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2000/04/12 第147回国会 参議院 参議院会議録情報 第147回国会 国際問題に関する調査会 第5号
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2000/04/12 第147回国会 参議院

参議院会議録情報 第147回国会 国際問題に関する調査会 第5号

#1
第147回国会 国際問題に関する調査会 第5号
平成十二年四月十二日(水曜日)
   午後三時五十八分開会
    ─────────────
   委員の異動
 三月一日
    辞任         補欠選任
     小川 勝也君     柳田  稔君
 三月三日
    辞任         補欠選任
     大脇 雅子君     田  英夫君
 四月五日
    辞任         補欠選任
     月原 茂皓君     田村 秀昭君
 四月十一日
    辞任         補欠選任
     広中和歌子君     高嶋 良充君
 四月十二日
    辞任         補欠選任
     椎名 素夫君     泉  信也君
     田村 秀昭君     月原 茂皓君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         井上  裕君
    理 事
                河本 英典君
                鈴木 正孝君
                藁科 滿治君
                高野 博師君
                井上 美代君
                田  英夫君
                高橋 令則君
    委 員
                泉  信也君
                亀井 郁夫君
                佐々木知子君
                塩崎 恭久君
                田村 公平君
                武見 敬三君
                月原 茂皓君
                野沢 太三君
                馳   浩君
                小林  元君
                高嶋 良充君
                平田 健二君
                柳田  稔君
                魚住裕一郎君
                緒方 靖夫君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        鴫谷  潤君
   参考人
       元駐中国大使   中江 要介君
       慶應義塾大学法
       学部教授     国分 良成君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○理事選任及び補欠選任の件
○国際問題に関する調査
 (「二十一世紀における世界と日本」のうち、
 東アジアの安全保障について)

    ─────────────
#2
○会長(井上裕君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日までに、小川勝也君、大脇雅子君、広中和歌子君及び椎名素夫君が委員を辞任され、その補欠として柳田稔君、田英夫君、高嶋良充君及び泉信也君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(井上裕君) 理事の選任及び補欠選任についてお諮りいたします。
 本調査会の理事割り当て会派の変更に伴い一名の理事の選任を行うとともに、委員の異動に伴い現在一名欠員となっております理事の補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(井上裕君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に田英夫君及び高橋令則君を指名いたします。
    ─────────────
#5
○会長(井上裕君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、本調査会のテーマであります「二十一世紀における世界と日本」のうち、東アジアの安全保障について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 本日は、元駐中国大使中江要介参考人及び慶應義塾大学法学部教授国分良成参考人に御出席をいただいております。
 この際、一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。
 忌憚のない御意見を承りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、東アジアの安全保障のうち中国情勢について、中江参考人、国分参考人の順でお一人三十分以内で御意見をお述べいただいた後、大体午後六時までを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
 なお、意見、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、中江参考人から御意見をお述べいただきます。中江参考人。
#6
○参考人(中江要介君) 中江でございます。
 お許しを得て、座ったままで発言させていただきます。
 中国の問題というのは、非常に広範でまた奥行きの深いものですのでなかなか簡単には話ができない相手でございますけれども、限られた時間の中で、国分先生の方は学者ですから系統的に整理されたお話をなさるかもしれませんが、私は、御紹介いただいたように、中国大使をしたり、現役時代、外務省でアジア関係の仕事をしていた実務を通していろいろ見聞したところの中から、先生方の御参考になるようなこと、特に、余り言われていないことが一つと、今までだれも言っていないことが一つ、この二点に絞って後でお話しすることにいたします。
 そうはいっても、大体中国のことを話すときには、将来の日中関係をどういうふうに持っていこうと思っておられるか、その個々人の姿勢の問題が著しく物事を理解したりしなかったりということに影響すると思いますので、お手元に配付させていただいております発言骨子メモの「はじめに」というところに書いておりますが、どうも中国を敵視したいんだと言わんばかりの姿勢の人、あるいは対抗していくんだという意気込みの人、あるいは協調していくんだという人、あるいは友好的な関係が望ましいんだというふうにいろいろあると思うんです。そのいろいろの日中関係あるいは中国の将来についてどういうイメージを持っておられるかによって、それぞれの人の中国の問題に対する対処の姿勢が違ってくるということを私はいつも痛感しておるんです。
 私は、この四つの中でいえば少なくとも協調、でき得れば友好的な関係が望ましいという姿勢で見ておりますので、そういうふうに御了承いただきたいと思います。
 その場合に、日中関係でいつも言われることは二つあるんだ、一つは台湾問題であり、一つは歴史認識の問題であると、こう言われるんですが、私の見るところ、その歴史認識というのは日中の二国間の問題。これは、前世紀の終わりから今世紀前半にかけて日本と中国の間にいろんな歴史的な出来事があった、それについて今あるいは将来の日本人がどういう認識を持っているのかという歴史認識の問題は、何といっても日本と中国の二国間の問題だ。これに対して台湾の問題というのは、これは別途国分先生も御専門でお話しなさっておると思いますが、なぜ台湾問題が台湾問題たり得るのかというと、これは、アメリカの戦後の極東あるいは世界軍事戦略の中の台湾というものの位置づけがこうさせていると私は一貫してそう思っているんです。
 一九四九年に中国があの解放闘争に打ちかって革命をなし遂げたとき、そのときに台湾まで解放することができなかった。つまり、台湾海峡を渡ってまで台湾を解放できなかったのは、やはり当時アメリカが何としても中共封じ込めあるいはアジアにおける反共のとりで、そういうことで、日本と並んで韓国、台湾、東南アジア諸国、そういうものを必要としていた。それが台湾の解放をおくらせて、そして冷戦が終わってもなおかつアメリカは台湾に対する軍事戦略的な意味というものを引き続き認めて、そう簡単には手放さないという、そういうアメリカの一貫したアジア戦略というものが台湾を台湾問題たらしめていると私は思いますので、これは日中間の問題というよりも、まず第一義的には中国の問題、中国人同士の問題。もしそうでないとすれば、今申し上げましたように、中国とアメリカとの問題だと、こういうふうに思いまして、日本としてはそれよりもずっと遠いところに位置している問題だというふうに思っているということを申し上げまして、その上で日中間の歴史認識の問題についてできるだけ短く申し上げて、後の時間を残したいと思います。
 その1にありますように、中国は、なぜ対日賠償を放棄したか、これが余り言われていないことの一つなんです。
 これは、御承知のように、日中共同声明をごらんになりますと、本文の第五項にありますように、配付資料の第六ページにございますが、第五項、「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」、こう書いてありまして、字面から見ると、中日友好のために放棄したんだ、だから友好が実現されないようだったら賠償は放棄する用意はなかったのだということに理屈としてはなるわけです。ですから、日中友好がうまくいかないばかりじゃなくて、日本側に日中友好に対する姿勢に陰りがあったりあるいは間違いがあったりすると、これは賠償を放棄したことについて黙ってはおれないぞという中国の姿勢が出てくることを暗に示しているというところまでは字面を読む限りではわかるんですが、実はそれにもう一つ問題がある。
 というのは、考えてもわかることですが、日本が太平洋戦争で方々に損害を与えた中で一番多くの損害を長期間にわたって与えたのは中国大陸であることは間違いありません。その中国大陸の人たちが日本と国交を正常化するときに、あれだけの損害を受けたのに一文も賠償を請求しないという中国の指導者、当時としては毛沢東・周恩来路線ですが、そういうものをいかに五億か六億か当時おりました中国の人民に納得させるかというのは、これは中国の当時の為政者としては大変な仕事であった、こういうことが言われておるんです。そのときに周恩来が主として組み立てた論法というのが、これが実は問題だと私は思うんです。
 それはどういう論法をしたかといいますと、我々は日本と国交を正常化する、しかしそのときに賠償を請求しない、それに対して皆さんは、中国人民は、けしからぬ、たんまり賠償をとりたい、こういうお気持ちであろうけれども、それをとらないのはこういう理由だといって周恩来が言った理屈は、まず第一は、あの戦争で中国に大きな損害を与えた日本の軍事行動といいますか、それは一体何だったのかというと、これは日本人民が中国人民に害を及ぼしたのではなくて、一握りの日本の軍国主義者が、侵略主義者が日本人民を唆して、そして戦争に巻き込んで、その結果、中国人民が生命、財産の被害を受けたのだ、だから我々が受けた損害について責任を持つべき者はその一握りの軍国主義侵略指導者なんだという論法をまず置くわけです。これににわかに賛成できるかどうか、これは問題があります。しかし、中国はそういうふうにまず問題を設定するわけですね。
