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2000/11/15 第150回国会 参議院 参議院会議録情報 第150回国会 国民生活・経済に関する調査会 第2号
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2000/11/15 第150回国会 参議院

参議院会議録情報 第150回国会 国民生活・経済に関する調査会 第2号

#1
第150回国会 国民生活・経済に関する調査会 第2号
平成十二年十一月十五日(水曜日)
   午後一時一分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         久保  亘君
    理 事
                加納 時男君
                佐藤 泰三君
                竹村 泰子君
                但馬 久美君
                畑野 君枝君
               日下部禧代子君
    委 員
                岸  宏一君
                斉藤 滋宣君
                清水嘉与子君
                長谷川道郎君
                日出 英輔君
                佐藤 泰介君
                柳田  稔君
                和田 洋子君
                藁科 滿治君
                沢 たまき君
                山本  保君
                西山登紀子君
                大渕 絹子君
                戸田 邦司君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        白石 勝美君
   参考人
       愛知淑徳大学文
       化創造学部教授  小倉千加子君
       財団法人日本青
       年館結婚相談所
       所長       板本 洋子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国民生活・経済に関する調査
 (「少子化への対応と生涯能力発揮社会の形成
 に関する件」のうち、未婚化、晩婚化が進む中
 での若者の結婚に対する意識について)

    ─────────────
#2
○会長(久保亘君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。
 国民生活・経済に関する調査を議題とし、少子化への対応と生涯能力発揮社会の形成に関する件のうち、未婚化、晩婚化が進む中での若者の結婚に対する意識について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、愛知淑徳大学文化創造学部教授小倉千加子君及び財団法人日本青年館結婚相談所所長板本洋子君に御出席いただき、御意見を承ることといたします。
 この際、小倉参考人及び板本参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 両参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております少子化への対応と生涯能力発揮社会の形成に関する件のうち、未婚化、晩婚化が進む中での若者の結婚に対する意識について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず小倉参考人、板本参考人の順にお一人三十分程度で御意見をお述べいただきました後、二時間程度各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。
 質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくようよろしくお願いいたします。
 なお、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、小倉参考人からお願いいたします。
#3
○参考人(小倉千加子君) 小倉千加子でございます。
 きょうは、晩婚化のお話を聞いていただけるということでやってまいりました。常日ごろ、エンゼルプランを初めといたしますこの国の少子化対策に疑念を持っておりましたので、ぜひともその辺のところをこういう公の場で意見陳述させていただきたいと思ってやってきました。
 結論から申しますと、日本で今進行しております少子化の原因は晩婚化に明らかにあります。にもかかわらず多くの少子化対策は既婚女性を対象に行われている、そのためにおおむね功を奏さないのだと私は考えております。
 日本は、世界の先進国の中で有数の婚外子出生率の低い国であります。婚外子は生まれてくる子供の中でわずか一・一%。これはスウェーデンで七〇%、フランスでも四〇%などという非常に高い数値と比べますと異様に低い数字でありまして、言いかえますと、日本は、結婚は子供を産む上で必ず必要である、子供ができてしまうといわゆるできちゃった婚という形で急に入籍する、そういう傾向が非常に強い国であります。であるからして、結婚率が上昇しなければ子供の数がふえないわけであります。
 現在、妊孕性、つまり肉体的に出産可能性のある女性、二十代から三十代後半ぐらいまでの女性の晩婚化もしくは非婚化という傾向が年々強まっております。
 資料として配付させていただきましたけれども、その項目の一に「平均初婚年齢の上昇」という項目がありますけれども、この統計は一九二五年、大正十四年に開始されて以来、年々数字が上昇しておりまして、現在女子の全国の平均初婚年齢は二十六・七歳であります。これが四年制大学卒だけを取り上げますと二十八歳、さらにこれが都市部、例えば東京都になりますと二十九歳代になっております。
 わずか二十年前には平均初婚年齢は二十四歳でありました。たった二十年間で平均初婚年齢が五歳も上昇するということは大変な問題でありまして、かつて女の子は二十四歳が適齢期、女の子イコールクリスマスケーキ説というのがございました。現在は女の子イコールみそかそば説と言わなければなりません。三十までに行けばいい方で、三十一でも普通であるということです。ちなみに例の野球選手のイチローの奥さんの弓子さんも結婚されたときは三十三でしたか。
 平均初婚年齢が二十六・七歳ですけれども、もう若い女性の間で二十六歳、二十七歳ぐらいだと結婚しなければならないというプレッシャーがなくなってきているということなんです。
 先生方は藤原紀香の年齢は御存じですか。彼女は二十九歳です。昔でいうと売れ残りと言われる年齢なんですけれども、今、藤原紀香を見て売れ残りと言う人はだれもおりません。松嶋菜々子が二十七歳でありまして、今結婚しちゃうともったいないしゅんの女性であります。
 この未婚率の上昇ですけれども、このままいわゆる晩婚化が進行していきますと、結局結婚しない、最終的に非婚を選んでいく女性がふえていくということが十二分に予想されるわけでありますが、資料の二番目に数字を載せました。一九九五年のデータでありますけれども、各年齢ごとに男女別に結婚していない未婚の人の比率をそこに記しました。それで見ますと、女性の二十五歳から二十九歳まで、つまり二十代後半女性の実に四八%がシングルであります。さらに、三十から三十四歳までの女性の約二〇%がシングルであります。したがいまして、この晩婚化を担っている女性は現在二十五歳から三十四歳までのコーホート、そういう人口集団であるというふうに考えられるわけです。
 このまま進みますと、いわゆるなし崩し生涯非婚者、ちなみに生涯非婚者というのは国の統計では五十歳のときの未婚率のことを言うわけでありまして、五十歳で未婚だともう生涯非婚者という烙印を押されるということになっておりまして、ちょっとこれも時代に合わないのではないか、もう五十を過ぎると何も起こらないと思われているということなんです。
 私は、この二十代から三十代の女性五十二人を対象に半構造面接という二時間にわたる面接を行って、一体なぜ結婚しないのかということをとことん聞きました。二時間聞きますとうんざりしました。ですけれども、その結果出てきた事実と申しますのは、全員が、別に結婚したくないわけではない、いずれ結婚するつもりと必ず言います。そしてその後に続けて、でもとりあえず今すぐはしたくない。どうしてなんですかと言うと、適当な相手が見つからないと、こう言うんです。
 世論調査を行いますと、なぜ女性の多くが結婚しないと思うかという質問に対して一般の方たちは、彼女たちが社会進出をして仕事があるから、仕事をやめて家庭に入ろうとしないからであるという意見がよく出るんですけれども、これは事実に反します。といいますのは、私が調べた女性たちの多くが、生涯続けたい仕事を持っていてそのために結婚をおくらせている人というのはわずか一三%でありまして、残り八七%は結婚したら専業主婦になりたいと、こういうふうに言っております。
 したがって、専業主婦願望がありながら、なおかつ晩婚化が進んでいるというのが日本の現状であるということを踏まえて、これからお話を聞いていただきたいと思うわけです。
 三番目に、資料にありますように、平均初婚年齢は学歴が高くなるにつれて女性の場合高くなります。中卒の人よりも高卒の人の方が、さらには大卒の人の方が平均初婚年齢は高くなります。
 ということは、高学歴化が進行すると晩婚化も進行するということですが、実際、女性の高学歴化は進んでおりまして、今から四年前にとうとう四年制大学進学率が短大進学率を上回りました。今では短大はもう冬の時代を迎えて多くのところで定員割れを起こしておりますけれども、娘を大学にやるという場合は四年制大学にやるというのが普通の時代になっております。この高学歴化、さらには大学院に進学する女性の率もどんどん高くなっておりまして、この高学歴化の波はとめようがありません。
 ここで私は、調査対象の五十二人の意識を分析するに当たりまして、それぞれの女性たちを階層別に分けたいというふうに考えました。そして、階層のメルクマールとして、親の職業と親の収入、そして本人の学歴並びに学校歴というものまで聞き出しました。
 そうしますと、おもしろいことがわかったんですけれども、まず高卒の女性は、先ほどから言っておりますように、特に地方の高卒女性はかなり早い時期に結婚をしていくわけです。結婚への圧力が強いですし、あるいは結婚しないと生活できないという状況にいる人がたくさんいますが、都市部において、高卒でそして早い時期に結婚をすることをしなかった人たちは今何を考えているかというと、高卒後すぐに就職して、労働条件の悪さを理由に離職し転職し、また離職し転職しと繰り返しております。そして、三十歳前後になりますと、ついに彼女たちの結論は、このままずっと続けていても未来がない、したがって独立したい、例えばお店を持ちたいというふうに、自営業、今風に言うと起業家、企業を起こす、起業家願望というのを持つようになります。
 そうなりますと、結婚相手に求める条件は一緒に店を開いて経営してくれる人ということになるんですが、彼女たちの平均貯蓄額は三百万円でした。店を開くには一千万要るらしいと、そうしますと七百万円の貯金を持っている男の人を探さなければならない。それプラス、例えば食べ物屋を開く場合は、調理師の資格、板前さんの腕を持っている人を探さなければならない。美容院を開く場合は美容師の免許を持っている男の人を探さなければならない。七百万の貯金があって資格がある男性を見つけるのは大変なことであると彼女たちは言うわけです。七百万の借金のある男の人は幾らでもいるそうですけれども。
 それで、彼女たちはそうやって適当な相手にめぐり会えないままずっとひとりで非常に不利なパート社員として働き続けているという非常に厳しい現実がありまして、私はこういう高卒の女性の結婚願望を生存をかけた結婚と呼んでおります。このまま彼女たちがなし崩し生涯非婚者になったときには一体どうなるのだろうかというふうに非常に暗たんとした思いに駆られました。
 次に、短大卒の女性ですけれども、私が調べた五十二人の中では短大卒の人の占める率が一番高かったです。バブルのころに短大を卒業し、多くの女性が一部上場企業に就職して、そして大体平均四年半で離職して、しばらく海外に行ってみたり専門学校に行ってみたり趣味を磨いたり、そういうふうにして結婚相手を探している状況ですが、彼女たちが結婚相手に求める条件はたった一つ、自分を専業主婦にしてくれて、自分が子供を産んで子育てをするときにゆとりのある子育てができるような家庭をつくってくれる人、遠回しに言っておりますが、お金持ちの男、ずばりそういうことです。
 お金持ちといっても平均年収はどれぐらいの層を言っているのかといいますと、彼女たちが例えば銀行員をしていたときに稼いでいたお金が三百万ぐらいでした。そうしますと、自分はその三百万の一流銀行のOLの職をなげうって専業主婦になるんだから、当然自分の三百万の給料を上乗せしているぐらいの給料を取ってくる人でないと嫌なんだと。そういうふうに考えますと、どうやら七百万から八百万ぐらいの独身男性ということになります。そういう人は今物すごく限られております。
