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2002/06/05 第154回国会 参議院 参議院会議録情報 第154回国会 災害対策特別委員会 第6号
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2002/06/05 第154回国会 参議院

参議院会議録情報 第154回国会 災害対策特別委員会 第6号

#1
第154回国会 災害対策特別委員会 第6号
平成十四年六月五日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月二十九日
    辞任         補欠選任
     荒木 清寛君     弘友 和夫君
 六月三日
    辞任         補欠選任
     弘友 和夫君     荒木 清寛君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         加藤 修一君
    理 事
                宮崎 秀樹君
                谷林 正昭君
    委 員
                大仁田 厚君
                加治屋義人君
                柏村 武昭君
                小泉 顕雄君
                斉藤 滋宣君
                鶴保 庸介君
                神本美恵子君
                高橋 千秋君
                山根 隆治君
                山本 孝史君
                荒木 清寛君
                大沢 辰美君
                大門実紀史君
                山本 正和君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        杉谷 洸大君
   参考人
       岩手県立大学総
       合政策学部教授  首藤 伸夫君
       京都大学防災研
       究所附属火山活
       動研究センター
       教授       石原 和弘君
       株式会社ケーピ
       ー代表取締役   森下 慶子君
       財団法人兵庫県
       ヒューマンケア
       研究機構こころ
       のケア研究所研
       究部長      加藤  寛君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○災害対策樹立に関する調査
 (防災及び震災後の対策に関する件)

    ─────────────
#2
○委員長(加藤修一君) ただいまから災害対策特別委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 災害対策樹立に関する調査のため、本日の委員会に岩手県立大学総合政策学部教授首藤伸夫君、京都大学防災研究所附属火山活動研究センター教授石原和弘君、株式会社ケーピー代表取締役森下慶子君及び財団法人兵庫県ヒューマンケア研究機構こころのケア研究所研究部長加藤寛君、以上を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(加藤修一君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#4
○委員長(加藤修一君) 災害対策樹立に関する調査を議題とし、防災及び震災後の対策に関する件について参考人から御意見を承ることといたします。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
 東海地震に限らず、海溝型地震には大きな津波の発生の可能性が十分考えられます。大規模なこれらの地震の津波対策は喫緊の課題であります。
 火山災害については、近くは三宅島の深刻な惨状があります。島民が帰島できない状態、自治体行政が本来の場所で全くできない異常な事態が一年と八か月前後続いております。このようなことは日本の災害史上初めてのことであります。
 また、空間的、物理的に国土の被災後のコミュニティー回復力の強化という意味では、防災町づくり、加えて痛手を受けた人間、被災者の心の傷をいやすなど、安心感、希望を与えるための心のケアなどへの対応が考えられます。これらは、人間の安全保障、ヒューマンセキュリティーの上で重要な視点であります。
 そこで、本日は参考人の方々から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。
 それでは、本日の議事の進め方について申し上げます。
 最初に、首藤参考人、石原参考人、森下参考人及び加藤参考人の順序でお一人十五分程度御意見をお述べいただきたいと存じます。その後、午後三時ごろまで各委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 また、御発言は着席のままで結構でございますが、御発言の際はその都度委員長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おき願いたいと存じます。
 それでは、まず首藤参考人からお願いいたします。首藤参考人。
#5
○参考人(首藤伸夫君) 首藤でございます。
 日本で国民が災害をどのぐらい忘れやすいかといういろんな調査がございまして、それによりますと、大きな災害が起きてから八年間ぐらいは、その災害を受けた方々、それからその周辺の方々の行政に対する第一の願いが、ああいう災害を二度とないようにしてほしい、こういうことでございます。十年目ぐらいになりますと、だんだん、十年一昔と申しますが、それが薄れてまいりまして、元の災害を受けた場所に備えもなく復帰をしていくという人が増えてまいります。十五年たちますと、災害を受けた受けないにかかわらず、将来の災害に対する準備が全く差が出てまいりません。三十年たちますと、人に聞かれると、ああ、そういうこともあったな、うちのおじいさんに聞いたことがあると、こういう返事が返ってまいります。
 そこで、津波対策の一番難しいのは、地震と違いまして、常時小さな地震で揺すられるというようなことはございません。災害をもたらすような大津波は五十年以上、大変大きなものになりますと百五十年以上の、つまり、もう四世代、五世代移り変わった後で大きなものがやってくる。その間に、人間が先ほど申しましたような対応をいたしまして、個人個人のみならず、沿岸の災害を受ける可能性のある都市の耐津波性、これが徐々に劣化していく、それをどのように食い止めるか、ここに津波災害対策の一番難しい問題がございます。
 お手元に本日の発言要旨を三枚物ぐらいでお配りしてございますが、これに概略書いてございますが、日本で津波対策といいますと、本来は高いところに住居を移すというのが基本でございました。昭和八年に三千人の方が亡くなられた三陸大津波がございまして、このときが恐らく国や県が主体で津波災害対策の事業を行った最初のときでございます。そのときに、やはり当時の経済力あるいは技術力からしまして、構造物を造るというのは極めて難しくて、やはり高いところに住んでくださいということにいたしました。そのときの問題点がいまだに残っておりますが、せっかく高いところに移っていただいたにもかかわらず、かつての低地に戻ってはいけませんよという何らかの法規制が掛けられたところが極めて少ない。したがって、なし崩しにまた危険地帯に住居ができ上がっていくというようなことが起こっております。
 今、皆様方が海岸地帯に行きますと、大変景観を壊す、生態系を壊すといって評判の悪い防潮堤と称します構造物がかなりのところにできておりますが、これができ始めましたのが一九六〇年の、昭和三十五年、チリ津波からでございます。このとき、津波の高さが五、六メーターでございましたので、当時の経済力及び技術力で何とかできる高さでございました。
 しかも、実は日本の津波予報は世界に先駆けて始まっておりまして、昭和十六年から始まっておりまして、昭和二十七年にこれは気象業務法の中できちんと津波予報をやるのだということが明記されました。しかし、津波がそんなに頻繁に起こりませんものですから、その津波予報の判定基準はつい最近まで過去の経験則に基づいたものでなされておりまして、大きな改良はございませんでした。しかし、最近になりまして、五、六メーターの高さの防潮堤が津波対策としてかなりでき上がりました。
 しかし、振り返ってみますと、過去には極めて大きな津波がございます。日本の最大の津波はい上がり高の記録は実は沖縄にございまして、八十メーターという高さでございます。三陸地方では、三十メーター、四十メーターの高さに津波がはい上がったというのもまれではございません。そういうすべてのものに構造物だけで対処をするというのは、これはできかねるということになりまして、それからまた、津波予報が、目の前にでき上がっております五、六メーターの高さの防潮堤を越えるのか越えないのかというようなことがなかなか明確にならなかったものですから、そういうことで住民の方からいろいろな要望が出てまいりました。
 その結果、まず一九九七年、お手元の発言要旨の最後の三行のところに書いてございますが、一九九七年に関連七省庁が地域防災計画における津波対策の手引きというものに合意をいたしました。二ページ目を開けていただきますと、その内容が簡単に書いてございます。まず防災構造物、それから津波に強い町づくり、防災体制、この三つを各地点にうまく合うような仕方、しかもその地点の将来の発展と矛盾の少ないやり方で適宜組み合わせて行うということを認めるようにいたしました。
 お断りしておかなければなりませんが、防災構造物で津波を防ぎ止める、完全に防ぎ止めるという考え方は、この時点で実は放棄いたしました。防災構造物は財産の損失を軽減するためには役立つけれども、人命の損失を一〇〇%防ぐものではない、こういうことでございます。
 そこで、それではどうするか。人命を何としても一〇〇%救いたい、そのためにはやはり防災体制をきちんとやること、端的に申しますと、予警報を十分にやっていただいて、それに応じて避難をしていただく、これが人命を一〇〇%救う第一の、これはもう全世界共通の第一原則でございます。
 それから、その次に、「津波に強いまちづくり」の中に、「津波に強い土地利用の促進」という項がございますが、端的に申しますと、高いところにやっぱり住んでください。往々にして高いところに移転するというのは津波災害直後では成功いたしますが、実は時代とともになし崩しになる例が多うございます。しかし、例えば田辺市の内之浦地区のように、災害に遭って五十年後、やっと高地移転が実現しているというところもございますので、そういうような高いところへ住む。低いところに住むならば、いろいろな津波に強いという条件を備えた建物以外は建てないというような土地利用規制、これをきちんと掛けていくというのが長い将来にわたって津波に対する脆弱化の起こらない基本だと考えております。
 そこで、防災体制のうちの予警報に関しましても、これは気象庁が改良いたしまして三年ほど前からかなり詳細にやることになりました。しかし、皆さん、最近の例でお分かりと思いますけれども、沖縄でほぼ空振りに近い状態が起こっております。それはなぜかと申しますと、津波は地震の大小とは直接関係がございません。地震を起こす断層運動が縦ずれ、鉛直方向に動く、この縦ずれの大きさが大きいか小さいかで津波の大きさが決まります。ですから、幾ら地震が大きくても、横ずれならばこれは津波は起きないわけです。この縦ずれのときにどんな状態で津波が起きるかというのは今のところ学問的に計算ができるようになってございますけれども、そこに弱点がございます。
 お手元のこの分厚い方の資料の十一ページをお開きください。この十一ページに図一というのがございます。実は津波が発生したときの形を現実に測ったものは世界にこれが唯一あるだけでございますが、この下に断面図がございまして、ちょうど横軸ゼロというところに高さ九・七四という数字の極めてシャープな高まりが見られますが、これは地震全体としてのエネルギーとしてはほとんど無視するぐらいのエネルギーででき上がっております。ですから、これを現在の地震の常識で推定することは不可能であります。
