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1950/11/30 第9回国会 参議院 参議院会議録情報 第009回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第3号
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1950/11/30 第9回国会 参議院

参議院会議録情報 第009回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第3号

#1
第009回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第3号
昭和二十五年十一月三十日
   午後一時五十九分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○委員長報告
 (未復員者給與法の一部を改正する法
 律案に関する件)
○引揚促進に関する件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(内村清次君) それでは只今から委員会を開会いたします。
 本日の議事に入ります前に、御報告申上げたいことがございます。未復員者給與法の改正案につきまして、一昨日関係方面からOKが参りました。つきましては、この改正案の発議につきましてお諮りいたしたいと存じます。
 先ず、発議者のことでございますが、前例によりまして、お差支えのある本委員会の委員の外、全員のかたが発議になつて頂くこととし、趣旨弁明につきましては、委員長においてなすこと、それから賛成は自由党の本委員会外のおかたが一名当つて頂く、それから委員会の審査省略の件につきましては、委員長におきまして大蔵委員長及び議院運営委員長と、それぞれ折衝いたしまして、委員会審査を省略するというような手續をとりますることといたしたいと思いまするが如何でございましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(内村清次君) それでは異議ないものといたしまして決定いたします。
 尚、委員会を散会いたしましてから、旧軍債権の処理に関する法律の改正案につきまして大蔵当局と懇談いたしたいと存じまするから、何とぞ、この点も御了承の程をお願いいたします。
  ―――――――――――――
#4
○委員長(内村清次君) では、本日の議事に入ります。本日の議事に対しまして、最近の引揚げ状況につきまして外務省の引揚課長の武野義治君、在外同胞引揚促進全国協議会の事務局長上島善一君、海外抑留同胞救出国民運動総本部の宮崎一郎君、それから日本赤十字報道室の古田博之君に最近引揚状況につきまして、それぞれ報告して頂きたいと存じまするが、よろしゆうございますか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○委員長(内村清次君) それでは外務省の引揚課長の武野義治君。
#6
○説明員(武野義治君) 本参議院のこの特別委員会におきまして、前回一応最近までの引揚状況の一般的な説明を申上げた次第でございまして、本日はその後、只今委員長の御指定のございましたような最近における引揚状況について、これは中共関係からの引揚が最近ぽつぽつございますので、それを若干とりまとめた形において申上げたいと存じます。本年は一月中旬から海南島、天津、香港、広東その他上海、青島、こういつた中共地域及び香港等からの船が、只今申上げましたような地点を経由して参ります際に、日本人の引揚者を乗せて帰つて来たというばらばらのケースでございまして、現在まで、私どもの手にございまする資料では七十八名ばかりが調査の結果となつております。この七十八名に上りますかたがたは、全部中共地域からの引揚者でございまして、いろいろ各個人の事情が実に多種多様でございまして、一律に申上げることは非常に困難ではございますけれども、まとめて申上げますならば、その中のかなりの者が中共政府及び中共政府管下のいろいろな政府機関に留用されておつたかたがたが相当ございます。その他、曾つては留用者で、国民政府軍のときには留用者であつたけれども、それが解除されて自活をしておつたというかたがたもございまして、多種多様でございますが、こうしたかたがたは、主として一番多いのは、パナマ船で帰つて来ております。英国船、米国船も一、二ございますけれども、主としてこのパナマ船によつております。留用機関について申上げますが、先ず第一に留用者であつたかたがたでございますが、この留用者かたがたは現地において相当執拗な帰国運動を継續した後に、ついに留用機関の許可と北京政府当局の許可を得て帰れるようになつたということ。この相当執拗な帰国運動というものが大体共通しております。で、手續といたしましては、留用機関で帰国の許可を得ます。そうしますと、今度は人民政府の公安局の外僑課が外僑出僑書というものを出してくれますが、その際にはこの当該留用者が帰る前に一切中国における貸借関係の清算とか、その他いろいろの関係がございまして、それがきれいにならなければならんという建前から、新聞で数カ月の間掲載をされまして、異議がなきや否やというような公告をするわけでございまして、そうして、その際に、まあ二名以上の中国人が保証人となつておるというようなことが要求される例もございますようであります。それから、この手續が済みますと、公安局の、派出公安局に行きます。そうして、いわゆる登録を抹消して来て、そうしてこれが外僑の検疫処に参りまして、所定の注射等そういつたような証明、そういう接種をいたしまして、これに必要な証明書を得て、そうして招商局、或いは乗船地の公安局分処に参りまして、今度は乗船許可証を得る。こういうことになつております。こうした措置の結果、税関その他所要の用務を終えて乗船することを初めて許される。大体留用者につきましては、こうした例になつております。今年の春に、日本政府のほうといたしまして、引揚援護庁と相談をいたしました結果、日本に入国する場合には、入国許可証というものが要るのだということで、現地からの注文が、手紙によつて内地の留守家族に送られて参ることがたびたびあるようでございまして、そういう入国許可証というものは不必要であるという見解を、各府県に連絡いたしましたあとは、現地からのそういつた要求に対しまして、日本側の見解はこうなんだ、即ち入国許可証は要らないのだ、という説明を村役場なり、町役場なりというようなところで、ぼつぼつ出すということが行われるようになつたということを聞いております。従いまして入国許可証がなければ日本に帰れないのだというようなことは、全く事実に反しておるということが、だんだんと現地の残留同胞の間に知られて来るものと考えております。
 それから、帰国者に対する中共側の取扱の問題でございますが、今まで、最近の、我々が引揚者から得た情報によりますると、旅費の外に退職金というものに相当いたしまする金額を、人によつては一人について三ヶ月分くらいを貰つておる。又、人によつては、これは一つの例ですが、三百五十万元を受領した。こういうようなことも旨つておりまして、いろいろこれは留用機関と、その留用者であつたかたとの間の個人的関係が相当支配するものと思いますけれども、こういつた留用機関を解除されたときには、日本に帰ることについて相当寛大な取扱がなされたというケースがかずかずございます。又、帰るときまつたときには、相当盛大な送別会も開いてくれたというような所もございまして、これは割合に恵まれた立場にあるかただと、こう我々は考えております。
 現地におきまするこの引揚者の活動につきましては、先般も申上げたとは思いますが、満洲方面では非常に嚴格に、帰国というような言葉を使うと早速辺陬の事業場に移されるということもございましたようでございますが、関内と申しますか、満洲以外の地域におきましては割合にこういつた個々の引揚者の努力が相当寛大に取扱われておるという印象を受ける次第でございます。そうして、ただ、その帰国の手續というようなものが残留者の間の相互の連繋というものがなかなかとり得ないという関係から、個人々々が知り得ない事情が多いために、実際上帰りたい意思というものと、帰る手續についての連繋がどうしてもうまく行かないという立場から、知らないで残つておるかたもかなりあるのではないかと想像されるのでありまするが、とにかくだんだんと、こうした帰国の方法が今後或る程度まで分つて来るのではないかということを、我々は期待しております。
 それから、残留者の組織の問題でございますが、これは、北京とか済南とか、要するに関内と満洲との間には、かなり違いがあるようでございますけれども、日本人の組織というものは中共当局の許可を受けて、そうして作られておるようでございまして、済南にも日本人の技術者の協会というような名前の団体もございますようで、こういつた日本人の組織というものがだんだんできつつある。中には、やはり、日本人の共産主義者の人が中心となつておるという所もいろいろ情報でが伝わつております。