 非常に若くして、二十代初めに、初めというか、二十五歳ぐらいで七、八百万の年収を持っている男性は、男性のランクを五、四、三、二、一と五つに分けますと、五が一番階層が高い、一が一番低いというそういうランキングをつけますと、男の人は五の階層から一番早く結婚していくんです。
 それで、女の人は真ん中の三から結婚していって、最後に残るのは五と一なんです。先ほどの短大卒の女性ですけれども、五、四、三、二、一でいうと、三の中の上クラスに入るかと思います。早くに結婚すればいいのになかなか妥協できない。早いうちに結婚した友達というのは恋愛結婚で衝動的に結婚しているわけですが、そういう結婚式に何回も何回も行っているうちに、自分の結婚式はみんなよりずっと後になるわけですから、後になればなるほど、前の結婚よりももっといい相手でないと格好悪くて結婚式に呼べない、そういう女性の心理があります。そうやって配偶者への条件はどんどん厳しくなっていって、結局だれとお見合いしてもだめなんです。
 そして、しかもおもしろいことに、専業主婦でありながら夫には家事を分担してもらいたい、子育ては二人で協力して行うのが当然である、こういうふうに考えます。八百万稼いできて、家に帰ると家事が半分できる体力が残っているかどうか、男性に。そういう想像力がどうやら欠如しているようで、もし家事をするゆとりがあり、子育てに協力的で保育所に連れていってくれるような男性を選ぶのであれば、もっと年収の要求水準を下げて地方公務員の男性とかで手を打っておけばいいじゃないかと。絶対に嫌だと、こういうふうに言います。
 次に、四大卒の女性ですが、私は四大卒の女性をはっきりと勝ち組と負け組に二つに分けました。勝ち組というのは、例えば企業の総合職、それから医師、弁護士、公認会計士、それから国家公務員上級職、それから中級公務員、地方公務員、公立図書館の司書、公立学校の教諭、そこぐらいまでを勝ち組といいます。それ以外の人たち、つまり一般企業のOL、最近はもう卒業してすぐにパート社員としてしか採用されない女子学生が激増しておりますけれども、そういうOLははっきりと負け組とあえて呼ばせていただきますならば、四大を出ても負け組の女性の結婚観は短大卒の女性の結婚観と何ら変わるところはありませんでした。ところが、勝ち組の女性に質問をいたしますと、結婚はしたい、しかし適当な相手が見つからない。適当な相手とは何か、それは経済的なことは問わない、ただ私が定年まで一生この仕事を続けていくことを尊重し、家事を完全に分担し、私を尊重してくれる人と、そういう男の人がいないのだと、こういうふうに言うわけです。
 その結果、彼女たちもどんどん晩婚化の道をたどっているわけで、このように見ていきますと、高卒、短大卒、四大卒の人たちの結婚というのはそれぞれ生存の結婚、依存の結婚、そして保存の結婚と、結婚の意味が全然違うにもかかわらず、一様に晩婚化は進行しているということが言えます。
 この三種類の女性の中で一番数が多かったのは、真ん中の短大卒とそれから四大卒の負け組の女性なんですけれども、彼女たちの結婚相手に求める条件を私は三つのC、三Cというものに要約いたしました。
 一つはコンフォータブル、直訳すると快適なですが、意訳しまして十分な給料。二番目はコミュニケーティブ、理解し合えるですが、意訳しますと家事に協力的な、あるいは価値観が同じ。最後のコーポラティブ、これは子育てに責任を負ってくれる、こういうことです。
 この三Cを求めているわけですが、一方で男性の側は、これは後で板本先生の方が詳しくお話ししていただけると思いますが、私が知ったデータでは男性が女性に求める結婚条件は過去三十年間何ら変化がございませんで、四Kと言われておりまして、かわいい、賢い、賢いといってもほどほどのですが、それから家庭的、四番目が軽い、これは体重のことであります、体重であります。
 スリムでスタイルがよくて美人でかわいくて、そこそこのブランド大学を出ていて料理がうまい。女の子に聞きましたら、そんな女がいるわけがないと、こういうふうに言うのですが、男の子に三Cというのを聞いたら、そんな男がいるわけがないと、こう言いました。したがって、三Cと四Kのミスマッチが起こり続けている以上、若い人たちは結婚をしません。
 理想の相手を聞くと、今言ったようなことをどんどん言ってくれるわけですけれども、では絶対に結婚したくない人といいますか、もう恋愛対象から外れる人、NGの人というのはどういう人かというふうに聞きますと、女性は高卒の人も短大卒の人も自分より劣った人が嫌だと言うんですね。その劣ったというのはどういう意味かといいますと、高卒の人の場合は高校中退とか中卒とか、要するに学歴面で自分より劣った人は嫌だ、こういうふうに言うわけです。短大卒の人は大卒でない人は全部だめな人だと、こういうふうに言います。
 こういう学歴でもって、女性の学歴よりも男性の学歴が上であって、女性からすると上の学歴の人と一緒になるような結婚を上昇婚、ハイパーガミーといいます。この上昇婚というのはいまだに女性の中に非常に根強く残っておりまして、それは学歴や学校歴ではなく、もう一つ収入という点に関しましても多くの女性は上昇婚を希望していました。
 結婚できない、絶対嫌な人で一番多く具体的な言葉で挙げられたのは貧乏な人という言葉でした。貧乏な人と一緒になるぐらいならば今のままでいい。今のまま好きなことをして、やがて親が死ねば親の遺産が手に入る、親の家が手に入る、そういうふうに考えている世代が非常に多いということです。
 こうなりますと、女性の高学歴化が進むとともに、男性の中でその高い女性の学歴にこたえられるような上昇婚をしてあげられる人というのはごくごく限られてきて、先ほど言った五、四、三、二、一の五から結婚していくというわけなんですけれども、五の男性はある意味で女性を選び放題です。ところが、四以下の男性となりますとこれは非常に難しい。ましてや一のランクに位置づけられた男性の場合は結婚ができない、したくてもできない状態にあります。
 それに対しまして、女性の場合は三から結婚していくと言いましたが、五の人は、私が面接した中で、どうしてこんな美人で、こんなおしゃれで、こんなにいい大学を出て、こんなに高収入、何でこんな人が結婚しないんだろうという人がたくさんいました。彼女たちに聞いてみると、どこで妥協していいかわからないと言うんですね。自分にとってすべての結婚はすべからく妥協であって、どこで妥協していいかわからないうちに三十代後半になってしまった、こういうことであります。
 この調査の予備調査で、何歳から何歳までの女性を調査対象にすればいいかということを調べるためにあらゆる年齢層の人に聞いたんですけれども、四十歳を超えた女性に聞きますと、もう結婚はしたくないと言います。この人たちはもう晩婚化世代ではありませんで、非婚者です。非婚確信犯です。
 なぜ結婚したくないのかというふうに聞きますと、今から引っ越すのは嫌だとか、今からだれか別の人のライフスタイルに合わせるのは面倒だとか、もう四十を過ぎた時点である程度職業もライフスタイルもそれから友達関係も確立しているわけで、これはもう晩婚化の当事者ではありません、非婚者です。そういう人がこれからどんどんふえていくだろうと思われます。
 現在、五十歳時の未婚率は女性で五・一%ですが、これはあっという間に一〇%に到達するだろうと私は予想しています。少子化スパイラルは一たん突入すると百年間は出られないというふうに言われていますが、私は、多くの国で少子化が進んでおりますけれども、ある意味で資本主義が進行すると少子化は必ず出てくる派生現象なわけでして、ひょっとすると少子化の大きな原因は晩婚化ではなかろうか、いろんな古代文明が滅んでいった原因は晩婚化にあるのではなかろうかと思っております。
 今のところ、そうやって晩婚化が進んでおりますけれども、これがもっと若い女性、今の大学生、十八歳から二十二歳ぐらいまでの大学生に聞きますと、将来結婚はするつもりだ、どういう結婚相手を望むかといいますと、一緒にいて楽な人、ただそれに尽きます。彼らは経済的な条件すら口にしません。こうなりますと、楽、一緒にいて楽しいんじゃないんですよ、楽なんですよ、楽な人と一緒にいて楽に暮らしたいと。一生懸命働いたり、子育てをするということは彼らにはもはやできません。そうなると、私はそのときこそ本当の少子化が始まる。今は晩婚化による少子化です。結婚している人は子供を産んでおります。
 一九七〇年代から九〇年代にかけて、三人以上子供を産んでいる夫婦は二五%台をずっと下がったことがないんです。結婚している人は三人産んでいます。人口置換水準、今の人口がそのまま将来も維持できる人口置きかえ、置換水準というのは二・〇八ですけれども、既婚者はそれを上回る子供を産んでおります。
 ですから、既婚者が幾ら保育所が足りないの何のかのと言っても、未婚女性は保育所が足りないから私たち結婚をためらっているのというような人は一人もおりませんでした。彼女たちは専業主婦になりたい、それにふさわしい男の人を見つけたい。子供が生まれても保育所に預けたりしたら子供がかわいそうという保育所べっ視の気分が非常に強くて、子供が学校から帰ってくると家にいてやりたい、そして子供は幼稚園に入れてやりたい、そして幼稚園ママになりたい、そして子供の手が離れたら再び社会に出ていきたい。そして一番理想はいわゆるカリスマ主婦、栗原はるみでありますとか、三浦りさ子でありますとか、そういう人になりたいというふうな非常に自己本位な欲望を持っております。それが余りに自己本位なので、実現できる人が非常に少ないということです。
 しかし、その夢をあきらめてもっと堅実に収入の低い人とでも共働きでやっていけばいいじゃないかと言いますと、多くの女性が、結婚をして子供が生まれてまで続けるような仕事に自分はついていない、自分の仕事を幾らやってもだれにも評価されない、出世のめども立たない、それならばたった一人の自分を必要としてくれる人間、つまり自分の子供ですね、それを産んで大切に大切に育てたいと。そのためにはゆとりのある結婚生活が必要であって、リッチな優しい夫が必要なんだと。それを必死で探しているんですが、いないんです。
 私は、これは一種の悲喜劇であると思いますけれども、喜劇的な側面が非常に、第三者として面接をしておりますと、非常に喜劇であると思いますが、全部し終わった後、やっぱりこれは悲劇なんだと、大変な悲劇なんだと思っております。
 有効な手だてというのは、既婚者に対してではなく、むしろ未婚女性の今日の労働状況、あるいは上昇婚が当たり前だとしてきた結婚幻想、あるいはそういう結婚幻想を振りまくいろんなメディア、そういうところにあるのではないかというふうに考えております。
 時間が来ましたので、私の意見は一応以上のようなもので終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。
#4
○会長(久保亘君) ありがとうございました。
 次に、板本参考人にお願いいたします。
#5
○参考人(板本洋子君) 御紹介いただきました板本と申します。
 私は、結婚相談所の仕事を二十年間してきました体験の中からのお話になると思いますので、研究者ではございませんので、そこら辺、御承知おきいただきたいと思います。
 結婚相談所で、特に今、小倉先生は女性の方の視点でお話ししましたけれども、女性の望む男がいるのかどうかということで男性の方の側面からお話をしたいと思っています。つまり、結婚相談所には結婚したくない男性は来ないわけで、結婚したいと思っている男性との接触が大半なんです。したがって、結婚を望んでいるのにできない男性という視点が、そういう要因がどこにあるのかということがお話の中心になるかと思います。
 結婚相談所を二十年見ていまして、男性の入会者、つまり会員になっていただいて相手を紹介するというシステム、これは世の中の結婚相談所の大半のシステムがそうなっているわけですが、その中で二十年間で男性の平均年齢が八歳ぐらい上がりまして、今大体三十五歳から四十五歳の方が全体の八〇%を占めております。残りの一〇%が三十五歳以下で、あと残りの一〇%は五十代以上の男性が入ってきておりますので、また違った状況が出てきております。女性は大体五歳ぐらいの上昇になっております。つまり、男性の場合は四十五歳あるいは五十歳になっても入ってくるんですが、女性の場合、歩どまり三十六、七歳。それ以上金を払ってまでも相手を探さないという状況が相談所の中では歴然としています。
 そして、男性と女性を比べますと、男性の相談の方が圧倒的に多いです。女性は、相手を探しに来たわけですから、今、小倉先生のおっしゃったような相手がいなければとっととあきらめる。ところが、男性の場合は、女性に会う前に女性とのかかわりをどうしたらいいかという、そういった相談が圧倒的に多いです。
 つまり、求める女性はステレオタイプ化されました、先ほど四Kというふうにおっしゃいましたけれども、かわいいとか軽いとかありましたが、かわいげと私はつけたいんですが、かわいげのある女というところと、あとは賢い、家庭的、あるいは体重、そういったようなことも含めまして、ステレオタイプ化された女性を求めています。
 あるいは一方、最近の女性の変化にかなり戸惑いもありまして、どうしたらいいのかというような相談が圧倒的に多いです。つまり、今の女性は家事、育児の分担もしたいし仕事も続けたい、かと思うと専業主婦もいる、一体どれが本当の女なのかと。女はそれぞれいろいろだと言ってもそこら辺に戸惑いや困惑がある。つまり、そういう男性に対して女性は、いまいち男、条件はいいんだけれども、いまいちだと。つまり、必要条件としては三Kを保っているんだけれども、もう一つ絶対条件としていまいちの部分がある、そういったような状況がかなり見られます。