 したがいまして、気象庁のやり方で予報いたしますと、そもそもの出発点で約二・五倍の誤りが生ずる可能性があります。こいつをどのようにして解決するかといいますと、方法は一つございまして、これはかなり深海のところに発生した津波そのものをキャッチできる深海津波計をもう少しばらまきますと、それで即つかまえて改善を行うということが可能でございます。大筋は気象庁の予報でよろしい、その、それからの外れをこの深海津波計をたくさん置くことによりまして次から次に補正していく。そして、日本の沿岸では東海地震のようなものを除き、かなりの場合にこの修正が津波が沿岸に来るまでに十分人間の避難に間に合うようにできる可能性が強いわけであります。
 こういうような津波災害対策を支えております日本の津波研究は世界第一でございまして、私どもも米国やトルコ辺りの津波対策のいろいろなアドバイスにも出掛けております。私どもができないと現在申し上げることはどこの国でもできないという具合にお考えいただいて結構だと思います。
 そこで、そういう状態にありながら、これからどうするかといいますと、やはり三十年以上たちまして人の記憶が薄れていく、そしてその記憶の薄れとともに沿岸地帯が津波に弱い体質になっている、それをどうしても防ぎたいと思うわけであります。そこで、防災構造物の維持とかいろいろございますが、時間の関係でそこは省略いたしまして、三ページ目に「津波に強いまちづくり」というのがございます。
 ここで是非やっていただきたいのは、先ほどから申し上げております土地利用規制を掛けるということと、それから沿岸地帯に増えております可燃物の処理、これを通常の消防法以外の規制を掛けないと、それこそ阿鼻叫喚のちまたになる可能性が今や増えつつあるということでございます。
 それから三番目に、やはり世代が交代しますと忘れられます。仏教の方で三十三回忌をやればもうあとはやらなくてもよろしいと、これは三十三回忌をやりますと故人を知っておられる方がほとんどいなくなると、だからやめてもいいというわけです。
 それから、最近出ました橋がなぜ三十年後に落ちるかというようなことを見ましても、つまり三十年たちますと本当に身にしみて感じられた方の数が少なくなって、話としては聞いているけれども、それが実のある対策としてはなかなか結ばない、そのために次の津波でまた大惨事が起きるという繰り返しになるものと思われます。したがいまして、いかに記憶を長く伝えるか、その辺の配慮が必要であろうと思います。
 以上、簡単でございますが、意見を申し上げました。
#6
○委員長(加藤修一君) ありがとうございました。
 次に、石原参考人にお願いいたします。石原参考人。
#7
○参考人(石原和弘君) 石原でございます。
 本日は日本の火山活動、活火山の状況と、それから火山噴火予知の現状、それから今後の火山対策、災害対策について御説明したいと思います。
 まず、我が国の火山活動ということでありますけれども、現在、気象庁では過去二千年以内に噴火した火山及び箱根山など活発な噴気活動が認められる火山を活火山と指定しております。その数は、北方領土、国後、択捉ですけれども、その十火山及び海底火山を含めて八十六火山です。そのうち二十世紀に噴火した火山は五十火山近くある。つまり、全体の三分の二が一世紀のうちに噴火するということになります。また、毎年二火山から多いときには十火山が噴火する。平均して五火山が噴火しております。今年に入って見ますと、三宅島と併せまして鹿児島県の桜島、薩摩硫黄島、それから諏訪之瀬島が現在活動しております。
 一つの火山に注目しますと、桜島等のように毎年噴火するというのは珍しくて、多くの火山は数百年に一回であるということになっております。それゆえに今、首藤先生のお話にもありましたように、ついつい忘れてしまうというところがございます。
 また、こういう実際に噴火する火山と別に、ほぼ同数の火山が毎年何らかの異常現象を示しております。最近の例でいいますと、岩手県にあります岩手山ですけれども、平成七年に小さな火山性微動が発生し、平成十年にはマグニチュード六クラスの地震まで含むそういう地震活動、地殻変動、地熱活動が起こったということはよく御存じのことだと思います。
 また、平成十二年に噴火しました有珠山、三宅島、また少し古くなりますが、平成三年の火砕流が頻発しました雲仙・普賢岳のように社会的な影響の大きな噴火というのは、実は少し振り返ってみると分かることでありますが、十年に二火山ないし六火山で起きているわけです。何も三宅島、有珠山というのは特殊な例ではないということもあります。
 それから、更に大きな噴火といいますと、一世紀に数回の割合で起こっている。現在、ハザードマップ作成とかいうことで注目されていますけれども、富士山の宝永の噴火、桜島の安永の噴火、浅間山の天明の噴火、それから雲仙・眉山の大崩壊、これは津波も伴っております。これは十八世紀に起こっていますし、十九世紀には磐梯山の大崩壊というのが起こっています。また、二十世紀には桜島の大正大噴火が起こっていると。
 こういうようなことは二十一世紀になって決してなくなるものではありませんで、こういう社会的影響の大きな噴火や大規模噴火が発生するということは、これは免れ得ない現実であるというふうな認識が重要であると思います。
 火山災害を軽減するにはという観点から見ますと、火山学が実質的に研究が始まってまだ半世紀足らずでありますけれども、二十世紀の経験あるいは工夫、研究成果を生かして、それをいかに発展させるかということにかかわっております。また、欧米先進国に比べますと、火山災害、噴火といいますのは、特徴的な、また我が国にとって基本的な自然環境であるという点を認識していただきたいと思います。この意味では、我が国は火山噴火予知の研究、火山防災の開発の分野でもって世界的にも役割は大きいということが言えるかと思います。
 それから二番目に、火山噴火災害の軽減、防止ということに関してお話ししたいと思います。
 火山のハザードマップということですけれども、火山噴火といいますのは、地下にあるマグマが噴出する、あるいはマグマの化学的あるいは熱的作用によって火山ガスが放出されるという、そういう現象であります。災害を引き起こす原因が地下にあるという点では地震と共通ではありますけれども、直接的な災害の要因といいますか、それは地震や地殻変動だけではありません。それに加えまして、火山弾や火山灰、あるいは火山ガス、あるいは爆発のときの衝撃波など、空中からといいますか、空から迫る脅威ということと、溶岩流あるいは火砕流、泥流のように斜面に沿って迫る脅威がありまして、地震災害とは少し趣を異にしております。
 これらの災害は、一般にこれは人力あるいは中途半端な工作物でこれは防ぐことができるものではありません。また、最寄りの公園や広場に避難するということでもこれは解消できるものではありませんでして、予想される火山噴火の規模や災害の要因に応じて、噴火の前に、少なくとも直前、数日前とか、それに噴火地点から離れた安全な場所に避難すること、また頻繁にそういう災害を受ける場所には居住しないということが必要であると考えます。その基礎となるのがいわゆる火山のハザードマップであります。
 現在、二十火山程度で自治体が中心になって作成、公表していますし、現在、内閣府が中心となって富士山のハザードマップを作っております。重要な点といいますのは、行政、住民が目の前にある火山が将来噴火する可能性を秘めた火山であるということを、共通認識を常に忘れないという点、それからもう一つは、このマップを参考にして地域防災計画を作成し、状況に応じて必要な避難対策、防災教育、防災対策などを実践するというところまで行かなければまた意味のないところでございます。
 有珠山の場合ですと、平成十二年の噴火に先立ちまして防災マップが作成されていました。また、火山の専門家と住民の間でシンポジウムを持つなどして、火山防災についての共通の認識が形成されたと。そういう状況の中で、二日前ですか、緊急火山情報というものが出されまして迅速な避難が行われたわけであります。
 それから一方、三宅島など人の住む火山島の場合には、これはハザードマップ作成と併せまして、全島避難までの段階的な規制及び避難、救助に際しての関係機関の役割を具体的に盛り込んだ、そういう地域防災計画の策定が必要だろうと考えます。
 このハザードマップを作るに際しましても、そういう情報を出すに際しましても、問題は的確な避難がなされるか否かというのは最終段階で出される火山情報の質にかかわっているわけであります。その質が何によるかといいますと、これは長期にわたる質の良い観測データの取得ということと、そういうデータを的確に評価する知識を有しているということであります。
 また、ハザードマップについては、過去のその火山についての火山災害や火山活動に対しての知識がどれだけあるかということにかかわっているわけでありまして、それが少なければ非常に大ざっぱな網を掛けたようなハザードマップになりますし、現実と懸け離れているわけであります。
 いずれにしましても、火山活動の監視、観測と併せまして、火山現象、火山災害に関する基礎的な研究の進展というものが火山災害の軽減の実現に不可欠であるというふうに考えております。
 それから、火山噴火予知計画ということについてお話ししたいと思います。
 火山活動に関する監視と情報発信といいますのは、陸上火山については気象庁が、海底火山については海上保安庁が担当するということになっています。御存じのように、昭和四十八年に活火山に関する法律ができましたけれども、それと軌を一にしまして、文部省測地学審議会が火山噴火予知計画を建議しております。それから繰り返されていまして、現在、第六次計画のところになっております。そのレビューが今年の三月に公表されたところであります。
 火山噴火予知計画にかかわっている機関といいますのは、気象庁、海上保安庁、国土地理院、国立大学九校及び独立行政法人の通信総合研究所、防災科学技術研究所、産業技術総合研究所地質調査総合センター、これはかつての地質調査所ですけれども、そういうものがかかわっております。
 その計画の中では、火山観測の研究強化とか予知計画の基礎研究の推進及び予知体制の整備という三つの柱を立てまして、それぞれの機関の特色を生かした研究分担でもって行ってきております。第六次計画では、一つは有珠山、三宅島もその間に噴火する可能性があるということで、そういう火山などを対象火山、観測研究の強化火山としておったわけであります。
 なお、火山噴火予知連絡会と申しますのは、この火山噴火予知計画によって設置されたものであります。
 現在の火山噴火予知の到達点について、第六次のレビューでは、有珠山や三宅島のように適切な観測体制を整え、信頼性のある多項目の観測データの蓄積を行えば、前兆現象をとらえ、噴火の発生時期をある程度予測できるというふうにも述べています。現在、この段階にある火山というのは約国内で十火山であります。
 他方、噴火が始まった後のことでありますけれども、三宅島で世界的にも例の少ない山頂カルデラの陥没、多量の火山ガスの放出というふうなことがございましたけれども、火山活動の推移や活動の終息予測を、あらかじめ予測するのは現在のところ困難であるというふうに考えていまして、それを解決するには火山の地下構造やあるいは噴火機構の解明ということが重要だというふうに指摘をしております。
 三宅島では、皆様方も関心のあるところだと思いますけれども、平成十二年秋に二酸化硫黄が一日で五万トンを超えた後、今年に入って五千トンから二万トンに減少しております。現在の傾向が続くならば、一年後には一万トン以下になるだろうと考える研究者もおりますけれども、一方、何十年あるいは何百年にもわたって数百トンから数千トンの火山灰を出しています桜島の例を考えますと、全く三宅島のガスが止まる、短期に止まるとは非常に考えにくいという考え方をしております。
 それは専らマグマだまりなど三宅島の地下で起こっていることの理解が不十分なためでありまして、三宅島の今回の活動推移を予測して住民の帰島後の安全確保を図るには、火山ガスの検知警報システムの構築、濃度の高いガスの流れる経路、火山ガスのガス道といいますけれども、その調査と併せまして、火山ガスを含む地下のマグマだまりの大きさやマグマからの脱ガスのメカニズムという、そういう研究を強化する必要があると考えています。
 また、今後の復興対策あるいは対症療法的な対策を、当面の対策を立てる上では桜島など今まで経験の積んでいるところを参考にすることがいいことかと思います。
 それから四番目に、火山対策でありますけれども、特に火山噴火予知の研究の体制について述べますと、前に申しましたように、我が国の火山噴火予知の研究といいますのは、それぞれの特色ある多数の大学や研究機関の密接な連携で行っております。米国、フィリピン、インドネシアなどとは特異な研究調査体制であります。一方では、その成果に対する評価は高いところであります。大学は現地に観測所を置いてやってきたという歴史的な経緯もありますけれども、個々の大学や機関での火山専門家が少ないというところで、ある種のこういう工夫で取り組んできたわけであります。
