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2001/06/26 第151回国会 参議院 参議院会議録情報 第151回国会 文教科学委員会 第15号
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2001/06/26 第151回国会 参議院

参議院会議録情報 第151回国会 文教科学委員会 第15号

#1
第151回国会 文教科学委員会 第15号
平成十三年六月二十六日(火曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 六月二十五日
    辞任         補欠選任
     小林  元君     久保  亘君
     山下 栄一君     松 あきら君
 六月二十六日
    辞任         補欠選任
     海老原義彦君     佐藤 泰三君
     柳川 覺治君     斉藤 滋宣君
     広中和歌子君     堀  利和君
     橋本  敦君     阿部 幸代君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         市川 一朗君
    理 事
                亀井 郁夫君
                松村 龍二君
                佐藤 泰介君
                内藤 正光君
                荒木 清寛君
    委 員
                阿南 一成君
                有馬 朗人君
                斉藤 滋宣君
                中曽根弘文君
                水島  裕君
                柳川 覺治君
                久保  亘君
                堀  利和君
                本岡 昭次君
                阿部 幸代君
                畑野 君枝君
               日下部禧代子君
                山本 正和君
                高橋紀世子君
   衆議院議員
       修正案提出者   平野 博文君
   国務大臣
       文部科学大臣   遠山 敦子君
   副大臣
       文部科学副大臣  岸田 文雄君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
   政府参考人
       文部科学省生涯
       学習政策局長   近藤 信司君
       文部科学省初等
       中等教育局長   矢野 重典君
       文部科学省高等
       教育局長     工藤 智規君
       文部科学省スポ
       ーツ・青少年局
       長        遠藤純一郎君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一
 部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○学校教育法の一部を改正する法律案(内閣提出
 、衆議院送付)
○社会教育法の一部を改正する法律案(内閣提出
 、衆議院送付)

    ─────────────
#2
○委員長(市川一朗君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、小林元君及び山下栄一君が委員を辞任され、その補欠として久保亘君及び松あきら君が選任されました。
 また、本日、海老原義彦君、広中和歌子君及び橋本敦君が委員を辞任され、その補欠として佐藤泰三君、堀利和君及び阿部幸代君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(市川一朗君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案、学校教育法の一部を改正する法律案及び社会教育法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に文部科学省生涯学習政策局長近藤信司君、文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、文部科学省高等教育局長工藤智規君及び文部科学省スポーツ・青少年局長遠藤純一郎君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#5
○委員長(市川一朗君) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案、学校教育法の一部を改正する法律案及び社会教育法の一部を改正する法律案の三案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#6
○亀井郁夫君 自由民主党の亀井でございます。
 今国会に提案されました教育関連法案、歴代内閣ができなかったような内容の改革案でございます。それだけに大きな意義があるものだと私は思うわけでございます。
 まず、地方教育行政の組織についての法律の改正案でございますけれども、これにつきましても基本的に賛成でございますけれども、何点かについてお尋ねしたいと思います。
 まず第一点が教育委員会の活性化についてでございます。
 地方分権の推進によりまして教育に関する権限が地方にゆだねられるわけでございますけれども、その受け皿であります市町村の教育委員会がしっかりしなきゃならない。従来のように名誉職的なものでは困るわけでございまして、そういう意味では教育委員会の構成の配慮、さらには委員会の原則公開を決められたことは非常に意義あることだと私は思うわけでございます。ただ、小さな町村ではそうしましてもまだまだ人材面で限界があるわけでございまして、そういう意味でより広い行政範囲で教育問題を考えていく必要があろうかと思うわけでございます。
 そういう意味では市町村が合併されればよろしいわけでございますが、それまでの間、近隣の教育委員会が合同で審議し、運営されるというふうな仕組みというものを実施すべきだと思いますけれども、この点についてお考えを聞きたいと思います。
#7
○政府参考人(矢野重典君) 地方公共団体の教育行政を担う教育委員会の役割は、地方公共団体の規模にかかわらず基本的には共通のものであるわけでございますが、一方で、すべての市町村教育委員会が単独で事務処理体制の充実を図るには限界があるわけでございまして、そういう意味でより広い行政範囲で考える方が効率的ないし効果的なものもあるわけでございます。現行制度では、そういう意味で広域的な行政を進めるために、複数の地方公共団体が事務を共同で処理いたしますために、教育委員会の共同設置でございますとか、地方公共団体の組合等の仕組みが設けられているところでございます。
 具体的にどのような事務の共同処理を行うかは、これは各地方公共団体におきましてそれぞれの実情に応じ判断すべきものでございますけれども、文部科学省といたしましては、自主的な町村合併の推進とともに、事務の内容や地域の実情に応じて事務の共同処理が進むように図ってまいりたい、そういう観点から指導をしてきているところでございます。
#8
○亀井郁夫君 よくわかりました。そういう形でできるだけ御指導いただきたいと思います。
 二つ目が校長のリーダーシップの確立の問題でございます。
 学校運営に当たりまして校長のリーダーシップが確立されまして、そして校長を中心にして教職員が一体となって学校運営に当たる、こういうことが理想的な状況だと思うわけでございますが、かつては職員会議の位置づけが校長の上にあり、校長のリーダーシップは全く認められないという県もたくさんあったわけでございます。そうした中で、昨年、文部省の方から職員会議の位置づけについての通達も出してもらったわけでございます。
 今回、市町村の教育委員会が人事について都道府県の教育委員会に上申する際に校長先生の意見を付して出すようにということになりましたことは大変好ましいことだと思うわけでもございます。そういう意味で賛成いたします。
 ただ、校長先生のリーダーシップをさらに高めていくためには、私は今あります主任制度の問題は避けては通れないと思うわけでございます。主任が校長と一体となって学校運営に当たる、そういう状態をぜひとも実現しなければならないのでございますけれども、現実にはこの主任制度が否定される、無視されるという形で運営されているところが多いわけでございます。地元の東京都でも、文部省の方で中間管理職ではないんだというふうな考え方を崩されないために、新しいポストをつくって、そのポストの人が主任を兼務する形でやるんだということがこの間の新聞にも出ておったわけでございます。
 そういう意味では、現行の主任制度の実情をもう一度見直してもらって、本当に制度の趣旨に合った形になっているかどうか、この辺についてお考えの上、主任制度のあり方、特に校長と一体となって学校運営ができるような仕組みというものをぜひ考えていただきたいと思いますけれども、大臣の主任制度に対する考え方をぜひお聞かせ願いたいと思います。
#9
○国務大臣(遠山敦子君) 主任制度は昭和五十一年度から導入されたものでございますが、目的は、調和のとれた学校運営が行われるためにふさわしい校務分掌の仕組みを整えること、それから教員の給与改善を図ることでございました。
 現在では、関係者の取り組みによりまして全国的に見ればおおむね定着をいたしておりまして、各学校において本来の役割を果たしているわけでございますけれども、なお御指摘のように一部の地域においては適切な運用が行われていない実態も見られるところでございます。
 このため、私ども文部科学省といたしましては、毎年、各都道府県教育委員会に対しまして個別に主任制と主任手当の趣旨を各教員に徹底して、主任手当の拠出などが行われることなく、主任制がより一層定着して円滑な学校運営が行われるよう指導を行っているところでございますが、今後とも各都道府県教育委員会に対する指導を徹底して、先生御指摘のように校長のリーダーシップのもとに学校運営が円滑に行われるようになりますように今後とも努力してまいりたいと思っております。
#10
○亀井郁夫君 今、大臣のお話の中に一部がうまくいっていないというお話がございましたが、一部がうまくいっているのであって、大部分がうまくいっていないんだと私は思います。全く認識が違うと思いますので、この辺については大臣もよくよくもう一度四十七都道府県を見ていただいて、本当に一部なのかどうなのか、よく考えていただきたいと思うわけであります。そして、主任制の徹底について今おっしゃいましたけれども、私はまだまだ文書だけの指導ではだめだと思いますし、力強い御指導をお願いしたいと思うわけであります。
 三つ目が不適切な教員の転職、排除の問題でございますけれども、今回の教育改革の大きな目玉の一つはこの不適切な教員の問題でございます。
 一度教員になりますと六十まではやめることがないということで、PTAの方々から、あの人が何で先生なんだろうかというような話もよく聞くわけでございますけれども、そういう意味では一握りの先生方だと思います。多くの先生方は一生懸命やっておられるんですけれども、一握りの先生がおられるためにその学校の運営がうまくいかないというケースがたくさんあるわけであります。私の地元の広島ではそういうことをいつも聞くわけでございまして、何とかあの先生によその学校に行ってもらえないかというわけでございますが、受け取る学校がございませんので、結局たらい回しになっちゃって、ばば抜きじゃありませんが、そういう形になってしまっておるわけでございますので、今回こういう形で不適切な先生を転職させるということについてはそういう意味では非常にいいことだと思います。
 しかし、そういうことは普通の世界ではあり得ることでございまして、どこでも転職はさせるわけでございますから、そういう意味では今回のことについてはぜひともやっていただきたいと思うのでございます。しかし、法律は変えたけれども実際にはなかなかできないということで、主任制度の二の舞のようなことになっては困ると私は思うわけでございます。そういう意味では、この制度が十二分に機能するようにひとつよろしくお願いしたいと思いますけれども、これについての大臣の思いのほどを聞かせていただきたいと思います。
 先ほどばば抜きと言いましたが、ちょっと問題があったようでございますから、この言葉、訂正させていただきます。どうも済みません。どうぞよろしくお願いします。
#11
○国務大臣(遠山敦子君) 先生もお話しくださいましたけれども、多くの教員は一生懸命日ごろ教育に携わってくれておりまして、日本の学校のすぐれた面はそういう方々の努力によって発揮されているとは思いますけれども、仰せのように、必ずしもすべてがそういう教員ばかりではないというのが大きな課題であったわけでございます。
 教員の職務というものは児童生徒の人格形成に重大な影響を与えるものでありまして、児童生徒への指導が不適切な教員の存在といいますものは、児童生徒、保護者、さらには地域社会の学校や教員に対する信頼を大きく揺るがすものでございますから、このような教員への対応というのは大変重要な教育上の課題であったわけでございます。
 このために、各都道府県教育委員会がこうした教員に対してより適切に対応できますよう、今回の法律案の措置によって、分限処分等までに至るほどではないのですが、指導が不適切であるなどの要件を満たす市町村立の小中学校などの教員につきまして都道府県の教員以外の職に転職させることができることとするものでございます。
 本法案が成立いたしました場合に、我が省といたしましては、各都道府県教育委員会に対しまして、本法律案の趣旨の徹底に努めるため、施行通知や各種会議などを通じてこのことがきちんと運用されるように努力してまいりたいというふうに考えております。
#12
○亀井郁夫君 こうした問題が戦後五十年間なかなかできなかったということは、私は単に日教組云々というそれ以上に、文部省の問題でもあり、我々政治家の問題だったと思います。そういう意味では、しっかりこれについては取り組んでいただきたいと思うわけでもございます。
 次に、今の問題に絡みましてですけれども、不適切な教員を出すことが目的ではないのでして、やはり先生方が全部立派な先生になってほしいわけでございますから、そういう意味では教員の教育が大きな課題ではないかと思いますし、しっかりやっていただきたいと思うわけでございますが、これについて何点かお尋ねしたいと思うわけでございます。
 第一点は、初任者研修でございますけれども、新任教員は一年間の条件つき採用でございまして、一年間の経過後に正採用になるという仕組みでございますから、一年間しっかり教育を受けて合格しなきゃならないわけでございます。そういう意味では、相当な予算もつぎながら今初任者研修が行われているのも事実でございますが、しかしみんな優秀な方々ばかりなのか、ほとんど一年たったら全員が正採用になってしまうというのが実態でございます。そういう意味では、教育の効果があったんだと言えばそれまででございますけれども、いかにも不自然でございます。
 そういう意味では、もっとこの一年間の初任者研修のところをしっかり評価してもらって、一割とは言いませんけれども、やはり相当の数の方々が採用されないケースがあるんだということでやっていただきたいと思うわけです。そうすることによって先生方も緊張して勉強されると思いますので、よろしくお願いしたいと思います。
 そういう意味では、この初任者研修の評価を厳しくして、積極的にこの制度を利用して、本当に先生として資格のある人を採用してほしいということに対してはどのようにお考えでしょうか。
#13
○政府参考人(矢野重典君) 新規採用教員につきましては、これは教員として円滑に職務を遂行することができる能力を身につけてもらうために、採用後一年間にわたり初任者研修を行うこととされているところでございます。
 この初任者研修の期間は条件つき採用期間でございますから、私どもといたしましては、各都道府県教育委員会等に対しまして、この期間において初任者の教員としての資質能力を適切に判断して、教員としての資質能力に問題がある者につきましては進路を考え直す機会を与えたり、あるいは正式採用を行わないなど、この条件つき採用制度を厳正に運用するよう指導をしてまいっているところでございます。
#14
○亀井郁夫君 厳正に運用されたにしては、結果は免職者はゼロでありますし、不採用者はゼロでありますから、そういう意味では私は厳正とは言えないと思いますので、今の局長答弁としてはそうなると思うんですけれども、そうじゃなしに、しっかりその辺は考えてこれからも運用していただきたいと思うわけでございます。
 それから、二つ目の研修は教職経験者の研修でございます。
 これは、五年、十年、十五年、二十年の教職経験者の教育をやる建前になっておるわけでありまして、各都道府県でやっております。しかし、私たちの広島県では、これを組合が批判しておりまして、できるだけ受けないようにという形でやっておりますので、受講者が非常に少ないのも実態でございます。そういうことでございますので、これが全国的にちゃんと行われておるのかどうなのかということを一つお聞きしたい。
 それから、こうした教職経験者の研修を充実していって全員に義務づけて、そしてその評価をその後の人事等に反映させるという形にぜひこれは利用していかなきゃいかぬと思いますが、この点どうか。民間会社では当然のことでございますので、同じようなことをこの教育の場においても、研修というものをしっかり利用していただきたいと思いますけれども、これについての考え方はいかがでしょうか。
#15
○副大臣(岸田文雄君) まず、教員研修につきましては、各教育委員会において教職経験あるいは職能、こうしたものに応じて研修の体系的整備を図ることが重要であります。そのために、先ほど先生から御質問がありました初任者研修とともに、御指摘があった教職経験五年経過の全教員及び教職経験十年経過または二十年経過の全教員を対象とした教職経験者研修を実施しており、それは経費において助成するなどの支援措置を文部科学省として講じているところであります。
 実施状況を見ますと、教職経験五年目程度の教員に対する研修は全都道府県で実施されております。十年程度の研修も、数字を見ますと八〇%以上の都道府県等で実施されております。そして、十五年、二十年ということになりますと、例えば十五年は都道府県で三四%、指定都市で二五%、教職二十年程度で都道府県で一〇・六%、指定都市で三三・三%という状況になっております。
 教員のライフステージに応じた教職経験者研修が実施されるよう促していかなければいけないと思っておりますが、この各教育委員会が全教員に対して行う教職経験者研修は各教員が職務として参加するものであり、これに参加しないということは職務に反する行為であると考えております。このあたりは厳正に対処しなければいけない問題だと考えております。
#16
○亀井郁夫君 今、副大臣のお話のように、各都道府県で行われておりますけれども、ただ参加者が広島なんかの場合ですと非常に少ないということがございます、組合が反対しておりますので。そういうことがございますので、今、副大臣がおっしゃったようにやっていただきたいと思うわけでございます。
 次は教育センターの問題です。
 特に、社会体験研修だとか大学院への派遣研修等がございますけれども、これについても積極的にやっていただきたいんですが、私は今の先生方の教育の中心になるのはやはり各都道府県にあります教育センターでございますので、教育センターがもっともっと機能を強化していく必要があろうかと思います。広島でもこの春には理事クラスの人を所長にしましたけれども、しかし民間人を起用するとか施設を充実する等、教育センターの強化というのが大きな課題だと思いますけれども、これについてぜひやっていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
#17
○副大臣(岸田文雄君) 教育公務員特例法第十九条によりまして、教員は絶えず研修に努めなければならないとされているわけであります。各教育委員会において研修に関する計画を樹立し、実施に努めなければならないわけでありますが、その各都道府県等が設置する教育センター、これは教員研修のための中心的な施設だと思っております。ですから、御指摘のように、さまざまな研修、教員の自発的な研修等にも応じられるように体制を整備していくこと、これは重要な課題だと思っておりますし、こうした取り組みを促していかなければいけないと思っております。
 その中で、本年四月一日に設立されました独立行政法人教員研修センター、これは研修講師の紹介、研修に関する各種情報提供など、各教育委員会に対し指導、助言、援助を行うこととしております。こうした教員の研修は教育センターにおきまして中心的な存在にならなければいけないものだと考えております。
 この教員研修センターが十分にこうした機能を果たせるように文部科学省としても促していかなければいけない、こういったことも考えておるところであります。
#18
○亀井郁夫君 次に、勤務評定の問題についてお尋ねしたいと思います。
 一生懸命やっている先生方はそれなりに評価していかなきゃならない、そういう意味では勤務評価が非常に重要な問題でございます。これが適正かつ公平な評価を行わなきゃならないということでございますけれども、勤評については組合も反対しておりますから、果たしてどのような形で行われているんだろうかという疑問がするわけでございますし、やっておる勤務評定が給与等にどのように反映されているのか、これもよくわかりません。
 それから、これから特に不適切教員の転職の問題、排除の問題に絡みますと、こうした評価ということが大きな紛争の種にもなろうかと思いますので、これについてどのようなことを考えておられるのかということ。
 さらには、民間企業におきます人事評価というのは、差をつけるというだけじゃなしに、育てるという観点からいろいろと評価項目も考え、そして評価の仕方も考えてやっておるのが実態であります。
 これは昭和三十二年にできた、文部省から出ておりますけれども、局長会議で決められた評価の方法が手元にありますけれども、大変詳しい内容で評価する仕組みになっております。これを見まして、これは大変だなという感じがするわけでございますけれども、そういう意味ではこの評価制度そのものについても私は再検討する必要があろうかと思いますけれども、この評価の問題についてどのようにお考えか、お尋ねしたいと思います。
#19
○政府参考人(矢野重典君) 公立学校の教員を含めまして、地方公務員につきましては、任命権者でございます教育委員会が定期的に勤務評定を行いまして、その評定の結果に応じた措置を講じることとされておりまして、我が省では、各都道府県教育委員会に対しまして、勤務評定を適切に実施するとともに、その結果を処遇に反映させるよう指導をしてきているところでございます。
 そうした中で、例えば東京都教育委員会におきましては自己申告制を取り入れた能力開発型の評価制度を導入しておりまして、あるいは都道府県教育委員会の中には勤務評定の結果を昇給や勤勉手当に反映させているところもあるわけでございます。
 私どもといたしましては、今後とも各都道府県教育委員会に対しまして、それぞれの実情に応じた勤務評定の工夫や、またその評価結果の活用等によりまして教員に対する評価の充実に努めるよう指導をしてまいりたいと考えているところでございます。
#20
○亀井郁夫君 教員の質の問題に絡みまして、教員免許制度の問題についてお尋ねしたいと思います。
 学校を出ますと教職免許状というのをたくさんもらうわけでありますが、調べてみましたら、平成十三年度でも十一万五千人の人たちが免許状を取得しておりまして、延べ十九万ということでございます。そういう意味では、実際に教職についたのは一万四千名ということでございますから、大変な数の方々が免許状を取っておるわけでございますけれども、これはよく考えてみますと、教育課程を卒業したという卒業証書ぐらいな感じしかなくなっちゃって、非常に軽いものになってしまっておると思いますけれども、こういうのを続ける意味が果たしてあるのだろうかという思いがするわけでございます。
 特に、教員免許の更新の問題についても、二十一世紀教育新生プランに書かれておるわけでございますけれども、教員の免許の更新ということを考えますと、もっともっと価値のある、社会的にも認められる免許制度に組みかえていく必要があるんじゃないかと私は思うわけでございますけれども、これについて副大臣のお考えをお尋ねしたいと思います。
#21
○副大臣(岸田文雄君) 教員免許状は内容のある充実したものでなければならない、これはもう当然のことだと思っております。その教員免許状の授与を受けるためには、一つは学士等の基礎資格を備え、国語、数学などの教科に関する科目、こうしたものを修得しなければいけません。そして、一方で生徒指導等の学校教育活動の遂行に直接資する教職に関する科目、こうした科目を修得する必要があるわけであります。教員免許状につきましては、このような大学での単位の修得等により、教員にとって必要な専門性の確保が図られるということになっているわけです。
 そして、平成十年に教員免許制度の改正を行いました。カリキュラムを大幅に改善したわけでありますが、その中で、使命感の育成あるいは教育実習の充実、こうした言ってみるならば教職に関する科目、学校教育活動の遂行に直接資する科目、こうした充実を図ったわけであります。
 このカリキュラムは平成十二年度の大学入学者から適用されておりますので、このカリキュラム、ぜひ大いなる成果が上がることを期待するわけであります。そして、そのカリキュラム自体も幾つかの大学に教員養成カリキュラム開発を委嘱するなど、カリキュラムの改善、こうしたことも促しているわけであります。こうした新しいカリキュラムの趣旨を踏まえて、ふさわしい資質、能力の育成に十分努力していきたいと考えているところであります。
 そして、免許の更新の御指摘をいただきましたが、その点につきましては、四月十一日に中教審に対しまして今後の免許制度のあり方についてということで文部科学大臣の方から諮問をさせていただいておりまして、今御検討をいただいておるところでございます。
#22
○亀井郁夫君 免許制度の問題は更新の問題を含めて検討されるようでございますから、ひとつよろしくお願いしたいと思います。
 次に、学校教育法の一部を改正する法律案についてでございますけれども、これにつきましても基本的に賛成でございますが、一、二お尋ねしたいと思います。
 一つは、児童生徒の問題行動への対応の問題でございまして、問題行動を続ける児童生徒にどのように対応していくかということで、出席停止の勧告、今でも二十六条に書いてあるわけでございますが、これについて具体的な手続なりフォローの仕方等を決めようということでございます。
 そういう意味では、こういった子供たちが問題行動を起こすことが非常に大きな問題であり、また私の地元の神辺町では昨年この問題が問題になりまして、二十名ぐらい余りひどいので、出席停止を勧告するぞと夏休みの初めに言いました。九月の初めになりましたら、これがきいたのか、みんなおとなしくなって、二人だけの勧告で済んだということで、非常に効果があったように私は思うわけでございます。
 しかし、大事なことは、そういうことを勧告する以前に先生方が、また親が子供たちに対して毅然とした姿勢で教えるところは教えるということが大事ではないかと思います。親もしっかりしかれない、先生もしっかり子供がしかれない、こういうふうな世の中でちゃんと子供が育つはずないと思います。もちろん子供の人権は大事にしなきゃいけないことは当然でありますけれども、その言葉に余りにも甘えて、何をやってもいいんだという形で自由に見放すということが現実ではないかと思います。
 そういう意味では、先生方は温かい愛情のもとで毅然とした姿勢で指導するということが私は大事だと思うわけでありますけれども、学校教育法第十一条では、教員は教育上必要と認めるときは文部科学大臣の定めるところにより懲戒を加えることができる、ただし体罰を加えることはできないと、こう書いてあるわけであります。
 ここでお尋ねしたいのは、今回の出席停止と懲戒処分の関係でありますけれども、義務教育だから懲戒処分としての停学ができないから出席停止ということでとらえられているのではないかと思いますけれども、私はその面もあると思いますけれども、その関係についてどのようにお考えなのか、そしてまた文部科学大臣の定めている懲戒の限度というのはどの辺までが限度なのか、これについてお尋ねしたいと思います。副大臣にお願いします。
#23
○副大臣(岸田文雄君) まず基本的に、停学とか退学ということは懲戒処分であり、その義務違反があった生徒に対する処罰としての性格を持っているわけですが、出席停止というのは他の児童生徒の教育を受ける権利を保障する観点からとられている措置でありまして、その目的や性格が基本的に異なっているということ、これをまず確認させていただきたいと存じます。
 そして、学教法第十一条に基づき、文部科学大臣の定めている懲戒の限度いかんという御質問であります。
 懲戒というのは学校の秩序の維持または児童生徒に対する教育上の必要からとられる制裁措置であり、懲戒を行うに当たっては、教育的配慮に立ちつつ、児童生徒の実情、問題行動の対応などに応じて適切に行い、真に教育的効果を持つものとなるようにしていく必要があるというふうに考えております。
 学校教育法第十一条の禁ずる体罰は、懲戒の内容が身体的性質のものである場合を意味しておりまして、殴る、ける等の身体に対する侵害や肉体的苦痛を与えるような懲戒がこれに該当すると解されております。ある行為が体罰に該当するかどうかについては、当該行為の態様や、その行為を受けた児童生徒の年齢あるいは健康、あるいは場所的及び時間的環境等、種々の条件を総合的に勘案して判断するということになりますので、一律にここまでというふうに申し上げることは非常に難しい問題だと思っております。
#24
○亀井郁夫君 ここのところがなかなか聞いてもよくわからないんですけれどもね。
 要するに、今回の措置は懲戒としてではないので、排除してほかの子供たちの邪魔にならないようにするんだということが目的だということで、その趣旨はわかりましたけれども、実際に、懲戒処分の問題ですけれども、懲戒することができるんですよね、法律で。ところが、体罰はいけない。体罰の中にもいろいろある。体に触れたらいけない。例えば、頭をぽんとたたいても体罰なのか、おしりをたたいても体罰なのか、その辺が非常にわからないものですから先生方は一切手を出さない。おしりをたたくこともできない。ということで、口だけでやろうということになりますから、かえって口だけでいろいろなことを言うと人間関係が崩れることだってあるわけでありまして、何やっているんだ、おいと言って頭をぽんとたたいた方がかえって効果があること、おしりをぽんとたたく方がいいことだってあるわけでありますから、そういう意味では、これから子供の指導という面で体罰というのはどういうものなのか、今の抽象的な問題じゃなしに、もっと具体的に先生方に教えてあげていただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。
