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2000/03/01 第147回国会 参議院 参議院会議録情報 第147回国会 共生社会に関する調査会 第3号
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2000/03/01 第147回国会 参議院

参議院会議録情報 第147回国会 共生社会に関する調査会 第3号

#1
第147回国会 共生社会に関する調査会 第3号
平成十二年三月一日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 二月二十三日
    辞任         補欠選任
     福本 潤一君     渡辺 孝男君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    理 事
                有馬 朗人君
                南野知惠子君
                佐藤 雄平君
                大森 礼子君
                林  紀子君
                三重野栄子君
                鶴保 庸介君
    委 員
                岩永 浩美君
                釜本 邦茂君
                末広まきこ君
                仲道 俊哉君
                橋本 聖子君
                森下 博之君
                小宮山洋子君
                千葉 景子君
                福山 哲郎君
                渡辺 孝男君
                八田ひろ子君
                堂本 暁子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        大場 敏彦君
   参考人
       立教大学法学部
       教授       五十嵐暁郎君
       早稲田大学理事
       ・社会科学部教
       授        岡澤 憲芙君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○共生社会に関する調査
 (男女等共生社会の構築に向けてのうち女性の
 政策決定過程への参画についての現状と課題に
 関する件)
 (派遣委員の報告)

    ─────────────
   〔理事南野知惠子君会長席に着く〕
#2
○理事(南野知惠子君) ただいまから共生社会に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る二月二十三日、福本潤一君が委員を辞任され、その補欠として渡辺孝男君が選任されました。
    ─────────────
#3
○理事(南野知惠子君) 共生社会に関する調査を議題といたします。
 「男女等共生社会の構築に向けて」のうち、女性の政策決定過程への参画についての現状と課題に関する件について、参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、立教大学法学部教授五十嵐暁郎君及び早稲田大学理事・社会科学部教授岡澤憲芙君に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきましてまことにありがとうございます。
 参考人の方々から、「男女等共生社会の構築に向けて」のうち、女性の政策決定過程への参画についての現状と課題に関して忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 議事の進め方でございますが、まず、参考人からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 なお、御発言は、意見、質疑及び答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、五十嵐参考人からお願いいたします。五十嵐参考人。
#4
○参考人(五十嵐暁郎君) 私の専門は日本政治でございまして、地方政治にも関心を持って長年研究してまいりました。そういう観点からきょうのお話をしたいというふうに思っております。
 政治の場での女性の参加、参画という点では、もう既に御存じのとおり、非常に日本は見劣りのするといいますか、非常に低いレベルにあるわけです。国会においては、この別表にありますように、世界で九十四位、最下位から数えた方が早いところにあるわけです。衆議院が四・六%、参議院が一七・一%であります。地方議会でも、都道府県議会では五・一%、これは最近の調査では五・六%か少し上がった数字が出てきているかもしれません。市議会では一〇・二%であります。
 注目すべきことは、首相はもちろんのこと、地方自治体の首長の中に女性の占める数が非常に少ないんです。これは象徴的でありますし、しかも非常に意味のあるといいますか、この問題を考えるときに非常に重要なポイントであると私は考えます。つまり、三千三百の地方自治体がありますけれども、その中で知事が一人、市長が三人、町村長が三名、これも最近ふえてこのぐらいの数になったわけなので、ふえたといってもその割合は〇・二%といういわば惨たんたる数字と言ってもいいんだと思います。そのほか、政治だけでなくて、社会全体に重要なポストに女性の姿が見られないということは前回のこの調査会でもお話があったというふうに伺っております。
 では、なぜ女性が政治進出することが難しいのかということなんですけれども、一言で言えばここに書いてある儒教的家父長制、この言葉自体が少しあいまいな言い方ですけれども、家父長制についてはいろんな議論があるわけですけれども、つまり集団を代表するのは男性であるべきだと、女性は集団を代表するべきものではないという文化というものが日本の社会にはあって、家父長制という言葉は消え去ったように見えても、やっぱり根強く現代社会の中にも生きているということだと思うんです。それが先ほど言いました首長の中に占めるこの極めて少ない数の中にはっきりとあらわれているということだと思うんです。
 もっと身近な例で挙げますと、例えばPTAがあります。これも私の家に電話がかかってくると、何とかちゃんのお母さんはいらっしゃいますかと、必ず母親がPTAの主要メンバーであるということは歴然としているわけなんです。ところが、PTA会長を選ぶ段になりますと突然男性があらわれるんですね。お医者さんであるとか弁護士であるとか、大体先生と名のつく人がPTA会長になるわけなんです。それが近隣社会の中での交際上都合がいいと、これは男同士の関係であるから、それから社会的な認知の点でもこちらの方が都合がいいというふうな常識に沿っての考え方であるんだと思います。
 ここで問題なのは、それまでことごとく母親に頼っていた学校が、突如としてどうして男性に振るのかということです。この不見識というものがまず批判されなきゃいけないということと、どうしてそれを母親たちが見過ごすのか、どうしてそれを批判しないのかということです。女性のPTA会長もふえているとは聞きますけれども、私の子供が通っている学校のPTA会長は今言ったような典型的なケースであります。それが自治体の首長と並んで典型的な現代日本の社会の常識でもあるわけです。
 どうしてこういうことになるのかという問題ですけれども、我々政治学者の間では、ここに書いてありますインタレストポリティックスとかライブリーポリティックスとか、そういう言葉を使って大きな政治の時代の変化というものを表現してきたんです。インタレストポリティックスというのは利益が中心になって政治が動いていく、そういう時代。もちろん、社会も生産しそれを分配するということ。物が中心になって動いていた時代であるわけです。政治もそれに沿って運営されていた時代であるわけです。
 ところが、私は、日本では一九七〇年代の後半から一九八〇年という年が非常に重要な年だというふうに思っておりますけれども、大きく転換するんです。これはライブリーポリティックスという時代の幕あけだというふうに言われたんです。つまり、物ではなくて心というふうに言われましたし、精神的な価値観というものが重要になってきた。
 世論調査で見ましても、この一九八〇年という年に、物と心、精神的なもの、物質的な価値というものが逆転しているんです。戦後の時期のインタレスト重視の時代が終わっていたわけです。その政治の舞台でいうと一九七五年の長洲神奈川県知事登場というのが非常にエポックメーキングな出来事であったわけです。そのときのスローガンが物から心へ、ハードからソフトへということであったわけです。
 しかし、政治の世界全体からいえば、このインタレストポリティックスでつくられた構造というのは、六〇年代、七〇年代をピークにしてずっと続いていると言っても過言ではないんです。社会的な課題とすれば、あるいは人々が意識の中での変化とすれば、ライブリーポリティックスの方に移動しているとしても、軸足が移動しているとしても、政治の世界はそれと一緒には変わってこなかったということだと思うんです。インタレストポリティックスの時代につくられた構造というものが根強く残って今も政治の世界で中心になっている、中軸になっているというふうに思います。
 ところで、観点を変えて、では、なぜそういう状況にもかかわらず女性の政治参画が必要なのかという視点。一つは、これは言うまでもなく男女の平等が、参画ということが必要であるから、男女がそれぞれ利益と意見というものを対等に平等に表明する、そして実現する、そういう機会が与えられるべきだということは言うまでもないわけなんですけれども、また違う角度から見ますと、先ほど言いましたように、生産から生活へというふうに我々の社会の課題が変わっていったと。その課題、例えば福祉でありますとか環境でありますとか教育でありますとか、そういう問題を考えている集団といいますか層という点で考えると、それは女性の方であったというふうに思うんです。
 どうしてそういうふうになったのか。これに関して大きな影響があったのは、やはり高度経済成長期だったんじゃないかと思うんです。男性は生産のために長時間企業戦士として働いた、女性は家を守るというふうに役割分担がはっきりとされてきた。その意味では男女平等という戦後の初心が見失われていったのもこの時期だったんじゃないかというふうに私は思います。
 そして、その間女性は、初めはネガティブな消極的な意味で家にいざるを得なかったということがあったわけです。しかし、次第に時代が変化していくと、インタレストポリティックスからライブリーポリティックスに変化していくと、そこでのフルタイムの住人といういわば積極的な意味、役割というものが女性に生まれてきたというふうに思うんです。つまり、地域の中の福祉であるとか、公害問題が一つの転機でしたけれども、福祉であるとか環境であるとか、そういうものに真剣に取り組む、地域の中で活動されるのは女性だったということなんですね。
 その間、男性はいわばパートタイムの住人でしかなかった。朝早く出ていって夜遅く帰ってきて、地域住民とはとても言えないような存在であった。こういうふうな課題、先ほど言いましたような課題については、男性は知識もそれから実践上の経験も持たないまま今日まで来てしまった。その意味では、そういう知識や実践経験を持っている女性が政治、政策決定の中に参加してこなかったら、これからの日本の課題というものを議論したりあるいはリードしていくということが難しいではないかというふうに考えるわけです。
 実際に、地域の中でそういうふうな課題を抱えた女性がいろんな問題を解決するためには結局政治の世界に自分たちが参加していかなきゃいけないというふうに考え始めたのは、やっぱり一九八〇年代だと思うんです。ところが、なかなか決め手がつかめなかった。私もそばで見ていましたけれども、例えば立候補するということを一つ考えてみても、家庭の中でその家族の承諾を得る、だんなさんの承諾を得るということが難しい。あるグループでいくと、生協関係のクラブのグループでしたけれども、私たちは離婚クラブと呼ばれています、だんなを振り捨ててこういう場に出てきているんだと、そういうふうに言った時期、これは八〇年代のころでしたが、そういう時期もありました。
 でも、九〇年代になりますと、レジュメの方に書いてありますように、男性の中でも女性が議会に進出すべきだというふうな意見が強かったんですね。
 この間の統一地方選挙の前のときに、私は、非常に興味深い統計がありまして、男性と女性に分けてそれぞれ地方議会に女性が進出することを肯定するかどうかという調査があったんですけれども、肯定するという意見は男性の方が大きかった。いずれも九五%ぐらいあったと思いますけれども、わずかながら男性の方が多いくらいになっていたんですね。これは、男性の住民もやはりこういう課題について女性の積極的な参加が必要だというふうに考えているということなんですね。
 しかし、必要性とそれから実際に参加できるかどうかということは、先ほど言いましたように、非常に難しい問題。
 この間の統一地方選挙で女性の地方議員が一・五倍にふえた。画期的な選挙であったわけですけれども、それは今までのいろんな失敗、挫折というものを経験して、それを踏まえていろんなセミナーを開いたんですね。私の周りでも、いろんな地域で選挙のセミナーが開かれて、そしてその準備が行われたんです。今までは一番女性の進出にとってネックだったのは、立候補の意思をするのが余りにも遅すぎた、公示の数日前というのが典型的な例だったんです。ところが、この間の統一地方選挙の場合には、半年前あるいは一年前から準備が進められた。その四年前の悔しさということもあったというふうに聞いていますけれども、そういうことがあって、その意味では八〇年代から蓄えられてきたエネルギーとか経験というものがようやく実現を見始めたという、その意味では画期的な選挙だったというふうに思います。
 具体的な例を少し挙げますと、私の近くで浦和市に立候補した、市議会議員選挙に立候補した女性がいましたけれども、この人は初めて立候補して二番目で当選しました。一番目は、今釜本さん出ていっちゃったけれども、浦和レッズの有名な選手でありました。彼女の運動を見ていると、先ほど言いましたような、福祉であるとか環境であるとか教育であるとか、そういうことをやっているグループの人たちがみんな支援するわけなんですね、それがパワーになってきたということ。
 それからもう一つのグループは、PTAであります。実は先ほどPTAの問題を言いましたけれども、ここに一つかぎがあるんじゃないか。これは政治学者よりも社会学者の研究が進んでいる分野ですけれども、地域の中で動員力があるグループはどれなのかと。これは政治家の方にとっては非常に重要なポイントですけれども、これは今まで地方議会議員選挙に関して言えば地区、地区代表というものだったんですね。町内会を幾つか集めた地区というものが、市、地方議会議員を押し出す力としては非常に強かった。しかし、この力は年々弱まってきて、かつては六〇%、七〇%を動員したものですけれども、今動員できるのは二〇%を切っているだろうというふうに言われています。これが実は私は政権党が得票率を減らしてきた基盤であるというふうに全国的な政治レベルについては思っていますけれども、それにかわって二つ目に強いグループはどれかというと、実はPTAなんですね。
 だから、地域の有力者になる人はPTA会長になりたがるというのもここにあるんだというふうに思うんです。政党、労組もありますけれども、PTAは二番目に強いんです。これを女性が握るということであります。
 それからもう一つは、今言いましたようないろんな課題に取り組んでいるグループというもののネットワークをつくれるかどうかという問題。これがつくれれば、PTAと並び、あるいは地区代表に対抗し得るようなそういう動員力を持った組織になるかもしれないというふうに思います。先ほど例に挙げた人はそういうネットワークをつくり上げて当選したんですね。
 この間、一・五倍に地方議員の数がふえた背景になっているのは、これは八〇年代から蓄えられてきたそういうグループがあり、そしてそれがネットワークを構成し、そして選挙への動員に成功した、そういうプロセスを経てのことだというふうに思います。
 最後に、どうすれば女性議員の数をふやすことができるのかということは、クオータ制であるとかそういうことがあるわけですけれども、今まで余り議論されていなかったこと、表面的に余り議論されていなかったこと、実は前回の調査会では少し議論になったというふうに思いますけれども。それから、お手元にある、これは朝日新聞の「窓」の欄でコメントが出ました。これ、私の見ている限り、新聞ではこれだけだったと思います。つまり、比例区が減れば女性議員の数は減るという法則なんですね。
 今の女性議員がどういうふうに当選しているかというと、衆議院の女性議員は、二十五名のうち選挙区は七名、比例区は十八名、レジュメの一枚目に書いてありますけれども、参議院の場合は選挙区が二十名、比例区が二十三名というふうになっています。参議院の選挙区が多いのは、もしかしたらこれは小選挙区制じゃないからかもしれないと思います。複数の候補があって、その二番目か三番目に女性が入るというケースがあるから、衆議院よりは少し多くなっているかもしれない。しかし、いずれにしろ、女性が国会の中で議席を占めているのは、それは皆さんが御存じのとおり、やっぱり比例区というものが大きな存在なんですね。
 地方議会の問題、これもいろんな議論がありますけれども、私は、地方自治体の規模にもよりますけれども、一つは夜間とか週末の議会を考えたらどうかということなんです。
 先ほど言いましたように、地方議会は地区代表によって占められている。しかも地方議員の報酬というものは家計を賄うには十分ではない。どういうことになるかというと、首都圏でいえば地主、旧地主のような人とかアパート経営をしている人とかそういう人たちだけが立候補できるという状況なんです。アメリカやヨーロッパの地方都市でやられているように週末やそれから夜間の議会にしたら、もう少し議会の中の常識というものが変わるんではないかと思うんです。これは男性議員ももちろんふえてくるわけですけれども。もうちょっと常識的な議員の配分、もう少し住民の意識を反映した、正確に反映した議論というものが出てくるんではないかというふうに思います。
 とりあえず申し上げるのは以上です。
#5
○理事(南野知惠子君) ありがとうございました。
 次に、岡澤参考人にお願いいたします。岡澤参考人。
#6
○参考人(岡澤憲芙君) 意見を表明する場をお与えくださいましてありがとうございます。恐らく時間不足になると思いますので、最初の二十分では大きな枠組みだけをお話しさせていただき、あと質疑応答で答えさせていただければと思います。
 実は、このテーマをいただきましたときに、私はこう考えました。レジュメの一ページですが、主な論点は、女性の意思決定過程への参画を阻止している、そして阻止してきた要因、ハードルは何なのか。なぜ今女性の参加なのか。女性の意思決定過程への参加は社会や政治をどう変えたか、またどう変えるのか。女性にとって意思決定ポストの獲得、維持は魅力的なビジネスか。どうして参画阻止ハードルをクリアしていけばいいのか。こういうふうに論点を整理できるんではないかと思いました。
 それとともに、意思決定へのポストと簡単に言いますけれども、これをもう少し分析してみたらどうかということで、意思決定過程への空間を三層構造に考えてみました。国際レベルの意思決定過程、国内レベルで全国レベルの意思決定過程、そしてもう一つが地方レベルの意思決定過程、この三層構造で意思決定のポストはあるんだと考えました。
 そして、意思決定の内容によって意思決定のポストにはどういうカテゴリーがあるかというと、分析しますと大体一から九ありました。
