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2001/05/31 第151回国会 参議院 参議院会議録情報 第151回国会 厚生労働委員会 第13号
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2001/05/31 第151回国会 参議院

参議院会議録情報 第151回国会 厚生労働委員会 第13号

#1
第151回国会 厚生労働委員会 第13号
平成十三年五月三十一日(木曜日)
   午前十時一分開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月二十九日
    辞任         補欠選任   
     木俣 佳丈君     小川 勝也君
 五月三十日
    辞任         補欠選任   
     宮崎 秀樹君     武見 敬三君
     脇  雅史君     釜本 邦茂君
     小川 勝也君     木俣 佳丈君
     松崎 俊久君     江田 五月君
     続  訓弘君     山本  保君
 五月三十一日
    辞任         補欠選任   
     武見 敬三君     宮崎 秀樹君
     江田 五月君     松崎 俊久君
     山本  保君     大森 礼子君
     小池  晃君     林  紀子君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         中島 眞人君
    理 事
                亀谷 博昭君
                斉藤 滋宣君
                柳田  稔君
                沢 たまき君
                井上 美代君
    委 員
                阿部 正俊君
                大島 慶久君
                狩野  安君
                釜本 邦茂君
                田浦  直君
                鶴保 庸介君
                南野知惠子君
                宮崎 秀樹君
                江田 五月君
                川橋 幸子君
                木俣 佳丈君
                長谷川 清君
                大森 礼子君
                浜四津敏子君
                小池  晃君
                林  紀子君
                大脇 雅子君
                西川きよし君
                黒岩 秩子君
   国務大臣
       厚生労働大臣   坂口  力君
   副大臣
       厚生労働副大臣  桝屋 敬悟君
       厚生労働副大臣  南野知惠子君
   大臣政務官
       厚生労働大臣政
       務官       田浦  直君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        川邊  新君
   政府参考人
       法務大臣官房訟
       務総括審議官   都築  弘君
       法務省人権擁護
       局長       吉戒 修一君
       文部科学大臣官
       房審議官     玉井日出夫君
       文部科学省初等
       中等教育局長   矢野 重典君
       厚生労働省健康
       局長       篠崎 英夫君
       厚生労働省健康
       局国立病院部長  河村 博江君
       厚生労働省保険
       局長       大塚 義治君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○社会保障及び労働問題等に関する調査
 (ハンセン病問題に関する件)

    ─────────────
#2
○委員長(中島眞人君) ただいまから厚生労働委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 昨三十日、松崎俊久君が委員を辞任され、その補欠として江田五月君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(中島眞人君) 次に、政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 社会保障及び労働問題等に関する調査のため、本日の委員会に法務大臣官房訟務総括審議官都築弘君、法務省人権擁護局長吉戒修一君、文部科学大臣官房審議官玉井日出夫君、文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、厚生労働省健康局長篠崎英夫君、厚生労働省健康局国立病院部長河村博江君及び厚生労働省保険局長大塚義治君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(中島眞人君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#5
○委員長(中島眞人君) 次に、社会保障及び労働問題等に関する調査のうち、ハンセン病問題に関する件を議題といたします。
 これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#6
○亀谷博昭君 亀谷博昭でございます。
 ハンセン病国家賠償訴訟、熊本地裁で五月十一日に判決が出されたわけであります。立法上の不作為という国会の過失も含めて、国の違法性を認めた判決ということでありました。私も国会議員の一人として立法府の責任を強く感じているところでありますが、本日は厚生労働委員会における集中質疑ということでありますので、これまでのハンセン病に対する厚生行政のあり方についてお伺いをさせていただきたいと思います。
 この判決に対しまして、政府は五月二十三日に控訴断念の決定を出しました。坂口厚生労働大臣は、判決に先立って五月十七日に厚生行政の責任を認めるという発言をされ、さらに二十三日には、これまでの施策が小手先だったとは思わないが、国の人権侵害を償えるのは控訴しないことだと述べて、国の対応が不十分だったことを認めたと、こう報道されております。
 そこで、改めて控訴断念という政府決定を受けて、厚生労働省としてどのような責任があった、あるいはあるとお考えになっておられるのか、大臣の御見解を伺いたいと思います。
#7
○国務大臣(坂口力君) ハンセン病患者の皆さん、あるいはまた元患者でありました皆さん方に対しましては、歴史的にも厳しい偏見、差別がございました。そうした中であるにもかかわりませず、やはり国としてそれをなくする方向にもっと積極的に対応を考えてこなければならなかったというふうに私は思っております。今までの元患者の皆さん方の苦痛でありますとか苦難というものに対しまして十分に報いてこなかった、そのことに対して心からのおわびと反省を申し上げる、そういう気持ちで先般私の意見を申し上げさせていただいたところでございます。
 また、新法ができましてからも、療養所に長く入所していただいてそして治療を行うという政策をずっと続けてまいったわけでございまして、この政策を早期に転換しなければならなかったわけでございますが、この転換のおくれというものもあったことも反省をいたしているところでございます。
 そしてまた、これからのこの患者の皆さん、また元患者の皆さん方に対する福祉、あるいはまた今日までのそうした思いをどう取り除いていただけるようにしていくか、偏見、差別というものをどうなくしていくか、そうしたことに対しましてもこれから真剣に取り組んでいかなければならない、これを今までの至らなかった分を補うように努力をしていかなければならない、そんなふうに思っている次第でございます。
#8
○亀谷博昭君 ありがとうございました。
 今のお話の中に、政策転換をしてこなかったことへの反省ということもございました。我が国では、一九〇七年、明治四十年に癩予防ニ関スル件という法律が初めて公布をされました。一九三一年、昭和六年にらい予防法が公布をされ、戦後、一九五三年、昭和二十八年にらい予防法が成立したわけであります。これが平成八年に廃止されるわけでありますが、その間、世界的に見てみますと、新薬の治療効果というものがかなり相次いで発表され、それを受けて国際会議等でも、らいに対する認識、見解の見直しが発表されてきております。
 こうしたことから、法律を改正するあるいは廃止する、あるいはさっき大臣お話しのように政策転換をする、そういう機会があったのではないかというふうに思いますけれども、そうした政策転換をすべきであったと考えられる節目、機会というのはどのようなものがあったと厚生労働省として認識されておられますか。
#9
○政府参考人(篠崎英夫君) ただいま先生御指摘のございましたことにつきまして、まず国際的な動向から幾つかお話をさせていただきます。
 まず、一八九七年でございますから明治三十年でございますが、ドイツのベルリンで第一回の国際らい会議というのが開催されました。後で申し述べますが、この国際会議、ずっと何回も回を重ねてまいりますが、第一回が明治三十年、ドイツのベルリンで開催をされまして、そこのところでハンセン病の伝染説が国際的に確立したというふうに言われております。
 それをさかのぼること二十数年前、一八七三年にノルウェーのハンセンという学者がらい菌というのを発見いたしまして、伝染性の疾患であるということを学者として発表したわけでございますが、国際的にそういうものだということが認められたのが一八九七年、明治三十年ということでございます。
 その後、明治四十二年にノルウェーのベルゲンで先ほど申しました発見者のハンセン氏が会長となりました第二回の国際らい学会が開催をされました。そこで、隔離は患者の自発的施設入所が可能であるような状況のもとで行うべきということが決議をされております。
 それからずっと参りまして、一九四六年、昭和二十一年でございますが、第二回汎アメリカ、汎というのは全米という意味でございますが、第二回汎アメリカらい会議というのが行われました。そこでプロミンなどの治療効果に関する研究成果が報告をされております。我が国におきましては、ハンセン病に対する特効薬と言われておりますプロミンが国立の療養所で予算化されましたのが昭和二十四年でございますが、それに先立ちます昭和二十一年にプロミンの治療効果が初めてここで報告をされたということでございます。
 そして、一九五二年、昭和二十七年にブラジルのリオデジャネイロでWHOの第一回らい専門委員会が開催をされました。そこにおきまして、先ほどのプロミンと同系列でありますスルホン剤でありますDDSというものの治療効果が確認をされております。プロミンというのは静脈注射でございましたが、このDDSから経口、口から飲んで治療する経口剤ということで、その治療効果が確認をされております。
 それから、一九五六年、昭和三十一年、イタリアのローマで行われたらい患者救済及び社会復帰国際会議におきまして、すべての差別法、つまりらいだけに関するようなそういう差別法は廃止されるべきということが決議をされております。これが昭和三十一年でございます。
 それから、その二年後の一九五八年、昭和三十三年、これは東京で第七回国際らい会議が開催をされました。明治三十年に開催されております第一回国際らい会議が、昭和三十三年、東京で開催をされました。このときに、強制的隔離政策を採用している政府には政策を全面的に破棄するよう勧奨するということが決議をされたわけでございます。
 このようなことを申し上げた後、我が国のことを申し上げますと、残念ながら、国際会議いろいろございましたが、私どもでは昭和三十九年に結核予防課が報告いたしました「らいの現状に対する考え方」というのを薄い冊子でございますがつくってございまして、その中で、社会一般のハンセン病に対する恐怖心がなお深刻であったこと、またスルホン剤の作用が静菌作用、菌を静かにすると書きますが、抗生剤は殺菌作用、菌を殺すわけでございますけれども、スルホン剤の作用が静菌作用にとどまり再発の可能性があったことを考えると、当時としては法律を改正する社会的基盤が熟していなかったというふうに認識をしているところでございます。
 なお、ハンセン病が完治する、完全に治るというようになったのは、今申し上げましたプロミンから発しましたスルホン剤と抗生剤でありますリファンプシン、これができましたのは昭和四十年代の後半でございますが、それを幾つか薬を組み合わせまして、多剤併用療法というのがございますが、五十年代にそういうことが言われておりまして、WHOで多剤併用療法というものを正式に認知したのが昭和五十六年でございました。
 この多剤併用療法を用いますと、耐性菌の出現率は百万分の一になるということでございます。静菌剤でありますサルファ剤にも耐性菌が出てまいりますし、また抗生剤のリファンプシンにも耐性菌が出てまいりますが、それらを組み合わせることによりまして、つまり多剤併用療法をやることによりまして耐性菌の出現率がうんと下がる、百万分の一になるというようなことから、ハンセン病というのが、たとえかかっても完全に治る、完治するというような状況になったというように認識をいたしておるところでございます。
#10
○亀谷博昭君 今お話しありましたような国際的な動向を踏まえて、我が国としては昭和三十九年三月、当時の厚生省結核予防課から「らいの現状に対する考え方」というのが今お話しのように出されたわけであります。そこで、我が国としてはこれが初めてのらいに対する見解の発表というようなことだろうと思いますから、これについてちょっと伺いたいと思います。
 この中では、検討の方向として、第一に「患者の社会復帰に関する対策」、第二は「らいを感染させるおそれのない患者に対する医療体制の問題」、そして第三に「現行法についての再検討」、こう書いてあります。
 そこで、この「現行法についての再検討」というのがここで文言として示されているわけで、これについてどんな動きがあったのかということが一点。それから、いずれにしても今さっきお話しのように、らい病についての特性として「社会一般のらいに対する恐怖心は今なお極めて深刻なものがあるので、まずこれについて強力な啓蒙活動を先行的に行なわなければ、上記各検討結果による措置も実を結ぶことは困難」と、こうなっているわけでありまして、この「強力な啓蒙活動」というのをどのような形で行ってきたのかという、この二点についてお伺いをいたします。
#11
○副大臣(桝屋敬悟君) 私の方からお答えを申し上げたいと思います。
 今、委員御指摘のありました「らいの現状に対する考え方」、これは今回の熊本地裁の判決の中でも論及をされた資料でございますが、患者、元患者の方々から国会やあるいは行政庁へ提出された法改正等に関する要望を受けまして、三十九年三月でございますが、厚生省結核予防課におきましてその検討結果をまとめたものでございまして、当時の感染あるいは発病、治療等についての認識を包括的にまとめた報告書でございます。
 この報告書の中で、今、委員からお尋ねがありました三点目の「現行法についての再検討」、これをどうしたのかということでございますが、もちろんこの「現行法についての再検討」ということで、具体的な内容については、先ほど局長からもお話ししましたように、この報告書の中でも国際らい学会のさまざまな状況も整理をし、隔離政策についての論及もしているわけであります。しかしながら、今まさに委員も引用されました、これは「概説」の最後の部分になるわけでありますが、まとめとして「社会一般のらいに対する恐怖心は今なお極めて深刻なものがある」というような整理をしているわけでありまして、退所を制度化しようとした当時のらい予防法の改正について、社会的な基盤が成熟しているとは言えないというようなまとめをしたんだなというふうに私も理解をしているところでございます。
 その後ですけれども、らい予防法の弾力的運用ということが行われたわけでありまして、ハンセン病療養所の入退所も自由化されまして、入所者の生活基盤的な性格がこの療養所の性格として強まってきたということもございまして、法改正の必要性というものが必ずしも厚生省内部において認識をされなかったということがあるんだろうと思います。
 したがって、まずは強力な啓蒙活動を先行的に行わなければならない、こういう認識をこの報告書ではしているわけでありまして、この啓発活動につきましては、その後、ハンセン病に対する正しい知識の普及啓発を図るため、社会交流でありますとか啓発資料の作成、あるいはハンセン病の資料館の運営などに努めてきたと、こういう経緯でございます。
#12
○亀谷博昭君 いろいろな動きの中で我が国としてもこういう報告書を出すような状況になってきた。しかしながら、結果として医学的な見地が優先をされて、人権に対する配慮というものがなされてこなかったということになるのだろうと思います。
 また、その中で辛うじて厚生省は昭和三十年ごろから退所あるいは外出について法の弾力的運用を図ってきた、こうしているわけでありますが、ただ退所や外出についてはこの自由を公式に認めるよというような表明はなされていない、しかも法律は現存している、こういうことでありますから、こういう法律がある、そしてまた公式にこういうふうに自由に認めますよという公式表明がなされていない。そういう中で、どういう運用とか処遇改善が行われてきたというふうにお考えですか。
#13
○副大臣(桝屋敬悟君) 昭和三十年ごろからの法の弾力的運用、この具体的な内容についてのお尋ねでございます。
 廃止されましたらい予防法でございますが、退所に係る規定は実はこの廃止されたらい予防法にはなかったわけでありまして、病気が治癒した者、治った者につきましてはいわゆる軽快退所ということで療養所から退所をされるという事例があったというふうに理解をしております。もちろん、その後、再発、入院ということもあったということも聞いておりますが。
 それからもう一点、外出でございますが、これはもうまさに委員御指摘のとおりでありまして、らい予防法の規定の中に外出するには一定の理由による許可が必要とされていたわけであります。この内容も、親族の危篤、死亡、罹災その他特別の事情がある場合であってというようなことで相当厳しい規定でありまして、こうした規定ぶりを時代とともにやはり許可の要件を緩和しなくてはいかぬということで順次これが緩和されまして、遅くとも昭和五十年ごろには事実上外出については自由に外出できる状況になったというふうに私ども承知をいたしております。
#14
○亀谷博昭君 これまでの質疑の中で、国際的な流れあるいは我が国としての取り組み状況というものがある程度明らかになりました。
 いずれにしても、昭和二十年代から新薬が次々と開発をされてきた、そして国際的にもその効能がいろんな会議、学会で認められるようになってきた。そして、さっきもお話がありましたけれども、昭和五十六年、一九八一年にはハンセン病に対して著しい効果を示すという多剤併用療法というのが確立をした、こういうことになっているわけであります。国際機関もそれを受けて、さっき御説明がありました一九五六年のローマ会議、あるいはWHO第二回らい専門委員会等々もありますけれども、いずれにしてもハンセン病法の廃止を提唱する決議が相次いで行われてきたと。
 そうしたハンセン病に対する世界的な認識が変化していく中で、らい予防法の改正の機会あるいは政策転換の機会がたくさんあったにもかかわらず、なぜ実行に移せなかったのか。さっきもちょっとお話がありましたけれども、やはりそこのところの行政としてもう一度整理をした責任問題というものについての御見解を伺いたいと思いますし、さらに、今振り返ってみるとどの時点だったら政策転換が可能だったのか、こう考えられるか、そこの点について御見解を伺います。
#15
○国務大臣(坂口力君) 先ほどからお話がありますように、戦後だけを見てみましても幾つもの転換すべき時期があったのではないかというふうに思います。薬の発達等を見ましても急速な発達をいたしておりますし、それらのことがなぜ取り入れられなかったのか、いわゆる解放政策に取り入れられなかったのかということを今反省しているわけでございます。これは、全体として歴史的に一遍きちっと検証をしなければならないというふうに思っております。
 いずれにしても、社会全体にこのハンセン病に対する差別、偏見が大きく広がっていたことだけは間違いがないわけでありまして、そこを取り除く努力というものをやはり国としてとらなければならなかったのであろうというふうに私は思っております。そうしたところをこれから検証していかなければならないというふうに思っております。
 ただ、病気として見ました場合に、先生も御指摘いただきましたように、このハンセン病というのは非常に感染力の弱い病気でございますし、結核と比較をいたしましても、結核の方がうんと感染力の強い病気であることは間違いございません。戦後、結核に対してとってまいりました政策とこのハンセン病に対してとってまいりました政策を比較いたしましたときに、厳然とした差があるように私には思えます。
 そうしたことも十分考えながら、こういう事態に立ち至った過去をもう一度やはりきちっと検証して、そして将来に備えなければならないというふうに思っている次第でございます。
#16
○亀谷博昭君 ありがとうございました。
 いろいろな経過がありましたけれども、結果的にらい予防法は平成八年まで存在し続けたということであります。この反省を今後の厚生行政にぜひ生かさなければならない、生かしてほしいと思いますが、そうした反省も踏まえて、今、大臣からもこれまでの経過を検証すべきだという御発言がありましたが、ハンセン病問題のこれまでの経過を検証して、真相解明あるいは再発防止というような観点から、検証委員会という名前になるのかどうかわかりませんが、何か検証するための調査機関というものを設けてきちっと総括をしていくべきではないか、今後に生かしていくべきではないかと思いますが、それについてはどんなふうにお考えでしょうか。
#17
○国務大臣(坂口力君) 今御指摘をいただきましたとおりでございまして、かなり過去にさかのぼってさまざまな問題を検証しなければならないというふうに思っております。それは、医学的にも、そしてまた行政的にも社会全体としてもトータルでやはり検証していかなければならないというふうに思っております。
 したがいまして、御指摘のような、どういう名前にしたらいいのか、あるいはどういう委員会にしたらいいのかわかりませんが、そういう今までの過去を一度きちっと検証する何らかのそうした委員会をぜひつくりまして対応していきたいというふうに思っているところでございます。
