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2002/03/14 第154回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第154回国会 憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会 第2号
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2002/03/14 第154回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第154回国会 憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会 第2号

#1
第154回国会 憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会 第2号
平成十四年三月十四日(木曜日)
    午前九時二分開議
 出席小委員
   小委員長 高市 早苗君
      伊藤 公介君    伊藤 達也君
      奥野 誠亮君    谷垣 禎一君
      中山 正暉君    額賀福志郎君
      島   聡君    伴野  豊君
      松沢 成文君    斉藤 鉄夫君
      藤島 正之君    山口 富男君
      北川れん子君    井上 喜一君
    …………………………………
   憲法調査会会長      中山 太郎君
   憲法調査会会長代理    中野 寛成君
   参考人
   (北海道大学大学院法学研
   究科教授)        山口 二郎君
   衆議院憲法調査会事務局長 坂本 一洋君
    ―――――――――――――
三月十四日
 小委員土井たか子君及び井上喜一君二月二十八日委員辞任につき、その補欠として北川れん子君及び井上喜一君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員中曽根康弘君同日小委員辞任につき、その補欠として伊藤公介君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員北川れん子君同日委員辞任につき、その補欠として土井たか子君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員伊藤公介君同日小委員辞任につき、その補欠として中曽根康弘君が会長の指名で小委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 政治の基本機構のあり方に関する件

     ――――◇―――――
#2
○高市小委員長 これより会議を開きます。
 政治の基本機構のあり方に関する件について調査を進めます。
 本日、参考人として北海道大学大学院法学研究科教授山口二郎先生に御出席をいただいております。
 この際、山口参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変お忙しくていらっしゃいましたのに、遠路お出ましいただきまして、本当にありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきまして、調査の参考にいたしたいと思います。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 最初に参考人の方から御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 なお、発言をする際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
 御発言は着席のままでお願いいたします。
 それでは、山口参考人、お願いいたします。
#3
○山口参考人 北海道大学の山口でございます。
 本日は、このような発言の機会を与えていただきまして、ありがとうございました。まずお礼を申し上げます。
 鈴木宗男氏の問題以来、政治の矛盾が噴き出しております北海道からやってきたわけでありますが、これは決して冗談ではございませんで、きょう申し上げる話も実はそういう問題にかかわってくるわけであります。それから、たまたまきょうの朝日新聞の一面トップで、自民党の国家戦略本部が提出されましたレポートについて記事が出ておりまして、きょうの私の話とかなり重なってくる感じもいたします。その辺、御了解いただきたいと思います。
 まず、本題に入ります前に、憲法論議の大前提について一言私の懸念を申し上げておきたいと思います。
 私自身も、一九九三年に出版いたしました「政治改革」という新書の中で、国会、内閣、地方自治等、統治機構に関して憲法のあり方を大いに見直し、活発に議論すべきだということを書いて以来、決して憲法論議そのものについてタブー視するつもりはございません。しかし、もろもろさまざまな改革が進んだ一九九〇年代の総括をきちんとすることなしに、憲法論議のみを行うということは、私はいささかの危惧を感じます。
 政治改革以来、一九九〇年代にはさまざまな改革を行ってまいりました。しかし、その結果がどうなっているかということを振り返ってみますと、着実に改革を積み上げていったというよりは、むしろ、その時々の大きな問題に対応して、制度の改革こそが基本的な解決のかぎだという問題設定の中で、それなりに大きなエネルギーを投入して、選挙制度あるいは省庁再編といった制度の改革を行ったわけですけれども、本来取り組むべき政治や行政の病理については、実は有効な解決になっていないというふうに私は思います。改めてこの十年間、私も改革についてそれなりにまじめに議論はしてきたつもりですけれども、一体何をしていたんだろうというむなしさを禁じ得ないわけであります。
 一九九〇年代の改革の一番の問題点は、日本の社会や経済や政治や行政におけるさまざまな病理現象の原因がどこにあるのか。選挙制度なり行政制度なりの中のどういう欠点、問題点が現実の社会や経済や政治や行政の病理に結びついているのか。その因果関係に関する、まじめなといいましょうか的確な分析、議論なしに、制度改革があたかもそれ自身目的のようになってしまった。そこに私は問題があるだろうというふうに思うわけであります。
 九〇年代の改革というのは、ある種せり上げ現象があったわけでありまして、最初は選挙制度こそが改革のかぎであるというふうに言われてきました。しかし、選挙制度を変えたところで、実は政治の無力というものはかえって露呈されたわけで、九〇年代の半ばには、今度は行政改革こそが国を変えるんだということで、大きなエネルギーで省庁再編をした。しかし、行政を変えても、やはり依然として、外務省を初めとするさまざまな行政の問題点というものは解決されていないわけであります。
 一つの改革が終わった後、その結果をまじめに検証することなく、次々と大きなといいましょうか、抽象的なといいましょうか、あるいはよく言えば大所高所に立った高邁な制度改革論争にどんどん議論がエスカレートしていく、これを私は改革のせり上げというふうに呼んでおります。
 私は、憲法のあり方について議論することは大いに賛成でありますが、しかし、今の日本のさまざまな問題が、憲法の具体的にどういう問題点とつながっているのかということについて、きちんと踏まえた上で憲法論議をしていかなければ、九〇年代の空振りの改革の繰り返しになってしまうということを危惧しております。
 さて、本題に入りまして、きょうは、統治機構、とりわけ議院内閣制の問題を中心に、若干私見を申し上げておきたいと思います。
 日本では、議院内閣制に対する不満が大変強いわけであります。なぜかと申しますと、一つは、政党が暴走するというか独走をする、そして、国民不在の中で、政治家同士の都合によって時々首相の首をすげかえる、頻繁にリーダーが交代するということがまず第一の問題点。
 二つ目は、いわゆる行政の縦割り、あるいは官僚のセクショナリズムというものが強くて、内閣というものが、国を統合していく基本的な政策、重要な政策に対して、政治の責任において迅速に意思決定を行っていく能力を欠いているというのが第二の問題点。
 それから第三の問題点は、まさに今問題になっております内閣と与党との間の不透明な関係。つまり、大臣等の公のポストにある人たちが本来のリーダーシップを振るって政策を決定することは、これは当然ですけれども、与党の国会議員の方々が、行政に対しては何ら制度的、法的な指揮命令権力がないにもかかわらず、実際の政策形成において大きな影響力を発揮し、それがしばしば腐敗に発展をする、この点に内閣制度の問題点がある。こういう三つの要因で、日本では議院内閣制に対する不満が大変強いと私は理解をしております。
 しかし、議院内閣制というものは、それ自体欠陥があるわけではないと私は考えております。私も、この五、六年、内閣制度について関心を持ちまして勉強してまいりまして、とりわけ一九九七年、イギリスに半年留学をいたしまして、ちょうど九七年五月のイギリス総選挙とブレア労働党政権の発足、政権交代の実像を観察するという機会がございまして、内閣制度についての私なりの知見を得たわけでございます。
 その中で、イギリスと日本の議院内閣制を対比するということによって、制度の欠陥ではなくて、日本的な運用の仕方に問題があるんだということを強く感じました。
 イギリスの議院内閣制について、その要点を整理してみますと、第一は、政党、指導者、政権構想ないし政策の三位一体が存在する。そして総選挙においてその三位一体が国民の前に提示され、国民はそれを選択する。したがって、総選挙で勝利して政権を構成した与党に対しては、国民の委任、英語で申しますとマンデートという言葉がありますが、国民の委任が明確に与えられるということであります。したがって、国民の意思とか国民の委任というものを背景にしているがゆえに、与党の最高指導者は大変強い権威と指導力を持つということであります。
 イギリスでは、御存じのように、総選挙の際にマニフェストと呼ばれる政策集を各政党が作成し、それをもとに選挙戦を戦います。そして、政権が発足した後も、マニフェストに掲げた政策をどの程度実行したかということを時々自己点検をして、国民に公表するということを通して政党間の競争が行われているという実態があるわけであります。
 二つ目は、内閣と与党の一体化ということであります。
 イギリスでは、いわゆる政治任用のポストの数が大変多いわけでありまして、現在のブレア政権の正確な数を私はつまびらかにしておりませんが、大体行政府全体で百三十から百四十ぐらいの政治任用のポストが存在いたします。イギリスの与党の国会議員というのは大体三百五十人から四百人ぐらいでありますから、与党の議員の三分の一は大臣、閣外大臣、副大臣、政務秘書官等々といった役職について、いわば内閣の公式のポスト、権力を通して政策決定を上から主導していくという体制ができております。この点がやはり日本と違うわけですね。この点は、イギリスの政党におけるフロントベンチャー、つまり指導層、幹部と、バックベンチャー、その他大勢との非常にはっきりした格差といいましょうか、分離というものを前提にしているわけであります。
 それから、三つ目は、官僚機構に対する上からのリーダーシップでありまして、官僚の役割、政治家の役割ということについて、やはり明文上の規定とか具体的な制度はありませんが、長年の慣習としてはっきりした役割分担が存在しているということであります。つまり、価値観にかかわる政策論議は官僚はしない。ですから、例えば、大きな政府、小さな政府とか、税制のあり方とか、そういうまさに政策の価値観にかかわる問題は政治の側が提示をし、それを官僚は肉づけする、具体化するという役割分担がはっきりとしているわけであります。
 総体として、私は、イギリスの内閣制度は下降型、上から下に政治的エネルギーがおりてくるというモデルとして把握をしております。内閣というのは与党のオールスターの政治家が集まった強力な指導機関であり、内閣の構成員である大臣は、自分の担当する省の利益代表ではなくて、与党の最高幹部として政策を論議する。したがって、内閣の政治的エネルギーによって、例えば省庁の再編ですとか地方分権といった官僚の既得権を減らすような方向での政策決定が、トップダウンで迅速に行われるというところにイギリスの特徴があるわけであります。
 これに対して日本はどうかということなんですけれども、まず、選挙においても、国民の側の問題もありますが、全体として、総選挙を通して国の最高指導者を選ぶあるいは国の大方針を選択するという認識が希薄であります。そして、政権構想というものが不明確であって、国民の側からも、この人に、あるいはこの政策に対して自分たちは支持、委任を与えたんだという認識がなかなかないという問題があります。
 ですから、選挙で具体的なことをある程度言って、それに国民が支持したんだということになれば総理大臣のリーダーシップは大変強くなるわけですけれども、政権の途中で何か、例えば税制改革をしようとか省庁再編をしようということを思いついても、その総理の意思に対しては官僚機構からも与党からもさまざまに抵抗が働いてなかなか大きな改革が進まないというのは、これは、橋本政権時代の改革その他、いろいろと実例があったわけであります。
 二つ目の特徴は、内閣と与党の分離であります。
 つまり、日本の場合は、政治任用のポストは極めて少ない。橋本政権時代の改革を通してかなりふえはしましたが、依然としてイギリスに比べれば半分程度であります。したがって、与党の側に政策形成に対して実質的な影響力を持つ議員が残るという形になります。ですから、スムーズに国会で法案を審議し成立させようと思えば、今問題になっておりますいわゆる事前審査というものは不可避、必然のものでありまして、そこに政と官の不透明な関係というものが発生するということになるわけであります。
 それから、同時に、内閣と与党との分離という点について、日本では、総理大臣は、もちろん与党の最高指導者ではあるわけですけれども、党の問題については余り口出しをしない。今の自民党でいえば幹事長が実質的には党務を全部仕切るということで、総理が行政のトップとしてもちろんリーダーシップを発揮するわけですけれども、与党のトップとして、与党の政治家のさまざまな問題に対して党の最高指導者として見識を示す、指導力を発揮するということがなかなかないというのも日本的な慣習だと私は思います。
 三つ目は、実質的な指導力を欠く内閣が、官僚機構によって支えられるという現象であります。
 これは、長い間、内閣改造というものがほぼ一年周期で行われ、かつ、衆議院の当選回数などを基準として、いわば閣僚として、大臣としての適性とか能力というものとは必ずしも関係なく、もちろんそういう能力や適性があって大臣になる方もたくさんいらっしゃいますけれども、しかし、必ずしもそうじゃない場合もあって、実質的な政策的指導力を持たない政治家が大臣になり、一年ぐらいそのポストに座るということで、実質的に内閣が政治的指導力を発揮し得ないという構図になっているということであります。
 そして、国務大臣という側面よりは、農水大臣とか国土交通大臣とか、それぞれが担当する官僚組織のいわば最大の擁護者ないし代弁者として閣僚が行動するということで、官僚機構が嫌う、官僚の既得権を減らすような方向での政策に対して内閣が指導力を発揮できない。例えば予算の削減だとか規制緩和だとか地方分権というようなことを方針として決めても、各大臣は、官僚組織の代弁者として、我が省の問題はそう簡単ではないという形で各論反対を言う、そうすると改革はなかなか前へ進まないという問題があるわけであります。
 そういう意味で、私は、日本の内閣の仕組みは上昇型、つまり、あくまで政策形成の主体は各省官僚制であり、そこからいわば形式的指導機関である内閣に対して、下から上に吹き上げる形で政策形成が行われているというモデルとして把握しております。
 このような内閣制度について考えていくときに、私は、憲法の規範、条文を改正するということももちろん必要だと思いますが、しかし、こういう統治機構の問題というのは、憲法の条文だけでは動かし切れないものがあると思います。
 私のような者が、イギリスの有名な保守主義思想家エドマンド・バークだとかウォルター・バジョットなどの著作、思想を引用するのはちょっと奇異かもしれませんが、やはり私は、バークのような考え方、つまり長年の伝統とか慣習というものが一国の統治機構を動かす上では極めて大事であるということに深い感銘を受けるわけであります。ですから、我が国の内閣の運用あるいは国会の運用の中で、これからどのように慣習というものをつくっていくのか、憲法の習律というものをつくっていくのかということを考えなければいけないだろうと思います。
 それからもう一つ、内閣制度の問題を考えていく上では、現在の日本国憲法の一番の原則であります国民主権という観点から、行政をいかに民意によって動かしていくのかという観点において改革のあり方を論じていく必要があるだろうと思います。
 次に、首相のリーダーシップという問題について少し簡単に触れておきたいと思います。
