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2000/03/16 第147回国会 参議院 参議院会議録情報 第147回国会 予算委員会 第12号
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2000/03/16 第147回国会 参議院

参議院会議録情報 第147回国会 予算委員会 第12号

#1
第147回国会 予算委員会 第12号
平成十二年三月十六日(木曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 三月十四日
    辞任         補欠選任
     岩城 光英君     上杉 光弘君
     佐藤 昭郎君     岡野  裕君
     中島 啓雄君     小山 孝雄君
     仲道 俊哉君     大野つや子君
 三月十五日
    辞任         補欠選任
     上杉 光弘君     岡  利定君
     岡野  裕君     野間  赳君
     木村  仁君     釜本 邦茂君
     森田 次夫君     谷川 秀善君
     山内 俊夫君     斉藤 滋宣君
     脇  雅史君     市川 一朗君
     本田 良一君     小川 敏夫君
     阿部 幸代君     池田 幹幸君
     小池  晃君     富樫 練三君
     島袋 宗康君     石井 一二君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         倉田 寛之君
    理 事
                竹山  裕君
                長谷川道郎君
                保坂 三蔵君
                溝手 顕正君
                伊藤 基隆君
                峰崎 直樹君
                荒木 清寛君
                笠井  亮君
                照屋 寛徳君
    委 員
                大野つや子君
                岸  宏一君
                北岡 秀二君
                久野 恒一君
                小山 孝雄君
                鴻池 祥肇君
                斉藤 滋宣君
                谷川 秀善君
                中島 眞人君
                浅尾慶一郎君
                小川 敏夫君
                木俣 佳丈君
                久保  亘君
                櫻井  充君
                竹村 泰子君
                直嶋 正行君
                堀  利和君
                魚住裕一郎君
                松 あきら君
                山本  保君
                池田 幹幸君
                富樫 練三君
                宮本 岳志君
                清水 澄子君
                三重野栄子君
                入澤  肇君
                高橋 令則君
                奥村 展三君
                松岡滿壽男君
                石井 一二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        宍戸  洋君
   参考人
       中央大学教授   渥美 東洋君
       日本弁護士連合
       会犯罪被害者対
       策委員会副委員
       長        高井 康行君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○平成十二年度一般会計予算(内閣提出、衆議院
 送付)
○平成十二年度特別会計予算(内閣提出、衆議院
 送付)
○平成十二年度政府関係機関予算(内閣提出、衆
 議院送付)

    ─────────────
#2
○委員長(倉田寛之君) ただいまから予算委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 平成十二年度総予算三案審査のため、本日の委員会に中央大学教授渥美東洋君及び日本弁護士連合会犯罪被害者対策委員会副委員長高井康行君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(倉田寛之君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#4
○委員長(倉田寛之君) 平成十二年度一般会計予算、平成十二年度特別会計予算、平成十二年度政府関係機関予算、以上三案を一括して議題とし、参考人の方々から御意見を伺います。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席をいただき、ありがとうございます。当委員会は、目下、平成十二年度総予算三案の審査を行っておりますが、いわゆる警察不祥事問題をめぐり広範な質疑がなされております。警察行政の問題点、国家公安委員会のあり方等について論議を深めるには有識者の方々から御意見を承ることが有効であるとの認識で各会派が一致し、本日御出席をいただいた次第であります。御両人におかれましては、忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じますので、どうかよろしくお願いいたします。
 次に、会議の進め方について申し上げます。
 まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただいた後、委員の質疑にお答えを願いたいと存じます。
 それでは、まず渥美参考人にお願いいたします。渥美参考人。
#5
○参考人(渥美東洋君) 渥美でございます。
 きょうは、まず初めに二十分間いただいて、公安委員会の位置づけの問題と今回の不祥事について私の考え方を申し述べたいと思います。
 まず、公安委員会制度というものは内閣とどういう関係にあるかというのが問題になりますが、憲法六十五条で行政権は内閣に属すると定められております。六十六条で内閣は連帯して国会に対して責任を負っております。
 もちろん、警察の活動も公安委員会のもとで行政に属するわけですけれども、他方、この警察の分野等々一定の分野では法外要素が中に入ってくることが望ましくないというふうに考えられる分野があり、法の支配を貫徹する必要が強い分野がございます。さらにまた、一定の行政処分の影響を受ける人々の意向が不正に反映されますと全体の活動がゆがんでいく場合がございますし、他方で、国民主権という考え方によってもその主権のあらわれ方はさまざまでございますけれども、そのときどこまで公正中立な活動を行わせるために委任を行わせるかという考え方が重要な関心になりまして、とりわけ今世紀の初頭に入ってアメリカでいわゆるリーガルリアリズムという運動が行われ、その中で各種独立行政委員会というものが生まれてまいりました。
 さて、警察というのは、皆さんの安心と安全の確保、それから被害を受けた者への回復するための力の付与、そのための援助、それからデュープロセスの確保、自律機能の回復、それから被害の発生の予防という一見すると非常に対立矛盾するような要求を一つにまとめて我々の日常生活に安心をもたらさなければならない非常に難しい領域でございます。
 そこで、我が国も他国の例にならいまして公安委員会という制度を設け、住民の意向を反映させていくようなことを考えたわけです。一種の国民代表という意味で、スウェーデン語で言うオンブズマンというのは人々の代表者という意味ですから、公安委員会もそのオンブズマンの一種であるというふうに理解すればよろしいと思います。
 また、大きなところではニューヨークの警察とかロサンゼルスの警察等々は、いわゆるボード・オブ・ポリスコミッションというものを持っておりまして、これも我が国の公安委員会と似た組織になっております。
 ところで、御存じのように警察法五条の二項によりますと、公安委員会は「警察庁を管理する。」となっていますが、他方で警察庁長官は、公安委員会の管理のもとで庁務を統括し云々と、監督、統督、指揮というものが内容になっておりますが、要するに、ここでは住民や国民の警察行政に関心を深く持つ者の中から、警察活動の実績、警察活動の実施、オペレーションそれから教育等々の調整が十分行われるように、国民、住民の立場から公平公正に警察活動を評価し、それから長官を通して国民の意向を警察に十分反映させる、そういう役割を持って警察の活動に助力し、スーパーバイズする、何と言ったらいいでしょうか、監督、監視するといいますか、そういう大きな役割を持っているのだと思います。
 そこで、実際の警察での教育計画、警察法によると教養と書いてありますけれども、それから人事、連絡、企画、予算などの広範な分野にわたって、長官を中心とし、あるいは各地方の都道府県におきましては総監やあるいは本部長を中心として、一体どういう計画がなされているかを提示を受け、それに対して評価をする、そういう力を発揮しなければならないものになっているんだと思います。そこで、実際の計画それから立案、教育のあり方がどうなっているか、どういうことをしようとしているかということを公安委員会に十分に報告し、公安委員会はそれを通して、この点は不十分である、この点はこう変えるべきであるというような指示を的確に行う役割を公安委員会は持っているというふうに言ったらいいと思います。
 ところで、なぜこういう独立性を与えられているかといいますと、ほかの国の例も参考になりますけれども、日本の場合にはいわゆる昭和七年の五・一五事件というものがございました。このときに政友会と民政党との間の対立がございまして、そのとき、内閣がかわるたびに警察の警務部長等々が全部かえられる、それで非常に大きく警察が政治によって影響を受けるということがございました。それで不幸に、この五・一五事件で犬養総理大臣が射殺をされることでいわゆる政党政治は終わりを告げてしまったわけであります。
 そこで、警察というものを考えてみますと、それから後はもう、今度は国民の意思や政党の意思が全く反映されない、一瀉千里にどこか坂を落ちていくような、全部が本当に地獄の底へ落ちていくような活動になってしまったわけです。
 その点を考えてみますと、やはり警察の自立性といいますか、法外要素の排除といいますか、この点を本当に慎重過ぎるほど慎重に考えなきゃならない。これは我々の体験に照らして歴史が教えているところだというふうに思うのでございます。
 そこで、結論としましては、今後も充実した公安委員会制度を残していくために、公安委員会は、先ほど申しましたように教養、教育のあり方や中での相互チェック、人事のあり方、予算配分のあり方、企画、組織のつくり方のあり方等々、そのときそのときの目標の実施が十分であるかどうかを評価し報告をさせて、それに対して大所高所から批判をするという役割を持たなければならないと思います。そのためには、それに適切な方々が選ばれていくことが重要であるというのは言うまでもないことであろうと思います。
 住民との間の声を聞きながら警察と接するわけですから、そこでは緊張関係がなければならない。緊張関係を欠くということになるとまずいので、やはり任期が余り長いと困る。これはFBIの経験がございます。フーバー長官が余りにも長く長官を行っていたために腐敗したという例がございますから、これは的確な方々がそれぞれ、これは大変な仕事ですから、余り長くお勤めになるのも大変ですから交代をされるということが必要にもなりますし、同時に、本当に住民の立場から大所高所に立って警察と緊張関係を持てるような方々が選ばれていくべきだと。そのためにどういう工夫をするかということが重要な問題ですが、抽象的に申し上げればそれに尽きるように思います。
 さて第二番目に、今回の不祥事について、どこに問題があってどういう解決を図るべきだったかというようなことを申し上げたいと思います。
 一番いい方法というのは、ちょうどランパートで問題を起こした、これはコンピューターでインターネットでダウンロードしたものですが、今出たものですけれども、ロサンゼルスの警察本部からランパート地域での警察の不祥事に関する調査報告書というのがあります。この調査報告書の結論も、警察が自律的な機能を持ちながら十分な調査を行うべきだということを答えていますが、今回の場合も国家公安委員会なり都道府県公安委員会が、警察に報告をしろ、調査をしてきちんと報告をしなさいという勧告をすべきではなかったか、それを次のステップにすべきではなかっただろうかというふうにも思うんです。
 さて、神奈川県警の場合には、内部のチーム内の暴力があった。これはとんでもないことで、チームプレーをやるときにお互いに助け合うべきなのに、違った力がそれぞれ働くべきです。きのうサッカーやりましたが、足りないところを人が補っていくことが一番大切なんですが、それをそうではなくて一方的にある方向へ引っ張っていってしまう、こういうあり方は絶対に許してはならない。これは警察の倫理観の欠如としか言いようがないので、その点については今後の教育の改善というものを図らなきゃならないし、チームをどういうふうに現場で組むかです。それが問題だと思います。署長が中心になってきちんとしたチームを組んで、そういう不祥事が起こったら内部でチェックされて、ほかに必ず是正する者が残ってくるような組み上げ方が大切だと思います。
 それから、薬物事件についてですが、外事課の者がこういうことをやった。これは大変なことです。それをちょうどキャンペーンのときだからといえば、警察にまで薬物の影響が及んでいると言われれば、非常に大変だということがわかっていいはずなんですけれども、それを言わないで隠してしまうというのは、この感覚ですね、これはもう大変に問題だと思います。その点からいいましても、やはりこういう問題についてどうやってお互いの相互チェックを図り監督をしていくかについて、内部での教育のシステムというものを変える重要な観点、材料を提供したと思います。
 それから、本部長の後の活動を見ますと、本部長教育というものが大切で、これはどこの国でもそう言っていますけれども、ついてから教育をするのはだめで、教育をしてから場所につけるということが監督者になる者に対する教養の要諦でございます。その点を考えると、今まで警察では必ずしも適切な、その場その場に及んだ教育を行ってこなかった点があるように思います。
 さて、次が新潟の場合ですが、これは柏崎署の怠慢としか言えないような事態がございます。これは記録をきちんと残さないということとか、それから署の中でいろんな部署があります。刑事の部署もありますし社会安全の部署もありますが、いろんな部署がありますけれども、その相互の間で連絡をとり合いながら、それからまた住民を基礎にした警察のサービスをやっていればこんなことにはならなかったはずなんです。しかも、記録をつくるのが大変だといっても、一方で事実を報告する者とそれから記録を上げてくる者と二つをダブルチェックさせることで処理をすればこんなおかしなことは起こらなかったと思うんです。
 その点で、内部での仕組みを変えていく必要があり、教育をやり直す必要があるだろうと思います。チームの自律性というものをどうやって生み出すか、それから末端警察にどれだけ力を与えるかというのが非常に重要なことだと思います。責任を同時にそれは負わせることです。
 次に、今度は、もうどんなにお話ししても非難をしても足りないような本部長と管区局長の怠慢であります。
 一体どうしてこうなったのだろうかということが問題になり、これはお互いに緩みがあったんだと思うし、教育が十分行われていなかったと思います。それぞれの段階で、どんなに経験を積んだ人に対しても、新しい場所に行くときには教育を徹底的に行うことが重要なことは、先ほど申し上げたとおりです。
 この点でも、やはり住民へのサービスの提供とそれに対する回答というものが常に返ってくることによって、ただ単なる国に対してとか、あるいは法に対して忠実なだけでなくて、住民の安全の要求に十分こたえていくインタープレーが行われるということをやっていれば、この苦情なんか全部見つかったはずです。そういう点で、今後の警察の組織のあり方というものは、その点で自律的に根本的に変えるような措置を運用上幾らでもとれるというふうに思うのでございます。
 さて、あとは処分の問題ですけれども、これは非常にやっかいでございまして、国家公務員法の八十四条で任命権者が懲戒することになっていて、長官は公安委員会で処分をします、懲戒しますし、ほかの者は長官が処分をすることになりますが、八十二条で懲戒の事由がございます。懲戒の種類は免職、一年を超えない停職、減給と戒告です。
 今度の事例なんかの場合には、ほかの省庁、特に大蔵省等に比較して検討してみればわかりますが、犯罪ではないんです。犯罪に準ずる行為でもないんです。そうすると、どういう処分が一番いいかといえば、私にもしもやらせれば、そうすれば降格をして官房に一遍移して、そして減給をして、その後で一年の停職を命ずる、こういう名誉を失墜させるような措置をきちんとできると思うんです。
 ところが、今度の場合、さっとやめてしまいましたから、そうするとやめる以外に懲戒免にするということをやれば、恐らくこれは不服申し立てで人事院で処理されて警察が負けるでしょう。同じ事例は同じに扱わなきゃいけない、違った事例は違って扱わなきゃならないという大原則が正義の原則としてあります。私もこいつはけしからぬと思います。しかし、そうだからといって、完全に懲戒免にし、それから退職金を提供すべきでなかったというような処理がここで行われるということになると、将来正義に基づいた、公正に基づいた手続を行っていけるかどうかについての不安が巻き起こります。やはり法に従った処理というのが、こういうとき一番最後の、法原理にのっとった解決というのが最後のよりどころだ、そういうふうに考えると、残念のきわみですけれども、彼らのこのような活動に対しての処分はいたし方なかった、これしかなかったのかなと思っているんです。
