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2001/02/14 第151回国会 参議院 参議院会議録情報 第151回国会 国際問題に関する調査会 第1号
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2001/02/14 第151回国会 参議院

参議院会議録情報 第151回国会 国際問題に関する調査会 第1号

#1
第151回国会 国際問題に関する調査会 第1号
平成十三年二月十四日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員氏名
    会 長         関谷 勝嗣君
    理 事         広中和歌子君
    理 事         高野 博師君
    理 事         井上 美代君
    理 事         田  英夫君
                泉  信也君
                入澤  肇君
                亀井 郁夫君
                河本 英典君
                佐々木知子君
                須藤良太郎君
                田中 直紀君
                松谷蒼一郎君
                山内 俊夫君
                山下 善彦君
                山本 一太君
                今井  澄君
                木俣 佳丈君
                佐藤 雄平君
                本田 良一君
                柳田  稔君
                松 あきら君
                緒方 靖夫君
                高橋 令則君
                島袋 宗康君
    ─────────────
   委員の異動
 一月三十一日
    辞任         補欠選任   
     河本 英典君     畑   恵君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         関谷 勝嗣君
    理 事
                佐々木知子君
                山本 一太君
                今井  澄君
                高野 博師君
                井上 美代君
    委 員
                入澤  肇君
                亀井 郁夫君
                田中 直紀君
                畑   恵君
                松谷蒼一郎君
                山内 俊夫君
                山下 善彦君
                木俣 佳丈君
                佐藤 雄平君
                広中和歌子君
                本田 良一君
                柳田  稔君
                松 あきら君
                高橋 令則君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        鴫谷  潤君
   参考人
       財団法人フォー
       リン・プレスセ
       ンター理事長   波多野敬雄君
       日本経済新聞社
       編集委員     原田 勝広君
       明治学院大学国
       際学部教授    浅井 基文君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○理事の辞任及び補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○国際問題に関する調査
 (「二十一世紀における世界と日本」のうち、
 国連の今日的役割について)

    ─────────────
#2
○会長(関谷勝嗣君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、武見敬三君、野沢太三君、山下英利君、月原茂皓君、輿石東君、小川勝也君、福山哲郎君、浅尾慶一郎君及び河本英典君が委員を辞任され、その補欠として須藤良太郎君、山内俊夫君、山下善彦君、山本一太君、入澤肇君、今井澄君、柳田稔君、本田良一君及び木俣佳丈君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(関谷勝嗣君) 理事の辞任についてお諮りいたします。
 広中和歌子君から、文書をもって、都合により理事を辞任したい旨の申し出がございました。これを許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 この際、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 理事の辞任及び委員の異動に伴い現在理事が三名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○会長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に山本一太君、佐々木知子君及び今井澄君を指名いたします。
    ─────────────
#6
○会長(関谷勝嗣君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国際問題に関する調査のため、今期国会中必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○会長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#8
○会長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#9
○会長(関谷勝嗣君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本調査会は、調査テーマを「二十一世紀における世界と日本」として、参考人の方々からいろいろと御意見を承っておりますが、本日は、国連の今日的役割について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 本日は、財団法人フォーリン・プレスセンター理事長波多野敬雄参考人、日本経済新聞社編集委員原田勝広参考人及び明治学院大学国際学部教授浅井基文参考人に御出席をいただいております。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人におかれましては、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。
 本調査会では、国連の今日的役割について重点的かつ多角的な調査を進めており、本日は、国連改革と我が国の対応について、参考人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、波多野参考人、原田参考人、浅井参考人の順でお一人二十分以内で御意見をお述べいただいた後、午後四時三十分ごろまでを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
 なお、意見、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、早速波多野参考人から御意見をお述べいただきます。波多野参考人。
#10
○参考人(波多野敬雄君) 時間が限られておりますので、お手元に配付させていただきました発言レジュメに沿って、三点に絞ってお話ししたいと思います。
 まず第一は、安全保障理事会とはどういう場であるかということ、第二に、常任理事国になったとして日本は何を発言するのか、何をするのかということ、そして第三に、日本は常任理事国に果たしてなれるのか、その三つの問題をお話ししたいと思います。
 まず第一に、安全保障理事会とはどういう場かということでございますけれども、多分、第二次大戦が終わって国連ができたときには、安全保障理事会というのは安全保障の問題を議論する場であって、経済の問題、難民の問題、人権の問題等は経済社会理事会で議論し、その他いろいろ委員会がございますから、分業になっていたんだと思うんです。ところが最近は、紛争の原因を探ってみると、その背後には難民の問題がある、飢餓の問題がある、人権の問題がある、民族問題がある、宗教問題があるということで、結局、安全保障の問題を論ずる場合にはその背後にある問題を全部洗ってみないといけないということになってしまって、ということは、国連でやっているすべての問題が安全保障理事会にかかっちゃうということになっているわけでございます。
 例えば、アフリカで五万人難民が出たと、どこかで政権がひっくり返って五万人難民が出たといったら、翌朝直ちに招集されるのは安全保障理事会なのでございます。もちろん、難民の委員会もあるし、経済社会理事会もこの問題を扱うかもしれません。しかし、それは本国にこういう会議をやりたいですということを言って、本国から担当の人が来て意見を交わす、それまでの間に二週間かかり、場合によっては何カ月もかかってからその問題を討議するということになる。
 私も、例えば日本のアフリカにおける貢献とかユーゴスラビアへの貢献とかいうときに、安全保障理事会で議論できなかった問題をそういう場に行って説明したことがありますけれども、見てみると大使の顔なんか一人もいない。若い人がノートもとらないで聞いている。ああ、これじゃ本国にも報告してもらえないなと思いながら言っていたら、案の定報告もしてもらえない。報告してもらっても課長が読んでそれで終わりになっちゃう。なぜならば、ほかの委員会にかかっているときにはもうそれは二番せんじ、三番せんじなんですね。問題が起こった次の日に安全保障理事会でその問題は討議されて、そこで大体の対応ぶりがもう決まっちゃっているんです。
 ということで、安全保障理事会というのは国連の中で最も重要な討議する場、ある意味では安全保障理事会で発言しないとメンバー国に聞いてもらえないという感じですね。
 私なんかが朝代表部に登庁しまして、そうすると、その日の会議日程がざっと配られている。その日、十、二十会議がある。安全保障理事会の議題だけは全部見るんです。というのは、安全保障理事会というのは、十五人が討議して、それが百八十九のメンバー国を拘束する決定をしちゃうかもしれないわけです。ほかの、人権の問題なり難民の問題なりなんなりは、そこへ代表の人を出しておけばその人が適当に答えて、本国に聞いて、日本の対応をそれから考えてもいい。しかし、安全保障理事会というのは拘束されるかもしれないということで、まず安全保障理事会の議題だけは百八十九の国の大使が全部その日の朝見る、そしてフォローアップしているということだと思います。
 レジュメにも書いてございますけれども、ちょっと重要なのは、十五人でやっているということが非常に集まりやすい、集まりやすくてまた物を決めやすい組織なんですね。
 我々も安全保障理事会のメンバーになっているときには、そのころはまだ余りはやっていなかった携帯電話を持ち歩いて、大変だと、今夜何時から会合をするからすぐ来いという連絡を受けたこともございますし、十五人で議論しているわけですから、そこで採決をとって、常任理事国五カ国を含んで九カ国が賛成ならばそれでもう決定、しかも拘束力を全加盟国に対して持ち得るということなので、非常に集まりやすい、決定しやすいというのが安保理が活用される一つの理由だと思います。
 もう一つ、安全保障理事会がなぜ重要かということについて、安全保障理事会というのは安全保障の問題以外にも国連の最も重要な問題を討議することに憲章上なっているんです。例えば、事務総長の選任、これは総会でもやるけれども安全保障理事会でもやって両方が三分の二以上賛成しないと事務総長に選ばれない。
 それから、新規の加盟。新規の加盟というのは余り重要なことでないように思われるかもしれませんけれども、私が安全保障理事会の議長をやっているときに一番苦労したのは、マケドニアという国がユーゴスラビアから分離してこれが国連に入ろうとしたときに、ギリシャが絶対に入れないと言って頑張るんですね。そうすると、常任理事国のうちの一つ二つがギリシャに加担する。というのは、ギリシャの移民がいろいろなところに行っていますから、そういうものの働きかけで常任理事国がマケドニアを入れないということを言い出す。これは大変な問題なんですね。独立国が国連のメンバーになれないというような事態になっちゃった。
 私も、ですから、議長をやっておりますときにアメリカがイラクのミサイル基地を攻撃したとかアンゴラで動乱が起こったとかいろいろな問題がありましたけれども、一番時間を使ったのはこのマケドニアの加盟の問題。結局、マケドニアという名前をそのまま使わないで加盟させてやるという妥協案をつくったというようなことでございます。
 事務総長の選出というのは、これがまた非常に重要なことで、中国がある事務総長の再選に対して十数回ビートーを、拒否権を連発したというのはよく語られる話でございますけれども、最近ではエジプトのブトロス・ガリがアメリカとの関係が悪かったがために再選されなかったという事例もあるわけでございます。
 ということはどういうことになるかというと、事務総長は常任理事国を非常に大事にする、常任理事国といい関係を保っておかないと自分が再選させてもらえないということになっちゃうので、安全保障理事会と全く関係がないような問題でも、重大な問題が起こるとまずその五人の大使をそっと自分の事務室に呼んで、実はこういう問題があって困っているんだと、どうしようかというような話を五人だけにはするということで、常任理事国というのは非常に有利な立場に立って、国連の中で重きをなすという結果になるわけでございます。
 次に、常任理事国になった場合に日本は何を言うのかと。これはよく言われる、よく私も聞かれる話で、常任理事国に日本はなりたいなりたいなんて言っているけれども、なりたいなんて言う前になったら何をするのかを明確にすべきだよと、日本の新聞でもそういうことを書いている新聞がございます。
 まず、国連の中で最も重要なのは発言の場を確保するということなんですね。二カ国で議論している場合には、これは日本はいかがですかと相手が聞いてくれますから、日本の意見はこうですと、こう言えばいいわけですけれども、百八十九の国が何とかして発言しよう、発言の場を得て自分の国の宣伝をしよう、自分の国の意見を述べようとしているときに、日本もその中に割り込んで発言しなければ日本はもうパスされちゃうんです。という意味で、まず発言の場を確保するという重要性は、これは多数国会議では痛感するところでございます。
 何を言うかということに関して、日本というのは非常にユニークな価値観を持った国なんですね。国連の中にいますと非常にそれを感じます。まず、常任理事国にもしなった場合に、日本だけが核を持たない国ということになりますから、非核、しかもほかの国が核を持つことに反対という立場を明確にしている日本はユニークな、特異な国と言えると思います。
 それから、日本は人間の安全保障ということをいろいろ言っていますけれども、日本の言う人間の安全保障というのはほかの国の言う人間の安全保障と相当違うんですね。途上国が言う人間の安全保障というのは、要するに援助をもっとくれということなんです。人間の安全保障の基本は開発にある、援助しろということで、日本の言う安全保障というのは難民問題であり、人権問題であり、地雷の問題であり、感染症の問題でありという、そういう問題を人間の安全保障と考えているわけですけれども、そのとらえ方が非常に違うという意味で日本はいろいろ言わなければならないことがあると思います。
 ここには書いてございませんけれども、難民問題についても、日本は難民問題についてめちゃくちゃにお金は出すけれども、受け入れるということになるとほとんど受け入れない国、これはもう極めて特異な国なんですね。四年前まで日本は年間一名、難民を受け入れたのは一名なんですよ。ほかの先進国は千名単位で受け入れているんです。アメリカは万名単位で受け入れている。日本は年間一名。一名は余り少ないじゃないかといって法務省の出入国管理局長に頼んだら去年から十六名にふえたんです、十六名。ということで、難民問題についても日本は非常に特異な国です。
 それから、やはり一番日本が、いい悪いは別にして、特異なのは人命に関する価値観の問題です。
 日本ほど人命を大切にする国はない。一人国連の関係で死んだりしたらもう各紙とも一面トップですよ。カンボジアで平和維持部隊に関連して二名の方が命を落とされたときに、東京から政府の高官が来て国連の事務総長のブトロス・ガリさんと会って二名死んだ二名死んだと言ったら、ブトロス・ガリさんも初めは懇ろな弔意を表していたんですけれども、余り二名死んだと言うもので途中で、しかしPKOではもう千名以上死んでますからねと言ったんですね。途端に二名死んだということが言えなくなっちゃったんです、日本は。座がすっかり白けて会話が終わっちゃったと。これは日本は決して悪いことをやっているわけじゃないんで、これも国連の中で言ったらいい。それから、南の立場に立って、南の立場に同情を払いながら北の立場を主張する国というのはやっぱり日本なんですね。
 というようなことで、日本は非常にユニークな立場にありますから、言いたいことは幾らもある。一番言わなくちゃいけないのは、二〇%もお金を出しているんですから、民主主義の最も基本である代表なきところに課税なし、課税だけされているわけで、日本は湾岸紛争のときに百三十億ドル、国連の本部の予算が十三億ドルですからその十倍のお金を出しているけれども、会議には一切参加させてもらえないという屈辱的な思いをしたことがあるということで、日本はもうこれだけお金を出している以上当然意見を述べなければいけない。もっとも、そのときに日本に帰ってきて代表なきところに課税なしという話をしましたら反応が非常に冷たい。代表というのは何ですかと、日本は発言するとそんないいことありますかというような発言を聞いて、私も外国の常識と日本の常識とは非常に違うなと思ったことがございます。
 そこで、私が体験した事例を二つだけ申し上げてみたいと思います。
 一つはカンボジア問題で、第一首相がラナリット王子、第二首相がフン・センさんということで一応カンボジアの紛争が終了したんですけれども、反政府軍、クメールルージュという反政府軍がいろいろ軍事活動をしている。これを抑えるのにフランスは、フランスという名前を言っていいかどうかわかりませんけれども、一つ二つの常任理事国は、国連軍の武力とそれからカンボジア政府の武力で制圧しちゃえばいいじゃないかということを言ったんです。そのときに日本が、いや、それはだめだ、シアヌーク国王の意見を聞いても武力は使わないでくれと言っている、だから武力は使わないで話し合いであくまで解決するんだといって頑張って、日本が頑張ったがためにカンボジアでは結局武力を使わないで和平が達成されたんです。