 首相のリーダーシップというのは、私は三つあると思います。一つは、行政府の長としてのリーダーシップ、もう一つは、さっき申しました与党の長としてのリーダーシップ、そして三つ目は、政治の最高指導者としての国民に対するリーダーシップというものがあるだろうと思います。その首相の指導力というものを考えていくときに、もちろん行政府における制度の設計を通して首相の力を強くするということが必要ではありますけれども、同時に、与党の中での首相のリーダーシップをいかに発揮していくかということが重要な観点だろうと思います。
 戦後の日本政治の中で首相とか内閣というのはどういうものであったのか、少し振り返ってみたいと思うわけなんですけれども、高度成長期、一九六〇年代から七〇年代中ごろ、田中角栄政権あたりまでは与党が非常に安定をし、確かに派閥の対立等はありましたけれども、やはり権力闘争を闘って勝った指導者にはそれなりの威厳だとか権威というものがあった。
 そして、何よりも政策の課題として、省益を足し算すれば国益になるという大変幸福な時代がずっと続いたわけでありまして、その時代には、殊さら政治主導で官僚を押さえつけるとか官僚が嫌う改革をするという必要性もなかった。要するに、問題が起これば、例えば国土庁をつくるとか環境庁をつくるとかという形で役所をふやす、あるいは予算をふやすという形で対応していればよかったわけでありますから、政と官の間にはそんなに矛盾はなかった、政官和合の時代であったと私は思います。
 ところが、一九七〇年代半ば以降、自民党の中が一方で変質をし始めて、要するに最大派閥を軸としてその他の派閥が連携をして党内多数派を確保して総理大臣を選んでいくという、いわばかつての田中派、その後の竹下派がハブの派閥になって、それとほかの派閥がくっつく派閥連立政権という形になっていきますと、やはり総理大臣の持っている権威とか指導力というものについて国民も必ずしも十分な敬意を払わない、あるいは与党の中でも十分な尊敬が払われないという問題が出てくるわけであります。
 と同時に、この時代から日本は、いわゆるキャッチアップを終えて、さまざまな意味でのグローバルな課題に対応しなきゃいけないという時代に入るわけでありまして、そうすると、規制緩和ですとか地方分権ですとか、あるいは経済成長が終わった後の財政的な危機の克服だとか、そういう問題に直面をするわけでありまして、政と官の間にいわば利害の対立が発生することになったわけであります。
 そういう中で、例えば行政改革ですとかいろいろな改革も行われたわけですけれども、政治の側が自立して根本的に行政のあり方をつくり直すというところまでは問題が深刻化していなかった。既存の官僚機構の部分的な手直しによる対応というものが行われたわけであります。
 一九九〇年代に入りまして、連立の政治の時代に入ってまいりますと、ますます総理大臣を選ぶプロセスが国民から遠くなっていくわけであります。
 そして同時に、政策的な課題としては、ますます政策的な取捨選択というものが必要になってくるわけで、官僚機構の持っている既存の組織や政策に対して政治の側が大幅に切り込む、あるいは削減する、見直すという方向性の議論が必要になってくる。こうなりますと、政官矛盾の時代に入ったと言うことができます。
 同時に、国民の政治意識も変わってくるわけでありまして、直接性、つまり自分たちで何か直接物を言いたい、政策決定に対して何か参加したいという直接性の要求というものが出てまいります。このような文脈で首相公選論というものも議論されているわけです。
 私は、小泉総理の私的懇談会のメンバーでもあるわけでありまして、この点について議論をしてまいりました。しかし、私は、基本的には首相公選制に反対であります。その理由を簡単に述べておきたいと思います。
 先ほどから申しておりますように、議院内閣制それ自体に欠陥があるということではないわけでして、議院内閣制を十分に運用できなかった日本の政治の今までのあり方を根本的に反省することなしに首相公選制を導入しても、恐らくよい結果は得られないだろうと思います。
 首相公選制を行えば、一つの可能性としては、首相と議会多数派が食い違うという、いわゆる分割政府の危険性。もう一つの可能性としては、現に多くの地方公共団体でありますように、直接選ばれた行政の長に対して、議会がいわばオール与党化していく。行政の長に対して、議会は、チェックをするというよりは、さまざまに要求をするということで行政にもたれかかっていく、そういう危険性があります。
 いずれにしても、私は、政党政治というものがこれからの日本において大事だ、むしろ、きちんとした政党政治を確立するということが重要な課題だと思っております。しかるに、首相公選制を導入すれば、国家の最高指導者を選び出すという緊張感を議員が失ってしまう。そうすると、政党はますます求心力を失っていくということで、私は、首相公選制というものが政党政治を破壊するというふうに危惧しております。
 そういうことで、直接性の希求とかリーダーシップが必要だという時代の認識は、私もそのとおりだと思いますが、いきなり首相公選制を導入するということは解決策にはならないというふうに思います。
 そこで、私なりの議院内閣制の改革についての私見を簡単に申し上げますと、一つは、内閣の問題、国政の最高指導チームをいかにつくるかということでありまして、与党における人材を登用し、有力な政治家を内閣の中に入れるということです。そして、先ほどのイギリスのモデルにありましたように、内閣が成立するに際しては明確な政策を共有するということがまず第一の基本であります。
 二つ目は、与党の問題であります。
 与党の中で、みんなが納得できるような形でリーダーを選ぶ。リーダーは明確な政策を示し、一たんリーダーを選べば与党はそのリーダーの指導のもとに結束して行動する、政策を共有するということを行う。それから、政策を実現するについては、あくまで政権参加を通してこれを実行するということであって、国会の立場から行政過程に関与するということは、これからは避けるべきだろうというふうに思います。
 その場合、では、大臣とか副大臣になれなかった人はどうするのかという問題があるわけですけれども、私は、最近言われておりますいわゆる与党の事前審査制の廃止について、それをやるなら、大幅に政治任用のポストをふやして、自民党政務調査会の部会長はもちろん、副部会長クラスの方がこぞって各省の中に入ってもらう。そして、省の中で党の議論を同時、いわば重ね合わせた形で行うということが一番の解決策になるんだろうと思います。その他、いわゆるバックベンチャーはどうするかといえば、これは国会の中で、委員会の場で国会議員として立法活動に参加すればよいというふうに思うわけであります。
 三つ目、政官関係の問題であります。
 要するに、先ほどから言っておりますように、官僚機構と与党との間にある地下茎を断ち切るということであります。官僚というのは、英語でシビルサーバントと申しますが、これはあくまで政治的指導者に対して服従するということです。総理大臣あるいは各省大臣に対して服従をするのがシビルサーバントであります。
 政治主導というのは、あくまで総理大臣を初めとして、内閣の公式のポストについた指導者がその権力を発揮することが政治主導であると私は理解すべきだと思います。官邸主導ということについて、しばしば与党の側から独裁的だというような批判も出るわけでありますけれども、明確な政策を示し、それが国民によって選ばれたということであれば、内閣が指導力を発揮することはむしろ当然でありまして、それを独裁的と言うことは当たらないわけであります。
 幾つかの提言を最後に申し上げます。
 一つは、具体的な制度、憲法、内閣法、国会法に関する問題であります。最大の問題は、内閣における分担管理原則をいかに克服するかということです。あるいは、各省大臣が国務大臣として国政全体を広い立場から議論して、そういう議論を踏まえて内閣が指導力を発揮する体制をつくるということであります。
 私は、憲法六十五条の規定について、総理大臣を行政権の主体とするというふうに変えた方がよいのではないかというふうに思います。なぜかといえば、裁判所や国会というのはたくさんの人間が合議をして物を決める機関でありますが、行政機構というのはピラミッド型の組織でありまして、その頂点に来るのは、言うまでもない、総理大臣であります。したがって、ほかの二権とは違う性質を持っているわけでありまして、行政権の所在を総理大臣とする、それによって総理大臣の指導力というものを明確にしていく必要があるのではないかというふうに思います。
 それから、連帯責任という言葉についても、これは要するに、与党のオールスターが結束して総理大臣を支えていくという政治的な言葉だと理解すべきだと私は思います。イギリスにおいては、明らかにそうであります。ややもすれば、日本の場合は、分担管理原則のもとで各省が割拠して、各省の代表である大臣が全員一致じゃないと閣議で物が決まらないという仕組みがあるわけでして、これは結局、各省官僚制が既得権を守りたいといいましょうか、自己主張を貫きたいといいましょうか、そういう下からの、各省官僚制の立場に立った、自分たちを擁護する仕組みとして機能してきたという問題があります。
 それからもう一つ、行政改革等を柔軟に進めていくためには、各省の行政組織について設置法でもって決めていくという従来の体制を見直してもいいんじゃないか。全部政令で行政組織を編成するという体制をつくることによって行政の機動性を高めていくということ、これは別に非民主的じゃないわけでして、ヨーロッパの大陸系の国々、それからイギリスにおいても、行政組織について法律で決めるというところはないわけであります。
 それから二つ目、内閣における政治主導をいかに具体化するかということであります。
 従来、三権分立ということで、立法府対行政府という軸で議論をしてきたわけですけれども、イギリスの制度を見ればわかりますように、議院内閣制というのは、権力の融合、フュージョン・オブ・パワーという性質をその本質にしているわけであります。したがって、国会の多数派が行政権力を掌握し、その責任において行政府を指揮監督し、政策をつくっていくというのが議院内閣制の本質であります。
 したがいまして、政治任用を今より拡大していく、与党の実質的な責任者は内閣の一員として政策決定を行って、それにより、政策決定手続を一元化していく。これによって、迅速な意思決定、政策決定を可能にしていくということです。とりわけ、これからまさに政官矛盾の時代でありまして、ほっておいたら官僚は反対する、手抜きをするという事柄について、どうしても新しい政策をつくらなきゃいけない、法律を改正しなきゃいけない。そういうときに、一元化することによって、迅速な、かつ指導力の発揮できるような政策決定システムを構築するということが重要であろうというふうに思うわけであります。
 従来型の与党と内閣の分離というのは、ある意味では各省官僚制にとっては非常に好都合だったわけであります。つまり、カウンターパートである与党の部会の先生方を説得し、それを味方につける、官僚組織の利益擁護のいわば親衛隊として政治家をいっぱい手懐けていくということでいろいろな省は力を発揮してきたわけでありまして、そういう仕組みを変えていくということが重要であります。
 最後に、三つ目は国会の問題であります。
 私は、この間ずっと、いかに強い内閣をつくるかということを議論してまいりましたが、それは同時に、強い内閣をチェックする仕組みというものを必要とするわけでありまして、国会の権能を強化していく。その場合、国会多数派というのは内閣と同じ立場でありますから、多数派が自分の党の内閣をチェックするということは余り期待できない。これは当然であります。
 したがいまして、国会の権能を強化するというときには、少数派をいかに優遇するかという観点で制度をつくる必要があるわけであります。したがって、法案提出権とか国政調査権というものについて、少数の議員集団に与える。つまり、例えば二十人とか五十人とか、一定数以上の議員の発議があれば調査権を発動できるとか、そういう仕組みをつくっていくことが必要だろうと思います。
 次は、慣習にかかわる問題であります。
 これは、まさにこれからの議会や内閣や選挙の運用を変えていくということでありまして、一つは選挙の意味を変える。
 先ほど言った政党、指導者、政策の三位一体をつくり、国民は総選挙を通して首相と国の基本政策を選ぶということをはっきりさせる。それから、代議士は地元の利害代表ではなくて、首相を選ぶ選挙人として国民から選ばれるということを明確にしていくことが必要です。それから、二院制の問題も実はあるわけでありまして、やはり衆議院が内閣を支える、参議院はそれに対していわば高い見地からチェックをするという形で、両院の役割分担をはっきりしていくということが必要だろうと思います。
 それから、二つ目は、内閣の運営の問題であります。
 内閣が続いている間は与党の中で総裁選びは停止するということによって、国民が選んだ総理が衆議院の任期いっぱい続いていくという慣習をつくることが私は必要だろうと思います。そして、先ほどから申しておりますように、与党の意思決定機関を内閣と重ね合わせるということが必要であります。
 それから、与党の運営について、これもさっき申しましたように、フロントベンチャーは内閣の中に入ってしまう、バックベンチャーは、不本意かもしれないけれども、あくまで議会において活動をするという形の新しい政党の気風をつくっていくことが必要になってくるだろうと思います。
 与党における党首選出過程というものをきちんと透明化していく、あるいは国民に開いていくということをやれば、わざわざ首相公選などしなくてもよいということになるわけです。
 以上、この4の(2)で書いたことは、実は、先日、首相公選の懇談会で私が小泉首相に申し上げたことであります。そのときに、小泉首相は、あなたの言うことはわかるけれども、自民党という政党はこんな説教をしても変わる政党じゃないんだ、だから首相公選制が必要なんだということをおっしゃいました。私は、大変僣越ですけれども、首相に、いや、一つだけ自民党を変える方法があります、それは小泉総理が小泉ビジョン、小泉政権の政権構想というものをはっきりとつくって、解散・総選挙を断行し、自由民主党の公認証を総理自身が手渡して、この小泉ビジョンに賛成するかどうかということをチェックする、それをやれば一日で日本の内閣あるいは政党政治のあり方は変わるんですということを申し上げました。
 ということで、そういう慣習の問題は非常に大きいということであります。
 実は、日本の国の統治機構との関係で一国多制度という話もしたかったのですけれども、もう時間になりましたので、これはまた後で、御質問の中でもし関連するものがあれば御説明を申し上げるということにして、とりあえず私の陳述はこれで終わりにいたしたいと思います。(拍手)
#4
○高市小委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#5
○高市小委員長 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がございますので、順次これを許します。額賀福志郎君。
#6
○額賀小委員 山口先生、ありがとうございます。
 自民党の額賀福志郎であります。大変御示唆に富んだ御意見をいただきまして、参考になっていると同時に、みずからも反省しながら聞いておりました。
 さてそこで、幾つか御質問させていただきたいと思いますけれども、一つは、端的に現状の政治状況に照らし合わせまして、内閣と与党との間の不透明な関係ということにも言及されました。これは、要するに、行政に対して政治家及び政党が不当に影響力を行使し過ぎる嫌いがあるのではないかということでございます。
 これはさまざまな観点から分析ができると思っておりますけれども、いろいろな問題が起きたから、政治家と役所及び官僚との間は意見交換はしてはいけないとか、さては与党と内閣の事前協議制はいかがなものかというような御意見も出たわけであります。具体的に、今までの自民党が五十数年間歩んできた政治慣習とかの流れからいえば、即座にその次元まで持っていけるかどうかというのは若干疑問があるわけでございます。
 したがって、逆に、今度は、政治家と役所、官僚が何らの意見交換もできないというような状況になれば、では、官僚は善で、政治家あるいは政党は悪という論理がまかり通るのか。官僚は無謬なのかということになると、官僚主導の政治から政治主導の政治に転換させようと努力をしているときに、再びまた官僚主導あるいは官僚独裁に導く可能性もあるのではないか。その転換の過程の期間でありますから、思い切って改革をする必要はあるけれども、そういう潜在的な意識も持っていなければならないのではないかと私は思っておりますので、そこのところをどういうふうに先生は認識なさっているのか、あるいはまた、これから改革をしていく場合にどういう意見があるか、参考的に教えていただければありがたいということが一つ。
 それからもう一つは、先生のお話を聞いておりますと、いずれにいたしても、内閣と政党の政策形成の過程が十分ではないということでありますね。先生は、内閣にオール与党のスタッフを全部入れて、言ってみれば与党と内閣の一体性を図れということでありますけれども、英国の場合は、先生も御存じのとおり、選挙に向かうまでの過程で、政策形成に十分な党内での意見のすり合わせとか議論、それから国民の意見とか選挙区の住民の意見を反映させていると思っております、非常に細かい分野に至るまで。
