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1950/12/04 第9回国会 参議院 参議院会議録情報 第009回国会 地方行政・人事・文部・労働連合委員会 第3号
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1950/12/04 第9回国会 参議院

参議院会議録情報 第009回国会 地方行政・人事・文部・労働連合委員会 第3号

#1
第009回国会 地方行政・人事・文部・労働連合委員会 第3号
昭和二十五年十二月四日(月曜日)
   午前十時四十一分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○地方公務員法案(内閣送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(岡本愛祐君) これより地方行政・人事・文部・労働連合委員会を開会いたします。質疑を続行いたします。
#3
○矢嶋三義君 一昨日本員は質問申上げたわけでありますが、その当時人事院総裁並びに文部大臣がお見えになつていませんでしたので、本日出席を要望したわけでありますが、午前中お見えにならないそうでありますので、人事院総裁並びに文部大臣に対する簡單な質問は午後させて頂くことにいたしまして、これから地方自治庁関係の政府委員のほうへ若干質問を続けます。
 先ず先日政治的行為の制限のところで、森崎委員の緊急動議で切られたわけでありますが、その辺から続けます。この政治的行為の制限の大きな目的として、行政運営の公正を期するということが、謳われているわけでありますが、公務員の勤務・地域や離れれば、これは行政の公正なる運営とは殆んど関係なく、その行政力の及ぼす力というものは全くないと、こう考えられるわけです。従いまして具体的に申しまして、甲の町或いは村の公務員が、町村役場の吏員が、乙の町村に行つた場合に、その選挙運動まで禁止もするというのはどうしても納得ができないわけたんでありますが、提案理由から言つても、この立法の過程においてそういうことを恐らく考えられたと思うので刈りますが、そういうことを考慮されたかされないか。されたとすれば、どういう理由で勤務地域外にあつてまで政治活動を禁止したかという点について御答弁願いたいわけであります。
#4
○政府委員(鈴木俊一君) 政治活動の制限に関しまして、何故勤務地域以外においてもこれを行うことにしているかというお尋ねでございますが、この政治的行為の制限に関しましては、只今御指摘になりました行政の公正なる運営を期するという面がありますると同時に、他面職員の利益を保護するという二つの目的から、このような制限を設けておるわけでございまして、仮にその勤務地域内における政治活動でないにいたしましても、職員が他の地域におきまして、積極的に政治活動をするということに相成りまするというと、結局人事行政の運営の上におきまして、やはりそういう政治活動をしたということが、任命権者に対して、いろいろの影響をもたらしまして、その結果として、その職員が或るいは排除せられ、或いは実力以上に昇進させられるというような結果を招く危險があるわけでございまして、そういうことに相成りますると、たまたまそういう政治活動をすることを慫慂いたしておるような、或いはそれに同調するような当局者が任命権者としておる場合は結構でございますが、その者が政変によつて代つたということに相成りまするというと、忽ち逆の影響が現われて来るようなことに相成るわけでございまして、要するにそれは職員が政治活動に捲き込まれました結果として、そういうような人事行政上の問題が起り、職員の身分というものが不安定になるわけでありまして、身分が不安定に相成りますれば、そう職員の利益を保護することができないと共に、行政も又安定をするということが困難になります。そういうような見地から勤務地域の内外を問わず、このような制限を設けることか適当であろう、かように考えたわけであります。
#5
○矢嶋三義君 只今の次長の答弁は相当重大だと思うのであります。私としてはどうしても了承できませんので、重ねてその点につきまして質問申上げます。公務員の利益を保護するために制定した、どういう意味においで利益が保護されるかという点を具体的に申して頂きたい。なお勤務地以外において政治行為のあつた場合に、それが人事行政に影響を及ぼして云々と申されましたが、具体的にどういうことが予想されるか、懸念されるということを言われましたが、そういうちよつと考えて想像ができないような虞れがあるという懸念の下に、基本的に認められているこういう基本人権まで束縛しなければならないということは、余りにも私は犠牲が大き過ぎると思うのです。勿論公務員は公正で、公共性ということは考えなくちやならないと同時に、私は公務員の人間として権利ということも尊重されなければならない。両者の最大公約数を私はつかまなくちやならんと思う。そういうことを考えるときに、只今言われましたように、隣の村でやつたときにもその人事行政に影響が来る虞れがあるという、又只今の保護ができないというような点を、もう少し具体的に承わないというと、どうしても、納得ができないのです。
#6
○政府委員(鈴木俊一君) 例えば府県の教育委員の選挙でありますとか、或いは知事の選挙でありますとかいうような具体的な選挙の問題を一つ考えて見ますると、地方公務が県の職員でありました場合は勿論でございまするが、仮に市町村の職員でありました場合でも、やはりその職員がそういうような選挙に捲き込まれますというと、勢いこれはその選挙の結果としていろいろの人事行政上の運営が出て来ると思うのです。国の場合に比較いたしますと、地方は知事なり、市町村長或いは教育委員というような直接選挙によりますところの公職が相当多くあります。その他又間接選挙ではありますが、同様な公職が多うございまして、そういうようなことを考えまするというと、やはり職員というものは、時の政変の如何にかかわらず、安定してその地位にとどまり、行政を執行するという建前をとりませんというと、結局身分が不安定になる。そういう意味から、やはりこれは政治活動を制限すること自身が職員の利益にもなるのであるというふうに私ども考えておるのであります。
#7
○矢嶋三義君 私ら全国の地方公務員に相当接触しましたが、未だ曾つてそういう立場から地方公務員法が必要だということを聞いたことはありませんし、或る選挙に公務員がタツチしたために身分上の不安を来したことは聞いたことがありません。若し仮にあつたとしても、そういう独裁政治をやる時代ならともかくも、こういう民主時代になつて、そういうことによつて論功行賞をやるというようなことは私は絶対に許されないし、なおそういうことを防ぐ方法というものは、他に私は人事委員会のほうからいつても、公平委員会からいつても、それもありましようし、又民主的に結成されたところの職員団体と理事者側との話合いというような点におきましても、やはり昔の独裁政治時代たらいざ知らず、現正の民主政治下には絶対私は懸念することはないし、又そういう方法は他にあると思うのですが、それに対する次長の見解は如何ですか。
#8
○政府委員(鈴木俊一君) これは仮りに知事の場合を考えて見ましても、市町村長の場合を考えて見ましても、今も申上げましたように直接選挙でございます、若しも政治的行為の制限がないといたしますると、やはりかねて深い知り合になつておるような部下の公務員或いは市町村の職員等に対して、どうしても或る極の要求をする、依頼をするというようなことが起りまするのは、これは人情の自然として止むを得ないことであろうと思います。ところがそういうことが許されるという結果になりまするというと、それを受けました相手がたの公務員といたしましては、やはりそれに応ずるというのが、これ又人情の自然の帰結であろうと思います。そのことの結果としては、それだけならばいいのでございまするけれども、今も申上げましたように、成るほど御説のごとく、この地方公務員法案におきましては、いろいろの身分の保障を考えておりますけれども、併し本来的な任命権を持つておりまする者は、それぞれの任命権者でございまして、その任命権者は自己の許される裁量の中におきましては、やはりそういうような人事上の扱いをすることが可能であります。そこにやはり職員の身分を不安定ならしめる原因があるわけでございまして、職員の身分を真に安定せしめまするためには、このような政治的行為の制限を置くことが適当であるというふうに考えたのでございます。又同時に職員が特定の一部の者の奉仕者ではなく、全体の奉仕者であるという性格から申上げましても、この制限は止むを得ないことであると存じまするし、又そもそも職員が公務員になるということは、自己の意思に基いて、そういう公務員としてのそのような性格上の制限があるということを承諾の上でなるわけでございまして、これはやはりそのような点から考えまするというと、この種の政治的行為の制限を設けまするということは私は差支えない。差支えないのみならず、職員の利益の方法にもなろうし、又公務員としての性格にも合致するものであるわけです。
#9
○矢嶋三義君 ここは非常に私は大事な点だと考えるのです。今次長のおつしやるように、県の吏員が町村におつた場合に、その吏員が、例えば知事の選挙のときに選挙運動をするならば、任命権者でふる知事の影響を受けるかも知れません。だから県の吏員だつたならばその行政地域内、要するに行政力の及ぶその県の範囲内において選挙運動を禁止されるということは考えられると思うのですが、市町村の夏負を考えた場合に、町とか村の吏員の任命権者はその町村の首長であります。それが一つの政治的見解を持つて政治的行為をした場合に、例えば知事の選挙をやつた場合に、或る影響というものがその町村の役場の吏員に影響するとは考えられないと思う。そうなれば、当然町村の吏員が、行政力の及ばない隣りの町村において基本人権である政治行為やるということは、私は毛頭差支えない。当然そうあるべきだと考るのですが、県の吏員の場合と市町村の吏員の場合と違いはしませんか。
#10
○政府委員(鈴木俊一君) 政党政治と地方自治との関係は、これはいろいろ見方があると存じますけれども、やはり市町村の行政は政党が入らないほうがよろしいのだという説もございまするけれども、併しこれはやはり今のような政治の態勢におきまして、政党の勢力というものが市町村に滲潤するというのは当然でございまするし、又それを排除する必要は毛頭ないと思うのでございます。従つて市町村長等も成るほどいわゆる申立のかたも多くありまするけれども、やはり何らかの政党魚形を持つておりまするし又歴然と或る党派に属しておられる市町村長等もたくさんあるわけでございます。そこで仮りに市町村の吏員が、県の関係をいたしておりますところの選挙に関係を持つたということを考えますというと、やはりその任命権者であります市町村長の政治的な色彩ということと、今の当該公務員の市町村の職員の政治活動とが結び付きまして、そこにやはり人事の上に何らかの色彩を持つたことが行われる可能性があると私ども考えているのでございまして、そういう見地から、やはりこれは政治活動を制限することが適当であると、かように考えておるのでございます。
#11
○矢嶋三義君 懸念とか或いは可能性というような事柄と、それから基本的人権である政治行為の制約、それのどちらにウエイトを置くかという点について、次長と私との意見の食違いという点になつているようでありまするので、これ以上この点質問すると意見になりますから、この点はここで打切りますが、本員としては、どうしても納得のできない点であります。次にやはり三十六條で、二項の第五に「條例で定める政治的行為」と書いてありますが、例えばどういうものが予想されるか。なお人事委員会規則で奥に制定する場合はどういうものが予想されるかということを承わりたい。と申すのは、国家公務員法の政治的行為の制限の百二條に比べるというと、地方公務員法のそれに該当する三十六條は、政治的行為の目的とか、或いは政治的行為の意義というようなものを多分に取入れて、地方公務員法の第三十六條のほうがよつぽど詳細に詳しく、言葉を換えれば余分に制約しているということは、これは法文上はつきりしているわけでありますが、これ以上更にどういう政治的行為を加へよう、或いは規則を加えなければならんというような点を考えられておるかという点を承わりたい。若しそういうものがありますれば、そういうものをこの地方公務良法に入れて置かたいというと、昨日も私は申上げましたように、地方の人事委員会はどういう立派な人事委員会かできるかも知れませんが、現在の国家公務員決によつて関連して出されておるところの人事院規則あたりに、更に輪をかけたもの次々と出されては、提案理由の説明においては国家公務員法よりも地方公務員法の場合は、その自主性と多様性によつてよほど緩和されているという点を仰せられておりますけれども、実際においては逆に地方公務員のほうがよほどがんじがらめに縛られてしまうということになると思うのでありますが、そういう意味においてお尋ねしたいと思うのであります。
#12
○政府委員(鈴木俊一君) 三十六條第二項五号の、「條例で定める政治的行為」の制限につきましてのお尋ねでございますが、如何なる政治的行為を條例で定められるかということでございますが、これは本條の第五項にございまするごとく、「職員の政治的中立性を保障することにより、地方公共団体の行政の公正な運営を確保するとともに職員の利益を保護することを目的とするものであるという趣旨において解釈され、及び運用されなければならない。」、こうございまして、條例の制定というのは全く本條の運用の一つでございまするが、この第五項の精神によつて規定するところに従つて、條例で制限すべき行為を定めなければならんのであります。然らば具体的に如何なるものが予想せられるかということでございますが、これは先ほど御指摘かございましたように、国家公務員法に基きますところの人事院規則というものが定めておりますような、政治的行為の制限の一つ二つというようなことがこれに該当するような行為になるであろうと存じます。国家公務員法との関係におきましては、これを特に詳細に規定しているというふうに私ども考えませんので、むしろ国家公務員法は如何なる行為を人事院規則が定めましても、それを容認をし、これに包括的委任をしておるわけでありまして、そういう建前をとりまするよりも、やはり基本的なものだけは法律の上に規定をいたし、国会で十分御審議を願つて、地方団体に一様にそういうものを適用いたしまするが、その他のものはそれぞれの地方の実情に応じて定めたらいいのではないか、こういう考え方を持つておるのでございます。
#13
○矢嶋三義君 それではこれとも関連いたして参るので承りますが、次に附則の第二十項で、地方財政法第六條に規定する公営企業に従事する職員については、別に法律で規定するということを掲げておりますが、国家公務員法では、国鉄とか、専売の職員は国家公務員ではないことにしてあるのに、この公営企業に従事する職員は地方公務員法では地方公務員としてある。この差違をどういうふうに説明なされるかという点が一点と、それから公営企業に従事する職員に対しては立法化を急いでやられると言うが、いつやられる予定であるか、なおこの職員に対していわゆる労働基本権、団結権、団体交渉権、団体協約権、争議権という、こういう労働基本権というものをどういうふうに考えられておるか。更に政治的行為についてはどういう構想の下に進まれておるかという点について承わりたい。
#14
○政府委員(小野哲君) 私からお答えいたします。
 地方公務員法案附則第二十項に掲げております公営企業に従事する職員についての法律の制定につきましては、政府といたしましてもできるだけ準備を進めまして、次の通常国会に提案をいたしたいと考えております。その他の点につきましては、鈴木次長からお答えをいたします。
#15
○政府委員(鈴木俊一君) 何故に公営企業従事職員を地方公務員としておるかということでございまするが、これは実は附則二十項に書いてございまするように、この組織をどうするか、会計経理をどうするか、併せて身分取扱をどうするかというこれらの言葉が示しまするごとく、今後考究をし、又法律案の内容として考えておりますることは、組織なり、会計経理なり、職員の身分取扱ということでございまして、只今の状態におきましては、地方公営企業従事の者でございましても、地方団体の任命権者によつて任命せられ、地方団体から給與を受け、又地方団体の経営する企業に従事しておるのでございますから、これは飽くまでも地方公務員でございます。ただ国の場合のように、国鉄なり、專売公社のようないわゆる公共企業体を作つて、本来の国家公務員と別建にいたしますか、それとも別建にはいたさないけれども、相当程度独立性を持つた、組織の上でも、会計経理の土でも企業としての自主性を持つたものにするか、これらの点は私どもとしては今後の研究問題だと考えておるのでございまするが、現在の段階におきましては、地方公務員でることはこれは明らかでございますので、そのような取扱をいたしておるのであります。それからいつ立法化するかということは、今政務次官が申されました通りであります。団結権、労働協約の締結権といつたような労働基本権についてどのように考えるかということでございまするが、この点に関しましては、現在国鉄、專売公社の職員に適用せられておりまする公共企業体労働関係法というのがあるわけでございまするが、大体その建前に準じで考えて参りたい、こういうふうに考えております。
#16
○矢嶋三義君 その点ははつきりいたしました。それでは労働基準法の第八條、ここに掲げられてある事業又は事務所に従事する職員の大部分は、五十八條によつて現業扱いとして、そうして労働基準法をこの現業職員に適用し、そうして労働基準監督機関の監督を受ける、こういうふうに法案はなつておるわけでありますが、併しながら具体的にいつて市町村の掃除をする人とか、或いは糞尿取りとか、又市町村の経営しておる旅館に勤めておる人というような、単なる労力を提供する單純労務者を地方公務員として、更にそれらの人の政治活動まで禁止しておるのは、どうしても納得できないのですが、こういう單純労務者というものについては、私は先ほどの次長の説明からいつて、地方公務員とするということは一応了解するとしても、他の労働基本権というものは大幅に緩和すべきものだと考えるのですが、どういうわけでこれだけの制約をしておるか、これが第一点、先ずそれを承わりたい。