 それからもう一つ、ユーゴスラビアの問題で、私が安保理に入って最初にやった演説というのは、ユーゴスラビアでPKOを国連が派遣するかどうかという問題について、私は自分の演説の中で、幾らかかるのか、私が非常に高い物を買うときには正札を見ますよ、値段が幾らなのかなということを見てから派遣するかどうかを決めますよ、幾らかかるんですかということを言ったんです。そうしたら、反応が全く冷たくてみんな黙っている。十四人のほかの大使はみんな黙っていて、それで会議が終わったら私のところへ来て、ミスター波多野、我々は平和を議論しているんですよ、平和に正札なんかついてないですよということを言ったんです。ところが、二年たって私が安保理を去るときにイギリスの大使がスピーチをやってくれて、その中で、波多野が二年前に値段を見てからPKOの派遣を考えろということを言ったけれども、このごろは我々も幾ら費用がかかるかを見るようになっていますよということをイギリスの大使が言ったのを思い出します。
 日本が学ぶべきことというのをちょっとここへ書いてあって、これはまあ飛ばしてもいいことなんですけれども、日本は日本に関係がある地域には大変に関心を持つんですけれども、日本に関係がない地域、例えばユーゴスラビアのボスニアがどうなるかとかコソボがどうなるかとかいう話になるとすっかり関心を失っちゃうんですね。
 ところが、ニュージーランドは日本と一緒に安全保障理事会の非常任理事国になったんですけれども、非常任理事国になった途端に彼は紛争地をぐるぐるっと回るんです。そうするとニュージーランドに、こういうことを言ってください、私の国の立場はこういうことですからどうぞお願いしますと言って、もういろんな国の大統領、首相がニュージーランドの外務大臣に頼むんですね。ですから、あらゆる問題についてニュージーランドは、この問題はこうでなきゃいけない、ああでなきゃいけないといって物すごく頑張るんです。ということで、世界じゅうがニュージーランドというのは頼りになるな、これからはニュージーランドに頼みに行こうということになってしまうということで、日本はアジアだけじゃなくて世界じゅうのあらゆる問題についてみずからの強い主張を持つべきだというのが私のこれは一つの反省点でございます。
 もう一つ、PKOに積極的に参加するかどうかというのは、これは常任理事国になるかどうかということとはちょっと別の問題で、常任理事国になるからPKOに参加しなければならないというその直接の関連性は全くない問題だと思います。
 そこで最後に、もう時間もなくなってまいりましたので、果たして日本は常任理事国になれるんだろうかということでございますけれども、日本は国連の中で多分最も選挙に強い国だと思います。というのは、日本はお金を出して口を出さないわけですから、だから世界じゅうから何となく日本というのはいい国だなと、何となく一票を投じてやろうというような気にはなっているんです。
 一九九二年に私が国連におりますときに、日本は安保理の非常任理事国になりまして、最後のプロセスとして総会で無記名の秘密投票があるんです。無記名の秘密投票で、多くのアフリカの大使なんかは本国からの訓令なんかないんだと思います。好きなように国の名前を書いているんだと思います。日本はそのときに百六十一票投票した中で百五十八票とったんです。それを当時の海部総理に報告したら海部総理が非常に喜ばれて、日本に投票しなかった三つの国はどこだと言われたんだそうですけれども、それはちょっとよくわかりませんということなんです。
 それから、その次、一九九七年、八年、日本は小和田大使のときですけれども、また非常任理事国になりましたけれども、そのときにはインドが絶対にアジアを代表して非常任理事国になりたいということで、日本とインドが最後の総会の票集めの競争をしたんです。インドというのは非同盟国のリーダーですから票数を集めるのが最も強い国だと言われているんですけれども、そのときに票をあけてみたらば日本は百四十二票、インドは四十票ということで、そのとき私は議場におりましたけれども、議場がわっと騒然としたのを思い出します。というほどに日本は投票に強い国なんです。
 しかし、日本が安全保障理事会の常任理事国になるためにはパッケージとして一括五カ国なら五カ国でなるほかはない。というのは、日本とドイツは有力な国だから常任理事国にしようというのも一つの重要な配慮でございますけれども、もう一つ安全保障理事会の改革のためには南の力をもうちょっと強めなければいけない、南の代表を強化しなければいけないという配慮があるわけです。国連ができましたときには五十一カ国、これは北の方が多分多かったんだと思いますから、そのときの体制がもうほとんどそのまま残っているわけですけれども、現在は百八十九カ国、ということは百三十八カ国それ以降ふえているわけでございます。しかし、南の発言権というのはそれほどふえてない。百三十八カ国のほとんどが南の国なんだと思いますけれども、南の国の安保理における体制はそれほど強化されてないということで、日本とドイツを入れるということより、ほかの国から見てもっと重要な配慮というのは南の発言権をどれだけ強めるかということなんだと思います。
 ということは、日本とドイツを入れるのならばそれは先進国だから少なくとも南側の国を三つ入れろと。ラテンアメリカから一つ、アジアから一つ、アフリカから一つ入れろと。しかし、それでも足りないということで、非常任理事国をあとできれば六つふやしてそれでそれを振り割りたいと。しかし、六つはちょっと無理だということで日本は四つと言っているんですけれども、非常任理事国をラテンアメリカ、アジア、アフリカ、それからアメリカはもう一つ余ったものを旧ソ連から分離した東欧の国に一つ与えたいと言っているんです。
 もう一つはどこへ行くかわかりませんけれども、いずれにしろ常任理事国以外に非常任理事国のポストを四つふやすことによって常任理事国に日本もなりやすくなるし、ドイツもなりやすくなるし、ブラジルもなりやすくなるし、インドもなりやすくなるし、またアフリカの一カ国もなりやすくなる。というのは、ブラジルがなろうとすればアルゼンチンとメキシコが絶対反対と。ブラジルがなるならおれたちだと。インドがなろうとすれば、隣のパキスタンはカシミールで戦争をしておりますから絶対に反対と。また、インドネシアも、パキスタンが反対するならパキスタンよりおれの方が将来性はあるんだからということで、じゃ、おれも常任理事国になれるかなというような気さえ起こしてしまう。というようなことで、そのパッケージになってのみ日本は入れる、そのときには常任理事国五つプラス非常任理事国四つというようなことになるのではないかと思います。
 それに反対している国はどこかというと、今申し上げたように、常任理事国にはなれないけれどもそれに準ずるような中大国なんですね。カナダとかイタリアとかスペインとかパキスタンとかインドネシアとかメキシコとかアルゼンチンとかエジプトとか、こういう国は自分はどうも常任理事国にはなれそうもないなと。自分がなれないならばインドもなるべきでないよ、ブラジルもなるべきではないよということで、そういう国がコーヒー・グループというグループをつくって、核となる国が十カ国ぐらい、それにあと十カ国ぐらい、もしかしたら何かいいことがあるかと思ってそのグループに入っている国がいるかと思いますが、二十カ国ぐらいいるんだと思います。
 二十カ国か三十カ国のことだとすれば、国連憲章の改正というのは三分の二でできるわけですから、国連憲章の改正を強引に通すことはできるんだと思います。しかし、カナダを敵にし、メキシコを敵にし、アルゼンチンを敵にし、イタリアを敵にし、スペインを敵にし、エジプトを敵にするということは、やはり国連として政治的にちょっとできない、そういう国は余りにも国連として重要であるということで、そういう国をいかになだめるか、いかに抑え込むかということが重要になるんですけれども、これは日本独自の力で果たしてそこまでできるかどうか。
 私は、これができるのはアメリカではないだろうかと。アメリカがやっぱり本当に国連改革をやって、日本、ドイツを常任理事国にしたいと思うなら、アメリカが本当に努力してくれなければならない、またアメリカが本当にやればカナダもメキシコもアルゼンチンももうしようがないということになるだろうというふうに思っております。
 以上でございます。
#11
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、原田参考人から御意見をお述べいただきます。原田参考人。
#12
○参考人(原田勝広君) 意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
 九〇年代前半にニューヨークで国連を担当いたしまして、現在も日本で国連を担当している、そういう経験と立場からこの問題について簡単に意見を述べたいと思います。
 お手元のレジュメに沿って述べたいと思います。
 まず、常任理事国入りは手段であるということです。
 いろんな議論を聞いておりまして感じることは、常任理事国になるならないというその一点にかなりこだわり過ぎた議論が非常に多いような気がします。私は、日本の常任理事国入りというのは必ず実現するし、またそうならなければならないと考えておりますけれども、そのこと自体以上に大切なのはそのプロセスであると思います。日本の真の国連外交の樹立と、そのために日本は変わらなければいけない、常任理事国に入るということはむしろその途上にあるべきものであるというふうな認識が必要ではないかと思います。
 日本が国連を、日本が変わり、それによって国連を変え、それを通して世界の平和の問題に日本がかかわっていく。これが、戦後日本というのは非常に平和を享受してきたわけですけれども、日本が国際社会の一員としてそういうことをするのが当然の義務であり、また世界が日本に期待しているものというのはそういうことであるというふうに思います。
 次に、国連幻想を捨てよと強調したいと思います。
 国連は、こう言っては言い過ぎかもしれませんけれども、一種の虚構なんですね。つまり、憲章にありますけれども、集団安全保障をうたって、これを脅かすものは国連軍によって軍事的制裁をするのだということをうたってありますけれども、実際には国連軍というのが存在していないということを見てもわかるとおり、その目指したものと現実というものには非常に大きな乖離がある。しかし、日本は敗戦後、五六年に加盟を認められて、これでやっと世界の仲間に入ったんだというその喜びというか感激がありまして、そのことによって、一方で余りにも国連というものに対する過剰期待と申しますか幻想というものを抱いてしまって、どうも論議がかみ合っていないのではないかと。
 九四年に、私もニューヨークにおりましたけれども、日本が常任理事国になれるかもしれないという雰囲気があったんですけれども、そのときに日本から聞こえてきた声というのは推されてなるという論だったんですね。私はそのときに思ったのは、横綱が協会に推挙されるみたいな推されてなる、つまりだれかが推薦してくれてありがたくお受けするという形を感じたんですけれども、そういうものではないと。つまり、これは国益に沿ってかち取る座である、常任理事国というのはそういうものであるというふうに思っております。
 次に、国連とは安保理のことである。
 御承知のとおり、国連というのは安保理のほかに、事務総長をトップにいただく事務局それから国連総会が三つの主要な機関でありまして、そのほかにも経社理でありますとか国際司法裁判所とか関連機関があるわけですけれども、この中で安保理というのは一番強力な権限を持っているわけですね。
 この主要三機関の、例えば政府と官庁と国会みたいなようなイメージがあるんですけれども、これは全く違います。例えば、国会で何かを決めてもだれも従わない、閣議で例えば勝手に決めてしまう、そこで何を話したかという情報も公開されないということがもしあれば、国会議員の皆さんも非常にお怒りになるのではないかと思いますけれども、実際に国連で行われているのはそういうことなんですね。安保理が決め、その過程と情報については公表しない、こういう組織であるということがなかなか一般には知られていないのが残念であります。
 五大国はしかるべき分担金も負担せずに既得権にしがみついていると。例えば、国連憲章を見てみましても、いまだに中華民国あるいはソ連という言葉がありまして、これは実態を反映していないわけですけれども、常任理事国の間の仲間内のなれ合いと申しますか、そういうことで動いてしまっているわけです。
 ということで、いろんな批判が多いんですけれども、これは第二次世界大戦の遺制といいますか遺物と申しますか、そういうことから考えるとある意味では当然でありまして、国連に期待される地球規模の問題というのを考える機関としてはふさわしくないのではないかということから、国連を変えなくてはいけない、改革が必要であるという観点から日本は貢献ができるし、またしなければならないんではないかというふうに考えております。
 四番目、国連像を描けということですけれども、国連の視点を持てということはつまるところ二十一世紀の国連像を描けということになると思うんですけれども、それは日本がアメリカを筆頭とする常任理事国と途上国、特にアジアの国々とどうつき合うかという問題、さらにはPKOそれから開発といった問題にどういうふうに対処していくのかという問題であると思います。
 基本的には米国との協調が非常に大切であるのではないかと思います。英米の協力なしに安保理改革というのは進みません。それから、先ほど申し上げましたように、フランス、ロシア、中国というのは既得権に非常に敏感になっていますだけに、かつての戦勝国の利害を無視するということはなかなか難しいのではないかと。その一方で、戦後、数を増し、さらに世界の安全保障において非常に無視できない存在である発展途上国、彼らを安保理の常任理事国の枠外に置くということは安保理の正統性そのものが疑われるということで、日本としましては途上国の常任理事国入りに積極的に支持を表明していくべきではないかと。
 この際、日本が、自分がなりたいなりたいということだけではなくて、アジアに足場を置いたアプローチ、核を持っていない非常に平和で豊かな国である、こういう日本はアジアのいわばロールモデルでありまして、アジアにおいていい兄貴分としてアジアの声を安保理に届けるという発想を持ってアジアの各国の理解を得るべきではないでしょうか。
 続きましてPKOですけれども、東ティモールのPKOにはアジアの十三カ国を含む四十五カ国が参加しておりますけれども、日本の自衛隊、文民警察の姿はありません。ボスニアそれからコソボというのは日本からははるかに遠くて、日本のプレゼンスがなくてもそれほど影響はないかもしれませんけれども、東ティモールというのは本当にすぐそこです。独立のために頑張っている人たち、それから彼らを支援する人たち、こういう人たちと一緒に日本が動かないということは、日本の信用というものをどれだけ失墜しているかということを考えますと非常に残念な思いがいたします。
 私が国連取材で非常に印象に残りましたのは、PKFという概念がないということであります。日本を出る前にいろいろ知識を詰め込んだんですけれども、自衛の武器だけを持っている軽武装のものがPKOで、非常に重武装であるのがPKFであるという認識を持ってニューヨークに参ったわけですけれども、国連ではすべてPKOなんですね。選挙監視の人とか行政官とか文民警察、それから軍隊まで全部入っているんですけれども、これが一つのまとまりになっているわけです。すべてPKOで、たしか軍事部門というのはフォーシズとかミリタリーフォーシズとかいう言葉を使っていたと思いますけれども、要するにすべてPKOであると。
 これに対して、日本から流れてくるニュース及び帰国してからのニュースを見ておりますと、日本では何かPKFという独立した概念があって、しかもそれがあたかもPKOと対立するような非常に奇妙な議論が行われている。新聞もよくそのような観点から間違っていると私は思うんですけれども、例えば東ティモールが独立の際に非常に混乱する、現地が国連に対してピースキーピング・フォーシズを送ってほしい、こういう要請をしますと、日本の新聞は国連にPKF派遣を要請と、こういうふうに報道するわけですね。これは正しくはPKOの派遣を要請なわけです。そして、国連としましては、とても混乱していてこれは手に負えないということで、たしかオーストラリアを中心に多国籍軍の派遣を承認したと思うんですけれども、そうするとまた新聞にはPKF派遣と、こういうふうに出るわけです。
 たまたま同じ新聞の政治面に、本体業務であるPKF凍結解除問題を国会で論議とかそういうものが載ったりします。それから、日本はPKO法で本体業務のPKFは凍結されていて、こういう部隊に自衛隊を送れないんだというような解説がある。そうすると、読者というか一般の方々は、オーストラリア軍の重武装の兵隊を見てとてもこういう仕事は自衛隊ではできない、無理だなというふうに感じるんですけれども、国会で凍結されているというのはPKOの中の軍事部門のはずでありまして、多国籍軍というのは全く想定していないはずなんですね。だから、全然別の次元なのにあたかも同じようなものとして国民が印象を受け、国会でもそういう議論が行われているのではないかと。つまり、ちょっと長々述べましたけれども、要は実態とかけ離れた議論が行われているのではないかということについて危惧をするわけであります。
 強調したいのは、PKOというのはもともと積極的に武力行使をするわけではないということでありまして、それが極端に変わったのは平和執行部隊用にPKOを転用したと。これはブトロス・ガリ前事務総長が九二年に打ち出しました「平和への課題」の中で平和執行部隊を提言したということなんですけれども、このときは本来二十カ国から二万人を集めようとしたんですけれども、各国は軍を提供しなかったんですね。平和執行部隊というのは、ですから存在しないんです。しないけれどもPKOを転用したということで、基本的に概念が違います。ですから、ボスニア及びソマリアで失敗したというのは、本来のPKOの能力、機能からすると当然というか当たり前のことでありました。現在どうなっているかといいますと、その業務といいますか技能を行っているのは多国籍軍でありまして、PKOはほとんど平和強制から撤退しておりまして伝統的PKOに回帰しているということであります。
 ですから、選択的PKO参加をしたらどうかということは、多国籍軍に日本は出る必要は全くないと思います。PKOも七章下のPKOは拒否して、そうではないPKOに参加すべきであると。日本がそんな勝手なことができるのかという議論はあると思いますけれども、常任理事国はもともとPKOには非常に冷たいというか消極的な姿勢でありますから、日本が仮にそういう態度をとっても全く問題はないというふうに考えております。