 それから通信のほうは昨年の暮、殊に今年の初めからだんだんと手紙の連絡がつくようになりまして、だんだんと現地の情勢が分りつつあるわけでございますけれども、それ以外のラジオというようなことは、例えば、北京では厳格に短波受信を禁止されておるということでございます。又或る地域においてはこうした短波による日本放送も聴取しているところがあるそうでございます、手紙等は場所によつて検閲を受けておるということも言われておりますので、相当土地によつてこうしたラジオなり、通信なり、その他の連絡方法については、相当寛嚴区々たるものがあるように思われます。こうした事情にあつて個々の留用者の方々とか、或いはとにかく、そうした帰る費用を持ち、且つ帰る方法について相当研究された結果、ぼつぼつ帰つて来るというのが最近の引揚の状況でございます。これは個々引揚の例でございますが、政府側といたしましては、この一九四八年十一月一日に瀞陽が陥落いたしまして、その後中共政権が完全に満洲を支配するようになつた。これと共に北満、東北満に滞在しておりました中共地区残留の抑留の日本人は、相当、中共の諸機関と共に逐次南下しつつ、そうしてこれが瀋陽とか撫順とか、鞍山とかいつた工業地点において、相当留用ということが行われるようになつて来た。それと同時に、新聞あたりで伝えますことは、いわゆる第四軍といいますか、林彪将軍の第四野戰軍、並びに陳毅将軍の第三野戰軍、こういうものに相当日本人が従軍をしまして、そうして遠く揚子江、広東、海南島というような所にも移つたということも伝わつております。このことは又彼等からの、内地におる家族への手紙というようなものから我々のほうに情報として流されておるのでありまするが、こういつたような中国の各地域において相当多数の日本人がこうした中共軍及び中共軍関係の機関に留用されるようになつた。そうして従来国府時代から残つておりましたある程度の日本人の抑留者と一緒に、今は中国本土とも満洲とも地域的には截然と区別できないように移動が頻繁に行われつつある。こういうことも情報として入つております。殊に満洲では、最近においてはいろいろ留用機関の日本人もあちらこちらと移動しているというようなことを聞いております。こうして我々といたしましては、このぽつぽつこういつた貨客船で一船数名ずつ帰るということでなしに、この数万に上る残留日本人がまとまつて帰れるように、この集団的な引揚について何とか一日も早く実現の域に達したい。こういう希望から、累次総司令部方面にお願いいたしまして、この集団引揚の実現について特に御高配を願いつある次第でございまして、総司令部におかれましてもこの状況につきましては心から同情を頂いておりまして、適当な方法によつてこの集団引揚が実現できるようにということを努力されておられる旨を、我々何度となく聞いておりまして、深くこの努力に対して敬意を表すると共に期待している次第でございます。中共からの引揚ということは、大体以上のような外貌をもつて私の報告といたしたい次第でございますが、現在、国際連合においても、この引揚問題というものは、近くいろいろ御審議になることと存じておりまするが、いわゆるソ連及び満洲を含めましたこの残留者につきましては、ここでは、私は便宜上中共からの引揚と、こう申上げましたが、我々の引揚問題というのはあくまでもソ連中共を含めました全体の問題として取り上げられることになるのではないかと希望しております。今後ともこの引揚問題については努力いたしまして、情報が入りましたならば委員会に御報告申上げるつもりでございます。以上をもちまして私の説明といたします。
#7
○委員長(内村清次君) 次に、在外同胞引揚促進全国協議会事務局の局長上島善一君。
#8
○参考人(上島善一君) 家族の団体でありますが、在外同胞引揚促進全国協議会の上島でございます。只今、最近の中共地区からの引揚の状況につきましては武野課長さんからまとめてお話がございましたので、何も申上げることはございませんが、一体今それでは中共地区にどれくらいおるかということにつきまして、私どものまとめた調査の上の考え方といたしましては、一応満洲と本土と申しますか、全中国二つに分けて見まして、満洲地区に一般市民として残つております者が大体これは二万八千というのでございますが、これは殆んど名前まで分つておりまして、殊に昨年九月大連から引揚げて参りました方々の報告によつて調査がはつきり、明確になりましたわけでございます。この二万八千名、これが中共軍並びに政府機関に留用されているのが一万八千名から二万二千名くらいと見ておりますが、二万二千というのは、やや基礎が弱いのでございますが、一万八千名は確実な数と睨んでおります。その外に、金満各地に流浪いたしておりまする最も気の毒な、いわゆるどん底生活に苦悩しております気の毒な人たちでありますが、これが二万から三万と見ております。二万はまあ確実と見ております。かようにいたしまして大体満洲地区には六万六千、やや不確実として八万でございますが、六万六千から八万くらいの人が満洲にいると私どもは従来のいろいろな調査の上からさように考えております。尚、中国と申しますか、俗に、支那本土でありますが、本土のほうには軍並びに政府に留用されているのが三万五千から四万、四万はやや不確実と思いますが、三万五千ははつきりいたしております。それからその前からの残留者でありますが、残留者がそのまま引續いて残されているのが五千から一万、以上のような大体分布の状況であります。十二万くらいから十三万程度の、まだ帰りたくて帰れない全く困つておる同胞がいろわけでございます。そうして只今も武野課長からお話がありましたように、最近帰つて来たという人は一応満洲地区からでは殆んどないのでありまして、あの七十何名という人は全部中共地区と申しましようか、北支那から全部、先程お話にありましたような地域から帰つて来た人でありまして、満洲からは去年の九月、十月に帰つて来られましたときからまだ帰つて来ておりません。最近、金さえあれば帰されるとか、或いは向うから入国許可証を、日本へ入るときに困るから送つて呉れというような問題が出ているのは、大体中共の方面でありまして、殊に多いのは、北支那の済南方面が主であつたように考えております。外務省でも御調査を願つたようでありますが、私どもの調査いたしましたところでは、さつき言つたようなことを言つて参つておるのは大体百名くらい、金さえあれば帰れるとか言つておつたのが百名くらいでありまして、何とかこれらの面についても工夫をしなければならんと私たちは苦慮をいたしている次第でございます。その中の、満洲の大体日本人分布の状況を簡單に申しますと、瀋陽地区、奉天地区でございますが、これが約八千名、通化地区が約千六百名、間島地区が千三百名、牡丹江地区が約九百名、東安地区が二千八百名、三江地区が約三千名、龍江地区が千六百名、浜江地区が三千五百名、錦州地区が二百七十名、その他熱河地区に四百名、安東地区で三千名、黒河地区に五十名、吉林地区の三千名、興安地区の千六百名、北安地区の千名、旅順、大連地区に約千二百名、かような数字になつております。そして最近では私どもが主といたしまして、向うから来た手紙によつて状況を判断しますと、最近と申しましても、この六、七月から漸くハルピンでも引揚の問題が口に出せるようになり、もう一息強く押せば帰れるのじやないかというようなハルピンあたりからの手紙が参つておりまして、相当、この問題は楽に言えるようになつたのじやないかと思います。殊に瀋陽にありまして、野坂參三氏直系の、延安にあつて鍛えられた人でありまして、日本人の委員会の幹事をいたしております井上しげる、しげるというのは林と書くのだそうでありますが、井上林というのは、勿論これは変名でありましよう、本当の名じやないかも知れませんが、これらの人々が公の席上において、この夏の始め頃にはつきりと言つておることは、日本人を相当、近く帰す、三ヶ月くらいの間に十分筋金を入れるようにというようなことを言つておりまして、これによつてハルピン、藩陽というような地区からは相当帰れるのじやないかというような希望を抱いて来ておりまして、もう一息だ、強く押したいというようなことを言つた手紙が参つておりまして、私共は満洲から何とかして、これが帰れるような手が打たれるのじやないかということを非常に期待し、而もその時期がこの秋頃までには実現されるのではないかと期待いたしましたが、朝鮮の問題があんなふうに非常に複雑な形になつて参りまして、それ以来、山東方面、先程申しました済南方面の帰国を、相当まとめて帰すというような考え方を持つておつた北京政府は、八月十六日目附において、国際情勢がかように緊迫した今日暫らく引揚は見合せる、ということをはつきりと言明したという手紙が本年九月参つておりますので、この方面の状況も大分変つて来たのではないかと思います。私ども家族といたしましては、一応満洲地区におきましても、向うで帰れる帰れるという言葉が口に出せる程度になつて来たのでございまするから、これに対していろいろな手を打つて頂きたい。先程、放送などもなかなか十分に聞けぬというようなお話がありましたが、広島あたりの放送だと非常によく聞けるので放送をよく聞いておるというような手紙もございますので、できるだけこの方面で一つ放送などで、夜間うまい時間を計りまして、放送をたびたびして帰れるような方法を講じて頂きたいというようなことも考えておりました。今のところ、本年当初より夏にかけて相当多数が帰れるであろうということを予想いたしまして、私ども非常に喜んでおつたのでございますが、何とかこの方面で強く押し出したいということを考えておつたのでございますけれども、朝鮮事変によりましてこれは少し期待外れになり、尚、もう一つ、国連軍が国境線の鴨緑江まで行つてしまつておりまして、冬期は凍結いたしまするので、この方面からのうまい脱出ができて、朝鮮に入つて、朝鮮を経由して帰つて来ることができるのではないかというような期待をかけておりましたが、最近中共の介入というような問題によつて、この方面の期待も全くなくなつたような形でございます。従つて、今のところ私どもとしては、いろいろな方面から、正式に中共政府への歎願をいたしております。尚、いろいろな会議がございましたので、それぞれの関係団体にお願いいたしまして働きかけておる。国際的に働きかけて貰つておりますが、とにかく非常に困難な実情にございます。尚、私共が考えております運動の面におきましては、今度宮崎君がいろいろなお考えを以てやつてくれておりますが、それらの運動をいたしたいと存じますが、一段と中共地区の引揚の面につきましても御配慮を頂くようにお願い申上げたいと思います。