#25
○国務大臣(遠山敦子君) 体罰の問題は大変難しい点をはらんでおりますけれども、学校教育法第十一条におきましては、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、」「学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」とされております。体罰は学校教育法で禁止されておりまして、いかなる理由があっても認められないというものでございます。文部科学省といたしましては、従来から児童生徒の指導に当たって、教員が体罰を用いることのないよう各教育委員会を指導しているところであります。
 ただ、では体罰とは一体何かということは非常にグレーゾーンがあるわけでございまして、その辺が大変難しいわけでございますけれども、先ほど副大臣も答弁いたしましたように、では、これが体罰に当たるかどうかということを具体的に判断するというのは、非常にそれぞれのケースがあって、ここでどうのこうのと言うのはなかなか言いにくい面があると思います。
 ただ、最近私も学校の先生方から聞いたんですけれども、君、偉いねと、ちょっと頭へ手を乗せただけでも体罰と言われるというようなことがあっては全く何の指導もできないという悩みを聞いたことがございまして、そこまでいくのはそれはどうなのかと個人的には思います。
 その関連では、体罰というのは殴る、ける等の身体に対する侵害あるいは肉体的苦痛を与えるような懲戒ということになっておりまして、それぞれの児童生徒の年齢、健康、あるいはどんな場所で、どんな状況でやったかというのがもちろん絡むわけでございますけれども、先生方が指導の一環としてこのことには留意しながら、しかしながらきちんとした指導をしていくということは大変大事だと私は思っております。
 その辺については、お尋ねでございますが、具体的にこれならいい、悪いということは言いにくいわけでございますけれども、この法律上の規定の精神に照らしながら、学校教育においてきちんとした指導が行われていくということが大事ではないかと思っております。
#26
○亀井郁夫君 今の大臣のお話ですけれども、ここで具体的に言うことはできないと私は思います。しかし、今おっしゃったように、ちょっと頭をさわっただけでも体罰だと言われ、おしりをたたいても体罰だと言われるんではもうどうにもならぬわけでして、そういう意味で、こういった体罰という言葉を文部省は避けて通っている。そういうことから、先生方も現場の指導で非常に困っておられると思うんですね。父兄も悪いんですけれどもね、すぐ何かそんなことを言うからいけないんですけれども。
 そういう意味では、この問題を避けないで、体罰というものはどの辺まで許されて、許されない体罰はどんなものかということを具体的に文部省としても検討していただきたいと私は思うわけでありますけれども、よろしくお願いしたいと思います。
 それから、社会奉仕活動と自然体験活動の問題ですけれども、これも今度明定されましたことは非常に望ましいことでございます。
 武蔵野市の教育委員会では、自然体験活動をセカンドスクールという形で平成七年から具体的に実施して非常な効果を上げておられるようでございまして、本も出ておりますけれども、ぜひともそういう形でやっていただきたいと思うんですが、それには設備の面その他におけるバックアップ体制が必要だと思いますので、これについてもどのように考えておられるのか。
 特にもう一つお願いしたいのは、社会奉仕活動の中で、介護活動等も老人介護等も大事ですけれども、これは女の子に向いていますけれども、男の子の場合にはやはり人命、財産を守ってボランティアで活動している消防団活動、これは規律もあった活動ですし、そういう意味で非常にいいと思いますので、こういうのを取り上げて社会奉仕体験活動に入れていただきたいと思うわけでございますけれども、この点についてお考えをお聞かせ願いたいと思います。副大臣、お願いします。
#27
○副大臣(岸田文雄君) まず、財政的な支援についてでありますが、具体的な体験活動の中身は各学校が工夫し、さまざまな事情を配慮して行うわけでありますが、こうしたまとまった体験を行う際に財政的な支出が必要になるということ、これは十分考えられることだと思います。ですから、これは今後具体的な取り組みを見ながら財政的にも支援を考えていかなければいけない問題だと、そのように思っております。
 そして、この中身の問題として消防団活動等の御指摘がございました。基本的には、今申し上げたように、各学校においてそれぞれの教育計画に基づいて、発達段階とか地域の事情等に照らして判断されるものでありますが、そうした中で、職業を持つ地域住民が自己の意思で入団し、地域を火災、地震、風水害等の災害から守るという消防団活動でありますが、こうした活動は言うまでもなく重要な活動であります。
 ですから、社会奉仕精神を涵養する観点から、学校の判断で児童生徒の発達段階に応じてこうした活動を体験させること、こうしたことは考えられることだと思っております。安全には十分配慮しなければいけないわけですが、そうした配慮の中でこうした適切な判断がされること、これはこの制度の趣旨の中で考えられることではないかと思います。
#28
○亀井郁夫君 もう一つ、社会教育法の改正の問題がありますけれども、これについても基本的に賛成でございますので、この辺についての質問は省略させていただきまして、次に、三法案と直接関係ございませんけれども、関連することにつきましてお話をお聞かせ願いたいと思います。
 一つは、今問題になっております教科書の採択の問題でございます。
 扶桑社の教科書の採択に絡みまして中国や韓国からいろいろな抗議が来ているというのも実態でございますし、同時に、国内におきましてもいろいろな韓国との親善旅行が韓国から中止されたとか、いろんな形での圧力が加わってきているのが実態でございます。
 そうした中で今採択が粛々と行われておるわけでございますけれども、文部科学省としてはこうした外からの圧力に対してどのような姿勢で臨んでおられるのか、大臣の基本的な姿勢をお尋ねしたいと思います。
#29
○国務大臣(遠山敦子君) 中国、韓国政府から、外交ルートを通じまして教科書採択に関して何らかの働きかけがあったという報告は受けておりません。
 このことに関しましては、我が省といたしましては、これまで指導してまいりましたとおり、各採択権者が各見本について十分な調査研究を行って、みずからの判断と責任において公正かつ適正に教科書を採択することを期待したいと考えております。
#30
○亀井郁夫君 マスコミ等ではいろいろとそういうことが報道されておるわけでございますけれども、そこの中で文部省としては公正な採択をするようにということでいろいろと御尽力をいただいていることはよくわかっておるわけでございますが、教科書の選定審議会の委員や調査員の選任等についてもいろいろと指導されているということでございますけれども、そのように各都道府県はうまくいっているかどうか。
 この前も指摘いたしましたが、教科書の選定資料が各都道府県でつくられておりますけれども、八社あれば八社の本の中身が全く同じように評価されているとか、いかがなものかということを指摘いたしましたけれども、こうした問題についてどうなっているのか。
 特に、公正を期すためには教育委員会を、今度は原則公開になりますから、そういう意味ではちょうどいい機会でございますから、教科書の採択についても、早速、教育委員会を公開にして、どういう議論がそこでなされて採択されるのかということをぜひやっていただきたいと思いますけれども、この公開についてどのようにお考えか。副大臣、ひとつ。
#31
○副大臣(岸田文雄君) 先生御指摘のように、教科書採択に当たって一部不適切な資料等が指摘されているところであります。そういった中でありますから、なおさら公開というものの重要性を痛感しております。
 ですから、文部科学省といたしましては、教科書採択への保護者の参加、あるいは採択関係者の氏名の公開など、開かれた採択を積極的に進めることによって公正性を確保するよう指導しておりまして、取り組みが進んでいるところであります。
 特に、昨年以降、新学習指導要領に対応した教科書が採択される平成十三年度を目指して教科書採択の改善に向けた指導を行ったところ、都道府県教育委員会における選定審議会委員等の氏名については十割、市町村の選定審議会等の委員については約八割が何らかの形で公開される見込みであります。昨今の情報公開の流れと相まって改善が図られていくと期待しております。
 このような選定審議会委員の氏名の公表等を通じて選定についての説明責任、こういったものが果たされると考えておりまして、こうした形で公正な採択が確保されるよう期待しておりますし、引き続きまして教育委員会に指導していきたいと考えております。
#32
○亀井郁夫君 文部省の方でも公正な採択を行うために、学校票だとか絞り込みをやめるようにということを強く指導しておられるわけでございますけれども、地元の広島でも広島市の教育委員会が全教科書について学校票に近いことをやったということで、これは広島県の教育委員会からまた是正指導を受けておりますけれども、あるいは向島町でも同じことをやったとか、これもまたとめられたとか、いろいろなことがありますので、この辺についても、そういうことのないようにいま一度よろしくお願いしたいと思います。
 それから、扶桑社の教科書を採択しないようにという動き、運動が日教組を中心にしていろいろ行われているというのが実態でございまして、そういう動きを、そういった日教組や、あるいはきょう手元に入りましたのは、これは北海道ですけれども、北海道の教職員組合の方々がこういうビラをどんどん配ったり、採択しないようにしましょうと言っている。またさらには、北海道大学の教授がこんなふうに連名で文書をつくってばらまいているというふうなことでございますけれども、これは産経新聞にも報道されておりますけれども、こんなことが教育の現場を預かる……(「産経新聞がおかしいんだよ、産経が」と呼ぶ者あり)いやいや、事実なんですよ。事実。これはビラが事実です。これはサンプルでなく、そのものですからね。
 こういうことを許しては私はいけないと思うんですが、これについてどのようにお考えか、お尋ねしたいと思います。
#33
○政府参考人(矢野重典君) 職員団体等が教育について見解を表明したり、あるいは具体的な活動を行うことは、これは基本的には自由でございますけれども、一方、教科書の採択は教育委員会等の採択権者の判断と責任において適切に行われなければならないものでございます。
 私ども、職員団体等の具体的な行動、運動は承知はいたしておりませんけれども、仮にそうした運動が教科書採択の公正さを損なうようなものであるとするならばそれは問題であるわけでございまして、そうした意味での活動は自粛されるべきものであるというふうに考えるものでございます。
 文部科学省といたしましては、今後とも教育委員会に対しまして、公正に教科書が採択されるように引き続き指導をしてまいりたいと考えるものでございます。
#34
○亀井郁夫君 ひとつしっかり御指導のほどお願いしたいと思います。
 次に、この前は北海道の四六協定についてお尋ねしたわけでございますが、神奈川県に四八協定というものがあるということで、文部省に言いましたら、そんなものはないですよという話だったんですが、しかし神奈川県には四八協定というのがあるわけであります。もちろん、この間、委員の先生から話がありましたように、協定を結ぶこと自体を私は問題にしているわけじゃないので、協定の中身にいろいろ問題があるということを問題にしておるわけでございます。
 四八協定の主な内容は、神奈川県の場合、校外研修は原則として承認する、これは勤務時間だとか長期休業中、夏休みや冬休みの間の校外研修は認める、時間外勤務は命令しない、そして休息時間をまとめて勤務時間を短縮できるというようなことが四八協定で書いてあるわけです。
 ところが、去年の六月十六日付で神奈川県の教育長は各市町村の教育長あてに通知を出しました。現場をちゃんとしなきゃいけないということでございまして、内容は、教職員の勤務実態に問題があるので厳正に行うこと、そして研修名目で実態のない勤務実態は認めない、あるいは今言いました課業期間中の自宅研修だとか、それから校外指導だとか校外研修についても手続を明確にしなさいとか、あるいは事務職員の夏休み中の自宅研修はだめだとか、あるいは組合活動の取り扱いにつきましても、職務専念義務免除とこれまでしておったけれども、今度は年休扱いですよ、公務出張は認めません、それから休憩を後に移しての勤務時間の短縮は認めませんという文書を去年の六月十六日に出しているんですから、少なくとも去年の六月十六日時点ではこういうことが神奈川県では行われておったというふうに言わざるを得ないわけでもございます。
 そういう意味では、今、鎌倉の市会議員の伊藤玲子先生がこうした組合活動に対する、有給ですから、給与返還訴訟も行っておられますけれども、こうしたことについて文部省としてはしっかりした姿勢で対応してもらわなきゃいけないと私は思うんです。そういう意味では、この間お話しした四六協定という、あのころ各都道府県で全部協定が結ばれたということでございますので、もう一度この点について文部省としてはしっかり調べてもらって、そして勤務の実態がちゃんとなっていればいいですけれども、なっていなければ、これについてはやはり早急に是正していただかないと、もう常識では考えられないような勤務実態になっておりますから、ひとつそれについて文部省としてぜひともよろしくお願いしたいと思いますが、今申し上げましたことに対するお考え、いかがでしょうか。
#35
○政府参考人(矢野重典君) 何点かございました。
 まず、神奈川県内の鎌倉市と三市一町における四八協定の御指摘がございましたが、これにつきましては、神奈川県教育委員会からの報告によりますと、三市一町の教育委員会は平成十三年、今年でございますが、今年の二月二十八日に当該覚書等を破棄したという報告を受けているところでございます。
 また、神奈川県の実情についての御指摘がございましたけれども、確かに、神奈川県の教育委員会からの報告によりますと、神奈川県内の一部の市町村でございますけれども、教職員組合の主催する教研集会への参加者について職専免扱いとしていたり、あるいは午前中だけの授業や自習等の措置が行われていた、そういう学校もあったと聞いているところでございますけれども、これにつきましては私どもも指導いたしましたし、それを受けて神奈川県教育委員会におきましても勤務時間の管理等についての指導をいたしまして、その結果、現在では一部の地域を除きまして是正が図られ、教研集会への参加については年休で処理されるというふうな形で事態が改善されているというところでございます。
 ただ、なお一部の地域についての問題が残っているわけでございますので、こうした点につきましては、私どもといたしましても、今後とも神奈川県教育委員会に対する指導に努めてまいりたいと考えているところでございます。
 そこで、そうした実態を踏まえて全国的に調査すべきではないのか、こういう御指摘でございますけれども、他の都道府県に対して私どもこれまで法令にのっとった適正な教育行政を推進し、適切な学校運営が行われるように指導をしてまいってきているところでございますし、また教職員団体との関係につきましても、法令にのっとった適切な対応をとることが必要でございまして、そういう意味で、例えば御指摘のような違法な、法律に反するような協定書等を結ぶことのないよう各教育委員会を指導してまいってきているところでございます。
 そういう意味では、私ども、他の府県において適法かつ適切な教育行政の推進に支障を来すような協定書等が存在しているかどうかも含めまして、今後とも学校の管理運営の実態についてその実態把握に努めますとともに、もしそのような協定の存在が明らかになった場合には速やかな是正に努めてまいりたい、かように考えているところでございます。
#36
○亀井郁夫君 局長のお話はいつも一部一部と言われるんですが、大臣もそうだったんですが、一部がどの程度の一部かについては非常に大きな問題があるので、むしろ一部じゃなしにほとんどかもしれないわけでありますから、具体的に一部はどことどこの一部なのかということも調べた上で教えていただきたいと思いますし、大きな問題ですから、ぜひとも勇気を持ってやっていただきたいと思うわけでもございます。
 もう一つ最後にお尋ねしたいのは、教員の政治活動の問題であります。
 また参議院選挙も近づきますけれども、先生の政治活動がいつもいろいろ問題になるわけであります。教員の政治活動は地方公務員法で禁じられておることは十分知られているところでございますけれども、やはり一般にはあれでいいのかという声が強いわけでございまして、これについて、教員の政治活動はどの辺までできるのか、全くできないのかできるのか、そのあたりをぜひここで教えていただきたいと思うんです。できることを教えていただきたいと思います、あとはできないんですからね。
 それで、特に、正しいことは正しい、間違えていることは間違えているということを言う勇気を文部省は持ってもらわなきゃ私はいけないと思うんです。小泉総理があれだけ支持を得ているのは、やはりこれまで戦後五十五年間言わなかったことを言われる、正しいことは正しいんだと言う勇気を持っておられるからあれだけの支持が得られるんだと私は思います。そういう意味では、今、日本の教育で一番大事なことは、文部省が先頭に立って、正しいことは正しい、悪いことは悪い、日教組が怖いなんて言わないで、先生方にもちゃんと言わなきゃだめだ、私はそう思うんです。
 そういう意味では、この政治活動の問題についても、文部省として、どの辺まではいいんだよ、これ以上は絶対いけないんだよということをわかりやすくちょっと教えていただけませんか。みんなに聞かれたとき、私、困るものですから、よろしくお願いします。
#37
○政府参考人(矢野重典君) 教員の政治的活動、選挙活動についてでございますが、これは教員も含めまして、公務員は全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき職責を有することから、選挙運動等の政治的行為が禁止されておりますとともに、地位利用によります選挙運動等が禁止されているところでございます。また、特に教員につきましては、公職選挙法や教育公務員特例法によりまして、教育上の地位を利用した選挙運動あるいは当該教員の属する地方公共団体の区域以外における政治的行為が制限されているなど、特別な定めがなされているところでございます。
 私どもといたしましては、従来から各都道府県教育委員会に対しまして教職員等の選挙活動の禁止等につきましては通知を発出いたしまして、教員に対する関係法令の周知徹底、そして教員の政治的活動の制限に関しまして教職員としての服務規律の徹底等について指導をしてまいってきているところでございます。次期参議院選挙につきましても、六月一日に既に通知を発出したところでございまして、今後とも指導の徹底に努めてまいりたいと思っております。
 なお、具体的な許される行為等についてのお話がございましたが、こうした教職員の具体的な禁じられている行為等につきましては、その例を列挙いたしました詳細な資料を配付いたしまして各教育委員会の参考に供しているところでございます。そういう意味で、私ども、かなり詳細な行為についての例を示してその周知徹底を図っているということも御理解をいただきたく存じます。
#38
○亀井郁夫君 ぜひとも厳しく指導していただきたいと思いますし、そういう事態が起こったときに、気がついた人は教育委員会に連絡すればよろしいんですか。それについてちょっとお尋ねしたいと思います。
#39
○政府参考人(矢野重典君) これは、これに反する行為があれば教員としてあるいは公務員としての服務規律に反することになるわけでございますので、まずはそういうことがないように各教員の自覚等を促す必要があるわけでございます。その上で、服務監督者として必要な指導とまた監督を行うことが必要になるわけでございます。
#40
○亀井郁夫君 ありがとうございました。
#41
○久保亘君 民主党・新緑風会の久保亘です。
 私は、質問に先立って、遠山大臣にぜひ伺っておきたいことがあります。
 あなたは戦後教育を受けられて今日文部科学大臣の立場におつきになっておられますが、あなたの受けられた戦後教育は日本国憲法、教育基本法に基づく教育でありました。その教育を受けてこられたあなたの率直な御感想を今伺っておきたいと思います。
#42
○国務大臣(遠山敦子君) 私は小学校ではなくて国民学校にまず入りまして、一年生の途中で小学校に切りかわったわけでございます。新制の小学校、中学校、高等学校を経まして大学に進んだわけでございますが、当時は戦後の混乱期でございました。しかしながら、私の学んだ学校は、小学校においても中学校においても高等学校におきましても、それぞれの教員の方々が力いっぱい、日本を再興するための児童生徒を育てようという意気に燃えておられまして、私は大変個人としてはすばらしい学校教育を経ることができたというふうに考えております。
 それは、戦後のあの混乱期にあって、日本の教育を支えた非常に情熱あふれる先生方から成っておりました。だれ一人として、子供たちへの教育に手を抜くとか、あるいは教員たちが自分たちだけのことを考えて何かするとか、そういったことは全く見られませんでした。それはまことに私といたしましては、自分自身、小学校、中学校、高等学校で学んだ先生方一人一人のことを思い出しますけれども、本当にある意味では恵まれた学校生活、初等中等教育でございますが、大学はまた別途でございますけれども、そういう感想を持っております。
#43
○久保亘君 戦後教育について、今あなたの体験に基づいてこれを高く評価する立場での御感想を述べていただきました。そういう教育が今日改革を求められるという状況になりました。そして、教育の理念、改革の理念といったようなものがきちんとしていない中で、ここへ教育三法として出てきております中に非常に重要なものが出ておりますが、これは教育改革だろうかと私は思うことがあります。一つは指導不適切な教職員の学校からの排除、もう一つは性行不良な児童生徒の学校への出席停止、こういうものが教育改革の名に値するのかどうか。いかがでございますか。
#44
○国務大臣(遠山敦子君) 私自身、正直申しまして、このような立場で久保先生のそのような大きな御質問にお答えするようなことになろうとは本当は考えていなかったところでございますが、率直に申し上げまして、自分の受けた学校教育の経験から、その後にいろんなことが学校教育をめぐって課題になってきたと思っております。
 そして、私がこの大臣の職に就任する前でございますけれども、二十世紀の最後を総括したような教育改革国民会議が英知を集めた報告書を見ましても、またそれまでのプロセスにおいて、中央教育審議会でありますとかさまざまな審議会、そして臨時教育審議会も含めていろんなところで論じられた日本のその時点における教育の問題というのは、非常に国民にとって深刻なあるいは危機に立つ教育の状況であったというふうにとらえられていると思います。そのような現状認識の上に立って、英知を集めたいろんな会議、審議会におきまして、そうした学校の状況というものを見直そうという動きで今日のこの教育改革の流れになってきていると思っております。
 それらは、この法案にそれぞれ込められた目的を持っておりますけれども、トータルとしてやはり日本の学校教育をもっとよりよくしようという、そういうねらい、そういう期待、そしてそういったことについての国民各層の熱い抱負といいますか、そういうものを受けて、それらの会議における結論がまとめられたと思っております。
 そうした結論を総合的に判断して、今回、三法を提出しているわけでございますけれども、今日の時点でやるべきこととして、今、先生が御指摘になったような二つのことについてはどうしても必要だという判断があったと私は確信いたしております。
 それらは個別に言うとそういうことでございますけれども、その根底には、学校に信頼を取り戻して学校をよくする、そして教育を変えていこうという、そういう精神が底流にあるというふうに考えておりまして、私は、学校教育そのものが戦後の混乱期にあったような生き生きとしたそういう学校になってほしいという、多くの国民の期待を背景として今回の法改正の案が出ているというふうに考えているところでございます。
#45
○久保亘君 私はまだ若い時代に、戦後、野間宏の「真空地帯」という小説を熱心に読んだことを今も記憶いたしておりますが、その中に、大学を出て幹部候補生の道を選ばず兵隊となって軍隊で生活した曾田という兵隊が語る言葉が書かれてあるんです。「兵営ハ条文ト柵ニトリマカレタ一丁四方ノ空間ニシテ、強力ナ圧力ニヨリツクラレタ抽象的社会デアル。人間ハコノナカニアッテ人間ノ要素ヲ取リ去ラレテ兵隊ニナル」ということが曾田という兵隊が語った言葉で書かれております。
 そのことをふと思い起こしますのは、教育改革という名のもとに強力な圧力を、それこそ条文と人事権によって取り巻かれた学校の中で、教師の人間としての、教育者としての要素をそういう圧力によって抽象的社会化してしまう、つまり真空地帯にする、そういうようなことが本当に教育改革の選ぶべき手段なのだろうか、道なのだろうかということに私は深く疑問を持っているのでありますが、私よりもはるかに若い世代の大臣でございますけれども、戦後教育を受けられたあなたのお立場でこの教育改革の理念というのはどこにあるべきだとお考えでしょうか。
#46
○国務大臣(遠山敦子君) 教育に対するいろんな期待というものは、保護者でありますとか国民のレベルでありますとか、いろんなところから表明されているところでございますけれども、新しい世紀の初めに当たって、日本国民が将来の日本を担う子供たちに期待するものは、やはり一つは、一人一人がそれぞれの能力を十分に発揮して、みずからの力で立ち、みずからの考えを持ち、自分で判断ができ、そしていろんな課題に挑戦できる、そういう子供であってほしいということでありましょうし、同時に、それぞれの子供たちが豊かな人間性を備えて、社会の一員として十分貢献していける、そしてまたみずからも豊かな人生を構築していける、そういう人間であってほしいというのが多くの国民の願いではないかと私は思っております。
 その意味で考えると、今回、教育改革という大きな流れの中で提案しております法律及び二十一世紀の教育を目指した教育新生プラン、それらはその目標に向かって一歩ずつ踏み出そうという、そういう意図を持っていると私は考えているところでございます。
 それは、決して、久保先生が今朗々とお話しくださいました「真空地帯」における兵士が味わったあの索漠とした状況に陥ろうとすることでは全くないと私は考えております。
#47
○久保亘君 それでは、今回の教育三法を中心にした改革のあり方について質問をさせていただきますが、一つは、今、文部科学省が担当の省として進められております教育改革に当たって、中央教育審議会の役割はどうなっているのでしょうか。
 教育改革国民会議というのは総理大臣の私的諮問機関としてつくられたものにすぎないのでありまして、法律に定められた、少なくとも今回の省庁再編までは法定の機関でありました中央教育審議会は一体いかなる役割を果たしたのでしょうか。
#48
○国務大臣(遠山敦子君) 文部科学省といたしましては、これまで中央教育審議会などを中心にいろんな議論を重ねていただいてまいったと思っております。例えば、子供たちの体験活動の促進でありますとか、あるいは大学制度の弾力化でありますとか、あるいは教育委員会の活性化、さらには指導が不適切な教員への対応など、今回の法改正で取り上げておりますものだけを申しましても、中央教育審議会でさまざまな段階で御議論を重ねていただいてきたと思っております。
 こうした議論の蓄積を踏まえながら、教育改革国民会議において検討が行われて、もう少しトータルな角度から日本の教育をどうしていくかということについて英知を集めて御議論いただいた、その結果が昨年十二月に最終報告として取りまとめられたと考えております。
 文部科学省といたしましては、この報告を踏まえて、今後取り組むべき教育改革の全体像について当時省内で検討を行って、文部科学大臣の責任において本年一月に二十一世紀教育新生プランを策定したところでございます。
 このプランを踏まえて、特に緊急に対応すべき事項について教育改革関連法案として今国会に提出したところでございまして、本法案を成立させ、できるだけ速やかに国民の期待にこたえていきたいという角度から今御議論をいただいているところでございます。
 二十一世紀教育新生プランに盛り込みました事項のうち、さらに専門的な検討が必要と判断されているものにつきましては中央教育審議会等において検討を行うことといたしているところでございます。例えば初等中等教育を修了した十八歳以降の青年がさまざまな分野において奉仕活動を行えるような社会的な仕組みづくりでありますとか、あるいは今後の教員免許制度のあり方等につきましては四月十一日に中央教育審議会に諮問を行って、現在審議を進めているところでございます。
 そして、教育改革国民会議が開催されておりました間も、文部大臣から中央教育審議会に対しまして新しい時代における教養教育のあり方について諮問を行って積極的な審議を進めていただくというふうに、中央教育審議会には重要な役割を果たしていただいているところでございます。
#49
○久保亘君 中央教育審議会はあなたの方に教育改革に関して建議を行う権限を持っていたのでしょうか、持っていなかったのでしょうか。
#50
○国務大臣(遠山敦子君) 建議の権限は、ちょっと今根拠条文を持っておりませんが、これは持っていると思います。
#51
○久保亘君 本来、この種の問題は、私的諮問機関がつくられることを私は悪いとか否定する気持ちはありませんが、中央教育審議会の役割をきちんと果たすことを忘れて、私的諮問機関の答申にすべてを頼るというやり方は問題ではないか。しかも、ここから答申が出たものの中で、文部科学省としては都合のいいところをまず教育三法として出してきた。本来ならば、この私的諮問機関に焦点を合わせるとしても、教育振興基本計画をつくれと書いてあるでしょう。
 教育振興基本計画というのはこの答申に基づいて策定されているのですか。
#52
○国務大臣(遠山敦子君) 教育振興基本計画の策定につきましては、教育改革国民会議の最終報告を踏まえまして、今後、省内で検討を行った上で、中央教育審議会等で幅広く国民的な議論を深めてまいりたいと考えております。
#53
○久保亘君 土台となるべきこれからの教育改革の基礎として策定されなければならない教育振興基本計画はつくられず、そして各論が先に来るというのは非常に不思議なことだと思います。それで私は教育改革の理念はどこにあるかということをお聞きしているんです。
 そして、この振興基本計画というのはいつどこでつくられるのか。こういう一番基礎的なことが放棄されていて、そして各論だけが先行していく。しかも、それは見方によっては学校に対する強力な圧力ともなる。それは何のためかというようなことでいろいろな議論が起こるということなのでありまして、私はそこのところが逆転しているんじゃないかと思うんですが、いかがですか。
#54