 自由民主党とか日本の政党は、どちらかというと、選挙は大まかなスローガンで戦って、そして、単年度の予算編成主義でありますから、概算要求とか予算編成のシーズンになって初めて具体的な政策形成の議論がなされていくというのが今までの慣例でありました。したがって、先生がおっしゃるような構想に至るまでには、相当な体制の改革をしていかなければならないわけであります。
 だから、私は、先生の理想は非常に参考になると思っておりますけれども、国民の意識改革あるいは政党人としての意識改革、制度改革あるいは意思決定の機構も改革していくということが考えられなければならないというふうに思っております。その点も二つ目の質問としてお聞かせいただければありがたいと思っております。
 それから、私は、先生と同じで、どちらかというと首相公選制は今の日本において適切なシステムなのかということに疑問を持っております。したがって、今の議会制民主主義を健全な形につくり上げていくことが、将来の二十一世紀の日本の政治制度としても適切ではないかと思っております。しかし、たくさんの矛盾を抱えておることも事実でありますので、日本の議会制度を十分な形にしていくためにさまざまな提言をなされてくれたわけでございますけれども、端的に、今の時点においては、小選挙区制にいたしましたけれども、比例制を加味した選挙制度であります。したがって、言ってみればリーダーと政策を国民が選択できるというような形に十分にはなっておりません。だから、どうしても選挙がリーダーと政策を決定する形にはならないでおるのが今の形で、多党制になっているわけであります。
 そうすると、今後の議会制民主主義をきちっとしていくためには、二党制的な形がいいのか多党制的な政党形成がいいのか、この辺について、日本の歴史とか慣例だとか、そういう観点から見てどういうふうにお考えなのか、お聞かせいただければありがたい。
#7
○山口参考人 まず、政治と行政、あるいは政治家と官僚の関係のあるべき姿という論点でありますが、私も先生の御指摘のとおり、官僚が善であって政治的圧力が悪だというような図式には全く反対であります。
 ただ、行政の固有の領域というものは何なのかということをここで改めて考える必要があるわけでありまして、例えば、課長クラス以下の人事ですとか、あるいは、まさに役所が発注する仕事についての入札ですとか、そういう事柄は行政固有の領域であって、政治家はこれに関与すべきではない。それはまさに競争ですとか、あるいは客観的な評価ですとかというものに基づいて行うべき意思決定です。それに対して政治の論理が入ってくれば、どうしてもポストやお金というものを党派的に運用するという形になるわけでありまして、そういう面で、まず行政固有の意思決定の領域というものをはっきりと定義して、そこには政治は関与しないという新しいルールといいましょうか、のりをつくるということが私は必要だと思います。
 政治主導ということについては、先ほども申し上げたとおりでありまして、私は、与党がもっと責任を持って政策決定のまさに枠組みをつくっていくことが必要だと思います。つまり、入札とか箇所づけとかという問題に首を突っ込むことは決して政治主導のあるべき形ではないわけでありまして、もっと根本的な、まさに経済や社会保障の大きな枠組みについて与党がはっきりした方針を示して、行政はそれを肉づけ、具体化するようなテクニカルな仕事をするという形の役割分担をきちっとつくっていかなければいけないというふうに思うわけであります。
 それから二つ目は、日本の政党政治は選挙をどういうふうに改めていくのかということなんですけれども、これは大変道が遠いと申しましょうか、具体的にどこを変えればいいのかということになりますと、私も実は余り歯切れよくはないわけなんですが、一つ考えなきゃいけないのは、国政と地方政治の役割分担という問題だろうと思うわけですね。
 先生がおっしゃった単年度予算の中で具体的に地域に対してどういう政策を行うか、どういう事業を行うかという問題は、これは別段国の予算として考える必然性はないわけでありまして、もう少し地域の問題については、地方分権を進めて、地方自治体でもって物事が完結するような仕組みをつくる。国会は、まさに国際社会、グローバルないろいろな問題に日本がどういうふうに対応していくかという、国政固有の問題について議論をし、枠組みをつくっていく。そういう形で役割分担をしていくことが何よりも政治を活性化するといいましょうか、政治の対応能力を高めていく一番の要点ではないかというふうに私は考えているわけであります。
 そういう形で、要するに国政選挙というのは巨視的な、日本のまさに国としての進路を問う選挙なんだという舞台づくりが進んでくれば、各政党とも、逆に今よりももっと踏み込んだ形でビジョンを示して、政策で競争していく、地域固有の問題について競争するんじゃなくて、国全体の問題について選挙の場で議論をしていくという形に変わっていくだろうというふうに思います。
 それから、望ましい政党システムという論点ですけれども、私は、やはり政権を担うある程度中心的な政党が必要だと思います。保守、革新とか、右、左というような軸はもう今すっかりあいまいになってきましたけれども、基本的な理念として、自由を重視するというのか、マーケットメカニズムを重視するという方向と、もう一つは、平等あるいは政府のある程度の介入を行うという二つ大きな固まりがあって、その他幾つか小さい政党があってもいいですけれども、やはり政権を担う軸というものははっきりした方がいいと思います。
#8
○高市小委員長 参考人に申し上げます。
 持ち時間が終了いたしておりますので、大変ありがとうございますが、おまとめくださいませ。
#9
○山口参考人 小選挙区の問題、私は、全部小選挙区にするんだったら二回投票制でやればいいと思います。
#10
○高市小委員長 それでは、額賀委員の質疑は終了いたしました。
 次に、島聡君。
#11
○島小委員 民主党の島聡でございます。
 山口先生の御著書は私は何度も読みましたし、民主党のいろいろな立場で、政策調査会とか代表室の立場で随分参考にさせていただいてやっております。
 その私が、なぜ日本型首相公選制を主張するかというのは、やはり首相公選制にしないと無理かなと思う点があるからです。二点申し上げます。
 一点は、国会に入ってきて思ったのは、憲法は議院内閣制を想定しています。ところが、委員会は常任委員会中心型で行われています。そうすると、議員の意識はどうしても首相に向かわないんです。政党じゃなくて、議員個々人に向くという点が一点あります。
 例えば、小泉首相になられた、ある意味で、マスコミの報道の言葉をかりると、予備的な国民投票制度、党員投票になったという話でありますが、ある程度リーダーシップを持つかと思ったら、具体的に例えば郵政民営化、本当に彼がやろうと思うならば、中央省庁改革基本法三十三条一項、それを削除するとやればいいんです。どうやってやるか。閣議だって越せるんです。今回、内閣法の四条で、内閣総理大臣は発議権を持つことができた。総務会、こんなものは単なる自民党の申し入れ書ですから、それを無視すると言えばいいんです。それを全部やれますかといって迫ったことがあるんですが、できないと言っています。
 ということは、これはきちんとした迅速なリーダーシップをとろうと思うならば、議院内閣制の限界といいますか、そういうものがあるので、首相公選制はやはり必要であるというふうに私は思うんですが、いかがでしょうか。
#12
○山口参考人 私は、議院内閣制だからリーダーシップがとれないということではないというふうに常々考えているわけでありまして、総理が示した基本的な一番優先順位の高い政策について与党が異論を出すということは、これはやはり政党政治の基本に反するわけでありまして、それは政党のあり方を変えていただかないと、国民としては選挙のときに何を選んだかわからないということになるわけですね。
 そういう意味で、私は、イギリスやドイツやヨーロッパのいろいろな国々の政治を見ておりまして、ともかく、そのときの政権がやりたい一番の重要課題については与党は結束して支えることによって、例えばイギリスのサッチャー政権やブレア政権のように、大きな改革、政策の転換が進むわけですね。逆に、アメリカの政治を見ておりますと、クリントン政権時代は上下両院とも共和党が多数派になってしまいまして、クリントンがやりたいと思った例えば医療保険の導入なんというのもうまくいかなかったわけですね。
 つまり、行政府の長は確かに直接選ばれた大変強い権威を持つわけですけれども、議会の多数派が自分とは違うグループになってしまいますと、デッドロックに陥ってしまう危険性が非常に大きいわけでありまして、その点では、改革を進めるためには行政府と立法府というものがやはり同じ方向を向いていくということが私は必要だというふうに思うわけです。
#13
○島小委員 全く賛成でございますが、今なかなか政治の現実に入ると難しいということでそういう主張をしているということを申し上げました。
 今政党のあり方論が出ましたけれども、ここは憲法調査会でありますので、私は、政党の役割を憲法で明確にすべきではないかと思っています。例えば、自民党の政策を私たち分析したことがあります。今額賀先生おっしゃったように、大まかです。普通なら、我々野党が、自民党の政策、ここがおかしいとか、こういう達成度がない、マニフェストがここまで実行されていないということを言いたかったんだけれども、言えないんですよ、大まかだから。分析できないんですよ。
 例えば、ドイツ連邦共和国基本法二十一条、政党は国民の政治的意思形成に協力する、その設立は自由であると位置づけています。政党内部秩序は民主主義の諸原則に適合しなければならないと、政党運営の方法まで定義しまして、資金の出所及び使途について、並びに財産について公的に報告しなければならない、そこまで定義しているんです。そこまできちんと位置づけたら、そこで初めて政党の役割とか、政党が国民と契約を結ぶんだということが位置づけられるんだと思うんですが、いかがでしょうか。
#14
○山口参考人 私も、政党に対する公費助成が始まっている以上、政党に対する法的な位置づけというものははっきりさせる必要があるだろうと思います。
 私的自治というのか、結社の自由との関係で、どこまで政党のあり方について規定できるかというのは非常に難しい問題はありますけれども、現実の問題としては、私は、政党助成とのいわば交換条件で、助成金をもらう政党に対するある種の義務規定みたいなもの、例えば党首の選出についての大まかなガイドラインですとか、選挙に際して首相候補者や具体的な政権構想を示せとか、努力規定ですけれども、そういうものを置くということで政党のあり方を考えていく必要があるだろうと思います。
 憲法の中に政党の規定を入れるかどうかというのは、私は、ドイツみたいな形ではっきりと政党を位置づけるということも一つは理念として有意義ではないかというふうに思います。
#15
○島小委員 今おっしゃったように、結社の自由がありますから、イタリア共和国憲法ぐらいに、四十九条にあります、政党結成の権利、すべて市民は、民主的な方法で国の政策の決定に協力するために、自由に政党を結成する権利を有するぐらいにしておいて、あとは法律でやってもいいと私は思うんです。
 今おっしゃった少数会派の国政調査権の話でありますが、国政調査権というのは院の権能です、御存じのように。野党が行政監視をやるのに一番重要な話なんですが、憲法六十二条に、「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。」とあります。だけれども、五十六条二項で、院の議決は、「出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。」とあるんです。
 議院内閣制下において、野党が普通、行政監視機能を果たします。したがって、例えば今回の鈴木宗男さんの問題のように、こういう記録文書を提出しなさい、あるいは証人喚問に来なさいというのも、結局は与党の理事が過半数を占める、特に証人喚問は全会一致制の慣習がありますから、そういうことがあるとできないわけです。
 こういう意味でいくと、少数会派が国政調査権を発動できるように、我々も、それを乗り越えた少数会派の議員立法を実はきょう提出する予定でございますけれども、少数会派の国政調査権は、やはり政権交代可能な政治にするため、あるいは行政監視をするため最も必要だと思うんですが、いかがでしょうか。
#16
○山口参考人 私もその点は全く同感でございまして、調査の権能というものを、衆議院、参議院の議院ではなくて、まさに国会議員に与えるべきだというふうに思います。ですから、一人一人に与えるというのはちょっと非現実的かもしれませんが、一定数以上の要求があれば、資料の提出、証人の喚問等ができるというふうに、ここのところははっきり改めた方がよいだろうというふうに思います。
#17
○島小委員 最後に、基本的なことを改めてお聞きします。
 三権分立論の話が、国会に入ってきますと、随分いろいろな意見があるんですよ。例えば、これは私ども野党の方も議論が分かれていまして、国会の理事会に副大臣、政務官が理事として入ったらどうかという提言をされた二十一世紀臨調があります。それに対しては、多分いろいろな意味で議論が出てくるんです。
 といいますのは、議事運営にかかわるところに、要するに、議院内閣制の考え方は今のところ三権分立論、モンテスキューの発想に基づいていますから、そうしますとなかなかそこに入れられないという発想になっております。憲法の方も、基本的には第四章、第五、第六と、国会、内閣、司法に分かれていますから、三つに分かれている形になっています。
 議院内閣制の考え方というのは十分議論しなくちゃいけない。山口先生のお話ですと、要するに、内閣と国会はバックグラウンドで結びつけていくという発想だと思うんですが、どうもそういう発想が多数派を占めていないと思いますので、そこをもう少し詳しくお話しいただけませんか。
#18
○山口参考人 戦後の日本の憲法学では、特に権力分立論が重視されておりまして、議院内閣制における権力の融合、要するに国会の多数派が行政権を持つという、この融合の側面については非常に軽視されてきた。それから、特に伝統的な日本の憲法学というのは大きな権力が嫌いでありまして、ともかく行政と国会を分けちゃって、国会というのは、行政に対してある種チェックしたり牽制したりということを重視するわけですよ。
 しかし、今の日本の課題は、ちゃんとした権力をつくって問題を解決していくという側面の方が今明らかに不足しているわけでありまして、そういう意味では、議院内閣制というのは、アメリカ的な権力分立が必ずしもなじまないんだということを明確に議論していく必要があるだろうと思います。最近、少し憲法学界でもそういう議論は始まっているわけなんですけれども。
#19
○島小委員 ありがとうございました。
#20
○高市小委員長 島聡君の質疑は終了いたしました。
 斉藤鉄夫君。
#21
○斉藤(鉄)小委員 公明党の斉藤鉄夫です。
 私、先生にまず最初に聞こうと思っていたこと、今、島委員の最後の質問と重なってしまったんですけれども、もう一度、三権分立と、憲法四十一条の「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」という、この条文との関係についてお伺いしたいと思います。
 私、今の教育でどういうふうにこの三権分立が教えられているかちょっと勉強していないんですが、少なくとも、国権の最高機関である国会が法律をつくり、つまり政治の大方針を決め、行政はそれを執行する機関にすぎないんだというふうに私自身教わりました。国会が決めたことを忠実に実行するために国会議員が大臣になるんだ、こういうふうに私は教わりました。
 きょうの先生のお話は、そうではなくて、フュージョン・オブ・パワーという言葉を使われて、ある意味では国権の最高機関は内閣であるというふうにも聞こえたんですけれども、この三権分立の考え方について、もう一度先生にお伺いいたします。
#22
○山口参考人 ちょっと時間がなくて十分御説明ができなかったようでありまして、私は、あくまで国会が国権の最高機関という前提で議院内閣制の運用を考えるべきだというふうに考えております。
 イギリスでも議会主権という概念があるわけでありまして、まず、権力の源泉は国会である。主権者である国民が直接選べるのは国会議員でありまして、その国会議員が集まる議会こそが三つの権力の中ではやはり一番強い正当性を持っているというのが国権の最高機関という文言の意味だと私は理解をしております。
 ただし、実際には、国会は多数決で動くわけですから、国会の多数勢力が行政権を掌握するということになるわけで、内閣が強い権力を持つということは、あくまで国会の多数派だから権力が持てるわけですよ。ですから、決して、内閣の力を強めていくということは、国権の最高機関という理念とは矛盾しないというふうに私は理解をしております。
 それから、権力分立の概念というお話ですけれども、司法の独立というのはもちろん大変重要な理念で、その部分については分立という言葉のイメージが明確になるわけでありますが、立法と行政というのは、これはむしろ緊密に連携をする、協力をするということが必要になるわけでありまして、ですから、モンテスキューがモデル化した図式を議院内閣制に当てはめるということについては、私は無理がある。