 その結果として、中国人民から見ると、一般の日本国民は敵ではない、責任者でもない、むしろ我々中国人民と同じ戦争犠牲者だ、一握りの軍国主義的な指導者によって起こされた戦争に駆り出されていや応なしに侵略行為の加担をさせられた日本国民はむしろ被害者だ、加害者は一握りの軍国主義者だ、だから中国としてあるいは中国人民として責任を追及すべき者はその一握りの軍国主義者であって、日本人一般ではない、だからこの日本人一般から賠償をとるということはこれは本意ではない。これは第一次大戦のドイツに対する賠償を見てもわかるように、天文学的な数字を並べて日本国民に賠償を払えと言っても、結局、それを払わされるために働くのは日本人であるし、いつまでもいつまでも賠償の負担にあえいでいくのも日本国民だ、その日本国民は今言ったように中国人民と同じように戦争の犠牲者なんだと、こういう発想をしたわけですね。
 ですから、毛沢東、周恩来の中国共産党の指導者の対日賠償を放棄したということは、日本の中の一部の、一握りの軍国主義者に対する責任はあくまでも追及するけれども、一般日本人に対しては戦争の責任は追及しない、賠償の責任は追及しない、こういうことで割り切ったればこそ一九七二年に日中正常化が行われたと、こういうふうに思います。ですから、あのときは、諸先生方も御記憶がありますが、もし中国側が何億ドルであれ日本に賠償を請求したら、田中総理は日中正常化に踏み切ることはなかったと思います。賠償を放棄したればこそ正常化に決断ができたということは明らかだったと思うんです。
 それには、その前段として国民党政府の中華民国が賠償を放棄していたことももちろんあるわけですが、そういうことで、なぜ賠償を放棄したかというと、戦争の責任を一握りの軍国主義者になすりつけてというか、まとめてそこに集約して、一般日本人とは子々孫々友好を築いていくんだ、それが友好のために賠償請求を放棄するという意味だと、こういうことになるんですね。
 そこで、問題はその一握りの軍国主義者というのはどこにいるかというところで第二番目の靖国神社の問題に関連してきまして、東京裁判とサンフランシスコ平和条約十一条。これは、サンフランシスコ平和条約十一条では、日本は戦争に負けた結果として極東軍事裁判その他の連合国の行った軍事裁判の結果を受諾するということを約束しているわけです。このサンフランシスコ条約はこの資料の四ページに十一条を抜いてございますが、「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、」と。ですから、極東裁判史観が正しいとか正しくないとかいう歴史的な評価はともかくとして、国際間の約束として、日本が戦争に負けて無条件降伏した結果受け入れさせられた戦争裁判についての立場は、このサンフランシスコ条約の十一条にあるわけです。
 したがって、サンフランシスコ平和条約に基づく義務を履行すると。これは、日本国憲法九十八条で国際約束を忠実に履行するのであればサンフランシスコ条約十一条も忠実に守らなきゃいけない、これを忠実に守るのであれば、極東国際軍事裁判の判決を受諾しているんですから、これについて文句を言うのは、これは学問的にはいろいろあるでしょうが、政治的には許されないことだというのが基本にあると思うんです。
 そうしますと、東京裁判でA級戦犯のみならず、B級、C級いろいろあって、戦争犯罪人というものが出てきたわけですね。この戦争犯罪人に対しては中国としては戦争の責任をあくまでも追及するというのでなければ、先ほどの周恩来の一般日本国民を解放した論理とは両立しなくなるということで、そこで、この戦犯を合祀している靖国神社に個々人が個人の気持ちとして霊を弔うことは自然なことで何の問題もないんだけれども、内閣として、あるいは総理として閣僚として靖国神社に参拝することによって、中国としては、そこに戦争責任を集約した戦争犯罪人の名誉を回復するとか、あるいはそれは間違っていたんだ、あるいは間違っていなかったんだと、そういうことを意味するような参拝であるならばこれは認められないというのが中国側の態度であったわけで、一九八五年の八月十五日に当時の中曽根総理が靖国神社を公式参拝されて韓国及び中国から猛烈な反発が出た、そのときちょうど私は北京に在勤しておりましてこの問題について当時の胡耀邦総書記といろいろ交渉したんです。その内容を、これは今までどこにも明らかにされていなくて、きょう初めて言うんですが、文言そのとおりはまだ公表することを認められていない文書ですので、その要旨だけを御参考までに申し上げておきたいと思います。
 これは、一九八五年八月十五日に靖国神社公式参拝があって、それで日中間というのが物すごく冷え込んで何もかもストップした時期があったんです。それで、多くの人が心配して中国側に働きかけることがあったんですが、中国側は頑として動かない。
 それで、靖国神社の公式参拝とか防衛費の一%枠突破の問題だとか第二次教科書問題だとか、いろんなものが重なって日中関係が険しくなったときに、その年の十二月八日、この日も珍しい日ですが、この日に胡耀邦総書記が私に昼の食事を一緒にしたいと、こう言ってきたんです。それには「大地の子」を書かれた山崎豊子先生をお招きするんだということになっておりまして、そういう形で山崎豊子さんを呼ぶお昼の御飯に大使も来いと、こういうことで、これは当時としては中国の高官と会える非常に珍しい機会になるので、どういうことになるかと思って昼食を一緒にして、その日、私の日記を見ますと、重要極秘電報を八本夜遅くまでかかって書いたと、こう書いてあるんです。八本のうちの一本がこの靖国問題なんです。そのほかいろんな問題があったんです。
 この靖国問題について打った電報の中身のうちで御参考になるだろうと思うのはどういうことかといいますと、胡耀邦はそのときに、もう靖国神社の問題は両方とも言わないことにしようと、こう言い出したんですね。まだ戦争が終わって四十年しかたっていないじゃないかと。その当時はそうなんです。一九八五年です。義和団事件で八カ国が中国に干渉したことに対する中国人の怒りというものは、そのときから八十五年たった最近やっと中国人の関心が薄らいできているぐらいなんだから、靖国の問題というのは、黙って八十五年でも百年でも両方で騒がずに静かにして自然消滅を待つのが一番いいじゃないか、こういうことを言い出して靖国の問題が話題になったんです。これは食事をしながらの話ですので、ちょうちょうはっしの大議論というよりも雑談の中のやりとりを多少整理したものなんですが。
 そこで私は、もし今黙っちゃったら、日本ではああ、もうあれでよかったんだと思ってしまう人が出るかもしれないよと、こういうことを言いましたら、それは困る、それは困るんだと。もう一度靖国参拝が出たとすると我々の立場はなくなるということを言って、その後に、靖国には戦犯が二千人もいるじゃないかと、こう言ったんですね。そこで山崎豊子さんもあれっと思ったと思うんですが、私もそうなんですが、いや、それはA級ばかりじゃなくてB級、C級みんな入れての話でしょうと言ったら、そうだと。とにかく戦犯というのはAもBもCもみんな変わりはないんだ、こう言ったんですね。
 それで私は、そうは言うけれども、A級は東京裁判で平和に対する罪とか人道に対する罪とか、ちょっと後から見ると納得のできない罪名をつくって処刑されたにしろ、一応A級戦犯というのは戦争犯罪人ということになっている、だけれどもB級、C級という中には、A級の人たちの命令に従って、あの体制のもとでは命令に従って軍事行動を起こさざるを得なかった、そういうやむを得ない人たちも含まれているはずだと。私自身も、中国では戦争をしませんでしたけれども、学徒兵でとられた身分ですからそのことはよくわかるんです。
 ですから、A級だけなら多少わかるかもしれないけれども、B級、C級まで含めてはちょっと日本国民としては承服できない人がいるだろうと。こういう話をしましたら、胡耀邦が、なるほどそれはわかった、それなら文革の後で中国がやったように、実は本人には責任はないけれども、いろいろのいきさつ、経緯、命令系統その他でやむを得ずそういうことになった人たちの名誉を回復するという措置をとったらどうだと。だから、B級、C級のこれぞと思う人は名誉を回復してあげればいい、本当に戦争に責任のある人だけに限ったらどうだと言ったんですね。
 それで、そうすると結局、一口で言えば、A級のみということになると、中国側としてはこの靖国神社参拝の問題というのは問題でなくなると考えていいのかと私が言ったら、胡耀邦は、ここが非常に大事な点だと思うんですが、A、B、Cを全部取り除けば、取り除くというのはつまり靖国神社の合祀から外すんですね、靖国問題はなくなるけれども、A級戦犯だけでも靖国から外せば世界のこの問題に対する考え方は大きく変わるだろうと、こう言ったんですね。これは、世界の見方は変わるだろうという表現ですけれども、中国の見方も変わるということを暗に意味していると私は受け取ったんです。
 ですから、もう時間を節約してしまいますと、A級戦犯だけに限ればあとは相当問題は変わってくるだろうと。だから、A級戦犯だけ靖国神社の合祀から外して別のところにお祭りして遺族なり関係者がお参りする、こういうふうにすることはそれはちっとも構わないと。いわゆる一般の靖国神社の中に入って、それに日本政府を代表する人たちが靖国を参拝するということが問題だと、こういうことを言ったんですね。ですからこそ、あの当時、A級戦犯を靖国神社の合祀から外すということが多少話題になりましたけれども、いろいろの事情で実現をしなかったことは御承知のとおりです。
 それでもう一つ、まただれかが靖国神社を公式参拝したらどういうふうになるかということについて胡耀邦が非常に憂慮して言ったことは、こういうことをやっていると日中間の離間をはかる第三国がいることを忘れてはいけない、こういう言い方をしておりまして、つまり靖国神社の問題で日中間がこじれることを喜ぶ第三国がいるということに対する警戒心を示したと。
 大体それが今まで余りこういう席で申し上げなかったことで、御参考までに申し上げたことです。
 ですから、この2の靖国公式参拝のどこが問題かというのは、今申し上げた点が問題で、それを裏づけるようなものが、盧溝橋に中国人民抗日戦争記念館というのがございますが、ごらんになった先生方は御承知のとおりです。ずっと侵略の記録、証拠物件が並んでおりまして、こんなに日本の侵略を非難し日本人を悪く訴えるような記念館に中国の若い学生たちが参観してどうなんだ、こういうことをしておいて日中友好といったって無理じゃないかという気持ちを持って出ようとするところに、こういう日本だけれども、田中訪中によって日中関係は正常化されて子々孫々の友好を約束するに至ったんだということを書きまして、そこに並べて当時、今もそうだと思いますが、日本国憲法の特に第九条が書いてあるわけですね。
 それで、日本はもう戦争をしない国になったんだということによって多くの中国の学生たち、若い世代に新しい平和の日本というものを印象づけることによって、前のことを忘れずに後の戒めとするというあの中国のことわざが最後に大きく壁に書いてある。これが中国の日本の戦争責任の追及と、それの後始末をどういうふうに考えているかということの象徴的な意味があると私は思ったわけです。
 四番目に、にもかかわらず、にもかかわらずじゃない、それだからこそか知りませんが、江沢民主席が日本に来られて、歴史認識、歴史認識とうるさく言って何だという非常に反感を買ったことは御記憶のとおりですが、そのときに金大中効果だということが言われたんですね。
 それは、江沢民が日本に来る直前に金大中大統領が日本に来て、そして日韓両国は戦争の責任について日本が謝罪をする趣旨の声明が出たんですね。文書が出たんです。それで中国は、韓国に対して文書が出て、なぜ中国に出ないかという妙な論法をやったときに、日本の多くのマスメディアを初めとして論者たちがその論法に乗っかっちゃったのは私は非常に見識がなかったと思うんです。
