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2000/11/10 第150回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第150回国会 文教委員会 第2号
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2000/11/10 第150回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第150回国会 文教委員会 第2号

#1
第150回国会 文教委員会 第2号
平成十二年十一月十日(金曜日)
    午前十時二分開議
 出席委員
   委員長 西  博義君
   理事 岩永 峯一君 理事 河村 建夫君
   理事 下村 博文君 理事 渡辺 博道君
   理事 藤村  修君 理事 山元  勉君
   理事 池坊 保子君 
      岩崎 忠夫君    小渕 優子君
      奥山 茂彦君    鈴木 恒夫君
      馳   浩君    林 省之介君
      原田 義昭君    福井  照君
      森岡 正宏君    森山 眞弓君
      柳澤 伯夫君    大石 尚子君
      田中  甲君    楢崎 欣弥君
      牧  義夫君    松沢 成文君
      山口  壯君    山谷えり子君
      石井 郁子君    山内 惠子君
      谷本 龍哉君    松浪健四郎君
    …………………………………
   文部大臣         大島 理森君
   文部政務次官       鈴木 恒夫君
   政府参考人
   (内閣官房内閣内政審議室
   教育改革国民会議担当室長
   )            銭谷 眞美君
   政府参考人
   (警察庁長官官房総務審議
   官)           吉村 博人君
   政府参考人
   (外務省アジア局長)   槙田 邦彦君
   政府参考人
   (文部大臣官房総務審議官
   )            本間 政雄君
   政府参考人
   (文部省初等中等教育局長
   )            御手洗 康君
   政府参考人
   (文部省教育助成局長)  矢野 重典君
   政府参考人
   (文部省高等教育局私学部
   長)           石川  明君
   政府参考人
   (文部省体育局長)    遠藤純一郎君
   政府参考人
   (文化庁次長)      伊勢呂裕史君
   文教委員会専門員     高橋 徳光君
    ―――――――――――――
委員の異動
十一月十日
 辞任         補欠選任
  大石 尚子君     楢崎 欣弥君
同日
 辞任         補欠選任
  楢崎 欣弥君     大石 尚子君
    ―――――――――――――
十月三十一日
 教育費負担軽減と私立大学・短期大学の教育・研究条件の充実に関する請願(穀田恵二君紹介)(第五八五号)
 私立大学・短期大学への国庫助成及び奨学金予算等の増額に関する請願(赤嶺政賢君紹介)(第五八六号)
 同(石井郁子君紹介)(第五八七号)
 同(小沢和秋君紹介)(第五八八号)
 同(大幡基夫君紹介)(第五八九号)
 同(大森猛君紹介)(第五九〇号)
 同(木島日出夫君紹介)(第五九一号)
 同(児玉健次君紹介)(第五九二号)
 同(佐々木憲昭君紹介)(第五九三号)
 同(志位和夫君紹介)(第五九四号)
 同(塩川鉄也君紹介)(第五九五号)
 同(瀬古由起子君紹介)(第五九六号)
 同(中林よし子君紹介)(第五九七号)
 同(春名直章君紹介)(第五九八号)
 同(不破哲三君紹介)(第五九九号)
 同(藤木洋子君紹介)(第六〇〇号)
 同(松本善明君紹介)(第六〇一号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第六〇二号)
 同(山口富男君紹介)(第六〇三号)
 同(吉井英勝君紹介)(第六〇四号)
 学校教育におけるてんかんについての正しい知識と理解の定着に関する請願(三井辨雄君紹介)(第六〇五号)
 国立市の教育に介入しないことに関する請願(北川れん子君紹介)(第六〇六号)
 よき伝統や文化等の保存、伝承等への積極的な参加に関する請願(達増拓也君紹介)(第七〇三号)
十一月九日
 国立市の教育に介入しないことに関する請願(保坂展人君紹介)(第九九三号)
 学校教育におけるてんかんについての正しい知識と理解の定着に関する請願(古川元久君紹介)(第一〇七一号)
 同(三ッ林隆志君紹介)(第一〇七二号)
 同(山口俊一君紹介)(第一〇七三号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 参考人出頭要求に関する件
 文教行政の基本施策に関する件

    午前十時二分開議
     ――――◇―――――
#2
○西委員長 これより会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 この際、お諮りいたします。
 本件調査のため、本日、政府参考人として、内閣官房教育改革国民会議担当室長兼内閣審議官銭谷眞美君、警察庁長官官房総務審議官吉村博人君、外務省アジア局長槙田邦彦君、文部大臣官房総務審議官本間政雄君、初等中等教育局長御手洗康君、教育助成局長矢野重典君、高等教育局私学部長石川明君、体育局長遠藤純一郎君、文化庁次長伊勢呂裕史君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○西委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    ―――――――――――――
#4
○西委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。馳浩君。
#5
○馳委員 おはようございます。
 自由民主党の馳浩です。よろしくお願いします。
 平成十四年度版の中学教科書検定をめぐり、元外交官の教科用図書検定調査審議会委員の歴史担当委員が特定の歴史教科書を不合格にするよう多数派工作を行っていた事件について、二、三質問いたします。
 まず文部省に、事実関係と元外交官の一連の行動の動機について質問いたします。
 次に、外務省に四点質問いたします。
 外務省の組織的関与も指摘されておりますが、いかがですか。
 二点目は、中国政府は、特定教科書に懸念を表明して旧日本軍の残虐行為の記述を減らさないよう再三外務省等に要求していたのでしょうか。
 三点目。九月十九日に、この元外交官と外務省の教科書問題担当課長と後藤田元官房長官の三人が教科書問題で協議していたのではと疑われておりますが、事実でしょうか。
 四点目。この元外交官が、審査前の検定申請図書、いわゆる白表紙本の内容を外務省に漏らしていたのではと疑われている点について。
 以上四点の事実関係を外務省にお伺いいたします。
#6
○御手洗政府参考人 御指摘の元外交官であります検定調査審議会の委員の件につきましては、報道された内容につきまして文部省として調査した結果、当該委員は、審議に先立ちまして、十月上旬に、教科用図書検定調査審議会の第二部会の委員計九名に対しまして、討議用資料として自分の考えをまとめた資料を送付したところでございますが、客観的に見ますと、このような当該委員の行動は、審議に予断を与え、審議の公正さを損ないかねないという点があったと考えているところでございます。
 このため、文部省といたしましては、教科書検定に対します信頼と審議の公正を確保する観点から、十月三十日付で当該委員の所属を、教科用図書検定調査審議会の中の教科用図書検定調査分科会から教科用図書価格分科会に変更し、今後、教科書検定の審議には携わらせないこととしたところでございます。
#7
○槙田政府参考人 委員から都合四点についての御質問があったというふうに思うわけでございますけれども、まず最初の、一部の新聞報道でこの問題について外務省が組織的に関与しているのではないかという点につきましては、外務省といたしましてそのような関与をしているという事実はございません。
 それから第二点が、中国政府が再三外務省に要求をしていたのかという点でございますけれども、そういう事実はないわけでございます。
 ただ、中国といたしましては、我が国における教科書問題についての報道を承知しておりまして、それをとらえて中国のマスコミもこの問題について報道しておりますし、論評を加えているということがございます。さらに、中国政府の外交部、外務省でございますが、そこのスポークスマンも、質問に答えて中国政府としての考え方を述べているということでございますが、この問題についての一般的な関心を表明しているという事実はございます。
 それから、第三点の御質問は、元外交官という人と外務省の課長、それから後藤田元官房長官の三人が協議をしたのではないかということでございますけれども、教科書の問題についてこの三人が協議をしたことはないというふうに承知をしておるわけでございます。
 若干参考までに申し上げますと、後藤田元官房長官とこの担当課長というのは同郷でございますから、今までも折に触れお会いをするというようなことも……(馳委員「そういう答弁は結構です、事実関係だけ」と呼ぶ)わかりました。
 それから、第四点の白表紙本の内容を外務省に漏らしたのではないかという点につきましても、これを外務省に漏らしたという事実はないということでございます。
#8
○馳委員 外務省、もう一つ。簡単に。
 いわゆる近隣諸国条項を盾に、外務省として今後教科書検定について関与するつもりはありますか、ありませんか。
#9
○槙田政府参考人 外務省としては、当然これは関与するということはないわけでございまして、検定制度というものが粛々と運営されていくのだというふうに理解をしておるわけでございます。
#10
○馳委員 外務省には事実関係をお尋ねいたしましたので、これで退席されても結構でございます。
 文部大臣にお伺いいたします。
 いわゆる義務教育の、とりわけ歴史教科書についての検定制度の重要性にかんがみて、今回のこと、その事実関係も伺いました、それから一般に報道もされております、こういうことに対して、大臣としてどのように考えておられるか。当然、公明に、正大にこういう検定作業というものは行われるべきだと思いますが、今後ともこの審議会の審議を充実させていくためにも、決して密室的な、裏工作的なことが行われてはならないと私は思いますが、大臣の所見を伺います。
#11
○大島国務大臣 先ほど局長からお話があった経過を踏まえた上で、いわゆる元外交官の方を価格決定の小委員会の方に異動させたということについての判断は、まさに公正に、そして客観的に議論をしていただくための措置であるわけです。そういうふうなことが一番大事なことだということで私どももこの問題に対処してきてまいったところでございますし、今後もそういうふうな対処を根底に置いてきちっとやってまいりたい、こう思っております。
#12
○馳委員 今回の問題は、教科用図書検定調査審議会委員の選定のあり方にも問題を投げかけたのではないかと思います。
 いわゆる外務省枠があって、それに基づいて文部省が言われるままに委員を選定したのではないかという指摘もできる問題であると私は思いますが、一つの提案をしたいと思います。国会同意人事案件にしてはどうか。教科用図書の重要性にかんがみて、いわゆる政治的な中立性を保つためにも、逆に、提示されてきた人事についての案件を国会同意人事案件にしてはどうかという提案をいたします。
 承っておりますと、どうも形骸化しているような気がいたしますが、いかがでしょうか、大臣。
#13
○大島国務大臣 馳さんより私は国会運営の経験が長いものですから、そういう観点から、国会同意人事のあり方論というものは私なりの意見は持っておりますが、何でもかんでも国会同意人事にすることが公正公平なことを担保できるかどうかという観点も一つあるような気がします。
 ましてや、教科書の議論というのは、そういう意味で、そのことがより一層求められるという状況の中で、同意人事にすることがいいのかなと問われれば、今の時点では、私の考え方ではちゅうちょせざるを得ないなと。むしろ、今御指摘があった、できるだけそういう方を選定していくという覚悟の中でやっていただいた方がいいのではないか。
 同意人事は、自民党、与党の中でもプロジェクトチームをつくっていろいろな御議論をいただきます。同意人事には、各党も今大変な関心を持って御議論されております。そしてそこには、ひょっとしたら、そのことを含めて、政党間のいろいろな議論が先に起こってしまうという場合もあるわけでございますので、今の時点でそういうことには、馳議員の御提案、わかりましたとはなかなか言いづらい、こういうふうに考えております。
#14
○馳委員 教科用図書検定委員を選ぶ最終的な権限はだれにあるのですか。
#15
○御手洗政府参考人 文部大臣でございます。
#16
○馳委員 今後、文部大臣のより公明正大な、見識を持った選定のあり方を求めるものであります。
 加えて、最後に、この問題は、一元外交官委員の工作問題として矮小化してはいけないと思います。周知のごとく、昭和五十七年に社会科教科書の検定基準に近隣諸国条項を盛り込みましたが、この条項だけでは、この問題を外交問題から切り離すことはできておりません。つまり、根っこの問題が解決していないと思います。そういう意味で、今回の事件は大地震の前の予震であり、外交問題化したとき、現制度を維持したまま日本の純粋な内政問題として突っ張っていけるのか心配であります。
 そこで、これは私見でありますが、思い切って教科書検定から国は一切手を引き、例えば、地方分権の趣旨からも欧米のように地方自治体に任せたり、あるいは純粋な民間レベルの第三者機関に任せたり、あるいは検定そのものをなくしたりという議論も選択肢として考えられてまいりますが、大臣の所見を伺います。
#17
○大島国務大臣 馳委員の先ほどの御提言と今の御意見は、ちょっと一貫性がないような気がするのですね。一方では同意人事にしたらいいじゃないかという御提案をされて、一方では全く国会あるいは政治が関係しない形でという、つまりそのぐらいに難しい話だ、こういうふうに馳委員もお考えになっていると思います。
 全く独立した形になる、その独立した人を一体だれが選ぶのか。地方にお任せするといっても、地方のだれかが選ばなければならぬ。ですから、そういう意味で、国が、日本の子供たちに、ある一定の学習指導要領に基づいて、少なくとも同じスタンダードでここだけは押さえておいてもらいたいということを国の教育政策の中で持つためには、全く私どもと関係ない形で、また政治も何も入れない形で、そこをしたら、逆のおそれが出てきはしないかという思いがあります。地方に全部任せる。アメリカは州というものがあってやっておりますが、それでも、クリントンのこの時代に、州のそれぞれを呼んで、やはりある程度共通した認識を持ちながら州でそれぞれ考えていかなければならぬのじゃないかと。
 やり方はいろいろあるにしろ、国としてのスタンダードというものをどこかで押さえるという意味で、いろいろ考えますけれども、私は、日本の今のやり方がいいのではないかな、このように思っております。
#18
○馳委員 私も、すべてを承知した上で質問しております。それだけに文部大臣の責任が重いということを私は申し上げたいということであります。
 以上です。
 次の質問に移ります。
 北海道札幌市の教育問題についてお伺いいたします。
 この件については、先日、十一月二日、参議院文教・科学委員会におきまして我が党の亀井郁夫先生が質問されたことと重なりますが、事の重大性にかんがみて、本院でも質問をさせていただきます。
 札幌市教育委員会は、本年九月、来春の卒業式、入学式における国旗掲揚、国歌斉唱の指導が学習指導要領にのっとり適切に行われるよう全市立学校長に対して職務命令を発したと伺っております。一部報道によれば、教職員団体側は、学習指導要領には法的拘束力はなく教育課程編成上の一資料にすぎない、教育課程の編成権は校長ではなく全教職員にある、入学式や卒業式も教育課程の一つであり国旗・国歌が校長によって強制されてはならない。これらはすべて組合側の、立場のある方の発言が報道されておりまして、そのとおりのものです。
 これらを理由として、札幌市が出した職務命令に対して、指導主事の学校訪問を拒否したり、市教委庁舎への座り込みを行ったりなどの抗議活動を行っておりますが、このような教職員団体の主張について、文部省はどのように考えておられますか。
 札幌市の教育委員会は、教職員団体の主張や抗議活動に屈することなく、国旗掲揚、国歌斉唱の適切な取り扱いに向けて毅然とした態度で臨んでいると伺っております。このような札幌市の取り組みに対する文部大臣の見解も伺いたいと思います。
#19
○大島国務大臣 文部大臣としての方針を明確に申し上げた上で、政府参考人から御答弁させていただきますが、その前に、馳委員から先ほど、なるがゆえに文部大臣の責任は重いよという、大変貴重というか、委員の重いお言葉をしっかり胸に入れてこれから教科書問題に取り組んでまいりたい、すぐれてこの問題は、我が国の子供たちに対する、どういう内容を知ってもらうかということですから、そういう思いでやるということをまず決意として申し上げたいと思います。
 まず、札幌市の教育委員会が職務命令を出されたということは、私は、大変適切な措置がなされた、こうも思っておるところでございます。
 今まで実態を見たりしておりますと、札幌市立小中学校の卒業式、入学式における国旗掲揚、国歌斉唱の実施率は、全国的に見て最も低い水準にございまして、文部省ではこれまでも、学習指導要領にのっとって国旗掲揚、国歌斉唱の適切な取り扱いについて指導をしてまいったところでございます。
 そういう意味で、市の教育委員会がそういう職務命令を出されたということで、市の教育委員会と緊密な連携を図りつつ、教育委員会の来春の卒業式、入学式に向けた取り組みを支援してまいりたい、このように思っております。
#20
○矢野政府参考人 私の方からは、職員団体の主張についての文部省の考え方を御説明申し上げたいと思います。
 北海道教職員組合や札幌市教職員組合は、先生から先ほど御紹介がございましたけれども、新聞報道等によりますれば、学習指導要領の法的拘束力あるいは校長の教育課程編成権を否定し、さらには、国旗掲揚、国歌斉唱の実施等を校長が命じることは認められない、こういう主張をしてきているわけでございます。
 まず、学習指導要領につきましては、学校教育法及び同法施行規則の規定の委任に基づきまして教育課程の基準として文部大臣が定めているものでございまして、これは教育課程の基準として、法規としての性質を有するものでございます。このことは既に最高裁判決等においても明確にされているところでございます。
 また、教育課程の編成につきましては、学校教育法におきまして、「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。」ものとされているところでございまして、教育課程の編成も、当然のことながら学校の長である校長の権限と責任に基づいて処理されるべきものでございます。
 さらに、学習指導要領におきまして、卒業式や入学式では国旗を掲揚するとともに国歌を斉唱するよう指導するものとされているところでございまして、こうした学習指導要領の趣旨を実現するために校長が職務命令を発した場合等には、教員はこれに従って職務を遂行する義務を負うものでございます。
 以上のように、私どもは、北海道教職員組合や札幌市教職員組合の主張は、現行の法制に照らせば、法制的には正当な主張とは言えないものであるというふうに考えているところでございます。
#21
○馳委員 次に、北海道では、国旗・国歌の問題以外にもさまざまな教育問題を抱えております。特に、北海道教職員組合が学校の管理運営に重大な影響を与えていると聞きます。したがって、国旗・国歌問題は、日常的に行われている学校の管理運営上の問題の、単に象徴的出来事にすぎないのであり、この根本的問題を解決しなければ意味がありません。
 そこで質問に移りますが、一連のこの問題の背景には、北海道教育委員会が昭和四十六年に北海道教組と交わした協定書、いわゆる四六協定が存在し、これが学校の管理運営の妨げの原点になっていると言ってよいと思います。
 四六協定の問題点の詳細な検討はさきの参議院における質問に譲りますが、特に十一項と十二項の後段に非常に問題があります。
 つまり、十一項には、「勤務条件にかかわるものは、すべて交渉事項としその際当事者能力を有する各対応機関が交渉対応者たることを確認する。」とし、十一項の覚書に、「第十一項にいう当事者能力を有する各対応機関とは、道教委と北教組本部、地教委と北教組支部・支会・校長と北教組分会をさす」としております。
 そもそも学校管理上の問題はすべて、広い意味で勤務にかかわってくるものであります。そうであるならば、十一項とその覚書の規定により、学校管理上の問題はすべて校長と北教組分会との交渉事項になってしまいます。
 しかし、地方公務員法五十五条一項によりますと、分会は登録されていない職員団体であり、そもそも交渉の当事者にはなれないはずであります。これは大問題であります。
 しかも、校長は、その職務権限以外のこと、例えば主任制の制度化までも交渉を受けなければならないこととなっており、さきの五十五条に違反いたします。
 また、十二項の後段は、「今後学校管理規則等の改正については、組合との交渉で行なう。」としており、そもそも学校管理規則とは、教育委員会が定める学校等に関する規則であり、組合との交渉事項にならないものであり、これも法令違反が甚だしいものであります。
 そして、この学校管理規則に関連して、事件が起こりました。
 十一月一日付の一部新聞報道によりますと、北海道教育委員会は、「職員会議は、校長が主宰する」とこの学校管理規則を改正したにもかかわらず、組合に配慮して留意事項なる通知を出しました。その内容は、校長は校務の運営上必要があるときは職員の会議を開き、所属職員の意見を求めて適正な学校の運営に努めなければならないというもので、今回の改正の際削除したものをそのまま復活させ、しかも、そのような通知はしていないと文部省に虚偽の報告までしていると一部新聞は報道しております。
 以上、四六協定の問題、虚偽報告事件に対する事実関係について文部省にお伺いし、ちょっと時間がありませんので、これを受けて、大島文部大臣、私はこれは先ほどの教科書の問題以上の問題であると、学校教育現場の問題でありますから。文部大臣としてどのように対処されるのか。これは、一地方の問題ではありますけれども、日本の公教育に関する重大な問題でありますので、明快な答弁と、そして文部大臣の対応を求めます。
#22
○矢野政府参考人 まず私の方から、いわゆる四六協定についてでございますけれども、これは先生御指摘のとおり、地方公務員法では「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。」と規定されているところでございます。
 学校管理規則の改正あるいは教育課程の編成など、教育委員会や校長がその権限において責任を持って決定しなければならない事項は、教職員組合との交渉によりその判断がゆがめられることがあってはならないものでございまして、これらを交渉の対象としている四六協定は、明らかに法令に違反するものと考えているところでございます。
 また、第二の問題でございますが、北海道教育委員会では、文部省の指導を受けまして本年の十月学校管理規則を改正いたしまして、これまで必ずしもその位置づけが明確でございませんでした職員会議の規定の見直しを図ったにもかかわりませず、従来の取り扱いを維持するものととられかねないそういう通知を発しておりまして、このような北海道教育委員会の対応は問題であると言わざるを得ないと考えておるところでございます。
 そのため、文部省といたしましては、北海道教育委員会に対しまして、今回の改正の趣旨をより明確にするよう指導を行ったところでございまして、北海道教育委員会におきましては、その文部省の指導に従いまして、改正の趣旨の徹底を図りますために、十一月一日、改めて通知を発したところでございます。
 以上が事実関係でございます。
#23
○大島国務大臣 四六協定には、明らかに法令に違反するものがあるわけであります。このような違法な協定が教育委員会と教職団体との間で結ばれているということは極めて遺憾である。
 十一月六日に北海道の教育長を呼びました。そして指導を行ったところでございますが、地方公共団体に対して文部大臣が関与できるその観点は、調査、指導、助言、援助あるいは資料の提出要求、技術的助言、勧告その他いろいろあるわけでございますけれども、いずれにしても、六日に教育長をお呼びして、いろいろな実態をお伺いしたわけであります。
 それらを踏まえてさらに指導をしてまいり、もし必要だという認識をしたならば、当然に現地調査等も視野に入れて全力を尽くしていかなきゃならぬな、このように思っております。
#24
○馳委員 文部省のそういう対応に一応私は期待をいたしますが、先ほども申し上げたように、これは一地方の問題ではない、日本の公教育の根幹を揺るがす問題である。大問題ですよ、これは。そういう観点からして、私は、当委員会としても調査あるいは視察されることを望みますので、理事会の協議事項としていただきたいと思います。
 ぜひこれは、各党の方がいらっしゃいますので、各党の方が実際にどういうふうな対応をしておられるのかと。札幌の教育委員会の皆さん、組合の皆さんともひざを詰めてお聞きする、まさにこれは公教育にかかわることでありますから。やはり子供たちのために正常な形にしましょうよという話し合いをすべきだと私は思いますし、国民の意見あるいは保護者等の意見、市民の意見等を聞くのも、これは政治家としての務めではないかということを一言申し上げておきますので、委員長並びに理事各位には、私の気持ちを御理解いただきたいと思います。
 違う質問に移ります。最後に、全く話題は変わりまして、警察庁と文部省にお伺いいたします。
 さきのシドニー・オリンピックで、実は私の後輩の、今警視庁におりますけれども、永田克彦君が銀メダルをとりました。レスリングのグレコローマンスタイルであります。実は私もロサンゼルス・オリンピックに、同じくレスリングのグレコローマンスタイルで出場いたしました。私の恩師がここにおります松浪健四郎代議士でありまして、深く感謝しております。
 さて、質問したいことは、そのオリンピックですばらしい活躍をした永田克彦選手、警視庁に戻りましてどのような処遇を受けたか。地方公務員です。一応、地方公務員ですので、公務員としてどのような処遇を受けたか。
 あるいは、一般にオリンピックのメダリストにはJOC、日本オリンピック委員会の方から少し御褒美のお金が出ると思いますが、これは幾らですか。
 そして、まあ金額は実は私もわかっていて聞くんですけれども、やはりオリンピックで活躍したメダリストに対して、我々は国民として十分な評価をしてあげるべきではないか。青春の大部分を費やして努力をされ、メダリストとなった。しかし、メダリストにとって一番重要な問題は、その後の人生をいかに生きるかという問題であります。国として頑張ったねと御褒美を上げるのは、これは実は一面だけでありまして、その後の人生をいかに生きるかということを見守るのも、私たち国民の仕事であると思います。
 ましてや、警察の不祥事が続いている今日、永田克彦選手の活躍というのは、やはり多くの警察官に、我々もしっかりやらなきゃいけないんだ、仲間もこんなに頑張っているんだという意味での勇気を与えたと私は思っておりますので、これは警視庁の広報担当にお伝えいただきたいんですけれども、日ごろどんなきつい任務を行い、同時に大変な練習を行って今日の成果を得たかということも、私は広報を通じてできるだけ国民にお伝えいただきたいと思っております。
 質問は二点でありますが、警察庁の方と文部省の方に、簡単に質問をいたします。
#25
○吉村政府参考人 お答えを申し上げます。
 ことしのシドニー・オリンピックでは、全国で三人の警察官がメダルを獲得いたしました。警視庁の永田選手についてお尋ねでございますが、永田巡査長につきましては、十月の四日に警察庁長官から、警察職員として抜群の功労がある、一般の模範となるということで、警察功労賞が授与されましたほか、同日、警視庁におきまして警視総監賞詞を受けるとともに、巡査部長に昇任をしたところでございます。これに伴いまして、給与につきましては、昇給、昇格をいたしまして、アップをしたということでございます。
 それから、報道の関係でございますが、これまでも本人は、NHK、民放のテレビ、ラジオ等に出演をして積極的に取材要請に応じてきたところでございますが、本人の勤務がございますので、あるいは訓練日程等の都合をつけつつ、今後とも報道機関からの取材要請には積極的に対応してまいりたいと思っております。
#26
○遠藤政府参考人 JOCの報奨金でございますけれども、金が三百万、銀が二百万、銅が百万、こうなっておりまして、これについては非課税という扱いになっております。
 それから、今後の話でございますが、本年九月にスポーツ振興基本計画を策定しまして、我が国の国際競技力の向上のための措置を総合的に講じていく、こうなっております。その際には、御指摘の点も研究課題になる、こう考えております。
#27
○馳委員 大臣、所見がありますれば。
#28
○西委員長 手短にお願いします。
#29
○大島国務大臣 手短にということでございますが、国民がやはりみんなでたたえてやる、そういう仕組みというものを少し考えなきゃならぬのじゃないかな、このように感想として持っております。
#30
○馳委員 ありがとうございました。
#31
○西委員長 馳委員の先ほどの当委員会に対する提案は、また理事会で後日諮らせていただきたいと思います。
#32
○馳委員 ありがとうございました。
#33
○西委員長 次に、小渕優子さん。
#34
○小渕委員 自由民主党の小渕優子でございます。
 本日は、このような貴重なお時間をいただきましたことを、大変ありがたく思っております。
 私は、五年前まで大学生として学校教育を受けておりました。ですから、学生に近い立場から、また二十一世紀を担う世代の一人として、今後の子供たちの教育について大変関心を持っております。
 今回、質問をさせていただけるということで、私は、自分の周りの方々、友人や学校の先生、教育関係で働く同世代の仲間、そして美容院のお兄さんにまで、文部大臣に今どんなことをお尋ねしてみたいかを聞いてみました。そして、みんなたくさんの疑問や不安を持っていることがわかりました。きょうは、あくまで私の視点で幾つかの質問をさせていただきたいと思っております。何分、生まれて初めての委員会質問ですので、大変緊張しておりますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 まず初めに、政府が二十一世紀に向けての最重要課題の一つとして取り組んでおられる教育改革についてお尋ねいたします。
 総理の私的諮問機関である教育改革国民会議では、本年三月の発足以来、各界の英知を結集した精力的な御議論が行われておりますが、去る九月には中間報告が公表されました。今後さらに検討を深め、年内には最終報告が取りまとめられる予定と伺っております。
