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2000/03/01 第147回国会 参議院 参議院会議録情報 第147回国会 国際問題に関する調査会 第4号
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2000/03/01 第147回国会 参議院

参議院会議録情報 第147回国会 国際問題に関する調査会 第4号

#1
第147回国会 国際問題に関する調査会 第4号
平成十二年三月一日(水曜日)
   午後二時開会
    ─────────────
   委員の異動
 二月二十三日
    辞任         補欠選任
     羽田雄一郎君     小林  元君
 二月二十九日
    辞任         補欠選任
     柳田  稔君     小川 勝也君
 三月一日
    辞任         補欠選任
     田  英夫君     大脇 雅子君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         井上  裕君
    理 事
                河本 英典君
                鈴木 正孝君
                藁科 滿治君
                高野 博師君
                井上 美代君
                大脇 雅子君
                月原 茂皓君
    委 員
                亀井 郁夫君
                佐々木知子君
                塩崎 恭久君
                田村 公平君
                野沢 太三君
                馳   浩君
                小川 勝也君
                小林  元君
                平田 健二君
                広中和歌子君
                魚住裕一郎君
                緒方 靖夫君
                高橋 令則君
                椎名 素夫君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        鴫谷  潤君
   参考人
       フェリス女学院
       大学国際交流学
       部教授     武者小路公秀君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国際問題に関する調査
 (「二十一世紀における世界と日本」のうち、
 国連の今日的役割について)

    ─────────────
#2
○会長(井上裕君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る二月二十三日、羽田雄一郎君が委員を辞任され、その補欠として小林元君が選任されました。
 また、昨日、柳田稔君が委員を辞任され、その補欠として小川勝也君が選任されました。
 また、本日、田英夫君が委員を辞任され、その補欠として大脇雅子君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(井上裕君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(井上裕君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に大脇雅子君を指名いたします。
    ─────────────
#5
○会長(井上裕君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日も、本調査会のテーマである「二十一世紀における世界と日本」のうち、国連の今日的役割について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 本日は、フェリス女学院大学国際交流学部教授武者小路公秀参考人に御出席をいただいております。
 この際、一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席をいただきまして、大変ありがとうございます。
 本調査会では、国連の今日的役割につきまして重点的かつ多角的な調査を進めており、本日は、国連の経済・社会問題への取り組みにつきまして参考人から忌憚のない御意見を承りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。何とぞよろしくお願いをいたします。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、国連の今日的役割のうち経済・社会問題への取り組みについて、武者小路参考人から四十分程度御意見をお述べいただいた後、午後五時ごろまでを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
 なお、意見、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、武者小路参考人から御意見をお述べいただきます。武者小路参考人。
#6
○参考人(武者小路公秀君) まず初めに、参考人としていろいろ意見を述べさせていただきますことを大変光栄に存じます。
 わからないこともたくさんありますので、まず初めに正直に私の考えを申しますし、後からどのような御質問にも対応はいたしますが、わからないことはわからないと申しますので、あらかじめ御了承いただきたいと思います。
 まず初めに、私に与えられました役割につきまして私なりの理解がこうだということを申し上げ、それから結論としては三点の結論に話を持っていきたいということを申し上げたいと思います。
 この「国連全般」の資料はお持ちでない方も多いとは思いますので、一応読み上げさせていただきますが、国連における経済、社会、それから文化もそれに入ると思うのですが、それについてお話をしますときに、そのよりどころとなっているのは国連憲章の五十五条と六十二条ということでございます。
 第五十五条をまず読み上げさせていただきます。第五十五条、「目的」、「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の平和的且つ友好的関係に必要な安定及び福祉の条件を創造するために、国際連合は、次のことを促進しなければならない。」、「a 一層高い生活水準、完全雇用並びに経済的及び社会的の進歩及び発展の条件」、「b 経済的、社会的及び保健的国際問題と関係国際問題の解決並びに文化的及び教育的国際協力」、「c 人種、性、言語又は宗教による差別のないすべての者のための人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守」、これが第五十五条でございます。
 第六十二条、これは経済社会理事会の一般的権限について述べておりますが、「1 経済社会理事会は、経済的、社会的、文化的、教育的及び保健的国際事項並びに関係国際事項に関する研究及び報告を行い、又は発議し、並びにこれらの事項に関して総会、国際連合加盟国及び関係専門機関に勧告をすることができる。」、「2 理事会は、すべての者のための人権及び基本的自由の尊重及び遵守を助長するために、勧告をすることができる。」、「3 理事会は、その権限に属する事項について、総会に提出するための条約案を作成することができる。」、「4 理事会は、国際連合の定める規則に従って、その権限に属する事項について国際会議を招集することができる。」というこの経済社会理事会の役割と、経済社会理事会が扱う経済的及び社会的国際協力、これについての国連の現状、そしてそこで出てくる問題について、参考人として意見を述べさせていただきたいと思います。
 その場合に、三つのことを最後に整理して御提案させていただければと思います。
 三つのことというのは、経済と社会と人権、文明、文化、そういう問題がみんな重なり合っておりますけれども、まず第一点としては、経済の問題を中心にして国連の中で非常に激しい論争が行われている中で、日本としては現在のグローバル経済のネオリベラル的な傾向というものに何らかの規制をかける、そういう動きを支える必要があるのではないだろうかということが第一点でございます。
 第二点は、むしろ、これまでも日本がやってきたことではありますけれども、経済、社会、文化問題についていろいろな経済協力を国連を通じて強化する、その場合の原則をはっきりするということ。
 第三番目は、人権の文化を二十一世紀に創造するということが一つのねらいにはなっておりますが、アジアでは人権というものの普遍性に対するいろいろな疑問の声も挙がっておりますので、そういう問題を踏まえて、文化的な問題について人権の問題を中心とする対話というものをいろいろな国の間で起こす必要があるのではないか。この点では、日本の方がユネスコの事務局長でありますし、国連大学の本部が日本にあるということを活用していただければと。その三つの点に最後は行き着きたいと思います。
 まず最初に、この三点の関連が、さきに読み上げました国連憲章の中の経済問題、社会問題についての役割、特に経社理、経済社会理事会の役割とどんな関係があるかということを簡単にまず整理したいと思います。
 皆様のお手元にある表を二つ見比べていただけるとありがたいと思います。
 一つは、この「国連(経済・社会)」という私の参考人としての報告に関連する冊子の一番最後に「国連をめぐる国際システム概念図」というものをつけております。これは私なりの解釈でございますが、国連というものが経済、社会あるいは文化の問題を取り上げるときには、いろいろな機関が参加しているということでその間の関係を考える必要がありますが、国連は国連だけで何かをやるということはできないので、まず、国連はやはり国家によってつくられた機関ですので、国家間のシステムというものが国連のいわば上の方にあると。
 それからもう一つ、近ごろ非常に注目されておりますNGOと言われているいろいろな運動体がありまして、それが構成している国際市民社会というものがあるというふうに申し上げたいと思います。
 大抵の国際関係論をやっている人はここまでのところはみんな同意見かと思いますが、私がそれに加えますことは、底辺社会というものがもう一つあるということを強調させていただきたいと思います。
 底辺社会は日本にもありますし、ホームレスも日本にもいますし、無償労働者と書いてあるのはこれは間違いでして、非合法に入国をしている労働者ということでございますが、移住労働者ですね。それから、アンペイドワークという意味で無償の仕事をしている人たちのことを無償労働者というふうに書いてありますが、そういういろいろな人々が、日本にも底辺社会はありますが、アフリカに行くと四〇%、五〇%、六〇%の人たちがむしろ底辺社会に入っているというふうに考える必要があるのではないかと思います。そして、底辺社会に対しての国連の活動というものが経済社会理事会の中で非常に大きな役割を占めているということで、その部分があるという話もつけ加えさせていただきたいと思います。
 ただ、この国連の仕事について考えます場合に、一般に言われている通説に従いますが、やはり国連は二つの大きな仕事をしていると言われています。
 一つは、いろいろなコンセンサスをつくる、コンセンサス形成の機能であるというふうに言われていまして、コンセンサス形成というのは、国家の間に、加盟国の間でいろいろな決議をしたりあるいは条約を結んだり、いろいろな形でコンセンサスを形成するということで、この中には国連がいろいろな問題について、例えば九五年には北京で世界女性会議がありましたけれども、女性問題についてのコンセンサスを形成するということに国連は寄与しているという、そういうコンセンサスビルディングという役割が一つあります。
 それからもう一つは、サービスを提供する、このごろはガバナンスという言葉がよく使われますけれども、グローバル・ガバナンスでグローバルな問題の環境問題ですとか貧困の問題ですとか、いろんな問題についてその問題を正しくうまく解決していく、対処していくという、そういうサービスの機能というものがあります。
 実は一般的に、常識的に申しますと、コンセンサスを形成する方が平和とか安全の問題で、経社理で扱っているような問題はむしろサービスを提供する、援助を出す、そういうことが中心であるというふうにみなされがちであります。でありますが、実はそうではないという一つの重要な意見があります。
 国連の改革ということを一九八〇年代の終わりごろから非常に積極的にいろいろ発言をしていました、もう引退しましたが、ベルトランさんという国連の職員だった人がいますが、ベルトランさんの主張によりますと、国連の活動の七〇%はコンセンサスをつくるということであり、サービスを提供するのは三〇%にすぎないんだ、それなのに国連というのは、ユニセフとか難民高等弁務官事務所とか、いろいろなところで援助を出したりしていることが中心なように思われているけれども、経済・社会問題についてもコンセンサスビルディングの方が大事なのだということをベルトランさんは言っています。七〇%、三〇%というのはかなりいいかげんな数字で根拠はありませんが、ベルトランさんがそれを言ったのは、私たちを含めまして国連の研究者は、何か国連がとにかくいろんなサービスを提供するということで貧困を撲滅すればいいんだというような考え方を持っている人たちが先進国にもいるし、第三世界、発展途上諸国の大部分の人たちはそれを期待して、余りコンセンサスビルディングの方を注目していないということがあります。
 そこで、私の問題提起は、コンセンサスビルディングの方から入って、それから次にサービスの提供の問題に話を進めさせていただきたいと思います。
 コンセンサスビルディングについて御説明をします場合に、大学で話をしますと、時間もありますし、いろいろへ理屈を申しますが、先生方に余りへ理屈を申し上げても失礼かと思いますので、一つの具体的な例を挙げましてコンセンサスビルディングの問題というのは今こうなっているんだということを申し上げて、そこをきっかけにして後から御質問いただいて私の説明の足りないところを補わせていただきたいと思います。