 むしろ実際には、政治任用をふやすという議論をするときに、官僚の方がそれを嫌がって、権力分立を持ち出すわけですね。つまり、国会議員が余りたくさん行政の中に入ってくると、それは権力の分立に反するんだということを言って反対をしてきたわけですけれども、そもそも、国会議員が総理大臣、閣僚等になって行政府の指導的ポストにつくということですから、そういう意味での、国会議員が行政の中に入ってくるということを権力分立という枠組みで眺めますと、これはやはりどうしても矛盾ということに見えてしまうわけです。
 ですから、私は、憲法学における権力分立の概念というものは、議院内閣制の現実に合わせて考え直す必要があるというふうに思います。
#23
○斉藤(鉄)小委員 国会と内閣の関係性についてもう一問聞かせていただきますが、両院制、二院の役割分担をという先生のお話でしたけれども、これをもう少しお話しいただきたいと思います。
 衆議院と内閣については、不信任決議権と解散権、そういうそれぞれ相対している緊張関係があるわけですけれども、内閣と参議院につきましては、参議院に実質的な決議権、法定上のものはないわけですけれども、しかし実質的にはある。しかし内閣は、参議院に対して解散権もなければ、ないどころか、議員の身分は六年間という長期安定保障。これでは、ある意味で内閣と国会の緊張関係、ちょっとバランスを欠くんではないかと私自身は思っていますけれども、その点も含めてお話をいただきたいと思います。
#24
○山口参考人 参議院が政党化をしたとか、良識の府としての機能を失ったというような批判がマスメディアにはよくあるわけですけれども、今の憲法のもとで、おっしゃるように、参議院が衆議院と実質的には対等の立法権を持っているとすれば、これはやはり政権の運営とか国政の遂行上、参議院が政党化するというか、与党が参議院の多数をきちっと押さえて法案を通せるようにするというのは必然ですね。これは、非難する方がおかしいと私は思います。
 御指摘のように、現状では、参議院選挙の結果で政権がかわったりとか、参議院で問責決議みたいなものが出てきたりということで、内閣に対する参議院のある種の抵抗といいましょうか牽制機能というのは大変強いわけですね。私は、二つの院の役割分担というものを今後の憲法の議論の中で明らかにしていく。衆議院は、あくまで政権を支え、法律をつくる、予算をつくる院だと。参議院は、むしろ、政権を支える与党の論理じゃなくて、大所高所から国政上の問題を研究したり、あるいは行政を監視したりという、いわば批判的な、あるいは政策に関するシンクタンク的な機能を強化していく。その分、立法ですとかあるいは人事、総理大臣の指名その他については、権限はやはり減らすべきだというふうに思いますね。
 あわせて、例えば最高裁判所の裁判官の指名について、国民審査なんというのはもう形骸化しているので、あんなものはやめて、例えば参議院がそれについてヒアリングをして、同意するかどうかという権限を持つとか、あるいは条約の承認は参議院が先にやるとか、そういう面で参議院の役割を新たに見出していくということが必要ではないかと思います。
#25
○斉藤(鉄)小委員 最後に、首相公選制についてお伺いします。
 昨年の夏、憲法調査会でイスラエルに行ってまいりました。首相公選制を実行し、今は廃止いたしましたけれども、いろいろな方から意見を聞いてまいりました。たくさんの方が、先生おっしゃっているように、政党政治の死を意味するというふうにおっしゃっておりました。しかし、私自身は、ちょっと詳しいことを言う時間がないので省略しますが、制度設計に不備があったがための一つの結果なのではないかとも思っています。そこは検証していかなくてはいけないと思っておりますけれども。
 私がお聞きしたいのは、現在のイスラエルのあの非常に悲しむべき現状。首相公選制は廃止されましたけれども、シャロンさんは首相公選制で選ばれた方です。選ばれた方であるがゆえに、選挙のときに掲げた方針、この方針を変えられない、非常に強硬な姿勢をとらざるを得ないという、ある意味でリーダーシップを持ったがゆえの負の側面が出ているのかなとも思うんですけれども、この点に関して何か御感想があれば、先生の御意見をお聞きしたいと思います。
#26
○高市小委員長 もう質疑時間の終了になっておりますが、簡潔にお願いいたします。
 山口参考人。
#27
○山口参考人 確かに首相公選制で、一回決めたことが転換できないということはありますが、それはリーダーシップの問題だと思います。
 もう一つ、首相公選制にしますと小党分立がやはり進むという傾向があるわけです。つまり、総理を選ぶんだったら、議会の方は適当に自分の好きなところに入れようと。そういう意味で、首相公選制をやりますと、私は、議会が非常に小党分立になっていく危険性が大きいと思います。
#28
○高市小委員長 斉藤鉄夫君の質疑は終了いたしました。
 藤島正之君。
#29
○藤島小委員 自由党の藤島正之でございます。
 先生の御説明にもありますように、確かに政官和合の時代は今の制度で非常にうまくいっていたような気はするんですけれども、近年、政官矛盾の時代に入ってきて、ここでいろいろな問題が出てきているというふうな認識で、私は全くそういう感じがするんです。慣習的にやってきていた部分がほとんどなので、自由民主党を中心とする内閣ということで、外から見ておった限りで、今まではまず一体的に見られておったわけですけれども、だんだんそこのところに問題が出てきた。今回、小泉政権になってますますその点が出てきたということなんです。
 イギリスの制度、これは非常に参考になるというふうに考えるわけですけれども、その中の一つとして政治任用の拡大の問題ですけれども、この点については、先生、どのようにお考えになりますか。
#30
○山口参考人 要するに、価値観に基づく政策の提示については、基本的にはやはり政治が担うべきだと私は考えるわけでありまして、そうしますと、例えば今の日本の中央省庁の中で、少なくとも局長クラス以上は政治任用にすべきだというふうに私は思います。
#31
○藤島小委員 次に、今のところ、内閣は一つでも、総理はかわらなくても、大臣が大体十カ月とかぐらいでどんどんかわっておるということで、官僚をなかなか抑え切れていない。素人の大臣が次々かわるわけですから、やっとなれたころに、官僚を抑えられるころになるとかわっちゃっているということなんで、まず私は、大臣を少なくとも二、三年、あるいは政務官とか副大臣も含め、こういうことを実現していかないと、幾ら制度を考えてみても、官僚の言うままになっていくという悪い点が改善できないんじゃないかなという感じがするんですが、いかがでしょうか。
#32
○山口参考人 私も、その点は同感であります。小泉総理になって、一内閣一閣僚ということを初めておっしゃって、その点は私も大いに期待をしているところでありますが、やはりそれぞれの分野で識見や知識を持った立派な方が大臣になって、首相と命運をともにして仕事をしていくということが議院内閣制のあるべき姿だというふうに思います。
 それからもう一つ、日本でも副大臣、政務官等の新しいポストがつくられて、与党の指導力を強化するということで、一応制度はできたわけですが、しかし実態を見ますと、小泉総理は、大臣については一内閣一閣僚というふうにおっしゃっていますけれども、副大臣以下の部分については余り政治主導の趣旨が徹底していないということでありますから、やはり副大臣以下については、それぞれの大臣が例えば推薦をして、総理が任命するといったような形で運用していくべきだというふうに思います。
#33
○藤島小委員 次に、今回の鈴木宗男さんの問題にもあるんですけれども、与党の一議員が役所にいろいろ指図したりするということで問題になっているわけです。イギリスの場合はそういうことが許されないというふうに聞いているわけです。そうなりますと、国会の国政の調査権、それは与野党の国会議員を含め、いろいろな資料を出してもらったり、いろいろ国会議員個人としてもそういうことをやっているわけですけれども、官僚と接触してはいけないというようなことになりますと、そういった面が逆に極端に制約を受けるようなことになっても、国会が行政を監督するといいますか管理するといいますか、そういう面にまたやりづらい面が出るといいますか、実効的な問題で問題が出てくるんではないかというふうにも思うんですが、その点はいかがでしょうか。
#34
○山口参考人 この問題は、やはり与党と野党で区別をしておく必要があるだろうと思います。ですから、先ほど申しましたように、与党が行政と接触するのは、基本的には内閣という公の制度の中で与党の意思を政策として具体化していくということで考えるべきだと思います。それで、先ほど額賀先生の質問の中で申しましたように、行政固有の領域は与党といえどもタッチをしないという形で、分離をしなければいけないだろうというふうに思います。
 これに対して野党は、政策をつくろうにも、なかなか手足がないというのか、基本的な情報が入ってこないという立場がありますから、野党が、国会における質問、行政に対するチェック、あるいは独自の立法をするという場合には、行政に対して情報を要求する、あるいは必要があれば説明を受けるということを、これもある種国会議員の明確な権能として制度化していくということが私は必要ではないかというふうに思います。
#35
○藤島小委員 ありがとうございました。
 最後にもう一問だけ、法案提出権の問題ですけれども、現在、ほとんど内閣が提出することになっているわけですね。一部、議員立法ありますけれども、大体、それも内閣で出すのが若干不都合かどうかということで、実は裏はほとんど内閣がいるというようなことになっておりまして、実質的に国会の立法権が内閣の下請みたいになっておる。内閣は、行政は法律に従ってやっている、やっていると言っていますけれども、もとをただせばその法律そのものはほとんど内閣が提出して、内閣の思うままになっている。これが随分問題があるんじゃないかなと思うんですけれども、この辺をどういうふうにお考えになられましょうか。
#36
○山口参考人 現実に与党が多数を占めている国会では、重要な政策を内閣提出法案として行うことについて、私はそんな不都合はないと思うんですが、野党としても、独自の法案をつくる、それを国民に示すということで政治活動をしていくことは、これは大事なことだというふうに思います。その意味では、議員立法を支えるためのスタッフをどういうふうにするか。政策秘書なんというものは、個人の秘書じゃなくて、むしろ政党に対していわばプールした形でスタッフとしてつけるというようなことが私は必要だと思います。
 それからもう一つ、議員立法を出すについて、今の日本の国会の慣習では、会派の代表者の許可がないと提案できないという妙な慣習があるわけで、これはやはり速やかに廃止をして、国会法の文言どおり、衆議院二十人、参議院十人でもって法案を出せるというふうに変えていくべきだと思います。
#37
○藤島小委員 終わります。
#38
○高市小委員長 藤島正之君の質疑は終了いたしました。
 次に、山口富男君。
#39
○山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。
 統治機構の問題を考える場合に、参考人も強調されましたように、憲法の一番大事な原則である主権在民、これを、その中でいかに国民主権を具現化するかというところが最大のポイントになると思うんです。
 その上で、きょう参考人がお話しになった話に即して幾つかお尋ねしたいんですけれども、一つは、冒頭に日英の比較をなさったんですが、日本の場合、特に二十世紀の前半が、主権在君の外見的立憲主義とかえせ立憲主義と言われたりしますけれども、そういう政治の状態だった。それが現行の憲法によって大きく変えられたわけですけれども、日本の憲法の統治機構にかかわる規定の特徴というのはどういうところにあるのか。
 私は、例えば四十一条の国会の最高機関性の問題なんかは、権力分立と最高機関性を調和させるという一つの日本国憲法の特徴だとは思うんですが、そのあたりはどういう考え方をお持ちですか。
#40
○山口参考人 言うまでもない、今の日本の憲法は、アメリカの影響が非常に大きいわけでありまして、統治機構に関してはイギリス型の議院内閣制とアメリカ型の議会の理念というものとが、いわば混在していると言うことができると思います。ですから、国会の委員会の仕組みですとか、そういうものはアメリカの影響がかなり強いし、それから二院制、参議院というのは明らかにアメリカの上院を意識したモデルだというふうに思います。
 そういう面で、大統領制のもとの議会みたいな要素が幾つか日本の中に入り込んでいる。それで、先ほど言った、権力の融合ということを正面から認めて、与党が行政府をがっちりコントロールして政策を実現していくという面についての幾つかの障害が残っているのではないかというふうに思います。
#41
○山口(富)小委員 二つ目に、イギリスと対比して、日本を上昇型の議院内閣制だというふうに、三点にわたって特徴づけられたんですけれども、どういうことが起こっているかという説明としてはわかるんですけれども、そういうものが生まれた歴史的要因の分析といいますか、このあたりはどういうお考えなんですか。
#42
○山口参考人 難しい御質問ですけれども、日本の場合は、まず官僚機構が先にできて、政党政治はそのうんと後に生まれたわけでありまして、統治の主体が長い間国家の官僚機構であったという歴史的な背景が一番大きいのかなというふうに私は考えています。
 戦後の憲法の中で、一応国民主権、議会制民主主義というものが確立をしたわけではありますが、現実的な政策の立案とか政治の運営において、官僚機構を操縦するだけの政治の側の力というのか、あるいは層の厚みというものがなかった。しかし、ようやく、戦後五十年以上たって、最近の国会を見ていると、そういう意味では随分政策的な知識も蓄えた国会議員がふえてきたということで、イギリス型の内閣の運用を担う体制が大分できてきているのではないかというふうに思います。
#43
○山口(富)小委員 今非常に興味深い分析だったと思うんですけれども、となりますと、日本国憲法が定めるような議院内閣制というものがきちんと機能していく上で、政党や政治家の個々の力、力量が大事だということと同時に、国民の側の、憲法からの立場でいろいろ政治を点検するという仕事がすごく大事になる、そういうとらえ方をなさっているということなんですか。
#44
○山口参考人 私の陳述の中で強調しましたように、大きな改革を進める推進力というものは、結局国民からの委任あるいは選挙を通した民意の表現というものが一番根底にあるわけですね。ですから、総選挙において、それぞれの政党が明確な政権構想だとか、あるいは改革のある程度具体的な枠組みを示して、それを国民が選んだんだという一回その手続を踏むといいましょうか、そういう仕掛けをつくっておかないと、総理の思いつきで何か郵政民営化とかと言っても、それはやはり官僚はみんな嫌がるに決まっているわけですよ。これが民意なんだという手続をどうやってつくるかということが、私は選挙の一番の課題だと思います。
#45
○山口(富)小委員 確かに、選挙のあり方というのは非常に問われてくると思うんですね。
 それで、提言にかかわる問題で幾つかお尋ねしたいんですけれども、内閣における分担管理原則をどう克服するかということで、行政権の所在について、六十五条で首相にということをはっきりさせた方がいいんじゃないかというお話でした。
 私は、日本の憲法の場合は、行政権についていいますと、内閣に属すると同時に、内閣の中での総理の首長的な権能を非常に強く認めているわけですね。そういう意味で、あえて六十五条で参考人がおっしゃるような規定が必要かというところはどういうふうに考えていらっしゃるのかなと思うので、お尋ねしたいと思います。
#46
○山口参考人 御指摘のように、今の憲法、内閣法の中でも、総理大臣は、国務大臣の人事権を初めとして大変強い権能は持っているわけですけれども、憲法上の規定を置くことによって、権威といいましょうか指導力は格段に私は高まるだろうというふうに思いますし、そういう規定を置くことによって、変な人はやはり総理にできないという緊張感を政党の側も持つだろうというふうに思います。
#47
○山口(富)小委員 それから、首相公選制について、私、結論のところで、政党政治の破壊に行き着くという懸念をお持ちだということは同感なんですが、憲法の規定とのかかわりで、ここをいじるとこういう問題が起きますよというような懸念は何かお持ちなんですか。
#48
○山口参考人 首相公選制というのはやはり憲法改正なしには絶対できない制度でありまして、首相公選制の制度設計をしようと思えば、解散の問題ですとか不信任の問題ですとか、あるいは首相選挙のいろいろな手続の問題ですとか、非常に多岐にわたる論点があるわけです。それを一個一個分析し、ある種、結果を予想しながらまともな制度をつくっていくというのは、大変なエネルギー、時間と労力が必要になると思うわけでして、私はやはり、そういうコストを考えても、首相公選制というのは無理だというふうに思います。
#49
○山口(富)小委員 一国多制度への展望という点なんですけれども、この話は詳しくは出なかったのですが、先日、朝日新聞で参考人は、「「鈴木的政治」もはや役立たぬ」という論評をお書きになって、その中の末尾で、今の日本に必要なことということで、きょうお話に出た中身を提起されているように思うのです。