#17
○政府委員(鈴木俊一君) 現業職員と申しますか、單純労務者に対してこれを地方公務員とすることは止むを得ぬとしても、これに対して地方公務員法を一般的に適用することは適当ではないではないかという御指摘でございまするが、私どもといたしましても、御指摘のような職務に従事いたしております地方公務員が、いわゆる行政職に従事いたしておりまする地方公務員と性格の上において確かに違いがあるということは存じております。そういう見地からこの法案におきましては、例えば労働基準法の適用に関しまして、これを国家公務員法では準用ということにいたしておりまするが、地方公務員といたしましては、適用というような形で、特に性格上相反するものを除きましては、やはりこれを適附するというふうにいたしましたのは、やはりお話のようなそういう職種のものが相当おるというような地方公務員としての実情をも考えたわけでありまするし、更に進みまして、この種の職員に対しましては、今御指摘の五十八條の第三項におきまして、本来労働基準の事項は、自主的に地方公共団体の機関が行うようにいたしておりまするが、特に現業職員に関しましては、安全及び衛生に従事いたしまする、そういう見地から労働基準監督機関の監督権を認めるというような点において、すでに特例を認めておるのであります。この点は国家公務員の立場、建前との若干そこに調整を加えておる次第でございまするが、なおその他の問題につきまして、どの程度の特例を認めるかということに関しましては、やはり国家公務員の現業職員に対する基本的な建前と関連をして考えなければなりませんので、政府としては、今後これが考究をして参りたい、かように考えておるのであります。
#18
○矢嶋三義君 国家公務員の現業職員との均等ということを申されたわけでありますが、原始林の中で原始林の伐採をやつておるような農林省所管の国家公務員あたりが、やはりさつき申されたような取扱いかたを受けているという点は、確かに私は不合理だと思うのです。その点については、国家公務員並びに地方公務員の現業に従事している職員の一貫した緩和というものを考慮、検討されることを希望して、その点の質問を切りますが、もう一つこれについお伺いしたい点は、一点掘り下げまして、教職員に関してでありますが、教職員がこの法案によりますというと、非現業扱いになつております。従来教職員は現業扱いを受けて来たわけであります。どういうわけで非現業としたかということです。非現業であるとか、現業であるとかということは、これは教職員の労働條件の確保という立場からいつて極めて重大な問題であります。現業でありますというと、労働基準監督機関の監督を受けるということ、これは地方公共団体と並立していますので、その労働條件の確保なり、その監督というものが十分参りますけれども、労働基準監督機関の監督をはずして、地方公共団体に持つて行こうというので、これは提案理由では、人事行政の統一制と言っております。よくいえばそうでありますが、惡く申しますというと、一部のボス勢力に牛耳られてしまつて、人事委員会もその制圧下に置かれて、公機関としての機能を発揮し得ずに、非常に惡い勤労條件下に置かれる、こういう心配があるわけです。それからはつきりと教職員が非現業であるという説明が付けばそうでありますが、私の考えではどうしても教員が非現業であるという理由は成立たないじやないかという意味でお聞きするわけなんです。この労働基準法の第八條に、第一号から第十七号まであるわけでありますが、その小の第十二号の「教育、研究又は調査の事業」、ここだけを落してあるわけです。法案では今まで入つていたのをここだけ落してあるのはどういうわけであるか。この中には動物の飼育に携わる者とか、或いは植物の栽培に携わる者とか、或いは電気とか、ガスとか、動力の発生に携わる者、そういう者が全部現業扱いになつておる。実業学校の電力とか、ガスとか、そういう動力関係に従事している職員等ははつきりそういう部類に入りますし、なお農学校あたりで動物とか、植物あたりを飼育或いは栽培している職員と、どこのどういう点において差違があるか。曾つて加配米なんかというものがあつた時代において、農業科の職員とか或いは体操科の教員という者は準労務者扱いになつて加配米までも支給された。これは直接関係はありませんが、そういう取扱いを受けて、今まで教員という者は現業職員としてすべて取扱いを受けて来て、何らそこに支障かなかつたにもかかわらず、今後教職員の勤労條件が恐らく危惧されるであろうと予想されるのに、あえて教職員を非現業として取扱つておるというところの明確たる根拠を説明して頂きたい。
#19
○政府委員(鈴木俊一君) 地方公務員の種類と申しますか、地方公務員が勤務しておりまする業務の性格から申しまして、大体四つの種類に分けられておるのでございまするが、先ほどお話の承りました公営企業に従事しておる地方公務員、今御指摘のございましたような、そういうものを除きました現業職員、それから今問題になつておりまする教職員、それから一般行政職の職員、大体地方公務員を大ざつぱに性格的に分けますると、そのような四つの種類の地方公務員があると思います。この法案の建前といたしましては、一番最初に申上げました公営企業に従事いたしまする職員に関しましては、その給與の問題をとつて見ましても、会計におきまして独立採算制をとつておりまするし、これは常にその企業自体においてその給與を賄うというのを原則としておりまするから、これを別建てに扱つて参りますということは、そのことからいたしましても、これは十分理由があるのでございます。ところが今の現業職員に関しましては、その点におきましては、やはり公営企業の従事職員と異なりまして、特別会計を仮りにとつておるとしましてもそれらの給與その他の経費というものは、一般会計から繰入れるという場合が多いのです。大体そういう原則でございます。そういう点から申しまして、やはりこれは違いがございます。この地方公務員法案は、教員に関しましては、そういうようにいわゆる清掃に従事しておる者とか、或いは土建に従事しておる者とかというような現業職員に教員を入れるか、それともいわゆる行政職の職員のほうに教員を入れるか、考え方は二様あると存じますが、私どもといたしましては、そういう清掃職員を含んだような現業職員に入れますよりも、やはり性格的に、これはどちらかと言えば行政職のほうにより接近しておる職務である。かように考えまして、これは一般の行政職と同じようにしておるわけであります。ただこの地方公務員法案におきましては、現業、非現業の区分というものは、先ほど御説明を申上げました労働基準監督の関係においてのみでございまして、労働基準法に定める条件の適応に関しましては、何らその間に差違を設けておりません。その監督を一方は地方公共団体の機関がやるか、一方は国の機関がやるかというだけの違いでございまして、従つて扱いとしてはそこに積極的心差別を設けていないのであります。従つて教員が行政職と同じように扱われるといたしましても、少しも欠くるところはないと、私は考えております。
#20
○矢嶋三義君 現業であろうと、非現業であろうと、五十八條の労働基準法の適用に当つては具体的に変りはない。ただ労働基準監督機関の監督を受けるか受けないかという差違だけであるという御説明でありますが、五十八條の第二項はそうなつておりますか。
#21
○政府委員(鈴木俊一君) 五十八條の第一項はいろいろ條文を引張つておりますが、これは地方公務員としての性格から申しまして、労働基準法並びに船員法の中で適用しがたいものだけを除きまして、その他のもめを職員に適用することにしておるのであります。除いておりますものは、何とか申しますと、例えば労働條件の対等決定でございますとか、或いは業務上の負傷の際の補償の実施に関しまして異議のあります場合の行政官庁に対する審査、仲裁の請求とかで、要するに地方団体の自主性から申しまして、国の機関の監督を受るという建前を排除しておるものとか、或いは司法警察の職権を労働基準法を励行いたします機関がそういう職権を持つというようなことが不適当でございますので、そういうものを除いたわけでございます。その他の原則的の規定というものは大部分これを適用いたしておるのでございます。
#22
○矢嶋三義君 かなり違いますよ。これ以上言いません。五十八條の第二項では「労働基準法第八條第一号から第十号まで及び第十三号から第十五号までに掲げる事業に従事する職員に関して適用する。」という文章があつて、而も労働基準法を見ますと、双方から代表を出して話合うというようなことは、現業職員にはありますけれども、非現業職員にはない、そこに若干差違があります。そして而も労働基準監督機関の監督を受けるか受けないかという差違が出て来るわけです。それについては研究すればはつきりわかることでありますから申上げません。ただ教員を非現業にしたという説明には、甲でなければ乙だ、教職員が現業であるかどうかということを考えて見て、いやこれは掃除夫とは違う、人夫とは違う、土建でやつている者とは違う、だから甲でないから乙だ、そういう現業でないから非現業である。まあ極端に言えばよいものだけ調べて見て、その中にまあよいものの若干を拾い上げて、中にまだよいものが残つておるのに若干拾い上げただけで、そしてよくないもの、あとに残つたものはよいものが残つておろうが、これは全部惡いのだといつたような、私は便宜的な單純な論法によつて決定されている点は、納得のできないところであります。併しこれ以上申上げますと意見になりますので、ほかに御質問のかたもあるようでありますし、冒頭に申上げました浅井総裁への簡單な質問と文部大臣に対する簡單な質問を保留いたしまして、自治庁の政府委員に対する私の質問を打切ります。
#23
○堀眞琴君 国務相が見えてないので大変遺憾でありますが、二、三の点について質問申上げたいと思います。私の質問は或いは矢嶋君の質問と若干重複する点があるかと思いますが、できるだけ観点を変えまして質問を申上げたいと思うのであります。
 先ず第一に、私はこの地方公務員法案を撤回される意思はないかということをお尋ねしたいのでまります。御承知のように地方公務員法案につきましては、一昨年来しばしば国会に提出されるだろうということが言われておつたのでありまするが、その都度どういうものか提案もされず、而も草案と称せられるものが幾たびも出たのであります。それに対しましても内外から相当の批判を受け、或いは反対を受けて参つたのです。ところが今回突如としてこの地方公務員法案が上程された。丁度朝鮮事変のあとでもあり、政治が極めて反動化しておる時期に、こういうような法案が出て参つたということにつきましては、非常に納得しがたいものを持つているのです。そこへ以て来まして、今度の国会は御承知のように僅か十八日間であります。この地方公務員法案が上程されましてからまだ今日で三日目です。あと余すところ幾日もないのであります。で百三十万の地方公務員の身分に関する規定を含んでいるところのこの法案を、僅か数日で以て審議決定するということは、余りに軽卒の嫌いがあるのではないかという工合に考えられるのでありまして、こういうような重要な法案については、できるだけ十分に審議をいたしまして、そうしてこれを通過さすべきものは通過させる。修正すべきものは修正する。こういうことをやつてこそ初めて国会が愼重に審議したということが言われるのだろうと思う。それに地方公務員法と平行して、実は地方公営企業に従事する職員の身分に関する法案が出で来なければならんと思うのでありまするが、その地方公営企業の職員に関する法案もまだ今国会には準備されていない。矢嶋委員に対する答弁によりますると、来国会には提出されるというのでありまするが、地方公営企業に従事する職員並びに一般の地方公称負、それぞれ密接な関連を、持つものであり、同じ地方公共団体の内部に細る者として、これらの樹法案がやはり並行審議されるのでないというと、十分に地方公務員法案も審議をされないのではないかという工合に考えられる。これらの観点から申しまして、私は地方公務員法案は、今国会においてはその時期に適しない、従つてこれを撤回すべきであると、こう考えるのでありますが、これに対して先ず政府委員の御答弁をお願いしたいと思います。
#24
○政府委員(小野哲君) お答え申上げます。地方公務員制度を確立して行く必要に伴いまして速かにいたさなければならないことは、私から申上げるまでもないのでございます。地方公務員法案の制定につきましては、すでに御承知のように地方自治法の制定並びに改正の際におきまして、その職員の身分取扱等につきましては、一応暫定的な規定を設けまして、将来地方職員に関する法律の定めがきめられるまでは、従前のようなやりかたをして行くということになつておつたのでありまして、国会に対しまして、できるだけ速かに成案を得まして、提案をいたしたいというので努力をいたして参つていたのでありますので、政府といたしましては、できるだけの早い機会に国会に提案をいたしたいというので、すでに過去の国会におきましても、これらにつきましては準備を進めて参つて来たのであります。従いましてこの国会に提案いたしましたのも、地方公務員法案の立案準備と、従来からの経過に鑑みまして、政府といたしましては、最も近い国会に提案をいたしたい、こういう趣旨でこの国会に御審議を仰ぐことにいたしたわけでございまして、従つて政府といたしましては、この法律案を、御質問になりましたように撤回をいたす意思は持つておらない次第でございます。
#25
○堀眞琴君 只今政府委員からの御答弁によりまするというと、国家公務員法はもうすでに実施され、而も地方自治法において地方公務員法の制定せらるべきことがすでに約束されている。従つて地方公務員法案をできるだけ早い機会に作成して、そうしてこれを上程するという政府の意向である。本国会においても従つてこれを撤回する意思はないという御答弁なんでありますが、併し国家公務員法そのものが、これは矢嶋君もすでに指摘されているのでふりまするが、矛盾と不合理な点を暴露しているのであります。例えば二十八條、九十條に関する国家公務員法の規定は非常に現実にも即しないし、單に見せかけの民主的な法規だというような批評もあるのでありまして、こういうような国家公務員法については、我々は一大修正を行わなければ、本当の意味において国家公務員の身分を保障することができないという工合に考える。従つて国家公務員法が現在施行されているから、だからして地方公務員法も同時に施行されなければならないのだという、そういうような論決にはならん、むしろ国家公務員法を修正して、不合理性をなくして、合理的な科学的な公務員の制度を立てるという前提の上に立つて、同時に地方公務員法も制定すべきではないかという工合に考えるのでありますが、その点については政府としてはどのように考えているのでありますか。
#26
○政府委員(小野哲君) お答えいたします。御承知のように新らしい憲法が施行されまして以来、地方自治制度の改革が順次行われておりますことは御承知の通りであります。然るところ地方公務員の身分取扱いにつきましては、旧態依然たるものがあるのでありまして、若しこれを現状のままで放任いたしますと、却つて、地方公務員自体の身分の保障であるとか、或いは利益の保護につきまして欠くるところが生じて来るものと私どもは考えているのであります。国家公務員法が制定実施されました以後における諸般の問題につきましては、これはいろいろと御批判がふるのであろうと私どもも考える次第でございまするが、地方公務員に関する、取扱いの現状に鑑みまして、日も速かにこの地方公務員制度、言い換えれば近代的な人事行政の確立をいたして行くということが極めて喫緊の要務であると、かように考えておる欠第でございます。
#27
○堀眞琴君 先ほどの私の質問に対しましては、もう一点だけ答えておられないのですが、一点は、この国会は極めて短期間の臨時国会である。その国会に十分審議を盡すべき法案が提出されておるが、短期の国会では十分に審議を盡すことができない。そのために撤回される意思はないかということと、それから地方公営企業に従事する職員に関する法案で準備されているというが、臨時国会に提出される予定だというお話でありますが、それと並行して審議するのでなければ、地方公務員法との密接な関連の上から言つて、地方公務員と伴せて審議するというのでなければ十分な審議はできない。この点について撤回の意見はないかということをお尋ねしておるのですが、その点について併せて御答弁を願いたい。
#28
○政府委員(小野哲君) 先ほど私の答弁は包括的に申上げた次第でございまするが、更に御質問がございますのでお答えいたしたいと存じます。先ず第一は、この臨時国会か短期間であるから審議の上に無理、があるのではないか、かような御意図のように伺つたのでございますが、政府の考えといたしましては、成るほど短期間ではございまするけれども、先ほども申上げましたような地方公務員の制度の現状から考えて、又地方自治法において定められて、おりまする趣旨からも考えまして、短期間ではございましようが、国会におきまして御審議を仰ぎたいという趣旨から提案いたした次第でございます。第二の公営企業の職員に関する問題でございますが、この点につきましては、地方公務員法案附則第二十項にもございますように、單に職員の身分取扱ばかりでなしに、公営企業というものの性格が、いわば企業会計によりまして運営さるべきものであり、従つてその会計経理の点につきましても、一般の行政官庁のやりかたとは異にしなければならないという点から考えまして、公営企業の組織、会計経理及び職員の身分取扱に関しまして別個の法律を定めることが必要であろう、かような意図を持つておりまするために、これらの点につきましては、單に身分取扱ばかりでなく、公営企業全体についての検討もいたさなければなりませんし、先ほど次長からも説明をいたしましたように、この組織等につきましても、相当慎重な検討を加える必要もあろうかと考えておりますので、必ずしもこの地方公務員法案と時期を同じうして提案をするということにつきましては、政府としても十分な準備をいたしまして、御審議を仰ぐほうがむしろ適当ではないか、特に先ほどお答えをいたしましたように、できるだけ近い機会に提案いたしたいというので、折角準備をいたしておりまする点をも御了承を願いまして、この点につきまして、政府の意図を御理解願いたいと思うのでございます。
