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2000/11/15 第150回国会 参議院 参議院会議録情報 第150回国会 国際問題に関する調査会 第3号
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2000/11/15 第150回国会 参議院

参議院会議録情報 第150回国会 国際問題に関する調査会 第3号

#1
第150回国会 国際問題に関する調査会 第3号
平成十二年十一月十五日(水曜日)
   午後一時一分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         関谷 勝嗣君
    理 事
                田中 直紀君
                畑   恵君
                広中和歌子君
                高野 博師君
                井上 美代君
    委 員
                亀井 郁夫君
                河本 英典君
                佐々木知子君
                月原 茂皓君
                野沢 太三君
                松谷蒼一郎君
                山下 英利君
                小川 勝也君
                輿石  東君
                佐藤 雄平君
                福山 哲郎君
                松 あきら君
                緒方 靖夫君
                高橋 令則君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        鴫谷  潤君
   参考人
       一橋大学大学院
       法学研究科・法
       学部教授     大芝  亮君
       亜細亜大学国際
       関係学部助教授  秋月 弘子君
       同志社女子大学
       現代社会学部教
       授        岡島貞一郎君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○国際問題に関する調査
 (「二十一世紀における世界と日本」のうち、
 国連の今日的役割について)

    ─────────────
#2
○会長(関谷勝嗣君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国際問題に関する調査のため、本日の調査会に一橋大学大学院法学研究科・法学部教授大芝亮君、亜細亜大学国際関係学部助教授秋月弘子君及び同志社女子大学現代社会学部教授岡島貞一郎君を参考人として出席を求めることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○会長(関谷勝嗣君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#4
○会長(関谷勝嗣君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本調査会は、調査テーマを「二十一世紀における世界と日本」として、参考人の方々からいろいろと御意見を承っておりますが、本日は、国連の今日的役割について参考人から御意見を伺いました後、質疑を行います。
 先ほども御報告いたしましたが、本日は、一橋大学大学院法学研究科・法学部教授大芝亮参考人、亜細亜大学国際関係学部助教授秋月弘子参考人及び同志社女子大学現代社会学部教授岡島貞一郎参考人に御出席をいただいております。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。
 本調査会では、国連の今日的役割について重点的かつ多角的な調査を進めており、本日は、経済・社会・文化分野における国連活動と専門機関の関係について、参考人から忌憚のない御意見を伺いまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。何とぞよろしくお願いいたします。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、大芝参考人、秋月参考人、岡島参考人の順でお一人三十分以内で御意見をお述べいただいた後、午後四時三十分ごろまでを目途といたしまして質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
 なお、意見、質疑及び答弁とも御発言は着席のままでよろしくお願いいたします。
 それでは、まず最初に大芝参考人から御意見をお述べいただきます。大芝参考人。
#5
○参考人(大芝亮君) 一橋大学の大芝です。よろしくお願いいたします。
 それでは、早速、経済・社会・文化分野における国連活動と専門機関の関係という題につきまして、私の意見を述べさせていただきたいと思います。
 経済、社会、文化と非常に広いわけですけれども、この中で主に経済、特に開発援助の問題についての国連活動と専門機関の関係について意見を述べさせていただきたいと思っております。
 冷戦が終結をいたしまして、開発援助の問題はどういうふうに性格が変わってきたかということを最初に申し上げたいと思いますけれども、冷戦の終結によりましてイデオロギー対立がなくなってくるといったようなところから、開発援助あるいは貧困緩和の問題というのは人類共通の課題である、こういうように言われるようになりましたが、同時に、各国にとりましては、ある意味で経済援助の戦略的な重要性、戦略的な利用価値というのは低下していっている。要するに、人類共通の課題という認識が広まると同時に、逆説的ではありますが、各国からしますと経済援助へのインセンティブというのは低下していく、こういう状況が冷戦後まず見られたのではないだろうかと思っております。
 それともう一つは、九〇年代、冷戦の終結というのは非常に大きな要素ではありますが、これに加えまして、グローバル化という現象もまた非常に大きな国際関係における現象であり、これが開発援助に対して非常に大きな影響を持ってきているだろうと思っております。グローバル化という言葉はいろんな文脈で使われますけれども、ここではとりあえずは市場のグローバル化ということに限定させていただきたいと思っております。
 こういう形で冷戦後グローバル化が進展する中で、開発援助の問題に国連及び専門機関というのはどういうように取り組んできたのか、その課題は何であるかということを考えたいと思っております。
 具体的に、国連機関及び専門機関というふうにいいましても、開発の問題に直接に関係するのは専門機関の中では主に世界銀行であろうと思っております。それから国連に関しましては、UNHCR、国連難民高等弁務官から始まり、国連開発計画、UNDP、こういったいろんな機関が関与しております。世界銀行とIMF、この両者が国連専門機関というような地位にはありますけれども、これら二つは専門機関という地位にあるものの、実際には国連の機関とはかなり独立した行動をとってきたというのがこれまでであったと思っております。
 この両者、大体動かせる資金というものではどれぐらいの大きさなのかということを示すのがこの図の一であります。甚だ図が見にくくて申しわけございませんが、ここでのテーマであります、とりあえず世界銀行と国連ということについて申し上げますと、「譲許的資金の流れ」と書いてありますのは、これは条件のいい援助でありまして、これに関しましては世界銀行を通じての流れというのが五十二億米ドルであるのに対して、国連の場合には四十八億米ドル、こういう比重になっております。
 それから、右側の図は「非譲許的資金」ということで、こちらはいわゆるローンでありまして、利子がつき返済の義務を負う、こういうものでありますが、こちらは国連は関与しておりませんで、基本的に世界銀行だけの数字となります。これが三十一億米ドルという形になっております。これは、国連と世界銀行の扱う資金の大きさというのがどれぐらいかということを簡単に示すだけであります。
 冷戦後、九〇年代以降のこの十年間ですけれども、開発援助の問題の特徴はということをもし一言で言おうとしますと、やはり問題の複合化であろうと思っております。どういう意味で複合的になっていっているかということですが、それがここの一番から五番までに書いたことであります。
 詳細は省きますけれども、まず環境と開発、これが結びついてくるというのはもう言うまでもないことかと思っております。それから、環境と開発のリンケージというのは、必ずしも冷戦後に限りませんけれども、この結びつきというのはまず挙げるべきであろうと思っております。
 それから、冷戦後の非常に特徴としましては、人権・民主化、こういうものと経済援助をリンクさせるということで、これはある意味では、それまでは政治と経済を分離するというような政経分離のアプローチ、これから政治と経済は密接不可分であるという政経不可分のアプローチに変わってきたことであろうと思っております。具体的には、いわゆる政治的コンディショナリティーというような形でこの両者が結びつけられる、結びつけるのが経済援助の方針として望ましいんだ、こういう政策がとられていったと思っております。
 特にその例を挙げますと、一九九一年から事業を開始いたしました欧州復興開発銀行、これはそれまでの世界銀行とかアジア開発銀行と違いまして、初めてこういう人権・民主化と援助、これをリンクすることを協定でうたった国際金融機関であります。日本におきましても、九二年にはODA大綱が採択をされ、ここにおいて人権・民主化努力、非軍事化の努力、こういうものを経済援助のときに考量するということを言っております。
 こういった人権・民主化と援助のリンケージという中で、非常にジレンマに立たされましたのが専門機関であります世界銀行であります。といいますのも、世界銀行の場合には、その設立された時期がブレトンウッズ会議でできましたもので、五十年前の時期におきましては戦後体制は政治と経済は分離をしていく、経済機関、金融機関は政治の問題にはコミットしないと、こういう原則に基づいて設立されたこともありまして、その世界銀行のルールの中には借り入れ国の政治的要因は考慮してはいけないというルールがあります。しかしながら、世界銀行に財政的な拠出をしています大口の拠出国である先進国は、二国間政府援助におきましては先ほど申し上げました政治的コンディショナリティーというものを採択しているということで、世界銀行からしますと、自身の持っているルールというものと大口拠出国の政策との間に乖離が見られるということで、これをどう対応するかという問題が生じたわけであります。
 このジレンマに対しまして、結論的には世界銀行が出してくる概念というのは、グッドガバナンスと呼ばれるような言葉、考え方を持ってくるわけです。もちろんグッドガバナンスということが言われましたのは、決してこういうジレンマ解消のためだけということではなく、それまでの世界銀行の開発戦略の中から、その経験の中から出てきた言葉ではありますが、しかしこのジレンマを解消する意味でこのグッドガバナンスという言葉は非常に便利でもあったといったことから、これが非常に強調されるようになったと、そういう側面もあるかと思っております。
 このグッドガバナンスの内容といいますのは、もう今日的には非常になじみのある概念になってきたと思いますが、透明性、トランスペアレンシーであるとか説明責任、アカウンタビリティー、あるいは法治主義といいますか、世界銀行の場合は開発だけに限定をしておりますけれども、その法的な枠組みを充実させる、さらにもう一つ公共部門の効率性、こういう四つの要素からガバナンスというのが構成されるというように世界銀行は定義をしております。
 こういうことで、これは非常に便利であると先ほど申し上げましたのは、ガバナンスの言葉には二面性がありまして、一つはこのガバナンス、透明性、アカウンタビリティー、こういう話は民主主義と非常に似ている。透明性の場合、情報公開というようなことを通じてガバナンスの改善は民主化にも貢献をする、こういう意味で先進国の要求には十分こたえるものであると。しかしながら、政治的コンディショナリティーというようなものを嫌います途上国からしますと、その途上国向けには世界銀行の方は、これはあくまで民主主義というような特定の政治体制を意味するものではないということで、ガバナンスと民主化を要求する政治的コンディショナリティーとは違うんだということで、実際の政治の問題を考慮してはいけないというルールには触れない、こういう形で途上国向けには説明をすると。そういう二面性が、ある意味で政治的には非常に便利な言葉であろうかと思っております。
 こういう形で世界銀行はジレンマを解消していくわけですが、国連開発計画、UNDP、これも国連の開発援助の問題の一つの中枢でありますが、このUNDPの場合には、こういった世界銀行のこの定義に加えまして、人権それから政治体制の問題をもこのガバナンスの一つの要素であるというように定義をし、世界銀行の考え方との違いというのを出していくわけです。
 しかしながら、同時に、このグッドガバナンスの問題点というのは、グッドというようなある意味で規範性がここに付与されておりまして、そういう意味で何をもってグッドガバナンスというのかというその点が政治的には問題となったところがあります。そういったところから、UNDPの場合にはガバナンスの要素として、先ほど申し上げました人権、さらには政治体制、こういったものを考慮はするけれども、どの政治体制が望ましい、グッドであるかというようなことについては一義的には言えないんだと、こういう形で対応をしたわけであります。
 こういったガバナンスというのは、開発援助機関、これは日本もあるいはアメリカも含めまして、こういう開発援助機関がその後随分このグッドガバナンスという概念を採用するようになってきます。このガバナンスとここで提起されてくる問題は、グッドガバナンスということと政治的コンディショナリティーはどういう関係にあるのかということで、言いかえますと、ガバナンスと民主主義というのはどういう関係にあるのかということをめぐって論争というのが九〇年代半ばから後半にかけて行われます。
 いわゆるエイジアンウエー、アジア的人権、こういう議論のいわば開発援助版としましてガバナンスと民主主義の議論というのがなされたわけでありまして、九〇年の半ばにおきましては、主にアジアの諸国ですが、ガバナンスが世界銀行も言うとおり、経済発展にとり重要であり、それゆえ民主主義、民主化を押しつけるのはよろしくないんだと、こういう形で政治的コンディショナリティーの政策を批判いたします。
 しかしながら、九七年に始まりますアジアの経済危機以降状況は変わりまして、むしろアジア諸国のガバナンスには問題があるんだということで、今日的にはガバナンスの改善にはやはり民主化が必要ではないかという意見が非常に有力になっているような印象を私は持っております。
 これが政治的コンディショナリティーあるいはグッドガバナンスの話でありますが、こういった議論とはまた別の次元でもう一つの発展の指標としまして、国連開発計画は人間開発及び人間の安全保障というような考え方を提示してきます。人間開発指標というようなものを出しまして、これは三つの要素、平均寿命、識字率、一人当たりGDPというようなことを持ってきまして、その経済成長一点張りの考え方に対するもう一つの指標というものを提示いたします。
 さらには、その人間開発のレベルが男女間においてどう差があるのかというようなことを測定するジェンダー指標というようなものも提示をしてきます。さらにこれとの関連で、人間の安全保障という、これはもちろん開発の分野に限りませんけれども、人間の安全保障という概念を出してきまして、これは非常に幅の広い、悪く言いますと何でもここに入るというような言葉でありますが、しかし国家安全保障を中心の考え方に対する別の考え方を出し、また開発の問題についても、経済成長一点張りの考え方とは違う指標として人間の安全保障という言葉を出してきております。これは、貧困、食糧、健康、環境、それから各種の暴力、それからどういう集団に属するか、さらには政治的な不安定等々から生ずるあらゆる脅威から人間が安全を確保しなければならないと、こういう話であります。
 こういう形で、開発の目的というのが非常に多元化をするといいますか、非常に複合化していくわけですけれども、それに加えて、九〇年代のもう一つ国際関係の特徴であります地域紛争、これが随分頻発したことから、この地域紛争が終結をしました後、その紛争終結後の復興支援というようなことが国連及び世界銀行の大きな課題として登場してきます。こういったことで、世界銀行の場合にもポスト・コンフリクト・ユニットというような復興支援の部屋を一つ設けまして、これに取り組むということを行ってくるようになってきます。
 こういう段階になりますと、いわゆる難民の帰還問題からあるいは地雷の除去の問題のような人道援助の問題と、その後の、例えば武装解除されました兵士にどういうふうに職を与えるかというような復興開発援助の問題をどう結びつけるかという新たな課題も登場してくることになったわけであります。このように九〇年代、開発の問題というのが非常に多様性を持ってくるわけであります。
 こういう問題自体が複合化してくる開発の問題に、それではどのような体制で国際社会は取り組むべきかというのが、いわゆる我々の分野ではグローバルガバナンスという言葉を用いて、どういう国際開発援助体制が必要かといったことを議論しております。
 その場合には、従来、これまでの国際社会の取り組み方というのはどうであったかといいますと、もし言葉を使うならば、グローバルに対して国際的、要するに政府間というのが中心である体制でありまして、そういう意味で国際的なガバナンスシステムであり、実態はと申しますと、私の解釈では基本的にはG7サミットがすべてをまとめていく、世界銀行、IMFというのはG7サミットの事務局のような役割として機能してきたと。なぜG7サミットかといいますと、これはもう基本的に援助の八割、GDPの四分の三を占めるわけでありまして、そういったことからやはり経済力、財政力、これが実効性を持ってきたというのがこれまでであった。その限りにおきましてはパワーポリティックス的な論理というのが支配してきたのであろうと。国連はこれに対してある意味でもう一つの発展というものを模索する、異議申し立てをする、こういう役割を果たしてきたのであろうと思っております。
 今後に関しましては、グローバルガバナンスという形でよく言われますが、要するに中身は何かと申し上げますと、三ページのところなんですけれども、簡単に申し上げますと「ガバナンス・ウイズアウト・ガバメント」と書きましたところなんですが、「世界政府をもつことなしに、世界の諸国家・NGOが集中排除型、分権型のシステムで国際関係を運営していこう」、この場合ですと開発援助の問題に取り組んでいこう、こういう考え方であります。