○国務大臣(遠山敦子君) 基本計画が策定されていなければすべて何もできないというふうな最終報告であったとは私は考えていないのでございます。
 基本計画では、教育改革の推進に関する方針などの基本的方向を示すとともに、具体的な項目を掲げて、それぞれについて整備、改善の目標でありますとか具体的な実施方策についての計画を策定するということでございまして、その中身についてはかなり詳しく書いてございます。それらと並行して、今学校が抱えているいろんな問題について取り組むべしというのが最終報告の姿勢であったと考えているところでございます。
#55
○久保亘君 それでは、別の問題からお尋ねいたしますが、本日閣議決定になると聞いております経済財政諮問会議の基本方針、骨太方針とかなんとか不思議な名前がついておりますが、基本方針の中で教育の問題にかなり触れてきている。この経済財政諮問会議は文部科学省と、大臣とでも構いませんが、十分な協議を行ったのでしょうか。この諮問会議に文部科学省としてはどういう形で意見を述べることができるのですか。
#56
○国務大臣(遠山敦子君) 経済財政諮問会議の基本方針は本日夕刻の閣議で決定されると思われます。
 この基本方針の策定に当たりまして、文部科学省といたしましては、六月十一日の経済財政諮問会議に臨時議員として出席いたしまして大学改革のプランを説明する機会をいただいたところでございまして、その考え方が基本方針にも反映されたものと思っております。
 今回の基本方針といいますものは、各省庁の意見を事務的に積み上げるのではなくて、総理の主導のもとに経済財政諮問会議における大所高所からの検討を踏まえて、各省大臣の協力も得て作成されたものと承知いたしております。
#57
○久保亘君 それなら、私は言うことがあります。
 経済財政諮問会議が基本方針を決めていく中で、教育もいろいろな分野と一緒にして競争原理を取り入れて、そしてできるだけ経費を節減する、そして淘汰する。そのことを文部科学省も、報道で私どもが知る限りでは、国立大学の統廃合とか競争主義を導入してトップの何校かに重点的に資金を入れるとか、そういうような発言が次々に報道されてまいりますが、文部省と言った方が言いやすいけれども、文部担当の省としてそういうふうにこれからの教育改革の理念をお考えになっているのですか。この経済財政諮問会議の考え方にあなた方は同調して、これからの教育の改革の方向を定めようとされているんですか。
#58
○国務大臣(遠山敦子君) これから、今夕の閣議で決定される今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針、これは「新世紀維新が目指すもの―日本経済の再生シナリオ」といたしまして、大所高所の角度から議論がされ、また提案が行われているところでございます。
 日本経済の再生シナリオとして、経済再生の第一歩としての不良債権問題の抜本的解決でありますとか、あるいは構造改革のための七つの改革プログラムでありますとか、そういう角度での冒頭の分析がありまして、そしてこの中には、構造改革のための七つの改革プログラムの四番目といたしまして、知的資産倍増プログラムということで、人材大国と科学技術創造立国を実現するために大学教育に対する公的支援等の指摘がございます。
 また、この最終基本方針の第一章の中で、経済の再生ということの中の一番重点として科学技術創造立国、世界最先端のIT国家への足固め、その内容が書かれておりますし、第二に人材大国の確立ということが書いてありまして、その中に日本の教育の重要性ということについて示唆されているわけでございます。
 いわば、これは今この内閣ないし日本が抱えている構造改革の大きな流れの中で、教育というもが将来の日本にとって非常に大事である、また科学技術立国が非常に大事であるという角度から最終的な基本方針の中にむしろ織り込まれたというふうに見るべきでなかろうかと思います。今、委員御指摘の競争的状況に教育がなるのであればこれはおかしいというお話でございますけれども、これは私はこの基本方針をじっくり読んでいただきますればそういうことではないと考えているわけでございます。
 そのことと離れまして、学校教育においてよい意味での切磋琢磨というのはもちろん必要でございますし、これまでの学校教育がどちらかといえば画一主義を追求し過ぎたという面も指摘されているところでございまして、個性を生かす教育を一層充実させることが必要なわけでございます。このために、新しい学習指導要領におきましても児童生徒の個性を生かすことができるようにいろんな工夫がなされているわけでございます。
 例えば、きめ細かな指導をするための二十人授業の実現でありますとか、あるいは選択学習の幅を拡大する、これは中高についてでございますが、そのように、これからは一人一人の力をしっかりと身につけさせて個性を伸ばしていくというところに重点があるということでございまして、学校を競争の場にしようというような考え方は私どもは念頭にないわけでございます。
 大学につきましては、これは日本の将来を考えたときに、大学が単に知の殿堂として内側に閉じこもってしまうのではなくて、より大学の持てる力というものを発揮してもらって、国際的にも競争し得る、そういう実力をつけてもらいたい。これはもう既にいろんなところの議論で指摘されておりまして、一番わかりやすいのが平成十年に大学審議会が取りまとめました「二十一世紀の大学像と今後の改革方策について」という答申がございましたが、その中でも、そもそもその副タイトルが「競争的環境の中で個性が輝く大学」というふうに打たれておりまして、二十一世紀初頭の大学像として、「各大学等が教育研究の質の不断の維持向上を図り、切磋琢磨する状況が創出され、それぞれが個性が輝く大学等として発展していくことが求められる。」というふうに指摘されているところでございます。
 私どもは、やはり各大学におきましては、互いに連携協力を図る一方で、その特色を生かしてよい意味での切磋琢磨ということを通じてその質的向上に取り組んでいただきたい、それによって高度の人材養成なり高度の研究開発が行われる、そのことがまた日本の活力につながっていく、そういうふうに考えているところでございまして、今回の基本方針の中に取り入れられた内容が、決してその先生が先ほど指摘されたような過度の競争を生み出すような、そういうことを想定した中身でないことを申し上げたいと思います。
#59
○久保亘君 この諮問会議の基本方針に基づいて、国立大学、何で測定するのかわかりませんが、上位三十校に重点的に予算を配分するというようなことを文部科学省としてお考えになっていることがあるんですか。
#60
○国務大臣(遠山敦子君) 今、御説明いたしましたように、大学のあり方が日本の将来を決めるという角度に立ちますと、大学はそれぞれの教育研究活動というものを高度化して、そして本当に日本に望まれるすぐれた人材なり研究開発をやってもらいたい。それは一人一人のそれに従事する人間ないしその教育課程を経てくる人材にとってももちろん目標とされるべきことであるわけでございます。そういうことをバックといたしまして、これまでのいろんな審議会での御議論も踏まえた上で、では大学のようなところですべてが同じように進んでもらっていいのかということになりますと、これは違うと思うわけでございます。
 今、各国で、近隣諸国も含めて、すぐれた大学をつくっていこうという大きな動きがございます。それによってこそ一国の将来は成り立つということへの危機感があるんだと思いますけれども、そのようなことを背景といたしまして、トップ三十というふうなことは、いろいろな分野ごとに研究業績等の評価に基づく重点的な助成を行って、結果的に大学全体としてトップクラスの教育研究組織を育成していきたいという考え方を背景といたしております。その点について御理解をいただきたいと思います。
#61
○久保亘君 いずれまたこれらの問題については国会でも御論議があることだと思いますけれども、何か競争原理というものを持ち込まなければ日本の教育が国際水準に追いつかないというようなことが政府の筋で語られるというようなことになりますと、非常に問題が多く残ると思うのであります。
 もう一つ伺っておきたいのは、今度の教育三法だけでも、これが成立いたしますと、これに基づいて諸施策が遂行されればかなりな予算を、経費を必要とすると思うのでありますが、これらの予算措置については十分に確保できる見通しといいますか、確信をお持ちでありますか。
#62
○国務大臣(遠山敦子君) 文部科学省といたしましては、教育改革国民会議の報告を踏まえまして、今後取り組むべき教育改革の全体像を示します二十一世紀教育新生プランを作成したところであることはもうお話ししたとおりでございますが、このプランに基づいて、特に早急に対応すべき事項につきましては、平成十三年度予算に措置すべきものは措置いたしましたし、関連三法案を今国会に提出しているところでございます。これら三法案の実施に当たりましても予算措置が必要なものはあるというふうに考えております。
 具体的には、法改正に伴いまして、一つは体験活動の充実ということでございますが、これについては、地域におきます体験活動の推進体制づくりなどに対する支援措置が必要となると考えております。また、出席停止制度の改善に関しましては、生徒指導担当教員等の加配に加えまして教員定数を上乗せするとともに、サポートチームというものをつくる、これによって問題行動を起こす児童生徒に対する地域における支援体制づくりというものをしっかりしたものにしていきたいと考えているところでございます。
 今後、三法案の施行に伴って必要な予算措置については各委員の御支援もいただきながら努力してまいりたいと考えております。
#63
○久保亘君 経済財政諮問会議はどちらかといえば教育の分野も含めて予算が余り膨張しないようにということを考えてくるのだと思うのです。それは、今のようなやり方で、成長率ゼロ%台というようなことを甘受しろという立場でこれからの数年間の経済対策が進められるということになれば、当然に一方では国債発行の上限三十兆というふたがされているわけですから、そうなりますと、予算を組むためにやれる手段というのは歳出のカット以外にないわけです。そういう中で教育の予算がこれは別建てだということで考えられていくためには、文部科学省がそのことに全力を挙げることがなければ教育改革は絵にかいたもちにすぎない、私はそういうことになると思うのでありますが、改革を主張する以上、必要な予算は必ず全部確保するということになりますか。重ねて伺います。
#64
○国務大臣(遠山敦子君) この基本方針をごらんいただきますと、先ほども少し御説明いたしましたけれども、新世紀型の社会資本整備ということで、重点的に推進すべき分野の中に二つ入ってございます。一つは科学技術の振興であり、もう一つが人材育成、教育でございます。これは少ない項目の中の二つでございまして、いかにこの経済財政諮問会議の方が人づくり及び教育について、一体ですけれども、人材育成、教育について重要視しているかということの証左であろうかと思っております。
 そして同時に、第六章になりますけれども、平成十四年度経済財政運営の基本的考え方、その中に平成十四年度予算について述べられたところがございますけれども、その中の重点的に推進すべき分野、そこには七つ挙がっているわけでございますが、その中の二つがやはり教育及び研究関連でございます。一つは科学技術の振興であり、もう一つが人材育成、教育ということでございます。ここにこそ、私どもがいろいろ教育の重要性について終始述べ続け、またいろんなチャンネルを通じて重要性について考えをできるだけ理解していただくように努力してまいった結果もあろうかと思いますけれども、重点的に推進すべき分野の七つの分野のうちの二つにおいて明瞭に書かれているということは、私は、今回の教育改革関連法案に伴う必要な経費はもとより、本来、教育の充実のために措置されるべき必要なものについては、これはこの内閣ないしこの基本方針の重要視するところであるというふうに考えておりまして、私どもとしてはむしろこの方針に沿って十分期待にこたえるように皆様と一緒に頑張っていきたいと思っております。
 したがいまして、今回の基本方針は、切るべきものは切る、しかしながら重点を置くべきものは重点として考えていくという、そういうめり張りのついた基本方針であると思っております。その中に最終段階で人材育成及び教育が取り上げられたということについて、私どもはこれを十分に受けとめて、その期待にこたえてこれから努力をしていきたいというふうに考えているところでございます。
#65
○久保亘君 めり張りのついた予算の組み方というのは、一見非常にいい意味に聞こえるのでありますが、傘張りみたいなことにならないようにしないといけないので、文部科学省が本当の意味での教育改革を予算を伴って進めようとされるならば、今、私は大いに力を発揮すべきときではないかと思うのであります。
 小泉さんは所信表明の中で米百俵の話を結びに持ってこられました。米百俵を食糧として消費せず、これを国漢学校をつくる資金とした、そのことが後に長岡藩の重要な人材の育成に役立ったんだという話であります。それならば、今、国家財政も地方財政も非常に厳しいときではあるが、教育予算に関しては政府が一体となってこのことに十分な措置をするということがなければいけないと思うのであります。
 もう一つ、去年の五月十一日、第四回教育改革国民会議に、総理大臣になって間もなく、初めて出席された森さんがこの国民会議の全体会議の中で何を言われたか御存じでありますか。
#66
○国務大臣(遠山敦子君) 承知しておりません。
#67
○久保亘君 私は議事録によって確認をいたしておりますが、森さんはかつて文部大臣のときに中曽根首相のもとで臨教審設置法を提案した人であります。臨教審による教育改革はいろいろな注文がついてなかなか厳しかった、特に大蔵省から、いろいろ決められても予算は既定の予算の中でやってくれ、そのための予算は組まない、こう言われて非常にきつかった、今度はそういう制約はありませんから自由にひとつ改革の道を論議してくださいということをその教育改革国民会議にみずから出席して述べられたのであります。
 もう今は首相でないわけでありますけれども、この教育改革国民会議を小渕さんから引き継がれた森さんがそういう政府の考え方を伝えた上で、その国民会議を十二月二十二日の答申まで継続させられたのでありますから、私は政府のこの考え方を一貫してそのことは伝えているものだと思うんですが、ぜひそのときの議事録をしっかり見ていただきたいと思うんですが、いかがですか。
#68
○国務大臣(遠山敦子君) 今の御指摘の点については、よく私もその趣旨を体して読んでみたいと思っております。
#69
○久保亘君 それでは、三法にかかわって幾つかお尋ねをいたします。
 第一は、今、当委員会において審議されております教育三法は衆議院において一部修正が行われたものであります。この修正に関して、原案の提案者であります文部科学大臣としてどのように評価をされておりますか。
#70
○国務大臣(遠山敦子君) 衆議院におきます修正は衆議院におきます教育改革実現のための熱心な国会審議の結果行われたものとして、これは真摯に受けとめているところでございます。
#71
○久保亘君 その修正は熱心な論議の末行われたので原案の提案者としてももっともなことであるということで、原案よりも前進したと、こういうふうに評価されておりますか。
#72
○国務大臣(遠山敦子君) 衆議院におきます修正は二点ございました。一つは、体験活動の内容につきまして、「ボランティア活動など社会奉仕体験活動」ということでございまして、これは従来から学習指導要領などで社会奉仕体験活動の一つの例示としてボランティア活動を取り上げておりましたので、これにつきましてはそのことが法律上明示されたと思います。またもう一つ、飛び入学の拡大についていろいろな懸念があったわけでございます。そのことについての国会審議の結果、より適切な運用を図るためになされた修正であると理解いたしておりまして、立法府の御意思を真摯に受けとめて、今後その方向での適切な行政運営に努めたいというのが私の立場でございます。
#73
○久保亘君 いろいろな懸念があったと言われますと、そういう懸念を含んだ原案の作成であったということになりますか。
#74
○国務大臣(遠山敦子君) 我が省といたしましては、政府原案におきましても、省令などで一定の要件を求めることによって適切な運用が図られるものと考えて提案したものでございますが、非常に熱心な国会審議の結果あのような修正が入りましたことを真摯に受けとめて、今後の運用に当たりたいということでございます。
#75
○久保亘君 次に、もしこの教育三法が成立するということになりました場合には、この三法に基づく施策を進めるに当たって、行政施策の評価に関する法律はこの諸施策にも適用される、そのように考えてよろしいのかどうか。そして、その場合には当然事前評価も求められることになると思いますが、この点はそのようにお考えになっておりますか。
#76
○国務大臣(遠山敦子君) 政策評価につきましては、国民に対する説明責任の徹底を図るということとともに、国民本意の効率的で質の高い行政の実現や国民的視点に立った成果重視の行政への転換を図る観点から、極めて重要な課題と認識いたしております。
 先般成立いたしましたいわゆる行政評価法は政府全体を挙げてこの取り組みを一層推進するものと理解いたしております。来年度施行予定の行政評価法、来年の四月一日からでございますが、その施行予定の行政評価法は行政の行います政策について幅広く評価を行うこととしているところでございまして、我が省の政策全般がその対象になると考えております。
 しかしながら、事前の評価に関しましては限定的に書かれておりまして、三法に基づく教育関連の施策は事前評価を行わなければならないと定められているとは考えておりません。
#77
○久保亘君 時間の関係もございますから、次にこの三法の中での非常に重要な一つであります児童生徒の出席停止についてお尋ねいたしますが、この出席停止を法律に定めることは憲法二十六条並びに学校教育法十一条との関係においてどういうことになりますか。
#78
○国務大臣(遠山敦子君) 憲法二十六条は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」という規定でございまして、同時に「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」という就学義務等に関して規定しているところでございます。
 一方、出席停止の制度は、公立の小中学校におきまして、他の児童生徒の教育に妨げがあると認める児童生徒があるときに、市町村教育委員会が他の児童生徒の教育を受ける権利を保障する観点から、その保護者に対して児童生徒の出席停止を命じようとするものであります。
 このように考えますと、出席停止は国民の就学義務や児童生徒の教育を受ける権利にかかわる重要な処分であるということは確かでありますけれども、それ以外の児童生徒が平穏に教育を受ける権利を守るという点でも非常に大事な規定であるというふうに考えているところでございます。
 それで、先ほどの御質問の中に学校教育法十一条との関連についてお尋ねでございましたけれども、これは校長及び教員が教育上必要であると認めるときは学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができるということでございまして、今回の措置といいますものは懲戒には当たらないという措置でございますので、いずれも憲法二十六条の規定及び学校教育法第十一条の規定に反するものではないというふうに考えております。
#79
○久保亘君 法律をもって出席停止の根拠とするということは、今、懲戒ではないと言われましたが、これは教育ですか。
#80
○国務大臣(遠山敦子君) 繰り返しになりますけれども、出席停止は他の児童生徒の教育を受ける権利を保障するという観点から設けられているものでございまして、義務違反があった児童生徒に対する処罰としての性格を持っている懲戒処分とは目的や性格を異にしている制度でございます。
 出席停止を命ずる場合には、学校におきましてさまざまな指導の努力がなされることは当然でございます。措置に至るまでの指導の過程におきまして、その児童生徒や保護者と問題行動の解決に向けた話し合いが行われましょうし、また本人や家庭の状況でありますとか、あるいは問題行動の事実関係、そして学校の指導員に対する要望なども把握しながら保護者等の意見も指導に反映させて問題行動に対応しているというのが現状であろうかと思います。こうした事実の積み重ねを経て、出席停止を講ずることについて保護者等の理解を得て措置に至っているというところでございます。
 今回、出席停止の要件を定めたことは、むしろこれまでのといいますか現行の法律上の規定が極めて簡明に書かれておりまして、そのままであるよりは、その出席停止の措置を実施するに際して必要な注意が払われ、恣意的にわたらないようにということで、今回むしろそのことについて詳しく定めるという趣旨であるわけでございます。
#81
○久保亘君 子供を学校に入れないという措置をとることは教育の敗北である、私はそう思います。
 既に文部省は八三年十二月五日、文書三二二号をもって今回法律に定めようとする内容のものを通達いたしておりますね。この既に二十年近く前に出された通達はどういうことになりましょうか。法律との関係も含めて御説明ください。
#82
○国務大臣(遠山敦子君) 出席停止に関する規定は、さかのぼりますともう戦前にまでさかのぼると思います。新しい法体系のもとで昭和二十二年に現行の規定ができ上がったと承知しておりますけれども、その中で、性行不良であって他の児童生徒の教育に妨げがあると認める児童生徒に対して出席停止を命ずることができると規定されておりまして、その具体的な運用につきましては、委員御指摘のように、昭和五十八年に発した通知において指導してきたところでございます。
 昭和五十八年はちょうど校内暴力が最も猛威を振るったときでございまして、そのときにいろんな校内暴力をおさめる、あるいは校内暴力の問題に対応するためにいろんな施策が一気に打たれたわけでございますが、そうしたいろんな施策、あのときは緊急にやるべきことと長期的にやることに分けてさまざまな施策が打たれたと今思い出しておりますけれども、しかしながら、なおかつ学校が荒れていて、しかもそれが特定の子供たちによって猛威が振るわれて、他の児童生徒が授業ができない、そのようなときに一体どうしたらいいかというのが全国各地の教育関係者の悩みであったわけでございます。それに対応するために出席停止の措置というものを、恣意にわたらないで、しかし平穏に教育を受ける権利を有する他の人たちを救うためと申しますか、そのためにいろいろ法律上の解釈及び法律上のいろんな検討も加えた上で発せられたのがあの通知であったと思っております。
 この通知におきましては、出席停止を運用する要件に該当するか否かを判断する際の目安となる状況を示したところでございまして、具体的には四つ取り上げたところでございます。一つは教職員に対する威嚇、暴言、暴行等でございますし、二番目は他の児童生徒に対する威嚇、金品の強奪、暴行等でございます。三番目が学校の施設設備の破壊等、そして四番目が授業妨害、騒音の発生、教室への勝手な出入り等であるわけでございます。
 今回の法改正では、この出席停止というものが児童生徒の教育を受ける権利にかかわる処分であるということから、その一層の適切な運用を図るために、他の児童生徒でありますとか教職員に対する暴力行為など、出席停止の対象となる具体的な行為を掲げて、それらが繰り返し行われる場合であるということを明示して法律上の要件の明確化を図ったものでございまして、出席停止の対象に変更を及ぼすものではございません。
 今後、この法改正を踏まえまして、出席停止制度の一層適切な運用がなされるように指導を行ってまいりたいと思っているところでございます。
 同時に、出席停止の措置を受ける児童ないし生徒に対する手厚い指導も同時に行われるように、このことについてはいろんな手だてを今考えているところでございまして、法改正が行われれば、そのことについても同時に周知徹底を図っていきたいと考えております。
#83
○久保亘君 他の児童生徒の教育を受ける権利を脅かす、侵害することになってはいけないというのは、それは理解できないわけではありませんが、しかしそのことをもって児童生徒の持っております、特に義務教育を受ける権利を制約するということになりますと、これを解除する判断というのはだれがどこでやるのですか。
#84
○国務大臣(遠山敦子君) 実際にそのような児童生徒がいるということはまことに残念なことでございますけれども、しかしながらその存在によって学校における平穏な教育というのがなされないというようなときには、まずもって担任でありますとか、あるいは校長でありますとか、いろんな手だてを尽くすものだともちろん確信いたしております。しかしながら、それにしても先ほど要件に挙げましたようなことがとどまらないような場合に、その要件が明確になったものに該当する、あるいはいろんな手続というものに合致する、あるいは出席停止期間中の児童生徒に対する学習支援もきちんとやる、そういうことを総合的に判断して最終的にそのことについて判断を下すのは、公立の義務教育小学校については市町村の教育委員会であるわけでございます。
#85
○久保亘君 出席停止の措置を決定いたします場合、それからその解除の判断をどうするかという場合、いずれも子弟に教育を受けさせる義務を憲法によって負うているその親の立場からこの問題に対して不服があります場合、これはどこで措置してくれることになりますか。
#86
○国務大臣(遠山敦子君) 措置をいたす前に保護者の意見は十分聞くわけでございます。その後の処分といいますか措置につきましては、これは教育に対する一般的な不服審査の取り扱いと同様であるわけでございます。
 これは先生も御承知のとおりと思いますけれども、学校等において教育等の目的で児童生徒等に対して行われる処分については、教育の性質にかんがみて一般的な不服審査にはなじまないということでございますので、出席停止に関しては行政不服審査法に基づく事後の不服申し立ての適用が除外されているところでございます。
 このことは単に学校にかかわることだけではございませんで、講習所や研修所等においてその目的を達成するために講習生とか研修生に対して行われる処分はすべて適用除外となっているところでございまして、これに該当する機関についてはいずれも事後に不服申し立てを可能とするような法的な仕組みは設けられていないところでございます。したがいまして、学校の出席停止についてのみ不服審査の対象とすることは行政不服審査法全体の体系から困難というふうに考えているところでございます。
#87
○久保亘君 私は、最初に申し上げましたように、子供を出席停止の措置にする、そのための法律上の根拠を定めるというようなことは、教育改革というよりは、教育の一つの敗北のあかしをみずからあらわすようなものだと思っておりまして、このことに対しては私の疑問は解けていないのであります。
 それからもう一つの問題は、指導不適切という余り聞きなれない用語でもって教師の身分上の扱いが法律の根拠に基づいて検討をされることになるようであります。判定委員会が指導不適切と決めた教師は教職員として免職される、そして他の部署へ配置転換になる、こういうことでありますが、これは処分ですか、それとも人事異動ですか。それはどのように考えたらいいのですか。免職するということになっておりますから、職を免ずるということはわかりやすく言えば首にするということですね。これは処分だという気がするんですが、いかがですか。
#88
○国務大臣(遠山敦子君) 今回の指導の不適切な教員に対する新たな制度といいますものは、非常に厳しい身分を失う分限の処分ではございませんで、そこに至らないけれども指導が不適切であるということによってその先生に教えられる児童生徒が豊かな教育を受けられない、そういうことに対してどう対応するかということでつくろうとしている措置であるわけでございます。このことについては先生ももちろん御想像いただけると思いますが、全国各地での国民の大きな声で、指導の適切な教員に学びたいということは、これは私は、児童生徒、それから保護者、そしてもちろん教育に関心を持つ人たちのすべての願いであろうかと思っております。
 一方で、教員の方々はそれぞれに苦労をしながら、また努力をしながらいい教育の実現のためにやっていただいていることはもちろんでございますけれども、にもかかわらず指導力が適切でない教員に当たった場合に、子供をめぐる、子供自身及び保護者周辺というのは一体どのように感じるかというようなことを大きな背景として、今回大きくこの問題に対して対処しようということで提案させていただいている行政上の課題であるわけでございます。
 今御指摘になりましたのは、それは免職になるのではないかという、首になるとおっしゃいましたでしょうか、というお話でございますけれども、これはどちらかといいますと、同一地方公共団体、これはむしろ転任に相当するものでございまして、先ほど申し上げた懲戒的な意味合いを持つものではないわけでございます。これまでですと懲戒的な処分しかできなかったわけでございますけれども、むしろ児童生徒の指導に当たらせることは不適切と認められる教員を、当該教員の適性、知識などを考慮しながら教員以外の職に異動させるための措置でございます。
 そういうことで、一つの市町村立小中学校の教員であるわけでございますが、先ほど申しましたように、任命権のある都道府県教育委員会において新たな職を見つけて、そして、正確に申し上げた方がいいと思いますが、市町村を免職といたしまして、同時に不可分一体として新たにその人にふさわしい職に採用するということでございまして、先生がおっしゃったそういう趣旨とは異なるものでございます。
#89
○久保亘君 地公法二十七条によるいわゆる分限の措置ではない、処分でもない、そういうものを、免職ということが一方的にできるんですか。
#90
○国務大臣(遠山敦子君) 現在でも、市町村立の小中学校の教員は、その任命権は都道府県教育委員会にありますが、あくまでも身分は当該市町村の職員でありますことから、一つの市町村立小中学校の教員を別の市町村に異動させる場合には、法形式上、現在所属している市町村を免職にして他の市町村に採用するということになっているわけでございます。したがいまして、現在も免職、そして採用という形を法形式上とっているわけでございます。
 その意味で、今回の措置というのは、市町村を免職して引き続いて都道府県に採用するということでございまして、その意味では新たな形式をとろうとしているものではございません。
#91
○久保亘君 一般の人事異動と全く同じ扱いのものを、ここへ免職という人事異動の手続を表現したにすぎないということでありますと、これは本人の意思は最大限尊重されると考えてよろしいか。
#92
○国務大臣(遠山敦子君) 今回の措置は、対象となる教員の新たにつく職についての適性、知識等を十分に考慮するということを条件にして新たに採用するわけでございまして、これは本人の意思を聞いてという、そういう手続を要するものではございません。
#93
○久保亘君 一般の教職員の人事異動で、市町村の教職員が一たんその市町村の教職員を免職になった上で他へ移るというのは、これは単なる手続でありまして、今の制度上、そういう手続をとらなければ人事異動の扱いができないからやっているんでしょう。