 カテゴリー一は立法部もしくは議会のレベルで、国際議会の議員、例えばヨーロッパでいうとEU議会の議員とか国会議員、県議会議員、市町村議会議員。カテゴリーの二としては行政部、政府のレベルで、首相、大統領、大臣、政務次官、知事、副知事、市町村長、助役、収入役、官僚、管理職、大使、公使、国際機構の職員、管理職、審議会委員。カテゴリー三としては政党で、政党の党首、政党幹部、国際政党組織の幹部。カテゴリー四としては利益団体。例えば巨大利益団体の幹部やリーダー。具体的には、労働組合の幹部、経営者団体の幹部、医師会、生活協同組合、消費者団体。先ほどの五十嵐さんのお話だと、ここにPTAも入るのかなという気がいたしますが。カテゴリーの五、市民運動。大規模市民運動のリーダーやNGOのリーダー。カテゴリーの六、マスメディアのレベル。巨大メディアの経営者、幹部、論説委員。カテゴリーの七にはルールの判定、裁判所なんですが、弁護士や裁判官や検事やオンブズマンにどれだけの女性がいるか。カテゴリーの八、宗教界。例えば牧師や僧侶、司祭、管区長、枢機卿の女性の占有率はどうなっているのか。カテゴリーの九が学術の世界、研究団体の世界ですが、大学の学長、理事、学会会長、学術会議の委員。例えば外国でいうと科学アカデミーの会員等々において女性の比率はどうなっているのか。
 恐らく、簡単に意思決定過程のポストといったって、そのポストがどこにあるかによって大きく三層構造に分け、そして三層構造に分けた上で意思決定の内容によってカテゴリーはもう少し多様化してくる。その三掛ける九のカテゴリー、合計二十七のマトリックスの中で意思決定のポストというのを議論するのは非常に広範な議論になるんですが、個人の私としてはそこまではできかねますので、限定的なテーマでお話をさせていただきたいと思います。
 きょう私に発言の場が与えられたのは恐らく二番目の論点だろうと思うんですが、現時点で、世界に多くの国々がありますけれども、その中で意思決定過程への女性の進出度という点ではスウェーデンが非常に高うございます。そのスウェーデンのことで意見を述べるということだろうと思います。
 実際問題として、スウェーデンは最も男女機会均等の国というふうなことは、どうも国家自身が認めているようでございまして、お手元の資料の十二ページ、「スヴェリエ・エ・メスト・イエムステルト」ということで、スウェーデンは最も機会均等の国だというふうな表現を、これは政府の官報で表現しております。
 具体的に言いますと、内閣が、女性閣僚が今二十名中十一名でございます。資料の十ページです。議院内閣制をやっている国で女性大臣が過半数を超えている国は、恐らく最初の国の最初の事例だと思います。女性の最も過剰代表になっている政府の例が二十名の大臣のうち十一名が女性だという、このスウェーデンかと思います。そして、国会議員でいいますと、七ページなんですが、これがずっと下、時系列的な分析なんですが、大体現在四三%でございます。大体五人に二人。県会議員が大体四八%。コミューン議会、これは市町村議会に当たるんですが、大体四人に一人。ざっと考えて、大臣で二人に一人、国会議員で五人に二人、県会議員で二人に一人、市会議員で五人に二人が女性議員というふうに考えればいいかと思います。
 あと行政の、国家公務員の場合、女性管理職の比率が大体四四%でございまして、地方公務員になると、これはいわゆる女性職場でありまして、市町村、地方公務員のレベルでの政府というのはもう圧倒的に女性管理職の世界になっているというふうに考えていいかと思います。
 その次の民間企業なんですが、今度は、これが非常にスウェーデン的といいますか、はたから見るとスウェーデンは女性の社会参加が非常に激しい国だというふうに表現されますが、それは一つ限定をきちっと分析しておく必要があると思うんです。パブリックセクターでは圧倒的に女性なんですが、民間企業ではまだまだごく例外的で、今後の課題になっているということであります。これが比較的誤解を生みやすいところなんですが、女性の社会進出が激しいと言ったのはあくまでもパブリックセクターに重心を置いた話であって、プライベートセクターはまだ女性の進出度がそれほど高くはない。例えば、大企業の社長に女性が、もちろんいますけれども、パブリックセクターの女性管理職ほどは多くないというふうに考えていいと思いまして、今後の課題だろうと思います。
 そういうことはよく言われることなんですけれども、お手元の十八ページですが、これは、女性の働きやすさを比較すると大体こういう北欧の三カ国、四カ国が上位に来るというのが一つの大きな特徴かと思われます。
 次いで要因なんですが、こうした国会議員でいうと五人に二人までの女性議員を輩出するようになった背景は一体なんだろうかといったときに、背景は私はカテゴリーに分ければ大きく二つあると思うんです。伝統的に女性が意思決定過程に参加することを阻止していた要因を排除することと、もう一つは女性が意思決定過程に参加することを促進する要素の二つ、ハードルを取り去るという発想と新しく促進するという、そのためのメカニズムは何かという二つの視点で考えておく必要があろうかと思います。
 二ページに書いておきましたが、女性の意思決定過程への進出を阻止していた伝統的なハードルがあるはずであると。それは何か、それをどのように突破したのか。選挙デモクラシーの世界で、選挙公職を獲得、維持するためには膨大な政治資源が必要である。合法的権威、公的ポスト、政府内ポスト、議会内ポスト、党内ポスト、マネー、知名度、名声、組織、数、団結、連帯感、情報、知識、専門知識、マンパワー、情熱、体力、執念などであると。このような政治キャリアに必要な政治資源の多くは社会生活を通じて獲得、蓄積される。そこで、女性の社会参画そのものが難しい環境では資源獲得、蓄積が難しく、どうしても不利になるのではないかと。こうした社会参画が難しくなっているような要素をどのような形で小さくしていくか、排除していくかという作業とともに、伝統的には参加阻止のハードルが幾つかあるだろうと。
 ざっと整理してみますと、ハードル一、女性の選択ミス。ハードル二、社会的偏見または女性の成功恐怖症。これが基本的には候補者擁立難になっていると思うのですが。ハードル三、伝統的な価値観の支配力。ハードル四、女性の連帯感の欠如。ハードル五、選挙制度のハードル。比例代表制対小選挙区制度。ハードル六、男性の既得権維持志向。これはよく言われることですが、男は男を後継者に選びたがるという。ハードル七、仕事と家事、育児を両立できる環境の未整備。これは、結婚ハードル、出産ハードル、育児ハードル、高齢者介護ハードルということだろうと思うのですが。ハードル八、政界イコール男性支配社会の伝統。女性の参政権の導入がおくれ、それだけ女性職場としての歴史が浅いということが指摘できるだろうと。ハードル九、学校教育における政治教育の制限。ハードル十、女性リーダー育成環境の未整備。幹部候補研修機会は圧倒的に男性中心に配分されているということであります。そして、ハードル十一、新規参入者のための特別措置の欠如。例えば、クオータ制度。
 こうしたハードル一から十一までは多くの国々で見られる、女性が意思決定過程に参加しようとするときにハードルになってきた伝統的な阻止要因。
 こうした要因を取り去る一方で、積極的にそれを進めていくという装置もあるかもしれないと。それが、三の二で書いておきました加速装置。
 スウェーデンで加速装置になったのは一体何だろうかということですが、一は、議会政治の長い伝統。これは実は、スウェーデンはイギリスに次いで古い議会政治の伝統を持っておりまして、アルボーガメーテという、大体一四〇〇年に議会が招集されたのですが、そういう意味では議会政治の長い歴史を持っていたということ。
 二番目が、選挙、議会政治を活用して社会改革をしたいという伝統が古かったと。スタートは遅いが到達が早く高いという、これはよくスウェーデン・デモクラシーについて言われること、そういう意味では日本と非常によく似ているんですけれども、女性参政権が最初に導入されたのは別にスウェーデンではありませんし、むしろフィンランドであります。ところが、スタートは遅いのですが、到達の速度が速くて高いという一つの特徴を持っているようであります。
 一八八四年にフレデリカ・ブレメル協会が結成されまして、結局、議会制民主主義というのは、男性も女性も望ましい制度と容認している以上ごく自然なありふれた手段を通じて意思決定過程に到達するのが一番確実な方法であるという発想をしまして、このフレデリカ・ブレメル協会を中心として女性議員を多くふやそうという運動に着手したわけです。そして、一九二一年に第一号の女性議員が誕生し、一九四七年に第一号女性閣僚が誕生しました。決して時系列的に見ると早い国ではないんですね。遅く始まるんだけれども、到達レベルが高く、到達速度が速い国という特徴だろうと思います。そして、六〇年代の参加デモクラシー論がばねになって大きく進出したと。
 三番目が、高負担・高福祉政策が国家の中心政策になって、その負担が非常に高いために、間接税だけで二五%なんですが、無関心ではいられないということで、これが一九六〇年に四・二%で間接税が導入されたんですが、その間接税につきましては二十ページに書いておきました。
 一九六〇年に四・二%で導入したんですが、その六年後、六六年に一〇%になり、一九九〇年には二五%、とても無関心でおられる比率ではないと。これが当然政治意識を高めたということとともに、その参加意欲を高めたし、投票率が非常に高い国になっていると言っていいかと思います。
 そして四番目が、先ほど五十嵐さんの御指摘があったように、比例代表制がどちらかといえば非常に女性の意思決定過程への進出を促進した要素になったのではないか。
 そして五番目が、インフォーマルなクオータ制。スウェーデンというのは基本的にはインフォーマルなクオータ制を採用しているわけで、余り厳格なことではございません。つまり、党派によって全く違っております。だから、党によってそれを採用している党もあれば、そんなことは初めから無視している政党もあります。保守政党はハンディをつけることは自由競争の理念に反すると、そして、ともに事前に上限を設定してしまうことになるということで、クオータ制そのものについてはある意味でのもろ刃の剣になっている可能性もあります。
 それは、十一ページの二つ目の図がそうなんですが、一番右端の数字ですが、五一という、これは社民党はもう議員の過半数が女性議員ですね。緑の党もやはり六一%が女性議員という既に議員の過半数が女性議員の政党もあれば、女性議員の比率が少ない政党、二九%、三三%という政党もある。
 そういう形で、やはりそれぞれの党が自分たちの個性を表明する手段としてこの女性占有率を選択しているのであって、強制的なフォーマル、クオータというよりも、それぞれの党の判断で確実に考えていると。そして、実際問題として比較的強目のクオータを採用している国よりも、もう既に過半数を超えているところもあるんですから、四〇%のクオータをやるよりも、実はもう五一%の党もあるわけですから、上限を設定するということは実はもっと伸びる力があるのに上限を決めてしまうという問題にもなるし、今低いところはもう少し上げるという、ばねになるという、もろ刃の剣になるという性格は持っているということは分析の対象になっていくだろうと思います。
 そして六番目が、候補者指名そして投票用紙に工夫をしていくと。これは男女交互リストと女男交互リストを組み合わせていくということですね。これはスウェーデンが比較的早目にやった方法でありまして、男女男女とやっていくと上位三名が当選というと全部二対一で決まってしまいますので、一つの選挙区が男女男でいけば隣の選挙区は女男女とやると、上位三人になるとちょうど五〇、五〇になっていくという、男女交互リストと女男交互リストをつくっていくというやり方であります。
 そして七番目が、女性の方が平均寿命が長い、そして女性の方が投票率が高い。そして、超党派で女性問題に取り組んだら競合的協同が可能ではないかという発想が非常に強かったんですね。
 これは、日本のように女性と男性の平均寿命が六歳も長くはないんですよ、実は。それでも多くの国々、つい最近でいいますとバングラデシュ、もう最近はバングラデシュも女性の方が長くなったんですが、ほとんどの国で女性の方が平均寿命が長いんですね。日本は女性の方が六歳長いんですが、北欧が大体三歳ぐらい長いんですね。それでも総人口でも有権者でも女性が過半数ですし、投票率は女性が高うございますので、問題は女性が党派を超えた共通の問題点があったときには、政党間の連携が非常に可能であったということが言えると思います。
 そして八番目、政治がペイしないと。つまりポスト維持に全力投球するほどのポストではないのかという、つまり政治の場合、情報公開が非常に進んでいて政界業としてのうまみが余りないという一つの特徴があろうかと思います。だから、政治という意思決定のポストにそれほどいわゆる役得というものが余りついて回らない。情報公開がもう徹底的に進んでおりまして、その意味では野心的な男性はどちらかというとビジネスの方に進むようになっているというふうに言えるかと思います。
 そして、ちょっと時間ですので項目だけ述べますと、九番目、柔軟な議会開会時間と開会場所で、仕事が終わった夕方、学校の体育館で地方自治の議会は開かれることがある。そして、できるだけ市民に参加してもらおうという動きだろうと思います。
 それと、十番目が参加促進型の選挙制度。選挙権年齢は十八歳ですし、被選挙権年齢も十八歳です。高校生の議員がいたりします。郵便投票制があって全国の郵便局が投票場になっております。また、投票期間が長期設定されており、在外選挙権がある。選挙というと低くて八一%、大体八五から九〇%と、投票が義務制度でも罰金制度でも強制制度でもない国でほっておいても投票率が八五%前後を確保している非常に珍しい選挙制度と言われております。
 それと、十一番目の特徴は政治の世界と日常生活に大きな乖離がないということ。日常生活の論理が政治でも通用していくという、無理なく政治参加ができる社会ということであります。
 そして十二番、早期の社会教育とオン・ザ・ジョブ・トレーニング型の政治教育が比較的早いということであります。
 十三番目が、女性環境が整備されていて、男は仕事、女は家庭という伝統的、固定的な性役割二元論から離脱して出産、育児、家事と仕事が両立する環境を整備する。そして、女性の社会参加が進み、その社会参加をばねにして問題解決のために意思決定過程のポストに女性がふえ、たくさん進出していった、そういうふうに阻止の要因についてはまとめることができると思うんです。
 一つの現象があったから、一つの原因だけで何かがあったと考えるよりも、むしろ一つの現象は、複数のときには相矛盾する要素が絡み合いながら一つの現象が起こっているというふうに分析する方がいいのではないかというふうに私は考えて、ちょっと煩瑣になりましたけれども、すべての変数を述べると大体今のように整理できるのではないかと思います。
 以上です。
#7
○理事(南野知惠子君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#8
○末広まきこ君 自民党の末広まきこでございます。よろしくお願いいたします。
 本日は、大変意義深いお話をありがとうございます。五十嵐参考人、そして岡澤参考人に深く感謝いたします。
 男女共同参画社会というのがどの程度浸透してきているのかということは、これはもう世代間の差もありますれば男女間の認識格差というのもあるなど、いろいろ育ってきました環境も含めて個人差の大変高い問題ではないかと思います。
 客観的にこれを見るには数字に置きかえてみるとよいと思うのですが、基本的な人間の能力がどこまで伸びてきたかを示すHDIでは日本は世界第四位、つまり教育とか平均寿命とか所得とか、そういうものでは世界で第四位。ところが、同じ数字を男女間達成水準の格差という点から見てみますと世界第八位になって、この数字をどう判断するのかということです。去年、当調査会で仲道議員もおっしゃっていらっしゃいましたが、女性が積極的に経済界や政治活動に参加して意思決定に参加できるかどうかを測定するということになりますと、もっと下がってきて世界第三十八位ということになってまいります。この数字からもわかりますように、国際的に見て政策決定の過程へ女性の参画がおくれている状況がはっきりとある。これを何とかしなければならない。
 きょうは、さらに議論を深めて我が国が取り組むべき課題を明らかにできればなというふうに考えております。
 そこで、最初にお伺いしたいんですが、政策決定の過程へどうすれば女性を送れるのか。その前提となる社会参加や身近な地域とかPTAとか町内会とか職場とか家庭とか、そういうところで方針決定にまず十分意見が反映されているのかどうか。つまり、すそ野は安定的に広がっているのかどうかという点検が大切であると思うんですが、この点、諸外国の事情と比較しましてどういうふうにお考えなんでしょうか、両参考人にお伺いしたいと思います。
#9
○参考人(五十嵐暁郎君) すそ野は広がっているかということなんですけれども、先ほどPTAの例を挙げましたけれども、町内会等の集まりも、女性が集まる場合と男性が集まる場合とちょっと性質が違うんじゃないかと思うんです。非常に日常的なことであれば、あるいは余り重要でないことであれば女性が動員され、地域にとって非常に重要な決定になると一家の代表という形で男性が集まってくるという例は私の近隣でもそういうことが起きています。女性がそういう場にいて発言をするというのが社会の通念としてなかなか成り立っていないんじゃないかというふうに思うんです。
 しかし、今、岡澤先生の話を聞いて思うんですけれども、去年でしたか朝日新聞の「政治家よ」というシリーズがあって、なかなか注目されましたけれども、そこで世論調査をしまして、どのレベルの政治家になりたいかという調査をしたところ、国会議員になりたいという数は非常に少なかった。それに比べて、地方議会議員になりたいという比率はかなり高かった。二五%後半ぐらいあった。これはおもしろい話だと思いましたし、先ほどの岡澤先生の話からいえば日常的な感覚というものに近い政治ということなんじゃないだろうかというふうに思います。そういうレベルでいえば、やっぱり女性がアプローチしやすいということだと思います。
 それから、先ほど、町内会のレベルでも男性が集まるというのは、大きな社会スケールでいえば、政界というのはそれに似たような雰囲気あるいはイメージを持っているのかもしれない。近寄りがたいというイメージを持っているんじゃないだろうかというふうに思います。そこのところが社会通念からいえば一つの限界になっているかというふうに思います。
 可能性からいうと、そうすると結論的には、地方議会から女性が決定に参加していくというところで徐々に変えていかざるを得ない。時間のかかる話ではあるかもしれませんけれども、そこが大きな変化の震源地になるんじゃないかというふうに思います。実際に、都市の周辺の地方議会ではもう既に三〇%台半ばぐらいまで女性議員がふえてきているんです。そういうところの女性議員に話を聞くと、もう女だからというような感じは余り持っていない、これをアピールしたって票がとれるわけじゃないしというような段階に進んでいて、将来はこういうふうな方向に進むんだろうというふうに思うんです。しかし、それにしても時間がかかり過ぎるというふうに思います。もちろん、国会で女性がいろんな政策決定に参加しているという姿が広く知られれば、それも大きな励みになるんだというふうに思うんです。それを見ている子供からして感覚が違ってくるんだというふうに思うんです。
 もう一つ、少し長くなりましたけれども、こういうことに関していえばマスコミの力というものは大きいんだというふうに思うんです、意識を変えていくという点については。
