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2001/02/14 第151回国会 参議院 参議院会議録情報 第151回国会 国民生活・経済に関する調査会 第1号
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2001/02/14 第151回国会 参議院

参議院会議録情報 第151回国会 国民生活・経済に関する調査会 第1号

#1
第151回国会 国民生活・経済に関する調査会 第1号
平成十三年二月十四日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員氏名
    会 長         久保  亘君
    理 事         佐藤 泰三君
    理 事         竹村 泰子君
    理 事         但馬 久美君
    理 事         畑野 君枝君
    理 事        日下部禧代子君
                魚住 汎英君
                岸  宏一君
                久野 恒一君
                佐藤 昭郎君
                斉藤 滋宣君
                中原  爽君
                日出 英輔君
                真鍋 賢二君
                吉村剛太郎君
                勝木 健司君
                佐藤 泰介君
                内藤 正光君
                藁科 滿治君
                沢 たまき君
                山本  保君
                西山登紀子君
                大渕 絹子君
                松岡滿壽男君
                戸田 邦司君
    ─────────────
   委員の異動
 一月三十一日
    辞任         補欠選任
     真鍋 賢二君     加納 時男君
 二月二日
    辞任         補欠選任
     佐藤 泰三君     久世 公堯君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         久保  亘君
    理 事
                久世 公堯君
                中原  爽君
                内藤 正光君
                但馬 久美君
                畑野 君枝君
               日下部禧代子君
    委 員
                加納 時男君
                岸  宏一君
                久野 恒一君
                佐藤 昭郎君
                斉藤 滋宣君
                日出 英輔君
                吉村剛太郎君
                勝木 健司君
                佐藤 泰介君
                藁科 滿治君
                沢 たまき君
                西山登紀子君
                大渕 絹子君
                松岡滿壽男君
                戸田 邦司君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        白石 勝美君
   参考人
       慶應義塾大学商
       学部教授     清家  篤君
       株式会社キャリ
       アネットワーク
       代表取締役社長  河野真理子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○理事の辞任及び補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○国民生活・経済に関する調査
 (「少子化への対応と生涯能力発揮社会の形成
 に関する件」のうち、少子化を視野に入れた生
 涯能力発揮社会の形成について)

    ─────────────
#2
○会長(久保亘君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る一月三十日、加納時男君、清水嘉与子君、清水達雄君、長谷川道郎君、柳田稔君及び和田洋子君が委員を辞任され、その補欠として中原爽君、佐藤昭郎君、魚住汎英君、久野恒一君、内藤正光君及び勝木健司君が選任されました。
 また、去る一月三十一日、真鍋賢二君が委員を辞任され、その補欠として加納時男君が選任されました。
 さらに、去る二月二日、佐藤泰三君が委員を辞任され、その補欠として久世公堯君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(久保亘君) 理事の辞任についてお諮りいたします。
 竹村泰子君から、文書をもって、都合により理事を辞任したい旨の申し出がございました。これを許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(久保亘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 理事の辞任及び委員の異動に伴い現在理事が三名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○会長(久保亘君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に久世公堯君、中原爽君及び内藤正光君を指名いたします。
    ─────────────
#6
○会長(久保亘君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国民生活・経済に関する調査のため、今期国会中必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○会長(久保亘君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#8
○会長(久保亘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#9
○会長(久保亘君) 国民生活・経済に関する調査を議題とし、少子化への対応と生涯能力発揮社会の形成に関する件のうち、少子化を視野に入れた生涯能力発揮社会の形成について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、慶應義塾大学商学部教授清家篤君及び株式会社キャリアネットワーク代表取締役社長河野真理子君に御出席いただき、御意見を承ることといたします。
 この際、清家参考人及び河野参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 両参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております少子化への対応と生涯能力発揮社会の形成に関する件のうち、少子化を視野に入れた生涯能力発揮社会の形成について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず清家参考人、河野参考人の順にお一人三十分程度で御意見をお述べいただきました後、二時間程度各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。
 質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくようよろしくお願いいたします。
 なお、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、清家参考人からお願いいたします。
#10
○参考人(清家篤君) 清家でございます。よろしくお願いいたします。
 それでは、皆様方のお手元にレジュメを配っていただいているかと思いますが、「高齢化のもとでの雇用と労働市場」というふうにタイトルがつけられておりますけれども、それに従って、特にその添付された図表等を使いながら少しお話をさせていただきたいと思います。
 これはもう皆様方に改めて申し上げるまでもないわけですが、日本の人口というのは今、世界に類を見ない高齢化をしているわけであります。これを示すのは、よく見られるこの図の1のようなグラフでございます。
 日本の高齢化が世界に類を見ないと言われるポイントは二つございます。一つは、高齢化の行き着く先のレベルが国際的に見て非常に高いということであります。
 その図を見ていただくとおわかりかと思いますが、六十五歳以上の高齢者の比率を国連の定めた定義によって高齢者比率というふうに言っているわけでございますが、現在日本の高齢者比率はほぼヨーロッパの水準に肩を並べておりまして、大体一七%ぐらいでございます。ドイツとかフランスとかあるいは一部の北欧諸国、大体そのぐらいでございますが、一七%ぐらいになっております。
 しかし、これがこの後急速に上昇いたしまして、一九九七年の平成九年人口推計によりますと、西暦二〇一五年には二五・二%と二五%の水準を超えまして、二〇二〇年には二五%をはるかにしのぐ水準になる。その時点で世界のどんな国よりも高齢者の比率が高い国になっていく。
 ですから、今、日本は世界の中で最も高齢化が進んだ国のうちの一つという位置づけでございますが、今から十五年ぐらいたちますともう世界の中で一番高齢化が進んだ国になる。西暦二〇一五年が二五・二%、高齢者比率でございますので、その時点でちょうど人口の四分の一が高齢者になる。その高齢者の比率が非常に高くなる、世界、先進国の中でも最も高い水準になるというのが日本の高齢化が世界に類を見ないものである点の第一点であります。
 もう一つは、その図の1の動きを見ていただくとわかるわけでありますが、日本は戦後、高齢者比率が五%ぐらいの時代から今の一七%まで急速に高齢化を進めてきているわけであります。つまり、高齢化のスピードが非常に速いということであります。
 これも国連の定めた定義でございますが、六十五歳以上の今申しました人口比率、高齢者の比率が七%を超えますとその社会は高齢化社会になったということになっております。英語で申しますとエージングソサエティー、エージという言葉にingという進行形がついた形の社会になるわけであります。
 日本は、一九七〇年の国勢調査、ちょうど大阪で万国博覧会が開かれた年でございますが、一九七〇年の国勢調査でこの比率が七%を超えたことが確認されまして、高齢化社会の仲間入りをしたわけでございますが、今度はこの比率が、これも国連の定めた定義によりますと、一四%を超えますとその社会は今度は高齢化社会ではなくて高齢社会になったと。英語で言いますとエージドソサエティー、エージという言葉にedという完了形がついた形になりますが、高齢社会になるということになっているわけでございますが、日本は、一九九五年の国勢調査、去年の国勢調査の前の小調査においてこれが一四%を超えたことが確認されております。もうちょっと厳密に言いますと、恐らく一九九四年中に一四%を超えていただろうというふうに類推されるわけであります。
 ということは、日本は、一九七〇年の高齢化社会の仲間入りから一九九四年から五年にかけて高齢社会になるまで、ちょうど四半世紀で高齢化社会の時代を卒業しているわけであります。これに対してヨーロッパ諸国を見ますと大体、これはもちろん国によって長い、短いがあるわけですが、五十年前後、半世紀前後かけて高齢化社会の時代を通過して今高齢社会になっているわけであります。
 長い国になりますと、これはフランスなんかが一番長い国の一つでございますが、一世紀以上かけて高齢化社会の時代を卒業して高齢社会になっているわけでありまして、そこから逆算いたしますと、日本の高齢化のスピードは、例えば高齢化社会をどのぐらいで通過したかということで見ますと、ヨーロッパの平均に比べて二倍ぐらいのスピード、フランスなんかと比べますと四倍ぐらいのスピードで高齢化を進めてきたと。それだけ速やかに、しかもドラスチックに人口構造の変化に合わせて社会の仕組み、あるいは雇用の仕組みといったようなものを変えていかなければいけないということであります。
 もちろん、この人口の高齢化というのは日本の経済社会の成功の結果として今我々は経験しようとしているわけであります。というのは、人口が高齢化する理由というのは二つあるわけですが、その二つとも経済の成長あるいはもうちょっと厳密に言うと一人当たりの所得の上昇と密接な相関を持っているからであります。
 一つは、言うまでもないことですが、長寿化が高齢化をもたらします。平均余命が延びていく。一九四七年の人口動態で見ますと、日本人の男性の平均余命、生まれた赤ちゃんが何歳まで生きるかという平均余命が五十歳、女性が五十四歳だったわけでございます。これが、一番最近の人口動態の調査によりますと、男性の平均余命が七十七歳ぐらい、それから女性の平均余命が八十四歳ぐらいまで延びてきているわけですね。ごく簡単に言うと、戦後五十年の間に男性の平均余命が二十五年以上、女性の場合には三十年近く延びてきたと。一年間に直すと、毎年半年ずつぐらい寿命が延びてきたと。これは、冗談みたいなあれですけれども、もし毎年一年ずつ延びたら、これは不老長寿になってしまうわけですけれども、そこまではいかないにしても、毎年半年ずつぐらい寿命が延びてきた。
 これは言うまでもないことでございますが、その間の日本の経済の発展に伴って一人当たりの所得が上昇し、国民の生活水準が高くなってきたからであります。一つには、乳児死亡率が急速に改善されてきた。もう一つは、高齢になってからも手厚い医療や介護を施すことができるようになった。もちろん、壮年期の健康状態も一人当たりの所得の上昇によって格段に改善されたわけでありまして、そういう意味で日本人の寿命が戦後急速に、しかも世界で一番長いレベルまで上昇してきたということは、その間の日本の経済成長の結果というふうに言うことができるわけであります。
 一方、もう一つ人口の高齢化をもたらすのは、最近単に高齢化と言わないで少子高齢化と言うことからもわかりますように、子供の数が減ってきているということであります。これは言うまでもないことですが、いわゆる合計特殊出生率、簡単に言えば出生率が低下してきているということによるわけです。実は、この子供の数が少なくなってくるというのも一人当たりの所得の上昇と非常に密接な関係があるわけであります。
 もう何年か前になりますが、ノーベル経済学賞をとりましたシカゴ大学のゲーリー・ベッカーという労働経済学者、あるいは家族経済学者がおりますが、ベッカーなどが分析した研究が非常に有名でございますけれども、これまでいろんな社会で一人当たりの上昇に伴って、幾つかの例外はありますが、ほとんどの場合に子供の数が減ってきているわけであります。それは、貧しい社会では乳児死亡率が高いために、子供をたくさん産んでも大人になるまで育ちませんので出生率が高くなるということがありますし、もう一つは貧しい社会というのは自営業が中心の社会ですから、子供をつくるということが家の生活といいますか、親にとって子供をつくることがその事業の継承だとか、あるいは若い労働力を得るという意味でも重要だったわけでございます。
 そういう面で、必ず子供をつくるという行動が見られた。しかも、たくさんの子供を産んで、そのうちの一部が育つというようなことが貧しい社会の姿であったわけです。現在でも発展途上国ではそういった状況が見られるわけでありますが、一人当たりの所得が高くなってまいりますと、一つには乳児死亡率が下がってまいりますので、そんなに子供をたくさん産まなくてもみんな大人になるまで育つ。
 それから、基本的には自営業の、農業を中心とするような社会がサラリーマンの社会になっていきますので、子供をつくるということが必ずしも親の生活にとって必需的なことではなくなってくるというようなことで、一人当たりの所得の上昇に伴って子供の数がだんだん減ってくるわけであります。
 日本もまさに戦後そういった姿が見られたわけでございまして、御承知のとおり、終戦直後には日本人の女性の合計特殊出生率が四近くあったわけですが、それがその後急速に二近く下がってきたわけであります。
 しばらくこの二前後、合計特殊出生率二、二というのはちょうど一人のお母さんが生涯に二人の子供を産むということですから人口がちょうど維持される水準ですね。赤ちゃんというのはお父さんとお母さんという二人の日本人から生まれてくるわけですから、お母さんが二人の子供を産んで人口規模がちょうど現在の水準に維持されるわけですが、しばらく合計特殊出生率二という水準が続いておりました。
 そのうちの例外は、いわゆるひのえうまという年に出生率ががくっと下がったわけでございますが、一九七〇年代の前半ぐらいまではこの二前後の合計特殊出生率が維持されていたわけであります。
 ところが、これが七〇年代の前半ぐらいから、あるいは中盤ぐらいからじりじりと下がり出しまして、とうとう、一番新しいデータでは一・三四という水準まで下がっているわけでございます。これは、確かに先進国の中でも出生率の低い方のグループに入っておりまして、若干下がり過ぎではないかというふうに考えることもできるわけでございます。
 ちなみに、政府の人口推計、一番新しい平成九年推計では、これも皆さん方御承知のとおり、人口推計というのは常に三種類の推計が発表されておりまして、将来の出生率を高目に見込んだ高位推計、低目に見込んだ低位推計、そしてその中間の中位推計という形で推計されておりまして、私どもがふだん使っているのは中位推計でございますが、この中位推計が考えている将来の合計特殊出生率というのはたしか一・六一ぐらいまで回復するということだったと思います。一番楽観的な高位推計でも一・八五ぐらいだったと思いますから、二までは回復するというふうには考えていないわけでありまして、一番低い低位推計がたしか一・三八ぐらいでしたので、現在の実際の合計特殊出生率はそれよりもさらに下回っているということになります。
 ちなみに、これも皆さん御承知かと思いますが、人口推計というのは五年置きぐらいに将来推計が改定されるわけですが、最近の例で言いますと、大体、ラフに言いまして、いつでも前の、前回の人口推計の低位推計が次の回の人口推計の中位推計になるというような形で出生率が予測よりもずっと下がってきているということであります。
 どうしてこんなに日本では出生率が下がってきているのか。日本だけではなくて先進国の中でもドイツとかイタリアとかあるいはスペインとか、これもよく、非常に興味深いと言われるわけですが、日独伊というような旧枢軸国ですね、スペインも準枢軸国であったわけですけれども、そういうような国で出生率の低下が先進国の中では特に著しいと。