 また、相談所の特徴として、親の不安が大変大きくて、七割以上が間接、直接、親から子供の、特に男性、息子が三十代になっても結婚しないということに対する不安がたくさん寄せられております。
 こういった状況から、私どもは既に十年前から男性のための専用の、結婚というか、もっと生き方を含めた講座をしております。花婿学校というのを約十年間やってまいりました。小倉先生にも講師に来ていただいているんですが、これはどうしてそういう形をとったかということなんですが、やはり男性の相談に対応できないということもあったんですが、私どもは、総じて男性の恋愛力、恋愛する力というのがどうもひとつ落ちているんではないだろうか。
 では、この恋愛する力というのはどういうことかというと、自分のことを、意思をきちんと主張できる男性、なおかつ相手の意思を受け入れられる男性、まあ女性も同じなんですが、受け入れられるということ、そして双方が、違った者が一緒に暮らす、一緒に人生を見詰めようとしたときに、うまく折り合いをつけられるというこの調整力があるかどうかということが非常に私どもの中で感じる大きなことだったわけです。
 それで、花婿学校ということをやるときに私どもは六十人の男性に面接をしまして、三十分から一時間、つまり恋愛とか結婚とか現状について何が怖いか、何が不安なのか、何が不満なのか、そういったようなことをお話を聞きましたところ、大体四つのジャンルが出てまいりました。
 一つは、当時彼たちは、交際術と言いましたけれども、コミュニケーションスキルに対して非常に消極的で戸惑いがある。相手とかかわれない、ましてや異性、ましてや好きな人になったらどうしていいかわからないということが三十代の男性の最大の問題でした。
 二つ目は、女性のことがわからない。女性がどんどん元気になっているというか、強くなっている、変化をしている。一体女性はどこで何を考えて、どういう男ならいいと思っているのだろうかということも含めて、女性のことがわからない。
 それから三つ目は、何で結婚するのかわからないという話でした。やっぱりしなくちゃいけないんでしょうね、義務とか責任なんでしょうか、それとも自分の選択でいいんでしょうか、やっぱりしなくちゃ一人前じゃないんでしょうかということも含めて、結婚する意味ということがわからない。
 それから四点目は、性、セクシュアリティーなんですが、この当時、十年前に既に性の問題に対して大変な戸惑いがありました。それはどういう側面かといいますと、例えば性といいますと、セクシュアルハラスメントもそうですが、あるいは従軍慰安婦問題とか、そういう社会的な問題を彼たちは耳学問として聞いているわけですが、これは決していいことではないけれども、そういうふうに積極的に女性に性的にかかわれない自分そのものが一体どうなんだろうかという、全く逆の発想というか悩みとして出てきた。そして、妊娠のメカニズムを知りたいというのが圧倒的に多かったということも驚きました。
 一応、この四点をベースにしてプログラムを組み、その背景として私どもは、男性の育てられ方あるいは課題達成方として男性にどういう任務を家族や社会は背負わせてきたのだろうか。そして、働き方という問題。つまり、経済戦力としてかなりロボット化させたような働き方が、最も人間的である異性とのことや性のことやコミュニケーションを縦横無尽に自由にとるということに対してかなりできない、ちゃんと導かれた営業とかそういうことならばできるけれども、自由にかかわるということができないということ。これは、申し添えますけれども、あくまでも三十代男性の特徴として出てきたということです。
 また一方で、そういうことをやりながら、もう一つは私どもは農村の結婚対策もかかわってまいりました。
 農村の現状というのは、結婚相談員がマンツーマンで相手を探しているということに対しては、もうこれは改善の余地がないというか、もうまとまらないというかなり行き詰まりになっております。
 それから、男女の交流会というのも非常にマクロ的には閉塞状況があります。つまり、バーベキューをやったりいろんなことをやって出会いの機会をやるんですが、短期決戦型ですから、そもそもさっき言ったようなコミュニケーションスキルのことや、それから農村男性の特徴としてはさらに後継者であるということ、それからいろんな家とか地域とか農業、自営業ですね、それから地域の役とか、三十代になりますとかなり背負っているものの大きさの中で疲弊していて、自分がもっと自由にならなければ自由の恋愛なんかできないという、そこを飛び出した人は結婚していますけれども、そこをまじめに聞いている人たちにとってはなかなか難しい。それで、全国共通で言われているのは、不まじめな男には嫁が来てまじめな男にはどうして嫁が来ないんだろうということがたくさん言われているわけです。
 そういったことで、社会や親が背負ってほしいという要望をきちんと受けとめていますと、やはり自分はもう全然動かないで、相手を全部変化させて連れてくるという、そういうところにかなり戸惑いがあって難しくなっているということがあります。
 では、それに救いはないのかというふうに見ますと、ただ救いとしては、今、交流会のイベントにさまざまな、多様な動きが出てきております。
 例えば、ただ単に交流会をする、バーベキューをするだけではなくて、もう少し農業体験をするとか、それから男性のための講座、いろんなことが広がっております。例えば、福島県昭和村は織物を中心に女性を広く都会から集めて、この五年間の中に四十七名ぐらいの女性が来たわけですが、その中の二十七名が過疎の村に定住し、なおかつその中で十一名が四年間に結婚したというのは高齢者率四三%の町では大変な動きでございます。
 そういった形で、直接的ではなくて間接的に農村文化を女性たちに請け負ってもらうという中で結婚が進んできているということもありますし、花巻市役所などは男性のための講座、ファッション講座もそうですけれども、コミュニケーションスキルを促したり、もっと自信を持ったり、もっと表情豊かにほほ笑むというような、そういったイメージアップも含めまして盛んに開かれております。
 それから、島根県などのケースでも、いろんな今のインターネットを使ったり、自由な出会いの機会というのもぼつぼつ出てきております。
 そうはいっても、農村の結婚相談対策というのは、背後に過疎問題や農業自体の問題も含めてかなり問題としては行き詰まっております。
 例えば、これはどのぐらいやられているかというのは、一言で話すのは難しいんですが、新潟県の農業会議が平成十年に調べたところ、県内の各市町村が先ほど申し上げましたように、結婚相談員とかイベントとか学習講座とかいろいろやっているわけですが、直接的な結婚対策として各市町村がやっているんですが、その総額が全部で一億二千万になっております。一億二千万をかけて県内の結婚対策が行われて、それではどのぐらい結婚しているのか。これは結婚相談所もあるいは農村の結婚対策も含めまして参加した男女の一割結婚したら大変な成果だと言われている現状がここにあります。
 また、御承知のように、国際結婚、これも信じられないほどふえてきておりまして、一つの町に五十人、六十人いるというのは東北あたりではもう当たり前の形になってきまして、これに対しても行政が国際化の中でどのように花嫁支援をしていくかという問題が出てきておりますが、これも外国人花嫁の経済的自立をどう保障していくかということが究極的な問題としてぶつかっています。
 嫁には来たけれども、彼女たちの来た意味というのが十五年たってやっとわかった。それは、豊かな国、経済力のある国日本だから来たというだけではなくて、彼女たちは明らかにここで経済的自立を望もうと思ってやってきた。ところが、なかなか環境になれないという問題あるいは言葉の問題で、それは非常に手間暇かかってなれていくんですが、もしあったとしても農山村ですから単純労働しかない。そこで、彼女たちのもうちょっとステップアップした労働あるいは自分の生き方というものが望めないというところで閉塞感になっている。
 それでは、これだけ来ている、それでどのぐらい女性たちが定住しているのかというのは、外国人妻への支援体制が最も先進地と言われている山形県最上広域市町村圏事務組合がつくっています「国際交流センターの概要」という調査によりますと、山形県内でもう千六百人以上の花嫁さんがいわゆる農村の結婚難に対応するという形で来ているんですが、その中で三分の一は破綻しているということが言われているということも、そういう視点も視野に置きながら結婚というものを見詰めていくということが大事なのではないか。つまり、農村の場合は、直接的よりも、もっと農村を活性化させるということとの抱き合わせで女性を流入していくというか受け入れていくということが大事なのではないかということです。
 ただ、ここでもう一言添えさせていただきますと、私ども二十年間農村に女性を送り込んできた経験から、昨年やっとその追跡調査ができましたけれども、農村へ女性が向かうのには大ざっぱに言って二通りあるということがわかりました。
 結婚対策の延長線で交流会に参加して都会から嫁ぐ女性というのは、農村が好きだから行くのではなくて、むしろ都会で働いていくことに閉塞感を感じたり、あるいはもう先が見えてしまった、これ以上ステップアップもしないだろうし、同じことの繰り返しだし、余り達成感のない働き方、これでいいのだろうかということと、それからやはり結婚適齢期ということに押されて農村の結婚の交流会に参加し、そこでたまたまいい男の人にぶつかったので結婚した。ですから、彼女たちの根本的な結婚観は、あの大自然の中でのんびりと子育てをしていきたい、専業主婦になりたい、そしてときどき夫の家業である農業を手伝いたい。これが実際嫁いでみると全く逆転していくということはあるんですが、そういう希望で行く。
 それからもう一つは、結婚ということよりもむしろ、今、食文化とかあるいは農業というものに対して女性がかなり興味を持っているので、都会を捨ててその興味のあるところに移住するというか、生活圏を変えるという、そういう形で入っていった女性もたくさんおります。
 その女性たちはむしろ結婚よりもそこで何かをしていきたいという希望なんですが、農村側はそれを嫁対策とうまく抱き合わせたいということで、ここら辺は二重構造で隠れ対策になっているんですが、女性を呼び込みながら嫁に来ないかという、そういったような形であの手この手で結婚対策をしているんですが、後者で行った女性の場合は、結婚は結果的なこととしてする。この女性たちは、今、農業の家族経営協定というのがありますが、女性の地位というもの、あるいは労働に対する報酬、評価というものがきちんとされなければここにとどまるというつもりは余りないというようなことが言えるかと思います。
 一応、結婚相談所に見る特徴としてはそういったことを私ども日常的に感じております。
 それから、二番目の問題ですが、先ほど申し上げましたように、私どもは、いずれセミナーをやり、あるいはマッチングメーカーとして、入会した男性に触れていくとほとんど三十代の方に触れますので、この三十代の男性がどうなっているかということをもう少し調べてみたいということで、昨年度、文部省の方の委託調査として、未婚男性、三十代の男性の結婚意識と生活に関する調査という、つまり三十代男の未婚事情というのを調べてみました。その中で特徴的なことだけ申し上げたいというふうに思います。
 まず、結婚に対して、皆様のお手元の資料の一ページ目に書いてあるかと思いますが、結婚は「今は急がない」、「必ずしも結婚しなくてもよい」のではないか、「結婚したくない」という方もいらっしゃいますけれども、これは二百二十名の東京都内に住んでいらっしゃる男性三十代に限って調べた結果です。その中で約七五%が「急がない」、「しなくてもよい」、「したくない」という形をとっています。
 しかし、その中でさらに結婚してもいいなと思い始めた年齢は、一番多いのは二十六歳以下の段階で一回思っているんですね。それからずっと中だるみがきまして、三十代で、また三十歳になったときに結婚したいなというふうに思う。じゃ幾つぐらいまでに結婚したいかというのは、三十五歳までというのと四十歳、つまり五年刻みで波がやってくる。それを五歳刻みで見ていますから、この間にかなり結婚をするチャンス、環境をつくらないと五歳刻みで先延ばしをしていくというようなことになります。そしてまた、そう思っていても結婚に向けた行動というのは「何もしていない」というのが七〇%ぐらいですから、思っていてもまあいいかということで、慌てず騒がずゆっくりとという感じが三十代の男性の中に読みとれるということが特徴です。
 そして、こうした中で結婚に対する社会的障害というのはないのだろうか。つまり、私どもが先ほど花婿学校のときに申し上げましたけれども、コミュニケーションスキルという問題もありますけれども、出会いの環境というものがどうなっているのだろうかということなんですが、これは調査の中で「職場環境」、二ページのところにちょっと参考に出しておきましたけれども、やはり職場環境に若い女性がいる場合は恋人がいるという人が三一%、女性がいないけれども恋人がいるという人は一九%になるわけです。それは大変申しわけありませんが、三ページ目の図表の中段です、職場に若い女性がいるという人は恋人ありなんですね、いない人から比べたら。全体に恋人なしの方が多いですけれども。