#18
○亀谷博昭君 ぜひしっかりしたお取り組みをお願いしたいと思います。
 それから、ハンセン病問題の早期かつ全面解決のためということで補償問題等を含めて協議の場を設けるというふうにされているところでありますが、これにはどんな人々を参加させようというふうにお考えになっておられるのか。
 同時に、福田官房長官の談話にもあったように思いますが、患者や元患者の意向を十分に取り入れなければならない、こういうような談話がありました。当然その意向を十分反映したものにすべきであろうというふうに思いますが、この今後の協議の場というものをどのように設定されるのか、どのような形で補償問題等に取り組んでいかれるのか、今後の取り組みについてお伺いをいたします。
#19
○副大臣(桝屋敬悟君) 委員の御指摘の点につきましては、実は大臣も一番今心を痛め、悩んでいるところでございまして、ハンセン病患者、元患者の抱えているさまざまな問題について話し合いをしまして、問題の解決を図るため、患者あるいは元患者の方々とそれから私ども厚生労働省との間の協議の場を設けるということにしているところでございます。
 今、委員からお尋ねがありましたその構成員でありますとか、どういうふうに運営していくのかということについては、今後、大至急検討していきたいというふうに思っておりますが、やはり一番、委員からも御指摘がありましたように、すべての患者あるいは元患者の方々の御意見が反映されるということが極めて重要でありまして、そうしたことが実現できるような形をぜひとも考えていきたいと、このように考えております。
#20
○亀谷博昭君 よろしくお願いをいたしたいと思います。
 それから、新たな患者の発生ですね、現状をどんなふうにとらえておられるのか、お答えいただけますか。
#21
○政府参考人(篠崎英夫君) 我が国におきましても新規患者発生は認められておりまして、日本ハンセン病学会の調査によりますと、平成十二年でございますが、新規発生の患者さんは日本人で六人、外国人六人の計十二人というこの学会の調査がございます。
#22
○亀谷博昭君 わずかではありますけれども、まだ新規発生も認められている状況でありますから、そうした患者と認定される方々を含め、今後、総合的な対策を講じていかなければいけない、恒久的な対策を講じていかなければいけないということでありますが、今後のハンセン病問題についてどのような対策を具体的に考えておられるのか、最後にお伺いをいたします。
#23
○国務大臣(坂口力君) 患者の皆さん、元患者の皆さん方に対します名誉回復の問題、それから皆さん方が非常に高齢化をしておみえになるということもございますし、福祉の問題等、急速にお話をしなければならないというふうに思っております。今までにも、公開講座の開催でございますとか、あるいはまた社会交流でございますとか啓発資料作成でございますとか、そうしたこともやってはまいりましたけれども、もう少しやはり国民の皆さん方に本当に理解をしていただけるような啓蒙活動というのをやっていかないといけないというふうに思います。
 人間というのはなかなか保守的なものでございまして、一度思い込みましたことを変えるというのはなかなかできにくいものでございまして、ハンセン病に対するだけではございませんが、すべての差別でございますとか偏見というのは一度でき上がりますとなかなかとれにくいものでございます。衆議院の方でも申し上げたわけでございますが、これは継続をして繰り返し繰り返しやはりやっていかないといけない問題、継続は力なりという言葉がございますけれども、継続をしてやっていかなければいけないという我々も決意をしているところでございます。
#24
○亀谷博昭君 患者、元患者の方々に対する補償を含めたさまざまな手だてというのは当然のことでありますが、これからの新規発生も見込まれる、そういう中で、私はやはり、今、大臣がおっしゃるように、国民の皆様方に対する啓蒙活動、これが一番基本になっていくのではないか、一番大切なのではないかというふうに思いますので、ぜひしっかりこれからお取り組みをいただきたいと思っております。
 こうしたハンセン病問題は、立法府にとっても、また行政府にとってもまことに重い意味合いを持つものであります。五月二十五日に内閣総理大臣談話の中で小泉総理は、「過去の歴史は消えるものではありません。また、患者・元患者の方々の失われた時間も取り戻すことができるものではありませんが、政府としては、ハンセン病問題の解決に向けて全力を尽くす決意であることを、ここで改めて表明いたします。」、こう述べておられます。
 既に平均年齢七十四、五歳という高齢になっておられる患者の皆さん、そして御家族の皆さんにできるだけの償いがなされるよう、ともどもに努力をしていかなければならないと思います。同時に、こうした問題が再び起こることがないように心から願いながら、私の質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
    ─────────────
#25
○委員長(中島眞人君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、武見敬三君及び山本保君が委員を辞任され、その補欠として宮崎秀樹君及び大森礼子君がそれぞれ選任されました。
    ─────────────
#26
○江田五月君 私は、今から二十四年前、一九七七年に本院、参議院議員に当選をさせていただきました。そのときから一貫してこのハンセン病問題に取り組んでまいりました。きょうは、大変重要な節目に同僚の皆さんの温かい御理解をいただいて、この厚生労働委員会で質問をさせていただく、心からまず委員長初め皆さんにお礼を申し上げます。
 実は、最初に参議院に当選してきたときには全国区という制度がございまして、全国区で当選をしたんですが、私の郷里は岡山県でございました。その後、衆議院の方に移り、また現在、岡山県選出で参議院議員になって、岡山県に存在します二つの国立療養所、長島愛生園、そして邑久光明園、ここの皆さんとは本当に親しくおつき合いをさせていただいております。
 私は、本当に頭が下がる思いなんですが、大変な、もうそれこそ筆舌に尽くしがたい人生の辛酸をなめてこられた方々ばかりで、お話をしていても、それは昔を思い出したらはらわたが煮えくり返るなんてことでは済まない。しかし、本当に皆さん穏やかに思慮深く、バランスのとれた抑制された表現でいろんなことをお話しになる。立派な皆さんだなと思っておりました。
 この問題、私の政治活動の原点でもあり、またライフワークでもある。そうしたこともあって、国家賠償訴訟が起こされてかなりたって、いよいよ熊本で一部結審になり判決が出るということになってからなんですが、大変遅かったと思いますが、ことしの四月五日に、自民党から共産党まですべての政党の皆さん、無所属の皆さんにも入っていただいて、超党派の国会議員百一名でハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会、こういうものをつくりました。現在では原告の皆さんも今どんどん数がふえているようですが、こちらの議員懇談会も結構数がふえてきておって、百九十名を超えているかと思いますが、その会長を務めさせていただいております。
 既に御承知のとおり、五月十一日、熊本地裁の画期的な判決が出た。政府の行政責任、さらに国会の立法不作為責任が厳しく指弾をされた。長年この問題に携わってまいりました私などは、どうも最も実は重い立法不作為責任を問われたのではないかと思います。私自身、らい予防法はおかしいということは、もう随分早くからわかっておりました。何とかこれを廃止することができればと思っていたけれども、その運動にまでなかなか踏み出すことができなかった。これは本当に、患者、元患者の皆さんに心からおわびをいたします。
 それだけに、小泉総理の控訴をしないという今回の決断、大変にありがたく、高く評価をし、感謝もしており、感謝どころか、ある意味では感激、感動したと言ってもよろしい。また、坂口厚生労働大臣、本当に心をお痛めになったと思います。本当に御努力をされたと思います。小泉総理にあの決断をさせるにつき、坂口大臣の御努力というのは、私は本当に心から敬意を表します。本当にありがとうございました。
 あとは、もう一刻も早く患者、元患者の皆さんへの政府と国会の謝罪、人権と名誉の回復、差別と偏見の除去、あるいは十分な賠償、生活の保障、福祉の増進、既に亡くなられた方々のお墓の問題なども含めた最終解決をしなきゃならぬ。
 残念ながら、どうも必要不可欠な国会決議が自民党執行部の皆さんの頑強な抵抗で実現の見通しが立たない。本当に残念ですが、私たち野党としては、せめて私どもがこうだと思う国会決議の案文を共同アピールとして患者、元患者の皆さん、また国民の皆さんにお示ししなきゃならぬと思ったりしております。
 前置きが長くなりましたが、これから厳しいことも申し上げますが、私の気持ちは過去を直視しながら一刻も早く全面的な最終的な解決を実現するという一点でございますので、どうぞお許しをいただきたいと思います。
 さて、判決、五月十一日の午前十時の言い渡しですが、坂口大臣、この判決の第一報というのはどこでお聞きになりましたか、どういう形で。
#27
○国務大臣(坂口力君) たしか、委員会をどこかでやっていたというふうに思っておりますが、その途中でこの判決の、詳しいことは別にいたしまして、大体こういう判決が出たというニュースを聞いた次第でございます。
#28
○江田五月君 私は、実はちょうどその日、十時から本会議が参議院でありまして、携帯電話をぷるぷると震える音の出ないモードにしていたら、十時ちょっと過ぎに震えまして、見ると、本当に短くですが原告勝訴という字が入っておりまして、本当に胸が震える、一番先に震えたのは携帯電話ですけれども、本当にそういう思いがいたしました。これは本当に、ここで司法が一歩踏み出した、中身までよくわかっていませんが一歩踏み出した、あとは立法も行政もしっかり踏み出して解決をしなきゃならぬ、大変な転機といいますかチャンスが来たということを感じました。
 この瞬間、これは控訴をしてもらっちゃいけないと、こう思いましたが、坂口大臣はそのときにどういう感想をお持ちでしたか。
#29
○国務大臣(坂口力君) まだそのときには全体の内容もわかっておりませんでしたから、一度これは内容をよく拝見させていただいて、そして考えなければならないなというふうに実は思っておりました。
 と申しますのは、ことしの一月でございましたか、元厚生省の局長さんでした大谷さん、今、藤楓協会の理事長さんでございますが、大谷さんがこの一月にお見えをいただきまして、そのときに、こういうことを申し上げていいかどうかわかりませんが、大谷さんは必ず国は負けるだろうということを予言されました。それで、坂口さん、この本を読んでほしいと言って、大谷さんが書かれました詳しい本を二冊ちょうだいいたしました。以後、私はいろいろの本を読ませていただく中で、このハンセン病に対するさまざまな出来事、日本の中におきます歴史あるいは世界におきます歴史、そうしたことを勉強しながらと申しますか、蓄えながら迎えていたわけでございます。
 したがいまして、漠然とした形ではございますけれども、やはりこの裁判が決着をするこの時期に、何とかして日本の中におけるハンセン病の問題をトータルで決着できないだろうかという思いをそのときまでに持っておりましたから、勝つ、負けるということは別にして、何とかそこの辺のところで全体として解決をする道を探れぬだろうかという思いでいたことは間違いございません。
#30
○江田五月君 その後、判決の細かなことまでわかってくると。確かに行政担当者の皆さんから見ると、ああも言いたい、ここも反論したい、いろいろあるだろうと思いますが、トータルに考えて、やはりハンセン病行政というのが大変な苛烈な、過酷な運命を患者の皆さん、元患者の皆さんに与えたと。しかし、それは感染力も弱い、発症力も弱いものであった。国際的にもああいう過酷なことをするなんということは到底認められるものではなかった。そういうことがずっと続いていて、しかも社会に本当に、先ほど大臣おっしゃいましたが、抜きがたい差別、偏見を植えつけてしまっていて、これをこのままにしちゃいけないということだったと思います。
 そうした全体的な評価、判断の上で、患者の皆さんの平均年齢もあります、ここで解決をしなきゃいけないという、方法は考えるとしても、そういう思いを大臣がお持ちになったというのは本当に敬服をします。
 その後、大臣、控訴するかしないか熟慮期間中に患者の皆さんにお会いになりましたね。いろんな話を聞かれたと思いますが、今、判決確定。それで、これからさあどうすると。私は、やはり一番重要なことは当事者の皆さんの声を聞くこと、これがやっぱり一番重要で、当事者の皆さんの声抜きにいろいろ考えたらやっぱり間違うと。もちろん、政策判断、当事者の言うとおりというわけにいかないでしょう。しかし、やっぱり声を聞くというのは大切なことです。
 そこで、これからどうするということを考えるに当たり、坂口大臣にぜひ患者の皆さんにお会いをいただきたい。いろんなことを聞いてほしい。むしろ、大変恐縮な言い方になりますが、教えてください、聞かせてくださいというような思いを持って聞いていただきたいと思うんですが、あすですか、何か予定になっているんですか。ちょっとそのあたりのところを聞かせてください。
#31
○国務大臣(坂口力君) 判決が出ました翌週の月曜日でございましたか、原告団の代表の皆さん方にはお会いをさせていただきまして、そしてそこでいろいろお伺いする機会はございました。しかし、そこでは短時間の間にお話を聞いただけでございますし、多くのお話を聞いたわけではございません。しかし、短時間ではございましたけれども、この今まで大変な御苦労をされた数々のお話を伺うことができまして、本当にこの皆さん方に何とかおこたえをしなければならないという強い思いを持ったことは事実でございます。
 そして、そのときにおわびを申し上げましたが、控訴をしないということを決めてからおわびは聞きたいと、こういうそのときにお話がございました。そのときにはまだ決定していないときでございましたから、そのままになっております。
 したがいまして、一応この裁判に対する決着がついたわけでございますから、早く一度お会いをさせていただいて、原告団の皆さんとのお話、それから、その後、原告団だけではなくて全体の療養所にお入りになっている皆さん方の代表、そうした皆さん方ともお会いをさせていただく予定をいたしておりますが、現在まだ日程は決まっておりません。ただ、原告団の皆さん方とはあすの夜、夕方でございますか、お会いをさせていただくようにいたしているところでございます。
#32
○江田五月君 どのようなお気持ちで何のためにお会いをするかというのは、今お話しになった内容ですよね。判決確定後、確定前におわびもしたが、この確定後という機会に。
 これは、おわびをされるというお気持ちでよろしいですか。
#33
○国務大臣(坂口力君) 心からのおわびを申し上げたいと思っております。
#34
○江田五月君 今、原告団の皆さんとと言われて、その後、他の多くの療養所におられる皆さんのことに言及をされました。そして同時に、大臣、除外するという意味じゃないんでしょうが、療養所に今おられるのでない患者、元患者の皆さん、元患者と言った方がいいでしょうか、皆さんがおられますので、この皆さん、つまり、らい、ハンセン病罹患の経験を持って、いろんな形で差別、偏見に苦しんだ皆さん方をもうすべて視野に入れてこれから取り組むと、そういうお気持ちでこれはよろしいですよね。
#35
○国務大臣(坂口力君) そのつもりでおりますが、全体の代表の皆さんというのはどの方をもってその代表になるのかということが私も十分にわかりません。したがいまして、社会に出て御活躍になっている皆さん方も多いというふうに思いますが、全療協でございますか、その皆さん方に代表してお会いをするということで全体の皆さん方にお会いをするということにかえることにならないだろうかと今思っている次第でございます。
   〔委員長退席、理事亀谷博昭君着席〕
#36
○江田五月君 そういうお気持ちでということで、私は気持ちが通ずると思っております。
 さて、控訴をしないということの意味なんですが、小泉総理は五月二十五日の内閣総理大臣談話、これは聞くところによりますと総理大臣の談話ではなくて内閣総理大臣談話、つまり閣議決定をされた談話だというように聞いておりますが、その中で「患者・元患者が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として深く反省し、率直にお詫びを申し上げるとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧げるものです。」と、こう述べられて、反省とおわびをされました。
 坂口大臣は、公式の文書の形で謝罪をされるという、そういうお考えはございませんか。
#37
○国務大臣(坂口力君) あすのところは口頭でおわびを申し上げたいというふうに思っておりますが、文書で必要であると患者、元患者の皆さん方が、原告団の皆さん方がそういうふうにおっしゃるのであれば、後で文書にしたためさせていただきたいというふうに思います。
#38
○江田五月君 坂口大臣は、判決を受けた後の記者会見などでもいろいろお話になっておられて、それはもちろんその言葉がそのまま字に変わっているだけですが、おっしゃられているものは既に、文書としておっしゃられた言葉はずっと伝わっておりますが、やはり何か患者の皆さんがどうお考えになるか、私も別にそこまで相談しているわけじゃありませんが、必要ならお出しになることもお考えをいただきたいと思うんです。
 というのは、熊本の今度の判決の請求はこれは金銭賠償の請求だけなんですが、実はその他の訴訟、岡山とか東京とかでは謝罪広告を求めておられるんですね。
 謝罪文というものがありまして、ちょっと長いんですが、私もこれぜひひとつ国会の会議録にこういうものがあるということの記録にとどめておきたいという思いもあって読んでみたいんですが、これを配ってください。
   〔資料配付〕
#39
○江田五月君 求めている謝罪文、裁判で正式に求めている文書です。ちょっと言葉はきついかもしれません。
    「謝罪」
  ハンセン病患者を終身隔離する国の誤った医療政策により心身に癒しがたい傷を受けられた患者・元患者の方々とそのご家族の皆様、そして療養所に収容され望郷の想いむなしくその納骨堂に眠る数多(あまた)の霊に心より謝罪いたします。
 一 ハンセン病が「恐ろしい伝染病だ」というのは明らかな誤解です。
  かつて「癩」(らい)と呼ばれたハンセン病は、らい菌による感染症ですが、感染しても限られた人しか発症せず、しかも自然治癒さえ期待できたのです。このことは、最初のハンセン病の隔離収容法「癩予防ニ関スル件」の制定(一九〇七年、明治四十年)のときから専門家の間ではよく知られていました。さらに戦後ほどなく特効薬・プロミンが登場すると完全に治る病気となりました。医学的にハンセン病は強制終身隔離を必要とするような危険な病気ではなかったのです。
今の亀谷先生の御質問のお答えでは、プロミンではまだ完全に治るというところまでいかなくても、その後、多剤併用ということになって完全に治るということになったということかもしれませんが。
 二 国のハンセン病政策は、患者の心身を癒すべき医療政策とは言えないものでした。
  一九三一年(昭和六年)「癩予防法」を制定し、すべての患者を療養所に強制隔離することを決めました。療養所は治療と静養の場であるべきにもかかわらず、患者には重症者の看護・介護を行う「付き添い」などのさまざまな労働を強制し、そのことが多くの患者の症状を悪化させ、死期を早め、あるいは手足の切断、失明など重い障害を残す大きな原因となりました。また「子どもがほしい」と願う患者の声に耳をかさず、違法な断種や堕胎などを強制しました。
  そして国は、こうした非人道的な処遇に反発する患者を監禁処分など力で封じ込める方針を選び、監禁施設では多くの死者まで出す結果となりました。
 三 さらに強制隔離を推進するため、いろいろな手段でハンセン病に対する恐怖感を煽(あお)りました。
  療養所に収容される患者宅をことさら目立つように行った消毒、「お召し列車」と呼ばれた特別仕立ての患者輸送列車などで、ハンセン病に対する国民の差別感情を増幅し、収容を容易にするために利用しました。
  そして戦前の挙国一致体制に合わせ「民族浄化」「国辱一掃」などのスローガンのもとに「無癩県運動」を展開し、患者の排除に一層の力を注ぎました。
 四 国のハンセン病政策は、憲法に違反しかつ国際的な政策の主流から外れたものでした。
  このような国のハンセン病政策は人道に反し、憲法に違反することは明らかです。戦後、そのようなハンセン病政策の転換を求め患者運動が高まりを見せましたが、一九五三年(昭和二十八年)に戦前の終身隔離政策を引き継いだ「らい予防法」を制定しました。その直後からWHOなどから法廃止を勧告されていたにもかかわらず一九九六年(平成八年)の「らい予防法」廃止まで政策の基本方針を変えませんでした。
 五 国の誤ったハンセン病政策により、ハンセン病に対する差別・偏見は社会の隅々まで浸透しました。
  療養所で暮らすことは、ほとんどの場合、肉親との絆が断たれることを意味しました。累が及ぶのをおそれて大半の患者が肉親との縁を切り、本名を捨てました。今も在園者の多くは肉親の絆を失い、帰るべき故郷を持たず、死んで後も納骨堂に眠るしかない状況に置かれています。さらに病気が治っても社会復帰は容易でなく、ほとんどの人が療養所の生活を余儀なくされています。
  差別・偏見の壁はそれだけでなく、「らい予防法」が廃止された今も患者・元患者の家族、親族は結婚、就職、葬祭などあらゆる生活の局面で深刻な被害に苦しんでいます。
  これらのことは国の政策が招いた結果であり、すべてのハンセン病患者・元患者、そしてその家族の皆様に重ねてお詫びいたします。
 六 国は深い反省と責任に基づいて償いをします。
  国は過去の施策に対する反省と責任に基づいて、ハンセン病患者・元患者の皆様がその選択により社会で、あるいは療養所で安心して暮らせるよう療養、就労、社会生活のすべての場面において、万全の償いをすることを誓約します。併せてあらゆる社会的差別を根絶するための労を惜しまず、患者・元患者の皆様が人間としての尊厳を回復するよう国として最大限の力を尽くすことを約束します。
               内閣総理大臣 
                衆議院議長 
                参議院議長 
と、こういうことを原告の皆さんはお求めになっています。
 この訴訟では国は請求棄却を求めておられるわけですが、しかしこういう謝罪文の入っていない熊本の判決では認容額は請求額のざっと十分の一です。本当にわずかなものです。訴訟費用負担はその八分の七を原告に負担せよと裁判所は命じている。そういう判決で、決して患者の皆さんだけ勝たせた判決ではないんです。八分の七は原告に訴訟費用を持たせている、そういう判決なんです。