 昭和五十二年の有珠山噴火とか、あるいは平成十二年の有珠山噴火、雲仙・普賢岳の場合にでもありますけれども、こういう場合には大学や関係省庁が横断的な組織として合同観測班、総合観測班を組織しまして観測研究に取り組み、同時に活動の総合評価ということを行ってきたわけです。現在、省庁再編、独立行政法人化とか、あるいは大学の法人化ということがありますけれども、こういう省庁横断的なネットワークの機能というものを今後研究、発展させることが火山対策にとっても重要と考えております。
 では、終わりになりますけれども、火山災害というのは、何も火山周辺の住民だけではありません。実際には、世界的に、日本でもありますけれども、火山噴火で起こった噴煙の中に航空機が突入しエンジンが停止する、あるいは操縦室の窓ガラスがひびが入るというようなことがございます。そういうふうな、幸い事故には至っていませんけれども、日本の航空路を考えますと、そういう活火山沿いに主要な航空路が通っておりまして、航空機が噴煙に突入した際のそういう災害ということ、その場合に不特定多数の犠牲者が出るわけですけれども、そういうことに対する考慮も火山対策の一つとして検討していただきたいというふうに考えております。
 以上で終わらせていただきます。
#8
○委員長(加藤修一君) ありがとうございました。
 次に、森下参考人にお願いいたします。森下参考人。
#9
○参考人(森下慶子君) 森下でございます。
 私は、本業はイベントプロデューサーで、国際博覧会等をしておるわけですが、実は平成九年度から平成十二年度まで、建設省の方々と一緒に安全・安心まちづくり女性フォーラムという社会的な活動を試みてまいりました。
 今日、お手元に参考人質疑関係資料というのが配付されておりますが、それの六十ページに安全・安心まちづくり女性フォーラムの報告書の一部を掲載していただいております。これは、阪神大震災が起こった後、私たちはいろんなことを学んで、コミュニティーの大切さや町づくりの大切さ、それからボランティア活動の重要性等、様々なことを市民側も学んだわけですけれども、そういうものが一体全国的にはどんなふうに生かされているんだろうか、果たしてそれはうまく受け継がれているものなのだろうかということで、全国各地に、いろんな活動をしている人に呼び掛けまして、安全・安心な町づくりというのは何だろう、それは一体どうやったらできるんだろうかということで、防災町づくりを安全・安心という分かりやすい言葉で呼び掛けながら行ってきた活動です。
 この三年間の活動を通しまして、全国二十三地域に様々な団体が呼応して立ち上がって多様な活動をしてくれたわけですけれども、その活動を通じて私がプロデュースしながら感じたこと、それから考えたこと、これから是非進めたいこと等をお話ししたいと思います。
 安全・安心まちづくり女性フォーラムの六十ページ、六十一ページを見ていただくと分かるんですが、安全・安心な町は何かということを本当に生活の部分、現場の部分から考えようということで、テーマも各地域の方々に自由に出していただこうということで始めた活動なんですけれども、その一覧表を見ていただきますと、テーマの中にもちろん災害・防災という広い範囲で、広範囲で、水害とか地震、都市の大火とかいう形で考えているところもあられますけれども、防犯とか子育てとか福祉とか環境問題とか、様々なところで市民の生活者たちが不安を感じ、問題意識を持ち、何とかしなければいけないと、大変広範囲な形で安全・安心町づくりというのは考えられているということがお分かりいただけると思います。
 元々、こういう活動というのは、今突然始まったわけではありませんで、防犯のためにきちんと町の中を実際に歩いて、様々な照明灯の実験等を繰り返したり道路をチェック、点検したりしているグループもあれば、子育てを中心に町づくりを考えていたグループもあれば、女性の婦人連合会が、活動をしていた方たちが手を取って、地震をテーマに考えてみようということで出発したものもあります。それから、活動の内容も、パネルディスカッションやワークショップや、非常に多様になっております。
 全国の人たちが集まってお互いに発表し合って、情報を交換したり知恵を交換することでまた元気になって活動を拡大していくということで、この活動は三年間で終わりましたけれども、まだこの後グループとして活動を続けてくださっているところがたくさんあります。
 こういうNPOとかNPOの法人格を持っている町づくりのグループというのは大変たくさん出てきているわけですけれども、それは、皆様御存じのとおり、本当に日本が都市化した生活を送って、生活スタイルを変えていって、価値観も変化している中で、今まで日本的な組織として生きていた町内会とか自治会とか消防団、水防団、国民千人当たり一人しか消防士がいない中で自主的に消防団を組んだり水防団を作ったりしてきたわけですけれども、そういう既存の組織というのがちょっと変質してきまして、大事なこれもNPOではあるんですが、町内会に入っていない人がマンションに住んでいたり、連絡だけ聞けばいいやという自治会に参加しない人とか、とても水防団に出せる人手がないので、老人だけの家なので、お金を出してもいいから人は出せないとか、本当に形式的には残っていて情報は流れていくんだけれども、実は形骸化していたり力がなくなっているところがたくさんあると。
 それから、小学校のコミュニティーで、小学校区単位で非常に多くの活動が行われてきたわけですが、これも子供がいない家庭が増えていたり、お年寄りの家庭にとってはなかなかそのコミュニティーでの運動に入れないと。何かやり方が違って、私たちが同じテーマを持ってやれるんならやらなくちゃという非常に具体的なテーマ論を掲げて自発的に活動したいという人たちがたくさん出てきているということですね。
 そして、自己責任社会というのは、結局は自発的に活動している人たちが作っていくもので、自主的、自発的に活動している人はだれかのせいにしたりだれかに責任を取ってもらおうと思わないものですので、非常にその自発的活動自体が安全・安心町づくりにとっても核になることになると思います。
 元々、新しいネットワークとかいろんな言い方をしていますけれども、結局はだれとだれが手を組んで何をしていけばいいかということを明らかにしていこうよというのが安全・安心町づくりの基礎として大変各地、いろんな層から意見が出されました。
 というのは、安全というのは、安全かみそりとか安全ベルトとか、安全のシステムを作っていく、安全なものを作るというのがあるんですが、安心というのは、結局自分でやっていき、自分で見極め、自分で確保しないと、幾らお金を持っていても、幾ら仲間がいても安心にはならないということで、安心という町づくりを作っていくための元を自分たちで作ろうということがNPOとかNPO法人の活動をしている人たちの一番の強さだと思います。
 今、防災自主組織を作ろうとかというときに、ベースになるのはやはり町内会とか自治体経由のものなんですけれども、一番防災情報が多いのはそこから来るわけですが、やっぱり通達的などうも情報として受け止められてしまう。何かを考えるんじゃなくて、今度の防災訓練はいつですよとか、こうなったらここに逃げて、広域避難場所はここなんでこうしてくださいとかという通達的な情報が流れていくんですね。これは別に消防とか警察の方のせいではなくて、消防の方たちも、そういう一方通行的な情報で本当にみんなに支持してもらって、考えが共有されているのかということをいつも不安に思っておられますが、どういうルートを使ったらできるのかがよく分からないというふうに嘆いておられます。それから、警察は警察、消防は消防で様々なものが町内会とか自治会を通じて流れていくというのが現状です。
 それから、広域避難場所まで逃げて、その先どうなるか分からないとか、自分が本当は、もうかなり家も耐震強度が上がっていて、ビルディング等も耐震・免震構造が良くなっているんだけれども、本当にその場で逃げた方がいいのかどうなのか、それからだれとどうするのかという自分の実感が伴わない情報になっていると。それから、先が見えない情報で、逃げた後どうなるんだとか、具体的なめどが立たない、先が見えない情報というのは非常に共有されにくい、人の耳に入らないということで、自発的な活動ではない防災情報がもったいなくもすごくたくさん流れているというのが現状です。
 市民主体の防災対応策というのは、今、政府を始め各地方自治体も大事だと思ってくださっていて、現場の実感とか生活実感からの声を重視しようとはしてくださっているんですが、そういう場がどこにあるんだろうかと。市民が参画して今、地区計画等都市計画作りが始まっておりますが、市民の側からすると、生活実感としてはもちろん地域も大事で自分の家も大事、で、職場でいろんな目に遭うかもしれないというものもありますし、それから目的を共有する人と一緒に活動をしていかないと具体的な活動にならないということがあって、市民の側が求めていることと行政の側が求めていることが擦れ違っていると。目標はもちろん同じで、安全で安心に暮らせ、人命が大事にされればいいわけですが、目的が違う市民と行政の擦れ違いが起こっていて、これが一緒にやるためにはどうしたらいいのかというところですね。
 それから、企業の特性を生かした防災対応策等がもっと生かされていいはずなわけです。コンビニはコンビニの力があります。流通路さえ確保されればすばらしい拠点になるかもしれない。あるいは、交通機関の主であるJR等さんが持っている連絡機能とか、そういう企業の特色が生かされた防災対応策がもっとたくさん提示されてきてよいはずだし、企業も独自に自分を守らなきゃいけない。そういう行政と企業とか市民の役割分担というのがうまく相互理解できて総合的に分かるような場が是非欲しいということなんですが、なかなかその場がないと。
 そういうときに、今、防災計画がなければいけない、防災教育がなければいけないというふうに首藤先生も石原先生もおっしゃいましたけれども、そういう計画を作ろうと、前向きにみんなで計画作りをしようという中で多様な市民の参画を保障していただけると非常に具体的に物が進んでいくと。
 防災計画を作るということは、実は復旧計画を作り復興計画を作るという、一度に見通して先が見える形にする中で初めて具体論とか役割分担が出てくると思うんですけれども、まずは、もちろん命を守り、生活を復旧させ経済を復興させという話になるわけですが、町の生活者にとってはそれは一体に起こっていくものでありますし、津波であっても火山であっても、日本全体から見るとその地域の問題になってしまう。阪神大震災においては、道を一本隔てただけで、片っ方はもう復興に入っていて、片っ方はまだその生活自体も復旧さえしていないという場面が出てくるわけですが、この部分での難しさを皆実感しているわけですが、是非そういう中で防災計画とは復旧とか復興とかという計画とともに具体的に考えていきたいというふうに感じています。
 それから、市民一人一人の力とか、NPOのネットワークとか、NPOが法人化されて運営力を持っているところとか、そういう事業力とかというものを本当に尊重していただけるとうれしいと思います。一人一人が何も感じていないかというと、実は大変感じて、問題意識も高く持っているんですが、それがある場面に来ないと話し合わない。夫婦とか家族で防災について話し合っている家庭は本当に少ないと思いますし、町の中でもそういう機会、そういう場がないということが、結構この火山国、津波もある、地震もある国としては恐ろしいことかと思います。
 是非、こういうものを支援していただけるのであれば、防災・復興計画を一体として作れるような形での場を各地域とか行政の中で保障してほしいし、単年度事業で一年間計画作ったらできたできたというふうに終わらず、毎年毎年変化していく計画作りなわけですから、その計画を進化させるような形でいつも必要なんだということを是非御理解いただきたい。
 それから、NPOとかNPO法人というのはやはり大変経済基盤は弱いです。NPO法人にしたら何か寄附行為とかは楽になるのかなと思ったら、事務手続ばかり多くなって大変だというのが今のみんなの実感だと思うんですが、昨年でNPO法人にした団体はもう五千を超えて内閣府に届けられておりますが、三分の一は町づくりをテーマとしたNPO法人です。だから、町づくりについてはNPO、NPO法人、大変全国にたくさんあるということですが、ほとんどのNPO法人は法人格を取りながらも一千万円以下の年間予算で何とかやっているというところが現状です。
 で、専門情報とか多様な分野の専門家というのがどこに潜っていて、どこに行ったら手に入るかというところまで調べたり情報を得る力が少ないのも事実です。今日も、うわあ、津波の先生っているんだ、火山の先生っているんだというふうに私も生で見て感動しておりますが、大変な事件でも起きない限り、こういう先生たちはどこにいらっしゃるのか分からなくて、テレビでお見掛けするのが精一杯なんで、そういう方たちの情報とかお話がもっと出ていいんじゃないかと。