#9
○委員長(内村清次君) 次に、海外抑留同胞救出国民運動総本部の宮崎一郎君。
#10
○参考人(宮崎一郎君) 総本部の宮崎でございます。先程来、外務省の武野課長から最近の引揚状況を、留守家族団体の上島氏から残留状況についてお話がございましたので、私は、私どもが今考えております中共地区の引揚対策についてどういうふうに考えておるかということを申上げまして、御参考に供したいと思います。先程来の御説明で大要おわかりと思いますし、又、私どもの先程来のお話とほぼ同様の結論に基いて、次に申上げます中共地区の引揚対策を考えておるものであります。その前にちよつと御報告申上げますことは、国民運動の発足については御承知と思いますが、今年の四月に同胞救援議員連盟が中核となりまして、引揚の現段階的な認識の上に立つて、従来續けられて参りました個々の運動、或いは留守家族のみによる運動を、更に大規模に強力に展開するためにできた運動であつて、御承知のごとく全国各都道府県に、国民運動都道府県本部を設けて全国的な運動の展開を図つておるものでありますが、その立場から、集団的な引揚に関しましては、先程上島氏の御説明にもございましたごとく、朝鮮問題の突発的な発生は、たまたま非常に希望を抱き始めた私どもに、満洲地区における、東北地区における集団引揚に対しましては、その希望を中断されたかのごとき情勢になつたのでありますが、そのことは私どもの認識では朝鮮問題が勃発したが故に今後集団引揚に関しては何ら見通しはないということではなく、消極的な意味で言い換えますと、このいわゆる朝鮮問題が起つてから、いわばそれ程ではないという意味で、一応この希望が中断されておるのであつて、情勢の変化如何によつては、尚又、我々の運動如何によつては、十分その実現を期待し得るのだという希望に基いて対策を考えておるものであります。更に、特に先程の御説明にございましたように、山東附近を中心といたします個別引揚に関しましては、我々の手の打ち方如何によつては、更に多数の個別引揚者を迎え得るという結論に基いて対策を考えておるものであります。中共対策の総合的な面を先ず申上げまして後、個々の御説明に移りたいと思いますが、第一には目下審議を予定されておりまする国際連合の総会におけるその審議に対しまして、更に継續的な働きかけを実施し、尚、その成り行きについて十分な注意を、関心を寄せるということでございますが、御承知のごとく、国連審議は大体情報によりますと、来月中旬頃になると考えられるのでありますが、目下国民運動といたしましては、各都道府県に通牒を発しまして、留守家族団体はもとより、各都道府県の国民運動本部等におきまして、予定されております審議が更に熱心に十分に審議され得るごとく、国連宛に陳情歎願を繰返して行なつておるものであります。
 第二には、中共当局に対する直接的な働きかけでございますが、目下なしつつあるもの、更に今後行わんとするもり、これを総合的に御報告申上げたいと思いますが、私どもといたしましては、直接的に働きかけるために、何らかの形での国民使節の派遣に関してこれが実現を図りたいということを考えておりまして、その具体的な点につきましては、従来個々にいろいろなことを考え、且つ折衝等もしたのでありますが、今後是非ともこれが実現を図るべく努力いたしたいと考えておるものであります。勿論、その実施につきましては、国連の審議の経過と併行して考えらるべきことは申すまでもございません。第二番目には国民の代表としての国会が決議なり若しくはこれが不可能なる場合には、全国会議員、勿論共産党議員諸公も含めた、全国会議員の署名による毛沢東、周恩来等への懇請状を送るということ。その他国民一般の署名運動によつての働きかけ、更には留守家族による働きかけというような項目を考えておるのでありますが、これは先程もちよつとお話に出たかと思いますが、最近の、特に中共地区からの便りの中には、現地から見た国内における引揚促進運動の在り方等についての要望が、断片的にではございますが、しばしばもたらされておるのであります。それを要約いたしますると、間接的に、国内における引揚促進運動の状況等を、彼ら残留者は知つておるけれども、それが現地に直接的に形として効果が現われ得ないという欠陥は、この直接的な働きかけ、つまり国民の意思なり留守家族の意思なりが、留用機関の関係当局者等に十分反映されていないのだ、かような要望が、私どもの手許にある資料によりますと、非常に多いのであります。そこで私どもとしましては、従来行いました国民一般による署名等の外に、現在残留しております個人々々の、何の太郎兵衛がどこの何機関に留用されておる、その人を帰して貰いたいという個々の陳情等をも具体化するために行う必要がある。その方法は、例えば肉親家族が冒頭にその残留せる肉親を記して、その肉親一家族或いは近親等によつて署名を送るという方法、或いは曾つてその人が内地におつた頃出身した学校の学生とか、或いは先生等の、いわゆる学校を單位とするもの、或いは所属した団体、会社等々、そういつた具体的な、抽象的ならざる、具体的な署名運動、或いは部落單位、或いは町村單位、つまり個々の記名をした、残留者を具体的に示した署名、こういうものを併せてやるというふうなことを、具体的な細部に関しては省略いたしますが、考えておるものであります。
 こうした直接的な働きかけの外に、三番目には中共当局への第三者を介しての間接的な働きかけでありますが、これはもう殆んど実施いたしておる、留守家族団体は勿論、国民運動総本部におきましても数回に亘つて実施しております方法でございますが、第一には英国、インド等々の、中共を承認した国を介しての働きかけ、二番目にはローマ法王庁等宗教団体を通じての働きかけ、これはすでに留守家族団体が三年前に実施いたしまして、ローマ法王庁を通じまして中共向けの放送を依頼したことがございますが、その結果、その放送を耳にした中共地区の残留同胞から非常に効果的なその状況の報告なり、そういう通信がもたらされており、更に具体的な効果をも挙げ得ておるのでありますが、こうした働きかけ。
 第三番目には、赤十字社等を通じての働きかけでございますが、先般島津社長がおいでになりました赤十字社連盟理事会にも、留守家族団体等から懇切なお願いをした、その経過等については、後程お説明があると思われますので、これは省略いたします。更に中共関係の経済団体或いは文化団体等々がございますが、現在までにも、相当それを通じての働きかけを実施いたしておりまするし、更に今後はもつと活発に、広範囲に、これを展開したいと考えております。従来までの、特に中共系の文化団体等々への折衝の経過を報告申上げると、非常に面白い問題もございますが、一応省略いたします。その他、労働組合を通ずる働きかけ、これは、先般国鉄の加藤氏がブラツセルで行われました自由世界労連に出席されます際に、これ又、留守家族団体より種々の懇請をいたしましたが、非常に私どもとして喜ばしい効果を挙げ得ておるのでありますが、更にこれは、国内における各種の組織等を通じて働きかけるという方法を強力に進めて行きたい。尚又、印度で行われました太平洋会議には、同様出席代表に対しまして、総本部並びに留守家族団体側からも陳情いたしまして、印度のネール首相その他にも十分この趣旨を訴えて来て頂いたのでありますが、この種の国際会合には余すところなくその手を打つておるのでありますが、更に積極的にこの手を拡大促進して行きたいと考えておるものでございます。次には、残留者に対する働きかけでございますが、先程武野課長の御報告の中にもございました通りに、武野課長の御説明によりますると、例えば、入国許可証が要らないという問題、或いは帰つて来られた人々の帰還の経過、手續の如何によつては帰れるというような問題も、逐次残留同胞の間に拡大して行くであろうという御説明でございましたが、私どもは一歩進んで、残留しておる同胞に対して、こういう経緯で帰つて来た人がいるのだということを積極的に知らせてやる手を用いたいと考えておりまするし、すでに特にその肉親を通じての働きかけをいたしております。更に今後は、ひとり肉親のみでなく、その人が元、勤めておつた会社なり、学校なり、或いは団体なり等々からも、それらの働きかけを十分行い、又ラジオ等を通ずるこの種の働きかけも十分行うことによつて、手續等を知らない、帰りたいが帰る方法がわからない、そのために半ば諦めてしまつておるという人々に対して、喜びと希望を與えてやりたいと考えておるものであります。具体的な例を一つ申上げますと、今年の夏帰つて参りました交通部関係に勤務いたしておりました福岡県の高戸氏が、帰つて参ります際に、その手續が余りにも簡易に帰つて来られたので、出発直前に、自分の知る範囲の残留者に郵便をもつて、俺はこういうことで帰れるのだということを知らせてやつたところが、それを聞いた人が、直ちにその手續をとつて、一人が知らせてやつたことによつてすでに六家族の人々が帰つて来ておる。こういう例もございますので、できるだけこの方法を促進して行きたいと考えております。それからその際、勿論国内におけるいろいろな現状並びに留守家族の窮状、どうしても帰つてもらいたいのだという強い要望等をも併せて行なうべきであると考えております。