 今日、教育や子供たちをめぐる現状を見ますと、一連の少年による凶悪事件や問題行動、いじめ、不登校、学級崩壊など、悲しくなってしまうような問題が後を絶ちません。将来、私の子供やそのまた子供の未来が輝かしいものであってほしいという願いとともに、未来への漠然とした不安を感じているのは、私だけではないはずです。
 そんな中、私は、政治の担うべき大きな仕事は、将来の我が国と世界のあり方に思いをいたし、今後起こり得るであろうさまざまな変化を大局的にとらえ、同時に現状を正確に把握した上で、我が国の目指すべき将来像を大きなグランドデザインとして示すことにあると思っております。そして、改めるべきは勇気を持って大胆に改めていくことこそが、二十一世紀を担う子供たちに対する私たち政治家の責任であろうと思っております。
 時はまさに世紀の変わり目を迎えようとしています。小渕前総理が教育改革国民会議を発足させたのは、二十一世紀という新しい時代を生きる子供たちの未来を輝かしいものにしたいという願いからであろうと私は考えます。したがって、教育改革国民会議には、通常の審議会のように諮問事項の範囲内で答えを出すということだけではなく、そもそも教育とは何か、教育改革とは何かという原点に立ち返って、戦後教育についての総点検を行い、たくさんの御提言をいただけることを期待しております。
 総理も文部大臣も、来年の通常国会を教育改革国会として、二十一世紀にふさわしい新しい教育の姿を目指す第一歩とする決意を述べられております。私もぜひそうであってほしいと期待をしております。
 そこで、教育行政の最高責任者である文部大臣に、この教育改革国民会議の最終報告を受けて今後どのように教育改革に取り組んでいかれるのか、今回の教育改革によって日本という国をどのような方向に導いていこうとしておられるのか、どのような日本像を、そしてどのような未来のビジョンを描いておられるのか、御所見を伺いたいと思います。
#35
○大島国務大臣 教育改革国民会議は小渕前総理の、ある意味では遺言だと私は思っております。今日の日本の子供たちを憂えて、今委員が御指摘いただいたように、あるべき方向を初めから決めるのではなくて、さまざまな方々に御参加をいただいて、非常に多岐にわたる御議論をいただいて始まりました。
 先般、中間報告をちょうだいし、十七の御提言をいただきました。それを受けまして、森総理から私に対し、この十七の提言をすぐに研究、勉強に入り、来年の通常国会にやらなければならないことは準備に入りなさい、こういう御下知を賜りました。
 そこで、まず、どういう国家像を文部大臣は考えているのか、こういう大きな基本的な問題があったと思います。
 総理は、「心の豊かな美しい国家」ということを目標としております。私はそれを踏まえて、あえて言えば、それは国民と国家が共生と自立という気構えと基本理念を持って二十一世紀に対応することではないか、このように思っております。
 そして、私は、総理から御下知をいただいたとき、このように申し上げました。今なし得るもの、中期的に考えなければならないもの、長期的に御議論をいただかなければならないものがあるように思われます。
 そして、今やれるものには、次のような問題がようやく見えてきたような気がいたします。一つは、少人数授業を可能とするような体制をどうつくるか。第二点は、教員として十分な適格性を有しない教員の対策をどう考えるか。第三点は、授業の中の、教室の中の秩序をどう考えていくのか。第四点は、家庭教育の充実の必要性。第五点は、奉仕活動等の一層の充実と促進。そして第六番目として、教育委員会のあり方。そして、今党でも御提言をいただいておられますIT等を含めて、子ども夢基金の創設にかかわるいろいろな法律のあり方。そして、大学改革の中で今すぐやれるもの等、それらについて今文部省の中で、この教育改革国民会議の中間報告を受けまして真剣に議論をしているところでございます。
 そして、やはり日本の教育の二十一世紀を考えるには、教育基本法をタブー視してはならぬ、やはりそのことについて多くの国民の議論をちょうだいしなきゃならぬ。でき得れば私どもは、来年になったらいろいろな議論を得た上で中教審にそのことをお願いし、そして一つの結論を得られるかどうか。いずれにしても、そういう方向性もこの中間報告を受けながら考えていかなければならないことであろう。
 そして、今、大学の独法化という流れが一つございます。だとすれば、そのことを平成十三年中にさまざまな議論をいただきながら、この国民会議においても新しい大学のあり方という問題提起をしておられます、そういたしますならば、その独法化というそういうふうな流れと同時に、多分平成十四年からこの大学のあり方論というものが非常に大きな議論になっていくのではないだろうか。国がその方針を決めていかなければならない、そういう流れになっていくのではないか。
 ですから、小渕委員がお話しされたように、来年の通常国会を教育改革のスタートとして、この二、三年が二十一世紀の日本の教育のあり方を決める大事な時期である、このように私どもは考えております。
#36
○小渕委員 ありがとうございました。教育改革国民会議での最終報告を私も期待しております。
 続きまして、教育改革国民会議の中で話し合われている子供たちの奉仕活動についてお尋ねしたいと思います。
 教育改革国民会議の中間報告ではさまざまな提言が盛り込まれておりますが、特に奉仕活動を全員が行うようにするというこの提言については、社会的にも大きな議論を呼んでいるところです。これについては、人によっていろいろなお考えがあるでしょうし、教育改革国民会議の場でもさらに検討が深められることと思います。
 私は、二十一世紀を生きる世代の一人としてその重責を感じたとき、また日本という国とそこで生きる子供たちの未来を考えるとき、司馬遼太郎さんの「21世紀に生きる君たちへ」、この本を読み返します。
 この中で司馬遼太郎さんがおっしゃっていることは、人はいつも助け合って生きている、人間は社会をつくって生き、社会とは支え合う仕組みである、助け合うという気持ちの行動のもとはいたわりという感情であると言っています。そして、いたわり、他人の痛みを感じること、優しさ、これらは本能ではない、だから私たちは訓練をしてそれを身につけなければならない、例えば友人が転ぶ、ああ痛かったろうなと感じる気持ちをその都度自分の中でつくり上げていきさえすればよい、そしてそういう感情を根っこに持った自己を確立していきなさいと言っています。
 子供たちには多くの体験や経験を通じてそういったしっかりした自己を持ってほしいと願っていますし、奉仕活動という形のやり方が子供たちの経験の一つになるのだとしたら、私は、この教育改革国民会議の中の奉仕活動に期待をしたいと思います。ただし、これが本当の意味で教育的な効果を上げられるようにするためには、特に子供の視点に立った奉仕活動となるよう十分な配慮が必要だと思います。
 つまり、大きな制度の大枠は私たち大人が用意することが必要でしょうが、その場合に、余り細かいところまで、例えば具体的なメニューまで大人たちが整えてしまうのでは、子供たちが主体的に奉仕活動に取り組むという姿勢は育たないのではないかと思います。また、当然のことですが、奉仕活動を点数化して評価するというようなことは、絶対にすべきではないと思います。
 そこで、大臣にお伺いいたします。
 大臣は、学校の内外を問わず、子供たちに奉仕活動を体験させることの教育的意義をどのようにお考えでしょうか。私にはどうも、例えば言葉の言い回しや小さな目先のことにとらわれ過ぎて、もっと大事な、日本を担う子供たちの輝かしい将来像が見えていないような気がいたします。若いお父さん、お母さんは、どんなときも新しい取り組みを自分の子供たちに体験させることには不安を感じていると思います。そんなときこそ、奉仕という活動によりどういった将来像を描いているかを示すことは、とても安心させることでもありますし、本当は一番大切なことではないかと思います。
 奉仕という活動を通じて文部大臣はどのような未来の子供たちを、そしてどのような日本の将来を見ておられるのか、御所見をお伺いいたしたいと思います。
#37
○大島国務大臣 その司馬遼太郎さんの本に、たしか、人という字は支え合うという一小節もあったと思います。
 奉仕活動についてどういう人間像、あるいはそういう大きな観点からの必要性を感じているのかということでございますが、きょう、実は国民生活白書が閣議の了解を得られました。「ボランティアが深める好縁」というタイトルで、きょう閣議了解されました。やはりそこにも、さまざまなボランティア活動の中での評価あるいは新しい流れというものを書いておりますので、ぜひ小渕委員にも読んでいただきたいと思います。
 私は、先ほど美しい国家というとき、具体的に共生ということを申し上げました。それは、自分以外に他が存在するということを、今、子供だけではなくて、日本の大人が最も感じなければならないことだと私は思っております。
 それは、奉仕という言葉にいろいろな概念があって、人それぞれに若干違うところがあると思うのですが、やはり社会の中にいて、自分の自由もあれば権利もあるということをしっかりと踏まえるということが大事であるし、自分以外のところに実は、人間と同時に自然もあるということを考えなければならぬと思うのです。
 そういう意味で、自分以外の者の存在がたくさんあって、その中に自分が生きているということを深くそれぞれの日本人の中にしっかりと知ってもらった上で行動する、その中に奉仕という問題が自然的に価値として出てくるというのが一番望ましいことだと思います。
 そこで、今委員も御指摘がございましたように、奉仕活動というものをいわゆる子供たちの目線で行いなさいよという御提言と御注意は、非常に私どもも大事にしたいと改めて思いました。したがって、奉仕活動を充実させていく、そのためにはいろいろな環境も整えなければなりません。そして、そういう中で、奉仕活動を通じながら、先ほど言ったいわゆる自分以外に多くの人たちがいて、そこに思いやる気持ちが育っていく、ああ、こういうことをすればみんなが喜んでくれる、そういう中で子供たちにいわゆる社会性というものが肌で感じられるようになればいいな、このように思っておるところでございます。
 したがって、今後、奉仕活動の充実、それも本当の充実を図るためにどのような法体系が必要なのか、あるいはどのような受け入れ体制が必要なのか、そしてどのような具体的なプログラムがあるのか。今ここで明確にこうですということは言えないのでありますが、一生懸命研究しながら、少なくとも、先ほど申し上げましたように、来年の通常国会においては、国会の場において文部省としての考え方を御提言申し上げ、提出させていただき、御議論いただき、結論を得たい。
 大事なことは、活動の選択などにおいてやはり児童生徒の自発性に配慮した、あるいは地域の事情に応じて多様な形での奉仕活動が行われる、そして結果としてそういうことが、日本の子供たちがだれでもがそういうことを経験できる、そういうふうな姿が一番いいのではないか、このように思っております。
#38
○小渕委員 ありがとうございました。
 私も、未来の輝かしい、美しい日本像というものを大事にしていきたいと思います。
 次に、少し視点を変えて、学校教育の現場で子供たちに接する教員の研修の海外経験等について質問させていただきます。
 教員という仕事は、たくさんの子供たちの人生に大きな影響を与える可能性のある、大変とうとい、そして重責あるお仕事と私は考えております。教員が子供たちに及ぼす影響は、知識や技能の教授にとどまるものではありません。それよりもむしろ、子供たちは教師の全人格を通じてさまざまなことを学び、また社会という未知の広い世界をかいま見るのだと思います。
 この情報化社会やさまざまな環境の変化の中で、子供たちは変わっていくでしょう。これに的確に対応するには、教員や学校もまた変わっていかなければなりません。特に私が痛感するのは、今後ますます国際化が進む中で、二十一世紀にはすべての教員が国際的な視野と感覚を備えた存在として子供たちに対峙できるようであってほしいということです。よく、学級王国とか、学校の常識は社会の非常識などと言われるように、学校というのは比較的狭い社会であり、ともすれば社会の感覚とかけ離れた狭い視野に陥る危険性もなきにしもあらずです。
 近年、教員がある程度の長い期間にわたって民間企業等で働くといった社会経験を研修に取り入れる自治体もふえていると聞きますが、私は、これは大変望ましい方向であり、さらに進めていただきたいと思います。特に、外国での生活は教員自身の視野を広げ、とても重要な財産になると思います。そして、教員の場合は、その海外での経験がさらに子供たちへの教育を通じて広がっていくという意味で、ほかの職業以上に大きな意味を持つと思うのです。
 このような教員や学生の国際交流を推進する目的で、昨年、ユネスコに我が国の拠出によりユネスコ青年交流信託基金が設けられたと伺っております。新しい世紀を間近に控えた今日、教育のあり方は、アメリカ、イギリスを初めとする世界の主要国に共通の重要なテーマとなっております。これは教育こそが国の将来を左右する決定的な要素であるとの認識が世界の大きな潮流となっているからにほかなりません。
 昨年六月にドイツのケルンで開催されました主要国首脳会議、ケルン・サミットでは、初めて教育が主要テーマの一つとして取り上げられ、学生や教員の国際交流の重要性が提起されたところです。そのユネスコ青年交流信託基金がいよいよ本年度から実際に事業が行われる予定と伺っております。この信託基金は、設立の経緯から一般に小渕基金と言われていますが、私としては、この設立当初の思いが具体的な形となって結実することを、またそれが、将来の我が国と諸外国との若者たちの相互理解や友好交流、ひいては二十一世紀の世界の安定と平和につながることを心から願っています。
 そこで文部大臣に、まず教員の海外経験の意義についてどのように認識しておられるか、また、教員の国際感覚を養うため今後どのように取り組んでいかれる方針があるのか、御所見をお伺いいたします。
 また、ユネスコ青年交流信託基金の今後の事業の実施予定とそのねらいにつきましてもお伺いします。
#39
○大島国務大臣 教員の視野を広げる、その必要性を御指摘いただきました。そのとおりだと思います。そして海外に行っていただくこともそうですが、今委員がお話しされていましたように、ある一定の時期に達したら実際の社会の実態を知っていただく、国内においてもその視野を広める必要性を非常に痛感し、そういう形での努力をさらに進めてまいりたいと思います。ただいま委員から御指摘をいただいたいわゆる小渕基金、これはケルン・サミットで小渕前総理が内外の記者会見においてお話しされたことでございまして、我が国の先生だけではなくて世界の先生にも、国際社会というものを知り、そういう経験をした視野を子供たちに伝えてほしいという、非常にグローバルな発想に基づいた基金であった、このように私は思っております。
 平成十二年は五億円の予算をもちまして五百人程度の皆様方にプログラムを実施させていただきましたが、来年度も、今五億円の要求をいたしております。ぜひこの五億円を獲得いたしまして、そういうグローバルな視点に基づいたプログラムを実施してまいりたい、このように思っております。
 先般、フルブライトメモリアル基金というのがございまして、アメリカの先生方、公立学校の先生方でございますが、約六百名が日本にホームステイをして、経験されて、そして帰られるときに、私がごあいさつに行きました。むしろアメリカの人たちの方が、私は初めて海外に出ました、多分二度ともう日本に来れないでしょうなんて、率直な先生方がたくさんおりました。そういう意味では、日本の先生方は海外経験も、先ほど申し上げましたように、ユネスコ青年交流信託基金等も含めながらさまざまな形で、例えば平成十二年度の場合は、二千六百名強の先生方が何らかの形で海外に研修という形で行っております。ただ、この中身も、ある議員の先生方から、大島君、どうももうすぐで定年退職するからお祝いでやっている部分があるのではないかなんという御指摘もいただきましたが……。
 いずれにしても、実際に子供たちに接し、頑張っている先生方に大いに世界に行って経験をしていただく。特に日本という国は、地政学的にこういう島国である中で一億二千万という日本人が住んでいる、そういう中での我々の感覚というものが生まれていくわけですから、国際性という中において、国際社会における日本、国際社会における日本人という観点からも、この海外派遣事業というものの必要性はますますもって高まっていくし、先ほど委員がお話しされたように、一層ユネスコ青年交流信託基金の充実をさせてまいりたい、このように思っております。
#40
○小渕委員 ありがとうございます。せっかくの基金だと思いますので、いい成果を得られることを期待しております。
 時間もないようですので、最後の質問をさせていただきたいと思います。
 最後に、生涯学習について質問をさせていただきたいと思います。
 現在、我が国の社会は、少子高齢化の進展やIT革命などにより、大きな変革の時代にあると考えられます。そのような中で、二十一世紀の我が国の社会において、私たちは、だれもがみずからの努力によって自分の未来を切り開き、夢や志を実現していかなければなりません。大学や高校で学んだ知識や技能は、社会に出てもすぐに古臭いものになってしまいます。また、社会人になっても、その場その場に応じて常に最先端を学ぶ努力が必要だと思います。
 そのため例えば、社会人が、情報化に対応するためにカルチャーセンターでコンピューターなど情報機器の使い方について学んだり、国際社会に対応するため外国語学校で英会話を学習したりする人が非常にふえており、また高齢者が、生きがいのためそのような学校や地域の身近な公民館の趣味の講座に通うなど、若者から高齢者まですべての人々がそれぞれのニーズに応じてさまざまな学習に取り組めるように、生涯学習のニーズが高まっております。
 実は、私は今、時間の合間を見てコンピューターの学校に通っております。学生さんやお年寄りなどさまざまな生徒さんが来られている中、私もそこにまじって一生懸命コンピューターの技術を学ぶよう頑張っているところです。
 こうした学習ニーズにこたえるためにも、今後の行政において、多様かつ高度な学習ニーズに応じたさまざまな学習機会が提供されるようにすることが重要な課題となるのではないでしょうか。生きている間にたくさんのことを知りたい、たくさんのことを勉強したいという気持ちはとても大切なことだと思いますし、高齢化社会の中で、元気で輝いているお年寄りのためにも、年齢を問わずやってみたいという気持ちを大切にするためにも、生涯学習の重要性について考えていかなければなりません。
 そこで、文部大臣にお尋ねいたします。このような国民の多様な学習ニーズに対応するためには、国や都道府県、市町村だけでなく、さまざまな団体やカルチャーセンターなどの民間の教育事業者などが、それぞれの特色を生かしながら連携して国民にさまざまな学習機会を提供することが必要であると思いますが、生涯学習の振興に対するお考えをいただけますようお願いいたします。
#41
○大島国務大臣 議員御指摘のとおり、生涯学習という言葉が日本の教育の世界に出てきたのは、そんなに古いことではございません。教育基本法の中にも生涯学習という言葉は見当たらないわけでございます。そういう意味でも、生涯学習の必要性というのは今国民の皆様方から求められている非常に大きな教育政策の課題だ、私はこのように思っております。
 例えば、今度の補正予算でIT教育の予算を盛り込んで提案をさせていただいています。約五百五十万人の方々にリテラシーの教育をしてもらおう、公民館あるいは、あいていれば学校、そういうふうなところでこの五百五十万の方々に勉強してもらおう、これもある意味では生涯学習の一環であろうと思います。
 そのように、知識を欲する人、そしてまた知識の進化というものがどんどん進むにつれて、生涯学習に対してどのように対応していくか。今、関係行政機関あるいはさまざまな民間教育事業者とも協力しなさい、こういうふうなお言葉でございました。まさに、そういう民間の力をしっかりとおかりしたり連携を図ったりしていくことが必要である、このように認識しております。そういうことを通じながら、あるいは放送大学の振興もそうでございます、多様な学習機会の提供をつくっていくということがこれからの私どもの大きな仕事である、このように思っております。
#42
○小渕委員 ありがとうございました。
 時間が参りましたので以上で私の質問を終わらせていただきますが、二十一世紀を生きる子供たちの将来がはつらつとして輝かしいものであることを願いたいと思います。私も二十代の政治家として一生懸命真摯に取り組んでまいりたいと思いますので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
 ありがとうございました。
#43
○西委員長 次に、林省之介君。
#44
○林(省)委員 私は、自由民主党の林省之介でございます。
 今ちょうど科学技術委員会も開催をされておりまして、私はそちらの委員もしております。こちらに参りまして、随分と出席の委員の数が、恐らく倍以上、向こうは今四、五人じゃないか、早く戻らなきゃいけないなというように気持ちがせいているところがあるのでございますけれども、この委員の出席状況を見ても、いかに皆様方が教育に対して深い御関心をお持ちであるか、日本の教育を本当にしっかりと考えていかなければいけない、本当に今もうせっぱ詰まった時期が来ている、こんなふうに思っている一人でもございます。
 そこで、新しい指導要領が小学校、中学校で平成十四年度から実施されるわけでございますけれども、多く教科科目が削減されているわけであります。私はきょうは、国語について中心的に質問をしようと思うんですが、国語についても三十時間から四十時間ぐらいの時間が小中学校の授業時間の中から削減をされた。なぜこんなに多くの時間を削減されたのであろうか。
 私は、やはり教育の原点は読み書きそろばんである、こう思っております。さらに、最近は、この読み書きそろばんにインターネットを加えていかなければいけないかなということは十分なる認識を持ちつつも、これほど多くの国語の時間が削減された、では、この回された時間はどこに行って何に使われるんだろうかというあたりをまずお尋ねいたしたいと思います。
#45
○御手洗政府参考人 新しい学習指導要領が、御指摘のとおり、全体として授業の時間数を削減していることは事実でございます。
 これは一つには、平成十四年度から、新しい学習指導要領とあわせまして、完全学校週五日制を実施するということで、小中学校とも週当たりの授業時数を全体として二時間減らすということをしてございますので、年間の授業時数も、全体といたしまして、小学校、中学校、およそ七%程度の減少になっております。
 また、これに加えまして新たに、各教科の授業時数とは別途、横断的、総合的な課題につきまして、体験的、問題解決的な学習をするための総合的な学習の時間、これを教科とは別に小学校で週当たり三時間、中学校で二時間ないし三時間設けたこと。
 それから中学校では、必修の教科に充てます時間とは別に、国語、社会、算数、理科の各教科につきまして、必修時間にプラスして選択履修ができる教科の時間、こういった選択教科の学習に充てる時間の幅を拡大いたしました。
 こういう三つの要素によりまして各教科の授業時数がそれぞれ減ったということでございまして、例えば国語でまいりますと、小学校六年間で千六百一時間から千三百七十七時間、二百二十四時間、一四%の減、中学校では三年間で四百五十五時間から三百五十時間、百五時間の減、二三%、これは中学校は必修教科に充てる国語の時間ということに限定されますが、このようになっているところでございまして、各教科ともおおむね、程度の差はございますけれども、教科の時間としてはそういう形で縮減をさせていただいているという状況でございます。
#46
○林(省)委員 国語の教科だけではなくて他教科においても削減されているということは、今の説明でわかったわけですが、小学校、中学校ともにちょうど週一時間ぐらいの削減だということになろうと私は思うのです。
 子供たちが発達段階に応じて大体どれぐらい言葉を身につけていくのかという調査が実はあるのです。我々日本人の成人の平均は大体四万八千五百語の言語を理解する。いわゆる理解語彙と言われるものがおよそ四万八千五百語である。この四万八千五百のうちおよそ半分以上、五割五分ぐらいのものが、大体小学校の四年生、五年生、六年生、そして中学の一年、二年で半分以上のものを今まで身につけているわけですね。これは少し古い調査になるのですが、国立国語研究所の阪本一郎さんの調査でございます。
 その後、このような調査があったのかどうかというのはちょっと私も不案内なのですが、おおむねこれは大きく変わっていないというふうに理解をしていいと思うのです。少なくとも、一生涯のうちに身につける言語のおよそ半分以上、五割五分ぐらいのところが形成される小学校の高学年から中学校にかけての、その部分の国語が特に著しく減ってくるような気がしてしようがない。一、二、三年あたりに比べて、四、五、六年の減り方というものが過去においてもひどかったわけであります。
 私は、いわゆる国語の学業成績と他教科の成績は大いに関係があると思っているわけです。なぜならば、当然のことでありますけれども、どのような教科にしましても、例えば我が国における英語教育にしましても、国語を媒体として教えているわけであります。その国語が十分に認識できないということになれば、おのずと他の教科の理解度も悪くなってくる。このような、例えば国語と他教科との学業成績の相関的なことを調べたような調査ですとか、あるいは研究のようなものがもしおありであれば、ちょっとお教えいただきたいと思うのですが、いかがでございましょうか。
#47
○御手洗政府参考人 大変不勉強で申しわけございませんが、国語の学力と他教科との相関をそれなりに示したという調査を、文部省としてはいたしておりませんし、私も今直ちに御説明する状況ではございません。お許しをいただきたいと思います。
#48
○大島国務大臣 今先生はまさに国語学者としての経験からですが、私もいろいろな人に御意見を聞きました。例えば、先般亡くなられたのですが、猪瀬先生という方、日本のITのパイオニアです。戦前にベル研に行った人なんです。今IT、ITと言いますが、これの先駆者です。パイオニアです。その猪瀬先生が、本当にこれも、さっきの話ではありませんが、遺言かなと思ったのですが、猪瀬先生、これから日本のIT化で何が一番大事ですか、こう言ったら、猪瀬先生は、言葉です、こう返されたのが非常に印象的でありました。
 いかに国語をきちっと教えるかということまでは言われませんでしたけれども、言葉の大事さというのは、データはございませんけれども、文部大臣としていろいろな人から御指導をいただくときに、やはり英語と国語の問題、これもやはり言われます。その所感だけは申し上げさせていただきます。
#49
○林(省)委員 ありがとうございます。
 恐らく国語科が負うところの一つの大きな部分としまして、いわゆる子供たちの心にかかわる部分、まさに情緒にかかわる部分において、教科内容の中に教材としていろいろなものが出てくるわけです。
 例えば中学校一年生の国語の教科書でありますと、これは多くの教科書に取り上げられているわけですが、ヘレン・ケラーの伝記が出てくるとか、あるいは二年生、三年生ぐらいになってまいりますと、木下順二の「夕鶴」が出てくる。当然、国語教師としては、そういう教材を扱うときには、できれば、単に「夕鶴」を文字づらだけで読むのではなくて、例えばその舞台を見に行くとか映画になったものを見せるとか、ヘレン・ケラーにしても同じことであります。多くの子供たちは、もうほとんどと言っていいですね、ぼろぼろと涙を流しながら見たり読んだりするのですよ。
 そういうまさに心にかかわる部分までが、国語の授業時間数が減らされることによって削られてくる。そこまで削ってまで他に多くの時間を振り分けなければいけないのかなというような気持ちが、私は大きくするわけでございます。
 そこで私は、今もう既に学習指導要領としてまとめられて、今度の十四年度から実施されるということでありますから、これを今から大きく書きかえろ、つくりかえろというふうなことは到底無理だということは重々承知しながらも、やはり戦後の日本の教育の大きな指針を示したのは、恐らく昭和二十二年に示された学習指導要領ではなかったかと思います。
 この昭和二十二年の学習指導要領については、これは私もそのころには教員をしておりませんから、先輩から聞いた話でありますけれども、挟み紙があったそうです。これはあくまでも、これからの日本の教育について皆さん方の一つの指針を示したものであって、どうぞ皆さん方はこの指針について十分に御検討もいただいて、このいわゆる学習指導要領が、行く行くはしっかりとしたものになって日本の教育を支える根幹になることを期待しますというような挟み紙があったようでございます。
 そして、いろいろな教師から意見を求めるということを文部省はなさったようでありますけれども、何しろ昭和二十二年なんというのはもう大変な時代でございまして、私も先輩などから、給料をもらって、その辺のやみ市で米をちょっと買って卵を買ったら給料がほとんどなくなったというようなことを聞かされたことがございます。生きることに必死な時代であったということもあったのでしょうけれども、全国の教師からはほとんど何の回答も寄せられなかったというふうに聞いております。
 そのいわゆる二十二年案を踏まえて作成されたのが、私はこれはたまたま持っているのですけれども、昭和二十六年版の学習指導要領であります。これは国語なんですけれども、「国語編」と書いてあって、「(試案)」としてあります。この当時の著作権法からいきまして、これは実は法的拘束力を持たない、いわゆる文部省が出した私文書ということになるわけでございますけれども、この試案の中に実にいいことが書かれているように私は思います。
 その一部をちょっと読ませていただこうと思うのです。この七ページにあるわけですけれども、「教育の一般目標は何か」ということが書かれております。実は国語の学習指導要領なのですけれども、教育の一般目標に触れております。そして、
  教育基本法第一条(教育の目的)に示されているとおり、真に民主的な国民を育成するにある。
  教育の一般目標は、教育基本法第一条に言うとおり、人格の完成を目ざし、平和的な国家および社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成にある。
これは教育基本法、御案内のとおりでございます。この後なんですね。
  これを具体化すれば、個人としては、鋭い道徳感情、科学的な思考能力、効果的な言語能力、高い芸術的感受性、たくましい勤労意欲、進歩的な健康増進法、能率的な生活様式などを身につけ、地域社会の一員として、地域社会生活の真の意義を理解し、権利・義務・責任感・礼儀・正義などを重んじ、国家の法律や文化などを尊ぶとともに、広い協調的な精神をもって社会の進歩発展に寄与しようと努力するような人間をつくるにある。
こう示されているわけです。
 今教育基本法について議論がなされておりますけれども、私は、まさにこれだと思っております。この中に、国際社会の一員として我々はこうあるべきであるというものが加われば、これが立派な教育の目標として、私は今でも通ずるのではないかと思っているわけです。