 しかし、絶対に忘れてならないし、今申しましたように公安委員会の活動を充実させるための相互チェックからの情報を公安委員会に上げていくための日常的な計画、それから年次の評価というようなものが的確に行われるように。これは今度の行政改革の中の柱の一つに政策評価というのがありますけれども、この政策評価は末端から上まで全部繰り返し繰り返し行わなきゃならない。特に日常の問題を扱っている警察の場合にはその要求が非常に強いというふうに思います。
 私自身は、今のような観点に従って現在の制度を改善するだけではだめで、運用に当たっての教育を徹底的に行って、運用がどういうふうに動いているかの監察を内部で行いながら抜本的な体質改善というものに向かっていくように皆さんの努力を求めたいと思います。
 それから最後に申しますが、警察の連中が全部こういうことをやっているわけじゃないというのは皆さん御存じのとおりです。一部の人間がこういうことを行うことによってこれだけ皆さんの御批判を受け、場合によると法外要素の影響を受けそうなところまで来てしまった。この罪や物すごく大きい。これはもうどんどん批判はすべきだ、どれだけ言っても足りないというような感情は持っております。
 それを最後に申し述べまして、最初の私の話を終わります。
#6
○委員長(倉田寛之君) ありがとうございました。
 次に、高井参考人にお願いいたします。高井参考人。
#7
○参考人(高井康行君) 高井でございます。よろしくお願いいたします。
 私は、渥美先生のように専門的にこの問題を研究してきた者ではありません。しばらくの間検察官をしておりました。その関係で警察と仕事上のおつき合いがある。それから、弁護士になりましてからは犯罪被害者の支援問題に取り組んでおりまして、その被害者の目を通して警察を見てきたということであります。ですから、これから申し上げることは、理論的、体系的ということよりも、私がそういう実務の経験を通して感じていることを申し上げさせていただくということになろうかと思います。したがって、話は当然実務的でかつ細かいところへ及ぶ、余り本質的なところには及ばないかもしれないので、その点は御容赦願いたいと思います。
 まず、今回の一連の不祥事をどのように見るかということでございますが、これは二つに分けて見なければいけないというふうに思っております。一つは組織管理上の服務規律の緩み、もう一つは捜査上の服務規律の緩み。二つの本質的に違う問題が含まれている。本質的に違うわけですから、対策を考えるときにも二つに分けて考えなければならないのではないかというふうに考えております。
 捜査に関する服務上の規律の緩みと申しますのは、例えば埼玉県警のストーカー事件の問題あるいは新潟県警の監禁事件の問題。警察官がさらに職務に忠実であればストーカー事件は起きなかったかもしれない、あるいは新潟の事件はより被害が軽微に済んだかもしれないということが言えるわけで、この点の問題は非常に重要であろうかと思います。
 それから、組織管理に関する問題というのは、先ほどから論じられておりますように、神奈川県警の問題、それから新潟県警の監察に関する問題等であります。
 そして、まず捜査に関する服務規律の緩みにどう対応するのかということですが、私がかなりこの問題を深刻に考えているのは、日本の刑事司法システムでは今のこういう捜査の規律の緩みには対処できないということであります。
 日本の刑事司法システムは、警察等の捜査機関は不眠不休で捜査に没頭する、職務に対する職責を絶対に忘れないという大前提でできております。警察官が余りにもその職務に熱心である余りに、たまには行き過ぎもあるだろう、たまには誤った人間も捕まえてしまうだろう、それをチェックするために検察官が置かれ、弁護士が置かれ、裁判官が置かれているわけです。したがって、警察官が捜査のやり過ぎをする場合、これは今の刑事司法システムで十分と言えるかどうかは別にしても、これに対処することが可能であるわけです。
 ところが、この埼玉県警の事件であるとか新潟県警の事件のように、警察官が捜査に対する熱意を失っている、職責を全うすることに十分でないという、こういう事態は日本の刑事訴訟法は予定しておりません。したがって、それをチェックし、俗な言葉で言えばしりをたたくという機能を持っていません。
 ですから、この問題は、日本が、我々の国が持っている法秩序維持システムの構造的な不備がここに露呈している問題である、最も不幸な形で露呈したというふうに考えております。そういう意味では、この問題はある意味では非常に重大で、国民としても真剣に考えなければいけない問題ではないかというふうに考えております。
 それでは、このような今までの刑事司法システムが予定していない事態にどう対処すべきなのか。当然新しいシステムをつくらなければならないということになろうかと思います。
 一つは、例えば不起訴になった場合、被害者がその不起訴処分に不服があれば、これは検察審査会に不服の申し立てをすることができます。検察審査会の機能がそれで十分かどうかは論議のあるところでありますが、少なくとも不服の申し立てをすることはできます。しかし、警察に被害届を出した、あるいは事件相談に行って被害を受けたと相談に行った、あるいは告訴状を持っていった、しかしそれは門前払いを受けた。この場合には不服の申し立てをするすべがありません。
 したがって、今のような警察がその職務を全うしないおそれのある場合に備えて、やはり被害者がどこかにその不服の申し立てをする、そういうルートをつくらなければならないということが今回の事例から明らかになったというふうに考えております。
 さすれば、その受け皿はどこに用意されるべきかということになるわけですが、一つ考えられることは、公安委員会、都道府県公安委員会にそのような窓口を設けたらいかがか。当然後で申し上げるように公安委員会の改組ということが重要になりますが、公安委員会に窓口を設けて被害者の不服の申し立てを受け付ける、それで公安委員会で審査をする。そして、その不服に理由があると考えれば、本部長にその旨伝えて捜査権の発動を促すというようなシステムも検討に値するのではないかというふうに考えます。
 また、それでは公安委員会の性質が変わってくるということであれば、第三者機関を設けて、例えば検察審査会のような、それに類するような第三者機関を設けて、そこで不服の申し立てを受理する、それを警察本部にフィードバックをするというようなシステムを考える余地もあろうかと思います。
 それから、これは今後弁護士会としても取り組んでいきたいというふうに考えておるわけですが、被害者の不服の申し立てを弁護士会で受ける。弁護士会で審査をして、これはやはり捜査権が発動されるべきであるというふうに考えた場合は、弁護士会として都道府県警察に何らかの申し入れをして聞いていただくというような、そういうルートができないものだろうかということを今考えております。
 システム的には、何らかの形で、被害者の不服の申し立てというものが警察とは別のルートを通して警察の方に伝わっていくという構造にすることが、これは避けて通れない事態になってきているというふうに思います。
 次に、この捜査に関する服務規律がなぜ緩んできているかという問題のもう一つの理由は、やはり一線警察官の士気が衰えているということは否めないと思います。
 私が任官したころは、警察官の多くはいわゆる刑事になることを希望していた。要するに捜査部門につくことを希望していたのが多かったわけです。ところが、ある時期から、そういう捜査部門よりも留置管理であるとか、要するに管理部門の方の希望者がふえるようになった。なぜか。それは捜査に従事していると非常に勤務時間が不規則です。それから事務量も多い。なかなか勉強できない。しかし、別の部門へ行けば、勤務時間はしっかりしている、その余暇をもって勉強して早く昇進試験に受かることもできるということになりますと、なかなか捜査を希望するという人が少なくなってきている。
 そういう意味で、捜査に従事する一線警察官の士気をいかにして高揚させるかということが重要な問題であろうかというふうに思います。
 そのための施策として考えられることは、一つは、これもいろいろ言われているところでありますが、本部長を地元採用のいわゆるノンキャリアと言われている人の中から登用していく。これは既に登用されているわけですが、その枠をもう少し広げていくということも検討されていいのではないか。
 また、先ほど申し上げましたように、基本的には警察の昇進というのは試験制度で進んでいくわけで、一生懸命捜査をやって犯人を捕まえている人よりも試験勉強をやっている人が早く上に行ってしまうというのはやはり問題なのではないか。捜査を希望する人、捜査に熱意のある人が安心して捜査に専念できる、そしてその結果、それが報われるような処遇を受けられるというような昇進制度あるいは試験制度というものを考えていく必要があるのではないかというふうに考えております。
 それからもう一つ、先ほど申し上げたように、捜査部門に従事する警察官は極めてその職場環境というものが厳しいわけですから、それに相応した待遇をするというようなことも考えていかなければいけない。義務を押しつけるだけではやはりなかなか士気の高揚が持続するということはできないわけですから、それなりの待遇はしていくということを考えなければいけないのではないかと思います。
 それからもう一つ感じるのは、やはり事件というものは難しい。例えば、新潟の事件にしろ埼玉県警の事件にしろ非常に難しい事件です。ところが、難しい事件に取り組めば成果が上がらないことも多い。簡単な事件に取り組めば成果はすぐに上がる。上がった成果だけで判断をするということであれば、やはり警察官も人の子ですから、難しい事件は避けて簡単な事件を先にやるようになる。これではいけないわけです。ですから、困難な事件にあえて挑戦した、その結果、いい結果は出なかったかもしれないけれども、その職責を全うした警察官にはそれなりの評価をするというような評価システムというものも必要なのではないか。かなり細かい話になりますが、そういうきめの細かい施策も講じておかなければ、今この捜査上の服務規律の緩みというものをここで正して本来の警察の活動に戻すということはなかなか難しいというように感じております。
 次に、組織管理に関する服務規律の緩みにいかに対処するかということですが、内部の不祥事ということについては、これは内部の監察部門をいかに有効に機能させるかということに尽きるのではないかと思います。
 一説によれば、内部監察を部外の人間にさせたらどうかということが論じられているようでありますが、やはり部外からいきなり入ったのではなかなかその組織の実態であるとか問題点というのはわからないわけで、情報も集まらない。そう考えると、部内の監察制度をいかに有効に機能させていくかということに尽きるのではないかと思うわけですが、それではなぜあの神奈川県警のような問題が起きたのかということになるわけです。
 そうして見ますと、やはりこの監察制度が、警察一家と言われる非常に身内意識の強い組織の中で自己完結型になっているというところに一番の問題があるわけです。ですから、この自己完結型の監察制度を一部修正して、例えば公安委員会あるいは公安委員と本部長とで合議体をつくって、この監察部門はその合議体の指揮統括のもとに置くというふうにすれば、自己完結型の組織が若干改善されて、多分神奈川県警のような問題は起きなかったのではないか。監察部門を最終的には県警本部長が一人で指揮統括をするというような構造になっているからああいう問題が起きるわけで、そこに第三者の目が常に入っているというようなシステムにすればああいう問題は防げたのではないかというふうに考えております。
 次に、その功罪がいろいろ論じられているキャリアシステムについてでありますが、警察の活動というものは地域性と全国性と両方矛盾する面を持っております。
 例えば捜査活動というのは、やはりその地域その地域の特性があるわけですから、地域に密着した捜査が行われなければその成果を期待することはできません。しかし、正義はやはり北海道の正義も九州の正義も同じでなければいけないわけです。警察権の行使が各県によってばらばらでは、これは公平を失するということにもなりますし、被害者も被疑者も安心して暮らすことができるわけはありません。したがって、地域に密着しながら、警察権の運用は全国的に均質でなければならない、公平でなければならないという要請があります。
 また、警察の特に捜査活動というのは極めて職人的な仕事であります。したがって、職人的な仕事ですぐれていく、その職人的な専門的な知識能力を身につけていく過程で多くの組織を動かしていくという総合的な管理能力、指揮統括能力を身につけていくということはなかなか難しいことであります。中にはその両方の能力を同時に習得することのできる方ももちろんおられますが、すべての人にそれを求めるということもかなり難しい問題であります。ということを考えますと、やはり原則的には今のような、県警と警察庁、キャリアとノンキャリアという二つの仕組みをうまくかみ合わせて運用していくということが基本的には最善のあり方ではなかろうかなというふうに考えている次第であります。
 ただ、では今までのとおりでいいかというと、やはりこれは問題があるのであって、先ほどから申し上げましたように、地元採用でも両方の能力を身につけていかれる方もおられるわけで、そういう人については当然本部長に登用するというようなルートが開かれなければいけないし、また他省庁からの本部長の登用というものも積極的に考えていいのではないかと思います。
 例えば、あの新潟県警の問題、あれはもう明らかに気の緩みとしか言いようがない。本部長というのは、仮にあのときに本部に戻られたとしても、現場に駆けつけて指揮をとるわけではありません。また、仮に指揮をとろうとされたら、多分現場の警察官はかえって迷惑をするというようなことも起き得るわけです。しかし、本部長というのは存在することに意味がある。ああいう事件が起きたときに直ちに本部に取って返して本部長室に旗印を掲げる、本部長ここにありという姿勢を示すことが組織を統括していく一つの基本原則であるわけで、その意味で、あの連絡を受けながら本部に帰られなかったということは責められてしかるべきであろうと思います。
 そのようなことを考えますと、やはりこれは同じ警察一家だけで本部長職をやっておりますとそういうことも起きてくるというわけですから、なるべくよその風、よその空気を入れて、ある場合にはかきまぜるということもよどみを防ぐためには必要なわけです。ですから、一部には他省庁からの本部長登用には問題ありとされる意見もあるやに伺っておりますが、私自身はこれは積極的に評価すべき問題であろうというふうに考えております。
 次に、公安委員会についてであります。
 これまでに申し上げてきたとおり、二度とこのような問題が起きないようにするためには、ある程度の公安委員会の位置づけの改正、あるいはその体制のあり方の改善ということは避けて通れないのではないかと考えております。
 法文上、警察法は比較的よくできた法律で、あのとおりであれば警察庁と公安委員会のバランスはよくとれているわけですが、しかしあの法文にあることを実施するだけの組織的担保がない。例えば、都道府県公安委員会は人事に対する勧告権を持っております。しかし、その勧告権を有効に活用するための手足がそろっていない、情報も上がらない。これではやはり勧告権は絵にかいたもちになるわけですから、その勧告権その他を有効に使えるような制度に整備し直さなければいけない部分があるというふうに考えます。
 例えば、その意味では、公安委員会に独自の事務局を設置する、あるいは先ほどの、被害者の不服申し立ての受け皿になるならないというような観点から申し上げておりますように、仮に公安委員会にそういう受け皿的なものを持たせるのであれば、そこに独自の調査官なりあるいは審査官なりを置いて独自の調査ができるようにしなければいけないだろうというふうに考えております。そして、そのようにシステムを変えたとしても、動かすのはしょせん人でありますから、人選方法をどうするかということはやはりもう一回検討しても意味のあることだろうと考えます。
 もう一つ、先ほどから渥美先生も言われておりますように、警察には独立性、中立性を維持させると。これはもう必要不可欠で、これが揺らいだのでは国民は安心して生活することはできないわけであります。かといって、国民の意識から警察が大きくずれてしまったらやはり困るわけで、そのずれた結果が新潟県警の事件であり埼玉県警の事件であったりするわけです。
 そうすると、国民の意見をどのようにして警察の独立性、中立性を損なわない形で警察に反映させていくかということが重要になってくるわけで、その機能を果たすのはやはり今の制度であれば公安委員会しかないと。したがって、公安委員会は今まで余り各界と接触をするということはなかったと思うんですが、今後は公安委員会が、例えば弁護士会であるとかマスコミの世界であるとか、いろんな各界の組織と定期的に会合を持って意見を聞き、その意見を公安委員会の中でろ過することによって妥当なものだけを警察の運営に反映させていくというような形で民意の反映をさせていくというルールをつくるということが必要ではなかろうかというふうに今考えております。
 そして、最後に申し上げたいのは、私も長年検察官として警察と一緒に仕事をしてきました。警察官は、特に捜査に従事する警察官は、日曜、祭日、休日一切関係なく捜査に没頭している人がほとんどであります。したがって、捜査の行き過ぎ等を批判するということは当然あっていいわけですが、やはりその功績も正しく理解し、正しく評価をするという社会的な風潮も必要なのではないかと。義務だけ押しつけて名誉を与えないというのではやはり組織は動いていかないわけですから、両面にわたって警察官が納得して仕事ができるというような制度にしていただくようお願い申し上げて、私のお話とさせていただきます。
