、その点でも私たちが今後この点をよく考えていくということが非常に大事になっているなと、そんなことを痛感しているところです。
 以上です。
#6
○西銘順志郎君 自由民主党の西銘順志郎でございます。
 今日は、イスラム世界と日本の対応についてこれまでずっと勉強してきたわけでありますけれども、そういうことについての意見の発表をしなさいということでございますので、感想を述べさせていただきたいというふうに思います。
 この調査会、参議院の調査会ができて六期目になるようでございます。既に十五年以上の実績があるようでございまして、関谷会長はいつも、この参議院の調査会について大変すばらしい調査会があるなというような話をよく聞かせていただいておるわけであります。
 私も、参議院に当選した去年の初めのころ、七月の末に当選して、八月の初めごろにこの調査会の国連の報告書というものを読ませていただいたことがあります。国連本部を是非沖縄に誘致したいという、そういうような意見等も選挙中にございまして、そういうものを読ませていただいたわけであります。大変すばらしい報告書だったというふうに思いました。
 これからは、「新しい共存の時代における日本の役割」というこのテーマについて、まず最初に、イスラム世界と日本の対応について幅広く重点的な調査を行ったというふうに思います。
 二十世紀は戦争の世紀とも言われまして、二度にわたるあの世界大戦を経験したわけであります。このような反省の上に立って国際連合ができたわけでありますが、しかしながら、安保理を中心とした国連システムも米ソの対立によって機能をしないというような状態に陥ったわけであります。むしろ代理戦争の形を取って紛争が世界各地で発生をしたというふうに理解した方がいいんじゃないのかなと思うわけであります。
 こういうような米ソ両大国を軸とする冷戦がやがて終結をするわけでありますけれども、このポスト冷戦の世界情勢についていろんな研究や予測が相次いで行われたわけでありますけれども、その中で、領土あるいは民族、宗教等、様々な要因に基づく地域紛争が多発するんではないかというふうに指摘をされたわけでありますけれども、不幸にしてこの予測は的中をしたというような現状ではないかというふうに思います。
 冷戦の終結は、世界の人々に平和の配当といいますか、そういうものの期待を抱かせたわけでありますけれども、先ほど申し上げましたように、民族、宗教に起因するような国内や国家間の紛争が多発をし、多くの難民や避難民が発生をしたわけであります。また、テロや国際組織犯罪、地球環境の悪化あるいは感染症の蔓延、人権抑圧など、二十一世紀を迎えた国際社会は国家単位では対処できないような様々な問題に直面をしているというふうに理解をするわけであります。
 そういうような冷戦の時代には顕在化しなかった諸問題に対しまして、国際社会が力を合わせて敢然と立ち向かう必要があるというふうに思います。そういう意味で、新しい共存を求めていく取組が必要になってくるんではないかというふうに思うわけであります。
 私は沖縄の出身でありますけれども、第二次の世界大戦の末期に、これは御承知のとおり、鉄の暴風とも称されるような本当に激しい悲惨な地上戦を経験をしたわけであります。敗戦後、二十七か年間はまた米軍の統治というような異常な事態に置かれたのも事実でございます。去った五月十五日をもって復帰して三十年を経過をしたわけでありますが、この間、米軍基地は、依然として在日米軍の七五%が沖縄に存在をしているんだというようなことでございまして、是非、日本国民の皆さんにもこういうことを理解をしていただきたいというふうにお願いを申し上げる次第であります。
 米軍基地は、やはり沖縄から、ベトナム戦争あるいは湾岸戦争の際にも中東への中継基地になったというのもまた事実でございます。そういう意味で、沖縄の県民は平和というものを大変大事にするわけでございまして、また、その平和と共存をしていくためには、相手国のいろんな文化を知り、それを独自に発展させていく知恵というものを歴史的にも持っているんではないかなというふうに思うわけであります。
 今回、そういう意味で、イスラム世界の勉強をさせていただいたわけであります。アラビア半島に生まれたイスラムが砂漠や海を越えて東南アジアまで広がり、交易範囲というのはもう北アフリカからインド洋、南シナ海まで及んだことを勉強させていただきました。また、イスラム教はユダヤ教あるいはキリスト教とは同根の宗教であり一神教でありますが、参考人の先生方のお話をお伺いしてみると、イスラムを基調としながらもその文化は極めて多様性を持っており、アジア的な側面もあるということを知ったわけでございます。
 以上、感想のようなものを述べさせていただきましたけれども、先生方のお話の中で、特に私どもも質問をさせていただいたわけでありますが、そういうことについて少し意見を言わせていただきたいというふうに思います。
 まず第一は、これはイスラムに限らないわけでありますけれども、腰を据えた地域研究の重要性についてであります。
 清水参考人から、中央アジアにおけるフランスの地域研究の例が紹介が出されたわけであります。我が国の大学や研究機関においても現地のフィールドワークを含めた地域研究を継続して行うためには何が不足しているのか、いろんな壁を取っ払って、機構改革も含めて真剣に検討する必要があるんではないかということを意見を言わせていただいたわけであります。
 また、こういうせっかくの研究成果が我が国の内外の政策に十分反映されていないんではないかというようなことも言わせていただいたわけでありまして、そういうような改善を、しっかりと改善に努めるべきではないかというふうに思うわけであります。
 また、沖縄の出身ということで、特別委員会、沖縄と北方領土の方の佐藤委員長の下にも属させていただいているわけでありますが、平山参考人の方から北方領土にかかわる問題についても御意見等を聞かせていただいたわけであります。日本はもっと大きな声で、パレスチナ問題あるいはイスラエルの問題についても声を大にして発するべきではないかというような意見がございました。日本は、そういうことで、北方領土の問題についても占領とか併合は認めないというような立場で発言をすべきだというような意見を聞かせていただいたわけであります。我が沖縄は、アメリカの施政権の中から復帰をして三十年を迎えたわけでありますけれども、北方領土は依然としてロシアに占拠をされているというような状況等も現実にあるわけでございます。
 最後になりますが、イスラムの勉強をさせていただいたわけでありますけれども、この一年間は中東、中央アジアというものについて調査をさせていただいたわけであります。我が国と最も関係の深いインドネシア、あるいはまたマレーシア、パキスタン等々の国についても勉強をさせていただければということでお願いを申し上げて、意見発表とさせていただきます。
#7
○高野博師君 自由討議ということでありますので、若干所感的にお話をさせていただきたいと思います。
 中東の問題については、私、今まで何回か発言したのに大体尽きているんでありますが、最近の出来事を含めまして述べたいと思うんですが、先般、川口外務大臣がアフガンとイランを訪問された。私の感じでは、ほとんどインパクトがなかった。国際社会へのアピールも余りなかった。無難に事務的にこなしてきたのかなという感じがいたしまして、アメリカから見た悪の枢軸国であるイランと我が国の関係強化というのは、戦略的、経済的に様々な観点から重要な意味を持つはずではないかなと。
 その感想と、イスラム世界と直接は関係ないんですが、去る五月二十日の東チモールの独立記念式典で、最大の援助国である日本の代表の紹介がなかったということでありますが、ほとんど存在感を示せていないという、これはどういうことなのかなと。だから、援助と政治力というのが結び付いていないという感じを受けました。
 それから、先日の日経新聞主催のシンポジウムで、フィリピンのアロヨ大統領が東アジア経済圏構想を打ち上げている、アジアの統一通貨などを含めて、将来、EU並みの統合について言及していると。私自身もこういうことを前から発言してきているものですから全く同感なんですが、日本側の外務大臣のスピーチを読んでみると、全くインパクトもない、これも。事務方が作成した原稿を読み上げたかなという感じで、注目もされていなかった。こういうことも含めて、日本の外交に理念とか構想力がやっぱり欠けているというのは、これもよく指摘されるとおりだと思うんです。
 それから、国際社会へのアピール、あるいはメディア対策の努力というのは非常に不足しているんではないかな。基本的には、やっぱり米国追随の外交では国際社会の中でダイナミックな政治的役割は果たせないんではないかという私は感じを持っております。
 そこで、対中東政策あるいはユーラシア外交、シルクロード外交、これらの問題において、こういう問題を乗り越えるということにはどうしたらいいのか、あるいは何をすべきかというのは、私自身は今、思索を深めているところでありまして、ここで今言う段階にはありません。問題提起だけにしておきたいと思います。
 もう一つは、テロ特措法で自衛隊の派遣の基本計画の延長がされたわけですが、テロ問題は解決していませんし、長期間にわたるということが予想されているんですが、去年の九・一一のテロについては、これも報道によれば、ブッシュ大統領もかなりの情報を持っていたと。また先日も、米国内あるいは米国民とか米国の施設をターゲットにして大規模なテロの再発の可能性についても副大統領が発言している、これを受けてニューヨークの株も下落している、こういう状況でありますが、FBIの情報では自由の女神がねらわれている、こういうことも報道されておりまして、去年の九・一一のあのテロというのが、ワールド・トレード・センターのビルじゃなくてエンパイアステートビル、そして自由の女神であったならば、米国民はもうこぞってアフガンに攻めていったろうと言われるぐらい、要するに、アメリカにとってのアイデンティティーというか自由と発展の象徴、こういうものがターゲットにされるということは、これはもう大変なことだと思うんですが、私が心配したのは、万一、大規模テロが再発した場合に、これはもうあってはならないことなんですが、アメリカはイラン、イラク含めてテロ支援国家に対して問答無用で攻撃していくんではないか。そうすると、米国とイスラム世界との対立というようなことが起こり得るんではないかと。