 それから、教育について先ほども二人とも触れておられましたが、教育プログラム自体の開発というのはやっぱりなかなかNPOとかNPO法人だけでは難しいんですね。
 子供にどういう教育をしたらいいか。大地震が起こったら家からとにかく出なさいというのは昔の話なんだとか、学校の先生も困っているのは、とにかく校庭にみんな訓練をして出すと、その校庭からどうするんだということですね。それから、逃げましょうと言ったときに、倒れた子がいると、その子はほっていってもう黙って一緒に団体行動した方がいいのか、その子を助け起こすように教育した方がいいのか、そういう根幹的なものから、現実的な、じゃ学校というのは本当に避難拠点になるのかとか、生活の知恵を伴った対策としては何を家に置いておけばいいのかと、防災避難袋というのは本当にああいうものでいいのだろうかとか、いろんな様々な現実論から、先ほどの地球自体の地震や火山の原則とか将来性とか様々なものがあると思うんですが、そのプログラムの開発をしたり教育手法の開発をしていただきたいというのは、本当に家庭でも学校の現場でも欲しいものではないかと思います。
 それから、町づくりというのは今大変広範な範囲に広がっておりまして、福祉の町づくり、観光をベースにした町づくり、様々な町づくりの試みがあり、町づくりのグループがあります。もちろん、歴史が重なってきたり、今まで建設省、国土交通省を始めとして様々な専門家がかかわった町づくりの部分は広範に広がっておりますが、じゃ、安全・安心な町づくりって何をすればいいのかみたいな総合的なガイドブック作り、このとおりにやれということではなくて、そういう総合的なガイドブックのようなものが示されるといろんな町づくりをする人たちが一つのテーブルに集まってそれを具体的に検討できると思いますので、是非そういうものをいただきたいというふうに、やっていただければうれしいというふうに思っています。
 それから、やっぱりNPOとかNPO法人って不思議なもので、忙しい人ほど熱心にやるんですね。子供を抱えて、年寄りを抱えて、老人を抱えて、病人を抱えて大変だとかって言いながら、仕事もし、なおかつNPO、NPO法人の活動もしてくださる人が大変多かったんです。そういうものの基盤になるのはやっぱり情報系の基盤でして、携帯電話とかインターネット、ファクシミリ、様々なものが活用されております。こういうものが安く使えたり、それから防災の計画の中にきちんと盛り込めたり、あるいは小学校とかコンビニとか、どういうところを拠点にしていくか、その地域ごとに違うと思いますが、地域ごとにこれが確実に保障されているかどうかで世の中変わっていく時代ですので、こういう通信等のNPO活動の基盤みたいなものに支援をいただけると大変助かるというふうに感じております。
 以上です。
#10
○委員長(加藤修一君) ありがとうございました。
 次に、加藤参考人にお願いいたします。加藤参考人。
#11
○参考人(加藤寛君) 加藤でございます。
 私は、阪神大震災の被災者支援に現場で現在までかかわってきた立場から発言させていただきます。
 まず、阪神大震災の具体的な活動をお話しする前に、災害とか事件の被害者、被災者がどのような心の問題を呈するかについて少しお話をしたいと思います。
 お手元の資料の図を見ていただきたいんですけれども、災害を体験いたしますとありとあらゆる心の変化が起きてくるわけです。一番有名なのは、生命の危険とか悲惨な状況を見たがために起こるPTSDと言われる症状でして、これはどういうものかと申しますと、例えば、その状況の夢を見続けるとか、思い出したくもないのにそれを思い出してしまうとか、夜が眠れないとか、そういったいろんな症状が出てくることがございます。
 ただ、災害イコールPTSDではございませんで、例えば、災害によって家やあるいは親しい方をなくすような場合を経験されますと、やはり気持ちが落ち込む、いわゆるうつ病のような状況になることもあるわけです。これに加えまして、災害が及ぼす生活への大きな影響というのが日常の大きなストレスになりまして、被災者のメンタルな面にも大きな影響を及ぼし続けます。ですから、本当に多彩な心の問題というのが起こってくるわけです。
 そして、このような問題といいますのは、災害から長期を経ましても残り続けることが知られております。これは海外の先行研究でもそうですし、私どもが行いました阪神大震災後の調査研究でも明示されております。
 例えば、兵庫県が震災から三年半経過した時点で行いました調査では、仮設住宅に住んでいた方の三五%、少し生活が安定して復興住宅に移られた方の二六%が、先ほど申し上げましたPTSD、日本語で言いますと外傷後ストレス障害と言いますが、こういった心の病気の症状を強く残されていたということが報告されております。また、別な調査では、そうした症状が残る要因といたしまして、やはり生活の再建に大きな障害を感じた人の方が残しやすいということも報告されております。また、最近、昨年私どもがやった調査では、これは三十代、四十代の勤労世帯を中心にやった調査なんですけれども、震災から七年たった現在でも六%ぐらいの方がPTSDの症状を色濃く残されているということが分かっております。
 このように、被災者の心の問題というのは明らかですし、これが残り続けることも明らかなんですけれども、被災者への心のケアを提供する上では幾つかの問題がございます。
 一つは、幾ら世間とかメディアが心のケアが必要と言いましても、被災者御本人は自ら進んでその体験をお話しになったりとか精神的な援助を受けようとしないということなんです。といいますのも、災害を経験することだけで被災者はもう十分に傷付いておりますので、もうこんな経験をしたのだから苦しいのは当たり前というふうに思ってしまうわけです。しかも被災された方ほとんどが多かれ少なかれ症状を示されますので、私だけではないというようなことから、ますますそれを言わなくなってしまうということがあります。それと援助を、例えば衣類をもらうだけでも、それだけでもちょっと後ろめたい気持ちになるわけですけれども、それに加えて精神的な援助を受けるということは、やはりスティグマとなってしまって積極的には援助を受けられないということにつながってしまうわけです。ですから、時間がたてばたつほど被災者というのは自分自身の問題を表にお出しにならないというような傾向が出てきて当然ということになるわけです。
 次に考えなければいけない問題というのが、被災者を対象として心のケアを効率的に提供するために、それには何らかのシステムが必要なことは明らかなのですけれども、それが全く準備されていないという現状があります。これは地方自治体がまとめている地域防災計画を見ていただくともう一目瞭然なんですけれども、心のケアの必要性に言及しているものはほとんどございません。例外的に、東京ですとか静岡ですとか、近い将来に災害が起きるというふうに言われているところでは記載はされていますけれども、そこでもせいぜい数ページでして、膨大な地域防災計画のいろんな計画の中で、心のケアの分野というのは、ほかの分野と比べると大きな隔たりがあるというふうに言わざるを得ません。ですから、やはり将来的にはいろんな医療体制、救急医療体制の中にこの心の問題というのを組み込む必要があるというふうに言えると思います。
 それと第三の問題点は、災害から時間が経過いたしますと、何が災害の影響なのか分からなくなってくるということがございます。正に今の神戸が象徴するわけですけれども、インフラの整備が、復興が進みまして、もう被災地から災害の傷跡がなくなってまいりますと、その住民の方のいろんな心の問題の背後にその災害の影響があるということは、全くその御本人も気付きませんし、社会自身も目を向けなくなってくるわけです。そして、先ほど申し上げました、災害の心の反応というのは多くの場合正常な反応ですから、生活再建が進んでいく中で多くの方が回復していかれます。
 ところが、やっぱり生活の再建が遅れる方というのは心の問題を抱え続けられるわけですけれども、その格差というのが広がってまいります。これを私どもははさみ状格差というふうに呼んでおりまして、要は、はさみの刃先が広がるように時間がたてばたつほど差が明らかになってくるというようなことです。立ち直っていかれた方、復興した地域から見ると、それを引きずっている方たちあるいは地域ということについては、いつまでそういうことを言っているんだ、いつまでそういうことを引きずっているんだというような思いしか持たれないというようなことで、もう格差が広がる一方になってくるというのが現状だと思います。
 では次に、具体的に、阪神大震災の後にどのような心のケアが提供されたかということを御報告いたしたいと思います。
 震災後の心のケアの活動を経時的に追ってみますと、新たないろんな取組が様々な次元で模索されたことが分かります。と申しますのも、この災害の場合、既存のシステムでは全く対応し切れなかった災害ですので、しかも事前に一切の準備がなかったということがあります。ですから、もう泥縄的にその場その場でやっていくしかなかったということがございます。それが幸か不幸か、いろんな画期的な試みを生んだというふうな現状もございます。
 例えば、震災直後の数か月間というのは、都市部がやられましたので、都市部に住んでおられる方の中で精神的な病気を持っておられる方たちにどういうふうな精神科医療を提供するかということが問題になりまして、約三か月か四か月の間、精神科救護所というものが被災地の十保健所に作られました。ここで約二千ケースぐらいの精神科の病気を持った方を診療いたしました。
 その後、病気を明らかに抱えた方だけではなくて、被災された方たちの問題を広範に扱う取組が必要であろうというふうなことから、地方交付税を財源といたしました阪神大震災復興基金を財源といたしまして、こころのケアセンターというところが作られました。ここに私も所属しておりましたけれども、五年間にわたって地道な活動を続けさせていただきました。
 こうした活動以外にも、兵庫県や神戸市などが工夫されまして、生活支援アドバイザーとか健康アドバイザーとか復興支援員といった公的なマンパワーが次々に作られて、それぞれ地道な活動を行ったわけです。それと、森下さんもおっしゃっておりましたけれども、新たな勢力としてボランティア、NPOというのが非常に大きな活動をしたというのもこの震災後の大きな特徴だと言えると思います。
 その中で、私が実際携わりましたこころのケアセンターの活動といいますのは、主には仮設住宅の住民の方をターゲットとした活動でした。年間一万件以上の個人面接ですとか、二万人から三万人に上る参加者を得ましたグループワーク、例えばお茶を飲んで震災の体験を話し合ったりとか、そういうふうな活動をしてまいりました。
 これらの活動の多くの部分は、支援者がどこかに待っていて、被災者が来て相談を受け付けるということでは全く機能しませんで、こちらの方から被災者の下に出掛けていかなければならなかったわけです。要はもう本当に地道な、もう本当にどぶ板をはうような、言葉は語弊がありますけれども、そういった活動をしなければそのようなサービスを提供できなかったということがございます。
 それと、阪神大震災は広域にまたがる災害です。例えば仮設住宅といいましても、兵庫県内だけではございませんで、大阪にも造られております。こういうふうに広域な地域がやられてしまいますと、縦割りの行政機構ではどうしてもその対応に差が出てきてしまって、なかなか連携ができなくなってくることがございます。ですから、私どもは、幸か不幸か半公的な機関でしたので、その行政の枠を少し飛び越えた形でいろんな行政と連携しながらやってきたというふうな活動をさせていただきました。最初に、何も基盤がなくて、本当に試行錯誤で活動したと言いましたけれども、まあ試行錯誤でやれたからこそ、いろんなその場のニードにこたえることができたのではないかというふうに思っております。
 それで、最後になりますけれども、阪神大震災以後に発生いたしました地域災害、例えば有珠山の噴火災害ですとか、これは自然災害ではございませんが和歌山の毒物カレー事件とか、あるいは昨年の大教大附属池田小学校の事例などでは、心のケアの必要性というのはもう比較的早期から認識されます。割と組織的な活動が地元の保健所などを中心にされるようになってきています。これは本当に大きな進歩だというふうに言っていいと思います。
 ところが、比較的小規模の災害とか事件であればまだそういった既存のシステムが機能するわけですけれども、阪神大震災クラスの災害に対してはどうかというと、これは起こってみないと分かりませんけれども、多分何もできないのではないかというふうな気がしてなりません。やはりここには、命令系統がしっかりとして、国がちゃんとイニシアチブを取って、しかも地方にフリーハンドを多く持たせるような、そういった柔軟でかつ明確なそういったシステムというのが求められているというふうに思います。