 この謝罪文を一読されての坂口厚生大臣の思いを、このことについてお話しいただきたいと思います。
   〔理事亀谷博昭君退席、委員長着席〕
#40
○国務大臣(坂口力君) これを今初めて拝見をし、そして江田先生がお読みになるのを聞かせていただきながら、一つの大きな歴史の流れとして、ここに書かれてありますことはこのとおりであったのだろうというふうに私も思う次第でございます。
#41
○江田五月君 ありがとうございます。
 もちろんこの言葉の部分部分では、ここはちょっと証言違うなというようなところはあるかと思いますが、ひとつこういうような趣旨のこと、差別、偏見、なくならないです。あれだけ、私は本当にあの判決は、私も法曹関係者でいろんな判決をこれまで見てまいりました。自分でも判決を書いたこともありますが、あの判決ぐらい日本の司法の歴史の中で国民に訴える力を持った判決はこれまで見たことがない。この差別、偏見、本当になくならない差別、偏見をなくすために司法があの大変アピール度の高い判決を出したわけで、それでもまだまだ簡単になくなっていかない。これは、衆議院でも大臣はお答えになっているようですが、継続は力なりという言葉も使われておりますが、繰り返し繰り返しあの差別、偏見を解消する努力をしなきゃいけないと思うんです。これは本当に大切なことです。
 そこで、この岡山の原告団の皆さん、岡山地裁に提訴されている原告の皆さんは、今のこの謝罪文を新聞とかテレビ、ラジオとかで三カ月に一回ずつ合計四回掲載あるいは放送してくださいということを求めております。新聞の場合は紙面を買わなきゃいけません。しかし、テレビの場合は、政府のたしか政府広報というのがありますね。ああいうところでもひとつ、総理においでいただければ一番いいかもしれませんが、大臣、お出ましになって国民の皆さんに直接お訴えをされたらどうでしょうか。
#42
○国務大臣(坂口力君) これから、どのような啓蒙活動があるのか、そして患者、元患者の皆さん方に対して反省とおわびをし、そして、今まで偏見、差別というものが行われてきた、それは全くの誤解に基づくものであるということをどう知っていただくかということについて、どういう方法がいいのかやはりよく検討しながら、先ほど紹介をしていただきましたように繰り返し繰り返しこれはやはり行っていかなければいけないというふうに思っております。
#43
○江田五月君 本当にぜひいろんなことをお考えいただきたい。そのうち忘れるだろうではいけませんよね。やはり差別、偏見というのはいろんな形で繰り返し私たちの人間社会で起きてきます。次は何で起きるかわかりませんが、繰り返し起きてくる。やはりこういうハンセン病についての差別、偏見の歴史があったという、これをしっかり、先ほども話がありましたが、検証し、そしてその差別、偏見をなくする努力を精いっぱい尽くすことが次の差別、偏見を生まない道、一番力のある道ではないかと思うので、これはぜひ御努力をお願いいたします。
 ところで、今、私申しましたように、あの熊本地裁判決というのは本当にすごいアピールの力があった。それは、あれだけの社会に対する訴えを新聞広告、テレビのコマーシャルでやろうとしたら幾ら金がかかるかわかりません。大変なことを司法の皆さんがやってくれているわけです。そこで、これはやはり立法も行政もそういう思いでこの際行動しなきゃいけないと私は思いました。したがって、行政が、政府がこの判決に控訴をしないという、これはそういうある種の積極的な差別解消と全面解決に向けての意欲を持った行動だと、だからやってほしいというふうに思っておりました。
 五月二十三日、小泉総理は控訴しない決断をされた。五月二十五日、内閣総理大臣談話、「敢えて控訴を行わない旨の決定をいたしました。」と書いてある。一方、同じ日の政府声明では「控訴断念」という言葉が使われている。新聞なども「控訴断念」という活字が躍っておる。この点について小泉総理は、本当は控訴をしたかったんだけれども残念ながら諸般の事情から控訴をあきらめる、控訴をするという念をいろんな事情で断するんだという、そういう意味の控訴断念という言葉をあえて小泉総理は使わずに、この際、積極的に控訴をしないという意欲にあふれた行動をとってこの問題の早期かつ全面的な解決を目指したんだと、こういう論があります。田原総一朗さんもテレビやあるいは週刊誌でそんなことをおっしゃっていますが。
 言葉の解釈は別として、坂口大臣、あなたは小泉総理の真意、やりたいんだけれども諸般の事情からやれずに本当に残念というそういう真意なのか、そうじゃなくて積極的意欲を持って控訴しないという行動によって解決をしよう、そういう意思だと、どちらだと思われますか。あるいは、坂口大臣自身はどちらのお気持ちですか。
#44
○国務大臣(坂口力君) 総理のお気持ちをきっちりと聞いたわけではございません。しかし、最初から小泉総理が、この問題についてはやはり自分にフリーハンドを残した形にしてほしい、どちらかの意見にがんじがらめにした形で私のところに書類を持ってこないようにしてほしい、そういうお話が最初からございましたから、私は、今、委員が御指摘になりました控訴をしないという思いが最初から総理のお気持ちの中にあったのではないかと推察をいたしております。これは推察でございますけれども、推察をいたしております。
 私も同様の思いで来たわけでございます。
#45
○江田五月君 積極的に控訴をしないという意欲ある行動をとって、そのことによって解決に向かって進むという、そういうお気持ちだと。総理の方は推測ですが、坂口大臣の方はそういうお気持ちだと。よろしいですか、それは。
#46
○国務大臣(坂口力君) 私の気持ちといたしましては、私は総理とは少し立場を異にいたしまして、やはり厚生労働省という省をお預かりしている立場でございますから。過去のさまざまな問題もございました。その責任感もございます。そして、政治家になります前に私は一人の医療に従事をしていた人間という立場もございます。しかも、公衆衛生というその職にありました一人の人間でもございました。この今までの過去を振り返ってみましたときに、公衆衛生の立場にあります人たちが過ちを犯してきている、隔離政策というものに対して積極的な役割を果たしているということを見るにつけまして、やはり責任の重大さというものを人一倍に痛感してきたということでございます。
#47
○江田五月君 厚生行政の最高責任者ですから、思いはそれは大変深いものがあると思います、過去についても。
 しかし、過去にいろんなことがあったればこそ未来に向けて意欲的な取り組みをすると。過去に引き起こしたさまざまな社会に残った傷跡、傷口、これをちゃんといやして、そういうもののない、差別、偏見のない二十一世紀をつくる、そちらの方がと言うと変ですが、それがやはり行政の最高責任者としての責任、過去にいろんなことがあった、それに責任を感ずる、それならば余計に未来をどうするということについては責任がある立場だと、こうお感じになられませんか。
#48
○国務大臣(坂口力君) それはもう御指摘のとおりでございます。
#49
○江田五月君 そこで、政府声明についてちょっと聞いておきますが、法務省、これは一昨日、法務委員会で同様の質問をしたので簡単にします。
 再確認ですが、政府声明の位置づけなんですけれども、政府声明には「この際、本判決には、」「法律上の問題点があることを当事者である政府の立場として明らかにするものです。」と、こういうことをお書きですよね。この「当事者」というのは、これは訴訟というのは対立する当事者が攻撃、防御を尽くしてそこで裁判所に判断してもらうわけで、そういう被告という当事者の一方にいる者としてこういうことを言いたいよという、そういう趣旨ですよね。
#50
○政府参考人(都築弘君) 御質問のとおりでございます。
#51
○江田五月君 したがって、これはもちろん判決の確定とかあるいは確定判決の効力とかに何らの法的影響を与えるものではない、これはもう当然ですよね。
#52
○政府参考人(都築弘君) 裁判所に対する拘束力は全くございません。ただ、この政府声明というのは閣議において全閣僚の合意により決定されたもので、政府として大変重い意思の表明であると承知しております。
 法務省としては、国を当事者とする訴訟の統一的かつ適正な訴訟追行というのが任務となっておりますので、今後、同種の法律上の問題点が生じました場合には解釈指針になるものと承知しております。
#53
○江田五月君 これはおととい議論したのでもう簡単にしますが、国を当事者とする訴訟で同種の論点、つまり立法不作為とかあるいは継続的不法行為の除斥期間、こういうものが争点になった場合に、政府声明に書いてあるようなそういう主張する立場を国としては留保しておく、そういう意味だと伺ったんですが、それでよろしいですか。
#54
○政府参考人(都築弘君) そのとおりでございます。
#55
○江田五月君 私は、これはもう私の意見ですが、それなら法務大臣の談話ぐらいで済ませて、国が訴訟当事者のときに国を代表して訴訟行為をやるのは法務大臣ですから、法務大臣の談話ぐらいで済ませればいいのに、何で一体政府声明なんて大げさなことをしたのかな、いかにも未練がましいな、往生際が悪いなと、そういう気がしますが、それはよろしい。
 その二つの論点のうちの一つ、いや、その前に、今回の判決は国のハンセン病施策、行政も立法も含めハンセン病施策を不法行為とし、それによる損害賠償について国の法的責任を認めた。そして、国が控訴しないというこれによって判決確定し、国はその控訴しないという決断をすることによってその法的責任を認めたことになる。法務省、これは間違いありませんね。
#56
○政府参考人(都築弘君) 今の御質問でございますけれども、釈迦に説法で恐縮でございますが、確定判決の効力と申しますのは、当事者間において、本件の場合ですと一定の金銭の支払い請求権があり義務がある、こういうものだと承知しております。
 ところで、今回の場合には、先ほど御指摘のような政府声明及び内閣総理大臣の談話があるわけでございます。その点、これが不可分一体となって理解すべきものと承知しております。
 先ほども御質問にございましたように、我々といたしましては眼光紙背に徹すべく、この両声明文と談話とを鋭意検討中でございますし、また国会におかれましては補償立法の議論もされておられるようでございますので、あわせてその辺を見据えた上で慎重に対応してまいりたい、かように考えております。
#57
○江田五月君 眼光紙背にどう徹するのか、なかなかわかりにくいところありますが、金銭債務の場合に、単に金銭の支払い義務というだけではこれは権利関係としては特定できないので、やはりどういう原因に基づく金銭債権なのか。貸し金なのか、あるいはいろいろありますよね、不当利得なのかと。そして、これはハンセン病行政、ハンセン病施策ということに基づく不法行為の金銭債務だ、そういう法的責任が確定されていると。これはよろしいんでしょう。そこは何か問題がありますか。
#58
○政府参考人(都築弘君) おっしゃるように、訴訟物の特定という関係から申し上げますと不法行為に基づく損害賠償請求権である、こう理解してよろしいかと思います。
#59
○江田五月君 不法行為というのはもちろんこのハンセン病関係のことですよね、ほかのことであるわけないんで。それはよろしいでしょう。
#60
○政府参考人(都築弘君) おっしゃるように、今回、原告の方で御主張になっておられますハンセン病問題に関するものでございます。
#61
○江田五月君 もうそこは法的責任論をあれこれ言う段階は通り過ぎなきゃいけない、これはそう思いますので、それ以上言いません。
 あと、この立法不作為責任の関係の議論、除斥期間の関係の議論、いろいろありますが、国を代表する訴訟でこれからそういうことはまだ主張するよというぐらいなことだから、どうぞということで終わりにしましょう、そこは。
 ただ、これは私言っておきたいのは、最高裁判例、判決は「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて立法を行うというごとき、」、「ごとき」の前は例示です。そして、例示を出して「ごとき」として、「容易に想定し難いような例外的な場合」と、こう書いてあるんです。その例示のところをくくって、それに限られますというように政府声明で言っておいて、そしてそこから本件の立法不作為責任はその限られるところから外れているから最高裁判例違反だ、こう言うんですが、しかしその一般則の方に入りますよということを、熊本地裁判決はもう本当に私から見てもしつこいぐらいにそこを一生懸命書いているわけです。政府声明はまさに当事者として勝手な言い分を書いているなということだと。
 この間、おととい議論しましたからやめましょう。
#62
○政府参考人(都築弘君) 御質問でございますので、ここで議論を申し上げることは考えておりませんが、やはり最高裁の判例の理解と申しますか、それは例示にすぎないというお言葉でございますけれども、その部分に非常に含蓄のある説示ではないかと考えております。これは前にもお話し申し上げましたけれども、やはりそこに、その説示によって司法と立法とのバランスが図られているのではないかと、かように考えております。
#63
○江田五月君 これは議論するとまだまだ私もいっぱい言いたいことがあります。例えば私なんかは、らい予防法をずっと放置したことに故意があったんではないかと自分で自分を責めております。しかし、多くの皆さんは過失もなかったと言われるかもしれません。故意があった者は損害賠償責任を負って過失の者は負わないなんて、どうもそれも変だなという感じもしたり、こういう会議体が不法行為を行った場合の関係というのはそう簡単な議論じゃないだろうと思いますが、除斥期間の問題も含め、これはちょっと置いておきます。
 さて、厚生労働大臣、私はぜひこれは一つお願いしたいんですが、総理がああいう決断をされた、厚生労働大臣も法務大臣も一つの決断をされた、そこには思いがあった、そしてもうこれはやっぱり世の中こういうハンセン病についての差別、偏見はなくさなきゃいけないという、そういう強い意欲があった。しかし、そのトップの皆さんの意欲がいかに行政各部にずっとしみ渡っているかということになると、私はまずそこのところが本当に大切だという気がするんですよ。
 どうも行政の最先端にいていろいろ苦労しておられる皆さん方は、どうしてもこういうときにある一定の防御本能が働くのか、あるいは以前からやってきたことの継続みたいなことの気持ちが働くのか、いろいろ聞いてみても本当に、何だこりゃと、田中外務大臣でないけれども、そういうような言葉を吐きたくなるようなことが出てくる。
 ひとつぜひ、まず厚生労働省の中に大臣のその思いを徹底させてほしい、政府部内全体に徹底させてほしい。できれば地方、まあ地方はきょうは厚生労働大臣に聞いてもいけませんが、地方にも国の機関もありますし、地方も自治体がありますし、本当にもう社会全体に差別、偏見をなくそう、解消しようというときに、行政各部にその思いがきっちり伝わっていなければ、そしてもし厚生労働省の職員が家へ帰って奥さんに、いや、実はねとかなんとかいうようなことを言うだけでもう本当に九仞の功を一簣に欠いてしまうわけですから、そういうことのないように徹底をする、これをお約束いただきたいと思います。
#64
○国務大臣(坂口力君) 徹底されておると思っておりますが、さらに徹底したいと思います。
#65
○江田五月君 やっぱり態度で示すことは大変大切で、幾ら愛していても愛しているという言葉を言わなきゃ愛の告白にはならぬわけでして、ぜひひとつお願いをいたします。
 熊本判決でもう少し。
 この判決で、らい予防法は憲法違反の法律だったと、まあ判決で言っているのは昭和三十年、三十五年以降、遅くても。遅くとも三十五年以降、憲法違反の状態になったことは明白であると、こういう言い方をしております。三十五年がいいのか、四十年がいいのか、その後がいいのか、いろいろ議論はあるかと思いますが、今からさかのぼって考えて、らい予防法というのは憲法違反の法律であったと。
 これは、その判断をする立場に厚生労働大臣はないといえばそうかもしれませんが、どうお答えになりますか。ぜひやはり同じ認識だということを答えていただきたいんですが、いかがですか。
#66
○国務大臣(坂口力君) ここは非常に難しいところだというふうに私は思います。
 今御指摘になりましたように、二十八年に新法ができました。その当時、既にプロミンは存在をして、そして考え方によれば、これは一〇〇%治癒はしなかったかもしれないけれども、しかし隔離をするほどの状況にはなかったというふうに言えば言えないこともありません。
 しかし、今までの継続の中で、その当時の物の考え方というのは社会全体がそういう考え方にはなっていなかった、それは政治の世界も行政の世界も含めてでございますけれども、全体にそういう考え方に私はなっていなかったというふうに今思っております。それは医学界も含めてでございますが、そういう考え方になっていなかった。
 昭和二十六年でございますか、参議院のこの厚生委員会で三つの園の園長さんがお越しになりまして発言をしておみえになりますが、らいの専門家と言われる方が、隔離政策をこれはやらなければならない、そして、ステルザチヨンという言葉が使われておりますが、断種をしなければならない、逃亡する人には逃亡罪をつくらなければならないというようなことを発言しておみえになるという、そういう時代背景。そういう時代背景でありましたことを考えますと、その当時立法されました皆さん方も、いろいろのことを思い悩みながら、いろいろのことを考慮に入れて判断をされたのではないかというふうに私は思います。
 ただ、それからだんだんと医学も発達をしてまいりまして、先ほどお話がございましたように、プロミンだけではなくて抗生物質も出現をしてくるといったような事態に立ち至ったときにそれを転換できなかったということは、それはやはり責任を問われる問題ではないかというふうに私は思っております。
#67
○江田五月君 このらい予防法制定のときの状況をお話しになりましたが、しかしそれも、そのときに光田健輔さん初め三つの園の園長さん方が言っていたことが本当に客観的に正しかったかどうか、これは今検証してみると大きな疑問符がつくわけですよね。まして、その後大きく医療は進展をし、WHOが昭和五十六年にはもう多剤併用法で治癒するというところまで認知をする、それでも九六年までらい予防法が残っていた。
 だから、どこかの段階で、これは目的と手段との関係でいえばもうむちゃくちゃにバランスが外れてしまった法律になっていて、憲法違反だと裁判所に言われたのはこれは私は当然じゃないかと。まあ、それは憲法違反かどうかというのは最終的に裁判所が確定をする、それも最高裁が最終審。しかし、我々やっぱり立法に携わる者も行政に携わる者も皆、憲法についてのその程度の感覚は持っておかないといけないと思いますが、いかがですか。
#68
○国務大臣(坂口力君) 常にそういうことを念頭に置いて我々はやらなければならないということは御承知のとおりでございます。
 先ほど私が申し上げましたのは、そういう専門家ですら偏見の気持ちを持っていたのではないかということを申し上げたわけでありまして、そうした時代背景の中でできたのではないかということを主張したわけでございます。
#69
○江田五月君 歴史学者としてお話しになるならそういうお話もいいけれども、やっぱり厚生行政の最高責任者なので、そのお話はそのお話としながら、やっぱりらい予防法があの時期まで残ってしまった、憲法違反の状態がつくられてしまった。これはもうおわかりだと思うんです、深追いしませんので、そこはぜひわかっていただきたい。
 だって、それは医療のこともあるけれども、入所の手続のこととか、やれ消毒だ、物件の消毒、廃棄だ、質問、検査はまあいいとしても、親権の関係、物件の移動制限、秩序の維持、外出の制限。令状も何も全然なしにこれだけのことをやる法律をつくっておるというのは、人権という観点から見たらこれはもう到底憲法のいろんな人権手続規定にかなうはずがない、明らかだろうと思います。
 さて、判決の中で、これまでの過去のハンセン病行政、そのもとにある考え方、非常に厳しく指弾をされております。三園長発言についても「患者の完全収容の徹底とそのための強制権限の付与、懲戒検束権の維持・強化、無断外出に対する罰則規定の創設等を求めるものであり、その内容もさることながら、ハンセン病患者を「古畳の塵」に例えるなど、表現の端々にも患者の人権への配慮のなさが如実に現れており、当時の療養所運営の在り方をもうかがわせるものである。」、判決はこう言っているんです。それを、いや、当時の超一流の皆さんがおっしゃったことだからとはなかなか言えないだろうという気がいたします。
 さて、もう時間も大分たちまして、今後の全面解決に向けての考え方ですが、今、与党において議員立法の作業が行われていると聞いておりまして、私どもも法案の準備をいたしますが、与野党で協議をする、元患者の皆さんの御意見も十分に聞かせていただく、そして共同提案かあるいは与党案の修正かそれはわかりませんが、いずれにしてもしっかりしたものを速やかにつくっていかなきゃいけない。
 私は、これは立法についてどうかという話じゃないですが、そうすると、トータルな今後の施策について、この際大切なことは、十分原告団とか元患者の皆さんの意見を伺って、皆さんの納得できる法案にし、そして今継続している訴訟を終わりにする、みんなが納得して今継続している訴訟を終わりにして、そして最終解決の糸口をしっかりつくると。訴訟は終わりになったからといっても、例えば名誉回復、偏見、差別の除去、解消、これはまだまだいろんなことをやっていかなきゃならぬから、そういう枠組みをつくるというところでひとつ今回区切りをつけることしかないんだろうと思います。
 例えば、二万三千余の遺骨がそれぞれの園の慰霊塔の奥に、本当に小さな、もうこのコップよりちょっと大きいぐらいの小さな骨つぼに入って、だあっと並んでいるわけです。この皆さんは、亡くなって煙になって、煙だけがふるさとに帰れて、骨は帰れてないんですね。これをどうするかというようなことは、それは法律をぽんとつくったらそれでおしまいという話じゃないんで、そうしたいろんな仕事をしていかなきゃなりませんが、そのような枠組みをみんなの納得でつくって訴訟の終結につながる、そういう枠組みでなきゃならぬと思いますが、厚生労働大臣、どうお考えになりますか。
#70
○国務大臣(坂口力君) 現在国会の方でいろいろ御議論をいただいておりますことは、いわゆる補償問題だというふうに認識をいたしております。その他の今お話しになりましたような名誉回復の問題でございますとか、お亡くなりになりました皆さん方のお骨の問題でございますとか、あるいはまた福祉の問題でございますとか、その他さまざまな問題があるんだろうというふうに思いますが、そこは厚生省が窓口になりまして、それこそ患者の代表の皆さん方とお話し合いを一つ一つ詰めながらそれは進めさせていただくべき問題だろうというふうに思っております。したがいまして、そこはこちらの側でやらせていただくというふうに決意をしているところでございます。