#29
○堀眞琴君 只今、政府委員の答弁によりまするというと、今国会に上程して審議してもらいたいというのでありますが、その本当のお考えは、この国会はあと余すところ幾日もない、今日は四日であります。五、六日は、公聽会で、七、八と二日しかないのでありますが、恐らく我々同僚諸君の質問も、まだまだあとにたくさん続いておると思うのでありまして、到底今国会中に質問戰だけでも終了することは、恐らく不可能だと私は思つております。本当の打割つた肚のところ政府としては今国会に一応審議にかける。併し必ずしもこの法案を通さなければならないという堅い意思はないが、十分な審議をしてもらおうというところの本当の肚があるという意味なのですか、審議を願うということはどういうことなのですか、その点を一つお答え願いたい。
#30
○政府委員(小野哲君) 只今の御質問でございますが、政府といたしましては、是非この国会に成立さして頂きますように希望をいたしておる次第でございます。
#31
○堀眞琴君 私はその点はその点といたしまして、次に本決案を作成するに当りまして、果して地方並びに地方公務員、乃至はその他の各方面からの意見なり、希望なりを十分これに取入れて作成したかということについお尋ねしたいのであります。御承知のように地方公務員法は非常に重大な案でありまして、百三十万地方公務員の身分に関する法律であり地方行政の公正なる運営ということを目的として設けられるものでありまするからして、十分万全の措置をとることが考えられなければならんと思うのであります。この点につきまして、例えば地方公務員の意見を聞いたとか、或いは第三者の意見を聞いたとか、或いはその他の希望意見なり、その他について、何らかのそういうような方法を取入れる措置を講じたかということについて、先ずお尋ねをいたしたいと思います。
#32
○政府委員(小野哲君) お答えいたします。先ほど私がお答えいたしましたような経過を辿つて地方公務員法案が立案いたされておりまする実状に鑑みまして、御理解を願えるものと思うのでございまするが、この法律案の立案に当りましては、相当の時日を経退いたしておりまする関係上、その間においてできるだけ各方面の意見を聞くようにいたしたい。こういう考えから或いは地方公共団体の理事者の方面から、或いは又職員団体の方面から、又は学識経験者等につきましても、できるだけ意見を聞くような機会も持つて参つたような次第でございます。従いまして立案の途上におきましては、できるだけ各方面の御意見を伺うように努力をして参つたつもりでございます。
#33
○堀眞琴君 地方公務員法は地方公務員に関する身分上の基本的法律であるということになりますれば、結局その法律そのものは、できる眼力地方公務員の身分を保障する、保護するというところに観点を置くべきでありまして、法規そのものも、従つて取締法規であるよりは保護法規であるということが、最もその地方公務員法の眼目にならなければならんと思うのでありまするがこの地方公務員法案を作成されるに当つて、そういう点についてどういう考慮を拂われたか。これはあとで罰則その他の点で触れる問題でありまするが、一応地方公務員法案作成上に当りまして、如何なる考慮を拂つたかということについてお尋ねを申上げたいと思います。
#34
○政府委員(鈴木俊一君) 地方公務員法案は、一面におきまして、全体の奉仕者としての地方公務員の性格を明らかにいたしますると共に、他面職員の利益を保護するという見地から立案せられておるのでございまして、どの点について、どういう利益保護というようなことを考えておるかということでございますが、これは例えば労働三法の関係におきましても、基本的な、勤務條件を定めておりまする労働基準法は、これを適用する建前はとつておりますし、労働組合法なり、労働関係調整法はこれを排除いたしましたが、これは公務員としての性格からそのような体系における利益保護の方法をとりませんで、別個な公務員法体系の中において、これに代るべき利益保護の方式を考えておるのでございまして、先ず積極的には給與の引上げ、その他勤務條件の改善のために行政措置を要求する方法を職員から人事委員会に対して行うことを認めまして、人事委員会はこれを審査し、その結果に基いて自己の行うべきものはこれを行い、他の仕命権者をして、他の機関をして行なつてもらいたいものはこれを監督するというような、積極的な勤務條件の改善に関する方式を採用しております。又他面消極的と申しますか、すでに行われましたところの不利益の処分に関しましては、現在政令二百一号で、いわば斬り捨て御免になつているその状態を改善いたしまして、凡そその意に反して不利益な処分が行われました場合には、如何なる処分でありましようとも、先ずこれに対して処分説明書というものを交付し、それに基いて本人から人事委員会に審査の請求ができるということにいたしております。審査の結果、一定の事項がはつきりいたしましたならば、任命権者の処分を取消したり、或いは必要な回復の措置を講じたりするようにいたしておりまして、そういうような指示などに従わない場合におきましては、これを罰則を以て強制するというようなことも考えておりまして、要するに労働法の体系に代りまして、公務員法の体系における利益保護の方式を考えておるのであります。なおそのほかに分限、懲戒等、いわゆるその意に反して免職をするという場合につきましては、これもこの法律に直接解職をいたしますべき事由を限定をしております。又條例を以ちまして、その手続なり、効果等についても、これを必ず定めなければならんというふうにいたしまして、要するに法律なら法律に相当いたします條例に対して義務を負い、これを行うというふうにいたしまして、その身分を保障いたしておるのであります。又更に厚生福利制度、公務災害補償、或いは勤務條件というような点に関しましては、特に第八節に「福祉及び利益の保護」という一つの節を設けまして規定をいたしております。これらの点は、国家公務員法と体系をいささか異にいたしておりまするが、そのように各種の点におきまして、公務員の利益保護をいたすような見地で立案をいたしておるのでございます。
#35
○堀眞琴君 大変長々と公務員法の中に盛られた地方公務員の身分保障に関する御説明を願つて恐縮なんでありますが、私がお尋ねしたのは、勿論そういう具体的な條項も必要ではありますが、一体この法案を作成するに当つてどういう態度を以て臨んだか。保護法であるという建前で臨んだか、それとも取締法規という建前で臨んだかということをお尋ねしたのであります。大体今の次長の答えで一応見当は付くのでありまするが、その点はそれといたしまして、次にお尋ね申上げたいのは人事委員会の問題であります。この法案によりますると、人事委員会並びに公平委員会が設けられて、人事委員会は都道府県、五大市に設けられる。こういうことになつておるのでありますが、先ずその権限であります。国家公務員法によりましても、人事院が設けられ、人事院としては国家公務員法に規定されたそれぞれの権限を持ち、特に国家公務員の身分、殊に給與等に関して勧告を発するということを二十八條その他に規定しているわけでありまするが、それと同じように地方公務員法におきましても、人事委員会は給與その他について勧告ができる、或いは報告を行うなどの権限をこの公務員法案に規定しているわけでありますが、ところが例えば給與に関して勧告を存うという場合、それは單なる勧告に終つている。従つてその勧告によつて政府を拘束するということは全然ない。勿論政府としてはこれを聞かなければならない。併し聞き置く程度でありまして、それによつて政府が拘束されるということがないわけであります。そうなりますというと、例えば国家公務員法の場合に、人事院の勧告があつても、政府がこれを聞き置くということでは、單に形式的な身分保障に過ぎないのであつて、実質的には身分保障にならぬということが国家公務員法の場合に言える、地方公務員法の場合についても同じことが言えると思うのです。若し單なる勧告であるならば、これは任命権者が聞き置く程度で、それを無視することもできるわけです。若しそうであつたならば、地方公務員或いは国家公務員も同様だと思いますが、地方公務員は果して自分の身分を保障されておる、この法案によつて保障れておるということが言えるるかどうかということが問題になると思う。従つて若しこの人事委員会の権限をもう少し拡充して、單なる勧告ではなくて、その勧告が十分に政府、任命権者をして履行せしむるだけの力を持つものとすることができるということにでもなれば別でありますが、その点に対して政府としてはこれを單なる勧告で、任命権者はこれを聞いても聞かなくともどうでもいいのだというような、いわゆる形式的なものに過ぎないものとして考えられておるか。それともそうではなくして、その勧告に十分な拘束力を與えるという考えでいられるか。その点先ずお尋ねいたしたいと思うのであります。
#36
○政府委員(鈴木俊一君) 給與に関しましては、人事委員会が地方議会並びに地方公共団体の長に同時に勧告をするようにいたしておりますが、これは只今それに拘束力を持たせる考えはないかということでありますが、人事委員会がいたします勧告は、やはり技術的な見地から申しまして、そのように給與を改訂することが適当であるという趣旨の勧告でございますし、その勧告に基きまして、当該地方団体の財政の状況から申しまして、それをそのまま実現できるか、できないかということは、これは予算を編成いたします地方団体の長及びこれを議決いたします地方議会の認定に任しておるわけでございまして、それ以上に亘つてその技術的な意見を絶対に、必ずその通りやらなければならんものといたしますことは、これはやはり地方議会の予算の審議権或いは地方団体の長の予算の編成権というような建前からいたしましても、適当でないと思うのでございまして、要するに常に完全なる財源がございますならば、問題がないわけでございますが、不足せる財源を如何に配分するかということは、これは予算編成権者及び議会にこれを任しておる。こういう建前をとつておるのでございます。
#37
○堀眞琴君 そうしますと、人事委員会の勧告というものは軍に形式的なものに過ぎない。幾ら勧告しても予算編成権者が、予算上到底その要求に応ずることができない、勧告を実現することができないということになれば、これは勧告しても勧告しなくても同じことだということになるわけだと思う。現に国家公務員について、人事院が給與について勧告を出しておる。昨年も出しておる、最近も出しておる。ところが政府はそれについて何ら聞くところがない、あれと同じ仕方です。そうすると、人事委員会はあつてもなくても同じことです。人事行政の基準をきめ、人事行政の公正を期するということを謳つて置きながら、人事委員会の権限は極めて形式的なものに過ぎず、実質的には何ら公務員の身分を保障しないということになりますというと、こういうものを置かないほうがいいという結論になると思います。その点について御答弁を願いたい。
#38
○政府委員(鈴木俊一君) 私どもは決して、の勧告が單なる形式的なものであるという考えは持つておりません。そういう人事行政に関する専門的な技術的な勧告というものを、十分予算編成権者並びに予算の審議権を持つております議会が基礎にいたしまして、これを審議し、決定してもらう。又そういう勧告がないよりも、こういう勧告があるほうが遙かにいいことは、これは自明の理であろうと思います。
#39
○堀眞琴君 若しそのように勧告があるほうがいいというのでありましたら、勧告にやはり成る程度の拘束力を持たせることが是非必要だと思う。そうでなければ、幾ら勧告があつたほうがいいと言つても始まらない。勧告が出ておる、その勧告によつて政府も考慮する、或いは任命権者もそれによつて或る程度の拘束を受ける、そこで初めてその勧告が生きて来ると思う。従つて又地方公務員の身分もそれによつて保障される。従つてこの点についてもう一度政府側の御意向をお尋ねしたい。
#40
○政府委員(鈴木俊一君) 法律におきまして、人事院の権限において毎年少くとも一回、給與が適当であるかどうか、又給與についてこれを改定する必要があるかどうかということについての勧告権を規定をいたしまして、その規定に基いて議会なり、長に勧告がせられましたならば、これは当然にその勧告というものが議会なり、長なりにおいて、法律上の一つの権利として行われたものでございまするから、これは十分に尊重せられるであろう。そういうふうに私ども考えております。
#41
○堀眞琴君 勧告の問題、どうも納得できないのであります。單なる形式的な勧告に終るのであつては、それは無意味だと私は思いますが、更に今度は人事委員会の構成についてお尋ねしたい。御承知のように地方公務員法は、地方行政の公正なる運営ということを謳つている。従つて民意がそこに十分反映するということが先ず第一に必要な條件だと思う。ところがその構成は、任命権者が、いや、地方公共団体の長が、議会の同意を得てこれを選任するということになつているのでありまするが、この委員の選任に当つて、百三十万の地方公務員の代表者をその委員のうちに選任する意思はないかどうか。これは矢嶋委員の質問にも若干同じようなことがありました。一昨日の国務大臣の答弁には、地方公共団体の長は公選によるものであり、それから又同意を與えるところの議会はやはり住民の公選によつて……。
   〔委員長退席、文部委員長堀越儀郎君委員長席に着く〕
 選ばれたものである。だからして国民の公選による者が選任するのであるからして、間接的には民意を代表する。こういうお話だつたのでありまするが、併し間接代表というものか、例えばフランスの上院議員のような間接代表、あのように、国民が投票して選挙した地方議会が更に上院を選挙するこういう形をとりましても、民意は必らずしも十分に反映しないということは、政流学界においてもすでに定説になつているわけであります。ところがこの間接代表というのは、地方公共団体の長が議会の同意を得て選任するということになるのでありまして、極めてそこに民意の繋がりが稀薄になつて来る。こういうことが考えられるのでありますが、そういう意味から申せば、当然公選を可とするわけでありまするが、公選をしないまでも、少くとも最も利害関係を持つところの地方公務員の代表者が、この人事委員の中に参加するということは、より民主的に、民意を反映するということになるだろうと思いますが、その点について政府委員の御説明をお願いしたいと思います。
#42
○政府委員(鈴木俊一君) 人事委員を直接選挙にしたらどうかというような趣旨のお尋ねでありますが、それも民主的に選任をする方法でやることはお説の通りでございますけれども、特に第九條の第二項に規定をいたしておりまするように、委員につきましては積極的な資格要件を規定いたしてございます。「人格が高潔で、地方自治の本旨及び民主的で能率的な事務の処理に理解があり、且つ、人事行政に関し識見を有する者」、こういう積極的な要件を設けまして、人事委員の選任の公正であること、又適切であることを法律的に保障をいたしたい建前を持つておりまするので、このような積極要件を持ちまする者を面接選挙によりまして選び出すということは、やはり適当でないというふうに私ども考えておるのでございます。長なり、議員なりのような一般的な地位を選びまする場合は、これは直接公選が一番結構であろうと存じますが、人事委員のような、このような積極要件を持ちました専門的、技術的な地位というものは、やはり直接選挙よりも、このような長と議会の意思の合致した方式による選挙の方法が適当であろうと考えておるのでございます。なお地方公務員の代表者を加えたらどうかという御意見でございますが、この点に関しましては、成るほど一つのお説ではありますが、人事委員会の建前を、いわゆる利益代表の相互抑制によるところの機関という考え方ではございませんで、只今申上げましたような積極要件を持つておりまする人を以て構成する、こういう建前になつておりまするので、そういういわゆる利益代表的な観点からいたしまする委員の構成というものを考えていないのでございます。
#43
○千葉信君 議事進行について……。先ほどの堀委員の質問に対して、政府では、このあと四日しか残つておらない臨時国会で、この法案を是非とも通過させるという御答弁があつたようでございます。一応私どもは、言葉としては受取りましたけれども、遺憾ながら政府が果して本当に熱意を持つてこの臨時国会でこの法案を通そうとしておるかどうかということについて疑いを持つものであります。御承知の通りに参議院におきましては四つの委員会の連合委員会を開催しておりまするが、その連合委員会も衆議院から回付されて来るまで、もう日数は今月一日ということになつておるわけでございます。ところが政府のほうからは小野政務次官と次長は見えられておりまするけれども、国務大臣も出席されておらないし、それから又矢嶋委員から先ほど言われましたように、人事官に対しても出席を要求しておる。文部大臣に対しても出席を要求しておる。そういう人々が出席されないところで、こういう重要法案を果して我々が十分に審議できるかどうかということについては、これは誰でも不満だろうと思います。従つて臨時国会に通す、通さないの如何にかかわらず、この法案に対する、この法案の重要性を十分御認識たらば、こういうふうに政務次官と次長だけでお茶を濁すという態度をとらずこ、出席を要求された大臣は勿論のこと、その他の閣僚諸君ももう少し熱心に、参議院としてはこれだけの委員が詰めかけて、熱心にこの法案を審議しようとしておるのでございますから、政府のほうでもそういう態度を以て午後から臨まれるように、丁度瞬間でもございますから、午前中はこれで打切つて休憩に入りたい、この動議を提出いたします。
   〔「賛成」「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#44