 実は、これは泥縄の仕事になってしまいましたが、けさ、国連のホームページを開きまして、恐らく出ているだろうと思ったことを調べましたら、果たして出ておりました。それはどういうことが出ていたのかといいますと、シアトルにおける混乱というものはUNCTADの存在意義というものを高めたという国連なりのかなりの宣伝文句が書いてありました。これはどういうことかと申しますと、シアトルで御存じのようにいろいろなNGOがデモをしたりしたということもありますが、実は、そのデモをしたから世界貿易機構の決議ができなかったということではなくて、日本も含めて農業問題とかいろいろな問題をいろんな国が出していて、もともとまとまらなかったのではないかと私は思いますが、しかしそのまとまらなかったことをさらに強化する形でNGOの市民運動の動きがあったということは確かにあります。
 ところが、そのことはそれでおしまいではなくて、国連に波及をしているということがあります。と申しますのは、WTOは御承知のように国連の外にアメリカが中心になってつくった機構です。これはある意味では国連を尊重するという立場から考えるとかなりおかしなことだと私は思いますが、しかしいろいろな、環境団体とか第三世界の貧困を撲滅しようという団体とかが集まりまして、そして自由貿易ということをとにかく最後まで規制を撤廃してやらせようとしているWTOに問題を提起していました。
 それに対してUNCTAD10というものが二月にバンコクで開かれました。UNCTADというのは貿易と開発、トレード・アンド・ディベロプメントについての国連会議ということでございます。この会議は、実は六〇年代の中葉にできまして、第三世界のG77が中心になって先進工業諸国に対して、貿易の不公正な関係というものを改めてくれ、交易条件が余りにも不公平だから貧困がどうしても続くのだということで主張してつくった一つの国連の機関であります。この機関は、皆さんのお手元にあります総会を中心とした国連機構図をごらんいただきますと、総会が設立した機関ということで、左の肩のところに五つ目、国連貿易開発会議、UNCTADというのが出ております。
 この会議というものが六〇年代から七〇年代の初めにかけては実に活発に行われまして、そこから新国際経済秩序のような、先進工業諸国、日本も含めて、かなり迷惑ないろいろな考え方を出しました。ところが、七〇年代の後半から開発途上の国々が借金で首が回らなくなったおかげで、UNCTADはほとんど機能停止をしておりました。実は、WTOができたりしましてもうUNCTADはだめになったのかと私は思いまして、私の友人がUNCTADに勤めたいと言っていたのでとめたぐらいなのですが、しかしWTOが自由貿易主義一本やりでやったために第三世界の国々が非常に抵抗しまして、そのおかげでUNCTADがまた急浮上しております。
 そして、NGO、民間の運動の方は、シアトルに行ってデモをしていた運動体がみんな、みんなではないかもしれませんが、今あるいは先週まで日本からも支援の人たちがたくさん行っていましたけれども、そこでUNCTADと協力をして自由貿易の持っている非人間性を批判することをやってきました。そういうことでUNCTADというものが急浮上したということを国連のホームページが自慢しております。
 こういうふうな形で、片や世界貿易機構、WTO、片やUNCTAD及び先ほど申しましたような市民の運動、そういうものが今張り合っているということがあります。
 日本の財界の方がダボスで正直なことをおっしゃったのでとても立派だと思いますけれども、たたかれるのを承知でおっしゃったと思いますが、要するに、WTOに対するNGOのやり方はあれは困るんで、NGOというのはいいNGOもあるけれども乱暴なNGOもあって、何でもNGO、NGOと言っていいかげんにつき合うのはだめだということを財界の方がおっしゃいまして、NGOがまた、たたきました。そういうことで日本の方もこの論争には入っておられます。
 しかし、逆の立場からこの論争に入っておられる方もいらっしゃいます。別に名前は挙げませんが、日本国の大蔵省の非常に有力なメンバーの方が、もう引退されましたが、やはり自由貿易主義のWTOあるいはIMFあるいは世銀、そういうものに対するかなりの批判をしておられる方がいらっしゃいましたし、今も大蔵省の中にはその残党の方がいらっしゃるのではないかと思います。
 ということで、ですから日本の中にも自由貿易万歳という考え方と、規制を全然しないでおけばいいというのはいいかげんだという考え方と、両方あると思いますが、私は、できますことでしたら自由貿易万々歳でない立場を日本がとってくださることが、日本の今の経済的な窮状の中でいろいろ苦労しておられる方々のためにも、中小企業とか農業とかいろいろなところの問題を解決するためにも、あるいは日本がいろいろなところに経済協力をしている、その経済協力の相手になっている方々の貧困を撲滅する意味でも、必要ではなかろうかということを申し上げたいと思います。
 このところでもう一つ、UNCTADの話を簡単にさせていただきたいと思います。
 これは、UNCTADのときにILO、国際労働機関の事務局長のホアン・ソマビアさんが実に立派な演説をしております。余り細かいところまでは入りませんが、その前に、さっき申しました国連の広報センターで出しているホームページについてもう一つ申し上げたいと思いますが、WTOの問題というのは、いわゆるグリーンルームエフェクトであるということがありますことをもう一つ強調したいと思います。
 グリーンハウスエフェクトというのは地球の温暖化ということで言われますが、グリーンルームエフェクトというのはそれと全く関係がありませんが、似たような名前がついております。グリーンルームエフェクトの前に、実はローズルームと言ったんじゃないかと思いますが、世界銀行の決定というのはピンクの壁のある部屋で決まるということで、そこに金持ちの国の人たちだけが集まって決めている。それに対して今度WTOは、グリーンの壁のある部屋に金持ちの国だけが集まって相談をして何でも決めている、これがあるから困るのだということを国連のホームページが書いているというのはかなり無遠慮な話だと思いますが、そういう要するにつばぜり合いと申しますか、ネオリベラル派とそれに対する反対派の闘いというものはかなり厳しくなっているということがあります。
 その中で、このホアン・ソマビアさんは実は反ネオリベラル派の中心人物になっています。彼が去年からILOの事務局長になりましたが、彼のUNCTADでの発言の中心は、一つだけ申し上げたいと思いますのは、彼が新しい考え方を打ち出しているということです。それは、まともな仕事というふうに訳すことができるのではないかと思いますけれども、ディーセントワークができるようにしなければいけないということを主張しています。
 レーバーと言わないでワークと言ったのは、実はこれは女性運動の中から非常に出てきています主張で、アンペイドワークという、女性が金を払われないで仕事をしている、それが非常に大事な仕事をしているんだと。それを、金を払えという運動ですが、ホアン・ソマビアさんは労働の代表であるにもかかわらず、労働と言わないで仕事というふうに言っている。つまり、金を払う払わないにかかわらず、仕事をすることが人間の大きな役割である、それに対して問題なのは、ディーセントな、まともな仕事ができないような世の中は何とかしてもらわないといかぬということを言っているわけです。
 そして、その意味で先生方に訴えたいと思いますことは、今日本でグローバルスタンダードに従っていかなければいけないというお話がありますが、本来のグローバルスタンダードというのはどこかから来るものではなくて、私たちがつくるべきものである、そしてそれは国連でつくられるグローバルスタンダードである。そのグローバルスタンダードというのは、このホアン・ソマビア氏の主張によりますと、ちゃんと床がある、これ以上下がることのない、そういう最低限のまともな仕事があるようなそういうスタンダードをつくってくれないで、ただ競争、競争と言ってグローバルスタンダードでどんどん仕事の質が悪くなるということは困るという主張があります。
 そういうことで、まず第一点として皆様に御提案させていただきたいと思いますことは、国連の社会・経済問題についての、今申しましたような、ちゃんと床のある家を建ててもらいたい、まともな仕事ができるような経済状態をつくってもらいたいということを日本が、ILOでもそうですし国連全体の議論の中でもそうですし、人権委員会でも貧困の問題が出てきますので、そこでもそのことを主張していただく必要があると思います。
 日本が安全保障理事会の常任理事国になることを非常に希望しておられることについてはきょうは何も申し上げませんが、しかし日本は既に世界銀行、IMF、そしてWTOで大株主ですから、とても大きな発言権を持っている、その発言権をまず使っていただくということが大事なのではなかろうか。そういうことをすれば第三世界の国々も日本を支持し、日本がもしも安全保障理事会の常任理事国になりたいのであれば、やっぱり第三世界の票も大事にする方がいいのではないかということが第一点でございます。
 これは、グローバルスタンダードというものを確立することについての日本の貢献がひとつ期待される。ネオリベラルな経済というものを日本の中でも反対しておられる方がある。遠慮して申しませんでしたが、場合によっては後で記録から抹消していただくとして、私は尊敬している方ですので榊原先生のお名前を一応申し上げても差し支えないと思います。榊原さんがアジアの通貨基金というものを提案されて、それがアメリカの圧力でだめになりましたけれども、あれができていれば金融危機も大分和らげられたであろうということをかなり日本が嫌いな東南アジアの経済学者も言っていました。そういうことが第一点でございます。
 第二点は、今度はサービスを提供する方の、社会・経済問題のサービスのことについての問題を提起させていただきたいと思います。
 社会・経済問題についてのいろいろな経済協力ということをやります場合に、日本としてはかなりいいことをしてきたかどうかはわかりませんが、言ってきたということがあると思います。まず褒めておいてから後からちょっと批判をさせていただきたいと思います。
 これは一月二十八日の河野外務大臣の外交演説の中の一節ですが、これは小渕首相の考え方をやはり表明しておられる面もあるのだと思いますが、より人間的な未来という小見出しがつきまして、我々が目指すべき未来は、戦争や紛争がないということにとどまらず、個人個人がより人間らしい生活が営める未来でなければなりません、このような未来を築くためには、貧困、地球環境問題、国際組織犯罪、テロといった個人の生存、尊厳、生活にかかわるさまざまな問題について、人間の安全保障の視点を踏まえて取り組みを強化しなければなりませんということが言われて、人間の安全保障ということが一つのテーマとして出されています。
 漏れ承るところでは、今度の七月に開かれます沖縄のG7プラス1のサミットにおいても、日本は人間の安全保障ということを一つの目玉商品としていきたいというお話があります。これはとてもいいことだと思いますし、そういう形で人間の安全保障のためにいろいろな形の経済援助をしていく、技術協力をしていくということはよろしいことだと思います。
 ただその場合に、具体的な例を一つだけ申し上げまして先生方の御批判を仰ぎたいのですが、人間の安全保障というときに、例えば人身売買で日本に売られてくる女性たちの問題が取り上げられています。これは日本だけではなくて、先進工業諸国がみんな心配をしています。これはとてもいいことなのですが、今、先進工業諸国が中心になって国連のウィーンの国際犯罪防止委員会ですか、の方で議論になっております国際組織犯罪を防止し処罰するための協定の中に人身売買の問題の協定が出ておりますが、その場合に、悪いことをしているやくざとかそういう犯罪組織を取り締まるということが出ているのはとてもよろしいのですが、取り締まるのは公序良俗を乱すから取り締まるということで、被害者の人権ということを余り考えておられない。
 そういうことで、先ほど申しましたような二つの流れが国連の中にありまして、それは要するに取り締まりをする警察とかそちらの方の立場からの動きが進んでいまして、これが日本で言う人間安全保障ということになっております。日本人の安全を守るためにそういう悪いことを取り締まる、これはとても大事なことですが、もっと大事なことは、被害者になっている女性一人一人の人間の安全を保障することが必要になります。
 ところが、その場合には、人間の安全ということよりも、密輸されてきているそういう人身売買された女性はいわゆる非合法入国、不法入国をした人たちだからということで強引に送還される、あるいは送還する国がどこだかわからないときには、送還をする前に入れられるところで何年も待たされているような女性もいるわけです。その人たちの人権のことも、その人たちの人間の安全も大事なんですけれども、そっちは余り考えられていない。
 特に、人間の密輸、密売ということを禁止する協定というものも議論されていますが、そこのところでは、人間を密輸、密売する人たちを捕まえるのはよろしいんですけれども、密売されてきた人たちの中に難民がたくさんいる。だけれども、難民の認定なんてとても受けられないような難民ですから、現実問題としては不法入国者としてひどく扱われる。そちらの方の人間の安全をやはり人間安全保障というときにはお考えいただけるとありがたいということを申し上げたいと思います。
 そういう意味で、人間の安全保障ということを日本は言ってとてもいいということ。しかし、そのことは、弱いものの人間の安全、日本人一人一人の市民の安全ももちろん大事ですから、それをしないで犠牲者の安全だけを守れとは申しませんが、やっぱり安全というのは相互の安全保障でお互いの安全を守るようにしていただくことが大事ではないかと思います。それが第二点です。