 図の三は、ちょっとごちゃごちゃ書きましたけれども、ここは省かせていただきます。これはガバナンスとガバメントがどう違うかということを図の三で示したいと思ったわけでありますが、それは省かせていただきまして、要するに、グローバルガバナンスということで言いたいのは、決して個々の国際組織、国連を強化するとか、世界銀行、IMFを強化するというような組織を強化する、こういう方向ではなくて、むしろ国連、それからIMF、世界銀行、NGO、こういったものを全体としてどういうふうにまとめていくか、その分業・分権的、こういうシステムをうまく活用していくのが大事だということで、決して国連の、もちろん国連はいろんな意味で機能は強化すべきだと思いますが、組織を巨大化させるという必要はないんじゃないかという考え方であります。
 こういう基本的な考え方のもとに、ひとつ私のグローバルガバナンス、開発援助の分野でのあり方というものの意見を述べさせていただきたいと思います。
 それは三点ほどありまして、一つは開発援助の問題。私はここで非常に複合化していっているというふうには申し上げましたけれども、全くそれと矛盾するようなことになるんですが、しかしながら、ある意味で国連のUNDPであるとか世界銀行、こういった機関においては専門家としての能力、これをやはり重視していくべきであろうというふうに思います。ある意味で政治的な判断が必要なことは、これはむしろ先ほど申し上げましたサミットなりあるいは国連総会なりあるいは世銀・IMF総会なり、こういった各国の協議で決めていくべきことであり、それぞれの国際機関はやはり専門家としての信頼というものを確立することが一番大事ではないだろうかというふうに思っております。
 ただ、専門家としての能力、これが第一点なんですが、専門家としての能力ということだけを強調していきますと、次第に各国の考え方、あるいは世界のいわゆる市民社会的な発想からずれができてくるというおそれというのは多分にあるかと思っております。
 そういう意味では、第二番目の点は国連あるいは世界銀行ですが、こういった国際組織自身のガバナンス、これを改善していくことが必要であろう。これこそまさに先ほどガバナンスで挙げました四つの要素、特に透明性、説明責任、こういったことは国連もまた世界銀行も率先してみずからのガバナンスを改善していく、これが必要であろうと思っております。こういったことを国際組織に依頼をしましても、なかなか自分でこういう行動はとりがたいところがあるのではないかと思っております。
 その点に関して、三番目でありますが、やはりこういう国際組織自身のガバナンスの改善をチェックする役割が必要であろう。そういう意味では、NGOによるところの国際組織のいろんな活動への参加、このチャネルを拡大することが必要であり、これは日本も含めてですが、各国政府のすべきことは、一つはこういったNGOによるところの国際組織の活動への参加、これを拡大するのを支援するということが必要ではないだろうかというように思っております。
 日本の場合の役割というのを最後に述べさせていただきたいと思いますが、これは今の点ともかなり重なるわけですけれども、三点ばかり申し上げたいと思います。
 一つは開発援助の問題。日本は世界でトップクラスの援助供与国であります。そういった意味で、開発援助、マルチラテラルな援助の問題ではありますが、やはり日本政府のバイラテラルな二国間の政府援助と連携をさせていくということは非常に重要であろうと思っております。これは実際問題、現在でも随分強調してきたことでありまして、こういう方針は継続していくのがいいのではないかと思っております。
 それから、第二番目と第三番目はある意味で同じことなんですけれども、こういう国際組織による開発援助の問題に対して、やはり最初の部分と終わりの部分を日本の方から強くかかわっていってもいいのではないかと思っております。
 その終わりの部分といいますのは、国連なり世界銀行なりがいろんな開発援助の活動を行っておりますが、これに対する評価をきちんとすべきであろうと思っております。これはもちろん国際組織自身によって外部評価、内部評価を行っておりますけれども、それとは別に、やはり日本はその両機関に対して大口の財政的な拠出国でもありますので、どれぐらいマルチラテラルな援助活動というのがその目標を達成し得ているのか、この評価を積極的に行っていいのではないかと思っております。これは月並みではありますが、これによって国際組織による開発援助活動の実情というものを非常に把握することができ、実情を把握してこそ次の提言というのもできるのではないかと思っております。
 これは政府によるというところですが、加えて、こういう国連及び世界銀行に対して評価を行うということは、その過程で情報公開というのを強く日本政府から求めることになるわけで、こういったことによって日本及び外国のNGOに対しても国連や世界銀行の情報というのが公開をされていくということで、これはNGOの、特に日本の場合のNGOの育成にも貢献するのではないかと思っております。
 NGOの育成に関しては、資金協力というのも非常に重要ではありますが、それと同時に、NGOが発展をしていくために必要な情報公開、これを政府が支援をするといったこともあっていいのではないかと思っております。ただ、こういったことは余り日本政府から直接的な介入をいたしますと、ある意味でマルチラテラルな機関の持っている自立性というものを踏みにじることにもなりますので、これはバランス問題ではあるかと思いますけれども、不必要な介入というのはやはり避けるべきではないかと思っております。
 それから三番目には、今度は、こういう国連、世界銀行による開発援助活動の一番最初になりますが、やはりアジェンダセッティング、一体今何が問題かというようなところで日本ももっと積極的な意見を述べていくことが必要であろうと思っております。
 そういう意味では、人間開発とか人間の安全保障、こういう言葉も出て、あるいはガバナンス、こういう新しい言葉が九〇年代どんどん出てきているわけでありまして、こういった点を日本の場合にもアイデアを提供していくということが必要ではないだろうかと思っております。
 これは、人間の安全保障に関しましては、一つの例を申し上げますと、カナダは随分人間の安全保障というのは強調しており、これはもちろん日本政府も強調しているかと思っております。カナダの場合の例で申し上げますと、これはかつてはカナダの外交の場合にピースキーピング、平和維持活動というのを中核としてきたと。ところが、この平和維持活動にアメリカも積極的に関与してくる中で、ミドルパワーとしてのカナダというのは次に新しい概念を打ち出す必要がある。そういう中で、人間の安全保障ということを打ち出してきた背景があるかと思っております。
 そういう意味で、一言で申し上げますと、要するにこれはカナダにとっては一つの国益であり、その国益が国際公共利益にもつながると、こういったアイデアというのを日本としてもぜひ出していきたいというふうに思っております。
 時間をちょっとオーバーしたかもしれませんけれども、以上です。どうもありがとうございました。
#6
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、秋月参考人から御意見をお述べいただきます。秋月参考人。
#7
○参考人(秋月弘子君) 御紹介いただきました亜細亜大学の秋月弘子でございます。本日はこのような場で意見を述べさせていただくこと、大変に光栄に存じております。ありがとうございます。
 私は、国連システムにおける経済社会協力の調整ということで意見を述べさせていただきます。私の報告の要旨と、それから先ほど配られましたA3サイズの資料が三枚ほどお手元にあると思います。御参照ください。
 本日のお話は、主に三点、経済社会協力の調整ということですので、まず第一に、国連システムの各国際機構の本部レベルでの調整がどうなっているのかという点が第一点。そして第二番目に、経済社会協力といいますのは国際機構が被援助国の領域の中に赴いていって協力を行いますので、その被援助国の領域内、つまり現地でどのような協力が行われているか、どういった調整が行われているかというのが第二点です。そして、本部レベル、現地レベルでの調整の制度をお話しした後に、残された現在の課題について意見を述べさせていただきたいと思います。
 初めに二点ほど確認させていただきたいと思います。まず資料一、国際連合機構図をちょっとごらんになっていただきたいんですが、国連機構図に関しましては、事務局に御用意いただきました資料の中にも入っておりますが、もう少し細かい国連の中の組織を見ていただいて調整の必要を感じていただこうと思いまして、資料一をつくってまいりました。ただ、これは一九九二年の段階の組織図でございますので、例えば持続可能な開発に関する委員会がまだ設置されていない、したがってこの図に出てこないとか、そういう多少古い図ではございます。大変申しわけないんですが、国連の中、そして国連システムの全体像をごらんになっていただくために御用意いたしました。
 一つ確認していただきたいのは、国連システムという言葉で、もう皆様十分に御承知だと思いますが、数の上でいえば、国連システムというのは十九の国際機構から構成しているというふうに一般に言われております。一つは国際連合本体です。そして、専門機関というのが十六ございます。これは、国連憲章の六十三条に基づきまして、各分野ごとに活動している国際的な国際機構は国連の経済社会理事会と連携協定を結んで専門機関になるというような規定がございます。そのような連携協定を結んでいる国際機構が十六ございます。これがこの図の右下、「(専門機関)」というふうに書いてある部分です。
 そのほかに国際原子力機関、IAEAでございますが、これは活動分野との関連で、連携協定を経済社会理事会ではなく、安全保障理事会と総会と結んでおりますので、憲章六十三条に言う専門機関ではないということで、専門機関としては位置づけられておりませんが、国連と密接な協力関係にある機関でございます。
 それから、この図が古くてガットというふうに点線で書いてありますが、その後継の国際機関でありますWTO、これは国連と正式な連携関係にはございません。連携協定は結んでおりませんが、従来、ガットが国連と非常に緊密な連絡をとってきた、そして国際貿易に関しても国連も共同して活動するべきであるということから、非常に緊密な、連携協定はございませんけれども、協力してやっていくということでWTOも国連のシステムの中に位置づけております。
 したがいまして、国連システムといいますのは、国連本体と十六の専門機関プラスIAEAとWTOという十九の国際機構でございます。それに対して、総会の左側に線がどっと出ておりまして、これは全部総会が後ほどつくりました補助機関です。それから、経済社会理事会も補助機関、いわゆる下部機関をたくさん設けております。
 このようにしてごらんになればおわかりかと思いますが、国連の内部機関だけでも百以上の内部機関を持っております。それぞれ各分野で活動しておりますが、その活動が重複することが出てくるわけで、この図をごらんいただきましても、調整の必要とか難しさとかがおわかりいただけるのではないかと思います。それがまず第一点です。
 そして御確認いただきたい第二点は、まず調整の必要性ということでレジュメにも書きましたが、私はそこに三つほど、なぜ調整が必要かということを書いておきました。
 一つ目は、もう皆様御存じのとおり、たかだか十三億ドル弱の国連の通常予算、経済社会協力に関しましては一般に四十五億ドルというふうに言われております。通常予算の三倍ほどの規模で活動は行っておりますけれども、これは国連システム全体の数字ですので、世界の人口で割りますと、一人当たりたかだか八十セントの資金しか経済社会協力に振り分けられていないという状況、このような少ない予算を二十近くの国際機構に分けて、それぞれの活動が重複していれば非常に残念なことだということで調整の必要性がございます。
 それから、二番目の援助効率というのは、先ほども申しましたように、各国際機構は途上国の現場に行って活動を行うわけですけれども、各国際機構がそれぞれの活動の優先順位をつけますが、その優先順位が同じような分野での活動の優先順位と違った場合、これがふさわしい事例かどうかちょっと自信がありませんが、今思いつくところで御説明申し上げますと、例えば外貨収入をふやすために観光開発しようとしたときに、世界銀行は外国人客を招聘するために、例えばバリ島に大きなホテルをつくろうということになりますと、海岸を壊して大きなホテルをつくって、そこにホテルマネジメントのプロジェクトをつくろうじゃないかというようなことがありますと、一つの機関は環境をある意味で破壊する方向に行くかもしれません。
 それに対して、世界環境機関というふうな機関がありますが、いやそれは観光資源としての天然資源を、自然資源を保持した方がむしろ外国人客を招聘することができるのだというふうな形で、むしろ環境を保護しようとするような方向に進むとするならば、観光客を誘致して外貨を獲得しようという同じ方向に向かおうとしても、その目的に向かう道順が違うわけで、そのような優先順位が各国際機構の活動ごとに違ってまいりますと、結果として目的の方向は一緒としても、そこに向かう道の効率が下がるという意味で、援助効率の点から調整が必要だということが一点あります。
 そして三番目の、問題の複雑化、包括化ですが、これは先ほど大芝先生が御説明くださいました開発援助問題の複合化ということと一緒でございますので、私はこれ以上申し上げる必要はないと思います。
 以上のような点を踏まえました上で、では実際、国連システム、十九の国際機構が本部レベルでどのように調整しているかということで、まず私は、法的にどのように位置づけられていて、どのように調整を規定しているかというのを御確認いただきたいと思いまして、資料二、資料三、これはちょっと国際条約で細かくて申しわけありませんが、御参考までに配らせていただきました。詳しく御説明申し上げている時間がございませんので、後ほどお時間があるときに、アンダーライン、傍線を引いたり星マークをつけたりして関連のところをマークしておきましたので、後ほど御確認いただきたいと思いますが、三つの次元で確認させていただきます。
 一つは、国連憲章上は、つまり国連自身は、国連は専門機関より一段上の調整機関に位置づけるというふうに国連憲章に書いております。それが国連憲章五十八条から六十四条に至る国連の経済社会理事会の任務に関する規定でございますし、かつ総会の予算権のところで、これは憲章十七条ですが、財政上の監督権、勧告権を総会が持ち得るというようなことの規定にもなっております。したがいまして、国連自身は国連は専門機関よりも一歩上の監督機関、調整機関というふうに思っております。
 それに対して、各国際機構、専門機関はどのように国連を見ているかということになりますと、各専門機関の設立の基本条約、例えばILO憲章ですとかユネスコ憲章というようなものには国連との関係はほとんど言及されておりません。具体的に国連と専門機関との関係を法的に規律するものは、先ほど申し上げました、専門機関は国連と連携協定を結んでおりますので、各専門機関と国連の間の連携協定を見ていくとそこに両者の関係が規定されております。
 この連携協定を見ていくと、大きく分けて二つの分類に分けられます。その二つの代表として、資料二が国連と国際労働機関、ILOの協定、そして資料三が国連と世界銀行の間の協定でございます。
 この両者がどう違うかと申しますと、ILOと国連の間の連携協定では、先ほど申し上げました、国連自身が考えている、国連が一段上の調整機関としての位置づけにほぼ近い内容の協定になっております。例えば、国連はILOの予算の報告を受けるですとか、事前に提出をしてもらって活動報告をして、それに対して勧告をするなり意見を言う、そういう立場にあるわけです。それに対しまして世界銀行型は、これはもう国際金融機関ということでございますから、国連と対等、平等の立場で、国連には一切予算それから活動に関する勧告権を認めない、独立、別個でやっていくんだという形になっております。こういう法的な位置づけから、後ほど申し上げますが、国連システムの中でも特に世界銀行を中心とするブレトンウッズ機構との調整が非常に難しい原因の一つになっているということがおわかりいただけると思います。
 国際機構同士のそういう法的な連携関係を御説明いたしましたが、では実際に国連システムの中でどのような調整機関があるかということでは、まず一番我々が想像にかたくないのが経済社会理事会。経済社会協力ですから、経済社会理事会という理事会がありますので、そこが調整をしているだろう、あるいはできるだろうと思いがちですが、実質的には経済社会理事会の調整機能というのはそれほどございません。これは国連憲章の六十四条の二項を見ていただければわかるんですが、経済社会理事会というのは専門機関から上がってきた報告書を総会に報告するというような形になっておりまして、報告のルートの一通過点というような形になっておりまして、実際、憲章上もむしろ経済社会理事会の権限が弱まるような形の規定になっておりますし、かつ経済社会分野の問題がたくさんございます。実質的な議論をする時間等がございませんので、実質的な調整機能というのは経済社会理事会は余り持っていないというのが現状のようでございます。
 そこで、一九九〇年以降、調整機能強化のための経済社会理事会の改組案というのが幾つも出ておりますし、一番そこで重要な論点となっているのが、やはり専門機関と国連システム全体の調整機能を強化するというところに力点が置かれているわけです。この点はまた、一九九四年に国連事務総長が「開発への課題」ということで提言をしておりますが、国連の調整機能の強化案として、専門機関と密接に連携する、特に経済社会理事会の調整機能、権限を強化するというようなことを繰り返し言っておりますので、経済社会理事会が調整機関であるべきで、そこを強化するべきだということは長い間言われているというところですが、実際にはまだまだうまくいっておりませんで、さらなる改革が必要であろうということだと思います。
 そこで、では実際にどこにおいて国連とその他の専門機関が実質的に調整をしているかといいますと、この機構図をごらんいただきますと、経済社会理事会と専門機関との間に行政調整委員会、ACCと書いた機関がございます。ここが実質的な調整機関になっておりまして、これは国連の事務総長が議長となって、十六の専門機関プラスIAEA及びWTO、それに加えまして、国連の内部機関ですが、国連本体の中の、例えばUNCTADですとかUNHCR、それから開発の中心的な機関、UNDP等の七つの機関が含まれて、合計二十五の機関の長、事務局長レベルが出席して、年二回から三回ですが会合を持って政策レベルの調整を行っています。
 ただ、このACC、行政調整委員会での話の内容を見ていくと、国連とILO型の国際専門機関の連携協定は国連が一歩上というふうに書いておりまして、この行政調整委員会でも一応議長は国連の事務総長というふうに、形式的には国連が一歩上であるかのような形をとっておりますが、ACCでの議論は実際には各専門機関の独立性、それから自主性というのを損なわないように細心の注意を払いながら議論をしておりますので、国連と専門機関の調整を主要に行っております行政調整委員会においては、実際には国連と専門機関はかなり対等な関係で政策調整が行われているということが言えると思います。
 本部レベルにおきましては、国連の本体の中にも幾つも調整機関がございます。左側の箱にたくさんいろんな機関がある中で、行政財政問題諮問委員会ですとか合同監査団ですとか国際人事委員会ですとかそういうところで人事政策まで含めて、政策、予算の調整などの調整のための機関、十以上あるというふうに言われておりますけれども、国連の中にはそのような調整機関がたくさんあるわけですけれども、本部レベルでの重要な調整機関としては、先ほど申し上げました経済社会理事会と行政調整委員会というのを御承知おきいただきたいと思います。