#71
○江田五月君 というのは、今検討されている法案でやるということじゃなくて、厚生労働省として責任を持ってそうしたいろんなことをするということだと思うんですが、それはそうなんだろうと思います。
 ただ、その法案は、厚生労働省はこれからここのところを担当する、またいろんな皆さんが全部こういうことを担当しながら、最終的に社会にまだいろいろある差別、偏見というものがきれいに解消される、そんな枠組みを今大きな合意でつくる努力をしなきゃいけないんじゃないか。そして、その結果、わかった、こういうことがこれから行われていくんだから訴訟は終わりにしましょうねという、そういう納得を得る努力を今やらなきゃいけないんじゃないかということを言っているんですが。
#72
○国務大臣(坂口力君) 国会の方も法律をつくっていただきますときに、患者の皆さん方と恐らくお会いをいただいてお話をされるものというふうに思います。そして、今御指摘になりましたように、他にも訴訟があるわけでございますから、他の裁判を終わらせるということは、私もこれはできればもう終わる方向になれば大変いいことだというふうに思っているわけでございます。
 しかし、これはそれぞれの原告の皆さんのお考えにもよりますし、いたしますから、これは強制のできるものではありません。また、もし今の裁判が済んだといたしましても、また別の裁判が起こる可能性もそれはないとは言えません。しかし、できることならば、今までのことを反省し、おわびをしながら、その中でこれからのことを真摯にお話し合いをしていくということを我々はやっていきたい。
 それで、今御指摘のように、もう一つ大きい、そうした国会の役割、厚生労働省の役割、それらも含めて役割分担やその辺のところをどうするのかというお話でございますが、そこはまたひとつ国会ともお話し合いをさせていただきながらここは進む以外にないんだろうというふうに思っております。
#73
○江田五月君 それはわかりません、訴訟を起こすことは国民の基本的人権の一つですからいろんなことがあると思います。しかし、この問題の解決に当たる者が皆、ここはひとつもう訴訟をさらに続けなきゃというような思いが残らないように努力するんだ、全力を尽くすんだと、そういう思いを持って、汗をかきかき頑張るんだという、そういう熱意が大切なんだ。いや、いろいろやっても、それは訴訟ですから起こるかもしれませんという、結果はそうであっても、そういう熱意というのが今大切なんだと思いますが、いかがですか。
#74
○国務大臣(坂口力君) その熱意は確かにもう御指摘のとおりでございますから、そこは我々も一生懸命にやるつもりでおりますけれども、しかし我々が一生懸命そういうふうに思いましても、我々だけの意見でこれは成るものではないということを申し上げているわけでございます。
#75
○江田五月君 しかしというところがなければ大変いいんですけれども、まあいいでしょう。
 患者の皆さん方から全面解決要求書というのが出されております。これはもう届いておることと思いますが、第一の「責任の明確化と謝罪」、これについては既にお話ししました。「名誉回復措置と損害賠償」、これもお話しをしました。「恒久対策」、いろいろございますが、「生活保障」で「従来通りの給付を維持すること。」、これもよろしいですよね。「退所者及び社会復帰を希望する者に対しては、新たな年金の支給、住居の確保・日常生活の介護など、社会生活を送る上で必要且つ十分な支援を行うこと。」、こういうことをお求めです。それから「療養所での生活を希望する者に対しては、療養者の減少などがあろうとも、統廃合を行わず、終生在園を保障すること。」、それから「ハンセン病元患者の医療や福祉が円滑に受けられるよう制度の整備、確立を図ること。」、いろんなサポートシステムということでしょうが、このあたりはいかがですか。
#76
○政府参考人(篠崎英夫君) 退所者及び社会復帰を希望する方々に対しまして新たな年金の支給等の要望書が出ておりますが、そのことについて申し上げますと、五月二十五日の内閣総理大臣談話におきまして「福祉増進のために可能な限りの措置を講ずる。」こととされました。それを踏まえまして、患者、元患者のお話を十分伺いながら、そこに載っておりますが、退所者給与金の創設など必要な措置を講じてまいりたいと考えております。
 病院のことにつきましては、病院部長の方からお答えいたします。
#77
○政府参考人(河村博江君) 療養所での生活を希望する者に対して、療養所の統廃合を行わずに終生在園を保障すべきではないかという御要望に関してでございますが、国立ハンセン病療養所につきましては、他の一般の国立病院・療養所が現在再編成計画に基づきまして急ピッチで再編成が行われておりますけれども、そうした再編成対象施設には含まれておりませんで、現在統廃合を行うことは考えておらないわけでございます。
 ハンセン病療養所の将来のあり方につきましては、平成十二年二月から、各療養所の入所者の代表、全国ハンセン病療養所入所者協議会の代表、あるいは各療養所の所長さん、それから厚生労働省の四者から成るハンセン病関係者連絡懇話会において現在意見交換を行っているところでございます。その中で、今後とも国立療養所での療養生活を希望する方については終生これを保障するというのは基本であろうと思っておりまして、その際、できる限り現在の生活条件を維持することが望ましいという考え方に立ちまして、その方向で努力をしたいというふうに思っております。
#78
○江田五月君 さらに、「医療、看護・介護、福祉、環境の拡充」ということで、療養所の医療、施設、看護・介護体制の整備充実。それから、通院・在宅治療のための医療体制の早期整備。いわゆる三対策、視力障害、身体障害、高齢者、これの充実。それから心理面のケア対策、こういうことが書いてあります。
 お願いをしたいんですが、特に三対策ももう前から何度も何度もお願いをしていまして、この充実は大切です。
 最近、元患者の皆さんが言われているのは、七十四歳を超えるようになって、もう緊急の事態が起きても何もできずに、重篤になり、あるいはお亡くなりになり発見されるというようなことも間々ある。こういうところだから、ひとつ夜間もちゃんと三交代で、介護あるいはいざというときには看護を緊急に受けられるような、そういう体制をつくってくれないかという要望がございます。今、やりますと言っていただければ大変ありがたいですが、あるいは受けとめてということかもしれませんが、いかがですか。
#79
○国務大臣(坂口力君) これは、私も全生園にお邪魔をしましたときにそのお話を伺ってきております。それで、検討をしてもらうように今言っているところでございまして、皆さん方のお気持ちもよくわかりますし、いたしますので、対応したいというふうに思っております。
 ただ、皆さん方も高齢化しておみえになりますし、そしてお入りになっているところがもうぽつぽつとかなりあいているところがあって、こちらにお一人、あちらにお一人というようなことになったりしているようなケースもあるようでございまして、その辺のところもどういうふうにこれからしていただくかというお話し合いも少しさせていただきながら、しかし皆さん方の御要望にもこたえられるようにしていきたいというふうに思っております。
#80
○江田五月君 ハンセン病の皆さん方は、もう菌も排出していないし治癒と、しかしまた再発するかもしれないという可能性が完全にゼロというわけではないというような状態があったときに、以前はなかなか一般の病院は受け入れてくれなかったんですよね。すべて通常の健常者と同じように、それは年もとれば、がんもありますし、高血圧もあるでしょうし、いろんな病気が全部ある。全部あるのに療養所の中の医療施設だけで全部対応はなかなかできないと。そして、それもあってCTも備えてくださいとか、いろんなことをやってきた。しかし、それがいいのか、それとも外の病院でもっと自由に受けられるようにした方がいいのかということで大変苦労いたしました。最近は外の病院でも大分受けられるようになったと思いますが、そこは今どういう認識でおられますか。
#81
○政府参考人(篠崎英夫君) 先生御指摘のとおりでございましたが、今はハンセン病の治療薬は保険診療になっております。それから、その他の高齢化に伴ういろいろな疾病は、これは一般の医療機関でもできるわけでございます。
 今回の要望書の中にも通院・在宅治療のための医療体制を早期に整備してほしいという要望がございますので、私どもといたしましては、先ほど来大臣が申し上げておりますその協議の場などで具体的にどういうふうにしたらいいかを患者及び元患者の方々と十分相談しながら、きちっとした体制整備に向けて努力をしていきたいと思っております。
#82
○江田五月君 やっぱり一般の医療機関でも何も差別、偏見なく平気で診てもらえるという、それはもちろん普通の風邪だ何だというときに療養所の中でちゃんと手当てができるのは当たり前の話ですけれども、何かその辺の努力をひとつよく皆さんの御要望も聞きながら考えていただきたい。少なくとも以前のようにもうハンセン病元患者の皆さんが医療機関の中へ来ることも拒むというようなことが残っちゃいけませんよね。
 次に「差別・偏見の解消」ですが、皆さんの要望書の中には差別禁止法を制定するなどということ、それから差別、偏見に苦しむ家族、親族に対する支援事業、あるいは無念の死を遂げ、しかも遺骨の引き取り先のない犠牲者の名誉回復、被害回復の措置、そしてハンセン病教育というか差別、偏見解消のためのハンセン病の歴史、社会の残した傷、こういうものについての啓発活動、これを強化してくれと、そういうことがございます。
 一つは、今の遺骨の関係ですが、私はやっぱり差別、偏見除去というのは、労を尽くすこと、これが大切で、労を惜しんではいけないんだろうと。いろんな努力をして、一つ一つの遺骨に敬意を払いながら、どうやったら本当に入るべきところにきっちり入れるかという努力を一生懸命みんながすることが大切だと思いますが、これは大臣、そういうお気持ちでやっていただけますか。
#83
○国務大臣(坂口力君) そのつもりでやらせていただきます。
#84
○江田五月君 それから教育。これは文部省来ておると思いますが、どういう答えになりますか。
#85
○政府参考人(矢野重典君) 学校教育におきましては、あらゆる差別や偏見をなくすように努力をし、またそうした社会の実現に努めるよう指導することは大変大事なことでございます。
 そのため、ハンセン病を初めとする感染症についての正しい理解を促しますとともに、現代社会の諸問題について広い視野から主体的に考え判断する能力あるいは態度を養うことが大切と考えているところでございます。
 そういう意味で、各学校におきまして、児童生徒の発達段階とまた学習指導要領を踏まえた適切な指導が行われ、そして子供たちが差別や偏見のない社会の実現に努めることができますように今後とも指導の充実を図ってまいりたい、かように考えているところでございます。
#86
○江田五月君 感染症によって生ずる差別、偏見、先ほども言いましたように、世の中、繰り返し繰り返しいろんな差別、偏見が出てくる。それをなくしていく努力は繰り返し繰り返しやらなきゃいけない。そういうことを考えますと、このハンセン病の歴史というのは、こんなことを言うと大変あるいは心を傷つけることになるかもしれませんけれども、すばらしい教材なんですね、ある意味では。歴史というのはそういうことをずっと繰り返しながら私どもも前へ進んでいくわけですから、ぜひこれは、衆議院の方では文部科学省、厚労省からの御要望などあればというような答えもあるようなので、厚生労働省としても取り組んでいただきたいと思います。
 それから次に「真相究明と再発の防止」。
 情報公開。これは、国の有するすべての情報を開示すること。それから真相究明委員会の設置。二度と同じ過ちを犯さないために原告団とか学者などを含む外部機関を設置すること。ハンセン病資料館の充実。それから感染症予防医療法の改正。これは、感染症差別の解消とか感染症患者の人権保障についてはまだ十分じゃないので改正することと、こんなような要望があります。
 特に情報開示ですが、いろんな情報があるので、ぜひ散逸しないように、厚労大臣、全国の療養所に、資料はどんな資料であっても勝手に破棄したりしちゃいけないよと徹底していただきたい、そして開示をしていただきたいと思いますが、いかがですか。
#87
○国務大臣(坂口力君) 今までもできるだけ大事な資料は資料館に集めたりする努力をしているようでございますが、これからも、今御指摘にありましたように、大事な資料につきましては散逸しないように、そしてまた必要なものは開示をしていくということにしたいと思います。
#88
○江田五月君 そして最後に、協議の場ということですが、これはもうお答えになっておられるので、ぜひ協議の場をちゃんと持っていただきたい。さらに、真相解明といいますか、過去どんなことがあったか、その検証、これももう既に先ほどお話にあったようですが、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。
 最後に、冒頭申し上げましたとおりハンセン病問題は私の政治活動の原点なんですが、先日、インターネットで私自身の国会の会議録を検索しますと、一九八〇年の十月二十八日、この参議院の、当時は社会労働委員会と言っておった社労の会議録が出てきました。
 質問の相手が当時の園田直厚生大臣と公衆衛生局長の大谷藤郎さんでした。大谷さんは、皆さん御存じのとおり、現在国際医療福祉大学学長、一九九六年のらい予防法廃止に大変貢献をされた、今回の熊本地裁の裁判の中でも政府の責任を認める重要な証言をされた。
 この会議録を読みますと、当時の私は、らい予防法の隔離政策は強制的なものだ、絶滅政策と言える、ハンセン氏病とは、氏をずっとつけて私言っておりましたが、当時、感染しない病気であること、国民の態度、社会の態度が大きく変わるべきであること、長島に橋をかけるべきであること、こういうことをきちんと議論できていたと思うんですが、ただ一つ、やっぱり予防法廃止については私も触れていないんです。
 触れられなかったというような気がする。そっとしておいてくださいというようなこともあった。それは厚生省からであったか患者の皆さんからであったか、いわば私から見ると、私も言い出せなかった。だけれども、その一つのハンセン病行政全体の中で患者の皆さんが人質にとられていた。つまり、らい予防法を廃止したらこの皆さんの生活はどうなるんですか、そこが解決せずに廃止できないじゃないですかという話で、しかしそれがそういう体制としてずっと残っていくことによって、これでもかこれでもかと差別、偏見が強く強く植えつけられていったんですね。
 今回の判決で指弾された立法不作為責任、これを痛感いたしました。一刻も早く最終解決にみんなが全力を、一刻も早い全面的な最終解決の実現にみんなが全力を尽くそうじゃないか、そのことを最後に訴えまして、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。
#89
○黒岩秩子君 さきがけ環境会議の黒岩秩子です。
 私とハンセン病の出会いからお話をさせていただきます。
 私の次女が大学生のときにFIWCというボランティアグループに属していまして、韓国の元ハンセン病患者さんの定着村に石垣をつくったり橋をかけたりというような肉体労働をしに行っておりました。次女は弟や妹たちも誘いまして、我が子四人がハンセン病患者さんや元患者さんとのつき合いを始めました。
 そんな中で十年前、私も誘われて、今、江田さんがおっしゃっていた長島愛生園の夏祭りに行ったのが始まりです。以来、その村に住んでおられる何人かの方々とおつき合いをさせていただいておりますし、実はつい最近、その中の一人が亡くなってしまいました。そしてまた、全国ハンセン病療養所入所者協議会発行の全療協ニュース、先ほど大臣もおっしゃっていましたけれども、この全療協ニュースをずっととっておりました。そのために、大臣が四月十八日に多磨全生園を訪問されたことも知っておりました。
 実はこの長島という島、今も問題になっておりますけれども、本土から三十メートルしか離れていないというのに、一九八八年になるまでそこに橋がかかっていなかったという島です。今回判決にありますように、一九六〇年には既に、この病気が不治の病ではないこと、また伝染力は極めて弱く、療養所の職員で感染した者はいないことなど知れ渡っていたにもかかわらず、三十年近くもこの島に橋がかからなかった。このことはあらゆることを象徴していると思います。
 五月十一日の熊本判決後に、控訴しないようにと訴えに来られた原告団のお一人がこう言っておられました。十一歳で発病し、島に連れてこられて、まず裸にされてクレゾール液で洗われてしまった。まだ幼かったので、親に会いたい一心でこの三十メートルの海を血だらけになって泳いで渡ったところをとらえられて、監禁室に入れられてしまった。この方は実は私と同い年の方でした。
 この監禁室というのはどこの療養所にもあり、そこではほとんど湯水しか与えられていなかったと言われています。中でも一番ひどいのは群馬の栗生楽泉園で、ここは特別病室というところがありました。そこに住んでいる皆さんはこれを重監房と言っていたそうです。ここは昭和十三年から昭和二十二年までしか存在していなかったんですが、ここの中に入れられた方は少なくとも九十二人。そして、獄中で十四人が亡くなったのを含めて、そこでの虐待によって出てから亡くなった方を含めると二十二人もが亡くなったということです。
 実は昭和二十二年にこれが廃止されているにもかかわらず、ここのところの悪夢というのはずっとその後も続いていたと思います。
 実は、私、前にも申し上げましたように、たくさんの虐待を受けた子供たちと接してきまして、幼児のころの虐待というのがどれだけ長年後までその後遺症が残るか、これはPTSDと言われていますけれども、そのことを肌身をもって感じておりました。したがいまして、そこここの療養所にあった監禁室に閉じ込められたという体験は、一回あっただけで十分その人は一生もうそのことはできないと思います。多くの場合、ここから逃げようとして監禁室に入れられるわけですけれども、そうなりますと、もう出るなどという選択肢は全くない。一回入れられただけで出るという選択肢がなくなる。そういうところに押し込められていた。それがずっとつい最近まで続いた現状だったと思っております。
 五月十四日、坂口大臣が控訴断念を決意されたというニュースを朝日新聞で見て、すぐに大臣室に電話をいたしました。すると、秘書官がおっしゃるには誤報であるということでした。朝日新聞だけが書いたので、ほかの新聞は書いていないと。そこで、くれぐれも控訴をしないように大臣にお伝えくださいと申し上げて電話を切ったのですが、後にこの伝言は伝わらなかったということが判明しました。
 ここで、一体控訴をするとすればどのような論拠でするのか、厚生労働省の方に伺いました。そのとき、その役所の方がこう言われました。昭和五十年代には既にらい予防法があっても出入りは自由になっていた。先ほど桝屋副大臣もそういうふうにおっしゃいました。しかし、私はこれを聞いたとき耳を疑いました。昭和五十年代というのは一九七五年から八五年のことです。長島に橋がかかったのは一九八八年ですから、その後のことです。たったこの三十メートルのところに橋がかかるという、こんな単純なことの中に実は多大な魂が潜んでいると考えます。橋をかけないことは、そこに近寄るなという強力な精神力が働いていると思われます。日本が経済大国として世界に名をとどろかすには、おまえたち姿を見せるなというメッセージさえ込められていたと思います。
 姿形の違いをもってある種の方々を排除した上で先進国として世界にアピールする、このようなことをしてきた大人のやり方を見て子供たちは育ってきました。学校の中で陰湿ないじめが横行し、たくさんの子供たちがみずからの命を絶ってきている。そのような中で、陰湿ないじめの方法を子供たちに教えてきたのがこのような大人による排除のやり方そのものだったのではないでしょうか。障害を持った子供たちを養護学校などの特殊学級に押し込めるやり方に通じていると思えてなりません。
 かつて、小学校一年生の一年間養護学校に行っていた肢体不自由児金井康治君が二年生になるときに、普通の学校に入りたいというのを学校は拒否し、彼は親や支援者と五年間自主登校をしました。自主登校というのは、入るなと言われた学校に行くという、これは大変な行動です。これに対して、学校内のトイレさえ使わせず、その学校の校長と行政の職員が門のところで立ちはだかって、そしてトイレを使わせなかった。校区の小学生をそこの校長が排除している、それをその学校の小学生たちは見ていたわけです。まさに校長は子供たちに後ろ姿を見せて教育をしていたということです。
 先ほどいらした文部科学省の方にもぜひお聞きいただきたいと思ったのですが、先ほど江田さんの質問に対して文部科学省は、偏見、差別をなくすということをおっしゃいましたけれども、文部科学省そのものが実はこのことをやっておられる。それは、ことしの一月、特殊教育についての文部科学省の新しい方針が出されましたけれども、そこの中で取り上げられているのは身体障害児だけです。知的障害の子供たちについて普通学級へ入れようなどということはまだ全く考えられておらず、知的障害の子供たちは養護学校に隔離されていて、私はこの長島愛生園のことを考えるとどうしてもそのことが一緒になってしまいます。
 障害児たちが、入れてくれないという地域の学校に自主登校というやり方で立ち向かってきた例を私はまだ幾つか知っています。これは子供たちにとっては大変過酷なことで、その後、そのことが影響して精神障害になった知的障害の方もあります。このような方法で隔離に対して闘ってきた障害児の姿は、ハンセン病の患者、元患者の皆さんの行動に通じています。
 昭和二十八年、らい予防法新法ができるときも、全国から患者、元患者が国会に押しかけてこられ、この法律の危険性を訴えられました。それで、そのころ既に、先ほどから問題になっているプロミンの効果とかが認められていたにもかかわらず、そのことを最もよく知ることができる立場にいた長島愛生園の園長であり、かつハンセン病学会の会長であった光田医師の参考人意見によって国会は新法を通してしまいました。先ほど大臣はそのころの時代背景だとおっしゃいました。私はそういうことではないと思います。この光田医師のやってきたことというのは、どういうことかよく知っていながら、そのことをほおかむりをして、うそをついて隔離したと私は考えております。このことは、エイズにおいて医師たちが果たした役割に通じるものを感じております。
 先日のこの委員会で大臣は医師の責任ということをおっしゃいました。そこで私は大臣にお伺いしたいんですけれども、このような光田医師のような、専門家としてうそをついて、ほおかむりをしてそのようなことをするのを同じ同業者として見た場合、どのような行動が可能なのか、大臣にお伺いします。