 最後になりますけれども、こうしたいろいろな対策を立てていく上でもやっぱり研究と、特に震災のいろんな活動に対する検証を続けていかなきゃいけないと思います。来年度の話になりますけれども、国の御支援いただきまして、兵庫県には心のケアを研究するための施設が作られることになっております。そういったことを、非常に画期的な計画なんですけれども、そういったところを基盤にいたしまして、今後も研究等いろんな活動を続けてまいりたいと思っております。
 以上でございます。
#12
○委員長(加藤修一君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 本日は、あらかじめ質疑者を定めず質疑を行いたいと存じます。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って御発言願います。
 また、全体の時間が限られており、できるだけ多くの委員に御発言をいただきたいと存じますので、委員各位の一回の発言時間は三分程度でお願いいたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、質疑を希望される方は挙手を願います。
#13
○大沢辰美君 参考人の皆さん、御苦労さまです。
 私は、三点ほどお聞きしたいんですが、まず最初に石原参考人にお尋ねします。
 防災白書を見させていただいたら、いわゆる活火山の要注意と言われている常時監視体制を取っているのはわずか二十にすぎないと書かれていました。特に、有珠山や三宅島と同程度まで火山観測体制が整備されている火山はわずか十火山程度とも聞きました。そこで私は、特に有珠山噴火では噴火前兆現象の推移を着実にとらえて、さらに適切な情報発信が行われた結果、噴火前の住民避難につながったと、三宅島噴火でもそういう状況が作ることができたと、だけれども予測について依然として解決すべき問題が残されているということも聞きました。
 そこで、観測体制の現状と問題点、また今後の課題と展望は、三宅島の点については少しお聞きしたんですが、もう少し詳しくお聞かせいただきたいと思います。
 もう一点は、火山噴火予知体制の上で、現地に根差して今、大学の観測研究施設が重要な役割を果たしているということが報告、今ありましたけれども、今後は、大学の独立行政法人化が検討されている中で大学の研究施設がどうなっていくのか、とても心配です。そういう点の見解もお聞かせいただきたいと思います。
 加藤参考人にお尋ねしたいんですけれども、本当に御苦労さまです。
 被災者が抱える心理的な問題というのはとても複雑な要因があるということはもうよく承知しております。そういう中で、生活の立て直しの展望が見えないと生きる勇気も出てこないという心のケアと生活支援のかかわりについてどう考えていらっしゃるか。特に神戸市の、私は、災害復興住宅で孤独死という、言葉が好きじゃないんですが、やはりこの数年間、九八年では十六人、九九年では三十六人、二〇〇〇年では四十七人、二〇〇一年では十二月二十六日までですけれども三十五人と、増加の一途をたどっています。
 こういう点では、高齢者等に対するケアがますます重要になっていると思いますけれども、孤独死を出さないケアの対策の在り方という点で、参考人の感じている点をお聞かせいただきたいと思います。
 以上、お二人の方にお願いします。
#14
○委員長(加藤修一君) まず最初に石原参考人、お願いいたします。
#15
○参考人(石原和弘君) 火山の全体の監視観測体制ということでありますけれども、今、第六次の火山噴火予知計画の中で一つの方針といいますか検討が気象庁の方で示されまして、全国に火山の活動を中心的に監視するセンターというのを設ける、札幌管区、仙台管区、それから福岡管区気象台と本庁と、その四か所でそれぞれの地域についての観測を行うと、そういう体制の強化というのはなされております。
 しかしながら一方では、やはり活火山の場合、その火山がそれぞれどうかということでありますので、今後とも、大学とかほかの省庁のそういう調査機関の機能というのを非常に重視する必要があるんではないかと思います。
 日本は、先ほど申しましたが、特殊だといいますのは、例えばアメリカでいいますと、内務省にあります米国地質調査所というところが火山の観測、調査、情報発信というところまで全体的なことを行っております。ハワイ、それからアラスカ、アメリカ西部ですけれども、カスケード、あのセントヘレンズの、そこに現地の観測所というのを置いて、もう一つは火山の基礎的な研究するセンターを基礎に、そういうふうな連携で、なおかつ大学と連携しながらやっております。
 それから、インドネシアでいいますと、インドネシア火山局というのが鉱山・エネルギー省の中にございまして、約五百人の世帯ですけれども、現地に六十の火山観測所を設けるとともに、バンドンに本拠のところがあります。それからジョクジャカルタ、メラピ山のふもとですけれども、そこに火山の観測研究センターというものがございまして、監視ということと研究ということと、それから防災ということをリンクさせた形でやっておりますので、例えばそういうことを参考にしながら、今後火山の監視といいますか、防災を含めて考えることが一つの答えかなとか思いますけれども、一方では、日本は日本の独自のことがございますので、今後いろいろなところで検討すべき問題だと思います。
 それから二番目に、現在の火山観測所、大学の附置の火山観測所、今後、大学の法人化に伴ってどうなるかということでありますけれども、火山噴火予知計画の現在のレビューの中では、それに対しまして、今までの研究計画、特に活火山につきましては、大学の研究所は毎年二火山で現地で全国集まって共同研究のようなものをやってきております。そういうのがいろんな活動評価に伝わっておるわけですけれども、そういうネットワークを維持することが重要であると。
 その中で、全国共同利用研究所、地震、火山の分野でかかわりますと、京都大学の防災研究所と東京大学に地震研究所がございます。そういうところが中核になって、大学の法人化ということが実現なったとしても、そういうところが中心的になって火山の研究ということを、噴火予知の研究を進めるべきである、そういう必要があるということを述べております。
 簡単ではございますけれども、以上であります。
#16
○参考人(加藤寛君) 今おっしゃいました生活支援と心理的な影響についての関係というのはもう明らかなんです。やはり被災された方が生活支援を十分に受けられたというふうに感じておられますといろいろな影響というのも少なくなるということがございます。それと生活再建に対してストレスを多く感じた方ほどやはりその影響というのは強く出るということがありますので、何も医療とか保健だけの支援ではなくて、やっぱり生活再建に対して十分な配慮をしていくということが心理的な問題を予防する上でも大事なことだということが言えようかと思います。
 それと、孤独死の問題ですが、これは何も阪神大震災の被災地だけの問題じゃありませんで、日本全国の都市部が抱える問題であることは明らかだと思います。
 震災の後、マスコミが非常に取り上げたわけですけれども、なぜかといいますと、やはり仮設住宅や復興住宅では高齢化率が四割とか六割というふうに達しているところもありまして、正に日本の二十一世紀の縮図のようなところになっているわけです。
 そこで、やはり自治体がいろんなきめ細かいケアをやっているんですけれども、どうしても孤独死などが防げないというような状況にありますので、震災が教えてくれたものとして、高齢者対策というのを都市部ではやはりきちんとやらなければいけないというふうなことだというふうに思いますので、防災対策という狭い範疇だけではなくて、高齢化対策の中としてこういったものを取り上げていく必要があろうかと思います。
 以上です。
#17
○委員長(加藤修一君) ありがとうございます。
 じゃ、質疑のある方は挙手願います。
#18
○加治屋義人君 石原先生、お伺いしたいんですけれども、二十七ページになりますかね。最近の全国の火山の噴火状況、図になっているんですけれども、二十七ページ。
 私は、桜島とそれこそ半世紀にわたって噴火とどか灰と寝起きをずっとしてきているんですけれども、桜島の火山の性格というんでしょうか性質というんでしょうか、半世紀にわたって、昭和三十年からなんですけれども、ずっと同じペースで噴火、どか灰やっているんですね。何か特殊な火山帯なのかな、それともいつかは止まるのかな、そういうのを一つ思うことがありまして、半世紀一緒に寝起きしておりますと、もう人間の性格まで変わるんですね。どうも私は短気でぶっきらぼうでという性格、桜島から学んでそういう性格になってきているんですけれども、桜島、今後どうなっていくのかなというのが一つございます。
 それから、どなたの先生でも結構なんですが、五十年一緒におりますと、やはりあきらめというんでしょうか、そういうことも含めて、やはり火山と降灰と共存していくようなやはり気持ちを持たざるを得ないのかなと、そういうことも考えたり。どうすれば共生できていくのか、短気な性格にならないでできるのか、そういうことも含めて御助言いただければ有り難いと思っております。
 それから、五十六ページを見ますと、どうもこれは、火山の危険を持っていながらこの組織率の鹿児島県の低さを見ているんですが、これらについて防衛のための組織体制、こういうものをどう今後進めていったらいいのかなと。大きな政治課題として今、私持ったところなんですけれども、いい助言があればいただきたいと思っています。
 ただ、五十三年に、活動火山対策特別措置法というのができた以降、避難施設とかあるいは家の防災の施設とか、いろんな国の制度ができまして、生活、そういう苦しい中でもいろんな日常の生活には不自由しないような体制ができて大変有り難いんですけれども。今申し上げた二つ、三つのことについて御助言いただければ有り難いと思います。
#19
○委員長(加藤修一君) 最後の質問はどなたに質問になりますか。
#20
○加治屋義人君 どなたなんでしょうか。はっきり分からないんですけれども、どなたでも結構なんですけれども、お願いします。
#21
○委員長(加藤修一君) それでは、最初に、桜島の今後について、石原参考人からお願いいたします。
#22
○参考人(石原和弘君) 桜島の全国の火山と比べての一つの特徴と申しますのは、御存じのように安永の噴火、その前には文明の噴火というのがございます。それぞれ一立方キロ、二立方キロという富士山の宝永噴火の数倍のマグマを出してきております。あといろんな過去百年以上の調査で分かってきていることは、桜島の北側の錦江湾の真下には年間に一千万立方メートルのマグマが常時上がってきているというその現実がございます。つまり、その意味でこの桜島の噴火というのは避け難いというようなことになります。
 最近、最近といいますかおっしゃいました昭和三十年以降というのは、実は年間に数百万から数千万トンの火山灰を出しております。つまり、下から上がってきた分だけ表へ出しているという、そのために、それは下から出てくるものを出しているわけですから、フラストレーションがたまらずにという状態でございますね。それが正に桜島の現状である。
 最近非常におとなしくなってきておりますけれども、おとなしくなったというのは、多少ちょっと火山ガスも含めまして噴火を起こすエネルギーがちょっと使い過ぎたということがございまして、少し地盤が沈降した後、現在はゆっくりとでありますけれども、もう一回マグマをためるために地面がゆっくり上がっているという状態ですから、桜島が短期間に死火山になると、五年、十年、私どもが生きているうちにといいますか、そんなことはとても考えられないというふうに思っていただければいいと思います。
#23
○委員長(加藤修一君) ありがとうございます。
 それでは、二点目の質問でございますが、火山との共存、共生ということで、性格まで言及されましたけれども、因果関係は分かりませんが、この点につきまして参考人の方から御意見ございますれば。
 まず、森下参考人、お願いします。
#24
○参考人(森下慶子君) 桜島がどういう山かということももちろんすごく大事なんですけれども、やっぱりそこに生まれ育ち、皆さんたくさん住んでおられるわけで、五十年たって気が短くなってますます活性化されればすばらしいことだと思うんですけれども、そういう環境の中でどういう町に住んでどういうふうな生活をしていくかということで、桜島とともに生きる安全・安心な町づくりという例えばテーマがあったとします。そのテーマに賛同して集まる人たちというのがどういうことを考えて、どう出していくかというのは是非一度やっていただけると、ほかの各地にとってもいい刺激になると思いますし、自主的な防犯、防災の組織率も上がっていくと思うんですね。