 それから今度は、今申し上げたのは本部レベルで、特に国連と専門機関の関係ですが、国連の中にもたくさん経済社会協力を行っている機関がございます。国連の補助機関として、例えばユニセフですとかUNDPですとかUNHCRですとかあるわけですが、その国連内部の機関の調整をどのようにしているかといいますと、九七年にアナン事務総長の提案で約三十の国連機関を問題別に四つのグループに分けました。その中で、経済社会協力に関するものは国連開発グループ、ユナイテッド・ネーションズ・ディベロプメント・グループということで、UNDGという名前で呼ばれるグループをつくりました。これは十九の国連の内部機関から構成されておりまして、ここの議長は国連の開発援助活動の中心的な役割を担っているUNDP、国連開発計画が議長となって中心的に調整を行っております。ここで目指すのは、政策とか意思を共同でつくる、そして各機関が行っているプログラムを調整する、開発援助活動を調整する、そして援助活動の効率を高めるというようなことを目的にやっているのがこの国連開発グループでございます。
 以上が、国連及び専門機関の本部レベルでの調整の制度ですが、では実際に現地では、開発途上国の現地で経済社会協力を行う際の調整はどのようにしているかというと、三つほど御説明申し上げたいと思いますが、最初に、ちょっと順番が前後しますが、三者協力システム、トライパータイト・パートナーシップというふうに国連では言っておりますが、こちらから御説明したいと思います。
 まず、国連の開発援助業務といいますのは、世界銀行などとは違いまして、先ほど大芝先生から御説明がありましたように、無償の援助活動で、無償ということはつまり技術援助活動が中心になっております。国連はほとんど無償で技術を伝える援助活動をやっているわけですが、その中心となるのがUNDPです。
 そのUNDPの開発援助プロジェクトといいますのは三者の間の協力で行われています。一つはUNDPですが、UNDPはその中でも資金を提供するというファイナンスエージェンシー、資金を提供する機関として位置づけられております。そして具体的な技術、途上国に伝えるべき技術は、各専門機関が専門性を持っておりますので、労働問題であればILO、保健衛生問題であればWHO、教育科学問題であればユネスコというような形で専門家が出てきて技術を伝える、そして最後に援助される側の被援助国政府が主体的にプロジェクトを実施するという、このUNDP、専門機関、被援助国政府という三者の間で協力関係が行われております。
 そのような形で、分野ごとにそれぞれ三者ができて活動が行われているわけですけれども、国連はこの開発援助活動の効率を高めるために一九七七年に経済社会分野の機構改革の新しい制度を導入いたしました。それが一番の国連常駐調整官制度、レジデント・コーディネーター・システムと言われるもので、これは途上国の領域に各専門機関がみんな代表を送ってきて先ほど申し上げたような技術援助をするわけですけれども、それがグループごとにいろんなことをやって調整がとれないとやはり効率が悪いわけです。そこで、この一九七七年に考案された常駐調整官制度というのは、一人の人を国連のチームリーダーとして任命して、国連常駐調整官として任命して、その人が国連チームのリーダーとして現地の国連が関与する経済社会協力の責任を担うという形で調整を行おうとしたのがこの制度でございます。
 国連の場合、先ほどから申し上げますように技術協力の中心的な機関がUNDPでございますので、本来はUNDPの現地事務所、常駐代表がおりますので、その常駐代表が、つまりUNDPの現地代表が国連システム全体の調整官として、言ってみれば国連大使のような立場で現地の活動を調整するというような制度を取り入れました。
 これが国連常駐調整官制度で、もともとは経済社会協力、開発援助活動のための調整官だったんですが、この制度は非常によろしいということで強化されて、権限が拡大されまして、その後、本来開発援助活動とは違う、関連はしているわけですけれども、人道援助活動の調整役も任務が与えられ、その後は九〇年代に入って特にですが、毎年のように国際会議、世界会議が行われております各世界会議で採択された世界的な政策を各途上国が途上国レベルで、各国内で履行するための技術援助を行うというような形で、世界会議の政策の国内履行活動の調整役というような任務も与えられております。
 最近では、平和維持活動で国家再建ですとか、紛争で崩壊した国にかわって統治支援をするような活動を平和維持活動が行っておりますけれども、そういう活動の際の調整役も行うような形で、この常駐調整官制度は本来経済社会協力の調整から始まりましたけれども、現在ではまさに途上国における、現地における国連システム全体の、つまり国連のプレゼンスの代表者というふうな言い方をされます、国連の現地関与の代表者というような形になっておりますので、この常駐調整官を中心に国連システムが調整されるような形になっております。
 そしてもう一つ、三番目に、ちょっと多少技術的になりますが、経済社会協力の活動に関しては、つまり開発援助活動に関しては、各援助機関が国別計画というのを策定して、その機関ごとに優先順位をつけて援助プロジェクトを実施していくわけですけれども、先ほど申し上げましたように各機関ごとに優先順位が違うと援助効率が悪くなりますので、国連としては、この国連常駐調整官を中心にチームワークで一つの途上国に対して行動をとっていこうとするならば、各国連システムの、各機関の国別計画を別のものにするのではなく、国連全体のその国に対する政策をつくろうということで、それが国連開発援助枠組みということで一つの大枠、ショッピングリストのようなものをつくって、この分野ではこういうものが必要、例えば教育分野であれば初等教育が重要なのか中等教育に移行するべきなのかとか、そういう政策をつくりまして、そこの分野で活動が行われる機関にそのショッピングリストの中から活動を選んでやっていただくというような形で、リストは国連としてつくるというような形の大枠をつくる試みをやっております。
 以上のような形で、現場においてはもう経済社会協力を効率的に行うんだという目的意識が非常に明確でございますので、本部レベル以上に現地では関係者が率先して調整あるいは協力活動を行っているというのが現場での状態だろうというふうに私は個人的に思っております。
 最後に、以上のような調整の制度を概観した結果、私の意見として、今後の課題として四点ほど書かせていただきました。
 まず第一は、国連システム、十九の国際機構の調整が必要なわけですけれども、その場合、まず第一義的な責任はどこにあるかと申しますと、日本を含む各加盟国がそれぞれ十九の国際機構に加盟国として存在しているわけです。とするならば、十九の国際機構の中で政策の調整が必要であるならば、それぞれの機関に入っている共通の加盟国がそれぞれの政策を歩調の合うような、協力できるような政策にするべきだろうというふうに思っております。
 特に、今後調整が必要なのは国連とブレトンウッズ機構の調整、これは法的には連携協定上、多少ILO型の連携協定と違って、国連の調整機関としての立場を余り認めておりませんので、法的な協定では非常に協力が難しいのかもしれませんが、特に日本のような国、国連においてもブレトンウッズ機構においても世界第二位の経済的な貢献をしている国は発言権が多いわけですから、その両方の政策づくりの場においてそれぞれの政策が歩み寄れるような政策をつくるように率先して活動するべきではないかというふうに思います。
 ただし、これは非常に困難であることが容易に想像できるのは、それぞれの監督官庁が違う、つまり国連は片や外務省、それから金融機関は大蔵省ということで、これはどこの国でも同じなんですが、国内行政の縦割りの問題がありますので、加盟国は一緒といっても、その国内の政策を調整しない限り、国際的に出てくる政策の調整も難しいというふうに個人的には思いますが、そこをぜひ取り組んでいただきたいというふうに思います。
 それから三番目に、先ほど申し上げましたが、経済社会理事会というのは、名前のほどには権限なり調整機能なりがうまくいっていないように思われますので、ここに関してはいろいろな提言もございます。先ほど大芝先生から御指摘いただきました開発援助の評価をやる検証機関にしたらどうかというような提案もございます。どういう形にせよ、やはり経済社会理事会の実質的な機能を強化する必要はあろうかというふうに思います。
 それから四番目に、この点はやはり日本も特に関係するんですが、先ほど現地レベルで国連開発援助枠組みという枠組み、ショッピングリストをつくるということを努力しているという話をしましたけれども、今のところ、この援助枠組みに参加していただくのは国連の機関と専門機関のところまでが射程なんですが、やはり一つの被援助国に対する援助効率を高めるためには、二国間の援助規模がはるかに大きいのが二国間援助の経済社会協力ですので、その規模を持っている二国間のドナーの方たちにもやはりこの国連が全体でつくったショッピングリストに入ってきていただいて、つまり日本の援助機関の国別計画というのをこの国連の開発援助枠組みの中に合わせるなり、歩調をそろえるというような形で国連システムの社会経済協力と二国間援助の調整も現地レベルでしていただければというふうに希望いたしております。
 非常に早くておわかりにくかったかもしれませんが、以上で私のお話を終了させていただきます。
 御清聴ありがとうございました。
#8
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 次に、岡島参考人から御意見をお述べいただきます。岡島参考人。
#9
○参考人(岡島貞一郎君) 同志社女子大学の岡島です。きょうは本調査会にお招きいただきまして、大変光栄であります。厚く御礼申し上げます。
 本日与えられた議題は、経済・社会・文化分野における国連活動と専門機関の関係、ユネスコの現状と課題ということでお話しさせていただきます。
 ユネスコは一九四六年にパリで誕生しました。その憲章には「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」という有名な一節があり、これらの言葉によってユネスコの名前はよく知られてきました。
 しかし、いざユネスコは何をしているところなのかと尋ねられますと、簡単には説明しにくい組織であります。ユニセフは子供、世界銀行はお金、FAOは農業、食糧、WHOは保健といったわかりやすさがユネスコにはありません。ユネスコは教育、科学、文化、コミュニケーションと申しましても、何分広い分野のことでありますゆえ、理解しがたいのであります。
 要は、教育、科学、文化の分野における活動を通じて国際理解、国際平和を促進することにありますが、その目的を達成するためにユネスコ憲章は、コミュニケーションの手段を開発し、増加せしめ、人々の相互理解のために、そしてお互いの生活をもっと真実に、もっと完全に知るためにコミュニケーションを行うことの重要性を強調しております。すなわち、どのようにして平和のとりでを築き上げるか、それはお互いのコミュニケーションを活発にすることが不可欠であるという考え方であります。
 かくしてユネスコは、その創立当初から今現在に至るまで三本の柱を中心とする行動をとってきています。すなわち、その一、規範創設、基準設定、二、国際協力事業、三、オペレーショナル・アクティビティー、ユネスコ加盟国の事業執行に対する技術援助であります。
 規範創設、基準設定と申しますのは、条約、勧告、宣言を作成し、一般基準を規定する仕事で、教育、科学、文化、コミュニケーションの分野における行動の基準を国際的に定めようという仕事であります。ユネスコによって、あるいはユネスコが加わって採択された条約、勧告は今までに総じて六十以上に上ります。
 少し例を取り上げてみますと、一九五二年の万国著作権条約、一九六〇年の教育における差別待遇の防止に関する条約、一九七二年の世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約、一九八三年のアジア・太平洋地域における高等教育の学業、卒業証書及び学位の認定に関する地域条約などがあります。今述べました一九七二年採択の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に日本は一九九二年に加入し、それによって姫路城、古都京都の文化財、白川郷・五箇山、広島の原爆ドームなどが世界遺産リストに登録されるに至りました。
 次に、国際協力事業であります。広い意味でユネスコが行う仕事は、これすべて国際協力事業と言えましょうが、ここではもう少し特別に、国際的共同プログラムを計画、作成、そして実施、推進する仕事を意味します。
 例えば一九七一年から始まった人間と生物圏、マン・アンド・ザ・バイオスフェア計画、その英語の頭文字をとって略してMABとして知られていますが、これは全世界を網羅する自然環境保全のプログラムであります。今から三十年前、いまだ環境状況が国際的には現在ほど問題視されていないころ、ユネスコが具体的にMABを立ち上げたということは画期的な出来事でありました。現在、MABプログラムのもとに世界の八十カ国以上において三百カ所を超える生物圏保護区が指定されていまして、人間活動と環境との関係に関する研究が国際協力を得て進められています。日本では屋久島、大台ヶ原・大峰山、白山、志賀高原が生物圏保護区に指定されています。また、日本はMAB理事国として重要な任務を果たしています。
 ユネスコの活動のもう一つの柱となっていますのがオペレーショナル・アクティビティーと言われるものであります。オペレーショナル・アクティビティーという言葉は、日本語ではまだよい訳が見つかっていないようでありますが、ユネスコの場合、これはユネスコ加盟国の要請にこたえて、それら加盟国の開発プログラムを加盟国にかわって実施、執行したりあるいはサポートをして、専門家を派遣したりして主に技術協力を供与する仕事であります。ユネスコのオペレーショナル・アクティビティーは一九七〇年代、八〇年代に盛んでありましたが、九〇年代に入って下火に入っています。
 なお、オペレーショナル・アクティビティーの資金源は世界銀行、国連開発計画、UNDP、アジア開発銀行、ユネスコに設置されている信託基金といった国連機構内の財源であります。
 ユネスコは、国連機構の中にある十八の専門機関の一つであり、国連とは一九四六年の相互組織間の協力に関する協定、国連とユネスコとの間の協定で結ばれています。この協定は、条約が伝統的に国家の間で結ばれるのに対し、ここに新たに国際組織と国際組織との間で結ばれる条約が出現したと言われているところのものでありますが、この協定によって、国際協力一般を担当する国際団体として国連が中心であり、国連の調整的な役割を確かめ、しかし国連、ユネスコの関係は原則としてお互いに平等な連携関係であることが確認されています。
 したがって、ユネスコの事務局長は国連から独立してユネスコ自体の総会における選挙で決められ、そのユネスコ総会がユネスコの事業計画と予算を決め、ユネスコ加盟国おのおのが予算を分担する仕組みになっています。
 翻って、UNDP、ユニセフ、そして緒方貞子さんが活躍しておられます国連難民高等弁務官、UNHCRのような組織は、ユネスコのような専門機関と違い、国連総会の決議によって創立され、それらプログラム、基金、事務所の総裁、事務局長、弁務官は、選挙によってではなく国連の事務総長による任命によって決定され、それら組織の活動資金は各国からの分担金ではなく任意拠出金で賄われています。
 ユネスコは、国連機関の諸組織と国連の経済社会理事会などを通じて緊密な関係を保って事業を進めています。ユネスコの平和の文化プログラムが国連総会で取り上げられ、本年二〇〇〇年を平和の文化国際年と宣言されたのも、経済社会理事会による国連機構内の調整を経た推薦によるものでありました。
 以下、ユネスコと他の国際組織との協力関係を、先ほど御説明申し上げましたユネスコ活動の三本の柱から考察してみたいと思います。
 まず第一に、ユネスコの規範創設、基準設定の仕事でありますが、例えば著作権についてのユネスコの活動は世界知的所有権機関、WIPOと協力するというように、ユネスコはそれぞれの分野において国連機関内の各当該組織と緊密な関係、協力のもとに仕事を進めています。
 次の国際協力事業という仕事ですが、これも国連機構内組織のみならず、非政府間組織、NGOとの協力、共同を得て展開しています。例えば、ユネスコが過去十年間に企画した最も重要な国際会議といえば、それは一九九〇年にタイのジョムチェンで開催されました万人、あらゆる人のための教育世界会議と言えましょうが、この会議はユネスコと一緒にユニセフ、UNDP、世界銀行が力を結集し、共同主催者となり、百三十七のNGOの参加を得て、百六十五カ国の政府関係者、教育専門家が集まり、重要である基礎学習のニーズにこたえる行動の枠組みの目標を定めたのでありました。国連諸組織並びにNGOの見事な協力の一例であります。
 次に、目をオペレーショナル・アクティビティーに転じてみますと、ここには今後解決しなければならない少なくない課題があると思われます。オペレーショナル・アクティビティーの対象は開発途上国における開発プロジェクトでありますが、開発途上国の国レベルで国連機構全体を代表するのはUNDPの代表であるのが通常であります。その代表のもとに専門機関の代表他が集まり、国連全体としての活動を推進し調整していく仕組みであります。昨今、どうもそれがうまく機能していないのであります。
 本来、UNDPの役割には開発資金を調達し、それを各開発途上国に託し、その資金をもってオペレーショナル・アクティビティーを行う専門機関の活動をコーディネートする任務があります。したがって、国レベルでUNDPが国連機構全体を代表し、調整役を引き受けるのはまことに適任であるわけであります。
 しかるに、そのコーディネートの任務を託されたUNDP自身が特に八〇年代の中ごろから専門の機関にかわってオペレーショナル・アクティビティーに本腰を入れて乗り出し、これをダイレクトエクシキューションと申しますが、このダイレクトエクシキューションによって従来の国連機構内における専門分業体制が崩れ、国レベルにおける国連機構全体のコーディネーションが危うくなっているということであります。
 加えて、UNDPは、つい一九九五年ごろまでは年間十億ドルレベルの開発資金を調達するキャパシティーがありましたが、その後、毎年一億ドルぐらいずつ減収を重ね、現在のキャパシティーは六億ドルほどに下がってしまっています。この開発資金募金機能の低下も、UNDP、したがってコーディネーターたる国連機構代表としての求心力の低下をもたらしている要因に違いありません。
 このような状態にあってユネスコは、開発途上国の現場においてユネスコの声を反映させるには現場にユネスコの事務局を置くことが不可欠であると判断、過去十年間に在外事務所の数を文字どおり三十五から七十に倍増したのであります。これが実は今、松浦事務局長にとって一つの課題になっていまして、プログラム実施の面から見ても予算の観点からも、ユネスコが七十もの在外事務所を抱えることは得策であるとは考えられず、これら在外事務所の大幅な減少に現在尽力しておられるわけであります。