 それに関連してもう一つ注目していただきたいと思いますことは、国連の人間の安全保障ということで日本が今までやっていることの中に、人権のための技術協力の基金へのお金も相当日本は出しています。私も国連の人権のための技術協力基金の理事をやっていまして、日本が相当金を出していただいているので非常に鼻が高いということをまず申し上げたいと思います。
 しかし、そこのところをもう少し広げて考えていただく必要があると思いますのは、人間の安全保障とかそういう立場から考えますと、人権のための技術協力というのは、実は人間の安全保障のための技術協力のかなり大きな役割としてあるはずなんですけれども、日本だけではなくて世界的に人権のために金を出すというのは非常に少ないわけです。ODAならたくさん出るんですけれども、人権のためには余り出ない。外務省の中では、その意味では、経済協力局は非常に仕事のしがいがあり、人権難民課は余り仕事のしがいがない、そういうバランスに欠けたところがありますので、そこのところを、国連に対する技術協力をするときに、人権の問題を含めてもっと手厚く人間の安全のための技術協力ということをしていただけるとありがたいと思います。
 と申しますのは、人権のための技術協力の非常に大きな部分というのは、いろんなところで紛争が起こって解決しようとしているけれども、その後でどういうふうに普通の平和な生活に戻れるかということを考えるときに、どうしても人権が破られている。それを直さなければいけないというので、お巡りさんの人権教育だとか兵隊さんの人権教育だとか、そういうようなことに技術協力をしようということですので、これはやはり平和構築の大きな役割になるのではないかと思います。
 これは日本だけが金を出せと言っているのではなくて、日本が言い出しっぺになって、例えば今度の七月のサミットで、日本だけが出すというんじゃなくて、先進国はそこのところにひとつ金を出そうじゃないかと。人間の安全保障ということを目玉商品としておっしゃってくださるのであれば、その中で人権のための技術協力をもっと大事にしようということを言っていただくことが非常に大事なことではないかと思います。
 今まで日本の技術協力、経済協力はとてもよかったんですが、しかしやっぱり建物とかハードの部分に集中していまして、平和構築ということを言うときにも地雷の除去とか、それもとても大事なんですけれども、地雷を除去するだけではなくて、そこに住んでいる人たちが人権を守られるような形で、場合によっては土地を奪われていますから、その土地を奪われた人たちが、農民がちゃんと自分の土地を持てるようにするとか、そういうことのための技術協力ということがかなり大事ではないかということが第二点でございます。
 第三点は、これは私が国連大学に勤めていたということもあって申し上げるということを正直に申しますが、やはり日本は先進工業諸国の中でヨーロッパでもアメリカでもないアジアの国だということでかなりの苦労もしてきましたし、ある意味ではまた逆にほかの非西欧諸国の苦労もわかるのではないかと思います。その意味で、アメリカとかヨーロッパの国々はかなり強引に人権の普遍性ということを主張して、人権が普遍であるからそれを守っていないような国には経済援助をやらないとか、そういういじめのような制裁を加えるところがあります。
 私も人権NGOで働いていますので、人権を大事にしていただきたい。その意味では、日本がもう少し人権を大事にして、ミャンマーなんかには経済協力をしない方がいいということを言いたい面もありますけれども、しかし、日本の外交の中で、アメリカに何でもまねをしている中で余りまねをしていなくてよかったと私が思っているのは、そういう人権問題を何か頭ごなしに、守らないやつはけしからぬというふうに言わないで、もう少し柔らかく人権のための技術協力とかそういう形でだんだんに人権が守られるようにしていくという、その知恵は私はいいのではないかと思います。
 そこで、問題なのは、やはり文明の問題が出てまいると思いますが、日本にそもそも国連大学の本部を誘致された方々は、やはり文明間の衝突というものが出てくるということを予知していて、その衝突をむしろ対話で防止する、そういうことで対話ができる場所として日本に国連大学の本部を置くということを希望されたと思います。具体的に申しますと、永井道雄先生にいろいろ私は教えを受けたのですが、永井さんの考え方はそういうところがありまして、とてもそれが大事ではないかと思います。
 そういうことで、最後にもう一点申し上げたいことは、これは先進国であることをやめるのではなくて、しかし先進国以外のアジアの国々の立場、考え方、そういうものを受けとめて、そして日本は、対話の可能性をつくっていく、そういう国連大学あるいはユネスコを支持する、そしてそこで一味違った、政治経済だけではなくて文化についての日本の特色のある国連外交を展開していただければありがたいと思います。
 時間が超過して申しわけございませんでした。
#7
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
 これより質疑を行います。
 本日も、各委員から自由に質疑を行っていただきます。
 なお、委員におかれましては、できるだけ多くの委員が質疑できますように御発言は簡潔にお願いいたします。
 また、質疑時間が限られておりますので、参考人におかれましても、御答弁は大変恐縮ですが簡潔にお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いします。
#8
○佐々木知子君 レディーファーストでありがとうございます。
 有益な話をどうもありがとうございます。
 私、前の職業の関係で国連に何回か行ったことがあるんですけれども、NGOがたくさんいるんですよね。日本というのは大体パブリックでやってしまうので、ボランティアという感覚も割と少ないですし、NGOという感覚が非常によくわかりにくいんですけれども、何か国連NGOの認定を受けるために結構頑張ったりとかするところも多いようですけれども、恐らくは国連NGOとして認定されると何らかのメリットがあったりとかいろいろあるのではないかというふうにも、うがった見方はしているんですけれども。
 先生、今いいNGOと悪いNGOがあるとおっしゃっておられて、私もそのとおりだと思うんですけれども、NGOのいろいろな実情とかを先生御存じであれば教えていただきたいということと、それとNGOと国連の本体がどのように機能的に有機的に関連して動けばいいだろうかという、先生の理想論というんですか、今、人間の安全保障とか人権のための技術協力とかいうふうにおっしゃっていましたけれども、例えばNGOはどういうことをして国連の本体はどのようにあるべきかとか、そういう具体例みたいなものを挙げていただければわかりやすいかと思うんですけれども、よろしくお願いいたします。
#9
○参考人(武者小路公秀君) ありがとうございます。とても大事な御質問で、できる限りお答えさせていただきたいと思います。
 まず、NGOのやっていることと国連のやっていることは、先ほど言いましたようにやはり二つありまして、一つはコンセンサスをつくる、ですから、具体的には例えば人権基準を定める、そういう条約をつくってくれとか協定をつくってくれとか、それを守ってくれとか、そういうことをやる側面と、それから実際のサービスをする、地雷を除去したり井戸を掘ったりする、その二つの側面があると思います。
 理想の方から先に申しますと、コンセンサスビルディングをするところでは、やはり国家だけが出ていますとどうしても国益という立場が先に立って、人類益というものがおくれると。そういう意味で、NGOのフォーラムが一番初めにできました七二年のストックホルムの人間環境会議では、NGOのフォーラムがあって、そこに水俣の被害者の方たちがいらっしゃったということで、それを見て国の代表がいろいろ議論する、そういうことで国の議論が現実問題に近づくということがありますので、やはりNGOは国の出している報告に対して、例えば人権委員会で、これは私が手伝っているところで今やっていますが、日本の政府の方から人権委員会に人種差別撤廃条約の定期報告が出てまいります、それに対して私どもは文句をつけるカウンターリポートを出します。それは外務省から見ればとても迷惑なことだとは思いますが、それによって議論が豊かになるということが理想であると私は思います。
 それからもう一つは、井戸を掘ったりなんかするということですが、そこのところでは、先ほど言えなかったのですが、皆さんに底辺社会が大事だということを申し上げました。実は底辺社会の代表というのは国連にだれも出てきていません。NGOも底辺社会のNGOというのはないわけです。ですけれども、底辺社会の中で仕事をしているNGOはたくさんアフリカの村とかに入っている人たちがいますから、その底辺社会とのつながりのところでNGOが国もできないし国連もできないことをやる。それによって国連の方に底辺社会の人たちはどんなことで困っているのか、外から見ると何か原理主義でけしからぬと言われている人たちも、実際には何を考えているのかということがわかるのはそういうNGOがありますので、そこのところのつながりをつけるという役割、底辺社会とのコネをつけるということがもう一つNGOの大事な役割ではないかと思います。
 ただ、実際にそれをやらないで、むしろ金を財団から取って官僚化しているNGOがたくさんあります。そのことについては触れません。
#10
○大脇雅子君 社会民主党の大脇です。
 武者小路先生がいわゆる人権文化を創造するために対話を中心とした外交を提唱しておられるわけですが、アジアにおける人権の普遍性に対する疑問というのは、西欧文化の価値基準に対する根底からの疑いというものがアジアの社会の底辺にはあるのではないかというふうに考えるわけですが、今私たちは外交問題に底辺社会を視座に入れるということはほとんどなされていないわけですが、日本のこれからの人権外交というものに対してどのようにあるべきかということについて、もう少し詳しくお話しいただけるとありがたいんですが。
#11
○参考人(武者小路公秀君) 日本の人権外交はどうあるべきかという御質問にお答えいたします。
 三つのことが大事になるのではないかと思います。
 一つは、日本の、先ほど申しましたように、ヨーロッパ的なものとアジア的なものと両方を経験しているという、そういう文化のレベルのことがあると思います。やはり人権というものはもう固まっていて、ヨーロッパからそのまま伝わっているという事実は残念ながらあるのではないかと思います。ただ、ヨーロッパから来たものが悪いというふうにはね返すということは余り意味がないということがあります。ですけれども、それは、私たちはそう言っても、そう考えない方が例えば中国とかそういうところではたくさんいらっしゃるので、ただヨーロッパから来たけれどもいいという、そういうふうに簡単に決めつけないで、やはり対話をしていくという必要があると思います。
 その対話をするというときには、単純に割り切って申しますと、人権法と人権教育と二つあると思うのですが、法律は、やっぱりヨーロッパでできた人権法というのはすばらしいので、いろんな女子差別撤廃条約とか人種差別撤廃条約とか、そういう条約を含めて、日本が人権外交をやるのであれば条約をちゃんと批准し、批准する場合にも留保をつけないで批准をするということが、まず片方では必要だと思います。
 ですけれども、人権教育というところで考えますと、ただ法律を教えるというのじゃなくて、物の考え方とか感じ方とか、お互い人間についていたわりの気持ちを持つとか、そっちの方は、ある意味ではアジア的な感性とかアニミズムも含めて、仏教あるいは儒教、道教、そういうところにはヨーロッパよりも豊かな人情というか人間性があるので、それを使って人権教育をするということも大事です。ヘーグでは、仏教をもとにして人権教育をやって、座禅を組んでからみんなで話し合うというようなことさえもやられていますので、それが第一点です。
 第二は、今度はさっき申しました人権の協力のことですけれども、例えば中国に対してアメリカがいろいろ人権をもとにして圧力をかけていますが、中国はそれに対してすごく反発をしています。ですけれども、一昨年、メアリー・ロビンソン人権高等弁務官が中国を訪れまして、それで中国のお巡りさんの研修だとか刑務所の看守の研修だとか、あるいは中国の刑法、刑事訴訟法をつくるための専門家を派遣するということに対しては、中国はすごく協力的になっています。
 そういう意味で、日本はそういう人権のための技術協力、ただ悪い悪いと言うのじゃなくて、悪いところをどう直せばいいかというための協力をするというのが第二にとても大事ではないかと思います。
 第三には、やはりできることでしたら人権外交は、まず日本はアメリカの友好国でありますから、アメリカに対して、人権についてただ頭ごなしに何かやるんじゃなくてもっと親切になりなさいということを教えてあげる必要があるし、アメリカの人権運動と日本の人権運動が一緒になってそういうアメリカの、これは全然悪気があってじゃないんですが、すごい使命感があり過ぎるアメリカの人権外交の使命感を少し和らげるということが、日本の人権外交の第三の柱としていただけるとありがたいと思います。
#12
○塩崎恭久君 先生、きょうはお話ありがとうございました。
 今の御質問のお答えに、人権外交、日本どうあるべきかという話がありましたが、先ほどの先生のお話の中でミャンマーの話がちょっと出ました。私ども自民党の中でもミャンマーに対する援助の問題について議論をする機会が時々あるわけでありますが、私自身も二年ほど前にヤンゴン空港というところへ行ってみて、夜に着くんですけれども、電気もほとんどついていない滑走路におりるぐらい怖いのはないなということをつくづく思いましたが、先般日本も援助を始めたわけですね。
 しかし、微々たる額をやっているだけなんですが、例えば中国で天安門事件があったにもかかわらず今日本はかなりの援助をしている。その一方で、ミャンマーについてはおっかなびっくり、特にアメリカを気にしながらというふうに外務省は言うと思いますが、やっているわけでありますが、先ほど、アメリカのように頭ごなしにやる人権外交はだめだけれども、もう少し日本らしい味を出したらどうだろうか、こういうお話がありました。