 そのことをちょっと言っておきたくて、この四番目のところの日韓基本関係条約の前文を参照してほしいと書いてございますが、これはきょうの席上配付の五ページに書いてあります。これが日韓基本関係条約ですが、これは日中共同声明とか日中平和友好条約に匹敵する日韓間の基本を決めた条約ですが、この中のどこを見ても戦争に対する反省とか謝罪とか遺憾の意とか、そういうのはないんですね。ただ一つ冒頭に、両国民間の関係の歴史的背景とこれこれとを考慮しと、歴史的背景を考慮するという言葉の中で読み込んでしまっていて、はっきりとした反省と遺憾の意がないというので金大中大統領のときにはそういう文書を出したんです。
 中国の場合は、先ほどちょっと引用しました日中共同声明、これは六ページですが、それの上から第五番目のパラグラフに、「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。」と、これだけはっきり共同声明で明言しているんですから、韓国とは事情が違うので、金大中のときには文書が出たから中国も文書を出してくれというその論法に乗るのはおかしかったのに、日本のマスコミその他は盛んに金大中効果といってこれを取り上げたのは、非常に日本側の不勉強を暴露したものだと私は今でも嘆いているわけです。
 そんなに偉そうなことを言うけれども、歴史認識が問われる原点は何かということを一番最後に、これはカイロ宣言の第三項、ポツダム宣言の第四項、八項、十項、共同声明の前文の五項、平和友好条約の前文の三項、日本国憲法の九十八条二項、こういうところを読めば中学生でも理解のできる問題だろうと思うんです。
 以上のことを申し上げまして、私の冒頭の発言とさせていただきます。
 御清聴ありがとうございました。
#7
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
 次に、国分参考人から御意見をお述べいただきます。国分参考人。
#8
○参考人(国分良成君) 慶應大学の国分でございます。
 本日、このような重要な会で意見を述べさせていただく機会を与えられまして、非常に光栄に存じております。
 さて、早速本題に入りたいと思います。
 私に与えられましたテーマは、今の中国をどのように理解したらいいのかということでございます。
 まず、中国論あるいは中国を理解することの非常に難しさということを考えてみたいんですが、現在、日本だけではございません、世界じゅうが中国とどうつき合っていいのか、あるいは中国をどう考えていいのかということを非常に真剣にさまざまな場で討論をしております。これは日本だけではございません。それは、中国自身がひとつ不透明性を持っている、あるいは我々がどう中国を認識していいのかわからない、こうした側面があろうかと思います。
 私は、まず二つの問題を提起したいと思うんですが、それは一つは、一体中国が揺れているのか、あるいは我々の中国観が揺れているのかということでございます。
 つまり、中国自身もこれまで、例えば文化大革命ですとかあるいは改革・開放と非常に動くわけでありますけれども、同時に、我々の中国認識というものも、あるときには非常に中国に対して過度に期待を持つ、あるときは中国に対して非常に悲観論が強くなる、その辺のぶれというものの大きさというのが非常に気になるわけであります。つまり、中国が揺れている以上に、実は我々の中国観そのものが揺れてしまうということもあるわけであります。
 また、中国をなかなか客観的に見ることができないということもよくございます。例えば人権の問題あるいは国防費の増大の問題、そうした問題は、例えば八〇年代には余り問題にならなかった。それはいわゆる天安門事件の前でありますけれども、その時代はソ連という、もっと日本にとってあるいはアメリカにとっての重要な対抗目標が存在した。そういう状況においては、中国との関係においては人権あるいは国防の問題、そうしたところが余り気にならなかった。しかし、八〇年代の方が実は問題としては大きな問題を幾つか抱えていたことは事実であります。それがマスコミを初めとして余り取り上げられなかったということがあります。それが九〇年代、冷戦が終結してから後、中国というものがかなりクローズアップされてきて、相対的に見れば、客観的に見れば八〇年代より改善傾向にあるところはあったにせよ、しかし中国に対する見方が変わる、そうしたところが実はあるということであります。
 第二番目の私の問題提起は、一体中国が世界を揺るがすということはこれまでどれくらいあったんだろうかと。いや、逆に世界が中国を揺るがしているという側面の方が実は現実ではないのかということも言えるわけであります。つまり、中国という存在そのものは非常に重要な世界の大きなファクターでありますが、しかし、中国の動きで世界が一挙に大きく変わった、あるいは中国の一挙手一投足でこれで世界が変わっていくという事例を幾つか挙げてみてくださいと言われたときに、実はなかなか挙がってこないわけであります。むしろ、中国が世界から動かされている側面がこの二十年間をとってみると非常に多いという側面があるわけであります。
 例えば、中国は口ではかなりきついことを言いますが、国連の人権規約はもうすべて認めた、A規約、B規約両方とも認めておりますが、あるいはCTBTについても、最初はかなりいろんなことを言いますけれども、結局最後は認める、あるいはWTOにしても、さまざまなことを言いましたけれども、あれだけの大きな譲歩をしてアメリカに対してさまざまな門戸を開放するということをやるわけですね。
 つまり、実は世界から中国が動かされている側面というのがかなりこの二十年間の中で大きくなってきているという側面があるわけであります。特に、これはWTOの今後加盟ということがありますと、これは中国を決定的にひょっとすると変えるかもしれない、大きなある種の革命になる可能性があります。
 それはどういうことかと申しますと、国連のメンバーになる、あるいはAPECのメンバーになる、それ以外の国際組織のメンバーになる、中国にとってそれ以上にWTOは大きな意味を持ちます。それは何かといいますと、中国の国内システムを変えなければいけないということであります。つまり、それ以外の国際組織であれば中国の国内システムを変える必要は大きくはありません。しかし、WTOに入れば国内のシステムを変える。そのことがもたらすことは、つまり経済のみならず政治を含めた大きな転換、大きな変化というものを予想させるわけであります。そういう点では、実は世界が中国を揺るがしている、そうした側面もかなり強いということを私は申し上げたいわけであります。
 いずれにしても、中国が一体何を考えているのか。中国の表現というのは非常に口調として強いこともございますし、また原則を繰り返すようなこともございますが、しかし実際の行動は極めてリアリスト、現実主義的であります。したがいまして、言っていることとやっていることの行動というものをきちんと分析していかないと、しかもその発言の内容そのものがどうして出てきているのか。例えば、先般の台湾白書というようなものにしても、半分近くはやはり国内向けという側面があるわけでありますけれども、つまり口調が非常に強いということの背後の中に、外に対してどういうイメージを与えるかということの配慮がやや足りない、しかし国内配慮のために言わざるを得ない、そうした側面もかなりあるということであります。
 そうした点では、やはり中国というものを、その中から一体それぞれの行動、発言がどうしてこういうふうに出てくるのかということをきちんと分析しておく、中国の中からの視点というのを我々は考えていかないと、表面的な言葉だけで振り回されていても中国を認識できないということを申し上げたいわけであります。
 そこで一体、中国というものをどう考えたらいいのかということで、2と3のところで今の状況を説明したいというふうに思います。
 毛沢東は矛盾論という論文の中で、矛盾というのは世の中には必ず存在する、その矛盾がだんだん大きくなってくると不均衡状態をもたらすと。矛盾は必ず存在する、それが不均衡が大きくなり過ぎると大きな転換をもたらすことになる、そのときに新しい段階に達するというのがございます。
 そこで、中国は一体どういうことが今矛盾として存在しているのかということをお話ししたいと思います。
 私は、ここに挙げました四つの点というのは、これは今中国で最も頻繁に使われる言葉を抽出したわけであります。
 まず第一は、社会主義市場経済であります。
 これがアンドで使われている、つまり、社会主義、市場経済という二つの意味がアンドで結ばれていれば問題はない、しかし、これがオアという、さもなければという選択肢になる可能性をいつでも秘めている。しかし、それが私はだんだん広がってきているというふうに見ております。
 つまり、社会主義であることの理由は、それは公有制を維持している、例えば土地は全部国家のものである、同時にもう一つは、中国共産党の指導、一党支配、これが原則であります。この二つが社会主義の意味であります。この二つは両方とも密接に結びついていて、つまり私有制を認めない、特に土地の私有財産を認めないということであります。しかし、ここを認めない限り、市場経済が本当に可能なのかどうかということが今大きな中国の経済界での論争になっているわけであります。
 現在、中国は、多種多様な所有形態ということで、一部私有制を認めたような言い方をしておりますけれども、公式には認めておりません。これを認めれば、つまり中国共産党の指導ということとの矛盾が出てくるわけであります。これはやはり財産権の問題になりますので、全般的な社会の民主化の問題とも関係してくるわけであります。中国において、現在、基層レベルで選挙が農村で行われておりますけれども、こういうのもやはり実はこの問題に関係しているということであります。つまり、来るべき私有財産制といいますか、そうしたものをやらない限り、例えば本当に市場経済が確立できるのかどうかというポイントであります。
 それから二番目に、改革・開放でありますが、改革と開放が二つアンドで結ばれていれば、これは問題ございません。つまり、改革を行うために開放をする、開放をすることによって改革を促す、この二つが車の両輪になっていたわけでありますが、実は今起こってきている最後の論争は、国内の改革をまずやってから市場開放すべきか、いや、そうではなくて、市場開放してから、そのことによって外圧を使って国内の産業調整を行う、つまり外圧を使うことによってショック療法によって国内の改革を行うべきか。現在の中国の方向性は、どちらかといえばこれは開放の方に力点が行っているわけです。それはつまり、WTOの決断をしたというのが非常に大きな中国にとっての決断であります。
 先週まで中国に行っておりましたけれども、中国で最も今はやっている言葉は、この後に出ておりますけれども、グローバリズムということであります。グローバリズムにどう対応するか。これはもう変えられない、現実だと。つまり、これにどうこう、反発するか反発しないかの問題ではない、これは現実だと。これに対して一体中国はどう乗っていくのか。
 そのときに、現主流派は、やはり市場開放することによって、つまりある種ショック療法を行うことによって国有企業改革を行い、そのことによって改革を促さないと、国内に今力を持っていないというのが朱鎔基首相を初めとした人々の考え方であります。
