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2001/10/25 第153回国会 参議院 参議院会議録情報 第153回国会 外交防衛委員会公聴会 第1号
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2001/10/25 第153回国会 参議院

参議院会議録情報 第153回国会 外交防衛委員会公聴会 第1号

#1
第153回国会 外交防衛委員会公聴会 第1号
平成十三年十月二十五日(木曜日)
   午前九時開会
    ─────────────
   委員の異動
 十月二十二日
    辞任         補欠選任
     岩城 光英君     河本 英典君
     大田 昌秀君     大渕 絹子君
 十月二十四日
    辞任         補欠選任
     河本 英典君     小泉 顕雄君
     大渕 絹子君     田嶋 陽子君
     平野 貞夫君     広野ただし君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         武見 敬三君
    理 事
                山本 一太君
                吉村剛太郎君
                木俣 佳丈君
                山口那津男君
                小泉 親司君
    委 員
                小泉 顕雄君
                桜井  新君
                月原 茂皓君
                福島啓史郎君
                舛添 要一君
                森山  裕君
                海野  徹君
                佐藤 道夫君
                齋藤  勁君
                広中和歌子君
                遠山 清彦君
                吉岡 吉典君
                田嶋 陽子君
                広野ただし君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        櫻川 明巧君
   公述人
       元統合幕僚会議
       議長       西元 徹也君
       財団法人国際開
       発センター主任
       研究員      田中浩一郎君
       大阪大学大学院
       教授       坂元 一哉君
       弁護士      吉田 健一君
       神奈川大学法学
       部教授      阿部 浩己君
       新しい憲法をつ
       くる国民会議理
       事        小林  正君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国におい
 て発生したテロリストによる攻撃等に対応して
 行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外
 国の活動に対して我が国が実施する措置及び関
 連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関
 する特別措置法案(内閣提出、衆議院送付)
○自衛隊法の一部を改正する法律案(内閣提出、
 衆議院送付)

    ─────────────
#2
○委員長(武見敬三君) ただいまから外交防衛委員会公聴会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、岩城光英君、大田昌秀君及び平野貞夫君が委員を辞任され、その補欠として小泉顕雄君、田嶋陽子君及び広野ただし君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(武見敬三君) 本日は、平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案及び自衛隊法の一部を改正する法律案の両案につきまして、お手元の名簿の六名の公述人の方々から御意見を伺います。
 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様には、御多忙中のところ御出席をいただき、まことにありがとうございました。
 皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、審査の参考にいたしたいと存じます。
 次に、会議の進め方について申し上げます。
 まず、公述人の方々からお一人十五分以内で順次御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、委員の質疑及び公述人の答弁とも発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず西元公述人にお願いをいたします。西元公述人。
#4
○公述人(西元徹也君) ただいま御指名をいただきました西元でございます。
 私は、本法案に賛成する立場から意見を申し述べさせていただきたいと存じます。
 去る九月十一日、アメリカの中枢部で発生いたしました同時多発テロ攻撃は、その目的、規模、手段の無差別性、あるいは被害並びに影響の甚大さといったようなことから考えまして、非対称的戦争とも呼べるものだと認識いたしております。
 米国において数千人の犠牲者を出し、私たちの同胞も三人の方がお亡くなりになり、なお今日も二十一名の方が行方不明となっており、御家族並びに関係者の方々の悲痛な御心情は察するに余りあるものがあります。
 このような平常時と有事、不法行為と侵略、治安と防衛、警察行動と防衛行動、そして前線と後方の区別を全くなくしてしまったような新たな非対称的脅威は、二十一世紀における国際安全保障あるいは国家安全保障上の重大な課題であり、私たちは早急にこれらへ対応するための安全保障政策を確立しなければならないと考えております。
 このような事態への対応は、もとより政治、外交、軍事、経済、社会、あらゆる力を使って対応することはもちろんでございますが、特に具体的な対応を今回四点だけ申し上げさせていただきますと、第一は、オサマ・ビンラーディンとその組織アルカイーダ及びこれを支援する現タリバン政権を覆滅すること。第二は、アフガニスタンが将来にわたってテロの基地とならないように、その安定と復興を図ること。そして第三は、国際テロネットワークとそれを支援する国家及び組織を一掃すること。最後の第四は、上記と並行しながら、テロの温床を除去するための長期的な政治的、経済的、社会的措置を講ずることなどであります。
 米軍を中心としている現在実施されております軍事行動の目的は、オサマ・ビンラーディンとその組織アルカイーダ及びこれを支援するタリバン政権の覆滅にあることは明らかであります。この相手は、これまでの経緯から明らかに話し合いによって解決できるような相手ではなく、例えて申しますと、そのまま放置すれば体の全体に広がるような悪性のがんができていて、これを手術によって除去する以外に方法のない、そのようなことが現在行われているというぐあいに認識いたしております。したがいまして、テロを根本から断つようなテロ予防策を講じても、もはや原状を回復することは不可能だと、このように考えております。
 加えて、この事態は、単に同盟国アメリカに対する攻撃ということだけではなく、自由で民主的な国際社会の平和と安全に対する公然たる挑戦であって、断固としてこれを排除するという国際社会の協調的な行動への積極的な参加は、国際社会における我が国の立場を考えた場合には当然の責務だと考えております。
 また、かけがえのない同盟国アメリカが、炭疽菌の脅威にさらされながらも、将来の禍根を断つために国家を挙げて立ち向かっているときに、これを助けるのは同盟国としての責務であると考えます。
 さらに、同胞にも多数の犠牲者が出ていることへの対応も必要であります。
 したがって、同時多発テロに対する単なる報復とか制裁とかいうことだけではなくて、将来の禍根を断つという強い決意のもとに、我が国としても現在実施されております軍事行動に可能な範囲で積極的な協力を実施する必要があると考えております。
 しかも、この軍事行動に対する支援は民間に依頼するわけにはまいりません。自衛隊に実施させなければなりません。このため、国際社会に対し、迅速に具体的なメッセージを発して、具体的な行動をとることが肝要と思料いたしております。その意味で、現在御審議いただいている法案は、極めて重要なメッセージになるものと思われます。
 一部には、このような軍事行動への協力は、報復が報復を呼んで我が国自身が巻き込まれる、あるいは自分自身の手を汚して、この後予想されておりますアフガニスタンの安定と復興のためのイニシアチブをとれなくなるといったような理由から、実施すべきでないという意見もございます。
 しかしながら、我が国が今回の事態に対する協力をちゅうちょすれば、我が国の国際的な信頼、特に将来我が国が国際平和のためにともに協調していく欧米諸国やカナダ、オーストラリアといったような先進国の信頼を失うことは明らかであります。どちらのメリット、デメリットを考慮するか、非常に重大な問題だと思いますが、私は、我が国も可能な範囲においてともに汗を流すことが必要不可欠だと考えております。
 ここで、法案の具体的な内容に立ち入るということは差し控えたいと存じますが、若干の所見を申し述べさせていただきたいと存じます。
 まず、テロ対策特別措置法案についてでありますが、私の理解は、本法案は、ただいま申し述べましたように、可能な限り早期に対応するという観点から、これまでに御審議をいただいて確立しております周辺事態安全確保法、PKO協力法、そして邦人輸送にかかわる自衛隊法などにおいて、既に補給あるいは整備、医療、輸送といったような支援行動や捜索救助活動あるいは武器使用などに関する憲法解釈をクリアした事項を本事態に適合するように集大成したものと受けとめております。
 したがって、論点は、我が国の国益に照らした諸外国軍隊等への支援や被災民支援のあり方、国会承認、支援活動実施地域あるいは武器使用基準などに絞られるものと考えます。
 このような見地から、ぜひ重点的な御審議をいただき、可能な限り早期に御承認をいただいて、部隊、隊員の準備や活動の準備に取り組めるよう御配慮いただきたいと存じます。この際、派遣される部隊、隊員にとりましては、先生方の多くの方々がこれに賛同されて、でき上がった法案に後押しされて出ていくことが彼らにとっては何よりの励みになると考えております。
 次に、自衛隊法改正、特に自衛隊の警備行動について申し上げますと、私の認識では、アフガニスタンへの軍事行動を行いながらも、東アジアにおける米軍の抑止体制には基本的に変化がないというぐあいに考えております。このことは、危機が新たな危機を招くことを防止する上で極めて重要でありまして、ひいては東アジアの安定に寄与することになり、在日米軍基地の安全確保を図ることの意義は極めて大きいと考えております。
 言うまでもなく、その危機における在日米軍基地の安全確保は、平素から共同研究や共同訓練などによってよく意思を疎通している自衛隊に任せるのが効果的であるばかりでなく、このことが相互の信頼感を高め、将来の共同行動をより一層効果的にし、ひいては我が国ばかりでなくこの地域の平和と安定と繁栄の維持に寄与するものであるというぐあいに確信いたしております。ただし、警護対象を米軍の基地などに限定した場合、万一治安行動に発展するような事態に至った際、この整合性をどのようにとるかは今後に残された課題ではないかと考えております。
 法の成立後、自衛隊がどのような行動を命ぜられるか、現段階では明らかでございませんが、政策分野においては、米軍などとの協議、現地の情勢やニーズを把握するための現地調査、それらに基づく基本計画や実施要綱の策定などのほか、米軍基地の警護行動を実施するための地位協定の整理などが必要となると思料いたしております。
 一方、自衛隊には、命ぜられる任務の達成に万全を期するために、部隊や要員の選定、部隊の編成、装備品や資器材の準備、ROEなどの徹底を含む必要な教育訓練の実施、さらに必要な予防接種など実施すべきことが非常に多くございます。しかしながら、法の成立までは全く動くことはできません。もちろん陸海空各自衛隊の特性にもよりますが、全般としては、自衛隊の部隊の派遣には最小限実施しなければならないただいま申し上げましたような準備事項があるわけでございまして、法が成立したからといって自衛隊が直ちに行動できるものではないということはぜひ御理解をいただき、米軍との協議あるいは現地調査と並行して予想される行動の準備を実施させる必要があると考えております。
 私のささやかな経験から申し上げますと、そのような先行的な準備をいたしますと、必ず自衛隊ははしゃぎ過ぎているとか、あるいは出たがっているとかいったようないわれなき非難をこれまでも受けてまいりました。そのようなことは絶対にあり得ないということだけはあえて強調させていただきたいと存じます。
 これに関連して、もし自衛隊の部隊を派遣するということになりました場合、派遣手当や万一の賞じゅつ金、そのほか個人が現在掛けております生命保険が保険会社によって戦争と認定されたような場合などについては、特段の配慮を賜りたく、伏してお願い申し上げる次第でございます。
 この際、もう一点だけお願いさせていただきたいと思いますが、今さら申し上げるまでもなく、法の枠組みをつくるということと、それを執行するということは全く別の次元の問題でございます。したがって、実行に当たりましては、言うまでもないことでございますが、現地のニーズ、現地の情勢、他国あるいは他機関の状況、受け入れ国のニーズといったようなものを考慮して、法的権限に合致した行動を命じていただくよう特段の配慮をお願いしたいと存じます。
 最後に、これは公述人として申し述べるべき範囲を超えているかもしれませんけれども、法成立後、引き続き諸先生方にぜひ御検討賜りたい点についてお願い申し上げます。
 今回のように危機が到来して初めてその対応を検討するということはどうしても適時性を重視せざるを得ず、応急的な検討にならざるを得ないことは明らかでございます。したがって、将来の予想される危機に適時適切に対応し得るよう根本的な危機対応体制、特に法制の整備について御検討賜りたいと強く希望いたすものでございます。
 第一は、PKO協力法の見直しでございます。
 冒頭に申し上げましたアフガニスタンが将来にわたってテロの基地にならないようその安定と復興を図るといったようなことを国際社会がどのように具現するかということは、現時点では明らかでございません。このことに関しましても、PKO法に関しましては、我が国が参加するPKOのあるべき姿を見据えながら、少なくとも現在抱えている問題点を解決するためにPKO法の根本的な見直しが必要であると考えております。
 その基本的な方向は、言うまでもなく、五原則の見直し、国際標準に合致した武器使用基準、すなわち部隊等の相互救援や任務遂行を実力で阻止しようとする企てへの自衛の範囲における抵抗といったようなことを認めるか認めないか、あるいは地域の法及び秩序維持の支援、国連の保護管理下にある人員、施設、物件の防護、車列の警護といったようなことを可能にするように新たな任務として付加するかどうかということの是非などが必要と考えております。
 第二は、PKO法の見直しと極めて密接に関連いたします集団的自衛権の行使あるいは海外における武力の行使にかかわる検討であります。私は、少なくとも国連の集団的安全保障措置への参加や国際社会が合意した国際的協調活動に参加している我が国が、我が国独自の恣意的な目的を追求することなどは絶対にあり得ないと考えております。したがって、そのような見地からもぜひこのようなことについて御検討を賜りたいと思います。
 最後は、国家の危機対応への基本にかかわる、例えば国家安全保障基本法とか国家緊急事態対処基本法のようなものについて御検討を賜ればと、このように考えております。
 以上、公述人としてはやや範囲を超えた部分がございますし、また諸先生方には大変出過ぎたことを申し上げたと存じますが、先生方の国政の場におけるますますの御活躍を御祈念申し上げ、本案に賛成する立場から私の意見陳述を終了させていただきます。
 どうもありがとうございました。
#5
○委員長(武見敬三君) ありがとうございました。
 次に、田中浩一郎公述人にお願いをいたします。田中公述人。
#6
○公述人(田中浩一郎君) 御紹介いただきました田中でございます。
 私は、つい先日まで国連アフガニスタン特別ミッションの政務官として派遣されておりましたので、その関係上、アフガンにおけるアフガニスタン人がどのような形で今回の出来事を見ているのか、そして我が国がアフガン問題とかかわる上でこの法案がどのような意味を持つべきであるかという点にかんがみてお話をさせていただきたいと思います。
 法案そのものに関しましては、私は対テロ協調という立場からはこれは賛成いたしますが、実際のその過程におきましていろいろな疑問と問題点を感じないわけではございません。その点をあらかじめ申し伝えておきます。
 まず、お手元に資料を配付させていただいておりますが、アフガン問題がいかにこじれた問題であったかという点をまず御説明しなければいけないかと存じます。
 アフガンの内戦は一九九〇年代より今日に至るまで続き、アフガンの国民自体はもはや戦争を望んでいないにもかかわらず、周辺国からの介入、そして今回問題となっておりますアルカーイダのような組織の存在によりまして、むしろ内戦の終結が難しくさせられていた事態もございます。ですから、このような形の中でアフガン国民がいかに自分たちの手によって平和を取り戻そうと願っても、それはもはやかなわない事態でございました。
 それゆえ、九九年六月に私が現地に赴きましてからつい先日職を辞するまで、こうしたアフガン人が私のところに伝えてきた願いとは何かということを伝えてみたいと思います。
 それは、国際社会は何とかしてこうした武力勢力、これはタリバンも指しますし、北部同盟も指します、そして外国人であるアラブ人、アルカーイダのような組織も指します。こうした組織を一掃してほしいと。なぜ東ティモールでできたのにアフガニスタンではできないのか、なぜコソボで介入するのにアフガニスタンには介入しないのかという疑問をたびたび投げかけられました。もちろん、いろいろな状況の違いなどを説明しましても、それはなかなか理解してもらえず、最後彼らが感じるのは、やはりアフガニスタンは見捨てられているのだ、見捨てられた国であるのだということを非常に寂しい目で語っております。
 ですから、アフガン人はそれを感じながらも、たびたび私たちのもとに、要するに国連のもとに何をしてもらいたいのかということを、願いを伝えてまいりました。ところが、結果として、我々はそれを酌むことができなかった。また、裏切ることになったのかもしれません。
 そして、アフガニスタンという内戦状態にある、あるいは混乱状態にある土地を利用したテロリストたち、彼らも自分たちの利益、自分たちの目的は追求しましたが、アフガニスタンを考えたわけではございません。アルカーイダが先ごろ配付した宣伝ビデオもいろいろありますが、その中でビンラーディン氏が語っていることはパレスチナでありイラクでありチェチェンであり、それ以外の国のことは語ります。ところが、アフガニスタンの問題については彼は語りません。アフガニスタンを利用しただけでございます。
 こうした武力勢力を一掃するように願い、またこうした武力勢力が中にいること、アフガニスタンを支配することの危険性をアフガン人が我々に訴えていたにもかかわらず、米国、日本、国際社会、国連、すべてはこの警告を生かすことができなかったと。その点では我々は反省しなければいけないと思います。もちろん、このような事態になりましたので、今後は対テロ協調活動という範囲におきまして、我が国も国際社会の一員でありますから、これは当然応分の役割を果たすべきだと考えております。同時に、こうしたアフガニスタン人の願いを今回は酌み、アフガニスタン問題解決におきまして、これを促進する義務を負っていると言えるのではないでしょうか。
 特に、このアフガニスタンの将来問題に関しましては、先ごろ小泉総理が改めて確認しておりますように、たびたび日本政府は和平あるいは復興会議というものに関して関心を示しております。あるいはその開催をする用意がある旨表明してきております。それは大変結構なことであると思いますし、このような発言は将来を考えている、あるいは将来に何かの光、希望の光を見出したいアフガン人に大きな勇気を与えることだと思います。
 これは当然、国連の枠組みあるいは国連との協調のもとでやっていただきたいと私は考えておりますが、何よりも重要なことは、おくれずに速やかにこれに対処し、アフガニスタンにおいて権力の空白が生じないようにしていかなければいけないかと思います。そのためには、どこかの段階で現在の武力勢力の支配にかわり暫定政権を国連が指導するか、あるいは国連が介入というのは大げさかもしれませんが、国連が支える形でつくり上げなければいけない。そして、その中には復興プラン、将来への復興に関するマスタープランづくりも含まれてこようかと思います。もちろん、政治的な観点で申し上げますと、アフガニスタンがどのような形で統治されるべきであるのか、だれが統治するのかではなくどのような形態で統治されるべきであるのかということに関して国際社会はアフガン人を指導していかなければいけない、あるいはアドバイスしていかなければいけないと思います。