 そうしますと、今の三つの原則、対話、人権協力、それからアメリカなどと一緒にやるという、三つありましたが、じゃミャンマーで、先生がもし日本の外務大臣あるいは総理大臣であったら、人権を重視しながら日本がミャンマーに対してどういう貢献をできるだろうかというのを今の三つの原則に沿ってもし具体的にやるとすれば、じゃ空港を初めとするODAはもうやめてしまうのか、やるとすればどういうペースでどの程度までやるのか、本当にちょっとしか今やっていないわけでありますけれども、それでもいろいろ批判を受けたりするということでありますが、どのように具体論としてお考えになっているか、お聞かせいただければと思いました。
#13
○参考人(武者小路公秀君) はい、わかりました。
 今の御質問、私なりの答えをします。ただ、私のお答えすることは、人権問題のNGOとか、そういうところではあくまでも少数派の意見であるということをまず申し上げたいと思います。人権の運動をやっていれば、やっぱり人権を大事にしろというのは当然で、私のような意見というのはおかしいというふうに言われます。
 しかしその点で、まず第一に、具体的なことから申しますと、ODAの中で、例えば軍事的な利用ができるODAはしないということは、明らかに今既にそういう実効があると思います。ただ、ODAの中で、例えばトラックを出したらそれが兵隊を移動するのに使われるとか、そういう両用のODAというのはかなりありますので、それはやめるべきだ、つまり軍事政権の権力基盤を強めることは避けるべきであると思います。
 それから、ODAの出し方として、現場でちゃんと使われるように、現場のNGOといっても余りやりませんから、何らかの形でそこの人々に直接影響が出るようにするということが大事だと思います。ですから、出し方が一つあります。
 それからもう一つは、やはりこれが、何と申しますか私の個人的な意見ですが、テレビの刑事物でも、厳しい刑事と優しい刑事がいて一緒に聞くとほろっと犯人が自白をするというところがあります。本当は、アメリカ的なこわもての人権外交と、もっと心優しい人権外交とが組み合わさるとちょうどいいのではないかと思われます。ですから、日本が何もアメリカにこわもてじゃいかぬということを言わないで、しかし、こわもてでないことを片方で、権力を強化しないような形で優しい援助をするということが大事だということはあると思います。
 それから第三番目は、さっきから言っていることですが、もしもできれば国連の、要するにバイではなくてマルチの経済援助をする。そのマルチの経済援助の中心が法律家、法律家というか弁護士が活動できるようにするとか、そういうことも含めての、人権の技術協力の国連の活動に日本が積極的にリーダーシップをとるということができれば一番いいのではないかと思います。
#14
○緒方靖夫君 日本共産党の緒方靖夫です。
 大変有益なお話、ありがとうございました。
 やはり学界それからまた国連で大きな役割を果たされている先生ならではの御発言だということを痛感いたしました。
 私は、国連人権活動と日本政府のかかわりについてお伺いしたいんですけれども、人権については概念が随分変わってまいりまして、戦前でしたら、一国の人権状況について国際舞台でやるということは内政干渉ということではねつけられた。それが随分変わってきて、今一国の状況について、例えば国際人権規約を批准している国については国連でも定期的に履行状況についてその審査が行われる、そういう状況になっております。また、それぞれいろんなケースについて国連通報システムを確立しているという状況があります。
 そこでお伺いしたいのは、まず第一点ですけれども、日本政府の人権状況について国連の中でどのような見解が表明されているのか、その点についてまず一点お伺いしたい。
 それからまた、先ほど先生からお話がありましたけれども、例えば国連人権規約、これは二つありますけれども、それについての履行状況についての政府報告、そのまとめ方ですね。
 これまで例えば市民的政治的自由に関する国際規約については五回出されておりますけれども、最初は極めて秘密主義で、NGOが聞いても教えない、ずっと教えないという。二、三回目ごろから、向こうに到着してからはやっと教えると。それから二回ぐらい前からは、私も参加いたしましたが、ヒアリングを行う、各団体六分とかね。それからその次にはもっと時間をとって聞くとか、前進はしている、改善はしているんですけれども、しかし例えばオランダとか北欧諸国のように、政府がNGOと一緒になって議論をしながら政府報告をつくるというところにははるかに及ばない。むしろ日本政府はNGOをどちらかといえば厄介者扱いをするという傾向が強いんじゃないかと思うんですね。
 そうすると、政府報告づくりに見られるような政府とNGOの関係、これはどうあるべきか、その点をお伺いしたい。
 それから、最後にもう一点ですけれども、市民的政治的自由にかかわって附属の選択議定書というのがあります。これは、私も随分国連人権委員会でも聞いてまいりましたし、また国会でも質問したことがあるんですけれども、日本政府のスタンスはこれには反対だと。なぜ反対するのかというと、理由がいろいろ変わっているんですけれども、結局結論的には、日本は三審制であるけれども、もし最高裁の確定した判決に国連が意見を言ってそれが異なった場合には四審制になってしまうということを言うわけですね。
 そうすると、これは、選択議定書というのは、それぞれの国の人権と民主主義のバロメーターとも評価されていて、結局その自信のありようを示すわけですね、各国の人権状況についての。それを日本政府がいつまでも拒否する。以前にアジアで一国も批准していないから日本もやらないんだと言ったけれども、今や韓国やフィリピンやモンゴルとか、五カ国ぐらいアジアでも批准しているという状況になっていると。そういう中で、私は、これは日本政府は批准をすべきだと考えるんですけれども、先生の御見解をお伺いしたいと思います。
 以上でございます。
#15
○参考人(武者小路公秀君) 最後に御質問いただいたことから先にざっくばらんに申し上げさせていただきたいと思います。
 私も選択議定書は批准すべきであると思います。特に、個人通報ができるという形をつくるということがとても大事だと思います。
 しかし、そこで二つ問題があります。
 一つは、やっぱり正直に申し上げた方がいいと思いますので申し上げますが、どうも漏れ承るところでは、法制局というところで何が日本の法律に合っているか合っていないかということをお調べになって、法律に従っていれば批准してもいいということが一つの原則になっていますが、これは全く国際的な考え方と逆で、条約を結ぶのは法律が不備であるから条約を結んでおいて努力をするという、努力をした結果を報告書でまとめる、そういうはずなのに、逆になっているということが一つあります。
 それからもう一つ、政府報告書をNGOとしていろいろ相談に乗らせていただくことは私もありがたいと思いますが、少なくとも今いろいろ政府とNGOとが話し合いをしている中で、とてもこれは無理だというふうなことを正直に申し上げたいと思います。
 つまり、政府の報告書というのは外務省がまとめますが、そこには法務省が入ったり労働省が入ったり厚生省が入ったり、いろんな省の報告を外務省がただまとめるわけです。ですから、全体的には人権政策というものは全然ありませんから、出てきた報告は非常に良心的ではあるけれども、全然問題にはこたえていないということになっています。ですから、人権政策というものをちゃんと持った上でいろんな省がいろんなことを持ち寄るという形がない限り、NGOが幾ら参加しても、持ち帰ってまたいろんな省庁で話し合うということでとても問題が解決できないという非常に難しい問題が日本の場合にはあると思います。
 ですから、何か人権を無視しているのではなくて、セクショナリズムとか法律主義というものが非常に強いということが日本の問題の一番中心になっているのではないかと思います。
 ですけれども、今、いいことを最後に少し言わないと申しわけないんで申しますと、少なくとも私が手伝っている反差別国際運動というところがありますが、私どもは従軍慰安婦問題についての国家の補償は絶対必要であるということを申し上げていて、外務省の方でもそういう考えを持ったNGOであるということは御存じです。ですけれども、人身売買とかそういう問題については外務省ともいろいろ御相談をさせていただいて、外務省の方でも使い分けをしているし、我々の方でも使い分けをする、そういう形でやっぱり問題を中心にだんだんにNGOと政府とが話し合えるような状況をつくっていくことが必要なのではないかと思います。
#16
○亀井郁夫君 先生からきょうは大変貴重なお話をお聞きしたわけでございますけれども、特に人間の安全保障という観点からのお話をちょうだいし、今度の沖縄サミットでもこれを目玉にしたらどうかというお話もあったわけでありますけれども、特に人権関係の問題になりますと、やはり心の問題に戻ってくることだし、同時にそれは教育の問題になるわけですね。
 特に宗教問題を背景にした民族間紛争等、非常に大きな問題がたくさん起こっておるわけでありますけれども、行き着くところはやはり心の問題であり教育の問題であろうと私は思うんです。同時に、そういう意味では、底辺社会あるいは発展途上国というのはまだまだ教育のおくれている地域もたくさんございますけれども、そういうことを含めて、国連としてはこういった教育問題に対してどのような取り組みをこれまでしてきたのか、これから今後どのようにやろうとしているのか、どうすべきかという、教育問題を中心にしてちょっとお話を伺えればありがたいのですが。
#17
○参考人(武者小路公秀君) ありがとうございます。
 今の御質問につきまして、教育をどのように国連で推進するかというときに、二つの考え方があります。
 これは私が勤めておりました国連大学でもそうですし、ユネスコでもそうですし、二つの教育というのは、一つは、私は垂直と水平というふうに分類していますが、要するに知恵あるいは知識は先進国の方にあると、それを伝えてあげるという知の移転というか技術移転とか、そういう教育というものと、それから教育というのは違った考え方を持った、違った歴史を持った、違った文化とか宗教を持った者の間でお互いどこが違うのか、どこが似ているのか、どうしたら折り合いがつくのか、そういうことをお互いに話し合ってお互いに啓発し合う、そういう横の並びというか水平の教育と両方あると思います。
 科学技術とか医学とか、そういう知識はやはり垂直でなければ、客観的にある知識というのはやっぱりアメリカにしかなかったり日本にしかなかったりしますから、それはそれで垂直でよろしいのですが、人権とか心の問題になりますと、ヨーロッパの心の方がアジアの心よりもすぐれているということはないと思いますし、そういう意味では、お互いにどういうふうに考えるかということを一緒に考えるような、そういうことが教育としてとても大事ではないかと思います。
 具体的には、例えば人権教育というときに、確かに人権の宣言を初めとするいろんな条約は上から教えなければいけないわけですけれども、しかしそれがどういう意味を持っているのかとか、心の問題を含めて解釈をするということになると、女子差別撤廃条約というのは別に女子差別撤廃条約があるからジェンダーのゆがみをなくすというんじゃなくて、なくしたいからそういう条約を使う、そういう形の内発的といいますか、中から教育の芽を育てていく、そういう教育が大事だと思います。
 現にそういうことをやろうとしているプロジェクトはユネスコにもありますし、国連大学でもそういうことをやろうとしている側面もあると思いますが、なかなかそれは上からの縦の技術教育の方がやりやすいですから、そっちの方がどうしても中心になっているという状況だと思います。
#18
○亀井郁夫君 ありがとうございました。
#19
○椎名素夫君 きょうは先生から大変いいお話を伺いまして、ありがとうございました。
 先ほど、最初にこの青い本の絵を見せていただいたんですが、この国際システムの概念図の中で、上から国家間システム、国連システム、国際市民社会、それから底辺社会。それと、あとおっしゃったことは、先生のおっしゃるネオリベラルというものが、こういうお話の中でいろいろといい世界を目指していることに阻害要因になっている場合が結構多いと。ダボスの例だとかシアトルの例とかお挙げになりました。
 NGOという言葉は、要するにノン・ガバメンタル・オーガニゼーションというと。こういう今我々が普通に言っておりますNGOのほかに、マルチナショナルのビジネスというのはまさに別の種類のNGOであって、そしてそれが一体、この中にはお書きになっておりませんが、どこに入るんだろうと思いますと、むしろこの絵の中でどこかに丸か四角で書くということよりも、この図は白地の上に黒で書いてありますが、この白地のところはこの字が、さっきローズとグリーンをお使いになったんでブルーにしましょうか、ブルーで全部かぶっているというのが今の実情に近いんじゃないかと思うんです。それがグローバルスタンダードとして、グローバルスタンダードというものをこの中に入れようと思うと、どこに入るというんじゃなしに、むしろこの図がその字の上に乗っかってしまっているというところが非常に問題だと思うんです。
 それは、お話しになった経済問題、社会問題、あるいは文化の問題、底辺社会の問題まで、濃い薄いは別にして、みんなカバーしている。これをどうするかということは、これは国でもだめだし、国連でもだめだし、NGOなどは太刀打ちもできないというようなことに対してどういうふうに考えたらいいのか。また、それをやれるような手があるのかどうかということについて、先生に御意見を伺いたいと思います。
#20
○参考人(武者小路公秀君) 今、椎名先生から御指摘いただきましたことは、私の概念図に多国籍企業が入っていないことについてとても正しい御指摘で、それからその含め方についてブルーということをおっしゃいましたが、まずその例えを敷衍させていただきたいと思います。
 ブルーなのですが、多国籍企業は濃いブルーから薄いブルー、一番上のところがすごい濃いブルーで、下に下がるに従ってだんだんブルーが消えてしまう。底辺社会のところには多国籍企業はほとんど入っていないと。だけれども、一番上のNAFTAだとかAPECだとか、そういうところはすごい濃いブルーで、すごい影響が強いということがあるのではないかと思います。