 そういう行動にアメリカが出たときに、日本はアメリカと違った行動が果たして取れるのかということについては大変難しい対応を迫られるのかなという感じを持っております。これも感想的な意見であります。
 もう一つは、これはもう政府がよく言うのは、アメリカと日本というのは価値観を共有していると、自由主義とか民主主義とか、したがって日本は西側の一員として行動すると、こうよく言うんですが、イスラム世界に対しては我が国はアメリカと違ったアプローチができるんではないか。イスラム世界も日本がアメリカと同じような価値観を有しているとはとらえてはいないんではないかと私は思うんですが、これはアメリカと違って、日本の場合は長い歴史と文化もあり伝統もある。多様な価値観を内包している。かつてはイスラム文化の影響も受けている。シルクロードあるいはイスラム世界には寛容の精神を重んずるというところもあって、これも我が国と共有する部分がある。したがって、アメリカ式の単純化した価値観でイスラム世界を見るあるいは推し量るというのは、これは慎重であるべきではないかなと。
 そういう意味では、アメリカばかりじゃなくて、やっぱり長い歴史と伝統を持っているヨーロッパ諸国、成熟した民主国との意見交換をしながら、この中東外交を進める必要があるんではないかなと。
 ちょっとまとまりませんが、取りあえずの感想であります。
#8
○山崎力君 私自身、ちょっと観点を変えてお話ししたいと思っております。
 私自身、イスラムということでちょっとかじってみたんですが、本当に難しいことだなというふうに思っております。と申しますのは、やはり我々、善かれあしかれ、明治以降の近代教育の中で、宗教というものが、これは後れたとは言いませんけれども、個人というものの中の問題であって、社会全体を動かす問題ではないというふうな近代西欧の価値観というものを知らず知らずのうちに刷り込まれている。
 ある人に言わせれば、日本人というのはそこから離れた希有な民族であって、そこの大きなスタートは信長の比叡山焼き打ちにあったというような意見もあるわけですけれども、そういったところで振り返ってみて、我々、先ほどの外交の話もありましたけれども、日本の理念というのは何なんだと。体系化された、理論化された理念が我が日本にあるのだろうかと。そのことがはっきりしない以上、どこと付き合うにしても、やすきに流れるというと言葉は悪いんですが、今で言えば対米追従だという形になってしまう。それがいい悪いの議論は当然出てくるんだけれども、それでは、変えるとしても理念がないまま変わらざるを得ない。そこのところをどうするかということが、このイスラムの問題、付き合う場合、我々が根源的に考えなきゃいかぬ問題じゃないのかなと。
 そして、いろいろ勉強させていただいたんですが、そこのところまでなかなか参考人の方々もおっしゃっていただけなかったという気がいたしております。
 と申しますのも、私どもが今当たり前の価値観として見ている近代国家像、特に民主主義であるとか、その前提の法治主義であるとかというものに対して、イスラム世界というものは考え方が、いい悪いは別として、がらっと違っている。
 法とは何か。これはすなわちアラーの神の教えをそのまま実行するという考え方そのままで、始まって以来千年以上にわたって彼らの法体系というものは変わっていないわけですし、そういった中で彼らが歴史的に見れば栄耀、栄えていた時代、これはもう西欧文明に対して優越的なものを持っていた時代というのは期間的に見ればかなり長いわけです。
 それがなぜ崩れたか。それはキリスト教から出てきた近代の科学であり、もっと言えば、それの前提となった資本主義、マックス・ウェーバーの言うプロテスタンティズムと資本主義の精神という分析からきた、資本主義というものが西欧の近代化をもたらし、思想の発展をもたらし、そして、その結果としてアラブ、イスラム世界を凌駕して、一時的には占領したといいますか、植民地化したと。そして、その流れの中で今の近代国家、あるいは近代的な国連を含めた組織化というものがなされている。大部分はキリスト教です。
 そういったものに対して、トルコの革命以降、近代化しようとしてもなかなかイスラム社会においては西欧に追い付けないということに対するフラストレーション、そしてそれが今いろいろな科学技術の進展によって世界的な流れの中で出てきていると。ますますその潮流が経済面も含めて出てきている。
 それに対する考え方。どうして我々はこう取り残されなければいけないのか。そのときに、もう一度自分たちの生活規範であり社会規範であるイスラムの原理に戻って、そしてそういった世界に対して対抗しようではないかというのはある意味で当然な帰結だと思います。そして、彼らが行っていることは、正に一つの西欧の身勝手の象徴であるイスラエルとパレスチナの問題を問題とした、あるいはサウジアラビアのアメリカ駐留を問題とした考え方がこういったテロという形で噴き出してきた。
 そういうふうに考えれば、これを日本がバックボーンのないまま介入していってお金を上げて、かわいそうかわいそう、それじゃお金を上げましょうという以上に我々の外交として何ができるんだろうという気がしてまいりまして、正直言ってこの問題に関して私自身は陰々滅々たる心境にございます。その辺についていろいろ考え方あるかとも思いますが、少なくとも近代資本主義、資本を基にした産業、経済、そういったものにイスラムがどう対応していくのかということを我々が理解しない限りこの問題の根本解決はないのかなと、パレスチナ問題も当然なんですが、思っております。
 そういった意味で、イスラムを理解するということから出てきたのは、我々は、ユダヤ教はもちろん、キリスト教の根幹的なかなり血に塗られた神の考え方というものに対してどこまで理解していたのかなと。キリストの教会は身の回りにたくさんあるんだけれども、あの人たちの信仰の中にどこまでその難しさといいますか、かなり危険な、我々の感覚からいうと危険な神という、キリスト教の神というものも本当に理解していたのかなという気がしているところでございます。
 以上。
#9
○田村秀昭君 イスラムにつきましては、去年の九月十一日の自爆テロというんですか、ニューヨークのビルを破壊して飛行機で突っ込んだという、そういうことが発端で本調査会でもイスラムの研究を開始されたというふうに思っております。私は、ほとんどビンラディン氏なんという名前は去年の今ごろ全然知らなかったわけでありまして、全く知らない世界の勉強をさせていただきましたことを、会長にまず敬意を表したいと思います。
 私は、このビルに飛行機をハイジャックして突っ込んでいったということは普通の常識では考えられない話であって、相当な恨みが極限化していないとできない話だというふうにこの事件をとらえて、少し勉強させていただきましたけれども。
 我々は、アメリカンスタンダードというんですか、アメリカのやり方というものに黒船が来てから徐々に慣れておりますけれども、アメリカという国は開放された社会ではありますけれども、英語を勉強したいとかアメリカに住みたいとか、そういう人たちに対してはアメリカは共生できる国家でありますけれども、全く自分と違う価値観を持った社会とはアメリカという国は共生できない国ではないだろうかというふうに私は思っております。それは、アメリカのやり方が一番正しいんだということでそれを押し付けてくる、そういうアメリカのやり方というものに対してイスラムの社会というのは非常に反発をしているんではないだろうかというふうに思います。
 歴史的に見ますと、ビンラディン氏という人はこのテロのあった後に次のように述べています。アル・ジャジーラというテレビで、巨大なビルが破壊され、アメリカは恐怖におののいていると。アメリカ人は我々が八十年以上にわたり経験したのと同じ恐怖を身をもって体験しているのだと。八十年の後、アメリカに鉄拳が下され、醜い偽善が頭を持ち上げているというコメントをビンラディン氏はテレビで声明をしております。
 八十年前というのはどういうことがあったかというと、第一次世界大戦でオスマン・トルコが敗北して、その支配下にあったアラブ地域が西欧列強に分断された年であります。それで、そのときのいろいろなトルコが分断されたときにアラブの人たちに対して独立を約束しておきながら、全然それを履行しなかったという歴史があります。それで、それに対する八十年来の恨みというものをアラブの人たちは今回実行したということであります。
 ちょうど黒船が幕末に日本にやってきてアメリカのやり方を日本に押し付けたときに、西郷隆盛が何と言っているかというと、文明とは道があまねく行われることを言うのであって、衣服の美麗とか外観の美しさを言うのではないと。未開の国に対するときに慈愛を本とし、懇々と説き、懇々と説き諭して開明に導くべきなのに、未開蒙昧の国に対するほどむごく残忍なことをして、自己利益を図ろうとするのは野蛮以外の何物でもないと、西郷隆盛は当時の欧米のやり方についてそういうふうに述べております。
 それで、ビンラディン氏もサダム・フセインも冷戦中はアメリカのデタッチメントであったにもかかわらず、今回は反アメリカ・欧米の路線を歩んでいると。だから、非常にこういう人たちは、ビンラディン氏なんというのは大富豪であるし、貧しさからやってきているんではないと。結局、サダム・フセイン大統領も欧米に対して、あなた方欧米の指導者たちは自国民の血を尊重し惜しみながら、アラブやイスラム教徒を含む他の人々が血を流すことを軽視するのかと。あなた方が自らの価値観を尊重するならば、アラブ人やイスラム教徒の価値観、神聖さも尊重すべきなのではないかということを言っております。
 そういうことが、アメリカのそういう価値観の違う国家に対して、社会に対してアメリカのやり方というのは、アメリカのスタンダードでやろうとするところにこういう世界全体から見た場合にこういう問題が起きるんではないだろうかというふうに私は考えております。
#10
○大田昌秀君 意見というよりは、むしろ私は二、三点要望を申し上げたいと思います。
 このイスラム勉強会でいろいろとお話を伺わせていただいて大変参考になりましたけれども、参考人として御出席いただきました板垣雄三先生から、本年の三月に日本外務省とバハレーン王国が主催してイスラム世界と日本の文明間の対話をテーマにした会議が開かれたとの御報告がありました。
 板垣先生によりますと、この会議では、イスラム諸国の日本観が披瀝されたり、パレスチナ問題への日本の対応についての厳しい意見が出るなど、率直な意見交換ができて、日本として試みた第一回の文明間対話の実験としては成功だったというお話がございました。外務省中東アフリカ局担当の奥田官房審議官から、二回目の文明間対話を東京で催したいという趣旨のお話がありまして、是非これは実現させていただきたいと要望したいと思います。