 ところが、昨年の統一地方選挙でもマスコミはなかなか女性の進出というところに焦点を当てなかったんです。なぜなんだろうと。新聞社の選挙担当の人に、そういう話をしているときに、今度の選挙の焦点は何だと思いますかと聞かれたから、それは女性の進出じゃないかと。えっと言うんです。それは思い至らないんです。どうしてそうなのかと聞くわけです。それは、あなたたち男ばっかりで選挙報道やっているからねと。政治記者に女性が少な過ぎるんじゃないかと。新聞社の中でも役割分担があって、特に地方新聞などになるともう女性は今、生活欄というか学芸、文化とかそういうところに集中する傾向があって、なかなか政治記者に女性の姿が見えないというのもネックになっているんじゃないかというふうに思います。
 以上です。
#10
○参考人(岡澤憲芙君) お手元の六ページをおあけ願いたいんですが、一九九八年の選挙、下段なんですが、県会議員、スウェーデンが男性が八百五十三名で女性が七百九十三名、女性の占有率が四八・二%、非常に高うございます。
 日常生活と接点を持つところの意思決定過程に女性が社会参画して、そしてそれがごく普通の風景になり始めると非常に次のステップが踏みやすくなるという現象があるかと思いますが、実はスウェーデンというのは三層構造がありまして、日本のように国、県、市町村となっているんですが、その役割が非常にはっきりしております。
 県が何をしているかというと、医療と健康と保健がほとんどの守備範囲なんです。ということは、病院であるとか健康関連の業務だけを特化してやるのが県というレベルなんです。だから、当然お医者さんであるとか看護婦さんとか圧倒的に女性の進出度が激しい世界がこの県レベルの行政業務なんです。そうすると、医療とか保健とか健康というものでは圧倒的にそこの領域は女性が参加していますから、その人たちが代表を送って専門的な知識をという形で、このように二人に一人が女性議員というふうになっていっておるんです。
 そして、それが定着していると、伝統的な数字からいうと非常に大きな数字になったけれども、女性が社会意思決定過程に参加したら別に今までとそれほど変わらないし、もしくはよくなったかもしれないという判断でごく自然な風景になっていった。それが上では国会議員の方に伸び、そして市町村の方にも伸びていったと考えればわかりやすいと思います。
 だから、国と県と市町村の関係の三層構造の中でその役割が非常にはっきりしていて、県の範囲が医療と健康と保健に特化されているんです。だから、そこでは圧倒的に働く人が女性で、そしてその人たちが医療や健康の最前線にいて、その専門知識を生かして議員になって、二人に一人が女性議員という時代になったということです。
 そういう視点と、もう一つ、ぜひとも話しておきたいのは、日本ですそ野が広くなるかどうかといったときに私がもう少し急いだ方がいいかなと思うのは、先ほどハードルのところで書いておいたんですが、ハードル一、「女性の選択ミス」というふうに書いておいたんですが、学科選択のときにどうしても特定の学科に集中して、意思決定過程に必要な知識や情報を得るための学問分野に余り来られない。
 例えば、大学を例にとりますと、どうしても文学部であるとか教育学部というのは女子学生がいっぱいいるのに、経営学であるとか行政学であるとか経済学であるとか法学であるという分野になると非常に女性の数が少ない。恐らく中学三年生、高校三年生の進路指導の段階でなかなかそういう指導がなされないんだろうと思うんですけれども、どこの学校でも成績がいいのは圧倒的に女子学生なのに、その優秀な女子学生が特定の学部、学科に集中していて、しかも就職するときに非常に激しい競争をしている。そして、社会科学の分野とか理工科系では本当に女性がいない。意思決定過程のポストに必要な、またそのために必要な資源を蓄積するにはきっとそういう視点も必要なのに、なかなか社会科学に進んでこない。
 これはちょうど一九六〇年代前のやっぱりスウェーデンがそうでして、私がよく行きますストックホルム大学でも昔はそうだったんですが、今は政治学部でも五五%が女性で、男性が四五%。これは六〇年代以降意識的にこうした学科選択をもう少し多様化させていったというのが重要な要素になっていたと思います。
 だから、社会科学の領域やエンジニアリングの分野にもう少し女性が進出する、そしてその専門知識で社会に参加していって、そして若いときに学んだ経営学であるとか行政学であるとか経済学であるとか法律の知識を生かしていくというのは必要な手段だろうと。そういう意味ではちょっと今まだ大学では特定の学科に過剰集中しているのではないかなという気はいたします。
#11
○末広まきこ君 ありがとうございます。
 すそ野は広がっていないよという点を多々御指摘いただいたわけでございます。
 次に、選挙制度と女性の進出という観点についてお伺いしたいと思います。
 一般に、先ほど御指摘がございましたが、比例区の方が名簿に男女を順番に登載するということで女性の進出を図りやすいとおっしゃっておられましたが、我が国の状況を見ますと、選挙区制と比例代表制の組み合わせ型である参議院の女性比率は一七・一%で、これが選挙区と比例の割合が二十対二十三ということになっております。それに対しまして小選挙区比例代表並立制の衆議院の場合、女性比率が五・〇になって、選挙区と比例の割合が七人対十八人ということになっております。
 今の選挙制度というのは制度としては性に中立なんですが、実質的には女性に出にくいものになっているのかどうかという点、選挙制度と女性の進出ということについてどうお考えになるのかお聞きしたいと思います。
#12
○参考人(五十嵐暁郎君) 先ほども少し申し述べましたけれども、小選挙区制というのはやはりかなり激しい選挙になって、しかも組織の力が物を言う選挙になるんだというふうに思います。それは特に衆議院の場合ですね。そして、そこでの政治のネットワークというか、それはかなり集中したものになっていくんだというふうに思うんです。
 その意味では、比例区がなくなれば、集中していくといろんな、先ほど申しましたようないろんな角度から見て男性が選ばれていく確率が高くなっていくし、インタレストポリティックス的な、そういうものをベースにした組織というものを持っているか持っていないかということが決め手になってくるというところもあるんだというふうに思います。その意味では比例区がどれだけ割合として多いかというのは一つのかぎになるとは思いますけれども、しかし、見方を変えて、じゃクオータ制をとるかというと、これは現実の国会がこれだけ男性優位の性格になっているのに、それは非常に現実的なものだとは思えないですね。つまり、国会議員の数を男女比これだけにするなんということは余り現実的なことではないと思います。もちろんそれは望ましいことだと思いますけれども。
 それよりももっと現実的なのは、政党に競い合わせるということなんじゃないかと思うんです。その比例区についてどれだけ女性を候補者として掲げるか、あるいは、すぐに入れかえるのは難しいとすれば、何年までに男女比をこれくらいにするというふうに政党が発表するとか、長期計画でその実現を図るとか、そういうことを政党がするように圧力をかけなきゃいけないというふうに思います。
 それはどうやって圧力をかけるのか。一つは、民間の団体といいますか、女性候補をもう少しふやせ、女性議員をふやせという考えを持った人たちの集団というものが例えば選挙の前に政党の意見を聞くとか、そういう形。それから、先ほど言いましたマスコミがその点にもう少し一貫して焦点を当てて報道するとかということです。選挙のときだけではなくて、一般審議の中で女性議員が、そういう女性としての視点から、経験からどういう議論を展開したかというような新聞記事は読んだことがないんですね。そういうふうな記事が書け、そしてその意義というものがアピールされる、そういうことが必要なんじゃないか。そういう仕組みを持って、いわばじわじわと包囲していくしかないんじゃないだろうかというふうに思います。
#13
○参考人(岡澤憲芙君) 選挙制度を一つの変数だけで議論するのは非常に危険だと私自身は先ほど強調しておきましたけれども、そうだと思うんですね。数多くの変数が複合的に重なり合って一つの現象を生んでいると判断した方が私はいいと思うんです。そうでないと、この間、大阪の小選挙区で女性が勝ったわけですから、そういう問題もあるわけですから、一般論として言えるということと変数の一つととらえるということとはやっぱりクールに分けておく必要があるんではないか。
 一般的には、比例代表制の方が女性が意思決定過程に参加しやすい、また名簿に登載されやすいということは言えるかと思いますけれども、問題はそういう可能性があったとしてもその気になれる女性が本当にいるんだろうかということだと思います。つまり、現時点でも幾つかの政党は積極的に女性候補を発見しようとして努力しているはずですね。そのときに、女性が、わかりました、立候補してみたいと思いますという決断に踏み切らない要因は一体何なのかということを分析していかないと、選挙制度は重要な要素ですが、それだけでは分析できないかなと。
 その意味では、選挙制度を含めて候補者リストをどのような形で構成していくかということこそ実は政党が有権者に向けて発信するイメージであり、思想であり、哲学であるんですから、それぞれの政党が自分たちの哲学と知恵、思想をあらん限り絞ってどのような候補者の名簿をつくっていくか。それが有権者に与えられたメッセージであるというふうに考えて、政党の知恵と工夫の競合に期待した方がいいんではないかなという気はいたします。
 数多くある変数の中の重要な変数であるけれども、それだけを特化して議論するというと非常に一般的な答えしか出てこないし、じゃ、そうなったら比例代表制を採用している国はすべてそうなのかという議論にもなってきますので、また小選挙区制を採用しているところで卓越した女性リーダーが生まれなかったのかということにもなってきますので、数多くある変数のうちの一つだというふうな認識を私はしております。
 むしろ、その限定的な条件のもとで、どのような候補者名簿をつくるかが政党の力量が問われている領域ではないかというふうに考えております。
#14
○末広まきこ君 今、衆議院の比例定数が二十削減されまして、参議院でも削減ということが検討中でございますけれども、比例が減っていけば女性進出も減るよという御指摘、その中で我々は男女共同参画社会基本法というのも去年に成立させているという、このいわば二律背反をどこでどうマッチングさせていくのかというのが大きな課題のような気がするんですけれども、これはお答えいただけるのであればお答えいただき、そうでなければ次の方に入らせていただきたいと思います。
#15
○参考人(五十嵐暁郎君) この法律がどういう力関係でできたのか、その点については余り私はオプティミスティックになれないんですね。これは、やっぱり日本の外からの圧力というものがあったんじゃないだろうか。つまり、世界の常識に余りにも反していると。
 それからもう一つは、御存じのように国際婦人年というものが与えたインパクト、連続的なインパクトがもたらしたものであって、これがどこまで日本の内発的な力であったのかと言われると、この法律制定で努力された皆さんの前で言うのはおこがましいことなんだけれども、でも客観的にこれからのことも考えて言うと、もっと何といいますか、日本の内発的な力が蓄えられ、発揮できるような方向を考えていかなきゃいけないんじゃないだろうかというふうに思います。
#16
○末広まきこ君 というふうにお聞きしてきますと、だんだん心がなえていくような気もしないではないんですが、元気を出しまして。
 フランスで、二〇〇〇年一月二十六日、議員候補者を男女同数にするという法案が下院で可決されたことが小さく報道されておりましたが、フランスというのは先進国の中では必ずしも女性議員比率が高くなかった。この法案が成立した後は女性の政治参画がこれはもう格段に進まざるを得ないということが十分予想できますが、ジョスパン内閣が女性と男性が平等に政治に参画できることを憲法で保障するということを公約にしたんだそうですね。去年六月には、法律は、選挙によって選ばれる公職への男女の平等なアクセスを促進するという原則を憲法に導入する改正が実現して、これに違反すると政党への援助金が削減されるという罰則規定がついているという大変厳しいものだそうなんです。
 そうしますと、北欧諸国では政党が自主的に比例代表の候補者名簿に男女を交互に載せることが実践されていますが、フランスが法律で義務づけることにするのはこれは大改革であって、新しい時代を開くと思うんですが、参考人の御両人はこのフランスの法案についてはどのようなお考えをお持ちなんでしょうか。これがクオータ制ということを飛び越えて憲法に盛り込まれるに至ったいきさつというのをお話しいただけたらと思います。
#17
○参考人(岡澤憲芙君) これはもうはっきり言いまして、それぞれの国がそれぞれの制度を採用すればいいんだと思います。それが一つ。そしてもう一つは、どうした法案を提示するかということが、それぞれの政党、それぞれの内閣のやっぱり有権者に送ったメッセージですから、ジョスパン内閣はジョスパン内閣のメッセージを送った、それについて最終的に成立するかどうかは議会が決めることだということだろうと思うんです。
 ただ一つ、先ほど申しましたけれども、ある一定の議員の比率というものを、形を変えて五〇%にするか四〇%にするかといった場合に、オーバーフローするドライブがかかったときにそれを制限する可能性もあるので、逆に言うともろ刃の剣であるということは変わらないと思うんです。つまり、有権者の意識として、実は女性議員を六〇%にするという時代が来るかもしれないときにそれは五〇%になってしまう。それはちょうど、北欧でいうと、政党によってはもう六〇%の政党もあれば三〇%の政党もあると。
 ある一定のところで、後はそれぞれの政党の思想と哲学と知恵と工夫に任すというやり方がいいのか、それとも五〇、五〇でいいのかというのはやっぱり議論すればいいことだろうと思います。
#18
○参考人(五十嵐暁郎君) 私もその記事を非常に注目して読みました。随分思い切ったことだと思いました。
 政治学者も分野というものがありまして、私は日本政治だと。フランスの政治についてはそれほど深く知っているわけではないんですけれども、もしそれで皆さんの合意があればフランス政治の専門家をお呼びになって分析されたらいいと思うんです。それはどういうふうな力関係でどういうふうな意見を旗頭にしてそういうことが実現したのかというプロセスや、我々は政治過程と言いますけれども、そういう権力構造とかあるいは決定に至るプロセスとか、そういうことを綿密に研究されると参考になるんじゃないかと思います。参考人がこれじゃいけないんですけれども。
#19
○末広まきこ君 ありがとうございます。私も知りたいと思っていろいろ調べてみましたが、なかなか今の段階ではわかりにくいところがあるので、もしやと思ってお伺いしてみました。
 国政の場で、岡澤参考人のお話の中で五人に二人の女性国会議員を出しているスウェーデンのお話を伺ったわけですけれども、ただ、スウェーデンがそれぐらいトップリーダーになっているといいましても、一朝一夕で現在のような成果を手にしたわけではないだろうと。北欧諸国での女性参政権の実現というのは日本よりは四半世紀から半世紀近く早い。フィンランドが特に早かったように思うんですが、いわばスウェーデンは日本より何歩も先を歩いているわけで、その歩いてきた道のりを参考にして日本はこれから進んでいくのかなという、まだ疑問符でございますけれども、岡澤参考人はスウェーデンのどんな点を日本は学ぶべきだというふうにお考えなんでしょうか。
#20
○参考人(岡澤憲芙君) 一つの国家が社会変動を経験してきたというのは、やっぱりプラスの面とマイナス面、両方あります。そういう経験から、それぞれ違う国はその変数としてどう考えていくかと。柔軟に対応していく必要があるかと思うんですけれども、ただ、北欧と少し似通ってきた状況が来ているのかというのはやっぱり少子高齢化だろうと思うんです。
 スウェーデンが一九三〇年代に少子化の問題に気がつきまして、一九三〇年代から少子化問題に取り組んできたわけです。そして、一九六〇年代に高齢化が進み、現時点で今世界で一番高齢化率の高いのがスウェーデンです。少子高齢化が進展する過程で、一九六〇年代にスウェーデンが長期的に見たら労働力不足という問題が予想された。その段階でスウェーデン政府がとり得る国家戦略というのは五つしか選択肢がなかったんです。
 一つは、合計特殊出生率を引き上げる。第二番目の選択肢が、労働市場を開放して外国人労働力を受け入れる。選択肢の三が、女性の社会参画を促進して労働力不足をそこで補完するということ。四番目の選択肢が、定年年齢と年金受給開始年齢を引き上げてもう少し働いてもらう。そして選択肢の五が、経済の仕組みそのものをダウンサイジングしていくというやり方だったんです。
 実際には、一番の合計特殊出生率を引き上げるという政策は、よしんばそれが政策効果を出したとしても政策的結果が出るのは一世代か二世代後ですから短期戦略にはならない。経済の仕組みそのものをダウンサイジングするということは、もともと国の規模が小さくて国際市場での競争力を維持することが難しい国では非常に難しい選択肢である。結果として、選択肢の二と三と四だったんです。つまり、外国人労働力を受け入れる、そして女性の社会参画を促進する、そして定年年齢と年金受給開始年齢を引き上げることによって労働力不足、納税人口不足を補完し、少子高齢化に対応しようとしていた。
 そういうことを考えますと、近年の日本の極端な形の少子高齢化の波長から考えると、短期的にはともかく、長期的には日本の労働市場も基本的には労働力不足及び納税人口の激減という現象に直撃されることになるだろう。そのときに日本がとり得る政策選択肢というのは、やっぱり今述べた五つしかないと思うんです。その中の一つとしてスウェーデンがこれかこれというふうに選択しないでこれもこれもこれもという形で複合的に部分的に導入していった。現在、総人口の九%から一〇%が外国人なんです。そして、全産業の四八%前後が女性なんです。そして、定年年齢と年金受給開始年齢を六十五歳にしてあるという形で、並行して部分的にやっていった。
 スウェーデンでは高齢化社会に突入するまでにかかった年数が八十五年もあったんです。日本はわずか二十五年しかないんです。しかも、スウェーデンのピークは今から十年ぐらい後の二二、三%なんです。ところが、日本は西暦二〇五〇年に三二・三%という、その意味ではスウェーデンの速度で三倍、スケールでは人類が経験したことのない少子高齢化を経験すると仮定したら、その国家がとり得る政策選択肢というのは幾つあるのか、そしてその幾つの中でどれをどのような比率で複合的に導入していくのかという視点を真剣に考えていく必要があるのではないか。
 スウェーデンがとったのは一九六〇年代から三つです。労働市場を開放し、ある程度外国人労働力を受け入れる、そして女性の社会参画を促進する、そして年金受給開始年齢と定年年齢を引き上げるという三つの策を複合して政策対応していったというふうに考えればいいかと思います。
#21
○末広まきこ君 それで、スウェーデンで一九七一年に税制改正というのが行われて、夫婦の所得合算方式という形から個人別の納税方式というのに変更された、夫婦が平等で独立した経済単位となったということなんですが、これについてはどういう考えをお持ちでしょうか。
#22
○参考人(岡澤憲芙君) スウェーデンの制度というのは非常にわかりやすくて、税制面をフォローしていくと社会現象がかなり分析できるんです。スウェーデンは大きな税制改革を三度やっております。
 一九六〇年に間接税を導入しました。これは四・二%で導入され、六六年には一〇%になり、このころから女性の政界への進出が激しくなりました。
 そして、一九七一年、女性が社会参画することが定着していくと、今度は税制で歯どめをかけている。つまり、すべての成人男女は確定申告の対象にするという形で、現象が起こるとその現象が後戻りしないように税制で歯どめをかけるという制度をスタートしました。それが一九七一年の所得税改革で、夫婦合算方式から個人別納入方式になって、すべての成人男女が確定申告の対象になっていくと。