 ユニセフとの関係では、ユニセフは先ほど申し上げました一九九〇年のあらゆる人々のための教育世界会議以後、特に教育事業に力を入れ、その努力が評価されています。しかし、オペレーショナル・アクティビティーの現場におきましては、教育はユネスコが担当しているのか、はたまたユニセフに担当が変わったのかといった混乱を起こさせないことが肝心であります。
 時あたかも教育に関するユネスコ・ユニセフ合同委員会、これはユネスコとユニセフそれぞれの執行委員会の代表から成る委員会でありますが、この委員会はユネスコとユニセフが果たす教育の分野における労働の分担、役割の分担を協議している最中であります。
 次に、世界銀行でありますが、ユネスコと世界銀行は、十五年ほど前は両組織の教育専門家の間で合同プログラムがつくられていまして、世銀の教育に関するプログラム、プロジェクトに国連機構の中で教育を担当するユネスコの意見が反映されるメカニズムが機能していました。ム・ボウ事務局長の時代にそれが解消され、今に至っています。
 世銀は、巨大な資金量を背景に各途上国と独自にバイラテラルの関係で数々の重要な教育事業を進め、世銀の教育分野における影響力は絶大なものがあります。したがって、ユネスコは世銀との合同プログラムをいち早く復活させ、ユネスコの教育と世銀の教育をかたくリンクさせることが急務であるゆえんであります。
 以上、教育の分野における協力関係を述べさせていただきましたが、ユネスコが専門とする教育以外の分野、すなわち科学、文化、コミュニケーションは、ユネスコ独自の分野として他の国連組織と際立って競合、重複するような場面はいまだ見当たりません。
 パラドックスとして映るかもしれませんが、ユネスコは冷戦の終結によって失ったことも多い国際組織であります。東西陣営冷戦の時代にありましては東西交流、学者、研究者、芸術家、ジャーナリストたちの交流の仕事は、大げさに言えば独占企業的にユネスコの役割でありました。幸いなことに、冷戦終結によってそれはユネスコだけの役割ではなくなりました。
 事実、冷戦時代、冷戦構造が崩壊する過程で一つの分水嶺となりました一九七五年のヘルシンキ最終合意書の中で言及され、協力が要請されている国連組織は、経済社会理事会のもとに設置されているヨーロッパの地域組織、ヨーロッパ経済委員会と、国際組織ではユネスコが唯一でありました。この最終合意書にあります第三バスケット、人的次元での取り決めによって、一九七五年から八五年の十年間にわたり、ソ連在住のユダヤ人の出国を初め多数の人々が東側から西側へ移住し、また東側諸国での西側ジャーナリストの活動条件が改善されたのでありました。
 冷戦時代にこのような役割に参加してきたユネスコではありますが、逆にこの間、ユネスコの事業は細分化され、拡散され、ム・ボウ事務局長の一九八〇年代の中ごろには百五十項目にもなろうとする小規模なプログラム、プロジェクト、サブプロジェクト、アクティビティーを抱える事態に至りました。冷戦下、東側、西側、南側、北側、東西南北、多くの意見、主張と妥協を余儀なくされたその結果、産物なのであります。
 このような状態では、ユネスコ事業の成果らしい成果を上げるすべはありません。事業の細分化、拡散化を阻止、是正しなければならないという認識のもとに、ム・ボウ事務局長の後を継いだマヨール事務局長もその改善に努めましたが、結局のところは大した成果を得ることもなく不成功に終わりました。理由は簡単であります。ユネスコ加盟国がそれぞれの事業に何らかの形でひもつきになっていて、それら非効率な事業でも継続を支持し、廃絶に対して反対に回るからであります。
 しかし、ここに吉報があります。昨年十一月に事務局長に就任された松浦晃一郎氏は、事務局長選挙の最中からユネスコ事業の集中化の必要性、重要性を訴えてこられましたが、その選挙公約を貫かれ、ことしの秋のユネスコ執行委員会で五項目から成るユネスコの主要プライオリティーを提案、執行委員会をして承認せしめたのであります。それら五項目とは次のとおりです。
 教育の分野では、あらゆる人々のための基礎教育、自然科学の分野では、水科学を通じての水安全保障、人文社会科学の分野では、科学・技術の倫理、文化の分野では、多様性の保護並びに多元主義及び異文化間の対話の推進、そしてコミュニケーションと情報の分野では、情報、特に許可を要せずに使用できる情報へのアクセスの推進。
 以上の五項目にわたる主要プライオリティーのほかに、十六項目にわたるその他のプライオリティーも設定されましたが、百五十に細分化されたユネスコの事業をともかく五項目に絞り、まとめ上げられたことはユネスコにとって歴史的な出来事であり、松浦事務局長の指導力、手腕の確かさを物語るものであります。これでユネスコは過去四半世紀にわたって、ユネスコはいろいろなことをしているが、何をしているのかわかりにくいという世評を一掃するのみならず、限られた財源を少数精選のプライオリティー事業に重点的に投入し、事業効果を高め、ビジビリティーを一層高め、世界に広く支持を求め事業を推進していく基盤を確保しました。
 問題は、ここでどのように日本が主要プライオリティーに取り組むかであります。過去、間々あるパターンに従いますと、こういう場合は、そのために日本は資金協力を惜しまない、あるいは技術協力をも惜しまない、そしてその結果は、日本もそのために努力をした、それはそれで効果があったということで終わってしまうケースが少なくありません。しかし、資金力も技術力も豊かな日本がそういった形で重要なプログラムを終わらせてしまうのはもったいない話で、いかにも残念であります。
 日本は国土も小さく、資源エネルギーにも乏しく、日本では日本一国で解決できる国内問題はもうほとんどなくなってしまっているのであります。これはしかし、現在、日本に限られたことではなく、世界じゅう大概の国々が大なり小なり同じ状態にあると言えましょうが、日本社会の安寧、安泰、安全のためには日本国外における社会の安定が不可欠であり、必須条件であるゆえんであります。特に、日本の近隣地域に存在する不安定要素を一つ一つ忍耐強く安定要素へ変えていく作業は、他人のためならず我が身のためであり、その作業に日本が誠意誠心協力していくことはまさに日本の国益以外の何物でもないことであります。
 以上のコンテクストにおいて、ユネスコの提供する五項目のプライオリティーに代表されるプログラムは、日本にとって、そしてユネスコ加盟国にとって、お互いの共有地とでも言うべき、お互いが助け合って耕すことを許し合った土地であります。
 この際、特に教育、科学、文化、コミュニケーションという分野が総合安全保障の根幹にあるという点に留意しますと、その脆弱な環境にある日本がその土地を全力挙げて開墾しなければならないということは論理の当然の帰結とするところであります。ユネスコが用意し、提供するところは、実は地域総合安全保障を堅固にするための枠組みであり、そのプログラムは強固な地域総合安全保障を築き上げる一つの手段であります。
 かくして、資金力と技術力に恵まれている日本が機関車となって日本近隣地域の国々を牽引し、ユネスコのプログラムをより有意義に展開すること、事ユネスコに関する限り、それがそれらの国々によって表明された共通の希望であり、かつそれが日本の犠牲においてではなく、日本の国益においてなされることをここに再確認したいと思います。
 以上が私の意見であります。御清聴ありがとうございました。
#10
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
 これより質疑を行います。
 本日も、各委員から自由に質疑を行っていただきます。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#11
○野沢太三君 自由民主党の野沢太三と申します。
 きょうは、参考人にお見えの各先生方には、大変貴重なお話を賜りましてまことにありがとうございました。
 それぞれ一問ずつお伺いをさせていただきたいと思います。
 まず、大芝先生におかれましては、今後の世界の開発、その他あらゆる面でグローバルガバナンスというものの重要性を指摘していただきましたが、開発援助を効果的に進めるためにもこのグローバルガバナンスの重要性というものは私どももよくわかるわけでございます。そして、しかも市場がグローバル化をしているという中で、このガバナンスのシステムもグローバル化せねばならない。そうすると、それぞれどうやって対応するか。いわゆる地域的な集まりもございますが、何といってもやはり国連を有効に活用するということが一番私どもとしては望ましい姿ではないかと思います。
 そうすると、国連といいますと、やはり安保理、そしてまた経済社会理事会、この二つがより有効に連携し合って機能していただければいいかなと思うんですが、安保理が今やもう一回り加盟国をふやしたり、常任理事国も日本も加わったりということで、何とか強化した方がいいという提言が既に出ておりますが、もう一つ、経済社会理事会についても力をもう少し持たせた方が効果的ではないかと思います。この意味で、グローバルガバナンスにおける国連の役割あるいは期待すべきことは何か。この点についての御意見がありましたら、よろしくお願いいたしたいと思います。
 もう一つ、秋月先生におかれましては、やはり今後の課題といたしまして、経済社会理事会の調整機能を強化すべきだと御指摘をいただいております。先ほどの質問とも関係があるんですが、実質的な機能強化をするに当たりましては、単なる総会への取次機関というんじゃなくて、例えば専門機関に対する予算、人事あるいは政策調整等の面で権限を持たせることがいいのではないかと私どもは思うんですが、その辺に何か具体的な御提言があれば伺いたいと思うわけでございます。
 それから、二国間援助と国連機関に対する援助比率の問題について、現在八〇%ぐらいということで二国間援助をやっておりますけれども、その辺のよいバランスという点について具体的に御提言があれば、もう少し比率を全体にふやした方がいいのかどうか、それとも個別の国々に対する援助の方に重点を置いた方がいいか、この辺、今、実は私どもも援助のあり方について悩んでおるところでございますので、よろしくお願いいたしたいと思います。
 それから岡島先生には、ユネスコの問題について大変クリアにお示しをいただきまして、ありがとうございました。ただ私どもは、ユネスコの過去の動きの中で、アメリカが脱退したまままだ戻っていない。イギリスは一度抜けましたが、この間、平成九年に復帰していただいておりますね。やはりアメリカの不在というものはユネスコの力を相当阻害しているんじゃないかという気がいたします。
 そこで、アメリカが復帰してもらうためには何が必要なのか。そして、新しく就任されました松浦事務局長、大変活躍しておられるようですが、松浦さんに対する期待も含めましてお話をいただければ幸いでございます。
 以上でございます。
#12
○参考人(大芝亮君) どうもありがとうございました。
 私も全く今の御意見には賛成でありまして、グローバルガバナンスを考えるときに、国連の機能を強化していくというのは全く賛成であります。特に私、先ほどの報告の際にちょっと省略したところなんですが、今お話のありましたように、市場のグローバル化からどういう問題が生じているかということを考えたときに、一つはグローバル化に乗れない途上国が出てくる、あるいはグローバル化によるところの弱者切り捨て、こういう問題が当然あるかと思っております。
 これにどうやって対応するかという場合に、一つは、開発の問題では私も先ほど取り上げました世界銀行、非常に資金力が豊富でありますが、世界銀行が果たしてこれに十分対応できるかとなりますと、別に世界銀行はそれほど偏っているとは思いませんけれども、世界銀行の基本的なアプローチというのは、どちらかといいますとグローバル化を進める方向で資金協力をしていくというところが多分にあるかと思っております。
 先ほどの点でいいますと、グッドガバナンスという話を世界銀行は強調していると言いましたが、世界銀行のいうところのグッドガバナンスはだれにとってのグッドかといいますと、これはグローバル化を進めていく、基本的には投資家だと思いますが、この投資家にとって投資をしやすい環境というのが世銀のいうところのグッドガバナンスであろう、こういうふうに思っております。
 そう考えますと、このグローバル化に、いわばそこから生ずる問題を抑えるため、対応するためのグローバルガバナンスということを考えるときには世界銀行だけに頼るというわけにはいかないわけでありまして、そういう意味で、そのバランスをとるべく国連というのがもっと経済社会の分野で機能を強化すべきであろうと思っております。
 ただ、強化すべきである、そこまではよくわかるんですが、じゃ実際にどのようにすれば強化できるのかとなりますと、基本的に資金の面では先進国自体が加重投票制の認められております世界銀行グループに対しては拠出をするけれども、国連に資金協力をするような権限を与えたくないというのがこれまでの経緯であります。そうしますと、どうやって機能を強化するかということを考えますと、資金力には頼れないとなりますと、あとは恐らく二つぐらいあるかなと思っております。
 一つはやはりアイデアの問題であって、いろんな開発の概念、アプローチ、これを出していくということで、先ほどの人間開発も人間の安全保障もいずれもUNDPが出してくるものの世界銀行もまたこれを無視できない、こういう体制になっているかと思っております。そういう意味で、アイデアの力を強化する、そのためにもUNDPがある意味で調査分析機関あるいはシンクタンク的な機能、これをもっと強化すべきではないかと思っております。
 それから、もう一つの強化する方法というのは、国連ひとりでは資金的な面からもなかなか太刀打ちできないということであれば、やはりそこはNGOの力をひとつ活用していく。そういう意味で、先ほどおっしゃられました経済社会理事会がもっとNGOとの協議関係というものを強化していく、この方向が大事だろうと思っております。
 実際問題、最近、経済社会理事会の方ではNGOとの協議制度を見直しをしまして、この点を強化していく方向にはありますけれども、もう少し広く言いますと、国連自体として、経済社会理事会のみならず、その他のチャネルにおきましてもNGOとの関係を強化していくというのが結局国連自身の交渉力を高めていくということにつながるのではないかと思っております。
 とりあえず以上です。
#13
○参考人(秋月弘子君) 御質問ありがとうございました。
 私は二点御質問いただきました。
 最初の経済社会理事会の調整機能の強化に関しましてですが、野沢先生の方からは、予算、人事、政策等具体的な問題を提示していただきましたけれども、実は人事に関しましては、図を見ていただければわかるんですが、総会から左に出ている上の箱の中で国際人事委員会、ICSCというのがございまして、ここで国連システム全体のいわゆる国際公務員の人事政策はほぼ統制がとれておりまして、例えば職員のランクですとかそのランクごとの給料のレベルですとか、そういう意味ではかなり一貫性といいましょうか、国連システムとしてかなりまとまった調整のとれた政策がとれております。
 それから予算に関しましては、実は国連の中での予算権というのは経済社会理事会にはございませんで総会の方にございますので、そういう国連の内部での、国連本体の中の権限の配分で、例えば専門機関と調整するに当たって予算をもうちょっと牛耳ればいいのではないかという御意見もあろうかと思いますが、権限上、経済社会理事会で予算を検査する権限というのがありませんので、その意味から、予算の点も総会に持ち上げるだけというような形になってしまうというのが現状だろうと思います。
 ただ、先ほど、実質上調整をしているのが行政調整委員会、ACCだというお話を申し上げましたが、経済社会理事会と行政調整委員会に出てくる人たちが違っております。経済社会理事会は当然加盟国の政府代表でございます。それから、ACCの方は国連事務総長以下、国連システムの各国際機構の職員の長である、いわゆる国際公務員の長に当たる方が実際の活動を調整するということで、経済社会理事会と行政調整委員会の間の調整の役割分担としては、国連はいわゆる加盟国の政府代表が出てきますので、経済社会に対する政策をどういうふうに調整するかという政府レベルでの調整が経済社会理事会で、国連システムで実際に現場で活動をする国際公務員のグループの具体的な政策の調整がACCという形で役割分担ができているのだろうというふうに思います。
 それでは、政策レベルで経済社会理事会をどのように調整、機能を強化するかという点に関しましては、一つ進歩と思われますのは、九〇年代に入りまして経済社会理事会のハイレベルセッション、閣僚級の部会を設けまして、毎年政府高官による定期協議の場というのを制度化しておりますので、ここで一つ、各加盟国のハイレベルのコミットを行うことができるという意味では制度としては一歩進んだかと思います。
 そうはいいましても、五十四カ国の代表が出てきまして、経済社会分野というのは非常に広範な問題を扱っておりますので、短い会期の中ですべて話し合いが行われることは非常に不可能という意味で、したがって開発援助、環境、人権というような形でそれぞれに理事会をつくったらどうかという提案もございますが、逆に現状としましては、先ほど大芝先生がお話しされましたように問題が複合化しておりますので、分割すると具体的な審議はできるかもしれないけれども、学際的、包括的な問題に逆に取り組めなくなるという意味で非常にジレンマがあるのだろうというふうに思います。私個人としては、回答というのはちょっと難しいかなというふうに思いますが、努力はしている、一歩前進は見られたという状況だろうと思います。
 それから二番目の、二国間援助と多数国間援助の比率ですが、これは非常に難しい問題で、国連の側からいえば二国間援助よりも多数国間援助が多い方がいい、できれば一〇〇%を日本に出していただきたいというのが本音だろうとは思いますが、五〇%、五〇%がいいかとかいう具体的な数字は別としまして、手続とかねらいとかが違います。国連は、先ほど申し上げましたように技術援助中心ですし、援助は無償が原則になっております。
 そういう意味で、むしろ二国間援助は、多少有償であっても途上国の経済発展が見込まれれば、そこで金利をつけて戻してもらえば逆に途上国の経済発展も進むだろうということで、国連としては無償で丸抱えするとすればやはりアフリカ中心ということで、UNDPの資金配分も九割方がアフリカの、特にサハラ地域になっておりますので、そういう意味からしますと、無償のところをアフリカに手厚くしていただくと。これは日本がもうアフリカ開発、TICAD等でアフリカに対してはかなり無償援助をしておりますので、全体のODAの比率が何%対何%がいいというよりも、有償か無償か、それぞれの援助先の経済発展のレベルに合わせて、無償は丸抱えでもまだしばらく支えなきゃいけないところに手厚く、有償は離陸し始めた国に多少大人になっていただくために厳しい条件で少しずつでも離陸していただくという形でそのバランスがとれておればよいのではないかなというふうに個人的に思います。
 具体的な数字はちょっと申し上げられなくて申しわけございません。
#14
○参考人(岡島貞一郎君) アメリカとイギリスの動向でありますけれども、まず第一にイギリスの場合、国際機関に入る、出るというのは、これはイギリスの内閣の首相の権限、それでサッチャー首相が出た。そして一九九七年にブレア首相が帰ってくる。勝手にできるわけです。勝手にというのはおかしいんですけれども、自由自在にできると。