 しかし、それをすることによって大変なショックが生まれることは間違いないわけであります。そのショックをどう吸収するか、あるいはそのショックをできるだけどうやって小さくするか。これを行えば、恐らく中国から、中国のこれまでの例えば未熟なハイテク産業、自動車産業、そうしたものが一挙につぶれていく、農業も危ない。今物すごい抵抗が中で出てきているわけであります。同時に、優秀な人材が一挙に外に流出するかもしれない。そうした問題が今中国の中で議論をされていますけれども、基本的にはグローバリズムというのはとめられない、これは現実だという認識の中でWTO加盟というものを決断しているということになるわけであります。
 それから、一国二制、これは多制というふうに私が括弧の中に書きましたけれども、香港の問題の中で、一つの国の中に二つの制度が存在する、つまり社会主義制度と資本主義制度が存在する。
 しかし、中国は、これは台湾の問題にもこれを適用したいということを言っているわけでありますが、マカオでもこのような方法が適用されたわけですが、実はこの言葉というのは、もう少し多様な意味を中国では持っているということであります。一体、一国二制度は連邦制なのかどうかという議論が中国の内部では非常に盛んにあります。しかし、これは連邦制ではないということで一つの結論が出ましたけれども、つまり全く違う体制をそこに持っているだけにすぎないということであります。
 しかし、全体として中国の今の抱えている問題を考えてみますと、香港問題だけではなく、台湾の問題、さらに少数民族の地域、特に自立的な要求の高い、それはチベットであり、同時に新疆ウイグル自治区でありますが、こうした地域での自主的な権利の問題。最近ではチベットからカルマパ十七世というのがインドに逃亡と、何といいましょうか、亡命という言葉は使っていないんですが、インドの方に渡ったということになっております。
 つまり、これが意味するものは、全体の国家としての一体性。中国が最も多用する概念というのは国家主権。今中国の外交用語の中で国益という言葉と国家主権ということが非常に多く出てまいりますが、これが古い響きを持った言葉であることは間違いありませんが、台湾問題も絡めて、中国の外交用語の中で最もやはり頻繁に出てくる。これは近代の歴史を踏まえての話だと思いますけれども、そこに強調点が来る。つまり、国家の一体性そのものに大きな問題が出始めているということは、これはもうだれもが言っていることであります。
 同時に、その中に、中央集権化ということについては、もうこれはほぼ手放したわけであります。もちろん、政府が全体的に指導するということについてはこれは手放していないわけでありますけれども、しかし全体的な流れは地方分権に行っているわけであります。税金にしても、いまだに地方が多くを持っているという形、大体六対四の割合で地方の方が税収が多いという形になっているわけであります。
 中国の今の状況を経済的に理解いたしますと、一体本当に単一市場として考えていいのかどうかということが問題であります。これはWTOの加盟の問題のときも出てまいりました。つまり、沿海地帯、例えば上海を考えてみますと、もう数千ドル一人当たりGNPをとっているわけであります。ところが、内陸に入るともうとんでもない、これは数百ドルの単位であります。これを一つの市場として考えていいのかどうかということであります。
 つまり、中国のWTO加盟というのは、国家として加盟する。中国は日本の二十六倍の国土を持っているわけでありますから、この全体を一つの単一市場として考えるということの難しさというのが中国においては出てきている。これは格差が開いているということからわかるわけであります。しかし、中国は国民国家、これを一つの国家として維持したいということを強調する。これを一つの国家の主権という形で強調するわけでありますから、その辺のぶれ、この辺のバランスをどういうふうにとるのかというのがますます問題になりつつあるということは間違いない。
 それから第四番目に、中国で最も使われる富強という言葉でありますけれども、富という言葉と強さという言葉、これはもう百数十年来中国が最も多用してきた言葉で、これが中国の悲願である、近代、現代を通しての最大の悲願である。富というのは近代化をあらわす、強というのは一つの強大な統一国家をつくる。これは別の言い方をすれば経済と政治ということになるわけでありますが、実は中国は、富の部分に力点を置くと、どうしても国家的な一体性をどうやって行っていくのかという部分に問題が出てくる。今度は国家的な一体性に強調点が置かれ過ぎ、社会主義的平等というものを重視し過ぎた結果として、富が全体に行き渡らない、あるいは国家としての成長がない。そうしたところのバランスというのをどうするのか。これは国家の規模が大き過ぎる、あるいは富を有効に分配するようなメカニズムがきちんとでき上がっていない。これは政治体制とも関係があるというふうに思いますけれども、そうした実は富強の問題が、この二つがバランスを失いかけている。
 全体としてこのような不均衡が拡大してまいりますと、それを調整する動きとして、当然ナショナリズム、国家主権ということに対する訴えが出てくるわけであります。これが特に九〇年代の半ば以降かなり激しくなってきている。精神文明であるとかさまざまな精神キャンペーンが行われる。ナショナリズムというのは直接愛国主義という訳にはなりませんけれども、愛国主義というのは中国の中では繰り返し訴えられるということにならざるを得ない。それは、つまり国家としての一体性、中国共産党の指導性ということが強調される。
 つまり、全体として見ると、清朝の末期に中体西用論というのがございました。これは、中国をこれを体となし、つまり中国を中心とし、中国の持っている精神文化、価値を中心とし、そして西洋の科学技術を利用するということであります。この清朝末期に行った物については西洋から導入し、精神文化は中国ということでありますけれども、いわば和魂洋才のようなものがありますけれども、これは実は中国においては清朝末期に失敗したわけであります。つまり、物には物をつくっていく背後の精神価値がある。つまりは、ある物、その物が生まれてくる背後の価値まで一緒に中国に流入したわけであります。それに対して中国は抵抗したわけであります。この中体西用論は、結局中国という価値を維持するために失敗いたしました。
 今起こっているのがまさにグローバリズムの問題であります。中国はまさにここに今差しかかりつつある。ただ、中国全体、日本の二十六倍の国土の中でどう考えられるか。特に沿海地帯を中心としてもうほぼ全球化の波にのまれているということは間違いありません。
 このグローバリズムということに関して言いますと、今の中国のマスコミ紙上に出てくる、あるいはさまざまな論客の書いているものの主流は、これに乗らざるを得ないということ。しかし、その間どうやって中国の持っている価値あるいは中国の精神文化、これは恐らく政治的な一体性あるいは中国共産党の指導権力、ここに入るわけですけれども、これをどう維持するかというところにかかわってくるわけで、中国ではこれが本当に今深刻な議論として内部で展開されております。
 第三番目に私が申し上げたいのは、それでは今申し上げたような中で一体主要矛盾は何か。これは毛沢東も、矛盾の中で一体何が主要な矛盾かということを考えなければいけないということをよく言っております。それは矛盾がいろいろと結びつき合っていて、その中での最も根幹の問題は何か。私は、最も根幹の主要矛盾は何か、これはもちろん中国共産党の政府にとってということでありますけれども、それはやはり究極的には政権の維持と安定ということになろうかと思います。
 今申し上げたような矛盾の拡大ということは、一言で言えば国家と社会というものが非常に乖離現象を起こしてきている。これをどうやって一体化させるかということであります。その究極目標は、やはり中国共産党の政権の維持であり安定性である。
 現在問題になっているのは、まさに政治的な凝集力というものが欠如しているということ。今中国の公式のメディアを見てみますと、とにかく中国共産党の主張あるいは江沢民主席の言っていることを学習せよということで、今でもよく自己批判大会あるいは政治学習大会が週に一回ぐらいは必ず長い時間開かれているということであります。それはつまり非常にディフェンシブ、非常に防御的なことになってきているということが私は言えるのではないか。
 そこで問題になっているのは、やはり政治腐敗の問題であります。つまり、社会主義市場経済の最大の問題は、中国共産党の指導する市場経済ということになりますから、つまり最後の許認可権を中国共産党が所有しているということになります。それは、つまりは政治というものが市場原理に介入をすることを原則的に、ある意味では制度的に保障しているということになるわけであります。そこに政治腐敗が生まれるというのは、いわば当然のことであります。それが今中国共産党の機関紙である人民日報にしても、連日のように政治腐敗のことばかりが摘発されてくるという状況が、これはもうずっと一貫している問題でありますけれども、かなり農村において蔓延しているという状況が中国共産党に対する信頼感の問題に非常に大きな疑念を持ちかけている。
 こうした中から何を行っているかというと、恐らくこれはもう政治的な大きな革新を行わなければいけない。そういうことは多くの人も気がついているけれども、どうやっていいかなかなかわからない。つまり、中国共産党の政権を維持しながら、その中で政治改革をどうやっていいかわからないという部分が今最大の悩みになってきているわけであります。
 だれもが民主化ということを言います。民主主義ということを中国では言います。しかし、それをどうやって、いつ、だれが、つまり中国共産党という国家の一体性をどうやって保持してやるんだという部分のところでどうしても疑問が出ざるを得ないということであります。
 その結果として、どうしても暴力装置に頼らざるを得ないという現象が起こっております。軍人も今かなり解除されておりますけれども、その多くが公安やその後にある武警、これは人民武装警察部隊といいますけれども、人民武装警察部隊というのは突発事件が起こったときにすぐ対処する、そうした警察集団でありますが、そちらの方に軍人が解除されて多く入っているというような状況が起こってきております。つまり、あらゆる国内の治安ということの目的のために、つまりは暴力装置という形でもって抑える。これは極めて不健全な形であるというふうに私は思っております。
 そうすると、これをどうやって政治的に刷新していくかというのが最大の問題でありますけれども、その方法として、政治に手がつけられないとすれば第二番目の経済成長路線に行くしかないということであります。
 その経済成長路線をこれまでは維持できたわけであります。これはトウ小平氏の、いわゆる南に行きまして、南巡講話と言いますけれども、そのことによって中国の社会主義市場経済が生まれたわけであります。そして、成長路線が九二年、九三年、この辺から始まりました。物すごい経済成長が九四、五年の時期に出たわけであります。
 現在、中国の経済成長は七%前後ということになりますが、これが、日本に比べたらもちろん高く見えますが、よく見てみますと、文化大革命の最中の十年間の経済成長が六・六%であります。それを言うと、この時期の統計はかなりいいかげんですからと中国の人は言うんですけれども、しかし、中国において統計数字というものがかなりいろんな形でやはり政治的な決定が行われていることも間違いない。ですから、ことしの秋、また人口のセンサスの調査が行われますけれども、多分人口の誤差がまた一億出るんじゃないかなんということを中国の中ではもううわさをしております。
 いずれにしても、今の成長路線、今中国の経済状況がデフレに陥っているということは御存じだと思います。失業率も、日本の失業率の計算でいきますと、ほぼ八%から九%に近いということになるわけであります。公式統計は三%台でありますけれども、しかし日本の方式でもって統計を出しますと、やはり八%台ぐらいには軽く行くだろうということになります。