 そして、一九九〇年代になりまして、今度はEUと税制をある程度合わせるために非常に簡素化しまして、現在ではそれほど税率の高い国ではなくなっているんです。そして、所得税の重心を地方税に置いているわけです。全給与生活者の大体八〇%から八三、四%は所得税は地方税しか払っていないです。そして、残りの高所得者層だけがそれプラス国の所得税を払うと。
 所得税の重心を地方税にして、そして地方自治体に福祉を、教育を任すという形をとった、そういうふうな仕組みにしたんですが、その一九七一年の所得税改革というのは、言いました女性の社会参画がある一定の流れになったときに、逆戻りしない歯どめをかけるための税制と考えれば非常にわかりやすいかと思います。
 そして、一九七一年以後、教育の現場では、将来皆さんが大きくなったら働くんですよ、そして税金というのはこういうふうな形で納入することがあるんですよという形で、税を中心とした社会教育というのはそういうふうに進んでいる国だと見ていいと思います。
#23
○末広まきこ君 それでは、もう時間が来ておりますので、質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#24
○福山哲郎君 民主党・新緑風会の福山哲郎でございます。
 きょうは、五十嵐参考人並びに岡澤参考人におかれましては、大変お忙しいところ貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。
 また、私ごとでございますが、私は京都が選挙区でございまして、スウェーデンで岡澤先生に御指導いただきながら学んできた山井和則君は私の仲間でございまして、今一生懸命京都で福祉の問題を含めて山井君と頑張っておりまして、きょうこのような場で岡澤先生のお話を伺えて大変光栄に思っております。よろしくお願い申し上げます。
 まず第一点、大変興味深いお話をたくさんいただいたんですが、きょうは政策決定過程への女性の参画というお話で、岡澤先生からは二十七のマトリックスの御提示がありました。これを多分女性それぞれにどのぐらい参加をしているのかというのは大変おもしろい分析ができるなというふうに非常に興味深くお伺いしたんですが、後の議論は、五十嵐先生も岡澤先生も含めて、ある意味で言うと政治の場への進出というふうにきょうは収れんをされていったのではないかというふうに承っておりまして、その点についてまず両参考人にお伺いをしたいんですが、私は、政治の場への参加ということに関して言いますと、女性に限られた話ではないのではないかということを問題意識として持っています。
 日本の特に地方議会における恐らくジェンダーバランス、これは性別もそうですが、職業もそうですが、それから世代もそうです。これは非常に実は偏っているような気がしておりまして、それこそ五十嵐先生の言われたインタレストポリティックスがまだ残っていることの大いなる証左なんでしょうが、私はこれは女性に限らないだろうと。その阻害要因というのは、実は女性に対しての阻害要因、例えば家父長制度みたいな話は多分女性に特化した要因だと思いますが、事政治参加ということに関して言うと、私は根元的にこの国の地方に対する政治参加については非常に偏っていて、ここが問題だと思っています。
 サラリーマンの地方議会の参加というのは、これは物理的に今は不可能な状況になっています。そうでなければ労働組合というある利益団体の代表としてしか参加できない。
 また、年代別に言うと、私は年代の高い政治家が悪いと言うわけでは毛頭ないんですが、若い人の参加は全くないに等しい。先ほどの十八歳の高校生が議会に出ているなんというのは日本にとっては考えられない話でございまして、二十歳代で議会に立候補するなんというとほとんどひよっこ扱いされるという状況の中で、確かに国政は非常に政党の色合いが議院内閣制ですから強いわけですが、地方議会というのはある意味でいうと広範な市民の合意形成をし、チェックをする場だとすると、そこに対して私は非常に改革をしていかなければいけないという問題意識を持っておりまして、今の女性の問題とあわせて、その辺についての問題意識をどうお感じになられているか両参考人にまずお伺いをしたいと思います。
#25
○参考人(岡澤憲芙君) 日本の制度と北欧、特にスウェーデンの制度で決定的な違いというのが、国、県、市町村議会に押しなべて非常に男性支配の傾向が日本は強いということ、そして高齢者支配の傾向が強い、これが決定的な違いだと思います。
 北欧は、どちらかといえば六十五歳以上の議員はまずほとんどいなくなる。それは何かというと、自分たちがつくった年金制度というのはある程度自慢できるものだということで、どちらかというと年金年齢になることを非常に楽しみにして人生を送っている人が多うございますので、六十五歳になると、もう七十になるとほとんど政界から引退されるというのが現実になっています。
 そして、組閣をするときも大体二十代、三十代、四十代で半数、六十代も少しいるんですが、五十代、六十代で半数というぐらいの比率でありまして、世代間のバランスは非常によくとっています。これは何かというと、やはり少子高齢化が進んで負担がふえていますけれども、負担というのはどうしても世代間でつないでいくという、例えば年金なんか完全にそうですね、世代間で連帯していかないと年金資金ができない。そうすると、どうしても年金を受ける側により近い人たちが過剰に支配していると年金の供給源になる層の意見がなかなか通らない。そうすると、世代間連帯ができないと年金制度なんか維持できなくなるという可能性があります。
 そういうふうな高負担社会というのは、やっぱりそういう意味では世代間で負担とサービスをどう分け合うかという連帯感をつくっていかないと、間接税だけで二五%の国というのはもたないわけです。その意味では、世代間バランスをとっていこうということと、世代間で連帯をつくるためには議会構成はどうした方がいいのかという発想をやっぱりそれぞれの政党が考えているんです。
 それと、もう一つは女性の問題なんですが、やっぱり平均寿命が長い分だけ総人口でも有権者でも女性の方が過半数の国なんですから、とすると、女性が意思決定過程にいたから政治がいいとか悪いとかということではなくて、そこで決まった決定に対する有権者の納得度は高くなるだろうという発想なんです。だから、女性議員がふえたから一気に何々がなくなるとかということではない、それほどはないんです。ただ言えるのは、福祉であるとか女性環境であるとか環境問題に対する関心は非常に高くなるという特徴はありますけれども、基本的に大きく変わるわけではない。
 ただ、そういう意思決定のメカニズムで決まったものに対する有権者の納得度が高くなる。その有権者に対する納得度が高くなければ少子高齢化の負担社会に耐えられないんです。結局、ポイントはそこだと思うんです、北欧の政党政治を見るときには。どうしたら有権者が意思決定に対して納得してくれるだろうか。つまり、意思決定のメカニズムにどう参加型デモクラシーの要素を入れていくのかということに非常に苦労をしている。
 それの具体的な例が、先ほど四ページに挙げておきましたけれども、選挙権年齢を十八歳にし、被選挙権年齢を十八歳にし、郵便投票制度を導入し、投票期間を長期設定し、在外選挙権を導入するという形で、意思さえあればこの地球社会のどこに住んでも参加できるんだというメカニズムがそこでできた決定に対して納得度を高めている。
 そういう意味で、今御指摘がありましたように、男女間の連帯であるとか世代間の連帯というのは、そういうふうに議会の持つ決定の説得力を拡大するために非常にそれぞれの政党が工夫して考えていると考えていいかと思います。
#26
○参考人(五十嵐暁郎君) さっき、末広議員の選挙制度についてのお答えの中で少し漏らしたことがありました。それは、地方議会、特に市議会議員選挙は大選挙区です。全市一区で選挙をやります。だから、女性の当選率も高まるというところはあるんだと思います。
 今の御質問ですけれども、いろんな複雑な問題があって、確かに私は、地方議会がある意味で、端的に言えば住民の意思を代表するものになっていないという感じは切実にするんです。例えば、住民投票の動きがこれだけ激しくて、しかもそれが次々に否決されていく。死屍累々たる請求否決です。これも住民とそれから議会との乖離、ギャップの大きさの一つのあらわれです。
 どういうところからそういうことが生じるのかというと、先ほども少し触れたんですけれども、議員で生活するということはなかなか難しい。それは、選挙が民主主義を保障するためにあるわけですから、それもまず一つのネックです。
 私は、政治学科で教えていて、学生が政治家になりたいと言うと、ちょっと待ってくれというふうに、婚約者なんか連れてこられると、それで本当にいいのかというふうに思わず言ってしまうんですけれども、やっぱり職業としての政治というのはリスクを伴うものだということがあります。それを補って政治家になられるというのは、一種の政治的な情熱の問題、使命感の問題だというふうに思って、それは社会的に見れば敬意を表さなければいけないところだというふうに思います。
 もう一方では、特に地方議会のレベルになると、たとえ当選してもそれだけでは生活できない報酬になっているということなんです。例えば五十万都市の市議会議員の報酬を見ても、やっぱり聞いてみると、その年齢にしてみると、いろんな年齢があるかもしれませんが、それだけで一家を養っていくには苦しいんです。もちろん選挙も待っているということなんです。
 それで、どうすればいいのか。いろんな方法があるわけですけれども、議員の数を減らす、そして報酬を多くするというのも一方ではあるんです。むしろこの方が大勢を占めている流れかもしれないんですけれども、私は逆なんじゃないかなというふうに思うんです。そうなっていくと、やっぱり女性議員は減るというふうに思います。
 そうではなくて、議員の数をふやしちゃえというふうに思うんです。これだけ社会の意見や利害関係というものが多様化したら、もっとふやしちゃう。そのかわり、もちろん報酬は減ると。それで、さっき言いましたように、それを主たる収入源としなくてもいいように、夜間、週末に持っていったらいいということなんです。企業とか、非常に近代的、合理的な組織で働いている人であれば、そういう限られた時間の中で十分やっていけるはずだというふうに思うんです。
 そういうふうに開放して、収入でいえばある意味では副業的なものとして位置づけられるような、そういう働き方のスタイルにすればいろんな人が入ってこられる。いろんな人というよりも、住民の構成を忠実に反映した議会というものが生まれるんだというふうに思うんです。これが日本政治の一つのポイントだというふうに思うんです。これは地方レベルだけにとどまる問題ではなくて、国会議員選挙についてもこれが一つの土台になって選挙をやるわけですから、この影響というのは地方だけにとどまるものではないというふうに思います。
#27
○参考人(岡澤憲芙君) レジュメの四ページをちょっとあけていただきたいんですが、今の五十嵐さんのコメントに対してちょっと違う、逆の発想なんです。
 実は、スウェーデンで女性が意思決定過程に参加した理由の数多くある変数の一つに政治がペイしないということを挙げました。これは、そこに政治家の歳費、首相の歳費から国会議員、大臣、知事、市長と全部年収を書いておきましたけれども、それプラス注意しないといけないのは、地方議員はその日の日当と通勤費だけなんです、原則として。そして、フルタイムの政治家になると丸々政治家としての歳費はもらえるんですが、その人たちはごく少数で、圧倒的多数は兼業をしながら、ある意味でパートタイムで社会に対する参加意欲で参加している。その人たちには日当と通勤費ぐらいしか出ないという現実があります。これが大きな特徴です。
 その政治家を経験しながら、自分はフルタイムの政治家になっていこうとする人は政治家の道を選ぶでしょうし、例えば、先ほど紹介しました十八歳の女子高校生が地方議員をやっていたことがあるんですが、その人は高校に通いながら市会議員もやっていて、その日の日当だけはもらうという形をとる。そして、フルタイムの政治家になるかどうかはまたその後の判断で考えていけばいいという形です。
 逆に言うと、そうすると、政治というものを一つのビジネスとして考えてきた多くの人たちは、余り魅力的なビジネスではないなということで出ていく。そして、その部分に女性が非常にたくさん参加していったという要素もやっぱり否定できないと思います。だから、日本の国、県、市町村の歳費の問題と北欧型の歳費の問題はちょっと違って、スウェーデンでは地方議員は基本的には兼業をベースにしたパートタイム業である。そのために、参加しやすいようにウイークエンドとか夕方に体育館で開きましょう、そしてそれに市民が参加できるようになっていくという形です。その辺はちょっとつけ加えておければと思います。
#28
○福山哲郎君 ありがとうございます。
 今の話に関係するんですけれども、先ほど女性が政治のキャリアに歩むような学科選択をしないというお話がありました。私は政治教育という言葉は余り好きじゃなくて、どちらかというと民主主義教育という言葉を使いたいなというふうに思っているんですが、要は、日本の場合には余り民主主義の教育が行われていないし、そういう現場を見せる機会もない。それが二十歳になっていきなり投票して合理的な判断で自分が選びなさいみたいに言われても、その判断をする基準も尺度も与えられていない。ましてや、被選挙権があるからといって、いきなり自分が議会に出ていくということは、それは二十歳でもらって二十五までの五年間に急激に養成されるようなことというのは僕はよっぽどでない限りないというふうに思っておりまして、それが今の話にずっとつながってくると思っていまして、岡澤先生の、県議会が例えば健康と医療等のものをやる、そこからすそ野が広がったと。
 今の日本の市民が各市議会、県議会でどんな議論がされているか本当にどのぐらいのことを知っているか、もしくは関心があるかというと、大変私は疑問だというふうに思っております。そういう点で、スウェーデンでどのような形の政治教育が子供のころから行われているかというのを簡単にお答えいただきたいのが一点。
 もう一点、スウェーデンに関して言いますと、私はやはりイメージとしては大きい政府の国だと思っておるわけです。パブリックセクターに女性の進出が大きいというのは、ある意味でいうと制度上の確保がされているからだと。パブリックセクターの労働者の層が厚いわけですから、女性の進出ができる。女性がパブリックセクターに多ければ多いほど、それを監視するための議会に女性が私も監視に行こうというのはこれは非常に出ていきやすい状況になっているのではないかなというのを私はお話を伺って感じたわけです。
 日本の場合には、役所の組織もほとんど男ばかりです。その状況で、じゃそれを監視する役割としての議会に、それがどんな大きい小さいを含めても、じゃ女性が行こうかというなかなかそこはモチベーションが上がらない。それは、スウェーデンの政府の大きさのあり方、そのパブリックセクターが大きいからこそ逆に女性を雇用として抱えられるスタンス、それが制度上保障されている、そういった点が非常に環境としては大きいのではないかなという感想を持ったんですが、今の点について。
#29
○参考人(岡澤憲芙君) 二点あるんですが、一点目の政治教育の部分なんですが、これは北欧でほぼ共通しているんですが、非常に印象的な光景があります。
 選挙になりますと、各政党が選挙小屋というのをつくるんです、街角に幾つも。そして、義務教育の生徒たちが先生に連れられて、さあ皆さん、今から何時間か自由にしますから、自分たちの判断でいろいろな政党に行って意見を聞いてきなさい、これは恐らく日本では信じられない風景だろうと思うんですが、そして各党ともその小学生や中学生が質問に来たときのために丁寧に答えるように、また非常にわかりやすいパンフレットも用意しているんです。
 そうすると、小学生や中学生がいろいろ、なかなか憎い質問をしたりして、この政党は環境党なのに再生紙を使っていないよ、このポスターはとか、そういう質問をしていったり、そしてそれぞれの政党は選挙小屋にあめなんかを置いてあるんですね。ところが、幾つかの政党は、小さいときにあめを与えて虫歯になることを防ぐために私たちの選挙小屋ではあめは置いていません、それを有権者に対する一つのメッセージにしているという、やっぱりそれぞれが知恵と工夫で小さい有権者、それは何かというと、将来の有権者だし将来の負担者なんですからという、その辺の風景は日本とは随分違う。
 日本で恐らくそういうことをやったらちょっと大きな問題になってしまうかもしれませんが、これはほぼ北欧共通しているんですが、選挙のときは一番民主主義教育にいいということで先生方が率先して生徒を連れていって選挙小屋を訪問させる、そしてその後生徒たちにディスカッションさせる、そうするといろいろな意見が出てくるという形だろうと思います。
 それと、あと地方自治体の問題と大きな政府の問題ですが、スウェーデンの政府というのは非常にわかりやすく言えば、比較的小さな中央政府、とてつもなくでかい地方政府と考えればいいと思うんです。地方政府は非常に大きゅうございます。それは何かといいますと、県は医療、保健、健康と言いましたけれども、一番下の小さな単位はコミューンと言うんですが、そのコミューンレベルがそれ以外のことをほとんど守備範囲にしています。だから、学校教育であるとか福祉であるとか、そうすると福祉国家ですので基本的には公的な機関で福祉をカバーするということになりますから、非常に大きな地方自治を持ちます。そして、それは今度は女性が社会参画したいと言ったときに非常に入りやすかった領域でもあったわけです。
 つまり、それまでは家庭内のアンペイドワークのボランティアとしてやっていた仕事を家庭内介護、地方公務員として、ペイドワークとしてプロフェッショナルな仕事に切りかえていったわけです。そして女性が社会参画の道を開いている。つまり、女性が社会参加するときの一番手っ取り早い方法としては、今まで在宅でやったアンペイドワークのボランティアの仕事をペイドワークの地方公務員の仕事の領域として確立した。そして、女性が社会参加するときに地方公務員になっていったわけです。そして、自立して経済的な単位となった人たちが自分たちの代表を送り始めた。だから、議員御指摘のとおりでありまして、大きな自治体というものをベースにして女性が社会参画した、だからパブリックセクターを中心として女性が社会参画した一つの典型的な例だと思うんです。
 それの対比にあるのが、アメリカなんかが今度はプライベートセクターに女性が参画して、大きな企業の社長に女性がいるというのはアメリカ型であると思うんですが、北欧の福祉国家というのはどちらかというとパブリックセクターを一つの突破口として女性が社会参加していった。
 それで、先ほど言いましたが、そういう動向が一つ定着すると今度税制で変えて、一九九〇年代から今度は税制を改革し、所得税の重心を地方税に置いていった。だから、ほとんどの有権者は、所得税と言えば地方税のことなんです。つまり、地方自治体に権限とともに財源もおろしていくという形をとっていったと考えるべきだと思います。
 以上です。
#30
○参考人(五十嵐暁郎君) 政治教育のことなんですけれども、岡澤先生は先ほど女子学生が政治・社会科学系の学部に来ないとおっしゃった。多分、早稲田のイメージだと思うんですけれども、私も早稲田の卒業生ですけれども、立教は全く違いまして、最近は法学部では女子学生がもう半数近くになっています。数年前は、我々は女子大の教師になっていくのかというふうに思ったぐらいです。
 恐らく女子大は志願者が減って大変なんだろうというふうに思いますし、学部の中でも、これは一つの就職のことが頭にあって非常にそのことを意識するせいもあるんだと思いますけれども、法学部、経済学部の志願者がふえているんです。それが一つ。その意味では下地はかなり広がってきているというふうに思います。