 その次には、先程御説明がございました個別引揚者の帰還に要する手續、経費等の、つまり輸送問題に関する解決であります。これは先般来、内閣の引揚同胞対策審議会なり、或いはその他の機会にもしばしば論議されておるのでありますが、私どもといたしましては、原則的には集団引揚が行わるべきであることは申すまでもございませんが、目の前に金があれば帰つて来れる、併し金がないために帰つて来れないという人々が、私どもの手許に判明しておるだけでも約百名、これは先程申上げましたような方法で更に拡大いたしまするならば、相当数の人々がそういう事情にあるということを窺い知り得るのであります。特に機関に留用という形をとらずして、或いは難民生活なり或いは自活生活をしておられる人々の場合には、若しその旅費等が許されるとするならば、帰還についての相当強い可能性を見出すことができるのではないか。つまりこちら側の手の打ち方と並行して考えるとき、相当な希望が持ち得る。持ち得るとするならば、金がないために帰つて来れないという人々に対して、何らかの措置を講じてやるべきであるという見解から、すでに国民運動関係では神奈川県の例でございますが、留守家族団体と国民運動が協力いたしまして、英国の船会社に香港に在留する肉親の帰還船賃を前渡しで拂い込んで、帰還の日を実は今待つておる状況でございます。これはその外にもその肉親がこの金を送つたという例がございますが、この金は勿論帰還して来た人々の事情を個々に検討いたしますると、政府機関等から退職金まで貰つて帰つて来た人々もありますれば、又、私財を売つて金に代えてこれを持つて帰つて来た人々もございますし、その事情は先程の御説明にもございました通り、個々まちまちでございます。併し、私どもといたしましては、この帰還輸送旅費の問題は、当然国家が支出して然るべしというふうに考えておるのでございまして、後ほど併せてお願いを申し上げたいと思いますが、早急にこの問題の具体化を図りたい。尚、このことが具体化いたしますれば、更に巧妙な方法を併せて用うれば、その事実が広く残留同胞に知れわたることによつて、相当な帰還の希望を持ち得るのではないか。原則的には、集団引揚についての先程申し上げました各種の対策を講ずると同時に、この目の前の帰還をし得る事情にある人々の帰還については、よほど真剣に考えてその具体化を図りたいと考えておるものであります。以上、大体申し上げました各種の具体的な工作、細かく羅列いたしますとまだまだございますが、要約して以上申し上げましたことの具体的な効果を挙げ得るために、その裏付として私どもが本来考えております全国的規模における国民的な大運動の展開でございます。先程もいろいろなお言葉に出て来ておりました通りに、ラジオや新聞等の協力が必要でございますし、又留守家族個々がいたします運動そのものにいたしましても、国民的な協力が必要でございます。従来の引揚促進運動の大半は、家族がなけなしの私財を、最も窮迫した家族がなけなしの私財を以つて運動を續けて来たのでありますが、これは当然曾つて日の丸の旗で送り出した我々の責任である。その立場から国民的な大運動が行われなければならない。その国民的な輿論の背景あつて初めて、先程も申し上げましたような個々の具体的な成果を挙げ得ると考えておるものであります。で、今まで申し上げましたことは、これは留守家族個人で行わるべきこともありますれば、又家族団体としてやることもあり、更に国民運動或いは一般の人々の協力によつて行われなければならない面もございますし、或いは国会、政府等が行うべき措置もございまするし、又これらが打つて一丸となつて行わなければならない面もございます。そういういろいろな問題を一応集約的に織り込んだことを申上げたのでありますが、その立場から、私は特に、国会の特別委員会がやつて頂きたいと、私どもがかねて考えておりまする、特に早急に一つ手を打つて具体化して頂きたいと考えておりまする点を、重ねてお願い申上げてみたいと思います。
 第一には目下審議を予定せられておりまする国連総会に対して是非とも何らかの手を打つて頂きたい。先程申上げましたように、家族団体は勿論、国民運動の地方組織を挙げてどうか一つ明快な解決を出して頂きたいという要望を繰返し繰返しこの問題が正式に議題になりまして以来、国連事務当局に送つておるのでありますが、是非とも国会としてもこの問題をお考え願いたい。
 二番目には先程も申上げました中共当局に対して国会として決議なり、若しくは全議員の署名等による直接的な働きかけを是非行なつて頂きたい。
 三番目にはこれも先程申上げましたが、個別引揚者の輸送賃、船賃の問題を、これをも是非とも具体化して頂きたい。
 四番目には政府当局の、私どもから見ますと、極めて生ぬるい点があるのでありますが、国会はその責任においてどうかこれを鞭撻、督励してこの成果を挙げることを期して頂きたい。個個の点については省略いたしますが、そういう希望を私どもは持つております。更にこれを含むところの、これらを含む強力な、先程申上げました国民的な大運動の中核に、国会が勿論なつて頂かなければならないのでありまして、その意味からこの国民運動を推進すべく特に財源、これはいろいろな面に亘るのでありますが、これを解決するために当然国庫支出の問題をお考え願いたい。これは憲法その他の條項を云々して今日まで具体化しておらんのでありますが、例えば、愛の運動の展開について公然と国庫支出が行われております意味から考えましても、この運動の性格上、当然このことは行われて然るべきものであるということ、それから国民輿論の啓発を兼ねて、これはかねてこの特別委員会にはお願い申上げておると思いますが、割増付の特別記念切手を、郵便切手を発行することによつてこの問題を更に推進めて頂きたい。それからこれを含みまするところの問題でございますが、国連の審議の経過の如何によりましては、或いは国連の調査団が来訪するかのごとき情報が一部伝えられておるのでありますが、私どもといたしましては、若し来訪して頂くとするならば、と申しまするよりも来訪して頂くべき陳情を頻りにいたしておりまするが、来訪して頂いたとしまする際に特に重要なものは、いわゆる未帰還資料の調査、整備でございます。この点については政府においてどの程度進んでおるものか、私どもは知ることを許されておらぬのでありますが、止むを得ず国民運動といたしましても、全国各都道府県に通牒を発しまして、甚だ微力ながら留守家族団体と協力して、かねて留守家族団体の持つておる未帰還資料の更に正確を期して、目下懸命にその資料の整備を図りつつあります。で、この問題はひとりこの調査団の来訪の時期に限らず、その後にありまする講和その他の問題等々をも考えまするときに、最も重要な問題であると考えますので、徹底的な正確な資料の整備に関しましても、どうか特別委員会としてもその推進をお図り願いたい。当面の問題として只今申上げたようなことを考えておるのでございまして、国民運動総本部といたしましては、この機会に、更に大々的にこの運動を展開したい。と申しまするのは、ドイツの例を申上げるまでもなく、ドイツでは御承知のように、十月二十六日を捕虜の日と記念いたしまして、当日は国会においてアデナウアー首相はみずから国連に対しての強い要望の決議を両院に諮りまして、更に教会の鐘は鳴らされ、交通機関は十分間停止して、残留同胞の捕虜の安否、安らかなることを析ると共に、労働組合は大きなデモンストレーシヨンをやる等々、まさに国民を挙げてこの問題の解決に立ち上つておるのでありますが、その事実を私ども考えますとき、日本の現状を考えてうたた感なきを得ないのであります。こういう事実を思い合せ、更に更に深刻なる本問題の将来を考えますとき、我々といたしましては、早急にこの問題の解決を図るべく、全力を挙げての努力を期したいと考えておるものでございます。
 当面の対策として以上のごときことを考えておるのでありますが、併せて委員会の皆様がたにお願いを申上げたい点は、今後の、いわば研究しなければならない問題として御決意を願いたいと思うことは、この問題と講和問題との関係でございます。講和の問題が最近その時期熟したるかのごとく諸外国において論議されておるのでありますが、然らばこの問題をどう扱うのかという問題について、私どもは非常に真剣にその検討を續けておるものでございますが、どうかこの問題をお考え願いたい。更にそのあとに残る問題としては、講和においてこの問題がなお解決せざる場合、この問題を一体どうするのかという極めて根本的な問題が残されておるのであります。こういう意味で、この問題も併せてどうか十分御検討をお願いしたい。更にこれは直接中共地区対策と申上げるよりも、これに関連いたしまする消極対策の一部でございますが、留守家族の援護の問題でございます。特に特別未帰還者給與法の適用範囲の問題は、すでに御承知の通りに現認、確認せざる場合には、これが支給が行われない建前に現在なつておるのでありますが、一般邦人と軍人軍属の原則的な立場の相違の論議は一応措きまして、立法の趣旨は、それを越えた立場にあつたと私どもは解釈しておるのでございますが、その立法の趣旨に基いて、当然死亡した或いは支給せざる確実の証拠が出るまでは、当然支給さるべき立法の精神に基いて、これが具体化も併せてお図り願いたい。これも又中共対策の一環として私どもは考えておるものでございます。おおむね、国民運動が、当面して考えております対策の大綱を御報告申上げたのでございますが、どうか後段申上げましたお願いにつきましては、十分な一つ御検討を頂いてその具体化をお願いしたいと考えております。引揚青年を中心として展開しております私どもの日本健青会といたしましても、留守家族団体と緊密な協力の上でこの問題を進めて行こうと考えておりまするし、国民運動に関係しております各種団体は、その立場から着々準備を整えでおりますので、その点十分お含みの上、効果ある対策を是非とも実現して頂きたい。重ねてお願いを申上げます。