 その二十六年版の法的拘束力を持たない学習指導要領の中では、国語にしても他の教科にしてもそうなのですけれども、幅を持たせた授業編成になっているわけですね。
 一例で申しますと、主として学習の技能を発達させるに必要な教科として国語、算数ということになるわけですが、この教科については週四〇ないし四五%の時間を、例えば小学校一年生のときにはあてがいなさいというふうにそれぞれくくりをつけまして、理科と社会を一つにしてというふうな、いわゆる教師裁量の中で必要に応じてそれぞれの教科の時間数をふやすことができるというような時間配当を求める学習指導要領になっているわけであります。
 私はこの中で、このいい見本があったものがなぜかだんだんと、非常に狭い範囲といいますか、それぞれの教科が非常に狭いところに閉じこめられてしまって、まさに今やろうとしている総合学習的なものがある時期ずっと途絶えてきた。今やっと、また少し、総合的な学習という中でいろいろなことをやっていってくださいというふうな話になってきているわけであります。
 そこでお伺いをするわけでありますが、こういうふうに各教科の授業時間数を下げることによって学力低下を大きく来すのではないかという懸念を、私は抱いているわけであります。
 一方で、例えば授業時間数が減った国語については、これは内容が特に減らされているわけではありません。例えば総数として千六字のものを今まで教えていた。千六字を国語については読む。千六字を新しい指導要領でも読むというふうに、国語についてはほとんど変わっていないんですよ。ところが、英語については、千語程度の単語の総数が新指導要領では九百語ぐらいに減る。中学校の一年生になってくると、既にもう二万六千語ぐらい日本語の語彙能力を持っているわけですね。こんな子供たちに九百語ぐらいの単語を教えて、これで英語を何とかしましょうなんというようなことを言っても、これは話にならぬと思うのです。
 その辺についての、いわゆる学力低下を来すのではないか、学力レベルが低下するのではないかという問題について、どうお考えになるでしょうか、お聞かせください。
#50
○御手洗政府参考人 新しい学習指導要領におきましては、先ほど申し上げましたように、全体として二単位時間を縮減しておりますが、その趣旨は、同時に、教育内容を厳選することによりまして、読み書き、計算などの、厳選した基礎、基本を徹底して繰り返し教えていく。あるいは、児童生徒の理解や習熟の程度に応じて個別指導などで教えていく。さらには、単なる知識の暗記にとどまらず、それに加えまして、思考力、判断力、みずから考える力、あるいは問題解決能力などを養うために、時間をとります観察、実験、調査、研究、発表、討論、こういった問題解決的な学習に取り組めるようにということで、教育内容の厳選を図っているわけでございます。
 総合的な学習の時間につきましては、国語の時間につきましても、体験的な学習ということで、例えば演劇あるいは郷土芸能というようなことを総合して取り入れることによりまして、記録、調査、まとめ、発表あるいはディベートというような形で、総合的な学習の時間の中で、基礎的な知識、理解を応用して自分のみずからの力として磨くことができるような、そういった学力の新たな質的な向上を目指したい、こういう観点から、時間は減らしておりますけれども、内容も絞ったということでございます。
 なお、昭和二十年代、二十二年、二十六年の学習指導要領、それは試案という形で、指導内容等々に及ぶ相当多岐にわたる事項を示しておりましたけれども、御指摘のとおり、昭和三十三年以降は、これを文部省告示という形で、国が、児童生徒が学ぶべき基礎、基本として、共通に学ぶべきいわば最低の基準を示していく、こういう考え方を徐々に強めながら、指導方法や内容等にわたる部分を精選してきたという経緯もございますので、ぜひその点は御理解をいただきたいと存じます。
#51
○林(省)委員 私は、教育の世界というのはまさに信頼と愛がなければいかぬと思っています。まあちょっときざな表現かもしれませんが、愛がなければ、これは子供たちには本当に通じていかない。
 今、これまで学習指導要領に示されていたようなことがきちっと学校教育の現場で教えられておれば、あるいは学習指導要領にのっとった指導がなされておれば、恐らく、学校教育の現場における諸問題、特に校内暴力であるとかあるいは落ちこぼれであるとかといったような問題というのは、起こってこなかったように思うんですよ。
 要するに、我々は教師を信頼しなければいけないのでありますけれども、果たして彼らを信じて任せて大丈夫なんだろうかと。今日のこの学校の荒廃ぶりあるいは学級崩壊なんというのは、まさに信じられない。このような事態まで起こっている中で、どうぞゆとりの時間の中でゆとりの授業を、まあひとつ必要に応じたものでやっていってくださいとお任せをして、それで果たしてやっていけるのかなと。
 この件については、私も、文部省の小学校課長さんですとか中学校課長さんともいろいろと意見の交換もさせていただきました。大変よく勉強もしておられるし、しっかりとしたお考えを持っておられるし、そして、彼もまた教師を信じる人でありました。私はうれしかったです。
 ただ、問題は、実際に、先ほどの馳先生の御質問にもあったようなことが学校教育の現場で起こっているんですよ。ついこの間まで、国旗を引きずりおろして、卒業式や入学式といったおめでたいときに火をつけて焼くような教師が、現にいるわけですよ。この方々を信じてゆとりの教育が本当にやっていけるのかなと思わざるを得ない一面も現にあるわけでございますから。
 そこで、時間の方も我々の自民党の方で少し超過をいたしましたので、これを最後にさせていただこうと思っておりますけれども、大臣にお聞きをしたいわけでございます。
 ゆとりの教育を目指す、今いろいろな工夫の中で、チームティーチングであるとかあるいはチャータースクールのようなものが議論される中にあって、私は、一から十までの発達段階の子供たちを一つのクラスに入れて一教師がこれに対して授業をしなさいということは、もうこれは物理的に不可能である。少なくとも一から十まで仮に生徒がいるとするならば、我々教師は何をしなければいけないかというと、恐らく、中ほどに焦点を当てる、そして上の子たちや下の子たちが授業では阻害されるような状態であったわけです。これに対していろいろな対応をしていこうということは、小学校課長さんからもいろいろとお聞きをして、よくわかりました。
 だけれども、それじゃ、それを本当に実施していくならば、小学校については地域性というようなことも十分に考えなければいけないんで、提案をする私自身もいささか、ううんとうなりながら言わなければいけない部分があるんです。
 例えば費用の点で申しますと、今、公立の中学校生徒一人当たりの教育費総額は、この前文部省で教えていただきましたが、およそ九十五万円でございます。それに対して私立の中学校はどれぐらいな教育費がかかっているかと申しますと、これが九十七万円ぐらいだ。わずか二万円ぐらいしか差はないんですよ。
 私がかつて勤めておりました中学校では、今でも授業料は四十五万円だと聞いております。これで、親も子も何とかあの学校に行きたいと。それで授業がしっかりとできているわけでございますから。
 私はもう、仮に九十万なら九十万のお金を親と子の責任のもとに預けて、学校の公定価格は八十万なら八十万という価格を決めて、どうぞ皆さん、自由に学校を選んでくださいと。私の学校は朝から国旗を掲揚して、全員で国歌を歌って、その後校歌を歌って、それから授業を始めます、仮にですよ、そんな学校があったっていいじゃないですか。私の学校は一切校歌も国旗も何もやりません、音楽の時間には「インターナショナル」ばっかり教えますよ、どうぞ来てくださいと。
 今は極端なお話を申し上げているわけでありますけれども、親と子の責任のもとに学校を選んでいただくような、いろいろなことを考えなければいけないだろうと思うのです。
 いわゆる公教育を、特に私は中学校について提案したいわけでありますけれども、これを民営化する、公設民営化、こういう方向を将来的に模索していってもいいのではないかと私は思うのでございます。大臣もなかなかお答えにくいところであろうと思いますけれども、ぜひ御所見を最後にお尋ねしたいと思います。
#52
○大島国務大臣 林委員の御自身の体験と、人生をかけて教育という問題に取り組んでこられたその情熱から、今さまざまな議論を伺っておりました。
 まず、最後のお答えになる前に、ゆとり教育に対する御心配を、国語問題を中心にして今聞かれましたが、やはり国民の皆さんからも御心配の声があります。
 私は特に、榊原さんをよく知っておるのですが、二回にわたってゆとり教育に対する御批判があったものですから、産経新聞を通じてお答えをしました。
 そのゆとり教育というのは、いわゆる学力の実質化をねらっている。今先生くしくも言われたように、四十人学級だったら中間に照準を当てて、上と下が不満のままみんな上がっていく。やはり基礎はしっかり身につけさせる、そこの上に立って多様な学校をつくっていくというのがこのねらいなわけでございます。そういうねらいをきちっと定めながらも、やはり私どもは、多くの国民に御理解いただけるようにと、また、そういう目標は正しいことだと私は思っております。そういう中で、考えていかなければならないところがあれば一つ一つ考えていけばいいことだと私も思っております。
 したがって、来年度から、後ほども議論があろうかと思いますが、やはりどの程度の学力を持っているか、絶えずそこは監視、監視というか、我々は分析する材料としてきちっとしていかなければならぬという思いの中で、今、先生の御意見を踏まえながら、さらに努力をしてまいります。
 さて、その中で公設民営化の議論、特に中学校でこれをやったらどうかという御指摘でした。
 公立学校のあり方についてアメリカもいろいろ悩んでおりまして、例えばチャータースクールというものをつくってみたり、日本でも今、国民会議でやはり今のような御提案があるわけでございますが、今すぐに、すばらしいアイデアであっても、わかりましたとはなかなか言えません。言えませんが、やはり私立学校、今ある私立学校の制度等を利用して、そういうふうな意欲のある方々、例えば私立学校は地域で集まってつくっても悪くはないわけですから、その建学の精神を持って私立学校としてやるということについて、私どもは何らそこに異論を挟むことはございませんけれども、やはりちょっと長期的な問題として議論していかなければならない問題があるのかなと。
 アメリカのチャータースクールも、うまくいっているところもあれば廃校したところもあるようでございますし、少なくとも憲法で私どもは子供たちに教育の権利というものを認め、どんな競争社会であっても教育の機会の均等だけはきちっと守ってやるということが我々の政治の基本だと思っております。
 そういう観点から、今の先生の御提案がどういう形になっていくのか、長期的な御議論が必要な案件ではないか、このようにとらえております。
#53
○林(省)委員 ありがとうございます。
 議論を始めることからでもやっていただけたらなと私は思っているわけでございます。
 とにかく、戦後の教育の非常に大きな問題点は、平等主義のもとに、下手をすると上の人たちが忘れ去られている。下に下にというふうに基準が合っていってしまっている。この上の子たちが、塾にでも行かなければ自分たちの学力が保障されない。個性を伸ばすということを言いながら、まさに個性を摘むような教育ばかりやってきたというような気がいたします。
 そういう中で、自由濶達な、まさに個々の生徒を大切にするということであれば、伸びる個性はしっかりと伸ばしてやる、少し力の足らぬ子供たちについてはこれをしっかりと、いいものを見つけて上げていってやる、こういう教育をしていかなければいけないのではないかと思います。
 まさに、愛と信頼の中で教育の場面がこれからも成立をしますように我々も一生懸命に取り組んでまいるということを申し上げまして、私の質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#54
○西委員長 次に、山口壯君。
#55
○山口(壯)委員 民主党と共同で会派を組んでおります無所属クラブの山口壯です。
 教育について改革すべき事項というのは多岐にわたると思います。
 私は、たまたまおととい、静岡県に加藤学園という学校があるんですが、アメリカのフォーリー大使と二人で、ちょっと視察する機会があったものですから、ここに行ってきました。ここは、多分いろいろな議論はまだ残っているとは思うんですけれども、イマージョンという教育をやっているんです。イマージョンというのは、英語でイマース、浸すという意味ですけれども、英語に浸して日本の、例えば理科、算数、そういうものも教えていくという、言ってみれば非常に新しい考え方なんですけれども、それを踏まえて、きょうは、我が国の外国語教育ということについて質問をさせていただければと思います。
 私も外務省時代には決して外国語が得意なわけじゃなかったものですから、そういう意味で、先日行った加藤学園では、小学校の一年生から順番にずっと、二年生、三年生、四年生というふうに授業を見ていったんですけれども、ここの教科書というのは大体、日本の検定教科書を版権を買って英訳して使っているわけなんです。順番に一年生、二年生と上がるに従って、英語を使う、そういう能力が確実に上がっているなということがはっきり見てとれるわけなんです。五年生、六年生に至っては、英語あるいは日本語をどちらもほとんど自由に使いこなしている。言ってみればバイリンガルですね。こういうことが見てとれました。
 ただし、我々一般の日本人はどういったことかというと、中学、高校で六年間、そして人によっては大学でさらに四年間、十年間勉強するわけなんですけれども、なかなか、合計十年間で英語を勉強しても、コミュニケーションの道具して使える人は決して多くないと思うんです。
 これからの時代こういう点が非常に大事になると思うのは、今まで同僚議員からいっぱい聞いたところですけれども、なぜ我々日本人は外国語が不得意なのかな、こういう基本的な問題もあると思いますので、その辺からお聞かせいただけますか。
#56
○大島国務大臣 山口委員はかつて外務省にもおられて、その山口委員が不得手だと言われると、私も英語は余り、言葉の返しようがないのでございます。
 ただこれは、ちょっと恐縮ですが、話が迂遠的になるかもしれませんが、阪大の岸本学長がお話をされております。この方は、ジョーンズ・ホプキンス大学に留学されたノーベル賞級の学者ですが、大島さん、英語は必要性がないと本当にその気にはなれませんよ、私自身そんなに英語は得手じゃなくて、留学せいと言われてと。まあそれは阪大の教授をやっておられますからあれですけれども、本当にそういう必要性と、しかし大事なことは、日本語でも何でもいいから自分で発信をする、そういうことがないと言葉というのはなかなか覚えられないんじゃないでしょうかと言われたのが、非常に印象的にあるんです。
 ですから、社会論があったり文化論があったり教育論がいろいろあると思いますけれども、なぜ日本人は英語が不得手かと言われますと、これだというものはございませんが、岸本先生のお話を今思い出して、そのことが根幹にあるのかな、そのことのあれかなと。
 多分山口委員も、外務省でなく例えば文部省の内局にずっといたら、今の山口委員のように英語がしゃべれたかどうかというのはわかりませんけれども、やはり必要性、そしてそういう中で自分が発信をしていく、こういうものが相まって身についた英語というものができてくるのかなと。英語学とかなんとかということは別にして、多分委員がおっしゃるのは会話のことではないかと思いますので、今の所見として私はそう思います。
#57
○山口(壯)委員 今、必要性という一つのポイントを挙げられたと思うんです。そういう意味では、加藤学園のイマージョン教育というのは、浸ってしまうわけですから、どうしても無意識のうちに必要性を感じてしまう、そういう意味で一つのヒントを示しているような気もするわけです。
 先ほど大臣の方から、私立の学校については、それなりのいろいろな建学の精神があるんだから、そういう意味ではそういうものを斬新に考えていくというような幅のあるお答えもされていたようにも思うんです。このイマージョン教育というのは、決して英会話学校ではないわけですから、バイリンガルを念頭に置いて、先ほど申しましたように、教科書は日本の検定教科書を版権を買って英訳している、それで理科、算数、それから体育なども英語でやっているようです。
 こういう形もあるわけですけれども、他方、これからの学校のあり方を考える場合に、今までみたいに、金太郎あめみたいにどこをとっても同じような学校というよりも、一つ一つ特色を持っていくということも将来あり得るのであれば、こういうイマージョンの教育をやっている加藤学園が、ではどういう問題を持っているのだろう、どういう問題を抱えているのだろうということをちょっと考えてみたわけなんです。多分二つあろうかと思うんです。
 一つは、言ってみれば指導要領に従って英語でやるということだけれども、これで大丈夫か、多分文部省の中ではこういう見解もあろうかと思うんです。この点については、有馬文部大臣が直接、おれだって理科をドイツ語で習ったんだから内容がよければいいじゃないかという御見解を示されたようで、この点はどうも解決しているようなんです。
 もう一つは、今度は教員の免許の問題だと思うんです。それは、日本の教員免許を持ったネーティブのアメリカ人というのは非常に少ないというか、ほとんどいないと思うんです。そういう意味では、このイマージョンをやるとしても、教員免許をどう考えるかというのが多分ひっかかってくると思うんです。
 今加藤学園ではどうも、補助としてアメリカ人教員を採用している。したがって、補助金の対象とかそういうことから全部外れるんですけれども、将来の方向としてイマージョンというものが、もしも排除すべきものじゃなくて、私学が建学の精神にのっとってそういうことでもやっていこう、しかも父兄の中にもそういうニーズがあれば、そういう私学が成り立つのであれば、一つのあり方じゃないかということであれば、教員免許という正式なものでなくても、何か弾力的な、仮免許みたいなものもあり得るんじゃないか。今、私は私見を申し上げているんですけれども、一般的な形ででも、大島大臣、こういうことについてどういうふうな取り組み方があり得るだろうか、まずちょっと大臣からいただいて、その後、局長からお願いします。
#58
○大島国務大臣 山口委員がごらんになった、あるいは行ってみた学校、今いろいろ御説明いただきました。
 いささかちょっと哲学的になるんですが、言葉というのは、そのことをしゃべれるということじゃなくて、やはり文化を知る手段だろうと思うんですね。イマージョン教育というのは、私学としてやっていくことに何ら私どもはそのことをいかぬというのではなくて、まず、先ほどの議論じゃないんですけれども、幼児のときからしっかりした日本語をきちっと子供たちに教える、そういうふうなことの軸が一つあって、そしてその上に立って、第一外国語、第二外国語、第三外国語というものをどう考えるかというふうに、やはり教育政策の責任者としては、言葉という問題を教える基本としてはそう考えていきたいと思うんです。
 具体的に、イマージョンというのは夢中になるとかという意味もあるんだそうでございますが、一方において、フランスのラング大臣と話しましたときに、ラングさんが私に言ったことは、大島さん、私どもももはやフランス語だけやっていればいい時代じゃなくなった、もっと言えば、英語をきちっと子供たちに教えなきゃならぬ時代になったような気がする、大事なのは音感がいいときに英語を、第二外国語というものをきちっと教える仕組みをつくっていかなきゃいかぬ。こんなことを、あのフランスの教育大臣がお話しされたことが大変印象に残っております。
 したがって、英語教育のあり方というものを、先ほどお話ししたようなイマージョン方式、小学校のときから英語をベースにしていろいろなことをやるというのは、私学のあり方として否定するものではありませんけれども、やはり国語をきちっと教えながら英語教育をどうあるべきかというふうに考えていくべきだ、このように思っております。
 先ほどの教師のあり方その他については、政府参考人の方からお答えさせていただきます。
#59
○御手洗政府参考人 私ども、具体的に御指摘の学校の教育の実際のあり方についてつぶさに承知しているわけではございませんので、正確にお答えすることはなかなか難しいわけでございますけれども、基本的には、学習指導要領に基づいた全体としての目標、内容をきちっと学校でこなしていただくということは、大臣からも申し上げたように、大前提になるだろうかと思っております。
 その上で、教師の免許状につきましては、語学力の問題をどう評価するかということをもう少し検討してみなければなりませんけれども、一般に制度全体として見ますと、小学校、中学校の正規の教諭の免許状を持っていない一般の社会人で、専門的な領域、識見を有している方につきましては、例えば特別免許状ということで、大学卒以上の資格を持っている方につきましては各教科を特別に教えることができるということになっておりますし、また、特別非常勤講師という形で各教科の部分部分を教えることができるという制度も免許法上ございますので、語学力の問題等精査しながら、こういった免許状制度の活用ということもそれなりに今後検討できるかと存じます。
#60
○山口(壯)委員 加藤学園というのは静岡県にあるわけなんですけれども、これは静岡県の方との話になって、あとは静岡県は文部省に気を使って、文部省の方からの意向がどういうものかということもあると思うんですね。今の御手洗局長の御答弁であれば、そういう正規の免許がなくても、社会人の中で一般的に非常に常識も豊かで見識もあるし、する人については、大卒以上で領域について詳しければ認めてもいい、特に英語を使って教えるということについて認めてもいいと前向きの御返事のようにも聞こえるのですけれども、いかがでしょうか。
#61
○御手洗政府参考人 基本的に、我が国の学校教育は、明文はございませんけれども、全体の趣旨、目的からいたしまして、小中学校におきましては、学習指導要領に基づいて日本語を用いて授業するということを一つ前提にしているわけでございますので、特別免許状や特別非常勤講師を活用する場合におきましても、やはりその辺の日本語能力の問題をどう見るかということは今後十分検討する必要があろうかと思っております。
#62
○山口(壯)委員 それだとちょっと話はもう一回もとに戻るような気がするのです。語学力が前提というふうに今局長はおっしゃっている。これはもう、要するに否定されているわけなんです。だけれども、語学力が前提だったらイマージョンなんて関係ないわけですね。日本語で授業をやるということになれば、英語のイマージョンというのは成り立たないわけです。
 ちなみに、ちょっと話を前に戻して、大島大臣にさらによく理解していただきたいために説明しますと、これはバイリンガルの教育なものですから、要するに国語はもちろん日本語で行う。他方、社会も日本語で教える、歴史とかも教える。理科とか算数とかそういうものについて英語でやっていく。したがって、全部英語でやるというよりも、日本語の軸を持ちながら、なおかつ英語の環境に浸して、イマースしてこのイマージョン教育が成り立つ、こういうものなんです。
 今御手洗局長がおっしゃった、語学力ということが大前提になりますと、こういうものというのは成り立たないわけですね。新しい時代に新しい教育なんて、みんないいこと言っているんですけれども、そういうものは、今までの先例どおりじゃなくて、ひとつこれから新しいものをやっていくということがきちっとなければ、こういうものというのは成り立たないと思うのです。そういう意味では、語学力というものは絶対なのか、あるいはそこに例外的な要素もあり得るのか、その点についてお聞かせいただけますか。
#63
○御手洗政府参考人 私ども、免許状の専門的な分野についてにわかにここで厳密なお答えをいたしかねますので、十分検討させていただきたいと思います。
#64
○大島国務大臣 今先生がイマージョン教育、加藤学園の話をされておられますが、日本でそこが今始めたぐらいでございましょうか。カナダのケベックではうまくいっていると伺っておりますが、文化がケベックと全然違うわけですね。やはり言葉というのは、学校という中でそこをばっと子供たちに教える、解き放たれてうちへ帰る、社会へ帰る、そこの社会性と非常に関係があると思うのです。だから、アメリカではイマージョン教育は失敗していると聞いています。
 一つの非常に意欲的な試みとして、そこのことを私どももよく勉強しながら、日本の学校全体に、英語教育として参考にしたり、そういうすべきことについては大いに勉強していけばいいことであります。それに付随して、今教員問題の議論をいろいろされておられますけれども、全体的にイマージョン教育という問題について、もう少し私どもも勉強して、きちっと見てみたいな、私自身はそう思っております。
#65
○山口(壯)委員 私もたまたま、この船橋洋一さんという、朝日の記者さんですけれども、彼が出しておられる本の中に加藤学園というのが出てきたものですから、なるほど、いろいろな方がこういう格好で前向きに見ておられるんだなということがわかったわけなんです。
 大学英語教育学会というのがあるらしいんですけれども、この学会がこの間、特別賞ということでこの加藤学園のイマージョンについて理事会で決議して、言ってみればこれが学会としての意思表示だということも言っているわけなんです。
 したがって、いろいろ文部省の方では先例はあるでしょうけれども、我々は政治家ですから、役人じゃないんですから、先例があったからできないということじゃなくて、先例も変えるべきものは変えていくというのが政治家ですから、そういう意味ではぜひとも大島大臣にリーダーシップを発揮していただいて、これを少なくとも検討はしていただいて、日本人の我々がさらにこれから二十一世紀を生きていくための人材を育てていくために、大いに力を発揮していただければと思います。
 あと、せっかく文部省の方でもいろいろな資料を用意していただいていると思いますので、最後に聞かせていただければと思いますけれども、このイマージョンというのは非常に特殊な格好、まだ特殊な格好でしょう。これがどういうふうに受け入れられていくかというのは、確かに時間もかかるかもしれないですけれども、近々のものとして文部省がどういうふうに外国語教育に力を注がれようとしているのか、その辺を事務的にまた教えていただけますか。
#66
○御手洗政府参考人 現在、中学校、高等学校では英語を中心とした外国語教育が行われているわけでございますけれども、文部省としては、基礎的、実践的なコミュニケーション能力を育成するということで、読み、書き、聞く、話すというような分野にわたって、基礎的、実践的なコミュニケーション能力を重視した英語教育ということで進めているところでございます。
 小学校におきましては、本年度から移行措置によりまして総合的な学習の時間というのが取り入れられましたので、この中で、国際理解教育の学習の一環として外国語会話等を体験的な学習として取り入れていくことができるようになってございます。積極的な市町村におかれましては、既に今年度からすべての市町村内の学校で導入するというような状況も出てまいっております。
 文部省といたしましては、こういった我が国の英語教育の充実のために、例えば外国青年の招致事業ということで、英語をネイティブとする青年を、自治、外務、文部の三省共同事業といたしまして、現在学校に五千人以上招致しているところでございますし、また、中学校や高等学校の英語教員の研修というのも、外国語研修を含めまして、積極的に充実をさせていただきたいと思っているところでございます。また、小学校の外国語会話につきましては、今後の地域人材の活用や教員研修などを推進するための経費ということで、新たに予算要求もいたしているところでございます。
#67
○大島国務大臣 今、英語教育について山口さんがずっと御質問されました。最後に申し上げたいのですが、英語教育の充実、高度化、そして広がりというものが非常に大事だということだけは、私は最後に申し上げておきたい。その必要性は年々高まっております。そういうものにどう対応していくかというのは大きな課題だということだけはお答えを申し上げておきたい、こう思っております。
#68
○山口(壯)委員 あと細かくお聞きしたいことがありますけれども、時間も来たようです。さっきの教員免許の弾力的な運用についてぜひとも御検討いただいて、検討されるという御答弁もいただきましたから、それはまた後日、御返事をぜひともいただきたいと思います。私はこの文教委員会で末永くおつき合いさせていただきたいと思いますので、そのたびにまたこの問題を繰り返し出すと思いますけれども、ぜひとも御返事の方は前向きに、よろしくお願いします。
 ありがとうございました。
#69
○西委員長 次に、楢崎欣弥君。
#70
○楢崎委員 民主党の楢崎欣弥です。きょうは自分の持ち時間を削って私に質問の機会を与えていただきました同僚の山口壯議員並びに関係委員の方々に心から御礼を申し上げます。
 私は、古い話ですけれども、昭和四十五年、当委員会でも取り上げられましたプロ野球界のある事件にかかわった人物を紹介しながら、人権という観点から質問をいたします。
 急なことでしたので、プロ野球機構の方々の御出席はかないませんでしたけれども、事件の概要を知っていただくために、私の説明の部分が若干長くなるかもわかりませんが、御寛恕をいただきたいと思います。
 我が国の憲法の理念の一つである基本的人権というのは、何人にも保障されたものであります。本日御出席の各委員の方々の中にも御記憶がお残りの方があるかもわかりませんが、私の少年時代、地元であります博多っ子の血を沸かせたのが、野武士軍団と言われ、あの水原監督率いる巨人軍を破って三年連続日本一に輝いた西鉄ライオンズでした。
 そして今、プロ野球機構の事なかれ主義の犠牲となった一人の人物がいます。元西鉄ライオンズのエース、その名を池永正明といいます。彼は、山口県下関商業高等学校時代、甲子園で優勝しまして、多くの人の期待を担って西鉄ライオンズに入団をいたしました。うわさにたがわず、池永氏は入団の年から五年間で九十九勝を上げて、西鉄ライオンズの救世主と言われました。当時は、三百勝投手間違いなしと言われた、プロ野球界が誇る逸材でありました。
 そして、池永氏にとって入団五年目の昭和四十四年の秋、プロ野球界を震撼させたあの黒い霧事件が幕をあけました。この事件は、八百長賭博をもくろんだ人物に複数球団の現役選手が八百長を依頼された事件で、プロ野球ファンの信頼を裏切る事件でありました。そして、八百長を依頼されたとされる選手の中に、この池永氏の名前も挙がりました。先ほども言いましたように、この事件は昭和四十五年五月八日、当委員会でも取り上げられました。これがそのときの模様を伝える新聞記事のコピーであります。昭和四十五年五月九日付の朝刊であります。
 このとき、当時のコミッショナーが責任能力、管理能力を厳しく追及されたわけですが、きょうは、池永氏に絞って問題提起をさせていただきたいと思います。
 昭和四十四年の秋、八百長賭博をもくろんだ人物から依頼をされた池永氏の先輩、この方もまた著名な野球人ですが、この先輩が池永氏に百万円を渡して八百長試合をやるように依頼したのです。八百長などできない、先輩、それだけは勘弁してください、このように懇願する池永氏に現金だけが押しつけられた、これが一つの事実であります。だから、池永氏は、事情聴取のときも、八百長はやっていない、現金は一時的に預からざるを得ない状況であった、このような発言をされております。