 それからもう一つは、福山議員のように若くして政治家を志される方もいらっしゃって、だけれども政治を志すというのは人生のいろんな経験が発端になってきていることだと思うんですね。いつ、何がきっかけになって政治を志すかというのは恐らく御本人たちにも予想もつかなかったことじゃないかと思うんです。そのときに、どういうふうにして議員になる、あるいは選挙に出て議員として活動するトレーニングができるかという問題だと思うんです。
 特に、男性議員の場合は、いろいろなケースがあると思いますけれども、比較的今までの社会的な経験を生かすことができたり、あるいは組織というものに支持されることがあるかもしれませんし、女性議員の場合はそれがちょっと難しいかもしれない。その意味では、この間の統一地方選挙や、数年前から行われているようないろんな女性議員の進出のためのセミナーというものがもう少し広がってなきゃいけない。
 これは大学についても言えることなんですけれども、少し宣伝ですけれども、社会人入試というのを我々の学部で日本で初めてやったわけです。そこに来る女子学生、といっても私よりも年齢の多い人もいっぱいいるんですけれども、そういう人たちはかなり地方議会議員選挙に関心を持っています。それをサポートしたり自身が立候補したり、それはなかなか意欲に満ちた光景であるんです。
 こういう政界進出を支えるようなそういう教育の場というものが一つのポイントにもなるんだというふうに思います。
#31
○福山哲郎君 もう余り時間もないので、まず五十嵐先生には、NGO、NPOが日本ではかなり今おくれているとは言いながら存在として大きくなってきておりまして、そのNGOやNPOのリーダーが地方議会に出ていくというようなことも多々見受けられるんですが、今のお答えと重なってくるかもしれませんが、NGO、NPOが政治的に出ていくときへの、広がるための何かきっかけとか方法とか、なかなかNGOのリーダーも自分が政治家になることに関しては抵抗がある方がたくさんいらっしゃって、それは今までの日本の政治がやってきた逆に負の遺産だと僕は思っているんですが、そこに対してどういったアプローチがあるのかということ。
 岡澤先生にお伺いしたいのは、北欧の三カ国が女性が働きやすいと。それは、先ほど言われたパブリックセクターのことが中心になって働きやすいという話なのか、北欧ならではの何らかの特別な特殊性みたいなのがあるのか、ではなぜ民間セクターに関してはスウェーデンでは余りまだ進んでいないのかというようなことをもし教えていただければと思います。
#32
○理事(南野知惠子君) 手短にお願いいたします。
#33
○参考人(五十嵐暁郎君) 短くいたしますけれども、NGOのような特定のイシュー、問題、課題というものを地域の中で考えている、活動しているグループというものがネットワークをどれだけ築けるかというのが地方議会を変える一つのポイントだと思うんです。押し出していく力を持てるかどうか。
 それからもう一つ、おっしゃったように、政治観の転換というもの、政治というものをもっと自分たちに身近なものであり、自分たちが担うべきものであるというような政治観の転換が、政治についての観念の転換が必要だというふうに思います。
#34
○参考人(岡澤憲芙君) 北欧三国、四国と言ってもいいんですが、北欧で女性がパブリックセクターを一つの突破口にしたということは、やはり法律が成立すれば、一番それが実体化できるのはパブリックセクターの部分で、プライベートセクターの場合は、そうはいっても過激な激しい国際競争に勝つために、残業であるとか突然の出張であるとかという形でなかなか女性が参加しにくいという要素がある。ところが、パブリックセクターの場合には法律が制定するとそれがすぐ実体化するというメリットがありますので、そこが北欧でパブリックセクターで女性が参画していった大きな理由だと思うんです。
 プライベートセクターは、今述べましたように、どうしても国際間競争に勝たないと、ああいう小規模な国というのは財源確保ができませんので、そうするとどうしても、ある程度の突然の出張であるとか休みの返上であるということになると、少し市民生活、家事生活、職業生活と地域社会の生活のバランスを欠く要素が出てくる。そのためにそれをどう確保していくかというのが今課題になっていると言ったとおりであります。恐らくプライベートセクターについては知恵と工夫を今から出していくんだろうというふうに思います。
#35
○渡辺孝男君 公明党の渡辺孝男です。
 きょうは五十嵐参考人それから岡澤参考人、本当に貴重なお話をありがとうございました。今までいろんな話題が出ておりまして、いろいろ勉強させていただきました。
 私の方は、まず岡澤参考人にお伺いしたいことがあります。
 先ほど、女性、スウェーデンの例を引いて福祉の問題それから経済成長をどうやって維持するか、それをどう両立していくかということのお話もいろいろお聞かせいただいたわけでありますけれども、ページ三ですか、資料の中で高負担・高福祉政策、女性が特に政治参加してきまして無関心ではいられないということで、特に間接税の問題、やはりスウェーデンですと、先ほどの一九六〇年のときには付加価値税が四・二%、一九九〇年では二五%まで上がってきた。それを女性の政治参加がどのようにこれに納得しそれを選択してきたのか。その女性の政治参加と、高福祉、高負担を選んでいって、それを納得してきたという、その点をもう少しお聞かせいただければと思います。
#36
○参考人(岡澤憲芙君) ここがやっぱり一つの非常に大きなポイントだろうと思うんです。
 北欧のいわゆる福祉国家を見るときには、負担の視点から社会現象を分析していくと比較的わかりやすいと思うんです。
 今御指摘がありましたように、一九六〇年に四・二%という間接税が入って、そしてその当時は実は所得税も非常に高かったんです。世界で最も税金の高い、税金の見本市みたいな国だった、そのころは。今の税制は非常に低く簡素化していますが、六〇年代、七〇年代のスウェーデンの税制を見たら、本当によくこれで生活ができるなというぐらい税率が高かったんです。さまざまが税金がありました。
 ところが、逆に言うと、その高負担が、実は考えてみれば女性職場の確保につながっていったわけです。つまり、女性が在宅でやっていた仕事を、ペイドワークの地方公務員としてやる職場をパブリックセクターという形でカバーしていったわけですから、高負担政策がそのまま実は、少しワンクッション、ツークッション置いた論理ですが、女性職場を拡大し確保していったと考えればいいわけです。だから、医療とか福祉というのをパブリックセクターがやることによって、実は伝統的に女性が多く参入していた業界がプロの職場として確保されていったというふうに考えると非常にわかりやすいかと思います。
 そして、高負担政策が女性職場を拡大し、それとともに、一人の生活者として自分の稼いだお金から物を買うたびに間接税を払うことによって、この間接税の使われ方がどこにあるんだろう、どうなっているんだろうかということに対する関心が触発されて、それが情報公開というものを求め、そして最終的には自分たちの代表を意思決定過程に送ろうという動きになっていった。だから、一九七〇年代、カーブを見てもおわかりのように、七〇年ぐらいから一気にぐっと上がっていくのは税制と非常に関連のある現象だと思います。
 以上です。
#37
○渡辺孝男君 ありがとうございます。
 これから、日本の場合に当てはめても、少子高齢化でどうしてもいろんな意味で負担が多くなってくる、特に若い世代に負担が多くなってくると、やはりどういうものに税金を使ってどういうサービスを受けるかというのは非常に関心が当然高くなってくるわけであります。スウェーデンの場合は、その両方を目指しながら形としてはそういう付加価値税というものを上げていったということで、それがいろんな作用があってワンクッション、ツークッションを置いたのかもしれませんが、女性の参加、いろんな意味での社会参加を促していったということでありまして、貴重なお話だと思うんです。
 やはり私も考えるのには、そういう福祉とかいうのは今までは経済的には重荷みたいな、国にとっては重荷みたいなものであったのが、それが仕事として認められてきて、そこに雇用を確保していったというのは非常に大事な点かなと思うんです。我々は、私なんかが考えるにはやはり環境問題も同じようなもので、負担というふうに考えるよりは環境も一つの自然をきれいにするための、これも一つ仕事として十分成り立つ新しい産業といっては、一面ではそういう新しい産業の面も持っていて、これがみんなのためになるんだということで、そういうところに仕事をつくっていくということも非常に同じような意味で大事な点かなというふうに考えるわけです。
 次に、五十嵐参考人にお伺いしたいんですけれども、先ほど、国政レベルと言っていいのかわかりませんが、比例代表で女性が、比例代表の選挙があった方が女性の議員が当選しやすいというお話もあったと思うんです。
 ただ、前にちょっと五十嵐参考人の資料を読ませていただいたときには、そういう無党派層の女性議員の誕生も非常に好ましいというような論点かなというふうに思っておったんですが、比例区になりますとどうしても政党政治、政党としての政治が中心になってくるのかなと思うんですけれども、その点は、国政は比例区でそういう政党に属した女性議員が誕生していく、地方では逆に政党政治の問題点がありますので無党派の議員さんの活躍に期待する、そういうお考えなのでしょうか。その点、ちょっとお聞きしたいなと思っておったんです。
#38
○参考人(五十嵐暁郎君) 確かに、比例区は政党をベースにしているということはそのとおりだと思うんです。地方議会でいえば、実はこの間の統一地方選挙で女性が進出したんですけれども、その進出部分で一番大きかったのはやっぱり政党だったんですね。政党が女性候補を担いだといいますか擁立して、公明党、共産党が獲得した女性議員数で全体的に全国の地方議会の女性議員の数が躍進したんですね。その意味では政党は非常に敏感にそれを受け取った、時代の流れを受け取ったというふうに思いますし、それを敏感に受け取った政党が伸びたというふうにも言いかえることができるんだと思うんです。その意味では、地方議会のレベルではこういうふうな時代の流れというものが選挙や議席にやはりかなり敏感に反応しているんじゃないかというふうに思います。
 国会議員の比例区の問題ですけれども、私は、いつまでも比例区が女性の議席を確保する場、比例区だけがあっていいとは思わないんですね。とりあえず今の状況でいえば、比例区というものは重要な女性議員の議席をつくるチャンスを生む場じゃないかというお話なので、むしろ将来的に言えば、比例区であれ小選挙区であれ、これは女性が対等に進出してくるのが当たり前のことであるし望ましいことである。でも、そのためには恐らく地方議会から積み上げてくる力というものが必要であって、時間がかかるということです。それをドラスチックに時間を短くするためには何かの工夫が必要と、制度的な変革であるか政党の踏み切りであるか、どっちかが必要だという話だと思います。
#39
○渡辺孝男君 ありがとうございます。
 五十嵐参考人、それから岡澤参考人、御両人にお伺いしたいんですけれども、先ほども話題になりました夜間あるいは週末議会のお話がありまして、給与の面とか参加することが大事なんだというような視点をお話しいただいたわけですが、もし日本でこういうものを普及する場合に、どういう点に注意しながら、注意というか、どういう点を解決していって導入すべきか、そういう点で何かアドバイスがあればお聞きしたいなというふうに思うんですが、いかがでしょうか。
#40
○参考人(五十嵐暁郎君) これは、成り立つためには企業社会が変わらなきゃいけないんですね。つまり、残業が恒常的になっていて、勤務時間が長引けばこれは成立しない話なんだと思うんです。企業が五時なら五時で終わると。もう一つは、住宅問題が絡んでいるかもしれない。そこから二時間もかかっていたらやっぱり間に合わないという話であるかもしれないですね。生活全体の構造が変わっていかなきゃ成り立たないところもあるんですけれども、でも、例えば五時で会社の仕事を終えて帰れるというふうに、特に議員になった場合には企業がそれに対応するということがまず必要であるというふうに思います。それから、地域の中でこういうふうに踏み切ったら、これは私は案外歓迎されるんじゃないかと思うんですね。
 どうしてそう思うかというと、投票率の低下を見たらわかるじゃないか。どうしてみんな地方議会議員の投票に行かないか。あれだけ強力に誘われて、地域の中の街灯一つつけてもらうにしても市議会議員を出しておかなきゃいけないというふうに言われてみんな動員されて出ているわけです。しかし、それにもかかわらず市議会議員、地方議会議員選挙の投票率が落ちているというのは、やっぱり今の選挙に対して興味を持てないということだと思うんですね。変えるべき時期だというふうに思うんです。
#41
○参考人(岡澤憲芙君) 議場の移動というのが恐らくルールで決まっていて非常に難しいんだろうと思うんですね、日本の場合は。やっぱり議場で開くということが原則になっていると思うんですが、そうすると、試みとして、実験的な例としては一日夕方市議会とかいうような形を積み重ねて、議会を開く、そして議会に参加するということがエキサイティングで楽しいことだということを市民がわかってもらえるということが非常に重要なことだろうと思うんですね。
 それと、そういうことのためのいろいろな方法があると思うんですが、もう少し国会もしくは議会が情報を市民にとってアクセスできるような形で提示することが必要かなという気がします。
 例えば議会情報サービスセンターというのは、例えば日本だと一体どこにあるのかなという気がするんですが、北欧だとこれはもう本当に簡単に市民が議会に入れる、そして傍聴手続は非常に簡素というか、一々書類も何も書きませんので、国籍を問わずどうぞというふうにガイドつきで入れますし、その辺の工夫から順番に、意思決定の場を市民生活と乖離した存在として位置づけるのではなくて日常生活の延長線上にごく自然にあるんだという形でどう演出していくか、情報を発信していくかという工夫が僕は物すごく必要だと。
 それは国会もそうですし、県議会もそうですし、市町村議会もそうだと思うんですね。やっぱり議会情報をどう市民に簡単にアクセスできるような形で提示していくか。そして、傍聴手続なんかもっと簡素化してはどうだろうか。それと、国会、議会案内というのはもう少し簡単に、一日三回ぐらいガイドつきでやって、そしてできれば幾つかの言語の通訳さんも入れてオープンにした方が非常にわかりやすいと思うんですね。
 そして、そういう北欧諸国の議会へは簡単に入れるわけですね。そして、そういうところで話したことがずっとブーメランのように世界に広がっていくという現象がありますので、私自身はもう少し議会の方も市民にとってアクセスしやすいような情報の提示の仕方に工夫があっていいんじゃないかなという気はします。そうしたら、最終的には、一日夕方模擬議会を体育館で開いてみましょうよという声にずっとつながっていくのではないかという気がします。
#42
○渡辺孝男君 岡澤参考人にもう一度お聞きしたいんですけれども、先ほどもそういう夜間議会あるいは週末議会に参加するような場合にはやはり企業の協力が必要だというようなお話もありまして、スウェーデンの場合は最低でも五週間の有給休暇、しかも完全消化が原則というような、資料で見させていただいてすごいなというように思ったわけです。これはワーカホリックと言われるような日本の風土とは多少違うんですけれども、スウェーデンでこういう労使関係といいますかスムーズになってきたのは、日本と比べてどういう違いがあるんでしょうか。そこをお聞きできればと思うんです。
#43
○参考人(岡澤憲芙君) お手元の十七ページをあけていただければと思うんですが、実はこれは北欧にほぼ共通していることなんですが、労働時間が非常に短くて、年休が長く、しかも消化率が高いと。つまり、ある一定の経済成長に行った段階で経済的豊かさから時間的ゆとりというふうに人々の価値が移行していった時代があります、六〇年代、七〇年代以降から。それとともに、失業率が上がるとワークシェアリングをして労働時間を短縮し、そしてその部分に失業している人たちが社会参加するという方法をやって、その結果、徐々に労働時間が短縮し、年休を消化するという傾向が出てきました。
 十七ページ、ごらんのように下から二行目がスウェーデンですが、年間労働時間、平均すると千五百五十二時間です。ノルウェーがもっと短くて千三百九十九時間、日本が千八百八十九時間です。やっぱりざっと見て三百二、三十時間の差がある。一日八時間勤務とすると年間四十日間、長く働くか短く働くかというぐらいに労働環境に違いがある。
 これは一つの考え方なんですが、基本的には失業率が上昇したときにワークシェアリングをして雇用の機会をふやすという形にしていった。だから、できるだけ年休をたくさん消化してくれる方がほかの人の仕事を奪わないという気風が徐々にできて、そしてこういうふうな雰囲気になっていったと思うんですね。そして、労働時間を短縮し、年休を延長し、しかも年休消化率が原則として一〇〇%という社会をつくることによって、もう少し自分の生活であるとか国家とか民族とか自治体の未来とかということとか、もしくは家族関係をもっと大切にするとか、そういうところに非常に大きな時間を費やすようになってきたという気がします。これは決定的な違いだと思います。
 そして、無理なく働けるという環境と同時に、今度はまた時間がありますし、余裕がありますので、今度はその制度に参加のデモクラシーの原則をもう少し強化していった。選挙権年齢を十八歳、被選挙権年齢を十八歳、郵便投票制を導入する、投票期間を長期化するという形で、ごく自然に政治参加できるように仕組んでいったというふうに考えればいいかと思います。
#44
○渡辺孝男君 ありがとうございます。
#45
○八田ひろ子君 きょうは本当に大変貴重なお話をいろいろといただきまして、ありがとうございます。日本共産党の八田ひろ子でございます。
 今いろんな皆さんの御質問また最初の御説明の中でも本当に興味深いお話があったんですが、私は、女性の意思決定過程への参加が社会や政治をどう変えたかという先ほどのお話に大変興味を持ったわけでありますが、そういう観点から、今、五十嵐先生もまた岡澤先生も、企業社会が変わって、五時には終わるようにとか、あるいは労働時間の短縮というようなことをおっしゃいました。
 私どもは、国や地方議会、行政の場は無論のこと、企業とかいろんな団体でその団体の政策決定の場に男性が女性とともに参加するということは社会の構成をより正確に反映して民主主義の強化促進になるというふうに思っておりますし、政党の中でも積極的な男女差別の是正措置をとっていきたいと努力をしています。
 今お話があった労働時間の問題、労働環境の整備ということについてちょっと伺いたいんですけれども、民間の分野では外国でもなかなか、まあアメリカがという例もあったようですが、実際には管理職とか、社長さんだけでなくて、そういうところで見ますと、管理職の進出、少ないですね。日本でも私、五百人以上の企業でちょっとピックアップしましたら、そこに働く方は千二百六十八万人ぐらいあるんですが、部長と名のつく人、部長以上の方というのは二百十七人なんですね。これはすごいなと思いましたが、これは資本主義国の中では異常ではないのかどうかということ。
 それから、先ほど日本は男女の寿命が六歳も差があるということをおっしゃったんですが、過労死まで生む働き方というのがそういうものにあるのかなと思いまして、ヨーロッパではEU指令などがあって労働時間の短縮が進んでいるので、私どももせめてヨーロッパ並みの労働時間をというので法律なんかも整備しなければいけないと思います。しかし、今は世界的な規模で経済活動が進んでいますので、そういう面で経済効率を優先する企業だとか財界のいろいろ思いがあると思うんですが、そういうものに対してどういうふうに制度が積み上げられていったか、政策ができてきたのかどうか。それがスウェーデン全体の経済の発展、先ほどちょっと年代的なこともおっしゃったんですけれども、そういうのを阻害してこなかった、それで結果として女性も働く場がふえた、そういうのをもう少し御説明をいただけるとありがたいと思うんです。