 ありがとうございました。
#8
○委員長(倉田寛之君) ありがとうございました。
 以上で両参考人の御意見の陳述は終わりました。
 それでは、これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#9
○中島眞人君 自由民主党の中島眞人でございます。
 渥美、高井両参考人には大変御多忙の中を御出席賜り、大変貴重な御意見をいただきましたことにまず御礼を申し上げたいと思います。
 実は、警察制度というものが生まれて長い期間を経ているわけでございますけれども、今回の事件、新潟県警、その前の神奈川県警を踏まえて、このくらい国会の中で警察そのものに対して論議が行われたのは初めてであろう、こんなふうに思えてなりません。
 そういう中で、論議が起こってくる形の中で、想像していないような一つの世論がある面では起こってきている。そういう点で、もっと端的に言うと、昨日の新聞などを見ますと、公安委員会制度を廃止せよというような意見まで出てきているんです。私は、これはある面では大変危険な一つのことであろう、こんなふうに思っているわけであります。
 そこで、渥美参考人にまず冒頭お聞きしたいんですけれども、今回の新潟県警察の事案というものから起こってくる処分の問題について、その結果に対していろいろな論議が出ておるし、同時に当委員会の中でも論議が出たんですけれども、先ほど渥美参考人は、現法体系の中では処分というものはこのくらいしかできないであろう、しかしその手順が狂っておったんじゃなかろうかと、こんなふうな御意見をいただいたわけでありますけれども、高井参考人は、今回の件、その処分の問題に至る経過についてどんなお考え方をお持ちか、まずお聞かせをいただきたいと思います。
#10
○参考人(高井康行君) まず、新潟県警の本部長については国家公安委員会が任免権を持っている。ところが、管区警察局長については長官に任免権がある。国家公安委員会はそれに関与できないという形になって、意見を言うことはできるでしょうけれども、建前上はいわゆる勧告権はない。そういうまず制度上の欠陥がもしかしたらあるのかなというふうに思います。
 それからもう一つ。今の制度である以上は、まず決め方についてはこのような決め方しかできなかったのではないか、内容はともかくも決め方については。ただ、内容については、これはやはりみずから申告をされたということをどのように評価するか。日本古来の言い方で言えば、武士の情けであるとか惻隠の情であるとかいう言い方もできるかもしれない。そういうような考え方に立てば内容は妥当であったのかなと。
 ただ、当時の警察の置かれている危機的な状況というものを考えれば、「泣いて馬謖を斬る」という判断もあっていいのではないかという考え方も出てくる余地はあるだろうなというふうに考えております。
#11
○中島眞人君 この中での論議でもそうでしたし、あるいは新聞やテレビなどの一つの考え方の中でもやっぱり処分が軽過ぎる軽過ぎるという論議なんですね。しかし、現行のいわゆる体系の中でいくと、処分というものは、先ほど渥美参考人が言ったように、犯罪を起こしたんじゃないんだ、そういう中で手順が狂っておったんだということ。
 この手順が狂った原因が即公安委員会そのものだという批判に行っているわけなんですけれども、その辺についての御見解を両参考人から。どんなふうにお思いになりますか。
#12
○参考人(渥美東洋君) 私は、すぐに自分から申し出て退職をしたいというふうに言われた場合であっても、一遍官房に移して、この事例に適切な非難を込めた、一年の停職に処するというようなことを行うべきだったと思います。
 その上で、先ほど申し上げましたように、こういう事態を起こした原因究明のチームをつくり上げるというようなことが必要だった。外部から見てこれはおかしいことをやったということがはっきりわかったという段階で初めて彼らがやめるというのであれば、けしからぬことをやったんだから、やめるならばみんなにわびるだけのものを明らかにしてやめなさいというふうにはっきりすべきだと思いましたし、それからその際、何も言わないでいるべきではなくて、このような、先ほどおっしゃられたような公安委員会までやめてしまえばいいというような議論が出てくるぐらい皆さんの強い怒りを生み出して、あるときには極端なところまで行かせるようにしたその責任が重たい、そのことをやはり任命権者がおっしゃるべきだった。そういうようなことを今後の教訓にすべきだろうと思います。
 だけれども、先に、停職させようと思う前にやめてしまったものですから、これは実に、敵もさる者だというふうな感じがしますけれども、もう少し自分で責任を問われることを覚悟して、身を切るようなつもりで二人は最後までいてもらいたかったと私は思います。
#13
○参考人(高井康行君) 今の例で、まず国家公安委員会の存在を否定するというのは、やはり論理としては妥当ではないというふうに考えます。
 辞表を出したとしても、それを預かるということはできる、受理しないで一応預かりにしておくということはできるわけで、それは今のシステムでは長官の判断ということになろうかと思います。
#14
○中島眞人君 ちょっと私は、一部新聞とかテレビ等の中で公安委員会制度そのものを否定するような発言、大変怖いなという感じを実は持っているわけです。公安委員会制度というものが生まれてきた背景というのは何であったかということを、やっぱり歴史が遠のいておるものですから、そのことに対する意味が消えてしまって、今回とられたいわゆるちぐはぐな行動をもって公安委員会制度を否定しろ、こういう形へ行くことは大変危険だというふうに思うんですけれども。
 そこで、公安委員会が発足をしていった当時のいわゆる政治的中立性というのは、現状、警察の持っている、あるいは公安の持っている政治的中立性というものに対しては、両参考人は現時点の中立性という問題についてどのようなお考えをお持ちになっているか、所見をお聞かせいただきたいと思います。
#15
○参考人(渥美東洋君) 諸外国と比較しまして、選挙によるところとかがあったりいろいろあるんですけれども、選挙による場合というのは、後で全体の警察官の配置が変わるものですから、そこで自分の好きな公安委員あるいは長官を得るためにおかしな、贈収賄活動を警察の末端が行うというような事例はもう世界に枚挙にいとまがないほどございます。
 そうじゃなくて、政治的な中立というものを保つ、特に日本のあの戦前の歩みを見ていますと、やはり住民の声を的確に反映させる必要というものがあって、しかも考え方の違う人々すべてに有益なサービスを提供するということが何といってもあらゆる世の中を支えていく基本ですから、その考え方でこの制度が発足しました。
 ただ、長いことやっている間に緊張感を失っている。警察と公安委員会との間の緊張感を失っている。先ほどバランスをとるいろんな事由を申しましたけれども、その点からいえば、やはり公安委員会という制度は、恐らく今我々が世界で持っている制度の中では一番まともかなと思います。もちろん、制度は完全なものはございません。ただ、その際に、両方の間の緊張関係をどうやって保つか、その運用をどうするかということをしっかりと考えて、警察なり公安委員会にその研究をさせた上で議会が報告を求めるということぐらいを今度の事例の場合におやりになったらいかがなんだろうか、私はそう思っています。
#16
○参考人(高井康行君) 本来の公安委員会の制度は、警察の独立、さらには中立性を守る一つの防壁としての役割を果たすことを期待されているわけで、これはやはりなくてはならないものだと思います。それから、今申し上げたように、今後は逆に民意を警察に反映させる一つのろ過器のような機能もしなければいけないわけで、公安委員会の存続というのはこれは不可欠なものだと考えます。
 それで、じゃ今はどうなんだ、その政治的中立はどの程度のものだと理解しているかという御質問だと思いますが、私は、比較的政治的な中立、独立性というものは維持されているというふうに考えております。
#17
○中島眞人君 それで、両参考人から、当初の精神であった政治的中立、そういうものは維持されているとお聞きしまして、ある一面、安堵の胸をなでおろしたわけであります。
 緊張感が足りない、ある面では制度疲労の中から起こってくる警察といわゆる公安の関係、なあなあまあまあという形の中で緊張感がなくなっておるのであると。これは当委員会の中でも随分指摘をされました。
 今、一例、今回の事件に対して公安委員会は説明を受けて、それを国会へ報告すべきだ、あるいは新潟の議会に報告すべきだ、こういうことだけで緊張感が保たれていくんでしょうか。根本的にこの緩んだ緊張感というものを立て直していく方策というのはどこにあるんでしょうか。その辺について両参考人からお聞かせいただきたいと思います。
#18
○参考人(渥美東洋君) 先ほど高井さんがおっしゃいましたように、私それと同感なのは、地域に密着した警察活動というのが一番大切で、目に見えるところでどこがおかしいかということが言えることです。
 だから、一番末端の警察署というものに責任を負わせると同時に権限も与える。そこで失敗したらば、それに対して批判を加える。その警察署がどういうチームを組んで仕事をしているかということが常にわかるようにする。その結果が本部へ上がってきて、それがまた警察庁まで上がってきまして、どの点にどういう成功例があったか、どの点がマイナスであったかということを一つ一つ評価して、まずかったところにはまずいという評価を下すべきだと思うんです。
 先ほどもおっしゃいましたように、点数と成績主義では世の中は動きませんで、これからは、評価は難しくなりますけれども、この評価をするのには国会の先生方がおつくりいただいた政策評価制度、それを動かすことなんですが、これは点数主義から、そうではなくて、目標がどの程度具体的にどういう方法で達成されたかということを示すことです。そういう方法を中に入れてくること、それから今申しましたように末端の機関との間のチームプレー、それから人事の相互交流。
 それから、先ほどおっしゃられたけれども、マスメディアとか弁護士会というものよりも、むしろ町内会とかあるいはその地域のパン屋さんとかなんとかという人々とか、学校の先生とかあるいはグランドPTAといいますか、そういうものと連絡をとりながら、みんなで何をやっているかということがお互いにある程度情報を共有できる、それで、警察は十分なことをやっていない、もっとこうやるべきだというような話し合いが末端警察の段階で行われるようになるような運営が、みんな今世界でそれを模索しておりますけれども、一番いいんだと言われているわけです。それを我々の日本でもそろそろ模索し始めていますけれども、日本から始まったと言うんです、外国人はみんなこれを。日本はこれをやっていないんです。もっと徹底してそれに向かっていくようなやり方をすべきだと思うんです。日本は余りハイカラなものに進み過ぎていると思う。もっと地に足をつけたようなやり方の中から本当の改善は図られるのだ、私はそう思っています。
#19
○参考人(高井康行君) 国家公安委員会と警察庁、都道府県公安委員会と警察本部との緊張関係はいかにして生まれるかという御質問だったと思いますが、やはりそのためには公安委員会が独自の組織を持つ、独自の情報を持つと。独自の情報もなく、独自の手足もないところに緊張関係は生まれないというふうに思います。
 先ほど被害者の不服申し立ての受け付け機関を公安委員会の中に設けたらいかがかと提案をさせていただきましたけれども、それも緊張関係を維持するための一つの方途になるであろうというふうに考えております。
#20
○中島眞人君 大変貴重な御意見だったと思いますし、その辺がこれからの国民の警察、そういう点への新たなる出発の起点になっていくのではなかろうか、こんなふうに思います。
 さてそこで、もう一つ大きく世論の中に起こっている問題でキャリア官僚の問題がございます。このキャリア官僚という問題は、ある面では私は否定をするものでもございませんし、あるいはまたそれをうまく使って機能していった過去の経過というものもそれなりの一定の評価もある。しかし、行き過ぎかな、あるいは責任あるポジションにつかずにそういうたらい回し的な面もあったのかなという悪い面もある。
 今回の面は、キャリアという一つの組織がまさに破綻を起こしていく、破綻というか、ほころびを物の見事にあらわした一つの事例だろうというふうに私は思うのでありますけれども、このキャリア官僚という問題が今後の警察官僚の中で持たれていく、なくなれと言っても私はなくならないだろうと思いますし、どうあるべきかという問題について、両参考人からキャリアについての御意見をお聞かせいただきたいと思います。
#21
○参考人(渥美東洋君) 今おっしゃられたキャリアという表現、私は余り好きじゃないんですけれども、そんな制度が日本の公務員制度の中にあるわけじゃないんです。将来が約束されているような制度なんてあるわけないんです。どこの入り口から入ってまいりました者も当然に公務員ですから、したがってその人をどういうふうに人事的に配置するかというのは中でやるべきことであって、私たちのころは六級職と言いましたけれども、今T種で受かった方々ならば当然ここまで行くというような、昔の資格試験である高文とは違うんです。
 ただ、警察の中にはたくさんの層をなす部分があります。一番上では皆さんとの間の広報活動をやるというところがあり、その次に今度は企画立案をする部門がありまして、それから今度はそれを監視、監督するための、施設をどうするかというところがあり、人事制度があり、その最後に、一番下に一番警察が活動する種々のものがございます。
 それには人材を全部得なきゃいけません。上にいる者はそれをある程度知らなきゃなりません。そういうものを全然知らないでいてそのまま上がっていって、特急部隊のように必ず上に上がっていく。先ほども申しましたけれども、訓練を受けないで、資質があるかどうかわからないままにあるところに上級職で入った、T種で入ったから上が見えているというようなやり方、下に行った連中は行かないというやり方、上まで行くのに二十何年も試験を全部合格して行くというようなやり方、これは人事制度としておかしいです。
 だから、今の公務員制度の中でもそんなことを考えているわけではないんで、もとへ戻って、昔の高文とは違いますよという考え方に基づいてきちんと適材適所を考えていくべきだと思います。
 適材適所、非常に簡単な表現ですけれども、考えるのは難しゅうございます。それぞれの部署での教育を行って、その教育にたえた人間を次に送っていく、それを常に行うべきだと。人事管理の要諦は、まさに教育を十分その場で与えて、力を引き出してそれぞれの場所に充てることだと思っております。
#22
○参考人(高井康行君) 名選手必ずしも名監督ならずというふうに言われております。したがって、いい捜査官を一生懸命育てればそこからいい組織の管理者が出てくるかというと、必ずしもそうではないわけです。自白をとるのがうまい警察官を育てる方法と立派な本部長を育てる方法というのはおのずから別であろうというふうに思います。したがって、二つの人材育成システムを持っているということは不可欠なことであって、いけないことではないと思います。
 従来のやり方は、最初の方の人材供給源を地元採用者、後者の方、要するに組織管理者になる人材育成システムに乗っける供給源を上級職に求めていたわけです。最近はそうでもないようですが、あるときまでは上級職を通っていれば大体本部長には間違いなくなれるというような運用が行われていた。しかし、それは今おっしゃっているようにおかしい。
 人材育成システムとして供給源を二つ用意する、これはいい。しかし、入ってからはやはり正当な競争が行われなければいけない。しかも、その二つのシステムの中で交差した形で、このシステムは、最後までAならAというシステムで入った以上はAで終わり、Bに入ればBでずっと行けるというようなものではなくて、Aというシステムで入ったけれども、適性があれば途中Bというシステムに乗りかえられる。また、Bというシステムで入ったけれども、その素質がなければやはりBのシステムの最後までは行けないというような形の人事政策にする必要があるのではないかと思います。
#23
○中島眞人君 大変貴重な御意見をありがとうございました。
 そこで、先ほどから両参考人、特に渥美参考人のお言葉の中に教育という問題が、警察官あるいは警察全体、それぞれのいわゆる教育という問題があるわけですけれども、この教育が軽んじられておった、そういうところに今回問題の発生する根源があったのではないのか、こういうことなんですけれども、警察官の教育というのは何たるや、どういう面で留意していかなければならないのか、この辺についてさらにもう一歩突っ込んだ形で。
#24
○参考人(渥美東洋君) 一方では、倫理観というものと信頼感というものをどうやって育てるかという問題があります。
 この教育のシステムは、今まできちんと人間としてほかの人々と連絡をとりながら住民を尊敬して活動するというような教育が十分に警察の中で行われてきたかというと、そうではないようです。教養としてお花を生けるとかお茶を何とかというようなことをやるよりも、もっと普通の人とどういうふうに接触するか、困った人に対してどのような手を差し伸べるか。これは加害者についても被害者についてもそうです。それにはやっぱり発達心理とか、ヒトというのはいつから一体人間になるのかということを勉強するというようなことをやりませんと、人間の倫理観とか人間の信頼感というものは生まれてきません。
 そういう教育を行うべきだということと、それから、日常的な作業をしているときの活動の中での教育です。
 これはチームを組んで一緒に仕事をしたらば、地域の人々からどういう評価を受けるかというのを、評価をずっととっておいて、おまえのどこに欠点があったんだということを常に問題にしながら、ここの部分が足りないからこうしなさいということを現場できちんとそれを意図して教育をするというようなことが行われるべきですし、どこでどの人がどういう仕事をしているかということを今まで十分に見てきているとは必ずしも思えません。一体だれが出勤して、だれがどこへ行ってどういう仕事をしているかについての帳簿づくりもきちんと日本では必ずしも行われておるわけではないです。そういう点も考えなければいけません。