 その関連で、最近、津田塾大の学長の志村さんも参加されまして、国連平和活動検討パネルというところがPKOの報告書を出しております。委員長の名前をとってブラヒミ・リポートというふうに呼ばれておりますけれども、これは第四世代というか、新しいこれからのPKOがどういうふうにあるべきかということを話し合った委員会でありますけれども、これはPKO三原則にのっとって、人的、装備的な強化はするけれども、自衛の範囲内でやると、つまり防衛力を強化するのだという新しいPKO像を描いております。また、もう一点では、紛争解決後の国づくりに励む平和構築活動、ピース・ビルディング・オペレーションと言っておりますけれども、このPBOを組み込んだ複合型のPKOを前面に打ち出しておりまして、これにつきましてはカナダでありますとか日本でもJICAが相当研究を進めておりまして、日本としてはぜひともこういう第四世代のPKOに貢献すべきではないかというふうに考えます。
 それから次は、ドイツをモデルにPKO参加をということですけれども、これは時間もありませんので詳しく説明しませんけれども、一つは、段階的に財政貢献から物資補給、医療など戦闘にかかわらない分野、さらには警察官、そして軍隊という段階を踏むことが大切であろうということと、ドイツはNATOとEUという軍事的、政治的枠組みの中で参加しておりますので周辺国の理解を得やすいということで、日本でもASEAN地域フォーラム、ARFの活性化を通じてアジアの信頼を得ながら参加するということが非常に重要ではないかと思います。
 財政改革支持継続を。
 これも簡単に説明しますけれども、日本は分担金が御承知のとおり二位と非常に高いということで、これだけ負担が多いのに常任理事国になれないという、両者を絡ませて負担を下げるというような声もありますけれども、それは非常に当然であり理解できるんですけれども、余りお金と常任理事国入りというのを結びつけますと、日本は常任理事国のいすをお金で買おうとしているというようなあらぬ非難も受けるので十分注意が必要であろうと。
 また、この通常予算の額というものは年間にしますとちょうど藤沢市の一般会計の予算くらい、特に藤沢でなくてもいいんですけれども、例えばということで申し上げたいのは、そんなに大きな額ではないということなんですね。ですから、これを引き下げるというよりも、この程度は負担し続けながら常任理事国入りの重要な材料と申しますかそういう方に使う手もあるのではないかと。有利なカードをわざわざ捨てる必要はないのかという考えも成り立つと思います。
 次に、新しいアクターとのパートナーシップをということであります。
 新しい国連を考える場合に、地球的な規模の問題が非常に山積しておりまして、これが国連の新しい役割と思いますけれども、相対的に国家の役割が低下する中で国連の地位の低下を防ぐためには、例えばNGOでありますとか企業でありますとか一般市民でありますとか、そういう人たちとの連携が非常に重要で、これはもう五年ほど前から、例えばグローバルガバナンス委員会等でNGO、市民運動、多国籍企業などの多様なアクターを含まないと政府だけではガバナンスは維持できないということが指摘されておりまして、全くそのとおりであります。
 アナン事務総長もおととし、九九年のダボスでの世界経済フォーラムでグローバル・コンパクトという概念を打ち出しました。これは、グローバル化がもたらす挑戦に取り組むには、国家だけではなくて企業であるとか市民社会にも国連の活動に参加してもらいたいという呼びかけでありまして、昨年七月には五十社が参加しました。三年間で多国籍企業百社、ローカルの会社百社に参加してもらって、環境とか人権とか労働基準の分野で普遍的な原則を守り、そういうものを促進する活動を展開しようとしております。
 企業との連携ということは実は日本の得意わざでもあるわけです。最近、NGOと行政、経済界が連帯しましてジャパン・プラットフォームというのが結成されましたけれども、これは皆さん御存じかどうかわかりませんけれども、難民及び自然災害の際の援助というものを目指しておりまして、さきのインド地震で現地にテントを持っていったり、いろんなものを配ったりというのが初仕事でありましたけれども、こういう国益とか安全保障の概念が広がっております。
 難民ですとか、環境ですとか、人権ですとか、エイズですとか、そういうものを安保理でも扱い始めている時代にありまして、日本もこういう問題に関心を持っているんだと、しかも日本のなし得ることもあるんだということを印象づけるためには、こういう活動を後ろからサポートするというか、バックアップするというか、そういうことが非常に大切ではないかと。
 例えば、難民にしましても、UNHCRに年間一億三千八百万ドルも出しているんですけれども、プロジェクトを見てみますと、二百万ドル以上のプロジェクト、これは二〇〇〇年だったと思いますけれども、三百三十四件のプロジェクトがある中で日本のNGOがやったというのはたった二件なんですね。そのほかは全部欧米のNGOがやっていて、日本がお金を出しているのに現地で動いているのは欧米の方々ということで、日本人の顔が全く見えない。見えないだけならいいんですけれども、そういうことを承知していながら日本人は何をしているんだと、難民を助けることもしないのかという、まさにあらぬ非難を受けるような実態というのはとても納得できるものではなく、やはり日本のNGOが活動できるようにバックアップが必要ではないかと。
 このプラットフォームには現在審議中の来年度予算に初動資金として五億円が流れるということになっておりますけれども、たまたま今度のインド大地震では外務省予算が間に合わずに彼らも動けないんじゃないかということで非常に心配したんですけれども、幸い経団連が動き出しまして、各企業が援助に乗り出しております。
 これが非常にいいのは、例えば企業がお金を出すといっても社長が出すわけではなくて、そういうところもあるかもしれませんけれども、各従業員に呼びかけて従業員の人が企業として出す。あるいは、あるスーパーがスーパーの各店に募金箱を置いて、そこに消費者の方々がお金を出すということで、経団連が出していると言うといかにも利益を目的とした組織がその中から出しているという印象を受けるんですけれども、実はそういうところを通して一般国民と非常につながっているというところが来るべき二十一世紀の市民社会というものをほうふつとさせて、非常にいい話ではないかというふうに感じるわけです。
 最後に、今後の問題ですけれども、こういう常任理事国入りといいますのは区切りというものが必要でありまして、例えば二〇〇五年を目標にして具体的な戦略の詰めを行ったらどうかというようなことを考えるわけです。
 現情勢ですけれども、昨年十一月に国連総会で安保理改革について公開討論があった際に、加盟百八十九カ国のうち百十カ国が演説したんですけれども、七十三カ国は常任と非常任双方の拡大に賛成しております。これは比率からいきますと三分の二を占めておりまして、数からだけ申しますと見通しは非常に明るい。しかも、議席数も二十四ということでおおむね合意ができているということは、アナン事務総長がさきに来日した際に記者会見で明らかにしております。アメリカのホルブルック前国連大使も、これまでの二十から二十一までということから一歩抜け出しまして、それ以上の可能性もあるというようなことを言明しております。問題は、実効性、効率性の維持が可能かどうかということでありまして、当然、今後は拒否権の問題が焦点になるのではないかと。
 いずれにしましても、新しくスタートしましたブッシュ政権の支持をどう取りつけるかというところがポイントになるかと思います。
 最後に、最近の世論調査で、常任理事国入り賛成が六七%、九四年当時は五六%でありましたので、急激にその割合はふえているということを指摘しまして、私の意見陳述を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#13
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、浅井参考人から御意見をお述べいただきます。浅井参考人。
#14
○参考人(浅井基文君) 私は、マクロな国際政治、国際関係という観点から安保理改革の必要性という問題を考えてみたいと思います。
 お手元に私のレジュメがあると思いますが、私は二つの角度から申しまして安保理を改革する必要性があるということを指摘したいと思います。
 まず第一は、米ソ冷戦終結以来の国際環境の変化が安保理の改革を必要にしているということであります。
 そこに丸印が五つございますが、その最初の丸と三番目、五番目とを一つにしてお話しし、二番目と四番目の丸印のところを一まとめにしてお話ししたいと思います。
 まず、米ソ冷戦の終結が安保理の機能に大きな変化をもたらしました。一般に米ソ冷戦は安保理の機能を麻痺させたというふうに消極的に評価されておりますけれども、実は一つ見落とせないプラス面もあったわけで、それは米ソが対決することによって米ソのいずれかが暴走するということを相互にチェックする機能というものが働いていたということであります。ところが、米ソ冷戦の終結によりまして、そういう相互チェック機能が失われてしまいました。
 その結果、三番目の丸でございますが、一九九〇年代、特に前半におきましては、アメリカを中心とする大国協調体制というものができました。そして、それは一般的には安保理の機能回復というふうに肯定的に評価されたわけでございますけれども、実は湾岸戦争以来の、波多野参考人も御説明になりましたいろいろな事件に安保理が首を突っ込むということ、その首の突っ込み方が本来安保理が予定されていた機能、すなわち国際の平和と安全という問題を扱うという、その本来の役割から離れたところまで安保理がすべてを勝手に決めて動いてしまう、そういう非常に危険な姿が現実のものとなってきたということであります。
 それで、事態が平和と安定を回復すれば、それはそれでまた肯定的に評価すべき要素があるかもしれませんけれども、実際には湾岸戦争を含め安保理がかかわった多くの問題のいずれもがほとんど未解決のまま、あるいはもっと事態が深刻な現状を呈しているというところを私たちが見るとすれば、この大国協調体制、あるいはアメリカの主導のもとでの大国協調体制と安保理の機能回復というのは肯定的に評価できるのかどうかというのは非常に疑問だと思います。
 それから、九〇年代後半になりますと、そういうアメリカの安保理を動かす姿勢というものに対してフランスとかロシア、中国などが次第に警戒感を高めるようになりました。そしてその結果、安保理での大国協調体制というのが機能しない場合も出てまいります。
 そうしますと、この前のユーゴ空爆に示されましたように、アメリカはNATOとともに安保理を一切バイパス、無視をしまして、ユーゴ空爆に踏み切るというような行動に出ることになります。つまり、大国協調体制がロシア、中国、フランスなどの抵抗によって機能しないという場合には、機能しないとアメリカが判断する場合には、アメリカはあえて国際法無視の行動、ユーゴ空爆というのは国連憲章で禁止しております戦争を違法化するという行為に対して真っ向から挑戦する行為でありまして、これは明らかに国際法違反と言わざるを得ない行為だと思います。これは何も私の独断ではありませんで、そういう見解をとっている国際法学者は国際的には非常にたくさんおります。そういう大きな問題が出てきているということであります。
 このように、安保理が非常に本来の国際の平和と安全を担う役割と逆行する方向に進み出したというところを私たちは重視しなければならないと思います。それが一点であります。
 それからもう一つは、国際問題の複雑化という二番目の丸の点でございますが、これは実は急に米ソ冷戦の終結によって国際問題が複雑化したということではなくて、もともと複雑になる素地がある国際問題というのはたくさんあったわけですが、米ソ冷戦時代には、アメリカ、ソ連いずれかの圧力によってそれが顕在化することが妨げられていたというところが本質だろうと思います。それが、おもしがとれて一挙に爆発したというのが九〇年代以降の国際関係の複雑化ということをあらわしていると思います。
 そうした場合に、そういう国際問題は、波多野参考人も御説明になりましたように、難民問題とか民族問題、歴史にかかわる問題、文化にかかわる問題、その他いろいろございまして、そういう問題に対して果たして安全保障理事会が対処することが妥当であるのかどうかということについて、本当は真剣に正面から検討を行う必要があったんだろうと思うわけでありますが、それが行われないままに、すべて安全保障理事会がこの問題は国際の平和と安全にかかわると決めてしまう、それで安全保障理事会のマターになってしまう、こういうことが、実は安全保障理事会の本来の機能をゆがめる方向に働かせたということだろうと思います。
 なぜこういうふうになってしまったかというと、やはり安全保障理事会における中小国あるいは途上諸国の立場を反映させることができにくい仕組みというものがあったということが四番目の丸に記したことでございます。
 安全保障理事会は現在十五の理事国から成っておりますが、そのうちの五カ国が大国でございます。それで、残りの十カ国が中小国、途上諸国であるわけでありますが、その過半数ということを例えばとりますと、五大国が協調すれば、中小国の十カ国のうち三カ国さえ賛成に回れば決議は調ってしまう。そうしますと、七カ国の中小国、途上諸国が仮に反対したとしても物事が決まってしまう。
 要するに、大国主導で物事が動いてしまうというところが、やはり私は安全保障理事会のそもそもの組織的な欠陥として考えなければいけないポイントだろうというふうに思っております。
 次に、二番目の角度でございますが、それは将来を見通してというよりも、もう既に二十一世紀に入っているわけでありますが、二十一世紀における国際社会が目指すことが求められている方向性という点から安保理の改革は不可避であるという点を申し上げたいと思います。
 この点に関しましても、最初の丸と四番目の丸とを一つにし、残りの丸を一くくりにしてお話ししたいと思います。
 今や米ソ冷戦終了後、国際的な民主化の流れというのは、アメリカ自体がデモクラシーは普遍的価値と言うからには、国際関係の民主化ということも当然その対象に入らなければいけないはずであります。ところが、現実には、国際関係に関してはパワーポリティックスが支配するという現実がある。これを何とかして改めない限り、二十一世紀の国際社会はいつまでたっても二十世紀の繰り返しを余儀なくされるということでありまして、それをもっと積極的に申しますと、やはり国際関係を民主化するということを大きな国際社会共通の目標として設定しなければいけないであろうというふうに思います。そうした場合に、先ほど申しましたように、大国が支配をする安全保障理事会を民主化する必要性ということが当然の課題として出てまいります。
 非常に端的に申しまして、民主化と大国支配体制というのは両立しません。大国支配体制というのは大国が自分の意思をほかの弱い国々に押しつけるということでございますから、国際的なデモクラシーという考え方とは真っ向から対立する考え方であります。したがいまして、そこから出てまいります安保理改革に当たって目指すべき一つの方向というのは、大国支配に対して国際的なチェックシステムをどのように確立するかということに置かれなければならないと思います。このような視点というのは安保理改革の論議においてほとんど出てきていない。
 ところが、出てきていないというのは実は表面的な理由でございまして、ともすれば我が国におきましては、アメリカで支配的な議論が国際的な意見というふうに安易に受け取られてしまうということがあるためにそういう雰囲気が出てきてしまうわけですけれども、しかし多くの途上諸国が中心となって結成しております非同盟運動などを見ますと、やはり大国支配体制に対していかに民主的なチェックシステムをつくるかということが大きな問題意識として浮上しております。
 ちなみに、非同盟運動というのは世界の三分の二近い国々が参加しておる大きな運動でございまして、ただ日本では、それらの国々が中小国がほとんどであるということだけでほとんど新聞種にもならないという、非常にこれはおかしな事態であろうと思います。
 したがって、大国支配に対する国際的チェックシステムをつくることが必要だということが安保理改革の一つの方向性といたしますならば、それを安保理に即して考えますと、安保理を自己改革させるという方向に私たちは視点を転換する必要があるであろうというふうに思います。この考え方は国内で一般的に議論されている方向とまるっきり違ったことを申し上げておりますので、意外に思われる方、奇異に思われる方もおられるかもしれませんけれども、国際関係を民主化するということが必要であるということに同意する方であるならば、やはり安保理も自己改革しなければならないというのは必然的に出てくる一つの結論であろうと思います。
 次に、もう一つのポイントでありますけれども、このように二十一世紀におきましては、米ソ冷戦が終わった結果、国際問題が複雑化したということを申しましたが、その複雑化というのは多様性と複雑性という点でとらえることができます。そして、この国際問題が多様性を見せているということは、実はこれらの問題を、先ほども申しましたように、安保理において無理やり国際の平和と安全というカテゴリーの中にねじ込むということはおかしいということを意味しているわけでありまして、私たちとして考えるのは、安保理がこれまでのようにやってきた全く無制限な活動を、それを前提として物事を考えるということではなくて、むしろ安保理の権限とその限界を明確にする必要性ということを考えなければならないというふうに思うわけであります。
 次に、国際問題の複雑性ということで申し上げたいことは、波多野参考人もおっしゃったように、本当に現在の国際問題は複雑な原因によって構成されております。したがいまして、そういう問題の解決、本当の意味での解決を目指すということのためには、軍事的にばんそうこうを張るというアプローチでは全く単純きわまるわけでありまして、やはり個々の問題に即したそれぞれのアプローチを考えていかなければならないということであります。そして、そのためには、安保理で多数決で物事を決めてしまうという、それは迅速性、効率性という観点からは意味があるかもしれませんけれども、しかしそれは非常に拙速を重視したアプローチでありまして、実際の複雑な問題の解決には役立ちません。むしろ私は、時間がかかっても持久的な国際的なコンセンサスをつくった上でのアプローチという、本来のデモクラシーに合致したアプローチというものを取り入れるべきであろうと思います。
 そういう国際問題の多様性、複雑性ということから出てくる安保理改革のいま一つの目指すべき方向というのは、最後に書きましたように、すなわち国際問題が多様化している、複雑化しているということは国際的な不安定要因が地域的に傾斜しているということ、特に途上国に問題が多くあらわれているということでございますので、安保理におきましても、地域的配分を重視した姿勢というのが必要であろうと。要するに、大国の意思、エゴによってではなくて、紛争あるいは地域問題の原因をよく知っているその地域の代表の発言が重視される制度的保障、仕組みというものをつくる必要があるのであろうということを申し上げたいと思うわけであります。
 以上、安保理改革の必要性を私なりの立場から申し上げました。
 それでは、そういうもとで我が国はどのように対応すべきかという第二の点でございます。