 これは私の専門分野ではありませんが、人口社会学者の人たちの研究なんかを見ますと、日本とかそのほかヨーロッパでも出生率の低い国というのは、これは非常に皮肉なことですけれども、先進国の中では比較的伝統的な家族観あるいは社会観が残っている国だというふうに言われております。
 もうちょっと具体的に言うと、特に結婚をした場合、家事は主として妻が分担する、あるいは子供が生まれた場合に子育ては主として母親の仕事になる。そういうような男女の伝統的な役割分業観が残っている社会では、一方で経済が発展していきまして女性の進学率が高くなったりあるいは女性がビジネスの場で活躍するチャンスがふえてくるわけですが、そういった役割分業観が残っていますと、女性にとって結婚をしたり子供をつくったりすることで失うものが非常に大きくなりますので、そういった社会では出生率が下がる。その前に婚姻率が下がるわけですが、婚姻率が下がり、出生率が下がるといった現象が見られるというふうに言われております。
 ですから、これは恐らく後で河野先生の方からもお話があるかと思いますけれども、こういった出生率を下げるためには、日本の社会構造自体を相当抜本的に変えていかないと変わりませんので、恐らくそんなに簡単にはこの出生率が回復するというふうには考えられないわけであります。
 したがって、我々は、もちろん長寿化というのは非常にすばらしいことでございますので、この長寿化、少子化ということを前提に人口の高齢化というのは政策的にはそんなに簡単にはもとに戻せないということを前提にして、むしろ人口構造が変わらないのであれば、人口構造の変化に合わせて社会の仕組みの方を変えていく必要があるというふうに考えるわけであります。
 そういった社会の仕組みとして、もちろん一番大きな影響を受けるのが社会保障制度であります。
 例えば、現在の年金制度というのは、皆さん方よく御承知のとおり、いわゆる賦課方式という仕組みをとっておりまして、現役の労働者の納めた社会保険料をそのときの年金受給者の給付に充てるという、もちろん完全にそうではありません、一部積立部分がありますので厳密に言うと修正積立方式というふうに言うかもしれませんけれども、かなりの部分が賦課方式の要素を強めた年金制度になっているわけでありまして、先ほど申したような高齢者が急増する、若年人口が激減するという中では、当然ですが、この保険料等を負担する人口が急速に減って受給をする人たちが急速にふえてくるわけですから、今までの仕組みのままではもたないということで人口推計が見直されるたびに厚生年金等の制度改定が行われて、大体そのたびごとに、当然といえば当然ですが、一人当たりの負担が社会保険料の上昇というような形でふえていく。あるいは、去年の厚生年金法の改正等はかなり将来の給付の抑制を目指したものだったわけですが、高齢者に対する給付の抑制というものを進めなければいけない形になっているわけです。
 しかし、この負担の上昇というのも限度がありますし、また給付の抑制というのも限度があるわけでありますから、やはり我々としてはここでもう一つの第三の道といいますか、を考えなければいけないと。それが、働く意思と能力のある人たちには、特に高齢者あるいは女性の人たちにもっともっと本格的にその能力を社会の中で発揮してもらって、そして結果として社会保険料や税の負担者となってもらうと。社会保障の負担のすそ野をできるだけ広げていくということが大切なわけであります。
 特に高齢者の就労を進める、特に働く意思と能力のある高齢者の就労を進めて、高齢者にもできるだけ長く本格的に働き続けてもらえるような環境をつくるということが、実は少子高齢化の中で社会保障システムといったようなものを維持していくためにも必要なわけであります。
 もちろん高齢者、もう働きたくないという人たちを無理やり働かせるというようなことはよろしくないわけでありますが、ここに実は日本は他の先進国にはない非常に有利な条件があるわけでございます。それは高齢者自身の就労意思が非常に高いということであります。
 皆様方にお配りしたレジュメの図の2というのをごらんいただきたいと思います。これはちょっと見にくくなっておりますけれども、日本とアメリカとドイツとフランス、それぞれについて労働力率というものを年齢別に見ております。それぞれの国に四本ずつ労働力率がありますが、一番左の棒グラフが六十歳代の前半の男性、その次が六十歳代の後半の男性、そして白い方の左側が六十歳代の前半の女性、右側が六十歳代の後半の女性ということでございますが、どの年齢層で見ましても、六十代の前半の女性の労働力率がアメリカと大体同じぐらいというのを除けば、ほかの先進国に比べて格段に日本の高齢者の労働力率というのは高いわけであります。
 労働力率というのは、御承知かと思いますけれども、当該人口に占める労働力人口、すなわち就業者と仕事を探している失業者の合計の比率でありまして、これは国際的に働く意思のある人たちの比率というふうに認められているわけでありますが、これで比べますと、特に六十代の人たちの就労意思が先進国に比べて非常に高いということが言えるわけであります。
 なお、非常におもしろいのは、日本はまだ厚生年金の支給開始年齢が六十歳なわけでありますが、アメリカ、ドイツ等は六十五歳の支給になっておりまして、六十代の前半で引退する人たちは減額年金を、アメリカなんかの場合は六十二歳から公的年金をもらえるわけですが、もらって引退しているという形になります。逆に言えば、日本は年金が六十歳からもらえるにもかかわらず六十代の前半の就労意欲がかなりまだ高いと。こういう国際的に見ても高い高齢者の就労意欲というのを生かして、できるだけ働く意思と能力のある高齢者が働き続けることができるような状況をつくっていくということが大切だろうと思います。
 じゃ、その高齢者が働くか働かないかというような就業の選択はどういうようなもので決まるかということですが、これはちょっともう時間の関係で少し捨象いたしますけれども、一言だけ、その三ページ目のところに表の2というのがございます。
 これは私どもが行った計量経済学的な分析の推計結果でございますが、その説明変数というふうに書かれているもの、例えば年齢とか健康に問題ありとか定年の経験ありとか、中学卒業に対して高校を卒業しているとか大学を卒業しているとか、あるいは首都圏に居住しているとか、年金の受給資格があるとか、そういうようなことがすべて働くか働かないかの要因に、決定に影響を与えるわけであります。
 その右に就業確率関数の計測結果という結果が出ておりまして、数字が幾つか並んでおります。そのうちのマイナスがついている数字はこの説明変数が就業に対してマイナスの影響を与えるということを示しているわけでありますが、例えば定年の経験があるとかあるいは厚生年金の受給資格があるというようなことは統計的に見ても有意に就業の確率を低下させる、あるいは健康に問題があるとかというようなことは有意に就業の確率を低下させる可能性があるということがわかっております。
 ところで、ちょっと話を戻すわけですけれども、働く意思と能力のある高齢者にできるだけ長く働き続けてもらうことが社会的にも望ましいということはわかっているわけでありますが、現実にはなかなかそういうふうにはなっていないわけでございます。特に、働く意思と能力のある高齢者の就労を制度的に一番阻害しているというふうに考えられるのが定年退職制度というものでございます。
 三ページ目の表の1というのをごらんいただきたいと思います。これは厚生労働省の、当時の労働省の雇用管理調査からとったものでございますけれども、一九九九年の欄を見ていただければわかるかと思いますけれども、現在三十人以上の人を雇っている民間企業の約九割に定年退職制度があるわけであります。さらに、一律定年制を、定年制度があるというふうに考えていただければよろしいんですが、一律定年制を採用している企業のうち、やはり九割以上の企業が六十歳を定年の年齢にしております。これは皆様方御承知のとおり、現在は法律で定年制度を設ける場合には六十歳を下回る定年は法律に違反するということになっているわけでありますから、法律の下限のところに定年年齢が今張りついているということになります。
 これもちょっと時間の関係でスキップいたしますが、この定年退職制度というのはそんなに昔からあったわけではなくて、もちろん当たり前のことですけれども、自営業の人には定年制度というのはないわけですから、今から五十年ぐらい前の日本の社会というのは働く人の半分以上が自営業であったわけで、そういう面では働く人の一部に定年制度というのが適用されていた。しかも、いわゆる企業等で働くサラリーマンの中でも定年制度というのは必ずしもすべての企業にあったわけではなくて、大企業等では昔からあったわけでございますけれども、中小企業等においては、例えばこの雇用管理調査なんかを見ましても、第一次石油危機のころは、例えば三十人から九十九人規模ぐらいの比較的規模の小さい企業では定年退職制度がある企業というのはまだ六割以下の水準であったわけでございます。
 定年退職制度というのがなぜ存在するかということでありますが、これは一言で言うと年功的な賃金あるいは年功的な処遇というものと深く結びついているわけであります。簡単に言えば、年齢や勤続年数とともに賃金が高くなるという仕組みですと、企業としてはどこかでその雇用関係を断ち切らないと賃金コストが非常に高いものになってしまう。あるいは年長者は管理職にする、監督職にするというような年功的な昇進・処遇制度がございますと、どうしても一定の年齢でやめてもらわないと後がつかえてしまう、より若い人を処遇することができないというような問題が出てまいります。
 ちなみにもう一つ、日本の場合、企業がこの定年退職制度というものを重視するのは、いわゆる解雇権乱用法理あるいは整理解雇の法理という判例法によって企業が整理解雇等を行うことが非常に難しい状況がある中で、定年退職というのが企業にとって従業員を退職させることができる貴重な機会にもなっていると。
 多くの企業がいわゆるリストラ等で雇用削減したりする場合には、まずやるのは定年退職でやめる人の後を補充しないという形で自然減という形をとるのが一般的でございまして、そういう意味でも定年制度というものが今のところは企業にとって有用であるというようなことがあるわけでございます。
 しかし、これから長期的に考えた場合に、定年退職制度というのが大きな問題を私は持つのではないかというように思います。
 一つは、先ほどの表の2というのをちょっと見ていただきたいわけですけれども、三ページ目のところに表の2というのがあるわけですが、定年を経験するということがこの表の2の結果からわかるわけですけれども、他の条件を一定として、就業する確率を一八%ぐらい、このマイナス〇・一七七四というのは確率にして〇・一七七ぐらい、パーセントに直しますと一八%ぐらい減少させる。つまり、定年がなければもうちょっと働き続けようと思っている人たちが、定年を契機に、他の条件一定のもとで二〇%ぐらい就業を継続する確率を下げてしまうということになるわけであります。
 もちろん、定年後もいわゆる第二の職場で働き続ける人も多いわけでありますが、今度は、働き続ける場合にその人の能力の発揮を定年が妨げているという部分があるわけであります。
 ちょっと一ページ戻っていただきますが、レジュメの二ページ目に図の3というのがございます。これは、六十歳代で働き続けている人たちが五十五歳当時と、要するに一番キャリアの、キャリア職といいますか、一番長年経験した仕事、五十五歳当時の仕事と同一の仕事で働いている比率がどのぐらいあるかというのを見たものであります。ちなみに、これはサンプルを公的年金を受給している者と受給していない者に分けていますけれども、受給している者でも受給していない者でもどちらで見てもいいわけですが、定年の経験のある者は定年の経験のない者に比べて、五十五歳当時と同じ職種で働く比率が統計的に見ても有意に低下しているわけであります。つまり、これは定年を契機に、それまで長年培った経験や能力が必ずしも生かせない職場で働く人が多いということを意味しているわけでありまして、定年が単に就労意欲を減退させるだけではなくて、働き続ける場合にも、その人の本来持っている能力の発揮を妨げる効果を持ってしまっていると。
 先ほど来申し上げているような、働く意思と能力のある高齢者にできるだけ本格的に働き続けてもらうことが大切だというような社会的な目標が長期的にあるとすると、そういった目標に対してこの定年退職制度というのは今言ったような二つのネガティブな効果を持っている。そういう面で、できれば定年を廃止するというような方向に行く必要があるわけであります。
 先ほど申し上げましたように、定年制度のもともとの理由は年功的な賃金あるいは年功的な処遇制度にあるわけでありますから、もちろん定年を廃止するためには年功的な賃金・処遇制度を抜本的に見直していく必要があるわけでございます。
 図の4というのがレジュメの三ページ目のところにございますが、これは男性の標準労働者の年功賃金が過去二十年ぐらいの間にどのように変化してきたかということを示す図でございます。これは去年の労働白書からとっているわけでありますが、これを見ていただきますと、これは大卒の男性の賃金を見ているわけでございますけれども、二十二歳の賃金を一〇〇とした場合の賃金カーブというのは過去二十年ぐらいの間にだんだん確かにフラットになってきてはいるわけであります。こういった年齢を基準としない、できるだけ年齢と賃金をリンクさせないような形にしていくということが定年を見直していくためにはどうしても必要になってまいります。
 また、最近では、管理職のポストをうんと少なくしてフラットな専門能力を重視するような組織を志向している企業もふえておりまして、こういった年齢を基準とした賃金だとか処遇というものがだんだん見直されてきてはおります。しかし、こういった動きがまだ十分とは言えないわけでありまして、こういったものをもっと抜本的に進めていくということが定年をなくすというためには必要になってくるかと思います。
 理論的に言えば、その時々の能力に応じて、担当者として、管理職ではなくてその専門能力で担当者として仕事をしてもらい、そしてその能力にちょうど見合った賃金を支払うという形になっていれば、企業にとって、三十代の人だからコストが安くていいとか六十代の人だからコストが高いとかということはなくなるわけでありまして、真の意味での能力主義、成果主義の賃金、あるいは専門能力本位の組織になってくれば、理論的に言うと定年というものは必要がなくなってくるということでございます。
 もう一つは、日本の企業の場合、先ほど言いましたように、定年退職制度というのが企業が雇用調整をする場合の非常に重要な手段になっておりますので、例えば定年をなくすということになりますと、定年以外の方法で企業が雇用調整をできないと必要な雇用の柔軟性を確保できないということになります。その辺については、恐らく労使が雇用調整のあるべきあり方について工夫をしていく必要があるんではないかというふうに思います。
 最後に、もう時間が来ましたので一言だけ、この定年に加えて最近特に注目されております中高年の失業者の再就職を阻んでいる年齢制限の問題について言及させていただきたいと思います。
 レジュメの四ページのところに表の3というのがございます。これは統計局が行っております労働力調査の特別調査、これ皆さん御承知かと思いますが、二月と八月に労働力調査の特別調査というのを行っておりまして、その中で失業者に対して仕事につけない理由を質問しているわけでありますが、見ていただくとわかりますように、三十五歳以上の年齢層のところでは年齢という要因、この年齢というのは具体的に言うと質問としては求人の年齢と自分の年齢が合わないというものですが、これが再就職できない理由のトップになっているわけであります。四十五歳以上ぐらいになると四割ぐらい、五十五歳から六十四歳では五〇%、二人に一人が理由としてこれを挙げているわけであります。そういう面で、今日本では企業が人を採用しようとするときに何歳までというような年齢制限をつけて採用することが法律的にも認められておりますので、こういった年齢制限があるためにそれが中高年の、特に失業者の人たちの再就職を妨げているという問題があるわけであります。
 こういった問題、定年も含めて抜本的に見直していくためには、皆さん御承知のとおり、アメリカのような年齢差別禁止法、アメリカにおいては一九六七年にエージ・ディスクリミネーション・イン・エンプロイメント・アクトという、略称ADEAというふうに言われておりますが、雇用における年齢差別禁止法というのが初めて制定されて、その後七八年、八六年と改正を経て、現在では四十歳以上の、あらゆる年齢層の、上限なしでですが、あらゆる年齢層の四十歳以上の労働者について年齢を理由として雇用上の差別をしてはいけないということになっているわけです。
 定年退職というのはもちろん年齢を理由とした退職ですからこの年齢差別禁止法に違反するわけですし、あるいは年齢を付した求人というようなものもこの年齢差別禁止法に違反するということで、アメリカの企業はそういうようなことができないと。今、定年なし、あるいは求人についての年齢制限なしでアメリカの企業は問題なくビジネスを行っているわけでございますが、そういった法律が日本でも長期的には必要になってくるんではないかなというふうに思います。
 いずれにしましても、日本は冒頭に申しましたように世界で一番高齢化が進むわけでございます。一方で、先進国の中で最も高齢者の就労意欲が高い国でもあるわけでありますから、私は、日本が一番高齢化する国として、高齢者が、働く意思と能力のある人が活躍できる仕組みというものをつくることができれば、それは場合によっては、先進国の中で、これが日本初のグローバルスタンダードになるかどうかわかりませんけれども、新しいあるべきモデルというふうに世界に向けて発信することもできるんではないか、そういうチャンスも逆に言うとあるんではないかというふうに思っているわけであります。
 少し所定の時間をオーバーいたしましたけれども、私のお話はこの辺でとりあえず終わらせていただきます。
#11
○会長(久保亘君) ありがとうございました。
 次に、河野参考人にお願いいたします。
#12
○参考人(河野真理子君) 河野と申します。諸先生方の前でお話をさせていただく機会をいただいて、本当に光栄に思っております。よろしくお願いします。
 清家先生と違いまして、私は多分自己紹介をしないと何をしているかというのもおわかりいただけないかと思いますので、ちょっと仕事の話をさせていただきます。
 十三年前にパイオニアグループとして、個人と企業のベストな関係を目的としながら企業の人材育成をする会社を設立しました。今、私、今回お呼びいただいて、私の立場でできることは、企業の実情、それから働く個人の実態、そのあたりを踏まえた上で、本当に具体的な何か政策、施策にお役にいただけるようなそんな声を少し上げていきたいと思っています。