#46
○参考人(岡澤憲芙君) スウェーデンの場合には、先ほど指摘しましたけれども、一九六〇年代に黄金の時代を迎えまして、一人当たりGDPがアメリカに肉薄した最初の国として急速な経済成長をするんですね。
 そのころ日本から多くの研究者が福祉国家スウェーデンを見学に行ったんだろうと思いますけれども、そのときに、少子高齢化が徐々に進んでいて、長期的に見たら労働力不足という問題があったと。先ほど言いました政策選択肢は五つだった。そして、その中から有効に選べるとしたら、労働市場を開放し外国人労働力を受け入れるという技法と、女性の社会参画を促進するという方法と、そして定年年齢と年金受給年齢を引き上げるという策で対応していったわけなんですね。
 そのときに、優秀で質の高い労働力を継続的に確保するための方法として、やはりある一定の経済成長に行った国の労働者ですから、ある一定以上の賃上げが進むとどうしても企業の国際競争力が低下するだろうということはわかっていた。そのときに、結局これ以上賃金水準が上がるとスウェーデン企業の国際競争力が低下する。そうすると、企業は国を捨てて海外に本社を移転する可能性が出てくる。そうすると、産業が空洞化してしまう。とすると、ある一定レベル以上はなかなか賃上げが難しい。それ以上やってしまうと企業の国際競争力がなくなる。つまり、福祉の財源が捻出できなくなる。そうするときに政府が求めたのは市民に対する選択だったんですね。
 それは何かというと、欲望水準を引き下げるか、もしくはもう一つ別の財布を手にするかと。市民はもう一つ別の財布が必要だと。つまり、女性が社会参画して、一人当たりの賃金水準はそれほど上がらないけれども二人働けばまあ何とか食べられるなという形の経済、つまり一世帯当たりの労働時間、一世帯当たりの所得、もしくは納税者数というような考え方にちょっと移行していったわけですね。だから、一人当たりの労働時間を短縮する、だけれども、その短縮した分だけもう一人働ける、世帯的に見ると、合計するとかなりの長時間労働の国よりも長時間労働という仕組みに切りかえていったんですね。それが女性が社会参加するときの非常に大きなきっかけになっていった。
 これはちょうど今の日本の経済の問題とよくダブって考えられると思うんです。この長時間労働で、これ以上の長時間労働は難しい。かといって、これ以上の賃上げも国際競争力を考えると非常に難しい。
 そのときに、一九六〇年代、七〇年代のようなスウェーデン企業というのは選択肢としてそれを求めたはずです。欲望水準を引き下げるか、もう一つ別の財布をハウスホールド当たり確保していくか。市民はそちらの後者を選択していった。そして、そのためにワークシェアリングをして単位当たり労働時間を短くし、年休を長くし、消化率を高めることによって労働市場にキャパシティー、容量ができる。そして、そこに女性が社会参加していくという形をしていったんです。それで、労働時間の短縮とか年休消化率が引き上がるという形になっていった。そして、あれだけの高負担国家ですから、若い世代の人たちも賃金水準がどれぐらいかということで会社を選ばなくなっていくだろう。そうすると、労働時間が短くて年休消化率が高いようなところにどうしても優秀な人材が集まっていくという形になっていく。
 そういう効果で現在のように、お手元の十七ページですか、非常に労働時間の短い国が出てきた。結局、それが結果として、失業率が上がったとき、下がったときの一つのある種のバッファーの装置にもなっていったというふうに考えればいいかと思います。
#47
○参考人(五十嵐暁郎君) 日本の企業も変わっていないわけじゃないと思うんです。例えば、社会貢献ということに非常に敏感になってきている。福祉の現場であるとか環境の現場において企業が活動する、あるいは企業のメンバーが活動するということが出てきたという点では、何十年か前と比べれば随分変わってきたというふうに思います。
 むしろ社会が企業を質的に転換した社会の中に引きずり込んでいくという工夫をやるべき時代なんじゃないかと思うんですね。企業もそういう生きがいを求めるそういう社会の中のメンバーであると。もちろん企業は基本的にいえば経済効率追求であるわけで、そうでなきゃいけないと思いますけれども、しかし、同時に社会のメンバーであるという役割を果たせると、企業としてのまた特徴を持った役割も果たせるんじゃないかと思うんですね。
 例えば、それから今の話を聞いていて、ワークシェアリングという言葉を企業も使い始めた。これは意味が違うわけですけれども、かなり一歩手前まで来ていることも確かなんです。逆に地域の現場とかそういうところで見ると、日本のさまざまな課題を持った地域のグループで特徴的なのは、逆に言えば男がいないんです。男性の姿がなかなか見られないんですね。だから外国人がこれを見て非常に奇異に感じますし、だから弱いんじゃないかということなんですね。女性が協力を家庭内で得られないとか、逆に男性の視点がないじゃないかとか、そういうことにもなるわけです。
 企業人である男性も、自分の生涯のことを考えればやっぱり考え直しているというのが現状であるわけだから、この点からいっても、やっぱり企業人を社会の活動の中に引きずり込んでいくということが日本でも必要だし、そういう流れになっていることは確かだと思います。
#48
○参考人(岡澤憲芙君) ちょっとつけ加えさせていただきたいんですが、西暦二〇二五年に日本の高齢者人口が三千三百十二万になりますね。非常に大きな高齢化社会なんですが、それは逆に言うと非常に新しいビジネスチャンスを生むことになるだろう。そのときに、女性が今まで介護とか医療の分野で蓄積したノウハウが企業化できる可能性が非常に出てきたというのが、北欧の例から見ると非常にわかりやすいことだと思うんですね。
 今、北欧が、民間企業が女性が就職しにくいんだったら女性が企業を起こしたらどうだろうか。そして、そちらの方に政府も自治体も資金援助するようになっているんですね。とすると、高齢化社会の介護サービスの産業なんというのは、女性が今まで在宅でもしくは地方公務員としてやっていた仕事ですから、そこで蓄積された情報と知識を活用しながら新しい事業を起こして、一経営者になっていくというのが今一つのトレンドとしてふえていると思いますね。
 その意味では、西暦二〇二五年、高齢者人口が三千三百十二万というのは、これは簡単に三千三百十二万と言いますけれども、北欧五カ国の全住民数が大体二千三百万ぐらいですから、全北欧諸国の総人口よりも日本の高齢者人口だけの方がはるかに多くなるわけですから、新しいビジネスチャンスとともに、女性が介護や医療の最前線で培った情報や知識をベースにした新しい企業を起こすチャンスは出てくる可能性はあるなというふうに私は見ています。
#49
○八田ひろ子君 民間のお話を伺ったんですが、先ほどのお話では、スウェーデンでは公的機関に女性の進出が目覚ましいものがあったと。先ほど七〇年代に一気にカーブが、女性の登用が上がっていった。これは女性の社会進出もそうですが、実は福祉の拡充もこういった国では上がっていったんじゃないかということをもうちょっと御説明をいただけたらと思います。
 それと、福祉の分野だけでなく、ほかの分野では、公のですね、女性の登用がどうなのかというのをちょっと教えていただきたいんです。
 それは、今まだおくれているからなんですけれども、私、ここに今建設省の東海地本のちょっと調査を持ってきましたが、これで見ますと、例えば、下級職制というんですか何ですか、主任さんとかそういうところに位置する女性というのは、七十九人の労働者の中で五十一人ですから六四%なんですが、それが上に行きますと、地方の事務所の係長さんですと一〇・七になり、事務所の課長さんですと、百二人中二人で一・九六、本局になりますとゼロになるんですね。課長さんとかそんなのは全くいないんです、現状。
 これはたまたま建設省の東海地本の調査なんですけれども、きょうの政策決定の場で広い意味で管理職の登用というのが公の場でも日本ではこのような状況なんですが、先ほど政策的にあるいは法律を変えれば女性が進出しやすくなるのがパブリックだというふうにおっしゃったんですが、それはどうなのか。また、それが女性の政治参加とかかわりがあるものなんでしょうか。
#50
○参考人(岡澤憲芙君) これはもう確実に女性の政治参加というもの、政治的な意思決定の場に女性が大量に進出することによって女性の問題を党派を超えて協力、連帯感で整備していったという問題が背景にあります。それは一九六〇年代、七〇年代からの一つの伝統であります。
 お手元の十三ページをおあけ願えればと思うんですが、これは日本とスウェーデンとフランスの一つの比較研究なんですけれども、日本、フランスと違ってスウェーデンがある意味でのダイヤモンド型を非常に描いております。そして国会議員に占める女性の比率も多いんですけれども、実は注目していいのは、行政職及び管理職に占める女性の比率と専門職、技術職における女性の比率という点ではやっぱりスウェーデンはすごいんですよ。
 たまたま例として介護とか医療という伝統的に在宅で女性が従事していた職種についてお話をしましたけれども、パブリックセクターにおいては、ほぼその領域をなくどの分野でも女性の管理職が圧倒的だ、特に地方自治体では圧倒的だということはもう指摘できると思います。ただ、集中的に、伝統的に言うと、介護とか医療とか、あと教員というのは女性の職場として伝統的にありましたから、そこは密度は高いですけれども、それ以外でもパブリックセクターは非常に女性の管理職が多い世界になっております。国の管理職でも大体四四%ですので、大体想像していただけると思います。
 それは主に一九六〇年代、一九五〇年代ぐらいから戦後復興が終わりまして、スウェーデンは第二次大戦やっていませんので、戦後復興をやるほかの国に資材を供給することによって豊かになったんですが、一九五〇年代、六〇年代になって、その豊かな資金で福祉国家の道を歩んだころからの一つのトレンドだと考えていいかと思います。
#51
○参考人(五十嵐暁郎君) 考えていきますと、今、岡澤参考人の話で、スウェーデンのこういう展開の基礎になっているのは豊かさだということですね。特に生活レベルでの豊かさだと思うんです。日本は確かに豊かになったけれども、生活レベルまでどれだけ浸透しているかという問題があるんだと思います。
 日本で女性の政治進出のことで話題になるものは、一つは生活クラブ生協というグループがあります。それが一つのモデルを提供しているんですけれども、その生活クラブ生協の運動がどういうふうに展開しているかといいますと、これは首都圏の東京の真ん中にコンパスの軸を置いて、そして六時のところからぐるりと時計回りに回すんですね。そういうふうに展開してきたと言われるんです。神奈川から始まって、多摩の方を通り、そしてどうしてかわからないけれども、埼玉を飛び越して千葉の方に展開したというふうに言われるんです。
 これは何なのだろうかといいますと、それは産業構造の問題もあるんですね。高学歴の人たちがその地域にいたということ、住むようになったということもあります。それからもう一つは住宅事情ですね。持ち家を持っているということが生活クラブ生協の活動の一つのベースなんですね。持ち家を持てないとそこまで手が回らない、この活動には相当の時間とエネルギーが必要なんです。それが可能になったのが今言った地域であり、私の住んでいる埼玉はそれがなかなか達成できないというのが一つのネックだと思っております。
 衣食足りて礼節をということなのか、政治の世界もそういうことがベースになっているという気がしますし、それから富が生活レベルに浸透していくようなそういう政策が、長期的に見ると、広い目で見ると、やはりベースなんだというふうに思うんですね。
#52
○八田ひろ子君 本当の意味での豊かさというのが大事だというのが、スウェーデンとの比較でそういうふうに思われますけれども、実際の労働の問題でいいますと、我が国では女性労働者は顕著に不安定、低賃金雇用になっておりまして、先ほどのお話でいいますと、女性も男性と一緒に働いて両方で支えるということなんですが、不安定、低賃金雇用では社会保障も充実をされていませんし、何よりもゆとりを持って政治参加や社会参加ができないのではないかと思うんですが、そこがスウェーデンなんかとどういうふうに違っているというふうに思っておいでになるのか。このことは女性の政策決定過程への参画の推進とは反対の方向というんですか、相反する方向だというふうに思えるのですが、いかがでしょう。
 それと、先ほど地方議会の問題で、地方議会進出を……
#53
○理事(南野知惠子君) 時間が来ておりますので簡潔に。
#54
○八田ひろ子君 男性の方が望んでいると言われたんですが、それはどういうふうに分析をされているのか、その二つを最後に。
#55
○理事(南野知惠子君) 時間が来ておりますので、簡潔によろしくお願いします。
#56
○参考人(岡澤憲芙君) スウェーデンが、私自身は、あれだけの高負担国家ですから、市民生活が豊かであるとはなかなか日本的な判断から言うと言えないと思うんですね。ただ、その豊かさの重点が違うと思うんです。やはり日本から視察に行かれる方がびっくりするのは、衣、着るものとか食べるものに対する、こんな質素なものかというのと住宅の豊かさという、ちょっと平均的なサラリーマンでも小さな別荘を持ちという、食べるものと着るものに対してはそれほど重点を置かないけれども生活空間には非常に多くのお金をかけていく。
 だから、短い労働時間と長い有給休暇があるから、とにかく最低限度別荘を一つ持って、ヨットかボートを持ってというのが重視になる。その分だけ着るものとか食べるものは質素になっていく。やっぱりその辺の、日常生活で市民がどこに富の重点を置くかということで随分ライフスタイルが変わってきたんだろうと思いますね。
 それとともに、あと一つは、男も女も働くということを前提にしていって、そして原則として、一つのハウスホールドあたりで行動する範囲が多くなりましたから、今までの私たちが考える西洋とはちょっと違う文化が生まれてきているというのは事実だと思います。それはいろいろな誤解を生む文化だろうと思うんですけれども。
 独特の、そういう場合に、ちょっとわかりやすく言えば、なぜあの小さな国で世界的にも有名なぐらいモバイルテレホンが発達しているのかというと、やっぱり生活が、夫婦ともに働き、別荘を持ち、家庭にいるということになりますから、どこかに電話をしたってつかまらないから、それなら一人一人がモバイルテレホンを持って移動をした方がつかまりやすいということで、北欧は非常に携帯電話が世界でも最も発達しているエリアで、ノキアであるとかエリクソンがあるんですが、そういうのはやっぱりそういうふうな新しいライフスタイルだったわけですね。そうすると、それは日本的に言うと、自宅に電話をするか会社にいれば電話をすれば必ず相手がつかまるという社会とはちょっと違った社会になっている。それはモバイルを必要とするネットワーク社会に移行しつつあるなというふうに言えるかと思います。
 ちょっと論点変わりましたけれども。
#57
○参考人(五十嵐暁郎君) 最後のところの質問ですけれども、男性も女性と同じぐらい、女性が女性の政治進出を支持するのは当たり前ですけれども、男性も同じように支持しているということを言いたかったんです。どうしてそれが女性よりも多くなったのかはわかりません。統計の、世論調査の問題かもしれません。
#58
○八田ひろ子君 どうもありがとうございました。
#59
○三重野栄子君 社民党の三重野栄子でございます。本日は、大変お忙しいところ、非常に幅広くいろんなお話を聞かせていただきましてありがとうございます。
 私は、一週間前のこの会のときにサボりまして、社会主義女性インターの会に参りまして、それで、今、岡澤先生がいろいろお話しくださいましたそのものではありませんけれども、幾つか伺ったりしてきました。それで、会の構成メンバーだったから私はやむを得ないとお許しをいただいて欠席させていただきました。
 女性議員をふやすことにつきまして、いろいろ伺いましたけれども、根拠はどこに置いておられるでしょうか。先生方、お一人お一人に伺いたいです。女性議員を出すということについていろいろお話を伺いました。その理由をどういうふうにお考えでしょうかと思いまして。
#60
○参考人(岡澤憲芙君) 私の場合は非常に明確でございまして、平均寿命が長い分だけ総人口でも有権者でも女性が多いわけですね。そして、これからの少子高齢化の問題を考えたりすると、どうしても負担増社会は避けて通れない。そうすると、政治や行政が行う意思決定というのは多かれ少なかれ国民に負担を伴うような内容の意思決定が多くなるだろう。そのときに、過程のプロセスに総人口でも有権者でも過半数を占める人たちがいないと、そこで決めたことに対する市民の納得度に大きな違いが出てくるだろう。だから、先ほど言いました、女性の議員がふえたから討議の資質が上がるとか内容がよくなるとかということは一切議論しないで、そこで決まったことの市民への信頼感増幅装置としての機能は非常に重要な意味を持つ。つまり、自分たちの代表も入っているところで決まったんだから納得できるねという、その納得を拡大するためにはどうしても避けて通れない一つの意思決定の技法だろうと私は思います。
#61
○参考人(五十嵐暁郎君) まず第一に、平等ということだと思うんですね。利益と意見が平等に反映されるべきだというのが基本だと思いますし、それから、先ほど言いましたけれども、現代でその課題を考えるときに女性の視点というものがどうしても必要だから、それが過少にしか代表されていないから、現状はということです。
#62
○三重野栄子君 ありがとうございました。
 そういたしますと、五十嵐先生の方で、例えば先ほどお話がございました、教え子が議員になりたい、なったらどうかという意見に対して、ちょっと待てよというような話もちょっと伺いましたんですけれども、その場合に、どういうことを言えば彼なり彼女なりが、議員にならなくてもあるいはなっても、議員になることの必要性をどのように考えていくのか、政治参加に対する御指導をどのようにしていただくか、そこらあたりを伺いたいんです。
#63
○参考人(五十嵐暁郎君) 政治学をやっている人間としては、政治家の存在というのは非常に重要だということは変わりないんですね。でも、身近な人間が政治の世界に足を踏み込むとなると、そのリスクを考えてやっぱりちゅうちょするところがあるというのは、家族と同じようなところがあるんだと思いますね。
 ですけれども、それは決断ですから、政治の世界に入るというのは一つの決断ですから、それがその卒業生の人生であるならば、それは一生懸命応援するということは教師としてはどなたでもそうなんじゃないかというふうに思いますし、それから、政治学科で教えるということは、そういうふうな経験を現役の学生にも還元してもらいたいと、そういう機会をつくろうというふうに思っております。
 落選のリスクだけじゃなくて、私たちのところから卒業した女性が地方議会の議員になって、何といいますか、ギャンブルの施設をつくるつくらないで暴行を受けたという事件もありまして、そういう意味でもやっぱり大変な仕事だというふうに思っております。
#64
○三重野栄子君 ありがとうございました。
 先生にもそのことを伺いたいんですが、もう一点は、一九六〇年代がスウェーデンの場合は黄金時代になったと。それで、やっぱり戦争、第一次戦争は終わって、そして政府としては女性も働けといった場合に、女性たちは、いや働いてもいいけれども自分の子供や親たちをどうするんだという要求で、施設をつくったり制度を、そのときは貧しかったけれども、やってきたということもあろうかと思うのでございますけれども、そこらあたりをどうぞよろしく。
#65
○参考人(岡澤憲芙君) 現在のスウェーデンを理解するときに、一番大きな誤解はやっぱりここなんですね。もともとスウェーデンは豊かな国だったんじゃないかという誤解があるんですが、これはもう非常に大きな誤解でして、二十世紀の初頭までヨーロッパで最も貧しい農業国家というのがスウェーデンの代名詞でした。