 それから、職場に気の合う女性がいるのかどうかという、いる場合は恋人がある。職場に対等につき合える女性がいる場合は恋人がいる。それから幼なじみ、あるいは仕事を通じて出会った友人あるいはボランティア、つまり女性がいる環境にあれば恋人がいるという、チャンスはふえるという、当然のことですが可能性が高いということなんですね。
 そして、では仕事の内容や仕事のやり方から見るとどうなのか、大体どのぐらい働いているのかということなんですが、仕事開始は朝大体九時台、八時台が最も多くて、退社は十七時、二十時、十九時の順で多いんです。帰宅は大体九時とか八時。この働き方の問題と恋人の有無というのは有意な関係は見られなかったのですが、しかし彼らにとっての不満というのは、残業が多い、とりたい日に休暇をとれない、仕事の責任が重いという順で不満を感じているんですね。
 この不満の背景に、別なところでやった調査なんですが、女性はデートをするときにかなり遠くに行きたい、それからいろんな行動半径を広げたいというデートを希望しているんですが、男性の場合はそうなりますと時間をどう稼ぎ出すか、あるいは経済を、デート料をどう稼ぎ出すかという問題があって、なるべく近場で何とかしたいというそこら辺のずれがありまして、それが、女性の希望に乗りたいんだけれども、こんな仕事のやり方ではとれないというところに結びついているのではないだろうかというふうに感じます。そういったことで、社会的障害ということは職場環境の問題もかなりあるんではないか。
 それから、自分の自己意識としての障害ですね。これは結婚の場合最も高い障害になるのは何かということなんですけれども、これが非常に顕著に出てきたのが、三ページの一番上に書いてありますけれども、経済的な問題、つまり結婚に障害になりそうなものとして「結婚資金」、「職業や収入上の問題」、「結婚生活のための住居」、これが圧倒的に多い。経済力、これは言いわけなのかなというふうに思うぐらい多いということが一つ言えます。
 それから、親との関係です。同居や扶養の関係、これも障害と思っている人たちが結構多いということで、この経済力という問題が出てきています。
 それからもう一つは、これは関連して、長男の場合五〇%が現在親と同居しているということで、パラサイトシングルという言葉がありましたけれども、非常に同居率が高い、親との。その同居率の高い人の方がより職業や収入の問題、親の扶養、親の承諾、いろんな結婚資金について問題だと思っているわけです。
 つまり、それは長男であるという責任感から親を面倒見なきゃいけない、扶養しなきゃいけない、あるいはそこに妻や子供が新たに入った場合、全体を扶養していかなきゃならないという男性に刷り込まれた長男意識というものがかなり働いているのではないか。次男に比べてあらゆる部分で問題を抱えている。恋人がいるかどうかというのも、次男の方がいて長男の方がいないという、そういった形で長男のプレッシャーというのがもう一つこれは出てきております。
 これは客観的な障害の中にも関係していくことなんですけれども、親への責任、長男の意識、それからコミュニケーションスキルや自己イメージの低さが恋愛力と関連していると。つまり、技術的にそう十年前ほど問題にはしていないんだけれども、やっぱり自分に自信がないということがコミュニケーションスキルを弱めている。
 その自分に自信がないというのは二通りありまして、自分のいわゆる外観に対して自信がない、それから女性がかなり変化して、家事、育児もやってほしい、それから結婚は夫のために何かを尽くすことではなくて対等な関係でいたいというような形で、最近、ステレオタイプで出てきている女性の変化あるいは情報としての女性の社会進出、経済的自立、それを現実の結婚生活にあわせて描けていないというのが最大の困惑。
 つまり、自分の会社と自分の関係あるいは親と自分の関係が何ら変わっていないのに結婚相手とする女性だけがどんどん変化していくとするならば、一体そこに具体的にどういうふうな結婚生活あるいはカップルライフというものを描いていくのかというのが実感として持てない。女性は変わった、家事、育児も分担しようよと言うけれども、今までの生活、家庭生活や職場生活にそういうことが全くなくて男性中心型の生活を送ってきた人が、情報としてだけ受け入れているものですから、そこに戸惑いがあるというのが最終的に言えることなのではないだろうかと思っています。
 そういったさまざまなことで私どもがどういうふうに対応していったらいいのだろうかということを幾つか申し上げたいと思うんですが、やはりストレートな形ではなくてマッチングメーカーだけが結婚対策をやるにはもちろん限界があるわけですが、やっぱり多様な出会いの環境づくり、それから配偶者対策のあり方の検討、こういったものをかなり具体的に新たな方向で押し出していく必要があるのではないか。これは私ども、毎年全国の結婚対策をやっている行政とともに研修会をやって、先進地のようなところをどんどん皆さんに広げていっておりますが、そういったところへの支援というのが大事なのではないか。
 それから、やはりもう一つは、こういった結婚へのイメージとか男性の変化できない、とらわれている問題をどうやって解決していくか、あるいはどうやってそれを和らげていくかということなんですけれども、やはり多世代交流あるいは異業種交流、こういうようなことをたくさんやらなければいけないのではないか。つまり、結婚や恋愛は自立や自己決定能力が問われるわけで、教育や地域の中でこうした交流の機会がたくさん必要なのではないだろうか。
 例えば、これは佐賀県の鹿島市の青年団がハウスキャンプというのをやっているんですが、日常の生活を子供と若者とお年寄りが、全く血縁関係にない人たちが一週間ほどキャンプして、そこから学校に通ったり職場に通ったりして疑似家庭体験をやっていく、子育てなんかもそうなんですが、そういったようなものをやっていくチャンスというのが大変必要なのではないか。
 それから、これは女性の場合、こういった、男女共同参画社会法案が通ってからさまざまなところで講習会、セミナー、新しい関係を考えるような講座がたくさん行われていますが、そこに参加しているのはほとんど女性であって、リタイアした男性しか参加できない。つまり、最も働き盛り、結婚予備軍である二十代、三十代がそういった学習の機会を全く持てない。これは、もう少しこの学びの機会を企業やあるいは成人式のような公的な行事の中にもっと織り込んでいけないものだろうか。成人式を例えば一週間ぐらいやれないものなんだろうか。そういうところで自由な交流をしないと、企業に入っていくと全くできなくなるというのを私たちは感じております。そういう中で親になる、家庭をつくる、子育てをする不安というものを取り除くような研修システムあるいは支援の仕組みというのをやる必要があるのではないか。
 また、最後に、日本の社会はなかなか結婚できないとかしづらいようなイメージがありますが、実は本人の合意さえあれば、かつてと比べたらかなり結婚しやすい社会であるということから、多様な結婚の形があるというそのモデルをもっと示していく必要があるのではないか。それは事実婚もそうですし、あるいは通勤婚もそうですし、週末婚もそうですし、それぞれがいろんな形で働いていったり自己実現の夢を持っているわけですから、それが保障された形でカップルライフは自由にできるんだという、既に例えば農村あたりでは、都会に勤めている女性と農業をやっている男性がやはり週末婚をやっていたり、あるいは、長男、長女で農村で結婚すると跡取りがいなくなると責められた二人が、事実婚をしながらお互いの田畑と親を面倒見ようといいながら子供三人も産むような、いわゆる週末婚をやっていく。初め農村側は仰天するんですが、やっぱり真摯な生き方を周りは受け入れていくんですね。ですから、そういった現実のモデルをどんどん出していくということも必要なのではないか。
 雑駁なお話になりましたけれども、感じていることと多少アンケートでわかったこととで私の報告を終わらせていただきます。
 どうも失礼いたしました。
#6
○会長(久保亘君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑は午後四時ごろをめどとさせていただきます。質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#7
○竹村泰子君 民主党の竹村と申します。
 きょうは大変御多忙の中、私たちの調査会にお出ましいただきまして、まことにありがとうございます。
 興味深くと一口で表現するとおかしいんですけれども、大変現状を私たちもわかっているようでわかっていない問題も多々ございましたし、いろいろお教えいただいて本当にありがたく思っておりますが、結婚観の変わり方、変遷といいますか変わり方といいますか、そういうことで、私どもといいますか私たちの年代よりもっと前のこれまでの世代は、割と自然な形で結婚というものを考え、そして出会いの場も今よりもむしろ多かったのではないかというふうな思いもいたしますし、先ほど小倉先生がお触れになりました、女性が結婚に対して望んでいる条件というか事柄というか、そういうものが非常に一定の枠にはめられてしまっているという感じがするわけですね。
 だから、もっともっと恋愛をすればいいのかもしれないんですが、恋愛の場合は、相手の条件とか好きになってしまえばもうそんなことは余り考える余地もなくということかもしれないんですが、お見合いの場合なんだと思いますが、自分より劣った人は嫌だとか自分より貧乏な人は嫌だとか、そして自分よりハイレベル、給料もハイレベルと、そういう望み方をするということの原因といいますか、女性がつまり、女子教育というと余りいい言葉じゃないので好きじゃないですけれども、女の人がどういうふうに育てられているかということに、やはり社会的な環境あるいは教育、家庭、そういう中で、女の子は行く行くはいい人と会って結婚して、それがもう最上の幸せよみたいな伝統的な観念のもとに育てられているということがまだまだあると。そこのところはどういうふうに打開していけばいいと、お考えがおありでしょうか。
 済みません、ちょっと漠然とした質問ですが。
#8
○参考人(小倉千加子君) ちょっと誤解がおありになるようなので、それを最初に訂正しておきますけれども、彼女たちが結婚相手に望む条件、例えばお金持ちの人じゃないと嫌だとかそういうのは、別にお見合い結婚の相手に求めている条件ではなくて、この場合は恋愛、恋人に求める条件と同じなんです。ですから、貧乏な人とは最初から恋愛感情が起こらない。そういう自分が恋愛相手とみなせる範囲というものが物すごく今、昔と変わってきたというのは事実です。
 では、昔の結婚あるいは恋愛結婚というのはどういうものであったのかということですけれども、これこそいわゆる近代結婚イデオロギーあるいは別名ロマンチックラブイデオロギーというもので、本当に相手の人となりに引かれて純粋に愛して、そしてその人のためならもう親も兄弟も捨ててついていく、こういう純愛ですね。そして、愛という名のもとで妻が夫にあるいは子どもに献身をするというのが近代結婚イデオロギーなんですが、もはやそういうイデオロギーを若い女性は信じていないということです。
 一九八五年ごろから、恋愛と結婚は別というふうに考える学生がもう九〇%を超しております。例えば誰かと恋愛をしても、その人と将来結婚生活をやっていくことがとても親の反対に遭うような社会的に不利な状況にあるような人だと、恋愛関係にはあっても結婚はしないんだと。結婚というのはあくまで両親が祝福してくれて友達にもうらやましがられるものなのだという、恋愛と結婚が切り離されるという、従来のロマンチックラブイデオロギーへの反発というのが出てきたのが今から十五年前です。
 ですから、今四十代以上の人たち、五十歳前後の人たちというのは本当に戦後の純粋な近代結婚イデオロギーに準じて、おつき合いをしたら、もう最初におつき合いをして、そして肉体関係ができると結婚するのが当たり前なんだと疑わずにそのまま結婚していったわけなんですけれども、今はそういうセクシュアリティーと結婚とは別であります。完全に切り離されてきました。それぐらいセクシュアリティーが自由化されてきたという、別にそこの背景まで質問されているとは思いませんけれども、とにかく私が言った女性たちの結婚意識というのは見合い結婚意識ではありませんで、恋愛意識というふうにとっていただいて別に構いません。もうそういう人とでないと結婚に至る恋愛はしないんだということで、非常に狭い範囲の人としか愛を交わせない状況に現実になってきています。言いかえると、打算的といえば打算的ですよ。でもそれは変えられないんです、もはや。
#9
○竹村泰子君 その原因は何だとお思いになりますでしょうか。
#10
○参考人(小倉千加子君) 純愛をしてどつぼにはまりたくないからでしょうね。純愛をしてどつぼにはまりたくない。つまり、一時の衝動で後で非常に生活の苦労をするというようなことへの恐怖というのがすごくあります。
#11
○竹村泰子君 やっぱり自分がかわいいんですね。
#12
○和田洋子君 私は、きょうお二人のお話、ありがとうございます。