 早速なんですが、きょうは簡単にレジュメを配らせていただいたんですが、実はテーマをいただきまして、生涯能力発揮社会、これは私、非常に個人的には重要な、日本の最重要課題と個人的な見解で失礼かもしれませんが、思っています。具体的には、マクロ経済、ミクロ経済の経済問題と、少子化対策とは言えないかもしれませんが、少子化。それから、実はちょっと後でお話ししますが、教育関係も含めて、青少年の十七歳問題等ございますが、生きる力の源ということも含めると教育関係にも関係する重要課題だと思っています。そんなちょっと視点を持ちながら少しお話をさせていただきます。
 私は、実は仕事上、生涯能力開発のことを人材育成、能力開発と言っておりますが、昨今、キャリア開発という言葉をよくお聞きいただいているんではないかと思うんですね。実は、能力を幾ら開発しても現場で使えなければということもありまして、能力を開発して、キャリアを開発して、そのセットでということを一つ今労働市場では考えていることです。
 具体的にこのキャリア開発、能力開発も一緒と思っていただいてもいいんですが、二つに大きく分かれると思います。一つは、広い意味での生涯にわたる、そして自営も農業、漁業も含め、広い意味で自分自身の職業観ということを含めたキャリア開発。もう一つは、今一番課題になっております企業に働く個人、特に実はホワイトカラーなんですが、六十歳までとは言いませんけれども、定年まで真っ当に働き続けることができるかという、激変の時代の中でのキャリア開発と、こういうふうに二つに分けて考えることができると思います。
 仕事で私が直接関係しておりますのは後者で、企業向けにキャリア開発の仕事をさせていただいていまして、具体的にはセミナー、それから個別キャリア相談ということで、キャリア開発、能力開発のお手伝いをしています。ただ、三十代、四十代の個別相談を受ける中で、企業が六十歳までを定年としたとしても、それ以降、七十歳まで働き続けなければ子供は短大すら出せないという男性の声が多いです。
 そういうふうに考えると、やはりキャリア開発というのは、とりあえず今いる企業の中で活躍できるというのがまずベースとは思いますが、当然のことながら生涯にわたり、生涯現役でいたい方、または現役までいかなくても六十以降ある程度活躍したい方、それぞれの価値観によって自由に選択し、そして自分自身の生活を、生活というのは経済的な問題ですが、自分自身で確保できるようなそんな社会を若い三十代、四十代の男性が望んでいるように思います。後でちょっと年代別のお話はしようと思うんですけれども。
 そんな意味で、清家先生が大分、私が書いたレジュメの最初の方はお話ししてくださいましたので、その中でそこで個人がどんな考えを持っているかというところだけ触れていきたいと思います。
 まず、少子、高齢一緒に来ています中で、企業の雇用の問題、雇用環境ですとか慣行とか言われますが、ついてきていません。ちょっと後で細かいことは御説明しようと思うんですが、例えば私も定年六十五歳ですとか選択制で六十五までいられるですとかさまざまな意見は賛成ではありますが、逆にそこの中で教育面または働き方の多様化、コースの選択の面、さまざま手間暇かかる大変なことなんですね。今まである程度レールが引かれた中で企業がモデルをつくって、上を見れば下がついていける、そんなふうにつくってきていますので、やはりこの百年で四十歳延びたと書きましたが、寿命が延びて人口構造が変わっている中で、一番ついてきていないのが雇用の現場ではないのかという気もしております。
 ただこの裏には、企業の実情というのをぜひ知っていただきたいんですが、今、最近、企業の景気というか、数字的にはいい点が出てきていると思うんですが、中を見れば合併、分社化、それから継続的リストラクチャリングの推進、これは首切りという意味ではなくて、カンパニー制にするですとか、それから一つ一つの制度がもう年功序列ではないと。逆にそれがいいことではあるんですけれども、成果主義に変わっていく中で具体的には個人の給与が減っているですとか、さまざまな先の見えない景気低迷社会に対して企業も努力をして黒を出し、個人はかなり、昔、滅私奉公と言いましたが、それ以上に特に三十代、四十代が張りつき型で頑張っているからこそ今やっとプラマイゼロくらい、営業利益ぎりぎりプラスというような形が出てきているように思います。
 その裏の個人の話をさせていただくと、正直なところ雇用不安です。これは、五十代、六十代の方々は何とか今の既得権でそのままいかれるんですけれども、一番課題になるのが三十代、四十代で、たまたまこれが、これからお子さん二人目どうしようですとか子供の教育をどうしようというような方々なんですね。その方々が具体的に雇用が不安と。
 今、例えばカンパニー制のカンパニーが分社化されますと、そこで転籍ということが起こっております。もちろん出向から、その後、本人の意向を聞いて転籍ということになるんですが、本社よりも例えば待遇が若干悪くなるですとか、さまざまな個人には課題が課されています。
 そうなりますと、雇用不安、経済不安、老後の不安とさまざまな不安がありまして、ちょっと先ほど申し上げた家庭内での精神的な問題、子供への精神的なストレス、そういうこともリンクしているかどうか、そこまでは研究しているものではございませんけれども、ないとは言えないんではないかと思います。
 そして、ちょうどこの現役世代がやはり少子高齢化の真っただ中にいるということはよく言われることなんですが、ちょっと考えていただくと、ITというか、具体的に、パソコンに向かってお客様とつき合えて、それから今度ちょっと英語がかじれてとか、そういうことを考えると、この現役世代が一番先ほど申し上げた張りつくタイプでして、残業手当がどうのということ以前に家に帰る時間は少なくなります。
 実は、よくそれは少子化での育児の面で言われるんですが、私は、それ以上に重要なのは、インプットする時間ですとか勉強する時間がない、学習の面でですね。これから生涯学習時代だと言われる中で、一番インプットが重要である三十代、四十代に自由時間がない。通産省でも自由時間政策の研究等をやっていただいていたようですが、そのあたりも含めるともう少しこの三十代、四十代の働き方ということを企業も考える必要があると思います。
 早速そこで、「変化する労働市場」と書かせていただいたんですが、私は今、これからの時代はキーワードは三つだと思います。
 よく言われる雇用流動化なんですが、私は欧米並みに流動化するとはもちろん思っておりません。先ほど清家先生が日本がある大変いいモデルとしてというふうにちょっと違う角度のことをおっしゃいましたが、角度というか違う分野でおっしゃってくださいましたが、私もさまざまな面で今海外を見ながらも日本モデルをつくることが一番重要だと思っています。
 例えば、雇用の流動ということを考えると、若干の流動化、流動する職種ですとかが、どういうところが流動化する層なのか。流動化した人にはした人なりのきっちりとした評価ですとか処遇ということを人事としてつくらなければいけない、そんな課題もあるんですが、日本型の若干の流動化。
 それから、雇用形態は確実に多様化しています。
 それから、就業コースの多様化と書きましたのは、これは正社員としての働き方の多様化です。簡単に言いますと、管理職になったけれども、管理職を一度おりて専門コースに行くですとか、それから、ちょっと今度は違う角度ですが、エリア採用という形を今とるところが多いんですけれども、地域限定で働くとか、今までは能力の高い人は企業の言いなりでということが確かにあったんですが、今、能力が高い人でも少子高齢社会、核家族世代の事情で地域限定ということを望む人もふえました。十年前に、一般職の採用をしたときに男性が並んだということは聞いたことがおありだと思います。地域限定で働く一般職採用、女性枠とよく言われましたが、そこに男性が並んだ。その人たちがそろそろ三十代、四十代になってくるんですね。
 そのあたりで、これからは雇用流動化、雇用形態多様化、就業コースの多様化というようなことがベースになると思います。
 ちょっとこれはお手元に参考資料として一番をつけさせていただいたんですが、実は今人材関係で執筆中の私の手元資料でして、ちょっとお出しするのにはまだ中身が練り切れていない点があったんですけれども、今回、人材育成ですとか能力開発というのを考えるに当たって、どうしても企業と個人の関係ですとか、あとそれぞれの採用から評価等を含めて今後どうなるかというこの変化を押さえないとこれからの能力開発というのはちょっと落とし込めていかないのではないかと思いまして、まだまだちょっとこれはお出しするのには恥ずかしい点も、個人的な手元資料なんですが、御参考にしていただければと思います。
 まず、一番大きく変わりますのが企業と社員の関係です。今までは企業も社員に頼っていました、言うなりになってくれるだろう。参考資料の1の一番上を見ています。それから、社員の方も、この会社で頑張っていれば生活給として賃金は保障されると思っていました。それが、これからは独立した個人と、それから企業の方はその人のキャリアを買う、能力を買うとかということになりまして、お互いに対等な立場でつき合うように時代がなっていきます。それに伴って、採用ですとか雇用の期間ですとかさまざま変化が出てきます。
 私たち、私たちというのは働く個人として私たちと言ってしまうんですが、こういう変化をよくわかった上でどういう能力を開発するかというのを個人でプランニングしていかないと、もう先輩像とかレールがないということです。逆に、こういうことを企業が責任を持って伝えていく、または行政がサポートして意識改革をしていただく、そんなことがこれからまず大事。その後、具体的なプランニングのお手伝いをしていくということが重要なのではないかと思っています。
 ちょっと続けさせていただきます。
 そうなりますと、本当に現実的な実情を踏まえた上でのキャリア開発ということになるんですが、もう今は余暇という言葉もなくなり、趣味という言葉も消えうせてはいないんですけれども、六十歳以上の方々にも活躍していただかないといけない。逆に言うと、企業の現場は、正社員では採れないけれども、嘱託的に六十以上の方々に年収、例えば百五十、二百ぐらいで手伝っていただければありがたいというところはございます。そうなると、お互いの需要と供給の問題で、人事制度を複線型にしていくことで、もう少しミスマッチがマッチングしていくこともあるかと思います。
 さてそこで、今度は「一人一人の存在価値を高める「キャリア開発」」と書かせていただいたんですが、少し個人の視点でお話し申し上げたいと思います。
 個人になりますと、今まで日本では自立のための教育ですとか、例えばキャリアについて言いますと、自立キャリアとか、自分自身でこんなキャリアビジョンを持つですとか、こんな仕事をしたいというふうに企業に申し入れることは逆に余り許されなかったというか、そういうことを教育もされていないし、企業の中でも何がしたい、かにがしたいというふうに言うこと自体が余り望まれていなかったように思います。ただ、これからは、会社が変わってきていますので、何ができるのか、何をしたいのかというふうなことをはっきり個人が意見を言っていく時代になります。
 ただ、そのあたりで考えていきますと、まだまだ個人が気づく場というのは与えられていないように思います。どうしても現場にいますと、今ここで頑張らなければ課長にはなれないという三十代、四十代、またはここで頑張っておかないと本社には残れないですとか、やはり現場現場で考えておくために、汎用的なスキルとか汎用的なキャリアというのがちょっと意識から外れるんですね。そういう意味では、これからは長期ビジョンでの人生設計を個人が考える、または考えさせる、そんな機会を与えることがまず重要だと思います。
 そういう意味では、男女で平均して八十歳に寿命がなりますので、キャリアビジョンを長期で考えさせる中に、今雇用されている企業の中でのキャリアを考える、そんな二段構えでのキャリアの見方を個人にしていくことがとても重要だと思います。
 去年だと思いますが、国民生活白書で選職の時代という堺屋先生のフレーズで発行されたのがございました。私もその前の年にこちらの生活の研究会を委員としてさせていただいていたんですけれども、実はあのテーマを見ていたときに、まさに重要だけれども、まだそこまで選職できるほど個人が伸びていないし、選択できるくらいキャリアは確立していないというのが直観でした。そんなことを考えると、少なくとも二〇〇五年あたりまでには、これから個人がキャリアビジョンを持つということが重要になっていくと思います。
 ここで、少子高齢化の課題とリンクさせていただきますと、幾らキャリアビジョンを持ってこういう仕事をしたいと言っても、今できない現実があります。昔は何とかできました。やはり私の父親の世代は、もう八十歳になりますが、やはり家族があって、父の仕事についてどこへでも行く家族があり、そして家にファミリーというか奥様もいたというような世代、そこがこれからは若干崩れていきます。そうすると、個人がライフビジョンを持つということがまず重要で、ライフビジョンとキャリアビジョン、具体的に言うと、子供は何人、どこに住もうかということですよね、それから例えば共働きなのかそうじゃないのか。そんなことも含めた上で自分は何をしたいのかというキャリアビジョンを持つ、そういう意識を、生き方そのもののビジョンを持たせる意識改革というのが非常に重要だと思います。
 ちょっとここでエンプロイアビリティーという言葉を使わせていただきたいのですけれども、簡単に言うと就業能力です。私は、日経連の関係で中に入って今教育の方の仕事をさせていただいている手前、ちょっと日経連の言葉を使わせていただきますと、エンプロイアビリティーといいますのは、一つは今いる企業の中で継続して雇用される能力、もう一つは労働移動を可能にする能力です。後者の方は最近入ってきた言葉です。前者の方の雇用を継続的に可能にするという、私はこの継続的にというのが非常に大きい意味があると思います。というのが、本当に激変していく企業、そしてニーズが多様化して企業の方も消費者のニーズにあっぷあっぷしながらついていっている企業の中で、個人が六十歳までまたは六十五歳まで使ってもらえる、いてほしい人材と言われ続けるということは非常に難しいんですね。まさに張りつき型で仕事をしてアウトプットし続けていたのでは、勉強しなければ、二十代から六十代まで真っ当に仕事はし続けられない。つまり、アウトプットとインプットを常に繰り返していくことを個人が意識しなければいけない。
 ちょっと飛んで恐縮ですが、「複線型人生設計」という言葉も書かせていただきました。釈迦に説法の先生もいらっしゃるのは存じ上げているんですが、今まで単線型人生設計でして、学生時代はお勉強、そして会社にいるときはアウトプットばっかりで仕事を一生懸命する、そして六十過ぎたら余暇というか、リタイアした後はのんびり余生というようなこれが単線型でございますが、それに対抗しまして複線型。
 この複線型というのは、やはり一番重要なのは、就業中、社会人として仕事をしている間にもインプットもしていこうということ、そしてリタイアした後も逆に、リタイアと言っていいかどうかわかりませんが、ある程度高齢になったあたりでも、これからは生涯現役または活躍ということで社会貢献または社会で活躍していこうというようなことで、これからは複線型になっていくんじゃないかと。これは三十代、四十代の男性たちは当たり前のように体と頭では感じていながらなかなか実現できずに困っていると。要するに、自由時間がない、またはそれを勉強する経費の問題、あとは環境、そういうこともありまして今非常に困っているというのが実情です。
 ここのところで「自己責任で行なうキャリア開発」と書かせていただきました。三Kという言葉をお聞きになることがあるかと思うんですが、企業が広告宣伝費、交際費に次いで教育研修費というのを一番最初にカットします。となると、今は人材というのは採ってから育てる時代ではなくて、育った人を採ってくる時代になりましたので、なかなか社員教育はいたしません。特にこれから転職しちゃうかもしれないとなると、勉強は個人でしろ、能力開発は個人でしろという時代になります。逆に言うと、ぜひそのあたりも行政サポートをしていただきたい点でございます。
 今はまさに自己責任で行うキャリア開発の時代でありながら、その環境がない、時間がない、費用がなかなか出し切れない。この辺は大分労働省様経由で個人に対して助成していただいているのはもちろんよくわかっているんですけれども、そんなこともありまして、勉強しなければ生涯現役でいられないのに、今は現場で張りついている三十代、四十代または五十代の前半の方々は非常に困った環境にあるのは事実です。
 さてそこで、ちょっと話を飛ばさせていただいて、「多様化するキャリアコースとその選択」ということなんですが、これはレジュメの方にちょっと目で見ていただこうと思って打っておきました。
 というのが、昔は正社員とパートという意識だったと思うんですが、今は正社員コースの中にも転職して次のところでまた花を咲かせるというコース、または正社員の中にも管理職コース、専門職コース、専任職コースというのがあるのと同時に、正社員から非正社員を希望する人、特にSEの方なんかはその後個人で事業化する方もいらっしゃいますし、個人で派遣に登録しまして派遣で一千万円の収入を得る人もいます。そんなように、さまざまな働き方というのが労働市場には出てき始めました。
 逆に言うと、では派遣社員であればどんな能力を開発していかなければいけないのか、正社員であればどんなふうに企業に対して働きかけをして能力を開発しておかなければいけないのかということをもっともっと個人が意識する時代になってくると思います。もちろん、この中には起業家、それから自分の実家の家業を継ぐということも含めてこれからは考えていくことが重要だと思います。
 次のレジュメの二枚目の三番のところなんですが、実は、キャリア開発というのは私は社会人になってからでは本来遅いのではないかと思っています。逆にちょっと広く言うと、社会人教育というのは社会人になってからでは遅いと思っているんですが、このキャリア開発という言葉を使うと何となく仕事をさせられるという気がしてしまうかと思うんですが、職業観ですとか職業観を含めた生き方、人生観ということを考えていきますと、本当に幼少期からの体験ですとかそれから情報提供の中で、幼いころから人の役に立ちたい、こんな仕事をしたいという職業観が培われていくと思います。
 昨今は、うちも息子が二人おりますけれども、学校教育の中でも、体験学習や道徳の時間等にさまざまな先輩の話や地域の方の話を聞いたりするかと思うんですが、最後のあたりで、最後と言っていいかどうかわかりませんが、中高一貫教育あたりで、例えばこれから外に出るとなりますと、そのあたりで人生設計を考えるプログラムを展開する。または、最終学歴となります大学、短大、専門学校が多いと思うんですが、そのあたりでは具体的にライフプラン、キャリアプランを考え、就業のコース、具体的にはどこに就職するのか、または就職しないで自分の親の仕事を継ぐのか、さまざまなことを現実的に考えさせる機会というのが重要だと思います。