 最後に二点お尋ねしたいんですが、参考人がおっしゃる「鈴木的政治」というのは何なのか。
 それから、一国多制度なんですけれども、こういう理解でよろしいんでしょうか。日本の憲法の場合は、国と地方の役割分担というのは案外にきちんと認めているんですね。ただ、それが地方分権という形で実ったかどうかは別の問題なんですが。この一国多制度というのは、何か別なことを考えているんじゃなくて、憲法に、いろいろ理念として、また規定として出されている問題を具体化していきたいんだ、そういう発想のもとでの展望なのか。その二点をお尋ねしたいと思います。
#50
○山口参考人 「鈴木的政治」というのは、一つは、声の大きい者が得をするという政治、それからもう一つは、まさに行政固有の、入札ですとか箇所づけですとか、そういう部分に政党政治家が介入していくということ、この二つが本質だと思います。
 一国多制度の話なんですけれども、私は、地方分権をさらに進めていく中で、例えば北海道とか沖縄とか、既に道州制的な地方政府をつくれる条件があるところは先行するということを最近あちこちで提言をしております。
 ただ、問題は、今の地方自治制度というのは、あくまで単一主権国家の中の地方分権を考えているわけでありまして、北海道だけ、例えば北海道開発局というものを自治体に移管して、国の仕事を地方に移すというような例外的な措置はとれないんですね。ただ、一つの突破口は、憲法第九十五条の一つの地方公共団体のみに適用する法律についての住民投票というあの規定でありまして、ですから、北海道なり沖縄なり、ちょっとほかの地域と違った条件にあるところの行政の効率化とか、あるいはその住民の自己決定を助長するという意味で、特例法みたいなものをつくって、それを憲法九十五条に基づいて正当化するということですね。
 それから、もう一つ問題になるのは、単一主権国家なんで、立法権は国会しかないんだという四十一条の規定があるわけですけれども、それを部分的に地方に移譲する。沖縄なり北海道なりに、ローカルなルールをつくってもよろしいよという形の権力の移譲を私はこれから考えていく必要があるんじゃないかというふうに思っています。
#51
○山口(富)小委員 どうもありがとうございました。
#52
○高市小委員長 山口富男君の質疑時間は終了いたしました。
 次に、北川れん子君。
#53
○北川小委員 どうもきょうはありがとうございました。
 私は、ここへ来て一年八カ月という日にちを送ったわけですけれども、来て一番びっくりするのは、やはり党議拘束という問題ですね。それともう一つは、与党の質疑時間が多いという仕組みのことなんですが、党議拘束については先生ちょっと書いていらっしゃる部分があったので、後半の、与党の質疑時間が長いという点について、先生、どう思うかをちょっとお聞かせください。
#54
○山口参考人 これも、何といいましょうかアメリカ型の議会の仕組みで、要するに、会派の人数に応じて時間を割り振るということになれば、当然与党の時間が長くなるわけですけれども、行政と与党というのは、基本的には仲間というか、同じ方向を向いている集団でありまして、その間で議論をしても余りおもしろい話にはならないというのは当然だと思います。
 最近、党首討論というものが日本でも始まりましたけれども、イギリスの議会の運営を見ておりますと、ああいう華々しい総理と野党党首の正面対決だけではなくて、日常の法案審議の中でも、与党の中心的な人たちが大臣、副大臣等という形で答弁に立って野党が質問をするという、与野党の政治家同士のディスカッションというものを日常的にやっているわけでありまして、私は、もちろん行政に対して国会が質問をする、追及をするということは必要だと思いますけれども、政治任用をふやすということを前提にして、法案審議の中でも、むしろ与野党の議員同士の議論というものを活発にしていくことが必要ではないかというふうに思います。
#55
○北川小委員 それはすごく思うんですね。この後、自由討論という場面があるらしいんですが、そういう形というのは国会では委員会でさえない。間接話法で、私たちは行政を通してしか何か議論の仕組みがないようになるということ、ここはすごく大きなポイントを今言ってくださったと思うのです。
 私は、最小野党のものですから、少数派ですね。それで、先生は、きょうの問題の中に、少数派をいかに強化するかという、これに対して国民の合意がとれるというふうにお思いになるかという点と、この国会という日本的な今のシステムの中で、その辺をどう野党側が与党に対して理論的に構築することができるかという点で、何か御示唆があれば教えてください。
#56
○山口参考人 日本の政治の一つの不幸は、やはり政権交代がずっと起きなかったということです。時々立場が入れかわるということを前提とすれば、今の与党の方々も、野党の側に回ったときに、やはり自分たちにも攻める道具が欲しいなというふうに考えるわけですよ。そうすれば、おのずと立法なり国政調査なりについては、野党の側をある程度げたを履かせて、与野党である程度イーブンな議論ができるようにしましょうという話になるはずなんでありまして、私は、自民党の先生方も野党のときのことをちょっと思い出していただいて、なかなか野党として国会で政府を追及するのは大変だったという記憶がまだあると思うんですね。そこをやはり踏まえて、与野党共通の課題として、いかに野党の側の人たちが意味のある質問なり立法なり調査活動ができるかということを、全体の課題として考えるべきだと思います。
#57
○北川小委員 ぜひ全体の課題としてなるようにといった点でもう一つお伺いしたいのは、日本国憲法が、日本型の国会運営の中と、それからもう一つは政治に対して傍観者が多いということで、虐待されてきた。今、家庭内暴力も児童虐待も表面化してきた問題で、私は、日本国憲法というのは虐待されてきたのではないかという気がするんですが、先生のお考えの中に、小中学校においての政治教育、だからきょう何条、何条とかといっても、それが共通理解として何かテキストがないと思い浮かべないぐらい、私たち国会議員にとっても遠い条立てなわけで、その点を先生は、義務教育における政治教育について何かお考えになることはないでしょうか。
#58
○山口参考人 まず、私は、日本も選挙権の年齢を十八歳に下げるべきだというふうに思っております。
 その上で、私自身も、高校の政治経済の教科書などを執筆いたしまして、まことに不本意な思いがするんですが、教科書で書いていることは、全然、主権者市民として行動するときのマニュアルにならないのですね。やはり具体的に、自分たちの身の回りで困った問題が起こったときに、それをどうやって政策として解決をするかというような、主権者市民として政治にかかわっていくハウツーをきちっと議論して、そういう意味での教育を進めていくということは、私は、中学、高校ぐらいからぜひやるべきだというふうに思いますね。
#59
○北川小委員 それは、少しほかの国を仄聞すると、例えばコスタリカでも、私はこの政党を選ぶよとか、なぜ選ぶかといえばこうだとかというのを、結構ちっちゃな年齢、十歳以下とかでも言い合っているのを親が見ているということが日常的にあるというふうに聞いたわけですけれども、政党政治に関してもう少し時間、距離を置くということの意味で、今具体的に中学、高校ぐらいからのディスカッションが必要だというふうに言われたのかということ。
 それともう一つは、先生の最後は、きょうは時間がなくて述べていただけなかったんですが、第九十五条の活用、その点においても、もう少し私は、政党政治にもコミットする力というものが必要だろうと思うんですが、その辺はもう少し深く教えていただけませんか。
#60
○山口参考人 政治的な教育が特定の政党のプロパガンダになってはいけないということは大前提であるわけですが、今の若者は、圧倒的に政治的無関心が多い。二十代の投票率は三〇%ちょっとしかないんですね、前回の総選挙でも。だから、これはやはり日本の民主主義にとっては非常に大きな危機だと思うわけです。
 ですから、どの政党の政策がどういうふうになっているというような議論をし出すと、これは少なくとも公教育にはなかなかなじまない部分があると思うんですよ。
 ただし、若者には若者なりの、就職の難しさとかあるいは奨学金がなかなかもらえないとか、いろいろな問題があるわけでして、そういう自分たちにとっての問題を政策として解決していく、それに対応した法律をどうやってつくっていくかとかどうやって予算をふやすかとか、そういう具体的なテーマに即して政治にどうかかわっていくかということをやはり中学、高校ぐらいから議論するということが、私は、日本の民主主義をこれから支えていく上では非常に重要だというふうに思います。
#61
○北川小委員 それは本当に、解決する能力を持つという前向きな点で、とても私は、そこが今これから大事だろうと思うんですね。
 最後に、先生が尊敬される日本の政治家としてはだれをお挙げになるのか。それともう一つは、先生は鈴木宗男という議員を研究されてきたというふうに聞いております。証人喚問がまだ続くとは思いますが、一定、公開された面があります。あれを受けて、今先生は何を感じていらっしゃるか、教えてください。
#62
○山口参考人 尊敬する政治家、田中正造ですね。
 鈴木さんの問題というのは、私は、やはり政治の品位というか品性の問題だと思うわけでありまして、法に触れなければ何をしてもいいんだという人が国会議員にいるということを皆さんはどう思われますかということを私は伺いたいですね。
#63
○北川小委員 何かとっても私は弾みがついたというか、今、立候補する立場を担うというのは、ちょっと恥の世界に入っていくということを世間に対して表明するのではないかというぐらい、私はすごく矛盾した感じを持っているんです。でも、先ほどおっしゃったように、政治的に解決する能力を自分の中で持つということは、一人の人間として生きる力を得たというところもあるんですね。
 先生が今、田中正造というふうにおっしゃってくださったので、その辺もすごく弾みがついたんですが、もう一つ、では、先生が少し先ほどお触れになった四十一条の改正なんですが、立法、このことに関して、私は参議院でというふうに重視されるのかと思ったのですが、そこが違ったので、この四十一条の発展的改正についてもう少し詳しく述べていただけますか。
#64
○高市小委員長 北川れん子君の質疑時間は終了いたしましたので、それでは簡潔にでよろしいですか。
 では、山口参考人。
#65
○山口参考人 四十一条については、要するに、国の立法の権能を地方自治体というか地方政府に一部分与するということを私は考えておりまして、つまり、例えば北海道は北海道の道路交通法をつくって最高時速を少し上げるとか、そういうことができるようにするということなんですね。四十一条がある限り地方は条例しかつくれない、条例というのは法律の範囲内という限定がある、そこに私は限界があると思います。
#66
○北川小委員 ありがとうございました。
#67
○高市小委員長 北川れん子君の質疑は終了いたしました。
 次に、井上喜一君。
#68
○井上(喜)小委員 私は、保守党の井上喜一でございます。
 きょうは、広範な点にわたりまして、参考になります意見をたくさんお聞かせいただいたのであります。
 内閣の制度で大統領制とか議院内閣制とありますけれども、私は、大統領制にもそれなりの大変いい点もあろうと思うのでありますけれども、なかなか、日本のこの政治の風土というんですか、あるいは日本の国民の政治意識にいま一つのところがあるんじゃないかと思います。
 そういう意味では、内閣制度は、もうかれこれ百二十年近くになるわけですね。確かに、明治憲法、今の憲法、全く内閣の意味は違いますが、それにいたしましても、いろいろな経験を積み重ねて今日の内閣制度の運用が行われていると思いますので、問題のところを直していくという形でこの内閣機能を高めていくようなことが、私は現実的じゃないかと思います。それほど、政治の制度というのはすべて、やはりその国の風土というんですか、あるいは伝統といいますか、そういうことと大変密接に絡み合っていると思うからであります。
 例えば、イギリスがこうしているから日本もこうするんだなんというようなことでまねをしたようなのがあるんですが、例えば今、委員会で大臣以外には答弁させないんだというようなこと、あれなんかも、大臣が答弁すべきところはきちっと答弁をする、事務当局にきちっと聞いた方がいいところは事務当局に聞くというようなことの方が私はよかったと思うんですね。だから、ああいう制度に変わっても、必ずしも国会の審議が充実してきている、あるいはよくなってきているとは思わないんですよ。
 それから、最近、イギリスでは国会議員と役所が余り接触しないなんと言われますが、これも、イギリスのような、大勢の人が内閣に入っているというような場合には成り立つかもわからないけれども、日本のような場合には、特に与党の場合は行政府とのコミュニケーションというのは絶対必要だと思うんですよ。だから、単純には、外国がこうしているからこれがいいということは言えないと思うんです。
 そこで、私は、まず、役所の中における政と官の問題がありますね、それから議会と役所といいますか行政府の関係、こうあると思うんですけれども、通じて、政のリーダーシップをいかに確立していくか、これが大きな課題だと思うのでありますが、皆さん、きれいごとを言うわけですね。政はこうやらないといけないと言うんだけれども、どうして官がこれだけ力を持っているかというのは、歴史的な経緯もありますけれども、大臣がどうも十一カ月ぐらいらしいんですね、平均の在任期間を計算してみますと、ぐるぐるかわってくる。かつての政務次官、今の副大臣だとか政務官、これもかわるわけです。ですから、行政としては継続性といいますか、それが必要なわけでありまして、どうしても官僚がそういう機能を担ってきたと思うのであります。
 まずやるべきことは、大臣その他の政治的に任命された人たちの任期を、先生は衆議院の任期とということを言われますが、少なくともやはり一内閣は継続すべきじゃないかと私は思いますね。まずそこから手をつけていくべきだと思います。この点については、先生とそんなに意見が違わないんじゃないかと思うんですね。
 それからもう一つ、今のこの内閣の制度で私が問題だと思いますのは、組織が膨大過ぎると思うんです。私は、内閣制度の改革が行われましたけれども、果たしてあれの理念は何だったのか。ただ大きな役所をつくっていく、そんな感じがいたすわけでありまして、大臣がきちっと統括できる範囲というのはおのずから決まるわけですね。所掌事務を掌握する、それから、少なくとも局長、課長ぐらいまでは掌握しないといけないと思うので、非常に大き過ぎると私は思うんですね。
 だから、私は、この二点、一大臣が掌握できる所掌事務の範囲に直していくべきだということ、それから前者は、任期の問題で思うんですが、先生の御意見をお伺いいたします。
#69
○山口参考人 御指摘のとおり、イギリスがこうだからという形で、副大臣とか政務官とか党首討論とか、いろいろなことをこの数年日本でも導入したわけですが、やはりつまみ食いといいましょうか、日本の政治の本質を変えていくことにつながっていないという不満は残るということ、これは御質問の趣旨と私も同感であります。
 その上で、内閣が大きな仕事をする、大きな改革をするについては、当然、二年、三年という期間の中でいろいろな法律をつくっていかなきゃいけないわけでしょうから、やはり私は、一つの内閣の中で、総理が本当に能力のある与党の優秀な人材を全部内閣の中に入れて、オールスターのチームをつくって、それが衆議院の一つの任期を全うする。必ずしも四年じゃなくてもいい、解散があるかもしれませんけれども。ともかく、一回の総選挙で示された国民の意思を実現するために、一つの任期の間は内閣もその責任を全うするという慣習を日本でもつくらなきゃいけない。
 ただ、この問題は、結局、与党の議員が自分も一回大臣になりたいというある種の文化というか気風というか、それがあるから十カ月に一回顔ぶれをかえて順繰りに大臣になれるという仕組みを今までとってきたわけですね。ですから、御指摘のように、有能な内閣が長い間持続するということは、逆に与党の中ではだれでも大臣になれるわけではありません。その意味で、与党の中で相当厳しい人材の選抜とか評価というものを、リーダーの責任でやっていくということが当然必要になってくるわけですね。
 大きな役所の問題については、橋本行革のときは大ぐくりの改革ということで、むしろ縦割りの弊害を除去するという趣旨で省庁の再編成を行ったわけですが、私は、日本の行政組織というのは、局というものが一つの政策の単位になっているというふうに思います。ですから、国土交通省をつくっても、河川局、道路局、港湾局等々といった局があって、あまつさえ道路局は特定財源まで持っているという状況ですから、大ぐくりの再編をしたことの意味が余りあらわれていないというふうに思います。
 ですから、この点は、もう一回再編をしなさいというのはかなり無理な話ですので、大きな省庁には大臣以下たくさんの与党の議員が副大臣その他政務官などの形で入っていって、局単位の行政をがっちり政治のリーダーが掌握するという体制をつくらないといけないと思います。
#70
○井上(喜)小委員 終わります。
#71
○高市小委員長 井上委員の質疑は終了いたしました。
 伊藤公介君。
#72
○伊藤(公)小委員 自由民主党の伊藤公介でございます。