 それから、二番目に、板垣先生のお話で大変興味深かったのは、我が国とイスラム文化とのかかわりについてでございまして、七世紀の聖徳太子の時代にさかのぼって御説明がありました。
 先生は、日本とイスラムは遠く離れているようだが古くからつながりがあり、歴史的に似通った点が多いという御指摘もございましたので、もしできましたら、報告書をお作りになる段階で、時系列的にイスラム世界と我が国との歴史的な関係、あるいは文化的な、あるいは経済的な交流の関係について含めていただくと、より多くの人にイスラム世界を理解させることが可能じゃないかというふうに考えました。
 それから、いま一つは、政府参考人の方から、イスラム諸国はいろいろと、富める国もあれば非常に貧しい国もあって、多様性に富んで複雑な要素を持っているというお話がございましたが、アフガニスタンの復興支援の課題でも、それからイスラム世界に対して我が国ができる支援策の中でも、とりわけ人つくりが大事だということのお話がございましたけれども、この人つくりということの具体的な、人つくりという課題に対して具体的にどういう政策を取り得るかということをもう少し詰めていただくと有り難いと思いました。
 例えば、フルブライトのプログラムがございますけれども、以前はすべてアメリカがその費用を持って諸外国の若者たちをアメリカに招いて勉強させたわけですが、近年は日本が大分その資金を提供してやっておりますので、そういったものを強化していくと人づくりに非常にプラスになるんじゃないかという気がいたします。
 最後に、これは非常に難しい問題でございますが、テロリズムというその定義をどうするかということですね。
 これからイスラム世界のことを、先ほど将来のことについての懸念も表明されましたが、私も最近のアメリカの情勢を見ておりますと非常に懸念を深くしておりますが、アメリカは連邦法でテロリズムというのを明確に定義しているわけなんですね。しかし、そのアメリカの定義が我が国にもそのまま通用するかというと、若干疑問がございます。
 つい二、三日前に、マレーシアのクアラルンプールでASEANのテロ問題特別閣僚会議が開かれておりますが、そこでテロリズムについての定義をしようという、そういう提案がなされましたけれども、これはマレーシアの方から提案がなされたようですが、シンガポールの方では国連ができないものをASEANがするべきではないというふうにしてこれを拒否して、結局はテロリズムの定義ができなかったということが報じられております。
 このように定義それ自体が非常に難しゅうございますので、果たして詰めることができるかというのはなかなか容易ではないと思いますが、ただ、イスラム世界との将来の交流とかあるいは支援策を考える場合に、我が国なりのテロリズムに対する定義というのを明確にしておかないと、ある程度明確にしておかないと、政策を作る上でもいろいろと問題が出てくるんじゃないかという気がしますので、もしできましたらそういう点についてもう少し議論を深めていただけたらと思います。
 以上です。
#11
○会長(関谷勝嗣君) 他に意見の表明のある方、いらっしゃいませんか。
#12
○世耕弘成君 手短にさせていただきますが、非常に今回、同時多発テロの衝撃がさめやらぬ中、この調査会の調査が始まって、そしてまた、今現在、イスラエル、パレスチナが事実上戦争状態になっていると。このイスラム社会の混乱が欧米の力だけでは解決できないという状況の中で、この調査会、日本の役割を模索していったという意味で非常に意義ある調査だったのではないかと思っております。
 私なりに、日本が今どういう役割をこのイスラム社会に対して果たすべきか、私自身では大きく二つに整理をしております。やはり、一つは日本の資金力をベースとした徹底的な経済援助、そして二つ目は欧米とイスラム社会との懸け橋としての機能、この二つがやはり日本の今果たすべき役割ではないかと思っております。
 経済援助については、先ほども委員から指摘がありましたけれども、まだまだ日本は存在感が示せておりません。私は、やはりこれからの経済援助としては、特にIT関連の経済援助に注力をすべきだと思っております。特にコンピューターのオペレーションシステム、こういったものは正に文化と直結してくる問題でありまして、イスラム社会は単純にアメリカ発のウィンドウズ文化を受け入れるつもりはないと思いますので、是非そういうイスラム社会と日本が共同して新たなOSを作っていくというようなことにチャレンジすべきではないかと思っております。
 そして、二番目、欧米との懸け橋になるという役割ですけれども、まずその前提として、日本とイスラム社会はいろんな意味で理解し合えるポテンシャルを非常に持っているんではないかと思っております。特に、お互いに欧米とは異なった独自の文化とか習慣を持っているということ。
 そしてもう一つは、まあ誤解を恐れずに言わせていただきますが、欧米と戦争をした経験があるということ、そしてまたその戦争の中で、日本の場合は沖縄での地上戦ですとか、あるいは住宅地域への大空爆や原爆といった、そういった体験もしてきているということ。また、自爆テロと同列に論じるわけにはいきませんけれども、神風特攻隊という形で若い命を散らした経験もあるということで、いろいろとイスラム側から理解をしてもらえるかなり大きな素地があるのではないかと思っています。
 その上で、日本が虚心坦懐に今イスラム社会にアドバイスできることがあるとすれば、報復に次ぐ報復、そのまた報復は何も生まないということをアドバイスできるんではないか。単純に怒りのエネルギーを爆発させるだけではなくて、その怒りのエネルギー、そういったエネルギーをやはり平和的な建国に転換をさせていくということが非常にその国の発展のために、あるいは国際社会の安定のために大きなプラスになるんだということを、やはり戦後、平和憲法を作って、経済発展にエネルギーを集中してきて欧米と並ぶ豊かな社会を作った日本としてアドバイスができるんではないか、またイスラム社会にも耳を傾けてもらえる可能性があるんではないかと思っています。
 ただ、こういった懸け橋の機能は相当時間を掛けてやっていかなければいけません。まず今、直近にやれることとしては、やはりサミットの中で日本は非欧米国で唯一の国として参加をしているわけでございますから、そのサミットで、日本が中東各国の意見を酌み取ってサミットの場で中東各国の意見も紹介をしていく役割を果たすというのが一つ大きなポイントになってくるのではないかというふうに思っています。
 ただし、そういう役割を果たすに当たっては幾つかの基盤が必要だと思っています。
 まず一つは、外交力です。中国の瀋陽の領事館のような事態を繰り返しているようでは、やはり外国から信頼してもらうわけにはいきません。それと、先ほど入澤委員からも御指摘がありましたが、中東問題に関する教育とか研究の機関、これを充実させる必要があると思っております。
 そして、もう一つ大きなベースとして、やはり日本人は、今、現代の日本人というのは日ごろの日常生活の中でなかなか宗教的なものについての深い理解が得にくい状態にあります。そういう中で中東社会と付き合っていくというのは非常に難しい点もありますので、何らかの形で宗教的素養というかベースを作っていく必要があるのではないかと思っております。
 以上でございます。
#13
○若林秀樹君 私が今回のいろいろの様々な調査会のこの会合を通じて感じた一番の印象的なことは、やはりイスラムが多様性を持った国々であるということでした。イスラムを一つの単位、一つの文化としてとらえるんじゃなくて、様々なものがあって、その総体としてイスラムがあるんではないかということでございます。
 先ほどある委員からも、アメリカと日本は価値観を、共通な価値観を持ったという御発言がありました。あるいは民主主義、市場経済というところがありましたけれども。アメリカという国は、私もそうですけれども、やっぱり戦後、様々な文化、ファッション、音楽、テレビを受入れて育った、そういう意味で親しみがありますし身近に感じられるんですけれども、よくよく見てみるとアメリカほど違う国は珍しいわけですし、時にして理解ができないところも私はあるんじゃないか。私も二回ほど六年ぐらい住んでおりましたけれども、いまだに感じるところはあるわけですが。
 そういう意味で私は、やっぱりイスラムを見た場合に、人が言ったから、アメリカが言ったからではなくて、知らないことによる誤った価値判断だけは絶対やっぱり避けなきゃいけないというのが私は一番感じたところでございますので、改めて、知る、調査をする、勉強するということが必要ではないかなというふうに思っているところでございます。
 そういう意味で、調査会の範囲がどこまでか、私も新人議員で分からないんですけれども、やっぱり机上の上での勉強、調査も限界がありますので、一回行ってみるということが必要じゃないかな。そういう意味では、多様性を言うのであれば、ここ二十五人いるので、二十五か国みんなばらばらに一回行って、集まって、レポート書いて、もう一回やっぱり議論するということも必要じゃないかと、まとまってどんと行くんじゃなくてですね。そのぐらい、やはり発信して勉強してやっていくことも私は必要じゃないかということを取りあえず感じているわけでございます。
 次に申し上げたいのは、やっぱりエネルギー安全保障上の上でのイスラム諸国の重要性でございます。
 御存じのように、中東依存度が八八・四%ですか、昨年度が。これだけ上がってきたということで、オイルショック、第一次のときに、国家戦略としてこれからは中東依存度を下げ、購買先を分散しなきゃいけないと言ったにもかかわらず、結果的にはこうなっているということの事態は何なのかということです。
 私は、やっぱり口だけじゃなくて、本当に国家戦略というのは、初めて実行して戦略であるわけで、そういう意味では、確かに中東諸国のオイルの競争力がある、市場だからしようがないということではなくて、戦略であったら、明らかにやっぱりそれを実施していかなきゃ私はいけないんじゃないかなという感じはしているところでございます。
 ここは、石油公団の問題もあり、今回、廃止法案ですか、国会に上程されるということで、二兆円以上のお金をつぎ込み、不良債権を山のように積み上げ、そしてまた備蓄といえども二千数百億のお金を毎年使っているこの現実を見れば、やはり根本的にこのエネルギー安全保障の観点から見直す。そして、中東諸国だけじゃなくてほかの産油国がかなりイスラム諸国だということを考えると、やっぱりそことの関係強化をどうやって図っていくかということが必要ではないかというふうに思っているところでございます。