 これは学校からのダイレクトな御要請または労働省様の外郭団体経由で大学でやらせていただく講義で、就職から考えるこれからのライフ・アンド・キャリアデザインというのを弊社講師が言っているんですが、百名募集が三百名来て立ち見だというくらい、今、皆さん就職ということの裏のライフプラン、キャリアプランというのに非常に興味を持っていらっしゃるので、このあたりをもう少し具体化しておくと、会社に入ってからも、じゃどんな仕事をしていこうかということに結びつくのではないかと思います。
 ちょっと時間の関係でこの程度に学校教育はさせていただいて、今度は具体的なキャリア開発、四番のテーマなんですが、まず、これからはだれにでも必要なのがやはりライフプランとキャリアプランを考える教育、その中で具体的なキャリアというものを個人が見つけていく教育だと思います。ここは五つに分けさせていただいたんですが、そうはいっても、今、時代の変革の中で困っている層はそれぞれ課題が違います。
 例えば、二番に書きましたホワイトカラー三十代、四十代というのは、今まで、私の世代なんですけれども、四十代世代というのは半分の人生を企業戦士として過ごしてきました。いきなり企業が変わって、この後、自分のエンプロイアビリティー、外でも通用する力を含めてのポータブルスキルとかポータブルキャリアということを考えていくといいと思うんですが、身についていないぞ、どうしようかと、そのあたりのキャリア開発がテーマだと思います。
 それから、その奥様に当たると思うんですが、専業主婦三十代、四十代の方が最近再就職をしたいとおっしゃる。これは経済的な問題ですが、生きがいとしてというよりも経済面が多いんですけれども、残念ながら、今、企業の現場では十年ブランクがあるような方々を雇用することができません。そうなると、意識の面とスキルの面と両方で再就職教育を行政主導でしていただいて、そして企業の方でまずはパートまたは契約社員で入って正社員になる、そういうふうな形が重要かと思います。
 それから、四番の五十代、六十代のホワイトカラー、ここは一番今課題でして、正直なところ、リストラクチャリングをされた対象がここが一番多かったと思います。この方々が多様化していまして、もういいやと思ってリタイアされる方と、お子さんがまだ小さいのでセカンドキャリアとしてこれからまた就職をしようという方と、二つに分かれます。後者の場合、やはりここで何かしらの教育をして、また若い方々と一緒に仕事をするスキルを磨くことが重要になります。
 それから、五番目の六十代、七十代、これはちょっと私見も入っておりますが、実はこの世代はかなり社会貢献をしたいという方々が多いんですね。この多い方々が仕事をしたいといっても若干無理がありまして、できれば現役世代のバックアップをしてほしいと思います。
 特に、今、NPO等でケアサポート的な仕事をされる方がふえてきているんですが、リタイアした男性が何々長をされて、奥様たちの集団で介護、育児、家事、炊事に関するケアをしていく。これは具体的に身内以外の方にやるケースと、それから私は身内にやる場合でもこれからは認めて、例えばそこのあたりに若干の何か補習と言うと言い過ぎかもしれませんが、何か貸与するくらいに、現役世代のバックアップのための何かケアをする方々を認めていくということも大変重要ではないかと思います。
 それから、ちょっと五番のあたりは先ほどのお話の中でしてしまったんですけれども、五番の「実践の場の提供」というのは、幾ら教育をしても実践の場を提供しなければ、そのためのマッチングシステムということ、ちょっとこれは後で言いたいと思います。
 そしてもう一つ、二番の職と雇用の創出なんですが、今IT、ITと言われていますが、それ以外にもたくさんまだニッチの分野で創出できるものがあると思います。先ほど申し上げた、六十代、七十代の方々をうまく使って、バックアップのための家事、炊事、育児、介護等ケアサポートのための雇用などというのは、確実に何か有限会社としてでも会社としてでもできてくることだと思いますので、そういうものをつくってあげる、またはつくることをバックアップするということも重要だと思います。
 それから最後に、六番なんですが、具体的に今、企業または行政が生涯現役社会または活躍社会をつくるためにどんなサポートをする必要があるか。
 企業というのは今なかなかそこまで経済的な力はないんですけれども、少なくとも今まで抱えてきて、今まで違うスタイルで教育をしてきた社員たちに気づきの場を提供するということは大変重要だと思います。
 ちょっと具体的なことで、資料の二番のところだと思うんですけれども、今企業の中でどんなものがこれからメーンに行われていくべきかということを簡単にまとめたものです。企業の中では、キャリアという分野が基本的に企業側、人事側がやるもの、そしてライフというのは大手ですと組合主導でやっていくものと思ってください。
 例えば、今、中堅向け、特に三十代、四十代でこれからのライフプラン、ファミリープランをベースにしたキャリア形成を考える層、ここに対してはキャリア開発の教育が重要だと思っています。それが情報提供と同時に気づきの場の提供になると思います。ただ、具体的に課題が個別ですので、そうなりますと個別のキャリアアドバイスというのも非常に有効で、キャリアアドバイザーの設置というのも有効だと思います。
 それから、ライフの部分というのも別に下に書いてあるんですが、実は企業というのはキャリア開発に対しては情報提供やまたは教育の場を与えようといたしますが、そのベースのライフの部分というのは個人のことでございますので、なかなか手が回りませんし、やる意思は持ち得ません。となると、ここは例えば組合または行政かと思うんですが、ライフプラン、キャリアプラン両方リンクさせたライフ、キャリア両面でのデザインといいますか、キャリア、ライフをデザインしていく、そのような気づきの場というのがあった上で本来はキャリア開発を考えていくということをこれからは推進していく必要があると思います。キャリアに対してのアドバイスだけでなくて、ライフに対してのアドバイス。
 具体的には、共働きで海外駐在の命令を受けた、行けば管理職になれるけれども、実際どうしようかと。子供は産まずに続けようか、産んだ後、じゃその子はどうしたらいいんだろう、連れていくべきか置いていくべきかとか、そういうようなもう本当に差し迫った課題が毎日いっぱいあるんですね。そういうことを考えると、これからはキャリアアドバイザーといってもライフ、キャリア両輪に関するアドバイザーの設置というのが重要だと思います。
 強いて言えば、ちょっと飛ぶんですけれども、企業の中に人事で持つというよりも、第三者としてメンター的な存在、メンターというのは利害関係のない相談者と定義づけておりますが、立場として第三者としてのアドバイザーというのもこれからは重要な位置を占めていくと思います。
 ちょっと御参考までに、じゃその中身はどんなことをやっているのかというのを今実際企業様の中でやっているものをそのまま持ってきました。キャリア開発については資料3のところにあります内容です。そのベースになりますライフとキャリアをまず両輪で考えるというのが最後のページになりまして、多様化するこれからの働き方等の中で自分は何を選んでいくのか、それを考えるようなコースになっています。
 そして最後に、もうあと一、二分で終わりにしたいと思いますが、行政のところなんですが、なかなか今企業が厳しくて、わかってはいてもできないことがあります。個人も気づいていることも考えますと、ぜひサポートをしていただきたい、キャリアサポートをしていただきたい。
 そのときに、先ほど申し上げた情報提供、例えばその情報提供というのは、自分はこういう仕事をするにはどんな能力を開発するべきか、それにはどこに行ったら勉強できるのかというような教育の場と、それからもう一つは何をしたらいいかというような今度は具体的なキャリアプランを組めるような情報の提供です。
 今、私も労働省の一つの研究会でエンプロイアビリティーの判断基準をつくるような委員会に参加させていただいていますけれども、やはりこれからは何々をするにはどういうことが必要ということをどこかが発信し、それを受けて、じゃどういう勉強をしようかということを個人が考える時代になるんだと思いますので、ぜひそのあたりの情報提供のサービスをお願いしたいと考えています。
 それから、先ほどのキャリアアドバイザーに対抗して、まあイコールでもあるんですが、ライフ面、キャリア面、特に両輪のアドバイスに乗っていただける方々を例えば企業に派遣する、またはどこか行政の、労政事務所でもいいんですけれども派遣する。特に、実は弊社がキャリアアドバイザーと申し上げて、あえてカウンセラーと言っていないのは、経験者が経験も含めて情報を提供するということでアドバイザーという言葉を使っています。そんなことで、例えば両立支援であれば、両立をしたことがある、またはキャリア開発であれば、自分自身が企業の中で何か苦労した、経験したという方々を教育し直してアドバイザーに配置するということも重要かと思います。
 ちょっと時間が来てしまいましたので、とりあえずここまでにさせていただきまして、二時間ほど質疑応答があるということなので、その中でまた足りなかった分はお話し申し上げたいと思います。
 雑駁になってしまいましたが、どうも御清聴ありがとうございました。
#13
○会長(久保亘君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑は午後四時ごろをめどとさせていただきます。質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 なお、清家参考人は御都合によりまして午後三時三十分ごろ御退席されますので、その点御留意の上質疑をお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#14
○日出英輔君 自由民主党の日出でございます。
 両参考人に大変貴重なお話を伺いました。特に、河野参考人には中高年の心得みたいなお話もちょっと触れられまして、大変参考になった次第でございます。
 この調査会は三年目を迎えまして、今、テーマでいいますと、一つは少子化というのをどう考えるか、もう少し言えば、私は少子化をどう克服していくかという課題があるんだというふうに自己流で解釈をしているわけでありますが、一方でもう一つは、少子化、少子高齢化を前提としてといいますか、その中で生涯能力発揮社会をどう形成していくかという二つのテーマをどういうふうに関係づけながら議論していくのか、私自身が迷っているからよくわかっていないのかもしれませんが、二つのテーマがあったような気がします。
 そこで両参考人に、簡単で結構でございますが、私は、生涯能力発揮社会というのをどんどん追いかけていきますと、先ほど河野参考人がおっしゃったライフ・アンド・キャリアアドバイザーというお話でちょっと少し安心したところがあるんですが、この生涯能力発揮社会というのをどんどんやっていきますと、どうも少子化を加速してしまうのではないかと、何となく、別に確信を持って言っているわけではありませんが、そういう気持ちが少しございます。
 そこで、こういった生涯能力発揮社会を形成していくということと少子化を乗り越えていくという、そこをどういうふうにお考えになるんだろうか、あるいはこの問題というのはおおよそ関係ない次元の違う話なのかどうかというところを、清家参考人と河野参考人にもう一度ちょっとその辺に触れていただいてお教えをいただきたいということでございます。
#15
○参考人(清家篤君) 非常に貴重な御質問かと思います。
 私は、少子化の問題については、もちろん子供を産むか産まないか、あるいは何人つくるかというようなことはすぐれて個人の選択にかかわる問題ですから、これを政策的にどうこうするというようなことは必ずしも望ましいとは思いませんが、ただ子供を産み育てたい人がそういう選択をすることができるように、障害になっているものを取り除いていくことは非常に大切だというふうに思っております。
 先ほど申しましたように、これは私の専門分野ではございませんけれども、人口社会学者の人たちの研究成果を見ますと、日本で少子化の原因のもとになっている未婚率の上昇、つまり若い人たちが結婚をしないことの一つの大きな理由が、やはり女性にとって結婚をすることの機会費用が非常に大きくなっている。要するに、結婚をすることによって失うものが非常に大きくなっているということですから、やはりこれは女性が結婚をしても、例えばキャリアを失わないで済むようにする、あるいは労働条件が下がったりしないようにするというような方策を講じる必要があるということだろうと思います。そういう面で、今、政府等が進めようとしている育児休暇制度とかあるいは育児施設の充実とかといったような政策というのは、実は少子化対策としても非常に効果があるだけではなくて、就労の促進という面でも効果があるものだと思います。
 ちなみに、今、日出委員が言われた点の第二点の方に関して言いますと、実はこれはもちろんいろんな国々で事情がありますが、一般的に言うと、女性の就労が進んだ国の方が出生率が高いという傾向が見られているわけでありまして、先ほどちょっと申しましたように、先進国の中で比較的男女分業の考え方が根強い日本とかイタリアとかドイツとかというような、相対的に言うと女性の就労が進んでいない国においてかえって出生率が低下していると。
 これは因果関係がどちらが先かという問題がございますので、委員が言われたように、生涯キャリアを進めるということと出生率の回復というのは矛盾するものではなくて、むしろこれまでの経験法則からいえば、女性が就労しやすくする、あるいはもうちょっと別な言い方をすると、一回仕事をやめてもまた再就職しやすい、先ほど河野委員のアイデアの中にも幾つかそういったものがあったわけですが、そういうようなことを進めることによって、むしろ女性の就労あるいは高齢者の就労の促進と出生率の回復というものが同時に進むというシナリオの方があり得るんではないかというふうに思います。
 つまり女性、これは高齢者もそうですけれども、女性や高齢者が働きにくいというのは、例えば一つには朝から晩まで長時間働かないと一人前の労働力とはみなされないといったような就労体制に問題があるわけでして、そういうようなものを改善していくということが、女性の就労を進めながらなおかつ出産というようなものも可能にしていくんではないかというふうに思っております。
#16
○参考人(河野真理子君) 大変貴重な御質問ありがとうございました。まさに私も日ごろ考えている点でございます。
 私たちは、現場のお話と思うんですが、十三、四年前に、私ども人材育成の会社ですので、企業にとっていい人材をということで研修をしていました。そのときにあえて、先生、女性とおっしゃられたので女性をテーマにしますと、やめる理由が、最初は上司との仲とか上司とうまくいかない、それから次の五年ぐらいしまして、平成三、四年あたりは、せっかくこれだけ総合職で頑張っているのにいい仕事が回ってこないとか、その次の課題、三度目の課題といいますか、もうこれは五、六年前には顕著になったんですが、やめる理由、転職する理由が自分との闘いなんですね。
 具体的に言うと、先生今おっしゃってくださいましたライフプランなんですよ。会社ってこんなものだろうと、仕事っておもしろいよと、上司からも買われている、評価も高い、けれども、私、共働きで、例えば転勤があるとか、子供が欲しいのよと、でも両立できるような状況ではないのでやめるか、転職して外資系の東京ブランチオフィスに落ちつくかというような選択がありました。もちろん残った方の中には、今までと同じに働く方と、逆に両立をしたいがために、今までは管理職クラスの仕事をしていたんですけれども、力が落ちると、力が落ちた人を周りがどう見るかというと、あんなに優秀な人も子供を産むとだめだねということなんですね。
 そこで、やはり一つ考えなきゃいけないのは、これからは、生活環境というのは一人一人違いますから、例えば今までと同じに管理職を続け、管理職ばかりじゃないですけれども、続けられて、原職復帰できる環境を持っている人にはその待遇、処遇が必要だと思うんですが、そうではなく、例えば私はチーフだったけれども、一課員になれば四、五年頑張れるというような方もいらっしゃいます。
 具体的に、何かついつい企業名を言っちゃいそうなんですが、大手運輸業の企業様で三十代の女性を集めますと、はっきりとした言葉で出てくるのが、給与は半額でもいいから二、三割仕事をダウンさせてくれないかと言うんですね。これを実は組合に言うと、ちょっとちょっとそれは言われちゃ困るというのはあるんですが、本音ですよね。
 だから、雇用さえキープでき、この会社の中で働き続けられるのであれば、第一線の営業マンじゃなくても五年間営業アシスタントでもいいと。ただ、今、原職復帰になっていたりしますので、そういうことを考えると多様化、ちょっと先ほど言葉が短かったんですが、ということも非常に重要。
 ちょっと御質問から外れてしまったんですが、私は現場を見ていますと、皆さん働き続けたい、けれども、そこのところで子供ということを考えたときに行き詰まります。その選択肢として子供はもう望まないという方もいらっしゃいますので、やはり両立できる環境ということは非常に重要だと考えます。
#17
○内藤正光君 民主党の内藤正光でございます。きょうは貴重なお話を大変ありがとうございました。
 私の方からは二点質問をさせていただきたいと思います。
 まず第一点、清家先生と河野社長両方にお尋ねをさせていただきたいんですが、雇用の流動化が増していくと、それにあわせて社会の仕組み、社会のあり方、制度を変えていかなければならない。よく言われるのが、例えば年金のポータビリティを高めるというのもございますが、私は今の税制のあり方そのものも見直していかなければいけないんじゃないかと思うんです。
 例えば、松下でしたか、退職金をやめて月々の給与に上乗せして支払う、それによっていつやめても大丈夫なようにしたと。しかし、よく考えてみますと、今の日本の税制は退職金に大変手厚くなっていると、税制面で。ということは、退職金をやめて月々の給料に同額上乗せしても、全体で見たらこれは不利益をこうむるのではないのかなと思います。
 ちょっとお尋ねをさせていただきたいのは、私が思いつくのはそんなところなんですが、雇用の流動化、また雇用形態の多様化というこの新しい流れにあわせて、社会のあり方、社会の制度をどのように具体的に変えていくべきなのか、御教示をいただきたいと思います。
 次は、清家先生にお尋ねをさせていただきたいんですが、定年制というのは年功序列制というのとコインの裏表、表裏一体だということで、これからは定年制をやめなきゃいけないということは、結局は年功序列賃金だとかその辺のあり方を変えていかなきゃいけない。結局それは行き着くところは実力主義ということになると思うんですが、私はこれはこれで正しい方向性だとは思うんです。