 私も常々思っていることをばりばり言っていただいてすごくありがたいなというふうに思いました。やっぱり女性が結婚しないというのは、もちろんいろんなことを言われますけれども、男性に私は物すごい責任があるというふうに思います。
 戦後というか、すごく女性が職業を持ったり、学歴が高学歴になったりして、女性というのは結構健全で、カルチャーに行くとか、もう余暇は、例えば旅行といっても本当に享楽というよりは楽しむとか、そしてカルチャーに行くとか健康になるとか水泳をやるとかいろんなことを、お花を習う、お茶を習う、そういうことをしているにもかかわらず、男性の人ってもう昔から全然同じで、例えば若い女の子に何か聞いてみると、電車に乗ってでれっと寝ていたり、嫌らしい漫画の本を読んだり、それで仕事から帰ってくるとパチンコとか飲み屋とか、あと家しかないというような男の人とは結婚したくないと女の人はみんな言いますね。そういう意味で、もっと男性しっかりしてもらいたいなと私はいつも男性に言うんだけれども、そういう意味では男性にも何か考えてもらいたいなと思うこと。
 そして、あと農村、私は会津出身でおりますので、板本先生に昭和の話をしていただきまして、本当に織り姫がおいでになって、いろんな話も聞いてよくわかっていますし、地域に根づいておられる方もわかっていますので、とてもいいあれだなと。
 もう一つ加えれば、福島県は檜枝岐というところが結婚率が高いんですね。それは尾瀬の入り口で、尾瀬においでになった人がみんな檜枝岐に居ついちゃって結婚して、檜枝岐で本当に未婚の男性はいないんです。でも、あと福島県の山の中はもう未婚の男性ばかりです。五十歳過ぎても結婚できないという人、もうしないんじゃなくてできないんです。やっぱりこれは農業政策が間違っていて、農業に所得の格差があり過ぎて、女の人に過酷だったり、本当に所得がない。そういうことが大いに原因することなので、これは男女の結婚観というよりは農業の政策の失敗と私は言いたいというふうに思っていますので、お答えは要らないんですけれども、ぜひそういうこともお考えをいただきたいな、皆さんの知識の中にぜひ入れていただきたいというふうに思います。
#13
○会長(久保亘君) 何か御意見ございますか。どちらかお手を挙げてください。──よろしゅうございますか。
#14
○和田洋子君 あと、農家でいえば、お母さんが自分の娘は農業にはくれたくない、息子にはお嫁さんをもらいたいというお母さんがたくさんいます。それほどやっぱり農業は衰退しているというふうに思います。
#15
○岸宏一君 今、先生からお話があった件なんですけれども、男は何かパチンコ、何とかかんとかというお話がございましたが、このことについて、そういう意見というのは、先生だけの意見ですか、それとも多くの女性はそういう意見を持っているものですかどうか。その辺もし、わかる範囲でお答えいただきたいんですが、男がだらしないとかという、今の話だと。
#16
○和田洋子君 ちょっと言い過ぎましたけれども、これは女性の意見で私は言って、余り……
#17
○岸宏一君 いや、そんなことないです。だから、そういうふうに思っている女性がかなりいるものかどうか。
#18
○会長(久保亘君) 今、岸君の質問にどちらかお答えになりますか。
#19
○参考人(板本洋子君) だらしないという言い方は女性はしませんけれども、物足りなさを感じているということは事実です。
 先ほど申し上げましたように、かなり条件が備わっていても、備わっていなくても、そこはいまいちだという表現があるんですね。ですから、男性が、これはイマジネーションを女性は持ってほしいということなんだろうと思うんですが、男の人がだらしないというより、私から見ますと、農村もそうですし、都会もこの調査をやってわかりましたけれども、いわゆるジェンダー意識というんでしょうか、やっぱり男は経済力を持って男なのだ、そして男は義務を果たすべきだ、それから老後の親の責任は持つべきだ、それから農業を守る立場にあるんだ、そういったようないわゆる男の規範というものを物すごく持っているんですね。それはそれでいいんですけれども、その規範を持ち過ぎていると、女性にとってはそれがもう決められた形の中に押し込まれる結婚をイメージしてしまうのですよ。
 もっと二人で手に手をとって自由にものをつくっていくという方向に男性が意識を持たない。つまり、農業の場合は、もちろん農業経済が非常に低迷していることは事実ですが、それでも行く女性たちというのは、昭和村に見るように、それは経済カウントされない農村や農業の持つ魅力、あるいはもちろん現実に生きていかなきゃいけないんだけれども、そういった中でそこをむしろ逆手にとって、非常に幅を広く人生の生き方として男性が描いているとするとそこに引かれていくんですけれども、それがない、ただ守りの姿勢だけでいる男性に物足りなさを感じていることは事実です。
 もっと下世話な言い方をすると、福島県の飯舘村でもやったんですけれども、夫婦ゼミナールという三十代の夫婦で参加するゼミナールをやってわかったことは、やっぱり言葉をかけてほしいと。愛しているという言葉だけではないんだけれども、そのことも含めてもっとかかわりを持ちたいのに、何も言わなくても目を見ればわかるだろうと言われて、そんな汚い眼を見ただけではわからないわよ、やっぱり情報化時代というのは思っていることを言葉で伝えてほしいのよといった夫婦のやりとりがずっと一、二時間続いて、おれたちは妻を守るために頑張っているんだと言いましたら、私たちは守られている立場で結婚したのではない、私もこの山の中に来てあなたの子供を産んで、あなたの名を名乗り、あなたの先祖、仏様に水をやっている私は、私だって守っているんだと。そういう対等な関係をイメージしてほしいということを言っているだけで、それを総じて言えばだらしないという言い方になるのかもしれないんですけれども、直線的ではなくて、彼女たちが言う言葉は、結婚というのは答えがあるところに入っていくんじゃなくて、答えのないものを答えを求めながらいくところに楽しみがあるんだから、そういうところに関心を持ってほしい、社会がこうだから、男はこうだからということに対して嫌だというのが、私どもは、都会も含めてですが、男性のイメージとしてそういう言い方が女性たちの中から出てきているということはあります。
#20
○会長(久保亘君) 小倉参考人、何かございますか。
#21
○参考人(小倉千加子君) 今の件ではございません。
#22
○岸宏一君 そうすると、やっぱり和田先生のおっしゃったのは大体当たらずといえども遠からずというふうになることですね。結構でございます。わかりました。
#23
○和田洋子君 何か釈明するみたいで、私が結婚しない女性たちに聞けばそういう話が返ってきたので、そういうふうに言ったんですけれども。
 飯舘村の話をおっしゃいましたが、飯舘村というのは福島県でとても進んだところで、「若妻の翼」を一番先にやったところで、女の人の意見はすごく進歩的だという村の一つですので、つけ加えます。
#24
○加納時男君 加納時男でございます。非常に参考になるお話を伺いました。
 まずは小倉参考人に伺いたいと思うんですが、先ほどのお話の中で、婚外子の出生率が日本は一・一%と世界の中でも最も低いというお話がありました。確かに、私も外国の状況を見ておりますけれども、おっしゃったとおり、スウェーデンですとかフランスとか非常に婚外子の比率が高いところがあります。
 そこで、日本の場合に、例えば婚外子であっても社会でそう違和感なく生きていけるという状況をつくり出していくということも一つのアイデアかと思うんです。そのためには男女の別姓の問題、これを選択制であれ取り入れていくということも一つあるのかなと。
 私も実はPTAの仕事をずっとやってきたんですけれども、十一年ほどPTAの役員をやってきたんですが、そのときに、やっぱり親の姓と子供の姓が違うというのは子供さんの間でも若干違和感が今のところはまだあるんですね。
 そういうところで見ましても、やはり男女別姓でもいいというふうにするとこの婚外子の問題が解決できるのかどうか、それをひとつ伺いたいところでございます。
#25
○参考人(小倉千加子君) 現在、アメリカの精子バンクに行って、精子を選んで、そして人工授精を受けて未婚の母になるためにその順番待ちをしている人が数千人単位でいらっしゃいますが、その人たちはいずれも未婚の母を願望しているのであって、別姓夫婦を願望しておられるのではありません。その人たちは、ちゃんと経済的な独立をもう達成されていて、子供は欲しいが夫は要らないんです。
 夫婦別姓にすると結婚する人がふえるかどうかはよくわかりませんが、それがたとえふえたとしても、そのことと子供がふえるかどうかとは全く無関係であるだろうと思います。
#26
○加納時男君 今のお答えはアメリカの状況のこと……
#27
○参考人(小倉千加子君) いや、日本人女性ですよ。
#28
○加納時男君 お話しいただいたんですが、日本人の場合ですね、実際に子供は欲しいけれども結婚したくないという人が私は出てくると思うんです。アメリカの場合、今おっしゃったのはまさに未婚の母願望といいますか、そういう例であります。
 アメリカのお話とおっしゃったけれども、実は日本はいろんな面でアメリカの後を追っているのが実態でございますから、日本でもあり得るだろう、これから十分起こり得るだろう。そのときに、私が言っているのは、男女同姓でなければならないということに今なっておりますけれども、そうなると、親と子供の姓が違うといったときに困ることがあるのかどうか。逆に言うと、別姓だということが幾らでもあると、非婚の子なのか既婚の子なのかよくわからなくなってくるというところが一つの着眼点かなと思うんですけれども、そういう点についてはどうお考えでしょうか。
#29
○参考人(小倉千加子君) 率直に申しますと、私は女性解放の立場からも夫婦別姓には必ずしも賛成しておりません。私は婚姻制度そのものの見直しというものは考えておりますけれども、別姓にしてまで結婚する人をふやしたいというような政策というのは余り感心いたしません。親の姓と子供の姓が変わるとか変わらないとか、そこまで関心をあえて持たない、そういう主義です。
#30
○清水嘉与子君 自由民主党の清水と申します。
 まず、小倉参考人にお願いしたいんですけれども、先生のお話を伺っておりまして、私たちは、今まで女性が非常に進学率も高くなり、学歴も高くなり、そして社会進出をして、それなりに自己実現ができる社会になったということに対してそれなりに評価をしていたわけでございますけれども、今結婚という現実の中で、先生のお話をずっと、このデータの分析の中でおっしゃったわけでございますけれども、結局今のお話ですと、要するに今労働義務から解放を望んでいるとか、あるいは先行き自分がそこに仕事を続けていたくないとか、つまり現実からの逃避だと。逃避の一つの行く先が結婚だというふうに、簡単に言ってしまえばそんなことも言えるのかなと思うんです。
 これからの女性の非常に長い人生の中で、この女性の生き方、仮に結婚しようとしまいと、それにかかわりなく日本の女性の生き方をどういうふうに考えていったらいいのか。今のような形で、かなり私どもは、今までの女性の生き方をこれからも恐らく進めていくでしょうし、もっと働きやすい条件をつくろうとか、いろいろ考えていくと思うんですけれども、果たしてそれが女性にとって幸せなのかどうかということに対してちょっとひとつコメントをいただきたいと思います。
 それから、板本参考人の方には、最後の結語として、やっぱりチャンスを、出会いをつくるというようなこと、いろいろいい活動をしていらっしゃるわけでございまして、そこにたくさんの人が実際にいらっしゃっているということを伺いました。だけれども、実際にそこに行くまでにも相当皆さん覚悟していらっしゃっているのかなという気もするんですね。やっぱり年齢がある程度過ぎると来ないとか、いろいろお話もございました。
 きのう、たまたまNHKのテレビを見ておりましたら、インターネットで相当お友達づくりでしょうか、恋人づくりなどをやって、そしてそこで結婚した方もいるというようなお話が出ておりましたけれども、ああいうものですと全くプライバシーも何もなく自分で相手を見つけられる。
 つまり、チャンスがああいう形でどんどん広がっていけば本当に、失敗するかもわかりませんけれども、それなりのことができるのかというふうにも思いますけれども、そのことについてちょっとコメントいただけたらと思います。
#31
○参考人(小倉千加子君) 清水先生はいみじくも女性が結婚するのは労働義務からの解放あるいは逃避、逃避という言葉を使われましたが、全くそのとおりで、多くの女性が女子労働の現状に絶望している、だから結婚に逃避するんだと。積極的な結婚への希望を持って結婚していくのではありません。逃避につきものというのは、だから条件づきの結婚ということになりますが、会社よりも楽でないと結婚する意味がないわけです。
 こういう、女子だけとは限らなくなってきましたけれども、男子も含めて労働からの撤退、それ以前には学校からの撤退という、どんどんみんな若い人たちがつらいことから逃げていくという現状がありますけれども、そのうち、もう既にその傾向が出ておりますけれども、今度は結婚からの撤退ですね。
 具体的に言いますと、育児ストレスというのが二十代の母親に激増しております。かつての母親は子供を育て育児をするということにそれほどストレスを感じていなかったのが、今は最初の子供一人育てるのでもう切れてしまって耐えられない、児童虐待がさまざまに起こっている。