 それからもう一つは、先ほど高井さんがおっしゃられたような、それぞれの専門の捜査とか地域安全のための技術的な手段をどうやって勉強するかというのは、また別に考えるべきです。それから、本部長や監督の上の方になった場合にどんな資質を持つか。これは静岡県へ行くなら静岡県へ行き、秋田県へ行くなら秋田県へ行ったら、どんなような県でありどういうようなものかということの勉強もきちんとやるべきです。それを持って出ていくべきですよ。
 警察官というのは安心を売る仕事ですから、ほかの官庁から人を呼んできてやればいいというものじゃ私はないと思う。これはもっともっと大切な仕事というか、人間性を持たなきゃならない。そういう教育を随時多角的に行うという計画をすべきで、学校でこういうようなものをきちんとやればいいというふうに考えたら間違いだし、上級職の学則の期間が二年だったのが半年になってしまったなんというのも、これも極めて残念なことだと思っています。もう一回教育の仕方を根本的に変えていくというようなことを、現場の活動等を含めて考え直してもらいたいと思っています。
#25
○中島眞人君 渥美参考人の、倫理観の欠如をどうやって補っていくかというような問題について、大変貴重な意見だと思います。
 今回の新潟県警の問題で、本部長とかあるいは管区警察局長の処分のことが大きく取りざたされておりますけれども、私はもっともっと怖いといいますかもっと恐ろしい問題というのは、警察官が何回か監禁宅を訪問しておりながら、九年二カ月にわたって、少女から十九歳になるまで九年二カ月おったというまさに身の毛もよだつような恐ろしさ、このことに、警察と目と鼻の先にあって、その間にいろいろな経過がありながらも、そのことであれだけの時間がたってしまった。これは原因は何でしょうか。今言ったような教育でしょうか、それとも緊張感でしょうか。そういう点を両参考人からお聞かせいただきたいと思います。
#26
○参考人(高井康行君) 今おっしゃった問題は、警察の巡回連絡業務をいかに有効適切に行うかということであります。
 これは、かなり以前には頻繁に担当の家庭を警察官が訪問をして現状を聞いていた。ところが、プライバシーの侵害であるとかいうような風潮が出てきまして、警察の方もその巡回連絡をしっかり行うということからやや腰が引けるようになっているというのが一つの背景としてあることは否定できないというふうに思います。
 もう一つは、やはり気の緩みといいますか、プロとして、仮に人権侵害にならないように、プライバシー侵害にならないように巡回連絡をして質問をしていても、本当のプロだったらおかしいと気づいたかもしれないわけで、そういう意味ではプロとしての育成というものに不十分な点があったのではないかというふうに考えます。
#27
○参考人(渥美東洋君) 今、高井参考人おっしゃられましたように、過度のプライバシー主張というものがあります。外国でそれをやったらだめだろうと言われたんですが、今外国人は日本がやっていたような巡回相談をしましたらみんな大賛成、喜んでいるんですよ。ですから、非常に不思議なことだと思うんです。日本人が昔やったことはいいことだと思われているのに。
 もう一つは、民事不介入の原則という非常にわけのわからない原則が働いていたんです。民事不介入の原則というのは、イギリスをずっと追いかけてみますと、そうすると、どっちか一方に加担するようなことをやっちゃいけないよという原則なんです。中に入っちゃいけないよということだったんですね。
 そうすると、家庭内暴力であるとか、あるいは今度のような事例とか、そういうものが見つからないんですよ。それを見つけていくためにはどうするかといえば、地域の人々の相互の連絡から情報をとる。それから、先ほど申し上げましたような町内会とかそういうものと日ごろ警察がいつも順当な連絡をとっている。警察は警察署の中に閉じこもっているんじゃなくて、皆さんと一緒に生きているんだという、そういう信頼感を受けることです。そうやって動いていきますれば、おのずから情報は入ってくる。そういう地域との密着した活動というものを欠いていることから生まれたのではないかということを思うのが一つ。
 それからもう一つは、周りの人々の人口移動性に伴う人間の匿名性というか、そういうのが今の社会に特徴的ですけれども、これをみんなもう一回取り戻すためにどういう力をかすかというのも日本人全体が考えるべきだろうと思いますが、今度の場合は保健所との連絡がもっとうまくできていれば、ほかの機関とうまく連絡ができていればと思います。
#28
○中島眞人君 もう時間が参りました。両参考人に実は監察制度の問題でお聞きをしようと思ったんですけれども、また極論で外部監察なんというような問題も出ておりますけれども、それらの問題についてお聞きしようと思ったんですけれども、私から質問をしてお答えをいただきますと私の時間をオーバーしてしまいますので、また機会を見て両先生には御意見をお聞かせいただきたいと思います。
 どうもありがとうございました。
#29
○小川敏夫君 民主党・新緑風会の小川敏夫でございます。
 きょうは参考人の方、本当に貴重な御意見ありがとうございます。質問も順番に聞いていきまして、特に分担分けをしないままそれぞれの党派で順番に聞くものですから、同じような関心点がございまして、重複にわたることもあるかとも思いますが、その点をお許しいただきますようお願い申し上げます。
 それで、私順番を追って考えますところ、今度の問題で、まず公安委員会の制度が悪いのか、あるいは制度は非常にいいんだけれども、そのよさを生かし切れていないということなのか。何となくこの公安委員会制度そのものは両参考人の先生方もいい制度だというふうに言われているようにお聞きできたんですが、一度その公安委員会制度というものについての考え方について、参考人の両先生からお話を伺わせていただきたいと思っております。
#30
○参考人(渥美東洋君) こういう公安委員会というのはなるべくたくさんあった方が本当はいいんですよね。一番基礎になっている単位、そこで問題を解決するというのは、地域で犯罪をどうやって統括するかというのが一番大きな関心、世界全体はそう動いています。国のねらいによって世の中をつくるなんということの時代じゃもうないです。そうすると、国家公安委員会というところは全体を統括するので、ある任務がありますけれども、都道府県公安委員会のほかにもう少し下に公安委員会をつくってもいいかもしれない。そういうふうには思いますが、一番重要なのは、やっぱり末端警察がみんなの地域がどうなっているかという情報を常に得、信頼を得られるようなサービスを提供していることだと思いますけれども、その活性化のためには、そうやって下から上がってきたものを都道府県の公安委員会に各署から全部上げさせる、そういうようなシステムをつくっていく、それを伴わないと余りうまく動かないと思うんです。
 それから、内部でのことを見なきゃいけませんから、いろんな違った役割を果たす、例えば防犯とか社会安全を考えるのと、それから犯罪捜査を行うのと、それも粗暴犯を扱うのといろいろ経済犯罪を扱うのとありますが、そこから上がってくる情報は全部その地域の生活に根差しているものなんです。その地域に根差している情報を全部統合しなければ意味がないんですね。その統合して上に上げていくというような役割を十分にそれじゃ今の警察の中で果たしてきたかというと、果たしていない。その役割をもう一度復活させるということをやれば、もう少しきちんとした話ができてくるだろう、私はそう思っています。
#31
○参考人(高井康行君) 先ほども申し上げましたように、公安委員会は警察の独立性、中立性を担保するための障壁である、防護壁であるという性格を持っているわけですが、ただしそれが本当に有効に機能しているかどうかについては、先ほど来申し上げているように問題があると。だから、これを有効に本来の機能をさせるためにはそれなりの制度改革が必要であろうということと、新たにやはり民意をくみ上げる、民意を警察に反映するためのろ過器であるという、そういう性格づけを新たにして、そのためのシステムを充実させていくということによってこの公安委員会制度がより生きたものになるというふうに考えています。
#32
○小川敏夫君 渥美参考人にお伺いしますが、今、高井参考人の方から公安委員会の制度の趣旨をより生きたものにするというために具体的な提案がございました。独自の事務局を整備してより強化する、あるいは独自の審査官あるいは調査官を整備するというような提案がございました。そのように、実際に今の公安委員会の事務方を整備して、より積極的に行動できるというようなシステムにするというような考えについては、渥美参考人はいかがでございましょうか。
#33
○参考人(渥美東洋君) その点はニューヨークはある程度荒療治をしまして、友人のニューヨーク大学のジェイコブスは、ニューヨークは組織犯罪から解放されたという、「ゴタムアンバウンド」という本を出しました。そのための手順とか、それからここにダウンロードしてきたランパート地域での警察の妥当でない活動に対する報告書がございますけれども、これを見ていても、みんな警察署内部で事実を調べるという仕事をしないで外部に頼んだらろくなことにならないという結論になっています。外部者が監察するというのは、言うは易しいんですがなかなかうまくできるものじゃないんです。
 ですから、先ほどから何回も申し上げているのは、違った部署の者が一緒に行動するとか、それから情報が両方から上がってきたものを全体として評価するとか、それから何かを目標としてやっているのに、その成果が住民から評価されるようなものが戻ってきているのかどうか。そのために警察を支える、批判もし支えるような、それを支援するようなそういう人間の輪といいますか、そういうものがほかの行政機関も含めてどこかにまとまっていなければならないと。
 そういうものを組み上げていくための監察制度というものがあって、その監察制度というものは、むしろ僕が思うのは、監察室というのをつくったのが余りよくなかったんじゃないかと思うんですよ。長官のもとに監察室をつくればいいだろうとおっしゃられたり、それからまた本部長のもとにつくればいいだろうと思われたけれども、それに乗っかっちゃう、上のことを気にしてしまう。それよりも、お互いにむしろ対等関係であるという考え方を持って、先ほどもおっしゃられたけれども、役割分担で警察はでき上がっているんだ、上下関係ででき上がっているんじゃないと。それで、主人公はだれかといったら、それは住民だという考え方を徹底した上で監察を、自分たちがやっていることがうまくいくかどうかということを見ていこうとすれば、一番いいのはやはり内部監察ですよ。違った部署から来ている人々の内部監察が最も大切だと。
 私は、別に公安委員会のところに事務局を置くのも悪いことではないと思うけれども、しかしそれをやって情報が十分に入ってこなかったらもっと死んだものになってしまうんじゃないかという気がするんです。だから、その点は今後よくよく検討すべきで、難しい問題の一つだろう、そう思っています。
#34
○小川敏夫君 今、外部監察の御意見も伺いました。先ほど高井参考人の方から、やはり外部監察は好ましくなくて内部監察という御意見もいただきましたが、例えば、外部監察といってもすべてを外部ということではなくて、内部監察の中に外部の意見を組み込むような方法という意味の内部監察もあると思うんですが、そういう点ではいかがでしょうか。両参考人にまたお伺いしたいと思うんですが。
#35
○参考人(高井康行君) 人選にもよると思いますが、ごく一部に限られるのであればそれは検討するに値するのではないかというふうに思います。
 ただ、私の考えでは、内部の監察を担当する監察部門、監察室、これの指揮統括を、今は本部長がしているわけですが、それを公安委員と本部長の合議体でやるようにすれば、そこに外部の意見が入るということになるわけですから、今、議員がおっしゃっているような趣旨と同様の効果は上げられるのではないかというふうに思うわけです。
#36
○参考人(渥美東洋君) 先ほど来申しておりますが、一番末端の警察署単位で多くの人々が警察の活動に関心を持って、しかも警察はここが十分でない、ここは十分やってくれているというような交流があれば、学校と警察とかあるいは地域の商工会議所との連絡とか、それから町内会との連絡とかPTAとの連絡とか、その上に僕は一番重要なのは、今度オーストラリアに行って教えられたのは、グランドペアレンティングというのを教わってきたんです、これがどんなに大切かということを。そういうものとの警察のいつもの連絡、それができるような場所というのがあれば、おのずからそれは外部監察になる。
 日本の交番というものをまねして外国が持っていって地域センターみたいなものをつくりましたよね。みんながそこに集まってきて、就職の場所まで、どこに何があるかというのまで掲示し、情報をみんな持ちながらやってきて、どこのうちでどんな問題があるというときに、それを温かく見守りながら処理をする。警察が何をやって失敗した、何をやって成功したというようなことがお互いに語られている。そういうようなシステムをもう一度、日本が始めた、昔から持っていたものですが、これを充実させていけばおのずから外部の、ウェブ、クモの巣みたいに張ったそういうものの中から警察に対する注文も来ますし、それが一番いい監察になっていくと思うんです。
 だから、そういうふうに考えていけば、内部監察、外部監察というようなことよりも、日常的な警察のありようですね、住民とのありよう。上から何かやるというよりも、人々の、住民の毎日の生活に対して力を差し上げるというサービスです、警察は。上からおい、こらという警察だったらだめですよ。力を差し上げる警察に変わっていくのにどういうように地域に根差した警察をつくっていくか。これは今の制度の中でできるはずです。それをもっと答案として書いてくるように宿題を警察庁に出したらどうでしょうか。
#37
○小川敏夫君 どうもありがとうございます。
 今地域の住民との密接な関係努力というお言葉をいただきましたが、あるいは住民の方から見まして、警察が何やっているかよくわからない、捜査ということは別にしましても、中の情報開示といいますか、そういう面もあるかと思うんですが、そういった点で参考人の方で何かいいお考えはございませんでしょうか。
#38
○参考人(渥美東洋君) これはもう本当に、昔はやっていなかったのに最近になると日本をまねして大いにやっているというのが、諸外国における広報宣伝活動です。そのための特別の中途採用者を用意し、非常に高給で採用すると。その場合に、残念ながら大部分が女性ですけれども、そういうものの試験に受かるのは女性ですが、男性はなかなか、そういうものに適性があるのかないのかわかりませんけれども、そういう人々を得まして、いつも警察の中で巡回しながら、警察はどういうことをやっていますよ、こういうことまでやっていますからどうぞいらっしゃってくださいというような宣伝広報活動というものをもっとしっかり計画を立ててやるべきだと。
 外国ではそういうことを、今は都市問題研究所なんというものを基礎に置きながらやっています。フランスでもアメリカでもやっています。常時あるかどうかは別としまして、やっています。
 日本だってできないはずはないと思うんです。だって、日本の、我々の文化というのは、他人に迷惑をかけてはいけない、ほかの人に力をかすんだというのが我々の文化の中心でしょう。何か一番上にあるものに対して忠誠を誓うという考え方じゃないでしょう。だから、日本から始まったものならば、もっとお役所仕事じゃないような運営の仕方を警察の中では思い切ってやってもらいたい。そうすると、おのずから事態は変わってくる。
 広報宣伝というのは非常に重要で、その場で警察は何をやっているかということをいつも、署単位で、それから都道府県単位で、それから全国単位で常に行うべきだ、そう思います。
#39
○小川敏夫君 ありがとうございます。
 今度は公安委員の人選、委員のあり方の問題ですけれども、先ほど渥美参考人は警察と緊張関係を持てる人が望ましいということでございました。あるいは高井参考人にいただいたメモでは、人選方法を再検討するというお考えでございます。
 それで、順番にお伺いしますが、渥美参考人が言われる、警察と緊張関係を持てる人を委員にという場合に、委員の任命制度として今のようなあり方でよろしいのか、あるいは改善した方がよろしいのか、改善した方がよろしい場合にはどういうお考えがいいのか、御意見をお聞かせください。
#40
○参考人(渥美東洋君) アメリカがやっていることがいいとは必ずしも申しませんけれども、人選提案をして、それについて、どういう理由でその方を選んだのか。その方が警察の活動について十分理解を持っていらっしゃる、党派性はない、しかも警察の活力をもっと上げるために多くの叱咤激励のための行動もしていらっしゃるというような背景があるかどうか。それを十分説明した上で議会での承認を得るというような方法をとるか、あるいは、承認を得なくても、議会にそのことを十分に報告をして、反対のビトーですね、圧倒的多数の人の反対に遭った場合にはそういう人を外すとか、何かそういうような方法は選ぶべきだと思います。
 安易に、ただ選んだ人がそのまま、だれが選ばれているかということもわからないままに動いている、公安委員会というものの存在すらも人々は知らないというようなことがあってはならないので。公安委員は例えばこういう方がこういうような背景から選ばれましたということを、先ほど高井参考人がおっしゃられましたように新聞等々でも発表するとか、それについて皆さんの意向を承るとか、そういうようないろんな具体的な方法を考えるべきだろうと思います。非常に大切なお仕事ですから、そう思います。
#41
○小川敏夫君 ありがとうございました。
#42
○参考人(高井康行君) 制度としての選任の仕方自体は今のままでいいのではないかと思います。
 ただ、実際、ではその制度の運用に今までは問題がなかったかというと、リストが上がってきてそのまますっと通っていくということがあったやに聞いておりますので、そのようなことはやっぱりまずいのではないかと。ですから、提案をするリストづくりをもっと充実したものにする、同意を与えるかどうかの審議を慎重にしていただくということになろうかと思います。