#90
○国務大臣(坂口力君) 先日来、政治の責任、行政の責任、そうしたことを話をしながら、しかし、それは政治や行政の責任だけではなくて、医学界の責任も大きかったということを私は申し述べているわけでございます。
 それは、専門的な立場にある人たちが一番、その病気の社会に与える影響でありますとかそれからその病気が将来どうなるかといったことに対して一番よく知っているわけでございますから、一番主導的な役割を果たさなければならなかったというふうに思っております。しかし、そこを果たさなかったということに対する責任というのはまことに重大であると私は思っているわけでございます。したがいまして、私はその責任の重さというものを本当に後輩の一人として重く感じている、その重い責任というものに私は人一倍罪の意識を持っているということを先日来何度も申し上げてきたところでございます。
 特定の人のお名前を挙げられましたが、いろいろの考え方があって、専門家としてそういう考え方をお持ちであったのかもそれは知りません。知りませんけれども、全体で見ましたときに、医師としてのその役割というもの、特にその道の人たちが一つの社会の大きな流れと申しますか、それに流されて自分たちの意思というものを明確にしてこなかったということは、非常に私は責任があると考えております一人でございます。
#91
○黒岩秩子君 つまり、大臣の今おっしゃったことは、言うなら内部告発をしていかなければならないということだと私は理解いたしました。
 今回、国会の立法不作為が問題になっていますが、実はこの新法制定のときの立法作為さえ問題になるのではないかと考えております。患者、元患者の皆さんの勇気ある行動にもかかわらず、その意思を取り入れず、専門家を名乗った医師の発言に引っ張られてしまった国会決議、その立法作為そのものを反省し、再発防止を考えなくてはならないと考えております。
 さらに、この新法制定のとき、参議院では附帯決議をつけて見直しをすると決めたにもかかわらず、一九九六年まで見直さなかった。このことについて、大臣はどのようにお考えでしょうか。
#92
○国務大臣(坂口力君) 先ほど、江田議員の御質問にもございましたが、私たちの先輩の議員の皆さん方がおつくりになりました法律について、今行政の長の立場におります私がよかったとか悪かったとかと言うのは、これは少し差し控えさせていただきたいというふうに思いますけれども、しかし、その附帯決議もあり、それからの医療の発達もあり、そうしたこと全体を考えますと、それが三十年であったのか三十五年が正しかったのか、あるいは四十年だったのかということは、それは私は考え方で若干の違いはあると思いますけれども、しかし、おくれたことに対する責任はあるのではないかというふうに思っております。
#93
○黒岩秩子君 そういうわけで、最後になりますが、今まで江田さんの方からたくさんいろいろな提案がなされましたが、今回のこの判決を聞いた患者さんたちの多くがやっと人間になれたということを言われておりました。つまり、今までは人間として扱われなかった、先ほどもごみだというようなことが言われていたと言われていますが、ほとんど人間として扱われなかった方たちがこれから人間として生きていかれる。そのことのサポートといいますか、そういうことを私たちも含めてやっていきたいと思っております。
 以上で終わります。
 最後に、皆さん、先にさせていただいたこと、ありがとうございました。
#94
○委員長(中島眞人君) 午前の質疑はこの程度とし、午後一時まで休憩いたします。
   午後零時十二分休憩
     ─────・─────
   午後一時三分開会
#95
○委員長(中島眞人君) ただいまから厚生労働委員会を再開いたします。
 この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、小池晃君が委員を辞任され、その補欠として林紀子君が選任されました。
    ─────────────
#96
○委員長(中島眞人君) 休憩前に引き続き、社会保障及び労働問題等に関する調査のうち、ハンセン病問題に関する件を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#97
○沢たまき君 公明党の沢たまきでございます。
 まず、質問させていただく前に、坂口厚生労働大臣に個人ホームページがないようでしたのでかわって送らせていただきました。長いの短いのまぜて十七通、厚生労働大臣万歳というのから始まって賛辞がたくさん寄せられましたことを御報告申し上げますとともに、激務の中、大臣の御健康を御祈念いたしますなどといういろんなものをいただきました。御報告いたします。
 では、まず私は補償問題について伺います。
 平成八年、らい予防法の廃止に関する法律制定時のときに、元患者に対する補償について、なぜその時点で検討されなかったのか、私は大変疑問に思っております。なぜなされなかったんでしょうか。
#98
○政府参考人(篠崎英夫君) 平成八年のらい予防法の廃止時のことでございますが、らい予防法見直し検討会というのをつくりました。これは、医学、法律学の専門家、療養所、患者団体、マスコミなどの関係者から成る検討会でございまして、座長には午前中の御討議でも出ておりました大谷国際医療福祉大学学長が座長になられましてできた検討会でございますが、ここには全国ハンセン病患者協議会、当時は全患協、今の全療協でございますが、協議会の代表者にも御参加をいただきまして検討会が持たれました。また、検討会が開催される前後にはこの当時の全患協との間で会合を持つなどいたしまして、入所者の意向を十分に踏まえてこういう検討会が運営されてきたというふうに思っております。
 この協議会としては、その当時でございますが、国に対して個人の立場で損失補償のための金品を要求するのでなく、医療、福祉、諸待遇などの維持、継続、改善が要求の目的であることを平成七年十月に確認いたしまして、国に対しても同様の意思を表示しているところでございました。このため、国としては、同協議会の希望に沿うよう金品による補償を行うのではなくて、法律に入所者に対する継続的な療養や社会復帰の支援など、医療、福祉などの充実に関する条項を規定することによりまして対応することといたしたわけでございます。
#99
○沢たまき君 そういうのは岩尾栄養課長とか長田課長補佐とか、これ読ませていただきました。
 では、なぜ全国的な訴訟が起きたのでしょうか。協議の時点で国から無言の圧力があったのではないかなと感じますが、いかがでしょうか。
#100
○政府参考人(篠崎英夫君) その当時のことにつきましては全患協ニュースという入所者の方々の出版物がございますが、そこにも述べられていることでございます。
 私どもといたしましては、今御指摘のようなことは当時の全患協の方々と真摯に話し合いをしながらその検討会を運営してまいりましたので、なかったというふうに思っております。
 また、提訴は、これは私どもがお話をしておりましたのは全国のハンセン病療養所の自治会の方々の集まり、そういう組織体としての対応でございましたので、個別のそういう提訴があったということにつきまして私ども何かコメントする立場にないわけでございますが、実情といたしましては今御指摘のようなことはなかったのではないかというふうに思っております。
#101
○沢たまき君 全患協の皆様は、らい予防法の廃止か、その後の医療、福祉、諸待遇の維持、継続かと、その間の板挟みで苦しんでいられたのではないかなと、このように感じます。
 補償については国がみずから人権侵害を認めて原状回復の損失補償を協議の場に提起すべきだったのではないでしょうか。今回の熊本地裁の判決に対する控訴和解の動き、あるいは平成八年のらい予防法廃止の法律制定時、国が責任回避していたとしか考えられません。言いかえれば、ハンセン病に対する国際的な流れに従って廃止さえすればいいと、こういう安易な気持ちではなかったかと思われます。しかも何十年もおくれてです。国家補償については、本来は平成八年当時に国は対応すべきだったのではないでしょうか。これは大臣の御所見を伺いたいと思います。
#102
○国務大臣(坂口力君) 今、局長からも御答弁を申しましたとおり、その当時といたしましては、当時の患者、元患者の代表の皆さん方にもお入りをいただいて、そしていろいろお話し合いをしたところでございます。
 しかし、多くの皆さん方、約六千名を超える皆さん方のことでございますから、中にはいろいろの御意見のあったこともそれは当然だというふうに思っております。しかし、会としての御意見は、お話し合いをして、そこでこれからの福祉の問題やそれから名誉回復の問題も含めてこういうことをやっていきましょうといったことで合意に達していたことも事実でございます。
 しかし、それだけではやはり我々は納得しがたいという皆さん方もお見えになったわけでありまして、その皆さん方が裁判をなさったということだろうというふうに思います。その裁判をされました皆さん方も、それはいわゆる金品ではなくて、あるいはまたさまざまな施策を要求するということよりも、国としての責任を明確にしてほしいということであったというふうに思います。そうした意味での裁判ではなかったかというふうに思っております。
#103
○沢たまき君 ありがとうございました。
 今、与党の間で補償措置法案が検討されていますけれども、この場合、死亡した人は補償しないという方針のようです。ただ、法案成立後に死亡した人は補償の対象とする方向のようですが、これに予防法廃止、平成八年以降死亡の方も含めるべきだと思うんですけれども、厚生省のお考えはいかがでしょうか。
#104
○副大臣(桝屋敬悟君) 今、委員の方から平成八年以降亡くなられた方々に対する対応についてのお尋ねがございました。今、委員お話しのとおり、ただいま立法府において、国会におきまして議員立法の準備がされておるというふうに承知をしておりまして、今、委員からのお話も含めてさまざまな角度から検討がなされているというふうに承知をいたしております。今、私どもでこの時点で意見を申し上げるということは差し控えた方がいいのではないかというふうに思っているところでございます。
#105
○沢たまき君 次に、平成八年当時、参議院で、さっき黒岩さんもおっしゃっていましたけれども、四項目の附帯決議がなされていますね。特に、第四の「一般市民に対して、また学校教育の中でハンセン病に関する正しい知識の普及啓発に努め、ハンセン病に対する差別や偏見の解消について、さらに一層の努力をする」となっています。
 厚生労働省、文部科学省は、今日までこの附帯決議に対してどのような努力をなさっていらっしゃいましたでしょうか。
#106
○政府参考人(篠崎英夫君) まず、私ども厚生労働省の方から申し上げますと、ハンセン病に対する差別、偏見を解消するため、あらゆる機会を活用して正しい知識の啓発普及に努めることが大変重要であるというふうに認識をいたしております。
 これまで、私どもといたしましては、討論会ですとかあるいは公開講座を開催いたしましたり、啓発資料を都道府県を通じて配布したりしてきております。また、今まで何回か話題になっております多磨全生園にございますハンセン病資料館を運営することなどによりまして、ハンセン病に関する正しい知識の普及啓発を図り、差別、偏見の解消に努めてきたところでございます。
#107
○政府参考人(玉井日出夫君) 学校教育におきましてあらゆる差別とか偏見をなくすようなそういう努力、これが大変重要だという認識を持っております。
 したがいまして、御指摘のハンセン病を初めとします感染症の問題につきましては、学校におきましては、保健体育科において疾病の発生要因や予防方法について指導する中で、感染症の予防に関しその感染経路や予防方法等に関する正しい知識を身につけさせるようにする、そのことによって誤解や偏見が起きないように指導するという基本的な考え方を持っております。
 それから同時に、社会科あるいは公民科におきまして広い視野に立って現代社会の諸問題について主体的に考え判断する能力や態度を養う、さらには道徳におきまして差別とか偏見のない社会の実現に努めると、こういうのが学校教育の基本的な枠組みでございますので、そういう中でハンセン病を初めとする感染症の問題につきましても、これらの教科等の中でこれらの事柄を児童生徒に理解させる一つの題材として必要に応じて指導がなされてきたというふうに理解をしているわけでございます。
 文部科学省といたしましても、これまでも各種の会議等の場を活用してこのような理解を深めていったわけでございますけれども、さらに今後ともハンセン病の正しい知識の普及啓発に努めながらハンセン病に対する差別とか偏見の解消に努力をしてまいりたい、かように考えております。
#108
○沢たまき君 どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 では次に、今回、与党が立法予定しているものは、名誉回復に関する規定と補償に関する立法が予定されています。ハンセン入所者の方々に対する根強い社会の偏見や差別が今日の事態を招いたんだろうと思います。
   〔委員長退席、理事亀谷博昭君着席〕
 したがいまして、先日、五月二十五日、人権救済制度のあり方について最終答申がなされております。政府として偏見や差別をなくすため、生活の支援、雇用、教育など社会環境づくりのために立法化を検討すべきではないかと思っております。そうしなければ偏見や差別はなかなかなくならないと私は考えますが、いかがでしょうか。
#109
○国務大臣(坂口力君) ただいま国会の方でいろいろと御議論をいただいて、法律が今検討されているということでございます。私、まだ詳細に存じ上げておりませんけれども、恐らく患者、元患者の皆さん方の御意見もお聞きになって、そして最終的に法律を立案されるものと考えております。
 その範囲がどの程度になるのかということも私たちも見極めなければならないというふうに思いますが、いわゆる補償を中心としました立法化と、そして先ほどから出ておりますように、さまざまな偏見や差別、そうしたことに対するこれからの啓蒙活動、あるいはまた福祉に対する問題、あるいはまた亡くなられた皆さん方の問題等々、他のいろいろの問題はこの厚生省が窓口になり、そして患者あるいは元患者の皆さん方を代表される皆さん方とお話し合いをこれから進めさせていただくという形で進めていくものというふうに思っておる次第でございます。
 国会の方でお取り扱いいただきます問題と私たちがこれからやってまいります問題と、よくそこを検討させていただいて、そしてそこに谷間ができないようにと申しますか、両方のところで受け持つことがなかったというようなところがないようにひとつしていきたいというふうに思っております。
#110
○沢たまき君 何とぞ、差別をなくす努力とその皆様方の生活の環境の整備をなるべく早目に整えていただきたいと再度御要望申し上げて、私の質問は終わります。
#111
○大森礼子君 公明党の大森礼子です。時間の関係ですぐ質問に入りたいと思います。
 先ほど沢委員も言いましたけれども、今回の訴訟というものは平成十年三月に実は社会復帰準備支援事業、これがスタートした後に熊本地裁に提起されているわけなんですね。このことは、いわゆるらい予防法の廃止に関する法律、以下廃止法と言いますけれども、これによっても結局国の謝罪がなかった、つまり救済なのか補償なのか、ここを明確にしたかったという、これが患者さん、元患者さんの気持ちだったのだと思います。
 そこで、この原告団のお一人であります島比呂志さんという方、北九州市の小倉南区に住んでおられます。社会復帰された方です。この方が一貫して主張されていること、そして、もしかしたら今回の訴訟の一つの大きな動機になったと思われることなんですけれども、国民健康保険の問題なんです。
 らい予防法廃止法附則十条によりまして「国民健康保険法の一部を次のように改正する。」、そして「第六条第八号中「国立のらい療養所の入所患者」を削る。」と。この国民健康保険法六条というのは適用除外の規定です。これを削るということはこの廃止法の附則によって国民健康保険の被保険者となれるという、こういう趣旨なんですね。この国民健康保険法第六条の八号で、これまで被保険者になれなかったけれども、なれるようになった、削除されましたから。
 ところが、削ったと同時に改正後の八号が入りまして、そこで「その他特別の理由がある者で厚生省令で定めるもの」は再び適用除外できるようになりました。この省令が何かといいますと国民健康保険法施行規則でありまして、この第一条第一号で「国立及び国立以外のハンセン病療養所に入所している者及びらい予防法の廃止に関する法律第六条の規定による援護を受けている者」、これは親族の援護ということですが、これがまた結局除外されて、一たん被保険者になれますよとすると同時にその裏でなれませんよという、こういう規定ぶりになっております。
 そして、この点について、入所者の中であっても国民健康保険に加入したい、被保険者になりたいという人については、形はどうでもよろしいから、それを任意加入と呼ぶかどうかは別としまして、健康保険証を取得できる機会をこの際つくるべきでないかと思いますけれども、厚生労働省はいかがお考えでしょうか。
#112
○副大臣(桝屋敬悟君) 委員の方からハンセン病療養所に入所しておられる方の国保の取り扱いについてのお尋ねをいただきました。
 ハンセン病の療養所に入所されている方、必要な医療については国費により提供されるということでございまして、その部分においては国保の適用除外とされているところでございますが、今、委員からお話がありましたように、平成八年のときの法を廃止したときのこの取り扱いで、結局は変わらなかったではないか、同じく適用除外、結果的に国保の保険証を持っておられないという事態ではないかということで、島さんのお声も紹介していただいてお尋ねをいただいたわけでありますが、平成八年のときも確かにこれは議論になったところでございます。
 入所者の皆さん方と種々協議をする中で賛否両論の意見があったということを私も聞いております。ただ、最終的には、先ほどから話が出ておりますが、らい予防法見直し検討会、この中に患者の協議会の代表の方も入っていただいたわけでありますが、やはり医療のあり方については今までどおりでいいという、そのお声もあった。今までどおりというのは、例えばらい療養所に入っておられる方が旅行とかあるいはその療養所で受けられない医療というものがある。その外部の医療をどうするかということについては、外部の適当な医療機関における委託治療ということで、これを着実に実施してもらいたいということで御意見がまとまったというふうに私も聞いているわけであります。
 したがいまして、今、委員御指摘のような結果、平成八年のらい予防法が廃止されても結果的に国保の取り扱いについては今なお同じ適用除外という取り扱いが行われているわけであります。
 これを、希望する者についてはという今お話をいただきましたけれども、例えば国保に加入するということになりますれば、保険料あるいは一部負担金の負担が生じるということもございますし、あるいは加入者の相互扶助によって成り立っている国民健康保険におきましては強制加入が基本ということもあるわけでありますから、こうした問題をどう整理するかということもあるのかなと、こう思ったりしております。
 私どもとしては改めて入所者の御意見を伺わなきゃなりませんが、私は入所者の医療ということについては大体この取り扱いで御了解、御理解をいただいているというふうに今のところ理解をしているところでございます。
#113
○大森礼子君 これは平成十年九月十六日、衆議院の厚生委員会で青山二三委員が同じ質問をしております。そして、今のような御答弁がなされております。よろしいですか。今回判決が出ました。今の御答弁ですと前と同じなんです。まだ感覚が変わらないのかというのが私の意見なんですよ。
 患者団体の御意見を伺ったと。すぐ団体の御意見。団体の意見とはどんなふうにして集約するんですか。多数決でしょう。今、桝屋副大臣みずから、そのときに療養所で意見を聞いたら賛否両論ありました、そして要らないと。今のままで、国民健康保険証がなくても今のまま保障されるのならいいという意見が多かったからこうなったわけでしょう。そうでなかった人もいるわけなんです。そのとき、もし本当に皆さんが自由に意思表現できたならば違ったと思うんです。
 というのは、この廃止法、らい予防法の廃止に関する法律、実はこれも不十分なんです。なぜならば、これは入所することを前提としておりまして、本来、強制隔離、これが間違いであったというのであるならば、入所と退所と両方のことを視野に入れた法律をつくらないと意味がなかったんです。今の患者さんの御意見でも、例えば入所、外には出られないという方の意見を聞くならば今のようでもよろしいんですけれども、その中でも外に出てみたい、社会復帰に挑戦してみたいという方については何ら答えになっていないんです。そこを今回のこの判決を機にお考えいただけないかということなんです。
 例えば、細かく考えてみてください。入所者、これからどんどん社会に出ていって、旅行もしていただきたいです。啓発活動もしていただかなきゃいけない。そして、今までですと、外出しますと病気になったらどうなりますか。皆さんそんな健康な方じゃないんです。そうしたら、厚生労働省に聞いたら、いやいや、今要するに園長さんの証明書がありまして、これを医者に見せたら療養所の方へ請求してもらえますと、こう言うんですよ。ここが感受性がないといういわれなんです。
 こういう患者さんがいらっしゃる、元患者さんですけれども。外に行って、田舎に帰って病気になったと。近所の医者にかかりますか、その証明書を持って。この心情が理解できるかどうかということなんです。だから、単に問題ないという言い方はできない。
 それから、例えばそれを証明もしたくなかったら全額支払わなくてはいけないわけですね。そうすると、病気になるかもしれないから旅行をするのもやめようかと、だんだんこういう結果になるという、この心理的なものをお考えいただきたい。
 それから、療養所での医療は万全じゃないんじゃないかという、先ほど、午前中ありましたけれども。それから委託医療、万全なんでしょうか、本当に。これからだんだん入所者は減っていきます。むしろ、自分の命を預けるわけですから、お医者さんには。自分がこの人の治療を受けたい、この施設でという、この自由をなぜ認めてさしあげないのか。そのためには国民健康保険証が必要だということなんです。そして、確かにあのときに御意見を聞いて、全療協ですか、こういう形になったんだと思います。
 それはそれとして、入所者すべての人が今のままでいいんです、国民健康保険に加入したくありませんというのでしたら現行のままでいいんです。そうではなくて、本当は欲しいんですという方がもしいるならば考えていただきたい。そのときに、聞き方として、もしその方たちが、本当は欲しいんです、人間として認めてもらいたい、身分証明書にもなるんです、でも保険料とか一部負担とかそのことを考えると生活が不安だから我慢するしかないというのであるならば、あとの御心配は取り除く形で考えていただきたい。