 さらに、経済の成長をどう行うのか。特に内需が非常に伸び悩んでいるという状況があります。貯蓄に走っているわけであります。
 成長のエンジンというのはどこにあるのか。中国はかつて、この二十年間成長を遂げてまいりましたけれども、以前、資本家というものをほとんど社会主義体制の中で消滅させてまいりました。その結果として、中国には中小企業の基礎がなかなかなかった。したがいまして、中国の経済発展というのはこの二十年間ほとんど外資によるものであった、つまり貿易と直接投資がメーンとなって中国の経済成長が起こったと。中国の対外依存度、これは物すごい高いものがあるわけであります。ですから、外資産業もかなり中国の中に入り込んでいるわけであります。そういう意味では、中国の経済成長のエンジンがこれまで外資によっていたということは間違いないわけであります。
 ところが、その外資が御承知のように今非常に減っている。特に契約ベースで見ますと、日本はこの二年連続で大体二〇%近く減ってきている。世界全体としても一三、四%減ってきている、契約ベースでも減ってきているということですね。これはもう中国にとっては物すごい痛手であります。これは九三、四年の段階から比べますと、もう本当に半減ぐらいでしょうか、契約ベースでありますけれども減ってきているわけであります。
 そうしますと、中国の今後の成長をどう展開するか。国内は国有企業の改革でエンジンがありません。そうすると、それはやはりWTOしかないわけです。WTOに入ることによって、つまりは中国の透明性を増す、あるいは外資をこのことによって呼び込んで、最大の問題というのは内陸の経済成長が、これまでの経済成長は沿海でありますから、この沿海の経済成長が内陸に展開しないということであります。この内陸に展開させるためにどうするかということで出たのが、ことしから出ている西部開発ということであります。WTOの加盟と西部開発が一対になって出てきているわけであります。
 つまり、WTOに入ることによって中国は経済的な透明性を増す。そのことによって西部の方に、非常に未開拓の部分に来てもらって、そして中国のエンジンとなってもらいたいということでありますが、残念ながらなかなか、今中国のここに直接入ろうと、インフラあるいはきちんと整備されていない状況があるので、それがない限りは行かないという状況が起こっておりますので、日本にしても今はまだ不況の状況でありますから、なかなかそれが呼び込めないだろうということで、中国の経済成長はすぐにはまた呼び戻すことができない状況にある。
 私が申し上げたいのは、つまり中国共産党の正統性ということの問題でありますが、正統性というのは、正統というレジティマシーという意味での、これは歴史的に中国共産党がなぜ政権をとれたのかと。これは一つは、日本の侵略というものに対して、これを打破して中国共産党が政権をとったというのが一つ。それからもう一つは、国民党を駆逐した。そして最後に台湾をみずからの領土にして終わるという歴史的な意味での正統性というのがあるわけでありますが、しかし中国の中でも今一つの言葉が内部でよく言われています。それは、合理的支配ということであります。これは別の意味の、つまり現在の正当性ということになります。それは別の言い方をすれば、国民の民主的で、あるいは生活の豊かなそうした社会をつくれるかどうか、これが実は本当の意味の正統性になるわけであります。
 そういう点では、今問われているのはまさに現在の正当性。豊かな国民生活、そして安定し、そして民主的な生活をいかにつくれるかという点で、最後に結びとして簡単に申し上げていきますと、中国共産党政権は、もちろん今後もしばらくの間はこのような状態が続いていくんだろうというふうに思います。この矛盾が幾つか拡大していきながらも、依然として暴力装置に頼らざるを得ないところはありますけれども、しかし国家としての一体性、またかなり既得権益もでき上がってまいりましたので、若いエリートの人たちも今の体制を壊したくないという人たちがかなり出てまいりました。そういう意味では、つまり過去の歴史の教訓もありますので、そんなに国家の一体性がばらけるような、そうしたことに対しては反発がかなり強いかと思います。そういう点では今の状態が続く、しかし政治的な革新が行われるかどうか、この点はなかなか難しいだろうと。
 そうなってくると、経済成長という部分に頼ってくる。それが達成できるかどうかという点では、実は日本に対してもかなり柔軟な政策を特に昨年の夏以来、これは内部通達で出ておりますけれども、日本に対して柔軟な政策をとるようにということが出ております。その結果として、日本に対しては非常にやわらかい政策になっておりますけれども、それはやはり経済協力ということもあろうかと思いますが、日本の経済成長、日本の経済の回復が中国にとってもプラスになるということを中国自身が今では言うようになりました。これは健全な方向だと私は思います。
 中国というのが平和で安定して、そして豊かで、私は民主的なという言葉もつけましたけれども、そうした中国というのがやはり日本の国益にかなう。しかし、これがすぐできるわけではない。これはかなりの時間がかかるというふうに私は思っております。そこにはかなりの紆余曲折が起こるでしょう。私自身、それがどの時間にどういうふうに起こるかということは簡単には断言できませんけれども、できるだけ中国がソフトランディングしてほしいということが日本の国益にかなうわけであります。
 そういう意味では、私は将来の中国がどうなってほしいかというのはありますけれども、しかしそこの部分ばかりで考えているのではなくて、今の中国とどうつき合うかということをやはり真剣に考えなければいけないというふうに思っております。それは、今の中国とつき合うのが十年後の中国とつき合うことにまさにつながってくるということになるわけであります。
 今中国をなかなか真剣に考えたくない、あるいは中国を少し遠ざけたいという気持ちがどうも日本の中にも強いようでありますけれども、世界の中にも若干その傾向がありますけれども、やはり将来を見越して真剣に考えていく。中国は大きな世代交代がこれから始まります。これは、ちょっと時間の関係でお話ししませんけれども、後ほどお話ししたいと思いますが、巨大な世代交代が起こります。
 そういう中で、中国の大きな転換が起こってくると思いますので、我々は一体どうつき合うかということをやはり真剣に考えていくべきだというふうに思っております。
 本日はどうもありがとうございました。
#9
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
 これより質疑を行います。
 本日も、各委員から自由に質疑を行っていただきます。
 なお、委員各位におかれましては、できるだけ多くの委員の質疑ができますように御発言は簡単にお願いいたします。
 また、質疑時間が限られておりますので、参考人におかれましても、大変恐縮ですが御答弁は簡潔にお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#10
○野沢太三君 自由民主党の野沢太三でございます。
 きょうは、大変貴重なお話をありがとうございました。
 そこで、中江参考人にまずお伺いいたしますが、参考人からいただきました資料の中に、日中双方における読み違えというペーパーがございますが、さきに江沢民さんが来たときにも、歴史認識を余りにも強調し過ぎたために日本の国民としては少し白けた気分になってしまった。あれほど寛大な、あだに対して恩をもって報いよということで終戦の処理をし、それで今も御指摘のように賠償をとにかくとらないというところまでやって国交回復にこぎつけたという中で、今日、逆に冷え込むような状態が出ているということはまことに残念に私思うわけでございます。
 そこで、天安門事件に対する理解とかあるいは閣僚発言に対する中国の反応とかいろいろありますが、このような読み違えが出ないようにもっともっと相互理解を深めるために何をしたらいいか、これを私ども考えるわけです。
 まず、政治家として何をするか、あるいは外交の窓口として何をするか、あるいはマスコミその他の文化レベルでの交流、いろいろ既にあり得ることだと思いますが、二十年以上も国交回復後たっているにもかかわらずまだこのような状態であるということは、努力と工夫がまだ足りないんじゃないかと思うわけですが、率直な御意見をお伺いしたいと思います。
 それから、国分参考人に一つ御質問をお願いしておきたいのが、私も、かねてから社会主義市場経済というやり方、これは極めて巧妙なやり方だなと思って感心をしておるわけなんです。ソ連のように一気に経済も政治も自由化したために混乱とマフィア経済がはびこって、結局庶民、国民が物すごく苦労したというこれまでの経緯の中で、秩序を保ちながら経済だけフリーにするということで今日までは何とか来たように思いますが、今御指摘のように、それがそろそろ限界に来ているということでございまして、国分先生が御指摘のように、これからはもう民主化をしたりあるいは地域主権というものに預けたり、さまざまないわゆる民主化、改革をやらなきゃいかぬという段階に来ているというふうに見られるわけですが、一体この社会主義市場経済というものがどこまで行けるのか。そして、指導者を開かれた選挙で選べるようになることができるのかできないのか。これも難しい問題かと思いますが、そういう点でのお考えをお聞かせいただきたいと思います。
 中江先生の方からまずお願いいたします。
#11
○参考人(中江要介君) 野沢先生がおっしゃるように、私も、せっかく日中正常化して条約まで締結してやってきているのに、まだこういう問題が相変わらず話題になるということは嘆かわしいことだと思っているんです。
 読み違えのところで書いておりますことの意味は、体制が違うためにそういうことになる面もあるんですけれども、しかし日本側で、日中の二国間の問題となると、二十世紀の前半の日本が中国大陸に対して行ったことについて十分な知識と理解と反省がないような発言とか行動とか論評が出ますと、中国としては、ああいう体制ですから一応表向き上から下まで筋を通して一貫して歩くわけですが、日本は、これが本当の民主主義かどうかは議論があるところだと思いますけれども、言論が自由だといって、その自由な言論の中にどうしても中国側が理解できない問題が出たときに、そういう発言なり行動をどう日本側の多くの人が対応しているかというところを見ますと、これは中国の立場から見ますと、やっぱり極めて物足りないというか生ぬるいという感じがすると思うんですね。
 政治家としてどうしたらということをおっしゃいましたので、私はもちろん政治家じゃありませんが、やっぱり政治家の先生方は一人一人が御自分の信念で動いておられるのは当然なんですけれども、その中で意見が違った場合に、その違った意見を容認するのか否定するのか、それとも問題にするのかというそのけじめが外から見ているとはっきりしない。特に、中国から見ている場合にははっきりしない面がある。
 先ほどの靖国の問題のときによく出たんですが、日本では人が死んだらみんな仏さんなんだというような、そんなことを言っているんじゃないと中国は思っているのに、日本の方からそういう論法で別に悪いことをしているんじゃないんだと、みんな仏さんなんだというような言い方をする。そういう文化の違いといいますか、今まさしく先生がおっしゃったような相互理解の不足というのはまだまだあって、これは大げさな言い方をすれば永遠に続く問題だろうと思うんです。
 これをどうすればいいかというと、私は、せっかく共同声明を出したり条約を締結したりしているにもかかわらず、先ほど来ちょっと理屈っぽいことばかり言いましたけれども、条文をほとんど読んでいないのではないかと思うような発言なり論評なりマスメディアの記事が多いんですね。ですから、やっぱり勉強をしていただきたいというのが一つ。