#11
○委員長(内村清次君) 次は古田さんにお願いいたします。
#12
○参考人(古田博之君) 私は日本赤十字の古田博之でございます。つい先日モナコのモンテカルロに開かれました第二十一回赤十字社連盟の理事会に出席して参りましたので、その御報告を三つに分けまして、会議へ出発する前に、アメリカ国務省及び国連側から要望されたこと、会議の状況、それから、会議が終りましてから、ジユネーブの赤十字国際委員会の本部へ参りまして、協議しました事項の三つに分けて、御報告申上げたいと思います。
 赤十字社連盟理事会は、一年置きに開催されておりますので、日本赤十字はすでに一昨年、赤十字国際会議の際これに出席しておりますので、今年は実は経費の都合上出席が困難であつたのでありまするが、第一に初めて国際会議に日本が正式の出席委員として、投票権を持つて出席することになりましたので、従来の国際会議に対するオブザーバーとは違つておりまするから、こういう点で折角與えられた特別の特権を行使するという意義もあると考えまして、又それにも増しまして、すでに国民運動となつて八千万全体の大きな関心となつております引揚問題が或いはこの機会に打開されはしないかという大きな希望を持つことになりましたので、経済上の困難を押しまして出席することになりました。私は丁度五月以来アメリカに参つておりまして、セント・ルイスを中心として田舍の方面における赤十字の実情を調査しておりましたので、日本から来る日赤社長と共に二人会議に出席するようにという命令を受けましたから、七月末に中西部方面のアメリカの視察を打切りまして、ワシントンへ帰つて参りまして、関係方面に挨拶をいたして置きましたところが、国務省のミスター・オーバートンという人から電話で呼びつけられました。このミスター・オーバートンという人は、御自分の御説明によりますと、スキヤツプのガバメント・セクシヨンにずつとおつて、その以前、立教大学で教えておつて、非常に日本通であるそうであります。この人は、君がモナコへ行つて引揚問題について仕事をするというお話を聞いたので、アメリカからの注意を申上げて置きたい。オーバートンの御説明を取次ぎますと、只今のお話とやや違つて来る点があるかと思いますが、これはミスター・オーバートンから私に伝えられた意見であるから、そのまま申上げます。ミスター・オーバートンは只今国務省の中で国連との連絡を專門にやつておりまして、国連の、殊に、日本側に関する問題を專門に行なつておる係官でありまするが、オーバートン氏の御説明によりますれば、今回の国連においては、引揚問題に絶対に目鼻をつけたい、あらゆる困難を賭してもこの問題を絶対に解決したいという固い決意を持つておるが、一番問題となるのは、ソヴイエトが途中で退場するとか、或いは拒絶するとか、その他の反抗的の態度に出て来たときには、幾ら決議しても何ら効果がない。従つて、今度の国連においては、ソヴイエトを怒らせないで、彼らの面子を立てるところは十分立て、少しも怒らせないようにして、そうしてこの問題を円満に解決して行きたい、できれば一番希望することは、その状態を確かめるために中立団体、例えば、国際赤十字のような団体を作つて、調査団として中へ入れたいのが目的であるけれども、調査団の派遣を大多数で決議したところで、肝腎のソ連が入れて呉れなければ何にもならないから、ソ連を怒らせてこういう決議をしてもしようがないから、ソ連を怒らせないように方法を講じておる。ついては若し日本側が余りこの問題について国連に向つて騒ぎ過ぎると、こういう困難な問題が出て来る。国連憲章の百七條であつたと思いまするが、国連は旧敵国側からの提訴によるものを受入れて審議しない、こういう意味を含んだ條項が記載されておる。従つて日本は技術的にはまだ敵国であるから日本側が余り騒いだときに国連がこれを取上げると、日本側の提訴によつてこの問題を提出したという事実上の解釈に従つて、ソ連がこれを却下する力を持つておる。これに引つかかりたくない。だから国連としては今度のは終戰後五年に及んでもまだ故国に帰れないという人道的の立場々らが一つ、更にポツダム宣言の違反という点が一つ、この二つによつて国連独自の立場からこれを進めて行くのであつて、この二つによつて進んで行きたいから、君たちがモナコに行つた場合もそうであるが、すべての場合に無暗に宣伝的に騒ぐような態度は一切避けて貰いたい。国連の総会では、日本の外務省或いはその他から来て貰つて、数字その他の説明は受けるけれども、恐らくこれは総会で説明するというようなことは一切避けて、委員会その他で事実を確かめるという意味の説明を聞くだけで、日本側というものはできるだけ表面に立てたくない、これが今の国連の方針である。なおこの提出時期は、朝鮮が大体片付いてしまつてから提出したいと思つておるから、恐らく君がモナコの会議を終つて帰つて来てもまだ提出していないだろうと思うから、こういう方針に従つてモナコで活動されて、帰つて来たら一応結果を報告して貰いたい。以上がミスター・オーバートンの注意でございました。
 従つて私は日本出発以来、長くなつておりましたので、インドを経由してヨーロツパから日本へ直接帰りたいと思つておりましたが、予定を変更して、再び引返して、その状況を報告して参つたのであります。こういう注意の下に、私どもは、勿論宣伝的に騒ぐ気持も何も持つておりませんでしたが、途中島津社長と一緒になりまして、二人でモナコへ参りました。モンテカルロにおける会議は、十月九日から二週間行われましたが、最初の一週間は委員会でございまして、赤十字のいろいろな分野を委員会で検討いたしまして、それを十六日からの総会にかけたのでありますが、委員会に出席する間中、どういうふうに手を打つべきかということを相談しておりました。ソ連及び中共赤十字が出て参つたならば、その様子によつていろいろ手を打ちたいと考えておりましたが、残念なことに、委員会の一週間の間は、ソ連も中共も出席して参りませんでした。中共赤十字代表はチエツコスロバキアまで来ておるという電報は入つておつたのでありますが、査証その他の問題でモンテカルロに進むのが困難であるから援助願いたいという電報が来て、早速ジユネーブからその手配を講じたままで、返事がないまま、ソ連赤十字は出席するとも出席しないとも言つて来ていなかつたのであります。従つて、最初の一週間は、我々が連絡できる限りの英国、フランス、ベルギー、トルコ、スイス、スエーデンというような国に対しまして、この問題をどういうふうに取上げるかわからないけれども、若し正式の総会で論ずる場合があつたら、どうか支持して貰いたいという意味でいろいろ事前工作をいたしました。そうして十分なる了解を得て参つておつたのであります。十六日の総会の初日に出席して見ましたら、会議にソ連代表が六名、中国赤十字代表五名が着席いたしておりました。昨晩遅く到着したというような挨拶でありました。その初日に、中共代表から一言挨拶をしたいからと言つて立上りました。首席の代表が御婦人のかたで李徳昌というかたでございます。この人は中共政府の保健大臣であります。そうして赤十字社の社長を兼ねておりました。この人が立上りまして、劈頭に、今まで日本の帝国土義に苦しめられておつた中国の国民は、更にそれに引續いて蒋介石の封建的軍閥に苦しめられておつたけれども、漸く解放されて、今幸福の境地に達することができた。すでに食糧も自給自足ができ、綿も云々、こういうような非常なる宣伝演説を行いました。そうして五名とも非常に固くなつて敵地に乗り込んで来たかのような固い感じを以て坐つておりますので、取り付く島もなく思われました。
 續いて議事に入りましてから、ソ連の赤十字代表が立上りました。赤十字社連盟の目的のところに一句挿入したい。それは赤十字社連盟は、各国の政府が戰争に際して、原子爆弾を使用しないようにせしめるということを赤十字社連盟の目的にしたいという提案をいたしました。更に、その目の審議ではありませんでしたけれども、後に審議すべき要目の一つとして、北朝鮮におけるアメリカ空軍の非人道的爆撃を直ちに停止するよう、この理事会から勧告したい。こういう提案を書面で配りました。非常に当初から空気が甚だ赤十字らしからぬ政治色を帶びたものになつて参りました。これはついででありますから申上げますが、米国赤十字代表が、こういうことを論ずることは赤十字本来の使命を害するものであり、政治と宗教、或いは国境を超越して、そうして人類のために盡さなければならない赤十字にひびが入る虞れがあるから提案を撤回してはどうかという意見に、ソ連の代表が直ちに同意しまして、私が間違つておつたかも知れないを言つて引下げましたので、それは問題にならなかつたのであります。初日からそういう空気でありますから、初日、二日、三日と私どもはまだこの問題は日本赤十字の提案として理事会の決定にすべきか、或いは個々に折衝して助力を得ようかという点に迷つておつたのでありますけれども、その間に、いろいろ提議が出て参りまして、ヨーロッパで一番問題になつております三つの大きい引揚事件、ギリシヤの三万人の子供が鉄のカーテンの向い側に散らばつておつて帰つて来ないという事実、パレスタインの避難民事件、ドイツの俘虜抑留者の問題、この三つの問題がこもごも論議されまして、いずれも提案者の提案する通りに可決はされましたが、投票の工合を見ておりますと、いつでも、例えばソヴイエト、中共、ルーマニア、チエツコスロバキア、ユーゴースラビア、ポーランド、ハンガリー、こういうような国々は反対の投票をいたしております。