 大臣、いかがでしょうか。強制加入、任意加入と、ここは工夫をすればいいと思うんです。こういう方の希望をかなえていただきたいと思うんですけれども、大臣はどうお考えでしょうか。
#114
○国務大臣(坂口力君) 今回の控訴をしないという決定によりまして、今までの療養所の中の雰囲気というものも一変をしていくだろうというふうに思っております。したがいまして、今まで以上に多くの皆さんが社会復帰をされることもあると思いますし、そしてまた社会復帰ができないまでも、療養所の中と社会との間を往来される皆さん方もふえてくるものと思います。今お話がございましたように、もう平均年齢がかなり、七十歳を超えておみえになるというような状況もございますし、医療の問題は非常に大きな問題になってくることは間違いございません。
 今、副大臣の意見も聞き、そして委員の御意見も、双方聞きながら、今までの考え方とこれから先とは少し区別をして考えていかなければならないんだろうというふうに私も思った次第でございます。
 したがいまして、この国民健康保険の問題で、全員をどうするかという問題もあるかと思いますが、その中で、御希望の方があれば御希望の方だけという考え方も当然のこと起こってくるというふうに思いますので、御希望があればそういう選択ができるようなことというのも考えていいのではないかというふうに思いますので、一度そこはこれから相談をさせていただいて決定をさせてください。
#115
○大森礼子君 ありがとうございます。
 いずれにしましても、らい予防法廃止法、これによりまして国民健康保険の被保険者の資格が与えられた。ここを基準として考えていただきたい。そうでなければ、あの廃止法というのは意味がないものと思います。
 次に、社会復帰支援策についてなんですけれども、社会復帰準備支援事業、平成十年三月二十四日から施行されております。この要綱を見ておりますと、退所準備等支援、これは百万円の範囲内です。これは引っ越しとか住宅準備とか日用品準備費用とかですね。それから社会生活訓練支援、これは五十万円の枠内で三回まで支給できる。ところが、すべてこれは領収書が要ることになっております。
 それで、これについても島さんの方から伺いました。島さんはこうおっしゃるんですね。引っ越しは家の敷金なんかで、退所準備支援金については何とか領収書をもらえる金としてできた。ところが、社会生活訓練支援金については、八十を過ぎた自分に車の運転免許とか職業訓練とかこれに使うといっても結局使えないんだ、これは老人いじめではないかと、こういうふうにおっしゃっておられました。
 百五十万円が二百五十万円に枠は広がりましたけれども、実際に使い勝手がよいのかどうか、本当に支援として役立っているのかどうかということなんです。退所準備支援金の百万円はこれの枠内です。百万円くれるわけじゃないんです。これは十分なのかどうか。それから、社会生活訓練支援、これは現実離れしていないのか、具体的に利用されようと考えると。それで、ここら辺もやはりきめ細かな見直しが必要ではないか。
 平成八年から十二年度までで退所者四百十二名、死亡退所を除くと。このうち、社会復帰支援事業、この支援を受けた者は十七名にすぎない。ここにももしかしたら何か原因があるのかもしれません。
 この見直しについて要望したいのですが、大臣はいかがお考えでしょうか。
#116
○政府参考人(篠崎英夫君) 御指摘のとおり、社会復帰支援の事業につきましては最高二百五十万円ということでございまして、またその人数も大変少なく、現在十七名がその事業の適用を受けているにすぎないということでございまして、高齢になっておられます入所者の方々にとって使い勝手が悪いというようなことがあろうかと思います。
 この点につきましては、今までも一応見直しをするということでやっておりましたが、今回こういうことでございますので、今後の協議の場等におきまして真剣に皆様方の意見を聞いて、よい方向に改善をしていきたいと思っております。
#117
○大森礼子君 もう時間が残り少ないので、これは要望だけにしておきます。
 いわゆる入所者給与金についてです。これは質問ではなくて、退所者給与金も認めるべきではないかという、こういう要望であります。
 入所者給与金、この支給の根拠が廃止法なのか附帯決議なのか、よくわからないんです。いずれにしましても、あの廃止法は社会復帰を想定していない点で非常に不十分だと思います。条文は一条しかありません。国は支援をすることができるという任意規定になっています。まずここの発想を変えていただきたいということなんですね。
 そして、国の責任ということを求める人に支給するならば、入所者であろうが退所者であろうが同じ保障がされなくてはいけないと私は思うんです。入所者であるならば入所者給与金がございますけれども、一たん出てしまったならばこれがなくなるんですね。そうしますと、療養所にいる方は多分家賃は払わなくてよろしいんでしょう。外に出ますと家賃も払わなくてはいけない。そういう状況なのに、外に出たならば収入が減るという、こういう現状がある。その結果、社会復帰、これはめちゃくちゃ困難ですけれども、したいという方も結局できなくなるという、こういうことにもなっております。
 いずれにしましても、らい予防法廃止、あの時点におきまして国の責任を考えるのであるならば、謝罪の気持ちがあるのであるならば、そのときに入所していた方、今も入所している方、それから退所される方、この給与金についても差別をすべきではないと思うのですが、一言だけお答えを聞いて質問を終わります。
#118
○政府参考人(篠崎英夫君) 御指摘の退所者給与金(年金)ということになってございますが、これにつきましては、内閣総理大臣談話の中でも例示として取り上げられているものでございまして、私どもも今後の協議の場においてそういうものについても検討し、その創設に向けて努力をしてまいりたいと思っております。
#119
○大森礼子君 ありがとうございます。終わります。
#120
○井上美代君 日本共産党の井上美代でございます。
 国家権力の圧力をはねのけて立ち上がった原告の皆さんの闘いが、政府・厚生省を断罪し、国会の責任も厳しく問う勝利判決となり、控訴断念に追い込みました。首相官邸に押しかけた元患者の皆さんの人間の尊厳、人間回復をかけたあの執念と気迫が世論を動かし、そして政治を動かし、そしてハンセン問題の新たな闘いの足跡となり、全面解決への第一歩を踏み出すことになりました。私ども、ともに喜んでおります。きょうは傍聴にもおいでいただいていて、とても心強いです。
 判決は確定し、政府の法的責任は揺るがないものとなりました。しかし、政府・厚生省は本当に真摯な反省をしたのでしょうか。筆舌に尽くしがたいこの悲劇を二度と繰り返さないためには、この点に深いメスを入れ、真実を明らかにし、そして全面解決のために力を尽くさなければなりません。国の真摯な謝罪、そして人権、名誉回復と損害賠償など急がなければなりません。国会としても謝罪と責任を明らかにするきっぱりとした態度表明を行うことが本当に急務であるというふうに考えております。
 私は、質問の第一に、残念ながら、真摯な反省という点では政府・厚生省の態度はまさに面従腹背と言って過言ではなかったと思っているんです。一つは判決の法的な問題点、これが二点挙げられておりました。これが政府の声明です。私は、この政府声明はもう撤回すべきだというふうに思っているんです。
 さらに、さきの二十九日に衆議院の厚生労働委員会でハンセン病問題の集中審議がありました。そして、厚生労働省は本当に耳を疑う驚くべき答弁をされました。
 それは、判決の問題点は政府声明にある法的な問題点だけではないと言われたんです。これはもう本当にびっくりでした。この二つの法的な問題点さえも私は撤回すべきだと思っていたんです。それなのに公然とそのような答弁をされていることは驚きです。過去のハンセン病対策に関する事実認定にも問題があると、このように言われました。そして、厚生省がみずからの反省すべき点として指摘されたのは施設入所施策の転換のおくれと国民への啓発活動の不足、これのみを挙げられたんです。これでは判決前の認識と何も変わっていないというふうに考えざるを得ないんです。
 具体的に挙げると、入所施策については時々の医学的知見に基づいて弾力的に運用を行ったと言われました。また、昭和五十年代以降は自由に外出ができたと答弁をされました。これらはまさに強制隔離政策が生み出した人権侵害の本当に中心点に触れるものです。今回の判決によって、ことごとく反論をされ、そして断罪されたものだったというふうに私は考えております。
 この点について反省と謝罪をしないということは、まさに今回の判決を何も認めなかったということになるんじゃないかということを私はずっと考え続けているんです。もう本当に言語道断、許すわけにはいかないような大変な答弁だと思っております。これでどうして、偏見とそして差別、人権侵害と闘い生きてきた人々、無念の中で亡くなられた方々もたくさんいらっしゃいますけれども、そういう方々の思いを晴らせるだろうかというふうに私は思っております。たった一度の人生を国家によって踏みにじられてしまった人々の気持ちにこたえられるものではない、このように言いたいわけなんです。
 私は、そこで大臣にお聞きしたいんですけれども、今回の判決については、政府声明で指摘している以外に大臣自身も問題があるとお考えになっているのかどうかということをお聞きしたいんです。御答弁ください。
#121
○国務大臣(坂口力君) 衆議院の委員会におきましてもいろいろの角度から御答弁を申し上げているわけでございます。したがいまして、全体像をごらんいただければ、そういう趣旨のことを申し上げたことでないことは御理解をいただけるというふうに思います。
 我々が主張いたしておりますのは、我々といいますか私が委員会で申し上げましたのは、ハンセン病の患者、元患者の皆さん方に今日までおかけしてまいりました御苦痛、御苦難、そして偏見、差別というものに対して、心からのおわびと、そして我々も反省をいたしております。心からここに反省をし、皆さん方に今まで我々が至らなかった分をどうお返ししていくか、皆さん方におこたえをしていくかということについてお話を申し上げたわけでございます。
 したがいまして、今お話がございましたように、今回の判決を我々は控訴せずということで受け入れたわけでございますから、これはそれ以外に、それ以外にと申しますか政府声明として出しましたこと以外に私たちがそのことをとやかく言っているというわけではございません。
 そして、全部これは受け入れたわけでありますから、法的にはそれで決定をしたというふうに思いますが、しかし政府としての意見として、この判決は受け入れますけれども、しかしその中で我々は我々の考え方としてこういう考え方を持っておりますという意思表示を二点についてしたわけであります。ですから、そのこととそれからそれ以外のことというのはございません。その二点だけでございます。
#122
○井上美代君 その二点だけであるならば、なぜにこの判決は、過去のハンセン病対策に関する事実認定にも問題があるとか、それから施設入所施策の転換のおくれと国民への啓発活動の不足などと、こんなことをおっしゃるんでしょうか。それをお聞きしたいんです。
 大臣が言っておられるのと衆議院の集中審議でやられた答弁というのは違うんでしょうか、それとも同じなんでしょうか。そこを答弁してください。
#123
○政府参考人(篠崎英夫君) 今、大臣が申されましたように、厚生労働省といたしまして、今までハンセン病対策として施設入所施策につきまして、結果として入所されている方々の人権を著しく制限もしくは制約をして多大な苦痛を与えた、そういうことに対して大臣が先ほど反省し、おわびを申し上げたとおりでございます。
 私どもの申し上げましたのは、その中で時々の医学的な知見というのが出てまいります。それについての私どもの考えを申し上げたわけでございます。このことにつきましては、きょう午前中来申し上げておりますように、歴史的な、あるいは過去についての検証をきちっとして、そういうものが正しかったかどうかということをすべきだというふうに思っておるわけでございます。
#124
○井上美代君 これから検証をするというのであれば、私はその違った見解を答弁の中で次々と言われているということはおかしいと思いますよ。そして、大臣がそれを指摘されないということもおかしいと思っているんです。私は、大臣自身が本当にどういうふうに考えておられるのか。政府声明というのは国民の前に発表されておりますので、二つの法律的な問題があるというのははっきりいたします。しかしながら、それ以外にじゃあるのかということを衆議院の集中審議の答弁を聞いて思っているわけです。だから、大臣にお答え願いたいと思うんです。そして、そのような、国民が疑うような、元患者の方たちが聞いたら本当に胸がつぶれるような、そういう答弁はしないでほしいと思うんです。いかがでしょうか。
#125
○国務大臣(坂口力君) 二つのことの指摘は政府としていたしておりますが、それ以外のことはないということは先ほど御答弁申し上げたとおりでございます。
#126
○井上美代君 それ以外のことはないというふうになりますと、私は答弁で本当に誤解を生じるような、先ほど全部これを読み上げたんですけれども、そういう答弁はやめていただきたいというふうに思います。そして、やはり何といっても控訴を断念したんですから、だからそこのところに基づいて前へ進むということでやっていただきたいというふうに思っているわけなんです。
 特に、判決が言っているところの中心点、ここに厚生大臣の責任としても書いてあるわけですね。そして、絶対隔離絶滅政策によって、戦前から新法が廃止されるそのときまで患者の人権や人格を無視して、その存在そのものを根絶する目的で強制的に療養所に収容、患者全員に退所を厳しく制限して、そして終生隔離し、子孫を絶つための優生手術を強制しました。世界にこれはもう例がないことです。本当にそういう責任をきちんと認めて私は反省と謝罪、そして補償をきちんとやっていかなければいけないんだというふうに思うわけなんです。
 私自身も大きな衝撃を受けておりますけれども、特に優生手術の問題です。この優生手術、断種、そしてまた中絶の問題を取り上げたいというふうに思います。
 証言を私は読みました。また、テレビも見ましたし、新聞も日々細かく見ております。腹から引っ張り出された胎児は男の子で、まだ手足を動かしていたが、目の前で婦長がうつ伏せに窒息死させた。子供もいず、ふるさとにも帰れず、入る墓もないが、今も私たちに残された、これが差別のあかしだと、このように言っておられます。私は、この元患者の証言、ここに国の責任を告発している言葉があると思います。私は、証言集の中でもっと幾つものたくさんの証言を読みまして、本当に大きな衝撃を受けております。
 こうした問題というのは、社会性を抹殺した強制隔離政策とともに、元患者の方々の本当に愛と命をはぐくむ家庭をつくって生きるという幸せなその権利を奪ったと思います。まさに断罪されなければならない人権侵害のいわば中心的な問題だということを私は申し上げたいんです。
 この問題は、戦前のあの絶対主義的天皇制のもとでのらい根絶策に始まります。当時の政府は、らいを根絶し得ないようではいまだ文明国の域に達したとは言えずとし、そこでこの優生思想に基づいて断種だとかそれから妊娠中絶だとかやったわけなんです。
 私は、元患者の人たち、こういう人たちがどのぐらいいらっしゃるかということをお聞きしてみましたら、二十四年から平成八年までに行われた優生手術というのは一千四百件以上あるんだそうです。そして、人工妊娠中絶というのは三千件余だということを知りました。私は本当に痛ましい数だというふうに思っております。
 そうした中で、厚生労働省は、昭和の四十年代以降は優生手術は同意によって行われたと、このように述べられました。政府には全く責任はないというこれは答弁だったと思うんです。これは事実を私はゆがめるものであるというふうに思っているんです。
 判決では平成二年に堕胎手術を受けた女性について述べています。子を産み育てることを許さない療養所において、出産するということは全く念頭にはなかったと述べています。形ばかりの同意をしたとしても、療養所において子を産み育てることは許されない状況が当時あったということなんです。優生政策で断種だとか堕胎を行うことは、憲法の幸せ追求権に含まれ、判決が言うように、患者から同意を得ていたとしても絶対隔離政策の中で患者は同意せざるを得ない立場に置かれていたと、こういうふうに述べております。私もそのとおりだというふうに思っているんです。ここでは四十年代以降は優生手術は同意によって行われたと、こういうふうに言っておられるんですが、この大きな政策転換というのは全くなかったということが歴史の上でもはっきりしていると思います。
 大臣は、予防法廃止まで続いた断種、そして中絶に人権侵害がなかったと考えておられるのかどうか、私は直接お聞きしたいというふうに思います。大臣、お願いします。
#127
○国務大臣(坂口力君) 今回の問題の中で大きい問題は二つある。一つは療養所における隔離政策、もう一つは堕胎、断種といったいわゆる生殖面にかかわります問題、この二つがやはり一番大きな問題であるというふうに私は認識をいたしております。
 その中で、今御指摘になりましたような断種でありますとか堕胎でありますとか、そうした生殖にかかわりますことが人権を無視して行われたということが伝えられているわけでございまして、それは私は大きな誤りであったというふうに思っておりますし、今後いろいろなことを研さんしていくその中で見直されていくべきことと思っております。
#128
○井上美代君 私は、昭和四十年以降は優生手術は同意によって行われたなどと軽いことではないということを強調したいわけなんです。国は昭和四十年代の終わり以降は手術は行っていないというように言っておられるんですけれども、そのときは既に在園者の年齢というのは四十九歳に達しているんです。だから、中絶を行っていないというふうに言っていらっしゃるんですけれども、そうではなくて、行う対象がいなかったということだと思うんですね。だから、答弁の、軽い考えで言っておられるのかもしれませんけれども、それは非常に重要な問題なんですね。
 だから、そういう点で、私は衆議院での集中審議の答弁に対してはもう本当に怒りを持っているわけなんです。だから、やはりもっと多くの方たちが本当に差別と偏見の中で犠牲になってこられたんですから、そこをしっかりと踏まえてやはり答弁をしていくことが大事なんだというふうに思います。
 私は、次に福祉の問題に入りたいというふうに思っております。
 多くの方々も言っておられますけれども、首相談話でも出ておりましたけれども、「福祉増進のために可能な限りの措置を講ずる。」と、こういうふうに言っておられます。これは、私は偽りのないことだというふうに思って、やってほしいというふうに思っております。しかも、大変高齢化をしておりますので、そういう点では、大臣も言っておられるように、急がなければいけないというふうに思います。
 私は、さきの日曜日にもまた全生園に伺いました。もう何回か伺っておりますけれども、皆さんのお話をお聞きしました。自治会の方も集まっていただきましたし、いろんな方にお目にかかれました。そして、療養所の生活が大変劣悪な状況に今あるんだということを私は感じました。医療問題、介護、そして看護の問題ですね。この体制の問題は、もうずっと皆様方が言っておられるところなんですけれども、これはもう本当に歴史的な人権侵害に加えて、新たに劣悪な生活環境に置かれている今日の高齢化した元患者たちのために、私はどうしても力を入れてほしいというふうに思っております。
 療養所の中は三つに分かれておりました。軽い症状の方が住む建物と体の不自由な方の不自由者棟、そして病棟に分かれておりました。特に問題になっているのはこの不自由者棟なんですね。既にこれは明治四十年、法律ができてから九十年を経過しているわけなんですけれども、平均年齢は全国的に七十四歳で、そして全生園では八十歳というふうに言われておりましたので、大変高齢化しているわけなんです。この看護体制の問題というのはぜひ実現をしてほしい。特に、不自由者棟で、本当に不自由になっている夜間の介護や看護体制がないということは皆様も御指摘されているところですね。だから、ここは確実にやってほしいというふうに思っております。政府委員の御答弁をお願いします。
#129
○政府参考人(河村博江君) 国立ハンセン病療養所におきましては、従来より入所者の方々の高齢化、あるいは合併症の増加等の実態をかんがみまして、障害の程度に応じた看護職員あるいは介護職員の増員計画を立てて実施をしてきたところでございます。
 現在、入所者約四千四百名の中で約二千人の方々が不自由者棟に入居されておりまして、不自由者棟には看護婦が約百七十人、介護員が約千百人配置されておりまして、夜間におきましては当直制により対応しておるところでございます。
 不自由者棟におきます夜間の対応につきましては、三交代制看護を実施しております病棟との関係も含めまして、医療の必要性等に応じた適切な看護、介護のあり方を検討してまいりたいというふうに思っておるところでございます。
#130
○井上美代君 今、当直の話が出ましたけれども、当直というのは夜は寝ていらっしゃるんです。そして、夜の巡回はしておられないですね。だから夜間の見回りがいないんです。
 だから、衆議院でも出ましたように、不自由者棟は夜間の見回りがなくて、介護の必要な人が大変ふえていて、そして目が見えない方が多いし、耳が聞こえない方が多いんです。そういう中で、トイレで倒れたり、朝行ってみたらもうお亡くなりになっていたり、おむつもかえないで朝まで我慢をしているとか、そういう事態が日常化しているというのが出ております。だから、そこに集められた皆さんのお話を聞いたんですけれども、夜が怖いとおっしゃるんです、夜が怖いと。療養所の皆さんはもう本当に切実に御自分たちの生活を訴えられました。
 しかも、おかしいのは、介護サービスが去年から始まっているわけですけれども、これは全く選択するようにはなっていないんですね。もちろん介護料を出しているわけではないけれども。しかしながら、世の中全体はサービスを選択できるようにだんだんになってきているわけですね。
 だから、布団の上げ下げができないとか、それからトイレに行けないというような人たちがいらっしゃるわけなんです。今そういう人は病棟にとおっしゃったんですけれども、病棟へ行くということがどんなに大変なのかということを私たちは理解しなければいけないんだというふうに思うんです。病棟は病気の人が行くところなんですけれども、療養所の中の自分たちの住まいのところは、ここはやはり自分の家なんですね、言ってみれば。だから、住みなれた家から病棟に行くということは、これは大変な苦痛なんです。そして、病院に行けばここで病気を治しましょうなどということで、もう帰してもらえないということもあるわけなんです。自分たちの住みなれた場所で介護を受けたいというのが元患者の方々の高齢化する中での願いなんです。だから、私はこれを実現させていかなければいけないんだというふうに思います。