 しかるに、アメリカにおいては国際機関から出るというのは大統領の権限で出られるわけです。しかし、入るというのは条約を結ぶことになりますので上院下院の承認が必要である。クリントン大統領は、一九九六年の十一月の段階で帰ってくる意思がある、そういった書簡をユネスコの事務局長に出していまして、しかしその十日後に行われた選挙で共和党が下院で勝利する。それで、民主党が望んでいることは全部御破算になりまして水に流れると。
 それから、どうしたらいいか、これは御承知のように非常に難しい問題でありまして、去年もアメリカが国連に対して滞納しているお金をアメリカ政府、国連との交渉によってある方程式によってある額を払うという約束までできて、それが議会にかけられて、これで通るだろうと思ったときに、ある一部の共和党の議員の連中からそれを人口問題、避妊のプログラムとリンクさせて、避妊のプログラムを落としたらこれは上げられると。しかし、落とさなかったらこれは上げられないということで、そういった国連と全然関係のない話でもって滞納金を国連に納めるということができなくなってしまった。そういった、言ってみれば暗い中にいまして、これからどうしたらアメリカはユネスコに帰ってくることができるか、立てにくい予測です。
 それから、この間行われました議会の選挙でも共和党がやはり勝ちましたので、これからどうなるかまだ予測はつきません。アメリカ外交の一つの特色である非常にユニークないろんなセネターとかコングレスマンがおられて、そういった方が外交問題において、我々がちょっと考えにくいような実力を持って、そして外交を進めていくといった予測が非常にできにくいエレメントがあります。
 ただ、ここで皆さんに御承知願いたいのは、アメリカはユネスコを去りましたけれども、非常にこれがこうかつとは言いませんけれども、大国ができるわざなんでしょうけれども、アメリカはユネスコを去ったけれども、しかしユネスコの重要なプログラムには今も参加しているわけです。ですから、先ほども申し上げましたように、人間と生物圏、これは環境の問題からいって非常に大切なあれですけれども、それとか文化遺産、自然遺産の活動、いろんな国際協力事業がありますが、重要なものには全部入っている。その重要な入っているプログラムについての活動費は出す。
 すなわち、ユネスコの光熱水費はだれが出すのか。アフリカとかアジアとか、非常に最貧国と言われている連中も出している。しかし、アメリカは光熱水費を出さずに活動費だけ出している。これを我々の仲間では、レストランなんかでアラカルト方式といって好きなものだけとってきて何か食べる、メニューだったら初めから終わりまで決まっていますけれども、アラカルト方式でやっているわけです。しかし、我々、国際機関というのはアラカルト方式で存立できるような仕組みになっていませんので非常に困っているわけです。ですから、ユネスコには入っていないけれども、ユネスコの活動には多く入っているということを御承知願いたいと思います。
 それで、もちろんユネスコに入っていないということは大変な問題でありまして、全世界の今いろんな教育、科学、文化、コミュニケーションの活動分野マイナスアメリカということは大きな打撃であります。ですから、今言いましたように重要なプログラムには入っている、だけれども、どのようにして復帰させることができるか、それは非常に予測がつかないと、そういう感じでいます。
#15
○野沢太三君 ありがとうございました。
#16
○井上美代君 私、日本共産党の井上美代でございます。先生方の本当に熱気あるお話を聞きながら、深く考えさせられております。
 私は、質問を緒方議員と分担をいたしましたので、特にユネスコ問題についてお聞きしたいと思います。
 幾つか質問があるんですけれども、一つは今、岡島参考人が言われたことと関連もしてくるんですけれども、ユネスコ憲章の前文のところに、ちょうど一条の前のところに、「世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、国際連合の設立の目的であり、且つ、その憲章が宣言している国際平和と人類の共通の福祉という目的を促進するために、ここに国際連合教育科学文化機関を創設する。」ということが宣言されておりますけれども、このユネスコは、第二次大戦後の日本が国連に加盟した一九五六年に一歩先んじて一九五一年にユネスコに日本が迎え入れられたという、私、積極的役割を果たした歴史があるということに非常に感動しております。
 ユネスコは、つくられた当時一つの国際情勢あるわけですけれども、その後そして今日、こういうふうに見てきましたときに、やはり国際情勢はずっと変化してきたと思うんです。そして、それに伴って各国のユネスコに対する態度の変化もあったと。その一つが先ほど出ましたアメリカとイギリス、そしてシンガポールがユネスコから脱退をしたという経過があるというふうに思います。それに関しては今お話もありました。
 私は、アメリカの脱退の理由にはユネスコの財政問題と、そしてもう一つ、ユネスコが当時の東側に利用されているというようなことが言われていたというふうに思っているんですけれども、今日ではもうソ連が崩壊をしてしまいましたので、国際情勢も非常に変わっているわけなんです。情勢が変化しているにもかかわらず、アメリカがユネスコに復帰しないということ、それは今議会の関係などでお話があったんですけれども、国際情勢が変化している中で、私はアメリカが入るということについてもう一息積極的であっていいのではないかというふうに思っているんです。だから、先生の御見解をぜひお聞きしたいというふうに思います。
 それからもう一つは、調査室の資料をいただいたんですけれども、岡島参考人のこの「ユネスコ五十周年と日本」という論文を読ませていただきました。そこに参考人が書かれているのは、「特に米国の復帰に関しては、一九八四年以来、時移り、首相は変れど、何人としてこの件を日米首脳会談のアジェンダに上げることはなかった。」というふうに書いてあるんです。「今からでも遅くはない。次回の首脳会談では是非「アメリカ復帰」の問題をよく論議し、会談後の共同コミュニケには米国の復帰を明記、発表できるよう望みたい。」と、こういうふうに書いてあります。「それは日本のユネスコに対する大きな貢献となり、また同時に日本の大きな国益につながるところであろう。」と、こういうふうに参考人は述べておられます。
 この論文が発表されてから既に何回か日米首脳会談というのは行われていますけれども、参考人の提起されているアメリカの復帰ということについては日本の首相はアメリカの大統領に話をしていないというふうに私思っているんですけれども、これはなぜなのかということを参考人にお考えをお伺いしたいなというふうに思っているんです。そして、ここで私は、日本政府任せではなくて、この調査会でもアメリカにやっぱりユネスコに復帰を呼びかけていくということをやった方がいいのではないかというふうに思ったりしているんですけれども、このことをまず提案したいというふうに思います。
 三つ目なんですけれども、日本の国際貢献についてなんですが、何か紛争があれば軍事的に貢献を求められているというふうに国民の間でも思ってみたり、日本国内でもそれにこたえるような意見や動きがあるというのはこれは事実かなというふうに思いますが、しかし今の憲法のもとでは国際貢献というのは平和的でなければいけないと思います。その平和的貢献の一つとして私はこのユネスコへの日本の貢献をもっと大きくすることを求められていると。私は、特にきょうお聞きしながら、この調査会の論議それからいただいた資料、参考人の御意見、これをちょっと聞きまして、改めてその認識を深くしているわけなんです。
 ユネスコの財政は、参考資料にも出ておりますけれども、二〇〇〇年と二〇〇一年の通常予算は日本円で五百七十一億というふうに出ていますし、日本の分担は二五%で百四十三億円、その他通常外の予算があり、日本は二十二億三千四百万円、こういうふうに出ておりまして、約一〇%の負担です。
 ユネスコ憲章の第一条に目的が書いてあるんですけれども、私はこの目的はやはり実現させていかなきゃいけないというふうに思いますが、日本が資金も人ももっと多く出すという、そして貢献をしていくということ、これは非常に大事ではないかというふうに思うんです。
 特に、先ほどから非常に熱気を持って訴えられましたことなんですが、私も実は、ユネスコに松浦さんが事務局長として入られて、そしてユネスコで二〇〇二年から二〇〇七年までのこの六年間の中期戦略を今検討しておられるということで、非常に大きな関心を持っているわけです。特に、文部省サイドでの関連では、一九九〇年のタイのジョムチャンで十年かけて万人が教育を受けられるようにというスローガンを掲げました。ことしは十年目で、しかしながら達成には至っていない、ほど遠いという状況です。ことし四月にセネガルのダカール会議がありまして、二〇一五年までに完全な教育を達成しようということになっております。
 しかしながら、実際にはそれでもこの全員教育は難しいのではということが文部省からも言われているということを聞いておりまして、しかし方向的目標とすることになっておりますので、日本もやはりダカール会議のこのフォローアップに協力しようということでやっておられますので、調査会としても、私は外国への援助、協力への一環としてこのようなことにもっと力を入れるべきではないかなというふうに思っております。本当に日本こそがやれるのではないか、松浦さんも事務局長になられていることですし、やれるのではないかと思います。
 先ほど、お互いが助け合って耕す大地がある、この大地を、土地を全力を挙げてやっていくことの大切さというのを話されましたし、日本が機関車となってやっていくということも、訴えをお聞きしながら私は思ったことでした。その点についてもぜひ見解をお聞かせいただきたいというふうに思います。
 以上です。
#17
○参考人(岡島貞一郎君) ありがとうございました。全部お答えすることができるかどうかわかりませんけれども、ちょっと試してみます。
 ユネスコが五一年に日本の加入を認めたわけです。そして、先生がおっしゃるように五六年に国連に入ったと。五一年に入ったというのは、これは戦後日本が国連機関に入った最初のケースなんです。ですから、ユネスコが最初に日本を受け入れたということであります。
 もちろん、そういった話を聞きますと感激するわけですけれども、このためには、一つお話しさせていただきますと、実は差し上げました資料の中に書いておきましたけれども、一九四七年七月十九日、「仙台ユネスコ協力会(世界初のユネスコ民間団体)発足」と。これはもちろんもう今は亡くなっておられますけれども、英文学の辞書を書かれた土居光知先生とか、それから知的リーダーシップを戦後十分とられた桑原武夫先生が、東北大学の教授のころユネスコというものがあるらしいということを聞かれて、そして自分たちでサークルをつくって、これを何とかしようじゃないかということで、今で言う言葉のNGOを立ち上げられて、そして政府に働きかけてそれで政府が動いて、そして国会に働きかけてユネスコに加入を申し込む、そういった経緯がある。それを受けてユネスコも戦後初めて日本を受け入れる、そういった我々にとっては非常に縁の深い組織でありまして、このユネスコ協力会というのは今全世界に広まっています。
 先ほどもほかの参考人も言っておられましたが、NGOを育成することの大切さということを言っておられましたけれども、本当にそのとおりで、NGOは非常にすばらしい力を発揮できる。特にユネスコの場合、NGOに我々は負うところが大なるものがあるということを感ずるわけです。
 それから、日米サミットのアジェンダに挙がっていないじゃないかということは僕もそこに書いたとおりでありますけれども、このコーディネーションという言葉は、言うは簡単ですけれども非常に難しい問題がありまして、先ほどもECOSOC、経済社会理事会のコーディネーションの話がありました。それからまた、僕も先ほどオペレーショナル・アクティビティーという現地におけるコーディネーションがなっていないと言いました。
 いろんな要素はあるんですけれども、一つ僕が言わなかったことは、現地におけるコーディネーションというのは、ユネスコもある、教育、科学、文化もある、労働問題も食糧問題も農業問題もある、子供の問題も全部あるわけです。それをコーディネートするんですけれども、相手国において、援助国における話し相手がないわけです、カウンターパートになる人が。別に援助国だからないわけじゃなくて、日本だってないわけです。教育、科学は文部省がやっているし、厚生省があり、それはそのコーディネートする人がいないわけです。
 ですから、ECOSOC、経済社会理事会をもっと効果的にするといっても、ECOSOCの相手はだれなのか、だれもいないわけです。だれもいないところで一人だけ頑張ってコーディネート、コーディネートといっても効果が余り上がらない。それはともかくとして、日米サミットのあれには挙げていただきたい。
 そのほかにも、サミットの議題には挙がっていないけれども、いろんな努力は外務省がしておられる、それから文部省の連中もしているということを僕は伺っています。ただ、もちろんサミットに挙がれば一番いいということであります。そして、もしこの調査会も何か行動をとられるということであれば、非常にすばらしいことであると私は思います。
 それから、日本ももっとしっかりやろうということですけれども、僕は、経験からいって、やはり何か我々の努力というものを制度化しないことには残らないという感じがするんです。それで、インスティチューショナライズ、いろんな個人の善意が単発的にはいろんなところで出てきても、それを長続きせしめるような制度をつくらないといけない。ですから、アジアにおける基礎教育の充実といってもお金を出して技術を派遣して、それだけでは僕はやはり限界があると。
 例えば、日本にはいろんな県がありますけれども、いろんな県にいろんな教育大学があります、昔の学芸大学。例えば、鹿児島大学には南太平洋の教育の専門家がいつ来てもそこに自分たちのベースがある。自分たちの先生もそこで研究しているし学生もトレーニングを受けている。鹿児島大学の連中は南太平洋のそういった島々にも行って教えているし研究もしている。それからまた、例ですけれども、愛知県の連中は、例えば中央アジアの五カ国の教育研究者、学生を常時愛知教育大学に受け入れている。それで、それはことしだけじゃなくて、二年、三年、十年とやっている。ですから、長期化した一つのベースにする。例えば松江なら松江で、今度はインドシナ三カ国、カンボジア、ラオス、それからベトナムの連中がいつもそこにいる。
 それで、それを十年やれば大した財産になるわけです。連中にとっての財産であり、我々にとっての財産であり、それが二十年たてば、もうラオス、それから中央アジアの教育界における指導者というのは全部我々の教育大学でいろんな研究をした人、実践を積んだ人ということになりまして、どこかにお金を出してセミナーをやる、それから会議をオーガナイズする、そういったことでなくて、何かインスティチューションをつくらないと、インスティチューショナライズ、組織化して残るような形でやることが我々の貢献じゃないかと思うんです。
 だから、今度、今ありますプライオリティーの水の問題にしても、水の問題は我々日本は非常にノウハウがあるのでありまして、これをもっとビジブルな形にして、中国の人もそれからイランの人も全部これはやはり日本参りをしないと水の問題はよくわからないんだと、これは政治の問題も科学の問題、全部含めてといった制度化をしないといけない、そう思うんです。
 ですから、制度化をしない限り、いろんなことをしても水の上に文字を書いていくようなむなしいところがあるんじゃないか。ですから、日本をどれだけ開放して、日本をどれだけ魅力的なものにして、すなわち日本が求心力をもっと持つような形にしないと、いろんなものが水に流れてしまうような感じがするんです。それで、求心力を持つということは、やはり尊敬を受けるということでありまして、それこそ憲法の前文に書いてあるとおりの思いがかなえられるといったことだと思うんです。
 それから、ユネスコの財政にも日本はもっと貢献せよというお話がありましたけれども、財政問題というのは、ここに私が用意しましたユネスコ要項の中に書いてありますけれども、通常予算と外部予算というふうに分かれていまして、通常予算というのは岐阜大学の年間予算と年間同じぐらいなんです。岐阜大学の予算の二五%を日本は出している、そういうことであります。
 しかし、その中には、今百八十八ある参加国の中の最低のパーセンテージ、日本は二五%、ドイツが一三%、こう書いてありますけれども、最低の拠出パーセンテージは〇・〇一%でありまして、〇・〇一%を出している国は四十ぐらいあるわけです。〇・〇一%というのは大体三万ドルぐらいだと思うんですけれども、そういった三万ドルも払っていない国がある。アメリカと同じように拠出金を払えない、そういった国がありまして、やたらに通常予算を高めるだけでは、拠出金の払い込み不可能な国がたくさん出てくるといったおそれもあって、それもなかなかできない。
 だけれども、外部予算では、先生がおっしゃったように、外務省も文部省も非常に力を入れて出していますけれども、もちろんもっともっと出す環境があれば望ましいと。ただ、先ほども言いましたように、何かやはり組織づくりをしないと、別に日本だけでなくてもいいですけれども、中国でやってもいいし、ベトナムでやってもいいし、何か組織づくりをしてそれに貢献するという形にしないと残らないということです。
 これでお答えになっているでしょうか。
#18
○畑恵君 自民党の畑でございます。
 各先生におかれましては、極めて簡潔でなおかつ明快なお話を賜りまして、ありがとうございました。とても勉強になりました。
 まず、一つの質問を三先生それぞれにお答えいただけるとありがたいと思うんですが、ちょっと観念的な物言いなので、先ほど岡島先生の方からは制度化しなきゃいけないというお話もあって、こういう質問はここの場には不適切かもしれないんですけれども、お許しいただいて、まず一点伺いたいと思います。それから、各先生方に少し具体的な御質問を一点ずつさせていただきたいと思います。
 まず、多少観念的な質問といいますのは、冷戦のゼロサムゲームというのが終結した。かつては他国の利益というのは自国の損失であった状況というのが、他国の利益も自国の利益であるし、損失も自国の損失になるというような、そういう時代に入った中で、各先生方から、国際協力のあり方であるとか国連システムの今後のあり方や、またそこで立てられたプロジェクトのアプローチの方法というのも質的にいろいろ変化があるという話を伺いました。
 そうした中で、文明ですとかイデオロギーが衝突し合う二十世紀型の近代国家から、異文化ですとか異文明が共生できるような二十一世紀型への、いわゆる近代を超えた超近代国家像というのをこれから二十一世紀に向かってさらに世界が模索していくときに当たりまして、じゃ日本はどういうこれまでの国の成り立ちをしているかというと、非欧米、欧米ではなかった中で、最初にしかも自力で近代化を実現した。しかも、その近代化のあり方というのが他のアジアあるいはアフリカ等々の諸国のような、イコール欧米化になってしまいがちな近代化ではなくて、そういう面もありますけれども、やっぱり明らかに完全な欧米化とは違う独自の近代化というのを実現した国である。