 それから、今生きている人は忙しくて勉強できないのならこれから出てくる若い人は、それこそ今教育改革が言われておりますけれども、これからの世代の人は体験していないんですから、それだけによく勉強して、なぜ中国はそう言うのか、なぜ日本はそれに対してこうなのかということをよくわかった上で議論しないと、ただ言葉のやりとりだけでけしからぬだの何だの言っても実りが少ないんじゃないかという、そういう感じがします。
#12
○野沢太三君 ありがとうございます。
#13
○参考人(国分良成君) ありがとうございます。
 まず第一点目の社会主義市場経済の問題でありますが、私はやはり、先ほどから申し上げておりますとおり、WTOに加盟するという決断をしたということ自体がこれがもう市場経済に行くということを決断したことになるわけでありますが、しかし、この市場経済への道が平たんなものではないということは容易に予想できるわけであります。
 ただ、先ほどから申し上げているように、中国自身、国内に今成長を促していくようなエンジンを持っていない。そういう点でいきますと、しかし、これをやらない限りは、政権の正統性の問題もあるということでいけば、やはりこの道に行かざるを得ない。同時に、海外の企業を呼び込んでいくためには、市場経済にしても、先ほどから申し上げている私有財産の問題、そうしたことがきっちりしているかどうか、あるいは法的な枠組みがきっちりしているかどうか、やはり市場経済がスムーズにいくかどうか、これはすべて中国のまさに政治的な決断にかかっているというふうに私は思います。そういう点では私は、方向性としては、長期的なトレンドはこちらに行くことは間違いない。
 しかし、その過程では、第二に申し上げたい点でありますが、政治的な決断ということがかなり必要になってくるだろうということであります。
 それはどういうことかと申しますと、正直申しますと、中国の民主主義あるいは民主化という点について、それほど私は楽観的ではありません。今中国の知識人たちとの議論の中では、気持ちはそうだけれども、今それを言った瞬間に第二の天安門事件が起こり、その結果としてまた再びもとに戻ってしまうことになるかもしれないと。今のこの蓄積してきた状況をこのまま保持したい、発展させたい。つまりは、民主化というものは今の段階においてはこれはもうあきらめざるを得ない、長期的な課題として考えたいというのが、どうもやはりこれは既得権益を持った人々あるいは知識階層、エリート層の大体の考え方になりつつあります。
 そういう点では私は、民主化というのはやはりまだかなり時間がかかるというふうに思っておりますけれども、ただ市場経済化に伴ってその市場経済に伴うところの富の蓄積をどうやって分配するかというのは、その透明性をいかに確保するかというのはまさに政治の問題であり、政治的な体制の問題になるわけであります。
 それは正直なところ、私は、今のところは抜本的な改革をできる可能性はなかなか見出し得ないということであります。ただ、一つ可能性があるとすれば、まず外の民主主義よりもむしろ中国共産党の中の民主主義、党内民主主義、この辺からどう手をつけることができるかということがやはり一つの問題である。
 とにかく中国の知識人あるいはあらゆる人たちが一番警戒しているのは、民主化という一言のためにすべてを失うと。それは少数民族地域であり台湾でありと。そうした地域を失うことの怖さということから、依然として国家的な一体性を保つことへの優位性が強い。
 ですから、私の結論は非常にあいまいでありますけれども、そうした矛盾の拡大の中で依然として続くだろうということであります。
#14
○野沢太三君 ちょっと一言だけよろしいですか。
#15
○会長(井上裕君) ちょっと速記をとめて。
   〔速記中止〕
#16
○会長(井上裕君) 速記を起こして。
#17
○藁科滿治君 ちょっと途中離席いたしまして失礼いたしました。
 つい最近、朝鮮半島で南北両首脳の会談が六月ですか、開かれるというニュースが入ってまいりました。我々も非常に期待感を持っているわけでございますが、こういう動向について、中国はこういう動きをどういうふうに受けとめているんでしょうか。
 両先生に伺いたいと思います。
#18
○参考人(中江要介君) 中国の外交政策は、一貫して二十一世紀の半ばまでは周辺地帯に混乱、戦乱、難問が起きないようにしたい。つまり、周囲を平静に保って国づくりに専念したいというのが中国の基本的な政策で、そのために外交としては周辺が静かであることを望むし、静かにしたいという、それが基本にあると。私はそういうふうに見て、信じているんですが、そういう中国からすると、朝鮮半島が話し合いによってどういうふうに進展するか知りませんが、落ちついていくということはもう大歓迎しているだろうと思います。
 それから、一言だけ北朝鮮との関係について言いますと、朝鮮動乱のときに中国は義勇軍まで派遣して北朝鮮を支援したのに、もとの金日成主席は中国とソ連をバランスをとりながら朝鮮政策をやったというのが非常に気に食わない、こういうところが見えていたことをちょっと参考までに申し添えておきます。
#19
○参考人(国分良成君) ありがとうございます。
 今回のこの南北朝鮮の動きに関しましては、やはり中国自身もその中での一定の役割を果たしたということにはなっているようでありますが、ただ、もともと中国というのは北と南両方との関係をバランスとってやってまいりました。ですから、例えば昨年ございました、御承知のようにASEANプラス3という十一月に開かれましたASEANと日中韓の会議におきまして、中国自身が北の配慮ということをずっとこれまで日中韓という枠組みに対しては言ってきているわけであります。そういう点では、中国自身がこれまで北に対してはそれほどの影響力は持ち得ていないだろう、しかし唯一の太いパイプを持っているのが中国であるということで、やはり中国を無視することはできないということだったと思います。
 それから、もう一点申し上げておきたいのは、中国にとって朝鮮半島はやはり現状維持が望ましいということであろうかと思います。それはどういうことかと申しますと、もし朝鮮半島が大きく動き出す、統一の方向へ動き出すということになったときに、それが中国にとってプラスになるかどうかという点について、やや疑問視している声は内部では非常に多いわけであります。
 それは二つの点であります。
 一つは何かと申しますと、統一の段階においては、ややもするとアメリカの駐留が北の方まで起こる可能性があるということであります。その場合に直接中国と対峙する可能性がある、アメリカの軍事駐留と対峙する可能性があるので、これに対して非常に警戒心を持つというのが一点。
 それからもう一点目は、それは南北がうまく統一してくれればいいけれども、混乱をもたらしたときにかなり北の方からの混乱が起こる可能性があるということで、それは国境を接しておりますので、中国もできるだけうまくいって安定してやってもらいたいというのが国益でありますから、そうした方向で、中国の基本的な国益は朝鮮半島に関しては現状維持というのが本音のところだろうというふうに思います。
#20
○緒方靖夫君 日本共産党の緒方靖夫です。
 台湾をめぐる問題について二点お伺いしたいと思います。
 まず、中江先生に中国と台湾との関係についてです。
 二つのポイントがあると思うんですけれども、一つは、一つの中国という国際法的な枠組みの問題です。これは、国連の代表権問題で中国の代表権を台湾政権から中国に移したというだけで、台湾が国として認められたことはないという、そういう歴史的事実からもこれはもう明確だと思うんですね。
 もう一つの点は、台湾問題の平和的な解決が図られるという政治的なアプローチの問題です。中国は、台湾が独立すれば武力を行使するという立場を持っていて、我々も含めて平和解決に徹すべきという、そういうアプローチがどうしても求められると思うんですね。
 中国は、台湾に対しても一国二制度が適用できる、香港やマカオよりもかなり緩やかに適用できるという見解を述べていると思うんですね。独自の軍隊を保持できるし、台湾当局の代表が中国政府にも参加できる、こういうことも述べているわけですけれども、これはこれで大事なことだと思うんですが、私は決定的に台湾問題がこれまでの返還と違うところ、それは結局、これまでの返還というのは植民地の旧宗主国と交渉すればよかった。住民と交渉したことがないわけですね、住民代表と。しかし、台湾の場合には結局住民との関係になる。そうすると、住民の支持を得る、あるいは共感を得る、このことが非常に大事な要因になっているんだけれども、中国がそのことをどれだけ理解しているのかということを一番感じるわけですね。中国がまさにこの点で試されるだろうと、そういうように思います。
 武力による威嚇、これがどんな結果をもたらすか、それは九六年三月のあの事態を思い起こせば非常に明確だと思うんですね。そこで、台湾問題の持っている香港やマカオにない特質、つまり住民の共感をという要因と平和解決という関係、これをどう先生はお考えになるのか、それが第一点。
 それからもう一つ、中国の文献を見ていますと、台湾問題で武力行使を言いながら、中国語で言うとハーピンチエチュエという和平解決ですか、日本語で言う平和解決、これがしょっちゅう出てくるわけですね。そうすると、武力の行使をにおわせながら、あるいは行使すると言いながらなぜこういう言葉を使うのか、この言葉の概念は中国にとって何なのか、この点をお伺いしたいと思います。
 それから、国分先生にもう一点、安全保障にかかわる問題をお尋ねしたいんです。
 台湾海峡問題というのは、朝鮮半島とともにアジアの安全保障にとっても言うまでもなく重要な問題です。どちらもガイドラインを適用するという、言わずもがなのそういう対象の地域になっていると思うんですね。
 朝鮮半島では、南北朝鮮の首脳の会談が行われるということが発表になった。今、急速に展開中です。それから韓国が太陽政策を出している。これは非常に賢明な政策だと思います。それからペリー報告がある。これは朝鮮を願望からじゃなくて現実から出発して、非常にリアルな報告で、戦闘を回避する、それからまた和平的な解決を図るという点で非常に評価できる内容だと思うんですね。そして、日本もおくればせながらそういう方向で、私も村山訪朝団に参加いたしましたけれども、そういう方向が出ていると。そうすると、朝鮮半島でガイドラインを発動するような要件をなくすような方向も生まれるだろうと思うんですね。
 一方で台湾問題ではどうかというと、アメリカの政権も一つの中国、このことは認めている。しかし、同時に台湾関係法があり、それからまた台湾安全保障強化法案が今立法の過程にあると。そうすると、米政権は台湾に対しては軍事行動ができる仕組みを持っているわけですね。しかし、日本の場合はそれとは違う。きのうも国会で森総理が、台湾が中国の領土の不可分の一部であるという中国の立場を十分に理解しそれを堅持するという、そういう答弁をしているわけですね。
 そうすると、アメリカと日本とでは台湾に対するアプローチが当然違ってくる。そしてそこで、ともにアメリカと日本がガイドラインで行動を起こすときに、アメリカの論理と日本の論理は当然違うということになります。そうするとアメリカと、軍事的な関与という形では台湾問題で同じような共同アプローチはとれなくなるということになってくると思うんですね、台湾に対する立場の違いから。その点について先生はどうお考えなのか、その点についてお伺いしたいと思います。
#21