 ここでも大きく申しまして(1)、(2)は一緒に論じてもいいことだと思います。私はこの点はほかの参考人の御意見とちょっと違った感じを持っておるわけでございますが、私はアジアとのかかわりが非常に深いものでございますから特にそういう印象を受けているのかもしれませんけれども、やはり日本に対するアジアを中心とした諸外国の印象というのは、アメリカべったりの日本、顔の見えない日本、アメリカというマスクをかぶった日本という姿が、比較的私がこれまで意見交換をした人々の共通認識を総合するとそういう姿が浮かび上がってくるということであります。
 今回、ブッシュ政権が登場いたしまして対日重視ということを言っておりますけれども、それは決して日本が重要な役割、日本が非常に重要な相談相手であると彼らが認識しているがゆえの対日重視ではありません。これはアメリカの昨年末に出ましたCIA関連の文書などにもはっきり出ておりますけれども、要するにアメリカの言い分を日本にストレートにのませるということを方向性として強く打ち出しているということ。ここから見えてまいりますアメリカの日本像というのは、大国としての日本を正当に評価した上で対日政策を営むという姿勢ではないということを私たちは知るべきだと思います。
 したがいまして、私が考えます我が国の対応というのは、安保理改革を論ずる場合の前提条件でもあり指針でもあると思うわけですけれども、原田参考人もおっしゃったように、あるいは波多野参考人も御指摘になりましたが、やはり日本外交の目指す方向性をはっきり示すということが非常に大事だろうというふうに思います。
 外交というのは対話を本質とするということは一面で真理でありますけれども、しかし余りにも顔のない日本外交というのは、私は国際的には、特に二十一世紀のこの複雑をきわめる国際関係の中ではとるべき方向ではないというふうに考えます。
 そして、その場合に目指すべき方向というのは、さきに述べましたように二十一世紀における国際社会が民主化を目指すという方向性をはっきりとる以上、やはり日本外交というのもその国際社会の民主化に向けて貢献する、そういう方向性でなければならないと。それは当然安保理の改革に当たっても当てはまる原則でなければならないということになります。
 最後に、安保理改革に関して踏まえるべき若干の個別的なポイントを申し上げさせていただきたいと思います。
 まず最初のポイントは、原田参考人も言われた点でありますが、日本の常任理事国入り問題の位置づけをはっきりさせる必要性があるということでありまして、私も原田参考人の意見とこの点では全く同感であるわけですが、これを外交目的とする発想は邪道であるというふうに思います。
 日本が安全保障理事会の常任理事国になるべきだとする主張の、あるいは発想の根底によくある考え方としては、例えば大国である以上は当然だとか、財政負担度がアメリカに次いで大きいとか、あるいは平和大国である、独自の存在としてあるという点、こういうことからすべて安保理常任理事国になる資格を日本は持っている、こういう主張であると思います。そのほかにもいろいろな理由はあると思いますが、代表的なものを取り上げれば、例えばこれらの三つの問題があると思います。
 しかし、そもそも安保理常任理事国になるということが大国の証明になるということには全くなりません。安保理の常任理事国でなくても国際的に非常に重要な存在として認められている国々は、先ほどもコーヒー・クラブというような言葉で概括されたように幾らでもあるわけであります。しかも、そもそも大国であることを証明する必要性がどこにあるのかという根本的な問題も私たちは考える必要があるのではないかと思います。
 それから、財政負担度の問題でございますけれども、私ども日本が経済大国になることができたのは、国民の営々たる努力ももちろんでございますけれども、やはり国際経済関係の中で裨益したという部分が非常に大きいわけでございまして、特に貿易立国の日本であったわけでありますからその点が非常に大きいと。そういうことになりますと、現在あるこの経済大国という立場は諸外国との関係なくしてはあり得ないということであります。ということから考えますと、私どもが経済大国になった以上、国連における財政負担度が大きくなるというのは、それはお返しをするという意味で当然のことであって、そのことゆえに安全保障理事会常任理事国になる資格があるという議論とは全く私は次元の異なる話であろうと思います。
 次に、平和大国という問題でございますが、特異な立場にある日本ということでございますが、私が先ほど申しましたように、九〇年代以来の安保理の軍事的な取り組みというのは一つとして成功をおさめておりません。ということは、軍事的手段によって国際問題に解決をもたらそうという動きというのは、実は極めて非生産的、むしろ現状をより悪くするケースの方が圧倒的に多いわけであります。
 したがいまして、私たちが確立すべきことは、安保理の常任理事国になって軍事的な役割に参加しやすいような、そういう立場をかち取るということではないはずであって、やはり平和イコール非軍事ということに徹することが日本の進むべき方向であろうと思います。したがって、私どもが軍事機能をつかさどることを本来的な任務とする安保理の常任理事国になるということは、結局は自己矛盾であるということになると思います。
 もちろん、日本が先ほど述べましたように民主的な国際社会をつくる方向に向かって進む大国になる、平和大国になるという方向性を追求する日本となるならば、その日本が安保理の常任理事国になれば、他の大国が軍事的に国際問題に対処しようとする傾向をチェックするという意味で意味が出てくるかもしれませんけれども、その前提はやはり日本自身が変わることが前提になってまいります。したがって、平和大国イコール安全保障理事会常任理事国という結論も必然的なものではないということであります。
 最後に、とは申しながら、私は日本が絶対に安全保障理事会の常任理事国になるべきではないと言うつもりはございません。
 かつて論文で安全保障理事国になるべきではないという言い方をしたことがございますが、それはこういう条件を、現在の安保理を前提とした場合には入るべきではないという意味でございまして、安全保障理事会が、先ほど述べましたように、国際関係の民主化に貢献する方向で自己改革をする安保理、そういうふうに改革され、しかも日本の外交が2の(2)で書きましたように国際関係の民主化を目指すという方向に抜本的に転換するというふうになれば、そしてその立場から外交努力を積み重ねていくということになれば、おのずとそういう日本に対しては国際的な期待、そして国際的な信頼が高まるということになれば、私は自然と安全保障理事会の常任理事国に日本はなるべきだというその声が国際的に高まるということになるであろうと。
 だからそれは、日本がもぎ取るということではなくて、結果としてついてくるものとして安全保障理事会の常任理事国になるということが期して待つべきものがあるだろうということであろうと思います。
 終わります。
#15
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 それでは、これより質疑を行います。
 本日も、各委員から自由に質疑を行っていただきます。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いします。
#16
○山本一太君 自由民主党の山本一太です。
 私は、浅井参考人のおっしゃったその常任理事国入りは望まれてなるものだという話はナンセンスだと思っています。常任理事国入りを外交目的とする発想は邪道という話なんですけれども、私は、常任理事国に入るということは、こだわり過ぎた議論はどうかと思いますけれども、当然外交目的になるべきだと思います。
 まず第一に日本の国益にかなっておりますし、波多野大使もよくおっしゃっていたグローバルパワーであるといいますか、これだけの経済力を持った日本という国が安全保障理事会の政策決定プロセスに最初から参加をしていないということ自体が実は国連の機能を高めるために非常にマイナスになっているということですので、私は、日本は常任理事国入りをすることが国益にかなうばかりか、いわゆる国際的な社会に対する貢献になるというふうに信じております。
 それを前提に短く御質問させていただきたいと思います。
 よく安保理常任理事国入りの議論が出てきますと、先ほど波多野参考人がおっしゃったように、まずなりたいなりたいと言うのではなくて、どういう常任理事国を目指すのか、常任理事国として何をしたいかということが先だという話があるんですけれども、これは幾らでも日本ができることはいろいろとあると思います。例えば非核の分野でイニシアチブをとるとか、先ほどお話があったようにアジアの国の立場をもう少し安保理に反映していくとかあると思うんですが、波多野参考人にお聞きしたいのは、国連大使として御活躍をされた経験の中で、難しいかもしれませんが、例えば日本が常任理事国であったら過去こういう問題についてこういうイニシアチブがとれたのではないかというような具体的な例といいますか、お考えみたいなものがあれば一つでもお聞かせをいただければと思います。
 それから、原田参考人にお聞きしたいのは、私もブラヒミ・リポートを読んで大変おもしろいなと思ったんですけれども、このPKOの中で、そのお話をするとちょっと長くなるんで二番目をお聞きしたいんですけれども、このPKO参加はドイツをモデルにというお話をされたんですけれども、その中で、ヨーロッパの多国間機構、すなわちNATOでドイツのPKO参加というものについて理解を得て周辺国の信頼を得たことが大きかったと書いてあるんですが、ここら辺をもうちょっと具体的に教えていただきたいと思うんです。
 つまり、ARFの活性化と書いてあるんですが、日本がPKOについてこれからより踏み込んだ協力をしていくときにこのASEAN地域フォーラムをどうやって使っていくのか、もうちょっと具体的にお聞きしたいと思うんです。すなわち、ARFの中でどうやって日本のPKO参加についてのプレゼンテーションをして、それがどういうふうに信頼の確保につながるのかという、もうちょっと具体的な話をそこら辺でお聞きしたいと思います。
 この二点についてお願いしたいと思います。
#17
○参考人(波多野敬雄君) 日本が常任理事国になったらば何ができるであろうか、何をしたであろうかという点についてカンボジアの例を私さっき申し上げましたけれども、それからもう一つ、ユーゴスラビアの例を申し上げましたけれども、私はやはり常任理事国になったらばやりたいなと思うことは、PKOの費用効果をもうちょっと洗い直してみたいと。
 例えば、キプロス島に三十年PKOを置いていてどういう効果があったんだろうかと。物すごい費用を食っているわけですね。世界じゅうにPKOを派遣しているものの中で成功しているものと失敗しているものをもう一度洗い直してみて、余り効果を上げていないものはやめちゃったらどうだろうかと。もっと増強しなくちゃいけないものもあるかもしれません。
 キプロス島の話は、現に私が非常任のメンバーだったときに議論したときに幾つかの国は、いや、ミスター波多野、おまえの言っているのは違うよと、あそこにPKOが派遣されているからキプロス島で紛争が起きないでそのまま済んでいるんだよと言うんですけれども、私は、PKOをあれだけ長い間置いているのにいまだに和平がキプロス島で達成されないというのは、どうも合点がいかないという感じがするわけでございます。やはり、国連の本部の経費が十三億ドルのときにPKOに少ないときで三十億ドル、多いときで六十億ドル費やしているというのはちょっと、二〇%日本が負担するからということでないんですけれども、ちょっとどうかなという感じがいたします。
 日本が常任理事国になったらばやりたいことというのは、もしかしたらば、そういう具体的な例というよりも、国連そのもののあり方を考える場合に、常任理事国の発言権が圧倒的に強い。例えば、日本という国は人間の安全保障ということを言って、日本の考える安全保障ということを言うわけですけれども、全くカナダ、カナダはPKOこそが人間の安全保障であり、南側から見れば援助こそが人間の安全保障であると言っている。そういう問題について、日本は非常任理事国として発言しても聞いてもらえないけれども、常任理事国として発言すればもっと説得力があり、もっと聞く耳を持ってもらえるんだろうという感じがいたします。ということは、国連のあり方そのものについて、具体例というよりも国連のあり方そのものについて常任理事国として発言したいなと思います。
 これは、平成七年、朝日新聞が憲法を改正すべきでないという社説、一ページを費やして読売新聞に反論して憲法を改正すべきでないということを論じ、その中に国連のことが相当書いてあったんです。それで、朝日新聞が私に、あなたは朝日新聞と意見が違うでしょうから反論を書いてくださいと、「論壇」に載っけますということだったんで、私はその朝日新聞に反論を書いたんですけれども、お手元にもその紙が回してあると思います。
 朝日新聞の言うのは、日本は改革の先頭に立って国連の改革に尽力すべきであると、その上で必要ならば常任理事国になればいいという論旨。これはさっき浅井参考人の言われた論旨と非常に近いんですけれども、こういう論旨に対して私は話が逆だということを書いたんですけれども、残念ながら安全保障理事会の常任理事国にならないと先頭に立てないんですよ、世界に日本の意見を聞いてもらえないんですよと。だから、話が逆で、まず安全保障理事会の常任理事国になることが第一、それによって国連に貢献できるし、世界の平和にも貢献できるというふうに思っております。
#18
○参考人(原田勝広君) ありがとうございます。
 ただいまの山本理事の御質問に対してお答え申し上げます。
 まず初めに、ドイツと日本の場合はかなりレベル的に差があるという前提のもとでお話し申し上げたいと思うんですけれども、ドイツの場合は、御承知のとおり、NATO域外への派兵というのは従来行ってこなかったわけですけれども、九四年に、連邦憲法裁判所が国連の集団安全保障機構の枠内での平和維持活動ならば武装部隊を派遣してもよいということで、派兵への制約が解かれたというふうに承知しておりますけれども、私は、ここで参考になると申し上げたのは、先ほど申し上げたように、段階的にやったということと、NATOの枠組みの中でやったということであります。
 ユーゴの空爆につきましては戦闘機まで派遣しましたので、これについては、もちろんユーゴ国内は当然でありますけれども、ドイツ国内でもかなりの反発がありました。しかし、こうした反発の中でもより理解者が多かったというのは、ドイツ単独で動いたのではなくて、その枠組みの中で動き、それを理解している各国、NATOの首脳の存在があったということで、枠の中で動くべきであろうという意味では参考になるのではないかと思います。
 それがARFでどういうことができるのかということですけれども、もちろんARFというのはNATOと違いまして軍事機構でも何でもありませんので、非常に制約的ではあるんですけれども、例えばPKOの活動について何か一緒にできないかと。例えば日本のどこかにPKOセンター的なものをつくって、そこで一緒に訓練をすると。御承知のとおり、PKOの場合は各国、しかも途上国等の兵士が多いので、装備の貧弱さもさることながら、その統一性というのがとれておらずに活動に非常に支障を来しているということを考えますと、少なくともARFの参加の国々で一緒に動いて、規格等を統一して一つのモデルをそこでつくり上げて、国連全体、つまり世界にそれを見せるという、例えば非常に小さなことのようですけれども、実は現在の国連において非常に意味が大きいというようなことを例えばやったらどうかというふうに考えております。
 ありがとうございました。
#19
○井上美代君 きょうは三人の参考人の貴重な御意見をいただきまして、多くのことを考えさせられております。
 時間も短いので、私は浅井基文参考人に質問をしたいと思います。
 今、国会が始まったばかりですが、先月の三十一日の国会で森首相は施政方針演説をされまして、その中で、「軍事大国たることを放棄し、資源に恵まれない我が国が、二十一世紀にさらなる発展を実現するためには、国連憲章や多角的自由貿易体制を基礎とする国際的なシステムが効果的に機能することが必要」ですと、このように述べられて、国連憲章の効果的機能について触れられております。
 また、河野外相の外交演説で、「国連がますます多様化、複雑化する国際社会の課題に対応できるよう、安保理改革を含む国連の体制強化が必要であります。我が国は、安保理において我が国の能力と経験を生かすために、常任理事国となって一層の責任を果たしたいと考えております。」と、このように述べられました。
 私は質問を二つしたいんですけれども、第一の質問は、いろいろこの委員会に向けまして資料をいただきました。それを読ませていただきましたけれども、「国連改革と我が国の対応」という「これまでの経緯等」という資料があります。これを読みますと、日本が常任理事国になっても日本の軍事的義務は生じないと、このように経過の中で外務省が言われているところがあります。
 しかし、国連憲章にあるように、最終的には平和に対する脅威、それから平和の破壊、侵略行為に関する行動として、常任理事国は軍事参謀委員会のメンバーになる、軍事的指揮を行うようになるということが憲章の中にうたわれております。これは、日本国憲法の第九条の国際的な紛争を解決するための武力を行使しないという、ここのところの規定に反した違憲の軍事行動を行う義務がやはり生じてくるというふうに思います。したがって、このようなことはできないというふうに私どもは思っております。
 憲法上できないことであるということですけれども、日本は憲法上からも、だから常任理事国に入るべきではないというふうに私は思っているんですけれども、参考人の御意見をお聞きしたいと思います。
 もう一つの質問は、ユーゴの問題でちょっと触れられたんですけれども、やはりユーゴへのNATO軍の攻撃で示された日本政府の態度なんですが、国連常任理事国入りのそれとの、常任理事国入りするということとの関連で質問をしたいと思うんです。
 この間、この国際問題調査会に何人もの参考人がおいでくださいました。そして、御意見いろいろお聞きしたんですけれども、あの一九九九年の三月から六月にかけて行われましたNATO軍のユーゴ攻撃というのは、参考人のお話では国連の憲章違反だと、問題があるというふうに本当に皆さんお答えになりました。だから、これはもう国際的な世論であるわけなんですけれども、国連憲章に基づく世界の平和、秩序維持を重視するということであるならば、政府は国連憲章に基づかないアメリカを初めとするNATOの空爆について、これを批判し、そしてやめさせ、あくまでも国連憲章に基づく解決のために全力を尽くすべきであったというふうに思うんです。
 このようなやはり日本の独自の外交ということが非常に重要だというふうに思うんですけれども、今、森内閣はこのような立場なのかということを考えたときに、私はこの点からも国連の常任理事国に入るということについては疑問を持っております。森首相も日本の国連常任理事国入りを目指しておられますけれども、政府の言う同盟国たるアメリカに対して、国連憲章に合致しない、例えばユーゴへの空爆のような行動に批判できない、アメリカの戦略やアメリカのやることに対して確固たる自主的な態度、行動がとれない、ここにも常任理事国入りということでは非常に疑問を持っておりますので、この点につきましてぜひ御意見をいただきたいというふうに思います。
 以上です。
#20
○参考人(浅井基文君) ありがとうございます。