 南スウェーデンにスモーランドというところがあるんですが、そこには移民博物館というのがあります。それは二十世紀初頭まで約百万人のスウェーデン人が海外に移住しております。当時の人口が四百万から四百五十万ですから、国民の四人に一人が海外に移民した国ですから、非常に貧しかった国なんですね。
 その貧しかった国が一九六〇年代に黄金の時代を迎えるわけなんですが、結局、限りある資源をどう最適に配分するかということに政治や行政が非常に大きなウエートを、優先事項を置いていったんですね。
 しかも、一九三〇年代に少子化が始まりまして、この少子化が始まり、しかも平均寿命が科学技術の発展とともに伸びるという高齢化の兆しが見えると、そういう現象に比較的早目に気づいたんでしょうね。一九三〇年代に少子化の問題に気づいた国というのはやっぱりかなり早いと思います。だから、最近日本もやっとこの問題に関心を持っていただけるようになりましたけれども、スウェーデンは一九三〇年だったんですね。
 そのときに、女性リーダーがこういう発想をしたんですね。家事労働と職業生活という二重の労働でいったら、恐らくこの国はますます女性が子供を産まなくなってくる傾向は避けて通れないだろう。そうすると、社会として男性としてサポートできる部分は何なのかということを、もう少し社会全体として、男性を巻き込んだ社会全体の問題としてこの議論をしていかないと、少子化の傾向は阻止できないのではないかという問題提起が一九三〇年代にありました。
 それで、一九六〇年代に黄金時代を迎えたときに、長期的に見て労働力が不足、しかも少子化と高齢化のトレンドは避けて通れないということから、先ほど述べたような形で、どの部分を伝統的な家族が役割を継続してやるか。少子化して家族の規模が大家族から小規模家族になったら、どの部分を国が、どの部分を自治体が、どの部分を企業が、どの部分を組合が、そしてどの部分だけは家族が継続してやるべきなのかというところの役割をきちっと考えていったと思うんですね。
 だから、いろいろな国から北欧に行かれると、自分たちが持っている文化的背景で、違う概念で社会とか家族とか企業とか組合を見ますからかなり理解しにくいんですけれども、やろうとしたことは、少子化が進んで核家族化したときに、大家族時代に家族が演じていた機能のどの部分を国、自治体、企業、組合、地域社会が演じて、そしてどの部分を家族が演じ続けるのかということの議論に入っていったと思うんですね。そのときに出てきたのが、保育であるとか介護の問題は可能な限り社会化していくしか無理なんじゃないかというふうな判断だったというふうに考えればいいかと思います。それは、一九六〇年代からの発想です。
#66
○三重野栄子君 ありがとうございました。
 次は、民間の部門における女性の進出の問題につきまして、スウェーデンは公務員が多いんだけれども、民間の課題が先ほどお話ございました。
 実は、先週のときも、日本の労働者はどれぐらい働いていますかと言われまして、いや働くだけじゃなくてリスクがあって、それでもうやめなくてはならないということもありますというようなことをごちゃごちゃ話をしておりました。
 そのとき、あなたの国はどうですかと言ったら、時間外労働はどうしていますかと。私のところはありません、時間外労働をしてはならないと法律で決まっていますから、それでそういうことはできませんと。時間外労働をしなくちゃならない労働があるとすれば新しい人を雇うべきだと、そういうことで進んでいますというお話を聞きまして、いやいやこれはすごいなと思いました。
 私どももそういうふうになればいいと思いますが、そういうことを先ほどもお話伺いましたのですけれども、これからの企業に対して、日本の企業の皆さんにどのようにお話を進められるか、そういうところを両先生に御意見いただきたいと思います。
#67
○参考人(岡澤憲芙君) 私は企業のリーダーの方たちの場でよくお話しさせていただく機会があるんですけれども、恐らくこれからの突破口というのは、やっぱり労働時間の短縮と年休消化率の引き上げというのが非常に重要になっていくだろう。そうでないと、情報がグローバルなネットワークで簡単に載っている時代だと、優秀な人材がなかなか日本の企業に集まらなくなる可能性がある。このことから、これだけ地球社会が狭くなってしまったら、別に職場を日本に限定して求めなくてもいいという発想が生まれたときに、もう少し福利厚生であるとか労働条件のいいところに移動していく可能性がある。そうすると、果たして日本の企業の国際競争力はどうなるんでしょうかということはよくお話ししますけれども。
#68
○参考人(五十嵐暁郎君) 端的に言って、卒業生が職場を選ぶときの基準で今最大の基準は時間があるということですよね。ある意味で企業的なエリートになろうとする学生は違うかもしれませんけれども、自分の時間がどれだけ持てるかというのが基準になってきているので、その意味では、そういう考え方が今後続けば企業も変わらざるを得ないというふうに思います。
#69
○三重野栄子君 先ほどから、女性議員を出していくという一つの問題として比例制の問題も出ましたのですけれども、もう一つ海外でも行われていますクオータ制ですね、その問題につきましてどのようにお考えでしょうか。
 私の党は三分の一ということをしておりますけれども、それでもなかなか女性を三分の一というのは難しいことでございまして、それから比例も女性、男性、女性というふうにしたり、翌年は男性、女性と、それもなかなか難しい。同じ党であっても難しい状況もございますけれども、でもやっぱり女性が政治参加をするために努力をしておりますけれども、そういう問題について。
 それともう一つ、私は、政治家になるというのは、年齢もそれから性別もそれから障害をお持ちであろうとなかろうと、すべてバリアフリーで、だれでもがみんなから支持されて議員になれるようにしていくべきだと思っておるんですけれども、そこらあたりの御意見を少し伺いたいと思います。
#70
○参考人(五十嵐暁郎君) 欧米の、特にヨーロッパの政党政治家と日本のそれを比較しますと、日本の政治家の方は、やっぱり個人の後援会であるとか地域の結びつき方が議員個人との関係になっているという事情があると思うんです。ブレア内閣が成立したように、大量に女性候補を立てて当選させるというようなことを党を中心にして推進することが難しい構造になっているんじゃないか。一たん退潮して躍進するという、そういう波があればまた別なことかもしれませんけれども。
 その意味で、先ほど言いましたように、かなり長期的な目標としてクオータ制、これは政党内部の話ですけれども、目標を立ててそれをアピールしていくということが現実的だというふうに私は思います。
#71
○参考人(岡澤憲芙君) 先ほどこれもお話ししましたとおり、私はクオータ制というのはもろ刃の剣であって、あるトレンドが高まったらクオータがあるためにもっと議席をとれるところがかえってとれないという政党も出てきているわけですので、やっぱりもろ刃の剣で、採用するとしてもあくまでも暫定的な措置でしょうということ。
 ただ、私自身は、それぞれがクオータを採用するか、そしてクオータの比率を何%にするかということが実はそれぞれの政党の二十一世紀をにらんだイメージであるので、だからそれでやっぱり知恵と工夫を出して競っていただきたい。むしろ横並びですべての政党が同じようなクオータの数字を言うのではなくて、我々はこういう理由でこうやっているというのは、北欧の例を十一ページに挙げておきましたけれども、やっぱり比較的はっきりしているんです。環境党なんかは六一%、社民党が五一%、共産党が四五%ですか、そして中央党が四五%、そしてMと書いてあるのが保守政党、穏健党と言っておりますが二九%、ここは市場原理を強調する政党ですから、それはその党の思想がそこに出ているわけです。
 だから、何%にするかということが有権者に伝えるメッセージであるというふうに私は思います。
#72
○三重野栄子君 どうもありがとうございました。
#73
○鶴保庸介君 両参考人、本当に御苦労さまでございます。
 前回の当調査会のお話にもございました男女共生社会の実現のために女性の自立、身体的自立とおっしゃったんですか、前回のお話のちょっとおさらいなんですが、身体的自立、あるいは経済的自立、そしてまた政治的自立というその三つの連鎖というか、こういうものが今まで悪循環になってきておるというようなお話、私はそこに非常に興味を持っております。
 その意味で、きょうのお話の中で全く同感だ、私はもうここしか突破口がないんじゃないかと思っておるのは、やはり労働力不足からくる女性進出です。先ほど岡澤参考人がスウェーデンの例を引き合いに出しておっしゃっておられましたが、将来の少子高齢化社会の中で対応するには高齢者の雇用か女性の進出かあるいは外国人の登用かその辺しか結局道はないというあたりで、私は女性の進出ということを物すごく期待しておる一人なんでございます。ただ、今現在の日本の状況ではその過程にもやや難がある。
 そこで、簡単なちょっと質問というか、申しわけないんですが、当調査会で例えばこの間視察に行かせていただいたときに、五年ほど育児休暇をとってもらうと、その前にやってもらっていた仕事についてもらったってもう使いものにならぬと。そういうことですから、女性はできれば入社してほしくないんだというのが、これは私は本音じゃないか、そんなふうにも思うわけであります。
 スウェーデンの経験、あるいはそういったところで職場復帰についての制度的な何か名案というか、そんなものがおありでしょうか。ちょっと御紹介をいただければと思います。
#74
○参考人(岡澤憲芙君) 日本の場合、出産・育児休暇の問題点というのは、多くの企業が比較的理解が高まっていまして、ノーとは言わないんです。一回目はいいんです。だけれども、二回目になるとかなりちゅうちょして、三回目になるとまたかという雰囲気になってしまう。そうすると少子化の波というのはできないわけで、最低限度二・〇一ポイントに上げるとしたら二度目も三度目も四度目もどうぞという気風をどうつくっていくかということが課題。
 それともう一つは、出産・育児休暇中の所得保障がマックスで二五%というのは少し低過ぎる。所得保障が二五%だと、そのときの選択の岐路に立ったときにこれを契機にやめてしまおうか、特に二人目ぐらいになるとかなりそれにドライブがかかってしまうのではないか。
 とすると、少子化の問題についてそれぞれの政党がどう考えているかということが、実は出産・育児休暇の所得保障を何%と考えるのか、二度目、三度目でも快く受け入れるのかということと、やっぱり私自身は日本の場合ちょっと急いだ方がいいと思うのは保育所の整備だと思います。この三点を突破口にしていかないと、なかなか女性の社会参加は難しいかなと考えております。
#75
○鶴保庸介君 そうしますと、社会的な風潮というものに負うところが大きいというふうな感じなんでしょうか。もちろん、政治的に税率をどうとかということはもちろん前提としてこれから出てくるんでありましょうけれども、その辺はどうでしょうか。
#76
○参考人(岡澤憲芙君) 私自身は、社会的な風潮というよりもむしろ女性の連帯感だろうと思います。つまり、出産・育児休暇というのは思想やイデオロギーや党派を超えて共通の問題ですから、この問題について合意ができないというのはちょっと理解できない。
 そういう意味では、よく北欧の女性政治家と話しするんですが、やはり政治的に対立している政治集団の間でも、特定の課題だったら全会一致があるように、女性環境の整備というのはおおむね合意が形成しやすい、特に出産・育児休暇については党派を超えて比較的合意しやすい領域だというふうに思います。その意味では、連帯感みたいなものは非常に重要だと思います。
#77
○参考人(五十嵐暁郎君) 先ほど、どなたかから私が無所属の女性候補に重点を置いてペーパーを書いたというお話がありましたけれども、一番難しい候補者のことに視点を置いてそういうふうに考えたんですけれども、でも当選したらそれは話がまた違うんじゃないだろうか。つまり、女性議員共通の見方とか利害とか、そういうものがあるじゃないか。今、岡澤参考人がおっしゃったような、それはあるんじゃないだろうか。政党のイデオロギー、利益というもので政党が分かれているとすれば、男性と女性の間にもそういうものがはっきりあるはずだ、そういうことをもう少し国民に示してもいいじゃないかというふうに思います。
 それから、女性がキャリアを続けていく、仕事を続けていくことの難しさは今まで議論されているとおりなんですけれども、私は、卒業するときに女子学生に言うのは、男性は組織の中に入ってそれで積み上げて自分の職業生活を築いていく、女性の場合はそれがなかなかできない社会だ、その中に出ていくんだから、自分で自分の能力というもの、どこへ行っても使えるような能力を磨くことを考えるということを勧めるんです、資格であるとか。そういう、厳しいんだと。
 女子学生自身も、最近では就職すると三年ぐらいすると大体みんなやめます、ほとんどの女子学生はやめます。どんないい企業に入ってもやめます。それは職場のこともあるし、やっぱり自分の自己実現というものは別だというふうに考えるんだと思うんです。気がつくのが遅かったというふうに言ってくる卒業生もいます。
 結論的に言うと、社会もそういうふうな選択の仕方、組織の中でキャリアを積み重ねて職業人として男性のように、多くの男性がそうだったようにやっていく社会ではなくて、もう少しいろんなバラエティーのある選択を受け入れる柔軟な、フレキシブルなそういう社会構造になっていくということが女性の職業生活を吸収していくもう一つの観点だと思います。
#78
○鶴保庸介君 では、五十嵐先生、自分が学生のときのことをちょっと思い出したんですが、今でもやはり女子学生の就職については、先生の所感でいいんですけれども、差別的、明らかにこれはちょっとというようなものはかなり残っておるというような感覚、それは事例的にどうなのかわかりませんが、対処も含めて所感をちょっと教えてほしいんです。
#79
○参考人(五十嵐暁郎君) はっきりあります。それは、女子学生が面接の場でどういうことを言われたりされたりするか、私らの大学はそれを企業に対して批判しました。そうしたら、企業側は翌年の就職の場で、おまえは立教大学の法学部の女子学生だなと言いました。そういう差別をした、差別をしたとはもちろん言いませんけれども、企業を糾弾したところの学生じゃないかとまで言われました。それが現実です。
#80
○鶴保庸介君 よくわかりました。
 女子学生に人気のある大学であるからこそ、ちょっと一遍聞いてみたかったんです。就職等でやはりある程度実績を重ねておられるからこそではなかったのかなというような気もしたものですから。一般論としてはそういう状態になっているんだろうなとは思うんです。
 先ほどの話にちょっと戻したいんですが、社会的風潮というようなあたりで、昔のスウェーデンもそうだというお話でしたが、日本は農村社会でやはりちょっとおくれた部分があるのではないかと。前回、和歌山はえらくおくれた先生がいるなと言われてしまいましたけれども、そうではなくて、女性と農村社会の中で、いわゆる社会形態というか生産形態の中でいろいろとおくれている部分がある気がするんです。スウェーデンのその辺の事情をちょっとわかれば教えていただけますか。
#81
○参考人(岡澤憲芙君) スウェーデンがこうした女性が社会参加することで有名な国になった理由の一つとして、よくバイキングの伝統なんと言う人がいます。それは何かというと、男どもが海外に行っている間に女性がエコノミーを全部担当したんだというふうに言いますが、それはちょっとでき過ぎた話ではないかと私自身は思います。
 そういうことを言うスウェーデン人の気持ちもわからぬではないんですけれども、少し科学的根拠に欠けるかもしれませんので、私自身はもう少し違う要素として、大体地方自治体を平均すると三万人ぐらいの規模にしているんです。これが北欧の大きな特徴だと思います。
 つまり、昔は二千五百ぐらい地方自治体があったんです。ところが、少子高齢化が進んで行政効率と経済効率を高め、そして全国どこに住んでも同じ医療サービスが受けられるというために、自治体の再編をしまして、今二百八十九なんです。だから、二千五百あった自治体が二百八十九になったわけですから、これはかなり強引な再編です、国土の再編。それによって、大体平均すると一自治体が三万ぐらい。そうすると、三万ぐらいをベースにして、どういう学校をつくりましょう、どういう医療施設をつくりましょう、どういうヘルパーさんを何人ぐらいつくりましょうということが非常にわかりやすく、見えやすくなっているという部分ですね。
 ストックホルムのような大都市は、日本からいうと大都市じゃないんですが、政令都市にも及ばないぐらいの都市なんですが、それでも大き過ぎるからというので細分しているんです、区に。そして、一つの行政単位を小さくすることによって日常生活と政治や行政の違和感をないようにしているんです。それが生活者としての女性が政治や行政に関心を持ち、参画するときの非常に大きな弾みになっているんです。
 つまり、日本の場合、大都市というと今度は逆に距離感が大き過ぎるし、そして人口が少ないところだと今度はプライバシーまで見えてしまってなかなか意見が言いにくい。その中間形態なんでしょうか、ちょうど人口三万ぐらいの一つの共同体をベースにして政治や行政が展開されるというのが一つの特徴かと思います。それは相当加速しています、日常生活と政治行政にそれほど違和感がなく、つながりがあるということで。
#82
○鶴保庸介君 それはもともとそうだったということですか。そういうふうにしちゃったんですね。
#83
○参考人(岡澤憲芙君) しちゃったんです。先ほど言いましたが、二千五百ぐらいあったのを二百八十九にしたのはしたんです。実は、もう少し少なかったんです。もう少し少なかったんですが、このごろは今度、いや、昔の自治体の方が懐かしいといって昔のコミューンに復帰しているところもありますから、またちょっとふえ始めたんですが、少なくとも今は二百八十九しかなくなっています。
#84
○鶴保庸介君 わかりました。
 ちょっと時間が迫っておりますが、あと一問よろしいでしょうか。
#85
○理事(南野知惠子君) では、手短にお願いします。
#86
○鶴保庸介君 最後に、両参考人に簡単にお伺いをしたい。
 さっき言いました三つの連鎖というのを、どこの鎖、どこから断ち切るかということに私は非常に興味があるんです。その中で、政治的なリーダーシップをとって女性の政治的進出をまず図るべきだという考えももちろんあるでしょう。その制度整備をするべきだという考えもあるんです。私は、ただそれについては前回申し上げたんですが、ちょっとまだ消極的なんです。
 スウェーデンなんかの経過をちょっと拝見しておりますと、いま一つそれがわからないんです。経済的な自立というようなところから始まったのか、あるいはどういう経過でこれがスパイラルになって走っていったのか、五十嵐参考人には所見というか突破口はどこだと思うかというあたりからのお答えで結構ですから、ちょっとお話をいただければと思います。
#87
○参考人(岡澤憲芙君) スウェーデン、特に北欧全体が大体共通しているんですが、これはもうはっきりしています。経済的自立です。これはもう完全に突破口です。
 お手元の四ページのことですが、評価は別です、好き嫌いも別です。ただ、北欧社会は自立が早いです。自己選択、自己決定、自己責任、自己投資という教育をかなり早期からやる。多くの人たちは、福祉国家というのは人を甘やかすと誤解される人が多いんですが、そうではないです。やっぱりこの自己責任、自己投資ということに対して非常に重要な価値を置いていますし、自己責任能力、自己決定能力を非常に評価いたします。だから、自分の意見ではということを前提に教育の現場も成り立っています。
 それとともに、自立が早いということと非常にパラレルな関係なんですが、家離れ、親離れ、子離れ、妻離れ、夫離れも早いというのが一つの特徴でございまして、結局そのために経済的自立をどう確保するかということを比較的早期から学んでいる社会だと考えていいと思います。これは、評価とか好みは別として、そういう現象はあります。