○岩間正男君 只今の動議に賛成します。なお私の質問がまだ済んでおらぬのでありますが、結局国務大臣、それから吉田総理の出席を要求しなければできない問題になつておる。是非国務大臣並びに吉田総理の出席を要求して欲しいと思います。この問題が決定されなければ、実は審議の基本的な重大なる問題が含んでおりますので、是非そういう措置をとつて頂きたい。お願いいたします。(「異議なし」と呼ぶものあり)
#45
○木村守江君 只今議事進行についての御意見がありましたが、只今の議事進行の話はちよつと違うのじやないかと思います。今堀委員の質疑をされておるのは、現在出席されておるかたがたで満足した質問応答をやつておるのであります。堀委員は、大臣が来ないから、或いは関係閣僚が来ないから質問ができないといつておるのではないのであります。現在の出席政府委員で満足する質疑応答をやつておるのでありまして、私はこの議事進行の理由とならないと思うのですが……。
#46
○堀眞琴君 私は決しで現在出席されておる者に満足をして質問しておるのではありません。一番最初、国務大臣が出席されないことは遺憾であるということを申しております。私は千葉委員の動議に賛成いたします。
#47
○委員長代理(堀越儀郎君) 堀さん、只今のご質問は午後に続いてやりますか。
#48
○堀眞琴君 午後続けてやります。
#49
○森崎隆君 今あちらの委員さんの申されたことを、私は敬意を表します。而して、その結果、今後我々の要求する大臣か来ない間は、この委員会は絶対に開きません。不満と本人が言つた以上は絶対に開けない。それを一つはつきりして頂きたい。
   〔「今の動議を一つ採決して下さい」「休憩の動議を出しているのだ」「休憩の理由をなさないじやないか」「時間になつたからと言つている」「動議々々」と呼ぶ者あり〕
   〔委員長代理堀越儀郎君退席、委員長着席〕
#50
○委員長(岡本愛祐君) 只今千葉君から休憩の動議がでました。お諮りいたします。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#51
○委員長(岡本愛祐君) 御異議ないと認めます。それでは休憩にいたします。午後一時から再開いたします。
   午後零時二分休憩
   ―――――・―――――
   午後二時三分開会
#52
○委員長(岡本愛祐君) 休憩前に引続き連合委員会を再開いたします。文部大臣が出席されましたから、文部大臣に対する御質疑を願います。
#53
○矢嶋三義君 地方公務員法を制定して、公務員なるが故の特別の制限を加える以上は、公務員の福祉並びに利益の保護については特別の考慮を拂わなければならないということは、これはマ書簡にもあることですし、もう説明の必要もないと思うのであります。その立場から、私はここに政府は地方公務員法を制定し、これを教職員にも適用するということで提案されておりますので、その角度並びに法案そのものについて文部大臣に若干お伺いたしたいと思います。第一点としまして、この地方公務員法の四十四條に「退職年金又は退職一時金の制度は、すみやかに実施されなければならない。」、こういうふうに謳われております。教育公務員特別法の三十二條には、あの特別法が施行された二十四年の一月十二日以後に就職した教職員には、恩給法は準用しない、こういうふうに謳われているわけでありますけれども、この地方公務員法における退職年金並びに退職一時金というものは、これはいわゆる恩給というものを認めていると思うのであります。従いまして今後どういうふうにされるつもりであるか、その点について先ず承わりたいのであります。
#54
○説明員(相良惟一君) 私からお答えいたします。只今矢嶋先生のお話のように、教育公務員特例法が二十四年の一月の十五日に施行されまして、公立学校の教員は地方公務員たる身分を取得するに至りましたので、その関係上その以降、即ち昭和二十四年一月十五日以降新規に採用されました公立学校の教員に対しては、恩給法の準用、若くは適用はないわけでございます。これにつきましては、文部省といたしましては、何らか国の公務員、即ち国家公務員に対する恩給法というようなものを考えたいと目下検討中でございます。
#55
○矢嶋三義君 そういう公務員の福祉とか或いは利益方面の点をあとへあとへと延ばしながら、取締法規の性格を帶びた部分だけ次々に法律を制定して行くというところに、私は相当に問題があると思うのです。この点については早急にはつきりしたものを国会に提案することを要望するものです。同じ角度からもう一つ。これは大臣にお伺いしますが、教職員は或いは免許法とか、或いは今度出る地方公務員法、或いは教育公務員特例法とか、或いは教師なるが故の制約とか、いろいろ制限を受けでおります。特に終戦後、教職員の除去及び就職禁止、例の政令六十二号によるところの教員の教職からの除去と追放については、一般公職の追放よりはよほど過酷な追放を受けたわけであります。これにつきまして、先般は公職追放解除というものが相当大がかりに行われたことは御承知の通りであります。いわゆる世間で大物と言つておりますが、どういうスケールで大物と言か、これは別として、いわゆる大物が相当数解除されておる。ところが教職員はそれよりよほど過酷な政令六十二号による適格審査を受けて、多数の者が追放され、而もその追放された教職員という者は、單に地方について、上からの命令に従つて教壇上でレコードのように單なる務めを果して来たに過ぎないというふうなかよわい教職員、それから地方の町村におつたが故に分会長、連合分会長をちよつとやつたとか、或いは終戰時になつて非常に人が足らなくなつて補助憲兵になつたというような、本当にあの侵略戦争の末端の指先で働いたあの教職員が教職から追放されて、而も恩給も年金も全部権利を取上げられて、その日の生活に困つておる。その教職員についての追放解除というものは何ら考慮されずに、ただ公職追放解除だけ大がかりにやられた。国家公務員であるところの大学教授のごときは、公職追放解除にはなつたが、教職費の適格審査のこの解除がないために教壇にバツクできない。こういうようなことは、私は教職員に適用されるところのこの地方公務員法が、取締法規として出るに当つても非常に矛盾を感ずるものであります。教職員追放の解除については、これは岡崎官房長官が主管でございますが、教職員の政令六十二号によるところの追放の取扱については、これは文部大臣の所管であります。従いまして、これにつきまして文部大臣としてどういうふうにお考えになつておられるか。又近い将来に教職員の追放解除というものを緩和して行われる意思があられるかどうか。その点について明確にこの席で御答弁願いたいと思います。
#56
○国務大臣(天野貞祐君) 只今の御意見は私も全然同感でございます。私は大臣になつたときから、どうかしてもつと教職追放ということを緩和する工夫はないものかと非常に思つておりました。私の知つておりますところでも、非常に有能な、実に惜しい、学界としても実に惜しい人たちなどが追放というようなことになつておつて、私はその理由にさえもまだ検討を要するものがあるというふうにも思つておるくらいでございます。ですからしてどうかこれを一つ緩和することを考えたいと前から思つておりますが、これはただ文部省だけの意見ではいかないところもありますので、どうか努力して緩和のほうに進みたいと強、又思つております。
#57
○矢嶋三義君 それに関連して文部委員として、将来の日本の文化国家建設という立場から、香りの高い教育文化というものを打立てる立場から、私は切に要望せざるを得ないのであります炉、免許法或いは地方公務員法と次ぎ次ぎに取締法規が出る。そうしてその裏付けとするところの福祉とか或いは利益の擁護というものは余りない。こういうところから現在教職員に、文化国家の再建ということを謳つておりながら、自分は教職に身を投じたいという青少年というものは殆んどなくてまあしようがないから教員になるかという実情であります。従いまして各大学でも、教育学部とか或いは学芸大学に進むところの学生の智能検査の成績というものは、他の学部に比べては一段と低位にあるということは、これは統計のはつきり示すところで、ありまして、こういう地方公務員法を制定し、一つの公務員としての制限を加える以上は、そうして現在の吉田内閣が、文教政策の重視を調われ、我々が敗戰後文化国家の再建というものを標榜している以上は、飽くまでその線に消つたところの、片手落ちのない、バランスのとれたところの法律を制定し、そういう政治を具現しなければならないと考えるわけでありまして、今大臣から私承わつた点ではまだ不満なのであります。はつきりともう少し決意のほどを承わりたいのでありますが、内閣におきましても、今後この方向に格段の努力を、先ず地方公務員法を制穴する以上はして頂かなければならないということを要望するものでおります。次に先ず自治庁のほうにお伺いして、これは大臣への質問と展開するわけでありますが、それは第五十七條の……。
#58
○委員長(岡本愛祐君) 矢嶋さんに申上げますが、自治庁のほうはもう直ぐ参りますが、今参つておりませんから……。
#59
○矢嶋三義君 それではこれは相良総務課長でわかると思いますが、五十七條の特例のところであります。「職員のうちその職務と責任の特殊性に基いてこの法律に対する特例を必要とするものについては、別に法律で定める。」、こうありまして、先般の提案の理由のときには、先ず公立学校の教職員が考えられるかと思われると、こういう言葉で提案されております。然らばこの教職員への特例というものは、恐らく教育公務員特例法の改正というものを言われておるのじやないかと思うのでおりますが、果してそうか。で、いつ出されるか。それからその内容の大略について承わりたいのであります。その答弁次第によつて次の質問をいたします。
#60
○説明員(相良惟一君) 只今矢嶋委員がおつしやいましたように、この地方公務員法案の第五十七條は、大体差当りは教職員に対する特例を考えておりますし特例と申しますのは、教育公務員特例法、現在では国家公務員法の教職員に対する特例でございますが、これを地方公務員法の特例たらしめようと考えておりまして、地方公務員法に所要の改正を施したいと考えております。実はこの改正法をこの臨時国会に成るべく間に合わしたいと考えておりましたが、種々な関係上多少間に合いかねるのではないかと思つておりますが、通常国会には必ず間に合うように提出し、御審議をお願いしたいと思つております。大体どういう点を改正しようと考えておりますかと概略申上げますと、教育公務員特例法は、教職の特殊性及び教員の責任に基く特例のみを規定しております。即ち公立学校の先生等に関しましては、特に特例であるということを謳つてありませんので、それを今回明らかにしたい。そうしてそのほか一、二の例を申上げますと、公立学校の先生と地方の議会の議員の職を現に兼ねている限りにおいては、任期中認めることであるとか、或いは教員の不利益処分の審査の機関に関する規定であるとか、或いは教育長に関する、教育長の特殊な身分に鑑みての特別な措置であるとか、さような数点に関する改正を施したいと考えてしおります。
#61
○矢嶋三義君 そうなりますと、又時期の問題が起つて来ると思うのであります。と申しますのは、地方公務員法の第二條では「この法律の規定にてい触する場合には、この法律の規定が、優先する。」ということが書いてあるわけです。そうなりますと、例えばこの地方公務員法では、第三十條で地方公務員は全力を挙げでその仕事に専念したければならないということを書いてあります。ところが教育公務員特例法の第十四條には、結核性の患者の療養期間は満三年休養ができるというようなのがありますし、それから特例法の施行令の第十六條には、只今課長から話されました地方公共団体の議員との兼職が許されているわけであります。時期的に早く特例法の改正をしなければ、この地方公務員法の第二條なり或いは第五十條の発動によつて、結核療養患者とか或いは兼職議員というものがその恩典に、そういう利益の保護にあずかることができなくなると思うのでありますが、それに対する見解……。
#62
○説明員(相良惟一君) 只今の御懸念は御尤もでございますので、教育公務員特例法の改正に当りましては、さような教員にとつて特に不利益な事態が生じないように、地方公務員法が通過いたしまして実施される場合、公布の期日と教育公務員特例法の改正の期日とを合わせるとか、さような措置を請じまして、教員に不利益なことが起らないように措置をしたいと考えております。
#63
○矢嶋三義君 それからもう一点は、先ほど不利益処分審査機関との関係云云ということを申されたわけでありますが、これに関して昨日も私この人事委員会の設置單位と教育委員会の設置單位というものに問題があるという立場から、特例法の十五條による任命権者が公務員に不利益処分をした場合の国家公務員法第八十九條から第九十二條までの規定を準用するという例を挙げて、それを私昨日自治庁にお尋ねしたわけでありますが、更にここでもう一度私お伺いいたしたいのであります。特例法の十三條には、採用志願者名簿は国立学校は人事院が作り、それから公立学校は都道隣県の教育委員会が作る、こうなつております。そうなりますと問題が起つて来るのです。例えばここに浦和市が人事委員会を作つて、そして教育委員会を作つていない場合に埼玉県だけの教育員会があつて、浦和市が人事委員会を作つてある場合に、その浦和市の人事委員会が採用候補者名簿を作る、そうして都道府県の教育委員会も採用候補者名簿を作る、任命権者であるところの埼玉県教育委員会でも採用候補者名簿或いは昇任候補者名簿というものを作ることになつて、二重にできて問題が起ると思うのです。そういう立場から、私は昨日申上げた例と併せてこの教育委員会の設置單位と、人事委員会の設置單位というものを考慮して行かないというと、運営に非常に複雑な面が出て来て、延いては私は却つて能率の低下を来たすのじやないかということを考えるのです。
 更に大臣が来ているからお伺いするのでありますが、教育委員会法の第七十條によりますというと、二十七年の十一月一日までは市町村でも教育委員会を設置しなければならん、こうなつておる。現在町村に教育委員会の設けられているところもあります。先般の教育委員選挙におきましても、或いは過去の実績においても、それがどういうものであるか、よその国から日本に持つて来て植え付けたその花がきれいに咲きつつあるかどうかということは、実績がはつきり示しておると思うのです。従いましてこの際人事委員会、或いは公平委員会、これを地方公務員法で設置しようとするのでありますが、これも教育委員会法の教育委員会を設置する單位と併せ考えて私は考慮する必要があるのではないか。端的に言えば、先ず教育委員会法の第七十條あたりは、これは我が国の実情に即して改正すべきじやないか。何故私こういうことを申上げますかと申しますと、我我は反省しなければならん点がある。それは新制中学の発足当時に、六、三は義務教育だ。だから各町村にも新制中学を作るといつて喜ばした。それで各町村は非常に無理をして校舎を建築した。そういう指導を政府がやつた。ところが、その段階になつてから見たところが、小さな村に中学を作つても教科課程が編めない、だから何ヵ町村か一緒になつて組合立の中学校を作る、ところが無理をして中途半端な校舎を作つたからそれを引張つて行くわけにも行かない、どうにもならない。そういうように、政府の指導が誤つたために、地方財政的に、或いは教育行政的に混乱さしたということか過去の事実であります。そういうことを併せ考えるときに、私は教育委員会法の第七十條の教育委員会設置単位の改正とか、或いはこの人事委員会の設置には相当再考慮するべき点があるのじやないかということをお尋ねするわけであります。
#64
○説明員(相良惟一君) 只今矢嶋委員のお話に、教育委員会の設置單位と人事委員会の設置單位との間に多少齟齬することがないかというお話でありましたが、教育委員会は御承知の通りに、教育委員会法によりますると、都道府員及び五大市、市町村ということになつております。人事委員会も大体さようでございます。人事委員会につきましては、御承知の通り地方公務員法案によりますると、都道府県及び五大市は、設置義務を負わされ、その他の市並びに町村は、單独で人事委員会或いは公平委員会を持つこともできるし、又共同して持つこともできるということになつております。教育委員会につきましても、現行法では町村が事務組合というものを作りまして、そこで一個の教育委員会を賢くということが認められております。さような関係から設置單位におきまして齟齬するところはないように考えております。
#65
○矢嶋三義君 余り専門的で小さくなり走すから追究しません。併しよく調べるとそれは何ですよ、不利益処分の国家公務員法の八十九條、九十三條の適用の場合にしても、採用候補者名簿の設定に伴う人事の扱い方にしても、人事委員会と教育委員会とで、上の教育委画会か作つた大きな粗位のものを小さな下にできた人自委員会が引つくり返す、さつき言つたような候補者名簿が府県の教育委員会にもあり、下の市にもある、タブつて両方にあるというような場合に違いができる。それから今課長は公平委員会なり、人事委員会は是非作らなければならんというのは都道府県と五大都市で、あとは自由だと言うけれども、作つて行くわけです。教育委員会法の場合にも、何も二十五年とか、二十三年に慌てて作らなくてもいいものを、特に富山県のごときは、小さなところにごちやごちや作つて困つておる。浦和のごときは、返しの決議をしたのを認めんといつてこたごたやつておる。こういう実例がある。こういうことを検討して貰うことにしましよう。私は何故そういうことを言うかというと、公務員の制限をする、それに対しては福祉とか、或いは利益の保護についての格段の考慮を拂わなければならない。他の関連法規と十分その関連を練り上げた上で、私はこの法律というものを出さなくちやならんじやないかと思うのですが、そういう角度から眺めたときに、私は今まで申上げたような若干の例から結論すると、どうも私は提案に不十分なところがあると思う。もう少し私は突つ込んで言いますならば、私はこう思うのですが、その一点とは、公務員の政治活動の禁止、これを来年の四月の地方選挙のときに備えて、これだけを何とかかんとか達成しよう、最近の一つの現象に現われたところの若干の行過ぎというものを、それを抑えつけるためにというような、非常に卑俗的な立場から、この立法というものが必要以上に念がれておるじやないか、そういう点を私は立法府におる一員としてこの法案を研究して遺憾に感ずるのです。そういう立場から提案する以上は、又若し実施された場合においては、早急に他の関連法規並びに福祉利益については政府は努力する責任があるという立場から、私はここに質問さして頂いた次第であります。私の文部大臣に対する質問は以上で打切ります。