 しかし、結局、昭和四十五年五月、池永氏の球界からの永久追放処分が決定をされました。その永久追放の根拠となった敗退行為、つまり八百長行為について、池永氏は当時から今日に至るまで否定をし続けておられます。この事件では、当然、警視庁、東京地検、そして関係のある各県警も動きました。逮捕者も出ました。しかし、池永氏については略式起訴すらされていない。これもまた一つの事実であります。
 あれから三十年たちました。長かです。長い歳月です。池永氏は、永久追放処分になりました翌年の昭和四十六年から、御存じの方も、行かれた方もあるかもしれませんが、福岡市の繁華街、東中洲でバーを今日に至るまで開いておられます。このように人前に顔をさらけ出す仕事をあえて選ばれたのも、自分は八百長をやっていないという潔白を証明するためであったろうし、また、世間の目から逃げないというその信念のあらわれでもあったと思います。
 私は、三十年前にさかのぼって当時の裁定が正しかったかどうか、それを今この場で言うつもりはありません。しかし、御承知のように、無期懲役の人でも、およそ二十年から二十五年ぐらいたてば釈放されて社会復帰を果たしておられる。刑罰というのは、このように一定期間刑に服させることによって反省をさせ、もとの社会に戻すことを目的としています。
 そしてまた、今日における物の考え方、価値観でもって検証するのは当たり前のことであろう、このように思います。それによって、歴史上の人物でさえ、その名誉を回復したり、失ったりしてきたわけですから。
 だから、私は訴えたいのです。この池永氏の悲痛な叫びを体して、あえて博多弁で言わせていただくなら、もうたいがい許してやってもよかろうもん。三十年というのは長いです。もういいのじゃないでしょうか、永久追放というこの四文字の重い鎖から解き放たれても。
 私は、もうこれは人権問題だと思います。政府の方々に問うべき筋合いのものではないと承知しておりますが、大臣、人間として大臣はどのように思われますでしょうか。
#71
○大島国務大臣 楢崎先生が今切々とこの池永さんの問題で訴えられる姿と同時に、私も年代は同じぐらいでございますから、かつて西鉄ライオンズとジャイアンツの心躍るようなあの野球のゲームを思い出して、今お話を伺っておりました。
 ちなみに、その当時、私は熱狂的なジャイアンツファンでございまして、あの稲尾投手の獅子奮迅の活躍ぶりを今もって鮮明に覚えております。そして、池永選手が下商から西鉄ライオンズに入って大変な御活躍をしたのもよく承知しておりますし、昭和四十五年にああいう事件があったことも、私は、プロ野球、野球が好きですから、よく承知をいたしております。
 基本的に人権というのは尊重されなければならないものでございますが、その人権問題をどのように考えていくかというのは、あるときは法廷でもありましょう、あるときはまたこういう政治の場で人権という問題を考えて守っていかなければならないこともございましょう、あるときはやはり社会がみんなでそのことを考えていかなければならない。いずれにしろ、憲法の基本である国民の人権というのはそれぞれ尊重されなければならないのは当然だと思います。
 いわば一つの判断をしたこの池永さんに対する処分、これは、非常にシビアな言い方をいたしますと、プロ野球界が自主的に判断したもの、その中でやはりこれは結論を出し、また判断していくべきものではないだろうか。文部大臣としておまえの私見を言えと言われても、私はある意味では、政治家として大臣としての私見というものはないと思っておりますので、今ここでそのことに対して言えることはそれぐらいしかできない、こう思っております。
#72
○楢崎委員 私は、プロ野球がファンの支持、つまり国民の支持で成り立っている以上、プロ野球機構というのは何も聖域ではない、ましてや一般社会の通念が通用しないような特殊社会であってはいけないと思います。大臣、その辺のところについてはどう思われますか。
#73
○大島国務大臣 日本野球機構は社団法人でございます。したがって、プロのスポーツが健全に発展するためには、当然に適正なルールにのっとってその運営がなされなければならないものであるし、特に、日本におけるプロ野球というのは、子供たちの夢であるし、我々のまた健全な娯楽の対象でございます。したがって、その機構の適正なルールにのっとって運営がなされることは当然であり、そのように期待をいたしております。
#74
○楢崎委員 先ほども申しましたように、世間に背を向けないで真摯に生きてきたこの池永さんの姿勢に、やがて池永氏の復権を願う自然発生的な機運が高まってきました。
 平成十年の年が明けて間もなく、池永氏の地元下関を中心にしまして、その復権を願う十万人を目標とした署名運動が行われたのです。そして、たった一カ月余りで十八万七千二百十八人という市民の署名が集まりました。確かに、同情心もあったと思います。しかし、やはりプロ野球機構の姿勢に対する批判、そして何よりも、人権という問題を真剣に考えた市民の良識ある判断の結果であったと私は思います。
 復権の願いを込めたこの署名は、コミッショナーに届けられました。しかし、その場で受領拒否。そして、その年の六月、コミッショナーからの答えが出た。それがお手元に配っておりますこの一枚のぺらぺら紙。池永さんの復権は認められないというコミッショナーの見解。ごらんのように、「コミッショナーの見解」という手書き、六月二十四日付、差出人の名前も記されていない。一人の人間の命運を左右する重大な回答であるなら、これを記した責任者の名前ぐらい書くのが常識であろうと思います。しかも、あて名も書いていない。今どきは小学生だって、手紙を書くときは、だれだれ様、だれだれよりと書きますよ。プロ野球機構はこのように非常識の世界なんだろうかと唖然といたしました。
 この中身につきましても、厳しく反論できる材料を私は持っております。白々しいうそをついておることも指摘することができます。
 しかし、それにしても思うのです。池永氏の追放以降、今日まで、今現在もいろいろな野球人の事件が起こっています。あれ以降、覚せい剤事件、少女に対するわいせつ罪事件、脱税事件、その他もろもろの刑事事件が起こっているのですけれども、その関係者はプロ野球界への復帰が許されているのですね。池永氏処分とのこの落差は何なんでしょうか。結局、ネームバリューがあった池永さんを追放することによってこの黒い霧事件の収拾を図った、そういうプロ野球機構の政治的な犠牲者となった、このような疑念を私は持たざるを得ません。
 しかし、これで池永さんの復権運動がストップしたわけではありませんでした。この非常識で無礼なコミッショナーの見解に悲憤された著名な方々が、お手元にお配りしておりますけれども、直木賞作家の笹倉明さん等を中心に、池永氏の復権と名誉回復を心から願う人々の会を平成十年十一月三十日に発足されました。そのときの模様を伝える新聞報道のコピーです。笹倉さんたちは、池永氏の名誉回復とその人権擁護の観点から、法的手段を視野に入れた運動というものを今日まで続けておられます。
 池永氏も、三十年たった今も一貫して、敗退行為、いわゆる八百長行為はやっていないと言い続けておられる。この切実な願いを無視して放置し続けているプロ野球機構の姿勢というのは、やはりこれは一人の人間に対する冒涜であろうと思うし、極めて非人間的なやり口であろうと言わざるを得ません。また、罰を与えて資格回復の手続が定められていないというのも、システム的にも欠陥があろうと思います。
 少なくとも、プロ野球機構は池永氏に自己弁護の機会を与えて再検証すべきだと私は考えるのですが、この私の考えに対して大臣はどう思われますでしょうか。
#75
○大島国務大臣 今また池永さんの経過の中で先生からいろいろお話を伺いましたが、先生からの御指摘があるということで、実は、一九九八年六月二十四日の回答書というのでございましょうか、このコピーを至急取り寄せなさいということで、取り寄せてみました。
 ここには、文部省として持っているコピーには、一応「池永正明様 一九九八年六月二十四日 日本プロフェッショナル野球組織 コミッショナー事務局 事務局長 金井義明」というふうに書いてあります。ですから、あて名が何もない、もしそうであればまことに失礼だなと思いましたのですが、そういう御質問があるやに聞いておりましたので、私どもにあるものには、一応こういうふうに名前が書いてございました。
 さてそこで、一般論として申し上げますと、法廷でいろいろな犯罪の立件と同時に、刑を確定するに当たっては当然に被告人に対しても弁護士がつくように、どういう方にも人権というものが存在すると私は思っております。先ほど申し上げましたように、人権というものを尊重しながら社会が動いていく。だから、法律があり、ルールがあり、あるいはモラルがある、そういうものであろうと私は思っております。
 そういう状況の中で、池永さんのこの問題について、弁論、反論の機会をどう考えるべきか。ある意味では、すぐれて日本プロフェッショナル野球組織、機構の中でお考えいただくことであろう、このように思っております。しかし、楢崎先生のように、このように御心配されて多くの人たちがバックアップしてそういう運動が起こっているという事実を、今私にお知らせをいただきました。また、多くの国民の前でお話しされました。
 そういう多くの方々が社会的に池永さんに対する一つの方向性というか、そういうふうな運動が起こっていること自体、ある意味では一つの答えでもあるのかなあと思ったりいたしておりますけれども、今、文部大臣、文部省として、コミッショナーあてに、これをこうすべきだ、ああすべきだということは、残念ながら申し上げる立場ではないということだけは御理解いただきたい、こう思っております。
#76
○楢崎委員 もう質問時間がなくなりましたが、今のコミッショナー見解、それは大臣から言われたからそういうきちっとした形でされたのだと思います。これが、こちらが事実であります。
 体育局長、おられますか。済みません、もう時間がなくなってしまいました。
 十一月七日付の報道で、ヤクルトの元主戦投手でありました高野光さんの自殺が報じられました。プロ野球出身者というのは、球界を離れたときの仕事で非常に悩んでおられるのです。そこにはプロとアマの壁というのがありまして、池永さんの問題だって、この壁がなければまた違った生き方をなされているのだと思うのです。野球選手というのは、それ一筋で生きてきているわけですから。そこら辺のところをちょっとお聞きしたかったのですけれども、申しわけありませんでした、もう時間がないものですから。
 今、池永氏は、池永さんだけではなくて、奥さん、そして適齢期を迎えられたお嬢さんたちを含むこの家族が、永久追放という四文字の十字架を背負って、この世の中を真摯に生きておられるわけです。私は、この池永氏の復権問題を、人権上も人道上も看過できない問題として、今のプロアマ交流の問題も含めまして、機会あるごとにこの政治の場で究明していきたいと思いますので、どうか、議員各位の御支援、御協力も心からお願い申し上げまして、私の質問を終わらせていただきます。
 きょうはこういう機会を与えていただきまして、ありがとうございました。
#77
○西委員長 次に、山谷えり子さん。
#78
○山谷委員 まず冒頭、大臣がさきの本委員会で述べられました今後の文教施策へのお考えに対することから質問をさせていただきたいと思います。
 教育のあり方こそが何にも増して国の将来を決定的に左右する大きな問題、課題であるというふうに思っております。また、大臣は、学校教育においては子供たちに確かな基礎学力を育てたいという旨を述べられておりましたけれども、教育は百年の計という言葉の重みを大臣は痛感しておられることと思います。
 そこで、「確かな基礎学力」という部分なんでございますけれども、二〇〇二年度から、新学習指導要領では小中学校の学習内容が約三割削減されることになっています。ゆとり教育をさらに進めるということですけれども、どうも、かつての詰め込み教育への反動からか、ゆとりとは学習時間を減らすこととされているように思われます。内容的にも問題があるというふうに考えております。
 中学校の年間授業時間数が、かつて自由教育の代名詞のように言われたアメリカに対しても百五時間も少ない現状から、さらに約三割削減して、基礎学力の維持、向上が図られると思われますでしょうか。
 詳しく申しますと、九八年、中学校の年間授業時間調査、日本は八百七十五時間で、二十六カ国・地域中十八位。ほかに、例えばイタリアですと千百五時間、アメリカ九百八十時間、フランス九百二十八時間、ドイツ九百一時間。やはり日本は非常に少ないというふうに考えております。
 また、九八年、中学三年生の数学と理科の年間授業時間数、日本は百五十八時間、フランスは二百五十九時間で、フランスの方が百時間以上多い。アメリカは二百九十五時間、さらに多いということでございます。今、分数計算ができないとか、本当に基礎的な理科の知識がないままの大学生、さまざまな作業現場で事故なんかも起きていますが、もしかしたらそれも関係あるのかもしれません。
 あるいは英語でいえば、ABCDからZまで書けない中学生というのを私はたくさん知っております。にもかかわらず、中学校の英語は三年間で必修単語が五百七から百にと、記憶力が非常によいこの時期に五百七から百に減らしていく。例えば小学校三年では教わる三けた以上の掛け算がなくなって、円周率は三・一四じゃなくて約三になるとか、授業時間数も問題です。
 内容的にも非常に問題だというふうに考えておりますけれども、減らす根拠、あるいは、このように減らしても基礎学力は維持できるんだという、何か調査データのようなものがあったのでございましょうか。
#79
○大島国務大臣 山谷委員から今、新学習指導要領の授業を減らしたことの心配と、御経験された、そして御質問された中で、こんな基礎的なことすら知らないでいる子供たちがいる、こうお話しされました。そこが一番問題なわけですね。
 先ほども御議論がありましたけれども、どうしても、学校現場で今のボリュームをきちっと教えていくということになると、ある意味では上と下の真ん中にスタンダードを置くという現実の中で先生が走っていかなければならぬ。そういたしますと、本当にここの基礎のところはしっかり身につけさせたいというところがないままに進んでいかざるを得ないという部分がある。
 ですから、基礎的な知識というもの、ある意味では下限と言っていいと思いますが、ここだけはしっかりと身につけさせよう、そして、そこを押さえた上で、総合学習とかそういうところを使いながら、それをさらに習熟度的、そういうふうなものに使う場合もあるでしょうと。あるいは、知識として身につけたことを今度は自分で考えるようにさせるということもあるでしょうという、そういう学習指導要領の基本として考えていただきたい。
 ですから、生半可な形で上に上にと上げさせないようにしていきたい。基礎的なところだけはきちっと押さえていこうということで、ある意味では、そこは精選した形で新しい学習指導要領で絞り込んだ。
 今、個別具体的な問題提起をされました。そのことについては、ちょっと局長の方からお答えをさせます。
#80
○御手洗政府参考人 各教科につきまして、時間数を減らした関係上、内容は確かに絞っているところでございます。
 先ほど御指摘ございました中学校英語単語につきましては、全体として語彙数は一千語から九百語ということで百語減らしているわけでございますが、これにまた選択の時間でどうつけ加えていくかということは、現場に判断をゆだねているところでございますので、九百語以上にそこを使っていくということもまたあろうかと思います。
 御指摘ございました単語につきましては、必修単語を五百から百語ということでございますが、これは千語の中の五百七語、九百語の中の百語ということで、今までの必修単語は、名詞とか形容詞というようなことまで中学校三年生にこの程度という指定をしておりましたけれども、そういったものを外しまして、そういった具体場面におきます語彙は、それぞれの場面において現場で、あるいは教科書で取捨選択していただく。どうしても必要な冠詞とか定詞とか不定詞とか、そういったものについて百語をきちっと押さえておくというようなことです、確かに内容は減らしておりますけれども。
 また、算数や数学、理科につきましても、各教科の学年ごとに内容を減らしつつ、上の学年で統合的に教えていく。さらには、最終的には中学校に延ばし、最終的には、今の中学三年生段階のものにつきましては高等学校一年段階の必修教科の部分で、レベルとしては全体として押さえるという工夫をいたしているところでございます。
 また、高等学校の各二年生、三年生で学びます物理、化学、生物あるいは数学、日本史、世界史、公民、こういったような教科のレベルにつきましては、高校三年間の最終のレベルというのはこれまでと同じレベルで押さえているわけでございます。
 学習指導要領全体で、初等中等教育の水準を落としたということではなくて、大臣から申し上げましたように、それぞれの子供の理解の程度、習熟の程度等々に応じて多様な学習形態がとれるように、現場にできるだけ弾力的な幅をゆだねるという形で整理させていただいたということでございます。
 一つ一つについてはお答えをする余力がございませんので、お許しいただきたいと思います。
#81
○山谷委員 昔の小学校三年生が三・一四で計算できて今は三でなければ計算できないというような、そういうのは全く理解ができないわけでございます。それから、単語も五百七から百へというのがどういう根拠でというのが、結局親たちに納得できる形で説明されていないんだと思うんですね。
 ですから、親はもう、進学とか偏差値ではなくて、多様だとかゆとりだとか、みずから課題を発見してみずから考える力を養うとか、そのような抽象的な言葉で文部省は新しく学習活動を進めようとしているけれども、やはり基本というのをきちんと押さえてくれるだけのデータとか調査とか、そういったようなところからの議論が始まっていないというふうにしか思えませんので、やはり塾に行くしかないわというような、進学の過熱とは全く違う発想での学校見限り、そのうち、公立というのはただの収容所じゃないか、税金のむだ遣いじゃないかみたいな、そのような不安を多くの国民に与えているのではないかと思います。そして、それにこたえるような説明というものをしていらっしゃらないんじゃないかというふうに思っております。
#82
○大島国務大臣 三とかなんとかとおっしゃったのは、円周率の話……(山谷委員「はい、そうです」と呼ぶ)御指摘の円周率については、今後とも三・一四を使うことにしております。三ではございません。
 今、先生がいろいろお話しされましたのは、母親たちはそういう新学習指導要領に対して不安に思っているから、塾に行かせて先鋭的に知識を子供たちに詰め込もうとしているよという御指摘であろうと思います。
 そういう中にあって、一つ私どもが反省をし、努力しなければならないのは、新学習指導要領がねらわんとしていることに対する国民の理解がまだ十分でないということに対しての反省はいたさなければならないと思います。
 そして、もう一つあえて申し上げさせていただきますと、なぜ今、子供たちのさまざまな犯罪と同時に教育の問題が起こったかという根幹を考えていきますと、一つは、もちろん基礎的な知識というものをしっかり身につけてほしい、それと同時に、人間としてどう心構えを持ってこれからの社会に生きていくか、その心構えというところに、家庭も学校も社会も子供たちにこたえてきたのか。一日は二十四時間しかありません。そして、学校という場はまた何時間しかありません。そういう総合的な判断の中にあって、学校教育が依然として教育の中核を担う大事な場だとするならば、そこにおいて今求められているさまざまなことにおこたえするという意味で新学習指導要領をつくらせていただきました。
 その基本は、先ほど申し上げましたように、知識を身につけるということが今一番大事じゃないだろうか。そして、それを基礎にした上で、それぞれの個人の自発性、そして多様性というものに学校が対応していないから、学校に行かない、そういう登校拒否も生まれたり、キレたり、あるいは教室が混乱したりしているんじゃないか。今も批判、議論をいただくところがそこにあったと思うんです。
 ですから、私たちは、基礎はきっちり押さえながら、それぞれの子供たちの多様な才能をできるだけ引き出す。そして、自発的に物を考えていく。さらに加えて、今、家庭教育が持ってほしい、社会性を子供たちに身につけるというその教育すらも、学校がやってくれ、やらねばならない、そういうふうな要請があったときに、我々はそのことにもこたえていかなければならぬ。そういうもろもろの議論をした上での新学習指導要領であるということを、ぜひ御理解いただきたいものと思います。
#83
○山谷委員 十分納得できたわけではないんですけれども、次に、大臣は、教員についてきちんと評価を行い、教員評価システムの改善充実を図りたいというふうにおっしゃいましたけれども、私も教師についての評価システムというのは大変大事なことだと思っております。
 アメリカの大統領はどちらになるのか、再カウントのし直しでまだもめておりますけれども、ジョージ・ブッシュは、テキサス州の公立学校に共通テストを実施しまして、指導力のある先生に対しては評価し、学校に補助金をつぎ込むなどをいたしました。だめな学校の先生は昇給もなし、生徒も希望学校に転校できる、こういうことをいたしました結果、全米共通テストでテキサスは七年連続して最優秀州になったということなんでございますけれども、こちらでは、六日付の新聞で、大阪府教育委員会が府内の学校の教員約一万一千人のうち約四百人が指導力や適格性を著しく欠いていると公表したことを報じていました。都道府県教育委員会がこうした具体数を公表したのは極めて異例のことだと考えております。
 どこかのデータでは、全国では一%の不適格教員というようなことがあるので、恐らく都道府県の教育委員会はデータ数を持っているんだろうというふうには思っております。また、一%というのは私は少ないというふうに思っておりますけれども、もし全国でこうした数字が公表されたら大変なことになるのではないかというふうに思います。
 同記事によれば、「「指導力不足の教員」として、期日までに試験問題が作れない、教科内容についての質問に答えられない」「悪いことはすべて子供や保護者の責任に帰する」「責任感や子供への愛情に欠ける」なんというふうにあります。
 きのうも、産経新聞にたまたま、塾に通う都内の四年生から六年生八百二十人に対するアンケートというのが載っていたんですけれども、先生に対して、話がおもしろくない、塾の先生の方がいいという六年生がもう八割ぐらいになるんですね。
 塾の先生はなぜいいか。「話がおもしろくわかりやすい」「知らないことをいっぱい教えてくれ、勉強がおもしろい」「解けない問題があって楽しいし、難しい問題を解いたときに達成感がある」。
 一方、なぜ学校の先生は塾の先生になれないかということを聞きますと、「勉強していない」「知識が足りない」「学校の先生はきれいごとを言う」「言い訳ばかりして授業がへた」「説明していることの意味がわからない」。
 私は、記者をしていたころに、十六校の中学校の子供たちに細かく聞いていったことがあります。やはり同じようなことを言っているんですね。ということは、もう四%とか一%というようなレベルではないと考えているんです。
 適格性を欠くと判断された教員、まずそのデータを発表していただきたいし、適格性を欠くというふうに思われた先生たちにはどういう技術で、いろいろなテクニックで本当に教え方というのはうまくなるんです。というのは、塾の先生がそうなんですから。そういうことを共有化して、システムづくりをしていくということが大事だというふうに思います。
 文部省のいろいろな政策、挙げられているものには、データの裏打ちとか公表とか、そういう本当に必要なものを改革のためにやっていくんだというような決意と姿勢が感じられないので、その辺のところをお答えいただきたいと思います。
#84
○大島国務大臣 山谷委員のお話を伺っておると、非常に共通した問題意識を持っておる部分が、率直に言ってあるんです。
 先ほど最後におっしゃられたデータという問題、私も文部大臣になりまして、データは結構あるんです、いろいろなデータはあるんですが、教育のデータというのは、いわゆるプライバシーという問題とかかわるということの雰囲気から、何となく、余りそこまでとらなくてもいいんじゃないかみたいなところもあったのかもしれません。しかし、皆さんに、国民に理解をいただきながら政策をやるためには、できるだけそういうデータをしっかりしようじゃないかということで、今そういうことをやっております。
 その中で、適格性を欠くと言われる、大阪で四%の数字が出たそうでございますが、今文部省として、全国の教員の皆様方にどのぐらい適格性があるかないか、そういうデータは残念ながら私の手元にはございませんけれども、しかし、この問題意識は明確に持っております。
 したがって、先ほども申し上げましたが、国民会議からのさまざまな御提言の中で、この適格性を欠く先生方に対してどのように違った場所で働いてもらうかということに、情緒的に判断するのではなくて、何かきちっとした法律的な裏づけというものがもはや必要な時代になっておるだろう、こう思って、今勉強しておます。
#85
○山谷委員 もっとたくさん質問したかったのですけれども、時間が参りました。
 とにかく、基礎学力がどのくらいついたかということを調べるためにも学習達成度試験というようなものを、教育改革国民会議の中では、高校でなどというふうに書いてありますけれども、もう小学校の高学年ぐらいからやって、本当に前向きな形で、きちんとしたデータに基づいてきちんとした措置をとっていただきたいというふうに思います。
 よろしくお願いします。
#86
○大島国務大臣 これは国民に対して申し上げなければならぬことであります。先ほども申し上げました、新学習指導要領のゆとりという言葉の中で国民のさまざまな御意見がございます。したがって、私どもは、先生おっしゃるように、今どの程度のレベルにあるかという問題の、そういうためのテストというものはやらなきゃならぬ。やり方はいろいろこれから考えますけれども、そこだけは申し上げておきたい、こう思っております。
#87
○西委員長 この際、暫時休憩いたします。
    午後零時四十一分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時十四分開議
#88
○西委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。牧義夫君。
#89
○牧委員 民主党の牧義夫と申します。
 初めて質問をさせていただきますので、本来ならば自己紹介もしたいんですけれども、時間の都合で質問に入らせていただきたいと思います。
 けさほどの小渕さん同様、私も新人でございまして、初めてでございますので、大臣には大変お疲れのところ恐縮でございますけれども、ごくごく基本的な、大臣の政治家としての教育改革に取り組む姿勢について、その辺を中心にお伺いをしていきたいと存じます。そういった意味で、先般、この席で大臣が教育改革についての所信を述べられました。そのごあいさつに基づいて質問の方をさせていただきたいと存じます。
 大臣が述べられた所信に基づき幾つかの質問をさせていただくわけでございますけれども、まず、私なりにある種の感銘を持ってお伺いをさせていただいたわけでございます。特に前段の部分でございますけれども、「我が国が目指すべき方向は、主体性を持って国際社会に貢献し、世界から尊敬される、心の豊かな美しい国家の実現であると考えます。教育、学術、文化、スポーツの振興は、これを実現する上で最も重要な基盤であります。」と述べられております。これはもっともなお話だと存じます。
 確かに、個々のお子さんにとっては、教育というものは自己の能力を限りなく伸ばしてくれるもの、そして自己のよりよい人生のために、その自己実現のためにあるものでございますけれども、国家としてはやはり、あるべき国家像というものをきちっと示して、その方向性もきちっと示して、そしてその共同体を支える一員としてどんな大人になってもらいたいのか、そういった意味でどういう教育がなされるべきかというところを方向づける、それは重要なことだと存じます。
 その意味で、また次の段で、「二十一世紀を担う子供たちに激動の中で生きる力を身につけさせるため、思い切った教育改革を積極的に行うことが必要」、そのように述べられております。これも、その意味で非常によくわかるわけでございます。その趣旨は理解できるわけでございますけれども、教育を取り巻くといいますか、子供たちを取り巻く昨今の容易ならざる状況、これは国民の皆さんが非常にゆゆしき問題として感じられているところだと思うわけでございます。そういう状況にかんがみるに、やや具体性を欠くように感じられてならないわけでございます。
 特に、「生きる力」という言葉が出てまいっているわけでございますけれども、ここ数年来いろいろ、中教審ですとか教育課程審議会、あるいは生涯学習審議会等の答申の中にもこの生きる力という言葉がたびたび頻繁に使われているわけでございます。この言わんとするところは何となくわかるんですけれども、どういった意味で使われているんでしょうか。その辺のところを、まず大臣の御所見をお聞かせいただきたいと思います。
#90
○大島国務大臣 牧委員にお答えします。
 教育というのは一体何か、さまざまな言い方がございますし、教育基本法の中にもいろいろと書いてあります。しかし、いろいろな人の意見を聞きながら私なりに考え、また多くの先生方あるいは議員の皆様方からもこうして議論したりして聞いていますと、結局は、子供たちが大人になりそして社会の中で生きていく、そのためのいわば準備をしてやることだと私は思っているんです。教育学の本をいろいろ読ませていただいたりもするんですが、ある先生は、子供の社会化だ、それは結局、生きるわざと精神を持つことだ、こういうふうに言っている先生もおります。
 そこで、その生きる力を身につけさせるために、戦後教育が果たしてきた功、罪(ざい)、両方あるだろうと思うんですが、すばらしい点はきちっとこれからも残していかなければならないし、罪(ざい)という言葉はちょっと語弊があるかもしれませんが、今日まで戦後教育でよかったけれども、これからもう少しそこは直していかなければならないという欠けた点というものも、今、冷静に見詰めなきゃならぬ。
 そういう観点からいたしますと、私が今の子供たちに一番心配しておりますのは、孤の世界が広がっているということをよく申し上げますが、それはつまり、大きな社会の中で自分が身を処して生きていくという、その社会性が逆に言うと足りない。そのことが実は、国際社会の中においても、ますます国際社会が進展していく中で、果たしてそういうふうなものにしておいたらどうなんだろうか、こう心配します。
 そして、そのために何をすべきかといいますと、一つは、やはり公共という社会は、自分たちも参加してそこのルールはつくっていくんだ、決して自分と全体、自分と社会というのは相対立するものではなくて、自分たちが参加をしてつくっていく、そういう意味での公共心というものを育てなければならぬだろう。もう一つは、自分の力で考えて自分の意見を発信していく、そういう力もつけていかなければならぬだろう。もう一つは、その根底として、思いやり、道徳、そういうものも今本当に力をつけていかなければいかぬだろう。