#43
○小川敏夫君 きょう私、たまたま日弁連の役員の方とお話をする機会がございまして、今回の公安委員会の中に弁護士の方の委員がおられます。そうしたところ、日弁連の方から、弁護士が入っているのに日弁連は何をやっているんだという抗議の声が多いけれども、実は、弁護士の委員の方も日弁連が推薦したわけでも何でもなくて、任命する方が個人的に依頼したということであって、日弁連としては何らの関与ができていないんだというようなことを言っておりました。
 それで、私が思ったのは、例えば警察と一番緊張関係を持てるといいますと、弁護士あるいは弁護士会というのがそれにふさわしい一つではないかとも思いますが、例えば委員を、そのような意味で、国家公安委員会なら日弁連、都道府県であれば単位弁護士会、その弁護士会から推薦する委員を一名入れるとか、そのような委員の構成を考えるというようなことについては両参考人いかがでございましょうか。
#44
○参考人(渥美東洋君) 弁護士会がもっと開かれれば話は別だと思うんですよ。それから、弁護士会がもっと柔軟であり、自分が送った人間に対して責任を持つということであればそれはよく考えられるんですが、これは全体の体質にかかわることですけれども、日本ではどうしても何かやると、今度も一家意識とか、それから部落意識とかギルド意識とか、そういうものが出てくるでしょう。それを直さなきゃいけないので、人を選ぶ際に弁護士会から特に選ばなければならないという理由は僕はないように思うんです。緊張関係はそうじゃないところからだって生まれてくると思うんですよ。弁護士会から推薦された人間が必ず入ってくるということになると、むしろそこでは国民の声が完全に反映することになるかどうかなという疑問を国民自体もお持ちになるかもしれない。だけれども、おっしゃられることはわかります。
 本当に警察も信頼されるものになり、弁護士さんも国民から本当に信頼されるものになり、世の中がもう少し、全部排斥的じゃなくて、みんな受け入れていくような方向へ向かっていってもらいたい、大学の先生もそうですけれども。おっしゃられる御趣旨はよくわかりますけれども、ある職種に限定してそれを選ぶということだけが適切な緊張関係を生むとは必ずしも言えないので、お考え方はよくわかりますけれども、弁護士会だけに限定して、それから単位ごとに推薦をして入れるというようなやり方は余りよくない。やはり一人一人の人柄を見た上でみんなで決めた方がいいんじゃないだろうかというふうに私は今のところは思います。
#45
○参考人(高井康行君) 当事者でもあるので若干答えにくい問題もあるんですが、まず、緊張関係というものは人によって維持されるものではなくて、制度によって維持するものであるというふうに考えるべきであるというふうに思います。
 それから、人の問題について言えば、弁護士もその適格を有する一つの職種であるとは思います。しかし、必ず弁護士会から出すようにというふうにしてしまうと、ちょっと制度としてはかたくなり過ぎるのではないかと思います。
 それから、それを推薦にするということになりますと、逆にその推薦で入った人の自由な判断が拘束される余地が出てくるのではないか。これは公安委員会というのは極めて重要な職責ですから、それは委員に任命された人が自分の全人格をかけて判断すべきことであって、推薦母体に配慮しつついろいろ指揮をする、意見を言うというのは望ましいことではないと思います。
#46
○小川敏夫君 ありがとうございます。
 公安委員会制度のそうした問題とは離れて、高井参考人の方から被害者の不服申し立てシステムという提案がございました。
 確かに、今の制度は警察の行き過ぎに関してはいろいろ申し立てできる制度があるんですが、捜査機関の怠慢に対して申し立てる制度というものが全くない。全くそのとおりで、大変に貴重な御意見だと思うんですが、この場合、渥美参考人の方にお尋ねしますが、そうした警察側の捜査をやらないということに対する不服の申し立てあるいは苦情の申し立て、これをシステムとして受け付ける制度を設けるという提案についてはいかがでしょうか。
#47
○参考人(渥美東洋君) 今でもできるんですよ。
 先ほど高井さんがおっしゃられたのは、刑事訴訟法のシステムで犯罪のことだけ考えられたけれども、犯罪の捜査というだけが警察の役割じゃないんです。警察というのは予防もしますし、それ以外の社会の生活に対して安心を与えるという仕事は警察の中心の仕事なんです。
 したがって、それをやらなかったらば、これは行政不服申し立ての中に入ります。だから、当然ながら入りますが、職務をしないということそれ自体、これは英語で申し上げて非常に恐縮ですけれども、ノンフェザンスといいます。悪くやった場合のことをマルフェザンスといいますが、ノンフェザンスそれ自体を、やらなかったことそれ自体を行政上の苦情の内容に入れて処理をする、それがひどい場合には刑事責任まで問うというようなことをやっているのが普通の国のやり方ですけれども、そういうことを新しく考えるにしましても、今の警察制度の中で十分できるんですよ。それも警察の守備範囲なんです。
 警察というのは、したがって裁判官や検察官よりももっと住民に対するサービスをしなければならないものなんです。それを十分に行わないということは、これは当然に懲戒事由にもなります。ちゃんと書いてあります。職務を怠ったことと書いてあります。その中には当然入ります。
 そこで、これからは、今までどうしても摘発ばかりを考えてきましたけれども、被害者に対する配慮、犯罪の予防に対する配慮というようなものがややもすると十分ではなかった、その点について考え方を変えて対処するという必要があると思うし、それから現在全部の都道府県の警察本部の中でそういう実験的なセンターは立ち上がっています。弁護士さんの御協力も賜っていますし、精神科医の、それから普通いろんな人の、それから大学の我々も協力をしたりして種々のサービスが立ち上がっています。かなりの効果を上げています。だんだんよくなっていけばそれが一般に行くんだと思いますが、そういう見えない努力も今なされていることもよくわかっていただきたいと思うんです。
 ただそれが、柏崎署というのはどういう署なんだろうという疑問を感じるんですが、どういう地域だろうという感じがするんですけれども、何かそこには特別の問題があるんじゃないかというふうに思って調査を今度してみようかというつもりにもなっているんですが、当然ながら警察の中で行政的な活動ですから、それもポリーシング、警察活動の中に入るので、今の日本でできないわけではない、やらなきゃいけない、私はそう思っています。
#48
○小川敏夫君 私は多少違う考えを持っておりまして、例えば桶川のストーカー殺人事件がございました。被害者あるいはその家族が再三そのストーカーによる深刻な被害を訴えておるけれども警察が取り合ってくれなかったという中で、しかしよく考えてみますと、警察が取り合ってくれなかったときに、ではそのストーカーの被害に遭われた人、その家族はどうしていいかわからないという状況が現にあったわけでございます。
 ですから、先生は大変そういう制度にお詳しい方ですから行政訴訟とかいろんな申し立て方法を知っているかもしれませんが、やはり一般国民は警察がそうした怠慢があったときにそれをどこに言っていいかわからないというのがある意味では国民の持っている気持ちだと思います。
 そうすると、やはりそういう国民にわかりやすい、そういう警察の怠慢に対する不服申し立ての制度をつくって国民に周知徹底させて、そしてそういう救済を申し立てられるシステムを構築したらいいかというふうに思うんですが、参考人はいかがでございましょうか。
#49
○参考人(渥美東洋君) おっしゃるとおりです。
 ですから、先ほどから何回も申し上げておりますが、末端警察署にそういう部署を設けなきゃだめだと。それで、周りとしょっちゅう連絡をとるような末端警察署の活動がなきゃだめだと。抽象的な制度をつくったって絶対うまく動かない。英語で言えばネットワークですね、そのネットワークをよくつくること。常にそれをしなければ文句は言えるんだというような窓口を設けておくこと。これは警察署にです。
 それからもう一つは、ほかの機関でもそれを受けていただけるように、例えば都道府県には必ず、今は行政管理庁じゃなくて総務庁ですか、総務庁の行政監察の苦情窓口がありますけれども、その苦情窓口もありますよというのを警察の中でパンフレットで配るべきだ。
 先ほど申し上げましたように、広報活動が重要だというのは、警察はそんなこともやっていますよ、そんなこともできますよということを日ごろいつでも言って歩かなきゃいけない。それをやらないのはまずいんだと。それを今まで民事不介入の原則というので動いてきちゃったんですよ。あつものに懲りて、それはいいです、だけど酢の物を吹かないでもらいたい。
 それから、外国の制度を入れるときに、間違って入れたものはなるべく早くそれは間違っていたんだよということを言える学者がたくさん育たないといけない。日本の社会というのは、そういうところで非常に閉鎖的な面があるので、そういう点も改善しながら、これからはますますそういう問題についての検討を加えるべきだと思います。
 御案内でしょうけれども、警察の研究者やあるいは警察内部の、それから先ほどおっしゃられたいわゆる括弧づきのキャリアの中で、ストーカーの問題にどう対処するかということを論文をたくさん書いている人がいます。その中でも、今私が申し上げたような答えが出ていますが、それを実現するような努力をしなきゃいけない。末端の警察の一番のところが何をやっているかということを全部みんなに知らせなきゃだめだと思います。
#50
○小川敏夫君 ありがとうございます。
 高井参考人の方に同じ点の質問でございますが、高井参考人の御提案ですと、不服申し立てのシステムは、都道府県公安委員会、新たな第三者機関あるいは弁護士会ということで、渥美参考人がおっしゃられたような末端の警察という点は提案の中に入っておらないんですが、どうでしょう高井参考人、不服申し立てのシステムとして警察がいいのか、あるいはそうではなくて他の機関がいいのか、そこら辺のところのお考えをお聞かせいただければと思います。
#51
○参考人(高井康行君) 今でも苦情相談の窓口のようなものは所轄署にないわけではないわけですね。ですから、そこへ不服の申し立てをするということが例がないわけではないんです。ただ、そこでも窓口で断られてしまうということもあり得るわけです。そうすると、やっぱり最後は警察の外にそういうものをつくっておくということは、これは私自身は不可欠であるというふうに考えています。
 それを警察の外のルートを一本にするのか複数にするのか、これはいろいろ検討がありますし、それから公安委員会にするのかもっと別のものにするのか、これもいろいろ検討する余地はあると思いますが、少なくとも外部にルートを一つ用意するということはこれは不可欠であろうと思います。
#52
○小川敏夫君 渥美参考人の方から警察のあり方で、チームの協調性とか倫理の高揚、相互チェック体制と。まことに御指摘されるとおりで、私もそのとおりだと思うんですが、これを具体的に警察が実現できるというような方策として、教育とかいろんな面があるでしょうけれども、何かそうしたチームの協調性や倫理観を高揚する、相互チェック体制をつくり上げるというその目的に従って、具体的にこういう教育をやったらいいんだとか、こういう警察の中の仕組みを改善したらいいんだとか、そういう何か具体的な提案がありましたらぜひお聞かせいただきたいんですが。
#53
○参考人(渥美東洋君) これは日本では、まず先ほど言われたT種の連中についての教育とか、それからそうじゃない人が入られたときの最初の段階での教育とか、それから特別捜査幹部になるときの訓練とか、それから外国人との間の一緒に協調するときの訓練とかというものがありますが、しかし、チームプレーをどうやってやるかということなどを含めた人事管理をどうやるか、それからクロスチェックをどうやってやるか、それからチームはどうやって組むかというようなそれぞれの段階での訓練は必ずしも十分にやられていないんです。
 つまり、実地に本当に仕事をすべきものに応じて、性質に応じて教育をするというやり方が必ずしもとられていない、法律を教えたりなんかはしますけれども。だから、勝訴できるか勝訴できないかということについては随分戦後は警察は勉強しましたけれども、そうじゃなくて、もっと住民の要求にこたえるためにはそれぞれの段階でどんなことをしなきゃならないか。それぞれの監督者になった者とか、それから責任者になったときにどういうことをすべきかというのを段階的に、短いのだったらば二週間ぐらい、長いのだったらば一カ月ぐらい、それぞれの具体的なケースを提供してやっていくという訓練をやるべきだと思うんです。この訓練はフランスやアメリカではやっています。
 ですから、それをまねしながらもっといいものにして、日本の中でも実地に合わせた責任をとるような、いろんな観点からのサービスが国民にできるような警察にするための人事訓練のシステム、それをよくよく企画して考えて、何回も実験に移してみて、失敗したらやり直すというようなことを繰り返すべきだと思います。
#54
○小川敏夫君 今度は具体的に先ほどの関東管区局長の処分のこと、それに関連してお伺いするんですが、実はこの警察の一連の不祥事、昨年は神奈川県警の大変な不祥事で神奈川県警の本部長が引責辞職したんですが、処分も受けました。
 私は、そのときに当時の長官に対して、県警本部長が処分を受けた、であれば県警本部長の監督者としての長官の責任はないのかと追及しましたところ、長官いわく、国家公務員法上監督責任は任命権者にある、県警本部長の任命権者は公安委員会だから長官には監督責任がないということで、ですから監督者としての責任はとらないという押し問答で終わってしまって、そのうちに長官が引責ではなくて辞職ということで辞職されてしまったのでその議論は終わっておったんですが、今回は、管区局長の場合には長官が任命権者ですから直接に監督責任がございます。
 それで、何で長官が局長を国家公務員法上の処分をしないで辞職という形で済ませてしまったのかという点について、私なりにうがった見方をしますと、局長を処分すれば、当然その局長に対する監督者である長官御自身の監督責任も同時に問わなくてはいけない。ですから、それを避けるために何らの処分をしないまま引責辞職という形をとったんではないか、こう私は想像しておるわけですが、前例に照らして、処分の客観性に照らして懲戒処分とまではいかないということでしたが、例えばこの局長の例ですと、減給とかあるいは休職とかその程度の処分をして、それでその処分を受けて辞職するという方法もあったと思うんですが、渥美参考人もそのとおりだという御意見を承っております。
 そうすると、局長に対する監督者としての今度の長官について、その後、追って減給処分がなされましたが、局長に対する監督者の長官の処分としては、渥美参考人としては一人の国民としてこの程度でよかったのか、軽いのか重いのか、感想をお聞かせいただければと思いますが。
#55
○参考人(渥美東洋君) 私は、先ほどから何回も言っておりますように、現場に基礎を置いて、地域の人々がみんなで一緒に考えて行っていく安全のサービス、それが一番重要で、それは外部からも上からもある程度独立していく。地域での犯罪のコントロールといいますか、犯罪に対する全体の統治といいますか、そういうことが極めて重要な時代に入っていると思うんです。
 そうやって考えてまいりますと、そこに責任を課して自律性を与えていくような方向へ進むべきときに、どこかで問題が起こったらば任命権者が全部責任を負えということになると、そうしたら本当に一家意識が生まれちゃうんですよ。だから、そうではなくて、やはりそれぞれの部署に責任を負わせれば、その責任を果たしていなければその者に責任を問うて、それにかなり支配を及ぼすようなことをしていた人間は上から責任を問われる。
 これは日本では入っておりませんけれども、会社なんかの場合でも使用者責任、レスポンデットスペリアという制度がございます。この場合も、上にいる人間は常に全部責任を負わなきゃいけないという意味じゃないです、監督責任を。監督者が下の者に対して、そういうことがあっても構わないというような指示を与えているとか、あるいはその行為をいざなっているとか規律しているとかというような場合にだけ問われるのであって、そうじゃないときに責任を問うということをやると、だれが一体責任をとるのかわからないし、どうやって仕事をすればいいかわからないし、それからおっしゃられるように、自分が責任を問われるならやめておこうということになりますから、そうじゃなくて、やはり各部署単位できちっとした自律性と責任をとる体制を整える方が今後の教訓になるだろう、私はそう思います。違った御意見をお持ちの方もたくさんおられると思いますが、私はその方が規律はできるんだと思っています。
#56
○小川敏夫君 今回、局長の処分あるいは新潟県警の本部長の処分、特にそれについて公安委員会で長官の方を通じて報告がなされ、その後公安委員会がそれを決裁するという手続が踏まれたわけですが、どうもそれが持ち回りという形で決定されたということでございます。
 公安委員会の決裁のあり方として持ち回りというのは、どうでしょう、これは不適切ではなかったかと思うんですが、これは両参考人に感想をお聞かせいただければと思うんですが。
#57
○参考人(高井康行君) 一般的に申し上げれば、持ち回り決裁も立派な決裁であって、持ち回りだからいけないというのはやや論点がずれるのではないかと。問題はその中身がよかったのか悪かったのか。中身がよければ、多分持ち回りだからけしからぬという意見は出てこなかっただろうと思います。そう考えれば、やはり内容が正しいかどうかがまず問われるべきであって、それに至る経過がどうであったかということはその次に論じられるべきものであって、余りこれを重視するのは事の本質を見逃すことになるのではないかと思います。
 ただ、それでは妥当であったかどうかとなると、ややこれは妥当性を欠くと言われてもやむを得ないなという感想は持っております。
#58