 その際に、もちろん民主主義の原則を尊重することは非常に重要なポイントになるかと思われますが、これは何を申しますかといいますと、民意を反映させることでございます。長期的な展望では、やはり国連の管理下において、あるいは監督下におきまして選挙を行い、国民の意思を明確に尊重した、あるいは反映した政府をつくり上げる、その必要がございます。
 ここで、本法案との兼ね合いが実は私は非常に疑問に感じています。なぜかと申しますと、国際社会、とりわけ日本が平和、復興活動におきましてアフガニスタンにかかわっていくと、これは大変結構なことではございますが、その指導すべき立場にある国が例えば国会を軽視する、あるいは民意を代表する国会の承認を得ないまま何かを決めていく、そのような先例をつくったり、あるいはそのような手本を示すこと、これは果たしてアドバイスを受ける側のアフガン人にどのような形で映るのか、それをやはり考えてみる必要もあるのではないでしょうか。自分たちでは都合のいいことを言っておきながら、自分たちはアフガン人に対してある種の要求を突きつけておきながら、自分たち自身ではそれを実施していないと、そのようなダブルスタンダードが生じた場合に、これは将来にわたって再びアフガン人が、やはりそういうのは単なる文章にすぎず、実際にそれを尊重する必要のないものではないかというふうに彼ら自身が改めて思いかねない、そのような下地をつくり出してしまうのではないか、それを非常に懸念している次第でございます。
 ですから、日本が平和にかかわっていく、平和づくりにかかわっていくのであれば、もちろんその手本として、憲法とは何であり、国会とは何であり、民意を反映すること、民意を尊重することは何であるかという点におきまして、これを十分考慮していただきたいと思います。
 もちろん、武装勢力によって乗っ取られているアフガニスタンがございます。図にも書き添えてございますが、アフガン国民二千万人あるいは二千五百万人いる、正確な数字はわかっておりません。ところが、国内にいる武装勢力はおよそ八万人ぐらいしかいないものでございます。つまり、一般の人間二千万人から二千五百万人がわずか八万人余りの武装兵によって乗っ取られている、ハイジャックされているような国家でございます。
 こうした武装兵力が将来とも残るとは到底思えませんが、放置しておけば、当然彼らが再び権力をとろうとすることは明らかでございます。ゆえに、こうした武装兵力のコントロールも必要でありますし、一たん暫定政権、そして本格的な正式政権ができれば、彼らを軍に統合するなり、あるいは武装解除するなり、それ相応の対処をしなければいけません。いずれにいたしましても、憲法などが制定された後に、アフガニスタンにおきましてもシビリアンコントロールの重要性というものを説いていかなければならないことは確かであろうかと思います。
 要は、今後日本が何をすべきであるのか、あるいは何をしていくのかという点に立ち返ってみますと、やはり人的貢献は今回におきましても大きな課題となっておりますし、私はこの点におきましてはすべきだと考えております。もちろん、これは政治的な面、経済的な面、あるいは軍事的な側面、いろいろございますが、いずれにいたしましても、法律に照らし合わせた上で可能なことをするというのが最良の選択ではないかと思います。
 一方、難民の支援に関しましても今回同時に語られておりますが、実際に今後発生し得る難民が必ずしも善意の難民ばかりではないということを一応念頭に置いておく必要もあろうかと思います。
 私は難民問題に関する専門ではございませんが、きょう今日パキスタン国内に存在している難民キャンプにおきましても、実際のところ、武器は存在しております。パキスタン軍部、そして政府が武装解除をしようと思ってもなかなかそれを周知徹底できない状態にあります。今後新たな流入が生じ、特に混乱が拡大した中で国境を一気に越えてきた場合に、その中に、武器を持たずに渡ってくる人ばかりであるというふうに見ることもまず難しいでしょうし、なお、さらに、難民の中にいわゆる偽装難民と申しましょうか、攻撃対象となっているような人たちが紛れ込んでくる可能性も当然考えられるかと思います。そのようなリスクをどのように計算するのか、これは我が国として、派遣する自衛官の安全の面を考えても、当然考慮してあげるべき問題であると考えます。
 実は、私は一九九一年の段階におきまして、ペルシャ湾岸に派遣されました自衛隊の掃海艇の受け入れをイランでやったことがございます。その際に思ったことは、プロの集団ですし非常にハイテクを持っておりましたので、イラン政府には非常に高く評価された、歓迎された。ところが、やはり日本国内におきましては、いろいろな議論もあったようでございますが、必ずしもその評価が正当に行われていなかったようにも思います。そのためにも、つまり実際の現場に赴いて危険な任務に当たる人たちのためにも、やはりバックアップ体制はしっかりしていただきたい。そして、法的にも彼らをカバーするようなものをしっかりつくり上げた上で送り出していくのが責任ではないでしょうか。
 今後の問題に絡めますと、この法案は若干の問題もございます。
 これは、将来において果たして我が国のエネルギーの供給にどのような影響を及ぼすのかということ、これを果たして考えたのかということが頭の中をよぎります。今回の行動に参加すること、あるいは後方支援に参加すること、さらに自衛隊を仮に難民支援とはいえパキスタンなどの現地に赴かせることにおきまして、周辺国、まあアフガニスタンは別なんですが、裨益するアフガンは別なんですが、パキスタンなどにおきましては反米感情とともに反日感情をつくり上げることも十分あり得ると思っております。デモなどが起き、そうした映像が周辺国そしてイスラム国などに及ぶに至って、果たしてその国々は日本の行動をどのようにとるか。それらをちゃんと計算に入れた上での選択とすべきではないでしょうか。もちろん、それを考慮に入れていれば、先手を打つことも、あるいはそのような問題が将来において生じることをあらかじめ想定した上で対処方針を考えられますので、その点をここで注意喚起しておきたいと思います。
 一番最後になりますが、本法案が時限立法となっている点に関しまして非常に大きな疑問を感じる次第でございます。
 これはなぜかと申しますと、テロに対する闘争、国際社会あるいは文明社会の闘争が普遍的な価値を持つのであれば、なぜこれが暫定的な措置でなければいけないのか。これこそしっかりした法をつくって対処すべき問題ではないかということを疑問に感じざるを得ません。
 いろいろ勝手なことを自由に述べさせていただきましたが、私といたしましては、アフガニスタンのアフガン人と接した観点から、アフガニスタンのことを常に念頭に置きながら本法案に関しまして審議していただけるよう皆様にお願いしたいと存じます。
 ありがとうございます。
#7
○委員長(武見敬三君) ありがとうございました。
 次に、坂元一哉公述人にお願いをいたします。坂元公述人。
#8
○公述人(坂元一哉君) 大阪大学の坂元でございます。
 私は、お話の前に、まず今回のテロ事件で犠牲になられた方々に心から哀悼の意を表し、御冥福をお祈りしたいと思います。
 まさに言語に絶する事件で、適当な呼び名さえなくて、アメリカでは九月十一日の事件と呼んでいます。我が国ではアメリカ同時多発テロ事件と呼ばれることが多いようですが、この呼び方ですと事件の重大性がいま一つ伝わってこないようにも思います。
 私は、今回のテロがこれまで我々が知っているテロとは全く異なる重大な意味を持つというとらえ方がまず必要ではないかと考えます。といいますのも、このテロは余りにも残虐非道で、人間性と目的合理性を欠くだけではなく、その破壊の質、量ともに自由と民主主義のみならず文明社会の存在そのものを脅かすと考えるからです。世界各国がこぞってこのテロを非難するのはそのことがよく理解されているからだと思います。この事件が国際政治に与える影響ははかり知れず、パンドラの箱をあけたという意味では核兵器の登場にも比べ得るような世界史的事件であると思います。我々の対応には事件の並外れた重大性の認識が欠かせないと思います。
 私は、事件が起こったときには出張中で、ワシントンの近郊におりました。事件後もしばらくアメリカにおりましたので、アメリカ国内の動きやアメリカ国民の反応に、メディアや友人を通してですけれども、多少なりとも触れることができました。印象を一言で抽象的に言わせていただきますと、アメリカ人の心の中で何か巨大なマグマが動いている、そういう感じがいたしました。この事件がアメリカ人の世界観に与える影響、それを通して国際政治全体に与える影響、我々はそれを十分注意して観察する必要があると思います。
 本日、私は、この事件への国際社会の対応と日本のかかわり方、そして審議されているテロ対策のための特別措置法案について思うところを述べさせていただきます。
 この事件に対して国際社会は二つの対応を迫られています。一つは、できる限り速やかに事件を引き起こした危険なテログループを除去するということです。このことにつきましては、残念ながら軍事力の行使もやむを得ない状況です。現に行われておりますアメリカの軍事行動を報復と呼びますと何か仕返しのように聞こえますが、その真の目的はオサマ・ビンラディンとそのグループの壊滅にあると思います。このグループは文明社会の根幹を揺るがす恐るべきテロを行う意志と能力を持っています。時間の余裕を与えれば次に何をしでかすかわかりません。可能性としては核兵器や化学・生物兵器の使用さえあり得ます。悠長な手段で対応できる相手ではないと思います。
 しかし、一たんこのグループを壊滅ないし無害化することができましたら、もう一つの対応、すなわちテロの土壌を一掃するという対応が重要になります。これには軍事力よりも政治、経済、外交面での総合的で息の長い努力が必要です。あるいは、こちらの方が国際社会にとってより難しい対応になるかもしれません。
 この二つの対応に日本がいかにかかわるかということですが、日本は当事者として、同盟国として、そして文明国として、みずからの責任を見据え、強い決意でテロ対策に取り組まなければならないと思います。
 まず、当事者としての責任ですが、このテロでは日本人も二十人以上の方々が犠牲になられました。これから国外においてであれ、あるいは国内においてであれ、日本人が再びこうしたテロに巻き込まれる可能性は決して小さくはありません。日本だけはこのテロから安全だというような漠然とした思考があるとすれば、それは大きな間違いだと思います。
 次に、日本は同盟国としての責任も果たさなければなりません。
 NATOは、NATO条約第五条を発動して、アメリカに対するこのテロはNATO加盟国すべてに対する攻撃であると宣言しました。日米安保条約はそうした義務を日本に課しませんが、日本には巨大な悲劇に見舞われた同盟国を助けるという道義的な責任があると思います。イギリスのブレア首相は、英国議会で演説して、我々はイギリス人である、危機になれば友人の傍らにいると言い切りました。これこそ同盟の精神ですし、また、テロの本質が人々の心に不安を与えて目的を実現することにあることを考えますと、こうした言葉の重要性は幾ら強調してもし過ぎることはございません。少し後になりましたが、小泉首相も同様のことをはっきり言われたのは、私は大変よかったと思います。
 ともかく、我々にとって日米同盟がいかに大切かを考えれば、日本が日本にできるあらゆる手段でアメリカを助けるのは当然のことです。一部には、そうした姿勢はアメリカ追随だと批判する意見がありますが、それは全く的外れで意味のない批判であると考えます。
 日本はまた、文明国としての責任も果たさなければなりません。このテロは、イスラムと西欧の間の文明の衝突といったものではありません。確かに、テロをはぐくむ土壌には両者の摩擦があるかもしれませんが、それは問題の本質ではありません。我々の眼前にあるのは、文明の衝突ではなくて、文明と文明の利器を悪用した野蛮との戦いなのです。日本は、日本もその一員である文明社会を守るために、他の国々と協力して行動しなければならないと思います。
 こうして日本が断固としてこのテロに立ち向かう必要があるのは明白です。そして、日本にはその能力もあると思います。特に、テロ集団除去の後は、テロの土壌の除去ということにつきまして、アフガンの国家再建や周辺国支援などで、これまでの経験や蓄積を生かしながらかなりの活躍ができると思います。
 よく言われますように、イスラムでも西欧でもない先進国、地理的に遠く、宗教的、民族的利害関係を持たず、中近東で歴史的に恨みを買うような政策をとったこともない日本、この日本に対する国際社会の期待も小さくはないと思われます。
 ただ、テロ集団が除去された後で活躍するから最初は何もしない、そういうのは通用しないと思います。そういうことですと、後で実力を発揮するために必要な国際的な信用を得ることはできないでしょう。たとえ小さな役割であっても、最初から関与すべきではないでしょうか。
 テロ対策の特別措置法案は、その関与の一つのあり方として、憲法の制約の中で米軍などへの自衛隊の後方支援を可能にしています。できることには限界がありますが、それでも日本がこのテロとあらゆる面において戦う決意を示すものとして評価できると思います。
 もちろん、仮に法案が成立しましても、実際の自衛隊の行動は法律の範囲内で無理なく慎重になされるものと期待しています。そういうことを前提にしまして、私はこの法案の速やかな成立を望んでおります。
 その上で、法案について二点ほど感想を述べさせていただきたいと思います。
 まず、自衛隊派遣と武力行使に関する政府の説明にはわかりにくいところもあるように思います。
 政府は、この法案では、派遣される自衛隊は武力行使をせず、戦闘行為が行われている場所では行動しないと繰り返し説明しております。私はそれはよいことだと思います。思いますが、武力行使との一体化の問題や、戦闘行為が行われている場所とそうでない場所の区別が本当にできるのかといった問題になりますと、あいまいなところが残っているように思います。
 私は、二年前、周辺事態法の審議の際に、衆議院でお話をする機会を与えていただきました。そのときに、後方地域支援という言葉に関しまして、例えば公海上の後方地域でアメリカの艦船に給油をした、ところがその給油を受けた艦船が急にミサイルを発射せざるを得なくなった、こういう場合はどうか。日本の意図はどうであれ、客観的には、戦闘の行われている場所で活動し、武力行使と一体化する行為とみなされるのではないかとの疑問を述べさせていただきました。
 今回、衆議院の審議でも似たような議論がなされたようで、新聞報道によりますと、政府は、アメリカの艦船が巡航ミサイルを発射する場合、そのミサイルがあらかじめ設定された目標に自動的に命中する場合はその発射行為は戦闘行為に当たると。しかし、発射後に人などが誘導する場合は戦闘行為とみなせない。ただ、日本には巡航ミサイルがないからその操作方法の詳細は承知していない、だから確たることは申し上げられないと答弁しているようです。政府の苦労はわかりますが、もう少し説得力のある答弁が欲しいところではないでしょうか。
 これに限らず、法案の説明には少し苦しいところもあるように見受けます。私自身は、今の憲法のもとでも日本は限定的に集団的自衛権の行使はできると考えています。そうした考えならば法案の説明も簡単だったでしょう。政府が思い切ってこれまでの憲法解釈を変更していただきたかったようにも思います。
 しかし、私は、この法案が世界史的な大事件への緊急の対応であること、そしてそもそもこの事件における武力行使が国家間の武力行使を制限するために設けられました自衛権や集団的自衛権という法理では少し説明しにくいこと、またこの法案が目的を絞った時限立法であること、そうしたことを考慮して政府の説明のあいまいさを許容の範囲内と考えます。
 しかし、そうはいうものの、やはり我々は、近い将来に集団的自衛権の問題も含めて武力行使に関する国家の立場を再検討する必要があると思います。日本がこれまで大切にしてきた平和主義の精神を生かしながら、二十一世紀の国際社会でいかにして名誉ある地位を占めるか、そのとき可能な武力行使の態様と限界はいかにあるべきか、そのことについて改めて国民的な議論が必要であると思います。
 実は二年前、周辺事態法のときにも同じことを申し上げました。今度の法案がもし成立して、二年後、期限が切れた後、改めてどうするかとまた考えるときに同じ感想を持たないで済むように願っております。
 もう一つ法案に関してですけれども、自衛隊の派遣について国会の関与のあり方が問題になっています。私は、こうした安全保障の重大問題についてはなるべく国権の最高機関である国会の関与をふやした方がよいと考えます。したがって、法律に基づいて政府がとる措置について、国会への報告だけでなく、国会の承認が必要としたのはよいことだと思います。
 しかし、承認をいつするかということにつきましては、これも周辺事態法審議のときに申し上げましたが、私はこの種の政府の行動については事前承認よりも事後承認の方がよいのではないかと考えております。
 事前承認ですと、審議に時間がかかれば行動の迅速性が失われ、効果的な対応ができなくなるおそれがあるとはよく指摘されます。私は、それもありますが、それよりも、緊急の行動が必要になったとき事前承認ということになりますと、時間の制約から国会の承認が十分な議論を経ずになされて、形式的なものになることをむしろ心配しております。そうならないためにも、まず政府が法律に基づいて行動する、そのことを信頼し、その後少し時間をかけて国会がその行動をじっくりチェックした上で承認する、そういうやり方の方がよいのではないでしょうか。承認が得られないならそれは内閣不信任と同じだと考えれば、審議は極めて真剣なものになると思います。
 さて、このテロ対策特別措置法案に対しては各政党それぞれお考えがあって、全会一致で賛成ということにはならないようです。安全保障に関する重要法案ですから、野党の中からも賛成する政党があった方がよかったかもしれません。しかし、九月十一日のテロ事件に対して国を挙げて取り組むことが必要であるということについては、すべての政党のコンセンサスがあると思います。
 この法案に基づく行動は日本の取り組みの一部にすぎません。テロ根絶のため日本が積極的に行動できるように、よいアイデアとエネルギーが沸くような議論がさらになされることを期待しております。
 以上、私は、九月十一日にアメリカで起こりましたテロ事件の重大性、国際社会に求められる二つの対応と日本の責任、テロ対策特別措置法案への賛成と同法案について二点のコメントを述べさせていただきました。
 このような発言の機会を与えていただきましたことを深く感謝いたします。
#9
○委員長(武見敬三君) ありがとうございました。
 次に、吉田健一公述人にお願いいたします。吉田公述人。
#10
○公述人(吉田健一君) 御紹介いただきました弁護士の吉田です。
 私は、法律を扱う弁護士の立場から、テロ対策特別措置法案と自衛隊法改正案について意見を申し述べます。
 まず、テロ対策特別措置法案は、アメリカ、イギリスの引き起こした今回の報復戦争に日本が参加するために自衛隊を海外に派兵させる、いわば参戦の法案にほかならないと思います。戦争を放棄し、武力による威嚇や武力行使を禁止した憲法に明白に違反する法案であります。
 もちろん、テロにより多数の犠牲者を生み出したことは重大な問題です。テロを根絶することは不可欠であります。しかし、テロ対策ということで憲法をじゅうりんして報復戦争に参加し自衛隊を海外に派兵するというのは、立憲政治の根本を危うくするものと言わなければなりません。
 この法案については、そもそも報復戦争、そしてそれに参加するということ自体で本当にテロ根絶になるのか、問題の解決になるのか、そしてこの報復戦争というのが国際法上も禁止された違法な戦争ではないのか、重大な疑問があります。
 ただ、きょうは、法案の問題点、具体的に三点に絞って指摘させていただきたいというふうに思います。
 法案の第一は、世界じゅうのどこにでも自衛隊を派兵する、そのことを認める法案であるという点であります。
 今回の報復戦争の支援で、自衛隊の派兵される地域はアフガニスタン周辺と言われています。しかし、法案においてはその活動地域は、我が国領域、公海及びその上空、外国の領域とされています。地球を分類しますと、南極は特別、別にしまして、ほとんどが公海と日本、そして外国領域しかないわけです。いわば世界じゅう、地球上であればどこにでも自衛隊が海外派兵できることになるわけです。このように、本法案は地理的な限定が全くありません。
 実際、十月七日、アメリカは国連安保理理事国に対する書簡で、アフガニスタン以外の国や組織にも軍事攻撃を加える可能性がある、そういう通告をしております。アメリカが地球規模での戦争を引き起こすことさえ憂慮されるわけです。自衛隊はこれに対応して地球規模で海外派兵がなされるということになるんでしょうか。