 二つの問題がございますけれども、まず最初に国連改革と日本の対応ということで、井上理事がおっしゃったように、今の国連憲章の規定では、常任理事国は自動的に軍事参謀委員会のメンバーになるということになり、しかもその軍事参謀委員会というのは、国連が行う軍事行動において非常に重要な役割を果たすことが予定されているという点におきまして、仮に今後の安全保障理事会の改革が第四十三条以降の軍事参謀委員会の機能について何も手を触れないということであるならば、自動的に軍事参謀委員会のメンバーになる形での安全保障理事会常任理事国入りというのは、私は憲法に抵触する問題であろうというふうに判断いたします。
 したがって、私たちが考えなければならないのは、安保理改革に当たってそういう軍事参謀委員会の、実際は有名無実であるわけではありますけれども、そういう規定、要するに憲法との関係で抵触する規定、そういうものについてもちゃんと視野に入れてそれをどうするかという問題を国民的な議論の大きなポイントの一つとして取り上げなければならないだろうというふうに私は考えております。
 くどいようでございますけれども、この点が何ら手を触れられない形での安保理改革に終わるようでございましたら、私は日本が安全保障理事会の理事国になることは憲法上の大問題があるというふうに認識いたします。
 それから、コソボ問題でございますけれども、理事がおっしゃいましたように、コソボに対する、コソボといいますかユーゴに対するNATOの空爆というのは、空爆開始前からかなりフランスなどを中心としまして問題が指摘されていたわけですね。しかし、それを強行した。なぜそのときにアメリカが安全保障理事会にこの問題をかけなかったのかということが非常に大きなポイントとしてあるわけです。
 それはなぜかといったらば、非常にはっきりしているように、ロシア、中国が安全保障理事会常任理事国として拒否権を発動するということが目に見えていた。ということは、仮にアメリカがユーゴに対する空爆について安全保障理事会決議を得ようとするとそれが拒否されるということになりますから、その結果は、それでもなおアメリカがユーゴ空爆に踏み切ればそれは明らかに国連憲章違反ということになるわけですね。したがって、それはもう非常に国際法違反という本質が露骨にあらわれる結果を招く。したがって、アメリカはそういう目に見えている最もまずい策をとるよりは、むしろ安全保障理事会をバイパスしてみずからの行動を全く別の理由、すなわち人道、人権、民主主義というような理由で正当化するという手段をとったというふうに考えざるを得ないわけです。
 しかし、これはアメリカの非常に私は独善的な行動だと思うわけでありまして、その点につきましては何もロシア、中国だけではなくて、ユーゴ空爆が終わってから、フランス、ドイツ、イタリア、それからさらにはイギリスの議会におきましてもこのユーゴ空爆が正しかったのかということが大きく取り上げられるようになっている。そして、むしろある新聞の、ちょっとタイトルは忘れましたけれども、新聞によればこのユーゴ空爆方式というのは今回限りの行動で終わらせるべきであるという議論も出てきたということであります。
 一言だけ付言させていただきたいんですけれども、実は日本とアメリカとの新ガイドライン安保におきましても、実は安全保障理事会の決議がなくしてもアメリカが軍事行動をとる場合には日本がそれに協力するということが予定されております。これはまさにユーゴ空爆の事態と国際法的には全く同じ問題なんですね。したがいまして、私はNATOのユーゴ空爆というこの重大な問題というものは、私たち自身の問題としても認識しておく必要があるということを付言させていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
#21
○佐々木知子君 きょうは三人の参考人の先生方、お忙しいところどうもありがとうございました。
 波多野参考人のお話にありましたように、国際会議において発言の場を確保することが重要であること、そして日本というのは特異なスタンスを持っているから、それについて発言すべきであると、非常に役に立つことをお伺いしたと思います。
 金は出すけれども口を出さないのでいい国だと思われているというのは本当にちょっと悲しい現実なんですけれども、ここのところを私聞き逃したのかもわからないのですが、「但しパッケージ(グループ)としてのみ加入可能」であって、「何故二十四か。」というところのちょっと御説明をもう少しいただきたいということ。
 それから、冷戦が終わりましてからアメリカのプレゼンスというのは一段と増してきて、唯一の超大国ということになってまいりました。国連改革ないし安保理改革というときにはアメリカの存在というのが以前よりもずっと増してきたと思うんですけれども、アメリカという国は周知の事実ですけれども国連の分担金も滞納し続けております。
 私は、IPU会議という、列国会議と呼ばれておりますけれども、明治時代から続いている国会議員の会議に昨年の秋、インドネシアに出席してまいりましたけれども、ここでもアメリカのみ参加はしていない。全く国際会議的なことはアメリカは軽視する姿勢をとっているというようなことでございまして、今回のユーゴの空爆のときでも安保理をもう全く無視する姿勢をとっている。
 こういうようなアメリカの姿勢というものがある限り、国連を日本が幾ら改革しようとかいうことを言っても余り意味がないようなことになるのではないかというのを危惧しておりまして、今度政権が変わったということで、これからアメリカが国連ないし国際機関というものに対するスタンスをどのように変えていくのか、あるいはこのままなのか、変わる可能性があるのか、そういうようなことについて、できましたら三人の参考人の方々にそれぞれお伺いしたいと思います。
#22
○参考人(波多野敬雄君) 二つ御質問ございましたけれども、第一の御質問につきましては、国連改革というのは二つ目的があると。一つは、日本とドイツのような分担金も多いし、国際的にも政治的にも経済的にも強い、そういう国はやはり常任理事国にすることが国連のためであるというのが第一。第二は、国連ができて以来百三十八の国が新たに加盟して、その大部分が南の国だ、途上国であるということになると、やっぱり途上国の発言権をもっと安保理の中においても強めなければいけないという、その二つ目的があるんだと思うんです。
 日本はその第一の目的のことばかり考えているんですけれども、国連の中にいますと第二の目的の方がどっちかというと国が多いだけにプレッシャーも強いという感じがいたします。したがって、日本とドイツだけが常任理事国になればまたさらに先進国の力が強くなっちゃうわけですから、それに見合って途上国に、日本、ドイツの加盟をカバーして、さらに余りあるだけの力を与えようじゃないかということでパッケージという案が出てきて、常任理事国として日独に対してと途上国から三つ、さらにそれでも足りないから非常任理事国として四つとか六つとかアメリカは一つとか、非常任理事国もさらに加えて南のボイスを高めようということがこのパッケージの理由だと思います。
 もう一つのアメリカの国連に対する態度ですけれども、去年、アメリカの上院議員の外交委員長のヘルムズというのがアメリカのホルブルック大使に連れられて安保理事会に堂々とあらわれてスピーチをやったんです。そのときに、外交委員長ですから大変に権限があるんですが、アメリカは国連なんかに入っている必要はないんですよ、アメリカは国連を必要としません、国連がアメリカを必要としているんでしょうということを彼は堂々とスピーチをやっているんです。
 アメリカというのは残念ながらそういう国なんですね。これはモンロー主義以来、アメリカというのは孤立しても生きていける。今度アラスカにNMD、ミサイルを撃ち落とす設備を全部置いて外国から来るミサイルはそこで撃ち落としちゃって、自分たちは安全を期そうと。それに伴ってロシアとの間のABM条約はもう破棄しようと。やはり孤立主義的な発想というのはアメリカの外交の中で動かせない、アメリカというのは地理的にもまた国力の面からいってもそういう国であるという前提で考えざるを得ないと思います。
 ただ、そこで一つ、さっきのユーゴの問題、今御質問にありましたのでユーゴの問題について言及すれば、もしかしたらば新しい国際法ができつつあるのかもしれない。従来の国際法からいえば、NATOのユーゴ・コソボ攻撃は明らかに国際法違反でございますけれども、しかし人権の問題ということになるともう国の中がおさまらないんですね、アメリカはもうほっぽっておけないと。ロシア、中国というような国は人権に対する配慮が足りないんだよと。人権を無視している国なんで、そういう国にビートー権を与えているからといって、そういう国が拒否権を持っているからといって人権じゅうりんをほっぽっておけるのかというのが世論としてわっと盛り上がっちゃって、もう政府として動かざるを得ないような状態になっちゃうんですね。これは悪いことであるかいいことであるか、アメリカというのはそういう国である、世論に動かされちゃう国である。そして、人権というものがそれだけアメリカというのは重要な国であると。一見国際法に違反したようなことも人権のためならばせざるを得ないというのがアメリカの世論であるということなのだと思います。
#23
○参考人(原田勝広君) 途上国の常任理事国入りにつきましては非常に難しい問題がありまして、つまり、日本、ドイツは多分すんなりいくと思いますけれども、各国によって、例えばアフリカの場合は、アジア、中南米、アフリカと一議席ずつ想定していますけれども、エジプト、南ア、ナイジェリアという強力な候補国がありまして、これは三カ国ローテーションで一議席持っていて中で回してもらうというような方法とか、各地域によって事情が違うのでとりあえず地域を決めて一議席として、あとは中でいろんな形、一カ国に固まればいいと思うんですけれども、その各地域の事情によって選んでいただくというのが一番すんなりいくのではないかなというふうに考えています。
 それから、アメリカですけれども、アメリカは非常に国連との距離のとり方が変わってきたと思います。
 当初は、当時ブッシュ、お父さんの方ですけれども、国連に九二年に来て演説したときは、非常にそれまでとは違って国連と協力したいというニュアンスをかなり出してきまして、その後クリントン大統領にかわりまして、彼も、選挙演説中に二人ともすごく国連ににじり寄ってきたと申しますか、非常に当時国連ブームだったものですから、これに乗ることが自分の選挙戦に有利みたいな雰囲気がありまして、クリントン候補もかなり積極的に国連に、私の記憶では緊急展開部隊を派遣してもいいというようなことをたしか公約していたような記憶があります。
 それで、当選後もその公約を実行すべく大統領令、たしか一三号だったと思うんですけれども用意しまして、部隊も派遣する、積極的に協力する、場合によっては指揮権も国連に渡してもいいというようなところまで内容を詰めたんですけれども、議会のヘルムズさんなど反対派からとんでもないという声が出て、中でもんでいるうちにソマリアとかボスニアのいわゆる平和執行部隊失敗の話がありまして、そこから国内世論を受けて急に遠ざかっていきまして、だんだん本音が出てきたといいますか、やはり国益のために国連を利用するんだというスタンスがだんだん強くなってきたんではないかと思います。その流れでいくと、今度のブッシュさんの姿勢もかなり国連とは遠いものであろうと。
 ユーゴの空爆に関しましては、私も国際法違反だと思うんですけれども、やっぱりアメリカのスタンスが、国益に沿う場合は利用するけれどもそうじゃない場合は避けると。これは、ある意味で国連というのが、先ほど申し上げましたけれども、非常に欠陥の多い組織なんですね。ですから、これを出すとどこかの国が拒否権を使ってしまう、それでいいのか。つまり、そこで人権無視の行動が行われている場合に、そこでストップしてしまってアメリカの責任が果たせるかなということを議論したと思うんですね。ですから、アメリカはもちろん突出していますけれども、少なくとも同盟国の中での合意というものを前提として行ったと。その理由は、国連がこういう点については十分機能しないおそれがあるということの懸念があったんだと思います。
 ですから、結論としましては、例えば憲章にこうあるからこうであるという議論は、一応理論的にもっともなように聞こえますけれども、国連というのはそれ以上に政治の場であるということでありまして、人権を守る、そのために何かするという前提があれば、国益あるいは世界の共通益のためにそういうことは十分に起こり得ると。それが国際法に従って正しいかどうかというのはまた別の問題で、それは今後一致すべきものであるというふうに多くの方は考えているので、それを何とか融合させたい、させるべきだと思いますけれども、それをもって日本が常任理事国に参加しないということは全く話は別であるというふうに思います。
#24
○参考人(浅井基文君) 四つほどの論点が出てきていると思うんですけれども、まず、言うならばアメリカという猫に日本が鈴をつけることができるかという形で問題をとらえてもいいと思うんですけれども、先ほど山本理事が、例えば非核の問題とか安保理でアジアを代表するとかいう可能性が出てくるということをおっしゃっておられましたが、これは周知のごとく、非核、核の分野で、唯一の被爆国と称しながら国連の核軍縮の分野で最もあいまいな態度をとり続けているのは日本だと、そしてなぜとり続けているかといえば、それはアメリカの顔色をうかがうからだというのはもう周知の事実である、公知の事実であるというようなことを考える。あるいは、アジアを代表するといいますけれども、本当に日本がどれだけアジア諸国のことを考えて動いているのか、動いてきたかということを考えれば、かつて私も外務省のアジア局で仕事をした者として考えますと、内心非常にじくじたるものがある。
 そういうことを考えますと、私は、日本が外交姿勢というものを根本的に改めない限りアメリカに対して物を申す、是々非々の態度で臨むということを期することは本当に手が届かないことである、やはり日本自身の自己改革というのが先決問題であるということを申し上げたいと思います。
 それから、アメリカの立場についても、お二人の参考人からおっしゃられたとおりでありまして、アメリカの国連政策というのは、国連というのはアメリカが行う対外政策において利用する手段の中のワン・オブ・ゼムにすぎない、利用できるときには利用する、しかし利用する価値がないときはそれをバイパスする、これはもう非常にはっきりした事実であります。この点は今後、原田参考人がおっしゃったように、ブッシュ政権のもとで強まることはあっても私は弱まることはないという悲観的な見方に傾かざるを得ないということであります。
 したがいまして、このようにアメリカですら安全保障理事会というものについて極めて選択的、制限的にしか利用しないということしか考えていない、そういうような程度の役割の安保理に何ゆえに日本が入ることを自己目的にしなければならないのかということは本当に考えなければいけないことではないのか。
 私たちはどういう安保理を目指すのかということをまず考える、そして、改革されるべきその安保理の中身が私たちにとって納得のいくものであるならば、その安保理とは協力すると。しかし、その安保理がますます大国志向性を強めるようなものであるならば、私たちはあえてそういう安保理に対して批判的な態度をとるということすら外交的な一つのオルタナティブであって私はいいんだろうというふうに思います。むしろ、私たちは安保理に入らないで外から安保理の行動をチェックするということが国際的に求められる役割ではないのかというふうに考えます。
 それからもう一つ、波多野参考人は、アメリカがユーゴの空爆を行ったということについて、伝統的な国際法においては違反であろうけれども、新しい国際法ができつつあるのかもしれないというふうにおっしゃいました。そういう論者は国際法学者の中でも少なくありません。
 しかし、私は次の事実を踏まえていただきたいということを申し上げておきたいと思います。
 すなわち、アメリカは人権に基づいてソマリアに軍事介入しました。しかし、そのアメリカは、ソマリアにおいてアメリカ兵が虐殺され、そしてソマリアの首都モガディシュというところを、市内を引き回されるというCNNの映像がアメリカじゅうを駆けめぐった途端にアメリカの世論が沸騰して、ソマリア撤兵を三日後にクリントン政権が決定したという事実があります。ということは、人道的介入とか人権による新しい国際法の定立という流れは確かにあります。しかし、肝心のアメリカは、やはりここでも、国内世論が人権を重視する方向で傾いているときにはそれに即した行動をとりますけれども、国内世論がアメリカの国益をさらに重視する方向に急変しますと途端に政策も変わるわけですね。
 したがって、そういうことをも考えますと、私たちは果たしてその新しい人道に関する国際法の定立に関してその方向性がもう不可逆な、流れは変わらないものとして考えることができるかどうかということはさらに考える必要があるだろうと思います。
 最後に、途上国の常任理事国入りの問題でございますけれども、私はそもそもこの常任理事国という問題を根本から考え直す必要があるだろうと思います。
 この常任理事国及びその拒否権という考え方は、ヤルタ会談でルーズベルトとスターリン、チャーチルの間で決定された約束事であります。そして、その問題に対して国連憲章制定会議の際に多くの中小国が、特別の地位を認めることはやぶさかではないけれども拒否権という問題については異論ありということで、かなり激しい攻防が大国と中小国との間に行われて、そして大国がその拒否権がないような国連なら我々は要らないんだというふうに突き放した結果、中小国が折れて拒否権という規定が入ったという経緯があることを私たちは思い出すべきであると思います。
 したがって、二十一世紀において私たちが国際関係も民主化すべきであるということを考えるならば原点に戻って、そもそも安全保障理事会というそういう制度が時代の流れに即したものであるのかということ自体、その拒否権も含めて、その点をやっぱり私は根本的に安保理改革の議題の中心的なテーマとして据えるべきであろう、少なくとも日本からは国連においてそういう問題提起をしていくべきであろうというふうに考えます。
#25
○広中和歌子君 もう既に多くの御質問、そしてお答えがあったわけで、少し重なるかもしれませんけれども、最初に波多野大使にお伺いして、もし御意見があればあとの質問に関してはお答えいただける方に答えていただければと思います。
 波多野大使は、国連大使として安保理のメンバーでないためにさまざまな場面でフラストレーションを感じられ、そういう中で御発言があったわけなんですけれども、国連改革ということが言われながらなかなかそれが実現していないというそういう現状の中で、本当に可能であるというふうに思っていらっしゃるのか、そのことについてお伺いいたします。
 それから、私の世代ですと、国連というのは非常に輝ける星のような気持ちで、国際社会の中で新しい平和を築いていく、そういう枠組みとして迎え入れたわけなんですけれども、先ほどの浅井参考人のお言葉にもありましたように、安保理を初めとして非常に硬直化している部分というのがあるのではないかと。