 私どもが安全・安心まちづくり女性フォーラムとあえてこの時代に「女性」を付けてやったのは、町づくりとか都市計画の推進場面になかなか女性の意見が出てこない、女性たちの生活観が反映されないということで、三年限定の活動ということで「女性」というのを付けさせていただいたんですが、日ごろそういう生活者とか町づくりに関心を持っていながらその活動になかなか出てこない部分の意見とかというのを引き出すのに「女性フォーラム」としたわけですけれども。
 あえて今、男女共同参画を原則とした社会づくりをしておりますので、女性というのを出すのは大変難しいかと思いますけれども、今まで町づくりや都市づくりの計画や現場に出てこなかった意見を一回引っ張り出されますと、すごくいろんな形で具体的に防災そのものについても感じていることが具体化していく、それが安全・安心な町づくりにつながるんで、鹿児島方式で桜島と町づくりをやっていただくと大変よろしいかというふうに思います。是非そういう生活現場の声を取り入れていただきたいと思います。
#25
○加治屋義人君 ありがとうございます。
#26
○委員長(加藤修一君) 加治屋義人君、これでよろしいですか。
#27
○加治屋義人君 もうよろしいです。はい。首藤参考人に。
#28
○委員長(加藤修一君) 首藤参考人、お願いいたします。
#29
○参考人(首藤伸夫君) 風土が人を作るという具体例を御披露いただきまして大変意を強うしておるわけでございます。
 我々は日本という大変美しい国に住んでおりますが、自然が美しいということは、そこで自然が大きなエネルギーを持って毎日生きているということです。ですから、そのエネルギーが我々にいろんな恵みをくれますが、そのエネルギーが我々の予想する以上に大きいときに被害に結び付くわけです。ですから、いかにこの風土と折り合っていくか。この風土を、西洋人がよく考えるように自然を人間は支配できるんだ、変えることができるんだという建前ではなくて、日本人は自然と仲良く住んでいこうという思想がずっとつながってきたというのは、我々が日本に住んでいるからであります。
 ですから、やはりそういう特性を生かして、自然を見て、その自然がくれる恵みをいつもはいただく、それが非常に大きな力を発揮したときにはそれをうまくそらす、そういう生活の仕方はこれは実はよく調べると昔から連綿として続いておりますので、そういうものを参考にしてやはり現在も将来も日本の社会というものを築いていくべきだと、こう思っております。
#30
○委員長(加藤修一君) ありがとうございます。
 それでは、質疑のある方は挙手願います。
#31
○高橋千秋君 それでは、私の方は、民主党・新緑風会の高橋と申します。よろしくお願いします。四方にそれぞれ一問ずつをお伺いをしたいんですが。
 地球の歴史何十億年ということを考えると、私たちの一生なんというのはそれこそくしゃみをする程度の期間でしかないというふうにも思うんですが、その中で、この災害対策ということで地震の予測とか火山噴火の予測をするというのは本当に大変なことだと思うんですが。
 まず、首藤参考人の方からお伺いしたいんですけれども、私の地元三重県の南の方では、津波の被害が過去にも南海大地震のときにも出まして、何十メーターという津波が来たという歴史が残っているわけでありまして、すごく多くの方が亡くなっているんですね。今回の地域指定を受ける、強化指定を受ける中でも、この津波対策というのが一つの大きな課題になっているんですが。
 そういう防災面でハード的なそういう津波対策というのも当然必要なんですが、よく地震が起きた後に津波の警報だとか注意報だとか出ますね。ついちょっと前だったと思うんですが、沖縄の方の地震で津波警報が出まして、私もたまたまテレビで見ていたときに、すぐ避難してくださいというかなりせっぱ詰まったようなテレビの放映があったんですが、この津波対策について、私は命を守るという意味では予報というか注意報だとかそういうものは非常に大事だと思うんですが、私の知る限りでは何度もテレビで出るんですが、ほとんどが数センチ上がった程度だというのが結構多くて、どうもこういうのが続くと国民自体がもう慣れ切ってしまって逃げなくなってしまうんではないかなという心配があるんですね。一方で、本当に被害が出る津波というのはもう数秒か数分で来てしまって多くの被害が出るという実態も聞いていますので、この予報というかそういう注意についてどのように考えておられるのかというのを、まず首藤参考人にお聞きしたいと思います。
 それから、石原参考人の方には、三宅島のお話が出ました。来年ぐらいには大分ガスの方も出なくなるんではないかというお話もありましたが、もう既に、三宅島から出られて多くの方々が、もう東京に住まわれている方もいるわけでありますけれども、このまま、これは予想ですから、さっきの話では予想ですから、いつ帰れるか分からないと。特にお年寄りは地元へなるべく帰りたいという思いもあるかも分かりませんが、これがいつまでも終息しないんであればもう完璧に移住をさせてしまうということも一つの手かなというふうに思うんですが、さっきの桜島の話ではありませんが、終息できるのか、若しくはもう終息できないんであればそれなりの対策ということを考えないといけないと思うんですが、これについてどう思われるかというのを石原参考人にはお伺いしたいと思います。
 それから、森下参考人には、NPO活動ということについて、最近、私の知り合いでもNPO一生懸命やっていただいているんですけれども、防災という面とそれから、今回のお話では防災という面が多かったと思うんですが、やっぱり震災後の対策について、特に阪神のときでもボランティアの問題が非常に問題になりました。ボランティアに行きたいという方はたくさんいるんですが、実際行くと指揮命令が全然分からなくて、行ったはいいがもう逆に邪魔になってしまったという結果も聞いています。そういう意味で、こういうNPOが日ごろからそういう震災後のこと、地震後のことを対策をしていくという必要があるんではないかなというふうに思いますが、そのことをどう思われるかということと、このNPO税制の問題も含めて、NPOに対して国自体がまだ冷たいんではないかなという私も思いがあるんですが、国への要望等ございましたらお伺いをしたいというふうに思います。
 最後に、加藤参考人には、心のケアの問題、先ほどのNPOと同じように、ボランティアというと、どうも物を運んだりだとかそういうハード的な部分のボランティアが非常に話題になるんですが、この心のケアのボランティアというのは非常に有効だと思いますし、必要だと思うんですが、現実は非常に足りないと思うんですね。ボランティアでできるものかどうかという問題もありますが、この心のケアのボランティアについてどういうふうにお考えになるのか。
 それぞれについてお伺いをしたいと思います。
#32
○委員長(加藤修一君) それでは、最初に首藤参考人からお願いいたします。
#33
○参考人(首藤伸夫君) 大変、一番現在問題になっているところを質問されたわけでございます。
 なぜ津波予報が最近当たらなかったかということには、まず、沖縄地方は津波発生の機構そのものが大変複雑でよく分からないところであった。先ほど申し上げましたが、実は、沖縄が八十メーターまで津波が打ち上がったという記録を持っていながら、これがなぜ起きたのかということがいまだに分かっていない、そういう大変難しいところでございます。
 そこで、今の津波予報の基礎は、どこで地震が起きてもそれが津波を起こすメカニズムは平均的なものであるという仮定の上に立っております。ですから二・五倍ぐらいの差は起こり得る、そういうものだと。そして、それを改良しますには、結局、本当に起きた津波、それが幾らになっているか。予想では一メーターと思ったんだが実はそれは三メーターになっている、いや実は十センチにしかなっていないというのをなるべく早く沖合でつかまえて、その結果を予報にすぐ反映させる、この方法しか改善する手法はないと思っております。そのためにはやはり深海津波計をかなり設置するという方法以外では、ともすればオオカミ少年的になりそうな情報の出し方を改善することはできない、こう思っております。
 それから、御質問者が三重の出身だということでございましたので、一つ、蛇足でございますが、付け加えさせていただきますと、先ほど来申し上げておりますように、沿岸地帯は津波に対してかなり弱い体質になってきておりますが、三重の場合もそういう地点がかなりございますので、御希望とあらば御案内しても結構かと思います。
#34
○参考人(石原和弘君) 三宅島の火山ガスの問題ということでございますけれども、帰島問題というのは、ちょっと私の立場からいうと非常に答えにくいところでございます。
 ただ、私も桜島に住んで、あるいはそこで三十年間行ってきて、二ppm、環境基準を超えるようなところにもいろいろ行ってやってきたわけですけれども、そういうことも含めながら申し上げますと、まず三宅島について、火山ガスがゼロというようなことは、これは考えない方がよろしいと、今のところ。ただ、じゃ、だけど桜島並みにといいますか、あるいは二千トン、五千トン、つまりそのぐらいのレベルになってくれば、限定的に住むあるいは生活する可能性も出てくる。ただし、従来の生活というのはそのままできるわけではなくて、桜島でも、農業とかいろいろな産業あるいは産物、農産物とかいろんなことに転換してきたわけです、転換して。ですから、生活の問題もかかわってきます。
 ですから、三宅島にいつ帰れるかというのは、ある意味では部分的には今でも、身体の安全ということからすればある対策を取れれば帰れるでしょうということですけれども、ただ、その後の生活をどうするかということですので、そことの、生活との兼ね合いで考えるべきではないんだろうかというふうに思っております。
 先ほども申し上げましたけれども、実際には、例えば三宅島の南東部、空港のあるところ、坪田という、ここは噴火口に近いところですし、非常に、桜島でいいますと南側の有村とかそういうところに相当しまして、ほかのところは濃度は低いけれども、正にそこにガスが垂れ流れてくるといいますかそういう地域でございますので、これはそうそう簡単には帰れないだろうと。じゃということで、そういう周辺の火山ガスの流下状況とかそういうものを調査すること、それからそれに対する警報装置、その部集落の中腹に例えば濃度を検知して警報するシステムですね、そういうもの。あるいは、いざというときにどういうところに逃げるのか、避難するのかというような対策を取れば限定的には生活できる、そういうこともできるかなというのが現在私の考えているところです。
 よろしいでしょうか。
#35
○参考人(森下慶子君) 防災ということだけではなくて、震災後のNPO、ボランティア等の活動についてですけれども、本当にこれは具体論としてやっておかないと全くつまらない動きになってしまうわけですが、NPO同士の得意技がそれぞれ違いますので、子供の教育に詳しいところもあれば福祉に詳しいところもある。それから、町の、都市そのものの構造や交通に強いところもあるという。そのNPO同士が地域の中でまずどういうネットワークを持ち、どういう得意技を出し合えるかという話合いの場がなかなかないんですね。
 それと、行政との関係がまだまだスムーズではないということで、復旧復興計画を行政とともに一緒に作る段階で、それを是非具体的に入れていくと。ボランティア活動についても、商社でシフトを組んだり輸出入の事務を処理していた人が一人入っただけですごくシフトがうまく組めたり無駄な物資が変なところに行くことがなくなったりとか、本当にうまく動かせる人たちの力というのが事前に必要だということが一つと。
 それから、国がNPOに冷たいんじゃないかと。冷たいというよりも分かっていないんじゃないかという気がしておりまして、訳のわからぬやつとはなかなか人間付き合えないもので、国と市民が手を取るというのは、今までなかなか反対運動とか何か、市町村もそうなんですけれども、何か非難してくるんじゃないかと。もうそんな非難、人を非難している暇はないぐらい楽しく活動しているNPOは山ほどありましてね。ただ、NPOは多数決で物を決めるとかもうけで物を決めませんから、なかなか今までの単なる民主主義とも違う。うるさいおばさんが一杯いるとか、何か変なことを考えている若者がいるとか、いろいろと微妙なのと、こっちのNPO法人を使ったらこっちのNPO法人はどうなるんだとか、市町村行政もなかなか付き合いにくい状況にあるんですよね。