 きょうはどうもありがとうございます。
 私は、先生と首相公選については考えを異にする者でありますが、先生のいろいろな著書も読ませていただきましたが、そういう意味では、しかしいろいろ参考になります。
 制度というものは、変わればそれがすべていいわけではなくて、それぞれの制度は、あるところはいいし、あるところはマイナーな点もある。しかし、総合的にどちらの方がその国の政治システムに合っているか、また、本当に国民の要求といいますかニーズというか、そういうものを的確に吸い上げていくことができるかということを総合的に考えていくことだと思います。
 山口先生は、政党の改革がまず必要だと。九〇年代は、行政改革を初めとしてまさに改革の十年であった。しかし、制度を改革しても、その運用を変えなければならないのだという御主張は、私も賛成です。
 例えば、小選挙区になりました。小選挙区になったら政権交代をする、そういう御主張もございました。しかし、小選挙区にはなりましたが、今現実に衆議院は比例代表が残っていますよね。だから、国民の皆さんからすると、小選挙区では確実に落選をして、そしていわゆる法定得票もとれない人も比例代表で当選を何人かはしているわけですね。あるいは、コスタリカのように、直接は投票できないけれども、交代でその選挙区をする、そういうことが小選挙区制度の改革の目的を十分果たしていない。本当に制度のそのまま改革をすればもっと大胆な改革もできたのに、なかなかできない、そういうものもあると思います。
 しかし、私は、やはり制度を変えればかなり国民の皆さんの意識というものも変わっていくのではないかというふうに思います。
 特に、先生はイギリスに御滞在されて、イギリスの議会制度というものをかなり踏み込んで勉強されたということでございますが、もちろん今御指摘もありましたが、何も我々はイギリス並みになろうというわけでもないし、またアメリカ並みになろうというわけではない。日本は日本なりの政治制度というものをつくっていく必要があると思います。しかし、それにしても、国際的に対比される意味で、アメリカとイギリスは私は典型的な政治制度だと思うんですね。
 例えばイギリスは、政党の構造については、結論だけ申し上げれば、中央集権的です。しかし、アメリカは非常に分権的であります。
 それから、政党の役割は、イギリスの場合には、政党というものが中心で、候補者の選定まで、あるいは選挙運動も政党がやる。しかし、アメリカの場合は、政党の役割は非常に低い。候補者の選出は予備選挙を採用されますが、党組織が候補者を指名することは一切ございません。極めて自由に、我こそアメリカのリーダーに、国際的なリーダーにという人は手を挙げて、直接皆さんの支持を得る。そういう意味でも、政党の役割というものはアメリカは低い。
 それから、政党の規律といいますか、議案の採決に際して、イギリスの場合は党議拘束をかける。党員の造反は絶対に許さない。しかし、アメリカは、ほとんどの場合に、一般的には党議拘束をかけておりません。民主党でありましても、民主党で決めたとおりにはしない。一人一人の政治家が、一人一人の信念に基づいて賛成、反対を明確にしている、そういうアメリカであります。
 それから最後に、党員の概念ですね。これも、イギリスの場合には非常に明確でございます。それぞれの選挙になると、党員の家にはステッカーまで張って、党員であるということをはっきりしている。しかし、アメリカの場合には、党員と一般の有権者との境はほとんどありません。私もちょうどロバート・ケネディの大統領選挙のさなかにオハイオ州にいました。そして、それぞれの大学の中にも、ボランティアで、我々はこの人をアメリカのリーダーにするんだという、学生の中にも選対みたいのができるわけですけれども、全く政党は関係ありません。
 私は、そういうことを考えますと、イギリスとアメリカは、やはり非常に対照的な政治制度の仕組みだと思います。
 そんな中で、私も、ヨーロッパで二年、アメリカで一年過ごしました。そして、数々の大統領選挙を見ました。例えばアジアでは、あのフィリピンのアキノ大統領のさなかに私も現地に行っていろいろな勉強もさせていただきました。もちろんアメリカにも、今申し上げた大統領選挙のさなかにも現地におりました。アメリカ的な、国民の皆さんがこの国の将来あるいは国際的に活躍のできるリーダーを選ぼうというあのエネルギーというものを私はやはり大事にすべきじゃないか。
 日本の場合には、いろいろ先ほどから御議論ございましたけれども、私を選んでいただくときに、私に投票してくださる方は、だれが日本の総理大臣になるかということを考えて投票してくださる方は非常に少ないと思います。
 そして、私は東京の選出ですけれども、前回、一昨年の選挙で自由民主党の有力な議員が次々と落選をいたしました。それは、自由民主党の政策を非常に正確に訴えた人は大抵厳しい思いをしたと思います。私は、今の自民党を変えなければだめだ、自民党のこういう点を変えるんだと言って辛うじて生き残った。私のほかにもそういう人がいるわけですが。むしろ、政党ではない、個人の個性といいますか、考え方といいますか、生き方といいますか、政治理念みたいなものを有権者の皆さんが選んでくださっているのではないか。
 などなど考えたときに、先生の言われるような御主張もわかります。けれども、私は、むしろ大胆に、日本は首相公選を一度やってみる必要があるのではないか。イスラエルがどうだといいますけれども、イスラエルと日本の国情や背景は全く違います。そういう立場から、先生の御意見をもう一度伺っておきたいと思います。
#73
○山口参考人 アメリカの大統領選挙というのは、これはまさにいろいろな問題があるわけでありまして、一年がかりで各政党の予備選挙から始まって本選挙に至る長い長いプロセスがありまして、全国を舞台に選挙をやるわけですから、このコストが非常に大きいわけですね。最近ますますお金のかかる選挙という問題が明らかになってきているということも言われております。
 ですから、私、日本人の多数が首相公選にしたいんだというのだったらそれはあえて反対はしませんけれども、ただ、首相公選というものの具体的なイメージ、日本人はいいリーダーを選ぶためにどれだけのコストを投入する覚悟があるのかということについて、やはり正面から議論をする必要があるだろうというふうに思います。
 もう一つ、ちょっと繰り返しになって恐縮なんですが、具体的な改革だとか政策の実現を図っていくという場合に、行政府のリーダーと国会の多数意思というものが一致する保証がないという仕組み、これは、私はやはり統治機構としては非常に問題があると思うんです。
 アメリカの場合は、建国以来二百年のいろいろな伝統、蓄積の中で、分割政府になった場合の対応の仕方、妥協の仕方ということについて、国民的なある種の経験、慣習というものをつくってきたわけですけれども、日本においてそういうものをすぐにつくれるわけはないですね。むしろ、現実の問題としては、首相公選と国会議員の選挙を同時にやった場合、首相を選んだ後の議会の投票というのは、国民は、英語で言うスプリットチケットというもの、要するに、首相はこの人だけれども議会は別の党の人みたいな形で、国民が国政を担うというのか、国家の最高指導者を自分で選んで、かつ政策の方向性について自分で選ぶという責任感というものをちゃんと持てるのかという問題ですね。
 私は、国会の多数意思と行政の最高権力者を一票で決めるという意味での議院内閣制の方が、よほど混乱がないといいましょうか、民意を反映しながら国家の統合を図っていくという意味で的確であろうというふうに思っているわけであります。
#74
○伊藤(公)小委員 もう時間がありませんけれども、ちょっと考え方だけ申し上げて終わりたいと思います。
 例えば、直接皆さんが選ぶという意味では、各市長さんや知事はそうですね。私は、典型的なのは東京都の知事だと思います。石原慎太郎さんは、この国会の、派閥絡みでなければトップに立てない、そういう政界にもう嫌気が差して東京都知事になりました。しかし、東京都知事になりまして、石原さんは、もちろん知名度やいろいろなものがありますけれども、どんな政党の支持も受けないで、彼は個人で日本の十分の一の予算を持っている東京都の知事になりました。
 なって、東京都だけの税制改正に取り組む、あるいは環境問題、やはりこういう選ばれ方のトップリーダーというのは、そういうリーダーの決断で物事ができるわけですね。そして、有権者の皆さんというか国民の皆さん、都民の皆さんも非常に実感がある、私たちがこのトップリーダーを選んだという。
 例えば、情報公開条例で、一九八二年、神奈川県及び埼玉県で制定をされました。しかし、国でこの情報公開法が成立したのは一九九九年です。あるいは、政治倫理条例を制定した……
#75
○高市小委員長 伊藤委員に申し上げます。
 質疑時間は終了いたしております。
#76
○伊藤(公)小委員 これは、一九八三年に大阪府の堺市が先駆けてやりました。それから数年おくれて、一九八五年に国で制定をすることになりました。
 やはり住民といいますか国民の皆さんが選んだ首長というのは非常に決断が早い。そういうスピーディーなリーダーシップをとれるという意味でも、一度日本は、これだけさまざまなことがなかなかスピードアップできない中で、首相公選は考えてみるに値する制度ではないかというふうに私は思います。
 もう時間が来たようですから、もし一言で何かあれば。
#77
○高市小委員長 済みませんが、伊藤公介君の質疑時間は終了いたしました。
#78
○伊藤(公)小委員 ありがとうございました。
#79
○高市小委員長 次に、伴野豊君。
#80
○伴野小委員 民主党の伴野豊でございます。
 本日は、山口先生、貴重な御意見を賜りましてありがとうございます。
 山口先生にお会いするのは私きょうが初めてでございまして、先生からすれば、こんなやつが国会にいたのかとお思いかもしれませんが、私はいつもテレビやマスコミで拝見しておりまして、いつも先生の公平、公正な歯に衣を着せぬ御発言に敬服、敬愛をしている一人でございますので、今後ともよろしくお願いいたします。
 きょう賜りましたお話の中で、私は、先生が御指摘いただいていることをより現実的といいますか現場的な発想で考えた場合に、三つクリアしなきゃいけないことがあるのではないか、そんなことで質問をさせていただければ、御意見いただければと思います。
 一つは、いわゆるマスコミのあり方。
 きちっと報道しようと思っていらっしゃる記者さんは多分たくさんいらっしゃるかと思うんですが、そもそもマスコミの性格といたしまして、よく言われる、犬が人をかんでもニュースにならないが、人が犬をかむとニュースになる。つまり、もともと報道をする優先順位というのは意外性というものが非常に大きくクローズアップされまして、例えば、自民党の先生方にも、大変失礼な言い方をすれば、まじめに一生懸命こつこつしていらっしゃる先生方もたくさんいらっしゃると思うんですが、そういう先生方の報道よりも、いわゆる常識外れといいますか、とんでもないことをする人の方が報道の上にのるというこの傾向は否めないと思うんですね。
 そういう報道のあり方の上でやっているマスコミの支持率というのは何ぞや。一つは、標本統計学的な検証もあるんですが、マスコミのそもそも論からして、そこで行われているいわゆる評論家の方々のお話が、ともすれば、国民の方がそれが国会かと思われてしまう、非常にバーチャルな世界がそこに広がってしまう、こういうことに関して、マスコミのあり方とともに、どうお考えになっていらっしゃるか。よくマスコミにお出になっていらっしゃるので、そういう裏のこともよく御存じかと思うんですが、お聞かせいただければ。
 二つ目ですが、先ほど先生のお話に、時々立場が変わる、そういう政権交代が実現されなければ真の議院内閣制というのは実現できないんだというお話、私もそのとおりだと思いまして、そういう意味で第一党である民主党の責任は大きいんだと思うんです。
 そういった中で、いわゆる健全な野党といいますか政権担当能力を持ち得る野党とすべきときに、やはり現実的に考えて、現場的な発想を考えた場合に、現在与党の皆さん方は、官僚という非常に集積率の高い、情報収集能力を持ったスタッフを持ち得ていると言っては失礼なんですが、そういうものが近くにいらっしゃる。ですから、多少、ハンディキャップというわけではないですが、先ほど政策担当秘書のお話が出ましたが、野党の場合は二人いただけるとか、そういう何かハンディもあって、政策面では遜色ないんだよ、あるいは情報収集能力、特に蓄積力では差がないんだよという段階で、いわゆるディベートさせる、拮抗させるということは、先生がおっしゃる政権担当能力のある政党を生み出すには、非常に国民のためになるんじゃないか、そんな考えに対してはどうか。
 三つ目ですが、これは政治家の責任でもあろうかと思うんですが、国民の政治に対する関心度、私は、一億二千万人がすべて国政に強く関心を持っている国がいいとは思っていません。しかし希薄なこともいいとも思っていません。どこかに最適解があろうかと思うんですが、そういった場合に、より身近に考えてもらうために、地方分権の推進、特に財源、税を自分たちで決められるという権限も移譲させた上での地方分権をやらないと、なかなか政治というものを身近に考えていただけない、関心を持っていただけない、自分も参画していこうと思っていただけない。この点について、先生の御意見があればお聞かせいただければ。
 以上です。
#81
○山口参考人 第一のマスコミの問題についてですが、御指摘のように、マスコミはセンセーショナリズムというのが特に最近強い。政策的な議論よりは政局的などたばたの方がやはりおもしろいわけでありまして、とりわけ小泉政権ができてからというものは、そういう観点からの報道がやはりふえたのかなというふうに思っております。
 そういう面では、マスコミの側で少しまじめに政策課題について掘り下げることが必要でしょうし、御指摘のあったように、悪いことをしている人を批判することはもちろんマスコミの大きな仕事ですが、政治家が取り組んでいる政策立案について評価する、プラスの側の報道というのも、これは与野党関係なく必要になってくるだろうというふうに思います。
 あと、ちょっと今の批判のこととの関連で申しますと、例の個人情報保護法案ですとか、そういう、使いようによってはジャーナリズムの政治権力批判活動に対してある種抑止的な働きを持つような法案が出ているということ、これはやはり私は大きな問題だというふうに思うわけであります。確かに、マスコミによる政治のバッシングとか、非常に一面的な報道、私、鈴木宗男さんのことをいろいろ批判はしていますけれども、北海道にいますから、やはり、彼がある意味で必要だったということはわかるわけですよ。それをもうちょっとバランスをとった議論をしてほしいなというのは思うわけですよ。だけれども、マスコミの報道の自由というものはやはり政治にとっては非常に大事な原理なので、そこのところは勘違いしないでいただきたいということをこの機会に申し上げておきたいと思います。
 それから、野党の問題なんですけれども、イギリスでは、野党に対するある種の政党補助のかさ上げみたいなことは確かにあるわけですし、シャドーキャビネットの影の総理大臣、野党党首については特別な歳費が出るとか、そういう形で野党にある程度げたを履かせてやるということをやっていますね。
 私は、そういう意味で、与党に対して圧倒的に劣位に立っている野党については、議員立法なり国政調査に関して、野党には若干、まさにおっしゃったようなハンディをつけるというのか、野党だからこれはできますという、そういうことを幾つか具体的に考える、さっきから言っておりますように国政調査権の発議権ですとか、そういうものについてやはり野党を重視する必要があるのではないかというふうに思います。
 それから、地方分権のお話は、きょうも部分的には申し上げましたが、憲法の中で、日本は単一主権国家の体制ががっちりできているわけですね。先ほど東京都の税制の問題もありましたけれども、ああいう問題も、すっきり地方公共団体に対して、ある部分、国会の立法権を譲与するというのか、連邦制にすっきり日本が移行するということはすぐには無理でしょうけれども、一定の条件を満たした力のある自治体については立法権を一部譲与して、国の法律からちょっとはみ出るようなというか、あるいは国の法律が規定していないようなローカルな法をつくってもよろしいよという形の、多様な国の姿、多様な憲法秩序というものを二十一世紀にぜひつくっていくべきではないかというふうに私は思っております。
#82
○伴野小委員 貴重なお話、どうもありがとうございました。
 自分の持ち時間、まだございますが、議事進行のために委員長に御協力させていただきたいと思いますので、終わります。
#83
○高市小委員長 ありがとうございます。
 それでは次に、奥野誠亮君。
#84
○奥野小委員 自由民主党の奥野誠亮であります。
 大変よい話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。
 今、伊藤公介さんから首相公選制支持、山口さんと反対の意見を言われました。私は、小泉さんが総裁になりましたときに、あなたは首相公選制だけは言わぬ方がいいと思いますよ、こう申し上げたけれども、確固たる信念みたいになっているようでございます。私は反対でありますので、まず最初にこの問題、以下数点、先に物を言わせていただきたいな、御意見を聞かせていただきたいし、どちらかというと私の考えを述べることが多くなったりして、これは失礼だなと思ったりするのですけれども、それはお許しをいただきたいなと思います。