#66
○荒木正三郎君 私は大まかな問題について大臣にお尋ねをして、個々の問題について政府委員のかたに質問をいたしたい、かように考えております。今日文部大臣にお尋ねをしたいと思う問題については、先ず教育政策について関連した問題でございます。今度提出されておる地方公務員法及び前の義務教育国庫半額負担法の廃止等の一連の政策は、日本の教育水準をかねて文部大臣が向上のためにもつと努力したいと言つておられる考えとは逆行する虞れがあるのではないかということを私は心配しておるわけでございます。と申しますのは、この地方公務員法によつても、又その他教育委員会法によつても今後義務教育を担当しておる教職員は市町村の公務員になるわけでございます。その結果が教職員に如何ような影響を與えるかということについては、日本の歴史が明瞭に私は示しておると思うのでございます。二十年以前において日本の義務教育に従事いたしておりました教職員の身分というものは非常に不安定でございました。又待遇上の点につきましても、誠に歎かわしい状態にもあつたわけでございます。それが又義務教育費半額国庫負法によつて、市町村の公務員というよりは、府県單位にまでせり十げられたことによりまして著上く教職員の身分は向上したのでございまして、延いてはこれか教育の進展のためにも少からず私は寄與して来たと思うのでございます。ところが今回自由党の政府によつてとられている一連の政策というものは、再び二十年前の昔に逆戻りをして、今後幾多の教職員の一身上の問題のみならず、延いては日本教育の、義務教育全般について水準が著しく低下する虞れがあるというふうに感じているのでございます。こういう点につきまして、文部大臣はどういうふうな所見を持つておられるかという点について先ずお伺いいたしたい、かように思うわけでございます。
#67
○国務大臣(天野貞祐君) 只今教育費の年額国庫負担ということが廃止されたということ峠、私も非常に残念なことだと思つております。だからしてどういう方法かで、この教育費というものを單に平衡交付金のうちへ入れてしまうというのでなく、それを制限する、従つて教育者の身分を安定させるということは私もどこまでも努めたいと考えておるものでございます。
#68
○荒木正三郎君 大臣の今のお話ですと、私が尋ねておりまする教職員の身分の安定を図り、教育の水準を向上さすためには、今のとつておる政策というものを相当に考え直さなければならないというような見解であるというふうにとつて差支えないわけでございますか。
#69
○国務大臣(天野貞祐君) 私は教育費の国庫負担という点に関してはそういうことが言えると思います。併し政府の全体がすべて教員の生活を不安定にするとか、そういうふうの線で言つておるとは自分は考えておりません。
#70
○荒木正三郎君 教育費の半額国庫負担の問題だけでなしに、現に提出されておるこの地方公務員法によつても、教員の身分というものは、この法律によつてでも市町村の公務員というふうにはつきり格付けされるわけでございます。従つてやはり先ほど申上げましたように、この地方公務員法においてもその点は同様に考えられなければならない問題であると私は考えておるのであります。そういう点についてお伺いしたい。
#71
○国務大臣(天野貞祐君) 標準義務教育費の確保の法律案とか、或いは又先だつての米国使節団の勧告にある制度とか、そういうようなものを考えれば、必ずしも教員の生活が不安定になるというふうなものではないと私には思われます。
#72
○荒木正三郎君 それではその問題につきましては、私と大分大臣のお考えに相違があるようでございますが、次の問題に移りたいと思うのでございます。
 地方公務員法において最も重大な点は、政治活動を制限しておるところであろうと私は考えておるのでございます。これは地方公務員全体に対する問題でもございますが、私も公務員である以上、その政治活動については公の職に奉じておるという立場から来るところの制限というものは止むを得ないところもあると考えております。併しこの制限をするに当つても、やはり憲法に認められた基本的人権として、できるだけこの制限を緩和するように考えるのか至当ではないか、かように思うのでございます。ところがこの法案を見ますると、できるだけ制限を多くしよう、そうして殆んどできないところまで持つて行こうというふうな考え方に立つておるように思うのでございます。特に私は文部大臣にお伺いしたいのは、この法律によつて実施される中には、地方公務員である五十万の教職員が含まれておるわけでございまして、この法律によつて、全国の教職員は政治の問題から除外されるといつても過言でないまでに、何らの行動が許されないというような結果になることを、私は日本の発展のために非常に心配をし大しておるものでございます。教職員に殆んど政治活動を與えないということによつて、正しい教育ができるかどうかという点について、大臣はどういうふうにお考えになつておられるかお伺いしたいと思います。
#73
○国務大臣(天野貞祐君) 私はこういう点で先ほどの矢嶋さんのお話とも幾らか関連いたしますが、教員というようなものとか、そういう特別な位置にある者は、特別な制限を受けるということは、私は止むを得ないのではないか。本来ならば、それは決して望ましいことではないのですが、何もそんな制限なんかなくして、それで少しでも弊害も起らず何も起らないならばよいのですが、そういう弊害が現実にあるとすると私はそういう制限も止むを得ないのではないか。例えば法律の根抵をなすべき道徳について考えて見ると、教職にあるというような人は、市ルの人よりももつと非常に大きな束縛を持つておると思うのであります。或いは宗教などに携る者はなおそれが必要であるかも知れませんが、そういう道徳、法律というものの根抵には道徳というものがいつもあると思うのですか、そういう制限を受けるということは、その職が特別なものであればあるほどひどいということも普通に道徳の面では考えられるのであります。でありますから、法律の上においても、本来そういう制限などはないのがよいのであつて、己の欲するところによつても則を越えずというような人なら何も道徳の制限も要らないと同じように、何もここに弊害が起きてなければ、何も制限なんかないのが理想的であるということは勿論でありますが、そういう弊害が現実において非常にあるとすると、そういうのと一般公務員と同じ制限を受けるということも止むを得ないのではなかろうか。現に国家公務員がそういう制限を受けておるのに、地方公務員というものは何も制限がないというわけにはいかないのでありますが、これは決して理想的なことではないのであります。それが日本の現実において止むを得ない措置ではないかとい、考えを持つております。
 それから又こういう点で荒木さんが、荒木さんと私が少し違う点がありやしないかという点で、率直に言わせて貰うと、私は現在こういう職におりますけれども、やめれば又すぐ教鞭をとつて、教壇に立とうという人間です。私は教育というものに非常に重きを置いております。荒木さんには政治というものが教育に優先するようなお考えがあるのだろうと思う。併しこれは、それはそれで少しも差支えない考えで、いろいろな歴史を見ても、どういうところを見ても政治というものは、いつも他のものに優先するという形を持つておるのでありますから、あなたがそれを優先的にお増えになつて無理はないけれども、私などは教育というものこそすべてに優先するという考えを持ち、そして現に自分はやめれば又教壇に立つて教鞭を握ろうという人間ですから、(「その通り」と呼ぶ者あり)幾らか人生観の、考えるところに重きの置き万の違うところがあるかも知れませんが、それは勿論理想的ではないかも知れませんが、よんどころないところではないかという意見を持つております。
#74
○荒木正三郎君 私は一般公務員並びに教職員について何らの制限をしてはならない。こういう意見を言つておるのではないわけであります。その公に奉ずる職務に従事しておる関係上、多少の制限というものは起つて来ることは止むを得ないと思うのでおります。併しこの法案では、例えば選挙運動を一つの例にとつて見ましても投票することだけができて、そのほかのことは一切できない。こういうふうになつておるわけであります。そのほか署名運動を企画したり、或いは主宰したりするようなこともできないというふうに、恐うくこれ以上制限し得ないという限界まで制限をしておるというところに私は問題があるのではないかということを、言つておるわけでございます。私どもの考えといたしましては、そういう公職に在る者は公職の地位とかそういうものを利用して政治活動をすることについては私どもも多少の制限は止むを得ない。併しそういうことと関係のないようなところまで制限するという考え方に対してはどうしても了解し得ない、こういう点を先ず申上げたいと思うのです。文部大臣のお話では、もう一つの問題が実は起つて来ると思うのです。それは公立学校の教職員と私立学校の教職員との関係の問題でございます。公立学校の教職員といえども、或いは私立学校の教職員といえども、私はその教育の内容から申しまして、公に奉ずるという意味においては何ら変りはないと思う。ところがそうであるならば同様な考え方をし生ければならないはずの性質であると思うのです。然るに公立学校の教職員に対しましては、先ほども申上げましたように、殆んど政治活動を全面的に禁止するというような法律を制定するような考え方に立ち、そうして私立学校の教職員に対しては、そういう点がないというところに私は考え方に矛盾かあるのではないかというように感ずるのでございます。
#75
○国務大臣(天野貞祐君) 私はこの教育者というものを抽象的に考えれば、国家公務員たる教育者も私立学校の教育者も教育者という抽象概念においてはその内容は同じだと思います。けれども具体的に考えれば国家公務員というものと私立学校に勤めておる教育者というものとは、その間に生活のあり方において違いがあると思います。だから国家公務員であるという以上、私立学校の教育者と特別の制限を受けても止むを得ないものがあると私は思う。併し制限というようなことが理想的だと一つも考えておるものではございません、制限などはないほうがよろしいのですけれども現実の事情は止むを得ないものがありはしないか。だから荒木さんとの論も結局は程度問題ということになるのじやないかと思う。そうなると程度についてはやはり意見の違いということに帰着しやしないかと思うのです。
#76
○荒木正三郎君 今度公務員法制定をやらせられるに当りまして、今問題にいたしております政治活動の問題についてでございますが、諸外国における教職員或いに公務員、そういうものがどういうふうな制限を受けておるか、又そういうことに対してどういうふうなお考えを持つてこの法案の立案に当られたかというような点についてなおお伺いしたいと思うのです。私の手許に参つておりまする政府のほうから頂いておるいろいろな書類を見ましても、先ほど私が申上げたように、公の地位を利用した政治活動に対しては、禁止しておるいろいろの條文を見るのでございますが、今日我々の手許に提出されておるような極端な制限をしておるところ全然ないわけです。勿論我が国はどんな問題についても外国の通りにしなければならないというような考えではありませんけれども、こういう問題についても外国におけるいろいろな実情というものもやはり参考にして考えられておると思うのですが、そういう非常な違いがある。特に日本の公務員或いは教職員に対する考え方が極端に走つておるのではないかというふうに感ずるのでございますが、そういう点について大臣の御見解を承わりたいと思います。
#77
○国務大臣(天野貞祐君) 利け只今も申しましたように、教員という抽象概念を考えれば、アメリカでも、イギリスでも、日本でもみんな同じだから同じ扱いを受けるのがよいというのは、抽象論として成立つと思います。けれども荒木さんもすでに認められておりまするように、現実の教員という内容になつて来ますというと、非常に違いがあり、又社会状態というものも非常に違つておる。だからして遺憾ながら日本においてはこういうことが起つて来たのではないか。これは荒木さんと共に私は非常に遺憾とするところでありまして、一年も早く日本の社会が安定し、教育者のカルチユアが向上してアメリカの教育者のようになる、一般社会のカルチユアが向上して、こういう制限が一日も早く緩和されることを私は希望してやまないものです。併し立法の精神については自治庁のかたから伺つて頂きたいと思います。
#78
○政府委員(鈴木俊一君) 立案に当つて外国の制度をどの程度参照したかというようなお尋ねでございますが、外国の制度の参照はいたしましたが、今の立案の基本の態度は現在国の法律として国家公務員法において採用されておりまするような、そういう体系並びにその基礎にたつておりまするマツカーサー書簡に示されておりまするような、公務員についても、全体の奉仕者としての性格を明確にするというようなこと、又公務員に対する影響も考えるというようなことから、そういう点を考慮いたしまして立案いたしたのでございます。外国と申しましても、例えば米国等におきましての例はお手許に只今差上げてございまするが、例えばハツチ法等におきましては、連邦政府が援助いたしておりますような州、或いは地方の団体に勤務いたしておりまする職員に対しては、ハツチ決を以て一律に積極的に政治活動を禁止いたしております。これはアメリカのような国柄におきましても、即ち州が独立の主権を持つておりまするような形の国柄におきましても、連邦政府が地方公務員に対してそのような一つの統制を加えておるということは、やはり一つのそういう強い制限を加えておる事例であろうと存ずるのであります。
#79
○荒木正三郎君 この問題については、現実の把握の問題にも大分関連をいたしまして、文部大臣と私の現実の把握の仕方について相当相違があると思うのでございますが、私の考えではこの一九四八年七月マッカーサー元帥の書簡が出た当時の事情と、その後二年を経過した今日の事情とはよほど変化を来たしておるというふうに私は感じておるのです。だんだんと民主的に健全に発展して来ていると、かように思うのでございます。従つてこういう制限を今日付するということは、現実の問題から考えましても、余りに極端に走つているというふうな考えを持つております。併しこれ以上この問題について質問することをやめます。
 その次に、先ほど矢嶋君から質問があつたのですが、地方公務員法と教育公務員特例法との関連でございます。先ほどの御説明では教育公務員特例法の内容が余り明瞭でないわけです。で私共この地方公務員法案を見まして、條項がどの程度に教育公務員に適用されるか、それも明らかになつていない。又どういう点が特例として特例法の中に謳れるのかということがはつきりしていない。これは実際問題になつて来るのでありまして、この特例法のあり方によで相当緩和される、或いは特質的な立場にある教職員が実情に即するようになるかどうかということが、分岐点になると思うのです。大体そういう内容の問題もありますが、考え方として、教育公務員特例法の大まかな考え方について大臣の所見をお伺いしたいと思います。
#80
○国務大臣(天野貞祐君) 事務当局から説明させてもよろしうございますか。
#81
○荒木正三郎君 結構です。
#82
○説明員(相良惟一君) 申すまでもなく教育公務員特例法は、従来国家公務員法の……
#83
○荒木正三郎君 ちよつと、私の尋ねていることが明瞭でなかつたかと思いますが、私は地方公務員法にも、その職務内容がいろいろあると考えている。例えば行政事務に携わつている人もあるし、或いは教育の仕事に携わつている人もあるし、そのほか公営企業的な面に携わつている人もあるし、或いはそのほか清掃とか、そういう單純労務に携わつている人もあります。その中において教育公務員特例法というものを制定するという趣旨は、これを一律に決定するということは困難であるので、こういう特例法によつて政治活動の問題或いはその他の問題も考慮して行こうという考え方に立つているのかどうか、こういう点について尋ねたいというふうに考えるわけですから大臣にお答え願いたい。
#84
○国務大臣(天野貞祐君) 私も只今荒木さんのおつしやるように、教員というものが一般地方公務員とは違つたものを持つている、併し勿論地方公務員という性格においては同じことなんですけれども、その内包にいろいろ違つた一つの徴表といいましようか、何といいましようか、そういうものを内包に加えて来ておるのです。それだけ余分になつて来ておるのです。それに対して教員の特殊の位置に対する特殊の規定を設けようというのが教育公務員特例法の趣旨だと考えております。
#85
○荒木正三郎君 私は例えば地方公務員法の第三十六條の政治活動に関する問題、或いは第五十五條のいわゆる職員団体を結成する問題、こういう重要な問題についても特例法において考えて行こうというお考え方であるのか、そういう点をお伺いしたいと思います。
#86
○国務大臣(天野貞祐君) 今おつしやいましたようなことについては、私は特別な特例というものを考えていないのです。
#87
○荒木正三郎君 以上を以て私は文部大臣に対する質問を大体終了したわけでございます。併し大臣が常に口にしておられる文教の振興という立場に立つて、地方公務員法及びその他の問題について十分に考慮を願いたいということを最後に附加えまして質問を終ります。
#88
○和田博雄君 この地方公務員の政治活動の問題ですが、学校では政治教育というものをやるのでございましようね。
#89
○国務大臣(天野貞祐君) 一般的な政治教育というものをやるわけでございます。
#90
○和田博雄君 政治教育をやるときに、教育をやるほうの人が、政治的な意識も持たずに、そういう政治の問題について殆んど無関心な、そうして何ら自分としての識見もない人が政治教育をやるということは、日本の将来の政治及び国民の生活にとつてどういうことになるでしようか。