 そういうある意味での特殊性、またある面からはそれが普遍性かもしれないんですけれども、その日本というのが今後の新しいパラダイムの中での国連でどういう貢献を果たし得る可能性があるのか、また役割を果たせるのかという点について伺いたいと思いまして、先ほど大芝先生の方からガバナンス・ウィズアウト・ガバメントという話がございましたけれども、まさにそうした全世界に開かれた多元的な国際システムをこれから構築する上で、日本がどういう形で貢献できるかというのをお三方に伺えればと思います。
 一点ずつの御質問に移りますと、まず大芝先生に伺いたいんですが、特に経済の問題で、冷戦後国家の力が相対的に弱くなっている。それに反比例して強大な威力を発揮し続けるのが市場経済で、このグローバル化に対応するために、通常の安保理同様に拘束力を持つ決定を行えるような経済の安全保障理事会といったものをつくるべきではないかという考えもありますけれども、これについての御見解を伺わせていただきたいと思います。
 続きまして、秋月参考人には、先ほど、ただでも少ない予算が二十近くの専門機関にまた振り分けられて、しかもそれが重複していて非常に非効率という話を伺いましたけれども、こうしたことを是正するために、より効果的な多国間の援助調整と、資金あるいは技術の流れというのを確保するため、現在の世界銀行と国際開発協会と、さらにはUNDP、この三つを統合して新たに国連開発公社を設立すべきというようなお話もあるようですけれども、これについてどのようにお考えであるか、いろいろ問題があると思いますので、ぜひ問題点も指摘していただければありがたいと思います。
 岡島参考人に伺いたいのは、一九七一年からずっとユネスコの方で御活躍をなされて、もう本当に日本にとりましては看板でいらっしゃる岡島参考人でいらっしゃいますけれども、私も二年半ほどパリにおりまして、遠くからでございますけれどもお姿を拝見したことがあったんですけれども、そのときの御縁もあって、ことしの夏ですけれども、パリに参りましたときに松浦事務局長とランチを御一緒させていただく機会がございました。
 そのときに、先ほど先生の方から御紹介をいただいた、松浦事務局長の行財政改革の手腕というのが非常に欧米の各マスコミで高く評価されていて、記事なども見せていただいたんですけれども、その割にはと言っては失礼なんですが、日本でせっかくの松浦事務局長の御活躍の様子というのが欧米ほど聞こえてこないような気がしまして、非常に問題だなと。
 岡島先生に聞くよりも私たちが何とかしろということなのかもしれないんですけれども、どういう形でこの状況というのを打開すればいいのか。せっかくのアジア初、当然日本初の松浦事務局長でございますので、どうやって日本がサポートしたらいいかという点について、もし具体的な方策をお考えでありましたら伺いたいと思います。
 ちょうど食事をしている最中に同じレストランにジョスパン首相がいたんですけれども、何と向こうから席を立って松浦事務局長のところにあいさつにいらして、それを見ただけでも、どれだけステータスが高い役職につかれているかというのに私どもは驚愕したんですけれども、恐らく日本人というのは、ユネスコ自体のステータス、さらにその事務局長のステータスであるとか影響力ということについて非常に認識が不足していると思いますので、その点についてもあわせて御指導いただければと思います。よろしくお願いいたします。
#19
○参考人(大芝亮君) どうもありがとうございました。
 非常に難しい質問で、本来ならば今からゆっくり考えてみたいと思っているところなんですけれども、今ここでちょっと思ったことを申し上げたいと思います。
 最初の、日本の近代化のこれまでの経緯というのがヨーロッパとは違うと、こういうことをどのように生かせるかということかと私は理解したんですが、私は、この点はやはり日本にとってはこれは一つの強みになるんだろうというふうに思っております。
 こういったことは、一つ具体的に申し上げますと、九〇年代半ばにアジア的な人権についていろんな議論があったかと思います。そういった中で私が思いますのは、いわゆる価値観自体が日本とあるいはアジアとヨーロッパで違う、こういう議論には必ずしも日本はくみしなくてもいいのではないかと、そう思いますが、ただ、いわゆるエイジアンウエー的な話で、価値は共有するものの、価値の実現方法ということについては、日本の場合はやはり欧米とは違った歴史を経てそれなりの苦労をしてきたところがあるかと思いますので、そういったところをアジアのほかの国を代弁して、もしくは代弁というのが傲慢であるとしますと、ほかのアジアの国と一緒にアイデアを出していけばいいのではないかと思っております。
 そういう意味で、欧米とは違うという点で確かに違うわけではありますが、同時に、価値自体は日本は随分欧米的でもあるかなというふうに思いまして、そういう意味では、価値は共有するけれども、その実現方法というようなところではやはりバリエーションがあってもいいのではないか、この点を日本はもう少し声を大にしてもいいのではないかと思っております。
 ただ、実際問題、日本の国連外交を見ていますと、例えば明石さんの場合で、カンボジアでの明石さんの行動というのは、多分に価値の問題ではなくて実現方法についてアジア的な方法があるんだということは随所におっしゃっていたかと思いまして、こういったところをもう少し日本の外交スタイルの中にももっと鮮明に出していってもいいのではないかなというふうに私は思っております。
 それから二番目の点で、経済社会に関する安全保障理事会、もしくはこれに相応するものを設けてはどうかというような点でありますけれども、これはおっしゃるとおり、これまでの国連の改革案につきましてはしばしばこういった案というのが出されてきたかと思っております。経済社会の安保理事会もしくは経済理事会、社会理事会、こういったものをそれぞれ設けてこういった分野をもっと強化していく、こういう案が出ているかと思います。私自身も、経済社会の安全保障理事会、もしくは経済社会問題を国連の中においてもっと比重を高めるということは非常に重要であるというふうに思っております。
 ただ、問題は、新しいこういう組織、先ほど制度化が大事である、組織化が大事であるという話がありましたが、やや悲観的かもしれませんが、実際問題なかなかコンセンサスが難しいのではないかというように思うわけです。そういう意味で、難しいから何も言わないというのは問題があるかと思いますけれども、目標として掲げるのはいいんですけれども、ある意味でそれに向かってまず一歩ずつ進める必要があるのではないか。そういう意味で、経済社会安全保障理事会、こういったものを実現するためのステップとして私が個人的な意見として思いますのは、既存の国際経済組織の総会、これをもう少し有機的に横をつなげるというのが必要ではないかと思っております。
 具体的に申し上げますと、OECDの理事会、それから世界銀行、IMFの総会、国連総会、こういったものを縦割り的にOECDはOECD、世銀、IMFは世銀・IMF総会、それから国連総会は国連総会、それから間にサミットが入りますが、それぞれという縦割り的に見るよりも、やはり一年間の国際社会での経済社会問題を議論する場としてもう少し横の連携というのを強化していけばいいんではないかと。そういう意味では、本来日本の外交当局の方は、そういう形でOECDから始まって、五月にOECDがあり、七月にサミットがあり、九月に国連、それから世銀・IMF総会があるという形で、実際に業務を担当している人は非常に横のつながりがあるかと思います。
 そういう意味で、この辺のところをもう少し格上げをしていくということを提案してみてはどうかなという気がしております。それが、いずれ国連における経済社会の安全保障理事会という構想に恐らくだんだんと抵抗がなくなってくるのではないかというふうに思います。
 以上です。
#20
○参考人(秋月弘子君) ありがとうございます。
 第一の点に関しましては、二十一世紀型の国家像とそれに対する日本の貢献のあり方というような御質問だったかと思いますが、直接的なお答えになるかどうかわかりませんが、常日ごろ私が個人的に漠然と思っていることをちょっと申し上げますと、いわゆるグローバリゼーションの進展ということで国家主権の、つまり国家主権というかたい殻に囲まれていた国家がそのかたい殻が破れて、かたい殻に囲まれていたボールがビリヤードのようにぶつかるような形で外交があったというのが、その殻がなくなってグローバリゼーションしたと言われるわけで、例えば多国籍企業であれば国家の利益というよりも多国籍企業の全体の利益を追求するという意味でグローバリゼーションの説明なんかもあると思うんです。
 そういう意味からすると、やはり国家の主権の壁が低くなった、あるいは取っ払われる。主権制の相対的な役割の低下というようなことを考えますと、何が国で何が国益なのかということは定義がすごく難しくなってきていて、その結果、本当にこれが国益であってこれが世界の利益なんだと区別することに本来意義があるのかというところが私の常日ごろ疑問に思いつつあることです。
 たとえ日本の国益というものがあったとしても、それは全世界の繁栄の中で日本の繁栄があったという国際環境全体から見ますと、やはり日本の場合は国際社会に貢献するか、それが日本の国益になるかどうかというような観点よりも、もはや国益という観念はちょっと横に置いて、地球全体の地球益みたいなのを考えて、それが増進することによって結果的に日本の利益も増進するといいましょうか、日本国民の利益も増進するというふうに考えて積極的に貢献していった方がいいというのが単純な結論なんです。
 それともう一つ、二十一世紀に国家群がどうなるかというようなことを考えたときに、私の専門は国際法なんですが、伝統的な国際法の理論を幾つもの点において見直さなきゃいけないと思うんですが、一つは内政不干渉の原則であるとか、例えば人権の問題はもはや国内事項というふうに抗弁がきかなくなって、各国が口を出すようになってきました。
 内政不干渉の問題というのは国内管轄事項というのがどういうものなのかということもありますし、一方で、本来国内を管轄していた国家がその管轄する責任を果たし得ない崩壊した国、あるいは紛争で崩壊したような国とか人権侵害をやるような国が出てきますと、本当に国内に対して管轄権を行使する責任を有しているからこそ口を出させないんだというような考え方が当てはまるのかといいますと、そうでもない国も実際にたくさんあるということになりますと、内政不干渉の原則も含めて、国際法の、例えば国境を変えてはいけないというようなルールもあるわけですけれども、国境が人為的に引かれているがゆえに紛争があるのだとすれば、国境を変えない原則というのも本当は見直さなきゃいけない時期がいずれ来るのではなかろうかというふうに思いますと、いろいろな既存の理論なり原則を考え直さなければいけないなというふうに思っております。
 そうすると、将来的には、先ほど申しました国内的にきちっとガバナンスできない国に対してはやはり国際社会が統治を支援するという形で入っていかなきゃいけない。実際に幾つものところでPKOとの関連で暫定統治を行っているわけですけれども、そういう活動が今後ふえていくと思うんですが、その場合、やはり日本も軍事的な側面ではなくて貢献する可能性はかなりあるだろうと思っております。
 具体的には、私、最近思いますのは、文民警察の協力というのは、サミットなどでも言われているようですけれども、やはり人権の質の高さといいましょうか、それと警察官の、いろいろ問題はあるのかもしれませんが、文民警察官の質というのは国際的に比べてみればいいのではないかなというふうに個人的には思っておりますので、PKOの中で人権の保護促進も含めた形で文民警察官というような形の、幾つも考えられる方策の一つですけれども、そういう分野で日本がたくさん貢献する可能性はあるんだろうなというふうに思っています。
 そのアプローチの仕方は、大芝先生がおっしゃられますように、たどり着く目的は普遍的な人権のレベルかもしれないけれども、そこに行き着く道筋は幾らもあろうと思いますので、アジア的な方法を考えてもいいのではないかなというふうに個人的には思っています。
 それから二点目の、多国間援助の調整の問題、それから御指摘いただきました国連開発公社というような構想につきましては、現実問題としてかなり難しい点があるんだろうなというふうに想像いたします。
 それは開発援助、経済社会協力というのはお金がつきまとう問題ですので、資金の使用目的と入ってくる資金の質が合っていないとやっぱりバランスがとれないわけです。つまり、長期的に大規模な資金が必要だとするならば、長期的にその資金が確保できるシステムをとっておかなきゃいけないわけで、逆に無償の技術協力は、無償で上げてしまえば、技術となってしまえば直接的に経済発展に短期間で結びつく問題ではありませんので、無償の技術協力は自発的な拠出金という形で上げてしまうお金、一回きりで上げてなくなっても構わないぐらいの、極端な話ですけれども、そういう種類の収入の方法でやらざるを得ない。
 それに対して、長期間の大型のプロジェクトということになりますと、やはり大口の出資なり、そしてそれが利潤をふやして戻ってくる、循環するというような形の銀行業といいましょうか貸し付けですから、そういう入ってくる資金の性質と使われる目的とその還元の可能性ということをバランスして考えますと、世銀グループが行っている長期間の融資という活動と無償の技術協力というものを一つの機関で、組織としては一つでもいいかもしれませんけれども、その収入源と支出の面というのをきちっと対応させていかないと、最終的にはその組織が破産なり長期的な活動ができないという可能性もあると思います。そういうことを考えますと、国連開発公社という構想は理想的ではあっても現実には難しい問題があるかなというふうには思っております。
 ただ、一つ参考になると思われますのは、環境の分野で地球環境ファシリティーというのがありまして、これは世界銀行の資金を用いてUNDPが管理して、国連開発計画、UNEPが技術を提供するという形の三者の間で協力を行っています。そのプロジェクトの内容が、例えば生物多様性の種族の保護のための活動に世銀のお金をUNDPが管理してエキスパートをUNEPが出すというような形の協力の仕方もありますので、必ずしも世界銀行グループと国連グループとが全くに分かれるというわけじゃなくて、そこの潤沢にある基金を国連がお借りして運営していくというような形のやり方もあるだろうと思います。同様のことは、先ほど二国間と多国間の援助の比率の御質問をいただきましたけれども、そのときに言い忘れましたが、国連としては、やはり資金が少ないですので二国間と協力することによってマルチ・バイの協力を進めていこうとしております。
 これは、片や二国間の援助機関は資金力が多いので逆に担当官が処理できない。プロジェクトの開始から事後評価に至るまで、規模の大きなプロジェクトをたくさんしても一人の担当官が全部質の面でキープできないという現実があるというふうに聞いておりますし、片や国連はやりたいことがいっぱいあるのにお金がないということですので、その両方が並行的にパラレルファイナンシングというような形でやっても構いませんし、信託基金ということで日本の名を冠した基金を、人間の安全保障基金のような形でも構いませんし、とにかくバイの資金とその管理運営能力を国際機構が持っているならば、それをタイアップする形での協力というような形も今進められておりますので、必ずしも世銀グループ、国連あるいは多国間と二国間というような形でしゃくし定規に分けずにいろいろな協力のバリエーションで考えていけばいいのではないかなというふうに思います。
#21
○畑恵君 ありがとうございました。
#22
○参考人(岡島貞一郎君) ありがとうございます。
 時間が限られておりますのでお答えは簡潔にお願いしますという訓令が来ておりますので、簡単にさせていただきます。
 国連で日本が果たす役割といったあれで日本の貢献というお話でしたけれども、私はちょっと日本は日本の貢献を考え過ぎるといつも思っています。日本の貢献を考えるよりも、今、日本がどのようにしたら国連・国連組織から利益を得ることができるか、どのようにして国連を利用すべきかということを真剣になって考えた方がいいと思います。
 と申しますのは、まず第一に、貢献といってもやはり日本が利益を得ないところでは貢献しないのは当たり前でありまして、ですから、もっと焦点をシャープに、日本がどのようにして国連・国連組織を利用してやろうかということを真剣に考えるべきだと。国連・国連組織を自分の道具として使い切る。
 どのようにして利用するか、利用する目的というのは日本のため、日本の国益のためでありますが、もう少し言えば日本を安泰な国にする。すなわち、まず最初に日本周辺の地域総合安全保障をどうするか、教育、科学、文化、コミュニケーション、衛生、食糧、エネルギー、全部含めてそれを国連・国連組織を使って達成せしめるということ、これが利用する方法だと思うんです。
 例えば、先ほどユネスコは五つのプライオリティーを決めたと御説明申し上げましたけれども、この五つとも二国間ではほとんど恐らくできなかったことだと思うんです。教育においては基礎教育の充実。日本がタイに行ってあなたのところの基礎教育を充実してあげると、中国のところへ行って充実してあげましょうと言っても、ちょっと待ってくれ、これは二国間ではなくてこれは内政干渉じゃないかと言われかねないような問題であるわけです。水の安全保障にしてもそうですし、科学技術の倫理の問題にしても、あなたのところの科学技術をどうしようと、インドへ行って倫理観を持たなきゃいけないなんて言ってもあなた何だと言われるだけの話であって、ユネスコだからこそこういったプライオリティーが設立し得た。これをどのようにして日本が利用するかということを考えなきゃいかぬと思うんです。
 ですから、粗っぽい議論になりますけれども、日本は世界に対する貢献を考えるのをやめようと。日本はどのようにして国連・国連組織から利益を得るか、そして国連・国連組織を利用するか、すなわち地域総合安全保障確立のためにと。
 その方策としては、やはり日本はリーダーシップをとらなきゃいけないわけです。しかし、とらなきゃいけないんですけれども、ユネスコの松浦事務局長が出てこられる前までは、本当に日本は世銀とか安保理とかリーダーシップをとりにくいところでリーダーシップをとろうと努力しているわけです。とりやすいところを全部なぜかとらない、大切じゃないと思っているのかどうかは知りませんけれども。そこはさておいて、とりにくいところで一生懸命頑張っておる。そうじゃなくて、国連の中でリーダーシップをとりやすいところからとっていく。そして、国連・国連組織を日本のために利用するということが大切だと思います。
 それから、松浦氏の件に関してどのようにサポートしたらいいか。松浦氏はユネスコという専門機関のヘッドであられまして、ユネスコは行財政がいいからユネスコがあるんじゃなくて、プログラムがいいから、事業がいいからユネスコがある。存在理由はもちろん事業のみであります。事業が非常にまずい、しかし帳簿は非常にうまい、一銭一厘の間違いもない、それでは困るのであって、事業が非常に活発で成功をおさめるような事業でない限り、行財政が幾らよくたって別に褒めることは何もないわけです。
 ですから、我々が松浦氏にできることは、どのようにしてプログラムを充実させるか。日本から若い科学者とか教育家とかが、文部省のお墨つきのすばらしい有名な先生方も必要ですけれども、もっと若い二十代後半、三十代、四十代の人がどんどん出ていって活躍する。プログラムの充実のために努力をする。それからまた、先ほどの話に返りますけれども、ユネスコのプログラムを使ってこの地域ではこんなことをしたという実績を残す。それが松浦氏の業績になり、そして手柄になり、松浦氏はさすがに名事務局長であるといった証明になるわけです。