○参考人(渥美東洋君) 我々も、我々の大学の中で不祥事を起こした学生がおりまして、それに対してどうやって早く対処するかというときに持ち回りでやりました。これは早くこたえないと、ほかの学生に迷惑をかけたり、それから被害者の方に迷惑をかけたりすることもありますので、電話をかけましてお互いに電話で連絡をし合って、決裁はすべて持ち回りでやるということをいたしました。そういう果敢に解決をしなければならない場合もあります。
 ただ、僕なんか省みて、やはりあれは間違っていたのかどうなのかと自分のところのことを考えてみますと、今度の場合だって、本当に早くやらなければ国民の方々の御心配をおさめることができないというお気持ちを皆さんお持ちになったんじゃないだろうかと思うんですよ。自分がその立場に置かれたときに、ああいう決裁の仕方も仕方がなかったというか、むしろ早く解決したことでよかったんじゃないか、僕はそう思っています。
 高井参考人もおっしゃられましたように、持ち回りだからいけないとかなんとかじゃなくて、今電話もありますしファクスもありますから、お互いに意思の連絡はできます。集まれというと、忙しい人間が急に集まることは急を要する場合にできません。果敢に処理をするかしないかということで、タイミングをずらすかずらさないかということは大変大きな問題を起こすことがあります。
 どの場合がいい、どの場合が悪いとは申しませんが、しかしそういう場合もあり得ると思って、今度の場合、大変お忙しい中で苦しまれながら処理をなされ、その間にはそういうファクスや電話等による連絡もあったんじゃないかと。そんなに保利大臣も那須さんを含めたほかの公安委員会の方々も不見識な方々ばかりだとは私は思わないですけれども。
 今後もそういうことがあってもいいと思います。ただ、その際それがきちんと行われるように、どういう説明がされてどうなったかということを説明していただく必要があります。私はそう思っています。
#59
○小川敏夫君 持ち回りが一律だめかどうかという議論と、それから、本来緊急に委員会を開くのが筋で、持ち回りではどうしても議論ということができませんので、委員会を開けるなら開いた方がいい。そうすると、委員会を開く努力もしないで初めから持ち回りというようなことであれば、やはりちょっと制度の趣旨を外れているのじゃないかと思うんですが、その点はいかがでしょうか。
#60
○参考人(渥美東洋君) 十分にその時間があったのだったらそれでよかったと思いますけれども、その点、国家公安委員長が、ハイジャックなんかがあったために公安委員会の委員長になることになりました。そして、そこに入ってきますと、やはりいろいろなほかのところでお忙しいということがあって、なかなか全部が集まるのは大変だろうというようなことがあり、それからまた本当に役割を果たされる方がお忙しい方が多いということであって、そんなことがあったのだと思うんです。
 今度の場合は、とにかく早く果断にやらなきゃならないということがあったからだと思いますけれども、おっしゃられるように、本当に十分に審議すべき時間があったにもかかわらずそれをサボっていたというのだったら、これはいけませんよ。僕はそう思っています。
#61
○参考人(高井康行君) この問題が起きたときは、警察に対する信頼が大きく損なわれようとしているときだったわけですから、本来、公安委員会としては、その国民の不安を抑えるためにも、また警察に対する信頼、公安委員会に対する信頼を回復させるためにも、でき得れば緊急に会って十分な議論をして結論を出すということを検討されてもよかったのではないかというふうに思います。
 ただ、持ち回り決裁に至った経過について、理由について私は何も知る材料がありませんので、具体的にどうであったのかということになると、やや正確なことは申し上げにくいということであります。
#62
○小川敏夫君 最後になりますので、全く違った角度の御意見をと思いますが、どうもこの不祥事を見てみますと、すべて男性の警察官ばかりでして、調べてみましたところ、日本は県警本部長どころか、今現在、署長としても女性の方は一人もいないというのが実情で、警察社会は大変に男ばかりの社会のようでもあります。
 今回の埼玉の桶川の事件のように、女性のストーカーの問題とか、あるいは今般、あの少女が九年も監禁されていた、それが発見されたと。あるいは女性の持っている母性というような感性があればもっと違った、その時間にマージャンやって酒飲んでいるということもなかったんじゃないかと思うんですが、どうでしょう、警察をより身近なものにするために、女性の登用、あるいは女性の意見をもっと活用すべきだとも思うんですが、そういった点について両参考人、簡単にお聞かせいただければと思います。
#63
○参考人(渥美東洋君) これは私もたびたび警察の方には申し上げているし、警察の方もその御努力をなさっていまして、女性警察官の拡大、それから女性警察官に管理職としての役割を果たしてもらうという努力はしているようです。最近では、本当に大きな企画を行うような分野に非常にすばらしい女性が誕生しています。もっと、本当におっしゃるとおり、そういう方向へ進んでもらいたいと思います。社会の中で果たすべき女性の役割は極めて大きい。僕は大賛成です。
#64
○参考人(高井康行君) 警察の職員に男性が多いというのは、犯罪者に男性が多かったことと連動しているのではないかと思う部分もあるわけですが、私が任官したころに比べれば、女性警察官は一線警察官も幹部警察官も含めて増大の一途をたどっている。もう少し時間を置けばかなりの数になるのではないかと思います。
 以上です。
#65
○小川敏夫君 どうもありがとうございました。
#66
○松あきら君 お二方の参考人の先生方、本当に本日は当委員会にお出ましをいただきまして、ありがとうございます。
 公明党・改革クラブの松あきらでございます。
 先ほども小川委員がおっしゃっておりましたけれども、後になればなるほど、私も伺いたいと思うことはほとんどすべて質疑の中で出てきたかなと思いますので、重複するところもまた出てくると思いますけれども、どうぞよろしくお願いをいたします。
 現在、県警本部長は警察庁だけでなく他省庁から人事交流で出向してきております。これは先ほど高井先生のお話にも出てまいりました。同じ警察機構の中でチェック・アンド・バランスをとるということはなかなか難しいということなんですけれども、他省庁から出向してくると、お互いにやっぱり牽制し合うというんですか、そういった意味で有効性も指摘をされているという面もあると思います。
 これに対しまして、両先生方はどのような御意見をお持ちか、お伺いしたいと思います。
#67
○参考人(高井康行君) 私は、先ほど申し上げたように、他省庁からの本部長登用というのは積極的な意味の方が大きいというふうに思います。
 本部長という職は、みずから捜査現場に行っていろいろ具体的に指揮をするという場面は少ない。むしろ、人をうまく活動させて、人の能力をうまく有機的につなぎ合わせて大きな成果を上げていくという側面を持っている。もう一つは、組織統率の旗印であるという側面があるので、必ずしも捜査業務に通じなければできないというものではないと思います。
   〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
 だから、他省庁からの本部長登用がゼロであるという場合のデメリットに比べたら、他省庁から本部長を登用した場合のデメリットは認容できる範囲内のものであると考えております。
#68
○参考人(渥美東洋君) 私は余り歓迎しません。
 警察という仕事は、お金の勘定をする仕事よりももっと人間的な関係が深い領域の問題です。その社会でどういうふうにすればその人に力を与えることができるか、被害者であろうと加害者であろうとです。弱い人間をどうやったら強い人間にすることができるかということは一朝一夕にでき上がることじゃないんです。経済官庁の役人が来てできるものじゃないですよ。
 だから、その点は、その場所におられてもそういう問題とかかわり合いをお持ちになった方で適任者がおられたらばよろしいかもしれませんけれども、それより先ほど来出ております適格者がいれば、何も現在の人事制度の中で、資格試験じゃないんですから、U種で受かられた方でも上に上がっても構わないことになっていますので、そういう人を登用するなり、あるいはもっと別のところでそういう適格者がいるかどうかについて中途採用をするとか、しかも、そのときには十分な訓練をしなきゃだめです。訓練しないで、きのう行政官庁にいた、大蔵省にいた人がすっと警察にやってきて、人間関係の問題を深く考えない人間が来て、両方が風通しがうまくいっているというふうに言われると、私のようにずっと犯罪の問題を考え、人間の問題を考えてきた人間としては、それはないよというふうに考えます。
 というのは、経済活動をする、市場の世界で働く原理と、それを本当に大切にする、市場でない領域における人間の安心感というものは両方違った性格のものであり、その両方がきちんとバランスをとって動いていかなきゃ世の中はだめになります。今、日本はどちらかというと経済ばかり考えている社会でしょう。そのときに、そういうところから人々を呼んでくるということが風通しがいいからいいじゃないかと言われるけれども、本当にそうなるだろうか。
 だから、一般論としてはやはり適格者を途中採用するという方がいいと思います。そこにやはり一生の責任を持って臨むんだという気持ちがないといけないと思います。
#69
○松あきら君 両先生のお話を伺って、どちらもそうだなというふうに納得をいたしますけれども、渥美先生のお話では、キャリアというお言葉はお嫌いと。私も嫌いなんです。T種、U種という言い方がいいかどうかはわかりませんけれども、この問題にもかかわってくるかなというふうに少し思うわけでございます。やはりこの辺も、少ないキャリアの方が、二十何万人のノンキャリと俗に言われている方を本部長としておさめていくようなやり方というのも問題がある、考えていかなければいけない問題だと思います。
 もう一つ、国家公安委員長に専任の大臣を充てるべきと、こういう御意見もあるようでございますけれども、数を増加させることは行革にも逆行しますし、政治からの中立性を国家公安委員長が確保する上でやはりこれは望ましくない、こういう意見もあります。これも両先生の御意見を伺いたいというふうに思います。
#70
○参考人(渥美東洋君) どこの国でも警察の長の連絡会議がございまして、警察の長が責任を負うということになって、政治的中立性を保ちながら、体制の違う国々の間でも捜査協力ができるようにという方向へ向かっているのが世界の流れです。そのときに、政治家が中心になっているように見えるような警察の運用というのは、そういう国際的な共助を進めていくという観点からいっても余り望ましくはないです。
 本当に、今度しっかりしてもらわなきゃならぬのは現場の警察です。現場の警察が皆さんの意向を酌んで本当に真剣になってやらなかったからこんなことになったんです。この点を僕も本当にしゃくにさわるほどしゃくにさわっているんです。前例があるのだったらば、みんなあれだって懲戒処分にしてやるべきだ、懲戒処分じゃない、免職処分にしてやるべきだと思いますが、しかし同じことを同じように扱わなきゃいけませんから、他の場合がそうなっていないので仕方がないと思って我慢するんです。
 やはり警察が自前で、自分でやれるように、それで文句を言われないようなシステムをつくり、内部の運用をきちんと図っていかれるように、これを機会に努力をしてもらうのが一番いいことで、専任の大臣を置けばその方がいいというものではないだろう、私はおっしゃられるとおりだと思います。
#71
○参考人(高井康行君) 警察行政の中に民主的ルールを完結するべきだという観点から、公安委員会の上に大臣を置くということが前提であれば、やはり私は専任の大臣であってしかるべきではなかろうかというふうに思います。
 以上です。
#72
○松あきら君 これも真っ二つに御意見が分かれたというところでございますけれども、これも今後重い課題だというふうに思います。
 私は、先ほどから伺っておりまして、例えば税務署に文句があるときは、ちゃんと不服を申し立てるところがありますし、郵政省には郵政監察官室があり、お客様相談室というのもありまして、検察庁の場合もあるわけですね、審査会。警察もあるというふうに渥美先生はおっしゃいましたけれども、しかし一般の国民から見ると、この警察というのはなかなか、地元の警察署などに自分たちがいろんなことを相談できるところ、また訴えていけるところがないという認識なんです。
 それは、ある市役所で何でもすぐやる課という課をつくったそうです。それで、とてもこれネーミングがいいんですね。市役所というのは何か相談に行ったりすると、すぐたらい回しでいろんなところへ回されちゃう。結果、ずっと待っていたのにやってもらえない、またもとの課に戻ってきちゃったなんということが御存じのようによくあるわけです。
 ですから、やはり私は、本当に一般の国民が、住民の皆さんが、すぐやる課でも住民相談課でも何でもいいんですけれども、本当にこれは自分たちの意見を聞いてくれるな、もちろんいろんな御意見ありますけれども、まず自分たちの悩み事を何でも聞いてくれるところ、そして、じゃ一応伺って、必ずこれはしかるべきところに相談しますねといって聞いてくれる、こういう課を私はつくるべき、本当に簡単なネーミングで住民がわかりやすい、これをまず第一につくるべきと思いますけれども、これも両先生にお伺いしたいと思います。
#73
○参考人(渥美東洋君) それは交番であり駐在所だったんです。日本の警察はあらゆる相談に何でも応じている、ハチの巣を片づけるまでやっているというようなことをベイリー教授に私は一生懸命説明しました。それが理由になってアメリカにそういう制度が行きましたし、それからイギリスでも地域解決のための警察というものができ上がり、それで警察の署長というかチーフですね、それは外部からの圧力を受けない、完全に独立したものであるということがイギリス憲法上のものにまでなったわけです。日本がその出発点なんですよ。それなのに、だんだんサラリーマン化して警察がいろんなことをやらなくなったというのが問題でしょう。
 そこで、先ほど申し上げたように、警察というのは何でもやるんだ、いろんなことがあったら苦情にも応じます、こわもてのところじゃありませんということをみんなにもっと浸透させる広報活動をやってもらいたい。そのためには、先ほど御質問がありましたけれども、女性を充てるのが一番いいです。外国ではそういう仕事をやっていらっしゃるのはほとんどが女性の警察官でいらっしゃいます。そういうもので、本当にどんなことを頼んでも嫌がらずにやってくれる警察というようなところへこれを機会に戻らなきゃいけないと思います。
#74
○参考人(高井康行君) 既に所轄に困り事相談所の受付窓口のようなものが置かれている部分があって、今おっしゃっているようなことは随時実現されていると思います。さらに、これが徹底されていくのであれば、それはまことに結構なことだと思います。
 ただ、問題は、そういうところでも受け付けてもらえなかった、警察に対する苦情をどこへ持っていくか。警察にお願いに行くんだったらいいんだけれども、お願いに行って断られてしまった、しかし何とか受け付けてもらいたい、こういう場合にその苦情をどこへ持っていくかということを考えなければいけないということです。
#75
○松あきら君 女性の警察官をたくさん登用するということをぜひこれからもお願いしたいと私も思います。
 もうあと残り一分になってしまいました。
 日本の交番からすべてが始まったということはよく存じております。だけど、今は日本の交番は行っても人が足りなくてお巡りさんがいないという、こういうのが現状なんです。ですから、肝心の日本がちょっとどうかしているのではないかという気がいたします。
 実は私は、先ほども質疑が出ましたけれども、この外部監察の導入という点に関しまして、やはりこれは捜査の秘密が確保できない、いろいろな点があると思いますけれども、私自身は、例えば警察関係、OBも含めて何名か、あるいは外部から何名かというような委員会のようなところをつくって監察するということも考えられるんじゃないかなというふうに思いますけれども、もう時間がないのでそれはお伺いできません。意見だけを申し述べて終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#76
○富樫練三君 日本共産党の富樫練三でございます。
 お忙しいところ、お二方、本当にありがとうございます。
 最初に、渥美参考人に伺いたいと思います。
 先ほどの最初のお話の中で、今回問題になっている新潟の事件なんですけれども、事実を調査する前にすぐに辞職してしまったということで、私もそこがやっぱり大変大きな問題だろうというふうに思うんです。
 そこで伺いたいんですけれども、本人から、関東管区の局長さんから長官に相談があったときに、長官の方からやめなさいと。むしろ、本人がやめるというよりも任命権者の方からやめなさいと、こうやって、本人がそれを受け入れたんだと。だから、これは法律上の処分ではないけれども、大変重いことなんだと、こういう説明がこの国会で何度か繰り返されているわけなんです。
 ただ、人事院の通知などを見ると、特に幹部の場合は辞職願を持ってきてもすぐには受け取らないで一時預かりにして、それで例えば官房付とか、こういうふうにして事実の調査をするべきだ、こういうふうに言っているわけなんです。
 ですから、先ほど先生のお話を伺って、ああ、なるほどというふうに思ったんですけれども、今回、特に最高幹部なんです。こういうことについて率直に先生の御意見を伺いたいと思うんです。
#77
○参考人(渥美東洋君) 私も、今おっしゃられたように、調査をした上でやはり心にずしんと響くような処分をすべきだったと思います。人間の間の感応道交というのは日本人の好きな言葉ですけれども、その中で物事を解決されるべきだった。やっぱり人間的な解決がされるべきだったと思います、機械的に解決じゃなくて。