 だから、国は、NPOというのは非常に大事な力だと、こうやって生かしたらよかろうという、国がNPOとやる実例を示していただいたり、市町村に安心して使いなさいというふうに是非言っていただけると、決して怪しいものではありませんので、付き合ってみるとなかなか楽しいものなので、付き合い方をいろいろ実験していただきたいということだと思います。まずはそこから入っていただきたい。あとは、もちろん財政的な支援、その他の支援、いろいろそこから出てくると思いますので、是非御強力な御支援をお願いしたいと思います。
#36
○参考人(加藤寛君) 心のケアに関してボランティアができるということですけれども、これはもうたくさんございます。生活支援から始まりまして、台湾の例などを申し上げますと、台湾などでは仮設住宅の建設とか運営をボランティアが全部やるんですね。そういうふうに規模の大きなものまで含めますと、もうボランティアに担っていただく部分というのは多々あると思います。
 ところが、やはり日本の場合の問題点というのは、コーディネートが不十分であるということと、逆に行政がどうしてもコーディネートをし過ぎてしまうという部分があるんですね。要するに、自分たちの意見を聞かないと、フリーハンドでさせてもらえないというようなことがあります。ですから、やはりうまく使っていくにはその辺の根本的な考え方を直す必要があると思います。要するに、支援はするけれども邪魔はしないというふうな、そういうシステムを作っていくことが必要だと思います。それはコストの面でもそうですし、トレーニングの面でもそうです。
 それと、こういった被災者、被害者の支援をするボランティアというのは自分自身が非常に疲れ果てますので、その方たちを支援していく、その方たちの心のケアをするというような姿勢も含めて作っていかなきゃいけません。これはやはり常日ごろからやらないとどうしてもできないことでして、災害が起きてからやるのではなくて、日常にはもう本当に災害というか、個人的な災害が潜んでおります。犯罪被害もそうです。いろんな、交通事故なんかもそうですけれども、そういった日常我々の近くにある災害を通して心のケアについて市民レベルの意識を高めてボランティア活動もしていくということは大事なことだというふうに思います。
#37
○委員長(加藤修一君) ありがとうございます。
 挙手のある方は。
#38
○大仁田厚君 どうも今日はありがとうございます。
 僕も加治屋先生と一緒で、この表のポイントなんですけれども、興味があるものですからちょっと考えてみたんですけれども、このポイントの数値が高いといって、僕は安易に防災ということが民間レベルの中で入り込んでいるとは受け止められないんです。
 例えば、東京の例を見た場合、組織率が七〇%を超えているんですけれども、実際、東京に住んでいる私たちが、じゃ日常生活において何かそういった防災を意識する場面がそんなにあるかといったら、そんなにないような気がするんです。やはり国とそれぞれの自治体が常に連携を強め、国民一人一人に防災意識を芽生えさせることが重要なことではないだろうかと僕は考えるんですけれども。
 そこで、森下参考人にお聞きしたいんですけれども、このばらつきから生じると考えられる問題点がございましたら、御指摘ください。それから、首藤参考人、石原参考人、加藤参考人に質問なんですけれども、これは日本と連携させて海外における防災対策というのをちょっと考えてもらいたいんですけれども。
 僕は思うんですけれども、僕は九州の長崎なんですけれども、やっぱり台風がいつも来る。台風何号が来たとかと、それとか、九州なんか阿蘇山があり桜島、加治屋先生が言われた桜島があり、やっぱり地震とか、火山というのが近くにありますので、地震なんかにも常日ごろやっぱり警戒していなきゃいけないと思うんです。
 それにまた、多大な犠牲を払ってきたと思うんです。災害とやっぱりこの国というのは背中合わせに生きているなというのを痛感するんですけれども。
 何かいつもそうなんですけれども、過ぎてしまえば、のど元過ぎれば熱さを忘れると。何か他人事のような、ほかの地域で何か災害があっても、確かにそのときかわいそうだなと思うんですけれども、実際問題、過ぎてしまえば他人事みたいな、そういうところが時々感じるんですよ、自分としても。そういった中で、何か私たちの生活の中で防災意識がやっぱり事実入り込んでいないような気がするんです。今後は行政がやっぱりイニシアチブを取って、企業やNPO、ボランティア組織などと連携し、また意識を深めながら、防災先進国を目指していく必要が僕はあると思うんです。
 ここで質問なんですけれども、防災への取組が進んでいる海外の例を御存じでしたら御紹介ください。また、特に日本にも十分に取り入れることが可能な実例を挙げていただければと思っております。
#39
○委員長(加藤修一君) それでは、まず最初に森下参考人の方から。
#40
○参考人(森下慶子君) 今日、参考資料にお配りしてある五十六ページの都道府県別自主防災組織の組織率というのは、私がちょっとやったものじゃないのでよく分からないんですけれども。
 例えば、こういう自主防災組織を作りなさい、消防庁から各市町村単位で作ってくださいというふうに流れていきますと、あるいは市町村にそういうものが行きますと、既存の町内会とか自治会を通してこういうものが来たのでこたえなきゃいけないということで、じゃ町内会に町内会長さんを責任者にしてこういうのを作りましょうとか、婦人会のこの人の名前を副会長に入れてとかと、そういうのはすぐできてしまうんですね。
 だから、形式的に整えようと思えば、防犯にしても防災にしても整えるぐらいの町内会、自治会の存在率というのはありますし、これはもう熱心にやろうと思ったらすぐにできてしまう。ただし、それは、大仁田先生がおっしゃったように、中身が伴っているかどうかというのは分かりません。ただし、そういうものも必要だということは事実でありまして、ただ、そこに関して、自分の名前がひょっとしたら委員として自治何とか担当に入っていても、防災委員とかに入っていても、何も知らない人とか何もできない人が含まれているというのも事実です。
 マンションの、私は何かワンフロアの防災何とか担当になっていますけれども、それ以上何か言われたこともやったこともないと。みんなそういうのが都市部では特に多いですよね。特に都市においては、町内会の集まりとか自治会の集まりに働いている主婦とかだともう絶望的に出れないんですよ。だから、そういう既存の町内会、自治会にしても、これは既存のNPOの一つではあるんですが、既存のネットワークを使った組織だけではもう動かない。
 それから、人ごとに思わないというのは、自分で、まず自分の中で考えて、そして何かしらの活動を通して実体験、実感を持っている人ではない限り、テレビの中でニュースが消えていけば、絵にならない、ニュースとして消えていく三宅島なんというのは本当に実感を伴わなくて、だんだんだんだんに消えていってしまうということがありまして、そのために、どういうふうなことをテーマにしたら興味があるのかまでを自発的に考えていただいた安全・安心まちづくり女性フォーラムというのをやったわけですが。
 この二十三地域のやり方を見ていますと、半分は行政が主体的にリーダーシップを取って女性団体等を集めてやっておられます。半分は自発的に様々な活動をしていたり、したいと思っていた人たちが自分たちで考える、テーマの元から考えて、私たちは景観、町づくりを中心にした安全・安心を考えましょうとか、私たちは水戸なので原子力の問題についてやっぱり考えておかなくちゃいけないということで、それをテーマにされたところもありますが、入口はみんなの興味があるところから入っていって、それを自分たちの暮らしや町づくりと結び付けると、具体的に自分たちが何ができるのか、そしてそこで行政が何ができるのか、国は何をしていったら一番いいのかと、だんだん出てくると思うんですが。
 今の防災情報とか防災訓練のタイプでいくと、みんな考えない、考え合わない、活動できないというちょっと状況になっているので、そこを地域ごとに突破するというようなプロジェクトを作って進めたいし、それに対して各市町村とか国の支援があるといいと思うんですが、実感を伴わない防災訓練は何度やっても駄目だというふうに思いますし、防災訓練とかというのに楽しく真剣に取り組める方法を考えているグループも市民の中には出てきています。
 ああいうのというのは、ただ付き合いでやっていても本当に意味がないなと思うんですが、そういう形式的なところじゃない活動がNPOとかNPO法人に期待されているので、その辺のところをどうやって楽しく活動を日々続けていくかという部分で、全国的な支援とか、これが必要なんだという支援活動をしていただければうれしいです。
#41
○大仁田厚君 済みません、ちょっと質問なんですけれども、ちょっと補足なんですけれども。
 この表の中で、本当に一〇〇%に近い静岡県から、これ五%に満たない沖縄県まであるわけですよね。沖縄なんて三・二ポイントという、静岡は九十何%ですか、これだけの差があるというのは、何かやっぱり考えなきゃいけないのかなというのは一理あると思うんですけれども。
#42
○委員長(加藤修一君) コメントがございましたら、森下参考人。
#43
○参考人(森下慶子君) これは私が作った表じゃないので、正しいかどうか、ちょっと自信がないんですけれども、基本的に静岡県というのはやっぱり、もう四半世紀にわたって東海大地震対応を取っておられますものが功を奏しているのと、町内会がまだかなり生きた市町村が多い地域でございます。沖縄県の場合には、そういう形での行政からの、何というんですか、一方通行的なものが下りていってすぐ立ち上がるという関係にないということと、それから地震の対応とかというのが必要ない地域だったという特殊な事情もあると思います。
 この表は、あくまでもそういう自主防災組織を作りましょうということで上から下に行った状況だというふうに考えていただきたいんで、地域でNPOとしてあるいはNPO法人として活動している方たちは沖縄県にもたくさん出てきておられますので、必ずしもこれが地域の人たちの自発的な力そのものではないんで、是非その辺の、今御指摘があった部分をより詳しく中身を見ていただいてこれから先を考えていければというふうに思います。
#44
○大仁田厚君 ありがとうございました。
#45
○委員長(加藤修一君) ありがとうございます。
 三人に共通の質疑が投げ掛けられておりますので、最初に首藤参考人よりお願いいたします。
#46
○参考人(首藤伸夫君) 日本以外のどの国でも、結局、市民の間にどのように防災意識を継続させるか、防災体制の強さを維持するかというのは、これは実はどこでも悩みの種でございます。
 事津波に関して申しますと、私なども、アメリカの西海岸がこの数年大津波の危険がありそうだということで相談にあずかっておりますが、要するに、この地域の人たちを津波に目覚めさせるにはどうすればいいかということを、日本の前例を教えてほしいと。例えば、津波の危険地域を指定して、そこの万一のときの避難方向を示すマークを付けますと、実は一年の間にその四分の一がなくなるんです。日本ならめったにそういうことは考えられません。なぜかと聞いたら、要するに珍しいマークだからみんな外して自分の居間の飾りにしているらしいと。それで、要するにそういう災害、めったにない災害の危険を熟知させるというのはどこの国でも悩んでおります。
 特にアメリカのような国ですと、例えばセントヘレンズという火山が一時噴火いたしました。その後で、ある地域の農地を、もうこれ農地として使うなとしましたら、その人たちはみんな別のところに農地を求めて出ていった。それが可能な国です、広いですから。そうなると、そこのところの災害文化といいますか、災害に対する知識が恐らく五十年後ぐらいにはもう消えていくだろうと、それで悩んでいました。
 かといって、努力をしていないかといいますと、ハワイのようなところでは、いわゆるシビルディフェンスというところに行きますと、小中学生に対する教育のプログラムがございまして、大変に分かりやすいパンフレット、それから津波予報の現場を見せるというふうな教育をやっている。
 ですから、どの国でも共通して、先ほどの人間の忘れやすさ、それからおれだけは大丈夫だろうという正常化の偏見といかに闘うかというのは苦労しております。
 ただ、日本とアメリカを比べますと大違いのことが一つございます。それは、アメリカは、スリーマイル島の事故以来、人為的災害、自然災害に対して何かが起きたときに、要するに一元的にすべてのことを処理する体制というのができております。日本の場合はそれができておりません。ひょっとして複数県にわたるような災害が起きた場合にどのようにその処理をするのか、そのための県知事間の話合いさえまだ実現しておりません。これでは大変なことになります。
 アメリカの場合には、FEMAの長官がもう全権を握るという体制ができております。そういう体制だけはもう確かに、私、アメリカと日本を比べましたときに向こうが優れていると、こう思っている次第でございます。
#47