 そうすると、それと同じだということならば、たとえ都道府県の職員に移すということになっても、その免職の手続というのは単なる手続であって、そのことによって身分を失ったりするものではない、そしてこれは個人の、本人の持つ権利としてその身分は保全されている、このように考えていいかということを聞いておるんです。
#94
○国務大臣(遠山敦子君) 再三申しておりますけれども、今回の措置といいますものは、児童生徒への指導が不適切であって、かつ研修等の措置を講じても適切に指導することができない市町村立の小中学校等の教員について、これは本人の意思にかかわらず都道府県教育委員会の教員以外の職に転職させることができるというふうにするものでございます。
 教員の職務といいますものが児童生徒の人格形成に重大な影響を与えるものであることにかんがみますと、このような教員については、本人が希望しない場合であっても転職させることができるようにすることが必要であるとの考えから、今回の法改正の提案になっているわけでございます。
#95
○久保亘君 どうもそこのところははっきりしないところなんですが、時間がありませんから、残念ですが。
 処分ではない、転任、つまり人事異動の措置である、こういうことでありますならば、本来、異動そのものに関しても異議がある場合には人事委員会に提訴をして身分の保全を図ることができることになっているわけです。そうすると、そういう手続を踏みます間は身分は完全に保全される。免職というのが、さっきあなたが言われたような意味ではなくて、一つの処分に準ずるような役割を持って、免職という法律上の言葉がひとり歩きすることは絶対にないでしょうね。
#96
○国務大臣(遠山敦子君) 免職と採用とが不可分一体となって行われるわけでございます。免職だけがひとり歩きするというようなことではございません。また、この措置について不服があります場合には、地方公務員法第四十九条の二に基づきまして、人事委員会に対し不服申し立てを行うことが可能でございます。
#97
○久保亘君 最後に私がお尋ねしたいのは、本来、教育改革の一番根本のところで論議すべき問題は教育基本法の改定をめぐる問題であります。
 大臣は、教育基本法を変えなければならないとお考えになっておりますか。もし今の教育基本法を変えなければならないとすれば、それはどういう根拠に基づいて、現在の教育基本法のどこが問題で変えなければならないとお考えでしょうか。
#98
○国務大臣(遠山敦子君) 教育基本法の見直しに関しましては、総理も再三答弁で述べられておりますように、教育改革国民会議の報告を踏まえて文部科学省内で検討を行った上で中央教育審議会等で幅広く国民的な議論を深めるなど、しっかりと取り組んでいきたいというふうに答えておられますが、私もそのことについて文部科学大臣として同じ趣旨の考え方を持っております。
#99
○久保亘君 広く国民的な議論を経た上で教育基本法の改定を行うべきかどうかという結論を出しましょう、こういうことなんでしょうか。
#100
○国務大臣(遠山敦子君) これは個人の考え方を申しますよりは、これまでの教育基本法をめぐる議論の推移について御説明したいと思いますけれども、ちょっと済みません、省内の検討状況についてお尋ねでございましょうか。そうではなくて、今の御質問の趣旨でございますけれども、教育基本法の見直しが何を要するかという御質問でございましたでしょうか。
#101
○久保亘君 教育基本法を変えなければならないという主張が今の政府、特に森首相の時代に強く主張されてきたわけであります。そして、間もなく閉会となりますこの百五十一回通常国会は教育改革国会だと、教育基本法の改定を論議する場であるかのような印象さえ与えたときもあったのであります。
 現在、文部科学大臣の立場におありになる遠山大臣としては、教育基本法の改定という問題を自分の方から積極的に主張するのではなく、これは国民各層の論議を経た上で改定すべきかどうかの結論を出したい、そういう御主張でありますかということをお尋ねしたのであります。
#102
○国務大臣(遠山敦子君) 大変失礼いたしました。
 先ほどお答えし始めていたとおりでございまして、これまで教育改革国民会議の最終報告の中で提案された見直しの観点を踏まえながら、目下、文部科学省において検討をやっております。その検討を行った上で今後広く国民的な議論を深めるなど、中央教育審議会にも諮りながらこのことについてしっかりと取り組んでいきたい、そういうことでございます。
 教育改革国民会議の指摘の中であったものといたしましては、生涯学習の理念でありますとか伝統文化の尊重、あるいは広範な教育改革の問題など、こういうことについての検討というのが課題に上ってまいるとは考えております。
#103
○久保亘君 教育改革国民会議の委員の中にも、教育基本法を変えなければならない理由はない、これはすばらしい内容のものだ、むしろ教育基本法の目指したものがなぜ今日もなお実現していないか、これらの問題について検討することが教育改革だ、こういう御主張の方もあります。また、今回新たに中教審が組織されましたけれども、この中教審の会長におなりになった方も、教育基本法の改正については日本国憲法との関係もあり慎重な立場で臨むべきだ、初めから教育基本法改正ありきという立場に立つべきではない、こういうことを就任に当たっての談話で申されております。
 私は、そのような方々の意見というものに対して慎重に耳を傾け、そして今教育改革の道を進むことは日本の長い将来を決することになるというその責任の重さを思いながら、ぜひ遠山大臣以下、文部科学省の皆さんが頑張っていかれるように心から期待をいたしております。
 何か御感想がございましたらお聞きして、終わります。
#104
○国務大臣(遠山敦子君) 久保先生には私も若い時代からいろいろと御指導をいただいてまいりました。伺いますと、きょうのこの討論が最後というふうに承っております。さすがに大変格調の高いといいますか、大所高所に立った御議論を聞かせていただきました。
 ともに日本の教育をよくしたいという考えでは、私は文部科学省と先生との間に差はないと思っております。日本の国の将来を担う子供たちの教育がさらによくなるように、そして学校教育が国民から信頼される、教育が変わる、学校が変わった、こんなによくなったと思ってもらえるような、そういう教育改革というものを私どもとしてはこれからもさらに進めてまいりたいと思います。
 もし私が今冒頭に申し上げました議員の進退にかかわることで失礼に当たりましたら心からおわびを申し上げますが、ただ、私としては大変これまでの御指導に対して感謝の気持ちを持ちながら、今のお話というものを私どもに対する激励として受けとめて、しかしやるべきことはしっかりやっていきたいということで受けとめさせていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
#105
○久保亘君 ありがとうございました。(拍手)
#106
○委員長(市川一朗君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時三十分まで休憩いたします。
   午後零時三十分休憩
     ─────・─────
   午後一時三十分開会
#107
○委員長(市川一朗君) ただいまから文教科学委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案、学校教育法の一部を改正する法律案及び社会教育法の一部を改正する法律案の三案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#108
○内藤正光君 こんにちは。民主党・新緑風会の内藤正光でございます。
 昨日の参考人からの意見聴取を踏まえて、本日、三十分という大変短い時間でございますので、飛び入学に限って質問をさせていただきたいと思います。
 昨日も申し上げたんですが、飛び入学制度という、そういう制度は選択肢の多様化という点であっていいんだろうと私は思います。ただ、やはり一人の学生の人生にかかわる問題でもございます。ですから、やはり拙速であってはならない、こういった立場からいろいろ質問をさせていただきたいと思います。
 昨日の参考人からの意見聴取で明らかになったこと、いろいろあるんですが、何点か挙げさせていただきますと、例えば、欧米には飛び入学制度というものはあるにはあるが実際にはほとんど使われることはないということが一点。そして二点目は、特にアメリカではアドバンストプレースメントといって高校に在学しながら既に大学レベルでの授業を学ぶことができる、そしてこういった制度を支えるために、高校と大学は密接な協議をしながら、例えば教育指導方法についても議論を重ねてきているということが明らかになりました。そしてもう一つは、翻って日本の高校教育というのは三年間が一つの単位、三年間で完結するということになっていて、ここで飛び入学制度を突然導入すると、やはり高校教育そのもの、そしてまた学生自身にもいろいろな影響を与えるおそれがある、こういったことを参考人の方々はおっしゃっていました。
 そこで、まず質問させていただきたいのは、なぜ飛び入学制度を導入するのか、なぜ飛び入学なのかということでございます。
 提案理由を見ますと、一人一人の能力だとか適性に応じた教育を進め、その能力の伸長を図るため、大学における飛び入学の促進等を図る必要があると。そしてまた、副大臣がよくおっしゃっているんですが、きらりと光る個性を伸ばす、そんなような理由をおっしゃっているわけでございます。しかし、これらはあくまで理由であります。理念かというと、私は理念ではないと思います。
 そこでお尋ねしたいのは、飛び入学制度を導入するその理念は何なのか、理由ではなくて理念、目指すところは何なのか、これについてお尋ねしたいと思います。
#109
○国務大臣(遠山敦子君) 理念と理由の違い、必ずしも明確な形でお答えできないかもしれませんけれども、今回の飛び入学制度についてこれを取り上げるとしたその趣旨といいますものは、これまでの日本の教育が平等性を尊重する、重視する余り、一人一人の能力、適性に応じた教育を進めていくということにおいてなかなかそのねらいが達成できなかったということがあると考えております。
 このために、特にすぐれた資質を有する者に対して飛び入学のチャンスを用意するということで、今回そういう閉塞状況の中に一つの抜け穴と申しますか、そういうものを用意しようということでございます。これまで特定の分野で認められていたものを今回は対象分野の拡大を予定しておりますけれども、これによっていろんな資質を持った子供たちの可能性を伸ばしていこうということでございます。
 ただ、これは全教科で成績優秀ないわゆる受験エリートというものを対象にするのではむしろございませんで、さまざまな資質を持った、特色を持った子供たちが自信を持てるような、そういう社会形成の契機にもなるのではないかということがこの趣旨でございます。
#110
○内藤正光君 では、決してエリートを育てる、天才を育てるためではなくて、あくまで能力、中には飛び抜けた能力を持っていらっしゃる方がいる、それは高校教育の枠組みの中では対応し切れない、そういった人たちに飛び入学というチャンスを与え、そして彼らにもし好むならば大学でも学んでください、そういうことなんですね。
#111
○副大臣(岸田文雄君) 今、大臣からお答えさせていただきましたように、要は、すべての科目において優秀な成績をおさめられるとか、それから与えられた課程を早く履修することができるようなエリートを育てるという趣旨ではないわけであります。特定の分野においてきらりと光るような特にすぐれた資質、こうした資質を持つ生徒にこうしたチャンスを与える、自信を持てるような仕組みをつくっていく、これが趣旨でございます。
#112
○内藤正光君 ということは、あくまで例外的な措置ということでいいわけですね。そして、大体どれぐらい想定していらっしゃるんでしょうか、どれぐらいのこういう対象者がいるだろうということを。
#113
○副大臣(岸田文雄君) これは例外的な措置であります。原則は、高等学校は三年間で卒業するという原則を守り、その中で例外的な措置であるということであります。
 そして、どれだけの数かということでありますが、実績ということになりますと、千葉大学の十二名、名城大学の四名ということでありますが、それ以外に、これだけのニーズがあるからということでこうした新しい措置を講ずるというのではなくして、要はチャンスを与えるということでありますから、具体的に結果としてどれだけの数字に上がるかということはなかなか申し上げるのは困難だと思っています。
#114
○内藤正光君 先ほど副大臣の方から千葉大学の話が出ました。今回の法改正では、飛び入学制度というものを全教科、条件つきながらも全大学にわたって広げていこうという内容が盛り込まれているわけでございます。ところが、先ほど副大臣が触れられた千葉大学で今までやってきたのは、あくまで物理と数学に限っての飛び入学、これをやってきたわけでございます。
 そうなりますと、普通に考えますと、次のステップは何なのかといったら、やはり物理と数学に限って全大学に広げる、そういうステップなんだろうと思います。ところが、今回、教科を限らず全大学でと、条件つきながらも。千葉大学でやってきたいろいろな実績、これを検証してほかの大学へも展開しようということだろうと思いますが、余りにもそこには大きな飛躍があり過ぎるんじゃないかと私は思えてならないんです。
 そこでお尋ねしたいのは、千葉大学でのいかなる検証結果を踏まえて今回の法改正によってこの飛び入学というのを全大学のみならず全教科にわたって広げるということを決断されたんですか。ちょっとその論理的な説明をお願いしたいんですが。
#115
○副大臣(岸田文雄君) まず、千葉大学の四年間をどう評価してこうした拡大を図ったのかということでありますが、千葉大学の四年間の実績に関しては、例えば青田買いなどの問題が生じていない、あるいは飛び入学した学生が物理等飛び入学の対象となった科目のみならず他の分野においても成績が良好であるとか、またこうした強い意欲やあるいは勉学に対する姿勢といったものが周りにいい影響を与えるとか、こうしたさまざまなよい結果が出ていると受けとめております。
 それで、先生の御質問の中で、分野の拡大がそれにどう結びついたかということでありますが、昨今の世の中の動きが物すごいスピードで大きく変化をしております。その中で、学問の分野におきましても学際化とか複合化みたいなものが盛んに言われるわけであります。ですから、物理とか数学とか、そういった学問の仕切り自体が今どんどんなくなりつつある、こんな状況も言われています。例えば、バイオインフォマティクスなんというのは生物学と情報分野との融合でありましょうし、あるいはデリバティブなんというのは数学と金融の融合ということになるでしょう。
 こうしたさまざまな複合化、学際化が言われている中にあって、法令でその学問を決めてしまうのはいかがなものか、これは大学の自主的な取り組みによって学問の分野も判断するのが適当ではないかというような判断があったり、また先ほど先生の御指摘の中に、海外の事例として高校と大学との連携が大切だという御指摘、参考人質疑の中であったという御指摘がありました。
 この高校と大学の連携、現状を見ましても、聴講生などを通じて高校と大学の連携というのは現在も進んでいるわけですが、その高校と大学の連携の取り組みも実に多様な分野にわたって連携が行われている現状、こういったものも踏まえて、なおかつ千葉大学の四年間等もあわせた上でその分野の拡大といったことを検討するべきではないか、こうしたことを判断した次第でございます。
#116
○内藤正光君 副大臣がおっしゃった、青田買いという問題は起こらなかったとか、あるいはまたその生徒は他の分野でも成績優良であったとか、また今の時代、学問と学問の仕切りがなかなかつかないとかいう理由はどうしてもまだ他の学科へも広げていっていいという理屈にはなり得ないんじゃないのか。もっと言うならば、千葉大学が物理、数学に限った飛び入学制度を導入するに当たっても、事前に周到な準備を進めて、そして実際に学生を受け入れたというふうに聞いております。
 ですから、私は、他の教科へ広げるに当たっても、最初に申し上げたように、一人の学生の人生にかかわることですから、やはり周到な準備が必要なんだろうと思うんです。それを何の準備もしないまま、物理、数学でよかったから、ではほかも大丈夫だろうと安易に広げるというのは余りにも無責任過ぎはしないかと思うんです。私はそこをちょっと申し上げたいんですが、いかがでしょうか。
#117
○副大臣(岸田文雄君) 今、先生が御指摘なされたとおり、やはり受け入れ体制というのが何よりも大切だと思っています。
 分野の拡大については、先ほど申し上げた理由でチャンスの枠を広げることを考えなければいけないというふうに思っておりますが、千葉大学におきましても、先進科学センターというものを組織して、それをまた発展させて先進科学教育センターというものを設置するなど、その受け入れ体制にはさまざまな工夫をし、努力をしてきたわけであります。
 ですから、分野が拡大してもその分野においてしっかりとした受け入れ体制、こういったものが組まれていることが大切だと思いますし、その分野において高校と大学の連携がしっかり行われて、特にすぐれた資質を持つ学生の判定ですとか、あるいは飛び入学した後どういったフォローが行われるとか、そういったことにおいて万全の対策がとられるんだというふうに思っております。
 いずれにしましても、肝要なのはその受け入れ体制と高校と大学との連携であるということを強く認識しております。そのあたりがしっかりその内容において実現されるように、さまざまな工夫をしていかなければいけないと思っています。
#118
○内藤正光君 私は何でもかんでも文部省のお墨つきをもらわなければという立場には立ちません。しかし、副大臣もしっかりした受け入れ体制が整っていることがまず条件だとおっしゃったわけなんですが、これはだれがどう判断するんですか。大学自身がこれは大丈夫だというふうに自己満足すれば、それで受け入れ体制が整ったというふうになるわけですか。
#119
○副大臣(岸田文雄君) まず基本的に、飛び入学を導入するかどうかということについては各大学で判断することでありますが、その飛び入学を実施するに当たって大学が備えるべき要件ということにつきましては、こうした国会での議論を踏まえつつ、文部科学省として施行通知等で責任を持って指し示すべきだというふうに考えております。
#120
○内藤正光君 そういったことであるならば、当面は、既に千葉大学等で検証済みの物理、数学あるいはまたその近傍の教科に限って飛び入学制度を全大学に展開しながら、そして他の科目については、他の分野については、順次、各大学で万全の体制が整ったというふうに判断された後に飛び入学制度を拡大していくのが妥当だと考えますが、いかがでしょうか。
#121
○副大臣(岸田文雄君) こうした新しい制度を導入する際に、その考え方というのはいろんな考え方があると思います。要するに、実績とそうしたチャンスを広げるということ、これをいかに両立させるのかということだと思います。
 ですから、その実績を積まなければそういった新しいチャンスを拡大するべきではないという考え方もあるでしょうが、こうした新しい制度を導入する際には、こうした大きな時代の動きの中で、そうしたチャンスを拡大すると同時に、並行して実績を確認し検証していく、こうした二本立てで物事を進めていくということが大切なことではないかなと思います。ですから、今回、先ほど申し上げました理由でその対象分野を拡大するわけでありますが、これは広げる一方で、本当に実際問題どうなのかという検証はしっかりとやっていかなければいけないと思っております。
 ですから、大学自身の検証もそうでしょうし、文部科学省としてもそのあたりしっかりと検証をし、情報公開をしていかなければいけないと思っていますし、また全国レベルで、大学、高校の関係者のみならず、専門家、有識者も交えてこうした協議の場といったものを設けてしっかりとその検証をし、その結果を実際の運営に資するようにしていくということを考えていかなければいけないと思っております。
#122
○内藤正光君 何度も言ってくどいようで申しわけございませんが、本当にこれは学生の人生にかかわることでございます。一回受け入れたものの失敗したなんということは許されないことでございます。これは慎重の上にも慎重に対応していただかなければならない。
 そしてまた、そういった協議の場も、各大学の人たちが集まるだけの場であってはいけない。そうであったら、なれ合いの場ともなりかねないわけです。ですから、全く大学とは関係のない多様な方々、多様な有識者が集まって、公平な立場から協議をすると。つまり、今度はあなたのところの大学を認めるから、次はうちを認めてなというようなことにならないように、しっかりとその協議の場というものも、その構成員に対する配慮もしていただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。
#123
○副大臣(岸田文雄君) おっしゃるとおりでございます。
 構成につきましても、大学あるいは高校関係者のみならず、さまざまな分野の有識者等を含めてしっかりとバランスのとれた構成を考えなければいけないと思っておりますし、そして全国レベルでこうした協議の場に参加していただく、こういったことも考えていかなければいけないと思います。そうした協議の場を設けることによって、その適正な運用を確保するよう努力したいと思っています。
#124
○内藤正光君 さて、衆議院段階でこの飛び入学制度に関する修正案が出されました。第五十六条に第二項という形でつけ加えられたものでございます。
 この第二項として、大学はすべての大学じゃないんですよと条件をつけたわけでございます。一つは「当該分野に関する教育研究が行われている大学院が置かれていること。」、そして二つ目は「当該分野における特に優れた資質を有する者の育成を図るのにふさわしい教育研究上の実績及び指導体制を有すること。」、この二つが付されたわけでございます。
 そこで、この修正案を提出された修正案提出者にお伺いをさせていただきたいと思うんですが、まず提出者御自身の飛び入学に対する御見解をお尋ねしたい。そして、この修正案の趣旨についてお尋ねします。そしてさらに、飛び入学制度導入に当たって気をつけなければいけないこととしてこの二点を挙げられたかと思いますが、私はこれだけでも十分じゃないと思います。さらにこれ以上に気をつけなければならないことを修正案提出者の立場でお述べいただきたいと思います。
#125
○衆議院議員(平野博文君) 内藤先生に答弁をさせていただきますが、まずこの委員会にまでお呼びをいただきまして大変恐縮に思っております。心から喜んでおります。
 まず第一点でございますが、飛び入学制度に対して修正者としてどのような見解を持っているか、こういうお尋ねでございますが、私どもも、飛び入学の意義に関しては全面的に否定をする、こういうことではございません。
 ただ、我々の考え方としましては、やっぱり優秀な人物にそれなりの機会を与えるということは学校教育の中でも必要だと思いますし、逆に学習のおくれがちな生徒には進度に合わせた指導も必要である。そういう中で、特にゆとり教育を進めていく中での学校教育における個別化では対応できないような才能のある生徒に対してはより高度な教育を求めて上級学校へ進む道も開かれていかなければならない、こんな考え方にあります。したがって、特にすぐれた生徒に飛び入学の機会を与えることに対しては十分な意義がある、このようには思っています。
 また一方では、かつては年齢ごとにはっきり分かれていました社会的な役割、活動の区別化は、だんだんと少子高齢という、こういう時代の変化の中にあって流動化しつつあります。将来的には、これらをさらに一層進め、エージレスな社会を目指すべきであると私は考えています。その中で、いずれは大学も、子供から高齢者まで、あらゆる世代の入学者を区別なく受け入れるようになっていくだろうと私自身は推測をしているわけであります。
 しかし、現状においては、発達段階にある高校生を大学に入学させる飛び入学制度は、心の問題を含めて、本人の予期しないいろんな問題が飛び入学者の負担となるおそれがございます。また、飛び入学は高校教育制度を混乱させる可能性も含んでいることも私は確かにあると思っています。そうした危惧される点を十分に考慮いたしますと、飛び入学の門戸を拡大することは拙速には行うべきでない、このように私は立場として思っております。
 そういう中で今回修正をした趣旨はどういうことかという先生の第二点目のお尋ねでございますが、政府から出されました原案どおり、実施校をすべての大学、短大、専門学校へ無限定に拡大すれば、先ほど先生からの御指摘もありますが、大学等に青田刈りを招き、生徒の受験戦争が逆により激化をしかねない、高校のカリキュラムにまた支障を来したりするおそれがある、こういうことであります。そしてまた、数学、物理の限定を外して全分野に拡大するということは拙速であり、特に当該大学等における高度な教育研究が行われていないような分野にまで飛び入学を実施させるべきでないと私は考えています。
 また、特にすぐれた資質を有する者に対して機会を与えるという制度の趣旨及び高校教育を中断して進学するということにかんがみますと、飛び入学実施に当たり、教育研究、心身のフォローその他、十分な指導の体制が整っていることが必要であります。こうした指導を行う体制のない学校にまで飛び入学を実施すべきではない、こういう考え方に立っています。
 数年前より、先ほど副大臣から御答弁もありましたが、千葉大学及び名城大学において物理、数学に限定した飛び入学が先行実施されていますが、飛び入学した生徒がどのような環境下にあるか、どのような影響を受けているかという検証がまだ不十分でございます。そういう中に対して、飛び入学に対する社会の認知、国民の理解が例外的な措置とはいえ私は必要だと思っております。そういう意味での認知は不十分であります。
 基本的に、飛び入学の拡大は、これら先行した事例の評価をきちっとした上でやっていくべきだと考え、少なくともいろいろな懸念を踏まえて慎重に実施すべきであると考えておりました。しかし、文部科学省の方針は、十分な検証、評価が今、現段階でない中で、各学校の自主的判断に運用が任される、こういう域にとどまっておった、そういう視点から、必要な限定を加えていくためには法案自体を修正する、しなきゃならない、こういうことで修正協議に入った次第でございます。
 そこで、当該大学の定める分野に関する教育研究を行う大学院が設置されていること、かつ当該分野における特にすぐれた資質を有する者の育成を図るにふさわしい教育研究上の実績及び指導体制を有する大学に実施を限定するように、法文に修正を加えた次第でございます。
 最後に、いろいろ委員御指摘の懸念もあるわけですが、多少ダブるかもわかりませんが、危惧される点でございます。
 まず、一人一人にふさわしい教育を受ける機会を保障するという観点からの意義であります。そういう視点では飛び入学というのは本当にそれに合っているのか、こういう点が危惧されるわけでありますが、先ほど申し上げましたような観点から、それも了解をしていこうということでございますが、飛び入学についての実施する学校及び分野を限定、修正する、こういうことでありましたが、分野を限定するというのが本当にこの飛び入学制度に対していいのか、こういうことも一方では大いなる議論があるところでございます。しかし、限定したところで、しなくても本当に成果が生まれるのかというところが十分に検証されていない、こういうところは一つ危惧されるところでございます。
 また、その子供の人生にとって大きな影響を与える、こういう視点から見ますと、その年代の子供が急激な成長発達段階にあることを考えますと、慎重な運用をしていただきたい、こういうふうに一つ危惧するところであります。
 また、そのためには、特にすぐれた資質の発見、飛び入学後の指導のあり方などについて、生徒の出身高校と十分な連携をとっていただきたい、また連携をきちっと確保すべきである。また、受け入れ大学には慎重な選抜指導が求められるとともに、実施の状況をきちっと点検、評価していただきたいと思いますし、第三者がきちっと検証、公表していただかなきゃならない、このように思っております。
 したがって、この点を考えますと、特に高等学校と大学との連携をより一層進めてもらう、こういう制度評価システムをきちっと今後確立していきたいということと、最後に、その子供が飛び入学後に、どうしてもその大学になじまないとか、あるいは人生の進路を変えたい、こういうときに、今の制度でいきますと高校中退という資格しか与えられないわけでございます。しかし、飛び入学されるほどの方でございますから、やっぱり高校の卒業資格ぐらいは与えていくようなことも考えていかなきゃならない、こういうふうに思います。
 以上でございます。
#126
○内藤正光君 どうもありがとうございます。
 あと残された時間は一分でございます。ちょっと副大臣に簡単に質問させていただきたいと思います。
 先ほど修正案提出者が、この飛び入学制度導入に当たっていろいろな問題点が予想されるということをおっしゃいました。そして、それらを解決すべくどう取り組んだらいいのか、これについてもいろいろなお話がございました。衆議院段階でこれは修正案という形で認められたわけでございますから、政府としても同じ認識に立っているということでよろしいわけですね。
 そしてもう一つ、特に心の問題だとか生徒への混乱という問題をおっしゃいました、触れられました。一応、文部科学省としては、基本的には枠組みはつくるけれども、あとはそれぞれの大学の自主性に任せるというスタンスをとっているように見受けられるんですが、こういった大学側が個々の飛び入学制度の導入に当たっていろいろお金も使うかもしれません、いろいろ体制固めをするためにお金を必要とするでしょう。そういった予算的な措置とかも含めて、何らかの手当ては講じる予定があるのかどうか。この二点についてお尋ねさせていただきたいと思います。
#127
○副大臣(岸田文雄君) 今、平野先生から御指摘をいただきましたが、そういった衆議院の修正で飛び入学を実施できる大学が限定されたわけであります。こうした法律による限定のほかに、さまざまな問題点につきましては、省令や施行通知などを通じましてしっかりと適切な運用が図られるよう文部科学省としても努力していかなければいけないと思っています。
 それから、もう一点の予算の方は、まず基本的には各大学の自己努力の問題だと認識してはおります。しかし、先ほど申し上げましたようなさまざまなレベルで、そして形でこれから飛び入学をしっかり検証していくわけですが、その中でさまざまな実施状況や、これから要望も出てくると思います。それをしっかり踏まえて、必要に応じて予算等の適切な支援をするということ、これは検討していかなければいけないことだと思っております。
#128
○荒木清寛君 先回も申し上げましたが、公明党は地域に開かれ地域が支える学校づくりを提唱しております。地域の教育力の復活あるいは活用ということが非常に大事であると思います。そうした視点も含めて、前提にして、きょうも質疑をしたいと思います。
 まず、遠山大臣、学校教育、特に小中学校における体育、スポーツの重要性をどのように認識されておられますか。
#129