 もちろん体力もそうでございますし、いろいろなものがありますが、私が生きる力を子供たちにつけてやりたいという思いで申し上げている具体的な中身はそういうふうなことでございます。
 今の総理の諮問機関である国民会議においてもさまざま中間答申をいただきました。その中間答申をよくよく読めば、やはり同じようなことが書いてある部分がございますので、そういうことを大きな教育改革の基本として、これから努力していきたい、こう思っております。
#91
○牧委員 生きる力の意味合いについてはおおよそわかったつもりでおります。大体私が考えていたことと一致するわけでございまして、その辺、大臣とも価値観が一緒かなと思うわけでございますけれども、あえて一つつけ加えれば、生きる力という表現よりももうちょっと違う表現で、実はもっとあるべき教育をすべて体系化できるような言葉が私なりにあるのでございますけれども、それはまた民主党が政権をとったときに開陳させていただくことにいたしまして、次の質問に移らせていただきます。
 来年の通常国会を教育改革国会だ、そのように位置づけて、一連の教育改革関連法案を提出したい、このように先般大臣は述べておられたわけでございますけれども、そもそもこの一連の改革関連法案、具体的にちょっと例示していただきまして、何をどう変えるのかということを簡単にお願いいたしたいと思います。
 それとあわせて、その中に教育基本法が含まれるのかどうか、その辺もお聞かせいただきたいと思います。
#92
○大島国務大臣 先ほど小渕委員にもお答えをしたのでございますが、私たちは中間答申をいただき、総理からの文部省としての勉強をしておきなさいという中で、まず第一点は、学校の中で少人数指導等ができるような姿、これが一つあるのだろうと思います。二つ目として、先ほども議論をさせていただきましたが、十分適性を有しない先生方への対策というものもあるのだろうと思います。あるいは今どきの、学級の秩序、授業妨害やいじめへの対応、こういうものをどのようにきちっとしていったらいいだろうかということもあるだろうと思います。さらに、家庭教育の充実、奉仕活動や体験活動の充実方策、そして教育委員会の活性化というものも非常に大きな課題として残っておると私は思います。そして、大学改革の中の今すぐなし得るもの、そういうふうなものを今真剣に文部省の中で議論しておりまして、そういうものを来年の通常国会を目指して、法案あるいはまたその他の観点で準備段階に入っておる、こう言ってよろしいかと思います。
 教育基本法につきましては、今までも委員の皆様方からさまざまな御議論をいただいておりました。教育基本法は何も悪いことを書いてないよ。まさにあそこを読めばそうでございますが、足らざるところもあるのだろうという御指摘も、この委員会でもございました。だとすれば、そういう皆様方の御議論もちょうだいしつつ、また我々自身も文部省の中で議論をしつつ、そして、そういう国民の議論を踏まえながらやはり中教審でこれを御議論いただくということがあるべき筋であろう。これは総理もずっと同じことを言っておられるわけです。
 そういうことを考えると、来年の通常国会に教育基本法の改正そのものがテーブルにのれるかどうかというのは、私はやはりちょっと厳しい点があるだろうと思うのです、来年の通常国会は。しかし、そういう御議論を踏まえながら、結論が出たときには、これは堂々と私どもは国会で議論をお願いする時期は来るもの、このように思います。したがって、そういう流れの中でこの問題は考えていきたい、こう思っております。
#93
○牧委員 今の基本法の問題ですが、国民会議の最終報告を受けて中教審でさらに深く国民的な議論を深めていく、そのようなお話でございます。
 ただ、大臣として、この教育基本法の改革についての御所見というか、これを逐条的に、ここはこう改めるとかそういうふうなイメージがあるのでしょうか。それとも、もう抜本的に、白紙の状態からまた新たな起草をする。そういう方法もあろうかと思うのですけれども、どのようなイメージで考えられておるのか。
#94
○大島国務大臣 予断を持って今こうだということは申し上げられないところでございますが、今書かれている教育基本法、そんなに条文が多くありませんので、委員もお読みになれば、まことに普遍的なことをお書きになっておられる。
 どうでございましょうか、それを全部捨てて新しいものをそこにつくるという形になるのか、改正になるのか、もう少し見きわめなければならぬ話であろうと思いますが、いずれにしても、多くの皆様方のタブー視することのない御議論をいただきたいものだ、このように思っております。
#95
○牧委員 ややうがった見方なのかもしれませんけれども、教育基本法という基本法があって、文部行政というのは一応基本法にのっとって教育行政を遂行する、そういう立場にあるわけでございますから、文部省として、あるいは文部大臣として、教育基本法の見直しということは、いきなり最初からは余り言い出しづらい部分、それがためらわれる部分もあろうかと思います。そういった意味で、少し上の方へボールを投げて、国民会議という、これはどういう位置づけなのかまたちょっとお聞きしたいと思うのですけれども、そこからまた投げ返されてきた、教育基本法の抜本的な見直しも含めたというような中間報告でございますけれども、投げ返されたボールでもって議論をするというような、やや手続的な部分の初めに教育基本法改正ありきかなというような、ちょっとうがった見方のし過ぎなのかもしれませんけれども、私なりにそんなようにとらえているわけでございます。
 その意味で、国民会議そのものの位置づけ、国民会議の提言をどう文部省としてとらえ、それをまたどのようにその提言に対して取り組んでいくのか、その辺のところをちょっとお聞かせいただきたいと思うのであります。
#96
○大島国務大臣 国民会議は、御承知のように設置法に基づいてできた会議ではございません。しかし、内閣の統理者としての総理の私的諮問機関という意味で、小渕内閣のときから発足されました。そういう意味では、内閣法上これがどう位置づけられてどうかということより、政治的にやはり重いものである、このように認識しなきゃならぬと思うのです。
 しかし、そこで議論されておることは、そのままですと、具体的には何ら政治上、行政上に影響するものでは、ある意味ではないのかもしれません。総理がそれを受け取られて、そして総理としての思いになり、内閣としてそのことが一つのテーブルになってきたときには、それを我々はきちっと考え、整理し、そして実現を図っていくという段取りになってくるのだろうと思います。
 そこで、先般中間報告が出た際に、森総理は、それを総理として私的諮問会議から受け取られたわけですね。そして総理として、大島文部大臣、これをひとつ文部省の中で研究に入りなさいと言われた段階で、今度は私どもがそのことを受けとめて、具体的な文部行政の責任省としての中での、言葉は悪いのでございますが、料理をしていかなきゃならぬ段階に入っておる。
 今後、最終答申を出される。そういたしますと、総理は当然に同じような手順で私どもにそのことを御下知あるものであろう、こう思っているわけです。そして、そのことを受けながら、今度は内閣としてこのことをどう考えていくか、そこに内閣としての仕事が初めて責任を持ってこたえていかなければならない仕事になっていく、こう思っております。
#97
○牧委員 よくわかりました。
 教育基本法の問題にこだわるわけではないのですけれども、ちょっとその辺のところで、先ほどの御答弁の中で足らざる部分という表現がございましたけれども、大臣なりにどの辺がこの足らざる部分なのか、お聞かせいただきたいと思います。
#98
○大島国務大臣 国民会議ではさまざまな御議論がございました。伝統でございますとか、国という問題をどう考えるか。
 私は、少なくとも教育は、先ほど申し上げましたように、子供たちに生きる力を与える、その生きる社会というものがやはりそこにある。そうすると、普遍的な教育が求めるコアというのも一つあると思います。しかし、社会の情勢に合わせてやはり変えていくという部分があるとすれば、昭和二十二年のときの日本の国という状況と今とは、もう大きな変化が一つあります、一つどころではなくてかなりあります。
 それは一つは、国際社会における日本の立場というのは全然違うのでありましょう。それから豊かさという意味でもかなり違うのでありましょう。それから家族構成も違うものでありましょう。そして我々の心の中に、ひょっとしたら消えかかっている、しかし大事な問題というのもあるのではないだろうか。そういうものを考えますと、そういうふうな変化というものを冷静に考えながら、私たちが今ここでさらに強調して子供たちに考えてもらいたいこと、勉強してもらいたいこと、日本にとって必要なこと、そういうものが何点かあるような気がします。
 今、私の文部大臣としての意見として申し上げると、それは文部省としての意見となりますのでいささか、その点は控えさせていただきますが、言わんとする私の趣旨は御理解いただけるのではないか、こう思っております。
#99
○牧委員 大体言わんとするところは理解したつもりでございます。
 そこで、少々蛇足ながらと申しますか、私なりの提案を一つ申し上げたいと思うのですけれども、私も、実はその足らざる部分を大臣同様認識をいたしている、そういう立場から申し上げたいと思うわけでございます。
 実は、平成六年に発効している児童の権利に関する条約、この中に、批准国が目指すべき教育の、「締約国は、児童の教育が次のことを指向すべきことに同意する。」第二十九条でございますけれども、そういう条文がございます。
 正直、私は、この児童の権利に関する条約というのは、極めて困難な状況にある子供たちの生存権というか、そういう自然権的な権利を守るだけのものと誤解しておりましたけれども、中に、この二十九条に、教育の指針と申しますか、非常にいい部分が書いてございまして、aからeまで、五つの具体的な要請があるわけでございます。
 ちょっと資料をお配りできなくて申しわけないのですけれども、その中で、cとeが現在の教育基本法には欠けている。政府の訳文が非常にわかりづらいものですから、私なりに簡単に訳したものをちょっと申し上げると、cというのはつまり、父母を敬うこと、みずからの国の言語や共有の価値観といった文化的同一性、アイデンティティーを大事にすること、出身国や住んでいる国に誇りを持つこと、ひいては異なる文明をも尊重すること、そういった精神をはぐくむことだ。それからeの部分というのは、自然環境を大切にする心を育成することだと。先ほど大臣も自然との共生のお話もございましたけれども、こういった部分が現在の教育基本法には、あえて言えば欠けているのかなと私は思うわけでございます。
 これは国として、正式に日本も締約国でございます。この辺のところをきちっと盛り込んでいただきたいと思うわけでございますけれども、大臣のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
#100
○大島国務大臣 児童の権利に関する条約で、今委員から二十九条のお話がございました。私も今ここで読ませていただいておりますが、まさに大変大事なことをこの条約の中で書いておられると思います。
 多分ここでは、条約の有権的解釈はまたいろいろあろうと思いますが、当然のことでございますけれども、自国の文化、自国を愛することが他国を愛することにもつながるという、そこのところをここが書いているのではないか、私はこのように思うのです。
 今の教育基本法は、憲法と同じような言い方で基本法で書いておられるところがございますが、国民会議においても、まさに自国、みずからが生まれ育った国というものをきっちりと考えるというふうな形での指摘もございましたし、あるいは、自然環境の尊重という点についてのそういう御意見もその中でちょうだいしたことがございます。
 さらに言えば、先ほどもこの委員会での議論がございましたが、生涯教育という概念が、昭和二十二年ごろには、いわばあるようでいて、今の言っている生涯教育とはかなり違う。だから、生涯教育というものをどのように考えるかというのも、ひょっとしたら当時には余りないような、今の生涯教育的な考え方ではなかったのではないか。
 そういうふうなさまざまな意見を出していただく、これが今大事なことだ、このように思っておりますし、児童の権利に関する条約の二十九条も、大変大きなサジェスチョンを示しておるような気がいたします。
#101
○牧委員 そういった御認識があるのであれば、次期通常国会では無理だとおっしゃらずに、ぜひ前向きに検討していただければと存じます。
 さらに質問を続けさせていただきます。
 大臣の所信演説に戻るのですが、子供たちに社会性が不足しているというお話、先ほどもございました。それに従って、「学校、家庭、地域社会を通じ、大人社会全体が、みずからの問題として、皆で子供をはぐくんでいく環境づくりを急ぐ必要がある」、このように述べられております。もっともなお話だと思うわけでございまして、私も確かに、戦後民主主義の中で、私たちは権利や自由を享受する一方で極端な個人主義あるいは利己主義に陥っているのではないか、そういう問題意識も持っているわけでございます。
 生涯学習のお話が出ましたけれども、生涯学習審議会の去年の答申でも、「生活体験・自然体験が日本の子どもの心をはぐくむ」、こう題する答申が出されております。我が党の山谷委員もこのメンバーでございました。文部省でも、そういった答申を踏まえて全国子どもプランなどを既に実行に移して、地域と家庭、学校が一体となった体験教育に取り組んでいる、そういう認識をしております。
 それは承知しているわけでございますけれども、ここで、国民会議の方から唐突に奉仕の義務化というお話が出てきたわけで、これまで文部省として取り組んでこられた体験教育、体験学習とこの奉仕の義務化との、その仕切りの部分がちょっと私には理解ができないわけでございます。
 まず、この奉仕の義務化というのは一体何なのかということ、そのような観点から御説明をいただきたいと思います。
#102
○銭谷政府参考人 教育改革国民会議の中間報告におきましては、奉仕活動を全員が行うようにすること、それから、子供の自然体験、職場体験、芸術・文化体験などの体験学習を充実すること、この二点について提言をいたしております。
 奉仕活動はもちろん体験活動の一つではございますけれども、今回の中間報告におきまして奉仕活動について特に提案をしておりますのは、今日の教育の状況を考えますと、教育の中に、与えられるだけでなく、与えることの経験の場や機会をつくることによりまして、他人から喜ばれたり感謝されたりすることを通じまして、自分自身の発見と自立を可能にし、さらには自分の周りにいる他者への温かい気持ちをはぐくむ、こういう活動をぜひ取り入れたい、そのことが必要であるという趣旨からでございます。このため、すべての子供がこのような経験をすることが必要であるとしているわけでございます。
 なお、奉仕活動の具体的な内容は、子供の成長段階などに応じた弾力的なものとするということを提言いたしておるところでございます。
#103
○牧委員 他人に対する温かい心をはぐくむというのは今の御説明でわかるのですけれども、それが今までの体験教育の中でできなかったということなんですか。
 というのは、家庭ですとかあるいは学校ですとか、共同生活の場でそういうお互いをいたわる心というのは自然に培われてくるものだろうと私は思うわけでございますけれども、あえて押しつけないと、それはできないものなんでしょうか。
#104
○銭谷政府参考人 教育改革国民会議の中間報告では、子供たちの豊かな人間性を育成するという観点から、幅広く体験学習を充実するということを提言いたしているわけでございます。
 あえて今回、奉仕活動を特に強調いたしておりますのは、先ほど申し上げましたように、そういった幅広い体験学習の中でも、やはり、自分と他人、そういうかかわりについて十分理解をできる、そういう機会をむしろ学校教育の場できちんとつくり出していくことが今日必要ではないかという趣旨から、この提言を行っているというものでございます。
#105
○牧委員 ちょっと納得いかないのですけれども、時間が来ておりますので。
 私なりに申し上げれば、家庭あるいは学校、さらに体験学習等で、自然やらあるいは職場の中へ子供の教育の場を求めるということは、従前の体験学習の中で十分にできるわけでございまして、その中で、お互いがいたわる心は自然にはぐくまれていくものだと思っております。そういう中で奉仕活動を義務化するというのは、まさに屋上屋を重ねる話であろうと思うわけでございますし、今の説明ではちょっと十分に納得いかないわけでございます。
 文部省の方には、今申し上げました全国子どもプラン等、いろいろな取り組みがなされているわけでございますけれども、その予算措置だけじゃなくて、教育の地方分権化の中で、特に効果を上げたそういった体験学習プラン等、全国的に情報が共有できるような体制もあわせてつくっていっていただきたい、そのように御要望申し上げ、質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#106
○西委員長 次に、大石尚子さん。
    〔委員長退席、池坊委員長代理着席〕
#107
○大石(尚)委員 民主党の大石尚子でございます。きょうは、質問のお時間をいただきまして、感謝いたします。
 まず第一番に、最近、十一月五日以来、マスコミ、テレビとかあるいは新聞等々で連日大変報道されております、東北旧石器文化研究所前副理事長による遺跡発掘の捏造事件について伺わせていただきます。
 これは、大変残念ながら暗い事件でございまして、御質問申し上げるのも何かつらいのですけれども、決してその前副理事長を追及するという立場ではなく、いろいろ広範囲に波紋を投げかけてしまいましたので、何とかこの災いを転じて福とできるような、そういう建設的な質疑をさせていただけるようにお願いいたしながら、きょうは大臣並びに文化庁次長に対して御質問させていただきたいと存じます。
 まず、この捏造事件と申しますのは、宮城県の上高森遺跡と、それから北海道の総進不動坂遺跡、この二つが捏造であったということが毎日新聞のスクープで発覚したわけでございます。
 いろいろな報道の中に、七日の産経新聞の「主張」に、日本に原人がいた証拠とされ、教科書にも記載されていた上高森、これが捏造であった。もう一つも捏造であったわけでございますが、「研究者による相互検証を 震撼すべきモラルハザード」という見出しで、「全国で六千人を超える発掘調査に従事する専門家だけでなく、一般の考古学ファンの夢まで汚してしまったのである。学問の自殺行為である。」と記されておりました。
 私も、この事件に接しましたときに本当にショックでございました。こういう考古学の世界の研究者に至るまで倫理観がここまで喪失してしまっていたのかと思いましたときに、子供たちに及ぼす悪影響をどうとめていったらいいのかと思いまして鉛を飲み込んだような思いでいたのですけれども、とうとうその心配が現実化してしまいました。
 きょうの読売新聞によりますと、埼玉県は、県民の日記念作文コンクールの入賞者発表・表彰式で予定していた中学三年の男子生徒本人による最優秀作品の朗読を取りやめることになった。これは、この前副理事長という方が余りにも高名な人であって、しかも旧石器時代の発掘の前期、中期、後期、ともに百八十を超える発掘にかかわっておられた、そのいろいろなところの発掘が今みんな疑惑の目で見られ始めているわけでございます。
 この男子の中学生が取り上げたのは、長尾根、小鹿坂、これは埼玉県だと存じますが、この題材によって最優秀作文を書いた。これが朗読のチャンスを得られなかった、取り消された。大人のモラルハザードというのは必ず子供の世に移ってまいります。今回のこの事件を、やはりマスコミの報道、豊かな情報提供によって子供たちは全部知っているわけでございます。そうしたときに、もしこれが負の影響、マイナスの影響、例えば、歴史も見つからなければ捏造できてしまうのかと。
 二十年間、学界でも大分批判があったようでございます。研究者の中では、隣接分野を含めていろいろ御批判があったにもかかわらず、大変、神の手あるいは英雄として認められてきた方でございます。この方の起こした事件だけに、これをどう認識され、どう対処されようとしていらっしゃるのか。また、こういう問題が起こってしまったその背景には、一体どういうものがあるのか、どういう要因が考えられるのか。まず、文化庁の次長にお伺いいたしたいと思います。
#108
○伊勢呂政府参考人 今回の事件が発生いたしました理由としては、さまざまな事情があると考えられますが、今後の調査が進む中で明らかになることであると思っております。
 したがいまして、現時点では一概には申し上げられませんけれども、ただ、個人の問題といたしまして、成果を上げたいという欲求に駆られる余り、遺跡から歴史的、学術的な意義を明らかにするといった、本来の学術上の発掘調査の趣旨を忘れたといったこともあったのではないかというふうに考えております。
 埋蔵文化財に関係しまして今回のような事件が発生したことは、まことに残念でございます。文化庁におきましては、東北旧石器文化研究所と地方の埋蔵文化財行政とのかかわりや、発掘調査の経緯、体制につきまして調査を行っておりましたけれども、昨日九日にすべての都道府県の教育委員会から報告を受けました。
 現在、その調査内容を分析、整理しているところでございますけれども、その中で、この東北旧石器文化研究所が関与した遺跡のある都道府県の数は九都道県、それから、東北旧石器文化研究所が発掘調査に関与した遺跡の数は三十三遺跡でございます。そして、東北旧石器文化研究所が踏査、要するに遺跡があるかないかをただ調べに行った、そういうのに関与した遺跡の数は百八十六でございます。ですから、百八十六のうち三十三遺跡を発掘した、関与したということになります。
 その他、あとの調査主体あるいは調査担当者、どういう人が協力したか、あるいは調査費用、その資金の状況、出土品の現状とか報告書の状況あるいは届け出の状況などにつきましては、来週にはその全体の調査結果を取りまとめて公表したいと考えております。
 この調査結果を踏まえまして、埋蔵文化財行政において改善すべき点を整理いたしまして、都道府県教育委員会に通知するなど、必要な措置を講じてまいりたいと考えております。
#109
○大石(尚)委員 伺っておりますと、何かこの研究者個人の問題であるように伺えるんですけれども、何かやはりその周辺の、背後の問題はなかったのか、そこはいかがでございましょうか。
#110
○伊勢呂政府参考人 今さっき、最初に申し上げましたように、いろいろな事情があるというふうに考えられております。
 要するに、複数の目が行き届いていたのか、あるいは資料の少ない旧石器時代を扱っていたとか、そういう話はあるとは思うんですが、今調査をしておりまして、その調査が進む中で明らかになるのであろうと思っておるわけでございます。そういう点については、調査の中で明らかになるであろうと思っております。
#111
○大石(尚)委員 立ち会われた全部の遺跡について調査を進めていらっしゃるわけでございますか。
#112
○伊勢呂政府参考人 百八十六踏査した遺跡、それから三十三の発掘に関与した遺跡、すべてについて調査しております。
#113
○大石(尚)委員 この方の携わられた遺跡の中で、文化庁が指定している遺跡がございますか。
#114
○伊勢呂政府参考人 三十三の発掘調査に関与した遺跡のうち、宮城県の座散乱木遺跡というのは、文部大臣の指定の遺跡に指定しております。
    〔池坊委員長代理退席、委員長着席〕
#115
○大石(尚)委員 この今おっしゃいました座散乱木遺跡と申しますのは、これは今から二十年ぐらい前、一九八〇年に発掘に携わられたのではないかと思います。そして、この遺跡について文化庁が既に指定している、そういう問題も抱えている。
 それから、海外の方への反響が余りにも大きいのでびっくりいたしました。毎日新聞、東京新聞、それから日経その他の新聞の情報によりますと、アメリカ、フランス、台湾、韓国、英国、それからドイツ、ロシア等々。
 その中の取り上げ方がいろいろございまして、単なる事実の報道あるいは、台湾は、日本の教科書の旧石器時代に関する歴史が書きかえられるかもしれないという指摘。それから韓国は、韓国のBBSテレビが報道したのでございましょう。写真入りで大きく日刊新聞も報道した。ある韓国記者は、歴史の美化に走りやすい日本人の気質をあらわしたものではないかという、単なる一人の研究者の問題という扱いではないんです。
 それから英国でも、上高森遺跡の調査全体の信頼が傷つくだろうと。それからドイツでは、やはり専門家、考古学者が、捏造だったのなら他の学者も矛盾に気づくべきだとチェックの甘さを指摘している。それからロシアでは、日本以外の国の研究者にとっても考古学的に重要な遺跡であるので大変怒りを覚える、そういうようなこと。
 それから、一番困ったのが中国新華社通信なんでございます。この前副理事長の起こしたことの背景には、おくれをとりたくないという日本民族の心理がある、現在の経済大国の地位には満足せず、世界的な政治大国、古代文明大国になりたいと考えているのではないか。
 ここまで報道されて、これはしかも、その国に報道されていくわけでございますから、これは一研究者の大変な行為が日本の国益すら損ねかねない、そういう波紋を投げてしまった。子供に対する影響のみならず、国際的にもこれだけの影響を与えてしまった。こういう問題に対して、大臣はどう対処しようと思っておいででございましょうか。また、現に対処しておられますでしょうか。
#116
○大島国務大臣 今、大石委員が各国の新聞の報道ぶりを御紹介しながら、内外の影響の大きさをお話しされました。その中で、謙虚に耳を傾けなきゃならぬ問題もあるし、いささかそれは、国外においてはなるほどそうとられているのかなというふうな思いもするのもあれば、さまざまではございます。
 ただ、私どもも、先ほど次長からお話しされましたように、まず第一点、日本の考古学の内外の信用をどれほどこれによって傷つけたことかということは、まず大変残念であり、腹立たしく思い、遺憾であります。
 そして、先生がこの背景は何かということをおっしゃって今質問しておられますが、背景は、今次長が言ったような、推測として言える部分はあると思いますが、やはり本人でなければいけません。しかし、あるいは競争という部分もあったのかもしれないし、いろいろな問題が背景としてあったと思うんです。
 文部省として、文化庁として、今後、遺跡発掘に対して、法律に基づいて、あるいはまた行政としてこの反省から何ができるであろうかといった場合に、やはりまず今調査している点、各教育委員会でやっておりますし、そして文部省としても、それらの報告をいただきながら分析をしていかなきゃならぬと思います。
 例えば、発掘調査をした場合に、そこの評価あるいはあり方というものを、やはり何人かの方々にそれを違った角度から判断してもらうとか、あるいは調査の仕方そのものについてもどうあるべきかとか、そういうふうな方法論の中で私どもがやはりきちっと考えて、皆さんに指導していくという仕事が一つあるのかなと思っております。そして、今日までのさまざまなかかわった問題あるいはそういう問題は、ある意味では学術の世界、学研の世界で判断していただかなきゃならぬところもあるのかな、こう思っております。
 いずれにしても、今先生がお話しされたような大変いろいろな報道ぶりがあるということは、いかにこの問題が我が国の考古学における信頼、信用を失墜せしめたかということは厳粛に受けとめていかなきゃならぬな、こう思っておるところでございます。
#117
○大石(尚)委員 ただいま大臣の答弁をお伺いいたしておりましても、また八日の読売新聞の記事を見ましても、これはやはり、文化財保護法、いわゆる文化庁長官の権限を都道府県教育委員会に移譲しておいででございますから、各自治体の協力を得なければならない問題かとは存じます。それで、読売新聞によれば、「自治体のチェック機能を強化する内容のガイドラインを各自治体に策定させる方針を固めた。」これは、次長さん、本当にお固めになられたんでございましょうか。
 それで、保護法によりますと、これは、発掘の場合、届け出の義務があるのみで、報告の義務が特にないんでございますね。そこら辺の、いわゆる文書による報告というものを今後どう考えていらっしゃるのか。何か法的な、法規の改正等々も検討されるのかどうか、その辺はいかがでございましょうか。
#118
○大島国務大臣 今そこまでの結論は出ておりませんが、いずれにしても、先ほど申し上げましたように、この起こったことを単なる学術の問題だけだ、こう言って過ごすわけにはいかぬと思っております。
 したがって、調査方法あるいはその他について、文化財保存行政として我々も何かなし得る、こういう点をしっかりやっておったらこういうことが起こらなかったかもしれない、そういう冷静な分析を今いたして、その上で判断をしていかなければならないことだと思いますが、何らかのことを考えていかなきゃいかぬ、こう思っております。
#119
○大石(尚)委員 よろしくお願いいたしたいと思います。
 特に、この国が指定した座散乱木遺跡の調査に関しては、これは都道府県にお任せになるのではないように、特にこれがスタートになっているわけなのです。
 ここに、ついこの間、十月の二十四日に発刊されました「日本の歴史」の第一巻というのが、これは講談社でございますが、この執筆者は文化庁の方でございます。それで、これを文献として読ませていただきますと、そうすると、既に、これは一九九七年、平成九年に文化庁が史跡に指定をしているわけでございます。それで、発掘したのは一九八〇年ごろから始めて一九八一年に見つかったのではないかと思いますが、この本の中から引用するので間違いないことだと存じますが、最初に見つけた方も、やはりこの方なのでございます。
 それで、これは、「道路の切り通しの下部に堆積して赤く風化した、」そこから引き出している。それで、ちょっとその後を少し読ませていただきますと、「すべてといっていいほど彼の発見を契機としている。彼が遺跡を探し求めて歩き回る範囲がそのまま、前期・中期旧石器文化が確認された範囲と同じであるのも、彼の業績のすごさを証明している。」という記述になっている。
 これは、文化庁の行政というものが少し一つの方向に偏り過ぎていたのではないか。それで、この方に対する疑惑とか、それから論文での批判というものは、学界を含めて前々からあったそうでございます。文化庁の中でも、隣接学派では違うんじゃないかとおっしゃっていたようなこともあったように聞いております。
 したがって、この座散乱木遺跡も、これは検証する必要があるのではないか。これは、都道府県に任せるのではなく、文部省と文化庁のお仕事ではなかろうか。
 この実績が教科書に記載され、教科書問題ともなって発展しているわけでございます。子供たちが、史実というもの、それから史実をつなげて歴史を見ていって、それでそこから一つの史観を各自がつくり上げていく、ここら辺が災いを転じて福となせる何かにつながるのではなかろうか。
 これから先々、教科書につきましても、検定された教科書一つを使うのではなく、例えば、IT革命によってコンピューターからいろいろな教科書をアウトプットして、そして、この教科書ではこういう学説、この教科書ではこういう学説、一体どうなんだろうか。あるいは、この学問の分野では当然のことですが、仮説のままであって、何年か後、何十年か後にそれがひっくり返ってくる問題もあるわけでございます。ですから、そこいら辺の教材に対する子供たちの見方、それを指導する一つの契機としてこういう問題も取り上げられなくはないと思うのです。