○参考人(中江要介君) 非常に基本的な問題の御質問をいただいたわけですけれども、最初に私ちょっと申し上げましたように、台湾問題の二次的な重要性というのはやっぱりアメリカの台湾政策にあると思っておりますので、それを抜きにして中国と台湾との関係を幾らいじくっても無理で、これはやっぱりアメリカの問題だと。
 一体、アメリカが台湾を力ずくでも中国の祖国統一にさせないというつもりでやっているのか、それとも何でやっているのかというのは、これはアメリカの政策でそんたくしてもあれなんですが、それだけに台湾海峡を挟む問題は、国際的に見れば中国とアメリカの問題だというふうに私は基本的に思っているんです。
 日本にとっては何かというと、日本にとっては言うまでもなく中国の内政問題であると。それは国際法の枠組みということを先ほどおっしゃいましたが、まさしくそのとおりで、国連の代表権がひっくり返ったときに、世界じゅうは中国を代表する唯一の合法政府は中華人民共和国政府であるということを認めたんですから、唯一なんですから二はないんですね。ですから、中国を代表する政府は一つしかないというのはこれはもう明らかなんです。それを二つの中国だの、一つの中国、一つの台湾だのという言い方をするのはどこかにごまかしがある、思い違いがある、あるいは意図的に事態を曲げているというふうに国際法の枠組みから見るとそうなると思うんですね。
 そういう問題の中で、中国が武力を行使するかもしれないということを言っていることを、そういうことを言っていかがかと思う面もあるんですけれども、真に受ける必要はないというのが私の個人的な考えなんです。
 国と国は、個人と個人もそうですけれども、何か言われたら何か言い返すというのは当たり前なんで、そういうものを、中国人のけんかは表で派手にやりますが、ああいう派手にやっているけんかを見てこれは大変だと言うのは日本人などであって、彼らはもう最後まで手を出さない、口先だけで物すごいけんかをするという、そういう習性のある民族でもあるわけです。ですから、私は冷静によく見て、アメリカその他の国が余計なことをしなければ、台湾当局も中国の北京政府も力に訴えて何かしなきゃならぬという立場には全く今立っていないと。だから、武力衝突のことを心配するのは、少し逆に踊らされているという感じがしているということですね。
 それから、平和的解決と言いながら武力を云々というのは、今私が申し上げましたように、それは言われればやるということで、ミサイルを選挙のときに撃ったからアメリカの艦隊が出動したというあのことを一つ見ても、別に攻撃したわけじゃないんですが、実験したということですね、ミサイル発射実験をしたらアメリカの艦隊が動いたと。そうすると、一体台湾の当局はだれが防衛しているのかということを考えますと、これはアメリカが防衛しているんだとすると、そんな国で独立国と言えるか、というと、これは日本についてもいろいろあると思いますが。
 そのほかに、独立独立と言うんですが、台湾は一体どこから独立するのか。どこから独立するというつもりでみんな独立と言っているのか、非常に私は疑問を持つんですね。独立すると言うのなら、大きな中国から独立するなら、独立するまでは一つの中国なんですね。ですから、一つの中国という前提で中国と話をして、お互いに一つの中国だけれども私はこれから独立するんですという話をするというならわかるんですが、一つの中国の前提を否定して、しかも独立というのは、これは理論的に国際法の今までの概念からすると解せない話じゃないかというようなことです。
#22
○参考人(国分良成君) ありがとうございます。
 まず第一点目に申し上げたいのは、中国は武力の行使を放棄しない、これはもちろん台湾が独立してしまうことを阻止するためでありますが、正直申し上げて今回も中国は武力での演習はできない状況にあったということだと思います。それは禁じ手であったと。
 なぜかと申しますと、先ほどから申し上げておりますとおり、もし中国がやれば九六年どころではないほどの国際非難を恐らく浴びるだろうと思います。そのときに、九六年のあの事件の後で実は海外の直接投資は激減いたしました。そのようなことが中国でもし起こりますと、これはもう中国の今の経済の状態から考えて大変な問題になるわけであります。そういう点では、実は中国は絶対にこれに手をつけたくないというある種の禁じ手だったわけでありまして、であるがゆえに口でかなり強く言ったということであろうかと思います。
 それから、第二番目に申し上げたいのは、中国では実は台湾問題を過度に、正直申しますと中国には非常にたくさんの問題が今あるわけでありますが、その中で台湾問題がどれぐらいの比重を占めるのかということであります。もちろん大事な問題でありますが、しかし中国がこの数年間の中でこれだけまとまったのは久しぶりであります。これを中国のマスメディアでもどこでもとにかく台湾問題をずっと取り上げてきたという意味では、先ほど申し上げた愛国主義、歴史の正統性の問題、ここの部分にかなり政治的に操作された部分がややあるなというふうに私は思っております。
 ただ、中国共産党の先ほど申し上げた正統性そのものがここにありますので、実はこの問題というのは日本ともかなり大きくかかわっているというのは、それは日本の統治時代をどう評価するかということで、中国はそれを単なる侵略であるという言い方をしているわけであります。その辺が実は中国にとっては台湾問題というのは歴史問題であるという側面があるわけでありまして、そういう意味では実は日本の動きをいつも警戒するという、そういう側面があるわけであります。しかし、かといって中国自身は表面的にはアメリカというものが最も重要なこの問題についての相手であると、今、中江大使の言われたとおりであります。
 それから三番目に、陳水扁氏の行動を見てまいりますと、今までのところでは、まだ総統になっておりませんけれども、独立を提起しない、あるいは二国論を憲法に規定しない、あるいは国名を変えないとか、そういう動きを見ている限りでは、先週中国で軍部も含めていろんな人と話をしましたけれども、陳水扁氏は李登輝氏よりはやりやすいという声がほとんどでありました。そういう点では、もともと独立派からきているだけに、そこにむしろバランスをとらざるを得ないという側面が恐らく台湾の内部でも事情的にあり得るのかなという感じがいたします。
 ただ、第四番目に申し上げておきたいのは、御質問のとおり、危機ということをもちろん回避しなければいけないけれども、つまりペリー報告にあったように、それは外交を主としながらもやはり危機に備える、こういう必要が当然私もあるというふうに考えております。
 そういう点では、アメリカとの政策対話というものはやはりきちんと行っておくべきだろうと。もちろん、アメリカとすべて行動が同じになるということはあり得ないというふうに思いますけれども、もちろん共通の部分もかなりあるだろうというふうに思いますが、その辺は政策協議をきちんとしておく。同時に、そうならないためにも日米中、こうしたところでの民間レベルを中心としたような形で少しずつ対話を広げていくということが必要ではないかというふうに考えております。
#23
○会長(井上裕君) ちょっと速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#24
○会長(井上裕君) 速記を起こして。
#25
○武見敬三君 まず、中江参考人に歴史の問題についてお伺いをしたいと思います。
 私自身は政治家としてどういう歴史認識を持っているのかということを正直にまず申し上げておいた方がいいと思いますが、やはり日本と中国との過去の戦争の中で日本の軍隊が実際に大規模な作戦行動を展開したときに、一般の市民をも含む殺りく行為ということが起き、相当な被害を中国の市民に与えてしまったということは、これはもう明らかな事実であって、その大小の認識の差異はあったとしても、日本が侵略的な行為を中国に対して過去に行ったということは、これは否定できない事実であると。したがって、この点については日本の政治家としてこれを真摯に歴史を受けとめて、そしてそれをきちんと反省しておくということは私は必要なことだろうと思っております。その上でお尋ねをいたします。
 中国の今日における歴史教育の目的というものは一体どこにあるのかということを考えたときに、例えば抗日戦争の時期の資料館の設置目的等も含めて、それはただ単純に日中関係という文脈だけの問題ではない。すなわちこれは、先ほども国分参考人の方からの説明があったように、中国共産党の指導性にかかわるまさにその正統性を裏づけるための非常に重要な目的が、実はこうした歴史教育の中にはあるということを私は認識しております。
 こうした目的に基づいて、やはり歴史教育を通じて国家意識というものを確立し、そしてまたこうした侵略に対しては十分に国民が抵抗しようとする意思、すなわち国防意識といったものも同時にその中で醸成をするということを私はやはり中国の政府というものは目的として持っているだろうというふうに思います。また、それをまさに裏づけるものが中国の政府が展開をしております愛国主義教育であって、これらが表裏一体になっているというふうに考えるわけであります。
 こうした中国の国内事情に基づく歴史教育というものが、残念なことに若い人たちをも含めてある種の反日感情といったようなものの素地をつくっているということは、やはりこれは否定できない事実であって、これは私どもの立場からすれば、そう簡単に理解をし受けとめることができない部分も含まれているということを申し上げておかなければならないのではないかと思います。
 その上で、例えば江沢民さんが日本を訪問されたときに、特に歴史認識の問題でその内容を文書化するか否か。金大中さんの訪日のときには文書化をした、江沢民さんのときには文書化をしなかった。当時、日本政府はその文書化を受け入れずに解決を図ろうとしたわけであります。このいわば判断というものは果たして正しかったのかどうか。やはり文書化するということを受け入れて、そして金大中さんと同じような形で前回の江沢民さんの訪日のときにもこの歴史認識の問題について、侵略行為をしたことについての事実関係とその反省というものを文書化しておく必要が本当にあったのかどうか。また、それはそうではない、それは一線を画して、そして中国の国内事情からくるそうした歴史認識問題についての動きというものに対してはやはり一線を画しておくべきだというふうに考えるのか。この辺は実は非常に難しい政治判断ではないかと思いますけれども、いかがでしょうか。
 それから、国分参考人の方には、特に政治改革の今後の行方と世代交代という関連で御質問をさせていただきたいと思います。
 実際、こうした改革・開放政策、またアメリカや我が国も実際に展開をしておりますいわゆるエンゲージメントポリシー、関与政策、それはまさに改革・開放政策を支援することを通じて中国が経済構造を転換し、そして政治的な改革を進めることによってその周辺諸国とも共存し得る責任ある国家として将来構築されていくことを期待しているというのがその目的であります。
 しかし、今日の過程を見ていると、きょうの国分参考人の御説明にもあるとおり、必ずしもこのエンゲージメントという考え方だけで中国に対処することが所期の目的を達成するということができないというケースも短期、中期的には認められるようになってきたのではないかと。
 すなわち、むしろ改革・開放政策の結果として出てくる諸矛盾に対して、現実に今の中国の政府というのは政治改革を事実上凍結し、そして改めて政治的な引き締めを通じた思想教育によってこれを乗り切ろうとする従来のパターンにまた戻ってきている。また同時に、正統性の確保という観点からは、歴史教育のみならず、やはりこうした軍や武装警察を通じた軍事的な物理的強制力に大きくまた依存するような、そうした社会秩序の安定化という政策を進めているような、そういう状況も見てとれる。