○国務大臣(遠山敦子君) 教育におきましては、豊かな人間性とたくましい体をはぐくむことを目指して、知徳体のバランスのとれた教育活動を展開することがまことに重要でございます。したがいまして、子供たちの教育の上で体育、スポーツといいますものは、体を動かすという欲求にこたえて、精神的にも達成感でありますとか楽しさというようなことを実感させるとともに、健康の増進あるいは体力の向上に寄与するわけでございます。また、そういう活動を通じて自己責任や克己の精神、それからフェアプレーの精神を培いますとともに、仲間や指導者との交流を通じて豊かな心と他人に対する思いやりをはぐくむなど、心身ともに子供たちの健全な人間形成にとって大変重要な役割を果たすものと考えております。
 かつて、私どもの先輩の柳川議員が体育局長でいらっしゃいましたころ、子供は風の子、太陽の子というスローガンのもとに、一生懸命、体育、スポーツの振興にお努めになったということを思い出しながら、私といたしましてはその面の重要性について改めて触れさせていただきたいと思います。
#130
○荒木清寛君 私も大臣と同感であります。
 しかしながら、来年からは学校五日制が実施をされるわけでありまして、スリム化するわけであります。お聞きをしますと、当然この体育の授業も減りますし、週末における部活動というようなものも実際は機能しなくなるだろうというふうに言われています。
 そこで、私は、主にヨーロッパで見られます地域スポーツクラブという形態で、地域において子供から高齢者までスポーツを愛好する幅広い層が参加できる総合的なスポーツクラブの設立を強力に推進すべきであると考えますが、いかがでしょうか。
#131
○政府参考人(遠藤純一郎君) 文部科学省におきましては、昨年の九月にスポーツ振興基本計画を策定しまして、その中で、国民のだれもがいつでも、どこでも、いつまでもスポーツに親しむことができる生涯スポーツ社会の実現を掲げ、その政策目標としまして、できる限り早期に、成人の週一回以上のスポーツ実施率が二人に一人、いわゆる五〇%となることを掲げているところでございます。
 また、学校におけるスポーツ、体育の重要性から、その充実を図っていく必要がございますが、御指摘のように、少子化、学校五日制、こういう問題もございまして、今後はスポーツの面での地域社会との連携を一層重視して推進をする必要がある、こう考えてございます。このような現状を踏まえまして、基本計画におきましては、子供から成人、高齢者まで地域社会のだれもが日常的にスポーツを行う場として期待される総合型の地域スポーツクラブの全国展開を計画的に推進することとしてございます。
#132
○荒木清寛君 そうした基本計画における総合型の地域スポーツクラブの先駆的な試みをしているのが私の住んでいる愛知県半田市であります。ここでは、地域社会と学校が一体となりまして中学校区単位でそうしたクラブを設立しようという試みをしております。実際につくっております。文部省からもモデル事業として認定を受けまして、法務省も含めて過去には補助金もいただいておると聞いております。
 その半田市のスポーツクラブの中で、最も早い段階、平成八年三月に設立をされました成岩スポーツクラブを私は先週見てまいりました。そこでボランティアとして献身的に活動しているスポーツコーディネーターの人からもいろいろ話を聞きました。余談ですけれども、この方は市の教育委員会に勤めながらボランティアとしてこのスポーツクラブにかかわっているという元国語の先生であります。
 いろいろ話を聞いたりスポーツをしているところを見まして、いろんな感想を私は持ちました。そのスポーツクラブでは、全世帯の一三%ないし一四%ぐらいが年一万円の会費を払ってもう既にクラブに入っているということでびっくりいたしました。また、こうしたクラブの運営には、校長先生あるいは学校の先生、そしてまた地域における大変多くのボランティア、農協の職員ですとか印刷会社の人ですとか本屋の店主、女子大生、おじさん、おばさん、そういういろんな方の熱意が結集して初めて運営が可能になっているということがよくわかりました。まさにそういうことによって地域の教育力が開発される、結集されるというふうに思いましたし、将来的には文化活動の拠点にもしたいというふうに言われていました。これは感想でありますが。
 そこで、何点かお伺いをいたしますが、もう基本計画の中で総合的な地域スポーツクラブを推進するということが入っているわけであります。しかし、これは行政主導ではなくて地域と学校が一体となって立ち上げなければ、その後の運営を考えればうまくいきません。何か建物さえつくればいいという話ではありません。そういう意味で、文部科学省として総合型地域スポーツクラブのあるべき姿といいますか、重要性というのをしっかり啓発していただきたい。学校関係者、地域の人々、国民の方にしっかり啓発をして、そうしたものが立ち上がるように努力をすべきであると考えますが、いかがですか。
#133
○政府参考人(遠藤純一郎君) 地域のスポーツクラブにつきましては、地域住民のニーズを十分踏まえまして住民主体で設立し運営することが重要である、こう考えておりまして、スポーツ振興基本計画の総合型地域スポーツクラブにつきましても基本的にはそのような方向で位置づけがされているところでございます。
 ただ、我が国におきましては学校と企業を中心にスポーツ活動が行われてきましたために、地域のスポーツ活動のための環境を住民主体でつくり出すという意識が若干乏しいような状況にあると考えられるわけでございます。したがいまして、御指摘のように、今後、地域スポーツクラブの設立促進に向けましては十分な啓発活動が重要であると考えております。
 今まで、文部科学省におきましては、このため、一つには、地域におけるスポーツづくりのための先導的事業としまして平成七年度からモデル事業を実施しているということが一つございます。それから、今年度、平成十三年度よりスポーツクラブの運営に携わる経営能力を有する人材、クラブマネジャーと言われるような人材の養成講習会の実施をしてございます。それから、今度具体的にクラブを立ち上げるためのクラブづくりや運営に携わる人を対象とした参考のマニュアルを作成しまして全国に配布するということもしているわけでございます。
 文部科学省といたしましては、今後ともこうした施策を通じまして、都道府県、市町村教育委員会の理解を進めながら、住民主体による地域スポーツクラブ設立の促進に向けまして十分な啓発活動に努めてまいりたい、こう考えております。
#134
○荒木清寛君 ぜひしっかりやっていただきたいと考えます。
 御紹介しましたこの半田市には中学校が五つありまして、そのうちの四つの中学校区で既に総合型スポーツクラブができているわけであります。話を聞きますと、開かれた学校づくりの一環という位置づけもしているわけです。先ほど私が話を聞いたコーディネーターは、学校を地域に開くとは単に施設を開放することではなく、生徒と生活の場を地域に広げるということだと考えていますというふうに言われていました。子供にとって地域あるいは社会というのは自転車か徒歩で移動できる範囲だと考えておりますというふうに言われていました。
 先ほどの文部省の基本計画では、たしか各市区町村において少なくとも一つつくるというようなことになっておったと思いますが、そうではなくて、さらに進めて、各中学校区ぐらいにそうしたスポーツクラブをつくるという、そうした方針で取り組むべきではないでしょうか。
#135
○政府参考人(遠藤純一郎君) 御指摘のように、基本計画におきましては、平成二十二年度までの間に全国の市区町村で少なくとも一つ、約三千二百カ所になりますけれども、その育成を目標ということで掲げております。現在は全国でこういった総合型地域スポーツクラブが百二十前後ということでございますので、これもかなり大きな目標かなとも思っておるわけでございます。
 ただ、その基本計画におきましては、やはり理想としては身近な生活圏である中学校区程度の地域でそういうクラブが定着することが適当という考え方も持っておりまして、将来的には中学校区程度の地域、これは一万カ所ぐらいになると思いますけれども、での総合型の地域スポーツクラブの定着を最終的な目標ということで掲げているわけでございます。
#136
○荒木清寛君 もう一つ、そうしたことのためにたしかスポーツくじも始まったと記憶をしておりますが、最後に、スポーツクラブの多彩な活動を担保するクラブハウスあるいは拠点施設の確保など、施設使用上の優遇措置について行政は十分に配慮すべきだ、このように考えますが、どうでしょうか。
 私が視察をしたところも、クラブハウスの建設を市の予算のめどもつけて考えておりまして、そういうところに、今は病院の待合室にお年寄りがたむろしているというような実態があるわけでありますが、そうではなくて、そういう人もクラブハウスに来て自分自身スポーツを楽しんだり、あるいはお孫さんが活動する姿を見る、そんなことを夢見ていますというふうに言われていました。この点、いかがですか。
#137
○政府参考人(遠藤純一郎君) 総合型の地域スポーツクラブにおきましては、地域住民が主体的に運営するスポーツクラブということで、身近なスポーツ施設でございます学校の体育施設あるいは公共スポーツ施設等を基本的には活用するということを想定しているわけでございます。それともう一つ重要なのは、地域住民の交流の場としても期待されておりますクラブハウス、これがやはり中心かなと、こういうことで指摘をされているところでございますが、文部科学省といたしましても、その支援の方策につきまして必要な検討を行ってまいりたい、こう考えております。
#138
○荒木清寛君 ぜひそうした方針を具体化してもらいたいと思います。
 そこで、昨日は参考人の方にもお越しをいただきました。それを踏まえて、残りの時間、論を進めたいと思いますが、一つは、地教行法四十七条の二、指導力が不適切な教員への対応ということでございます。きのうはいろんな四人の参考人の方がいらっしゃいまして、非常に興味深く話を聞きました。納得できる点もあれば、どうかなと思う点もありました。
 その中で、川西市子どもの人権オンブズパーソンの瀬戸則夫さん、この人は弁護士でもあるんですが、その人も来られて意見を開陳されたわけであります。その方が発言をされたことは、指導力不足の教員の転職ということも必要でありましょう、しかしそれに至るまでの手当てというか支援が大事なんだということを言われておりました。いろんな保護者がいます、子供もいろんな考えを持っています、あるいは先生も孤立をしている場合がある、そういう対立をしている場合に、各当事者の話をよく聞いて調整をする中で関係を修復することだってできるわけであると。そういうことをしないで、いきなり不適切であるといって配転をする、転職をしてもらうということは、まさにこれは排除の論理になってしまうと。そうではなくて、私は相互支援と信頼回復の関係づくりが大事だと思うと、ちょっと私の意訳も入っておりますけれども、大要そういう趣旨を言われておったわけであります。
 ちなみに、大臣はきのうの話は聞いていらっしゃったかどうか。この子どもの人権オンブズパーソンというのは、子供、保護者、学校あるいは行政が互いに対立し合う関係ではなくて、子供の最善の利益を共通の目的に、互いに助け合い、支え合える関係になれるようソーシャルワーク的な活動を展開する公的な第三者、市長の直轄機関であるということでございまして、いたずらに行政と対立をするのではなくて、そういう建設的な批判をする中でチェック・アンド・バランスの機能を果たしていくというオンブズマンシステムであります。
 そこで、話はまた戻りますけれども、そういう不適切な指導力不足の教員の転職についても、やはりそうした決断をする前に支援をするシステムというのがぜひ構築できないかというふうに思うわけであります。公明党は、先回も申し上げましたけれども、地域サポート委員会というのを地域と学校と行政を巻き込んでつくったらどうか、そういう委員会が支援をする、受け皿になることも考えられますし、あるいは文部科学省の方では、これは出席停止の局面においてでありますけれども、サポートチームは効果的である、このようなことも再三述べられているわけであります。いろんな形の受け皿が考えられると思いますけれども、この点はいかがですか。
#139
○政府参考人(矢野重典君) 子供たちの健やかな成長を図りますためには、申すまでもなく学校が家庭や地域と連携協力をして一体となった学校づくりを進めることが大変大事であるわけでございます。特に、問題を有する児童生徒への対応、あるいは各種体験活動の積極的な導入に当たりましては、家庭や地域、関係機関と連携協力して対応するための体制づくりが大変重要な課題であると考えているところでございます。
 また、このような体制をつくることは、委員がお話しでございましたように、教員一人一人にとりましても、学級経営等において問題が生じた場合などに、一人で悩むことなく積極的に相談をし協力を得ることによりまして問題の円満な解決が図られることも期待できるところでございます。このため、私どもといたしましては、各地域におきまして、学校が家庭や地域、また関係機関と連携協力して対応するための対応づくりが進められるように取り組んでまいりたいと考えているところでございます。
 そして、このことは、児童生徒の問題行動に適切に対応するという観点からも、こうした地域における学校と関係機関のネットワークをつくるということは重要であるわけでございまして、特に個々の児童生徒に着目して的確な対応を行うために、市町村や中学校区などにおきまして、児童生徒の状況にふさわしい関係機関の職員から成るサポートチームを組織して指導、援助に当たることが大切であるわけでございます。私どもといたしましては、こうした支援システムづくりの応援等の事業について今後積極的に検討してまいりたいと考えているところでございます。
#140
○荒木清寛君 そのネットワークをぜひ今取り上げました指導力が不適切な教員への対応という局面でも十分に機能するように努力をしてもらいたいと思います。
 その同じ参考人が法改正について発言をされましたもう一つが、教育行政相談体制の整備、いわゆる地教行法第十九条八項の問題であります。私はこの改正は非常に時宜を得た必要な改正であると思っています。困ったときにどこに相談をしていいかわからない、あるいはたらい回しにされるということではいけないわけでありまして、教育委員会の指定をする、どこそこに行けば相談に乗ってもらえる、はっきりすることが大事だろうと思っています。
 その上で、ただこの参考人はこういうことを言っておられたわけで、そうした相談体制を教育行政の執行機関で担うことは実情として相当に困難が伴うと、そうしたオンブズパーソンとしての活動を踏まえて言っているわけですね。どうしても例えば学校と保護者と生徒が対立をするというような局面になった場合には、教育委員会はどちらかといえば学校設置者の側というか先生の側に立つんではないかということも含めて、やはり公的第三者機関がそうした相談を引き受けるということが必要ではないか。あるいは、行政、教育委員会の相談窓口は相談窓口として、そうした第三者的な機関が連携をしながら、協力をしながらチェック・アンド・バランスの関係を保つことが大事ではないかと。大要そんな提言であったかと思います。
 私は非常にそれは示唆に富む発言だと思って聞いておったわけでありますが、今回の改正は改正としてしっかりやっていただいて、将来的にはそういう第三者的な機関をいろんな相談の一つの窓口にすると。そういうところと連携をするということも十分考えたらどうですか。
#141
○副大臣(岸田文雄君) 教育行政に関する意見とか要望、こういったものを十分受けとめて学校運営や教育行政に的確に反映していくこと、これはもう当然大切なことであります。御指摘の川西市の子どもの人権オンブズパーソン制度については、こうした取り組みの一つとして子供の人権救済の観点から設けられたものと理解しております。
 従来から教育委員会におきましては、その活動の一環としまして苦情処理窓口の設置について文部科学省としても指導してきたところですが、一層の推進を図るため、今回の法案で教育行政に関する相談窓口を明示する措置を規定することとしたものであります。
 そして、今、先生の方からいろいろ、こうしたものに限らず相談体制を充実させるべきではないかというような御指摘がございました。教育委員会の事務局、これはこうした相談体制の一つの柱にはならなければいけないと思っていますが、学校の教職員あるいはスクールカウンセラー、心の教室相談員、あるいは教育センター、教育相談所といったような専門機関、さらに電話相談等、さまざまな窓口を設けていろいろな形で保護者や地域住民等が相談しやすい体制をつくること、このことは重要であるというふうに思っております。ですから、さまざまな窓口からこうしたいろいろな意見を吸収するよう体制を整備していかなければいけないというふうに思っております。
 どういった体制を組むのか、さらに今、先生の御指摘から第三者機関の設置等のお話がございましたが、そういった具体的な方策についてはそれぞれの自治体で判断するべきだとは思いますが、そういったアイデアもいろいろと取り入れながらそれぞれいろんな窓口をつくっていくこと、これは重要なことだと考えております。
#142
○荒木清寛君 瀬戸参考人が指摘をされたもう一つの点は、学校教育法二十六条、出席停止措置の改善についてであります。
 この点は、参考人がひょっとしたら勘違いをしていらっしゃるのか、あるいはそうでなくてその指摘が正鵠を得ているのか、私もいろいろ考えているわけでありますが、児童の権利条約第十二条に、子供の意見表明権、子供自身の意見表明を十分に尊重することが不可欠であるという、そういう旨の条約上の規定があるわけであります。ですから、この出席停止についても、先ほど申し上げましたような排除の論理ではなくて、まず関係の修繕、修復を図るということが大事だ、私もそう思いますし、先般はそうした趣旨で質問をしたつもりであります。
 そこで、その参考人は、第二十六条の二項を見ると、親の意見さえ聞けば出席停止ができるようにも読めるし、これはちょっと条約に反するのではないかという指摘もしておられたのでありますが、この点はどうなんですか。
#143
○政府参考人(矢野重典君) まず、出席停止に関する今回の法改正によりまして、いじめや暴力行為、授業妨害といった問題行動に適切な対応がなされ、他の児童生徒の教育を受ける権利が保障されますとともに、また出席停止となる児童生徒について慎重かつ適正な手続がとられ、出席停止期間中の指導の充実が図られるなど、その権利保護が図られることになるものでございます。
 このように、本改正は、児童生徒の権利に配慮をしながら、問題行動への一層適切な対応を図るものでございまして、児童生徒の健全な成長、発達を目指す児童の権利に関する条約の趣旨を踏まえたものと考えているところでございます。
 そして、特に御指摘がございました児童の権利条約の、それは第十二条二項の児童の意見の聴取ということにかかわってのお尋ねであろうかと思うわけでございますが、ここでは、権利条約の規定では「国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。」と、こうなっているところでございまして、今回、保護者に対して、保護者から意見聴取ということを義務づけているわけでございまして、こうした措置を通じまして、私どもとしてはこの児童の権利条約に関する条約の規定の要請にこたえた内容になっているというふうに考えているところでございます。
#144
○荒木清寛君 今の答弁ですと、やはり保護者だけから聞けばいいという意味にも聞こえるんですが。
 前回、私が質問をしましたときには、ではどうやって具体的にこの出席停止の手続をとるんですかということを質問しましたら、矢野局長は、市町村教育委員会が出席停止の措置が必要であるとの判断に至りました場合には、保護者や児童生徒から改めて意見聴取を行い、その上で最終的な決定を行う、こういうことになるわけでございますと。ですから、従前から、出席停止にする場合にその生徒や児童の話を聞かないでやるなんということはやっていなかったと思いますし、また今後も、この答弁にあるように、保護者や児童から改めて意見を聴取しというような手続を踏むはずだと思うんですよね。違いますか。
#145
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘のとおりでございまして、出席停止に当たりましては、まず学校では、出席停止に至る一連の指導の過程におきまして、保護者や児童生徒に対して出席停止の趣旨を含め指導内容について説明を行いますとともに、保護者や児童生徒から意見を聞いてきているところでございます。
 そして、今回の改正では、先ほど申し上げましたように、処分の名あて人でございます保護者からの意見聴取を法律上規定したところでございますけれども、実際の出席停止の適用に当たりましては児童生徒から意見を聞くということも、実際の運用としてはそういうことを指導してまいりたいと考えているところでございます。
#146
○荒木清寛君 処分の名あて人というような難しい言葉が出ましたが、そういう意味でこの第二項には保護者ということを明記したと。しかし、実際の運用は局長が今答弁されたようなことになるのでしたら、第三項に「出席停止の命令の手続に関し必要な事項は、教育委員会規則で定めるものとする。」というふうになっているわけでありますから、そういう規則の中で今答弁されたような趣旨を盛り込むように、通知ですか、何かガイドラインを示す等をされたらどうでしょうか。
#147
○政府参考人(矢野重典君) 教育委員会がこの新しい制度を実施する場合にどういう形で委員会規則を定めるかはそれぞれの委員会の判断でございますけれども、今回の、今御指摘のような児童生徒からの意見聴取に関しては、各委員会が規則を整備する際には、その委員会の規則の中にそうした児童生徒の意見聴取に関する規定を設けることも考えられるところでございます。
#148
○荒木清寛君 条約の趣旨からすれば、実際そうしたことをこれまでもやってきたわけでありますから、その辺は各教育委員会において十分正当な判断をされるというふうに思います。
 これはきのうの参考人陳述ではないのでありますが、前から私もちょっと気になりましたことは、いずれにしましても出席停止というのは児童生徒に対する懲戒という趣旨でやるものではない、むしろ他の児童生徒のいわゆる義務教育を受ける権利の保障といいますか、あるいは学校の秩序の維持、そういう意味での処分だということは理解をしております。ただ、しかしながら、出席停止ということは本人にとっては不利益な処分であることには間違いないわけでありまして、そのことについて不服がある場合に訴訟を起こすしかないというのはどうなんだろうという気持ちがあるわけなんです。
 実際、日本の裁判は時間がかかるということはもう有名でありまして、一年も二年もかかって裁判を起こしてそのことを争うとはちょっと思えないわけでありまして、何かそういう行政の手続内での苦情の申し立てといいますか不服の審査というか、そういうことを検討する余地はなかったんでしょうか。
#149
○政府参考人(矢野重典君) お尋ねの出席停止にかかわります事後の不服申し立てについてでございますが、これは当委員会でも何度か御説明申し上げてきておりますけれども、学校において教育等の目的で児童生徒等に対して行われる処分につきましては、これは教育の性質上、一般的な不服審査にはなじまないものでございます。また、出席停止の期間が短期間であるといった出席停止制度の特質を踏まえますと、これは事後の不服審査によるよりも、今回の法改正で規定しております意見聴取などの事前手続によることがより適切であるというふうに私ども判断して、法律上規定を設けていないものでございます。
#150
○荒木清寛君 そうなりますと、いよいよもって出席停止になる前の事前の適正な手続ということにかかるわけでありますから、改正案が成立しましたら、その点の充実が図られますように、教育委員会の規則の制定状況等もしっかり見ていただいて文部科学省において努力をしてもらいたい、そう思います。
 時間がもうなくなりましたのでしり切れトンボになるかもしれませんが、最後に障害者教育について、先々回もお聞きしたわけでありますが、一つだけお聞きをしたいと思います。
 たびたび二十一世紀教育新生プランということが論議をされてまいりました。私はいろいろやらなければいけないことがこの中に盛り込まれていると思いますし、今回の法改正というのはその一つのきっかけであると思います。
 ただ、その中に、ノーマライゼーションあるいは共生社会ということが強調されている割には障害者教育のことについては言及がないわけなのでありますが、これはどうしてなんですか。
#151
○政府参考人(近藤信司君) お答えをいたします。
 二十一世紀教育新生プランは主として教育改革国民会議の報告の提言を踏まえましてことしの一月に取りまとめたものでございます。委員御指摘の特殊教育の問題につきまして必ずしもこの新生プランには盛り込まれていないのでありますが、本プランにおきましては、例えば多様な個性や能力を存分に伸ばすことができる教育システムを導入することでありますとか、授業を子供の立場に立った効果的なものにするなどの基本的な改革の方向を示しておりまして、この視点に立って障害のある子供たちへの教育についても推進をしていくべきものと認識をいたしておるところであります。
 この一月には「二十一世紀の特殊教育の在り方について」の報告書も出されたわけでございますけれども、この報告の内容も踏まえまして今後とも特殊教育の充実に取り組んでまいりたい、かように考えているところでございます。
#152
○荒木清寛君 その「二十一世紀の特殊教育の在り方について」という報告書も私は拝見をいたしました。これは今後どのようなスケジュールでこの改革といいますか、障害者教育の充実についての改革を進めていくんですか。
#153
○政府参考人(矢野重典君) 協力者会議の最終報告では、特に就学指導のあり方についての見直しが提言されているところでございまして、文部科学省といたしましては、この最終報告を受けまして、平成十三年度に必要な制度の見直しを行うことといたしているところでございまして、このため、現在、大学の研究者、医師等の専門家の意見を聞きながら、医学、科学技術等の進歩を踏まえた就学基準の見直しを検討しておりますし、あわせて、就学指導委員会の位置づけの明確化等につきましては、教育委員会や学校関係者あるいは特殊教育関係者などの意見等を聴取しながら具体的な内容について現在検討いたしている最中でございます。
#154
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝でございます。
 私は、まず最初に、ボランティア活動など社会奉仕体験活動について伺います。
 学校教育法及び社会教育法の一部改正の中では、社会奉仕体験活動について述べられております。衆議院では、修正によりまして「社会奉仕体験活動」を「ボランティア活動など社会奉仕体験活動」に改められました。この点につきまして、修正案に盛り込まれているボランティア活動及び社会奉仕体験活動のそれぞれの定義について文部科学省としてどのように認識されているか、伺います。
#155
○国務大臣(遠山敦子君) ボランティア活動といいますのは、一般的には、個人の自発的意思に基づいて、労働の対価を目的とせず、自分の時間を提供して社会のために役に立つことを行う活動であると考えられております。
 また、社会奉仕体験活動といいますのは、社会のために役に立つことをする活動を通じて、社会の本質であります、人々が相互に助け合う関係を学んだり思いやりの心を養うといった社会奉仕の精神を涵養するために行われる体験活動であるととらえられております。
 ボランティア活動といいますのは社会奉仕体験活動に含まれるものでありまして、児童生徒の自発性を尊重した活動であるという点に特色があるものと考えております。
#156
○畑野君枝君 それでは伺いますけれども、社会奉仕の精神を涵養するというお話がございましたけれども、社会奉仕というのはそもそも何でしょうか。
#157
○政府参考人(近藤信司君) お答えいたします。
 今回、社会奉仕体験活動という言葉を使っているわけでございますが、社会、公共のために役に立つことをする活動を通じて、社会の本質である、人々が相互に助け合う関係を学んだり思いやりの心を養うといった、そういう社会のために尽くす、そういう精神を涵養するために行われる体験活動であり、社会奉仕というものはそのように理解をいたしているところでございます。
#158
○畑野君枝君 しかし、一般的には、ボランティア活動というのと奉仕という言葉はいろいろな意見があり、またこの間のいろいろな論議の中では明確に区別されるものだというふうに言われてきているというふうに思います。
 例えばボランティア活動についていろいろと調べてみますと、現代用語の基礎知識では、「ボランティア活動とは、」「他者が生活をしていくうえでの困難や、社会が存続していくうえでの困難、またよりよい地域社会づくりへの必要性に対して、」「個人がもつ内発的な力を発揮する自由な意思に基づく主体的な活動」というふうに述べ、「代表的・基本的な性格としては「自主的・自発性」「連帯性・社会性」「無償性・非営利性」、「先駆性・創造性」」というふうに言われております。全国社会福祉協議会の全国ボランティア活動振興センター所長などによるものだというふうに思います。
 また、世界大百科事典では、「一般市民の自由な意志に支えられた社会的な活動、あるいは各種民間団体の自主的な活動」、「政策主体としての国家の活動よりも、市民・大衆の自発性にもとづく活動を高く評価するボランタリズムの思想に支えられており、個人の自由と独立を尊重する近代社会において出現し発展してきたもの」というふうにその歴史的な経過についても述べております。
 同じようなことはそれぞれ調べてみますと出てまいりますけれども、そういう市民の近代化の中で生まれてきた考え方だというふうに言えると思うんです。
 一方、奉仕についてですけれども、日本国語大辞典では三つ掲げておりまして、一、「神仏・天子・主君・師などにつつしんでつかえること。」、二、「私心をすてて国家・社会や他人のために献身的に働くこと。自己をすてて尽くすこと。」、三、「商品を特に安く提供したりして客の得になるようにはからうこと。」、このようにあります。日本大百科全書や世界大百科事典で調べますと、奉仕という項目はありません。
 つまり、奉仕活動とボランティア活動というのは全く違う概念になっているということです。それを「ボランティア活動など社会奉仕体験活動」というふうに、先ほど含まれる話がありましたけれども、そうするとボランティア活動そのものの本来の意義というのが全く変質してしまう、こういうことになる。全く矛盾に満ちた言葉だというふうに思います。
 これは私が言っているだけではありません。教育改革国民会議で奉仕活動についての議論をリードしてきた曽野綾子さん自身が言っていることであります。