 それで、まず第一番には、文化庁の責任において指定した座散乱木遺跡を、文化庁の力と文部省の援助並びに学術経験者のお力を得て、再検証することをお考えにならないか。これはやはり絶対にしなければならないことだと思うのです。
 なぜかと申しますと、子供たちへのあかしであると同時に、国際的な、日本の考古学の権威失墜、それから日本の学問に対する疑惑、これらのものを一掃するためには、きちっと調査をして、この問題はこうこうこうであったという事実を、速やかに、日本の中はもとより世界にも、文部省並びに文化庁の手で公表するということが、やはりこの問題の一つの大きな、必要な対処の仕方ではなかろうかと思うのでございますが、いかがでしょうか。
#120
○大島国務大臣 今、次長から伺って、そこの問題は、いろいろな学者さんの中では一つの評価をされたことであったようでございます。
 私は、いずれにしても、あの問題が報道された日に、教科書の問題、それから文化庁が直接かかわって例えば文化財保護をしている場合、さらに、各教育委員会から今調査をしているところを総合的に分析して、二度とこういうことがないように、文部省、文化庁として何ができるか、今先生の御指摘もいろいろありましたが、そういうことを踏まえて、基本的な問題として、いずれの日にかお答えすることが一番の我々の使命だろう、こう思っております。
 今の具体的な関係については、次長から。
#121
○伊勢呂政府参考人 宮城県の座散乱木遺跡につきましては、国指定の遺跡でございます。これは、平成九年に指定したわけでございますが、先ほど先生がおっしゃいましたように、昭和五十六年、一九八一年の調査で、このときも、この副理事長だけでなくて何人かの目で見て発見をしたということで、その後の学術上の評価が定まった、そういうことで指定したものでございまして、今のところ学術上の評価は定まっているというふうに考えております。
#122
○大石(尚)委員 時間が迫ってまいりましたので。
 では、座散乱木については再度検証はしないということでございますか。私といたしましては、素人の発想かもしれませんが、やはり疑惑を持ってしまう、それだったら、学術経験者の方々とお寄りになって、再度検討だけでもしていただけないか。
 それからもう一つ、日本の歴史を書きかえるような発掘現場が見つかったときは、これは即刻、やはり都道府県に任せるのではなく、文化庁として、専門家がおいでになるわけですから、さらに広く専門家の力を動員して、任せないでともに発掘していく、あるいはきちっと速やかに検証していく、そういうチェック機能を果たすことを考えていただきたいと思うのです。
 この問題については、ぜひ都道府県とも協議されまして、二度と再びこのような悲しいつらい事件が起こらないように、子供に二度と再び弁明しないで済むように、ぜひ御努力いただきたいと思うのですが、大臣、いかがでございますか。
#123
○大島国務大臣 私どもとしては、先ほど次長からお話ししたように認識しておりますが、せっかく先生が、日本の考古学の観点から大変心配をし、子供たちのことも心配しておられますから、地元の教育委員会、それらの意見も聞きながら、私どもの今の客観的な判断に私は間違いないと思っておりますけれども、大事なことは、やはり先生最後におっしゃったように、考古学界の中で考えていただくと同時に、私どもとしても、発掘のあり方そのものについて、ほかの案件と違って学者の皆様方を信頼し切って今までやってきたものでございますから、この事件の反省に立って、なすべきことは何かよく研究して、そういうものがまとまったらまた御報告してみたい、こう思っております。
#124
○大石(尚)委員 ぜひよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
#125
○西委員長 次に、池坊保子さん。
#126
○池坊委員 公明党の池坊保子でございます。私は、今まで教育行政について質問することが多かったのですが、きょうは文化行政について質問させていただきたいと思います。
 先日、公明党は党大会をいたしまして、その折、劇作家の山崎正和さんをお呼びしたのですが、そのときに、こんなお話をなさいました。
 二十一世紀は創造的な人間を生み出していく時代であり、さまざまな新しい文化をつくり出し、技術を生み出し、あすの社会の知恵をつくることが非常に大切になってくる時代である。一人一人の人間が世界という普遍的な場所にあって、そこで人類のために新しい知的な産物を生み出し、後世に残していかなければならない。日本人の特質を、単に勤勉に働くというところだけに求めるのではなくて、自由な発想を持てる人間としての日本人像というものも追求していかなければならない。そうした新しい日本人を私たちは教育によって育てていかなければならないのです。自由な発想と創造的な知恵を持った新しい日本人をつくり出していくことが大切であり、文化は、人々を安定させ、統一させていく装置であり、同時に、それは国民の感性を刺激して豊かな創造力を生み出していくものであるというふうに述べていらっしゃいます。
 私も、政治家になります前は、六百年続きました日本の伝統文化の一つである生け花の発展育成に努めてまいりました。国際社会の中で日本が経済大国として認知されても、もし独自の伝統や文化や芸術を持っていなければ、尊敬で見詰められることはないと私は確信しております。今後、二十一世紀において、文化行政の果たす役割は大なるものがあるのではないかと思っておりますけれども、文部省として、文部大臣はどのように取り組んでいらっしゃるかをお伺いしたいと存じます。
#127
○大島国務大臣 池坊委員は、御自身でお話しされたように、まさに日本文化、それも伝統文化の花という題材において、長い間大変な御努力をされてこられました。今お話しされた山崎さんのスピーチでございますが、基本的に全く同感でございます。
 したがって、私たちは今、日本国じゅうを歩いて回りますと、公民館も含めて箱物はもうかなりできておられるなと。問題はそこの中身でございます。また、奥様方、あるいはまた御老人の皆さんのいろいろな活躍を見ますと、カルチャーセンターが非常に結構なにぎわいを示している。
 そういう流れというものを簡単に軽く見るのではなくて、国民もまた文化活動というものに今このぐらい渇望している時期はないのではないか。だとすれば、私どもも本当に今文化というものを、何か一部の人の、好きそうな人だけがやるものではなくて、国民の教養の一部としてとらえてこの問題を位置づけなければならぬのではないか、このように私は思っております。
#128
○池坊委員 大変心強い大臣の御所見を伺いましたので、では具体的に、芸術文化における環境整備のための財政支援についてお伺いしたいと思います。
 芸術文化を発展させていくためには、言うまでもなく、全国各地において、国民が生涯を通じて芸術文化を身近に感じ、個性豊かな文化活動を活発に行うことができる環境を整備していくということが大切だと思います。
 今大臣もおっしゃいましたように、常に総理も大臣も、文化や芸術の重要性ということを所信表明の中でおっしゃるのではございますけれども、それに伴う予算措置となりますと、日本は大変お粗末ということでございます。芸術文化を発展させていくためには、さまざまな財政的な裏打ちが必要だと思います。幾ら口で発展させたいと言っても、予算がつかなければこれは難しいのでございます。
 外国の例等を見てみますと、もちろん文化行政の組織や制度が違いますから一概に比較するのは難しいのですけれども、でも国家予算にどれぐらいの割合を占めているかと申しますと、フランスでは芸術文化の予算は〇・九七%、約三千百三十六億円でございます。イギリスでは千九百二十七億円で、国家予算の〇・四一%を芸術文化が占めておりますし、ドイツにおいても〇・二九%、九百七十六億円という大きな額を芸術文化に割いております。
 来年度の概算要求や今回の補正予算について、どのぐらいお考えかをお伺いしたいと存じます。
#129
○鈴木(恒)政務次官 私からお答えをさせていただきます。
 大臣が申されましたように、私自身も戦後教育を受けてまいりました身でございますので、大臣と言葉をかえますと、日本の国家のこれから目指すべき姿は、平和な、文化の薫りのする非軍事型の民主主義国家だと、自分にそう言い聞かせ、また考えておりまして、それに比べてまだまだ、先生御指摘のとおり、文化面での施策が、あるいは予算が十分に行き届いているとは残念ながら思っておりませんけれども、精いっぱい今努力をしているところでございます。
 具体的に申し上げますと、平成十三年度の概算要求、今予算編成の最中でございますけれども、厳しい財政状況の下でございますが、日本新生特別枠及びその留保枠分を含めまして、総額で九百五十四億円、もうちょっとで一千億に乗るかというところまで今要求額をふやしてございまして、対前年度百四十五億円の増、パーセンテージにいたしますと一七・九%増を要求しているところでございます。要求額としてはかなりの、我々としては気張った要求をしているところでございます。
 ちなみに、平成十二年度、今年度の第一次補正予算案におきましては、芸術団体の活動基盤の整備などの施策について、総額百六十二億円を追加計上しているところでございます。
#130
○池坊委員 各国から比べますとまだまだ足りませんけれども、いつも言い続けております成果が出てきたと、私は大変うれしく思っております。これに引き続いて、公共工事からもぜひ文化予算の方に引っ張っていただきたいというふうに思っております。
 言うまでもなく、大臣も御存じのように、ことしは文化財保護法が制定されまして五十年という大変節目の年に当たっております。私は京都に住んでおりまして、数多くの先達の人々が守り育ててきた文化財がございます。ですけれども、大変経済的にも潤沢な文化財もあれば、もう財政的に守っていくのが難しいと言われるような、すばらしいのだけれども保護できないという文化財もあるわけでございます。外国の方に日本のどこがすばらしいと思うかと伺いますと、長い歴史だけでない、その中に培われた数多くの文化財を保有していることが日本の魅力だとおっしゃる方が多いわけでございます。
 こういう時期に対して、来年度概算要求、今回の補正予算に際して、文化財としてはどのようにお考えかをお伺いしたいと思います。
#131
○大島国務大臣 今、鈴木総括からもお話をされましたように、来年度の概算要求におきましては、文化庁そのものの予算としては今のような数字でございますが、実は、伝統文化とかその他のことも含めると、各省庁でやっておる部分がございます。これはいいかどうか、縦割りであれでございますけれども、例えば農水省でございますとかです。そういうものを入れますと、私は、一千億ぐらいに来年もうなる、そこを目指して頑張ろうじゃないか。特に、池坊先生も含めて与党の皆様方から、極端に言うと文化予算を二千億ぐらいにやれ、こう、えらい御注文をいただいております。
 そういうことを背景にしながら、先ほど鈴木総括が御説明したようなことでございます。来年度、実は私ども、いろいろなアイデアを使ってやりたいと思っておりますけれども、今総括もお話しされましたが、五百九十九億の中で、地域の伝統文化の活性化等という新規の柱を立てまして、ふるさとの文化再興事業、ふるさとの文化財の森、伝統芸能団体の活動基盤。史跡だとか国宝、重要文化とか伝統芸能とか、そういうふうなものは今までございますけれども、そこまで行かなくても、地域としてその文化財をきちっとしておきたい、あるいは再興したいというものにもそういう新しい柱を立てて、三十億ぐらい要求をしてぜひやってまいりたいと思っておりますし、史跡の保存、整備には二百六十二億用意しておりますし、国宝級の保存事業には百十二億ぐらい要求しておりますが、そういう新しい地域の伝統文化の活性化等にも目をさらして、そして大事に守り育てていきたい、このように思っております。
#132
○池坊委員 児童手当もそうなんですけれども、文化予算も、先進国並みとまで行きませんけれども、せめて先進国に近いところまで予算をとりたいと思いますと、私ども公明党が申しますと、すぐ、ばらまきだという批判を受けたりするのですけれども、しっかりともし調査していただいたら、日本は少ないのですね。極度に少ない。それを、さっきも申し上げたように、せめて外国に、先進国に近いぐらいまで持っていく。子供の児童手当もそうですけれども、文化予算もそうなので、文化的なことなんかになりますと、本当に水準が低いのではないかと情けない思いを私はいつもいたしております。芸術団体への支援ということもぜひ、私は大臣並びに総括政務次官にお願いしたいと思っております。
 我が国の文化は、多種多様な芸術団体や各地の芸能保存団体によって担われてまいりました。これらの芸術団体は、大規模な、強固なものもございますれば、小さな、市民によって担われている組織もございます。これらの芸術団体が創造活動の向上に必要な練習を行う、例えばその会場を確保するとか機材の用意をする、そういうような資金が今大変少なくなっているのが現実でございます。昨今の経済状況の低迷などから、その経済的活動基盤が脆弱になって、思うようにできないというのが現状なんです。
 政府からの支援だけでなく、多くの団体が民間企業から、メセナ活動ということで御存じのように支援を受けております。メセナ白書二〇〇〇で調べましたところによると、平成十一年度のメセナ活動は二百五十八の企業が実施されて、総実施件数は千六百五十五件でございます。このような企業メセナを含む民間における文化関係支出額を見ますと、日本においては平成十年の支援金額は百九十七億。
 では、外国はどうなのかと申しますと、やはり外国は企業の支援というのも多くて、フランスでは二百二十八億、イギリスでは二百五十億、ドイツでは六百四十億というような規模で行われているわけでございます。
 民間の企業の支援が不況の影響を受けて受けられなくなってきますと、文部省としても、これからどんどんそういう支援が必要になってくるのではないかというふうに思っております。
 ちなみに、私がいたしております生け花は、自助努力によって今日まで続いてまいりました。ですけれども、すべての芸術が自助努力によって今日まで生き続けることができたかといったら、必ずしもそういうわけではございません。すばらしい文化でありながら、どうしてもそういう財政的な支援がないがために息絶えてしまった、もし国がちょっと支援をしたならば今日まで生き長らえることができたすばらしい文化や芸術が日本にはあるのではないかと私は思っております。
 芸術とか文化というのは、それを支える人たちの強靱な意思、深い愛情、そして強固な努力によって今日まで続いてまいりましたけれども、自助努力に頼るのではなくて、文部省としてもやはり支援をしていただきたいというふうに願っておりますが、いかがでございますか。
#133
○大島国務大臣 先ほど池坊先生の迫力で、ちょっと私の答弁を修正しなければならぬのであります。
 鈴木総括が、全体予算約一千億ぐらい、こうお話をしました。文化保存、そういうふうな意味で、私は先ほど新規のものだけ申し上げましたが、文化財の保護で五百九十九億、一一%ふやして要求しております。特に今度の、きょう皆さんに御説明申し上げている補正予算の中で、何と百六億がその中に入っております。
 したがいまして、そういうふうな予算建てでこれから頑張ってまいるし、来年度の予算はまた御協力いただいて、満額獲得して、努力してまいりたいと思います。
 メセナのことについては、総括からお答えさせます。
#134
○鈴木(恒)政務次官 池坊先生御存じのように、高度経済成長のころに企業に経営的な余力がありますころは、盛んにメセナということがもてはやされた時期がございます。残念ながら、文化庁、文部省はそのころのデータを持っておりませんで、平成四年度ぐらいのころからのものしかそろっていないんですけれども、国の予算が不足している分、メセナという形で民間からの御支援があるのはとてもありがたいことでございます。
 残念ながら、ここ数年の不況で、これは企業メセナ協議会の調査でございますけれども、例えば平成九年度、百九十六億メセナがございました。十年度に二百十四億まで上がったんですけれども、また十一年度に百九十六億と落ちてしまっておりまして、つまり、景気の停滞に伴って民間の芸術文化に対する支援がどうも停滞ぎみで、これは我々文化行政をやっておる者からすると、甘えた話でございますけれども、右肩上がりとは申しませんけれども、もう少しちょうだいできればなという率直な気持ちがございます。
 しかし、一方で、企業の側にとりますと、企業イメージを大きく変えていただくにも、例えばサントリーホールなんかいい例でございまして、ああいう形で文化に非常に熱心に企業が取り組んでいただくというのは、これからも大いに期待したいと私は思ってございます。
#135
○池坊委員 芸術文化がすぐに経済不況のあおりを受けるということは、日本がそれだけ精神文化において貧しいからなのではないかと、私は大変がっかりいたしております。
 さまざまな伝統文化が今日まで続いてまいりましたのは、たとえ経済的な不況に遭っても、また戦争に遭っても、食べることに事欠いても、でも先達の人々が受け継いできた芸能や文化を次の世代に受け渡していかなければいけないんだという責任感や使命、そういうものを持った人たちによって支えられて今日まで来たのだと思います。そういう方々がなかったならば、数多くの文化というのは今日まで来なかった、そして世界から、日本は文化を持っているなというふうには言われなかったと思うんですね。
 ですけれども、さっきも申し上げたように、自助努力だけではやっていけない、そういう文化もございます。伝統芸能もございます。ですから、国が、経済にかかわりなく、そういうものに対する深い理解と支援とをしていただきたいというふうに私は願っております。大臣はいかがお考えでございますか。
#136
○大島国務大臣 企業とか民間のボランタリーな精神だとか、あるいはまたそういう高い志を持った方々とか、そういう民に頼っただけで文化は持続しない、こう思っております。だから文化庁もあり、政治の中であとはプライオリティーを高くして、先生のようなそういう考え方を、我々も努力しますが、政治という場で政策のプライオリティーを高くしていく。そういう競争をする時代に、むしろこれから政党の生きざまとしてなってくるのじゃないか、こう思って期待をしておりますし、政治と行政がしっかり基礎は維持していかなければならぬ、このように私は思っております。
#137
○池坊委員 今まで行政が文化と申しますと、そのソフトの部分よりもハードの、公立文化会館をつくるということばかりに注がれてきたと思います。十分とは言えませんけれども、公立文化会館というのは大体地域社会の中でそれぞれにあるのではないかと思いますが、大切なことは、それをどういうふうに充実させ、そして地域の人々に愛され、根づかせていくかということではないかと思っております。
 私は、小さいときからさまざまな文化に子供たちを触れさせることがやはり大切なことだというふうに考えております。
 地域社会の中で今どこが集合の場になっているかといいますと、ある地方に参りますと、みんなが集まる場所がないので、若者たちがコンビニの前の広いスペースに集まって、そこを集会の場にしているというところがございます。
 そういうことを考えますと、私は、それにかわるのがやはり公立文化会館なのではないだろうかと。小学生や中学生だけでなくて、お年寄りもその公立文化会館にみんなが憩って、自分たちの、そこで発表する、あるいはさまざまな文化の提供を受けるということの活用が必要と思いますけれども、文部省はそのような取り組みをしていらっしゃるのかどうかをちょっと伺いたいと思います。
 ちなみに、小学校、中学校で文化会館を使っている利用度というのは三三%だというふうに、調べた結果は出ておりました。
#138
○大島国務大臣 私は、公立文化会館というのは、ハードとしてはもうかなり進んだと思っておるのです。ですから、先ほども申し上げましたように、要は、そこの中身をどう詰めるかということでございまして、そういう意味で、文化会館を活動の拠点として生かしていく、これがこれからの課題ではないかと思います。
 そういう意味から、池坊先生を初め、大きな提案をいただいて今日まで参った点がございます。それはむしろ、公民館や文化会館の活動、運営にどういう知恵を出したらいいか。なかなか地方の方々では、そういうふうな意味で、アイデアが出てこない、人脈もない。そういう芸術文化活動支援委員の派遣のための経費、これを特に、池坊先生や公明党の先生方の非常に強い意向、御提案がございましたが、今九億円を要求して、まさにその中身を詰めるための、そして子供たちが集まれるようにするための、そういうふうな政策をきちっとやってまいりたい。そういうことよって、公民館、文化会館を有効的に、文化のために活用していけるようにしてまいりたい、こう思っております。
#139
○池坊委員 今おっしゃいましたように、これから大切なことはハードではなくてソフトの部分だと思いますから、それはやはり文部省がリーダーシップをとりまして、地域のいい意味での活性化の場をつくる、拠点となるような努力をしていっていただきたいと存じます。
 最後に、若手芸術家の育成ということでございます。
 芸術を愛している、芸術に人生を賭していきたいと思いましても、財政的になかなかそうすることができない優秀な芸術家たちが多くございます。アルバイトをしながら芸術をやっていく、そのために、自分の賭していきたい芸術を思う存分できないということがございます。若手の芸術家を育てることなくして二十一世紀の文化国家日本はやはりあり得ないと思いますので、その点につきまして、大臣の御所見を伺いたいと存じます。
#140
○鈴木(恒)政務次官 若手の芸術家、文化活動者に、非常に我々が誇りにさせていただけるような若手が育ってきておることもありがたいことでございまして、私はクラシックが趣味なものでございますから、五島みどりさんなどの活躍は本当にありがたいことだと思っております。
 これからも、そうした若手の人材育成のために予算面でもできるだけの努力をしていくつもりでございまして、平成十二年度の予算要求額を念のため御参考までに申し上げますと、芸術フェローシップというテーマのもとで、芸術家在外研修でありますとか海外芸術家の招聘でありますとか、あるいは芸術インターンシップ、それらにつきましても、五億八千九百万、九千八百万、九千七百万といったぐあいに予算を今要求中でございます。
 先生の御支援もいただきながら、すばらしい文化的な若者を育てるべく、文部省挙げて努力をいたしますことをお誓いいたします。
#141
○池坊委員 鈴木総括政務次官がクラシックが大好きだと伺えて、大変うれしゅうございます。私も音楽は大変好きでございまして、政治家になりましてちょっとがっかりいたしましたのは、政治家の方で芸術や文化に造詣の深い方が少ないのではないかと思ったことでございますが、決してそうではないということに強い喜びを感じております。
 大島文部大臣や鈴木政務次官のような文化に造詣の深い方々に支えられて、たくさんの予算をとり、そして応援をしていただけることを心より願っております。ありがとうございました。
#142
○西委員長 次に、石井郁子さん。
#143
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
 私は、まずサッカーくじ問題で質問をいたします。サッカーくじのテスト販売が十月二十八日から開始されまして、第一回の投票が十一月四日に締め切られた。当せん結果も先ごろ発表になりましたし、売り上げが七千六百五十万円となっております。
 テスト販売で大きな問題として浮上してきましたのが、十九歳未満への不売対策。余りにもずさんじゃないのか、いいかげんだという問題だと思うんです。これは、テレビや新聞、マスコミでも、そこに焦点を当てて論じているところであります。
 例えば東京新聞、「こちら特報部」ですけれども、「十九歳未満スルーパス」という特集がありましたね。記者が実際に現場体験したレポートで、「サッカーくじ「トト」守備はザル」だ、今言ったようなことですね。十九歳未満の購入、販売は禁止されている、にもかかわらずその徹底が極めて弱いということがあるわけでございます。
 地元テレビが行っているこのtotoのコマーシャル番組でも、禁止については字幕で最後に、もう本当に小さく出る。一瞬流しているだけだ。また、PRのチラシというものもたくさん出回っておりますが、新聞でも、いずれもその扱いが小さいんですよ、十九歳未満は買っちゃいけないという扱いが。
 これは新聞のチラシですけれども、こういうものが大々的にありますね。ここでも、本当によく見ないとわからないという程度にしか書いていないということですね。このようにチラシで新聞に折り込まれているわけですから、だれでも入手できる。しかも、ここのチラシには御丁寧にマークシートまで張りつけられている。お書きくださいというふうになっているんです。
 私も、発売初日の二十八日に静岡へ行きまして、実態を見てまいりました。駅頭にも行ったんですが、本当に駅頭でこのtotoの黄色いヤッケの方が、若いお嬢さんには見えるんですが、尋ねたら絶対十九歳未満ということはない方に、そこは売る側は知っているんだと思いますが、しかし、駅でだれにでもまいている。もう確認しようがなくまいている。だから、十九歳未満の方にも手渡している状況になっているんですね。
 実際、浜松駅構内では十七歳の娘さんに、パンフ、投票用紙、鉛筆のセットで配られている。これまた御丁寧に、こういうセット。ちゃんと鉛筆まであります。またこれを、どんどん配っている。そういう状況でございまして、これを見ている方、また買われた方、そのいろいろな声が寄せられているわけですね。
 こうしてみますと、「スポーツ振興投票券の発売に当たっては、十九歳未満の者に対する購入等の禁止が徹底されるよう販売場所、販売方法等について青少年が入手し難い方策を講じるなど適切な配慮をすること。」これは衆参の附帯決議でございました。これが全く無視されているのではないかというふうに言わざるを得ませんが、まず、いかがでしょうか。
#144
○大島国務大臣 東京新聞の記事は、私、申しわけありません、見ておりません。うちにとっていないものでございますから。
 ただ、参議院でもそういう御指摘と御注意がございましたし、今改めて石井委員から、法律で禁止されている十九歳未満への販売が行われることのないよう徹底されるようにしなさい、こういうお話でございまして、これからさらにその趣旨について徹底をしていかなければならぬと思っております。
 私どももそういうふうな意味で、その点を今後の課題とするためにも、きちっとある程度把握してこなきゃならぬなと思いながら、実は十一月三日に、その一日だけでございましたが、販売を断ったケースというのはどのぐらいあるか、実際にちょっとチェックさせてみました。そうしたら、二十八件お断りしたという事例がございます。したがいまして、法律の趣旨をしっかり徹底していくためにさらに努力していかなきゃならぬな、こう思っております。
#145
○石井(郁)委員 東京新聞はちょうど十一月三日付でございますので、ぜひごらんください。
 浜松駅構内の話のちょっと続きを申し上げますと、こういう配られ方をしますと、投票用紙に一番関心を持ったのは小学六年生の男の子だった。その子供さんが、お母さん、出してきて。お母さんは、子供はだめよと言う。だから、家庭内でもめごとが起きるし、こういうことがあっちこっちで日常化するんじゃないかという声が上がっているわけであります。
 今、駅頭での配布、それから新聞折り込みなど、私は不特定多数への配布を申し上げましたけれども、普通の飲食店でもこういうものが積み置きをされている、たくさん積んであるという状態が言われております。
 ですから、この不特定多数を対象とした配布というのはやめるべきではないのか、これでは子供たちが手にすることができるわけですから。この点では、文部省はきちんとした姿勢と、また指導をすべきではないかというふうに私は考えますが、いかがですか。
#146
○遠藤政府参考人 十九歳未満に売らないというのは、これは一つの大きなこの仕組みの中の課題だ、私どもはこう思っております。今回は初めてのテスト販売で、しかも最初ということもありまして、広く国民の方々、県民の方々に知っていただくということでそういったような配布をしたもの、こう理解しております。
 購入の時点において十九歳未満に売らない、こういうことで、日本体育学校・健康センターから販売の再委託を受けております日本スポーツ振興くじ株式会社、JSALでは、シャドーバイヤーということで、販売店に実際に年齢確認をされるかされないかということで行っておるわけでございます。そういったようなところで年齢確認が徹底されない場合には、販売店に行きまして販売店から指導する、こういうようなことも行っておりますし、今大臣から申し上げましたように、販売店の巡回によるチェックということもしております。
 こういったようなテスト販売における状況を踏まえまして、本格実施の際には、その周知や、対面販売での年齢確認の徹底に努めていきたい、こう考えております。
#147
○石井(郁)委員 販売店のチェックの問題はいろいろ考えておられるということはそれなりにわかりますが、私の質問は、新聞折り込みだとか、それから、どこでも手に入るような状態、こういう不特定多数への配布というやり方が広く行われていることについて、文部省としてこういう状態でいいのか、きちんと指導してほしい。その御答弁をお願いします。
#148
○大島国務大臣 広告とかパブリシティーというのは、ある意味では特定多数の人にだけそういう問題を、十九歳以下の人には配ってはいかぬよというふうに指導することができるのかなあという感じの中で、ただ、石井委員が心配されていますように、本格的にサッカーくじが動き出すときに、もう少し株式会社等に言って国民にきちっと理解させる手だてを考えさせる方が、私は国会決議の趣旨に合うことだと。広告なり、先ほど広告の出し方をもう少しきちっとさせなさい、そういうことをやってみたい、こう思っております。
#149
○石井(郁)委員 どうも文部省の態度がすっきりしないので大変不満なんです。先ほど来、販売方法の問題で、やはり十九歳未満の方には売らないという指導が一つありますね。それはしていらっしゃるということなんですが、実際、パートの店員に任せたときは確認できないだとか、若い店員の場合は、相手がこわもての人だったりすると身分証明書の提示なんかとてもできにくいだとか、もう既にいろいろな声が出ているわけであります。
 今、十一月三日に各店をお調べになって、二十八件そういうことがあったということですけれども、JSALが派遣した、シャドーバイヤーですか、その調査結果で年齢チェックをしていない店舗が数店あったというふうに、これはいろいろ報道されていますけれども、実際はどうなんでしょうか。テスト販売で何回、何店の調査をされて、年齢の確認とか身分証明書の提示をしなかったという販売店はどのぐらいあったのか。また、そうした違反店舗に対してどういう措置をとったのか。また、年齢チェックや身分証明書提示を求めた店舗で客とのトラブルなどがなかったのかどうか。