 次々に学校からも会社からも、あるいは育児、あるいはその他の結婚生活からも逃避していく人たちが今どんどんふえていっている。よっぽど楽なものが保証されない限り、上手なおいしい逃避はないわけですから、それをみんなが探して待っていて晩婚化が進行しているわけで、その後の長い人生を見ますと私は極めて悲観的になります。
 お答えになっていませんか。
#32
○参考人(板本洋子君) インターネットの部分のお話ですが、私は、インターネットを皆さんかなり使用してくるわけですが、そのことによって結婚がふえるとは思っていません。ある一部でそういうチャンスの一つとしてとらえる方もいらっしゃるかもしれませんけれども、やはり私どもの耳に入ってくるのは、出会い系のインターネットというのはすごく盛んなんですが、その中にはたくさんの問題も潜んでいるわけで、そのことを見きわめる力というのが一つないと難しい。
 それから二つ目は、私どもは結婚の相談を受けていて、出会っただけでは結婚しないということを日々感じております。つまり、出会ってからその出会った人同士が関係をつくる、創造するという意味の創という字なんですが、関係をつくる力がないと、それは出会って情報交換して楽しんだということで、その中で魔が差して結婚した人はいるかもしれませんが、もっと、インターネットと同じ力で出会うという、直接生身の人間に出会っていくという訓練がないと、匿名性の世界の中では言いたいことを言って受け入れるということがなかなかできないのではないかということを感じております。
#33
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝でございます。本日はありがとうございます。
 先週、岩手県と横浜市からも参考人にお越しいただきまして、いろいろ資料も伺いました。例えば、「結婚に関する意識」ということでは、岩手県で調査をしたところ、「いずれは結婚するつもりだが、今はしたくない」という回答が最も多い。ただし、「結婚したくない」あるいは「しないと思う」という回答は一割程度だという資料もございました。そして、「結婚したくない理由」として、男女とも「ふさわしい相手がいない」、男性では三八・四%、女性では四〇・二%ということでしたし、また横浜市も独身の理由として、一位が結婚したいと思う相手にめぐり会わないということで、男性が三九・二%、女性が三八・九%。先生からお話にあったような本当にあの状況だというふうに、出されているというふうに思うんです。
 そこで、まず小倉先生に伺いたいんですが、先ほどのお話の最後のところで、働き続けるような仕事を女性ができないでいる、だから自分を求めている子供を大切に育てたいというお話がございまして、そういう点では一つは労働条件の問題を言われておりました。未婚女性の労働状況について、もう少し具体的にお伺いできる点があればというのが一点です。
 それから二点目に、おっしゃっておられました結婚幻想、またメディアの問題についておっしゃっておられましたが、その点についてもう少し具体的なお話が伺えればと思います。
 それから三つ目に、そうした中で教育の問題なんですが、今どういう女性たちが教育課程の中で成長しているのかということについて伺えればと思います。
 それから次に、板本先生にお伺いしたいんですが、一つは農村での結婚の御苦労のお話がございました。そこで、要因ですとか現象について都市部と違いがあるのか、あるいは都市部とも共通したものがあるのかということについて伺いたいと思います。
 先ほどもお話がほかの委員の方からもありましたけれども、農村の大変さもあると同時に、農村の女性たちもなかなか元気だというお話も一方では伺うわけで、例えばマイペース酪農というんですか、牛のお乳をいっぱい搾るというのじゃなくて、牛の生理に合わせてマイペースな酪農をやって、あいた時間でバターやチーズを加工するなんという女性の取り組みですとか酪農ヘルパーさんとか、そういう話も伺うんです。それで、フランスなどでは農業青年が結婚すると自立支援がある、国からそういうものがあるというのも伺いますけれども、そういう農業政策とも兼ね合わせて伺いたいのが一点です。
 それから二点目は、男性の結婚観で、先ほど、文部省の委託調査の資料「ダブル」という雑誌をきょういただきました。その報告の最後のところに、ステレオタイプ化された男性像に対して共感している部分は割と結婚が早いというか、進むんだが、そういうステレオタイプの男性像に同調しない方たちというのはいろいろと悩みを持っているというか、ただ結婚するのではなくて、どのような結婚をするのかというような悩みを真剣に考えているというのがございました。
 それで、その最後に、「彼らに結婚を躊躇させる現在の社会状況にこそあるといえよう。」、「私生活を尊重したり、両性が共に平等に生きようとする態度と社会状況の間の矛盾から生じるものであるならば、それは決して、独身男性を嘲笑したり、尻を叩いたりするだけでは解決しない」と言われておりますが、ちょっと新しい指摘のような気がしまして、その点について伺いたいと思います。
 三つ目に、教育の問題で先ほどコミュニケーションスキルの問題がありましたが、どういった点が教育の課程で必要なのかということがあれば伺いたいと思います。
#34
○参考人(小倉千加子君) まず、女性の置かれている労働状況の問題ですけれども、先ほど言いましたいわゆる負け組の女性といいますか、一般OL、事務職、基本的に極めて単純で反復的な作業を繰り返させられている、あるいは電話交換手でありますとかスーパーのレジの仕事をしている人たちにとって、その仕事を定年まで続けるということに何の夢も見出せない。男性ですと、スーパーに勤めましても、最初はレジではなくて食品の買い付け、値札の価格の設定、そういうことをさせてもらえるんですが、女子は永遠にレジです。こういうふうな男女間における職場での性差別というような状況が変わらない限り、女性は結婚に相変わらず逃避していくだろうというふうに考えられます。
 ちなみに、私の調査の際についでに調べたんですけれども、女の人で一番多く、多くといっても三人ぐらいですが、平均して一番多く子供を産んでいる女性の職業というのは小学校の先生でした。つまり、育児休職というのが保障されていて、そしてまた現場に必ず同じ条件で復帰できるということが約束されていると女の人は、言葉は悪いですがぼこぼこ産むわけで、私がこの話をしましたら、友人の上野千鶴子という学者が、それはかつての東ドイツと一緒だと言いました。ですから、私は、極論ですけれども、女の人に平均三人ぐらい喜んで子供を産んでもらおうと思えば、女の人を全員地方公務員にすればいいとさえ思っております。
 次に、結婚幻想に関しましてですけれども、私は、女の人が結婚をして専業主婦になることこそ女の幸せという言説を振りまいているのはメディアの男性関係者であるというふうに考えております。新聞記者でも、デスクの人たちあるいはその上の部長の人たちという男性たちは、自分で専業主婦を一人抱えて、そして女が専業主婦でいることに不満を持っているということを全く認めようとしないで、そういう政府の専業主婦優遇政策すら批判するような記事は書きません。ましてや雑誌の編集者、女性雑誌の編集者もほとんどが編集長は男性でありまして、そこではこういう主婦が幸せな主婦であるというイメージを振りまいているわけですけれども、先ほど言いましたように、そんな幸せな三浦りさ子さんや内田也哉子さんのようなリッチで優雅な主婦になれるのは階層で言うと五の階層の女性だけでありまして、最近では五の階層の女性はみずから高学歴で高収入の仕事についております。そこで、大体五の下ぐらいの女性がお嬢様としてさっさと専業主婦になっていくわけですけれども、女性の間にも分断がありますし、一人の女性の心の中でも非常に大きな葛藤が存在していると思います。
 つまり、女性がキャリアを持って働いていくということは、男性に負けるなと、小さいときからお母さんに、勉強して百点をとりなさいというふうに達成に対して過熱させられていたんですけれども、思春期以降になりますと、お母さんの言うことは、勉強もいいけれども女らしくしないと男の子にもてないわよというふうにメッセージが変わります。すべての女性がこのダブルメッセージの中で生きていると思います。つまり、男に負けるなというメッセージと男に勝ちを譲れというメッセージです。これに対する解決方法というのはいまだ提示されておりません。
 女性がどういうふうに教育を受けているかという教育問題ですけれども、今申し上げましたように、受験競争の中に今女性もどんどん取り込まれて高学歴化が進行しています。そうなりますと、偏差値というものでジェンダーを問わずすべての学生が一元的に序列化されるというところに今来ているわけで、自分の出た大学より偏差値の低い大学を出た男性と結婚することにはっきり抵抗があると多くの女性が口にしております。ですから、まずこの偏差値教育というのを打破しないことには、上昇婚の目安が偏差値に置かれている以上、上昇婚はなくならないと、こういうふうに考えます。
#35
○参考人(板本洋子君) 一番最初の農村と都市の要因の違いという御質問ですけれども、これは私なりに経験上の問題なんですけれども、都市と農村の違いを男性が結婚難であるというところから見ると、もちろん共通点はたくさんあるのですが、まず農村の場合、構造的に嫁不足が起こったというのは都会と絶対的な違いがあると思います。つまり、農村の労働力が全部都市に回って、後を継ぐ者だけしか残らなかったという構造上から出たということ。そして、高齢化や過疎化が物すごい勢いで進行している中で、これは個人の選択よりも社会的選択として押しつけられているということでの萎縮部分、彼らが背負っている部分の負担の大きさというのが、自分の家族だけではなくて地域的なものまで負わされているということで、負担の度合いが全然違うと思っています。
 それから、アイデンティティーの問題ですが、専業の農村の青年もいますが、御承知のようにかなり兼業化が進んでいく場合に、特にその中で三十五歳以上の未婚が、農村の場合ほかの他産業と比べてかなり未婚率が高いというのが農水省のアグリウェルカムプランというデータの中で示されているんですが、それは何を物語っているかというと、彼らのアイデンティティーが自分は農民でありながら中途半端な労働者でもあったり、自分は何者であるかということがきちんと自信を持ってとらえられない、そういった年代に追い込まれていく。ここら辺は同じ男性でも都会とは違った意味での負担というのがあるのではないか。もちろん、先ほど言いましたように、都会も農村もジェンダーとしての男性意識の強さというのは女性側から見ての何か問題としてはあるかもしれませんが、特徴としてはそういうことがあるのではないか。
 それからもう一方、女性側から見たときの都市との違いというのは、やはり家族経営に根差している農村の場合、最も合理的な暮らし方は同居であるということがありまして、嫁いだ女性たちの最大の負担が家族からくるストレスというのが高くて、おしゅうとさんは非常に優しいんだけれどもうっとうしいという、それから嫁扱いをしていくために自分が一人前として認められないという負担、それに加えて地域の干渉というのが、やはりジェンダーに沿って嫁という意識で見られていますから、一方では元気で頑張る女性、あるいは起業をする女性が出てきていますけれども、一方ではそこで沈んでいっている女性もいるという、この幅が、大変格差が都会よりも大きいのではないかという形を持っています。
 ですから、頑張る女性は一方でいるんですけれども、これは都会の女性から見たときに大変な負担をしている。つまり、仕事もするし、家事もするし、育児もするし、嫁務めもして、それでさわやかに生き生きと笑顔をもって起業もする、そして趣味も持っているということで、大体大したものだというところで終わってしまう。
 ただ、外国等の調査で、日本の女性が最も農業に対してあるいはグリーンツーリズムというような新たな動きに対してもかなりさめた目を持っているというのは、家の光協会が昨年、一昨年やりました調査の中で、アジアはタイと韓国が対象ですが、あるいはヨーロッパはドイツとかフランス、オランダあたりと対比していますけれども、最も低いという、しかもこれに答えているのが農協の女性部の人たちが答えている。最も活躍している人たちが農業に対して一番さめた目で見て、余り達成感を持っていないという、そういったことから見て、やはり農村の特殊性というのを考慮しながら社会的に見ていく必要はあるのではないかと思っています。
 それから、二番目の御質問のこの男性の部分ですが、これは研究員の一人が書いているんですが、これを総じて何が言えたのかということなんですけれども、私たちはこれを性別役割分業意識を肯定する人をマッチョ系と呼んで、性別役割分業意識を否定する人をフェミオ系と呼んでいたんですけれども、マッチョ系の人の方が恋人がいるんです。その人たちはやっぱり学歴が高くて、マッチョ系というのはいるんです、恋人が。
 ところが、この人たちの概念というのは、仕事もかなり長時間、比較するとやっていますし、仕事に対する責任感もあるし、親に対する責任感もとても強いんです。そのことによって、恋人はいるんだけれども、この恋人と結婚にテークオフするチャンスを失うんですね、仕事中心型で。最初は仕事にも頑張るし、学歴も高いし、決して貧乏じゃない男なんだけれども、もっと二人がかかわる時間というものが決定的にないということと、最初はいいんだけれども、ずっとかかわっていくと、この男性に何か命令されているような、追随するような形になっていくということで女性たちが結婚にジャンプしない。つまり、いわゆる仕事人間という構造がこういうことをつくってしまっているのではないか。ここをもっと緩和する必要があるんじゃないかということ。