 これは私の感じだけではなくて、田中明彦さんという東大の国際政治の先生が「新しい「中世」」という本を書いて、そこに三つの世界があると。一番上が新しき中世で、国家だけじゃなくて多国籍企業とかいろんなものがグローバルに働きかけ合っている。私の国家間システムが第二で、第三が混沌とした、私が底辺社会と言っているものが、アフリカの国々とか全部含めて、つまり国家の体をなしていないところが一番下だということで分けておられまして、とにかくそういう多国籍企業が幅を一番きかせているところはグローバルな世界ではないかと思います。
 具体的には、やはり国家と多国籍企業とが一つの、メガコンペティションと言われておりますけれども、どんどん競争して大競争をやっている、それがネオリベラルな形で放任されていると。そして、そのコンペティションに参加できない者は利用されたり切り落とされたりする。そこのところの切り落とされているところが底辺社会で、利用されているところが国際市民社会というような、単純に言うとそういうところがあるかと思います。
 そこで、実は先ほど挙げましたILOのホアン・ソマビア事務局長が主張した、ちゃんと床のある家をつくってくれと、グローバルスタンダード、大競争に負けた者がどんどん落ちていくんじゃなくて、少なくともどこかで落下がとまるようにしてくれということを言っていますが、そのことを実現するためにソマビアさんが提起していることが三つあります。
 一つは、話し合いをして、そして一つのネオリベラルでは困るということをみんなで、みんなでというのは国のレベルでもそれから市民社会でも、あるいは小さな企業ですね、小さな企業もみんな困るから、みんなでどこが困るからどういうふうにして規制をかけるかという、そういうことが一つあります。
 これは具体的には、例えばトービン税とかいろんな課税をして、グローバルな競争の中でぼろもうけをしている者から金を取って、それをほかの方に回すと、環境税というふうなことが一つあります。
 それから二番目は、むしろローカルなネットワーク、中小企業だとか地場産業だとか、そういうものを中心にして、別の経済の仕組みというものは大規模でなくて、むしろ地場産業とかそういうものを中心にしてネットワークをつくって横に広がっていく、そういう別の経済というものは今余りにも小さいけれども、それをもっと大きくしていく必要があるというのが第二番目です。
 第三番目は、これはやっぱり労働問題の専門機関だから言うという面もありますけれども、やはりILOの場合には公益の代表と企業の代表と労働の代表と三つが話し合うという形ができていて、それでその中でソマビアさんは、企業がもっと社会に対する責任をちゃんと感じるように企業の方に働きかけて、そっちが労働とか公益と話し合って、そしてやってくれることが大事である。ただ多国籍企業が悪いということで責めるんじゃなくて、多国籍企業が自分で自己規制をするような、そういう動きを出していく必要があるということを言っておりまして、私もそうではないかと思います。
#21
○藁科滿治君 ドイツのある研究者が常任理事国の問題で、ドイツのことを例に挙げて分析されているわけですけれども、三つの物差しに照らして判断をする必要があると。
 第一は、軍事、経済、技術、この面で相応の力を持つと。それから第二は、財政負担で相応の力を持つと。それから三つ目が非常に重要なんですが、その地域でそれだけに評価される代表としてのふさわしい地位を持つと、こういう非常に客観的な論評を示しておるわけですね。
 私は、きょうはこの問題がメーンのテーマではありませんけれども、国連とのかかわり合いにおいて、我が国はという思い込みではなくて、こういうクールな客観的な評価を下しながら判断をするということも非常に重要ではないかというふうに思います。
 それで、きょう先生のお話を伺いながら、後半ちょっと感じておったんですけれども、アジアの中の日本の役割という面で、今サミットに向けて政府主導で大変な御苦労をされております。これはもうぜひやっていただきたいと思うんですね。しかし、一方でよく考えてみますと、これはサミットだけの対応じゃなくて、やっぱり今までも今後も含めて一歩一歩積み重ねていくということが非常に重要なんで、政府も、それから企業行動も、それから今言われているNGOも、やはりそういう行動を一歩一歩日常不断に積み上げていく、こういう姿勢が、我が国がアジアで評価されているんじゃなくて、アジアが日本を評価していると、こういう信頼関係につながっていくんじゃないかと私は思うんです。
 特に、定期的にアジアの主要国で日本に対する意識調査をやっておりますけれども、まだ依然としてソウルなんかでは余りよくないんですよね。だから余計私は、やっぱり客観的に冷静に日本がどういう評価をアジアの中で受けているかと、こういう物の見方が非常に重要じゃないかということを感じておりますので、御意見がありましたら承りたいと思います。
#22
○参考人(武者小路公秀君) 二つの点で回答させていただきたいと思います。一つは安全保障理事会の常任理事国ということで、もう一つはアジアの中の日本の問題と、一応私は分けて考えさせていただきたいと思います。
 というのは、私は、やはり安全保障理事会は基本的に改組しなければならないのではないかと思います。とても大事な機関ですけれども、安全保障理事会をつくったときには、要するに先進国同士が戦争する危険性があるからみんなで話し合っている。だけれども、今の紛争の大部分は貧しい国々の方であるので、貧しい国々が参加するような何か仕組みをつくらないとうまくいかない。ですから、常任理事国になるということが気持ちがいいというのはわかるんですけれども、余り意味がない。
 むしろ、今の安全保障理事会の問題は、本当の問題が、それこそ底辺社会の問題がわからない人たちが集まってああでもないこうでもないとやっていろんなことを決めていること自体に問題があるので、それを変えなければいけないというふうに私は思いますので、余り私は日本が、常任理事国になってそれで改組しましょうということを日本が言うのならそれはよろしいんですが、ちょっとそれは私は余り役に立つことではないというふうに考えております。
 それで、安全保障理事会を例えば経済問題も含めての安全保障理事会にしなければいけないとか、いろんなことがありますので、それが一つです。
 今度は日本とアジアの問題についてですけれども、具体的な例から申しますと、例えば二〇〇一年に南アフリカで反人種主義の国際会議を国連がやろうとしています。もしも日本が賢ければ、その反人種主義の会議を日本が支持して、そしてアフリカの国々に信用してもらうようにすることができると思います。もしも常任理事国になりたければそのためにも役に立つと思います。
 アフリカでは日本は全然悪いことを今までしたことはないし、ヨーロッパは相当悪いことを今までしてきたので、日本が出ていったらみんな喜びます。ですから、むしろアジア、アフリカの中でも、アフリカの方で日本が協力をするということが一つはとても大事ではないかと思います。アフリカとアジアが一緒になっていく中で、だんだんに近いところまで来ますと、それこそインドとかそういうところでも日本に対する関心が強いわけで、とにかくめちゃくちゃに悪いのは東北アジア、東南アジアが悪いわけです。ですから、悪くないところとの協力関係というものをとにかくまず第一にするということが必要ではないかと思います。
 それと同時に、しかし、やはり東アジアの中での日本に対する信頼ができるような情勢をつくる必要があると思います。この前、去年ですが、韓国の梨花大学の学生を連れて、これは女子大同士の協力でしたが、そのときに言われて、私が大事だと思っていたけれどもそれと関係があると思わなかったんですが、とにかくサッカーのことで日本と韓国が一緒にやるその前にもしも従軍慰安婦問題についての日本の国家補償の問題が解決していなかったら、あれは相当大変なことになりますよということを余り政治と関係のない女子大の学生が文句を言ったりしていまして、そこまで考えなきゃいけないのかというふうに思いました。
 だから、これはかなり早く何かしないといけない問題が韓国との間にもあるし、もちろん北朝鮮との間にもあるし、中国との間にもあるし、インドネシアとかそういうところでも、オランダ人との問題も向こうはありますから日本だけが悪いということではないですけれども、そういう問題についてみんなで、人種主義とか侵略とかそういうものについて日本も真剣に考えるということを、少なくともアフリカで会議をするぐらいのことはやってもいいんではないかと思います。
#23
○馳浩君 よろしくお願いいたします。自民党の馳です。
 先生にいただいたお話は、今般の沖縄サミットで小渕総理大臣が人間の安全保障という一つのカテゴリーを世界に訴える、ある部分では示唆をきょうのお話の中で与えていただいたのではないかと私は受けとめました。例えば、人権基準の確立、そして人権の擁護、人権を阻害する要因の排除、サービスの提供、これを国連という場を一つの手段として実現していく方向性を示すというのは日本としてサミットで訴えるべき内容なのかなという訴えであるように私は受け取りました。
 そんな中で私は思いましたが、アジアの中で日本がやっぱり信頼を醸成していくという一つのこれも手段でありますが、アジア歴史資料センターの充実ということについて私は非常に深く昨年来関心を持っておりますし、ここでぜひ、国内外の信頼すべき価値の高い資料をいかに収集することができるかということが一つのポイントになってくるのではないかと思っております。いわゆる歴史の事実を日本政府のリードによって解明していくという姿勢が、これは近隣諸国からの一つの信頼を受けていく近道ではないかというふうに考えておりますが、この点に関しましての先生の見識がありましたらひとつお示しいただきたい、これが第一点です。
 二点目に、先生、三つの提言をされた中で、人権文化の創造という中で、これはおっしゃっただけだったんですが、ユネスコの事務局長は日本人である、そして日本に国連大学があるというおっしゃり方をされましたが、ではこれをどのように活用していけばよいのだろうかという具体的な言い方をちょっとお伝えいただきたいと思います。
 我々も来週国連大学には視察に伺うのでありますが、行ったら私もいっぱい言いたいことがあるんですね。できたら先生なりに、国連大学にいらっしゃったわけでもありますから、私は政府やあるいは我々立法府が思っているほど日本国民に国連大学の役割の大きさというものは伝わっていないのではないかと。ではどのように今後活用していったらいいのだろうかということを常々思っておりますが、先生なりのお考えをお聞かせいただきたいと思います。
 それで最後に、先ほどの塩崎委員の質問とも重なりますが、対ミャンマー政策ですね。
 どうしても日本政府の場合には非常にアメリカの外交方針に追随する姿勢で、腰が一歩引けているというのが塩崎委員とも同じ私の判断であります。まさしくアメリカが、中国あるいは一九八九年のあのクレムリンの人権抑圧の状況から判断するに、対ミャンマー政策に対してはダブルスタンダードであるというふうに判断せざるを得ません。
 そんな中で、ではどう考えたらいいのだろうかと考えると、わかりやすいのは国益だろうなと思います。ミャンマーはアメリカの国益にそんなに影響を与えない。中国、対ソ連、対ロシアというのは大変なアメリカの国益に影響を与える。ということは、国益がない問題については原理原則を押しつけてくる、それに追随する日本という、そういう図式が見えてくるのではないかなというふうにも思っております。
 むしろここは日本とミャンマーの二国間関係の中で、非常にミャンマーの国民というのは日本に対して好意的な方々でありますし、日本にとってはアジアの中でもミャンマーというのは外交戦略的にも重要なポイントであるという認識の上で、やっぱりそれは国益に照らし合わせて、日本としても十分な支援といいますか、その支援が円借款も含めてではありますが、とりわけいろんな案件を発掘して、ミャンマーの奥地では今までケシの花の栽培地であったところでソバの栽培をして非常に喜ばれているというふうな実態もありますけれども、いろんな案件をいろんな技術協力のメニューに沿って発掘をしながら実行に移していくという強い外交姿勢が必要であり、それをバックアップするのが我々立法府というか政治のある部分影響力ではないかと思っております。
 そこで、これは手法の形ではありますけれども、私は国連におけるロビー活動、これが非常にもっと重要ではないかなと思っております。佐藤国連大使なども盛んにコーヒークラブに参加をしていろんな提言をなされておりますし、非常にすばらしいと思いますが、我々政治家がそのロビー活動に参加するということについてのやっぱり価値もあるのではないかと思っておりますが、これについての御意見をぜひいただきたいと思います。
 以上三点、長くなりましたが、よろしくお願いいたします。
#24
○参考人(武者小路公秀君) 三点ともとても大事なことですが、なるべく手短にお答え申し上げたいと思います。
 アジア歴史資料センターをつくることはとても大事だと私も思います。ただ、実は、私もお手伝いをしているところに大阪の平和センターというのが、ピースおおさかというのがありまして、そこで先般、南京大虐殺事件はなかったんだという会議のために会場を貸さざるを得ない非常なジレンマに陥って、ですからとても大変な問題だと思います。
 非常に私が強く感じますことは、日本だけが悪いことをしたように我々が言っているように考えておられる方がたくさんおられるし、余り日本のことだけを資料として集めるのではなくてヨーロッパの植民地支配の中にもたくさん悪いことがあった、だからといって日本は悪いことをしていいということでは全くないので、もう少し広く今までいろんなところで起こった悪いことをつなげていく必要があります。
 その意味で、例えば従軍慰安婦問題がきっかけになって、ベトナムでレイプされた女性たちがアメリカを訴えるとか、いろんなことが出てきていて、決して従軍慰安婦問題は日本だけの問題ではないということがありますし、そういう形で、要するに植民地及び侵略というものがどんな問題を起こしたかということを二〇〇一年に南アフリカで会議をして、そこで総ざらいしようというのがありますから、それに日本も本気になって取り組む必要があるのではないかと思います。