 やはりテスト販売の段階できちんとしておきませんと、これは来年の春でしょう、全国に広がったら一体どういうことになるんだということでございますので、JSALが派遣したシャドーバイヤーの調査結果をもう少しお話しいただけませんか。
#150
○遠藤政府参考人 シャドーバイヤーの状況については、今集計中でございまして、終わったばかりなものですからまだございませんけれども、もちろんまとまった段階でまた御報告をしたい、こう思っております。
 ただ、シャドーバイヤーという性格上、余りはっきり、いついつここに行ってああ言った、こういうことになりますと、シャドー性の意味がなくなってこの制度がうまくいかないということもございますので、その辺、きちんとこの制度がうまくいくようにしながら状況をまた御報告したい、こう思っております。
#151
○石井(郁)委員 結果がわからなかったら何のために調査しているんだということになりますから、それはまさにシャドーそのものになってしまうわけで、いろいろ秘密性などを保持しながらも、やはりオープンにしていただかないといけないのじゃないでしょうか。集計中ということですから、これはしかるべきときにきちんと出していただくようにお願いしておきます。
 何度も申しますけれども、法律で十九歳未満は禁止だということになっていて、違反したら犯罪でありますから、この点をどう徹底するのか。青少年に売ってはいけないんだということは、文部省の責任として徹底しなきゃいけないんじゃないかというふうに思うわけですね。
 実際に、高校生らしい年齢の子供さんが求めに来られても、何の問いかけもしないでやはり売っている、また買えるということがあるわけですよ。これはテスト販売の段階ですからね。それでもう、この店では高校生でも買えるよという話が生徒の間で話題になっていく、評判になっていくという実態なんですね。
 ここに私は、サッカーくじを購入した青年の証言を少し申し上げたいと思うんです。これはおととい、八日、ジュビロ磐田対FC東京の試合がございまして、サポーターがいっぱい詰めかけていました。その中からの話なんですけれども、浜松市内の十八歳の男子高校生が、親に買ってもらった、自分が八口予想を立てて、両親が一口ずつ予想して、全部で十口だ、千円買った宝くじよりは当たる確率が高い気がする、こう言っているわけですね。
 それから、同じく浜松市内の高校に通う十六歳の女子高校生です。ゴール裏で応援していた熱狂的なファンなんですけれども、中学時代の同級生が親に買ってもらったと自慢していた、千円分つぎ込んだというので、私も静岡新聞、これが入っていたのが静岡新聞なんですね、広告でマークシートが一枚入っていたのでそれを塗りつぶしたが行く勇気がなくて結局買わなかった。こういうマークシートを配られると、子供の心理として、だれだって書いてみたくなりますよ。そういうことを言っています。
 それから、島田市から来た十八歳の女性、くじを買った、普通に買えました、その店では年齢確認を全くしていない様子だったというような話とか、いろいろあるわけでございます。
 だから、結局、十九歳未満禁止と言いながらも、もう十九歳未満の青少年を巻き込んでこのサッカーくじが進んでいると言わなければなりません。一体、こういう事態はどうですか。
#152
○鈴木(恒)政務次官 石井委員にお答えさせていただきます。私は、サッカーが趣味なものですから、答弁を買って出たわけでございます。
 まさに石井委員おっしゃるとおり、そういう問題が起きてはいかぬということを頭に置いてテスト販売を始めているわけでございまして、体育局長からお答えしたとおり、よくテスト販売の調査結果を精査いたしまして、委員御指摘のように、十九歳未満はいけないという表示を、例えばもっと大きくする必要がないかとか、それから、シャドーバイヤーによる調査をもとに、最近の若い子は年がとても、十九歳以下の子がおませに見えたりすることがございます、ちょうど石井先生が四十代と言っても通るようなものでございまして、その辺も含めて、重々テスト販売の結果を見て、附帯決議並びに法の趣旨に沿うように手当てをしてまいるつもりでございます。
 言い過ぎがございましたら、お許しをいただきます。
#153
○石井(郁)委員 そうですね、ちょっと不規則発言じゃないのかと思いますけれども、後で審査することにいたしまして……。
 今実態は、子供たちをギャンブルに巻き込んでいるというか、まさに子供たちにギャンブルの窓を開いたと言ってもいいような実態になっている、ここが私は問題だと。だから、こうなりますと、何のための国会審議だったのか。衆参で相当時間をかけて議論をしたということはもう皆さん御存じのとおりでありまして、そして附帯決議もできているわけでありますから、やはりまず国会審議どおりに進めないといけないということを私は重ねて申し上げておきたいと思うのです。
 私は現地に行ってみまして、本当に十九歳未満のチェックがいろいろなところで抜けているんですね。このシートを端末機に入れたら、こういう券が出て、この券で換金をするんですけれども、換金の段階でチェックするといっても、十九歳未満の人が買ったか十九歳以上が買ったかという証拠が何もないんですね。これで換金ができるわけです。かわりの人が行ってもできるということになるわけでしょう。
 そういうことで、テスト販売ですらこんな実態ですから、何度も申し上げますように、来年全国で行われるとどういうことになるのか。私も静岡に行きまして、三百三十三店舗で端末機で券が買えるわけですけれども、そこは、子供が行く場所が本当にあちこちいっぱいあるということを見てきました。そういう点でも本当に、国会審議に沿っての実施がどうなっているかという文部省のチェックも甘過ぎる、文部省の子供に対する認識がやはり甘過ぎるということを言わなくてはいけないというふうに私は思います。
 現地ではやはり、売り上げを伸ばすという売らんかなの姿勢が先行するんですよね。そういう点でも、青少年、子供たちへの影響ということを真剣に考えなきゃいけないというふうに思うわけであります。
 私ども日本共産党としては、サッカーくじの凍結、中止を求める立場で今後とも運動してまいりますので、このことを申し上げまして、次の質問に移ります。
 私学の問題なんですね。きのうの新聞だと思いますけれども、私立の中学、高校のことし九月末の学費の滞納調査というのが報道されておりました。
 三カ月以上の滞納者が、高校で三千四百四十五名です。中学校で百八十名ございました。中学校というのは義務教育ですから、こんな実態というのは本当に憂慮すべきことなんです。しかも、高校における滞納者の比率で一・三二%、一校当たりで十三・四名なんですけれども、これはここ数年変わらないんですね。だから、依然としてやはりこの学費問題で厳しい状況が続いていると見なければいけません。しかも、ことしの特徴は、退学者が、昨年は百十四名だったんですけれども、百六十四名と四四%も増加しているんです。退学者ですから、これは本当に厳しい状況が進行しているというふうに私は見ざるを得ないわけであります。
 そこで、お伺いしますけれども、ことしから文部省、家計急変者に対して授業料軽減措置に対する補助が出されています。これはやはり大変現場で喜ばれている。こういう事態の中では意味を持っているわけでありますけれども、この制度の趣旨が生かされるように、各県の実施状況などを調査されているのかどうか。あるいはまた、ちゃんと調査するようにまずしてもらいたい。実は、すごく県によってアンバランスがあるわけですね。全然申請者がないところとかあるわけです。だから、そのことが第一点。
 また、二つ目に、家計急変補助の申請手続というのは大変煩雑だ。所によっては、離職票や廃業届、特に自営業者が多いですからね、廃業届の証明書が要るというふうに言われると、それをそろえるのが大変難しいというようなところもあるわけであります。しかし一方で、これは北海道のように、学園、学校が判断したら補助の対象となる、認めるという受給しやすい条件もまたあるわけであります。そういうふうに私はすべきであると思うんですけれども、その二点について御答弁ください。
#154
○石川政府参考人 ただいま先生からお話のございました授業料減免補助事業でございますけれども、この事業自体は、各都道府県において各都道府県が実施をするというような形になっております。ことしから新たに実施をされている事業ということもございまして、具体的にどれだけの応募状況あるいは実施状況、その手続面等々については、必ずしも詳しく私ども現時点では把握できていないところでございます。
#155
○大島国務大臣 石井委員から久々に何か褒められて、ちょっとほっとしているところがあるのでございます。褒められた後に、しっかりやれということでございました。都道府県に対してしっかりやるように要請してまいりたい、こう思っております。
#156
○石井(郁)委員 ぜひそのようにお願いします。
 だから、集計していないということで終わるんじゃなくて、やはりつかんでもらいたいということですから、大臣の御答弁でぜひよろしくお願いいたします。
 きょうは私は、重ねてというか共通してですが、私学の共済問題ということを一つお尋ねしなくてはなりません。
 これは「月報私学」、こういう冊子、広報誌がございますけれども、これを見ていますと、極めておかしな文章にぶつかったわけであります。
 それは「公的年金制度一元化問題について」ということなんですね。その中に、ちょっと長くなりますけれども、年金の閣僚会議は、
 公的年金制度の一元化について、公的年金各制度を通じて議論し、関係者の合意形成を図るため、平成十二年五月に一元化懇談会の再開を決定しました。
 その後に唐突に、「仮に厚生年金と統合した場合に予想される諸問題」ということで幾つか挙がっていて、長期給付事業の掛金率の引き上げ、二つ目には職域部分がなくなると給付額が必然的に引き下がる、三つ目、職域部分を維持しようとすれば別途の負担が必要だ、四つ目、医療保険給付水準維持のため健康保険組合の設立が必要だ等々九点が挙げられておりまして、最後に「私学共済制度の意義」が述べられて、こう言っているわけですね。
 結論、
 私学事業団としては、私学共済制度設立の趣旨・目的を踏まえ、引き続き健全な財政運営に努めるとともに、私学教職員の福利厚生の後退を招くことのないよう、制度の維持について強く主張していく所存です。
と、事業団の決意表明がされているんですけれども、この文章にぶつかりまして、どうやら公的一元化懇談会では年金統合という事態を迎えているのじゃないかと疑わざるを得ないわけであります。
 だから、私学の共済年金と厚生年金の統合という事態を迎えようとしているのかどうか、あるいは公的年金制度の一元化問題というのはどういう状況に今あるのかということについて、ぜひちょっと明らかにしていただきたいなというふうに思ったわけであります。
 そして、けさの新聞を読みますと、これはきのうからのニュースにありますが、国と地方の公務員の年金は二〇〇四年までに統合するという報道もありまして、その最後には、民間の農林年金は厚生年金への統合を希望している、残る私立学校教職員共済が厚生年金に統合されるかどうかが焦点になっているというのが、けさの報道ですね。一面です。だから、大変私学関係者の皆さんは、どうなっているのかという御心配もあるんじゃないかというふうに思いました。
 それで、伺いたいのは、ことしの五月から公的年金制度一元化に関する懇談会が開かれてきたわけでございますけれども、どのような議論がされて、どう推移しているのかということをちょっと御説明いただければと思います。
#157
○本間政府参考人 総務審議官でございます。
 ただいま、公的年金制度の一元化につきまして状況がよくわからないというふうなことで、現在の状況についてお尋ねがございました。
 これにつきましては、平成八年の三月八日でございますが「公的年金制度の再編成の推進について」ということで閣議決定が出されております。この中で、
 私立学校教職員共済組合については、その成熟化の進展等を踏まえつつ、財政再計算時ごとに将来の財政見通し等について分析を行い、被用者年金制度全体の中におけるそれぞれの制度の位置付けについて検討を行う。
こういうふうにされております。
 それで、今回、財政再計算の時期となっております。このことと、農林漁業団体職員共済組合が厚生年金との統合を希望したことから、政府におきましては公的年金制度の一元化に関する懇談会を再開いたしまして、現在、有識者によります検討が行われている、こういう状況でございます。
 文部省としましては、平成八年の閣議決定の趣旨、先ほど申し上げましたが、
 財政再計算時ごとに将来の財政見通し等について分析を行い、被用者年金制度全体の中におけるそれぞれの制度の位置付けについて検討を行う。
この趣旨、それから今後取りまとめられます公的年金制度の一元化に関する懇談会の検討結果というものを踏まえまして、適切に対応してまいりたいと考えております。
 なお、きょう、幾つかの新聞に公的年金の一元化に関します報道が出ております。この報道によりますと、会議においては、私学共済の一元化に対する取り組みが不十分であるというふうな、私学共済について一元化について消極的であるというふうな報道がなされているものもございますが、この会議におきましては、確かに、私学共済の一元化に対する取り組みが不十分である、そんなふうな見解を言っておられる委員の方もおられますが、また他方、私学共済の姿勢について一定の評価をされておられる、そういう委員の方もおられます。
 今後、私学共済制度の趣旨及び目的等につきまして引き続き説明をしてまいりまして、関係各位の理解を得ながら適切に対応をしていきたい、こんなふうに考えております。
#158
○石井(郁)委員 今審議中でございまして、大変微妙な段階かなというふうにも思いますし、またいろいろと御努力もされているかなというふうにも思いますけれども、私学の皆さんが大変注目をしている、心配をされていることでもございますし、ぜひ文部省としてきちんとその願いにこたえるように対処していただきたいということを御要望して、この件を終わりにしたいというふうに思います。
 もう時間なんですけれども、私はきょうはちょっと障害児教育の問題で、ちょうど六日にこの中間報告「二十一世紀の特殊教育の在り方について」も出されたことでもございますので、質問したかったわけです。しかし、もう本当に時間がないので、この特殊教育の問題についてはもう一遍改めて時間を持って質問したいと思いますが、ちょっと一、二点だけ。
 全国で、盲・聾・養護学校には寄宿舎がございますね。三分の一が寄宿舎を設置している。そこには、五千人以上の方々が寮母さんという名前で指導に当たっていらっしゃるわけです。どうも寮母という名称は、何ともはや、今の時代にはそれこそ合わないんじゃないかということです。これは学校教育法の中で定められているのでそうなんですが、実際、既に男性が八百人近くいらっしゃる。
 名称変更という問題は、我が党の林議員が昨年参議院でも質問しているんですが、文部省の答弁が、この寄宿舎の実態とかけ離れた認識の御答弁なんですよ。つまり、寄宿舎というのは、食事の世話、洗濯の世話、世話する人だから寮母さんだということでとどまっていまして、これではちょっと済まないだろうと。
 実際、寄宿舎では、障害児の自立の支援等いろいろ教育的なことをしておられるわけですから、やはり名前をまず変える。これは、男女共同参画の基本計画を政府としても策定する、あるいは基本法に沿って施策を進めているという段階からしても、名前を変えるということにぜひ取り組んでほしいということは、いかがでしょうか。
#159
○大島国務大臣 今、三百人とおっしゃいましたが、もう少し多いんです、男性は。(石井(郁)委員「八百人です」と呼ぶ)八百人と。正式に言うと、私どもの調査では、十一年度七百六十七人でございました。
 この方々を母がつく寮母と言うと、例えば私がそこにいて、大島理森に、寮母さん、寮母さんと言われますと、どこに寮母さんがおるのかなと。日本語としては、何と言うんですかね、逆にセクハラだと言われるぐらいの感じがするのでございます。したがって、関係団体の意見を聞きながら検討してみたい、こう思っております。
#160
○石井(郁)委員 ぜひそのように、急いでこの問題にも取り組んでいただきたいと思います。
 その寄宿舎なんですが、この中間報告を見ますと、寄宿舎という文言がどこにも出てこないのですね。これはちょっと驚きだったわけであります。実際、養護学校で寄宿舎というのは実に重要な役割をしている。
 これは、私はぜひ滋賀の実例で申し上げたいんですが、寄宿舎を充実させたい、また、ふやしたい。施設は、養護学校の義務化以前の施設でずっときている。耐震構造の基準もクリアできていないというような、非常に貧しい状況にあるんですね。今、障害児の自立の支援のためにとても大事な役割をしているということの認識が広がっていますので、この寄宿舎についてぜひきちんと、今後最終答申が出されるのでしょうけれども、その役割、意義づけということをしていただかないといけないんじゃないかなというふうに思いますが、最後にその点を伺います。
#161
○御手洗政府参考人 御指摘のとおり、中間報告では具体的な寄宿舎の問題についての言及がないわけでございますが、中間報告の段階でもございます、今後また現場の各方面の意見も聞きながら、最終段階では、これまで出されてきている議論も含めまして十分検討してまいりたいと考えております。
#162
○石井(郁)委員 終わります。どうもありがとうございました。
#163
○西委員長 次に、山内惠子さん。
#164
○山内(惠)委員 社民党の山内惠子でございます。
 村上龍の小説「希望の国のエクソダス」というのがございますが、その主人公ポンちゃんは、集団不登校をした中学二年生なんですけれども、「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と言っています。本当に、子供たちは未来に希望を持てなくなっていると思います。
 十七歳の少年によるバス乗っ取り事件、高校三年生男子による金属バット殴打事件など、衝撃的な事件につきまして、この間、少年法の刑事罰対象年齢の引き下げや厳罰化の問題としてのみ論じられてきました。
 十七歳の少年たちには、ますます未来に希望を持てなくなった心のやみを感じます。残念ながら、このたびの大臣のごあいさつの中には、十七歳少年問題については一言も触れられていなかったと思います。十七歳少年問題は大人社会全体の問題でもありますが、教育に携わる文部省として、教育問題としてとらえる必要があると考えますが、大臣はいかがお考えでしょうか。
 大臣が先日のごあいさつの中で、「子供たちに、他人との心のつながりの不足から「孤」の世界が広がっており、社会性が不足している」と指摘されたのは、いじめ、不登校や学級崩壊について述べられたものと思います。大臣は、「学校、家庭、地域社会を通じ、大人社会全体が、みずからの問題として、皆で子供をはぐくんでいく環境づくりを急ぐ必要がある」と述べられました。このことに私は賛同します。
 みずからの問題、社会性の不足について、大臣は具体的にどのような施策を考えていらっしゃるのか、お聞きしたいと思います。
#165
○大島国務大臣 少し答弁が長くなることをお許しください。
 村上龍さんの本は私は読んでいませんが、いつでしたか、予算委員会で菅さんがその本を出され、そして学校があるから不登校があるんだという論法をとられました。私は、それは間違いだと申し上げたのです。むしろ不登校という問題については、やはり子供の心を開いていく、心を開くのはまず親であり、学校の先生、そしてそういう努力と同時に、学校が、行って楽しい学校だというふうな感じになるような努力も一方でしなきゃならぬ、学校の存在を否定して不登校問題を論ずることは論外である、菅さん、もう少し勉強してくださいと言ったことを、私は今思い出しております。
 もう一つ、ぜひ山内先生にもごらんになっていただきたいのですが、実はこれから封切りになります山田監督の「十五才 学校4」、これは山田さんから宣伝してくれと言われたわけではございません。これもやはり不登校の問題、その生徒を取り上げておりまして、三つの過程をそこに置いて、生きることの経験をみずからがしながら、そして家庭に戻り、学校に行くんですね。
 私はそのように、大臣になってから、子供たちのいろいろな問題をどのように考えたらいいか、教育の現場の先生のお話を約二時間半から三時間半ぐらいかかって夏休みに聞きました。そのときに非常に私の耳に残っておるのは、その先生方が、大臣、子供たちに粘り強く話をするしかないんですよと。そして、ある一定の時期に子供の心がぱっと開いていくと回復力がぐっと早くなるときがあるんです、焦ってはいけません、これをやればその子供たちの心が開けるというかぎは実はありませんと。いろいろなことを悩みながらやるしかないんですという率直な意見を聞きました。実は、今、十七歳問題について少年法の改正が行われて、教育の問題では取り上げられていないじゃないかということを言われましたが、実はそれはちょっと認識が違いまして、このように大島文部大臣は、本当に、この十七歳問題を文部省の職員や両政務次官とも議論しながら今日まで参りました。
 しかし、ある一面、これを情緒的にとらえてはいかぬ。したがって、私は、もう少し科学的にもやはり分析しなさい、こういうことを申し上げながら、例えば国立教育研究所に心理学の先生あるいは医師の先生、学校の先生、そういうさまざまな角度から、家庭のあり方がどうであったのか、きついんだけれども、そういうふうにやはり家庭の中にまで入って、ひょっとしたら、あなたたちプライバシーの侵害じゃないかと怒られるかもしれないけれども、そういうところまで入って、そういう犯罪を起こした子供たちの分析というものをする必要がある、そして分析に基づいた教育というものも考えていかなきゃならぬと指示をしまして、今国立教育研究所で、特にキレる子供の生育等に関する研究もやらせております。
 しかし、情緒的ではなくて、そういう先生方の意見や、こういう国会での御議論を伺いますと、やはり孤の世界が広がっていると私は思うんです。
 ですから、少年法の改正というのは、これは社会が子供に対して、犯罪を起こしたときには君たちにも責任を持ってもらうんだよという意味での一つの結論であったと私は思いますし、それだけではなくて、教育の立場から、やはりそれを起こさせないようにしていくというのが教育の役割だろう。それには、家庭、地域、学校というものが連携し合わなきゃいかぬ。いろいろな子供たちの犯罪、そして経過を聞いていますと、実は、子供の変化を家庭が知らなかったり、学校ではわかっているけれども家庭に通じなかったり、家庭での変化が学校に通じていなかったり、そういう連絡のミスマッチが非常に多いんですね。そういうことも気をつけなきゃいかぬ。
 いずれにしろ、子供たちに、人を思いやる気持ち、命を大事にする気持ち、こういうものをしっかりわかってもらうことを家庭や地域や学校で教え込むことが、今、教育の課題だ、このように思います。
#166
○山内(惠)委員 ありがとうございます。趣旨がよくわかりました。
 それにしても、時間が大変短くて、私の質問はたくさんございますので、今度はちょっと短くお願いしたいと思います。
 大阪で職業体験学習を実施したときの中学二年生の感想文があるんですけれども、自分が保母の、今は保育士ともいっていますけれども、保母の仕事に、母の働く姿を見て自分も将来なりたいと思っていた夢が、実際にこの職業体験を通して、今度は自分の人生の目標になったと書いています。そういう意味では、地域社会での実践が本当に実を結んだ結果だなというふうに思います。
 ところで、九月に出された教育改革国民会議の中間報告では、問題を起こす子供への対応をあいまいにせず、こうずっとありますが、時間の関係上省略していきますと、このことは、もしかして、問題を起こす子供を出席停止にでもするのかというようなことで、新聞も報道したりしてありましたが、実際に、九月、広島の中学校で、授業妨害をしたという理由でその生徒を二週間出席停止にしたというのがあります。
 私は、この中間報告と大臣の今のお言葉には随分大きなギャップがあるように思います。私としては、社会に子供をほうり出すというのではなくてという意味で、現在、子供たちをめぐる状況はますます深刻になっているだけに、不登校の子供たちが約十三万、それから高校中退の子供たちが約十一万人、そして、おまけに今回のような不登校ということになれば、このケアをだれがするのかという意味では、今、研究があるとおっしゃいましたが、できれば短く、だれがするのかということだけをお聞きしたいと思います。
#167
○大島国務大臣 国民会議が御指摘いただいた提言は、私は貴重な御提言だと思いますし、そういう方針における対応を来年の通常国会で考えたいと私は申し上げました。
 しかし一方、そこでやむを得ざる措置としてそういうふうな結果になった子供たちに対してのケアは、まさに学校もいたさなきゃなりません。それから、家庭も、地域もいたさなきゃなりませんが、ほうり出したから私は知りませんということは絶対あってはならぬ、こう思っております。
 そういう意味でも、私は、秩序をつくるための法制度は必要だ、両方が必要でなきゃいかぬ、こう思っております。
#168
○山内(惠)委員 わかりました。私の考えと通じると思います。
 今、こういう子供たちのケアに児童相談所が対応しているということなんですが、例えば、札幌は百八十三万人の都市なんですけれども、札幌というのは、児童福祉センターは、道立というのがもう一つありますけれども、一カ所しかなく、年間四千件以上に上る相談を十六人の相談員でカバーしているということです。余りにも人の数が少ない。
 その意味では、今大臣もおっしゃられたことの具体的な例として通じるものがあるので、フィンランドの例を言いますと、学校での担任、校長、それから養護教諭役の看護婦、学校心理士、医師、親が参加して、いじめや不登校など、問題が起きるたびに検討会を開いている。このような体制が、学校と子供を社会が支援する仕組みとしてあるということです。研究態勢におありということですから、日本でもこのような支援体制を本当に急いでつくる必要があると思います。
 教育行政の貧困が十七歳少年事件の数々をもたらしたということのないようにということでいえば、バス乗っ取り事件の少年も、六年間も不登校であった、随分繊細な子供だったというふうに報道されています。この子の逮捕された後なんですけれども、警察官があの部屋を見て、息子さんは物すごい不安を抱えていたんですねとおっしゃっていた。この子供の対応をしたお医者さんは、医療だけでは無理がある、児童精神科医、それから児童福祉、司法の関係者、その辺は今の大臣のお答えと通じると思いますので、文部省が中心になって、この支援体制づくりに本当に全力を挙げていただけることを私は大臣に期待したいと思います。
 次なんですけれども、私は、学校現場にいた者として、子供のシグナルを受けとめるということが本当になかなかできない、さっきのような子供たちを学校も見落とすことがある、もし見落としてさえいなければあの事件にはつながらなかったのではないかという声も新聞に出ていますけれども、その意味でこそ、クラスサイズを三十人以下にするということを長いこと強く希望してきました。今回の教職員定数改善計画というのは、その意味では、残念ながら少な過ぎるということを私は申したいと思います。
 ただ、きょう、もう一つ大きな問題を質問したいと思っておりますので、お調べくださった担当の方には申しわけないのですけれども、このお答えは後日いただきたいということでお許しください。
 それから、子どもの権利条約につきましても、実は周知徹底をどのようにされてきたかということや、教職員や子供たちがどれぐらい知っている現状にあるかという点についても、質問事項に書いておいたのですけれども、これも恐れ入りますが、後日お聞かせいただくということで、きょうは省略させていただきたいと思います。申しわけございません。
 今、二〇〇二年度から本格的な総合的学習が始まるということになっています。総合的学習を進めるということにつきましては、学級の枠を取り払い、教科の枠を取り払い、横断的なカリキュラムで、創造的に、教職員、子供たちそして地域の父母の方々、皆さんと自由な発想で進めていく必要がある時間の設置だというふうに思います。
 例えば、北海道的に言えば、北海道には石狩川が流れています。この川を中心にその流域に暮らしている人々、そしてこの石狩川はサケの上る川、そして、あそこにはアイヌの人たちが文化を持って暮らしていた。そういうことでいえば、地理の勉強にもなるし、食生活の問題にもなるし、それを延ばしていくと北海道の食料基地としてのあり方というところにまでつながるかもわかりません。ユーカラ叙事詩のことを言えば、またこれがもう一つ、音楽へもつながるかもわかりません。歴史ということにもつながるように思います。
 多様な教科の内容にわたっての学習をしていく、そういうことが子供たちの生きる力をつけていくということでは、希望の持てる時間だというふうに私は思っています。そのためにも、担任一人でこの授業ができるわけではありませんので、学年の先生方や地域の方々の協力を得て、自由な研究、自由な話し合いの中からの実践をすることも、きっと文部省も望んでいることであろうというふうに思います。
 ところで、大臣、実はきょう、一番最初の馳さんもおっしゃったのですけれども、私はちょっと予定になかったことに時間をとるために、今焦ったわけです。参議院の文教委員会で北海道の教育問題が取り上げられているとお聞きしましたが、きょう発言がなければそれはまたいずれとか思ったりしていたのですけれども、またきょうも馳議員から質問があり、大臣のお答えがあったということでいえば、私は北海道出身の議員として、しかも現場にいたという立場でいうと、どうしてもここで、今なぜ急に北海道の教育なのかということを質問したいと思います。
 今回、いろいろ読ませていただきましたが、日の丸・君が代の実施率が低いということから、今回大臣が答弁されている内容、職員会議の問題、学校管理規則の改正の問題に至るまでということになると、大臣、これは強制ということにつながりませんか。私は、このことをとても強く心配をするものです。
 四六協定というのが、札幌の教職員組合との関係だったと思いますが、それを破棄するように道教委を指導するとおっしゃった回答に、私はちょっと胸を痛くしております。しかも、相当な決意を持って当たると。そして、先ほどのお話ですと、十一月の六日には、教育委員会の方をお呼びになってなのか、強く指導された。それから、聞くところによりますと、私も数字は確かではありませんけれども、五、六回教育委員会の方に来ていただいてお話をされたような、余りそれは事実ではありませんからわかりませんけれども、指導をなさったということなんですけれども、私は、このような強制は本当はあってはならない、抑えていただきたかったなというふうに思うのです。
 それは、第百四十五国会の日の丸・君が代、国旗・国歌法案を法制化するに当たっての議事録を幾つか私も見せてもらっています。その中には、当時の野中内閣官房長官は、法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し、義務づけを行うことは考えていない、したがって現行の運用に変更が生ずることにはならない、法制化に伴い学校教育における国旗・国歌の指導に関する取り扱いを変えるものではないと考えている。