#91
○国務大臣(天野貞祐君) 今の和田さんの御説だと、普通にいう現在日本で政治活動と言われておるものをしないというと、政治上の識見とか、政治上の考えは持てないという御前提のようですが、殊にそういうここに私は禁止されるようなことをしなければ、政治上の識見を持てないとは自分では思いません。
#92
○和田博雄君 私はその政治活動をしなければ政治の識見が持てないということを言つているのではありません。併し人間の活動を考えて見るときに、いろいろな本を先生がたが読まれる。併しそれがやはり外部の行為として何らかの形において出ざるを得ないのでございますね。殊に教員というものは、教育というのは一つの大きな行為だろうと思うのです。これはただ本を読んでいることが教育なのじやない。やはり、自分の天野先生なんかは道徳を非常に重んぜられているのですが、教員の全人格というものが主従に対してこれは行動として出て行くから生徒がその反映を受けるわけです。同時に従つて僕らの考えにれば、教育は先生だけが教えるのではなくて、先生も生徒に教わつているわけです。例えば一つの軍隊で一人の指揮官が指揮をする。どんなに指揮官が立派でも、軍隊のほうの個々の軍人がつまらんものであつては一つの力にならない。個々の軍人が立派な者であり、指揮官が立派なものであつて初めて非常に強い力にたる。教育もやはりそうだと思う。そこで今度のこの法案を見ますと、少し私は政府は今のこの時代の認識と、それから我々が五年間民主主義を育成し、助長して行くために闘つて来たその成果というもの、そういう本質的なものをむしろ見失つて、その中で一部あつたいろいろの、具体的に言えば共産党その他によつて非常に破壊的な暴力的な行為が行われて来た。そういうような面について余まりに神経質になり過ぎているのではないかという気がする。今度の地方公務員の法案を見ても、この法案に暴力によつて破壊する者は公務員になれないという規定が入つている。併し我々が目的とするところはやはり日本の国民が民主的に政治の両においては教育の面においても民主主義が確立するように成長させて行かなければならん。そうなつて来ると、地方の公務員、国家の公務員というものが、全体の奉仕者という一つの抽象的な名の下に、これは制限は或る程度受けるのは止むを得んとおつしやいますが、仮にその前提だとしても、基本線は私はどこまでもその制限をできるだけ少くして行く。そうして日本の民主主義が本当に自主的に倍つて行かれるような態度で法案を作つて行くのでなければ、これは本来を顛倒して、角を矯めて牛を殺すような結果になると思う。その関係から殊に日本においては教員の、むしろ今まで教員がここで禁止されているような政治活動すらも、本当は自主的にはやらなかつたし、又やれなかつた、こういうような状態が非常に日本が不幸に陥つて来た一つの大きな原因じやないかと思う。私はだからそういう意味においてむしろ行員の政治活動ということは、もつと大きな立場から見て、本当に金も使わず、本当に政治に筋を通らして行く上において、やはり制限するということは、この建前に立つて見ても非常に緩和して行くというか、できるだけ最小限度でとめるという考え方で法案を作るのでなければ、これは立派な行為は私はできないと思う。殊に教職員の場合については非常に大きな影響が将来の何にあると思うのです。私はこれは天野さんでは大臣をお辞めになれば、すぐ教育者になられるというのですか、最高の学府において教育を垂れられる人も、末端において小学校、或いはその上の中学校ぐらいで教育の指導に従う人も、日本の民主主義を発達させて行くという点から見れば、これは段階が違うけれども、同じ意味を持つていると思う。その意味でどうも今天野さんの御話を聞いていると、止むを得ないという一言で片付けられている点が、非常に私はそこに問題があるのではないかとむしろ思うのであります。今度の場合はむしろ文教の府にある人は進んで、どちらかといえば、この制限はひど過ぎる、この制限をもつと緩和すべきじやないかという発言を僕らはむしろ大いに期待していたと思うのですが、そういう点について大臣の言われる点は私は納得できないのですが、それについてもう少し、例えば抽象的には教員といえば同じであるが、具体的には違うというような一つの形式論「でなしに、もう少し突つ込んで本の本当の教育というものを完成する、形成して行くという点から見て、地方公務員における政治活動の禁止ということが、丁度思想を取締つたと同じように惡い結果をむしろ僕は持つのじやないかというくらいに考えるのですが、そういう点についてもう少し率直に意見を私は聞きたいと思います。(「見解の相違だ」と呼ぶ者あり)
#93
○国務大臣(天野貞祐君) 和田さんのおつしやられることは、私は如何にも一理あることだと思つております。ただ今の時代においてはこういうことも止むを得んでのはないか。同じことを繰返すようですが、私は大学の教授と義務教育の教育者と何も区別して言うわけじやないが、私は四十年教職に従事して来た。又今後もそれに従事して行こうと思うのですが、その間自分は別に政党の運動もせず、何もしないのです。ただ投票は勿論いたしますが、併し政治に常に関心を持つております。そういう行方も決して惡いのではないのではなかろうか。若し日本の教育者諸君が皆政党に関心を持つて貰うほうがいいのであるか。私らのように和田さんに非難されるようですけれども、専ら教育本位で、教育ということに使命を感じ、そうして一個の市民として政治に勿論関心は持ちます。直接の行動は何もそれに対してはしないというふうなことでもいいのではないか。併し私はそれが理想だということではないのであつて、現段階において止むを得ないのではないか。併し和田さんのおつしやることはすべて私もわかることでございますが、私は今はそういう考え方に立つております。
#94
○和田博雄君 これは意見の相違といえばそうですか、私はそこのところをもう一遍大臣に反省して貰いたいと思いますのは、私はこういう感じがするのです。日本の今の社会を見てみまして、私は政治家でない一つのインテリの発言権は少し重過ぎるという感じがするのです。ということはどういうことかといえば、これは国民の本当の政治の意識がまだ私は低いからだと思うのです。本来ならば政治に本当の責任を持つた人の言動が、政治に責任を持たない言動よりもむしろ重いのではないか、私はこう思う。何と言つても、教育者といえども一市民であると思う、市民である以上は、やはり政治の中で生活している。やはり政治というものが生活とこれは不可分なものであるし、又生活の主な内容は政治だと思うのであります。そのときに教育者が天野さんのおつしやるように、政治の意識を持つて、ただ一つの傍観者的な立場に立つて行くということも可能であると思う。併しそうでなくしてやはり一つの政治の行動にそれを現わして行くことも、これは又その自由は当然に與えられておる。現に憲法において與えられておると思うのです。そうしたときにやはり一つの市民の完成という点から考えて見ても、私はやはり政治活動というものがただ單に教職員であるからという理由で大きく制限されているということは、おかしな議論に論理的にはなつて行くと私も思う。殊に教育者といえども責任を感ずべきだと思う。教育の直接の責任というものは一年や二年じや出ない。将来において出ると思う。それだけに教育者というものが一市民として、一国民として完全な行動をできるだけなされるような立場に置かなければならない、それが責任の持続だと思う。そういうことでなくて、いい公務員を作り、いい教育をやるということ自体が間違いだと思う。併し公の生活をしているからには、或る程度の制限は止むを得ない、あるべきだと思う。併しその場合に、こういう法案を作る人の注意しなければならんのは、やはり繰返しますように最小限度にそれはとめるべきだ。これは釈迦に説法で、言うまでもありませんか、それはあなたの言われますように、何もかも制限がないのがいいとおつしやるのも少し行過ぎだと思うのですが、やはり最小限度にとめるとか、そのとめるというその精神だけはやはり失われてはいかんと思う。ところが今度の場合はどう見てもこの短い会期の国会の中に、而も非常にそういう本質的に大きな制限を持つた法律をふわつと出して来て、それで日本でいい地方公務員を作り、それから何をしよう、こういうことはどう考えても常識的に考えても納得ができない。殊に政府の答弁を聞いて見ても、矢嶋君或いは各委員も指摘されたが、国家公務員法があるから、それに従つてこれを作るのだ、とこういうことを言われるのですが、この点は天野さんはそうも言われなかつたが、この際立つたついでに言うが、反省して貰わなければならんのは、現に出来上つた法律が承るから、それに一律に倣えというのでは困るのであつて、やはりできた制度でも惡いものは直して行くのでなければ社会の進歩はない。そういう意味で天野さんが今言われたような点については、又あとから細かい経済的な一面をろいろお聞きしたいと思いますけれども、今日はただこの点だけを一応くどいようですが、文部大臣にもう一遍今後一つ考え直して貰いたいと思います。
#95
○相馬助治君 成るべく発言を少くしようということで来ておるのでありますが、只今何回か天野文部大臣が立たれての答弁に、事情が止むを得ない、こういうことをおつしやつておる。その止むを得ない事情とは何であるかということを解明しない限りにおいては、本問題は解決しないわけであります。
 もう一つ私どもがこれについて問題としておりますのは、そこに大臣も坐つておられて、地方公務員法の立法に当つて十分なる意見を述べられたように、いろいろ答弁をなされたのでありますけれども、楽屋裏はそうでない、我々は知つておる。事実は何よりも雄弁であつて、自治庁の答弁を聞いて見ましても、地方公務員法が出て来るというと、この法律を優先して、これに抵触するところの教育公務員法の一部を改正するのだと述べておる。その改正の部面ば何だと申しますと、教育公務員法の中に、職員及び地方公務員は国家公務員の例に倣うと書いてある。それが抵触するから直すのだと地方自治庁では答えておる。ところが天野文部大臣は、荷主述べられておりますることは、敗戰日本の現実に照して、教育の重要性に鑑み、当然教育費というものは、理想としては国家が見なくてはならない。少くとも国家が見ないまでにも、関家的規模においてこれを與えるべきであるという、誠に尊敬に値いする意見をしばしば吐かれている。天下五十万の教職員をして、この人文相にありとして心強さを感ぜられておる。これが天野文部大臣の今の反動的な吉田内閣の中にあるただ一つの道理のある感覚であるとして、我々はこれに対して期待しておるにもかかわりませず、事情止むを得ないということだけで片付くとは私はどうしても受取れないのです。甚だくどくはありますが、然らばどういう事情なのであるか、抽象概念としての何々というような、論理学的な説明その他ではなくて、この具体的の問題として先ず私は御答弁を願う前に、基本的な一つの要件を申上げて見たいことは、行動をしなくても政治教育はできる、これは成るほどはんぱなことはできるかも知れませんが、私はできないと断じたい。(「ノーノー」と呼ぶ者あり)何故ならば民主主義というのは、御承知のように今日広汎に使われておりますが、狹義に申しますれば、これは政治の形式である。政治の形式であつて、議会中心の政治である。議会政治を我々が認めるならば、政党政治であるということを認めざるを得ない。私ども現在の国会には無所属のかたもありますが、これは一つの政党なんである。今の自由党、社会党は論ずるに足らない、我々はほかのものには入ることはできないという一つの政党としての意識を持つておる。従つて今の議会を構成している全代議士、参議院議長は、全部これは政党としての一つの意識の上に立つていることはこれは論を待たない。そういうように考えて来まするというと、政治というものは現実の手近なものを処理して行くためには、遠いところに光を求めて一つの理想を持つている。これが一つの政党政治の形であります。そういうことを考えたときに、この地方公務員法を大臣つらつら見て下さい。三十六條に七面倒くさい文章が書いてありますが、これを簡單に要約するならば、教員は選挙だけをしろ、あとは何もするな、こう帯いたことと同断でありますが、私このときにしみじみ考えますことは、人間の性慾である。神様が人間に性慾を與えておりますが、人間の性慾は一年中これは発動できます。動物と違う。これが人間であるからである。私は神様の道としみじみ考えます。だからこそ我々は何らあせらない。と同じように、教員が成るほど選挙活動なんか嫌いなものはしなくてもよろしい。政党の批判もそういうことはしなくてもよろしい。併しながら事情によつては政党の批判もしなければならない。ときの文部大臣の施策についても批判をしなければならない。又少くとも最小限度するかしないかは、その者の自由として、そうした権利は保留しなければならない。そういう基本的な権利のない者がどうして教育ができるかということを私は訴えたい。
 第二の事情は、いろいろの事情ということは、マッカーサー書簡の出た事情を言われておると思うのです。私はこれに対しまして成るほど教員組合等を含めた当時の組合運動の幾つかの点における行過ぎを私は否定するものではありません。併しながら少くとも一つの国が民主的に脱皮しようとするときには、素朴な形で、表面から見ると破壊的な一つの表現があり得る。天平年間の仏像が今日我々が幽幻であるとか何とか言うておるけれども、あの時代の人は非常に象徴的な六のであるから天平時代の仏像の線が出て来たときには、こんな人間くさい仏像は仏像でないと批判しておる。ところが時代がたつて見ると、天平時代の仏像こそ芸術の極致であると我々は言つておる。我々は将来を考えたときに、この参議院において議論されているようなことはまさにこれは悲劇である。なぜならばです。そういうふうな一つ一つの事情を見て、これはこの際教員の政治活動をふん縛るというがごときことは、これは後世の歴史家にこれはあからさまに批判されて、これは非常に大きな祖国再建へのこれは汚点を残すものだとかく増えるので、従いまして教員が特殊な性格を持つておる。特殊な職能を持つておる、従つていろいろな意味で制限されなければならない。それは一般概念的な論であつて、私は教育公務員というものを地方公務員の枠から外して、單独の立法として真実にこれを眺め、しみじみこれを立法して行くというのならとにかく、味噌も糞も一緒にしてそうしてこういうふうな地方公務員法というものを出して、この際教員の政治活動というものを大幅に制限することは、日本の将来のためにも、そうして文化国家として再建されなければならない敗戰国民の当然の義務としても、私は反対せざるを得ないのであつて、大臣その事情止むを得ないのであるというその事情につきまして、一々具体的に納得の行くよりに御説明、御指導賜わりたいと思います。私はあなたの通りの感覚を期待いたしまするが故に、あえてくどいようでありますが申上げます。
#96
○国務大臣(天野貞祐君) 私はですね、先ほど和田さんのお話を承つてですね。和田さんがそうお考えになるのはそれは確かにそうだろう。だから私なぞ非常に和田さんから見られると、常識のない人間とお思いになる。(「誤解されますね」と呼ぶ者あり)私は自分は先ほどから申すように四十年も教職にいて、政党流動などは少しも目も触れなかつたために、自分の乏しい才能で幾らかの学問をやつた。又生徒も熱心に教えたということは、少しも後悔しないのです。私はそういう考え方なんですから、私通りの感覚でこれか絶対にいかん、教員をこういうようにするのは絶対にいかんというならば、私は一日もこの内閣におりません。けれども私はそういう、自分がそういう考え方の先ず人間だということを諒として下さい。主観的なものを客観的に考えてはいけませんから、和田さんのおつしやるようなことは私も十分反省しようとは思いますが、併し私のような考えも和田さんにお考えを願いたいと思うのです。日本の教育者がみんな政党活動というようなものに興味を持つほうが日本の教育が振興するだろうか。自分らは教育者としての個個に生きる信念があつて、使命がある。子供のために自分らの教育愛を注ぐところに生き甲斐がある、人は政治が一番の人間活動の最高のものと考えます。それも当然私は承認されますが、併し教育のために身命を捧げて顧みないという精神もたければ、日本の教育は振興しない。私は当分の知つている幾多のこの学校の義務教育に従事しているかたがたの、例えば長野県の諸君などに、どうか打ち明けて私に考えを言つてごらんなさいというと、自分らはこれでいいのだ、自分らは本当に教育のために身命を捧げようと思うから政党活動なんかにはわき目をふらんでもいいという人もこの世の中にはいる。要するに私の論は、(「その通り」と呼ぶ者あり)社会科学の諸君から見たら本当に常識のない論かも知れませんが、私は自分通りの感覚でこれでいいのだという考えでございます。ただ程度ということについては、我々も大いに反省しなければなりませんが、現在のいろいろな諸事情からいえば、これも止むを得ないのではないかというのが私の考えでございます。
#97
○和田博雄君 誤解があるといけませんから……、ちよつと私の意見に天野さん少し誤解されておるのじやないかと思いますが、私は教育者が教育者として、自分の職業というものを、使命というものを非常に重く感じて、教育に專念されるということはちよつとも否定上ません。そうあつて欲しい。又そうなくてはならん。丁度政治家が政治に身命をなげうつて、政治をやると同じことだと思います。併しその教育者が教育に專念する、その教育の内容そのものを考えて、その人の行為を考えて見たときに、学問という形だけでなしに、やはりそこに政治活動というものの自由があつて一つも惡いことはない。例えば仮にまあ例を言えば、例えばマツク・スウエーバーみたいな人が非常な学者で、政治はやりたかつたがやらなかつた。政党として関係を多少持つたが、殆んど政党的なことはやらなかつた。その学者が教育事業には非常に專念してやられた。併しマックス・ウエーバーが政治活動の自由ということを制限されてやらなかつたのじやなくして、政治活動の自由は持つておるが、併し自分としてはそれをやらなかつたのだというのとまるで僕は違うと思う。やはりここで問題になつておるのは社会の制度である。社会の制度として、言い換えると教育者がこの社会において生きて行くその生き方、生き方の一つの枠をきめようとしておるだけの問題であります。だから内容的にそれはもう教育者が、天野先生のように教育に專念するというこの心情は私は尊いと思う。併しそれだからといつて、その教育者がやはり一つの国民として、或いは市民として持つべきところの、当然持つべきところの政治活動を不当に制限されていいという論拠にはならない。そこが私は問題だと思うのであります。従つて個人の生き方として大野先生が教育に專念されておるというのは結構と思います。よくわかります。併し五十万の教育者が今後の教育に專念するかたわらやつてよろしい、併しその人がやつぱり一教育者として、市民として当然持つべき政治活動の自由というものについては、これは国家がそういう人の行き方がもつと矛盾なく生きて行けるような、当然その制限は、こういうような不当な制限をすべきではないと私は思うのです。それがやつぱり憲法の精神と思います。どうか一つ私の議論を誤解されないようにお願いします。