 自衛隊の海外派兵の限界についてはこれまで、PKO法では停戦後の国連の活動と言い、周辺事態法では、我が国周辺の地域における日本の平和と安全に重要な影響を与えるなど、政府みずからがそれぞれ説明、いわば弁解をしてきました。ところが、今回はこれらの限界すら全くみずから踏みにじって、無制限な海外派兵を実現しようとしているわけであります。まさに、世界じゅうどこにでも自衛隊を海外派兵する法案なのであります。日本の自衛権の発動とは何ら関係のない事態や地域まで自衛隊が海外に派兵されることになるという法案です。憲法九条が個別自衛権の発動を容認しているとの従来の政府の解釈の立場に立ってみても、到底説明できるものではありません。明白な憲法違反であります。
 海外派兵された自衛隊の活動範囲について、法案は、現に戦闘行為が行われておらず、かつそこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域としています。しかし、戦闘行為が行われていない地域がどのような地域なのか、実際は全く不明確であります。特に相手はテロ勢力というわけです。テロ勢力がどこで攻撃をするのか限定することは到底できないのではないでしょうか。戦闘が行われていなければどこにでも行けるということになりかねません。この点でも、地域的に限定されていないというのがこの法案なのであります。
 このように、全く限定しようのない、あるいは限定できない自衛隊の海外派兵について、基本計画を事前に国会が承認しなくてもよい、事前にチェックしなくてもよいというわけですから、この法案は国民主権や民主主義の視点からも重大な問題があると考えます。
 法案の二点目の問題は、この法案の認める自衛隊の支援活動が武力行使とみなされる、そういう活動であるという点であります。
 法案が掲げる自衛隊の活動の第一は、協力支援活動とされています。法案は、「諸外国の軍隊等に対する物品及び役務の提供、便宜の供与その他の措置」としています。
 その活動内容は極めて多岐にわたるものです。そして、戦闘部隊の活動に不可欠で、直結する活動であります。水や食糧、燃料など、自衛隊の輸送、補給した物資により戦闘部隊の活動基盤が確保されます。そして、紛争地域の民衆に対する武力攻撃も自衛隊が輸送した武器・弾薬によって行われることになるのであります。
 とりわけ、今回の法案は外国領域内の陸地での活動をも予定しています。野戦病院で負傷兵を治療する活動はもとより、食糧や水、燃料などを陸上輸送したり、外国の基地での補給や整備、さらには通信業務などを含むものであります。いわば兵たん業務すべてにわたる活動であって、武力行使に該当する活動と言わざるを得ません。
 法案は、物品、役務の提供には戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を含まないとしています。けれども、逆に言えば、それ以外は、武力行使と一体と見られる行為であっても、何でも可能にする、そういう法案なのであります。例えば、待機中の航空機であれば給油も整備も排除されていませんし、艦船や戦車に対しては、発進準備中であろうとも、さらには発進後であっても給油などが認められることになります。
 このような自衛隊の活動は、当然武装した上で行われます。そして、相手方からはまさに攻撃の対象となります。このことは、武器・弾薬など、戦争のための物資を交戦国に輸送する船舶は公海上でも拿捕の対象となる、そのことを明確にした海戦法規に関する宣言、いわゆる一九〇九年に署名されているロンドン宣言によっても明らかであります。第二次世界大戦においても、民間で輸送を担った船員の皆さんが海軍の軍人よりも多数犠牲になっているというほど攻撃を受けやすい活動でもあります。
 また、捜索救助活動は、戦闘行為中に海上に墜落したり、あるいは行方不明になったアメリカ軍などの将兵を自衛隊が捜索し救助する活動であります。自衛隊によって救助された戦闘員が再び戦闘員として戦地に赴く、戦闘に従事するということになります。したがって、この点も相手方から見れば、自衛隊の行動としては当然戦闘行為の一部とみなされることになるのであります。
 法案の第三点は、海外での武器使用を大幅に拡大するという点であります。
 まず、自衛隊が海外派兵に装備、携行する武器については制限がありません。機関銃や迫撃砲、ロケット砲やミサイルまでもこの法案では禁止されていないのであります。
 法案では、他の自衛隊員もしくはその職務を行うに伴い自己の管理下に入った者の生命または身体の防護のための武器使用も認められることとなっています。難民以外でも、診療中の傷病兵、輸送中の外国の兵員、現地機関や外国軍隊の連絡要員、救助した戦闘員なども含まれることになります。武器使用が許容される範囲、その場合は大幅に拡大するわけであります。
 その結果、攻撃を受けて反撃する、こういう事態になれば、まさに憲法九条で厳に禁止されている武力行使の事態に発展する、その危険が一層大きくなると言わなければなりません。しかも、「武器の使用は、現場に上官が在るときは、その命令によらなければならない。」とされています。自衛隊が組織として武器を使用するということになるわけです。このような武器の使用それ自体が武力の行使ということになるわけです。
 このように、法案自身が武力行使を予定しているわけですから、他方で、自衛隊の活動が「武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。」というふうにしていますけれども、これは全く法案自身の矛盾であります。まさにこの点では国民を欺罔するに等しい欺瞞的な法案と言わざるを得ません。
 次に、自衛隊法改正案について意見を申し上げます。この点については、防衛秘密の保護規定の問題点に絞って問題点を指摘します。
 この改正案は、自衛隊や防衛庁関係者以外の国家公務員、さらには自衛隊の仕事に関係する民間人をも対象として秘密漏えいに対する処罰を拡大し、強化するものであります。
 自衛隊の仕事に関する企業や民間人、例えば、兵器、艦船、航空機などの製造のみならずその修理、さらには航空、港湾、海運、建設、陸運、医療、情報産業など、極めて膨大な範囲に及びます。しかも、過失犯まで処罰し、共謀、教唆、扇動などの行為も独立にそれだけで処罰するというものであります。情報公開を求める国民の行動やマスコミなどの取材活動すら、秘密漏えいの教唆あるいは扇動などとして処罰されかねないのであります。捜査権が発動され、言論弾圧の危険を招くという問題も出てきます。
 こうして、国民の知る権利は大きく侵害されることになる、このことがこの自衛隊法改正の秘密保護の規定の重大な問題点として指摘しなければいけないというふうに思います。
 しかも、秘密を指定するのは防衛庁長官の専権というふうにされています。一方的に指定された秘密が国民の目から隠されることになってしまいます。この点でも、報道関係者はもとよりでありますが、国会審議や国政調査権などもこれが秘密事項であるとして情報が公開されない、明らかにされない事態が予想されるのであります。
 本法案の、先ほどのテロ対策の特別措置法案でも、国会での事後承認という問題、規定が修正によって衆議院で可決されましたけれども、こういう国会の審議においても、秘密保護を理由としてその公開や答弁を拒否されたり国会での審議が空洞化するという、そういう事態が生まれるというおそれがあるわけであります。
 最後に、私は横田基地の騒音公害訴訟を二十年にわたって担当してきましたが、今回のような法案で軍事という問題を特別扱いすることに重大な危険を感じます。
 横田の問題でも、軍事や国防の前に、飛行機の騒音ぐらいは我慢しなさいというのが政府や米軍の態度でした。ことしになって起こった潜水艦の急浮上で六名が死亡され、三名の方がいまだ行方不明というえひめ丸の事件の惨事も、軍事優先の結果ではないでしょうか。
 しかし、国防といえども、優越的な公共性を有して、重視されるものではありません。そういう優越性は憲法全体の精神に照らして許されないとするのが、横田基地公害訴訟での裁判所の判決の立場であります。
 今回の法案については、お手元に配付させていただいた資料のとおり、弁護士一般の立場、つまり日本弁護士連合会が法案の疑問点を指摘し、慎重審議を求めています。
 アメリカの攻撃によって、現在、アフガニスタンでは無実の人も多数犠牲になっていると言われています。このように人を殺傷する、現に殺傷している戦争に日本が参加する。到底憲法の認めるところではないと思います。
 憲法に従った法律づくりという、国会の皆さんがその役割をきちっと果たしていただきたい、このことをお願いして、私の意見とさせていただきます。
#11
○委員長(武見敬三君) ありがとうございました。
 次に、阿部浩己公述人にお願いいたします。阿部公述人。
#12
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。おはようございます。
 皆様のお手元に私のA4の一枚のレジュメがあると思いますが、それに沿ってお話をさせていただきます。
 私は、今回の二つの法案そのものについての話というよりは、新しい法律がつくられたり、あるいは既存の法律が改正される際の前提となる国際法上の問題、これに絞ってお話をさせていただきます。
 国連人権活動の最高責任者は、国連人権高等弁務官メアリー・ロビンソンという人です。彼女が九月十一日にアメリカで発生したテロ攻撃を人道に対する罪というふうに評しています。人道に対する罪というのは、国際社会における最も重大な犯罪として、一九九八年七月に採択された国際刑事裁判所規程においてもその鎮圧が約束されているものです。
 大惨事を引き起こした今回のテロ行為は恐らく最大限の非難を受けてしかるべきものであり、その鎮圧と再発防止に向けて国際社会が力を合わせていくということについて私は全く異論はありません。被害を受けた人たちの悲しみであるとか怒り、そういったものに対する共感、これも同じ地球に住む人間として当然の精神的な営みであるというふうに思っています。
 しかし、被害や悲しみあるいは怒り、そういったものがいかに大きくても、そのことが直ちに報復爆撃を正当化できるわけではありません。国際社会共通のルールである国際法によって、武力行使については厳しい制約が課せられています。
 近代国際社会の誕生とともに形成された国際法は平和の実現を最大のテーマとしてきました。それは、具体的には、いかにして武力行使を規制するのかという形で議論されてきました。かつて、正しい戦争であれば許されるという正戦論が支配的な時代がありました。正しい戦争をだれが判断するのか、だれも判断できないではないかということで、正戦論にかわって無差別戦争観が支配的になったときもあります。
 そして、二十世紀に入り、人類は戦争の違法化に対する歩みを始めていきます。一九四五年に採択された国連憲章では、武力の行使、武力による威嚇を禁止する武力不行使原則あるいは武力行使禁止原則、これが確立されるまでになりました。国際社会の準憲法的な地位を占める国連憲章のもとでは、原則として武力行使は許されません。武力による復仇、これも明白に禁止されるようになりました。
 武力を行使していい例外として存在しているのが自衛権ということであります。国連憲章の五十一条は、武力攻撃が発生した場合に、国が個別あるいは集団で自衛権を行使してよいという旨を定めています。
 自衛権の行使は武力攻撃が発生した場合でなければ行使できません。武力攻撃というのは、単なる武力行使ではなく、正規軍による軍事力の行使があったか、またはそれに相当するような重大な武力行使でなければならないということが国際司法裁判所の判決の中で示されています。それだけでなく、自衛権は緊急やむを得ない場合でなければ行使できず、さらに受けた攻撃と均衡性がとれた範囲でしか武力行使は許されないというふうに制約が課せられています。
 今回のアメリカあるいはイギリスの爆撃は自衛権によって繰り返し正当化されてきています。しかし、今申し上げたとおり、自衛権を行使する前提として武力攻撃が発生していたのかどうか、この点についてこの要件がどうクリアされたのかはいまだに明らかではありません。
 しかも、爆撃はアフガニスタンに対して行われていますが、テロ行為の実行主体はタリバン政権そのものではありません。アメリカはテロ集団をかくまっているということを理由としていますが、ここで再び国際司法裁判所の論理を用いるなら、単にかくまっているというだけでは自衛権行使の対象にはなり得ないというのが国際法の立場です。テロ行為そのものへの実質的な関与、これが示されなくてはなりません。しかし、タリバン政権がそのような実質的な関与をしたのかどうかということについての実態は不明です。
 また、今申し上げた自衛権行使にかかわる要件のうちの緊急性というところですけれども、一定の時間的な間隔を置いて行われる武力攻撃というのが緊急性の要件を満たせるものなのでしょうか。ちなみに、イスラエルとPLOの関係を見てみますと、イスラエルがPLOによるテロ的な行為を受けまして一定の時間的間隔を置いて行ったさまざまな爆撃は、安全保障理事会において、自衛権の行使ではなく国際法上禁止された武力復仇に当たるとして、繰り返し連綿と非難されてきています。
 また、イギリス、アメリカの爆撃は均衡性という観点からも疑問があります。受けた攻撃と均衡性がとれている限りにおいて武力行使は合法化されるわけですが、アメリカ、イギリスの爆撃がタリバン政権の打倒そのものを目的としているということになりますと、これはもはや均衡性の要件からの逸脱というふうに言われても仕方がないというふうに思います。自衛権行使の諸要件が充足されないということになりますと、報復爆撃は国際違法行為という評価を免れないことになります。
 このように自衛権行使に関してさまざまな制約が課せられているのはなぜなのか。非常に瑣末な法律技術的なことではないのかという疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。このように自衛権行使に非常に厳しい制約が課せられているのは、自衛権という概念を用いて行使される武力行使が、いつの間にか自衛権の範囲を超えて平和を乱すという状況を繰り返し人類は経験してきたということから、自衛権行使についても現在の国際法は厳しい制約を課しているわけです。そのような自衛権の範囲を超えた武力行使は国際違法行為となり、その国際違法行為を支援する国もまた国際違法行為による責任を免れないということになってしまいます。
 したがって、日本としては、国際法を遵守する意思があるということであれば、支援の対象となるアメリカの武力行使が自衛権行使に係る国際法上の制約をきちんとクリアできているかどうかを、これを見きわめなくてはいけないというふうに思います。
 自衛権の要件がクリアされているのかどうかという問題とは別に、アメリカ、イギリスによる個々の空爆が武力行使に係る国際法規に適合しているのかどうか、これも重大な問題です。
 連日、巻き添えによる市民の殺傷であるとか、あるいは誤爆といったような報道がなされています。国際法は、自衛権によってアメリカ、イギリスの行動が正当化されると否とにかかわらず、武力の行使が開始された場合における戦闘行為の規制、あるいは文民の保護について詳細な規定を置いています。
 特に重要なのは無差別攻撃を禁止する国際法規です。レジュメに記しましたが、直接的、具体的な軍事的利益との比較において、文民の死傷や民間の施設の損傷が過度に引き起こされてはならないというものです。これは具体的に言いますと、第一に空爆の目標物の設定において誤りがないのかどうか、第二に空爆の方法、手段が適切なのかどうか、そして第三に目標物の設定や方法、手段において誤りがなかったとしても、過失によって文民に不必要な被害が生じていないのかどうかということが問題になります。赤十字の施設であるとかあるいは病院施設の破壊、これが事実とするならば、これは今申し上げた点に照らして非常に重大な問題を提起しているというふうに思います。
 また、今回の空爆により市民生活に極めて大きな影響が生じています。食糧難にさいなまれる多くの人たちの生活状況の危機的悪化であるとか、あるいは百万を超える難民、国内避難民の発生の危険性、こういったことは既に広く報道されているとおりです。国際法が保障する人権諸規範、とりわけ子供の人権であるとか女性の人権状況のおびただしい悪化が空爆によって引き起こされています。そうした大規模な人権状況の悪化は直接的、具体的な軍事的利益との比較においてどう正当化されるのかという疑問が残ります。
 確認しておきたいことは、自衛権行使が認められれば誤爆が許されるというわけではありません。一般住民を巻き添えにしてもやむを得ないというわけでもありません。国際法は、自衛権行使が認められる場合であっても、個々の戦闘行為についての制約を課しています。市民の巻き添えや誤爆は国際法のルールに反していると評価される場合には国家の国際違法行為となりまして、国家責任を生じさせるのみならず、戦争犯罪としてその実行者が処罰の対象になることもあります。
 そして、そうした国際違法行為、あるいは戦争犯罪に協力する国もまた国際違法行為の責任を問われるということになってしまうのです。したがって、自衛権行使の要件が満たされているかどうかということの検討と並んで、アメリカ、イギリスの個々の軍事行動が国際法にかなっているのかどうかについても慎重に見きわめる必要があるというふうに思います。
 次第に長期化し、甚大な被害を一般住民に及ぼし続けているアメリカ、イギリスの軍事行動というのは、私見では自衛権によって正当化することはますます困難になってきているように思います。国連憲章によれば、自衛権の行使というのはあくまで暫定的なものであり、平和への脅威、平和の破壊、侵略行為の認定を通じ、本来、事態は国連安全保障理事会にゆだねられることが予定されているものです。テロリストを捕まえたり処罰するというようなことは、本来、自衛権行使の目的にはなり得ません。アメリカやイギリスが軍事行動を継続したいということであれば、せめて国連憲章第七章に基づく安全保障理事会の授権を受けるべきであると思います。
 そうした国連の集団安全保障措置の枠組みの中で、テロ行為実行者の特定と司法的裁きへの道筋が整えられていくべきだと思います。恐らく被害を受けた最大の当事者であるアメリカを中心とする裁きでは、国際的正当性の外観を整えるということは困難だと思います。
 かつてパンナム航空機がスコットランド上空で爆破されたロッカビー事件の際には、国連安全保障理事会が中心となってリビアに圧力をかけ、非常に時間がかかりましたが、犯罪者の引き渡しが実現しました。その際、法廷は第三国のオランダに設置されました。そして、そこで裁きが行われたわけです。
 こうした先例などを踏まえて、国際的な正当性を体現する裁きというものをどう行うのかについても具体的に検討すべきだと思います。さまざまな意見が出ていますが、例えば特別の国際法廷を設置してはどうかといったような意見もあります。この点、裁きについて日本の行政府や立法府がどういった具体的な構想を持っているのかについては、私は寡聞にして知りません。一九九四年の国連開発計画報告書において示された人間の安全保障という考え方は、それまでの国家中心の安全保障観の限界を浮き彫りにする極めて斬新なものだったと思います。そして、日本政府は、その人間の安全保障を外交の柱に据えつつあります。
 安全を保障される人間というのは、もちろん先進国に住んでいる人間だけではありません。アフガニスタンの人々がそこから除外されるわけでは毛頭ないと思います。となれば、何万、何十万、何百万に及ぶアフガニスタンの人々の生活条件を根底から奪い去っているアメリカやイギリスの空爆は日本政府が掲げる人間の安全保障という観点からどう評価されるのか、あるいはその空爆を自衛隊を使って支援する措置をとるということが人間の安全保障をいかなる意味において実現するのか、あるいは促進するのか、私には疑問です。人間の安全を保障するということに真剣であるのなら、住むところを追われ生活環境を奪われた人たちへの支援に日本は全力を注ぐべきだと思います。特に、難民、国内避難民の救援と日本への受け入れについて、本格的に考えてはどうかというふうに思います。
 日本では、出入国管理及び難民認定法によりアフガニスタンの人たちが収容され、この空爆のさなか、十月十七日のことですが、送還先をアフガニスタンと特定する退去強制命令が出されています。これは、悲劇を通り越して喜劇としか言いようがない事態だと思います。せめて、保護を求めるアフガニスタンあるいはアラブの人たちを排除するようなことだけは控えるべきだと思います。そして、これ以上戦闘行為が長引くということになれば、一万人以上のインドシナ難民を受け入れた経験を生かして、戦闘行為終了までの間だけでもアフガニスタン難民あるいは国内避難民をどう受け入れたらいいのかというようなことについても考えるべきではないかと思います。国際社会において名誉ある地位を占めるというのは、本来そういう行為を通じてではないかというふうに思っております。
 どうもありがとうございました。
#13
○委員長(武見敬三君) ありがとうございました。
 次に、小林正公述人にお願いをいたします。小林公述人。
#14
○公述人(小林正君) ありがとうございます。
 私は、本法案の重大性というものをかんがみつつも、政府のこの問題に対する認識、大変大きな疑問を感じておりまして、まことに遺憾ながら反対をせざるを得ないということを以下るる述べたいというふうに思います。
 まず第一に、このたびの米国を舞台に発生した同時多発テロに対する認識の問題でございます。