 その中で、関係強化の図り方なんですが、私は、さっきほかの委員から言われましたように、やっぱり技術協力なり、我が国が持っている力というのは経済力、産業技術力ではないかなという感じがしております。そういう意味で、ODAの供与国として八〇年代は一五%ぐらいシェアがあったんですけれども、九〇年代になって七、八%まで下がってきているんです。これはODA対象国じゃないということもあるんですけれども、本当に国家戦略として国益にかなうんであれば、対象国から外れるも外れないも関係なく、どうやって関係を結びそれにお金を支援していくかという発想が必要じゃないかと思っています。
 例えばアメリカの例を挙げますと、イスラエルに九〇年代、対象国であったときも数千億の単位でお金を支援しているんですね、外れたからといって下げるということはあり得ないんで、むしろ上がっているわけです。これは国家戦略として国益にかなうから支援しているんで、日本というのはどちらかというと、ODAから外れちゃうと一挙に支援しなくなってしまうんです。ここにやっぱり戦略のなさを感じますので、対象国であることにODAの根拠を置いているんじゃなくて、我が国としてどうなのかという意味で私はイスラム諸国との関係の中で支援をしていくということが必要じゃないかなという感じがしております。
 そういう意味で、ODAで対象国でなければ、やっぱり技術協力、技術支援、IT、様々な分野で更に一層強化をしていく必要があるんじゃないかというふうに思っておりますので、改めてその経済交流、技術交流との重要性をエネルギー安全保障上の問題から含めて考えているところでございます。
 取りあえず、以上です。
#14
○森元恒雄君 まず初めに感想めいたことを申し上げたいと思いますが、数回この調査会で学識者の方々にもおいでいただいていろいろ勉強してきたわけですけれども、私は、何回かそういうお話を聞けば自分なりにもっとイスラム社会というものの理解が深まり一つの像というものを頭の中に描くことができるかなというふうに期待をしておりましたけれども、残念ながら私自身の能力不足と勉強不足で相変わらずやっぱりイスラムは私にとって遠くて遠い国でございまして、これは基本的な知識に欠けるということと、やっぱり日常イスラム圏の国々から入ってくる情報量が圧倒的に少ないということじゃないかなというふうに思っています。
 私は、イスラムについて非常に印象的だったのは、たしか小学校のころだったと思いますが、大宅壮一さんがアラブのルポをずっと新聞に連載していまして、その数回にわたる記事を読んだときに、これは全く我々と別の価値観、別のルールで動いている社会だということを知りました。
 一つの例を申し上げますと、例えばホテルの自分の部屋にかぎを掛けてきちっと大事にしまっておったバッグが、帰ってきたらなくなったと。それで、支配人に、おかしいじゃないか、どうしてくれると言ったら、いや、それはそういうのを取られるあなたが悪いんだというような、しかし管理のしようがない。できる最善のことはやっておってもそういう対応だったと。
 あるいは、お店に行ってバナナ一本と言ったら、日本円で簡単に言いますけれども、百円だと。じゃ十本と言ったら、まけてくれて八百円かなと思ったら、千五百円だという話だと。それはおかしいじゃないか、一本百円だったら、少なくとも十本千円じゃないか、まとめて買うんだから八百円にしてくれたっていいじゃないかというのが我々の感覚ですけれども、アラブの人たちはそうじゃないんですね。十本も買える資金力、余裕があるなら、あなたは貧しい人のために千五百円、五百円余計に払っていいでしょうと、こういうルールであります。
 これはまたちょっと余談ですけれども、私それを読んだときはちょっと何か頭の中で理解できなかったんですが、その後、日本でもそれに近いようなことが行われました。例えば水道の料金で、たくさん使う水の方がトン当たり単価が高いという料金制を設定するというようなことが行われましたから、必ずしもこれはアラブの物差しだけでもないのかなという感じはしましたけれども、事ほどさように多少今世界の一つの常識とされているようなことと違う考え方がどうもイスラムの社会にはあるんじゃないかなというふうにかねがね思っておりまして、そういうことを踏まえて、参考人の方にも、それははっきり申し上げませんでしたけれども、そうであれば、世界的な規模で今経済が、マーケットが一つになり、企業が統合され、一つのルールでそういう取引が行われようとしている、そういう中で果たしてイスラムというのは繁栄できるのか、そういう基盤が、そういう価値観あるいはしきたり、そういうようなものからして合致していくのだろうかという意味のことをお聞きしたんですけれども、それに対して余り納得ができるような答えがございませんでした。
 私は、そういうこともありますし、もう一つかねがね思っておりますのは、四大文明の一つを歴史的に形成してきたこの地域、特に中東、中央アジアの地域がどうしてこういう状態になったのかということがよく分からないこともありまして、その原因が何なのかということが分かればそれを克服する道もおのずから見付け出せるんじゃないかなという思いでこれもお聞きしたんですけれども、なるほどという答えがちょっと見付からなかった。
 そんなことがあって、先ほど申し上げたように、相変わらず遠くて遠い国のままで今もございます。この点は引き続き勉強したいと思いますし、今、若林委員の言われましたように、やっぱり一度行ってみないといかぬなという感じは私も非常に強くそういう意味ではしております。
 それから、このイスラムの国々と日本が今後どういう形、特に外交という面で付き合いをするといいますか、つながっていくべきかということについて私なりの思いをちょっと申し上げたいと思いますが、個人のベースとか家庭のベースだとか企業のベースだとかというような形での、間での付き合い方というのはいろんな要素があるし、あってしかるべきだと思いますけれども、やっぱり事国対国の外交という世界でその付き合い方がどうあるべきかということを考えれば、やはりそこは冷徹な一つの原理原則というものが当然働くわけでありまして、情緒的、センチメンタルな感傷、思いに流されてはいけないんじゃないかなというふうに思うわけです。
 そういうふうに考えましたときに、何が外交の基本であるべきかと。そんな大それたことを言えるまだものは持っておりませんけれども、やっぱり一つ大事にしておかないといけないことは、やっぱり国益というものではないかなと。何が国益にかなうかどうかということを一つの大きな基軸にして物事を考えていくということが非常に大事じゃないかと。
 今、グローバリゼーションということがよく言われますけれども、これはそれこそマーケットが世界的規模に広がったとか企業の活動が世界規模に広がったとか、あるいはそういうこととの兼ね合いでルールが統一化されつつあるという意味では、確かにグローバルという意味ではありますけれども、それ以上のものではないんじゃないかと。要するに端的に言えば、例えば世界国家的な動きがあるのかというと、決してそういうことではないわけでありまして、やっぱりグローバルしていく中でこそ、その各々の国が独自性あるいは自己の主張、自己の利益というものを追求するというそのせめぎ合いが非常に大事になってきているんじゃないか、そこのところがどうも日本でグローバリゼーションという議論、言葉が使われるときに欠けているんじゃないかなと、こんな気がするわけです。
 今年のアメリカの大統領の一般教書でも、国益という言葉が何十回出てきたかということが話題になるぐらいに、今やアメリカ外交はもう国益第一主義であります。そういうことを考えたときに、やはり中近東、中央アジアを中心としたイスラムと日本とのかかわりは、単に人道上の観点だけで、こうあるべきだとかこうであってはいけないとかということではやっぱりまずいんではないか。そういうときに、エネルギーを中心としてそれにプラスして何があるのかということを考えるべきじゃないかと。
 それから、もう一点申し上げたいのは、しかしそういうことを、日本の利益ということを第一に見据えていきますと、おのずとアメリカ、先ほどからも議論が出ていますように、アメリカとの関係で時によっては意見、見解が違ってくるという部分が出てくるわけであります。そういう中で、果たしてどこまで日本の独自性というものを貫くことがもう一歩大きい意味での日本の国益に合致するのか、そういう視点も含めて考えていくことが大事じゃないかなと、こんなふうに思っております。
 いずれにしても、戦後半世紀たちましたけれども、これまでの日本の外交というのは本当に他国から見て顔が見えない外交になっていたんじゃないか、それはやはり専ら対米追随という形での政策しか取ってこなかった、また取れなかったのかもしれませんけれども、そういうことが日本の外交をそういう状態にしてしまったんじゃないかと。これからの我が国の在り方、ありようということを考えたときにここの根本に立ち返って考えてみないと、この対イスラムとの関係の在り方も見えてこないんじゃないかと、こんなふうに思うわけであります。
#15
○野上浩太郎君 イスラム世界と日本の関係を考えるときのその大きな柱の一つとして、先ほどもお話ありましたけれども、資源エネルギー外交、そこの分野はひとつ大きな柱になってくるなと思っております。ちょっと違う側面からも申し上げたいと思うんですが、テロ事件以降、エネルギー安全保障的な考え方というのが再び重要になってきていますし、変えていかなきゃいけない時期じゃないかなというふうに思っています。
 現在、先ほどお話ありましたとおり、中東への石油の依存度は八八%を超えてきたと。このような状況に対して、従来は、日本の対応というのはいわゆる備蓄を行っていく、戦略的備蓄を行っていくということと自主開発、今二十ぐらいあるということでございますが、油田の自主開発を進めていく、あるいは新エネルギーの研究をしていくということで対応してきたわけですが、実は、一方で環境的な変化が起こってきておりまして、一つは中国の存在ですね。非常に中国の需要が増大してきていると。