 ただちょっと考えなきゃいけないのは、力のある人はいいんですが、自分に自信のない人、力のない人、そういった人はますます雇用の不安、将来の不安が高まるんじゃないかなと思うんです。それをあなたが頑張らないからだめなんですよといって突き放してしまうのか、あるいはまた国として何らかの制度的なサポートをしていくべきなのか。もししていくべきだとお考えならば、具体的にどういったものが考えられるのか、御教示いただければと思います。よろしくお願いします。
#18
○参考人(清家篤君) では、内藤委員の方から二つ御質問がございましたので、それぞれについてお答えしたいと思います。
 私は、雇用の流動化ということについては、これはわざわざ流動化させる必要はないと思うんですね。一つの会社で学校を出てから定年まで過ごすことができれば、それは生活の安定という観点から言っても望ましいことですし、あるいは企業の方にとっても安心して教育投資をすることができる、あるいは従業員の忠誠心を獲得することができるという意味で、終身雇用というのはちょっと死ぬまで面倒見るわけじゃありませんから言い過ぎだと思いますけれども、長期雇用制度というのはそれなりにメリットの大きい、これをわざわざ崩すような政策をとる必要はないと思っております。
 ただ、問題は、これから好むと好まざるとにかかわらず、一人の個人が生涯の間に企業を移動せざるを得ない状況が確率的に高まっていくことも間違いないと思うんですね。それは、先ほど申しましたように、例えば厚生年金の支給開始年齢は長期的には六十五歳化してくるわけですから、六十五歳ぐらいまで現役で働くという形で個人の職業人生が長くなってくるわけですね。
 一方で、企業にとって国際競争とかあるいは国内的な企業競争が今よりも緩やかになるというふうにはちょっと考えられませんから、競争条件がますます厳しくなっていく中で、企業が雇用を保障できる期間というのは逆に短くなってこざるを得ないと思うんですね。これは終身雇用を守るとか守らないとかという決意の問題ではなくて、客観的に見たときに。どんな大企業でもことし雇った社員に向こう四十年とかというような長期の雇用を保障したくてもし切れない部分が出てきますので、そうなってきますと、雇用はできるだけ流動化させない方がいいとは私は思いますけれども、やはり客観的に見て、どこかで雇用を守り切れなくなった企業から、雇用を必要としている、人材を必要としている企業に移っていくことで、労働市場を通じて雇用を保障していくというような考え方がこれからは少しずつ必要になってくると思います。
 そのときにいろんな制度的な確かに問題があるわけでありまして、まさに内藤委員が今指摘されたような退職金税制といったようなことも非常に重要なポイントですが、私はやはり雇用政策をもう少し労働市場の機能を充実するという点に重点を置いた形に変えていく必要があると思います。
 その一つは、労働市場の機能といった場合に情報ですね。これは現在のハローワークが行っているような公的な職業情報サービス、これをもっと充実していくということも大切ですが、と同時に、民間の職業紹介サービス等がもうかなり規制の緩和は進んでおりますが、もっと自由に活用をできるような環境をつくっていくということも重要だろうと思います。
 もう一つは、これは先ほど河野委員も言われたわけですけれども、従来の日本の企業の能力開発のやり方というのは、その企業で主として役に立つような能力をその企業がコストを払って行っていたわけでありますが、雇用が流動化する、あるいはよその企業に移らなければいけないということになると、先ほど河野委員が言われたように、自分の責任で、場合によっては自分がコストを負担して能力を身につけていくというような仕組みが必要になってくる。そして、そういう能力がどういうような形で市場で評価されるかということが問題になりますので、その点についても行政等において一定の能力評価を行っていく。あるいは、一部の産業別組合等においては産業内での労働者の能力グレードについて評価をしていこうというようなことを検討されているというふうに伺っておりますが、そういったようなことも必要になってくるかと思います。
 それからもう一つは、これはちょっと何度も繰り返すようですけれども、人生の途中で企業を変わろうとする人たちにとって今最大のネックが年齢差別であるということがはっきりしておりますので、私は特に採用における年齢差別の禁止のルールというようなものは早急に検討する必要があるだろうと思います。
 もうちょっと具体的に言うと、現在、定年は六十歳未満の定年はいけない、下回る定年はいけないというような法律になっているわけですから、少なくとも定年の年齢以下のところまでは採用に年齢制限をつけてはいけないというようなルールをつくるといったようなことも、実は雇用の流動化の妨げになっているものを取り除くという意味では非常に重要かと思っております。
 ですから、雇用の流動化については、何度も申しますが、わざわざこれを流動化させるような政策はとる必要はありませんけれども、万が一流動化せざるを得ないようなときに障害になるようなものをできるだけ排除していく。また、そのときに必要となるサポートを提供していくということが必要ですし、委員が言われた税制等については、流動化を促進させる税制は必要ありませんけれども、少なくともそれを阻害しているようなものは流動化について中立的なところまで戻していく必要があるかというふうに思っております。
 二番目の御質問でございますが、年齢差別をやめるということは、結局年功的な賃金をやめなければいけないと。定年もそうですし、今申しました採用における年齢制限というのも実は、どうせ人を中途採用するのであれば年功賃金のもとで賃金が安い若い人の方がいいというこれは極めて合理的な判断なわけですね。あるいは、担当者レベルの人を雇いたいというときに、四十代以降はもう管理職適齢期ですから、そういう年功的な昇進体系がありますとどうしてももう四十代未満というような形になってしまうわけで、年功的な賃金、処遇というものをやめなければいけないわけですが、そのときに企業の中と外でやはり対応が必要だと思います。
 特に企業の中では、内藤委員の御質問は特に行政等が行うべき政策ということでしたが、企業の中においても年齢を基準にしないということになると、やはりその人の能力だとか成果の評価をいかに公正に行うかということが重要になってくるわけですね。私は、例えばどういうことを評価基準にして、どういう方法でだれが評価するかというようなルールは、これは個人と企業の間では決められないので、やはり交渉力が拮抗している労働組合と企業というような中で決めていく必要があると思います。
 ですから、私はこれからの集団的労使関係の一つの役割は、最終的な賃金とかそういうようなものは個人個人の能力とか成果によってかなり変わってくると思いますので、その最終的な労働条件を決めるというよりは、個々人の労働条件を決めるルールをいかに公正な形に担保していくかということが、特に労働組合といったようなものを含む集団的労使関係の大きな役割になってくると思いますし、その評価についての情報開示、個々人の評価がA評価なのかB評価なのか、そして、それはどういう理由でBになったのかCになったのかということをきちっと評価される人にフィードバックさせるようなルールにしていく。それは、先ほどこれは河野先生も言われたような、個人がこれからキャリアを開発していく上でも、自分がこの会社でエンプロイアビリティーを伸ばしていこうと思ったらどこを直していけばいいのか、どこを伸ばしていけばいいのかというような評価が基本になるわけですから必要になると思います。
 もう一つ、その評価をめぐる問題で重要なのは、私は仕事の配分だと思うんですね。つまり、能力とか成果で人を評価するときに、ちゃんと能力を伸ばすようなチャンスが与えられたかどうか、あるいは評価が、その人の能力が生かせるような仕事を与えられたかどうかというようなことがやはり能力主義とか成果主義の大前提ですので、そういう面では、これもやはり集団的な労使関係の非常に重要なポイントは、これも先ほど河野委員が言われた点で非常に重要だと思うんですが、そういった能力開発のチャンスとかあるいは自分が能力の生かせるというような仕事を、これは何でもかんでも好きなことが会社ですからできるわけではありませんけれども、少なくとも、手を挙げてそういうようなものにチャレンジできるような機会が担保されるかどうか。こういうようなことはやはり労働組合と企業というような交渉力が拮抗した集団的労使関係の中で私はルールを決めていく必要があると思います。
 二番目の政府の役割、政策的な役割ですが、私は、この能力主義、成果主義になっていくと、確かに賃金格差等というようなものが開いていくのはある程度はやむを得ないと思います。であればこそ、逆に言えば、税制面で所得の再分配といったようなものを図っていくことが重要だろうと思います。
 賃金レベルで格差が開いていく中で、例えば所得税制の面で累進税制を緩めていくというようなことが行われますとますます格差が開いていくことになりますので、私は、賃金レベルでの格差が開いていく中では、やはり社会的に税制等で所得の再分配を図っていくという必要があると思います。
 ちなみに、累進税制が労働に対してマイナスの影響を与えるという意見があるわけですね。つまり、税金で余り取られてしまうと働く気をなくしてしまうんじゃないかと。
 確かにそういう面が全くないわけではないんですが、少なくともこれまでの経済学者の実証的な研究の結果からいいますと、高齢者とか女性は、確かにこの税制等が就労にかなり影響を与えます。一番有名なのは、パートタイマーの人たちが税制によって就労を抑制する。しかし、フルタイムで働いている人たちが、例えば従来の形でいえば正規の社員の人たちが所得税が高くなったから残業を減らすとか仕事をやめるとかというようなことは、少なくともこれまでの経験では余りないわけでありまして、経済学者の行っている計量的な研究でも、この税制等が就労に顕著な影響を与えているというような実証結果はまだ出ていないわけであります。
 以上です。
#19
○参考人(河野真理子君) 内藤委員にいただいた、私、一点の質問に答えさせていただきます。ありがとうございました。
 まず、流動化についてなんですが、今、清家先生がおっしゃった、やむを得ずの流動化と企業がやはり業態を変えるときに出てくる流動化というのに、万が一、個人が対応しなければいけないときに損があってはまずいというのは事実だと思うんですね。
 もう清家先生がほとんど言ってくださってしまいましたのでちょっと角度を変えて申し上げると、例えば分社化して転籍するですとか一回そこで退職をするですとか、今、ちょっとまた違う角度で申しわけないんですが、転身支援制度というのがあって、五十歳以降、いろいろなチャンスで外にも出られる、自営もできるというさまざまな制度があるんですが、そこで個人が一番気になるのが損か得かの生涯賃金なんですよ、やっぱり。ただ、そのときに、税金を取られることがいい悪いという意識がある方と、どうせ納めたってまた戻ってくるんだという、そのくらい考える方とそうじゃない方の個人意識はもちろん大きいんですが、やはり生活者である以上、生涯賃金でどうなるんだろうということは非常に大きいですね。よく、ここの会社では退職金が例えば五十まで出るけれども次のところは退職金ないんだってさとかといういろんなことがあるわけです。
 やはり、そこの今の、退職金の御指摘いただいたんですが、それだけではなくて、今までボーナスという制度があった。そのボーナスが年俸制になって月ごとに割られるだけで年金がアップしますよね。そういうことでの手取りの問題も含めると、どうもいろいろ動いてくる中で損が出てくると思う方が多いのは事実です。それが本当に損かどうかは別ですが。
 これを考えますと、今、先生もおっしゃったパートと正社員の問題、それから例えば専業主婦とそうでない働いている人の問題、さまざまな中で、かなり日本というのはどっちでないと大損だよという意識が個人に非常に大きいんですね。ですので、ちょっと外れてしまったかもしれませんけれども、今の御指摘いただいた点も、やはりちゃんと税制をきちっとしていただいて、または、今はこうだけれども今後こうなる、それはこういうメリットがあるという御説明をいただくことで、やはり個人の方も意識がついていくかとも思います。
 ちょっと私、税金の専門家ではないので、このくらいでよろしいでしょうか。
 ありがとうございました。
#20
○内藤正光君 ありがとうございました。
#21
○加納時男君 ありがとうございます。自民党の加納時男でございます。
 清家先生、先にお帰りというので清家先生に一点に絞ってお伺いしたいと思います。
 先生のお話で、日本が高齢社会というのは二つ特徴があって、一つは高齢者の比率が高くなること、現に高くなったし、先生の先ほどの御紹介だと、エージングソサエティーじゃなくてエージドソサエティーに既に入ったということ。それからもう一つは、高齢化のスピードが非常に速いと、こういうことでございました。
 私の根本的な疑問は、六十五歳以上を高齢者と考えることに問題があるのではないかということでございます。
 これは、六十五歳以上を高齢者と決めたのは、かつて国連で調べて、一〇%、上から、一番年とった人から一〇%とったら六十五だったという。これは大分昔の話でありまして、日本は今上から一〇%とったら何歳か、七十四歳だと思います。ということは、昔のその国連風の物の考え方をして、人口の一番上の一〇%を高齢者だとして尊敬するのか社会から疎外するのかわかりませんけれども、そういうことで、何か対策を考えるとすれば七十四歳以上を高齢者として考えればいい。言いかえると、七十三歳までは現役世代、高齢者と呼ぶなというのが私の主張で、これは、おとといの放送でも私しゃべりましたし、本でも実は最近出した本の中にも一節設けております。
 これは非常に意味があると思うのは、私もこの商売に入る前に、この商売じゃない、国会議員になる前に企業経営をやっていたわけですけれども、私は、この高齢問題、非常に気になっていたわけです。私が取り上げたのは、女性の働く場の拡大と、それから高齢者の社会参加というのを、私が経営者としてやりたいなと思っていた本来の仕事に加えてやっていた仕事ですけれども、一つの実験といいますか、ことをやったのは、六十五歳以上の卒業生といいますか会社をリタイアした人に限定して、ワークシェアリングをやるから参加しませんかというお誘いをした。大勢応募があったわけです。適職の方を選んでやってもらって、週のうちフルタイムじゃないですよと、半分とか三分の二とか御希望に応じてアジャストしてやってもらう。
 仕事というのは管理業務なんですね。パソコンさえ使えればできるような管理業務なんですが、若干の業務知識、若干というか中ぐらいの業務知識があってパソコンが使えて、ならばまあいいだろうという管理業務なんですけれども、これをやってもらったその結果だけちょっと簡単に言いますと、その結果どういうことが起こったかというと、一つは、生きがいを感じてきたと。今までは、もう卒業しちゃったと。社会に対して今までは貢献したけれども、もう貢献するんじゃなくて社会から保護される対象だというふうにずっと考えていたけれども、自分がまだまだ社会でお役に立てるということがわかったと。非常に気持ちが前向きに張ってきましたと。それから、いろいろなところへ出かけるようになりました。お金が入るようになった。フルタイムじゃないですから、また現役じゃないから給料は少し下がる。先ほどお話があったように、給料は下がってもいいということで下がりますけれども、しかし年金を一〇〇%もらえます、六十五ですから。それに加えてお小遣いが入る。そこで、孫にもお小遣いがやれるから孫がなついたとか、お金ができたので、しかも時間はあるからカルチャーセンターへ行って勉強したとか、やっているうちにいろんな人とつき合うようになった。そのうち、その人の持っている例えば特技、絵がかけるとか習字がうまいとか段を持っているとかというのでまた先生を今度は頼まれた。世の中のつき合いがどんどん広くなっていった。その結果、ここが大事なんですが、その結果何が起こったか。病院に行かなくなった。つまり老人医療費が減って、その人の収入で納税者に変わった。
 私は、こういうふうに考えていくと、今、六十五歳以上は、まず原則として、高齢者だから引っ込んでくださいというんじゃなくて、あなた方は現役ですよというのが、これは我々政治家がやる話なんですが、もう政策として非常に重要だと思うんですが、そもそも六十五歳以上を高齢者だという決めつけは、私はもうそろそろ変えた方がいいんじゃないかと思うんですけれども、この辺、清家先生、どのようにお考えか伺いたいと思います。
#22
○参考人(清家篤君) ありがとうございます。
 私も、まさに加納委員が言われたことに全く同感でございます。
 やはりこの定年退職制度もそうなわけでございますが、六十五歳を基準とするというのも要するに年齢を基準に人を区分けしているということで、そこに大きな問題があると思います。
 これは全然批判ではないんですけれども、たまたま先ほど、きょう配られた資料で私どもの経歴というものが書いてあるわけですが、これ私どもが出したものにもそう書いてあるからしようがないんですが、大抵生年月日とか何年生まれとか書いてあるわけですね。あるいは本の著者紹介なんかにも何年生まれとかというようなのがまだついているわけですけれども、よく考えてみれば、その人の発言の内容とその人が何年に生まれたかということは余り関係がないんで、あるいはその人の著書の内容とその人が何年に生まれたかということは余り関係がないはずなんで、その人がこれまでどんな仕事をしてきたかとか、あるいはどんな教育を受けてきたかということは、その人の能力だとか著書の内容を推しはかる上で非常に重要なわけですが、まだまだそういう何年生まれとか何歳というようなことがいろんなところについて回る。そういうことも含めて、やはり社会の中から年齢というものをできるだけその基準から外していく。
 これは逆に言えば、一定の年齢以上になったら例えば医療費が安くなるとかいうような形で特別扱いするというのもこれはやはりおかしいわけでありまして、あくまでもそういうようなものは所得を基準にするとか、あるいは仕事の場合であればあくまでもどういう仕事ができるかという能力を基準に雇用関係を決めていくべきであって、年齢というものを雇用関係とか、あるいは社会制度的なさまざまなものを決める基準からできるだけ排除していくということが大切だろうと思います。
 もちろん、個人の中には早く引退したいという方もいらっしゃると思います。そういう意味では、逆に言うと定年制度の持っている問題というのは、早く引退したい人も定年までは働かなければいけない、もっと働きたい人も定年でやめなければいけないということで、個人の職業人生にとって一番大切な決定の一つがいつまで働くか。自分はもう十分に仕事に満足して引退する時期を自分で決めるという、この職業選択といいますか、職業人生の選択の非常に重要な部分が、今は定年退職制度であるとか、場合によると一部分、国の年金の支給開始年齢だとかいうようなもので外から規定されてしまっているわけでありまして、加納委員が言われたように、そういうようなものをむしろ自分自身が決められるようにするというところが、例えば定年を廃止するとかということのポイントだろうと思います。