#98
○相馬助治君 私がいたしました質問に対して、意識的か、無意識的か文部大臣は和田さんに答弁しておる。これは重大なる私に対する侮辱と私は思う。(「然り」と呼ぶ者あり)それで私は重ねてお聞きいたしますが、私が言わんとするところは、和田さんが言つて下さつた。私はもう話がこんがらかるから、私は頭が簡單ですから、卑近な例を拳けて説明したい。即ち人間がですよ、性慾を持つておるためにもろもろの悲劇や、犯罪を起す場合があり得ます。この悲劇や犯罪を防ぐ方法に二つおります。一つは去勢することです。(「簡單々々」と呼ぶ者あり)
 第二は、(「やかましい」と呼ぶ考あり)第二は……(「簡單簡單」「黙つて聞き給え」と呼ぶ者あり)黙つて聞きなさい。
   〔矢嶋三義君「委員長、弥次は取締つて欲しい、真剣に討論をやつているのだから。」と述ぶ〕
 第二は、そういう間違つたことはしてはならないのです。個人にモラルを與えて同時に間違つた性行為なんかを起さないような社会的な雰囲気を作つてやるという、こういう試み、こういう方法があると思うのです。で地方公務員法はこの教職員の政治活動等に関しては去勢するということです。これでも、これでも我々が黙つていてもよろしいのか、黙つていてよろしいのか、私はこう言うのです。思慮深き者怒らずではあるが、こういう現実を見て怒らざるを得ないのです。私は、だから私は文部大臣に尋ねておるのであつて、四十年忠実に天野先生が教壇を守つているうちに、日本はとんでもないこういう戰争をやつたために敗けた。まあ私はこれは天野先生の責任だなんということは言つていない。ただ私はこの場合にしみじみと私が思うことは、私も教職員として、私に戦犯的な何ものかがあるとすればあの間違つた考えが滔々と起きたときに黙つていた。非常に勇気がなかつたということに対して、私は反省しておるのです。そういうような意味で私は吉田内閣の閣僚であらせられる文部大臣としてあなたに尋ねておるのであつて、そういう意味でとくと先ほどの止むを得ない事情についてお聞かせ、御指導をお願いしたいと懇願しておるということを申上げて御質問といたします。
#99
○国務大臣(天野貞祐君) つい、和田さんの御質問に私は傾聽すべきものがあると思つたものですから、ついそちらのほうに気を取られてしまつて、第二の質問を忘れて誠に申訳ないということをお詫び申上げます。(相場助治君「了解々々」と呼ぶ)
 で止むを得ない事情につきましては、私は制限がよいというのじやないのです。制限はできるだけしないほうがよいのです。併し昔の哲学者も余りとつちに行つたときは、すぐこつちヘやるということがいいのだということを、一番中庸を尊ぶアリストテレスが言つております。併しながら今教員の市動が余りこつちへ行過ぎたから、これは少しこつちにというような考えにも真理性があるのじやないかというよりに考えます。
#100
○相馬助治君 さすがに天野先生ですね。そうすると地方公務員法というのは、本当に理想の形ではないが、こつちに曲がわたものをこつちに曲げるためには、勢いその正当で刈るところを逸脱して、この罰則的な意味合い、訓帆的な意味合いを含めて、かかる立案になつたことで止むを得たいのだ。止むを得ない事情があるから地方公務員伝が出るのではないか。こういう法案が出たこと、それ自身がちよつと矛盾をしている点はあるのだけれども、止むを得ないと、こういうふうに遺憾の意を持つていられると、こういうふりに了承して私は質問を終ります。
#101
○国務大臣(天野貞祐君) 私は決してこつちへ曲げろというのではないのです。中正を求めるということなんです。アリストテレスが中庸と言つて一番求めたところなんですが、この中庸に関するのは、こつちへ曲げたとぎは少しこつちへ曲げないとここへ来ないということなんです。それを言うのです。
#102
○高田なほ子君 天野さんにお尋ねいたします。真理の追求ということから論を発しまして、教員の政治活動の問題は行過ぎた場合には、この場合にはそれと反対の方向に曲げていわゆる中道を行かなければならない、或るほどこれは一つの真理であるかも知れません。併しながらこの新たな真理の前に大きな一つのミスのあつたことを私は発見せざるを得ない。それは教育者が本当に身命を捧げて教育を守る。これは教育者の心情である。曾ての教育者、又現在の教育者もそうでございます。私が特にここに声を張上げて言いたいことは、全国の二十五万の女教師たちは、あの爆彈の落る中において自分の子供を両腕に抱えながら本当に子供を守るために、教育を守るために、その心魂を捧げて、或いは学童疎開において最愛の家族と袂を別つて、而もなお且つ自分の生命を捧げて子供たちを守つて来たと思うのでございます。併しながらこの多くの女教師たちがあの戰争の中に何を一体学び取つたでしようか。多くの教え子たもは私の教え子も、再び先生のところには婦つて来ることができないが、どうしても私はもう一度生きたい、けれども生きることはできない。高田先生は一日も長く命を保たれて日本の教育のために盡して貰いたい。このような遺書を私に残しまして、彼はバシー海峡の海底に八つて今日帰つて来ない。私たちの多くの同僚の女教師たちにはこのような数々の愛する教え子たちをあの戰争で失いました。又私たちの先輩の婦人たちも多くの自分たちの子供をあの戰争の中に失つた。そうしてここに何を得たか、これは一つの政治への目覚めであつたと思う。私はこの婦人の政治的な目覚めということは、日本の民主革命にとつて忘れてはならない重大な要素であると思う。而もなお且つ二十五万の女教師たちは御承知のように今まで長年二千年の伝統の中に奉仕された多くの日本の婦人層を指導して、一つの指導的のポイントをその職業から與えておるのでございます。この婦人の指導者で料る女教師たちが初めて政治的な目覚めをしたということは、教員の政治的な自由な活動の中において、その指導性というものを十分に感覚的にこれはとることができた。先ほど行動によらなければ政治的な準が高まるとか、高まらないというような論議が展開されておるのでございますけれども、私は長い長い日本の封建のこの伝統の中に圧迫された婦人が本当に政治的な感覚、政治的な水準というものを持上げるためには、やはり身を投じた実踐の中にそれが得られるということを、私は教員の、而も女教師の自由な政治活動の体験の中からキヤツチすることができた。私は女教師が何政党にとか、この政党にとかいうことでなくて、体験ぼ上に初めて政治的な水準を高めて行くことができる。而もそれが奈日本の婦人層の大きな一つの政治的な水準を引上げるという役割を果して来たということを考えます故に、あなたの忘れておられる婦人の政治的な水準を高めるためには、どうしてもこの教員の政治活動というものり自由は、日本の憲法の規定するまでもなく、これは確保しなければならない問題である。婦人の政治的な水準の度合を見るごとによつて、初めてその岡の文明の程度を知ることができるということが片われておつたのでございます。今日の日本の政治的な水準というものは、申上げるまでもなく家庭における旦那様の御意思の通りに動いて行くのが合の婦人の政治感覚、こんなようなことでどうして日本の民主革命を一日も早く推進することができるだろうか。日本の長老革命はすべての人の義務であると同時に、私はその婦人の使命というものが重且つ大である。而も今日の緊急な要素であるということを、文部大臣がこういう重大な要素を忘れておられるということを甚だ遺憾の意を私は表するのであります。従いましてこつちへ行つたものをこうやつて中正に戻すというこのお考えの前に、こう行つたものをここまで持つて来て中正に直すというような、そういう公式的な一つの真理の追求ではなく、日本の現状、そうして日本の歴史の背景というものを十分に考慮されて、飽くまでも基本的な自由を婦人の場合には特段に考慮しなければならないのではないか。こういうようなことを私は考えるので、この点大臣はどんなふうに一体お考えを持つておられるのか伺いたいと思うのであります。
#103
○国務大臣(天野貞祐君) 私はよく人が今の日本は全然駄目になつた、駄目になつたということを言うのに対して、自分は、決してそうではない、やはり歴史は進歩する、この戰争によつても日本は進歩したということを言つて、その一つの例としてもいつも上がるのは、女性の解放ということを自分は言つております。だからしで私の書いたものをお読み下されば、私がどれだけそれに重きを置いているかということは御承知頂けると思います。ただ私は政治に適したかたが教員をやめで、そうして本当に国会議員となつてやられるとか、或いは弁護士になられるとか、そういうことは誠によいことだ。それができるようになつたということは歴史の進歩だと、自分は考えております。けれども現に現職にあるかたが、或いは選挙人のために何というのですか、ラッパのようなものですね、それを吹くとかそういうようなことは私は好ましくない。そういうようなことがあるからこういうことも辺つて来たのだ。私は何も制限がいいというのではないのだから、だから制限を一日も早く緩和したいけれども、今事情止むを得ずこういうことになつたのではないかと考える。女性に対する敬意ということは私は決して持たないものではございません。
#104
○高田なほ子君 大体わかつたようでございますけれども、女性の解放ということは、基本的には人間の解放ということでなければならない。これはすでに御承知の通り、或る特定の者が特定のポジシヨンに就いて、それが婦人の向上に役立つということは、これは一つの特例で承る。こういうこともまあないよりはよろしいという程度のものである。こういうようなことだけを取上げて、それで婦人の向上の歴史か進んでいるというようなことをおつしやられるということは、腑に落ちないのであります、ないよりはあつたほうがよいということよりも、どういうふうにしたらば最も広汎に婦人の政治水準を高めて行くことができるだろうか。これが私は問題だと思う。先ほどラッパのようなものを吹いたとかいうお話もありましたけれども、そういうことは個人の行動の自由である。幼稚な歴史の発展の時代にはいろいろの変則な形があるのでございましようが、そのマイナスよりもプラスの面が、而もそれが日本の民主化推進の上に大いなるプラスになるということであれば、あながちそれを法律で縛る必要は何らないと思うのでございます。こうなつて来るとまあ大体見解の相違というところで片付いてしまうかも知れませんけれども、飽くまでも法律でそれを拘束するほうがいいのか、或いは自由にいつでもこの行動の自由というもの、人間の基本的な自由というものを確保して置いて、そうしてそれを常に行使し得ることによつて民主化の水準をよりプラスして行こうという、この二つの問題になつて来ると思うのでありますが、もう一度この点をお答え願いたいと思うのです。
#105
○国務大臣(天野貞祐君) 私は要するに今高田さんのおつしやつたように、結局見解の違いということになると思います。四十年教育に従事し、教育のために力を注いで来た者が、今日本当に教育を代表する皆さんと考えが全部合わぬということが、私は運命の悲劇だと思つております。
#106
○矢嶋三義君 大臣は運命の悲劇参という言葉で現わされましたが、私は大臣の意見を運命の悲劇という言葉で現わされるほど隔つてはいないと思うのです。大臣は全国五十万教職員の親父で、これは全国の五十万教職員は非常に期待をしております。その大臣から、先ほどからいろいろ承わつたのでありますが、基本的には制限することは反対である、これは如何にも天野文部大臣らしい信念の言葉と取れると思うのです。ところが、万止むを得ないという点でありますが、その一つの理由として、先ほどから大臣は、先生がたは教育に身命を投じて欲しい。それから政治活動に興味を持つ人が多くなつてはどうも心配になるというような意味のことを言われましたが、全国の教職員は薄給の下に身命を捧げて教職に努力しております。例えば校長会あたりへおいでになつたらわかりますが、ぼろ服を着て梅干のように痩せこけて、そうして皆さんがたはあの校長は六十歳だろうかと思つていると大概五十歳くらいです。政治家とか或いは実業家とかに比べまして、実際ふけております、政治家は相当の年配の人でも赤いネクタイを締めて、縦縞の洋服を着ておる。教職員は一生孜々世々とて、身命をぶち込んでおります。勿論中には政治に興味を持つて政界に出て来た者もあります。例えば荒木、例えば相馬、こういうような人物が若干出て来たからといつて、大臣はぶるぶる震えることはないと思うのです。レッド・パージにしても、あれだけの内閣の大きな仕事、レッド・パージでも一応反省の機会を與えて、そうしてどうしても工合の惡いのはこれは公務員として追放する。そういう態度をとつておられる。天野文部大臣は非常に慈悲が厚いかたでありますが、地方公務員に対してメガホンを吹くのか惡いということは少し行過ぎである。教員は馬鹿じやないから原則としては禁止しないほうがいいが、そういうことを君らがやれば、これは制限しなければ将来の教育界というものを誤るから、君ら注意しろというような注意を與えて、然る後にどうしてもいけない場合に、遺憾ながらこれを或る程度制限するということもあろうと思いますが、そういうことは何らなくて、そうしてここに直接基本人権まで追つばらつてしまうというような、いわゆる彈圧をぶち込むということは、それに閣僚の一人として文部大臣が同調されたということについて遺憾なのであります。従来教員を先生という言葉は、日本の国の或る地域では、馬鹿の代名詞に使われておる。教員というものは非常識なものだ、あれはわからず屋だというような代名詞に使われておるということは御承知だと思います。終戰後日本の教員の多くは人間らしく明るくからた、これで平和な日本ができるだろうというように世界の有識者は言うつておる。こういう段階に、今のようなセンスで教員に彈圧法規を加えるときには、日本教職員は曾ての姿に返り、日本の将来というものは私は誤られるだろうと思うのです。私はここで文部大臣にお伺いいたしたいことは、先ほどから文部大臣が基本的に言われたことについては私は同感なんであります。吉田内閣におられるところの閣僚としての文部大臣が、去る六月の参議院選挙の一つの現象を捉えて、そうして我が身を護るために、護身の立場から立法されたこの地方公務員法、この法案の立法に当つて、閣内において大臣がどれだけの努力をされたか。なお私は今後といえども日本教職員は、原則的には制約せぬ方がいいという基本線があれば、これを最小限に食いとめるためには、なれ私は大臣の政治力に待つところが大きいと思うのであります。その点について大臣がどれだけの努力をされたか。今日において五十万教職員のために、日本の文化国家再建のために努力して下さつたか。なお最後の段階に閣僚り一人として文部大臣が如何なる努力をされようという決意を持たれておるかという点についてお伺いいたしたいのでります。
#107
○国務大臣(天野貞祐君) 私の申したことにちよつと誤解があるかも知れませんからお答えいたしますが、私は非常に理想的なことを言えば、例えば己の欲するところに従つて則を越えずというような、そういう理想的なことを言えば何も制限がない。けれども普通の人間社会においては、公務員というようなものが、殊に教育者というものが或る程度の制限を受けるということは止むを得ない。ただ問題はその度合なんだということであります。それがいろいろの事態からやや嚴しい制限ということになつた。これは誠に遺憾であるけれども、現実は止むを得ないのではないか、私はそういう考えであるということを御了承頂きたいのです。
#108
○矢嶋三義君 簡單に申上げます。止むを得ないとして、そうしてこういう法律を制定するには、余りにも私は大きな犠牲である、こういうふうに考えるのです。まあ文部大臣の止むを得ないというのと、私のそれに対する見解とは懸隔がかなりあると思うのでありますが、基本的に文部大臣の意向はわかつておられたならば、最近の全国五十万教職員の動向から察しても、是正ということも親父としてはあるわけです。そういう立場から、私は閣僚の一人としての天野文部大臣の親父としての左右の指導と、それから政治力の発揮というものも残されているのじやないかという立場から、私は要望を兼ねて質問したわけでありますが、これで打切ります。
#109
○森崎隆君 どうも私たちの大先輩で、日頃非常に尊敬しておる天野先生に、本日ここで後輩の我々が、反動吉田内閣の一環としての文部大臣という御資格にあられまして、いろいろ苦しい答弁をされておる姿を非常に私は御同情申上げます。
 先ず最初にお聞きいたしまするが、先生の、いや文部大臣のおつしやれることは、御趣旨は、日常の見解は別にいたしまして、やはりこの政治活動の制限につきましては、教職員その他公務員全体に対しまして、この提案につきましては保護規定ではなくて、制限、抑制といいますか、その強制規定であるという性格を持つておるというように解釈をいたしたのでございまするが、文部大臣の御所見はそういうふうにとつてよろしいですか。これは自治庁の見解は又別でございます。文部省の見解は……。もう少し補足いたします。行過ぎたものを妥当だということになりますると、これは保護規定じやなくて、やはり強制規定になるのですね。そういうふうに解釈してよろしうございましようか。
#110