 第一次世界大戦のころはアジアへの依存というのは一五%ぐらいという話でしたが、二〇二〇年度にはそれはもう倍になってくる、数十年後には世界の原油のほとんどがこの中国に集中してくるんではないかという話もございます。一方で、ロシアですとかカスピ海沿岸、中央アジア等々の、いわゆる産油国としてのプレゼンスが大変上がってきている、埋蔵量も確認をされてきているという状況が変わってきていますので、ここでエネルギー安全保障という面の方向性をもう一度考え直す時期じゃないかなと。
 その方向性としては、やはりアジア全体での需給関係ですとかいわゆる効率化という部分で日本がひとつイニシアチブを取って政策提言をしていく時期じゃないかなと思います。いわゆる日本独自のユーラシア外交ですとかシルクロード外交ということも言われていますが、今までは一対一の二国間の外交であったものを、いわゆる地域協力機構みたいな形で、複眼的なといいますか地域的な形で取り組んでいくというのが必要じゃないかなというふうに思っております。
 そして、その取組を進めていくには当然イスラム世界との連携を強化をしていくということでございますが、ある参考人の意見で、明治の日本人のイスラムに対する理解というのは大変深かったというお話もございました。一方で、残念ながらコーランの破棄事件みたいなものがありまして、実はあれは私の地元の富山県であったものでございますが、イスラムに対する理解が低いということで起こったものであります。
 これを、イスラムに対する理解を深めていくためにはいろいろな分野が必要なんですが、まずは、一つは草の根的な部分で、いわゆる留学生ですとか青少年のレベルでのそういう交流も必要ですし、議員外交から皇室外交まで含めたそういうあらゆるレベルでの連携、交流を図っていくということが大切だと思っています。あるいは、イスラム研究体制の整備を推進していくとか、省庁間の縦割りの部分を超えた外国人政策に取り組んでいくということも重要だと思っております。
 そしてもう一つは、先ほど来お話がございますとおり日本の技術協力ということ、これはもう当然重要な部分でございますが、実は、日本企業のプレゼンス自体はさほど大きな状況になっていないわけなんですね、中東においては。そういう意味じゃ、中小企業の持つそのノウハウをイスラムというのは非常に伝授してほしいという強い期待があるわけでございます。イスラム経済というのはいわゆるパートナーシップの経済ですとかPLSという利子なしの経済というようなことが言われていまして、ある参考人の意見では、イスラム経済自体が後れているというとらえ方をするんではなくて、それは新しい可能性としてとらえていかなければならないというお話もございました。
 こういう視点は大変重要なんですが、一方で、どういうふうにこのグローバル経済に適合させていくかということも必要であると思っておりまして、そういう意味では、市場経済が根付くような基盤整備、いわゆる今まで話があったような教育などの人づくりですとか制度づくり、また通信とか運輸とか、そういう経済的な基礎的なインフラを高めていくと。基本的には、量から質に援助の質を変えていく、あるいは地道であっても目に見える援助をしていくということがそういうことにつながっていくんではないかなと思っております。
 以上です。
#16
○小林温君 この会で何回にもわたってイスラムと日本の、イスラム世界と日本の対応についていろいろ学ばせていただいたわけでございますが、結論として、イスラムのプレゼンスというのはこれからもますます上がっていくだろうということが一つあるんだろうというふうに思います。
 それから、アフガンあるいは中東の問題が今現実に起きている時期に、このテーマについてこういう集中的に議論をしたり学んだりする機会をいただいたということにまた改めて会長始め理事の皆さんに感謝を申し上げたいと、こういうふうに思うわけでございます。
 それで、今回いろいろと勉強させていただいて、イスラム、いろんなプレゼンスが増大していくと。これ地域的に見ると、中東はもとよりアフリカ、ヨーロッパ、中央アジア、イスラム国家であるアジアの諸国とかかわった問題であると。また、それにかかわるプレーヤーも、今申し上げたような地域だけではなくて、例えばアメリカやロシアを中心とした旧ソ連あるいは中国も、あるいはヨーロッパも含めて、イスラム世界についての国際関係のキープレーヤーになってくると。日本もその一員であるわけですが、結論としては大変影が薄いというのが現状であろうということ。それから、イシューについても、これは日本がかかわる部分でも、外交のみならず防衛あるいはエネルギー、経済関係についても非常に深いものがあるということを学ばせていただいたわけです。
 その上で、少し感想あるいはちょっと提案めいたことを申し述べさせていただきますと、やはり先ほど来話がありますように、この地域あるいはイスラム世界に対する研究の重要性というものをもう一度認識すべきだということがあるんだろうと思います。
 これは、確かに今まで日本にとってはなじみの薄かった分野でもございますし地域でもあったために、あるいは言葉の問題も含めて、どちらかというと一部のプロフェッショナルの皆さんのみが知識を持っていらっしゃったと、これをどのように国民的な課題として広げていくのかと。あるいは国際関係を見るときの切り口として、このイスラムというものをどういうふうに位置付けていくかということを、これから地域研究を深めていくと同時に考えていく必要があるんだろうということでございます。
 もう一つは、アフガン、中東と大きな国際的な出来事が重なった中で、日本自体の外交政策の在り方をイスラム社会との関係を通じてどういうふうに考えていくかということで貴重な示唆もあったんではないかと、こういうふうに思います。先ほど申し上げたような地域研究をやはり前提にして、総合的な外交あるいは戦略的な外交、主体的な外交というものをどういうふうに作るべきかと。
 これは日本の外交全体に問われている問題なんだろうというふうに思うわけでございますが、まず一つ、総合的な外交ということでございますが、今回もいろんな学識経験者の方あるいは役所の方にもお越しをいただいたわけですが、例えば外務省の方と経済産業省の方が並ぶと、やっぱり縦割りの意識があって、なかなか質問に対しても総合的な答えが返ってこないというところもあったのかなと思います。
 これは同時に、例えば外務省の中でも、先ほど申し上げたような地域的なかかわりの中でそれぞれの専門の分野があるということも大きな縦割りの現状なんだろうと思います。今、チャイナスクールとかロシアスクールとかということが一つの日本の外交の在り方の中で問われているわけでございますが、このイスラムという奥の深い問題を考えるに当たって、やっぱり総合的な外交の在り方とはどういうものかということを考える必要があるんじゃないかというふうに思いました。
 それから、戦略的外交、これは日本はこの部分が非常に欠如していると言われて久しいわけでございますが、イスラムにかかわる中で日本にとっての国益とは何なのかと。例えば、中東における石油を通じたエネルギー安保だけなのかと、もっとそれ以上に、例えば国際社会における日本の立場というものをどういうふうに考えるかというところまで広げていくのかも含めて、日本の国益、イスラム社会とのかかわりの中でどうあるべきかということについても問い直していく必要があるんじゃないかと、こういうふうに思います。
 そして、三番目には、主体的な外交ということでございますが、これは戦略性があって初めて主体的な外交というものが可能なんだろうというふうに思うわけでございますが、アフガンあるいは中東においては、国際社会において実は日本独自の役割というものを求められた気配もあったわけでございますが、これも結果からいうと実現をできなかったと。この戦略性、主体性の欠如というものは、ある意味でいうと、今は余り話題になりませんが、例えば国連の安保理常任理事国、日本はどうかという話が例えば一つのテーマになったときに、昨年の九月十一日のテロ以来の日本の対応というものが果たして主体的に安保理の理事国としての責任を担える対応だったかということも今後やはり問われてくるんだろうと、そういうふうに思うわけでもございます。
 ですから、やはりその主体性という観点からいうと、例えば今現実に起きている中東和平において、いま一度日本というのはもっと目に見える貢献をできないものかと、こういうことを問い直してもいいと思いますし、だんだん現実味を帯びてまいりますイラクへの攻撃に対して、日本は果たしてアフガンに対する侵攻と同じスタンスで対応してもいいのかということも含めて、具体的に今考えなければいけない時期にあるんじゃないかと、こういうふうに思うわけでもございます。
 いずれにいたしましても、今後この機会を通じて、是非イスラムを絶えず念頭に置いて国際社会の動きを見ていくという考え方を私自身もしっかりと身に付けていきたいと思うと同時に、やはり日本外交の中でイスラム社会との関係はどうあるべきかということについて現実的にとらえていく必要があるんじゃないかというふうに思いました。
 以上でございます。
#17
○佐藤雄平君 この調査会でいろんな話をお伺いしてまいりましたけれども、その中で私は緒方高等弁務官の話にじんときました。緒方さんが文芸春秋で十年間を振り返ってという話を、手記録を書いておりまして、何回か中東に行くことをためらおうかと思ったと。そして、飛行機に乗ると追撃される、正に低空飛行機、それからまたヘリコプターの中で、あの難民のところに行って、それでもなおかつまた日本に戻って大学の教授に戻ろうかなと思った。しかし難民の中に子供がいて、その子供の目を見たときに、このこんな澄んだ目を持った子供がこんなつらい思いをしているのか、命懸けでこれは頑張らなきゃいけないということで着任したわけでありますけれども、私はやっぱりいろいろ今外交的な、また経済的な、正に高邁なお話は出てきましたけれども、最後は人と人との関係の基本が私は外交につながっていく話なのかなと。
 また、そういうふうな中で、これもまた中東で「おしん」と黒澤明の映画がはやっている。これは正にある意味では日本人の今最も欠如した、忘れられた、しかも戦後日本が今日まで来た最大の底流が「おしん」に表れているように、辛抱、我慢、努力と、こういうふうな共通項を持っているという私は意味からすると、正にアジアの一員であるなと。これは、アメリカにもヨーロッパにも心の通じ合う外交というのはやっぱり無理じゃないだろうか。