 第二に、国連大学について御質問がありましたので、乱暴にお答えいたします。
 十三年間勤めておりまして結局私が学びましたことは、国連大学については二つの考え方がありました。一つは、ウ・タント事務総長が提案し、それを日本政府として本部を誘致したそのときの考え方というのは、ヨーロッパの大学あるいはアメリカの大学では、国際的だといってもやっぱり一つの文化をもとにして教えていると。そうではなくて、違った考え方、違った宗教、違った歴史を持った人たちが先生にもなり学生にもなる、そういうことで国連を活性化するという、ただ単なる西欧中心主義を乗り越えるための大学にするという構想がありました。それに対してもう一つの構想は、ユネスコが第三世界に乗っ取られているから、アメリカと日本が中心になって先進国中心の大学をやろうというもう一つの考えがありました。
 そのために私は、十三年間前者の立場に立って、後者の立場を支えているいろいろな方々と戦って、結局は敗れて出てまいりましたので、余りいろんなことは偉そうなことは言えません。
 ただ、国連大学はやっぱり日本にある以上、第三世界のいろんな国の知識人もみんな大分期待をしているところがあります。ですから、第三世界の知識人をも巻き込んだような文化的な対話、文化だけじゃなくて社会とか経済とか、今のネオリベラリズムの問題とか技術の問題だとか、そういうことの対話研究ができるような場所にすることが大事なのではないかということが国連大学についての第二の御質問のお答えです。
 それで、第三番目は、御指摘のように国益を中心にしてミャンマーとつき合うという御指摘は、おっしゃるとおり大事だと思います。
 ただ、日本の国益はアメリカに追随することが一番大事な国益であるという考え方がどうもある。そして、その考え方は決して間違いではなくて、結局日本はアジアではだれも信用してくれないから、せめてアメリカだけには信用してもらいたいという、そういうことでのアメリカ中心主義がありまして、だけれどもアメリカは、日本が言いなりになっていればいるほど軽蔑しますから、日本は軽蔑されれば軽蔑されるほどアメリカにおべっかを使う、そういう悪循環があると思います。ですから、アメリカは結局は、やっぱり日本よりも中国が信用できるという状態になって、日本は完全に今孤立しようとしていると思います。ですから、アメリカとの関係を正常化することが実はミャンマーとの関係を正常化するのにも役に立つ。
 それで、御指摘のように、アメリカはダブルスタンダードですが、アメリカがミャンマーとか北朝鮮を、今は北朝鮮がちょっと緩んでいますけれども、批判しているのは、中国を批判するのはちょっと微妙だから周りの国をいじめることで中国に圧力をかけるというところがありまして、そういうことに対する日本としての対応策ということを考えることが日本の国益にとっても大事ではないかと思います。
#25
○高野博師君 国連大学について、今御質問があって回答があったので簡単にお伺いしたいと思うんですが、国連大学がそもそも日本にあることを知らない人の方が多いのかなと思うんですが、それと何をやっているのかよくわからない部分があると。
 そこで、今お話のあったようなウ・タント事務総長のような考え方、あるいはアメリカの考え方、こういう考え方があるということですが、具体的に教育機関とか研究機関としてこれをもう少し発展させることができないものかどうか。特に今、教育の問題がもう世界的なレベルで問題になっている中で、教育、特に人権教育とか平和教育とか環境教育とか、あるいはグローバル・ガバナンスとかいうようなことを、そういう専門家あるいは研究者を育てるような機関、大学にしたらどうかなと。まさにユニバーシティーですから、ユニバーサルな普遍的な存在であってもいいんではないかなと。ただ、それは地理的ないろんな問題もあるでしょうから、分校を幾つか世界につくって本格的な大学をつくるということについてどうお考えか。
 先ほども出た歴史的な事実については、例えば日韓関係の間で歴史的な事実について研究しましょうということになっているんですが、全然進んでいない。これは歴史的な事実を集めるだけでもやっぱり主観が入ってくるという問題があるわけで、むしろ第三者の国連あるいは国連大学なんかでこういう歴史的な事実の調査等をやるのはどうなのか。
 ちなみに、オーストリアであのハイダー党首の自由党が入ってきた問題については、オーストリアが歴史総括をやらなかったからだという考えがあるんですが、日本はそういう意味では歴史総括というのはやっていない。そういう中で、やっぱり事実そのものがよくわかっていない。先ほどお話あった南京事件も、あったのかなかったのかというようなことも言われている。それは国連のような機関がきちんと調べたらどうかなと思うんですが、どうお考えでしょうか。
#26
○参考人(武者小路公秀君) とても大事な御指摘で、御質問の中でおっしゃっていらっしゃることに私は完全に同意いたします。
 第二の問題の方から先に答えさせていただきたいと思います。
 やはり、国連大学がアジアに本部があるということで、アジアの問題を取り上げるということはとても大事です。実は、私が勤めていた八〇年代に、中国の社会科学院と朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮社会科学者協会と韓国のソウル大学と日本の東大を中心とする、平野教授を中心とするチームで、東アジアの近代化における国家の役割ということのプロジェクトをやりまして、それでかなり南北朝鮮の方々が一緒に協力して研究をする場を持ちました。それをもう一歩進めて、先生が今御指摘になったような話し合いをする、歴史についての認識を深めるためのプロジェクトにしようと思っているときに私はやめてしまったのでそれが続かなかったということがありますので、まさにそういうことを国連大学はやるべきだと思います。
 それで、第一の御質問に関連しましては、これは国連大学が成立したときに二つの反対を押し切って成立しました。一つは、開発途上の国々からは、東京に大学がキャンパスを持ったら頭脳流出でみんな日本に来ちゃって帰ってこないんじゃないかということで、その意味ではやはり分校をいろんなところにつくる必要があるということが決まりました。それで、先進国の方の大学は、自分たちがとにかくハーバード大学とかパリ大学とかいろいろやっていて国際大学はもう既にある、だから大学にしちゃいかぬと。要するに学生を持っちゃいかぬというそういうことを、学生を持っちゃいけないというのは、要するに博士号だとか修士号だとかそういうあれを与えてはいけないという縛りをかけられています。
 ですけれども、これは実は理事会が決めれば、国連大学が五年間たった後は理事会で国連大学憲章を変えることができるので幾らでも変えられるんですけれども、それを今まで変えなかったので、非常にわかりにくい、学生もいないしキャンパスもない大学ということになってしまっているわけです。
 ですから、それをまず理事会でちゃんとした大学にするということを決めることを働きかけまして、その上で日本がいろいろな形でユネスコと国連大学を協力させることで、さっき御指摘のような環境問題だとかいろんな問題についての共同の教育と研究を一緒にしたようなことを、いろんなところの、今でも研究研修センターがあるのですけれども、今それぞれの研究研修センターは全然関係ないことをやっていまして、マカオの方ではコンピューターソフトを開発し、ヘルシンキでは国際経済をやり、みんな関係ないことをやっているので全然まとまらない。それをもっとまとまるようなネットワークにして、それにほかの大学も留学生を出すとか流動研究員を出すとか、そういうふうにしていけば、金がかからなくてもいろんなことが今のままでもできると思います。
 ですから、そっちに変えていく動きというのは、しかし、どこかから出てこないと、理事の方々は忙しくてそういう仕事をする気はない。ですから、もしも日本がユネスコと国連大学を一緒に育てていくということを本気でやれば、国連大学の学長さんもとても喜ぶと思います。
#27
○井上美代君 貴重な時間をありがとうございます。
 参考人の先生、本当にどうもありがとうございます。貴重な御意見で、勉強させていただいております。また、いつも調査室が非常に立派な資料を出してくださるものですから、このたびについても勉強させていただいて、感謝しております。
 私は、まず一つ質問は、安全保障から人間安全保障へという、ここに非常に関心も持っておりますし、そこについてお聞きしたいんですけれども、軍事安全保障のほかにというふうに言っておられまして、人間の、市民の福祉を保障する社会保障とか財産の安全を保障するものだとかというふうにいって、先生の論文を読ませていただきましたけれども、やはりその部分というのが非常に重要なのではないかなというふうに考えているわけです。
 特に日本でいきますと、安全保障といいますとどうしても軍事同盟の強化の問題だとか軍事的な対応になっていってしまうんですけれども、そしてまた国連問題、こういうふうになりますと、PKOの問題だとか日本の常任理事国入りの問題とか、そこにどうしても偏ってしまいがちなんですけれども、私は、その人間安全保障の部分の、特に後者の方の非軍事的な貢献、そういうところが大事ではないかというふうに思っておりまして、特に軍事的なことではなくて非軍事的な平和的手段で日本が一体何がやれるのかというところをぜひお聞きしたいというふうに思います。
 また、論文の中でも、私、読ませていただきまして、IMFの問題は非常に関心を持ちました。特に、先生も指摘されておりますが、IMFは、経済社会理事会に報告の義務はあるが自由に活動しているわけで、IMFや世界銀行などの独走を抑えるようにしなければならないというのがあるんですね。
 私、この間毎日新聞を読んでおりましたら、チョムスキー氏という著名な言語学者ですけれども、この方が「分裂するアメリカ社会」というのでやはりこのIMFの問題を指摘されておりました。そういう点では先生と同じだなと思いながら読ませていただいたんですけれども。
 このような、今の国連の機関と言われているIMFがいろいろな問題を起こしているというときに、国連としてどのような規制や対処をすべきか、そのシステムがあるのか、ないとすればどういうふうに改革をしていくのかというのがあると思うんですけれども、ぜひそれをお聞きしたい。
 それから、私、ずっと参考人の方がおいでくださっておりますけれども、三つ目には、憲法を持つ日本は、PKOなどの軍事的な貢献ではなくてどのような貢献の仕方があるのかということをお聞きしているんです。
 ついこの間もお聞きしたんですけれども、日本は武力行使を伴うものでなければPKOを含めて軍事的貢献は可能と、こういう意見をいただいているんですけれども、やはり憲法上、私はPKOなどという軍事的貢献はできないというふうに思いますし、すべきではない、こういうふうに考えております。非軍事の平和的な貢献の道が日本にどのようにあるのかということをお聞かせ願いたいというふうに思います。
 最後に、私、ウィーンの会議とそれから北京会議を経験しているんですけれども、その立場から先生の御指摘が非常に印象強く残りました。
 それは、ウィーンの会議で人権の問題が大論争になりましたよね。そこのところが北京会議で見事に、先生の言葉で言いますと、人権の普遍性と多様性はこのような女性運動の南北対話を通じて見事に達成されている、こういうふうに分析をされているんですけれども、私は、この教訓というのは国連にとっても大きいのではないかというふうに思いますが、先生の、教訓をどのように、たくさんは話ができないと思いますが、何を教訓と考えておられるのか。今後の国連のあり方、そして国連にどう日本が役割を果たしていくかという点で重要なのではないかというふうに思いますので、ぜひ聞かせていただきたいと思います。
 どうぞよろしくお願いします。
#28
○参考人(武者小路公秀君) 順序はちょっと変えまして、まずIMFのことからお答え申し上げます。
 実は、最近の動きとしまして、二〇〇一年に世界銀行、IMF、WTOと、国連がハイレベルのグローバルミーティングをするという決定が出ました。そして、今そこでどんなことを議論するかということの準備委員会が、国連の経済社会理事会のもとで準備委員会ができております。そこに私どもNGOもいろいろ問題を提起して、こういうことを議論してくれということを言おうと思っております。
 やっとそういう話し合いの場というものは少なくとも出てきている。ですから、それをどういうふうに生かすか。そこのところで、日本はIMFの大株主ですから、IMFの方であれして、そこで積極的に国連と協力をするようにしむけていただけるとありがたいと思います。実は、榊原さんが専務理事に立候補しておられて、IMFの専務理事が榊原さんに決まればいいと思っていましたが、ドイツの方がなりそうなのでそれはうまくいきませんでした。それが第一点です。
 第二点、人間安全保障について二つのことを同時に申し上げなくちゃいけないのですが、私は、人間安全保障ということを国連で言ったのは、非常にいいことばかり言っていて、本当は、人間安全保障というのはとても難しいつらい問題である。
 国家の安全保障だと、国家のそれぞれが自分の安全を守ろうとして角突き合わせるということで国家の安全保障は問題があるのですが、人間の安全保障というのは、人間のグループがいろいろありまして、宗教で分かれていたりエスニックグループであったりいろいろな、つまり国家よりも小さな単位で、みんな自分たちの人間としての安全を守ろうとするためによそのグループの人間の安全を脅かす。そういうことが、国家だけじゃなくてもっと細かいグループがそういうふうに分かれ争っているのが今の大きな問題なので、人間の安全保障というのは何かきれいごとではなくてとても難しい、エゴを持った人間の安全保障であるという問題があって、それを国家だけの安全、エゴじゃなくて、人間のいろんなグループのエゴというものを何とか調整するという、そこのところに実は大きな問題があるのではないかと思います。
 その場合に、人間安全保障ということを強調しますのは、非軍事的な側面だけではなくて、軍事的な側面についてどういうことがいいか悪いかということを言うときに、軍事行動について、人間が軍事行動によってどれだけ安全を守られ、あるいは安全を破られているかということを一々考える必要があるのではないかと思います。