 そして、いろいろ間にありますけれども、野中官房長官は、当時、学校現場において内心の自由ということをどう考えるかということに対して答えているのですけれども、それぞれ人によって、式典において、起立する自由もあればまた起立しない自由もあろう、斉唱する自由もあればしない自由もあろうかと思う、この法制化はそれを画一的にしようというわけではございませんと答えてくださっています。
 そして、きょうもいらしている初等中等教育局長御手洗さんは、当時このように答えていますね。もしかしたら、随分たくさんある中で私に都合のいいところを取り出したと言われたらちょっと気になりますけれども、この部分だけを読みますと、今回の国旗・国歌の法案の提出に伴い、政府としての見解が示された以上、学校教育においてこの見解をもとに指導をお願いするということになる、このことは従来からの文部省の指導と基本的に変わるものではないとおっしゃっているのですね。
 私は、その意味では、学習指導要領についてはそれなりにしっかり読み、そして、現場では、校長、教職員が話し合いをし、いろいろこの間努力をして、足並みがそろうような努力であったり、意見の対立の場面もあったかと思いますけれども、努力をしているのが現状だと思いますが、それを、こちらに来ていただいて積極的に、また強力に指導をするというのは、強制につながるのではないかという心配があります。
 その意味で、できれば短い時間で、私もたくさん述べたいことがありますので、よろしくお願いいたします。
#169
○大島国務大臣 この問題は短く答えろといってもなかなか答えられないところがありますが、短く答えたいと思います。
 私は、国旗・国歌ということだけを申し上げているのではございません。先ほど来先生がおっしゃったように、総合的学習等も含めて、やはり学校全体が集中して子供たちのために何かを一緒に考えていかなきゃならぬ、そこにそれぞれの個性を発揮しながらいろいろなことをやってもらわなければならぬ、そういう意味において四六協定の早急な破棄を指導してまいりたい、こういうふうに申し上げたところでございまして、この四六協定の法的解釈から何からして、私どもは、文部省としてこれは当然のことでありますと言うわけには今はいきませんよというふうなことから、先ほどのようなことを申し上げている次第でございます。
 また、文部大臣が地方公共団体に対して行うことができる関与というのは、調査、指導、助言、援助、資料の提出要求、技術的助言、勧告、是正の要求等が法的にはできると思っております。
 それもこれも、子供たちが健全な姿で育ってほしい、その環境をつくる、今教育改革が叫ばれ、国民の多くが関心を持っているときに、やはりしっかりとした環境をつくることが文部省の大きな使命であるという観点から申し上げておるということを申し上げたいと思います。
#170
○山内(惠)委員 短い時間で十分私の方も意を尽くせないところがありますが、短くありがとうございました。
 大臣、御存じでしょうか。私は現場におりまして、札幌も新卒のときに過ごしまして、その後も他の都市でも卒業生をたくさん送り出してまいりました。そのことから言うと、学校現場は、子供たちを主人公として、話し合いを重ねながら工夫を凝らして、創造的で感動的な卒業式、入学式をどうやって演出するか努力をしてきました。在校生の心温まる表現で飾られたステージ、そして歌や呼びかけによる交流など、本当に時々は涙を拭う父母もいます。
 子供たちの伸びやかな成長の一ページ、その日を本当にどのような形で記念の日としてあげたいかということでは、勤務時間のことを今おっしゃられましたけれども、実は私たちは本当に、特に札幌にいた時代を思い出しますと、勤務時間を超えて延々と夜中まで、ステージに張る飾り、ハトを飛ばすとか、子供たちのメッセージをあそこに張り出すとか、どれだけのたくさんの時間を費やしたかわかりません。そして、子供たちを、さよならとこれからまた新しい出発にと送り出したものです。
 その意味では、大臣に、今現在、北海道の各地でそのような取り組みをしている卒業式、入学式を直接お目にかけたいなと思う場面の数々を私は今思い出しているところです。
 このような状況を受けとめていただければ、一年に一回の入学式、一年に一回の卒業式、そして、みんなの努力で子供たちに何とかわかる授業にと頑張っている教職員の方たちに対して、上から強制的に、処分をちらつかせ、職務命令を発し、校長権限で実施する、そういうようなやり方というのは今学校現場に本当になじまないという状況を私は言っておきたいと思います。
 ここは見解の相違と言われるかもしれませんけれども、子供たちの声に耳を傾け、自由濶達な討論をして、先ほど申しました創造的な、総合的な学習を実施しようと言っている今、いたずらに文部省対教職員組合とか市教委対教職員という対立構造をつくってしまうことは、やる気である教職員にとって、今やる気を芽生えさせている子供たちにとって、この心を失わせることにならないかなということを私は心配しています。(発言する者あり)今やじが飛びましたけれども、学校現場はそのように努力をしているのです。(発言する者あり)
 やじに答えるのは、私もちょっと間違いでした。もう時間ですので、最後の締めのお言葉を申し上げて、私の意見を終わりたいと思います。
 上からの強制が繰り返されるような学校からは、創造的な教育は生まれないと私は思っています。日々わかる授業を心がけ、日夜努力している教職員、そしてみずから育とうとしている子供たちの芽を摘むことのないよう、そして、大臣、先ほどどなたかおっしゃった信頼と愛の関係をつくっていく努力を、私たちも望んでいますし、大臣もきっと心の底では、今の子供たちに生きる力をという点では同じものを目指しておられると私は思います。その意味で、強制という形でいかないでもらいたいという願いを述べて、私の質問の時間を終わりたいと思います。
#171
○大島国務大臣 創造的な、そして信頼に基づいた教育、愛のある教育はなぜ国旗のもとではできないのかなあ、こういうふうな感想を持ったことを申し上げておきます。
#172
○山内(惠)委員 意見の対立するところだと思いますので、そのことだけできょうは終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#173
○西委員長 次に、谷本龍哉君。
#174
○谷本委員 21世紀クラブの谷本龍哉でございます。
 本委員会では初めての質問ですが、よろしくお願いをいたします。
 時間がないので早速始めさせていただきます。
 本日は、まず、ゆとりの教育及び二〇〇二年実施予定の新学習指導要領に関連して何点か質問をさせていただきます。
 まず一点目は、学力低下の問題についてでございます。他の委員との重なる論点もありますが、御容赦願います。
 最近新聞報道等でも話題にもなりましたが、分数や小数の計算問題をできない大学生が増加している、そういうふうなデータも発表されました。それに対しまして、文部大臣の諮問機関であります教育課程審議会は中間報告案の中で、大学生に分数や小数の計算問題のテストをさせたり、あるいは歴史上の年代を聞いてみるなど、知識量や受験学力のみで学力をとらえようとしているというふうに批判、反論をいたしております。しかしながら、アインシュタインの相対性理論を論ぜよとかそういうことであればまた別ですけれども、分数や小数の計算というのは、大学生レベルにおいては本当に基礎中の基礎であると私は思います。この部分を正しく理解していない大学生が、さらに高度な応用力とかあるいは創意工夫の能力を身につけているとはなかなか私には思えないんです。
 そしてまた、これは大学に限らず、これは例を出して悪いんですが、例えば一九九六年の鹿児島県の県立高校の入試の調査結果があるんですが、まず小学校レベルの千引く百九十八、こういう問題が出ておりました。答えは暗算でもわかるとは思いますが、八百二なんですね。これはもう数学ではなくて算数の問題ですが、これの誤答率が七・九%、さらに「前提」という漢字を書けない受験生が六三%、そしてまた、「拒む」という字を読めない受験生が二六・九%という結果が出ております。
 ほかの、他府県の資料はまだ集まってはおりませんけれども、このような傾向は恐らく全国的にある程度進んでいる状況ではないか、小学校から大学までの各レベルにおいて学力の低下が進んでいるのではないかというふうに実は危惧をしているところです。
 本来、言うまでもなく学校というところは勉強をするところでございます。そうであるにもかかわらず、恐らくゆとりの教育という言葉のイメージが、あるいはまた意欲や思考力というものを強調し過ぎる余りに、知識をたくさん教えたり与えたりすることは好ましくないとか、あるいは長時間勉強させることはいけないことだというような、誤解といいますか、誤った、勉強を悪者扱いする否定論的な風潮が広がってしまって、そのためにこのゆとりの教育において最も重要と主張をしております基礎、基本の学力というものが非常になおざりにされてきているのではないかと私は感じております。
 この学力低下という問題に関しまして、文部大臣はどのようにお考えでしょうか。
#175
○大島国務大臣 今谷本委員が、学力低下ということについて委員の調べた現状と感想と問題提起をされました。伺っておりまして、私も決して頭のいい方じゃなかったし、できる方でもなかったのでございますが、少なくとも今言われた拒むとかその辺は、大学に行ったら書けたろうな、こう思いました。なぜ大学に行っている人がそういうことを知らないのだろうか、そういうことを身につけていないのだろうか、ここだと思うんですね。
 確かに、私どもは新学習指導要領で全体の精査をして、一単位ぐらいずつ減らしたという批判と御指摘をいただくのでありますが、もう少し、少なくとも高校へ行く人は、中学では最低でもこれだけは何回繰り返しても身につけさせておきたい、まずその基礎を身につけさせておきたい、ここがまず基礎にあります。
 実は、IEAというところで国際的な比較をやるんですが、日本は、知識を覚えているという試験においてはまだナンバースリーの中に入ります。ただ、興味を持つかとか、アチーブ的なテストじゃなくて、問題意識を持って解決しようという、何かそれらしきテストをやると低くなる。ですから、その知識の、知っているというところを落とすのじゃなくて、きちっと押さえながら、そういう、自分で問題意識を発見する、あるいはまた興味を持って向かっていくというところの点を強くしていかなきゃならぬな、こう思っております。
 したがって、先生おっしゃるように、ゆとりという言葉がひとり歩きしているところに実は私も率直に言って悩ましいようなところがある。我々の方針、総合的学習も、相当これは徹底して学校現場にもう一度説明してその精神を生かすようにしないといかぬな、この国会の議論を聞いていても、先生の御議論を聞いていても、そう感じました。今思うことはそういうことでございます。
#176
○谷本委員 大変率直な御答弁をありがとうございます。
 今のお答えと関連して二問目に入るわけですけれども、今、私は資料を一つ持っております。
 では、日本の小中学生はどれぐらい勉強をしているのかというので、既にいろいろ資料もありましたし、先ほど授業時間数も他の委員から話がありました。実は、国立教育研究所の資料によりますと、先進諸国の、これは中学一年の数学の授業時間ですけれども、年間平均百三十時間。それに対して、日本は年間九十九時間で先進国中最下位。これは、新指導要領ではありません、現時点の数字です。
 さらに、学校の授業だけじゃなしに、では次に、学校以外でどれだけ勉強しているか。塾を含めての時間は、調査対象三十九カ国中、日本は三十一位です。これは一九九四年から五年にかけての調査です。ちなみに、同じ数字が、一九八〇年代では日本は世界で一位にございました。
 こういうふうに、現状でもかなり日本の子供たちの勉強時間というのは減っているという調査の結果が実はございます。
 そして、それを踏まえた上で、次、二十一世紀目前の中で、今世界じゅうの国々、特に欧米諸国、アジア近隣諸国においても、次の時代を、いわゆるITというものも含めて頭脳パワーの時代ととらえて、国際競争力を確保するために各国が全力で教育の向上というものに今取り組んできております。
 ことし行われたG8の教育大臣会合におきましても、サマリー議長の方から、現在労働市場で求められる技能のレベルは非常に高く、すべての社会は教育レベルの向上という課題に直面している、高い技能レベルを身につけ維持できる者は成功をおさめることができるが、そうでない者はかつてない疎外の危険に直面している、このように指摘がされております。
 先ほどからの繰り返しになりますが、こういう状態にありながら、日本、我が国の場合には、ゆとりの教育という言葉や、あるいは二〇〇二年の新学習指導要領におきます完全週五日制、学習内容三割削減、こういった言葉がまずひとり歩きをいたしまして、一般の国民や、あるいは教育現場においてさえ、実はこの教育改革が、教育の向上ではなくて教育の質と量を低下させていくものではないかというとり方をされているんじゃないか、そういう危惧をするわけでございます。
 ですから、今回この場で新学習指導要領が目指す方向性というものをいま一度明確にしていただくとともに、やはり学力を高めていくためにするんだという点を、国民や教育現場に、またそれはどのようにするのかというのも含めて伝えていくべきと考えますが、文部大臣の見解をお願いいたします。
#177
○大島国務大臣 改めてまた谷本委員からの、国際的な比較論の中における我が国の新学習指導要領に対する御心配と問題提起をちょうだいしました。
 文部省は、新学習指導要領の方向性を一言で言うならば、学力の実質化、このことを目標といたしております。それは、基礎的学力をしっかり身につけながら、そしてその上に立ってみずから考えるという学習を取り入れていくことによって、興味を持つものに向かう、あるいは習熟度的な授業、クラス編制的なものもできる。そういうことによって、それぞれのいわば個性、思いにある程度合わせられる、適応できる学校教育を考えてまいりたい、そういうことによって生きる力を身につけさせたいという方向を持っております。
 そして、今のような、谷本委員のような御心配があるわけですから、私たちは当然に、今の子供たちがどの程度の学力程度であるか、ここのいわば調査体制をきちっと一方においてしておかなければならないと思っております。その学力テスト、全員ではありませんが、当面そういう、今の子供たちは、国語に対して、理科に対して、算数に対してどの程度の学力でいるだろうかということをしっかりと把握する仕組みを持ち、そういうことを対比しながら、絶えずある意味では見直すべきところは見直していかなきゃなりません。
 多くの、お子さんを持つ御両親の皆様方あるいは学校の先生方にもう一度申し上げますと、学力の実質化、基礎をしっかり身につけさせて、そしてその上に立って、みずから考える力、みずからの興味を起こして追求する力、その結果として習熟度的な授業も行うかもしれないし、その結果として、もう一度あるいは理科に興味を持つ者たちを集めてそこに向かわせるかもしれない、そういう個性に合わせた授業というものも考えていきたい、これが今私どもが目標とするところでございます。
#178
○谷本委員 実は、次の質問までを含めてもう答えをいただいてしまったのです。次に、当然に成果をはかるための評価基準が必要であろう、その点についてという内容があったのですが、既にお答えをいただきましたのでそれは省かせていただきまして、時間がない中ですので、あと二問ほどあるのですが、一度に聞かせていただきます。
 その新学習指導要領におきまして、画一的な教育から個性を伸ばす多様な選択のできる教育へということが言われております。これは、すなわち、理解に時間のかかる子にはゆっくりとじっくりと教えて、そして、逆に早くできる子にはさらに高度な内容を教えるというふうに私は理解をしておりますが、この場合、この学習指導要領の果たす役割というのがあくまで最低基準であって、それ以上の内容をも当然に進める子には教えていく、そう理解をしてよろしいのかどうか、お答えをいただきたいと思います。
#179
○大島国務大臣 私は、基礎という言葉を使いましたが、まさにそういう意味では最低基準としての性格を持っておる、こう考えていただいて結構です。
 そして、その上に立って、もっともっと興味を持って勉強していきたい子には、その教科書、新学習指導要領の上においた、先生方の自分たちのそれぞれのテキストあるいは材料を使って伸ばしていけばいいと思いますけれども、過重に子供たちに負担にならないようにしてやらなきゃならぬと思います。先生のおっしゃるようなことを想定しております。
#180
○谷本委員 二つ一度にと言って、分けてしまいましたが、もう一点です。
 こういう教育を進めていくということは、すなわち全国で、既に東京都や岐阜県なんかは小中学校の選択制というのを、自由化というのを導入し始めておりますけれども、画一的な教育から多様な教育へと移していくということは、当然に各学校がそれぞれの独自色を持つようになるということであると理解しております。であるなら、当然、選ぶ側にもその選択肢の幅というものを広げていくべきだと考えておりますけれども、今のこの各都道府県の流れについて、今どういうふうな見解を持たれておりますか。
#181
○大島国務大臣 最終的にそれぞれの地方の教育委員会がお考えになることだと思っております。
 私も、選択できる学区、品川区でございますが、拝見したことがあります。いい点もある。それは、この学校が、小学校、中学校、コミュニティーが一体となって、負けないようにしようと言ってより一体性が強まってまいります、こういうことを言っておられました。我々は、こうあらねばならないというのではなくて、地方の独自性にその判断をゆだねて、最終的には地方の教育委員会が考えることだと私は思います。
 先ほど先生おっしゃったように、まさにそういうふうな学校になっていくわけですから、その学校自体の、校長先生を中心としたその創造性、独自性というものが問われてくる。そういう意味で、繰り返すようですが、先ほど札幌の問題、北海道の問題がありましたけれども、だから、そういうことにはきちっと文部省としては対応しながら、やはり校長が教員の皆さんと、子供たちが本当に生き生きとした学校をつくりたい、つくってもらいたい、これが一番勝負になるんじゃないか、こう思っております。
#182
○谷本委員 もう時間がなくなりましたので、最後に一言だけ。
 話題が飛ぶようであれですが、プロ野球の世界でイチロー選手が、本日、大リーグからの最高入札額十四億八百万と破格の値段がつきました。これは、野球少年に対しても大変大きな夢を与える出来事ですし、また日本人にとっても勇気を与えていただく出来事だと思います。ただ、このような天才打者と言われる方でも、そうなるまでには、裏で非常に大きな努力、長時間にわたる訓練、血のにじむような努力を重ねてきているのは当たり前のことでございます。
 最近の教育行政の流れの中で、子供にただ楽をさせようとか楽しくという部分ばかりを強調するのではなしに、努力することの大切さ、あるいは目標を持って一生懸命にやる、それがすばらしいことだということをやはり基本に据えてしっかりと教え込むことが本当の生きる力であると私は思っております。その点を述べさせていただきまして、質問を終わります。
 ありがとうございました。
#183
○西委員長 次に、松浪健四郎君。
#184
○松浪委員 保守党の松浪健四郎でございます。
 大臣におかれましては、長時間、本会議を挟んで本当に御苦労さまでございます。そしてまた、鈴木総括政務次官におかれましても、いろいろな行事をこなされて、そしてこの委員会でずっと答弁をされて、本当に御苦労さまでございます。また、西委員長におかれましても御苦労さまでございます。
 政治家というのはこんなに体力があるのか、こういうふうにきょうも思わせていただいたわけであります。結局、知識も大切だ、また人間的魅力、これも大切であるけれども、やはり何かのことをやろうと思えば体力がなければどうにもならないということを痛感させていただいたところでございます。
 そこで、皆さんお疲れのところでございますから、一つ詩などを読ませていただきたい、こういうふうに思います。
 タイトルは後で申しますが、
  雨ニモアテズ
  風ニモアテズ
  雪ニモ夏ノ暑サニモアテズ
  ブヨブヨノ体ニタクサン着コミ
  意欲モナク
  体力モナク
  イツモブツブツ不満ヲイツテイル
  毎日塾ニ追ワレ
  テレビニ吸イツイテ遊バズ
  朝カラアクビヲシ
  集会ガアレバ貧血ヲ起コシ
  アラユルコトヲ
  自分ノタメダケ考エテ
  カエリミズ
  作業ハグズグズ
  注意散漫スグニアキ
  ソシテスグ忘レ
  リツパナ家ノ
  自分ノ部屋ニ閉ジコモツテイテ
  東ニ病人アレバ
  医者ガ悪イトイイ
  西ニツカレタ母アレバ
  養老院ニ行ケトイイ
  南ニ死ニソウナ人アレバ
  寿命ダトイイ
  北ニケンカヤソシヨウガアレバ
  ナガメテカカワラズ
  ヒデリノトキハ冷房ヲツケ
  ミンナニ勉強勉強トイワレ
  叱ラレモセズ
  コワイモノモシラズ
  コンナ現代ツ子ニ
  ダレガシタ
「雨ニモアテズ」という詩でありますが、作者不詳であります。
 申すまでもなく、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のパロディー版でございますけれども、この詩をことしの夏の小児科学会で、賢治のふるさとの盛岡の三浦義孝医師が披露してくれたというふうに産経新聞に書いてあります。
 何を言いたいのか。朝から質問をお聞きしておりましたが、結局、この詩のとおりだ、これが今の子供たちの現状だというふうな気がするわけであります。本当に今の子供たちは体力がなさ過ぎるのではないのか、この詩に出てくるとおりだ、私はそう思っておるわけでございますが、そのことは後に聞くとして、まず大臣に、この詩を聞かれた御感想を承りたいと思います。
#185
○大島国務大臣 非常に深刻な、そして今、私もつい一部笑いましたが、笑いながら、まことに今の真実を述べているような気がしてなりません。
 率直に言いますと、私も二人の子供がおりまして、もう大学生でございますが、ふとみずからの子供に教育という観点からいい親であったかどうか、今松浪先生が朗々とうたわれたことに、自分の顔もにやっとし、あはっと笑って、笑い終わった瞬間、子供たちに対する自分の教育の反省というものがふわっとよぎったぐらいに、ある意味では非常に大きな問題提起をしているなという感想を持ちました。
#186
○松浪委員 次に、宮沢賢治の研究家でもあられます鈴木総括から御感想をいただきたいと思います。
#187
○鈴木(恒)政務次官 どうして松浪先生が私が宮沢賢治に心酔していることを御存じなのかよくわかりませんけれども、実は、私は農家の出身でございまして、宮沢賢治に深い人格的敬意を持っているものでございます。この「雨ニモマケズ」の詩は、このかばんの中にコピーを持っております。
 御存じのように、宮沢賢治はこれを作品として発表したものではございませんで、没後、手帳に、一ページに二、三行だったと思いますけれども、漢字と片仮名で書いたものを弟様が発見をされて世に出たもので、つまり、宮沢賢治の心境を法華経の南無妙法蓮華経などと一緒に書いた、本当に心のこもった文章でございます。それをこうして子供の問題に照らし合わされ、三浦先生が紹介された。この記事を私も読みまして、本当にいろいろな思いがいたしたわけでございます。教育をしっかりせねばいかぬなと改めて痛切に思いました。
#188
○松浪委員 ありがとうございます。
 宮沢賢治が生まれて百四年になります。つまり、教育勅語の時代であります。ところが、教育勅語にも体力については書かれていないのですね。昔から、知、徳、体、体力は大切だ、こういうふうに言われてまいりました。体力がないと人間は勇気がわいてこない、勇気がないと正義感が出ない。体力がないということが日本人をどれだけ恥ずかしい国民にしているかということだと私は思います。
 新聞報道は、文部省が子供たちの体力の調査をしたならば、発育、発達がいいから体は立派だけれども、悲しいかな、体力がない、このことを公表しております。大変残念だな、こういうふうに思うわけでございます。きょう、朝から質問を聞いておりましても、勉強がどうだ、円周率の三・一四、こんな話も出ておりましたけれども、体力のタも出てこない。私は、これを憂うものであります。やはり、体力がなければ何もできないんだ、勉強も同じではないのか、私はこういうふうな気がいたします。
 そこで、教育改革国民会議が九月の終わりに中間答申を出されました。これを読んでみますと、これまた、この委員の先生方は体力について考えているのだろうかとちょっと寂しい思いがしたものでありますけれども、鈴木総括に、教育改革国民会議の中で体力問題についてはどのような形で議論されているのか、お尋ねしたいと思います。
#189
○鈴木(恒)政務次官 権威のそろっておられます教育改革国民会議の先生方に御無礼があってはいけませんけれども、私も実は、これからの教育においてスポーツというものが、つまり先生おっしゃるように体力を子供につけるということと同時に、社会性を身につけるという意味で非常に重要なテーマになってきていると個人的に思っております。
 つまり、コンピューターの時代になりまして、人間は社会的動物であるべきものを孤の世界に、まさに大臣のおっしゃる孤の世界に、コは孤独のコでもあり、個人のコでもあるわけですが、閉じこもりぎみになりがちなものを、スポーツの場に引きずり出してくる。文部省は、総合型地域スポーツクラブといってスポーツの普及発展に努力を始めているところでございますが、本当に不遜なことを申し上げますけれども、二つの意味で、我々はもう少しスポーツというものに目を当てるべきだ。
 実は私自身が非常に虚弱児で、サッカーで何とか一人前にしていただきましたもので、田中甲先生ほどではないのですけれども、いまだにスポーツ愛好家として、先生の御指摘は本当によくわかります。
#190
○松浪委員 大臣にも同じ質問を。
 教育改革国民会議で余り体力のことが論じられていない、私はそう思っているのですけれども、それらについてのお話を聞かせていただきたいと思います。
#191
○大島国務大臣 そのとおりです。
 ですから、国民会議でおっしゃることが全部だとは私は思っておりません。今、松浪先生が非常に心配されていることは、私も心配しております。汗を流すということ、体を使うということ、このバランスに今の子供たちは欠けている。そういう意味で、どうやってこれを引き伸ばすかというのは教育改革の一つであろう、このように思っております。
#192
○松浪委員 ぜひこの答申案がまとまるまでに、体力についての提言、これらをしていただきますようお願いをしておきたいと思います。
 話ががらっと変わりますけれども、文化財保護法による登録有形文化財になり得ると考えられます愛知県立旭丘高等学校校舎の改築につきまして、かつて、河村たかし議員がこの委員会で質問をされたことがございました、古い自分たちの立派な校舎が、これは本当に立派だと。この校舎を残さなければならないと思う卒業生や、あるいはそういうふうに考える人たちが、取り壊して建てかえるということに対して大変反対運動をされております。
 私の考え方というのは、古いもの、すばらしいもの、これを土地がないからつぶして建てかえるという発想しかできないのかと。それとも、その立派な建造物、校舎、旧制中学の雰囲気を漂わせて立派なものだというふうにお聞きしておりますが、これを残して何とかできないのか。
 この訴訟があって、そして、判決といいますか、裁判所から異例の意見をつけて答えが出た、こういうふうに新聞は報道しておるわけであります。とにかく、この高校の改築については裁判官は再検討を強く希望しておるわけであります。我々は、文化国家の一員であるならば、このことをよく考えなければならない。
 私の大阪府にありましても、古い立派な府議会の議事堂があるわけですが、手狭になったからつぶして建てかえる。立派なステンドグラスがあってなかなか趣がある。なぜこれを残そうという発想をしないのか。理由は簡単であります。土地がないから。情けない発想しかできないな、こういうふうに思うものであります。
 したがいまして、旧制中学の雰囲気をそのままとどめる古い立派なこの校舎を、一つの文化財として残すべきだ。なぜそのことを愛知県の教育委員会は考えることができないんだろうかと私は非常に残念に思うわけでありますが、このことについて大臣はどのようにお考えになられるか、お尋ねしたいと思います。
#193
○大島国務大臣 この問題については、以前、河村たかし議員からも御質問がありましたし、我が党の河村さんからもまた大変重要な問題だという御提起がありました。裁判官の方も河村隆司さんというんだそうですが、その裁判官が、まさに報道にありますように、こういうことをおっしゃった裁判官は今までなかったんじゃないか、私もこう思うんですね。
 そのことについては、私自身が論評することはできないと思います。ただ、それほどまでに多くの方々がこの県立旭丘高等学校の校舎を、それは、我々としても登録有形文化財の登録基準に合致するものと考えられるものと思っているんです。したがって、これほどの世論、また建物としてのあり方も先ほど申し上げたような形で登録有形文化財の登録基準に合致するとするならば、県が考えてもいいんではないだろうかと。すぐれてこれは知事が判断するものでありますけれども、文部省として、できるだけ関係者の間で円満な解決が図られるように、そういう希望を持っておりますけれども、少し教育委員会とも、ちょっと聞かせてみたい、こう思っております。
 こんなに与野党の先生方が私のところに来て、文部大臣、これ、きちっとせいと。今、松浪先生がまた私に御指摘をいただく。司法の世界でも、異例の何かこういう発言で押さえられている。そういう状況を県もよく考えていただいて、円満な解決が図られることを期待したい、こう思っております。
#194
○松浪委員 この高校だけに限らず、これから全国のいろいろな学校から、この校舎を残したい、そしてこの建物は残すに値する、そういうふうな例が、私は恐らく次から次へと出てくるであろうと。そして、古いもの、立派なもの、これは一つの文化財として残していくんだという強い思いを文部省に持っていただきたい。もし県でどうにもできないというんであるならば、多少なりとも財政的措置を文部省が講ずる、それぐらいの心意気で対応していただければありがたい、こういうふうにお願いを申し上げまして、時間が参りましたので質問を終わります。
 どうもありがとうございました。
     ――――◇―――――
#195
○西委員長 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
 文教行政の基本施策に関する件、特に教育改革国民会議中間報告について、来る十七日、参考人として、教育改革国民会議座長・芝浦工業大学学長江崎玲於奈君、教育改革国民会議第一分科会主査・お茶の水女子大学名誉教授森隆夫君、教育改革国民会議第二分科会主査・慶應義塾幼稚舎長金子郁容君及び教育改革国民会議第三分科会主査・大学評価・学位授与機構長木村孟君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#196
○西委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時十五分散会

ソース: 国立国会図書館
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