 それからもう一つ、性別役割分業否定論者というのは、やはり社会の不平等ということに対してとても敏感であるということなんです。そうしますと、女性たちからの異議申し立てが会社の中で通用していないわけですから、その矛盾を彼らはきちんととっていて、どうすればいいのかという、逆に言うととてもあいまいになってしまっているんです、彼ら自体が。
 ですから、自分が結婚することによって女性を性別役割分担意識の中に追い込んでいったり、それから結婚によって彼女たちの人生を変えてしまったり喪失させてしまうこと、失うことのない結婚をするには自分はどうしたらいいのかという、これが否定論者の考え方です。
 例えば、具体的に言いますと、本当に高学歴の働き盛りの金融関係の男性が家事、育児を分担するというと、またきちんと分担しちゃいまして、月水金と食事を彼女がつくってくれたら、僕は火木土つくるために早く帰ると。しかし、つくるために早く帰るんじゃなくて、食べるためにも早く帰らなきゃならないとすると、一週間全部早く帰らなきゃならないと。そして、土曜、日曜は同じ、共通のことをやらなきゃいけない。そこに子供が生まれたときに、この出産によって彼女の人生を変えたくないという場合は、僕もかなり加担しなきゃいけない。
 つまり、一生懸命働くことがおもしろくなってきている三十代の男にとって、対等、平等に家事分担をして、そしてリッチに暮らしていくというのは大変な負担ではないか。そして、会社や社会がそういう構造を必ずしも後押ししていない。つまり、理念としてはあるけれども、具体的な構造にまだなっていないというようなところに男性たちの戸惑いや困惑があって、それを男性をだらしがないと言うだけではなくて、もう少し構造的にゆとりのあることにしていかないと問題の解決は遠いのではないだろうかというような意味が込められているというふうに思います。
 最後の教育ですが、これは教育の中でどうするかということなんですが、私は、社会教育関係の施設にいた視点から言いますと、やはり他世代とのかかわりが全く薄いということが問題ではないか。つまり、同世代の人とかかわっているわけで、子供から中年から、おじいちゃんも全部含めて、そういうふうなかかわりを教育や都市地域の中でもどうつくっていくのか。
 例えばPTAはお母さんやお父さんが行くといっても負担があるわけで、高齢者をどう活用して、地域の人と家族、お母さんやお父さんたちがかかわり、そこに子供の先輩や後輩がかかわるという、こういう関係のことをしていかないと、本来の意味のコミュニケーションスキルというのは一方通行であったり技術的なものになってしまって、応用編がきかないのではないかというふうに感じています。
#36
○畑野君枝君 ありがとうございました。
#37
○加納時男君 加納時男でございます。
 それでは、先ほど小倉参考人に伺ったので、今度は板本参考人に伺いたいと思います。
 先ほどお話の中で、男性がなかなか結婚の機会に恵まれない理由の一つとして、恋愛力が劣ってきたことだとか、多様な出会いの環境づくりが不足しているといったようなこと、そしてお示しいただいた資料では結婚に向けて何も行動していないという人が六九%もあるという大変衝撃的なお話を伺ったわけでございます。
 我々、政治家なものですからすぐ対策を考えてしまうんですが、いろいろ私も若い人たちの出会いの場というのをつくりたいということを学生時代から実は考えておりまして、最も恋愛力に劣ると言われている大学に私はおりまして、男性ばっかり、女性がほとんどいない大学だったわけですけれども、そう言うとどこの大学かわかっちゃいますけれども、そういう恋愛力の乏しい学生がどうやったならば女性とめぐり会えるかということを本当に真剣に考えまして、サークルをつくったわけです。学生からアンケートをとって、出会いの場をつくりたいというので混声合唱団を思いつきまして、女子大に交渉して混声合唱団をつくったところ、これが大ヒット商品になりまして、それからめきめきと男の子たちがもう競争して女性にタックルをしまして、中で結ばれるのが非常にたくさん出ました。
 それから、最近ですと、例えば私は子供が四人いるんですけれども、全部二十代の前半で結婚して、全部すぐに子供ができております。その経過を見てみますと、全部がサークルだとかクラブで一緒に何かをやった、例えばスポーツだとか音楽だとか芸術活動、オーケストラとか、一緒にやったというのが非常に早く結婚するようなんですね。
 二つに分かれていて、二十三、四で結婚しちゃうのと、三十幾つまで結婚しないのとあって、平均するとおっしゃったように二十八、九とかになっちゃうんでしょうけれども、そういうきっかけをつくってあげるというのも我々の世代の責任かなとも思うわけです。
 例えば、形としては合コンだとか合ハイだとか、それから友達が友達を紹介するということを支援してあげるとか、いろんなことでできてくるかと思うんですけれども、そういう多様な出会いの環境づくりをしてあげると、意外と若いうちから恋愛力というのは育ってくるんじゃないかなということを経験的に感じたんですけれども、その辺はいかがでしょうか。御意見を伺えたらありがたいと思います。
#38
○参考人(板本洋子君) 私自身は結婚年齢を社会や周りが決めつけるものではないと、本人が思ったときに結婚すれば一番いいんであって、それが二十代であっても三十代であってもあるいはそれ以上であってもいいのではないかというふうに思いますが、少子化という生産性から見ると、少しでも若いうちにという思いはきっとあるのだろうというふうに思います。
 今おっしゃいましたように、出会いの機会ということは、学生とか比較的二十代の若い世代だと乗りというものもありますし、はずみというものも持ちやすいですし、瞬発力がありますから、おだてりゃ木にもということでやりやすいのではないか。でも、三十代になってきますと、私は社会的に男の人たちが三十代で働いているという装置が大変、有休があったとしても、休暇があったとしても、装置が働いていて、そんなに自由に休暇や何かを利用していないんではないだろうか。ましてや、高学歴になって、中堅どころになっていけばなっていくほどサークルとかそういうところに入っていきづらい構造の中にあって働いている、日常を送っているということなのではないだろうかと思っております。
 ですから、そういう場所があるとないとでは違うんだけれども、そこに向かう人はまだいいんですが、向かわない人たち、それが何もしてない人たちになっていくわけですけれども、そういうところで、やはり出会いの環境は本人任せなんだけれども、もう少し、地域性がとにかくなくなっているこの時代の中で、あれば地域性やあるいは職場環境の中で異業種交流というような形も含めて、あるいは男性の研修がビジネスとかマーケティングとかそういう経済的なものだけではなくて、高校で総合教育があるんであれば、企業との連携の中で三十代の人たちが出会ったり学んだりする機会というものをどういう形かで、あるいは地域との連動、あるいは公の、公共的な事業とかイベントの中で組み込んでいけないだろうかというふうに私は思っております。
 恋愛力ということに関しましては、やはり先ほどから申し上げておりますように、私は、戦後の日本の社会の中でお見合い結婚が減って恋愛結婚が上昇してくる、クロスしたのが東京オリンピックのころなんですね、データで言いますと。そうしますと、日本の社会でたかだか恋愛をしてきた経験というのはわずか三十年から四十年弱ぐらいで、まだ恋愛力という前に、自分の両親やその祖父母時代との恋愛環境が大ざっぱに言うと相当違うんじゃないか。つまり、恋愛力がないという、恋愛力が下手というよりもまだないという形で、こういうところから、これから少し、ここで断定しないで長い目でチャンスを与えていけば、恋愛力、つまり親が恋愛して幸せに暮らしているという形を本当に子供たちに見せつけているのかというと、必ずしもそうではない。
 ちょっと話がそれますが、花婿学校をやったときに、番外編で父親、母親の教室を開きました。適齢期の息子、娘を持つ人たちの講座、これが驚くほど母親が集まってきまして、子供の心配をしているうちに、結局、とどのつまりは自分と夫の関係の不満をかなり話していくということに終わっていたという状況から見ても、私は何でこんな結婚をしてしまったのだろうという後悔の方が圧倒的に多かったということも含めまして、これから私たちが探していかなきゃならない時代なのかなというふうに思っております。
#39
○竹村泰子君 質問ということではないんですが、今ほかの調査会で超党派の女性議員によりましてDV法が検討されております。何日も何回も議論をしながら、女性に対する暴力の法律をつくろうとしているんですけれども、今いろんなお話を聞きながら、人間一人が生きるということで、本当にたくさんの社会の交わりの中で生きているんだということをまた改めて思わされましたけれども、DVも、最近非常に女性に対する暴力がふえてきているというようなこと、そしてそれはもう年齢、キャリア、学歴、そういうことには全く関係なく、結構高学歴の、はた目から見ると何不自由のない円満な家庭と見えるようなところでひそかにひどいDVが進んでいるというようなこともあって、結局はさっき板本先生でしたかおっしゃいました男女が平等に生きていないということに尽きるのかなと。労働の問題も、それから出産の問題もそうですし、何かそういうことを考えさせられているんです。
 どうなんでしょうか。先ほどからいろいろもう小倉先生もおっしゃいました。女性の結婚観というのはもう全くこれまでと違う結婚観なのだと、しかし男性に関しては男性がステレオタイプで求めるものというのは昔から余り変わっていないというようなお話もありましたけれども、そこのところがどうも何か、恋愛力の低下というお言葉もありましたが、その辺は人間の、現代の私たちが病んだ社会に生きていて、それぞれがもう自然の形を忘れて、何かいたぶられているというか、それぞれに男も女も人を愛するというようなこととか生きるというようなさまとか、そういうものを社会でも家庭でも体験しないで、教育の中でも体験させられないで追い込まれてきた。もうすごい複合的な原因というような気がするのですけれども、その辺のところは、ですから未婚化、晩婚化が回復できるんだろうかという結論に、これからどんどん進んでいくのだとお思いになりますか。それとも、あるところで転機があって回復ができることなのだとお思いになっていらっしゃいますか。何かすごい人間性のある底をついてくるような気がしてさっきからお聞きしておりますけれども、大変望洋とした、質問にもならないような質問で申しわけございません。
#40
○会長(久保亘君) どちらに。
#41
○竹村泰子君 両方にお聞きしたいと思います。
#42
○参考人(小倉千加子君) かつての、先ほどの一九六四年直後の結婚制度といいますのは、すべての男性に、つまり恋愛力のないすべての男性に一人ずつ女性を配分する民主的な制度でありましたけれども、それが四十年近くたちまして、今はもう男性の中で力のある者とない者とがはっきりと分断されてしまって、強者には幾らでも女の人が寄ってくるけれども、弱者には全然女の子が寄っていかない。そういうふうなもうむき出しの競争社会になってしまったわけで、結婚にまで競争原理が導入されたかというふうに私は思っております。
 今のように、競争競争、自己責任とかそういうふうなイデオロギーが浸透していく中で、結婚制度が従来のようなのどかな、一人の男性に一人の女性がそれほど相手の年収であるとか学校歴であるとかを問わずのどかについていくようなことは今後恐らく再び来ないだろうと。つまり、今の晩婚化、少子化は相当程度続くであろうと私は予想しております。
#43
○参考人(板本洋子君) 男性の場合、これからの結婚ということを見ますと、今までの話を総合しますと、男性の中に結婚の合理性がもうないというふうに男性側は考えられるのではないか。つまり、妻が来て子供を産んで家庭を守って、性別役割分担に基づいて男が責任を持つという、そういった食べさせてもらうという関係、食べさせてあげるという関係がもうなくなっていく。その見返りとして子育てや家事をやっていくということもないと、ある意味でストレートに見ると男性にとっての結婚の合理性はもうこれからはない。女性にとっては今までの結婚はもうリスキーである、リスクであると。仕えなきゃいけない、何もかも失うことの方が多いという意味でもリスキーではないか。ここがもう完全にクロスしてしまっている。
 ここを穴埋めするのは何だろうかということは、やはり私はこの人と一緒にいるということの意味ですね、そこをそれぞれがどう受けとめるかということになって、それは言葉で言えば信頼とか愛情とか、そんなの当たり前のようだったけれども、今まではそんなの言葉だけで合理性がそこをカバーしていたわけですけれども、合理性もないし、リスクであると考えたときに、やはり目に見えない信頼とか愛とかということがもう一回、もう一回というか改めて持ち出されたときに、これをどういうふうにつくり上げるかということは、私は空間というものがなければもう無理なんではないだろうか。もう人間は結婚や何かを除いたときに、働いて、学校へ行って、こうやって生きるという直線的なことを考えたときに、やはりこういう空間を相当つくらないと意味をなさなくなるというふうに私は思っております。