 ですから、コソボの人間の安全を守るためにNATOが空爆をしたことは、空爆をしてセルビアのミロシェビッチをやっつけるということはできたけれども、地上で行われている殺りくというものを全然とめることにはならない。そんなことをやっていいのかという問題もあります。あるいは、基地を沖縄へ置くことによって女性のレイプがあったりするということが、人間の安全ということと基地の必要性ということがどういうバランスがあるのかということを考える必要があると思いますので、軍事的なことと人間安全保障というのは、人間の安全の立場から軍事的な行動とかあるいはPKOも含めて考えるべきではないかと思います。
 PKOについてですが、日本国憲法が許さないから参加しないということについては、もちろんそれはそうだと思いますが、私はもっと根本的に、国連のPKOで本当に役に立つのであれば私は日本も参加すべきだと思いますが、今の国連のPKOのやり方はうっかりすると植民地主義的に、もう戦争もお互いにしないような国同士で豊かな国が南の国の兵隊を使って、そしていろんなところに介入していく。介入して何かに役に立つならしてもいいと思うんですが、かなり選択的に、かなり役に立たないことをやっている。
 ですから、PKOそのものを人間の安全の立場からもう一回見直すということが必要であって、日本が賛成するかしないかということは、憲法の問題もありますが、それと別の問題もある。
 もう一つ、日本が参加するかしないかというところで基本的な問題がありますのは、大国が参加するPKOは全く反対すべきだと思います。冷戦の間のPKOは、カナダとかスウェーデンとか、そういう中立国が入っていった。そうしないとアメリカとソ連がけんかするからできなかったんですけれども、今はアメリカが大っぴらに表に立って指揮をする。そういう大国が中心のPKOというのは、それは必ず植民地主義的だという反発があります。
 ですから、日本も含めて、大国は金を出したりするのはいいけれども口は出すべきではないというふうに私は思いますので、そこはPKOについては憲法の制約ではなくて、PKOそのもの自体の植民地主義的な性格を何とか乗り越えることを日本が積極的に、むしろ日本の憲法の原則は日本だけの問題ではなくて、もっと国際基準として役に立てる方がいいと思います。
 特に、人間の安全保障ということは、憲法の前文にあります世界じゅうの諸国民が平和に生きる権利です。平和に生きるというのは、ただ平和に生きるだけではなくて、これはアメリカから入ってきた言葉だとは思いますけれども、「恐怖と欠乏から免かれ」ということが入っています。恐怖というのは紛争ですし、欠乏というのは貧困で、貧困を撲滅しないと人間の安全は守れないということがちゃんと憲法の前文に、これはアメリカの占領軍のおかげで欠乏と恐怖というのは入ったと思いますけれども、平和に生きる権利というのは幣原さんとか、そっちから入った。ですから、日本の平和主義とアメリカのニューディール主義とが非常にうまく結びついた人間の安全についての原則がありますので、それはぜひ憲法についてお考えになるときにはそれを大事にしていただきたいと思います。
#29
○井上美代君 最後に北京会議を一言。その教訓が何であったかというのをお聞きしたいんです。
#30
○参考人(武者小路公秀君) 申しわけありませんでした。一番大事な御質問を時間の関係で落としてしまいました。
 教訓は二つあります。
 特に、北京会議でNGOフォーラムが政府間会議から五十キロも離れたところで行われて、十分にNGOが国連の国家間の会議に出られなかったということがあります。ですけれども、北京会議のNGOフォーラムに参加された女性方が、日本でもそうですし、ほかの国でも非常に満足してお帰りになったのは、実は政府間会議を知らなかったから満足してお帰りになった。つまり、みんなで本当に話し合いができたわけです。ところが政府の会議に出ると、ああでもない、こうでもないといってすごい細かい議論ばかりやっていて、運動の立場から見ると余りおもしろくなかったのではないかと思います。ですから、教訓というのは、一つはやっぱりNGO同士が団結して、そして問題について掘り下げることができるというのはとても大事なことで、今度六月にニューヨークで北京プラス5の会議がありますけれども、やはりそのときにはNGOが話し合うというのはかなり大事なことだと思います。
 ただ問題は、そのNGOの考えをどういうふうにしていろんな国の政府が受けとめるかという、そこのところはかなり運動をやっている人たちから見るとつまらないというかくだらないことがありますので、その点については日本を含めてですけれども、政府がいろいろな国連の会議に出るときに、やはりNGOが別のところでやっていることに耳をかすだけではなくて、政府の代表団の中に初めからNGOが入るということが、かなりそういうつまらなさをなくす上で必要だと思います。
 そういうことで、これからいろんなレビューの会議が、社会開発サミットのレビューもありますので、そういうところでの政府の対応というのは、市民運動と協力をするということがとても準備の段階から必要ですし、会議のときに代表団にNGOが入るということがとても大事ではないかと思います。
#31
○井上美代君 ありがとうございました。
#32
○会長(井上裕君) ちょっと速記をとめて。
   〔速記中止〕
#33
○会長(井上裕君) 速記を起こして。
#34
○島袋宗康君 武者小路さん、きょうは本当に貴重な時間を割いていただきまして参考になります。
 そこで、ちょっとお尋ねしたいことは、冷戦期において、東西対立により五大国一致による国際平和の安全と維持という主要な機能が思うように果たせなかった国連は、冷戦終結後の一時期、本来の平和維持機能の回復を強く期待されました。しかし、そうした期待は旧ユーゴにおける経験やソマリアにおける失敗などにより急速にしぼんでしまっております。冷戦後の紛争、特に地域紛争は、民族、宗教などの固有の土着的要因により発生し、国家間紛争に適用すべき安保理を中心とする平和維持機能は問題解決につながらないばかりか、かえって複雑化させるとの批判もなされるようになりました。
 国連も、ガリ事務総長報告「平和への課題」に見られるように、平和、安全を重視する路線から、紛争の根底にある経済・社会的な問題を解決すべきとの認識に基づき、九四年のガリ事務総長報告「開発への課題」や九五年の社会開発サミットに示された経済・社会分野の活動の活性化に取り組んできました。
 しかし、こうした一連の動きと国連の姿勢転換との関係については日本では必ずしも十分に理解されているとは思いませんが、この点に関する参考人の御所見を承りたい、これが一点。
 もう一点は、先生の論文の中に、八ページなんですけれども、明治学院大学の会議で高里鈴代さんの問題提起を受けて確認されたことであるが、沖縄の女性などの安全を脅かす米軍基地を、人間安全保障の評価基準を無視して維持すべきではない、米国が世界の人々の安全を守る警官であるなら、人々を不安に陥れる基地に固執するのは明白な矛盾である、日本政府が沖縄県民の安全を無視することは、倫理的に国家としてすべきでないばかりか、現実主義的にも将来日本の国家としての一体性にひびを入れる、日米安保を日本の国家的一体性に不可欠な人間安全保障に優先させる愚挙を避けるべきであると、そういう意味でも人間安全保障の視点は重要であるというような御指摘をいただいております。
 これは私、沖縄出身でありますから、先生の御指摘は非常に当を得た感じがするわけでありますけれども、問題は、私がここで指摘したいのは、いわゆる日米安保によって日本の国家の一体性というものがややもすると失われていくんではないかというふうなことが私はいつも心配しているところであります。要するに、あれだけの基地を抱えながら賛成もおり、反対もおる。しかし私は、反対者が多いと思うんですよ、県民投票によってもですね。
 そういった意味で、やっぱり国家の、人間の社会の一体性、今後もずっとこのような形で一体性が欠けていくんじゃないかというような気が、もうそのとおりで感じられるんですけれども、その辺についてもし何でしたらコメントをいただきたいと思います。
#35
○参考人(武者小路公秀君) まず第一点ですが、御指摘のように、冷戦後の紛争についての対応策がうまくいっていない、そこで開発の方にもう一回目を向けなければ、要するに貧困を克服しないとだめだという方向に国連の中で話が向いてきたのは御指摘のとおりです。
 ちょっとうがった見方ですけれども、ブトロス・ガリさんは初めからそのことを言いたかったんですけれども、アメリカに注意してもらうためには、平和とか安全保障の問題に国連が出ていって、そしてやるけれども、幾らやっても結局は経済問題でうまくいかないということがわかったところで開発の問題をもう一回出したと。そういううがった見方もあります。
 問題は、その意味で例えば人間の安全保障ということをもとにして、先進工業諸国の開発援助疲れというか開発援助を出さなくなってきている、そこを直すためには、やっぱり金持ちの国々の人間の安全を守るためにはちゃんと貧困を克服しないとエイズもふえるし麻薬もふえるし、そういう問題が出てくるからまじめに開発協力をしてくれというその方向に、今人間安全保障の議論というのはそっちの方に向いていると思います。
 そういう形の問題が一つありますが、御指摘にならなかったことがもう一つあります。
 実は、アフリカでいろいろ紛争が起こっているのがエスニック紛争だというふうに言われていまして、それは本当ではありますが、それだけではない。というのは、アフリカの紛争が起こっているところは必ず何かの資源があるところです。資源をめぐる先進国のいろんな背後の利害があって、それを代理戦争みたいな形でいろんなエスニックグループが争っている。そうでなければアフリカのもっと貧しいところで紛争が起こってもいいはずなのに、セネガルとかそういうところでは起こらない。それはセネガルがピーナツしかないから起こらないのであって、という問題がもう一つあります。
 ですから、そういう経済の関係の問題、例えばシエラレオネの問題がどうしても解決しないのは、ダイヤモンドの利権があって、ダイヤモンド利権で、これはイギリスの政府ではなくてダイヤモンドの利権が雇い兵を入れてシエラレオネに介入する。それがまた周りのナイジェリアの介入になったり、いろんな形でめちゃくちゃになっているということがありますので、そこのところをやはり社会、経済の問題を考えるときに、国連でそっちの方をちゃんとやらないで、ただ問題が起こったときに入るだけではうまくいかないという問題があると思います。
 それから、第二のことについては、私が書きましたことの裏で実は次のようなことがあります。
 私は、いろんな紛争と背後にあるいろんな問題についての共同研究に参加しているんですけれども、その共同研究をやっている仲間にテッド・ガーというアメリカの先生がいまして、彼は国内紛争のあらゆる事例を集めて研究している人です。これは実は私が沖縄だけの問題を言ったのではないのですが、彼に言われましたのは、沖縄のような問題が起こったら必ずほかの国では恐らくここに爆弾が爆発する、国会で爆弾が爆発するというのが通例なのに、沖縄の場合にはそういう関係は出てきていないと。
 ということは、私はやはり沖縄の方々が非常に非暴力に徹した歴史的な伝統を持っていらっしゃるからだろうということを言いましたら、テッド・ガーさんは、世界じゅうのいろんな例を見て、そういうことが起こったときには必ず十年ぐらいは問題が保てる、けれども、その十年間に問題が解決しないと必ず分離主義的な暴力を使った運動が起こるであろうということを、沖縄についてではなくて一般論として言っていました。
 それが起こっていないということはとてもすばらしいことでもあるが、人間の安全というものを無視して沖縄の皆さんの非暴力的な伝統というものに甘えるということは、これはヤマトンチュとして私は全く悪いことだと思います。
#36
○広中和歌子君 民主党の広中でございます。きょうは本当にいいお話をありがとうございます。
 人間の安全保障についてでございますが、ディーセントな仕事、そしてディーセントな生活を途上国の人々を含め共有するという理念というのが非常に大切だろうと思うわけで、そこで問題はODAでございます。
 ODAの質を上げるために私ども国際問題調査会でもいろいろ議論をいたしまして、例えば草の根レベル、NGOと協力をしてというようなことも話し合われ、またODAのガバナンスというのでしょうか、出す側のガバナンスと受け取る側のガバナンスなんという点でも話し合いをしたわけでございます。
 しかしながら、現実に南北の格差はますます広がっている。そして一つの国においても、特に途上国の場合、貧富の差が非常に広がっている。そういう中で、まさにODAの効果に関しては特に距離的に遠いというせいもあるのでしょうけれども、アフリカなんか見ますと何かざるで水をくむような感じで、どうしたらいいのだろうと。
 これは質の問題なのか、質というのでしょうかガバナンスを含めた問題であるのか、それともやはりもうちょっとお金を出さなければならないのか、資金の問題なのかというところに来ると思うんですが、国連の分担金それから経済社会委員会などへの任意拠出金ですよね、それをどういう形でふやせるかという問題があると思います。
 一部の国、例えばアメリカのような国は国連分担金はもう嫌がっておりますし、任意拠出金だってなかなか集まらない中で日本は頑張っている方だろうと思うんですが、この分担金のあり方について、いわゆる累進課税的に金持ちの国が一方的にやるべきなのか。それとも、国際社会に住む国々として、今はやりの外形標準課税的にどの国も一部は必ず負担するといったような形にしていくのかという問題についてどう思われるか。
 また、先生が先ほど椎名議員の御質問に答えられる中でトービン・タックスみたいなことをおっしゃいましたけれども、これは私も大分前から興味を持って大蔵省に聞いてきたわけですが、最初は全然興味を示さなかった。今でもそういう状況だと思います、不可能であるというんですが。アメリカの議員でトービン・タックスについて法案を出そうという動きがあると。アメリカの議員立法というのはほとんど通るか通らないかわからないかもしれないけれども、やはりそういう動きになってきたことはちょっと私としてはうれしいことだろうと思うんですが、先生は、トービン・タックスを含めてもうちょっと、質だけではなくて量も、つまりODAの量を上げていくためにどういうことが必要だと思われるか。効果的な方法がお考えがあれば教えていただきたいと思います。