 憲法には、国会議員の中から国会で内閣総理大臣を指名する、こう書いてあるわけですから、おっしゃっておりますように、当然、現憲法下ではできない。それでは憲法を改正して公選制をとったらどうかということになりますと、ただ理屈だけで物を考えるのではなくて、将来を凝視して国家戦略も考えなければなりませんが、過去の伝統というものについても思いをはせながら考えていかなければならない、その国その国の事情があると私は思っているわけであります。
 占領軍が、天皇をヘッドとするという条件でスタッフに書かせた。そのまま書いたら明治憲法と同じになる。したがって、あの象徴という言葉を使ったのだと。当時は、私も違和感を持ったわけでございますけれども、それは仰ぎ見る存在だというように言われてまいりますと、だんだんと、やはりこれが日本の伝統的姿だったのではないかな、こう思っているわけでございます。
 徳川幕府から政権の返上を受けて、明治憲法が生まれてきた。経過からいって、少し天皇親政に走り過ぎたな。大権事項というような、内閣の関与できない分野を広くとったり、あるいは軍の統帥については国会のみならず内閣まで関与できないような仕組みをとった、それが日本の破滅を招いたのだと私は思うわけでございます。
 日本はシナ大陸との交流を通じまして、シナ大陸では、王朝がかわるたびに大混乱が起こる。その修復に相当の時間がかかる。軍事の権限も政治、行政の権限も、何もかも一手に王朝が引き取ったからそういう事態を招いた。そんなことからだんだんと、太政官とか神祇官とか征夷大将軍とかいう職が設けられて、軍事も政治、行政も全部それらの人たちに任せてもらう。天皇はただ神事のみをつかさどっていくというふうな姿になった。だから、あの戦国時代においても、諸藩の長が京都を目指して戦いを進めていって、そして執権を通じて天皇からお墨つきをもらいたいという努力をしていった。だから、武士は命を賭して戦っておったけれども、社会全体は、その上に天皇がおられるのだということで、意外に平穏だったというふうに理解しているわけでございます。
 こういう姿を考えてまいりますと、やはり今の天皇制を大事にしていきたいな、こう私は思っている者でございます。首相公選ということになって、じかに国民が選ぶということになりますと、天皇の権威といいましょうか、尊厳というものにやはり傷をつけていくことになるのではないかな、弱いものにするのではないかなと思っているわけでございまして、そういう意味で、現行の仕組みを守った方がいいのではないかなと思っているわけでございます。
 それらについての御感想などをいただければありがたいと思います。
 もう一つは、小泉さんはリーダーシップを非常に強く意識しておられるようでございますが、そんなことから、先ほどもちょっとお話あったようでございますが、与党の事前審査制をやめるんだ、こういうかたくなな言葉を使えば、何をやっているんだというふうにとれると思うのでございますけれども、私は、やはり仕組みというものと運用の問題と、いろいろあるのだろうと思います。
 自由民主党を御参考に申し上げますと、総務会というのは党議を決定する機関であります。一人でも反対があったら決めてしまいません。あくまでも全会一致を目指して、二度でも三度でも四度でも総務会を開くんです。最後は大体大勢が決まっていきますから、その辺で総務会長一任とか総裁一任とかいうことで、決まった、こう持っていくわけでございます。ある時期に、総務会で決めないことを勝手に閣議で決めてくれては困るというような申し入れをしたことがあったようでございますけれども、総理大臣は総裁でございますから、どんどん党に対して物を言っていったらいいし、かんかんがくがくの議論をやったらいいと思うのでございます。
 ただ、小泉さん自身が、大派閥から出ておった総裁候補を破って総裁になっているものだから、党が大派閥で左右される、そういう心配を持ち過ぎているんじゃないかなと。やはり総裁に選んだんですから、党は全部これを支えていきますよ。その辺の感覚がちょっとずれているなと私は思っているわけであります。
 ちょうど三木さんが自民党の総裁になられたときに、小派閥の人でございました。あの方が総裁になりますと、予備選挙を提唱したんです。それまでは国会議員だけで選んでいたんです、総裁を。それを、党員、党友も参加させた。これはいいことでございました。いいことでございましたが、国会議員だけで選ぶんじゃ、小派閥だから総裁になれっこない、総理大臣にもなれっこない。ですからそういう発想が浮かんできたんだと思うのであります。
 また、私は、小泉さんも同じようなことからああいう発想になってきているんじゃないかな、こう思ったりしているわけでございますけれども、制度は一たん決めますと動きがとれません。しかし、アメリカの慣習法中心のような行き方も一つあるように、やはり運用が大変大事なことじゃないかな、私はこう思っておるものでございます。
 そこで、先ほど、イギリス型で、与党になりますとほとんど首脳部は全部内閣に入っていくというお話がございました。そしてまた、少なくとも局長以上の者は政治任用がいいとおっしゃいました。これは、戦後、アメリカの慣習法もございましたけれども、選挙制度でできる限り自由任用の幅を狭くしていかなければ、どうしても選挙の後くされがそこになだれ込んでくる、腐敗が起こる、それを避けようということが日本の公務員制度の骨法をなしていると思うのであります。
 私は、何もかも政治が入っていって官界を支配するんじゃなくて、官界は官界として誇りを持って皆さん方が努力される、むしろ日本の政治をこうした方がいい、大臣が来たら大臣にアドバイスをしていこう、そのアドバイスに備えて平素勉強していこうというぐらいの気概を持ってもらう。私は、だんだんと役人が小さくなってきている、これを残念に思っているわけでございまして、君たちは言いたいことをどんどん言いなさいよ、文句言われたら引っ込んでしまうというんじゃなくて、議論したらいいじゃないか、こう言って励ましている方でございますけれども。
 私は、政界も大切だ、官界も大切だ、こう考えているわけでございまして、政界がリーダーシップをみんなとっていったらいいんだということには賛成をしないわけであります。お互いの分野の考え方、同時にまた、政治におる者も、どんどん官界の方に意見言うたらいいと私は思うのであります。何もかも政官分離だとか政官融合だとか、余り簡単に考え過ぎているんじゃないか。お互いの分野を守らなきゃならぬけれども、お互いに議論し合うことを何も避ける必要はないんだ、こう思っておるわけでございまして、そのことを申し上げて、もう一つだけでおしまいにしたいと思います。
 首相の任期と、それから議院の任期とを一緒にしたらいいというお話があった。自由民主党は、従来、総裁の任期二年でした。延ばそうという意見があったときに、二年置いておいたらいいじゃないですかと言ったら、君は総裁の選挙が大変なことを知らぬからそんなのんきなことを言うんだということを言われたことがございました。
 二年にしておきますと、間違った人が総裁になった場合には、二年たったら自動的にかえていけるんですよ。そういうこともあるものだから私はそう言うたんですが、今度は自由民主党の総裁の任期は三年になりました。三年にしないで四年に無理にする、これも私は避けた方がいいなと思っていますし、また、そういう意味で、余り固定的に物を考えないでやった方がいいんじゃないかな。
 政権交代がいいという話も、昭和三十年に、左右社会党が一つになる、自由党と民主党が一つになる、二大政党対立になったんですよ。ずっと一貫して自民党が政権をとってきたことが、あの焦土と化した日本から世界第二の経済大国になった。政策が一貫して行われてきたことが成果につながっていると私は思うんですよ。選挙を通じて政権が維持されてきているわけですから、それまで非難すべきものじゃないんだ。やはり事態事態によって、おのずからベストの方法がいろいろあるんだと思うんです。余り制度に固執すべきものではないんだ、こう思います。
 時間が来ているようでございますから、これで終わりたいと思います。
#85
○高市小委員長 かなり超過いたしておりますが、簡潔にお願いいたします。山口参考人。
#86
○山口参考人 天皇制と首相公選制の関係は、私は矛盾しないと思います。私は、首相公選制には反対だけれども、もし実現しても、それは国民が選んだ首相を天皇が任命するということで解決つくんじゃないかというふうに思います。
 それから官の役割。私は、官僚が全部悪いと言っているんじゃなくて、本当に優秀な官僚をかえってこれから養成するということが必要だと思うわけでして、それはやはり、本当のエキスパート、専門家をつくって、国際的な舞台でもちゃんと交渉ができるような政策の専門家を育てていく。それは、しかし、あくまで政治が示した価値観に基づいて政策をつくっていくという、そういう役割分担をはっきりさせていくことが必要だと思います。
 それから、自由民主党の長期政権を全部悪いとは私は申しておりませんで、それはその時代時代において、戦後復興、高度成長、いろいろな時代に自由民主党の政権がいろいろな政策を展開していたということについては高く評価しております。
#87
○高市小委員長 ありがとうございました。
 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 山口先生におかれましては、長時間御一緒いただきまして、また大変貴重な御意見を賜り、本当にありがとうございました。小委員会を代表して、お礼の言葉といたします。(拍手)
    ―――――――――――――
#88
○高市小委員長 これより、本日の参考人質疑を踏まえ、政治の基本機構のあり方について、小委員間の自由討議を行いたいと存じます。
 一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、小委員長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いをいたしたいと思います。
 小委員の発言時間の経過につきましてのお知らせですが、終了時間一分前にブザーを、また終了の時間にもブザーを鳴らしてお知らせをしたいと思います。
 御発言を希望されます方は、お手元にありますネームプレートをこのようにお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようにお願いいたします。
 それでは、ただいまから御発言を願いたいと思います。
#89
○松沢小委員 民主党の松沢成文でございます。
 当小委員会では、前回の東大の高橋教授、そして今回北大の山口教授、これまでお二人の参考人をいただいて議論をしてまいりましたけれども、このお二人に共通するところは、前回の高橋教授も国民内閣制という言葉を使いまして、今回の山口教授も、やはりイギリスの議院内閣制が有効に機能しているというようなことをおっしゃいまして、今、日本の政治システムにおける議院内閣制がさまざま欠陥を抱えているんじゃないかとか、あるいはうまくいっていないんじゃないか、こういう批判にさらされている中で、お二人の参考人は、いや、日本の政治が今おかしいのは議院内閣制にあるのではないと。むしろイギリスのように、議院内閣制をとっている国でもしっかりとした総理大臣を選べるような選挙になっている、あるいは総理大臣、内閣の強力なリーダーシップのもとに改革が進み、政治が機能している、これを証明されていたというふうに思うんですね、お二人が。
 私も、首相公選制については、伊藤公介議員なんかともいろいろ超党派の議員連盟をつくって議論をしてきて、日本の政治を抜本的に変えていくには、首相公選制みたいなドラスチックな改革、国民が直接政治に参加をし、興味を持つ制度を導入するしかないのかなというふうに思っておりますし、思っておりました。ただ、イギリスのような議院内閣制がしっかりとまた日本でも機能していくのであれば、それはそれで一つの大きな改革の方向に進むと思うんです。
 そこで、イギリスの議院内閣制がなぜ日本と違ってかなりリーダーシップを持った政治を生み出しているかというと、私は、最大の原因は選挙制度にあると思っているんです。選挙制度というのは、イギリスの議院内閣制においては、下院議員はすべて小選挙区から選ばれてきます。要するに、その選挙区から一人ですね。政権を選ぶ選挙にしようということですから、選挙区から二人、三人選ばれちゃおかしいわけです、政権というのは一つですから。そうなると、おのずと二大政党制に導かれてくる。
 ですから、イギリスの選挙において、国民が総理大臣を間接的だけれども直接的に選べるというのは、どちらの党首が次の総理大臣にふさわしいかという選挙が展開されていて、選ばれた総理大臣は国民のマンデート、大きな信任をいただいて、国民の支持を背景に改革を進めることができる、こういうことが成り立っているんですね。
 ですから、私も驚いたんですが、イギリスにはこれまでほとんど首班指名選挙というのは国会でないです。といいますのは、選挙で勝った党は必ずマジョリティー政党になりますから、選挙が終わった時点でその党の党首が国王と会って総理大臣としての任命を受けるということで、首班指名というのがないんですね。それだけダイレクトに国民の意思が首相選びにつながっているわけなんです。
 そういう観点からしますと、日本の衆議院も、下院ですから、政権を構成する院でありますから、単純小選挙区制を導入して、二大政党でなくてもいいです、三つ、四つあってもいいんですが、大きな二大政党に収れんされた中で、どちらの党首を総理大臣にするかという選挙を国民のもとにやることによって、また、野党になった政党も、影の内閣を組織して次の政権に向けて努力をしていく、こういう形をしっかりつくれれば、私は、日本でもイギリス型の議院内閣制のような効力を発揮することができると思っています。
 では、少数意見はどう反映するかという問題ですけれども、私は、もう一つの議論として、衆議院と参議院の役割分担をしっかり分けていく。衆議院は政権の党ですから、予算とか法律は衆議院中心にやる。そして逆に、参議院は人事とか決算、あるいは条約もいいですけれども、安定的に六年間やれる参議院の方でやらせる。その中で、むしろ参議院の方に少数意見が反映できるような選挙制度を導入していく。こんな形をしていけば、議院内閣制度においても、かなり日本の政治がリーダーシップを持つ新しい形に変えることができるんではないかというふうに、二回の参考人招致を聞いて感じました。
 以上です。
#90
○北川小委員 私は、社会民主党の北川れん子といいます。
 私は、きょうの山口二郎参考人の、お一人の方の意見しか聞く場面を機会としては得ていないのですが、きょうお聞きした段階で、少し話をさせていただき、そして、これが自由討論であるということですので、討論というのは、だれと討論するかということも含めて、少し話をさせていただきたいと思います。
 きょうの山口二郎参考人の御意見には、私はほぼ賛同を寄せる者の一人であるというふうに改めて思いました。それはなぜかといえば、彼が一番初めに、制度改革があたかも目的になってしまったというふうに言われて、話の導入部分で使われたからであります。
 小泉首相が、改革こそすべて、やってみなければわからない、この一言のもとで一年近くを迎えようとしているわけですけれども、まず改革があるというよりは、先ほど申し上げましたように、国民が尊敬できる政治家がいないという点。そして、思いを託せる政党がいない。そして、その無関心と傍観者的意識の背景のもとに、どんどん進めていってもだれも何も言ってこなくなったというところで、大きな貧富の差も開く状況。そして、環境汚染の問題。
 そして、ここに来て、今回は、新聞が報道提供していますように、有事法制という、日本国憲法の範囲の規定の中におきましては、この戦時法制にも匹敵するような有事法制が提案できるという空気をつくるということはあり得ないという立場で、どういう形の中でこういう空気を醸成していったのかといったところでは、山口参考人が先ほどから訴えていらっしゃいました、選挙制度を変えても行政改革をやっても、変えるという問題のところにあったのではなくて、もう少しまじめに物事を分析し、そして統合化することが必要ではなかったのかといったところで、私は大きく彼の意見にうなずく者の一人であります。
 そして、日本型の国会運営というものを私も先ほどの質問の中で使わせていただきましたが、他国の状況を閉鎖的に、情報公開が行き渡っている今の中で取り入れることなくといった意味ではなくて、日本が持つ独特の風土です。私は、議員同士が政党間を超えて議論をする場面というものを今はマスコミしか提供していないところが、国会が本当に貧弱化してしまった唯一の要素ではないか、そして逆に、マスコミの中でだけ議員同士が議論をしている場面が展開されるから、どうしてもそこへ引きつけられてしまうということであろうというふうに思っています。
 そして、先ほども山口参考人は明確におっしゃいましたように、首相公選制は憲法の改正なくしてはできない、そして、首相公選制がもしされたといたしましても、それは天皇の象徴制を凌駕するものではないという言い方を用いていらっしゃいました。