 先日、NHKのニュースでニューヨークの育英小学校という日本人学校が出てまいりまして、文部省から派遣されたカウンセラーがこの問題で大きな心の傷を受けた子供たちに心のケアの問題としての取り組みをしている場面が放映をされておりました。私事にわたって恐縮でありますが、実は私の孫もこの学校でこの三月まで通っておりまして、友達も多いわけですが、たまたま転任の関係で横浜へ戻ってまいりました。そういうことで、このニュースを見ながら友達の映像を見て大変驚いておりました。
 これは恐らく子供たちの心に映像として永遠に残ってしまうのではないか、そういうことを懸念しているわけでございます。子供たちがマイクを向けられて、考えまいと思ってもつい目に浮かんできてしまうんだということをこもごも語っていたわけでございます。このことを私たちは今後の教育の問題として重く受けとめていく必要があるのではないでしょうか。
 次に、九月十三日、プーチン大統領は大統領令を発しまして、ロシア国民に対して、この日に半旗を掲げ、黙祷をささげるようにという布告を出しております。この間、米中ロという関係の中で見ますと、大変いろんな、ユニラテラリズムなどと言われるアメリカの最近の動向についてささくれ立った関係もあったわけでありますけれども、この問題を通して、過般のAPECの会議におきましても、認識の一致を図ってともに戦うという宣言が出されているわけでありまして、国際社会は一致してこの問題への対応を進めるということを決意いたしました。なぜならば、この問題が人道に対する挑戦であるということ、そしてまた、文明に対する挑戦として各国がこの事件を受けとめたからにほかならないというふうに思います。
 そして、原因としては、二十世紀の近現代史に根を張るいろいろな問題がこの新世紀にもたらされていることは事実でありますけれども、このテロリズムに関して、ビンラーディンとアルカイダというものに対するテロの根絶ということに限定して、一致して取り組もうという姿勢で第一段階の取り組みをスタートさせているのが今日の状況でありますが、これは一過性のものではもちろんありません。現に、まだバイオテロという形でアメリカ国民を恐怖のどん底に突き落としているわけでありますし、少数者が多数を恐怖によって支配する、そういう構図が明らかになりつつあるわけでございます。そうした立場から、国際社会が一致して取り組もうという決意をしたのは当然のことといえば当然であるというふうに思います。
 そして、この問題が、従来、国家対国家、湾岸戦争のようにイラクを相手にした見える敵ではなくて、テロ組織という目に見えない、しかも国家対テロ組織という非対称性の問題としてとらえていった場合に、さまざまな問題が提起をされ、国際法等の問題の範囲を超えた外の問題として論ぜざるを得ない事態が今進行しているわけでございます。それについて、新しい戦争という言葉が使われております。アザー・ザン・ウオー、OTW、こういう言い方で言われている新たな事態が進行しているということだと思います。
 最近話題になっております、中国の人民解放軍の空軍大佐二名の共著によります超限戦争という軍事思想、戦略研究というものが話題になっておりますけれども、それに該当するような問題がかなり出てきているのではないでしょうか。
 超限戦争というのは、そこの資料にも出しておきましたように、あらゆる限定と限界を超越した戦争であるということでございます。あらゆる手段を備え、あらゆる情報をめぐらせ、あらゆる場所が戦場となる。あらゆる兵器と技術が随意に重なり合い、戦争と非戦争、軍事と非軍事の二つの世界に横たわるすべての境界がことごとく打ち砕かれる、そういう戦争を意味している。ルールが破壊されたことで直接もたらされた結果は、有形無形の境界線で画定された国際社会の認める国境が無効になったことである。なぜならば、非軍事的戦争行為で国際社会に宣戦布告した非国家的力の主体は、すべて超国家、超領域、超手段の方法によって出現したからである。
 このように述べられているわけでありまして、今次同時多発テロの実相を見ますと、引き続いて行われているバイオテロの問題もあわせ考えまして、まさに手段を選ばぬ、そして日常生活の場が突如戦場になるという事態が今出現しているということを、まずお互いに認識すべきではないかと思うのであります。
 最近、この著者が記者会見をしてこういうことを言ったということも伝えられております。六千五百人はテロの犠牲者であるばかりでなく、アメリカ外交政策の犠牲者でもある。フセインまがいのコメントを出したということも伝えられているわけでありまして、米中ロの結束した関係、テロリズムが媒体となっているということも、全くパラドックスというか、皮肉な話なんですけれども、この問題について、一つのきっかけとして新たな平和への道筋をつくっていく必要はあるかなというふうに考えているところでございます。
 そうした認識に立って考えますと、この新しい戦争への対応としてこの法律で果たしていいんだろうか、政府の認識はそれで大丈夫なのかという思いがあるものですから、反対をせざるを得ないということを申し上げたわけでありまして、これは憲法学者等も指摘をしているんですけれども、この問題を憲法第九条の問題として真っ正面から受けとめて、解釈変更を行って新たな取り組みができる条件を整えると。これは小泉首相が総理・総裁選挙の段階以降かなり積極的に発言をされてきたことでありまして、国民の期待もあり、歴史的な決断をするのではないかということも我々も期待をしました。
 しかし、結果としてはそうならないで、結果、どこに足を据えたかといいますと、憲法の前文であります。そして、その前文の「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」と、ここのところに依拠してということも総理御自身もおっしゃっているわけでありますが、実はこの一節の前に何て書いてあるのか、御案内のとおりでございます。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と、このように書いてあるんですね。
 そして、今度の新しい戦争と言われる事態は、まさにこの決意を打ち砕くものになってしまっている、その認識から出発すべきではなかったのかというのが、私の、まことにこの法案策定に至る経過の中で残念に思っていることの一つでございます。
 そしてもう一つは、この法律について二年間という期間限定がなされているという問題があります。この同時多発テロの問題が一過性のものでないことはおのずから明らかでありまして、新しい戦争がいつまで続くのか、それはだれもわかっておりませんし、どの国も、そのことについて一番いいシナリオで明るい展望を持っている国はどこにもない。にもかかわらず、我が国が二年間ということを期間限定してこのことを言っているということは一体どういうことなのか。国際社会の立場からしますと、大変に認識の問題として批判を浴びる結果にしかならないのではないか、国権の最高機関としてこういう認識であっていいのかという思いがございます。したがって、この部分については削除していただければと、このように考えているところでございます。
 それから次に、自衛隊の活動についての問題ですが、相変わらず警職法の規定を準用しているという問題もありますし、警護に当たって、この間の論議の経過を見ていますと、国民に銃口を向けるといったような声が聞こえる。これは保守党の内部からもそういう声が聞こえてくるわけでありまして、与党と言った方がいいですね、与党の内部からも聞こえてくるわけでありまして、そういう点から、やっぱり自衛隊というものについての認識、これもまだ十分一致していないのかなというふうに言わざるを得ません。
 私は、この法案策定に当たっての、今度の新しい戦争というものの持つ意味、重大性というものにかんがみて、泥縄式ではない、常に備えあれば憂いなしということも総理御自身も言っておりますけれども、まさに備えあっても憂いがある状況だということだと思うんです。したがって、この段階における万全を期す、そのために何か抜かりはないかという総点検をやっぱりやる必要がある、このように考えているところでございます。
 そして三点目ですが、ことしは日米同盟、サンフランシスコ講和条約締結五十年という大きな節目の年で、マスコミもこの間、この問題についての特集を組んできたわけでありますけれども、その式典の行われた九月八日から三日後にこの同時多発テロが発生したわけでありまして、今後の日米同盟関係を考える上で大変象徴的な事件だったというふうに思います。
 そして、同盟関係にある日本として、今テロとそしてまたバイオテロという連続した攻撃にさらされている盟友関係にある我が国として、今後どうすべきなのかということについて考える必要があるだろうと。きちんとした同盟関係のモラルや誠実さが問われているのではないか。このことがきちんと米国民にも理解されなければ、現在の片務性の同盟関係というものの信頼性を高めることはできない、このように思っているわけであります。
 片岡鉄哉さんという方が「日本永久占領」という本をお書きになっていますが、その中でアメリカとの同盟関係、上下三つのヒエラルキーということを指摘されております。
 その一つは、完全な平等で相互的な関係というのはアメリカとイギリス、フランス、この関係は完全な対等、平等な関係の同盟関係で最も上位にあると。
 そして二番目、これはゴーリズム・オプションというような言い方もされているわけですが、二番目の問題としてはアメリカとドイツの関係。ドイツは、御案内のとおり、集団的自衛権というものを認めてNATOに加盟をして、NATOの域内における行動について米軍とともに戦うということを決めているわけですが、これについてはアデナウアー・オプションというような言い方もされているようでございます。
 そして、三番目が日米関係。五十年を迎えた当時の日米安全保障条約というのは、結局は占領の延長、そして同盟関係でいえば保護国としての対応でしかなかった。名誉なきただ乗り論という言い方もされてまいったわけでありますが、六〇年安保でこれが改定をされて、結果としてそれは名誉あるただ乗り論に変わったんだと、こういう指摘を片岡さんはなさっておりますが、以後、九〇年代、周辺事態法の問題、ガイドライン、いろいろございましたけれども、それを経ましても、集団的自衛権の問題という壁に突き当たって、結果としてこうした事態が今日まで続いてきている。今後、日米関係をより強固な基盤の上に構築していって東アジアの平和と安定のために両国が寄与していくということになるとすれば、この問題の解決を抜きにしてはあり得ないのではないか、このように思うわけであります。
 最後に、今後、政府においてこの法案が可決された段階で基本計画を策定されると思いますけれども、何でもありの相手に対してべからず集で対応したのでは、結果として勝敗の帰趨はおのずから明らかである、そのことを申し上げて、私の意見といたします。
 ありがとうございました。
#15
○委員長(武見敬三君) ありがとうございました。
 以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。
 これより公述人に対する質疑に入ります。
 なお、公述人の方々にお願いを申し上げます。
 御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いしたいと存じます。
 それでは質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#16
○福島啓史郎君 まず、西元公述人にお聞きしたいと思います。
 軍事のプロとして、今行われております米軍の作戦、戦略、先ほど言われましたように、まず第一段階として、今のタリバン政権及びビンラーディンのアルカーイダ、それを除去する、それが第一段階だと。その第一段階の作戦において今どの段階にあるのか、またそれは順調にいっていると考えるのか、その点をお聞きしたいと思います。
#17
○公述人(西元徹也君) お答えいたします。
 アフガニスタンに対する現在の軍事行動に限ってお答えさせていただきますと、これは大きく分けて二つの段階があると考えております。
 一つは、航空機によるあるいは人工ミサイルによる、相手と接触を避けながら相手をつぶしていくという攻撃のやり方の段階でございまして、これにも二つの段階があって、一つは、航空機が自由にアフガニスタンの上空を飛べるような環境をつくること、次いで、航空機、人工ミサイルをもって一つ一つをつぶしていくという二つの段階があると思いますが、現在明らかに第二段階に入っていると思われます。
 これまで作戦全体は順調に進んでいると思いますが、最も懸念されることは、タリバン政権あるいはアルカイーダがアフガニスタンの国民の海の中に隠れ、この国民を盾として抵抗するということ、これは容易ならざる事態でありまして、そういう観点からはかなりの時間を要するのではないかと。
 そして、第二の段階は言うまでもなく地上部隊の投入で、軍事拠点あるいは訓練拠点を一つ一つシラミつぶしにつぶしていくというやり方でありますけれども、これは今緒についたばかりと思いますけれども、しかしながら、見えない部分で情報収集、それから相手の逃げ道をふさいで取り囲むこと、それから空からの攻撃に指示を出し誘導すること、最後に両組織を国民から切り離すいわゆる心理作戦、このような見えない戦いはこれまでずっと続けられているものと、このように考えております。
#18
○福島啓史郎君 次に、同じく西元公述人にお聞きしたいわけでございますが、これは一昨日来の連合審査でも総理の答弁にあったわけでございますが、アメリカが勝利の内容あるいは撤兵の条件としてどういう内容、どういう政権構想を描いておるのか、あるいは描くべきであるのかということについてはどういうふうに考えておられますか。
 総理は、第二次世界大戦、太平洋戦争のときに、ミッドウェーの段階で既にアメリカは戦後日本の対日戦後構想を固めておった、それが日米の違いであったということと、私は個人的には、ベトナム戦争がああいう敗退をしたのは、ベトナム戦後の構想が明確でなかったという点にあると思うわけでございますが、今回のアフガンに対する戦後構想についてどういうふうに考えておられますか。
#19
○公述人(西元徹也君) これは私のような能力ではなかなか理解が難しいところでございますけれども、端的にお答え申し上げますと、明らかにアフガニスタンの、これはむしろ田中先生の御専門だと思うんですが、アフガニスタンの中における各勢力の自決というところに任せるということは、私は、パウエル国務長官のこれまでのさまざまな発言からもそのようにうかがえるのではないかと。
 そして、そのために最も重要なことは、イラン、ロシア、中国、インド、パキスタンなど周辺に所在する国がみずからのエゴを捨てて、アフガニスタンの国民が本当に自決できるように、自分の都合のよい政権づくりといったようなエゴを捨てるということが最も大事なことの一つだと思いますし、そこに国連が果たすべき極めて重要な役割があると認識をいたしております。そのようなことを描きながらアメリカは努力をしているのではないかと、このように考えております。
#20
○福島啓史郎君 次に、同じく西元公述人にお聞きしたいわけでございますが、今回のこのテロ特別対策法案によります協力支援業務、また捜索救助活動、それから被災民救援活動、それを実施する上で、実際にその実施に当たる自衛隊員の安全が確保されなければならないと思います。
 その十分な安全を確保した上で送り出すのが我々国会の役目でもあると、任務でもあると思うわけでございますが、その際に必要な武器としてどういうものを持っていかなければならないか、また武器の使用についてどういうふうに考えるべきであるかということにつきまして、公述人の意見をお聞きしたいと思います。
#21
○公述人(西元徹也君) これもまたなかなかお答えするのは難しい御質問でございますが、私、本日意見を陳述するに際して申し上げましたことは、自衛隊の部隊を派遣するに当たりましては、米軍等を初め諸外国の軍隊が一体どのような要求をしているのか、どのようなことを期待しているのか、それから現地の情勢はどうなのか、あるいは現地におけるほかの国の軍隊あるいは国連の機関などの活動の状態はどうなのか、そして受け入れ国パキスタンの、何といいますか感触といったものはどうなのかというようなことを詳細に検討した上で、要するに、今回の法案で与えられております、自衛隊に与えた権限に見合う任務を自衛隊に付与するということが最も重要な問題だと認識をしております。
 特に、避難民の人道的救援活動におきましては、よその国の軍隊が一切出てこないのに自衛隊だけがそこに派遣されるという構図は絶対に好ましくないと、私自身は個人的にそのように考えております。
#22
○福島啓史郎君 ありがとうございました。
 次に、田中公述人にお聞きしたいと思います。
 田中公述人は、国連アフガニスタン特別ミッション政務官として非常に経験を積まれていると思うわけでございますが、先ほど西元公述人にもお聞きしたわけでございますが、田中公述人は権力の空白が生じないようにしなければならないと、そのことが重要だと言われたわけでございますが、この戦後の政権構想について、経験を生かしまして、どういう政権構想を描き、それについて日本はどういうふうに協力すべきであるか、支援すべきであるか、その点についてお聞きしたいと思います。
#23
○公述人(田中浩一郎君) お答えしたいと思います。
 どのような形であるかをまず外が決めることはなかなか難しいと思うんですが、基本的な原則はやはり守ってもらうように、我々もつまり国際社会もアフガニスタンに対して要求することができますし、またそれはひいて言えばアフガニスタンの将来のためになるものだと考えております。
 しかし、それは民意を尊重することがまず一番でありまして、当座のところそれが無理であるにしても、暫定的な移行期間を過ぎてから、経てから、二年後あるいは三年後、どれぐらいの期間がかかるか最終的にはわかりませんが、ある段階ではやはり選挙のようなものをしっかり行う必要があるかと思います。そして、構成につきまして、例えばこのグループを入れるべきであるとか入れないべきであるか、この議論自体はアフガン人自身が行うことであって、米国、日本を初め周辺国も含めて諸外国は口出しをすべきではないと思います。ただし、ガイドラインとしてどのような基本原則を守るべきであるか、これはしっかり関与してよろしいんではないかと思います。
 日本の協力につきましては、もちろん政治的にアフガニスタンが安定するようにいろいろなアドバイスをすることも重要であります。同時に、経済的な安定がなければその政治体制も存続し得ないわけでございますので、当面のところの緊急人道援助、それからその後の復興、この二面におきましてしっかりしたマスタープランを考えて、それを国際社会に提示し、各国と協調しながら、また国連とも相談しながら進めていただくのが最良の策ではないかと考えております。
#24
○福島啓史郎君 今のお答えに関連して、暫定政権といいますか暫定措置として、ザヒル・シャー元国王を中心に北部同盟とそれからタリバン穏健派、これでもって暫定政権を構成するという構想があるやにいろいろ新聞報道あるいはCNN等で出ているわけでございますが、カンボジアのシアヌーク国王の場合と比べてザヒル・シャー国王にそれだけのアフガン国民の求心力があるのかどうか、その点は現地におられてどうでしょうか。
#25
○公述人(田中浩一郎君) 人望という点、それから知名度という点、この二点におきましてザーヒル・シャー元国王を超える人物はアフガン人の間でおりません。これは他を引き離し、圧倒的に引き離しております。
 ただし、実際にこれまで行ってきた政治活動が余りにも遠方から行われ、かつ限定的なものであったために、国内のザーヒル・シャーを信奉しようとする人たち、あるいは支持しようとする人たちとのつながり、連携がうまくとれていない状況にあると思います。
#26
○福島啓史郎君 次に、田中公述人にお聞きしたいわけでございますが、先ほど田中公述人は民意を問う方法が必要だと、この特別法につきましてですね。
 それで、民意を問う方法として、私は、事前の承認という方法もあるでしょうし、しかし事後の承認、今回、修正によりまして二十日以内の事後の、この対応措置の実施について二十日以内に国会の承認を求めると。で、承認が求められなければそこで撤退をすると。中止、停止、そこで撤退をするということに、作戦といいますか活動を撤退することになるわけでございますが。
 そうした、その事前に、先ほど坂元公述人も言われましたけれども、民意を問う方法として、私も坂元公述人と同じ意見を持っているわけでございますが、まずは行政に、その時点におきます迅速かつ必要十分な対応は行政の責任でやっていくと。それを二十日以内でもって承認するかしないかはまさに国会が決めていくという方式で必要かつ十分ではないかと思うわけでございますが、その点についてはどうでしょうか。
#27
○委員長(武見敬三君) これは田中公述人。
#28
○福島啓史郎君 田中公述人に対する質問でございます。
#29
○公述人(田中浩一郎君) おっしゃる趣旨はよく理解いたしますが、やはりまともな政権を今まで過去二十七年間にわたって、あるいはもう少し短くいたしましても二十二年間にわたって持たなかった国家でございますので、そこを再建する、その再建にかかわるという以上、手本をやはり明確に示すべき、ガイドラインもそうですが手本も明確に示すべきだと私は考えております。