 そういうふうな意味で、私は、今までの皆さん方の話とちょっと違った中で、イスラム、アジア、そうしてまた日本の関係は、できることというのは、経済、外交的なものももちろんでありますけれども、人とそれから文化の交流、こんなものが大変なやっぱり日本の私は役割を果たしていくのかなと。そういう意味で、もう一つこの研究会の中で、その文化、人との交流は、そのアフガンを中心とした中東とどのようにして日本がやっていけるかと、そんなことも一つこれからのその議題というか、この役割でもあるかなと。
 ただ、私は、その前提としては、現実問題として、そのアフガンを中心とした中東が頑張る、その前提として、やっぱりアジアというものがある。アジアの中でも、私は東アジア、先ほども出ましたけれども、なぜそのアジアの、共栄圏という言葉はちょっと悪いですけれども、共同体意識というものが欠如しているかなと。どうしてもそのアメリカイズム、アメリカがかっているというふうなことが日本のある意味では外交の批判の的になっているような状況からすると、私はやっぱり台湾のそれこそ李登輝さんが「台湾の主張」という本を出したとき、いみじくも言っているのは、日本もアメリカと対等に外交しましょうよと。ついては、台湾の今の立場もよく理解してくださいよと。あのときは私は牽制球を投げていたのかなと、そんな思いをする。そして、それは強いて挙げれば、結果的には東アジアをもっと強くしようと。そして、アジアも、NAFTAじゃないけれども、しかし一つの共同体をきちっと作ろうと。私は、やっぱりその国際戦略の中で最も大事な、その人口、言葉、その貨幣というかな、これが最大の要素であろうと。
 そういうふうな意味合いからすると、アジアというのは、いずれも将来的に、基本的にはその人口が最もいるという前提からすると、いい意味でのアメリカのライバルになれる私は国がそれぞれそろっている。それがまた、その前提となって中東をも包含した中で、その一つの貧困をも救う道になるのかなと。そんなアプローチをするのも一つの一考じゃないだろうか、さように思っております。
#18
○山本一太君 先ほど森元委員がおっしゃったように、やっぱり大勢の日本人にとってイスラム文化というのはかなり理解しにくいものだということは間違いないと思います。
 ただ、今、佐藤委員の方からNHKの「おしん」の話を伺って、一つ思い出したことがありました。私が国連の機関、ある国連機関のニューヨークの本部に勤めていたときに日本人の友人がおりまして、その彼女の御主人がイラン人だったんですね。そのときにその彼女が私に言ったことは、日本の文化とイランの文化はとても似ていると。「おしん」は今イランで大変人気があって、日本のおこたつみたいなものに入って、それでおこたつなのか、じゅうたんが掛けてあるのか布団が掛けてあるのか分からないんですけれども、そういう暖房器具の中に入って「おしん」を見ながらミカンを食べると言っていまして、実はイランの文化と日本の文化はとても似ているといった話を、今──どのミカンだったかは覚えていないんですけれども、佐藤委員の話を聞いて思い出しました。
 佐藤委員がテレビの話をしたので、私はちょっと映画の話を今思い付いてさせていただこうと思うんですが、この間、夜遅くうちに帰ってきてケーブルTVをつけたら、ある映画をやっておりました。学生時代に見たディア・ハンターという映画で、七八年か九年のアカデミー賞の作品賞と監督賞を取ったマイケル・チミノの名作なんですけれども、久しぶりにこのディア・ハンターを見ながら、このベトナム戦争というものがやっぱりアメリカの社会あるいはアメリカの外交政策に与えた傷、トラウマ、こういうものの大きさを感じずにはいられない気持ちがしました。
 実は今、久々にベトナム戦争を扱った映画がクランクインしようとしておりまして、元々はベトナムに従軍したたしか大尉か部隊長と、そこにくっ付いていったジャーナリストが書いた本で、ワンス・アンド・フォーエバーというたしかタイトルだったんですが、映画のタイトルはちょっと違うんですけれども、メル・ギブソン主演で、非常に、何というんですか、淡々とアメリカとベトナムの戦争のことを描いていると。しかも、初めてアメリカ映画としてベトコンを異常な正に野蛮人として描いていないということで、これはクランクインしたら是非見てみたいと思っています。
 私は、実は一昨晩、久々に明石康元国連事務次長とお目に掛かりまして、国連時代から大変お世話になっている明石さんと二人で二時間半ぐらいいろんな話をしました。そんな中で、昔のコソボ、いろいろな国連の、例のUNTACの話から今の安保理改革の話等々、明石さんといろんな議論をさせていただいたんですが、その中で二人一致して非常に心配だという点は、やはりブッシュ政権になってからのアメリカのユニラテラリズムといいますか、非常に孤立主義──孤立主義とも違うんですね、つまり一国主義という傾向が非常に強まっているんではないかという話だったんです。
 それは、先ほどのベトナム戦争の話に結び付くんですけれども、やはりアメリカの外交というのはベトナム戦争で変わったと。この戦争権限法なんかの話もあるんですけれども、やはりベトナム戦争のトラウマというものがアメリカ外交を形作ってきたと言ってもいいと思います。七〇年代、八〇年代、ベトナムで失敗した後、様々な本とかあるいは論文とか、あるいはテレビのシリーズとか映画とか、これはすべてネバーアゲインというか、二度とベトナムの失敗を繰り返してはいけないという潮流を作ってきたんだと思います。
 クリントン政権になって、ソマリアのPKOの事件というのがあって、あのソマリアのちょっと前まで、私が覚えているところではジョージタウンのときに非常に厳しくやられたオルブライト教授が国務長官になって、オルブライトさんがマルチなPKOの展開というようなこともおっしゃっていたんですけれども、そういう流れでPKOにアメリカが接していたところ、このソマリアで十数名のアメリカPKO要員が殺りくをされて一気にアメリカはこのPKOに対する立場も変わったということで、クリントン政権下においても、やはりベトナム以来のああいう地上戦、ああいう地域戦争に余り足を踏み込んではいけないという伝統が続いていたように思います。湾岸戦争のときにはもちろん多国籍軍ができたわけなんですが、その多国籍軍をリードしたパウエル今の国務長官も、やはりこのベトナムのレッスンをきちっと頭に置いて行動されている方じゃないかというふうに思っています。
 ところが、最近のやはりブッシュ政権の動きを見ていますと、これは明石さんとも議論になったんですが、もしかするとこのベトナムイズムみたいなものからアメリカ外交は脱却しようとしているんではないかと。アフガニスタンで地上軍を入れたと、地上軍と呼べるか分かりませんけれども。ここ一年ぐらいのアメリカの動きを見ていますと、やはりそういう懸念を持たざるを得ない。特に、先ほどから話題になっているこの中東に対するアメリカの姿勢、パレスチナ問題にもそれは如実に表れているんではないかという話をいたしました。
 私が一つあと一分ぐらいで問題提起したいのは、アメリカがイラクを攻撃する可能性が極めて高いということだと思います。
 最近、アメリカ人のシンクタンクの友人が、日本に来るとよく会うんですけれども、イラクのことを聞くとみんなは、イラク攻撃というのは、アメリカはイラクを攻撃するかどうかではなくて、一体いつやるか、ア・マター・オブ・タイムだというようなことをみんなが言います。私は、もしアメリカが、今年一杯ぐらいはパレスチナ情勢があるのでアラブ諸国に対する配慮からイラク攻撃はできないかもしれませんけれども、これは間違いなく今の情勢ですと、アメリカのイラク攻撃というものは現実の可能性として浮上してくると。
 そのときに一体日本はどうやって対応するんだろうか。イギリスは当然アメリカと一緒に行動するだろう。もうちょっと端の極にあって反対するのはフランスだろう。真ん中がドイツだろう。当然ロシアも反対する。しかし、一つ一つ考えてみると、やっぱりアメリカがやる場合には、EUも消極的ながらサポートせざるを得ないんではないか。中国はもしかしたら棄権するんではないか。そうすると、安保理決議は通ってしまうということになります。
 アメリカのイラク攻撃という事態が起こったときに日本外交は大きな踏み絵を迫られる。この有事法制の話にも結び付くんですけれども、どういうふうに日本は米軍に協力をしていくのか、それとも協力できないのか、それとも協力するとするとどういう範囲でアメリカに対して協力をすることになるのか、こういう事態が遠くない将来に私はやってくるというふうに思っています。
 そのときに、やはり米国とイスラムという最も両極端にある言わば二つの文化を日本がつなぐことができるのか、日本が何らかのメディエーターとしての役目を果たすことができるのか、こういうことをやはり国際問題のいろんな議論の中でヒントとして発信をしていければ、やはりこの間ずっとイスラムのことをこの委員会でやってきた意味があるのではないかということをコメントさせていただいて、大体五分ぐらいなので、私の意見表明にさせていただきたいと思います。
#19
○会長(関谷勝嗣君) ほかに意見の表明を希望される方はいらっしゃいませんか。
#20
○吉田博美君 私は長野県の県会議長時代に、ちょうど産経新聞の解説員の方が見えまして経済界の講演をされました。
 そのときに、比喩的でありますが、タイタニック号が沈むときを例えて、タイタニックが沈むときに婦女子だけは救命ボートに乗せる、そして男性は遠慮していただくと言ったときに、アメリカの男性の方が乗ろうとされましたら、あなたはヒーローになるから、これは乗れませんよと言ったら遠慮された。イギリスの方が乗ろうとされましたら、あなたはジェントルマンですよと言ったら遠慮をされた。それで、ドイツの方が見えましたら、あなたはこれは規則ですよと言ったら遠慮をされた。日本の方が見えましたら、全員乗っていませんよ、男性はと言いましたら遠慮をされたという。
 何か日本の一つの国民的な感情的なものが、いろいろなことの中で右へ向けばみんな右向く、左へ向けば全員左向くというような一つのあれがあるんじゃないのかと思いまして、そんな中で、この中東・イスラム問題を振り返ってみたときに、一番最初に中東戦争、そして中東戦争からそれに関連して石油危機がありまして、また湾岸戦争があり、その前にイラン・イスラム革命があり、湾岸戦争があり、そして九・一一のこの事件、そのたんびたんびに、事件が起きると日本では大きなメディアもかなりの扱いをして、そして必ずテレビでは特番を組んで、そしてコメンテーターの方が見えて、ちょっとこのイスラム問題というのは大事な問題ですから勉強しなきゃいけないと。書店でもかなりのコーナーが設けられてやられるわけで、我々は、分かりにくいけれども、これは勉強して、これは一番大事な問題だなと言いつつも、またこれが時間がたつとすべて忘れてしまう。先ほどのタイタニックと同じような感じになってしまうわけですよね。