 全国の療養所の入所者協議会では、十年前から夜間の三交代要求をしておられます。厚生省はこの要求に今までこたえてこれていないんですけれども、やはり看護婦さんをふやしてほしい、これはほかの一般病棟でもなかなか大変だけれども、ふやしてほしいわけなんですね。特にこのハンセンの方々の療養所というのは、そこを今求めておられるんです。独立行政法人化の問題なんかもありますけれども、ぜひこの三交代を、要するに夜間巡回ですよね、そしていつでも起こして元気だねという、そういう人をやはりきちんと入れてほしいということをまず私は求めたいというふうに思います。
 それで、必要な増員数が何人いればいいのかということをこの協議会が試算しておられます。それは、ことしの三月の時点で七百四人の方が必要だということです。だから、本当に人手が足りないわけです。
 元患者の皆さん方の願いを実現する、そしてまたそれを実現させることによって、行政もそうですし、私たち議員もそうですけれども、皆さん方に対する反省と謝罪というのができるんじゃないかというふうに思いますので、その点について大臣がどのようにお考えになっているのかということをお聞きしたいと思います。
#131
○副大臣(桝屋敬悟君) 委員の方から、特に不自由者棟の夜間の体制について言及をいただきました。これは衆議院の集中審議でもいろんな方からお話をいただいた点でございます。
 今御答弁をさせていただいて、病棟との関係も含めてということを衆議院段階から申し上げてきているところでございまして、療養所の中の病棟、それから不自由者棟全体としてはどういう看護、介護の体制がいいのかということもあわせて検討しなきゃならぬだろうと思いますが、実はこれは委員も御承知のとおり年次的に計画的に、ある時点の療養所に入っておられる方々の日常生活の状態であるとかお年の状態であるとか、そうしたものを総合的に勘案いたしまして、年次的に看護婦でありますとか介護職員の増員ということに計画的に取り組んできているわけであります。
 その上で、今、委員の方からさらに数が足らないんだという御指摘もいただいたところでありますが、現場で一たん病棟に入るともう不自由者棟に帰してもらえないなんというお話も今されましたけれども、それが実態であるかどうかということはちょっと私もそこはよくわからないところでありますが、ただ、今の職員の体制というのは、二千人に対して介護員が千百名いらっしゃるということでありまして、私が知っている限り、さまざまな施設の中で相当手厚い状況にはなっている。
 ただ、それが現状、大臣もよくおっしゃいますが、全部入っておられるわけではない、普通の施設と違うという実態もあるわけでありまして、入所者の加齢という、お年をとられているという状況の中で、夜間どういう体制が一番いいのか、これはまさに今入所しておられる方々の御意見も改めて伺い、入所者の方々の状況を踏まえながら、これからも看護婦、介護員の増員に努力をしていきたいと考えているところであります。
 さまざまな工夫を検討できるのではないかというふうにも思っているところでありまして、今の体制でもやれることは相当知恵は出せるのではないかというふうにも私は個人的には感じているところでございます。
#132
○井上美代君 私は、今手厚くやっているというふうに言われましたことと、現場が違っているというギャップのところをごらんになっていないんじゃないかというふうに思うんですね。私は、副大臣がみずから行かれて、そしてどうなっているのかというのをごらんになったらいいというふうに思うんです。だから、ぜひ行っていただきたいというふうに思います。お医者さんは何人、看護婦さんは何人と、こういうふうになっているんですけれども、現実というのはなかなかそれを満たすものにはなり切れていないんですよね。だから、そこを私は見てほしいというふうに思うんです。
 そして、その職員についても、国家公務員は二五%減らすというふうになっています。そういうふうにして減らされているわけですからね。だから、そういう点で、予算をつけてこうやって非常に手厚くやっているよという、そういう単純なことではないと、それが現場に行ってわかるわけですから、私はまずは現場に行ってほしいというふうに思います。
 そして、私は行ってほしいのと、それからもう一つは、現場に行きますと、皆さんが何を求められているのかということがすごくわかるんですね。私もきょう申し上げたいのは、確かに部屋がぽつんぽつんになってきているんですね。じゃ、その人たちをすぐかき集めて別の棟に連れていくかということなんですよ。ややもすると役所の仕事の中でそう考えがちなんですけれども、そうすることが命を奪うことにもつながるんだという今の一般のお年寄りの方たちのことを皆さん知っておられるわけだから、そういう問題があるということをぜひ考慮に入れてほしいというふうに私は思います。
 それで、先に進みますけれども、賠償の問題についてもいろいろ皆さん出されておりますけれども、隔離政策のもとで苦しめられて、そしてすべての元患者の皆さん、それから退所された方々やその遺族も含めて対象とすべきだと私は思っております。
 与党案も検討が進んでおるようですけれども、原告の皆さんの意見をやはりよく踏まえた上で決めていくということは御答弁いただいておりますけれども、重ねて私はそのことをお願いし、そして、よく聞いてやりますというふうに言ってくださっているんですけれども、例えば先ほどの夜間の巡回などはやらなきゃいけないというのはもう聞かなくてもはっきりしていることなんですね。だから、そういうはっきりしていることはすぐにやるようにしてほしい、そういうふうに思うんです。
 その点、お願いしたいと思いますが、どうなのかということを、聞いてからやります、聞いてからやりますという御答弁をよくお聞きします。皆さんにお聞きしますと言ってくださるんですけれども、それはお聞きしていただきたいんです。だけれども、同時にやっぱりわかっていることはやってほしいと思いますので、大臣に御答弁願います。
#133
○国務大臣(坂口力君) 今、お話しになりましたのにはもろもろのことが入っているんだろうというふうに思いますが、私も先日、全生園にお邪魔をいたしまして、夜間勤務のお話等はよく聞かせていただいております。したがいまして、夜間勤務のことにつきましては、担当のところでひとつそこを十分に考えて早く結論を出してくれるように既に言ってございます。それ以外のことに、もろもろの大枠の話はこれからしていくわけでございますから、よく御相談をさせていただいて前に進ませていただきたいと思っております。
#134
○副大臣(桝屋敬悟君) 御指摘をいただきましたのであえて手を挙げて発言をするんですが、私も療養所は当然ながら、この厚生委員会は長いものですから現場も見ておりますし、現場の声もいただいております。
#135
○井上美代君 次に、私は、沖縄格差の問題で御質問したいというふうに思います。
 今回、与党案では、一九六〇年以降で区切って、そして沖縄も含めて賠償の対象とするというふうに報道されております。しかし、一九六〇年以降で区切ると、沖縄の場合は賠償の対象とならない方が出てしまう。これは、本土と違う沖縄の特別な事情があるわけなんですけれども、本土と違う政策がとられたために一九五九年以前に退所された方々がいらっしゃいます。しかし、退所したといっても、一度入所したために社会のひどい差別のもとで苦しめられたことには違いありません。
 昭和三十五年、一九六〇年には、私、今資料を皆さん方に配ったんですけれども、読谷高校の措置の問題が「愛楽園の社会復帰者高校入学拒否」ということで「教育界で賛否まちまち」ということなんですが、一九六〇年にそういう事件も起きております。だから、こうした事件も起きるような沖縄の事情も配慮していただいて賠償を考えるべきではないかというふうに思っております。
 特に、沖縄というのは太平洋戦争の最後の地上戦になったところでもあり、ハンセンの方々がごう掘りを随分強制もされたということも言っておられますので、大変な苦労をされたんだというふうに思うんですね。だから、やはり賠償で格差を設けるのはやめてほしい、そういうふうに思っております。御答弁をお願いします。
#136
○副大臣(桝屋敬悟君) 今、沖縄のお話をいただきました。今のこの新聞記事も読ませていただいておりますが、沖縄の患者、元患者の方々もそれぞれにさまざまな御苦労をなされてきたというふうに私たちも理解をしております。
 今、立法措置の内容、それから損害賠償という話もございましたが、立法措置の内容につきましては、今、国会におきまして議員間で検討されているというふうに理解をしております。現時点で意見を述べることは差し控えたいと思いますが、今、委員が御指摘されたようなことは多くの国会議員の共通の思いではないかというふうにも思っているところでございます。
#137
○井上美代君 私は、もう一つあれしたいのは、やっぱり先ほどから皆さんが言っておられる教育ですね、啓蒙、これが大事だと思って私は全生園からこれをお借りしてきたんです。(資料を示す)これは、入園者の自治会がつくられた「人権を学び行動する子どもたち ファースト・ステップ」というビデオなんです。これはハンセンの中身がもちろん入っております。ほかにも同和の問題なんかも入っているんですが、これを見せていただきました。
 私はこれを見て本当に、子供たちが人の命というのがどんなに大事かということを感じて、そして話しているんですね。それがもう本当に純粋に子供たちの声がここに入っているんですけれども、今、子供の児童虐待やいろんな暴力もあっております。そういう中で、やっぱりこういうビデオを見るということが非常に大事に思ったんですね。私自身も本当にそうだと思いながらこのビデオを見ました。いろんな方法があるというふうに思うんですけれども、その啓蒙活動のところをぜひ強めていかなければいけないんじゃないかというふうに思います。これはもう御答弁もお聞きしておりますので、次へ行きたいと思います。
 私は、里帰りの問題について質問をしたいんです。
 本当にこれはもうきめ細かな対策が必要なんだと思います。これもやっぱり皆様方お一人お一人の思いが違っておりますし、事情もありますし、だから本当に神経を使っていかなきゃいけないというふうに思うんです。一時的に帰りたい人、本当に外に出たい人、帰りたくない人、もういろいろいらっしゃるというふうに思うんですけれども、この里帰りができるようにするというのはやはり国民の側にバトンが渡されているというふうに思いますので、国民の間でそれを本当に迎え入れられるような、差別、偏見がなくなるということが重要なんだというふうに思うんですね。
 それで、私は厚生労働省の係の方においでいただいて、レクをいただいたんです。そうしましたら、何か岡山とか滋賀県とかに既に実施をされているところがあるということを聞いたんですけれども、やはりそうした言ってみれば教訓もあるわけで、典型もあるわけで、これをそこから学びながら推し進めていくというのが大事かなということを強く感じました。
 それで、私は、自治体に窓口をきちんと設けて、社会復帰、そしてふるさとへ帰るということでどうすればいいか、国民のそういう意識を変えていく、それをどうすればいいかということを考えていかなきゃいけないんじゃないかと思いますが、それについてできるだけ、もう時間がなくなりましたので、短く答弁をお願いします。
#138
○政府参考人(篠崎英夫君) 御指摘のように、一部の県において入所者の方々を地元に招待する里帰り事業あるいは一時帰省招待事業が実施されまして、関係者の間から一定の評価がされているということはよく承知をいたしております。
 今後、先ほど来申し上げております協議の場などを通じまして、こうした自治体等の取り組みを参考として入所者の方々の福祉の向上に万全を図っていきたいと思っております。
#139
○井上美代君 私は、最後に質問をして終わりますけれども、ハンセン病の資料館のことは首相談話にも入っております。そしてもう一つ、すぐ近くのところにハンセン病の研究センターがあります。この二つの重要性についてお願いをしたいというふうに思います。
 このハンセン病の資料館の問題も、大臣みずから行っておられますのでよく御存じのとおりなんですけれども、一番深刻なのは、皆さん高齢化される中でボランティアでやってこられたんですけれども、人件費が、学芸員というんですけれども、一人分しか出ていないんですね。だから、とても大きなところでいろいろやらなきゃいけないというのはとても大変だというふうに思いますので、大臣が言われておりましたように、あれだけの建物を有効に、そして展示を有効に、もうみんなで活用できるように、みんなの財産ですから、それをやっていかなきゃいけないというふうに思いますので、その学芸員の一人分をもうちょっと、二人分とか、週の問題も出ておりましたけれども、週のうち何日かしかないわけですから、もっと活用できるようにお願いをしたいというふうに思います。
 もう一つ、出ていない問題で、国立感染症の研究所と、それからハンセン病の研究センターがあります。
 私は、所長さんにお目にかかりました。この研究所も大変重要だと思ったんです。らいの国際会議なんかがあって、学会の宣言なんかも出ていたわけで、それをいち早く行政や国がとらえていればこんな不幸にはなっていなかったというふうに思うんです。そういう意味でも、世界の発展途上国でまだまだいろいろインドなどハンセンの問題や、エイズの問題も驚くような世界の状況がありますので、そういう点でもやはりここの研究所を充実させていくということが大事だというふうに思っております。これはぜひ一言答弁をいただきたいんです。
 最後に委員長に。
 今回の判決では我々立法府の不作為の問題も指摘されておりますので、私は、この委員会が所掌の委員会ですので、ぜひ決議を検討してほしいというふうに思っておりますので、そのことを加えまして、質問を終わらせていただきます。
#140
○国務大臣(坂口力君) 今御指摘いただきました資料館の問題でございますとか、それから研究センターの問題につきましては、大変重要なこれは施設でございますので、あそこで大谷先生からもるる御依頼を受けてまいっております。
 今後どういうふうにしたらいいか、一遍検討させていただきたいと思っております。
#141
○理事(亀谷博昭君) 委員長に対する決議の件につきましては伺っておきます。
#142
○大脇雅子君 このたび国が控訴を断念したことに対して、坂口厚生労働大臣のさまざまな御決断や御発言が大きな力になったということに対して敬意を表するものでございます。
 総理は極めて異例の判断と言われておりますけれども、患者や元患者、そしてその家族にとっては当たり前の判断であるということを申し上げたいと思います。ハンセン病に関して、これまでかくも九十年の長きにわたり人権侵害を伴って続いたということについて、私どもはやはり大きな責任を考えなければならないと思います。
 まず法務省にお尋ねをいたしたいのですが、今回の熊本地裁の判決は、国の責任という中に、国会も含めて立法不作為の責任、それも故意によらない責任ということも含まれているということで、大きく私どもに衝撃を与えたものでございました。
 参議院の予算委員会におきまして法務大臣が、国の意思の一つとして国会の意思というものを控訴をするかしないかということについてどのように反映をしていくのかという手続について、今回は議院運営委員会の中で衆参とも保留をしたということですが、それはそれとして一つの条件として判断すると答弁されていると承知しております。今後、このように国会の責任が問われて国会の意思を確認すべき事態が起きた場合、法務省としてはどのように国会の意思を反映していこうというふうに考えていられるのか、お尋ねいたします。
#143
○政府参考人(都築弘君) お答え申し上げます。
 先生は先刻御承知かと思いますが、若干の経緯についてまず御説明申し上げます。
 国を当事者とする訴訟につきましては、いわゆる権限法という法律によりまして法務大臣が国を代表することになっております。国会議員の立法不作為につきまして、裁判所で国家賠償法一条の責任を認めるいわゆる認容判決というのがございますと、法務大臣は十四日以内に控訴するかしないかの判断をする必要があるわけでございます。そこで、その判断の参考に供するために、従来から、法令上の規定はございませんし、また回答を義務づけるものではございませんが、私の方から両議院の事務総長あてに意見の照会をしておりました。
 さて、御質問の今後の対応につきましては、基本的には国会におかれましてどのような意見表明をなさるのかというのは国会の御判断であろうかと思っております。仮に今後、事務総長を通じて行うという意見照会のあり方につきまして御意見を承れば、我々は誠意を持って検討させていただきたいと、かように存じております。
#144
○大脇雅子君 現在、国会決議が、与野党対立して立法不作為責任をめぐって一致できないでいるということについては、非常に遺憾であると考えざるを得ません。
 さて、この問題が発生いたしました根源というものをいろいろ考えてまいりますと、行政の責任というものはどのように考えたらよいのかと。人権または医療の進歩の点からハンセン病患者に関する隔離政策を見直すべきだと判決は指摘したわけですけれども、省内でこうした隔離政策を見直すべきだと意見が出されたのはいつだったのか、そしてそれができなかったのはなぜだろうかという点についてはいかがでしょうか。
#145
○政府参考人(篠崎英夫君) 御指摘のようなことが省内でいつ初めて出されたかということにつきましては、正確には把握しておりませんけれども、昭和三十九年三月に当時の公衆衛生局結核予防課が取りまとめました「らいの現状に対する考え方」という小冊子がございますが、そこにおいて、らい予防法については再検討が必要であるというような記述があるということを承知いたしております。
 なぜそれが先に進まなかったのかということにつきましては、午前中のところでも御質問がございましたが、いろいろ検討した結果、まだ社会的な状況がそこまでには至っていなかったというようなことで次のステップに移らなかったのではないかと、このように考えております。
#146
○大脇雅子君 戦前の人権が保障されていない当時はさておいて、戦後、新しい憲法が成立してから再び一九四九年には療養所の増床計画というものがスタートいたしまして、一九五〇年には未収容のらい患者の実態調査をいたしまして、強制収容を展開したわけであります。
 第二次無らい県運動とも呼べるようなこの政策は何がきっかけで展開されたのか、そして問題点が顧みられることなくなぜ一九九六年まで廃止されなかったのかという点についてはどのようにお考えでしょうか。
#147
○政府参考人(篠崎英夫君) 昭和十年からあるいは十五年ぐらいの間の無らい県運動ということについては承知をいたしておりますが、今御指摘の第二次無らい県運動ということにつきましては私どもとしては承知をいたしておりません。
 その後のことでございますが、らい予防法による入所施策については、法の外出の制限に関する規定の弾力的な運用によりまして、外出、退出が自由化をだんだんされてまいりました。
 そこで、どうして九六年まで廃止できなかったのかという御質問でございますが、らい予防法の廃止によりまして国立療養所への入所規定が廃止され、患者、元患者の方々に対する医療や福祉の提供に対する根拠がなくなるのではないかということが懸念され、そういうようなことから、そういうようなことを背景にいたしまして九六年まで廃止されなかったのではないかというふうに考えております。
#148
○大脇雅子君 重大な人権侵害の一つとして、優生保護法に基づくハンセン病を理由とした断種、人工妊娠中絶というものがあります。
 男性の断種が多くの療養所において結婚の条件として行われて、医師ではなく看護士やその他の医療関係者によって行われたというようなことさえ報告されておりますし、女性の人工妊娠中絶の場合は、激しく泣いている赤ちゃんを膿盆に入れて抱えて、そしてガーゼをかぶせて試験室に連れていって命を絶ったというような、考えられないようなそうした人権侵害というのが行われてきたということには胸がつぶれる思いがするわけですが、これは優生保護法にのっとった措置であったんでしょうか。
 断種は男女それぞれどのような基準でどのように行われたのでしょうか。妊娠中絶等すべての療養所でだれによってどのような基準で行われていたのか、実態についてお知りになっていることがあったら明らかにしていただきたいと思います。
#149
○政府参考人(河村博江君) 国立ハンセン病療養所におきまして、旧優生保護法の規定のもとでハンセン病の母子感染の防止あるいは母体の保護を目的として優生手術あるいは人工妊娠中絶が行われてきたということでございまして、廃止法の審議の際にも担当局長の方から御答弁したわけでございますけれども、昭和三十年代までは夫婦寮への入居の条件として優生手術に同意せざるを得ないという意味で、いわゆる半強制的な優生手術が行われていたということでございます。
 ただ、四十年代以降に行われた優生手術につきましては、いわゆる半強制的なものというよりは法に基づいて本人及び配偶者の同意を得て適正に行われたというふうに言われておるわけでございますが、これは幾つかの文献なりあるいは施設職員等関係者からお聞きした範囲で担当局長が答えたわけでございますけれども、もともと明確に線を引くことがなかなか難しい部分もございます。また、先ほどの御質問の中で、いや、事実はそうではないのではないか、あるいは年齢の問題があって必要がなくなっただけではないかというような御指摘もございました。
 いずれにいたしましても、今後、ハンセン病問題の解決のために、ハンセン病問題の歴史を検証していく中でハンセン病療養所における優生手術等の実態の把握に努めていきたいというふうに思っておるところでございます。
#150
○大脇雅子君 優生保護法にらいの条項が入ったこと自体、やはり根拠がなかった、誤りを我々は犯したということであろうかと思いますので、ぜひその実態は今後明らかにしていっていただきたいと思います。
 もう一つの人権侵害で胸がつぶれるのは、強制作業でございます。明治の時代、汚物処理の穴を掘るには四十円かかるので、その出費を抑えるために、農耕も含めて収容された患者にそうした仕事をさせたということを初めといたしまして、大正時代にはその作業の種類が増加していった。
 それで、いわゆる看護関係で軽症の人たちが重症の人たちをケアする、そしてそのケアがなければ療養所それ自体が成り立っていかない。そして、不自由者の付き添いというのは軽い患者の義務とされ、包帯の交換や注射といったような歴然とした医療行為も軽症のハンセン病患者に世話をさせた。もしそういうことがなければ二百五十名余の新規職員の採用が当時必要であったにもかかわらず、それが無視されて、さまざまな作業がなされた。