○国務大臣(天野貞祐君) どうも私には御趣旨がよくわからないのですが、自分は要するにこれが理想的なことだからとは少しも思つていないのです。ただこういうものが生まれて来ることもよんどころない現実ではないかという、そういう考えを述べたわけです。だから現在これが中正だというのじやない。中正にしては行過ぎているけれども、その行過ぎているのは、他の行過ぎがあるためによんどころなくこうなつて来た現実だ、そういうことであります。
#111
○森崎隆君 行過ぎということが、実は如何なるところか私にはわからんのであります。と申しますのは、私の拝見した範囲におきましては行過ぎとは到底考えられない。私も、別に好き好んでこうしてここに立つようなことになつたわけじやない。本年のごとき随分これは断つて結局こういうことになつて来たのであります。教職員自体におきましても、決してこういう運動を喜んでやつたわけじやない。又六月の選挙におきましても、そう先生がたは別に余り動く肚はなかつた。ただ最後に動かされたのですね。これは反対のかたがたが余りに……私も二十年来ずつと一つの県の中に教育に携わつて来た者でございますけれども、父兄、又教え子、又は同僚各位から、余り悪いことをしなかつたためでございましようが、一応信頼を得ておりました。その私に対しましていろいろ悪口雑言が出ましたので、あの男をこういうのはけしからんというので、結局立たざるを得なかつれということになつた結果から考えまして、文部大臣のほうにはいろいろどういうようなお話が行つているかもわかりませんが、私の県におきましては、県民各位が非常に喜んでいる。これまでは非常に何十万とい、金を使つたりして、いろいろ闇運動で選挙というものが行われていたのが常識であつた。今度先生が非常にすつきりした選挙をして貰つて、成るほどこれで本県の選挙は一段の飛躍をした。これは先生のおかげだといつて皆喜んでおる。だから私は行過ぎだということは全然頭にないのです。そのことは別といたしまして、若し行過ぎた具体的な問題がございましたならば、教員はこうもした、ああもしたということを具体的にはつきり言つて、無論そういうような具体的なことをはつきりして頂きまして、このことの徴罰なら懲罰、矯正なら矯正ということで、この見解をはつきり入れればはつきりすると思います。その点をはつきり現実のデータを出して頂きまして、それに立脚していたさないことには、非常にさつきも神出委員の申された通り、私どもは納得が行かない。もう一つ申上げますが、学校の先生、又公務員全体はいわゆる国民の奉仕者である前にやはり人間なんです。特に教職員といたしましてはやはり皆インテリで、一応すべてのことは皆知つておる。今もどなたかが申されましたように、過去のこういうような封建の枠の中に閉じ込められ、どうにもこうにも行かなかつた。この枠がこの戰争の終結を以てアメリカによりまして解放されまして、そうして民主主義をやつと現在まで発展さして来たのでございます。この初期の段階におきましては、いろいろの点で勝手のわからない面もございまして、多少やはり行過ぎたことがあつたと思います。これは強制すべきものではなくて、おとなしく更に指導して行くべきものじやないかと思います。こちらと言うつたらこちらへ行くということではなく、例えば試験管に水を入れまして、アルコールランプの上に載せて置きますと、一応下りますけれども、併し長い間温めていると、これがだんだん膨脹して行く。この原則をはつきりと持つて頂くのが本当に我々の尊敬する文部大臣であり、文部省の見解でなければならない。
 もう一つ、私は根本的に教職員の仕組みとして考えますときに、政治活動を全面的に禁止されれば、非常に政治教育又は学校の教育指導自体におきましても、一つの大きなひびを入れるものではないかと思います。学校の生徒の指導におきましても、先生に行過ぎのあつた点は別といたしまして、若し行過ぎがあつたと仮定いたしますば、そういう点で懲罰的に、強制的にこういうような法令できめるということは、これをそのまま下まで、教育の面まで持ち込むとしたら、それは大変なものになる、生徒が横を向いたら、横を向いてはいかん。生徒が騒いだら、騒いではいかん。二回したら立たせる、三回したらひつぱたくという規定を設けるということは、それは誠に現在の教育の行き方と正反対なのです。学校の教師は、教育におきましては生徒自治委員の選挙や、PTAの指導関係などいろいろあります。政治の一つのモデルとしての学校内の政治教育というものを現実に毎日やつて来ております。その中心は先生の折導がなければならない。それが民主的ないわゆる学校の中における一つの政治なのです。その政治の基本的な教育をそこで受けて、それがだんだん発展して行つて、彼らがやがて大人になつたときに、彼らが公正なる選挙権を行使するということになると思います。この基本的な一番大事な学校の、学内における教育の最高責任者である教師自身がさつき申されましたように、教育する以外に何もできないというようなことでは、実にそういうような生徒の自治委員の選挙の指導、それを教えて行くという現実の問題につきまして、本当に熱意を持つて、私としての見解はこうだ、惡いことがあつたら批判する。そうして両ちに一票を投ずるという大きな熱意、教員全体が正しい政治を取上げて行くという、純粋の見地に立つた先生としての教育に対する熱情というものが、私は非常に抑制されるというまあ心配を持つものであります。そういう面から考えますると、本当は、さつきも他の委員から申上げましたように、文部省がこういう制限規定につきましては積極的に内閣全般につきまして、文部大臣から、何とかこういうようなことがここまで出ない先に、何とかして頂きたいということを実は期待していたのであります。この点重ねて私もお尋ねいたしますが、文部省の見解はどうでございますか。そうして又ここまで法案が提出されまするまでにつきまして、文部大臣におきましてどういう御処置、御努力をなさいましたか。その点につきましてお聞きいたしたいと思います。
#112
○国務大臣(天野貞祐君) 只今の御意見は私は承わつて置きます。私の意見はすでに述べたところで盡くされておると考えるのであります。
#113
○堀眞琴君 それでは私は午前の質問に引続きまして若干質問をいたしたいと思うのでありまするが……。
#114
○矢嶋三義君 人事院総裁は来ないのですか。
#115
○委員長(岡本愛祐君) 渉外関係でまだ帰つておりません。
#116
○堀眞琴君 午前中人事委員会の問題について、先ずその権限についてお尋ねいたし、その構成の問題で休憩に入つたわけであります。構成の問題でありまするが、一昨日の国務大臣の答弁では、人事委員を選任するには地方公共団体の長が議会の同意を得て選任するんだ、従つて地方生母の意思は間接的ではあるが、そこに十分に反映されているから民主的であると言える、こういうお話であつたのであります。併しながら間接選挙の場合は、これは外国の幾つかの例でもはつきりしておりますように、必ずしもそれが完全に生母の意思を反映するということはできないのであります。ましてや人自委員の選任のように地方公共団体の長がこれを選任するということになりまするというと、その住民の意思の反映という点では極めて遺憾な点が出て参ると思うのであります。而も極端な場合を申しますというと、地方公共団体の公選の場合に、一票の差で以て多数を獲得したという場合があり得るのでありまして、そうしますと例えば百票のうち五十一票とつた。一方は四十九票とつた。一票の差で一方が当選し、他の競争相手が落選したという場合も考えられるのでありまして、そうしますと必ずしも、住民の完全な意思がそこに反映するとは限らぬ問題が出て参るわけであります。ですから学問のほうでも例えば多数に対しまする少数の権利というのが主張されて来るのも無理からぬと私は思うのでありますが、こういう観点から申しまして、人事委員の選任については、もつと民主的な方法を考えるべきではないか、必ずしも私はこれは全部公選にせいということを申上げておるのではないのであります。公選ができればこれに越したことはないのでありますが、公選でなくとも、例えば職員団体の代表者を参加させる、或いはその他の民主的な団体の代表者を参加させるというようなことについても、この地方公共団体の長の選任よりはもう少し民主的な方法が出て来るのではないかと考えるのでありますが、この点に関しまして岡野国務大臣の一御答弁をお願いしたいと思います。
#117
○国務大臣(岡野清豪君) それは至極御尤もでございます。御承知の通りに人事委員会と申しますものは、とにかく公務員の非常に重大なる身分を取扱うものでございますから、大体において私たちの考えといたしましては、最もよい人が選任されるということを念願しておる次第でございます。その意米におきまして一般の票さえ集めれば当選するというような万両よりは、やはり長になり、又議員になられるかたは、相当見識を持つておられるおかたが長にも当選され、又議員にもなつておられる。そして長並びに議員というかたは民主的に住民の皆さんから多数を以て当選されている人でございますから御立派なかたと存じます。でありますからそういうおかたに選んで頂いて、而もそれが民主的の線を外れないという意味で選任されたかたが、公務員の身分を本当に忠実に守つて貰えると、こういうふうな趣旨から、まあ間接選挙にしておる次第でございます。
#118
○堀眞琴君 委員には立派な人が選ばれる、地方公共団体の長並びに議員はそれぞれ識見るを持つた人々からなつている、全くその通りだと思いますが、併し民主的な団体、或いは職員団体の代表者も決して立派でないと言えないのでありまして、そういう団体の代表者のうちにも立派な人がいるわけなんです。第九條の第二項に、人格が高潔で云々ということが書いてありまするが、こういう條項に当てはまる人は幾らもいるわけでありまして、これを單に地方公共団体の長の独断、と申しましては少し、甘い過ぎかも知れませんが、併し地方公共団体の長が一応選任し、議会の同意を得てこれを選任するということになりますというと、そこにおのずから党派性も入つて参りましようし、又利害関係なども深い関連を持つて来るということが予想されるわけでありまして、その点から申しましても、私はやはりもつと民主的な方法を考慮すべきではないか、それには只今申上げましたように、民主的な団体の代表者を参加させる、これは必ずしも利益代表という意味で申上げているのではない。利益代表ならばもつと濃つた方法を考えることができると思いますが、利益代表ではなくて、立派な人物を各方面から求める、使われる者も使う者も、或いはその他の第三者それぞれの方面から、代表者を選ぶことによつて、より民主的にことができる。單なる利益代表という意味ではなくて、本当に民主的な委員を選任することができると思うのでありますが、くどいようでありますが、もう一度その点について国務大臣の御意見を伺いたい。
#119
○国務大臣(岡野清豪君) この選任につきましては、この団体の者はいけないとか、あの組合の者はいけとかということは一向考えておりませんで、長並びに議員のほうにおいて、これがやはり公務員の身分を保障するのに最も適格な人であるというような判断の下に、どんな人でも選任せられる、こういうことになつておりますから、民主的に選挙されましたところの長が、これがその村の一番人事機関としていい人だという目途がつきますれば、職員組合団体の長の人も選任しましようし、そういうことに制限はちつともしておりませんから、私はやはりそれでよくはないかと、こう存じておる次第でございます。
#120
○堀眞琴君 人事委員会の構成につきましては私大臣と意見を異にするので、これ以上追究することはやめますが、もう一つ、人事委員会の問題についてお伺いしたいのは、国家公務員法の場合には、人事官について彈劾の規定が設けられている。ところが今度の地方公務員法案の人事委員については弾劾の規定がない。人格高潔なそうして地方自治の本旨に即応したような人人が選ばれるから、必ずしも彈劾の規定を必要としないということであろうと想像されるのでありまするが、併し人事委員といえども、決して過誤を犯すことがないとは保証できない。国家公務員法によれば、現に人事宜に弾劾の規貞が設けられておるとするならば、人事委員について、地方公務員法では彈劾の規定を設けることが至当ではないかという工合に私は考えられるのでありまするが、それについての国務大臣の御意見を承わりたい。
#121
○国務大臣(岡野清豪君) 彈劾という制度を法律には設けておりませんけれども、長の要求がございますれば、議会においてこれを排除することができる、こういうふうになつておりますから、若し不適格な人を誤つて選任されたというような場合には、長はやはり公職として又公人として自分自身の責任を重んずる以上は、やはりこれを議会に諮つて、そうして罷免することもあり得ると存じますから、彈劾というような余り荒立つたことをせずに、スムースに自治行政がやつて行けるのではないかというふうに考えております。
#122
○堀眞琴君 彈劾の規定を設ける必要がないということを承わつたのですが、ところが大臣の説明によりますというと、長が不適当と認める場合には議会の同意を得てこれを罷免することもできるから要らぬというお話でありますが、併し長は、ある場合にはその政党の出身者である場合もあり、或る場合にはそうでない場合もあり、政党の出身者が長である場合には、おのずから人事委員にもその系統の人が比較的多く入つて来ると思います。この法案では同一政党に属する者を二人選任してはならぬという規定には相成つておりますが、併し明白に或る党に入つている人もあるのでありまするけれども、そうでなく明白にはその党に参加しておらなくとも、大体同じような系統の人も恐らく選任されるという場合も相当出て来ると思う。そうしまするというと、長としましては若しそれが自分と同じ政党に所属する人であるならば、不適格と認めてもなかなかそれを罷免するというようなことはやらんだろうと思うし、それからもう一つは、議会のほうから不適格と認めても、長に対してこれを例えば弾劾するという規定がないということになりますというと、結局は不適当な人物でも人事委員にそのままとどまるということも考えられて来ると思う。そうしまするというと、人事行政の公正を期するということが、そこで以て損なわれるということは当然考えられるわけでありまするからして、私はその点についても、もう一度国務大臣の御答弁をお願いしたいと思う。
#123
○国務大臣(岡野清豪君) お答え申上げます。御説至極御尤もでございまして、いろいろ考えれば、いろいろな心配も出て来るのでございますけれども、大体においてここに挙げましたように、同じ政党の人を三人以上置いちやいかんというようなことで、立法の趣旨もわかつておりますから、若し国民の良識が発達しまするならば、この法律の趣旨をくんで、そして又長もやはり自分自身が自分の信用を保つ上におきましても、公正なることをやつて行くだろうと、こう私は考える次第でございます。
#124
○委員長(岡本愛祐君) 堀君にちよつとお諮りいたしますが、衆議院の地方行政委員会のほうで是非とも岡野国務大臣に出席をしてくれと言つて来ております。本審査でありますから止むを得ませんのであちらに行つて頂きます。尚次長が残つておりますからそれでも差支えなければ御質問願いたいと思います。
#125
○千葉信君 議事進行について……、向うへおいでになることについては承認し難いのですが、併し私どもも今朝十時から審査を継続しておりまするし、衆議院のほうにおいでになるということになれば、堀委員からも質問があるようですし、私からも岡野国務大臣に対しては質問を通告しておりますが、ここらあたりで今日は散会して、もう一度連合委員会を開くことになておりますから、次の日程に延ばすという動議を提出いたします。(「賛成」と呼ぶ者あり)
#126
○委員長(岡本愛祐君) それでは只今千葉君から、今日はこれで散会の動議が出て御賛成がありまして、動議は成立しましたが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#127
○委員長(岡本愛祐君) それでは本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五分散会
 出席者は左の通り。
  地方行政委員
   委員長     岡本 愛祐君
   理事
           堀  末治君
           吉川末次郎君
   委員
           石村 幸作君
           高橋進太郎君
           安井  謙君
          小笠原二三男君
           相馬 助治君
           中田 吉雄君
           西郷吉之助君
           鈴木 直人君
           岩木 哲夫君
           石川 清一君
  人事委員
   理事
           加藤 武徳君
           千葉  信君
   委員
           長島 銀藏君
           森崎  隆君
           小野  哲君
  文部委員
   委員長     堀越 儀郎君
   理事
           加納 金助君
           成瀬 幡治君
           木内キヤウ君
   委員
           木村 守江君
           荒木正三郎君
           高田なほ子君
           和田 博雄君
           高良 とみ君
           矢嶋 三義君
           岩間 正男君
  労働委員
   委員長     赤松 常子君
   理事      一松 政二君
   委員
           山花 秀雄君
           早川 愼一君
           堀  眞琴君
  国務大臣
   文 部 大 臣 天野 貞祐君
   国 務 大 臣 岡野 清豪君
  政府委員
   地方自治政務次
   官       小野  哲君
   地方自治庁次長 鈴木 俊一君
  説明員
   文部省大臣官房
   総務課長    相良 惟一君

ソース: 国立国会図書館
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