反対の投票のままに大多数で押し切つておりますから、そういう場合の決議を日本側が出しても、同じくそれが国と国との問題として論議されましたら、この六ヶ国が反対することは眼に見えておりますので、この六ヶ国が反対しても大多数で押し切つて決めて見たところで、何ら実際の効果が挙りませんから、私共は危險を冒しまして、これは我々の総会の問題としないで、個々に折衝しようということに決心したのであります。危険を冒しまして……と申しましたのは、理事会に正式にかけて、決議さえ通りますれば、私どもはそれを持つて何らかの日本へのおみやげになるのでありますけれども、個々に折衝して撥ねられてしまつては、家へ持つて帰るみやげが何にもないのであります。けれども、オーバートンの注意もありますし、なまじそういうことに拘泥しておつては、折角の効果がない。名前だけ持つて帰つてもしようがないから、玉碎する決心でもいい、個々に話してみようということに島津社長と一決いたしました。その間に事前工作といたしまして毒にも薬にもならないようなものがいろいろ論議されました場合には、成るべくソ連側の提案にも賛成するし、大体の表決は手を挙げることによつて行われておりましたが、見ておりますと、会の工合が私の直ぐ前に背中を向けて中国代表が坐つておりました。私の背中を睨んでソヴイエト代表が坐つておるのであります。それで、見ておりますと、チエツコスロバキアとかポーランド、ハンガリーというような国は手を挙げるべきか挙げざるべきかという決定を、先ずソヴイエトの方を見まして、ソヴイエトが手を挙げれば挙げる、挙げなければ挙げないという、その理論に構わない一心同体の態度をとつておりますので、その意を迎えるのは甚だ残念ではありまするけれども、日本側として毒にも薬にもならないような場合には或いは英米側が賛成しておることでもソヴイエト側が反対だと思つたときには、私どもも反対するような態度をとつて、そうして極力親しみを増そうといたしました。国際会議でありますから、晩は殆んど毎晩、例えばモナコの国王の招待とか、大臣の招待その他で、殆んど毎晩ダンスとかカクテルのパーテイ、夕飯会などがございまして、そういう場合でも成るべくそういう連中に近づくようにいたしておりますが、中共代表は初めの三日間はどんな席上でも自分たちだけでかたまつておりまして、誰が行つてもずつと逃げておりました。私どもが近づいて、今日は暖かいですね、と言つても、暖かいですねと言い終らないうちに向うへ行つてしまうという状態でありました。甚だ空気がまずいと思つておつたのでありますが、三日目頃からだんだん赤十字の空気になじんで参りましてやわらかになつて参りましたので、三日目の晩に丁度招待がありまして、カクテル・パーテイヘ行つておりましたときに、近づいて中共側に晝飯を一緒にして、どうせ隣り合つている国で将来いろいろ力にならなきやならないから、晝飯を食べながらお話をしようじやないかという提案をしたのであります。向うでもそれに乗つて参りましたが、いろいろ晝飯を約束しておりまして、うまく参りませんので、その話は成立しなかつたのでありますけれども、それは成立しなくてもいいが、日本人が多勢まだ中共側に残つておるのは日本人としては非常に大きな問題であり、殊にその中には赤十字の看護婦さえも三百三十二名も入つておるので、こういう者が帰つて来ないと、将来赤十字の事業の発展にも非常に差支えるし、御承知の通り赤十字の看護婦はこういう場合には一番先に帰る資格を持つておるのだから、世界的赤十字の権威にも関するし、尚、その外に一般日本人が帰らないということは、その家族ばかりでなく、日本全体の問題になつておりまして、是非暴力して貰いたいという要旨を率直に申入れました。中共側の代表はその日は確答いたしません。いずれ考えておく。こういうような生ぬるい返事でありましたから、悲観しておつたのでございます。續いてソ連の赤十字代表に対しましては、私のフランス語では甚だあやしい。ソ連の赤十字代表はパシコフというモスクワ大学の教授で古い赤十字委員でありますが、これは英語が話せませんので、止むを得ずポーランドの赤十字代表が英仏とも非常に達者でありましたから、これを通訳に依頼いたしまして、ポーランド代表に私の英語をフランス語に直して貰いまして、そうしてパシコフと向い合つて、三国の赤十字代表で以てお語いたしました。ソ連に対しましては、すでに残留同胞の数の問題で相当深刻な問題ができておりますから、我々がすでにソ連の政府が打消しておる問題を数の点から取上げては、パシコフ博士の立場が甚だ困ることになるだろうと存じまして、そういう問題に触れずに赤十字本来の立場から赤十字通信を許して貰いたい。まだ相当数の日本人が残つておるから、これに対して私のほうから用紙は届けるから、その用紙によつて赤十字通信を許して貰いたいという提案をしたのであります。赤十字通信は御承知の通り戰時の俘虜に許されておる特権でございまして、これによつて郵税等も拂わずにその用紙を使つて一定の通信ができることになつておして、終戰直後にはこれが行われておりまつたのでありますが、その後、来なくなつたのであります。従つてこれを復活さして頂きたいとお願いしました。同じく、中共代表も一応考えさして貰いたいという意見で、その日は確答がございませんでしたが、それから二日ほど過ぎまして、もう中共側とソ連側との相談も済んだ頃だと思いましたので、再び近付いて参りまして、中共側にお願いした返事か聞きましたところが、李徳昌夫人の次の首席を勤めておりました、漢字は知りませんがデインチヤオという非常に英語の上手な男の代表が、あれは相談をして見たが、勿論我々のやらなければならない仕事であるから全力を挙げてこの仕事をすることに決定した。ついては御承知願いたいのは、中共の赤十字、あすこは紅の十字と言つておりますが、紅十字ではそういうことは今まで全然知らなかつたので放置しておいたのであるが、今、幸いこのことを知つたから、幸い私の方の社長は政府の大臣でもあるから、今度帰つたら強硬に政府にこの要求を出して、そうして日本人が直ぐ帰れるように全力を盡して計らうつもりであるから、御安心願いたい。こういうお話がございました。續いて、これに勢いを得まして、ソ連のバシコフ代表に会いましたところが、非常に初めから機嫌がよくて、従つてこれは中共と打合せた結果と思いまするが、葉書の件は勿論承知したから直ぐ葉書をよこして貰いたい。日本人がいると思われる所には全部これを配付する。尚、この外に私どものできることかあつたら、何でも御相談に応ずるから言つて貰いたいという話でありましたので、それにつけ込みまして、それでは漠然とした安否調査では困るだろうから、少くとも、私達が確実な証拠によつて、例えば戰友がそこで見て来たとか、一度通信があつたとかいうような手がかりによつて、終戰後ソ連領内におつたということがはつきりしておる者だけはリストを作つて送るから、全部の安否調査を行なつて貰いたい。非常に大きな仕事であるけれども是非頼む、というふうに申出でをしましたところが、それも引受けた、一切やつてやるから急いで言つてよこすように、こういう話でありまして、この二ヵ国の代表は、快く私どもの申出を承諾してくれたのであります。
 續いて私どもはこの会議の一番大事な使命を果しまして、ジユネーブに参りまして、赤十字国際委員会の本部を訪問したのであります。赤十字国際委員会は御承知の通り、戰時に敵味方の区別なく、勿論絶対中立で、敵味方というものではなしに俘虜の引揚その他の仕事を行なう義務を持つております。ここのリユーガーという会長は、日本赤十字を昔から非常によく知つておる人でありまして、私どもの到着した際にも、私はともかく島津日赤社長は一つの国家の赤十字の社長でありますから、赤十字の社長に対する礼儀を以て屋根の上に旗を掲げ、玄関に整列して出迎えて、貴賓室に通して、立上つて正式の歓迎の辞を述べるという歓迎の仕方でありました。私どもの目的は外には何もなくて、要するにソ連の引揚を援助願いたいのであるといういろいろな詳しい書類を提出いたしまして、それに関する説明を細かに行いました。数時間かかつてこれを終つたのであります。その前に赤十字本社のほうからもすでに一応の書画は行つておつたので、事情は大体承知しておりましたけれども、この説明を聞いて更に、これは私どもが一生懸念で今後やるから信頼して貰いたいという話があつたのであります。
 ジユネーヴを辞して私どもが帰つて参ります途中、私は少しくたびれましたのでアメリカを経由して船で帰つて参りました。船の中で電報を見ますと、リユーゲルが謎のような用務を帶びてモスコーへ飛んでおるのであります。このモスコーへ飛ぶ前、私どもがお目にかかつたときにも、或いは国連側から調査団の依頼があるかも知れないが、国連から依頼されてもソヴイエトが容れてくれなければしようがないが、容れてくれるなら勿論喜んで行くということを言つておりましたが、不意にモスコーへ飛びましたので、どの新聞を見てもどういう用務を帶びて行つたかということは言つておりませんけれども、リユーゲル会長は少くとも私どもの話したことだけはよく承知しており、それが頭に残つておりまするから、モスコーに到着して機会がありましたならばこの問題は必ず論議されたものであると信じまして、只今、日本の赤十字社長から私信を以てこの会長に宛てまして、この件が若し発表できなかつたら内密の話として自分の肚だけに留めて置くから様子を聞かしてもらいたいと言つて私信で照会しておる次第であります。中共赤十字及びソ連赤十字がこの引揚を引受けたということは、すぐ引揚を実行するという意味ではございません。これは政府機関ではございません。国民の機関でございますから、政府にどれだけの力を持つておるかということが一番の問題でありますが、少くともないよりはよかつたものと思いますし、殊に昭和二十二年日本赤十字がソ連赤十字に対して盛んに引揚を懇請しておりましたときに、二十二年の二月二十一日附を以て、ソ連赤十字から手紙が参りました。いろいろ言つて来た件は当方において努力しておつたが、近々引揚を始めることになつたから安心して貰いたい、家族のかたにも伝えて貰いたいという手紙が参りまして、その後、間もなく、実際に引揚が開始されました事実に鑑みまして、ソ連赤十字の力も決して軽視すべきでない、或る種の力を持つておると信じますので、これがいいほうに向つてくることを希望しておる次第であります。