 その点で、だけど苦しまれた末に、これだけ警察がだめになっているんだから、おまえ、早くやめろよというようなお気持ちになられたこともわからないわけじゃないですが、今度のような解決の場合に、今御指摘になられましたように、残しておいてきちんと調査した上で、この点がおかしいということをみんなに明らかにした上で処分をすると。それで、片方がおやめになるならおやめになるというふうにすべきだと思いますし、今度の場合、どうしてそうなったのかということを本当は先ほど申しましたように捜査してもらいたいんです。それが大切だと思います。それがあって初めて次が起こらなくなるんですから。
#78
○富樫練三君 今度の神奈川県警に続く新潟の問題で、関東管区の局長が特別監察の責任者として現地に赴いたと。夜、宴会をやったり、マージャンをやったりと。その夜に九年二カ月監禁されていた女性が発見、保護されて、大変警察本部としては重大な局面だったと思うんです。その記者会見にも本部長は参加しないで、かつ事実と違う会見をすると。このことに対して非常に大きな国民の批判が、不信感が広がった、こういうことがあったと思うんです。
 ただ、その後、関東管区の局長が責任者として行った特別監察そのものもその責任者がほとんど出席していなかった、こういう事実が明らかになってきたんですね。このことについてもまた怒りがぐっと広がる。
 それで、一番怒りが広がったのは、そういう事件に対してどう処分したか、どう対応したか、その対処の仕方について、これがまた大きな怒りになる。国家公安委員会の方にEメールを受け付ける窓口があって、処分を発表すると同時に抗議というか批判というか、これが急速に広がる、こういう事態なんです。
 ですから、今問われているのは、警察そのものをどうするかという問題もそうですけれども、同時に不祥事が起こったときにそれに対してどう対応するか、ここのところが実は本当のところは問われているというふうに私は率直に思っているんです。
 それで、私も処分すべきだ、その前にきちんと調査すべきだというふうに思っているわけなんですけれども、決まった法律、例えば国家公務員法、国家公安委員会の規則、それから訓令とかいろいろあるんですけれども、こういうことについて警察庁長官も国家公安委員長も、この間の事件というのはそれらに全部違反をしている、そして懲戒に値すると、こういうふうに国会でも答弁をしているわけなんですね。ですから、そういうことを見ると、処分をするあるいは判定をするその人物が、その人たちが、実は法律や規則をきちんと守っていないというところに国民の怒りがあるんだと思うんです。
 みずからつくった法律をみずから守るのは当たり前ではないか、こういう国民の怒り、この点について、お二方はそれぞれどのようにお思いでしょうか。
#79
○参考人(高井康行君) 私も一国民として新聞報道等であの問題に接していたわけですが、私自身は非常に複雑で、またあの判断をされた方も非常に難しい判断を強いられた中での判断だったんだろうなというふうに思います。
 法律家として見れば、確かに法律にのっとっていない事実があったわけで、これに対して適切な処分をする、これはある意味では当然であるというふうに考えます。ただ、組織を統括する者として任免権を行使する場合にどうあるべきかということになると、またその立場に立つ者としていろいろな考え方があろうかというふうに思います。
 先ほども申し上げましたが、仮にあのマージャンの問題その他が外部、要するにみずからの申告によるものではなくて外部からの通報その他でわかったのであれば、また扱いも変わってきたのではなかろうかと思いますが、やはりみずから申告、申し立てがあったということをどういうふうに処分に当たって考えるかということが大きなものだったのではなかろうかと思います。
 それで、これは先ほど申し上げましたように、一つは武士の情けである、ちょっと古いですが、武士の情けとか惻隠の情という考え方もできますし、一方では「泣いて馬謖を斬る」という考え方もあり得るわけで、これはその衝にあった人が自分の全人格をかけて判断されるべきことであって、また判断されたのではなかろうかというふうに思います。
#80
○参考人(渥美東洋君) 法律を破ったことだけじゃなくて、発表する際に事実でないことを発表されたりなんかされた、この点は警察官としての資質を疑う、私はそう思います。そういう人を生んでしまった不幸というものを本当につくづく感じます。
 だから、法を守らなかった場合に懲戒事由になりますけれども、懲戒に種類があります。それで、むしろ長官は、おまえら本当に悪いと思って心に決めて自分でやめろというふうにおっしゃられて相手がそれを受けたということが本当であるのだったらば、それも一つの方法だったなと思いますけれども、私のようにどっちかというと頭で考える人間は、おっしゃられますようにきちんと事実を調べた上で処理した方がいいと思います。
 いろんな対処の仕方があるんだと思いますが、法を守る、それから人々を不安から守っていく本分を課せられている人間がこういうことをやったというのはとんでもないことです。その点、おっしゃるとおりです。
 ですから、先ほど来私は教育の問題とかいろいろ申しておりますが、どうしてこんなことになったのか、一遍調査を警察全体でやってみて、洗いざらい検討を加えて、こういうものにつながりそうなものはどこにあったのかということをみんな検討し、それを一般に公表してもらいたい、ロサンゼルスみたいに、と思っています。
#81
○富樫練三君 この点について再度、渥美参考人に伺いたいと思うんですけれども、今回、新潟県警本部長については懲戒ということで減給があったんですね。ところが、関東管区の警察局長については処分はなしと、こういうことです。
 それで、二人ともおやめになったわけですけれども、関東管区の警察局長が特別監察の責任者で参加したわけですから、そういう意味ではより責任が重い。そして、女性が発見されて保護されたその夜、マージャンや酒を飲みながら、その現場に県警本部長もいた、そこに局長もいたわけですから、当然そのことについては知っていると。特に、監察に当たってやってはいけないことということで、監察が終わった後懇親会などを開いてはいけない、こういうふうに警察庁から言われているわけですけれども、やってはいけないことをやったわけなんですね。そういう意味では、管区局長の責任というのは大変重いというふうに私は思います。
 その上で、警察庁長官は、本人が自主申告をしてきたので処分をしないというふうに判断をしたと、こういうふうに言っているわけなんですね。そうすると、国家公務員法を犯してもみずから自首していけばこれは処分の対象にはならない、こういうことになります。これが一般の社会でいえば、犯罪を犯しても自首をすれば罪は問われないのかと、普通の常識ではそういうふうになるわけなんですね、若干極端な例かもしれませんけれども。
 法律上、そういうふうに自主申告をすれば無罪になりますよと、こういうことがあり得るのかどうか。この点について、法律の専門家にぜひ伺いたいと思うんです。
#82
○参考人(渥美東洋君) この場合、管区局長が犯罪を犯しているわけではありませんからその比喩ではお答えはできないんですが、懲戒の仕様として、何回も申しますけれども、免職という方法と停職という方法と減給という方法と、それから戒告という方法があるわけですが、自分の方から言い出して、本当に悪いといってやめられてしまったと。そうすると、普通ならば戒告かあるいは停職に、あるいは減給等にとどまるもの以上のものを引き受けてやめようとしたので、びっくりしてしまって、そのままそれは、世間に対する関係では、まずいことをやったということを広報しさえすれば彼自身が責任を問われることになるだろう、こういう判断を長官がなされたんだと思います。それも、その場において具体的にどういうような響きが長官と管区局長との間にあったか存じませんけれども、こたえるだけのものが、響くものさえ本当にあったんだったらばいいのではなかっただろうかとも思います。
 自首したら云々という例ではないので、これは犯罪までには至っておりませんので、国民はそう受けとめるべきではないと思います。自首した場合には無罪になるというようなことが一般に警察の中で行われているというわけではない。
 どっちが処分として重たかったかというのは、その過程で何が行われたかによるので、そのことは私は余り十分知りませんが、それが厳しく管区局長に及んでいたんだとすれば一つの処分の仕方だったかなと思いますけれども、今後それを反省されて、みんなに本当に響くような方法はどういう方法であるかということを考えるべきだと思います。
 おっしゃられるような、私も理が先に立ってそう考えますけれども、この方がいいのか、それとも別の方がいいのか、僕は二つあると思うんですよ。よく考えてもらいたい、そう思っています。
#83
○富樫練三君 もう一点、先ほども質問があったんですけれども、国家公安委員会で結論を出すに当たって、持ち回りという問題がありましたね。この点については国会でも随分議論をされているわけなんですけれども、警察法の中で、「国家公安委員会は、委員長が招集する。」ということと、「委員長及び三人以上の委員の出席がなければ会議を開き、議決をすることができない。」、こういうふうになっている。
 今度持ち回りで決定をしたのは、新潟の県警本部長についての懲戒について決定をしたわけです。関東管区の局長については処分なしということを了とした、すなわち了解したということで決定をした、決定権は国家公安委員会にございませんので、そういうことになったんだと思うんです。
 先ほどのお話の中で、一つは高井先生の方からは、内容が問題なんだと、こういうお話がございました。渥美先生の方からは、早く解決するというこのタイミングが大事なんだと。どちらもそうだと思うんですけれども、内容が問題だという点からいえば、私が疑問に思っているのは、国家公務員法に反して懲戒に値するような監察の中身であったと、局長について言えば、こういう事実は残念ながら国家公安委員長や公安委員の皆さん方にはきちんと説明がなされていないということが先日の委員会で明らかになったわけなんですね。
 それからもう一点、早い時期が必要かどうかという点でいえば、仮に新潟県警本部長について言えば、これは県議会との関係でという説明がございました、その事情は私はよくわかりませんけれども。ただし、中田管区局長について言えば急ぐ必要はないのではないか、こう思うんです。ですから、そういう点でも、きちんと委員の皆さん方に説明しないで事前に了解を得るというやり方が果たして正しかったのかということが問われると思うんです。
 この点について、両先生、どういうふうにお思いでしょうか。
   〔理事竹山裕君退席、委員長着席〕
#84
○参考人(高井康行君) まず、その事実関係を正確に私自身が把握しているわけではないので、正確に今回の事例はこうであるべきだったというふうに申し上げることはなかなか難しいというふうに思います。
 ただ、単なる感想として申し上げると、やはり局長の方が年次も上、立場も上であったわけですから、あの事件があったときに直ちに現場に戻りなさいというような指導がなされてしかるべきではなかったかというふうに思います。むしろその点、そういう指導がなされなかったという点が一番問われるべきではないか。そういう点について長官のなされた判断が正しかったかということになるわけだと思います。
 ただ、これは先ほどから申し上げているように非常に難しい問題で、そして今の法制上は、その判断をすれば、その判断の当否は国家公安委員会で判断をされて、今度は長官自身が懲戒処分の対象になるかならないかという問題になってくるわけですから、その点は基本的には、まあ個人的にはもう少し別のやり方もあったのではないかなと思いますが、しかし、ああいうやり方は絶対あり得なかったとまで断言できるかとなると、そこはやはり難しいのではないかというふうに感じています。
#85
○参考人(渥美東洋君) 田中さんにかわられた時間が短くて、そのときにそういう問題が起こったのですが、しかもまた管区局長は本部長に対して現場へ戻るように助言をしたこともあるようです、実際に帰られなかったのは残念ですけれども。私だったら、先ほど申し上げましたように角を立てた処理をしますけれども、こういう人間ですから。
 だけれども、それが日本の社会でいいのか悪いのか僕はよくわからないんですが、おっしゃられるような点もよく考慮に入れて、今後どういうような処理をすればよろしいか、みんなにわかりやすいような内部の基準を立てて、綱紀粛正、本当にすべての人にサービスを提供してくれる警察に一日も早く戻ってもらいたい、それが私の本当に強い希望でございます。
#86
○富樫練三君 どうもありがとうございました。
 終わります。
#87
○照屋寛徳君 社会民主党・護憲連合の照屋寛徳でございます。
 きょうは、御両名の参考人には貴重な御意見をお聞かせいただきまして、心から感謝を申し上げたいというふうに思っております。
 私ども社会民主党は、神奈川県警の不祥事が発覚した当初に、党の疑惑解明プロジェクトでもって警察庁の関係者をお呼びして意見交換をやりました。これは、神奈川県警の本部長を含めて、例の神奈川県警の一連の事件に関与してそれが刑事責任を問われるずっと以前の話でございます。
 私はそのときに、警察内部で不祥事があったときに、服務規律に基づいて処分をする、それももちろん必要なことである、しっかりした事実関係を掌握して、そして迅速に適正な懲戒処分をするということも大事だけれども、もっと大事なのは、その惹起された不祥事がだれの目から見ても刑事事件として、個別の事件として立件されるような内容であった場合に、それを単に服務規律で懲戒処分として済ませてしまうのじゃなくして、まさに警察そのものが個別の事件として立件をして刑事責任を問うていく、こういうことがないと国民の警察に対する信頼は失われるんじゃないか、こういうことを言いました。
 それで、機動隊の諸君が後輩の機動隊員にけん銃を突きつけるとか体毛を焼くとか、あるいはまた押収したフィルムのネガを持ち出して関係の女性を脅迫する、強要する、こういうことは、私も三十年ぐらい弁護士をやっておりますけれども、これはもう個別事件としても立件して速やかな処分をしないとえらいことになるぞとずっと言ったにもかかわらず、それを怠っておったんですね。
 私は、だからそういう点で御両人にお伺いしたいんですけれども、一連の警察不祥事について、今私が申し上げましたように、服務関係に基づく処分と個別事件として構成要件に該当するような事実が固まるようなものであればびしびしやるということが、これがやっぱり警察の信頼につながるんじゃないか、こういう意見を持っておりますが、両参考人の御意見をお聞かせいただきたいと思います。
#88
○参考人(渥美東洋君) おっしゃるとおりです。犯罪が犯罪を捜査する機関の中で行われた場合には、普通の場合よりも徹底した捜査を行うべきです。そうしなければ、だれを信頼すればいいんですか。それもおっしゃるとおりです。
 今度そういうことがどうして起こったのか。結果的には全部それは犯罪として立件されたわけでしょう。そこで、照屋参議院議員がおっしゃられたように、その段階から警察がそれらについて徹底的な究明を行うという姿勢をとり始めましたが、ちょっと遅かったです。
 あのときに本部長が公判廷へ来て、平気で何か警察一家のようなあれがあったからと言いますね。私が知っている警察官の中でそんなことを考えている人間はそう多くないです。本部長であんな人間はそんなにいません。何であんな本部長が生まれたんだろう。しかも彼は警察学校の校長をやったんです。どうなっているんだろうと。
 何か、世代論だなんて言う人もいるし、いろんな人がいるんですけれども、日本人はどうなったんだろうかと思います、本当に。ですから、そういう点からいったら、徹底して自分の身内のことであれば身内のことであるだけ余計に解明するということになって初めて信頼を受けるんです。そうじゃなかったら信頼なんかどこへ行きますか。
 だから、おっしゃるとおり、自分の身内の者についてはもっと厳しくやるべきだという姿勢を貫いてもらわなきゃ、我々は安心できません。それはもうおっしゃるとおりだと思います。これから警察の諸君はそうやってくれるだろうと期待しています。
#89
○参考人(高井康行君) 結論的にはまさにおっしゃるとおりです。犯罪を取り締まる機関の中で犯罪が行われた。これはもはや監察の問題ではなくて、これは単にもう事件ですね。
 通常、部内監察といった場合の監察は、狭義の意味での不祥事を扱う。要するに、犯罪になるかならないかわからないようなもの、あるいは犯罪にはならないんだけれども妥当ではない行為を取り締まるというか、取り扱うというのが本来の監察であって、これはもう事件であるとなれば、それは監察の取り扱う案件ではなくて、直ちに刑事部、捜査部門へ引き継いで捜査部門で徹底的に捜査をするというのがこれまでの警察のやり方であって、原則的にはそのとおり行われているわけです。
 ただ、神奈川県警においてはその原則どおりのことが行われていなかったわけですから、これは幾ら批判をされてもやむを得ない。犯罪捜査機関の中における犯罪というのは、より厳しく摘発されなければいけないし、より厳しく処罰されなければいけないというふうに考えております。
#90
○照屋寛徳君 高井参考人から、一連の不祥事との関係、それを原因究明する上で、捜査に関する服務規律の緩みの問題、組織管理に関する服務規律の緩みの問題、御指摘がございました。
 渥美先生もおっしゃるように、警察一家的発想というんでしょうか、身内をかばうというんでしょうか、どうしても身内の中に個別事件としても立件されるようなそういう不祥事があった場合にかばい立てをしようとする、そのことがむしろますます悪い方向へ、悪い方向へと重なっていく。
 そうすると、それぞれ各都道府県警に監察部門があるわけですけれども、今うまく機能していないのかなと。それと、神奈川県警の例で言いますと、まさに本部長まで関与しておったわけですから、そうすると、警察のキャリアシステムというか人事制度の中で、下の方から、これは大変なことだ、立件しなければいかぬと思いながらも、私はキャリアシステムが全部悪いと言うつもりはございませんけれども、そのようないわば一種の硬直した人事制度みたいになっておって、それがうまく機能していないのかな、こういうふうに思うんですが、渥美先生、いかがでございますでしょうか。
#91