 以上でございます。
#37
○参考人(武者小路公秀君) とても大事な御質問だと思います。
 まず第一の問題点は、ODAというものは、経済効果が出るためにはマクロ経済そのものがどうなっているか、そっちを直さないと、先ほどお話にあったように焼け石に水になってしまう。貧富がどんどん格差がふえているところで幾らODAを入れてもうまくいかないということがあります。
 ですから、端的に申しますと日本国外務省が、もしもできれば経済局と経済協力局がお話し合いになって、マクロ経済の面でIMFについてはどういう原則を出すか、そして要するに人間の安全というのを大事にするためにはどういう形で貧富の差をなくすことが必要か、あるいは特にこのトービン税の問題に関係しますけれども、やはり賭博場資本主義、ばくちを打つことで、要するに株式を操作するだけじゃなくて円ドルの交換率だとかそういうものでぼろもうけをする、そういう状況が続けば、必ずそれは幾らODAを出しても問題は解決しないということがあると思います。ですから、マクロ経済政策というものとODA政策というもののリンクを考える必要があると思います。
 ただ、制度的には、外務省の中で経済局は一生懸命グローバル経済の中で日本が生き抜くためのことをやっていて、経済協力局は一生懸命日本がどんなODAを出せばいいかやっているけれども、その間の関係は全然、全然だか知りませんけれども、ちゃんとつながっていないという問題がかなり大事な問題ではないかと思います。そういう形のところにそのトービン税という、トービン・タックスの問題はこれはここでも御議論になったかと思いますけれども、国連の財政問題をどう解決するかというときに役に立てようという話が一つあります。
 ただ、実は国連の財政問題というのは、グローバルな財政の賭博場経済の中で国連というところは全くばくちが弱いというだけのことなので、だからばくちをする経済を何とかなくさないと国連のところに金が集まってもまたうまく使えないという問題が出てきますので、そこのところが一つとても大事ではないかと思います。
 もう一つ大事なことは、分担金と国連の正統性、国連が大事だということの確認がだんだんに風化しちゃっていると。そこのところで、ここで参考人にならせていただいていることも含めてですが、日本はかなり国連に対して真剣に国連を大事にする国であるということは私たちは誇りを持つと同時に、それがすごく損だということも認識している必要があると思います。
 結局アメリカは、安保理で自分たちの言うことが通る間は安保理を大事にしてきましたけれども、ロシアと中国が反対をするようになってから、もう安保理を使わないでNATOでやろうと、NATOと日本との関係をうまくつなげることで先進国だけのシステムをつくろうという国連離れが実は進んでいます。
 それに対して日本はどのように対抗するかということが、実はODAの問題も含めて第三世界の、あるいは貧しい国々との関係を決めていくその問題の中で国連の正統性というのはかなり大事な持ちごまになるわけで、もしも日本がもっと大胆に宣伝をすれば、第三世界はやっぱり先進国の中で国連を通じて貧しい国々の立場に立つそういう正義の味方日本ということが、今はアメリカが悪い者を処罰するという力の正義の味方になっていますけれども、日本がもう少しソフトな形でODAとかそういう問題とグローバル経済の問題とをつなげて第三世界との立場を、要するに貧富の格差を減らすということを日本の一つの国策にすればかなり第三世界の中での日本のイメージもアップしますし、アップすればODAを出すときの協力の仕方もおのずからよくなってくると思います。
#38
○野沢太三君 先生のお話、大変私どもとしては示唆に富む内容でございまして、これからのまた活動にも大いに参考にさせていただきたいと思います。
 そこで、国連改革につきまして先生は国際民主主義を確立すべきだと、こういう提唱をしておられます。それから、インフォーマルセクター、NGO等を取り込んで組織を強化し、あるいは国連の中の討議を活性化するという、これは大変我々も納得できることでございますし、三つ目が文化の多様性、世界じゅういろんな文化があるわけですから、これをそれぞれ生かしながら活動する、経済社会理事会あたりの活動をもう少し盛り上げたらどうかと。それに今の人権関係、人間の安全保障ということで、立体的に随分国連のあり方について絵をかいていただいたわけでございます。
 そこで、では日本の外交をどう進めるかということになりますと、昔からいわゆる外交三原則ということで、日米基軸あるいはアジア中心、国連中心と、こういったことでやってきたんですけれども、ここに来てなかなか簡単にそればかりじゃいかぬということで、まずはその日米基軸ですが、今もお話しのとおり、先生も御指摘のとおり、アメリカがどうも国連離れをしておる。国連を余り使わずに、いわば力の外交を進めたり分担金も払わないとか、あるいは第三世界が余り数が多くなったんで面倒くさくなったのかどうか、余り積極的に国連の場を活用して大事な話をしない、ユネスコからは出ていく、こんな状況が出てしまって、せっかく産んで育てた国連が今行き悩んでいるという、こういう状況じゃないかと思うわけです。
 ですから、日米基軸とは言いつつも、何とかアメリカが思い直して国連をやはり大事にしようという国連回帰の気持ちにしてもらうには一体どうしたらいいかという、この点を先生の御提言なり御意見なりが伺えればありがたいと思っております。
 それから、インフォーマルセクターということでありますけれども、これは国連がそもそも国家機関の集まりだという原則の中で、手順、手続、ルール、憲章、いろいろこれはたくさんありまして、NGOというものがそこへ入って有効有益な議論をする場というかチャンスといいますか、これが確保されていない。専らプラカードを担いでデモをするしかないというんでは、インフォーマルセクターということで評価はされたとしても非常にむなしい話になりかねないわけでありますから、これをどのように取り込んでいくのが具体的に効果的なのかという、この点についての御意見を二つ目にいただければありがたいと思うわけであります。
 それから最後に、また国連大学の問題になるんですが、私ども来週行くことになって楽しみにしておりますが、先生長年お勤めになって、今もお話にありましたように、学生を採らないということは、これは研究は非常にやりやすいかもしれませんが、大学の発展性とか開放性といいますか、将来のことを考えた場合にはちょっと寂しい感じがするわけですね。それで、学生を採るためには今の理事会で決めればいいということかと思いますが、制度として、あるいは予算、定員、その他具体的な問題としていろいろ制約があるんじゃないかと思うんですけれども、どこを直せばそういった開かれた大学になり、せっかくアジア日本にあるんですから、こういったアジア日本の文化を世界に発信する場として立派な大学にさらになる、こういうことができるかどうか、ずばりひとつ御意見を伺えればと。
 この三つの点を、ちょっと欲張っていて恐縮ですがお願いします。
#39
○参考人(武者小路公秀君) 第一点、日米関係についてですが、外交三原則というのはみんなうまく合うということで提案されたものだと思いますが、実は今こそ大事な時期に来ていると思います。
 なぜかというと、日米基軸ということと国連との間に矛盾がたくさん出てきている。国連と今度はアジア中心主義、アジアの中での、例えば人権はヨーロッパのものだと言っているその国とのつき合いがどうなるかということで、みんな矛盾しております。御指摘のように矛盾しています。ですけれども、それだからこそ、その三つを何とか折り合いをつけるということを日本外交が非常にクリエーティブなことでそういうことができれば、これは日本外交は世界じゅうから信頼されるようになると思います。
 まず第一の日米基軸ですが、日米基軸ということはとても大事です。これは正確に覚えておりませんが、日米の友好条約の案を坂本義和さんとか何人かの人たちがつくっています。つまり、日米安保にかわって日米の友好条約をつくろうという考えがあります。そこまでいかなくても、日米基軸というのは、日本はアメリカの言うことばかり聞いているということではなくて、むしろアメリカに日本の考えをどんどん言うということが日米基軸であるというふうに再解釈することがアメリカにとっても役に立つと思います。
 アメリカは、とにかく日本が言うことばかり聞いているということで、ブレジンスキーさんみたいに日本はアメリカの植民地になっていると言われてしまうので、全く基軸でも何でもなくなる。そうでなくて、とにかく是々非々主義で言うことを言う、そして場合によっては、アメリカはこわもてで日本はやわらかくという分業もやると、それぐらいの気持ちで協力をすることは必要だと思います。
 これは、アメリカの例えば人権外交もいろいろ選択的にひどいことになっていますけれども、アメリカの中の市民運動は、アフリカ系の市民運動とかいろんな市民運動、女性運動とかしっかりしていますので、やはり日米基軸は、市民レベルの基軸、それから皆様方の要するに議員レベルの協力、それをちゃんとやっていけばいいと、そうすれば随分いろんなことが言えるようになるのではないかと思います。
 第二のインフォーマルセクターについて、実は御質問の趣旨とちょっと違うのですが、私もNGOを手伝っていますが、NGOというのは底辺社会の人間ではないわけです。北京に行ったりニューヨークに行ったりできるのは底辺社会の人間じゃない。だから、女性運動も含めて、女性が北京に行かれるのはすばらしいんだけれども、国元にとどまっているスーダンの田舎の女性の考え方が北京でちゃんと反映しているかどうかというのはよくわからないという問題があります。ですから問題は、どういうふうにしてインフォーマルセクターにアプローチするかということで、国連としてアプローチしているのは三つあると思います。
 一つは、さっきちょっと申しましたように、NGOでも井戸を掘ったり村で働いているNGOは、これはインフォーマルセクターにやっぱりつき合っています。アフリカとかいろんなところで村おこし運動とかそういうことを手伝っているNGOは、これは国連でいえばUNDPと協力をしています。UNDPというのは国連の開発計画ですが、第三世界の国だったらみんな駐在代表がいまして、駐在代表は熱心でないと困るんですが、熱心な駐在代表はちゃんと村を歩き回っているわけです。
 ですから、安保理は全くインフォーマルセクターのことをわかっていないけれども、UNDPの駐在代表に聞けばインフォーマルセクターのことはよくわかるはずです。だけれども、残念ながらUNDPの情報というのは全く安保理に届いていない。片方は安保理で、片方は経済社会理事会で完全に分かれている。そこのところがいけないので、本当に人間の安全を保障するのだったら、インフォーマルセクターで仕事をしているUNDPの人たちの見ていることをもとにして、安全保障理事会で何をしたらいいか、どんなPKOをやったらいいかということが議論される、そういうことになればPKOもずっとましになると思うんです。だから、その第二番目がUNDPです。
 第三番目は人権委員会ですが、人権委員会は人権のためだということで始めていますが、結局は、そこにはインフォーマルセクターの代表になれるところが出てきています。ですから、例えば日本のアイヌ民族の方々で、少なくともウタリ協会におって組織されている方々の代表は先住民族部会に出ていきます。それから、マオリ族でもアボリジニでも、いろんな先住民族のインフォーマルセクターの代表が出ていっています。それが本当の代表かどうかというのは、実を言うといろいろ微妙ですけれども、少なくともその人たちに耳をかそうということは国家のレベルではしないですけれども、人権委員会の中ではしている。だから、そこのところをもう少し大事にしていく必要があるのではないかと思います。これが第二点です。
 それから第三点の国連大学のことですが、二つのことを申し上げたいと思います。見にいらっしゃったときの御印象を伺いたいのですが、二つのことがあります。
 一つは、今までやったことでもかなりのネットワークができています。ですから、個人的に私は非常に副学長をやって得をしていますが、何人かの大統領とかいろんな人を知っています。ロシアのプリマコフさんだとかチリの今度の新しいリカルド・ラゴス大統領、それからブラジルの大統領とか、スーダンの何とかとか文部大臣とか偉い人がたくさんいるんです。偉い人がいるんだけれども、一回研究がおしまいになるとばらばらになっちゃうので、そういう国連大学の友の会というのをつくって、もう一回みんなで連絡をとってEメールでも、インターネットを使って協力をするようなことをやろうという話が今の学長から出ていて、それに私も手伝おうとしています。
 それは研究者のネットワークですけれども、みんな大学を持っていて大学で学生を教えていますから、その学生も参加するような放送大学みたいなものは十分すぐにできるわけです。その大学の中心に、フィンランドとか日本とかマカオとか、いろんなところに、研究だけじゃなくて教育をする、少なくとも大学院レベルの教育をするような場所をつくればかなりのことが今のままでもできるのではないかと思います。
#40
○会長(井上裕君) 本日の質疑はこの程度といたします。
 一言ごあいさついたします。
 武者小路参考人におかれましては、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べいただき、私どもも大変有意義な質疑を行うことができました。
 今後、武者小路参考人のますますの御活躍をお祈りを申し上げまして、お礼のごあいさつにかえる次第でございます。
 ありがとうございました。(拍手)
#41
○参考人(武者小路公秀君) どうもありがとうございました。
#42
○会長(井上裕君) 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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