 それじゃ救いがないのかということになりますと、まだまだ私はこれで婚率を伸ばすとか少子化を上げるというふうには思いませんが、しかし、今おっしゃったようにDVとかああいった非常に危険な男と女の関係を少しでも緩和していく過渡期として私はとらえたいということであれば、これはもうちょっと今まで言った話の中での関係性を教育や何かの中でつくっていけば、まだ可能性はあるのではないかと思っています。
 その根拠はどこにあるかといいますと、私ども日本青年館は地域の青年団を支えている組織でもあるわけです。そうすると、青年団というのはもう解体してきまして風前のともしびなんですけれども、それでもいわゆる王道を行かない人たちが非常に温かく、まだまだ若い人たちが地域の中で生きていく。何になりたいか、いい大人になりたいという言葉を持って、何か技術者になりたいとかそういうことじゃなくて、いい大人になっていくんだという希望を持って生きている人たちのさまを見ていくときに、やはりもう一回地域性というものを見直して、地域性が人間性を補完したり人間性を育成してきたんじゃないか。ここの空間が全くなくて、家庭か職場か学校かというこれだけではやっぱりかなわない時代になってきた中で、もう少し地域の空間というものを何らかの形で埋め尽くすことができていったら、少なくても、婚姻数がふえるというよりも、もうちょっと人間を見詰めるあるいはかかわりを持つ、あるいは相手にイマジネーションを持つということが可能なのではないだろうかと思っています。
 それはもう一つ言えることは、例えば高齢化社会が来たときに、この高齢化した老人たちをどうやって若い世代が支えていくかというときに、経済力や労働力だけではなくて、お年寄りは年をとったら体が動かないとか目が見えなくなるとか耳が聞こえなくなるということにイマジネーションを持たない限り、本来の意味の高齢者支援なんてできないと私は思っておりますので、非常に観念的な言い方で申しわけないんですが、そういったところを育てる空間というものを持っていけばもっといい意味で男女がかかわれる、後は異性同士じゃなくても多世代がかかわっていけるということがあるのではないかというふうに思っております。
#44
○沢たまき君 両先生ありがとうございました。
 もう全部結論が出てしまって、お聞きすることはほとんどないんですけれども、そうなっちゃうととても、今地域性のことをおっしゃってくださったので、少しは救いの道があるかなという思いもあるんです。
 どうなんでしょうか。小倉参考人のお話は全くそのとおりだと思いますし、しかし、もう少し未婚の母を、もう既に大分日本の社会も認めておりますけれども、私たちが育った時代はとてもそれはいけないことと言われたんですが、今はそういうことでなければ、もうこの百年ぐらいは突入しているから少子化はとまらないだろう、少子化はとまらないというか、晩婚、非婚はとまらないだろうとなっちゃうと、そうだろうなと思いますけれども、どこかに救いの道があるとすると、そこら辺なのかな、未婚の母も大いに結構じゃないかというところなのかなと。
 それともう一つは、板本さんがおっしゃったように、地域、いわゆる多世代で住んでいないというところから。
 それともう一つは、私の時代は男女共学というのはなかったし、終戦後はあったんですが、親が明治ですから私は女だけの学校しか行ったことがなくて、男女共学をやったことがないんですが、男女共学をやっていた人たちはそのコミュニケートが、異性と話すのは得意かと思ったけれども、話を伺っているとそうでもないということなんで、そこら辺で男の子、今の学生、それから今の四十代ぐらいで結婚できない男の子、いろいろ板本さんがおっしゃっていらっしゃいますけれども、どうしたら歯どめがかけられるのか。
 自分の思いを女の子にラブレターも書けないのかなとか、今ちょっと暗たんたる思いをして、おかげさまで私のせがれはもう結婚したからほっとしましたけれども、男の子がだらしがない、男の子に積極性がない、それから、今つき合っているけれども、いい人なんだけれどももう一歩結婚に踏み切れないという若い人が私の周りにもいっぱいいるんです。かと思うと、五十過ぎて大恋愛して結婚したのもいるんです。さまざまなんですね。
 ですから、社会全体の傾向としてはそうかもしれないけれども、人それぞれがもう少し生き方の選択の中で既成の概念を取っ払って生きることができれば、百年突入しちゃうという暗たんたることに歯どめがかけられるのかなと。少し光の部分があれば教えていただきたいなと思っているんです。ここを少し伸ばせばそうそう絶望じゃないぞというのがあったら教えていただきたいと思います。
#45
○参考人(小倉千加子君) まず、今おっしゃいましたような未婚の母に対する従来の婚外子差別というのを撤廃していくというのは非常に重要だと思います。
 それと、こういうことを言うのは優生学的な立場に立つということで非常に危険だということをあえて承知の上で言えば、未婚の母を優遇したりあるいは奨励したりする法律があったり、あるいはそういう世論があれば、そういう子供を産み始めるのは非常に知的に優秀な女性たちであるということが言えると思います。
 日本は将来スウェーデン方式で少子化を克服するか、アメリカ方式で克服するか、二つに一つしかないんですけれども、アメリカ方式というのは、アメリカもかつて少子化にあえいでいましたが、今は少し子供がふえてきた。どうやってふえたかといいますと、クリントンの奥さんのような、ヒラリーさんのような人たちはたった一人しか子供をつくらない、キャリアの妨げになるからということで子供をつくらないんですが、非白人系の教育も余り受けない貧困な層では未婚の母が激増しております。そういう子供たちで結局トータルにすると人口がふえてきちゃったということなんですね。
 スウェーデン方式というのは、男女平等を積極的に推進することによって、結婚して女性が男性に依存しない、結婚しても女性も働き続けるし、男性もそれを尊重して家事を折半して、そして男性が社畜のようにならないように、会社に拘束されないようにして、もっとゆったりとした働き方をして、そして子供たちを共同で育てるというふうにすることによってスウェーデンは人口増加に成功しました。
 日本は、恐らくアメリカ方式ではなくスウェーデン方式に移行した方が賢明であると思います。スウェーデンでは先ほど言いましたように婚外子というものが非常にたくさんおりまして、そういう人たちに対する差別が行われていないということで、結局日本の国にあるさまざまなマイノリティー差別を撤廃するために、単なる女性差別だけではなくてさまざまなマイノリティーに対する差別を撤廃することによって、人々が本来の自分らしさを十分に自己実現できるようにして新しい出会いを見つけていくというふうになるのが最善ではないかと思います。
 現在、男の子がふがいないとか物足りないとかだらしないとか言われますけれども、心理学の実験をやりますと、男らしさというものの定義がもはや今はかつてのものではもう通用しないんですね。男らしさというのは、今は、最近一番男らしいといって褒められているのは飯島愛さんです。非常に男らしい本、自分の自伝を最近出版されましたけれども、赤裸々に自己を語り、そしてそのことによってヤンキーだった彼女が自己べっ視をしないでそれを堂々とカムアウトする。そういう本が男らしい本として非常によく売れているわけで、女も男らしく生きられる時代になっているわけで、男らしさの概念が変わってきているわけですから、古い男らしさの概念に縛りつけられた男の人たちの結婚難を解消するためにも、彼らを縛っている親の世代の、長男だから老後の自分たちの面倒を見てくれて当然とか、先祖代々の仏壇を守らなければいけないとか、そういうような意識改革というのをしていかない限り晩婚化、少子化はとまらないと思いますから、手を打つべき点は幾らでも私はあると思います。
#46
○沢たまき君 ありがとうございました。
#47
○参考人(板本洋子君) 二つの側面からお話をしたいと思いますが、一つは、私は法政大学の方で非常勤講師をしておりまして、毎週行っていまして、学生にいろんな結婚の話をしていくんですが、一番彼らがすばらしいレポートを書いてくれるのは、ある特異なケースのカップルライフの人をゲストスピーカーとして呼んで話したときです。
 例えばゲイのカップル、カミングアウトしているゲイのカップル、あるいは未婚の母でも元気なお姉さん、それから事実婚をしている人、あるいはオーバーステイをしている外国人と一緒に結婚して暮らしている人たち。これはいずれの場合も、自分が一生懸命相手とかかわって生きることによって得るものの大きさというものを示すんですね。
 そういうものがわかったときに彼らはすばらしいレポートを書いてくれて、ゲイはゲイとして批判したり賛成するのではなくて、それを自分たちの生き方に当てはめたときに、こんなやり方があるのかと。これは言ってみれば普通の恋愛でも何でも同じだよねというようなことで彼たちが関心を示してくるので、私はできるだけそういうケースのゲストスピーカーを呼んで聞かせているんですが、きっと若い人たちの中には、結婚というと一つのイメージしかないのではないか。その多様性というものをいろいろな形の中で、家族関係もそうですが、まだまだ示し切っていないのではないだろうか。
 私は成人式のパンフレットにも、ただ酒が飲める、たばこが吸える、選挙権があるのが二十歳じゃなくて、今までの家庭から飛び立って、新しい家族や新しいパートナーシップをつくっていく世代なのだというパンフレットをつくったらどうなのかということを文部省とお話ししたことがあるんですが、そういった形でやっぱり私たちは普通の概念にとらわれていて、そういうケースをまだまだ示していないのではないだろうか。
 彼らはきっと、若い世代は何か一生懸命やるとか格好いいという感じ方が、多分親世代とは違ったところで持っているのではないだろうか。それが今、小倉先生が話した、いろいろ芸能界やタレントさんの中の生き方にもあって、親から見るとひんしゅくものだと思うようなところに若い人たちは何かを感じるだろうし、そういう生き方の中にピュアなものを発見する力というものはまだまだあるのじゃないか。そういうことで、結局歯どめをしているのは親世代なのではないだろうかということにかなり気づかされます。
 つまり、多様性を、あるいはいろんな選択肢があるということをどう知らせ、どう感じさせていくかということはとても大事で、私の職場でもあったケースなんですけれども、同居婚というのを見て、ああ、私もこれだったらできるとやった人が、履歴書を出すときに、家族のところに直系家族に書き切れないものですから別なコピーを出しまして、人事をやる担当者に出した履歴書は、私は直系家族と同居家族と二人おりますと言ったわけです。人事する方は親世代ですから、これは一体どういうことなのか。直系家族というのは私の親とか兄弟です、同居家族というのは私と今一緒に住んでいる男性です。これは結婚する予定があるんですか。いいえ、結婚ではありません、一緒に暮らすんです。いつ結婚する気ですか。いえ、違います。どうしても結婚に持っていきたいんだけれども、言ってみれば同居婚、友達婚みたいなものも私の周りにもたくさんありますし、ましてや結婚相談所でも結果的にそういう選択をしていく人もたくさんおります。そういったことから見ても、もう少しそういった多様性を広げる枠というのは必要なのではないか。
 それから二つ目は、細々したところですけれども、一方で結婚をしてほしい、子供を産んでほしいと言いながら、まだ習慣や慣習としてそれを押しとどめているところがたくさんあると私は思います。例えば職場結婚への圧力もまだまだありますし、それから世間体の中でやっぱりこういう結びつきはいかがなものかというのもありますし、結婚という形、特に職場という規定の中では、少しずつそれは解けていっていますけれども、職場結婚したとき、女の人はもっとリスキーなんですね。
 やっぱり結婚しても自分の自己実現をしていくために変わらないのだということを観念的にも、あるいは制度的にもあるいはそういう規範というのをどんどん解いていくことがあればもう少し、つまり結婚したいと思っている人が男女ともに九〇%近くいることは事実なんですから、その人たちを結局だれが足どめしているのかというのは、若い人たちの男女の結婚観を見るよりも、見ることも大事ですが、親世代や環境がそれを押しとどめていないだろうかというところを丁寧に見詰め直すということも重要なことではないだろうかと感じております。
#48
○沢たまき君 どうもありがとうございました。大変貴重な御意見でした。
#49
○会長(久保亘君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 両参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席いただき、まことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表して厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十分散会
ソース: 国立国会図書館
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