 これは、二〇〇〇年十月の文芸春秋で座談会が行われ、教育改革国民会議のそれぞれの委員が座談をしておられます。その中で曽野綾子さんはこのように言っております。「まず私は奉仕活動とボランティアはまったく別物と考えています。ボランティアというのは」「自発的コミットメントにあたる。」、「それに対して、奉仕はもっと限定的なものです。国家から、義務教育とか健康保険とか国民年金を受け取る反対給付として、義務としての奉仕活動を行なうべきだと、私は考えているんです。」と。ここのところは私とは全く意見が違うし、社会保障に対する考え方も違う、教育のあり方も違うというふうに思いますけれども、ここで曽野綾子さんが言っているのは、奉仕活動とボランティアは全く別物だ、むしろ奉仕というのは狭い限定的なものだというふうに言っているということであります。
 そして、ボランティア活動を進められている専門家の方はどのように述べていらっしゃるでしょうか。
 これは大阪ボランティア協会理事・事務局長さんからいただいたコメントです。「文部科学大臣が国会の審議で、「奉仕は非自発的行為もふくみ、自発的意思にもとづくボランティアより広い概念」といっています。困りますね。それではボランティア活動というものを非常に狭めてしまうんです。ボランティアというのは、老人ホームでの手伝いなどのサービス型の活動だけでありません。問題点を批判し、代案を提案し、運動し、変えていく、などの自発的な社会へのかかわりもボランティア活動なんです。奉仕というのは、今あるシステムの中での「手伝い」です。「ボランティアは奉仕にふくまれる」というとらえ方だと、ボランティアを「手伝い」の中に押しこめることになる。ボランティア活動の中からさまざまな社会参加の活動を排除し、体制側に毒にならないものだけに限定することになりかねません。老人ホームでお手伝いして感謝される。「奉仕」はそこまでではないでしょうか。そこからさらに、「なぜお年寄りは、個室でなく、四人部屋にいるんだろう」と考える。社会で市民として、主権者として生きる意識を育てることが重要だと思うんです。」と、こういうふうに述べられております。
 そして、この方は、いろいろな体験メニューを通じてどういう市民を育てたいか、そこが大事だと。教育基本法では、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者としての国民の育成と言っているけれども、目標が違えば、指示されたことには悩まず従う、言いつけられたことは仕方なくやるという意識を育ててしまうことになってしまうんじゃないか。奉仕という言葉を使うことでボランティア活動から社会に積極的に働きかける側面を抜いてしまうと、今の社会体制に順応する子供しか育ちません。日本の将来をどうするかは政府や役所が考える、でも役所だけでは手が回らないから君らも手伝ってくれ、そしてその手伝いに満足する、そういう市民をつくりたいのではないかなと思ってしまう、こういうふうに専門家の方からは危惧の声が寄せられているわけです。
 このような法律案を出してくること自身が本当にボランティア活動をやっている方たちの願いに反することになっていく、こういうふうに私は指摘せざるを得ません。
 そこで、私、次に伺いたいんですけれども、衆議院の段階で社会奉仕体験活動は評価の対象になることが明らかになっております。それでは、今回ボランティア活動というのが入りました。このボランティア活動は学校教育において評価の対象になるのでしょうか。
#159
○副大臣(岸田文雄君) ボランティア活動につきましても評価の対象になります。
#160
○畑野君枝君 大変な御答弁だと思います。
 評価をしたらボランティア精神に反することになるんですよ。評価する対象にボランティアをしたらどうなるか。だって、先ほどボランティア活動の定義につきましては、大臣からも対価を求めないというふうにも御答弁いただいたわけでございます。
 これは「高校入試 内申UP方程式」という九八年に発行された本です。受験校も推薦基準も内申で決まるということが書かれております。ここではいろいろな全国の県の内申がどのように判定されているかというのが出てきますけれども、ある一つの県ではボランティア活動も点数化されております。全体、学科試験や実技や含めて百二十点満点の中でボランティア活動などは十点、こういう点数化がされております。
 それから、「内申書アップの基礎知識」というのもございます。二〇〇〇年七月の発行の本ですけれども、ここでも、ある県では特記事項まで点数化される、こういうふうになっております。
 この間、我が党の阿部議員も質問をいたしましたけれども、高校学区を廃止していく、こういうふうになれば、一点一点あるいは〇・五点、〇点同士でもスライスハムのような受験競争、そこにこのボランティア活動も点数の中に組み込まれていくことになる、こういうことになるではありませんか。
 さきに御紹介した「内申UP方程式」という本の中では「現在、ボランティア活動を調査書に記入できる県は神奈川県をのぞく四十六県。内申に関係してくるようになって、中学生のボランティア参加が急増している。本来、ボランティアは、自発的な、見返りを求めない行為であるはずなのに、「内申のため」というのはおかしいという声や、以前からボランティア活動に取り組んでいる生徒と、急にやりはじめた生徒とでは評価をどう区別するのかなど、記入をめぐっては混乱も起きている。」ということで、「評価が難しいボランティア活動」と解説をしているわけです。
 これは参考書だけではありません。教育改革国民会議の発言の中でも、二〇〇〇年六月十五日の第一分科会第二回議事録を見ると、このような発言がされております。曽野委員は「学業については評価がおできになるのだろうと思うんです。ですけれども、ボランティアの成果というのは出ないと思いますよ。」「そういうものをどう評価なさるのですか。」と。そして、文部省の担当課長さんが「おっしゃいますとおり、そういうところの評価は非常に難しい。」、こういうふうに評価できないものではないかという議論も出されているわけなんですね。一体どこからわいてきた法案なんだということです。
 きのうの参考人質疑の中でも述べられましたけれども、参考人の方からは、自発的な社会的精神を育てるためには、自治と自発性に基づいて子供たちを社会のさまざまな施設や制度、現実と出会わせなければなりません。そして、子供たちが自分の興味や関心に沿って社会活動やボランティアに参加し、そこから他者の思いや願いに共感しつつ、他者のために生きること、他者に期待される人間として生きることのすばらしさを学んでいくことは大きな意味を持っています。また、そういう中で大人の正義を発見することで大人社会への信頼も回復されていきます。そこでは大人は命令し管理する人間ではなく、社会の問題と取り組み、他者の願いに生きることに自分の生きがいを見出しているすばらしい先輩として接することで子供への教育力を発揮できるのです。この活動の義務化と評価による管理化はこのような本当の教育力を喪失させてしまうでしょうというふうにはっきり述べております。
 こういう点では、それぞれのきのうの参考人質疑の中でも議論になりましたけれども、立場の違いを超えて、やはり教育予算をふやしていく、あるいはゆとりある教育三十人学級を実現していく、あるいは大人もボランティアに参加できてはいないではないかという中で、サービス残業をなくすことを初め、お父さんもお母さんも本当に地域のそうした社会活動に参加できるようにしていく条件を保障していく問題、こういうのが必要だと思うんですね。大人もボランティア活動ができないような状況なのに子供にのみ課していく、これではおかしいという声がきのうも出されたわけです。
 そういう点では、先ほどはボランティアは自発的な活動というふうに言われました。衆議院では社会奉仕体験活動というのは非自発的なものも含まれるというような御答弁もあったかに聞きますけれども、これも全くおかしなことだというふうに私は思います。
 そもそも教育とは何か。自主的精神に満ちた国民の育成を期して行う、これが教育基本法の精神であります。そういう点からも、こういう今回の法案、今御説明を聞いても全く理解ができない、中身としても整合性がないということを私は厳しく指摘をしたいと思いますけれども、いかがですか。
#161
○副大臣(岸田文雄君) まず、ボランティア活動の重要性につきましてはもう先生おっしゃるとおりでございます。
 それで、こうした活動の評価の話ですが、学校の教育活動としてそれぞれのねらいや教育計画に基づいて教師の適切な指導のもとにこうした活動は行われるわけですが、他の教育活動と同様、創意工夫をして評価が行われるということは先ほども申し上げたわけであります。そして、学校教育におけるボランティア活動の評価ですが、そのプラス面を積極的に評価するものでありまして、また活動や指導のあり方の改善に生かすなどしてねらいをよりよく達成するために重要なものであり、評価すること自体が自発性を損なうなどボランティア精神に反するというふうには考えておりません。
 そして、評価の仕方につきましては創意工夫を生かしていかなければいけないと思っていますが、ボランティア活動につきましては、一つは公共性、すなわち社会の一員として自覚を持ち、責任を持って役割を果たしたか、また意欲や態度を身につけたかということ、そしてもう一つは自発性、すなわちボランティア活動の意義を理解し、自発的、積極的に活動したか、その意欲や態度が身についたか、こういった点で評価を行うというふうに思っております。ですから、児童生徒の努力やよりよい点を積極的に評価していくことが大切であると考えておりますし、そういった評価が自発性を損なうなどボランティア精神に反するとは考えておりません。
 そして、今評価につきましては、創意工夫、各学校における計画に沿って判断するというようなことを申し上げたわけでありますが、その評価に当たって、やはり安易に点数化した評価、こうしたものは好ましくないというふうに思っております。しかし、今申し上げましたような趣旨で、ボランティア活動も評価の対象になるということを先ほど申し上げた次第であります。
 そういった趣旨での評価ということでありますので、御理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。
#162
○畑野君枝君 およそボランティア活動の姿を理解して教育の分野で法案を出されているというふうには、私は今の御答弁を聞いても思えません。そういう点でも、きちっと明確な答弁を次回していただきたいというふうに思います。
 例えば、第一番目に伺いました「ボランティア活動など社会奉仕体験活動」、この問題につきましても、それぞれの定義からしましたら「など」ということで接続するような法文などというのは法律としては全くふさわしくないというふうに私は思います。そういう点を含めて御解明していただきたいということを申し上げまして、私は二つ目の質問に移らせていただきます。
 次に、指導が不適切な教員の問題について伺います。
 地方教育行政法の一部改正法律案の中で、同意なしの免職・配転ということに当たって、二つのことが言われております。「一 児童又は生徒に対する指導が不適切であること。」、「二 研修等必要な措置が講じられたとしてもなお児童又は生徒に対する指導を適切に行うことができないと認められること。」というふうに言われております。
 一つ目の「指導が不適切」という問題につきましては、論議の中で、文部科学省として三つの具体例が出されました。一、教科に関する専門的知識、技術等が不足している、二、指導方法が不適切である、三、児童生徒の心を理解する能力やあるいは意欲に欠けるということでございます。
 それでは、二つ目に言われている「研修等必要な措置が講じられたとしてもなお」ということにかかわって伺いたいんですけれども、ここで言う研修というのはどういうものを想定されているのか、そのようなマニュアルを準備するおつもりがあるのか、あれば提出していただきたいということでございますが、いかがでしょうか。
#163
○政府参考人(矢野重典君) 本法案におきます「研修等必要な措置」の研修でございますが、これは都道府県教育委員会または市町村教育委員会が実施する研修、あるいは学校の中で行われる研修でございまして、教員の指導力の向上を目指して行われるものを考えているわけでございます。
 具体的にどのような研修がどの程度行われるのかは、これはそれぞれの教育委員会等において、教員の状況等に応じ種々工夫がなされ適切に対応されるべきものでございまして、国が例えば今御指摘がございましたマニュアルといったような形で一定の中身を示すことは事柄の性格上なじまないものと考えているところでございます。
#164
○畑野君枝君 なぜ出せないんでしょうか。これは法案の重要な部分です。そして、一号の「指導が不適切である」ということは、基準は出されず、具体的な例ということで三つ出されたにすぎません。
 私は、この間の委員会でも申し上げましたけれども、一九六六年のユネスコ勧告の場合でも、教員の勤務について何らかの直接評定が必要とされる場合には、このような勤務評定は客観的なものとして当該教員に知らされるものとするとしております。
 ですから、ここで「研修等必要な措置が講じられたとしてもなお」、こういうふうな法案が出されているのであれば、その研修内容について示されていかなければ、あとは県任せ、無責任だという中身になるではありませんか。いかがですか。
#165
○政府参考人(矢野重典君) この認定というのはまさに個々一人一人のケースに即して認定されるものでございます。そういう意味で、先ほど来申し上げてございますように、どのような研修がどの程度行われるかというのは、まさに個々の教員の状況に応じて種々工夫がなされ適切に対応されるべきものでございまして、したがってそういう意味で一律にこうあるべきだといったような内容のものをお示しすることは適切ではないというふうに私どもは考えているところでございます。
#166
○畑野君枝君 種々工夫と言われました。どういう工夫がされるべきだというふうにお考えですか。
#167
○政府参考人(矢野重典君) それはまさに個々の状況でございまして、教員がどれくらいな経歴を持っているか、あるいはその教員がどういう分野で指導力において劣っているか、そうした状況を踏まえて判断して、それぞれの状況に対応した工夫がなされるべきであるということを申し上げているわけでございます。
#168
○畑野君枝君 全く無責任ですよ。あとは県任せということじゃありませんか。
 では、実際に今研修が行われている県の実態はどうなっているか、私、申し上げます。
 例えば東京都の場合。指導力不足等教員に対してステップアップ研修というのがもう既に行われております。長期、通所、短期の三種類の研修です。
 ある五十歳の教員が指導力不足等教員に判定され、教育委員会の申請により研修を受けております。本人も、子供との接し方が学べるのではないか、授業で子供の心をどう引きつけるのか学べるのではないかということで研修に通うことになりました。ところが、指導力不足の問題どころか、上司の命令に従う義務など公務員としての心構え、東京の人事考課制度の背景など、それも毎回毎回レポートの提出で、まるで初任者研修を受けているようだ、もう研修に通うのは大変だ、そういう中身になっている。
 聞けば、その学校の教師は二人オーバーしていて、二人やめさせなければならないという。これではていのいい退職勧奨じゃありませんか。やめさせるためのアリバイづくりじゃないか、こういう声が現場からは上がっているわけです。
 例えば、なぜ実務研修が必要なのかということで声が出されております。年四回の授業がとても不安。四回、ふだん子供と接していなくてそこに行って、ふだん触れ合いのない子供たちに飛び込みの授業がうまくできるかと大変心配している。あるいはカリキュラム全体が過密である。復帰させないためのアリバイづくりではないかと思われる。こういうことです。
 だから、どんなに努力しても、レポートを書いても、授業をやっても、結局はけちをつけられる。悪いところばかり探しているような気がする。一年間研修を受けましたけれども、やはり職場への復帰は困難という評価が出されて首にされるのではないか。こんな思いで研修に通っているんですよ。
 もう一つ、これはある県の話ですけれども、やはり指導力不足等教員と、文部省が全国の幾つかの県を初め委嘱している中でそのように認定された先生です。
 ある日、県教育委員会の方から指導力不足教員の告知をされる。どう思うかと聞かれて反論したら、教育委員会の方は、この認定をしたことはおかしいと僕も思う、一〇〇%あなたを信じる、やっぱりペーパーで決めるからこうなるんだねと言って帰っていった。それで済んだかと思ったら、その後、教育委員会から研修課題が通知されて、一、組織の中での人間関係について、二、自分でテーマを決めて自分を高める研修をする。抗議をしたらやめさせることもできるんだと、こういうふうに言われた。翌日もう一回話をして、結局月曜日から木曜日は教育事務所で、研修センターですね、あとは教育委員会に行くことになった。
 では、その研修は教育事務所でどのようにやっているか。二つの学校でのてんまつを書けと。一つは、子供のいじめ問題をめぐって校長と意見が対立して、その件の後、異動した数年前のことについて。もう一つは、親戚の子供がいじめられているので、付き添ってその子の学校へ行き担任と話した件。いまだにその件で意識がどう変わったのか書けというテーマが続いているというわけですよ。そして、次に出された課題は、ビアホールと草引きの勤務を命じられた。何がビアホールが関係あるんですか。断ったら、課題と関係があることがわからないのかと県教委の人は言ったと。しかし、引き続き教育事務所で勤務中だというんですね。
 現在の研修のテーマは、三カ月研修して二つの学校の件についてどう思うかというのがいまだにテーマになっている。二つ目は、草引き、ビアホールでの研修が課題とどう関係あるか書けと。レポートは教育委員会が納得するまで何回も書き直しをさせられている。復帰プログラムはないというふうに言っている。そして、県教委のある人は、専門教科の指導力は認める、あなたは正義感をオブラートに包んだらよい、こういう話ですよ。
 何が研修ですか。こんなふうにあなた任せのことを、一方で国が法律をつくっておきながら、実態は教師いじめをやる、復職しないように追い出す、こういうことになるじゃありませんか。指導力アップどころか、ますます指導力不足、指導が不適切な教員を生み出すようなことになるじゃないですか。こんなことを認めることになる。
 違うというのならば、そうした文部科学省の研修に当たっての見解、マニュアルをきちっと出してほしい。私は次のときまでにそれを求めておきたいというふうに思います。これは、同意なしの免職・転籍という教員の地位にかかわることなんですよ。安易にやってもらっては困る。きちっとすべきだというふうに思います。
 それから、この二号のところなんですが、微妙な言い方がしてあるんですね。「研修等必要な措置が講じられたとしてもなお」とあります。これは研修以外どういう必要な措置と考えられているんですか。
#169
○政府参考人(矢野重典君) 法律案の「研修等必要な措置」としては、先ほど申し上げましたように、市町村教育委員会または都道府県教育委員会による研修や学校内における校長や教頭等による指導があるわけでございますが、それ以外考えられますものといたしましては、学級担任を外すなどの校務分掌の変更ということもございますし、それから他の学校への転任といったような措置を想定しているところでございます。
 これも具体的にどのような研修等がどの程度行われるかは、先ほど来申し上げておりますとおり、各都道府県教育委員会において教員の状況等に応じて適切に対応されるべきものというふうに考えるものでございます。
#170
○畑野君枝君 研修の中身も責任を持って言えないどころか、その研修もしないで異動もする。本当にひどいじゃありませんか。
 私、ちょっと確認ですけれども、第一号との関係で、「指導が不適切であること。」ということとの関係で伺いたいんですが、指導が不適切と判定されたら、その指導を回復するための研修は必ず行うのかという問題について、衆議院では、研修を受けなくても同意なしの免職・配転は可能という答弁をされているというふうに思うんですね。これが今の話を聞いてもまさに問答無用の免職・配転になるということじゃないですか。その点はどうなんですか。
#171
○政府参考人(矢野重典君) 児童生徒への指導が不適切な教員につきましては、その措置を講ずる前に校長等による指導や研修が行われていることが一般的でございますから、本法律案に定める要件の一つでございます「研修等必要な措置が講じられたとしてもなお」「指導を適切に行うことができないと認められること。」に該当するかどうかは、既になされたこれらの指導や研修の結果に基づいて判断することも可能な場合があるわけでございます。
 したがって、この要件は、都道府県教育委員会に対して、本措置を適用するに当たり、必ずその際に新たな指導や研修等を行うことを義務づけたものではなくて、これまでの指導等から見て新たな研修等の措置を講じたとしても効果がないと判断できる場合には直ちにこの措置を適用することも可能と考えられるわけでございます。
#172
○畑野君枝君 そうしますと、「研修等必要な措置が講じられたとしてもなお」云々「指導を適切に行うことができないと認められること。」ということは、そういうのが多分やっても変わらないだろうからやらなくてもいいというふうになるということですか。
#173
○政府参考人(矢野重典君) その者のこれまでの研修、指導等から見て、新たな研修等の措置を講じたとしても効果がないと判断できる場合、そういう場合には、この措置を講ずるに際し新たに研修等を行わなければならないということではないということを申し上げているわけでございます。
#174
○畑野君枝君 指導が不適切な問題が解決するわけないじゃありませんか。研修の中身もひどくて、指導力アップにならないで、これまで置いていかれているわけでしょう。そして、判定する側がこの人はやってもむだだなと思ったら、その研修すらしない。いろいろな校務分掌等々の配慮もしなくてもいいと。最初から結果がわかっているような法律案じゃないですか。こんなひどいことはないですよ。
 私、確認しておきますけれども、転職のあきの問題ですけれども、これがない場合にはどうなりますか。
#175
○政府参考人(矢野重典君) 指導が不適切で転職する場合、指導が不適切であるという要件と同時に、適性や知識にマッチした新しいポストがなければこれは転職をさせることはできないわけでございます。
#176
○畑野君枝君 そうすると、あきがないなら転職させることができないということですね。免職することもできないということですね。そうしたら、あきがあったら不適切教員と判定されて免職される、転職されるということじゃありませんか。あきがあるかないかで不適切なのか不適切じゃないのか、ダムの川をせきとめるのか、せきとめないのかという話になるじゃない。こんなのは法律案として成り立たない話ですよ。本当にあきれてしまうような法律案じゃありませんか。
 ですから、結局、同意なしの免職・転籍というのは、転籍先がなければそういう不適切教員としての免職・配転はないと言うけれども、では、結局、転職先がなければ研修センターだとかそういうところに送られると。そこでは何をするかといえば、指導力アップにもならないような研修をさせられるままだと、文部科学省は何にもそれを是正するということも言っていないわけだから。そして、やめさせるためのアリバイづくりもやる、その研修すらしなくてもいい。東京都の場合は、三十一人受けて復職できたのは三人だけですよ。退職せざるを得ないような、指導力アップもできないようなそういう実態があるわけじゃないですか。その実態きちっと改善しなさいよ。
 結局、結論的に言えば、同意なしの免職だけが残るような状況になって、やめざるを得ないじゃありませんか。これは教育現場の教職員に対する文部科学省の対応の仕方ではありませんよ。そういう教職員をつくったら、子供たちにどういうふうに教育の条理を教えることができるんですか。
 さっきボランティア活動の話もしましたけれども、本当に教育というのは手間暇かかるんですよ。強制ではなく、その子が自発的に物事の道理がわかって、納得をして自分でできるようになる大人に成長していく、そのプロセスの積み重ねが大事なんでしょう。だから、一般の公務員と教職員公務員とは法律も違えてある。そういうこともきちっとわからないで法案を出されては困ります。だからこそ、こうした法律案は廃案にしてほしいという声が広がっているじゃありませんか。きのうの参考人の質疑の中でも、党派を超えてそういう問題点、与党からも野党からも出されたところであります。
 私はこの問題を含めて次回引き続き質問をいたしますが、きょう聞いただけでも本当に問題がますます明らかになってくる。徹底的な審議を求めて、私の質問を終わります。
#177
○阿部幸代君 日本共産党の阿部幸代でございます。
 学校教育法の児童の出席停止の要件の法制化に関して質問いたします。
 学校教育法の第二十六条は、市町村の教育委員会は性行不良であってほかの児童の教育に妨げがあるときはその保護者に対して児童の出席停止を命ずることができるとして、つまり現行法のもとでも出席停止措置が可能になっています。今回の法案は新たに、「一 他の児童に傷害、心身の苦痛又は財産上の損失を与える行為」、「二 職員に傷害又は心身の苦痛を与える行為」、「三 施設又は設備を損壊する行為」、「四 授業その他の教育活動の実施を妨げる行為」の四つの行為について、これまで通知で示されていた出席停止の要件を法定化するものになっています。
 今回の出席停止要件の法制化は何を目的として行われるのでしょうか。
#178
○副大臣(岸田文雄君) 出席停止とは、市町村立の小中学校において性行不良であって他の児童生徒の教育に妨げがあると認める児童生徒があるとき、市町村教育委員会が当該児童生徒の保護者に対して命ずることができるとされるものであります。
 出席停止は、義務違反があった児童生徒に対する処罰としての性格を持っている懲戒処分とは異なりまして、他の児童生徒の義務教育を受ける権利を保障するために行われるものであります。こうした目的でこの出席停止制度があると認識しております。
#179
○阿部幸代君 私の質問に答えておられないんですが。
 現行法でも出席停止措置は可能になっています。ところが、今回、なぜ出席停止要件を四つ、今まで通知で示していたものを法制化するのですか。その目的は何ですか。
#180
○国務大臣(遠山敦子君) 今回の改正は、現行もあります出席停止制度に関しまして、一つは要件を明確にするということですね。それから二つ目は、保護者からの意見聴取でありますとか理由や期間を記載した文書の交付を義務づけるなど手続に関する規定を整備する。三つ目には、出席停止期間中の児童生徒に対する学習支援等の措置を市町村教育委員会が講じるということにすることによりまして、出席停止制度の一層適切な運用を図ろうとするものであります。
#181
○阿部幸代君 私は拡大解釈が起こらないか非常に危惧をするんです。具体的に言いますと、要件の二、「職員に傷害又は心身の苦痛を与える行為」、あるいは要件の三、「施設又は設備を損壊する行為」、もちろん緊急避難的な対応というものは必要だと思うんですけれども、こういう要件は必ずしもほかの児童の教育に妨げがあるとは限らないこともあるんですね。私も教育現場にいましたから、ほかの児童の教育に妨げがあるというふうには限らないことがあるんです、特に要件二、三など。
   〔委員長退席、理事松村龍二君着席〕
 日弁連の会長声明でも、「「出席停止」措置は、他の子どもの教育を受ける権利を保障するための最後の手段として教育委員会に認められているものであるが、子どもの学校教育への権利を制限する重大な措置であることを十分に配慮しなければならない。」と指摘しています。
 教育を受ける権利を制限する以上、慎重の上にも慎重を期して行われなければならないと思いますが、どうですか。
#182
○国務大臣(遠山敦子君) 二十六条をしっかりお読みいただきたいと思いますけれども、「市町村の教育委員会は、次に掲げる行為の一又は二以上を繰り返し行う等性行不良であつて他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、」ということです。
 ですから、今おっしゃった「職員に傷害又は心身の苦痛を与える行為」でありますとか、あるいは「施設又は設備を損壊する行為」、これは四つ並んでおりますけれども、それらの一つか二つを繰り返すことによって他の児童の教育に妨げがあると認めるそういう児童、これはちゃんと本文に書いてございますので。
#183
○阿部幸代君 出席停止を受ける子供もそれ以外の子供も、いずれもこれから成長発達を遂げる子供たちです。心身ともに成長発達を遂げる子供たちですから、人間教育的な配慮こそ何よりも必要で、出席停止の拡大解釈など安易な適用は絶対にあってはいけないというふうに考えます。
 このことは確認をしてもよろしいんですよね。
#184
○国務大臣(遠山敦子君) 先ほどもお答えいたしましたように、出席停止の措置が恣意にわたらないようにということで、手続もきっちり定めるようにし、先ほど申し上げたようないろんな配慮を行うことによって適正な運用がなされるようにしていく、それが今回の法改正の目的であります。
 私どもとしましては、この法改正が成立いたしましたら、その内容あるいはその趣旨等についてきちんと各都道府県教育委員会、またそこを通じて市町村の教育委員会に対して指導していきたいと考えております。
#185
○阿部幸代君 私は拡大解釈が大変心配で、もう一度お聞きしたいんですが、拡大解釈のような安易な適用が絶対あってはならないということは確認してよろしいですね。
#186
○副大臣(岸田文雄君) 拡大解釈など安易な適用があってはならない、それはおっしゃるとおりだと思います。
#187
○阿部幸代君 次に、出席停止措置を受ける際に子供の意見を聞くという、この問題について質問します。
 法案は第二十六条第二項で、「出席停止を命ずる場合には、あらかじめ保護者の意見を聴取する」とあるんですけれども、子供の意見を聞くことにはなっていません。これは子どもの権利条約第十二条の意見表明権を全く無視したもので、到底容認できないものです。出席停止を受けるということになれば、子供の意見を聞くことが当然ではないでしょうか。
#188
○副大臣(岸田文雄君) 今回の改正においては、市町村教育委員会は出席停止を命ずる場合はあらかじめ当該処分の名あて人である保護者から意見を聴取することとしております。
 これは、一つには、行政手続法制上、行政処分を行う行政庁が意見陳述の機会を設けることを義務づけられる対象としては処分の名あて人とされており、他の利害関係を有する者については行政庁等の判断により機会が付与されるにとどまるというようなこと、さらには、他の法制上、十五歳以下という発達途上の子供について一律に意見聴取を義務づける例が見られないということ、さらには、児童生徒との関係についていえば、出席停止を命ずるまでの過程において当該児童生徒を指導してきており、事実関係を積み重ねてきていること、こうした諸点を踏まえて、法律上、出席停止を命ずる場合には、市町村教育委員会に意見聴取を義務づけるのは当該処分の名あて人である保護者としたものであります。
 出席停止を講じる際に、当該保護者のみならず児童生徒から意見を聞く機会を持つよう配慮すること、このことは重要だと認識しております。法律上は先ほど申しましたような理由で保護者としたわけでありますが、そうした配慮を大切にする意味から、引き続き指導はしていかなければいけないと考えております。
#189
○阿部幸代君 出席停止を命ずる相手が保護者であるという、そういう法律の仕組み、制度の仕組みからという説明だったというふうに思います。