 もちろん、政府が責任を持ってあらかじめ対応し、その後国会の方に改めて審議してもらうという方法は、日本のように既に機能しているシステムがある以上、これは十分に考えられることでもあるかと思います。
 しかし、アフガニスタンをとらえた場合に、そのようなシステムはもはやない、ずっとなかった。それで、何かをしたい、日本としてそれを手助けしたい、するべきだと、そういう議論があるわけでございますから、そういう立場から物を言う以上、まず自分の方で、つまり日本の方でその手本をしっかりと見せるべきではないかと私は考えております。
#30
○福島啓史郎君 次に、坂元公述人にお聞きしたいと思います。
 坂元公述人は今回の法案を評価するという前提に立ちつつも、日米関係を米英関係と同格の同盟関係にしていかなければならない、これが日本にとっての長期的な国益にかない、かつ戦略としてもその方向に即した政策をとっていかなければならないと言われたわけでございますが、その際の具体策、特に集団的自衛権を憲法上認められるというふうにするための具体的な方策については何かお考えはおありでしょうか。
#31
○公述人(坂元一哉君) 日米同盟を英米同盟と同じにするというその目標はかなり高い目標でありまして、それはなかなか少し、今回の事件でかなり雲のかなたに目標が行っているようなところもありますが、まずそういうものに、格として同じようなものに近づけていく努力は必要だと思っております。同じものには恐らくならないと思います。
 集団的自衛権の問題で少しお話しさせていただきますけれども、我々はいずれにしろ集団的な安全保障の世界の中で繁栄を享受しておりまして、日米安保条約は明示的にこの集団的自衛権に基づく条約なわけなのであります。日本も大国になりまして、大国としての責任も問われるようになっているわけなんです。そういうときに集団的自衛権の行使ができないという立場をとり続けることは難しいし、また賢明でもないと思っております。
 我が国の憲法は国際紛争解決の手段としての武力行使を禁じているわけであります。そしてまた、さらには憲法の精神にのっとって武力の行使については極めて慎重であるべきだというふうに思っておるんですけれども、しかし集団的自衛権は国際法上の権利であって義務ではなく、その行使をするといたしましても、日本の独自の判断でその態様といいますか限度というか、それを決めて行使することができると思うわけであります。
 そこで、私は、基本的な立場といたしましては、集団的自衛権の行使はできるけれども、平和憲法の精神上、武力行使はあくまで慎重に行うというような国家としての基本的立場を設定して、その上で、具体的な行使の形態と範囲については法律の問題として、政策判断としてやっていくというのがよいのではないかと考えております。
 私自身は、態様と限度につきましては、日本とそれから公海、それから公海の上空というものについての集団的自衛権の行使は今後認めていくべきであろうと思っております。しかし、その場所であってもどういう行使をやるかというのはまた慎重にやればいいというふうに思っております。
#32
○福島啓史郎君 その集団的自衛権を憲法上認められたものにするためのプロセスですね。プロセスとして、例えば安全保障基本法などを議員立法でやるというような、そういう議論もあるわけでございますが、それについてはどうお考えですか。
#33
○公述人(坂元一哉君) 私はそれが一番いいのではないかなというふうに思っております。
 ただ、それは政府が憲法の解釈を変えれない、憲法改正自身も非常に難しい、難しいといいますか時間がかかるであろうと。しかし、緊急に、これからここ数年のうちにやはり集団的自衛権の問題、何か解決が必要だというときに、やはり法律を、基本法をつくっていくということが必要だという消極的な理由と、いずれにしろ、憲法の解釈で集団的自衛権の行使ができるとしましても、実際の自衛隊の実力の行使には法律が要りますから、いずれにしろ法律が必要だと思うんですね。
 したがって、集団的自衛権の行使を前提にしているような法律をつくっていただいて、それがもし憲法違反だということになればそれはまたそこで考えなきゃいけないと思いますけれども、憲法違反かどうかを判断するのはあくまで最高裁判所の仕事でありまして、そういう判例まだありませんから、そういうものができればまたそれはそれで我々の立場は明白になると思います。
#34
○福島啓史郎君 次に、吉田公述人にお聞きしたいと思うんですが、吉田公述人は自衛隊法の改正、特に防衛秘密につきまして反対だということを言われたわけでございますが、その反対の理由について、私は、同盟国としての日米間で、あるいは他の諸国との今情報を共有するということが非常に重要になっているわけでございますが、その情報を共有する上でのネックになるっていうのがこの防衛秘密の保持の問題でございますし、また現にそういう事件も出ているわけでございます。
 そうした現状から見て必要だと思うし、また、その要件につきまして非常に不明確であるというふうに吉田公述人は言われたわけでございますが、それはこの九十六条の二におきましては、防衛庁長官が指定をし、かつその指定は文書等に標記を付するか、あるいは標記を付することができない場合にはその取り扱う者に通知するという個別限定にされているわけでございますね。かつ、その対象者につきましては、もちろん自衛隊のその任に当たる人、それから「国の行政機関の職員のうち防衛に関連する職務に従事する者」、さらには「防衛庁との契約に基づき防衛秘密に係る物件の製造若しくは役務の提供を業とする者」という極めて限定的に明記されていると思うわけでございます。にもかかわらず、そこが問題だと言われる点が理解できないわけでございますが、それについてはどうでしょうか。所見をお伺いします。
#35
○委員長(武見敬三君) 時間が来ておりますので、簡潔に御答弁をお願いします。
#36
○公述人(吉田健一君) 今の点ですけれども、防衛庁長官による標記といっても、例えば、秘密というマル秘という判こを押せばそれでもうそれが防衛秘に全部されてしまうという点では、非常に防衛庁長官の専権といいますか一存でかなりそれが拡大されるということと、それから関係者につきましても、私も先ほど申し上げましたけれども、かなり防衛情報に関する業者、民間の団体、企業ですね、そういう業者だけではなく、そこで働く労働者すべてがそういう業務に関与しているというふうにみなされますと、そういう人たちをまたマスコミが取材する、そういう取材行為も対象になる。国政調査でも、そういうことでそういう調査までも及ばないという、そういうやはりかなり広範な問題がここで出てくるのではないかということを指摘したかったわけです。
#37
○広中和歌子君 民主党の広中和歌子でございます。
 九月十一日のあの事件以来、ニュースにくぎづけになりながら、このテロ事件というものをどのように認識したらいいか、新しい形の戦争に対してそれをどういうふうに受けとめるのか、それからそれによってまた世界がどのように変わっていくのか、日本はどのように対応したらいいのかということを考えながら、本当に迷いつつきょうに至っているのが私の心境でございます。
 そういう中で、六人のすばらしい公述人の方々からそれぞれ違ったお立場で、あるいは共通点もございますけれども、このテロ事件についてあるいは私ども我が国の対応について御意見をお述べいただいたことに感謝しつつ、しかしまだ、本当にますます混乱しているというのが現状でございます。
 まず、吉田健一公述人に御質問したいんですけれども、いろいろ今度の我が国の対応について、そして法案についてですけれども、まさにこれは参戦の法案であり、憲法違反であるというふうにきっぱりとおっしゃったわけですけれども、今回のテロについて日本はどのように対応したらいいというふうに思われますか。
#38
○公述人(吉田健一君) 私は、やはりこれだけ多数の方々がアメリカで犠牲にされたということに対して、テロそのものをどうやって根絶するかということが非常に大きな問題だという点では皆さんと共通の認識を持っているとは思うんですが、問題はそのやり方なわけですね。
 現実にアメリカでも、私どもの知り合いの弁護士の間でも、やはり戦争をもってさらに罪のない人を犠牲に巻き込むというやり方というのは問題があるのではないかと。それから、これはノーベル平和賞も獲得していますクエーカー教徒のアメリカの皆さん方も、このような攻撃の憎しみ、暴力と不義を寄せ集めることによって他の人々、そこの多くはこの犯罪にはかかわりのない人々に対するアメリカ自身のテロと戦争行為による同じ罪悪を犯してはならないということをはっきりアメリカの人の中でも指摘している方々もおります。
 そういう立場から、それでは何ができるのかということを私は考えるわけですけれども、先ほど阿部公述人も指摘されましたけれども、パンナム航空機が一九八八年にイギリスの上空で爆破撃墜されたのではないかという事件で、現実に捜査がされ、起訴され、その起訴に立って引き渡しを国際社会の各国が求める。そういう中で、リビアが引き渡しを実現して裁判が始まっている、そういう事態があるわけです。
 果たしてそういう方策をとろうとしているのかということ自体が問題で、むしろ日本が、先ほどから引用されています憲法前文の精神に従ってそういうことをきちっとやりなさいと。まさにアメリカの先ほどの平和を求める人たちが言っているような、同じ過ちを繰り返してはいけないんだということを積極的に諸国に日本がメッセージを送るというところを全くされていないという点については、やはり問題ではないかというふうに思っています。やはりそういった基本的な、今の国連憲章に基づく基本的な国際法の適用、そこから出発してやるということが私は大原則ではないかというふうに思っています。
#39
○広中和歌子君 では、阿部公述人の方にお伺いしたいわけですけれども、まさにおっしゃるとおり、国連と国際法にのっとるというような方向が望ましいという本当に整然としたプレゼンテーションであって感激いたしましたけれども、また同時に、かくまっているだけでは自衛権発動の要件を満たさないという、これはメガワティ・インドネシア大統領もおっしゃっていて、非常に勇気ある発言だとは思いました。しかしながら、現実はそういうふうに国連は動かない。国連はノーベル平和賞をもらいましたけれども、しかしながらやはり常任理事国、なかんずくアメリカの力というのが非常に強い。
 今回、アメリカは、今まで支払っていなかった、少なくともおくれていた分担金を払うという形で国連を自分の方に引き寄せようと再び努力をしておりますけれども、そういう中で、まさにアメリカがこの世の中を、世界を支配しているという状況の中で、本当にすばらしい御意見を述べられ、私どもの佐藤議員もきのう委員会でも同様の発言をしているんですけれども、発言しただけではなかなか現実は思うとおりにならないということに関して御意見があれば、そしてどのような私ども日本が勇気ある行動をとるべきなのか、そしてとっても効果があるんだろうかということに触れていただきたいと思います。
#40
○公述人(阿部浩己君) 御質問、どうもありがとうございます。
 今、御指摘された問題点はまさしくそのとおりだと思います。私がきょう申し上げたことは、いかなる行動をとるにしても、まず既存の法がどうなっているのかということを、特に国際法がどうなっているのかを、まずここを踏まえていただきたいということなんです。そして、その上で、国際法を遵守する意思がないという、あるいはあるということであればそれに応じた国内法の制定がなされていくだろうということで、きょうの私の陳述の中身は、既存の国際法に照らすとこういうふうに言えますということを申し上げたわけです。その上での政策的な判断はまさに御専門の政治家の方々がおやりになるということになっていくと思うわけですけれども。
 国連の問題に関しましては、私の見るところでは、国連の安全保障理事会に対する働きかけというものが必ずしも十分ではないように思います。もちろん、一九九九年の十月に既にタリバン政権に対して経済制裁を科す、そして引き渡しをすれば、あるいはテロ施設を除去するというようなことをすれば解除するけれども、というような形で既に安全保障理事会は働きかけを行っていることは確かですけれども、そのような働きかけというものが必ずしも十分ではないように思います。
 そして、恐らくアメリカとしては、安全保障理事会を介さないでやった方がよろしいというふうに考えているのかもしれません。それに対して、やはり多国間の枠組みで、国際法の中では安全保障理事会あるいは国連を中心として平和を実現していく、このような問題に対処していくという枠組みがあるわけですから、それをまず最大限生かすような努力を日本としてもしてもらいたいというふうに思っているわけです。その点についての働きかけというのが余りにも見えないということで私はそういう意見を持っております。
#41
○広中和歌子君 それでは、西元公述人にお伺いいたしますけれども、かけがえのない同盟国を助けるのは当然ということでございます。
 ほかの国々、我が国だけではなくて、特に西欧諸国は、アメリカのとるべき行動に対して一種の白紙委任的なサポートをしましたよね。どちらかというとアンコンディショナルサポートをしたんじゃないかと思いますけれども、助けるのは当然だとはいえ、やっぱり白紙委任的なのはどうなのかなと。アメリカがどういう形でこれから報復活動、つまり、アメリカにとっては自衛権の発動ですけれども、その自衛権を発動していくのか。それに対して、私たちは少なくとも憲法の範囲内という条件はつけましたけれども、しかしその中でこういうアメリカの行動をサポートしていく、つまり参加していくということですよね。そうしたときに、やはり参加する以上、相手の行動なり方針なりが説明されなければならないと思うんですが、そのことについて、日本政府というのは十分なそういう情報を得て密接な関係を持ちながらやっているというふうな印象をお持ちでございますか。
#42
○公述人(西元徹也君) お答えしますが、まず結論から申し上げまして、私は白紙委任とは認識をいたしておりません。
 NATO諸国にしても、あるいはオーストラリア、ニュージーランドにいたしましても、これは同盟国としての義務、あるいは平素、同盟を組んでいる国の立場というようなもの、そしてこれから将来の新たな脅威に対応するため、そのようなさまざまな条件を考えながら今回の集団的自衛権の発動に踏み切ったと、私はこのように理解しております。
 一方、それでは日本の立場はどうなのかというその根本的なお尋ねでございますが、私はこれまでも、総理ももう何回もブッシュ大統領と話をしておりますし、また柳井大使を通じてアメリカとは相当緊密なやりとりをしていると。また、そうでなければそのような決断ができるはずもないんで、そこはそのように政府を信頼をいたしております。というのは、私はその中身を知り得る立場にありませんので何とも申し上げられませんが、少なくともそこはきちっと対処していると、このように思います。
 御存じのとおり、我が国は通商貿易立国でありますから、国際社会の平和と安定がこれほど重要な国は我が国以外には私はないと思いますので、そのような観点から、私がかけがえのない同盟国と申しましたのは、その国際社会の平和と安定にとってアメリカが果たす役割は非常に大きいだろうという意味からそのように申し上げました。
 以上でございます。
#43
○広中和歌子君 では、西元公述人に続けて質問いたしますけれども、国会の事前承認についてですけれども、多くの議員の賛同が大切であるという意味の御発言をなさいましたけれども、事前承認があれば民主党というのは賛成の立場をとるというふうな動きになっているわけなんですけれども、その事前承認について、どういう不都合があるというふうに日本の政府は考えているのか、御意見があったらお願いいたします。
#44
○公述人(西元徹也君) 私は、事前承認であれ事後承認であれ、まず承認がされるべき中身が、基本計画のような細かいことではなくして、一体何の目的のために、何をやるために、どこへ、どのような規模の部隊を派遣するのかといったような基本的な事項がやっぱり承認事項になるんだろうと思います。そして、そのことは当然のことながら論議が尽くされてしかるべきだと、このように思っておりますが、出される自衛隊の立場に立ちますと、私見でございますが、どちらかというと出る前に承認をいただいて出ていった方が、彼らとしては国民に後押しをされているんだという意識は大変強く持てるだろうと、このように思います。
 ただ、その事前承認をした場合は、坂元先生が先ほどおっしゃいました、事前承認とした場合ですね、先ほどおっしゃいました問題点はやはり依然として残るわけでございますね。急いで審議が十分に行われなくなる可能性がある、それをとことんまで詰めていけば今度は派遣の時期を失することになる、この辺の兼ね合いをどうするかということが先生方にぜひ御検討を賜りたいという点でございます。
#45
○広中和歌子君 私はこういう専門じゃないんですけれども、軍事行動をする場合に、例えばイギリスとアメリカは違うようでございますよね。イギリスの場合は総理の権限で軍隊を派遣できる、しかしながら、アメリカの場合は国会の承認が要ると。かなり、この前の湾岸戦争のときも非常に僅差で承認をするということになったわけですけれども、やはり議会の承認を得て湾岸戦争も起こり、今回もいち早くサポートをするといったような決議が、決議というか議決がなされたと思いますが、坂元公述人がおっしゃったように、事前であるとじっくり審議ができないというふうにおっしゃった。ですから、じっくり審議が行われないからむしろ事後承認の方が望ましいというような言い方をなさったんですけれども、承認に関しては、基本政策についてではなくて、むしろサポートするかサポートしないかといったような種類のことですから、私はむしろ西元さんの御意見をむしろサポートしたい気がするんですけれども、坂元公述人はどのように思われますか。
#46
○公述人(坂元一哉君) 今、広中委員がおっしゃったサポートするかしないかというのは法律で決めることだと思うのでそれで決まると思うんですが、その後、実際に行う行動に対して国会の関与のあり方として、私はじっくりとした検討、いわゆる実際に行われていることが本当にその法律の範囲内かどうかということをチェックするためには事後の方が私はいいのではないかと申し上げているわけなんですね。もちろん、今、西元さんがおっしゃったように、自衛隊を出される立場から見ればということはわかりますけれども、私は事前承認が、時間の余裕があるときはゆっくり審議できると思いますけれども、そうじゃない場合に、もう事前だから早く出さなきゃいけない、もう一日で決めてくれということになったらちょっと私は後で禍根を残すので、むしろ国会の関与のためには後の方がいいのではないかなと私は思います。ですから、場合によると思います。
#47
○広中和歌子君 それでは、もうちょっとそれについてお聞きしたいんですけれども、それは次にいたしまして、田中公述人にお聞きしたいと思います。
 いろいろアフガンの状況を御存じな、そういう経験に基づいての御意見、本当にありがとうございました。
 このアフガン地域、アフガンの民族というのは、非常に多部族、多くの部族に分かれていて非常に統一が難しいというふうに聞いておりますし、そこへもってきて外国の勢力なども入り込んでますます複雑になっている。そういう中で、仮に和平、あるところまでで、戦闘行為が終わった後、あるいはそれと並行してでもよろしいんですけれども、新しい国家を樹立するというそういう作業に入るわけですが、やはり非常にプライドの高い、民族自決というか部族自決のそういう民にどのような形で国際社会が関与したら望ましいのかと。一応国連と言うのは簡単ですけれども、また実際的な問題もあるわけです。
 それから、ちょっとお話の中で石油のことをおっしゃいましたけれども、つまりアラブ諸国を敵に回すと日本のエネルギー問題につながってくるんじゃないかという意味のことをおっしゃいましたけれども、アフガンというのは戦略的に、つまりエネルギーという点で戦略的に非常に大切な国だということをどこかで聞いたことがあるんですね。つまり、トルクメニスタンかその辺にある天然ガス、それをパイプライン、アフガニスタンを通せばパキスタンに、そしてアラビア海へというふうで、私ども日本やアメリカにとっては非常に戦略的に有利な場所であるということを聞いたことがあるんですけれども、そういう中で、この前のイラン・イラク戦争もそうですし、それから湾岸戦争もそうですけれども、オイルインタレストというんでしょうか、そういったものが絡んできたらますます大変になるんじゃないかと思うんですが、御意見を伺えればと思います。
#48
○公述人(田中浩一郎君) 国際社会の関与のあり方についてですが、やはりこれはある種ギブ・アンド・テークになるのではないかと思います。国際社会として新政権づくりをサポートし、枠をつくり上げる点を手助けしてあげる、そしてその新政権が安定するように経済的な援助を出してあげる。こういう部分をしつつ、一方でその新政権が国際社会の方に対して幾つかの約束事をやはり守るようにしなければいけない。これは具体的に、周辺国に対して例えば危害を波及させないような、いわゆる善隣友好の基本原則を、ですから周辺に対して約束する。もちろん今回のテロリストの件もありますので、アフガニスタン国内において、周辺国あるいは世界平和の脅威となるような組織を抱え込まない、そのようなことに対してアフガン側からもコミットメントを得ることが必要だと思います。