 ながながと申上げましたが、以上島津日赤社長と私とがモンテカルロの会議におきまして中共とソ連の赤十字に交渉いたしました一切でございます。
#13
○委員長(内村清次君) 以上、説明を聽いたわけでありますが、皆様がたは何か御質疑がありますか。
#14
○兼岩傳一君 ちよつと今の最後に話されたあのリユーゲル会長というのはどういうかたですか。
#15
○参考人(古田博之君) あれは赤十字国際委員会の会長でございます。赤十字国際委員会というのは、絶対中立を保つためにスイス人だけで委員会を作つておりまして、これはスイスが永世中立のためにほかの国を入れないで作つておる、戰時に活躍する中間機関であります。
#16
○兼岩傳一君 会長さんですね。
#17
○参考人(古田博之君) 会長でございます。
#18
○小酒井義男君 上島さんにお尋ねしたいのですが、先程、御報告になりました推定の在留の人員でございますね、これは軍人、一般邦人も加えたものですか、どういう数字なのですか。
#19
○参考人(上島善一君) 軍人、一般邦人も加えたものでございます。
#20
○小酒井義男君 外務省のかたにお伺いいたしたいのですが、外務省のほうで御調査になつておる一般在留邦人の数字というのは、大体どの程度になつておりますか。
#21
○説明員(武野義治君) 私どものほうはいろいろ調査はしておりますが、軍人、軍属全部入れまして六万三百十二、こういう数が今のところ最低のものと考えておりまして、その内訳については申上げられないのでございます。
#22
○兼岩傳一君 僕も上島氏にちつとお尋ねしたいのですが、あなたの発表された数字はどういう方法で調査したもので、どういう程度の信頼性を持つてよろしいか、ちよつと御説明願いたいと思います。
#23
○参考人(上島善一君) ずつと引揚の経過から見まして、従来内地に帰つて参りました人から直接に文書によつて得た報告等を総合しまして、各団体が中共の最後の引揚まで、相当に調査が進んでおりましたので、そうした数字を総会いたしまして、こういう、今申上げました数字が出たわけでございます。
#24
○兼岩傳一君 書面で、一つあとで……。あなたのお話によると大分信頼できるようにおつしやいましたが、そのような簡單な説明でなくて、あとで書面でも結構ですから、委員長のほうに、私どもが常識で納得でき得るように、一つ一つの、満洲では一般市民二方八千、中共軍では一万一千乃至二方二千、これが三万とおつしやつた。それらの信頼性について、一つ御証明願いたい。できるものだけは御証明願いたい。それから、これは信頼できるかどうかという事実をお聞かせ頂きたいと思います。その信憑性について我我が判断できる資料を委員長のお手許に御提出願いたいと思います。
#25
○委員長(内村清次君) ほかに御質疑はありませんか。
#26
○兼岩傳一君 私は、この前の委員会のときに、すべてのこの問題の、一つの最も大切な基礎は、今各位の言われたのと全く一致するのですが、何人という日本側の信頼し得べき数字ですね、一体、その留守家族というものが、例えば、国連の調査団が来られたつて、架空な話では話にならんので、やはり我々として数字というものが要るということは、やはり皆さん皆おつしやいましたが、その点、二番目のかたから特に明確に言われたのですが、その点につきましては、私、先国会からの、この委員会が開始して以来私が繰返し主張したところなのに、この「帰還促進だより」を見ますと、「特に我々を憤慨させたのは、過日の国勢調査カードの記入欄に、旅行者を暫く欄はあつても、在外同胞を書き入れる所はない。日本国家は海外同胞を国民の中に入れてないのだ。政府の此の態度は完全に見殺しにしている正確なる証拠である。」これは、私は繰返し繰返しここにおられる外務政務次官と思いますが、繰返し私は要求して置いたのに、これをしなかつたことは私は非常に遺憾だと思います。従つて次の委員会はいつやられますか。
#27
○委員長(内村清次君) まだ御相談しておりません。
#28
○兼岩傳一君 次の委員会に私は外務大臣の出席を要求いたします。
#29
○説明員(武野義治君) 只今の国勢調査の件は、御承知のように統計法に基きました三十三項目の調査というものの中には、たしか二項目は存外同胞に関連した事項がございました。未引揚者の調査につきましてはあれと並行いたしまして統計局のほうの御協力を得まして調査を実施いたしました。従いまして只今の御疑念は、その意味では御解決願いたいと、こう思います。
#30
○兼岩傳一君 何もその説明では解決しませんね。
#31
○説明員(武野義治君) 国勢調査をやつておりますから……。
#32
○兼岩傳一君 いつどういうふうにやつたか。
#33
○説明員(武野義治君) 十月一日の国勢調査に関連いたしまして、各戸別訪問をいたします調査員が、各家庭における御家族なり御親戚の未引揚者を御報告するということになつておりまして、従つて、それは現在調査の関係方面で收集中のことと思います。
#34
○兼岩傳一君 どういうわけで国勢調査でやつては悪いですか。あなたから説明を受けなくてもいい。あなたで説明ができなければ総理でもいい。国政の最高責任者から、どうして国勢調査ではできなくて、そのような方法がいいか説明を聞きたい。若しあなたが明確に知つておられたら明確に説明して頂いても結構です。
#35
○説明員(武野義治君) 私の知る限りでは統計法というものがきまつておりまして、あの統計法に基きますると、国勢調査というものは事後において利用する場合は全部数字だけを引用されるのでございまして、未引揚者というものの調査は、本来の統計法に基くあの国勢調査によるということは、その数字から言つて必ずしも合つておらないということを私は主張しておりました。ですから、直接的には法律的の規定がこの未引揚者の調査を引用できないように私どもとしては解釈しておりました。
#36
○兼岩傳一君 僕はそういう小手先の理窟では納得できません。はつきりと、この問題をこの委員会としても、私個人でなくて委員会でも、皆さんが僕のそれに対しては全員が殆んど御賛成であるし、当然、基礎をはつきりとさせるということが、どういう交渉をするにも必要なのであります。是非一つ、委員会でこの問題を国勢調査でなぜできなかつたかという、理窟と実際との両面からの詳細なる実情、それから、只今それに代るものとして何か行われておるらしいのですが、それはどういう方法でどういうふうにされて、どういう結果がいつ頃集まつて来るかという、そういうことも詳細に、この次の委員会に聞けるように、委員長と事務局において、お手配下さることを希望いたします。
#37
○千田正君 今、兼岩君からそういう要求がありましたが、兼岩君と同じように委員会は幾度となく未復員者或いは特別未帰還者の数がとかく問題になり、而も確実なるところの資料がない。あつてもそれはいろいろな国際問題を惹き起す結果かどうか知らんが発表になつておらない。いずれにしても正確なるデータを必要とするということは、前々からこの委員会が取上げて要求しておつたのであります。只今、外務省の引揚課長からの御答弁によるというと、それは、統計法に基く国勢調査のためにその項目は載せることはできなかつた。併しながら、特に協力をお願いしてあるから、その資料は收集されるであろうという御返事でありまするが、現実においては、これは完全なる資料は恐らく取れないだろう。なぜかならば、我々の家庭に訪問して来たところの国勢調査員一人として、未復員者或いは引揚者に対して聞いたことは一人もありません。隣り近所を聞いて見てもない。恐らく今日ここに来ておられる引揚者の代表者から聞いてもわかると思いますが、調査員一人として引揚問題について、未引揚者が何人おるか、未復員者が何人おるかということを家庭訪問において聞いた者は一人もない。こういう事実を我々が考えたときに、果してそれならば国勢調査以外に、外務省なり或いは厚生省なり総理庁なりが、然らば何を以て正しい日本のいわゆる未引揚者に対するところの資料を入手しておるか、その点だけを特に私はお答え願いたいと思います。
#38
○説明員(武野義治君) 只今御指摘の点は、私どもといたしまして、あの十月一日の調査に関連いたしましてやりましたが、何分国勢調査の三十三項目につきまして、非常に調査員の講習その他、非常に負担の大きい調査でございましたようで、私どものほうも、お願いいたしましたこの調査が、或いは、その調査員の中には洩れておるかたがあるかと、実はその点を只今の御質問によつて考えられるのでありまするが、とにかく各府県においても、統計局においても、極力この問題は調査員に徹底させる、この努力を惜まぬからと、こういうことでございましたので、私どもといたしましても、この調査に相当期待をかけておる次第であります。勿論、この調査以前に、復員局でも、外務省でも、鋭意引揚者から、或いは従来留守家族の届出等によりまして、極力調査しておりました。いわば今度の国勢調査に関連したこの未引揚調査は、補充的に極めて有力ではありまするが、従来の調査に補充されるものでございまして、私どもといたしましては、こうした全般的な相当努力したこの調査につきましては、予算とか、その他いろいろな制約がございますが、その枠内では、最善の努力をやつて参つた次第でありまして、不確実な点とか、或いは、まだ調査洩れの点というものは、これは最後までなくならないわけでありまして、併しながら、それまでに非常な努力によつて調査を進めているということを、御了承願いたいと思います。