 そんな中で、私どもが一番大事なことは何かということは、たしか若林委員が言われましたように、エネルギーの安全保障ということが私は極めて大事だと思いますし、日本におきましては、やはり私は食糧の安定的供給とエネルギーの安定的供給と。日本は世界で第二位のGDPを誇っているといって、例えば、イギリスとフランスとドイツを合わせたのと大体日本と同じぐらい。しかし、全く資源のない国の中でこれだけのことを維持するのは、幾らITに依存しようと思っても、その部分はやはり我々は極めて大事な部分じゃないかと思うんですけれども、このエネルギーのことを考えたときに、私は振り返ってみて、日本のやはり、先ほど世耕委員のおっしゃったような形の中で考えてみたときに、対外経済援助ということと、いま一つはやはり外交、この欧米と中東の外交の仲介を果たすという、これは僕は極めて大きな役目があるんじゃないかと思います。
 実は私、大学を卒業しましてイギリスに行っているときに、ちょうどテルアビブの岡本公三さんの、公三さんと言っちゃいけないんだけれども、あの事件が、赤軍派の事件がありまして、そのときに自分の語学の学校の中で、七割が中東から見えている、二割がヨーロッパ、一割がアジアだったんですね。そうすると、もう同志になっちゃうんですね、その中東の皆さん方は。おまえ、よくやってくれたと言って──よくやってくれたといったって、そんなもの、えらいことでありますから、もう極めて、こんなことよくやったわけじゃなくて、これは遺憾なことでありますけれども、そんな形の中で、何となく日本に対する親近感というものは物すごくその当時から中東の皆さん方は持っているわけですね。
 アメリカと共有している部分があるということをおっしゃったんですけれども、むしろ私は中東の皆さん方とポテンシャルというのはかなり似た部分があるから、私は外交面で、私がクラスにいるときにヨーロッパから見えた学生と、そして中東の学生とは非常に仲良くないんです。そうすると、ちょうど中間にある我々日本人というようなアジアの、特に日本人、非常にそういう意味ではその接着剤になるような形の中で、言わば日本はイエス、ノーがはっきりしないからいけない、外交が見えないからいけないと言われるんですけれども、日本人には独特のしなやかさという、このしなやかな外交というものを生かせば、私はすばらしい外交戦略ができるんじゃないかと思うんですよね。
 そんな中で、やはり一番大きな課題は、私はそこで外務省の問題がある。瀋陽の問題とかいろいろ言われるわけでありますが、私は日本の外交官は知、徳というすばらしいものがあると思います。体とかなんとかというんじゃなくて、そこへ私は経験という、違う意味の経験というものを積んでもらえばいいんじゃないかなと思うんですよね。
 そこで、今外務省改革いろいろ言われているものですが、一つ私は提案をしたいんですけれども、これは中東戦略にもつながると思うんですけれども、実は各省庁でそれぞれ職員を交換をされているわけでありますが、たまたま森元先生がいらっしゃるから言うわけじゃないんですけれども、自治省の皆さん方は最低三回は各県に出るわけですよね。そんな中で、各県に出ますと本当に住民と肌で感じる現場での一つの仕事というものがあるし、そして地方の議会で、私もそうですが、かなり厳しくこの現場で、いろいろな中での対応というのがあるわけですね。
 そんな経験をされておりますが、外務省の方が見えるときはもうポストが大体決まっていて、ほとんどないわけでありますから、そんな中で、できることならまず、私の場合は長野県なら長野県へ来ていただいて、全く違うポストの経験をしていただきたい、二年ぐらい。というのは、もうなくなりましたけれども、高速道路事務所か何かに行って、用地交渉か何かしてもらって、これは大変な、物すごい粘り強いものが必要なんですよ。これは、知、徳じゃなくて、もう大変なそういう経験をすることによって、それで外国で外交官としてやられれば、かなり粘り強い外交というのができるんじゃないかなと思っておるんですよね。そうした一つの経験をするということも大事なことじゃないかと思うんですよ。
 財務省の皆さん方は、見えると必ず税務署の署長で一番偉いところで、一番頭を下げるところに。だから頭を下げること、あるいは本当に粘り強く交渉するという経験を踏むということをしていきながら、そして中東戦略をしていくという、これはいろんな外交にも僕は適するんじゃないかと思うんですけれども、そうした中で、私のこれは考えたことでございますが。
#21
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 意見の表明はこれぐらいにいたしまして、これから委員間で自由に意見交換を行っていただきたいと思います。
 それでは、まず最初に入澤肇君。
#22
○入澤肇君 それぞれの先生方から非常に示唆に富むお話を聞いたわけでございますけれども、今、山本先生おっしゃったように、外交戦略をイスラムに対して打ち立てる場合に、私は基礎的に必要なことが幾つかあると思うんです。
 私は、役人時代に日米のスーパー三〇一の交渉、農業交渉、それから日韓の漁業交渉、日ソの漁業交渉をやりました。いずれもやる場合に、一番その基本に据えたのはそれぞれの国の交渉当事者の物の見方であります。今、例えば大田先生から文明の対話が必要だと、それから、世耕先生からも懸け橋としての役割をいかに果たすかと、それからいろんな援助を進める場合どうするかというふうな話がございました。
 これをもし進める場合に、昔ドイツ人とフランス人の物の見方というんでガイストとエスプリという言葉がありましたね。ドイツ人は信号があると、車は通らなくてもきちんと止まる。フランス人は、信号が赤になると、車が通らない場合には渡っていく。ここにガイストとエスプリの違いがあって、ドイツ人とフランス人の物の見方は違うというふうな話がございましたけれども、やはり欧米的な物の見方とイスラム的な物の見方、あるいは日本的な物の見方の本質を相当究めなくちゃいけないんじゃないかと思うんです、外交戦略を打ち立てる場合に。
 その方法論は、一つは、現象面で見ると、人と人との付き合いですから、いろんな面では理解し合えるんですけれども、その現象の背景にあることが問題なんだと。その現象の背景にある一番大きな問題は、やっぱり宗教の原理、キリスト教の原理、イスラム教の原理、それから日本における仏教や神道の原理、こういうものの原理はある程度共通の知識として持っていく必要があるんではないかと思うんです。
 イスラムについていえば、祈りと行動というのは、これはもう一体不可欠である。だから、一日五回の祈りをすると。これは資本主義を貫く場合に、打ち立てる場合に非常に支障になるわけですね。だから、トルコの大統領が、トルコにおいては一日五回の礼拝をやめて三回にしたということがございましたね。それから、金利についてもいろんな工夫を凝らして、金利取っちゃいけないというんだけれども取れるようにしていると。それから、そういうふうなことであるとか、宗教の本質に迫る話としては、法が先にあって経典解釈が後にある仏教、それがイスラムなどは経典が先にあるわけですね、経典主義。経典の解釈を、膨大な解釈の本がありまして、それに従って生活行動様式が決められている。契約の仕方も、神との契約、縦の契約のイスラム社会と、それから欧米の人と人との契約を大事にする横の契約の社会。このような宗教の原理からくる生活集団、生活の習慣ですね、それから経済活動、それから政治面における行動原理、こういうものが見極められないと本当の意味での外交戦略は打ち立てられないんじゃないか。
 我が国はたまたまお金があるからいろんな援助をしますけれども、その援助が本当に役立っているのかどうか。先ほども高野先生からお話がございましたけれども、幾ら援助しても評価すらされないというのでは余り意味がないわけであります。
 ですから、今日で終わりになるんでしょうけれども、いろんなお話聞きましたけれども、私はイスラムを理解するためのもうひとつ一歩踏み込んだ勉強をする機会があったら有り難いなというふうに思います。
#23
○藁科滿治君 今回のイスラム問題というテーマですが、テロ事件があったからこのテーマが浮上したんではなくて、かねてからこのテーマについては研究の対象にしようという用意があったように私は記憶をいたしております。しかし、あの過去に類例のない大変な事件に遭遇して、このイスラムという問題がより危機意識の中で、大変強烈な問題意識の中で調査研究が進められたということは確かだと思っております。
 それで、今振り返ってみますと、かれこれ七、八回ですか、実質的に調査研究という意味では、こういう調査研究を皆さんと一緒にやってきたわけですけれども、問題は非常に根が深くて、貧困の問題、宗教の問題、教育の問題等々、七、八回の調査研究で説得力のある集約というのは私は非常に困難であるということを痛感いたしました。しかし、これからの展開の素材には十分値するものをつかむことができたと。
 先ほどどなたかがやっぱり現地調査ということをおっしゃいましたが、私も同感であります。しかし、一回限られた時間でそれで納得できるかというと、またこれも問題かもしれませんが、行かないよりははるかにいいと思うんですね。これはもう是非この調査会でやっていただきたいと思うわけです。
 加えて、今日、今井議員から発言はございませんけれども、私どもの手元に資料が配られました。私もこれ、前、新聞で読ませていただいて、例えばイスラエルとパレスチナの問題についても、現下の情勢、過去の情勢だけじゃなくて、これからの中長期的な展望というものを併せて考えますと問題がより複雑化する、人口と食糧の問題、領土の問題等々含めてですね。これはなかなか大変だなという思いがしているわけでございます。
 そこで、私は、今後の中間集約の在り方というものについて、少し先走って恐縮なんですが、若干意見を言わせていただくと、今まで申し上げたような経過から、この問題を総合的にかつ明快に集約するのは容易じゃないと思うんですね。また、今後の展開という意味では我々まだ不十分な面もありますから、これはやっぱり一方でフォローアップしていくということが必要ではないかと思うんですね。そして、あわせて、我々の仕事は一定の期間に一定の集約をするのが責任でございますから、今日までの調査研究の範囲で中間的に集約するものは何か、する方法は何かということで詰めていくのも一つの方法ではないかというふうに私は感じております。