 ですから、その点では双方向性が大事だと思います。これがあれば外から何かを押しつけられたというような印象を持たれずに済むと思います。もちろん、その最悪のケースは特定の勢力を、あるいは特定の人物を特定の国か外国勢力が支援して、これを次の政府の中心とするとかあるいは指導者としなさいという、そのような形で持っていくことは一番受け入れがたいものになってしまいます。
 ですから、そのようなことをせずに、今申し上げたとおり、いろいろな双方向性を持たせた限りにおいてはアフガン側にも十分受け入れ可能になるのではないかと考えております。
#49
○委員長(武見敬三君) はい、以上……
#50
○公述人(田中浩一郎君) 済みません。第二問目の質問がございます。
#51
○委員長(武見敬三君) わかりました。簡潔にお願いします。
#52
○公述人(田中浩一郎君) 済みません。
 石油に対するあるいはガスに対する関心でございますが、これはまず日本あるいはアメリカというよりも域内の国にとっての関心でございます。ですので、アフガニスタンの地政学的な重要性というのはパキスタン及びインドに関して非常に強く、これが今、先生がおっしゃられたような中央アジアの資源を南アジアに持ち出す、これが直近の重要性でございます。
#53
○遠山清彦君 公明党の遠山清彦でございます。
 本日はお忙しい中、六名の公述人の方に来ていただきまして、大変な貴重な御意見をいただきまして大変に参考になりました。心より感謝申し上げたいと思います。
 私は、九月十一日に米国で同時多発テロが起きましたときに私自身はミャンマーにおりまして、実はミャンマーのあるホテルで日本のNGOのメンバーと懇談をしておりました。まさにその最中に、世界貿易センタービルに、米国で民間の飛行機が突っ込んだらしいという情報が入りまして、我が耳を疑いながら翌日ミャンマーから日本に帰国したということになるわけですが、しかし私、後ほどいろいろと今回のテロ事件について学ぶ中で、実はこのミャンマーもテロの問題とかかわりが全くないわけではないと。
 それはどういうことかというと、御存じのとおり、ミャンマーにはゴールデントライアングルという麻薬の大きな生産地帯があるわけでして、アフガニスタンも実は世界でも有数の麻薬生産地帯と。しかし、昨年、アフガニスタンからの麻薬の流出がとまりまして、そのために、一時的ですけれどもミャンマーが最も麻薬が出るような国になってしまったと。私もミャンマーにいるときに現地の内務大臣と会いまして、この麻薬問題についていろいろと意見交換をした経緯もありまして、後ほど私の質問の中でも触れると思いますけれども、やはり今回のテロ事件でさまざまな意味での衝撃というものを私も他の方々同様受けているわけですが、一つ申し上げれば、やはりこのグローバリゼーションがどんどん進んでいく中で、先進国を中心として私たちは移動にしても通信手段にしてもいろんなグローバリゼーションあるいは情報革命の成果というものを享受している。
 しかし、実はそのテロリスト組織もそういったグローバリゼーションから生まれるいろんなメリットを享受していて、例えば麻薬の問題でいいますと、私もUNDCP、国連薬物統制計画の方々とミャンマーでも懇談いたしましたけれども、今、全世界で麻薬のブラックマーケットに入っているお金というのは日本円で、年によって違いはあるようですけれども、多い年だと六十兆円というような規模のお金が麻薬のブラックマーケットに流れていると。そうすると、もし仮に六十分の一があるテロリスト組織に行ったらこれは一兆円になるわけでして、この六十兆円というのが当たっているかどうかということに関して私も確信ございませんけれども、しかし、恐らく数兆円という規模で麻薬がいろいろ動いているということは間違いないという事態で。
 ですから、今回のアメリカで起こったテロ事件も、やはり五年ぐらいの時間をかけた緻密な計画に基づいて、テロリストは余り仕事をいたしませんので、このテロリストが訓練受けたり生活したりするお金を全部バックアップをして、そしてそのアメリカで二十人と言われているテロリストを育ててこういう事件を起こしたと。そういう意味で、本当に我々政治家も含めて日本の国民が普通想像し得ないような規模の力をテロリスト組織がこの十年、二十年持ってきたんだなということを強く感じた次第でございます。
 では、質問に移らさせていただきますが、まず坂元公述人にお聞きしたいと思います。
 私はミャンマーにおりましたけれども、坂元公述人は、まさにその事件があったときにワシントンDCにいらっしゃったと、その後もアメリカにしばらくいらっしゃったようですけれども、その事件が起こってから直後のアメリカの社会の様子を現地でごらんになって、米国政府あるいは国民がどういう反応を、事件にしたのか。
 日本の一部には、米国が非常に感情的になっていて、これはもう大統領とか政府の要人も含めて非常に冷静さを欠いた対応をしている、もう行け行けどんどんだと、オサマ・ビンラディンの身柄がアメリカに引き渡されたらもう縛り首にするとかなぶり殺しにするんじゃないか、そんな意見もあるわけですけれども、私は、それはああいう事件が起きましたから、米国の国民の中には感情的になってアラブ系の市民を襲ったりとか、あるいはブッシュ大統領も時には非常に感情的な、エモーショナルなスピーチというのはあったと思うんですが、しかし私は、総じて政府並びに米国市民は冷静に対応しているんじゃないかと思っているわけですけれども、坂元公述人の御意見をお伺いしたいと思います。
#54
○公述人(坂元一哉君) 申し上げるまでもなく、私が見聞きしたものはアメリカのごく一部のことでありますけれども、友人を通してとかあるいはマスメディアを通して感じたもの、それから町の雰囲気とかで感じたものなんですけれども、私の感じるところでは、アメリカ人が頭に血が上って興奮しているというようなことは全然見えなかったわけでありまして、また、そういうふうに評価している外国のメディアもあります。
 彼らの反応は、私の感じでは、やっぱり深い悲しみと、巨大だけれども非常に静かな怒りというものがあるというふうに思います。これは恐らく、アメリカ人がこの事件については何か興奮してさっと反応してそれで済むという簡単な事件だというふうには考えていないというところがあるんじゃないかなというふうに思います。一部の見方ですけれども。
#55
○遠山清彦君 次に、西元公述人にお伺いしたいと思いますが、実は私、十月五日から四日間パキスタンの現地に行きまして、イスラマバードに六日、ペシャワールに七日ということで、実は七日の夜に、現地時間では、空爆が始まりまして、私は空爆が始まったときにペシャワールにおりました。
 現地で国連関係者、特に難民高等弁務官事務所のスタッフとかあるいは日本のNGO、ジャパン・プラットフォームの関係で現地で準備に当たっているメンバーと私も懇談をいたしまして、また、現地で難民キャンプ、カチャガリ・キャンプというところも訪れることができたわけですけれども、その際、国連難民高等弁務官事務所の、今、イスラマバードにはパキスタン事務所とアフガン事務所がありまして、それからペシャワールにはペシャワールのサブオフィスがある。それぞれで私、懇談を現地のスタッフといたしまして、代表、副代表、そのクラスとしたんですが、私も、自衛隊による支援、特にこの難民人道支援というものについて、今与党・政府が考えていることを御説明申し上げた上で、忌憚のない意見を聞いてまいりました。
 先ほど西元公述人は、他の国の軍隊がパキスタンに入って人道支援しないような場合にはこれは自衛隊も難しいだろうというお話があったわけなんですけれども、私が現地で国連関係者から聞いた話の中では、こういうことを言っていたんですね。というのは、彼らも、通常であれば国連機関とNGOだけで難民に対応する、これが通常だと。しかし、特殊な場合は、軍隊組織による協力も歓迎をし、一緒にやることもあると。実際、日本の自衛隊もルワンダの難民支援でザイールでやったことがあるわけですけれども。ただ、彼らは、どんな軍隊でもいいというわけではない。例えば、本当に戦争しかしたことがなくて、難民支援とか災害救援とかしたことない軍隊組織が来てもらっても迷惑だと。
 しかし、日本の自衛隊の場合には、災害救援を国内で、台風それから洪水、地震等の際に多くの経験を積まれている。また、カンボジアあるいはルワンダあるいはゴラン高原等でも国際的な活動も今までしているということで、自衛隊が来て、どういう具体的な協力になるかは当然この新法ができて現地調査団を送ってからの話になるんでしょうけれども、原則歓迎をすると、そういうような話を私にしていたんです。
 そういうことに対して、西元公述人の立場から、自衛隊のいわゆる難民支援能力というか人道支援に対する能力等、あるいはパキスタンというのはちょっと具体的過ぎてうまくあれかもしれないんですけれども、どう思われているか、ちょっと御意見を伺いたいと思います。
#56
○公述人(西元徹也君) お答え申し上げます。
 私は、今、先生御指摘のルワンダに対する難民救援、このことしか現実には知りませんが、当時の支援のやり方は、難民キャンプから少し離れたゴマ飛行場の近辺に根拠地をつくって、そこで医療支援をするというのが基本的なやり方でありました。ところが、中では、当然のことながら難民同士の争いがあって、けがをしてもう急遽処置をしなければ命を落とすというような状態があって、そこへ警護の者をつけて駆けつけるといったようなこともあったと承知しております。
 先生も御指摘のとおり、自衛隊は、これまで国内で、十年前ぐらいまででございますが、さまざまな批判を浴びながら訓練、業務にいそしんでまいりましたので、周りの方々と非常によく調整し、自分たちが行うことだけを表に出していくといったようなやり方はとっておりませんでした。したがって、いろんなところに気を使いながら周りと調整し、業務を進めると。そういう観点では人道援助にはやはり向いている組織であると、このようなこと、そのことが、また逆に言えば、ちょっと私の思い入れもあるかもしれませんが、厳正な規律維持と相まって損害を避けるといったようなことにつながったというのが、カンボジア、モザンビーク、ルワンダ、こういうことだと思います。
 したがって、そのような現地のニーズがあるということは、また一方においてよく調査をしてこれから政府として措置されるべき問題だろう、このように思いますが、いずれにしましても、私は、依然として単独での派遣というのはやや心配があります。
#57
○遠山清彦君 次に、田中公述人にお伺いしたいと思います。
 先ほどもちょっと議論になりましたけれども、いわゆるアフガン人に対して日本が支援する際に、民意の尊重とシビリアンコントロールをどう説くかというのが大事だと、私もそのとおりだと思います。
 ただ、今の新法の議論、特に国会の軽視という言葉も使われておりましたけれども、事後承認というものが民意尊重として不十分であるというお立場だとは思うんですね。さらに、ダブルスタンダードになってしまうと。つまり、この日本の中でちゃんと民意尊重していないのにアフガン人にそれを説けるか、それはダブルスタンダードだという御指摘あったんですが、田中さんも国連のスタッフだったから国連の中はおわかりだと思うんですけれども、私は、国連という組織が、じゃ田中さんのその厳密な基準で何かすべてを事前承認とっているかというと、私、そうじゃないと思いますね。すべての国連のいろんなミッションのオペレーションは、大枠のマンデートをもらった後の個々の具体的なオペレーションに対しては、一々国連総会の承認を事前にとったりとか、そういうことはしていないと思います。
 国連事務総長の行政、言い方はちょっと悪いのかもしれない、事務総長ですから。しかし、日本の政治の枠でいえば行政権の裁量というのはやっぱりある程度あると思うんですね。特に、御存じのとおり、難民支援とか人道的被害が急に起こった、突発的に起こった場合というのは、これ機動性、迅速性が非常に重要になってきますから。
 ですから、そういう中にあって、要するに最低限の条件を確保を私は事後承認でしているのではないかと。また、時限立法という形をとることで、今回の法律が特別立法であってこのテロ事件だけに対応するということで、そういう担保もつけているという意味で、私は、アフガンの復興に日本が堂々とかかわっていく条件は現在のままでも整っているのではないかと思いますが、その点いかがでしょうか。
#58
○公述人(田中浩一郎君) 確かに、おっしゃるとおり、いろんな矛盾も抱え込んで、国連という組織は矛盾も抱え込んでおりますし、その理想どおりに動いていないことは御指摘のとおりでございます。
 ただ、今、先生がおっしゃられましたような現場の裁量というものはやはり最低限のレベルのものでありまして、例えば何か事態が急変して部隊を、PKO部隊などのようなものをどこからか受け入れなければいけない、送り込まなければいけない、このようなものはもはや現場での裁量領域を超えております。
 ですから、この点におきまして日本が、我が国が自衛隊を送り込むということをお考えであれば、やはりこれはしっかりした手続を踏んでしかるべき問題ではないかというのが私の立場でございます。
 あと、時限立法の性格につきましては、これは、テロと戦うということは、先ほど小林先生もおっしゃっておりましたけれども、今回限りのことではないはずでございますので、この点において、ですからこの法案自体を時限立法とすることでかえって矛盾を抱え込むのではないかというのが私の視点でございます。
#59
○遠山清彦君 最後の点については、私は、これ総理も表明しておりますけれども、テロに対して国内対策あるいは国際社会、国際社会に関しては国連の方で包括テロ防止条約というのを今議論を始めていますので、私は、その枠組みに入るという形で、より恒久的な普遍的なテロに対する対策に日本が参加していくということはできると思いますし、国内のテロ対策についても一般法で新しく立法するとかという形で対応できるんじゃないかなと思っております。
 さて、次に阿部公述人に質問させていただきたいと思います。
 私も、国際法をちょっと大学院等で勉強していた人間ですので、お話の趣旨はよく理解をしているつもりでございます。しかし、まず国際法の中で、特に武力行使に関して例外として自衛権だけ認めると。それ以外のケースとして実は御指摘にならなかったのは国連憲章の第七章による国連軍というのがあると思うんですが、武力行使を認めるというのですね。この二つだけが基本的に例外として認められているというのが大ざっぱに言えば国際法の中での武力行使に関する議論だと思うんですが、私は、既存の国際法では想定されていない事態が今回のテロ事件だったんではないかというまず認識を大前提に議論しなきゃいけない。つまり既存の法律の中で、私も、例えばまだ発効していないローマ規程とかあるいはテロ関連の条約、十二個ぐらいありますけれども、どれを読んでも、まともに今回のような事件に適用できる国際法上の法規というのはまだないと思います。これからつくるんだと思うんですね。ということは、公述人がおっしゃっている今までの国際法を使ってこれを論じるという姿勢自体が私はちょっと疑問を感じております。
 じゃ、今回の事件どういうことかというと、私たちの文明社会の生活の基本にある信頼を裏切るようなテロなわけですね。つまり、民間の飛行機を武器として民間人を無差別に殺傷するということを想定して私たちの社会システムは動いていないわけです。それから、今、炭疽テロがアメリカであるわけですけれども、郵便を使って生物兵器に使われる菌を送りつけるというのも、これも私たちの社会常識というか生活の根本にある人間の信頼を裏切る形のテロなわけですね。
 ですから、こういったまさに特殊なケースであるからこそ、例えばマイケル・ウォルツァーというアメリカの有名な国際法の学者がいますけれども、彼は今回の軍事行動を支持しております。読売新聞かなんかのインタビューで、新しい正戦論かと言われたら、そうだということまで言ってしまっていると。
 私は、この根本的な問題は、国際法が実は阿部公述人がおっしゃるほど法体系として成熟していないということを認識する必要があると。つまり、法の実効性を確保する裏づけがない。もっと具体的に言えば、オサマ・ビンラディンという主要容疑者を実力で捕まえる世界警察がないわけです。国際司法機能がそこまで強くないわけです。
 ですから、私は、そういう実効性の確保の裏づけを欠いた国際法という法体系だけを基準に今回の軍事行動を国際違法行為であると、あるいはそれに協力することを国際違法行為であると言うことはできないと思うわけです。ですから、アナン事務総長も、アメリカとイギリスの今回の軍事行動を国連憲章五十一条の自衛権に基づくものだと報告したときに、それを理解し、容認しているわけですね。
 そういうふうに私は思うわけですが、御意見を伺いたいと思います、この点について。
#60
○公述人(阿部浩己君) 御質問どうもありがとうございます。
 今御指摘された点に関連して、今回のそのテロ行為に関しては今までに予想されなかった、見られなかったものであるということで、新しいという修飾語を伴って表現されることが多いと思います。新しいということは既存の法制度そのものが古いということになるわけですから、新しいという言葉が使われた時点において既存の法制度を逸脱していくという、そういう流れというのがはっきり出ていると思うわけですね。恐らく何をもって新しいのかと考える、今御指摘された点で既存の国際法が予定していなかった事態ではないかということだと思うんですね。
 これは評価は分かれるかもしれませんが、私がきょうのお話の中で申し上げたかったのは、まさに今おっしゃってくださったような議論がどれだけこの国の中でなされてきて、そしてその判断のもとに国内法の制定につながったのかどうかという点において根本的な疑問があったわけですね。
 つまり、国際法について議論がほとんどなされないまま法律がつくられていく、しかし、仮に法律がつくられる場合に、その国際法の解釈が私と違っていたとしても、その議論をしてほしかったということなんです。と同時に、そのような議論をされるのであれば、国内にとどめず、国際社会全体に対して、国際法とはどういうものなのかということについての意見を示すべきであり、それは国連総会や安全保障理事会あるいはさまざまなフォーラムの場でそのような意見を示していただきたいと思うわけですね。
 私は、一義的に国際法はこう解釈されるべきだと、これしか解釈があり得ないんだとかいうことを申し上げているのではなく、きょうは。国際法そのものが軽視されてきているということについて、今おっしゃってくださったような議論が欠けているということが問題だということを指摘したかったわけです。
#61
○小泉親司君 日本共産党の小泉でございます。
 きょうは公述人の皆さん、御苦労さまでございます。時間が制限されておりますので、すべての公述人の皆さんに御意見をお聞きできないことを御容赦いただきたいと思います。
 私も、今回の九月十一日の大変残虐非道なテロ行為については絶対に容認できない、このテロの根絶という問題はやはり二十一世紀の人類がこれから生存をしていく上で大変大事な課題だというふうに思います。
 私たちは、今回の事件については、米英の単独の軍事報復戦争ではなくて、国連中心の解決を図るべきだと、この点を強く要求をしております。きょうは法案に対する公述人の皆さんの御意見をお聞きしているので、その点に絞って質問をさせていただきたいと思います。
 まず初めに、西元公述人にお尋ねを申し上げます。
 小泉総理は、武力行使はしない、戦闘地域には行かない、戦場には行かない、だから憲法の枠内だと、こういうことを繰り返しておられます。この武力行使は何かといいますと、今度の法案では、戦闘行為というのは国際紛争の一環として人を殺傷し、物を破壊する行為だと、いわば直接の戦闘だけで、日本がやるような兵たん活動というのはこの中に入らないんだということを理由にして武力行使はしないというふうに言っておられる。私たちは、これはちょっと世界の常識と違うんじゃないかと。しかも、もう一つ軍事の常識とも違うんじゃないかと。
 例えば自衛隊の野外令、これは私よりも公述人の方がお詳しいんですが、この野外令でも、決して直接の戦闘行為と兵たん活動を分けて考えておらない。当然、武力行使、実力の行使というのは、私たちは直接の戦闘行為ばかりじゃなくて兵たん活動も当然含む行為であると、これはもう私は軍事の常識だというふうに思います。
 後藤田元官房長官は大変うまい表現をされておりまして、武力の行使といういわゆる戦闘行為と兵たん行為というのは、やりの穂先と柄みたいなもので、穂先がなけりゃやりじゃないし、柄がなけりゃやりじゃないんだと、だからこれはまさに一体の行為なんだという、私は大変名言だと思いますが、その点、軍事の常識として武力の行使と実力の行使というものはどういうふうに考えられておられるのか、その点をまず初めにお聞きします。
#62
○公述人(西元徹也君) 武力の行使あるいは実力の行使、それには完全に二つの分野があると理解をいたしております。