 そういう中で現実の対応として、例えばG8のようなクラブ、組織であるとか、EUであるとかNATOであるとかASEAN、APEC、そういうふうにさまざまな地域フォーラム、こういうものができてきて、結局、国連の権威というものを少しずつ傷つける、損なっていく、そういう傾向があるのではないかと思うわけでございますけれども、国連とこうした地域フォーラムなど、それからG8というのがございますよね、そういうものとのかかわり、それは共存して当たり前と思われるのか、あるいは国連がだんだんフェードアウトしていくのか、それとも再び何か世界国家的なイメージで国連が世界の中で中心的な役割を果たすようになるのか、もしそういうことが可能としたらどういうきっかけでそういうことが起こり得るのかという、大変難しい問題なんですけれども、それをお伺いいたします。
 それから、私は最近よくアジアに旅行いたしまして、アジアの中の日本という言葉は大変すばらしいと思うんですけれども、植民地時代、いわゆる二十世紀の初頭から日本はやはりアジアのためと称しながら余りアジアのためにやってこなかったということで、アジアの中の日本、好ましい言葉なんですけれども、そういう中できっちり日本が自分たちを位置づけるような可能性があるんだろうかと。
 例えばG8の中に、これは先進国クラブですけれども、例えば中国とかインドとか、事実上非常に大きな国でございますけれども、こういう国を入れようとする、少なくとも日本側からのイニシアチブというのはとられたんでしょうかといったようなことが頭に浮かびましたので、御質問させていただきました。
 以上です。
#26
○参考人(波多野敬雄君) まず第一の国連改革の問題でございますけれども、私、実は国連改革のための十六人委員会というのが世界から指名されておりまして、その中に入っておりまして、先週の月曜、ニューヨークでその会議をやってまいりましたけれども、国連を強化するために、地域機構の上に立つ世界的な機構として強化するためにどうやったらいいかといういろんな案が出ていて、結局うまくいかないんですね。ですから、今はどうやって国連を改革するかということを暗中模索中なんですけれども、私は、さっきの浅井参考人の意見とは違って、日本が外からこの問題を提起してみても国連は改善されないと思います。それを改善する方法として、日本はみずから安全保障理事会の常任理事国になって、こうすべきであるということを言えば相当の発言権があるであろうと思います。
 現実に、エジプト等が繰り返し繰り返しその十六人委員会の会議で申しますのは、国連には本来権限があるんだと、総会で決定すればいいじゃないかと言うんですけれども、総会で決定してみても先進国は言うことを聞かないんです。先進国は、貿易の問題はWTOでやり、金融の問題はIMFでやり、援助の問題は世銀でやるということにしちゃって、国連の外で動いちゃっている。それじゃ、もう国連はこのまま衰退するのかというと、しかし国連には総会という機構もあるし、安全保障理事会という機構もあるし、これを活性化する余地はまだある。そのために日本も中に入って努力すべきであろうという感じがいたします。
 それからもう一つ、アジアの中の日本という言葉でございますけれども、これは明らかに少数意見なんでございますけれども、私が国連にいて感ずることは、日本というのは、常任理事国になったらばもちろん、またはなるためにもアジアの日本ということではいけないんだと思っております。世界の日本なんです。日本はユーゴスラビアにも多大な関心を持ち、南米のコロンビアにもペルーにもメキシコの民族問題にも多大の関心を持つ、そういう国になってこそ常任理事国として世界から歓迎されるのだと思っております。
 アジアの意見を代表するということには必ずしも私は拘泥すべきでないと思いますし、現に国連の中で選挙のときに票集めをやって一番難しいのはアジアの票集めでございます。アフリカの五十二票と中南米の三十三票、これは日本が頼めば、日本には日ごろからお世話になっているという感じがあって日本に来るんです。アジアの票というのは、やはり日ごろ日本に調子のいいことを言っている国も、いざ投票するとなると非常にちゅうちょする。というのは、やはりアジアの国にとってもう日本からは相当経済的なプレッシャーを受けていますよと、もうこれ以上政治的に強い国ができることは必ずしも歓迎しないという気があるのだと思います。
 その場合の日本に対する期待というのは、やはり中国が異常にこのごろは強くなって、近い将来スーパーパワー、アメリカと並ぶスーパーパワーになるかもしれないと。それに対する一つの抵抗力として日本に期待するという声はアジアの中にあるのだと思っております。
#27
○松あきら君 きょうはお三人の参考人の先生方、ありがとうございます。
 私は、この調査会に入れていただいて新米でございますので、まだ国連について自分の意見を述べたことはございません。きょうが初めてだというふうに思います。
 いろいろ伺っておりまして、私自身は、日本はアメリカに次いで第二の経済大国であるということは世界じゅうの人が認めている。だから威張っていいものではありません。分担金も二〇%払っています。いろんな意味で常任理事国には入るべきだと私は思っております。やはり、なぜこれになかなか賛成していただけないのかなという私自身の気持ちがございますけれども、もちろんさまざまなお話を伺っておりまして、いろんな理由があってなかなか、皆さんが全員が賛成していただければ入れるんですけれども、そうはいかない。
 しかし、波多野大使は、日本が常任理事国入りすれば、今国連がなかなか改革が進まないと私も思っております。常任理事国入りすれば、国連の改革のリーダーシップがとれるのかなというところで、一つそれを伺いたいと思います。
 そしてまた、国連にできることは限られているという空気があると思うんですけれども、これはどこから来ているのかというふうに思うんですけれども、これも波多野大使に伺いたいというふうに思います。
 それから、浅井先生は、とにかく日本人というのは国連がすばらしいものだ、絶対的なものだと思い込みがちであると、国連というのは完全無欠でないことを知るべきだというふうに、理想の存在ではないというふうにおっしゃっていたと思うんですけれども、もちろんそうなんです。いろんな理由はあるでしょうけれども。
 私も、国連に視察に行きましたときに職員が少ないなという、もう少し日本人の国連の職員が多くてもいいんじゃないかななんと思ったんですけれども、例えば国連の職員をふやすことを初め、何というんですか、理想の存在じゃない、こういうことをある程度知るためにはほかにどんな手段が有効だというふうに思われるでしょうか。
 それから、原田参考人は、PKOというのは選択的に参加をすればいいんじゃないかというふうにおっしゃっておられました。私も例えば常任理事国入りしたから全部が全部これに参加しなければいけないとは思っておりませんし、例えばドイツをモデルになんということもおっしゃいましたけれども、財政的貢献とか物資補給、医療など、戦闘にかかわらない分野で日本はできる限りのことをしますよということも可能ではないかなと思いますけれども、その辺をひとつ詳しく教えていただきたいと思います。
 以上でございます。
#28
○会長(関谷勝嗣君) それでは、質問されました順番にお願いします。まず、波多野参考人。
#29
○参考人(波多野敬雄君) 二つ御質問になられましたが、最初の方のはもう一度ちょっと。
#30
○松あきら君 なかなか国連改革ができない。今改革のお話もなさいまして、私も日本が安保理の常任理事国入りすべきだというふうに思っております。そして、この改革がなかなか進まない、しかし日本が理事国入りをしたら改革というのが進んでいく、あるいはリーダーシップをとる一端になれるのかどうかというところが第一問の質問でございます。
#31
○参考人(波多野敬雄君) 第一の質問と第二の質問と関連づけてお答えしていいのかよくわかりませんけれども、先週の月曜日に国連改革の十六人の会議というのをニューヨークでやったときに、議長を務めておりましたノルウェーの大使がまず最初に言ったのは、自分は最近国連に着任した、そこで安保理もだんだんと改善されているし、アメリカとの関係もだんだんよくなっているしといいことばかり言って、ただ一つ自分が驚いたことがある、それは南北の対立がますます激化しつつあることであると。それは、国連の中でも南と北との対立が激化しつつある。国連の外でも、例えばWTOのシアトル会議などというのは南北の対立でデッドロックになってしまったということでございますけれども。
 私は、国連がこれから直面すべき問題が二つあると思っております。
 一つは、南北の対立の激化をどうやって防いでいくか、南北をどうやって調和させていくかという問題。もう一つは、国連がNGO、シビルソサエティーという言葉を使うんですけれども、要するにNGOでございますね、NGOとどういう関係をこれから育てていくか、政府の外の諸団体の声をどうやって国連に反映させるか、その二つが国連が今直面している大きな問題ではないかと思うんですけれども。
 第一の南北問題については、日本はある意味では片足を南に、片足を北に突っ込んでいる国で、一番極端な例は人権の委員会というのがありまして、日本が必ず人権の委員会にアジアの国から選出されるんです。というのは、中国もミャンマーもインドネシアも人権問題で北側からいつも攻撃されている。しかし、日本ならばアジアの考え方がよくわかってくれるだろうと、だから日本を選出して、自分たちが言っても聞いてくれないことを日本に言ってもらえば北も聞く耳を持つだろうということで選出されるんです。
 他方、北側は、日本が人権委員会に入ってきたな、大歓迎だと。日本こそアジアにあって同じ民主主義を奉ずる国だから、その日本が、本当の民主主義というのはこういうものですよ、人権の尊重というのはこういうものですよということを中国に言い、インドネシアに言い、ミャンマーに言ってくれればアジアの諸国も聞く耳を持つだろうと、両方から期待されているんです。両方から期待されて、その役割を十分に果たし得ていないところに問題があるんですけれども、しかし、日本はそういう役割を果たし得る地位に立っているのだと思います。そして、それが第二の問題のお答えにもなるのではないかと思います。
#32
○参考人(浅井基文君) 安保理が完全無欠ではないということを国民がもっとしっかり、はっきり認識するためにはどういうことが行われればいいのかという、そういう御質問だったと理解いたしましてお答えさせていただきたいんですが、ちょっと話が唐突にずれるようにお聞きになるかもしれませんが、私は、そもそも日本におきましては戦後、国家という概念、国家というものに対する国民の受けとめ方、全体としての受けとめ方が非常にあいまいになってしまったという問題があると思うんです。
 一方では古い国家観にしがみつく層があるわけですけれども、他方におきまして、多くの国民におきましては、軍国主義日本によって痛い目に遭わされたと。もう国家なんというのはこりごりだ、国家なんてもう古くさい、あるいは国家は薄汚い存在だと、そういうような考え方。要するに、国家から逃避する、そういう傾向が非常に僕は広がっていたと思うんです。そういうところがやっぱり国家離れという一種の現象を起こしていると。
 国家離れという現象を起こした結果としてどうなるかというと、国家を越えた国際社会、そしてその国際社会を代表する国連というものを非常に美化して、あるいはそれを理想化して受けとめる。国連中心主義外交という言葉に代表されますように、要するに国際社会と一緒に行けば何事もうまくいくんだという全く根拠のない考え方にジャンプしてたどり着いてしまうという問題があったと思うんです。
 したがって、そういう背景を踏まえて申し上げますと、やはり私は、戦後の日本において健全な国家観というものが育っていないということ、今日の時代において国家というものはどういうものであるべきかとか、国家というものはどういう役割を担うものか、国家と国民との関係はどういうものであるのか、あるいは国家と国際社会はどうかかわるべきか、そういうような根本問題が日本においては戦後ほとんど議論されてきておりません。私は、その点がやはり非常に、逆に言うとそこをバイパスしてしまって国際社会、国連を理想化してしまったということが、安保理が完全無欠ではない、安保理も含めて国連が完全無欠ではないという国民的イメージを生んだのだろうと思うんです。
 先ほど広中理事から出されましたように、国連を輝ける星として受け入れた、しかし硬直する傾向があるというふうにおっしゃいましたけれども、私もまことに同感でありまして、現実の国際社会というのは、日本というこの社会と比べてもはるかに幼稚な、未発達な未熟な社会であるんです。要するに、日本という国家であれば少なくとも中央政府があり、立法、司法、行政の三権があると。そういうことによってがっちりとしたシステムが成り立っている。しかし、国際社会にはそういうものはありません、原則として。現実にありません。それで、その中で唯一国連が、これは明石康さんが新書の中で書かれた言葉ですけれども、国連総会は人類の議会であるというふうに形容されたんですけれども、そういうものとしては唯一の存在なんですね。
 したがいまして、私は、確かに国連及び国際社会というのは完全無欠ではないということを私たちは十分承知する、それが大前提であって、その中で、しかし国連以外に人類を代表する普遍的な機構はないんだということも踏まえるべきであろうと。したがって、その人類の議会である国連を、あるべき国連をいかにして人類の議会であるように育て上げていくかということが私たちの課題であるというふうに思います。
 松委員の御質問からちょっと離れたようでございますけれども、そういうことをトータルに考えていくことによって初めて、私たちの国連観、国際社会観というものも成熟してくるんだろうと思います。
#33
○参考人(原田勝広君) PKOの問題についてお答えします。
 国連は、国連軍ができなかったということで、しかし紛争は実際に起きる、何とかならないかという一つの知恵として出てきたものがPKOでございまして、したがって国連憲章には何の規定もないんです。ですから、ブトロス・ガリ事務総長が日本に来たときに、常任理事国になっても日本がPKOに参加するというのは義務ではありませんというふうにおっしゃったんですけれども、全くそのとおりです。義務ではありません。義務でないという規定もないんです。要するにファジーでありまして、その時々の状況によって参加が決まってくる。
 実態はどうかと申しますと、アメリカはもちろん、ソマリアでUNOSOMUというPKOと歩調を合わせて動いて、そこで多数の死傷者が出たということで、以来参加しておりませんし、イギリスとフランスは比較的参加している。しかし、ロシア、中国は非常に消極的であるということで、一般的に常任になったからといって参加していない、各国とも参加していないのが実情なんですね。じゃ、どこが参加しているかと言うと、途上国、それからカナダ、北欧、こういう国々が参加して、国連軍がない中で、一つの国連のオペレーションとしてユニークな存在感を示しているわけです。
 私が感じますのは、日本としてPKOに参加する義務はないんですけれども、こういうのができない、できないという話ばかりしないで、日本はこういうものをするんだという明確なポリシーといいますか、そういうのを打ち出したらどうかなというのを申し上げたいと思っておりまして、それはつまり、平和三原則にのっとって自衛のための必要最小限の武器は持つと。さらに、ブラヒミ・リポートにありますように、戦後の平和構築活動、PBOの中で積極的に選挙を行うとか、政府ができるまでの行政のお手伝いをするとか、そういう日本人に割とわかりやすいと申しますか、受け入れやすい形で積極的に参加するというものを、積極的に世界にこういう形もありますよということを提示していくというのが非常にいいのではないかというふうに考えます。
#34
○松あきら君 ありがとうございました。
#35
○入澤肇君 発言の機会を与えていただきましてありがとうございます。
 参考人の皆さん、大変きょうはありがとうございます。
 幾つか御質問したいと思いますけれども、コソボの問題等々、新しい国際秩序をつくるためのきっかけになるんじゃないかと私は思っているんですけれども、国際連盟のやっぱり失敗の轍を踏まないために今の安全保障理事会のいろんな仕組みもあるわけですね。拒否権の問題もある。もし安全保障理事会を含めて国連の改革をするためには、国際的な秩序の確保について実効性のある、やっぱり担保的な手段が用意されなくちゃいけない。
 それは今の国連に与えられたいろいろな権限では不十分なのかどうかということにつきまして、現場感覚のある波多野元大使にお聞きしたいと思います。要するに、今の国連に与えられた権限では多国籍軍の派遣みたいな、そういうちょっと国連の枠組みから外れた行動まで起こさざるを得ない。何が不十分なのかということについての、これは感覚的な御答弁でも結構ですから、お聞かせ願いたい。
 二つ目は、先ほどから浅井参考人は小国の民主化ということを連発されましたけれども、私はその意味はよくわかりません。民主化と言うからには、小国の主張の中で普遍性のあるものでなくちゃいけないし、その普遍性というのは歴史的な妥当性を持つものでなくちゃいかぬと思うんですね。そういうことの基準を何に求めているのかということについて私はお聞きしたいんです。
 私は、少なくとも、コソボの問題も国際紛争の問題、宗教、人種等々にかかわる問題について国際社会でもう少し研究がなされていいんじゃないかというふうに思っているんです。それはアメリカ軍が日本に進駐する前に、不十分ではありますけれども「菊と刀」という文化人類学的な研究成果を出しましたね。私は、これは今日の社会において、世界で専門家を動員しまして具体的な行動を起こす前に研究が行われてしかるべきじゃないかなと思っているんです。
 このことを思いついたのは、実は私がスーパー三〇一で日米交渉をやっていましたときに、ちょうど日米構造協議というのが並行して行われました。日米構造協議で慌てて何百項目とあるものを日本に押しつけてきて日本の実情もわからないままやるというのはおかしいんじゃないか、むしろ日本の歴史、伝統、経済、社会の実態について新しい視点からアメリカ側も研究し、また日本もアメリカの特有の人権問題も含めて多角的に研究する、そういうふうな専門家を総動員した研究成果があって、その上で私は具体的に日米構造協議のテーマが決められてやるべきじゃないかということをヒルズさんだとかリン・ウイリアムズさんですか、に言ったことがあるんですけれども、今でもその気持ちが変わりません。
 要するに、いろんな国際紛争があるたびごとに、大国のエゴというのは、その小国あるいは対象国の実態について十分な研究がなされないまま、調査がなされないまま、あるいは非常に表面的な分析のまま行われていることに原因があるんじゃないかなというふうな感じもしますので、その民主化ということの中身を掘り下げてひとつお聞きしたいというふうに思います。
 以上です。
#36
○参考人(波多野敬雄君) 国連は、平和維持のための手段として最初に経済制裁、それから続いて必要とあれば軍事制裁、拘束力を持つ軍事制裁をできるように憲章上なっているわけでございますね。ですから、やろうと思えばできるんだと思います。もちろん、その前提となるのが拒否権を持つ五大国の一致という点でございますけれども。