 既に今までの調査研究の都度、私は六、七回意見を提起する機会がありましたので、個々に今日、深入りはしませんけれども、例えば資源外交というふうな問題は我が国の直面する問題として放置できない問題なんですね、これは。こういう問題は、整理のしようによっては、中間報告とはいえかなり重要な内容を提起することができる。
 それから、先ほど御意見がありましたけれども、今までの勉強で、イスラムへの支援の在り方ということについては、それぞれの事情に沿ってやることに価値があるということを我々は大いに学びましたから、ただ総花的に、同時一斉にではなくて、それぞれにミートするような手法を選んでいくという問題もあると思うんですね。
 それから、もうあと一つ二つにしますけれども、国連の対応ということについては、どうも率直に言って、私も意見を申し上げましたが、十分な対応ができていないと思うんですね。こういう点については、我が国の外交の姿勢からいっても、一定の意見をきちっと言っていくということも必要ではないかというふうに思っております。
 最後に、まだまだ幾つかあるんですが、最後にアメリカの外交との関係、これは私、前回相当時間を掛けて主張いたしました。これ、無視しろとは言いませんが、過度の追従はこれはいかぬと。やはり日本固有の持ち柄を生かしてやることに日本の存在感があるわけだし、これが世界のためにもなるし、ある面ではアメリカのためにもなるわけですから、そういう姿勢をやっぱり冷静に提起していくことが必要ではないかと。
 ちょっと先走って恐縮なんですが、意見を申し上げました。
#24
○会長(関谷勝嗣君) 他に御意見ございませんか。
#25
○山崎力君 先ほど入澤先生の話にもあったんで、私も同感するところがあるんですが、どうしても議論が煮詰まらない。これは世界各国でも煮詰まらないのかもしらぬですが、宗教というか人間の規範ですね、生きる価値観の集大成と言っていいのかもしれませんが、そこのところで、我々は何か日本人というものの価値観というものが分かったようなつもりになって、それで世界を見、付き合っている。それが以心伝心で分かる国内のうちではいいんですが、あるいは単に商売といいますか、物のやり取りでもうけたもうけない、そこの部分ではいいのかもしらぬですが。このイスラム社会というのは、その中でいえば、世界的な中でもキリスト教が近代化されて、ニーチェに言わせれば、神は死んだ、人間が殺したという以降のキリスト教社会でそれを推し量っている。
 そういうときに、もう千年も変わらない価値観の下に現在もなお生活し、それを規範としているイスラムの人たちとどう付き合うのかということは、非常にそういった意味では、自分たちの規範がどこにあるのかということを再確認してからでないといかぬ。ところが、御承知のとおり、宗教教育というものは公教育から外すべきであると、宗教は公のところから離れたところにおらなきゃいかぬという、これは憲法上の我々の要請が現実にあるわけで、その中で、外交も含めていろいろ言われているんだけれども。
 本当に、それじゃ、外交、国益というものもある意味では一つの価値観、理念から出てきたものであるわけで、その国益を代表する外交にどこにバックボーンを持たせてやるのかということを我々も含め国民がどこまで期待していたかというと、極めて私に言わせれば疑問だし、そして特にイスラムの価値観からいけば、富んだ者が喜捨するのは当たり前だと。そうすれば、いろいろなことでお金をやったのにもかかわらず、援助したにもかかわらず、我々の期待に沿わない使い方をした、あるいは感謝の念が出てこない、そういったことに対して違和感を持つのは、彼らの価値観からすれば、これは神に対する、何というんでしょう、不遜な態度である、むしろ不遜な態度であると。先ほど森元さんも価値観が違うとおっしゃっていたけれども、その辺のところをこれを機会に議論し合わないと、堂々巡りになってしまうんじゃないのかなという気がいたします。
 最後にあえて言えば、日本の我々が価値観として共通で持っていると思われる、いろんなものの基盤になっている命より大切なものはない、人の命が一番大事だという価値観が、ある意味においては、彼らにとってみれば命より大切なものがあるわけです。それは自分たちの信仰であり、神に対する自分たちの契約だということに対してどう付き合うのかと、そういう人たちにどう付き合うのかということを考えないと、私は、非常に水ぶっ掛けて恐縮な言い方だけれども、独自の外交、対イスラムの独自の外交とか何らかの役割をとか言ったところで、私からすれば、かえって残るのは、何というんでしょう、未達成感というか消化し切れない、かえって悪い印象が残るんじゃないのかな、むしろ本当のできる範囲でのことをもじもじとというか、そういった形でやるのが限界じゃないのかなという気が、あえてこの際申し上げたいなと思っております。反論は覚悟の上で。
#26
○木俣佳丈君 いろいろ御意見を伺いながら来たんですが、イスラムというのをまとめて話していいのかなと。先ほどのイランの話もあったんですが、イスラム世界というのをまとめて話すというのは結構なかなか難しいのかなというような、私、印象を持ち続けております。一まとまりでイスラムの人たちはというような言い方で本当にいいのかなというような印象を持つものであります。
 ただ、そうはいっても、あえて例えば米国流、アメリカ流に言えば、今テロを根絶やしにするこの戦いというのは二十年続くという覚悟でやっているということを聞きます。これはどういうことかというと、要するにイスラム教を信じる、国教とするような国々が民主化されていないということで、何度も何度もそこで和解をさせてもすぐに独裁的な親分が出て、その親分同士が戦いを起こすと。そして、その場所が先ほど来からお話に出ているような、天はイスラムに何も与えなかったけれども唯一油を与えたという、資源のある国であるということであります。ですから、民主化をどういうふうにさしていったらいいかということを日本はやはりもっと真剣に考えるべきだというふうに思うのが一つと。
 それから、とはいっても、例えばイスラムが原因で、イスラム教を信じる国が原因で起きているいろいろ紛争がありますが。例えば先般もインドへ行きました。カシミールの問題でもまた激化しております、パキスタンとの。それから、PLO、イスラエルの問題もありますけれども。どうも、ある意味でカシミールの問題は、ちょっとこれ間違えるといけませんけれども、ある意味でちょっと、その紛争を起こすことで双方の利益を生じていると、インドとパキスタンにおいてはやらせであるというような意見さえある。さらに、PLO、イスラエルの話もありますけれども、余りにもPLOというのを甘やかし過ぎたと。アラファトは、これはイスラエルのムネオと言われておりまして、利権の配分に生きている人間であります。ですから、そういう意味で、訳の分からない紛争に日本が余りにも首を突っ込むというのは非常に僕は良くないと。
 で、何を守るべきかと。先ほど藁科先生からありましたように、例えば資源のルート、例えばシーレーンとか、こういったところに位置するような、又はそこに影響を与えるような紛争であったり、そういう国をどのように民主化さして、安全裏に、ここ、まあ当面二十年と考えてください。二十年はシーレーン、要するにそういう国を何とか紛争が起きない、つまりは日本の、我が国の安全又は安全保障に影響が及ばないような国にしていくかということに絞っていろんな工作をしていく、又は外交努力をしていく、又は安全保障の政策をしていくということは私は非常に大事であると。ただ、そういったところがどうも見えないということが私は日本の外交の最悪なところではないかというふうに思うんですね。
 米国は、例えば中国がぬきんでて出てこようとすれば、日米、そして最近はロシアはアメリカなしでは治安も維持できないというそういう国になっておりまして、日米、ロシア、インドと組んで中国を挟もうと、こういうような動きをしたり、はたまた、私がそうかなと思って見れば、いやそうではなくて、日中、パキスタン、ロシアでインドを挟んでいこうと、こういう多元的な外交を繰り広げておりまして、日本は、やはり今の外交インフラから、又は人材も含めて考えた場合に、ここまでは到底できないということから考えますと、先ほど二点目に申し上げましたように、例えばイスラムということであれば、ちょうどシーレーンのところに位置する諸国がございますので、こういったところに絞って地道にそういうところと外交を繰り広げると、こういうことに集約するべきではないかということが私の意見でございます。
 以上です。
#27
○会長(関谷勝嗣君) 御意見ございませんか。
#28
○高野博師君 一言なんですが、この調査会でイスラムをテーマにするということについては正に九・一一の前に是非研究すべきだという意見を申し上げた記憶がありまして、それで今回、何回かに分けて参考人の方から意見を伺ったんですが、私の印象は、やっぱり専門家が少ないんではないかなという感じがいたしまして、例えばカザフスタンとかウズベキスタン、私、四、五年前に行きましたけれども、ウズベキスタンの専門家というのは日本にいるのかというと、恐らくほとんどいないんではないかな。非常に層が浅い、地域研究の専門家、研究家がいないと。
 それは正に需要がないからでありまして、四、五年前に当地に行ったときに、中央アジアとかカスピ海沿岸、こういう国に対する日本のプレゼンスが全くないということに私は驚きを感じたんですが。それに比べて韓国等は相当入り込んでいたと。まあ石油とか天然ガスの埋蔵量等が注目され始めた時期だったんですが、やはりこれは国家戦略的にこういう専門家、研究者を育てていくということが必要なのではないかなという感じがいたしまして、正確な認識とか理解がなくて独自の政策というのは立てられないんだろうと思いまして、そういう意味でこれは十分私は検討すべきではないかなと思います。
 以上です。
#29
○会長(関谷勝嗣君) では、今日の意見交換はこの程度で終わりたいと思います。
 委員各位には、貴重な御意見を熱心にお述べいただきまして、誠にありがとうございました。
 本日までの議論を踏まえまして、理事の皆様方と協議の上、一年目の中間報告書を取りまとめていきたいと思います。これまでの委員各位の御協力に改めて感謝を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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