○参考人(石原和弘君) 火山災害というところでお話ししたいと思います。
 世界で一番火山の多い国としてインドネシアがございます。約百三十の火山があると。防災の基本的な教育の問題で考えますと、日本とちょっと相当の開きがある。それは、日本で特に地学とかいうことに関して非常に教育、今、受験も含めてですけれども、が少なくなっているわけですね。それに対して、インドネシアは、資源があるということですけれども、御存じのようにジャワ原人を有する博物館とかありまして、そういうところに頻繁に小中学生が行って学校の授業の一環としてやっているというところがあります。
 それから、全国に約六十か所の火山観測所、小さな火山観測所ではありますけれども、そこの玄関にはちょうどこの前のテーブルぐらいの大きさのそれぞれの火山の立体模型が置いてありまして、その周辺には火山性地震とか過去の活動とか噴火の写真が飾ってあります。そして、インドネシア火山調査所の職員、その観測所の職員が、小中学生、一学級ぐらいでしょうか、それが来て、それに対して火山の説明をしていると。そういう日常的な教育というのがなされているというのが、日本でそのままできるかどうかは別といたしまして、そういうようなところが防災教育という点では大事ではないかなというふうに思っております。
#48
○参考人(加藤寛君) 防災体制というよりは災害対策システムの方につきまして、今、首藤先生がFEMAの例を出されましたけれども、FEMAのいいところは、やはり大枠を作って後はフリーハンドに任せるというようなことで、お金をぼんと連邦政府は州政府に渡すというふうな仕組みなんですね。ですから、非常に当事者意識も持ちやすくて、後の体制も非常に進んでいくというようなことがございます。
 それと、防災意識に関しましては、一つには、やっぱり伝え続ける努力をしなきゃいけないと思います。阪神大震災に関しましては兵庫県がそういった博物館のようなものを造りましたけれども、そういった努力というのも意味のあることだと思います。
 それともう一つは、心のケアの面で申しますと、日常のいろんな災害とか事件によって起こる心の問題についてやっぱり関心を持ち続けるというようなことだと思います。犯罪被害もそうですし、交通事故あるいは児童虐待、あるいはドメスティック・バイオレンスなんかの問題もそうですけれども、そういう日常に我々の近くに、個人的にはいつでも災害に類似したものが降り掛かってきてそれで心を痛めるというようなことを知っておくことで、防災意識というか、そういった意識が高まっていくのではないかというように思います。
#49
○委員長(加藤修一君) ありがとうございます。
 質疑のある方は挙手を願います。
#50
○荒木清寛君 それでは、お三方にお尋ねさせていただきます。
 まず、首藤参考人にお尋ねをしたいんですが、私は愛知県に住んでおります。津波ではありませんけれども、昭和三十四年に伊勢湾台風がございまして、特に名古屋市南部においては高潮防潮堤を整備しましたので、あの程度の高潮であれば対応できるようになっております。ただ、先ほど参考人がおっしゃったような三十メートル、四十メートルといったようなものがもしあれば到底耐えられないわけでありますが、そういう中で、居住地の高所移転が最も望ましいとおっしゃいました。ただ、都市部におきましては、事実上そうしたことはもう現実的に無理だと思うのでありますが、この点どうお考えなのかをお尋ねしたいと思います。
 石原参考人には、第六次予知の中では富士山については特に重点的に観測研究を行うべきものに入っておりません。ただ、東海地震との関係で、本当に富士山についてはそれほど警戒する必要がないのかどうか、お尋ねしたいと思います。
 森下参考人については、本当に私も納得できるお話をいろいろお伺いできてうれしく思います。
 ただ、そうした市民活動ということを考えますと、我々国民がもう、そういう何でもかんでも官に頼るという意識を変革して、市民社会が成熟しないとなかなかこういった活動が活発に自発的に起こるというふうにはいかないのかなと思ったんですね。ただ、東海地震等考えますとそれでは間に合わないわけなんですが。したがいまして、先ほどのお話、あるいはここに書いてあります支援策の中で、そういった市民の自発的な取組を促すために最も行政として押さえるべき星といいますか、これに一番力を入れるべきだというものがあれば教えていただきたいと思います。
#51
○委員長(加藤修一君) 首藤参考人よりまず先にお願いいたします。
#52
○参考人(首藤伸夫君) 名古屋周辺のことを特に御念頭に置いていらっしゃると思いますが、ここは確かに伊勢湾台風で大変な災害を受けまして、しかも堤防が切れて、その修復までに潮が長い間出入りをしまして、国道とか東海道線とかが使えなくて大変な影響のあったところでございます。
 この再建に当たりまして、実は今でも生きておると思いますが、市の条例がございまして、地域をたしか一種から四種か五種ぐらいまでに指定しまして、その地域に家を建てるならばこういう配慮をすべきだという条件を付けた条例が成立してございます。
 私の本日の意見陳述の三ページの最初の三行に実は防浪ビルという思想を書いてございます。これは、名古屋辺りですと津波も二十メーター、三十メーターになるということはございません。高潮波程度でございます。そこで、鉄筋コンクリートの建物であるならば、窓とかドアは弱うございますけれども、本体そのものは、今までの、高潮はそんなに強くありませんが、津波というのは徐々に水位が上がるんではなくて、要するに海水が物すごい勢いで走り込んでくるものだと、このようにお考えいただきたいと思うんです。
 ですけれども、そういうもので鉄筋コンクリート製の建物が倒されたという例は実は一例しかございません。その一例はアメリカの灯台でございまして、十八メーターの高さの非常にスレンダーな灯台が二十二メーターの高さの津波で一撃されまして吹っ飛ばされました。後、調べてみますと、基礎と上の建物とほとんどつないでいない、こういう建物です。それじゃなくて、ほかの、普通の住居に使うような幅広の厚さのある建物、これはいつの津波のときでも、その建物があったおかげで水及び漂流物を押しとどめてくれて背後の弱小家屋が大いに助かっているという例が、これはもう日本から外国に至るまでたくさん報告されております。
 若干の目の子で申し上げますと、今までの例では、地表から五メーターぐらいの高さの津波が来ても鉄筋コンクリートの建物が破壊された例は皆無であると。ですから、そういう種類の防浪、耐浪性のある津波に強い建物を沿岸地帯にそろえるということでこれはしのげると思います。
 実際には、静岡県のある集落辺りでは、たまたま狭い谷合いの町でございましたが、そこで起きました地すべりで谷が全部埋まって住むところがなくなった。その土をどうするかというと、その土を海岸に持ってきまして、海岸を過去の津波の高さよりちょっと高いぐらいにして、そこへ鉄筋コンクリートの実は合同民宿を建てるというようなことをしまして、一つの災いを三つの利益に転じたというようなところもございます。
 ですから、鉄筋コンクリート製の建物をそろえていくということ、それから、ただ、その浸水に掛かるところより下は、窓は破られたりする可能性がありますから、やはりなるべく住居あるいは避難用には高い階を使うということをなさってしのぐというのが手だと思います。現に、名古屋市の条例はそういうことになっております。
#53
○参考人(石原和弘君) 富士山についてでありますけれども、富士山については第六次計画で明確に述べております。それは、富士山は長期間休止していることで、基礎研究の一つとして長期間休止している火山の活動史の研究と、それに基づく噴火ポテンシャルの評価をすべき火山として富士山を挙げております。それに沿って今回いろんなことをやっておるところです。
 それからもう一つ、今後どうなるかということですけれども、私の資料といいますか、アジア活火山サミットの基調講演で書いておりますけれども、出席しているといいますか、五十代より上の方に対して言っておるわけですけれども、我々が生きているうちに富士山の大噴火を、そういう光景を見るということはまず多分ないでしょう、ただしそれから先は別ですよということです。
 それはなぜかといいますと、過去二千年の富士山の活動を見てみますと、富士山が全く活動した形跡がないのは、一番長いのが鎌倉時代後半から江戸時代までの三百五十年なわけですね。そのほかは必ずそれより短い間隔で噴火が発生しております。御存じのように、宝永の噴火というのは一七〇〇年ちょっとに起こっていますね。そうしますと、二十一世紀全く噴火しないとすると、これは四百年休止ということになります。それから、御存じのように、地下で低周波地震とか起こっておりますので、富士山が二十一世紀に、規模の大小は別としてですけれども、全く噴火しない、噴火がゼロということは非常に考えにくいというのが火山研究者の共通の認識だろうと思います。
 それから、非常に東海地震との関連とか懸念される向きがありますけれども、もちろんそういうこともあり得るわけですけれども、過去の十回余りの歴史上の富士山の噴火を見た場合に、東海地震の発生と軌を一にしてといいますか、一年足らずにとか、そういうごく短いうちに両方が起こったという例は一つしかございません。十年とか幅を取りますと、あと二例ぐらいありますので、その可能性は否定するわけにはいきませんけれども、決して必ずそういうことになるわけじゃない。
 ですから、どういう言い方かといいますと、東海地震が例えば起こる、富士山が噴火するとならば、どちらか先起こったら、片一方の火山活動あるいは地震活動に注意すべきである、監視を強化すべきであるということが具体的な取り得る方策だと思っております。
#54
○参考人(森下慶子君) 東海大地震というのはすごいと思うんですが、予知できる可能性がある地震として震源区域が広がったので対策強化地域が広がったと。かなりそれは恐ろしい話でもあるわけですが、かといって名古屋市民が騒いでいるとか引っ越したいとかいう話聞いたことがないですね。静岡県民もそうなんですが。
 ただ、これは逆に言えば物すごく良い機会でもあるわけで、地震が予知されたときに自分がどんな活動をするのか、自分がどんな行動を取るのかというのは今まで考えたことがなかったわけですし、特に名古屋のような大都市において予知可能な地震に対してどのような行動が取れるかというのは、行政、経済人、働いている人、住んでいる人、みんな違うと思うんですね。様々な団体やNPO、NPO法人の人たちの意見を闘わせたり考えをまとめるのに物すごく良いチャンスだと思います。
 元々、どっちかというと、私も名古屋生まれでよく分かるんですが、なかなかお上が強い地域で、ちょっと行政任せが強い地域で残念なんですけれども、一杯町づくり団体もできておりますし、愛知万博のボランティアに参加したいとか何かをしたい団体の一覧表を見ておりましたら、さすがにもう本当に名古屋、愛知県もたくさん団体ございました。
 ああいう活動をしている人たちがいるわけですから、じゃ、三時間後に地震があるというふうに警告されたら皆どうするんだろうと思うんですね。三時間後ぐらいならまだしも、三日前に、はい大地震が起こるかもしれませんと言われた場合に、あれだけの大都市で都市生活、都市活動を送っている人間が何を考え、何をすればいいんだ。これはもう行政が決められることではないし、行政だけが対応できる問題ではないですね。
 伊勢湾台風もある意味では都市型の水害台風だったというふうに小学生ながら思っておりますが、そういうことを体験している人間がまだたくさんいる地域ですので、是非とも都市型の例として、あるきっかけとしてこれを活用して、安全・安心な名古屋市を考える、造っていくためにはどうしたらいいかという活動を大きなうねりとして起こしていただいて、それをまた全国にこんな知恵が出た、こんなやり方が出たというふうに出していただくと大変有意義な活動になると思いますので。具体論をやらないと自己責任という社会はできないし、具体的に考えて活動している人は、絶対に自己責任、社会のメンバーとして活動を続けますし、やっていけるんで、是非そういう活動を起こしていただければというふうに思います。
#55
○委員長(加藤修一君) ありがとうございます。
 予定の時間が参りましたので、本日の調査はこの程度にとどめます。
 参考人の方々に一言御礼のごあいさつを申し上げます。
 参考人の方々には、長時間にわたり御出席をいただき、有益な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げる次第でございます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時散会
ソース: 国立国会図書館
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