 そういう意味で、六十五歳というのは国連等が定めた便宜的な年齢ですし、日本の国内でさまざまな政策等を進められる上で、もうちょっと別の年齢基準を設けられるということはあってしかるべきだろうと思います。
 なお、これは私の友人ですけれども、東京大学の井堀教授、財政学の専門家ですけれども、井堀教授等が以前から主張されているのは、年金の支給開始年齢は平均寿命ぐらいからでもいいんじゃないかと。というのは、どうしてかというと、年金というのは実は保険制度をとっているわけですが、保険というのは何らかのリスクに対するものなわけですね。だから、保険制度になっているわけですね。
 ところで、その年金保険というのは、じゃ、どういうリスクに備えるものだろうかというと、これは思いがけず長生きしたリスクに備える保険ですね。つまり、自分が七十五歳で死ぬということがわかっていれば、七十五歳の誕生日に銀行口座から最後の一円玉がチャリンと引き落とされる、そういうふうにあらかじめ準備をしておくことができるわけですが、幸いなことに人間の寿命というのは個人にはわからないわけですから、思いがけず長生きをしてしまうかもしれない。その際のリスクに備えて年金保険というのがあるというふうに考えれば、年金の支給開始年齢は平均寿命ぐらいまで延ばすということはあってもいいのかもしれません。
 ただ、平均寿命自体が延びていきますから、自分たちが若いころに考えていたよりももっと延びるということがありますので、そういう面では平均寿命まで延ばす必要はないのかもしれませんが、年金の支給開始年齢というものも、そういう面ではもう少し引き上げていくことも検討課題にはなるんではないかというふうにも思っております。
#23
○加納時男君 ありがとうございました。
#24
○西山登紀子君 日本共産党の西山登紀子でございます。
 きょうは参考人の皆さん、ありがとうございます。
 この調査会も少子化問題をテーマにずっと調査活動を続けてまいりまして、いよいよ二十一世紀の初めの調査会ということになったわけですけれども、まず最初にお伺いしたいのは、清家先生の方にちょっと、早くお出になるということですから、ちょっと先にお伺いしたいんですけれども、事前にいただきました「生涯現役社会の条件」という九八年にお書きになりました先生の御本を読ませていただきまして、大変少子化について興味深い指摘がございます。
 それは、「一般的に経済発展は、貧しい社会でとりわけ遅れがちである女性の教育機会を拡大する。このことは、産児制限等への女性の意識を高め、また女性が高度な職業につく機会を増やすから、女性による子育ての機会費用を大きくする。」と。この「女性による子育ての機会費用」という言葉が私大変新しい言葉でして、初めて私も、不勉強ですが、この機会費用、「女性による子育ての機会費用」とあって括弧で先生が御説明をしていらっしゃいます。それは、「出産、育児によってそれらの機会を失ったり減じたりする損失」と。つまり、それらの機会というのは高度な職業につく機会ですね。それを失ったり減じたりする損失が大きくなって、そういう、大きくなるので産業社会の高度化によって少子化の進むこれが原因となるんだということで、「いずれにしても、高齢者の増加と少子化は、経済の成長発展の結果としてでてくる現象である。」というふうにお書きになっていらっしゃるわけですね。
 私は考えますのに、少子高齢化という言葉がよくセットで使われるんですけれども、実はこれは私は分けて使うべきだというふうに考えています。高齢化というのは長寿社会ということで、これは大変歓迎すべきことなんですが、少子化ということはこれはやっぱりこれからの日本社会が生存していく、あるいは国民の生活が続けられていくかどうかということの基盤にかかわる問題なので、私は少子化というのは克服していく課題だと思っています。もちろん、子供を産む産まないというのは個人の権利、これはもうはっきりしていることなんですけれども、少子化というのは克服していく課題、政治と社会の課題だというふうに考えているわけですね。
 ですから、少子化は必ず経済発展の必然である、こういう考え方は私はちょっととるべきではないし、そういう方向ではなく、日本の未来社会を考えていくべきだと。つまり、女性も男性もこれからは仕事と子育てが両立できる社会をこそつくっていくんだというふうに私たちは考えていきたいと思っているんですね。
 そこで、この先生の発想ですよね、ユニークな、女性による子育ての機会費用が大きくなるんだというこの考え方なんですが、私は、これを女性による子育ての機会費用というふうに考えるんじゃなくて、これは男女による子育ての機会費用、そして最終的には社会による子育ての機会費用の分担というふうなことで考えていけば、こういうリスクが女性にだけ背負わされるということにならないで少子化の克服の道が開かれるんじゃないかなとちょっと思ったわけです。
 ですから、この先生のお書きになっている女性による子育ての機会費用という、費用というふうに換算なさっているこの考え方、とてもユニークだと思うんですが、どれぐらいの子育ての機会費用、つまり出産、育児によってそれらの機会、職業につく機会を失ったり減じたりする損失、この費用というのは女性の生涯にとって一体どれぐらいの損失額になるのか。そういうふうなことを少しおはじきになったような例があれば、それもぜひ御披露いただけたらありがたいと思いますし、私は少子化というのは経済発展の必然ではないと、必ずやり方によっては、政治や社会のありようによっては克服していく方向が開けるんじゃないかというふうに思っているんですが、それは幻想でしょうか。
 そういう点について、先生の御意見をお伺いしたいと思うんですが。
#25
○参考人(清家篤君) どうもありがとうございます。
 私も、西山委員が言われたことは基本的に賛成でございます。
 まず、子育ての機会費用というのは、これは私の残念ながら発明した言葉ではなくて、機会費用というのは経済学の用語ですね。英語で言いますとオポチュニティーコストと言うわけですけれども、要するにあらゆる活動には機会費用が伴うと。
 例えば、私は今ここに来ているわけですが、ここに来ていなければもっとほかのことができたかもしれない、そういう機会費用があるわけですね。あるいは、西山委員が何かをされる場合には、そのことによって得られる利益もあるわけですが、それをしているためにほかのことができない、そこで失われるものがあるということですね。
 女性の子育てによる機会費用というのは、その本の中にも書きましたけれども、女性が子育てとかあるいは家事を行うことによって、その時間もし働いたら稼得できたであろう所得が失われる、それが彼女にとっての機会費用になるということです。
 それは今、西山委員がまさに言われたように、その前提としては、これまでの男女の役割分業体制というのがあって、先ほどちょっと申しましたけれども、結婚した場合に家事が主として妻の負担になる、あるいは子供ができた場合に育児が主として母親の負担になるというような社会構造を前提とすると主として女性にとっての機会費用になるという意味で書いたわけでありまして、そういう面では、先ほどちょっと申しましたけれども、その機会費用自体を女性が子育てをしながら働きやすい環境を整備していくということで軽減していくことはできるわけですね。つまり、その機会を失わなければ機会費用にならないわけですから、そういう意味です。
 じゃ、機会費用はどのように計算されるかというと、今申しましたけれども、要するに、それは個人個人の能力等によって違うわけですが、その人が稼得できるというふうに考えられる所得が育児等によって仕事を中断したことで失われた期間の分だけ機会費用として発生するということですね。あるいは、もうちょっと長期的に言うと、これはそこまでなかなかはかるのは難しいかもしれませんけれども、そこでキャリアを中断したことによって将来の例えば継続的な雇用機会が失われたとか、あるいは先ほど河野委員もちょっと言われましたけれども、昇進の機会が失われるとかというようなことによって生涯所得がその分減じれば、その分も機会費用という形で計算されるかと思います。ただ、これは個人個人によって違うものですので、なかなか一概にこれは幾らだというようなことを計算した事例はございませんけれども、例えば平均的な女性についてそれを計算することはできると思います。
 なお、こういった機会費用というのは、よく、何というんですか、機会損失費用という形で裁判とかで計算されたりすることもございますが、あるいは厳密に言えば、そういう子育て、育児等によってもし昇進におくれが発生したら、たとえ仕事をやめなくてもその部分が機会費用として理論的には計算することができるかと思います。
 ですから、あくまでも今の男女役割分業体制というのを前提にすると女性に主として機会費用が発生するわけで、その機会費用は、西山委員が言われたように、政策いかんによっては下げていくということはできますし、逆に言うと、女性だけが負担していた費用を男女が少しずつ負担すれば、これはトータルの育児にかかる時間というのはそんなに変わらないとすれば、男女間でならしていくということはできると思います。その場合には、その分だけ男性の労働者の機会費用が少しふえるということになるかと思いますけれども。
 それから、少子化というのは克服すべきかどうかということですが、これについてはいろいろな考え方があるかと思いますけれども、先ほど申しましたように、個人個人の選択について制度を中立的にした結果として仮に出生率が二を下回るような場合には、これはやはり私は受け入れるべきであって、政策的に出生率を中立的以上に高めるような政策をとったような人口政策というのは、これはもちろんとるべきだという考え方もあるかと思いますが、経済学者としては個人の選択に制度はできるだけ中立的であるべきだというふうに思いますので、それ以上の出生力増強政策のようなものは必ずしも私自身は支持することはできないというふうに思っております。
#26
○但馬久美君 公明党の但馬久美でございます。
 きょうは、清家先生、そして河野社長、ありがとうございます、お忙しいところ。
 清家先生は社会変革に対応するためのシステムづくりを語っていただいたと思います。そしてまた、河野先生の方は、個人に光を当てた、どちらかというとどんな時代が来ても働く人材になっていくような、そういうようなことを目指そうというお話であったと思いますけれども、まず清家先生にお伺いいたします。
 先生は、この高齢社会は、定年制やまた年功賃金制をやめて、エージレス社会というんですか、これを目指さなくてはならないと。働く側も再就職に困ったり、また企業側も賃金面で負担が高くなったりして、どちらにとっても現体制では不都合な雇用システムであって、早期に改革しなければならないとおっしゃっていらっしゃいます。私も本当にそのとおりに思いますし、また定年制のないエージレス社会をつくるということは大事なことだと思っております。
 この定年制は雇用調整機能の役割も果たしていると言われておりますけれども、例えばリストラされた場合に雇用調整機能として有効な働きをしているとはみなされておりますけれども、今後、エージレス社会になりますと、企業側においてやむを得ず合理化して人員削減を迫られた場合、定年制にかわる有効な雇用調整機能というのはどのようなものがあるのか、これを一点お伺いいたします。
 もう一つは、IT関連企業で一部に定年制を四十から四十五歳に設定しているということを伺っております。これは、体力的にはもちろん、能力的にも原因が含まれていると思うんですけれども、押しなべてエージレス社会で、この変化の中でスムーズにいかないというのを思うんですけれども、エージレス社会への変革にはクリアしなければならないような課題、どのようなものがあるのか、この二点お伺いしたいと思います。
 そして、河野先生の方には、二十一世紀型のキャリア開発というのを提唱されておりまして、もうこれは大変賛同させていただいております。
 バブルがはじけて企業が淘汰されるところで起こってくる場合、頼みにする会社が倒産してしまったり、また職を失って立ち往生している人たちがたくさん出てきています。そのときになって初めて、自分が何をしたらいいのか、またどういう仕事が合うのか、反省しきりというのが一般であると思うんですね。そういう局面に遭遇しても新たな道を切り開いていける自己実現、また自立できるための日ごろからの自己啓発が必要だと思っておりますけれども、勤務上なかなかこの自己啓発の機会が得られないというのが一般であると思います。
 そこでお伺いいたしますけれども、先生の資料の中に、会社も個人もお互いに依存していた関係から、今度は個人が自立して会社を支援する体制になってきたとありますけれども、会社や企業は勤務している個人に対して、たとえその企業が倒産しても自立していけるように自己啓発ができる機会を提供してくれる積極的な支援、そういうものがあると思うんですけれども、実態はどうなのか、その辺をお教えください。一点よろしくお願いいたします。
 以上です。
#27
○参考人(清家篤君) 今、但馬委員の方からいただいた御質問は二点あると思いますので、その両方についてお答えしたいと思います。
 雇用調整についてですけれども、先ほど申しましたように、特に日本の大企業では今まで定年というものが雇用調整の非常に重要な手段になっていたことは、これは間違いないと思います。ですから、定年をもしやめるということになるとそのほかの雇用調整機能が必要になってくるということだろうと思います。
 ただ、従来でも定年があったらそれ以外のところで雇用調整は一切行われていなかったかというと、例えば大企業でも、本当に厳しくなれば場合によっては希望退職だとかというようなものを募る、あるいは解雇というようなものも一定の条件のもとでは認められていたわけですね。それから、中小企業では比較的定年以外の機会での雇用調整というのは今までも多かったわけです。
 御承知のとおり、今の日本の雇用調整というものを制限しているのは法律ではなくて、解雇権乱用法理あるいは整理解雇の法理という判例法ですので、私は働く側の方にとってもこういう解雇というようなものが判例で規制されている状況というのは非常に不安定なものだろうというふうに思います。ですから、そういう面では、もちろん定年を見直すということとも関連するわけですが、それ以外の理由でも私は雇用調整についてのルールというのを立法措置を講じて法律化する必要があると思います。つまり、どういう理由であれば解雇をしてもよろしい、あるいは解雇をする場合のルールはこのようなルールで解雇をするということですね。そういうルールをあらかじめ決めておくということが、労働者にとっての将来の予測が立ちやすいという面でも必要なんではないかというふうに思っております。
 別の言い方をしますと、これは金融機関等についても従来そういうようなことがあったわけでありますけれども、雇用関係についても建前上はこの雇用関係というのは破綻しないんだという建前でずっとやってきましたので、いざ破綻するということになるとさまざまな問題が起きてくるわけですね。ですから、企業ですから非常に状況が悪くなったりすることはやはりありますので、雇用関係についても破綻ということがあり得るということを前提に、その際にできるだけ、特に解雇されるような人たちの被害が大きくならないような形のルールというのをあらかじめつくっておく。しかし、必要な場合にはやはり解雇というものは発生するというような形のルールづくりが必要だろうというふうに思います。
 その際のルールをどのようにつくるかというのは、これは労使がお決めになることであると基本的には思いますが、ちなみに一つ御参考までに申し上げますと、これも御承知かと思いますが、アメリカ等では労働組合員レベルの人たちがレイオフされる場合には、一般的には勤続年数の短い順にレイオフするという先任権ルールというのが確立しているわけですね、セニョリティールール。これは、労働組合の立場から見たときに、景気が悪いときに余剰労働力が解雇されるのはやむを得ない、しかしだれを解雇するかということは雇い主に決めさせない、非常に機械的に決めるというルールですね。
 一般的に言うと、勤続年数の長い人というのはその企業の中に特有な技能を蓄積してきておりますので、解雇されたときに失うものが非常に大きいわけですね。勤続年数の短い人はまだその企業の中にいろんな技能だとかそういうようなものを蓄積しておりませんから、もちろん解雇されて被害が全くないということはないわけですが、解雇された場合に失うものが比較的少ないと。そういったような観点もあって、もちろんそれだけが理由ではありませんけれども、一般的にはアメリカでは、労働組合員レベルの人がレイオフされる場合には勤続年数の短い順に機械的にレイオフしていくというようなルールがあるわけですが、日本でそういうルールをつくる必要があるかどうかは別として、やはり一定の決まったルールで解雇が行われると。
 従来の日本の雇用調整の実態を見ますと、確かに解雇権乱用法理があって解雇やレイオフがそんなに簡単には行われないわけですが、いざ雇用調整が避けられないということになると、最も解雇されるコストが大きい中高年層の労働者とかそういうところから真っ先に肩たたきをされるとか、そういうようなことがありますので、やはりこれは解雇というのは市場経済の中では当然あり得るわけなんで、それがある場合にどういうルールで解雇が行われるということをあらかじめ法律等に基本的なことは決めておく、そして具体的なことは個別の労使がそれぞれの企業なり産業で決めていくといったことが必要なんではないかと思います。そういうようなことが確立していけば、雇用調整弁としての定年というのは必ずしも必要がないということですね。
 逆に言えば、今までの考え方というのは、定年という年齢を理由にしたものであれば解雇してもいいという考え方だったわけでありまして、これはこれでよく考えてみればちょっと恐ろしいことでもあるわけですよね、年齢理由であれば、一定の年齢を理由にした解雇であればいいということですから。ですから、そういうようなことは、逆に言うと、年齢とか性別だとかそういうようなものを解雇の際の基準にしてはいけないというようなルールも一方で明記すると。これはアメリカなんかはそういうルールでやっているわけですけれども、必要になってくるんではないかというふうに思います。
 もう一つは、但馬委員がおっしゃった、特に技術革新等が非常に速く進む場合に生涯現役を実現するためにはどんな仕掛けが必要かということで、四十五歳で定年制というような例もおっしゃっておりましたけれども、これはもちろん、先生御承知のとおり、法律では六十歳を下回る定年は今禁止されているわけですので何かの形で雇用は継続されているとは思いますが、しかしITの、但馬委員が言われたように、担当部署をその年齢でもう外してしまうというようなことが実際にあるのかもしれません。