#88
○参考人(五十嵐暁郎君) 私は、日本の場合はやっぱり政治が重要だと思うんです。それはどうしてかというと、一つは目立つから、もう一つは制度的、組織的な変革が差し迫って必要だからということです。
#89
○鶴保庸介君 ありがとうございました。
#90
○堂本暁子君 本当に一時からもう三時間、大変にありがとうございました。
 ずっと三時間聞いていて、最初に感想を言わせていただくと、やはり先生方はスウェーデンの場合は六〇年代、七〇年代とおっしゃいましたけれども、私は国際的に見れば八〇年代まで含めていいのかなと思いますが、大きな価値の転換が世界規模で起こっていると。それがやはりもう男性と女性であれ、それからもっといろんな国家の単位から地球市民の単位へというふうなパラダイムのシフトが起こっただろうと思うんです。さっき、五十嵐先生のおっしゃり方だと物から心へとおっしゃいましたし、経済から生活へというような、そういったことが起こった。それに、今最後に岡澤先生がおっしゃった国際的なグローバライゼーションの中で日本がそういった国際的なグローバルレベルと言っていい、スタンダードと言っていいかどうかわかりませんが、金融ですから、お言葉ですけれども、そういったものと一致していかなければ、日本は市場原理からいっても国際競争力にも対抗できないだろうというふうにおっしゃいました。
 市場とか経済、ビジネスの分野だけじゃなくても、きょうのお話を三時間伺っていると、やはりいささか国際的な今の趨勢とそれから日本の現状とのギャップが大き過ぎるような印象を受けました。
 特に、五十嵐先生がおっしゃったことで、私は日本の政治という視点で見ますと、やはり変革をずっと求めてきたと思うんですね。政治家はしょっちゅう、もうパンフレットか何かを見て変革とか改革と書いていないのがないぐらいにあらゆる日本の政党が変革を叫び、そして国民もそれを求めた。にもかかわらずこの変革ができないという事実、時には逆行すらしているという現状を見ますと、そこに私は一番危惧を持っているし、いささかきょうは危機感すらちょっと感じた。というのは、先生方おっしゃったように、今そういう対応をしないと国としての十年後、二十年後は非常に生きにくい情勢になってしまう。
 ですから、意思決定の場に女性なりそれから障害者なり高齢者なりもそうでしょうが、いろいろな人が多様に参画することが必要なのに、それが可能なメカニズムがいつまでたってもできない、十年たってもできないというのは非常に危機的な状況だろうというふうに思っております。
 五十嵐先生にぜひとも伺いたいことがございまして、それは日本国憲法は十四条で性の差別をしないということをきちっとうたっているわけです。先ほどフランスの憲法に男女同数というのが書き込まれて法律でもって政党の男女同数というのができたということは、この前の参考人の方からもそういうお話を実は伺ったわけなんです。フランスの専門の方たちですけれども、日本の場合はそういうことが憲法で決まっていながら、例えば、この前の参考人がおっしゃるのに、やはり就職の場合に、例えば中央官庁の場合にもう女性は一つの役所で一人しか採らないとか最初からそういうふうに区別をしていて採用しない。それから、例えば農村の場合ですと、農業者年金などは三十アールの土地を持っていないとなかなか自分がその主体になれない、あるいは農協なども立候補それから投票権もない。だから六〇%の農業人口を女性が担っていながら農協などの意思決定の場には〇・二九%しか女性がいない。
 これは全部システムなんですね。法律であったり、もっと役所は、行政はこれは内規か何か存じませんが、そういう形で決めている。これは全く、フランスが法律的な整合性でずっと一番上級法の憲法から一般の法律へと下がっていったのに対して、日本は最初からそれが憲法で保障されているにもかかわらず、ほかの法律がそれに違反している現状にある。それがまさにこういった一つのネックになっているんじゃないか。それを政治の専門家としてどうお考えになるかということをぜひ伺いたいというふうに思っています。
 それから岡澤先生に伺いたいのは、先ほど夫婦合算から個人へと変わった段階でそれに歯どめをかけるような形で個人の税制や年金の問題をと。今まさにこの参議院では日本の年金制度の審議をしている真っ最中ですが、日本の場合は歯どめどころか、もうそもそもこの男女の性役割分担の元凶が税制とかそれから年金の制度に相当あるというふうに私は思っております。
 先生にぜひこのことは伺いたいと今思いましたのは、歯どめになるのではなくて、日本のように極端にこれだけ男は仕事、女は家庭ということがもう固定化してしまっている社会においては、逆の誘導しかできないんじゃないかという視点でずっと私は今その審議にかかわっているんです。歯どめと逆、要するに、税制であろうが社会保障の制度であろうが、そちらの方を逆に世帯単位から個人単位に切りかえて、女性の自立権というものを年金であれ経済的なものであれ確立することによって実をとるという逆さまの方法しか日本の場合ないんじゃないかというふうに思っているものですから、その点のことを伺いたいということでございます。
#91
○参考人(五十嵐暁郎君) 私は、敗戦の翌年に生まれまして、戦後民主主義、戦後教育の真っただ中に育ったんです。そのとき、男女平等というのはもう当たり前の原則であって、最も強く主張された原則の一つだったんです。
 例えば、今でも思い出しますのは、家庭科という科目があって、そこで料理はもちろん、ぞうきん縫いももちろん、私はフランス刺しゅうまでやったんです。近くにいたそういう学校を出たおばさんのところに行って、火鉢の前で正座して輪っかをはめた中に一生懸命フランス刺しゅうの練習をしたのを覚えています。それだけ、でも今思えばけなげな覚悟だった。男女平等というものを実現するんだという、ここまでやるかということまでやったんです。
 これが先ほど少し言いました戦後の初心だったんです。どこに行っちゃったんだろうか。私は、最近この問題で、地方政治が専門なものだからあちこちで話をしろと言われて話をするときに割り切れないというか情けないという気持ちにいつも襲われるんです。どこに忘れてしまったのかという感じがします。
 その意味では、先ほど岡澤参考人がおっしゃった黄金の六〇年代ということがスウェーデン社会の変革のベースにあった。じゃ、我々の黄金の六〇年代、七〇年代は何だったのかということです。どこでどういうふうに間違ったのかという、我々だってアメリカの一人当たりGDPを超したんだから、どこに行っちゃったのかというふうに思います。
 その意味では、社会の恐らくあらゆる面についての観点からの変革が必要なんだと。住生活も含めて必要なんだ。非常にトータルな課題であり大きな課題であり深刻な課題であると思うんです。恐らく、小手先では解決できない問題なんじゃないかというふうに思うんです。それから、社会の性格、我々が目指すべき社会の本質にかかわる問題だと思います。
 もう一方で、見方を変えると、この問題は堂本議員がおっしゃったように、グローバルな問題とつながっている。今、日本の政治の課題の中でグローバルなものとつながっている問題はたくさんあるんです。環境会議もそうだったんです。いわば国がサンドイッチのようになっている。グローバルな圧力があり、それからローカルなところでそれにこたえようとする。そのローカルな地域社会が変わろうとする、もがくという、それがグローバルの発信に何とか対応しようとする、つながろうとする、これで日本政治が動いている部分があるんだと思うんです。
 その意味では、この解決の一つのポイントは地域社会、地方議会にあるということを先ほどから強調しているんですけれども、同時に、これが達成できるかどうかというのはナショナルなレベルで決まるんです。
 つまり、グローバライゼーションというものの一つのかぎは、近代国家がそれにどういうふうに対応するかによって決まる。それにどういうふうに自分たちの社会の変革を結びつけていくのかということによって決まってくると思うんです。国家の役割は今までよりも大きいんだと思うんです、グローバリゼーションの中で。それは恐らく将来の方向を決めてしまうと思うんです。そういう問題の一つがこれだというふうに私は思っています。
#92
○参考人(岡澤憲芙君) これは北欧から、また私が北欧へ行っていたときによく向こうの社会科学者と議論することなんですけれども、北欧の、特にスウェーデンのやったことというのは別に極端な方法じゃないんですね。ごくごく自然なやり方で、当たり前の方法で実績を積んだだけなんです。別に非常に華々しいカリスマリーダーがいたわけでもないんですね、それほど。二、三いましたけれども、それほど激しいカリスマリーダーではなかった。
 非常にわかりやすく言えば、たまたま議会政治の古い伝統があった。そして、議会政治デモクラシーが望ましいということは男も女も合意していた。これは揺るぎがない。とするならば、そこに代表者を送るメカニズムが選挙だとすれば、選挙では数が非常に大きな重要な意味を持つ。平均寿命が長い分だけ、総人口でも有権者でも女性が過半数を持っているということは、議会制民主主義そのものは実は女性にとってアドバンテージャスな制度じゃないか。そうしたら、ごく自然に男性も女性も合意している方法を通じて着実に実績を積めばいいんではないだろうかというので実績を積み重ねていっただけなんです。
 そして、それがたまたま一九六〇年代の参加デモクラシーのあらしとそして五〇年代、六〇年代から始まった福祉国家路線という、それが女性の社会参画を促進するような職場がふえたということですね、地方自治体で。ということで、それがたまたま経済的自立をやりたいというムードと政治的な意思決定の自立というものが非常に波長が合ったというだけだと思うんです。
 だから、ごく自然に、結局スウェーデン的にいうと、女性が社会参画して一番得するのは男性であり社会全体だという論点、この世の中に男と女しかいない限り、女性問題は自動的に男性問題であり社会全体の問題だという視点で、男性も女性も合意している仕組みを活用しながら、着実に実績を重ねていくのが非常に自然な解決方法であり、最も望ましい方法ではないかというだけなんです。だから、よく私どもが聞かれるのは、すごいカリスマリーダーがいて、その人のもとに号令一下社会が動いたじゃないかというと、それはちょっと違うなということだと思うんです。
 ただ、そのときに時々刺激剤があったのは何かというと、はっきり言いますと税金ということです。それは六〇年代の間接税であり七一年の所得税法の改正という形で、やっぱり税金というのは高負担高福祉国家にとっては非常に分析の視点としてわかりやすい角度だと思います。
#93
○堂本暁子君 時間なのでこれで終わらせていただきますが、本当にありがとうございました。
 そして、私も恐らく最終的な変革というのは税制とかそれから社会保障の制度とか、そういったところに行き着くのかなと思っておりますけれども、それより前に五十嵐先生がおっしゃったように、私も本当にどうしてこういうことになってしまったのか、余りにもやはりもしかしたらオールジャパンで企業戦士の方向に、企業本位の方向にこの国はなだれていき過ぎたのかなと今思っております。
 最後に岡澤先生がおっしゃったように、決してこれは女性の問題ではなくて、今や過労死とかそれから五十代の男性の自殺の増加とか、そういうことを見ると、これは女性の問題ではないし子供の問題でも高齢者の問題でもない。日本の国としての仕組み全体として、きょういろいろ御意見を伺った内容は、私たちが本当に積極的に政治の中で変えていかなければいけないことじゃないかというふうにつくづくきょう感想を持ちました。
 本当にありがとうございました。
#94
○理事(南野知惠子君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
    ─────────────
#95
○理事(南野知惠子君) 次に、先般本調査会が行いました委員派遣につきまして、派遣委員の報告を聴取いたします。有馬朗人君。
#96
○有馬朗人君 御報告いたします。
 去る二月十六日から十八日までの三日間、福岡県及び熊本県において、男女等共生社会に関する実情調査を行いました。
 派遣委員は、石井会長、南野理事、林理事、三重野理事、鶴保理事、仲道委員、千葉委員、渡辺委員及び私、有馬の九名であります。
 以下調査の概要を御報告申し上げます。
 一日目は、まず、福岡県庁において、県当局者から、男女共同参画に対する取り組み状況について説明を聴取いたしました。
 福岡県は、女性行政を総合的に推進するための庁内の横断的組織として福岡県女性行政推進会議を設置するとともに、知事の助言機関として民間有識者から成る福岡県女性政策懇話会を設置しております。また、県の女性政策課には約四十名の兼務職員を配置し、女性関係行政推進のための企画連絡調整を行っております。
 福岡県では、平成十一年六月に施行された男女共同参画社会基本法に基づき、平成十二年度末を目途に県の計画を策定する予定であり、現在そのための基礎資料として「男女共同参画社会に向けての意識調査」を実施するとともに、女性政策懇話会において、基本理念、方針及び推進体制等について審議を行っております。
 審議会等委員への女性の登用状況は、平成十一年六月一日現在で三〇・三%となっており、県の男女共同参画プランの目標である三〇%を予定より一年早く達成したとのことでありました。
 そのほか、女性起業家支援事業、地域における女性指導者を育成するための海外研修である女性研修の翼事業など、女性の社会進出、意思決定過程への参画を促進する事業を実施しております。
 また、平成十一年九月には同県において「男女共同参画・新時代へのメッセージ」をテーマに女性副知事サミットが開催されております。
 以上の点につき、派遣委員からは、審議会等委員への女性の登用を促進するための女性有識者データベースの内容、女性職員の採用と管理職への登用状況、女性起業家支援講座の実施状況等について質疑がなされました。
 午後は、東陶機器株式会社を視察いたしました。
 同社は、衛生陶器を扱う企業であり、生活者としての女性の視点を重視する立場から、早くから女性の能力の活用に努めており、育児休業者が職場復帰しやすい環境の整備、法を上回る内容となっている介護休業制度、女性の管理職への登用、両立支援等働きやすい環境づくりに関するハンドブックの作成などに取り組んでおります。
 平成十一年度には、これらの取り組みにより、ファミリー・フレンドリー企業表彰労働大臣努力賞を受賞しております。
 以上の点について、派遣委員からは、介護休業取得を希望する従業員に対する相談システム、女性管理職の職場への定着状況等について質疑がなされました。
 二日目は、まず、福岡県女性総合センターあすばるを視察しました。
 同センターは、男女の自立と対等な社会参画に関する情報の提供、調査研究、相談支援、研修等を行うとともに、県民に自主的な活動及び交流の場を提供し、女性が政策決定過程に参画できる力をつけるための事業を行っております。
 派遣委員からは、地方や農村における女性の意思決定過程への参画に関する課題、女性管理職登用を促すための民間企業に対する働きかけ等について質疑がなされました。
 次に、大野城市役所において、市当局者から、男女共同参画に対する取り組み状況について説明を聴取いたしました。
 大野城市は、平成五年に大野城市女性計画を策定し、男女の自立と共同参画のコミュニティー都市づくりの実現を目指してさまざまな事業を展開しております。平成九年六月には市議会の決議により男女共同参画都市を宣言し、平成十年には総理府と共催で男女共同参画宣言都市事業を実施しております。
 また、平成十一年度において、審議会等委員への女性の登用状況は三二・九%となっており、大野城市女性計画の目標である三〇%を既に達成し、今後の目標は四〇%とするとのことでありました。
 以上の点につき、派遣委員からは、男女共同参画都市宣言を行った経緯、審議会等委員の女性の登用率について目標を早期に達成できた理由、市職員研修の効果、民間企業における共同参画に関する研修の実施等について質疑がなされました。
 午後は、熊本県に入り、株式会社お菓子の香梅を視察いたしました。
 同社は、パート労働者を含めた女性従業員の割合が七五%であり、女性が同社にとって重要な労働力であることから、工場に隣接して企業内保育所を設置するなど職場環境の整備を行い、女性の職域拡大、能力活用に積極的に取り組んでいることで、平成十一年度均等推進企業表彰女性少年室長賞を受賞しております。
 派遣委員からは、女性管理職登用の契機、保育園の運営状況等について質疑がなされました。
 次に、大津町において、町内女性団体と意見交換を行い、地域社会において女性のエンパワーメントに取り組んでいる方々の話を聞くことができました。ここでは、各団体の活動概況、農村地域における女性の方針決定過程への参加促進策等について説明を聴取した後、農業委員会の委員に女性が就任したことによる変化、地域の農産物の学校給食での利用、女性の町議会議員への立候補の動き、男性の家事労働への参加、大津町の男女共同参画行動計画の策定状況、役場における女性職員の管理職登用状況等について意見交換を行いました。
 三日目は、まず熊本県庁において、県当局者から男女共同参画に対する取り組み状況を聴取いたしました。
 熊本県におきましては、県の総合計画の中で男女共同参画社会の形成を重要なテーマの一つとして掲げ、平成六年度には女性行政推進のための総合的指針である「ハーモニープランくまもと」を策定し、女性が男性とともに社会のあらゆる分野に参加する男女共同参画社会の実現に積極的に努めております。また、平成十三年度からの新総合計画を現在策定中とのことであります。
 熊本県における各審議会等への女性の登用状況は、平成十一年六月一日現在で一五・一%となっており、平成十三年度に二〇%とすることを目標としております。
 以上の点につき、派遣委員からは、県職員の女性割合と管理職への登用状況、女性が働きやすい県である理由等について質疑がなされました。
 続いて、平成十一年三月に全国で初めての民間出身の女性として副知事に就任された潮谷副知事との意見交換を行いました。
 副知事からは、男女共同参画社会の形成に向け、人権に根差した性別が関与しない社会を目指すことを基本的な考えとする必要があるとの認識が示された後、男女共同参画社会の形成や女性の政策決定過程への参画のためには、女性自身による状況の変革が必要であること、家庭責任の男女の共同負担、女性の職業能力の向上、構造的・社会的慣習による男女間の不平等の克服が必要である等の意見が述べられました。続いて、インターネット整備の取り組み状況、審議会等委員に女性を登用する際の問題点等について意見交換が行われました。
 午後は、熊本県内の女性団体と意見交換を行い、男女共同参画社会の実現や女性の政策決定過程への参画に実際に取り組んでいる方々の話を聞くことができました。ここでは、各団体の代表者からその活動概況と女性の社会進出とエンパワーメントに必要な条件等について説明を聴取した後、女性団体相互のネットワークづくりの必要性、男女共同参画に関する学校教育の必要性、地方議会に女性議員がふえたことによる変化、農家における家族経営協定の締結状況等について意見交換を行いました。
 以上の日程を通じて、日ごろ最前線で問題と取り組んでいる方々の話をつぶさに伺い、意見を交わすことができ、有益な調査を行うことができました。
 なお、熊本県の福島譲二知事は、去る二月二十五日、突然逝去されました。ここに謹んで御冥福をお祈りいたしたいと存じます。
 最後に、今回の調査に当たりお世話になった関係各位の御協力に対し心から感謝申し上げ、報告を終わります。
 どうもありがとうございました。
#97
○理事(南野知惠子君) 以上で派遣委員の報告は終了いたしました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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