   〔理事松村龍二君退席、委員長着席〕
 教育を受けさせる義務者の保護者にのみ意見を聴取する機会を保障するのでは不十分だというふうに思うんです。学習する権利が制限され、剥奪されるのは子供です。教育を受ける権利主体としての子供の意見を聴取する機会を法律上保障することこそ、やはり二十一世紀にふさわしい教育のあり方ではないかと思うのですが、こういう基本的な考え方についてどう思いますか。
#190
○副大臣(岸田文雄君) 例えば子どもの権利に関する条約の十二条二項を見ますと、自己に影響を及ぼす行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接または代理人もしくは適当な団体を通じて意見の聴取の機会を与えられるということになっております。これまでも出席停止の措置を適用する際には、当該児童生徒や保護者の意見をよく聞く機会を持つこと、こういったことに配慮をするよう指導してきたところであります。
 今回の改正で保護者からの意見聴取を法律上規定することになったわけでありますが、例えばこの子どもの権利に関する条約の要請と比べましてもこれは十分対応するものだと認識しております。通知等により、こうした本人、児童生徒の意見聴取、これは指導していきたいと思っております。
#191
○阿部幸代君 やっぱり基本的な考え方が、子どもの権利条約を批准した国にふさわしい、二十一世紀の教育行政にふさわしい考え方になっていないというところを私は問題にしているんです。
 先ほどの説明ですとそうですよ。教育を受けさせる義務者である保護者にのみ意見を聴取する機会を保障するわけです、法律上。しかし、肝心の教育を受ける権利主体としての子供の意見を聴取する機会は法律上明記されていないわけです。保障されていないんです。ここが問題だと、こういう考え方が。この考え方についてどうですか。
#192
○副大臣(岸田文雄君) 先ほど処分の名あて人、保護者ということで保護者を規定したと申し上げましたが、そして子供の直接意見聴取が法律上規定されていないことが問題ではないかという御指摘ですが、法律上こうしたものが規定されていないというのはこの法律だけではないわけであります。十五歳以下という発達途上の子供について一律意見聴取を義務づける例は日本の法制上ほかには見られないわけであります。
 それぞれの国内法の手続の中で直接、間接、あるいは他の団体等を通じて意見聴取の機会を与えるというのが子どもの権利条約の中身でありますから、この条約の中身に関しましても、今のこの法律の状況は決して反するものではないと考えています。
#193
○阿部幸代君 私は文部行政こそ先導的な役割を果たしてほしかったなというふうに思っています。
 保護者といってもいろいろですから、それこそ子供の養育能力を本当に持たない、それが乏しい人もいるわけで、教育の条理に立っても私はやはり子供の意見を聞く、そういう機会を保障するべきだったと思います。
 教育の条理という意味では、こういうことがあるんですね。茨城県教育委員会が一週間の出席停止措置をとった生徒の事例を公開しているんです。
 暴力や喫煙、窃盗などを繰り返す中学三年生の男子生徒、仮にA君ということにしますが、学校側は学級担任を通じて指導を続けてきたのですが、なかなか改善されない。職員会議で出席停止という意見があり、A君の保護者に対し出席停止もあり得ることを伝えたそうです。それを聞いたA君は反発して、刃物を振り回す事件を起こしたそうです。学校は出席停止措置をとったそうですが、A君は家出してしまいました。これが概要です。
 この事例の考察で、教育委員会は次のように言っているんです。出席停止を命じたが、リスクの対応策を十分に練った上での措置であったか疑問だ、本人とも十分話し合うことが大切であろうし、その後の家庭訪問や出席停止期間後の学級への復帰等についても十分考慮しなければならないと結んでいるんです。
 この考察でも明らかなように、本人とも十分話し合うことが大切、そこが出発点ではないか、教育の出発点になるんです。私はこのことを強く主張しておきます。
 次に、出席停止の期間の定めがない問題について質問いたします。
 文部科学省の調べでは、一九九九年に出席停止措置を受けている子供で二十一日以上というのも六件ありました。法案の第二十六条では出席停止期間の定めがありませんので、これからどういうことが起こるのか本当に不安になります。法律上は二カ月でも三カ月でも出席停止は可能ということになってしまうんです、期間の定めがないんですから。何らかの期間の定めが当然必要なのではないんでしょうか。
#194
○政府参考人(矢野重典君) 出席停止の期間につきましては、これは学校の秩序の回復、また出席停止となる児童生徒の状況、さらには他の児童生徒の心身の安定、保護者の監護などを考慮して、総合的な判断のもとに決定する必要があるわけでございまして、必要な期間の長短はまさに個々の事例により異なるものであるわけでございますので、そういう意味で、私ども、今回法律上期間の上限を一律に規定することは困難であると考えて、そういうものとしなかったわけでございます。
 ただ、出席停止とする際には、この制度が御指摘のように児童生徒の教育を受ける権利にかかわる処分でありますことから、各市町村教育委員会に対しては、これは従来からでございますけれども、著しく長期にわたることのないように配慮を求めてきているところでございまして、今後ともその線に沿った指導を引き続き行ってまいりたいと考えているところでございます。
#195
○阿部幸代君 やっぱり不安になりますね。理屈としては二カ月とか三カ月とかもあり得るということになりますよ。違いますか。
#196
○政府参考人(矢野重典君) 御指摘のように、机の上の理屈としてはそういうことはあり得るわけでございますけれども、この制度の趣旨、またこれが子供の教育を受ける権利にかかわる大変重大な処分であることにかんがみまして、先ほど来申し上げてございますように、各市町村教育委員会におきましては、その期間の設定については十分配慮の上、適切に定めていただけるものというふうに考えているところでございます。
#197
○阿部幸代君 では、二カ月とか三カ月にはならないのですか。
#198
○政府参考人(矢野重典君) ですから、先ほど来申し上げてございますように、一般論としてそういうことはあるかもしれませんけれども、仮にあるとしてもそれは特別な、よほど何かの事情があるということだと思います。
#199
○阿部幸代君 子供が一カ月も二カ月も、もっと長くもあり得る、そんなに学校に来られない状況が続いたら、もう学習なんか保障されませんよね。どこかに転校することを当てにしているんでしょうか。
#200
○国務大臣(遠山敦子君) ぜひ改正の法律をきちんと読んでいただきたいと思うんですね。
 二十六条一項、二項、三項、四項ございます。例えば四項で、「市町村の教育委員会は、出席停止の命令に係る児童の出席停止の期間における学習に対する支援その他の教育上必要な措置を講ずるものとする。」と。これは今の制度にはないんですね。それは、法律上これは市町村の教育委員会に義務づけている、ちゃんとした支援を出席停止の期間中おやりなさいということを言っているわけです。
 では、何をやるかということですけれども、もう衆議院でも御説明いたしましたけれども、例えば出席停止となる児童生徒については、出席停止期間中にその保護者や児童生徒の状況等を踏まえですから、保護者がきちんとやらない場合にはまたそれはそれで対応するということになりますが、一つは学級担任等の教職員が家庭を訪問し、学習課題を与えて指導をしたり教育相談を行うこと、また関係機関と連携して専門職員の協力を得て指導を行う、この中には児童福祉関係の機関もございましょうし、それから今回新たに考えておりますことは、少年自然の家ですか、そういった社会教育施設をも利用させてもらうというようなことで、その子供にふさわしい環境のもとに手厚く教育指導を行うということを前提にしているわけです。それからまた、同様に「出席停止の命令の手続に関し必要な事項は、教育委員会規則で定めるものとする。」、こういう手続規定もきちんと置くわけです。
 お話を伺っておりますと、出席停止を受ける子供のことについてのみ着目していらっしゃいますけれども、この制度がねらいとするところは一体何か。日本の学校が信頼を置ける、そして親たちが安心をして預けることができる、また学校に通っている子供たちが豊かな教育を受けることができる、そのことを保障しようとしての制度でございます。しかも、出席停止にする場合にはきちんと規則も定めなさい、それからそのフォローもきちんとしなさい、それだけの手当てをむしろ法律上明確に書くことによって、日本の学校が本来ねらいとする目的を達しようとする、そういう改正の目的というのを読んでいただきたいと思うところでございます。
#201
○委員長(市川一朗君) 時間です。
#202
○阿部幸代君 一言だけ。
 どの子も出席停止を受ける子供になり得るからこそ、子供の人権問題として私は重視して質問をさせていただきました。引き続き質問しなければならないと思います。
    ─────────────
#203
○委員長(市川一朗君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、柳川覺治君が委員を辞任され、その補欠として斉藤滋宣君が選任されました。
    ─────────────
#204
○日下部禧代子君 社会民主党の日下部禧代子でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 きょうは、大学改革を中心にいたしましてお伺いしたいと存じます。
 今回提出されております三法案におきまして、大学改革に関する主な事項というのは、大学制度の弾力化、すなわち高等学校を卒業した者でなくても当該大学に入学させることができるという大学入学年齢制限の撤廃、それと、大学院へも飛び入学ができるという学部三年終了からの大学院入学の促進、いわゆる飛び入学ということについてが主な事項でございます。そのほかにも、夜間大学院の問題、名誉教授の称号の問題等ございますけれども、主なものは今申し上げたいわゆる飛び入学についてでございます。
 ことしは教育新生元年の幕あけ、そして二十一世紀教育新生プランの第一ステージというふうにおっしゃっております。それにいたしましては、それを飾るにふさわしい内容とはどうも言いかねるのでございます。
 そこで、教育改革における大学改革というのをどのように位置づけていらっしゃるのか、ここで確認をさせていただきたいと存ずるわけでございます。あわせまして、大学改革の理念、その方針もお伺いできればと存じます。
 大臣、お声が、のどを痛めていらっしゃるようでございまして、非常に心苦しいのでございますが、いかがでございましょうか。
#205
○国務大臣(遠山敦子君) 手短に答えさせていただきます。
 日本が人材大国、それから科学技術立国を目指している中で、大学の果たす役割はますます大きくなっているわけです。ことし一月に策定いたしました二十一世紀教育新生プランにおきましても、大学改革を重点戦略の一つとして位置づけているところであります。このプランの中では、大学改革のための具体的方策としましては、各大学の取り組みで対応可能なもの、あるいは予算措置で対応するもの、法律改正を要するものなどさまざまであったわけでございますが、そのうち今回御審議に供しておりますのは、法律改正事項の一つとして飛び入学が位置づけられているところでございます。
 かねてから大学改革の問題につきましては、一九九〇年代から、大学審議会の議論を通しまして極めて多角的な角度から衆知を集めていろいろ論ぜられておりまして、それは、一つは高等教育の高度化であり、もう一つは大学の個性化であり、そして大学の組織運営の活性化であったわけでございます。それぞれの項目に応じて幾つもの答申がなされました。二十六でございましたでしょうか、数は今明確でございませんけれども。そして、それぞれの段階で必要な手当てが行われてまいったわけでございます。一番大きな改正が、大学については大学設置基準でいろんなことが定められていたわけでございますけれども、その細かい規制を一気に緩和いたしまして、大学における今申しました三つの目的が達成されるように大きな制度改革が行われたところでございます。
 それらを踏まえてもなおかつまだ十分でないものは何かということで御議論をいただいた教育改革国民会議の提言を受けて、今回の改正案で出しているのが飛び入学であるわけでございますが、今後とも、かつての大学審議会や学術審議会の答申でも提言されておりますように、日本の大学については、個性輝く大学づくり、あるいは知的存在感のある国づくりへの貢献というものが求められているところでございまして、これまでの改革の成果を踏まえながら、これからも各大学がそれぞれの特色を生かして発展していくように一層の努力を促してまいりたいと考えているところでございます。
#206
○日下部禧代子君 ところで、六月十一日でございますが、第十回経済財政諮問会議の席上におきまして、大臣は、大学、特に国立大学の構造改革の方針及び大学を起点とする日本経済活性化のための構造改革プランを御説明になられました。この御説明、会議録を拝見いたしましたが、どうもはっきりとしないところがかなりございます。そこで、この際、御説明をさらにいただきたいというふうに思うのです。
 まず第一に、今私が申し上げました二つの案でございますが、御発表の席も席ではございますけれども、どうも唐突の感がぬぐえないのでございます。これが第一点でございます。
 それから、かつての文部省では今まで余りお使いになっていらっしゃらなかった、かなり刺激的な表現が使われているようにも思うわけでございます。例えば「国立大学の再編・統合を大胆に進める。」、「スクラップ・アンド・ビルドで活性化」というような言葉でございますとか、あるいはまた「国公私「トップ三十」を世界最高水準に育成」、「競争原理を導入する。」というような、新聞の見出しのような文字がたくさんございます。
 それを一つずつお伺いさせていただきたいというふうに思うのでございますが、まずこの案につきましては、いつごろから、どこで、どのようなメンバーで議論をされ、そして六月十一日の発表ということになられたのでございましょうか。
#207
○副大臣(岸田文雄君) まず、唐突ではないかという御指摘がありました。
 今回のその方針の発表の背景としましては、経済財政諮問会議において、今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針、いわゆる骨太の方針の検討が行われてきたわけですが、これはかなり速いペースで進められております。そういった中に国立大学のあり方がテーマとして取り上げられたわけであります。
 大学、とりわけ国立大学の改革の方向については文部科学省として大きな政策課題であること、これは言うまでもないわけであります。経済財政諮問会議の議論に所管官庁としての考え方、これはぜひ適切に反映させなければいけないわけでありまして、その必要から、文部科学省の責任において今回の大学の構造改革の方針を策定し、そして今月十一日の経済財政諮問会議に文部科学大臣が出席して説明するとともに、広く一般に公表したということであります。
 そして、この方針はいつごろからどういった手続を踏んで策定してきたのかという御質問でありますが、今回の方針の作成に当たりましては、大臣の指示を受けて省内において事務次官及び関係局の局長等による協議検討を重ねて、最終的には六月上旬に大臣の責任において策定した、こういった形で作成がされております。
#208
○日下部禧代子君 そこで、大臣の諮問会議の席上での御説明の文言、幾つかその真意をお聞きしたいところでございます。
 まず、「来年度を国立大学にとって歴史の転換点とし、」とお述べになっていらっしゃいますが、これはどのようなことを意味するのでございましょうか。
#209
○政府参考人(工藤智規君) 私で失礼させていただきますが、議事要旨をお引きのようでございますが、三つのポイントを御説明した中で、特に国立大学の再編統合に関しましてそのような御発言を大臣がなさったかと思います。
 これは御案内のとおり、戦後、昭和二十四年に新制大学が発足したときは六十九の大学でございました。それがその後、無医大県解消計画に伴う新設医科大学等の新しい大学の設置がございまして、当国会でも御審議いただきながら設置を進めてきたわけでございますが、今日では四年制大学は九十九校になってございます。それを再編統合というのは目的ではございませんで、今までございました国立大学のいい面をもっといいようにしたい、そのために足腰を強くしたい、その方法論の一つとして再編統合を考えていきましょうということで、現に幾つかの大学で御検討中なわけでございますが、そういうことを来年度からでも可能なものは手がけていきたいということを御説明した中で、戦後六十九から九十九までふえてまいりました国立大学が減少に転ずるのは初めてのことでございますので、それをシンボリックな形で歴史の転換点と御説明したものと承知しているところでございます。
#210
○日下部禧代子君 次に、「我が国の発展に結びつくよう、投資対象となるべき大学は」という文言がございますけれども、「投資対象となるべき大学」というこの意味はどのように解釈をすればよろしいのでございましょうか。大学を企業体とみなすということではないと私は思うのでございますが、やはりこれは御説明をいただかねばならない文言かと存じます。
#211
○政府参考人(工藤智規君) 御案内のとおりの財政事情、経済事情でございまして、今の国立大学のままでも、年々予算編成、大変苦労しながら大学の教育研究のバックアップに努めているところなのでございます。
 そういう中で、戦後五十有余年たちまして、各国立大学がそれぞれの地において教育活動、研究活動をやっていただいているわけでございますが、新しい世紀に入ったことでもございますし、これからの各大学のありようを考えましたときに、黙っていれば国費が投ぜられる、あるいは民間から寄附金が集まってくる、そういう時代ではないのではないか。むしろ、各大学の御努力によってそれぞれのバックアップがなされるというある程度の危機意識のもとに、これからの公財政支出に当たりましても、そういう足腰を強くするという施策とともに、各大学の御努力を促しつつ私ども各大学をバックアップしていきたい、そういう趣旨の背景があると理解してございます。
#212
○日下部禧代子君 これは大学が投資対象というふうに解釈をされかねないと思うわけでございます。大学が投資対象になるということは、かなりこれは刺激的過ぎるというよりも、文部科学省の御見解に対しての大きな疑念になりかねないというふうに思うのです。
 次に、「国立大学は、独立行政法人そのものとは違う民間的な経営手法を取り入れた新しい法人にする。」、また「今の公務員とは違う民間的経営形態を考えている。」とお述べになっていらっしゃいますが、これはどういう意味なのか。あわせまして、現在検討されております国立大学の独立行政法人化とはまた違った形のものをお考えになっていらっしゃるのかどうかをお尋ねしたいと存じます。
#213
○政府参考人(工藤智規君) 国立大学の法人化の問題につきましては、経緯は先生も御存じのとおりかと思いますけれども、平成九年十二月に行政改革会議が最終報告をお出しになりました。そこでは、国立大学の独立行政法人化は大学改革方策の一つの選択肢となり得る可能性を有しているが、長期的視野に立った検討を行うべきであるという御提言でございました。
 それを受けていろいろ御議論されたわけでございますが、平成十一年四月には閣議決定がございまして、「国立大学の独立行政法人化については、大学の自主性を尊重しつつ、大学改革の一環として検討し、平成十五年までに結論を得る。」ということでございました。
 そういう経緯を経ながら、現在、法人化問題について検討しているわけでございますが、いずれにしても、この四月から先行しております独立行政法人という形態がございます。その基本でございます通則法というのがございますけれども、私ども、それから大学関係者ともどもの理解は、通則法のままでは国立大学にはなじまない、大学の自主性の尊重あるいは教育研究の府たる大学のありようを考えたときに、もっと別のありようがあるということで検討しているわけでございまして、調査検討会議で昨年から大変熱心な御議論をいただいてございます。
 その御議論の詳細は多岐にわたりますけれども、その設置、運営のあり方につきましては、先ほどお述べになったような、今までの独立行政法人とは違う、それから外部の方々の御参画などいわばマネジメントの強化をしなきゃいけないという基本認識のもとに、民間的経営形態といいましょうか、先行の独立行政法人とは違うしっかりしたものを検討していきたいという方向で今検討中でございまして、そういう方向も踏まえながら、かつ国立大学協会でも先般、特別委員会の中間まとめをしたところでございますが、そちらでの検討の方向も踏まえながら、大臣としてこのような御発言をさせていただいたところでございます。
#214
○日下部禧代子君 それでは、現在まで進められてきました独立行政法人化における御議論と何らその方向が変わるものではないというふうに解釈してよろしゅうございますか。異なったものが考えられているということではないと解釈してよろしいのでしょうか。
#215
○政府参考人(工藤智規君) 国立大学の法人化の方向につきましては、本年の秋口までに中間まとめをいたしまして、その後、関係方面の意見をお聞きした後に年度内には最終報告を取りまとめるという方向で検討が進んでございまして、まだ結論が出ているわけではございません。したがって、これまでの検討の経過を踏まえまして、このような私どもの方針にお示しいたしましたような形、外部の方々の参画も得ながらマネジメントを強化していこうという方向についてはかなり大勢の議論になってございますので、それを踏まえながらお示ししたものでございます。
#216
○日下部禧代子君 わかりました。
 次に、国立大学の構造改革の方針についてお尋ねをいたします。
 これは「活力に富み国際競争力のある国公私立大学づくりの一環として」というサブタイトルが付されているわけでございます。確かに、活力に富み国際競争力のある大学づくりというのは、これは私も反対するものではございません。今まで留学生十万人計画というのがなかなか進まないということの理由の一つに、これは国立だけではございませんが、日本の大学の国際的な評価というものがかなりかかわっているのではないかと思います。国際的に通用する学位というものが日本の大学で取れるような、そういう大学にすべきであるということを私は以前から申し上げてまいりました。したがいまして、いい意味での活力に富み国際競争力のある大学が日本できちんと確立されていくということは私は賛成でございます。
 しかしながら、その中で、これはやはりちゃんとお聞きしておかねばならないなというふうに思いましたことがかなりございます。ここでは、「国立大学の再編・統合を大胆に進める。」と出ておりますが、それと同時に「国立大学の数の大幅な削減を目指す」というふうにも出されているわけでございます。一体この国立大学の削減の議論というのは、どこでどのくらいの期間なされてきた結果このような方針としてお出しになったものでございましょうか。
#217
○副大臣(岸田文雄君) 先生から御指摘がありましたように、活力に富み国際競争力のある大学としてその期待にこたえていくこと、これは喫緊の重要な課題であると認識しております。しかし、現下の厳しい経済あるいは財政状況、あるいは国全体の法人化の流れ、こういったものを考慮しつつ将来へのさらなる発展を目指して各大学の運営基盤を強化するためには、大胆かつ柔軟な発想に立って大学間の再編統合を進めていくこと、これはもう不可欠であると思っております。そういったことから、再編統合あるいはその数の議論にも踏み込まなければいけないと考えた次第であります。
 この議論につきましては、今回、経済財政諮問会議の議論に何としても文部科学省の意見を反映させなければいけないということから、今回の経済財政諮問会議への議論に合わせて特別に関係者との事前の議論は行われてはいないわけでありますが、しかし旧大学審議会における従来の議論ですとか、あるいは国立大学の法人化に関する調査検討会議、先ほど局長からも話がありましたが、こうした検討会議の議論、さらには国立大学協会における国立大学の法人化の検討状況、こういったものを整理した上で、文部科学省の責任においてこうした再編のプランも提出したところであります。
#218
○日下部禧代子君 今の御説明だけではなかなか、ここで突然というような感じを私が持ちましたと申し上げましたけれども、やはり突然というような唐突な感じがどうしてもまだぬぐえないのでございます。
 これは大変重要なことだと思うのですね。大学には今までそれぞれの歴史というものがありますでしょうし、卒業生もいると思いますし、これは机の上での議論ということではなく、そこに卒業した多くの方々の歴史がありますし、大学だけの歴史というよりも、そこの中の人々の歴史もあります。いろいろな大きな問題を抱えていると思うのですが、やはり再編、統合、そして削減というこの三つの言葉から、かなり衝撃を受けた方たちもいるのではないかと思います。であったならば、それに対する根拠はこういうことであると納得がいくような御説明、納得のいくような議論がなされたのだというような、そういう御説明がなされなければならないと思うのでございます。
 削減が必要だということの根拠は厳しい財政状況というふうに副大臣は今おっしゃいましたけれども、もう少しそれを詳しく御説明いただけますでしょうか。削減しなければならない根拠でございます。
#219
○政府参考人(工藤智規君) 先ほど来、副大臣の方からもお答え申し上げましたように、いろんな検討の経緯としては、旧大学審議会等の場で御議論をいただいてございましたし、それから現に幾つかの大学で再編統合の検討が進められているところなのでございます。
 それは、各大学それぞれの御事情もございますけれども、これは再編統合が目的なのではございませんで、それぞれの大学の持ち味を生かしてより大きく発展するためにはどうすればいいか、黙っていてお金がふえるわけでも定員がふえるわけでもなかなかない状況の中で、せっかくある資源を有効に活用しながらより大きく羽ばたくものにしたい、そういうことが私どもにもございますし、各大学にもあるわけでございます。
 私どももそれを御支援しながら、これから二十一世紀に入って五十年どころか百年、十分立派に生き生きと教育研究活動をしていただけるような、そういう基盤の強化を図るための一つの方途として再編統合というのを考えていきたいということでございまして、大胆に進めるとか大幅な削減を目指すというのはいわば結果論でございまして、足腰を強くするプロセス、それからその結果としてこのような大幅な削減がなされるであろうことを目標にしたいということなのでございます。
 いずれにしましても、財政事情が一方でございますけれども、他方でその内実を強化して、より国際競争力のある、活力に富む大学づくりにするためにこういう方法として御提示申し上げたものでございます。
#220
○日下部禧代子君 御発言を少しお気をつけになった方がいいと思います。黙っていてもお金がふえるというものでもなくと、こういう表現というのは、教育問題、特に大学問題を論じますときに口になさるべき言葉ではないように思います。少しお気をつけくださいますように。誤解を受けるわけでございます。局長の真意はどういうところにおありになったか、クエスチョンマークがついてしまいます。せっかくのお気持ちがゆがんでしまいます。ぜひお気をつけくださいますように。
 これは結果論であるというふうにおっしゃいましたが、ここに「再編・統合を大胆に進める。」、「数の大幅な削減を目指す」というふうに出ています以上、これは今おっしゃった意味よりはかなり違った意味にとれるというのではないかと思うのです。その根拠というのは財政状況である、それと同時に、もっと大学の活性化をしたいということだと受けとめたわけでございます。
 そこで、大幅に削減するとおっしゃっておりますけれども、この意味をもう少し具体的に御説明いただきたいのでございます。文部科学省としては、国立大学の適正規模というのはどのくらいだとお考えなのでしょうか。現在、国立大学の数は九十九大学でございます。国公私入れまして六百七十一大学のうち九十九が国立大学でございますが、削減するにはそれなりの適正規模というお考えをお持ちでいらっしゃると思いますし、こういうことだから適正規模はこうだという基準もおありになるというふうに思います。
 それがなければ数を削減するというお言葉は出てこないと思うのでございますが、適正規模はどのようにお考えになっているのか、そしてその基準は何なのかをお示しください。
#221
○政府参考人(工藤智規君) 諸外国と比べますと、国立大学の割合は日本の場合は必ずしも多いわけではないわけでございまして、九十九が多いか少ないかという議論は人によって違うんだろうと思います。
 ただ、私どもの気持ちは、ちょうど新世紀になったことでもございますし、しかも小泉内閣のもとでいろんな側面における構造改革をゼロからでも議論して進めていこうという御方針のもとで各般の見直しが進められているわけでございます。私どもも、これからの国立大学の果たしていくべき役割を考えたときに、足腰を強くしなきゃいけないということでこのように申し上げているわけでございますが、必ずしもあらかじめ適正規模の基準なりスケールなりがあるわけではございませんで、御承知のように、九十九の大学もいろいろでございます。それぞれの大学の再編統合の検討に当たりましては、大学が置かれた地域の状況、あるいは各大学が現在まで抱えております分野構成、さらには教育研究上の特色など、いろいろな側面を総合的に勘案しながら個別具体の検討の中で判断していかなきゃいけないものではないかと考えてございます。
#222
○日下部禧代子君 そこで、再編統合、規模の縮小、地方移管等の検討というその対象の例といたしまして、教員養成系の大学というのが例として示されているわけでございますが、その根拠はどういうところにあるのでしょうか。
 今、議論しています法案審議の中からでも、子供たち一人一人の才能がきちんと芽生え、そしてそれを伸ばしてやるためには、かなりゆとりのある学級経営、一つのクラスの人数を減らしていくというのは大変大きな流れでございます。そういう中で、特にこの教員養成系の大学が対象の例として挙げられているということはどのような根拠に基づくものでございましょうか。
#223
○政府参考人(工藤智規君) 近年の少子化の影響で、教員への就職の状況は、せっかく学生さんたちが教員を志望いたしましてもなかなか就職状況が悪いという状況でございます。今、国公私含めまして約三分の一の希望者に対する就職状況でございます。
 このため、国立の教員養成大学、学部につきましては、平成十年から十二年までの三カ年をかけまして入学定員を約五千人減らしてまいりました。一万五千人体制から一万人体制に縮小してまいりました。その効果が出るのはこれからでございますけれども、いずれにしても、せっかく教職の道を志してもなかなかその思いがかなえられないという状況の中で、量的な意味での対応というのはそれなりに必要なわけでございまして、この五千人削減ですべて対応し切っているわけではございませんが、まだまだ幾つかの課題がございます。