 日本国憲法というもののある中では首相公選制というものが実現できるわけではないわけですから、そうなれば、私たち政治家が尊敬できる、現代、二十一世紀に生きる政治家として国民から尊敬を受ける対象として見ていただける、そういう時間が必要なのではないか。ということは、とりもなおさず、政党間の、超党派の議員同士がまじめに議論している姿を国会の中、委員会の中で見せていくことが必要なのではないかというふうに思います。
 そして、奥野委員にお伺いしたかったのですが、奥野委員は小泉政権下の、先ほどの議論をお伺いしていますと、一番の抵抗勢力ではないかという感じがいたしましたが、奥野委員はどのような観点で今の小泉首相政権を見ていらっしゃるか、お聞かせ願えれば幸いです。
#91
○奥野小委員 私は自由民主党の党員であります。小泉政権は自由民主党が擁立する政権であります。過ちなく立派に成果を上げてほしいな、こう願っています。
 同時に、反対の意見は反対の意見として十分に伝えていかなきゃならないと思いますけれども、今のところ、若干の意見は送っていますけれども、あえて反対する、おっしゃったような抵抗勢力的な姿勢はとっておりません。
#92
○北川小委員 ありがとうございました。
#93
○山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。
 きょうの参考人のお話を聞いての感想的な意見になるのですけれども、きょうのお話は、日本の政治、統治機構の現状を、憲法の規定、それからイギリス等の比較を絡めた、そういう視点から見たというふうに思うのですけれども、その点では、今日本の政治が抱えている、利権にかかわる問題ですとか、立法と行政それぞれにかかわる問題ですとか、かなり多面的な問題点の指摘があったというふうに思うのです。
 同時に、提言の部分については、私は、首相公選制について、これは憲法改正に行くものであってよろしくないという話は全く同感なんですけれども、幾つかの点ではかなり考え方を異にしますが、それは憲法調査会として参考人の意見としてお聞きしたということで、今後の憲法を考える上での大事な視点の幾つかを与えられたように思うのです。
 その上で、参考人のお話で特に私が興味深かったのは、二十一世紀の日本を展望するときに、憲法に書かれている中身をどう発展させたりそれを具現化するか、その視点から外れるとこの二十一世紀を展望しにくいというところが非常に大きな問題意識としてはあったというふうに思いまして、その点はやはり日本国憲法についての問題を考える場合に本当に大事な視点だというふうに思うのです。
 それからもう一つは、今小泉さんの改革の話が出ましたけれども、小泉さんが首相になられたときに、自民党的なものを変えるという立場で、そのことをかなり公に言って登場されたと思うのですが、その後の十カ月余りを見て、結局それがその方向に行かなかったということも実際にはっきりしてきたと思うんです。
 そういう点でいいますと、きょうの参考人のお話ですと、私は、いわば制度設計にかかわる問題を考えていくときに、その中身としては、政治の質や政党の質や、器という表現はちょっと語弊がありますけれども、そういう制度にかかわる、それを生かす政党や政治家の質、力量が非常に試される時代に入ったなというところは得心がいったところなんです。そういう点で、引き続き参考人質疑が行われますけれども、そういう視点でよくいろいろ意見を交わしていきたいというふうに思いました。
 感想的な意見になりましたけれども。
#94
○伊藤(公)小委員 きょうのやりとりの中で少し我が党のこともあるわけですけれども、小泉さんは極めて奇跡的な形で総理・総裁になられたと思います。これまでの自民党のいわゆる政策集団の中で選ばれるという形ではなくて、まさに国民の皆さん、そしてそれが党員の人たちを動かしてこういう新しいタイプのリーダーが生まれた。
 それはある意味では、首相公選を私は推進している立場ですけれども、その評価は、何年かたって検証するときがあると思いますが、少なくとも小泉内閣になって、例えば道路公団を初め、恐らく今までの政権というか内閣の中ではできなかったかもしれない特殊法人の見直しが大胆に行われました。道路公団を初め四公団は民営化です。それから石油公団、あるいは、もう今は建てても売れない、皆さんが入ってくださらない都市基盤整備公団は廃止をすることに決定いたしました。
 あるいは、地方と国と合わせて今六百九十兆円にも借金がふえる。将来にツケを回して、我々は今だけを過ごしていくということでいいのかという、平成十四年度の予算編成のときに、三十兆円の枠というのは、いい悪い、いろいろな議論はあります。しかし、少なくとも日本の財政そのものを見直さなければならないという強力なリーダーシップによって、私は、そのことに国民の皆さんも目を向けてくださったと思います。
 それから、最も国民の皆さんに直接的な影響のある医療、介護、あるいは年金も当然将来的なことですけれども、特に健康保険制度について、三割負担。きのうきょうも、私の事務所にも関係の方が、今こういう時期に三割負担をしないでくださいという皆さんの声もございます。しかし、それじゃどうするんですかと尋ねると、それは国が持ってもらいたいと。しかし、国が持つというのは、それは国民一人一人の税金なんですね。だれがどこでどういうシステムを維持して、この健康保険制度をこれからも恒久的なものにしていくか。それはやはり、小泉さんのような形で生まれた総理だから、そこにしっかりとくさびを打ち込むことができた。そこで、今国民の皆さんも、一体我々の健康保険制度とはどうあるべきか。医師会の皆さんが二・七%診療報酬を下げてくれるというのも初めてのことです。
 少なくともそういう問題提起をきちっとしているという点で、私は、必ず後世に一つの大きな歴史の足跡を残してくれる内閣になってくれるであろう、また、そのことを私たちは手伝わなければならないというふうに思っています。
 そういう意味で自民党が、しかし、そうはいいながら、先ほどちょっと奥野先生でしたか、例えば私たちは、一つの法案を出すときには、部会があって、それから政調会があって、最終的には党の最高決定機関であります総務会で全会一致で今まではきたんですけれども、党の規約には、実は総務会は多数決と書いてあるんです。これは今、私は政治制度改革の本部長代行として、我々の党のこともしっかり見直していこう。そして、トップリーダーがこういう改革をしたいということができるような仕組みにしていくべきだ、同時に、もちろん我々党員の、国会議員の皆さんの発言というものが生きていくことも必要でありますけれども、そういう党内の改革にも今具体的に取り組んでいるということもこの機会に申し上げておきたいと思います。
#95
○斉藤(鉄)小委員 前回の高橋先生、今回の山口先生、お話をお聞きして、お二人に共通しているのは、さっき山口委員もおっしゃいましたけれども、内閣と国会の関係において、内閣統治論といいましょうか、最終的には内閣が、決してそうではないと山口先生はおっしゃいました。国会は国権の最高機関であるという前提のもとでとはおっしゃいましたけれども、やはり内閣を選ぶ過程の一つに国会があるというふうな考え方、両先生のお考えだと私は認識いたしました。その上で、そういう認識であるからこそ選挙制度は小選挙区制でなければならない。つまり、選挙に課せられた使命である民意の反映と民意の集約を一挙にやってしまう、それは小選挙区制だと思います。でなければならないというふうなお二人の御意見だったと思いました。
 ただ、もう一つの考え方として、モンテスキュー的な三権分立の原理に返った国会と内閣の緊張関係というものもあるわけで、その考え方からすれば、国会はできるだけ民意を反映した、多様な意見を反映した構成であるべきであって、その国会で一つの民意の集約を議論を通してしていく、こういうことも私は、今だんだんそれが主流ではなくなりつつあるという両先生のお話でしたけれども、しかし私は、一つの大事な民主主義のあり方として考えて、この価値も論じていかなくてはならないのではないかな、このように思っております。
 現実に、政治課題というのは、一回の選挙で民意が集約できるものではありません。一つ一つの政治課題についていろいろな判断がある。そういう意味では、できるだけ多様な意見を国会に反映しておくということも、これは民主主義の担保として必要なのではないか。そういう意味で、小選挙区制はいかがなものかという意見もまだたくさんあるということをここで表明させていただきたいと思います。
#96
○井上(喜)小委員 行政権は内閣に属するということは憲法上はっきりいたしておりまして、内閣は、そういう意味でもろもろのことをやっていかないといけないんですね。防衛の問題もあれば、社会保障の問題もあれば、雇用とか教育とか、本当に広範囲のことについてきっちりした政策を立てて、それを遂行していかないといけないと思うのであります。
 有事法制の話が出ましたが、私は、やはり内閣の一番大きな問題の一つは危機管理、危機のときに国家はいかに対応していくのか、いかなることをするのかということ、これだと思うんです。危機管理をないがしろにしていろいろなことをやりましても、それは非常に大きな欠陥があるし、こういう危機管理を考えないような国家というのは世界の国家にないと思うんですよ。有事法制というのは、そういう一環として政府が検討し、成案を得て国会に提出してくる、国会はそれを審議するということは当然のことだと思うんですよ。そのことだけ申し上げておきます。
#97
○高市小委員長 他に御発言はございませんか。
#98
○奥野小委員 時間が余ったようですから、恐縮ですけれども一言。
 きょうは選挙には触れなかったわけですけれども、衆議院と参議院との使命の分担、もっと明確にすべきだという御発言がありました。
 今の憲法を見ていますと、衆議院の総選挙は内閣総理大臣を選ぶ選挙じゃないか、かねて私はそう言っているわけでございますし、衆議院の総選挙が終わったら内閣は総辞職をしなきゃならない、真っ先に内閣総理大臣を指名しなきゃならない、こう書いてありますから、そうとれるわけであります。
 私は、政党の党首がすべて内閣総理大臣候補者として選挙戦に臨んでおられる、こう思っているわけであります。したがって、選挙の結果では第一党の党首が総理大臣に指名されるようになることが一番望ましいと思うわけであります。
 今は、第一回の選挙では各党の党首がみんな総理大臣候補になって選挙されているわけでございますけれども、究極的には、第一党の党首が政局の収拾に当たる、総理大臣になる、こういう慣例が生まれてくること、イギリス型になっていくことが一番望ましいと思っているわけでございます。
 ぜひそういうことも、お互いの論議の中から、議論としても定着していけば一番いいがな、これが私は、今の憲法の解釈からたどっていきますとそういうことになるのが一番自然じゃないかなと思っていますので、こういう提言だけをさせていただきます。
#99
○中山会長 きょうは統治機構に関する小委員会で、国の基本機構ということですが、三権が分立しているという中で、司法の分野で、最高裁判所の判事の国民審査の件にはどなたもお触れにならなかったと思います。
 これは、最高裁判所の判事の国民審査というのは、直近に行われる衆議院議員の選挙の際に同時に行われている。その審査の結果を見てみると、余りいい結果は出ておりません。審査する方の国民は、果たして裁判官の適否について十分な認識をしているかどうかというところが一番大きな問題で、○×をつけているだけにすぎないわけですね。ここらのところは、これからやはりこの憲法調査会で議論をしていかなければならないところ。
 それで、なぜ最高裁判所の判事の適格審査というものが選挙の際に国民の手によって行われるかというのは、主権者が国民であるということの考え方が基本にあってこれが行われていると私は認識をしております。しかし、国民の直接の審査は果たして十分理解が行われた上で行われているかどうかという問題については、これはよく検討する必要があると思います。その点、もし国民の直接の審査をやめて、国会の承認人事ということにすれば、国民から選ばれた国会議員が裁判官の審査を行うという制度が新しく導入される可能性もある。その方がはるかに裁判官の適格性というものを審査するのには密度が濃くなるんではないかというふうに思っておりまして、この点はこれから各党でも御論議をぜひお願いしたいと思います。
 以上です。
#100
○北川小委員 ありがとうございます。
 ルールを知らなかったもので、時間内であれば何回かできるということで、期せずして、井上委員の方から有事法制の話で御発言をされたので、少しお伺いしたいんですが、何に対する危機管理かというところが大事だろうと思うんですね。
 私は阪神・淡路大震災というものを経験した兵庫県の一人であります。そういう意味では、自然災害においての危機管理という意味では、市民・議員立法も、すべてではありませんでしたが、一部有効に活用し、自然災害に対しての危機管理というものは準備されてきていると思います。
 そして、多分、井上委員のおっしゃる危機管理、何にということに関して、今から御返答いただけるだろうと思うんですが、それに関しての問題というのは、日本国憲法の中に、国会議員は範囲としてここに書かれているという立場をとるものなんですが、これ以外にどういう危機管理が必要なのか、もう少し明確に教えていただけますか。
#101
○井上(喜)小委員 今、世界の政治を見ておりますと、どういうような危機が起こるかというようなことは、もうよく御存じのことだと思うんですよ。危機は起こらないんだという前提で国会議員が議論を進めるというのは、非常に私は短絡的で危険だと思うんですよ。
 自然災害もあると思います。自然災害だっていろいろな災害があると思いますし、あるいは人為的な災害もあると思うし、あるいは外国からの侵略というような事態もありましょうから、おおよそそういった危機につきましての対応ができるようなことを、もちろん憲法の範囲内で検討して、それから立法しておくということは、私は必要なことだと思います。危機はこれしか起こらないんだ、これをやっておれば十分だというようなことは、やはり責任のある国会議員としてはいかがなものかと私は思います。
#102
○山口(富)小委員 中山会長から司法の問題の提起がありましたけれども、最高裁の場合は、戦後つくられたときに、最高裁の判事を審査する委員会が一度つくられたわけですね。そこで推薦された人事で国会が判断していったわけですけれども、それが短期間のうちになくなってしまったわけですね。ですから、現状の問題を考えることが一つ大事だと思いますが、同時に、憲法以降の歴史、その中でどういう試みがあったのか、そして、それを引き継げるべきものは、それは別に憲法を変えなくても、さまざまな法の仕組みによって対応してきたわけですから、その点の問題意識がもう一つ私自身は必要ではないかというふうに考えます。
 それからもう一点、有事立法なんですが、日本の憲法の場合はきちんとした平和主義というものを持っておりますから、さまざまな問題に対して、それを基本に対応していくわけですね。ですから、今出されようとしている軍事にかかわるような問題でいきますと、これは憲法にかかわってきますから、私たち、有事立法についてはやはり認められないという考え方です。
#103
○高市小委員長 山口委員に申し上げます。
 国会と内閣のあり方ということで本日の議論を進めておりますので。
 まだ御発言の希望もあるようなんですが、それではあとお一人、簡単にお願いいたします。
#104
○井上(喜)小委員 希望としてはよくわかるんですよ。平和な社会、国際的にも平和な関係がずっと続いていくことはだれしもこれは希望することでありまして、しかし、そういう危機管理に対する体制を整えるというのは、それとは別のことなんであります。私は、何か憲法に書いておけばそれで国が守れるんだったらこんなに簡単なことはないと思うんでありますが、現実の社会はそうじゃないと思うんですね。
#105
○中野会長代理 委員長、ありがとうございます。
 一つだけ。この前から、政治家と官僚との関係で取りざたされている問題で、変な議員の言うことは官僚は聞かないようにと小泉総理が予算委員会で答弁をしたりしておりましたが、あれは官僚に注意すべきことではなくて、変な議員をつくった、または変な大臣をつくった人が責任をとらなければいけない問題ではないか。官僚に注意すべきことではない。むしろ官僚は政治家の言うことを聞かなきゃいけないというのが先ほど来の議論のメーンだったのではないかという気がいたします。その官僚に言う政治家はだれであるのかということがむしろ制度上きちっと整理されていくことが必要なのではないか、こういう感じがしておって、起こっている問題が大変奇妙きてれつな問題が多過ぎるので、総理の頭の中も少々混乱しているのではないかなという感じがこの前からいたしております。
 そういう意味では、議会と内閣とのあり方など、やはりしっかりと今後とも調査会で整理しておく必要があるのかなという気がいたします。
#106
○高市小委員長 ありがとうございました。
 それでは、これで自由討議を終了させていただきます。
 次回は、来る四月十一日木曜日午後二時から小委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    正午散会

ソース: 国立国会図書館
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