 ですから、彼のもとでいろんなプログラムが実行されますけれども、我々はそれをどのようにして支援するか。知恵比べというか知恵を出す。お金もそれから人も大切ですけれども、やはり知恵をもっと出して、そして応援してあげないと、彼は一生懸命やったけれども、しかしプログラムとしては何も残っていないじゃないかということになりますとこれはよくありません。
 それからもう一つは、松浦さんというよりもユネスコのディレクタージェネラルのプレスティージということに関してでありますが、私も畑先生と全く同意見で、我々ここから見ていますと、ユネスコの事務局長はどこか大変立派なことをしておられる方だということで終わりがちですけれども、そばで見ていますと、やはりユネスコの事務局長というのは大変なオーソリティーがありまして、ある意味では国連の事務総長よりもある。国連の事務総長というのは非常にオーソリティーのある人ですが、プログラムは持っていない人ですね。ですから、安保理でいろんな発言をされ、そしていろんなことをされますけれども、結局は安保理の五カ国が力を持っている、国連の事務総長というのは。ユネスコの事務局長というのはプログラムを持ち、兵隊を持ち、そしてしかも教育、科学、文化、コミュニケーションという非常にクルーシャルな分野でありますので、大変な力を持っておられるわけです。
 私の見るところで、恐らく世界で五、六人の、例えばローマのポープ、法王、それからアメリカの大統領、それからロシアの首相もそうかもしれませんが、とにかくユネスコの事務局長、そういった五、六人の人は、全世界のだれにでもどこにでも電話一本で注文をつけて、いろんなことをただで、お金を払わずにサービスを要求できるポストにいる人たちの五、六人のうちの一人だと。
 ですから、それが日本ではまだよく知られていない。ということは、恐らく教育、科学、文化に関する関心がほかの国に比べますとまだ低いんじゃないか。やはり金融であり、財政であり、工業の方で、これは大会社の会長であるとか大銀行の頭取であるとか、そういう話はわかるんでしょうが、恐らく教育、科学、文化、コミュニケーションの分野における、要するに、ジャーナリストが悪いというわけじゃないんですけれども、国民のまだ需要がそれほどないかもしれないというふうに思っているわけです。
#23
○畑恵君 ありがとうございました。
#24
○会長(関谷勝嗣君) 先ほど答弁を短くというペーパーが回ったようでございますが、私の許可もとらずに事務局が回したわけでございまして、私も不愉快に思っております。どうぞ時間を気にせず十分に御答弁していただいて結構でございます。きょうは四時半までの予定でございますが、質問の方も大勢いらっしゃいますので、また再度お三方に来ていただいたらいいわけでございますから、どうぞゆっくりと御答弁ください。
#25
○島袋宗康君 お三方の参考人、大変参考になる御意見を賜りましてありがとうございます。
 私からは三名の方々にそれぞれ一問ずつお願いしたいと思います。
 まず、秋月参考人にお願いしたいと思います。
 我が国の各種のNGOのいわゆる国連の専門機関、そういったところとの連携関係は現在どのようになっているのかというふうなことです。また、将来、NGOが専門機関との問題について、どういう形でこれからNGOが国連との関係を持つべきなのか、その点についてもしお考えがありましたら御意見を承りたいと思います。
 それから、大芝参考人にお願いします。
 国連の専門機関の所在地は現在地域的なバランスはとれているのかどうか。我がアジア地域における現状についてはどのように見ておるのかという点についてお伺いいたします。
 それから、岡島参考人にお願いします。
 我が国における国際公務員養成に対する取り組みはどのようにあるべきなのかという点について、お考えがございましたら御意見を賜りたいと思います。
#26
○参考人(大芝亮君) 専門機関の地域バランスということでありますが、専門機関は場合によれば国連よりも前に設立されたものもありまして、そういった歴史的な経緯から、必ずしも地域的なバランスがとれていないのではないかと思っております。
 全体の印象として申し上げますと、その多くはもちろんヨーロッパであり、かつジュネーブにその本部を置くものが多いというふうに思っております。ただ、こういったものは歴史的な経緯からある程度やむを得ないんだろうと思いますが、これはバランスを直すことは可能でありまして、それは国連の、この秋月先生の資料にもありますように、補助機関として総会もしくは経済社会理事会が設立する形でたくさんの補助機関が設立されてきた経緯があります。こちらにおきましては、これも従来と今までのところは必ずしも地域的なバランスがとれているとは思いませんけれども、こういった点は十分にとる可能性は今後あるだろうというふうに思っております。
 ただ、今後、国連の補助機関というのはどんどんできるというような見通しはありませんで、基本的にはむしろスクラップ・アンド・ビルドという形になっていくかと思いますので、表面的な意味での地域バランスというのはなかなかとりにくいんだろうと思います。しかし、こういう組織の多くの場合に、地域的な機関というのを設けるという傾向があるかと思っておりまして、そういう意味でそれぞれの地域にリージョナルオフィスを設ける。かつ国連の場合にも、あるいは世界銀行なんかの場合にも組織の分権化ということが必要であるということはよく言われますので、そういった意味で、地域的なオフィスの権限を強化するという方法でもって先生のおっしゃった地域的なバランスというものを少しでも是正するようにできるのではないかと思っております。
 以上です。
#27
○参考人(秋月弘子君) ありがとうございます。
 NGOに関してですけれども、事務総長のミレニアム報告書などによりますと、国際的なNGOの数として国連が把握しているのは二万五千弱ぐらいあるようですけれども、その中で日本のNGOが国連と協議資格を持つような、つまり国連から認知されているような国際的なNGOの数というのはほとんど数えるぐらいでしょうから、その意味からすると、まだまだ日本のNGOは成長途上だろうというふうに思います。
 ただ、国連とNGOの関係一般に関しましては、実際上業務レベルでは、例えば開発援助の日々の業務ではもうプロジェクトの実施をNGOにお願いしているような場合がありますので、かなり国連と連携関係、協力関係はあると思います。
 そして、経済社会理事会の下にNGO委員会というのがございまして話し合いも持たれておりますけれども、今後ますます市民社会組織の意義が国際社会の中で存在が大きくなりますので、国連として制度化するといいますか、NGOの参加を発言権も含めてきちっと制度化する必要はあるだろうと思います。
 ただ、一つだけ例外を申し上げれば、人権に関しましては、各種の人権基準、人権条約を起草する人権委員会の下の人権小委員会のところの専門家委員会では、もう実質上起草作業をNGOの代表の方がやっていらっしゃるような現状もございますので、分野ごとに役割、関与の度合いが違うと思いますが、総体的に言えば、今後きちっと制度化してNGOときちっと協力してやっていかなければいけないというふうに思います。
#28
○参考人(岡島貞一郎君) 国際公務員の養成という御質問でありますけれども、日本人が養成されているかいないかにかかわらず、我々の政府が今国連並びに専門機関に払っているお金の分担額に見合わせて日本人はこれぐらい採れるという目安がいつもあるわけです。
 私の配っていただいた資料の中で、ユネスコ要項の中で、ユネスコの職員数は、パリ、それから地域事務所の専門職員合わせて大体千人います。専門職員です。一般職員は別ですが、その中で日本人は三十一人入っています。しかし、日本人が入っていい人数というのは最低が五十八人、最高が九十七人。ですから、最低にも及んでいないわけです。五十八人入れるところがまだ三十一人しか入っていない。二十七人まだ入れることができるわけです。それで、ユネスコの加盟国の中には最高の範囲を超えている国もかなりあるわけです。フランスもそうですし、イギリスもそうですし、スイスもそうですし、ドイツも恐らくそうでしょうし、イタリーもそうでしょう。それで、日本は超えていない、そういった状態があるわけです。
 今、国連に勤めておられる日本の方々は非常に優秀な人が多くて高く評価されている。特に若い人は非常に言葉もよくできて、そして積極的ではあるが攻撃的ではないといった日本の、大ざっぱに言えば日本人のいいところをたくさん備えた人がいまして高く評価されている。だから、僕はどんどん入ってほしいと思います。
 しかし、いろんな制限はありました。例えば僕の見ていますところでは言葉が大切ですし、言葉よりもっと大切なのは、やはりいろんな物事を分析する能力です。例えて言えば、だれかが何かを話したと。何を話したか分析できる。しかし、それだけじゃなくて、その人が何を話さなかったかということもちゃんと分析できることが必要です。ですから問題は、だれが何を話したかじゃなくて、だれが何を話さなかったかということである。そういった一面もあるわけです。それに加えて、やはり言葉というのは表現ですから、分析能力、表現能力、二つとも非常に大切でありまして、これを大学時代から、大学院の時代からみんな鍛えていただくと。それで、今の若い人は特に優秀な人が多いですから、これから私はどんどん出ていくんじゃないかと思います。
 今まで、民間の給料の方がいい、それから日本の役所の方が転勤がなくていいといった話もありましたけれども、今の若い人は、飛行機代にしても東京―ニューヨークの飛行機代は非常に安くなっていますし、北海道へ行くよりも安いかもわからないぐらいのそういった時代でもあるわけです。ですから、遠いところに行って仕事をするということもそんなにいとわない人も多いですし、これからどんどん是正されていくと思います。
 ただ、これは感想でありますけれども、ユネスコの場合でも、試験をやりますと大体日本人の場合は男よりも女性の方が優秀で、最近入ってくる人は女の人が多いと。非常に頼もしい傾向です。ですから、要請はきちっとある、そして枠組みもあると。しかしながら、そこに入る人を別の意味で養成しなきゃいけないと、そういうふうに思います。
#29
○島袋宗康君 ありがとうございました。
#30
○広中和歌子君 どうもありがとうございます。
 お三方のお話を伺いながら、国連の機能の複雑さとか、十分に機能させようとすることの難しさというものを十分に受けとめることができたわけですけれども、国連は第二次世界大戦の後、世界中から希望を持ってその誕生が祝われ、また特に我が国にとっては平和と調和の象徴として非常に熱い思い入れがあったわけで、いろいろ問題はありますけれども、されど国連だということだろうと思います。
 ところが、前回の調査会でも話題になったんですけれども、日本は国連の分担金を払い過ぎであると。特にバブルのときに調子に乗ってどんどんふやしてしまって、今それを調整する時期に来ているという意見もございましたし、また与党の中でODAを何十%か削減しようなんていう考え方も出ておりまして、これについてコメントを求めたとしてもおっしゃることはわかるわけでございますけれども、国連というものが、先ほど岡島参考人がおっしゃいましたように、我が国の国益にとって非常に大切なものであるんだということ。それから、もっと利用するべく使わなければならないんだといった視点が出てくると、やはりそうした分担金とかODAに対する非常に消極的な考え方というものが少しは払拭されるのかなという気がいたしますので、お三方、どなたでもよろしゅうございますが、コメントしていただけたらと思うわけでございます。
 それから、国連の機構ですけれども、非常に複雑で、専門機関も幾つかあるわけでございますけれども、その中で特に私が環境の視点から関心を持っておりますのは、ガット・ウルグアイ・ラウンドの後にWTOができたわけですが、WTOができるんだったら、どうしても環境の視点からWEO、世界環境機構みたいなものがぜひ必要ではないかと思うわけでございまして、やはり自由貿易万能ということではなくて、環境の視点が必要ではなかろうかと思います。
 そういう中で、先ほどUNEPやユニセフやUNDPとか、場合によってはユネスコなんかも入って非常に機能の重なりがあるわけですけれども、そういう中でWEOの設立に対する動き、あるいはそういう方向性についてどう思われるか。多分、秋月先生ですか、お答えいただければと思います。
 それから、岡島先生におかれましては、本当にユネスコについて時代のパースペクティブの中でお話しいただいて、本当に私にとっても感銘深いものであったわけです。ユネスコが規範創設という意味で非常に役割があったんだということをおっしゃいましたけれども、人間と生物ですか、環境への目を私たち全世界の人に開かせたという意味でも、また東西の学者のミーティングプレースとして役割を果たしたということもすばらしいことですし、私個人に関して言えば、かつて七〇年代アメリカに住んでおりましたときに、特に先進国としてのアメリカが、産業構造が変わる中で、また長寿社会を迎えて人々が新たな生きがいを求めている中で、生涯学習ということを打ち出したのもたしかユネスコだったと思います。
 本当にこうしたユネスコの役割を考えますときに、もっともっと今後とも活動していただかなければならないわけですが、私がチャンスをいただいて科学諮問委員でしたか、をさせていただいたときに、ユネスコのいろいろな活動を見ておりますと、ユニセフとかUNDPとかあるいはUNEPの役割を随分していらっしゃるのだなという印象を受けたわけなんです。つまり、ユネスコも非常に自分の役割を十分に規定し得ていないんではないかと、そのような印象を持ったわけですけれども。松浦氏の新しいリーダーシップのもとに五つのプライオリティーを設定なさったということなのでございますけれども、それがどういう形でユネスコらしい特徴を出していけるのか、そこのところがもう一つわからないんです。基礎教育はまあいいとして、でもユニセフとの関係ですね。
 それから、水の安保ということですけれども、これは非常に興味があります。最近、日本でも国際会議が開かれたことでありまして、水というのは非常にこれから二十一世紀最大の問題になると言われておりますから大切なんですが、これはユネスコの問題なんだろうかというようなこととか、それから情報アクセスの平準化、これはデジタルデバイドのことも入っているんだろうと思いますけれども、こういうような中で、ほかの国連機関と協力、あるいは二国間協力の中でどのようなリーダーシップが発揮できるのか、具体的にお話しいただければと思うわけでございます。
 以上です。
#31
○参考人(大芝亮君) 最初の問題でありますが、分担金の問題で、確かにこの景気を反映して払い過ぎではないかとか、こういう話がよく出ることは私も聞いていまして、型どおりになりますけれども、やはりこういう国際組織というのは基本的には国際公共財だろうと。公共財というふうに言いましても、今は何が公共性があるのかという話が随分議論されるところですので、簡単に公共財だといって片づけるのは問題かと思いますけれども、しかしながら実際問題、国際組織があることによっていろんな意味での便宜というのは図られているだろうと思っております。
 そういう意味では、便宜というのは別に利益があるとかそういう意味ではなくて、秩序の安定というようなところから得られるものというのはやはり非常に大きなものがあると。そういう意味では、公共財を維持していくというのは先進国としての責任であるということは言えるかと思います。
 ただ、同時に、これまでの分担金、特に国連の場合、分担金及び自主的拠出金の拠出方法なんですが、日本の場合、いささか横並び的といいますか、つき合いでどの機関に対しても随分拠出してきたといったところは確かにあるんだろうと思います。そういう意味で、こういう状態の場合には、ある意味では選択的な関与といいますか、こういったところは強化しようと思えばそこには惜しまずに拠出していけばいいかと思いますが、必ずしもそうでないところには同じような形で、横並び的につき合いというような形で拠出する必要は多分ないんだろうと思います。
 ただ、こういった判断をするためには、個々の国連の諸機関の活動についてきちんとした情報を得、かつ分析をして評価をしてからでないと、非常に安易な、選択的関与のその選択的という部分で切り捨てという部分だけが強調されますので、選択的というのはそれはそれでいいんですが、やはりその前提には個々の機関についての活動というものをきちんと分析をする、調査をするということが大前提だろうというふうに思います。
 以上です。
#32
○参考人(秋月弘子君) ありがとうございます。
 広中先生御指摘くださいましたとおり、まさに専門機関の各分野の中で唯一抜け落ちている分野が環境問題でありまして、それから環境問題の重要性から見まして、環境こそ国際機構が必要なものだということはまさにおっしゃるとおりだろうと思います。
 私もその御意見に賛同するわけですけれども、ただ、実際の国際社会の動きを見ていきますと、むしろ環境の分野では流れが歴史の流れと逆行しているといいましょうか、国際機構の設立の過程を見ますと、国家間がまず自分たちで条約を結んでルールをつくって、国際社会をコントロールしていった中で国際機構という新しい別の組織をつくって、そこが管理運営するというような形で国際機構は発展してきております。
 そこで、国際機構ができたことによって国家が主権を制限されたりコントロールされるような社会になってきたんですが、事環境の分野に関しまして見てみますと、例えば今、第六回の締約国会議が始まっていますが、気候変動に関しましては政府間パネルということで、国際機構をつくるのではなくて、政府間がみずから話し合いでルールを決めてお互いに監視するというふうな、その話し合いの中では国際機構という国家の手を離れて独自にコントロールするような組織はもう嫌だという本音がうかがえます、環境の分野では。
 なぜそのような状況になったかといいますと、やはり環境問題といいますのは、例えば排出ガスを規制しようとするならばエンジンの仕様を変えるとか、環境の保護のためにはコストがかかるということで、リオ会議以降、先進国と途上国の議論を見てみますと、最終的には資金的な調達の手当ての問題のところに行き着きますので、そういうことを考えて、かつ自国の利害がどうしても前面に出てくる分野ですので、環境の分野に限っては、国際機構とか国際的な制度をつくって国家の手を離れたちょっと上からコントロールするという歴史の発展に逆行する形で、各国政府がみずからの利益に直接係る資金に関係してくる、だからこそ自分たちでやるんだというふうな態度が見えますので、実際には国際機構をつくるというのは、また資金も不足しておりますので、現実問題としては非常に難しいのだろうというふうに個人的には感じております。
#33
○参考人(岡島貞一郎君) ありがとうございます。
 まず最初にODAの話ですが、私はODA、特に日本周辺に益されるODAというのはやはり累進課税だと思っているんです。我が日本の中においても累進課税が行われていて、富裕な人はよく出す、そうじゃない人は少なく出す、しかしながらそれがさっきの公共の福祉のために使われる。これは地域的に見ても、それから世界的に見ても累進課税というのは必要であって、それが我々の安全保障になるんだということがまず認識されなきゃいけないと思うんです。