 ただ、技術と年齢の関係についても、これもある面では、実際に一定の年齢になると技術に追いつかないという部分がある一方で、偏見の部分も相当あるわけですね。つまり、技術が年齢によって仕事ができる範囲をむしろ広げるような部分もあるわけです。つまり、今までは高齢者では無理だと思われていたような仕事が新しい技術によって可能になるような部分。例えば、町工場や何かで小さな計器がだんだん見れなくなってしまったために働けなくなっているような人がいたわけですけれども、そういうようなところで例えばデジタル型の大きな計器みたいなものが導入されると、もともと技術はあるわけですから、年をとっても余り細かいところを見なくても仕事ができるようになるというような形で就労機会が延びるとかいうようなケースはあるわけですね。ですから、新しい技術が必ずしも一方的に高齢者の就労に対してマイナスの影響だけを与えるわけではないということだろうと思います。
 そこで、じゃ、どんな仕掛けが必要かといいますと、一つは、先ほど言いましたように、企業の中ではできるだけ年齢を基準とした賃金というものが維持できなく、というか年齢を基準とした賃金でない形にしていかないと生涯現役というのは実現できないわけですよね。そうすると、もともと企業内で年齢を基準とした年功賃金の持っていた生活給という側面が失われていくわけですね。
 つまり、今までの年功賃金というのは、二十代だったら、あなた、生活費このぐらい要るでしょう、三十代だったらこのぐらいですね、四十代だったらこのぐらいですねといういわばその生活費に合わせた賃金体系だったわけですが、能力主義だとかあるいは成果に合わせた賃金という形になると、必ずしも個人の能力とか成果というのはその時々の生活費に一致するとは限りませんので、逆に言えば、個人は生涯の所得配分を自分でやらなければいけなくなってくるわけですね。例えば、三十代にはもらっている賃金よりも必要な生活費の方がうんと少ないとすれば、その差額を自分で運用して四十代、五十代の出費に備えるといったようなことも必要になってくるわけで、政策的に必要なのは、今まで企業が行っていた生活設計を個人が自分自身で行えるような環境を整えていく、そのためにも、例えば個人にとって使い勝手のいい金融市場を整備していくというようなことが一つは必要かと思います。
 もう一つは、先ほど河野先生が言われたように、能力開発の中心が企業から個人に移ってまいりますので、そのとき個人が自分自身に投資をすることができるための資源をどのように個人に与えていくか。それは大きく言えば資金と時間ですね。自分自身に生涯にわたる能力開発をしていくためのお金と時間ということになります。
 私は、お金については、これは政府が助成するというよりは貸し付けの方がいいと思います、理論的に言えばですね。というのは、能力開発というのは自分自身に対する投資ですから、将来、より安定的な雇用機会だとか、より高い賃金が得られるというような投資ですので、これは他の納税者だとか保険料の負担者からの所得移転ではなくて、貸し付けの形にする方が理論的には、技術的にそれが可能かどうか私はわかりませんが、理論的には貸し付けのような政策的にはシステムをつくる。ですから、ちょうど奨学金、奨学ローン制度があるように、能力開発ローン制度みたいなものを整備していく。これは要するに助成金という形で上げっ放しになるのではなくて、後で返してもらうということが必要だろうと思います。
 もう一つはやはり時間ですね。その意味でも労働時間の短縮というのはやっぱり必要だと思うんですね。朝から晩まで目先の仕事に追われていては自分自身に能力を再投資する暇が持てません。もうちょっと言うと、人生の折り返し点の四十代前半ぐらいのところで、もう一回新しい技術だとか知識を一年ぐらい、オンリーブというんでしょうか、仕事を離れて身につけ直す長期の研修休暇制度のようなものも必要になってくるんではないかと思います。
 ちょっとこれ、イメージ的なあれですけれども、五十五歳の定年というのが昔あったわけですけれども、その当時の仕組みが今まだ残っているわけですね。それは、要するに五十五歳までというのは比較的短距離の職業人生を目いっぱい走り抜く短距離走型の職業人生だったと思うんですが、やはり六十五歳とか、場合によっては七十歳まで長く働き続けるということになると、途中で栄養ドリンクも補給する必要もあるかもしれないというような、マラソン型の職業人生と言うんですかね、そういうようなものが必要になってくる。そういう面では日々の労働時間をもうちょっと短縮しながら、場合によっては長期の研修休暇等の制度を設けながら生涯働く期間をもうちょっと長くしていくというようなことが必要なんではないかというふうに思っております。
#28
○但馬久美君 ありがとうございました。
#29
○参考人(河野真理子君) まずは、お忙しい中、但馬先生お読みいただいてどうもありがとうございました。
 早速いただいた御質問なんですが、多分企業側にとっては非常に耳の痛い、わかっちゃいるけどという質問なんですよね。大変鋭いところをつかれてしまったと思っております。
 まず、キャリア開発というのは常にやる必要がありまして、一回だけやればいいというものじゃないというものなんです。常に意識する必要がある。その中で、今企業に多分マイクを持っていってインタビューしますと、うちはOJTでやっているからとおっしゃるのが事実です。さっき申し上げた三Kの一つとして教育研修費がカットされていますから集合研修を、オフ・ジョブ・トレーニングなんですけれども、仕事を通してキャリアを磨いてあげることを一応OJT、オン・ザ・ジョブ・トレーニングと言いますね。逆に言うと、何もしていなくてもOJTと言う企業が圧倒的に多いんですね。ですので、その他に丸をつけず、OJTに丸をつけるといってもいいくらい、現場で教育をしているからとおっしゃいます。ただ、それはスキル教育、業務教育でありまして、キャリア開発とはなり得ないものが多いと思っています。
 そこで、ちょっと私は、お恥ずかしいんですが造語をつくらせていただいて、OJSD、オン・ザ・ジョブ・セルフ・ディベロプメントという言葉を使ったセミナーをやっています。
 どういうことかというと、先ほど先生おっしゃってくださった、時間をつくって勉強に行く、これはもちろん重要なことで、スキルを汎用性を持たせるですとか知識として理論としてまとめるということは重要なんですが、やはり今これだけ企業の中が動いてきて、いろんなものを企業は取り入れられていますので、例えば資料一つつくるのにも、今までワープロでつくっていたのをパソコン、パソコンでつくっていたのをパワーポイントというふうに、仕事を通して自己革新して自己改革していくということが確実にキャリアのアップにつながるんですね。それをオン・ザ・ジョブ・セルフ・ディベロプメントと言っているんですが、ただ、そういう環境を与えるのは企業の管理職でありまして、やはりそこで管理職が仕事を通して部下を育てていくようなキャリアアドバイスのマインドだけじゃなくてスキルも、そういうものを持っていないと、上司と部下がセットでないとやはり現場での能力開発は進まない、本来のOJTにはなり得ないと思います。
 お答えとしては、やっているところは少ないんですが、実は先ほどちょっと配らせていただいた資料の二枚目のキャリア開発研修というのがあるんですが、これについては、やはり企業の人事部がお金を出すとしますと、基本的に企業の中でのキャリア開発に焦点を当てます。ところが、今個人が興味を持っているのは、今回のテーマでもあります生涯における能力開発の中で、もちろん今いる企業ではもちろんねという二つの次元なんですね。
 そうなると、これは実はずっと提唱させていただいていて実現してきたんですが、組合の出番です。雇用の保障ですとかあと個人が安心して仕事をし続けるということでありますと、組合と人事での協賛ということが考えられます。ですので、下でライフ・アンド・キャリアデザインセミナーと書かせていただいたんですが、ある金融様では組合がお金を出してキャリアデザインセミナーもやっておりまして、内容的にライフプランと、特に男女の両立支援も含めたことをやってくれという組合からのオーダーもあります。現実に大手様で最初に人事部長、人事研修部長のあいさつ、二日間やって、最後は組合の委員長または教育部長のあいさつというような形で両方折半でということがふえてきました。
 これは企業の中だけのキャリア形成ということじゃなくて、その方個人にとって、さっき清家先生がおっしゃってくださった教育というのはやはり自分自身の能力開発でありまして、後で返してと言われても返せない、身についたものですよね。そういうことを考えると実はもう一つありまして、人事や組合が個人からお金を、これは余り言っていいかわからないんですが、大体一万円から二万円の間で一回のセミナーに徴収しても満杯です。そのくらい個人がお金を出しても来るというようなものなので、このあたりは企業が場を提供するということをこれから考えてもいいのではないか。個人が負担をしてもいいと思っている、そのくらいの時代に、若い人たちは特に変わってきていると思います。
 ちょっと補足なんですが、一月三十一日と三月十四日に日経連でキャリア開発セミナーの人事部向けの体験コースをしておりまして、担当させていただいています。実はもう二回とも満杯で、いかに人事の方、企業の方々がキャリア開発に関して人材の育成、新しい育成の仕方について興味を持っているかということと、逆に今まだできていないので情報が欲しいかということが露骨に出てきました。
 これはこういうことを言っては申しわけないんですが、ちょっとお話をしますと、仕事のためじゃない、自分個人のためですとおっしゃるんですね。ですので、仕事で来たというよりも、自分自身も今後のキャリア開発の仕方というのを考えていきたいので一石二鳥ですと言って来られていました。ですので、そのくらい今興味があり、まだまだ、今、但馬先生がおっしゃってくださったように、厳しいところでは実施までは至っていないんじゃないかというふうに思います。
 ありがとうございます。
#30
○但馬久美君 ありがとうございました。
#31
○松岡滿壽男君 お二人とも大変ありがとうございました。
 確かに、定年制度の廃止とかそれからやはり年齢制限の廃止というのは非常に大事なものだというふうに思います。
 日本全体から見ても、私も四十何年前に鉄鋼会社に就職したんですけれども、現場に行きましてびっくりしたのは、ぼうっと外を見て座っている人がいるんですね。あれは何ですかと言ったら、五十四歳、定年の一年前になると満期ぼけになるんだと。そのころは栄養状態も悪かったし、今から四十何年前ですから。それから見ると本当に今、先ほど加納先生もおっしゃったように、みんな元気ですよ。私の同期の連中も、社長で頑張っているのは二、三人ぐらいいますけれども、それこそ役員の年齢制限にひっかかっちゃって、みんな年金をもらってもてあましているわけです。これはやはり日本全体から見たら大変な人的資源、エネルギーの損失だと思いますよ。この問題をどうやるかということが非常に大事だと思うんです。
 ただ、片方で人口がどんどん減っていくという状況、大前提が一つありますね。そのために我々委員会、いろいろ頑張っておるわけですけれども。それと、やはり国、地方を通じて七百兆からの借金がある。それから、経済構造が目まぐるしく変わってきてどうなっていくんだろうかと。バブルだけじゃなくて、要するに、グローバリゼーションの波に洗われて非常に厳しい状況になっています。日本がかつて誇るべき三井、三菱とかそういう大商社、これはやはりグローバリゼーションの中で日本独自のシステムがもうもたない状況になってきている。そこへもってきてそれぞれの産業界を見るとみんな合併合併で、日本全体では大き過ぎるが世界を相手にするには小さ過ぎるということでどんどん合併が進んでいくわけですよ。
 先ほどちょっと御質問しようと思ったら、但馬先生から御質問もあって、雇用調整ですよね。これは年齢制限だけじゃなくて、出向とかいろんな形で定年前退職とかいろいろやっているわけですが、確かに先生おっしゃるように、これはルール化していかないとこの数年間大変な事態に日本はなり得ると私は思うし、それに引き続いてやはり公務員制度を一体どうやっていくのかという大きな問題を抱えているんですね。だから、これから先、定年制度を今急に廃止してもつんだろうかという問題が一つ私も気になるんですが、そういう雇用調整のルールづくりですか、それも含めてもう少し具体的に、どう我々が対応したらいいのかということをひとつお伺いしたいということ。
 もう一つ、先ほど河野先生のお話もありましたが、実際にそういう現時点での高齢者、どういう仕事が向くんだろうかと。そういうものについての御判断をどうしておられるのかということと、清家先生には、年齢と賃金をリンクさせないという形でだんだん差がついてきていますね、横ばいになってきている。しかし、それは例えば結婚とか育児とかいうものに対しては今度は逆の作用になってくる可能性がありますね、賃金がフラットになっていくと。その点については我々は、少子化対策としてはこれは傾向的には非常にクエスチョンだという感じがするんですが、どうやってその部分については少子化対策として、フラット化しているものについての障害といいましょうか、乗り越えたらいいのか、その辺をひとつ御示唆いただきたいというふうに思います。
#32
○参考人(清家篤君) 松岡委員の御指摘は非常にもっともな点だろうと思います。
 私は、今、松岡委員が言われた、例えば定年の廃止とかグローバリゼーションというようなものをどのように調和していくかというのも、やっぱり一つのポイントは賃金調整のところだろうと思うんですね。
 一つは賃金のレベルと構造ですね。これは、もちろん賃金のレベルについては賛否両論あるかと思います。あるいは労働組合と企業の間での立場の違いもあると思いますが、私は、これ為替レートにも依存して決まってくるんですが、やはり日本の今の賃金水準というのは国際的に見て相当高いレベルに既になってきていることは、これは否定できないわけですね。
 ちなみに、一番新しい最近の統計ですと、ボーナスを含んだ日本人の平均賃金、時給レベルで見て二千二百円ぐらいまで行っているわけですね。アメリカが千六百円とか七百円ぐらい、ドイツあたりが千九百円ぐらいというような形で、途上国と比べてももちろんですが、先進国の中でも日本の賃金水準は相当高くなってきておりますので、これはもちろん為替レートによって相当国際比較は変わってきますけれども、私は、グローバルな競争をしていく上では、特に今の日本の経済状態のようなことを考えますと、場合によってはもう一段、賃金調整は必要なのではないかなというふうに思っております。
 これは多くの経済学者が指摘しているわけですが、アメリカ経済が復活するまでの間、ごく最近までアメリカでは御承知のとおり実質賃金というのは下がり続けてきていたわけですね。それは、要するに賃金の安い人たちの雇用機会がたくさんふえるという形で平均賃金が下がり続けてきた面があるわけですが、そういうような形の賃金調整がまだ日本ではバブルが崩壊してから十分に進んでおりませんので、私は、まず賃金のレベルそのものの調整が進むことが、国際競争をしていく中で雇用を守っていくという観点からは必要だろうと思います。
 ちなみに、日本の失業率が石油危機の後、先進国の中では非常に低い水準に抑えられた一つの理由は、やはりオイルショックの後、これは松岡委員の御出身、鉄鋼というのがあるかと思いますが、特に鉄鋼労連等を中心として日本の労働組合が非常に経済整合的な賃金決定を行って、賃上げ水準をかなり抑えた。これがやはり日本の経済がオイルショックから回復し、また低い失業率が維持できた一つの理由だと思いますが、バブルの崩壊後は、必ずしもオイルショックの後のような十分な賃金レベルの調整がまだ進んでいないと。これが高齢者だけではなくて、雇用労働市場全般の不安定さをもたらしている一つの要因ではないかというふうに思います。
 もう一つの賃金の構造の方ですけれども、これは確かにもう年齢を基準としないフラットな形にせざるを得ないわけですが、それが少子化にマイナスの影響を与えるかというと、私は、賃金のフラット化というのは、むしろ三十代ぐらいの賃金がもっと底上げされて、四十代、五十代のところの賃金がそんなに上がらないという形だと思いますので、必ずしも子供をつくるというようなことにネガティブな方向に働くとは思えないわけであります。
 先ほど、生活給の話をしましたけれども、どんな社会でも労働者が生活できない賃金というのはあり得ないわけで、必ず労働者の生活水準あるいは生活費と賃金というのは一定のリンクがあるわけですね。
 ただ、日本の生活給を考えますと、例えば大企業の常用労働者の賃金体系を考えると、四十代の男性労働者一人の稼ぎで家に専業主婦も置いて、大学生の子供もお父さんの稼ぎだけで大学に行かせると。そこまで生活の範囲に含めたような生活給になっている部分があるわけでありまして、これはやはりちょっと国際的に競争した場合にもたないだろうと思いますね。
 例えば、アメリカの生活給のレベルというのは、多分、夫婦で働いてちゃんとした生活ができる、そして大学生になった子供は基本的にはアルバイトとか奨学金で大学に行く、もちろん裕福な家庭であれば丸々子供を大学に親の所得だけで行かせることができるかもしれませんが、そういう仕組みになっているわけで、いわば個人ベースの生活給の賃金体系と専業主婦や大学生の生活まで丸抱えの家族ベースの生活給が競争すれば、これはやはり個人ベースの方に収れんしていくのはやむを得ないと思いますので、そういう面でやはり四十代、五十代のところの賃金水準がもうちょっと下がっていく、そのかわり三十代というようなところの賃金はもうちょっと上がっていく。イメージ的に言えば、一人前になるまでは年功賃金で当然なわけですが、一人前になった後は基本的には年齢とか勤続年数と賃金がリンクしないような形になっていくと。そういう形であれば、私は、必ずしも少子化とか育児というものと賃金体系のフラット化というのは矛盾するものではないのではないかというふうに今は考えております。
#33
○松岡滿壽男君 ありがとうございました。
#34
○参考人(河野真理子君) 本当にどちらにとっても難しい御質問をいただきまして、ありがとうございます。
 まず、私も、今回のこのテーマは、ちょっと先ほど申し上げたとおり、生まれたばかりの一人の人、若い人を想定しまして、日本でこれから生涯を通じて能力開発をする、教育から含めて、家庭教育、学校教育、社会教育、企業の中というふうに広範囲に考えるものと、あと、現在この場の今の問題で、短期ビジョンの中での短期決戦で考える課題とあると思うんですよね。
 今御質問いただいているところで、あえて短期的な、今いらっしゃる五十代、六十代をどうするかというところに少し焦点を絞りたいと思うんです。
 今、清家先生の定年制度についてのことは、本当にもうおっしゃるとおりだと思っております。
 逆に、それは現場でどうなっているかという今の実態をお話ししますと、組合が強いところは既に定年についてのもういろいろ施策が出ておるんですね。具体的に見てみますと、残念ながら出てきている職種はブルーワーカーの現場、それから消費者アドバイザーの窓口、接客担当、メール担当、それから装置担当というような形と、あとは子会社へ出向して同じような仕事をするような、どちらかというと現場でのブルーワーカーと、それからホワイトカラーとはいいながらも、どちらかというと管理職ではなかったような方々、特にそれを選択する方というのは、生活のためにされているという方が多いです。