 コソボの点を別にすれば、従来は中国もロシアもアメリカとの外交関係を極めて大切にして、中国の国連外交というのは、国連を通じてアメリカとどれだけ仲よくしアメリカにどれだけ恩を売るかというのが中国の一時の外交姿勢だったと思います。とすると、中国もアメリカの言い分に相当妥協して第七章の行使を妨げなかったということで、やろうと思えばできるようなシステムにはもうなっているんだと思いますけれども、現実にこれが恣意的にやられることがあるか、またはアメリカの好きなときに発動されることがあってアメリカの意のままにこれが動かされるのではないだろうかというような問題が確かにあるわけでございます。あるわけでございますけれども、若干距離を置いて眺めますと、世界はもうそういうものなんですね。何も国連がそうであるだけじゃなくて、IMFもそうだし世銀もそうだしWTOまでそうなりかけているというようなことで、やはり国の力というものが現実の問題として受け入れられざるを得ないというようなことになっているのだと思います。
#37
○参考人(浅井基文君) 民主化を連発したという御指摘で、十分な定義もしなかったことをおわび申し上げます。
 私が申し上げたかった趣旨は、まず前提といたしまして、この二十一世紀の社会が二十世紀までと同じように力が国際関係を動かす根本的なエネルギー、動因である、ファクターであるというふうに言うことを認めてしまったならば、私は二十一世紀はもう本当に無惨な世紀になってしまうだろうと。アメリカのCIA関係の報告書にありますように、もう核の拡散は避けられないというような見方すら出てきているわけですね。そういうパワーポリティックスの発想がアメリカには前提にありますから。しかし、核の拡散が現実のものとなったならば、核兵器は本当に使われる可能性がそれだけふえてくるということになります。それはもうとんでもないことをもたらすわけですね。とんでもない事態をもたらします。
 あるいは地球の温暖化という問題をとりましても、本当に先進国の言うがままに動かされている現状を肯定してしまいますと、これはたしかUNDPかどこか、UNEPですか、そういう温暖化に関係する国際機関でございますけれども、そこの報告にありますように、二十一世紀の二〇五〇年を迎える前に南太平洋にある多くの島国、これは海抜数メートルというところの国々がほとんどなんですけれども、それらはすべて水没して国としてなくなってしまうという事態になるわけですね。そういうことを本当に私たちは認めることができるのかという問題意識が私にはあります。
 それで、そういうことを考えてまいりますと、やはり二十一世紀におきましては、二十世紀に支配的であったその権力政治といいますか、力による政治という発想から何とか私たちは転換していかなければならないのではないか。そして、日本はその先頭に立つべきであろうというふうに思うわけです。これが私の民主化を連発するその前提となる発想でございます。
 その民主化の定義でございますけれども、私は二つのことを考えております。
 一つは、国家の主権独立性を尊重するということですね。これはもう国連憲章でもはっきりうたっていることでございまして、主権独立を尊重するということは、国家関係は大小、強弱、貧富の差にかかわらず国家として対等平等であるということを認め合うという、これが民主化ということの一つの意味でございます。私が考えておる一つの意味であります。
 もう一つの意味は、国内で認められるようになってきた人権デモクラシー、この考え方を国際的に普遍化していくという、そういう意味を私はもう一つ考えております。
 ということは、確かにその考え方があるがゆえにアメリカ、西欧諸国が人道的介入ということを途上国に対して行うのを正当化する理由にもなっているわけです。しかし、ここで私が考えておきたいのは、その人権デモクラシーという価値は普遍的なものである、それは私も全く同感でありますが、しかし今、アメリカ、西欧諸国、そして日本が獲得した人権デモクラシーのこの現段階というのは、国によっては数百年に及ぶ歴史を経て戦い取ってきたものなんですね。そして、その物質的な条件が満たされることによって初めて政治的、市民的権利というものが実現する具体的な条件が獲得されるという厳然たる歴史的な事実があるわけです。
 したがって、私たちは今の途上国に対して、アメリカ、西欧諸国などがやっているように前提条件を一切無視して一気に国内の政治を民主化しろといったって、それは私は恐らくない物ねだりだと思うんですね。それは恐らくかえってそれらの国々をよりおかしな状況に追いやっている。もう現実的にそういう事例が幾つでも数多く蓄積されているわけですから、私はそれを認めるべきだと思うんです。
 したがって、人権デモクラシー、民主主義というその価値は普遍的なものであるけれども、それを国際的に普遍化していく過程というのは、やはり先進諸国がみずからたどったのと同じように長い歴史的な時間がかかるんだろうと。したがって、先進諸国としてできることは、一気に条件を無視して政治的、市民的権利を各国において実現しろと、実現しなければ武力行使も辞さないということではなくて、そういう政治的、市民的権利を国民に対して保障できるような物質的、文化的、社会的、経済的な条件ができるように下支えをしていく、そういう条件づくりを行うこと、それをやはり私はやっていくことが国際的な民主化というところにおける実践的課題になってくるだろうというふうに思っております。
#38
○本田良一君 どうも御指名ありがとうございます。本田良一です。
 大体いろいろ参考人の御意見は各委員の皆さんから出尽くしました。しかし、私、結論的なことを申し上げますが、結局、何か国連というのは軍事目的をやるとか、そういう権力集合体のように参考人からのことも聞き取れますし、あるいは国連は人類の議会であると、そういうことなど。ところが、人類の議会であるならば、議会というのは一議席を占めるということが最大の目的になりますね。そうすれば、私は国連がそういう位置づけであれば積極的に一議席確保のために安保理に参加すべきだと思います。
 それから、浅井参考人のこの安保理のポイントに「外交目的とする発想は邪道」と四点挙げておられますが、これはもちろんそのとおりだと思います。この四点は立派な指摘だと思っております。
 ところが、常任理事国は今五カ国ですけれども、アメリカの言いなりになっているから日本は自主的判断がとれない、こういうことでしょうけれども、今の常任理事国に入らないでいる日本は案外アメリカとパートナー的なそういう面があると思います。しかし、この安保理に入ることによって私はアメリカ追従の判断というのはできなくなると思います。だから、自主的な判断でもって国際情勢に貢献する判断を当然日本はやっぱりやっていくと思います。
 そこで、波多野参考人にお尋ねいたしますが、外交上の判断と安保理に入ってからの日本の、もし参考人が安保理のメンバーでいろいろな諸問題に判断をされるとするときにアメリカの追従的な判断をされるかどうか。私は、そうでなくて、本当に日本が役割を担うべき判断をしていかれる、こう想定しますから、まずその意思を聞いて、そして私は安保理に参加すべきだと。
 それともう一つ、ユーゴ空爆をおっしゃいますけれども、アメリカのとった態度は私は間違いないと。いかに国連で常任理事国で総会にかけなかったとはいえ、これは本当に人道的に民族浄化の中での国際情勢、当然アメリカはそうあってよかった、こう思います。
 以上です。
#39
○参考人(波多野敬雄君) 常任理事国になるとならずとにかかわらず、日本はみずからの国の利益のためにアメリカとの関係を保っているんだと思います。アメリカとの関係が一見追従のように見えるとすれば、それは日本の利益を追求するためにそういう道をとることがあるということではないだろうかと思います。
 私、安全保障理事会におりまして、随分アメリカとは意見が違って、さっきの経費の問題なんかでも、サラエボが包囲されたときにアメリカはすぐに武力を使ってサラエボを解放しろと言ったときに、日本はちょっと待ってください、お金は幾らかかるんですかという話をしたこともありますし、オルブライト大使とは随分意見が違ったことがあります。
 日本は必ずしもすべて追従しているのではない。しかし、日本の利益を考えた場合にアメリカと同一歩調をとることが多いように見えるかもしれない。しかし、それはあくまで日本の利益のためであるということだと思います。
 コソボについては、私は先生の言われるようなことではないだろうかと思います。これは、人道問題、人権問題というものをどういうふうに見るかということでございますね。赤信号の向こうである人が途端にばたっと倒れた。そうしたら、赤信号を押し渡ってその人を助けに行くのがそれが人間としてある道であると。赤信号だから渡らないで青信号になるまで待っているというのが果たしてそれが人間の道なんだろうかと。国際法がもしも人道目的で破られなければならないときには破らざるを得ないなということにこれからだんだんとなっていくのではないだろうかと私は思っております。
#40
○会長(関谷勝嗣君) 浅井参考人、何かありますか。
#41
○参考人(浅井基文君) はい、ありがとうございます。
 私は、前提として、国際人道法の発展が望ましいし、またそうなければならないという点では全くその立場に立っております。
 しかし、アメリカが行っていることがすべてそういう私たちの考える国際人道法の発展という観点から肯定できる行動なのかというふうに考えますと、私はそういうふうには、一〇〇%無条件で肯定できる実績はアメリカは示していないと。むしろ、実際に私たちは詳しくアメリカ側の文献、そして国際社会の反響その他を見て総合的に判断いたしますと、アメリカが行動するのはかなり人道的介入というのを口実にしたみずからの政策の実行である。しかも、みずからの政策の実行というときに、特にクリントン政権、この八年間ほとんどその人道的介入を実行した政権でございますけれども、クリントン政権というのは非常に国内の世論に敏感な行動をとるということが一つのパターンであった。したがって、国内の世論が介入すべしという体制になれば彼はためらわず出兵すると。しかし、その国内の世論が、先ほど申し上げたソマリアのモガディシュの事件に見られるように、一変しますと途端にクリントン政権は前言を本当にあっけにとられるほどの素早さをもって撤回する。ここにはもう全く一貫性がないんですね。
 しかし、これはもう諸先生方には釈迦に説法でございますけれども、法というものは、国際法であろうと国内法であろうとやはり安定性と一貫性とそれから規範性というものが求められると思うんです。そういう点から見てまいりますと、アメリカのやっていることは、そういう国際法が法として踏まえるべき基準を打ち破る行動というのを積み重ねているわけですね。これでは私は国際人道法の成立にアメリカの行動が役割を果たすことには全くつながらないというふうに思います。
 むしろ、私は、国連の人権委員会とか国際法委員会というようなところで地道に行われておりますそういう国際人道法の定立のための動きというものを私たち日本は積極的にサポートし、参加していくということが本来のあるべき姿ではないのかと。アメリカの行動を追認することによって、その蓄積をもって国際人道法だというのは余りにも私は基盤が薄いことだと思わざるを得ません。
#42
○木俣佳丈君 民主党の木俣でございます。
 波多野先生と原田先生、お二人に御質問をしたいと思うんですが、今私はエネルギーの問題を外交と絡めながらいろいろ仕事をさせていただいておるわけなんでございますが、先般、シャロンがイスラエル首相になられました。そのときに、私が一つ危惧するのが、好戦派の方でありますし、アラブとの戦いというのがまた再燃する可能性があるのではないかと。
 九一年一月十七日から湾岸戦争が始まったんですが、その前、大体十年ごとに地域で紛争が起きているということ。そしてまた、アメリカを見ても、湾岸戦争チームというか、そういう方々が政権の中に入ったと。同時に、今オイルの値段、別の角度から見ますと、オイルの値段が大体三十ドルで、いっときの三倍になっていると。しかしながら、アメリカが増産を要求しているけれども、なかなか産油国の思いも含めて、そしてまたメジャーの思いも含めると下げたくないということで、実は利害が相当一致しながら、軍産複合体としても戦争をそろそろ起こしたらどうだろうかというような感じがあるんではないかと。大義としては、やっぱりアラブの民主化というのをアメリカがどうしてもさせたいというようなことが大義になるんではないかと思うんですが、いずれにしても、二十六年前にサミットが始まったランブイエにしましても、結局はオイルショックの後で先進国がどうやって固まるかという、やはりエネルギーというのをちょっと日本人というのは軽視し過ぎているんじゃないかというふうに思うんです。
 それで、私が言いたいことは、戦闘が始まったときに、十年前の湾岸戦争を顧みますと、日本は、この中にもありますが、PKOというか、その前の段階ですね、要するに多国籍軍の中に入ることを拒んだと。もちろん機雷掃海とかそういうことで大活躍をしたわけでございますが、やはりそういったものに対して金は出すけれども血は流さないんだよという、こういう批判が日本の国内では特に蔓延していて、海外でも言う方もあるというふうに聞いておるんです。
 さてそこで、日本としては、仮にシナリオとして、また中東でこういった戦闘が行われて、多国籍軍ということではなく国連軍というようなものが組織されて出ていった場合に、どのように対応するのが望ましいとお考えでしょうか。お二人に伺いたい、波多野先生と原田先生と。
#43
○参考人(原田勝広君) 国連から、多国籍軍ではなくて国連軍というお話でしたけれども、現在の想定では国連軍というのは存在しませんので、多分多国籍軍、その後PKOという流れになるのではないかというふうに考えられます。
 今お話を伺っておりまして感じましたのは、前回の多国籍軍派遣のときに日本はお金しか出さなかった、非常に世界のひんしゅくを買ったわけですけれども、私は、あれだけのお金を出してなぜそんなに非難されるのかなという、少なくとも大きく感謝されなくても非難されるほどではないというふうに思っておりましたけれども、最近、中山元外務大臣か何かがおっしゃっているのをちょっと読んだんですけれども、まず人を出すのを断ったと、その後にお金ということで、その非難を最終的に浴びたということを読みまして自分なりに納得したわけですけれども。つまり、日本は人を出さないというそのところが、内外での受け取り方が非常に落差があったのではないかという印象を持っております。
 それから、もう一点指摘したいのは、日本は湾岸戦争のとき及び北朝鮮の核問題のときに安保理にいなかったんですね。日本が安保理にいられるのは非常任理事国として二年間当選したときだけそこに存在することができるわけですけれども、たしか湾岸戦争の場合は波多野元大使が大変御苦労されたんじゃないかと思いますけれども、私が北朝鮮の取材のときにたまたまニューヨーク駐在だったので覚えておるんですけれども、韓国も非常任理事国にいなかったんですね。ということは、自分の国の非常に国益が絡む死活的問題であるにもかかわらず全く情報がない。そのことを五常任理事国及び十の非常任理事国が論議しているわけですね。自分が発言できないだけではなくて情報がとれない。小和田大使及び韓国の大使はどうされたかというと、アメリカの代表部に行ってそこで情報をとる、こういうことになるわけですね。我々は、日本人記者団としましてはこれは何なんだと。要するに、我々、死活的問題に何も発言できず情報もないということは、国連と日本の関係をやはり根本的に考えざるを得ないのではないかと。
 私が常任理事国になるべきであると言うことは、つまり常にそこの安保理の決定に参画し、情報も得られるということのメリットが非常に大きいという観点から賛成をしているわけです。
 以上です。
#44
○参考人(波多野敬雄君) 中東で紛争が起こったときにエネルギー問題にどのように影響するかというのがまず日本として判断しなければならない点だと思いますけれども、例えばイラクがクウェートに侵入したような事態が起こったとしたらばこれに全面的に支持を与える、日本としてできることというのは、再び大量のお金は出すけれども危ないことはしないという参画の仕方しかないんだと思います。日本というのは残念ながらそういう国になってしまっているということなのだと思います。これは時間をかけて日本のあり方をまず教育、それからメディアの方の協力等を仰ぎながらだんだんと変えていくということなのだと思います。
 多分シャロン首相が就任して起こるであろう事態というのは、パレスチナとの間で紛争が解決しないまま先送りになるということだと思いますけれども、これは直接的にはエネルギーに関係しない問題であろうと思います。そして、アメリカもこの問題についてはPKOなどということは言わない。結局パレスチナ側も、今のところPKOの派遣というのは望まないで、アメリカの強い影響力に期待してシャロンの軟化を促すという政策に出るのだと思います。国連としては残念ながらパレスチナの問題で介入する余地はない、パレスチナの問題を解決できるのはアメリカだけということではないだろうかと思っております。
#45
○山内俊夫君 私は、初めて本国会から調査会に参加をさせていただいて、ひょっとすれば一年前、二年前の議論の中に出た問題があるかもわかりません。その点は御容赦を願えたらと思うんです。
 私、今回は三人の参考人の御意見をちょうだいいたしまして大変よくわかってきたんですが、私は今回基本的に常任理事国入りは賛成という立場で質問させていただきます。なぜかといいますと、私は、外交の最高の場であると、日本としては、そういった意味で国連というものを意識いたしておりますので、そういった発言で質問をさせていただきたいと思います。
 ただ、やみくもに常任国入りが賛成だと言うわけではございません。先ほど三人の参考意見を聞いておりましたら、五十五年たってきて国連も非常に矛盾を呈してきているというようなことも随所に見られます。そういったところで、私は今度の常任国入り時に対して明確に日本国としてのメッセージを発してから入るべきだろうと思っております。
 そこで、まず原田参考人にお尋ねしたいのは、先生は二〇〇五年、国連六十周年記念ということを一つの基準にして常任国入りを目指そうということをおっしゃっておられますから、この場合、政府も一生懸命そのあたりを模索して今プログラムを組んでいると思いますが、具体的な戦略があればぜひお知らせしていただきたいと思います。
 もう一つは、具体的な戦略にも、先生おっしゃっております侵略戦争を行わない日本国憲法というのは、大変アジアの人たちに対して安心感を与えておるのも事実であります。そういった日本が行うべきものは、今後NGOというようなスタンスをもっともっとアピールしていく、また国連の常任理事国、非常任理事国のいろんな会議の中でこのNGO問題をもっとアピールしていくというようなことも私は必要だろうと思うんですが、そのあたりもお聞かせいただけたらと思います。
 そして、浅井参考人にちょっとお尋ねしたいのは、先生はこのレポートの中で、第三十九条、安全保障理事会の任務というところで、四十一条、四十二条条項で果たしてこの事態に対応できるのかどうかというようなことも提案されております。こういったところをもう少し掘り下げてお聞かせいただけたらと思うんです。