 その一つとして、例えばそれぞれ各県に教員養成系の大学、学部があるわけでございますけれども、現在国立で四十八ございます中で、入学定員が百人以下になってしまった大学、学部が約三分の一になってございます。大変それぞれが小ぢんまりとなってまいりました。小さいのが悪いわけではございませんで、小粒でもぴりりと辛いという言葉がありますように、それぞれが頑張っているわけでございますけれども、教員対学生比で見ますとなかなか効率が悪いとか、教育研究上必ずしもうまくいかない面があるとかという問題もあるわけでございます。
 また、他方で、教員養成の今後のあり方についていろいろ御議論していただいている中で、御案内のとおり、教員養成あるいはすぐれた教師を養成する上では、養成、採用、それから研修という三つのステップがあるわけでございますが、特に公立学校の教師の場合、教育委員会で採用から研修が行われるわけでございます。養成段階から一体として行うのが、戦前がそういう仕組みだったわけでございますが、より合理的といいましょうか、一つの改善策として考えられないわけではないという御提言、御意見もあるわけでございます。
 それやこれや考えますと、教員養成を取り巻く課題というのが多い中で、当然、教員養成の重要性といいましょうか、学校現場で子供たちを指導していただくすぐれた教師養成という意味では、まだまだその重要性は言い尽くせないほどなものでございますけれども、逆に教員養成に携わっておられる先生方あるいは学生諸君がもっと生き生きと教員養成に励んでいただくために、ぽつぽつと、先ほど申したような小ぢんまりした形での教師養成の体制でいいのかどうかというのがかねてからの課題でございまして、目下、省内に設けてございます有識者による懇談会でもその改善方策が検討されているところでございます。その議論の途中経過を先取りした形で例示させていただきましたけれども、相手がある話でもございますし、まだまだ具体的にはこれから御議論いただかなきゃいけないことでございます。
 なお、先ほどお話がございました今後の学級編制、あるいはひょっとしたら教師需要がふえるかもしれない時代への対応としましては、新卒者のほかに、退職された教員の先生方、ベテランの先生方を、高齢者雇用という形でベテランにもう一回、教壇といいましょうか学校で働いていただくような方式でございますとか、あるいは一たん社会人になって社会の経験を踏まえた方々をもう一回採用する方法でございますとか、いろんな方法も考えられるところではないかと思うところでございます。
#224
○日下部禧代子君 今、教育改革、ことしが教育改革元年というふうに言われているときにおきまして、その一番かなめになる教員、これは非常に私は重要なポイントの一つだと思うんです、教員養成というのは。
 先ごろから、有馬先生もそうでございますが、昨日の参考人からも、いかに日本は教育に対してお金をかけないかというお話が出てまいりました。お金をかけねばならないということの中で、教員を養成するというところにもっとお金をかけるということも非常に重要なことではないかと思うのです。百人以下の規模だとなかなか生き生きとした大学にはならないのではないかという御懸念を今お示しになったわけでございますが、小規模であるからこそいい教育の中身ができるということだってあるわけでございます。
 私自身、大学の教師の経験がございますけれども、余り大きな大学でございますと一対一の指導もなかなかできないわけでございます。指導する方が疲れてしまいます。私は、自分が受けましたイギリスの大学におきましての一対一というような指導は非常に私にとっていい経験だったと思います。それを日本で、日本に帰ってまいりまして実行しようと思いましたけれども、余りに学生数が多過ぎて、私の方がへとへとになってギブアップしたということがございます。
 したがいまして、規模の大きい大学にしていく、それは経済的な経営の面からは確かにある種の利点があるのかもわかりません。しかしながら、それだけで考えてよろしいものかどうかという疑問を私はここで申し上げておきたいというふうに思います。
 それから、再編統合ということの対象として、国立大学の単科大学が例として挙げられております。国立大学の中で九十九のうち三十八大学が単科大学でございます。他の大学との統合あるいは地方移管ということが例として出されているわけでございますが、単科大学というのは国立ではもうなくしていこうという御方針なのでございますか。だとすれば、その理由はどういうところにございましょうか。
#225
○政府参考人(工藤智規君) 先ほどの教員養成の話もそうですが、お示ししました方針の中で「単科大(医科大など)」とありますけれども、例に挙げているのは、要らないとか大事でないとかという意味では決してございませんで、先ほど申しましたように、教員養成の重要性というのは口をいかに酸っぱくしても足りないほど大切な分野でございますし、医科大学につきましても、地域医療で貢献しておられますほかに、それぞれのローカルな地にありながらグローバルな教育研究もしていただいているわけでございまして、決して切り捨てるとか大事でないとかいうことではございません。
 それよりもむしろ、今御質問のありました単科大学について申し上げますと、単科大学の場合、比較的規模が小さいわけでございますけれども、規模の大小を別にしまして、単科大学ゆえに学内の合意形成がしやすいとか、あるいは規模が小さいと割とフェース・ツー・フェースで教育研究しやすいとかというメリットもあるわけでございますが、他方で、学問の進歩に応じまして、学際的分野への対応、あるいは学生の能力や関心に対応し得るような教育の幅の広さということに対しては、デメリットといいましょうか弱点といいましょうか、もう少し力を入れなきゃいけない部分があるとか、よしあしの部分があるわけでございます。
 それで、今回申し上げましたのは、単科のメリット、デメリットいろいろあるわけでございますけれども、これからの大学のありようを考えましたときに、教育研究の高度化でございますとか、あるいは学際領域への積極的な展開でございますとか、さらには教育研究資源の重点的投資等々を図り得るように体制を整備することが必要ということの認識に立ったものでございまして、具体的には、個別の大学あるいは場合によっては自治体等の関係方面との御相談をしながら判断していかなきゃいけない課題と考えているところでございます。
#226
○日下部禧代子君 次に、「大学に第三者評価による競争原理を導入する。」というところで、これはやはりセンセーショナルな書き方をしていらっしゃるのですが、これは国立大学だけではございませんで、「国公私「トップ三十」を世界最高水準に育成」すると。これは他の大学を切り捨てるものではないと大臣は諮問会議で御説明をなさっていらっしゃいます。
 しかし、三十の大学に資金をいわゆる重点投資するとお述べになっていらっしゃいますけれども、この三十というのはどのようにして、どこで選定するのかということがまず問題になるわけでございます。今現在では国公私を含めた評価機構というのはまだできていないと私は承知しているわけでございますが、何か新たな評価機構というもの、あるいはまた選考委員会というようなものを設置するおつもりでございましょうか。
#227
○政府参考人(工藤智規君) 御指摘のように、特にアメリカなどに比べまして日本の場合は評価システムを育成していくのが課題となってございます。国立大学につきましては、先般、国会でも御審議いただきまして大学評価・学位授与機構が発足しているわけでございますが、国公私を通じて、どういう形で、しかも多元的な評価が大事でございますから、あちこちでいろんな評価をなさっていただき、それを集約して評価するというシステムの育成が大事だと思ってございます。
 ただ、このトップ三十の育成というのは、あらかじめどこか大学を三十選んで決めてどうのということではございませんで、特に研究面に着目した発想なのでございますけれども、いろんな分野ごとに、その分野もどういう分野の切り分けがいいのかという御議論もございますが、いろんな分野ごとに研究面で世界にいわばトップランナーとして走っていけるような、そういう大学に重点的な投資をしようという趣旨なのでございます。
 三十というイメージは、現在あります国公私の約五%ぐらいのイメージでございまして、必ずしもこれはリジッドなものでございませんで、大学によっては三十を下回る場合もありましょうし、若干上回る部分もあるかもしれません。これも新たにこれから始めるということではございませんで、今までやっていないということではございませんで、これまでも、御案内のとおり、例えば私学助成の中でも特別補助という形である程度各大学の御努力に応じた資金配分をしたりしているわけでございますし、国立大学についても同様の重点的な配分にこれまで努めてきたところでございます。
 これを、いろんな経費の仕組みがございますけれども、できれば来年度の概算要求からでもできるものはやらせていただきながら、いろんな施策がございますので、それをかみ合わせて、総体としてこういうトップグループの育成に力を入れていきたいということなのでございます。
#228
○日下部禧代子君 今回の三法案の中でも、飛び入学という言葉に殊に象徴されますように、いわゆるエリートといいましょうか、そういう形での養成、学生についてもそうでございますし、大学についてもそのように幾つかのトップランナーをグルーピングしていく、そしてそこに集中的に研究費あるいはいわゆる投資をする、それは確かに一つの考え方かもわかりませんけれども、しかしその評価のシステム、評価の基準によっても随分現状は変わってくると思います。現状では、例えば世界の重要な学術雑誌に掲載された論文の数などを見ますと、東大を頂点といたしまして、次に京都、そして大阪大学、東北、九州大学、名古屋大学、次に北海道大学でございますか、そのようにトップはかつての旧帝大と言われている大学でございます。
 今、私は世界に重要な学術雑誌に掲載されている論文の数というふうなことで一つの基準にしてお話ししたわけでございますが、例えばそうなりますと、東大を頂点にしたいわゆる富士山型を八ケ岳型にしようという論議がかつて随分ございましたが、また今度も旧帝大を頂点にしたような、そういう形のヒエラルキーのようなものができ上がってくるとしたら、戦後、我々が受験戦争を何とかなくそうではないかということでやってまいりましたのに、またここでどういうことになるのだろうという大きな疑問と危惧を感じない人はいないというふうに思うのです。
 それと同時に、やはり評価されやすい、あるいはまた成果が目に見えるということになりますと、どうしても自然科学系というようなところに傾斜しがちだと思うのです。しかしながら、学問については、そしてまた社会にとって、人文、それから社会科学系というのは非常に重要なわけでございます。
 そういったことを考えますと、トップ三十というような、これは三十だけではないとおっしゃいましたけれども、何か一つのグループ、いわゆるトップというものをつくり出していくことに関しては、これはかなりさまざまな議論をしなければならないのではないかというふうに思いますが、いかがでございましょうか。
#229
○政府参考人(工藤智規君) 先ほど申しましたように、分野によっていろいろ違ってくるかと思いますし、確かに自然科学系の場合はいろんな指標がとりやすいのでございますけれども、他方で、国全体として考えた場合に、よく引き合いに出されます例としましては、こんなことを言っては語弊があるかもしれませんが、世の中のどういう役に立つかどうかということではなくて、例えばサンスクリットをこつこつとやっておられる研究者の方でございますとか、やはり人類の知の集積として大事な部分があるわけでございまして、人文・社会科学の分野でもそういう意味での目配りは必要であろうかと思ってございます。
 いずれにしても、私どもだけではございませんで、それぞれの分野でどういう分野の切り分けをして、どういう選考、選定をしていくのがベストであるか、有識者の方々と御相談しながら進めなきゃいけないと思ってございますし、折々私ども検討の上、せっかく中教審の大学分科会等の審議の場がございますので、そういう審議の場も活用しながら公平公正に進めてまいりたいと思ってございます。
#230
○日下部禧代子君 国立大学の再編統合をできるだけ加速させたいというふうなお話が出ておりましたけれども、これはいつまでをめどにというふうに今お考えなのでしょうか。今さまざまな場所でというふうにおっしゃいましたけれども、これは国会で論議するというようなこともあるのでございましょうか。
 あるいはまた、大学を再編する、統合するというふうなことは、対象となる大学を受けようとしている受験生にとってもこれは大変な一大事でございます。その保護者にとっても、そしてまた高校にとっても、あるいはまたその大学がございます自治体にとっても非常に大きな出来事でございます。
 このプランを進めていらっしゃるそのプロセスにおいて、今申し上げました受験生や保護者やあるいは高校、自治体、そういった方々のお声をどのような形で反映しようとされているのでしょうか。その点についてお伺いいたします。
#231
○政府参考人(工藤智規君) 再編統合のスケジュール、いつまでにどうかというお尋ねでございますが、先ほど申しましたように、可能なものは来年から一つでも二つでも取り組んでいきたいということで、目下、各関係の大学で検討中でございます。ただ、いつまでにというそのしっぽのことについては今の段階ではなかなか申し上げにくいのでございまして、各大学あるいは関係方面と御相談しながら、今後それをできるだけスピードアップしながら対応してまいりたいと思ってございます。
 なお、そのプロセスの中でいろいろな関係者の意見をよく聞くようにというお話でございました。受験生あるいは保護者といいましてもたくさんいらっしゃいますので、直接そういうカテゴリーではなかなか難しいかもしれませんが、私どもの中央教育審議会の大学分科会、以前の大学審議会が分科会になったわけでございますが、そういう場に各界の代表の方々も入っていらっしゃいますので、そういう方々でございますとか、あるいは現に各大学が置かれております自治体の関係者等にはまた個別に御相談しなきゃいけないことも含めて、できる限り各方面の御意見を拝聴しながら適切に進めてまいりたいと思っております。
#232
○日下部禧代子君 また大臣のお言葉を引用して恐縮でございますけれども、経済財政諮問会議におきまして、「平成十五年には形を見せたいと考えており、方向性については今年度内に明確にしたい」というふうにおっしゃっております。それまでに今のような方々のお声を聞く場ができるのか、あるいはまた中教審での審議ということが考えられているのでございましょうか、もう一度お尋ねいたします。
#233
○政府参考人(工藤智規君) 今のお話は国立大学の法人化の文脈のお話かと思います。
 法人化につきましては、先ほどの経緯も踏まえまして、今年秋口までには中間まとめを、年度内には最終まとめをと思ってございまして、今審議を加速しているところでございます。
 私どもとしては、こういう新しい国立大学法人というのは、国立大学にふさわしいいいものにしたいということでございまして、審議に加わっていただいております関係の方々、特に国立大学の関係者もかなり積極的な方も多うございまして、要はいいものにするんだから早くやろうという大学も大変多いのでございます。
 そういう意味で、私どもも関係方面と結論を得た後、調整しながらできるだけ早く法人化を進めてまいりたいと思ってございますが、その調整あるいはその具体化のプロセスの中で中央教育審議会大学分科会にもお諮りすることになろうかと思いますし、またいろいろな機会に各方面の御理解を得る努力もしてまいりたいと思ってございます。
#234
○日下部禧代子君 今回私が集中的にお尋ねいたしましたこの案というのは、経済財政諮問会議において御発言になったということで、かなり経済効率ということに焦点をお当てになったのかもわかりません。
 しかしながら、やはり再編統合ということも含めまして、活力に富み、国際競争力のある大学づくりということが経済効率とか競争原理というものを導入することを中心にしてしまうということに関して、特に教育の部門であるだけに、非常に私は危惧を持つわけでございます。経済効率あるいは競争原理という一つの物差しだけではかれるものではない、いわゆる量的に換算できないものこそが教育の分野ではないかというふうに思うわけでございます。
 二十一世紀というのは人間の時代だと、人間の復権ということが言われております。そういう中でこそ文部科学省は心の教育ということに重点を置くとおっしゃっているわけでございます。したがいまして、経済効率ということ、もちろんこれは無視できないものでございます。競争ということも無視できないものでございます。しかしながら、そのバランスというものをどのようにとっていくのか、そのことは非常に重要なことではないかと思うわけでございます。
 日本の教育の方向がどういう方向に行くのか、そのことは私たちの次の世代、ということは日本の将来につながってくるわけでございます。そのことをお考えになりまして、これからの本当の意味での、真の教育改革というものを進めていただきたいというふうに思うわけでございますが、大臣のお考えをお聞きしたいと存じます。
#235
○国務大臣(遠山敦子君) 今、日下部先生が御指摘になりましたとおり、大学というのはまさに学術研究の府であり、かつ人材養成の極めて重要な機関であります。その学術の中には、単に科学技術に対応するものだけではなくて、人文・社会科学、それからその中におきましても、必ずしも効率ないし何らかの尺度、スケールに、数値に見合うような分野でないものが含まれているということは当然でございます。大学がその使命を果たすべきことについては、学校教育法の規定その他、私どもは、これまで大学のあり方について極めて本質的な使命というものを十分果たしてもらうという観点から、大学改革についても折々に大学人の意見を聞き、進めてまいったことは御承知のとおりでございます。
 今回、御指摘の点につきましてもう十分過ぎるぐらい十分認識しておりますからこそ、経済財政諮問会議におきましても、経済の側面ということにも対応できるということでそういう説明ないし資料提供というものを行ったわけでございますけれども、その本質部分というものをむしろ将来に向けてさらに活性化して、日本の大学というものが活力ある存在として国際的にも評価され得る内実ある発展を遂げていくことを期待して、私どもとしても、今後そのような観点からこの問題ないし大学改革の問題、教育改革の問題について取り組んでまいりたいと思っております。
#236
○日下部禧代子君 最後に、私はある一人の女性、そしてその彼女の言葉を御紹介して、私の質疑を終わりたいというふうに思います。
 佐藤初女さんという方でございます。七十九歳になられると思います。彼女は青森県の岩木山のふもとで森のイスキアという家をお持ちです。そこには、不登校、いじめに遭った子供、病気の人、いわゆる心の疲れた人、生きる方向を見失った人々がやってまいりまして、そこで憩いと安らぎを持てる、そのような場になっております。
 御承知かと存じますが、龍村仁監督のドキュメンタリー映画の「地球交響曲第二番」で、ダライ・ラマあるいはジャック・マイヨールなどと一緒に彼女の活動が紹介されたわけでございます。アメリカ国際ソロプチミスト協会賞とか女性ボランティア賞など、数多くの賞を受賞されているんですけれども、龍村監督に言わせますと、彼女はごく普通のお母さん、日本のお母さん、アジアのお母さん、そして地球のお母さんだというふうに龍村さんは言っております。
 彼女は食は命だというふうに言っておられます。そして、おむすびを握るのであります。おにぎりとは言いません、おむすびでございます。握る人の心が食べる人に伝わって、特に心に苦しみを持っている人、その人がおいしく感じる、そこで力が与えられるという。イスキアの家というのは心の通じ合える空間を彼女が提供しているだけだというふうに非常に謙虚におっしゃっているのでございますが、彼女の言葉、これは私どもが求めている教育とは何かということを非常に易しい言葉でおっしゃっているというふうに思うので、御紹介をしておきたいと思います。
  心は花と同じです。かたく閉じられたつぼみが、やがて美しく花開くように、開かれた心は輝きを放ちます。しかも、心の花を咲かすことができるかどうかは、本人にあるのです。かたいつぼみをこじ開けたら枯れてしまうのと同じように、誰かの心を無理に開けることはできないでしょう。
  私が「イスキア」を訪れる方たちの話に耳を傾けたり、おいしいお食事を分かちあうのはその方たちの心の花にあたたかい陽を当てたり、豊かな土壌を準備するお手伝いができればと思う気持ちです。そして、私は静かに待つのです。その方の心の花が、ほほえむように咲くことを願いながら。
 この中には、教育というものが、与えるものではない、やっぱりその子その子、一人一人の持っている才能、すばらしいものを引き出してあげることである。そして、子供たち一人一人に自分の持っているすばらしいものに気づくというそのチャンスを与えてあげる、そういうことだというふうに私は思うわけでございます。
 私も、これからの教育改革というものが本当に一人一人の心に大輪の花を咲かせる真の教育改革でありますことを心から祈りまして、私の質疑を終わりたいと存じます。
 ありがとうございました。(拍手)
#237
○高橋紀世子君 高橋紀世子でございます。
 前回の委員会ではっきりとお答えいただけたように思えないので、しつこいですけれどももう一度伺います。
 教育の今日の、登校拒否児がたくさんいたり、いろんな問題があります、この教育の危機を招いたことに対する政治というか政府の責任はどういうふうにお考えでしょうか。
#238
○政府参考人(矢野重典君) 直接的な御質問の答えにはなっていないのでございますけれども、平成十一年度の国公私立小中学校における不登校児童生徒数を見てみますと、全体で十三万人と過去最高となっているような状況にあるわけでございます。不登校の原因や背景はケースによりさまざまでございまして、家庭の問題や学校のあり方、あるいは本人の意識の問題等の要因が複雑に絡み合って発生しているというふうに考えられるわけでございます。
 平成十一年度の文部省の調査によりますれば、本人の問題に起因するものが三六%、友人関係をめぐる問題など学校生活に起因するものが三五・〇%、親子関係をめぐる問題など家庭生活に起因するものが一九・五%など、さまざまな状況にあるわけでございます。
 不登校問題につきましては、どの児童生徒にも起こり得るという視点に立って、学校において教職員が一致協力して対応をいたしますとともに、家庭、地域社会、関係機関と連携協力して早期からケースに応じたきめ細かな対応を行うことが重要であるわけでございます。
 私どもといたしましては、一つには、わかる授業を行い、子供たちに達成感を味わわせ、楽しい学校を実現すること、それから二つには、スクールカウンセラーの配置の拡充や心の教室相談員の配置など教育相談体制の充実を図ること、さらには、不登校になった児童生徒に対し柔軟に対応するために、不登校の子供たちの学校復帰を支援するための適応指導教室の整備の推進などを進めているところでございます。
 私どもといたしましては、今後とも、御指摘の不登校の問題に限って申し上げますれば、こうした問題に今申し上げたような施策を通じて適切に対応をしてまいりたいと考えているところでございます。
#239
○高橋紀世子君 不登校児の数を伺いますと、十三万人と本当にびっくりしますが、子供というのは本当に正直で素直ですから、学校が楽しければ絶対に行ってしまうと思うし、やはりそこに児童や子供たちの自然な流れと違う何かを大人がしてしまっているのではないかと私は思っています。
 変な質問ですけれども、大臣は、教育と教育行政の歴史は、どちらが古いと言うとおかしいけれども、どちらがもともとからあったものだとお考えでしょうか。
#240
○国務大臣(遠山敦子君) 大変哲学的な御質問でございますけれども、教育という営みは古くから、定義にもよると思いますけれども、恐らく人類の歴史とともに古いのではないかと思います。
#241
○高橋紀世子君 今、大臣がおっしゃったように、教育とはもともと人間の営みとともにあったと思いますし、教育行政の歴史はその後からできたものなんですけれども、今、原点の教育が損なわれてと言うとおかしいんですけれども、やはり教育行政との間のことで少し問題というかギャップがあるような気がして仕方がありません。
 教育という営みは人間の本当に本質的なものです。教育に対し行政に役割があるとすれば、それは教育を助けることだと思うんです。その運営主体となることではないと考えます。そのことで伺いたいと思います。
#242
○副大臣(岸田文雄君) 教育の分野における行政の立場ですが、まず国は、実質的な教育の機会均等や全国的な教育水準の維持向上の観点から、基本的な制度の枠組みあるいは全国的な基準の制定、必要な財政援助、そして指導、助言等の役割を担っていると思います。そしてまた一方、地方公共団体は、それぞれの地域の学校の設置主体となるとともに、地域に根差した主体的かつ積極的な地方教育行政を展開し、各学校や各地域の多様な取り組み、こういったものを支えていかなければいけない立場に立っていると思います。要は、行政において国あるいは地方公共団体はそれぞれ今申し上げたような役割分担を担っているというふうに思っています。
 こうした基本的な仕組みを前提としつつ、各学校においてそれぞれの特色ある教育活動を展開していく、これが全体の姿ではないかなというふうに思います。そういった全体の姿の中で、それぞれ国、地方公共団体、行政にも役割があると思っておりますので、その役割を果たしていくことが肝要と考えております。
#243
○高橋紀世子君 私も、なれない六法全書をこの教育のことでこの委員になりましてから見てみますと、やはり小学校も中学校も高校もカリキュラムについては大臣が決めるんだというあれがありました。国が全国にわたってカリキュラムを決める権限を持ってしまっているということは、やはりどうしても個々の学校や個々の先生方の活性化につながっていないのではないかと私は思います。
 教育の運営主体はやはり教室にあると思うんです。なぜなら、生徒と教師のかかわる教室こそが教育の原点だと思うんです。しかしながら、今度決めましたこの三法案の根底に流れる発想は教育の運営主体は行政府であるというふうに言えていると思います。政府が教育の主体者としての立場を手放し、教室にそれを、大変無理があるかもしれませんけれども、返還する時期が来ているのではないか、少々乱暴な思いかもしれませんけれども、そんな気持ちがあります。いかがでしょうか。
#244
○副大臣(岸田文雄君) 国におきましては、要は教育水準の確保あるいは機会均等を実質的に保障するために、教育課程についての大綱的な基準を設けているわけであります。各教室というお話をいただきましたが、こうした各学校はこの基準を踏まえながら特色ある教育を展開すること、これはまさに大変重要なことだと思っております。
 ですから、こうした枠組みの中で、新しい学習指導要領においても総合的な学習の時間が創設される、あるいは選択学習の幅を拡大する、こうした創意工夫が行えるようになっているわけでありますし、また平成十二年四月から学校評議員制度、こうした制度が設けられて、地域の要望や意見に沿った学校づくりが一層図られる、こういったことも進んでいくと考えております。また一方、大きな動きとしまして、地方分権一括法によりまして教育行政の地方分権も進められているところであります。ですから、こういった形において学校現場の主体性というのは確保されるべきではないかというふうに思います。
 また、前段で、先生の方から、カリキュラムを国が決めるのはいかがなものかという御指摘がありました。この点につきましても、教育水準の確保あるいは機会均等の保障、こういったことから基準を定めているわけでありますが、これは国の責務といたしまして、国、社会の形成者として最低限必要とされる資質、能力を子供たちに身につけさせるためにこうしたカリキュラムあるいは学習指導要領というものはやはり必要だと思っております。
 こうしたことは日本だけではありませんで、例えばイギリスにおきましても、サッチャー政権時代に、従来、基準はなかったわけでありますが、コアカリキュラムというような国の基準を策定するという方向に進んだわけでありますし、またアメリカにおきましても州レベルでこうした基準を設けているということであります。
 要は、こうした多様性と共通性のバランスをとっていくことが肝要だと思っております。
#245
○高橋紀世子君 それはよくわかるんですが、でも、でもという言葉は使いたくありませんけれども、登校拒否児の数がどうのこうのでもありませんが、先生もそうなんですけれども、やはり整然と余りにも中央で決めること、それに右へ倣えでやっているその内容が、いろいろ基準があっていいとは思いますけれども、何か主体的に自分たちでやっているんだ、何を勉強するか自分たちで探すんだという気持ちが先生方にもなくなっているし、それから子供たちにもなくなっている。いろいろ決めてするのは、それはレベルをある意味で一定に保つのに必要かもしれませんけれども、人間の一番心にある大切な、自分がやるんだ、目的を持って行くんだという積極的な精神が、やはり今整然と大体科目については全部決められていますし、今度ゆとりといっても、さあ、ゆとりですよ、さあ、総合学習ですよと、どちらかが決めた範囲の中で学校がそれに従うというシステムになってしまっていると思うんです。
 やはり学校側が、もう文部省がどう言っても、これをする、あれをすると、もし何か自分たちで教育を切り開くというような形がとれたら私は画期的に変わるんではないかと思っています。しかし、そうしましたら、教育のレベルという言葉がいいかどうかわかりませんけれども、しばらく混乱したりあれがあるのかもしれませんけれども、私は一度すべてのことを教育現場に任せることをやってみたらどうかしらと思っております。
#246
○副大臣(岸田文雄君) 自分で物事を決める、あるいは自分でやるんだという積極性を持つ、このことは大切なことだと思います。おっしゃるとおりでございます。
 学校の裁量を広げ、学校の自主性あるいは自律性を確立すること、これはもう必要なことだと認識しております。ですから、教育課程の基準の大綱化ですとか弾力化等を行うとともに、例えば教育委員会に対しまして、学校運営に係る教育委員会の許可、承認、報告、届け出等を減らすよう学校管理規則を見直すことや、校長が自由にその使途が決められる校長裁量経費の措置など、学校の裁量の拡大について取り組みを促しておるところであります。
 こうした各学校において創意工夫を生かした特色ある学校づくりが行われる、このことの重要性にかんがみて、今言ったようなさまざまな積み重ねによって学校の裁量権は拡大していきたいと考えております。
#247
○高橋紀世子君 とにかく学校の中から余り多くの登校拒否児が出なくて、もう少し自由な濶達な学校現場が生まれますようにぜひ頑張っていただきたいし、頑張りたいと思っております。
 ありがとうございました。
#248
○委員長(市川一朗君) 本日の質疑はこの程度とし、これにて散会いたします。
   午後五時一分散会
ソース: 国立国会図書館
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