 一九九六年のことでした。ODA白書は、ODAは国益に重要であるということを初めてきっちりと書き出したんです。打ち出した、明らかにした。しかし、国益に重要であるということを言っておいて、そして今四年たってもうやめたと。やめたとは言っておられませんけれども、もっともっとなくそうというのは、これは国益に重要だと言っておいて、それをやめるというのはどういうことか。これは日本人としてもわかりませんし、外国の人が見たら、国益と言っておいてあとはやめる、ずっと大幅に減少させる、これは国益に反することをみんなはやっているのかということになるわけです。言葉のあやじゃありませんけれども、政策として一貫性がないですね。
 それから、何だODAは、お金があればやる、なかったらやらない、そして好きだったらやる、好きじゃなかったらやらない、そういった性格のものかどうか、やはり一回考え直してみる必要があると思うんです。しかし、今いろいろ批判しておられる方々も、結局ODAが悪いと言っておられるんじゃなくて、ODAのやり方がまずいということを言っておられると思うんです。それは皆さんの恐らく納得のいくところであって、やり方に対してはいろいろと注文もあるし、コメントすることもあるわけです。
 例えば、NGOの活躍をもっとしろとか、それからもっとODAを大局的に見れる教育組織をつくれとかいろいろありますけれども、根本的には先ほど申し上げましたように、累進課税の一種であって、やはりそれをきちっと責任を持って、その責任を果たすということが国益であるというふうに僕は思います。
 それから、おっしゃいましたように、生涯学習というのも確かにユネスコが打ち出しました。その関係で、ユニセフ、UNEP、それからいろんなところでやっていて、ユネスコもそういったところでやっていてというお話でした。お言葉ではありますが、状況は逆でありまして、ユネスコのやっていることをユニセフもやり始めた、ユネスコがやっていることをUNEPが入ってきたという話であって、しかしそれが別に悪いという意味じゃなくて、例えば教育の場におきましては、教育に対する需要というのは莫大なものがありまして、ユネスコ一つでやっていれば済むというものじゃなくて、みんながやらなきゃならない問題である。ユニセフも世銀もUNDPもみんなやってくれ、そういった立場でユネスコはいます。
 ただ、それに対してはコーディネーションが必要である。と申しますのも、教育に関するいろんな政策決定というのは、世銀でやるわけでもなく、ユニセフでやるわけでもなく、UNDPでやるわけでもなく、ユネスコの場においていろんな政策が各国のメンバーステーツによって決められる。ですから、政策はユネスコの場によって決められるので、教育の事業をいっぱいやっていただいて結構ですけれども、コーディネーションだけはきっちりしようじゃないかと。そうじゃないと、政策抜きの行き当たりばったりのアドホックな活動になってしまうことを恐れるということで、状況はむしろ逆であるというふうに僕は言いたいのであります。
 それから、先ほど申し上げましたプライオリティーはどうやって翻訳して実現させるかという話でありますが、これはプライオリティーの段階でありまして、この秋に決まったプライオリティーがありまして、これをどのようなプログラム、プロジェクトに還元させていくかというのはこれからの問題だと思います。ただ、先ほども言いましたように、何か一つ組織化しないと、組織というのはインスティチューショナルさせないことにはいろんなことが進まないし、それから大きな成果を上げることは望めないだろうと思います。
 それから、水の安保の問題について御賛同を得たわけですけれども、ユネスコの問題かと。しかし、これは実にまさしくユネスコの問題でありまして、国連に今十八ぐらいの専門機関がありますけれども、水の問題をプロパーとして取り扱っている機関はユネスコを除いてどこもない。
 例えば、ここにあります国際海洋学諮問委員会のプログラムとか、それから国際水文学計画とか、先ほどの人間と生物圏のMABのプログラムとか、これは全部水に関係した、水プロパーのプログラムでありまして、FAOは例えば農業に関する水のことをやっているかもしれませんが、水に関してやっているのはユネスコ以外ないわけです。むしろ、ユネスコが水を今までやってこなかったことが不思議であって、松浦事務局長がよくここに目をつけられたと、僕はそう思っている次第であります。
 それから、先ほども申し上げましたように、いろんなオーバーラップというのがあるかもしれませんけれども、ユネスコに関する限り供給の場面を除いてコミュニケーションの場にあっても、それからもちろん水の場にあっても、オーバーラップするところは余り認められないというのが現状だと思います。
#34
○高野博師君 大芝先生に二問ほど、それから秋月先生と岡島先生に一問ずつ、簡単にお答えくださって結構でございます。
 世銀と、それからIMFについてはいろんな批判がありまして、これは大芝先生の方ですが、例えばIMFの融資の条件の中にインフレを抑制しろとか、あるいは財政赤字を削減しろとか景気対策をやれとかと、いつも同じメニューをその国に押しつける、これがやっぱりそこの金融事情なり経済を悪くしているんではないか。アルビン・トフラーなんかはIMFなんかなくしてしまえとかいうことを言っているわけですが、その辺はどうお考えか。
 もう一つは、グローバリゼーションの中で、これは山崎正和さんが言っていることなんですが、情報通信とか、あるいは市場とか大衆文化とか目に見えないものが支配している。今後、グローバリゼーションの中で一人一人が世界の中に直接かかわりを持つようになる。そこにデファクトのスタンダード、だれが決めたのでもない、国が決めたのでも国連が決めたのでもない、デファクトのスタンダードが、要するに事実上の標準というか基準というのができてくる。そういう基準に基づいていろんな競争が行われる。そういう競争の中で競争に敗れた人はどうなるのか、その敗者がまた立ち上がれるようなシステムがあるのかどうか。あるいはセーフティーネットの問題、あるいは環境破壊の問題、こういうことについては国家が責任を持つべきではないか、国家というのはやっぱり必要ではないか、そういうことを言われているんですが、国連は世界政府ではありませんから、その一人一人について責任を持つということはないんですが、国連の役割は環境、福祉あるいは人権、こういう点について役割としては非常に大きなものがあるんではないかと思うんですが、これをお伺いいたします。
 それから秋月先生は、ジャカルタのUNDPの事務所に働いておられたということなんですが、当時のUNDP、ジャカルタの事務所から見て、日本のODA、特に大統領のファミリー企業が相当潤っているのではないかという批判がありましたが、この日本のインドネシアに対する経済援助についてどういうふうに見ておられたのか。それからIMF、世銀の事務所もあるかと思うんですが、あのときもIMFなんかのあり方が相当問題があるんではないかと。インドネシアの経済社会発展については、そういうことについてどう思われるか。
 それから岡島先生には、どうすれば国連を利用できるのか、国益を考えろということなんですが、まさに何が国益かということが重要で、それはその判断は極めて難しいと思うんです。短期的に見れば国益と思ったものが長期的に見てみたらそうではなかったということは十分あり得るわけですが、アメリカはまさに国益優先で考えているわけで、そうするとアメリカのように国益を重視するのであれば、例えばユネスコについてはアラカルト方式をとる、あるいは分担金も余り払わないというようなことが国益にかなうかもしれない。
 そこで、都合のいい分だけ利用するということもあり得るんではないかと思うんですが、先ほど広中先生もおっしゃったように、分担金を日本がこんなに負担するのが国益にかなっているのかどうか。それから、ユネスコに事務局長を送り込んだのは、そもそもこれは国益にかなっているのかどうか。もう一つ、安全保障理事会の常任理事国に日本が入りたいという希望を出しているんですが、この常任理事国に入ることは国益にかなっているとお考えかどうか。簡単で結構ですので、お伺いいたします。
#35
○参考人(大芝亮君) どうもありがとうございました。
 まず最初のワールドバンク、IMF、いわゆるブレトンウッズ機関のアプローチが極めて画一的で、かつ弱者切り捨て型のコンディションをつける、そういうコンディショナリティーがあるのではないか、こういう批判は非常に多くて、私自身の見解を述べますと、かなりの部分はこういったところはあるだろうというふうに思っております。
 もちろん世界銀行もIMFも全く硬直した組織ではありませんので、いろいろな形でその多様性に応じるように努力はしておりますけれども、基本的な考え方というのは、同じメニューでいいんだというところは随分、最終的には世銀のスタッフレポートなんかを見ますと強調するところがあるかと思います。
 これに対してだれがどうやって異議申し立てをするかということで、私は一つ非常に大きなのはやはり日本であろうと思っております。そもそも開発のアプローチにつきまして、アジアの経済危機以降、ちょっと批判も多く出ましたけれども、アジア的なアプローチといいますか、もう少しディレギュレーション一本やりではないやり方というのは日本のエコノミストは随分主張もいたしましたし、またその一つの拠点となったのは、アジア開発銀行などもそういうアプローチを推奨する上で一つの拠点となったところがあるかと思います。ですので、こういったところをもう少し強化していくべきであろうと。
 それから、これは今、日本のエコノミストの話を出しましたけれども、もう一つはこういう世界銀行の画一的なやり方というのがどういう被害を実際にもたらしているかということを報告を受け、問題提起をしていくということが大事だろうと思います。
 そういう意味では、途上国の現地のNGOからのレポートというようなものをいかに組み込んで、これを先進国のドナーのサイドに伝えていくかということも大事であって、いわゆるNGOのネットワークですけれども、こういったところが世銀の画一的なアプローチの問題点ということについて現実に裏づけをされた報告をしていく必要があるだろう。そういう意味でNGOのネットワークというものを非常に尊重していく必要があるのではないかと思っております。
 それから第二番目の点でありまして、グローバル化に伴っていろんな問題が出てくる、一つはセーフティーネットの問題等々が出てくるという御指摘で、これは私も全く賛成であります。そういった意味でも、おっしゃったように国家の役割というのは極めて重要であり、ある意味では国家の代表から構成をされます国連の総会、それから国家の代表ばかりではありませんが、国連自身の役割というものも非常に大事であろうと思っております。特にその役割はますます増大しているかと思います。
 といいますのも、デファクトスタンダードの話で出ましたように、これはある意味で今回のアメリカの大統領選挙の方式と似ておりますが、要するにウイナー・テーク・オールみたいなところがありまして、そのスタンダードとなったところは、基本的にはすべてのOSを支配するわけですから、すべての分野をとってしまうということで、非常に従来型の競争ではなくて、ある意味でデファクトスタンダードができてしまうまでは競争もあるでしょうけれども、その後はかえって独占状態というのが出てくるというところがあるかと思います。そういう意味で、グローバルガバナンスの具体的な課題というのは、世界的な状況での独占を禁止していくというのがグローバルガバナンスの一つの具体的な課題であろうというふうに思っております。
 それから、国連の役割ということにつきましては、特にグローバル化によって生ずるところの問題点、一つ例を申し上げますと、デファクトスタンダードとちょっと違うかもしれませんが、特許の問題がありまして、特に医療の問題でエイズの問題を例に挙げますと、エイズの問題での特許の競争というのは随分激しいものがある。その特許というのは当然知的所有権ですから、これは保護されなければならないというのが現在のグローバリゼーションの中での考え方であります。
 しかしながら、これがために途上国におきましてはエイズ治療薬の模造品というようなものはもちろんつくれない。これは従来、タイなんかでもつくったところがありましたが、アメリカからこれは特許違反であるという形で訴えられる、それがためにタイもしくはサブサハラのアフリカ諸国で安い価格のエイズ治療薬というのが使えない。要するに、特許を保護するがために安いエイズ治療薬というのが途上国には行き渡らない、こういう状態というのも現在あるかと思います。
 ですので、これは別に特許の制度が悪いということではないんですけれども、やはりこういう医療薬などに関してはもう少しその対応を考えるなり、これも一つの世界的な意味でのセーフティーネットというのが必要だろうというふうに思っております。
 以上です。
#36
○参考人(秋月弘子君) ありがとうございます。
 UNDPに勤務しておりました国連職員といたしましては、まず世銀、IMFに関しましては、私が働いておりましたのは十年以上前で、まだ国連機関とブレトンウッズ機構の調整ということが現実的に議論されるまでもなく一緒にできないというような感覚の機関でしたので、現場では非常にライバル意識を持っておりました。
 その理由の一つは、もちろん国連機関であるUNDPは途上国寄り、それから世銀、IMFは先進国寄りという味方陣営の違いというのもありますが、開発援助に携わる人間としましては、世銀、IMFというのは現場を余り重視していないといいましょうか、職員の八〇%がワシントンにいてプロジェクトの立案等で二、三週間出張でいらしてプロジェクトをつくる。それに対してUNDPは八〇%が現場にいて現地をもとにつくるという、そういう手法の違いがありましたので、我々としては、彼らは現場を知らずにプロジェクトをつくっているなと、その結果国民が困っている状況もあり得るのではないかというようなことは感じてはおりました。
 それから日本の援助、ODAに関しましては、インドネシアという国は日本を初めとして二国間の援助がかなり集まってくるいわゆる買い手市場だったわけですね。そういう場に国連機関としておりますのは、競争力がないという形で非常に日本にはお手上げという感じがあったんですが、印象としましてはいい面も悪い面も両方ありました。私が日本人だということを知りますと、国連職員ですから国籍に関係なく仕事するわけですけれども、私がお会いした方が、あなたの国にはお世話になっていますということをおっしゃる政府関係者の方が多かったので、政府レベルでは歓迎されていたと思います。
 それから、実際にプロジェクトを実施している方たちのテクニカルなコメントとしましては、日本のODA関係者の個人個人はよくやっている、非常によく仕事をしてくださると。ただ、彼らに欠けているのは技術を伝えるという視点がちょっと足りないかなと。自分たちがやってでき上がりました、置いていきますという感覚が強くて、もどかしくてもやらせてみて伝えるという視点がもうちょっと欲しいというコメントはいただきました。
 総合して、個人の問題もありますでしょうし、トータルとしてはよいところも悪いところも伺うことはできたなという印象です。
#37
○参考人(岡島貞一郎君) 国益についてのお話だと思うんですけれども、アメリカは国益優先でやるとお話しでしたが、僕はアメリカのみならず、はっきり言えば欧米全部国益中心であると。
 それで、しからば分担金を払わないアラカルト方式でユネスコのプログラムをつまみ食いする、これは国益かどうかと。これはアメリカ人が決めればいいことですけれども、僕はそういうふうには思いません、長期的に見て。そして日本の場合はどうかと。日本の場合は、先ほども申し上げていますように、やはり日本はアジア太平洋が非常に大切でありまして、アジア太平洋地域の中における日本、すなわちアジア太平洋にとってそれがよきとなるかあしきとなるか、これは僕は一つの基準であると思います。
 これはもちろん、国益を判断するのに失敗することもありますし、正しいときもありましょうけれども、我々はアジア太平洋だけを考えていればいいというわけにはいきません。と申しますのは、ほかの地域にもいろいろと強い結びつきがあることですので。しかし、まず第一に我々の周辺の国々を考えなきゃいけない、そして一緒になるということが大切であると思います。
 しからば、事務局長を日本から送り込んだのは国益かどうか。事務局長の選挙というのは、あれは国じゃなくて個人の資格でやるものです。ですから、表面的には松浦さんは松浦さん個人でやられて、しかしもちろん日本の政府は応援をしたわけですけれども、それはもちろんどこの国でもやることであって選挙違反でも何でもない当たり前のことであります。これだけお金を出して、これだけユネスコにいろいろと世話になって、そしてここで一回ユネスコに日本からすばらしい優秀な人物を出してユネスコをよくするということをしたいというのは、これは大変な国益であると思います。それからユネスコ益でもある。だから、両者の益が合致したわけでありまして、これは大変いいことであると。
 それから、安保理に入るのは国益かどうかというお話でしたが、これは日本がいろんな安保理で取り扱われる問題についてどの程度クリアな立場をとることができるかどうかということが非常に大切な一つの課題になると思います。
 一つだけ例を挙げますと、一九九八年の暮れから九九年の春にかけてコソボが非常に緊張して、そしてNATO軍は空爆したわけですけれども、あれに対して日本の立場というのは明らかにされていないわけですね。何かスポークスマンが理解できるようなコミュニケを出しましたけれども、日本政府としてあれに賛成しているのか反対しているのか。あれは安保理に入っていたらきちっと態度を表明しなきゃいけないと思うんですね。もちろん棄権でもいいです。棄権だったら何のために入っているのか、棄権したくなったら欠席しなきゃいけない。欠席、何のために入っているのかと。
 ですから、グローバルな問題に対して日本として立場を出す用意があるのかどうか。アメリカと一緒の立場だったら、それは票が一票反対側にとってはふえるだけのことでありますからみんな嫌がるでしょうし、それからまた、それでは別に日本がアジアにあるという意味もありません。ですから、どの程度日本はいろんなグローバルなイシューに対してきっちりとした立場をとることができるかどうか、これが一つのかなめだと思います。
 ですから、私は入るのが国益だと思いますけれども、しかし入る用意もないのに入りたい、入りたいと言ったってそれはおかしな話であって、入る実力が、用意があるのかどうか。もちろんあるということになるんですけれども、しかし実際の話として、いろんなグローバルなイシューにどうやって日本としての責任のある立場をとることができるか、まさにアメリカと立場を異なる場合でもあるんでしょうが、それもあえてできるのかどうかということだと思います。
#38
○高野博師君 ありがとうございました。
#39
○会長(関谷勝嗣君) 予定いたしました時間も参りましたので、本日の質疑はこの程度といたします。
 一言お礼のごあいさつを申し上げます。
 参考人におかれましては、長時間にわたり大変貴重な御意見をお述べいただき、大変有意義な質疑を行うことができました。お礼を述べさせていただきたいと思います。
 参考人の皆様方の御活躍を祈念いたしまして、本日のお礼とさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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