 そして、望まれてなるものではないと言っておられるのが私は非常に気になるんですね。これだけ世界がグローバル化、経済も社会も地球全体で物事が動いております。そういったときに、私は当然積極的に行動すべきだろうと。余りにも受け身じゃ日本としての顔が見えないじゃないかと。今まででさえ見えなかったんですから、ますます埋没してしまうというような心配をいたしておりますので、その点。
 そして、波多野理事長には、安保理改革ということを随分おっしゃっておられますが、私は安保理改革に対して、やはりこの常任理事国の中で大国ということに対して途上国は非常に危惧をいたしております。特にアジア諸国も、ベトナムもそうです、ファン・バン・カイも言っておりますけれども、ベトナムは米中ロに対して非常に警戒心を持っております。台湾は当然中ロに危惧を抱いておる。インドネシアあたりはやはり同じく中、米、このあたりに非常に危惧を抱く。その中に日本は入っていないんですね。やはり日本はアジアの一員だということは随分根底では理解していただいておるように私は思っております。
 ですから、そういったもので、やはり日本が大国に対してある程度メッセージを発揮するには当然常任理事国に入っていくべきだという立場からお話ししておるんですが、そのあたり波多野理事長さんにもお聞かせいただきたい。
 そして、もう一点。これは各人にお願いしたいんですが、当調査会は国連改革、とりわけ安保理改革について集中的にこういった議論をしております。これはもう三年前から始めておりますが、この議論に対して波多野理事長はどのような期待を持っておられるか。また、こうした議論が我が国の国連外交全般に果たす役割についてもコメントいただけたらと思います。
 大変いろんなことを言いましたが、最後に、三人にぜひ今回私がお聞かせいただけたらと思っておりますのは、実は旧敵国条項の問題です。これはお三方に、それぞれ簡単で結構でございますが、感想を述べていただきたいんです。
 九五年の第五十回総会でこの旧敵国条項というのは削除ということが採択されておりますが、この憲章改正の着手がいまだになされていないという現実があるわけなんですね。特に、この敵国条項というものは、当然その当時国連に加盟していなかった七カ国に対する敵国条項ということなんですが、今ほど国連加盟国の結集が、また国連が期待をされている部分もあろうかと思うんですが、特にこの敵国条項の削除について、それぞれ三名に明確な参考意見をいただけたらと。
 以上です。
#46
○参考人(原田勝広君) 先生御質問の第一点は二〇〇五年の問題。第二点は、失礼ですがもう一度お願いできますか。
#47
○山内俊夫君 NGOの果たす役割と今の敵国条項について。
#48
○参考人(原田勝広君) NGOですか。わかりました。
 二〇〇五年につきましては、特に政府の動きというのは承知しておりません。政府は、現在これまで努力されてきたのは、一点は常任と非常任双方を拡大するということの合意を求めてきました。といいますのは、いわゆるコーヒー・グループは、自分が入れないので非常任だけでいいのではないかというのを三十数カ国、かなり大きな勢力で主張してきましたので、ここを何とか突破したいと。
 第二点は、議席数の問題がありまして、アメリカが二十から二十一までしか認めない、それでないと効率性を損なうということで、大勢は二十四ですので何とかここを突破したいということで、私の取材では、これまでは先進国を中心に、米英仏独を中心に進めてきたのを、もう少しオープンにして途上国の意見等を入れてそちらの方向に持ってくるということを努力されて、それがほぼ成功をしたということで、当然その節目の年を考えていらっしゃると思うんですけれども、それは確認しておりません。
 私の経験で言いますと、五十周年の九五年というタイミングを逃したので非常にモメンタムが下がってしまって、その後の改革の機運が非常になくなってしまったということを考えましても、やはり六十周年の二〇〇五年をターゲットに取り組むべきではないかと私も思いますし、政府も当然そういうふうにお考えになっているのではないかというふうに想像いたします。
 次に、NGOです。
 NGOは、世界において第三のセクターとして非常に注目されております。欧米は非常に政策的に政府がODA予算を流して、アメリカの場合は七〇年ころですけれども、意欲的に育ててきたんですね。それで、数は多くありません。一般的に数は多いんですけれども、大きなところ、ちゃんとした仕事ができる能力を備えているところというのは数えると七、八個という程度なんですけれども、これが非常に能力が高いんですね。
 片や日本の場合は、主にカンボジア難民が流出した七九年、八〇年ころにいろんなNGOができたんですけれども、どうしても当時の反戦運動とかそういうことを反映しまして、どちらかというと反政府的、反企業的、全部がそうではありませんけれども、そういうNGOが多くて、具体的にオペレーションをやっているところ、難民援助というのはもちろん開発の問題、たくさんあるんですけれども非常に弱い。政府もそういう意味では偏見といいますか、偏っているということに対して余り快く思っていない面もあったのでしょうか、支援はほとんどしなかったわけですね。
 ところが、日本では、神戸大地震以降、対外的にはコソボで幾つかのNGOが難民支援等のオペレーションを経験した。これを機会に政府とも企業とも協力できる部分は一緒にやっていこうではないかという機運が急速に盛り上がりまして、先ほど申し上げました難民支援スキームのジャパン・プラットフォームというのはそういうものを背景にできてきたわけです。
 外務省予算が来年度からはつきますけれども、まだまだ意欲的に育てるという姿勢が国側にないとなかなか難しいと。もちろん、NGOの独自性というものを守らない、政府の仕事をNGOが下請的にやってしまうということになると非常に問題になるんですけれども、独自性を保ちながらいかに育てるか。つまり、それは財政的な援助と人的な資源なんです。
 それで、若い人の中には、やりたいという人は、希望者はたくさんいるんですね。ところが、今どうでしょう、平均年収、まあ独身の方、女性の方が多いんですけれども、三百万円とか四百万円とかその程度なんですね。ですから、結婚して家族を持っている方が例えば会社をやめてそちらに飛び込むかというと、なかなかこれは勇気が要りまして難しいわけです。
 そのジャパン・プラットフォームの場合は、事務局長を公募したところ百人以上の応募がありまして、最終的には日本航空、JALの課長さんだった人が事務局長になったわけです。彼もそういうNGOの活動に関心があったので飛び込んできて、これは会社をやめなくちゃいけないか休職かと非常に悩んだんですけれども、幸いJALはそういう社会貢献に関心がありまして出向という形になったんですね。ですから、その給料、低いんですけれども、その差額はJALの方で負担すると。それで、今度は局次長です。富士ゼロックス、これもすごく社会貢献に関心のある企業ですが、富士ゼロックスが局次長を、これは女性ですけれども、たしか三月から派遣するということで、日本の重要な各アクターがそういうのが大事であるということを意識されて参加されてきていると。あとはやはり政治の後押しかなという感じがありますので、ぜひこちらにいらっしゃる方は御理解いただいて応援していただきたいと思います。
 それから、旧敵国条項は、先生おっしゃいましたように、明確に国連の意思としては、もう削除すべきであるという認識は一致していると思います。ただ、手続は、これを始めるとなかなか大変でいろんな問題が出てきてしまうということで、想像ですけれども、なかなか手がつけられないという状態ではないかというふうに思います。
 以上です。
#49
○山内俊夫君 ありがとうございました。
#50
○参考人(浅井基文君) 安保理の任務としてその第三十九条で時代に対応ができるのかという問題でございますが、この第三十九条を含めたいわゆる国連憲章の第七章、これが国連安全保障理事会の軍事的機能について定めた箇所でございますが、これは、この第七章の規定の内容がどのようにして制定されたのかというやっぱりその歴史的経緯を踏まえる必要があると思うんです。
 そのことを述べますと長くなってしまいますので結論だけ申しますと、一九四三年から四五年にかけての米ソ間の意思の一致点を条文化したものであるということでございます。そこにおける考え方は、ルーズベルトとスターリンならば何とか協調してやっていけるだろうと。そういう前提のもとに、米ソが協調するもとで国連軍は可能になるということなんですね。逆に言いますと、その米ソで、アメリカでトルーマン大統領があらわれると、トルーマンとスターリンの間は決定的な不信感が支配しておりましたから、要するに、憲章第七章が全面的に実行される基礎条件がもう欠けてしまったということでございます。
 それがまず第一の問題でありまして、それで今、ソ連がみずからこけてなくなったことによって再び大国が協調するという可能性は確かに出てきました。しかし、それは九〇年代前半までのことでございまして、九〇年代後半に入りますと、やはりそのアメリカの安保理の利用の仕方に懸念を持つようになったロシア、中国、さらにはフランスが必ずしも同調しなくなったということによって、国連憲章第七章を全面的に実現する基礎条件はまた再び私は消えうせつつあるというふうに思っております。
 それともう一つ重要なことは、この国連憲章には国連軍をつくるということが想定されているわけですけれども、湾岸戦争以来明らかになったことは、アメリカが絶対に、アメリカがその支配下に入らなければいけない国連軍、換言すれば、アメリカの上に立つ国連軍の存在、設立ということについてはもうビートー、拒否権を出しているんですね。したがって、常にアメリカが指揮権を牛耳る形での軍事活動でなければアメリカは参加しないと。あるいは、アメリカが手抜きをしたい場合には、例えば東ティモールにありますようにオーストラリアを動かしてやるというようなことはありますけれども、しかし基本的に考えて、第七章の規定が今の時点、これからのことを考えましても、全面的に実行に移される条件はもう私はなくなったと、もう今後も出てこないだろうというふうに思います。
 それは、よほどアメリカが自分の政策を変えて、あるいは立場を変えて、ただ立場を変えるだけではなくて、実はアメリカの場合はアメリカ憲法の規定によりまして非常に厄介なことがあるんですね。
 一つだけ例を挙げますと、国連憲章の第四十三条三項というところの規定を見ていただくとわかりますけれども、国連軍への参加というのは各国が自国の憲法上の手続に従って決めるという規定が入っているんです。これは、実はアメリカの主張で入ったんです。それはなぜかというと、要するに、アメリカでは憲法上、軍事的な権限は、戦争権限はアメリカの議会に属しておりますから、行政府が決定したってそれは覆されることがあるということなんです。
 したがって、先ほどから話に出ております日本の軍事的貢献ということがたびたび言われますけれども、国連憲章そのものが、実はアメリカの主張によってその国連の軍事機能に参加するかどうかというのは、終局的には、最終的には各国が自国の憲法の手続に従って決めるということがはっきりされているわけです。ですから、日本が憲法九条によって参加しないというのは、もうまさにアメリカの主張によって入った規定に基づいて堂々とやっていいことであって、それが憲法の九条の制約があるのでというように消極的に解釈しなければならない理由は全くないと私は思います。それが一つのポイントでございます。
 それから、もう一つ私が考えますのは、先ほど申し上げたことでございますけれども、安保理の任務は、これも国連憲章ができたときの考え方では非常に国際の平和と安全という問題を狭い意味で理解していたはずなんです。それが九〇年代、大国協調体制によって何でもできるという雰囲気ができてしまった。それが九〇年代の前半だったわけです。そのイメージが日本国内ではいまだに続いているんですね。しかし現実には、アメリカのクリントンの第二期政権に入ってからはっきりしていることは、ほかの参考人の方からも説明がありましたけれども、もう国連はせいぜい選択的にしか利用できない、利用しない、軍事機能も含めてですね。ですから、全く手段の一つにすぎないという位置づけに変わっているんです。
 したがって、そういう安保理を何か、山内委員のお言葉にちょっと逆らうようなことを申し上げて恐縮なんですけれども、やっぱり日本外交にとって最高の外交の場だと考えるということも、私は実はこの安保理の今後担い得るであろう機能という点から考えても再考の余地が十分にあるんではないかと。
 私は、日本外交ということ全体を考えた場合に、アメリカにとって安保理が外交をやる一つの手段であるということと同じように、やはり日本にとっても安保理というのは日本外交全体を考える場合の一つの手段という位置づけ、これが私は冷静な判断であろうというふうに思うわけですね。安保理常任理事国入りだけが他の外交的懸案に先行する最優先課題だというような位置づけというのは、私は国際的な流れからいってもこれからの国連のあり方から考えても本当に再考する必要があるんではないかと。
 私は、先ほども申しましたように、国際社会というのはあくまでも国内社会なんかと比べた場合に未熟な社会であって、これからいかにして成熟するかということを私たちがメンバーとして育て上げていく、そういう存在と位置づけるべきだと思っておりますので、そういう観点からいっても、今ある安保理が何か非常にすぐれたものであって、したがってその安保理に入らなければ話は進まないんだという考え方というのは、非常に現実を、きつい言い方ですけれども無視した考え方ではないのかというふうに私は思っております。
 ありがとうございます。
#51
○山内俊夫君 敵国条項。
#52
○参考人(浅井基文君) 敵国条項につきましては、これはごく簡単に申し上げますと、比喩で申し上げますとおわかりいただけるかと思いますが、日米地位協定と同じだと思うんですね。
 結局、旧敵国条項を改正しようとすれば、これまでの私どもの陳述でおわかりのように、国連憲章には物すごいたくさん直すべきところがあるんです。そんなことをやり出したら、私は安保理の改革以上に百年河清を待つ話になってしまうと思うんです。それは、日米地位協定の裁判条項を変えろという話になったら途端に、じゃ、その負担金の問題はどうするんだとかいって、その管轄権の問題等々出てきて、もう地位協定、全面的に見直しが要求されるということになってできないということになると思いますね。
 ですから、結論的に申せば、今の段階では、国連総会決議で削除はすべきだという決議が行われたということをもって私たちは現実的によしとする態度をとるべきだろうと私は思っております。
#53
○会長(関谷勝嗣君) 最後に波多野参考人でございますが、あと八分でございますので、その間で御答弁をお願いします。
#54
○参考人(波多野敬雄君) 最初に敵国条項のお話でございますけれども、一九九五年の十二月に敵国条項は削除すべしという決議案が通っておりまして、それをもってもうよしとなしている国が旧敵国の日本以外の国全部でございます。日本は、旧敵国条項だけ直したりすると、もうそれで憲章改正はいいやということになっちゃうんじゃないだろうかという気もありまして、今度大規模な憲章改正が必要なんだということを常々言って、その際に付随的に敵国条項も当然のこととして落としますよという態度を意図的にとっているような感じがいたします。
 先生が最初に言われました、安保理というのは望まれてなるものではないというのは、まことに私、そう思うのでございますけれども、私が国連を離れるときにイギリスの大使がパーティーをやってくれまして、その送別の辞で、日本は常任理事国というお料理が銀のお皿に乗っけてサーブされるのを待っているらしいけれども、だれもそんなものはサーブしませんよということを言ったんですけれども、日本が常任理事国にならなくて困る国なんというのは世界じゅうないと思います。日本が頼むから、それじゃやってあげようと多くの国が思っているということなのだと思います。したがって、日本が常任理事国に入るためには、みずからキャンペーンして、みずから票を集めなければならないと思っております。
 それから、私に対する御質問で、日本が国連に、常任理事国入りするためには国連がこうあるべきだというようなメッセージを出していくべきだということでございますか。
 国連の将来の姿として、私、正直に申し上げれば、PKOの話はもう先が見えていて、これをいかにいじくってみてもPKOによって世界の平和を維持するということはできないと。例えば、アメリカなんかはもう国連をバイパスして平和を維持しようということになっているし、NATOもみずからの欧州軍というのをつくろうということになっているし、やはり安保理に頼って世界平和を維持するということはちょっと無理なんではないだろうかと。
 やはり日本が将来国連に期待することというのは、人間の安全保障と日本は言っておりますけれども、世界がグローバライゼーションを進めていくときに明の部分と暗の部分があって、いろいろグローバライゼーションの過程において暗い問題が起きてくる、それを片づけていくのが国連の最大の役目であろうと。そしてその場合に、今、原田参考人が言われましたようにNGOの役目ですね、これが将来は決定的に重要になるのではないだろうかと思っております。
 ただし、それにもかかわらず、そういうことをNGOの役割を含めて国連を改革するために日本が常任理事国になって強く発言していくということが国連全体の改革、国連全体のあり方に決定的、決定的というんですか、相当程度の影響力を及ぼす、国連に貢献するためには常任理事国になってあげることがいいと。これはブトロス・ガリが日本に来て言った言葉でございますけれども、国連の民主化が必要だ、国連の民主化のために日本が何とかして安全保障理事会に入ってくださいというのを日本でのブトロス・ガリの演説で言っております。
 日本もそういう意味で、常任理事国に入ってみずからの立場、南にも北にも足を置いて人間安全保障を論じていて、非核を旨としている日本というユニークな立場を常任理事国として世界に訴えていくということで、それに対する期待が南側からも北側からも強いのだと思っております。
#55
○山内俊夫君 一つだけ。
#56
○会長(関谷勝嗣君) 敵国条項。
#57
○山内俊夫君 いや、敵国条項は最初に言われましたので。
 私は、アメリカがこの国連を少し最近おざなりにしている感じがするんで、それだったら東京か沖縄に国連を持ってこいやと、こう言いたいんです。これはもう私の個人的な意見です。
#58
○会長(関谷勝嗣君) まだ質疑を申し出ていただいております先生方が大勢いらっしゃるのでございますが、三人の参考人の方々のこの後の御予定もおありでございますので、きょうはこれで質疑を終わりたいと思います。
 一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人におかれましては、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べいただき、おかげさまで大変有意義な質疑を行うことができました。
 参考人のますますの御活躍を祈念いたしまして、本日のお礼とさせていただきます。本当にお三人の方々ありがとうございました。(拍手)
 次回は二月二十一日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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