○参考人(渥美東洋君) 私も同感です。
 やはりおっしゃいましたように、企画を立てたり全体の監察をしたり戦略を立てたり、外国との交渉をしたり、法案の立案をしたりするような才能をお持ちの方々というものをある部分で採用し、それなりの処理をしなきゃならないのは当然ですけれども、しかし、それらの人々がそれによって、親分になって偉くなったんだ、だから下の連中は黙っていろというような時代はもうとっくに終わったはずです。下で仕事をしていらっしゃる方も本当に立派な仕事をなさっている方々です。その相互尊敬心というのがないところに問題が起こったんだと思うんです。日本人は相互尊敬するところに一番いいところがあったのに、それをいつから失ったんだと。だから、その点をもう一度、僕なんか自分自身ももう一回振り返ってみたいというような気持ちがあるぐらい大変な事件だったと思います。
 今後、その点について先ほども申しましたが、一番基礎のユニットのチームのつくり方とか種々の方法がありますし、教養の問題がございます。その点についてもう一回抜本的な検討、洗い直しをしてもらいたい、そう思っています。
#92
○照屋寛徳君 渥美先生のお話の中で、地域に根差した警察、これの重要性、私もそのとおりだと思います。
 私、人口七万人ぐらいの沖縄の中部地方の町に住んでいるんですけれども、そこで署長が、署長官舎というのがあるわけですね、そこに地域のいろんな各層の人を年に一遍ぐらいですけれども集めて、泡盛を酌み交わしながらいろんな警察行政に対する話し合いをやる機会があるんです。私はとてもいい制度だな、いい仕組みだなというふうに思います。
 それで、地域に根差した警察活動が今弱くなったというふうに私は思うわけですが、警察の組織を少し機能的に分けると、いわば刑事警察あるいは交通警察あるいは地域警察、そういう機能に分けられると思います。
 それで、なぜ地域に根差した警察行政、警察活動が弱くなったかということとの関係で両参考人にお教えいただきたいのは、よく言われる警察機能の中で警備警察というか警備公安警察というか、そこに予算もそれから陣容も偏っているというんでしょうか、偏っているという言い方は適当でないかもしれませんが、その部門がむしろ肥大化して、刑事警察や地域警察あるいは交通警察、まさに地域に根差した警察活動の部門が弱くなっているんじゃないか、こういう批判も率直にあるわけです。
 そういう点、両参考人どういうふうにお考えなのか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
#93
○参考人(渥美東洋君) 予算の配分の実際を見ますと、交通警察にあんなに費用を分配しなければならないほど大変なのかなということを感じたりしますが、今は、本来免許を与えたり交通の問題というのは別でやったらいいんじゃないかというふうに感じるぐらいですけれども、警備にうんと金を使っているからほかのところは十分でないというような予算配分にはなっていないです、率直に申し上げて。
 ところが、それぞれのものがお互いに連絡し合うという体制がだんだん切れているんです。それぞれの部分に分かれているんですよ。そこが問題でして、だからしょっちゅうチームを分けるなり、一緒に仕事をするなり、それから地域のほかの人々とおっしゃられるように情報の交換をするなり、そういうシステムをつくることの方が大切だと思うんです。
 外国との関係でボーダーレスな犯罪が行われるようになりましたから、それについても何か考えないといけないことがあるんです。それで、本当に人身売買が行われたり、あるいは武器が送り込まれたり、いろんなことが起こっています。
 だから、それに対する配慮も十分になされなければいけませんが、今おっしゃられましたように少ない予算の中できちっとしようとするのだったらば、違ったところの連中がともに一緒になって情報を持ち合う。官僚制の悪さというものを警察の中では消さなきゃだめですよ。僕はそこに一番大きな問題があるのではないかと思っています。
#94
○参考人(高井康行君) 地域に対する関係が希薄になっているということについては、これは御指摘のとおりであると思います。
 その原因はどこにあるかということですが、一つは社会構造が変わってきている。今例えば交番の警察官が寄っていっても、もう寄ってきてくれては迷惑だと言われる住民の方もおられるわけで、その辺の地域社会が壊れているというところが本質的な問題である。ですから、警察の持っている地域密着性を再構成しようと思えば、まず地域社会をつくるというところから始めるという視点が必要であろうというふうに思います。
 もう一つは、やはり資質の問題で、そういう日ごろから地道な努力をこつこつとやるという世代がだんだん残念ながら日本から少なくなってきているのではないかということを非常に心配しているというところであります。
#95
○照屋寛徳君 もっともっとお聞きをしたかったんですが、特に公安委員会の持ち回り決裁の問題については、公安委員会の運営規則との関係で、埼玉地裁でそういうふうな持ち回り決裁は無効だという判決もあるということを、御承知だと思いますが、申し上げて終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#96
○高橋令則君 自由党の高橋でございます。
 私は、警察の仕事、兵たんを長年やっていた一人なんですが、兵たんということは警察の人間ではないんですけれども、長年の経過を見ていますと、非常にこんなことがあったのかなという、もう本当に残念の一言なんです。
 まず、私はお聞かせをいただきたいのは、なぜ警察がこうなっちゃったんだろうというふうに思うんです。しかも、どうも見ていると一時的、一過的な問題ではなくて、その一連のあれを見ていると通ずるものがあるような気がするんです。したがって、いわゆる根底にあるものがあるんだなというふうに私は思っておるんです。いわゆる根本的な反省とか切り込みがないと適切な対策なりなんかはできないんじゃないかと、これは意識の問題だと思うんですけれども、私はそう思っておりますが、お二人の参考人の方々にそれぞれお聞かせをいただきたいと思います。
#97
○参考人(渥美東洋君) その危機を感じまして、それは一つのところにとどまらない。会社の犯罪、組織犯罪、それから官官接待等々のことを前提にして、一体我々は、先ほど高井参考人の言葉をかりれば、どうやって我々の人間関係を取り戻すか、そのためにどうしたらいいか、総力を挙げてどうやったらいいかという書物を二年前にかなり分厚いものを著しました。
 その一番の原因というのは、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、経済的な側面で人間を評価する、あるいは人間の出世だけで評価する、そういう社会じゃない。日本人が従来持っていたそれぞれの持ち場の役割を果たしておられる方々に尊敬心を持って臨む、それから自分を抑制することこそ強いんだという考え方を持つような方向へ向けて、みんながどういうような世の中のつくり方をし、教育をし、今度はどういう形でその責任を問うようなシステムをつくっていったらいいか。これは法律で民法だ何だ何だと分けてしまうようなやり方だと全然うまくいかない。それを根本的に立て直す処理が必要だと訴えました。これは悲鳴からくる叫びです。
 だけれども、今はばらばらに、それぞれ刑法では刑法、民法では民法、何々では何々と言っていて、全体を、本当に生まれている社会の問題を考えようとしないんです。そこらをもう一度考え直して、包括的に世の中の問題を考えるようなねらいを持った法案をおつくりになられて、それを後ほかのところへ分けていってもいいです。これはここが問題だからこういうようなねらいはあらゆる観点であらゆる手段を使ってやるんだというような法案の提案、そういうことをやっていただいて、日本は早くまともな国に戻りたいと思います。
 僕は、警鐘を鳴らさなきゃならないような時代に入っているというのはおっしゃるとおりだと思っています。
#98
○参考人(高井康行君) 警察組織というのは裸の権限行使をするところでありますから、よくも悪くも日本の社会を構成する背骨の一本であります。
 今回の神奈川県警、埼玉県警、新潟県警、特に新潟県警の問題は、その背骨が溶けかけている、我々の社会を支えている背骨が溶けかけているのではないかという危機感を抱くに十分な出来事であると思います。
 なぜそのような事態になってしまったのか。
 一つは、日本におけるエリートの概念、またリーダーのあり方、昔は一定の考え方があったわけですが、それが変わってきてしまっている。例えば、エリートと呼ばれるのは他人よりも重い義務をみずから進んで引き受けて、その義務を遂行する、その遂行に失敗すれば潔く引く、これがエリートの本来のゆえんであります。ところが、今は高い地位に上り、高い俸給をいただくのをエリートという。これは本来エリートであってはいけない。
 また、リーダーというのは、みずから先頭に立って組織を引っ張る。それは存在することによって引っ張る。本部長の場合であれば、みずから具体的に指揮する場面は少なくて、存在することによって組織を統率して一定の方向へ引っ張っていくというのがリーダーの役割であると考えているわけですが、そのようなリーダーも少なくなってきている。
 もう一つ、本来、リーダーと言われ、エリートと言われる人は、自己保身には走らず、社会のためにある意味では身を捨てるという覚悟と実践力がなければいけないというふうに考えておりますが、そういうような人物が社会の上の方からだんだん少なくなってきている。日本の国は極めて危ないというか、今後心配な事態になってきているというふうに思います。
 したがって、今回の警察の問題は、警察だけではなくて、やはり警察は海の上に浮かんでいる船のようなもので、それは日本民族といいますか、民族という言葉を使っていいかどうか知りませんが、日本の国全体のありようの一つを象徴的にあらわしている、日本の全体の病気がたまたま警察という組織を通してあらわれてきているというふうに理解して、リーダーの養成の仕方はどうあるべきか、そしてエリートの養成の仕方はどうあるべきかを皆さんしっかり考えていただきたいというふうに思っております。
#99
○参考人(渥美東洋君) 今おっしゃられたことの概要というのは世阿弥の「花伝書」の中に書いてあります。日本人の根本の考え方です。本当に考えてみるべきだと思います、日本人はいつ日本人でなくなったんだろうと。
#100
○高橋令則君 私も同感でございます。
 ありがとうございました。
#101
○松岡滿壽男君 参議院の会の松岡滿壽男です。
 お二人さんには長時間大変御苦労さまでございます。私が最後でございますから、もうしばらく。
 先ほど来、日本がどうなったんだろうというお話がありますが、私もこの予算委員会で四百五十年前にザビエルが日本に来たときの話をしたこともあるんですが、みんなが反省しなきゃいかぬことだと思います。
 それで、さっき照屋さんがちょっと聞こうとされたようですけれども、私も、持ち回り決裁ですね、これはやっぱり国民から見て一番おかしいなと思っているところだと思うんです。警察庁と国家公安委員会の距離が非常に近過ぎる。それから高額な報酬がある。だから、なっておられる方には本当にお気の毒ですけれども、一連の記事が出まして、最後に「さむらいの切腹は最高の道義だ」というような話が出たりするから、どうも国民の感覚から離れている。会議をやることがやはり当然そういう報酬をいただいている方々がとるべき道だというふうに思っておると思うんです。そういう国民の方々に何か説得できる方法がありますですかね。
 それと、五人のうち一人だけは他に報酬の主なものがあるということで七万円ということですね、法律に従って。一回七万円ということです。その他の方々はほかにも報酬があるのに二千六百六十七万という報酬を得ておられる。これがどうも説明しにくいんですよね。
 大学の先生と弁護士さんの立場で、国民の目線でこの問題をどう説明したらいいのかということについてのお答えをいただきたいと思うんです。
#102
○参考人(渥美東洋君) ひがみを申し上げるようなことになるといけませんからそれは申しませんが、本当に役割を果たそうとすれば非常に緊張し、しかも場合によると犯罪者からねらわれるかもしれないような、しかもその中で自分自身の中立の立場を貫かなければならないようなお立場の方々ですから、したがって相当な報酬をおもらいになるだけの役割を果たしていただければいいと思うんです。そういう方々を使い捨てにするというようなことにしてもいいとか、俸給が安いためにみんなが尊敬しないというようなことになってはいけないとは思います。
 ただ、先ほど高井さんもおっしゃられましたように、何でも金で考えるという時代でそうなったんでしょうけれども、随分たくさんおもらいになっていると言うとひがみになるから申しませんが、やはりそれだけの責任をお果たし願えればと思います。
#103
○参考人(高井康行君) 警察法に定められている国家公安委員の責任と権限、義務の重さを考えれば決して高い俸給ではないと思います。ただ、警察法に定められているとおりに実施されているか、公安委員としての活動がなされているかどうかというところが問題なのであって、ただそういう活動をしようと思ってもできないような外部的状況もあったということですから、今後そういう状況を整備していただいて、その俸給にふさわしい仕事をし責任を負っていただきたいというふうに思っております。
#104
○松岡滿壽男君 私もたまたま地行・警察にいるものですから、去年の神奈川県警の問題が出ましたときに、さっき松さんですか、すぐやる課の話をされましたが、私も三十年前に市長になりまして、松戸の松本清市長のところへ勉強に行ったんです、すぐやる課。すぐ市民サービス課というのをつくったんですけれども、当時の市役所の評判が悪くてですね。それで何とかしようということで、すぐやる課、そういうものをつくったらどうかと、去年、実は提案しておったんです、地方行政・警察委員会で。そうしたら、やっとこさ今度相談員制度を導入するというので二千人ほど入れるというようなことであります。
 さっきから渥美参考人が言っておられる地域の中で、地元の警察署長なんか、いろんな海開きとか、それから公民館の祭りとか、結構出て忙しいんですよ、地域との関係。ただ、その下の部分がなかなか見えないというのがある。それを相談員が果たすのかどうなのかよくわからないんですけれども、それにもできたら女性を登用したらどうかということをきのうの委員会で実は言ったばかりなんです。
 それで、かつての村社会というものが、村長さんとか警察署長さん、駐在さんとか、あるいはお寺さんとか学校の校長先生とかお医者さんとか、それぞれ地域のリーダーがいたんですけれども、みんなもうつぶされちゃって、リーダーたる者がいなくなってきているというところが確かに悩みだと私は思います。
 そういう相談員制度を導入するということになっていますが、これに対するこうやったらどうかというアドバイスがございませんでしょうか。
#105
○参考人(渥美東洋君) 一番問題なのは、日本で生活していくときに、ほかの方々からこれは犯罪を多くやる人たちの集まりじゃないかというふうに思われるようなグループの人々がおられます、本当はそうじゃないんですけれども。そういう方々の参加も求めなきゃいかぬです。国籍が日本でないというような方々の場合にも相談を求めなきゃいけないです。そういう方々と連絡を十分とることで初めてその地域の安全は保たれるわけですし、力もかしていただけるわけですし、その方々に力を提供することができるわけですから。
 警察というのは一番権力行使と関係しているところだから、したがってそういう者を採用することは非常に難しいというような考え方が今までとられていますね。ところが、それをある面で民間人を内容に入れながら警察活動全体を賄うというのは世界の潮流なんです。宣誓した上で警察活動をやる人とそうでない人と両方を置いて、サポートしてもらうという形になるんだったらば、今いろいろ問題になっている国籍条項も問題なくやられますでしょう。
 そういうことも考えていただきたいし、それから今は警察OBの方々たちを多く活用するという方法もないわけじゃありません。だから、今おっしゃられました、早くやめて日本の社会からほうり出されて生きがいを失っている我々に、私も何か老人年金手帳なんというものをもらう年ですが、こういう人間をもっと使ってもらいたいんです。我々がそういう仕事を与えてくださればいろんなことをやりますから。松岡さんもどうぞそういう仕事をしていただいて、みんなで一緒にそういうことをやりましょうよ。
#106
○松岡滿壽男君 女性の登用につきましても実は質問をしたわけですけれども、今二十二万のうちに八千三百人、婦人警察官がおられるんですよね。それで、この前、少子化問題でいろいろやっておったら、参考人の方から、日本は男性の職場とか女性の職場が分かれ過ぎているから、なかなか男女の出会いがなくて、一千万人もパラサイトシングルがいるんだと、パラサイトシングルですね。
 それで、だからそういうときに、警察の場合は、やっぱりある程度肉体的な条件その他がハンディキャップとしてはあるんじゃないかという危惧があるんですが、どの程度まではいいんでしょうかね、採用の比率が。
#107
○参考人(渥美東洋君) それは警察官としては採用しなくたって、地域で一番大変なお仕事をされて、子育てをされて、人間関係を御存じなのは女性の方々です、日本では今でも。だから、それらの方々の信頼を得るように、それらの方々の協力を仰いだらいいです。これは大変な参考になると思います。
 そうすれば、女性が入ってくることによって、殴ったり火をつけたりするようなことはなくなります。
#108
○松岡滿壽男君 大変有意義なお話をありがとうございました。
 これで終わります。
#109
○委員長(倉田寛之君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、参考人の方々に一言御礼申し上げます。
 本日は有益な御意見を賜りまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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