 どうも長期的に期待していることが短期、中期的には逆方向の効果を政治的にもたらしているというような、そういう実はパラドックスが現在の中国の政治状況にはあるのではないか。これを果たして江沢民さんの次の新たな指導者層の人たちがどのように認識をし、克服をしていくことができるのであろうか、その点についての見通しを改めてお聞きしたいと思います。
 以上です。
#26
○参考人(中江要介君) 歴史認識についての武見先生のいろいろ分析された中で私思いますのは、本来ならば問題にならないものを問題にさせてしまったために中国がそれをカードとして使うようなことになってしまったという面があると思うんですね。本来問題にしなくていいものがなぜ問題になったかというと、中国側から言いがかりをつけるような材料をせっせと日本側でつくってきたんじゃないかという気がするんです。
 それはどういうことかというと、こういうことを言うとちょっと不見識と言われるかもしれませんが、戦争中には「ちょっと待て、言っていいこと悪いこと」という標語があったんですね。これはスパイに盗まれるからだという考慮からきたんですが、しかしこの言っていいこと悪いことの判断を、少なくとも国際化された日本の中での国際常識に基づいてこういうことを言うことがいいのか悪いのかという判断能力ぐらいは日本人は、特に重要な地位にある皆さん方は持っていただきたいと思うんですね。
 特に、閣僚の発言とか政党の幹部の発言とか、そういうものをよく中国が問題にしますけれども、人間ですから間違いがあったときには速やかに本人が訂正するのが一番いいんですけれども、それができないのならば、日本の名においてしかるべき人がそれを正すということをきちんとしないために、日本にはまだこういう分子が残っている、まだ軍国主義が復活するような動きがある、最近の日本の社会を見ているとどうも怪しいというふうな言いがかりをつけたくなるようなことも次々出ているというところを反省しないでおいて、中国、おまえの国内の教育が悪いんだ、おまえは反日分子をつくっているじゃないかと言っても、これは中国は聞いても聞く耳は持たないんじゃないかというのが私の個人的な印象です。
#27
○参考人(国分良成君) ありがとうございます。
 武見先生の御質問でございますけれども、政治改革の見込みと世代交代との関係でありますが、世代交代と申しますのは、中国では文化大革命というのが十年間ございました。これは実はその十年だけではなくてその前後の最低五年、つまり計二十年近くの人材を中国においてはかなり失ってきているということになるわけです。教育が全くなかったわけでございます。
 この結果として、現在の五十代、もう少し詳しく言えば四十代の半ば以降、四十代から五十代、この二つが大きく欠けているわけであります。もちろん、中には努力して社会の中枢に上がった人もいますが、世代として構成できないわけであります。
 したがいまして、中国におきまして、今行きますと、大体皆様も御経験かと思いますが、相手の人々は大体もう三十代におっこってきているわけであります、三十代あるいは四十前後。もう四十代の人はほとんど今かなり下からの圧力で押されてきております。ということで、あと五年から十年しますと、今六十歳定年制が厳格にしかれておりますので、本当の一部の指導者以外は七十代でまだかなりの指導者がおられますけれども、つまりはとんでもない大きな世代の変化が起きるということであります。今の三十代の人たちが社会の中枢に上がってくるということであります。恐らく四十歳前後の人が上に上がってくる。
 この人たちの、エリートの多くは海外経験組であります。しかし本当の中枢派の部分は海外に出たことのない人もいます。しかしかなりの多くの部分の人が海外を経験したことがある人であります。それはやはり外を見たということでもって、外を見た広い見識を持っている人たちがかなり多くなっているということは間違いない、そういう点では歓迎すべきことであるというふうに思います。
 ただ、そうはいっても、やはり生まれた世代から考えてもかなり自信を持った世代であることも間違いないわけであります。その自信とプライドと、それから今申し上げたような社会的な経験、あるいは留学経験とか、そういうものを全部考えてみますと、恐らくある種合理的な発想をできる人たちが出てくることは間違いない。同時に、例えば現在中国からアメリカに留学して渡って住みついてプロフェッショナルになっている人がもう十万を超えているわけであります。そういう人たちの中で戻る人も出てくるでしょう、これは中国の国内体制いかんだと思いますが。
 そういう点では、全体として見ますと、私は中国の若い世代の中には、プライドは高いけれども、しかし現実の中国の抱えている今の問題から考えましてやはり客観的に物を考えざるを得ない、そういう人たちが多くなるだろうという点では比較的歓迎の目で見ているわけであります。
 問題は、それに伴って政治の改革が行われるかということでありますけれども、正直に申しますと、そこまでは五年、十年の開きがございますのでまだ私は結論として言えませんけれども、ただそこまでの段階に至る過程の中で今の江沢民政権が大きく政治改革に踏み出せるかというと、その可能性は非常に薄いというふうに考えております。
 ですから、先ほど申し上げたように経済の方にどうしても力点が行かざるを得ないだろうということですが、ただその革新がどのぐらいできるか、経済の刷新、これがどのぐらいできるか、やや不安なところがございます。
 以上です。
#28
○月原茂皓君 生々しい話になるので、御意見というかイエスかノーかとかいう聞き方はいたしませんが、今の時期に、日本が武力侵攻は今後、将来一切しませんと、不戦宣言というかそういうようなことをすることは、現在の中国の状況を見た場合に、長所と短所、あえて申し上げればどういう長所があり、どういう短所があるんだということを教えていただきたい。難しい問題で恐縮なんですが、お願いいたします。
#29
○参考人(中江要介君) マル・バツで言いますと、長所はないと思います。短所があると。どこが短所かというと、中国の主権にくちばしを差し挟んでいるじゃないかという反発を買うと。中国としては、中国に対して武力を使うな、使うと困るというようなことを言うというのは、これは中国の主権に対する介入であるというふうに中国はとるだろうという点が短所だと、こういうふうに思います。
 それからもう一つは、本来武力を使うということはほとんどないに等しいのに、いろいろのタクティクスで言っていることをそんなにおまえはわからぬのかというふうに中国は日本の認識を評価する点はやっぱり短所じゃないかと。
 そういう意味で、そういうことを中国に言っていいことは私は全くないというふうに個人的には思います。
#30
○月原茂皓君 ちょっと誤解が。
#31
○参考人(中江要介君) 違いましたか。間違えましたか。
#32
○月原茂皓君 私、日本の国が今後中国に対して海外に武力侵攻しないと。
#33
○参考人(中江要介君) しないということを言いなさいと。
#34
○月原茂皓君 日本が言うとしたら。
#35
○参考人(中江要介君) 日本が中国を侵攻しないですか。
#36
○月原茂皓君 外国にですけれども、まあ中国に。
#37
○参考人(中江要介君) 私はちょっと台湾問題ばかり頭にあって、申しわけありません。
#38
○月原茂皓君 済みません。ちょっと私の表現が悪かった。
#39
○参考人(中江要介君) それは答えを全く変更しまして、マル・バツで言えばマル、長所はあると思います。
 つまり、日本の平和主義というものを天下に明らかにするわけですね、絶対に手は出さないと。もし短所があるとすれば、そこまで日本の手を縛っていいのかという問題はやっぱり残るんではないか、そういう感じがします。
#40
○田英夫君 お二人の参考人のお話を共感を持って伺いました。ありがとうございました。
 特に、国分参考人が言われた矛盾論については、私もある意味ではどうなるかという一つ心配のようなものを持ちながら見ているわけですが、ひとつこれは質問というよりも追加する体験のような話になるかもしれませんが、昨年の夏、七月に北京を訪問したときに三講運動というのをやっておりました。これは党と政府などの幹部の間の運動ですけれども、一は政治を講ずる、二番目は学習を講ずる、三番目は正気を講ずる。これはもうもちろん御存じだと思いますけれども、ある古参の友人は文革に戻ったみたいですねと苦笑をしておりましたけれども、まさに文革時代の学習運動のようなことを、これはかなり大規模にやっていたようであります。
 九月にまた行きましたときにまだこれが続いておりましたから、結局、国分参考人の言われた矛盾の問題をどう克服したらいいかという悩みの中で出てきたのではないかなと思うわけですが、正気を講ずるというのは腐敗に反対をするという、自分が腐敗しているなら、腐敗したというようなことをしたと思うならそれを自己批判しなさいということだと言っておりました。
 そういうことをせざるを得ないような状態になっていると考えた方がいいのか、その辺の矛盾論とのかかわりで国分参考人はどう思われるか、御意見を伺いたいと思います。
#41
○参考人(国分良成君) ありがとうございます。
 私もほとんど毎月中国を訪れておりますけれども、やはりある種の閉塞状況みたいなものがだんだん広がってきているという、私も中国のソフトランディングを望むものでありますけれども、そこの革新をどういうふうに行うかということで皆が本当に悩んでいる。
 ただ、一つ突破口があるとすれば、これはやはりWTOの加盟というのが実はグローバリズムという、これに中国自身が好意を示している、そこに行くということを決意したわけでありますから、我々は中国が一刻も早くWTOに加盟するということ、これを推進していくことで中国がいずれやがて経済の側面から政治の側面へと変わっていく、その透明性を増していく、そうした社会へと移っていくことを待つしかないというふうに思っております。ですから、中国とのつき合いというのは、これはもう本当に短期的な目ではなくて長期的に考えていかなければならないというふうに考えております。
 そういう意味で私は、先ほどから申し上げておりますとおり、中国はそれほど現状変革勢力ではないと。つまり、世界の大きな構図を変えるようなそういう勢力ではなくて、むしろディフェンシブな現状維持勢力であり、同時にかなり世界からのいろいろな影響を受けている。つまり、口で言っていることと現実の行動とはかなり違いますので、そういう点でいきますと、中国の今後国際社会へのさらなる参入といいますか、そうしたことを推進するという形でないと日本と中国の関係も将来的には安定がない、やはり中国の経済成長というものが日本の経済成長、経済の安定にもつながるというふうに思っております。その相互依存関係がかなり深くなってきておりますので、そうした方向性で先ほどから申し上げているように進めるべきだというふうに思っております。
#42
○会長(井上裕君) 本日の質疑はこの程度といたしたいと思います。
 一言ごあいさつ申し上げます。
 参考人の二人の方におかれましては、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べいただき、おかげさまで大変有意義な質疑を行うことができました。
 参考人の今後のますますの御活躍をお祈り申し上げまして、お礼のごあいさつにかえる次第でございます。
 ありがとうございました。(拍手)
 次回は四月二十一日午後一時から開会することといたしまして、本日はこれにて散会いたします。
   午後五時五十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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