 一つは、言うまでもなく直接的な作用を及ぼす分野でございますね。もう一つは、その直接的な作用を及ぼす分野に対して、間接的な影響を及ぼす分野、この二つに区分できると思いますが、我が国が国際的な立場を、我が国としての国際的な立場を維持していく上において、少なくともこれまで政府がどのようなお考えをとってきたかという、その一番根本になるところは私は承知しておりませんけれども、少なくとも間接的な影響を及ぼす、しかもその間接的な影響もさらに二つに分けて、御承知のとおり戦闘に直結、武力行使に直結するものとそうでないものを分けているという、少なくとも一番引いた分野については憲法解釈上支障ないんだと、このような解釈をとって今日まで少なくとも必要最小限ぎりぎりのところの、何といいますか寄与をしてきたと、このように理解をいたしております。
#63
○小泉親司君 もう一つ、戦闘地域に行かない、戦場に行かないという点での問題ですが、先ほど坂元公述人もお話ありましたけれども、西元公述人も、新聞報道によりますと、今回の法案というのは戦闘地域と非戦闘地域を区別するのはもう非常に困難だというふうなことを繰り返し言っておられる。私もそうだというふうに思います。その点では、戦場に行かないというのも大変あやふやな御答弁を政府が繰り返しているというような、今回の法案では私自身はそういう状況だというふうに思います。
 質問としてお聞きしたいのは、そういう今度の法案でも、戦場と、戦闘地域と非戦闘地域と、こういうものが本当に区分けすることができるんだろうか、その点について公述人はどのように考えておられるんでしょうか。
#64
○公述人(西元徹也君) 私は、本日の冒頭に、前線と後方の境目が不分明になったということを申し上げましたが、それは基本的に変わっておりません。
 ただ、前線と後方という言葉をあえて使わせていただきましたのは、伝統的な意味における国対国の紛争における戦闘地域とそうでない地域、これとの区分と、テロというそのような手段をもって行うのは、ある意味では日本国内ですらもその脅威は及ぶわけでございますから、そのようなこと、限定的なものに対する前線と後方の区分は非常に難しいということであえてそのように申し上げたわけですが、これが伝統的な意味における戦闘行為にかかわる戦闘地域と後方地域の区分と、テロに対する戦闘地域、後方地域、ある意味では前線と後方の区分は違うんだと思うんですね、どこにおいても。
   〔委員長退席、理事吉村剛太郎君着席〕
 というのは、戦闘という米英軍が今中心になって行っている軍事行動は、これはどっちかというと伝統的な戦闘行為でございます。その後方において相手が今度しかけてくるものは非伝統的なものというぐあいに私は理解いたしております。
#65
○小泉親司君 次に、吉田公述人にお尋ねいたします。
 武器の使用の問題でありますけれども、先ほど公述人もお述べになりましたが、今回の法案では、武器の使用を、自衛隊が戦闘地域に出ていって、その自己の管理下にある者について、それが侵害された場合については武器の使用ができる、そういう規定になっているわけですね。
 政府の衆議院に出しました統一見解によりますと、これも自然的権利だという規定をされておるんですが、その自然的権利という意味はどういう意味と解されておられるのか、その点をちょっと詳しく御説明いただきたいと思います。
#66
○公述人(吉田健一君) 政府の方の説明ですので、それをどう解するかは、本来は政府の方できちっと説明していただきたい気はしますけれども、一般的に自然権的な権利行使ということで正当化しようという趣旨は、多分、日本でいえば刑法の理屈からそれを説明しようというふうにされているんではないかと思うんですね。
 そういうことで、その点に関してちょっと私の方で問題と感じている点も含めて述べさせていただきたいと思うんですけれども、小泉首相自身みずから、本法案のもとでは今回は自衛隊は海外の危険な場所に行ってもらうんだというふうに言っています。もう一つ、自衛隊は海外に行けば軍隊と見られるというようなことも言っておられるわけですね。
 そういう武装した自衛隊がみずから危険な場所に行く、そういうもとで当然に、先ほど来御指摘させていただいたような武力の行使をやる、あるいは武力による威嚇をやっているというふうに少なくとも相手方から受けとめられる可能性のある対応もとるというふうなことになるんだろうと思います。そういう自衛隊が海外で受けた攻撃、これに反撃するということで本当にやむを得ないものとして正当化されるかどうかということが問題になるわけです。
 私は、この点は極めて疑問に感じます。
 というのは、刑法的な関係というのは、あくまでそういう戦争を前提にした理屈としては考えていないと思うんですね。例えば、日常、道を歩いていて突然殴られそうになるとか、切りかかられて、それで反撃するだとか、いわゆるそういう正当防衛を前提としているような、そういう前提が全然違う。みずから自己防衛のためにやるという刑法の理論というのはそういうことを前提にしているのであって、やはり戦争を前提にしているわけではないんです。
 刑法の考え方からいっても、自分でみずから攻撃を招く、あるいは危険をみずから招くというような場合には、それ自体が正当化されない、正当行為として認められないというわけでして、法案で定める活動に従事しながら武器をもし自衛隊が使用するというようなことがあれば、そういった刑法の理論、いわゆる自然権的な権利行使ということで必ずしも正当化されるものではないということを指摘しておきたいと思います。
 それからもう一つ、その枠をはみ出て、さらに今回の法案のもとで自衛隊が海外に出ていくとすると、自衛隊法九十五条の適用が排除されないという問題があります。これは、果たして自然権的な権利行使というところから正当化され得るんだろうかということであります。
 つまり、自衛隊法九十五条というのは、武器や弾薬、そして航空機や船舶、艦船、車両、燃料、通信施設などを攻撃された場合に、これを守るために武器を使っていいという規定なんですね。そういうことで武器を使うとなると、相当程度重装備の武器が必要となるということが考えられます。こういうことまで自然権的な権利行使ということでは到底正当化できないんではないかというふうに考えられるわけで、そういう意味では、政府の説明というのはちょっと法理論からいっても常識外というふうに言わざるを得ないというふうに思います。
 以上です。
#67
○小泉親司君 もう一つ、いわゆる防衛秘密の問題でありますけれども、現在、日本においての防衛秘密というのは、軍事機密といいますか防衛機密といいますか、そういう問題を規定したものは、一つはいわゆる地位協定六条に基づく刑事特別法、いわゆる刑特法があるわけですね。それからMSA秘密保護法、いわゆる日米相互防衛援助協定に基づく秘密保護法があるわけですね。
 ところが、それはあくまでも米軍ないしはアメリカの装備に関する秘密という形になっているわけで、今回、自衛隊法にあるのは、初めて自衛隊が防衛秘密ということを持つことができるという法律にまず第一はなっているわけですね。ここが私、大変大事なところだというふうに思うんです。
   〔理事吉村剛太郎君退席、委員長着席〕
 その点では、この防衛秘密を、防衛庁が初めて防衛秘密が存在するということを認めるわけで、これが果たして国民の権利を侵害することがないのかと、大変その点で弁護士の日弁連の方初め、多くの方が危惧されておられるので、その点やっぱり防衛秘密の保護という問題と国民の知る権利が侵害される、その点ではこれは両相なるということはあり得ないと私は思いますし、具体的にどんな国民の知る権利が侵害されてくると考えられるのか。その点を少しお尋ねをしたいというふうに思います。
#68
○公述人(吉田健一君) 先ほども防衛ということでの秘密のエリアといいますか、それを特別扱いするという危険性については指摘させていただいたとおりですが、具体的な法案の中身についてもう少し突っ込んで説明させていただきたいと思います。
 つまり、防衛秘密を漏えいするということで、その漏えいした人だけではなくて、それにかかわった人、つまり共謀とか教唆とか扇動とかそういう人たちがそれだけで処罰される、つまり正犯が漏えいしていなくても、それにかかわった人が独立して処罰されるということが大きな問題になるわけで、そういう人たちが処罰されるということは、国民とか報道機関が情報公開を求める、そういうことに対して大きな制限を与えるということになるわけです。
 具体的に言いますと、教唆というのは、他人を唆して犯罪の実行を決意させることであります。法案では、教唆された者が実行に至らなくても、先ほど申し上げましたように、教唆行為そのものが処罰の対象となるわけですから、防衛庁長官が指定した秘密の開示を求める、その情報を示してほしいといういろんな国民の要請行動あるいは取材活動などもその独立教唆罪として処罰される、三年以下の懲役というふうな対象となる危険があるわけであります。
 取材行為が教唆犯などで直ちに処罰の対象となるのかということについては、自衛隊法の現在の規定と同じではないかという問題が指摘されていることがあります。しかし、今度の法案では、防衛秘密そのものについて防衛秘密として特別扱いし、かつそれを重罰化するということが大きな問題であります。一年以下の懲役というのが三年以下の懲役に重罰化されるわけであります。
 しかも、先ほども指摘させていただきましたように、自衛隊員だけの問題ではない、関係する国家公務員や広範な民間業者、労働者までが漏えいの主犯とされると。ですから、報道機関がそういった業者や関係する労働者に対して取材活動を行う、そういう活動が共犯になる。その態様についてはいろいろ議論があるところですけれども、例えば取材費用を払うということが、国家公務員であれば、わいろを送って取材行為を行ったから違法だというふうにされかねないわけですね。それだったら民間業者はいいのかということで、ますますその処罰の範囲が広げられるということになるわけで、そうなってきますと、捜査機関がマスコミを対象として言論弾圧という危険があるということは、やはりどうしてもその危険を指摘しないわけにはいかないわけであります。
 ただ、そういった言論弾圧という、ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんけれども、そういう問題があるということは、やはり取材活動やいろんな国民の活動を萎縮させるという効果が非常にあると思うんですね。
 しかも、今度の改正案は、扇動という新しい構成要件を持ち出して、その行為を処罰の対象としているということも重大な問題だと思います。
 扇動というのは、教唆と違って、犯罪の実行を決意させなくても、決意させるような刺激を与えればいいんだというふうに言われています。実際、扇動をされた者が現実にその犯罪を決意したり、決意していた犯罪をさらに助長されるということは必要ないという理解がされているわけであります。それから、この人に扇動される、この人に教唆するというだけではなくて、不特定多数の人に対しても扇動の相手方というふうにされるわけで、教唆よりもさらにあいまいで広げられるという危険を感じるわけであります。
 先ほどから報道機関、マスコミの例を説明させてもらいましたけれども、例えば国会で、自衛隊、防衛庁がどんな新しい兵器をつくるのか、それがどのぐらいの予算で、どんな危険性、あるいは侵略に使われる危険があるんではないか、憲法に違反するんではないかという審議が行われる、そういった議論についても秘密ということを盾にしてシャットアウトされる。いろんな民間のシンクタンクやNGOや平和団体、市民団体、個人などがそういう防衛情報を示してほしいという、そういう活動、あるいは軍需産業に従事している労働者に現状を告発してもらいたいというような行為も、そういう処罰の対象とされるという危険を指摘せざるを得ないわけにいかないわけなんですね。
 先ほど資料としてお配りした日本弁護士連合会のいろんな見解でも、これは、過去にいろんな国民やマスコミの批判がありました、それで廃案になった国家秘密法案ですね、国家秘密法案と重要な部分で重なるというふうな問題も指摘されています。
 そういう意味で、少なくとも、こういうテロ問題と一緒に議論されて、審議の時間も十分とれないままこの法案を成立させることがあってはやはり問題なんではないかということを強調しておきたいと思います。
 ちょっと長くなりました。済みません。
#69
○小泉親司君 ありがとうございました。
 終わります。
#70
○田嶋陽子君 社民党の田嶋陽子です。
 きょうは、六人の公述人の皆様、どうもありがとうございます。
 私は、一番心配していることは、独立国家日本のあり方ということをずっと考えています。今回のことで、今回の事件に対するかかわり方で、日本がもしかしたら道を誤るんじゃないのかということを懸念しています。
 よく言われていることなんですけれども、ビンラーディンを捕まえてからということをよく言います。そして、復興計画もみんなが口にするようになっています。でも、私には、ビンラーディンを捕まえてからということと復興計画を考えている、この間には物すごいギャップがあって、いつ捕まえられるんだろう、どの辺の予測を立てているんだろう、本当は、その復興計画が実現するまでには十年かかるのか、もしかしたら五十年かかるのか、もしかしたら一年後か、わからないんですね。その辺のことを私は専門家の皆様にちょっとお聞きしてみたいと思います。
 お一人ずつ、十秒でも構いませんので、どんなふうに思っていらっしゃるか。西元さんからよろしくお願いします。
#71
○公述人(西元徹也君) 結論として、その期間というのをここで予測することは不可能だと思います。
#72
○公述人(田中浩一郎君) そのような準備は国連の方におきましても、既にこの戦闘が行われる以前、九月十一日以前から念頭に置いて動いておりました。
#73
○公述人(坂元一哉君) 私も、いつ捕まえることができるかというのは言うことはできないと思いますけれども、こうしたオサマ・ビンラディンに対する攻撃というのは、彼の無害化にはつながっているというふうに思います。
#74
○公述人(吉田健一君) 私もその点は全くわかりませんけれども、やはり今の事態というのが少なくともアフガニスタンの民族自決権を侵害するような形で進められていて、そういったやり方ではある意味問題ではないかという点だけ、ちょっと一言指摘させていただきたいと思います。
#75
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 私も基本的に同じなんですが、いつ捕まえられるのかというのはよくわかりません。ただ、問題なのは、捕まえ方といいますか、今行われていることに問題があるんだろうというふうに思っています。
#76
○公述人(小林正君) 実は、今の御質問のビンラーディンがいつ捕まえられるのかということについては、後の復興計画よりも、捕まえられなかった場合にどういう事態が起こるかという認識の方が重要だと思うんですね。もし捕捉に失敗した場合には、アメリカを初めとしてこの戦いに参戦しているすべての国が今後大変な危機的状況に陥るという問題を派生するわけです。
 したがって、まずそのために集中的に圧倒的な力を使ってこのテロを根絶しなければならないという第一義的な目的達成のために最大限の努力を傾注する、それがまず第一だと思います。
#77
○田嶋陽子君 私は、今の小林公述人のおっしゃっていた前半部分は大変賛同しますけれども、後半部分になるとここから意見の分かれるところだと思います。
 それに関してはちょっと置いておきまして、私は、この捕まえられるということに関しては非常に悲観的です。それを捕まえるために全力を投入して攻撃するというこの態度、今、捕まえ方が問題だと阿部公述人がおっしゃいましたが、むしろそこのところに私の気持ちはあります。
 それで、田中公述人にお伺いします。
 私は先ほどから申し上げているように、日本の独立国家としてのあり方と日本がこのことにどれだけ力が出せるのかということを考えているんですが、日本が後方支援をするということによって、私は、自衛隊を出すということですね、それに対してパキスタンの人やアフガニスタンの人たちがどういう日本に対する考え方を変えていくかということにとても関心があります。
 ということは、衆議院の審議会の最初の方でよく小泉首相がおっしゃったことは、日本が今どういう出方をするかは世界じゅうが見詰めているという、こういう言い方をよくなさっていたので、私はそのたびに新聞を取り寄せて、どれだけ世界じゅうの人が注目しているか調べますが、一言もどの新聞にも出てきません。
 今度の衆院通過したのもほんの幾つかの新聞が、東南アジアの新聞幾つかとドイツがそれを取り上げていて、経済力でもうだめになったから今度は軍事かと、こういう皮肉な調子で書いているのを、記事を見ただけです。
 ですから、逆に言うと、国際的に注目しているという言い方は、何か私たちをあおり立てていたような印象を受けるわけで、そのことも非常に恐怖感を持っています。
 パキスタンのデモを見たときに、やはり日本もアメリカと同じテロ国家なんだというプラカードを見ました。それから、日本はアメリカに追従しているというプラカードも見ました。すると、パキスタンには日本人が今何をしているのかよく通じているのかな、じゃアフガニスタンの人たちは相変わらず日本がこれまでしてきた支援に対して、日本人はいい人たちなんだ、自分たちを傷つける人ではないんだという印象を今もって持っているのかどうか、田中公述人にその辺の感想、印象をお伺いしたいです。
#78
○公述人(田中浩一郎君) 非常に難しいところなんですが、この後方支援が具体的にどこまでを指しているのか、ちょっと私にはまだ何とも言えないところ、理解できないところなんですけれども、たとえこれが人道支援に限った問題であったとしても、難民支援であったとしても、残念ながら自衛隊の方が出ていけば、仮にパキスタンにおり立ってそこで活動を展開していけば、パキスタンの中において自衛隊及び日本に対する悪感情が生じることは間違いないと思います。
#79
○田嶋陽子君 間違いない。
#80
○公述人(田中浩一郎君) 間違いないと思います。
 ただし、その援助物資の恩恵にあずかる、授かるアフガンの難民においては、これはまた違う感情だと思います。これは歓迎すると思います。
 ここから外れて、より米軍の後方支援というところに入ってきた場合にアフガン人がどう思うかというのは、これは米軍の攻撃がどの程度一般民に対して被害を及ぼすのか及ぼさないのか、これひとえに依存します。
#81
○田嶋陽子君 ありがとうございました。
 先ほど公明党の遠山議員から、国際法それ自体が、既存の国際法それ自体が状況に対処できないのではないかという御意見があって、そして阿部公述人から、そういうディスカッションが、議論が沸き上がらないといけないというお話で、まだ日本では沸き上がっていないということで、とりあえず既存の法律から私は現状というものをきちんと見てみたいと思います。
 それで、阿部公述人にお伺いしたいんですけれども、もう一度確かめるという感じの質問になるかもしれませんが、確かめたいと思います。
 同時テロに対して、多発テロに対して意見があります。アメリカを中心とする国際社会全体が武力を用いて反撃するのは当然だという形ですね。これは、当然ということは国際法に照らしてどう判断できますでしょうか。
#82
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。御質問どうもありがとうございます。
 先ほど私の陳述の中で申し上げたとおり、今の国際法、これは遠山さんの御質問、御発言の中に現在の事態に対処できるのかという御疑問が呈されましたけれども、日本は少なくとも今の現時点での国際法を守る義務を負っているということは間違いないわけです。そのことを確認しなくてはいけないわけですが、その今の時点の国際法におきまして武力を行使できる条件というのは、国連の集団安全保障措置を除けば自衛権を根拠にするしかありません。
#83
○田嶋陽子君 それでは、アメリカは今回の武力行使を自衛権によって正当しているわけですけれども、自衛権はどういう場合に行使できるのか。先ほどもお話しくださったと思いますが、もう一度おさらいしてください。
#84
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 私のレジュメに書いてあるとおりなのですが、今の時点の自衛権の一般的な認識は次のようになっています。武力攻撃が発生した場合に、その武力攻撃を排除する限りにおいて武力を行使していい、それが自衛権というものであります。そして、そういう意味で、武力攻撃が発生しているということが確定されなくてはいけません。と同時に、行使できる武力というのは、緊急やむを得ない場合あるいは行われた武力攻撃と均衡性がとれているということ、そういったような条件を満たしていることがない限り自衛権の範囲を超えてしまうというのが現在の国際法です。
#85
○田嶋陽子君 すると、今回のアメリカとイギリスの軍事行動は、自衛権の要件に照らしてみると疑問があるというのが阿部先生の御意見ですね。
 私は、一番やっぱり気になっているのが誤爆の巻き添えになった人たちです。大変な数の市民が死んでいるわけですが、もし自分がそのような立場になったとき、もう腹が立ったこの気持ちをどこにもぶつけられないような気がするんですね。それでも空爆の際に多少の犠牲が出ても仕方がないという、そういう言い方は首相の口からも聞かれました。そして、それは自衛隊に関してもそういう発言がありました。
 この空爆に関してだけお伺いしますけれども、多少の犠牲が出るのは仕方がないと言いますが、これは国際法的にはどういうことでしょうか。阿部公述人、お願いします。
#86