#39
○千田正君 外務省は、特にこの問題について非常に愼重な立場で臨んでいることは、我々もよく承知しております。復員局の点におきましては、すでに一応の資料が整つておるように承つておりまするが、一般邦人に関するところの引揚者に対する数の確実という点においては、非常にまだ、暗中摸索の点があるのではないか。我々からすれば、そう考えられるのであります。なぜかならば、恐らく本日ここに参考人としておいでになつておるところの、全国引揚促進の各団体の代表者がよく御存じの通りでありまして、こういう人達が何故に今日まで、こうやつて我々の所に陳情し、或いは関係筋に歎願しておるかということは、その数さえも確実に把握できない。でありまするから、恐らく外務省としても十分なことは御考慮願つておるとは思いまするけれども、先程の国勢調査、いわゆる国が挙げて国力の調査をする場合に際しても、十分なるところの予算がないから手が廻らないということであれば、なお更外務省一省が、特に引揚問題に対するところの調査をするという場合には、どれだけの予算を組めるか。一体然らば、現在外務省は未だ引揚げざるところの邦人の調査のために、現在どれだけの予算を提示しておられるか。その点をお伺いいたしたいと思います。
#40
○説明員(武野義治君) 予算に関しまする詳細な資料を私持つて参りませんでしたが、只今まで、私の所では三千百万円乃至三千三百万円の程度であろうかと存じております。問題は、各府県に対する委託費の問題でございますが、そうした点につきましては、当初予算に加えまして、関係省の特に御了解を頂きまして、逐次増額をしておるというように、努力は絶えず續けておりますので、とにかく事務当局といたしましては、最善の努力をやつております。
#41
○千田正君 そうしますと、大体のところ、どれくらいの日数において、国内におけるその情勢、あなたがたが調査する結果がおわかりになると思いますか。先程は、国勢調査の資料を只今調査整理中であると、なおこれに加えて、外務省が従来とつて来たものを一歩前進して更に調査を進めると、三千一百万円という予算を置いて、そうしてあの国勢調査の側面から、更に外務省の立場からお調べになつておるようでありますが、それが総計されて大体確定するところの数が判明するのはいつ頃になるでありましようか。これは一日も早く国民の知りたいところであり、殊に留守家族としては、今でも知りたい問題だと思いまするから、お差支えがなかつたならば、一体それを発表できるのはいつ頃であるか。この点について引揚課長からの御返事を頂きたいと思います。
#42
○説明員(武野義治君) 数字の整理に当りまして、やはり国勢調査の中間的ないろいろな調査の結果を見ましても、具体的に、相当我々が要求する詳細な資料が出揃うまでには、まだ数ヵ月は要するものと思います。いろいろ最善の努力はいたしておりまするけれども、やはり調査が進むに従いまして、そういつた従来不明であつた点も、だんだんにわかつて来るということも少くないのでございまして、およそ完全な資料はどうだと言われますと、お答えいたしかねる次第でございますが、とにかく、できるだけの我々のそういつた予算的或いはその他の與えられた範囲における最善の努力はいたしまして、できるだけ早い機会に、この調査の結果を取りまとめて行きたい。こう思つております。
#43
○千田正君 外務省の御答弁はわかりましたが、然らば、引揚援護庁の当局にお伺いいたします。只今、国際連合に伺つて日本の政府から、或いは向う側のいろいろな同情ある御好意によつて、日本からも三人の代表者が行つて、この引揚事情についていろいろ折衝されたように承つておりまするが、最近各新聞の報道するところによると、或いは国連が取上げた場合においては、現地調査団を派遣するやも知れないと、若しくは現在その問題を掲げておるところの日本、ドイツ、或いはオーストリアに対しても、調査団が来ていろいろ調査されるであろうというようなことを、しばしば新聞で見受けまするが、いつのことかわかりませんけれども、若しも年が明けて、或いは二月、或いは三月というような近い、余り遠くない機会に、そういうような調査団が日本へ向けて参られた場合において、日本政府といたしましては、如何なる答えを以てそうした問題に対する数の問題、或いはその他の問題に対してお答えするだけの資料を持つておるか、具体的な資料のお持合せがあるかどうか、その点を一応お伺いいたしたいと思います。
#44
○説明員(田邊繁男君) お答えいたします。国連調査団が来るかも知れないというお話でございまするが、かような場合においての日本政府側の調査資料といたしましては、引揚援護庁といたしましては、外務省とも十分連絡をとりまして、引揚援護庁としての必要な資料、これは数だけではございません、引揚問題全般に亘つての必要な資料を集めるように準備しております。
#45
○委員長(内村清次君) 先程、兼岩委員から、関係責任者の出席を次回の委員会に要望されましたことにつきましては、委員長といたしまして、そのように取計らうことにいたします。この問題はこの委員会の本質的な問題でもありますからして、今日の各報告を受けましたことを中心といたしまして、又いろいろ皆様方の御意見を聞かなくてはなりませんが、次の委員会でやるということにいたしたら如何でありましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#46
○森崎隆君 時間の関係で、できましたら閉会して頂きたいと思います。但し、この問題が次の委員会で、やはり中心問題として討議されて頂かなければならないと思いますので、これは一つくれぐれもお願いいたします。
#47
○小酒井義男君 散会になる前に、折角今日お忙しいところを出て来て頂いたので、もう一つお尋ねしたいと思いますが、よろしうございますか。
#48
○委員長(内村清次君) どうぞ。
#49
○小酒井義男君 実はいろいろ新聞なんかを見ても、技術者なんかは現地で相当優遇されておるというようなことを聞いておるのです。従つて、どこに何人いるといつても帰る意思のない人が私はいるのじやないかと思うのですが、そういう点について御調査になつた結果で、何か資料があつたらお答え願いたいと思います。
#50
○説明員(上島善一君) 今の現地で相当の待遇を受けておつて、帰る意思がないのじやないかというようなお話でございますが、私どもの考えでは、こちらで待つております家族の考えからいたしますれば、待遇は問題でないのであります。早く帰つて貰いたいということであります。この点ははつきりとお考え頂きたいと思いますことと、もう一つ向うで相当の待遇を得る人も実は早く帰つて来たいのです。その点は最近ハルピンから参つておりまする、向うの人達の気持は、向うの人達の言葉でいいますと、いかなる進歩主義者でも、いかなる民主主義者でも、現在において帰国したくないという者は一人もない、かようなことを率直に手紙で申しておる。それらの材料も後から委員長のお手許に写しを出します。さように申しておりますから……。
#51
○兼岩傳一君 折角お願いして委員長でおはからい願えるのですから、もう一度、私の明らかにしたい点は、どうして国勢調査でそういうできる機会を捉えなかつたかということの技術的な説明、並びに最高責任を持つて、我々全員が納得できるような説明が欲しいということが一つ。それから、それに代つて、及びそれに並行してやつておるところの調査というものが、具体的にどういうふうだということが明確に説明できる人、それで両者の二つの方法において、前者をとらないで後者をとつた結果、一層明確にこの問題ができるということの説明できる責任のある最高の方、そういう観点で、私一人でなくて、委員の全部が納得できるような実際の衝に当る方と、それから最高責任の面と両点から聞きたいと思います。
#52
○委員長(内村清次君) 承知しました。
 それでは以上をもちまして今日の委員会を散会いたしますが、先程お約束いたしましたように、旧軍債権の問題につきまして大蔵省の方から係官の方が見えておりますから、どうか懇談会の意味で續行いたしたいと思います。よろしくお願いいたします。
 それでは委員会は散会いたします。
   午後三時五十四分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     内村 清次君
   理事
           大谷 瑩潤君
           高良 とみ君
           紅露 みつ君
           千田  正君
   委員
           草葉 隆圓君
           安井  謙君
           小酒井義男君
           森崎  隆君
           杉山 昌作君
           木内キヤウ君
           兼岩 傳一君
  説明員
   引揚援護庁援護
   局長      田邊 繁男君
   外務省監理局引
   揚課長     武野 義治君
  参考人
   日赤報道部主幹 古田 博之君
   引揚促進全国協
   議会事務局長  上島 善一君
   海外抑留同胞救
   出国民運動総本
   部       宮崎 一郎君

ソース: 国立国会図書館
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