 看護関係の今申し上げましたものだけではなく、食事の世話、あるいは畳の表がえ、木工、防空ごう掘り等、戦時中は強制されたと言われます。そして、雑務に至っては、肥料のくみ取りから、亡くなった患者の火葬から、まき割りから、薪炭の配達から、ふろたきから、ふろ掃除、そして井戸の掃除、下水掃除、山道の掃除、郵便配達、その他さまざまなことがなされたと記録されております。
 長谷川保という元社会党の議員が、昭和二十八年の七月三日に、療養所の所長に伺いますと、それらの人々に去られてしまうと療養所の運営ができない、作業の助手として働いてくれなければ療養所の運営ができないという苦渋を患者たちが訴えているということを国会の中でも質問をしているわけですが、この強制労働の実態というものについてはいかがお考えでしょうか。
#151
○政府参考人(河村博江君) ハンセン病療養所におきましては、昭和二十年代までは御指摘のように入所者が看護面の業務あるいは治療面の業務、給食あるいは衛生面の業務、あるいは営繕、あるいはもろもろの生活面の業務、あるいは教育面の業務等もあったと聞いております。療養所の運営に係るさまざまな業務を行っていた実態があったわけでございますが、昭和三十年代から昭和五十年代にかけましてその業務を徐々に職員に置きかえまして、現在ではリハビリ等を目的とした任意の軽作業を除きまして入所者に作業を行わせているという実態はございません。
#152
○大脇雅子君 優生保護法に基づく断種や人工妊娠中絶と並んで、この強制労働の実態も今後実態を調査して解明をしていただくということはお約束できますか。
#153
○政府参考人(河村博江君) 先ほど申し上げた歴史の検証をしていく中でそういう問題についても対応していきたいというふうに思います。
#154
○大脇雅子君 伝染性について、医学的見地からの判断というものに公衆衛生医学の研究者として心の痛みを感じておられるというふうにお述べになっておりますけれども、大臣にお尋ねしたいのですが、このような強制隔離、断種、堕胎、そして強制労働という人権侵害を伴った絶滅政策をとってきた行政の責任というものをどのようにお考えなのか、改めてお尋ねしたいと思います。
#155
○国務大臣(坂口力君) 純医学的に見ますならば、伝染性ということでいえばもっと伝染力の強い病気はほかにもたくさんあるわけであります。しかし、その中でこのハンセン病だけが隔離政策をとられたのはなぜかという疑問に突き当たります。
 また、かつては遺伝をするという誤った考え方のあったときがかなり長く続いてまいりました。しかし、遺伝をするという病気もほかにはないかといえばそれはまたあるわけでございまして、このハンセン病だけがなぜこういう隔離の対象になったのかといったようなことを考えてまいりますと、隔離政策、そしてまた今御指摘になりました断種、そして堕胎といったようなことが当然のようにこの病気にだけ行われた原因は何かという問題に突き当たるわけでございます。
 幾つもの私は本も読み返してみましたけれども、それぞれにはいろいろのことが書かれております。日本民族の優秀性を余りにも優先するがゆえに、それに合わない者は抹殺をしようという思想が過去にあった、それが戦後も尾を引いていた。その考え方が私は当たっていないことを願いますけれども、私はそうしたことがやはり事実としてあったのではないかと思う一人でございます。
 そうしたことが、政治の世界や行政の世界だけではなくて、一番この皆さん方の治療に当たる医療の世界においてすらそれが存在したということを先日申し上げたわけでございますが、そうしたことをトータルで考えましたときに、我々は反省をしなければならない問題点というのが非常に多い、多方面においてしなければならないと思う次第でございます。
 その中の一つとして、もちろん行政の方もそうした大きな流れがかなり続いたというふうに思いますが、それを断ち切ることができなかった責任というものをやはりここで明確にしていかなければならない、そう思っております。
#156
○大脇雅子君 ただいま行われた人権侵害等についての実態調査はするということをお約束していただいたわけでありますが、九十年に及ぶ人権侵害については、膨大な資料とか聞き取りも含め、責任の所在を明らかにするための調査というものもしなければ我々の責任が果たせないと思うわけであります。
 厚生労働省がそうした九十年間の内部の厚生行政を検証するということは、私は、ぜひとも専門家を交え、元患者を交えた真相究明の委員会というものを設置していただきたい。先回、検討をするという御返事はいただきましたが、単なる情報開示ということではなくてハンセン病資料館において全面開示をする等、ここで初めてそうした歴史的な作業をぜひ坂口厚生労働大臣のもとでしていただきたいと思いまして、改めてお尋ねをいたします。
#157
○国務大臣(坂口力君) 大変な仕事であろうというふうに思いますが、このハンセンの問題を集大成するという意味からも、今御指摘になりましたような委員会をつくりまして、そして全体的に明らかにしていきたいと思っております。
#158
○大脇雅子君 ありがとうございます。私も、また委員会の方としても、ぜひそれをしなければならないというふうに考えております。
 らい予防法改正前後の国会の動きを見てみますと、昭和二十七年に社会党の長谷川保衆議院議員が「癩予防と治療に関する質問主意書」というものを国会に提出して、「癩予防法は、憲法に抵触し、患者の人権を無視した箇所もあり、行使できないと思うが、いかになつているか。」、「新憲法制定により、癩予防法も当然改正すべきであると考えられるが、未だに改正されなかつたのはいかなる理由に因るものであるか。」という質問主意書を出しているのに対し、当時の内閣総理大臣の吉田茂氏が当時の衆議院議長大野伴睦氏に出した答弁書によりますと、「癩予防法は、憲法に抵触するとは考えない。」、「現行法については、新憲法施行後においてもこれに抵触するとは認められなかつたので、改正を行わなかつた。」という明快な決定を行われており、今回の政府の見解でそれは覆ったものと理解されますけれども、その後、長谷川議員などが議員立法を出そうという動きがあって、その後、この改正の予定はしていないとしながら、三カ月たって厚生労働省は第二次のらい予防法の改正をしているわけであります。
 こういう事態を厚生労働省は把握していたのかどうかという点についてはどうでしょうか。
#159
○政府参考人(篠崎英夫君) 昭和二十七年十一月でございますから、二十八年のらい予防法の改正のほんの少し前ということになろうかと思いますが、確かに質問主意書が提出をされております。
 それで、この答弁に当たっては、当然のことながら省内及び内閣法制局において検討されたというふうには考えますけれども、残念ながらその記録は今のところ見つかっておりません。
 また、そういう問題でございますが、先ほど来大臣の方から御答弁を申し上げておりますように、歴史的な検証をするような仕組みを今鋭意考えておりますが、そういう中で、この点の資料、あるいはどういう経緯であったのかなどについても、きちっと調査をしてまいりたいと考えております。
#160
○大脇雅子君 らい予防法が廃止されまして、そして今、熊本判決を得て控訴は断念されたのですが、二つの点について今残る差別について検討をしていただくよう私はお願いしたいと思います。
 と申しますのは、患者との接触度による職員給与の調整額、特殊勤務手当というものはハンセン病の療養所でも今も支給されているというふうに聞いております。これは厚生労働省が出して人事院が認めているということで、別称危険手当と言われているものがあるというふうにしてありますが、それについて見直しをいただきたい。
 それから、先ほど大森議員が国民健康保険法の適用をぜひというのに対して、希望の方のみ選択をするという御返事でしたが、これはやっぱり差別ではないかと。すべての国民が健康保険証は自分の健康の安全切符のように持っているわけですから、幾ら委託病院があっても選択したい人だけではなくて全員にこれは支給すべきでありまして、国民健康保険法の第六条八項に基づく国民健康保険法の施行規則第一条は削除していただきたいと思うわけでございます。いかがでしょうか。
#161
○国務大臣(坂口力君) 具体的なことはまた担当の局長の方から答弁をしてもらいたいというふうに思いますが、先ほどの国民健康保険の方につきましては、今までの経緯の中におきましては、そういう国保を持ちたいという皆さん方と、それから、いや、それはもう要らないという皆さん方と双方お見えになって相半ばしたという過去に経緯があるものですから、そこをどうするかという問題がございますので、これからのお話し合いの中の重要な項目としてお話をさせていただいて、そうしてやはりそれはもう全部そういうふうにした方がいいということならばそういう方向をとらせていただきますし、しかし、いや、もうそれは要らないというふうにおっしゃる方が今なお多いということであれば、そのときにどうするかといったことを考えなければならないということでございます。
 それからもう一つの危険手当の問題でございますが、なるほどそれは元患者の皆さん方のお世話をなさる方々に対してまで危険手当というのはそれはおかしいのかもしれないというふうに、私もそれはそう思います。
 私が勤めておりました血液関係のところでも、血液を扱いますと、そうしますと肝炎にかかるおそれがあるとかなんとかというようなことがございまして、そしてこの危険手当というのはこれという病気のことを決定せずに危険手当というのが出たりというようなことはあったわけでございますけれども、今御指摘をいただきまして、なるほどそれは病気でない方に対してまでそういうことをするのはこれは少し違うんじゃないかと、私もそう思いました。ただ、その辺のところはもう少しよく検討させていただきます。
#162
○大脇雅子君 最後に私は、この控訴断念の裏にやはり相矛盾した事実があるということを述べたいと思うのです。
 それは、ちょうどこの熊本判決がありました五月十一日、平均年齢七十歳の原告患者らのチッソ水俣病関西訴訟に対しては、高裁判決に対して国は控訴されました。そしてまた、先回言いましたようなクロイツフェルト・ヤコブ病が二十二人中二十人の死亡という中で訴訟が継続されているものに対しても、いまだ和解の話もないということでございます。そういう中で、私どもは、こうしたあらゆる事象に対して、本当にその人権救済というセンサーをあらゆるところに働かせて憲法体系に反する事実というものを私たちは鋭敏にとらえなければならないというふうに考えております。
 それで、私は最後に質問を文部省にいたしたいと思うのですが、やはりこうした問題は教科書にはっきり明記をして、指導要領に明記をするということが、それは大綱的なものではなく、あるいは感染症としてではなくハンセン病としてのいわゆる歴史的事実をきっちりと書いていただきたいと思いますが、最後に文部科学省の方にお尋ねをして、質問を終わります。
#163
○政府参考人(玉井日出夫君) お答え申し上げます。
 学習指導要領及び教科書についてのお尋ねでございます。もう仕組みは十分御存じと思いますけれども、学習指導要領は教育課程の大綱的な基準でございまして、個々具体の事柄をどう取り上げていくかになりますと、どうしてもこれはやはり各学校におけるそれぞれの実情に応じた教育課程の編成の中でのお話になってこようかと思います。
 また、教科書につきましては学習指導要領に基づきますけれども、やはり基本的には民間の執筆者によってそれぞれでどういう材料、題材を取り上げるかということを、やはり検定でございますので、あくまでも民間が主体になってまずお考えになる。したがって、特定の事項を必ず取り上げろと求めるわけにはなかなかいかない仕組みでございます。
 ただ、この委員会の中で何度か文部科学省としてお答えをしていますとおり、学校教育においてあらゆる差別や偏見をなくすよう努力をし、そういう社会の実現を求めていく、こういうことは学校教育で大変重要でございますので、したがって、さまざまな形でのこのハンセン病を初めとする感染症の問題についての理解を深めていく、そういう努力はいたさせていただきたい、かように思っているわけでございます。
#164
○西川きよし君 どうぞよろしくお願いをいたします。
 昨日の衆議院の厚生委員会、本日これまでの御議論の中でもたびたび発言がございましたけれども、約九十年にわたる隔離政策の歴史の中で、言葉で言うのは本当に簡単ですが、九十年にわたる隔離政策の歴史の中でなぜこのような人権侵害が行われてきたのか。本当に私たち一人一人が、いかに過ちを犯して、そしてそのことを心から反省し、二度と過ちを犯さない、繰り返さないためにも真相の究明に取り組んでいかなければならないと思います。
 大臣もたびたび御答弁をされておられますが、ここで改めてこの問題に対する大臣の御見解からまずお伺いしたいと思います。
#165
○国務大臣(坂口力君) 今朝から何度か申し上げておりますとおり、このハンセン病に対します対策というのは九十年に及びましていわゆる隔離政策というのがとられてまいりました。そして、先ほどから指摘をされますような人権にかかわりますような問題も多く指摘をされているところでございます。この間、患者の皆さん、また元患者であった皆さん方や御家族の皆さん方に大変な御苦痛、御苦難をおかけをしてきた、そのことに対して心からのおわびを申し上げ、そして我々はこの償いをしなければならないと決意をしているところでございます。
 この問題を決して風化させることなく、やはり集大成をいたしまして、そしてなぜこんなにも長くこのことが続いたかということの検証をしていかなければならない、そして私たちは過ちを繰り返してはならない、そのように考えている次第でございます。
#166
○西川きよし君 人間の社会には、この病気だけでなく、障害、民族的あるいは性別差別、偏見が、悲しいことではありますけれども、現実には存在をしております。
 私ごとで恐縮ですけれども、私は結婚をして初めて家内に聞いた話ですが、家内の父親はアメリカの軍人でございまして、そしてお母さんは京都の方ですけれども、昭和二十一年生まれで、かわいい三つ四つ、二十二年、三年、四年、五年、そういうかわいい盛りに大変な差別に遭ったという話を聞きましてびっくりいたしました。例えば、電車の中とかバスの中でも、つねられたり、けられたり、殴られたりというようなことが毎日のようにあったそうでございますけれども、差別を受けた人にとって、たとえ月日が経過をしても、その心の傷がいやされたとしても消えることはないというような話も聞きました。そういう意味で、本当に国家が、そして私たち一人一人が間違った偏見や差別というものが起こらないようにあらゆる努力をしなければならないと思います。
 大臣からは、今回のハンセン病の患者さん、元患者さんへの差別や偏見を解消するためには繰り返し繰り返し啓蒙していく、そして継続は力なりという発言もございました。改めてもう一度大臣にお考えをお聞かせいただきたいと思います。
#167
○国務大臣(坂口力君) 人間というのは、大変残念なことでございますけれども、一度頭の中に入れてしまいますとなかなかそれが変わらないわけでございます。差別や偏見が一度広がってしまいますと容易にそれが解消されないというのがこれまでのならわしと申しますか、今までのさまざまな経験でございます。したがいまして、このハンセン病に対しまして社会が持ち続けてまいりましたこの偏見、差別、そうしたものはかなり長い歴史的なものを引きずっているわけでございます。
 それだけに、何度もこの問題は繰り返し繰り返し、やはり国民に対して啓蒙し、そして誤りであることを繰り返しわかりやすく主張しなければならないというふうに思っております。そうしたことを重ねる中で、一枚一枚紙をはがすような形でこの問題を解決していくことができる。一朝一夕にして解決できない問題であるだけに、腰を落ちつけて、そしてこの問題に取り組んでいく必要があると考えているところでございます。
#168
○西川きよし君 御丁寧な御答弁、ありがとうございます。いつも本当に心のこもった御答弁をいただきまして。
 そこで、法務省にお伺いしたいと思います。
 先日、人権救済のあり方についての答申が人権擁護審議会より出されました。差別等によりみずからの人権をみずから守ることが困難な被害者の救済に対して今後どのようなお考えで救済策を図っていかれるのか、法務省から御答弁いただきたいと思います。
#169
○政府参考人(吉戒修一君) お答え申し上げます。
 今、委員から御指摘のとおり、かねてから法務省の人権擁護推進審議会におきまして人権救済制度のあり方について調査、審議をしていただいておりましたけれども、つい先日、二十五日にその答申をいただいたところでございます。
 答申の概要をごく簡単に御説明申し上げますと、差別や虐待の被害者など一般にみずからの人権をみずから守ることが非常に困難な状況にある人々に対しましては、より実効性の高い積極的な救済を図っていく必要があるといたしまして、相談やあっせん、指導等の従前の手法に加えまして、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等の手法の整備を図るとともに、事実関係の解明を的確に行えるよう、過料または罰金で担保された質問調査権、文書提出命令権、立入調査権等の必要な調査権限の整備を図るべきであるとされております。
 法務省といたしましては、この答申を最大限に尊重いたしまして、委員も御指摘のとおり、人権の世紀と呼ばれる二十一世紀にふさわしい人権救済制度の確立に今後努力してまいりたいというふうに考えております。
#170
○西川きよし君 ありがとうございました。どうぞよろしくお願いを申し上げたいと思います。
 次に、ハンセン病治療あるいは研究の現状についてお伺いしたいと思います。
 ハンセン病は現在では新規発生も少なくというふうに聞いておりますが、一般の疾病として一般の医療機関で治療するわけですが、そうした中で、ハンセン病治療の専門家が少なくなっているというふうにお伺いをいたしております。五年前、当時の旧厚生省の説明では、一般の皮膚科、神経科の医師に対して専門的知識の普及を図っていく中で、一般医療機関でのハンセン病診療が支障なく実施されるように努力をしていくということでございました。診療体制の整備がどのように行われてきたのか、御説明をいただきたいと思います。
#171
○政府参考人(篠崎英夫君) 平成九年の一月一日にハンセン病研究センターが設置をされまして、同センターを中心に若手医師や研究者を対象といたします研修を実施いたしておりまして、そこで専門的な知識の普及を図っているところでございます。また、平成十一年度より厚生科学研究事業の一つといたしまして、ハンセン病の発生動向把握システムの開発に関する研究などを実施いたしております。
 こういう研究の中で、国立療養所を中心に、ハンセン病の診療にかかわる皮膚科、整形外科、神経内科の医師との連携体制を構築するなどいたしまして、診療体制の整備に取り組んでいるところでございます。
#172
○西川きよし君 どうぞよろしくお願いを申し上げたいと思います。
 続きまして、ハンセン病の予防と治療の研究事業についてお伺いをいたします。
 東村山にございますハンセン病の研究センターでは治療、予防のための研究が長年にわたって行われているということでございますが、現状において予防、治療のために具体的にどのような研究が行われているのか、患者さんの治療には現状においてどのような課題が残されているのか、詳しく御答弁をいただきたいと思います。
#173
○政府参考人(篠崎英夫君) 今申し上げましたハンセン病研究センターにおきましては、早期発見及び治療効果判定のための検査法の開発をしております。また、治療薬に関する研究、そして薬剤耐性獲得機構の解明、なぜ薬剤耐性が出てくるのかというようなことのメカニズムの解明、それから新規患者発生動向調査などの治療、予防に関する研究が進められております。
 また、治療の現状の課題がどういうものかということでございますが、ハンセン病治療における今日の課題といたしましては、先ほど多剤併用療法で約百万に一人ぐらいの耐性ということでございましたけれども、若干最近薬剤に耐性を獲得した菌が出現をいたしておりまして、この耐性菌対策が今非常に重要な課題というふうに考えております。
 今後、これらの課題を克服するために、病原菌の特性を明らかにすることで新しい治療法、そして予防法の研究を進めていきたいというふうに考えております。
#174
○西川きよし君 よろしくお願いいたします。
 最後の質問にさせていただきます。
 ハンセン病をめぐる世界の現状を見ますと、まだ多くの患者さんが苦しんでいらっしゃいます。これまでも東南アジアの国々との共同研究あるいは専門家の派遣ということにも取り組んでいるということもお伺いをいたしております。さらに、ハンセン病についての国際協力の充実に努めていくことも大変重要なことだと思います。
 この点につきまして、今日の世界の現状と日本が行う国際協力のあり方について、最後に大臣に御答弁をいただいておしまいにしたいと思います。
#175
○国務大臣(坂口力君) 世界のハンセン病の患者数というのは九十一カ国で七十三万八千人、約七十四万人近くの皆さん方がおみえになるということでございまして、特にインドでありますとかミャンマーそしてネパール、こうしたところでその七割が占められております。
 日本からも多くの専門家の皆さん方がネパールあるいはミャンマー、インド、こうしたところに出かけられて治療に当たられているところでございます。私の後輩も一人、女性の方でございますけれども、積極的にこうした国々に出向いて、そしてこの地域の皆さん方の治療に取り組んでいる人がおります。地域的にも大変なところだというふうに聞いておりますけれども、そういう人たちがかなり最近またふえてきているということは非常に好ましいことだというふうに思いますし、そしてまたそこでいろいろ活躍をしていただいて、いろいろまた研究をしていただいて、そのことがまた日本全体の治療のレベルアップにも結びついていくといったことで非常にいいことだというふうに私も考えております一人でございます。
 いずれにいたしましても、日本におきましてはおかげをもちまして患者の皆さん方は非常に少なくなってまいりましたが、やはり世界の中でリードし、そしてハンセン病に対して貢献をする日本でありたい、今までいろいろのことがありましただけに世界にお返しのできる日本でありたい、そういうふうに思っている次第でございます。
#176
○理事(亀谷博昭君) 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後三時十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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