 今、松岡先生が御指摘いただいた、非常に活躍されている世代こそ今もったいないと思うんですね。その方々は、具体的に例えばパソコンがどうのというわけではないと思う。ただ、活用というと大変申しわけないんですが、人脈ですとかネットワークですとか折衝力ですとか、私たちの若い世代に、まあ私も若くはないかもしれませんけれども、ないものがあるとすれば、やはり起業したばかりの企業の顧問ですとか、もっともっと御活躍いただく場はあると思うんですね。
 ですので、今の定年延長というのは、やはり一企業の中で考えると、まだまだこれから突破していかなきゃいけない課題が、まだ窓口ですけれども、ありますが、労働市場全体として、例えば五十代で転身支援制度を使って飛び出していっても七十まで活躍できる第二のセカンドステージがあるとか、そういうような形で労働市場全体でまた考える必要が出てくるんだろうと。
 その意味では、さっき先生がおっしゃったような、受け入れ体制として年齢を考えないというようなこともあるでしょうし、二つ目の御質問の方になりますけれども、賃金のフラット化のいい面というのも出てくるように思います。
 それで、ちょっと続けてフラット化についてなんですけれども、すごく難しいと思うんですね。私、年功序列というのは基本的に好きです。年功序列だったら好きなんですが、年々序列は嫌いです。
 年功というのは、その企業の中で年とともにキャリアが上がって、やはりそれなりに仕事のアウトプットがあるからこそ出てきたものでありまして、そうでない事態になると、やはりお互いに、いる方もいづらいし、周囲の人間にとってもちょっとうるさいというか、本当に給与は高いくせにというのがありまして、やはり今は年々序列になっているんだろうと思うんですね。
 これをあえて少子化とちょっとリンクさせて今考えてみたんですが、育児休業復帰後ということを考えると、一番皆さんおっしゃるのが、今までと同じ給与をもらいながら実は同じに働けないつらさでやめる人がいるというのを御存じでしょうか。
 特に女性は非常に責任感が強くて、例えば高齢で結婚し、晩婚し、そして高齢で出産すると、ある程度任された責任の立場があります。管理職まで行かなくてもチーフです。そこで、前と同じ給与をもらって、しかも早く帰る、お迎えがあるというようなことになると、かえってつらいんですね。
 そうなると、ちょっと今のフラット化とは若干違うかもしれないんですが、やはりワーク・イコール・ペイメントと昔から言いますが、パフォーマンス・イコール・ペイメントと最近はちょっと申し上げていますが、そのあたりも、あえて個人にとっては一時期間フラット化してもらった方が精神的に続けられる気持ちになれることもあるかと思います。
 実はこれは本人の問題よりも、これはあるエネルギー供給メーカーさんのもう実在してくる話なんですが、周りの独身の方とそれからDINKS、ダブルインカム・ノーキッズの方、その方々が、一人休まれると困る、周りはもう産めないねと言っているんですね。その人の仕事が全員に振られる、代替要員がいない、そして戻ってくるとやはり給与は同じなのにそんなに働けないでしょう、周りがフォローするねということがありますので、もう少し働くパフォーマンスと賃金というのがイコールになることもこれから検討の余地、課題だと思っています。済みません。
#35
○会長(久保亘君) 質疑の途中でございますが、清家参考人には、お忙しい中を御出席いただき、まことにありがとうございました。お約束の時間が参りましたので、御退席くださって結構でございます。
#36
○参考人(清家篤君) どうもありがとうございました。(拍手)
#37
○会長(久保亘君) 引き続き河野参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#38
○久野恒一君 自由民主党の久野恒一でございます。
 清家参考人また河野参考人、大変貴重なお話をいただきまして参考になりました。ありがとうございます。
 そこで、私は年金問題について清家参考人にお聞きしたかったんですけれども、残念ながら御退室ということでもって、そういう意味では河野参考人の方には大変申しわけないんですけれども、自分の経験からの質問をさせていただきたいと思います。
 実は、私のところでもってある事業、といっても病院なんですけれども、病院をやっています。医事請求、まあ専門学校ですね、そういうところを出てまいりますと、私は医事会計は得意だということでもって入ってくるわけでございますが、やはり私の経験からいくと、患者さんの気持ちがわからなくて医事請求ができるかということでもって現場に出すわけでございます。どういうことをやらせるかというとホームヘルパーみたいなことをやらせるわけでございますけれども、それでもって患者さんがどういう気持ちでもって介護を受けられているのかというのを身をもって教えているわけでございます。
 そういう中で、学校教育でもって、レジュメの三番目のところに「学校教育と「キャリア開発」」ということを書いてございますけれども、なかなか現場とはそぐわないんじゃないかなという面も持っております。そういう点についてですね。
 で、後の方になりまして、六番目に生涯現役という言葉が出てまいりまして、ライフ・アンド・キャリアアドバイザーですか、そういう言葉が出てきて、日出先生もお話しになったわけでございますが、私は生涯現役という言葉は好きなんです。好きなんですけれども、やはり人間というのは肉体的にある年齢になると老化現象が起きまして、八時間労働というのはもうとてもじゃないけれどもたえられない。そういうふうな、まあ二点目の質問に入っちゃっているわけなんですけれども、そういう意味では、私は生涯現役といっても、先生がおっしゃるようにフレキシブルタイムでもって好きな時間だけ働いてそれである程度の収入を得る、これがまた生きがい教育になろうかと思います。
 そういう生きがい教育の中で、少子高齢化というのは、先ほど清家参考人がおっしゃいましたように、だんだん労働人口が、支える人口がふえてまいります、働く人口が減ってまいります。したがいまして、私は清家参考人にお聞きしたかったのは、労働人口が同じであるならばいいじゃないか、すなわち、生きている間は働いて何らかの形でもって収入を得て、その収入の一部を年金あるいは社会保障費に回していけばそれで足りるんじゃないかというふうに考えておったわけでございます。今までのように、ベースとしてはある程度フラットになるかもわかりませんけれども、もう六十五歳を過ぎれば本当に十万か二十万でもって働ける、そういうような形でもって自分の生きがいとして働いていく、その中でもって社会保障を納めていくと。そういう意味合いでもって、先生なりに、ある程度働いて、生涯教育の中である程度働いたものをそういう社会保障面に還元していけば、私はバランスがとれてくるんじゃないかなというふうに思うわけでございます。
 そういう点について、まず教育の中でもって本当に実地教育ができるのかどうか、二点目には、そういう労働人口というのが減ってきた場合に、それを何とか労働人口を維持するためには生涯現役という説でもってやっていけば何とかなるんじゃないかという二点をお聞きしたいと思います。
#39
○参考人(河野真理子君) ありがとうございます。
 一人になってしまいまして、清家先生の分までお話しできないかと思いますが、お許しください。
 まず、一つ目いただきました学校教育、一言では言えない大きい課題だと思います。今、先生おっしゃってくださいました特に病院、久野先生、病院を御経営ということで、実は私、今企業の中でもスキルや知識だけあっても、それをどう使うかというところを判断し、例えば幾ら法律のプロとかいいましても、じゃその法律を使って何をしたいのかという興味の行きどころというのを学校時代に職業観をちょっとつかんでおいてもらおうと。また、それを生涯として考えた場合、それをちょっと意図していたんですが、実は最近のテーマで倫理観というのを私は考えていまして、幾ら知識や技術、スキルですね、ありましても、今さまざまな、申し上げなくてもおわかりのような事件があります。その中で、仕事をする上での倫理観というのもやはり学校で教えていくべきだと思っています。家庭教育はもちろんなんですが。
 御質問の学校教育でキャリア開発という言葉は実は余り適さないかと思うんですが、やはりその中で体験を通すということがすごく重要に思います。例えば、具体的で恐縮ですが、今NHKで「ようこそ先輩」というテレビをやっていまして、あれは私は大好きなんですが、学校にある程度先輩が来られて、私は看護婦をやっているけれども、こんなに大変なこともあるのよという話をする。また、今教育改革でいろいろ騒がれましたが、ちょっと奉仕という言葉がいいかわかりませんけれども、さまざまな体験をするということは重要に思います。
 私事で恐縮ですが、うちの息子の友達が、一人っ子が多いんですね、うちは二人とも男なんですけれども、私の家に遊びに来たときに、何年か前に下の子が、汚い話で本当に申しわけないんですが、まだおしめをしていて、大の方をしてしまいました。そうしたら、友達が一人吐いてしまいまして、もう一人の子はもう嫌だといって、家の中ににおいがこもりますから、帰ってしまったんですね。そのくらい皆さん一人っ子ですと生活経験がないので、汚いこと、嫌なことを排除する、リジェクトすることなんです。このお子さんたちが家族の中で、またはビジネスとして介護などできるだろうかと真剣に思いました。
 そういうことを考えると、やっぱり今の少子化現象というのは大きい課題で、生活体験の場の中でやはり体験がないんですね。そうなると、ちょっと学校教育でフォローしていただくことも重要で、ちょっと話が膨らんで恐縮ですが、私が申し上げたのは、理論として話せということではなくて、いろんなことを体験する中で、こういう楽しさを得るにはこういう苦しみもあるとか、もっともっと体験の中で、ああ私は看護婦は合わないとか、頭はいいけれども医者はできないなとか、そういうことを考えさせる場として学校教育が重要ではないか。社会人になる前にやっておいてもらわないと、社会に出てきてから事件や事故を起こされたら困るんですよね。その辺を含めて、ちょっと三番をつくらせていただきました。
 もう一つ御質問をいただきました生涯現役、実はこれは清家先生御本を書かれていますが、清家先生を通じてかと思いますが、経済企画庁で生涯現役をかなりアピールされました。同時に、私も今文部省の生涯学習局の方で二つ委員をさせていただいているんですが、そちらでは生涯活躍という言葉を使っています。
 私は、とても両方いい言葉だと思います。というのが、個人の生活によってシングルインカムかダブルインカムか、子供は大学院までなのか、それとももう義務教育なのか、それぞれ多様化している中で、やはり高齢になってからの働き方の選択肢はあっていいと思います。本当に生涯現役で働かなきゃならない方もいらっしゃるということだけはどうぞお察しいただきたいと、生活のために。
 それから、あと、やはり自分が持っている能力を好きなところで好きな時間に生かしたいと。それで、さっき先生おっしゃってくださった五万、十万、二十万で、そして今度それが社会保障に還元、これはもうすばらしいことです。先ほど松岡先生もおっしゃってくださった、特に自分自身の持っている人脈ですとか、そういうものが後世の、次世代の人たちに使ってもらえれば、これはお互いにハッピーなんではないか。
 ここでよくミスマッチをさせることがあるんですね、ITができないから技術教育をしようとか、英語をやらなければ採用しないとか。ちょっとそこはもっと現実に基づいて、お互いにできる範囲内で、あと好き嫌いもありますから、やっていっていただいた方がいいのかと思います。
 それからあと、生きがい教育とおっしゃいまして、これは心理学的にもどうも健康面とリンクするというのはたしかアメリカで言われていると思いますので、その辺を含めると、やはり私はちょっとここ、四番のところはあえて現実上でにおけるキャリア開発をポイントアウトしたんですが、今の四番の五十代、六十代のホワイトカラーと同時に、五番の六十代、七十代男女の現役世代のバックアップというのも大きな生きがいになっていると思います。昨今では何か役に立ちたいのでといって某財団の方に御連絡が来る男女のリタイアされた方もいらっしゃるということですので、その辺ももう少し大きな一つの仕事としてやっていただけるとありがたいと思います。
 よろしいでしょうか。
#40
○久野恒一君 ありがとうございます、どうも。
#41
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝でございます。
 本日は二人の参考人の方にお忙しいところお越しいただきましてありがとうございます。
 河野先生に伺います。
 お話を伺っておりまして、若いときからの働き方とそして高齢者になってからの能力発揮というのは関連性があるなというのを感じたわけでございます。
 この調査会では、先ほどもお話がございましたように、日本の急激な少子化という問題を考えながら、職業と家庭の両立ということについてもいろいろ調査や論議をしてきたというふうに思います。その方向でルールづくりも動き始めようとしているわけですけれども、先ほど清家先生からは、高齢者の就業にとってマイナスの一番多い問題として、表の2では健康に問題がありというお話がございまして、これは加齢に伴って当然そういう問題は出てくるけれども、やはり若いときから健康に留意しながら働くということも高齢者になっての能力を発揮する上で大事だなというふうにも思ったわけです。
 河野先生が、六十代、七十代になってからも役割があるというふうにおっしゃっていただいたんですけれども、例えば若いころから地域でのコミュニケーションをとっておくと、そういうふうに六十代、七十代になっても大いに力を発揮できるとか、先ほど教育の問題も言われておりました。ですから、若いときからこういう働き方を積み重ねていく必要があるのではないか、それがやっぱり少子化の問題それから高齢社会という問題でも大事ではないかというふうに思って、両方解決する上で接点を私はここで先ほどの論議を含めて見せていただいたような気がするんですが、その点具体的にございましたら教えていただきたいと思います。
#42
○参考人(河野真理子君) どうも畑野先生、御意見ありがとうございます。おっしゃるとおりだと思います。
 まず、ちょっと少し幾つか課題をちょうだいいたしましたので、思うところをお話しさせていただきます。
 先ほど、若いときからの働き方が生涯現役を左右するというような、実はこれはキャリアだけではなくて、きょうはテーマではないのでちょっと資料等をお持ちしていないですけれども、健康面、実は大きいんですね。今のこの三十代、四十代、私もそうですが、私もパートナーもそうですが、毎日十一時、十二時、二時、三時は当たり前という状況で、タクシーで帰る状況。食べ物もろくに食べておりませんので、このままいけるかという、実は平均寿命は縮まるんじゃないかとも思っておるくらいです。
 実は、ちょっと話は変わって恐縮ですが、先ほど教育面で自由時間政策のお話を申し上げました。実はこれは、今、日本がケア世界といいますか、介護や育児も現役世代が携わらなければならないという実情を考えると、もちろん自由時間というのは非常に重要だと思います、企業に働いている場合の自由時間。ただ、もう一つ、ここで抜けているのが自分自身の健康面における自由時間です。
 昨今、さまざまなそれこそ生活習慣病ですとか、さまざまながんですとか、これはやはり一日、二日時間をとってきっちり検査をしておいたりすることで結果的には生涯長く働けることがありますが、正直言って無理です、行かれません。やはりほかに代替要員がいないということも大きいし、本人もここで仕事を逃したらもう本当に一言でリストラされちゃうかな、飛ばされちゃうかなという表現に変わるので、もう少しやはりこの健康面については予防的な感覚を皆さんにも持ってもらい、そういうような企業の働かせ方というのも重要だと思います。
 ただ、もちろん給与を払いながら自由に行っていいよというのも難しいので、先ほどの先生のフラットとはちょっと違う意味ですけれども、もう少し働いているワークまたはパフォーマンスとイコールにしていかないと、企業の経済的な面ももたないぞということももちろんあるんですが、細く長くという時代に入ってきているように思います。
 今健康面のお話から、次に幾つか課題をいただいて、私も若いときに、畑野先生おっしゃっていました地域でのという言葉を使ってくださいました。地域の教育力と地域のネットワークは仕事をする上で非常に重要だと思っております。
 というのが、今本当に核家族ですので、赤ちゃんが生まれるとパン一つ買いに行けないという状況で、専業主婦の方も、ましてや仕事なんてできないという。そうなりますと、地域に根づくというと変かもしれませんが、核家族というのは楽かもしれませんけれども、もう少し個人がオープンにして地域でのネットワーク、特に働いている方と専業主婦の方または高齢で家にいらっしゃる方々とのネットワーク、これを私は生活環境の整備という言葉を使っているんですが、をしっかりしておくこと。生活環境の整備と同時に、育児環境ですね、育児環境、教育環境を整備しておく、それがやはり個人が仕事に邁進できる環境づくりと思っています。
 ですので、個人の中でもライフの部分をしっかり固めておくことが今先生おっしゃってくださったような、現役時代はもちろんですが、生涯にわたってやはりキャリアを開発していく。逆に申し上げると、私たちはとにかくキャリア開発というのをテーマにしてくると、逆に、そうか、ライフの部分をしっかりしている方としていなかった人ではこんなに差が出てくるのかということを現場で見ています。
 特に、こちらにお配りしたようなセミナーは、つくりたくてつくったのではなく、キャリア開発の視点からつくらざるを得なかったライフプランとキャリアプランのセミナーでございまして、そのくらい少子高齢化ということと働き方というのはリンクしているように思います。
 ただ、一つ、生活環境を整える整え方というのが、今まで専業主婦の方々の価値観と、どうしても核家族が主流になっていた価値観で来ていますので、まだまだその辺が個人にとって重要だという意識まで行っていないと思うんですね。この辺が次の課題になるかと思います。
 よろしいでしょうか。
#43
○畑野君枝君 ありがとうございました。
#44
○会長(久保亘君) 以上で参考人に対する質疑は終了しました。
 河野参考人及び先ほど御退席になりましたが清家参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席いただき、まことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表して厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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