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 多少の犠牲が出るのはしようがないということは国際法上はありません。国際法においては、戦闘行為についてもきちんとしたルールが定められております。そのルールを守っているかどうかということが問題になります。したがって、ここでも、そのルールは新しい事態には対応できないのだという議論ももちろんあり得るのでしょうが、少なくとも現在の国際法がどうなっているのかというのを確認しておくという意味において申し上げます。
 それは、レジュメに書きましたけれども、直接的で具体的な軍事的利益との比較において、過度に一般市民の死傷や民間施設の損傷が引き起こされないということでありまして、これはより具体的に言いますと、目標物がきちんと選ばれているのかどうか、使用される手段が、例えば一つの爆弾が余りにも広範囲にわたって被害を生じさせるというようなことがないのかどうか、そして目標物や使用される手段、これが適切であったとしても、誤って不必要に市民を攻撃してしまった、それは現在の国際法上は禁止されています。もしそれがやむを得ないということであれば、それは国際法に反するということになります。
#87
○田嶋陽子君 素朴な質問ですけれども、今回のような場合は誤爆があっても仕方がないで済んでいるような気がするんですけれども、軍事施設だけを攻撃するといった場合、そうしたら市民にそれを予告はしないんですか、きょう爆撃があるから退避しなさいという形で。私はそういうルールは国際法にあってもいいような気がしますが、私は知らないので教えてください。
#88
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 必要な警告等はやらなくてはいけないということになっております。これは、国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書というものがあります。これは一九四九年のジュネーブ条約に追加されるものです。二つの議定書がありますが、そのうちの一番目の議定書、例えばこの第五十七条を見ますと、攻撃の際の予防措置をとらなくてはいけないということになっています。例えばこの五十七条を見てみますと、今申し上げたような、文民への被害が生ずるかもしれないという場合には、実行可能なすべての予防措置をとらなくてはいけないということが規定されています。
#89
○田嶋陽子君 すると、この亡くなった方たちは、損害賠償といいますかそれなりの補償、賠償を求めることができるのですか。アメリカは、そういう意味では法を犯しているということになっていいんでしょうか。
#90
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 それはとても難しい問題があります。
 先ほど、遠山さんの御発言の中にあったこととも少し関連してくるわけですけれども、国際法をどうやって実現するのかという意味におきまして、例えば個人の権利をどこで実現するのかというときに、多くの場合、現在は国内の裁判所を使ってやっています。国内の裁判所で国際法違反を訴えるということで、実際に、例えば国際法に違反して被害を受けた人がいた場合には、例えば国際法違反を犯した国の国内裁判所に訴え出るといったような形で被害の救済を図っていくということになっています。
 あるいは、もう一つ加えれば、戦闘行為等が終了した後に国家間の枠組みで補償問題を扱うということもあり得ます。
#91
○田嶋陽子君 すると、難民の発生というのは、私たちは当然のごとくといいますか、受け入れていますが、難民の発生というのはやむを得ないというわけではないということですね。
#92
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 戦闘行為におけるルールとしまして、先ほどから申し上げていますけれども、直接的、具体的な軍事的利益との比較ということにおいて大量に難民が発生する、それも何千、何万、何十万、百万を超えるという難民が発生してくるということになりますと、それは直接的、具体的な軍事的利益とのバランスを明らかに失しているということになり、そういう状態に至ると、これは戦闘行為における国際法に照らしてみると重大な疑念があるというふうに言わざるを得ません。
#93
○田嶋陽子君 すると、アメリカとイギリスが今やっている空爆というのは、国際法上ではかなり問題があるということで、日本では、国会では、さっき遠山議員もおっしゃいましたけれども、阿部さんもおっしゃいましたけれども、この国際法に関しては議論されていない。そういうところで、国際法との整合性というものを無視して国内法をつくるというのは、どんなふうにお考えになりますか。
#94
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 まず、武力行使それ自体が許されるのかということと、許される許されないにかかわらず個々の戦闘行為が国際法のルールに合致しているかという二つの問題があります。
 先ほどから指摘してきましたように、これらについての議論がほとんどなされていないということが私にとっての一番の大きな懸念になっています。
 そこで、日本の場合は、国際社会において名誉ある地位を占めるということに、憲法で、前文で宣言されていますが、国際協調主義という考え方を打ち出しています。
 この国際協調主義というのは、具体的には憲法九十八条二項によって国際法を守るという形で具体化されています。これは、日本の司法府において、あるいは行政府において、学界においてもそうですけれども、国際法というのは、日本の中においては通常の法律よりも上位に来る、つまり、法律は国際法に適合していなくてはならないというふうになっています。これが、日本が国際協調主義に基づき国際法を遵守するということの意味なわけです。
 したがって、あらゆる法律、とりわけ国際法規に直接的にかかわってくるような、戦闘行為のようなものを扱う法律をつくる場合には、現行の国際法との整合性を考えないという選択はおよそ憲法に照らしてあり得ないというふうに思います。
#95
○田嶋陽子君 すると、今度のテロ法案も、きちんと国際法との整合性をこの後もし通過したら考えるわけですね、だれかが検討し、検査をするんですね。
#96
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 これは、事後にさまざまな審査、場合によっては司法審査ということもあり得るのかもしれませんが、先ほど例えば遠山さんが国際法の観点について非常にお詳しいことを言ってくださいましたので、ぜひ、今の時点からでどの程度実効があるのかわかりませんけれども、国際法との整合性については、国会外にゆだねるのではなく国会の中でもきちんとやっていただきたいというふうに思います。
#97
○田嶋陽子君 それでは、武力行使以外に、私はやっぱり武力行使が嫌ですし自衛隊は出したくないと思い続けています。武力行使以外にどんな方法でこの問題が解決できるとお考えですか。時間の限り内で一言ずつ六人の方にお伺いしたいと思います。よろしくお願いします。
#98
○委員長(武見敬三君) ちょっと六人は時間の都合上難しいと思います。限定してください。
#99
○田嶋陽子君 だめですか。そうしたら小林さん。一言でいいです。
#100
○公述人(小林正君) 今回のテロに対する有効、適切な手段は、現に米英並びにこれに賛同する諸国が取り組んでいる形以外にはありません。
#101
○田嶋陽子君 というと、武力行使ですね。はっきり言ってください。
#102
○公述人(小林正君) そのとおりです。
#103
○田嶋陽子君 阿部さんお願いします。
#104
○公述人(阿部浩己君) どうもありがとうございます。
 私は、今回の場合は国際法が用意している法執行体制のもとで問題を解決すべきだと思っています。国連の安全保障システムをより強く動かしていく、多国間の枠組みの中でこの問題を解決すべきであり、特定の国にその権限をゆだねていくというのは非常に危険な状況だというふうに思っています。
#105
○田嶋陽子君 それは、特定の国というのは、はっきりおっしゃってください。
#106
○公述人(阿部浩己君) 端的に言えば、アメリカということになります。あるいは、アメリカの同盟国ということにもなります。
#107
○田嶋陽子君 次、吉田さんお願いします。
#108
○公述人(吉田健一君) 私も、国際法の現在の枠組みを最大限生かしながら、新たにまた特別法廷などの創造的ないわゆる犯罪を裁く機関、そしてその容疑者を捕らえてそこにかけるという手続をとるべきだと思います。
 先ほど国際法が予定していないという御指摘もありましたけれども、やはり戦争を防止するという、戦争をしないという方向での国際法の戦後の歴史、その発展の上に立って対処すべきだというふうに思います。
#109
○広野ただし君 ありがとうございます。自由党の広野ただしです。
 九時からもう三時間過ぎておりますので、各公述人には本当にお疲れだとは思いますが、あと最後になりますのでよろしくお願いをしたいと存じます。
 今度のテロは、本当に極悪非道、非常に残虐なテロ行為であります。これは、国際協調主義で、国際協調でもって断固として戦わなきゃならない、こういう思いでありますが、先ほど小林公述人がおっしゃいましたように、このテロの戦いというのは、従来の戦争と違ってアザー・ザン・ウオーということで、OTWと言われておりますが、新しい戦争形態であります。どこで、どこが戦場か非戦場なのか、またどこが軍事の衝突があるのかないのか、本当にわからないことでありますし、生活の舞台がまさに戦場になるということだと思います。
 そういう中で、後方支援協力という考え方というのは、前方と後方とを分けて、従来の考え方の中で行われていることだと思うわけですが、私たちは、自由党の方は一体行為だと、こういうふうに考えておりますが、この点、小林公述人にもう一度お願いをしたいと思います。
#110
○公述人(小林正君) 今おっしゃったとおり、前方と後方というような分け方とか、あるいは戦闘行為とロジスティックスを分けて考えるという考え方は、近代の戦争概念というものから考えますと非常にいびつな解釈だろうというふうに思います。基本的には一体として考えるべきもので、日本でこうした解釈がとられている理由は、やはり憲法第九条の解釈をめぐる問題からそうしたことが発生していると、このように考えております。
#111
○広野ただし君 軍事専門家であられる西元公述人、新しい戦争形態ということだと思いますが、後方支援という形で後方支援協力という形態になっているんですが、この点、武力行使と一体になるおそれがやはりどの場面でもあるのではなかろうかと思うんですが、いかがですか。
#112
○公述人(西元徹也君) 基本的には先ほどお答えしたことと全く同じことの繰り返しになりますので避けたいと思いますが、テロに対して、今、米英軍を主体として行っておりますアフガニスタンへの攻撃は明らかに、伝統的な観点からいえばこれは戦闘であります。それから、このテロ行為そのものは、伝統的な解釈からいえばこれを戦闘と見るのか違うと見るのか、ちょうど私はその境目に、軍事と非軍事の境目と申し上げましたが、そこにあると思います。
 したがって、このものに対してどのように対応するかということは、必ずしもその理念なりやり方は現段階では確立していないというぐあいに思います。
#113
○広野ただし君 では、今度のニューヨークで起こった残虐なテロ行為は戦闘行為ではないんですか。
#114
○公述人(西元徹也君) 申しわけありません。それは冒頭に申し上げましたとおり、軍事と非軍事、警察行為と防衛行動、あるいは不法行為と侵略行為、それから戦闘と非戦闘、そのようなさまざまなもののちょうど中間に位置するものであって、これを一方から見れば明らかに非対称的な戦闘である、一方から見れば、手段その他実行組織、国と国との戦いではないという観点から見ればテロ行為である、このような解釈がなされると思います。私は、基本的にはこれはある意味の非対称的戦争であるというぐあいに理解しております。
#115
○広野ただし君 今度のアメリカの戦闘行為は自衛権の発動ということで行われているわけですが、アメリカがやはり国際協調でやっていきませんとテロは撲滅できませんし、また非常に時間もかかるかもしれない、皆さんがさっきからおっしゃっているように。
 そういう中で、アメリカが今のような形でやっていきますと、アメリカとイスラムというような対決姿勢といいますか、そういうものにどんどんなっていく。私憤といいますか私恨と申しますか、あるいは報復といいますか、そういうことではなくて、そういう考え方ではなくて、国際協調、国連中心主義のもとにテロを撲滅していくということを私たちはアメリカにもアドバイスしてやっていかなきゃいけないんじゃないか、こう思っております。
 現在、一三六八という国連決議、そのほか幾つもありますが、そういう中で武力行使容認決議というのは出ていないわけです。湾岸戦争のときは非難決議を初めとして十二本ですか、武力行使容認決議まで持っていって多国籍軍が入る、こうなっておるわけですが、今回の場合にアメリカの国連への働きかけが、自分たちは自衛権の発動だと、こういうことですから、国連への働きかけというのは非常に少なくなっているように思うんですが、小林公述人、この点、もっともっとアメリカあるいは日本も国連中心主義にもっと働きかけるべきだと、このように思いますけれども、いかがでございますか。
#116
○公述人(小林正君) 今おっしゃっている国際連合がこの問題を協議をして一定の方針を出すという点では、大変今困難な現実があると思います。
 今次の同時多発テロについて首謀者と目されていますビンラーディンは政治メッセージを発しているわけでありまして、それは中東問題、そしてサウジアラビアに展開している米軍の存在ということを言っているわけでありまして、この問題に絡めて、国際連合としてテロとは何かという概念規定まで含めて全体としての意思統一が可能なのかどうかということが非常に大きな難題になっているわけですね。
 したがって、今次、この状況の中にあって、国連というものを経由した形で、理想型としてはまさに世界が一致してこの問題に対処する体制を整えることは極めて重要な課題ではありますけれども、今日の情勢の中では、中東が第四次中東戦争と言われるような事態が一方に進行している中で極めて限定的に対象を絞って問題解決の第一段階を果たそうとしている状況の中にあっては、国連を通してということがなかなか困難な状況にあると、このように考えております。
 したがって、テロリズムの目指しているものはイスラム対欧米の文明というような衝突へ向けての一つの大きな仕掛けがあるわけでありますから、我々としては、あくまでも今回の事件を中東問題にリンケージさせるようなことがあれば一挙に全体の問題に波及しかねない極めて際どい選択を今日していると、このように考えております。
#117
○広野ただし君 国連で武力行使容認決議がなかなか出ないんではないかという中で、国連中心主義の日本としてアメリカに後方支援協力というような形で果たして行えるのかどうなのか、この点が小林公述人も先ほど真っ正面から本来やるべき行為であるのにそれができないことがまことに残念なことだというふうにおっしゃっているわけですが、その点もう一度。
#118
○公述人(小林正君) 今御質問の趣旨は、先ほど私が御意見として申し上げた問題になるわけでありますけれども、私は、やっぱり米国を舞台として起こった新しい戦争であって、決してアメリカの戦争ではないという、そういう全体としての認識がまずあって、そしてAPECまで含めまして共通認識に達していると、この経過が大事です。
 そして、アメリカ自身もターゲットにされたことについて怒り心頭でパニック状態かというと、きちんとこの間デュープロセスといいますか、そういうものを踏んだ形でコンセンサスの拡大に向けて懸命な努力をされて今日があるわけでありまして、そういう点を含めて考えれば、我が国として五十年たった同盟関係の中でこの再構築が求められる、友人であるアメリカが大変な危機的な状況にある中で、日本としてこの盟友に対する信頼関係を高めること、盟友としての傷をいやすために何ができるか、そういうことこそが今世界の中でも極めて信頼性の高い同盟関係の中で、アジア情勢の中で安定的な体制を維持できる一つの大きな条件だろうというふうに思いますので、このことについてはあとう限りの行動を積極的にともに行っていくということが今一番重要かと、このように思います。
#119
○広野ただし君 自衛隊を海外に派遣する、これは日本の国家として究極の選択といいますか、判断が伴うことだと思います。そういうことについて、今回のテロ特措法は二年間、延長もできるわけですけれども、特別措置という考え方でなされているわけであります。
 その国の根幹をなすことをこういう特別措置という時限的な考え方で行うこと、これについて小林公述人は反対の意思をおっしゃっておられるわけですが、あわせて、田中公述人も先ほどそのようなこともおっしゃっていたと思いますが、もう一度確認をさせていただきます。
#120
○公述人(田中浩一郎君) 御質問にありますように、私自身も、テロに対する戦いというものが普遍的にあり、かつ普遍的な価値であるとして西側社会あるいは文明社会に広くあるものとして認められ、かつこれが一過性のものではないというのであれば、本来その法案自体もそのような時限を設けるべきではないと考えております。
#121
○広野ただし君 日本の憲法において集団的自衛権は自然権としてある、しかしその行使はしないというのがこれまでの政府の解釈でございますけれども、私たちは憲法上も集団的自衛権は抑制的に行使できる、こういう考え方であります。
 衆議院におきましては、先ほどおっしゃっていました安全保障基本法、私たちの正式の名称は国の防衛並びに国際の平和及び安全の維持に関する国際協力に関する基本法案という形で提出さしていただいているわけなんですが、先ほど坂元公述人は、安全保障基本法を作成して最終的に最高裁の判断を仰ぐべきだ、憲法との関係において、そういうことをおっしゃっておられましたが、最終的にその最高裁の判断をしましたとして、坂元先生はこの集団自衛権の問題についてどのようにお考えでございますか。
#122
○公述人(坂元一哉君) その前提は、まずその安全保障基本法が通って、それが憲法違反だというふうに訴える人たちがいるというのがまず前提だと思います。それで、そこでもし最高裁が、どのような判断をするか私はわかりませんけれども、そこで明白にこれが憲法違反だということになったら、それはもうこの集団的自衛権の問題は憲法改正の問題しかないというふうに思うわけであります。
 申し上げたいのは、今、政府の解釈というのは、非常に重要な解釈でありますけれども、最終的な有権解釈ではないというふうに私は思います。
#123
○広野ただし君 小林公述人に、この憲法上の、集団自衛権が許容されている、行使も許されているというふうに私たちは考えておりますが、御意見をお願いしたいと思います。
#124
○公述人(小林正君) 個別的、集団的という自衛権についての分け方自身が大変特殊な解釈だろうと、このように思います。そして、個別的か集団的かの選択はまさに政治主導で行うべき問題であろうというふうに考えております。
 日米安全保障条約を結んで五十年間、集団的自衛権を前提にしない同盟関係というものは本来存在し得ないわけでありまして、仮に我が国の領土主権という、領海主権、領域主権というものを守ろうとして個別的自衛権のみを認めるということになって、これで果たして十全に我が国の防衛が可能かといえば、今、世界で自分の国を守り得る国というのはごく少数だろうというふうに思います。これはもう超大国以外にはあり得ないので、その超大国ですら、今回こういう同時多発攻撃を受けて大変ダメージを受けているというような状況もあるぐらいですから、私は、その個別的自衛権のみという場合の我が国の防衛ということになれば、軍事費というものは莫大な額を要するであろうし、これが集団的に対応するということによって結果として適正な規模を守り得るという側面もあるわけでありまして、できるだけ多くの国々との間で共通の集団安全保障体制をつくる、究極的には国連というものを将来的に十分機能し得るものにしながらこの目的を達成していくということが大変重要であろうと、このように考えております。
#125
○広野ただし君 国連における武力行使容認決議がないままにアメリカの自衛権の発動たる今回の戦闘行為に協力をするということは、私たちは集団的自衛権の行使を認めるという新しい憲法解釈がない限り、やはりそれは憲法に反するんだと、こういう思いでございます。
 時間が参りましたので、終わらせていただきます。
#126
○委員長(武見敬三君) 以上をもちまして公述人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、一言御礼を申し上げます。
 公述人の方々には、長時間にわたり大変有益な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 これをもって公聴会を散会いたします。
   午後零時三十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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